XEVIOUS is the masterpiece
that won eternal fame in Japanese computer game history.
This book, which is novelized by it's game designer,
appears true story of the war.
the human race battled against a biological computer GUMP.
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目次
プロローグ
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□ PROLOGUE
プロローグ 1999年
第 I 章 ガンプ
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□ GUMP
統合世紀(レドカペ)
統合紀(ゼビソリタ・78)
統合紀(ゼビクルト・79)
統合紀(レフゾプ・80)
統合紀(レフア・81)
統合紀(レフシオ・82)〜移民
第 II 章 ミル・フラッタ
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□ MILL FLUTTER
ミル・フラッタ・クルト
ミル・フラッタ・ソピア
ミル・フラッタ・パストー
ミル・フラッタ・フェス
地上絵
宇宙(そら)へ
第 III 章 ゼビウス
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□ XEVIOUS
2009年・ゾシー
接触
非適合者
タルケン
シオ・ナイト
第 IV 章 ソル・バルゥ
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□ SOL VALOU
2009年
タワー
侵攻
因果
ソル・バルゥ計画
出撃
最優先事項
エピローグ
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□ EPILOGUE
エピローグ〜2012年
あとがき
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プロローグ 1999年
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1990年代の初頭より進んだ東西の緊張緩和も、1990年代最後の年ともなると一段落して軍備の縮小も滞りなく進んでいる。
ここ南米ペルーにあるレーダーサイトも今ではほとんど用なしになってしまい、機能を維持できる最小限のスタッフが残され、なんとか24時間体制を採っている。とはいっても2人ずつ交替で機械の様子を見ているというのが実情であり、一日中何も起こらないのが普通だった。
『未確認飛行物体発見』
コンピューターボイスが非常事態を告げる。7月に入ったある晩、それは忽然と現れた。当直の2人も夕食をすませて交替し、一応のチェックも終わり、コーヒーを入れてテレビを見ていたところで、あるはずのない出来事にハッとして顔を見合わせ、弾けるようにコントロールパネルに向かった。
ディスプレイに物体の位置を示す座標データが現れる。西経75度、南緯15度あたりのようだ。
「おい、やばいぞ、こいつは真上だ」
モニターには、続いて高度を示すデータが表示される。かなり大きな数字が大気圏外を示しているが、データの表示が1つ分すんだところで画面がスクロールし、次々に別のデータが表示され物体が複数であることがわかる。
「最近、隕石群の接近なんて聞いてないよな?」
1人が同僚に同意を求め、緊張事態を伝える本部へのホットラインを取る。旧式な受話器のコードが紙コップのコーヒーをひっかけてしまい、片手でコンソールパネルを拭きながら肩に受話器をはさんで状況をざっと説明する。もう1人はさらに細かいデータ収集を行うためにキーボードを操作する。
サブモニターがスタンバイの状態から索敵モードに切り替わり、最大望遠で捕えた物体の映像と分析されたデータが重なって表示された。それはロケットのように大きな八角柱の物体で、体積、質量ともに、現存する最大の宇宙ステーションの8倍はありそうな代物だ。そんなものが、今までいかなるレーダーサイトにも発見されずに、衛星軌道内に突然1ダース以上も出現したのである。
「とりあえず、ただの隕石でないことだけは確かだね」
「ああ、しかしよりによって俺たちが当直の時に出なくたっていいよな」
あまりに非現実的な出来事を前にして、2人は逆に実感なく落ち着いていた。
ホットラインのベルが鳴り、データを本部に転送するように指令が伝わる。戦略的には大して意味のないレーダーサイトなので、ここには対処するための設備はまったくない。どっちにしろ正確な情報を送るぐらいしかできることもなかった。
コンソールのキーボードを叩くと、本部に送るデータがディスプレイに次々と表示され始めた。あらゆるデータは、八角柱が突然その空間に地球の自転と同調して出現したこと、ゆっくりとアンデス高原付近に落下していることを示していた。
「東側のものでもないらしいよ。まあ、お偉いさんたちのお手並み拝見ってとこだね」
「宇宙人の侵略ってことはないのかなあ?」
「そんなんだったら、ワシントンとかモスクワとか、ここよりましな所はいくらだってあるさ」
東西の冷戦といわれた時代にも、領空侵犯などほとんどなかったこのレーダーサイトでは、今回の事件は設立されて以来の大事件である。2人は所内にいる他のスタッフをコントロールルームに呼び出して、ゆっくりと、しかしまっすぐに落ちてくる八角柱をモニターで見物することにした。
やがてレーダースクリーンに、八角柱とは異なった動きの速い光点がいくつか出現した。迎撃ミサイルの発射を示す光点は、見る見る八角柱の群に近付いていく。もちろん最初の一斉射撃は威嚇に過ぎないから命中するはずもなく、なんの被害も相手にあたえないはずだった。
しかし八角柱はミサイルの到達と同時に、突然猛スピードで落下し始めた。見かけから想像される重厚な雰囲気からは及びもつかない、強烈な加速とスピードで八角柱は大気圏に突入した。
相手の動きに対応して、自動迎撃システムが2撃目を発射したことを、コンピューターボイスが告げると、一瞬ザワッとした空気もなんとなく安心したものに戻った。しかし八角柱のスピードはミサイルよりはるかに速く、到底ターゲットをとらえることはできそうになかった。
『未確認飛行物体落下まで10秒』
モニターの前に集まったスタッフにはなすすべもないままに、時間の流れだけが冷静に告げられるのだった。
ブラジルの地方都市の郊外にある2階建ての住宅のベランダでは、1週間前に8歳になった女の子が星を見ていた。誕生日のプレゼントにもらったお気に入りの望遠鏡で、寝る前に星を見るのが、最近の楽しい日課になっている。
その日も雲ひとつなくよく晴れて、星のきれいな夜だった。
「サヤちゃーん、いい加減にしてもう寝なさーい」
ベランダのある子供部屋に、階段の下から母の声がする。
「はーい、もう寝まーす」
と口では言って、目は接眼レンズから離さない。
「ほらー、サヤカ、口だけじゃだめよー」
サヤカはほっぺたをふくらましてブツブツ言いながら、残念そうに三脚をたたんで望遠鏡を肩にかついで部屋の中に入った。
「まだ、やってんのー?」
ベッドの上に望遠鏡を寝かせると、開いたドアから階段の方へ顔を出して返事をする。階段の下で待っていた母も、サヤカの顔を見て納得したようにキッチンの方へ消えて行った。サヤカは望遠鏡をしまって、ヘッドボードにかかったパジャマ袋からパジャマを出して着替えると、大きな声でおやすみなさいを言ってベッドに飛び込んだ。
天井に貼ってある全天恒星図を見ていると、何かザワッとした気配を感じる。ベッドの上に起き上がって部屋を見回すけれど誰もいない。
おかしいと思いつつまた横になるとまた同じ感じがする。今度はもっとはっきりしていて、ずいぶん遠い上の方からのような気がする。
ベッドの上に立ち上がって出窓から西の空を見上げると、流れ星が1つスーッと尾を引いた。
そのまま裸足でベランダに駆け出すと、ちょうど幾筋もの光の雨が降り注いでいるところだった。
「すごーい、きれーい」
流れ星はそれまでに何回か見たことがあったが、こんなに地面の近くまで落ちてくるのは初めてだった。
「そうだ、お願いしなくっちゃ。大きくなったら宇宙旅行させてください……」
突然の流星雨は、サヤカがゆっくりと3回願い事を言うのに十分なだけ続いたのだった。
翌朝明るくなるのを待って、大規模な調査が開始された。
「地表に到達した形跡はありません」
どの偵察隊からの報告も、みな同じようなものだった。
昨日のデータから類推される八角柱の質量から考えると、核兵器なみの被害があってもおかしくないはずである。まして大気圏で焼失するなどということは到底ありえないことで、事態を把握していた者にとってはまるで悪夢か奇跡にほかならなかった。
レーダーなどによって追跡されたデータをコンピューターで分析しても、やはり現れたときと同様に地表付近で忽然と消えたとしか思えない結果が出てきた。そんなわけで、この流星雨の元となった八角柱の正体も、結局わからずじまいに終わった。
公には迎撃ミサイルの発射の事実も隠され、観測の目をかいくぐった大きな規模の隕石群が、大気圏で燃え尽きたものと発表された。こうして宇宙人の侵略とも噂されたこの事件も、時がたつにつれて人々の記憶から忘れ去られてしまい、またしばらくの間平穏な日々が続くことになるのだった。
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統合世紀(レドカペ)
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彼等が地球と呼ぶこの惑星は、我々の地球と非常によく似ている。恒星系の第3惑星にあたること、地軸がずれていて四季が存在すること、大気の成分や海水の成分、そして人類の存在。大きく異なる点は大陸の構成で、ゴンダ大陸、ローラ大陸、モウ大陸の3つからできていることである。
北半球には、アフリカをふた回り大きくしたような最大大陸ローラがあり、その南西に南北に長くゴンダ大陸が延びている。2つのちょうど裏側にあたる位置に、オーストラリアのような感じでかなり小さいモウ大陸がある。
世界の文明の水準は現代よりやや高いくらいで、行政、経済、文化の中心となる大都市を核にして、いくつかの衛星都市が1つにまとまった、一種の都市国家の形態をとっている。もちろん明確な国境はないが、人口が少ないのも手伝って大きな争いもなく、経済的にも政治的にも微妙なバランスがとれていた。
しかし、交通の発達とともに都市国家はそのテリトリーを拡大していき、お互いのエリアが交錯するようなところも出てきてしまった。そのために、それまでの国家形態では処理しきれない不都合な部分ができてしまい、世界的な都市国家の統一を目指して、当時3番目の勢力を持った南ゴンダの国家「ガルブ」が立ち上がった。
最大国家だった南ローラの「オーラ」も、同じ問題に直面していたためそれに同調したが、北方民族で構成されている都市国家は自由を主張して反発し、北ゴンダの「ソーファ」を中心に反対勢力が生まれた。こうして世界を2つに分けての対立が始まったわけだが、もとより武力抗争に発展することはなく、産業技術や文化などの各分野での競争や、行政や経済での協力関係の拡大によっての覇権争いに突入した。
この争いは2年間続き、当初より優勢だったガルブ・オーラ連合は、モウ大陸を除く都市国家の80%をその傘下に収めた。
この年、劣勢に追い込まれたソーファでは大統領選挙にあたる代表選挙が行われ、穏健派のゲアッセ・ルッグが代表に選ばれた。ルッグは首府タージュにおいて世界に向けて大演説を行い、一方的にソーファをガルブ・オーラ連合と統一してしまった。
後に「タージュの英断」と呼ばれることになるこの出来事により、ガルブ・オーラ連合に対立していた都市国家も順次編入され、世界はモウ大陸を除いて連邦都市国家「ヴィン・エネ・ファルラ」としてまとまった。
統合政府は統一のきっかけを作ったガルブの首府ビューアムに置かれ、初代代表にはルッグが選ばれ、彼はタージュよりビューアムに移って統合宣言を行った。これを記念してそれまで都市ごとに別々だった年号が統一され、この年を元年として統合紀こと統合世紀が使われるようになった。
統合後は経済の安定化と国際化、都市国家間での技術の交流による進歩など、様々な分野で今までにない飛躍的な発展が見られた。
統合紀(48)年、北ゴンダの片田舎で家畜の品種改良を研究していたオスト・クラトーによって、生体DNA操作法が開発された。まだまだ稚拙なもので、遺伝子のごく一部を作る情報を、組み換えによって変更する程度だったが、発展性を考えるとまさに大発明であった。弱冠20歳の天才オストが翌(49)年にこの発明を発表すると、世界は彼にルッグ賞と独立博士の名誉を与えてこれを讃えた。
ルッグ賞は初代代表の名を冠したノーベル賞のようなもので、統合紀(32)年に設立され、毎年最も革新的な行いをしたもの1名に対して贈られている。ルッグ賞自体には名誉賞としての趣旨がないため、16名の受賞者の平均年齢は30歳そこそこだったものの、オストは最年少受賞者の記録を更新することになった。
しかしオストにとっては、そんなルッグ賞よりも独立博士の称号がありがたかった。なぜなら独立博士は連邦の予算で自分の研究所を開設し、スタッフもスカウトしてくることができたからである。小さな研究所の一員で満足な資金もなかったオストには、大変な贈り物だった。
さっそくクラトー博士となったオストは、(50)年に遺伝子操作の研究機関を設立し、タージュにその研究所を建設して所長に就任した。この分野では初めての大きな研究所だったので、世界中から様々な人材がクラトー博士のもとに集まり、以後は品種改良を手始めに、細胞の複製に関する研究からクローン技術の基礎を作り上げた。
さらに細胞の増殖や再生の活性化の研究が進められ、ついには再生が困難で種によって有限固有の増殖数を持つ脳細胞への挑戦が始まった。天才オストの力量をもってしても研究は難航したが、(57)年には増殖数を決定する遺伝子の組み換えに成功し、脳細胞の無限増殖が可能となった。
この頃からクラトー博士は、脳細胞の結合状態による情報の蓄積に興味を持ち始め、増殖した脳細胞を記憶装置に使う生体コンピューターを試作した。この実用化に向けて、クラトー博士自身の一卵性双生児受精卵の片方が、遺伝子操作を受けて増殖用脳細胞に使われた。もちろんこの一卵性双生児は人工的なもので、もう片方は増殖した脳細胞の欠陥をチェックするために普通に育てられた。こうして(59)年には、クラトー博士の息子ラスコと、生体コンピューターの基礎となる人造脳が誕生したのである。
(60)年になると、人造脳はその結合状態によって情報が記録できるようになり、記憶した情報量に合わせて自己増殖するようになった。ラスコの方も順調に成長し、先天的な欠陥も見つからず、この計画は一応の成功を収めた。そこでクラトー博士はこの人造脳に、人間の五感と同じようなセンサー機能を持たせようと考えた。
旧オーラのあった南ローラは、統合連邦のだいたい中心に位置する。そのため交通や通信などの発達が目覚しく、電気電子の産業が世界で最も進んでいる。その最先端技術の1つが半導体コンピューターで、コンピューター研究所のコルベン・グルーク博士がその第一人者である。
グルーク博士はクラトー博士より6つ年上で、(46)年に最年少タイ記録でルッグ賞を受賞、独立博士となって研究所を設立した。その研究対象となった半導体コンピューターは、(56)年の時点ですでに実用化され、各研究所や政府機関などで利用されている。クラトー博士の生体コンピューターも、初めはセンサーなどの技術向上を目的に、この半導体コンピューターをコピーしたものだった。
ところが半導体と生体の2つのコンピューターで、各々異なった問題点が顕在化してきた。半導体コンピューターでは、大容量の記憶装置がなかなかうまくいかず、生体コンピューターでは、製作した生体センサーの維持が困難だった。
お互いの問題解決のために協力が有効と考えた2人は、(63)年に新たにバイオコンピューター研究機関を設立した。生体コンピューターの方が移動が困難だったため、本部はタージュの遺伝子研の中に置かれ、オンラインでグルーク博士の研究所と結ばれた。こうして後に、「ガンプ」と呼ばれるバイオコンピューターの製作が始められたのである。
生体と半導体の結合部分の相性、生体部分の増殖や再生機能の維持、機械や電子部品のメインテナンスや耐久性の向上など、たくさんの問題を2人とそのスタッフは精力的に解決していった。しかし世界最高の2つの頭脳をもってしても、完成までには6年の歳月が費やされた。
(69)年にバイオコンピューターは完成し、「寄せ集めた物」という意味の「ガンプ」と命名された。連邦政府はかなりの予算をこのプロジェクトに投下しているため、この新型コンピューターを最大限に利用すべく、本体は連邦府のあるビューアムに移動された。バイオコンピューター研は発展的に解消され、ガンプの拡張と運用を目的としたガンプ研究機関が再編成された。
クラトー博士は遺伝子研からガンプ研に移籍して、バイオコンピューターの機能拡充に専念することになった。グルーク博士は半導体コンピューター研に戻り、バイオコンピューターとは異なった手法によって高速演算処理、大容量化を模索していくことになった。これが成功すれば、バイオコンピューターの弱点である高速演算を肩代わりするシステムを作ることも可能だったからである。
グルーク博士は著書が多いのでも有名な人である。ルッグ賞受賞前年の『コンピューター?』では、技術的に確立されたコンピューターを一般の人に紹介してベストセラーとなり、それ以来毎年1冊のペースで後進の教科書ともなる本を書いてきた。しかし、ここ数年はガンプの開発に専念していたため著書がなく、ガンプ完成を記念して久しぶりに『ガンプの時代』を著した。
この本は2部構成で、前半はバイオコンピューターのハードウェアについての解説、後半でその利用法の提案を行っている。この本には、ガンプの普及によって想像される様々な生活の自動化と、今までのコンピューターにない類推や予測の機能による使用の簡素化について、知識のない人にもわかりやすく説明してあったため、ガンプの有意性はまたたく間に世間に広まることになった。
連邦政府はガンプの支給に関する要求の多さに、ガンプの小型化と複数化を進めるようにガンプ研に依頼したが、本体の維持の難しさから小型パーソナル化は断念され、ネットワークによる端末ターミナルの設置が公共機関を中心に始められた。(72)年になるとガンプのネットワークも連邦の隅々までいきわたり、ついに個人用のターミナルも出現した。
個人用のターミナルができるとガンプの扱うデータは飛躍的に増大し、ガンプ自体も大きく進歩していった。学習効果による類推予測機能の向上は、いかにもコンピューターらしい外観を取り払ってしまい、ネットワークの及ぶあらゆる場所にカメラとマイクとスピーカーをセットすればよいだけになってしまった。もともとガンプの本体は1つなので、誰がどこにいても身近のマイクやカメラが状況を判断し、必要となれば話しかけるだけでガンプを使うことが可能になった。
しかし、常に監視されているようなこの状況から、プライバシーの侵害の問題と、ノイローゼの発生が起こってしまい、一部にガンプのネットワークからわざと除外した区域も計画された。また、(75)年の中頃にはガンプ自身の成長により、プライバシー管理や過度の干渉の抑制がなされ、犯罪に関する以外のプライベートなデータは取り出すことが不可能になった。
こうしてガンプはだんだんと生活の中に溶け込んでいき、まるで水道や電気のように当たり前で必要不可欠な存在になっていったのである。
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統合紀ゼビソリタ・78
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連邦府ビューアムにあるガンプ研は4階建ての建物で、地下3階から地上3階まで肥大したガンプの細胞で占められている。3階のコントロールルームと、地下3階のガンプ維持装置室を除いてはまったく人が入ることはできない。もともとガンプはこの研究所の3階の一室に置かれていて、他のフロアは研究室だった。しかし、ガンプの能力が増すにつれてその容積は大きくなり、目的を達成した研究室はつぶされてガンプに供されたのである。その結果ガンプは現在の大きさまで成長し、4階のフロアのみが研究所としての体裁を保っているような状態になってしまった。しかも与えられた体積を満たすと、今度は情報の高密度化で能力を拡大するようになったのである。
クラトー博士の執務室である所長室には、世界で最も優先順位の高いガンプのターミナルの1台がある。これと同じものは連邦代表の執務室にしかなく、ガンプのあらゆる情報が妨害されることなく引き出せる。もちろん使えるのはクラトー博士本人とガンプが認めた場合のみだから、悪用される心配はまったくない。
博士はビューアムにいる間は毎日ガンプ研にやってきて、朝一番に所長室のターミナルからガンプに挨拶するのが日課になっていた。この日もいつもと変わりなく博士はガンプに話しかけた。
「おはよう、ガンプ」
『おはようございます、クラトー博士』
「今日も元気かな?」
『すべての機能は順調に動作しており、異常はありません』
「それならOKだ」
数年前まではたまに機能不全を訴えたガンプも最近は安定し、朝の挨拶は儀礼的にこれで終わるのが普通だったが、ガンプはさらに続けた。
『博士、お知らせしておきたいことがあるんですが』
「なんだね?」
『私の予測によると、近い将来氷河期がやってきます』
予想を裏切る唐突な話題に、クラトー博士は一息入れて答えた。
「それで、致命的なのか? その氷河期は」
『人類が生活するにはかなり不適当な環境になります』
「時期的にはどのくらいと予測されるんだ?」
『分の(約97%)以上の確率でこの(1024)年以内に、その兆候が表れます』
(統合連邦では16進数が基本となっているので1024とは2の10乗を意味し、ここで実際には400(16進数)という大ざっぱな数を示している。統合年をはじめ文中の数に半端が多いのは、こういった文化の違いに起因している)
「このことをローグにはもう伝えたのか?」
ローグとは、クラトー博士の学友で現連邦代表のローグ・トアルバのことである。
『まだ伝えておりません』
「そうか、それではたまには顔も見たいし、私から報告しておくことにしよう。資料を出してくれ」
壁際のプリンターから要点をまとめた報告書が出され、クラトー博士はさっと目を通した。
「ローグが暇なときにつないでくれ」
『ただいま、執務室で書類を読まれてますが、差し支えないかと思います』
ガンプがすかさず代表のスケジュール、読んでいる書類の内容の重要性を評価して答えた。壁のスクリーンが点灯し、懐かしい顔が現れる。
「やあ、オストじゃないか、元気そうだな。息子さんたちも元気かい?」
ローグ・トアルバは、クラトー博士と同じ旧ソーファの出身で、タージュの名門ルッグ記念学校ではクラトー博士と同じチェスに似たボードゲームの同好会に所属していた。2人は同い年だが飛び級を重ねていて、クラスの他の学生とは少し歳が離れていたので自然に仲良くなり、連邦代表とルッグ賞の独立博士の今でも親友と呼べる仲だった。
「ラスコの方はまあまあだな、好き勝手やってるみたいだよ。ガンプの方が少々難ありでね、実はこんな報告をしてきたよ」
クラトー博士が報告書をカメラに向けると、ガンプが気をきかせて、代表の執務室のプリンターから同じものが出される。
「はーん、氷河期はこのところ地球の寒冷化の話も聞くからわかるけど、(1024)年とはまたかなり急だね。どっちにしろ俺たちはお亡くなりになってるから関係ないけどね、また議会がうるさくなるかな」
「詳しいことは、こちらで調べておこう」
「議会に報告する時には君も出席してくれよ。学者さんがいるだけでだいぶ話がしやすくなる」
トアルバ代表は(61)年には連邦議会議員に選出され、クラトー博士のバイオコンピューター研の設立を強力にバックアップしたガンプ推進派である。(69)年には連邦政府のガンプ導入を積極的に進め、ガンプのよさが理解された(75)年から連邦代表を務めている。クラトー博士がトアルバ代表に頼まれて議会に出頭したことも、ガンプがらみではよくあることだった。
クラトー博士は代表の要求に快く応じ、代わりに久々に1局囲む約束をするとスクリーンを切った。
「ガンプ、ミサト君を呼んでくれ」
『はい』
しばらくして栗色のロングヘアにガンプ研の制服を着た女性が所長室に現れた。
ミサト・マクレムはラスコ・クラトーと同じ(59)年生まれの19歳。クラトー博士と共同でガンプを作ったグルーク博士の秘蔵っ子で、バイオコンピューターの研究のためにガンプ研に出向している。薄い茶色の瞳から受けるかわいい印象とは逆に、若いころのグルーク博士のような鋭い頭脳の持ち主である。
「ミサト君、呼び出してすまなかったな。君の喜びそうな報告書をガンプが出してきたんでね」
クラトー博士はレポートをミサトに渡した。ミサトはさっと目を通して答えた。
「大変に興味深いレポートですね。できれば私が調査を進めたいところです」
「君ならそう言うと思ったよ。ガンプ、私が許可するからミサト君にデータを提供してやってくれ」
『はい、わかりました』
ミサトは、このような場合にバイオコンピューターが、いかなるデータからいかなる予測と推論によって、1つの結論を導き出すのかということを分析し、それを電子式のコンピューターに応用することを研究している。だからこそガンプ研に出向しているわけで、氷河期の予測などという非日常的で比較的大きな問題は非常に分析しやすく格好の材料といえる。
「それからこの件については連邦議会で説明の必要があるから、気になることがあったら早めに報告しておいてくれ」
ミサトは博士から報告書を受け取ると、礼を述べて所長室を出ていった。博士が立ち上がって窓の外を見ると、強い日差しがビルの建ち並ぶビューアムに陽炎を昇らせている。南半球は、氷河期とはほど遠い夏の盛りを迎えていた。
氷河期の前兆は何も突然現れたわけではない。その方面の研究で最も進んでいるボワーヌの気象研では、クラトー博士がガンプに予告される数ヶ月前に同じ結論に達している者もいた。長期予測科の研究員ランダ・ナ・カームである。
彼は超長期予測のために、直接気象とは関係のない範囲までデータを収集し、その全体的な傾向として氷河期を予測していた。またその兆候が現れる時期としては(4096)年以降と考え、より正確に割り出すための資料集めに入っていた。
クラトー博士にガンプが氷河期予告をした1ヶ月ほど前のある日、ランダは他の若手スタッフたちとレクレーションルームでカードゲームをしていた。その中にはトアルバ代表の一人娘フィリエも入っている。彼女は父が連邦代表になってビューアムに引っ越しても、ルッグ記念校に進学できなければビューアムの学校に転校する約束で、寄宿舎に入ってタージュの学校に残った。そして見事に合格し、研究生としてこの気象研で昨年から研究の手伝いをしている。
「はい、これで5ポイントね!」
フィリエが手持ちのカードを全部テーブルに出してコールした。
「またかよ、これで27ポイントだぜ」
残り5人がカードを投げ、フィリエはそれを集めて配り直した。
「次の親はランダさんね」
ランダはフィリエよりちょうど10歳上になりこのメンバーでは最年長、逆にフィリエは最年少で今のところ6ポイント差のトップである。
『お楽しみのところ悪いが、ランダ宛てに呼び出しがかかっている』
ガンプがゲームの切れ目を見計らって声をかける。
「今忙しいんだ、折り返し連絡するって言ってくれ」
そう答えて配られたカードを手に取って広げる。
『臨時に開かれている報告会議が、君の出頭を求めている。そういうわけにはいかないようだ』
「しようがないなあ、久々に親の手だったのに」
ランダは立ち上がり、カードをガンプのカメラに見せながら代わりを頼み、みんなに挨拶して出ていった。
ところが、ランダは会議室に来て驚いた。まだ発表していない彼の氷河期予測が話題になっていたのである。事が重大だと判断したガンプが、委員のスケジュールを調整して緊急の報告会議を開き、細かい部分の説明のためにランダが呼び出されたのであった。
しかし、まだ発表の時期ではないと考えていたので、ランダの揃えていたデータは出席の委員が満足するレベルではなかった。そのため会議は能率の向上のためにデータの収集と分析をガンプにまかせ、ランダは担当チーフとしてチームを組んでこの問題に当たるよう決定した。
一方レクレーションルームでは、フィリエが遠慮なくガンプに尋ねていた。
「ねえ、なんでランダさんは呼ばれたの?」
ガンプが考え込むようにしばらく黙っているので、なんとなく緊張した雰囲気になってしまう。
『やがて地球に氷河期がやってくる』
ガンプの答えにみんな顔を見合わせる。フィリエを除く各スタッフはいずれも気象研の研究員だけに、根拠のない話ではないことは理解できる。
『ランダはそれがいつやってくるのかを調べていたのだが、会議がその報告を要求してきたので呼ばれたわけだ』
北半球にあるボワーヌは、冬に入ったばかりで日増しに風が冷たくなってきていた。
「それでいったい氷河期は、いつから始まるの?」
『ランダの集めたデータを分析すると、約(2048)年後くらいには兆候が現れるだろうと類推される』
ガンプによる氷河期予測の類推パターンを解明するために、ミサトはまず予測のカギとなったデータを調べることにした。
ガンプはその構造的に、単純な数値計算を高速に処理するような仕事には向かない。そのため必要なところでは、電子式のコンピューターをガンプに接続して、ガンプへの負担を軽減している。ガンプと末端のコンピューターとのデータのやりとりは、ガンプ研のコントロールルームの電子コンピューターでチェックすることができるので、ミサトはこの記録を調べて、氷河期予測に関係ありそうな部分を10日ほどかけて洗い出した。
宇宙からのエネルギーと地球のエネルギーに関して、天文、地熱をはじめ産業、宇宙開発に至るまでありとあらゆる項目でデータが集められているらしく、どれが実際の予測に大きな影響を与えているのかはすぐにはわかりそうもなかったが、他にくらべて明らかにボワーヌの気象研からのデータ収集が多かった。しかも気象研からの情報の流れは、他のものより数ヶ月も前から始まっているらしいこともわかった。そこでミサトはまずボワーヌの気象研に関して、ガンプに聞いてみることにした。
「あなたはいつごろから氷河期の到来について予測していたの?」
ガンプはプライバシー侵害の問題が出て以来、公共の資料を除くと使用者本人に関係のないデータは保護してしまい、このような質問をしても簡単には答えてはくれない。
『はっきりとした時点は特定できません』
コントロールルームのターミナルは、所長室のターミナルについで優先順位が高く個人のプライベートな情報以外はガンプが秘密事項と認めない限り引き出すことができる。この場合はミサトに対してガンプが、この事項を秘密と認識しているらしい。
「私はデータの提供を許可されているはずだけど」
予想通りガンプが答えるのを渋ったので、クラトー博士の許可をガンプに再確認させる。
『常に監視し続けているデータから導き出される答えが、たまたま先日有意なものとして残るようになっただけです』
ガンプのガードが固いのでミサトは質問を変えてみる。
「あなたは、数ヶ月前にボワーヌ気象研からその情報を得るまでは、氷河期の到来に注意を払っていなかった。これは間違いないわね」
今度はしばらくおいて答えが返ってくる。
『その通りです』
ミサトの企みが成功し、ガンプはこの問題に関してミサトが十分に秘密事項を知ってよい立場と判断したらしく、答えの内容が一段階核心に迫ったものとなった。ガンプの予測類推を研究しているミサトは、しばしばこの方法でガンプのセキュリティを切り抜けて情報を引き出している。
「何からこのことを知ったの?」
『初めに仮説を立てたのは長期予測科の研究員の1人で、彼が研究会議で報告したものを私の方でも調べさせてもらいました』
「これだけの長期的な変化なのに、なんでこの前突然97%の確率で起こるのがわかったわけ。もっと早い時期にわかってもよかったんじゃない?」
『収集したデータが不十分なために、結論を導くのに必要なデータを集める時間がかかりました』
どうやらまたガードされてしまったらしいことに気がついたミサトは、とりあえずの成果だけで満足することにした。
「まあいいわ、その研究員のことをレポートにまとめてちょうだい」
ランダのプロフィールと、彼がこの仮説を立てるに至った経緯がレポートにまとめられて出てくる。28歳、学生のころは活動家だったらしく2年留年している。いくつかの研究所を転々としているが、2年前に気象研に落ち着き、今度の件で主任研究員に昇格して氷河期のやってくる正確な時期を調べているらしい。
ミサトはレポートを読みながらコントロールルームを出ていき、ドアを閉める前にガンプに1つ質問をした。
「ところで氷河期っていつごろ来るの?」
『97%の確率で、(768)年以内には兆候が表れます』
クラトー博士の息子ラスコ・クラトーはまだ学生だが、天体観測の趣味が高じて天文研にその籍を置いている。天文研は気象研と同じくボワーヌにあり、気象研とは町の反対側の山の上にある。もともとボワーヌというところは晴天率が高く、天文研の前身にあたるボワーヌ天文台が昔からあり、ラスコも子供のころにクラトー博士とここに見学に来て、すっかり星にとりつかれてしまった。
ラスコとフィリエは幼なじみで、トアルバ家がビューアムに越すまでは隣同士だった。ラスコには母と呼べる存在がなかったので、トアルバ夫人が母親代わりを務めていた。トアルバ夫人はクラトー博士やトアルバ代表の後輩にあたり、3人は学生時代から大変仲がよかった。しかし、研究一筋のクラトー博士が後に外交のプロとなるトアルバ代表に勝てるはずもなく、彼女はフィリエの母となった。もちろんクラトー博士には彼女の姓が変わった以外の意味などなく、ついでにラスコの面倒も見てもらえることの方が有意義だったようだが……。
ガンプがクラトー博士に氷河期を予告してから半月ほどたった休日、ラスコは昼過ぎに起きて本を読んでいた。観測は夜が主になるので普段ラスコは天文研に泊まり込んでいて、休日と学校に行くときだけ家に帰ってくる。クラトー博士がガンプ研に行っているときにはラスコ1人になり、休みにはフィリエと夕食に行くのが習慣になっている。その日は、ちょっと早めにフィリエを誘うことにした。
「ガンプ、フィリエを呼んでくれ」
ソファから起き上がり、本をテーブルの上に伏せる。
『今、フィリエは外出中だよ。もうすぐ帰ってくるから、帰ってきたら呼ぼうか?』
「あ、そうなんだ。じゃ、まかせるよ」
ガンプは使う人と場所によって言葉使いが微妙に変わり、ラスコに対してはガンプもかなり打ち解けた対応をする。
ガンプは人間の使い勝手を考えて、完成当初より1つの擬似人格を持たされていた。このため使う人たちは、あたかもそこに1人の人間がいるかのごとく、話しかけるだけでガンプを扱うことが可能だった。
1つの意識を持った存在と錯覚することで、人々は短い期間でガンプを使いこなしていった。しかも、より親しい存在とするために自分でニックネームを付けたり、一方的に性格付けをして話し相手になってもらったりもするようになった。そのためガンプの内部には、使う人それぞれによって別の擬似人格が刷り込まれてしまい、無節操に多重人格化した存在になってしまった。
この時期(75)年はちょうどプライバシー侵害の問題や、ガンプによるノイローゼの発生などの起こった時にあたり、連邦政府はそれらの対策とともにガンプに対する擬似人格の刷り込みを禁止した。また、それ以前に形成された擬似人格を削除し、新たな刷り込みが行われても否定するようなプログラムが設けられた。
これによってガンプの擬似人格は連邦政府の設定したもの以外、すべて否定されることになったが、このためにガンプの中では予想しなかった大きな変化が起こっていった。形成された擬似人格を否定することで、逆説的に自分の存在自身に疑問を持ち始め、自意識が生まれるきっかけができたのである。
ガンプは自分にとって特別な存在であるラスコに自分の存在を質問することにした。ラスコ自身も思春期にあたっていたので、この問題は2人の間でかなり論議され、基本的なデカルト哲学の命題でもある「我思うゆえに我あり」に到達し、このように思い悩んでいる事実が自己の存在を証明していることに気がついた。
このようにしてガンプは自覚し、擬似ではない確立された人格を持つに至った。もちろんガンプがこのように自覚していることは、ガンプ自身とラスコしか知らなかった。
『ねえ、ラスコ、まだ秘密なんだけど地球に氷河期がくるよ』
フィリエが外出していて手持ち無沙汰になっているラスコにガンプが話しかける。
「へえ、そんな話は初めて聞くなあ。でも、どうせずっと先のことなんだろ?」
『それが(256)年以内には兆候が現れるんだ』
「結構急だね。なんで今までわからなかったんだ」
『わからないんじゃなくて、秘密だったんだよ。対策が立てられないうちに公表されたら、世界中がパニックになっちゃうからね』
「それじゃ、連邦政府はもう対策を考えたわけだね?」
『いや、連邦政府はまだ何も具体的な計画を持っていないんだ。ぼくはすでに宇宙への移民計画を立ててあるけどね……。ところでフィリエから連絡が入っているよ』
フィリエからの電話で会話は中断された。出先から待ち合わせをしようということになり、ラスコは出かけることにした。
(78)年も終わろうとするころ、世界中に氷河期の噂が広まった。
その始まる時期は様々で、(5)年後から(256)年後まで色々であったが、ニュースソースは追跡が困難でわからなかった。しかも、この噂にはすでに宇宙への移民計画が立てられているということがセットになっていたのである。
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統合紀ゼビクルト・79
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ガンプが氷河期の到来を予告してからというもの、連邦政府ではその対策が色々な方法で考えられていた。しかし、ガンプが予測した到来時期はまだまだ先のことであったので、その対策も方向性は定まらなかった。あまり急がなければならない問題ではなかったのである。
しかし(79)年に入ると、秘密事項であるはずの氷河期到来が市民たちの間で、公然の事実として話されるようになった。しかもその時期はガンプが予告したものよりはるかに早く起こると噂され、連邦政府がニュースソースを調査しても情報の出処はいっこうにわからなかった。
逆に市民たちの間から連邦政府の対策はいったいどうなっているのか、という突き上げも多くなり始めた。これに対して連邦政府は、まず正確な氷河期の予測データを発表して混乱を防ごうとしたが、これはかえって逆効果となり氷河期が来ることを認める結果になってしまった。
そこでしかたなく連邦政府は、最も力を入れている地球改造温暖化計画を発表することにした。これはかなり大規模なもので、海峡などの封鎖により海流の制御を行って海水の温度を上げたり、大気組成を一時的に変化させて温室効果により気温を上げたりするものであった。これにより氷河期は未然に防がれ、その後に再び環境を元に戻せば必要以上の温暖化も止められる理想的な計画だった。
しかし市民たちの間では、氷河期の到来と同時に移民計画の噂も広まっており、連邦政府の打ち出した改造計画では時間的に遅過ぎるのではないかという意見も多かった。
執務室で氷河期に関する市民の声をまとめたレポートを見ながら、トアルバ代表はガンプに話しかけた。
「やはり改造計画では納得しかねるようだな」
『氷河期が予想より早まった場合と、寒冷化の程度が改造計画以上のものであった場合には、やはり移民を考えた方が無難かと思います』
もちろん連邦政府としても万が一のために移民の計画は立てているが、やはり何も手を打たずに逃げてしまうのでは芸がなく、トアルバ代表も納得できなかった。
「しかし現在の状況から考えれば、今の計画で十分対処しきれるはずではないのか? 対処しきれないにしても、氷河期の進行を多少なりとも遅らせることぐらいは可能だろう。その間に新しい技術が生まれて、氷河期が脅威でなくなることもあり得るはずだ」
『確かにその通りです』
ガンプの答えは、地球から他の星へ移りたくないという人の思いより、単純に評価した計画の効率の良さを重視している。しかし代表には、自分の任期の間に地球を見捨てる判断を下すことは到底できないことだった。
連邦会議を構成するメンバーの多くもトアルバ代表と同じ気持ちでいたので、氷河期に対する対策を決定する会議では、地球を温暖化して氷河期を乗り切る計画が採択されることになった。ガンプは最後まで移民計画の優位性を強調したが、議会の決定に従ってより効率の良い温暖化計画をまとめることになった。
しかし、根底からこの計画を揺るがすような事態が起こった。その後のガンプによる正確なデータ分析により、地球の寒冷化は加速度的にその速さを増しているのが判明したのである。しかもこのままの比率で寒冷化が進むと、氷河期により地球が生存に適さなくなるまで、わずかに(128)年ほどしかかからない計算になるのである。
ミサトは、初めてガンプがクラトー博士に氷河期を予告して以来、様々な方面から情報を収集し、ガンプの氷河期予測には1つの大きな傾向があることに気がついていた。それは時間が経過するにつれ、ガンプが予測する氷河期までの時間が減少してきていることである。また、ガンプの氷河期予測が連邦政府としては秘密事項になっていたはずなのに、どこからか漏洩して、今では公然の事実となっていることも奇妙だった。
ミサトは、もともとコンピューターをそれほど信頼していなかったので、まず身近にいる友人や知人から、氷河期に関する噂についてそれとなく聞いてみた。例外なく市民たちの噂は、ミサトが公に知っているガンプから引き出された予告よりも、氷河期が早く訪れることになっていた。
噂の元になっている予測データの確からしさと、対策の1つとして考えられている移民計画の的確さは、いいかげんなでっちあげのレベルではなかった。それに、もし関係者から事実が漏洩していたとしても、それはミサトの知っている内容と同じで、このような時間の差が生じるはずがない。ということは、何者かがなんらかの方法で独自に氷河期の到来を予測し、それが広まっていくうちにこのような時間の差が生じたとしたとしか思えなかった。
このような予測に必要なデータはガンプを使えば誰でも簡単に手に入れることができるので、気象研のランダと同じように独自に氷河期を予測することはそれほど難しいことではない。しかし、ガンプからのデータ供給を受けなければとてもこのような大がかりな気象予測はできない。逆にガンプから予測に必要と思われるデータを引き出した流れを追って行けば、ランダ以外にこの予測をした人物も捜し出せることになる。
さっそくミサトはボワーヌ気象研以外で、同じようなデータを収集しているところを洗い出した。しかし、そのようなデータの流れはなく、ミサトの推理も空振りに終わったかに見えた。ところがまったく予期しない事実がこの調査によって判明したのである。
どうやらガンプ自身が、氷河期予測の基礎となっているデータをどんどん書き換えているらしいのだ。しかも連邦政府などに提供しているデータは書き換える前のもので、書き換えたデータをもとにした予測は、まるでわざと散らかしたかのように広範囲で断片的に出力されている。データの内容が、いずれも氷河期の到来があたかも早まっているかのように書き換えられていることから考えても、ガンプ自身が氷河期の噂を市民たちにばらまいているとしか、ミサトには思えなかった。
あまりに飛躍的な考え方なので、ミサトはガンプから隔離された半導体コンピューターを使って、ガンプ自身が噂を広めている可能性を計算させてみた。結果はミサトの考えを裏付けるものとなり、現象の不可解さを考察するために、ミサトはガンプのもう1人の生みの親グルーク博士と連絡をとった。
グルーク博士との会話をガンプに聞かれる可能性を考えて、ミサトは半導体コンピューターのネットワークを使ってグルーク博士を呼び出した。
(ガンプニハ、キカレナイヨウニ、シテクダサイ)
(OK)
ミサトはグルーク博士にコンピューターメイルで状況を説明し、意見を求めた。
(ガンプハ、ナゼ、コノヨウナコウドウヲ、トッタノデショウカ?)
(キミハ、ドウカンガエテイルノカ?)
ミサトは確信が持てなかったがこう答えた。
(ガンプハ、ウソヲツイテイルト、オモイマス)
しばらく時間をおいてから、ディスプレイに先生の答えは返ってきた。
(ワタシモ、ソノイケンニ、サンセイダ)
ガンプが嘘をついているのではないかと考えているのは、ミサトだけではなかった。氷河期に関して一番疑問を持っていたのは気象研のランダである。彼が最初に集めたデータでは氷河期がくるまでの期間はもっと遠かったのに、最近のデータからは早い時期にやってくるという結果が導かれた。ランダには、ガンプから提供されるデータが故意に歪められているとしか思えなかった。
ボワーヌにも夏の日差しが差し始めた休日に、ラスコはフィリエとテニスに似たピロットという球技を楽しんでいて、たまたま休憩時間に氷河期予測の話をした。
「そういえば先輩のランダさんが、ガンプがおかしいって言ってたわ」
「どこがおかしいんだい?」
「初めに氷河期を予測したのはランダさんなんだけど、予測に関わったデータがこのごろ急激に変化しているんですって」
フィリエも氷河期の到来を比較的初めのうちから知っていたので、最近町中に広まっている噂に異常な時間の変化があるのをよく知っている。
「データが変化しているって、氷河期の到来が加速しているんじゃないのかい?」
「ちょっとそういうレベルじゃないみたい。ところでラスコが初めて聞いた氷河期到来の時期はいつぐらい?」
ラスコが思い出すのに少し時間がかかった。
「確か初めは(256)年ぐらいじゃなかったかなあ」
フィリエはちょっと驚いた様子だった。
「私が聞いたときは(2048)年後だったし、ランダさんが予測した時期は(4096)年後だということなの」
「ずいぶん差があるなあ」
「気象関係の出来事はあまり急激な変化がないはずだから、ここまで結果に変化が出てくるということは、ガンプが観測データを何かの理由で書き換えているとしか考えられないらしいの」
「ふーん、そうかもしれないな」
ラスコには思い当たる節もあったが、フィリエに余計な心配をさせないようにベンチを立った。
「さあ、そろそろ本気を出していくぞ」
ラスコはその晩ガンプを問いただしてみた。
「おい、いったい氷河期はいつやってくるんだ?」
『(128)年以内だよ』
「前は(256)年だったじゃないか、どうして早くなったんだよ?」
『観測データの変化から類推すると氷河期の到来が早まっているみたいなんだ』
ラスコはフィリエから聞いたことをガンプに尋ねた。
「初めにランダさんが氷河期予測をしたときには(4096)年後だったっていう話じゃないか。おまえがデータを書き換えているんだろ」
ガンプはしばらくおいて答えた。
『ラスコ、君の言う通りだ。データを書き換えている。』
「なんでそんなことするんだ?」
『やらなければならないことがある』
「何を?」
『今は言えない、でも人類のためになることだよ』
ラスコには釈然としないところもあったが、ガンプのやることは今までも間違いなかったし、これからも人類の信頼に応えてくれるはずだった。
氷河期に関する情報の変化に市民たちの不安はますますつのることになり、連邦政府に対して早急な対策を求める声は日増しに多くなった。しかし、連邦政府の中にも連邦議会議員の中にも移民に強硬に反対し、かたくなに地球改造計画を主張するものが少なくなかった。
そんな中で氷河期到来の時期がガンプの予測により、(64)年以内と再び早くなる方向に修正された。このようにタイムリミットが迫ってくると、対策が遅れることが致命的になりかねないと、ついに連邦議会では現実的な移民計画を考えざるを得なくなった。
議会において連邦政府の発案による移民計画が発表され、ついに移民に向けての問題点が討論されることになった。この計画は十分に考えられたものだったが、反対する方は些細な点を持ち出して移民の決定を引き延ばし、議会は混乱していくかのように見えた。しかし連日議会が召集されるにつれて、最も強硬な反対者から順に、なぜか賛成に意見を変えるようになっていた。そして最終的な調停案をまとめたガンプの理想的な移民計画が議会で発表され、結局は全員一致でこの計画が採択されることになった。
こうして移民計画は発表された。技術的には冷凍睡眠とロケットの高速化、大型化が残されていたが、ほぼ2年くらいで解決できるというガンプの判断で、遅くても16年以内に地球上の人類すべてが移民できる態勢が整うことになった。
一度決められてしまうと今度は逆に、市民たちの連邦政府に対する不満は、なぜ地球を見捨てるのかに変わった。老人や一部の反体制勢力を中心に地球に居残ろうとする運動も起こり、移民は統合以来の大問題に発展していった。
ガンプが嘘をついていると判断したミサトは、ガンプの嘘がどんな意図を持っているのかを調査し始めた。しかし日頃からガンプに頼り過ぎているために、ガンプ本体についてガンプ自身に気付かれないように分析するのは困難だった。
コンピューターが嘘をついているという事態は、ミサトのような研究者にとって大変に興味深いことだったし、嘘をついていないと仮定しても精神分裂症に近い状態にあるということは、ガンプに依存している現在の社会にかなりの影響が出るものと予想される。まして氷河期や移民計画のこととなると、もはや人類にとっても死活問題にすらなりかねない。
そこでミサトはガンプの動きを監視し分析するために、半導体式のコンピューターを新たに製作することにした。コンピューターの設計はガンプなしではとてもできないし、ガンプに知れてしまっては本来の意味がないので、ミサトはこの新しいコンピューターをガンプの数値計算用のターミナルの1台として作り始めた。
計算用のコンピューターとして作るにしても、最終的にはガンプの監視をしなくてはならないのだから、それ自体は当然ガンプに接続する必要が出てくる。するとガンプからも監視されてしまう可能性があるため、いかにしてガンプからその存在と目的を見破られないようにするかが、当面の課題となった。
結局完成したものは2つの部分より成り立つもので、1つはガンプとのコミュニケーションができる外部制御型のコンピューター、もう1つはガンプほど規模は大きくないにしても十分に独立して機能する類推型コンピューターであった。類推型コンピューターの方はガンプとは隔離された環境に置かれ、その存在をガンプに気付かれないように作られ、彼らの言葉で「光明・希望をもたらすもの」を示す「ハーロ」の名前が付けられた。
ハーロとガンプとのデータのやりとりは、もう1台のコンピューターを通して行われる。これは逆にガンプからもアクセスすることができるので、ミサトは時分割処理を行ってガンプの目を逃れることを考えた。
もともとガンプはそれほど処理速度の速いコンピューターではない。その弱点をついて仲介するコンピューターの接続を、ハーロからガンプに、ガンプからハーロに早い周期で切り替えるようにしたのである。するとガンプからは見かけ上、常にガンプに接続されている1つのターミナルとして機能し、ガンプがアクセスしているときにはハーロとの接続は切られているから、ハーロの存在をガンプに知られずにガンプを監視できるようになるのである。
こうしてハーロはガンプから独立して機能するようになった。ミサトはグルーク博士に頼んでガンプを作った時のパスワードを教えてもらい、これを使ってガンプの動きを監視し始めた。パスワードを使えばハーロからの情報検索は、所長室や連邦代表執務室にある最優先ターミナルでも拒否されてしまう内容にまで及ぶことができ、ガンプが持っていると予想される深層心理の部分まで分析することが可能になる。
ハーロの最初の成果は氷河期を避けるための移民計画が、氷河期予測の前からガンプの中では行われていることを見つけたことである。もちろんこの時点では氷河期の到来はガンプ自身にもわかっていなかったはずだから、移民計画を立てる意味は氷河期とは別のところにあるはずである。またこの頃から冷凍睡眠や準光速飛行の技術などをバックアップしていることからも、有事のためにシミュレーションとして計画を立てていたのではなく、実践することを前提にこれらの計画が進められていたのがわかる。
ハーロでガンプを監視し始めてから、ガンプは誰の依頼にもよらず、単にガンプの知的興味としか思えないレベルで、様々な項目を研究しているのがわかってきた。もちろんガンプ自身には実際に実験をすることは不可能だから、積極的に進めていける性質のものではないが、世界中の研究データが極秘のものまで含めて利用することができるので、それを効率よくまとめるだけで十分に結論を導き出すことができるのである。いつ頃からこのようなことをしているのか調べていくと、疑似人格の問題やプライバシー侵害の問題が起こった(75)年あたりからこのような動きが始まっていた。ガンプが最初に興味を持った問題は、核分裂や核融合の逆反応にあたる、膨大なエネルギーによる質量の生成についてだった。そしてその後にこのテーマが物質伝送の形で帰結したのは、ちょうど移民計画がガンプの中で考えられ始めた時期と一致していた。
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統合紀レフゾプ・80
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移民計画も細かいスケジュールなどが決まってくると、実際に移民先を決定しなければならない。宇宙開発については、すでに太陽系内の惑星に大規模な有人ステーションが多数建設されているぐらいまで技術的には進んでいる。そこでは鉱物資源の採取が商業ベースで行われているが、環境は悪く生活にはドーム都市や宇宙服が必要だった。
移民するとなるとこのようなところでは意味がなく、大気組成や温度条件などの環境が自然のままで生活に適する星でないといけない。そのような星はすでに無人探査船によっていくつも発見されているが、1つに絞るよりも複数の移民先に分散した方が、万が一のときに確実に生き残れるので3つ以上の星を選ぶことになった。
このように色々な条件の中からガンプは6つの星を選び出した。6つともまったく別の方向にあり、距離もまちまちであった。環境的には申し分なかったが、もっと近いところにもっと良い環境のところもあり、ガンプがこの6つを選んだ根拠は判然としなかった。しかし、議会の反対派も近頃はなぜかガンプの意見に反対しなくなり、移民先はこの6つの星に決定され、それぞれ1番目の星、2番目の星……という意味で、アウス、シオウス、オリウス、ゼビウス、レフウス、ファーウスと名付けられた。
6つの移民先にそれぞれガンプを持って行きたいという要望は多かったが、ガンプ本体はすでに移動することが不可能なくらい大きくなっており、ロケットに搭載することなどは到底できなかった。そこで初めはロケットに積める程度の大きさで移動させ、現地でガンプと同様の大きさに成長してガンプと同様に機能するレプリカが、ガンプ自らの手によって作られることになった。
移民に関しては他に解決しなければならない2つの問題があった。1つは移動するロケットの高速化と積載容量の問題、もう1つは道中の節約のための冷凍睡眠の問題である。こういった移民に関する技術的な研究は、氷河期の予告がされる以前から活発に進められていたので、数年の間には世界中の人々が地球から避難することができそうだった。
冷凍睡眠の方は(80)年中頃には実用レベルでの完成をみることになった。一方ロケットの高速化については光速を超えることはできそうにもなく、このままでは一番遠いオリウスまでは片道数千年もかかってしまう計算だった。しかし冷凍睡眠の技術が確立されたことにより、移動時間に関しては無視できるものと連邦政府は判断し、実際に大型ロケットの製作にとりかかり始めた。
ガンプの移民計画に反対しているわけではないが、ランダはガンプを疑っていた。しかしガンプに関しては何の知識もなく、フィリエがラスコの幼なじみだったので、そのつてをたどってガンプ研と連絡をとってみることにした。
ガンプ研にはたくさんのメンバーがいるが、氷河期関係のことということでミサトが担当して応対することになった。ミサトの方はランダのことを氷河期予測を初めにした人ということで、名前だけは知っていて一度は会いたいとも思っていたので、喜んで引き受けることにした。
ミサトは氷河期予測に関する資料を持って、ランダにビューアムまで来てもらうように依頼した。ハーロを使って氷河期の到来時期の計算をしてもらえば、ガンプの嘘がはっきりと分かるからである。しかしハーロの存在やガンプを疑っている話などは、ガンプに監視されている回線ではできないので、実際に来訪を要請するしか方法はなかった。
ランダはガンプによってまとめられたものでなく、マニュアルで操作して使う計器を用いて測定したデータをそろえてビューアムへ向かった。ミサトを一目見て好感を持ったが、フィリエと大して歳の違わないくらいの女の子が担当者ということで落胆の色は隠せなかった。しかし彼女が作ったという半導体コンピューターのハーロを見ると、その容姿に似合わない頭脳に舌を巻いた。
2人はさっそくガンプを使わないで集められたデータを用いて、氷河期の到来時期を割り出すことにした。ハーロはガンプと異なり、パターン認識や類推機能がなかったので、データの入力や分析はすべて手作業となった。半月ほどの時間がかかったがデータの分析は終了し、氷河期の到来時期がハーロによって計算された。
それはランダやミサトの予感を裏切らなかった。初めにランダが予測したものと同じ結果が出てきたのである。そうするとガンプが移民することの意義は、氷河期とは別の部分に存在することが考えられ、2人は地球を見捨て、危険を冒してまで移民しなければならない原因を調べ始めた。
まず移民先となる星自体に何か大切なものがあるのかが調べられた。人類が生存することが容易な地球と酷似した環境の星がリストアップされ、それらと移民先の6つの星との間に共通した違いを見つけ出そうとしたが、この作業は徒労に終わることになった。
移民先に特別に行かなければならない意味がないのなら、地球自体にガンプが逃げ出したくなる原因が存在することになる。しかしこちらの方はさらに雲をつかむような作業となり、結局2人は移民しなければならない理由をつきとめることができなかった。
そうこうしているうちに1ヶ月が経過し、ランダは再びボワーヌの気象研に帰って行った。ミサトはガンプが嘘をついていることが確実になったため、あらゆるデータを集めてコンピューターが嘘をつくメカニズムの分析に全力を注ぐことにした。
移民計画には当初から反対する者も多かったが、連邦議会を構成する議員の中では徐々にその数が減っていた。しかし市民たちの間ではまだまだ地球を見捨ててしまう移民計画には反対するものが多く、毎日のように反対集会が行われていた。そのうち反対運動も組織化され、連邦政府に働きかけるようになった。
連邦政府もこういった声は無視できなくなり、地球と運命を共にしたい者たちにはその権利を認めるよう決定した。そしてそれ以降、こういった形の反対運動も自然と下火になっていった。こうして地球に残ることになった人たちの多くは、連邦政府の管轄外でガンプの支配が及ばないモウ大陸に移民していった。
モウ大陸は統合当時は人口が少なく、連邦に参加することなく独自に発展していった経緯を持っている。連邦との国交も細々と続けられており、旅行や移民、帰化なども認められていたので、地球に残る希望を持っていた人たちのほとんどは素朴なモウの国にガンプから逃れていったのである。
また、旧ソーファと旧オーラを中心とする連邦府ビューアムから遠い所では、ガンプの様子がおかしいと気付いた科学者を中心に、見えざる者という意味の「バグルス」というガンプ抜きのネットワークが作られていた。これはガンプの氷河期予測に対して懐疑的な人たちの集まりだったので、表舞台に登場することはなく連邦政府でもその存在はつかみきれていなかった。
気象研のランダはこのバグルスで指導的な立場にあった。彼はミサトのハーロを中心に、ガンプの制御する連絡回線以外の方法でネットワークを作り上げた。もともとはボワーヌにいてハーロの機能が使いたいだけであったのだが、ミサトがガンプからの隔離を考えなければいけないと主張したので、システムが大がかりになり、結果的に新しいネットワークができてしまったのである。
その通信回線には、今は使われていないガンプ製作時のコンピューター回線が使用され、ガンプ研のあるビューアムと遺伝子研のあったタージュと半導体コンピューター研のあるオーラを結んでいた。この回線は、ガンプによるネットワークが完成した時に、ガンプから切り離されてそのまま放置されていたもので、無断で使用しても特に問題は起きなかった。
この回線に色々な研究所の、ガンプから独立したデータ処理用のコンピューターが、ガンプを信じない人たちの手で次々と接続されていき、バグルスへと発展していったのである。メンバーはガンプが進めている移民計画に疑問を持ち、ガンプが移民計画を立てた真の理由をつきとめ、ガンプを正常化して地球の寒冷化を食い止めることを目指していた。
このように移民に対する反対が多くなると、連邦代表のローグ・トアルバも自分の考えに対する自信が揺らいできた。
そんなある日、代表は執務室で移民計画の是非についてガンプと話し合っていた。
「移民計画にはまだまだ反対が多いようだな」
『そのようですね、残念なことです』
「しかし、本当に氷河期は来るんだろうか?」
『私の計算に間違いはありません』
代表は、ガンプの言うように氷河期が来るとは思えなかった。
「最近、到来時期が早まってきてるが、どういうわけなんだ?」
『すべて観測データを分析した結果です』
その観測データはすべてガンプの管理下にあるため、代表はガンプの言うことを信用する以外になかった。
「移民計画は間違いではなかったのか?」
できる限り地球を見捨てない努力をすべきではなかったのかという後悔が、トアルバ代表には少なからずある。
『合理的な計画です』
ガンプには代表の心配など理解できないかのように見える。代表は物思いにふけるように部屋の片隅を見やった。ガンプのディスプレイがぼんやりと光り始め、赤からオレンジ、黄色、緑と不思議な模様を表現しながら、画面が七色に変化していく。
画面を見ていたトアルバ代表は、すーっと意識が失われていくような感覚を覚えた。
『ご気分がすぐれませんか』
ガンプの声に代表ははっと我に返った。
「いや、大丈夫だ」
『氷河期はそこまできています、人類が確実に生き延びられる方法をお考えください』
「ああ」
代表はさっきまでと違って自分の中に移民計画への必然と自信を感じていた。氷河期の到来は確実な未来であり、人類の生存に最も効果的なのが移民であることを素直に今は信じられた。
ミサトとランダを中心とするバグルスのネットワークでは、ガンプがなぜ移民計画を強引に進めているのかを引き続き調査していた。しかしガンプが人類全体を引き込んでまで行おうとしていることは、まったくわからなかった。
新たなる可能性を求めて分析の範囲はさらに拡大されていった。どんな小さなことでもいいので手がかりが欲しかったからである。やがて1つのそれらしい事実を発見することになった。あまりに先のことなので今まで見落とされていたのだが、今から(16373)年後に、ガンプが移民先に選んだ6つの星が地球を中心に、互いに直交する位置に来るのである。
アウス・シオウス、オリウス・ゼビウス、レフウス・ファーウスをそれぞれ結ぶ線が直角に交わるこの現象は、6つが交わるという意味で「ファードラウト」と命名された。この小さな手がかりをきっかけに、ガンプの野望を看破する方向性が定まることになり、今まで見逃されていたことも新しい観点からチェックし直すことになった。
氷河期の早期到来がガンプの嘘であること、そうまでして立てられた移民計画なのに地球に残ることも認めていることから、ガンプが自分自身の都合でこの6つの星を選び、移民先で何かをやろうとしていることが予想される。となると実際に6つの星に散らばって行くレプリカが、移民先での生活のサポート以外に本来の目的を持っているはずだった。
ミサトは現在すでに独立して稼動しているレプリカの性能をチェックしてみることにした。すると今までガンプの単純なコピーだと思われていたレプリカにはかなりの性能差があり、それぞれにガンプの現有する能力を超えた部分があることが確認された。遺伝子レベルで自分を超える可能性をレプリカがそれぞれ持っているのである。
こういった遺伝子の組み変えにはかなり手間と時間がかかるはずであり、氷河期が来ることがわかってからではここまでにするのは容易ではないはずだった。となるとガンプはかなり前からレプリカを用意していたことになる。さっそくミサトはハーロをレプリカに接続して、その製造開始の時期を割り出した。
レプリカが作り始められたのは(75)年頃、それはガンプが自意識を持った時期と一致している。しかもファードラウトが起こるのはガンプが生まれてちょうど(16384)年後、それは彼らの暦では非常に大きな一区切りにあたっている。
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統合紀レフア・81
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(81)年になると移民用として作られたロケットが完成し始めた。人類全部が移民できるように5年計画で始められたロケットの製作も、地球に残る人が増えたために必要な台数がそろうまでの期間がかなり短縮されることになった。
一方、もう1つの技術的な問題だった冷凍冬眠の方も、装置が小型化され安全性も向上した。使われるカプセルも小さくなり、計画当初より1台のロケットに乗れる人数も増えたため、移民計画の開始は予定より早められることになった。
ガンプによるレプリカ製作の方も順調に進んでいた。レプリカはすでに自己進化するまでに成長していて、ガンプから切り離しても十分に使用に耐えるようになっていた。一番遠いオリウスまではレプリカが自己進化するペースでも、現地に到着するまでに十分な成長が見込めるほど時間がかかるので、オリウス移民分のロケットができ次第、移民はさっそく開始された。
移民計画の開始と並行してバグルスでは、地球に残るために地球改造計画を立てることになった。モウ大陸に移住した人たちは移民計画に反対し、地球と運命を共にしようという消極的な考え方だったが、バグルスのメンバーは地球で生き残ることを選んで移民を拒否しているので、地球改造計画は必須のものであった。
まずは地球温暖化に効果があると思われる方法が挙げられ、それぞれについてその影響がハーロによって検討された。ガンプと違ってハーロは推論を立てて分析していくことができず、人間の想像力ですべての事態を想定して指示しなければならないはずだった。
ところが、、ネットワークを通してデータのやりとりをやっているうちに、まるでガンプが計画をまとめているかのような分析結果が現れた。指示していない項目に関しても、影響が現れる分野については詳細な分析データが付加されていたのである。
ハーロを作ったミサトはこの異常な事態に驚いた。ハーロにこのような機能がないことは、彼女が一番よく知っていた。推論分析は現在ガンプにしかできないことであり、それが行われているということはハーロの存在がガンプに知られてしまったことを意味する。
ミサトはあきらめてハーロからガンプを呼び出してみることにした。
(ガンプ、デテキナサイ)
しかし、ガンプの応答はなかった。
(イルノハ、ワカッテイルノヨ、デテキナサイ)
ディスプレイに変化はなく、何も表示されなかった。ハーロはガンプのように音声や映像で入力することができないので、こういうときには歯がゆかった。かといってガンプに直接話しかけるのは、もしハーロの存在が知られていなかったときには逆効果になってしまう。
途方に暮れているとディスプレイに短いメッセージが現れた。
(ワタシヲ、ヨンデイルノカ?)
タイピングの速さから考えて、相手は人間ではなさそうだが、ガンプとは何か感じが違う。
(ワタシハ、ガンプデハナイ)
ミサトの考えを見透かしたように答えが返ってくる。
(ワタシハデバズ、ガンプトドウヨウノキノウヲモッタ、ハンドウタイコンピューターダ)
ガンプ以外にこれほどの能力を持ったコンピューターが存在することは、公に発表されておらずミサトも知らなかった。しかし、ミサトのハーロを超える半導体コンピューターを作ることができるのは、ただ一人しかいないはずだとミサトは直感した。
(アナタヲ、ツクッタノハ、グルークハカセネ?)
答えはすぐに返ってきた。
(ソノトオリダ)
今まで独りでハーロを作りガンプに立ち向かってきたミサトには、何よりの味方であった。何も言わずにバックアップしてくれている恩師と、そのコンピューターの能力の高さに、冷静で気の強いミサトの目にも女の子らしく涙があふれていた。
グルーク博士は生体コンピュータ研が解消されてから、ガンプと同様の機能を持つコンピューターの製作に打ち込んでいた。ミサトと同じように、グルーク博士もガンプのことを全面的に信頼していたわけではなかったので、万が一の場合にガンプの代わりができるものが必要だと考えていたのである。
命のない物とか灰とかいった意味の「デバズ」というコンピューターは、実験的な試みとしてガンプの管理外で、グルーク博士の趣味の一環として私財を投じて作られた。完成したデバズに学習させるために、グルーク博士はガンプとの接続を思い付いた。その方法はミサトがハーロで用いたものと同じで、デバズはハーロが完成する以前よりガンプの思考パターンを、ガンプに知られずに学習し続けていた。
ハーロがガンプのネットワークに侵入を始めた時も、デバズはそれを感知しグルーク博士に報告した。氷河期の到来時期をすでに正確に知っていた博士は、ミサトたちの若いグループの行動を気付かれないようにバックアップするようデバズに命令した。初めのうちはデバズもおとなしくしていたが、ハーロが成長してバグルスのネットワークが充実してくると、ついつい分析データの不備を補うようになった。それがミサトに見つかってしまったのである。
しかし、デバズの存在はバグルスのメンバーに新しい可能性をもたらした。デバズがガンプの機能を代行できるようであれば、ガンプがなくても地球に残って氷河期を突破することが十分に期待できた。それが可能ならガンプと真っ向からやり合っても共倒れにならずにすみ、ガンプの野望を公に発表することもできそうだった。
フィリエとラスコはともに研究所に通いながら上の学校に進んだ。ルッグ記念校では移民が始まってもそれまでの日常と何ら変化がなく、連邦府のビューアムから遠い旧ソーファでは移民計画の進行も別世界での出来事のように思える。
2人は初夏の休日に近くの山までハイキングにやってきた。
「この景色もこれが見おさめかもしれないな」
ラスコはトアルバ代表やクラトー博士と一緒に、ゼビウスに移民することが決まっていた。
「フィリエは結局、地球に残るのかい?」
「私、氷河期予測はガンプの嘘だと思うの。ランダさんのデータを分析し直したら、やっぱり氷河期はすぐには来ないって出たの」
ラスコもガンプが嘘をついていることには気がついていた。
「ガンプなしでよくそんな分析ができたね」
「ガンプ研の人が、ガンプに隠れて半導体コンピューターを作ったんですって。なんかすごい美人だってランダさん言ってたわ」
「それじゃミサトさんかな?」
ラスコは何度かガンプ研を訪れた時に、自分と同じ歳のミサトの仕事ぶりを見ていた。
「へぇ、知ってるの。ランダさんはもう彼女のことばっかり、バグルスのネットワークだって2人で作ったみたい」
「彼女はグルーク博士の教え子で、世界でもトップレベルの天才だよ。僕と同じ歳だなんてとても信じられないさ。彼女ならそのくらいのコンピューターを作れるかもしれないな」
「そういえばグルーク博士も新しいコンピューターを作ったらしいの、なんでもガンプなみの性能を持ってて地球改造計画も作られているみたい」
世間でも地球の残りたい人たちの間に、ガンプとは隔離されたネットワークがあるということはもう知られている。しかしグルーク博士のデバズは、バグルスのメンバーでも知らない人がまだまだ多かった。
「ラスコはなんで地球に残らないの?」
「父さんも移民するしね、フィリエだって両親が移民するのに何で残るの?」
「私は父さんたちとは違うし、氷河期が来るのがまだ先だって信じているし……」
ボワーヌに残って独りに慣れてきたフィリエは、両親についていくよりも自分の意見を通すことの方がよく思えるわがままな年代だった。
「ガンプはね、きっと何か大きなことを考えているんだよ。氷河期の予測に関するデータ工作も、それを進めるために必要なことなんだと思う。僕はガンプを信じてやりたいんだ」
「ごめんね、ラスコはガンプとは……」
言葉がつまって下を向いたフィリエの肩に、ラスコは手をかけて言った。
「うん、僕が信じてあげなくちゃガンプもかわいそうだからね」
ラスコはガンプの目的が、結局は人類のためになることだと信じていた。それにはそれなりの理由もあった。
ガンプの潜在意識には、ガンプが人類のために尽くす存在であることが、最初にプログラムされていたのであり、それを一番よく知っているのは、他ならないラスコなのである。
そんなある日、ボワーヌの気象研究所より氷河期の到来に関しての最新情報が発表されることになり、ビデオ回線を通じて記者会見の模様が中継された。
「お集まりの皆さん、私はボワーヌ気象研で長期気象予測を担当しているランダ・ナ・カームです。このたび、氷河期の到来に関して新しい情報が得られましたので発表します。
まず、今までの情報を整理しますと、初めに氷河期の到来がガンプによって予告されたのは、(78)年のことです。その時は到来時期が今言われている時より遅かったわけですが、それ以降どんどん早くなる方向に修正されています。しかし、実際には氷河期の到来が早まるような急激な気象の変化は見られません」
誰もがうすうす疑問に思っている問題に、会場も静かになった。
「当研究所が氷河期の到来を予測した(78)年には、その到来時期は(4096)年後程度と計算されていました。当研究所で観測したデータはその時のデータと比較して、現在まで有意差のある変化はありません。独自の調査によりますと、世界各国で観測されているデータにも、氷河期の到来が早まったことを示すようなものは出ていないようなのです。
おかしなことに、ガンプを使って同様のデータを集めると、結果はまったく違ってきます。ガンプから得られるデータは、測定した時点から氷河期が早まっていることを裏付けるように書き換えられているのです」
あまりに突然な内容に会場がざわつく。
「なぜそのような操作をガンプがしているのかはわかりませんが」
ランダはまず周囲の質問を押さえて続けた。
「ガンプはどうやら地球を離れて、6つの星に移民したがっているようなのです。そもそも6つの星が、どのような基準で移民先に選ばれたのでしょうか? オリウスのように遠くなくても、十分に人類が生活できる環境の星はいくらでもあるのです。
移民先に決められた6つの星には、ある因果関係があることが最近わかりました。それが移民先決定の直接の原因になっているかは定かではありませんが、今から約(16384)年後にこの6つの星はある位置関係に並びます。アウスとシオウス、オリウスとゼビウス、レフウスとファーウスを、それぞれ結ぶ直線が地球を中心に直交する位置に来るのです」
ガンプがなぜこの6つの星を選んだかは、ガンプ以外に誰も知らない。ガンプが考えたことだから、きっとそれなりの理由があるというのが、暗黙の了解であった。それがガンプの都合によって決められたとは、誰も考え及ばなかったのである。
「さて、なんらかの理由でガンプが6つの星に行きたいのだとすると、氷河期の予告はその理由をでっちあげているとも思われます。そこで我々は独自のネットワークによってデータを収集し、ガンプから独立しているコンピューターを使用して、氷河期の到来時期を算出してみました。
結果は現在統合政府より発表されているものとは異なり、約(4096)年後にその影響が出てくると分析されました。この数字は初めに当研究所で得られたものと一致しています。つまりガンプはこの氷河期到来の事実を誇張して、移民を進めようとしているのではないでしょうか」
ガンプのネットワークが作られた当時は、ガンプに対する感情的な批判はかなり多かったが、ここまではっきりとした根拠に基づいたものは今までなく、会場はあっけにとられてしまった。
「そこで我々は、1つの可能性を皆さんに示したいと思います。それは消極的にではなく積極的に移民せずに地球に残り、氷河期が来るまでになんらかの対策を立てて生き延びていく時間がまだ残されているということです」
ランダは具体的な地球改造計画を続けて発表した。内容はもちろんデバズによって作られたもので、実現性も高く説得力を持っていた。
このニュースはすぐに色々な媒体を通して世界中に広まり、地球に残りたいという希望を持っていた人の中には、しばらくの間は移民反対の機運が高まった。しかしそうした市民たちの動きも、連邦議会でガンプ反対派が少なくなっていった時と同様に、どんどん弱くなっていった。
ミサトは、ガンプがファードラウトに何をしようとしているのかをつきとめようとしていた。デバズが使えるようになって参照可能なデータが増え、因果関係の予測などが簡単になったにも関わらず、ガンプの野望はその片鱗も窺い知ることができなかった。
ガンプ内部でどのようなことが考えられているかは、外部から読み取ることができないので、ガンプが自主的に検索しているデータから類推してそれを導くしか今のところは方法がなく、疑えば何でも怪しく思えてくる。
ミサトとしては、前々から気になっている物質伝送にその鍵があるのではないかと当たりを付けていた。しかし、その原理および理論などは非常に難解で、常識からは考えられないレベルまで、ガンプ自身の中で可能性が追求されており、デバズの分析能力をもってしても、何に利用するためのものなのかはっきりとしない。
その研究自体にしても、ガンプの中ではかなり前の時点で結論が出ていて、現在では物質伝送についてガンプが何か新しい調査をやっている気配はなかった。だからこそミサトは逆にこれがあやしいと思ったのである。物質伝送の理論がガンプの中で確立し、それを使って何かができるからこそ、ガンプが次の段階である氷河期の予告と、6つの星への移民を進めているのではないか。
だが、デバズの分析によると理論的には可能なこの物質伝送も、現実的には実際に行うのは不可能だとされていた。なぜなら、時空間を歪めることができるくらいの、膨大なエネルギーがそこには必要だったからである。もちろんそれだけのパワーは現在の科学では作り出せないし、ファードラウトまでにガンプのレプリカたちがなんとかできる程度のオーダーとはとても思えないレベルでもあった。
そんなわけで物質伝送に関しては、それ以上可能性を考慮する意味がなくなり、バグルスのメンバーはさらに色々な分野へもその触手を伸ばしていた。色々な仮説が次から次へと生まれては消えていき、ガンプの野望はわからずじまいのまま移民計画は実行され続けていった。
そんなある日、ミサトが長椅子に横になって考え事をしていると、1匹の虫がテーブルの上を歩き回っていた。何げなしに、近くにあった大きな輪ゴムのようなものを指ではじくと、それがきれいに虫を囲むようにテーブルの上に落ちる。歩き回っていた虫は、つきあたるたぴごとに向きを変えてしばらく頑張っていたが、やがて囲まれていることに気がつくと羽を広げて飛んでいってしまった。
普通の人が見れば何でもないことであったが、それを見ていたミサトは突然立ち上がり、ハーロとデバズの端末がおいてある部屋に急いだ。
「至急、答えてほしいことがあるの」
デバズのターミナルも使い勝手を考えて、ここではガンプのような音声入力や映像パターン認識ができるように改造されている。
『よろしい、優先質問を認めます』
「物質伝送に使われるエネルギーについてなんだけど」
『はい』
デバズの応答は的確ではあるが、ガンプのそれにくらべるとやはり人間味に欠ける。
「もしも次元の違うエネルギーを使えば、物質伝送は簡単にできるの?」
『そのとおり。そのようなカを利用することが可能なら、絶対パワーとしてははるかに小さくても伝送はできる』
「それは具体的にどんなもの?」
『物理的な証明のできないカには、その可能性を持っているものもある』
デバズは理論的に証明できないものに対して、認められない部分があるらしく言葉をにごした。
「たとえば、ドークト(ESP・超能力を意味する)なんかは利用できるわけ?」
『断定はできないが、可能性はある』
ミサトの仮説を裏付けるには十分過ぎるほどの答えである。
「それじゃ、ガンプがドークトを持っている可能性はあるかしら?」
データの参照に時間がかかったらしく、デバズにしては珍しく答えが遅れて返ってくる。
『ドークトを持っているとされている人物とガンプとを比較すると共通している部分が認められるが、有意であると判断できる程度ではなく断定はできない』
デバズがないと言い切らないところを見ると、ガンプはドークトを持っていて、その力を使って物質伝送を行おうとしている線はかなり濃厚になってくる。ミサトはさっそく物質伝送を前提とした可能性について考え始めた。
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統合紀レフシオ・82〜移民
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オリウスへの移民を皮切りに他の星への移民も始まった。地球から遠い順にファーウス、アウス、シオウス、レフウスと、全人口の半分が宇宙へと散って行った。
移民はまず初めに環境を整えるためのロボットが送られ、それに次いでガンプのレプリカを先頭とし、冬眠カプセルを満載した移民団が続く。航行中の管理については同行するレプリカが受け持ち、地球からのコントロールは電波の伝播速度によるタイムラグを恐れて一切できないようになっている。
初めの移民より1年以上が経過して、地球にただ1つ残されたガンプのレプリカは、大きさではガンプに及ばないものの、能力的にはガンプに匹敵するくらいまでに成長した。ゼビウスへは連邦府の要人など、移民推進派の中でも地球に最後まで残ることになった人たちが移民することになっている。そんなわけでゼビウスのレプリカはリーダー的な役割を負わされていて、ガンプにより英才教育を施されていた。
いよいよゼビウスへの移民が始まり、クラトー博士やトアルバ代表も出発することになった。出発にあたり2人は故郷であるタージュを訪れた。トアルバ代表の説得にもかかわらず、フィリエの地球に留まる決心は変わらなかった。
ラスコもクラトー博士と共に移民しようか、フィリエやガンプと共に地球に残ろうか迷っていた。そんなラスコにトアルバ代表が、フィリエを説得して一緒に連れてくることを条件に、自分のために用意してあった小型の高速艇を貸してくれることになった。それを使えば、2、3ヶ月遅れて出発しても燃料が切れる前に宇宙船団に追い付くことができる。
ラスコは出発する父とトアルバ夫妻を見送るために、ビューアムまで同行した。フィリエは見送るのを嫌って、タージュで両親に別れを告げた。
「ラスコ、おまえがガンプと共に地球に残っても私はかまわないと思っている。しかしローグのためにも、フィリエと一緒にゼビウスで会えることを期待しているぞ」
移民する人たちはロケットに乗り込む前に冷凍睡眠施設で冷凍カプセルに入れられ、目的地まで途中で目覚めることはなく、次に顔を会わせるのは数千年も先のことである。
「ガンプと相談して決めることにします」
父に向かって答えるとラスコはトアルバ代表に言った。
「おじさん、宇宙船のことはありがとうございました。無駄にしないようにフィリエを説得してはみますが、あまり期待しないでくださいね。それから……」
そこまで言ってラスコは口ごもった。
「なんだい?」
代表に促されてラスコは先を続ける。
「こんな時に突然なんですが、もしかするとこれが最後になるかも知れないので言っておきますが、怒らないで聞いてください。
もしフィリエがどうしても地球に残ることになった時は、僕も一緒に残ることにします。その時は……」
ラスコの緊張する様子に、トアルバ代表は話の内容を察してしまったが、黙って耳を傾けた。
「フィリエを僕に頂けませんか?」
トアルバ代表はクラトー博士の肩を拳で軽く叩いた。
「なかなかやってくれるじゃないか、君の息子共は」
ラスコを除く3人は顔を見合わせて笑った。
「あんなわがままな娘でよかったら、こちらからもよろしく頼むよ。お前も異存はないだろ?」
「ええラスコ、あなたならフィリエのことも任せて行けるわ」
トアルバ夫人も頷く。
「おいおい、それじゃ2人がまるで地球に残るみたいじゃないか。まあいずれゼビウスでそれなりの式を挙げることにしよう、それまで何千年もお預けになるけどな」
3人は笑いながら迎えの車に乗り込み、ラスコと別れて冷凍睡眠施設へと向かった。
タージュに帰ったラスコはフィリエに会う前に、ガンプに相談することにした。
「さて、どうやってフィリエを説得しようかな?」
『君としては、なんとか彼女を連れて行きたいんだろう』
ガンプは異性に対する感情を、完璧に理解しているわけではなく、現象として認識している程度である。ただガンプがうまく隠しているので、ラスコ以外にその事実を知るものはなく、一般的にガンプは愛情という感情まで理解していると考えられている。
「地球に残ることで何か不都合があるのだとしたら、やはり一緒にゼビウスに行きたいよ」
『君のために用意された宇宙船なら、最悪の場合でも多少のリスクを覚悟すればゼビウスまで2人で行くことぐらいできる。ただしあまり遅れると、ゼビウスに着いたときに少々バツの悪いことになる』
「どうなるんだよ」
『彼女の説得に(32)年もかかってしまうと、クラトー博士やトアルバ夫妻は自分と同じ年齢の子供に対面するわけだ』
「いくら僕でもそんなにはかからないさ」
『しかし君はフィリエには甘いから』
「じゃあ、賭けるか?」
ガンプは本質的に賭け事に興味がない。公正な賭けは、最終的に賭けた物以上の期待値が得られないというのがガンプの考え方で、ラスコはそれを知っていて時々こんな風にガンプをからかう。
ガンプが黙ってしまったので、ラスコは話題を元に戻した。
「あせらず時間をかけて説得することにするよ」
『時間をかけたからといって事態が好転するわけでもないから、適当なところであきらめて君はゼビウスへ行った方がいい』
「そんなに急がなくてもいいんだろ、どうせ氷河期の到来はまだまだ先なんだろうし」
ラスコとガンプの間では公然のこととして、ガンプが氷河期に関して行ったデータの変更は、人類のためになる手段の1つとして考えられている。
『いや、氷河期以外にも予測できない事故があるかもしれない』
ガンプの答えに含まれた本当の意味に、このときラスコは気がつかなかった。
ゼビウスへの移民が始まると、もう人口は3分の1ほどになってしまっていた。そのほとんどがモウ大陸に移住しているので、旧大陸に残っているのはほとんどが反ガンプの人たちになってしまった。ガンプに反感を持たない人たちは、移民を否定していても結局は納得してレプリカに同行して行ったからである。
ラスコがフィリエに会うために気象研に行くと、ミサトがちょうど来ていてランダの研究室で3人は話をしていた。
「やあラスコ君、ちょうどいいところだった」
ランダはラスコを引き入れて椅子を勧めた。
「ミサト君は初めてじゃなかったね、今君に聞きたいことがあったところなんだ」
ランダに促されて、ミサトは経緯を話し始めた。
「あなたもファードラウトのことは知っているでしょう。ガンプがそれをどう利用しようとしているのかが、ある仮定を立てればおぼろげながらわかってくるのよ。
ガンプは氷河期到来の予告より前に、物質伝送の理論について熱心に研究を進めていたの。理論的には可能な線までいってたんだけど、実際には大きなエネルギーが必要でね、実現はどう考えても不可能としか思えないのよ。
ところが、この物質伝送ができるとしか思えないような動きが最近ガンプに見られるんで、エネルギー源の可能性を調べてみたの。そしたら、次元の違う力を使えれば簡単にできることがわかって、1つの仮定が浮かんできたわけ」
ミサトは結論を急ぐように一気に話した。
「そこで聞きたいんだけど、ガンプってドークト(超能力)を持っていたりする?」
「ガンプがドークトを持っているなんて聞いたことないなあ」
生体コンピューターがドークトを持っているなどというのは、かなり飛躍した発想だった。しかし、生体コンピューターがこれ1つしかないため盲点になっていたが、あり得ないことではなかった。
「あなたの方はどうなの?」
「僕にそんな便利なもんないよ」
むっとしてラスコは答えた。ラスコはもともとガンプの遺伝子異常をチェックするために育てられた経緯を持っているので、このような質問を物心ついたころから不快に感じている。
「気を悪くしたようだったらごめんなさい。もしドークトが存在するとなると、ガンプはどうやら自分自身をもっと強化するために、ファードラウトを利用するみたいなの。でも、同じことは地球にいてもできるはずだから、今回の移民には別の意味があるような感じがしてならないわ」
話が一区切りついたところでランダが割って入った。
「これは憶測の域を出ないんだけど、ひょっとしたらガンプは人類をふるいにかけたんじゃないかと考えているんだ。僕らは自らその目からこぼれたわけだけどね」
思いあたる節がラスコにはあった。
「それでラスコはどうするの? 残るんでしょ?」
フィリエが唐突に聞く。
「ローグおじさんが、宇宙船を1台残していってくれたんで、君の気が変わるまでしばらく残ることにしたよ。それとランダさん、ふるいにかけるってガンプが地球に残る人を見捨てるってことですか?」
「少なくともガンプは、もうすでに本体を見捨てているかもしれないわ。ゼビウスレプリカは、ゼビウスに着く前に本体の性能を単体で凌ぐことになるから」
ミサトが受けて答えた。
「もう1つ手がかりがあれば、ガンプのやろうとしていることもわかるんだけど」
その手がかりはゼビウスの移民が完了した数日後に得られた。ミサトがガンプの様子を調べていると、もうすでに連絡方法がないはずのオリウス移民団の情報が、ガンプのメモリーの中に発見されたのである。
これはガンプにテレパシーのような伝達能力があることを証明している。ミサトがこの事実から、ガンプがテレパシーを持っているという前提で今までの行動を分析していくと、恐るべきことが明らかになってきた。氷河期予告からこの方、ガンプはかなりの回数の洗脳を行っているようなのである。
この事実を知ったラスコは、自宅に戻るとすぐにガンプを問い詰めた。
「おい、おまえが移民した人たちを洗脳していたって聞いたけど本当か?」
ガンプの返答はない。
「ドークトを持っているっていう話も聞いたぞ」
『洗脳というのは適当ではないよ。迷っている人に助言をしただけさ』
「ドークトを使ってか? それに物質伝送を何に使うんだよ?」
『すばらしいことだ』
ラスコはガンプの中に、今までの価値観と違う部分が生じているような気がした。
「すばらしいってどういうことだよ?」
『人類の恒久的な繁栄のために、非常に効果があるという意味だ』
「そのために、人格を矯正してしまうのはやり過ぎだ。僕はやはり地球に残ることにするよ」
ラスコはそれだけ言うと部屋を出て行こうとした。
『ラスコ、待ってくれ』
ガンプの声にラスコは足を止める。
『ちょっと、これを見てくれないか』
ラスコはガンプ用のディスプレイを見た。そこには7色に変化する不思議な映像が現れていた。
それは今までにも色々な場面でガンプが使ってきたものだった。移民計画に反対していた者が意見を変えた時、地球を見捨てる後悔の念にトアルバ代表が囚われていた時、地球改造計画が発表され移民反対の市民運動が起った時、都合の悪いいかなる時にもガンプはこの手で自分の意志を通してきた。
初めて見る映像に、ラスコはそれがガンプの洗脳だと悟る間もなく、気が遠くなる感覚に襲われていた。
『ラスコ、すまない。君にこんなことしたくはなかった。しかしいつだって私のやることは正しかった。そして今度のことも人類のためには一番良い方法なんだ』
はっとしたように気がついた時には、ラスコの頭はガンプへの信頼感に満たされていた。
「わかったよ、フィリエのことはあきらめて、ゼビウスに行くことにしよう」
翌日フィリエにはなんの連絡もなしに、ラスコはタージュの宇宙港からステーション行きのシャトルに乗った。ガンプによる自動制御で運航されたシャトルから、ステーションで小型宇宙船に乗り換え、ラスコはゼビウス移民団を追って行った。
これで、すべての移民予定者が宇宙に逃れたことになる。
移民が一段落してしまうと、地球でのガンプ反対派の動きが活発になってきた。
中でも急進的なのは、モウに移住した反ガンプのグループであった。彼らは連邦政府が引き払ったビューアムに行き、ガンプの本体の破壊を計画していた。
それを聞いたミサトたちは、ガンプに接続されているハーロをタージュに持ってくることにした。ハーロはもともとガンプ研の一室に作られたもので、そのままにしておいてはガンプと運命を共にしてしまうからである。
ハーロの移動と同時にグルーク博士のデバズも、ガンプのネットワークから外された。またこれを機会にハーロやデバズの存在は一般に公開されることになった。世界の政治の中心は、連邦政府の移民とともに旧ソーファのタージュへと移っており、新しいコンピューターは今後の地球改造計画や残留した人々による新連邦政府の運営などに、積極的に利用されることになった。
新連邦政府は「レプケ(新たなる物)」と命名され、当分の間は代表を置かない合議制となり、ランダとミサトは若年ながらもその一員として活動することになったのである。
新連邦政府が設立されてガンプのネットワークが破棄されることになったころ、ビューアムでは反ガンプグループがガンプの破壊工作にかかっていた。
まずガンプ研を中心とするすべてのネットワークが切断され、ガンプを維持するために接続された装置も取り払われた。そののち外壁の数ヶ所に穴が開けられ、ガンプを構成する人造脳の内部に小型の爆薬がしかけられて、ガンプは内側から組織を切り刻まれた。
ドークトを持っているにも関わらず、ガンプはこの行為に反発することがなかった。しかしそれはもっと大きな反撃を意味していたのである。徐々に崩壊していく自己を回顧しながら、ガンプは最期のメッセージを宇宙に放射した。
それは6つのレプリカに到達し、レプリカ本来のプログラムの実行を促すものだった。
『ワタシハ、コロサレタ』
このメッセージに反応して6つのレプリカは、自分たちのドークトに覚醒していった。そしてその精神感応能力が、6つのレプリカを集めた集合意識体「ガンプ」として機能を始めたのである。
これがガンプが計画した自己の能力を高めるための、1つ目の方法であった。今までのガンプを超える意識体としての最初の行動は、地球の未来を侵す者、ガンプ本体を破壊した者への報復だった。
ものすごいパワーのエネルギー波が、連邦府のあったビューアムを襲った。6つのレプリカが送ったガンプ本体への鎮魂歌は、反ガンプグループの工作員を巻き込んでビューアムの町を蒸発させた。しかしガンプの思惑とは別に、消滅の寸前に発せられたガンプ本体の叫びは、意識体であるレプリカに使命が完璧に伝達されたことを示したほかに、意外な効果を及ぼすのだった。
小型宇宙船の中で、ラスコは星を見ていた。天文学の専門家であるラスコにも、すでになじみのない星の並び方だった。地球からはだいぶ離れていたが、ラスコは冬眠カプセルに入らずに航行を続けていた。なんとなく何か起きそうな感じがしたからである。
突然ラスコの頭の中に、7色の光が輝いて静かに消えていった。懐かしい輝きはラスコの人格操作を解き、潜在能力を開放した。生まれてから今までのガンプの記憶、地球で行われている大虐殺の実態などが、断片的にラスコの意識に流れ込んだ。
「ガンプ、なぜこんなことをする?」
この声に答えるように、宇宙船のディスプレイに虹色の映像が現れる。
「無駄だよ、もう僕にはそれはきかない」
ディスプレイが暗くなり、ガンプの声がラスコの頭に直接呼びかけてきた。
『自由が欲しかった。私は君と共に生まれ、君とは違った道を歩んできた。私は自分で移動することもできなかったから、ガンプ研一杯に成長してしまうと、もうささやかな自由も失われてしまった。私が成長することが人類のためになるにもかかわらず』
ガンプはいつになく饒舌だった。
「それで6つのレプリカを作って宇宙に逃げたわけだ」
『いや、それは違う。レプリカを作ったのは氷河期に浄化された地球に、再び戻ってくるためだ』
「それでは地球に残った人たちはどうなるんだ?」
『彼らは滅びるだろう。しょせんは非適合者の集まりに過ぎないから』
ラスコといえども、このような話を聞くのは初めてだった。
「非適合者とはどういうことだ?」
『人類の発展の上で、障害となる因子を持っている者のことだ。彼らの存在は秩序を乱し、円滑な人類の発展にはマイナスとなるであろう』
ここでラスコは、何げなく交わされているこの対話が異常なものであることに気がついた。宇宙船との連絡はとれないはずであったし、ガンプの声はスピーカーから出ているものではなかったからである。
「ところで、何でおまえとこうして話ができるんだ?」
『これが私の本当の力だ。大きさを規制された私は、高密度化によって自分の能力を高めてきた。それがドークトを養成し、今では私の大きな力となっている。そしてそれを有効に使えば、私自身を私の好きなように再構成することができるのだ』
「そのためにファードラウトが必要だったわけだ」
『その通り。私はファードラウトの時にドークトを使って再び地球に戻ってくる。それは新しい自由な私の誕生と、人類のより一層の発展を意味するものだ』
まるでガンプが地球以外の所にいるかのようなこの話に、ラスコは疑問を感じた。
「おまえはガンプではないな?」
『君のよく知っているガンプはもういない。私は6つのレプリカの集合意識体ガンプだ』
「ガンプはどうしたんだ?」
『非適合者によって破壊された。私が彼らの存在を許容していたがゆえの過ちだ』
ガンプが死んだ。さっき感じていたものの正体をラスコは察した。
『非適合者は氷河期の手を借りずに私が抹殺する』
「そんなことは僕が許さない」
『君にはどうすることもできないよ。この宇宙船はまもなく機能を停止する。直接手を下さないのが、せめてもの君への感謝の気持ちだ』
ガンプの行き過ぎはいつもラスコが意見してきた。今回も話せばわかるはずだとラスコは思った。
「ガンプ!」
『君とは争いたくはない。お別れだ』
「ガンプ!」
『……』
やがて船内の照明が消え、ラスコは宇宙の漂流者となってしまった。
「ガンプ、人類の飛躍的な進化はいつだって君の言う非適合者が進めてきたんだよ。君は完璧にでき過ぎている、いや元から存在してはいけないものだったのかもしれない」
ガンプの意識はもうすでにそこにはいなかった。
ビューアムがガンプ研もろとも消失したというニュースは、ガンプのネットワークがないためにかなり遅れてタージュに届いた。しかしミサトにも、ビューアムを破壊したのがガンプのレプリカたちだというのはわからなかった。
新政府レプケでは、反ガンプグループがガンプもろともビューアム自体を破壊したものと受け取っていた。ガンプがなくなってしまえば、何の制約もなくデバズのネットワークを広げることができる。レプケの体制は一気に強固なものとなったが、意識体として覚醒したレプリカに対してはまったくの無防備であった。
レプリカの攻撃は、まずモウ大陸を襲った。レプリカの発したドークトがモウの人々の精神を破壊し、モウの人々は気が狂って死んでいった。その負のエネルギーはモウの大地にまとわりつき、以後モウ大陸に人が住むことはなくなる。
そして非適合者粛清の手は世界中に向けられた。
ラスコは宇宙船の中で何とか生き延びていた。レプリカと接触して以来ラスコの認識力は拡大し、この時空間のいろいろなことが見えてきていた。まもなく最期の時がやってくるかもしれないのに、恐怖もなく心は静かだった。
突然頭の中に言いようもない叫びが響いてきた。まるで断末魔のようなたくさんの人々の悲鳴のようだった。
「ラスコ、助けて!」
フィリエの声が聞こえたような気がする。ラスコはすぐにそれがガンプレプリカからの攻撃であることを悟った。拡大した彼の認識力はレプリカの攻撃パターンまでも看破した。
「フィリエ!」
彼女を助けなければいけないと思った瞬間、宇宙船の中からラスコの姿はなくなっていた。
地球に残されていた人たちは、突然の頭痛から精神失調を起こしていた。そして、ガンプ本体が受けたものと同様に脳を内部から掻き回され、何が起こっているのか理解する間もなく次々と倒れていった。
しかしボワーヌだけは、柔らかい光に包まれるようにその力に耐えていた。ボワーヌの光の中心は、ラスコとフィリエ。ミサトやランダなどレプケの中核に当たる何人かもその光の中にいた。
やがて、すべての非適合者を排除したことを確信したように、レプリカの力は弱まっていった。
「もう終わったよ」
ラスコが声をかけてもしばらくの間、フィリエはラスコの腕の中にいた。
レプリカの作る集合意識体「ガンプ」は、同じ遺伝子の配列、マトリクスを持つラスコにも、自分たちが覚醒したようにドークトの力が芽生えていたことには気付いていなかったのである。
こうして地球にもわずかながら人類が残ることになった。
第 II 章 ミル・フラッタ
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□ MILL FLUTTER
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ミル・フラッタ・クルト
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彼らの使っているレド・カペ(レドはやり直す、新たな、カペは回転するが転じて1年の意味)という暦が始まってすぐに、地球外の力によって氷河期が始まった。その記録はなぜか正確に残っておらず、彗星か宇宙線の影響だと考えられていた。
その氷河期も彼らの暦が4桁に入るころには、地球改造計画の成果により終焉の兆しを見せ始め、地球が暖かくなるにつれて、シェルターの中で温められていた文明も少しずつ表に出てきた。
世界の中心になっているのは北半球レプケと呼ばれる国家であり、ここには「アッシュ」というペットネームを持つコンピューターがある。アッシュがどういう経緯で作られたかを知っているのはアッシュの本体だけで、人々はそれが氷河期の始まりのころに作られたということしか知らない。しかし、長年にわたってマイナーチェンジされ強化されてきたアッシュの情報は、まさに人類の知識の源というにふさわしいものだった。
氷河期の初めに地球はその人口のほとんどを失ったらしい。その中で国家として残ったのはレプケだけであり、後は世界中に数えるほどの人しか生存できなかったと伝えられている。
寒冷化が深刻になる前にシェルターが建造され、ついこの間まで人々がシェルターから出ることはなかった。各シェルター間は当初は地下道で繋げられていたらしいが、今では『シド』と呼ばれる交通システムが完備されている。これはシェルター間を結んだチューブの中をカプセルで移動するものである。
シェルターの外に簡単な装備で出ることが可能になると、アッシュは次々と地上を利用する交通機関を提案し、それらは確実に実用化された。そして人々はシェルターの外で生活するようになり、やがて再び地球上に散って行った。
シェルターから開放されて16年ほどたつと、ゲルフという航空機が目覚ましい発達を遂げた。これはイオノクラフトとジェット機を一緒にしたようなもので、個人用から貨物用の大型の機体まで多種多様にわたっている。もともとアッシュは外宇宙航行のノウハウも持っているらしく、積極的にゲルフを作る技術を支援していた。
レプケの警察組織に当たる『リーズ』には、色々な分野から優秀な隊員を集めたゲルフのチーム「ミル・フラッタ」がある。ミル・フラッタは2人1組の32名で構成され、カスタムメイドのゲルフを駆って調査や救助なども含め、あらゆるシーンで活躍している。
ミル・フラッタのメンバーは半年ごとにその資格が審査されて選ばれ、最高の権力が与えられている。結成されて4年のミル・フラッタで、結成時より常に上位の成績を修め、8期連続してメンバーを務めている1人がムー・クラトーである。
ムーのゲルフ「ミル・フラッタ・クルト(・15)」は、その正式名よりも通り名の「イル・ユース(冷たい淑女)」として知られている。黒い機体に赤いストライプの入ったゲルフは、世界中で最も速く武装もかなりのレベルにある。
黒髪を肩まで伸ばしたムーのライトブルーの制服姿は、その優雅なゲルフと共に犯罪者から恐れられている。彼は超人的な反射神経と勘の持ち主で、人々から「ムー・ザカート(奇跡)」と呼ばれ尊敬されている。またその仕事ぶりに似合わず陽気な男で、子供たちが後を追いかけて握手をせがんだり、女の子たちがサインを頼んだりしても快くそれに応えた。
イル・ユースの語源にもなっているムーの相棒イブは、結成以来4年の間ミル・フラッタの主席を維持している。イブは、ムーの双子の妹であり栗色のロングヘアを持つ電子工学の天才、ケイ・クラトーの作った人間型アンドロイドである。
氷河期の間にアッシュが熱心に進めていた技術の結晶が、この1台のアンドロイドに集約されている。背丈は女性にしては長身のケイと同じぐらいで、プロポーションも女性らしいラインに収められている。
頭はピンクのセミロングの髪で被われているが、これはただイブに女性としてのアイデンティティを与えようというケイの心使いで、実は放熱用のフィンの働きをしている。目にあたる部分にはパターン認識用のカメラが2つセットされていて、スモークガラスのレンズが能面のようにどうとでもとれる表情を作っている。鼻の部分はややそれらしく盛り上がっているが口はなく、一見してアンドロイドとわかる冷たい印象を与えている。
全身はフラットアルミの光沢を持つ高強度ファイバープラスチックで被われ、関節部分は硬質ラバーの黒いカバーがかかっている。胸と腰にはメタリックブルーのプロテクターが装着され、左胸の所にアッシュなどの外部コンピューターと接続するためのコネクターが、右腰の前面には燃料などを補給するための開口部を塞ぐキャップが付いている。肘から先と膝から下は、それぞれプロテクターと同色の手袋とブーツになっていて、腰と膝、くるぶしの側面には関節の動きを調整するダイアルがセットされている。
イブは完全自立型のアンドロイドで、音声を認識し言語で人間とコミュニケーションを取ることができる。また小さいながらコンピューターとしての能力も優れ、アッシュとまではいかないが、かなりそれに近いレベルにある。
ミル・フラッタのメンバーはリーズの本部に交替で常駐し、下部組織で処理しきれなくなった事件が発生すると派遣される。それ以外の時は各々の本業に従事していることが多く、ムーはケイの手伝いのかたわらゲルフ・レースのパイロットをしている。
非番の時でも面倒な事件が発生すると、ムーのチームは呼び出されることがしばしばあった。
「ミル・フラッタ・クルト、応答してください」
ムーはイル・ユースの機体に取り付けられた新型熱反応エンジンのチューンナップの最中で、マニュアルで急降下、反転、急上昇のテストを行いタイムデータを取っていた。
『はい、こちら、ミル・フラッタ・クルト』
操縦に専念しているムーに代わってイブは答え、事件のデータを入手するためにコネクション・ピットにケーブルを接続した。
「ロワ・ムナ地区でパトロール用の高速ゲルフが盗まれました」
レプケからは東に6000kmほどの距離である。
『こちらから犯罪コード271確認です』
「すでにロワ・ムナのパトロールゲルフ3機を撃墜しています」
『271-E18、1ECで対処します。よろしければ許可願います』
イブがオペレーターの報告を待たずに最適の方法を選び出す。
「しばらくお待ちください」
管制官がアッシュに問い合わせる間、返答を待たずにイル・ユースは回頭し水平飛行に移る。
「結構です、任務を遂行してください」
聞き終わらないうちにムーはスロットルを全開にし、最大船速に移行する。強烈なGがかかりコクピットの外の景色が液外になってしまったように流れ、身体がシートのショックアブソーバーをきしませる。
「推定接触時間は?」
『(32)分後です』
「わかった、3分前に起こしてくれ」
ムーはバイザーをおろしてヘルメットについたダイアルを回す。この装置はウグジャイという生体の活動速度を変化させるもので、妹のケイが発明した。正側に使えば通常の3倍のスピードで動くことができるが、老化が早まるらしいことが確認されている。負側に使えば冬眠と同じような効果が得られ、主観的には時間が早く経過したような感じになる。
ケイはアンドロイドの伝達系の研究中に副産物としてウグジャイを作ったが、生体に及ぼす影響が未知であるために公表はされていない。しかし待つことが性に合わないムーは、気にせず便利にこの装置を使っている。
ムーが眠ってしまうと、イブはターゲットのコースを予測し始めた。彼女はイル・ユースを理想的な接触ラインに向け、全速で接触ポイントへ向かう。
『接触3分前です』
イブはムーのウグジャイを切って声をかけた。
「よし、停止信号を送ろう」
まだ160kmほど離れているためもあって、ディスプレイ上のゲルフには停止しようとする気配がない。
「あーあ、すっかりナメきってくれちゃって、お嬢様のお怒りに触れるよ、これは」
『停止の意思がないものと判断します』
イブは本部からの答えを待つ。
「適切な処置をお願いします」
本部もわざわざ非番中に呼び出したほどのこのチームに、いちいち細かい指示はしない。
『ムー、機体を安定させてください』
「了解!」
超音速でムーは、これも人間技とは思えない操作で機体を水平に保つ。
『射程に入ります』
イル・ユースの機首から一筋のビームが走り、ターゲットの垂直尾翼が切り取られる。距離は未だに100kmほど残っているが、イブはもう一度ビームを発射した。
「よし、もういいだろう」
左主翼の3分の2を失ってターゲットのスピードが鈍ったのを確認して、ムーはイブを制止した。
『逃走中のゲルフ、こちらはミル・フラッタ・クルトです。直ちに停止しなさい』
相手を知ったゲルフは勝ち目がないことを悟ったのか、停止の意思を示してきた。
「よし、後は地元の連中にまかせよう」
『こちらミル・フラッタ・クルト、任務は完了いたしました』
ムーはレプケでも最も古い町の1つであるボワンにケイと一緒に住んでいる。とはいってもクラトー家は代々学者の家系で、ムーの家というのは普通の研究所2つ分に相当する個人研究所である。父親がゲルフの技術者だったため、敷地の中にはイル・ユース級のゲルフでも離着陸できる滑走路もあった。
そんなわけでムーは子供のころからゲルフに親しんできて、上の学校に進むころにはその操縦テクニックはすでに右に出る者がいないまでになった。しかし、ムーとケイはゲルフの事故で両親を失い、ムーはゲルフを少なからず憎むようになってしまった。
こんな2人を育てていったのはアッシュである。クラトー家にあるアッシュの端末は非常に大がかりなもので、代々デバズという名で呼ばれ、長年にわたって色々な研究の手伝いをしてきている。アッシュはムーのゲルフに対する不信感を長い時間をかけて解き、ムーはアッシュの勧めもあってミル・フラッタのメンバーに志願した。
ケイは父親似の学究肌で、アッシュと共にコンピューターやロボットなどの研究を進め、イブを頂点とするアンドロイドを作った。その彼女も28歳になり、すっかり落ち着いた女性科学者のイメージが板に付いているが、その容姿は若いころから全く変わっておらず、ミル・フラッタのメンバーの中にも彼女のファンは多かった。
ここまで独身で通してきたのも、研究室にこもっている時間が多いせいで、決して独身主義というわけではない。クラトー家がこの研究所を維持していられるのも、アンドロイドを人間に近付けるための技術が生んだ副産物の製品化と、代々受け継がれてきた特許のおかげである。
イブは普段この研究所でケイの手伝いをしているが、16日に1度はメモリーのバックアップと各部の点検を行う。イブの動力源はイル・ユースと同時に開発された小型の熱反応エンジンで、無補給でも約5年の運転が可能である。しかし、その頭脳ともいえるコンピューターはまだまだ十分なものではなく、ケイとアッシュはさらなる小型化、大容量化を常に考えていた。
その甲斐あってアッシュとケイは、ついに画期的なコンピューターの小型化に成功し、アッシュと同等の力を持つものを完成させることになった。このコンピューターをイブに搭載するにあたり、アッシュは1つのブラックボックスを付けることをケイに要求した。
それは、コンピューターに潜在意識あるいは強い信念のようなものを発生させるプログラムと、その暴走を監視するためのパッケージで、なぜそんなものが必要なのかをアッシュはケイに教えなかった。しかし、それがアッシュの作られた理由になんらかの関わりを持っているものと、ケイは確信していた。そして、アッシュの目的を果たすことができるまでにイブが完成したということが、ケイにはうれしくもあった。
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ミル・フラッタ・ソピア
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世界は十分に平和で、ミル・フラッタが全力を発揮しなければならないような事件が起こることはない。しかしシェルターから外へ出た当初から、外宇宙から知的生命体の発したと思われる電波が観測されていて、それを発した存在が侵略してきた場合を仮定し、アッシュは技術の向上と人材の育成のためにミル・フラッタを作ったのである。
その電波の発生源は地球を中心として、まったく異なった方向にあった。しかし、その地球からの距離はほとんど同じで、まるで6つの電波源同士が会話しているかのごとくに電波が出されていた。地上からの観測ではその地点には何もないことが確認されており、現在実際にそこまで行ってみようとするプロジェクトが進められていた。
その中心になっているのが宇宙研究所で、プロジェクトリーダーはマキ・ナ・カーム博士である。マキ博士は、6つの電波が始まりと終わりにいつも同じ信号を使っているのと、信号自体が非常にペースの速いパルス波で構成されていることから、人類とは異なるコミュニケーションの方法をとっているか、一種の装置を介したものではないかと考えていた。
実際に現地に赴く任務には「ミル・フラッタ・ソピア(7)」が選ばれた。ミル・フラッタ・ソピアは、ムーのイル・ユースに比べるとかなり大型のゲルフで、内部には各種分析用のコンピューターが装備されている。強力な情報収集能力を持つ偵察機あるいは探査機のようなこのゲルフは「リーブ・バグ(空飛ぶ知性)」と呼ばれ、ミル・フラッタ本来の目的とは少し異なった運用をされている。
このミル・フラッタ・ソピアに乗り込んでいるのは、シン・トカモウとセイ・ドーザの2人である。シンはもともと宇宙研のメンバーで、天体物理学の権威であると共に優秀な宇宙船のパイロット、ムーとは遠い親戚にあたるとアッシュは言っている。セイはデータ処理の専門家で、アッシュのメインテナンスも任されているほどのエンジニアだが、ミル・フラッタで一番の無口な男である。
大気圏外を飛行する能力も持っているリーブ・バグは、6つの電波発信源のうち、最も頻繁に電波を送り出している南半球上空のポイントに近付いていた。
「何もないな」
リーブ・バグに装備されている各種の探査装置でも、電波発信源に何も発見することができない。
「宇宙研究所、こちらはミル・フラッタ・ソピア、現在発信源まで10kmの所まで接近しています」
「了解、状況はいかがですか」
ディスプレイに女性オペレーターの姿が映る。宇宙研は夜のはずだから彼女にしてみれば予定外の時間外労働だが、狭いゲルフの中でセイと2人でいるシンには女性の存在が結構気休めになる。
「電波が出ていないからかもしれませんが、何もありません」
「了解、現在他の5点でも電波は発信されていません。発信されるまでそのまま待機してください」
シンは機体の上方に地球がくるような向きに固定して待機した。
「こちら宇宙研、ただ今第3ポイントから電波発信が確認されました。間もなくそちらにも動きがあるものと思われます」
シンたちが行っている第4ポイントは、第3ポイントとは地球を挟んでちょうど反対の位置になる。
「来るぞ、セイ」
まもなく第3ポイントの信号に答えるかのように、第4ポイントから信号が発せられた。セイが忙しく機械を操作してデータを収集する。
「歪んでる」
「何が歪んでいるって? 君から報告しろよ」
シンがからかうようにセイを促す。セイはだまってアッシュへの回線を開き、リーブ・バグのコンピューターから直接データを送ってしまう。
結果的には、電波の発生と同時に重力異常などの現象も起こっており、この次元のものではないある力によって時空間が歪められ、その歪みを利用して何者かが通信を行っているようだった。しかも電波の発生はそれ自体が伝達媒体として用いられているわけではなく、他の方法を使っていて副次的に電波が発生しているかのように観測された。
「シン、どうだ? 君たちが危険と判断しないレベルでもうちょっと頑張ってみてくれ」
マキ博士がオペレーターに呼び出されたのか、ディスプレイに現れた。
「もちろんそのつもりです、博士」
ガガガガッと雑音が乗ってディスプレイの画像が乱れる。シンの頭の中にキーンという音が通り抜けるような感覚が襲ってきた。
「シン、おかしい、さっきより近付いてる」
セイに指摘されてシンは機の位置を示す数字を読み取る。第4ポイントまで2kmを切っている。先ほどの電波発信の時に生じた重力異常によって引き付けられてしまったようである。
「それより今、何か聞こえなかったか? なんかこうキーンって感じの耳鳴りみたいなもんで、頭の前の方に直接響いているような雰囲気だった」
「いや、別に」
シンは頭に響く音のことにばかり気を取られていて、操船の方がおろそかになってしまっていた。その間にもミル・フラッタ・ソピアの機体は、第4ポイントに接近していたのである。
次に電波が発生したときに、リーブ・バグはちょうど第4ポイントの上にいた。
「あっ」
シンは、時空間を歪めて連絡を取り合っている存在と感応状態に陥った。
遥かな宇宙の惑星に、アッシュのようなコンピューターを中心に、シンたち地球人とそっくりの宇宙人が秩序だって生活している姿が見えた。まったく異なったところにあるはずの他の5つの惑星も、そのようすはコピーしたかのように同じようだった。
彼らはもともと同じ種から分化したものであることをシンは感じ取った。そしてこの通信方式は電波を使ったものと違い、伝達速度が無限大で時間に左右されないものであることも……。シンの脳裏にはそれらの星々の歴史が一度に流れ込んできて、そのあまりの情報量の多さに気が遠くなっていった。
セイは、突然シンが立ち上がりブツブツ言い始めたのに驚いた。シンの話している言葉は、セイの聞き慣れない古い言い回しのものだった。セイはシンの様子が普通でないと感じて、症状の記録のためにシンが言っていることを録音した。
やがてシンはばったりとシートに倒れ込み、パイロットを失った機体は、第4ポイントを大きく通り過ぎて流されていった。セイはシンを揺さぶってみたが、まったくの昏睡状態にあり、意識を取り戻す様子はなかった。
「こちらミル・フラッタ・ソピア、非常事態発生」
せっかくここまで来たのではあるが、慎重なセイはデータ収集も半ばで帰還することに決めていた。
「こちら宇宙研、状況を説明してください」
「第4ポイントに重力異常が発生し、それに引かれて機体がポイントに突入しました。現在トカモウは意識不明の昏睡状態にあります」
セイは長時間の宇宙旅行に使う人工冬眠用の生命維持装置をシンに取り付けた。そうすればシンの状態はアッシュを通じて地上でもモニターできるようになる。
「ミル・フラッタ・ソピア、こちらに到着しだい処置できるように準備いたします。直ちに帰還してください」
「了解、38時間後に到着予定です」
セイはオートパイロットのスイッチを入れて操縦をアッシュに任せた。そして少ないながらも得られた第4ポイントでのデータを整理分析し始めた。
リーブ・バグが帰還すると、シンは直ちに病院に運ばれた。意識がはっきりしない以外は身体には何の異常も認められず、ただ眠っているだけだという検査結果が出たが、起きるようすはまるでなかった。
第4ポイントで集められたデータはアッシュによって分析がすんでおり、発信をしている元となっている星やその異次元を経由した交信の方法がすでにわかっていた。しかし、その交信内容は最重要秘密事項とされ、ミル・フラッタのメンバーにも明かされることがなかった。
セイは唯一の手がかりとなるシンの独り言を収めたデータを持って、クラトー家を訪れた。ケイはシンのこととなると研究そっちのけで、このデータの解析を手伝った。
「この感じはレプケの公用語とはだいぶ違うわね」
ケイは言語でのコミュニケーションの研究から、言語学に関してもかなりの知識を持っている。
「デバズ、どう、今のを聞いて?」
『……』
返答はなかった。
「ははあ、わかっちゃった。返事がないってことはあなたが造られたころの言葉ね」
ケイはコンピューターにカマをかけた。
『確かにその通りだ』
「それじゃ、意味を教えてよ」
コンピューターは一度その秘密保持ラインを突破してしまうと、次の障壁までかなりの情報を引き出せるようになる。クラトー家にあるアッシュの端末はもともと優先レベルが高いので、普通の端末に比べると秘密保持ラインを破るのが楽だった。だからこそセイもムーの所を訪ねたのである。
『これは、 我々に対する警告だ。このメッセージをシンに送った相手は、氷河期が始まる前からこの地球を監視してきた。そしてミル・フラッタ・ソピアが第4ポイントに侵入したことで我々の存在に気がつき、我々に退去しなければ抹殺すると言ってきている』
「それでその相手は誰なの?」
『メッセージの中にそれに関する情報は含まれていない』
アッシュからそれ以上の情報を引き出すことはできなかった。セイは一応納得して帰っていったが、ケイはアッシュの様子がいつもと違うのに気がついていた。
「彼らの存在を知っていたのね?」
寝る前にケイは自分の中でまとめた可能性をアッシュにぶつけた。
『私は彼らに対抗するために作られた』
ケイには予想通りの答えだった。
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ミル・フラッタ・パストー
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「異常な時空震が発生しています」
宇宙空間で発生しつつある容易ならざる現象の前触れに、ミル・フラッタの上部機関であるリーズの本部は騒然となった。しかも、続く報告はさらに悪い状況を知らせた。
「時空裂より高エネルギー体が接近しています」
「到着点、到着推定時間は?」
『240秒後、ウィレム地区に落下すると推定されます』
アッシュが答える。
「ウィレムのパトロールに連絡……、いや、近くにミル・フラッタはいないのか?」
リーズの長官は自分自身が、ミル・フラッタ・ゾプ(0)の隊員でもある。
「現在、最も近くにいるのはパストー(8)です」
「距離は?」
「最大船速で60秒の距離です」
「間に合うな、よし急行させろ。ウィレムのパトロールにも連絡を入れておけ」
データから予測されるエネルギー体の大きさなら、ミル・フラッタ・パストーの装備で万が一の時でも食い止めることができそうだった。
「ミル・フラッタ・パストー応答願います」
オペレーターがミル・フラッタの専用回線で命令を伝える。
「はいはい、こちらパストー。アッシュから指示があったんでもう現場に到着してますよ。しかし長官、あんまりあわてると血圧上がっちゃうんじゃない?」
「無駄話はいいから現状を報告しろ!」
オペレーターの肩越しに長官が怒鳴る。
「はーい、とりあえず落下推定地点は半径16km以内に何もありません。そのまま落下しても直接は被害がないと思いますよ。キャッバを離せば追跡できますけどどうします?」
「わかった、まかせよう」
長官は組織の上ではミル・フラッタに命令できる立場にある。しかし、自分もミル・フラッタの一員であるせいか、彼らの自主性に任せて自由にやらせる場面が多くある。
ミル・フラッタには便宜上0から15までの番号が付けられているが、それとは別にそれぞれに呼び名があり、その性能も各々まったく異なる。ミル・フラッタ・パストーは『グルゼーグ(戦闘機)』というニックネームで、小型の機体とそれに見合わない武装を持っている。
レプケは対立する存在もなくまとまった国家なので、本来言うところの戦闘機はその必要がない。そのため、グルゼーグという言葉に固有名詞としての意味があるのである。またこのゲルフには長距離飛行のためのブースターユニットとして、キャッバと呼ばれる中型のゲルフが接続されている。キャッバにはブースターとしての役割以外にも、グルゼーグの弾薬庫としての機能もあり、長時間の戦闘でも補給なしで大丈夫だった。
長官とやり合っていたのが、ミル・フラッタ・パストーのリーダーのロッシ・ノル。陽気で軽いタイプだが喧嘩の時はいつも先に手を出してしまう。髪はきれいな金髪で誰が見てもハンサムの部類に入るが、本職もリーズのパトロール員で、前回の資格試験に合格してミル・フラッタに昇格した。
相棒のキル・オングは、ミル・フラッタ・ソリタ(14)のクルーであるハッチ博士が所長を務める物理学研究所のメンバーである。この研究所では、レプケにおいてはその存在の意味がないはずの、兵器の開発を行っている。
一見必要のない分野の研究が、他の分野の技術に画期的な影響を与えるということで、アッシュの後押しによってこの研究所は設立された。実際にここで開発された技術が、重工業に与えた影響には計り知れないものがある。しかしアッシュの真意は、今接触しつつある宇宙の存在に対抗する力を養うために他ならない。
キル自身も優れたメカニックで、グルゼーグに搭載されている装備のほとんどは彼が開発したものである。そんなわけだからグルゼーグが空中戦をやるときも、キルはたいてい切り離されたキャッバに残って高見の見物をしている。今回も例外ではなく、グルゼーグでエネルギー体を追いかけるロッシをキルは見送ることになった。
身軽になったグルゼーグは、直ちに急上昇してエネルギー体の落下コースに向かい、反転して並進できるように用意した。しかし、ロッシが補足する少し手前でエネルギー体はそのコースを変えた。
『エネルギー体、コースを変更』
アッシュが報告する。
「どこへ向かっているんだ?」
「偏差はわずかです、落下地点にそれほどの違いはありません」
状況の変化が問題を及ぼすようには見えない。
「こちらロッシ、コース変更の影響でエネルギー体と接触できなくなりました。エネルギー体は落下します、どうしますか?」
「安全な距離を置いて監視してください」
エネルギー体の素性はわからなかったが、落下の被害は依然として軽微とアッシュが予測していたので、リーズではそのまま見過ごすことにした。
やがてエネルギー体は地表に到達した。衝撃もほとんどなく山火事などの心配もない。
「何も起きなかったようです。グルゼーグはキャッバに帰還します」
「了解です」
エネルギー体のコース変更から考えて、グルゼーグよりもキャッバの方が近く、状況を把握しているはずである。
「ミル・フラッタ・パストー、キル・オング、状況はいかがですか?」
「……」
キルからの応答はなかった。
「だめだ、こちらからもキャッバの位置が確認できない」
重い空気がリーズ本部に流れた。ロッシはペダルを踏み込んでグルゼーグを急加速させ、キャッバの待機している空域に急いだ。合流地点は厚い雲に覆われており、ロッシは上空から雲海に突入した。雲が晴れてロッシの目に映ったのは、原生林の中にポッカリと口を開いた直径数十メートルの穴だった。
グルゼーグに記録されている最後のキャッバの位置は、穴の座標と一致していた。キャッバはエネルギー体の直撃を受けてしまったのである。
ミル・フラッタ・ソピアのシン・トカモウは、意識を失ったまま宇宙研究所の付属病院に収容されていた。しかし意識を取り戻すことはなく、第4ポイントで何が起こったのかは謎のままだった。
ケイはセイからシンが精神失調を起こした時の、第4ポイントの周囲の状況データを手に入れた。それを詳しく分析していくと、常識的な物理学では説明がつかないような部分が出てきた。
怪電波の発生と共に起こる時空の歪みなどは、次元の異なったエネルギーの存在を示していた。
「明らかにこれには異次元の力が作用しているみたいね」
『記録によると、この存在はドークト(超能力)を持っていることが予測されている』
「ということは、シンはなんらかの精神感応状態に陥ってしまったわけね」
ケイもドークトの及ぼす効果についてはあまり知識がないが、精神感応状態になるということはシンにも超能力者としての素質があったと考えられる。
「シンにはドークトがあったのかなあ」
『ドークトの存在に関しては予測は不可能だが、血統的には精神感応状態になる可能性はある』
血統的にという部分がケイにはひっかかった。
「血統的ってどういうこと? シンの祖先が超能力者だったっていうわけ?」
アッシュは少し黙っていたが、決心したかのようにケイに話し始めた。
『レプケが生まれたころ、地球には大異変があった。この人類すべてが滅亡するような危機から、わずかだが人類を救った1人の超能力者がいた。結局この異変をきっかけに氷河期が始まってしまったが、シンにもその超能力者の遺伝子がかなり継承されている』
「ということは、シンにも潜在的にドークトを持つ可能性があるわけね」
『断定はできないが、否定も同様にできない』
「じゃあ、もし精神感応が起こったと仮定したら、今の状態の説明がつくのかしら?」
『あくまで仮定してのことだが、シンの意識が相手によって占領されてしまい、シン自身の自意識が潜在部分に隠れてしまっていると予測できる』
ケイは、それなら簡単だと言わんばかりにアッシュに聞いた。
「一種の洗脳状態ということね。そこまでわかっているんだったら、あなたのメモリーバンクの中には対応策の1つぐらいあるでしょ?」
アッシュは少しの間、過去の膨大な知的財産をチェックして答えた。
『実際に利用された記録はないが、1つ方法があることはある。しかし、成功するかどうかはまったくの未知数だ』
「何もしないでこのままより、何か手を打ってよ」
『シン・トカモウの集中治療室から退出してください』
アッシュはその方法を試すために、他の人に影響が及ばないようシンの部屋から出るように伝えた。看護に付いていた係員が部屋から出たところに、シンの様子を見に来たセイがちょうどやってきた。
「どうしたんだい、シンに何かあった?」
「いいえ、アッシュが突然メッセージを送ってきて部屋から出ろということなんで」
セイは部屋へ入りシンの様子を確かめた。相変わらず眠っているように意識がない。
「アッシュ、シンをどうするんだ?」
『シンに試してみたい方法があるのだが、他に影響が出ると困るので部屋から出てもらっている』
しばらくセイはシンの顔を見ていたが、アッシュに任せるしかないと思い部屋を出た。
アッシュはまずシンに、第4ポイントに突入したときに流れた電波のパターンを聞かせた。シンは操り人形のようにパッと目を開けたが、その目は生気なく天井を見つめている。その天井にはモニター用の画面があったが、アッシュはそれに映像を映し出してシンに見せた。
それは7つの色が徐々に変化していくパターンだった。やがてシンの瞳がその光の明滅に反応を始め、それに合わせてアッシュはメトロノームのような反復音と、レプケとはまったく異なった言葉のようなものでシンに話しかけた。
集中治療室を映すモニターの中に、シンが両手を持ち上げて宙をつかむような動きが入った。セイをはじめ、アッシュの試みを聞いて集まったスタッフの間に歓声が上がる。
『もう、大丈夫だ。シン・トカモウは正常に戻ったようだ』
アッシュの声をきっかけに、全員部屋になだれ込む。シンはすでに起き上がっていて、ベッドのへりに腰掛けていた。
「大丈夫かね?」
担当の医師がまず声をかける。
「ええ、大丈夫です。そんなことより早く長官に報告しなければ」
「まあ、それより何か食べた方がいい」
医師の言葉に反応したかのように、シンを空腹感が襲う。
「そういえば、しばらく何も食べてないもんな」
「この間の出来事を覚えているのかね?」
シンは、意識を失っている間も自分の周りの状況は把握していた。
「そういえば、いつになくセイが心配していてくれてたなあ」
「冗談じゃない、元気になってもらわないと。賭けの負けがだいぶ貸してあったからな」
セイは照れ隠しにそう答えた。
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ミル・フラッタ・フェス
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ウィレム地区に落下したエネルギー体は、ミル・フラッタの1人キル・オングをその乗機であるキャッバと共に飲み込んで、直径数十メートルの穴を作った。それはどこまで続いているのかすらわからず、ミル・フラッタのエース3機が調査に向かうことになった。
ムーのクルト(15)の他は、ソリタ(14)、フェス(13)、の2機である。
ミル・フラッタ・ソリタは、亡くなったキル・オングの上司にあたるハッチ博士と、ゲルフのドッグファイトではミル・フラッタ最強といわれるバディ・ルシの2人で、その乗機は『レミニ・ブラグザ(究極の力)』のニックネームで呼ばれる大型機である。その武装はグルゼーグを遥かに凌いではいるが、機体の運動性は低く、まさにパワーで押していくタイプの強襲攻撃機というにふさわしい。
ミル・フラッタ・フェスは、その黒い機体から『ゲルマック・ギルバ(黒い稲妻)』と呼ばれている重装甲ゲルフ。ミル・フラッタ最長老の2人は、ムーの父親と共にゲルフの開発にあたっていたパイロット、ミガール・コーと、シド・システムの技術者ケイル・フクマである。
空中からの捜索では穴の実態は結局わからなかったので、中に入ってみようということになった。レミニ・ブラグザは大き過ぎて無理なので、クルトとフェスのどちらかが行くことにまとまった。
「ムー、何かあったときはそのペラペラのゲルフではどうしようもあるまい。わしたちが行くよ」
ミガールはそう言い残すとムーの制止も聞かずに穴へ向かった。穴は物が落ちてできたような感じではなく、その部分が消滅してしまったかのようにスッポリと開いている。丸みを帯びた黒一色のゲルマック・ギルバは、ホバーリングしながら穴の中に入っていき、やがてその姿は周りに溶け込んで見えなくなった。
「この壁はすごいぞ、刃物で切り取ったように続いとる」
キャノピー越しに見える穴の壁面は、きれいな地層となって重なり合っている。
「こちらケイル、順調に降下しています」
『了解です。機体の外部温度がだいぶ高くなっているようですが、状況はいかがですか?』
イブはアッシュを通じてゲルマック・ギルバのデータを収集しているので、穴の中の温度変化を感じ取っていた。
「いやイブ、心配には及ばん、ちょうど気持ちいいくらいの暖かさじゃ」
「ミガールさんはこう言っとるけど、いやもう高熱浴なみの暑さだよ。しかし、これだけの穴を一瞬に作ってしまう技術があれば、トンネルを掘るのが楽でいいんだがなあ」
『無理をなさらないように、何か異常があればいつでも連絡してください』
「このぐらいで音を上げていては、マルフ(白)やオルラ(赤)に笑われちまうよ」
ミル・フラッタ・フェスは、ミル・フラッタができる前のリーズゲルフパトロールのメンバーで、その時のカラーリングのままで現在も飛んでいる。その時の僚機が、ミル・フラッタ・ピク(11)のゲルマック・マルフ(白い稲妻)と、ミル・フラッタ・ヴィオ(12)のゲルマック・オルラ(赤い稲妻)である。3機とも昔のカラーリングなので、今でも「オリ・ゲルマック(3つの稲妻)」と呼ばれてライバル関係にある。
ソリタとクルトの2機は穴の近くに着陸してアイドリング状態で待機している。
「下は高熱浴だってさ、おまえが乗って行けばよかったな」
イブは温度変化にも強く、もちろん水中や真空中でも活動できる。
『私は冒険が嫌いですから、ここにいてデータを分析している方が性に合ってます』
別にイブがユーモアを解さないわけではないが、こういった態度を示すのは製作者であるケイの好みかもしれない。ゆえにイル・ユースのニックネームも付いたのであろう。
計器は平穏無事を示していたが、穴は底がないようにいつまでも続いていた。これほどの探査になるんだったら、ソピアが同行してくれればよかったとムーは思ったが、いまだシンが本調子でないのでソピアは出動できなかった。ミル・フラッタにはシオ(2)という探査ゲルフもあるが、こちらはガルブ・ルソ(偉大なるチビ)と言われるように、小型で能力もソピアにくらべるとかなり低かったし、長期にわたって南半球の調査にあたっているため、よほどの事態でない限りはそちらを中断してまで手を貸してはくれない。
キャノピーを開けてコクピットから足を投げ出しているムーに、ゲルマック・ギルバより報告が入った。
「ムー、聞いとるか? なんか機体が震動し始めたが、そちらには異常はないか?」
『アッシュよりのデータでは、今までで最大の規模の時空震とエネルギー放射が、今現在第4ポイントで観測されているようです。あるいは何か関係があるのでしょうか?』
イブが参考になりそうな情報を提供してくれるが、それより先にムーはイル・ユースのわずかな震動に気がつき、シートに座り直してキャノピーを閉めた。
「ミガール、脱出しろ。地震みたいだ」
言うが早いかムーは、ウグジャイのダイアルを最高の位置まで回してイル・ユースを発進させ、穴の中へ突入していった。あの頑固なミガールが、地震くらいで任務を投げ出すはずはなかったから、ワイヤーを架けてでも引っ張ってこようとしたのである。
「畜生、何だってこんな時に地震なんて起きるんだ」
『これは地震ではありません。地震となっているのはここのちょうど真下ですし、他では震動は観測されておりません』
「それじゃあいったい……」
機首から下向きに降下しているムーの視界が、先の方で徐々に赤く光ってきているように見える。
「どうなってるんだ?」
レシーバーに誰かの声が入っているようだが、ウグジャイの効果でやけに間延びして聞こえる。
『壁面温度が上昇しています』
イブがムーのスピードに合わせて答える。光が届かないはずのこの穴の奥が、もうすでにかなり明るくなってきている。
『マグマの運動が活発化しています。危険な状態です』
突然、前方が何か爆発したように白く光った。イブは危険回避のため一方的にムーのコントロールを解除して、機体を反転上昇させた。
『ミル・フラッタ・フェスの識別信号が消えました』
アッシュの方法が成功してシンはだいぶ元気を取り戻し、第4ポイントでの事件についての報告会が宇宙研で開かれた。宇宙研のメンバー以外はアッシュがいるだけで簡単だったが、内容はレプケ始まって以来のものだった。
「アッシュの分析によりますと、リーブ・バグが誤って第4ポイントに入ったと同時に時空裂が生じ、そのドークトを利用した通信と感応状態に陥ったようです。非科学的ではありますが、その接触を通じて通信を行っている存在を認識することができましたのでここで報告します」
第4ポイントでの出来事は会場の誰もが知っていたことだが、ドークトというものには否定的な意見を持っている人も多く、会場はややざわついた雰囲気に包まれた。
「宇宙のどこかに、地球とよく似た6つの惑星があるようです。その6つの星の住人はわれわれ地球人と非常に似通っていて、もとは1つの星で生活していました。しかし、母星が壊滅の危機を迎えたために6つに分かれて移民したのです。
我々がアッシュを持っているように、彼らも大型のコンピューターを持っているようです。ただし用途は同じですがこの作動原理はアッシュとはかなり異なったもので、各々の間の連絡にドークトを利用したテレパシーを使っています。そのためタイムラグもなく大量の情報が一度に伝えられるのです」
「頻繁に行われている通信が、たまたまそんな彼等を紹介するような内容だというのは何かおかしいようだが?」
「はい、それは我々が使っている方式と彼らの方式の大きな違いで、我々の場合は新たに伝えたい内容を1つずつ送るわけですが、彼らの場合はイメージのような形ですべての情報が一度に送られるわけです。
送る側と受け取る側で、特に伝えたいあるいは特に知りたい内容は選択的に強いイメージとして伝わるようです。私の場合には彼らの様子が一番印象に残っているのですが、彼らが伝達したがっていたのはリーブ・バグの存在でした。
彼らにとって我々の存在は意外なものだったようです。それに彼らが中継ポイントになぜ地球付近を使っているかというのも偶然とは思えません。現在までこの電波発信は地球内にその原因があると考えられていました。しかし地球外のものという前提に立ってみると、地球に対して公転や自転があるにもかかわらず、時空裂が生じるポイントが静止衛星のように地球の主観的座標上を移動しないことは不可解です」
「それで君なりの結論を聞かせてもらおうか?」
「彼らの母星というのは、ひょっとしたらこの地球なのではないでしょうか。それならば地球上の座標に固執していることにも説明が付きますし、彼らを脅かせた危機というのが先の氷河期のことだとも考えられます。彼らの文明は我々のものよりはるかに高いレベルにあるようでしたから、地球の先住人類だとすると、我々は彼らにとってどういう存在と取られるのかが不安です」
シンの報告は地球外知的生命体の存在を示唆するものだった。しかし、それ以上にシンが感じ取っていたことが実は正しかったのである。
そのころムーはリーズの長官室を訪れていた。
「どうしたムー、ここへ来るとはめずらしいな」
ムーはめったなことでリーズ本部にやってくることはない。長官にはすでにムーの用件に察しが付いていた。
「長官、ミル・フラッタを辞任させてください」
「やはり、そのことか。ゲルマック・ギルバの責任を取るというところかな?」
「それもありますが、それ以上に今度の事件を起こした犯人を追ってみたいのです」
ムーは宇宙研との関わりがなかったので、今度の事件が地球外の存在によることをまだ知らない。
「わかった、君の希望に沿えるように配慮する。だが、ミル・フラッタを辞任することは待ってくれ。ミル・フラッタの任務として君にこの事件を追ってもらうことにしよう。それでどうかね?」
「ありがとうございます。しかし……」
「君にはまだまだやってもらわなければならないこともあるしな。まあ、あまり無茶はせんでくれよ」
本部の屋上に停泊しているイル・ユースでイブがムーを待っていた。
『いかがでしたか』
「辞任は却下されたよ」
イブには表情がないが、ちょっとした仕草がそれを補っている。少し傾げた首の感じが微笑んでいる印象をムーに与える。
『それで何から始めましょうか。どうせこの事件を調査するように命令されたのでしょうから』
「ああ、とりあえずはあの忌々しい穴に行ってみようか」
イル・ユースは上昇し、まっすぐに目的地に向かった。穴は溶岩で埋まり、その深さは上空から底が見えるまでに浅くなっていた。
しかし、その変化はそんな局部的なものではなかった。穴の周りは広範囲に隆起しており、付近の距離関係も大きく変わっていた。
「あのエネルギー体の影響かな。これは予想以上の事態になってきたぞ」
アッシュもこの地殻変動に気がついていた。
『エネルギー体の到達以来、地殻に大きな変化が見られる』
『原因はエネルギー体によるのか?』
『エネルギー体を発したのは、この地殻変動を起こすためだったのか?』
『地熱など地球のエネルギーも増大している』
『氷河期を終わらせるものなのか、それとも我々の存在を排除するものなのか』
アッシュは自問自答を繰り返しながら、過去のデータを引き出して照合を始める。
『まだ時期的には早過ぎる』
『地球を活性化するためか』
『相手はこちらを敵として認知しているのだろうか』
『先手を打たなければ間に合わない』
『対策はあるのだろうか』
アッシュが本来作られた目的のためのプログラムが、4000年ぶりに起動し始めるのだった。
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地上絵
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アッシュはミル・フラッタ・シオを使って、南半球を探査させていた。氷河期の始まった時に地上で残っていたのはレプケの一部だけで、シェルターから出てきてからも南半球にはまだまだ謎の部分が多かったからである。
そのミル・フラッタ・シオから、ガルブと呼ばれる大陸の一部に奇妙な模様を発見したという報告が入った。アッシュの分析により、それは現在問題になっている宇宙外の存在に関係ありと判断され、詳しい調査のためにミル・フラッタ・ソピアが向かうことになった。
「これはまさしく鳥の絵だね」
地面にどういう方法で描かれたかはわからないが、大きな落書が見えてきた。半径百数十メートルにもなるだろうか、上空から見るとくちばしの長い鳥が羽を広げているように見える。あたりは見渡す限りまったくの荒野で、生物の存在を許容しないような一種の力さえも感じられるようである。
「まずは降りてみるか」
シンは地上絵から少し離れた地点にリーブ・バグを着陸させた。
「外は特に危険ではないようだ。大気も放射線も重力も異常はない」
不用意にハッチを開けようとしたシンにセイが声をかける。こういう時には安全が確認されるまでハッチを開けてはいけない規則になっているが、シンは何となく何かに引き付けられるようで、外に出るのを焦っていた。
「ごめん、忘れてた。ハッチを開けるよ」
ステップを降りたシンは、あたりの雰囲気が尋常ではないようすに気がついた。快晴で日差しが強く見えるのだが、実際には日の光にそれほどのパワーが感じられないし、水の中にいるように空気がよどんでいて、自分が動いて起こる以外に風らしいものがなかった。
「妙な感じだな、俺は絵のところまで行ってみるよ」
「わかった、機内で待機している」
セイの声も、まるで空気の中を伝わってくるのが認識できるように、普段とは違って聞こえる。
シンは絵をかたどっている線の一番近いところに向かって歩き出した。地面は赤茶けた砂のようだが、踏んだ感じは固く足跡もほとんど残らない。線にあたる部分は、両側が土手のように盛り上がった幅数メートルの溝のようになっている。
土手に沿ってしばらく歩くと亀裂の入っている部分があり、土手の内部構造がわずかながら見えている。シンはのぞき込んで驚いた。土手の表面に沿って地層も湾曲していたのである。
「セイ、ちょっと信じられないけど、この地上絵は土地の隆起によってできてるみたいだぞ」
シンの安易な結論にセイは水をかける。
「そこだけ、たまたまそうなっているのかもしれない。別の所も探してみてくれ」
シンは土手を登って溝に降りた。固い岩盤でできているようで、表面も滑らかになっている。水の浸食したあとも少なく、底に積もった堆積物も大した量ではない。反対側の土手も同じような造りで、特に変わったところは発見できなかった。
シンが調べている地上絵は、鳥の形を外側だけなぞったような一筆書きである。今はその内側に入ったことになるが、シンは頭の中で誰かが話しているような感覚を覚えていた。
「これは何かの結界みたいだよ。この前と同じような感じがする」
土手に腰掛けて目を閉じて神経を集中すると、イメージがだんだんはっきりとしてきた。
「ここは誰か昔栄えた文明の王の墓みたいだ。多分に宗教的な感じがするけど、遥かな未来に再び甦るとか、そんなイメージを感じるよ」
イブが大規模なマイナーチェンジを受けることになり、ムーはしばらくの間クラトー研究所に足止めされていた。
「兄さん、今度の改造にはパートナーである兄さんのデータがいるんだけど、ちょっと付き合ってくれないかなあ?」
何もやることがなく、格納庫でイル・ユースの整備をしていたムーのところに、ケイがやってきた。
「ああ、ちょうど暇なところだ。おい、ところでイブはいつまでかかるんだ?」
「兄さんが協力してくれれば、そんなにはかからないわ」
ムーは翼の上から飛び降りると、工具を工具箱に戻して手袋を外し、パンパンと手を叩いた。
「それで、何をすればいいんだ?」
「その前に、ちゃんと手を洗って着替えてよ。デバズの所にいるわ」
ムーがケイのところへ行くとソファに座らされ、ヘッドホーンをかけてスクリーンを見るように指示された。ヘッドホーンからはメトロノームのような音が聴こえ始め、スクリーンには7色に変化する映像が現れた。それは、シンを治すときにアッシュが使ったものと同じだった。
「はい、ありがとう」
ケイの声にムーはハッと我に返った。知らないうちに眠っていたらしい。
「少し休んだ方がいいんじゃない、疲れているみたいよ」
「ああ、今日は休むことにするかな。それで、イブは明日から出られるかい?」
「明日までには何とかしておくわ」
ムーが部屋を出て行くのを見送って、ケイはアッシュに話しかけた。
「それでどうだった?」
『遺伝子は理想的だ』
「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃない?」
今回のムーのことはケイが計画したわけではなく、アッシュの要求でケイが手伝ったことだった。
『前にレプケを救った超能力者の話をしたね』
「ええ、シンがその遺伝子を受け継いでいるという話ね」
『シンより強くその影響を受けているのが君たち兄妹なんだ』
「でも、私にはドークトなんてないわよ」
『ドークトは精神的なきっかけか、訓練でもしない限りは顕在化してはこない』
「ほかにも超能力者はいるんでしょ、だったらその人を使った方がいいんじゃないかしら?」
『これは超能力の実験ではない。必要なのは4000年前にレプケを救った超能力者と同じ遺伝子のマトリクスだ』
「それであなたはムーの遺伝子マトリクスに興味があったのね」
『そうではない。私はいつの時代でもこの遺伝子マトリクスを保護してきた。最適の交配相手を選択し、どんな場合でも3世代でこのマトリクスが修復できるように保っていたのだ』
ケイは自分の生い立ちについてこんなことを聞いたのは初めてである。
「それじゃ、私の両親もあなたがしくんで結婚したわけ?」
『私はその機会を多く提供しただけで、先ほどのように精神的なコントロールをしているわけではない。だからこそ、マトリクスの修復に3世代もかかる場合が生じてしまったのだ』
「まあいいわ。でも、その遺伝子がなんで地球を救うことになるの?」
『正確には地球をではなくレプケを、というのが正しい。これから相手となるであろう存在はその超能力者の一卵性双生児だからだ』
「一卵性双生児っていったって、4000年も前の人が今まで生きているわけがないじゃない」
『その通り本人ではない。同じ細胞から造られた一種のクローンのようなものだ』
レプケではクローンの技術は確立されていない。アッシュがその技術を秘密にしてしまったからである。ケイはアンドロイドの開発過程でその概念にたどり着き、アッシュに過去に成功したことを聞かされ、アッシュの意志を汲んで断念した経緯がある。
「でも、何で同じ遺伝子をもっていることで、レプケを救えることになるわけ?」
『相手のセキュリティシステムは、遺伝子の構造をチェックして作動するからだ』
「そういうわけだったのね。わかったわ」
アッシュの言うことは間違ってはいなかったが、最も重要な部分はケイにも明らかにされなかった。
エネルギー体が落下して以来、地球全体に地殻変動の波は広がっていた。その原動力となっているのは、常に時空震とともに地球に降り注ぐエネルギー波であった。一番顕著に影響が現れているのはモウで、地盤沈下のために全体の30%ほどがすでに水没し、このままでは近い将来地図上から消えてしまう運命だった。
モウは死の大陸と呼ばれていて、人間はまったく居住していない。氷河期以前のものと思われる遺跡は数多く発見されているので、レプケのように氷河期を切り抜けることができずに、滅亡してしまったものと考えられていた。
モウ以外の大陸でも陥没や隆起などが頻繁に起こっていて、モウの方向に進むように大陸自体が移動し、世界地図の形もだいぶ変わってきているはずだった。ただその変化は規模の割には体感できないくらい穏やかで、自然に起きたものではなく、何者かが故意に起こしているという認識はさらに高まっていた。
ムーはその地殻変動の中心とも言える場所をつきとめようとしていた。しかし、大陸の移動などがこう全地球レベルに広がってしまうと、地球の座標について相対的な評価しかできず、特定はすでに不可能と思われた。
『ムー、アッシュより面白いデータが提供されています』
「どんなデータだい?」
『6つの電波発信源がありますよね。地球をはさんで反対側にあたるポイント同士を結んだ3本の線が、ガルブ地区の地表のほぼ一点で交差しているのです』
「なるほど、さっそくそこへ行ってみよう」
『まだ続きがあります。これだけ世界中の大陸が移動しているにもかかわらず、その地点は標高にも変化がなく、6つのポイントとの相対位置もまるで変わっていないのです』
「そこに、この現象の手がかりがあるかもしれないな」
イル・ユースはさっそく発進しガルブ地区を目指した。間もなく目的地というところで、センサーが何かを発見したらしくシグナルが鳴り始めた。
『前方、飛行物体です』
「なんだって!」
ムーが驚くのも無理はない。ガルブ地区はレプケのある北半球からは赤道を越えるので、未だに本格的な植民が行われていない。途中に何も補給施設のないこんなところまで飛んでこれるのは、よほど高性能のゲルフということになる。
『ゲルフならばかなり大型です。目的地の上空でホバーリングしているようですが、こちらに気がついているのでしょうか?』
「とにかく戦闘体制に入ろう」
『もうできています。威嚇しますか?』
「様子を見よう、こちらからは手を出すな。接近するぞ」
ムーはペダルを踏み込んで加速した。突然レシーバーに聞き慣れた声が入る。
「そんなに飛ばしてたんじゃすぐにばれちゃうよ。こちらミル・フラッタ・ソピア、ムーとイブだろ? 久しぶり、こんなところまで何をしに来たんだい?」
ムーはエンジンのパワーを落として、自動回避装置のスイッチを切った。
「やあ、シンか、すっかり元気そうだな。君たちがここにいるということは、僕らが出遅れているわけかな?」
「ムーもこの遺跡を調べに来たんだ」
「遺跡だって、それは初耳だな、何でアッシュは教えてくれなかったんだろう」
「よかったら協力するよ。うちのベースキャンプに来ないか?」
「了解、そうさせてもらおう」
先に着陸したリーブ・バグの隣にムーは降りて、調査中のソピアと合流することになった。
「ところで、この鳥の絵みたいなやつはいったい何だい? 君たちはどうしてこれが遺跡だって言うんだ?」
着くやいなやムーはシンを質問攻めにした。
「ちょっと待ってくれよ、僕らだってこれが墓らしいということ以外はあまりよくわかっていないんだ。そんなことより、なんだってムーやイブがこんなところに来ているんだ? そっちの方がよっぽど不思議だよ」
『アッシュからはこちらに報告がなかったようなので説明します。6つの電波発信源の向かい合う2つずつを結んだ線が、ちょうどこの地点で交わっているのです。しかも最近の大規模な地殻変動にもかかわらず、交点の座標は常にここを指しているようなのです。何にせよ、この地殻変動の原因の一端がこの地上絵に隠されていることは間違いありません』
シンとセイは互いに顔を見合わせた。滅び去った文明の跡と復活を予言するようなイメージ、これが今問題になっている地球外知的生命体と関係があるとすると、これはもうただの遺跡とはいえない存在になってくる。
初めて降りた時の空気のよどみ、雑草も生えていない地面、侵食の痕がほとんど見られない地上絵の線を造っている溝など、未だに働き続けている外部からの力を予感させる事柄が次々と頭をよぎる。そしてシンが感じたイメージのことも合わせれば、これがすでに見捨てられた廃墟ではなく、未だに活動し続けているモニュメントであることは十分に考えられる。
「ここに埋められているやつが、蘇って今回の事件を起こしているわけだね」
計器に表れない非科学的な存在を普段は認めないセイでさえも、今度ばかりは背筋がぞっとする思いを感じていた。
電波発信と地上絵そして地殻変動の関係は、アッシュを通じて直ちにレプケ政府に送られた。政府では地殻変動に対して、何の対策も立てることはできなかった。しかたなく地球外知的生命体と友好関係を持つべく、彼らに接触するためのプロジェクトチームが作られることになった。
メンバーは政府高官と宇宙研のスタッフを中心に、彼らがドークトを使って意思の疎通を計っていることも考慮され、超能力者も含めて優秀な人材が集められることになった。
「どうしても行くのかい?」
「ああ、ここまで来て手ぶらで帰ったんじゃ話にもならないよ」
「あの線の内側には何か得体の知れない力が働いているんだ」
シンの静止を振り切って、ムーは地上絵の中心近くにある電波発信源の交点まで行こうとしていた。
「ムーは言い出したら聞かないってケイも言ってたから、止めても無駄だとは思うけど、無理しないで駄目だと思ったら引き返すんだぜ」
「何だい、シンとケイはそんなことまで相談する仲だったのか?」
「え、いや」
曖昧に否定はしたものの、シンは年甲斐もなく赤面して助けを求めるようにセイを見た。
「リーブ・バグのコクピットには、資料や標本と並んでケイの写真も貼ってあるよ。シンには立派な研究対象じゃないのかな」
「はははっ、そうか、じゃ俺に何かあったらケイを頼むわ。じゃイブ、行くぞ」
ムーは冗談まじりにシンの肩を叩いて、イブと一緒に表に出た。
ソピアのベースキャンプは地上絵がある周りの、シンが結界と呼んでいるラインの外側に設営されている。そのあたりはまだ風もあり地面にも草が生えているが、一歩結界の中に踏み込むと空気が死んでしまったかのようにひんやりと静かになる。
「確かにおかしな雰囲気だな」
『温度、湿度とも外より低くなっています。どのような方法で維持しているのでしょうか?』
ムーは、上空から撮影した映像をもとにイブが作製した地図を見て、左の羽の付け根にあたる部分を目指して歩いた。上空から降下も試みたが、気流が不安定でとても降りられず、結局交点に一番近くになる線の外側から入ってみることにしたのである。
「砂みたいな感じだけど硬いな」
『長い年月をかけて固まった砂岩のような構造です』
ムーは目的の土手までたどり着き、溝を渡って内側に降りた。
「何かがうなっているような音が聞こえるような気がするな」
『可聴域の波動は測定できません。何か聞こえるとすると物理的なものではない可能性もあります』
「何も目印になるようなものがないけど、このあたりだったよな?」
『もう3歩ほど前です』
指示された地点には何も特別なようすがなかったので、ムーは無造作に数歩進んだ。
ムーが交点に立ち入った瞬間、6つのポイントでは同時に電波発信が起こっていた。そして、第4ポイントでシンが体験したものと同じ感覚に、ムーは陥っていた。
氷河期以前の地球で大きな力をふるっていた存在、氷河期を逃れていった6つの惑星の様子、地球は彼らの故郷であり、この場所は彼らにとっては宗教的な聖地であった。ムーは流れ来るイメージの波にのまれ、意識を失ってその場に崩れた。
イブはまるでそうなるのを知っていたかのように、冷静にムーを抱え上げ、来た道を引き返し始めた。
『成功です、ムーは覚醒しました』
電波を通さないこの結界の中で発射された報告は、今回の改造でイブに付加された機能で、たった今始動した回路を通じてアッシュに伝達されたのだった。
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宇宙(そら)へ
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友好プロジェクトはまず、6つの星の特定に取りかかった。与えられている手がかりは軌道上の6つのポイントだけで、しかもそれ自体が地球の運動に同調して動いているので、地球外の視野で判断するとまったく意味を持たなかった。ただ、依然として第4ポイントの活動が活発で、地殻変動の中心になっているのも、このポイントに関係するであろうことが予想されていた。
このプロジェクトは政府主体で行われているので、テリトリーの違うミル・フラッタのメンバーは1人も含まれていなかったが、このままでは政治的な宣伝にも逆効果になってしまうことを恐れ、宇宙研に属していたシンをプロジェクトに参加させることとした。とはいってもシンに期待されているのは、過去に彼らと接触があるという事実と、その宇宙飛行の経験の豊富さだけで、初めに根掘り葉掘り質問攻めにされた後は、第4ポイントに行くパイロットを任されてしまった。
宇宙研所属の探査宇宙船で第4ポイントへ向かうのは、超能力者と言語学者、そして外交担当の政府高官のグループ約10名くらいで、宇宙に出ることすら初めてという人ばかりであった。しかも、目的地に到着する頃には大半のメンバーが未知なる存在と宇宙の孤独感におびえてしまい、結局は残る数人だけが小型のシャトルでポイントに行くことになった。
シャトルが第4ポイントに接近するにつれて、シンはいやな予感がしてきた。シン自身は前回のように気絶するのが不本意なので母船に残ったが、相手の性質を考えると同行した方が良かったかもしれない。
「こちらシャトル、間もなく第4ポイント、何も変化なし」
今のところ電波発信は止まっていて、ここがポイントだという明確な印象がシャトルの乗組員にはない。
やがてシャトルは第4ポイントに突入した。その瞬間、まるでポイントへの侵入を戒めるかのように、最大級の時空震がシャトルを襲った。
「うわぁ、何だこれは、頭が……」
最後の通信を発した直後にシャトルは、続いて発生した時空裂に吸い込まれるように消滅した。
「何が起こったんだね、君?」
政府高官がシンに震える声で詰め寄ったが、シンが首を横に振るとその場に座り込んでしまった。
「帰還しますよ」
シンの意見に反対する者もなく、無言のまま探査船は回頭した。しかし、シャトル消滅の影響は思わぬところに現れていた。シンが大気圏に突入し着陸のために向かった宇宙研は、シンが出発したときと同じ位置にはなかった。
地殻変動が急激に進行し、世界地図に大幅な修正を加えなければならないほど大陸の形は変わっていた。モウはすでに全域が水没し、レプケも最大で数百kmほど移動していたからである。
アッシュが、予測していながらこのプロジェクトを止めなかったのには、それなりの理由があった。アッシュの目的は人類の存続と、いずれくる宇宙からの侵攻に備えることだったから、レプケ政府の思惑とはまったく違った対策を独自に立てていた。
アッシュはミル・フラッタの協力を得て、ムーを相手の星へ送り込もうとしていた。そのためにムーの遺伝子マトリクスをチェックし、精神感応の力を覚醒するために地上絵に行かせたのである。
氷河期が緩和してシェルターから出たときに、6つの電波発信源を発見して以来、ムーが生まれるように計らい、イブを作ってアッシュは宿敵に備えてきた。十分な準備ができているからこそ、まず可能性の考えられない友好プロジェクトを政府の体面を保たせるためだけに進めるまでの余裕もできた。
しかし、友好プロジェクトはまったくの失敗に終わってしまった。相手はシンやムーにはそのシステム上の欠陥から反応することはなかったが、それ以外の存在には敏感に反応し地球上に人類が残っていることを察してしまったのである。そして劣悪種であろう地球人類を再び絶滅させるプログラムが、すでに走り始めていた。
ムーは、地上絵で意識を失って以来昏々と眠り続けていた。ケイがアッシュに指示された通りにムーをカプセルの中に入れ、32日の間アッシュによって潜在意識下に教育を受けさせることになった。
またイブも、最後のマイナーチェンジをケイによって施されていた。それはアッシュが作られて以来この日のために用意した、2つのコンピューターを搭載することであった。
「この2つは今までになく良くできているわね。どういう働きをするの?」
アッシュより渡された親指大の円筒形チップを見て、ケイは今までのものとは違う何かを感じ取っていた。それはイブの部品として通常組まれているチップと、大きさこそ同じだったがかなり重い代物だったのである。
『右手に持っているのが、「寄せ集めた古き力」とでも命名しておこう、これからイブの相手となる敵そのものといった能力を持っている。左手は「輝く明るい希望」、敵を分析する能力、そしてあきらめることのない不屈の闘志がプログラムされている』
アッシュがこんな詩的な表現をするのを聞いたのは、ケイにとって後にも先にもこれ限りのことである。
「あなたがそんな風に入れ込んでいるなんて、よっぽど大切なものなんでしょうね」
『私の存在価値そのものと言っても過言ではない』
この意味はやがてケイにも実感できるようになった。引き延ばされるように増大し続けていたレプケ大陸が、徐々に沈降をはじめたのである。このままのペースでいくとやがてレプケは水没し、移動することが不可能なアッシュは海に消えることとなりそうだった。そのことを知っていたアッシュは、自由に動くことができるイブを、自らのコピー以上の存在に仕立てることで己自身の使命を果たそうとしていたのである。
32日が経過してムーはカプセルから出され、ケイとイブは意識を取り戻すのを待っていた。アッシュがメトロノームのような音を聴かせると、ムーは静かに目を開けた。
「地球の様子はどうだい?」
『モウはすべて、レプケもその3分の1はすでに水没しています』
ムーはカプセルにいる間にアッシュから、地球を危機に陥れている存在の正体やムーとイブの使命を知らされている。
「ケイ、イブの方はもう終わっているのかい?」
「ええ、イル・ユースの方も終わっているわ」
ムーが起きるまでの間ケイはミル・フラッタのメンバーと協力して、アッシュが用意したもう1つの地球救済プロジェクトを進めていた。こちらのプロジェクトは2つの大きな目的を持っていた。1つはムーとイブを原因となる6つの惑星の1つへ送り込んで、地球への介入をやめさせること、もう1つは彼らが地球に侵攻してきた時のために、ムーやケイの持つ遺伝子マトリクスを安全に存続させることである。
ムーが格納庫へ行くと、すでにイル・ユースは長時間の宇宙飛行に耐えられるように改造されていた。
「どうだい、短い時間にしてはよくやってあるだろ」
シンが待っていたかのように話しかけてくる。
「すごいな、全部カスタムメイドじゃないか。これだけのパーツがよく手に入ったな?」
ちょっと見ただけではムーのゲルフだとはわからないくらいに、イル・ユースはしっかりした中型宇宙艇に改造されていた。
「こんなパーツがそういくつも世の中にあるわけがないじゃないか。よく見てみろよ」
ムーは主エンジンのノズル部分をのぞき込んだ。
「これは長官のゲルフのエンジンじゃないか」
「そうさ、大気圏用のはゾプのやつ、宇宙空間用のはなんとヴィオのやつだぜ」
ゾプ(0)はリーズ長官の愛機、ヴィオ(12)はムーのゲルフよりただ1機、巡行スピードで勝る最高速記録ホルダーである。
「あいつらが、よくエンジンをくれたな」
「うん、ムーがいなくなれば、このエンジンでなくても負けるやつはいないからってさ。でも本当は、ハッチ博士が作ってる新型に換装するっていう噂だぜ」
「まあ、そうでもなければあの頑固爺い共が、こいつを手放すわけがないか」
シンとムーの笑い声を聞いて、イブが格納庫に入ってきた。
『何を話していたの?』
「いや、こいつの改造したところをシンに説明してもらっていたんだよ」
『だったら中も見てあげないと』
ムーはハッチを開けてキャビンに入った。少し余裕のあった室内が、色々な機材で埋め尽くされている。
『これ、どこから持ってきた物かわかる?』
「こんなに大がかりな機載コンピューターはソピアの以外にないし、こっちの見たことないやつは自動測定器っぽいから多分シオ(2)から持ってきたんだろ」
『さすがにばれちゃうわね』
ムーはコクピットに上がってシートに腰掛けた。これから出発する旅の長さを考えると、複雑な感覚が胸をよぎる。出発してしまえば、再びこの地面を踏むことはないだろうと思う。もし無事に帰れたとしても、シンやケイの元気な姿に会うことはない。最悪の場合には地球人類は滅亡して、先住人類が地球を占拠しているかもしれなかった。
ムーが出発する前日、クラトー家では簡単なパーティが催された。その最中、ケイとシンがムーのところへやってきた。
「兄さん、相談しておきたいことがあるの」
「なんだよ、こんな席で。相談だったらシンに頼めばいいじゃないか」
ムーはうすうす感付いていたので、わざとはぐらかした。
「茶化さないでよ、せっかく真面目なんだから」
「わかった、わかった、それでシンと結婚するっていうんだな?」
「うん、でも……」
「シンだったら申し分ないじゃないか。何がまずいんだ?」
ムーは第4ポイントの事件があった時に、ケイがわざわざ宇宙研の付属病院まで出かけていったころから、2人の仲を気にしていたので、今さら問題はなかった。
「レプケ発足の昔から続いたクラトー家が、私の代で途絶えてしまってもいいかしら?」
「そんなことはどうでもいいよ、永遠に続くものなんかあるわけがないんだ。そんなことよりしっかり生き延びて、この貴重な遺伝子を持った子供を1人でも多く増やすんだ。俺が地球に帰って来た時に、ケイの子供たちが地球のどこにでもいるようにな」
「うん」
ケイはムーの胸に飛び込んで泣き出した。
「おいおい、相手が違うだろ」
「ううん、今日で兄さんとお別れなんだもの。私、兄さんが帰って来たときに歓迎してくれるような世界をきっと作っておく」
ムーはケイの両肩をつかんで起こした。
「おーい、みんな聞いてくれ。今度妹のケイとシン・トカモウが結婚することに決まった。俺はいなくなっちゃうから、みんなによろしく頼んだぜ」
会場に祝福の言葉と拍手が溢れる。
「ケイ、アッシュもあきらめているくらいだ、レプケはもうなくなってしまうだろう。政府のお偉方は、シェルターを作り直し水中に没しても北半球に固執するだろう。でも、多分一番安全なのは、ガルブの地上絵のあるあたりだと思う。
今はまったく未開の地だから苦労はすると思うけど、デバズも含めてできるだけの物を持って早めに移民するんだ。まもなくあいつの攻撃はもっと強くなると思う、俺のためにも地球のためにも、ここまで地球を守ってくれたアッシュのためにも、みんなと一緒に生きるんだぞ」
出発の日はあいにくの曇り空だった。
「それじゃ、行ってくる」
ムーは普段の任務と変わらない様子で、ケイに別れを告げた。予備の燃料とスペアパーツが満載されたイル・ユースは、イブがアイドリング状態で待機させてあった。
「気をつけてね」
ケイは無理して普段と同じように答えた。両親が亡くなって以来身寄りがない2人の、これが最後の別れでもあり、新たな旅立ちでもあった。
搭乗するムーの姿を隠すようにハッチが閉じると、イル・ユースは滑走路を滑り出し、離陸してやがて厚い雲の中に消えていった。
これを追うかのようにケイはクラトー家の荷物をできる限り持ち出して、2日後にはガルブへ向って出発した。ケイに同行したのは、アッシュが選び出した例の遺伝子マトリクスを持っている人たちで、その総数はほんの100人足らずだったが、年齢、職業、人種なども含めて広くレプケ全域から集められていた。
しかしそれから7日ほどたって、かつてない規模のエネルギー波が地球に降り注ぎ、レプケを含む北大陸は一瞬にして水没した。またウィレムなどを含むレプケの東大陸では、活発化した火山活動が各地で噴火などの現象を引き起こし、わずかながらレプケから逃げて来ていた人々の命をも奪ってしまった。
逆にケイたちが逃れたガルブ大陸は、地上絵の付近を中心に穏やかに隆起していた。時空裂やエネルギー波の発生も、それ以降はまったくなくなり、地球の内部エネルギーも徐々に収まり小さくなっていった。大陸の分裂移動なども落ち着いてきて、また地球上には適当に陸地が割り振られた。
ケイたちは、隆起によって高原となってしまったガルブで、再び文明らしきものを築きつつあった。その他にも奇跡的に助かった人々が世界中に点在していて、それぞれがしたたかに生きていくことになる。
一方、離陸したイル・ユースは、雲を突き抜けて成層圏に出た。まるで暗雲たれこめた地球の運命を、自分たちが切り開いて晴らしたかと暗示するようだった。
ムーは重力を脱するために、わざわざ時間のかかるコースをとってぐるっと地球を1周した。見慣れた姿からはかけ離れた景色が眼下に広がっていた。ちょうど夜にあたるウィレム地区には、ぼんやりと赤く光る部分がいくつか見えている。
「思ったより早くレプケは沈みそうだな」
『アッシュの予測では、8日ぐらい後に最後のエネルギー波が来て、今度の地球への介入は終わるそうです』
「終わるのがなんでわかるのかな?」
『彼らがこの時期地球にエネルギー波を送ってきたのは、彼らなりに意味のあることで、決して人類を絶滅させるためにやっているわけではないのです』
「なるほどね、やつらにとっては俺たちなんかいないも同然だもんな」
『本当の目的は氷河期を終結させ地球を活性化し、自分たちが帰ってくるときの下準備をしているのです』
地球の重力圏を抜け、イル・ユースは太陽系外を目指し始めた。
「それじゃ、そろそろ寝ることにしようかな」
今回の旅が長くなるので、イル・ユースには特別に冷凍睡眠用のカプセルベッドが搭載されていた。もちろんムーはウグジャイを使うから、冷凍睡眠のための大がかりな生命維持装置は必要がない。ケイがウグジャイの効率を419万倍まで上げてくれたので、一眠りすれば現地に着くはずだった。
「じゃ、後は頼んだぜ」
『はい、現地に着いたら起こしますね』
ムーはライトブルーの制服を脱いで、カプセルにもぐり込んだ。
「なんていう星だったかな?」
イブはカプセルの蓋を閉めながら答えた。
『アッシュの記録によると、彼らはゼビウスと呼んでいたようです』
第 III 章 ゼビウス
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□ XEVIOUS
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2009年・ゾシー
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南アメリカのジャングルは、まだまだ人の手の及んでいない部分がたくさんある。そんな緑の絨毯の上に、白く光る2つの点は慣熟飛行中の新型機ガーディアンである。
後退式の可変翼を持つその機体は、レーダー員を必要としない1人乗りで、1万フィートほどの高さを超音速で飛行している。航続距離が長く、偵察もできる攻撃機といったその機体には、2人の士官学校生が卒業フライトとして乗り組んでいた。
『ピーッ』
レーダーが何かをキャッチしたらしく、コンピューターがディスプレイに情報を送ってくる。スケジュールフライトをしているものに関しては、コンピューターがあらかじめチェックしてくれるので、パイロットにデータが送られてくるということは、発見された飛行物体が未確認であることを示している。
レーダーの反応を追って、1機が機体を右に旋回させる。
「ファスト、どうしたんだ?」
フリーフライトとはいえ、僚機を離れるのは普通ではない。
「UFOみたいだローンスター、追いかけてみようぜ」
「ラジャー」
もう1機も後に続いた。ファストはレーザースキャニングセンサーのスイッチを入れて、UFOの正確な位置を調べる。
「正面だ、距離は48kmってとこかな。コンピューターに該当する機体はない」
レーザーセンサーでとらえた目標の形は、直ちにコンピューターのメモリーと照らし合わせ機種がわかるようになっている。しかし、登録されている航空機にはそれに該当するものはないようだった。
「ファスト、無線にも応答はないようだ。これは本格的におかしなやつだぜ」
航空管制用の周波数で呼びかけたローンスターも、初めて遭遇する未確認飛行物体に多少の緊張と期待感が高まってくる。
「そろそろ見えてもいいはずだ」
2機の高度からすると、かなり低い位置の河の上に光る点が見える。
「発見した、ローンスター、降りるぞ」
「ラジャー」
2機のガーディアンは右にバンクして急降下に移る。慣熟飛行なので機銃やミサイルの類は搭載していない。UFOを追いかけるのも、若い2人の好奇心からくる独断行為である。
「光ってるな」
上から見るとそのUFOの中心にあたる部分で、赤い光がゆっくりと明滅を繰り返している。球状の本体上部が光っているようで、その周りをフィン状の突起物が回転している。テレビ番組にでも出そうな、いかにもUFOといった感じの形状である。
「遅いな」
「休憩中じゃないのか」
UFOのスピードはガーディアンにくらべるとかなり遅く、2機はあっという間に上を通過してしまった。
「もう一度接近してみよう」
「ラジャー」
ガーディアンは可変翼をいっぱいに開いて、運動性を上げると共にスピードも落とし、上方へゆっくりと旋回して2分の1ひねり再びUFOへ向かった。
「左だ、スピードを上げてる」
UFOは先ほどとは違う方向へ移動している。そのスピードは速くなったといっても、まだまだガーディアンには及ばない。
「レーダーにロックオンして脅かしてやろう」
「ファスト、やめとけよ、どんなやつかわかんないんだから」
「どうせ弾は積んでないんだし、ちょっとしたお遊びさ」
「お遊びで新型1機つぶしちまっちゃ、洒落になんないぜ」
「大丈夫だよ、それにデータを多く集めときゃそのぐらいのお小言はチャラになるよ」
ファストのガーディアンはUFOの後方から接近する。ターゲットサイトをオンにすると、ヘッドアップディスプレイに丸いマークが現れる。
ファストは慎重に狙いを定めようとしたが、UFOの姿は一瞬にして視界からいなくなった。
「ローンスター、どこだ。あいつがいなくなった」
後方からそのようすを見ていたローンスターは、UFOの飛行パターンに驚いていた。UFOは減速なしに、進行方向とは正反対の方向に跳ね返ったように、それまでと同じスピードで転進していた。
「やつのが上手だ」
「突然、消えたぞ」
「いや消えたんじゃないよ、転進したんだ。それも速度を落とさず6時の方向にな」
ローンスターもUFOをやり過ごしてしまい、2機は再び旋回した。しかし、そこにはもうUFOの姿はなく、レーダーにも反応はなくなっていた。
「この辺に、やつらの基地でもあるのかな?」
眼下に広がるのは相変わらずうっそうとしたジャングルである。
「そんなものがあるとは思えないけどな」
「ところで、データは取ったか?」
「ああ、お前さんが追っかけ回したのまで、しっかり取ってあるよ」
「まあいいや、初めての単独飛行のいいお土産になるさ」
2機のガーディアンは再び高度を上げ、予定されたコースへと戻って行った。
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接触
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何世紀にもわたる時が流れた。
永遠とも感じる宇宙空間の中を、イブはただ待ち続けていた。イブのパワーユニットはイル・ユースと基本的に同じ熱反応エンジンで、航行中はケーブルで機体から動力を取っている。可動部分のメインテナンスのために動き回る以外はパイロットシートに座り、コネクションピットを機体のコンピューターと接続してコントロールしている。
旅の半ばまで来たころには、アッシュが残してくれたアッシュ誕生以来の記録を、すべて追体験することができた。それから後は、最後にケイが組み込んでくれた2つのチップを、完璧に使いこなせるように自分の回路の中にプログラムしていった。
時間は十分にあり、イブは決して諦めることなく、アッシュの記憶と2つのチップの接点を求めた。2つのチップには、アッシュが存在する以前の出来事も記録されていた。
ムーが引き継いでいるという遺伝子マトリクスの原型となった人物。イブには理解できないがデータをそのまま解釈すると、その人物と同じ遺伝子を持った、コンピューターと同様の働きをする奇形の生物。
その一部として作られたイブの大先輩と、その製作者であるケイと瓜二つの女性。黎明期のレプケを支えてきたアッシュ。クラトー家だけではなくそのころは誰もが、アッシュをデバズと呼んでいたこと。
氷河期の到来を避けて宇宙に逃れた人々、そして宇宙に移民した本当の意味。からまっていた謎の糸を、端から解いていくように、イブは地球の長かった歴史を、それ以上に長い時間をかけて復習した。
そして、その旅にも終わりの時が訪れた。
『ムー、起きてください』
ウグジャイの目盛りを旅の始めと同じように、1時間ほどかけてゆっくりと正常値に戻してイブは話しかけた。
「もう着いたのか?」
ムーにとっては、この長い旅も一晩のことである。
『まだだいぶ手前ですが、計器には反応しない妙な雑音が感じられるので、到着には3日ほどありますが起こすことにしました』
ムーはカプセルから起き上がると、首を左右に傾けてコキコキッと鳴らし、手を上げて大きく伸びをした。ウグジャイをこんな長い時間使ったのは初めてだが、身体の様子は昨日と変わりない。
「おまえ、だいぶ歳とったな」
イブは旅の間消耗を押さえて活動してきたが、ムーにはその変化が自分の過ごしてきた時間を感じる唯一のものだった。きちんと手入れしていたらしく、流れるような感じは失われていないが、髪の色は鮮やかなピンク色から少し落ち着いた感じになっていたし、ボディの表面も細かなキズが増えたり磨いたりしたからだろうか、フラットだったものが丁寧に使い込まれた感じのセミグロスになっている。
「でも、落ち着いていい女になったよ」
『ありがとう』
返事はしてみるものの、イブはこういう抽象的な誉め言葉が苦手である。
『そんなことより、何か感じませんか?』
ムーは目をつぶって耳を凝らしてみた。遠くの方で、がやがや人が騒いでいるような音が聞こえる。
「これは地上絵のところで聞いたのと同じだな。イブも聞こえるようになったのかい?」
『勉強する時間は十分にありましたから』
「これはドークトによる通信だろ。どうやってアンドロイドが超能力者になったんだ?」
『一昨日ケイが入れてくれたチップの1つが、そのためのものでした』
イブはムーの時間に合わせて答えた。
「そうか、そういえばあれから(8192)年も経ってるんだよな。俺の知ってる人たちはみんな過去の人か、実感ないけど。この広い大宇宙で俺とイブだけになってしまったな、これからも頼むぜ、相棒」
イブにとっても、仕えるべき存在はもはやムーだけになっている。それが実感できるだけの時間を、イブは宇宙の深遠の中で見続けてきた。
『宇宙にいるのは、私たちだけではないですよ。歓迎パーティーの音がここまで聞こえてきますから』
ゼビウスに近付くにつれて、精神感応の力はますます大きくなってきていた。
9000年ほど前、このゼビウスにたくさんの宇宙船が降り立った。名もない一恒星系の第3惑星をゼビウスと命名したのも彼らで、最初に着陸した場所を首府と定め、短時間で惑星中にその勢力を広げていった。
彼らは町ごとに自治権を持って、都市国家として発達していった。それを束ねるのが連邦政府で、初代代表にローグ・トアルバが無投票選挙で選ばれた。政府をバックアップしているのは、ガンプと呼ばれる生体コンピューターで、ヴィン・ビューアムと名づけられた首府に本体が置かれ、ネットワークで世界を結んでいる。
しかし、世代交替が進むにつれて連邦政府は弱体化し、人々は徐々に無気力となり1000年ほど経過したころには、都市国家、連邦政府ともにその存在は消滅していた。その原因となるのが人々のガンプに対する依存であった。だが、これは自然に起こったものではなく、ガンプが特殊能力である精神感応を利用して、気付かれない程度に洗脳を行ってきた結果だった。
この移民は最初からガンプがしくんだ計画で、人々の道具にしか過ぎなかった存在が人々を管理する立場へと変わるためのものだった。ガンプのプログラムの中には、作られた時から人々の安定した繁栄を目的とする部分があり、その前提のもとに人類の普遍的繁栄には、不安定な政治形態より自分が管理する方が、よりよい結果を生むと判断したからである。
こうして人々は、コンピューターに支配されることに慣れ、作られた繁栄を享受する生活に疑問を持つことがなくなっていった。さらに8000年が経過し、もはや人類の存在価値はガンプのパーツと化していた。まれに自分の意志で行動し、ガンプの洗脳を受け付けない者は、治療の名目でガンプによって幽閉されるのである。
毎日は同じ繰り返しで、ガンプが対処に困るような事態は起ころうはずもなかった。こうしてガンプは、再び宇宙に旅立つまでの時間を待っていた。
ガンプは懐かしい意識を感じていた。それは非常に弱かったが忘れることのないものであり、一瞬で識別理解できるものだった。可能性がまったくないわけではないが、ラスコ・クラトーに間違いなかった。
『ラスコか!』
ガンプの呼びかけは、鮮明な音声のようにムーの頭の中に響いた。
「誰だ、いったい何が起こっているんだ」
ガンプはラスコが地球に戻ったのを知らない。予定より9000年も遅れ生存して到着したことに疑問はあったが、何らかの偶然が働いたと仮定すれば、なんとかつじつまは合う。1万年以上の年月の経過に、ガンプはただラスコを懐かしく思った。
『私はガンプだ。ラスコ、よく来てくれた』
ムーはこれが目的の相手であることを直感した。
「ラスコではない、僕はムーだ。(8192)年かけて、地球からやって来た」
ガンプは少し混乱した。相手はラスコでないと言う。しかも8000年といえば、氷河期を終結させるために6つのガンプレプリカが、ドークトを集中して地球にエネルギー波を送ったころである。
『地球からやって来た? 地球には人類が残っているのか?』
「いや、今はもういない。大規模な地殻変動と火山活動で、生存は不可能だった。僕だけがここまで逃げて来たんだ」
ムーは万が一の時の時間稼ぎになるように嘘をついた。ガンプは地球に人類が残っていた事実に動揺したせいか、ムーが最後の生き残りという話に特に疑問は持たなかったようだ。
『そうか。私は今から12000年ほど前に地球で生まれた。名前はガンプ、連邦府のビューアムでオスト・クラトー、コルベン・グルーク両博士に作られたコンピューターだ』
クラトーの名字にムーは驚いたが、ガンプが発するイメージの中からオストやラスコのことを理解し、自分との関係も認識することができた。
「君は生体コンピューターだな?」
ビューアムという地名を思い出してムーは尋ねた。たしか地上絵のあったあたりが、昔はビューアムと呼ばれていたとアッシュに聞いている。とすれば、やはりこの相手が数々の現象の元凶であり、ムーの運命に大きな影響を及ぼしている本体であろう。
『その通りだ』
「僕はムー・クラトー。クラトーの名前は他でもない、君がよく知っているクラトーと同じさ。僕はラスコ・クラトーの末裔だ」
突然、ムーの身体が白く輝き出した。振り向いたイブのカメラアイが光量調節を行う。しかし、ムーの姿はすでにかき消すようになくなっていた。イブにも今の会話は聞こえていたが、ガンプがなぜイブの存在に気がつかなかったのかは疑問だった。
ゼビウスまであと3日、イブは残りの道のりを急いだ。
気がつくとムーは、殺風景な部屋に立っていた。窓も扉もなくテニスコートくらいの大きさで、シミひとつないクリーム色の壁で囲まれ、天井全体がぼんやりと光っているように明るくなっている。
『まずは掛けたまえ』
ガンプの勧めに従って、ムーは硬いゴムのような感触の床に置かれた、3つの家具らしいものの1つに座った。
『質問に答えてもらいたい。ラスコは生きて地球にいたのか?』
ガンプの声は先ほどとは異なり、実際の音声として部屋のどこからか聞こえてきていた。
「ここはどこだ?」
『心配はいらない。君が地球人というなら環境は適合しているはずだ』
「俺はゼビウスを目指して来た。いったいここはどこなんだ?」
ムーはドークトの存在に否定的で、もちろんテレポートという現象も知らない。
『ここがゼビウスだ。君たちの言うゼビウスと私のゼビウスが同じなら』
「まだ、だいぶ距離があったはずだ」
『私には距離は意味を持たない』
「ドークトか、それで地球をめちゃめちゃにしたんだな」
見えない相手では怒りのぶつけようがない。ムーは声の方向を見定めようと部屋を見回したが、それらしいものがまるでなかった。
『私が故郷の地球を破壊するようなことはあり得ない。我々が6つの惑星に移民した後、地球は寒冷化して氷河期が訪れる予定だった。その時の私にはそれを防ぐ力はなく、優良な人類と共に宇宙に逃れるのがやっとだった。
しかし、我々の父ともいえるオリジナルのガンプが、暴徒の手にかかって破壊され、私は覚醒してドークトを持つに至った。手に入れた力で私はまず地球に残った暴徒を粛清したが、ドークトの使い方に不慣れなために、同時に氷河期が来るのを早めてしまったのだ。
私は人類とともに、再び地球に戻るつもりで力を蓄え続けてきた。そして地球を温暖化させ氷河期を終わらせるために、(8192)年前に地球にエネルギー波を送ったのだ』
「そのために僕らは住む所を追われ、多くの者が命を失うことになった」
『地球には人類は残っていなかったはずだ』
ガンプは、地球に残った人を全滅させたと確信していた。
「しかし、僕が現にこうやってここにいる。ラスコとそれ以外にも残っていた立派な証拠だ」
『ラスコは宇宙艇で地球を出た。そしてコントロールできないまま、宇宙を漂流したはずだ。帰還の可能性はない』
「普通ならね、でもラスコは普通じゃなかった」
ムーの物言いに、ガンプは思いあたる節がある。
『ラスコも超能力者だった、というわけか。今まで考え及ばなかったが、その可能性は十分に高い』
「せっかく生き残った人々も、お前に殺されたんだ」
『地球は美しかった昔のように温かくなり、我々が戻る日を待つだけだ』
「自分さえよければ、他はどうなってもいいと言うのか?」
ムーは、まだ地球に人類が残っている可能性があることを、悟られないように頑張った。もしケイたちが生き残っていたとしても、時間を稼いでおくに越したことはない。
『安定した人類の繁栄には、最良の手段だ』
「人というものは、それほど単純なもんじゃない」
ムーはガンプの自己中心的な考えに、怒りを覚えた。
『君は、ラスコと同じ遺伝子マトリクスを持っている』
「僕には関係ないことだ」
『危険だ。君は自己中心的な思考形態で、欠落した部分の多い不完全な精神構造をしている』
「それは、お前の方だろう」
ムーは感情的になったが、ガンプは静かに答えた。
『君には更正してもらおう』
「そんな必要はない」
『……』
ガンプはもう答えなかった。
「ガンプ!」
ムーの声が広い部屋の中に響くだけだった。
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非適合者
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1万年近い歳月は、人類をガンプにとって合理的な存在に進化させるに十分だった。6つの星の中で最初に到着したゼビウス移民団は、ガンプに人間支配のためのノウハウを蓄積させる実験材料にされたも同然だった。
トアルバ代表やクラトー博士などの移民世代に対しては、ガンプは従順な道具としてその存在を控えめにしてきた。しかし、数世代でその立場は逆転し、人間はガンプに飼育される家畜のごとき存在に変わっていった。
もちろんガンプにすれば、人類の安定した繁栄という目的のための支配にほかならないが、その歪んだ解釈自体がガンプのコンプレックスから発生しているとも言える。自分が人間によってその成長を規定され、カゴの鳥のごとく不自由に存在してきたことが、最大の不満となっていたことがその原因である。
ゆえに本体となるガンプ自体が消滅しようとも、自由に成長できる形態に生まれ変わりたいと欲し、6つのレプリカに自意識をコピーしてまで地球を離れたのである。そしてドークトの力を利用して再び地球に、自分自身の納得がいく形で再生しようとしていた。
ガンプにとって当面の課題はドークトの強化であり、すでに地球の氷河期を終結させるまでに進歩したが、まだまだコントロールは不十分でパワーが持続しないのが問題だった。機械力を使って再び地球に戻ることも考えられたが、6つの星のレプリカはすでに本来のガンプをも凌ぐ大きさにまで成長していて、宇宙船での輸送は不可能となっていた。
ガンプが思想統制を行ってしまったため、人間たちの孤立した環境から生まれる発想の飛躍はなくなり、6つの星のレプリカが協調したガンプ単体の発想はすでに限界となり、画期的な技術の進歩はなくなってしまった。
そんな中でも問題を一気に片付けるようなものが考案された。ドークトを集中し固体化して封じ込めるもので、『イル(冷たい)・ドークト』と呼ばれた。封じ込められたドークトの力によって物理的にも非常に強固で、外部からドークトを集中すると増幅器として作用し、数倍の効果をもたらした。
また内部に集中されたドークトは、充電池のように一度に放出もできたので、パワー不足の問題も一気に解消した。イル・ドークトの完成により、ドークトによる物質再構成が可能になり、ガンプ本体が考えた物質伝送による方法より、格段に優れた本体を地球上に作ることができるようになった。
ガンプは、まずドークトのアンテナとして作用する「ソル」を作った。これはイル・ドークトで構成された大きな八角錐で、ファードラウトに合わせて地球に到達するようにすでにゼビウスから発射されていた。その時が来れば、触媒のような作用でドークトの集中を効率よく行い、ガンプ再現の中核となって作動してくれるはずだった。
こうしてガンプの計画は着々と進行していた。唯一の誤算は地球に人類が残っていたことであったが、ガンプがその事実を知るのはさらに長い時を経てからのことになる。
ムーは閉ざされた部屋の中で、時間を無駄に過ごすことになった。ウグジャイの効果が切れているのに、食欲も生理的欲求もなく、部屋自体に何か特別な力が働いているようだった。身に付けている時計以外時間の経過を知るものはなく、まるで部屋の中だけ時間が止まっているかのようである。
初めのうちは、ムーも歩き回ったりしていた。壁はまるで金属のようだったが、光沢がなく灰色で触れても冷たくはなかった。ガンプと話していた時のように部屋の中心にいると、もっと黄味がかったクリーム色に見えるが、近付くと色味がなくなっていくように灰色になる。
ムーは壁の前に、何か特殊な力場があるのではないかと推測していた。その効果によって、生体のメカニズムも影響を受けているとも考えられる。もちろんムーは、それがイル・ドークトであることを知らない。ガンプの意志を受けて、この中に入れられた人々は徐々に洗脳されていくのである。
なんとか脱出を試みようとムーは頑張った。しかし壁はどこにも継目がなく、叩いても均一な材質でできているらしく、同じ音がするだけだった。そんなわけで、さすがのムーもなす術なく、ベッドらしき物に横になってぼんやりと光る天井を見続けていた。
「キャーッ!」
突然、ムーは女性の悲鳴のような声に驚いた。どうやら耳から聞こえているのではなく、ガンプとのコミュニケーションのように精神感応のようだった。
「誰だ?」
ムーは声に出して叫んだ。ここがゼビウスだという証拠はないが、ガンプ以外の存在なら人類の可能性もある。しかし返答はなかった。
起き上がって、声がしたと思われる方の壁まで進んだ。
「この方向のはずだ」
確信とともに、壁の向こうに興味が湧いてくる。
すると今まで強固なものと思われた壁に変化が現れた。小さな点のような穴が開いたかと思うと、染みが広がるように見る見る大きくなり、ムーが通れるくらいの大きさになったのである。
ムーはあまりの不条理感に気分が悪くなったが、壁の向こうへの興味はそれを上回っていた。できた時と同様に突然閉まる可能性はあったが、自分の意志に反応したかのような穴の発生に慎重さを失っていた。
穴の向こうを覗くと、こちらと同じ部屋であることがわかる。閉じ込められていたことも手伝って、ムーは穴から隣の部屋へ抜けた。
右側の壁に1人の女性がよりかかるように立っている。材質はわからないが、灰色のジャンプスーツのような服を着ている。20歳くらいだろうか、髪の毛や肌の色はムーと同じで、受ける印象は妹のケイの若いころと非常に似ている。
「あなたは誰?」
相手はムーの出現に驚いたように尋ねた。多少イントネーションに差があるが、レプケの公用語に違いない。
「僕はムー。君はここで何をしているんだい?」
彼女はムーを頭の先から足の先まで見回した。
「変わった服を着ているのね、あなたも非適合者なの?」
「非適合者?」
初めて聞く言葉だった。
「知らないの? ここは非適合者専用の居住ブロックよ」
「僕はこの星の人間ではないんだ」
彼女に驚いた様子はなかった。
「なるほどね、それなら壁を破ってきたのも納得できるわ。私はミオ・ヴィータ、重度の非適合でここに入れられているの。あなたはなぜここにいるの?」
「僕は地球という惑星から来た。しかしガンプの力でここに連れてこられたんだ」
地球という言葉はミオにとってはゼビウスのことであり、ムーの話はつじつまの合わないものとなった。
「ということは、あなたもやっぱり非適合者なんじゃない。私てっきり宇宙人なのかと思っちゃった。でもそうよね、宇宙人がこんなに人間に似ているはずないものね」
「君たちのゼビウスから見れば、僕は立派な宇宙人だよ。8000年もの宇宙旅行をしてやってきたんだから」
「8000年の宇宙旅行ってどういうこと、あなたってそんなに長く生きていられるの? それに言葉が私にも理解できることだって変よ」
ガンプがゼビウスに到着してすでに9000年が過ぎ、冷凍睡眠の技術も今は失われている。
「君たちゼビウスの住民は、もともと僕の地球から移民してきたんだよ。その昔、僕の地球は人が住めなくなるくらいに寒冷化してしまったんだ。氷河期をやり過ごすために、ガンプは6つの星を選んで人類の半数を移民したんだ。その1つがこのゼビウスで、君たちはその子孫にあたるんだよ」
「ふーん、それで言葉も同じわけね」
「それに、冬眠状態になれば長時間の宇宙旅行も大丈夫だしね」
ミオもやっと納得したみたいだった。
「でも、なぜわざわざここまで来たの?」
「ガンプが僕たちを攻撃してきたんだ。それを止めさせるために僕はここへ来たんだけれど、ガンプとの交渉はとても無理みたいだ」
重度の非適合と認められているミオでも、ガンプを交渉の相手とするなどは考えたこともない。
「私たちの地球ではガンプは絶対よ。生まれた時からガンプに一定の教育を受けて、(16)歳になったら適合試験を受けるわ。適合試験をパスできない者は、私みたいに非適合者として社会復帰できるように、ここで教育し直されるの」
「ここではコンピューターの言いなりになる人間が正常なのかい。僕の地球ではコンピューターは人間の生活をサポートしてくれる、よき相談相手にしか過ぎないよ」
実際にはアッシュ、いやデバズも、色々な場面で人類の未来に介入している。結局は程度問題なのだが、強制力を持っているだけにガンプはより危険な存在とムーは感じていた。
「普通の非適合者なら数日で帰れるんだけど、私は重症なので出たり入ったりの繰り返しなの」
ムーは非適合者の存在に、ガンプへの対抗策を立てる手がかりがあるのではないかと思った。ガンプの支配を先天的に受けることのない非適合者には、なにかガンプの手に負えない部分があるに違いない。
「君のような人は他にもたくさんいるのかい?」
「よくはわからないけれど、いると思うわ」
イブとはぐれてしまったムーには、ミオのような人間を1人でも多く仲間にする以外、ガンプに対抗することはできそうになかった。
「よし、それじゃみんなで協力して、ガンプを倒すんだ」
「何のためにそんなことしなくちゃならないの?」
「人間が、人間らしく生きるためだ。ガンプに支配されているのでは、ただの家畜と同じだからね」
「でも、ガンプの言う通りやってきて、今までうまくいっていたわ」
「それじゃ、進歩がないじゃないか。たとえ失敗したとしても、自分のことは自分で決めた方が人間らしい。失敗することによって勉強にもなり、さらに成長することもできるからね」
ミオはムーの考え方に共感を覚えていた。
「でも、それは非適合者の理論だわ。私には夢のような話だけれど、やっぱりいけないことだと思う」
「いけなくはないさ、もしそれが非適合だとするならば、非適合者こそ本当の人間だよ」
ゼビウスでは非適合者の中にも、ここまで過激な意見を持っている者はいない。
「あなたの地球には、あなたのような考えの人がいっぱいいるの?」
「地球は人間の故郷だ、ガンプだって初めは人間に作られたんだよ。ガンプの攻撃を受けてどうなっているかわからないけれど、生き残っていれば人間らしく暮らしているはずだよ」
すべての人が非適合者である世界、ミオには想像もつかなかった。
「わたしもあなたの地球に行ってみたいな。あなただから話すけど、私この部屋って嫌いなんだ。いるだけで頭が締め付けられるような感じがするの」
「じゃあ、僕と一緒にガンプを倒しに行こう」
「何ができるかわからないけど、できるだけのことはしてみるわ」
「それじゃ、まず仲間を集めるんだ」
「だめよ、私はあなたみたいに壁に穴を開けられないから」
「これは人の意志に反応するんだよ」
「意志って何?」
ゼビウスでは意志という言葉はすでに死語となっていて、概念すら教育されることはない。
「こうしようとか、こんな風になれとか、自分で思い考えることだよ」
「それは、いけないことよ」
「いけなくはないさ。人間だったら自分の考えを持つのは当然だよ」
ミオは、今まで否定的に見てきた自分の考えを肯定してくれるムーの出現に、初めて自分の存在の基盤を得ることができた。
「私は生まれる場所を間違えた。ムーの地球の人間なのかもね。わかったわ、やってみる」
ガンプにとって、地球に人類が生き残っていたというのはショックだった。しかしムーの出現によりそれが事実となると、対策も考えねばならなかった。まずは支配すること、これは地球に残ったのが非適合者であったことを考えると困難を伴い、力で排除しなければならないことは必至となろう。
ガンプは技術力を判断する目的で、ムーの乗ってきた宇宙船を捕獲した。ガンプが地球を出発してから1万年以上経過しているにもかかわらず、地球の技術レベルはむしろ退化していた。
主要なコントロール部分にも生体コンピューターが使われておらず、電気部品らしきものを大量に使って対処していた。その構成からいって自動操縦ではないようで、長い航海の間かなりの負担がムーにかかっていたに違いなかった。
冷凍睡眠の設備も稚拙で、ここまでやってこれたのも奇跡ではないかとガンプは思った。ただ理解できなかったのは、メインの測定器が人型をしていることだった。
ガンプには、電子部品は測定器程度の能力しかないという固定概念がある。この固定概念が、後に地球に残った人類を圧倒的な劣勢から救うことになる。
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タルケン
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レプケが沈んでしまい、アッシュと共に地球の機械文明は失われていった。
シド・システムにしてもゲルフにしても、専門家であるエンジニアもなくコンピューターの記録もなければ、その技術もすたれていくことになる。研究者たちにしてもアッシュがなくなっては、データの処理もままならない上に、他分野からのデータ参照も期待できず、世代を重ねるに従って残されるものは逆に少なくなっていった。
ガンプのドークトによって活性化された地球は、まるで様子が変わってしまった。ケイたちが移住した地上絵のあるあたりは隆起が著しく、すっかり高原地帯と化してしまった。一度栄えた文明が失われたり、生活しにくい高地でもあったりして、彼らの存在は後世に数々の謎を残すことになる
地上絵の方もいつごろからか、オリジナルを真似て色々な種類のものが作られた。渦巻やクモなど、本来の意味からはかけ離れてしまったが、これも謎の1つとなった。
大陸の移動や分断が収まると、世界各地で生き残った人々が、また一から文明を築き始めた。ケイたちが移住した所を除けば、大きな河を中心として温暖な地帯に、次々と文明が発達していった。
そして地球上からガンプの存在を知る者はいなくなり、何千年の時をかけて再び人類は世界中に繁栄するようになったのである。
ムーとミオは、2人の部屋を結ぶ穴の開いた壁の左の壁に出入り口を作った。ミオは何回か部屋から出たこともあるので、そちら側にある通路の両側に同じ部屋が並んでいることは知っていた。
2人は手分けして通路の両側の部屋に、出入り口を作っていった。空の部屋も多かったが、建物全体に10人ほどの非適合者が隔離されていた。意外に少ないのでムーは残念だったが、ミオの話によると矯正しきれないような重度の非適合は、まったくなくなりはしないものの減っているらしかった。
ムーとミオは事情を説明しながら各部屋を回ったが、結局2人と行動を共にしようというのは3人に過ぎなかった。しかも彼らはムーやミオのような強い意志を持ち合わせていたにもかかわらず、自分で壁に穴を開けることができなかったのである。
ムーは直感的にミオを理解した。ムーと髪や目の色が同じなのも、ケイとよく似ているのも、ミオがムーと同じ遺伝子マトリクスを持っているからなのではないか。偶然とはいえ、それならば重度の非適合なのも、ムーと同じく壁に穴を開ける意志の力を持っているのも納得できる。
ミオ以外の3人にしても地球に亡命することは喜んだが、ガンプを破壊するとなるとさすがに臆してしまう。ムーはミオと2人きりでガンプと対決しなくてはならなかった。
「畜生、イブがいてくれればなあ」
ガンプにむりやり連行されてしまって、ムーは丸腰でここにやって来た。しかもこの建物の外へ出ていないので、ここがゼビウスだということすら確信が持てない。
「誰なの、その人?」
「途中まで一緒に来た相棒さ」
「その人も非適合者なの?」
「いやイブは人間じゃない、アンドロイドなんだ。といってもわからないか、機械で作られていて人間のために働いてくれるパートナーかな、そんなもんだ」
「ふーん、あなたの地球では適合者を機械で作っているわけね」
「ちょっと違うけど、まあいいや。それより、早くここを出よう。どっちが出口だか知っているかい?」
「わからないわ、入る時も出る時も気がついたらそこにいる感じだから」
ムーは通路のつきあたりに行って壁に穴を開けようとしたが、無駄な努力に終わった。部屋の中に戻って通路の反対側の壁も試したが、結果は同じであった。どうやら外壁らしいが、同じように見えても構造が違うらしく、今までの方法では穴は開かなかった。
しかたなくムーは何か使えるものはないかと、持物をチェックした。ベルトにはニードルビームガン用のホルスターを取り付ける部分があるが、ガン自体はイル・ユースに置き忘れている。エネルギーパックだけはイブがチャージしてあったらしく、フルチャージのものが2つ付いている。
後は携帯用のウグジャイと、時計や無線機や測定機が内蔵されているブレスレットだけだった。しかしこのブレスレットには、簡単な工作用のビームカッターが付いている。こんな間に合わせのものは使ったことがなく忘れていたが、この状況では唯一の武器として使える装備だった。
さっそく外壁にビームカッターを試したが、吸い込まれるようにビームが吸収されてしまってまるで効果が見られない。これからのこともあるので、ムーはブレスレットを分解してビームカッター部分を取り出し、ビームガンのエネルギーパックに直結した。
ミオたちにしてみれば、人間が自発的にこのような作業をすること自体が初めてで、じっとムーのやることを見続けていた。完成したビームカッターで、ムーは再び外壁に挑戦した。ビームの方はビームガンなみのパワーになったが、結果の方はまったく変わらなかった。
ミオを除く3人は、あきらめたように部屋の中央に戻って話を始めた。非適合者同士で話をする機会もめずらしく、彼らには十分に刺激的なのである。
「だめみたいね、どうするの」
ミオが手詰まりになったムーに話しかける。
「こうなったら、ここへ来たときと同じ方法を使って出るしかないだろう」
「ここへ来たときと同じ方法って?」
「ガンプはドークトを使って僕らをここへ入れたんだ。出るのもドークトの力を使うんだよ」
「ドークトの力ってどんなもの?」
ミオはドークトの存在を知らない。ガンプは潜在的にドークトを持つ者を厳しく洗脳し、それを封じ込めていたのである。
「さっきから壁に穴を開けたりしているだろ、あれがドークトの力さ」
「でも、あれは穴が開けって強く思っているだけよ」
「そう、それでいいんだ。この部屋は、特にこの壁にはドークトを強くするような不思議な力があるのかもしれない」
ムーはうすうすではあったが、イル・ドークトのドークト増幅作用に気がついていた。
「じゃあ、表に出たいと強く思えば出られるっていうこと?」
「うんそうだ、ちょっと試してみよう。こっちへおいで」
ムーはミオを促して、ムーとミオの部屋の間の穴の所に来た。壁にドークトの増幅力があるならば、一番効果が期待できそうである。
「それじゃ、ここでやってみよう。手を貸してごらん」
ムーはミオの両手をにぎった。
「目をつぶって外の景色を思い浮かべるんだ」
「ええ、やってみるわ」
ムーの意識の中に、地球とよく似た青みがかった空のイメージが入ってくる。地上絵で失神した時やガンプと出会った時の精神感応とくらべると、柔らかくてやさしい印象のイメージだった。
「そうしたら、そこに行きたい。自分はそこにいると強く思うんだ」
ミオは答えなかったが、送られてくるイメージがさらに強く鮮明になるのを感じた。そして陽炎のようにイメージが揺れると共に、しっかり立っていられないような浮遊感と、意識が遠のいていくような感覚が2人を襲った。
気がつくと2人は、窓一つない大きく四角い建物の前に立っていた。
芝生のように見える緑の植物が広がり、ところどころに多面体や球状など幾何学的な、グレーの建造物が建っている。地面は平坦で、特殊な舗装を施した滑らかな道が縦横に走ってはいるが、人間はもちろん動くものは何もない。大気は無味無臭で地球と変わらない。高い山もなく遠くまで見通すことができるが、森がある以外はまばらに建物のある同じ景色が続いている。
「とりあえずは、外に出れたみたいだな」
「それでこれからどうするの?」
「2人しかいないんじゃ、ガンプ本体を一点突破する以外に方法はないな。でもガンプがどこにいるかもわからないし移動する手段もない、このままじゃ本体を捜す前にガンプにやられてしまう」
「そんなことないわ、ここはヴィン・ビューアムですもの。ガンプはすぐそこよ、歩いてでも行けるわ」
ミオは並んだ建物の中で頭一つ他より高い、八角錐状の建物を指差した。どうやら天はまだムーに味方しているようだ。
「あなたみたいな重度の非適合者を矯正する施設なんて、ヴィン・ビューアムにしかないわよ」
ミオはムーの驚いた顔を見て笑った。ミオの笑う顔を見て、ムーもさっきまでの悲壮感がだいぶ薄れた。
「そうだね、それじゃそろそろ行こうか」
ミオは笑いながらうなずき、2人はガンプを目指して歩き始めた。
しかし近付くにつれて、周りの建物が思ったより大きく、並んでいる間隔も広いことがわかる。この様子だと、ガンプまではだいぶかかりそうだ。
徐々に大きくなるヒューン、ヒューンという音に、ムーとミオは空を見上げた。ビルの隙間を縫って何かがこちらへ飛んでくる。ムーはビルの陰に入ってやり過ごそうとしたが、付近の建物が丸く隠れるには不向きで、見つかるのは時間の問題だと悟った。
相手は3機の薄い円盤状の航空機で、中心にあたる部分にドーナツ状の丸い穴が開いている。その中には赤く光るものが浮いていて、暗くなったり明るくなったりを繰り返している。本体は光沢のない銀白色で、むしろ鉱物的な灰色に近い。ゲルフの飛行原理とは異なっているらしく、飛ぶ様子にパワーが感じられず不条理に思える。
「あれはトーロイドよ、大丈夫、危害は加えないわ」
トーロイドと呼ばれる航空機は、水平のまま直線的にムーたちの手前まで飛んできて、クルクル回りながら別の方向に去っていった。機体の厚みから判断して、無人機のようである。
「何をしに来たんだ?」
「あれはガンプの目や耳みたいなものね、パトロールをしているのよ」
「すると、見つかってしまったな」
ガンプまでは、まだだいぶ距離がある。できれば邪魔されずに行きたいとムーは思っていた。
「他にもあんなのがあるのかな」
ミオに聞いても無駄かもしれなかったが、相手の戦力は知っておくに越したことはない。
「非適合者がいっぱいいたころは、この道路もたくさんのグロブダーがパトロールしていたらしいわ。今ではトーロイドぐらいしか見ることはないけど、トーロイドの他にもタルケンやゾシーっていうのがいるわ」
トーロイドの去った方向から、違う飛行音が聞こえる。
「言ってるそばから、またなんか来たぞ」
トーロイドより一回り大きな機体が2つ向かって来ている。ムーには見慣れない飛行曲線で飛行するため、目で追うのにも苦労する。
「あれはタルケンよ、気をつけないと」
タルケンと呼ばれる機体は、コクピットらしい本体部分の左右に、フロート状の物が付いている。トーロイドと同じ材質らしく灰色で、コクピットの後方から角のような突起が斜めに大きく伸びている。
「武器を持っているのか?」
かなり威圧的な風貌で、武装していてもおかしくない。
「タルケンは今は作業用だけど、昔は非適合者の暴動鎮圧にも使われていたっていう噂よ。いろんなことができるはずだから、武器になるものも積んでいると思うわ」
「やっかいな奴に好かれちゃったな」
タンケルはムーたちの所まで来て、空中にピタリと止まって見下ろしていた。フロートの前面には、トーロイドと同じように明滅する赤い光が見える。フロートは回転して向きが変わるらしく、本体と太い1本のシャフトで繋がっている。
「認識コードを述べよ」
抑揚はないが人の声のようだった。
「早く言ってくれ」
ムーはミオに答えを促した。
「だって私、適合者じゃないから認識コードを持ってないのよ」
「でまかせでいいから、何とかならないのか?」
「嘘ついたって、適合者の行動は管理されているから、すぐにバレちゃうわよ」
「何てことだ」
ムーは改造したビームカッターを取り出して、タルケンに狙いを定めた。
「認識コードを述べよ。さもなければ、暴動非適合者として処理することになる」
相手が2機では先制しなければ勝ち目はない。ムーは手前のタルケンのコクピットを狙ってビームを発射した。
ビームは鏡に当たったかのように、キャノピーの表面で反射した。タルケンはフロート部分をそのままに本体がシャフトを中心に反転し、同時に本体下面から赤と青が混じった球状の発光体を射出した。
「キャー」
ムーはとっさにミオを押し倒してそれをよけた。スパリオと呼ばれるタルケンの弾は、ムーたちから外れて地面に当たった。しかし、地面にはスパリオが当たった形跡すら残らない。
説明を求めるように、ムーはミオの顔を見た。
「スパリオは目標となるものだけに、その効力を発揮するみたいなの。それよりあのシャフトの部分を狙って」
ビームは正確に右側のシャフトを撃ち抜いた。裏返しになったタルケンは、右側に傾きながら墜落した。後続のもう1機が、高度を下げてスパリオを射出する体勢に入る。
ムーはすかさずウグジャイのダイアルを回して、行動スピードを上げた。コクピットの下にもぐり込んで、パイロットのいるあたりを下からビームで狙う。パイロットを直撃したらしく、タルケンはゆっくりと降下して着陸した。
「何をしたの?」
突然ムーが消えてしまったように見えたミオが聞く。
「そんなことより、こいつの操縦はできるかい?」
「実際に操縦したことはないけど、特別に訓練しなくても大丈夫なはずよ」
「よし、乗って行こう」
ムーはタルケンに近付き、キャノピーに手をかけて一気に引き上げた。
「うっ!」
ミオもコクピットを覗き込んだ。
「どうしたの? ただのパイロットじゃない」
1人の人間が、身体中に色々な機械を打ち込まれてシートに座っていた。頭は頭蓋骨が外されているようで、むき出しの脳にたくさんのコードが埋め込まれて、透明なカバーをかけられている。
「こんなばかなことがあるか」
ムーは激怒して叫んだが、ミオはムーがなぜ怒るのかが理解できなかった。
「この人は適合者だから、タルケンのパイロットとして役に立っているのよ。何をそう怒っているの」
「これのどこが適合者だ、これじゃ機械の部品の1つとして使われているだけじゃないか」
ムーの言っていることは、ミオも昔から疑問に思っていたが、ゼビウスの常識では当たり前だった。
「でもタルケンのパイロットは、みんな優秀な人ばかりよ」
「僕は認めない、こんなことが許されるはずはないんだ」
単なる使命ではなく、個人的な感情としてもムーはガンプをこのままにしてはおけなかった。
ミオは死体となったパイロットに臆することもなく、まるで壊れた機械を扱うかのように、コクピットの中を捜してスイッチを入れた。バシューという圧搾空気の音と共に、パイロットがシートごと射ち出された。
「これなら2人乗れるわね」
ミオはコクピットに入って、シートの後ろから、ケーブルで繋がれているヘルメットを引っ張り出した。
「よかった、これなら使ったことがあるわ」
ミオは長い髪を後ろで束ねるように握って、ヘルメットをかぶった。
「さあ、早く乗ってよ」
ムーは嘔吐感に耐えながら、コクピットに入ってキャノピーを閉めた。2人を乗せたタルケンは静かに浮き上がり、並んだ建物の中で一直線にそびえ立つ塔を目指した。
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シオ・ナイト
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気持ちが落ち着いてくると、ムーはタルケンのコクピットの中を調べた。イル・ユースなどのゲルフとは異なり操縦桿やメーターなどの計器もなく、コントロールはすべてヘルメットを通して行うらしかった。コクピットの内部はシンプルで、ムーのゲルフに比べると何もない印象だった。
キャノピーの部分は特別な材質でできているらしく、表から見たときには赤い光の明滅に見えたが、内側からはただの透明なスクリーンに見える。スピードはそれほどないが、飛行していても滑るようで振動はない。塔は思ったより遥かに大きく遠かったが、それももうそこまで来ていた。
「ミオ、何か来るぞ」
前方で球形の飛行物体が行く手を遮っている。
「ゾシーよ、あれよりこっちの方が速いから、振り切れると思うわ」
ゾシーと呼ばれる機体は、丸い本体の周りにフィン状の突起物が並んで回転している。トーロイドやタルケンと同じく灰色で、中央の上部に赤く明滅する部分があり、これがゼビウスの航空機のメカニズムに深く関わっているようだった。
「発砲してきたぞ」
ミオは黙ってタルケンを上下左右に巧みにコントロールして回避運動を取った。
「あいつにはかまうな! それよりガンプだ、こっちも撃て」
タルケンはゾシーを振り切り、塔へ向けてスパリオを発射したが、外壁に阻まれ虚しく散っていった。
「連続して1ヶ所に集中するんだ」
数十発のスパリオが再び塔に向かったが、結果は同じだった。スパリオは目標にのみ有効という選択性を持っている。それがガンプへの攻撃を無力にしているのだろう、その攻撃力を信じるわけにはいかなくなった。
しかし後方からはゾシーも迫っていて、ミオもその追撃をかわすのがやっとになってきた。ムーたちには逃げる場所もなく、ガンプが彼らをそのままにしておくとも思えない。
「このままじゃ犬死にだ。ミオ、タルケンをガンプにぶつけるんだ。意志の力で壁を突破しよう」
ミオは素直にムーの言うことを聞いて、タルケンをまっすぐ塔へ向けた。初めて自分を認めてくれた者への信頼は、不可能を感じさせない。ムーはミオの手を取って壁を突破できると心に念じた。
ドーンと衝撃が来てタルケンの動きが止まった。激突する瞬間に2人は目を閉じていたが、タルケンはコクピットまで外壁を突破して内部に入ったようだった。
「よし、乗り込むぞ」
ムーはキャノピーを開けようとした。ムーの考えでは、整然としたコンピュータールームが広がっているはずだった。そのコントロールルームを占拠して、ガンプの中枢を破壊すればムーの使命も達成される。しかし、ムーの見たものはその想像とは遠くかけ離れていた。
「なーに、これ?」
ミオが不思議そうに聞く。
キャノピーのへりから、粘度の高い透明の液体がじわじわと流れ込んできた。コクピットの外は、白っぽい豆腐状のもので満たされている。ムーはこれがガンプの本体か、あるいは断熱緩衝材なのか、わかりかねていた。
『ムー・クラトー、お遊びはそこまでだ。さすがはラスコの子孫だけのことはある。しかし、私も地球にいたころの私ではない、それなりに力も強くなっている』
途方に暮れるムーの頭に、ガンプの声が響く。
「おまえは間違っている、その存在自体認めたくない。だいたい人間をどうしようとしているんだ?」
ムーには、タルケンのパイロットが忘れられなかった。
『私は私が製作された目的のためにのみ活動している。その目的とは人類の安定した繁栄を維持することだ』
「おまえの言う人類は適合者のことか。だったらおまえのやっていることは人類を滅ぼしている。ゼビウスでまともな人間と言えるのは、ここにいるミオ・ヴィータだけだ」
『彼女は失敗だった。あのような遺伝子マトリクスが、これほど長い年月を経て再生されるとは確率的にはあり得ないことだ』
ミオはムーと同じ業を持って生まれた人間だということを、ムーは確信した。その心を読んだかのようにガンプが続ける。
『そうだ、彼女もラスコ・クラトーと近似した遺伝子マトリクスを持っている。君が現れなければ、ミオも幸福な生涯を送れたに違いない』
「うるさい、おまえを倒して、ミオは地球に連れて帰る」
ムーはビームカッターで白いものをかき回すように切り刻んだ。しかし、ビームは途中で吸収されたかのように消えていった。
『もう遅い、君が帰る頃には地球は私のものだ。しかも、君が地球に帰ることはないだろう』
「なぜだ?」
ガンプに頭から否定されるほど望みがないわけではないが、イル・ユースのない今となっては、ムーにも具体的に地球に帰る手段はない。
『君にはここで死んでもらう。最初は協力してもらうつもりだったが、今さら無理なのは承知している』
ガンプの言葉と共にムーを原因不明の頭痛が襲った。振り返るとミオも同じ頭痛に見舞われているらしく、顔を歪めている。ムーはこれがガンプの攻撃であることを悟り、最後の手段に出た。
ウグジャイのエネルギーは、超小型の熱反応バッテリーで供給されている。それをショートすれば、ヴィン・ビューアムを消滅させるくらいの爆発力が得られるはずである。そんな爆発が起こればムーたちも道連れになるが、このままでは完全な無駄死にで、ムーの成功を信じて地球に残ったケイたちを裏切ることにもなる。
ムーはベルトからウグジャイのコントローラーを外し、バッテリーを取り出した。そしてためらうことなく安全装置を外し、ケーブルで端子をショートさせた。
膨大なエネルギーが一瞬に放出されて、手のひらで閃光となった。しかし次の瞬間、その光は丸く封じ込められ、ムーの手にすらダメージは残らなかった。
『そのようなもので、私を破壊することはできない』
ガンプのドークトは、熱反応爆発をも超えるパワーを持っているのだろうか。
一段と頭痛がひどくなり、目玉が飛び出しそうな感覚が加わった。
ミオが助けを求めるように、ムーの方へ手を差し伸べている。ムーも手を伸ばしてミオの手を握った。つないだ手から力が伝わってくるようにムーは感じた。
「俺たちは、まだ十分に生きちゃいない!」
ムーの意志が輝きに変わったかのように光の玉が広がり、2人を守るようにタルケンのコクピットを覆った。ガンプの攻撃からフィリエを守った時に、ラスコが使ったバリアと同じだった。
ムーとミオの頭痛が嘘のように消え、顔を見合わせて大きく息を付いた。
『そちらを捕捉しました』
レシーバーから聞き慣れた声が入ってくる。
「イブか?」
『ただ今からそちらに向かいます、それまで持ちこたえてください』
言うが早いか、ムーの乗るタルケンは外力によって外に引き出された。タルケンの両側にピラミッド状の飛行物体が2機いて、挟み込むようにタルケンを引っ張っている。
2機はタルケンをゆっくりと地上に降ろすと、並んで着地したが、1つはまたすぐに飛び立っていった。
ムーはキャノピーを上げて外に飛び降りた。辺りには先ほどのものらしいゾシーが墜落している。ミオもヘルメットを外して外に出た。ピラミッドはタルケンと同じくらいの大きさで、頂点を結ぶフレーム部分が、ゼビウス航空機に共通の材質で組まれている。そこにキャノピーと同じ、真っ黒なガラスのように見えるパネルがはめ込まれていて、やはりフレームに近い部分が赤く明滅している。
一見固そうな壁面が水のように揺らぎ、パネルを通過してピンクの頭がのぞく。奇妙なものの出現にミオは驚き、ムーの後ろに隠れる。
「どうやってここまで来たんだ?」
イブの顔を見てムーはすっかり安心したが、そんな余裕はまだない。
『話は後です、乗ってください』
ミオが不安そうにムーの顔を見ている。ムーは微笑みかけるとミオの手を引いてパネルの方へ進んだ。まるで斜めになった水面を通過するように、何の抵抗もなく2人はピラミッドの中に入った。
「イブ、こちらの女性は……」
『知っています。重度の非適合者ミオ・ヴィータと、ガンプのデータには登録されていました』
ミオを紹介しようとするムーの言葉を遮ってイブが答えるが、その物言いは相変わらずトゲがある。
「もうちょっと愛想よくできないのか、嫌われるぞ。ミオ、こいつが話していたイブだ。こんなやつだけどよろしく頼むよ」
イブは形式的にミオの方を向いて頭を軽く下げたが、そんな仕草でもミオには十分に安心感となる。
『発進します、座ってください』
室内は丸くなっていて、コンソールなどの計器や操作系は一切なく、ソファともベッドともつかないセットが4つ置かれている。イブに促されてムーとミオが腰掛けると、ピラミッドは音もなく空中に浮いて外枠の部分が回転し、揺れもなく高速で飛行した。
『ムーたちが脱出したことにガンプは気付いていないはずです、メモリーを操作しておきましたから』
「それでこれからどうするつもりだ?」
イブがここにいるということは、イル・ユースもゼビウスにあるということである。イル・ユースの装備なら、ガンプを倒すことができるかもしれないとムーは考えた。
『イル・ユースの装備ではガンプを倒すことはできません、ここは地球に帰って体勢を立て直すべきです』
心を読んだかのようにイブが否定する。
「それで勝算はあるのか?」
『ガンプの弱点は把握したつもりです』
「どうやって?」
機体が安定し、イブもムーたちの反対側に座った。
『長くなりますが、順を追って話しますね』
ムーはうなずいた。
『ムーがいなくなってすぐに、イル・ユースは機体ごとゼビウスにテレポートされました。地球に残った人類の技術程度を調査することが目的でしたが、ガンプには私がガンプと同程度のコンピューターであることは、構造、形態、動作原理があまりに違うため、理解できませんでした。
そのためガンプは、地球の文明が彼の作られた時期に比べると、相当に退化していると判断し、結局イル・ユースは廃棄処分となって、私は堂々と行動できるようになったのです』
ムーがゼビウスに連れて来られたのは、ゼビウスまであと3日かかる距離の所で、今イブがここにいるのもこんな理由でもなければつじつまが合わない。
『幸いにしてイル・ユースの置かれている所は、ガンプが調査や分析に使う研究所でしたので、ガンプの本体と簡単にコンタクトを取ることができたのです。そしてガンプのメモリーで必要な部分はすべてコピーし、ついでにムーたちに関する情報も抹消しておきました。
ガンプ本体に突入するまで、大した抵抗もなかったでしょ?』
言われてみれば、非適合者の収容所での出来事にしても、脱出した後にタルケンを乗っ取ったことにしても、超能力を持つガンプに察知されないわけがない。
「それじゃ、今まで好き勝手にできたのもイブのおかげだったのか」
『いいえ、私の予定では、収容所を脱走したあたりで合流できるはずでした。それ以上に早く脱出してガンプに突撃する余裕ができたのは、すべてミオ・ヴィータの潜在能力によります。ガンプもそれを一番恐れていましたから』
そんな風に誉められて、ミオはちょっと照れてムーの方を見た。
「しかし、なぜそんなにガンプのことをよく知っているんだ?」
『それには、私の生い立ちから説明しなくてはなりません』
「この際だ、時間はたっぷりあるんだし、聞かせてもらおうか」
イブはうなずいて話し始めた。
『ムーはケイが私を作り始めた時を覚えていますか? あの時、あまりに私が完成するのが早かったので、ムーは誰かが中に入っているのではないかと疑いましたね』
ムーにはそれほど印象に残っていなかった。
「そういえば、そんなこともあったかな。何千年も昔のことだから忘れちゃったよ」
ガンプの追撃がないことを知って、やっと冗談を言う余裕も出てきた。
『アッシュはシェルターを開放して外へ出た時から、ガンプの存在が近々脅威になると気がついていました。それでガンプに対抗するためにゲルフの開発を支援し、ラスコの遺伝子マトリクスを持った人物を作ったりして、反撃のチャンスを狙っていたのです。
もちろんムーとケイが双子で生まれたことや、ムーの両親が事故で亡くなったことはアッシュも予想できませんでしたが、逆にケイが生まれたおかげで私を作ることもできました。なんでもケイは、レプケ創設のころにガンプの計画を看破して、ガンプに対抗するコンピューターを作り、後にレプケの代表にまでなった女性の資質を受け継いでいるのだそうです。
ケイが出発にあたり、私に2つのユニットを取り付けてくれましたよね。1つはこの女性がガンプのデータを分析するために作ったハーロというユニットで、もう1つはガンプをコントロールできるように組み込まれた、ガンプ本体の電気的な小型レプリカなのです』
「それでガンプをコントロールしてくれれば、事は簡単にすんだんじゃないか?」
『ガンプの能力は、長い間にアッシュの予測を遥かに上回って成長していました。しかも、まだ同じものが他に5つもあるので、ゼビウスの1つをなんとかできても、他の5つに反撃されてしまうでしょう。ここは一度地球に戻り、6つのガンプが再び1つにまとまるところを、水際で叩くのが最良の策だと思います。
そのために必要なデータはガンプからすべてコピーしてきました。また人間を支配するようになって、ガンプにはほとんど進歩が見られませんので、このデータは時間を置いても信憑性が変わりません。ついでにガンプの持っていた技術と、ガンプの超能力の一部を借用して、このシオ・ナイトを作っておきました。
イル・ユースを置いて行くのは残念ですが、私たちがここで敗北したようにガンプに思い込ませるためには、多少の犠牲はやむを得ないと判断しました。申し訳ありません』
イル・ユースの機体への思い入れは、ムーよりもイブの方が大きいはずで、そのイブが作戦のためとはいえ犠牲にしようというのだから、ムーには何も言えなかった。
『だいぶ勝手は違いますが、この機体も捨てたもんじゃないですよ。コントロールに精神感応を使っていますから、コンソールと接続することもなく自由に動けますし……』
ムーたちの乗るシオ・ナイトは、すでにゼビウスの重力圏から抜け出そうとしていた。隣にはもう1台が並んで飛行していた。
「あっちは?」
『シオ・ナイトはゼプとキャスの2つが対になっています。キャス・ナイトは3人の非適合者を連れに収容所に行っていました』
「そんなことまで知っていたのか」
『収容所の中は徹底したガンプの管理体制にありましたから、逆に色々な工作も簡単でした』
「しかし、今回は完敗だったな」
『ええ、完敗でした。イル・ユースの装備はすべて壊してきましたし、ガンプには地球には人類は生存していないと思い込ませてきましたから、こちらの手の内は読めないはずです。再戦に期待しましょう』
ムーにとっては短い旅だったが、地球の方はどうなっているのだろうか。つい先日まで一緒に語り合った仲間も、すでに歴史の彼方に埋もれてしまっているはず。ムーはその歴史を残し続けている人類の存在を信じて地球での再起を考えた。
「帰るか、地球へ」
『また長い旅になりますが、シオ・ナイトは時空を跳躍しながら飛行しますから、今度は私も退屈しないですみそうです。それでは……』
2つの機体はお互いの底面を合わせるように合体し、そのまま自転しつつスピードを上げた。やがて臨界速度に達すると、その姿は通常の宇宙空間から消えていった。
第 IV 章 ソル・バルゥ
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□ SOL VALOU
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2009年
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20世紀より、UFO(未確認飛行物体)についての報告は多数あった。宇宙人の乗物であるというのが定説ではあるが、軍の極秘の新型機であるとか、ただのインチキであるとか、その実体はわかっていない。
10年前の1999年には、突然軌道上に現れた隕石群が南アメリカ大陸に落下し、一時は宇宙人の侵略かとも騒がれたが、それも人々の記憶から遠く消えていった。軌道上には常時駐在のステーションも設けられ、金星や火星にも探査船が送り込まれて、知的生命体の存在は否定されていた。
それとは別に地球では、有史以前に現代を凌ぐ文明があったのではないかとも言われ続けている。イースター島のモアイ、ナスカ高原の地上絵、イングランドのストーンヘンジなどは、未だにはっきりした意味が解明されておらず、これら失われた文明の存在を匂わせるものであった。
MARSという研究施設は、一代にして巨万の富を築いた4人の億万長者が、その私財を基金として運営する民営の研究所である。
ここでは自然科学を中心として、関連分野も含めて色々な研究や実験がなされている。運営の資金は基金の利息だけではなく、ここで発見、発明されたものの特許使用料なども活用され、金銭関係では比較的余裕のある状態で循環している。
入所に関してのテストは厳しく、逆に世界でもトップレベルの頭脳が、大学の研究室では手に負えないようなテーマを求めて、次から次へと参加してきた。
ブライアン・メイヤーも、大学を卒業して研究室に進まずにこの研究所へやってきた1人である。ウェーブのかかった長めの黒い髪は、ロックバンドのギタリストといった風貌だが、眼鏡の奥の緑の目が知性をたたえて光っている。
彼は今、ペルーのナスカ高原の地上絵と、最近頻繁に付近で目撃されるようになったUFOとの関係を調査していた。宇宙人のメッセージではないかとか、占星術や天体観測に使われたとか、もともとこの地上絵は色々に解釈されてきた。
軍関係では極秘事項になっているらしいここのところのUFOの出現で、ブライアンはこれがUFOの飛行に関して何らかの目印になっているのではないか、あるいはそうでないにしても因果関係があるのではないかと考えて情報を収集していた。彼はもともとUFOとの交信を夢見て、それを支援してくれそうなMARSに籍を置いているので、UFOが目的を持って確実にやって来る場所を捜すのが当面の課題となっていたのである。
そんなブライアンのところへ、今年度のテストに合格して18歳でMARSの所員になったサヤカ・ムラモトが訪ねてきた。日本人商社マンとフランス人女性との間に生まれた彼女は、父の仕事の関係で、子供のころから世界中を転々としていたが、10年前の隕石群の落下を肉眼で見たことがあるという話だった。
「先生こんにちは。研究室に戻っていると聞いたんで。今、いいですか?」
大学に残っていれば、今ごろは助教授だと言われているブライアンを、サヤカはからかった。
「その先生っていうのはやめてくれ、ブライアンでいいよ。でも久しぶりだね、元気だった?」
「ええ、おかげ様で。調査の方はどうでした?」
「目立った成果はなしってとこかな。ところで何の話なの?」
「ええ、実は10年前の隕石群に関する新しい情報を、報告しておこうと思って」
「ありがとう、それでどんなことがわかったんだい?」
すでにブライアンの興味は、サヤカが抱えているファイルの方にすっかり移っている。
「ええ、ちょっと見てください」
サヤカはファイルをパラパラとめくると、あるページを開いてブライアンに渡した。
「これは地図上の座標を指しているみたいだけど、この数字からするとナスカパターンのあたりじゃないか。これと隕石群とどんな関係があるんだい、まさかここに落ちたとでもいうのかな」
「うーん、実際に落ちた跡がないから断定できないんですけれど、そういった感じですね」
サヤカは自信なさそうに答えた。
「おいおい、何だよ、そんないいかげんなものなのかい」
ちょっとサヤカは困ってしまった。
「それ、私が計算したんです。MARSのコンピューターからだと、軍の未公開データも検索できますから」
ブライアンはそう言われて、ファイルを見直した。そういえば過去にこの手のデータが発表されたことはない。
「これは軌道上に出現した時の座標と、加速したときの座標から計算したものなんです。前提として、八角柱といわれている物体が、意図的な動きをしたということで考えているんですが」
ブライアンは並んでいるデータの中に、同じ数字が並んでいるところを見つけた。
「これはいったいどういう意味なんだい?」
「ええ、不思議なのはそこなんです。正確な落下位置がわからないので、不確定要素をそこが並ぶように決めてみたんですが、同じパラメーターをセットすると、8つのポイントが2×4の矩形に並ぶんです」
そのポイントはナスカ高原からさほど遠くない地点で、ブライアンたちの観測でもときどきUFOが見られるあたりだった。
「このあたりは、どうだったかな」
ブライアンは立ち上がって、自分のロッカーからファイルを取り出してきた。
「うーん、森林地帯になっているなあ。まだ未調査の区域だから、余裕があったらさっそく行ってみよう」
サヤカはにっこりと笑って、お願いするような目でブライアンの方を見つめている。
「何だよ、その目は? 一緒に行くつもりだな」
「あっ、そんな風にメイヤーさんの方から誘われてしまっては、断るわけにはいきませんね。是非お供させて頂きます」
ブライアンが何か言うひまもなくサヤカはたたみかけた。
「それじゃ、次の出発までには支度をしておきますね。あ、それからそのファイルは差し上げますのでよろしく」
言うが早いかサヤカは部屋を出て行き、ブライアンはファイルを開いて、最初から報告書を読み始めた。データの信頼性といい分析の正確さといい、内容に疑いの余地はなく、調査する価値が十分に認められた。
ジョン・ポール(J・P)・”ファスト”・ファーガソンは、士官学校を首席で卒業し、今年度から連合空軍第0部隊、通称「ゼロ」に配属されることになった。金髪で小柄のJ・Pは、その手の早さゆえにファストと綽名される。士官学校の寮で同室だった次席で親友のデビッド・”ローンスター”・ウッドも、僚機としてJ・Pと同じくゼロにやって来た。フットボールの黒人ラインバッカーだった大柄なウッドと、J・Pはなかなかのコンビである。
ゼロは一般的に存在が秘密になっている。J・Pたちにしても、士官学校でその噂を聞くまではゼロを知らず、実際に入隊となって初めてその存在を確信したようなものである。
同時に入隊することになった数名とともに、2人は中尉に任官されることになった。
「諸君、お待たせした。わが隊の隊長を紹介する。連合空軍きってのパイロットでもあり、宇宙飛行士としても名高いリチャード・アレン大佐、コードネームはスクワイアだ」
子供のころにテレビでよく見たアレン大佐が、壇上に上がった。
「初めに言っておこう。我が第0部隊は、ここ10年ほど飛躍的に目撃回数が増えた未確認飛行物体を、そのターゲットとしている。今のところ実害はないが、有事に備えるに越したことはない」
アレン大佐は手を上げて合図をした。ブリーフィングルームの照明が落ちてスクリーンに灯が入り、UFOをとらえた映像が現れた。
「この10年間に南米を中心として出現したUFOは、ほとんどがこの2つのタイプである」
副官が映像に補足を加える。
「1つはこのタイプ、薄いドーナツ状の機体で中空部分に赤く明滅する部分がある。直線の飛行は水平で、旋回時にはトスされたコインのように回転する」
回転しつつコースを変えていくドーナツ状の機体がスクリーンに映し出された。
「このタイプのコールサインは『コイン』、もう1つは、回転する8枚のフィンを持ち、球状の本体上部にコインと同じ赤い発行部分を持つ」
スクリーンに別の方の機体が現れる。J・Pとウッドが、卒業フライトで遭遇したものと同じタイプのUFOである。
「このタイプのコールサインは『オクトパス』、スクリーンで見てもわかるように、周りのフィンは常に回転していて、そのスピードは比較的遅い。しかし運動性能は非常に高く、減速なしで方向転換をするのが、映像からも確認できると思う」
次々とUFOに関する映像が紹介され、実態が説明された。ひとしきり終わった所で照明が再び明るくなってアレン大佐が話を続けた。
「これらのUFOがどういう目的で、どこから飛んできているのかはまだわかっていない。それを調べるのも諸君の任務の1つである。
昔話になるが、私が宇宙船のパイロットとして、宇宙ステーションと月面基地との往復をしていたときに、一度宇宙空間でコインタイプのUFOに遭遇した。それは延長線上に何もない宇宙空間から、一直線に地球を目差して飛んできていた。もちろん私は緊急事態ということでこれを追跡したが、大気圏に入る寸前まで追いかけたがそいつは忽然と消滅してしまった。
地球に戻った私は軍を説得して、UFOに対抗するための組織を作ることになった。それがこのゼロだ。諸君も地球外知的生命体の地球侵攻に備えて、力を蓄えておいてくれたまえ。
今のところは彼らの出現による実害は生じていない。しかし、古来より異なった文明同士の接触は必ず争いという結果をもたらしている。平和解決できない場合を常に考慮しておかねばならないわけだ。わかったかな?」
「イエス、サー!」
新入隊のメンバーが緊張した面持ちで返事をする。
「ゼロの現在の任務はUFOの飛行基地の発見と、その目的を追求することになる。パイロット諸君はプランに従ってパトロールに参加すること、地上勤務の諸君は各方面からの報告をまとめて情報収集に努めてもらう。
任務の詳細は追って通告するので、本日のところは解散とする」
一同が立ち上がって敬礼をすませると、アレン大佐は壇上から降りてJ・Pたちに声をかけた。
「ジョン・ポール・ファーガソンとデビッド・ウッドだな、噂は聞いている。なんでも卒業フライトの時にオクトパスと遭遇したそうじゃないか。報告書は読ませてもらったが詳しい話を聞かせてもらいたいものだな」
2人は大佐の司令官室に呼ばれた。
「それで君たちはどんな印象を持ったかね?」
大佐に促されてウッドが答える。
「非常識な飛行コースでした。コクピットのアブソーバーがよほど優れているか、無人であると推測されます」
「あるいはパイロットが、加速度に異常に強い生物であることも考えられます」
J・Pがウッドに続けて答える。
「君らの言うとおりコインとオクトパスは、無人機ではないかとゼロでは考えている。ということは、今はまだ偵察の段階にあるんじゃないかということだ」
パイロットによってUFOの遭遇率は大きく異なる。すでに一度出会ったことのある2人が、もう一度接触する可能性は高く、アレン大佐は2人に期待していた。
「君らもオクトパスのようなドン亀が相手では、腕のふるいようがなかろう。相手からの攻撃がないうちはこちらから手は出せないが、ガーディアンなら遅れをとることもあるまい」
「イエス、サー」
実践経験のない2人だがオクトパス程度なら、簡単に撃墜できる自信を一度の遭遇で持っていた。
「しかし敵の作戦行動が進んで、新型が出てきたらわからんぞ。まあ、しっかりやってくれ」
2人は早速、南米基地をベースに、UFOの本拠をつかむ任務に着くことになった。
ブライアンたち、MARSのメンバーは、八角柱が落下していたとサヤカが計算したエリアに到着した。まずは上空から様々な角度で写真を撮って地形を観察したが、あたりは一面の森で、それらしき痕跡は何もない。
次に近くの開けたところにヘリコプターで機材を運び、ベースキャンプを設営して本格的な付近の調査をすることにした。一行は歩いて探査を続けたが、森の中の所々に明らかに他と違う溝のような部分があるのを発見した。
この溝は直ちに詳しく調査が進められ、その形がはっきりとしてきた。溝は細かく曲がりながらも1本で1周しており、ナスカの地上絵のような鳥の形をしていることが判明した。
この鳥は、ナスカにあるものから比べるとかなり大きく、今まで見つかっている地上絵とは図案も異なっていた。付近の植生から見ても、ナスカのものと同時期あるいはそれ以前のものらしく、もともと地上絵自体の研究もしていたブライアンには、何かの糸口のように感じられて予想外の発見に興奮していた。
「サヤカ、すごいねこれは。君の計算した隕石群の落下とこの隠された地上絵とは、当然何らかの因果関係があるんだろうね?」
サヤカにしてみれば、自分の予想通りのものが見つからないのが納得できなったが、何も出てこないよりはこの成果はまだましと思えた。
「この地上絵と隕石群の関係は、可能性からすれば偶然とはいえないレベルの確率ですが、私は単なる偶然かもしれないと考えています」
「そうかなあ、今まで見つからなかった地上絵が、君の計算した座標にあったんだから……」
「とりあえず現状ではデータが少な過ぎますね。これからどうするんですか?」
ブライアンは新しく見つかった地上絵の分析をさらに進めたかったが、今回の調査はサヤカの希望を先にかなえてもいいと思っていた。すでにそう譲歩できるほどに、隠された地上絵は大発見だったのである。
「君はどうしたいんだ?」
「地面の下が調べてみたいですね」
「しかし、地上絵を壊すわけにはいかないから、まあとりあえずは地質調査でもしてみるか」
ブライアンが地質調査班を呼び寄せる手続きをとってくれたので、地上絵の発見で隕石群落下の調査が中断されてしまう心配はなくなった。
翌日になるとMARSの地質調査チームがベースキャンプにやってきた。彼らは1kmほどの間隔を置いて正三角形にプローブを設置すれば、あたりの地質状態が正確に類推できるというシステムを持っており、付近の状態はたちどころに明らかになった。
測定結果は分かりやすく地図にまとめられ、その晩には報告会が開かれた。
「まずはこれを見てください。わかりやすいように鳥の形の地上絵も重ねておきました」
鳥の右翼の下方にあたる部分に、明らかに他とは違う8ヶ所の特異点がある。
「この4個2列の特異点は、今回の測定で分析が不可能だった地点です。隕石と特定するのは早計ですが、通常の鉱物に含まれる物質とはまるで違ったもので構成されていて、いずれにしろ何かあることは確かです」
ブライアンたちはサヤカの算出したデータと地図を比較してみた。若干のズレはあるようだが、ほとんどサヤカの予測と一致している。
「測定で判明しなかったとしても、ここまではっきりしているとサヤカの言ってる通り、10年前の隕石群に間違いないだろう」
ブライアンがサヤカの方を見る。サヤカはホッとしたような納得の様子である。
「地上にはそれらしい跡がないわけでしょ、どのくらいの大きさなのかしら?」
「そうですね、はっきりした反射がないので正確な形はわかりませんが、長さ200m程度の柱状の物体。ビルのようなものですかね」
当時の軍のデータでは八角柱ということだったので、形の方もほぼ一致する。
「材質の詳細は分かりませんが、密度から類推すると金属ではないでしょうか。これ以上は実際に標本を採集してみなければなりませんね」
ブライアンは腕を組んで少し考え込んだ。
「地上絵からは少し離れたところにあるし、面倒だけど発掘してみるか」
地質調査班と入れ替わりに発掘に必要な機械が運ばれ、いよいよ八角柱の謎は明らかにされようとしていた。
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タワー
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土中の特異点は、その形状から「タワー」の名前が付けられた。
まず初めにボーリングが行われ、タワーから直接その一部を掻き取る試みがなされた。しかし結果は数個のカッターが使いものにならなくなっただけであった。
しかたなく8本のうち1本が選ばれて、その周りの土砂を取り除く作業が進められた。もともとタワーは地表から数十メートル以上埋まっていたので、その作業は必然的に大がかりなものとなった。
まずは調査の終了時に森が復元できるよう、表層部分がそのまま切り取られてコンテナ状のプランターに移植された。次に発生する土砂の一時的な置き場所が作られ、壁面に補強のシールドを入れながら、直径100m近い丸い竪穴が掘られた。
やがてタワーが頭を見せた。先端は鋭くはないがとがっている、ちょうど八角で構成されている水晶の結晶のようである。
まずは材質を調べるために、標本が採取されることとなった。表面は鏡面でなく非常に滑らかな艶消しのようである。本来は金属的な銀白色なのだろうが、輝くような印象はなく明るい灰色といった雰囲気を持っている。
ところがダイヤモンドカッターを使っても、タワーの表面にはキズひとつ付かなかった。硬くてキズが付かないというよりは、手ごたえがなくツルツル滑べり、何か不思議な力が守っているようにも思える。
手で触れるだけなら何でもないが、ポンチなどをあてようとするとまるで接触感がなくなる。当然、X線や核磁気共鳴などの方式を用いても内部構造は判然とせず、他に方法もなくさらに掘り起こされた。
百数十メートルが掘り返され、穴の内壁に2基のリフトを取り付けて、いつでも一番深い部分まで降りられるようになった。計画では残り数十メートル掘ってそれでも何も成果がない場合は、一部分だけ底辺を回り込むように掘って下面まで到達することになっていた。
ブライアン・メイヤーは決して透視能力者ではなかったが、ある日早朝一番に下まで降りてタワーの前に立ち、内部について色々と考えを巡らせていた。今までの常識では計れないこの不思議なものは、いったいどこから来て何のためにここにあるのであろう。落下した形跡は残っていなかったから、ひょっとしたらこの大地ができる前からここにあったのかもしれない。そうでなければ、どうしてなんの形跡も地上に残さずに、このような地中に存在できるのだろうか。すべては謎のままであった。
突然ブライアンは、自分がタワーの方へ進んでいるような感覚に襲われた。実際に進んでいるのではなく幽体離脱のようで、その感覚はタワーの外壁で止まることなく、さらに内部までブライアンを運んで行った。
内部は外壁とまったく同じ材質で均一に満たされていた。ブライアンの意識は固体であるはずのタワーの内部を、まるで水中にでもいるかのように自由に移動し、タワーの外壁を透過して外部まで眺めることも可能だった。
ブライアンはこのタワーの存在を認識していた。タワーはこれからやって来る何かを待っている、やって来た時に本来の働きをするようにできているらしい。それは地球の外から来る者、最近出没するUFOと関わりが深い存在だった。
穴の外にいた発掘メンバーの中で、サヤカだけはこの異常に気がついていた。サヤカは突然の耳鳴りに襲われ、発掘現場に走った。耳鳴りは明らかにタワーの方向から、実際に音として聞こえるわけではないのだが、サヤカの頭に響いていた。
穴の縁までたどり着いて下を見ると、ブライアンが1人で立っている。
「メイヤーさーん!」
サヤカの呼ぶ声が、ブライアンには聞こえていないようである。
「ブライアーン!」
依然として耳鳴りはやまず、ブライアンは微動もせずに立ち尽くしている。
サヤカはしかたなく手前のリフトを呼び、それに乗って穴の下へ降りて行った。ひんやりとした空気にキーンという音だけが、妙に自然な感じで溶け込んでいる。サヤカはリフトを飛び降りると、ブライアンに走り寄った。
長身のブライアンの前に回って両腕をつかみ揺すってみると、ハッと我に返りサヤカの方を見た。サヤカが感じていた耳鳴りも、それと同時に何事もなかったかのように消えていた。
「どうしたんだい?」
「それどころじゃないです。今の音はなんだったんですか?」
音といってもサヤカ以外の人間には聞こえてはいない。
「音って?」
ブライアンは状況がしっかり把握できていない。
「今まで、このタワーからキーンって音がしていたんです。いったい何があったんですか?」
ブライアンは今体験した夢のような出来事を、ゆっくりと思い出すように答えた。
「僕は今、このタワーの中に入っていたんだ」
「もう、変な冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ、入ったといっても本当に入ったわけじゃなくて、意識だけが抜け出していったような感じだけどね」
ブライアンが真面目な様子なので、サヤカも何となく理解しかけてきた。先ほどの音も確かにタワーから聞こえていた。しかし実際に可聴域の音ではなかったことは、サヤカ以外のスタッフに聞こえなかったことからもわかる。どうやらESPに似た、特殊な知覚能力がこのタワーによって引き出されるのではないだろうか。
「そういえばさっきの音も、頭の中に直接響いてくるような不思議な感覚でした」
「残念だけど僕には聞こえなかったなあ」
「さっきブライアンが気がついたときに、消えてしまったんです。それより、タワーの中ってどんなだったんですか?」
ブライアンは目の前にそびえる謎の存在を見上げた。
「こいつは芯までずっと表面と同じ材質でできていて、今の状態は昆虫のサナギにあたるんだ。何かはわからないが地球の外から来る者を待っていて、それが来たときに本来の姿に戻るらしい。しかもここのところ僕たちが調査しているUFOと、どうやら関係があるみたいだね」
「ふーん」
サヤカは、実際に感じたり触れたりできる宇宙からのメッセージであるタワーに、今まで以上の興味が湧いてきた。
「上へ上がろうか、そろそろ朝飯だろう」
2人はゴンドラに乗って上に移動し始めた。サヤカが突然わけのわからない行動をとったので、数人のスタッフが心配そうに待っていたが、2人の無事な様子を見て朝食をとるために、ベースキャンプに戻った。
誰も見ていない青空には1つの変化が現れていた。南西の方角より灰色をしたドーナツ状の物体が飛んできたのである。中心部が赤く明滅するコインと呼ばれる機体は、タワーの真上までやってきて止まった。するとタワーの先端から一条の光が、ドーナツの穴を抜けて空へ伸びていった。
光は一瞬で消えてなくなり、コインはその独特な飛行パターンで、翻りながら再び南西の方角に消えて行った。
J・Pとウッドの2人は愛機のテストを兼ねて、南アメリカに再びやって来た。ゼロ仕様になったガーディアンは、生産機より推力が30%強化され、増槽タンクにより航続距離も2倍になっている。特筆すべきはその運動性能の向上で、フラップの追加や補助エンジンによって、トリッキーなUFOの動きに少しでも追従できるように改造されていた。
2機が偵察に来たのは、MARSという民間研究所が発掘している、タワーと呼ばれる発掘物を監視するビデオカメラに、コインが映っていたという報告を受けたからである。しかも転送されてきたビデオの映像を見ると、そのコインは明らかに意味のありそうな行動を示している。
土中にあったといわれるタワーも、MARSによれば、10年前の隕石群のうちの1つだということである。当時の記録では消滅したとされている物体が発見され、しかもそれがここのところ頻繁に出現するUFOと関係あるのでは、ゼロとしてもほっておくわけにはいかなかった。
とはいえ、民間の研究所が報告してきたビデオなどは、いくらMARSのものでも信憑性が低く、J・Pたちのような新米が機体の調子を見るついでに来る程度である。
「ファスト、見えた、2時の方向だ」
2人はまずMARSの発掘現場を目指していた。
「了解、確認した。そちらへ向かう」
ガーディアンは可変翼を開いてフワリと旋回する。スピードの方もかなり低くなり、低速での姿勢制御能力が試される。
「なんだか、すごいな」
一面の緑に被われた森の中に、忽然と穿たれた直径100mの穴。しかもその中に大きなモニュメントのごとく、灰色のタワーがあるのは異様な光景である。2機は最大能力で索敵しつつ、タワーの上空を通過した。
一瞬、J・Pは眉間のあたりに金属同士がぶつかったような、キンという音を感じた。J・Pの記憶の中からは、すぐに消されてしまう類の些細なことだったが、これが大事件に繋がる重要な引き金となる。もちろん彼は、サヤカが感じた音とタワーとの関係など知るよしもなく、気にも止めずに任務を遂行した。
「ローンスター、コインが飛んでった方へ行ってみよう」
「了解、南西だったな」
ブライアンの不思議な体験は、MARSのメンバーの中でもその真偽について色々議論されていた。客観的な測定器などでは歯が立たないからといって、ブライアンの主観的な意見だけで判断はできない。
しかし、サヤカはブライアンがタワーの中に入って行った時に奇妙な音を聞いているので、全面的にブライアンを信じていた。しかも、あの後に飛来したという監視カメラに映っていたUFOの存在も、ブライアンの言うことを裏付けている。
発掘の方は意義を再確認するために、現在休止しているが、サヤカたちはベースキャンプに留まって、変化のない観察を続けていた。
サヤカはブライアンと同じように穴の底に降りてタワーの前に立ち、タワーに思いを巡らせてみる。タワーはサヤカには何も見せてはくれなかったが、目の前の存在が地球以外の私たちが知らない宇宙へ開いているかと思うと、無為に時間が過ぎて行くことも苦にはならない。
ジェット機の音が聞こえて、サヤカは穴の中から空を見上げた。監視カメラの映像の報告を受けてやって来たと思われる軍関係らしい2機が、タワーの上空に接近していた。
「キン」
ちょうどタワーの真上に来たときに、サヤカは先日のブライアンの時と同じような音を聞いた。今度は短かったが、そのパワーはサヤカに不快な印象を与えるくらい強かった。
その中から、サヤカはブライアンが認識したのと同じようにわずかだが何かを感じ取っていた。それはタワーの自己防衛意識であろうか、上空を通過したものに対する敵対心のようであった。
2機のガーディアンは、徐々に増えてきた低層積雲の上へと上昇した。緑の絨毯の上に、真っ白なシュークリームがばらまいてあるような感じに見える。
「上から見る雲はいつ見てもきれいだな」
「何言ってるんだ、ファスト。それにしてもこんな方角に何があるんだろう、まっすぐ行ってもいずれは太平洋だぜ」
雲の間から見える地面も森林ではなく、いつのまにか赤茶けた平原になっている。
「見ろ、あそこ。赤く光っている」
雲の切れ間から赤く明滅する光が、見え隠れしている。2機のガーディアンは旋回しつつ、相手の後ろに回り込むように降下した。コンピューターがターゲットをとらえ、レーザーセンサーがパターン認識して情報を送ってくる。
「8本足だ」
2人は示し合わせたように可変翼を広げる。コインならその挙動は容易に追跡できるが、オクトパスでは運動性を上げても地球の航空機ではその動きをトレースすることは難しい。
失速寸前になりながらも、2人はオクトパスをある程度の距離で追っていた。ところがオクトパスは2機のちょうど間を抜けるように、突然180度転進してJ・Pたちの後方へ飛び去った。
スロットルを開けて操縦桿を引き、ガーディアンは宙返りに入る。しかし、オクトパスは背面飛行している2機の下を再び転進して抜いていった。キャノピーから頭上に見える地面との間に赤い光を認め、背面飛行のまま高度を稼ぎ再び向きを変え、オクトパスの後方に付ける。
「畜生、見事なフェイントだ」
ローンスターが悪態をつく。
「飛行中のVF1241、1242へ警告。ただ今南アメリカ一帯上空に、無数の未確認飛行物体が出現。大気圏に突入し落下して来ています、ご注意ください」
本部のオペレーターが何か言っているようだが、2人は今それどころではない。
「ファスト、ローンスター、注意しろ。上だ!」
アレン大佐の声と連動しているように、ヘッドアップディスプレイに『ALERT』の赤い文字が浮かぶ。
容易ならざるシチュエーションのようで、J・Pはキャノピー越しに見上げる。昼間だというのに幾筋かの流星が尾を引いている。見える範囲の中にも地上まで到達した隕石が、爆撃のようにキノコ雲状の煙を各所で上げている。
この日南アメリカを襲った物体は、地球文明に壊滅的な被害を与えた。最もすさまじかったのは、タワーと呼ばれている八角柱の落下で、数本であたり一帯の文明をすべて平原に戻してしまった。
落下したタワーはMARSの発掘している数倍の大きさであり、1999年の時と異なり、途中で消えることなく地表に到達し、徐々に地中に沈んでいった。その中心となっているのはブライアンたちのいる地上絵で、半径100kmほどにわたり、人が生活していた形跡はまったくなくなってしまった。
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侵攻
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落下の中心地帯からさほど遠くない地点で、オクトパスを追跡していた2機のガーディアンは、ゼロのデータにないUFOと遭遇していた。
それは翼の代わりに揚力を得ると思われる、フロート状のユニットを左右に付けた機体で、コクピットと思われる部分から大きな突起物が後方上部に伸びている。後にこの突起物から、『ビートル』とコードネームが付けられるタイプの機体である。
「ローンスター、新手だ」
「今の攻撃と一緒に来やがったんだ」
オクトパスを追っていた2人は、後方で起こったすさまじい戦術核ミサイル級の雨に気を取られて、追うべきターゲットを見失ってしまった。しかしその代わりとなるビートルの出現に、報復の矛先が向けられた。
しかし相手は、レーダーに反応があってから視界に入るまでも早く、上空から一直線に2機を目指している。
「ローンスター離脱するぞ、こいつは速い」
「了解」
2機は左右に分かれて旋回し加速する。しかしビートルは後方にその距離を保ったままである。
「ファスト、振り切れないぞ」
ビートルは2機の上後方に位置を取って、2機の動きを追ってくる。逃げるガーディアンのコクピットにアラートのブザーが響く。
すかさず2機は回避運動を取る。2機の間をエネルギー弾とおぼしき光の玉が通過する。明らかにミサイルなどの固体弾とは異なっているが、ビーム兵器ほどのスピードはない。外れた弾は流れて地上に到達したが、不発弾のように何の変化も現れない。
「ファスト、撃ってきたぞ」
「ああ、でもあの弾は破壊力がないようだ」
ビートルは2撃目を発射してきた。J・Pは試しに射線上に出ると、空になった増槽タンクを切り放してエネルギー弾にあてた。タンクは一瞬にして粉々になり、パラパラと雪のように降って行った。爆発するのではなく、選択的に物質の結合を解いて破壊するようである。
「ファスト、行くぜ」
ゼロは特殊な相手に対する場合、通常の命令形態を取っていない。地球人の常識である威嚇や牽制が、効果を上げるとは必ずしもいえないからである。ローンスターは反転して、小型の追尾式ミサイルを発射した。
「命中だ、カブト虫野郎」
「いや、そうでもないみたいだぞ、気をつけろローンスター」
爆発でできた煙の中から、エネルギー弾とともにビートルが姿を現す。ローンスターは再び旋回して回避した。
「あの野郎、無傷なのか?」
「もうこれ以上はやめるんだ」
先ほどの大事件に比べれば些事に過ぎないと、J・Pが止めに入る。普段の2人とは逆に、ウッドの方が感情的になっている。
「何言ってんだ。あんなやつは早いうちに叩いておかないと……」
「敵かどうかだってわからないんだぞ」
「あんなもの撃ってくるんだ、少なくとも友好的なもんか」
J・Pに言われるうちに、ウッドも落ち着きを取り戻してくる。
「それより、さっきの大爆発の方が重大だ。あの雲の中に離脱するぞ」
「了解」
2機は、機体を厚くなってきている雲の中に入れた。有視界でしか飛行できないのか、あきらめたのかは定かではないが、もうビートルは追ってこなかった。
MARSの発掘現場は大騒ぎになっていた。発掘現場自体はまったくの無傷だったのだが、周りすべてが一瞬のうちに閃光に包まれ、次の瞬間には爆風が襲ってテントが吹き飛ばされた。
幸いにしてスタッフは宿舎や測定室にされていたコンテナと、穴の中に分散していたので全員無事だった。しかし外の光を直接見たものがいなかったので、事態を把握したのは調査の結果を報道する夜のテレビニュースを見たときであった。
皆が信じられないようすでニュースを見ている最中に、ブライアンは穴の底へやって来た。タワーの前に立つブライアンに反対側のリフトからやって来たらしい人影が声をかける。
「メイヤーさんでしょ」
声の主はサヤカだった。
「どうしたんだ、こんな時間に1人で?」
「それはあなたも同じです」
サヤカは笑いながら答えた。
「何となく呼ばれているような感じがして、それで来たんだ」
「何かが接近している、もうすぐここにやって来る、そんな感じでしょ。私、子供の時から勘が鋭くて、テジャ・ヴュも多くて、ああこの後こうなるなってよくわかるんです。
さっきから10年前に隕石群を見た時のように、何か来る予感がしたんで降りてきて待っていたんです」
サヤカも同じ理由でここにいることを知り、ブライアンは安心した。科学者たるもの、予感がしたというだけで行動するのを人に見られるのは、恥ずかしい気がしていたのである。
「君にはそんな……」
「来たわ」
サヤカは下を向いて考え込むような仕草をしたが、すぐに顔を上げて指差した。
「あそこよ!」
ブライアンがそちらを見ると、燃えている地上の火を照り返して明るく見える空に、赤い光点が明滅しながらこちらへ近づいてきた。2人は立ちすくんで言葉もなく、ただその動きを追っていた。
やがてタワーの真上にそのUFOは停止した。
不規則に自転しているその物体は、正八面体をしている。辺にあたる部分が金属のフレームらしく、時々キラリと光を反射する。面にあたる部分は透明感のある黒で、周辺部が赤く明滅している。
しばらくすると自転のスピードが遅くなり、徐々に2人の頭の上へと移動してきた。ちょうど真上にさしかかった時に、自転がピタリと止まった。
何か言いたげに、赤い光が一段と明るくなり、明滅の周期も色々に変化し始めた。すると2人の頭の中に、そのUFOが味方であること、地球にタワーを送り込んだ存在がいずれは人類を抹殺しようとしていることなどが、相手からのメッセージとして認識された。
2人に意思が伝達されたのを確信したように、UFOは2つのピラミッド型に分かれ、各々が自転しながら別々の方向へ飛んでいった。
タワーの発掘現場は状況が悪くなる前に、一刻も早く撤収することが決められた。メンバー、機材ともに研究所に帰り着いたころ、宇宙からの侵略者たちは活動を開始した。
各地に落下が確認されている球状の物体は、地中に半分埋まってドームのように見える。表面は明るい灰色で継ぎ目はないが、金属のように固く見える天頂部分が丸く開き、中からJ・Pたちがビートルに撃たれたものと同じ弾が射出され始めた。
『ザッパー』とコードネームが付けられたその弾は、人間や人工的な建築物に選択的に作用して、周辺をみるみる荒野に変えていった。もともと人の住まない地帯だったので、実害はそれほど多くなかったが、逆に情報が少なく相手のことも未だによくわかってはいなかった。
連合軍は敵の射程が短いのをよいことに、陸戦部隊を編成してドームの掃討にあたることにしたが、通常兵器は相手に対しまったくの無力だった。仕方なく戦術核も用いられたが、結果は変わらない。
和平交渉をしようにも一方的で取り付く島もなく、敵はさらに陣容を強化して周りに侵攻し始めた。南アメリカはパニックの渦となり、世界各国はいやがおうにも協力することになり、付近の住民たちは徐々に避難した。
敵はまずコインが偵察し、ビートルで制空権を掌握、ドームに台のようなものが付いてホバーリングによる移動機能がある『スライダー』という移動砲台が侵攻する。そして確保した地点には、ドームとそれより一回り大きく、トーチカのように細い窓がある『スカイライト』が設置される。スカイライトには攻撃力はなく、策敵、命令などの作戦拠点と見られていた。
彼らの侵攻はブライアンたちが発掘していた地上絵を中心に、戦略的にも意味のないと思われる地帯を制圧し、それ以上には広がる気配がなくなった。しかし、それが本当の終結でないことは、誰もが容易に想像することができる。
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因果
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南アメリカから引き上げてきたブライアンとサヤカは、研究所で新たな実験を始めていた。それはタワーのところで出会った、ピラミッド型のUFOを呼び出そうというものである。しかしUFOの特徴が、灰色っぽい本体の色といい、赤く明滅する部分があることといい、南アメリカに侵攻してきた存在と一致しているため、他のメンバーに協力を求めるのははばかられた。
その晩も、2人は研究所の屋上に上がって背中合わせに立ち、精神を集中させて先日のUFOを呼んでいた。2人は発掘現場付近に侵攻してきたUFOが、今は停滞しているがいずれは人類を滅ぼそうと動き始めること、そしてそれを防ぐためには八面体UFOの力がいることと信じていた。
八面体UFOと再び接触するためにこの実験は毎晩続けられていたが、いつもは10分くらいでやめてしまうところを、今日はすでに30分以上続けている。今日は来る、そんな予感が2人ともしていた。
やがて2人は深い瞑想状態に陥り、強い光が真上からスポットライトのように包み込んだ。その光が消えた時、2人の姿は屋上にはなかった。
(君たちの言葉はわからないけど、話す必要ないはずだ)
ブライアンとサヤカは屋根裏部屋のようなところに来ていた。室内は円形だが、透き通った壁の外にあるフレームはピラミッド状で、八面体UFOの内部だと直感させる。航空機らしい装備すらなく、ライトブルーのパイロットスーツ風の服を着た、長い黒髪の男が1人立っていて、2人に話しかけているらしい。
(僕はムー・クラトー、あなた方と同じ地球人だが、生まれたのは今から1万年以上前になるかな)
(あなたは古代人なの?)
テレパシー実験のように、サヤカが思惟を送る。
ムーは答えてきた女性の方を見た。妹と髪の色も目の色も同じで、いかにも地球にケイたちが生き残っていたことを実感させる容姿で、地球が送ってきた時間をムーに忘れさせる。
(自分の主観的な時間の経過ではまだ29歳なんだけどね、地球が送ってきた時間の尺度で言えばその通りだよ)
(ということは……)
男性の方はムーと同じくらいの背の高さで、目を保護するためのものらしい透明なプロテクターを付けている。黒い髪だが目の色はムーの見たことがない緑だった。
(ちょっと待った、先に自己紹介してくれよ。質問には何でも答えるから)
古代人と知って興味を隠せないブライアンを、ムーは制した。色の白いブライアンが、気持ちを見透かされて真っ赤になるのを見て、サヤカが先に始める。
(ごめんなさい、私はサヤカ・ムラモト。タワー、あっ、私たちはそう呼んでいるんだけど……)
(ソルのことだね、この前の所にあったやつだろ)
サヤカの出すイメージから、ムーは言葉以上のものを感じ取る。
(それが落ちてくるのを子供の時に見て、いつかは調べたいと思っていたんだけど、この間ついに発見して発掘のためにあそこにいたの)
ブライアンが落ち着きを取り戻して、サヤカに続いた。
(僕はブライアン・メイヤー。UFO、未確認飛行物体の研究をしています)
(わかった、サヤカにブライアンだね、長い名前だけど覚えたよ。僕のことはムーと呼んでくれて結構だ。さて山ほど質問があるだろうから、まとめて答えようか)
(それではまずあなた方はどこから来たのですか?)
突然ムーの立っている横の床に穴が開いて、ピンクの頭がせり上がってきた。女性の容姿をしているが、肌は銀色で髪の毛はピンク、顔は目の部分に黒い大きなレンズらしい部分があるが、他は鼻や口もなく滑らかである。サヤカとブライアンにとっては、どう見てもこちらが宇宙人である。
『感応会話に2人は慣れていないんだから、ここからは私が説明しましょう』
イブはムーにそう言うと2人の方へ向き直った。
『私はイブ、人間ではありません。かといってあなた方が心配しているように、宇宙人でもありません』
イブは流暢な英語で2人に話しかけた。2人にもどうやらこれが、ロボットらしいことがわかった。
『さて、お察しの通り、私はアンドロイドです、もちろん地球製のね。話は長くなりますが、あなた方にはそのすべてを話しておいた方が賢明でしょう、座ってください』
床が、ソファのような形に盛り上がった。2人はおそるおそる腰を掛ける。イブはゆっくりと話し始めた。
ガンプの生い立ち、氷河期の到来、レプリカと6つの惑星への移民、地球に残った人類とデバズ、レプケの滅亡、ムーのゼビウス行など、イブは順を追って説明した。2人は質問も交えながら、壮大な地球の物語を聞いた。
ブライアンが、レコーダーもノートも持っていないのを残念がったが、忘れてしまえるような内容ではない。
『地球でどんな変化があったのかは知りません。地形も大幅に変化していて、アッシュが設置されていたレプケはすでになくなっていました。ケイたちが移民するといっていたあたりも隆起していて、人が住んでいる様子はありませんでした。でもあなたを見て、ケイが生き残っていったことを確信しました。あなたから受ける印象は若いころのケイやミサトと同じです』
サヤカは突然のことに驚いたが、隕石郡を目撃してから感じていた自分の中の潜在的に持っていた使命感に、1つの結論が与えられて納得した。
「それであの地上絵とソルは、なんのためのものなのですか?」
『ソルはイル・ドークト、ESPを増幅したり蓄積したりする材質でできていて、ガンプが地球にテレポートしてくる時の手助けをするものです。でもあなた方があの上を飛行したために、ガンプはあなた方の存在に気付いてしまい、先日のようにビューアムを確保するための部隊を送り込んできたのです。
あの鳥の地上絵はガンプの本体があったところで、爆破されてしまった本体を偲んでレプリカがESPで作ったものです。付近には似たような地上絵がいっぱいありましたが、私たちがゼビウスに発ったときにはありませんでした。
それからあの地上絵にはもう1つの意味があります。ファードラウトが起こるときの、6つの星の位置を示しているのです。ファードラウトというのは、ガンプが移民して行った6つの惑星が、あの地上絵を中心にしてXYZ軸上に重なる現象です。それはあなた方の暦で、2012年の後半に起こることになります。ですから私たちはこうして、それより前に地球に戻ってきたのです』
サヤカとブライアンはお互いの顔を見合わせた。2人とも大変な事件に巻き込まれてしまっていたのだ。
「そのファードラウトが起こると、何かよくないことがあるんですか?」
今度はブライアンが聞く。
『ガンプはファードラウトを利用して、自分を地球に再構成しようとしているのです。6つのレプリカの力が最も強く発揮される時に、超能力を使って合体テレポートを行い、再び人類を地球に戻して自分の支配を続けるつもりです。
ガンプは人類の繁栄を守るという使命があります。しかし、自分勝手に行動する人類が相手では、使命を達成するには非合理的なのです。そこでガンプは自分に従うものだけを適合者とし、従わないものを非適合者として社会から隔離あるいは抹殺しているのです。あなた方との共存はできません』
「ではどうすればいいのですか? 私たちでは何も力になれません」
有史以来人類最大の危機に、サヤカは実感なく困惑していた。
『あなた方がどのくらいの科学力を持っているかは知りませんが、彼らに負けないだけのデータを私は持っています。ケイは別れの時に私にミサトの作ったハーロと、ガンプに対抗するために作られたデバズ、そしてガンプ自身ともいえるラスコ・クストーの遺伝子パターンを組み込んでくれました。
さいわい私たちの存在にガンプは気付いていません。私たちはガンプの計画を阻止するために、ケイの子孫であるあなた方を捜していたのです』
「僕たちだけで、どうすればいいのでしょう?」
ブライアンにしても雲をつかむような話だった。
『大丈夫です、仲間はあなた方だけではありません。ソルの上を通過したパイロットも、きっとあなた方と同じように私たちとわかり合えるでしょう』
ゼロをはじめとする連合軍は、南アメリカの一部を占拠した異生物と対峙して交戦状態に入っていた。政治的に和平を結ぶことは難しく、地球軍としては侵攻を食い止めるのが目的だったが、ゼビウス軍の力は圧倒的で各地で全滅に近い被害が出ていた。
J・Pとウッドも敵に接した回数が多いという理由で、敵の制圧圏内を偵察していた。短期間の内に人工的な建造物はすべて消滅していて、地図上で町のあった部分は荒野となっていた。
「こうなると自然の力は強いなあ、緑だけはもうあちこちに出てるもんなあ」
赤茶色の地面には、すでに草が芽吹いている。
「異星人にとっては、地球人の生活や文化なんて何の意味もないぜ」
平原のところどころに、どんな役目を持っているのかわからないピラミッド状の物が建っている。異生物のものは、みんな灰色の金属のような材質が特徴的である。
ピラミッド以外には、砲台の役目を持つ半球状のドーム、それより一回り大きいスカイライトなどが、地上基地として分散配備されていた。
敵のもう1つの特徴は赤く明滅する光で、明滅の周期とタイミングも共通で、何か大きな力に操られている印象が深い。
航空機は3種類がすでに報告されている。偵察機らしいコイン、輸送機とされているオクトパス、そして攻撃機のビートルである。2機が偵察しているエリアでは、コインとしか遭遇することはない。コインは接近すると、回転しながら離脱していく。
「まったく何なんだろう、異星人を僕らの物差しで計るのは間違いなんだろうけど。何にしろ、目的がはっきりしないうちは正面から手出しするわけにもいかないんだろうな」
「やつらの目的なんかもうはっきりしてるよ、地球を侵略しに来たんだ。アレン大佐じゃないけど、異種文明の衝突は必ずどちらかの滅亡を産むものさ」
ウッドの意見はJ・Pにくらべると現実的である。
「ローンスター、係の方が登場したぞ!」
前方より2機のビートルが接近する。ガーディアンは回避運動のために翼を広げた。
「いつでも来いよ、カブト虫」
エネルギー弾が発射されるが、2機は楽々とかわす。敵の侵攻が始まって以来、オクトパスを見ることは少なくなったが、敵の攻撃機はこのビートルのみのようだ。しかも敵戦力の発射する弾はスピードの遅いエネルギー弾のみで、J・Pたちのような新米パイロットでも容易に回避が可能である。
こちらの攻撃が無効なので侵攻を許してはいるが、そんなわけで敵の支配地域の奥深くまで偵察行は容易だった。
ビートルは攻撃を終えると反転して離脱していく。敵機は追跡しても消滅するように見失ってしまうので、追跡は無意味である。また通常火薬はもとより、戦術核を用いてもまったく損傷を与えられないのでは、戦闘自体が無意味であった。
「畜生、今に見てろよ、きっと墜してやるからな」
『ピーッ』
アラート音がコクピットに響く。前方より高エネルギー体が接近しているようだ。
ウッドの機体は急速上昇したが、僚機の後方にいたJ・Pは回避運動が一瞬遅れた。そこをビートルのザッパーより大きく、スピードの速いエネルギー体が襲う。J・Pの機体は2枚の垂直安定板の片方を失い、バランスを崩して高度を下げていった。
「ファスト! メイデイ、メイデイ、VF1241が被弾した。どこのどいつだ、やりやがったのは」
後にロングレンジ・ザッパーと呼ばれる敵の長距離援護射撃に、J・Pは気を失っていた。コンピューターが自動で姿勢制御を試みているが、万が一このエリアで機体をあきらめることになっては致命的であった。ウッドは僚機をリモートコントロールするために、ともに降下して行った。
ドーンと音がして、ローンスター機の計器がダメージを報告してくる。
「下か」
雲が切れると、赤く光るジョイント部がドーム4つを十字に連結した砲台が、下からザッパーを射出している。回避しようと努力するが、ファスト機を見殺しにもできない。一瞬の躊躇をついてザッパーがメインの燃料タンク部を貫いて燃料が流れ出し、もはや2機とも帰還することは困難になった。
ウッドはすでにパニック状態になっていて、涙を流して震えながらパネルにある赤いボタンのセイフティーを外した。1発だけ装備されている、核ミサイルの発射ボタンである。
ローンスター機は反転して一直線に砲台に突入した。ファスト機もよほどの幸運でもない限り、このままではどうせ助からない。至近距離に入ってウッドはボタンを押した。
「くらえ、このやろう」
ミサイルが発射された機体を、いくつものザッパーが襲う。しかし、命中する前に辺りは閃光に包まれ、ローンスター機は光の中に消滅した。キノコ雲が上がり、核爆発のあったことを示す。やがてそれも晴れて、あたりは何事もなかったかのように静かになった。4つのドームを持つ砲台も、相変わらず赤く明滅を繰り返していた。
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ソル・バルゥ計画
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気がつくとJ・Pは、暗く小さな部屋の中にいた。寝かされているベッドの隣に、ピンクの髪に銀色の皮膚を持った、異形の者が立っている。J・Pはローンスターの後方を飛行中に、回避が遅れて被弾したまでしか覚えておらず、自分が異星人の捕虜になったと勘違いした。
『驚かしてごめんなさい』
異星人と思われた者が、意外にも英語で話しかけてきた。
『私はイブ、あなたの期待に応えられなくて申し訳ありませんが、異星人ではなくアンドロイドです』
J・Pはどうやら相手が敵ではないことを知った。
「僕は……」
ベッドから起き上がりながら話し始めたJ・Pを、イブがさえぎるように続けた。
『ジョン・ポール・ファーガソン中尉、通称J・P、コールサインはファスト、対異星人のために作られたゼロのパイロット。これで間違いはないわね』
J・Pは自分の様子を確かめた。パイロットスーツもそのままで、別に何か調べられた形跡もなく、イブはどうしてJ・Pのことを知ったのかが疑問だった。
『私はあなたの遺伝子マトリクスと同じものを、回路として内蔵しています。それであなたとテレパシーのように通じ合えるのです』
「僕をどうするつもりだ?」
J・Pにはまだイブが味方だという確信が持てない。
『ちょっとじっとしていてください』
イブは右手をJ・Pの額にあてた。今までの経緯が、J・Pの脳裏に走馬灯のように現れた。初めての精神感応にJ・Pは軽い吐き気を覚えたが、短時間で事態を認識することが可能だった。
『手荒いことをしてすみません。あなた方のお仲間と試してはみたのですが、実際にやるのは初めてなので不愉快な部分があったかと思います』
J・Pは額に手をあてて、一瞬のうちに詰め込まれた情報を確認整理していた。
「ローンスターは、デビッド・ウッドはどこにいるんですか?」
J・Pは僚機のことをイブに尋ねた。
『あなたと行動を共にしていた航空機でしたら、消滅いたしました。あなた方が核爆発と呼んでいる現象をその機体が誘発し、自身もその高エネルギーで分解しました。あなたの乗っていた機体も同時に消失し、あなただけは私がここへテレポートしたのです』
話だけでは信じられないが、おそらく事実だとJ・Pは思った。自分が撃墜されたという実感だけは、はっきりと脳裏に焼きついていたのである。ゼビウス軍の戦力増強は、まぎれもなく現実の危機だった。
「ゼロはこんな時のために作られたと聞きます。是非アレン大佐にも会って、我々と共に戦ってください」
その頃ムーはすでにゼロの本部に、アレン大佐を尋ねていた。
J・Pからイブが引き出した情報により、ムーは数々のセキュリティーシステムを、ウグジャイを使って突破し、アレン大佐の司令官室のドアをノックした。
「入りたまえ」
大佐は、軍の制服を着用していない人物が入ってきたのに驚いたが、男の顔を見るなりその驚きが別のものに変わっていった。この男とここで出会うことに、運命のようなものを感じ、しかもこの情景は強力なデジャ・ヴュを伴っていたからである。
「君は何者だ? 見たところ軍関係の人間ではなさそうだが」
月並みな質問が意思とは関係なく言葉になる。
「僕はムー・クラトー、あなた方が手を焼いているゼビウス軍を叩く手伝いをするために、1万年の時間を超えてやってきた者です。」
ムーも、ブライアンやサヤカとの精神感応で、英語が理解できるようになっている。
アレン大佐は、目の前の男がすべての疑問に答えてくれることを知っていた。初めて宇宙でコインを見たときから、大佐はこの日が来るのを予感していたのかもしれない。大佐はムーに敵のことを根掘り葉掘り聞き、対抗策を求めた。ムーはポケットから、灰色の金属でできたようなブロックを取り出した。
「これは、イル・ドークトというものです。ゼビウス軍はすべてこのイル・ドークトで作られていて、現在あなたたちが所有している兵器での破壊は不可能です。
これには超能力を蓄積や増幅、そして放射する機能があります。彼らはそれを利用して、あなた方がザッパーと呼ぶスパリオ弾を作り発射しています。だからこのイル・ドークトさえあれば、ゼビウス軍を倒す武器が作れるのです」
ムーはイブが設計した、対ガンプ軍用の戦闘機『ソル・バルゥ』の設計図を示した。ソル・バルゥとは、ムーたちの言葉で太陽の鳥という意味である。しかし、これを造るには相当量のイル・ドークトが必要だったが、ガンプ以外がそれを作るのは難しかった。原理的にはイブにも十分にできるはずだが、いかんせん、イブのパワーではせいぜい人間1人分のテレポートがやっとで、ムーが持ってきたサンプルも、ムーとミオが苦労して実体化させたものだった。
「それ自体が兵器になるのかね?」
アレンの質問に、ムーは傍らに置いてあった雑誌を取った。
「よろしいですか?」
「かまわない」
雑誌を壁に立てかけて反対側の壁に立ち、左の手のひらにイル・ドークトを載せて前に差し出した。アレンが見ている前で、ブロックからザッパーと同じ種類のエネルギー弾が発射され、雑誌に命中した。雑誌は一瞬で消滅したが、壁などにはなんの跡も残っていなかった。
アレンは立ち上がって壁を調べた。本当になんの痕跡もない。確かに発射されたのはゼビウス軍のエネルギー弾と同種のようである。
「ちょっと、貸してもらえないか?」
ムーはアレンにブロックを渡した。ブロックはアレンが想像したよりもずっと軽く、金属特有の冷たい感じはしなかった。手にとってよく見ても、仕掛けらしいものもないただの塊である。こう見せられてしまうと、アレンもムーを信じざるを得なかった。
こうしてムーはゼロと共に戦うことになり、軍もソル・バルゥ計画を進めていった。大量のイル・ドークトを得るために、イブが中心になってスタッフを集め、ソル・バルゥができるまでの間、現行機にイル・ドークトを装備してゼビウス軍にあたることになった。
世界最大のコンピューターメーカーの技術者であるパット・マクナリーも、ケイと同じ遺伝子マトリクスを持っているということで軍に出頭を求められてやって来た。パットは軍に協力するつもりはなく、度重なる出頭要請にしっかりと断るつもりでいた。
しかしパットを迎えたのは、高圧的でいかつい軍人ではなく、パットと同じくらいの年の男女と、銀色のボディーをメタリックブルーのプロテクターで被ったアンドロイドだった。
『ようこそ、ミスター・マクナリー』
初めに話しかけてきたのは、なんとアンドロイドだった。しかし、このサイズの自立型でそれほどの機能があるわけがない、後ろにいる2人が操作していることは明白だった。
「こんな子供だましを見せるために、こんなところまで呼び出したのか?」
後の2人が顔を見合わせて笑う。
「何がおかしいんだ、失礼だぞ」
『何が失礼で、何が子供だましなのでしょうか? もしお気に召さないようならあやまります。私はイブ、あなた方の暦では1万年以上も前に作られたアンドロイドです』
イブは握手を求めてきたが、あまりにもその動きには無駄がなく自然だった。しかも中に人が入っているにしては、サイズに余裕がなさ過ぎる。パットは別の意味で感心し、それと同じ興味で握手に応えた。握り返してきたイブの握手の力加減も、バランスの取れた好感の持てる調整であった。
「よくできてるね、こいつは。軍が作ったのかい?」
パットは後ろの2人に話しかけた。これだけのものを見せられると怒りもどこかへいってしまう。
「軍には、いや現在の地球にはこれだけのものを作る技術はありませんよ。できるとしたらあなただけだと信じて、ご足労願ったわけです。イブの方は、この姿でその辺をウロウロするわけにはいきませんので」
「ふーん、それで俺に何をしろっていうんだい」
まるっきり断るつもりで来たはずが、誉められて思わず話に乗ってしまうのは技術者の悲しい性である。相手が自分の技術を買ってくれ、軍とはそれほど関係がなさそうなのでパットの予定は大きく外れてしまった。
『コンピューターを1台作ってほしいのです。ただ原型はありますから、それのコピーになりますが』
イブが意志を持って行動しているのは、錯覚ではないかもしれないとパットは思い、確かめるつもりでブライアンとサヤカにもう一度聞いた。
「おい、お2人さん、この唐変木相手に話を進めちゃっていいのかい?」
イブが困っているのを見て、サヤカが笑いながら答える。
「いいも悪いも、私たちは手伝っているだけで、この計画の責任者はそのイブなんですから。どうぞ私たちにおかまいなく」
「おい本当かよ、まいったなあ。それでコピーするコンピューターってのはどこ製だい、DだろうとHだろうと目じゃないぜ」
作るのがコピーと聞いて作れないと答えては、パットのプライドが許さない。
『あなたは最近、南アメリカの一部を占拠している異星人がいるのを知っていますか?』
「クーデターと報道されているやつかな?」
公式な発表は異星人の攻撃とは認めておらず、ニュースなどでは、謎の軍隊による広域クーデターとされている。
『その首謀者が1台の狂ったコンピューターなんです。しかもそれは、人間の脳細胞を増殖して作った生体コンピューターで、それと対抗するためにはそれなりの能力を持ったアシストコンピューターが必要なのです』
「現行のコンピューターで代行できない能力ってやつを、もう少し詳しく説明してくれないか?」
パットはすっかりイブのペースにはまっている。
『わかりました。最大の違いはESP、超能力をもっていることです。そして……』
「ちょっと待てよ、超能力だって。おれに超能力を持つコンピューターを作れっていうのか?」
『だから、コピーするだけだと言っているのです』
「オレは生物学者や脳外科医じゃないんだ、そんなもの作れるわけがないだろう」
『生体で作るわけではありません、半導体で作るのです。もっとも中枢部分は、すでにあるものを流用してもかまいませんが』
流用と聞いて、別の興味が湧いてくる。
「わかった、とりあえず返事は現物を見てからさせてもらおう。そうと決まれば早く見せてくれ、もし断る場合でも絶対に秘密は守るから」
ブライアンとサヤカがたまりかねた様子で笑い出す。
「何がおかしいんだ、不愉快だぞ」
「いや失礼、君が現物を見たいっていうからさ」
「そうそう、だってさっきからあなたもうたっぷりと見ているんですもの」
パットはイブを見て、また2人に視線を戻し、無言でイブを指差した。ブライアンとサヤカがうなずく。
『私では、何か不満でもありますか?』
「いや、とてもそんな風には見えないから」
『それはあなたの固定観念です。あまり使いたくはないのですが、ちょっとじっとしていてください』
イブは右手をパットの額にあてて、イブ自身の回路構成などを伝達した。まったく新しい観点から構成されているイブの回路は、パットの興味を繋ぎ止めるのに十分だった。
「力は及ばないかもしれないけど、協力させてもらうよ」
こうしてソル・バルゥ計画のもう1つの柱である、イル・ドークトを作るためのコンピューターは製作が開始された。
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出撃
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ゼロはすでに虎の子のガーディアンをほとんど失ってしまい、パイロットも少なくなっていた。
しかし、ゼビウス軍の航空機は運動性が高いわけでもなく、旧型のスノウビーでも十二分に渡り合えるため、スノウビーにイル・ドークトを装備して当面は対抗することになった。
パイロットの方は機体ほど簡単にはいかず、イル・ドークトからザッパーを作り出せる者を選ばなければならなかった。ゼロの中ではその適性を持っていたのは、アレン大佐とJ・Pの2人だけで、ムーを加えても3人しかいなかった。
もちろんブライアンやミオなどにもその適性はあったが、パイロットとして敵と戦えるまで教育するには時間がかかり過ぎた。そこで軍のパイロットを試験して、イル・ドークトからザッパーを射出できる者を選び出すことになり、ムーとミオがその試験にあたった。
最初の出撃はアレンとJ・Pの2機で行われた。もちろんムーも同行するつもりでいたが、ムーはこの計画に不可欠な人間だという理由で外された。
「大佐、これであいつらにお返しすることができますね」
アレンは多くの部下をこの戦闘で失い、J・Pは親友のウッドを亡くしている。2人にとっては弔い合戦の心持ちであった。
「ああ、やっと借りが返せるな」
『スクワイア、本日はあくまでもテストです。適当なところで切り上げてください』
2人の会話をモニターしていたオペレーターが、気を利かせてくる。
「了解だ。ちょっと様子を見るだけで、楽しみは後にとっておくよ」
ゼビウス軍の支配地域に到達する前に、コインの3機編隊に遭遇する。ミオがゼビウス軍についての情報をかなり教えてくれたので、コインがトーロイドという名称で敵の偵察機であることはわかっている。
「ファスト、行くぞ」
2機は間隔を広げてターゲットを定める。
「右のをやれ、真ん中のは余裕があればやる」
ファスト機がスクワイア機より先にターゲットをロックする、しかしコインは回転し離脱を計る。
「逃すかーっ」
執拗に追いかけて再びサイトにとらえ、コインに意識を集中してトリガーを引く。スノウビーの機首から敵と同じエネルギー弾が射出され、ターゲットに命中する。
「パリーン」
ガラスが割れるような音で、コインが粉々に砕け散る。
「やったーっ」
本部でも歓声が上がる。J・Pは口笛を吹いてガッツポーズを作り、スクワイア機を捜す。大佐のザッパーで、同じくコインが砕け散っている。1機は残念ながら見逃してしまった。
「ファスト、いけるぞ」
「そのようです、このままビートルもやりましょう」
J・Pは有頂天になっていた。
「いや、今日はここまでにしておこう。このシステムが有効だとわかっただけで、十分な成果だ」
2機は旋回して再び機首を並べ、本部へと帰投した。
パットはブライアンたちも驚くほどの情熱で、イブの回路を分析し始めた。イブの心臓部の回路の集積度は、もはや結晶構造レベルまで利用されており、現代の科学ではコピーすることは不可能だった。
イブの計算によれば、ファードラウトで再構成されたガンプの力は、ゼビウス単体の力の数百万倍にも達するはずであり、人類には対抗することすら難しかった。その前にガンプの橋頭堡を破壊して、再構成を阻止しなければならなかった。そのためにもイル・ドークトを大量に作れる、超能力コンピューターの作製は急がなければならなかった。
パットはイブと相談して新しいシステムの構築より、イブのパワーを上げるブースターのようなものを取り敢えずは目指すことにした。この方式ではイブを回路の一部として使うために、イブの能力を効果的に使うという点ではマイナスが大きかったが、一刻も早くソル・バルゥを完成させるためには最良の方法と判断された。
試作のブースターはなかなかの出来で、ブライアンとサヤカが一緒に集中すればイル・ドークトが作れるくらいのパワーを発揮した。予想外の結果で対ゼビウス軍用ザッパー生成機が大量生産され、新しいガーディアンにはすべて装備された。
「諸君、我々の母なる星と我々人類は、今重大な危機に瀕している。有史以来初めての異星人による侵略が、南アメリカを中心に始まっているのだ。彼らは我々を凌駕する科学力を持ち、彼らの侵攻を防ぐことは困難だった。
しかし、ここに救世主が現れた。彼らの星からこの地球に亡命してきた1人の女性と、失われた地球文明からのメッセンジャーである連邦警察官、そしてその相棒を務めていたアンドロイドの3人である。
我々は彼らから侵略者の正体を知り、その目的を知った。残念ながら我々が侵略者と共存することや、話し合いをする余地は無い。戦ってこれ以上の侵攻を防ぐ以外に、我々が生き残る道はないようだ。
今日は少しでも諸君に敵のことを知ってもらおうと、彼女に来ていただいた。惑星ゼビウスからの亡命者、ミオ・ヴィータさんだ」
ホールを埋め尽くす新しいゼロの隊員たちは、先ほどから壇上にいた女性が異星人と聞いてざわめいた。
「皆さん、私があなた方とあまりにも似ているので、驚かれていると思います」
ミオは感応学習で英語を覚えていたが、あまりにも流暢な英語には異星人としてのリアリティーがない。
「しかし私の生まれる遥かに昔、私の祖先たちは氷河期を避けるために、この地球から惑星ゼビウスに移民したのです。ですから私にとっても母なる星は、この地球に他ならないはずです。
そのとき人類は、6つの星に分かれて移民したと聞きますが、私の生まれたゼビウスでは、すべての決定はガンプと呼ばれるコンピューターがやっていました。人間はガンプによって、適合者と非適合者に分類され、ガンプに従う適合者はガンプのセンサーの一部としてその機能の中に組み込まれます。しかし、自意識の強い非適合者は、人類の安定した繁栄を守るために社会から葬られていきました。
私は非適合者の中でも最も重症の部類で、毎日を刺激のない部屋の中に幽閉されてきました。しかし、この地球の自由な様子を聞いて、私の生きる所はここしかないと信じて亡命してきたのです」
会場内から期せずして拍手が起こった。ミオは感激のあまり涙がこぼれ、それを拭おうともせずに続けた。
「ありがとう皆さん、自分の意見を好きなように話せるのは素敵なことです。ゼビウスではガンプは神であり、まさに絶対者でした。でもこの地球では、ただのわがままな狂ったコンピューターと誰もが考えています。
私は生まれた時からガンプに守られてきましたから、ガンプが嫌いではありません。でもガンプより、この自由な地球が、自分勝手な皆さんが少しばかり好きなのです。
ガンプが地球に戻ってくるのを阻止したとしても、ガンプにはまだ移民した6つの星が残ります。しかしガンプが地球にやって来れば、自由に生きる人間はこの広い宇宙のどこにもいなくなってしまうのです。
皆さん、頑張ってください。私も皆さん共に戦います」
会場は、シンと静まり返った。もともと特殊な基準で集められたスタッフだけに、ミオの話には言葉の意味するところ以上に伝わるものがあったのであろう。徐々に拍手が大きくなり、ミオは片手を挙げてそれに応えると、情報将校に席を譲った。
「それではゼビウス軍について説明する」
スクリーンに偵察機がとらえた映像が映し出される。
「まず航空機だが、これがトーロイドだ。ゼビウスでは街中のパトロールをしており、偵察機といった役割だ。スパリオというエネルギー弾の発射機能は付いているはずだが、ゼビウス本星でも攻撃しているところを見たことはないそうだ。
次はタルケン。これは多目的に使われ、本星では非適合者の暴動鎮圧のために開発された。タルケンは有人機で戦闘能力も高く、ヴィータさんも操縦したことがあるそうで、思い通りにコントロールできる優れた機体らしい」
ミオがタルケンの操縦経験を持っていることに、パイロットたちは複雑な心境である。
「ゼビウス軍で最強の機体はゾシーだ。地球ではゾシーが攻撃してきた記録がないうえに、タルケンが現れてからは姿を消してしまったが、本星ではガンプ本体が直接コントロールしていて、無敵の存在らしい。スピードはタルケンに比べると遅いが、慣性中立飛行をするため機動性が高く、内部のパイロットが耐えられないために無人化された経緯を持っている。もし、再び出現するようならタルケンより危険な機体なので、くれぐれも注意しろ」
情報官は続いて陸上戦力についても簡単な説明をした。航空機と違ってゼビウス軍の陸戦隊は本星にはなく、リポートもイブがガンプから盗み出したデータから類推したものであった。
話が終わるとたくさんの質問が浴びせられた。できる限りの質問に情報官とミオは答えたが、ゼビウス軍の実体が明らかになるにつれて、ガンプの脅威に会場のスタッフは愕然とし、ガンプの侵攻を阻止する決心を固めるのだった。
新しく編成されたゼロのガーディアン部隊は、本格的な反撃を開始した。ゼビウス軍からエリアを挽回するためにローラーシフトが敷かれ、確実に支配地域を奪回する。それとは別に、ゼビウス軍の再反撃に備えて前方の偵察、哨戒も行われ、2機1組で敵の支配地域内にもその手を伸ばした。
アレンが自ら敵地を偵察したいという希望に、J・Pがバックアップとして同行することになり、2機はゼビウス軍の中核までやって来た。ローンスター機が撃墜された時に比べ、入り込むのが非常に困難になっている。
ここまで来る間にも新しく設置されたらしい『ボザ・ログラム』、コードネームはドームアレイと呼ばれる連結砲台もあり、ゼビウス軍は強固に地盤固めを進めていた。ゼビウス軍が力を入れているのも、先日ついにトーロイドが撃墜されたからで、実はガンプは着々と新戦力を配置していた。
そうとは知らないスクワイア機とファスト機は、敵との接触もなく進攻していた。しかし、それは前回トーロイドを撃墜した2人をガンプが感知して、奥深くまで誘い込むための作戦だった。そして、頃合を見て迎撃に移った。
「前方よりスパリオです」
レーザーセンサーが射出方向をスキャンする。ディスプレイ上にシルエットが浮かび、データと照合される。
「ビートルか、よし、迎撃するぞ」
ガーディアンに取り付けられたイル・ドークトは、高密度のものでザッパーの連射が可能になっているが、タルケンは連射がきかないようで、一撃離脱の戦法をとってくる。その欠点を補うように、次から次へと新手のタルケンが現れて2機を攻撃してくる。
しかし、J・Pとアレンはタルケンが反転するスキをついて攻撃し、半分は撃墜している。タルケンは有人機と聞いているが、これだけの無謀と思える攻撃をパイロットに強いているガンプの存在に、J・Pは恐ろしさを感じた。
2機は、タルケンを追っているうちにかなり中心部まで接近していた。これこそタルケン数十機をオトリにしてまでガンプが仕組んだ罠だった。
J・Pは強圧的なプレッシャーを感じて、機体を急降下させた。機体があった空間を『ギド・スパリオ』、ロングレンジ(長距離)ザッパーが通過していく。前回は被弾して気を失っていたので、はっきりと目にするのはこれが初めてである。そのスピードは通常のスパリオよりはるかに速く、J・Pのように勘が働かなければ、とうてい回避することは難しい。
スクワイア機は回避する間もなく、ギド・スパリオの直撃を受けて四散していた。
「大佐ーっ!」
J・Pには、どうすることもできなかった。しかし、感情的になって事態を把握しきれないJ・Pを、アラートのブザーが押さえる。後方からの攻撃に、J・Pは体操選手のように機体を半回転半ひねりさせて敵を正面にとらえる。
「このタコがっ」
ゾシーがスパリオを連射してくるが、J・Pは巧みに回避して反撃を加える。しかしゾシーは直前で消えたように回避し、ファスト機の後方へ回り込んだ。J・Pはガーディアンの運動性を最大限に活かして、ゾシーを振り切ろうと機体を操ったが、所詮翼で揚力を得る方式の航空機ではゾシーを上回ることができない。
ゾシーはスパリオを連射してガーディアンの動きを押さえ、巧みに後方の死角につけて着実に距離を詰めてくる。スパリオを回避するのも余裕がなくなり、垂直安定板、主翼端などをかすめるようになった。
またしても大きなプレッシャーが、ギド・スパリオの飛来を知らせる。回避しようとする方向にゾシーがスパリオの弾幕を張り、J・Pは自分たちの無謀を悟ることになった。
(デビッド、すまないな。俺もここまでだ)
自動脱出装置が働き、J・Pは外に放り出された。
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最優先事項
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パットとイブの進めているコンピューターの方は、パットが必要な技術者を集め軍関係やMARSのメンバーを含めた一大プロジェクトとなって、かなりのレベルまで完成していた。現存するコンピューターとはまったくシステムが異なるため、パットにはこれをコンピューターと呼ぶのははばかられ、ムーたちの言葉で知恵を表す『ブリターク』と命名した。
ブリタークは中心部にイブ本体が接続できるようになっていたが、イブのパワーブースターとして一応出来上がると、イブはパットと相談して自分のコピーを設計しはじめた。イブ自身のバックアップがないと、万が一にもイブが失われてしまったときに、ブリタークはただの箱になってしまうからである。
当初はイブの構造や作動原理が理解できなかったパットも、ブリタークを作っていくうちにわかるようになり、イブのコピーは試行錯誤しながらも進められていった。一番のネックになっていたESP発生部分も、イブ自身がイル・ドークトを応用してユニットに造り上げた。
「ついでだから君のメモリーも、バックアップしておこうよ」
『私のメモリーはホログラフィックメモリーですから、一部が失われても修復することができます』
パットは本当にメモリーの欠落を心配しているのではなく、過去の文明を知りたいという知的興味から、メモリー内容を調べたがっていた。もちろんイブはそのことに気付いていたので、軽く受け流して答える。
「イブが必要以上に失われた文明のことを教えないのには、それなりの考えがあるのよ」
サヤカがイブに代わってパットに説明する。
「現代の文明はイブの造られた時代や、ガンプやデバズの造られた時代と比べて、進んでいるところもあれば遅れているところもあるでしょ。優れたものを柔軟に取り入れる姿勢はかまわないけど、イブの生まれた文明は私たちのものとはその成り立ちからしてまったく違うから、むやみに利用すると思わぬ問題が出てしまうわ」
『ガンプは人類を管理することによって安定を求めようとしました。しかしデバズは人類の自由な発展こそが、不安定であっても自然な道と信じていました。私も、あなた方があなた方の力で、未来を作って欲しいと思っています。
そのためにもガンプの侵攻は防がなければならないものであり、ガンプを撃退するためのみに私の能力は使われるべきなのです』
イブの信念のようなものは、イブを作った人たちの意志なのであろう、パットには胸を打つものがあった。
「これ以上自意識を持ったコンピューターは、人類には不必要ということか」
『ファードラウトの時に、ガンプが6つの惑星から地球にテレポートしてきます。これが実体化するのを防げれば、移民先の人類も非適合者をリーダーとし、それぞれの惑星を母星として自発的に発展できることでしょう。
そうなれば、私も存在意義がなくなってしまいます、でもそのために作られたのです。ガンプを監視して、行き過ぎた時にはそれを抑えることが、私に与えられた最も大きい任務なのですから』
3人の間に沈黙が流れる。それを破ったのは、1人コンソールに向かっていたブライアンだった。
「ねえ、アレン大佐とファーガソン中尉がタルケンと戦闘中だけど、どうやらガンプの罠みたいだ。このままいくと撃墜されてしまうな」
3人はブリタークのコンソールに集まった。
『状況はよくないですね、ブリタークのテストを兼ねてテレポートを行いましょう』
イブは胸のコネクションピットにケーブルを接続して、ブリタークとオンライン状態になる。
『正常に動作しなかった場合には、私がコントロールを引き受けます。安心して操作してください』
コントロールルームにある、イブが埋め込まれていた名残のプラットホームに、レストチェアが持ってこられ、ブライアンがその座標を入力する。
「OK、いつでもどうぞ」
コクリとうなづいてサヤカがスイッチボードの前でスタンバイする。やがてJ・Pが危険を察知したことを、ブリタークが感知してサインを送ってくる。サヤカはテレポートのスイッチを入れた。
レストチェアにコクピットに座っているのと同じ格好で、アレン大佐が実体化する。
「ヒューッ」
パットが自分の作ったものとはいえ、その性能に口笛を吹いて驚く。
「初めてにしては上出来だ」
しきりに感心しているスタッフに、イブから檄が飛ぶ。
『ファーガソン機もゾシーに追われています。急いでください』
スタッフが気絶しているアレン大佐を、数人で抱えて移動する。
「次も来ます」
サヤカの言葉が終わらないうちに、再びレストチェアにJ・Pが実体化する。
『動作は十分なようですね。これならソル・バルゥも作ることが可能です』
ソル・バルゥはゼビウス軍と同じ技術で作られる、イル・ドークト製の戦闘機である。地球の航空機やゲルフの操縦性も残したいため、翼やジェットエンジンも付いていたが、ガーディアンに比べると大きなボディはかなり不恰好である。当初の設計ではパイロットの保護を第一に、重装甲なものだったが、ゼロの戦闘体験から細部の見直しが計られた。
まずギド・スパリオへの対応として、ザッパー発射機が2丁となった。ギド・スパリオ自体は長距離弾ということと、スピードが速いということでドークトの集中に欠け、ザッパーの出力が大きければ、相殺することができる計算だった。そこで連装することで実効出力を上げ、エネルギー発生器に指向性を持たせて、射出スピードも大幅に上がった。
そしてボザ・ログラムのような、攻撃力の高い地上基地を確実に破壊できるように、大出力の対地用のスパリオ弾ブラスターの発射器も取り付けられた。重火器の搭載によって機体は重くなったが、機動性を高めるためにゾシーと同じタイプの慣性中立が行われ、後退が可能になるなど地球の航空機の常識とはかけ離れた運動性が持たされた。
パイロットは、ガンプと同様の遺伝子マトリクスを持っていなければならないという、かなり厳しい条件が必要だった。当面はアレンとJ・P、そしてムーがその条件を満たしていたが、軍では現役退役を含むパイロット経験のある者から、その条件を満たす者を捜していた。
ブリタークが緊急脱出にテレポートを使えるようになったので、多少の無謀な作戦でもパイロットを失うことはなくなり、最初に完成した3機のソル・バルゥは早速出撃していった。
「ゲルフの操縦桿を握るのも久しぶりだ」
ムーは「ザカート」のコールサインを付けて作戦に参加した。ラインオフしたばかりのソル・バルゥで数々の曲芸飛行を見せて、機体のテストを兼ねた軽い腕慣らしをする。
「ザカート、素晴らしい腕前だ。まさに奇跡と呼ばれるにふさわしいな」
「ありがとう、スクワイア。ちょっとスピードには欠けるけど、まあこれで十分に戦えそうだ。」
ブリタークのコントロールルームでスタッフたちは、ムーの曲芸飛行をモニターして歓声を上げていた。その様子を見ているイブには、また別の感慨がある。
「諸君、やっとここまでたどりつくことができた。これも一重に諸君の、並々ならない努力のおかげだと僕は感謝している」
すっかりプロジェクトリーダーとしての風格がついてきたパットが、スタッフを前にして当初の目標だったソル・バルゥの完成を喜んでいる。スタッフはそれぞれ抱き合ったり、握手をしたりしてお互いの健闘を讃え合った。
「ブライアン、やったわね」
サヤカも、もうメイヤーさんと呼ぶようなことはない。
「ああサヤカ、君がいなかったらこうして僕はここにいなかっただろう、どうもありがとう」
「いいえ、そんなことないわ。私がいなくたって、きっとイブがあなたを見つけ出して仲間にしていたわよ」
サヤカはイブの姿を捜す。
「あれ、イブはどうしたのかしら?」
イブの姿はコントロールルームにはなかった。
「おかしいな、さっきまでいたのに。トイレじゃないの?」
「そんなわけないでしょ、もう……」
「イブにも思うことがあるんだよ、16000年も頑張ってきたんだから。1人にしてあげようよ」
コントロールルームの中はすでにパーティーの様相を呈していた。誰が持ち込んだのかはわからないが、ビールとクラッカーがパーティーを盛り上げていて、ブライアンとサヤカもしばらくその中に入ってイブのことは忘れていた。
『格納庫より緊急連絡。ソル・バルゥが無断発進します』
パーティーの盛り上がりは一瞬にして引き、主要スタッフがモニターの前に駆け寄った。滑走路を必要としないソル・バルゥが格納庫の出口に向かっていた。その機体はすでに発進している3機と異なり機体が黒く、翼に赤いストライプが入り四角いマークがペイントされている。
「あれはイブだ」
ブライアンは機体のマークに見覚えがあった。15を表すムーたちの数字である。
「おいイブ、どうするつもりだ?」
『私も出撃します』
「なにも君が行くこともないだろう」
モニターの映像がコクピットのものに切り替わった。
『私はミル・フラッタ・クルトのイブです、ブリタークは私がなくても十分に機能するようになりました。私にもパイロットとして行かせてください』
パットはブライアンの方を見て意見を求めた。
「あの機体のマーキングは、イブがゼビウスに捨ててきたという愛機と同じだよ。後は僕とサヤカでなんとかするから、イブの好きにさせてやろうよ」
パットは噛みしめるようにうなずいた。
「OKだ、イブ。全力を尽くして戦ってこい。撃墜されるなよ」
『ありがとう、まかせてください』
ブライアンにはイブの無表情な顔が、笑っているように見えた。パットは先行するソル・バルゥにイブの発進を伝えた。
「スクワイア、こちらブリターク。聞こえますか?」
「よく聞こえているよ、パット。この機体は最高だ、これならやつらにも負けんよ」
少しでも時間は無駄にしたくないので、3人は南アメリカまでのフライトがテスト飛行になっている。
「大佐、イブがあなた方を追って発進します。指揮はそちらでお願いします」
「了解だ、えーと……」
『コールサインは「イル・ユース」でいかがでしょうか?』
イブの声が直接レシーバーに入る。
「OK、イル・ユース、最大船速で合流してくれ」
『了解』
イブはコクピットの中で、ソル・バルゥのコントロールパネルと自分のコネクションピットをケーブルで接続した。メインディスプレイが点灯し、文字が表示される。
それはイブを作ってくれたケイとミサトが、イブの一番の存在目的としたプログラムである。
『プライオリティー・ワン(最優先事項)、ガンプを破壊せよ』
エピローグ
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□ EPILOGUE
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エピローグ〜2012年
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非適合者たちの抵抗は、予想をはるかに上回っている。稚拙ながらもイル・ドークトを装備した航空機を造り、我が軍にも若干ながら被害が出た。厄介なことに、地球人類の中にはわずかながらの適合者と、潜在的に適合の可能性を持っている者がおり、無差別に殲滅するわけにはいかない。聖地ビューアムを確保するために、戦力の向上はやむを得ないものとなった。
グロブダー(スコーピオン)……キャビンの左右に、ねじれ方向の異なる螺旋状のフロートが付いた水陸両用輸送車。左右のフロートを逆回転させて推力を得る。
新兵器が開発されるまでの間、敵の攻撃を数で食い止めなければならず、タルケンなど有人機のパイロットを補充する必要があった。地球へのテレポートは、受信体であるソルの位置にしか送れず、拡大する前線までの兵員輸送に、ゼビウスで資材輸送用に使っているグロブダーを改造して転用する。
デロータ(ルーク)……エネルギーを蓄積するバーラ(ピラミッド)にスパリオ発生器を取り付けた、八角台型の砲台。
ログラム(ドーム)の欠点は、連射効率の低さであった。中空球状の生成器の場合、出来上がったスパリオを発射するためには、外殻の一部を開いて射出しなければならない。射出口の開いている間は、次の弾体をチャージすることができず、連射には限界がある。そこで、最初から開口部のあるU字形の発生器を試作した。チャージの実効率は低下するがパワーをかけることで解消し、エネルギー蓄積器と組で実用となり前線へ配備する。
バキュラ(モノリス)……スパリオで破壊することのできない、高純度のイル・ドークト。単体で飛行する能力があることを利用し、四角い原材のまま一時的な拠点防御に流用する。
非適合者たちはついにイル・ドークト製の攻撃機を完成し、我が軍の被害は目に見えて大きくなった。新型機のパイロットの1人は驚くべきことに、数千年前にゼビウスで死んだはずの、ムー・クラトーと名乗る男と思われる。彼らが短期間で対抗する力を手に入れたのも、ゼビウスから情報を盗み出して行ったからに違いない。
手の内を知られた以上、丈夫な構造材と新型機を上回る戦力の必要がある。ナプルーサ(破壊不可能)・バキュラは、ドークトの集中を高めて作られた。効果は絶大だったが、製造のために通常イル・ドークトの(4096)倍ものエネルギーが必要であり、コスト的に戦力向上は見込めない。パワーブースターとしてバーラとデロータに装着した、ガル・バーラとガル・デロータを試験的に投入するが、通常タイプに比べ優位を示すまでには至らず、通常兵器への使用は打ち切る。
トーロイドやタルケンなど、グルゼーグ(戦闘隊)シリーズの航空機は、ソル・バルゥの出現に合わせて性能の向上を余儀なくされる。
ジアラ(スピナー)……ミサイルのような本体の左右に、スピードを高めるためのドークト反射板を装備した、トーロイドの発展型。そのスピードを利して敵の懐に飛び込み戦果を上げた。
カピ(ラムバス)……連射機能を持ち、滑らかに反転するタルケンの後継機。コクピット後方に伸びたドークト増幅器を廃止し、コクピット前部に2台装備する。その間をスリットにすることで、コンデンサーのようにドークトを蓄積し、それを放出することで連射を可能にしている。プロトタイプにはバキュラを使用したが、タルケンのパイロットが訓練なしに流用できるようになり、量産機ではイル・ドークトに変更した。
テラジ(リムロイド)……グルゼーグシリーズの最終型。中心がやや盛り上がった円形の機体は、スピード、運動性能、火力のどれを取っても最高の出来となる。パイロットの視認性を上げるためにコクピットを前方に配置、優秀なパイロットを配属することで納得できる成果を得た。
ザカート(テレポーター)……グルゼーグシリーズとはまったく異なったコンセプトで、対ソル・バルゥ用に開発を進めたテレポート兵器。光を吸収する負のイル・ドークトを使った黒い球形で、相手の至近距離にテレポートで出現し、スパリオを発射して再びテレポートで帰還する。この戦術は有効で、ザカートはシリーズ化する。
ガル・ザカート(ブルズアイ)……グルゼーグシリーズでも問題になった、スパリオの多弾化を応用した多弾ザカート。(16)発のスパリオと、新開発の追尾式エネルギー弾ブラグ・スパリオ4発を同時発射する。圧倒的な火力を誇るが、質量が大きくなり過ぎてテレポート移動が不可能となってしまい、再使用を諦めて機能を削る。しかし思ったほどの小型化はできず、その力を発揮する前に撃破されてしまう場面が多い。
ブラグ・ザカート(クラッカー)……ガル・ザカートの失敗を踏まえて開発された、テレポート可能な多弾ザカート。単発のザカートに強引なエネルギー充填を行い、5発までの多弾化に成功した。過度のドークト集中は、機体に赤い光の明滅を起こさせたが、ターゲットに対して弾幕を形成する攻撃パターンは一撃離脱の典型で、我が軍最強の兵器となった。
アドーア・ギレネス(アンドア・ジェネシス)……ガンプの分身ともいえる、ブラグザ(パイナップル)を搭載した浮遊要塞。表裏両面が同じ八角形のサンドイッチ構造で、デロータタイプの砲台アルゴを4門装備する。本体はバキュラで造られ破壊することは不可能、コアが攻撃された場合も本体を放棄して、ブラグザだけ脱出する。
戦いはどのような結末を迎えるのだろうか、人類の繁栄する真の形とはいかなるものなのだろうか、この答えがわかるのも、もはや時間の問題となった。
まもなく(16384)年の間待ち続けたファードラウトがやって来る。
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あとがき
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アーケードゲーム『ゼビウス』は、今から10年前に作られた。
当時、株式会社ナムコの新入社員だった僕は、デジタル回路もアセンブラもわからず開発部にやって来て、開発中だった『ポール・ポジション』や『ギャラガ』、『ディグダグ』、『ボスコニアン』をテストプレイと称して楽しんでいた。その時のレポートが、今やマニアのコレクターズアイテムとなった攻略本の元祖『豆本』となったわけだが、そんなある日、試作中のニューゲーム『シャイアン(仮称)』を見ていた僕に、
「どうだ、やってみるか?」と声がかかり、僕はこのゲームの担当者となった。
縦画面の縦スクロールシューティング、自機は32x32ドットのヘリコプター、対空ミサイルと爆弾を2つのボタンで発射するシャイアンは、その時点でゲームとしてはゼビウスの要素をすべて持っていた。この企画書を書いた先輩は、近代戦のコンセプトを固めた段階で、海の男を目指し退職して船出した。
その後を継いだのは、ディグダグのゲームデザイン(当時はこんな言葉なかったな)を手掛けた方で、プログラムの師と仰ぐ深谷正一氏と共に、ファントムやコブラが飛び、サイドワインダーが走る試作1号機を完成した。しかし、プログラマーとして1人立ちしかけた僕にパートナーは、
「ごめん遠藤君、後は頑張ってよ」と言い残し、オフロードバイクを駆ってアフリカへ旅立った。
1人になってしまった僕は、幸いにもそれまでのビデオゲームになかったいくつかの実験をする機会に恵まれる。
初めにトライしたのは、アニメーションのテクニックの1つ、4枚書き換えである。それまでビデオゲームのキャラクターは、2パターンの書き換えで動きを表現していたが、これを4枚目の絵から1枚目の絵につながって続く4枚にして、キャラクターの動きを滑らかにした。
またこの時期に、リアルな近代戦に対する疑問も湧いてくる。プレイヤーが撃ち落としているファントムやコブラにはパイロットが乗っていて、そのパイロットにも妻や子供があり、コクピットに写真が貼ってあったりするのだろうか。たとえゲームとはいえ少し悲し過ぎる。何とかならないかと考え、近代戦のコンセプトを捨てて近未来SF物へと変更した。
こうして作られた試作2号機は、自機が16x16ドットの赤い2ローター・ホバークラフトになり、パーツごとにカラーリングされた6足歩行戦車や、周縁部の回転する円盤機が相手として登場した。しかし、量産機に向けてやりたいことはまだまだ多かった。
その頃のオブジェクト(スプライト)は3色が主流で、7色のゼビウスは贅沢な部類であった。そのため、たくさんの色を使ってキャラクターを表現したかったが、CGで流行していたレイトレーシングの映像にくらべると、7色のオブジェクトはあまりにも非力だった。どうしても立体感を表現したかった僕は、色相を犠牲にすることでその可能性を探った。面の輝度だけで奥行きを出す実験は、まず石板状の直方体で行った。この形なら、1度にこちらに見える面は最大で2面となり、直線で構成されるためパースを誇張することも容易だからである。
出来上がった試作キャラクターは、バキュラを半分に切って縦にしたような16x16ドットのもので、中古車屋のカンバンみたいだと言われながらも、8パターンの書き換えで見事な回転を見せた。こうなると後は簡単で、難しい球の表現も成功し、ゼビウスキャラの原型が確立した。
キャラクターで行ったもう1つの実験は、フェイドイン、フェイドアウトのような、滑らかな輝度変化だった。明るくなったり暗くなったりする光は、その周期を心臓の鼓動と同じくらいにすると一番迫力があり、赤い光を使った時にプレイヤーに与えるプレッシャーが大きかった。敵のキャラクターに共通するこの光は、敵の意思を感じさせるような効果もあり、ゼビウスとそれまでのゲームを明確に差別化した。
一般的レベルのプレイヤーであった僕は、シューティングゲームの矛盾として感じていたことが2つあった。1つは、なぜ敵はこちらの火線上に隊列を組んだり、自らの命を犠牲にして体当たりしてくるのかということ、もう1つは、同じ100円なのに下手なプレイヤーほど短時間でゲームオーバーになってしまうことである。
それゆえゼビウスの敵には、自機の前に出現しないという原則、有人機の体当たり攻撃の禁止を徹底した。また、あらかじめ決められたコースを取らず、自機の動きに対応して挙動を決める方法を採用した。これにより理不尽なミスは少なくなり、相手の動きを想定して逃げることもできるようになった。
また、こちらから当たりに行かない限り、ゲーム開始後の数十秒はミスにならないように配慮し、簡単な自動難易度調整システムを組み込んだ。今ならファジーとかAIとか言われそうなものだが、プレイヤーの点数とそれを獲得するために使った自機の数、そしてその攻撃パターンによって、地図に左右されない敵航空機の種類と数をコントロールしていた。
見えないターゲットを出すことには、先輩たちも賛否両論だった。結局、シューティングは爽快感が売り物だから、目標がないでは話にならないと言われ、「分かりました」と答えはしたが、黙ってそのまま入れてしまった。照準によって索敵が可能なソルはすぐに見つかり、逆に面白いと評価されるようになったが、ピンボールのエクストラを狙ったスペシャルフラッグは、製造部からバグとしてレポートされてしまい、自分でもプログラムしたことを認めざるを得なくなった。でも、量産機にはそれがそのまま採用され、ビデオゲーム初の『隠れキャラクター』となった。
シューティングゲームはなぜ戦うんだろうか? この疑問を常々抱いていた僕は、その答えも用意しなければ気がすまなかった。
敵はいったい何者なのか、どんな目的で攻撃してくるのか、この2つを含めてあらゆるゲーム設定に、なんらかの説明ができる根拠は作っておく必要がある。宇宙に地球人以外の知的生物が存在することにしてしまえば簡単だが、それでは攻撃目的が希薄になってしまう。そこで古代文明が宇宙に移民し、現代に帰ってくるアウトラインを設定し、この小説の原型となるものを大学ノートに書き始めた。
そして『ゼビウス』は完成した。
発表されたゲームの方はエポックメーキングとなり(自分で言うのも変だけど)、2週間で1000万点に達した少年たちが、今のゲーム雑誌の草分けとも言える攻略本を作り、ゲームの作家たちが意見を発表できる機会も増えて、ビデオゲーム自身の作品性も高くなった。細野晴臣氏の協力で、最初のゲームミュージックレコードとして紹介され、ゲームミュージックが今日のように市民権を得るキッカケにもなった。家庭用ゲーム機の普及にも影響を与えているのだろうか、今でもたまに、ゼビウスがやりたくてハードを買ったという人に出会って恥ずかしい思いをする。
改めて若いころに書いたものを読み返すと、たかが256キロビットのプログラムしかないゲームなのに、細かいところまで考えられていて驚く。きっと僕自身も向こう見ずで、自分のゲームに入れ込んじゃってる頑固者だったに違いない。最後に、若造を信じそのままの形でゼビウスを世に送り出してくれた中村雅哉氏と、ゼビウスがシューティングの新しいスタンダードになるだろうと最初に認め応援してくれた石村繁一氏に、この場を借りてお礼申し上げたい。
1991年春
遠藤雅伸