フルメタル・パニック!
与太者のルール(後編)
賀東招二
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)『サバイバルゲーム同好会』の設立《せつりつ》を
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)不|用意《ようい》に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)たいてい[#「たいてい」に傍点]はウーロン茶
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[#挿絵(img3/m02_000.jpg)入る]
『サバイバルゲーム同好会』の設立《せつりつ》を望《のぞ》む、伊原《いはら》たち一一人の生徒《せいと》たちは、生徒会長の林水《はやしみず》から『相良《さがら》宗介《そうすけ》との勝負に勝てば、同好会の設立を認《みと》める』という条件《じょうけん》を出された。まったく勝つ自信がない彼らは、かなめに助《すけ》っ人《と》を依頼《いらい》する。『校内で相良くんと拮抗《きっこう》する力を持つのは、千鳥《ちどり》さんだけだ』というのだ。ささいなトラブルで、宗介と小さな仲違《なかたが》いをしていたかなめは、その頼《たの》みを安請《やすう》け合いしてしまったのだが――
「――で、これ。どうやって撃《う》つの?」
化学室の机上《きじょう》に、ずらりと並《なら》んだエアガン。その一挺《いっちょう》を手に取り、かなめが伊原にたずねた。
「どうやって、と言われましても。セイフティーを外して、トリガーを引くだけです」
困惑顔《こんわくがお》で伊原が言った。大柄《おおがら》な体にベレー帽《ぼう》。老《ふ》け顔に口ひげを蓄《たくわ》えている。どう見ても高校生の容貌《ようぼう》ではないのだが、かなめと同じ二年生である。
「セイフティーって?」
「安全装置《あんぜんそうち》です」
「トリガーは?」
「引き金です」
「ふむふむ。なるほど」
たったそれだけのことに感心しながら、かなめはさっそくそれを実行《じつこう》した。
「あ、ちょっ、待――」
たたたたたたたたたたっ!
あわてて止めようとする伊原たちの前で、かなめの銃《じゅう》から大量の弾《たま》が吐《は》き出された。プラスチック製《せい》のBB|弾《だん》が、壁《かべ》や天井《てんじょう》に当たって跳《は》ね返り、一同にヒョウのごとく降《ふ》り注《そそ》ぐ。跳弾《ちょうだん》にもかかわらず、かなり痛い。
「わわわっ……!」
「ダメですよ、千鳥さん!」
「痛い! 痛い!」
顔を覆《おお》ってうずくまる一同。かなめはびっくりしてその場に固まり、つぶやいた。
「お……オモチャじゃなかったの?」
「オモチャだけど、危《あぶ》ないんです!」
「だ、だって、怪我《けが》しちゃうじゃない」
「そうです。目に当たったら失明《しつめい》です! 不|用意《ようい》に発砲《はっぽう》してはいけません!」
「な、なんと……」
跳弾が当たって、ひりひりする太股《ふともも》をさすりながら、かなめはうめく。
実のところ、かなめは遊戯用《ゆうぎよう》のエアガンをまともに取り扱《あつか》うのは初めての経験《けいけん》だったのだ。不幸な経緯《いきさつ》から、実銃《じつじゅう》ならば、身近で見たり触《さわ》ったり――それどころか、撃たれて殺されかけたりまでしたことがあるのだが――エアガンはまったくの初体験《はつたいけん》だった。
どうせ二、三メートルくらい弾が飛ぶだけの銀玉|鉄砲《でっぽう》に、毛の生えたような代物《しろもの》だろうと思っていたのだ。
「こ、これで撃ち合うの?」
「撃ち合うんです」
「危ないじゃない!」
「危ないんですよ!」
そこで佐々木《ささき》博巳《ひろみ》がたずねてきた。
「も……もしかして千鳥センパイ、エアガンのこと、なにも知らないんですか?」
「うん。だって、鉄砲なんて興味《きょうみ》ないもん」
「相良センパイが、いっつも振り回してるでしょう?」
「だからって、あたしが詳《くわ》しいわけないでしょーが」
たちまちサバゲー同好会(未設立《みせつりつ》)の一同が、絶望的《ぜつぼうてき》なうなり声をあげた。
「なんてこった……」
「相良くんの手綱《たづな》を握《にぎ》ってるくらいだから、てっきり……」
「負けず劣《おと》らず、銃器や戦術《せんじゅつ》に詳《くわ》しいと思ってたのに……」
嘆息《たんそく》する伊原たち。
「あたし、そういう目で見られてたの……?」
かなめは顔面にびっしりと脂汗《あぶらあせ》を浮《う》かべた。
同じころ、市内の専門店《せんもんてん》では――
「エアガンを買いたい」
きびきびと店内の銃器類を見回しながら、宗介は店員に告げた。
実のところ、彼は遊戯用エアガンというものをまったく知らない。見たことも、触ったこともない。しょせんは玩具《がんぐ》、扱《あつか》いに熟達《じゅくたつ》する必要などないだろう――そうは思ったが、とりあえず現物《げんぶつ》を見ておくことにした。そんなわけで、宗介は同じクラスの風間《かざま》信二《しんじ》に店の場所を教えてもらって、こうして買い物にきたわけなのだった。
店員は若い女だった。無造作《むぞうさ》に束《たば》ねた髪《かみ》と、ジーンズにエプロン姿《すがた》。地味《じみ》な黒縁《くろぶち》メガネ。柔和《にゅうわ》な表情を作って、こうたずねてくる。
「えーと、エアガンのご経験《けいけん》は?」
「いや。初心者だ」
むっつり顔で生真面目《きまじめ》に答える。
「むー。そうですね。だれかお友達とゲームをするのなら……これなんかはどうです?」
壁《かべ》にかけてあった、特殊部隊《とくしゅぶたい》向けのカービン銃を手に取る。
「アクセサリーも手軽に付けられますし、取り扱いも簡単です」
「M4Alか」
「え……はい。よくご存《ぞん》じですね」
「悪い銃ではないが、持っている」
さっき初心者って言ったじゃない……そう思いながらも、店員は辛抱《しんぼう》強く微笑《ほほえ》んだ。
「た、確《たし》かに最近のモデルはちょっと重いですからねぇ。取り回しとかを考えるなら――うーん、これなんかどうです?」
女性店員は続いて、ベルギー製の新世代型サブマシンガンを壁から降《お》ろす。
「P90[#「90」は縦中横]か。それも持っている」
「そ、そうですか。そのー。もう少し具体的《ぐたいてき》なご要望《ようぼう》を聞かせてもらえますか? 長物《ながもの》がいいのか、短いのがいいのか……リアル指向《しこう》なのか、実用《じつよう》指向なのか……」
すると宗介は小さなため息をついた。
「要望もなにも……俺が欲しいのはエアガンだ。アサルト・カービンやサブマシンガンを薦《すす》められても困る」
「は?」
店員はきょとんとする。
「玩具《がんぐ》のエアガンだ。ないのか?」
「いや、だからこれですってば」
「それはカービン銃だろう。自分の店の商品くらい勉強したらどうだ?」
「むっ。なにをわけのわからないことを。これはエアガンですよ!」
「ちがう、カービン銃だ。貸《か》してみろ」
まったく噛《か》み合わない会話を繰《く》り広げた挙《あ》げ句《く》、宗介はなかば強引《ごういん》に店員から銃を取り上げた。
「あ……」
「いいか? なぜ日本で市販《しはん》されているのか分からんが、このM4A1はコルト・コマンドに代わるべく開発された、特殊部隊向けのアサルト・カービンだ。従来《じゅうらい》のモデルに比《くら》べて、精度《せいど》や熱対策《ねつたいさく》、利便性《りべんせい》などに大幅《おおはば》な改良《かいりょう》が施《ほどこ》されている。口径は5・56[#「56」は縦中横]ミリ。SS109[#「109」は縦中横]弾に対応しており――」
宗介は熟練《じゅくれん》した手つきで銃を操作《そうさ》し、ボルト内に実弾《じつだん》が装填《そうてん》されていないか確認《かくにん》しようとした。チャージング・ハンドルを引《ひ》っ張《ぱ》る。すこん、と情けない手応《てこた》え。不審《ふしん》に思いながら、ボルトの中を覗《のぞ》いてみると、変《へん》な歯車《はぐるま》が詰《つ》まっている。
「?」
それに妙《みょう》だった。銃そのものが微妙《びみょう》に軽いのだ。頑丈《がんじょう》な金属製《きんぞくせい》のはずのフレームも、わずかにぎしぎしと頼《たよ》りなくきしむ。キャッチ・ボタンを押し込んで、マガジンを外してみる。じゃらじゃら、と音がして、米粒《こめつぶ》みたいな白い玉がこぼれ落ちてきた。
「…………」
むすっとした店員と目が合う。気まずい沈黙《ちんもく》。宗介はへの字口をさらに曲げた。
「……なんだ、これは?」
「だから、エアガンだって言ってます!」
肩を怒《いか》らせて女店員が言った。
ようやくこの銃が偽物《にせもの》なのだと理解《りかい》した宗介は、しきりに感心した。
「本物そっくりだな……。コルト社の刻印《こくいん》やシリアル番号まであるぞ。とてもおもちゃとは思えん」
「でも、おもちゃです。っていうかお客さん、からかってるんですか?」
宗介は答えず、財布《さいふ》の中身を点検《てんけん》した。
「これを一挺《いっちょう》くれ。弾《たま》と予備《よび》マガジンもだ」
「どうも。ほかの装備《そうび》はどうしますか? スリングや弾帯《だんたい》、ブーツや手袋《てぶくろ》……」
「それは要らない。持っている」
「? まあいいですけど……」
電卓《でんたく》をはじく店員の前で、宗介は電動ガンをいじり回す。なにやら気に入った様子《ようす》である。基本的《きほんてき》に、機械《きかい》いじりが好きなのだ。
「なるほど、このプラスチック弾を飛ばすのだな。内蔵《ないぞう》のモーターでギアを動かし、空気を圧縮《あっしゅく》するわけか。よくできている。セイフティまで付いているとは……」
「気を付けてくださいよ。それ、弾もバッテリーも入ってますから」
「ところでトリガー・ストロークは――」
銃口を天井《てんじょう》に向け、無造作《むぞうさ》に引き金を引く。
「あ、ちょっと、待――」
たたたたたたたたたたっ!
あわてて止めようとする店員の前で、宗介の銃から大量の弾が吐き出される。BB弾が店内をはね回り、客や店員に襲《おそ》いかかった。
「わわわっ!」
「なんだよ、おい?」
「痛い! 痛い!」
顔を覆《おお》って身を低くする客たちに、店員がぺこぺこと謝《あやま》る。
「ああっ。すみません、すみません。……って、お客さん、危ないでしょう! 気を付けてって言ったじゃないですか!?」
天井の石膏《せっこう》ボードに空いた小さな穴《あな》を、宗介はぽかん、と見上げた。
「……おもちゃではなかったのか?」
「おもちゃだけど、危ないんです!」
「これでは怪我《けが》をする」
「そうです。目に当たったら失明です! 不用意に発砲してはいけません!」
「むう……」
宗介はうなり声をあげた。
以前、かなめたちと縁日《えんにち》に出かけたことがある。そのとき、射的《しゃてき》の出店で遊んだのだが――そこで使った、コルク玉を飛ばすおもちゃくらいの威力《いりょく》だろう、と勝手に思っていたのだ。しかし、これは。
「これで撃ち合うのか?」
「撃ち合うんです」
「危ないではないか」
「危ないんですよ!!」
あきれたように店員の娘が言った。
そんな宗介のビギナーっぷりなどつゆ知らず、かなめたちはサバゲーの訓練《くんれん》にいそしんでいるのだった。週末の朝。練習《れんしゅう》場所は市内のキャンプ場だ。いつぞや、写生会のドタバタがあった丘陵《きゅうりょう》である。
まず、とにかく走る。そして腕《うで》立て、腹筋《ふっきん》、スクワット。そしてまた走る。本格的な運動部並みのトレーニング・メニューに、伊原たちはたちまち顎《あご》を出してしまった。
「ぜえ……ぜえ……。ち、千鳥さん。……どうしてまた……ここまで走る必要が?」
坂道をよろめくように駆《か》け上がりながら、伊原は後ろを走るかなめに尋《たず》ねる。
「はあ……はあ……まずは気合いよ……根性よ……。とにかく……覇気《はき》を……」
彼女も汗《あせ》だくで息が荒い。それでもその瞳《ひとみ》には、なにやら強い闘志《とうし》が宿っている。運動不足とはいえ、体力に勝《まさ》る男だらけの中で、四番手あたりを走っているのだから、その本気のほどが知れようというものだ。
「ですが……われわれとしては……根性論《こんじょうろん》よりも……実践的《じっせんてき》に……はあ、はあ……相良くんの弱点などを……教えてもらいたいのでありますが……」
「そんな……はあはあ……都合《つごう》のいいものが……あ・る・わ・け! ないでしょーが! ぬおお―――っ!」
歯《は》を食いしばって、スパートをかける。伊原たちを抜いて、トップでゴールイン。その場でへたりこんで四つん這《ば》いになる。
「はあっ……はあっ……」
汗がぽたぽた地面に落ち、タンクトップとスパッツもずぶ濡《ぬ》れだった。
[#挿絵(img3/m02_001.jpg)入る]
そんなかなめを、遅《おく》れてゴールした連中が遠巻きに眺《なが》めて、ひそひそと囁《ささや》き合う。
(協力してくれるのはいいんだけどよ……。なんでここまでムキになるんだ?)
と、ナイフ使いの江尾川《えびかわ》。もっとも、彼のナイフはゴム製《せい》で、雰囲気《ふんいき》重視《じゅうし》のプレイスタイルなだけだったりするが。
(うむ、こちらの身がもたんわい。それにあの娘、銃の扱《あつか》いも知らん様子ではないか)
と、スカーフェイスの衣野家《いのいえ》。もっとも額《ひたい》の十字傷は、小四と中一のときに、自転車でコケて、それぞれ電柱《でんちゅう》とブロック塀《べい》に頭突《ずつ》きをかましただけだったりするが。
(よせ、諸君《しょくん》。われわれは彼女に指揮《しき》を任せたのだ。いまさら不平《ふへい》は許されん)
と、ベレー帽に口ひげの伊原。ちなみに彼の場合は、単に老《ふ》け顔なだけである。
佐々木博巳はぐったりして、地面に大の字になっている。ほかの面子《メンツ》もだ。だれもが激《はげ》しく肩《かた》を上下させ、ぶつぶつと大なり小なり不平不満をこぼしていた。
新任《しんにん》の少尉《しょうい》(かなめ)に不満を持つ小隊員たちを、古株《ふるかぶ》の軍曹《ぐんそう》(伊原)がなだめている――いまの一同の関係は、そんな感じだった。
休むのもそこそこに、かなめは立ち上がる。
「……よっし、じゃあ次のメニューよ。ラジオ体操《たいそう》第二を連続三〇本!」
たちまち一同はうなり声をあげた。
「千鳥さん、それ、精神的《せいしんてき》に過酷《かこく》です!」
「サバゲーに強くなるのと関係ないし!」
「っていうか、なぜ第二?」
たちまちハリセンがうなった。すぱーん、と地面を叩《たた》き、かなめは声を張《は》り上げる。
「これは集中力を養うための訓練よ!」
「養えるのか……?」
「うるさい! さあ、立った、立った!」
のろのろと立ち上がる一同。そこでナイフ使いの江尾川が言った。
「けっ、もう付き合いきれないぜ! 俺らは健康クラブじゃねえんだぞ!? サバゲーのチームなんだ! 大会でもかなりのところに行った俺らが、なんでこんな小娘の言いなりにならなきゃならねえんだ!?」
「むっ……」
「やめるんだ、江尾川……!」
伊原がたしなめるが、ほかの連中も次々に不満を爆発《ばくはつ》させる。『そうだ、そうだ!』だの、『まともな練習をさせろよ!』だの。かなめはさらに鼻息《はないき》を荒くした。
「なっによ!? これくらいのメニューでもう不平!? 泣き言だけは一人前ね!」
「なんだと!? だいたいあんたは――」
怒鳴《どな》りかけた江尾川が、不意《ふい》に言葉を切った。ほかの数名もだ。そろって眉間《みけん》にしわを寄せ、耳を澄ましている。
「? どうしたのよ?」
「これは……電動《でんどう》ガンの音ですな」
伊原が言った。
遠くから『きゅるたたたたたた!』と、断続的《だんぞくてき》な音が響《ひび》いてくる。そしてBB弾が空き缶《かん》にあたる、乾《かわ》いた金属音。電動ガンの音はキャンプ場のふもと、林の中に開けた広場からだった。口論《こうろん》を中断《ちゅうだん》して、かなめたちは茂《しげ》みからその様子をうかがってみる。
「…………?」
広場でエアガンを撃《う》っていたのは、宗介だった。伏《ふ》せ撃ちの姿勢《しせい》で、カービン銃をいくつもの的《まと》目がけて発砲している。
彼の傍《かたわ》らには、ジーンズ姿《すがた》に黒縁メガネの若い女が跪《ひざまず》いていた。知らない顔だ。
(――弾が上に流れるぞ、北野《きたの》。なぜだ?)
(ああ、それはホップアップが……ちょっと見せてください、調節《ちょうせつ》してあげますから)
(ふむ……)
(このギアを回すんです。いいですか? こうやって――)
遠目に見た感じだと、なにやら親しげな様子である。
「女の子といますね。だれかな?」
「よく見ろよ、あのメガネっ娘《こ》は……」
「よく行く店のバイトの子じゃ! どうしてまた……」
口々に伊原や博巳たちがつぶやく。
「…………」
心中|穏《おだ》やかでないのは、かなめだった。つい先日、自分にああいうことを言ったと思ったら、これである。どこのだれかは知らないが、あんな風に――
「そこの連中。何か用か?」
宗介がこちらを一瞥《いちべつ》し、そう言った。
かなめの背後《はいご》に巨漢《きょかん》の衣野家たちが棒立《ぼうだ》ちしていたので、盗み見にもなっていなかったようだ。ばつの悪そうな顔で、伊原たちはぞろぞろと茂みから出ていく。
後から続いて出てきたかなめの姿を認《みと》めて、宗介は怪訝顔《けげんがお》をした。
「千鳥。なぜ君がここにいる?」
「なんだっていいでしょ。伊原くんたちに加勢《かせい》したのよ」
「そうか」
「そーよ。だいたい、あんたこそ何やってんの、こんなところで」
先日の仲違いの後も、二人はたびたび学校で顔を合わせていた。口もきかない状態《じょうたい》になったわけではなかったが、やはりどこか、ぎくしゃくしている。
「エアガンの試射《ししゃ》だ。弾道《だんどう》の特性《とくせい》やクセを見極《みきわ》めようと思ってな」
「そっちの人は?」
「専門店で知り合ったインストラクターだ。いろいろとコツを伝授《でんじゅ》してもらっている」
娘はかなめたちに軽く頭を下げた。
「あ、どうも。北野|一美《かずみ》と申します。ショップで店員をやってまして。今日は休みだったから、相良くんの練習におつきあいを。……はは」
[#挿絵(img3/m02_002.jpg)入る]
「店員さんが? ただの客に? ずいぶん親切なんですね」
「いえ、まあ、いろいろあって……。その、えーと――」
「千鳥です。千鳥かなめ」
基本的《きほんてき》にかなめは初対面の相手には礼儀《れいぎ》正しく愛想《あいそう》もいいのだが、このときばかりはヘラヘラ笑ったりできなかった。その空気を察《さっ》したのか、北野一美は上目遣《うわめづか》いでたずねてくる。
「千鳥さん。あのー……もしかして、相良くんの恋人さんですか?」
かなめと宗介が、同時に『ちがいます/ちがう』と言った。
「あ、それは失礼しました。ははは」
「…………」
複雑《ふくざつ》な気持ちで黙《だま》り込むかなめ。宗介もむっつりしたまま、電動ガンの試射に戻《もど》る。
そこで伊原が一美に声をかけた。
「北野さん?」
「はい?」
「覚えてませんか? 自分です。よくあなたのお店で買い物を。いや、こんなところでお会いできるとは光栄《こうえい》であります」
なにやら頬《ほお》を赤くして、緊張《きんちょう》した様子である。見れば、ほかの面子も似たようなノリだった。そろってぎこちない微笑《びしょう》を浮《う》かべて、伊原の後ろで会釈《えしゃく》をする。
(ひょっとしてこの人、常連客《じょうれんきゃく》のアイドルなのかしら……?)
一美はひとしきり記憶《きおく》の糸をたぐってから、やがて困ったような笑顔を浮かべた。
「えーと。あの、すみません。あはは……」
「衝撃《しょうげき》を受けた様子で、伊原たちが固まる。
「うっ……本当に覚えてらっしゃらない? 夏のイベントのときに、記念撮影《きねんさつえい》を――」
「あー、思い出しました!『アームズ・ドラゴン』誌の予選大会ですよね? 一回戦で、女子大生のチームにボッコボコにやられて負けちゃった人たち!」
ぱっと顔を明るくして、一美が叫《さけ》んだ。
(へ? 一回戦負け……?)
きょとんとするかなめの視線《しせん》に気づいて、伊原たちが居心地《いごこち》悪そうに肩をすぼめる。
「うん、そうでした! 参加者《さんかしゃ》がみんな大笑いしてましたよね! えっと、お店の方にも来てたんですか?」
「は、はい。最低でも、週に一度は……」
「えー、そうだったんですか!? すみません、全っ然気づきませんでした! なんだー。で、きょうは? BDU(野戦服)なんか着て。ゲーム中ですか?」
「いえ、まあ……」
消え入りそうな様子の伊原たち。それまで無言《むごん》で電動ガンを試射していた宗介が、装備《そうび》を片付けながら言った。
「だいたい分かったぞ、北野。次は高低差のある地形で試《ため》したい。移動《いどう》しよう」
「あ……はいはい。じゃあ皆さん、いずれまた。来週、お店で放出品のセールやりますから、ぜひ来てくださいねー!」
一美は荷物《にもつ》をつかんで、その場を立ち去っていった。伊原たちの存在《そんざい》など、それきり忘れた様子だ。そこで先を行く宗介が立ち止まって、一同に振り返った。
「……そうだった。どうやら特訓《とっくん》か何かでもしているようだが、付け焼き刃では俺には勝てんぞ。怪我《けが》をしないうちに、同好会の件《けん》は諦《あきら》めることだ」
「むっ……」
「千鳥、君もだ。何を考えているのかは知らんが、時間を浪費《ろうひ》するな」
「な、なんですってぇ!?」
「事実を言っているだけだ」
宗介はきびすを返し、今度こそその場を後にした。二人の姿が見えなくなると、伊原たちは口々につぶやく。
「女連れかよ……しかも、常連客のアイドル、北野さんと……」
「許せん……これは許せん……」
「この屈辱《くつじょく》。同好会の問題だけではなくなってきたぞ……」
「肩を震《ふる》わせる者、ぺっと唾を吐き出す者。中には血涙《けつるい》を流す者までいる。
「……っていうか、一回戦負けですって?」
わなわなとした声で、かなめが言った。伊原たちはしょんぼりと肩を落とす。
「いろいろデカい口叩いといて、けっきょくはああいう女にヘラヘラしてるヲタク集団ってわけ? あんたたち、本気であいつに勝つ気、あるの……?」
「も、もちろんです。だからこそ我々は、こうして千鳥さんを――」
「だったら、あたしを信じなさい!」
かなめはぴしゃりと言った。
「そりゃあ、あたしだって何度か死ぬような修羅場《しゅらば》をくぐり抜けただけの、普通《ふつう》の女よ!? あんたたちが頼《たよ》りなく思うのも無理《むり》はないわ。でもね、少なくとも――あのむっつり戦争バカをやっつけたい気持ちは、あんたたちの誰にも負けないわ! ちがう? ちがうってんなら、言ってみなさい!」
伊原たちは返す言葉もない。
「あたしのやり方に問題があるんだったら、ちゃんと直すわ。だから、もっと真剣になって。あたしを信じて。だって――あたしたちは、チームなんでしょう!?」
涙声《なみだこえ》で訴《うった》えるかなめの真心に打たれたように、伊原たちはうつむき、拳《こぶし》を震わせた。
「千鳥さんよ……あんたの言う通りだ。俺たち、このままじゃただの負け犬だよな……」
先刻《せんこく》、率先《そっせん》してかなめに反抗《はんこう》していた江尾川が言った。
「然《しか》り。わしら、大切な何かを忘れておった」
スカーフェイスの衣野家が言った。
「そうだ。彼女を信じよう!」
「こっちは一二人なんだ! 団結《だんけつ》すれば、なんとかなる!」
「悪かったよ、千鳥さん! もう文句は言わない!」
博巳やその他の面々も、口々に叫ぶ。
『やろうぜ、隊長!』
「みんな……。ありがとう……。はじめて隊長って呼んでくれたね……」
かなめは感極《かんきわ》まったように、胸の前で両手を組んで目を伏《ふ》せた。目尻《めじり》の涙を拭《ぬぐ》ってから、『よしっ!』と小さなガッツポーズを作る。
「気分を入れ替《か》えて、特訓の続きをしましょう! 整列《せいれつ》!」
「おうっ!」
「では改《あらた》めて――ラジオ体操第二、連続三〇本!」
脱力《だつりょく》した全員が同時にがっくりと膝《ひざ》をつき、悲痛《ひつう》なうめき声を漏《も》らした。
「あのー、相良くん……」
キャンプ場のはずれに移動《いどう》してから、一美が宗介に声をかけた。
「なんだ」
「いいんですか? 対戦するお友達って、あの千鳥さんたちなんでしょう? あんなキツいこと言っちゃって……」
「事実《じじつ》だ。彼らでは俺には勝てない」
「でも……いくら外国で実銃を触《さわ》ったことがあるっていっても、日本のサバゲーは勝手《かって》が違いますよ?」
「だからこうして、君にレクチャーを頼《たの》んでいる」
「まあ、そうでしょうけど……」
「心配するな。約束《やくそく》の対AS五七ミリ砲弾《ほうだん》の空薬莢《からやっきょう》は、必ず渡す。一ダースほどな」
そっけなく言って、宗介はケースから電動ガンを取り出す。
「それに、ちょうどいい機会《きかい》だ。彼女が二度と銃器類を手にしないように、本気でかかる」
「はあ。なぜです?」
宗介は銃をいじる手を止めた。
「わからん」
そう言ってから、宗介は専用のローダーでマガジンにBB弾を詰《つ》めていった。
「とにかく、そうした方がいいと思ったのだ」
さすがにラジオ体操ばかりしているわけにもいかないので、かなめは伊原たちと相談して、もう少しマシな訓練メニュー――射撃《しゃげき》と連係《れんけい》に重点を置くことにした。
同時に、当日の作戦も考える。
まず、チームを四つの班《はん》に分けた。三人ずつだ。各班は宗介と遭遇《そうぐう》した場合、一人が盾《たて》になり、一人がとにかく乱射《らんしゃ》して敵の動きを止める。そしてもっとも腕のいい一人が、しっかり狙《ねら》ってとどめを刺《さ》す。三人がかりで落ち着いていけば、いかな宗介とて手こずることだろう。ましてや、それが四班もあれば。そういうコンセプトだった。
「名付けて天・地・人の戦術。とある大河歴史漫画から学んだものよ」
「ほほう……」
「各班はそれぞれ『レモン』『ピーチ』『メロン』『パパイヤ』と命名する。交信時はこのコールサインを使用するように」
「なんか、激《はげ》しく萎《な》える符号《ふごう》なんですが」
「そう? かわいいじゃない」
「……まあ、いいでしょう。それで?」
「配置《はいち》とタイムテーブルを決めないと」
かなめは東京|郊外《こうがい》にある、有料《ゆうりょう》のサバゲー用フィールドの地図を広げた。本番の戦いは、ここで行われる予定だ。
「このフィールド、伊原くんたちはよく知ってるのよね?」
「肯定《こうてい》です」
「でも、ソースケは知らない。これは有利《ゆうり》に働くわ。各班を――ここと、ここと、こことここに配置。連絡《れんらく》を取り合い、あいつを南東の林に追いつめていきましょう」
確《たし》かにそれは、素人《しろうと》なりに合理的《ごうりてき》な配置だったが、それでも伊原たちは疑問《ぎもん》を挟《はさ》んだ。
「そんなにスムーズに運ぶでしょうか?」
「大丈夫《だいじょうぶ》よ。あいつはね、インケンな罠を仕掛《しか》けるか、至近距離《しきんきょり》で殴《なぐ》ったり蹴《け》ったり――そういう戦い方が得意《とくい》なの。でも、今回はそういう手口が全部封じられてるでしょ」
「ふむ。なるほど」
「そこに、この人数でかかれば――案外、あっさり仕留《しと》められると思う。大丈夫よ!」
握《にぎ》り拳《こぶし》で、かなめは断言《だんげん》した。
そして、当日になった。
平日の夕刻《ゆうこく》。フィールドの安全地帯に、一同が集《つど》う。審判役《しんぱんやく》は林水だ。
かなめは借《か》り物《もの》の迷彩服《めいさいふく》とジャングル・ブーツ姿で、バンダナを頭に巻いていた。使い方を覚えたばかりの電動ガンのバッテリーをつなぎ、マガジンにじゃらじゃらBB弾を注《そそ》ぎ込む。副兵装《サイド・アーム》のハンドガンを、腰《こし》のホルスターにぶち込んで、目を護《まも》るゴーグルを着《つ》けた。
「うっし。覚悟《かくご》|完了《かんりょう》」
手袋《てぶくろ》をはめて、ばしっと拳を手のひらに打ち付ける。
「素敵《すてき》ですよ、千鳥さん」
「うんうん、かっこいい!」
見物に来ていた美樹原蓮と常盤《ときわ》恭子《きょうこ》が、ほれぼれとした様子で言った。
「ん。ありがと。さて……野郎《やろう》ども、準備《じゅんび》はいい!?」
『OKです、隊長殿!』
同様に準備を終えた伊原たちが、一成に声を張り上げた。せいぜい三、四日の特訓ではあったが、それなりの成果《せいか》はあったようだ。だれもが覇気《はき》に満ちている。一緒《いっしょ》に走ったり撃《う》ち合ったり、かなめの手料理をぱくついたりで、確かな連帯感《れんたいかん》が芽生《めば》えていた。
宗介は年季《ねんき》の入った野戦服姿だ。こなれた手つきで電動ガンを肩にかけ、軽く準備運動をしている。
「ソースケ。余裕《よゆう》たっぷりね」
「うむ。さっさと片づけて、帰るとしよう」
「むっ……」
こういうときの宗介の口ぶりは、ひどく憎たらしい。
そこで伊原が神妙《しんみょう》な顔で近づいてきた。
「千鳥さん。これを」
そう言って、彼は小さな封筒《ふうとう》を差し出した。
「約束の品です。JBのライブのチケット」
「え? でも、まだ勝ったわけじゃ……」
「いいんです。どちらにしても、あなたに渡すつもりでしたので」
「…………」
「試合の前に一つだけ言わせてください。われわれは、確かにヘタクソ集団ではありますが……あなたと一緒に戦えることを、全員光栄に思っております。あなたのおかげで、われわれは結成当初《けっせいとうしょ》の活気《かっき》を取り戻しました」
髭《ひげ》を生やした老け顔の伊原は、本来の年齢《ねんれい》|相応《そうおう》に、目を輝《かがや》かせていた。損得抜《そんとくぬ》きの、完璧《かんぺき》な信頼《しんらい》。目当てのチケットをもらったかなめが、手を抜くかもしれないことなど、微塵《みじん》も疑《うたが》っていない。
「結果《けっか》がどうなろうと、後悔《こうかい》はありません。とにかく、相良くんを手こずらせてやりましょう!」
「う……うん」
そこで審判役の林水が告げた。
「用意はいいかね? ルールは通達《つうたつ》した通り、単純《たんじゅん》な殲滅戦《せんめつせん》だ。敵をすべて倒せばいい。被弾は基本的に自己|申告制《しんこくせい》だが、この安全地帯から、双方《そうほう》の動きは常《つね》に双眼鏡《そうがんきょう》で観測《かんそく》されている。まず相良くんがフィールドの北端《ほくたん》に移動《いどう》し、五分後、私の笛《ふえ》で試合開始だ。以上、質問は?」
林水は一同を見回した。質問はなかった。
「けっこう。では、はじめてくれたまえ」
「了解《りょうかい》です」
言うなり、宗介は競技前《きょうぎまえ》の陸上選手みたいに二、三度、軽いジャンプをしてから、『ふっ!』と息を吐《は》いて、フィールドの森林の中に消えていった。
宗介が『さっさと片づける』と豪語《ごうご》したのは、決して単なる大口ではなかった。
やっぱり、彼は超《ちょう》ベテランのエリート兵なのだ。かなめたちの素人《しろうと》作戦など、最初の五分でメッタメタに切り刻まれてしまった。
まず、佐々木博巳が率《ひき》いるチーム・レモンがあっさり全滅《ぜんめつ》した。博巳が言うには、茂みをかき分け進んでいたら、仲間の一人がいきなり背後から五、六発のBB弾を頭に喰らい、リタイアしたそうな。
博巳も必死《ひっし》で応戦《おうせん》したが、無駄《むだ》な努力だった。宗介が潜《ひそ》んでいると思《おぼ》しき茂みに、しこたまBB弾を叩き込むもう一人の背後に、いつのまにか彼が立っていたという。後頭部に短く一発。それで終わりだ。
<<こちらレモン1。まるで分かりません! どんな手品を使ったのやら……! 至急、応援《おうえん》を……うわあ!>>
通信途絶《つうしんとぜつ》。博巳もリタイアだ。
「佐々木くん!? 応答して、佐々木くん!?」
「レモン1でしょう、千鳥さん。あなた自身があれほどコールサインで呼べと……」
同じ班の伊原が指摘《してき》するのをほっといて、かなめは悪態《あくたい》をついた。
「くそっ、チーム・レモンが全滅《ぜんめつ》だわ。あいつ、忍《しの》び歩きとかかくれんぼとか、そういうのが異様《いよう》に得意なのよね……」
「なんてこった。それでは、彼を予定のポイントに誘い込むことも――」
そこでチーム・ピーチから連絡。十字傷の衣野家の班だ。
<<こちらピーチ1! 敵の攻撃を受けている! 現在、応戦しながらポイント・デルタへ――うわあっ!>>
「い、衣野家くん!?」
同じ回線から別の声が入る。
<<……こ、こちらピーチ2! ピーチ1は戦死した。これよりピーチ2がチームの指揮をとる。ポイント・デルタへ――うわあっ!>>
「ちょっと!?」
またもや別の声。
<<……ピーチ3だ。ピーチ2は戦死した! 残ったのは俺だけだ! なんとか抵抗《ていこう》を試《こころ》みる。ポイント・デルタへ――うわあっ!>>
通信途絶。『うわあっ』の繰り返しである。まったく、あきれるほどの手際の良さである。もう一つのチーム・メロンも同様だった。チーム・ピーチの全滅から数分とたたないうちに、たちまち窮地《きゅうち》に陥《おちい》った。
無線越《むせんご》しに、ナイフ使い風の江尾川の声。
<<はあ……はあ……こちらメロン1。部下はみんなやられた……>>
「しっかりして、江尾川くん!」
<<|駄目《だめ》だ……俺も腹に弾をくらっちまったぜ……もう、長くはもたねえ>>
「そんな。いや……!」
「あのー、それ、ゾンビでは?」
とろんとした目で伊原が指摘《してき》する。
ゾンビ。BB弾が当たったのに、しらばっくれてプレイを続行《ぞっこう》するズルのことだ。
そんな指摘はさておいて、江尾川は劇的《げきてき》なセリフを続ける。
<<くっ……奴《やつ》はそっちに向かった。なんとか、予定の場所に誘い込めたぜ……。後は千鳥さん、あんたたちがなんとかするんだ……>>
「うっ……江尾川くん……」
<<ラオス国境《こっきょう》を思い出すなあ。頼んだぜ、隊長。必ず奴を……ぐふっ!>>
その言葉を最後に、メロン1も生き絶《た》えたのだった。かなめは瞑目《めいもく》し、無線機を切ってから、伊原にたずねた。
「あのー。これ、ルール的にどうなの?」
「うーむ。ギリギリでしょうか。いちおう、死亡後の交信はこのプレイでは禁《きん》じられてませんし……」
伊原も難しい顔だ。
「いやいや。とにかく、残ったのはわれわれだけです。幸い、敵は計画のポイントに移動《いどう》しているようですし……」
そのとき、右後方の茂みで『からん、からん!』といくつもの空き缶がぶつかり合う音がした。
『!!』
事前《じぜん》に仕掛《しか》けておいた鳴子《なるこ》だ。宗介がかかったのだ! ちょっとずるい気もしたが、ルールでは禁じられていない。それにこうでもしないと、隠密接敵《ストーキング》の得意な宗介には太刀打《たちう》ちできるわけもない。
「あっちよ、撃って!」
かなめと伊原、そしてもう一人のチーム員は、さっと身を翻《ひるがえ》して遮蔽物《しゃへいぶつ》に隠《かく》れ、音の方角目がけて電動ガンを乱射《らんしゃ》した。空気を叩《たた》く乾《かわ》いた音と共に、大量のBB|弾《だん》が茂みに襲《おそ》いかかる。これだけの火力をもってすれば、宗介も下手《へた》には動けないはずだ。
だが――
次の瞬間《しゅんかん》、まったく異《こと》なる方向から、かなめたちのチームにBB弾が襲いかかった。
「うわあっ!」
チームの一人が、為《な》す術《すべ》もなく餌食《えじき》になる。
鳴子が鳴り響《ひび》いたのは、囮《おとり》だったのだ。考えてみれば、そんな単純な罠《わな》に百戦錬磨《ひゃくせんれんま》の宗介が引っかかるわけもない。
「なっ!?」
薄暗い林の中を、黒い影《かげ》が疾駆《しっく》してきた。宗介だ。まるで俊敏《しゅんびん》な猛獣《もうじゅう》のように、木々を盾《たて》にして接近《せっきん》してくる。とても狙《ねら》いをつけられるような的ではなかった。
もう駄目《だめ》だ。やられる。
まず伊原くんが。次にあたしが――
「うおおおおっ!!」
そう思った瞬間《しゅんかん》、伊原が思いもよらぬ行動《こうどう》に出た。手にした電動ガンを撃とうともせず、振りかぶって、宗介目がけて投げつけたのだ。
「!?」
飛んできた重たいエアガンを、宗介はとっさに打ち払《はら》う。数万円もする道具《どうぐ》を、ためらいもなく投げてきたのが、まず予想外《よそうがい》だった。
これが実戦なら、宗介も手荒《てあら》な真似《まね》――肘《ひじ》打ちやら膝蹴《ひざげ》りやらを繰《く》り出して、飛びかかる伊原を組み伏《ふ》せていたところなのだろう。だが、彼はそれを躊躇《ちゅうちょ》した。そこに好機《こうき》が生まれた。
宗介が改めて照準《しょうじゅん》しようとしたときには、伊原は全力で突進《とっしん》し、彼の腰《こし》に猛烈《もうれつ》なタックルをかましていた。
「むっ……?」
よろめき、尻餅《しりもち》をつく宗介。一緒《いっしょ》に倒《たお》れ込む伊原。
「いまです、千鳥さん! 撃ちなさい!」
「え……」
「自分ごと撃つんです、さあ!」
確《たし》かに、最後のチャンスだった。伊原の怒鳴《どな》り声にはじかれたように、かなめは自分の電動ガンをまっすぐ向ける。泥《どろ》の上でもつれあった、宗介と伊原に――
「早く!」
彼女はためらった。
「なにをしてるんです!?」
それでも彼女は撃てなかった。
必死《ひっし》の形相《ぎょうそう》で、宗介の銃にしがみついている伊原。彼を撃つことに、ものすごい抵抗《ていこう》を感じた。生まれて初めて感じたくらいの、強い抵抗感だった。
だって、伊原くんは仲間じゃないか。
彼に当てずに、ソースケだけを片づけることはできないのか?
自分を信頼《しんらい》してくれた味方《みかた》を、なんとか救《すく》う方法はないのか?
それは一瞬《いっしゅん》の思考《しこう》にすぎなかった。そして――後で思えば、その数秒の間に、宗介は伊原を組み伏せ、かなめを撃つこともできたのかもしれなかった。
スローモーションで流れる視界《しかい》の中で、宗介がこちらを見ている。ゴーグル越しのかなめの瞳《ひとみ》の、躊躇の色を。なぜか彼が、『つまり、そういうことなんだ。わかっただろう?』と言っているような気がした。
「千鳥さんっ!!」
伊原の声。我《われ》に返る。
そうだった。これはエアガンだ。
「ごめんね!」
息をのみ込み、かなめはトリガーを引いた。三〇発ばかりのBB弾が、宗介と伊原の体に降《ふ》り注《そそ》いだ。
[#挿絵(img3/m02_003.jpg)入る]
大番狂《おおばんくる》わせの逆転《ぎゃくてん》勝利に、伊原たちは大喜びだった。なにしろあの相良宗介をやっつけたのだ。首尾《しゅび》よく同好会の設立《せつりつ》も成《な》し遂《と》げ、感無量《かんむりょう》の様子だった。
「弘法《こうぼう》も筆《ふで》の誤《あやま》り、かな?」
林水が笑うと、宗介はばつが悪そうに、
「そんなところです」
と肩をすくめてみせた。
「まあ、いい。どうしても認められない同好会……というわけでもないからね。きょうはご苦労だった」
「恐縮《きょうしゅく》です」
そんな調子で、試合《しあい》は終了した。林水からご祝儀《しゅうぎ》が出て、帰りは一同、食い放題《ほうだい》の焼き肉屋で祝宴《しゅくえん》を催《もよお》した。バイトが終わった北野一美嬢も顔を出し、伊原たちは上機嫌《じょうきげん》。大きなジョッキ(たいてい[#「たいてい」に傍点]はウーロン茶だ)を片手に、飲めや歌えやの大騒《おおさわ》ぎである。
盛《も》り上がる一同から離《はな》れた端《はし》っこの席で、かなめと宗介は並《なら》んで座っていた。
「ねえ。こないだのことだけどさ……」
「なんだ?」
かなめはすこし間をおいた。
「あたしも、なんとなくわかった」
「む。そうか」
カルビクッパのお椀《わん》をずるずるとすすって、宗介は言った。
「わかったから……まあ、こないだのは、チャイにしてくれないかな……」
かなめは横から、彼の顔を覗《のぞ》き込んだ。そこはかとなく満ち足りた様子で食事をしていた宗介は、口の中のものがなくなると、気負った風もなく答えた。
「うむ。忘れる」
「……ありがと。でもなんか、簡単《かんたん》ねー」
「問題《もんだい》ない」
「……ま、いっか。ほら。ロース焼けたよ」
「む……」
「ちょっと真ん中が生っぽいくらいが、ちょうどいいの。覚えときなさい」
「うむ」
辛口《からくち》のタレに漬《つ》けてから、はふはふと焼き肉をほおばる。ひとしきり顎《あご》を動かしてから、宗介は一言、つぶやいた。
「うまい」
「でしょ? ふふ……」
かなめは久しぶりに、屈託《くったく》のない笑顔を浮《う》かべた。
[#地付き][おしまい]
底本:「月刊ドラゴンマガジン」富士見書房
2003(平成15)年12月号
※底本中で用いられている「《」と「》」は、青空文庫ルビ記号と被ってしまうため、それぞれ「<<」と「>>」に置き換えています。
入力:暇な人z7hc3WxNqc
2009年10月15日作成
このテキストは基本的に青空文庫形式ですが、感嘆符や疑問符が二つ並んだ文字(本来なら「感嘆符二つ、1-8-75」や「感嘆符疑問符、1-8-78」などと注記しなければならない所)はテキストビューアの「縦中横」機能を当てにして半角文字二つで表現し、注記は避けました。