フルメタル・パニック!
戦うボーイ・ミーツ・ガール
賀東招二
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)水面下の状景《じょうけい》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)狭山|教諭《きょうゆ》が
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)ノ[#「ノ」は「ノ+゛」、濁点付き片仮名ノ、181-3]
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[#挿絵(img/01_000.jpg)入る]
[#挿絵(img/01_000a.jpg)入る]
[#挿絵(img/01_000b.jpg)入る]
[#挿絵(img/01_000c.jpg)入る]
目 次
プロローグ
1:通学任務
2:水面下の状景《じょうけい》
3:バッド・トリップ
4:巨人のフィールド
5:ブラック・テクノロジー
エピローグ
あとがき
[#改丁]
AS.A・S.@<<略>>Anglo-Saxon.
AS.A・S.A<<略>>〔軍〕armslave.
arm slave[a':mslei_v]<名>{C}〔軍〕強襲機兵《きょうしゅうきへい》、アームスレイブ、AS
[#地付き]<検究社《けんきゅうしゃ》 新英和中辞書/第五版より>
アーム - スレイブ[armslave]主に全高八メートル前後の、人体を模《も》した機体《きたい》に、武装《ぶそう》・装甲《そうこう》した攻撃用兵器《こうげきようへいき》。八〇年代末期に開発。強襲機兵。AS。
[#地付き]<岩浪《いわなみ》書店 広治苑《こうじえん》/第四版より>
[#改ページ]
プロローグ
「いい、ソースケ? A4のコピー用紙、二〇〇〇枚よ?」
職員室《しょくいんしつ》の扉《とびら》の前。のんびりした放課後の喧騒《けんそう》とは裏腹《うらはら》に、千鳥《ちどり》かなめは深刻《しんこく》な声で言った。
気の強そうな少女である。腰まで届く長い黒髪《くろかみ》。赤のリボン。人差し指をぴしりと立て、目の前の男子生徒に説明《せつめい》する。
「用紙は五〇〇枚の束《たば》になってるから、合計四束、こっそり持ち出すの。わかった?」
「了解《りょうかい》」
詰《つ》め襟《えり》姿《すがた》の男子生徒――相良宗介《さがらそうすけ》は簡潔《かんけつ》に答えた。
きりりと引《ひ》き締《し》まったむっつり顔に、愛想《あいそ》のかけらもないへの字口。油断《ゆだん》のない目つきで、職員室の扉をにらむ。
かなめと宗介は念入《ねんい》りに、作戦の確認《かくにん》を徹底《てってい》した。
「コピー用紙の場所はわかってるわね?」
「ああ。職員室の最奥部《さいおうぶ》、コピー機《き》の脇《わき》に積《つ》んである」
「段取《だんど》りも心得《こころえ》てる?」
「君がコピー機近くの狭山《さやま》先生と会話し、注意を引き付けている隙《すき》に、俺がコピー用紙を奪取《だっしゅ》する。その後はすみやかに撤退《てったい》だ」
かなめは腕《うで》を組み、満足《まんぞく》げにうなずいた。
「よしよし、ふっふ。……教師側《あっち》の連絡《れんらく》ミスで、写生会のパンフを二〇〇〇部もミスプリしたんだから、生徒会側《こっち》としては、その損失《そんしつ》を返してもらって当然《とうぜん》なのよ。大義《たいぎ》はあたしたちにあるわ」
強引《ごういん》なその理屈《りくつ》には反論《はんろん》せずに、宗介は彼女に別の質問をした。
「しかし、先生に気付かれたらどうする。君が引き付けるだけでは不十分《ふじゅうぶん》かもしれん」
「むっ……。いいから、気付かれないように工夫《くふう》するの!」
「工夫だな。わかった、工夫[#「工夫」に傍点]する」
「よろしい。じゃあソースケ、行くわよ」
かなめは宗介を従《したが》えて、職員室へと踏《ふ》み込《こ》んでいった。顔見知りの教師に愛想よく挨拶《あいさつ》しながら、職員室の奥、くたびれた白黒コピー機へと歩いていく。
コピー機のとなりの席に、四〇前後の社会科教師が座《すわ》っていた。
「こんにちは、狭山先生!」
にこやかに声をかける。
「おー、千鳥かぁ。なー。どうした?」
狭山|教諭《きょうゆ》が椅子《いす》をきしませ、ふりむいた。かなめはコピー機のある一角を、彼の視界《しかい》から隠《かく》すように立つ。これで宗介の姿は、教諭からは見えなくなるはずだった。
「えーとですね、昨日《きのう》の授業のことで質問《しつもん》があるんですけど」
「んん? 古代インドのあたりだったなー。なにかな?」
「そのですねー。チャンドラグプタ二世って、なんであんなヘンな名前なのかなーって思いましてぇ……」
「はっはっは。なにをバカなこと言っとるんだー。なー。あれはだなー、ちゃんと意味《いみ》があってだなー、グプタ朝の――」
教諭がそこまで言ったところで――
しゅぱぁっ、と手持ち花火のような音がしたかと思うと、かなめの背後《はいご》で、濃密《のうみつ》な白煙《はくえん》が膨《ふく》れあがった。
「えっ……!?」
驚《おどろ》いて振《ふ》り向くより早く、白煙が一気に立ちこめて、彼女の視界はゼロになる。
「ごほっ! なにごとだー! なー! げほっ!」
狭山教諭も咳《せ》き込んで、煙《けむり》の向こうで悲鳴《ひめい》をあげた。白煙はたちまち職員室全体に広がって、ほかの教師たちを大混乱《だいこんらん》させる。
「えほっ。なんなのよ……!」
激《はげ》しくむせながら、まろぶように間近の書類棚《しょるいだな》にすがりつくと、だれかが彼女の腕《うで》をぐっと掴《つか》んだ。
「そ、ソースケ……!?」
「用は済んだ。脱出《だっしゅつ》するぞ」
「ちょっ……」
煙の中から現《あら》われた宗介が、かなめの手を引き、片手でコピー用紙の束を抱《かか》え、まっしぐらに職員室の出口へと走り出す。天井《てんじょう》のスプリンクラーが作動《さどう》して、部屋中に豪雨《ごうう》が降り注《そそ》いだ。
「た、助けてぇ!」
「火事だっ! 地震《じしん》だっ! 洪水《こうずい》だぁっ!」
「ワープロが……ワープロがぁっ!」
渦巻《うずま》く悲鳴《ひめい》をかきわけて、宗介とかなめは職員室を飛び出し、北校舎《きたこうしゃ》への連絡通路《れんらくつうろ》まで来てようやく立ち止まった。
「はぁっ……はぁっ……」
「ここまで来ればもう大丈夫《だいじょうぶ》だ」
二人とも、スプリンクラーの水を頭からかぶって、全身ずぶ濡《ぬ》れである。憔悴《しょうすい》しきった目で、かなめはスカートの裾《すそ》を絞《しぼ》りながら、
「い、一体なにが……」
「発煙弾《はつえんだん》を使った」
宗介は平然《へいぜん》と答えた。
「なんですって……?」
「君は『工夫しろ』と言っただろう。職員室の視界をゼロにすれば、安全にコピー用紙を持ち出せるし、俺たちの顔も見られずに済む。稚拙《ちせつ》な陽動作戦《ようどうさくせん》などより、よほど効果的《こうかてき》だ。あとでIRAなり日本赤軍なりのテロ組織を名乗《なの》って、偽《にせ》の犯行声明《はんこうせいめい》を電話で入れれば、我々《われわれ》への疑いも――」
ごすっ!!
かなめの強烈《きょうれつ》な右フックを食らって、宗介はきりもみしながら床《ゆか》に倒れた。三秒弱、身じろぎもせずに突《つ》っ伏《ぷ》したあと、彼はむくりと身を起こし、
「痛いじゃないか」
「やかましいっ! こ……の、戦争ボケのネクラ男っ!! だいたいなによっ、紙も台無《だいな》しじゃないのっ!? これじゃ意味がないでしょっ!?」
ぽたぽたと水滴《すいてき》の落ちる、ふにゃふにゃになったコピー紙の束を、相手の顔にぐいぐい押しつける。
「……乾《かわ》かせば使えると思うが」
「言い訳《わけ》するんじゃねーわよっ! あんたね、頭悪すぎなのよ! スゴ腕《うで》の傭兵《ようへい》だかAS乗りだか知らないけど、その前に一般常識《いっぱんじょうしき》を覚えなさい、常識を!!」
「むぅ……」
宗介は額《ひたい》に脂汗《あぶらあせ》を浮かべ、きびしい顔付きのまま黙《だま》り込んでしまった。そこはかとなく、傷ついたようにも見える。彼は彼なりに、かなめの役に立とうと努めたのだろう。
悪気《わるぎ》がない分、なおさら始末《しまつ》に負えない。
(ああ、もう……)
かなめは頭を抱えた。
幼《おさな》い頃《ころ》から海外の紛争地帯《ふんそうちたい》で育ってきた相良宗介は、平和な日本での常識がまるでない。
やることなすこと、すべてが空回りして、周囲《しゅうい》に大迷惑《だいめいわく》をかけてしまう。
バカ。それも、桁外《けたはず》れのバカ。学校のみんなは、宗介をそんな風に考えている。
(ったく……。どーしてあたしは、こんな役立たずと出会ってしまったのかしら……? 神様、どうか教えてください)
などと嘆《なげ》いてみるが、答えは当然《とうぜん》返ってこない。
いや。
答えならすでに知っている。そうでなければ彼女はとっくの昔に、この厄介者《やっかいもの》と友達付き合いするのを止《や》めていたことだろう。彼の世話を焼いたり、説教《せっきょう》したり、ドタバタの後始末をしたり――かなめにはそうする義理《ぎり》があったし、彼を憎《にく》めない理由がある。
宗介がこうして、ここにいるのには、いろいろと複雑《ふくざつ》な事情《じじょう》があるのだ。
(ああ。そうなのよね……)
ふと、彼女は思い出した。
相良宗介の本当の姿《すがた》は、戦争ボケの役立たずなどではない。
ひとたび平和から離《はな》れれば、彼は一流の戦士に早変わりする。そして――いまも籍《せき》を置く組織があり、共に戦う仲間がいる。
ある出来事《できごと》を通じて、かなめはそれを知ることとなった。
彼と彼女が知り合うことになった事件。そこで出遭《であ》った重大な危険。そのとき芽生《めば》えた確《たし》かな感情。そして、いまだに全貌《ぜんぼう》の見えない――巨大な謎《なぞ》。
その出来事の副産物《ふくさんぶつ》が、現在の彼らの日常《にちじょう》なのだ。
そう。すべての発端《ほったん》は、いまからおおよそ一カ月前――
[#改ページ]
1:通学任務
[#地付き]四月一五日 二一三七時(現地時間)
[#地付き]ソビエト連邦[#「ソビエト連邦」に傍点]東部 ハバロフスクの南東八〇q
どうせなら殺してほしい。
はげしくバウンドする車体に揺《ゆ》られ、少女はそんなことを思っていた。
ぬかるんだ道から跳《は》ねた泥《どろ》が、フロントガラスを何度も何度も塗《ぬ》りつぶす。針葉樹《しんようじゅ》の影《かげ》がヘッドライトに照らされ、闇《やみ》の中から浮かんでは消える。
ドアミラーの中に、女の顔が映《うつ》っていた。
なにかに憑《つ》かれたように親指をかじる、青ざめた顔――自分の顔だ。テニス部の練習のせいで、もっと日焼けしていたはずなのに。どうしてこんなに青白いのだろう?
そもそも練習にいけなくなって、どれくらいの時が過《す》ぎたのだろう?
一週間? 一カ月? それとも一年?
いや。時間など、どうでもいい。どうせわたしは帰れないのだから。
だから、さっさと殺してほしい。
「あともうすこしだ」
ハンドルを握《にぎ》る中年男が叫《さけ》んだ。軍服《ぐんぷく》の上に、ごわごわのコートを着ている。
「あと数キロで山岳地帯《さんがくちたい》に入る。日本に帰れるぞ」
うそだ。
この人はうそをついている。こんな車で、逃げ切れるわけがない。
あの連中は自分を捕《つか》まえて、裸《はだか》にして、薬をうって、あの水槽《すいそう》にふたたび閉じ込める。暗くて深くて、なにもない場所。そこでくりかえされる、意味のない質問《しつもん》。どれだけ頼《たの》んでも、出してもらえない。
<<なんでもするから、ここから出してっ!!>>
声は届《とど》かない。自分自身の耳にさえも。
そして、自分はどんどん壊《こわ》れていく。
――楽しいのはツメを噛《か》むこと。それしかできないから。わたしはだれでもなくなって、楽しいのはツメを噛むこと。ツメってすてき。痛くなって、血が出るのがいいの。血が出て、溶けて、ツメ、ツメ、ツメめメ――
「よせ!」
少女の手を、男が横から打《う》ち払《はら》った。彼女は呆然《ぼうぜん》としていたが、やがて裏返《うらがえ》った声で哀願《あいがん》をはじめた。
「噛ませて。じゃなきゃ殺して。噛ませせ、てじゃ、なきゃころ、ここ、ころ……」
壊れたラジカセのような、悲痛《ひつう》な反復《はんぷく》。男は痛々しげに顔をゆがめ、彼女をこんな風にした連中への呪《のろ》いの言葉をもらした。
「なんてことだ。まったく、なんてひどいことをするんだ。クズどもめ」
怒《いか》りに任《まか》せてハンドルを切った時、鋭《するど》い光が背後《はいご》から襲《おそ》った。閃光《せんこう》はまっすぐな軌跡を描いて、疾走《しっそう》するジープの上をかすめていった。
それはたぶん――ロケット弾《だん》だったのだろう。
正面から猛烈《もうれつ》な炎と衝撃《しょうげき》が殺到《さっとう》してきて、彼らの視界《しかい》は真っ赤になった。
フロントガラスが粉々になって、二人の身体に降《ふ》り注《そそ》いだ。ハンドルがひとりでに暴《あば》れまわり、車体が横滑《よこすべ》りする。路上《ろじょう》の突起《とっき》につまずくと、ジープははじけたゴムのように空中に跳《は》ね上がって、炎の中で二回転した。
少女はドアの窓《まど》を突《つ》き破《やぶ》り、車の外に投げ出された。
もしこの瞬間《しゅんかん》、彼女が悲鳴《ひめい》をあげようとして息を吸《す》いこんでいたら、渦巻《うずま》く炎に肺《はい》を焼かれて、そのまま死んでいたことだろう。だがあいにく、いまの彼女には悲鳴をあげる気力さえなかった。
少女の身体は虚空《こくう》に煙《けむり》の尾を曳《ひ》き、低木《ていぼく》の茂《しげ》みを突き破り、泥と雪の入り混じった地面に肩《かた》から落ちると、無抵抗《むていこう》に三メートルほど転がって――ようやく止まった。
「…………」
人形のように身を横たえ、彼女はしばらく動かなかった。
混濁《こんだく》していた意識《いしき》が晴れ、重たげに首を動かすと、大破《たいは》したジープの姿《すがた》が目に入った。シャーシ部分を夜空に向け、後輪《こうりん》をむなしく空回りさせている。
身を起こそうとすると、どうしても右肩に力が入らなかった。折《お》れているのか、脱臼《だっきゅう》しているのか。不思議《ふしぎ》と痛みは感じない。這《は》うようにしてジープの残骸《ざんがい》に近付いていくと、ひしゃげた外板の向こう側に、血まみれの男が横たわっていた。
「……これを」
赤い泡《あわ》のついた唇《くちびる》から、かろうじて聞き取れるくらいの言葉がもれる。弱々しく震《ふる》える男の手が、一枚のCDケースを差し出した。
「南へ……まっすぐ……」
なぜか、男の目は涙《なみだ》で潤《うる》んでいた。
「早く……逃げ……」
それきり、男はしゃべらなくなる。
涙をためた目は、半開きのままだった。悲哀《ひあい》をたたえている顔なのに、それが動くことはない。彼がどうして泣いていたのか、少女にはわからなかった。痛かったのか、死ぬのが恐《こわ》かったのか、それとも――
色褪《いろあ》せていた本能《ほんのう》が、わずかに動き出した。
彼女は膝《ひざ》を震わせながら立ち上がり、CDケースを拾い上げると、泥と血にまみれた素足《すあし》を一歩、また一歩と踏《ふ》み出した。どの方向が南かなど、わかるはずもない。だが、彼女は命じられたままにまっすぐと歩いた。
かりかりと親指の爪をかじりながら……のろのろと足を引きずりながら……。
ヘリの飛ぶ音が近付いてきた。大気を打ち鳴らすローター音。甲高《かんだか》いエンジン音と、吸気口《きゅうきこう》のうなり声。周囲《しゅうい》の森がさわさわと、風に揺《ゆ》られてざわめいた。
ふりあおぐと、木々のむこうから灰色の攻撃《こうげき》ヘリが姿を見せた。節《ふし》くれだった老木のように、でこぼこした機体だ。彼女はそれを醜《みにく》いと思った。
『止まれ』
ヘリのスピーカーが警告《けいこく》を発する。
『止まらなければ射殺《しゃさつ》する』
だが、彼女は立ち止まらなかった。なにも考えずに、ただひたすら歩き続ける。
スピーカーのむこうで、かすかにくぐもった声がした。
『どこに逃げる気かな?』
機首《きしゅ》の機関砲《きかんほう》が一度、火を噴《ふ》いた。右の地面で砲弾《ほうだん》がはじける。泥のしぶきにあおられて、少女は前のめりに倒《たお》れた。
『悪い子にはお仕置《しお》きだ』
動く方の左腕《ひだりうで》で起き上がろうとすると、今度は左側から衝撃《しょうげき》が襲《おそ》った。彼女は仰向《あおむ》けにひっくり返って、かばそいうめき声をもらした。
『ほら、危ないぞ』
四発、五発と、周囲《しゅうい》で砲弾が跳《は》ね回る。
着弾《ちゃくだん》の衝撃にもてあそばれ」少女は冷たい泥の中でもがき、うごめき、身悶《みもだ》えした。仲間|同士《どうし》でふざけあっているらしく、スピーカーから笑い声が聞こえてくる。
少女は息も絶《た》え絶《だ》えになりながら、それでも這《は》い進んだ。
『見ろよ、かわいそうに。あんなボロボロになって、まだ逃げ――』
その声が、いきなり凍《こお》りついた。エンジンとローターの轟音《ごうおん》だけが、変わらずあたりにひびき渡っている。ややあって、にわかに切迫《せっぱく》した声。
『え、ASだ。高度を――』
パイロットの言葉はそこまでだった。
金属の潰《つぶ》れる甲高い音と共に、攻撃ヘリがはげしく火花を散《ち》らした。少女が顔をあげると、ヘリの機首になにかが突《つ》き刺《さ》さっているのが見えた。
ナイフ[#「ナイフ」に傍点]。
それは巨大なナイフだった。人の背丈《せたけ》ほどもある、投げナイフ。赤熱《しゃくねつ》した刀身《とうしん》が、ヘリの機首に食い込んで、光のしぶきを散らしている。
操縦手《そうじゅうしゅ》を失った攻撃ヘリは、ぐらりと大きく傾《かたむ》いた。それから狂《くる》ったように蛇行《だこう》し、機首を下げると、少女に向かってまっしぐらに落下してきた。逃げ出す暇《ひま》も、気力もない。彼女はその場に釘付《くぎづ》けになって、みるみる迫《せま》ってくる鉄の塊《かたまり》を眺《なが》めていた。
そのとき、視界《しかい》の片隅《かたすみ》から、途方《とほう》もなく大きな影が飛び込んできた。
影は彼女をまたぎ越えて[#「またぎ越えて」に傍点]、その腕[#「腕」に傍点]を広げ、両足を踏ん張り[#「両足を踏ん張り」に傍点]、墜落《ついらく》してくるヘリに相対《あいたい》した。
ヘリはそのまま突進《とっしん》してきて――
激突《げきとつ》。
破片《はへん》が飛び散り、細かい部品が少女の周りに降《ふ》り注いだ。ギアの空回りする耳障《みみざわ》りな音と、タービン音が二重奏《にじゅうそう》を奏《かな》でる。
見上げると、巨大な影は、前半分の潰れたヘリを上半身[#「上半身」に傍点]で受け止めていた。背中[#「背中」に傍点]をそらし、重たげに。腕[#「腕」に傍点]、肩[#「肩」に傍点]、腰[#「腰」に傍点]、膝[#「膝」に傍点]、すべての関節《かんせつ》から、白い蒸気《じょうき》が噴き出して……。
それ[#「それ」に傍点]はヘリを強引《ごういん》に抱《かか》えたまま歩き出した。一歩一歩を踏み出すたびに、泥雪が盛大《せいだい》にはねて、ずしゅん、と重たい足音がひびく。そのまま少女から充分《じゅうぶん》に離《はな》れると、それ[#「それ」に傍点]はヘリを森の中に放り投げた。
ぐしゃぐしゃになったヘリの残骸《ざんがい》は、地面に落ちると爆発《ばくはつ》した。
燃えさかる炎を背にして、影――全高およそ八メートルの影が振り返る。
それは力強く、敏捷《びんしょう》そうな人間の形をしていた。長い脚《あし》に、ぐっとしまった腰。ぶあつい胸に、たくましい両腕。まるみを帯《お》びた装甲板《そうこうばん》。その頭部は、ヘルメットをかぶった戦闘機《せんとうき》パイロットのようにも見える。人間の兵士が使うのとそっくりな銃《じゅう》を肩に提《さ》げ、やはり人間用によく似たバックパックを背負《せお》っていた。
「アーム……スレイブ……」
ぽつりと少女はつぶやいた。
機械|仕掛《じか》けの巨人――|アーム・スレイブ《AS》は、彼女のそばまで戻《もど》ってきた。
『怪我《けが》はないか?』
人型兵器が言った。落ち着いた男の声だ。
「君とヘリとの距離《きょり》が近かったので、|対戦車ダガー《ATD》を使った。俺の|散 弾 砲《ショット・キャノン》は威力《いりょく》がありすぎる』
返事《へんじ》もせず、彼女が黙《だま》っていると、アーム・スレイブはその場にひざまずき、地面に片手をついて頭《こうべ》を垂《た》れた。ぼろぼろの姫君《ひめぎみ》にかしずく、灰色の巨人。どこかおとぎ話めいた光景《こうけい》だった。
空気のもれる音と共に、アーム・スレイブの胴体《どうたい》が前後に割《わ》れた。少女が呆然《ぼうぜん》と見守る中、首の後ろのハッチから、一人の兵士が姿を見せる。
その兵士は、黒い操縦服《そうじゅうふく》に身を包んでいた。どことなく忍者《にんじゃ》の黒装束《くろしょうぞく》を連想《れんそう》させるシルエットで、頭には軽量小型のヘッドギアを着けていた。
アーム・スレイブの操縦兵《オペレーター》は、救急《きゅうきゅう》セットを抱えて降りてきた。
まだ若い、東洋人の兵士だ。
少年兵といってもいい。ひょっとすると、彼女とほとんど変わらない年齢《ねんれい》かもしれない。だがその兵士には、一〇代の少年|特有《とくゆう》のあどけなさ、頼りなさが微塵《みじん》もなかった。
ざんばらの黒髪。目つきは鋭《するど》く、眉根《まゆね》にしわを寄せ、口をへの字に引き績んでいる。
[#挿絵(img/01_023.jpg)入る]
「痛いところはあるか?」
操縦兵がいきなり日本語でたずねたので、彼女はわずかに驚《おどろ》いた。
「…………」
「日本語はわかるな」
もうろうとしながら、彼女は小さくうなずいた。
「……あの人の仲間なの?」
「そうだ。<ミスリル> の人間だ」
「みすりる……?」
「いずれの国にも属《ぞく》さない、秘密《ひみつ》の軍事組織《ぐんじそしき》だ」
「…………」
兵士は応急手当《おうきゅうてあて》てをはじめた。しだいに打ち寄《よ》せてくる苦痛の波が、彼女の呼吸《こきゅう》を荒くする。少女は小刻《こきざ》みに肩を上下させながら、
「……あの人、死んだわ」
「そのようだな」
「わたしを逃《に》がそうとして」
「そういう男だった」
「悲しくないの……?」
少年兵はテープを動かす手を止めて、思慮深《しりょぶか》げに沈黙《ちんもく》したあと、答えた。
「わからん」
肩と腕をテーピングし終えると、兵士は無遠慮《ぶえんりょ》に彼女の身体《からだ》に手を遣わせ、あちこちを触《さわ》ったり突ついたりした。
「わたしを……わたしをどうするの?」
「連れて帰る」
「どこに……?」
「まず輸送《ゆそう》ヘリの|着陸地点《LDZ》まで、俺のASで運ぶ。ヘリに収容《しゅうよう》されたら、海で待っている母艦[#「母艦」に傍点]に帰還《きかん》する。その後は知らん。俺たちの任務はそこまでだ」
「おれ……たち?」
彼女の疑問《ぎもん》に答えるように、森の木々をかきわけて、灰色のアーム・スレイブが二機現われた。その二機は、最初に現われた機体とほとんど同じ外観《がいかん》だった。それぞれライフルとミサイル・ランチャーを構《かま》え、油断なく周囲を警戒《けいかい》している。
「心配はいらない。俺の仲間だ」
だんだんと意識がぼやけてきた。視界《しかい》が狭《せま》くなってくる。思考《しこう》が混濁して、ここがどこなのかもわからなくなってきた。
「……あなたの名前は?」
彼女は乞《こ》うようにたずねた。
「あまりしゃべらん方がいい。体力を浪費《ろうひ》するぞ」
「教えて」
若い兵士はすこし迷ってから、名乗った。
「相良《さがら》。相良宗介《さがらそうすけ》」
それを聞くか聞かないかのうちに、彼女は意識を失った。
[#地付き]四月一五日 一六一一時(グリニッジ標準時)
[#地付き]日本海 深度一〇〇m 強襲揚陸潜水艦 <トゥアハー・デ・ダナン>
巨大な潜水艦《せんすいかん》の中の、だだっ広い格納庫《かくのうこ》。
<トゥアハー・デ・ダナン> が装備《そうび》する、主力兵器《しゅりょくへいき》のほとんど――アーム・スレイブや輸送ヘリ、VTOL戦闘機などがずらりと並んでいる。
任務を済《す》ませ、報告書《ほうこくしょ》も書き終えた相良宗介は、整備中の|A S《アーム・スレイブ》を眺《なが》めていた。手にはフルーツ味の『カロリーメイト』と、チェック用の書類をはさんだクリップボード。
「おー、ソースケ」
横柄《おうへい》な声が宗介を呼んだ。
ふりむくと、同僚《どうりょう》のクルツ・ウェーバー軍曹《ぐんそう》が歩いてくる。
クルツは金髪碧眼《きんぱつへきがん》の、絵に描いたような美形だった。あごは細く、目は切れ長で、鼻筋はきれいに通っている。きちんとそろえた長髪は、中性的な魅力《みりょく》を見事に演出していた。どんな貞淑《ていしゅく》な女性でも、初対面《しょたいめん》で彼に微笑《ほほえ》まれたら、胸が高鳴《たかな》ることだろう。
しかし、それだけだった。
「不景気《ふけいき》なツラだな。便秘《べんぴ》か? 痔《じ》か?」
クルツはしゃべるとボロが出る。品位と高潔《こうけつ》さがゼロなのだ。
「俺は健康《けんこう》だ」
宗介は淡々《たんたん》と答え、カロリーメイトをもぐもぐとかじった。
「ホント無愛想《ぶあいそう》だね、おまいは。なに、もうバラしてんのかよ」
装甲《そうこう》をはずされた灰色のASを見て、クルツは言った。
「精密検査《せいみつけんさ》だそうだ。骨格系《こっかくけい》の」
「確《たし》かに、乱暴《らんぼう》な使い方したもんな。ヘリなんか受け止めて。こわくなかった?」
「いや。|M9《エムナイン》のスペックならば、やってできないことではない」
宗介やクルツたちのASは、M9 <ガーンズバック> と呼ばれている機種《きしゅ》だった。まだ一般《いっぱん》の軍隊にも配備《はいび》されていない最新鋭機《さいしんえいき》で、従来《じゅうらい》のASとは桁外《けたはず》れのパワーと運動性を備《そな》えている。
「まあ確かに、この機体じゃなきゃ、できねー芸当《げいとう》ではあるよな……」
クルツは空《から》の弾薬《だんやく》ケースに腰かけて、格納庫に横たわるM9をしみじみと眺めた。
このアーム・スレイブという兵器が生まれたのは、一九八〇年代半ばのことだった。当時の合衆国大統領《がっしゅうこくだいとうりょう》ロナルド・レーガンは、SDI計画と並《なら》んで、この『ロボット部隊』構想を強力に推《お》し進めた。
『局地紛争《きょくちふんそう》の次なる主役』。『壮大《そうだい》な技術的|挑戦《ちょうせん》』。『歩兵部隊の省力化《しょうりょくか》に貢献《こうけん》』。
うさんくさい美辞麗句《びじれいく》に彩《いろど》られ、わずか三年――たったの三年でASは現実のものとなった。この冗談《じょうだん》めいた人型兵器は、時速一〇〇キロで走り、様々な武器を器用《きよう》に操《あやつ》り、戦車一台と互角《ごかく》に戦う力を持っていた。
あらゆる専門家《せんもんか》は仰天《ぎょうてん》した。なにしろ、当時の民間のロボット技術ときたら、二足歩行でさえおぼつかないレベルだったのだ。
どんな天才が、どんな頭脳集団が、この開発にたずさわっていたのだろう?
だれもが疑問《ぎもん》に思ったが、『機密《きみつ》』の二文字がそれを阻《はば》んだ。
オカルト畑のUFO研究家たちは、『宇宙人が提供《ていきょう》した技術に違いない』などと主張《しゅちょう》して、本や雑誌の売り上げをのばした。しかし、それもわずかな期間のことだった。やがて人々はASを、巡航《じゅんこう》ミサイルやステルス戦闘機と同じ、『あたりまえのハイテク兵器』として受け入れるようになった。
そして十数年。AS技術は爆発的《ばくはつてき》な進化を続け、戦闘ヘリでさえうかつに近づけない、危険な存在になっていた。
「……それはそうと、おまえが拾《ひろ》った女の子なんだがな」
クルツは思い出したように言った。
「助かるのか?」
「ああ。でも、ひどいドラッグ中毒《ちゅうどく》らしい」
「麻薬《まやく》か」
「カンナビノイド……とかなんとか、そーいう系統《けいとう》のモンらしい。まだ詳《くわ》しくはわからねえってよ。KGBの研究|施設《しせつ》で投与《とうよ》されてたみたいだがな。何の実験か知らねえが、ひでえことしやがるぜ」
「治るのか」
「さあな。治るにしても、長くかかるだろ」
「…………」
宗介たちは、あの少女が何の実験材料にされていたのかを知らされてなかった。彼らの上官は、その内容を知っている様子だったが、現場の戦闘要員《せんとうよういん》に、こうした任務の背景《はいけい》が説明されることは滅多《めった》にない。
死んでしまった男は、<ミスリル> の情報部に所属《しょぞく》するスパイだった。もともとは、KGBの研究施設の情報だけを持ち出し、こっそりと姿を消す安全な計画のはずだったのだ。だが彼は、実験材料に使われていた少女を見捨てることができずに危険を冒した。
その結果が、例の追跡劇《ついせきげき》である。スパイの男は死に、CD一枚と廃人同然《はいじんどうぜん》の少女が、救出にきた宗介たちの手に委《ゆだ》ねられたのだ。
宗介たちが押し黙《だま》っていると、格納庫にメリッサ・マオ曹長《そうちょう》が入ってきた。
「あ、いたいた」
彼女は宗介たちを見付けると、早足で近付いてきた。
マオは中国系のアメリカ人だった。二〇代半ばで、宗介らと同様、ASの操縦資格《そうじゅうしかく》を持っている。彼女と宗介、クルツは三人一組でチームを組むことが多く、マオはそのチーム・リーダーだった。ショートの黒髪で、活発《かっぱつ》な印象《いんしょう》が美女である。
「残業《ざんぎょう》、ご苦労」
宗介は無言《むごん》でそれにうなずいた。
「……なんだい、姉《ねえ》さん」
またなにか小言か、とでも言いたげな顔で、クルツがたずねた。
「なに、その顔? なんか文句《もんく》ある?」
「別にィ」
「だったらその、ひきつった口やめな。ただでさえ三枚目なんだから」
「い……言ってくれっじゃねえか。『エスクァイア』とかでモデルやったこともあるこの俺様によー」
その顔を、マオは大きな瞳《ひとみ》でしげしげと眺め、
「ああ、あれ見たよ。ニカーって笑ってバカヅラさらしてさ。あたし、チャーリー・シーンの『ホット・ショット』とか、そーいう戦争コメディのポスターかと思った」
「ぐぐっ……このクソアマ……」
マオがいきなりクルツのほっぺたをつかんだ。
「|ひ《い》、|ひてえよ《いてえよ》」
「『この』、なんだって? ん? んん?」
「|うつくひふ《うつくしく》、|ほーめーで《そうめいで》、|はよりになるほーちょーどの《たよりになるそうちょうどの》、|でありまふ《であります》」
「よろしい」
宗介は二人のやりとりを尻目《しりめ》に、カロリーメイトをしっかりとたいらげていた。その様子に気付いたマオは、
「おいしかった?」
「うむ。甘味《あまみ》がほどよい」
あいかわらずのむっつり顔だったが、こころなしか幸せそうにも見える。
「そお、よかったね。んーでね、ソースケ。少佐が呼んでるよ」
「了解《りょうかい》」
「クルツもね」
「ええ? だってさっき、もう休んでいいって……」
「じゃあ撤回《てっかい》。でも、あたしは休み。さっさと風呂浴《ふろあ》びて寝よーっと」
マオはからからと笑って、その場を去っていった。
「ちくしょう、あのアマ、いつかヒデえ目に遭《あ》わせてやるぜ。イヤっていうほど、俺の背中を引《ひ》っ掻《か》かせてやる」
マオの背中に向かって、クルツは中指を立てる。宗介はそれを見て、
「何のまじないだ?」
不思議そうに言った。
扉《とびら》をノックをすると、すぐさま返事がした。
「入れ」
宗介とクルツは従《したが》った。
書類と本棚《ほんだな》で埋《う》めつくされた部屋の奥に、大柄《おおがら》な白人男性が座《すわ》っていた。なにかの資料を読んでいて、宗介たちには一瞥《いちべつ》もくれない。
オリーブ色の戦闘服。整った顔の彫《ほ》りは深く、肩幅《かたはば》は広い。灰色の長髪を後ろでたばね、口ひげとあごひげを短くたくわえている。
このアンドレイ・カリーニン少佐は、彼らの作戦|指揮官《しきかん》だった。
「参《まい》りました」
宗介は直立不動《ちょくりつふどう》で報告した。
「来たっすよ」
クルツはいいかげんに会釈《えしゃく》した。
カリーニン少佐は書類から目を外すと、それを裏返しにして机上《きじょう》に置いた。クルツの態度《たいど》に腹を立てた様子もなく、
「任務だ」
何の前置きもなしに切り出す。別の書類を取り出して、宗介たちの前に放り、
「まず、目を通せ」
「はっ」
「へいへい」
二人は書類を回し読みした。それはだれかの経歴書《けいれきしょ》のようで、白黒の写真がついていた。
写っているのは東洋人の少女だった。
年は一二歳前後といったところで、母親とおぼしき女性に寄《よ》りそい、てれくさそうに微笑んでいる。色白で、目鼻だちの整った、かわいらしい子供だった。
クルツが口笛《くちぶえ》を吹く。
「ほっほ。こりゃあ、将来《しょうらい》いい女になるぜ」
「写真は四年ほど前のものだ。その少女は現在一六歳になる」
少佐がつけ加えた。
「へえ。そっちバージョンの写真は?」
「ない」
[#挿絵(img/01_035.jpg)入る]
宗介はそのやりとりに関心も見せず、黙《だま》って経歴書を読み続けた。まず、名前。
千鳥かなめ(Tidori Kaname)
現住所は日本、東京。父親は国連《こくれん》の高等弁務官《こうとうべんむかん》。一一歳の妹が一人。この二人は|N Y《ニューヨーク》に在住《ざいじゅう》。母親は三年前に死去。かなめ自身は、東京都内の高校に通っている。ほかにもくわしい情報――身長や血液型、病歴などが記してあった。
備考欄《びこうらん》に目が止まる。
ウ■■■■ドに該当《がいとう》する確率《かくりつ》:88[#「88」は縦中横]%(ミラー統計法《とうけいほう》による)
肝心の部分は黒のマジックで無造作《むぞうさ》に塗《ぬ》りつぶされていた。秘密保持《ひみつほじ》にしてはいいかげんな措置《そち》だったが、それだけこの二人を信頼しているということなのだろう。
「で、このコがどうかしたわけ?」
「するかもしれん」
「はあ?」
少佐は椅子《いす》の背もたれをきしませ、壁《かべ》の世界地図を眺めた。タブロイドサイズの地図には、最新の国境《こっきょう》が示《しめ》してある。複雑《ふくざつ》に分断《ぶんだん》されたソ連|領土《りょうど》や、南北に分かれた中国領土、点線《てんせん》だらけの中東|地域《ちいき》……。
「……諸君が知っておくべきことは、いま見せたチドリ・カナメが、KGBほか不特定多数《ふとくていたすう》の機関の手で、拉致《らち》される可能性があるということだ」
「そりゃまた、なんで?」
「諸君には知る必要がない」
「あ、そう」
つまり、この『千鳥かなめ』という娘は、狙《ねら》われているかもしれない[#「かもしれない」に傍点]。
しれないだけ。
くわしい理由も、背景もわからない。なんともあやふやな話だった。
「それで、われわれの任務とは?」
「少女の護衛《ごえい》をやってもらう。サガラ軍曹はもちろん、ウェーバー軍曹、君も日本語は使えるはずだ」
「まあ、それはそうだけど……」
クルツの父親は新聞社の特派員《とくはいん》だった。彼は一四歳まで東京の江戸川で暮らしていたので、日本語なら苦もなくあつかえる。
「マオ曹長にはすでに話してある。三人で当たれ」
「三人だけ?」
「人手が割《さ》けない。これは決定事項《けっていじこう》だ」
「キツいぜ」
「そのための君たちだ」
宗介たちは単なるASの操縦兵ではない。空挺降下《くうていこうか》や偵察《ていさつ》など、様々な技能《ぎのう》を身に付けた戦士であり、数ある候補者《こうほしゃ》の中から選ばれたトップチームの一員なのだ。彼らにとってASとは、銃器《じゅうき》や車と同じ装備《そうび》の一つにすぎない。
「とはいえ――マオ曹長の強い要請《ようせい》もあったので、装備はクラスBとする」
クルツと宗介は、ぽかんとした。装備クラスB。少佐は、アーム・スレイブを持っていけと言っているのだ。
「だって……都会のド真ん中っすよ?」
「ECSを不可視《ふかし》モードで使えば問題ない」
アーム・スレイブを始めとして、現用兵器の多くは『|電磁迷彩システム《ECS》』を装備している。ホログラム技術の応用で、レーダーや赤外線《せきがいせん》の探知《たんち》からほぼ完全に姿を隠す、最先端《さいせんたん》のステルス装置である。<ミスリル> の装備しているECSはさらに高性能で、可視光《かしこう》の波長《はちょう》まで消しさることができた。
つまり、透明化《とうめいか》できるのだ。
エネルギーの消費《しょうひ》がはげしいために、戦闘機動をはじめると透明化は無理《むり》だが、じっとして隠れているぶんには問題ない。
「M9を一機、持っていけ。武装は最低限で、外部コンデンサーを二パック携行《けいこう》しろ」
「はあ」
「……さらに、この任務は秘密裏《ひみつり》に行われなければならない。日本政府に知られると、厄介事《やっかいごと》が噴出《ふんしゅつ》するだろう。したがって諸君《しょくん》らは、このカナメ本人にも悟《さと》られないように監視《かんし》を行い、いざという時は護衛する」
クルツは整った顔をしかめてみせた。
「ンだって? それはいくらなんでも……」
「難《むずか》しい」
宗介がつけ加えた。本人の了承《りょうしょう》もなしに、こっそり護衛するなど、無茶《むちゃ》にもほどがある。だがカリーニン少佐は平然《へいぜん》と、
「やり方|次第《しだい》では、そう難しくない。この少女――チドリ・カナメは男女共学の公立高校に通っており、一日の大半はこの学校ですごす。そしてこちらには、最年少の隊員がいる。少女と同じ年齢で、しかも日本人だ」
「あ、なるほど」
クルツはぽんと手をあわせ、少佐とそろって宗介を眺めた。
「?」
二人が自分を凝視《ぎょうし》していることに、宗介は小さな当惑《とうわく》を見せた。
「少佐殿。それは、もしかして……」
カリーニン少佐は命令書にサインを入れながら、
「まずは文書の偽造《ぎぞう》からだ。あちらの高校に必要な書類を調べねばならんな」
「何の書類ですか」
わかっていながら、相良宗介は恐《おそ》る恐るたずねた。
「決まっている。転入届[#「転入届」に傍点]だ」
[#地付き]四月一六日 一一五〇時(グリニッジ標準時)
[#地付き]津軽半島沖《つがるはんとうおき》 深度一〇〇m  <トゥアハー・デ・ダナン> 第一状況説明室
宗介はむっつりとカメラのレンズをにらみつけた。
「もっと笑え、ソースケ」
即席《そくせき》カメラマンのクルツが、手招《てまね》きしながら言った。
うながされた宗介は、苦労して、不器用《ぶきよう》に、ひきつった笑いを顔に浮かべた。それは笑顔というより、ただの顔面神経痛《がんめんしんけいつう》に見えた。
「そのままだぞ。証明《しょうめい》写真ってのは愛想《あいそ》よくなけりやな」
シャッターを切る。
とたんに、宗介はもとのむっつり顔に戻った。
クルツはため息をついた。
[#地付き]四月一七日 二一二〇時(グリニッジ標準時)
[#地付き]金華山《きんかさん》沖 深度八〇m  <トゥアハー・デ・ダナン> 食堂
テーブルの上にぶちまけられた品々を見て、宗介は眉《まゆ》をひそめた。
「何だ、これは」
ブラシとムース、CDウォークマン、五木ひろしとSMAPのCD、成田山《なりたさん》のお守り、ロート製薬の目薬、『タワー・レコード』のサービス券、ニンテンドーの『ゲーム・ボーイ』、Mr[#「Mr」は縦中横]・JUNKOの腕時計《うでどけい》、ユンケル黄帝液、マルボロとリベラ、『ポパイ』と『女性自身』と『ドラゴンマガジン』、エトセトラエトセトラ……。
「日本の高校生が持ってそうなモノをねー、艦内《かんない》からかき集めてきたの」
メリッサ・マオは、誇《ほこ》らしげに言った。
「そうか。……これは何だ?」
正方形のビニールで包《つつ》まれた、小さなゴム製品をつまみあげる。
「コンドームよん。うふふ」
「知っている。だが、なぜ高校生がこんなものを使うのだ」
「またまた先生、とぼけちゃって! このスケベ!」
「? なにを言っているんだ?」
宗介は真顔《まがお》で、
「俺も何度か使ったことがある。このゴム製品は、ジャングルで水筒《すいとう》をなくした時に使うんだ」
「…………」
「水が一リットルも入るんだぞ?」
「あぁ、そう」
マオはため息をついた。
[#地付き]四月一八日一〇〇六時(グリニッジ標準時)
[#地付き]房総《ぼうそう》半島沖 深度五〇m  <トゥアハー・デ・ダナン> 第一状況説明室
「いいか、見てみろ」
ビデオデッキのリモコンを握《にぎ》って、クルツは宗介を液晶《えきしょう》スクリーンの前に押し出した。
「これが日本の高校生だ。よく覚えておけ」
画面には、どこかの教室が映っていた。夕暮れ時らしく、生徒の姿《すがた》は二人しか見えない。一人は男子で、もう一人は女子。広い教室なのに、わざわざ部屋のすみに陣《じん》どって、緊張《きんちょう》した様子《ようす》で向かいあっている。
『オレさ……いままで、おまえのこと、ただの幼《おさな》なじみかと思ってた』
男子生徒がぐずぐずと話すのを、女子生徒は黙って聞いていた。
『でも、やっと分かったんだ。……オレ、おまえが……おまえのことが……』
『トオルくん……!』
ひしと抱《だ》き合う二人の男女。そこで物音《ものおと》。はっとふりむく二人。教室の入口に、もう一人の女子生徒が立っている。その少女はご人を見て、わなわなと震《ふる》えていた。
『ナオミ……』
『……ひどいわ』
つぶやくと、第二の少女は泣きながらその場を走り去った。男子生徒はそれを追おうとして、最初からいた少女に引き止められ――
「どおだ?」
クルツは宗介の反応《はんのう》をうかがった。彼は心底《しんそこ》、不思議《ふしぎ》そうな顔をしていた。
「まるでわからん。……後から来たあの女は、なんで逃げるんだ?」
「逃げるって、そりゃおめー……」
「いや……。そうか。秘密を知ったので、口封《くちふう》じに消されると思ったんだな。だから逃げた。賢《かしこ》い女だ。長生きできる」
クルツはため息をついた。
[#地付き]四月一九日 〇三三〇時(日本標準時)
[#地付き]三浦半島沖 海上  <トゥアハー・デ・ダナン> 飛行甲板《ひこうかんぱん》
やかましいエンジン音がひびき渡る。
海面に浮上《ふじょう》した <デ・ダナン> は、すでに飛行甲板の展開《てんかい》を終えていた。黒い船体が、空に向かってぱっくりと口を開けている。この中から、ASや戦闘ヘリ、VTOL機が発艦《はっかん》するのだ。
その甲板上で、七枚ローターの輸送ヘリが発進を待っていた。
ヘリの後ろの貨物室《かもつしつ》には、アーム・スレイブM9と、その装備《そうび》一式が積《つ》み込んである。
座席《ざせき》の後ろに手荷物《てにもつ》をほうりこむと、宗介はシートベルトを締めた。内ポケットから偽造《ぎぞう》の住民票を取り出し、見落としがないか、再度チェックをする。
となりのマオはその書類をのぞきこみ、不審顔《ふしんがお》でたずねた。
「名前、本名でいいの?」
「どうせあの国には、俺の戸籍《こせき》など存在しない。いない人間の名前なら、いつでも変えられる」
「まあ、そうだろうけど……」
「問題ない。出してくれ」
ヘリは発進位置に向かってするすると進み出した。
「……しっかし、ホントに大丈夫《だいじょうぶ》かね? おまえみたいな朴念仁《ぼくねんじん》で……」
後ろの席のクルツが言った。
「最善は尽《つ》くす」
「テッサ[#「テッサ」に傍点]が心配してたよ?」
マオが言った。『テッサ』とは、この <トゥアハー・デ・ダナン> の艦長《かんちょう》のことだった。
「無理《むり》もない。重要な任務だからな」
「そういう問題じゃなくてさー……」
そのとき、ごついヘルメットを被《かぶ》ったパイロットが『発艦するぞ』と告げた。
[#地付き]四月二〇日 〇八二〇時(日本標準時)
[#地付き]東京|郊外《こうがい》 都立|陣代《じんだい》高校の北一〇〇m 路上
「もー、さいてい……」
どこまでも晴れ渡った空の下、千鳥《ちどり》かなめはげんなりした顔でつぶやいた。
こげ茶色の瞳《ひとみ》が、どこかをうつろにさまよっている。腰《こし》まで届《とど》く黒髪《くろかみ》が、歩調《ほちょう》にあわせてやる気なく左右に揺《ゆ》れていた。
そして、くりかえす。
「もー、ホント、最低っす」
周《まわ》りは登校中の生徒であふれていた。かなめと並《なら》んで歩いていた、クラスメートの常磐《ときわ》恭子《きょうこ》は、
「また。カナちゃん、今朝から耳タコだよ。そんなにムカついたの?」
「……だってさー、すンげえベラベラしゃべるのに、中身が全然ないんだもん」
きのうの日曜日にデートした、男子生徒についての感想《かんそう》である。
「せっかく付きあってやったんだから、もうちょっと深い話できないのかしらね?」
親父《おやじ》がデザイナーだとか、友達にJリーガーがいるだとか……そんなの、どうでもいいじゃない? つまり、あんたは何なのよ? などと思う。
「んー。そうだね」
クラスメートは、面倒《めんどう》なので同意《どうい》しておく。
「孔明《こうめい》の一生とか、東太平洋の海洋汚染《かいようおせん》とか、中近東の宗教《しゅうきょう》問題だとか……」
「んー。そうだね」
「『そうだね』じゃないでしょ、キョーコ!? あんたが紹介《しょうかい》してきたのよ、あいつ」
「だって、頼《たの》まれたんだもん」
「じゃあ、なに? あたしを『マカオに売り飛ばせ』ってだれかに頼まれたら、キョーコはそうするわけ?」
「んー。そうだね」
「……あーあ。もー、このアマは。……と?」
校門のあたりに、生徒の列が見えた。
「げげ。も、持ち物|検査《けんさ》だ……」
かなめの顔がわずかに曇った。生活指導の教諭たちが、登校してきた生徒たちのポケットやカバンを、次から次へとチェックしているのがわかる。
「あー、本当だ……。つて、カナちゃん、なんかヤバいモノ持ってるの?」
「うえ? 別にそういうわけじゃないけど……」
ただ単に、カバンの中に『マーフィーの成功哲学・歴史編 キミも孔明のように生きよう!』だとか、『イルカたちの警告 ―さようなら、魚をどうもありがとう―』だとか、『奇跡の考古学 死海文書はモアイが書いた!?』だとかいう、わけのわからん本が入っているだけである(別の友達に借りてたので、返しに持ってきていたのだ)。
「だったらいいじゃない。マシンガンとかバクダンとか持ってたら問題だけど」
「どこの世界の住人よ、そりゃ。……ん?」
校門のむこう、列の先に、人だかりができていた。なにか口論の声が聞こえる。
「なんだろ?」
かなめと恭子は興味本意で、人だかりの後ろから様子をうかがった。
彼女らの担任の神楽坂《かぐらざか》恵里《えり》が、一人の生徒と何やら押し問答《もんどう》をくりかえしていた。
「転校初日からそういう態度《たいど》で、許されると思ってるの?」
「は、いえ……」
「そのカバンの中身を見せない限り、絶対《ぜったい》に学校には入れないわよ!?」
「ですが……」
あくまで冷静を装《よそお》おうとしつつも、当惑《とうわく》が隠しきれない様子《ようす》の男子生徒。きびきびとあたりを見回すが、自分が注目《ちゅうもく》されていることに焦《あせ》っているようにも見えた。
「だれ、あれ? 見慣《みな》れない子……」
みんなと同じ詰め襟《えり》の制服だが、どこか不思議《ふしぎ》な存在感のある生徒だった。
ハンサムと言ってもいいのだろうが、それよりまず、いかつい印象《いんしょう》の顔。ざんばらの黒髪。への字口と、油断《ゆだん》のないまなざし。一見すると細身だが、柔道《じゅうどう》かなにか、そういう荒っぽいスポーツでもやっていそうな物腰《ものごし》。
「いいから見せなさい! ほら!」
神楽坂恵里は、その生徒の手をひっぱたき、むりやりカバンをひったくった。
「あ……」
「まったく。どうせタバコでも持ってるんでしょ?」
カバンを開け、中を探る。教科書をかきわけ、ノートをかきわけ――
いちばん下から出てきたのは、オーストリア製のマシン・ピストルと、その三四連マガジン三個だった。ほかにもチューブ式のプラスチック爆薬《ばくやく》や起爆装置《きばくそうち》、眩惑手榴弾《スタン・グレネード》、小型カメラにピアノ線――
「……きみねえ」
「はっ」
こまり顔の男子生徒。
「こういうオモチャは没収《ぼっしゅう》します」
「……は?」
「ほら、きみは先に職員室《しょくいんしつ》で待ってなさい! 始業時間が近いんだから!」
生徒はぽかん、とする。野次馬《やじうま》たちは笑ってその場を離《はな》れていった。かなめは心の底からイヤそうな声で、
「やだ、軍事《ぐんじ》オタクよ。気持ち悪い……」
「はは、でも、なんだかおもしろそうな人じゃない?」
恭子の予想はおおよそ当たっていた。
世界各地を股《また》にかけ、苛烈《かれつ》な戦いの中で育ってきた相良宗介は、この『学園』という小世界の中では――
気の毒な話だったが――
ただの場違《ばちが》いなバカだった。
(まさか所持品《しょじひん》の検査などを行っているとは……)
静まり返った廊下《ろうか》を、神楽坂教諭に付きしたがって歩きながら、宗介は思った。
最初、生活指導部の教師たちに『カバンの中身を見せろ』と言われた時は、『早くも任務《にんむ》失敗《しっぱい》か!?』と青くなったものだった。武器を発見・|没収《ぼっしゅう》された時には、『これから地下室にでも連行され、きびしい尋問《じんもん》にかけられるのか……』と、覚悟《かくご》を決めてさえいた(普通の高校には地下尋問室などないことを、彼は知らなかった)。
だが、どうやらああした所持品《しょじひん》検査は、日常的《にちじょうてき》な行事《ぎょうじ》らしい。
(銃器や爆発物を持ちこむ生徒が多いということか? そうは見えないが……)
もし一般生徒が銃器を学校内によく持ちこむのなら、これからの護衛はひどく苦しいものになるだろう。通りすがりのバレーボール部員が、いきなりサブマシンガンを撃《う》ってこないとも限らない。
とはいえ、学校裏の雑木林《ぞうきばやし》には、クルツ・ウエーバーの駆《か》るM9 <ガーンズバック> が待機《たいき》している。腕時計に偽装《ぎそう》した小型|無線機《むせんき》に呼びかければ、一〇秒で駆けつけてくるだろう。
「|クルツ《ウルズ6》、状況《じょうきょう》は?」
小声で腕時計にささやいてみる。
『ハラ減《へ》った。サケ飲みてえ』
耳のレシーバーに クルツの返事。まだ朝なのに、不平《ふへい》たらたらである。
(とりあえずは潜入《せんにゅう》成功か……)
前を歩く神楽坂恵里は、二〇代半ばの女性だった。髪《かみ》をショートのボブカットでそろえ、タイトスカートのグレーのスーツをぴしっと着こなしている。
「……先生」
「ん、なあに?」
「例の銃ですが……」
「ああ、あれならちゃんと返してあげるから。学期の終わりにね」
すこし意地《いじ》わるく恵里が答える。
「いえ、そういう問題ではなく……。あの銃の薬室《チェンバー》には、すでに初弾《しょだん》が装填《そうてん》されています。危険ですので、絶対に|引き金《トリガー》には触《ふ》れないでください」
「? ああ、そう」
「非常に殺傷力《さっしょうりょく》の高いスプラット弾です。暴発《ぼうはつ》すると死人が出ます。お願いします」
「わかったから安心しなさい」
わかってない。安心できない。宗介は口をむすんで頭をふった。
恵里の後に続いて入ってきた相良《さがら》宗介《そうすけ》を見て、かなめと恭子はジェスチャーで無言の会話を交わした。
(ほら、あいつ……!)
(さっきの銃器《じゅうき》オタクだ……!)
ざわめく生徒たち。それを教諭は静めるべく、
「はい、みんな静かにして! 新しいクラスメートを紹介《しょうかい》するから!」
出席簿《しゅっせきぼ》で黒板をたたいて叫《さけ》んだ。二年四組の生徒たちは、一応《いちおう》、口をつぐむ。
「じゃ、相良くん。自己紹介《じこしょうかい》して」
「はっ」
宗介は一歩進み出ると、『休め』の姿勢《しせい》で胸を反《そ》らし、
「相良宗介軍曹[#「軍曹」に傍点]であります」
よく通る声で言った。言った直後、自分のバカさ加減《かげん》に青くなった。
(サルガッソーっす、ケゲンそう……?)
(ちげえよ、羽柴《はしば》・筑前守《ちくぜんのかみ》・秀吉《ひでよし》みたいなノリだよ)
(グンソーっつて、軍隊のグンソー? 新米《しんまい》をシゴく人?)
たまにいるバカのタワゴトだろうと、ほとんどの生徒が解釈《かいしゃく》した。
「静かに! ほら、まだ続くから! 相良くんも、ふざけてばかりいないで!」
「も、申《もう》し訳《わけ》ありません」
こんな種類の緊張《きんちょう》は、生まれてはじめてだった。自分の発するたった一言、不用意《ふようい》な一言が、任務を失敗に導《みちび》きかねない……そう思うと、額《ひたい》のあたりに汗《あせ》が浮かんできた。
「……相良宗介です。恐縮《きょうしゅく》ですが、『軍曹』は忘れてください。以上」
それきり、黙《だま》りこむ。
「……それだけ?」
「はっ。それだけです」
恵里は生徒たちに向きなおり、
「だれか、質問は?」
「はい! 相良くんは、どこから来たんですか?」
生徒の一人がたずねた。
「いろいろです。アフガン、レバノン、カンボジア、イラク……。長く留《とど》まった場所はありません」
今度はクラスがしんっ、となる。恵里は気まずい沈黙《ちんもく》のフォローに回った。
「つまり……相良くんはね、小さな頃《ころ》からずっと外国で暮らしてきたんだそうです。それで、こないだまではアメリカに居《い》たのよね? 相良くん」
「そうです」
彼女が読んだはずの転入手続きの書類では、宗介の前の住所は『アメリカ合衆国・ノースカロライナ州・ファイエットビル』と記載《きさい》されているはずだった。もちろん偽《にせ》の住所である。宗介の知人が近所に住んでいて、口裏《くちうら》をあわせるのが楽だったために、その小都市が選ばれただけの話だった。
別の生徒が手を挙《あ》げた。
「趣味《しゅみ》はなんですか?」
それに宗介が答えようとすると、
「やっぱモデルガン?」
だれかの横ヤリが入り、一同がどっと笑う。
「……いえ、釣《つ》りと読書です」
これは本当の話だった。<ミスリル> の西太平洋|基地《きち》で暇《ひま》な時、兵装《へいそう》マニュアルを読みながら釣りをするのが彼の日課《にっか》なのだ。たとえ雨でも傘《かさ》をさし、一人の世界に閉じこもるのである。
はっきり言って、暗い。
「どんな本読むのーっ?」
後ろの席からの質問に、宗介はわずかに瞳を明るくした。
「はっ。おもに技術書と専門誌です。ジェーン年鑑《ねんかん》などは頻繁《ひんぱん》に目を通しております。あの『ソルジャー・オブ・フォーチュン』などもそれなりに楽しみますし、ハリス出版の『アームスレイブ・マンスリー』も購読《こうどく》しております。……そうでした、日本の『ASファン』も読んだことがあります。思いのほか高水準《こうすいじゅん》の情報なので、いたく感心しました。いい雑誌です。最近は海事《かいじ》関係の書物に凝《こ》っていまして、ネーヴァル・インスティチュート・プレスの新刊を一〇冊ほど入手《にゅうしゅ》して……」
し――ん…………。
言葉を失った宗介は、自分のつま先に視線《しせん》を移し、
「……忘れてください」
それ以前に、だれも覚えていない。続いて別の女子生徒が手を挙げた。
「えっとぉ、好きなミュージシャンとかはいますかぁ?」
この質問には困った。宗介は音楽をまったく聴《き》かないのだ。
(む、そうだ……)
彼は出発前、マオ曹長が艦内から集めてきたCDを思い出し、自信を持って答えた。
「はっ。五木ひろしとSMAPです」
[#地付き]四月二〇日 一五〇八時(日本標準時)
[#地付き]東京 陣代高校 体育系クラブ部室棟・二階
「絶《ぜっ》っっ対《たい》、ヘンよ。あいつ」
胸のリボンタイを解きつつ、かなめは恭子に力説《りきせつ》した。
「なんか、言ってることが支離滅裂《しりめつれつ》じゃない? もうウケ狙《ねら》いとか何だとか、そーいう次元《じげん》を通り越してるよ。キの字の一歩手前、って感じ? サイコね」
ベラベラまくしたてる。
ボタンをはずしてブラウスを脱ぎ、ハンガーにかけようとする。ロッカーの脇《わき》にたてかけてあったミズノのバットが、袖《そで》にひっかかって倒れた。
「ああ、もうっ」
小さな悪態《あくたい》をついてから、
「授業中は妙《みょう》にキョロキョロしてるし、休み時間は教室と廊下《ろうか》の間をいったり来たり」
となりで着替《きが》えていた恭子は、スカートのホックを外しつつ、
「そうだった?」
「そうだったよ。あーいう風に落ち着きのないヤツって、見ててイライラしてくんのよね」
「じゃあ、見なきゃいいじゃない」
「み、見てないわよ、あんなオタ」
ブラの位置を直しながら、かなめは続ける。
「……しかもね、しかもね。たまに目が合うの。こっちを見てるのよ!」
「だれが?」
「決まってるじゃない、あいつよ! 『たまたま、偶然《ぐうぜん》だったんだ』みたいな顔して目をそらすんだけど、もうバレバレ。あー、気持ちワルい……」
「まあね、カナちゃん、きれいだから……」
ややヒガミのこもった声で、恭子はつぶやいた。アンダー・ソックスをはくと、オレンジのズボンに手をのぼす。
「はは、ありがと。でも関係ないよ。あれは変質者《へんしつしゃ》の目ね」
「……なんかカナちゃん、ずーっと相良《さがら》くんの悪口いってるね」
「そお?」
そのころ。
宗介はグラウンドを大股《おおまた》で横切り、体育系クラブの部室棟前で立ち止まった。二階に並ぶ六つの窓を見上げる。階段は……あった。
彼は手にした用紙をもう一度|確認《かくにん》し、階段を上っていった。
「そうだよ」
恭子は友人の性分《しょうぶん》をよく心得《こころえ》ていた。
かなめは口は悪いが、その実、なかなか人望《じんぼう》がある。去年度《きょねんど》、なかば無理矢理《むりやり》に生徒会の副会長職を押しつけられたのも、彼女のさばさばした性格と無関係《むかんけい》ではないだろう。基本的《きほんてき》にお人好《ひとよ》しなので、今もこうしてチームの助《すけ》っ人《と》を引き受けてくれているほどだ。
そのかなめが、ろくに知りもしない相手をあげつらって、しかも本人のいない場所で陰口《かげぐち》をたたきまくるなど、めずらしいことだった。
「そんなに彼が気になるの?」
「ん……なワケないでしょ!? う、うはははは」
この『うはははは』についても、恭子はよく心得《こころえ》ていた。『わかんない。でもこの話はもうオシマイね』というサインである。本人に自覚はないだろうが……。
「さ、行こっか」
ユニフォームに着替え終わると、かなめと恭子は部室を出ていこうとした。更衣用《こういよう》のスペースを仕切《しき》っていたカーテンを開け……その刹那《せつな》。
ノック二回に間髪《かんぱつ》を容《い》れず、部室のドアが開け放たれた。
ドアを開けた男子生徒――宗介――と、更衣中の女子との目が合う。
「き……」
総計《そうけい》一八名の女子生徒が、まず、大きく息を吸《す》いこんだ。
『っっっきゃあぁぁぁぁ――――――っっっッ!!』
窓を震わす絶叫《ぜっきょう》。
「!?…………!!」
それ以上に驚《おどろ》いたのは宗介だった。
まず、一瞬《いっしゅん》にして『下着姿の女の子がいっぱい』という事実を頭から閉め出す(緊急時《きんきゅうじ》には些細《ささい》な問題である)。
次に部室に飛び込むと、目の前に立っていたかなめの襟首《えりくび》をつかみ、力まかせに引き倒すと同時に、くるぶしに隠《かく》したリボルバーを抜きつつ――
「全員ふせろ、ふせろっ!!」
身をひるがえし、戸口に向かって銃《じゅう》を突き出した。
この間わずか二秒弱。訓練《くんれん》で叩《たた》き込まれた、すばらしい反応《はんのう》の速さだった。
「! っ…………。…………?」
戸口には、だれもいない。いるわけがない。
床《ゆか》に倒れたかなめの身体《からだ》を、背中の下に押しこみ、銃口を突き出したままの姿勢《しせい》で、
「?……?…………?」
首をめぐらし、部屋を見まわす。脅威《きょうい》と思えるものは見当たらない。
訂正《ていせい》。殺気《さっき》に満ちた目の少女たちが、宗介を取り囲《かこ》んでいた。
一〇分後、ようやく混乱《こんらん》の収まった部室の中。
「まだこんなモノを隠し持っていたとはね……」
部員の通報《つうほう》でやってきた神楽坂恵里は、三八口径の五連発リボルバーを手にとり、鼻を鳴らした。
「はっ。……恐縮《きょうしゅく》です」
いくらか疲れた様子の宗介は、心なしか身を縮めて言った。制服の肩口は破《やぶ》れ、目の端《はし》には擦《す》り傷が浮かび、後ろ手に手錠《てじょう》をかけられ、パイプ椅子《いす》に座らされている。このアルミ合金製《ごうきんせい》の手錠は、宗介が持っていたものだった。
まるで捕虜《ほりょ》の尋問である。
「これも没収《ぼっしゅう》。文句《もんく》ないわね?」
「はっ。しかし……」
「しかし、なに?」
「弾は抜いておいてください。| H P 《ホロー・ポイント》弾です。とても危険です」
「はいはい、まったく……」
恵里は立ち上がると、
「千鳥さん、後は任《まか》せます」
「ええ? でも……」
「これから職員会議《しょくいんかいぎ》なの。修学旅行が近いでしょ? まあ全面的に彼が悪いんだから、煮《に》るな焼くなと好きになさい。みんなで相談して」
かなめを信頼《しんらい》しているのか、それとも単なる無責任《むせきにん》なのか、それだけ言って、出ていった。自分の立場がどうにもこうにもわからない宗介には、恵里の背中が、カンボジアを去っていく国連停戦監視団《こくれんていせんかんしだん》のように思えた。
「さて……」
かなめと恭子、ほか数名の女子が、宗介を見下ろす。漠然《ばくぜん》と、きびしい尋問が待っていることを察《さっ》した彼は、ひかえめな声で、
「ジュネーブ協定《きょうてい》は……」
「なにそれ?」
「……なんでもない」
かなめはそんな協定など知らなかった。しかも、あろうことか、『ジュネーブ』という場所はブラジルの首都《しゅと》だと思っていた。
「で、さて……相良くん。どういうつもり?」
かなめは、とげとげしい声でたずねた。
「デバガメだけならまだしも、なんなの、あの騒《さわ》ぎ? あんなモデルガン出して、いきなりあたしに乱暴《らんぼう》して、ちょっと異常《いじょう》じゃない? あんたサイコ?」
「さ、最高……?」
異常なのに最高? この矛盾《むじゅん》はいったい? 狂っているのは、俺か、この世界か? いや待て、そもそも俺はなにをさして異常と? 異常は正常で、正常は……(後略)。
などと、永遠にして一瞬《いっしゅん》の(どうでもいい)苦悩《くのう》が脳裏《のうり》を駆《か》けめぐる。
「サイコよ、サイコ!」
かなめは、自分のこめかみに人さし指を突きつけ、ぐりぐりとねじって見せた。さらに袖《そで》を『ぐいっ!』とまくって、
「ほら見なさいよ、このヒジ! ちょっと擦《す》りむいちゃったじゃないの! どうしてくれんの!?」
『言われてみれば……』程度《ていど》に、白い肌《はだ》が赤くなっている。むしろ宗介がさきほど被《こうむ》った傷の方が、よほど痛々しかったのだが、そんなことなど、だれも気にとめている様子はなかった。
「その程度なら、すぐ治ると思うが……」
言わなきゃいいのに、言ってしまう。いっせいに周りの女子生徒たちが、
「ひっど――い!!」
「女の傷って、一生モンなんだよ!?」
「こいつ、サイテーじゃない?」
四方八方から小突《こづ》きまわす。戦車部隊の十字砲火《じゅうじほうか》にさらされている気分だった。
「ほら、なんとか言ったらどう?」
「カナちゃんに謝《あやま》りなよ!」
とにかく彼女らは、自分の行動《こうどう》を責《せ》めているらしい……なんとかそう理解《りかい》し、
「……手荒《てあら》にあつかったことについては謝罪《しゃざい》する。だが俺は、君や君の友人に、危害《きがい》を加えようと思ったのではない」
それなりに誠意《せいい》を込めて言ったつもりだった。
「じゃあ、どう思ったのよ!?」
「言えない。君には知る資格《しかく》がない」
誠意は台無《だいな》しになった。
「はあ? 『資格』ってなによ!? 言いなさい!」
「駄目《だめ》だ。申《もう》し訳《わけ》ないが……」
かなめは前髪をクシャクシャとかいて、
「そもそもねえ、あなたナニしにここに来たのよ?」
「入部を希望しにきた」
宗介は平然《へいぜん》と言ってのけた。かなめたちは異口同音《いくどうおん》に、
『はあ?』
「俺は前の学校でも、君たちと同じクラブで活動していた。なかなかの活躍《かつやく》だったと自負《じふ》しているほどだ。だから、入部を希望しにきた。俺は体力には自信がある。雇《やと》っておいて損《そん》はないと思うぞ。どうだ?」
用意しておいた台詞《せりふ》を、不敵《ふてき》に言う。われながら、なかなかの演技力《えんぎりょく》だと思った。
「あのね、相良くん……」
かなめは頭がくらくらしてくるのを堪《こら》えるように、
「ここはね、女子[#「女子」に傍点]ソフトボール部なのよ?」
宗介は眉《まゆ》をひそめた。
「……男は入れないのか?」
「当たり前でしょ!?」
彼はすこし考え込み、
「……だがこの場合、性別は重要な問題ではない」
「どーいう場合よ!?」
一同は宗介を椅子ごと外に放り出し、階段の上から蹴り落とした。
[#地付き]四月二〇日 一八四五時(日本標準時)
[#地付き]東京 調布市《ちょうふし》 タイガース・マンション 五〇五号室
ファインダーの中で、黒髪の少女が扉《とびら》を開け、中に入り、閉める。
集音《しゅうおん》マイクには錠前《じょうまえ》をかける音。
「一八四五時、『天使』が帰宅《きたく》。尾行《びこう》はなし」
千鳥《ちどり》かなめの自宅を監視《かんし》していたメリッサ・マオは、手元のマイクに報告《ほうこく》した。
すぐそばの携帯《けいたい》ディスプレイには、クルツのASの位置を示す地図が映っている。ECSで透明化《とうめいか》したM9は、市内の道路を南に向かって走っているところだった。あと二、三分で近所まで帰ってくるだろう。
彼女のいる部屋は、<ミスリル> の情報部が大急ぎで用意した、監視・待機《たいき》用のセーフ・ハウスだった。かなめの住むマンションを、都道を挟《はさ》んで見下ろせる位置にある。
広い部屋の中には、ろくな家具《かぐ》がなかった。けさ持ちこんだ安物のテーブルと、椅子《いす》が四点。ほかは銃器《じゅうき》がいくつかと、監視用の機材《きざい》がひと山ほど。
「……しっかしまあ、トーキョーの物価《ぶっか》ってのは、どうしてこう高いのかしらね」
マオは独《ひと》りでぼやいた。三二〇円のハンバーガーを胃《い》に収めてから、二四〇円のメンソール・タバコを取り出し、火を点《つ》ける。
ほどなく宗介が帰ってきた。
彼の姿《すがた》を見たマオは、ぽかんとした。手錠《てじょう》でパイプ椅子《いす》を腕《うで》につなぎ、それを引きずっていたからである。
「なに、それ?」
「見ての通り、パイプ椅子だが……」
答えながら、苦労して靴《くつ》を脱《ぬ》ぐ。
「そんなことはわかってるわよ。なんであんた、パイプ椅子なんか引きずってるの?」
「手錠が外せないからだ。ヒンジ式だし、鍵穴を肘《ひじ》の側に向けてあるから……」
「あのねえ、ソースケ……」
マオは仕方《しかた》なく自分のマスター・キーを取り出して、手錠を外してやった。
「すまん」
礼を言って、宗介は事情を話した。
[#挿絵(img/01_069.jpg)入る]
「――というわけだ。センガワ駅で切符《きっぷ》を買うのが、いちばん大変だったな。……マオ、どうしたんだ?」
マオは頭を抱《かか》えていた。
「いや、ちょっと頭痛が……」
「そうか。すこし休んだ方がいいぞ」
小さな電子音。クルツから連絡《れんらく》が入る。
『ウルズ6だ。いま帰った。どっちでもいいから代わってくれ〜」
悲鳴《ひめい》に近い声。
クルツのM9は、近所の駐車場《ちゅうしゃじょう》の大型トレーラー――擬装格納庫《ぎそうかくのうこ》に隠《かく》れたところだった。
「クルツ、だれかに気付かれなかった?」
『ジイさんを蹴飛《けと》ばしそうになった。犬にすげえ吠《ほ》えられた。軽トラにぶつかりそうになって、危《あや》うくパチンコ屋に突っ込むところだった。塾《じゅく》のビルに軽く手をついたら、窓ガラスにヒビが入った。教室の中の小学生が、すげえビビってた』
なにしろ、通行者にはM9が見えないのだ。ましてや狭苦《せまくる》しい市街地《しがいち》である。並みの腕《うで》の操縦兵《そうじゅうへい》なら、ひどい事故を起こしていたかもしれない。
「やっぱりこのやり方、ダメなのかしらね……?」
「四六時中《しろくじちゅう》張《は》りついているとなると、さすがに無理かもしれん。明日から、ASはこの場で待機《たいき》させた方がいいと思うが」
「うーん。火力とセンサーが惜《お》しいのよね……」
マオは腕《うで》を組み思案した。
最新鋭《さいしんえい》のASであるM9には、それだけで数億円はする電子兵装《ヴェトロニクス》が搭載《とうさい》されている。『拉致《らち》しろ』だとか『発砲《はっぽう》を許可《きょか》する』だとかいった、あまり穏《おだ》やかではない言葉を、付近の会話や通信から拾《ひろ》い上げることさえ可能だ。しかもその頭部には、強力な重機関銃《じゅうきかんじゅう》が二基|装備《そうび》されており、生身《なまみ》の敵ならば二、三〇人でも軽くあしらうことができる。
この規模《きぼ》の任務《にんむ》では、ASというのはぜいたくすぎるほどの装備なのだ。
そしてマオは、世界一ぜいたくな軍隊――すなわちアメリカ軍の出身だった。
「M9は、なるべくカナメのそばに置いておきたいのよ。通勤時間帯《つうきんじかんたい》を避《さ》けて、川ぞいに移動させれば……まあ、なんとかなると思うんだけど」
「あんたがそう言うのなら、俺は反対しない」
宗介はチーム・リーダーの意見を尊重《そんちょう》した。
『とっとと交代《こうたい》してくれー。マジで疲《つか》れた』
クルツが無線《むせん》のむこうで泣き言をもらした。
「ちょっと待ってな。……っと? カナメに電話よ」
そう言って、マオは監視機材のスイッチをいじりはじめた。予備《よび》のヘッドセットを宗介に差し出し、
「ソースケ、聞く?」
「……一応、聞いておこう」
電話は、米国の東海岸に在住の妹からのものだった。
かなめは肉親と談笑《だんしょう》し、近況報告《きんきょうほうこく》をしていた。転校生のことにも触《ふ》れ、『おもしろい子だ』と話していた。やがて名残惜《なごりお》しさを見せつつも、彼女は電話を切った。
「……なかなか泣かせる話じゃないの。一人暮らしの可憐《かれん》な少女。一日一度の、ン千マイルを越《こ》えた家族愛ってとこ?」
マオは盗聴機《とうちょうき》のスイッチを切って、感想をもらした。宗介は思慮《しりょ》深げな顔で、
「よくわからんが、定時連絡《ていじれんらく》は賢明《けんめい》な措置《そち》だ」
野暮《やぼ》以外のなにものでもない評価《ひょうか》を下した。そしてまた考え込み、
「彼女は……昼間に話した時とは印象《いんしょう》が違う。もっと険《けわ》しくて、攻撃的《こうげきてき》だった」
「当たり前でしょ。相手は実の妹さんよ?」
「……そういうものか?」
「そういうもんよ」
「ふむ。それから、意外《いがい》と俺はカナメに嫌《きら》われていないようだ」
「そうみたいね。……ソースケ、うれしそうね?」
「……そうか?」
窓に映る自分の顔を、宗介はしげしげとのぞきこんだ。
[#地付き]四月二〇日 一一三〇時(グリニッジ標準時)
[#地付き]太平洋 深度五〇m 強襲揚陸潜水艦 <トゥアハー・デ・ダナン>
「……だいぶ悪戦苦闘《あくせんくとう》しているようですね」
艦長席《かんちょうせき》に座る少女[#「少女」に傍点]が、感想をもらした。
小劇場ほどの広さの、中央|発令所《はつれいしょ》。そこは艦《かん》と部隊を統括《とうかつ》し、指令を下す <デ・ダナン> の頭脳《ずのう》だった。
「彼にはちょうどいい経験かと」
艦長席の脇《わき》に立つ、カリーニン少佐《しょうさ》が答えた。
少女の手には、つい先刻《せんこく》、メリッサ・マオから送られてきた報告書があった。相良宗介の騒《さわ》がしい一日が、ひどく実務的《じつむてき》な文体で並べたててある。
「いい経験……ですか。『火器を没収《ぼっしゅう》』され、『護衛対象《ごえいたいしょう》ほか多数の民間人に殴打《おうだ》』されて、『きわめて不自由な状態《じょうたい》でセーフ・ハウスに帰還《きかん》』しても?」
「許容範囲内《きょようはんいない》です、大佐殿《たいさどの》」
カリーニン少佐に『大佐殿』と呼ばれた少女は、どう見ても一〇代|半《なか》ばだった。
大きな灰色の瞳《ひとみ》。ていねいに編《あ》まれたアッシュ・ブロンドの髪を左肩に垂《た》らしている。淡《あわ》いブラウンの略式平服《りゃくしきへいふく》――ぱりっとしたタイトスカートのスーツ――を着ているが、ややサイズが大きいらしく、手のひらの半分は袖《そで》に隠《かく》れてしまっていた。
それでも、襟には『大佐』の階級章《かいきゅうしょう》が光っている。普通の大佐が、その階級に達するまでに得るはずの|略 授《リボン・バー》は、彼女の胸にはまったく見当たらない。
この少女――テレサ・テスタロッサは、<トゥアハー・デ・ダナン> の艦長だった。
艦長[#「艦長」に傍点]である。
理由は一部の者しか知らない。
「まあ、いいでしょう。マオさんとウェーバーさんもついてるし。サガラさんも、荒事《あらごと》になったらトップクラスですしね」
テレサ・テスタロッサ――通称《つうしょう》テッサは、発令所の正面を占《し》める大スクリーンの一角を眺《なが》めた。画面の端《はし》に、現在《げんざい》の日時がグリニッジ時間と日本時間で表示《ひょうじ》されている。
「それで、少佐。あの三人を東京に置いておくのは、どれくらいの期間《きかん》になりますか?」
「問題の根元を断《た》つまでの数週間です、大佐殿」
これほど幼《おさな》い少女に訊《き》かれても、カリーニンはしごく真面目《まじめ》な態度《たいど》で答えた。テッサはスクリーンの海図に目を移して、
「こちらの作戦の首尾次第《しゅびしだい》、というわけですね。スムーズに進めば、チドリ・カナメを護衛《ごえい》する必要もなくなる、と」
「はい。チドリだけでなく、ほかの <|ささやかれた者《ウィスパード》> 候補者《こうほしゃ》も安全になります」
「当面《とうめん》の間は、でしょう?」
「遺憾《いかん》なことですが」
一礼《いちれい》してから、カリーニン少佐はテッサの前を辞《じ》した。
[#地付き]同時刻 ソビエト連邦 ハバロフスク近郊《きんこう》
凍《こお》りついた河に、一本の橋がかかっている。
二台の乗用車が停《と》めてあるほかは、橋を行き交う車はない。あたりを支配するのは、冷え冷えとした深夜の静寂《せいじゃく》ばかりだ。
その橋の中央に、三人の男がいた。
東洋人が一人。イタリア製のコートを着ている。
ロシア人が二人。いずれもKGBの将校《しょうこう》の制服を着ており、その階級《かいきゅう》はそれぞれ大佐《たいさ》と大尉《たいい》だった。
「……お寒いねぇ」
東洋人がぼやいた。ムースで撫《な》でつけた髪を、しきりに触《さわ》って整える。その額《ひたい》には、縦《たて》一文字に大きな傷跡《きずあと》が刻《きざ》まれていた。ナイフで切ったのか、それとも銃弾《じゅうだん》にえぐられたのか。まるで、固く閉じられた第三の目のようだった。
「待ち合わせ場所にここを指定してきたのは、貴様《きさま》だろう。不平《ふへい》などもらすな」
たっぷりとあごに肉のついた大佐が言った。
「そうじゃなくて。俺が寒いって言ったのは、あんたらの間抜《まぬ》けぶりのことだよ」
「なんだと、貴様《きさま》?」
一歩前に出ようとする巨漢の大尉を、大佐は片手《かたて》で制《せい》した。東洋人は笑いながら、
「そうそう。さすが、大佐は人間が出来ていらっしゃる」
「……ふん。問題はわれわれの過《あやま》ちについてではない。<ウィスパード> の実験体が奪《うば》われたことだ。候補者《こうほしゃ》のリストが奪われた可能性《かのうせい》も高い。実験体の娘なしでは、研究の継続《けいぞく》などできんというのに」
大佐の声は苛立《いらだ》たしげだった。彼が進めている『研究』は、党の中央には無届《むとど》けで行われているからだった。もしこの失態《しったい》が発覚したら、それこそ収容所《しゅうようじょ》送りだろう。
「それで、ガウルン。敵の目星は。調べはついたのか?」
「まあね。これを見なよ」
ガウルンと呼ばれた東洋人は、一枚の写真を大佐に手渡した。
「あんたから受け取った写真の一つを画像処理《がぞうしょり》したものだ。実に興味《きょうみ》深い」
写真には、|A S《アーム・スレイブ》の後ろ姿《すがた》がうっすらと写っていた。
|電磁迷彩《ECS》の影響で、その輪郭《りんかく》は背景と溶け合うようにぼやけている。要人運搬《ようじんうんぱん》用のバックパックを背負って、山の斜面《しゃめん》を駆《か》け登っているところだった。
かなり人間に近い、スマートで敏捷《びんしょう》な外見のASだ。大佐は眉《まゆ》をひそめ、
「なんだ、これは? 見慣《みな》れない機種だが……」
「それは <ミスリル> のASだよ。あんたらの手には……まあ、負えんだろうね」
ガウルンの声は楽しげだった。
「 <ミスリル> だと?」
「世界の一〇年先をいく装備《そうび》を持った、秘密《ひみつ》の傭兵部隊《ようへいぶたい》だよ。スゴ腕ぞろいでね。神出鬼没《しんしゅつきぼつ》の連中だ。噂《うわさ》も聞いてないのか」
「いや、名前だけは……」
<ミスリル> 。国際紛争《こくさいふんそう》の影で暗躍《あんやく》する、謎《なぞ》の特殊部隊《とくしゅぶたい》。武装《ぶそう》ゲリラの根拠地《こんきょち》を叩《たた》き、麻薬《まやく》の精製《せいせい》工場を破壊《はかい》する。テロリストの訓練《くんれん》キャンプを殲滅《せんめつ》したかと思うと、核兵器《かくへいき》の密輸《みつゆ》を妨害《ぼうがい》する。
地域紛争《ちいきふんそう》の火消し役。その目的のためには、アメリカにもソ連にも与《くみ》しない。
それが <ミスリル> だった。
「その正義のヒーローどもが、なぜ私の計画を邪魔《じゃま》する?」
大佐の口ぶりは、まるで自分が不当《ふとう》な扱《あつか》いを受けていると思っている風だった。
「そりゃあ、危険だからだろう。成功《せいこう》すれば、世界のパワー・バランスをひっくり返しかねないからな」
「新たな捕獲《ほかく》が難《むずか》しくなったということか?  <ウィスパード> の」
計画の完成《かんせい》には、どうしても <ウィスパード> と呼ばれる少女が必要だった。『ささやかれた者』。そのサンプルさえ、敵に奪《うば》われてしまったのだ。別の候補者をさらってくるより手はなかった。
「誘拐《ゆうかい》はできるよ。殺すよりは面倒《めんどう》で、いろいろと手間はかかるがね」
大佐はガウルンをいまいましげににらんだ。
「またギャラの上乗せか」
「俺はビジネスマンだからな。共産主義者《きょうさんしゅぎしゃ》じゃない」
「笑わせるな、黄色い猿《さる》め」
それまで黙《だま》っていた大尉が、野太《のぶと》い声を荒《あら》げた。
「代わりの工作員など、いくらでもいるんだぞ。それでも貴様《きさま》を使ってくださる大佐殿に、すこしは感謝《かんしゃ》したらどうだ?」
「してるさ。大切なお客さまだからな」
「ほざくな。貴様のような中国人など、信用できるか」
「ふむ。俺は中国人じゃないんだがね」
「なんだろうと同じだ。ウラルの炭坑《たんこう》にでも放りこんで、そのニヤニヤした黄色い顔を真っ黒にしてやるぞ! この気取り屋のちびすけが」
「やれやれ……。あんた、うるさいな」
ガウルンはコートの下から、自動拳銃《じどうけんじゅう》を抜き出した。その仕草《しぐさ》があまりに無造作《むぞうさ》だったので、二人のロシア人は、その拳銃を携帯電話《けいたいでんわ》かなにかでも見るような目で追うことしかできなかった。しかし、それは間違いなく拳銃だった。
レーザー照準器《しょうじゅんき》の赤い点を、大尉の額にぴたりとあて――
夜の河畔《かはん》に銃声がこだました。
脳漿《のうしょう》と血液、そして頭蓋骨《ずがいこつ》の破片《はへん》が雪の上に飛《と》び散《ち》る。頭の半分を吹き飛ばされた大尉の身体が、どさっ、とその場にくずおれた。
「これでよし。ええと……誘拐《ゆうかい》の話だったな」
言葉を失った大佐を尻目《しりめ》に拳銃《けんじゅう》をしまうと、ガウルンは何事もなかったかのように、手にしたファイルケースの中身を探った。
「あったあった、これだ。……大佐、どうしたんだい?」
「わ、わたしの部下だぞ。それを……」
「どうせ脅《おど》かし役の筋肉アクセサリーだろ? ただでさえ寒いんだからさ、連れてくるなよ、こういうのは」
殺人に対する罪《つみ》の意識《いしき》はもちろん、それを楽しんだり誇《ほこ》ったりもしない。ガウルンの態度《たいど》は、禁煙《きんえん》スペースで注意された喫煙者《きつえんしゃ》とたいして変わらないように見えた。
「ほら、さっさと商談《しょうだん》だ」
「…………」
ガウルンは書類を取り出した。一五束ほどの書類には、それぞれ写真がついている。国籍《こくせき》や民族こそ違うが、どれも一〇代後半の少年少女のものだった。
「さて、どれを拉致《らち》ろうかね。……とか言いつつ、実はもう決めてるんだよ。……この娘だ。かわいいだろう?」
ガウルンが写真付きの書類を大佐に見せる。その書類には、『Tidori Kaname』の名がタイプしてあった。
千鳥かなめ。
このテロリストが狙《ねら》う、次の犠牲者《ぎせいしゃ》の名前だった。
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2:水面下の状景《じょうけい》
[#地付き]四月二三日 一七三二時(日本標準時)
[#地付き]東京郊外 調布市 京王線・調布駅南口
デパート下のハンバーガー屋。かなめとその友人たちが、フライドポテトをつつきながら、おしゃべりにうち興《きょう》じている。
あとを尾《つ》けてきた宗介は、店内の奥まった一角に腰を落ち着けていた。油断《ゆだん》なくあたりに気を配りながら、三日前に駅で拾《ひろ》った『東京スポーツ』を読むふりをつづける。
彼の視野《しや》には気になる人物がいた。
かなめの背後のカウンター席に男が座っている。年齢は二〇代後半、中肉中背《ちゅうにくちゅうぜい》。灰色のベレー帽《ぼう》を目深《まぶか》にかぶっていた。足元には、黒のアタッシュケース。しきりに時間を気にしている様子で、何度も腕《うで》の時計を見ている。
(あのアタッシュケースは……?)
対テロ戦争用の兵装《へいそう》カタログで見たタイプに似《に》ているような気がした。サブマシンガンを内蔵《ないぞう》し、スイッチひとつで射撃態勢《しゃげきたいせい》に入れる代物《しろもの》だ。
男はハンバーガーをたいらげると、トレイを持って立ち上がった。
(くるか……)
宗介は腰を浮かす。だが男は紙くずを捨て、トレイを置き、そのまま大股《おおまた》で店の外へと出ていった。
(見当ちがいか……いや?)
アタッシュケースが置き去りになっていた。あの中身は、もしや――
(しまった!)
イタリアでのテロにくわしかった知人が、こんな手口を話していた。暗殺《あんさつ》の標的《ひょうてき》を、店ごと吹き飛ばす乱暴《らんぼう》なやり方だ。しかし、敵の目的は誘拐だったはずでは? いや、事情《じじょう》が変わったのかもしれない。そう、こうやって迷っている間にも……!
彼は駆《か》け出した。テーブルをひっくりかえし、客を突き飛ばし、アタッシュケースをつかむ。ずしりと重い感触《かんしょく》。そこでかなめがふりむき、
「さ、相良《さがら》くん……?」
「ふせてろっ!」
さらに何人かの客を突《つ》き倒して、店の外に突進《とっしん》する。
(人のいない場所は?)
あたりを見まわす。夕暮れ時の商店街は、通行人でごったがえしていた。通りの向かいに、駐車場《ちゅうしゃじょう》があった。あそこなら――
「どけっ!」
宗介は車道に飛び出した。そこで、横からはげしいクラクション。
振《ふ》り返ると、軽《けい》トラックの重体が視界《しかい》いっぱいに広がっていた。ドライバーのブレーキもまにあわず、宗介は跳《は》ね飛ばされ、道路脇《どうろわき》の自転車置き場に突っ込んだ。
(時間が……)
ぐるぐるとまわる景色《けしき》。もうろうとする頭で、必死に立ち上がる。
投げろ……ケースを投げろ。このケースを、安全な場所に……
「ちょっと君、大丈夫《だいじょうぶ》?」
目の前に、さっきの男が立っていた。男はアタッシュケースを宗介から取り上げると、中をあらため、
「ああ、原稿《げんこう》は無事《ぶじ》だ。わざわざ届《とど》けてくれてありがとう」
立ちつくす宗介の肩《かた》をポンとたたいて、足早に去っていった。
十数人の通行人が、宗介を凝視《ぎょうし》している。トラックの運転手と、かなめたちの姿も見える。あきれと当惑《とうわく》と心配のいり混《ま》じった顔。
「……相良くん、なにやってるの?」
かなめの脇《わき》の、恭子《きょうこ》がたずねた。
「爆弾《ばくだん》だとばかり……」
それだけ言って、彼はその場にくずおれた。
[#地付き]四月二三日 一九二〇時(日本標準時)
[#地付き]東京 調布市 タイガース・マンション 五〇五号室
「おまえよ、今週中に死んじまうんじゃねえか?」
宗介の頭に包帯《ほうたい》を巻きながら、クルツは言った。
「敵なんて一度も出てきてねえのに、こんな調子で自爆《じばく》しまくりでよー。ちったあ肩の力を抜いたらどうだ?」
「努力はしている」
覇気《はき》のない声で宗介は答えた。
夕方のハンバーガー屋での一件などは、数ある騒動《そうどう》のひとつにすぎない。任務《にんむ》がはじまってから四日になるが、宗介の学校生活は空回りの連続だった。
彼は毎日のように暴《あば》れ、駆け回り、公共物を壊《こわ》して、授業を妨害《ぼうがい》し――神楽坂《かぐらざか》恵里《えり》やかなめ本人に怒鳴《どな》りつけられていた。
いきおい、生傷《なまきず》も絶《た》えない。
日ごろの作戦中でも、これほど頻繁《ひんぱん》に怪我《けが》をすることはなかった。しかもそれらのほとんどが、階段から落ちたり、ガラスを突き破ったり、図書室の本の山に押しつぶされたり、美術の石膏《せっこう》モデルをなぎ倒したりといった、自業自爆[#「自業自爆」に傍点]な事情である。
完全にリズムが狂《くる》っている――
宗介自身も痛感《つうかん》しているのだが、それをどうすることもできない。
クルツの言う通り、自分は遠からぬ将来に、あの学校で命を落としてしまうのではないか、とさえ思えた。
「こりゃあ、ダメだな。明日は交代《こうたい》しろよ。俺とマオが学校の外で監視《かんし》してるから」
「学校の中に敵がいたらどうする」
「いるわきゃねえだろ。それどころか、カナメが本当に狙《ねら》われてるかどうかも怪《あや》しいぜ」
のんきなクルツの言葉に、宗介は顔を曇《くも》らせた。
「希望的観測《きぼうてきかんそく》は危険だ。常にあらゆる可能性を考慮《こうりょ》し――」
「そうしてトラックに轢《ひ》かれるわけだな。おまえ、独《ひと》り相撲《ずもう》って日本語知ってるか?」
「ヒトリズモー?」
「そうだよ、独り相撲。自分のマワシをとって暴《あば》れてんのさ、おまえは」
「マワシ?」
「知らねえのか? おまえホントに日本人かよ。……よし」
クルツは包帯《ほうたい》を巻き終えると、窓際《まどぎわ》に戻っていった。
「……でも、わかんねえな」
「なにがだ」
「カナメのことさ。どう見たって普通の子だぜ? そりゃあ、きれいな子だが、モナコの王様[#「王様」に傍点]が求婚《きゅうこん》するような絶世《ぜっせい》の美女ってわけじゃない。経歴《けいれき》だって――平凡《へいぼん》なもんさ。俺やおまえに比べりやな」
「確《たし》かに……そうかもしれん」
同世代の少年少女に比べて、自分の生《お》い立《た》ちはかなり変わっているらしいことを、宗介はここ数日で自覚《じかく》するに至《いた》っていた。
「で、そのカナメが、どうしてKGBなんかに狙われるんだ? 先週|拾《ひろ》った女の子もそうだ。あの子だって、誘拐される前は普通の高校生だったらしいじゃねえか。外国の女子高生を誘拐して、クスリ浸《づ》けにして、いったい何のトクがある?」
「俺にわかるわけがないだろう」
「だよな。少佐のヤロー、いったいなにを隠してるんだか……」
[#地付き]四月二三日 二一二一時(西太平洋標準時)
[#地付き]ソビエト連邦 ハバロフスク KGB支局ビル
「いつになったら実行に移《うつ》すのだ」
受話器に向かって、大佐はなかば怒鳴りつけた。誘拐《ゆうかい》が決まってから、すでに三日がたっていた。
『もうすぐだ』
電話のむこうで、ガウルンが平然《へいぜん》と答えた。
国籍不明《こくせきふめい》のこのテロリストは、いまは東京のソ連|大使館《たいしかん》にいる。大使館員の報告では、ガウルンは東京に着いてもほとんど外出せずに、自前《じまえ》の部下と小さな連絡《れんらく》を取り合っているだけだった。
『いまは下準備《したじゅんび》の最中《さいちゅう》だ。安全に標的《ひょうてき》を誘拐するには、いろいろと根回《ねまわ》しが必要なんだよ』
「根回しだと? 夜中にさらって、ニイガタまで車で運ぶだけだろうが。そんな簡単な作戦に、どんな準備が必要なのだ?」
「あんたはどうも、せっかちすぎる」
「なんだと?」
『そんな単純なやり方を、<ミスリル> が予想していないわけがないだろう』
「タイドリー・カヌムに監視《かんし》がついているのか?」
大佐は『チドリ・カナメ』という日本人の名前を、いまだにうまく発音することができないでいた。稚拙《ちせつ》なその発音を、ガウルンは鼻で笑ってから、
『そうみたいだな。うかつに接近《せっきん》すると気付かれそうだ』
「かまわん。邪魔《じゃま》をするなら一掃《いっそう》しろ」
『そうも行かないんだな、これが。こちらの腕利《うでき》きを総動員《そうどういん》しても、返り討《う》ちにあうだろうね』
「どういうことだ?」
『ASだよ。ECSを不可視《ふかし》モードにして、ぴったりと標的に張りついてる』
「まさか、完全な透明化《とうめいか》を? そんな装置《そうち》はまだ実用化されて……」
ガウルンはうんざりした声でそれをさえぎり、
『一〇年進んでるって言っただろう、連中の装備《そうび》は。下手《へた》に近付くと面倒《めんどう》だ。きっと <ミスリル> は精鋭《せいえい》を投入してるだろうしな』
「だが……」
『だから任せろよ。連中が手出しできないやり方を準備《じゅんび》してるから。あんたはせいぜい、収容所《しゅうようじょ》送りにならないように気を付けな』
電話は一方的に切られた。
[#地付き]四月二四日 一四三八時(日本標準時)
[#地付き]東京 陣代《じんだい》高校 二年四組の教室
「そーいうわけでしてぇ……」
黒板を背にしてかなめは言った。
「修学旅行での係|分担《ぶんたん》を、いーかげん決めなきゃならんのよね。あと四、五日しかないでしょ。……ってみんな、聞いてる?」
ホームルーム中の教室を見わたす。となり同士でおしゃべりする者、いねむりする者、この日発売のマンガ雑誌を読みふける者……。
「聞いてるよー」
「とっとと決めて帰ろーぜ」
ひとにぎりの生徒が答える。かなめはため息をついた。
「ったく。学級委員なんて引き受けるんじゃなかったよ、あたしゃ。……んーでね、こんなノリになるだろうと思っていたわたしは、すでに根回しを終えているのであった。あとは承認《しょうにん》だけっす」
「千鳥《ちどり》、えらい!」
男子のだれかが言った。かなめはすまし顔でVサインを見せ、
「ふっ、まかせな。じゃあ発表するわよ」
メモ帳《ちょう》を取り出し、黒板に役職《やくしょく》と名前を書き出していった。タン、タタタンと、白墨《はくぼく》の音が教室にひびく。
「食事係は遠田《とおだ》くんと実松《さねまつ》さん。荷物《にもつ》係は有山《ありやま》くんと尾村《おむら》さん。連絡《れんらく》係は風間《かざま》くんと藤井《ふじい》さん。行事《ぎょうじ》係は小野寺《おのでら》くんと鈴木《すずき》さん。で、ゴミ係は……なり手がいなかったから相良《さがら》くんね」
後ろの席で、話を聞き流していた宗介はぎょっとした。
「どーしたの? 相良くん」
「承諾《しょうだく》した記憶がない」
「この学校ではね、転入生は無条件《むじょうけん》でゴミ係をやることに決まってるの」
一同が忍《しの》び笑いをもらしたが、宗介にはその意味がわからなかった。
「そうか、了解《りょうかい》した」
「素直《すなお》でよろしい。あとで仕事を説明するからね。……じゃ、決《けつ》を取りまーす!」
<ミスリル> 屈指《くっし》の傭兵《ようへい》・相良《さがら》宗介《そうすけ》は、反対〇でゴミ係に就任《しゅうにん》した。
[#地付き]四月二四日 一一一三時(グリニッジ標準時)
[#地付き]日本海 深度五〇m  <トゥアハー・デ・ダナン> 中央発令所
うす暗い発令所《はつれいじょ》の艦長席《かんちょうせき》――
「修学旅行……ですか?」
テレサ・テスタロッサは小首をかしげた。臨時《りんじ》の報告《ほうこく》にやってきたカリーニン少佐《しょうさ》はファイルをめくり、書類とペンを手渡した。
[#挿絵(img/01_093.jpg)入る]
「はい。来週からです。旅先での連絡用に、新たな守秘回線《しゅひかいせん》の開設《かいせつ》を許可《きょか》願います」
テッサは書類にサインをしながら、
「変わった学校ですね。この時期に旅行だなんて。それで、行き先は?」
「オキナワです」
「そう」
正面スクリーンの中央、軍事《ぐんじ》情報で埋《う》め尽《つ》くされた地図に、テッサは目を向けた。地図の一角、沖縄島《おきなわとう》を眺《なが》めながら、
「一時期、わたしがあそこに住んでいたのは話しましたか?」
「いえ」
「父の方針《ほうしん》で、わたしは日本の小学校に通っていたんです。クラスの子たちからは敬遠《けいえん》されて、けっきょく基地内《きちない》の学校に移《うつ》りましたけど」
となりに立っていた <デ・ダナン> の副長・マデューカス中佐が、咳《せき》ばらいをした。宙《ちゅう》を泳いでいた視線《しせん》を、テッサは手元に引きもどし、
「ここで話すことではなかったわね」
「いえ……」
神経質《しんけいしつ》そうな容貌《ようぼう》のマデューカス副長は、そうとだけ言って自分の仕事に戻った。カリーニンはそのやり取りを見てもいなかったように、報告を続けた。
「同じ件で、新しい情報が入りました」
本来の用件を切り出した。
「 <ウィスパード> の?」
「はい。例の研究は、ハバロフスクの施設《しせつ》で続いています。これを御覧《ごらん》ください」
書類の束《たば》を手渡す。それは化学物質《かがくぶっしつ》の膨大《ぼうだい》なリストで、そこかしこに赤丸で印がつけてあった。
「ソビエト内での希少《きしょう》な薬物の流通を示したものです。情報部の分析《ぶんせき》によりますと……」
カリーニンはくわしい説明をしながら、次々に新しい資料を見せていった。テッサは報告に耳をかたむけながら、手際《てぎわ》よく書類に日を通していった。
「ハバロフスクだけなんですか? その研究|施設《しせつ》は」
「情報部はそう報告しています」
「疑《うたが》わしいわ。調査《ちょうさ》を続けるように要請《ようせい》してください」
「はい」
実のところ、カリーニンはすでにその要請を出していたのだが、あえて口には出さなかった。
「それで、ハバロフスクの施設には、コンピュータでの侵入《しんにゅう》はできないの?」
それができれば、ずいぶんと作戦は楽になる。なにしろこの場でコンピュータを操作《そうさ》して、ハッキングを仕掛《しか》けるだけでいいのだから。
<デ・ダナン> のコンピュータ・システムは、単なる軍艦《ぐんかん》の制御《せいぎょ》システムのレベルを大きく引き離している。その規模《きぼ》は大型|哺乳類《ほにゅうるい》の中枢神経系《ちゅうすうしんけいけい》に匹敵《ひってき》し、アメリカ軍の通信システムさえ手玉《てだま》にとるパワーを持っていた。このシステムをもってすれば、ソ連のコンピュータに侵入することなど造作《ぞうさ》もない。
だがカリーニンは、その可能性《かのうせい》を否定《ひてい》した。
「研究施設のコンピュータは、外部の回線から切りはなされています。物理的手段[#「物理的手段」に傍点]で研究を妨害《ぼうがい》するしかありません」
「そう……。じゃあ、巡航《じゅんこう》ミサイルで攻めますか」
作戦|目標《もくひょう》が単なる破壊《はかい》なら、ASを使う必要はない。
「はい。G型トマホークが適切《てきせつ》でしょう。|燃料気化《FAE》弾頭《だんとう》の一撃《いちげき》で済みます」
「許可《きょか》します。ただし、休日の深夜を狙《ねら》いましょう」
彼女がその時間帯を指定したのは、死傷者が出るのを極力《きょくりょく》避《さ》けるためだった。研究施設といっても、研究員の宿舎と研究所は一キロ近く離れている。
「偵察衛星《ステイング》で最新の写真を集めて、何時に、どこに、だれが、どれだけいるのか、可能な限り調べてください」
「了解《りょうかい》しました。次に <アーバレスト> の件ですが……」
カリーニンは新たな事績を手渡した。テッサはその拍子《ひょうし》に、両手いっぱいに抱《かか》えていた資料《しりょう》の山を、どさどさと床《ゆか》に落としてしまった。
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい」
あわてて拾おうとする彼女を、カリーニンと副長が手伝った。
「すいませんね、マデューカスさんまで」
「いえ、お気になきらずに」
マデューカス副長は、拾い集めた番類をカリーニンの方に渡し、
「カリーニン少佐……。いいかげん、紙を使うのはやめたらどうかね?」
いらいらとした様子《ようす》で言った。
「努力はしています」
副長はこめかみのあたりを押さえながら、自分の仕事に戻っていった。
「で、この書類でしたっけ? ええと、『ゴミ係・七つの誓《ちか》い』……?」
「……ちがいます」
宗介から送られた報告書を、カリーニンはやんわりと取り上げた。
[#地付き]四月二五日 一六三五時(日本標準時)
[#地付き]東京郊外 京王線 橋本行きの各駅停車内
車輌《しゃりょう》のすみで文庫本を読んでいたかなめは、しおりを挟《はさ》んでから立ち上がった。
「もう限界《げんかい》だわ……」
離《はな》れた席で、あいかわらずスポーツ新聞を読み続ける宗介に、ずけずけと大股《おおまた》で向かっていく。彼女は宗介の前に仁王立《におうだ》ちして、
「あんた[#「あんた」に傍点]、あたしに恨みでもあるの[#「あたしに恨みでもあるの」に傍点]?」
一語一語を強調《きょうちょう》した。
「千鳥《ちどり》。偶然《ぐうぜん》だな」
「言う、フツー!? ここで言う!?」
かなめは乱暴《らんぼう》にスポーツ新聞をひったくった。
「なによこれ、『シュワちゃん、州知事選《しゅうちじせん》に出馬《しゅつば》か[#「か」に傍点]』ぁ? 何日前の東スポ読んでんのよ、あんたは!」
「俺個人の自由だ」
「そおいう問題じゃないでしょ? なんであたしに付きまとうのよ!?」
「俺が。君にか。なにを言っているのか、まるでわからん。自意識過剰《じいしきかじょう》だな」
「これを嫌《いや》がらせと思わない自意識が、どこにあるのよ! 毎日朝から、ずっとじゃないの? 言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさいよ」
「だから偶然なのだ」
しばしの沈黙《ちんもく》。レールの音と、車内のアナウンスだけがひびく。
『えー、次の駅は〜、国領《こくりょう》ぅ。国領にぃ、停車《ていしゃ》いたします』
かなめはスポーツ新聞を放り捨《す》てた。そばにいた老婦人が眉《まゆ》をひそめる。電車が国領駅に止まり、扉《とびら》が『ぷしーっ』と開いた。
「……あくまで、偶然だと言い張《は》るわけね?」
「そうだ。偶然だ」
「わかったわ」
電車の扉が閉まる寸前《すんぜん》、かなめはホームに飛び出した。
ぴしゃっ。
宗介が閉まった扉の向こう側で、焦《あせ》りをあらわにしていた。してやったり。かなめはほくそ笑み、手を振《ふ》った。
「ばいばーい。ヘンタイさん」
電車が発進した。宗介の姿はみるみる遠ざかっていく。かなめはベンチに座ろうと、かばんを抱《かか》えて歩き出した。
そこで。
いましも駅から離れようとしている車輌の窓から、宗介が躍《おど》り出した。彼はホームに背中から落ちると、ボールのように弾《はず》み、転がり、ホームの端《はし》の鉄柵《てつさく》にぶつかり、けたたましい音をたててようやく止まった。
「……マジ?」
倒れたまま、ぴくりともしない。かなめはあわてて駆《か》け寄《よ》ると、ひざまずいて彼の肩《かた》を揺《ゆ》すった。
「ちょっと、大丈夫《だいじょうぶ》!?」
すると宗介は何事もなかったかのように身を起こし、
「問題ない」
立ち上がり、ズボンのほこりを払《はら》った。
「あんた正気? なに考えてんのよ!?」
「急にこの駅で降りたくなったのだ。君は関係ない」
「この期《ご》におよんでまだ言うか、こいつは……」
「偶然だ」
「はあ……」
かなめは頭を振り、近くのベンチに腰《こし》を降ろした。宗介も彼女のとなりに座って、しっかりと拾ってきたスポーツ新聞を読みはじめた。
「……これも、偶然にここで座りたくなったわけ?」
「その通り」
「ホント、もうヤになっちゃう……」
自分のひざに頬杖《ほおづえ》をついて、横目で宗介をにらむ。
不思議《ふしぎ》なことに、かなめは宗介を気味《きみ》悪くは感じなかった。転入してくるなり、更衣室《こういしつ》に踏《ふ》み込まれたり、毎日のように尾《つ》けまわされたりすれば、普通は相手を『ストーカーってやつ?』などと疑《うたが》うものだろう。実際《じっさい》、かなめも最初はそう思っていた。
しかしどうも、なにかが違う。
相良《さがら》宗介《そうすけ》が、いやらしい気持ちや、不純《ふじゅん》な動機《どうき》で付きまとっているようには思えないのだ。そういう異常者だと決めつけるには、彼の横顔はあまりに凛々《りり》しすぎた。
意志の光、とでもいうのだろうか。
試合前のスポーツ選手にも似た、強い決意とひたむきさが漂《ただよ》ってくる。落ち着いているように見えるが、彼はなにかに一生《いっしょう》懸命《けんめい》なのだ。
だから、なおさらわからない。
そこまでして、自分の後を尾《つ》けまわす理由はいったい?
「……ねえ、相良くん」
「なんだ」
「怒らないから、事情くらい話してくれない?」
「事情と言われても、俺は偶然ここにいるだけだ」
例によっての事務的《じむてき》な回答。かなめは詰問《きつもん》をあきらめた。
「はいはい。そういうことにしとくわよ。じゃあ、偶然ここにいるクラスメートから、質問していい?」
「いいだろう」
「外国暮らしが長かったんでしょ? 前の学校でもこんな調子だったの?」
宗介はすこし沈黙《ちんもく》してから、
「そうだ。平穏無事《へいおんぶじ》な毎日だった」
「…………。でも、友達と別れてさびしいでしょ」
「いや。電話や手紙で連絡を取っているので、厳密《げんみつ》には別れたとはいえない」
「ヘンな答え方……」
「支障《ししょう》はない」
「じゃあ、カノジョとかは?」
「彼女」
「うん。ガールフレンド。恋人。そーいうの」
「そういった種類の知人はいない。同僚《どうりょう》……友人に言わせれば、『お前の恋人になってくれる女など、中国の奥地にもいないだろう』とのことだ」
「ははは。おもしろいこと言うね、その人」
「意味がわかるのか?」
「うん、なんとなく。だってさ、相良くん、ヘンじゃない」
「変か」
「ヘンね。すっごいヘン」
かなめはひとしきりクスクス笑うと、
「でもそれって、貴重《きちょう》な個性かもよ。わかってくれるいい女《ひと》もいるかもね」
『いいひと』の中に、彼女自身が入っているかどうかは考えもしなかった。
「記憶《きおく》しておこう。君はいい人だ」
「や……やだ、マジで受け取らないでよ。あたしは関係ないからね」
「そうか。では忘れる」
「やっぱりヘン」
もう一度、かなめは笑った。
いつのまにか、彼女はほのかな温《ぬく》もりを感じていた。道で出会った野良犬《のらいぬ》が、どこまでも後をついてくる時の、あの感覚《かんかく》。小さな孤独《こどく》が埋《う》まる、あの心地《ここち》よさ。
まあ、しばらくはこのままでもいいか……かなめは自然とそう思っていた。
次の電車の到着《とうちゃく》を告げる、ホームのアナウンスがはじまった。
[#地付き]四月二五日 一九〇五時(グリニッジ標準時)
[#地付き]日本海 潜望鏡深度《せんぼうきょうしんど》  <トゥアハー・デ・ダナン>
月明りが、海面の下にまで弱々しくそそぐ。その中に、黒一色で塗《ぬ》りたくられた船体が、ぼんやりと浮かんでいた。
強襲揚陸潜水艦 <トゥアハー・デ・ダナン> の外見は、背びれの短いサメのようにも見える。ただしサイズは数百倍だ。新宿の超高層《ちょうこうそう》ビルを横にして、水に沈《しず》めたようなものだった。その巨大な建造物《けんぞうぶつ》が、自力で海を進むのだ。
静かに。とても静かに。
その <トゥアハー・デ・ダナン> の背面に、動きが見えた。
垂直《すいちょく》ミサイル発射管《はっしゃかん》のハッチが一門、開いたのだ。
直後、その発射管から、円筒型《えんとうけい》のミサイルが射ち出された。
しぶきをあげ、海面から飛び出したトマホーク・ミサイルは、尻《しり》のブースターを切りはなすと、巡航用《じゅんこうよう》の翼《つばさ》を開いた。そのまま夜空をぐんぐんと駆《か》けのぼり、やがて水平飛行に入ると、北の水平に飛び去っていった。
「発射シークェンス完了。|垂直発射管《MVLS》のハッチを閉じます」
中央|発令所《はつれいじょ》で、火器管制《かきかんせい》を担当する士官《しかん》が告げた。
「はい、ごくろうさま。では予定通りに、深度一〇〇まで潜《もぐ》って南に転針《てんしん》します」
報告にうなずき、テッサが告げた。
正面スクリーンのステータス・ボードに、艦《かん》のハッチすべてが閉鎖《へいさ》されたことを示すグリーンの文字が映った。テッサはそれらの安全表示を点検《てんけん》すると、副長に目を向けた。
「問題ありません、艦長《かんちょう》」
副長のマデューカス中佐が言った。ひょろ長い身体《からだ》で、黒縁《くろぶち》の眼鏡《めがね》をかけている。顔は青白く、軍人というよりは技術者《ぎじゅつしゃ》とでもいった方が通りそうな容貌《ようぼう》である。
「じゃあ、潜航《せんこう》します。メイン・バラストタンクに注水《ちゅうすい》。潜航角度は一〇度。速力は一〇ノットに増速」
まったく物怖《ものお》じせずに、テッサは命令した。
一〇年以上|勤務《きんむ》した|潜水艦乗り《サブマリナー》でも、はじめて艦の指揮《しき》を受け持ったばかりの頃は、緊張《きんちょう》に声が震《ふる》えるものだ。ましてやこの <トゥアハー・デ・ダナン> は、世界最大の超ハイテク潜水艦である。にも拘《かかわ》らず、この少女の指揮には危なっかしさが微塵《みじん》も感じられなかった。
「アイ・アイ・マム[#「マム」に傍点]。メイン・バラストタンクに注水。潜航角度一〇度。速力一〇ノット」
航海長が復唱《ふくしょう》する。やがて艦が傾《かたむ》き、潜航をはじめた。
巡航ミサイルを派手《はで》に射《う》ち上げたので、なるべく早くこの海域《かいいき》から離れねばならない。ミサイルが首尾《しゅび》よく敵施設に命中したかどうかは、<ミスリル> の持つ偵察衛星《ていさつえいせい》 <スティング> で確認《かくにん》する手はずだった。
「さて……結果がわかるのは三時間後ですね」
「はい。それまでお休みになってはいかがです?」
マデューカス副長の勧《すす》めに、テッサは肩をすくめた。
「そうしたいけど、悪い夢を見そうだから、やめておきます」
なにしろ、巡航ミサイルはいまも飛び続けているのだ。
攻撃が成功すれば、敵施設の再建《さいけん》には五年以上を要することだろう。けっきょく情報部の報告では、<ウィスパード> の研究施設はハバロフスクだけだということだった。国内を再三再四にわたってチェックしても、そうした設備《せつび》をあつかっているところは他になかったらしい。
「それで、少佐。研究所を破壊《はかい》できたら、護衛《ごえい》を引き揚げさせますか?」
彼女は椅子《いす》に身を沈め、かたわらで作戦を見守っていたカリーニンに言った。
「はい。ですが……」
「なにか問題が?」
「いえ。私の思い過《す》ごしでしょう」
そう言いながらも、カリーニンの顔は曇《くも》ったままだった。
[#地付き]四月二六日 一〇三八時(西太平洋標準時)
[#地付き]ソビエト連邦 ハバロフスク KGB支局ビル
「研究所は壊滅状態《かいめつじょうたい》だ!」
受話器に向かって、大佐は悲鳴《ひめい》をあげた。
「まさかミサイル攻撃とは……。常軌《じょうき》を逸《いっ》してる!  <ウィスパード> に関する実験データは完全になくなり、ありとあらゆる情報が失われた」
『それはご愁傷《しゅうしょう》さまだな』
電話のむこうから聞こえるガウルンの声は、あくまでそっけなかった。
「もはや少女を拉致《らち》する理由はなくなったぞ。研究の続行《ぞっこう》など不可能だ!」
『そうかね。気の毒にな」
「誘拐《ゆうかい》作戦は中止だ。あんたにもギャラを払うわけにはいかない」
『まあ、無理《むり》もないな」
あまりにもガウルンが平然としているので、大佐は不審《ふしん》に思った。
「……どういうことだ?」
『なにが?』
「収入源《しゅうにゅうげん》がなくなったというのに、ずいぶん冷静ではなか」
『仕事はほかにもいろいろある。手土産《てみやげ》を持って、元の雇《やと》い主のところに行くさ』
「手土産だと?」
そこで、受話器にコツコツとなにかを当てる音がした。
「同志《どうし》大佐。何の音だかわかるかい?」
「? いや……」
『DVDだよ。いい音だろう? 中身にぎっしりと、魅力的《みりょくてき》な数字が入っている」
ガウルンはくぐもった声で笑っていた。
「研究データか? 貴様《きさま》、いつの間に!?」
『企業秘密《きぎょうひみつ》だよ。きっとあんたが怒るだろうと思って、ほかの手も打っておいた。じゃあな、大佐。収容所《しゅうようじょ》でも、健康に気をつけてくれ』
電話は切れた。
だれかが執務室《しつむしつ》の扉をノックした。大佐が答えるより早く、武装《ぶそう》した兵士が三人ほど入ってきた。
「スミノフ大佐ですね?」
若い中尉が進み出た。
「あなたの『内職《ないしょく》』に、党本部《とうほんぶ》が深い関心を寄せています。国家の財産《ざいさん》を私物化し、その結果、大きな損失《そんしつ》をもたらした疑《うたが》いも」
「待ってくれ、私は……」
「釈明《しゃくめい》はルビアンカで聞きましょう。こちらに」
その言葉は、ロシア人にとって破滅《はめつ》を意味する。厳《きび》しい尋問《じんもん》と収容所暮らし……彼の未来は永遠に閉ざされ、苦痛だけの世界が待っているのだ。
肩を落とし、大佐は兵士たちに連行《れんこう》されていった。
[#地付き]四月二六日 二〇〇一時(日本標準時)
[#地付き]東京 調布市 タイガース・マンション 五〇五号室
一日中、部屋に閉じこもっているのは結構《けっこう》な安息《あんそく》だった。
今日は日曜日で、かなめは昼|過《す》ぎから外出している。修学旅行に備《そな》えた買物のようだった。この日はクルツが尾行《びこう》に回り、マオが|A S《アーム・スレイブ》でのバックアップ、宗介はかなめのマンションの監視役《かんしやく》だ。
不審《ふしん》な人物などまったく現われなかった。一度、子供を連れた中年女が、かなめの部屋のベルを鳴らしたが、それも関係はなさそうだった。
夜の八時をいくらか過ぎたところで、かなめは無事《ぶじ》に帰宅《きたく》した。
「二〇〇六時、天使が帰宅。異常はなし」
手元のマイクにつぶやく。ややあって、クルツが上機嫌《じょうきげん》で帰ってきた。
「たっだいま〜〜〜。はっは。おう、がんばっとるね、ネクラ軍曹《ぐんそう》」
近くにくると、ピールくさい。宗介は監視《かんし》モニターから日を離さずに、
「任務中《にんむちゅう》に飲酒《いんしゅ》か」
「へっへ。仕方《しかた》がなかったんだよ。ホントは一杯だけのつもりがよー、キョーコちゃんにすすめられちゃって」
鼻の下をのばす。
「……なんだと? かなめの友達の恭子か」
「そっ! 道に迷ったフリして。カナメとキョーコと、ユカとシオリにアタックよ。『ホント、助かりましたー。ニッポンの女のコ、みんな親切ですー』ってな。うははは」
こそこそと尾《つ》けまわすなど性に合わなかったので、堂々《どうどう》とお友達になったというのだ。
「……ったく、このバカ、なんとかしてよ』
ASで、例のトレーラーに帰ってきたマオが、無線《むせん》のむこうで言った。
「しっかし、みんなカワイイなぁ! 普段《ふだん》、だれかさんみてえなクソアマしか見てねえもんだからよ、ちょっとしたオアシスだったぜ」
「クルツ。秘密《ひみつ》の護衛《ごえい》任務だぞ。親睦《しんぼく》を深めてどうする?」
「ああ? おまえバカか? 親しくなって、すぐそばにいた方が、監視も護衛もやりやすいに決まってるじゃねえか」
「情が移れば、それだけ判断《はんだん》が曇る。冷静な観察力《かんさつりょく》をたもつには――」
「理屈で戦いができるか。ヤバい空気ってのはな、頭じゃねえ、肌《はだ》で感じるんだよ」
「しかし……」
「違うか?」
宗介には答えられなかった。応とも否とも言えない。それになんだか、論点《ろんてん》が微妙《びみょう》にすり替えられているような気がした。
「いまひとつ納得《なっとく》がいかん……」
思案顔《しあんがお》の宗介を見て、クルツはにやにやとしながら、
「いろいろ聞いたぜ。おまえのコトも話してた。『そうそう、最近、ちょーヘンな転校生が入ってきたの! ね、カナちゃん』とかなんとか」
宗介は耳をひくつかせた。
「……なんと言っていた?」
「ふふん。聞きてえか?」
「別に……いや。任務だ、聞いておこう」
「ダメだね。『聞かせてください、サー』と言え」
「…………」
「うそうそ。そんな恐《こわ》い顔すんなよ。……お」
クルツががらりと真顔になって、監視モニターのひとつに飛びついた。宗介が黙《だま》っていたのは別に怒ったからではなく、その画面内の異変《いへん》に気付いていたからだ。
「二一二一時、バルコニー側に不審者《ふしんしゃ》。査察《ささつ》に入る」
宗介はレコーダーに録音《ろくおん》し、立ち上がった。
モニターの映像は、かなめのマンションをバルコニー側から映したものだった。向かいのビルの屋上に、隠《かく》しカメラを設置《せっち》しておいたのだ。
画面の左端、上下に伸《の》びた排水《はいすい》パイプを伝って、男が壁《かべ》をよじ登っていた。全身を黒装束《くろしょうぞく》でかため、頭には毛糸の覆面《ふくめん》をかぶっている。
「まさか……単独《たんどく》で?」
九ミリ拳銃《けんじゅう》にサイレンサーをねじこみながら、宗介が言った。
「わからねえぞ。近くに仲間がいるかもな。周辺の車をチェックしねえと」
暗視《あんし》スコープと狙撃銃《そげきじゅう》を取り出して、クルツが言った。無線機《むせんき》からは、
『|ウルズ2《マオ》より各位へ。とりあえず、あの男を押さえるよ。|ウルズ6《クルツ》はマンションの向かいのビルへ。カメラの位置」
「ウルズ6了解《りょうかい》」
クルツは宗介のバックアップに回り、狙撃ポジションにつく手筈《てはず》だ。
『|ウルズ7《ソースケ》が直接押さえて。あたしは駐車場《ちゅうしゃじょう》で警戒《けいかい》にあたる』
「わかった。一二〇秒くれ」
宗介は懸垂降下用《けんすいこうかよう》のザイルと器具《きぐ》一式をかつぐと、部屋を飛び出した。
二分後には、宗介はかなめのマンションの屋上に着く。
手すりにザイルを固定すると、手早く身体《からだ》に巻きつける。下をのぞくと、三階から四階へと登る人影が見えた。FM無線のレシーバーからクルツの声。
『|ウルズ6《クルツ》より各位。こっちはポジションについたぜ。付近にそれらしい人影は見えない。 本当に単独かもしれねえな』
「警戒《けいかい》をおこたるな。特に六時《うしろ》」
『だれに向かって言ってんだ、タコ』
そこで、M9のマオから連絡。
『|ウルズ7《ソースケ》。彼女はいま、バスルームで入浴中《にゅうよくちゅう》。ちょうどいいから、出てくる前に掃除《そうじ》しちゃって』
「ウルズ7了解」
『殺しちゃ駄目《だめ》よ』
「わかっている」
宗介は屋上から身を投げ出した。ザイルのかすかな摩擦音《まさつおん》以外は、まったく音をたてない。二回ほど壁を蹴り、たちまち『敵』の頭上まで降りていく。
侵入者《しんにゅうしゃ》は気付きもせず、手すりを乗り越え、バルコニーへと侵入したところだった。
降下速度をゆるめ、一度大きく壁を蹴る。器用《きよう》に身をひねり、バルコニーにいた男の背後に、空中から迫《せま》り――
「動くな」
「っ!?」
組みつき、相手の後頭部に銃口《じゅうこう》を押しつけた。
「貴様《きさま》の負けだ。声は出すな」
男は震《ふる》えながら、首を上下に振った。
「それでいい。命は大切にすることだ」
宗介は相手をバルコニーの床《ゆか》にうつぶせにさせた。そのまま背中に馬乗りになると、油断《ゆだん》なくボディーチェックをする。武器とおぼしきものは見当たらない。代わりに、尻のポケットに財布《さいふ》が入っていた。取り出し、中をあらためる。
「…………?」
財布の中には学生証が入っていた。
<陣代《じんだい》高校二年四組一〇番 風間信二>
それは宗介の通っている高校のものだった。しかも、同じクラスだ。
『|ウルズ6《クルツ》より|ウルズ7《ソースケ》へ』
「なんだ」
『ソースケ……。そいつが握《にぎ》ってるモノをよく見てみろ』
男は両手に、小さな布きれをいくつか握っていた。
「む。これは……」
『パンティだよ。ああ、うるわしき純白! 交信終わり』
向かいのビルに目をやると、暗闇《くらやみ》の中でクルツが『付きあいきれっか!』とでもいわんばかりに手を振《ふ》り、狙撃銃を片付けているのが見えた。
『……ったく、カンベンしてよ』
マオのぼやき声。むこうの駐車場では、かすかな大気のゆらめきが遠ざかっていく。ECSを作動中のM9が、擬装格納庫《ぎそうかくのうこ》のトレーラーに帰っていく姿だった。
「どういうことだ?」
合点《がてん》のいかない宗介は、男の覆面《ふくめん》を外した。細面《ほそおもて》で童顔《どうがん》の、おとなしそうな少年だった。
彼は恐怖で蒼白《そうはく》になり、ただ首を振るばかりだった。
「しゃべってもいいぞ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
少年は泣き叫《さけ》んだ。
「静かにしゃべれ……!」
宗介は血相《けっそう》を変え、銃口を押しつけた。少年は声をひそめ、
「ごめんなさい。タイホはしないで」
「俺は警察《けいさつ》ではない。しかし、事情は説明してもらおう」
「タイホしないの?」
「しない。安心しろ」
宗介は身を引くと、少年を起き上がらせた。
「あ、ありがとう。君は……うちのクラスの相良くんじゃないか」
「人違いだ」
「ええ? でも……」
「人違いだ」
拳銃の撃鉄《げきてつ》を起こす。
「そ、そうだね。でも、どうして?」
「俺のことはどうでもいい。おまえ――風間とかいったな。ここでなにをしている」
風間信二は、生乾《なまがわ》きの下着類を見せて、
「見ての通り、下着ドロだよ。君も?」
「ちがう。偶然《ぐうぜん》通りかかっただけだ」
「……あ、そう」
首をひねりつつも、信二は反論《はんろん》しなかった。
「彼女の衣類《いるい》を盗《ぬす》んで、どうするつもりだ」
「別に……僕が欲しかったわけじゃないんだ。ただ、村野たちが……」
「ムラノ?」
風間信二は事情を話した。
どの学校にも不良グループのようなものはある。信二はその連中に命じられ、こうして下着を盗みにきたというのだ。なんでも信二は写真部で、一年間かけて撮《と》り集めた写真のネガを取り上げられているらしかった。
「脅《おど》されているのか」
「……っていうほど悪いやつじゃないんだけどね。僕に『度胸《どきょう》を見せてみろ』と。千鳥《ちどり》かなめっていったら、陣高《ジンコー》の『恋人にしたくないアイドル』ナンバー・ワンだから」
おそらく、その不良生徒はかなめに屈折《くっせつ》した好意を寄せているのだろう。だからこんな子供じみた嫌《いや》がらせを思いつく。なんとも間抜けな話だった。
「……事情はおおよそわかったが、本人に迷惑《めいわく》だろう」
自分が散々《さんざん》かけている迷惑は忘れている。
「そりゃあ、そうだとは思うけどね。でも、ネガは返してほしいし」
「なんの写真だ」
「アーム・スレイブだよ。在日米軍《ざいにちべいぐん》と自衛隊《じえいたい》のやつ」
「ほう?」
宗介はおもわず身を乗り出していた。
「日本中の基地《きち》を訪《たず》ね回って、いろいろ撮ったんだ。苦労したよ。……相良くん、そういうの好きなんだったよね?」
「いや、別に、好きというわけでは……」
「沖縄に配備《はいび》されてる、海兵隊のM6も撮ったよ」
M6とは、九〇年代初頭に実戦配備されたASのことだった。湾岸戦争《わんがんせんそう》でも活躍《かつやく》し、ニュース映像に顔を出していたため、比較的《ひかくてき》ポピュラーな機種《きしゅ》である。
「なに。するとA2型か?」
「うん。よく知ってるね。反応装甲《リアクティブ・アーマー》付きのシールドを持ってた」
「そうか。動きはどうなのだ、実際」
「基地の人と話したけど、バランスがイマイチなんだって。あれの操縦《そうじゅう》システムって、ロックウェル社のMSO―11[#「11」は縦中横]だろ? フィードバックのアーキテクチャーにゼイ肉が多いんだよ。だからバイラテラル角が三・五を越《こ》えると、携帯火器《けいたいかき》の重さに振り回されちゃうんだ。先端重量《せんたんじゅうりょう》とのトルクバランスが、もうガチャガチャで……」
えらくマニアックな単語の羅列《られつ》に、宗介はいちいちうなずいた。
「なるほど。そうかもしれん」
「せいぜい待《ま》ち伏《ぶ》せか、自殺|覚悟《かくご》の突撃用《とつげきよう》だね。最新鋭《さいしんえい》のM9の配備はずっと先だし。あと、ボフォースの四〇ミリ・ライフルなんだけどね――」
いつのまにか、二人はその場にあぐらをかいていた。
まったく、風間信二の軍事知識ときたら、プロの宗介でも舌を巻くほどだった。なまじ客観的《きゃっかんてき》な立場にいるためか、非常《ひじょう》にユニークで個性的な見解《けんかい》を持っている。下着ドロの問題などそっちのけで、オタク話に花を咲かせてしまった。
「君の知識には感心したな。とても民間人とは思えん」
「いやあ、僕なんかまだまだだよ。相良くんもずいぶん濃《こ》いじゃないか」
「いや、俺などは……」
オタク同士の情けない友情が芽生《めば》えかけた、その矢先《やさき》。バルコニーのサッシが、からからと開いた。
「お……」
バスタオル一枚だけをまとったかなめが、そこに立っていた。はじめて二人に気付いたらしく、その場で硬直《こうちょく》している。形のいい胸の谷間と、タオルの縁からのびる緩《ゆる》やかな脚線《きゃくせん》。濡《ぬ》れそぼった黒髪が、白い肩にまとわりついていた。
「……なにやってんの?」
かなめはバスタオルの合わせ目をきつく握り、二人にたずねた。
「……ふむ」
宗介はそこではじめて、自分が下着の一枚を、意味もなく片手でもてあそんでいたことに気付いた。それでも彼は、真面目《まじめ》な顔で、
「千鳥。偶然だな」
かなめは金属バットを取りに、部屋の奥に引き返した。
[#挿絵(img/01_123.jpg)入る]
「すげえアザだな……」
相棒《あいぼう》の腕に湿布《しっぷ》を張りながら、クルツは言った。
「本気で殴《なぐ》りかかってきた。カザマを逃がそうとしたら、彼は下の植え込みに落ちてしまった」
「四階から?」
「そうだ。桜の木に突っ込んで、その後に地面へ」
「殺す気かよ、おい……」
「俺も危なかった。なんとか逃げおおせたが。護衛の対象に殺されたと知ったら、少佐がどんな顔をしたか……」
「んー。でも、なんとなく想像できるな」
一度ため息をついて、遺品《いひん》の届け先を書類に記入したあと、次の仕事に移ることだろう。アンドレイ・カリーニン少佐は、だれが、どこで、どんな死に方をしても驚《おどろ》かない人物だった。
「彼女には、今度こそ完全に嫌われてしまったようだ」
「そりゃ、無理もねえよ」
すこしたって、M9のマオが連絡を入れてきた。
『ふたりとも。いま、<デ・ダナン> と通信してたんだけど』
「指令《しれい》か?」
『そう。任務《にんむ》はおしまいだって。敵がカナメを誘拐《ゆうかい》する理由が消えたから』
「どういうことだ?」
『彼女を狙《ねら》ってる連中のアジトをね、ぶっ壊《こわ》してやったそうよ。データやらなにやらもそろって。だから、ひとまず安心ってわけ』
細かい事情はわからなかったが、問題の根元《こんげん》を断《た》ったらしい。
「では、いまから帰艦《きかん》か」
『うんにゃ。一週間休みをやるってさ。次の任務はそれからだって』
「マジ? やったー!」
クルツが諸手《もろて》を挙《あ》げて喜んだ。一方の宗介は複雑《ふくざつ》な表情で、
「俺はあさってから修学旅行の予定だった。四泊五日で」
『「楽しんでこい」だって』
「少佐が?」
『うん。旅行代は出してやったんだから、元は取れってさ。命令だそうよ」
「しかし……」
「行ってこいよ、ソースケ。カナメはもう襲《おそ》われないってわかったんだ。肩の力を抜いて、フツーの高校生活を楽しんだらどうだ?」
クルツの言葉に、宗介はしばらく考え込み、
「いいだろう。これも貴重《きちょう》な経験だ」
[#地付き]四月二八日 〇九一五時(日本標準時)
[#地付き]東京 羽田空港 搭乗者控室《とうじょうしゃひかえしつ》
『楽しんでこい』とは言われたものの、次の日からの宗介は、どうにも覇気《はき》が足りなかった。任務から解放《かいほう》された彼は、与えられた自由をもてあましていたのだ。
かなめには完璧《かんぺき》に嫌われたようだった。目があっても、挨拶《あいさつ》さえしてくれない。そっぽをむいて、恭子やほかの友達と去っていく。
「まあ、無理もないよね」
空港のベンチに腰かけて、風聞信二は悲しげに言った。
「ベランダでパンティいじって談笑《だんしょう》してたら、だれだって怒るよ」
あの一件以来、信一はなにかにつけて宗介に話しかけるようになっていた。奇妙《きみょう》な共犯意識《きょうはんいしき》と、オタク仲間の親近感《しんきんかん》が生まれたのだろう。
陣代高校の二年生はいま、空港の控室で沖縄《おきなわ》行きの飛行機への搭乗を待っているところだった。すでに二組は移動《いどう》を終え、三組の生徒がわらわらとゲートをくぐっている。宗介やかなめは四組だった。
「相良《さがら》くん、もう元気出しなよ」
「ああ」
さっさと <トゥアハー・デ・ダナン> に帰りたい気分だった。次の任務に備《そな》えることで、いくらでも気が紛《まぎ》れるだろう。
修学旅行にいくなどと、どうして了承《りょうしょう》してしまったのやら……。
「はい、じゃあ四組の人! 搭乗券を持って移動してーっ!」
担任《たんにん》の神楽坂《かぐらざか》教諭《きょうゆ》が叫《さけ》んだ。
「ほら、相良くん。飛行機に移れってさ」
「ああ」
ホールのガラス越《ご》しに、ジャンボ磯の機首《きしゅ》が見えた。
そのスチュワーデスは、修学旅行客を誘導《ゆうどう》し終えてほっとした。
沖縄行きのこの便には、陣代高校の生徒のほか、八〇名ほどの一般客も同乗《どうじょう》する。そうした一般客は、修学旅行客のやかましさに苦情を言ってくるかもしれない。席は離してあるものの、それだって気休め程度《ていど》だ。
これからの数時間を想像《そうぞう》すると、朝からの頭痛がひどくなってきた。
「もしもし?」
搭乗口から機内に入ってきた客に声をかけられ、スチュワーデスは我《われ》に返った。
「私の席はどこですかな?」
その客は搭乗券を差し出していた。
「……申《もう》し訳《わけ》ございませんでした。ご案内いたします」
プロ意識《いしき》から、彼女はやわらかい微笑《ほほえ》みを強引《ごういん》に作ってみせた。
「大変ですねえ。ああいう高校生がわんさか乗ってると、気を遣《つか》うでしょう?」
「いえ、それほどでは」
「私だったら耐《た》えられませんな。高度八〇〇〇メートルから、全員放り出してしまうかもしれない」
「は……?」
「皆殺《みなごろ》しです。そうすれば静かになる。快適《かいてき》な空の旅ができるでしょう。ねえ?」
「お客さま……」
「冗談《じょうだん》ですよ。……ああ、あそこですな」
客は笑い、自分の席に向かった。いやな笑い方をする男だと、スチュワーデスは思った。
[#地付き]四月二八日 〇九五八時(日本標準時)
[#地付き]東京上空 JAL九〇三便
ジャンボ機は羽田を離陸《りりく》し、順調《じゅんちょう》に空を駆《か》けのぼっていった。
はじめて飛行機に乗る恭子は、窓枠《まどわく》にへばりついて日を輝《かがや》かせた。天気は良く、雲もないため、眼下《がんか》には東京の景色《けしき》がいっぱいに広がっている。
「うわー! ねえねえ、あれ、レインボー・ブリッジかな? すっごーい!」
「そーね」
「……カナちゃん、聞いてる?」
「うん」
「あ、自由の女神だ!」
「へえー」
「エッフェル塔《とう》だ!」
「ホントだ」
かなめもやはり、覇気がない。恭子は彼女をつついて、
「ねー、どうしたの? 昨日からずっとヘンだよ? なんかあったの?」
「うーん……。別にィ」
どちらかというと、自己嫌悪《じこけんお》に近かった。
先週、途中《とちゅう》で降りたあの駅で、ちょっとだけ身の上を聞いてやったら、あの始末《しまつ》である。やはり相良宗介は、ネクラでオタの変態《へんたい》ストーカー野郎《やろう》だったのだ。
信じたあたしがバカだった。そう思うと、どうにもブルーな気分になる。
「相良くんのこと?」
恭子がいきなり核心《かくしん》を突く。
「な、ナニをいきなり。んなわけないでしょ? う、うはははは」
例の『おしまい』サインだったが、恭子は話をやめようとはしなかった。
「やっぱり。日曜日は『意外《いがい》といいやつかも』なんて言ってたのに、次の日からはずっと無視《むし》だもんね。彼になんかされたの?」
「別に……」
「ねえ、カナちゃん。もし……もしも人に相談できないようなコトされたんだったら……あたしにだけは話してくれない?」
「はあ?」
恭子はかなめの手をとった。
「ちゃんと病院にもいかないと。あたしが付き添《そ》ってあげるから」
「ちょっ……」
「あいつにも償《つぐな》いをさせなきゃ。こういう問題にくわしい弁護士《べんごし》さんも、ちゃんといるんだって。だいじょぶだよ、女の人だから」
「なんの話よ、そりゃ!?」
そこで機体が大きく揺《ゆ》れた。左に大きく、次に右へ。
「きゃっ……」
恭子が小さな悲鳴《ひめい》をあげた。
「だいじょーぶよ。これくらいなら……」
かなめは投げやりな調子で言った。実際《じっさい》、機体の揺れはそれきりだった。
「でもヘンね。こんな天気がいいのに……」
前の席の生徒たちが、ざわついていた。かなめは不審に思い、前列の友人の肩《かた》を叩《たた》く。
「どしたの?」
「わかんない。なんか、揺れる前にパンクするみたいな音がしたって……」
「パンク?」
機内の放送が入った。男の声で、機長《きちょう》らしかった。
『お客様にお知らせいたします。ただいまの揺れは、接近中《せっきんちゅう》の低気圧《ていきあつ》が原因《げんいん》です。針路《しんろ》の変更《へんこう》で、今後も若干《じゃっかん》の揺れがあるかもしれませんが、安心ください』
それだけだった。
「ヘンね」
かなめはポツリと言った。恭子はけげんそうに、
「どおして?」
「だって普通《ふつう》、ああいうときって『ご了承《りょうしょう》ください』って言わない? 『ご安心ください』なんかじゃなくて」
彼女は正しかった。
[#改ページ]
3:バッド・トリップ
[#地付き]四月二八日 一〇〇〇時(日本標準時)
[#地付き]東京上空 JAL九〇三便
機内放送のマイクを置くと、機長は後ろを振《ふ》りかえった。
操縦室《そうじゅうしつ》の扉《とびら》の前で、レーザー照準器《しょうじゅんき》付きの拳銃《けんじゅう》を手にした男がにんまりと笑っていた。
「それでいい。客を不安にしちゃいけないからな」
スーツ姿《すがた》のその男は、かけていた眼鏡《めがね》をほうり捨《す》てた。黒髪に、無精髭《ぶしょうひげ》。痩《や》せこけた顔。前髪に隠《かく》れた額《ひたい》には、大きな傷跡《きずあと》が見える。
「機内で爆発物《ばくはつぶつ》を使うなど、正気か!?」
「使った爆薬はほんのちょっとさ。操縦室の鍵《かぎ》を吹き飛ばすくらいの、な」
「下手《へた》をしたら、君も死ぬことになるぞ」
「俺が? 死ぬだって? そうだな。あんたの言う通りだ」
男は底冷《そこび》えのする笑い声をあげた。青ざめた顔で計器類《けいきるい》に目を走らせる機長を見て、
「で、どこに帰る気かな?」
相手の考えを見透《みす》かしたように、男は言った。
「いまの爆発で、電気系統がおかしくなったかもしれん。緊急着陸《きんきゅうちゃくりく》しないと危険《きけん》だ」
「ほほう。故障《こしょう》かね?」
テロリストは目を細め、機長席のコンソールをしげしげと眺《なが》めた。
「そうだ。君の要求《ようきゅう》はきちんと伝えるから、羽田空港に引き返させて欲しい」
「故障したのは、ここか?」
男は機長の頭にレーザー照準器をポイントすると、無造作《むぞうさ》に引き金を引いた。肉と骨のはじけるいやな音がひびき、機長は即死《そくし》した。
「本当だ。故障した」
男はけたたましく笑うと、緊急ブザーの音を口真似《くちまね》した。
「なんてことを……!」
返り血を浴《あ》びた副機長が、うめき声をあげた。その副機長に、男は赤いレーザーをちらちらと向ける。実戦ではたいして使い道のないレーザー照準器を使っているのは、銃を向けた相手の恐怖を楽しむためなのだろう。
「あんたも故障?」
「や、やめろ。操縦する人間がいなくなるぞ!」
「そうかい? でも俺、一度こういうヒコーキを運転してみたかったんだよな。楽しそうじゃないか、なあ? どうなんだ? 実際《じっさい》のところ」
にやにや笑いを浮かべたまま、鼻息がかかるところまで顔を近づける。
「こ、殺さないで……」
「楽しいかって聞いてるんだよ、バカ」
男が引き金を引こうとすると――
「ガウルンっ!」
新たな声が、それを止めた。操縦室に、大柄《おおがら》な男が入ってくる。身《み》の丈《たけ》は二メートル近い。スーツ姿で眼鏡をかけているが、とても出張中《しゅっちょうちゅう》のビジネスマンには見えなかった。
「おう。コーか」
「どういうつもりだ? なぜパイロットを殺した!?」
「嘘をついたからだ。こいつよ、俺を馬鹿《ばか》にしたんだぜ」
死体をつついてみせる。コーと呼ばれた巨漢《きょかん》は、ガウルンの銃をひったくり、
「操縦はどうするつもりだ」
「俺がやる。輸送機《ゆそうき》だったら飛ばしたことはあるしな」
「旅客機《りょかくき》と軍用機《ぐんようき》を一緒《いっしょ》にするな。それに万の殺傷《さっしょう》には、ナイフを使うはずだったろう!?」
「ナイフだって?……野蛮《やばん》だなぁ。俺、そんな物騒《ぶっそう》な武器、触《さわ》ったこともないよ」
せせら笑うガウルンの胸倉《むなぐら》を、コーはつかみ上げた。
「貴様が殺人を楽しむのは勝手《かって》だ。だが忘れるなよ。お前たちに機会《きかい》を与えているのは私の祖国だ。作戦の危険を増やすことはやめてもらおう」
「そう言うなって。相手が言うことを聞けば、俺は紳士《しんし》だ。なあ?」
ガウルンは、恐怖に凍《こお》りついた副機長の肩をたたいた。
「副機長さん。名前は?」
「も、毛利……」
「毛利さん。聞いての通りだ。仲間の方針《ほうしん》で、君はなるべく殺さない。君が逆《さか》らったら、別の人を殺すことにするよ。いいかね?」
「やめてくれ。だれも殺さないでくれ」
「うん、うん。じゃあこれから、ちゃんと指示《しじ》に従《したが》ってくれるかい?」
「わかった。従う」
「そこの死体さんには言わなかったんだが、乗客の中には、まだまだ俺のお仲間が隠れてるんだ。みんな物騒な武器を持ってる。覚えておいて欲しいな」
「そんなに武器を、いったいどうやって……」
「機の清掃係《せいそうがかり》の一人にね、協力を募《つの》ったんだ。俺たちって、しっかりものだろう?」
「ば、買収《ばいしゅう》を?」
「いいや。彼の家族と親睦《しんぼく》を深めただけさ。今ごろは、一家そろって水入らずってところかな。いや違った、水の中だ。ははっ」
清掃係の家族を誘拐し、脅迫《きょうはく》する。仕事が済んだら、後腐《あとくさ》れのないよう始末《しまつ》する。そういう単純なやり方だった。
「ひどい。どうしてそんな……」
「合理的《ごうりてき》だからだよ。それでは……と。このルートで飛んでもらおうか」
ガウルンはコーから航空図《こうくうず》を受け取り、副機長に見せた。彼は青くなった。
「MIMODから……北に? 最終目的地……順安《スンアン》! 北朝鮮《きたちょうせん》じゃないか!?」
「そう。貧乏《びんぼう》で有名な国だ。知ってるだろ?」
「撃墜《げきつい》されるぞ」
「心配ない。話は通してあるから。こちらの指示《しじ》にきちんと従えば、エスコートまでしてくれる。あんな国だから精度《せいど》は悪いが、一応はILS方式だよ。いいかね? この地点を過ぎたら、識別《しきべつ》を……」
ガウルンはくわしい指示を出しはじめた。
関係する各省庁《かくしょうちょう》が、ことの重大さを理解するのには時間がかかった。
一度は那覇《なは》FIR(飛行情報区)に入った機が、北に転針して、韓国の大部《テーグ》FIRに飛び込んだのだ。
まず、運輸省《うんゆしょう》の航空局が大騒《おおさわ》ぎになった。九〇三便からは、何の応答《おうとう》もなかったので、これがハイジャックなのか、それとも単なる事故なのかで議論《ぎろん》が長引いた。
運輸省が大もめにもめている間、韓国《かんこく》空軍の戦闘機《せんとうき》が緊急発進《きんきゅうはっしん》した。韓国空軍機は、九〇三便から『ハイジャックだ』との簡潔《かんけつ》な連絡《れんらく》を受けた。
いろいろと複雑《ふくざつ》な経絡《けいろ》をへて、運輸省にその知らせが入ったのは二〇分後だった。
ようやく問題の主導権《しゅどうけん》は、内閣《ないかく》の安全保障室に引き継《つ》がれた。
そうこうしているうちに、九〇三便は北朝鮮の領空《りょうくう》に入ってしまった。韓国空軍は追跡《ついせき》をあきらめ、基地《きち》に引き返した。奇妙《きみょう》なことに、北朝鮮軍の迎撃《げいげき》はなかった。
警視庁《けいしちょう》には『SAT』などと呼ばれる対テロ特殊部隊《とくしゅぶたい》があったが、外国の、しかも北朝鮮などの領土《りょうど》に逃げられてしまっては、手も足も出せなかった。
総理大臣《そうりだいじん》は遊説先《ゆうぜいさき》で、NHKの記者に聞かれてはじめて事件を知った。首相《しゅしょう》は『コメントはくわしい情報が入ってから』と答え、遊説を続ける愚挙《ぐきょ》に出た。野党《やとう》やマスコミは新しい攻撃材料を見付け、それを喜んだ。
犯行声明《はんこうせいめい》はまったくなかった。
在韓米軍の|早期警戒機《AWACS》は、九〇三便が平壌《ピョンヤン》の北・約二〇キロにある順安《スンアン》航空基地(国際空港)に降りたことを知らせた。
そうした事情を、当の人質たちはまったく知らなかった。
[#地付き]四月二八日 一一五五時(日本標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地
どうもおかしい。
ほとんどの乗客がそう思っていた。なにしろ沖縄《おきなわ》に近付いているはずなのに、眼下《がんか》の景色《けしき》は行けども行けども山ばかりだったのだ。
スチュワーデスにたずねても、どうにも要領《ようりょう》を得ない。
『ご心配なく』、『じきに到着《とうちゃく》します』、『天候の都合《つごう》です』。
やがて機体《きたい》は着陸態勢《ちゃくりくたいせい》に入ってしまった。滑走路《かっそうろ》の右手に市街地《しがいち》が見えたが、ひどく閑散《かんさん》として、うす汚《よご》れた街だった。古臭《ふるくさ》い工場が立ち並び、煙突《えんとつ》から黒い煙《けむり》がまばらに立ち上っている。公害病にでもなりそうな町並み。四〇年前の日本にでもタイムスリップしたような景色だった。
「やっぱり変だ」
窓の外を見て、風間信二が言った。
「ここ、沖縄じゃないよ。それどころか、日本でもない」
「そのようだ」
宗介が答える。並んで座《すわ》るこの二人は、いちはやく異変《いへん》に気付いていた。海の上を飛んでいた時、窓から韓国空軍のF―16[#「16」は縦中横]戦闘機《せんとうき》が見えたのだ。沖縄行きの太平洋上に、韓国空軍がいるわけがない。
ほどなくジャンボ機は着陸した。滑走路から数十メートル離れた格納庫《かくのうこ》の前に、古臭い軍用機が鼻先を並べていた。こいのぼりに翼《つばさ》を付けたような、銀色の機体。
「相良《さがら》くん、あれ、MiG―21[#「21」は縦中横]っていうか、J7だ」
戦車の姿も見えた。二輌《にりょう》ほど、異様《いよう》に古い型のものがあった。
「あれ見てよ……! T―34[#「34」は縦中横]だ!? 五〇年前のボンコツだよ?」
その一方で、アーム・スレイブもあった。ここから見えるだけでも三機は確認《かくにん》できる。
「で、いきなり新鋭機《しんえいき》のRk―92[#「92」は縦中横]か。なんだかギャップがはげしいねえ」
それは両腕《りょううで》の長い、ソ連製のASだった。カーキ色の装甲で、東側共通のAS用ライフルを持っている。西側の軍関係者からは <サベージ> と呼ばれ、ソ連が武器を供与《きょうよ》している国にはよく見られる機種だった。宗介もあのASのことはよく知っていて、乗ったこともあれば――交戦《こうせん》したこともある。
滑走路をとりまく兵器の数々を見て、宗介は確信《かくしん》した。
まちがいなく、ここは北朝鮮の基地だ。
(どうなっている?)
マオの話では、かなめが狙《ねら》われる理由はなくなったはずだった。
しかし、現にこうしてハイジャックが行われている。
これが単なる偶然《ぐうぜん》とは思えない。名も知らない敵は、いちばん確実《かくじつ》な誘拐《ゆうかい》方法を選んだのだ。数百名の人質をとられたら、さすがに <ミスリル> でも、うかつに手を出せない。
かてて加えて、降りた先が北朝鮮である。日本、韓国、米国、ソ連、中国の思惑《おもわく》が複雑《ふくざつ》にかちんで、救出作業《きゅうしゅつさぎょう》の足並みは、それこそ乱れに乱れるだろう。使い古されたテロの手段《しゅだん》であるハイジャックを、ここまでうまく活用《かつよう》するとは――
「見事《みごと》だ」
「え?」
「いや」
彼にはほとんど打つ手がなかった。いまは銃《じゅう》の一挺《いっちょう》もない。よしんば銃があったとしても、できることなどたかがしれている。
乗客たちが異変を察《さっ》し、ざわめきはじめたところで、機内放送が入った。
『機内のみなさん。本日は当機をご利用いただき、まことにありがとうございました』
出発の時とは違う男の声だった。
『私は機長に代わり、この機の責任者《せきにんしゃ》となった者です。……さて、大多数の方がお察しかとは思いますが、ここは那覇《なは》空港ではありません。当機はやむをえぬ事情《じじょう》から、朝鮮民主主義人民共和国の、順安《スンアン》航空基地に着陸いたしました』
「な……なぁんですってぇっ?」
ひときわ大きな叫《さけ》び声をあげたのは、担任の神楽坂教諭だった。
「気付いてよ、センセー……」
信二が頭を抱《かか》えた。
『ご存知《ぞんじ》の方も多いでしょうが、帝国主義者《ていこくしゅぎしゃ》の米国軍と、その傀儡《かいらい》たる韓国軍は、来週に合同演習をひかえております。勇敢《ゆうかん》な人民軍を恫喝《どうかつ》せんとする、かれらの邪悪《じゃあく》な意図《いと》は明らかであります。私は米帝《べいてい》の野望《やぼう》をくじくべく、人民軍の同志たちへ、ここに連帯《れんたい》の挨拶《あいさつ》を送るものです。……などと、言ってる私も赤面《せきめん》ものなのですが、要するに、みなさんには人質になっていただきます。窓の外をごらんください』
見ると、装甲車《そうこうしゃ》とアーム・スレイブ、戦闘服の兵士たちが飛行機を取り囲んでいた。
『彼らはみなさんを歓迎《かんげい》するそうです。ただし、指示には従ってください。逃亡《とうぼう》を試《こころ》みたり、不穏《ふおん》な動きを見せた場合、われわれは容赦《ようしゃ》なくみなさんを射殺《しゃさつ》いたします』
乗客たちがどよめいた。
『……なお、当空港にはみなさんを収容《しゅうよう》するだけの満足な施設《しせつ》がありません。解放《かいほう》の目途《めど》が立つまで、そのまま機内にて待機《たいき》してください。ご了承《りょうしょう》を』
[#地付き]四月二八日 〇四〇五時(グリニッジ標準時)
[#地付き]対馬海峡《つしまかいきょう》 潜望鏡深度《せんぼうきょうしんど》  <トゥアハー・デ・ダナン> 中央|発令所《はつれいじょ》
発令所の正面スクリーンは、目まぐるしいほどの情報の渦《うず》だった。各国の軍の動向《どうこう》が活発化《かっぱつか》し、傍受《ぼうじゅ》できる交信も激増《げきぞう》したのだ。赤と、緑と、黄色の文字が踊《おど》り、複雑《ふくざつ》な図形がおり重なる。
「完全にしてやられたわ。情報部も当てになりませんね」
テッサ――テレサ・テスタロッサはカリーニンに言った。彼女は艦長用《かんちょうよう》のスクリーンに映った、数十パターンの地図情報に目を通しているところだった。
「いつも後手《ごて》に回ってばかり。情けないわ」
「われわれの仕事はもぐら叩き[#「もぐら叩き」に傍点]のようなものです。根本的《こんぽんてき》な予防策《よぼうさく》はありません」
カリーニンは答えた。
わざわざ宗介《そうすけ》を旅行にいかせたのだから、可能性《かのうせい》はあると見ていたのだろう。しかしそのカリーニンですら、これほど大胆《だいたん》な手を使ってくることには半信半疑《はんしんはんぎ》だったようだ。
「どうもKGBとは異《こと》なる黒幕《くろまく》がいるようですな」
「北朝鮮……というわけでもなさそうね」
「はい。どちらも乗せられているだけです。その何者かに」
研究の情報は完全に抹殺《まっさつ》したはずだった。しかし、それをひそかに持ち出していた者がいたのだ。その何者かは、北朝鮮軍部に強いコネがあるとみえる。そして敵は、千鳥《ちどり》かなめを―― <ウィスパード> を使う施設《しせつ》を持っているのだ。
「その『ミスター・Xと仲間たち』の見当《けんとう》はつきます?」
「まったく不明《ふめい》です。現段階では」
「……北朝鮮政府は、『今回のハイジャック事件はわれわれとは無関係』と表明しています。たまたまハイジャック犯が転がり込んできた、という態度《たいど》ですね。でも、人質グループの即時返還《そくじへんかん》には難色《なんしょく》を示しています。予定されている米韓合同の軍事演習にからめて」
テッサは画面に映った、スウェーデン経由《けいゆ》の外交文事を読みながら言った。ほとんど速読術《そくどくじゅつ》に近いペースでページをめくっていながら、まったく別の話題をよどみなく話す。並の頭脳《ずのう》では出来ない芸当《げいとう》だった。
「で、少佐。人質が穏便《おんびん》に解放される見通しは、どの程度《ていど》だと思います?」
「チドリ抜きで、ですか」
テッサはすこしも躊躇《ちゅうちょ》せずにうなずいた。
「そうよ。わたしたちが下手《へた》に動かなければ、チドリ・カナメ以外の四〇〇人は安全かもしれないわ」
「……確《たし》かに、北朝鮮の政府もこれ以上、事態《じたい》が緊張《きんちょう》するのを望んではいないでしょう。去年は豊作[#「去年は豊作」に傍点]で、低温融合炉《バラジウム・リアクター》が稼動《かどう》をはじめ、悪化していた経済も立ち直りはじめた[#「悪化していた経済も立ち直りはじめた」に傍点]ところです。数百人の日本人を死なせたところで、彼らにはなんの益《えき》もありません」
「でしょう? ここは相手に主導権《しゅどうけん》を渡しておいて、外交交渉《がいこうこうしょう》で人質が戻ってきたら、チドリを探して救出するべきです」
仮にうまくいったとしても、その救出までに千鳥かなめがどんな扱《あつか》いを受けるか――それを知った上で、二人は話をしていた。カリーニンは、少女の顔に自己嫌悪《じこけんお》の色がかすかに浮かぶのを見逃《みのが》さなかったが、あえて気付かないふりをした。
「正論《せいろん》ですな。ですが――」
「見守ります、とりあえずは」
テッサはさえぎり、宣言《せんげん》した。
「いいでしょう。まだ猶予《ゆうよ》はあります。戦闘待機《せんとうたいき》はどうしますか」
「メリダ島基地の輸送機《ゆそうき》を待機させます。C―17[#「17」は縦中横]を三機。それから|空中給油機《KC―10》を二時間以内に離陸《りりく》させて。飛行計画は追って指示します」
「はい」
通信担当の仕官が応じて、作業《さぎょう》をはじめた。
「少佐はマオとウェーバーを呼び戻してください。| M 9 《ガーンズバック》六機と|FAV―8《スーパー・ハリアー》三機を、〇七〇〇時までにホットにして。それと…… <アーバレスト> も使える状態《じょうたい》にしておきます」
「了解《りょうかい》しました」
「気に病《や》むのは来週にしましょう。わたしたちは、こういう事態《じたい》にも備《そな》えてるんだから」
カリーニンはうなずき、
「しかも敵は、体内に猛毒[#「猛毒」に傍点]を抱《かか》えています」
猛毒《もうどく》。こうした局面《きょくめん》では、彼はまちがいなく猛毒だった。
「そうね。彼の連絡を待ちましょう」
テッサは艦《かん》を潜望鏡深度に保つことを決めた。
[#地付き]四月二八日 一七一八時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地JAL九〇三便
機内はハイジャック中とは思えないほどにぎやかだった。
四分の一ほどを占《し》める一般乗客は、不安げな顔で各々《おのおの》の席に身を落ち着けていたのだが、残る四分の三――陣代《じんだい》高校の生徒たちが、退屈《たいくつ》しきって騒《さわ》ぎはじめたからだった。
トランプ、花札、カード麻雀《マージャン》はもとより、だれが持ってきたのか、人生ゲームやモノポリーまでもが客席のあちこちで広げられていた。
ほかにもマメカラで歌って盛り上がる生徒や、早めに修学旅行の定番《ていばん》・『夜中の猥談《わいだん》』をはじめる生徒、機内の通路《つうろ》でミニ四駆《よんく》を走らせる生徒までもが出てきて、スチュワーデスたちはほとほと困り果てた様子《ようす》だった。いくら叱《しか》っても、目を離すとすぐ遊びはじめるので、教師たちもさじを投げている。
「ねえねえ、カナちゃん。お腹《なか》すかない?」
恭子《きょうこ》が言った。いっしょにババ抜きをしていたかなめは、となりの友達にカードを一枚ひかせながら、
「うん? そうねえ……食事とか、どうするのかな?」
「この近所にコンビニとかないのかな。お金は払《はら》うから買ってきて欲しいな……」
「ねーってば。でも、本当にコンビニとかあったらヤだよね。ローソンじゃなくてイルソンとか……ぷっ」
「なにそれ?」
「わかんないの? まったく近ごろの若いモンは。ところで……」
かなめは背後《はいご》をうかがった。相良《さがら》宗介《そうすけ》がなに食わぬ顔で、すぐそばの席に座っていた。
(こんな非常時《ひじょうじ》まで? いったいナニ考えてるのかしら……)
あきれながら、恭子の手からカードをひくと、それはジョーカーだった。
「あっ、くそっ」
「やったー! ふふふ、ご愁傷《しゅうしょう》さま」
そのとき、機内が水を打ったように静かになった。……というより、機の出入り口から波紋《はもん》が広がるように、生徒たちが次々と黙《だま》りこんでいった。見ると、サブマシンガンを持ったスーツ姿《すがた》の男が三人、機の客室に入ってきたところだった。
先頭の男は手ぶらで、にやにや笑いを浮かべている。高級そうなスーツ――たぶんイタリア製だ――の襟《えり》もとを直してから、男は鷹揚《おうよう》に両手を広げて見せた。
「かまわんよ、続けてくれ。さあ」
そう言われたところで、ふたたび遊戯《ゆうぎ》にふける者などほとんど[#「ほとんど」に傍点]いなかった(ふてぶてしく遊んでいる者も中にはいた)。男が部下とおぼしき者になにかをささやき、こちらの方を指さす。
「なんだろ?」
恭子が不安そうな顔をした。ほかの生徒たちも、ひそひそとささやきあう。スーツ姿の男は、そのままこちらに向かってきた。
「そこの君」
男は立ち止まり、穏《おだ》やかに言った。近くで声を聞いて、あの機内放送《きないほうそう》をした男だとわかった。それより、『そこの君』とは……だれのことだろう?
「聞こえないかな? ロングヘアの、きれいなお嬢《じょう》さん」
「……?」
「君のことだよ」
男はさらに近付いてきて、かなめを見下ろした。額《ひたい》に縦《たて》一文字の大きな傷。どこか人形のような目付きで、気味が悪かった。
「……なんです?」
「マスコミに送る映像を作りたくてね。出演してくれる人を探していたところなんだ」
「はあ、そうですか。それはごくろーさまです」
「君に出て欲しいんだが。いい素材《そざい》だと思ってね」
かなめは小さく手を振り、
「いえいえ。わたしなんかは……もう。見ての通り、ケチなコムスメですから。視聴者《しちょうしゃ》のみなさんが不愉快《ふゆかい》になるだけですって。ホント」
「いいから来いって、なあ。遠慮《えんりょ》せずに」
「あの、ちょっと、えーと……」
男の部下たちが両脇《りょうわき》から、かなめを引っ立てた。
[#挿絵(img/01_151.jpg)入る]
「お勧《すす》めできませんよ、あたしなんか……ねえ、はなして。イヤだったら……。どうしてあたしなの!?」
「カナちゃん!」
恭子の声は悲鳴《ひめい》に近かった。その場に神楽坂恵里が駆《か》けつけてきて、男に猛抗議《もうこうぎ》する。
「ちょっと、私の生徒をどうする気です!?」
「なに、すこしばかり協力してもらうだけですよ。すぐにお返しします」
「いいえ、許しません! 連れていくなら私になさい!」
「あなたでは意味《いみ》がないんでね。これはマスコミへの――」
「そんな口実は通りませんよ、この卑怯者《ひきょうもの》!」
男の顔が冷たく歪《ゆが》んだ。だが恵里はそれにもかまわず、まくしたてた。
「なんて人たちかしら!? ハイジャックなんて最低《さいてい》なことをして、しかも子供を利用するなんて! あなたたちの主張《しゅちょう》なんて、紙クズ同然《どうぜん》ね! どれだけの理由があろうと、こんなことは神が絶対に――」
「やれやれ」
男は部下たちと、なにかを示し合わすように笑った。かなめが見ている目の前で、スーツの下から拳銃《けんじゅう》を抜く。
レーザー照準器《しょうじゅんき》付きの自動拳銃。その銃先が、恵里の頭にすうっと向けられ、
「あんた、うるさいな」
「? なにを――」
いぶかしがる彼女の額《ひたい》に、赤いレーザー光がポイントされた。テロリストの指に力が入り、引き金が――
客室にけたたましい音が鳴《な》り響《ひび》き、かなめは肩《かた》をぴくりと震《ふる》わせた。
「っ……」
銃声ではなかった。なにかの金属が打ち鳴らされた音だ。
音のした方を、その場の全貞が注目する。見ると男子生徒の一人が、通路の床《ゆか》に落ちた食器類を、ゆっくりと拾《ひろ》い上げているところだった。
「……失礼」
その生徒――相良《さがら》宗介《そうすけ》は何事もなかったかのように、通路脇の席に座り直す。
男が宗介を凝視《ぎょうし》する。注意深く、射るようなまなざし。宗介は顔をうつむかせ、手の中のコップに目を落とし、沈黙《ちんもく》を保っていた。
生徒たちは、宗介と男を見比べるように首をめぐらす。
「……ふん」
気を削《そ》がれた様子で鼻を鳴らすと、男は拳銃を服の下に戻《もど》す。いまさら処刑《しょけい》を再開するのも、どこか興ざめで間が抜けていると感じたようだった。
「いくぞ。この連中にもう用はない」
部下とかなめを引き連れて、テロリストは機の出口へと向かった。置き去りにされた恵里は、ただぽかんとしているだけだった。
神楽坂恵里は、自分が九死に一生を得たらしいことを理解《りかい》すると、めまいを起こして倒れてしまった。
『医者を呼べ』だのと生徒たちが騒《さわ》いでいるのを尻目《しりめ》に、宗介は涼《すず》しげな顔で客室を横切っていった。そのまま人気のない調理室まで来ると、ようやく肩で息をして、流しに手をつき、小さなうめき声をもらした。
(俺はなんて馬鹿《ばか》だ)
わざわざ敵の注意を引くなど、自分でも正気とは思えなかった。だが、恵里を救うにはああするしかなかったのだ。あの瞬間《しゅんかん》、行動を起こす寸前の一秒間、彼の頭の中では二つの選択肢《せんたくし》がはげしくぶつかりあっていた。
『見捨てろ。彼女を守るのは任務《にんむ》ではない』
『救え。根拠《こんきょ》はないが、救え』
けっきょく彼は後者を選《えら》んだ。理由はいまでもわからなかった。
そしてコップを落とした後の、散に凝視された数秒間。彼にとっては永遠だった。みじんも殺気を出さず、鈍感《どんかん》に、平静《へいせい》に、だがすこし不安げに……。強靱《きょうじん》な意志と自制心《じせいしん》を持つ宗介も、この数秒間の演技《えんぎ》で気力を消耗《しょうもう》し尽《つ》くしてしまった。
危なかった。本当に。
奴[#「奴」に傍点]が俺[#「俺」に傍点]に気付かなかったのは奇跡《きせき》かもしれない。
宗介は一分ほどその場に突《つ》っ伏《ぷ》したあと、一度大きく息をつくと、背筋《せすじ》をのばした。いつまでもこうしてはいられない。いまや千鳥かなめは連れ去られた。
こちらも行動を起こす時期だ。
機内に監視《かんし》の兵士はいない。外に出ない限り、人質たちは自由な行動を許されていた。飛行機は燃料《ねんりょう》がないので飛び立つことはできないし、長距離用《ちょうきょりよう》の通信|装置《そうち》を壊《こわ》しておけば、外部との連絡も不可能だ。まったく、このジャンボ機は理想的《りそうてき》な牢獄《ろうごく》だった。
だが、宗介は表に出る必要があった。
まずは貨物室《かもつしつ》で自分の荷物《にもつ》を探す。それから偵察《ていさつ》、味方との連絡。次にかなめを探さねばならない。
彼はだれも見ていないのを確認《かくにん》してから、調理室のエレベーターに潜《もぐ》り込むと、シャフトを伝って貨物室に降りていった。
貨物室は真っ暗で、人の背丈《せたけ》ほどのコンテナが数十個、行儀《ぎょうぎ》よく並んでいた。
宗介はポケットからペンライトを取り出すと、手当たりしだいにコンテナを開け、中の荷物をさぐっていった。
一三個めのコンテナを開けたところで、宗介は自分のバッグを見付けた。着替えや洗面セットに用はない。用があるのは――
(あった)
強力な暗号化機能《あんごうかきのう》付きの、衛星通信機《えいせいつうしんき》だった。それと二〇万ボルトの強力スタンガン。並みの男なら一撃《いちげき》で気絶《きぜつ》させることができる代物《しろもの》だ。各種薬物《かくしゅやくぶつ》の携帯《けいたい》セットと、サバイバル・キットの缶《かん》も、ポケットにねじこむ。あいにく銃やナイフなどはなかった。
装備《そうび》を肩にかけ、コンテナを閉じようとした時――
貨物室が甲高《かんだか》い音に包《つつ》まれた。
すぐそばの、貨物の搬入《はんにゅう》ドアが開きはじめたのだ……!
「っ……」
彼はコンテナを急いで閉じると、忍《しの》び足でその場を離れようとした。だが、それでもすぐそばの、パラ積《づ》みにされたバッグの山の蔭《かげ》に飛び込むのが精一杯《せいいっぱい》だった。
開ききった搬入口から、数人の男がどやどやと入ってきた。
自分の姿がきちんと隠れているか、宗介は確信が持てなかった。しかし、もう動くことさえできない。バッグの山に身をうずめ、息をひそめているしかなかった。
男たちはまっすぐこちらに向かってくる。油断《ゆだん》のない足音。銃器とベルトの金具がぶつかりあう。人数は、ひとり、ふたり……三人。いずれも戦闘訓練《せんとうくんれん》を受けている。
もし発見されたら、戦うしかないだろう。
だが、素手《すで》で? 外には何人いるかもわからないのに?
かなめはジープで基地内の一角に運ばれた。
そこはもともと駐機場《ちゅうきじょう》だったようで、アスファルトの上に大型のトレーラー二台と、トラックが一台並んでいた。
トラックには発電機《はつでんき》かなにかが積《つ》んであるらしく、やかましい駆動音《くどうおん》が駐機場にひびいている。あたりはまぶしい水銀灯《すいぎんとう》で照《て》らされ、マシンガンを持ったスーツ姿の男が三、四人、トレーラーを守るようにして立っていた。
そのトレーラーはテレビ局の中継車《ちゅうけいしゃ》のようにも見えたが、パラボラ・アンテナのたぐい は見当たらなかった。
「あのー……。なんです、これ?」
リーダー格の男は薄笑《うすわら》いを浮かべただけで、なにも答えない。
彼女はジープから降ろされ、黒|塗《ぬ》りのトレーラーへと連れていかれた。
ドアを抜けると、車内には電子機器と医療《いりょう》機器がひしめいていた。人間一人がすっぽりと収まるようなドラムや、無数のコードが接続《せつぞく》されたモジュール、基盤《きばん》がむき出しのコンピュータ。それらの装置《そうち》の使い道など、かなめにはまったく見当がつかなかった。
作りつけの制御卓《せいぎょたく》の前に、白衣を看た女が待っていた。
「この子ね?」
「そうだ。さっさとテストしてくれ」
リーダー格の男は答えた。
「テスト? いったい何の――」
「これに着替えて」
かなめが問うのをさえぎって、女は入院|患者《かんじゃ》が着るようなブルーのガウンを手渡した。
「そりゃまた、どうして?」
「その制服には、金具が付いてるからよ。ホック式のブラジャーだったら、それも外してちょうだい。とにかく金属類は全都はずして」
女の日本語は完璧《かんぺき》だった。リーダー格の男もふくめて、テロリスト連中はほとんど日本人のように見える。これはいったい……?
「……レ、レントゲンでも撮るの?」
「似たようなものだけど、もっと高級な機械よ。PETとMRI、SQUIDによるMEG……。そしてNILSの反応測定。これはその下準備」
まるで知らない言葉の羅列《られつ》だった。
「でもさっき、宣伝用の撮影だって」
「いいから。着替えなさい」
「やーよ。なんだってあたしが――」
次の瞬間、首筋に鋭《するど》い痛みが走って、かなめは意識《いしき》を失った。
「この方が早い。さっさと剥《む》いちまえ」
スタンガンで気絶《きぜつ》したかなめを片手で支えて、ガウルンが言った。
「乱暴《らんぼう》なことはしないで! テストに変な影響《えいきょう》が出たらどうするのよ」
「細かいことは気にするなって。本物[#「本物」に傍点]だとわかればいいんだからな」
女はガウルンに軽蔑《けいべつ》もあらわな目を向ける。
「ふん、気楽なものね。あんたたちには <ウィスパード> のなんたるか、その重要さがわかっていないのよ」
「わかってるさ」
「どうだか。機密度《きみつど》の高い <コダール> まで持ってきておいて、よく言えるわね?」
「未完成でも、あれ一機あれば一個大隊を相手にできる。この国の連中の心変わりに備《そな》えた、念のための用心さ」
「意外と臆病《おくびょう》なのね。余命《よめい》いくばくもないくせに」
ガウルンはかなめの身体《からだ》を床の上に放り出すと、いきなり女の首を鷲《わし》づかみにした。
「う……」
「図《ず》に乗ってんなよ、雌豚《めすぶた》」
その声は冷ややかだが、どこか楽しげにも聞こえる。
「おまえは黙《だま》って、言われた通りの仕事をしてればいいんだよ。それともなにか? わざわざ俺を怒らせて、こうされるのが好きなのか? え?」
ぎりぎりと女の首を絞めつける。女は瞳《ひとみ》を潤《うる》ませ、苦痛と恍惚《こうこつ》の入り混じったあえぎ声を出した。ガウルンは舌打ちして手首の力をゆるめ、女の身体を制御卓に叩《たた》き付けた。
「結果はいつわかる」
はげしく咳《せ》きこむ相手を見下ろし、彼はたずねた。
「……明朝」
「長いな。なんとかならねえのか」
「……薬物を投与《とうよ》しても……効き目が出てくるのは六時間以上先なのよ。その前の手続きや検査もあるし……ごほっ」
「だったら急ぎな。急がなければ、おまえも[#「おまえも」に傍点]殺す」
言い捨《す》てて、ガウルンはトレーラーを出ていった。
ありがたいことに三人の男は、バッグの山にひそんでいる宗介には気付いていない様子《ようす》だった。
手をのぼせば届《とど》くほどの距離《きょり》を、男たちが通り過《す》ぎていく。視界《しかい》の隅《すみ》に、スーツ姿の背中が見えた。この基地の兵士ではなく、乗客の中に混《ま》じっていたテロリストだろう。
「どの辺だ?」
一人が言った。日本語で。
「このあたりだ。そのコンテナだけ黄色いから……あったぞ」
テロリストたちはこの機の積み荷に用があるようだ。床に敷《し》き詰《つ》められたボール・ベアリングの上で、コンテナの一つをごろごろと動かす音が聞こえる。
「いきなり作動《さどう》したりしねえだろうな」
「それはない。マニュアルで回路《かいろ》を起動《きどう》しない限り、こいつ[#「こいつ」に傍点]は安全だ」
コンテナを開ける音がした。中身を見た男の人が、口笛を吹いた。
「たまげたね。こんなにデカいとは思わなかった」
「地上で作動させる場合も考えてな。これだけの量なら確実《かくじつ》だ。……そちら側に回れ。奥に赤いコードがあるだろう。ジャックの絶縁用《ぜつえんよう》テープを外して、『3』と書いてあるソケットに挿入《そうにゅう》するんだ」
「あった。……入れるぞ」
「待て。こっちの準備《じゅんび》が……よし。入れろ」
かちっと音がしてから、小さな電子音が三回鳴った。
「これでいいのか?」
「OKだ。もうどこにも触《さわ》るなよ。三〇メートル以内では、携帯無線《けいたいむせん》も禁止《きんし》だ」
男たちはコンテナを閉じると、ふたたび元の位置に戻した。用は済んだとみえ、三人はスーツの裾《すそ》をはらって、搬入口《はんにゅうぐち》へと戻り出した。
「……このことを知ってるのは?」
「俺とおまえとサカモト、あとはボスだけだ。この国の連中は一人も知らん」
「ふん。……まったく、もったいねえな。上には生きのいい女子高生がわんさといるのに。一人ぐらい連れ出して楽しみてえよ。どうせ死体の勘定《かんじょう》なんか――」
「馬鹿《ばか》を言うな。基地の連中に計画が気付かれる。ボスに殺されるぞ」
「バレなきゃ平気さ」
「私が報告《ほうこく》する。私はボスに殺されたくない」
「……もちろん冗談《じょうだん》だよ」
テロリストたちが出ていくと、ほどなく搬入口のドアがしまった。貨物室はふたたび闇《やみ》に包《つつ》まれる。
連中はなにをしていたのだろうか? それに『死体の勘定』だと?
宗介はテロリストたちがいじっていた、その黄色いコンテナを引っ張り出し、すこしためらってから開けた。
ペンライトに照《て》らされたコンテナの中身を見て、宗介は息を飲んだ。
(連中め……)
そこには爆弾《ばくだん》が――巨大な爆弾が――詰まっていた。
爆薬が詰まった高さ一・五メートルのタンクが二つ。ASのライフルに使われているのと同じ系統《けいとう》の、|二液混合《バイナリー》式の液体|炸薬《さくやく》だろう。タンクの脇には小型の電子|回路《かいろ》が入ったケースと、予備《よび》の回路がおそらくは二系統。そして、いつでもこの爆弾が作動できる状態《じょうたい》にあることを示す赤ランプ……。
これだけの高性能爆薬が爆発したら、機体は木《こ》っ端微塵《ぱみじん》だ。この基地のどこかにいるテロリストが、手元のスイッチを入れるだけで、四百数十名の乗客は全滅《ぜんめつ》する。
解体《かいたい》や無力化《むりょくか》は――ほとんど不可能だ。
普通の兵士に比べれば、彼は爆弾にはくわしい方だったが、それでも決して専門家ではない。しかもこの場には、解体のための専用器具も検査装置もない。この爆弾は、下手にいじれば間違いなく作動《さどう》する。
(乗客を皆殺しにして、千鳥の拉致《らち》を隠すつもりか……?)
穏便《おんびん》に人質グループを日本に帰らせれば、その中にかなめが含《ふく》まれていないことが必ず問題になるだろう。日本政府は千鳥かなめの返還《へんかん》を求めるだろうし、北朝鮮もそれを無視《むし》するわけにはいかないはずだ。それが敵にとっては都合《つごう》が悪い。
だからジャンボ機が日本に向かって飛び立ったら、どこかの海上で空中爆発させる。遺体《いたい》の確認など不可能なので、千鳥かなめも死亡したとみなされる。
だれも誘拐作戦だったなどとは思わない。
北朝鮮政府は苦しい立場になるだろうが、武力衝突《ぶりょくしょうとつ》にまでは発展しないだろう。あのテロリストは、そこまで計算しているのだ。
そこまでして彼女を拉致し、その事実を隠《かく》したい理由とはいったいなにか? 数百人の民間人を平気で殺せるほどの秘密《ひみつ》が、彼女にあるというのか……?
「いや……」
あの男は、無駄《むだ》に殺すのが好きなのだ。そうでなければ、こんな真似《まね》など考え付くはずがない。
宗介はコンテナを閉じて元の位置に戻すと、機首《きしゅ》の方へと足早に向かった。
貨物室の奥には、前輪《ぜんりん》の収納《しゅうのう》スペースに通じる扉がある。そこから脚柱《きゃくちゅう》を伝って降《お》りれば、機体の外に出られるはずだった。
とにかく <デ・ダナン> と連絡《れんらく》をとらなければ……。
円筒型《えんとうけい》の棺桶《かんおけ》。
かなめが横たわっているのは、そんな形容《けいよう》がふさわしい機械の中だった。アクリル製の壁面《へきめん》はまっさらだ。ときおり機械の台座《だいざ》が動き、ぶぶん、と低い音がする。
頭はベルトでしっかりと固定され、ゴーグル式のヘッド・マウント・ディスプレイが取り付けられていた。日に映る画面には、奇妙《きみょう》な記号や図形が次々と映されている。
星形、丸、四角、樹、ボトル、棒。
たまに、なんだかいやらしい雰囲気《ふんいき》の絵も映し出された。
「……ふ……あぁ」
おもわずあくびが出た。なにしろ、一時間近くはこうしているのだ。
『眠らないように』
女医の声がした。
「はいはい……」
かなめはうんざりした声で応《こた》えた。
気絶させられてから目を覚《さ》ますと、彼女は青のガウン一枚だけの姿《すがた》になって、この機械に縛《しば》り付けられていた。ごていねいにブラまで外されている。あの男の前で脱《ぬ》がされたのかもしれないと思うと、叫《さけ》んで暴《あば》れ出したい気分だったが、女医が言うには『私しか見ていないから安心なさい』とのことだった。
常識的《じょうしきてき》に考えれば、自分はもっと脅《おび》えていいはずだ、と彼女は思った。
なにしろいまは非常時《ひじょうじ》だし、自分はみんなから引きはなされてしまった。それにあのテロリストは、本気で神楽坂先生を撃《う》とうとした。相良宗介があそこで偶然《ぐうぜん》コップを落とさなければ、恐ろしいことになっていたかもしれない。
死の手触《てざわ》り。
母親の最期《さいご》を看取《みと》って以来、ひさしく忘れていたはずの感覚が、すこしずつ、だが確実《かくじつ》に蘇《よみがえ》ろうとしていた。
この世界では、だれひとりとして不滅《ふめつ》ではいられない。自分の番は、次かもしれない。
そう。あたしは、帰れないかもしれない。
ジャンボ磯から五〇〇メートル離れた基地の片隅《かたすみ》。
資材《しざい》置き場の一角で、宗介はいそいそとパラボラ・アンテナを開いた。コンパス付きの時計を見て、簡単《かんたん》な計算をすると、アンテナを南の空に向ける。ヘッドセットを着け、通信機《つうしんき》のキーをたたいていくと――
五秒と待たずに、三〇〇〇キロ彼方《かなた》の <ミスリル> 西太平洋基地につながった。
『はい』
女の声。通信担当の下士官《かしかん》で、何度も話したことがある。
「 <デ・ダナン> のウルズ7だ。|SGT《サージェント》サガラ。B―3128」
『確認《かくにん》しました。ソースケ、無事《ぶじ》?」
「肯定《こうてい》だ、シノハラ。いま <トゥアハー・デ・ダナン> に接続《せつぞく》できるか?」
『ええ。すこし待って』
交信がとぎれた。衛星通信《えいせいつうしん》はさらに折り返して、海のどこかにひそんでいる <トゥアハー・デ・ダナン> へと転送《てんそう》された
『サガラさん、無事ですか?』
またしても女の声。彼の部隊の最高|指揮官《しきかん》、テレサ・テスタロッサだった。
「大佐殿《たいさどの》。肯定であります」
同い年の少女に向かって、馬鹿《ばか》ていねいに返事をする。下士官の宗介にとって、テスタロッサ大佐はほとんど雲の上の存在も同然だった。彼女が艦長――同時に部隊長である理由は知らなかったが、なにしろ、あのカリーニン少佐がひとかどの敬意《けいい》を払《はら》っている相手なのだ。きっと常識離《じょうしきばな》れの知性と指導力《しどうりょく》を持った女性に違いない。
『よかった。ちょっと待ってくださいね。……少佐?」
男の声が割《わ》り込んだ
『……サガラ軍曹《ぐんそう》、カリーニンだ。状況《じょうきょう》を説明したまえ」
「自分は現在、順安《スンアン》の航空基地《こうくうきち》にいます。敵勢力《てきせいりょく》は大きく分けて二つあり、一つはハイジャックを実行した日本人グループ、もう一つは現地の正規軍《せいきぐん》かと思われます。概観《がいかん》した限りでは、基地の警備《けいび》態勢は低レベルです。まずその戦力ですが……」
宗介はジャンボ機を抜け出してから一時間半の間に偵察《ていさつ》した、基地の様子《ようす》をくわしく説明していった。
施設のどこが稼働《かどう》しているのか、警戒の態勢はどの程度《ていど》なのか、兵士の士気・規律《きりつ》はどうか……。機の位置とその状況についても、細かなところまで話した。
二人の上官は冷静に彼の説明を聞き、要所《ようしょ》要所を押さえた質問をした。千鳥かなめが連れ去られたくだりでも、それは変わることがなかった。
だが、貨物室の爆弾の件を話した時には、さすがにテッサの声がこわばるのがわかった。
『なんてこと』
「無力化は非常《ひじょう》に困難《こんなん》です。自分の装備《そうび》では手がつけられません」
『……わかりました。対策《たいさく》はこちらで検討《けんとう》します』
「はっ」
『軍曹。チドリのいる場所はわかるかね』
カリーニンが質問した。
「不明《ふめい》です。これから捜索《そうさく》しますが、基地内にいるかさえわかりません」
『安全な範囲《はんい》で捜索しろ。君には陽動《ようどう》の仕事がある』
そう聞いて、<デ・ダナン> に救出作戦の用意があることを宗介は知った。しかも、かなめの問題よりも乗客の安全を優先《ゆうせん》する方針《ほうしん》らしい。
「……了解」
『君の情報でかなり見通しが立った。これから作戦の立案をする。あとで、もう一度連絡しろ。時間は……』
『二二〇〇時にします。現地時間で』
テッサが言った。
『サガラ軍曹、聞いての通りだ』
「了解。二二〇〇時に連絡します。それから、少佐殿――」
『なんだね?』
「ハイジャック犯のリーダーは、ガウルンです」
衛星通信の向こう側で、少佐は黙《だま》りこんだ。
「われわれが戦った時とは、まるで印象《いんしょう》が異《こと》なりますが、間違いありません」
『われわれ』といっても、<ミスリル> は関係なかった。その戦いは、カリーニンと宗介が <ミスリル> に入る前の時代のことである。
『あの男は死んだはずだ』
「ですが、生きていました。自分が射抜《いぬ》いたはずの額に、傷痕《きずあと》が残っています」
『もしそうだとして、奴《やつ》はおまえに気付いたか?』
「いえ。自分の容貌《ようぼう》もかなり変わっていますので」
当時の宗介は、髪をのばし放題にしていた。体格もひと回り小さかったし、もっと日焼けしていた。ガウルンが気付かなかったのは、そのおかげもあったのだろう。
『わかった。確かに爆弾の件といい、いかにも奴らしい手口だ。気を抜くな』
「了解。交信を終了します」
宗介は通信機のスイッチを切ると、パラボラ・アンテナをたたんだ。装置《そうち》を肩にかけ、移動《いどう》しようとしたその時――
「動くな」
やや、なまりのある日本語。背後で、拳銃《けんじゅう》の撃鉄《げきてつ》が起きる音がした。
[#地付き]四月二八日 二〇三二時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]黄海《こうかい》 潜望鏡深度  <トゥアハー・デ・ダナン> 第三甲板B通路
「どういうことです?」
作戦会議室への通路を歩きながら、テッサはカリーニンにたずねた。
「ガウルンの件でしょうか」
「説明してもらえるんでしょうね?」
彼女は会議室の扉《とびら》の前で立ち止まり、カリーニンを振《ふ》りかえった。
「……危険なテロリストです」
彼の口調《くちょう》は重たげだった。
「 <ガウルン> とは中国語で『九つの竜』という意味です。あの男が九つの国籍《こくせき》を持つことが由来《ゆらい》と言われています。これまで三〇人以上の要人《ようじん》を暗殺《あんさつ》し、航空機の爆破も最低二度は実行《じっこう》していますが、西側[#「西側」に傍点]の対テロ組織ではほとんど知られていません」
テッサは、カリーニンがかつてソ連の特殊部隊《とくしゅぶたい》に所属《しょぞく》していたことを思い出した。
「|ミスリル《ここ》に入る前、私とサガラ軍曹はガウルンと対決しました。数年前のことです。当時、われわれはKGBから追われる身で、アフガニスタンのイスラムゲリラにかくまわれていました」
その話はテッサも知っていた。アンドレイ・カリーニンは、ソ連軍部とKGBの仕組んだ陰謀《いんぼう》に巻き込まれ、いまも逃亡中の身なのだ。
「ガウルンはKGBに雇われた追っ手でした。奴は私の留守《るす》中に、アーム・スレイブ二機を率《ひき》いてゲリラの村を襲撃《しゅうげき》したのです。ゲリラ側はASを装備していなかったため、ほぼ壊滅状態《かいめつじょうたい》でした」
「…………」
ASは現代最強の陸戦兵器だ。しかも戦車と異なり、行動する場所をまったく選ばない。 密林《みつりん》だろうが高山だろうがおかまいなしだ。この兵器の前では、生身の歩兵はまったく無力な存在だった。
「たくさん死にました。無関係の女子供も、です。私がいれば、あんなことにはならなかったのですが」
「……それで?」
「私は報復《ほうふく》を誓いました。機会《きかい》が訪れたのは二週間後のことです。パキスタンの山中に追跡《ついせき》してきたガウルンを、われわれは待ち伏《ぶ》せしました。私が囮《おとり》になって、ソウスケが狙撃《そげき》を。いろいろとありましたが、ソウスケはガウルンを仕留《しと》めました」
「でも、違った」
「そのようです」
「残虐《ざんぎゃく》な男なのね?」
「はい」
誘拐《ゆうかい》を隠《かく》すためだけに、無関係な数百名を殺すことができる人間がいるなどとは、彼女にはほとんど信じられなかった。だが敵は、まさしくそこにつけ込んできたのだ。宗介の警告《けいこく》がなかったら、最悪の結果になっていたかもしれない。
のんきに人質の解放《かいほう》を待とうとしていた自分を、敵があざ笑っている気がした。
「上等よ」
テッサは冷たい微笑《びしょう》を浮かべて、言った。
「そのガウルンという人には、高いツケを払《はら》わせてやる必要がありますね」
「はい」
日頃は温厚《おんこう》でマイペースに見えるテッサだったが、こういうときに、その本質がひんやりと浮かび上がる。けっきょくのところ彼女も、カリーニンや宗介らと同じ側――いや、それどころか、ガウルンとさえも同じ側――で、生きる人間なのだ。
理由は強調するまでもない。
テレサ・テスタロッサは、人類が創造《そうぞう》したもっとも精密《せいみつ》で強力な殺人マシーン―― <トゥアハー・デ・ダナン> を支配《しはい》している。もし彼女がその気になれば、何百万人という無垢《むく》の人々を殺戮《さつりく》することもできるだろう。
「まずは作戦会議を済ませましょう、少佐。くわしい話は後で聞きます」
二人は扉を開け、会議室に入った。青白い照明《しょうめい》。円形のテーブルをかこんで、各部門の責任者が六名、すでに着席していた。
「では、はじめましょう」
士官たちはうなずき、スクリーンの映像に目を向けた。
[#地付き]四月二八日 二〇三三時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地
「こちらを向け。ゆっくりとな」
宗介《そうすけ》は従《したが》った。拳銃《けんじゅう》を向けていたのは、二メートル近い大男だった。たくましい両腕《りょううで》と、離《はな》れた細い目が印象的《いんしょうてき》で、将校《しょうこう》の制服を着ている。
「あの機の高校生だな? 私の部下の目を盗《ぬす》み、よく抜け出したものだ」
油断《ゆだん》なく距離《きょり》をとり、口の端《はし》をゆるめる。その将校は一人きりで、あたりに兵士の姿は見えなかった。警備《けいび》の状態を見回りしているところだったのだろう。
「貴様《きさま》、どこと連絡を取っていた? 答えろ」
将校は詰問《きつもん》した。宗介はようやく口を開き、
「俺が交信していたのは――」
言いかけ、自然な動作で通信機を投げつけた。無意識《むいしき》に耳をかたむけていた将校は、わずかに反応《はんのう》が遅《おく》れた。とっさに身をひねり、飛んできた箱を左手ではらう。
そのすきに、宗介は間合《まあ》いを一気につめると、相手の銃を蹴り飛ばした。首尾《しゅび》よく拳銃は宙に舞《ま》い、倉庫の壁《かべ》に当たって地面に落ちた。
「ふん……!」
ところが相手はまったくひるまずに、大きな拳《こぶし》を振りかぶると、力任せに宗介を殴り付けた。宗介はそれを片手でブロックした。重く、鋭《するど》い。たまらずよろめく。息つく間もなく、回し蹴りが頭を襲《おそ》う。
「っ……」
なんとかさばくが、大男の連撃《れんげき》は容赦《ようしゃ》ない。突き、蹴り、ひじ打ちと、硬軟《こうなん》とりまぜて攻撃を繰り出す。かなりの技術《ぎじゅつ》だ。パワーもある。
「素手なら勝てるとでも思ったか!? 小僧《こぞう》っ」
宗介は答えもせず、数歩下がると、コンクリート・ブロックを踏《ふ》み台にして跳躍《ちょうやく》した。
「ふっ!」
顎《あご》めがけて、猛烈《もうれつ》な飛び蹴り。大男は背中を反《そ》らしてひっくり返った。そのままアスファルトに後頭部を打ちつけ、大の字になる。すかさず宗介は馬乗りになって、ベルトから抜いたスタンガンを押し当てた。
[#挿絵(img/01_177.jpg)入る]
「う……うぐぐぐ……。お、お、お、の、れ……れれれ」
電撃を受けて痙攣《けいれん》し、将校はバタバタともがいた。
(なかなか効《き》かん……)
宗介は首をかしげた。バッテリーが切れてるのだろうか?
「ききき……貴様、ななな、にににもの、だだだだ?」
「ゴミ係だ」
「ごごご……?」
ようやく将校はしゃべらなくなった。
資材《しざい》置き場の針金で念入《ねんい》りに手足を縛《しば》ると、投げつけた通信機の様子を見る。
通信機は外板が裂《さ》けて、中身が露出《ろしゅつ》していた。液晶《えきしょう》パネルも割れている。スイッチを入れても、まともに作動《さどう》しない。
「まいった……」
<デ・ダナン> と、連絡がとれなくなってしまったのだ。
宗介は男の拳銃を拾い上げると、あたりにほかの兵士がいないことを確認し、ポケットから各種薬物の携帯《けいたい》セットを取り出した。手のひらサイズのケースの中には、消毒薬や硫酸《りゅうさん》、アスピリンやモルヒネ、注射器《ちゅうしゃき》などと並んで――
アルコールの入った小さな瓶《びん》があった。
かなめが狭苦《せまくる》しいドラムの中に閉じ込められてから、すでに数時間がたっていた。
拘束具《こうそくぐ》で身動き一つできないために、肩《かた》と尻《しり》が痛くてしょうがない。何度も休ませてくれと頼《たの》んだが、女医はまるでとりあってくれなかった。
あいかわらず、意味不明《いみふめい》の映像は流されたままだ。目を閉じると、それが相手にはわかるらしく、『ちゃんと前を見なさい』と叱《しか》られた。画面に集中していなければ、それだけ検査《けんさ》が終わるのが遅《おそ》くなるのだという。
その映像が、何の前触《まえぶ》れもなくぷつりととぎれた。視界《しかい》は真っ暗になる。
「……終わり?」
『まだよ』
ほどなく、不思議《ふしぎ》な音がした。ずん、ずずん……と、低く、遠く、重い音。サラウンド映画さながらの臨場感《りんじょうかん》。妙《みょう》な不安を感じさせる。
「なに、これ?」
返事はなかった。目の前の画面にも、これまでとは違う映像が現われる。アルファベットの単語。二秒|間隔《かんかく》ほどで、次々と切り替わっていく。
意味どころか、読み方さえもわからない単語の合間に、だれでも知っている言葉が入る。そうした無意味《むいみ》な羅列《られつ》が、えんえんと続いた。
ペースはしだいに上がっていき、しまいには一秒に一〇回近く、でたらめな単語が映っては消えた。やがて単純な英単語の表示はとだえ、化学式や数式、なにかの専門用語がほとんどを占《し》めるようになる。
いつのまにか、かなめはそれを食い入るように眺《なが》めていた。
(なにこれ?……知ってる。見たこと……ある?)
彼女にはそれらの言葉の意味がわかった。一度も見たことがないはずなのに、それを深く理解《りかい》しているのだ。この世界のだれよりも、どんな高名な学者よりも。
(二次元準結晶構造《にじげんじゅんけっしょうこうぞう》の合金)
頭のどこかが告《つ》げた。
(ルゴンとこニッケ∩チタQタン。ノ[#「ノ」は「ノ+゛」、濁点付き片仮名ノ、181-3]ニンナα骨格の第T種構造材。部分ブ安定化ジルコニアろリヤ2グ希土類イオンにおける8結晶磁気異方性はΓノナにきトシクナに非線形キAプレEK。プラセオジム、テルビウム、ジスプδロシウム。NOチてYポリΦポリアルアミドゲルとみSアワ、じゅRGゼせちぷC柔軟なナなナのイシャル筋ニクを――)
思考《しこう》はとどまるところを知らなかった。
…………。
(ΔD―TふDフェGPふパラジジジウム・リアクターは立方体クリルるつミゲ格子にYPヨる三重℃水素の封じ込めをGふさtGフJHI――。電磁ホロほ迷彩カモ。130百三十TV]□MGOeの最大磁気エネルギー積がつララP領域KイW元偏微分BBラ――。チタン酸バリウム、ペロヴスカイト型カタかRた、可逆的な相転移。カーボKKδUン・コンポジットの装甲、ナノなのナノコンポWPCJζ。鐘状感覚感覚子 による圧Ka検出でR∵ ビウまム、ジスプ。ピピピ平方mあたりに1○0クの素子阻止ソシ――)
火山の噴火《ふんか》のように情報が噴《ふ》き出し、彼女の意識《いしき》をかき乱した。
まったく聞いたこともない知識。それを彼女は知っていて、理解している。頭の奥で、別のだれかが、ささやき声を発しているような悪寒《おかん》。
「あ……あっ」
突然《とつぜん》、知識の濁流《だくりゅう》はとぎれた。
ディスプレイが真っ暗になって、あの、奇妙《きみょう》な低音も消えた。頭を押さえていたドラムが離れ、彼女の横たわるベッドが、機械の外に引き出された。
ひどく疲れた気がした。顔が火照《ほて》っている。息苦しい。
自分はなにを見ていたのだろう? あれは夢だったのだろうか? なにか、とても複雑《ふくざつ》なコトを考えていたような……。
「気分はどう?」
頭にかぶきったディスプレイ装置《そうち》を外して、女医が彼女の顔をのぞきこんだ。まぶしい天井《てんじょう》の照明《しょうめい》に、おもわず目を細める。
「……最低」
「そう。気の毒だけど、まだ続けるわよ」
女は一片《いっぺん》の同情も見せずに告げた。
「ねえ、帰らせて。こんなヘンな睡眠学習《すいみんがくしゅう》なんか……」
「学習? とんでもない。あなたが生まれる前から知っている[#「生まれる前から知っている」に傍点]ことなのよ」
女医は謎《なぞ》めいた口ぶりで言うと、注射器を取り出した。
[#地付き]四月二八日 二二〇五時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]黄海 潜望鏡深度  <トゥアハー・デ・ダナン> 第一状況説明室
「すべてを迅速《じんそく》に進める」
大型スクリーンを背にして、カリーニン少佐は言った。
状況《じょうきょう》説明室の椅子《いす》は、ほとんど埋まっていた。
ASオペレーター、輸送《ゆそう》ヘリや攻撃《こうげき》ヘリ、|VTOL《ブイトール》戦闘機《せんとうき》のパイロット、歩兵戦闘員《ほへいせんとういん》など、総勢《そうぜい》で三〇名以上の兵士たちが顔を並べる。その顔ぶれはまちまちで、人種や民族、年齢、性別も、ごった煮状態《にじょうたい》だった。
その中にはメリッサ・マオとクルツ・ウェーバーの姿《すがた》も混《ま》じっていた。ハイジャックの知らせを受けて、あわてて東京から <デ・ダナン> へと戻ってきたのだ。
「これ以上|後手《ごて》に回れば、事態《じたい》は悪化《あっか》する一方だろう。<ミスリル> としては、こうした全世界の注目を集めている事件に関与するのは避けたいところだ。しかし、この事態を防げなかった責任があるのも、遺憾《いかん》ながら事実だ。以上を踏《ふ》まえた上で――」
少佐は言葉を切り、一同を見渡した。
「われわれ <トゥアハー・デ・ダナン> が救出作戦を敢行《かんこう》する。プランは次の通りだ」
スクリーンに、順安《スンアン》の衛星《えいせい》写真が映し出された。本日一五三〇時の最新映像。その写真の上に記号と文字が重なり、敵兵力のくわしい配置《はいち》が示される。
そして、人質グループを乗せたジャンボ機の位置……。
「|強襲機兵《AS》チーム六機に先立って、まず各種航空支援部隊《かくしゅこうくうしえんぶたい》が出撃《しゅつげき》する。攻撃ヘリと輸送《ゆそう》ヘリ、VTOL戦闘機の順だ。まず――」
カリーニンはこと細かに作戦を説明していった。ヘリの着陸地点、ASの展開方法、秒《びょう》刻《きざ》みのタイム・テーブル――
「……ASは本艦《ほんかん》から直接、XL―2緊急《きんきゅう》展開ブースターで射出《しゃしゅつ》する。過去《かこ》八時間以内に、アルコールを摂取《せっしゅ》した操縦兵《そうじゅうへい》は申し出ろ」
『緊急展開ブースター』とは、AS一機を四〇キロ先まで飛ばす能力を持つ、片道オンリーの使い捨《す》てロケットのことだった。とにかくすばやく、敵が反応する暇《ひま》を与えずに、作戦|地域《ちいき》にASを送りこみたい場合に使われる。
『アルコール』のくだりで、マオとクルツが顔を見合わせた。クルツが小声で『一〇時間前だもんな。セーフ、セーフ』とささやく。
カリーニンは二人の様子を一瞥《いちべつ》したが、なにも言わずに説明を続けた。
「最大の問題は大型|爆弾《ばくだん》だ」
スクリーンにボーイング七四七型機の透視図《とうしず》がCGで表示された。相良宗介の報告による、大型爆弾の位置が赤で示される。
「この爆弾は、VHF帯の電波による遠隔起爆方式《えんかくきばくほうしき》と予想される。われわれの第一撃から立ち直り、テロリストがスイッチを押すよりもはやく、この爆弾を無力化しなければならない」
「しかし、どうやって?」
攻撃ヘリのパイロットがたずねると、カリーニンは爆弾の処理《しょり》方法をおおざっぱに説明した。それを聞いた兵士たちは、ある者は愉快《ゆかい》そうに、またある者は不安げに顔を見合わせた。
「ですが、そうすると九〇三便は飛べなくなります」
「そうだ。だがジャンボ磯には、もともと燃料《ねんりょう》がない。戦火の中での給油《きゅうゆ》も論外《ろんがい》だ。人質は別の飛行機に移して運ぶしかないが、それでも問題が残る。人数だ」
乗客・乗員名のリストが、画面の中をスクロールしていった。四二〇名強。現代テロ史上、最大|規模《きぼ》の人質数だ。
「本艦の保有《ほゆう》する輸送ヘリすべてを投入《とうにゅう》しても、全員を運ぶことができない。そこで西太平洋のメリダ島基地から、C―17[#「17」は縦中横]輸送機を二機飛ばした。すでに基地を出発しており、作戦開始の直前に黄海上で空中給油する」
「あれの定員は一五〇名くらいのはずでは?」
隊員の一人が質問した。
「定員はあくまで定員だ。われわれの目的は、彼らに快適《かいてき》な空の旅を提供《ていきょう》することではない。……この輸送機《ゆそうき》は作戦|発動《はつどう》と同時に強行着陸を行い、五分以内にジャンボ機から人質グループを収容《しゅうよう》、離陸《りりく》する」
「たった五分? それはキツい」
人質の誘導《ゆうどう》を担当《たんとう》する伍長《ごちょう》がうめいた。そばのクルツは苦々《にがにが》しげに、
「五分でも長いぜ。あのデカブツを守るのは……」
「それにも理由がある」
言って、カリーニンは基地周辺の地図を映し出した。
「このスンアン基地は、高速道路沿《こうそくどうろぞ》いに位置している。首都のピョンヤンから近いこともあって、敵増援部隊《てきぞうえんぶたい》の到着《とうちゃく》は、きわめて早いことが予想される。この首都防衛隊《しゅとぼうえい》は精鋭《せいえい》だ。交戦は絶対に避《さ》けねばならない。<デ・ダナン> から道路上にスマート地雷《じらい》を散布《さんぷ》する予定だが、足止め程度《ていど》しか期待できないだろう」
「着陸中、輸送機のどちらかが破壊《はかい》された場合は? もしくは、離陸不可能になったり」
マオがたずねた。
「それでも、もう片方は予定通り離陸する。席に余りがあっても、だ」
少佐は冷然《れいぜん》と言った。
「取り残された人質は、可能な限り輸送ヘリに積《つ》む。最終的にASの収容を放棄《ほうき》してもかまわんが、その場合は確実《かくじつ》にASを破壊《はかい》しなければならない。これは諸君《しょくん》の生命よりも優先《ゆうせん》される。もちろん、そうはならないことを祈《いの》っているが」
室内が、重苦しい沈黙《ちんもく》に包《つつ》まれた。
ASを操《あやつ》る第二小隊の操縦兵が挙手《きょしゅ》して、
「サガラ軍曹《ぐんそう》から連絡は?」
「ない。急ぐ理由の一つだ。作戦決行が遅れれば、状況はそれだけ不利に働く。天候《てんこう》、情報、敵の警戒《けいかい》、人質の安全など、要素《ようそ》は様々だ。予行演習の時間はない」
カリーニンは続いて、作戦のさらに細かい部分や撤収《てっしゅう》方法、予想されるトラブルについて説明した。そしてスクリーンの画像を消去《しょうきょ》し、しめくくった。
「……すでに理解していると患うが、これは非常《ひじょう》に冗長性《リダンダンシー》の低い作戦だ。わずかな失敗が致命的《ちめいてき》な損害《そんがい》をもたらすだろう。だが、この作戦を成功させることができるのは、全世界でわれわれだけだ。各点の能力に期待する。……他に質問は?」
<ミスリル> の兵士たちは沈黙《ちんもく》を保った。
「では準備に入れ。騒音規制《そうおんきせい》を遵守《じゅんしゅ》せよ。以上」
一同はわらわらと立ち上がった。
[#地付き]四月二八日 二二二九時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地
宗介は錆《さ》びついたコンテナの蔭《かげ》から、駐機場《ちゅうきじょう》に停《と》められた三台の車輌《しゃりょう》をうかがった。
(あれか)
大型のトレーラーが二輌と、高出力の電源車が一台。
捕《と》らえた将校《しょうこう》の話では、電源ケーブルのつながったトレーラーの中に、かなめがいるはずだった。アルコールを静脈注射《じょうみゃくちゅうしゃ》して酔《よ》っ払《ぱら》わせ、たくみに居所《いどころ》を聞き出したのだ。その程度《ていど》の訊問《じんもん》では信頼性がいまいちだったが、結果としては正しかったとみえる。
用済みの将校は針金で縛《しば》って気絶《きぜつ》させて、手近なマンホールに放りこんであった。見つかるのはまだ先のことだろう。
駐機場は見通しがよく、水銀灯《すいぎんとう》がこうこうと路面《ろめん》を照《て》らし出していた。
警備《けいび》は、サブマシンガンを手にした男が三人。トレーラーの運転席にも一人が休んでいるのが見える。いずれもスーツか私服姿で、この基地の者ではないようだった。
時計を見ると、二二三〇時だった。<デ・ダナン> に連絡を入れるはずの時間は、とっくに過《す》ぎている。
(どうしたものか……)
宗介は思案《しあん》した。
もっとも無難《ぶなん》なのは、ここでじっと息をひそめていることだ。
そして味方が救出作戦をはじめた時に、あのトレーラーからかなめを救い出す。それから味方と合流《ごうりゅう》するのが、いちばん確実《かくじつ》だろう。
しかし、あのトレーラーの中でなにが行われているのか?
宗介は二週間前、シベリアで救出した少女を思い出した。
少女に投与《とうよ》された薬物には、アルカロイドなども含《ふく》まれていたという。自白剤《じはくざい》にも使われる物質《ぶっしつ》だ。そうした薬物が人間の精神《せいしん》にどんな爪痕《つめあと》を残すか、宗介はよく知っていた。
かなめの、眉《まゆ》をひそめた怒り顔。
あきれ顔と、ぼやき顔と、思案顔と――駅のホームでの、あの笑顔。雲ひとつない青空のようだった。
それらがすべて、徹底的《てっていてき》に破壊《はかい》される。二度と戻ってこない。
目は落ちくぼみ、口はだらしなく開き、唾液《だえき》や鼻水はたれ流しになる。妄想《もうそう》と幻覚《げんかく》に苛《さいな》まれ、皮がはがれるまで自分の肌《はだ》をかきむしる。
彼女は殺されない。だが、ずたずたに壊《こわ》される。
そう思うと、宗介の中で焼けつくような焦燥《しょうそう》が膨《ふく》れあがった。
いますぐ飛び出して、彼女を救いにいきたい――はじめてといっていいほどの、強い衝動《しょうどう》。彼はそれに驚《おどろ》き、また困惑《こんわく》した。
(あせるな……)
自分に言い聞かせる。
任務《にんむ》の最優先は人質グループの安全。かなめの問題はその次だ。
それにいくら連中でも、苦労して手に入れた彼女を、たった一晩で廃人《はいじん》にはしないはずだ。それがどんな実験にしても。おそらくは、ゆっくりと、真綿《まわた》で首を絞め《し》るように……。
(くそっ)
堂々《どうどう》めぐりの思考《しこう》の中で、彼が悶々《もんもん》としていると――
トレーラーの中から銃声《じゅうせい》がひびいた。
銃声。
おそらく中口径の拳銃《けんじゅう》だ。が、ここで出ていくのは得策《とくさく》とはいえない。プロの兵士としての彼の直感は、明らかにそう告げていた。
下手《へた》に動けば状況《じょうきょう》は悪くなる。作戦開始の時刻《じこく》はわからないし、本当に救出作戦が行われるのかさえ、わからないのだ。ここはこらえて、様子を見守る。そうしなければ、味方の作戦にまで支障《ししょう》が出る。任務の優先順位を忘れてはいけない。
そう。ここで出ていくような奴《やつ》は、大馬鹿のアマチェアだ。俺は違う。
だが。しかし。
あのトレーラーの中で、もし、かなめが撃たれたのだとしたら? ひどい怪我《けが》をしていたら……? 俺がいって手当てしてやれば、まだ助かるかもしれない。応急処置《おうきゅうしょち》の技術なら、俺は下手《へた》なやぶ医者よりもたくさん持っている。それよりも、いま、あのトレーラーの中で、テロ屋がかなめに二発目を叩《たた》き込もうとしていたらどうするのだ……!? 床《ゆか》に這《は》いつくばった彼女の頭に、あのガウルンが銃口を向けて――
(かなめ……かなめが……)
ずっと昔に忘れていたはずの感覚が、彼の心臓《しんぞう》を鷲《わし》づかみにする。あまりにも懐かしい感覚《かんかく》だったので、彼はその呼び名をすぐには思い出せなかった。
いまこの瞬間《しゅんかん》、宗介が感じているもの……それは正《ただ》しく恐怖だった。
それでも絶対、出ていってはいけない。死ぬだけだ。任務を忘れるな。
理性が彼に厳命《げんめい》する。しかし――
二度目の銃声。
次の瞬間、宗介はコンテナの蔭《かげ》から飛び出していた。考えなど、なにもない。
彼ははじめて、任務の優先順位を無視《むし》した。
宗介が銃声を聞く二分前――
狭苦《せまくる》しいドラムの中で、かなめははげしく暴《あば》れていた。
『おとなしくしなさい! 目を開けて、映像を見るの!』
女医の声がするが、かまわずに手足をばたつかせ、頭を動かそうと身悶《みもだ》えする。全身が汗《あせ》ばみ、呼吸が乱《みだ》れ、はげしい耳鳴りがした。
「うるさいっ! 出せ、このーっ!!」
頭がおかしくなったわけではない。かなめは単純に、怒っていたのである。
どんな事情があるのか知らないが――こんな場所に閉じ込めて、あんな薄気味《うすきみ》の悪い夢を見せて、得体《えたい》のしれない変なクスリを打って、エラそうにああしろこうしろと指図《さしず》する相手に、いつまでも従っていられるだろうか?
考えるのも弱気になるのも飽《あ》き飽きしていた。大声を出して、身体《からだ》を動かしてストレスを発散《はっさん》しないと、本当に頭がどうにかなってしまいそうだ。
「みんなのところに帰してよっ! じゃなきゃこんな機械《きかい》、ブッ壊してやるんだから!!」
あまりに強く暴れたために、ゴーグル式ディスプレイが頭からずれてしまった。
『まったく、いい加減《かげん》にしてっ……!!』
かなめを寝かせた台がドラムから引っ張り出された。その横にやってきた女医は苛立《いらだ》ちもあらわに彼女の頭を押さえつけ、
「なんてガキかしらっ! 優しくしてればつけあがって!」
「どこが優しいのよ、このオバン!」
「な、なんですって……!」
「あんた、だれかに似てると思ってたけど、やっとわかったわ! 中学ン時の理科の先生にそっくり! 実験一筋で婚期《こんき》を逃《のが》して、やたら生徒に当たり散《ち》らして、意地悪《いじわる》な宿題だして! 教育実習生がいる時期だけ、変にめかし込んで色目《いろめ》使って――」
バルカン砲《ほう》のようにののしりながら、なおも彼女はじたばたと暴れた。腕《うで》の拘束具《こうそくぐ》がかなり弛《ゆる》んでいたので、女医はそれを締《し》め直そうとした。手首を押さえつけて、空いた片手でベルトを――
「きゃあっ!!」
汗で手がすべり、かなめの右腕が勢《いきお》いよく跳ね上がる。そのはずみで、彼女の肘《ひじ》が女医のあごを直撃《ちょくげき》した。女医はその場でよろめいて、薬品棚《やくひんだな》に後頭部をぶつけ、そのまま棚にすがりつくように倒れた。
「あ。……生きてる?」
怒鳴《どな》るのをやめてたずねたが、返事はなかった。
気付くと、右腕が自由になっていた。彼女は左腕を拘束しているナイロン製のベルトをそろそろとはずしてみた。
「お、これは意外と……」
自由になった両手で頭と腰のベルトを外し、身を起こす。ここまでくると、脚《あし》を固定した拘束具を外すのは簡単だった。床を見ると、女医は小さな声をもらして身を起こそうとしているところだった。
(ど、どうしよう……?)
逃げようか? でも、どこに?
かなめは、一歩、また一歩とトレーラーの出入り口に向かった。そのまま扉《とびら》の前まできたところで、
「どこへいく気?」
苦しそうに立ち上がった女医が、小さなピストルを向けて言った。
「こっちに来なさい。従わなければ、ただではすまきないわよ」
「い、いやよ。もうこんな検査《けんさ》、絶対にごめんね。だいたい――」
女が発砲《はっぽう》し、トレーラーの壁《かべ》に弾丸《だんがん》が食い込んだ。
「な……ちょっ――」
女医はもう一度発砲した。今度の弾《たま》は、かなめの後ろにあった液晶《えきしょう》スクリーンを叩《たた》き割った。よく見ると、女の顔は冷たい怒りで凍りついている。場合によっては本気でかなめを撃《う》ちかねないように思えた。
目の前の扉がいきなり開いて、サブマシンガンを構《かま》えた男が二人、入ってきた。
「なにごとだ?」
スーツ姿《すがた》の男はかなめの鼻先に銃口を突きつけ、車内を油断《ゆだん》なく見渡す。たぶん、トレーラーの外で警備《けいび》をしていた連中だろう。
「ちょっとしたトラブルよ。そこのガキに灸《きゅう》を据《す》えてやろうと思っただけ」
「だからって銃を? あんた、この装備《そうび》がいくらすると――」
「五億八〇〇〇万円よ。あんたたちに言われなくてもわかってるわ。……さあ、こっちに来なさい」
拳銃をしまって、女は手招《てまね》きした。男たちは鼻を鳴らし、かなめの背中を押した。女医は薬品棚からなにかの瓶《びん》を出し、注射器《ちゅうしゃき》で適量《てきりょう》を吸《す》い出しながら、
「ちょっと、その子をベッドに押さえといてくれる?」
男たちは有無《うむ》を言わさず、かなめを台の上にねじ伏《ふ》せた。彼女の目の前で、注射針から透明《とうめい》な液体《えきたい》がしたたった。
「な、なにを……」
「さっきのとは違うわ。これは人を従順《じゅうじゅん》にさせる薬よ。いろいろと身体《からだ》に――特に女の子の機能《きのう》に障害《しょうがい》が残るし、テストの段階では使わないつもりだったんだけど」
相手の恐怖を楽しむように、女医は説明した。
「や、やめて……」
「あなたが悪いのよ。せっかく優しくしてあげたのに」
今度はいくら暴れても無駄《むだ》だった。男たちの力はすさまじく、一歩まちがえば骨が折れてしまうかと思えるほどだった。
「いや。お願い。もう暴れないから……!」
「ふふ……だめ」
右腕に注射針が押し当てられた、その瞬間《しゅんかん》――
彼女を押さえつけていた男たちが、次々にうめき声をあげて倒れていった。
「え……?」
いきなり自由になったことに驚き、彼女は顔を上げた。まず視界《しかい》に入ったのは、うろたえながら後ずさる女医の姿。かなめではなく、その背後にいるなにかを見ている。不審《ふしん》に思って振り向くと――
「……さ、相良《さがら》くん?」
そこに立っていたのは、まさしく相良《さがら》宗介《そうすけ》だった。右手の拳銃を女医に向け、左手にはスタンガンを握っている。首からはサブマシンガンを提《さ》げて、前を開《はだ》けた学生服のベルトに、予備《よび》の弾倉《だんそう》が二本、ねじこんであった。
「怪我《けが》はないか、千鳥《ちどり》」
驚くほど落ち着いた声で、宗介が言った。
「え……? そ……。な、ないけど……」
「そうか。では俺の後ろにいろ。離《はな》れるなよ」
彼はかなめを自分の背中に隠して、隙《すき》のない動きで女医に近付いていった。
「あ、あの飛行機の高校生ね? いったい、いつの間に――」
「質問するのは俺の方だ。言え。これは何の設備《せつび》だ。なぜ彼女をさらう」
「そんなことが言えるわけが――」
宗介は女のそばにあった電子機器に弾丸を二発|撃《う》ち込んだ。火花を散らして、たちまち装置は沈黙した。
「答えろ。次は貴様《きさま》を撃つ」
女の頭に銃口をぴたりとポイントする。相手はあわてて両手を挙《あ》げた。
「やめて、話すわ! この設備は……彼女が本物の <ウィスパード> かどうかを調べるためのものなの」
「ウィスパード。何だ、それは」
「一言では説明できないわ。<ウィスパード> はブラック・テクノロジーの宝庫《ほうこ》で、世界のパワー・バランスを動かすほどの知識をもたらす存在なの。自由にそれを引き出すのはまだ難《むずか》しいけど、ゆくゆくは生きた万能《ばんのう》データベースとして――」
そこまで聞いたところで、いきなり宗介がかなめの腕《うで》をひいて、CTスキャナーの蔭に飛び込んだ。直後に雷《かみなり》のような銃声がひびき、二人の周りで火花とプラスチックの破片《はへん》が 跳《は》ね回った。
「きゃっ……!!」
かなめと女医が同時に悲鳴をあげた。宗介がすぐさま身をひるがえして、拳銃だけを蔭から突き出し、残りの全弾をトレーラーの出入り口に向かって乱射《らんしゃ》した。
「ごぁっ」
今度は知らない男の悲鳴が聞こえた。宗介は弾切れの拳銃を捨てて、サブマシンガンのレバーを前後させながら、立ち上がって出入り口の様子をうかがった。
かなめは、女医がうつぶせに倒れているのを見て息を飲んだ。きっと流れ弾が当たったのだ。床に血の染みがみるみる広がっていき、弱々しい苦悶《くもん》の声がもれる。
「逃げるぞ、千鳥」
「あ、あの人、死……」
「まだ生きてる。だが手当てする時間も義理《ぎり》もない」
彼女の手を引き、空いた手でサブマシンガンを構《かま》えると、宗介は出入り口へと走った。事情がまったく飲み込めないかなめは、
「ねえ、いったいあなた、どうして――」
「説明は後だ。敵が来る」
トレーラーの出口には男が倒れていた。脇腹《わきばら》を手で押さえ、必死で身を起こそうとしている。震《ふる》える手でサブマシンガンを向けようとする男を、宗介は容赦《ようしゃ》なく蹴《け》り倒した。テロリストは銃を投げ出し、車外に転げ落ちていった。
「い、痛そー……」
「いくぞ」
「ま、待って。こんなカッコじゃ歩けないよ。着替えさせて」
膝上《ひざうえ》二〇センチのガウンだけでは、いくらなんでも心細い。ちょっと走ればパンツ丸見え状態《じょうたい》だ。
「あきらめろ、時間がない」
「勝手なこと言わないで。ちょっとあんた、なにやらしい目でジロジロ見てんのよ!?」
「違う。その格好《かっこう》のどこに問題があるのか、観察《かんさつ》を――」
「ウソね! このドサクサで、なんか変なことするつもりでしょう!?」
「そんなわけがないだろう。こっちに来てくれ」
「やーよ! だいたいあんた何者なのよ!? ただの下着ドロじゃないわね?」
「言うことを聞いてくれ。俺は君の身を案じてこんな無茶《むちゃ》を――」
そこで、またしても外から銃撃《じゅうげき》。
トレーラーの出入り口で銃弾がはじけ、宗介はとっさにかなめの方へと身を投げ出した。真っ正面から二人はぶつかり、からみ合うように床に倒れた。
「きゃあぁ――っ! ど、どこ触《さわ》ってんのよ!?」
「だから違うと言ってるだろう」
「あっち行け! チカン! ヘンタイ! レイパーっ!!」
「いい加減《かげん》にしてくれ!」
見苦しいことこの上ない。敵の銃撃が続くのをよそに、二人はトレーラーの中でじたばたともつれ合い、押《お》し問答《もんどう》をくりかえしていた。
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4:巨人のフィールド
[#地付き]四月二八日 二二四一時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地
けっきょく宗介の詰《つ》め襟《えり》を借《か》りることで、なんとかかなめは納得《なっとく》した。
するどい射撃《しゃげき》の合間《あいま》をぬって、宗介がトレーラーの反対側へと飛び出す。ぐずるかなめの手を引いて、近くに停《と》めてあった電源車へと走った。
「乗れ! はやく!」
「って……きゃっ!」
かなめを助手席《じょしゅせき》に放りこみ、エンジンをかける。すぐさま発進。遅《おく》れて背後《はいご》から銃撃。後ろのナンバープレートが吹き飛び、トレーラーにつながっていた送電ケーブルが引きちぎられた。
「頭を低くしてろ!」
「もう、なんなのよ――――っ!?」
駆《か》けつけた兵士が後ろから発砲を続ける。だがそのころには、宗介たちの電源車は基地《きち》の北に向かって毎時八〇キロで疾走していた。
「あんた何者? どこにいくの? これからいったいどうする気?」
かなめは無数の疑問符《ぎもんふ》を連発《れんぱつ》した。
「説明してよっ!」
向かい風に負けない声で叫《さけ》ぶ。宗介はひびの入ったバックミラーをちらちらと見ながら、
「実は転校してきて以来、ずっと君を尾《つ》けていた」
「なにをいまさら。んなこたー、わかってるわよ! だからその辺の事情を聞かせなさいよっ!?」
「実は俺も、くわしい事情を知らない。君がなにか特殊《とくしゅ》な存在《そんざい》で、ある諜報機関《ちょうほうきかん》が生体実験に使おうとしていたことくらいだ」
「チョーホーキカン!? セータイジッケン!?」
「そうだ。それを未然《みぜん》に防ぐため、護衛《ごえい》として派遣《はけん》された兵士……それが俺だ」
かなめは露骨《ろこつ》に疑《うたが》わしそうな顔で、
「兵士ぃ……? 自衛隊《じえいたい》?」
「ちがう。<ミスリル> だ」
「みすりる?」
「いずれの国にも属《ぞく》さない、秘密《ひみつ》の軍事組織《ぐんじそしき》だ。各国の利害《りがい》を超えて地域紛争《ちいきふんそう》を防ぎ、対テロ戦争を遂行《すいこう》する精鋭部隊《せいえいぶたい》。俺はそのSRT――| 特 別 対 応 班 《スペシャル・リスポンス・チーム》に所属している。専門分野は偵察《ていさつ》作戦とサボタージュ、そしてASの操縦《そうじゅう》だ。階級は軍曹《ぐんそう》。コールサインはウルズ7。認識《にんしき》番号、B―3128」
宗介はすらすらと答えた。だが彼女は、相手のことを本気で心配している様子で、
「あのね、相良くん。あなたが軍事マニアだってことは、よくわかったわ。でもね、そういうのは……ちょっと、マジでヤバいわよ?」
「? なんの話だ」
「あたし、本で読んだことあるの。こういう大事件に直面《ちょくめん》すると、強いショックで自分が見えなくなって、日頃の妄想《もうそう》とかに取りつかれちゃう人がいるんだって。どうやって飛行機から抜け出したのかは知らないけど、あなたはいま、錯乱《さくらん》してるの」
「錯乱?」
むしろ錯乱しているのはかなめの方だったのだが、彼女は宗介をなだめるように、
「そう。だから落ち着いて、自分に言い聞かせるの。『僕はただの高校生だ』って。さあ、一緒《いっしょ》に深呼吸《しんこきゅう》を――」
突然《とつぜん》、宗介がハンドルを切った。
車のすぐ右を、機関銃《きかんじゅう》の弾《たま》がかすめ、アスファルトの破片が二人の頭に降《ふ》り注《そそ》いだ。追跡《ついせき》してきた装甲車《そうこうしゃ》が、ジープめがけて発砲したのだ。
「きゃ――――っ! 止めてっ! 降ろしてっ!」
「黙《だま》ってつかまってろ」
右に左にと車体を振り、敵の射撃《しゃげき》をなんとかしのぐ。そうこうしているうちに、基地の北端《ほくたん》の格納庫《かくのうこ》が、ぐんぐんと近付いてきた。
「ふせていろ」
「な、なんで?」
「突っ込むからだ」
「ちょっ……」
かなめが身構《みがま》えるのとほとんど同時に、電源車は格納庫のシャッターに激突《げきとつ》した。
錆《さび》だらけのシャッターは簡単にひしゃげた。格納庫内に飛び込んだ車は、中に停《と》めてあった牽引《けんいん》トラクターをかすめて横滑《よこすべ》りし、大きなコンプレッサー車にぶつかってようやく止まった。
宗介は運転席から立ち上がり、
「千鳥、動けるか?」
「……もう死ぬ」
「立つんだ。敵が来る」
かなめは格納庫の中を見回した。正面の壁《かべ》に、大きな人影が並んでいた。合計三体。高さは三階立ての家ほどあるだろう。パイプやケーブル類につながれて、頑丈《がんじょう》な骨組《ほねぐみ》の中に立っている。カーキ色で、腕《うで》の長い機体《きたい》だ。
「アーム・スレイブ……っていうやつ?」
しばしばニュース映像やハリウッド映画などに出てくるので、かなめでもこの兵器の呼び名くらいは知っていた。
「君は奥に隠れていろ」
「ま、まさか、あれに乗る気じゃないでしょうね?」
「そうだ。乗る」
彼はASの足下に走り、コックピットへの梯子《はしご》を登りはじめた。
「ちょっ……」
かなめは青くなった。『自分は秘密組織のソルジャーだ』などといった、危険な妄想に取りつかれた軍事マニアが、自分を巻き込んで体当たりアクションを繰り広げた末《すえ》、今度は戦闘《せんとう》ロボットに乗って暴《あば》れ出そうとしている。
もうおしまいだ。
じきに追っ手がやってくる。プロの敵に、ただのマニアが勝てるわけがない。自分はこのまま、あのバカもろとも殺されてしまうのだ。
「やめてよ! シロウトがそんなロボット、動かせるわけないでしょ!?」
叫《さけ》んだかなめを、梯子の上から宗介が見下ろした。
「素人……?」
彼の顔は暗がりの中で、はっきりとは見えなかった。ただ彼女には、瞬間《しゅんかん》、彼の目がぎらりと光ったように思えた。そして――きっと錯覚《さっかく》だったのだろうが――彼がぞっとするような笑みを浮かべた気がした。
「俺は素人ではない。専門家《スペシャリスト》だ」
宗介はASの肩に乗り、コックピット・ハッチの開放レバーを引いた。
高圧《こうあつ》空気の漏《も》れる音。
目の前でASの頭部がスライドし、その下――胸部に狭苦《せまくる》しいコックピットが露出《ろしゅつ》した。人間ひとりをすっぽりと包《つつ》み込むだけのスペース。『乗る』というより、『着る』『包まれる』と表現した方がしっくりくる空間だ。
これがアーム・スレイブのコックピットだった。
このコックピットは『マスター・ルーム』などとも呼ばれ、操縦者《そうじゅうしゃ》の動作《どうさ》を読み取り、機体《きたい》に伝える機能《きのう》を持つ。主人《マスター》の小さな動きを、奴隷《スレイブ》が大きく再現《さいげん》する。肘《ひじ》を一〇度ほど動かせば、機体の肘は三〇度ほどすばやく曲がる仕組《しく》みだ。
『AS』の語源は『アーマード・モービル・マスター・スレイブ・システム』。
操縦法についてのみいえば、ほとんどのASはこの方式で制御《せいぎょ》される。
「とにかく引っ込んでいろ、千鳥」
宗介は叫ぶと、ソ連製AS――Rk[#「Rk」は縦中横]―92[#「92」は縦中横] <サベージ> のコックピットにすべりこんだ。
腕《うで》の先のスティックを握《にぎ》り、親指のレバーをぐいっと押しこむ。
ふたたび高圧空気の音。コックピット・ハッチが閉じた。内骨格《ないこっかく》がロックされ、金属の噛《か》み合う音がひびく。
宗介の頭の正面で、モノクロのスクリーンが点灯《てんとう》し、文字がずらりと並んだ。
<<コックビット・ブロック――閉鎖《へいさ》/マスター・スーツ――調整《ちょうせい》開始>>
身体《からだ》がゆったりと締《し》めつけられる。のんびりしている時間はない。宗介はスティックのボタンをなめらかに操作《そうさ》して、次々と起動《きどう》の手順をこなしていった。
<<モード――4/バイラテラル角――2・8→3・4>>
格納庫の外から追っ手の射撃《しゃげき》。シャッターに無数の風穴がうがたれ、火花が散る。
口径《こうけい》が大きい。妙《みょう》だ。外の敵は装甲車《そうこうしゃ》だけではない?
<<メイン・ジェネレーター――点火/メイン・コンデンサー――電荷《でんか》上昇中>>
シャッターの脇《わき》のコンプレッサー車が爆発、炎上《えんじょう》した。くすぶる炎のむこうから、重たげな足音が迫る。足音。こちらに向かっているのは、装甲車ではなく――
ASだ。まずい。
スクリーン上に文字の羅列《られつ》が浮かんでは消える。あとすこし……。
<<全ヴェトロニクス――強制|起動《きどう》>>
<<全アクチュエーター――強制|接続《せつぞく》>>
<<最終起動チェックを全省略《ぜんしょうりゃく》>>
「さっさと動け……」
ロシア製コンピュータの処理速度《しょりそくど》にいらだつ。轟音《ごうおん》。穴だらけのシャッターを引き裂《さ》いて、こちらとまったく同じ型のAS、Rk[#「Rk」は縦中横]―92[#「92」は縦中横] <サベージ> が踏《ふ》み込んできた。
赤い、無機的《むきてき》な二つ目が、こちらを見る。
<<全関節ロック――強制|解除《かいじょ》、実行中>>
「はやく……」
敵ASが巨大なライフルの銃口を向けた。気付いてる。撃《う》つ気だ、いま――
<<コンバット・マニューバー――オープン>>
敵のライフルが火を噴《ふ》くのと、宗介のASが身をかがめるのは、ほとんど同時だった。
きわどいところで弾丸は空を切る。宗介機は猛然《もうぜん》と前に飛び出し、敵のライフルを払《はら》いのけると、そのまま肩《かた》をぶち当てた。
敵ASは背中から倒れ、格納庫の壁をぶち抜いた。コンクリートがぼろくずのように崩《くず》れ、白い煙《けむり》が巻きあがる。
宗介は敵機が取り落としたライフルを拾《ひろ》い上げ、残弾数をチェックした。それから身を起こそうとする敵機に銃口を向け、
「戦闘開始だ」
つぶやき、トリガーを引き絞《しぼ》った。
「うそ……」
トラクターの蔭《かげ》からその様子《ようす》を見ていたかなめは、おもわず声をもらした。
宗介の操《あやつ》るASは、一瞬《いっしゅん》で敵を倒し、銃を奪《うば》い、手足を撃ち抜いて行動不能《こうどうふのう》にしてしまった。その動きの機敏《きびん》さといったら、オリンピックの体操選手《たいそうせんしゅ》も顔負けだった。
敵を屠《ほふ》ったカーキ色の巨人は、格納庫を出ていくと、外で待ち構えていた装甲車にライフル弾を浴《あ》びせかけた。破片《はへん》と閃光《せんこう》が跳ね回り、装甲車が次々と煙を噴《ふ》いた。遅《おく》れて、小さな爆発《ばくはつ》。
かなめの隠れるトラクターのボンネットが、びりびりと震《ふる》えた。
「あ……」
右側のビルの死角《しかく》、宗介の背後に、別の敵ASが姿を見せた。……が、次の瞬間、敵機は頭部と両腕を吹き飛ばされて、のけぞり返っていた。
宗介のASが、背中を向けたまま肩越しにライフルを撃ったのだ。
倒した敵は一顧《いっこ》だにせず、次の獲物《えもの》を探し求める。ライフルを両手でていねいに構え、なめらかに、流れるように……。
彼の戦いぶりには、危なっかしさのかけらもない。電気人形にすぎないASの動作は、場違《ばちが》いなほどにリラックスして見えた。
これが、あの相良宗介?
この、当然のような強さはいったい?
彼は自分のことを『秘密組織の兵士だ』と言った。車で逃げている間はほとんど相手にしなかったが――こうなってくると認《みと》めざるをえない。
彼の話は真実だったのだ。
相良宗介は妄想に取りつかれた軍事マニアなどではない。本当に、ケタ外れの力を持つ戦士なのだ。
ハイジャック。これは大事件だ。
自分の秘密《ひみつ》。これも大きな謎《なぞ》だ。
そしてダメ押しが彼の変身だった。もはや夢の世界に放りこまれた気分だ。だが……彼女の髪をなびかせる風、火薬の匂《にお》い、炎の赤さ、迫《せま》りくるキャタピラの音、それら総《すべ》てが『これは紛《まぎ》れもない現実だ!』と大合唱していた。
彼のASが、彼女を見下ろした。
(ようこそ、わが世界へ)
機体の大きな三つ目が、無言《むごん》で語っているようだった。
(これが俺の本当の姿だ。なるほど、おまえはあの学校ではひとかどの存在《そんざい》だったかもしれない。しかし、ここでは逆《ぎゃく》だ。ここはまったく別の場所。おまえの常識《じょうしき》は、なに一つ通用しない。おまえなど、ひと捻《ひね》りで血の染みになってしまう。もちろんリセットボタンはない。やり直しはなしだ。さあ、一緒《いっしょ》に地獄《じごく》めぐりといこうぜ……)
「いや……」
帰りたい。いつから自分は、こんな場所に迷い込んでしまったのだろう?
『……険だ。下がっていろ』
外部スピーカーを通して、彼が叫んでいた。
『聞こえないのか、千鳥!』
「え……?」
名前を呼ばれて、ようやく我《われ》に返る。
『まだ危険だ。下がっていろ!』
さっきの声は幻覚《げんかく》だったのだろう。宗介の口調は真剣《しんけん》で、なにかを楽しんでいるような様子は微塵《みじん》もうかがえなかった。
見ると、滑走路《かっそうろ》のむこうから戦車が二輌《にりょう》、向かってきていた。砲塔《ほうとう》がゆっくりと動いている。こちらに砲撃《ほうげき》する気だ。
「う……うん」
そう。危険だった。それだけは彼女にもはっきりとわかった。
[#地付き]四月二八日 二二四八時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]黄海 西朝鮮湾 海上 <トゥアハー・デ・ダナン>
夜空は曇《くも》り、星一つ見えなかった。
天地の区別もつかない暗闇《くらやみ》。その暗黒から染み出すように、巨大な船体が浮上《ふじょう》した。
波を蹴《け》たて、<トゥアハー・デ・ダナン> は舳先《へさき》をめぐらす。東南東、薄くたなびく海岸に向けて――
なんの前触《まえぶ》れもなく、<デ・ダナン> の背中が左右に開いた。ゆっくり、重たげに。発動機《はつどうき》の低いうなり声と、巨大なギアのかみ合う音。
二重式の船殻《せんかく》が開ききり、艦の飛行甲板《ひこうかんぱん》が露出《ろしゅつ》した。
光はほとんどない。まばらにしつらえられた、小指の先ほどの発光《はっこう》ダイオードが、弱々しく灯っているだけだ。沿岸《えんがん》を歩く現地人が、偶然《ぐうぜん》、艦から漏れた光を目撃《もくげき》しないためだった。甲板の作業員は例外《れいがい》なく、暗視《あんし》ゴーグルを着《つ》けている。
わずかな準備《じゅんび》時間のあと、大小のヘリとVTOL戦闘機が、次々に離陸《りりく》していった。
航空部隊の出撃《しゅつげき》が済むと――
飛行甲板にブザーが鳴り響《ひび》き、下層《かそう》の格納甲板から、エレベーターに乗ったアーム・スレイブ――M9 <ガーンズバック> がせり上がってきた。
肩には『101』のマーキング。メリッサ・マオの乗る機体である。
「さて……あたしらの番だ」
M9のコックピットで、マオは静かにつぶやいた。
『BGMが欲しいな。定番で「ワルキューレの騎行《きこう》」とか』
そう言ったのは、となりのエレベーターで上昇中《じょうしょうちゅう》のクルツ機だった。
「はん。ワーグナーつてガラかい?」
『なら、ケニー・ロギンスだ。「デンジャー・ゾーン」』
「あんた、突撃《とつげき》バカの曲しか思いつかないの?」
『うっせえな。じゃあ、サダマサシでも流せってのか』
「だれ、それ?」
エレベーターが停止《ていし》した。暗視センサーを通して見る飛行甲板は、カタパルト装置《そうち》の蒸気《じょうき》がもうもうとたちこめ、まるで口を開けた冷蔵庫《れいぞうこ》のようだった。
スクリーンの右手に、クルツのASが見える。クルツの機体もマオと同じM9だったが、頭部の形が異《こと》なっていた。マオのM9は小隊長機のため、電子|兵装《へいそう》と通信装置《つうしんそうち》が増設《ぞうせつ》されているのだ。
そしてどちらの機体も、ロケットのついた折りたたみ式の翼《つばさ》を背負《せお》っていた。ASを単独《たんどく》で作戦|地域《ちいき》に放りこむ、緊急《きんきゅう》展開ブースターである。
飛行甲板に上がったマオは、カタパルトの|射 出 台《シャトル・ブロック》へと機体を歩かせた。AS用のそれは、ちょうど短距離走者《たんきょりそうしゃ》のスターティング・ペダルによく似ていた。
『……それにしても、あのムッツリ自爆男《じばくおとこ》、生きてるかね?』
クルツが言った。
「縁起《えんぎ》の悪いこと言うんじゃないよ」
『お、姉《ねえ》さん。もしかして心配してんの?』
「するよ。あんたと違って、ソースケはかわいいトコあるからね」
『俺にもあるぜ、かわいいところ。後でこっそり見せてやるよ』
「……あんたって、筋金《すじがね》入りのお下品男だね」
そこで小さな電子音。発進管制士官《はっしんかんせいしかん》からの連絡《れんらく》だった。
『|ウルズ2《マオ》へ。発艦予定時刻《はっかんよていじこく》まであと三〇秒だ」
「ウルズ2了解《りょうかい》。……聞いたね、|ウルズ6《クルツ》」
『聞いた。姉さんの一〇秒後に続く』
マオは機体を射出台《しゃしゅつだい》に固定《こてい》させ、点検作業《てんけんさぎょう》をてきぱきと行った。
燃料《ねんりょう》ポンプが震える。大きな主翼《しゅよく》と小さな安定翼が小刻《こきざ》みに動く。ペダルのロックと、兵装の固定と……すべて確実《かくじつ》。
「問題なし。いくよ」
背後の甲板から、|推力偏向板《ブラスト・ディフレクター》がせりだす。甲板|要員《よういん》が手信号を送った。いつでも出られる。機体のAIもそれを示し、音声で報告《ほうこく》した。
<<カウント5>>
機体が小さく沈《しず》み込む。
<<3……>>
蒸気カタパルトが力をたくわえる。
<<2……>>
ノズルがすぼまり、
<<1……>>
炎が尾を曳《ひ》き、
<<GO>>
カタパルトが、ブースターが吠《ほ》える。合計一二〇トンの推力《すいりょく》。わずか二秒で時速五〇〇キロまで加速《かそく》。そのまま離床《りしょう》。M9 <ガーンズバック> は夜の大気を切り裂き、ぐんぐんと高度を上げていく。
「さあ、戦闘開始だ……」
はげしい振動《しんどう》に耐《た》えながら、マオは上唇《うわくちびる》を軽く舐《な》めた。
[#地付き]四月二八日 二二四九時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地
スクラップと化した車体から這《は》い出し、戦車兵たちは先を争うように逃げ去った。
「よし……」
戦車二輌を片付けた宗介のAS <サベージ> は、かなめの待つ格納庫に駆《か》け戻《もど》った。別の敵はすぐにやってくるだろう。とにかくどこかに逃げないと――
『千鳥《ちどり》っ』
外部スピーカーで呼びかけた。くずれた壁《かべ》の後ろから、かなめがフラフラと現われる。
青ざめた顔。機体を見上げるその瞳《ひとみ》は、弱々しく、追いつめられた野兎《のうさぎ》のように脅《おび》えていた。彼女もようやく、自分の置かれた状況《じょうきょう》がわかってきたようだ。
「やっつけたの……?」
かぼそい声を、<サベージ> の聴覚《ちょうかく》センサーはなんとか捉えた。宗介は機体の左手を差しのべて、
「つかまれ。基地の外に逃げる」
基地から離れた北西、川と道路のむこうに小高い丘が見えた。針葉樹《しんようじゅ》が生《お》い茂《しげ》るそこは、ひとまず逃げ込むにはちょうどよく見えた。
かなめは、自分の脚ほどの太さの指を触《さわ》って、
「こ、これに乗るの?」
「そうだ。手のひらに腰かけるように。さあ」
「で、でも……」
「急げっ」
切迫《せっぱく》した声で告げると、彼女は恐《おそ》る恐るASの手に乗る。かなめを大事に抱《かか》え上げると、宗介は機体を走らせた。
「いっ……!」
かなめが裏返《うらがえ》った悲鳴《ひめい》をあげ、機体の親指にしがみつく。
宗介にも、彼女の恐怖は容易《ようい》に想像できた。電柱のてっぺんのような高さで、はげしく上下に揺《ゆ》られながら、時速六〇キロで運ばれたら、だれだって怖《こわ》いだろう。
しかし、いまは我慢《がまん》してもらうよりほかなかった。
「下を見るな。目を閉じていろ」
<サベージ> の手の中で、かなめは肩を震《ふる》わせながら、
「まっ……待って! みんなはどうするの? あたしたちだけ逃げるなんて……!!」
「いまはこちらの身があやうい。俺の仲間がなんとかしてくれる」
「な、仲間……?」
「救出部隊《きゅうしゅつぶたい》だ」
そうは言ったものの、確信《かくしん》はなかった。かなめを助けるためとはいえ、救出作戦の前に戦闘をはじめてしまったのは大黒星だ。捕《と》らえた将校《しょうこう》から聞き出した格納庫で、ASを手に入れたまではいいが……。
追っ手はすぐ来るだろう。事態《じたい》はそれほど好転《こうてん》していない。
かなめを抱えた <サベージ> は、基地のフェンスを飛び越《こ》えた。茂みを突っ切り、広い道路を横切ろうとする。そこで、コックピット内に警報《けいほう》ブザーが鳴り響いた。
<<ミサイル警報/四時方向>>
右後方からするすると、誘導式《ゆうどうしき》のミサイルが迫った。
「くっ……」
機体を振り向かせる。いきなりかなめを胸から引きはなすと、頭部に二門|備《そなわ》ったバルカン機銃で迎撃《げいげき》。
「きゃうっ!」
秒間八〇発の弾幕《だんまく》にさらされ、誘導ミサイルが空中で爆発した。宗介の <サベージ> はすぐさま身をひるがえし、木立を駆《か》ける。
かなり乱暴《らんぼう》な扱《あつか》いだったが、仕方《しかた》がなかった。機関銃の銃口は、かなめの頭から五〇センチほどしか離れていなかったのだ。そのまま発砲《はっぽう》していたら、マズル・フラッシュ――銃口から飛び出す炎で、彼女が大火傷《おおやけど》してしまう。ついでに鼓膜《こまく》も破《やぶ》れただろう。
「あ、あぁ……!」
なにが起きたのかもわからないらしく、かなめは身を固くして、無我夢中《むがむちゅう》でASの腕《うで》にしがみついていた。
「もうすこし辛抱《しんぼう》してくれ。敵を引きはなすまでの――」
彼女に答える余裕《よゆう》はなさそうだった。顔面を蒼白《そうはく》にして、手の中で縮《ちぢ》こまっているばかりだ。
だが、この程度《ていど》で済《す》んでいるのは、宗介にとってはむしろ驚きだった。普通の娘なら半狂乱《はんきょうらん》で泣き叫び、ASの手から逃《のが》れようと大暴れしていることだろう。それに比べ、かなめは不平《ふへい》ももらさずに、こうしてしっかりとASの腕につかまっているのだ。
(たいしたものだ)
内心でつぶやき、宗介は機体を急がせる。土を蹴《け》り、低木をかきわけ――
(しかし……)
ついさっき、ミサイルを射《う》ってきた敵が気になった。たった一発を射ったきりで、続いての攻撃がまったくない。旧式の対戦車《たいせんしゃ》ミサイルなど、ASには通用しないとわかっているはずなのに。
(こちらの腕試《うでだめ》しか……?)
追っ手が見えない。光学《こうがく》・赤外線《せきがいせん》センサーでは反応《はんのう》なし。そんなはずはないのだが。
ひどくいやな気がする。研《と》ぎ澄《す》まされた戦士の知覚《ちかく》だけが感じとることのできる、危険の匂《にお》い。こればかりは、ハイテク兵器のセンサーでも拾《ひろ》うことはできない。
堤防《ていぼう》を越して、川を渡ろうとしたその時――
「!」
まったく予想していなかった方角から、鋭《するど》い射撃《しゃげき》が彼らを襲《おそ》った。
川の下流。二時方向。
とっさに宗介は機体を振った。オレンジ色の砲弾《ほうだん》が装甲《そうこう》をかすめ、そばの樹木がばらばらになる。
さらに弧《こ》を描いて、グレネード弾《だん》が迫った。半径数十メートルを焼き払《はら》う、高性能の爆弾である。あれが炸裂《さくれつ》したら、この機体は耐《た》えることができても、むき出しのかなめはひとたまりもない……!
「しまっ……」
グレネード弾は <サベージ> のすぐ目前に落ちた。グレネードの爆発からかなめを庇《かば》おうと、宗介は彼女を抱《かか》えて機体の背中を向けた。
衝撃《しょうげき》。
機体の右脚、膝《ひざ》から下が吹き飛ばされた。バランスを崩《くず》し、宗介の <サベージ> は川めがけて倒れ込んだ。
「きゃっ……!」
かなめの身体《からだ》が放り出され、川に落ちて水しぶきをあげた。
「千鳥っ!」
残った手足で機体を起こし、宗介は叫んだ。
そこで気付く。
グレネード弾は、爆発していなかった。信管《しんかん》を抜いた不発弾《ふはつだん》。右脚は、敵の狙撃《そげき》で射抜《いぬ》かれたのだ。つまりグレネードは、こちらの動きを止めるための囮《おとり》……!
かなめが水面に顔を出し、
「……ぶはっ!」
「ちど……」
這《は》い寄《よ》ろうとした宗介の <サベージ> を、正確な射撃《しゃげき》が三たび襲う。とっさに機体を伏《ふ》せさせたが、右腕と脇腹《わきばら》に被弾《ひだん》した。
<<右下腕部――破損《はそん》/制御不能《せいぎょふのう》>>
<<メイン・コンデンサー――全損/サブ・コンデンサー――出力低下>>
「くそっ……」
暗闇の中から、銀色のASが一機、現われた。これまでとは異《こと》なる機体だ。
距離はおおよそ三〇〇メートル。それがみるみる縮まってくる。川岸の土手|沿《ぞ》いに、砂利《じゃり》を蹴《け》たてて突進《とっしん》して――
宗介の <サベージ> はライフルを持ち替えて応射《おうしゃ》した。手ごたえなし。右腕、右脚を失ったために、まるで踏《ふ》ん張《ば》りがきかない。
敵も射ってきた。一発ずつ、まるで砲弾を惜《お》しむかのような射撃。こちらは這うか、伏せるかしかできないので、機体のあちこちが被弾する。
<<メイン・センサー――全損/広背筋アクチュエーターに火災発生>>
「くっ……!」
さらに弾が切れてしまった。片腕なので弾倉交換《だんそうこうかん》もできない。
そこに銀色の敵機が迫る。
宗介は片膝《かたひざ》をついたまま、ライフルを棍棒《こんぼう》代わりにして、殴《なぐ》りかかった。敵機はそれを打ち払い、カービン銃を胸部に押しつけた。コックピットを一撃で――
発砲。
機体の腰を振《ふ》るのが、あとコンマ数秒遅れていたら、宗介の身体は血煙《ちけむり》になっていただろう。かろうじて射線《しゃせん》のずれた砲弾は、<サベージ> の装甲板《そうこうばん》を引き剥《は》がし、胸部の電子装置と腹部のジェネレーターをえぐりとった。
制御《せいぎょ》システムを破壊《はかい》された <サベージ> は、糸の切れた操《あやつ》り人形のように倒れた。がっくりと仰向《あおむ》けになって、大きな水柱をあげ、川岸に腕を投げ出す。
「っ…………」
夜の大気が頬《ほお》をなでる。額から流れ出た血が、目に入った。脇腹に焼けるような激痛《げきつう》。レバーや脚《あし》を動かすが、機体はまったく反応しない。
大破《たいは》した <サベージ> に、かなめが泳いで近付いてきた。ぼろぼろの腕につかまると、
「さ、相良くん……?」
「来るな、下がっていろ!」
苦痛を無視《むし》して、宗介は叫んだ。
銀色のASが宗介の前に立ちはだかった。まったく見たことのない機種《きしゅ》だ。東側ではなく、西側のASに似たスマートなデザイン。塗装《とそう》が銀色なのは酔狂《すいきょう》ではなく、単に未塗装のためだった。どこかの国の実験機だろうか?
『川の手前までは、いい動きだったな」
外部スピーカーから声がした。操縦者《そうじゅうしゃ》はガウルンだ。間違いない。
「しかし、そこから先がいただけない。こちらが欲しいのは、その娘だ。本気でグレネードなどブチ込むと思ったか?」
「……もっともだ」
基地の方角から、二機のASと一輌の装甲車が向かってきていた。もう逃げる事はない。完敗《かんぱい》だ。
『はん、あのときの生徒か。まさか高校生のエージェントとはな。さすがに俺も騙《だま》されたよ。<ミスリル> の人間か?」
「……答える義務《ぎむ》はない」
『ふん。なら、死ね』
「ちょっ……なにする気っ!?」
かなめが叫《さけ》んだ。そんな言葉など無視して、ガウルンのASはカービン・ライフルを宗介に向けた。だが、撃《う》たない。ガウルンはしばらく沈黙《ちんもく》してから、
『は……くはは……」
くぐもった声をもらした。ASの肩が小刻みに上下し、巨大な左手が頭部をぴしゃりと叩《たた》く。銀色の機体は感情もあらわに反《そ》り返って、首を何度も横に振った。
操縦者が、笑っているのだ。
『これはたまげた……! おまえ、カシム[#「カシム」に傍点]か』
カシム。かつての宗介の呼び名だ。
『まるで気付かなかったぞ。おまえが <ミスリル> にいたとはな……! カリーニン大尉[#「大尉」に傍点]はどうした? あの腰抜けも元気か!?」
宗介はそれには答えず、
「なぜ貴様《きさま》が生きている」
銀色のASは、額の位置――ちょうどレーザー照準器《しょうじゅんき》のある部分を、左手の指先で突ついて見せた。
『くくっ。昔の負傷で、頭蓋骨《ずがいこつ》にチタンの板が埋め込んであったもんでね。角度も浅くて、俺は助かった。しかし……うれしいね。こんな形で再会できるとは。イイよ、最高だ』
耳障《みみざわ》りな笑いがひびいた。
「ずいぶんと陽気《ようき》になったな、ガウルン」
『おかげでなぁ! あれからいろいろあったんだよ。くっく。聞かせてやりたいことは山ほどあるが、時間もない。てめえを始末して、その娘の脳みそをいじり回す仕事があるんでな。ちょっとした宝探しだよ』
憎悪《ぞうお》の混《ま》じった懐《なつ》かしさからか、ガウルンは饒舌《じょうぜつ》になっていた。
「なんの話だ」
『その娘の頭には、<|存在しない技術《ブラック・テクノロジー》> が詰《つ》まってるのさ。ラムダ・ドライバの応用理論《おうようりろん》とかな。完成すれば、核兵器《かくへいき》さえ無意味《むいみ》になるかもしれんそうだ』
「……なに?」
『知らないみたいだな。だが、もう教えてやらんよ。三途《さんず》の川の船頭に、「団体さんがもうすぐ来る」と伝えておいてくれ。じゃあな』
ガウルンは改めて銃口を向けた。
「やめ……」
かなめが叫ぼうとした瞬間《しゅんかん》、それを爆音と水しぶきがさえぎり、ガウルンのライフルが真っ二つになった。
『ん……!?』
飛びすさるガウルン。それを追って、空から二発、三発と鋭《するど》い射撃が襲う。容赦《ようしゃ》のない、殺気《さっき》のこもった砲弾。たまらずガウルンは身をひるがえした。
頭上から轟音《ごうおん》がした。見上げると、灰色のASが一機、こちらに向かってまっしぐらに降下《こうか》してくるところだった。パラシュートを切りはなし、自由落下してくる。
『イィィィィ……ヤッホ――――ッ!!」
そのAS、M9 <ガーンズバック> は大型ライフルを乱れ撃ちしながら、宗介たちの目前に荒々しく着水した。川面《かわも》に津波《つなみ》が起きて、宗介とかなめはずぶ濡《ぬ》れになった。
『ウルズ6、着地成功! |7《セブン》と天使もここにいるぜ!』
言うなり、さらに敵に向かって景気《けいき》良く発砲。五七ミリの大口径弾《だいこうけいだん》が、次々に命中する。装甲車《そうこうしゃ》が吹き飛び、二機の <サベージ> がなぎ倒された。ガウルンのASは回避《かいひ》運動に専念《せんねん》し丘陵《きゅうりょう》のむこうに姿を隠す。
「クルツ!」
宗介が叫ぶのを聞いたかなめが、眉《まゆ》をひそめた。
「クルツ? って、まさか……」
『そ、俺。カナメちゃん、元気してた?』
「なによ、それ!?」
宗介は、クルツとかなめがすでに面識《めんしき》があることを思い出した。先日の日曜日、彼は観光客《かんこうきゃく》の振りをして、彼女らと街中を遊びまわっていたのだ。
クルツ・ウェーバーは横柄《おうへい》な声で、
『ソースケぇ、動けるか!?』
「なんとかな」
苦痛をこらえ、曲がったフレームを押《お》し退《の》けて、宗介はコックピットから這い出した。
彼らの上空で無数の火花が散った。<トゥアハー・デ・ダナン> から発射《はっしゃ》された多弾頭《ただんとう》ロケットが、小型爆弾《こがたばくだん》をまき散らしたのだ。基地のそこかしこで火の手があがり、爆発の大合唱《だいがっしょう》がはじまった。
降下《こうか》してきたのはクルツのASだけではなかった。さらに五機のM9が、緊急展開《きんきゅうてんかい》ブースターを切りはなして、夜の基地へと飛び込んでいた。
続いて大気を震わすローター音。攻撃ヘリと輸送《ゆそう》ヘリが丘のむこうから姿《すがた》を見せ、基地の上空に突進《とっしん》していく。<デ・ダナン> から出撃《しゅつげき》した救出部隊《きゅうしゅつぶたい》だ。
間に合った。救出作戦が発動《はつどう》したのだ。
『いいか、ソースケ。カナメを連れて基地へ走れ! 滑走路《かっそうろ》の南だ』
クルツは大型ライフルの弾倉《だんそう》を取り替えて、丘陵を駆ける敵ASに対峙《たいじ》した。
「基地へ?」
『あとすこしで、輸送機《C―17》が強行着陸する。待ち時間は五分だ。ここは俺にあずけろ。後で拾《ひろ》ってやる】
「飛行機の爆弾はどうするんだ」
『マオとロジャーが処理《しょり》する』
「わかった。銀色のASに気をつけろ。機体もオペレーターもケタ違いだ」
『心配すんなって。ケツを蹴飛《けと》ばしてやるぜ』
かがんで力をたくわえ、クルツのM9は跳躍《ちょうやく》した。
「どうなってるんだ……?」
震える機内の天井《てんじょう》を見上げて、風間信二はつぶやいた。
たて続けの爆発音が聞こえてきた。さきほどから散発的《さんぱつてき》な戦闘が起きていたようだが、今度は本格的《ほんかくてき》だ。いったいなにが起きているのだろうか?
そのとき、窓の外を大きな影《かげ》がよぎった。窓際《まどぎわ》の生徒たちが一斉《いっせい》に騒《さわ》ぎ出す。基地の照明と爆炎《ばくえん》に照らされたそれ[#「それ」に傍点]を見て、信二は口をあんぐりと開けた。
「え、M9……!?」
ただの西側のASなら、まだこれほどは驚《おどろ》かなかっただろう。しかしまだ米軍でも実戦配備《じっせんはいび》されていない最新鋭機《さいしんえいき》・M9 <ガーンズバック> が、いきなり目の前に出現したのだ。しかも、頭部のデザインが変わっている。きっとあのふくらみは、新型の|対ECSセンサー《ECCS》で、ミリ波レーダーの――
『全員窓から離れろ!』
ASの外部スピーカーから声がした。窓のむこうなので聞き取り辛《づら》かったが、それは日本語で、しかも女の声だった。
M9は刃渡り六メートルの巨大なカタナを、背中からずらりと抜き放った。AS用の格闘武器《かくとうぶき》、単分子《たんぶんし》カッターだ。刃の部分が微細《びさい》なチェーンソーになっていて、たいていの装甲はダンボールのように切り裂《さ》いてしまう。普通はコンバット・ナイフ程度の大きさなのだが、あれは特別製の日本刀サイズらしい。
「な、なにをする気だ……?」
信二たちの目の前で、M9は機械のカタナを駆動《くどう》させると、有無《うむ》をいわさずジャンボ機の横腹に突《つ》き立てた。耳をつんざくような高音がして、はげしい振動《しんどう》が機体を襲う。乗客たちは悲鳴をあげ、座席や壁にすがりついた。
[#挿絵(img/01_233.jpg)入る]
M9が壊《こわ》しているのは客室ではなく、その下の貨物室《かもつしつ》だった。がりがりと機体を切り裂き、突き刺したカタナをえぐりまわし、容赦《ようしゃ》なく隔壁《かくへき》を引きちぎると、
『あった!』
M9は貨物室に手を突っ込み、すばやい動作でコンテナの一つを取り出すと、背後に控《ひか》えていたもう一機のM9に手渡した。黄色いコンテナを受け取った僚機《りょうき》は、すぐさま身をひるがえし、数歩|助走《じょそう》すると、基地《きち》のむこう、駐機場《ちゅうきじょう》の方角に向かってそれを――力いっぱい投げつけた。
その行動《こうどう》の意味がさっぱりわからず、信二は首をかしげたが、次の瞬間《しゅんかん》に理由がわかった。
コンテナが、地面に落ちたところで大爆発したのだ。
五〇〇メートル以上は離れていたにも拘《かかわ》らず、強い衝撃《しょうげき》がジャンボ機を襲った。クラスの女子たちは飽《あ》きもせずに金切《かなき》り声《ごえ》をあげる。そばの女の子に抱きつかれた一部の男子が、この非常時《ひじょうじ》に鼻の下をのばしていた。
『こちらウルズ2! 爆弾の処理は完了《かんりょう》、ただちに交戦《こうせん》に……って、おっと』
それきりM9の外部スピーカーは沈黙《ちんもく》した。
続けてジャンボ機の出入り口ががちゃりと開き、黒ずくめの兵士たちが十数名、どやどやと入ってきた。大型拳銃で武装《ぶそう》し、青いベレー帽《ぼう》を被《かぶ》っている。兵士たちは訛《なま》りのある日本語で叫びながら、機内を駆《か》け回った。
「落ち着いてください! われわれは国連の救出部隊です! 出口から黄色いテープが張《は》ってあります! そのテープから離れず、外で待っている輸送機《ゆそうき》へ歩いてください! 決してあわてず、冷静に! だれひとりとして置き去りにはしません! くりかえします! われわれは国連の――」
最初の難関《なんかん》をクリアしたマオは、すぐさま次の試練《しれん》――輸送機の護衛《ごえい》に集中した。
「フライデー!」
<<イエス、マスター・サージェント?>>
音声命令に反応し、検体のAIが応じた。
「|電磁迷彩《ECS》をカット! ミリ波レーダーを作動《さどう》! アクティブIRとストロボ・ライトも点《つ》けろ!」
<<敵に先制攻撃される危険が、大幅《おおはば》に増えます>>
「それでいい。あたしはカモになる」
なるべく目立って、敵の攻撃を引きつけなければならない。
<<ラジャー。ECSオフ。全アクティブ・センサー、オン>>
<ミスリル> の輸送機《ゆそうき》はすでに強行着陸し、ジャンボ機の近くで方向|転換《てんかん》をはじめていた。さらに味方のM9が、基地のそこかしこで派手《はで》に暴《あば》れ、上空には味方の攻撃ヘリが飛んでいる。
マオのM9はジャンボ機のそばから誘導路上《ゆうどうろじょう》に躍《おど》り出した。五〇〇メートルむこうのビルの蔭《かげ》から、さっそく敵の戦車が一輌《いちりょう》現われ、マオ機に向かって発砲した。戦車の砲弾はきわどいところでM9をかすめ、背後のビルに風穴を開けた。
「このっ……」
マオは超高速《ちょうこうそく》ミサイルを背中から抜き、戦車に向ける。<ジャベリン> と呼ばれるその武器は、人間用の使い捨てロケット・ランチャーによく似た円筒型《えんとうけい》だった。
照準《しょうじゅん》。発射。
秒速一五〇〇メートルの超高速ミサイルが命中し、敵戦車は一撃《いちげき》でばらばらになった。
彼女は空になったミサイルのチューブを捨て、もう一本の <ジャベリン> を構《かま》えると、すぐさま新たな獲物《えもの》を探し求めた。滑走路の周りには、煙をあげる敵ASと、戦車の残骸《ざんがい》がまばらに見えた。
「意外と敵が少ないね……」
事前に宗介が暴れたために、はからすも戦力が大きく南北に分散《ぶんさん》したのだ。
背後では、人質グループが列をなし、二機の輸送機へと急いでいる。彼女はスクリーンの端《はし》の時計をちらりと見た。
「あと一二〇秒か……」
なかなかきわどい。降下前に分遣《ぶんけん》したクルツは、宗介をフォローできただろうか?
宗介はかなめに支えられるように、滑走路を走り続けていた。
「しっかりして」
「……大丈夫《だいじょうぶ》だ」
能面《のうめん》のような無表情《むひょうじょう》で、宗介は答えた。頭の切り傷はそれほど深刻ではなかったが、脇腹の傷がひどく痛んだ。
「間に合うの?」
「……わからん。クルツが拾いにきてくれるはずだが」
「彼も仲間なわけね」
「そうだ。同じチームの……軍曹《ぐんそう》だ」
三〇メートルほど後ろに流れ弾が落ちて、コンクリートの破片が雨のように振《ふ》り注《そそ》いだ。
「きゃっ」
「かまうな……走れ」
味方の輸送機は、三キロも彼方《かなた》にあった。走るだけでは、とうてい離陸《りりく》の時間まで間に合わない。
クルツのM9は、なかなか追い付いてこなかった。苦戦しているのだろう。敵の狙《ねら》いはかなめにあるのだから、クルツは足止めで精一杯《せいいっぱい》のはずだ。
せめて通信機があれば、上空の輸送ヘリに連絡がとれるのだが……。
「もらった!」
クルツは大型ライフルをぶっぱなした[#「ぶっぱなした」に傍点]。猛烈《もうれつ》な反動《はんどう》で骨格《こっかく》がきしみ、周囲の樹木が大きくしなる。
銀色のASは、さっと身を伏《ふ》せ、低木の蔭に姿を消した。正確にいえば、クルツが発砲する直前に針路《しんろ》を変えたのだが、それはほとんど同時に見えた。
「えい、すばっしっこい野郎だぜ……!」
舌打ちして、ライフルの弾倉を交換《こうかん》する。
戦闘がはじまってから数分はたっていたが、銀色の敵は一度も発砲してこない。最初にライフルを吹き飛ばしてやったので、敵は近接戦用の武器しか持っていないのだろう。
「へっ……。だからって、近づけると思ってんのか?」
どすん、どすん、と二連撃。いずれも惜《お》しいところで当たらない。
「照準が狂《くる》ってんじゃねえのか、おい?」
半信半疑《はんしんはんぎ》でクルツが言うと、M9のAIはそれに応じ、
<<否定《ネガティブ》。弾道誤差《だんどうごさ》は設定値《せっていち》の範囲内《はんいない》>>
そのはずだった。照準システムの調整は、いつも出撃《しゅつげき》前に念入《ねんい》りに行っている。
「だとすると……」
敵の回避性能《かいひせいのう》――専門的には乱数《らんすう》回避といった――が段違《だんちが》いなのだ。逃げもしないし、応戦もしないのに、これだけ避《さ》けられるのは異常《いじょう》だった。
ひょっとしたら、敵ASの性能はこちらと互角《ごかく》かそれ以上かもしれない。世界の水準《すいじゅん》の一〇年先をいく <ミスリル> の兵器と互角以上……?
「そんなはずがあるか。くそっ」
敵機は砲弾の回避を楽しんでいるように見えた。右に、左にと走りながら、クルツの射撃《しゃげき》を手玉《てだま》にとる。
「なめやがって……」
時間が押していた。はやく敵を片付けて、宗介たちを拾わなければならない。
「ひと芝居《しばい》打ってやる……か?」
クルツは一計を案じることにした。
敵から距離《きょり》を稼《かせ》ぐそぶりを見せ、大型ライフルを数発射つ。まるで敵の性能に当惑《とうわく》を抱《いだ》いたかのように。間合《まあ》いをとると、今度は膝をついてしっかりと銃を構《かま》える。
そこで、撃《う》たない。ライフルを見下ろし、遊底《ボルト》を何度か手動で動かして見せる。もう一度かまえ直し――それでも撃たない。
敵は不審《ふしん》に思う。
クルツは大型ブイフルを放って、腰から単分子カッターを抜く。コンバット・ナイフによく似た形の、接近戦用兵器《せっきんせんようへいき》だった。
敵も単分子カッターを抜いて、一気に襲《おそ》いかかってきた。
「かかった……!」
ライフルの故障《こしょう》と見せかける作戦だった。
クルツのM9は身構えた。敵との距離が詰《つ》まったところで、いきなりナイフを投げつける。虚《きょ》をつかれた敵は、とっさにナイフを打ち払い、姿勢《しせい》を崩《くず》した。そのときにはすでに、クルツは脇《わき》に置いていた大型ライフルを構え直していた。流れるような、器用《きよう》ですばやい動作だった。
この距離なら絶対に外さない。回避も不可能《ふかのう》だ。
「くたばれ」
発砲。砲身《ほうしん》から飛び出した五七ミリ砲弾は、敵ASの胴体《どうたい》に――
「走って、走って、走って!」
人質|誘導班《ゆうどうはん》の兵士たちが叫んでいた。アイドリングを続ける輸送機に、人質グループがなだれ込んでいく。
マオのM9は、片方の輸送機のそばで、人質の列を守るようにして膝をついていた。視界《しかい》に敵は見えない。あらかた制圧《せいあつ》してしまったのだ。装甲車《そうこうしゃ》やASなどを失った基地《きち》の兵士たちは、先を争うように逃げてしまっていた。
「生徒がひとり、連れ去られたままなんです!」
列から離れ、人質の一人が誘導班に訴《うった》えていた。スーツ姿の女で、ちょうどマオと同じくらいの年齢《ねんれい》に見えた。
「探しにいかせてください! その子は副会長もやってる女子で――」
マオは外部スピーカーを入れた。
『そこのセンセー、カナメは別の便《びん》で帰るよ』
「べ、別の便? あなた、なんで私の生徒の名前を……」
『いいから。はやく飛行機に乗って!』
うろたえながら、女性教師は従《したが》った。
『別の便で帰る』とはいったものの、時間が心もとない。宗介たちは現われないし、クルツは今でも戦闘中だ。三〇秒前に『ちょっと手こずる』と交信してきたきりだが……。
「ウルズ6、まだなの?」
マオは無線で呼びかけた。応答《おうとう》はなかった。
人質グループと誘導班がもれなく収容《しゅうよう》され、輸送機《ゆそうき》の後部ドアが閉じはじめた。
「ウルズ6、はやくソースケたちを連れてきな」
やはり応答なし。
「ウルズ6、応答せよ。ウルズ6」
返事はない。
「クルツ、こんなときにふざけてんの!? 怒るよ?」
それでも、クルツは応《こた》えなかった。
滑走路《かっそうろ》の上で、宗介は後ろを振りかえった。クルツは追ってこない。
その一方で、輸送機は滑走をはじめようとしていた。あれに乗るのはもう無理《むり》だ。撤退《てったい》するASの輸送ヘリに拾ってもらうしかない。
だが、むこうがこちらに気付いてくれるだろうか?
(それも無理だ)
炎と煙で、視界《しかい》がひどく悪い。上空からでは、発見できないだろう。
そこで、東の方角から十数発の砲弾《ほうだん》が飛んできた。基地のあちこちに着弾《ちゃくだん》して、派手《はで》な爆発を起こす。うち一発は、宗介とかなめの五〇メートル手前で炸裂《さくれつ》した。
「な……なに?」
「敵の……増援《ぞうえん》だ」
額《ひたい》の汗をぬぐって、宗介は言った。身を低くして、建物の蔭に隠れる。
敵の増援が来た以上、ASの輸送ヘリさえ自分たちを待っていられないだろう。なんとかしなければ……。
しかし、合流《ごうりゅう》の手立《てだ》てはなさそうだった。
そうしているうちに、ジェット輸送機が轟音《ごうおん》をあげ、彼らの前を通過《つうか》していった。
「ああ。……いっちゃった」
「仕方《しかた》がない」
暗い事実が覆《おお》いかぶさってきた。宗介とかなめは、味方との合流に失敗しつつあるのだ。
二機のC―17[#「17」は縦中横]輸送機は、でこぼこの滑走路を加速《かそく》していった。
ひどく揺《ゆ》れる。機体に当たる小石の音。エンジンが甲高《かんだか》い声を出し、翼《つばさ》がぶるぶると震《ふる》えた。右翼の三〇メートルほど先で爆発。乗客たちは悲鳴《ひめい》をあげる。
「立たないで! 落ち着いてください!」
兵士の一人が叫《さけ》んだ。
ほとんどの生徒が息を飲んでいたが、信二だけは、はらはらと涙《なみだ》を流していた。
「風間くん、こわいの?」
たまたまそばにいた恭子《きょうこ》がたずねた。
「いや。うれしくて……。M9の実戦を目撃《もくげき》して、C―17[#「17」は縦中横]に乗れたんだ、もう死んでもいい……」
意外なほどの早さで、輸送機はVR――機首《きしゅ》上げ速度に達し、空へと舞《ま》い上がった。後から続く二番機も、ほどなく離陸《りりく》に成功した。
その二番機に向けて、敵の歩兵が、携帯式《けいたいしき》の対空ミサイルを射《う》った。輸送機の|電磁迷彩《ECS》が効果《こうか》を発揮《はっき》して、対空ミサイルは目標を見失い、そのまま基地の北に落ちて爆発した。
西の空へと輸送機は飛び去った。エスコート役の|VTOL《ブイトール》戦闘機《せんとうき》が、ぴたりと寄《よ》り添《そ》い二機を守る。マオはそれを見送り、
「いちばんの厄介事《やっかいごと》は済《す》んだね……」
ぽつりとつぶやいた。
『パーティーは終わりだ。敵の大部隊が近付いている』
ASを輸送《ゆそう》する役目の大型ヘリが、彼女らのそばに降下《こうか》してきた。
「待って。|ウルズ6《クルツ》から連絡《れんらく》がないわ。ソースケと女の子も……」
『こちらテイワズ12[#「12」は縦中横]だ』
上空で警戒《けいかい》にあたる攻撃ヘリから連絡が入った。
『いま、M9の残骸《ざんがい》を発見した。ウルズ6のものと思われる。基地の北の川だ』
「……なんだって?」
マオは青ざめた。
『バラバラだ。胴体《どうたい》も真っ二つになっている』
いったいなにが? 胴体――つまりコックピットが? そんな――
「オペレーターは無事《ぶじ》なの!?」
『確認《かくにん》できない。煙が強くて……』
「オペレーターを探して。ウルズ6を。ソースケは?」
無線《むせん》のむこうで、ヘリのパイロットが唾《つば》を飲み込む音がした。
『……マオ。俺もそうしたいが、クルツやソースケを捜索している時間はない』
「一分でいい。あたしも――」
それを新たな声がさえぎった。
『捜索は厳禁《げんきん》する。ただちに撤退《てったい》せよ』
命令を出したのは、小型の偵察《ていさつ》ヘリから全体|指揮《しき》をとっていたカリーニン少佐だった。
「少佐……!」
『増援部隊が橋を越《こ》えた。迎撃機《げいげきき》もこちらに向かっている。一分で全滅《ぜんめつ》するぞ』
有無《うむ》をいわきぬ口調《くちょう》だった。さらに少佐は、
『テイワズ12[#「12」は縦中横]へ。M9の残骸に残弾《ざんだん》すべてを射ち込め。ネジ一本でも敵に渡すな』
『……テイワズ12[#「12」は縦中横]、了解《りょうかい》』
「やめ……」
攻撃ヘリが、北の川めがけてロケット弾を発射《はっしゃ》した。遠い爆発。クルツ・ウェーバーのASは燃え上がり、粉々になった。
『ウルズ2。輸送ヘリとのドッキングを急げ』
冷酷《れいこく》な少佐の声に、瞬間《しゅんかん》、マオは狂《くる》おしいまでの怒りを覚えた。喉《のど》のすぐ下まで、『人殺し』という言葉が持ち上がってくる。しかし彼女は、それをなんとか苦労して飲み込んだ。大変な労力《ろうりょく》だった。
「……ウルズ2、了解」
少佐は正しい。敵は本当にすぐそこまで来ていた。
行動不能《こうどうふのう》になった機体から、ガウルンは湿《しめ》った大地に降り立った。
「くっ……」
丘陵《きゅうりょう》の斜面《しゃめん》に倒れ込んだ、銀色のASを見上げる。胸部《きょうぶ》の装甲板《そうこうばん》が大きくひしゃげ、中の部品が露出《ろしゅつ》していた。アクチュエーターの安定剤が血液のようにしたたり、関節《かんせつ》のあちこちが煙をあげている。
このAS―― <コダール> はオーバー・ヒートの状態《じょうたい》だった。とっさに未完成の『ラムダ・ドライバ』を作動《さどう》させたために、動力系《どうりょくけい》がショートしたのだ。敵の攻撃ヘリに発見されないように、丘の木立に隠れるのが精一杯《せいいっぱい》だった。
ラムダ・ドライバ。
それは人類がこれまで発明した機械とは、まったく異質《いしつ》な力を作り出すシステムだった。オペレーターの攻撃衝動《こうげきしょうどう》や防衛衝動《ぼうえいしょうどう》、そうした意識《いしき》を増幅《ぞうふく》し、疑似的《ぎじてき》な物理力に変換《へんかん》する機能を持つのだ。専門家は『虚弦《きょげん》斥力場《せきりょくば》生成《せいせい》システム』などと呼んでいる。
こんなシステムが普及《ふきゅう》したら、現代の戦争はまたしても様変《さまが》わりすることだろう。しかし、それはまだ先の話だ。ノウハウも情報も足りなさすぎる。知識の源泉《げんせん》を手に入れなければならない。
それこそが <ウィスパード> 、そのための誘拐《ゆうかい》だったわけだが――
「役立たずめ」
故障《こしょう》した機体に毒《どく》づいて、基地の方角を見る。
<ミスリル> のヘリとVTOL戦闘機は、すでに西の空に飛び去っていた。
「カリーニン……。あのキザ野郎……」
まさかこれほどすばやく、救出作戦を実行してくるとは、ガウルンも予想していなかった。九〇三便をハイジャックしてから、まだ半日しか経過《けいか》していないのだ。
しかもごていねいに、飛行機に仕掛けた爆弾までも処理《しょり》されてしまった。予行演習もなく、偵察班《ていさつはん》も出さずに、あんな奇襲《きしゅう》をぶっつけ本番で行うなど、特殊《とくしゅ》作戦の常識《じょうしき》でも考えられない話だ。
だが、相手がカリーニンならうなずける。<ミスリル> に奴《やつ》がいると知っていたら、すこしは対策《たいさく》も打てたのだが。
<ウィスパード> の娘と、カシムにも逃げられてしまった。大黒星だ。
「許さんぞ。くそっ」
そこで部下の一人から通信が入った。ガウルンは日本語で、
「俺だ」
『私です。消火作業にあたっていた兵士の一人が、妙《みょう》なことを』
「なんだ?」
『さきほど、基地の西のフェンスのあたりで、不審者《ふしんしゃ》を目撃《もくげき》したと言っています。娘を連れて、基地《きち》から走り去ったそうです』
「若い男か?」
『わかりません。とにかく、西に逃げたと』
ガウルンはほくそ笑んだ。
ついてる。カシムたちは仲間に合流できなかったのだ。西に走れば、海岸だ。なんとかそこで味方に回収《かいしゅう》してもらう腹か。この基地から海岸までは、おおよそ三〇キロほどある。どう急いでも、徒歩《とほ》では朝までかかるだろう。
このAS―― <コダール> を修理《しゅうり》するにも充分《じゅうぶん》な時間だった。
「まだまだ……これからだ」
基地から離れた暗い山中を、宗介とかなめは歩いていた。すでに火災や爆発、兵士たちの叫《さけ》び声も聞こえてこない。ただ風の音と、松葉《まつば》を蹴立《けた》てる二人の足音だけがひびく。
「ねえ、本当に大丈夫《だいじょうぶ》なの……?」
よろめく宗介の身体《からだ》を支えて、かなめは言った。
「これで安心はできないが……あの基地から離れるよりほか選択肢《せんたくし》はなかった」
「そうじゃなくて、あなたのこと。どこか、調子が悪いんじゃ……」
あいかわらずのむっつり顔だったが、額《ひたい》にはびっしり玉の汗《あせ》を浮かべている。全身|泥《どろ》まみれで、ワイシャツがべったりと血にまみれていた。
「やっぱり休もうよ。このままだとあなた……」
かなめが暗い声で言うと、宗介は立ち止まり、背後《はいご》の闇《やみ》に目を向けた。彼はしばらく沈黙《ちんもく》してから、
「ああ。すこし……待て」
「え?」
彼は木の根に腰かけると、赤黒く汚《よご》れたワイシャツを脱《ぬ》いだ。タンクトップ姿になった宗介を見て、かなめは悲鳴をあげそうになった。
左の脇腹《わきばら》に、鋭《するど》い金属片が突き刺さっていた。CDを半分に割ったくらいの大きさで、血に濡《ぬ》れててらてらと光っている。さっき、銀色のASにやられた時の怪我《けが》だろう。相当《そうとう》な激痛《げきつう》であろうことは、かなめにも容易《ようい》に想像がついた。
「そ……それ……」
「運が……良かった。内臓や大きな動脈《どうみゃく》は傷ついていない。……上着のポケットに小瓶《こびん》の詰《つ》まったケースがあるはずだ。それを」
彼は金属片を引き抜き、くぐもったうめき声をもらした。かなめはあわてて自分の着ていた詰《つ》め襟《えり》のポケットをさぐり、小さなケースを手渡した。
ケースに入っていたアルコールで、傷口を中まで洗浄《せんじょう》する。見るからに痛々しいその作業を、かなめは正視していられなかった。彼の手つきはしっかりとしていたが、その瞳《ひとみ》はうつろで、どこを見ているのかわからない。
「反対側のポケットに別のケースがある……。中からテープを探してくれ」
「……これ?」
彼はテープを受け取って、傷口を仮止めした。シャツを切り裂《さ》き、包帯《ほうたい》代わりに胴《どう》に巻いていく。かなめはケースの中をさぐりながら、
「い、痛むんでしょう……? ここに、モルヒネがあるみたいだけど」
恐る恐る言ってみた。
「いらない」
そう答える宗介の言葉は、死人のように生気《せいき》がなかった。昆虫《こんちゅう》や人形と話しているような違和感《いわかん》を覚え、かなめは急に不安になった。
「でも、だってあなた――」
「俺が眠ってしまったら、だれが敵と戦う」
「そんな……」
「いくぞ。敵が追ってくる」
彼は重たげに立ち上がると、ふたたび暗い木立を歩き出した。
(なんなの……?)
かなめは大きな不条理《ふじょうり》を感じた。
(なに、この人? なんで、こんな真似《まね》が平気でできるわけ……?)
自分の身体を機械《きかい》のようにあつかって。痛みを無視《むし》して、出てくる言葉は『敵』、『敵』、『敵』……。これではまるで、あの人型兵器――ASと同じではないか。そこまでして、彼を衝《つ》き動かすものは何なのだろう?
まったくわからない。
先刻《せんこく》――あの基地での戦いの時から感じていた、宗介に対する言い知れぬ恐怖が、彼女の中でいよいよ大きくなってきた。姿《すがた》かたちは人間と同じでも、目の前の若者がまったく別世界の生き物のように見えた。いまは彼らを追いつめたテロリストよりも、むしろ宗介の方が恐ろしかった。
「どうした、千鳥《ちどり》」
かなめが棒立《ぼうだ》ちしたままでいると、宗介が振りかえった。
「はやくしろ。敵が来る」
「…………」
「具合《ぐあい》が悪いのか」
「こ、来ないで」
近付く宗介から逃れるように、かなめは後ずさった。
「あたしに近付かないで」
宗介がひたと立ち止まった。
沈黙。
怒っているのか、いらだっているのか。怒鳴《どな》りつけられるかもしれない。もしかしたら、殴《なぐ》られるかも。いや、それよりも――この男は無言のまま、どこかの冷たい闇《やみ》の奥に、自分を引きずり込んでいく気では……?
背中を向けて逃げ出したい衝動《しょうどう》に駆《か》られた時、かなめははじめて気付いた。
暗がりのむこうの宗介は、思わぬ相手から平手打《ひらてう》ちをくらったような表情をしているだけだった。
彼は、なにかを言いかけ――黙《だま》りこみ、うつむいて、ようやく口を開いた。
「俺のことが……恐いのか」
彼女には答えられなかった。
「たぶん、自然な反応だ。君から見れば、確かに俺は……」
血に汚れた横顔に、癒《いや》しがたいほど深い孤独《こどく》の影《かげ》がさした。
(え……?)
かなめはどきりとした。
どうして彼は、そんな顔をするのだろう?
憧憬《どうけい》の対象に拒絶《きょぜつ》され、それを自分でも納得していて、寂《さび》しげにため息をつく……そんな人間に共通の顔。身体の傷ではなく、別のなにかが痛いはずなのに、悲しいかな、それに耐《た》えるだけの強さも持ってしまった人間の顔。
彼はうずくまるように、痛む脇腹を押さえながら、
「……だが、いまは我慢《がまん》して欲しい。いまの俺が考えているのは、君を無事《ぶじ》に日本に帰すことだけだ。逃げ切る保証《ほしょう》はできないが……俺を、信じてくれないか」
目線《めせん》はそらしたまま、どこか弱々しい声で言う。その彼の姿から、無機質《むきしつ》な戦闘機械の面影《おもかげ》は消えていた。
「もし、この件が済んだら……君の前には二度と現われない。約束する。だから……」
(そんな……)
戦闘で傷つき、ぼろぼろになって、それでも自分を助けようとしているひたむきな少年。その相手を『来ないで』などと拒《こば》んだことに、彼女は強い罪悪感《ざいあくかん》を覚えた。
彼は、いま、一生《いっしょう》懸命《けんめい》あたしを助けようとしてたんだ……。
いま、こうして痛いのを我慢するのも。ひどく『敵』を警戒《けいかい》するのも。なにからなにまで機械的・合理的《ごうりてき》に考えるのも――
全部、あたしを助けたいから。そうしないと助けられないから。
転校初日から自分をしつこく尾《つ》けまわしたのも。どれだけ迷惑顔《めいわくがお》されようと、学校でドタバタ暴れまわったのも――
敵の恐《こわ》さを、彼はよく知っているから。
(そうだったんだ……)
締めつけるような切《せつ》なさと愛《いと》しさが、津波《つなみ》のように彼女を襲った。
身体《からだ》の芯《しん》が熱く潤み、全身が火照《ほて》る。心臓の鼓動《こどう》が早くなり、頭にみるみる血がのぼる。彼女にとってははじめての感覚だった。
理屈《りくつ》などでは説明できない、感情の渦《うず》。
自分の中ではげしく二転三転する気持ちを、どう表現したらいいのかわからずに、彼女はけっきょく、ただ答えた。
「……うん」
「助かる。ではいこう」
そう言いながらも、宗介の表情が晴れることはなかった。
彼の足取りは、前よりはしっかりしていた。破片が突き刺さっていた時は、歩くたびに激痛がしたのだろう。それがいまでは、すこしは楽になったと見える。
一〇分ばかり歩いたところで――
何の前触《まえぶ》れもなく、宗介が立ち止まった。
「どうし……」
「静かに」
宗介は右手でサブマシンガンを構《かま》えた。先のしげみに銃口《じゅうこう》を向け、油断《ゆだん》なく前へ踏《ふ》み出していく。かなめも、闇《やみ》の中に人の気配《けはい》を感じた。押し殺した息づかい。衣《きぬ》ずれの音。まさか、もう追っ手が?
宗介がマグライトを点《つ》けた。
しげみの奥の低木に、男がひとり寄《よ》りかかっていた。
息も絶《た》えだえといった様子だ。全身ずぶ濡れで、黒い作業服を着ている。いや、これは作業服ではなく、ASオペレーターの操縦服《そうじゅうふく》だ。ブロンドの長髪は乱れ放題で、白い顔には泥と血がこびりついていた。
「クルツ」
「よお……。遅《おそ》かったじゃん」
クルツ・ウェーバーは口の端《はし》を吊《つ》り上げて見せた。それから、力なく前へと倒れた。
[#改ページ]
5:ブラック・テクノロジー
[#地付き]四月二八日 二三三二時(日本=北朝鮮標準時間)
[#地付き]黄海 西朝鮮湾 海上  <トゥアハー・デ・ダナン>
ヘリが飛行甲板《ひこうかんぱん》に着艦《ちゃっかん》すると、カリーニンは発令所《はつれいじょ》への道を急いだ。艦の二重|船殻《せんかく》が閉鎖《へいさ》をはじめ、くぐもった機関音《きかんおん》が通路にひびきわたった。
第一甲板の通路を早足で歩いていると、操縦服姿のメリッサ・マオが追い付いてきた。
「マオ曹長《そうちょう》。君は格納庫《かくのうこ》で待機《たいき》のはずだ」
歩調《ほちょう》をゆるめることなく、カリーニンは告げた。マオはそれには答えずに、
「このまま撤退《てったい》するんですか?」
「そうだ」
「クルツと同じに、ソースケも見捨てて?」
「入隊|契約《けいやく》の範疇《はんちゅう》だ」
それでもマオは食い下がった。
「彼らは私の部下です。私に責任があります。私をいかせてください。二時間……いえ、一時間で結構《けっこう》です。それまでに見つけて戻ります。お願いです」
「五〇億ドルの艦《かん》と、二五〇名の乗員を、一時間危険にさらすのかね。『お願いです』の一言で」
「無茶《むちゃ》はわかってます。ですが、ECSを不可視《ふかし》モードで使えば……」
「気象班《きしょうはん》の報告《ほうこく》では、これから雨が降るそうだ。二日は続くらしい」
究極《きゅうきょく》のステルス装置《そうち》ともいえる|電磁迷彩《ECS》にも、弱点はあった。まず、特有《とくゆう》のオゾン臭《しゅう》が発生する。さらに多量の水分――たとえば雨――などにさらされると、小さなスパークが起きて青白い火花が無数に生じるのだ。透明化《とうめいか》どころか、広告塔《こうこくとう》のようになってしまう。カリーニンが救出作戦の実行を急いだ理由のひとつだった。
「ただの天気予報でしょう? そんなのが当てになるわけないわ」
彼は頑丈《がんじょう》な防水扉《ぼうすいとびら》の前で立ち止まり、振《ふ》りかえった。
「ここから先は発令所|要員《よういん》の区画《くかく》だ」
「いつもそうなのね……。どうしてそこまで冷淡《れいたん》でいられるんです?」
「そうなることが必要だからだ」
カリーニンはマオに背中を向けた。
いくつかの扉をくぐり抜け、発令所に入る。艦長席《かんちょうせき》のテレサ・テスタロッサは、潜航の命令を下《くだ》し終えたところだった。彼女はカリーニンを一瞥《いちべつ》もせずに、
「どれだけ待てるか聞きにきたんでしょう?」
当然のように言った。この少女にはかなわん、とカリーニンは本気で思った。
「いまは一分たりとも待てません。敵の武装哨戒艇《ぶそうしょうかいてい》が三隻、機雷《きらい》を満載《まんさい》して接近《せっきん》しています。このあたりの海は浅いし、ろくに隠れる場所もないの。大至急、ここから五〇キロ以上は離れなければ」
「ごもっともです」
テッサは左肩に垂《た》らした三つ編みの髪を、きゅっと握《にぎ》って自分の口元に押しあてた。毛先で鼻をくすぐりながら、正面スクリーンをまっすぐにらむ。強いストレスを感じている時の、彼女の悪癖《あくへき》だった。爪《つめ》を噛《か》むのと同じ類《たぐい》のものだ。
「でも、サガラさんたちは助けたいわ」
「はい。まだウェーバー軍曹《ぐんそう》にも生存の可能性はあります」
あれで死ぬ程度《ていど》の男ならば、カリーニンはクルツを|特殊対応班《SRT》の一員などに選んではいない。
「わたしが、夜明け前に、沿岸部《えんがんぶ》で、数分間だけ浮上《ふじょう》時間をひねり出せたら……あなたはどんな手を発案できます?」
テッサの個人ディスプレイに海図が映った。一度、中国の領海《りょうかい》近くまで大きく離れてから、中国海軍の警戒《けいかい》をかすめて転針《てんしん》、全速力で現在の海域《かいいき》まで戻るプランだった。
カリーニンは潜水艦《せんすいかん》の戦術については門外漢だったが、その目から見ても無理《むり》のある作戦に思えた。
「可能なのですか」
「普通の潜水艦なら無理でしょうね」
テッサは強気な笑みを見せた。まるで自分の息子を誇《ほこ》る母親のような顔だった。
おそらく、可能なのだろう。彼は艦長を信じることにした。
「……ウェーバーのM9が撃破《げきは》された件が気になります。私の考えが正しければ、あれ[#「あれ」に傍点]を使う必要が出てくるかもしれません」
「あれ[#「あれ」に傍点]? どのあれ[#「あれ」に傍点]ですか?」
「ARX―7。<アーバレスト> です」
カリーニンはその言葉を口にした時、この艦内のどこかに繋《つな》がれた狂暴《きょうぼう》な獣《けもの》が、悦《よろこ》びのうなり声をあげたような気がした。
[#地付き]四月二九日 〇二二六時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 平安南道《ピョンヤンナムド》 大同《デードン》郡の山中
けたたましい音をたてて、攻撃《こうげき》ヘリが彼らの頭上を通過《つうか》していった。
まばゆいライトの光が一瞬《いっしゅん》、宗介の頭をかすめたが、さいわいにしてヘリのパイロットは気付かなかったようだった。やがてヘリは、山頂をかすめて南の空に姿《すがた》を消した。
あたりに静寂《せいじゃく》が戻ってくる。
しとしとと雨が振り、風が枝葉《えだは》を揺《ゆ》らしていた。
「いった……?」
かなめがたずねた。三人は低木の根元にうがたれた小さな窪《くぼ》みに隠れていた。
「そのようだ」
宗介は答え、クルツを窪みから引っ張り出した。
クルツはモルヒネで意識《いしき》を失っていた。右腕を骨折《こっせつ》していて、大腿部《だいたいぶ》と左腕に深い裂傷《れっしょう》がある。並《なみ》の人間だったら、この怪我《けが》であそこまで動くことはできなかっただろう。出血は止まったが、応急手当《おうきゅうてあ》てだけでは消耗《しょうもう》していく一方だ。
「千鳥《ちどり》、まだ歩けるか」
「歩かないと、はじまらないんでしょ?」
気丈《きじょう》に答えるが、彼女もずいぶん憔悴《しょうすい》して見えた。
宗介《そうすけ》とかなめは両側からクルツを支え、よろよろとひきずるようにして山道を歩いた。
「俺は怪我人だぜ? ていねいに歩いてくれよ……」
いつのまにか目を覚ましていたクルツが、苦しそうにつぶやいた。
「よくあそこまで歩けたな」
「……あの川を伝ってな。おかげで匂《にお》いが消せたよ。……っ。しかし少佐もひでえぜ。機体《きたい》から脱出《だっしゅつ》するのが三〇秒|遅《おく》れてたら、俺も木《こ》っ端微塵《ぱみじん》だった。……まあ、あの場でくたばってた方がラクだったけどな」
そう言ってクルツは自虐的《じぎゃくてき》に笑った。
「銀色のASにやられたのか?」
「ああ。……っ。まるでわけがわからねえ」
「なにがあったんだ」
「至近距離《しきんきょり》に誘いこんで……、五七ミリをぶちこんでやったんだ。ところが……仕留《しと》めたと思ったら、次の瞬間《しゅんかん》にはこっちがバラバラになってた」
「指向性《しこうせい》の散弾地雷《さんだんじらい》でも使われたのか?」
「いや……そういうモンとは思えねえ。見えないハンマーで……くっ……ぶん殴《なぐ》られたみたいな感じだった。……っ……うっ……」
「もういい。しゃべるな」
やがて彼らは、上りの斜面《しゃめん》を越《こ》えた。樹齢《じゅれい》が一〇〇〇年以上はありそうな巨木の下までくると、
「上り坂はここまでだ」
下り斜面の先には、平野が広がっていた。星のない夜空の下、あぜ道を走る軍用|車輌《しゃりょう》のヘッドライトがまばらに見えた。手前には集団農場。その先は水田地帯だ。
かなめが目を細める。
「あんな見晴らしのいいとこ、ノコノコ歩いてたら……」
「ああ。敵に発見される危険が大きいな」
宗介はクルツの身体《からだ》を地面に横たえた。彼はうめき、聞き取れないほどの声で悪態《あくたい》をつく。かなめはその横にしゃがみ込み、むせぶように咳《せ》きこんだ。不平は一言ももらさないが、どうも気分が悪い様子《ようす》だった。
モルヒネがふたたび効《き》いてきたらしく、クルツはやがて寝息をたてる。
真夜中の悪路《あくろ》を歩き続けて、ここまで三時間。よく頑張《がんば》ったとは思うが――
(この三人で、海岸まで歩くのは不可能だ)
彼は結論《けつろん》した。
敵の警戒《けいかい》をすり抜け、あの平野を進むことは、よく訓練《くんれん》された健康な兵士でさえ難《むずか》しいだろう。ましてや、この三人では……。
仮に <デ・ダナン> が自分たちを救助したいと考えていたとしても、ここで連絡をとる方法はなかった。クルツの持っていた小型の通信機《つうしんき》はあるが、交信可能な範囲《はんい》はわずか数キロだ。ここから海岸までは、まだ二〇キロはある。
自分の身体も疲れている。頭ははっきりとせず、傷の痛みはひどくなってきた。
動けない。連絡はとれない。包囲網《ほういもう》は狭《せば》まる。
(出口なし、か……)
慣《な》れ親しんだ死神の手が、彼の肩を叩《たた》いた気がした。
「千鳥」
「……なに?」
「よく聞いてくれ」
宗介は事情《じじょう》を話した。味方と連絡がとれないこと、敵の包囲網、天候《てんこう》、クルツの体力、自分の体力……。彼女は根気《こんき》よく、黙《だま》って耳をかたむけた。
「そう……」
「だから……こうしようと思う。俺とクルツがこの場に残り、派手《はで》に暴れて敵の注意をひく。可能《かのう》な限り時間を稼《かせ》ぐつもりだ。その間に、君は一人で西へ走れ」
「……なんですって?」
「西へ逃げるんだ。この通信機を持って、海岸へ向かえ。もし味方が迎《むか》えに来ていれば、そのチャンネルに呼びかけてくるはずだ」
敵に見付からず、彼女が海岸までたどり着けるかどうかは、賭《か》けるしかない。味方が救助に来る保証《ほしょう》も、まったくない。だがここで手をこまねいているよりは……。
「だって、そしたら相良《さがら》くんたちは――」
「気にする必要はない。俺たちの仕事は、君を守ることだ。それに三人そろって捕まるよりは、一人でも生き延《の》びた方がましだ」
「そんな……」
自分はいい、と宗介は思った。納得《なっとく》ずくの運命だ。自分の人生は、こんな結末《けつまつ》だろうと前から予想していた。クルツもそうだ。彼がここで野垂《のた》れ死《じ》ぬのは、彼自身が選択《せんたく》した結果だ。だが、彼女は――
「君には生き延びる資格《しかく》がある。いくんだ」
任務《にんむ》。作戦目的。そんな名目はどうでもいい。彼女を無事《ぶじ》に帰したい。怖《こわ》がられようが嫌《きら》われようが、この少女を、あの明るい校舎《こうしゃ》へ戻してやりたい。
そう。彼女が帰れなかったら――自分はたぶん――悲しい。
「逃げる……わたしだけ……」
長い沈黙《ちんもく》。
かなめは宗介とクルツを交互《こうご》に見た。明らかに、迷《まよ》っているようだった。実際には迷うことなど、なにひとつなかったのだが。
一人でも助かる可能性があるのなら、その方法を選ぶ。だれにでも納得できる道理《どうり》だった。負傷者《ふしょうしゃ》を置いて逃げても、だれも彼女を責めはしない。当然、彼女は逃げる道を選んでくれるだろう――宗介はそう思っていた。
一分以上は黙っていただろうか。やがてかなめが答えた。
「いやよ」
「……なんだと?」
「いやだ、って言ったの。ここから一人で逃げるなんて、まっぴらよ。ほかの手を考えればいいじゃない。みんなで知恵を絞《しぼ》りましょうよ」
そう告げる彼女の声は、これまでとは明らかに違っていた。静かで冷ややかだったが、その奥底には――確かに力強い響《ひび》きがあった。
それでも宗介は辛抱《しんぼう》強く、
「いいか、千鳥。俺は専門家だ。この状況《じょうきょう》では、三人がそろって脱出《だっしゅつ》する方法はない。君一人だけ逃がすのさえ難しい。これは事実なんだ」
「事実? あなたが一人で決めつけた事実じゃない」
彼女の声に、わずかな怒気《どき》がこもった。
「しかし――」
「黙んなさい!」
目の覚めるような一喝《いっかつ》を浴《あ》びて、宗介は呆然《ぼうぜん》とした。
「この山の中を歩きながら、ずっと考えてたけど……ようやく気持ちがまとまったわ」
前置きしてから、彼女は大きく息を吸《す》いこんで、
「相良くん。あんたはやっぱり大バカよ」
きっぱりと指摘《してき》した。
「あたしを助けようって気持ちはありがたいけどね。なんか忘れてない? なにか、非《ひ》っっっ常《じょう》〜〜〜っに、大切なことを見落としてると思うんだけど。わかる? わかんないでしょ。なんでわかんないかって言ったら、あんたはネクラのバカだからよ。それでもって、あたしはそーいうネクラのバカに助けられても、ちっとも嬉《うれ》しくないのよ」
「なっ……」
彼の目の前にいるのは、それまでの脅《おび》えきった少女ではなかった。にぎやかな学校で、力いっぱい宗介を怒鳴《どな》りつける千鳥かなめが、そこに仁王立《におうだ》ちしていた。
「なんでなのか、教えてあげる。あんたはね、『自分はいつ死んでもかまわない』だとか、そーいうナメたこと考えてるからよ。あたしの気持ちなんか考えもせずに、善意《ぜんい》を押し付けて自己満足《じこまんぞく》してるわけ。勝手《かって》にあたしに思い焦《こ》がれて。勝手に死ぬ、と。もしかして、そーいうのカッコいいと思ってるわけ? だからネクラのバカなのよ。
だれかのために犠牲《ぎせい》になるのは立派《りっぱ》だけどね、それは、自分自身を大切にしてる人がそうするから立派なの。あんたのはただの『自暴自棄《じぼうじき》』っていうのよ。自分のことを大切に思ってたら、もーすこし悪あがきするわよ、普通? けっきょく、実はやる気ないんでしょ。すこし考えてみたら? あたしを助けるのはだれのためなの!? 『任務』はなしよ。あと、あたしのためとか言ったらブッ殺すわよ!?」
一気《いっき》にまくしたてられて、宗介の頭はひどく混乱《こんらん》した。
むっときて、愕然《がくぜん》として、恥《は》ずかしくなって、あきれて、思い悩《なや》む。彼女の言葉の意味がわからない。ただ、それが自分の抱《かか》えている重大な欠陥《けっかん》に関することで、しかも正しい……それだけはぼんやりと理解《りかい》できた。
彼が口を開けたり閉じたりしていると、かなめはうるさげに手を振って、
「もういい。あたしがみんなを救ってあげる」
「な、なんだと?」
「さっき『ほかに手はない』って言ったでしょう? 要するに、あんたはギブアップしたわけじゃない。だったらあたしがやるしかないでしょ。ライター持ってる?」
「持っているが、どうする気だ」
「この山に火を点《つ》けるの。山火事を起こして、大騒《おおさわ》ぎにするのよ。それでもって、駆けつけた消防車《しょうぼうしゃ》とか、軍隊のジープとかをドサクサで盗《ぬす》んで、飛行場にいくの。そこでもドサクサにまざれて、飛行機を盗むわ。心配しないで。あたしが操縦《そうじゅう》してやるから」
「飛行機だと。君は操縦経験が――」
「ンなモン、あるわけないでしょ? でもゲーセンでそういうゲームやったことあるから、なんとかなるわよ。で、飛行機を奪《うば》ったら、韓国か日本に逃げるの。南に行けばいいんでしょ? 簡単よ。あんたたちは黙って付いてきなさいよ」
無謀《むぼう》を通り越して支離滅裂《しりめつれつ》な計画だったが、かなめの声はあくまで真剣《しんけん》だった。無分別《むふんべつ》な少女の思いつき――そんな表現では片付けられない、確かな悲壮感《ひそうかん》が、いまでは見え隠れしていた。
「あたしは絶対《ぜったい》あきらめないわ」
彼女は自分の胸に手をあてた。
「みんなで助かる方法がないなんて、絶対に認《みと》めない。なんとかするの。あなたもクルツくんも見捨てずに、ここを抜け出して、キョーコやみんなが待ってる所に帰る。そうして、これからもずっと生きるの。あたしが[#「あたしが」に傍点]、選ぶのよ[#「選ぶのよ」に傍点]。文句《もんく》ある!?」
「根性《こんじょう》や気力《きりょく》では、どうにもならないことはあるんだ。俺の言う通りにしろ」
「何回言わせるの!? あたしは『いやだ』って言ったのよ!」
「だめだ、いけ。君ひとりで逃げるんだ」
とうとう宗介は、サブマシンガンの銃口《じゅうこう》をかなめに向けた。
彼女は一瞬《いっしゅん》、息《いき》を呑《の》んだが、すぐに緊張《きんちょう》を解《と》き、まっすぐに彼を見つめた。それまでのはげしい口調とはうって変わって、穏《おだ》やかな声で、
「いかないと、撃《う》つの?」
なぜか、哀《あわ》れむように言った。
「……そうだ。敵に捕まって廃人《はいじん》にされるより、ここで死んだ方がましだからな」
「そんな。苦しい理屈《りくつ》」
かなめは微笑《ほほえ》んで、宗介に一歩、近付いた。
なぜ脅えない? 宗介はひどく焦《あせ》った。そして漠然《ばくぜん》と、もはや彼女を従わせる手段《しゅだん》がないことを感じ取り、絶望的《ぜつぼうてき》な気分になった。
「どうして怖《こわ》がらないんだろう、って思ってるんでしょ?」
「うっ……」
「理由は簡単《かんたん》だよ」
彼女は優しく言うと、銃を押しのけ、ゆっくりと、宗介を抱《だ》きしめた。固くも強くもない、やわらかな抱擁《ほうよう》。両腕《りょううで》を彼の背中に回し、血のにじむ肩に頬《ほお》を寄せる。
「あたしはね、もう、あなたを信じたの。さっき、あなたが望んだ通りに……」
胸から彼女の体温が伝わってくる。怪我の痛みなど吹き飛んで、頭の中が真っ白になった。全身の血が逆流《ぎゃくりゅう》し、体中の筋肉がひきつった。手にした銃を取り落としたことさえ、彼は気付かなかった。
「だから……だからこそ、あたしがあなたを見捨てるのはいやなの」
彼女の濡《ぬ》れた前髪が、宗介の鼻先をくすぐった。
「千鳥……」
「あたしね……たしかに、さっきまで相良くんのことが怖かった。ただのクラスメートが、別のだれかに変わっちゃったみたいに思えて。すごく強くて、あんな風に……」
彼女はしばし口ごもったが、迷いを打《う》ち払《はら》うように、
「でも……あなた、『信じてくれ』って言ったでしょう? だから自分に言い聞かせたの。彼は一生懸命なんだ、あたしを助けようとしてくれてるんだ、って。だから恐れずに、彼を信じよう……って。立派だと思わない?」
「……思う。立派だ」
「でしょう? ただの高校生が、ここまで譲歩《じょうほ》してあげてるんだよ? だから、あなたももうすこし頑張《がんば》って。『自分は死んでもかまわない』なんて、そんな寂《さび》しいこと、考えないで。一緒《いっしょ》に帰ろうよ……」
一緒に帰る。彼女と。
それはとても魅力的《みりょくてき》に聞こえた。そんな方法があるのなら、ぜひとも試してみたい、と思った。朝の光の中で、彼女を見るのはどれだけすばらしいだろう、と思った。
なぜ自分は、彼女を助けるのか。だれのために助けようとしているのか。
それがはっきりとわかった。
俺自身のためだ。俺は彼女と一緒に帰りたい。この子とずっと――
もっと、生きたい。
自分がこれほど強く、なにかを望んだことがなかったのに彼は気付いた。そして、傷つき疲れきった身体の奥から、新しい圧倒的《あっとうてき》な力が湧《わ》きあがるのを感じた。
「千鳥……」
「相良くん……」
二人がぎこちなく見つめあったところで――
「……あー。ん。ごほん」
そばに横たわっていたクルツが、申《もう》し訳《わけ》なさそうに咳《せき》ばらいをした。宗介とかなめははっとして、飛びすさるように互《たが》いから離《はな》れた。
「お……起きていたのか?」
「そりゃ、起きるだろーが……。あんな大声で言い合いしてたら」
「ひどい。なんで黙ってたのよ!?」
「そりゃ、黙ってるしかないだろーが……」
クルツはこめかみのあたりをポリポリと掻《か》いた。それから意地《いじ》の悪い声で、
「いや。でも、もうすこし黙ってた方が良かったかな? 悪いことしちまったな。しっかし、まあ……ふぅん。君らがねえ……。へえー」
かなめは耳まで真っ赤になって、
「ち、違うわよ!? ちょっと雰囲気《ふんいき》に流されてただけで、あたしは別に、彼となにかする気とか、そーいう気は全然なくって、その……本当よ!?」
(そ、そういうものなのか……?)
彼女が躍起《やっき》になって否定《ひてい》するのを見て、宗介は内心で愕然《がくぜん》とした。一方、クルツはこらえきれなくなった様子で、くぐもった笑いを洩《も》らし、
「くっくっく。って、痛え。おまえの負けだよ、ソースケ。とにかく彼女が『いやだ』って言ってるんだ。おまえのプランは却下《きゃっか》だね。むしろ、カナメちゃんの言ってた作戦の方がいいかもしれないぜ」
「……と、いうと?」
「山火事とかさ。いい考えだ。このままクタばるよりは、ずっとマシだな。まあ、この雨じゃあ、放火《ほうか》なんて無理だが。ガソリンでも調達《ちょうたつ》するか? いや、それでもボヤで終わりだな」
「そうだ。敵にこちらの位置を知らせるだけだ」
「わかんないわよ。味方の飛行機がこの辺を飛んでて、空から見つけてくれるかも」
「ここは敵の制空圏《せいくうけん》だ。味方が飛んでいるわけがない」
「……じゃあ、もっと上は? ハリソン・フォードの映画で見たことあるわ。スパイ衛星《えいせい》が、宇宙から見てるのよ。あなたの組織《そしき》って、そういうのないの?」
宗介は <ミスリル> の偵察《ていさつ》衛星 <スティング> の存在《そんざい》を、部外者に話していいものかどうか迷った。だがすぐに思い直して、
「ある。しかし、都合《つごう》よくここの上を飛んでいるわけがない。偵察衛星の軌道《きどう》は機密事項《きみつじこう》だ。俺たちのような下士官には知らされていない」
「……いや」
クルツがぽつりとつぶやいた。
「俺は出撃前《しゅつげきまえ》、ブリーフィングで衛星写真を見させられた。昨日の一五三〇時の、あの基地の映像だ。……いまの時間は?」
宗介はなにかに打たれたようになって、腕時計を見た。
「〇二四八時。あとすこしで半日がたつ。……ということは」
と、いうことは。
通常《つうじょう》、偵察衛星は九〇分で地球を一周する。地球の自転を計算すると、偵察衛星が同じ場所の上空にやってくるのは、約一二時間おきだ。昨日の一五三〇時にこの地域の上空を通ったのならば――
<スティング> が、もうすぐ上空を通過《つうか》する……!
ほぼ正確な時間がわかっているのだから、地上から火文字で存在を知らせれば……?
宗介とクルツは顔を見合わせた。『熱源《ねつげん》の目印』と『偵察衛星』。この二つのキーワード、生死を分けるほど重要なヒントが、はからずも素人《しろうと》の彼女の口から出てきたのだ。
「どうしたの?」
そうたずねるかなめの声は、天の調べのようだった。
「こんな盲点《もうてん》があったとは……」
「カナメちゃん、君ってサイコーだ……!」
「な、なによ、いきなり……」
ただし、そのプランは分のいい賭《か》けとはいえなかった。火を焚《た》けば、味方だけでなく敵の注目も集めてしまう。衛星が、確実《かくじつ》にこちらを見つけてくれるとも限らない。そして味方が発見してくれても、救助部隊《きゅうじょぶたい》が間に合うかどうかは――神のみぞ知る、だ。
やはり、かなめ一人を逃がす方が、まだ確実《かくじつ》だろう。しかし、彼女は望んだのだ。一緒に帰りたい、と。
やってみる価値《かち》はある。
宗介は立ち上がり、サブマシンガンを肩にかけた。
「さっそく実行してくる。ここにいてくれ」
「……わかった。無茶は……いや、どうせだから無茶してこい」
「そうだな」
「相良くん。一人でいくの? 怪我は?」
「忍《しの》び歩く程度なら、なんとかなる。それに……」
心配顔のかなめの肩を、宗介はぽん、と軽く叩いた。
「不思議《ふしぎ》だ。力が湧いてきた」
それだけ言って、彼は闇《やみ》の中に消えた。
宗介が立ち去ってから、かなめは余《あま》った布切れで、汚《よご》れたクルツの顔を拭いてやった。
「はは……すまないね、カナメちゃん」
「どういたしまして。ところで……あなたは聞いてないの? あたしが……なんで、狙《ねら》われてるのか……」
「俺もあんまり知らねえんだよ。俺たちの上司が、君を守るように命令した。俺たちはそれに従《したが》った。それだけなんだ」
「そう……」
うなだれてから、かなめは小さく咳きこんだ。
さっきから、どうも頭が重い。宗介と話していた時は、まだ気にするほどではなかったが、だんだんと、いやな感覚《かんかく》が寄せては返すようになってきた。
奇妙《きみょう》な浮遊感《ふゆうかん》。
あの医療《いりょう》トレーラーで見た不思議な夢が、断続的《だんぞくてき》に襲《おそ》ってくる。それが夢と呼べるものかどうかも、はっきりとはしなかったが。
クルツはかなめの様子に気付いたらしく、
「具合《ぐあい》が悪いのか? 連中に捕まってた時に、なにか薬物を?」
「……うん。なんの薬かは知らないけど、栄養剤《えいようざい》だとか言ってた。別になんともなかったんだけど、さっきから……どうも頭がヘンな感じで……」
「ほかには? なにかされなかったか?」
「あと……なんだかヘンな映画を見させられたの」
「映画?」
「いろんな文字がね……どんどん入れ替《か》わって。知らない言葉のはずなのに、あたしはそれを知ってるの。……椎間板《ついかんばん》ダンパーの基本素材《きほんそざい》だとか、パラジウム・リアクターの反応剤《はんのうざい》だとか。ECSの不可視モードとかも全然未完成でね、レーザー・スクリーンの発振《はっしん》システムに負担《ふたん》ばっかりかかって、オゾン臭《しゅう》がたくさん――」
クルツが真顔になって、目を丸くした。
「なんでそんな言葉を知ってるんだ」
「え。……あれ? あたし、いまなにか言った……?」
「『椎間板ダンパー』って言ったぞ」
「ツイカン……なにそれ?」
「ASの部品の呼び名だよ。君はいま、たしかに専門的な話をした。それにECSの弱点なんて、軍事関係者しか知らないはずだ」
「ちょっ……待って……」
かなめはこめかみに手をやり、固く目を閉じた。クルツはやや興奮気味《こうふんぎみ》に、
「ただの高校生が、そんな言葉を知ってるわけがない。いったい君は……どこでそんな知識を得たんだ?」
「そ、そんなこと言われても……」
自分の頭脳《ずのう》に、なにかの秘密《ひみつ》が?
かなめはトレーラーでの女医との会話を思い出した。
「そういえば、連中の一人が妙《みょう》なことを言ってたわ。そういう技術用語《ぎじゅつようご》とかを、生まれる前から知ってるって……。ブラック・テクノロジーとかいうのを持っていて、それで……ゆくゆくは自由にその知識を……知識を……」
言いながら、彼女はあのぼんやりとした感覚が蘇《よみがえ》ってくるのを感じた。はじめて自発的《じはつてき》に、自分の未知の知識[#「自分の未知の知識」に傍点]を意識した。
「知識……ちし……ききき……。あ……」
なにも浮かんでこない。だが、なにかが沈《しず》んでいる。漠然《ばくぜん》とした嫌悪感《けんおかん》。
既視感《デジャビュ》という感覚がある。はじめて来た場所なのに、前に来たことがあるような錯覚《さっかく》を感じることだ。彼女がいま味わっているのは、その既視感に似ていた。ただしこれは、もっと異様《いよう》で、暗く、重たい感覚だった。
ひどく曖昧《あいまい》で、それなのに存在感だけが色|濃《こ》く……。
「思い出せ……せせ? ない。なない」
心の奥に潜《ひそ》む怪物《かいぶつ》。彼女はそれを正視《せいし》できなかった。そうしようとすればするほど、自分のどこか、魂《たましい》のどこかが痙攣《けいれん》した。天と地が逆《さか》さまになりそうで、それ以上は考えられない。無理だ。無理。ムリ。むり。むむぅりむムむ……
「無理……ムリぃ……な、ななに、これ……?」
ヒステリックな叫《さけ》びが出そうになるのを、抑《おさ》えるだけで精一杯《せいいっぱい》だった。
「おい、やめろ。こっちを見ろ。……おい、カナメ!」
クルツの声で引き戻される。いつのまにか、着ていたガウンの胸元を、自分の手で引き裂《さ》いていた。
「あ……あたしなにを……。あ、アブない人だね、これじゃ。はは……」
半分あらわになった胸元を隠《かく》しながら、軽口《かるくち》を叩《たた》こうとする。だが、死人のような声しか出なかった。
「いいか、カナメ。もうその件は考えるのはよそう。全部忘れちまえ。絶対に……うっ」
どこかが痛んだらしく、彼は顔をゆがめた。
「だ……だいじょぶ?」
「……あんまり大丈夫じゃねえな」
クルツは顔をあげようとしたが、それで精一杯だった。
「ああ、くやしいぜ。ちくしょう。なんでこんなときに身動きできないんだ」
彼は、我が身のふがいなさを嘆《なげ》き悲しんだ。しまいには、青い瞳《ひとみ》に涙《なみだ》さえためる。かなめはさらに身体をかたむけ、クルツの涙を拭いてやった。
「仕方がないよ。そんな怪我してるんだから」
「でも、本当に……くやしい。もうすこし……あともうすこし元気だったら、じっくりと観賞《かんしょう》できるのに……」
「なにを?」
「君の胸の谷間」
宗介が山を降りると、集団農場が見えた。
彼はそこに忍び込み、古ぼけたトラクターからエンジンオイルを抜き取った。
本当はガソリンが欲しかったが、経済危機《けいざいきき》のためか、どのガソリンタンクも空っぽだった。トラクターなどといった車輌《しゃりょう》があるだけ、このあたりはまだ豊かな地域《ちいき》のようだった。
オイルの詰《つ》まったポリタンクを抱《かか》え、農場の休耕地《きゅうこうち》へと走る。脇腹《わきばら》の傷が痛んだが、我慢《がまん》できないほどではなかった。
荒れた農地に、オイルをどぼどぼと振《ふ》りまいていく。時計を見ると〇三二八時だった。
(よし……)
ポケットからサバイバル・キットを取り出し、消毒用《しょうどくよう》に使う過《か》マンガン酸《さん》の錠剤《じょうざい》を砕《くだ》く。
それをオイルの上にばらまき、ジッポーライターで火を点《つ》けた。
やがてオイルが引火して、ゆっくりと炎が広がっていった。
偵察衛星 <スティング> の解像度《かいぞうど》は非常に高い。晴れた日の昼間ならば、新聞の見出し文字さえ楽に読める。しかし、こんな霧雨《きりさめ》の夜では、現地の兵士と彼らとを識別《しきべつ》するのは困難《こんなん》だ。だから彼は火文字を作った。
『A67ALIVE』
『A』はかなめの暗号名『天使《エンジェル》』を表わす。『6』はクルツの『ウルズ6』、『7』は宗介の『ウルズ7』。
千鳥かなめ、クルツ・ウェーバー、相良宗介の三名は健在《けんざい》なり。
宗介は足跡《あしあと》に用心しながら、かなめとクルツの待つ場所に引き返した。
かなめたちの待っている位置を知らせる必要はない。<スティング> があの火文字を捉《とら》えることができれば、あとは火を点けた宗介自身のシルエットを、宇宙から追跡《ついせき》していくだけでいいはずだった。
オイルの火は、数分もしないうちに消えてしまうだろう。それに敵が気付くか、味方が気付くかはわからない。これはあくまで、賭《か》けなのだ。
[#地付き]四月二九日 〇三四五時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 順安《スンアン》航空基地
「不審火《ふしんび》?」
部下の報告《ほうこく》を受け取り、ガウルンは眉《まゆ》をひそめた。彼は基地の一角、整備《せいび》トレーラーの前で、<コダール> の修理を監視《かんし》していたところだった。
「はい。ここから西一五キロの集団農場で、何者かが畑に火を点《つ》けたとの連絡が……」
「ふん……」
陽動《ようどう》だろうか? いや、ただの不審火が陽動とは思えない。いずれにしても、その放火をしたのはカシムだろう。意図《いと》はわからないが、その付近に隠れているはずだ。
「軍の連中は、すでに捜索《そうさく》の輪《わ》を狭《せば》めています。逃走者《とうそうしゃ》の発見は時間の問題でしょう」
「男は殺せ。娘は――手足を折ろうが犯《おか》そうがかまわんが、殺すなと念を押しておけ」
「はい」
「俺もこれから出発する」
「 <コダール> に乗って、ですか?」
ガウルンは部下を睨《ね》めつけた。
「文句《もんく》あるのか? あ?」
「め、滅相《めっそう》もありません。しかしカネヤマ先生は、あまり現地の兵の前で使ってはならないと……」
「禁《きん》じてるわけじゃねえだろ。それに相手は <ミスリル> ……いや、カリーニンだ。まだひと騒《さわ》ぎあるかもしれん」
海軍からの報告では、連中の潜水艦《せんすいかん》はすでに沿岸部《えんがんぶ》を遠く離《はな》れ、中国の領海付近《りょうかいふきん》にまで逃げているという。あの緊急展開《きんきゅうてんかい》ブースターを使っても、救出部隊を派遣することなど不可能《ふかのう》なはずだが――
「念《ねん》のためだよ。念の、な」
整備用のハッチを閉じた技術者が、修理が済《す》んだことを叫んで知らせた。
[#地付き]四月二九日 〇三五五時(日本=北朝鮮標準時)
[#地付き]朝鮮民主主義人民共和国 平安南道《ピョンヤンナムド》 大同《デードン》郡の山中
宗介が戻ると、かなめがほっとした様子で出迎《でむか》えた。なぜか、はだけた胸元を両手でぎゅっと隠している。クルツは眠っているようだった。
「クルツの具合は?」
「意外と大丈夫なんじゃない? 長生きするわよ、こういうタイプ」
「…………?」
事情《じじょう》もわからず、宗介は木の根に腰かけた。
「どう? うまくいきそう?」
「わからん。もともと分の悪い賭けだ。君が一人で逃げた方が、まだ見込みはあっただろうな」
「もう手|遅《おく》れよ。考え直す気もないから」
「それはよく分かった。もう君に指図《さしず》はしない」
「ありがと」
遠くから、ヘリのローター音が聞こえてきた。近付いてくる様子はなく、その昔は十数秒もすると遠ざかっていった。
暗い林は陰気《いんき》で、寒々《さむざむ》しく、出口のない迷宮《めいきゅう》のようだった。
「ねえ。もし……もし無事《ぶじ》に帰れたら、相良くんはどうするの?」
ただ待ち続けるのに耐《た》えられなくなったのか、かなめが口を開いた。
「次の任務《にんむ》に就《つ》くだけだ」
「どこか、別のところにいっちゃうわけ? 学校には、もう来ないの?」
「そうなるだろうな。あの学校の生徒という立場は、あくまで仮のものだ。別の任務では邪魔《じゃま》になる。俺はただ、君たちの前から消え去るだけだ」
「そう……」
そこで宗介は足音に気付いた。
「…………?」
人ではない。もっとすばやく、静かな音。荒い息。なにかの動物?
これは、犬だ。
さらにその遠くから、人の足音も聞こえてきた。三人、四人……もっといる。
彼は息を殺した。小枝を踏《ふ》む音が、次第《しだい》に近付いてくる。狂暴《きょうぼう》なうなり声。
「どうし――」
「来る。伏《ふ》せてろ」
彼が言うのとほとんど同時に、岩の蔭《かげ》から二匹の犬が飛び出してきた。黒くて大きい。それ以外は、闇夜《やみよ》のせいでわからなかった。弾丸《だんがん》のようにまっしぐらに、こちらに向かって――
宗介はためらわずに発砲《はっぽう》した。軍用犬は悲鳴《ひめい》をあげた。うち一匹は、勢《いきお》いあまってかなめの身体《からだ》にどすんと当たり、身もだえしてから絶命《ぜつめい》した。
「きゃっ……!」
追跡隊《ついせきたい》がこちらの発砲に気付いて、松林の奥からライフルを射《う》ってきた。白い火線《かせん》が跳《は》ね回り、岩が砕《くだ》け、枯《か》れ枝《えだ》がばらばらと振り注いだ。
「尾《つ》けられたな? このバカ!」
すでに目を覚ましていたクルツがののしった。宗介は追跡隊に射ち返しながら、
「時間の問題だった。仕方《しかた》がない」
この怪我で、この装備《そうび》では、血の匂《にお》いなど消しようもなかった。
巨木の蔭から様子をうかがうと、敵の兵士が一人見えた。足を狙って一発撃つ。違《たが》わず命中。倒れたところを、わざと周りに二、三発射ち込んでやる。兵士は悲鳴をあげ、仲間に助けを求める。たぶん友人なのだろう、もう一人の兵士が決死《けっし》の覚悟《かくご》で負傷者に駆《か》け寄り、松の木蔭《こかげ》へとひきずっていく。
「これで二人」
「殺しちまえよ。ったく……」
敵の銃撃《じゅうげき》は増す一方だった。後から後へと、増援《ぞうえん》が駆けつけているのだろう。
「この調子《ちょうし》だと、もうすぐ敵のASも来るな」
「いよいよかい。くはは……」
クルツはとうとう笑い出す。宗介の銃には、あと一〇発ほどしか弾《たま》がなかった。
「やっぱり、駄目《だめ》だったみたいね……」
かなめがつぶやいた。
「そのようだな。……すまない」
応戦しながら宗介は言った。かなめは努めて明るい声で、
「あたし、後悔《こうかい》してないよ」
「そうか」
「相良くんと会えて、良かった」
「……ああ」
暗い声で応《こた》えた時、弾が切れた。いまや彼に残された武器は、単なる鈍器《どんき》と化した銃だけだった。クルツがうなり、
「おわりか」
「いや」
空を見上げ、宗介は言った。
「天から援軍《えんぐん》だ」
彼らの上空一〇〇メートルで、パラシュート付きのカプセルがはじけた。
爆発《ばくはつ》ボルトの火花が散《ち》り――黒い空に、白いASが躍《おど》り出す。その機体は空中でバランスをとるように両腕を振りあげて、まっしぐらに降下《こうか》してきた。
「来るぞ……」
三人が見守る中、ASは彼らのわずか五メートル先の斜面《しゃめん》に着地した。ずしゃりと量たい駆動系《くどうけい》の音が響《ひび》き、泥《どろ》と小石が盛大に跳ね上がる。機体のあちこちから白い蒸気《じょうき》――蒸発《じょうはつ》した衝撃吸収剤《しょうげききゅうしゅうざい》――が噴き出し、あたりにかりそめの濃霧《のうむ》をつくりあげた。
そのAS――雪のように白いASを見て、三人はぽかんとした。
「これは……?」
それは宗介たちが、まったく見たことのない機体だった。骨格《こっかく》の造りはM9に似ていたが、装甲《そうこう》の形がかなり異《こと》なる。
ASというのはもともと航空機的《こうくうきてき》なフォルムを持つ兵器なのだが、この機体はその傾向《けいこう》がより顕著《けんちょ》だった。シャープで力強いシルエットが、猛禽類《もうきんるい》の狂暴《きょうぼう》さを連想《れんそう》させる。その面構《つらがま》えはナイフのように鋭《するど》く、研ぎ澄まされた緊張感が漂《ただよ》っていた。
獲物を見つけたら絶対に逃がさない――そういった冷たい獰猛《どうもう》さ。
『陸戦兵器』と呼ぶよりも、むしろ『世界一危険な美術品』とでも呼んだ方がしっくりくるイメージだった。
腰のパイロン――兵装《へいそう》取付け具には短銃身の|散 弾 砲《ショット・キャノン》が固定してあり、脇《わき》の下のパイロンには予備弾倉《よびだんそう》と単分子《たんぶんし》カッターが装備《そうび》してある。
「……だれが乗ってるんだ? マオか?」
それに、他の味方は? 一機だけ?
彼らの疑問《ぎもん》に答えるように、白いASはひざまずき、首の後ろのコックピット・ハッチを開放した。
だれも出てこない。
白いASはそのままの姿勢《しせい》でじっとしている。何秒待っても、それは変わらなかった。敵の銃撃が装甲板《そうこうばん》のあちこちを叩《たた》くが、それでも機体は身じろぎもしない。
「おい、ひょっとして、これ……」
クルツの言葉を待たずに、宗介は白いASに向かって飛び出していた。機体に駆け寄ると、すばやい身のこなしでコックピット・ハッチへと登る。敵の弾丸がかすめるが、気にしている場合ではない。中をのぞくと――
「無人か」
その機体には、だれも乗っていなかった。コックピットはM9や他のASとほとんど同じ構造《こうぞう》で、人間ひとりがぴったりと収まるだけの空間しかなかった。とにかく機内にすべりこむ。正面の多目的《たもくてき》スクリーンは点灯《てんとう》したままで、いつでも動ける状態《じょうたい》だった。
[#挿絵(img/01_293.jpg)入る]
<<声紋《せいもん》チェック開始。姓名、階級《かいきゅう》、認識《にんしき》番号を>>
低い男の声で、機体のAIが要求《ようきゅう》した。
「相良宗介|軍曹《ぐんそう》。B―3128」
<<照合完了《しょうごうかんりょう》。|SGT《サージェント》サガラと確認《かくにん》。命令を>>
「ハッチ閉鎖《へいさ》。モード4に調整開始。バイラテラル角、3・5」
<<ラジャー。ラン、モード4。BMSA、3・5。コンプリート>>
復唱《ふくしょう》。すぐさまコックピット・ハッチが閉鎖され、セミ・マスター・スレイブの操縦《そうじゅう》システムが起動《きどう》した。いまやこの機体は、宗介の手足も同然だった。
いける。この白いASは、M9とまったく同じシステムだ。
宗介は機体を立ち上がらせた。
「チェーンガン、威力行使《いりょくこうし》」
<<ラジャー>>
頭部の二基の機関銃《きかんじゅう》が吠《ほ》えた。秒間一〇〇発のすさまじい銃撃が吐《は》き出される。周囲の松林は、見る間にずたずたになった。倒れる木々と、逃げる敵兵。
あっけないほどの形勢逆転《けいせいぎゃくてん》だった。かなめとクルツが足下でぽかんとして、宗介の乗った機体を見上げている。
そこで宗介は、スクリーンの隅《すみ》の赤文字に気付いた。
『データ・レコーダーの予備ファイル/A―Tを閲覧《えつらん》せよ――最優先』
宗介はAIにデータの再生を命じた。コックピット内に響《ひび》いたのは、カリーニン少佐の声だった。
『サガラ軍曹。君がこの録音《ろくおん》を聞いているのなら、このASとの合流に成功したということだろう。以後はその前提《ぜんてい》で話を進める。
偵察衛星 <スティング> で諸君《しょくん》を発見した時、<デ・ダナン> は沿岸《えんがん》から六〇キロ離れた海域にいた。通常の救出隊を派遣するには距離が遠すぎるため、改造《かいぞう》した弾道《だんどう》ミサイルにこのASを搭載《とうさい》して射出《しゃしゅつ》した。無人なのはそのためだ』
「そうか……」
弾道ミサイルなら、その距離でも数分で着く。ただし、人を乗せるわけにはいかない。射出時のGは人体には苛酷《かこく》すぎるからだ。
「現在 <デ・ダナン> は、無線封鎖《むせんふうさ》で西朝鮮湾の沿岸へ急行している。海岸をかすめ、諸君らを回収《かいしゅう》してから全速で脱出《だっしゅつ》する予定だ。〇四三〇時から一分間、<デ・ダナン> は沿岸に浮上《ふじょう》する。その時間までに、指定した地点へなんとか到着《とうちゃく》していろ』
デジタル・マップに回収地点の表示。『Hasanbuk』とかいう、読み方もわからない村の南に位置する海岸。いまの場所から、およそ二〇キロ離《はな》れている。
現在の時刻《じこく》は〇四一三時。味方が海岸に来るまで、あと一七分しかない。
「――なお、このASはARX―7 <アーバレスト> ≠ニ呼ばれている。AIのコールサインはアル≠セ。高価な実験機なので、必ず持ち帰るように。以上。幸運を』
ARX―7 <アーバレスト> 。それがこの機体《きたい》の呼び名か……。
宗介は機体の具合を確かめてみた。|常温核融合炉《パラジウム・リアクター》からエネルギーがほとばしり、電磁筋肉《でんじきんにく》に力がみなぎる。すこし動かしてみただけで、このASの卓越《たくえつ》したパワーがはっきりと感じ取れた。
<<敵AS、推定《すいてい》五機、接近中>>
<アル> が警告《けいこく》する。スクリーン内の窓に、敵機の推定位置と距離が投影《とうえい》される。正面と右、左前方。<アーバレスト> を押し包《つつ》むように、高速で移動、接近中。
聴覚《ちょうかく》センサーが、敵機のうなり声を感知《かんち》した。低く威嚇《いかく》するような、ガスタービン・エンジンの咆哮《ほうこう》。
闇《やみ》を見通す光学センサーも、敵影《てきえい》を捉えた。カーキ色の装甲。赤い二つ目。
Rk―92[#「92」は縦中横] <サベージ> だ。
真夜中の山稜《さんりょう》をすべるように、ライフルを構《かま》えて迫《せま》ってくる。
素直《すなお》に逃がしてはくれないようだ。敵は五機。対するこちらは一機。しかし――
これから先は、自分|次第《しだい》だ。彼女を連れて、必ず帰る。傷の痛みに、むしろ奇妙《きみょう》な心地《ここち》よさを感じながら、宗介はつぶやいた。
「アル……といったな」
<<|はい、《イエス、》|軍曹殿《サージェント》>>
「一分で片付けるぞ」
<<ラジャー>>
次の瞬間《しゅんかん》、<アーバレスト> は跳躍《ちょうやく》した。
「うわっぷ……」
宗介のASが蹴立《けた》てた泥《どろ》を、かなめとクルツはまともにかぶった。
次に顔を上げると、白いASは山のむこうに着地して、迫りくる敵へと突進しているところだった。
一瞬《いっしゅん》で、あんな遠くまで? かなめの目から見ても、あの機体がケタ外れの跳躍力を持っていることはすぐに理解できた。掛《か》け値《ね》なしの最新鋭機《さいしんえいき》。あの基地で乗ったASなど、問題にならないパワー。
「すごい」
ここから見える限りでは、敵機の数は二機くらいか。カーキ色のASが、暗い斜面を飛び跳ねながら、宗介の機体へと襲いかかった。
敵機がライフルをかまえ、発砲する。
「あ……」
次の瞬間、吹き飛んでいたのは敵の方だった。なにをどうしたのかもわからない。
さらに白いASは、地を這《は》い飛ぶ燕《つばめ》のように、別の一機に高速で近付き、すれ違いざまに閃光《せんこう》を放った。たぶん、宗介が発砲したのだ。撃たれた敵は空中できりもみして、地面に激突《げきとつ》し、爆発《ばくはつ》する。
それ以上は、彼女の目には捉《とら》えられなかった。
白いASは矢のように谷間を駆《か》け抜け、宙《ちゅう》に舞《ま》う。敵とぶつかりあった次の瞬間には、弾《はじ》かれたように飛びすさる。白い影を追って、いくつもの火の玉が夜空を焦《こ》がす。
闇の中で、ひとつの火花が猛々《たけだけ》しく、縦横無尽《じゅうおうむじん》に跳ね回っているような光景《こうけい》だった。
「忍者《にんじゃ》マンガみたい……」
敵が何機いたのかもわからない。たぶん、四磯以上だ。そのことごとくが、宗介によって射抜《いぬ》かれ、叩《たた》き伏《ふ》せられ、ばらばらにされていく。
電光石火《でんこうせっか》。
宗介の駆る白いASは、最後の一機へと殺到《さっとう》した。
ショット・キャノンを二連射して、
「五機……!」
肩で息して、宗介はつぶやいた。被弾《ひだん》した敵機は地面に叩き付けられ、煙を噴き出し動かなくなる。
きっかり五八秒。追っ手のAS部隊は、これで完全に沈黙《ちんもく》した。猫のようなしなやかさで、伏兵《ふくへい》を警戒する。一〇秒たっても、ほかの敵機は見当たらなかった。
(よし、いまのうちに……)
かなめたちを拾って逃げるべく、宗介は元の場所に引き返そうとした。
そこで――
左の山蔭《やまかげ》から突然《とつぜん》、銀色のASが姿を現わした。
至近距離《しきんきょり》だ。狂暴《きょうぼう》な敵意《てきい》をむき出しにして、カービン・ライフルを連射《れんしゃ》してきた。
「っ……!」
宗介は機体を前転させ、あやういところで射線《しゃせん》を避《よ》けると、ショット・キャノンで反撃《はんげき》した。敵はそれを予想していたように伏せ、次に跳躍した。空中から三回ほど三点射。<アーバレスト> は前転を続けて、なんとかしのぐ。
耳障《みみざわ》りな笑い声をあげ、銀色のASは着地した。何のつもりか、外部スピーカーを入れっぱなしにしているのだ。
『よくかわしたなっ、カシムっ!』
ガウルンは間髪《かんぱつ》を容《い》れず、さらにライフルを射ってきた。宗介も射ち返す。いずれも外れ、木々を大地からむしり取る。
AS同士の戦闘は普通、二、三度射ちあうだけで勝負が決まる。
停止《ていし》して精密射撃《せいみつしゃげき》するか、動きながら牽制《けんせい》射撃するか、回避《かいひ》運動に専念《せんねん》するか――最良の選択《せんたく》をしなければならない。それもすばやく、臨機応変《りんきおうへん》に。そしてその選択を誤《あやま》った方が、一瞬で致命的《ちめいてき》な損害《そんがい》を被《こおむ》るのだ。
しかし、この二機の戦闘は違った。
両者がまったく譲《ゆず》らない。休むことなく走り、跳《と》び、伏せ、転がり、何度も何度も発砲する。そうした砲弾のことごとくが外れる。どれだけはげしく動いても、機械の手足は疲れない。どちらかの機体が倒れるまで――もしくは操縦兵《オペレーター》の神経が参《まい》るまで――この闘いは続くのだ。
それはまるで、地上で繰り広げられる熾烈《しれつ》な|空 中 戦《ドッグ・ファイト》だった。
「あの銀色、さっきのやつだ……」
その様子《ようす》を山頂から見ていたかなめは、おもわずつぶやいた。
白と銀色の人影が、闇の中に浮かんでは消える。山のむこうに去ったかと思うと、爆炎《ばくえん》と共に、反対側の岩蔭から現われる。宙に舞い、樹木をなぎ倒し、暗い谷間を赤く染める。
「身を低くしてな。流れ弾の破片《はへん》ひとつが、致命傷《ちめいしょう》になる」
クルツの助言《じょげん》を彼女は無視《むし》した。遠くの打ち上げ花火でも見るように立ちつくし、
「どっちが優勢《ゆうせい》なの?」
「普通の戦闘なら、互角《ごかく》のはずだ。だが……」
「だが?」
「あの銀色のASは、普通じゃない。得体《えたい》のしれない奥の手を持ってる」
「あなたがやられたやつ?」
彼女は戦いから目を放さず、なにかに取り憑《つ》かれたようにたずねた。
「ああ。こっちの砲弾が、空中ではじけ飛んだんだぜ? どんな手品やら……」
「手品。そうかな。そうじゃないわ」
頭が重い。
いつのまにか、あの奇妙な浮遊感が彼女を包《つつ》んでいた。
ささやき声。
ぼんやりと、頭蓋《ずがい》の中を反響《はんきょう》する。そうではなく、クルツが言っているのは、そうではなく、あのASに積まれているのは、そうではなく……
「手品……じゃない。ギジュツ……」
敵にはある。だが、彼の機体には……?
「負ける」
「え?」
「彼は……負けちゃうわ、あのままだと」
ガウルンの投げたグレネードが、至近距離で爆発した。
<アーバレスト> は腰を落とし、破片と爆風をしのぐ。立ち上がりざま、倒れた樹木をつかんで投げつけた。
投げた木は、二機の間を落ちていく。互いの姿《すがた》が、互いに隠れて見えなくなった。その瞬間、ろくな照準《しょうじゅん》もせずに、両者が同時に発砲した。
針葉樹《しんようじゅ》は空中で消し飛んだ。
<アーバレスト> は、頭部の右上に被弾《ひだん》した。機銃の弾薬《だんやく》が誘爆《ゆうばく》して、メイン・センサー類の半分が破壊《はかい》された。一方、ガウルンのASは、ライフルの機関部に被弾した。二液混合《バイナリー》式の液体|炸薬《さくやく》タンクが割れて、完全に故障《こしょう》した。
機体そのものの損害からいえば、<アーバレスト> の方が深刻《しんこく》だった。しかし――
(勝った)
こちらは武器が生きている。距離はわずかで、外しはしない。
被弾によろめくガウルンの機に、宗介はショット・キャノンを射ちこんだ。砲身から飛び出し、八個に分かれた小弾頭は、敵ASの上半身に――
そこで目を疑うことが起きた。
ガウルンのASに当たるはずの砲弾が、すべて空中ではじけ飛んだ。火花を散らして、粉々になったのだ。まるで、見えない壁《かべ》に当たったかのように。
「…………!?」
すこし遅れて、猛烈《もうれつ》な衝撃《しょうげき》が <アーバレスト> を襲った。一度、おもいきり前へ引き寄せられたかと思うと、次には後ろに跳ね飛ばされた。
<アーバレスト> は空中に弧《こ》を描き、きりもみし、山肌に肩《かた》から激突《げきとつ》した。
ガウルンの哄笑《こうしょう》が、暗い谷間にひびきわたった。
「ちくしょう、あれだ……!」
クルツがうめいた。
こうして遠くから見ても、まるで理解《りかい》のできない現象《げんしょう》だった。
散弾地雷《さんだんじらい》でもない。爆発式の反応装甲《はんのうそうこう》でもない。見えない壁。なにかの衝撃波《しょうげきは》……そうとしか表現できなかった。
白いASは動かない。彼らの位置からはよく見えないが、おそらくは大破《たいは》したはずだ。実用性一点張りのM9でさえばらばらにされたのだから、得体のしれない実験機では、とうてい助かるはずもないだろう。
かなめは今までと同じ様子で、ただ突っ立ったまま、
「なんてこと……」
生気《せいき》のない声を洩《も》らした。
「…………っ」
宗介はあえぎ、頭を振ろうとした。
視界が赤い。墜落時《ついらくじ》のGによる|赤 視 症《レッド・アウト》だろう。全身の感覚が麻痺《まひ》していて、指先を動かすのがやっとだった。脇腹がぬるりと濡《ぬ》れている。仮止《かりど》めしていた傷口が開いたらしく、気の遠くなるような激痛《げきつう》が戻ってきた。
クルツの言葉を思い出す。
『ハンマーにぶん殴《なぐ》られたみたいな……』
これのことだ。
そして機体はばらばらに――クルツはそう言っていた。きっと自分の機体も、同じありさまだろう。あんな衝撃を受けて、機体が無事《ぶじ》でいられるはずがない。ASを失い、ガウルンには敗れ――
(今度こそおしまいか)
赤かった視界《しかい》が元に戻った。スクリーンの表示に焦点《しょうてん》が合う。
青い文字。
予想に反し、それは――
<<ダメージ軽微《けいび》――戦闘に支障《ししょう》なし>>
今度はガウルンが目を疑《うたが》った。
白いASが、身を起こし、ゆっくりと立ち上がったのだ。
頭部が半壊《はんかい》しているものの、ほかの部分はほとんど正常に見えた。前の戦闘で倒した <ミスリル> のASは、手足がちぎれ飛んだのに……。
「ああ、なぜ利《き》かん?」
ハイになった頭を振って、動力系《どうりょくけい》をチェックする。今度は『ラムダ・ドライバ』を、余裕《よゆう》をもって――専用のコンデンサーに蓄電《ちくでん》をして――使ったので、出力には問題なかった。
「不発《ふはつ》か? どうも……」
なにしろ未完成の機能《きのう》だ。思う通りに作用しないこともある。
ガウルンは機体の背中に埋《う》まった、使い捨ての専用コンデンサーを交換《こうかん》させた。シリンダーが回転し、新しいコンデンサーが接続《せつぞく》される。それはちょうど、リボルバー拳銃《けんじゅう》のような仕組みだった。
「よぉし……くっく」
もう一度、『ラムダ・ドライバ』の斥力場《せきりょくば》をぶつけてやるつもりだった。それで今度こそ仕留められるだろう。
「どうなってる……?」
スクリーン中の損害報告《そんがいほうこく》を眺《なが》め、宗介はつぶやいた。
さっき被弾した頭部を除《のぞ》けば、ほとんど無傷《むきず》だ。これはいったい……?
<アーバレスト> の背中で、なにかの部品――たぶん、シリンダーだろう――が回転する音がした。そして、するどい接続音《せつぞくおん》。
「なにをした。いまの動作はなんだ?」
AIはそれには答えず、
<<ラムダ・ドライバ、イニシャライズ完了《かんりょう》>>
「なに? なんのことだ?」
<<回答不能《かいとうふのう》。戦闘の続行を>>
「答えろ、アル」
<<回答不能>>
スクリーンに映るガウルンのASが、ナイフ型の単分子《たんぶんし》カッターを抜き放った。
クルツは唖然《あぜん》とした。
「生きてる。あいつ、いったい……?」
なぜ? 宗介は無事なのか? 自分の時は、機体がばらばらになったのに。
「……なるほど。な……なんとなく……わかる」
右手をこめかみにあてて、かなめが重たげにつぶやいた。
「カナメ……? 大丈夫《だいじょうぶ》か、おい」
彼女は木の幹《みき》にもたれかかり、何度か咳《せ》きこんだ。そして遠くの白いASを眺め、
「気持ち悪い……。TAROS……。彼は……使い方をわかってない。せ……せいぜい相手の……相殺《そうさい》するくく、くらい……? つつつ、強い防衛衝動《ぼうえいしょうどう》が……」
肩を上下させ、ぶつぶつと弱々しい声を出す。さっきの症状《しょうじょう》とよく似ていた。彼女の目は、とても正気には見えない。
「やめろ、カナメ。正気に戻れ」
「戻……らない。ヒントを……。わ……たしぃが……」
「ヒントだと? なにを言って――」
「わたし……助けられてばかり……ちが……今度は……ヒント」
クルツはそのとき、理解した。かなめはなにかを知っている。敵に打ち勝つヒントのような、貴重《きちょう》な情報を持っているのだ。それを頭の奥から引っ張り出すために、自分の中で格闘《かくとう》している……?
「ぎぎ疑似的《ぎじてき》なちち……ノらむ……きょ、きょきょ。い、いそウ干渉《かんしょう》ハこーしあ、たタたろス……、ん……あぁ……。だめぇ……。だだ。でもない」
嗚咽《おえつ》と苦悶《くもん》の入り混じった声。それがどこか官能的《かんのうてき》にさえ聞こえる。彼女は乱れた髪を鷲《わし》づかみにして、背中を反《そ》らせた。
狂気《きょうき》の発露《はつろ》を目《ま》の当たりにして、クルツは背筋が寒くなった。
「おい……!!」
かなめは答えず、
「ま……っけるもんかぁっ!!」
いきなり寄りかかった樹木の幹に思いきり頭を打ちつけると、そのまま反動で背中から倒れ、勢いあまって二転三転した。身体をくの字に曲げ、裏返《うらがえ》った泣き声を出して、意味のわからない言葉を洩《も》らす。
「か……カナメ……!」
こちらの頭までおかしくなりそうだった。
なんてこった。俺は兵隊だぞ。精神病院《せいしんびょういん》の看護士《かんごし》じゃない。こんな時はどうすりゃいいんだ……!?
「はあ……はぁ……。くくる……っつ、くく?」
うろたえるクルツの目の前で、かなめは身を起こした。なにかを言おうとするが、舌《した》がうまく回らないようだ。鬼気《きき》せまる目で彼をにらみつけ、大きく息を吸《す》いこむと、
「くぃ……クルツくん。つ……通信機《つうしんき》を貸して……!」
これまでとはガラリと変わった、切迫《せっぱく》した口調だった。
「構わねえけど、いったい……」
「はやく彼に教えないと……!」
「教える? なにを」
「いいから、はやく!」
<アーバレスト> のAIは、どうあっても宗介の質問に答えなかった。
敵が迫ってくる。押し問答《もんどう》の時間はない。宗介は機体の脇《わき》の下から単分子カッターを引き抜いた。ショット・キャノンはさっきの衝撃で取り落としている。
(しかし、もう一度あれをやられては……)
機体は無事でも、こちらの身が保《も》たない。そう思うと、体中がじんわりと汗《あせ》ばんだ。
そこに新たな声が入る。外部からの短距離通信。
『相良くん、聞こえる?』
「千鳥か?」
『よく聞いて! あなたの敵は、特別な装置《そうち》を積《つ》んでるの。搭乗者《とうじょうしゃ》の攻撃衝動《こうげきしょうどう》を、物理的な力に変換《へんかん》する機械よ。それで、これが重要なんだけど……ど』
絞《しぼ》り出すようなかすれた声。怪我でもしたのだろうか? 彼女は無事なのか?
「ちど……」
『き……キキなさぃ! それっ……でぇ! 理由は知らないけど、あなたのASにも、それが――ラムダ・ドライバ≠ェ積んであるの! だから無事だったのよ!」
同じ装置が? この <アーバレスト> に?
ガウルンのASは、いまや数十メートルの距離にまで迫っていた。
『あなたはさっき、自分の身を守ろうと思ったでしょう? それに装置が反応したの。あなたの心の中の、強いイメージがカタチになるのよ!』
「イメージ? 心? そんな兵器があるわけ――」
ガウルンのASは <アーバレスト> の手前で立ち止まり、赤い一つ目でこちらをにらみつけた。前触《まえぶ》れもなく、周囲《しゅうい》の大気がぐらりと歪《ゆが》んだ。
木や草や泥や石が、強風を受けたように飛び散った。例の衝撃波だ。どうしようもない。またたく間に、それは <アーバレスト> に襲いかかった。
「うぉっ……!」
機体の上体がのけぞった。しかし――
今度は、覚悟《かくご》していたほどではなかった。<アーバレスト> は数歩後ずさっただけで、すぐに姿勢《しせい》を立て直した。
「……これは!?」
『そうよ。相手はいま、あなたをバラバラにしてやるつもりだった。だけど、できなかったの。逆襲《ぎゃくしゅう》だってできるわ。強く念じて!』
「念じる、なにを」
『相手をやっつけてやる、って思うの! 気合《きあ》いを入れて、一瞬《いっしゅん》に込めて! カメハメ波《は》とか、そーいうのみたいに!』
「カメハ……なんだと?」
<<接近警報《せっきんけいほう》!>>
銀色のASが一気に踏《ふ》み込み、ナイフを突き出してきた。<アーバレスト> は、あやういところでそれをしのぐ。ガウルンの機から笑い声が聞こえた。
『はっはっ! なるほど、そりゃあ、そうかもしれんっ!」
言って、ナイフで切りかかる。目まぐるしいナイフ・コンバットが始まった。
『ウィスパードを守っていたお前らだ! 持っていても[#「持っていても」に傍点]不思議《ふしぎ》はない。なあ……!?』
「なにを……」
『で、俺の得意分野《とくいぶんや》は知ってたか!? そう、ナイフだぁ!』
突き、払《はら》い、薙《な》ぎ、打ち、誘《さそ》いをかけて、それをしのぐ。単分子カッターが装甲をかすめるたびに、白い光があたりを照《て》らす。
『そら、どうした? モタモタするなよ』
ガウルンの攻撃はすさまじかった。この男の技能の前では、並の操縦兵とASなら三秒と立っていられないことだろう。機体のメイン・センサーが半壊《はんかい》していることもあって、宗介は次第に圧倒《あっとう》されていった。
『覚えてるか、カシム!? あの村の連中も切り刻《きざ》んでやったぞ! こんな風にな……!』
ガウルンのナイフが、<アーバレスト> の胸部装甲を切り裂いた。
『ナニやってるの! 気合いよ、気合い!!』
無線機ごしに、かなめが叫《さけ》ぶ。
「さっきからやってる……! 力場《りきば》など出んぞ」
『こう使うんだっ!』
ガウルンが叫ぶと、またしてもはげしい衝撃が宗介を襲った。
<アーバレスト> は背中から倒れ、二回、三回と地面を転がった。目の前が暗くなり、頭の中で星がちらつく。それでもすぐさま身を起こし、迫りくる敵機に身構《みがま》える。
サディスティックな笑い声。敵は宗介を翻弄《ほんろう》するのを楽しんでいるようだった。
『はは……! 馬鹿げた戦いだよ。大の男二人が、ロクに使い方も知らないオモチャで殺し合ってるんだぜぇ? なあ……!?』
さきほど取り落としたショット・キャノンが、三〇メートルほど離れた地面に放置《ほうち》されていた。宗介は機体を這《は》うように走らせ、ショット・キャノンを拾い上げた。
『ほお? それで、どうする気だい? 撃つのか、俺を?」
「くっ……」
『無駄《むだ》なのは知ってるだろ? しかもてめえは、装置の使い方がまるでわかってない』
敵《てき》の言う通りだった。ここでショット・キャノンを撃《う》っても、敵は例の力場で難《なん》なく砲弾《ほうだん》を弾《はじ》いてしまうだろう。ガウルンはシステムの原理をある程度理解し、使いこなす訓練《くんれん》もしていると見える。だが、こちらは――
なんとか敵の攻撃をしのぐことはできても、それ以上のことはなにもできない。
銀色のASは器用にナイフをくるくる回し、余裕《よゆう》をもって <アーバレスト> に近付いてくる。
次に踏み込まれたら、支えきれないだろう。コックピットを貫《つらぬ》かれ、あの世いきだ。
『いい、相良くん? 大切なのは、瞬間的《しゅんかんてき》な集中力なの!』
かなめの切迫《せっぱく》した声が告げた。
『ゆっくりと息を吸《す》って、一気に吐《は》く。その瞬間、砲弾に、自分の気合いを注《そそ》ぎ込むイメージで!』
「そうは言っても……」
できない。彼女の説明の意味が、宗介にはどうしてもわからなかった。
『じゃあ、想像して。あなたが負けたら、あたしは捕まって、裸《はだか》にひん剥《む》かれて、さんざん身体中をいじり回されて、殺されちゃうのよ。その光景を思い浮かべて……!』
「なんだと」
『いいから! さあ、想像する!』
「…………」
じっくり想像するまでもなく、それは最悪の光景だった。
『イヤでしょう?』
「ああ」
『頭にくる?』
「そうだな……」
『あいつ[#「あいつ」に傍点]は、そう[#「そう」に傍点]しようとしてるのよ? そんなことが許せるの、あんたは!?』
これまで彼を支配《しはい》していた危機感《ききかん》が、次第《しだい》に沸々《ふつふつ》とした怒りに取って代わっていった。
「許せん」
『そうよ。じゃあ、あいつに銃《じゅう》を向けて!』
宗介は言われるままに、ショット・キャノンを敵機に向けた。それが無駄《むだ》な行為《こうい》だと、考えるのはやめた。こんなことをして何になるのか、彼女がなにを知っているのかなど、どうでもいい。
自分を信じてくれた彼女――それを、今度は俺が信じるだけだ。
『とうとう、ヤケクソか? がっかりだぜ。そろそろ死んじまいな』
ガウルンはナイフを振りかぶり、<アーバレスト> めがけて突進《とっしん》してきた。いよいよケリをつけるつもりだ。
『大丈夫。目を閉じなさい。それから、イメージを頭に描いて。あなたはこれから、あいつを素手《すで》でブン殴《なぐ》るの』
落ち着いた声で、かなめが告げる。
敵の前で目を閉じるなど、無謀《むぼう》の極みだ。だが宗介は、彼女の言う通りにした。敵機の接近をAIが警告したが、彼の耳には届《とど》かなかった。
あのASに拳《こぶし》を振るう自分の姿《すがた》を、頭の中で思い浮かべる。
『そうしたら、目を開けて――』
至近距離まで迫った敵機の姿が、スクリーンに大映しになっていた。ショット・キャノンの銃先に、荒れ狂《くる》う銀色の機体。
『くたばっちまいなっ!!』
獰猛《どうもう》なガウルンの叫び声。その一方、かなめの声はあくまで静かで――
『吸って――』
大きく息を吸いこみ、
『イメージを――』
砲弾に、意志を注ぎ込むイメージで、
『いまっ!!』
「っ!」
至近距離での一撃《いちげき》。
砲弾を防ごうと、ガウルン機が例の衝撃波を発生させた。そして同時に――宗介のイメージが形になり、<アーバレスト> の未知の機能が駆動《くどう》した。
なにが起きたか、宗介にははっきりと把握《はあく》できなかった。
互いのなにかがぶつかり合って、大気がいびつに歪《ゆが》み、よじれ、不気味《ぶきみ》な悲鳴《ひめい》をあげた。重力の方向がでたらめになって、右へ左へと暴れまわった。
そして――結果として、ショット・キャノンの弾は、止まることなく銀色のASに命中した。
『なにっ……』
八つに分かれた粘着榴散弾《ダブルオー・ヘッシュ》をくらって、ガウルンのASはおもいきりのけぞった。ちぎれた腕部《わんぶ》が地面に落ちるよりはやく、爆発。
爆風にあおられ、<アーバレスト> は地面の上を二回半ほど転がった。まき散らされた部品が装甲板を叩き、乾いた音が響く。
「…………」
雨と炎と風の中、宗介は機体を起こした。
ガウルンのASは、完全に大破《たいは》していた。両腕と頭部を失い、胸部の大部分が吹き飛ばされている。つい数秒前まで狂暴《きょうぼう》な生命力に満ちあふれていた巨人は、いまではただの鉄屑《てつくず》だった。
ガウルンは――即死《そくし》だろう。
『相良くん。無事……!?』
「……肯定《こうてい》だ」
宗介は残骸《ざんがい》に背を向け、かなめたちの待つ場所へと機体を走らせた。
「いまそちらにいく。逃げるぞ」
急がねばならない。戦闘に五分近く費《つい》やしてしまった。
かなめとクルツのところに戻るなり、宗介は機体をひざまずかせた。
「気分は大丈夫なのか、千鳥」
「うん……前よりは……。ほとんど――なに言ってたか忘れちゃったけど……」
相当《そうとう》な無理をして、助言をしてくれたのだろう。彼女の力がなければ、いったいどうなっていたことか……。
東の方から、ヘリのローター音が響いてきた。追跡隊《ついせきたい》の増援《ぞうえん》が向かっているのだ。
「いくぞ、時間がない」
ショット・キャノンは腰に固定する。空いた両腕でクルツとかなめを抱《かか》え、<アーバレスト> は走り出した。二〇キロを、一〇分で。この機体なら、まだ間にあう。
二人を抱えた <アーバレスト> は、たちまち山の斜面《しゃめん》を踏み越えた。砂利《じゃり》を蹴りたて、低木を叩《たた》き折り、一気に平坦《へいたん》な農地へと飛び出す。
「ぐうっ……!」
クルツの喉《のど》から苦痛の声が洩れた。相当な激痛《げきつう》のはずだ。
宗介は操縦に細心《さいしん》の注意を払った。速度も一二〇キロ前後に抑《おさ》える。しかし、それでもはげしい縦揺《たてゆ》れは消しようがなかった。まったくASという代物《しろもの》は、怪我人を運ぶのには世界一不向きな乗り物だ。
水田の作物を踏《ふ》み潰《つぶ》し、<アーバレスト> は西に向かって走り続けた。装甲車《そうこうしゃ》に数台|遭遇《そうぐう》したが、すべて無視。発砲もされるが、スピードで振り切る。
だが、海岸まであと数キロというところで、
<<七時方向、距離八、攻撃ヘリ、一機>>
AIが警告。後方警戒センサーに熱源《ねつげん》。攻撃ヘリが、こちらを狙っている。
「来たか……!」
<<ロケット警報! 二、一……>>
緊急機動《きんきゅうきどう》。右に大きく機体を振り、飛来《ひらい》した対地ロケット弾をよける。
「がっ……!」
絶叫《ぜっきょう》に近いクルツの声と、ロケットの爆発が重なった。
<<敵ヘリ、相対速度《そうたいそくど》一三〇で接近中。応戦の必要、大>>
「わかっているが、くそっ」
敵ヘリはさらにロケットを射ってきた。きわどいところでそれを回避《かいひ》。しかし、これ以上近付かれたら、避《よ》けられない。
(どうする……?)
わずか毎時一二〇キロでは、あっというまにヘリに追い付かれる。しかし、ショット・キャノンが使えない。こちらは両手が塞《ふさ》がっている。右手にかなめ、左手にクルツ。地面に降ろしている暇《ひま》はない。ヘリはすぐそこまで迫っている。
さあ、どうする……!?
「かなめ!」
「え、なに?」
「すまん」
疾走《しっそう》を続け、<アーバレスト> は、かなめの身体《からだ》を――空高く放り上げた。
「っ……」
右手が空く。銃を抜く。振りかえり、二連射。
銃を捨《す》て、前を向き、猛《もう》ダッシュ。
「っ……っきゃぁあああぁぁぁ――――!!」
放物線《ほうぶつせん》を描き、落ちる悲鳴。ぎりぎりで、前のめりに、彼女の身体をすくいあげる。転倒《てんとう》しかけた機体のバランスを、全身全霊《ぜんしんぜんれい》で制御《せいぎょ》する。
ほとんど同時に、ばらばらになった攻撃ヘリが、畑に落ちて大爆発した。立ち止まらずに、そのまま疾走。
「かなめ!?」
呼びかける。応答《おうとう》なし。
「ん……」
気を失っているようだった。呼吸はしている。手当てや謝罪《しゃざい》は後回しだ。とにかく機体を急がせる。時間はあと一分。
やがて海岸が――
「見えた……!」
黒々とした空の下に、闇《やみ》よりも暗い海があった。右に砂浜、左に岬《みさき》。宗介は、機体の針路《しんろ》を岬へと向けた。
<<一一時方向、距離六、AS、二機>>
正面、岬の手前に <サベージ> が二機。海岸で警戒《けいかい》にあたっていた敵ASだ。さらに、砂浜の方からも敵部隊が。四機、五機、いや、それ以上だった。
挟《はさ》まれている。
敵はASだ。さっきの攻撃ヘリとはわけが違う。しかも、こちらには攻撃|手段《しゅだん》がまったくない。あの妙《みょう》な力場発生機能《りきばはっせいきのう》もあてにならない。
「くそっ……」
正面の敵機が、こちらに向けてライフルを構《かま》えた。そこで――
『ウルズ7、まっすぐ走れ』
無線《むせん》に女の声。
「マ……」
相手の名前を言い終わる前に、正面の二機が火を噴《ふ》いて倒れた。
海からの狙撃《そげき》だ。見ると、海岸から三〇〇メートルの波間《なみま》に、大型ライフルを構えたASの姿があった。マオのM9だ。海面にひざまずいている。
いや、その下に――
<トゥアハー・デ・ダナン> が浮上《ふじょう》した。
真っ暗な海を切り裂いて、巨大な船体が背中を見せた。海岸線と平行に航走《こうそう》している。
『ソースケ? チャンスは一度よ。岬の突端《とったん》から直接|跳《と》んで!』
<デ・ダナン> の背中で、M9が手招《てまね》きした。
<アーバレスト> は砂浜から岩場に入った。背後には、敵のAS二個小隊。
岩場の斜面を駆《か》け上がる。岬はまるでジャンプ台だった。
岩と草を蹴立《けた》てる。追跡隊が後ろから発砲。右の一本松が粉々になる。それでも加速《かそく》。振り向かない。
たちまち岬の突端が迫り――その先は崖《がけ》と、海だ。細心の注意を払い、二人を両手で大事に抱え――
跳躍《ちょうやく》。
足の下から地面が消える。身体の重みがなくなる。眼下で、黒い波が流れていく。
みるみる <デ・ダナン> の船体が迫った。
そして、両手を広げたマオのASが――
『よしっ……』
――着地した <アーバレスト> の機体を、ていねいに受け止めた。
『ウルズ7を回収《かいしゅう》! 第四ハッチから収容《しゅうよう》を……完了!』
発令所《はつれいじょ》のスピーカーから、マオの報告が響《ひび》いた。
「第四ハッチ、閉鎖《へいさ》を開始。あと二秒。……閉鎖完了」
担当士官が報告した。正面スクリーンが『気密確保《きみつかくほ》』を表示した。
テレサ・テスタロッサはうなずき、
「面舵《おもかじ》いっぱい、針路二―〇―五、最大戦速。座礁《ざしょう》に注意」
「アイ・アイ・マム[#「マム」に傍点]。面舵いっぱい、針路二―〇―五、最大戦速」
航海長が復唱《ふくしょう》した。艦《かん》が右に傾《かたむ》き、海面の波で小刻《こきざ》みに揺れた。敵の砲撃が、艦の周りで暴れまわった。
スクリーンの速力表示は、たちまち五〇ノットを越《こ》えた。時速にして九二キロ近い。どんなに速い潜水艦《せんすいかん》でも、せいぜい四〇ノットが限界なのに、<デ・ダナン> はその壁《かべ》を楽に越えていた。クリーンの速力表示は、さらに上昇《じょうしょう》を続け、
「現在の速力、六五ノット」
時速一二〇キロ。
遠く離《はな》れた海域《かいいき》から、<デ・ダナン> がわずかな時間で駆《か》けつけることができたのは、この異常《いじょう》な航行性能《こうこうせいのう》のおかげだった。
<トゥアハー・デ・ダナン> は、みるみる海岸から離れていく。
「深度五〇まで潜航《せんこう》します。メイン・バラストタンクに注水《ちゅうすい》。潜航角度は五度。速度はこのまま」
「アイ。予定通り潜航を開始」
航海長が命じ、操舵士官《そうだしかん》が必要な操作を行った。テッサとマデューカス副長は、潜航作業をしっかりと見届《みとど》けた。
「ここまで酷使《こくし》したのははじめてですな」
マデューカス副長がぽつりと言った。
「超電導推進《ちょうでんどうすいしん》のこと?」
テッサがたずねた。副長はうなずき、
「はい。たいしたタフさです。試験の時は、もっと繊細《せんさい》なシステムかと……」
「わたしも驚《おどろ》いてるんです。設計した本人が言うのもヘンだけど」
テッサは微笑《ほほえ》み、スクリーンに向き直った。
哨戒艇《しょうかいてい》の囲みを突破《とっぱ》する仕事が、彼女らにはまだ残っていた。
医務室で手当てを受けてから、宗介は格納庫《かくのうこ》へと戻ってきた。
かなめとクルツは、いまも医務室で眠っている。
格納庫は静かだった。艦内に騒音規制《そうおんきせい》が敷《し》かれているため、整備班《せいびはん》の姿《すがた》も見えない。
包帯《ほうたい》だらけになった彼は、ひざまずいたままのARX―7 <アーバレスト> を見上げた。白かった機体は泥まみれで、草の汁《しる》があちこちにこびりついていた。装甲も傷だらけで、頭部は右の上半分がなくなっていた。
こうして見るぶんには、ただのASだ。M9 <ガーンズバック> をベースにした、風変わりな試作機《しさくき》。しかし、いったいあれは……。
「ひどい有《あ》り様《さま》だな」
背後の声に振り向くと、カリーニン少佐が歩いてくるところだった。
「ガウルンはどうなった」
「死にました。今度は間違いなく」
「そうか。私もその場に立ち会いたかったものだ」
カリーニンは感想を洩らし、
「それ以外に、なにか言いたそうな顔をしているな」
「はい。ラムダ・ドライバ≠ニは、いったい?」
単刀直入《たんとうちょくにゅう》な質問だったが、カリーニンはそれを予想していたようだった。
「やはりガウルンが持っていたか」
「そうです。そしてこのASにも装備《そうび》されていた。違いますか」
「そうだ。ウェーバーのM9が撃破《げきは》されたと聞いた時、『あるいは』と思った。だからこの <アーバレスト> を送りこんだ。あれを装備したASには、同様のASでしか対抗《たいこう》できんからな」
高価な実験機を、わざわざ危険な敵地《てきち》に無人で投げ込んだ理由がこれでわかった。
しかし――
「最初の質問の答えを聞いていません。ラムダ・ドライバとは?」
「君には知る必要がない。今の段階では」
「少佐。俺だって初歩的《しょほてき》な物理くらい知ってます。あんな力を作る装置など、聞いたことがない」
「当然《とうぜん》だ。あれを考えた人間は、この世界には一人もいない」
「? どういう意味です」
「おまえの世代では実感《じっかん》がないだろうが――」
少佐の口は重たげだった。
「いまの兵器テクノロジーは、異常《いじょう》なのだ。ASを始めとして、なにかが狂《くる》っている。あのラムダ・ドライバはもちろん、ECSやこの艦の推進システム、コンピュータやセンサーの性能など、どれをとっても発達しすぎている[#「発達しすぎている」に傍点]。どう考えてもおかしいのだ。あんな、SFもどきのロボット兵器が戦場で幅《はば》を利《き》かせるなど……。不自然だと思ったことはないかね?」
日頃《ひごろ》、当然《とうぜん》のように強襲機兵部隊《きょうしゅうきへいぶたい》を指揮《しき》・運用《うんよう》しているカリーニンが、こんなことを言うのには驚きだった。
「自分は――今日、はじめてそう思いました」
「私はずいぶん前から、この疑問を抱《いだ》いていた。そういう人間はたくさんいる。こんなものがあるはずない、と。しかし、それは現にあるのだ。だれが考えたのかはわからないが、理論《りろん》も技術も存在する。そして、それは社会に受け入れられた」
「…………」
「だが、繰《く》り返しておこう。こんなものは[#「こんなものは」に傍点]、あるはずないのだ[#「あるはずないのだ」に傍点]」
少佐は目線で <アーバレスト> をさした。頼《たよ》りになる味方だった <アーバレスト> が、いまではどこかグロテスクに見えた。
「ASなどの現用兵器を支える技術体系―― <|存在しない技術《ブラック・テクノロジー》> は、いったいだれが生み出したのか? というより、どこから来たのか? それがわかるかね?」
「千鳥のような子ですか。あの <ウィスパード> とか呼ばれる……」
「それは私の口からは言えない。だが、頭の中にはとどめておけ」
カリーニンは <アーバレスト> のそばまで歩き、バトルダメージを見渡した。
「チドリの件については、情報部が偽《にせ》情報を流すことで対応《たいおう》するだろう」
「偽情報」
「ガウルンたちはカナメ・チドリを調べたが、けっきょく彼女はウィスパードではなかった、と。それでも彼女を拉致《らち》したいというのであれば、その敵には覚悟《かくご》をしてもらうだけだ。何度でもアジトを潰《つぶ》して、何度でも彼女を奪《うば》い返す」
彼女が、これからも普通の生活を送れる。
宗介はそれを歓迎《かんげい》したが、同時に喪失感《そうしつかん》も覚えた。自分には、次の任務が待っている。かなめの生活の中には、自分の居場所《いばしょ》はもうないのだ。戸惑《とまど》うばかりだったあの学校、あの街並《まちな》み、あの人々が、みるみると遠ざかっていく気がした。
「ただし」
その思考をさえぎり、カリーニンは付け加えた。
「保険[#「保険」に傍点]はかけておく必要がある。今回の件がいい例だ」
「は?」
「ご苦労《くろう》だった。まずは休め」
質問を打ち切り、少佐はその場を立ち去った。
[#改ページ]
エピローグ
みるみる迫ってくる地面。それを大きな鋼鉄《こうてつ》の手がさえぎり――
(あれ……?)
次に目を覚ますと、かなめは白いマクラに顔を埋《うず》めていた。目の前には点滴《てんてき》のスタンドが見える。そのむこうには、四角い窓。さらにそのむこうには、雨露《あまつゆ》に濡《ぬ》れる桜の樹。
そこは病院の個室だった。
「お。やっと目を覚ましたみたいね」
彼女が横たわるベッドの脇《わき》に、若い看護婦《かんごふ》が座《すわ》っていた。美人だったが、すこし気の強そうな女性だ。
「ここは……?」
「東京の病院よ。いまは五月一日、一七三五時。あなたはまるまる二日半の間眠ってたわけね。『素性不明《すじょうふめい》の救急車』が、あなたをここに運び込んだのが昨日《きのう》。打ち身とねんざはあるけど骨折《こっせつ》はなし。連中に打たれた薬物も、一度きりくらいなら――」
「あの、あなたは?」
「はは。やっぱり看護婦には見えない? 肩凝《かたこ》るのよねー、この制服。まったく、ソースケが乱暴《らんぼう》なマネするから、あたしに余計《よけい》な仕事が」
「ソースケ? 相良《さがら》くんの仲間なの?」
「まあね。……で、とにかく起きたから助言《じょげん》を。いい、カナメ? あなたはあの基地《きち》で悪党《あくとう》どもに薬をうたれて、そのまま意識《いしき》を失ったの。次に目を覚ましたら、この病院。その間のことは、なにも覚えていない。ソースケのこともクルツのことも、あの白いASのことも、すべて忘れてちょうだい」
「つまりその…… <ミスリル> のことは秘密《ひみつ》にしろ、と?」
「それは自由よ。名前くらいなら、日本の軍関係者でも知ってるだろうから。でもあたしたち[#「あたしたち」に傍点]のことや、あなた自身[#「あなた自身」に傍点]のことが明るみに出たら、警察《けいさつ》は当分あなたを家に帰してくれないだろうね。だから――『なにも覚えてない』。この一点張りで通しなさい。明日になったら警察が事情聴取《じじょうちょうしゅ》に来るだろうから」
看護婦は立ち上がった。
「それと……あなたにお礼を言いたいの」
「お礼?」
[#挿絵(img/01_333.jpg)入る]
「そう、千鳥かなめさん。あなたは、わたしの部下二人を救ってくれた。命の恩人《おんじん》よ」
いきなり真顔《まがお》で握手《あくしゅ》を求められたので、かなめはうろたえた。
「あ、あたしは別に……」
「いいえ、話はクルツから聞いてるわ。あなたがいなかったら、彼もソースケも助からなかったと思う。あなたはもしかしたら、あたしたちよりも強い人間かもしれない」
「そ、そんな。照《て》れちゃうな……はは」
かなめはおずおずと相手の手を握《にぎ》った。看護婦の指は細かったが、とても力強かった。
「じゃあ、あたしはこれで」
「あの……」
「ん、なに?」
「彼は……相良くんは……?」
「ソースケはもう、別の任務に就《つ》いてるわよ」
「その……伝言とかは?」
「あなたに? うーん。特にないわね」
「そう……」
「じゃ、さようなら」
<ミスリル> の女は部屋を出ていった。
外はまだ雨だ。
いまも宗介は、任務に就いているのだろうか? こんな雨の中で、じっと震《ふる》えているのだろうか? 危ない目に遭《あ》っているかもしれない。痛い思いをしているかも。そうして、いつか野良犬《のらいぬ》のように……。
(せめて別れの言葉くらい、残してくれてもいいのに……)
そう思うと、自然と瞳《ひとみ》が潤《うる》んできた。彼女はシーツで涙《なみだ》を拭《ふ》いて、ふたたび枕《まくら》に顔をうずめた。
それから五分ほどして、本物の医者と看護婦がやってきた。彼らはかなめがすこぶる健康《けんこう》で、明日あさってには退院《たいいん》できると請《う》け負《お》った。そして、彼女の父親が昼過ぎまでこの病室にいたのだが、仕事の都合《つごう》でニューヨークに帰ったことを告げた。
医者たちが去ってから五分ほどすると、陣代《じんだい》高校の面々が病室にどっとなだれ込んできた。クラスの男女一〇人と、女子ソフト部の部員五人と、生徒会の関係者四人と、校長と教頭と神楽坂《かぐらざか》先生と……。
「カナちゃん!」
恭子がまっしぐらに飛んできて、彼女に思いきり抱《だ》きついた。ほかの友人たちも殺到《さっとう》して、口々に無事《ぶじ》を喜び、質問の集中砲火《しゅうちゅうほうか》を浴《あ》びせた。
「ほんと、心配したんだよ?」
「あたしたち、福岡の空港であの輸送機《ゆそうき》から放り出されて……」
「あの救出部隊《きゅうしゅつぶたい》、それっきり消えちまったってよ。国連とかとは関係ないらしいぜ!?」
「これは陰謀《いんぼう》の匂《にお》いがしますな……」
「でね、でね……だからね! カナちゃんの行方《ゆくえ》とか、どこに聞いたらいいのか、だれもわかんなくて……」
「ああ……ごめんなさいね、千鳥《ちどり》さん! 私があのとき、代わりに連れていかれれば……! これでは教師|失格《しっかく》だわ!」
「うう……カナちゃ〜〜〜んっ!!」
容赦《ようしゃ》なくもみくちゃにされる。彼女は頭をこづかれながら、自分は愛されているのだと実感《じっかん》した。帰ってきて良かった。本当に。
「ちょ、ちょっと……。いちおう、あたし病人なんだよ、もう!」
恭子たちの重みに耐《た》えかねて、かなめは悲鳴《ひめい》をあげた。
「そうだ。軽い打撲《だぼく》とはいえ、安静《あんせい》にしておくべきだ」
見舞《みま》い客のだれかが言った。かなめはうなずき、
「そうそう、大切にしてよ。まあ、明日には退院していいみたいだけどね」
「なによりだ。あの救出部隊に感謝《かんしゃ》すべきだな」
「そうね。修学旅行は台無《だいな》しになっちゃったけど」
「命あってのものだね[#「ものだね」に傍点]だ。問題ない」
「そうそう、命あっての……へ?」
かなめはその見舞い客に目を向けた。涙ぐむ神楽坂教諭の後ろに、ひとりの男子生徒が立っていた。むっつり顔にへの字口。ざんばら黒髪で――
「さ……相良くんっ!?」
一同は相良宗介に注目してから、『彼がどうかしたのか?』と問いたげな顔をした。
「なんだ? 千鳥」
「あ……あんた……どうしてここに!?」
「失礼な。俺は見舞いにきたんだぞ。土産《みやげ》もこれ、この通り」
彼は博多産《はかたさん》の辛子明太子《からしめんたいこ》が詰《つ》まったパックを手に、かなめの前に進み出た。
「いったい、どーいう……」
「保険だ。俺は」
宗介は小声でささやいた。
「ホケン?」
「そうだ。当分の間な」
「……って、よくも、まあ……」
『ありがとう』とも、『迷惑《めいわく》かけた』とも、『これからよろしく』とも言わない。何の飾《かざ》りもない口ぶりが、無性《むしょう》に腹立たしかった。だが――
その腹立たしさが、彼女にはとても心地《ここち》よかった。
かなめは大きく息を吸《す》いこみ、
「やい、ソースケ[#「ソースケ」に傍点]っ! あんたにはいろいろ文句《もんく》が言いたかったのよっ! よっくもあの時――」
一気に抗議《こうぎ》をぶちまけようとすると、宗介はうろたえ、周囲《しゅうい》をせわしく見回した。
外の雨は、夜にはあがりそうだった。
[#地付き]〔了〕
[#改ページ]
あとがき
舞台は現代(?)。でも、なにやら怪《あや》しげな世界観。世界最強のハイテク傭兵部隊《ようへいぶたい》 <ミスリル> に所属《しょぞく》する、エリート戦士・相良《さがら》宗介《そうすけ》に、新たな任務《にんむ》が授けられる。日本の高校に潜入《せんにゅう》し、一人の少女を守りぬけ、というのだ。ところがこの相良|軍曹《ぐんそう》、幼《おさな》い頃《ころ》から戦争|漬《づ》けだったせいで、平和な日本での一般常識がまったくない。ましてや相手は女子高生! からまわりの暴走を繰り広げ、少女には完璧に嫌われて――
なんて感じではじまる『フルメタル・パニック!』。
この話をジャンル分けするならば……うーむ、難《むずか》しいですね。ごった煮《に》、寄《よ》せ鍋《なべ》みたいな内容《ないよう》ですから。『学園ラブコメ』と呼ぶのも無理《むり》があるし、『ロボットもの』と銘打《めいう》つには●●が●●だし、『軍事スリラー』というほど真面目《まじめ》でもないし。強《し》いて言うなら、『冒険活劇《ぼうけんかつげき》もの』でしょうか。B級のアクション映画でも観《み》るつもりで、どうぞごゆるりとお楽しみください。
ところで九八年八月現在、『ドラゴンマガジン』誌上では『フルメタ〜』の短編小説が連載中《れんさいちゅう》です。こちらは純然《じゅんぜん》たる学園コメディでして、この本の事件後を舞台にした、お気楽ドタバタ・ストーリーであります。宗介のボケっぷりが遺憾《いかん》なく発揮《はっき》され、それにかなめが毎回|悩《なや》まされる……といった日常生活。おかげさまでDM誌上のアンケートでは、かなりの好評のようです。まだご覧になっていない方には、こちらもお勧《すす》めいたします。
もっとも、すでに短編《あちら》のノリをご存知《ぞんじ》の方は、それなりにハードな長編《こちら》の展開に驚《おどろ》いてらっしゃるかもしれません。『実は宗介って、ただのバカじゃなくてスゴい奴《やつ》だったんだ……!』などと思っていただければ幸いです。
ついでに、あれこれ注釈《ちゅうしゃく》を書かせていただきますと――
@著者《ちょしゃ》は劇中《げきちゅう》に登場する某国《ぼうこく》について悪意などは持っていません。単に国内便の航続距離《こうぞくきょり》で到達《とうたつ》できる独裁国家《どくさいこっか》が限られていただけです。だから某国の方、拉致《らち》しないでください。逆にいえば読者の皆さん、私が行方不明《ゆくえふめい》になったり事故死したり、富士見書房で不審火《ふしんび》が起きたりした場合は、連中の仕業《しわざ》だと思ってください。
A演出上・作劇上で必要な場合は、実在の兵器や機械《きかい》、組織《そしき》や地形などに意図的《いとてき》な作為《さくい》を加えてあります。また、劇中に登場する通常兵器は、多かれ少なかれASの基幹技術《きかんぎじゅつ》の影響《えいきょう》を受けていると考えてください。スペックなどを本気にすると恥《はじ》をかきます。
B演出上・作劇上で必要な場合は、実際の女の子の心理や私生活などに意図的《いとてき》な作為を加えてあります。また、劇中に登場する女子高生は、多かれ少なかれラブコメの基幹技術の影響《えいきょう》を受けていると考えてください。本気にすると恥をかきます。
さて。今後も宗介たちには、いろいろとひどい目にあってもらう予定ですが――なに、ゼエゼエいいながら切り抜けてくれるでしょう。タフでしぶとい彼らのことです。
そんなわけで、これからの宗介&かなめの活躍にご期待を。
ダラダラとコメントするのはこのくらいにして、謝辞《しゃじ》を述《の》べさせていただきます。
ファンキーな助言《じょげん》をくだきり、ソウルフルに作品を育ててくださった『ドラゴンマガジン』編集長の菅沼拓三氏に。
グルービーな助言とパワフルな財源《ざいげん》を提供《ていきょう》してくださった小説家の新城カズマ氏に。
クールなイメージやドープなアイデア出しに協力してくださった漫画家《まんがか》の佐野智之《さのともゆき》氏に。
有益《ゆうえき》な資料《しりょう》を提供してくださった加藤氏、小山氏、渡辺氏、Y・A少尉《しょうい》に。
私がこういう仕事を選ぶきっかけになった中央大学SF研の関係者|諸兄《しょけい》に。
真崎隆春《まさきたかはる》氏には、感謝はもとより大謝罪《だいしゃざい》。まさかここまで●●が●●だとは思わなかった。本当にすんません。いつか●●には●●します。
ご多忙な中、魅力的《みりょくてき》なイラストで作品を膨《ふく》らましてくださる四季童子《しきどうじ》氏に。
最終的な完成に尽力《じんりょく》してくださった編集の佐藤久美子氏に。
そして娘のキャシーに。幼い彼女が原稿《げんこう》にココアミルクをこぼさなければ、結末は変わっていたかもしれません(ウソ)。
では、また。次回も宗介と地獄《じごく》に付き合ってもらいます。
[#地から2字上げ]一九九八年八月  賀 東 招 二
追記:かつて私がさんざんお世話になっていた『蓬莱《ほうらい》学園ワールド』が来年、久しぶりにネットゲームとして復活《ふっかつ》することになったそうです。この場合のネットゲームとは、コンピュータがなくても気軽に参加できる、郵便形式のものです。興味《きょうみ》のある方は――
〒一六八―〇〇七二 東京都杉並区高井戸東三―一三―二〇M1号
エルスウェア『賀東の宣伝を見たあるよ』係
――まで、あなたの住所氏名を明記の上、八〇円切手同封の封書をお送りください。後日、詳しい資料をお送りいたします。なお、この連絡先は富士見書房編集部とは無関係ですので、その他のお問い合わせも同エルスウェアにお願いいたします。
※注意書き
右の告知は、第一版・第二版が出版された段階でのものです。第三版以降の現在は、右のような形(蓬莱学園のネットゲーム云々)での募集は行っておりません。ただしエルスウェア自体は現在も活発に活動中ですので、その活動内容に御興味のある方は同住所に同じ要領でお問い合わせください。
[#地付き][文責:賀東]
底本:「フルメタル・パニック! 戦うボーイ・ミーツ・ガール」富士見ファンタジア文庫、富士見書房
1998(平成10)年9月25日初版発行
2001(平成13)年2月10日15版発行
※底本中で用いられている「《」と「》」は、青空文庫ルビ記号と被ってしまうため、それぞれ「<<」と「>>」に置き換えています。
校正:暇な人z7hc3WxNqc
2009年10月15日校正
このテキストは基本的に青空文庫形式ですが、感嘆符や疑問符が二つ並んだ文字(本来なら「感嘆符二つ、1-8-75」や「感嘆符疑問符、1-8-78」などと注記しなければならない所)はテキストビューアの「縦中横」機能を当てにして半角文字二つで表現し、注記は避けました。
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使用したWindows機種依存文字
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「@」……丸1、Unicode2460
「A」……丸2、Unicode2461
「B」……丸3、Unicode2462
「q」……全角KM、Unicode339E
「T」……ローマ数字1、Unicode2160
「V」……ローマ数字3、Unicode2162
「]」……ローマ数字10、Unicode2169
「∩」……共通集合、Unicode2229
「∵」……なぜならば、Unicode2235
「」……縦書き用の二重引用符の始め
「=v……縦書き用の二重引用符の終り
縦書き用の二重引用符は多くのフォントで位置が(場合によっては向きも)間違っていて、大抵は二重引用符が中身の単語と離れすぎていて間抜けな印象に見えると思います(MS明朝やDFパブリフォントで確認しました)。これはフォントの問題ですので、フォント製作者によって修正されるのを期待するべきでしょう。
参考:http://www.geocities.jp/hiroki_mighty/hp1-01filespec.html
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注意点
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底本5頁 arm slave[a':mslei_v]<名>〜
arm slave の発音のところ、発音記号の文字が存在しないっぽいのでアクセント分解に似せて書きました。正確ではないです。
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html