策謀の福音
[九条公人]
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新世紀EVANGELION
「策謀の福音」(〜use a scheme of UNSF PAIN〜)
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<third children LOST 2005/09/11 23:04>
ディスプレイには、ただその文字だけが、表示されている。
そのディスプレイを見つめているのは、サングラスに髭面の50がらみの男。
黒い学生服のようなユニフォームに身を包んだ男は、顔の前で両手を組み、ディスプレイを見つめている。
「現時点をもって碇シンジの監視活動を停止、サードチルドレンは欠番とする」
低い腹の底から冷えてゆくような感情の全く篭っていない声が暗く広いその空間に響いた。
その声を受けたのか、表示に修正が加わる
<third children LOST 2005/09/11 23:04>
「六分儀、貴様本当にそれで良いのか?」
何処からか驚いたような口調の声がする。
「・・・外道には、外道なりのケジメがある」
「しかし、我々のシナリオには」
その声を制して髭面が声をあげる。
「我々のシナリオには、REI・・・いやASUKAを使えばいい」
「・・・そうか、そうだな・・・我々の願いは、それで十分かなうだろう」
「ええ、我々を謀ったあの女に相応の報いをくれてやるには、それで十分です」
髭面の男は、ニヤリと不敵な嗤を浮かべた。
策謀の福音〜use a scheme of UNSF PAIN〜
「行くのか?」
「行かねばならないでしょう」
「勝てるか?」
「勝たねばなりません」
「判った、行ってきなさい」
「はい」
広い敷地の奥まった場所にある茶室、その障子に二つの影が映り込んでいた。
一つは老人と思われるやや猫背の影、そしてもう一つは少年と思われる背筋を伸ばし胸を張った影。
「結構なお点前でした」
すっと懐紙で椀を拭うと、少年の影が深々と頭を下げた。
そしてそのまま、立ち上がると、振り向かずに茶室を辞する。
その後ろ姿を見送った老人の口が微かに動く。
「鬼などに喰われるなよシンジ」と。
「橘さんは?」
渡り廊下を足早に進む少年が声をあげると、何処からか黒いタイトスカートとビジネススーツの女性が現れ、その形の良い唇を少年の耳元へ寄せ応えた。
「すでに現地に入っております」
垂れ目がちの目元には、微笑が浮かんでいる。
「そう、あとは、僕だけなんだね」
「はい、全ての準備が整っております」
「じゃあ行こうか霧島さん」
「かしこまりました」
甕星重工製 4発VTOL戦闘攻撃機<疾風>その武装を極限し、自衛用の40ミリ機関砲だけを搭載した甕星グループVIP専用機に、少年と黒いビジネススーツの女性の姿がある。
「なにかお飲みになりますか?」
「うん、紅茶を貰おうかな、霧島さんの入れてくれる紅茶は、とても美味しいからね」
VIP用というだけあり、とてもジェットVTOLとは思えない静けさの中、二人だけの乗客を乗せ、高度2万メートルを東へ巡航してゆく。
周囲には6機のフル装備の疾風がエスコートについている。
そのエスコートの機体にはUNSF−PAINとステンシルが成されていた。
「あなたが、碇シンジ君?」
紅いジャケットに、黒いブラウス、黒いタイトスカートといういでたちの長身の女性が、VIP用<疾風>から降り立った少年に声をかけてきた。
「UN特務機関・NERVの作戦本部長葛城ミサト1尉ですか」
「そうよ」
―――なによこのガキ、どうしてPAINの疾風なんかに乗ってるのよ。
などと心中で毒づきながら、ミサトは愛想笑いを浮かべながら応える。
少年は、仕立ての良いグレーのスーツ姿をしているが、中性的なその容姿にはいまいち馴染んでいない。
「わざわざ、作戦本部長なんて肩書きのついている方が迎えに来るなんて、NREVってヒマなんですか?」
ミサトにシンジと呼ばれた少年は、皮肉をこめてそう言う。
確かに、本部長などという肩書きの人間が、少年の迎として出てくれば、そうそしられても仕方がないだろう。
例え、少年がその組織の長の息子だとしても、そしてその少年がどれほど重要な存在であったとしても、個人としては腰の軽さを、組織としては鼎の軽重を問われる事になる。
「・・・まあ、ヒマっちゃあ、ヒマなのかしらね、なにしろ作戦本部の仕事は、事が始まらないと動きださない<穀潰し>だしね」
ところが、ミサトは自分の置かれた立場をしっかりと認識していたのだろう、そう皮肉に返してきた。
「失礼、僕の言い過ぎのようです。あらためて碇シンジですよろしく」
「そう、気にしないけど、葛城ミサトよ、こちらこそよろしく」
ミサトが右手を出し、握手が行われた。
「かぁ〜っ、なにこの手紙」
「ま、手紙というよりも電報ですね、それじゃ」
「確かに、電報の電文だわね、これじゃ」
<来い 六分儀ゲンドウ>
たったそれだけの内容の手紙、良く見れば、消しては書き消しては書きと何度も書きなおしているということは判るのだが、誠意はすこしも感じられない。
それであるなら、本当に電報でもかまわないだろうと思わせるもの。
とても親が子へ出す類いの手紙ではない。
いまシンジとミサト、そして霧島マナの三人が足を踏み入れつつあるこの、世俗的にはジオフロントといささかバブル全盛期の税金使いまくり箱物大好き巨大建設会社のお題目のような破廉恥さを感じざるをえない呼称のつけられた地中空間、実際には、箱根山中に発見された現世人類ではない<何者か>が創り出したと思われる球状空間であり、その発掘中に発見された超古代の遺物を内包していたのである。
その遺物の保護・研究の為に設置された連合国・特務機関NERV、その本部として作られた大規模地下施設の内部に碇シンジと葛城ミサト、そしてシンジの付添人として霧島マナの姿があった。
「まがりなりにも遺伝的には、六分儀司令の息子ですけど、親権は、とっくに放棄、扶養義務も果たしていない人間に<来い>と呼びつけられる覚えは、無いですよ」
「ごめんなさい、うちの司令って人付き合いが下手なのよ」
なぜかミサトがフォローを入れている。
「こうして来ちゃいましたから、別にいいんですけどね、いったいどんな用があるのやら」
ため息をついてみせるシンジ。
マナは、その様子に微笑を浮かべるだけだ。
「霧島さんもIDを発行されているのよね?」
「はい、期限付きのIDですが」
首から下げているIDには、GUESTと斜めにパンチが入っており、有効期限は、今日から5日間となっていた。
「じゃあ、ゲストルームがいいわね」
ミサトはそう独りごちると、携帯電話を取り出しダイアルをする。
「あ、副司令ですか、葛城です、はい碇シンジさんを現在エスコートしています、はい第一ゲストルームで良いかと思われます。はいあと3分程で到着できます、はい失礼します・・・それじゃあお二人とも、こちらへ来てください」
というとミサトは、颯爽と歩きだした。
「早速で悪いのだが、君の身柄はNERVが預かることになった」
冬月と名乗った壮年の長身男性は、応接セットにシンジとマナが掛けるなりそう言い切った。
「・・・あ〜、副司令、それではあまりに説明が足りないのではないでしょうか?」
ミサトは、自身の上司ながら呆れた物言いに、つい口をはさんでしまった。
「ああ・・・こりゃあ失礼、六分儀の相手をしているとこちらもつい説明を省いてしまうようになってな・・・失敬」
コウゾウは、頭なんぞを掻きつつ照れ笑いを浮かべた。
「僕の身柄をNERVが預かるとは、具体的にどう処遇されるのでしょう、一体こ僕に何をしろと仰しゃいますか?」
「とある兵器のパイロットして碇シンジの身柄を連合国・特務機関条項第105条第2項によって、徴発する。
この場合連合国条約にある少年兵の禁止事項の適応は、誠に勝手ながら除外される事になるよ」
「・・・冬月さん、あなた方は正気ですか? 僕のように特別な訓練を受けたことのないような子供を、いったいどんな物に乗せようというのです?」
とても少年の口から出るとは思えない辛辣な言葉だ。
その横で霧島マナは、必死で笑いをこらえいてる。
その意味は程なく理解できるはずだ。
「まあ、私も自身の正気を疑っているのだがね、しかし君に乗ってもらうことになる<兵器>は、パイロットを選ぶのだ」
「パイロットを選ぶ? 兵器がパイロットを選ぶのですか?」
シンジの口調は辛辣なままだ。
「そんな欠陥兵器をここは、研究開発していたわけですか?」
「欠陥兵器か・・・確かに兵器としては欠陥としか言いようがないな。
だが、想定される危機に対しては、その欠陥兵器でしか対応ができないのだよ。
そして多分アレは、君以外に動かすことはできないのだ」
「どんな物か見てもいない物に乗れと言われて、はいと答えるほど僕はお人好しではありません」
「しかしな、まことに残念ながら君には、選択肢は無いのだ」
「本当にそうでしょうか?」といったシンジの顔には、皮肉の嗤が浮かんでいる。
「・・・まあいいでしょう、選択肢が無いと仰しゃるのでしたら、その兵器とやらを見せて頂けませんか?」
「かまわないよ、葛城君ケージに案内をしてあげなさい」
「よろしいのですか、部外者に見せてしまって?」
「かまわんよ、それに彼は幼いころに一度アレを見ている」
「は?」
「シンジ君は、アレの開発者である<碇ユイ>博士の息子さんだ」
「・・・開発者ってリツコ・・・いいえ、赤木博士じゃないんですか?」
「ああ、赤木君は零号機の主任開発者だが、初号機・・・オリジナルの開発は、碇ユイがしたのだよ」
広いケージのギャラリーデッキに碇シンジ、霧島マナ、葛城ミサト、冬月コウゾウの姿がある。
「これが汎用人型決戦兵器・人造人間EVANGELION・・・初号機」
キセノンライトの強い光に浮かび上がった、紫の鬼の面に向かい、そう呟いたのは、シンジだった。
『ふん、それが貴様の母の遺作だ!』
天井のスピーカーから、冷たい声が流れた。
「・・・六分儀ゲンドウか」
己の父の名をシンジは、冷たい凍えるような口調で、小さく吐き捨てる。
『そうだ私がNERV司令の六分儀だ、貴様は、只今をもって特務機関NERVが所有するEVANGELION初号機の専属パイロットサードチルドレンとして<徴発>された』
「実の息子を貴様呼ばわりですか、ユイ叔母様が貴方と別れるはずだわ、しかも徴発って何、人を物扱いするの、流石に外道の中の外道と呼ばれるクズだわ」
霧島マナがボソリっと呟く。
ゲージ内には指向性の集音マイクでも仕掛けられているのか、独り言も筒抜けのようだ。
『ふん、あんな女の事など妻と思った事など一度も無い、そしてそいつの事も、息子などと思ったことは一度も無い!!』
「なにを下らないことで力み返って居るんだか・・・はぁ・・・まあ良いでしょう今日は初号機の姿を確認出来たことで良しとしますよ・・・ときに、六分儀司令」
『なんだ?』
「連合国・特務軍PAINは、ご存じですか?」
『・・・それがなんだ』
それは、連合国において数少ないNERVよりも上位にある軍集団だ。
特務軍とは、secondimpactの混乱時から延々と続いている、国家間紛争、民族間紛争、宗教紛争が連合国による調停で停止できない場合、それらを<力>で押さえる為、最終に投入される<連合国>が独自に運用する軍事組織である。
海陸空そして宇宙と4軍を統一的に運用し、対ゲリラ特殊戦から一国の正規軍を相手取った正規戦までを行うことを前提に構成されており、その主力兵装は、連合国・安保理によって決定された特権としてPAINのみが運用できる全長4メートルのマスタースレイブ方式のベルンと呼ばれる・・・いわゆる<動甲冑(Powerde Suit)>である。
その事に思い至り苦虫を潰した表情になるゲンドウ。
「UN極東コマンドを再編成した特殊戦闘集団ということはご存じですね?」
UN極東コマンドとは、陸上自衛隊を中心に作られた<動甲冑>兵装を運用していた部隊のことだ。
『ああ、知っている』
「僕は、そのPAINの副司令の任にあります。
大変遺憾ながら、たかが特務「機関」でしかないNERVごときの指示は受けないんですよ」
ふんっ、とシンジはゲンドウに対して鼻で笑ってみせる。
シンジのことを、もう少し慎重に調べたならそれらの事実は、安保理のSランク秘匿情報としてゲンドウの目には触れた筈なのだ。
それらを行うことができない、もしくは、その必要を認めなかったという時点で、シンジはゲンドウという人物に対する心の中での評価をさらに落とした。
『・・・なん・・・だ・・・と?』
ゲンドウ自身は、捨てたはずであり、単なる部品としか思っていなかった人間に対して慎重になる理由を持っていなかった。
ただスケジュールを繰り上げる必要が出たためと、再補足に成功したという事実があったため、呼びつけだだけのことでしかなかった。
だが、たかが予備部品にこれほど勢いよく足をすくわれる等と、これっぽっちも考えていなかったのである。
「わたし碇シンジが本日現時点を持ってPAIN司令部副司令の立場として、NERVの現有EVANGELION零号機、初号機の機体及び整備要員整備資材のPAINへの移管、同零号機専属パイロットのPAINへの転属を発令いたします。
なおこれは連合国・安全保障理事会・特務機関管理委員会からの通達となっており、同人類補完委員会からも承認を得た上での処置となっています」
『ふざけるな! 例え移管をしたとしても、EVAの運用は我々以外に出来るものか!!』
「拒否をしますか?」
『そうだ!』
「では、仕方がありません、特務機関管理委員会へは、そう報告を入れさせていただきます」
『勝手にしろ! 貴様、こんなことをしておいてタダで済むと思うなよ』
「六分儀司令」
『なんだ』
「いつまでも、あなたのようななんの力ももたない人間のはったりの強面が世間に通用するなどと思わないことだ」
『くっ・・・くだらん!』
「それから碇の家と<甕星>は、貴方のことを許すつもりは全くありませんから、身辺には、今以上に気をつけられるのですね、それからこの件については日本国、連合国共に碇の家に白紙委任が成されていることも申し添えましょう」
『な・・・』
言外に命の保証はしないと言われ、流石に二の句が告げられない。
「まぁ、移管の件は、安保理と補完委員会から正式に発令されるまで待つことにしますよ、では、霧島さんいきましょう」
「はい」
シンジのマナは鬼の首だけがライトアップされたゲージから歩み去ったのだった。
「不味いぞ六分儀、安保理、いや補完委員会までがEVAの移管を認めたとなれば従わざるをえん」
直径3キロ余りのジオフロント中央付近、そこにそびえ立つ黒いピラミッド、その頂点付近に存在している、NERV司令室。
1フロアの全てが当てられたその薄暗い部屋に、六分儀ゲンドウと冬月コウゾウは戻っていた。
「大丈夫ですよ我々NERV以外に、EVANGELIONの運用能力はありはしません。
PAINといえども、所詮はガチンコだけが取り柄の筋肉バカの集団に過ぎないでしょう」
この男は、筋肉だけで仕事が出来るのは、兵士レベルでしかないということすら知らないらしい。
「それだけで、国家間紛争から民族紛争、ゲリラまでを相手にできる訳がなかろう」
「所詮、軍人は軍人にすぎません」
「NERVには正規の軍人を相手にするだけの戦力などないのだぞ」
「SEELEのシナリオの維持には、NERVが必要です、案ずることなどなにもない」
「・・・その言葉忘れるなよ六分儀」
「相変わらずあなたは心配性だ」
「貴様の副官などしておれば、心配性にもなるわ」
「面倒をかけてすいませんね」
ゲンドウは、言葉とは裏腹に微塵もそれを感じさせぬ口調でそう言ってのけた。
「霧島さん、橘さんを」
第三新東京市の幹線道路、片側6車線という道路はもちろん対使徒戦を睨んだものであるが、緊急時には、滑走路としても使用可能な規格で作られている、そのコンクリート舗装の路上を黒塗りの大型車が疾走している。
「はい、少々お待ちください」
マナは、携帯電話を取り出すと、短縮ダイヤルを呼び出す。
「どうぞ」
「橘さんですか、僕です。ええ六分儀司令と会いましたよ。
ええ、橘さんのおっしゃる通りの男でした。
はい、安保理の正式通知と同時に、初号機と零号機をPAINが接収することになります、準備をよろしくお願いします、僕の<ベルン>もね、ええそれじゃ」
「いいんですか、ベルンなど出して?」
マナが、携帯電話を受けとりながら、軽い口調でシンジに向かいそう問う。
「かまわないでしょ、こちらの言うことを聞こうともしない向こうが悪いんです」
しれっとそう応え、こればかりは父親譲りと言って良い、人の悪い嗤をしてみせる。
もっとも当人へそれを指摘したなら、それは絶対に認めないに違いないが。
とはいえ、全長が4メートル程もあるベルンでは、本部棟内をそのまま制圧することは難しいということは、今日の訪問で確認していた。
「悪辣・・・ですね」
「そうですか? でもね霧島さん、僕が企まなくても世界は、悪意に満ちていますよ」
「PAINと甕星・・・ようやく動いたか」
東洋風の極彩色に飾られた部屋のただ中、そこに中国服を着た小柄な老人の姿がある。
その老人の耳元で囁くのは髪を結いあげた長身の女性だ。
美しいと言いうるその相貌だが、ただ一点彼女は矇ておりその琥珀色の瞳は、光を映しておらず虚空を見つめるのみだ。
「ええ」
その左手には水晶球が握られ右手がその上に添えられている。
「ついにこの時が来たか・・・SEELEの魍魎に地獄の痛みを味あわせるときが・・・」
「ええ、もうすぐ・・・すぐそこにその時は迫っているわ、碇君」
「綾波・・・長かったね」
「ううん・・・碇君と一緒だから気にしない」
「ありがとう」
「感謝の言葉は、SEELEを打ち倒して、碇君と私が揃ったときに、使って欲しい」
「そうだったね・・・とりあえずこれからもよろしく」
「ええ」
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新世紀EVANGELION
「策謀の福音」(〜use a scheme of UNSF PAIN〜)
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
策謀の福音#1へ
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新世紀EVANGELION
「策謀の福音#2」(〜use a scheme of UNSF PAIN〜)
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―――特務機関管理委員会通達第124号
NERV本部及び極東支部は、西暦2015年5月14日をもって、EVANGELION零号機、初号機の管理運用業務の全て及びその専属パイロット以下チルドレンと呼称2名の監督管理権限の全てを連合国・特務軍PAINへ移動し、貴機関は、EVANGELION建造によって得られた派生技術の応用研究を任務と変更する。
それに伴い本部施設をPAIN及び国連軍へ明け渡し本部業務は、極東支部へその機能を集約することとする。
「いっ体この通達は、なんなのでしょうな」
6枚のホログラムモノリスへ向かい、髭面の中年男が怒気を放っている。
だが立場上少なくとも口調を荒らげるようなことはできない。
腹に灼熱の憎悪をしまい込んだ男の放つ怒気は、その名残に過ぎない。
「我等NERVの本来の目的は、人類補完計画であったのではないのですか!」
「もちろん補完計画は、進めてもらうのだよ」
01とナンバーの振られたモノリスが氷点下の口調で宣言を下す。
「しかし、人類補完計画にはEVANGELIONシリーズが!」
「補完計画には、弐号機を使えば良い、幸い弐号機パイロットは<順調>にその自我を肥大化させているようだからな」
その声に従い、無数のウインドウがホログラムモノリスの前面に浮かびだし、その中に、紅い潜水服様のスーツを着た少女らしい映像が映し出される。
どれも、表情を歪め大人たちを怒鳴り散らしており、とても誰もが振り向くような美をその身にまとった少女だとは思えない。
「零号機と初号機が<使徒>を倒しつづければ、計画の要とすることは容易かろう、それでなにか問題があるのか?」
「・・・で、ですが、EVANGELIONの運用は、我々NREVでなくては」
「使徒との戦いでNERVに万が一でも負けられては、われわれも困るのだよ」
「EVAがあれは、予想される使徒ごとき」
「本当にそうかね? 一つの種、人類とそのプロトモデルたる15の使徒との次代の覇権をかけたこれは、究極の生存競争なのだよ」
「君が20代のころに学生や酔っぱらいと行った殴り合いとは、訳が違うのだがね」
「左様、君はあまりにも事態を楽観視しすぎている」
それぞれのモリノス達が、ゲンドウへ向かい揶揄の声を一斉に上げはじめる。
その揶揄を鉄面皮で跳ね返しそこなったのだろう、怒気に顔を歪めゲンドウが言葉を継ぐ。
「楽観視などして・・・」
「本当にそうかね? では、君が捨てた息子の経歴をどうして調べなかったのだ、ええ!?」
「それは・・・」
「馬鹿者が! 道具扱いは結構だが、道具の素性くらいは調べるものではないか!」
「君は信用と面目を我等からその時点で失っているのだよ」
「左様、NERVを奪われなかっただけでも僥倖と思うがよかろう」
「残された時間は、決して多くはない。 六分儀、補完計画の推進、万一にも抜かるでないぞ!」
01と書かれたモノリスがそう発言をし、ゲンドウへの追求は幕を閉じた。
「判りました・・・」
「だが我々とて、好きでPAINへEVAを移管したわけではない」
「・・・それは?」
「甕星(みかぼし)、そして真龍(ヂャンロン)我等に盾突く者共の介入があったらばこそ・・・六分儀、少し頭を冷やすことだ」
「かしこまりました議長閣下」
髭面の男は、頭を下げてみせた。
「碇家の支配下にある甕星はともかく、華僑のトップに君臨してる真龍が何故・・・だ、黄大人とNERVの関係は良好だったではないか・・・」
次々と接続を切ってゆくモノリスに一瞥もくれずコウゾウが呟く。
「奴も所詮、機会主義者の中国人だったということだ」
心中はともかく、ゲンドウは事もなげにそう言い切る。
その言葉の端端には、侮蔑の刃が仕込まれていた。
「ええい! 貴様、その短絡思考をなんとかしろ!
あの連中は伊達や酔狂で、自分の生まれた土地が世界の中心であるなどと言ってはおらん、それだけの潜在能力は、きちんと持った上でそういう思想を作り上げているのだ、100年200年の単位で物を考える連中とそこいらの政治ゴロと一緒にするんじゃない!」
常日ごろの目の前の男のゲンドウを腹に据えかねていたのか、コウゾウの語気が荒くなった。
「・・・何を怒っている、それよりも問題は通達だ」
コウゾウの剣幕にも関らず鼻白む様子すら見せずゲンドウはそう切り替えした。
「ん・・・ああ、そうだったな・・・だが、本部棟を明け渡すならば、MAGiのハードウエアの移動程度・・・セントラルドグマか!」
「そうだ、リリスを連中に見られる訳には行かない」
「封鎖してしまう訳にはいかんか・・・」
そうして、二人は延々と話を続けた。
「いったいなんなのよ! この通達はっ!!」
第一発令所と呼ばれることになっていた巨大な指揮施設。
まるで前世紀に発展した巨大な艨艟共の艦橋のような風格を持ったその天辺付近のフロアに葛城ミサトの怒声が轟き渡った。
「仕方がないでしょ、餅は餅屋に任せろって安保理が決めたんだもの」
手にしたマグカップから、自ら入れたコーヒーを飲みつつ、赤木リツコが静かにそう返した。
長年の腐れ縁のためだろう目の前の人物が、こうなったときに自分が冷静に突っ込み返すのが半ば条件反射となっていた。
「戦勝国だからって、でっかい顔してからにあの連中ときらた、ほんとにもう!! ベトナムじゃ日本が居なけりゃ不正規戦なんてできなくて、負けてたくせに!」
「なにそれ私たちが生まれても無い時の話じゃない」
「そりゃリツコは、いいわよ松代の極東支部に移動したって、研究できるんだもの、あたしに松代へ行ってなにしろつ〜のよ!!」
「ミサトは、ドイツから来る弐号機の運用をするのが仕事よ」
「へっ? だって・・・EVAって全部移管されるんじゃないの?」
「弐号機は、PAINが負けたときと日本政府への保険としてNERVへ残されるのよ」
「だからって・・・弐号機で使徒の殲滅なんてさせてもらえないんでしょ?」
「それは解らないわよ、PAINの初号機と零号機の展開が間に合わない時とか、使徒が複数出たときとか、いろんな想定出来るはずよ」
「なるほど、強引にこっちが展開をしちゃうって手も使えるかぁ」
「それは、あまり薦められない手だと思うけど・・・」
「それにしてもこっちの上級職はことごとく松代へ移動させて、下級職の整備と運用要員だけ残すって何考えてんのよ、あのいけ好かないガキはっ!」
「・・・ガキ? ああ、シンジ君?
そうね彼がなにを考えているのかなんてうちの司令並にブラックボックスじゃない? なにしろ彼は事実上の甕星グループのトップだし、日本総資産の5%を握っている碇家の次期当主様ですもの」
「甕星グループのトップって・・・その上PAINの副司令ぇ? 周りの連中は何考えてんのよ!」
「まあ甕星の方はどう考えても碇大老の意向ね、直系のただ一人の孫だもの、でもそれなりの才が無ければPAINの副司令にはなれないわよ?」
「・・・そりゃそうよね、じゃあのガキって凄いんだ?」
「そのくらい自分で調べなさいよ、私はこの後MAGiの松代への移転作業で忙しいの」
「へ〜い」
「綾波レイさんですか?」
下校途中の綾波レイへそう声をかけたのは、茶のビジネススーツに同色のタイトスカートの霧島マナだった。
初対面の女性にいきなり名前を呼ばれ、一瞬きょとんとした表情を見せる。
そして胡散臭そうに顔からつま先まで眺めわたしレイは、ようやく誰何の声をあげた。
「あなた誰?」
「霧島マナと申します」
マナは、UN特務軍籍標を提示し国際公務員であることをレイへ確認してもらう。
「そう・・・なんの用?」
「本日付けであなたのお世話を申しつかりました」
「どういうこと?」
「立ち話もなんです、どうですかお茶でも」
「女の人にナンパされても嬉しくないわ」
その反応に、結構面白い子ね、等と思いつつマナは言う。
「女性をナンパするほど、友達関係に不自由はしておりませんわ」
そういいつつ、レイの手を取ると、オープンカフェのテーブルへと誘ってゆく。
「強引だわ」
「なにしろナンパですから」
と、マナはレイへやりかえした。
「で、どういうこと?」
口にしたアール・グレイのややキツい香りに少し顔をしかめたマナにそうレイは尋ねた。
レイの前には、オレンジジュースのグラスが手をつけられずに汗をかいていた。
「NERVには、初号機零号機から手を引いてもらいました」
「・・・そう、わたしの役目は、終ったの」
深いため息と共に、レイは呟いた。
「いいえ新たな役目の為に、私がここにおります」
「そう・・・私まだ無には還れないの」
「あなたは、一人の男性に必要とされています。
そのただお一人の存在の為、その生を全うしていただきます」
「・・・六分儀司令ですか?」
「いいえ、ちがいます。 あのような虚栄の輩の事は、すっぱりとお忘れ願います」
「それじゃ・・・」
「私がお話をするよりも、その方に直接合っていただきたいと思います」
「いただきたいって言われても・・・いや・・・と言える立場に私はいないもの」
「そんなことはないよ、綾波さんが僕のこと嫌だったら、僕の為に生きてくれることを、無理強いをしたりしない」
その声に、レイは顔を上げその声の主へと視線を向けた。
背は、そう高くない。
着ているものは、極普通のGパンと綿の洗いざらしの白シャツ、そしてスニーカーといういでたちだ。
その相貌は、力強い瞳を別にすれば、十人並みと言ってしまえるだろう。
だが、その存在感はとても平凡な少年のものでなかった。
しかしレイにはそのようなことは関係無いのだろう口からでた言葉は、マナへ向かい放たれた誰何の声と全く同じものだ。
「あなた・・・誰?」
だが、そう口にしつつも、レイには奇妙に確信に満ちた予感を、初対面であるのに、懐かしさと暖かさを目の前の少年に感じてしまっいる自分に戸惑いつつ、覚えていた。
ああっ・・・わたしは・・・・わたしはこの人のことを好きになる。
違う、この人以外を好きにはなれない。
この人はわたしが待っていた人。
そして、そしてわたしはこの人が待ち焦がれていた存在。
人の心の欠けた破片、寄り添うべき半身。
決して離れてはいけない、一対の存在。
「僕は碇シンジ・・・そうだな言ってみれば綾波さんの同僚、そして直接の上司って所だね?」
最後の<だね>は、マナに対する確認だった。
自身の誰何の答えを聞きながら、だがレイは、自分の心の震えに、耐えられなくなっていた。
強い思慕の気持ちと安らぎとがない交ぜとなり、その心の震えは彼女の瞳から雫となってあふれ出してしまっていた。
「綾波? どうしたの」
「わたし・・・どうして・・・これ・・・涙?」
シンジとマナが彼女を抱きかかえるように、その場を去るまでレイは涙を流しつづけたのだった。
「どう、日向君」
第三東京市を望む芦の湖の対岸、その山中に停車した大型の戦闘指揮車両。
最新の光学迷彩を展開し、その存在を秘匿したUN12式騎兵戦闘車の中に、野戦戦闘服姿のメリハリのある体格をした長身の中年女性と同じく小柄な青年の姿が有った。
女性は、橘ミサキ、40才、連合国特務軍PAINの司令長官である。
苛烈な手腕で、若くして連合国の秘蔵っ子と呼ばれ、特務軍の創設時から運用を任されている。
日向君とかの彼女に呼ばれたのは、彼女の右腕として重宝がられているといおうか、かけ合い漫才の相方というか、評価の別れるであろう、つんつん頭のお坊っちゃまという外見の日向セイ大尉である。
ちなみにマコトという歳下の従兄弟がネルフのオペレーターをしているらしい。
「NERVの連中セントラルドグマを封鎖しようとしていますね」
どこをどのように誤魔化しているのか、MAGiのコンソールが呼び出され、NERV本部で行われている作業の進捗状況が表示されていた。
「ふん、今さら隠しとおせるとでも思っているのかしら?」
そもそもジオフロントの本来の存在理由が、人類とは異なる文明が創り出した球状空間内に埋没していた、それらの文明の記録の保存と解析であるのである。
人類復興の魁などというお題目を信じているものは、連合国のそれなりの地位に居る人物に居るはずがない。
「思っているんじゃないですか、天下無敵のNREVさまですから」
「天下無敵って書いて身のほど知らずってルビを振るのよ」
さらに言うならば、東京を壊滅させ、純粋水爆(NN弾頭弾)の初弾によって殲滅されたとされている<第二使徒>の『死体』を当時のゲヒルンがどこに持ってゆき、どのような扱いをしているかすら、連合国安保理には実は筒抜けなのである。
「・・・橘さんって本当に容赦がありませんね」
「当前、あいつらは、どこまで行っても私たち<人類>の敵そのものだわ」
「そこまで言いますか? ・・・で、どうします?」
「決まっているじゃない、乗り込むのよ、歴史の主導権が誰に移ったのか、きっちり教育してあげる必要があるとは思わない?」
「もちろん、そう思います」
とセイは、人好きのする笑顔をミサキへと向け、通信回線を開く操作を行いはじめたのであった。
「外部からのパケットの数がずいぶん増えています」
第二警戒レベルとタイトルの付いたウインドウがオペレーターの伊吹マヤのコンソールに開かれた。
「こんな時にクラッキング工作ぅ?」
結局、自分の部署へと戻らなかったミサトは、サーバーのコーヒーをがぶ飲みしつつ、発令所に居座りつづけていた。
「こんな時だからでしょ? MAGiの<力>を試しているのよ」
「大丈夫なんでしょうね?」
「そこらのサーバーとMAGiを一緒にしないで、全地球規模のDOS攻撃を受けたって、全てのリクエストに応えてみせられるわ、ま、その前にそれを送りつけてくるネットワークの方が音を上げるでしょうね」
「・・・それって規模がデカすぎぃ」
心底嫌そうな顔をミサトがしてみせた。
「まったく甘いわね、こっちには<龍の逆鱗(dragon's Pain)>が控えているって言うのに」
「向こうは、こちらの能力を欠け片も知りませんから、仕方が有りませんよ、確かにこのMAGiっていう第七世代電脳は、第七世代という枠組みで考えるならば最高の性能なんでしょうけどね」
まったく信じられないことだが、発令所のカメラの映像と音声が、PAINの戦闘指揮車両に流れている。
「で、真龍のごきげんは?」
「そりゃもう、最高です」
「そう、じゃあひとつMAGiとかいうポンコツをたたきつぶしてさしあげるとしましょうか?」
『し・・・か・・・り・・・』
そうミサキが宣言をしたとき、人の声とは質の全く違う地の底から響くかのような重い声が、辺りに轟いたのであった。
「Dragon's Painが動く・・・」
「龍の放つ痛みに移植人格ごときが太刀打ちできる筈が無い、その痛みに切り刻まれるがいい、君もようやくこれで解放されるのだろう?」
「解放・・・かもしれない」
「・・・君の心も傷むか?」
「ええ、母なるリリスが滅ぶのだから・・・私たちの心は、共に滅ぶことを望んでしまう」
「ダメだ、僕には君が必要だ」
「大丈夫、私はあなたとともに生きることを選んだ欠け片だもの」
「そしてこの世界の綾波も、この世界の僕と共に生きることを選んでくれた」
「ええ、碇君と共に、あの子も生きてゆくわこの世界で」
矇た女性と老人は、寄り添ったまま、静寂が辺りを覆っていった。
そして、彼らの足下、ジオイドレベル以下数千メートルにうがたれた洞穴のただ中で、強大な思考装置が活動を開始していた。
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新世紀EVANGELION
「策謀の福音#2」(〜use a scheme of UNSF PAIN〜)
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
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新世紀EVANGELION
「策謀の福音#3」(〜use a scheme of UNSF PAIN〜)
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「パケット量、指数級数的に増大!」
「現在MAGiの処理能力の71%まで到達!! さらに増えます!!」
「このままでは施設内の情報統制用リソースまで食われます!」
「マ・・・MAGiカスパーがクラッキングを受けています!!」
ひな壇状の発令所の下部のMAGiの実オペレーターレベルで悲鳴に近い報告が突如として増加した。
レーザー干渉で表示される上空フロントスクリーンに、無数のウインドウが開かれ、MAGiに対するDos(Denial of Service)攻撃の刻々と移り変わる回線状況、リソースの割合などが書き込まれてゆく。
「攻性防壁!」
「すでに展開済みです、しかしファイヤーウォール上のプログラムデーモンが起動するごとにスレッドが無効化されています」
「バルタザール、メルキオールもクラッキングをうけつつあります」
「まったく・・・通信プロトコルをTCP/IPからNERVオリジナルへ切り替えなさい」
リツコが最終手段を持ち出した。
「そんなことしたら、世界規模のネットダウンに陥ります」
MAGiは、ドメインネームサーバーや基幹パケットサーバーとしての役割も担っている、そのサーバーが勝手にプロトコル・・・通信手順を切り替えたならば、大混乱に陥るのは必定であろう。
『かまうことはない、MAGiをクラックされるわけには行かないんだ、やりたまえ』
「副指令、しかし」
『NERVの業務こそが本分なのだ、民生ネットワークなど切り捨ててかまわん!』
「・・・判りましたロジック切り替えに20秒ください」
オペレーターは、顔色を悪くしつつも、キーボードへ向き直り、すさまじい速度でキーをたたき始める。
しかし、その作業は遅きに失したのである。
「し、思考連合野に異常信号!!」
「なにが起こっているの」
「MAGi自体がリプログラムを受けている可能性が大です」
「そんなバカな!」
「海馬領域に異常アクセス! プライベート領域、プロテクト領域全てを何者かが読み出しています!」
「全領域の読み出しには、普通30時間もかかるのに、無駄なことを」
「いえ、赤木課長、NREVの持っている通信域帯の99パーセントが現在読み出し作業にに使われています、このままでは5分もあれば、全てのデータが読み出されてしまいます」
「読み出されたところで、ホロメモリーの生データですもの、翻訳機であるMAGiが関わらなければ、意味不明のバイナリーでしかないわ」
「しかし、向こうはMAGi本体の攻性防壁すら無効にしてしまうコンピュータパワーを持っているんですよ」
「量と質はイコールじゃないわ」
「・・・だといいんですけど」
「ブロトコルの切り替え終了しました・・・しかし・・・」
「どうしたの?」
「ダメですプロトコルが変わっても依然として読み出しもクラッキングも続いています」
『666プロテクトの発動用意!』
「司令!!」
『ここでわれわれの情報を好き勝手にされるわけにはいかん!』
「ですが・・・」
666プロテクトは、対MAGiクローン用の切り札であり、それが存在することを他の支部、ましてやSEELEに知られることは、どう考えても得策ではない。
「いいのか六分儀」
「良いも悪いもない、守らなくてはならないものは守る」
「それにしてもMAGiをもってして情報戦で苦戦するとは・・・」
「所詮人の作ったものは人の作ったものに凌がれるということだ」
「だが、うちの技術は、隔絶しているはずだ」
『いつまでもNREVが一番でいられるなどとはおこがましい限りね』
とつぜん聞きなれない女性の声がセントラルドグマで封印作業中の二人の会話に割って入ってきた。
「誰だ貴様!」
『これは、失礼。
連合国特務軍PAIN司令長官の橘ミサキという、以後お見知りおきを願いたい』
さすがに、スクリーンの存在していないこんな場所にウインドウを開くというまねはできないのだろう、音声だけであるが慇懃無礼な態度が歴然としたその声に、二人の男は顔をしかめるしかない。
『さて、本日の用向きなのですが、連合国特務機関NERVの司令と副司令でいらっしゃるお二人が行っている現在の作業を中断していただきたいと思っているのですよ』
「なぜだ?」
「単純な話だ、NREV本部の全ては、連合国特務軍たるPAINが接収するのだ。
かってに弄繰り回されては、困るのだよ」
「今行っている作業は、あなた方には何の関係もない、研究機関として必要な処置なのだかね」
「・・・私は気が短いんですよ冬月コウゾウ副司令閣下、止めろといったら直ちに止めるのが身のためだぞ、それとも我々PAINにその薄汚い地下洞窟を占領させたいとでもおっしゃるか?」
「バカバカしい! 軍人というのはできもせんことをほざくのが好きなようだな」
「よせ六分儀! こんな挑発に挑発で乗ってどうする」
「出来ることとできない事の区別すらできない阿呆に教えをたれているんです」
「・・・貴様が六分儀ゲンドウか、思った以上にくだらない男のようだな、良いだろう、3時間後にその吠え面をじっくりと拝んでやる、覚悟をしていろ」
「ふん」
「六分儀どうするつもりだ」
「うちの対人防御は完璧だ、なにもできやしない」
「おまえな、MAGiがクラッキングを受けていることを忘れたのか?」
「・・・」
ゲンドウの顔面にタラリといやな汗が滲み出す。
「・・・わたしは知らんぞ。
ほれそっちの資料もよこせ3時間もあれば、この部屋の資料程度はシュレッダーにかけられる」
「・・・」
「ったく、こうも堪えしょうがないとは思わなかったぞ」
「・・・問題ない」
「ばか者、問題山積にした張本人が、打開策をそこで反省しながら考えてろ」
「第一大隊、状況を開始せよ! 全機状況開始」
そのミサキの発令に、戦闘指揮車の周囲から、光学迷彩を停止しステルス塗装の漆黒の肌を持った、人型機動兵器<ベルン>が姿をあらわす。
マスタースレイブ方式の装甲戦闘服から派生したそれらは、燃料電池によって全力稼動12時間という驚異的な戦闘行動能力を持っていた。
その走行速度は70キロメートル、カートリッジ式のスラスターによって、30メートル程度の跳躍能力を持ち、40ミリ機関砲の直撃にも耐えうる強靭性を持っている。
40ミリマシンガン、100ミリカノン砲、MLRSパッケージなど、現行の対装甲車両兵装の大半を携行することが可能である。
対人用兵装としてフラッシュレーザーと呼ばれる非殺傷型非人道兵器・・・いわゆる予後不良を起こす目潰し用レーザー・・・の使用も特別に許可されている。
確かに戦車砲弾の直撃を食らえばただではすまないが、戦車砲は、全高4メートルのすばやく移動する人型の物体をピンポイントしうる能力など持っていない。
戦車砲とは、同じ戦車という存在を屠るために存在している。
同様に、攻撃ヘリなどでは機動力で対抗の仕様がない。
もしもベルンを止めようと思えば、CIWSなどの自動追尾火器によって、数十発の砲弾を叩き込むというまねが必要となる。
「・・・さてさて、妖怪爺どもの居場所の特定を急いでね、日向君」
「任せてください」
ジオフロントへの搬入口、さらには巧妙に偽装されているベンチレーター、はてはEVANGELIONの射出口を爆砕し、西洋甲冑を模した形状の人の3倍ほどの全高をもった人型機動兵器が突入してゆく。
その数84機。
それに続くのはハードスーツと呼ばれる小銃弾程度であれば完全にはじくことが可能な動力補助倍力装置のついた丸っこい甲冑をまとった装甲歩兵約1000名。
MAGiの情報処理とリモート探知に対人防御を頼っているNERVに、ベルンの進攻を止める手段は事実上存在していない。
確かにNERVにも、スイスガードと呼ぶ衛兵が存在していた。
そしてそれが並みのテロルや、警察官程度の武装であるならば、対処が可能だっただろう。
しかし真紅のベレーをかぶった、彼らは装甲歩兵や、まして機動歩兵に対処で来うる装備も練度ももって居なかった。
抵抗すれば、容赦なく非殺傷ゴム弾を打ち込まれ、無抵抗であっても、手足を拘束され、床に転がされる。
「赤木君」
しばらく嫌な汗をだらだらと流しつつ考え込んでいたゲンドウが、ようやく顔をあげた。
『なんでしょうか?』
発令所には、侵攻を受けつつある阻止ポイントからの悲鳴が無数に届いている。
そのノイズの向こうからリツコの声が返ってきた。
『EVA初号機、零号機を地底湖へ射出、エントリープラグも同様に全機を破棄だ』
「・・・おい、六分儀たんなる嫌がらせにしかならんぞ、サボタージュが露見すれば、貴様の立場がもっと悪くなる」
「向こうが力ずくで来るんです、こちらも対抗するんですよ」
「・・・私は止めたからな」
『判りました・・・しかし今となっては、間に合わないかもしれません』
「かまわんやりたまえ」
「UNSF・PAINがNERV本部を接収する、抵抗すれば容赦なく排除する、速やかに両手を挙げ席を離れろ」
発令所内へ装甲歩兵がなだれ込んできたのは、状況開始からほんの20分後の事だ。
正規のルートを辿ってさえ、地上からならば30分程度の時間がかかるのにも関わらず、PAINの兵員たちは、まさに神速というべき侵攻速度で本部内を次々と制圧していったのである。
「まってくれ、我々は同じUN職員じゃないか」
そう言ったのは、つんつん頭に黒縁メガネのオペレーターだ。
「その戯言は、セントラルドグマとやらで、こそこそと証拠隠滅にいそしんでいる六分儀司令へ言うんだな」
そういうと自動小銃を突きつける。
「まちなさい勝手なことはさせないわよ」
ミサトがようやく発令所へ駆け込んできた。
「ふんお手盛り大尉さまのお出ましか」
そう嘲るように言った装甲歩兵の階級章は星が3つにラインが2本入っていた。
「なんですって!!」
「葛城ミサト、ドイツUNF大尉、参加作戦数12、内作戦立案7、作戦指揮8、作戦成功率75%、ただし全作戦参加人員の生存率8.9%」
「だからなによ作戦目的は達成したわ」
「貴様の作戦で死傷した人員の数を知っているか?」
「そんなもの関係ないわ」
「死亡が4598名、再起不能の障害を負ったもの320名」
「だからなによ」
「同時期の欧州におけるUNFの死傷者の実に95%は貴様が生み出したんだぞ、きさまの参加した作戦は、同時期のUNFの作戦のたった10%でしかなかったにも関わらずだ」
その声に、オペレーターたちからの視線の質が変わった。
「兵隊は戦って死ぬのが仕事よ」
ミサトがはき捨てるように言う。
「ならば貴様が!!」
装甲歩兵が小銃をミサトへと向ける。
『ダメですよ利根さん』
紫のベルンが、発令所へ入ってきた。
さすがに角はついていないが、その色調は、EVANGELION初号機とほぼ同一に思える。
そしてその印象の通り、スピーカーから流れる声は、碇シンジの物だ。
その場で制圧にあたっていたベルンと装甲歩兵の全てが、紫のベルンへ向き直り、それぞれの操縦者の出身軍における敬礼を器用に行った。
紫のベルンも海軍式の敬礼を返して見せた。
「・・・しかし」
『その人は、人の話を聞くような人ではありません、腹を立てるだけ無駄というものです』
「現実を教えるのも、必要なことです」
『もちろん、それで本人が変わるならば意味があるでしょうでも・・・その人には無駄なんですよ』
「判りました」
『それに何れそれら件で、呼び出されますよその人はね』
「なにを勝手なことを」
『あなたは僕や利根さんの階級章が読めないのか? すくなくとも大佐に対する口の利き方であるのかもう一度初期教育過程からやり直してみますか葛城ミサト大尉』
「・・・NERVに敵対する存在に敬意を払う必要なんてないわ!!」
ガヴァメントをホルスターから抜き出し利根へ向かって突きつけた。
『そこまでバカですかあなたは・・・』
「上官への反抗・・・いいですね碇准将!!」
『仕方がありませんね、殺したらだめですよ』
「死んだほうがましって言葉を教えてやります」
『お手柔らかに』
次の瞬間、利根の黒い装甲服がミサトの視界から消え去る。
もちろん消えたわけではない、すばやく姿勢を落とした為消えたように見えたのだ。
「なっ・・・ぎぃがぁぁぁっ」
そのまま倍力機構を最大の状態で、掌底を水月(みぞおちのこと)へと叩き込む。
このとき遅刻の上朝食代わりのビールが入っておらずミサトの胃が空っぽであったなら、まだましであっただろう、だが彼女の胃にはビールが残っていた。
掌底が叩き込まれた瞬間、まるで革袋が弾けるような音が響いた。
「ぐぅぇえええええっっ」
弾き飛ばされたミサトは、大量の血と胃液とビール混じったものを辺りへぶちまけのたうつ。
「葛城さん!!」
『日向マコトさん、黙って観ていなさい』
「・・・」
「はっ! ビヤ樽って噂も事実だっか・・・」
のたうつ、ミサトの膝をけり砕く。
さらに、肩へ正拳が叩き込まれる。
「・・いがぁぁっっっ」
「反吐の中で、少しは死んでいった者たちへ、懺悔をしていろ、人殺しが!!」
「へ・・・」
「まだ言うか、言えばその顎を蹴り砕き、二度としゃべれない体にしてやる」
『利根さん、その辺で』
「・・・判りました・・・おい、衛生兵! このバカを適当に処置したら、ここの重営倉にぶち込んどけ」
数体の装甲歩兵が駆け寄ってくると、足首を持ち引きずり始めた。
確かに反吐まみれの人間を扱うのはそこを持つしかない、ただし相手が怪我をしていなければ。
だが、その扱いに文句をつける人間は・・・一人だけ居た。
「やりすぎじゃないですか」
日向マコトである。
「やりすぎ? 4000人の人間を死地へ送り込んでおいて反省もしない人間にかね?」
「軍事作戦ではありませんか」
「ひとつ教えてやろう」
「なんでしょう」
「兵站、予備兵力の投入時期、そして損害が生じた場合の引き際、それらを普通の判断能力をもった指揮官が作戦指揮をしたと仮定した場合の損害率は、せいぜい10%、そして作戦成功率は8割を超えた。
ようするに、あの女は猛将などてはなく凡将以下の無能なクズでしかない。
あの女に指揮を任せるならば、小学生の子供に指揮をとらせても結果は一緒だ」
「・・・そ・・・」
「そんなもんだよ、大尉の階級がついたのは、ここのスポンサーの好意以外のなにもんでもない、単なる箔付けのためのお手盛りに過ぎん、なにか言いたいことがあるかい? それにな、あの女は、あの程度の怪我じゃびくともしない」
「どういうことですか?」
「そうだろう、六分儀ゲンドウNERV総司令閣下に冬月コウゾウ副司令閣下」
セントラルドグマで証拠隠滅に勤しんでいた指令職二人は、漆黒のベルンにそれぞれ引きずられように発令所へと連行されてきた。
ゲンドウの顔には、複数の青タンがができかかっており、口の端は切れ、その黒い制服はどうやらかなりゲンドウ自身の血が飛び散っていた。
対するコウゾウは、きれいな物であり、無駄な抵抗をしたゲンドウの愚かさが対照的であった。
「それはどういう・・・ことですか?」
恐る恐るマコトが尋ねた。
『あの女は、最初の仕組まれた子供達アダム接触実験の被験者の一人であり、ただ一人の生き残りであり、唯一ヒトとしてアダムの遺伝子を取り込んだ存在・・・でしたよね六分儀ゲンドウさん』
「・・・答える必要などない」
『誰もあんたが答えてくれるなんて期待してないよ、それにこういう場合沈黙も反抗も十分な答えになるってことすら判らないんだね』
その嘲りに、ゲンドウの顔がゆがむが、殴られた箇所が痛いのだろう、ゆがませた口から「くっ・・・」という声が小さく漏れた。
「あの女が、ここで飼われていたのは、ビヤ樽をさせるためでも対外的な客寄せパンダとして使うためでもない、単なるアダム因子摂取の経過観察のためだったというわけだ」
さらに隠された意味として、地下のリリスの誘使徒波動の補強ということもあったのかもしれない。
「どう日向君」
「ばっちりですよ橘さん、
くそ爺供の尻尾を思い切り握り締めました。
さすがに真龍です。
MAGiオリジナルのエミュレーションを数千スレッドも作り出して、10の20乗バイトのデータを、マイクロ秒で検索してしまうんだから、相手をさせられたMAGiの方がたまったもんじゃないでしょう」
「さっすがぁ」
「いや僕をほめてもしょうがないですよ、僕は真龍におんぶに抱っこですから」
「それでも、オペレーションに慣れてなくちゃ、使いこなせるもんじゃないでしょ。
日向君も伊達に戻ってきてないって感じかしら?」
「そういう橘さんだって、良いんですか、利根さんにあんなことさせちゃって」
「私は葛城ミサトじゃないもの・・・彼女には気の毒だけど、そういう日向君こそいいのかしら、憧れの君だったんじゃない?」
「僕が憧れたのは、今目の前に居る上官殿です」
「まったく臆面もなくよく言うわねぇ」
「ええ、心に秘めても想いなんてぇものは伝わるもんじゃありませんから」
「ま、そりゃそっか、じゃあ爺供の狩り出し、任せても良いわね」
「相変わらず、そういうところは変わってませんね」
「部下を使い倒してこそ上司ですもの」
「はいはい、使い倒されることにいたします」
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新世紀EVANGELION
「策謀の福音#3」(〜use a scheme of UNSF PAIN〜)
Fin
COPYRIGHT(C) 2004 By Kujyou Kimito