フルメタル・パニック!
与太者のルール(前編)
賀東招二
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)その日の放課後《ほうかご》。
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)北|校舎裏《こうしゃうら》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)千鳥さんはあの[#「あの」に傍点]ラグビー部に
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[#挿絵(img3/m01_000.jpg)入る]
その日の放課後《ほうかご》。
掃除当番《そうじとうばん》の千鳥《ちどり》かなめは、ゴミ箱を抱《かか》えて北|校舎裏《こうしゃうら》のゴミ捨《す》て場に向かった。用を済ませたその帰り道、化学室《かがくしつ》の前を通りかかったところ、中から鋭《するど》い金属音《きんぞくおん》のようなものが聞こえてきた。
『じゃきん』とか『しゃこっ』とか。
どこかで聞き慣《な》れたような、そういう音である。
「ん……?」
その化学室は一階にある。窓《まど》にはカーテンがかかっていた。なんの気なしに、かなめはその窓に近付いて、カーテンの隙間《すきま》から室内の様子《ようす》をうかがってみた。
薄暗《うすぐら》い部屋の中に、五、六人の男たちがいて、粛々と銃器類《じゅうきるい》の整備《せいび》・点検《てんけん》をしていた。扮装《ふんそう》も異様《いよう》だ。都市|迷彩《めいさい》の野戦服姿《やせんふくすがた》で、腰《こし》やら胸やらに、ごてごてと弾帯《だんたい》を付けている。
彼らの周囲《しゅうい》の机上《きじょう》には、黒光りするサブマシンガンや、ごっつい面構《つらがま》えのショットガン、重たげなアサルト・カービンや自動|拳銃《けんじゅう》がずらりと並べられていた。予備弾倉《よびだんそう》や手榴弾の類《たぐい》もだ。
まるで宗介《そうすけ》みたいな連中《れんちゅう》だった。
「――このMP5もガタが来てるな……。チェンバーの部品を交換《こうかん》したばかりだけど」
「火力不足の感《かん》は否《いな》めない」
「いやいや。ブッシュならともかく、この学校で撃《う》ち合う分には充分《じゅうぶん》だろう」
「軽いし、取り回しもいい。俺のM40[#「40」は縦中横]の方が、こういう場所だと不利《ふり》かもしれない」
「なに、獲物《えもの》を殺《や》るなら、俺様のワルサーだけで充分さ。くっくっく……」
そんな会話を交わしながら、彼らはきびきびと、ショットガンに散弾《さんだん》をこめたり、ライフルの遊底《ボルト》を前後させたり、サイトの調節《ちょうせつ》を入念《にゅうねん》に行ったりしていた。
かなめはすっかり混乱《こんらん》してしまった。
ああいう物騒《ぶっそう》な武器を、こういう校内でいじり回すような人間は、世界でただ一人、相良《さがら》宗介だけだったのではないのか?
それに――撃《う》ち合う? 獲物を殺《や》る? いったい、彼らはこれからなにをするつもりなのだろうか?
(こ、これは……)
「クーデターだ」
いきなり背後《はいご》から宗介の声。
「…………っ!?」
驚《おどろ》きのあまり飛び上がって悲鳴《ひめい》をあげようとしたかなめの口を、宗介はすばやく片手で塞《ふさ》いだ。
「しっ。気付かれるぞ」
「う……。って、どこから湧《わ》いたのよ、あんた?」
むっつり顔にへの字口。声を殺して宗介はささやく。
「俺はゴミ係だ。ゴミ捨てに行った君の働きぶりに目を光らせるのは、係として当然《とうぜん》の義務《ぎむ》だ」
「どんな義務よ……? っていうか、あの連中は? あんたの知り合い?」
「いや。あんな物騒な連中に知り合いなどいない」
「…………」
「それより見たか、あの重武装《じゅうぶそう》を。ヘッケラー&コッホとコルトのアサルト・カービン、特殊部隊《とくしゅぶたい》仕様《しよう》のP90[#「90」は縦中横]とベネリのショットガン……。ちらりと見えたが、奥には分隊支援火器《ぶんたいしえんかき》もあるようだった。あれだけの装備《そうび》があれば、校内を制圧《せいあつ》するのは容易《たやす》いことだろう。ただ……銃の口径《こうけい》がまったくバラバラなのが気になる。日本国内での弾薬《だんやく》の入手|経路《けいろ》は限《かぎ》られているはずなのだが……。千鳥、君の意見を聞きたい」
「いや、そんなこと聞かれても」
「きっとこれから、生徒会室を襲撃《しゅうげき》するつもりなのだ。迅速《じんそく》に先手を打たなければ」
宗介はどこからともなく小型の散弾銃《さんだんじゅう》を取り出し、弾丸《だんがん》を入れ替《か》え始めた。
「ロッカーにライフルを取りに行く時間はない。さりとて、いまの俺一人の装備《そうび》では対応《たいおう》しきれないだろう。君の援護《えんご》が必要だ」
あたふたするかなめに、宗介は散弾銃を押しつけ、自身は愛用の自動拳銃を抜く。
「ちょ、ちょっと……?」
「俺は廊下側《ろうかがわ》に回って突入《とつにゅう》する。君はその窓《まど》から発砲《はっぽう》しろ。フォアグリップをしっかりと握《にぎ》って、落ち着いて相手を狙《ねら》うんだ。一度撃ったら、すぐに隠《かく》れろ。君の役目はそれだけでいい。あとは俺がやる。ただし発砲する直前まで、|引き金《トリガー》には指をかけるな。いいな?」
「いや、だって。そんないきなり。っていうか、マジなの? やめなさいよ?」
「大丈夫《だいじょうぶ》だ。君ならできる」
宗介は力強く言った。
「や、やーよ! あたし、人なんて撃てないってば!」
「心配するな。ラバーボール弾を装填《そうてん》しておいた。相手は死なない。二方面からの挟《はさ》み撃ちさえできればいいのだ」
「いやだって、でもね?」
「生徒会が転覆《てんぷく》される瀬戸際《せとぎわ》なんだぞ? 勇気を出すんだ、千鳥」
「そういう問題じゃないでしょ!? せめてもうちょっと様子を――」
「俺を信じろ」
自信たっぷりに言うと、宗介はさっと身を翻《ひるがえ》し、非常口《ひじょうぐち》の方へと走り去ってしまった。
「ああ、行っちゃった。……どーすんのよ、もう……!?」
そのおり、かなめのそばの窓がからからと開いた。彼女の大声にだれかが気付いたのだろう。覆面姿《ふくめんすがた》にゴーグルをかけた男が、ひょこりと顔を見せる。
「あわわ……!」
「なにやってんの、千鳥センパイ?」
宗介から押しつけられた散弾銃を、両手の中でお手玉していたかなめは、知った声に眉《まゆ》をひそめた。
「へっ?」
「ボクですよ、ボク」
そう言って、相手はゴーグルと覆面を外した。生徒会の備品係《びひんがかり》をやっている一年生の、佐々《ささ》|木博巳《きひろみ》だ。
「さ、佐々木くん? あんたこそ何やってんの? その格好《かっこう》は?」
小柄《こがら》で童顔《どうがん》の彼は、無邪気《むじゃき》に笑って戦闘服《せんとうふく》の襟《えり》を引《ひ》っ張《ぱ》って見せた。
「ああ、これ? なかなかカッコいいでしょ。サバゲーですよ、サバゲー」
「鯖《さば》……なに?」
「サバゲーです。サバイバル・ゲーム。知らないんですか?」
「えーと……それって、おもちゃの銃で撃ち合うアレ?」
すると博巳は、ちょっとだけ不機嫌《ふきげん》そうな顔をした。
「あー! ひどいなあ、おもちゃだなんて。いや、まあ、確かにそうなんですけど。まあ……いつもは屋外のフィールドでプレイしてるんです。でも、たまには屋内でやってみようか、って話になりまして。放課後の北校舎って、ほとんど人がいなくなるし。いずれは同好会《どうこうかい》にしよう! って感じで、林水《はやしみず》センパイにも頼《たの》み込んでるんですよ」
「ははあ。でも――」
すると、博巳の後ろで様子を見ていたもうひとりの生徒《せいと》が、すかさず口を挟《はさ》んできた。
「あー、副会長さん? もちろん安全には気を遣《つか》いますよ? 交代で見張《みは》りを立てて、他の人は巻き込まないようにするし。撃った弾は、あとで全部|回収《かいしゅう》しますから。ちゃんと掃除機《そうじき》も持ってきてます。いやマジで」
なにやら、それなりにしっかりしたモラルを持って遊んでいるらしい。ようやく事情《じじょう》がわかったかなめは、ほっと胸をなで下ろした。
「うーん。そういうことなのね。でも、ちゃんと許可《きょか》を取ってもらわないと……って、なに?」
かなめは博巳たちの視線《しせん》が、自分の手にした銃に注《そそ》がれていることに気付いた。
「そういや千鳥センパイ、なんでそんなの持ってるの? 相良センパイのエアガン?」
「へ? あ、そういえば……」
そこでようやく、宗介のことを思い出した。まずい。いまも彼は臨戦態勢《りんせんたいせい》で、この窓の反対側《はんたいがわ》――廊下に息を潜《ひそ》めているのだ。
「ああっ、ヤバいわ。みんな! いますぐ――」
どっかん!
遅かった。化学室の廊下側の扉《とびら》――そのすぐ横の壁《かべ》が、轟音《ごうおん》と共に吹き飛び、一瞬《いっしゅん》で大穴《おおあな》が開いた。指向性爆薬《しこうせいばくやく》だ。
ほとんど同時に煙《けむり》を突《つ》っ切《き》り、拳銃を構《かま》えた宗介が室内に踏《ふ》み込んでくる。
「いまだ、千鳥!」
叫《さけ》びながら、宗介は手近な『敵』に銃口を向ける。
「ごめん。ちょっとどいて」
じゃきっ、どん!
すかさずかなめは散弾銃を構え、宗介めがけてラバーボール弾を叩《たた》きこんでやった。
「馬鹿《ばか》な、なぜ君が……ぐふっ」
思いがけぬ裏切《うらぎ》り行為《こうい》に衝撃《しょうげき》を受けながら、がっくりとくずおれる宗介。かなめ自身でも驚《おどろ》くほど、冷静《れいせい》かつ正確な射撃《しゃげき》であった。
どういうわけだか彼女は、宗介相手のツッコミだと、戦闘力《せんとうりょく》が異様《いよう》に増強《ぞうきょう》される傾向《けいこう》がある。
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「ち、千鳥センパイ……」
「むー……なぜかしら。初めてハリセンを使ったときみたいに、しっくり来たわ……」
銃口から立ち上る煙をむっつりと眺《なが》め、かなめはつぶやいた。
「例によって、壊《こわ》した壁の修繕費《しゅうぜんひ》は相良くんが負担《ふたん》することになる」
生徒会長の林水|敦信《あつのぶ》が、淡々《たんたん》とかなめたちに告げた。
騒動《そうどう》が収まったあとの、生徒会室でのことである。白皙《はくせき》、長身、知的で端正《たんせい》な顔立ちの林水は、手にした扇子《せんす》をぱちんと閉《と》じた。
「ただし……彼なりに生徒会の安全をはかろうとした行為だ。費用《ひよう》の半分はC会計から拠出《きょしゅつ》しよう」
C会計。生徒会が運用している、教師には秘密《ひみつ》の隠《かく》し予算である。その予算の総額《そうがく》は、かなめさえも知らされていない。
以前にかなめは、会計の岡田隼人《おかだはやと》にその総額を尋《たず》ねたことがあった。だが彼は珍《めずら》しく真面目《まじめ》な顔をして、びっしりと額《ひたい》に脂汗《あぶらあせ》を浮《う》かべ、『知らない方がいいぜ。悪いことは言わない』だのと言ったのだった。
そんなことを言われると、むしろ気になるのが人情というものである。
かなめがしつこく『でもでも、だいたいどれくらいなの? なにが買えるくらい?』などと食い下がってみると、岡田は遠くの空を眺《なが》め、うるうると瞳《ひとみ》を潤《うる》ませてこう言ったのだった。
『……山田さんが、喜んで娘《むすめ》を差し出すくらい……かな』
『だれよ、それ……?』
岡田はそれ以上、なにも言わなかった。それが高いんだか安いんだかは、かなめには永遠にわからずじまいだった。
それはさておき――
「感謝《かんしゃ》します、会長|閣下《かっか》」
林水の采配《さいはい》を受けて、宗介が直立不動《ちょくりつふどう》で言った。
「うむ。ところで佐々木くんを始めとしたあの生徒たち――模造銃《もぞうじゅう》で遊ぼうとしていた集団の件で、少々|相談《そうだん》があるのだがね」
「なんでしょう、閣下」
「サバイバル・ゲームだったかな。そうした趣味《しゅみ》を楽しんでいる彼らが、前からわれわれ生徒会に陳情《ちんじょう》を繰《く》り返している」
「陳情?」
かなめが眉《まゆ》をひそめる。
「『サバイバル・ゲーム同好会』の設立《せつりつ》だ。しかるべき予算と、部室|棟《とう》のロッカーの使用権、学校|施設《しせつ》の一部使用を『練習』に使うための許可を求められていてね」
「ははあ」
かなめは気のない相槌《あいづち》を打った。
確かに模造品とはいえ、あんな重たい銃を持って、えっちらおっちら走り回ったりするのは、ちょっとしたスポーツだろうとは思うが――
「でもそんな学校のクラブ、聞いたことないですよ」
かなめの言葉に、林水はうなずいた。
「うむ。しかし、だからといって彼らの要求《ようきゅう》をはねつける理由《りゆう》にもならない。もともと我《わ》が校はクラブの設立に寛容《かんよう》な気風《きふう》がある。去年度も、空手部があるのに『空手同好会』の設立が認《みと》められてしまったくらいだ」
「ああ、椿《つばき》くんたちの……」
「それに、校内で公然《こうぜん》と模造銃《もぞうじゅう》を携帯《けいたい》する相良くんのことも指摘《してき》されてね……」
いわく、『生徒会の人間である相良宗介がOKなのに、こういうクラブを認めないのはおかしい!』ということだった。これはさすがの林水にとっても、少々痛いツッコミだ。
生徒会長たる林水の基本姿勢《きほんしせい》としては、宗介の銃器携帯は『校則では禁《きん》じられていない』、『校内の治安|維持《いじ》に必要《ひつよう》な装備《そうび》』、『彼の装備がいくつかの不祥事《ふしょうじ》の制止《せいし》に役立った事実《じじつ》がある』などなど、いろいろあったりする。
はたから聞いただけでは、『どうしてそれだけの理屈《りくつ》で、教職員《きょうしょくいん》が納得《なっとく》するのよ!?」などと自然な疑問《ぎもん》が湧《わ》いてくるところなのだが――そこが天才・林水敦信の外交術と交渉《こうしょう》術なのであった。……もっとも、そういう建前《たてまえ》だけでは片づかない政治テクニックも駆使《くし》されたことは、かなめでもおぼろげに想像できたりなどする。
とはいえ、そういう手間暇《てまひま》をかけてまで、宗介をかばうメリットなんて、林水センパイにあるのかしら……?
かなめはしばしばそう思うのだが、それもまた、いまは謎という名の霧《きり》の中なのであった。
「私は可能《かのう》な限りの公平さを期する主義《しゅぎ》だ。独裁者《どくさいしゃ》ではなく、ただの利益代表者《りえきだいひょうしゃ》だからな」
かなめの黙考《もっこう》をよそに、林水は言った。
「さりとて、同好会の乱立《らんりつ》も困る。全部の主張《しゅちょう》を認めていたら、同好会の数は三ケタに達しかねない。たとえばゲーム関係の同好会の申請《しんせい》には、『コンシュマー・ゲーム同好会』、『アーケード・ゲーム同好会』、『レトロゲーム同好会』、『洋ゲー同好会』、『TCG同好会』、『TRPG同好会』、『ウォーゲーム同好会』、『ネットゲーム同好会』などなど、頭を抱《かか》えたくなるような数がある。私の目には全部同じに見えるのだが……彼らに言わせれば、それぞれ微妙《びみょう》に違うらしい。なぜか仲良くできないらしくてな。まったく理解《りかい》に苦しむ。先日は『18[#「18」は縦中横]禁《きん》ゲーム同好会』などといった申請もあった」
「こ、高校なのに……なぜ?」
「知らん。なにかの間違いだろう」
かなめの疑義《ぎぎ》をさらりと流して、林水は続ける。
「ともかく。そういうわけで、あっさりと彼らの要求《ようきゅう》を呑《の》むわけにはいかんのだ。そこで私は条件を出した。我が校の名前を背負《せお》う以上は、たとえ課外《かがい》活動だとしても、それなりの実力《じつりょく》を示してもらわねばならない、と」
「サバイバル・ゲームの人たちに?」
「うむ。ありていに言えば――」
林水は、直立不動《ちょくりつふどう》の宗介に目を向けた。
「しかるべき場所で試合《しあい》を行い、生徒会の精鋭《せいえい》――すなわち相良くんを倒せたら考えよう、ということだ」
「ソースケ一人で?」
「特にそういう指定はない。ただ、彼としては、その方がやりやすいと思うが?」
「うーん、でも……」
あの化学室にいた面子《メンツ》は五人。その後聞いた博巳の話では、さらに倍以上の人間がいるらしい。さすがの宗介でも、それだけの人数を相手にするのは難しいように思えた。
「おやすいご用です、会長閣下」
言いかけたかなめを、宗介の声が遮《さえぎ》った。
「鍛《きた》え抜かれた技能を駆使《くし》し、敵を殲滅《せんめつ》してご覧《らん》に入れます」
「じ……自信たっぷりだし……」
後ろ手の姿勢《しせい》で胸を反《そ》り返らせた宗介を横目で見て、かなめは深いため息をついた。
生徒会室を出るなり、かなめは宗介にぼそぼそと尋《たず》ねてみた。
「大丈夫《だいじょうぶ》なの?」
「なにがだ」
きびきびと廊下を歩きながら、宗介が言う。
「だって……佐々木くんたちのチーム、全部で一〇人くらいいるってよ? いくらあんたでも、一人っきりじゃ手に余《あま》るでしょ」
「問題ない。化学室で俺が突入《とつにゅう》したときの反応《はんのう》を考えれば――彼らの練度《れんど》は、おしなべて低いと言っていいだろう。地雷《じらい》その他のトラップで対応すれば、半分以下まで戦力を削《けず》れる。あとは一人ずつ殲滅するだけだ」
「はあ。いちおう言っとくけど、罠《わな》関係は全部ボツみたいよ」
すると宗介は眉をひそめた。
「なんだと……?」
「当たり前でしょ。スポーツみたいなもんなんだから。あと、ナイフで相手の首をかっ切ったりとか、チョークスリーパーで絞《し》め落としたりとか、手榴弾《しゅりゅうだん》で一網打尽《いちもうだじん》にしたりとか――そういうのも全部ダメ」
「馬鹿《ばか》な。それではどうやって戦うのだ」
「エアガンで撃ち合うのよ! それだけ! 怪我《けが》させちゃいけないの!」
「むう……」
脂汗を浮かべ、困惑《こんわく》する宗介。
「なに悩《なや》む必要があるのよ。ホンモノの兵隊さんだって、似たようなことやってるんでしょ? 演習《えんしゅう》だの何だの」
「そういえば、そうだったな」
宗介は手をぽんと叩《たた》いた。
「まったく……」
「俺の部隊の場合、実弾訓練《じつだんくんれん》が圧倒的《あっとうてき》に多くてな……。ついでに言うなら、格闘《かくとう》やトラップもOKなのだ。屋内でのCQB(超接近戦《ちょうせっきんせん》)で、マオとやりあった時は――なかなか酷《ひど》い目にあった。彼女はマーシャルアーツも一流なのだ」
「だから、そういうのは反則だっての」
「わかっている。銃だけで一〇人相手というのは、いささか面倒《めんどう》だが……やれない数でもない。綺麗《きれい》に片づけるとしよう」
自慢《じまん》げな様子や、気負《きお》った様子など微塵《みじん》もない。ごく当然のことを、ごく当然に言っているような風情《ふぜい》だった。
まあ、宗介は本職《ほんしょく》である。ちょっとしたマニアがかなうわけもない。それは事実《じじつ》だ。
ちょっと考えてから、かなめは提案《ていあん》した。
「ねえねえ」
「なんだ」
「あたしも参加《さんか》してみたいな。なんだか面白《おもしろ》そうだし。林水センパイの話だと、生徒会チームの人数も、別に多くても構《かま》わないんでしょ? だったら――」
「駄目《だめ》だ」
宗介は言下《げんか》に却下《きゃっか》した。
「そっ……なんでよ?」
「足手まといだ。俺一人の方が戦いやすい」
きっぱりと言われて、かなめはしばし、ぽかんとする。
「……足手まとい? あたしが?」
「そうだ。申《もう》し訳《わけ》ないが、君とは組めない」
「な、なによ。たかがゲームでしょ!? そんな真面目《まじめ》な顔しなくたって――」
当惑《とうわく》しながら抗議《こうぎ》するかなめを、宗介はしごく真面目な顔で覗《のぞ》き込んだ。
「たとえゲームだろうと、君とは組めない」
「…………。その……もしかして、怒《おこ》ってるの? さっき、あたしが、化学室でドカンってやっちゃったの……」
上目遣《うわめつか》いで、彼女はぼそぼそと言った。
「怒ってなどいない。君に銃を持たせたことを後悔《こうかい》しているだけだ。どんな事情《じじょう》があったにせよ、自分に命を託《たく》してきた味方《みかた》を撃《う》つ人間には――」
宗介は一度、言葉を切った。
「やはり、背中は任《まか》せられない」
どきっとした。後頭部《こうとうぶ》を殴《なぐ》られたような感じがした。どう答えたらいいのかわからなくて、かなめはついつい声を荒《あら》らげてしまった。
「そ……だってあんた、あのとき、また勘違《かんちが》いして佐々木くんたちを撃ちまくろうとしたでしょ!? だから――」
「遺憾《いかん》ながら、それも事実だ。だから俺は君を責《せ》める気はない。ただ、『組みたくない』と言っているだけだ」
「…………」
確かに、宗介は怒っているわけではないようだった。その声色にも、冷たい感じはまったくない。いつも通りの淡々《たんたん》とした、実にプロらしい、実務的《じつむてき》な口調である。
むしろだからこそ、かなめはそれ以上なにも言えなかった。
「気にしないでくれ。繰《く》り返すが、俺は君を責めているわけではない。だが、君に理解《りかい》できることだとも思わない。とにかくこの件では、手助けは無用《むよう》だ」
立ちつくすかなめを置き去りにして、宗介はさっさと廊下を歩いていった。
[#挿絵(img3/m01_002.jpg)入る]
いくら『責めない』『怒っていない』と言われても、責められて、怒られたような気がした。
裏切り者呼ばわりされた気がした。
『おまえなど、二度と信用するものか』と言われたような気がした。
なによそれ? と、思う。おかしいじゃないか、とも思う。
だってあれは、いつもの勢《いきお》いでやってしまったことであって――
(ヘンよ、絶対《ぜったい》……! ハリセンがテッポになっただけでしょ? それだけだってのに、あんな風に……)
心中穏《しんちゅうおだ》やかでないままに、かなめは自分の教室で帰り支度《じたく》を進めていた。
もう夕刻《ゆうこく》だ。窓から西日が射《さ》し込んでいる。鞄《かばん》に教科書とノート、空の弁当箱《べんとうばこ》を押し込んでから、彼女は深いため息をついた。
教室の戸口から、彼女を呼ぶ声がした。
「あのー、千鳥センパイ」
「?」
振り返ると、そこには佐々木博巳ほか、宗介の対戦相手たちがぞろぞろと居並《いなら》んでいた。博巳のような一年生だけでなく、二年生もいる。やたらごっつい男や、目つきの悪い男もいたりはするのだが――基本的《きほんてき》には普通の生徒のはずだ。
「実はその。ちょっとご相談がありまして」
彼らはおずおずと教室に入ってくると、怪訝顔《けげんがお》のかなめに話を切りだした。
「リーダーをやれですって? あたしに!?」
博巳たちの『相談』を聞いたかなめは、目を丸くした。
「そりゃまた、なんで!?」
「副会長殿。恐縮《きょうしゅく》であります。われわれは、それなりに腕《うで》に覚えはあるのですが……」
と、リーダー格の二年生、伊原《いはら》が言った。身長一九〇センチの巨漢《きょかん》で、ベレー帽《ぼう》をかぶったごっつい容貌《ようぼう》。なぜか豊かな口ひげを蓄《たくわ》えている。
「そうそう。『コンバット・ドラゴン』誌《し》主催《しゅさい》のサバゲー大会じゃ、なかなかいいところまで行けたんだぜぇ? ヒッヒッヒ……」
と、同じく二年生の江尾川《えびかわ》が言った。ひょろりとした長身で、手にしたナイフをペロリと舐《な》める。
「ククク。全員、血祭りに上げてやったわい。泣いて命|乞《ご》いをする者もいたがな……」
と、浅黒い肌《はだ》に分厚《ぶあつ》い唇《くちびる》、スキン・ヘッドで、額《ひたい》にでっかい十字傷のある二年生――衣野家《いのいえ》が締《し》めくくった。
「は、はあ……」
その他の者も、似たり寄《よ》ったりだ。こと見た目について言えば、ほとんどの面子が宗介に負けないくらいの貫禄《かんろく》なのであった。
「あ、あのー。それだけ立派《りっぱ》な皆《みな》さんが、なぜあたしなんかに?」
「はい。それは……」
リーダーの伊原がうつむき、肩を震《ふる》わせた。ぷるぷると。
「こんなわれわれですが、ぶっちゃけ、相良くんに勝つ自信がまったくないのです」
「は?」
いきなり伊原たちは両目からぶわ―――っと涙《なみだ》を流し、かなめにすがりついてきた。
「わわっ!?」
「いや、だって! 日頃《ひごろ》から見かけるあの身のこなし! あの目つき! あれはきっとプロですよ! 運動不足のわれわれが、かなうわけありません!」
と、伊原は号泣《ごうきゅう》する。
「ヒーッヒッヒ……殺される。きっと殺されるぞ!」
と、江尾川は空虚《くうきょ》に嗤《わら》う。
「血祭りじゃあ! わしら一同、全員血祭りにあげられるぞ!」
と、衣野家が天を仰《あお》ぐ。
全員、力|一杯《いっぱい》にヘタレになって、己《おのれ》の運命を嘆《なげ》き悲しむのであった。
「ちょっとちょっと、落ち着いてよ! だからって、あたしにそんなこと頼《たの》む、フツー!? リーダーなんて、できないってば!」
なだめるようにかなめが言うと、彼らは力強く首を振った。
「いえ、できます。千鳥さんはあの[#「あの」に傍点]ラグビー部に活《かつ》を入れたことで有名ですし、相良くんを殴《なぐ》ったり蹴《け》ったりできる唯一《ゆいいつ》の存在です。まず間違いなく、陣代《じんだい》高校|最凶《さいきょう》の生徒といっていいでしょう」
「なにそれ!?」
「誤解《ごかい》しないでください、誉《ほ》め言葉です」
「どこがよ!?」
涙目で怒鳴《どな》るかなめを前にしても、伊原たちの必死の形相《ぎょうそう》は変わらない。
「ともかく、千鳥さんの力を借りれば、あるいは相良くんへの対抗策《たいこうさく》も打ち出せるのではないかと、われわれ一同、結論《けつろん》しました。そんなわけなので、是非《ぜひ》ともわれわれに力をお貸《か》しください。積年《せきねん》の望みだった、サバゲー同好会設立への最後の希望《きぼう》は――千鳥さん、あなただけなんです」
「いや、だって、でもね……!?」
なんの脈絡《みゃくらく》もなく頼《たよ》りにされて、かなめはあわてふためいた。すかさず伊原が身を乗り出す。
「もちろんお礼はします。われわれが勝利した暁《あかつき》には――近々来日して、ツアーを行う予定の彼。あの彼のコンサートの、S席最前列のチケットを、千鳥さんにプレゼントさせていただきます」
「彼? それ、ひょっとして……」
「はい。『最高のソウル・ブラザー』。『ミスター・ダイナマイツ』。『ファンク界のゴッド・ファーザー』。彼です」
JBだ!
ジェームズ・ブラウンだ!
思わずかなめは生つばを飲み込んでしまった。年|相応《そうおう》に、イケ面《めん》のアイドルにキャーキャー言うこともなく、『猿《さる》の惑星《わくせい》』にでも出てきそうな顔のオッサンに入れあげる彼女も、いろいろ問題がある感じなのだが――
かなめは上質《じょうしつ》を知る娘である。
本物のエンターテイナーのなんたるかを、きっちり押さえているのである。
「ううっ……!!」
欲しい。
めっちゃ欲しい。
もちろんそのコンサートには行くつもりだったが、さすがに最前列は取れなかったのだ。そのチケットを、この伊原くんが……!?
(ああ。でも……)
たとえエアガンでのドンパチだとはいえ、宗介の強さは本物だ。現にかなめは、彼が本当の実力を発揮《はっき》している場面を、これまで何度も見てきている。しっかりと本物の訓練を受けたテロリストを、宗介は事もなくあしらってきたのだ。目にも止まらぬ早業《はやわざ》と、鍛《きた》え抜かれた技能《ぎのう》を駆使して。
プロの力。
本物の力。
勝てるわけがない。まったくの徒労《とろう》だ。実際《じっさい》、サバゲー同好会を設立《せつりつ》しようとしているこの連中の悲嘆《ひたん》も、もっともな話なのだ。もしあいつが本気になったら、このあたしだって、指一本でも触《ふ》れられるかどうかわかったものではないし――
(足手まといだ)
宗介の言葉が脳裏《のうり》をよぎる。
その瞬間《しゅんかん》、彼女の脳裏から、コンサート・チケットの誘惑《ゆうわく》は消し飛んでしまった。
そうだ。
そういう問題だけじゃない。来日する彼のチケットは――まあ、それはそれで欲しいけど……そう、それだけではないのだ。
ソースケ。
あいつ、さっき、なんて言った?
あたしのことが足手まとい?
よくもそんなことを――よりにもよって、この自分に言ったものじゃないか。あの化学室のとき、あいつは確《たし》かに毎度のバカをやろうとしていたわけで、それをあたしは、いつも通りに止めようとした。
それのなにが不足だっていうの?
だって、悪いのはあんたじゃないの! ちょっとは恨《うら》みがましい顔されても仕方《しかた》ないだろうけど、あそこまで言われるのは納得《なっとく》いかない。
そう。納得がいかないのだ。
『君と組みたくない』だなんて。
そんなこと言われて、とてもヘラヘラしてなんかいられない。だって、あたしたちはそういうのとは違うでしょ? なのにいきなり、それはなんなの? いくらなんでも、反則《はんそく》じゃないの?
あー、いいわよ。
そんな風に言うんだったら、ここらできっちりやることやって、あいつを見返してやろうじゃないの。
そんなことを思いつつ、かなめはうつむき加減《かげん》に、こうつぶやいた。
「うん。わかった」
「え?」
「確かに、伊原くんや佐々木くんたちの言う通りかもね。あいつをやっつけられるのは、この学校であたしだけだと思う」
きっぱりと言うと、伊原たちは『おおっ……』とうなり声をあげた。
「なんというのか、自分で話ふっておいて言うのもアレですけど……すごい自信ですね、千鳥センパイ」
博巳が言うと、かなめはぶっきらぼうな顔のままで肩をすくめた。
「だって、そうじゃない」
「はあ」
「心配はいらないわ。とにかく請《う》けたから」
そっけなく言ってから、彼女は深呼吸《しんこきゅう》した。ここらで気分を入れ替《か》えて、思い切りパワーを出さなければならない。
「うん。やろう。……てなわけで! まずは練度《れんど》よ! これからみっちり――そうね、夜中の二時くらいまで練習しまくって、基本的な実力を付けましょう。朝練は七時から。林水センパイが言ってた試合の日まで、これを徹底《てってい》するわよ!」
「え、ええ〜〜〜?」
うろたえる博巳たち。
それと反比例《はんぴれい》するかのように、にわかに拳《こぶし》に力がみなぎってくるのをかなめは感じる。
「やかましい! 一度|頼《たの》んだなら、覚悟《かくご》を決めなさい! 言っとくけど、あたしは往年《おうねん》の星野監督《ほしのかんとく》みたいにバリバリ厳《きび》しいわよ!? ついでに、ダメな奴《やつ》はガンガン干《ほ》すから。そのつもりでいなさい!」
彼女はその場ですっくと立ち上がり、その拳を宙《ちゅう》へと突《つ》き上げた。
「う、うう……」
「いいわね!? でもって、はっきりさせとくわ。スポーツだろうが戦争だろうが、基本は一緒《いっしょ》! すなわち――」
びしっと正面を指さす。
「ビビっちゃダメ! 地道《じみち》な努力《どりょく》! チームワーク! それ以外に、突破口《とっぱこう》はないわ! この三要素《さんようそ》を重点的《じゅうてんてき》に鍛《きた》えて、ソースケをギャフンと言わせてやるの! わかった!?」
『は……はい』
おっかなびっくり、伊原たちが答える。
「よろしい! ではまずランニングよ! 健全《けんぜん》な精神《せいしん》は健全な肉体に宿る。基礎《きそ》体力こそすべてに勝《まさ》る財産《ざいさん》! そんなわけで――」
かなめはすっと身を翻《ひるがえ》し、どこからともなくハリセンを抜いた。うん、この握《にぎ》り心地《ごこち》! やはりこうでなくては!
彼女は力一杯、眼前の机《つくえ》をひっぱたいた。
「訓練開始! 走れ―――っ!!」
かなめの仮借《かしゃく》ない檄《げき》を受《う》けて、一同はすたこらと走り出したのであった。
[#挿絵(img3/m01_003.jpg)入る]
[#地付き][後編に続く]
底本:「月刊ドラゴンマガジン」富士見書房
2003(平成15)年11月号
入力:暇な人z7hc3WxNqc
2009年10月15日作成
このテキストは基本的に青空文庫形式ですが、感嘆符や疑問符が二つ並んだ文字(本来なら「感嘆符二つ、1-8-75」や「感嘆符疑問符、1-8-78」などと注記しなければならない所)はテキストビューアの「縦中横」機能を当てにして半角文字二つで表現し、注記は避けました。