この愛を贖(あがな)いに代えて
[九条公人]
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#1
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思えば、我ながら良く耐えた。
遺跡の演算ユニットから助け出されて半年。
イネスさんからは、はっきりと3ヶ月程度が限界だと知らされた。
それを多分あの子によって知らされたのだろう、一旦は、私から離れたけど、あの人は、私の前に姿を現してくれた。
あの人もまた、短い命を燃やし尽くそうとしていたから。
私たちは、家族だけでひたすら、短い時間を過ごした。
そしてあの人は、20日前に逝った。
あの子ともう一人の妖精、そしてもちろん私とに看取られ、静かに逝った。
私は、最後の力であの人の遺骸を光へと散華させた。
あの人の遺体をさらに実験などに使われるのは耐えられない事だったから。
それがあの人の願いだったから。
可哀想だがあの子と妖精には、遺髪が残っただけだ。
わたしも、もう逝こう。
あの人の所へ。
きっとあの人は、地の底へ魂が裁かれる場へとつづく階段を不承不承下っているところだろう。
私も、その後を追うのだ。
なぜならば、私も、あの人と同様に自分の手を血に染めた咎人(とがびと)だから。
あの人の所へ・・・。
「ルリちゃん、ラピスちゃん、お別れ」
もう口を開くのも億劫だ。
自分からだが生きることを止めてゆくのが感じられる。
「ユリカさん」
「ユリカ・・・どうして、アキトもユリカも居なくなるなんてダメだよ」
「お父様には、二人の事を頼んでおきました。
ごめんね、二人とも、もうアキトの所へ・・・行きたいの」
「・・・ユリカさん・・・ズルいです」
「えへへ、独り占めしちゃってごめんね、ルリちゃん・・・ラピスちゃん・・・ルリちゃんの言うことを良く聞くんだよ」
「ダメぇ・・・ユリカ、ダメ、どこへもいっちゃ嫌だよ・・・ユリカぁ」
「ごめん・・・もう・・・暗くて・・・なにも・・・」
途切れ途切れの意識の中で、私はただ思っていた。
あの人の・・・アキトの所へ。
温かい、あなたの腕の中へもう一度だけ・・・。
そして、あなたをもう一度この胸の中に抱きたい。
私のからだは、光に融けて行った。
「ユリカ、ちょっとユリカ、教官がおかんむりだよ」
誰かに体を揺すぶられている。
もう、私は死んじゃったのに、どうして起こそうなんてしてるの。
アキトの所へ行くんだから・・・。
え!?
「へっ? あへ・・・ジュン君? え? ルリちゃんは、ラピちゃんは?」
「ルリちゃんとかラピスちゃんって誰? 僕は知らないよ」
「ここはどこ私は誰、今はいつ?」
「ええい、貴様はミスマルユリカで、ここは、士官学校のシミュレーションルームで、今は、2194年の11月21日だ!! 寝ぼけるのも大概にしておけ、いくらお前がこんな戦術シミュレーションがお茶の子さいさいとはいえ、少なくとも目は、開けとけバカもんが」
「あ、沼田教官だ・・・あれ?」
「はぁ・・・ユリカ、目が覚めた?」
「う、うん、ごめんジュン君」
そう応えたものの、私の頭は混乱していた。
2194年の11月とは、ナデシコ発進の2年も前ということだ。
そして目の前には、まだ前髪を伸ばす前のジュン君とそして私の指導教官だった沼田教官がいる。
・・・私は、確か、ヨコスカの家でルリちゃんやラピスちゃんに看取られ死んだはずだ・・・。
どうして・・・。
考えるまでもなかった。
わたしはあの時、アキトの所へと願った。
私の体は、遺跡の演算ユニットのナノマシンに冒されていた。
体組織の大半が、ナノマシンと入れ代わるほどに。
そして演算ユニットとも結局意識は繋がったままだった。
死の直前のイメージを演算ユニットは、実行したのだ。
私の意識もしくは記憶は、時間を遡り過去の私と同化したということだろう。
それ以外は、もっと馬鹿馬鹿しい理由も考えつくが、それが一番合理的に思えた。
「ユリカ、なんだかいつにも増して、ぼおっとしてるよ、大丈夫かい?」
シミュレーションは、なんとかクリアして座学の時間が終わって、放課となった。
私は、一人になりたかったけど、ジュン君がなぜか付いてきていた。
これは、きっとなにか約束させたのだろう。
今の私には解る。
ジュン君が私の事好きだったってこと。
だからこそ、ちゃんとしないとダメだよね。
「ジュン君」
思わず、鋭い声と視線でジュン君を威嚇してしまう。
だって、いつにも増してなんて言われたら、例え事実だって・・・我ながら情けないけど・・・怒りたくなりますよね?
「な、なに?」
「いつにも増してというのは、失礼です。ユリカぷんぷん」
あらら、思わず昔のわたしが顔を出しちゃった。
「あ、ごめん」
ジュン君は、わたしの剣幕にシュンっと肩を落として謝罪の言葉を反射的に口にする。
「それから、あの・・・約束の件ごめん、ちょっと一人で考えたいことがあるから・・・」
私は腰を折って深くおじぎをした。
もちろん、これから口にすることへの謝罪でもある。
「え、だって今朝は、買い物付き合えって」
「だから、ごめんなさい、ユリカすごく勝手なこと言って・・・だから・・・ええっとね、ジュン君、もうユリカに無理に付き合わなくて良いよ」
「でも・・・それは・・・そういう、こと?」
「ジュン君の事、私はお友達だって思ってた。
けど、ジュン君は、男と女としてのお付き合いを望んでるよね?」
「僕としては、ずっとそのつもりだったんだけど・・・さ」
「ごめんね、私すっごく鈍感だったね」
「・・・いいよ、はっきり言われた方が、諦めつくしさ」
「お友達も解消・・・だよね?」
「そんなこと・・・」
「そういうの、はっきりした方がいいと思うよ、ジュン君わりと優柔不断だから」
「ユリカ・・・僕の事本当は迷惑だった?」
「そんな訳ない! 私は、ジュン君の事嫌ったりしないよ」
「本当? ああ・・・でも、そう・・・そうだね、少し距離を置いてみようか?」
「それが良いと思う、今までありがとうジュン君」
「うん、じゃあ、取り敢えず・・・また」
「うん」
ごめんねジュン君。
ジュン君・・・吹っ切ってくれるといいな・・・。
私は、もう一度大学へ足を戻した。
公共情報端末、図書館に設置されたものは、地球ネットしか検索できない。
他は・・・あ、私達士官学校の生徒には、軍事情報網―――FORNET(フォーネット)のIDが支給されていて、少尉待遇で、情報検索が出来たんだった。
私は、図書館の閲覧室へ入ると、端末を立ち上げた。
IDを打ち込み、情報検索コンテンツを表示する。
キーワード<火星:ユートピアコロニー:テンカワアキト>で検索をかけた。
ヒットしたその大半は、アキトがテロから生き残ったという報道記事だ。
そして、最後の情報は、ネルガルと火星総督府から退職金、保険金、見舞金などが送られ、それらは基金として運用され、アキトには年金として支給がすぐにでも始まるという記事だった。
アキトの住所は、ユートピアコロニーのままネルガルは、社宅をそのままアキトに提供したらしい。
まだ、木星蜥蜴の火星侵攻までには、一年を残している。
私は、どうすればいいのだろう・・・。
ナデシコにもう一度乗り、あの未来を変える為に何かをなすべきなのだろうか?
夕暮れに沈む図書館で私は、思案にくれていた・・・。
「サセボ海軍士官学校において、ホストコンピュータが謎のダウン、周辺10市町村のネットワークにも影響。か・・・いったいなにがあったか知っているかい?」
お父様よりにもよってその記事に目を通さなくても・・・。
ローカル新聞に目を通しているのはいつもの事だけど、原因の私に尋ねられてもねぇ。
「え? さ、さぁ・・・」
だいたい、リンクレベルを少し上げたぐらいで、CPUがへたるなんて、なんてオンボロなのかしら。
「なんにしても、軍関連の施設なんですからもっと頑強なシステムを組んでいただかないとダメということじゃありませんかお父様?」
「うむ、ユリカの言うとおりだ」
ずずずすっとお茶を飲み干すと、お父様は立ち上がって、茶の間を出て行った。
「はぁ・・・」
昨日、私はIFSを使い、私の記憶の整理を行った。
何故かと言えば、私が、ナデシコに出来ることを確かめたかったからだ。
そして、私の頭の中にある補助脳には、かなり膨大な情報が送り込まれていることを知ってしまった。
これはヤマサキによって書き込まれたものと、遺跡に取りこまれている間に、遺跡が勝手に書き込んだものであると推測するしかなかった。
けれど、この情報があれば、ネルガルと交渉を行うことも可能だろう。
昨日ホストコンピュータがへたって大騒ぎになった図書館から逃げ出した、私は、大学へ休暇届のメールを送った。
心と記憶の整理をする為。
そしてネルガルと接触をする為。
心の整理、それはアキトの事をどうするかのただ一点。
この時間・・・いやこの世界のアキトは、私の愛したアキトではない。
私が王子様と呼び、その私の言葉に忠実たらんと無理をして、短い一生を振り回したまま死んでしまったアキトではないからだ。
私は、アキトを失ってから気がついたのだ。
私がアキトにしてしまった事の重さを。
今ならば解るのだ、失ったから解るのだ。
あの人は、私の事を愛していなかったと。
そして私があの人の将来を縛ってしまったと。
それでも私の心は、あの人を失ってしまった・・・私を心から愛してくれていなかったあの人を求めてしまっている。
狂おしいほどに、あの人の胸に縋り、強く抱きしめられたい。
あの人の心が私を向かなくても、それでもかまわない。
私はあの人に抱きしめられたい。
そして、それ以上に、悲しいほど一人ぼっちだったあの人を私の胸に抱き、暖めてあげたいのだ。
どうして私はそれが出来なかったのだろう。
あの人に一番するべきことは、それであった筈なのに。
瞳から涙があふれ出す。
ごめんなさい。
私は、この罪をどう贖えば良いのだろう。
ごめんなさい。
・・・わたしの心は、深い袋小路にさ迷い、出口は全く見えなくなっていた。
ただ・・・私はあなたの事が今でも本当に好き。
今なら、あなただけを愛しているとはっきり言える。
真実のあなたの姿を、今ならきっと追うことができる。
・・・アキト、会いたい。
私の、その想いは、思わぬ形で果たされることになった。
「ユリカ、テンカワアキト君の事は覚えているかね?」
もちろん覚えていないわけがない。
だが、その名がお父様の口から出されたことに私は驚いたのだ。
「ええっと・・・火星でお隣だったかなぁ・・・あははは」
「そのとおりだよ、流石にユリカは記憶力も抜群だね」
「で、そのアキトがどうかしたんですか?」
「ああ、今次のネルガルの試作機動兵器の開発パイロットとしてね、地球に来るそうなんだ」
「ほ、本当ですかお父様!」
「ああ、本当だよ、彼は実に優秀なパイロットという話でね、ネルガル辺りのテストパイロットにしておくには勿体ないと、火星駐留艦隊の司令長官<フクベ>さんが言っておるくらいで・・・ユリカ?」
アキトが地球に来る、それもテストパイロットとして・・・どうして?
歴史が変っているというの。
「あ、ああ、ごめんなさいお父様、アキトは、いつ地球に来られるの?」
「それが、もう月の中継基地まで到着していて、明日には羽田に降りてくるそうだ。
ユリカ、悪いが迎えに行ってもらえないかい?」
「ネルガルが出すのではないんですか?」
「それがな、彼が地球に知り合いがいるからと断ったそうなんだ。
なにしろ、私もフクベさんからの直々の話とあっては、断れなくてね。
忙しいところをすまないが、明日の午前10:30に到着するシャトルで降りてくるテンカワ君を迎えに行ってやってくれないか?」
「・・・でも」
恐い、アキトに合うのが・・・。
「そうかい・・・それじゃあうちの人間を・・・」
「あ、違うんです。お父様、わたし行きます」
「おお、行ってくれるか、なにしろ凄腕のパイロットなら・・・」
でも、どんな顔をしてアキトに会えば良いんだろう。
羽田のターミナルで私は、半分途方に暮れていた。
そして、時間を完全に忘れてしまっていた。
「・・・ったくぅ、いるじゃんかよぉ、めちゃくちゃさがしたぞユリカぁ」
ドスンと旅行バックが落され、そして私の座るベンチの隣りに男の人が座った気配でようやく私は顔を上げた。
「あ・・・アキト?」
「オレとしては、もう6年ぶりだけど、お前にしては、まだひと月もたってないよな?」
「・・・それって・・・」
なんということだろう。
なんということだ。
どうして。
アキトは、確かに・・・。
「オレは、遺跡からお前を助け出したテンカワアキトだよ、お前は、テンカワユリカだよな?」
「アキト?」
「そうだ」
神様、もう、私はなにもいりません。
この人がいるなら、この人が生きていてくれただけで、私は・・・私は・・・。
私は、アキトの胸にすがり、ただ、これが夢では無いことを祈りつづけた。
ターミナルビルの喫茶室の奥まった席へ座り、私たちは、ただ黙ってお互いの手を握り合い、お茶を時間をかけ飲んだ。
聞きたい事、尋ねたいことは、頭の中で渦巻いている。
だが、私たちは、なにも語らなかった。
なにも喋らなかった。
ただ、こうして互いの温もりを感じることが幸せだったから。
理不尽に奪われた、たったそれだけの事を取り戻す為に、この人は戦い・・・倒れたのだから。
だから、今は、言葉などいらない。
この人も、そう感じてくれているのが妙に嬉しかった。
「宿は、どこかに取ってあるの?」
ハイヤーの車内で、私はようやく話をする切っ掛けを掴んでいた。
「いや、どこかビジネスホテルにでも潜り込もうと・・・」
「嘘は、ダメ。お部屋用意して有るから、ちゃんと泊まって行って」
「お前は、いいのか?」
「いいも悪いもないよ、自分で知り合いが居るなんて言ったのに」
「知り合いだろ?」
私が戻ってきていなかったらどうするつもりだったんだろう。
「そうだけど、私が戻ってきてなかったらどうするつもりだったの?」
「幼なじみのミスマルユリカの家に厄介になるというのは、そんなに変だったか?」
「ううん、ぜんぜん変じゃないよ・・・正直とっても嬉しい」
「なら、嬉しい顔をしてくれ」
「アキト」
「ん?」
「私、アキトに甘えちゃうかもしれない」
ダメだ、こんなことを言ったら私たちの関係は、一歩も進まない。
「バカだなぁ甘えりゃいいだろ、その代わりオレもおまえに甘えるからさ」
けれど、けれど、私の横に座るこの人は、私よりもずっと大人になっていた。
「何驚いた顔をしてるんだ?」
くしゃっと髪をかき混ぜられる。
あ、ルリちゃんには良くやってた仕草。
私には、しなかったのに。
「だって・・・」
だって、そんなに優しい微笑みなんて見せられたら・・・。
見とれてしまう。
「おまえが赤くなるなよ、今さらめずらしい顔じゃないだろ?」
「だってアキトかっこ良くなってる」
「ば〜か、おだてたって、なにも出ないぞ」
「なぁんだ、久しぶりにアキトのつくっ・・・」
「・・・ラーメンか?」
「ごめん」
もう、私の考え無し!
「ま、ラーメンは、無理だな、材料もないし、チャーハンがチキンライスくらいなら、作るぞ」
「でもアキト」
「味覚も視覚も治ったよ、火星じゃ自炊してたんだ、飯くらい作るぞ」
どこまで強くなるんだろうこの人は。
今は、この人の強さに甘えよう。
「うん、美味しいの期待しちゃうからね」
「おう・・・それにオレは、戻ってきたお前に合う為だけに来たんじゃないぞ」
「あ、そういえば、パイロットがどうとかってお父様言ってらしたっけ?」
「そうだ、ま、それも口実だな」
「どういうこと?」
「地球でミスマル提督とアカツキに繋ぎを取りたかったんだ」
「アカツキさんとは、なんとなく解るけど・・・お父様とは、どうして?」
「ナンバードフリートを火星に張りつけて置いて欲しかったからだ」
ナンバード・フリート、地球連合宇宙軍正規4個艦隊をそう呼んでいる。
総兵力は、三千隻に達する史上最大の武装集団。
でも、木星蜥蜴の無人艦隊には、手も足も出ないはず。
「でも」
「ナンバードフリートを火星へ外洋演習という目的で派遣してもらう、もちろん火星駐留艦隊との合同演習を行い火星艦隊の技術レベルを向上させるというお題目も用意してある」
「けど、アキト通常兵力じゃ・・・」
「だから、アカツキにつなぎを取るんだ」
そういうとアキトは、人の悪い笑みを浮かべた。
その嗤い方私には、かっこういいって思えるけど、私以外に見せたら絶対嫌われちゃうよ。
「どもお久しぶりです、ミスマルおじさん」
「おお、アキト君かぁ立派になったなぁ」
おとうさまが、居間に入って来るなり、アキトは座布団から降り、頭を下げ挨拶をした。
「しばらく御厄介になります」
「かまわんよ、自分の家だと思って、くつろいでくれたまえ」
お父様は、座布団へ戻るように手を伸ばした。
「はい、ありがとうございます」
「ユリカとは、話をしたかい?」
「はい、たくさん話しました、それにしてもいつもオレを振り回してたあのユリカがこんなに綺麗になってて、本当に驚きました」
「ああ、なんかそれ酷いよアキト」
「わはははっ、そうだろ、そうだろう! 取り敢えず、今日はゆっくり休んで、明日は君の腕を見せてもらうとしよう」
「はい、ありがとうございます」
「アキト」
私は、アキトのために用意した客間に足を運んだ。
もう既に日付が変る時間だ。
「ん・・・ユリカか・・・って不味いだろうこんな夜中に」
「うん、だから、少しだけだよ」
アキトは、入っていた布団から出ると、その上にあぐらをかいて座った。
私はその隣りへ腰を下ろす。
「アキト・・・」
私は、そっとアキトの体を抱き寄せた。
「ユリカ?」
「あなたは、ずっと一人だった、本当はこうして抱きしめてくれる人が居なくちゃいけなかったのに、私は、抱きしめてあげられなかった。
私には、あなたに抱きしめられる資格は、もうないかもしれない、だけどアキト、私はあなたをいつでもこうして抱きしめたい。
私はあなたの事を愛しています。
たとえあなたが、私を愛してくれていなくても、私は、あなただけをずっと愛し続けます」
「ユリカ・・・バカだな、キライな奴を命をかけて助け出すかよ。
かっこつけ、意地っ張り、見栄っぱり、そして復讐。
んなことどうでも良かったんだ。
お前を助け出して、オレが、オレ達が一番幸せだった頃に戻りたかった。
ただ、それだけなんだよ。
オレが望んでいたことは、たったそれだけだったんだ。
ルリちゃんと3人でバカなことをしながら、家族ごっこって言われても良いから、あの時に・・・。
本当は、お前が助かった時に、側に居てやりたかった。
だけど、オレは、おまえの王子様じゃなくなっちまった。
気がついたら俺の手は血にまみれ、そんな手でおまえを抱けないなんて思いこんでた」
「アキトは、アキトだよ。
手が血にまみれても、それが例えアキト一人じゃ雪(そそ)げない血であっても、私が一緒に雪ぐし、私もあなたの魂の重みを背負って一緒に歩く、
だから、あなたは、私が愛したアキトだよ」
ごめんなさい、あなたに押し付けてしまった身勝手なイメージであなたにどれほど辛い思いをさせてしまっていたのだろう。
「ありがとう、ユリカ、お前があんなオレでも、受け入れてくれたから、今オレは、お前の前にこうしていられる、先のことを考えることができるようになった」
謝ることもできない、心の重みに私は、アキトを抱きしめる腕に力を込めることしかできなかった。
「ナデシコには、乗るの?」
「乗らない」
「アキト!?」
私が驚いた声をあげるとアキトは、人の悪い笑みを浮かべた。
「・・・という選択もできた。
だが、それをするには、少し時間が足りなかった」
アキトの説明は、こうだった。
木連の火星侵攻の成功によって、木連を調子づかせてしまい、地球側が周辺宙域の制宙権を喪失したためなしくずし的に潰走状態になってしまったというのが、私たちが体験した<蜥蜴戦争>の初期シナリオだ。
それだけでなく、いったん消失した正面戦力を整える前に戦力を逐次投入せざるを得ず、数次に渡って企図された大規模反抗によって、予備戦力も消耗してゆくという、悪循環を作り出してしまったのも原因の一つ。
アキトは、その機先を制されてしまった<火星軌道会戦>を最低でもドローに持ち込むことができていたなら、木連は地球圏への侵攻を躊躇したに違いなく、地球へのチューリップの落下などという自体は起きずに、だらだらとぬるま湯につかったがごとく慢性的に火星軌道から地球軌道にかけて散発する小規模戦力の潰し合いの末に、双方共に消耗戦の経済負担に堪え兼ねて、なしくずし的に停戦・終戦工作が動きだすだろうと予測を立てたというのだ。
そのため、ネルガル火星支部の各研究施設において外装式の相転移炉(エンジンにあらず)とディストーションフィールド発生システム、そしてこれも外装式のグラビティーブラストの試作がまるっきり大コケしなければ、火星駐留艦隊にそれを装備させるつもりで、ナンバーフリートをわざわざ演習名目で出張らせる必要など無かったということだった。
しかし、現実には、いかにアキトの頭の中に未来兵器の設計資料が残っていようと、巨大科学と巨大工学の結晶である宇宙戦艦への<発掘技術>の応用は、工学や理論物理の段階においてステップを徐々に上がってゆくしかなく、一足飛びに10年間を理論と技術双方で飛び越えるなどという事は、不可能であるということだった。
「そりゃあさ、材料工学だけに絞ったって、地道な基礎研究を積み上げていかなきゃ、武人の蛮用に耐えうる<相転移炉>なんてもんを作ることすら難しいって焦るオレは、火星ネルガルの他の研究員たちに怒られっぱなしだったよ。
だからな、せいぜいディストーションフィールドを積んだ機動兵器しか量産できてないんだ、それでも、木連が初期に送り込んでくる<無人兵器>になら、それなりに対抗できる筈だ。
ナデシコには乗らざるをえないだろ。
なにしろ設計者の一人に名を連ねちまった」
あれ? そうすると・・・ドクターは、どうしているんだろ?
「アキト、ドクターは?」
「・・・いた、イネスさんは、火星ネルガルのオリ研(オリンポス研究所)にいた」
「どうして?」
イネス=アイちゃんは、アキトのジャンプに巻き込まれてから・・・。
「・・・誰か別の人間がCCを持っていたのかもな」
「それこそ、イネスさんにでも説明してもらわないと解らないか」
「そういうこったな」
それから、一月半ほどアキトは、お父様に宇宙軍内を引っ張り回されたようだった。
いつの間にかアキトは、宇宙軍の制服を身につけるようになり、その肩章には、星が1つにラインが2本入っていた。
アキトの歳で佐官に任官って・・・宇宙軍って何考えてるんだかもう一つわかんない官僚組織してるんだから・・・。
そしたら、お父様が教えてくれた、フクベ提督とお父様の推薦で特務少佐待遇として扱うように軍令部へねじ込んだということだった。
どうやら、テストパイロット部隊をアキトへ任せる為に、そのパイロット達よりも上位の階級が必要だったということらしい。
他のパイロット達からは、開発に技術的も関っているアキトの事を、現代のクルトタンク博士なんて言っているらしい。
・・・二次大戦中のドイツで戦闘機を自ら操縦しつつ開発した人なんだけど、ちょっと例えが古すぎの様なきもする。
「ユリカ、ちょっと来なさい」
アキトは、お父様の視察に同行させられて日本州内を東奔西走状態で、ひと月が過ぎた。
二人で帰ってきたと思ったら、私は、書斎へ呼ばれてしまった。
「ユリカ、アキト君と婚約しないか?」
「はぁ?」
アキトを目の前にして、思いきり間の抜けた声を出しちゃった。
あ、アキト笑った。
「でも、お父様」
「いや、私も忘れていたんだよ、テンカワ博士夫妻と家の子供同士を結婚させましょうか? という話をしたということを、おまえは、その話を聞いていて、どう発想を転ばせたのか解らないが、アキト君を私の王子様と言って追いかけ回しはじめんだよ」
「それって、本当なんですか?」
わたしは、全く覚えていない。
第一そんな話し前は、お父様してくださらなかった。
親同士の口約束とはいえ、そんな話がされていたなら、確かに私ならアキトを王子様と呼んで追いかけ回したのたろう。
「でも、アキトは、それで良いの?」
「もちろん」
だから、その微笑みをされたら、見とれちゃう!
アキトは、全然自分の微笑みの威力に気がついてないんだから。
「私も・・・嬉しいお父様」
私は、飛び切りの笑顔で、二人へそう答えた。
お父様は、もちろんアキトまで見とれさせてしまうなんて、私のユリカスマイルも満更じゃないのかも。
でも結婚は、アキトが20才になってからとお父様には言い含められてしまった。
お父様の意地悪っ。
婚約が決まって私は、大学へ再び通い始めた。
ナデシコに乗るなら、良い成績を取らないとダメなんだろう?
とアキトに言われてしまったからだ。
気がつけば席次は、20番程度まで落ち込んでいた。
けれど、未来の記憶の残っている私には、席次を挽回することはさして苦労はしなかった。
もっとも、主席は、ジュン君とわかち合うという状態になっていたけど。
第一、第三のナンバード・フリートが、火星駐留艦隊との演習目的と長距離航海演習のため地球軌道を離れたのはそれから七ヶ月の後、それらの主要艦艇には、ネルガル重工が開発した新型バリア装置と、外装型の砲熕兵装が取りつけられていた。
同時に、木連と地球との接触が行われていた。
地球は、ネルガル重工によってかなり力をつけた、互角とは行かなくても、火星から人が逃げだす時間くらいは稼ぎ出せる筈だ。
それであるなら、ボソンジャンプを切り札にしなくても、ナデシコという歴史上のキーパーツがそれほど活躍をしなくても、地球と木連は和平へ向かうのかもしれない。
この時点でまったく無力な私は、祈るような気持ちで、極秘交渉の次第をIFSを使いハッキングで見守り、そして火星へ向かっている第一第三艦隊の行方を見守るしかなかった。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」
Fin
COPYRIGHT(C) 2002 By Kujyou Kimito
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#2
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「・・・突如として、火星衛星軌道上に現れた異星文明の物と思われる艦隊は、外洋航海訓練中の連合宇宙軍第一艦隊、及び第三艦隊と交戦状態におちいった模様です。
現在火星との光行差は、約15分ございます。が、場合が場合ですので、リアルタイムに火星と中継を結び、放送を行う体勢を整えております。
引き続き臨時ニュースを申し上げます・・・」
民放各社も公共放送も、全てが<異星艦隊来襲! 交戦状態に突入>というセンセーショナルなヘッドラインで、臨時ニュースを流しはじめた。
やっぱり始まってしまった。
極秘交渉は、完全に地球側が木連を相手にせずに、決裂してしまった。
この時、前回は、木連の和平派の中心人物だった、御子柴聖(みこしばひじり)大将他、和平派の人たちは、クリムゾンのブラックワークスと木連強硬派、草壁中将旗下の暗殺部隊の手にかかり暗殺され、それが草壁の手によって、木連には、地球側の謀殺として喧伝される結果となったのだ。
あの白鳥さんの暗殺の場合と全く同様に自身の手を汚しながら、その罪を他人へ平然となすりつけるという草壁の諸行は、ここでも暴威を振う筈だった。
だが、極東宇宙軍試作機運用試験(トライアル)部隊<ライブラ>は、それを許さなかった。
御子柴大将は、暗殺直前に月面軍産複合都市<八千代>から、試験目的であるならば、大抵の無理を通すことを可能としたキノコ・・・ムネタケサダアキ大佐(そう、あのキノコさんをアキトは自分の部隊の責任者として引っ張り込んてしまった!)とアキトのごり押しによって、作動を再開された地下物資輸送用軌条を使用し、脱出を果たしたのだ。
この時、襲撃ポイントに現れたクリムゾンのブラックワークスと草壁旗下の暗殺部隊は一網打尽となり、クリムゾングループは、その地球連合における発言権をほぼ喪失し、地球における諸悪の根源だったロバートクリムゾンは、極秘裏に処刑されクリムゾングルーフは、解体され、ネルガル、明日香インダストリー、マーベリックなどの巨大企業に吸収されてゆくことになった。
そして、救出された御子柴大将等は、極東宇宙軍の保護下で、木連和平派と結び、戦争回避・早期停戦和平の道を既に探り出していた。
だが、ブラックワークス及び暗殺部隊からは、襲撃成功が伝えられ、その後部隊は全滅という虚報が木連へと送られた。
なぜならば、木連における和平派の勢力は小さく、とても現時点で御子柴大将一人の力で木連を押さえることなど不可能であったためだ。
草壁の悪事を暴き、それを元に木連に和平への道を辿らせる為には、もうしばらく草壁の本性をさらけ出させる為の物証や生き証人が必要だろうと御子柴大将本人もそれを認めていた。
こうして、開戦への最後の道標を通り過ぎた両国は、今回も火星において対峙したのだった。
前回の歴史は、このニュースが流れた時点で、フクベ提督率いた火星艦隊は、手も足も出ず、チューリップをユートピアコロニーへ激突大破させたことを唯一の戦果として記録し、ほうほうの体で地球圏へ逃げ出していたのだ。
もちろん、開戦からたった数時間では、火星から脱出できた民間人は、数えるほどで、それが火星の後継者達の暗躍を許す素地ともなっていたのだ。
でも今回は、拮抗もしくは、数的に上まわる戦力が火星にある以上、前回の様にコールドゲーム負けになるような事はない。
その上、主力艦には、艦船の核融合炉の出力で展開可能なレベルのディストーションフィールドとグラビティーブラストが外装兵装として供給されている。
無人艦隊レベルであれば個艦性能は、十分拮抗するはず。
あとは、運用さえミスらなければ、負けるようなことはない。
そして艦隊が負けなければ、火星からの民間人の脱出は、十分な余裕をもって行えるだろう。
私は、祈るように火星からの艦隊戦や脱出のライブ(光行差によって、15分の遅れがあるにしても)中継に見入っていた。
「ただいま」
そこへアキトが帰宅してきた。
お父様は・・・帰ってこれる訳もない。
「アキト?」
「お義父さんは、もしかしたらしばらく帰れないそうだ、オレのほうの機体のテストは、しばらく中止だろうな」
「始まっちゃったよ」
「恐い?」
「・・・違うけど・・・未来を本当に変えられるのかなって・・・」
「二人で変えるんだろ?」
よかった、アキトもそんなに力んでない。
もしもオレに任せとけとか、オレがなんとかするとか言ったら、私はそれを止めるつもりだった。
なぜなら、この人は、無理をしてでも頑張ってしまうから、自分の言葉を裏切れない人だから。
「お前の考えた、火星からのライブ中継、どうやら成功したな」
そう、この火星からの<戦争>のライブ中継は、私が考えたことだった。
地球に居る人たちは、火星での戦争をどこか自分達に関係のない出来事として捉え、火星への援助を考える声はあがらなかった、だから、戦争の実体を地球圏全体へ、あわよくば木連へもそれを感じてもらうため、演習に<マスコミ>を同行させた。
そして、火星からの脱出者の人たちが、自分達と全く同じ人間であるということを知ってもらうために。
『火星駐留艦隊司令長官<フクベ>少将と連合宇宙軍第一艦隊司令長官<ケネス>少将、同第三艦隊<ワン>少将は、第三艦隊旗艦<ジンジャーIV>に聯合艦隊(コンバインドフリート)総司令部を置き、艦隊司令には、先任である<フクベ>少将が臨時中将として就き、運用の効率化を計ることになったようです。
ジンジャーIVが旗艦となった理由は、昨年就役した最新鋭戦艦であることと、司令部設備の充実にあるという発表がありました・・・』
「フクベさん、今回も長官なんだ」
「ケネスさんとワンさんは、ムネタケ参謀の直弟子だから、外連味のない艦隊運用をする筈だし、フクベさんとは相性もいいんじゃないかな」
私は、自分なりに調べた艦隊幹部の人となりをそうアキトへ伝えた。
しばらく画面は、艦隊の編成やその兵力の解説に費やされる。
三個艦隊、総兵力は1700隻、作戦機ほぼ1万機
超大型戦艦12隻、大型戦艦80隻、戦艦124隻、機動母艦80隻、重巡洋艦240隻、軽巡洋艦450隻、駆逐艦/フリゲート艦など714隻という陣容は、決して木連の無人艦隊に引けを取ってはない。
事実、初手こそ敵に取られたものの外装兵装として装着されたディストーションフィールドと低威力であるが、グラビティーブラストは、確実に艦隊を生き残らせるための手段となっていた。
木連もこの放送を傍受しているなら、自分達が手を振りあげてしまった相手が、意外と手ごわいことを知るに違いない。
『ここ火星ユートピア宙港からは、続々と軍の揚陸艦やシャトルによって市民の方たちが脱出して行きます』
そこには、混乱一歩手前のエクソダスの様が映し出されていた。
だが、それでも兵の人たちの指示に従い、人々は、船へと乗り込んでいた。
「みんな無事に地球へ逃げてきてくれよ」
アキトがそう祈るように言った。
私も、そう思わずにはいられなかった・・・。
こうして、戦線は、私たちの思惑通り完全に膠着(こうちゃく)し、三ヶ月がまたたく間に過ぎ去った。
その間に、地球連合は、各方面宇宙軍から引き抜いた艦艇700隻を火星への増援として送るとともに、兵力の増強も開始していた。
火星を脱出した避難民の人たちが月へ辿り着いたのは、第二波の新造された増援部隊200隻が地球軌道を離れるのとほぼ入れ代わりだった。
疲れ切った避難民の到着の様子に地球は、火星を救えの大合唱となった・・・。
そんな中で私はプロスペクターさんの来訪を受けていた・・・。
「ナデシコですか?」
「そうです、ネルガルが宇宙軍へ提供した技術をブラッシュアップし設計を全く新たとした戦艦です」
「民間企業さんで、戦艦を運用するんですか?」
自分がとてつもなく人の悪い人間のように思えてきちゃう。
「いえいえ、提督と副提督、そしてパイロットの方たちは、軍からいらしていただきます。
ミスマルさんには、艦長として艦の指揮を取っていただきたいのです」
「艦長ですか!? こんな小娘に?」
前回は、わ〜いユリカ艦長さんだって! お父様ぁとか能天気に喜んでしまったのだ。
全く、自分の事ながら考え無しの困ったちゃんよね。
人の生き死にを司る責任の重さなんて、あの時には全然知らなかった。
「いえいえご謙遜を、サセボ宙軍大学主席の才媛ではありませんか」
「アオイさんと、分け合っての主席ですよ」
「ですから、そのアオイさんには、副長としてあなたの補佐について頂けるように交渉を継続中です」
やっぱりジュン君は副長さんか。
「お話しは伺いました。若輩の私が艦長という立場に立ち指揮する事が出来るのかもう少し考えさせていただけませんか?」
「もう少しとは?」
「二日後にお返事をさせて頂きます」
「二日でよろしいのですか?」
「ええ、それ以上悩んでも、きっと答えは見えなくなってしまうと思いますから」
私の心は決まっていたけれど、もう一度私もナデシコに乗るということを考えてみたかったのだ。
「なるほど、判りました。それでは二日後にまた足を運ばせていただきます」
プロスペクターさんは、そういうと、帰っていった。
あれっゴートさん居ないの!?
ナデシコに乗る。
それは、私が、200余名のクルーの命をあずかるということ。
その本当の意味を知っている私には、それは重い役務。
私は、ナデシコのクルー誰一人として欠けて欲しくない。
でも、戦艦(いくさぶね)であるナデシコの長としては、それを認めなくてはならない瞬間がきっと来るのだ。
でも、ナデシコでしかできない事もある。
それをするために、私もアキトももう一度ナデシコに乗る。
あんな未来にしないために。
自分達で未来を切り開くために。
辛い選択、辛い下命、辛い思い。
それをしないために、私は全力を尽そうと思う。
私自身の購いの為にも。
「契約書を」
私の言葉に、プロスペクターさんは、どこからともなく契約書を取り出し、私に手渡す。
熟読、熟読ぅ・・・。
「あの、この条件」
例の男女交際は・・・の部分だ。
「しかしこの事項はですね・・・」
プロスさんは、渋い顔をする。
「ナデシコには軍民共同開発部隊<ライブラ>のテンカワアキトが乗りますよね?」
「ど、どうしてそれを?」
プロスさん、言葉と態度でうろたえて見せてるけど、全然目は、うろたえてない。
「婚約者ですから」
「は?」
あ、今度は本当に驚いてる♪
「私、ミスマルユリカとテンカワアキトは婚約しています」
私は、アキトが軍とネルガル双方から出ている給与の三ヶ月分で買ってくれた、婚約指輪を示してみせた。
あ、ちなみにIFSのタトゥーは、ファンデーションで誤魔化してあるからね。
「はははは、それでは、男女交際の禁止事項は、確かに困るかも知れませんな」
「ええ、それからアキトは、契約をすませましたか?」
「いいえ、テンカワさんネルガル社員でもありますので、特に契約はせずに、社命ということで乗っていただきます」
「あ、そうなんですか」
「はい・・・そうですか、ご婚約をなさっておいでてすか・・・それでは、特別にこの事項は、削除させていただきます」
「すいません、それからクルーのリストを見せていただけますか?」
「はぁ・・・クルーのリストをですか?」
「現時点で、結構です。
皆さんのプロフィールを知っておきたいんです」
「ああ、なるほど、サインをして頂きましたら、ナデシコの資料と共にお渡しいたします」
流石プロスさん、抜け目がない。
社外秘であるナデシコのスペックを契約もしていない人間には見せられないということだ。
私は、契約書にサインをする。
「はい、確かに・・・それでは、これがナデシコの資料とクルーのリストです」
またもどこから出すのか、A4の分厚いファイルを手渡される。
うわぁ、凄い厚さ。
15センチ級の分厚いファイルの表紙が外に膨らんでるって、凶悪な資料よね・・・。
前の私なら、ジュン君に任せて、絶対に目も通さなかったかも。
私は、早速お目当てのあの子を見つけようとページをくくった。
そしてあたかも偶然目に止まったかのように声をあげた。
「プロスさん、こんな小さな子が戦艦に乗るんですか?」
「それが、このナデシコの肝心要の部分なんです」
「・・・職種はオペレーター・・・ですか?」
「そうです、このお二人は、IFS強化体質に遺伝形質を先天操作をされています。
その・・・ああ言葉は悪いですが、いわば生体コンピュータと呼べるほどの能力を持っておられまして、ナデシコの全ての機能を統括制御するA.I.<思兼>をIFSによって制御管理して頂きます」
「じゃあ、私よりもナデシコの事をよく知らなくちゃいけないんですね?」
「はい」
「会えませんか?」
「え、いや、しかし・・・どうしてですかな?」
「いまお伺いしたお話しでは、オペレーターとは、艦長として一番信頼しないといけない職種のようですから、今から仲良しさんになっておきたいんです」
「なるほど! 信頼関係は大切ですからね・・・しかしこのお二人は・・・」
プロスさんは言いよどむ、確かにこの時期のルリちゃんは、感情の起伏とかあまりなくて、超然とした印象があった。
でも、アキトは知っていた、その態度の下に、きちんとした感情が芽生えていたのを、ルリちゃんは、生体コンピュータなんかじゃないことを。
だから、今から、私とアキトでルリちゃんとラピちゃんの心の殻を壊してあげる。
そして私の家族、私とアキトの家族にもう一度なってもらうんだもの、
「プロスさん、その会合には、アキトも呼んでいただけるとよりベターなんですけど」
「はぁ、テンカワさんは副提督及び機動戦闘参謀として・・・っ!?」
あははっ、プロスさん珍しく余分なことまで言っちゃった。
しまった、なんて顔をするのって始めてみた。
「ええっ!? アキトが副提督なんですか!!」
「ああっ・・・これは・・・まあユリカさんになら、かまいませんですかな、そうです、テンカワさんには、副提督をお願いしています。
その卓越した操縦技術と開発に携わってきた機動兵器の知識とを生かしていただくべく、機動戦闘参謀、そしてナデシコの機動兵器部隊の隊長という地位をご用意いたしました」
「それは、凄いですね」
「ええ、責任が重くて嫌だ。と、ごねてらっしゃいましたけどね」
「ふふふ、アキトらしいです」
「判りました、テンカワさん、ホシノさん、ラピスさんとの会合をご用意いたしましょう」
「ありがとうございますプロスさん」
私は、深く頭を下げた。
「初めまして私がミスマルユリカです」
「ホシノルリ、10才オペレーターです」
「ラピス・ラズリ、8才サブオペレーター」
「オレ? テンカワアキト、ん〜・・・18才、パイロットかな」
アキトの精神年齢って下手したら30を越えてる筈なんだけど、体は18才だものね。
ネルガル重工の研究施設・・・機動兵器や他の兵装の開発を行っている、要はアキトが所属している部門・・・の会議室で、初めての会合が行われた。
「今日は、私のわがままで二人に集まってもらってありがとうね」
「いいえ」「仕事だから」
はぁ、固いなぁ二人とも。
「ユリカ、いきなり二人に期待しても、そりゃ無理だって」
それは、判ってるけどさ。
「今日の会合の意味は、なんでしょう艦長」
ルリちゃんは、そういって、じっと私の目を見つめた。
「ナデシコは、その設計上、その運用の大部分をホシノさんに任せなくてはならないからね、ユリカの奴は、ル・・・ホシノさんと、仲良くしてホシノさんの気持ちをちゃんと考えた命令の伝え方とかを身につけたいのさ、な」
流石アキトお見通し。
「うんアキトの言うとおりだよ。ホシノさん、ラピスちゃん、仲良くしようね」
「はい」「判った」
ははは、取りつく島もないのね。
「しょうがないな、三人ともお腹へっているだろう?」
「はい」「うん」「もうぺっこぺこだよぉアキト」
「それじゃあ、オレが飯を作ってあげるよ」
「「えっ!?」」
あれっ? どうして、二人ともが驚くの。
私は、アキトのほうを伺ったけど、アキトは会議室の奥に備えつけられた簡易キッチンの方へもう行ってしまっていた。
「ねえ、ホシノさん」
「はい、なんでしょう?」
「どうして、アキトがご飯を作るって言ったとき、驚いたの?」
「はい、普通、男性の方は、それを職業となさっている方以外は、料理をなさらない物だと教わりましたので」
なんか、ルリちゃん妙に固い気がするんだけど・・・。
「あ、そうだよね、でもアキトのお料理はプロ級でとっても美味しいんだよ」
「そうですか」
「うん、一時期コックさんをしていたこともあるんだよ」
「おい、ユリカ、余計なこと言うなよ」
「え〜っだって、アキトのこともいろいろ知って欲しいもん」
「オレのことはいいんだよ、お前のことを話してやれ」
「だって、自分のこと話すのって難しいし恥ずかしいよぉ」
「ったくぅ」
その時、ラピスちゃんが私の左手の薬指の指輪に注がれていることに気がついた。
「これ? きれいでしょ、アキトと私婚約してるんだよ」
「婚約ってなに?」
「将来、結婚をしましょうねという約束をすることですよラピス」
あれ、ルリちゃんってラピスちゃんには、こんな時期から優しいんだ。
「結婚ってなに?」
ラピスちゃんは、ルリちゃんに向かって疑問をぶつけている。
「同じ戸籍に入って、家庭を作るための契約です」
「家庭ってなに?」
「家族になることだよラピスちゃん」
「アキトとユリカは、家族になるの?」
「うん・・・アキトが20才になったら結婚するんだよ」
「そう、おめでと」
そんなことを話していたら、ケチャップの焦げる香ばしい香りが漂ってきた。
「ありがとう、ラピスちゃん」
「あ、おめでとうございますユリカさん」
なぁんか、私に対して妙にルリちゃん固いし・・・。
よぉぉしっ、ユリカ、カマをかけちゃうもんね。
「うわぁチキンライスだよ、ねルリちゃん懐かしいでょ」
「はぃ・・・ぃいっいいえ・・・私は別にそんなこと知りませんから」
あははっ、なぁんか判っちゃった。
まったくアキトも人が悪いんだから。
「そう?」
「そうです」
「本当に?」
「ええ、全く」
「食べたことないんだ?」
「はい」
「ふぅん」
「ユリカさんしつこいです」
ルリちゃんは、ぷいっとそっぽを向いちゃう。
「あ、ごめんね・・・ところでルリちゃん」
「なんですか?」
「テンカワ特製ラーメンまた食べたいよね」
「ええ、アキトさんが料理をするのをためらわなくなっ・・・」
よし、かかったっ!
私は、慌てて口を押さえたルリちゃんに向かって勝ち誇ったように言った。
「テンカワ特製ラーメンって、なにかなルリちゃん?」
「は・・・あの・・・えっと」
くふふふ、ルリちゃんがしどろもどろになるところなんて、滅多に見られないもんね。
「私は食べたことあるけど、どうしてルリちゃんが知ってるのかなぁ」
ラピスちゃんの方を伺うと、案の定、頭を抱えて<あちゃぁ〜☆>という顔をしている。
「それは・・・だって・・・ううう・・・」
ルリちゃんはアキトの方を救いを求めるように顔をむけるけど、アキト一生懸命おさんどんの真っ最中だもん、ルリちゃんを救いになんて来てくれないんだから。
でも、そろそろ本当の所を聞いちゃおうかな。
「んふふふふ、ルリちゃんは、ナデシコC艦長のホシノ少佐でしょ?」
「・・・はぁ、バレちゃったら仕方がないです、もっと驚いてもらう筈だったんですけど、お二人が亡くなった2年後から追いかけてきました」
「イネスさんが居るのもそのせいなのね」
「はい、そうです」
これで、つじつまが合った。
「なぁんだ、ルリちゃんもう降参しちゃったのか」
「すいません」
ルリちゃんは、チキンライスのお皿を手にして、戻ってきたアキトに頭を下げた。
「アキト、あとでたっぷり話を聞かせてもらいますからね」
「お前を驚かせようとしただけだって、ルリちゃんもラピスもたった三日前に戻ってきたばかりだそうだ」
「あ、そうなんだ」
「オレだって、今日、お前が遅刻したお蔭で、ルリちゃんとラピスから話を聞いたばかりだったんだぞ」
「なぁんだてっきり、アキトとルリちゃんはずっと前から会ってて、浮気してたんだと思ったのに」
「あのなぁ!」
「いまの私は、10才です、浮気なんてしたくてもできません」
「ふぅんルリちゃん、アキトと浮気は、したいのね」
「え? え? あっ・・・」
「おい、ユリカ、あんまりいじめるな」
そうだね、こんな私たちでも追いかけてきてくれたんだもの。
「ルリちゃん、ラピちゃん・・・おかえり」
私は、二人をゆっくりと抱きしめた。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#2
Fin
COPYRIGHT(C) 2002 By Kujyou Kimito
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#3
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「───以上、火星最前線からお送りいたしました」
ウインドウの中でU.E.S.(連合宇宙軍)フロントラインレポートが終った。
ルリちゃんとラピちゃんが、大将権限でFORNETにハックしたデータとレポートに相違はない。
まだ、報道規制がされていない、これは大負けをしていない証拠。
開戦から十一ヶ月、火星は持ちこたえていた。
火星からの避難民は、月と地球で新しい生活に慣れはじめている。
そして私は、いまナデシコのキャプテンシートに座り、フロントスクリーンを睨んでいた。
「ルリちゃん、あの人が<北辰>さんなんだよね?」
そこには、畳敷きのトレーニングルームで袴姿で対峙するアキトと<北辰>さんが映し出されている。
「ええ、草壁中将旗下の暗殺部隊の長、ユリカさんとアキトさんをさらった張本人です」
「アキトも何考えてるが判んないなぁ」
と言いつつ、私にはアキトの心理がなんとなく判る。
仇と言いつつ北辰さんという存在は、アキトにとって超克すべき父性の象徴だったのだ。
そして、それを乗り越えたアキトに、その対象を恨みつづける必然は、既にないのだ。
アキトは、だから北辰さんと己の強さを磨くために協力を請うた。
御子柴さんの暗殺に失敗し、死を得ることすら叶わなかった北辰さんは、今さら木連へ戻ることなど出来るはずもなく、そして己の技を継ぐ対象・・・アキト・・・を見つけた北辰さんは、ここ数ヶ月アキトの鍛錬に付き合っていた。
それを知ったのは<ナデシコ>にこうして4人で乗ってから。
もっとも北辰さん、早々にラピちゃんとは・・・チョコレートパフェで・・・和解したようだ。
いきなり泣かれて、おろおろする北辰さんは、けっこう情けなかったとアキトはいっていたけど、アキトだって、ルリちゃんとかラピちゃんに拗ねられたりごねられたりしているときには、かなり情けないんだからね。
アキトと北辰さんの左脇には、木刀が置かれている。
もう、こうして対峙してから10分が経っている。
ジリジリとした時間が、私とルリちゃん、そしてラピちゃんの前を通り過ぎていっている。
いま、ナデシコには、就航の事前準備としてブリッジクルーは、私たち4人が居るだけ。
もちろん、工事関係者の人たちとか、すでに機関関係とか船体整備関係のクルーの皆さんは、乗り込んでいるんだけど、全クルーが搭乗するのは、あと2週間後になる。
その乗るべきクルーの皆さんは、今、月にある宇宙軍の訓練施設で基本的な白兵戦闘訓練や宇宙空間における生存訓練を受けていた。
もちろん前回は、こんなことをしていない。
いきなり戦艦のクルーになって戸惑うこともあったし、板子一枚向こうは真空という情況にもなかなか慣れてくれないクルーもいた。
だから今回は、しょせん士官学校の体験入校レベルでしかないが、訓練をすることになったのだ。
本当は、艦長である私や副提督として艦に乗るアキトもその訓練でクルーの皆さん達とのチームワークを養わないといけないのだけど、アキトは、既に0G飛行時間1600時間・・・総飛行時間は、既に2000時間オーバーの教官クラスパイロットなのだ、えっへん・・・の超ベテランパイロットだし、私も海軍大学で基礎コースも初級コースも主席と次席でクリアしていたので余計な経費になりますからとプロスさんにナデシコで待つように言われてしまっていたのだ。
そして、公試・習熟航海に二週間をかけた後、ナデシコは火星へ向かい出港する。
そんなことを考えてていたら、アキトと北辰さんの姿がフロントウインドウの中で霞んだように見えた。
「はぁああああああっっ!」「きぇえええええっ!!」
となんと表現したらいいのか解らない気合いと共に、瞬間に二人の位置が入れ代わり、そして気がついたら二人が持っている木刀が<ささら>と化していた。
「・・・見事だテンカワアキト」
「ありがとうございました」
つつっと二人の木刀を持つ手元から鮮血が滴る。
二人ともがっくりとひざを突く。
その瞬間、二人の体から力が抜ける。
そして畳にあお向けに転がった。
「うひぃ、北さん、プレッシャーかけすぎですよ」
「何を言うかバカ弟子め、こちらの歳も考えろ、寿命がちぢまったわ」
「・・・はぁ、アキトさん格好良いです」
「アキト素敵」
ルリちゃんもラピちゃんも、アキトの事しか目に入ってない。
今日で、北辰さんの稽古は、終りなのだ。
そして北辰さんは、御子柴さんの護衛として、極東宇宙軍にネルガルから出向するのだ。
御子柴さんが極刑を望む北辰さんを、まだなすべきことが残っている筈だ、よく考えろと時間をかけて説得したそうだ。
「北代さん、アキトの腕はどうですか?」
北代とは、北辰さんの偽名だ。
『裏の世界でNo.1とは、いかぬだろうが10指には入れる力はつけた、表の世界ならば、並び立てるものは、そうそうおらぬだろう』
「ありがとうございました」
『かまわぬ、我の技を継がせることのできる素材に出会っただけでも僥倖よ』
『あいかわらず女性相手は固いっすねぇ、北さん』
『うるさいぞ、バカ弟子』
『いい歳して、ウブなんすから』
『まだいうか!』
ぷぷぷっ、アキトにウブなんて言われたら、立つ瀬なくなっちゃうわね。
『ユリカ、おまえ何気に酷いこと考えていやがったな』
「そ、そんなことないよ」
『オレに言われたくないとか考えたんだろう』
「アキトさん、自覚はあるんですね」
『ルリちゃぁん』
あはは、ルリちゃんにまで言われてる。
『バカ弟子よ、鍛錬を怠るなよ』
『北さんも、御子柴さんのことお願いします』
『ああ全力であたる』
ぐっと強く二人は握手をして判れた。
そしてこれが、弟子と師匠の今生の別れとなってしまった。
「火星への補給物資輸送船団の護衛としてナデシコは、就役してもらいます」
プロスさんは、ナデシコの目的についてそう説明した。
「でも、それなら一民間企業が戦艦を運用する意味はあまり感じられないですね」
私は、本当の目的を知っている。だから、あえてそうかまをかけてみた。
「ええ、それはあくまで表向きの理由に過ぎません」
「本当の理由が存在していると?」
「ええ、ブラッシュアップした三種の神器のデモンストレーション、そして火星における情報・資源の確保が真の目的となります」
「情報・資源って言っても、殆ど持ち出せたんではないんですか?」
「ええ、研究施設内にあったものは、自社便で持ち出せました。
しかし、持ち出せなかった物も存在していました」
「具体的にどのような物であるのかは、判っているんですか?」
「ええ、こういう物です」
そういって、取り出しのは金色に光る立方体・・・私が融合させられていた演算ユニットだった。
「あ、テンカワさんもこの件は、ご存じですから」
というよりも、アキトがネルガルに演算ユニットを見つけて見せた筈なのだ。
「うわぁあっ、奇麗ですね!」
と、とんちんかんな事を口走ってみせる。
「ええっと、そういう風に感心される物ではないんですが・・・」
あはは、プロスさん毒気が抜けちゃった。
「でも、奇麗ですよ」
ルリちゃんが私に調子を合わせてくれる。
「まあ、女性の方から見るとそう見えるんでしょうか、でもお二人のアクセサリーには少々大きすぎると思いますよ、この物体の大きさは3メートル×3メートル四方は、ございますから」
「ああ、そんなに大きいと、ちょっとイアリングにして飾るなんてことは、出来ませんね」
「で、これなんなんです? なんだか、思兼のハードウエアに似てますけど?」
ルリちゃんも役者だねぇ、うんうん。
―――――ユリカさん程ではありません。
「はあ、その調査を改めて行う為に、持ち帰ってもらいたいのです」
「え? なんだかわかないものをネルガルが作っちゃったんですか?」
「いいえ、これはネルガルが作ったものではありません」
「じゃあ、別の会社さんの所有物じゃないんでか?」
「それもありませんですな、これは、人類が作った物ではありませんですから」
「「は?」」
真面目な顔で改めて言われると、やっぱりおかしい。
そうしてプロスさんはボソンジャンプには触れないように遺跡のことを簡潔に説明した。
「極冠で発見した異星文明の遺跡ですか」
「まあ、そういうことになりましょうか、実を申せば、ディストーションフィールド、グラビティーブラスト、相転移炉というナデシコが装備している三種の神器にしても思兼という超A.I.のハードウエアにしても、この遺跡と同様、オリンポス山の地下から発見された、遺跡を調査研究の成果として、作成されたものだったりするのですなぁ」
「ネルガルが独自に開発したんじゃなかったんですか!?」
「はぁい、大変残念ながら、発掘技術の応用の結果なのですよ」
「そして、この膠着した戦局を打開するため、ネルガルは再び遺跡のブラックボックスの解析を欲したという事なんですね?」
「流石はルリさん、ご名算です。いゃあ、やはり頭の良い方は話が早くて助かりますな」
プロスさんってときどき妙な関心の仕方をするんですね。
そうして、ナデシコ就航の3日前になった。
クルーの大半は、既にナデシコに搭乗していた。
残りのクルーは、月軌道で船団と帯同した時に、合流することになっている。
「ユリカ・・・すいません、艦長」
一応勤務時間だから、艦長って呼んでもらっている。
「どうしたの、ルリちゃん」
私は、そのままだけどね。
「極東宇宙軍参謀本部のミスマル提督から、至急電です」
「お父様? ・・・用件だけ聞いて切っちゃってください」
「いえ、いつものようにそうしようと思ったのですか、ナデシコの存亡に関る事態だと・・・」
「判りました・・・音声制御お願いねルリちゃん」
全くお父様は、いくら言っても子離れしてくださらないんだもの・・・。
「判っています艦長」
ルリちゃんが頷くと同時に、三層になっているナデシコのブリッジに目一杯の大きさでウインドウが開く。
「・・・・・・・」
あら、声が聞こえない。
お父様、今日は、絶叫していらっしゃらないんですね。
ルリちゃんが少しずつボリュームを上げてゆく。
「・・・ナデシコ・・・ユリカナデシコ・・・ユリカゆぅりぃかぁぁあああああああああああああああああああああっ」
ああっ不意打ちなんて、流石極東宇宙軍の至宝と言われていらっしゃるお父様ですわ、でも、ブリッジクルーの皆さんを失神させた罪は重いですわよ。
私は、それでも耳栓をしていたラピちゃんとルリちゃん以外の、ミナトさんやゴートさん、そしてジュン君、プロスさんが痙攣している様を視界の隅で確認している。
「お父様、落ち着いてください」
「これが落ちついていられるか、早くナデシコから逃げ出しなさい」
「艦を捨てろとは、聞き捨てなりません、どういうことなんですか」
「チューリップだ、敵の母艦がサセボを目指して落下している」
「なんですって! 阻止は、できないのお父様!?」
―――しまった裏をかかれた!!
私は、その時、頭をがつんと殴られた思いだった。
火星と月軌道に戦力が集中しすぎて、地球を直接狙ってチューリップを送り込んでくるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
「無理だ、地球衛星軌道に展開中の兵力はないんだ。チューリップは、軌道速度まま突入してきている。
時間的にはまだ10分ある、逃げなさい」
「いいえ、お父様たかたが10分では、どこへ逃げてもチューリップの落下によって消し飛びます」
「ユリカ!」
「ナデシコは発進し、これよりチューリップの迎撃にあたります」
「ユリカ、立派になって・・・うううう」
「お父様、泣いている場合ではありません。
サセボ市に空襲警報を出してください・・・ナデシコ全艦に発令! 緊急発進シークェンス発動!!」
「了解、ナデシコ緊急発進シークェンススタートします」
私は、アイドリング位置にあったマスターキーを捻り、スタンダードへ持ってゆく。
「同時に、グラビティーブラストチャージを開始、さらに各種兵装全力発揮用意!」
『了解』『ばっちぐー』『家内安全』『号砲一撃』『一撃必殺』『たいへんよくできました』
なんていう感じの思兼君のウインドウが乱れ咲く。
『ドック内避難を確認、ドック内注水を開始します、ドック発進レベルまで2分、動力、清水、冷水、汚水、空気、孤立供給回路へ切り替え・・・終了、全アンビリカルケーブル排除』
ラピちゃんが、前は通信士のシートがあった位置のサブオペレーターシートでオペレートを開始する。
「レーザー核融合炉、1番臨界出力、2番から4番まで、臨界駆動まで20秒!」
「全艦気密確認、耐圧隔壁自動閉鎖、突出物水中活動に備え収容、ブリッジフロントシャッター閉鎖、重力ガントリーロック・・・」
「その前にラピちゃんツリム確認ね」
私は、ラピちゃんに一つ手順を飛ばしたことを教える。
「あ、ごめんなさい。ツリムチェック・・・+0.021許容誤差内・・・ツリムバランサー作動! ガントリーロック解除」
ナデシコの5万トンという巨大な基準排水量を支えていた重力ガントリーがはずれ、白亜の船体が重いきしみを上げる。
「推進器1〜4番アイドリング出力からタキシング出力へ」
「全艦発進体勢準備OK」
「相転移炉、大気圏内出力へゲージ場誘導開始! 動力系統問題なし!」
「ドック内注水、艦橋位置を越えます! 安全確認、ドックゲート解放します」
「ナデシコ、微速前進、願います」
「ようやくあたしの出番なのね、ナデシコ微速前進っと!」
粋な制服の着こなしをしているハルカミナトさんが、舵輪を左手で、スロットルを右手で保持し復唱してくれる。
ミナトさんが進めたスロットルレバーに従い、ナデシコの4つある主推進器から放たれる重力微子の数が増大し、ナデシコの推力へと変ってゆく。
それど同時に放たれる重力微子の崩壊光によって、推進器の輝きが増してゆく。
ブリッジのフロントに開いている大きなウインドウには、ブリッジ正面から見たナデシコの進行方向が映し出されている。
奇麗に成形されたトンネルの岩肌が、徐々に速度を増しながら、流れ去ってゆく
その先に、陽光の煌めきのカーテンが見えはじめる。
「海底トンネルを抜けると同時に、推力半速、海上へでると同時に全速へ、急速上昇チューリップの正面へ入ってください」
「コース算定、推力変動値自動入力しますか?」
「お願い」
「コースは?」
「こっちに送ってルリルリ」
「はいミナトさん!」
あ、いいなぁルリちゃん、もうハルカさんにルリルリって呼ばれてる。
私は、さしずめユリユリ、ラピちゃんだったら、ラピラピか。
アキトだったら・・・って、んなこと考えてる場合じゃない。
「ルリちゃん、地表激突まであと何分残ってる?」
「はい、あと、およそ2分半です。 あ、それからブラスト、一番、二番、三番、チャージ終了です」
「トリガー、一番を頂戴、二番、三番は、ルリちゃんに任せます」
「了解しました」
「・・・ホシノ君に任せていいのかいユリカ?」
それまで、ラピちゃんにくっついて艦内の体勢の確認をしていたジュン君が私に驚いた声で尋ねてきた。
「思兼からの情報は、ルリちゃんの方が早いし正確だもん、OK、OK! それともジュン君サブブラスト撃ちたかった?」
「そりゃあね、戦艦の砲撃命令なんて、そうそう出せるもんじゃないし」
「これから、副長さんずっとするんだもんいくらでも機会なんてあるある」
「そうかもしれないけどさ」
「あ、それならオレも」
アキトぉ。
ルリちゃんもかなりジトっとした視線でアキトを睨んでる。
「あら、私も撃ちたいわ」
そうです、キノコさんが、最初から提督としてナデシコに乗っています。
でも、このキノコさんは、ライブラの責任者としてかなり真っ当な軍人さんだったよってアキトの保証つきです。
「・・・提督ぅ」
「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし」
アキトにジト目で睨まれて言い訳を言う。
・・・提督に撃たれたら減ります絶対。
「海上へ出るわよ!」
「了解、艦首仰角20度、推力全開!!」
グググッとスロットルが押し込まれる。
全備重量6万7千トンの巨体が海上へ飛び出す。
ブリッジの耐圧シャッターが自動で開き、陽光がブリッジ内を照らし出す。
「「「「重砲撃機動戦戦艦<ナデシコ>発進!!」」」」
図らずも私を含めた指揮官4人の声が重なった。
ナデシコは、4つの推進器が光の咆哮を上げ、海上に飛び出したナデシコは、そのまま激しく長いショックスプラッシュをサセボ港内へ産み出すと、弾かれたように高空へ向かい艦首を振り上げ、上昇を開始した。
「チューリップ望遠で捉えました!」
ラピちゃんがウインドウを開く。
激しい大気の揺らぎの向こうに黒い点が急速に大きくなってゆく。
「距離でます、900!!」
もちろん単位はキロメートルだ。
「グラビティーブラスト射程内まであと20秒・・・ターゲットロックオン!」
「もう少し引きつけます」
「だけど、爆散した場合破片による被害がでるよユリカ」
「だから、サブブラストとその他の兵装も準備したんだよジュン君」
「ああ、危険を承知していれそれでばいいよ」
「カウントダウンしますか?」
ルリちゃんが聞いてくる。
「5からお願い」
「はい・・・5,4,3,2,1,0」
「え?」
ブリッジ全体が静まり返る、その中をルリちゃんのカウントが淡々と進む。
「1,2,3,4,5」
「ユリカ! 時間が」
「一番、用意!」
私は、キャプテンシートに座ったまま右腕を上げる。
既に、最初に捉えたときはまるで別物のようにチューリップの姿は、細部までが確認できるほどに大きくなっている。
「・・・グラビティーブラスト、撃てっ!!」
右腕を振り下ろす。
ブリッジの下方から、黒いビームが、伸びてゆく。
なぜ黒くなるのか、それは、強い重力場によって、周囲の光子がビームの軌道に捉えられてしまい、私たちの目に届かないためだそうだ。
そして望遠で捉えているチューリップに正面からぶち当たり、貫いた。
そして、一瞬の後チューリップは大爆発を起こす。
「よし」「やった」「いやいや、すばらしい指揮です」
「まだだ」「そうよ、よく見なさい」
「はい、まだ終っていません。ルリちゃんセンサー切替え、脱落してくる破片をチェックして、大気圏で燃えつきる大きさのものは除外して、表示!」
「判りました・・・解析画像出ます・・・燃えつきない大きさの破片が350程あり、最大のものは、2000トン程あるようです」
「どうするユリカ」
アキトは、口元に笑みを浮かべて私に聞いてくる。
もう、判ってるくせにっ。
「ナデシコにそんな数の目標が、捌き切れるのか」
そのゴートさんの言葉は、乗員全体の思いだろう。
「大丈夫です皆さん、ナデシコと思兼、ルリちゃんとラピちゃん、そして私とアキトが居れば、不可能じゃありません」
「もうアレをするのか?」
そういいつつも、アキトの目は笑っている。判ってたんでしょアキトは。
「アキト、ルリちゃんのサポートお願いね」
「お前は?」
「ここのコンソールは、なんの為にあると思っているの?」
「判った、ルリちゃんのサポートは、任せろ」
「うん」
というと、アキトは手すりを軽々と飛び越え、下のデッキへ飛び降りる。
そして、ルリちゃんのシートの後ろに立つと、両手の革のグローブ外しルリちゃんのコンソールへ両手をつく。
「メインオペレーターシート、サブオペレーターシート浮揚、ウインドウホール形成します」
「キャプテンコンソールオープン、ナデシコフルスペックドライブ!」
私は、マスターキーさらに、オーバーブーストと書かれた位置まで捻った。
キャプテンシートの前のコンソールが割れ、IFSインターフェースが姿を現す。
そこに私も両腕を載せる。
IFSコンソールに光が走り、ナノマシンが補助脳内に仮想コンソールを創り出す。
「え? ユリカもIFS・・・ってうわぁぁっ」
次の瞬間、四人の体が光を放つ。
ナノマシンのきらめきに包まれ、ルリとちゃんとアキト、そしてラピちゃんシートがコンソールごと数十センチ浮き上がり、二人の妖精の足元から、らせん状にウインドウが開き、そして頭上で閉じた。
私もきっと髪までナノマシンの煌めきで輝いているはずだ。
<サブブラスト各砲、目標補足>
―――トリガー2番用意!
撃てっ!
―――トリガー3番用意!
撃てっ!
ディストーションブレードと呼ぶ装備のつけ根にボールマウントされたサブ・グラビティーブラストが、左右1門づつ、が別の目標を捉え、ビームを吐き出す。
<航路補正、上下角度.2、右+3>
<レールガン、1番、2番弾種<対空散弾>連射4連!>
―――撃てっ!
<VLS:3番セル:対空ミサイルセレクト、目標A3、C5>
―――撃てっ!
<対空γ線レーザー7番から12番、目標セット>
―――撃てっ!
ルリちゃんとアキトが、脅威度の大きい準に目標と使用火器を設定、私が発砲命令を出す。
その間、ナデシコの制御は、思兼を離れてラピちゃんに全部任される。
<メインブラスト再チャージ終了、広域照射モードOK>
みんなまとめて、撃てぇっ!!
再び、ナデシコの主砲がビームを吐き出す。
ミサイルと散弾の爆発で拡散を防がれたチューリップの破片は、ブラストの範囲内に収まっていた。
その破片をブラストのソリトン重力波が木っ端微塵に吹き飛ばす。
「全目標消滅、本艦及び地上に被害なし」
「ありがとうルリちゃん、全艦警戒態勢Cへ移行、戦闘態勢解除、みんなお疲れさま」
「ああ、ナデシコ初陣勝利おめでとう艦長」
「ありがとうございます副提督」
私たちは、前回と全く違うナデシコの初陣と勝利に歴史の変更の成功を感じながら、デッキの上と下で笑い合った。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#3
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#4
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ナデシコフルスペックモードについては、ブリッジクルーにだけ説明した。
もっとも、知らなかったのは、ジュン君とミナトさんだけだったから、納得してもらうのに時間はかからなかった。
「チューリップがどうやって衛星軌道まで侵入してきたのかが問題だな」
「あ、わたし判ったよチューリップの侵入方法」
「マジ?」「あら凄いわね」「ほんとうかいユリカ?」「ほほう、さすがですな艦長」「うむ」
先頭からアキト、キノコさん、ジュン君、プロスさん、ゴートさん。
ちなみにここは、ナデシコのキャプテンデッキ。
「うん」
私は、そういうと、サイドコンソールへ左手を置いた。
「見て」
IFSの指示に従って、ウインドウに地球軌道付近の模式図が表示される。
クォータービューに設定されたそれには、地球を中心に月軌道までが表示されている。
それは割と単純な方法だった。
エンケ=フリスコっていう暗い彗星は、離心率が大きくて、掃海対象になっていなかった、それに木星蜥蜴は目をつけたのだ。
ついでに言うと、その彗星は、核に割と重金属が多く含まれていて、レーダーとかセンサーにも良く引っかかってくれるから、デブリマーキングがされていて、宇宙軍の監視対象外になっていた。
その暗い尾の中にチューリップを潜ませて、地球に接近していた。
多分、攻撃対象は、最初サセボではなかったのだ。
それがナデシコの存在が伝わったため突入目標が、急遽サセボへと変更されたのだ。
もしも、変更されていなければ大惨事になっていたに違いなく、私は木連が密かに目標を変更してくれたことに感謝すらしていた。
「なるほどさすがユリカだ」「海軍大学主席は、伊達じゃないわね」「ってことは、別の攻撃目標があったってことだよな?」
「うん、そうなるね」
「なに落ちついてんだよ、同じ手をもう一度使ってくるかもしれないだろ?」
「それは、ないと思うよ、こんなに条件の整った彗星なりアポロ天体なりは、もう10年くらい地球軌道に近づかないから」
自分で、国際天文データベースにアクセスしてちゃんと調べたもんね。
「お前なぁ、わざわざ天然物を使う必要なんかないんだぞ」
「まさか、彗星の軌道を変えるっていうの?」
「そうだ」
「そんなの不経済だよぉ、第一そんなことしたって、今度は宇宙軍は待ち構えてるんだもの、見破られて終りだよ」
「・・・あ、それもそっか」
ぽんと手を打って、アキトはあっさりと納得してくれた。
「そのことは、もうおじさんには言ったのかいユリカ」
「ううんまだ、ルリちゃんとラピちゃんに、技術的な観点からも考察を加えてもらって、提督と副提督に目を通してもらったらね」
「それなら、大丈夫だね」
まったく、ジュン君は、心配性なんだから。
「さて、チューリップのお話しは終りでいいよね?」
「ああ」「そうね、艦長の考えのとおりで納得できるわ」「うん、僕も納得したよ」
地球連合は、地球衛星軌道にまで侵入してきたチューリップに対して、ラグランジュポイントに哨戒艦を常駐させることでとりあえずよしとした。
それは「あのような奇手を使った攻撃は、木星蜥蜴側の焦りの象徴である」という極東方面宇宙軍参謀長<ムネタケヨシサダ>と極東艦隊司令長官<ミスマルコウイチロウ>の言によって、パニックが未然に押さえられた為だった。
もしも、連合議会そして連合宇宙軍がこのままパニックに陥ったならば、発生したであろう事態、それをムネタケさんとお父様は、第二次大戦の日本軍を引っ張り出して、冷静に諭したのだった。
日本は、空母に陸軍の双発爆撃機を載せるという米軍は、ドゥリットル発案の奇手によって帝都・・・首都を爆撃された。
それよって焦った海軍は、ミッドウエー島攻略をむりやりに進めそのご都合主義の作戦によって、米機動部隊の攻撃の可能性を全く無視した結果、真珠湾攻撃以来の歴戦の正規空母4隻とそれ以上に貴重であったベテランパイロット多数を失ったのだ。
これによって帝国海軍は以降、充実した正面戦力をついに揃える事が出来ず攻勢から守勢へと追い落とされ、太平洋戦争を失った。
もしもいま、焦った場合、それと全く同じ情況が惹起(じゃっき)されうると言ったのだ。
第一に地球の防備を固めようと火星からの戦力の引き抜きを計った場合。
言うまでもなく、拮抗もしくは優勢情況にある火星派遣艦隊は、劣勢におちいり、大敗をきっするだけでなく制海権・・・制宙権すらあっさりと奪われてしまうであろうこと。
敵の再度の母艦突入を恐れる余り無茶な攻勢戦術に打って出た場合。
焦りによって立案された攻勢計画の脆弱性、そしてそこに存在しているであろう<ご都合主義>によって、現在充実しつつある正面戦力をすり減らし、敵の攻勢に耐えうるそれを失いかねないこと。
一旦失った正面戦力は、容易に立て直しが効かないこと、現状の艦船増産態勢はともかく、将兵の教育が追いつかなくなるという軍組織から見たならば致命的な事態を招きかねないということ。
奇手は、奇手でしかなく、もしも相手が本気で地球攻略を狙っているのであれば、母艦をたった一隻送り込むなどということはあり得ず、少なくとも数十は送り込まねば意味がないこと、それができないのは、こちらに探知されずに送り込むことができる母艦の数が1隻でしかなかったということに他ならないこと。
一隻であれば、衛星軌道に水雷戦隊を数個浮かべておけば十分に対処可能であることまでを、連合宇宙軍参謀総長<クレディア・ミッドラント>元帥と連合議会議長<リチャード・コースター>、そして連合大統領<デュラン・マクガイヤ>に向かい訴えた。
それを理解した大統領は、連合市民に向かいあらゆるメディアを通じて語り、パニックを押さえたのだ。
その結果が哨戒艦の常駐ということだった。
「明日は、最後の寄港になるから、クルーの人たちの上陸許可どうしようかと思ってるんだけど?」
「出せばいと思うよ」
「そうね、この先大地を踏めるのは火星か、下手をしたら4ヶ月先の地球に帰ってからになるわ、上陸させないと士気にかかわるかもしれない」
「そうだな、人工環境に慣れた人間ならともかく、慣れていないと辛いだろうからな」
「そうだよね・・・」
そうなんだけど、なんだろう漠然とした不安感は・・・。
「ん? どうしたユリカ」
「うん、なんか引っかかってるのよ、この辺に」
といって、私はアキトの手を胸に押し当てる。
「こ、こら、お前なにするんだいきなり」
「あらあら、テンカワ少佐、それはセクハラってものよ」
「な、なにいってるんですか提督ぅ、オレじゃないですって」
「ユリカ、惚気るのもその辺りにしとかないと、プロスさん睨んでるよ」
ジュン君、別に惚気てるわけじゃないのに。
「あ、でもこの辺りになんか引っかかってるのは本当なんだよアキト」
「・・・そう言われてもなぁ・・・根拠がなけりゃ上陸を止めるわけにはいかないだろう」
「そうなんだよね・・・」
漠然とした不安感を飲み込んだままナデシコは、翌朝ヨコスカ港の軍用ドックへと入渠した。
「それでは、皆さん出港までの24時間、存分に英気を養ってきてください。
私の、挨拶が終ると同時に、業務の残ってない整備班や機関関係のクルー達が、思い思いの私服姿で、ナデシコから駆け出していく。
「ウリさんは、出ないんですか?」
一向に艦を出てゆく素振りを見せていないウリバタケ整備班長にアキトが話しかけた。
「あ? ああ、面白いイベントでもやってりゃ別だがな、今日はウィークデーだ、部屋でプラモ弄って酒でも飲んでるほうが性にあってらぁな」
「換気に気をつけてくださいよ、そもそも戦闘艦なのに、個人の部屋に溶剤が置いてあるのってやばいんすから」
「おう、ちゃんと保管庫に入れてあるよ普段はな」
「願います」
「おう」
う〜ん、アキトの敬礼ってちょっと崩れてるんだけど、なんか格好いい。
「何を見ほれているの」
「あ、提督、アキトの敬礼ってなんかすっごく様になってますよね?」
「ああ、あれは宇宙軍式じゃなくて、海兵隊式の敬礼なのよ、ちょっとヒジを張るだけなんだけどね」
「ああ! なるほど、垂直に腕が立ってないんだ!」
「そういうことね、ほらほら、あんた達もおチビちゃん二人連れて親子でお出かけなんでしょ、さっさと出かけなさい」
「提督は?」
「あたしは、部屋で寝てるわ、あたしみたいな年寄りは寝られるときに寝とかないとね」
「何を言ってるんです、提督、まだお若いですよ」
「そう言われるようになったら、おやじになった証拠なのよ」
あ、そうかも・・・。
「あうう、ごめんなさい」
「いいの、いいの、じゃあね」
「はい、それでは提督、ナデシコの事お預けいたします」
「はい、お願いされるわよ」
「思兼、指揮権をムネタケ提督へ私が帰着するまで委譲します」
『了解』『ムネタケ提督よろしくね』
「はい、ことらこそよろしくお願いするわよ思兼君」
あ、ウインドウに頭なんか下げて、結構ここのキノコさんは、お茶目さんなんだ。
私とアキト、そしてルリちゃんとラピちゃんは、実は同じ部屋に住んでいる。
というか、4つの入り口があるが内部でつながっている。
隔壁の分と、それぞれの部屋の水回りが1つになっている(トイレは2つある)分も広く作られていて、親子4人で過ごすのはとっても快適にしてもらった。
この改装で、私の契約金の半分は、無くなっちゃったけどね。
「ユリカ、早くしろ、みんな待ってるんだから」
「は〜い、ちょっと待って、ねえアキト、背中のジッパー上げてぇ」
手が届かないし、髪の毛がからまるんだから。
「判ったよ・・・ほれ、もういいのか?」
「うん、バック持ったら、OKだよ」
「よし、行こうか」
「はい、行きはルリちゃんと私と腕を組むんだからね」
「帰りはラピスとお前か?」
「当り、ラピちゃんは私とお手てつなごうね」
「うん」
ルリちゃんは、頬を赤らめて、アキトの腕にしがみ付いてる。
んふふ、可愛いなぁ。
この時、私は、完全に不安感を忘れていた。
ヨコスカから横浜まで少し足を延ばし、デパート巡り。
ルリちゃんとラピちゃんのお洋服をたんまりと・・・ついでに私の洋服も・・・アキトは、なんだかネルガル系列の装飾店の人から包みをもらっていた。
買ったものは、その日のうちにヨコスカのナデシコに届けてらう。
こういうのは、デパートのサービスを知らないと頼めない事だよね。
荷物をいくつも抱えて歩くのはナンセンスなんだから。
ルリちゃんもラピちゃんもいろんなお洋服を着られてとっても嬉しそう。
もっとも、アキトに似合うよって言ってもらえるのが嬉しいんだけど・・・私もね。
そして、中華街で、少し遅めのお昼を食べる。
ホウメイさんお薦めのお店で、ホウメイの紹介ですって言ったら、お任せでコースを出してもらった。
アキトには、ごめんなさいだけど、信じられないくらい美味しくて、ルリちゃんもラピちゃんもびっくりして、アキトは、帰り際に厨房にシェフを尋ねていた。
で、あとは、お決まりの外人墓地とか港の見える岡公園とか、マリンタワー(三代目)とかを見て、山下公園を歩く頃には陽が落ちようとしていた。
「ベイブリッジ(二代目)の方が良かったかな?」
「ううん、ここの方がいいよ」
その時、目の前に黒服の男達が、立ちふさがった。
人数は、目に見える範囲で5人。
「一家団欒の邪魔をするとは、無粋な奴らだな」
アキトは、完全に臨戦態勢、凄まじい殺気を全身から放っている。
「連合宇宙軍<ライブラ>のテンカワアキト中佐ですね」
「人に物を尋ねるときには、先ず自分から名乗るのが礼儀ってもんだろう?」
アキトの手が無意識に腰の得物を探る。
けど、今日は丸腰のはずだ。
いつもの軍服姿ならば、護身用の32口径とナイフの4,5本は、隠せるんだけど・・・。
そういう私も流石にワンピースとカーディガンという姿では、何も帯びていない。
「こ、これは、失礼いたしました。
自分は、宇宙軍横鎮(横須賀鎮守府、略してヨコチンね)所属のMPで、アツギタツジ大尉であります」
敬礼をしながら、言うと同時に軍籍標も提示される。
「「「「は?」」」」
あ、本物だ。
もう! 身内なら、身内らしい格好をしてください、まぎらわしい!
ルリちゃんもラピちゃんもびっくりして、唖然としてるじゃないですか。
「ご苦労! で、用件は」
アキトは、全身から放っていた殺気を納めると、敬礼を返し、聞く。
「はい、ナデシコで情況Dが発生しました」
情況Dって・・・テロル!?
「なに!?」
「AV−22オスプレイが、横鎮よりこちらへ向かっております、どうぞあちらへ!」
「判った、いくよユリカ、ルリちゃん、ラピス」
「はい」「判りました」「うん」
私たちは、山下公園に降りたAV−22(将校連絡機仕様)というVSTOLにのり横鎮へ舞い戻る。
「で、ナデシコの情況は?」
「はい、幸い外装に仕掛けられた爆薬は塗装を剥がした程度だったのですが、内部、特に艦橋に侵入され操作器機を破壊されてしまいました。
制圧はしたのですが、その制圧の際にテロリスト側と交戦されたネルガル社員のゴートホリー氏とプロスペクター氏が負傷、そしてムネケタ准将が・・・」
「ムネさんがどうしたんだ!」
「現場を・・・見ていただけると判ると思います」
大尉は、なにかをこらえるように肩を震わせている。
まさかキノコさん・・・。
アキトもがっくりと肩をおとしてしまった。
ルリちゃんもラピちゃんも、うつむいてしまっている。
私たちは、それ以上なにも効けないまま、横須賀鎮守府のドックに入渠してるナデシコの後部着艦デッキへ着陸した。
着艦と同時に、アキトは、オスプレイのハッチを蹴り飛ばすようにこじ開け、ナデシコ内へ駆け込んでゆく。
私も、ルリちゃんとラピちゃんに部屋へ戻るように言うと、アキトの後を追った。
アキトは、歩哨に立っている宇宙軍のMP軍曹を捉まえると、ムネタケ提督の居場所を尋ねている。
軍曹さんは、誰何の声をあげる前に、首根っこを掴まれて、ガクガク揺さぶられて、意識が飛んじゃったみたい。
それでも、キノコさん゛安置されている部屋は教えてくれた。
「アキト、待ってぇ」
私は、駆け出そうとするアキトにようやく追いついたのだ。
その私の声に、アキトは私に向かって駆け寄ってきて・・・いきなりひょいっとお姫様だっこをかましてくれる。
「あ、アキトぉ!?」
「ムネさんの部屋に居るそうだ」
「そう」
私を抱えて、駆け出す。
その速度は、一人で駈けているときと変っていない。
ただ、私は振り飛ばされないように、アキトに思い切り抱きついていないといけなかった。
提督の部屋。
ムネタケサダアキとあまり奇麗じゃないけど自筆されたネームプレートが張りつけられている。
「ムネさん!!」
アキトは、私を降ろすと、部屋へと駆け込んでゆく。
「ムネさん、ムネさん!!」
「ったく煩いわよ・・・って、あら、どうしたのテンカワ君」
「「はぁ!?」」
どうして、提督ぴんぴんしてるんですか?
「提督がテロに倒れられたと・・・ばかり・・・」
がっくりとアキトも私も床にへたり込んでしまった。
「ええ、確かに、あの連中の武器を叩きつけられたわよ、その時の様子見る? 思兼君見せてあげて頂戴」
『は〜い、提督』
工事用のパスで、まんまとナデシコへ侵入した、市民グループのテロ犯は、ナデシコのあちこちに爆薬をしかけつつ、ブリッジへと侵入してきた。
「あんた達、いったい何者!」
「「「「こんな戦艦があるから、俺達市民が危なくなるんだ!!」」」
「「「「こんな戦艦なんが壊れちまえ!!」」」」
口々に、勝手なことを喚き散らし、手当たり次第にブリッジの器材を手にしている鋼材でたたき壊しはじめる。
「おやめなさい!! ナデシコがあろうとなかろうと、チューリップは降ってきたわ! あなたたち、もう少し情況を考えなさい!」
「やかましい! この人殺しが!!」
「そうだ」
「あなた達のやっていることは、犯罪よ!」
「うるせえ! 俺達市民の税金でこんな戦艦なんぞを作るんが・・・」
「いい加減にしろ!!」
ムネタケさんは、キャプテンデッキから、オペレーターデッキへ飛び降りました。
「この船は、前線で命をかけて戦っている将兵に、食料や家族からの手紙を届ける補給船団を護衛して火星までいくんだ、きさまらのような、たんなる犯罪者に壊させるわけにはいかないんだよ!!」
「なんだと、税金泥棒が!! 市民に向かって犯罪者とはなんだ!!」
「やってることは、十分犯罪です」
あ、プロスさんとゴートさん。
「やかましい!!」
「お前たちは、この場で銃殺されても文句がいえない事をしている自覚があるのか?」
ムネタケさんは、ひどく冷たい口調で腰のガバメントを抜きました。
「な、なんだと?」
「撃てるものなら撃ってみろ!」
「提督、お止めください、こんな連中もうすぐMPがきますから」
「この船は、火星へ赴いている10万の将兵達への補給を届けに行くのよ、あなた達は、飢えたことがあるの、敵に囲まれて、弾薬が尽きたことがあるの? ハードスーツの故障で、酸素が切れそうになったことがあるの? あなたたちこそ間接的なヒトゴロシなのよ! なにが市民よ! 市民だったら政治家を選びなさい! 戦争をしない、政治家を!! 私たちは、政府の言うことを聞いて、命をかけて、あんたたちのようなヒトゴロシまで守っているのよ!! 恥を知りなさい!!」
「やかましい!!」
テロリストの一人がウージーをキノコさんへ向けます。
キノコさんは、手にしていたガバメントを・・・え?
ホルスターに戻しちゃいました。
でも、ウージーを持った人は、引き金を引きます。
低い連射音・・・って、もしかしてあれ、電動エアガンん!?
なんだか、情けない音と共に、ペイント弾が、ムネタケさんの制服で弾けて緑色の液体を撒きちらします。
そして、弾が切れたウージーは沈黙しました。
「ふふふふふ」
「んふふふふ」
「うむむむむ」
「え? あの・・・ちょっとしたジョークで・・・うあああっ・・・いた、いたたっ、いごっ、あぎぃ、うがぁっ・・・いぎぃ・・・ぐぎゃっ・・・」
あらあら、ウージーの人、プロスさんとゴートさんとキノコさんに寄ってたかってタコ殴りされてます。
ときどきぐきっとかぼきっとか鈍い音も混じってます。
三人とも、致命傷にはならない蹴り方をしてます。
・・・なんか、無表情で人体を壊している様は、鬼気迫るものがありました。
その様子に、他のテロリスストさんたちは、ビビってしまって、手にしていた得物を放り出して、両手を上げてしまいました。
あらら、ウージーの人は、両足複雑骨折くらいしてますねきっと、自業自得ですけど・・・。
「で、どうして、プロスさんとゴートさんは負傷したんです?」
アキトは、ようやく安心したのか、キノコさんに質問しました。
「ああ、あの連中があちこちにしかけた、ブービートラップの爆竹に引っかかったのよ」
爆発物って、爆竹なんですか?
デブリ対策で、塗装は、分厚く丈夫なうえに何層にも塗りますからね、確かに、塗装が剥げたら御の字です、爆竹くらいじゃ・・・。
「で、ムネさんは、へいきなんですか?」
「私は、ほら目にペイント弾があたって、全治5日よ」
べ〜っとしたまぶたを引っ張ります。
あ、確かに白目が赤くなってますね。
「・・・はた迷惑な話だな、ガス抜きだったら連邦議会前でデモでもしてろよったくぅ」
「いえいえ」
「この騒ぎ、根が深そうですね、プロスさん」
「はい、その通りです艦長」
真剣な面持ちで、プロスさんは私に向かって頷いたのでした。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#4
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#5
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「相転移炉惑星間定格出力の70%で稼働中、艦内異常なし、現在相対速度秒速20キロメートル、前方レーダー識別圏内に異常なし」
「ありがとう、ラピちゃん」
ナデシコは、2週間の習熟航海を終え、地球大気圏を抜け増速しつつ、月孫衛星軌道で編成をすでに終えている第15補給船団120隻と合流するため地球から20万キロの宙域を航行中。
120隻の内訳は、20万トン級コンテナーシップが20隻、5万トン級コンテナーシップが40隻、補充兵力と護衛を兼ねた巡洋艦(巡航艦と呼ぶ場合もある)が10隻、駆逐艦/フリゲート艦30隻、その他補助艦船が16隻、そしてネルガル重工の我がナデシコを始めとする各企業が建造した試作艦の運用試験を兼ねた護衛艦が4隻となっている。
ナデシコ以外に参加した艦は、明日香インダストリーの「ハー・マジェスティック・カグヤ・オニキリマル」
ブリティッシュ・マジェスティックスの「アーク・ロイアル」
フェアウエルジオマトリクスの「ユナイテッドステーツ」
となっている。
どの艦も、相転移炉とグラビティーブラスト、そしてディストーションフィールドを独自装備した5万トン級の<戦艦>だった。
もちろん、それぞれが装備している三種の神器のパテントは<ネルガル>が提供したものだ。
一企業が、市場を寡占できなくする法律というものが存在しているし、ネルガルは、地球連合宇宙軍及び各方面軍が使用する全ての艦艇・兵装を供給する能力など持ち合わせていない。
であるならば技術を独占するよりも、各企業にパテントを公開し、そのパテント料を支払ってもらったほうが儲けは大きい。
なによりも、リエンジニアリング・応用特許開発の禁止などの契約事項によって<技術>を守ることが可能となる。
契約違反を発見したときには、莫大な違約金すら請求できる。
その方がよほど賢いでしょ?
そういってネルガル会長とその懐刀である、会長秘書室長(プロスペクター)を説き伏せたのは、何を隠そうアキトだった。
もちろん私とルリちゃんの入れ知恵だけどね。
これは、戦後ネルガルだけがひとり勝ちした事による<反ネルガル陣営>を創り出さないための伏線。
もちろん、地球圏でこの蜥蜴戦役全体を通して一番利益を得るのはネルガルになるだろう。
しかし技術を他企業にも公開たことによって、それらの有力企業をネルガル陣営へ取り込むという効果も考えた上でのパテント公開だった。
もっともナデシコを除く三艦は、従来型の船殻に、それらの三種の神器を内装したというだけの物で、どれも灰青色の葉巻型船殻という、既存の宇宙軍艦艇とあまり代わり映えのない形態をしていた・・・というよりも、ナデシコのほうがオカシイと思って間違い無い。
ナデシコはその船団の旗艦として提督が座乗しているのだ・・・だからキノコさんて、本当に偉いんだよ。
「後方よりカグヤ・オニキリマル、アークロイヤル、ユナイテッドステーツ接近」
地球各地から、大気圏を離脱した4艦は、艦隊を組み、補給船団と合流することになっていた。
『発光信号だよ艦長』
思兼君のウインドウが、ブリッジに開いた。
「発光信号!? また古風な艦長さんが乗ってるんですねぇ」
ナデシコC艦長の経験のあるルリちゃんが、呆れた声をあげた。
お父様だっていまさら発光信号で、電文なんて送ろうなんてきっと思わないもの。
まあ、民間だから、そういう酔狂な人を入れたのかもしれないけど・・・。
「発光信号ってなに?」
ラピちゃんがルリちゃんに問い返す。
「大昔は、無線封止状態の艦隊などでは、命令を伝えるときなどにサーチライトを明滅させてモールス信号のやりとりをしたんです。
今では、短距離ならば、レーザー通信の方が確実ですから、廃れてしまった技術なんですけど・・・士官教育では、一通りやらされますね?」
「うん、まあ余技だけどね・・・思兼君、読んで」
『はい』
『発、カグヤ・オニキリマル<貴艦の初陣の勇戦に深く敬意をあらわす>
もう一隻からも来てるよ。
発、アーク・ロイヤル<武勲艦と帯同できることを嬉しく思う>』
まいったなぁ、こういうのって、わたしとっても苦手なのに。
「艦長、返信しないと礼儀に欠けるわよ」
提督が、頭を抱えた私にそう声をかけてきた。
「判っていますけど・・・こういうのって、苦手なんです」
「適当に、よろしくお願いします程度の返信をしておけばいいのよ」
「はあ・・・」
「仕方ないな」
苦笑しながらジュン君が、口を開く。
「思兼君<貴艦の到着に意気益々軒昂なり帯同を祝す>を艦長名で返信して」
『は〜い』
「提督の名前で返信するんじゃないの?」
ラピちゃんが、アキトの方を向いて、聞き返した。
「この艦隊の提督は、ムネさんだけど貴艦と言われたんだから、ユリカの名前で返信しないとオカシイだろ?」
「あ、そっか」
「ありがと、ジュン君」
「ま、艦長が不得手なことをフォローするのが副長だしね」
ジュン君、照れ笑い。
四隻の民間戦艦は、ナデシコを先頭にした雁行隊形を組むと、速度をさらにあげて、孫衛星軌道をスケジュール通りに離れつつある補給船団へ合流する。
「火星まで二ヶ月半か・・・前の航海より長いな」
ナデシコ食堂の士官ラウンジで、私たち4人は、遅い食事をとっている。
食堂のシェフは、ホウメイさんに今回もお願いした。
なにしろ戦艦に乗ったことのある料理人というのは、居そうで、なかなか居なかった。
そしてホウメイガールズのみんなも乗っている。
「ナデシコと民間戦艦は、新開発のグラビティーノ機関ですし、戦闘艦は重力傾斜ドライブの出力も大きくて快速ですけど他の船、特にコンテナ船は、融合炉の出力も小さくて重力傾斜機関はほぼ従来のままです、その上、ロイトリンゲンも急遽同行することになりましたし・・・」
ミニラーメンキューブセット(とんこつ、塩、しょうゆ、みその四つのスープのミニラーメンと餃子、焼売のセットでとってもお得!)の最後のスープを飲みながらルリちゃんがそういうと、思兼君が気を効かせて船団を構成する艦船のスペックを表示してくれた。
文字どおり護送船団として火星まで征くN15Fは、終末速度が最低である医療艦<フラウ・ロイトリンゲン>に合わせたスケジュールを取らざるをえない。
それも、ロイトリンゲンに核融合ブースターを6つも増設し、N15Fに先んじること3日前に加速を開始しておいての話だ。
そもそも、医療艦は、地球圏の軌道において活動することを目的に建造させているのだから、その鈍足も仕方がない。
船団が追いつくまでは、宇宙軍の2個駆逐戦隊が哨戒を兼ねてエスコートについている。
「艦隊運動の演習とか、ひまつぶしの種には事欠かないようにスケジューリングはバッチリできてるけど?」
そう言った後、ラピちゃんはデザートの金魚鉢パフェをハムハムハムハムハムハムと一生懸命掻き込んでいる。
甘いもの好きだよねラピちゃん。
女の子は、みんな甘い物好きだけどね。
「それじゃ今回は、私が航海日誌をつける必要はなさそうですね」
うう、ルリちゃん変なこと覚えてるよぉ。
「ん? なんだその、航海日誌って?」
ああもう、アキトも気にしなくていいのにぃ。
「ユリカさんが、前回は、火星まで私に航海日誌をつけさせたんです」
「はぁ?」
アキトぉそんなに冷たい目で睨まないでよぉ。
あうううっ。
「だぁかぁらぁ、あの時にはお葬式で凹んでて・・・ごめんなさぁい」
つんつんと人差し指をつつき合わせてルリちゃんとアキトへ謝る。
「まっ、オレも書類書き嫌いだから・・・ユリカのことは責められないな」
「だよねぇ、アキトは、ユーチャリスの報告書は全部私と<ツヴァイ>に任せてたもの」
ラピちゃんがスプーンを掲げて速攻の突っ込み。
ツヴァイは、改思兼級A.A.I.(Advanced.Artificial.Intelligence.)演算エンジンのファーストバージョン、ナデシコCの<思兼>の先行試作機のことらしい。
「ラピスあの状態で書類は書けないだろう」
「IFS経由のワープロなんてゴロゴロ転がってたもん」
あらあら切って捨てられちゃった。
「くううう、あの子犬のようにオレの後をくっついて歩いていた可愛いラピスはもう居ないんだなぁ」
アキトは、大げさに嘆いてみせる。
「男のうそ泣きは可愛くない」
あはは、ラピちゃんのほうがずっとうわ手だねアキト。
「ちぇ・・・いいよ、いいよっ、ユリカに甘えるから」
そんな事を言った後いきなり、わたしの膝の上に体を投げ出してくる。
「ちょっと・・・アキト・・・もうしょうがないなぁ」
この重さが、愛しさを感じさせてくれる。
胸の奥がとってもあったかくなる。
「やっぱりユリカしか居ないんだオレには」
「何言ってるの、ルリちゃんもラピちゃんも居るでしょ」
おさまりの悪い髪の毛に指を通し、ゆっくりと漉く。
頭を撫ぜられるのは、あんまり好きじゃないみたいだけど、こうして、髪の毛を触るのはいいみたい。
ふふっ、ルリちゃんたら、うらやましそうに見てる。
後でちゃんと甘えるように言ってあげるから、我慢してね。
―――思兼君。
私はサイドコンソールのIFSインターフェースを使い、思兼君に呼びかけた。
『イエス、マム』
・・・いったい誰、思兼君に古典SFなんて読ませた人は。
まったくぅ、発光信号といい、イエスマムなんて返事といい・・・。
そんな思考が思兼君に漏れていたのだろう、ライブラリの登録者は、ムネタケサダアキ提督ですという返事が戻ってきた。
・・・なぁんか、ムネタケさんって、本当よくわからない人だわ。
私が唖然としていると、思兼君は、まるで目の前で手を振るかのように、ウインドウを揺さぶってみせた。
『艦長、どうしましたか?』
「ううん、なんでもない、ところで、ルリちゃんとアキトは、仲良くしている?」
『プライバシーに関る問題ですよ艦長』
あら、結構手強い、こうなると上位指揮権を持ち出さないとダメかなぁ。
「家族の問題でもあるのよ」
『・・・ルリとラピスとは単相クローンという関係ですから姉妹といえますし、艦長と副提督は婚約者ですから、家族といえなくもありません。
そしてルリと副提督が・・・ゴニョゴニョ・・・』
あ、フリーズした。
どうして別るかというと、氷の中で寒そうにしているデフォルメ銅鐸にぴき〜ん☆って擬音を書き込んだウインドウまで表示するんだもの。
思兼君って、お茶目さんだわ。
「ほらほら、その程度でフリーズしないの! アキトがルリちゃんやラピちゃんと仲良く・・・もちろん男と女の関係まで含めてよ・・・する事は、私も承知していることだから、思兼君が気を使わなくても大丈夫だよ」
『複雑です』『本当にいいんですか艦長』『アキトって三つ股男!?』『許すまじ女の敵』『鬼畜テンカワアキトに天誅を』etc..etc..
あっという間に私の周りはウインドウだらけ。
「あのね、男と女の気持ちってそれはそれは複雑だし、私たち4人の関係ってそれに輪をかけて複雑なの、だけど四人が幸せに慣れる方法ってそれしか思いつかなかったの、思兼君は、びっくりしたかもしれないけど、アキトを責めないでね」
『納得できませんが、善処します』
『要観察期間とします』
「うん、それでいいよ、で、ルリちゃんとアキトの様子は? あ、ウインドウじゃなくて、直接私に画像を送ってくれればいいよ」
私のIFSだと、その程度の処理は、お茶の子だからだ。
もっとも、ブリッジには夜直の私しかいないから、ウインドウで表示してもらっても、問題はないんだけどね。
そんなことを考えていると、映像が送られてきた。
録画とライブの両方?
ううん・・・えっととりあえず録画を見てみる。
私が送られた<映像>を映像情報として意識して処理できる速度は、思兼君とのマッチング作業で、IFSフィードバックレベルごとに算定済みだから、その算定値で映像が入力されてくる。
ようするに、ウインドウで見ると1秒は、1秒だけど、直接受け取れば、1秒がミリセカンドのオーダーにまで縮めることも可能ということ。
補助脳の処理能力にもよるけど、直接処理なら電子の世界の時間で映像を見ることができるの。
ちなみにラピちゃんは、ミナトさんのところへお泊り。
結果は、ルリちゃんには、やっぱりまだ無理だったみたい。
わたしの先走りしすぎでした、てへっ☆
でもルリちゃん、アキトに手とお口で弄ってもらって、いっぱい気持ちよくなってた。
アキトも最後には、ルリちゃんに押し当ててこすりつけてお腹に沢山出してたから、満足したんだよね?
私は酷い女なのかもしれない。
でも私には、他に四人を結びつける方法が思いつかなかった。
これも、また私の罪になるのだろうか?
あの人とあの子とを無理やりに結びつけたという罪に?
私が贖うべき思いは、まだ重く私の心にのしかかったままであるのに。
私は、さらに罪を重ねるしかなのだろうか?
贖うべき思いが、いつか軽くなるときが来るのだろうか・・・。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#5
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#6
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『今日は、現在火星へ向かって航行中のN15Fの旗艦、ネルガル重工が満を持して就航させたナデシコにお邪魔しています』
どこかで聞いた懐かしい声。
そう、この声は、売り出し中のアイドル声優のメグミ・レイナードさん。
彼女は、前線慰問という名目で、この船団に同行している。
ネルガル重工とその系列会社が出資している放送局N.E.B.S.(Nelgal Earthan Bloadcasting System)が企画した番組のリポーターも兼任している。
「なんとこのちょっと変わった格好をしているネルガル重工が運行している戦艦ナデシコの艦長さんは、若干20才の才媛ミスマルユリカさんです」
「よろしくお願いします」
会議室に作られた急造スタジオでの撮影。
メグミさんは、タンクトップにカーディガン、ボトムはキュロットというラフな格好。
私は、ナデシコの艦長服でインタビューを受けている。
「このナデシコってすごく変わった形をしていますね?」
「ええ、このディストーション・・・」
こんな感じで、ナデシコの説明なんかもくどくない程度に軽い受け合いで入れて、さり気なくナデシコの特異性をアピールしている。
「搭載している機動兵器も最新型だそうですね?」
「ええ、エステバリスAフレームと言って・・・」
アキトのAではなく、AllRoundマルチパーパスフレームのことだ。
「さらに無人兵器も運用するとか?」
「はい、パルストリスという、小型機動兵器を・・・」
パルストリスとは、ザウバーフローテ・・・要するモーツアルトの<魔笛>の事だ。
全長3メートル、制止質量900kgの弾丸状の物体。
それにバーニアスラスターとディストーションフィールドを装備し、ルリちゃん制御の戦術A.I.<魔笛>で制御する。
無人機動兵器専用の迎撃システム。
「ミスマルさんは、極東方面宇宙軍のミスマルコウイチロウ中将の御息女とのことですが、どうしてナデシコの艦長になったんですか?」
「私はお父様が駐在武官をしていましたから、火星で生まれました。
そして8才まで火星で育ちました、ですから火星は、私のふるさとです。
ですから火星には、お友達も沢山いました。
そのお友達は、地球に無事避難することができました。
これは聯合艦隊が頑張ってくれているお蔭だと思っています。。
でも火星は、戦場になってしまっています。
私は、火星を解放したかった。
もちろん海軍大学を卒業すれば、1士官として戦争に関ることになります。
ですが、私にはもう一つの選択肢として、ナデシコの艦長がネルガルから提示されました。
こんな青二才が艦長なんておこがましいと思いました。
増して200名のクルーの命を預からなくてはいけない職責の事を思うと、正直心が萎えました。
ですが、それでも私はふるさとである火星の姿をもう一度この目にしたかった。
そして火星の空気を吸いたかった。
地球に避難してきた沢山のお友達に代ってできうるなら、このナデシコで火星を解放したいなぁんて思っています」
これは、私の本心からの言葉。
だから、メグミさんも私の言葉の間、ただ黙って聞いていてくれた。
「うわぁすごい意気込みですね、是非、実現させてください。
火星出身のミスマル艦長が指揮するこのナデシコについてVTRがまとめてありますのでそれをご覧ください」
<はいカット!>
「ふぅ・・・あ、おつかれ様です、ミスマルさんすごい迫力でした、どうもありがとうございました」
「いいえ、本音を口にしただけですし、レイナードさんの方が、火星についてもすぐにトンボ返りでしょ? たいへんだね」
「ええ、でも地球で声優してても戦いアニメばっかりだし、それならレポーターも面白いかなって思ったんですけど、正直この閉鎖空間には参っちゃってます」
「そうですね、慣れないと壁の向こうが真空だってこと忘れちゃいますしね」
「そうなんですよ! 1回露天展望デッキなんて案内があって、外に出ようとしちゃって、非常警報ならしちゃって兵隊さんに怒られちゃいました」
「それって、すっごくわかる、外へ出たいんだよね、思い切り体を伸ばしたいって思うもの」
「ミスマルさんでも思うんですか?」
「うん、緑が恋しいよぉ」
「あはは・・・なんか艦長さんにすごく親しみがわいちゃいました。
わたしN16Fで地球へ帰ると思いますけど、メールアドレスこれですからメールくださいね」
「うん、私の個人アドレスはこっち、お仕事がんばってねレイナードさん」
「はい、ありがとうございます」
メグちゃんは、このあと休まずに連絡艇でハー・マジェスティック・カグヤオニキリマルへと移動していった。
はぁ〜アイドルさんも大変だ。
どうして古代火星人は、過酷な環境だったはずの火星に遺跡を作ったんだろう。
ボソンジャンプターミナルとして使うなら、火星じゃなくもっと安定した環境の冥王星とか、その外オールトの雲の中の方がより理想的だと思うのに。
って思うでしょ?
とルリちゃんとラピちゃんに尋ねたら、
「アステロイドや冥王星、オールトの雲は、太陽系外の環境に影響される恐れがあるからでは?」
と返された。
ああ、なるほど億年単位で存在していないといけないターミナルは、太陽系の銀河系内運動で、他の恒星の重力による摂動を受ける不安定な軌道には置けなかったってことね。
確かにプレートテクニクスが死んでいて気候的に安定している火星なら、億年単位で構造物は残るわね。
ま、そんな事を言い合ったのも、もうふた月前。
火星は目の前に迫りつつあった。
「んんっようやく火星が見えてきたわね艦長」
大きく背伸びをして操舵シートをリクライニングさせたのは、ハルカミナトさん。
今回もルリちゃんとラピちゃんのお姉さん役を買って出てくれた。
・・・単に可愛いもの好きなお姉さんかもしれないけど。
まあ、フリルバリバリの可愛い系お洋服を着せられているルリちゃんは、私、精神年齢はもう20才なんですが、トホホ・・・なんて言ってたけど、可愛いお洋服着られたら嬉しいと思うんだけどなぁ・・・ねえ?
でも確かに、お子様扱いを受けるのは、20才に近い精神年齢のルリちゃんとラピちゃんとしては不本意かもしれない・・・ははは、私見た目が20才になってて良かった。
そのハルカさんの言うとおり、フロントウインドウには、どの星よりも明るく輝くやや赤い星が見えていた。
『レーダー識別圏内に敵影無し、相転移炉惑星間出力理論値の97.3%で安定稼働中』
という思兼君のウインドウが私の目の前に定時報告として表示された。
ぁふぅう・・・。
ヒマ。ひま。暇。閑。隙。
漢字で書こうとひらがなカタカナで書こうとヒマなものは、ひまだ。
流石に火星までの工航程の85%までを消化してしまうと、艦隊としても、個艦としても、真新しく<すること>、恒常的にしなくてはいけないことの種は、尽きてしまっていて、あとはひたすらそれらを日常として船の中での閉じ込められた生活というものを我慢しなくてはならない。
艦隊行動訓練やら、仮想敵に対する襲撃訓練、警戒訓練、それに週に一度の艦長会合。
ナデシコ艦内でも、緊急避難訓練、白兵戦訓練、ダメコン訓練なんてやり尽くしてしまった観があった。
その上、既に火星軌道に展開している聯合艦隊によって、木星蜥蜴艦隊は、火星軌道内には、入り込んできていない為、戦闘も一度も発生しなかった。
それでも、護衛は必要。
それを怠れば、20世紀の日本帝国のように自滅するしかないのだ。
「ええ、でもナデシコのお仕事は、これからが本番なんですよミナトさん」
「あらやだ、そうじゃない。すっかりここに来るまでがお仕事だって思ってた」
護衛も立派なお仕事ですってばミナトさん。
「これからこんなにのんびり、きっとしていられないかもしれません。
ナデシコは火星においてネルガル重工のお仕事を澄ませてしまわないといけませんから」
ルリちゃんは、極冠遺跡への降下軌道のクォータービューを表示して、そうミナトさんへ言う。
「ねえ艦長、ナデシコは南極冠なんかに降りてなにをするの?」
「あるものの回収を行います。
火星脱出(エクソダス)の時に持ち出せなかったたいへん貴重な器材だそうです」
思兼君が<演算装置>の写真を表示する。
どうせどんなものかは、遺跡に入ればバレるのだから、かまわないでしょ?
「ふ〜ん、なんなのこれ?」
そのウインドウをシゲシゲと見つめた後で、ミナトさんが言う。
「それこそ、企業秘密でして」
「あらプロスさん、ここまで見せといてそれは、ないんじゃない?」
「いいえ、世の中には、知らないほうが幸せに暮らせるという情報が確かに存在しているものですから」
プロスさんたら逆光で眼鏡だけを光らせて、オドロオドロした口調で言うもんだから、迫力があるなんてもんじゃありません。
「・・・ま、マジ?」
ミナトさん、ルリちゃんへグギギッと音がするような感じで向き直ると、そう尋ねた。
「さあ?」
肩をすくめながら澄ました口調でルリちゃんにスルーされて、ミナトさん私達のほうへ顔を再び上げた。
「プロスさん、どうせバレちゃうんっすから、いいんじゃないっすか?」
「まあ、副提督の仰しゃることも判るのですが・・・」
ここで、本当のことを言っても、きっとミナトさんは信じないって思うけどなぁ。
あ、でも<木星蜥蜴>がいるんだから、古代火星人も信じるかな?
「本当に、そんなにヤバい話?」
「ええ、この戦争のキーと言えるような話ですので」
「ふ〜ん・・・まあいいわ、南極へ行けば判るんでしょ結局」
「まあ、そうですな」
「うむ」
ゴートさんが頷いて、その話はおしまいになった。
体が火照っている。
N15Fは、もうすぐ火星へ到達する。
火照りは、私の隣りで無防備に眠っているアキトと愛を交わした為。
このふた月あまり木星蜥蜴は、攻撃を仕掛けてきていない。
前回は、独行艦ということもあり敵もこちらの出方を伺っていた節があった。
三度も愛され、三度とも注がれた。
・・・思いだすのも恥ずかしい乱れ方をしてしまっている私は、正直、この部屋の防音がしっかりしていてくれて、助かっている。
極まった時の声を押さえることなんてできないし、アキトはワザと声を出させようと、深くえぐり込んできたりする。
ぎゅっと両手両足で抱きついたまま、私は二度三度と頂点へ達した。
それだもの理性が飛ぶのもしょうがないよね?
わたしの隣りで無防備に眠っているアキトの髪をすく様になでる。
おさまりの悪い髪型はずっと変わっていない。
もちろん、火星軌道に聯合艦隊が居座っているとはいえ、戦力を迂回させ補給線を襲うという選択肢がないわけではない。
事実何度がそういう動きがなされたこともあったし、それを警戒しての護衛艦隊である。
しかし、どうも木連もこの戦争についてかなり戸惑っている感じがする。
「これほど手強く、堅実な戦争を連合が行うとは考えていなかったのだよ」
とは、御子柴大将の言葉だ。
それは、そうだろうディストーションフィールドにしてもグラビティーブラストにしても自分達の専売特許だと思っていたのだから、緒戦は無尽の荒野を征くがごとく完勝できると考えていたに違いないのだから。
その思惑がはずれ、思わぬ手強さで抵抗をされ、さらには火星軌道から1ミリたりと戦線が動かなくなり、経済規模の小さな木連は、今後の戦争と自国の経済についての計画の見直しを迫られているはずだ。
政治的、軍事的首班となっている草壁春樹は、今、苦悩の極にいるにちがいない。
そして彼のことだから、一気にその打開を計る手段として優人部隊の早期投入を画策しているに違いない。
だが、たとえ優人部隊が投入されるにしても、肝心のワープゲートたるチューリップが地球軌道へ投入できなくては話にならない。
そして地球軌道へチューリップを投入するためには、火星軌道において聯合艦隊を壊滅させねばならない。
なぜなら、投入したチューリップが後背から撃たれる可能性があるからだ。
現状の木連の正面戦力での聯合艦隊の撃破は絶対に不可能。
凄まじいばかりのアンビバレンツ。
この木連の正面戦力値は、予測ではなく正味の値。
なにしろ、こちらには御子柴大将という、元木連軍のトップが協力者として存在している。
木連の生産能力はこちらに筒抜け状態。
現状火星に張り付いている無人艦隊ほぼ1400隻とチューリップ400基が、木連がやりくりできる正面戦力全力であることは、間違い無い。
木星から火星への航行状態にあるチューリップが300基から350基だと推定されている。
既に聯合艦隊は、この1年間で449基もの大型チューリップを低出力グラビティーブラストの飽和攻撃で撃破している。
反対に聯合艦隊としては、艦艇847隻、人員1万2千を失っている。
それでも聯合艦隊が2000隻体勢を維持しているのは、月も地球も生産能力を維持しているためだ。
私たちのN15Fの後にも、2つの船団が航行状態にあるし、さらに2つの船団が編制されつつある。
そして聯合艦隊では、火星の生産設備を使用した<予備兵力>の生産にも着手しはじめた。
もっとも、せいぜいがエステバリスと小型の魚雷艇程度であるけれども、それがあるのとないのとでは、精神的な余裕が違ってくるのは間違い無い。
そしてこのN15Fには、火星の生産設備を増強する器材と人員も多数含まれていた。
寝室に開かれているウインドウには、最大望遠で捉えた<戦星>のややくすんだ赤い姿が映っている。
火星、アキトの生まれた星。
私の生まれた星。
遺跡のあった星。
そして私たちは、その遺跡を確保するためにここまで来ていた・・・。
これまでの所、歴史改変は、うまく機能している様に思える。
このままボソンジャンプが注目されずに戦争が終結すれば、あんな悲惨な思いをしなくても良い世界になってくれるかもしれない。
いや、きっとそうしなくてはいけない。
火星の人たちが苦しむ必要なんて全くないのだから。
そう強く願い、そう強く思いアキトの髪を触りながら私はその横で眠りについた。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#6
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#7
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火星の衛星軌道には、フォボスとディモスという古来からの二衛星の他にも、ここ100年の間にいくつもの衛星が増えていた。
それらの大半は、減速した彗星の核だ。
火星をテラフォーミングする際に、環境を安定化させるために海をつくり出す必要がどうしてもあった。
その水分を供給する為、いくつもの彗星を捉え、火星へと小さな氷塊として落下させた。
そして彗星の核は、火星における金属資源の供給源や、地球航路と火星表面との中継基地として使われたりした。
地球の海は、熱を赤道から、両極へゆっくりと分散し、地球上の熱均衡の補完作用を行っている。
それに対して火星は、海が無く熱を溜めることも、分散させることもなかったので、地球産の生物にとって過酷な環境になってしまっている。
もっとも、火星の軌道はハビタブルゾーンと呼ばれる水が太陽からの熱で液体でいられる熱分布帯とは大分はずれていため、そのままではせっかく形成された海も結局は、凍りついてしまう。
そのため、ヒートパイプを火星地下へ埋めこみ彗星の核によって作られた海の底へ火星地下の熱を導くことによって、海を温めるということも行わなくてはならなかった。
さらに気圧を維持するためにナノマシンを成層圏へ散布し、初めて人が呼吸可能な大気を維持することが可能となっていた。
そんなことに使われた数千個の彗星のコアを集めて作られた軌道ステーションの一つを聯合艦隊は、接収し<泊地>として使用していた。
聯合艦隊火星軌道泊地<キサラギチグサ4>
長径120キロ短径40キロのラグビーボール型の大型ステーション。
もとは、彗星のコアから金属資源を地球へ輸出するために採掘した、残りカス<スラグ>であり、それを焼結しセラミクスブロック状に加工した物で作られている。
小規模ながら建艦能力すらもつドックを備えた泊地というよりも基地と言ってもい良い存在だ。
その司令長官室に、今私たちは立っていた。
「ナデシコ以下117隻、火星軌道聯合艦隊へ合流いたしました」
120隻でないのは、途中で修理ができない機関故障に陥ったコンテナーシップが3隻あった為。
コンテナーを別の船に乗せ代え、それらの船は、地球へ引き返した。
「うん、長旅ご苦労だったムネタケ君」
ヒゲと白髪に埋まった好々爺、それがフクベ司令長官の印象だろう。
私たちが敬礼をすると、答礼を返し労いの言葉をいただけた。
「いいえ、1年以上もこちらで戦われている提督の方こそお疲れでしょう」
ムネタケ提督のその声に苦笑をしてフクベ司令長官は、口を開いた。
「まあ、初手は取られたが、その後は取り返したしな、それほどキツいとは思わんよ、なにしろテンカワ・・・いやネルガルのお蔭で、我々は木星とほぼ互角の戦いができているからな」
「ですが提督、いつまでもこうしている訳にもいかないんじゃありません?」
「・・・ムネタケ君、それを考えるのは、私でなくて統合幕僚本部だよ」
「あら、そうでしたわね」
提督舌を出して、嫌そうな顔をしています。
提督のお父様以外の参謀職の方たちは純粋培養の方たちばかりですからね。
私も、黙っていればその純粋培養の仲間入りをしなくてはいけなかった筈。
「君たちは、火星で事をなした後、ここに留まってくれるのかね?」
「引き上げの間に合わなかったネルガルの資材などを回収した後、性能試験の為に四ヶ月ほど作戦に従事する予定で、その後、地球引き上げのN18Fの護衛として地球へ帰還の予定です」
「そうか、ここは最前線とはいえ今はまあ落ちついている。そうじゃな言ってみれば20世紀の最初に行われた第一次世界大戦の塹壕戦のような情況じゃ、しばらく戦場の雰囲気を味わっていきたまえ」
「はい、失礼します」
火星の情況はまさに、アキトと私たちが想定し導こうとしたものとなっていた。
「オリ研へは、ヒナギクと護衛のエステバリスが2機、そして極冠研究所には、ナデシコで向かいます」
私は、火星へ降下する直前のブリーフィングで、基幹クルーに対してそう伝えた。
オリンポス研究所には、大した器材は残っていない。
残っているのは<思兼>を作成する際に作られた無数のライブラリと、その派生A.I.のアーカイブ類である、だから装甲降下艇ヒナギクで十分だと考えた。
極冠研究所、それは遺跡そのもの。
演算ユニットの回収を行い、それを地球へ持ち帰る。
だがナデシコが火星への降下軌道に入ったとき、聯合艦隊の索敵圏に木星艦隊が突入してきた。
キサラギチグサ4を中心に、火星衛星軌道を時計回りにぐるり取り囲み7つの軌道ステーションに聯合艦隊は分註している。
それらのステーション群を聯合艦隊は、<ウィークステーション>と呼んでいた。
自らウィーク:弱いと名乗るのは、どうかと思うかもしれないが、ようするに7つのステーションを曜日に例え、一週間基地群と呼んでいるのである。
キサラギチグサ4は、サンデーステーションということになっていた。
WSから、ほぼ1光秒の位置にピケットラインが引かれ、哨戒活動が行われており、その哨戒に木星蜥蜴艦隊が引っかかったということになる。
ナデシコは降下を中止し、艦隊司令部と連絡を取りつけた。
「君たちのND−001は、聯合艦隊直轄指揮下に組み込まれ遊撃兵力として運用される」
連合艦隊司令長官直々の下命。
通常、司令長官が直接個艦の運用になんて口を挟むことはない。
司令長官の仕事は艦隊の行動を定めることであるからだ。
「了解いたしました、聯合艦隊直轄指揮下に入ります」
コマンダーデッキの全員が敬礼を返す。
「うん両艦は、ムネタケ少将の指揮の元で活動をしてもらいたい、なにしろ君たちとは、艦隊連携の訓練すらしていない、その上に個艦性能が段違いすぎていてな、艦隊に組み込むことが難しいと判断した・・・頼むぞムネタケ少将、以上だ」
なるほど性能が少々低くても同型艦同士ならは、戦隊艦隊規模での運用は平易となる。
なぜなら速力・戦闘能力・防御性能が、同一であるのだから、それらのまとまりを1つの単位・・・いってみれば大きな<戦闘艦>として考えることができことになるからだ。
「・・・遊撃兵力っていうんだから、戦線の一番キツいところに助っ人するっていうのがセオリーなんでしょうけど・・・」
ブリッジクルーの全員がキノコさんに注目する。
その視線を気にせずに、キノコさんは、自分の考えを口にした。
そうなのだ、あえて艦隊司令部・・・いやフクベ提督が<遊撃兵力>と言ってくれた以上、それは、私たちの役目ではないと考えなくてはいけない。
艦隊を形成する1隻1隻の個艦の行動管制はキサラギチグサ4に存在している数十人単位の管制官が集合している<艦隊管制司令部>が行うのである。
その前提をくつがえしてまで、ナデシコにさせたいことってなんだろう?
「また厄介な事を押しつけられましたね」
苦笑しながらアキトが、キノコさんへ向かいそういう。
「あら副提督そういうなら、どうするのか考えがあるんでしょ?」
「は? まさかですよムネさん、俺には<ナデシコは、好きに暴れてろ>ってことしか判りません」
・・・う〜ん、それが判るだけでもそれなりの指揮能力だと思うけど、確かに何を求められているのかは、難しい情況だって思う。
「まったく、もう少し頭使いなさい・・・でもそうね、情況をもう少し掴む必要があるわ」
「はい、艦隊司令部からの戦域情報てんこ盛りです」
ウインドウには、艦隊司令部として使用している火星最大の人工衛星<キサラギチグサ4>を中心に10光分をクオータービュー表示した戦域図と、敵勢力の陣形、そして味方艦隊の迎撃陣形が、個別のウインドウとそれらの情報が重ねられた図として表示される。
「流石ルリちゃん、話が早い」
「それから、見慣れない超大型艦の情報が無人偵察機から入っているそうです」
そう言って表示されたのは、優人部隊用の戦闘艦だった。
この時点で、優人部隊を投入してくるということは、草壁さんは、かなり焦っている証拠だろう。
その艦影を見たアキトの表情が一瞬、硬くなる。
視線を落とし、握り締めたこぶしを見つめる。
それは一つの逡巡、再び己の手を血まみれとすることを迫られた事へのとまどいだろう。
私の心は、もう決まっている。
あなただけを辛い目に合わせない。
私もあなたと同じ血に手を汚し、同じ罪を背負う。
私のあなたへの本当の贖いはここから始まるのだ。
私の視線に気がついたアキトは、私の視線を受け止めそして強く頷いた。
うん、ずっと一緒だよアキト。
笑みを口元へ浮かべ私も頷く。
「その大型艦の数は、判るの?」
「はい、敵艦隊とはかなり離れた位置に、4隻が戦隊を形成しています。その周囲には、機動兵器が約400程の壁を形成しています」
サンデーステーションのキサラギチグサ4から衛星軌道を時計回りに7つのステーションがある、その月曜、火曜ステーションの正面に無人艦隊、そして木曜ステーションの正面に優人部隊の戦艦が進出してきていた。
「それね」
キノコさんは、苦い顔をしてそう呟いた。
「ええ、そうっすね」
「艦長・・・目標は判ったわね?」
「はい・・・」
距離は、最短軌道でおよそ10万キロある。
衛星軌道を回り込めば、そのほぼ4倍近い値になる。
どう考えても、普通の機動を行っていたのでは、敵の動きに追随できそうも無い。
私は、一番効率の良い機動を頭に描き、そしてその作戦を成功させるための方策を選択する。
「ムネタケ提督」
「なにかしら?」
「最寄りのステーションにバレージジャミングとデコイの放出の要請をお願いできますか?」
「そのくらいは、おやすい御用よ、艦長・・・やれるのね?」
インカムを手直のジャックへ接続しながらキノコさんは、私の目を鋭い視線で捉える。
私は、その視線を受け止め応えた。
「はい! やるしかありません。
・・・ナデシコ進路変更! 南極を回り込み正体不明の大型艦部隊の直下から攻撃を仕掛けます、ラピちゃんこの攻撃は発見されるまでの時間がカギを握ります、だから地表面をギリギリかすめる軌道を通過して敵部隊の直下に遷移する必要があります」
「判りました、軌道計算開始します」
「ルリちゃんは<魔笛>の用意を、エステバリス隊は、不測の事態に備えて待機をお願いします」
「了解」
アキトもインカムをジャケットから取り出し接続を行う。
もちろんピンチになれば出撃をお願いするが、まだその時ではない。
「ナデシコは、これより第一級戦闘態勢へ移行します、光学迷彩(neon cam(camouflage))最大効率で展開! 全艦へ砲雷撃戦用意!
ダメコン担当部署は、火星大気圏突入後は常に待機をお願いします」
『了解だ』
「軌道計算終了、航法コンソールへ転送」
ほんの数秒でラピちゃんは、軌道の計算を終えて、その結果をミナトさんへ送ってしまう。
「ミナトさん、ナデシコ預けます」
「まかせて頂戴!」
ミナトさんは元気よくそう応えると、ぱきぱきと拳をならして左手で舵輪を握り締め、右手をスロットルレバーへと乗せた。
その前には、軌道のウインドウが出ている。
もちろん私の前にもそのウインドウは表示されている。
ナデシコは、現在の軌道から最大加速で火星へダイブ、秒速142.3キロで南極極冠上空4000メートルを航過、約14分後にエンゲージ減速無しに航過しつつの砲雷撃戦を敢行する。
「ナデシコ発進!!」
「りょうかぁ〜い、ナデシコ発進んっ!」
スロットルレバーが押し込まれる。
アイドリング−タキシング−巡航−最高船速−最大戦速−オーバーブーストへと4つのエンジンスロットルが開けられてゆく。
最大船速まではグラビティーノ機関が働き、さらにオーバーブースト出力となると重力航行機関が、自身の創り出した重力井戸へ落ちてゆくという無限軌道を提供することになる。
この作戦が終了するまでの時間のカウントダウンが小さく私の視界に表示される。
あとは、砲撃命令と<魔笛>の起動命令を出すだけ。
残り983秒。
ブリッジの正面には装甲シャッターが降り、外を観ることはできない。
見ていたならば、ナデシコが火星へ墜落しているのだと思えてしまう筈だ。
だが、ナデシコはその表面をすり抜け、敵部隊へ肉薄する。
これからナデシコは、誰もそんな馬鹿げたことは考えないショートカットを行うのだ。
敵の探知には、ステーションが発信する問答無用の広帯域電子妨害と多数のデコイで対抗する。
ナデシコ自身も光学迷彩を展張し、ステルス性能を上げての勝負となる。
もちろんそれはディストーションフィールドがあればこそ出来る芸当だ。
そうでなければ、ナデシコは火星大気との摩擦で質量の半分も残らないだろう。
長い・・・長い千秒だ、でももう私に指示できることはない。
そして私の心に去来するのは、これから行う事への罪の意識。
優人部隊の方たち、ごめんなさい。
私たちが生きるために死んでください。
ごめんなさい、私たちは、私たちの想いのためにあなた達を殺します、殺さなくてはなりません、ゆるせとは言いません、言えません、だから私たちは謝ることしかできません。
ごめんなさい。
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機動戦艦ナデシコ
「この愛を贖(あがな)いに代えて」#7
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
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あとがき
なんとまあやっと7が上がったよ(>_<)
色々と別の話を書いてはボツ書いてはボツとしている間に、時間がすぎてしまってなぁ。
んなことをしている間に、自動車学校に通いはじめて、仮免にまで進んでしまっていたりしたし(爆)
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