先輩とぼく5
沖田雅
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
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(例)もう一度|整理《せいり》しよう
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(例)だが…………綺麗すぎる[#「綺麗すぎる」に傍点]
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底本データ
一頁17行 一行42文字 段組1段
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先輩とぼく5
凰林高校は文化祭の季節真っ只中! うずうず悪企みの先輩に不安そうなぼく。
そんな時にオーラに恋する少年が出現しちゃったのです! タッキーのライバルはとっても強力。先輩の幼馴染で、パーフェクト生徒会長で、表はにこやか好青年で、裏は先輩並みに腹黒くて、etc,etc。文化祭の裏で進む、タッキーと生徒会長の恋愛バトルが熱い!
ということはさておき。先輩に私物化された凰林高校の文化祭はやりたい放題! あ、ちなみにぼくのクラスの出し物は「メイド喫茶」です……。
そんなこんなで、タッキーに春は来るのか!? って、あなたは気になります?
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沖田《おきた》 雅《まさし》
←ろぼは素敵ですね。ねこみみ、めがね、どじっこ、こんな言葉が前につくメイドも素敵ですね。でもやっぱりろぼですね「はわわ〜」とか「Hなのは〜」とか最高ですね。なので、一家に一台メイドなロボという時代が来るまで長生きしようと思います。……頭悪っ。
【電撃文庫作品】
先輩とぼく
先輩とぼく2
先輩とぼく3
先輩とぼく4
先輩とぼく5
イラスト:日柳《くさなぎ》こより
1983年、鹿児島県吉松町に生まれる。運動会のプログラムのうち、わたくしが、最も好きなのは、お弁当なのです。午後の部で徒競争が控えていると、おなかいっぱい食べられないのでした。
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川村コレクション
「それではこれから、川村コレクションの中でも選りすぐりの一品をご覧に入れよう!」
「ワ〜パチパチパチパチ」
「おれが社会的な死の危険にも負けず、コレクションしてきた品々……だが、あまりにも素晴らしすぎるために、おれだけで独占して良い物ではないとおれは考えた!」
「リッパデス〜」
「だが! かといって物が物だけに不特定多数に自慢するわけにはいかん!」
「……自慢デスカ?」
「流せ! 故に、これを見せても問題のないオーラとそこのあなたで、この素晴らしき感動を共有しようと思う」
「……ソコのアナタ?」
「気にするなっ! まずは一枚目…………これだっ!!」
「……オ〜ハジメ困ってマス」
「そう、これははじめとつばさ先輩が入れ替わって少しした頃の写真だ。時期は冬だな。この頃は色々あった。おれがオーラと会ったのもこの頃だな」
「ソデスネ〜」
「このあとオーラの正体を知ったときは驚いたものだ……話がそれたな。それではこの写真の説明に入るぞ。この写真はトイレに行こうとしたのだが男子トイレと女子トイレどちらに入ったらいいのだろう……と困惑しているはじめの姿を激写したものなのだ!」
「オオ〜」
「入れ替わった直後のわずかな期間だけ見られたこの表情は、非常にレア度が高い。はじめはこれからすぐに諦めたのか悟ったのか、普通に女子トイレに入るようになったので、この表情は二度と見られる事がなくなった。まさに至高の一品と言えよう」
「ナルホド〜」
「このあとはじめは、きょろきょろ周囲をうかがいながら恥ずかしそうに女子トイレへ入っていったのだが、流石にこれ以上はおれもついていけなかった。無念だ」
「ツイテいったラ犯罪デス〜」
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川村コレクションその2
「お次はこれだ!」
「パチパチパチ〜」
「静粛に静粛に〜、ごほん。これは春、お花見での写真だ。この場にはオーラもいたから憶えているだろう」
「ハイ〜憶えてマス〜、楽シカったデスネ〜。ソレにハジメカワイかったデス〜」
「うむ、酔ったはじめは最高だった! つばさ先輩に聞いたところ、入れ替わってからのはじめは酒に弱いのだそうだ。理由はつばさ先輩の家系が酒に弱いという事にあるらしい」
「ヘェ〜」
「だが、ここで重要なのはそんな事ではない! 重要なのは原因ではなく結果、その体質によって限界まで引きだされたはじめの魅力なのだ!!」
「オオ〜」
「そして、それを写し取ったのがこの写真! 酒の力を借りてできたしどけないこの表情! 際どいまでにさらけ出されたこの美しい足! 誰かを想う時のように紅く染まった頬……たまらないな」
「タマリマセン〜」
「三つ目はこれ! 冬、春ときたのだからお次はもちろん夏!」
「夏デスカ〜」
「そう夏だ! 身も心も狂わしてしまう魅惑の季節、夏!」
「ミンナで海行きマシタデスネ〜、楽シかったデス」
「うむ、皆の水着姿は素晴らしかった。その辺もぬかりなく写真に納めてある」
「オ〜ワタシカワイク撮れてマスカ?」
「ふっ、おれを甘く見るな。もちろんだとも! 見たいならあとで見せてやろう」
「ハイ〜」
「それでは写真の説明に入ろう……とは言ってもこれはおれの作品ではない」
「ン?」
「これは、美香先輩に頼んで撮ってもらったものだ。更衣室内の写真だから、普通に犯罪になるからな。それで内容的にはスクール水着とビキニで究極の選択を迫られているはじめだ!」
「オ〜」
「見ろ、この苦悶の表情、実に魅力的ではないか! 男が立ち入れない禁断の園でのこの表情、まさに究極と言っても差し支えないのではないだろうか」
「スバラシイデス〜」
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川村コレクションその3?
「最後はこれ、秘蔵中の秘蔵! これを見て萌え狂わない奴はいない! リアクションスキルを持っている奴ならば、これを見た瞬間宇宙空間に飛び出したり、時間を超えたり、歴史を変えてしまったりとそれはもう素晴らしいリアクションを……」
「…………」
「む? オーラ、どこを見ている?」
「オ〜」
「オーラ、なぜオレの後ろに手を振る? 何かあるのか?」
「………………タッキー」
「なんだ? この地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声は……」
「……返せ」
ドゴオッ!!
「ぐはぁっ!」
「ハ〜イ、ハジメ」
「いつの間に背後に! というより、何をするはじめ! 返せと言うくらいだから交渉を求めているのだろうが、背後からいきなり蹴るというのは文明社会を生きる人類の交渉としてどうかと思うぞ!! 要するにおれが何を言いたいかというと……許してくださいすいません、出来心だったんです」
「…………返せ」
「話せばわかる、話せばわかるから! 学校でその文房具を振り回したら色々な意味でヤバイから!! マジで!!」
「返せ〜〜〜〜〜っ!!」
「うわっ、死ぬから! それで切られたら普通死ぬから!!」
「うわああああああああん」
「いやはや、にぎやかだね」
「ソウデスネ〜」
「まあ、いつも通りなのだが」
「ツバサは見ないンデスカ? カワムラコレクション」
「ああ、問題ない」
「ナンでデスカ? イツモなら絶対見マス」
「なぜなら…………全部持ってるからな」
「……オ〜サスガデス」
「ぎゃあああああああああああああ」
「うわあああああああああああああああああああん」
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目次
凰林祭準備編………………13
凰林祭当日編………………121
凰林祭クライマックス編……199
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プロローグ
「見つけた……ようやく見つけたんだ。彼女が、彼女こそが求めていた。
……オーラ=レーンズ。僕は絶対に君を手に入れる。絶対に……絶対にだ!」
オーラの鋭敏《えいびん》な聴覚《ちょうかく》がとらえたのは、そんな言葉。
心の底から自分を求める声。
それは、オーラが今まで経験《けいけん》した事のないほど激《はげ》しい感情のこもった言葉。
だから、オーラにはわからなかった。自分がどうすればいいのか。
だから、オーラにはわからなかった。彼に何をすればいいのか。
だから、オーラにはわからなかった。何がわからないのかが。
オーラにはわからなかった。
オーラは、知らなかった。
オーラは、誰《だれ》かに教えてほしかった。
自分が、何を知りたがっているのかを。
オーラは何も知らなかった。だから知りたかった。
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凰林祭準備編
オーラ君の相談と私
凰林《おうりん》高校から駅へと続く道の途中《とちゅう》にある喫茶店《きっさてん》。下校時の学生がメインの客層のため値段も手頃《てごろ》で、放課後《ほうかご》の今は学生で溢《あふ》れている。カップルに、友達同士のグループ。一人で読書をしている学生もいる。
その喫茶店の一番奥の目立たない席に、私達は座っていた。私は目の前に座る金髪の美女――オーラ=レーンズの困惑《こんわく》の表情を見つめ言った。
それは本日何度めかの質問。
「それで、君はどうしたいんだい?」
「ワカリマセン」
首をかしげるオーラ。理解できないという事を表すには完璧《かんぺき》の動作だな。マニュアル的すぎるかもしれないが少なくとも不自然ではない。
「ふむ、もう一度|整理《せいり》しよう。要するに君は、自分の事を好きだという熱《あつ》い独白を聞いてしまったと」
「ハイ」
「君はその彼について、どう思ってるんだい?」
「サア? ただ、アノ人にハ、喜ンでもらいタイデス。ワタシはどうシタラ、喜ンでモラエルのでショう?」
喜んでもらう……か。オーラ君がよく使う言葉だな。
「彼に、喜んでもらいたいなら簡単《かんたん》だ。私はあなたが好きです、付き合ってくださいとでも言えば良い」
「ジャア、そうしまショウカ」
「ただ、他《ほか》に君の事が好きな人がいれば、とても悲しむだろう」
「オー、それはダメデス」
「しかし、その君の事を好きな他の人を喜ばせたら、彼は悲しむぞ」
「オー、それもダメデス」
「…………」
「…………」
「……それで君はどうしたいんだい?」
「……ワカリマセン」
私は目の前のコーヒーに口をつける。ふむ、美味《うま》いが何か足りないな。足りないのは愛か? などととりとめのない事を思いつつも、オーラからの相談《そうだん》について考える。
これは単純に言えば、恋愛相談。ただ問題は、オーラが恋というものを全く理解していないという事だ。知識《ちしき》では知っているのだろうが、理解していなければ何の意味もない。
いつかの誰《だれ》かを見ているようでむずがゆい。はじめ君と会う前の私もこうだったんだろう。恋というものを知識でしか知らない。ゆえに、周囲の人々を振り回してきた。
恋というものを多少は理解している今ならそういう事にはならなかったのだろうが。
それにしても、私に恋愛相談を持ちかける者が現れるとは思わなかった。これは基本的に美香《みか》の分野だ。ただ……今回に限っていえば私が適任かもしれないな。恋を知らないオーラ君と、恋を知らなかった私。
それはともかく、このままでは話が進まないな。話が完全にループしている。ふむ、とりあえずその彼について聞いてみるか。
「よし、この件は保留にしよう。それでは、その彼の事を詳しく教えてくれたまえ」
「ハイ、声紋、骨格その他ノ身体的特徴カラ、99%イジョウの確率《かくりつ》でソラヤマソウイチローさんデス」
私はその言葉を理解するのに多少の時間を要した。あまりに意外な名前が出てきたからだ。
「……空山《そらやま》総一郎《そういちろう》君か……これはまた意外な名前が出てきたものだ」
「知り合いデスカ?」
「まあ……そんなところだ」
だが、正直|驚《おどろ》いた。まさか彼がね……
「それで、その彼がどこで先ほどの言葉を?」
「日時ハ9月8日、木曜日《もくようび》、17時32分53秒、場所は生徒会室デス。ソコで、ナニカ薄《うす》い紙――大キサ、薄さナドからおそらく写真デス――ヲ、見ナガラ、ソラヤマはあの言葉ヲ言いマシタ」
「なるほど、写真か…………時に、オーラ君。空山君に正体がばれたりしてないかね?」
「ソレはナイデス」
断言するオーラ君。そう言うのなら間違いないだろう。オーラ君がそんなドジを踏《ふ》むわけないしな。あり得ないと言い換えても良いか。
「だろうね、ふむ……バレてさえいれば、話は簡単《かんたん》。一応の予想はつくのだが……となると…………いや、もしかすると……」
自分の思考の中に沈む私、オーラ君はそんな私の様子《ようす》を微動だにせず見ている。整《ととの》いすぎるほど整ったオーラ君の美貌《びぼう》。そこに浮かぶ笑顔《えがお》は慈愛《じあい》に満ちていて、人の心をあたたかに癒《いや》す。
だが…………綺麗すぎる[#「綺麗すぎる」に傍点]
一切の負の感情をぬぐい去ったかのような無垢《むく》な表情。一番の問題は、その一点の曇《くも》りもない天使の笑顔《えがお》が、全《すべ》ての人に向けられている事だ。
全ての人を愛すなどという器用な事ができる者はいない。人は区別する生き物だ。家族、友人、知り合い、恋人、他人……そのように人を区別し、それぞれ別の対応をする。
このオーラ君の笑顔に負けずとも劣らないはじめ君の笑顔を私は見た事がある。だが、はじめ君が全人類に対してその笑顔を見せる事はない。あたりまえだ、人なのだから。それに、だからこそ、その笑顔を見る事ができる私がうれしいのだ。
だがオーラ君は、老若男女《ろうにゃくなんにょ》、知り合い他人区別なく、最高の笑顔を相手に贈《おく》る事ができてしまっている。オーラ君がそれをできるのはそう創《つく》られたからだろう。
「ミナサン大好きデス〜」……とでもオーラ君なら言うかな。だが、全ての人が平等という事はつまり、特別な存在がいないという事だ。
まあ、全てが平等だというのは言いすぎだろうが、それに近いものはあるだろう。そしてそれはオーラ君が自《みずか》らの意志というものを持っていないという事だ。自分を優先《ゆうせん》させず、他人を優先させるからこそ、皆に平等に接する事ができる。
さてどうするか。
放《ほう》って置くわけにもいかないし、今のオーラ君の不自然な状態《じょうたい》をどうにかしたいとも思っていた。何より、とても興味深《きょうみぶか》い。
となると……今の状況はもってこいだな。相手が彼というのも良い、他《ほか》の者よりまだ行動が読みやすい。それに私は彼に……
…………よし。
私は思考を打ちきりオーラ君に話しかける。
「今日《きょう》ここでした話はここだけのものという事にしておいてくれたまえ」
「ハイ。……ですガ、マスターには……」
「ああ、それはかまわない。とりあえず、人間にはという事で」
どうせ、オーラ君の考えは空の上のオーラ君に筒抜けだからな。
「リョーカイデス」
「あと、この話は、私がしばらく預《あず》からせてもらうよ。なに、悪いようにはしない」
「ハイ」
素直にうなずくオーラ君を見ながら私は思う。
さてさて、面白《おもしろ》くなってきた……かな? まあどちらにしろ、しばらくは退屈する事はなさそうだ。
クラスの出し物とぼく
「はい〜本日の議題《ぎだい》は文化祭の出し物について、みんなに話し合ってもらおうと思います〜」
担任の春海《はるみ》先生が、いつも通りののんびり間延び声で言った。
「ええと、それじゃあ〜」
先生がちょいちょいと委員長に向けて手招きする。委員長に丸投げする先生、教室の隅の椅子《いす》に腰掛けて休む。
しょうがないなぁという顔で、委員長がポニーテールをゆらゆらさせながら壇上《だんじょう》にあがる。委員長、名前は…………
「安藤《あんどう》さん、あとはお願《ねが》いね〜」
ああそうだ、安藤|光《ひかる》。だけど、誰《だれ》もそう呼ばない。委員長の名前を忘れてしまった人も多そうだ。ぼくも記憶《きおく》がなかなかに怪《あや》しかったし。それは委員長キャラの宿命らしいけどね。前にタッキーが、委員長にメガネをかけてくれと真顔《まがお》で迫って殴られてた時にそんなこと言ってた。
そんな感じでホームルームが始まった。副委員長の池原《いけはら》君がカコカコと音を立てて黒板に委員長の言葉を書いている。さわやかスポーツマンで人望に厚い好青年だけど、戦闘員《せんとういん》の中の人でマスター7の中の人でもある。声は変えてたけど、動きとかしゃべり方とかでなんとなくわかった。隠《かく》してるみたいなんで、気づかないふりをしてあげてる。まあ、なんというか……人は見かけによらないということで。
「何か案がある人は…………」
委員長がクラスメイトを見回す。
「はい!」
「何か案がある人は……」
「はいっ!」
「何か案がある人は……」
「はいっ!!」
「何か…………」
「はいはいはいはいはいはいはいっ!!」
盛大に無視されているのは言わずと知れたタッキー。必死に気づかないふりしてたけど、流石《さすが》にうるさくかつウザくなってきた。なので、委員長がいやそうな顔でしぶしぶ当てる。
「えーとそれじゃあ、川村《かわむら》君」
「はいっ、コスプレ喫茶《きっさ》が良いと思います!」
自信満々で答えるタッキー。言うと思った。ほんとタッキーらしい。
クラスのみんなからは、
「えーありがち」
「だよなー」
「マンガとかの読みすぎだって」
「これだからオタクは」
なんて、散々《さんざん》なリアクションが返ってくる。まあ、タッキーはそんなキャラではあるんだけど。
「あーしずかにしずかにー」
おざなりに鎮《しず》めようとする委員長。ああ、ほんとタッキーって人望ないなぁ。
その声を聞き、ぷるぷると身体《からだ》を震《ふる》わせていたタッキーだけど、堪忍袋《かんにんぶくろ》の尾なんかが派手《はで》に切れたらしく吠《ほ》えた。
「黙《だま》れぼきゃああああああああああ!!」
いきなりの大声にビクッとするみんな。
「なっ、ちょっとうるさいわよ川村《かわむら》」
あわてて止めようとする委員長、だけどタッキーは止まらない。
「うっさいわぼけぇぇぇぇー」
手のつけられなくなったタッキーが、クラスのみんなに向けて叫ぶ。
「貴様らあぁ、良いから聞けっ!! 聞いたあとにならどんな意見を言っても許す。だから今は黙りやがれ、わかったかああああぁぁぁぁぁ!?」
あまりの迫力に黙ってコクコクとうなずくみんな。触らぬなんとかに巣《たた》りなしだ。なんとかにはなに入れても良いけど、この場合はオタクが良さそう。
とっても静かな、話を聞くモードに移行したみんな。そんなみんなを満足そうに見ながら、また変なことを言いだすタッキー。
「では、目をつむれ」
「なんでそんな事……」
みんなを代表して委員長が苦情を言う。今のタッキーの前で目をつむるのは怖い、なにされるかわかったもんじゃないし。
ても……
「良いから目をつむりやがれちくしょうめええええええぇぇぇぇっ!!」
「はっはいいぃぃ」
ああ、委員長ですら太刀打《たちう》ちできない。なんなんだタッキーのこの迫力は。そんなにコスプレ喫茶《きっさ》がしたいのか?
「あーごほん」
みんなしぶしぶ目を閉じる。目を閉じたのでタッキーの声がダイレクトに脳にきてる気がする。部屋が静かだから余計に。うああ、気持ち悪いなぁ。
タッキーはそんなぼく――いや、ぼくらって言い換えても問題ないと思う――に向けて今までにない優《やさ》しい声で、歌いあげるように言葉を紡《つむ》ぐ。
「ジョンも歌っているだろう? 想像《イマジン》して見ようと」
…………ジョン? ジョン・レノン?
「さあ、想像《イマジン》して見よう…………」
これはあの有名な歌のサビかな?
タッキーはたっぷり間を開けて続ける。
「…………はじめが胸の強調《きょうちょう》されるあの有名なレストランチェーンの制服を着て接客している姿を!」
ガンっ
ぼくが机に頭を打ちつける音が、静かな教室に響《ひび》いた。
なっなにを言いだすんだこいつは。
反射的なリアクションで強打したおでこを押さえながら、そんなことを思うぼく。そんなぼくを気にせず話を続ける馬鹿《ばか》。
「さあ、想像《イマジン》して見よう…………はじめがうさみみバニースーツふわふわしっぽで店内を歩き回っている姿を!」
ゴン
ぼくが椅子《いす》からずり落ち、後頭部を椅子の背で強打した音が静かな教室に響いた。あっあたまが痛い。くっ、自分のお笑いリアクション体質が憎い。
「さあ、想像《イマジン》して見よう…………安物だがかわいらしい淡い色をした服、そしてかわいらしいエプロンという完璧《かんぺき》な若奥様ルックではにかみながら客を迎えているはじめの姿を!」
べたん
とうとう床《ゆか》に倒れ込むぼく。
「さあ、想像《イマジン》して見よう…………メイド服を着て紅茶を運んでいるオーラの姿を!」
リアクションをとろうとして踏《ふ》みとどまるぼく。
なんでここだけオーラ?
「さあ、想像《イマジン》して見よう…………かわいらしく人形のようなゴシックロリータ系の衣装《いしょう》に身を包み、部屋を彩《いろど》る花となっているはじめの姿を!」
タッキーのこの馬鹿な演説はしばらく続き……唐突《とうとつ》に止まった。
いったい、なんだ?
床に倒れピクピクしてたぼくは、最後の気力を振《ふ》り絞《しぼ》りタッキーを見る。
タッキーは自分の言葉が、余韻《よいん》まで含めてみんなに伝わったことを確認《かくにん》したあと言った。
「コスプレ喫茶《きっさ》に賛成の奴《やつ》手を挙げろ!!」
ババッ!!
北の某国《ぼうこく》のマスゲームもかくやという、一糸《いっし》乱《みだ》れぬ動きで手を挙げるみんな。
「なっなんだって〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ぼくが身体《からだ》を起こし、周囲を見回すと委員長が手を挙げているのが見えた。他《ほか》には……うあっ春海《はるみ》先生も手を挙げてる。お願《ねが》いだから生徒の口車に乗せられないで。……ああっ、真太郎《しんたろう》ものりちゃんも手を挙げてる!! というよりぼく以外みんな手を挙げてるじゃん!!
みんなさっきまで反対してたのに……。なにこれ、悪質な洗脳?
「と、いうわけで、満場一致でコスプレ喫茶《きっさ》に決定だな」
タッキーが満足そうにうなずく。
「いっ、異議《いぎ》あり〜〜〜〜〜〜!!」
立ちあがりみんなに向けて必死に話しかけるぼく。
「なんでいきなり決定してるの!? これで良いの!? みんな目を覚ますんだ。コスプレするのはぼくだけじゃないんだよ!?」
委員長と目が合った。
「えっとまあ……ありがちだけど、ありがちにはありがちの良さがあるわよね」
「委員長目が泳いでるーっ!」
委員長が無理ならと友情に頼ろうとするぼく。
「のりちゃんとか真太郎とかどうにかしてよ! 友達でしょ」
「ん、ああ、まあ、他に案も出てないようだしな」
「……そうだな」
「ぼくの目見て言ってよ! そもそも、他の案出す前に決定したでしょ!?」
オーラは…………大賛成だろうなぁ。いつも通りというか、いつも以上にニコニコしてる。
他のみんなも……
「私達も嫌《いや》なんだけど、決まったものはしょうがないかななんて」
「そうそうホントは嫌なんだけどね」
「嫌だけど、かわいい衣装《いしょう》も着れるしね」
「タッキーの言う通りにしないとなに言いだすかわかんないからな」
「本気で嫌なんだがな」
「けっしてはじめちゃんにコスプレさせたい訳《わけ》じゃないのよ」
いやがってるように見せつつ乗り気なみんな。
「だからみんな! ぼくの目ちゃんと見て言ってよ〜〜!!」
一体全体、なんなんだこのクラス? 変だ変だとは思ってたけどここまでとは……。
「ふははは、真摯《しんし》に話せば熱《あつ》い情熱《じょうねつ》は伝わるのだっ」
「黙《だま》ればかっ!」
…………そんなこんなで、我らが2年5組の出し物はコスプレ喫茶に決定した。
秘密会議と私
「さて、恒例《こうれい》の秘密|会議《かいぎ》をはじめるとしようか」
私はOMRの部室に集まった二人の顔を見回した。
「ふふふ、やはり部屋を薄暗《うすぐら》くするのですね」
「うむ。こうした方が悪巧みしている感じが出て良いだろう?」
「全くですな、秘密とつく行動を取る時には怪《あや》しさが必要です」
ここに集まっているのは、川村《かわむら》君と宇宙人の方のオーラ君。ロボオーラ君には、少し眠ってもらっている。今日《きょう》ここでする話は、ロボオーラ君を混乱させるだけだろうから聞かせたくないのだ。今後のロボオーラ君の行動に、余計な影響《えいきょう》を与える可能性があるのもまずい。
薄暗い部屋を照らしているのは相変わらず蝋燭《ろうそく》。やはり、雰囲気から入らないといけない。そのとても良い雰囲気を醸《かも》しだしている蝦燭を中心に、私達は座っている。
「それでオーラ君。この会議はロボオーラ君には聞こえていないのだね?」
私はオーラ君に確《たし》かめる。蝋燭の明かりに揺《ゆ》らめく、オーラ君の美貌《びぼう》。
「はい」
「それで川村君、現在君とロボオーラ君との仲はどうなっているね?」
「おかげさまで仲良くやっています」
「どのくらいだね」
「一応、ロボオーラの中の好きな人間という部類には入っていると思います」
川村《かわむら》君が淡々と応《こた》える。蝋燭《ろうそく》の灯《あか》りを反射する眼鏡《めがね》が視線《しせん》を遮《さえぎ》り、その表情はうかがい知れない。
「ただ、そこにはつばさ先輩《せんぱい》やはじめなど仲の良い他《ほか》の人も入っているでしょう。要するにいいお友達という事です。それどころか、ロボオーラの事だから、少し話した事があるというだけの人も友達だと思っているかもしれません」
「うむ、そうかもしれないな」
……そう、私はオーラ君が友情というものを、不完全ではあるが理解していると思う。
オーラ君は全《すべ》ての人に平等だ。だが私には、オーラ君の態度《たいど》が全ての人に平等であるというだけの事で、オーラ君の中には優先《ゆうせん》順位が存在するように思えるのだ。とはいえ、順位と言っても友達、友達じゃない人の二つに区分けされている程度だろうが。友情と呼ぶにはあまりにデジタルで簡単《かんたん》な分け方。だが、友情は恋人に対する愛情と違い、何人に対して抱いても問題がないので、ロボオーラ君の中で矛盾《むじゅん》が発生しないのだろう。
しかしそれならば、我々友人に対する態度と、友人以外への態度が変わってくるのが普通だ。にもかかわらずロボオーラ君が皆に平等な態度をとっているのは、友情という自《みずか》らの感情と、自らの行動が完全に切《き》り離《はな》されているからだ。
重要なのはみんなが幸せである事であって、自分の感情などはどうでも良いという事だろう。自らの事を何も考えず、ひたすら他人の事を考える。自分が一番下で、他の者は皆自分より上。これはロボオーラ君に元から組み込まれている、絶対的な価値基準なのだろう。
「だが…………それは仕方がないだろう。彼女は、それ以上の感情を知らないのだろうからね」
知らない、これがロボオーラ君の抱える一番の問題だろう。ロボオーラ君は友情を理解してはいるが、それはみんななかよし〜というレベルの幼稚なもの。誰《だれ》かの想《おも》いを犠牲《ぎせい》にしても他の誰かを想うという、友情以上の特別に強い感情をオーラ君は知らない。だからこそ今オーラ君は困っているわけだ。
ロボオーラ君にとって誰かを悲しませてまで誰かを想うなんて事は、もっての他なのだろう。だが恋というものは、誰かに対して特別な想い……要するに愛情を抱くという事だ。
誰かからそのような想いを向けられたらロボオーラ君は真摯《しんし》に答えようとするだろう。しかし、複数《ふくすう》からそういう想いが向けられた場合、明確《めいかく》な矛盾《むじゅん》が発生してしまう。ゆえに先日私が相談《そうだん》を受けた時のように会話がループしてしまう。
とはいえ、便宜上《べんぎじょう》友情と呼んではみたが、ロボオーラ君の人類に対する献身的な想いは愛と呼べるほど強いものかもしれない。だが、人類全体を愛する事はできるかもしれないが、人類全体に恋する事はできないのだ。
私と川村《かわむら》君の会話を聞いていただけのオーラ君が、そこで初めて口を挟《はさ》んだ。
「彼女は、知識《ちしき》もあり、力もあり、善悪の区別もつき、皆に平等で、全《すべ》てを慈《いつく》しみ、愛に満ち、自己|犠牲《ぎせい》の精神に溢《あふ》れています。…………私がそう創《つく》りましたから」
「そして純粋で従順……と。扱いやすそうで実に都合《つごう》の良い存在だね」
「ロボオーラの人格は私の代わりをするためだけに創られましたからね、都合が良ければ良いほどいいのです」
「人格は……という事は、身体《からだ》は昔からあったのかね?」
「ロボオーラの身体はUFOコンタクティーの皆さんの前に姿を見せるために創りました。理由はまあ、おわかりのように、金髪で美人の宇宙人に出会った…………というあの方々の言葉に乗せられたわけです。私達本来の姿と人間の姿を使い分けると色々便利ですしね。
悪の私達――あなた達の言うところのグレイ型字宙人――に、正義で人間の事を思ってくれている美人の人型《ひとがた》宇宙人。このような事をするようになったのはここ最近。高々《たかだか》50年くらいの事ですが」
50年をここ最近とはね……、地球外からきた人間以外の存在であるという事を嫌《いや》というほど実感させてくれるな。
「その時はただ私が乗り込んでいただけでした」
「やはり、昔から乗り込んでいたんだね」
「つばささん流に言わせてもらうと、その方が楽しいじゃないですか」
笑顔《えがお》のオーラ君。以前も思ったが、やはりオーラ君は変わり者だ。正直、私に変わり者だと思われるのは他人事《ひとごと》ながらどうかと思うな。
「そして、つい先日。あなた達を観察《かんさつ》するためにオーラ=レーンズとして私は皆さんの前に現れました。ですが、いくら私が酔狂《すいきょう》だといっても、常に入っている訳《わけ》にもいきません。残念ですがそこまで暇《ひま》ではないのです。という訳で私が入ってない時のために、私の代わりとなる一つの人格を創りあげこの身体に搭載《とうさい》しました。それが今のロボオーラです」
なるほど、ロボオーラ君は生まれて一年未満の赤ん坊なのだな。知識はともかく、感情の面でいえば間違っていないだろう。
彼女の周囲は常に暖かな、居心地《いごこち》の良い空気に包まれていた。私の周りにいるのは良い子ばかりだからな。だからこそオーラ君は精神的に未熟《みじゅく》なのだろう。
家族の愛情を一身に受け、全てから守られ愛されている赤ん坊は、その愛に気が付く事ができない。それがあたりまえなのだから。要するに愛していない、愛してくれない人がいるからこそ、愛する人を愛していると認識できるのだ。
うむ、やはりオーラ君はまだまだ赤ん坊のようなものなのだ。ナイスバディな赤ん坊もいたものだと思うが。
「そんな理由でロボオーラは一応私の人格がベースになっています。ただ、それは表層の一部分。周囲から見て、私と入れ替わってもその行動に齟齬《そご》が出ない……という程度です。完全にコピーして私がもう一人増えても困りますからね。天使のような基本人格に、私の仮面を張ったというところてしょうか」
「天使かね」
「はい、こういう場合にわざわざ悪魔《あくま》のような人格を設定する理由がありません。自《みずか》ら創《つく》った人工知能に反乱を起こされるなんていうのは、フィクションの中だけで十分ですからね。まあ、私達には逆らえないように創られているので、その心配はありませんが、わざわざ扱いづらくする必要もないでしょう」
「それはそうだ」
人工知能の反乱。対岸の火事として眺める事ができるなら、とても楽しそうではあるのだが。
「そして、そのように君の代わりとして生みだされたオーラ君だが、もう君の代わりをする必要はなくなった。私達に正体がバレ、オーラ君が乗り込むという機能《きのう》がオミットされた今、行動の齟齬を気にする必要がなくなった訳だからね」
「はい」
「最優先事項《さいゆうせんじこう》であった君の代わりをする必要がなくなったロボオーラ君は目的を失った。一応最低限の目的は与えられているのだろうが」
「はい。つばささん達と共に学園生活を送りなさい。今、私がオーラに与えている命令はそれだけです。これは人類の事を詳しく調《しら》べるという名目の元に行われている、ただの私の趣味《しゅみ》です」
「なるほど、最低限の命令しか与えられていないロボオーラ君は、生まれて初めて自ら考え行動するようになった。その思考の元になるのは基本となった天使の人格。だから、皆を幸せにしようとしていると」
「現状はその通りです」
「しかし、人として……というより生物として、彼女には足りないものがあるな」
私はオーラ君の顔を窺《うかが》う。相変わらず涼しげな笑顔《えがお》が浮かんでいる。
「自分のために……という感情だ」
「はい、操《あやつ》られているだけの者には必要のない感情ですから」
「だが……それでは面白《おもしろ》くないだろう。どのような生まれだろうと、生まれたからには人生を楽しまなければならない」
「つばささんの信念ですね」
信念か、そんな大層な言葉で飾られると恥《は》ずかしい気もするが、その通りなのだろうな。
私は笑顔を浮かべて肯定の意を返すと言葉を続けた。
「と、いうわけで悪巧みをはじめようと思う。ロボオーラ君が、どうしても自分で自分のために……という選択《せんたく》をしなければならないという状況を作りだす。オーラ君、問題ないね?」
「はい、お任せします。そしてあの子をどうぞよろしくお願《ねが》いします。生まれる過程はどうあれ、あの子は私の分身……子供のようなものですからね」
「まかせてくれたまえ。それでは、悪巧みの前に川村《かわむら》君、君の想《おも》いを聞いておこう。君はロボオーラ君の事をどう思っている?」
私の問いに、川村君はじっくりと考え込む。
目をつむり正座をして――私は別に正座を強要した憶《おぼ》えはないのだが――まるで瞑想《めいそう》をしているようだ。外見から感じる印象はともかく、その雰囲気は求道者のもの。道を究めようとする男の姿……などとかっこよく言ってはみたが、そこには何か考え事をするオタクの姿があった。
瞑想に入る事数分、そのオタ……もとい求道者が目を開いた。
「最初はオタクの夢……ロボなメイドが欲しかっただけでした」
「今は?」
「…………ロボはロボでも、オーラが良い。他《ほか》の誰《だれ》でも何でもない、ロボオーラが良い。オーラでない、ロボなどいりません。……何か、どこぞのエロゲーの主人公にでもなった気分ですよ、今なら彼と肩を組んでメイドなロボの素晴《すば》らしさについて朝まで語り明かせる事でしょう」
エロゲーの主人公とわかり合えると真顔《まがお》で言う川村君。かっこいいな、そして感動的ですらある。
「はっはっはっ、実に君らしい。だが、君の熱《あつ》い気持ちは伝わった」
私はそこで真顔に戻し、川村君に言う。
「しかし私は基本的に傍観者《ぼうかんしゃ》だ。ロボオーラ君の想いが特定の誰かに向くようにしむけるつもりはない。それはロボオーラ君が決める事だ。という訳《わけ》で勝手にがんばってくれたまえ。君の想いが強ければその想いはロボオーラ君に届くだろう」
「はっ」
「では君はここにいる資格を失った。出て行ってもらおう。ここにいて良いのは傍観者だけだ」
「はっ」
川村君は立ちあがり、部屋の扉《とびら》に向かう。この扉を出れば川村君は私の手駒《てごま》としてではなく、自分自身を差し手として盤上《ばんじょう》を動きだすのだ。実に楽しみだな。
私は扉が閉じられる寸前、川村君の背に向けて言った。
「では、健闘《けんとう》を祈る」
文化祭でも相変わらずなにか企んでいる先輩とぼく
夏が過ぎ、カレンダーを見ると9月も中句に入ろうかとしている。そんな夏休みぼけからどうにか解き放たれつつある日の午後、先輩《せんぱい》が部室に集合したぼく達をみまわして言った。
「あーさて、今日《きょう》集まってもらったのは他《ほか》でもない」
……………………またか。
いつもどおりすぎる展開に、がっくり肩を落とすぼく。横を見るとのりちゃんと真太郎《しんたろう》も同じような感じ。先輩はぼくらが凹《へこ》むのを見て楽しむといういやな性格しているので、先輩が楽しめそうなリアクションを取らないようにしよう! とか思うけど無理。いつもどおりおもちゃになってるぼく達です。
一応OMRのみんなそろってるけど、ぼくら三人以外は大体いつもどおり。嵐《らん》ちゃん双子《ふたご》はわいわいやってるし、美香《みか》さんはその3人をにこにこ見てる。オーラとタッキーはシャッターチャンスを狙《ねら》ってるし、道本《みちもと》さんは相変わらず美しい美しいと言ってる。この態度《たいど》の差は一般人と変人の差じゃないかなとか失礼なことをぼくは考えた。
「3週間後に凰林《おうりん》高校文化祭、通称凰林祭が開催される訳《わけ》だが……」
そう、文化祭の時期が近づいてきた。2年生のぼくはこれで二度めなんだけど。うちの学校の生徒はノリが良いから、結構盛りあがるんだ。今年《ことし》は評判が一番よかったところに賞品が出るといううわさもあるし、いつも以上に盛りあがるんじゃないかな。
うーん……ということは、話の流れ的にOMRでどんな出し物するか決めるのかな。そんなぼくの予想。だけど先輩がぼくの予想どおりに動く訳もなく、その口からは妙な言葉がだだ漏《も》れする。
「風紀委員が足りそうにないらしいのだ」
「はあ、そうなんですか」
微妙に深刻そうな顔でそんな話振られても、ぼくはそう言うしかない。つーかなんでこんな話に飛ぶんだろうか。ぼくらには風紀委員さんのことは関係ないぞ。
先輩はそんなぼくを見つめた。
見つめ返すぼく。
見つめ合う二人、場所と時がそろえばとてもロマンティックな感じになりそうなんだけどかけらもそんな空気が生まれないのは、二人きりじゃなくて周囲がにぎやかだから。……だけでもないよねぇ。先輩の性格がもう少しましなら……なんてぼくの思考が脇道《わきみち》にそれかけた時、先輩が強引に引き戻す。
「ゆえに、我々が美少女戦隊を組織《そしき》し風紀を守ろうと思……」
「なんでそうなるんですかっ!!」
引き戻すというよりは、新たに道を作りだすかのような先輩の言葉の途中《とちゅう》で、突っ込みを入れる。
「ナイスな突っ込みだ、言葉を最後まで言わせないとは。はじめ君……恐ろしい子」
「そんなことはどうでも良いんです。なんでそんなことになるのか説明してください!」
「いや、知力体力時の運その他もろもろの能力、さらには友人、恋人、手下と人材にまで恵まれた私に生徒会長から助けてくれと、白羽《しらは》の矢《や》が立った訳《わけ》だ。私は生徒会長とは懇意《こんい》にさせてもらっているからね、無下《むげ》に断る訳にはいくまい」
「そこまでは理解できないこともないですが、美少女戦隊を結成する理由がまったくわかりません!!」
「平和を守るのはいつの時代も美少女だ」
「先輩《せんぱい》、戦隊物やった時も魔法《まほう》少女やった時も同じようなこと言ってました!!」
「この世界だって美少女に救われた方が幸せだろう」
「んなこと知りませんよ!!」
必死さを通り越して悲壮さすら漂ってきたぼく。そんなぼくを見て、先輩がキリリとした表情をした。
「という訳で、何に代わってお仕置きするかだが…………」
ぼくの発言は一流サッカー選手《せんしゅ》並みの技術で見事にスルーされ、会議《かいぎ》は何事もなく進行していく。
かくなるうえは――最近|嵐《らん》ちゃんに毒されてきた気がするなぁ――最終手段に出るしかない。
「はい!」
ぼくは手を挙げた。なんでなにかに代わってお仕置きしなければならないんですかっ! とかいう意味のない突っ込みは入れない。
「おお、やる気だね。では、はじめ君」
ぼくはまじめな顔で先輩を見る。
「なにかに代わってお仕置きするなら、せめて太陽とか海とか森とか大自然っぽい無難《ぶなん》な感じでいった方がいいと思います」
もちろんぼくが積極的に意見を言っているのはやる気を発揮した訳ではない。先輩が前みたいにバールだとか住所不定|無職《むしょく》だとか言いだす前に、やる気を見せて少しでもましな方に誘導《ゆうどう》しようとしてるんだ。このままだと、なにに代わってお仕置きさせられることになるのか……考えるだけでも恐ろしい。
「ていうかそんな感じでいってくださいお願《ねが》いします! 月なんてわがままは言いませんから……」
先輩に一人で立ち向かうぼく。そんなぼくのがんばりを知ってか知らずかぼくの横では、嵐ちゃん達が好き勝手言ってる。
「月の人か〜小さい頃《ころ》見たわ〜」
「なっちゃん、海王星《かいおうせい》の人が好きだった〜」
「ほーちゃん、天王星《てんのうせい》のひと〜。よくごっこ遊びしたのよ〜」
双子《ふたご》であの二人の役は危ないんじゃ……
「おお、それは素晴《すば》らしい。是非とも再現してくれ! 今、ここで! オーラっ!!」
「ハイ! 任せてクダサイ〜」
カメラを取りだして構えるタッキー&オーラ。
「そういえば、美香《みか》ちゃんが大好きだったのよ〜あのアニメ〜」
ポーズをとりながら、ふとそんな、言葉を洩《も》らす美菜《みな》ちゃん。
「やはり、少女としてはあこがれるものがありますわ。美しくて、かわいらしくて、強い。ああ……たまりませんわ」
頬《ほお》を押さえてくねくねする美香さん。
……この人達はもう。
「ふむ、わかった。はじめ君がやる気を見せているのだ、その意思は尊重しなければなるまい。よし、ではその方向性でいこう」
やった。これで多少はマシになるはず……
「では、二丁目の岸川《きしかわ》さんに代わってお仕置きということで」
「大自然はっっ!!?[#「!!?」は縦中横]」
全身|全霊《ぜんれい》で突っ込むぼく。
「てゆーか、誰《だれ》ですかその人っ!?」
「岸川さんはね、奥さんの尻《しり》にしかれている典型的な気の弱い旦那《だんな》さんだったのだが、それをどうにかしようと、ある自己啓発セミナーに入ったのだ。そして生まれ変わったと錯覚《さっかく》した岸川さんは、亭主|関白《かんぱく》でいこうと決意し、奥さんに強く出たのだ。だがそれで喧嘩《けんか》になり、岸川さんは言った。出て行け! そうしたら奥さんは本気で出て行き、岸川さんは奥さんの実家で、帰ってきてくれと土下座《どげざ》するはめになったのだ」
「訳《わけ》わかりませんよ!」
「どの辺りがだね? 岸川さんの人となりはわかったと思うが」
「人となりはわかりましたが、なんでその岸川さんに代わってお仕置きしないといけないかがまったくわかりません!! 自然はどこに行ったんですか!?」
「なら三丁目の斎藤《さいとう》さんで」
「だからそれ誰ですかっ!? しかも、ぼくの疑問に答えてないですよ! なんで無難《ぶなん》な大自然が二丁目の岸川さんとか三丁目の斎藤さんなんてことになってるんですかあっ!!」
「人類は、皆地球大いなる自然のゆりかごに抱かれて生きている。つまり我々人類も大自然の一部と言っても良いのではないだろうか…………というようなことを、手の甲にハートが浮かびあがるあの人も言っていただろう」
「誰ですかそれっ! それに良いこと言ってお茶を濁《にご》そうったってそうはいきませんよ!」
あまりの話の通じなさに、だだっ子のように手足をばたばたさせ始めるぼく。
「ふぅ、わかった。そこまで言うなら、普通の美少女戦隊物にすることにしよう。美香がとても乗り気な事だしな」
美香《みか》さんが乗り気なのか、一応聞いてみよう。
「そうなんですか?」
「是非に!」
……すごいやる気だ。
「幼稚園の頃《ころ》の夢が月の人になりたいだったほど、美香はあのスーパーヒロイン達が好きだったからね」
「あらお恥《は》ずかしいですわ。ただ一つ訂正しておくなら、過去形にしなくてけっこうですわ」
現在進行形ですか、そうですか。
「美香には常日頃《つねひごろ》世話になっているからな、今回はその夢を叶《かな》えてあげよう」
「あらあら、お気になさらずともけっこうですのに」
「いやいや、親しき仲にも礼儀《れいぎ》ありというだろう」
「そうですか、それではお言葉に甘えまして」
「うむ、存分に甘えてくれたまえ…………どうしたねはじめ君」
ぼくのジトーっとした目線《めせん》に気がついたらしい先輩《せんぱい》が聞いてきた。
「……ぼくの言うことは一つも聞いてくれないのに、美香さんの言うことは聞いてあげるんですね」
このぼくの言葉を聞いた先輩は真顔《まがお》で言った。
「…………嫉妬《しっと》かね?」
「違います! 事実です!」
先輩はぼくのお願《ねが》いを叶えると見せかけて、最後にどんでん返しを仕掛けてくるんだ。何度ぬか喜びをさせられたことか……
「どうしよう、美香。はじめ君に嫉妬されてしまったよ」
「あらあらまあまあ、お赤飯《せきはん》でも炊《た》きましょうか」
「それは良い!」
って、相変わらず人の話を聞かない人達だっ!!
「いい加減にしてください! 怒りますよ!」
できうる限りの怖い顔で先輩を睨《にら》むぼくだけど……
「怒った君もかわいいよ、これだから君とのスキンシップはやめられないし止まらない」
……効《き》いてない。どっかのお菓子のような理由でぼくの怒りは流された。
がっくりと崩《くず》れ落ちたぼくを幸せそうに眺めながら先輩はこの場にいるみんなに向けて言った。
「まあ、そんな訳《わけ》で真面目《まじめ》に美少女戦隊に取り組もう」
……いや、さっきまでぼくは、どうしてもやらなくちゃいけないんだったら、普通の美少女戦隊物がいい。そっちの方がバールとか振り回すよりかははるかにマシだ!! とか思ってたんだけど……真面目《まじめ》に美少女戦隊やるってのは、それはそれで痛いよね。もうぼくらいい年なんだし。……とほほほほ。
「それでは次に決めるのはメンバーだ。やはり、オーソドックスに5人組だろう。だがその前に嵐《らん》君」
先輩《せんぱい》が、双子《ふたご》達と月の人|談議《だんぎ》に花を咲かせていた嵐ちゃんを呼んだ。
「なによ?」
「君には敵役をお願《ねが》いしたいのだが」
「なんでアタシが悪役なのよっ! どう考えてもかわゆくて可憐《かれん》でスタイルが良くて人気者で清純派のアタシは正義の味方でしょ!?」
立ちあがり猛然《もうぜん》と抗議《こうぎ》する嵐ちゃん。
……そこまで言うか。相変わらず自信満々の嵐ちゃんです。でもいくつか当てはまらない項目があるような……スタイルとか。
「甘いな」
鼻で笑うような感じで嵐ちゃんを挑発する先輩。
「なっなにがよ!」
強気に返事を返しながらも、微妙にうろたえてる嵐ちゃん。
その嵐ちゃんに先輩は自信満々な笑顔《えがお》で言う。
「愛が燃《も》えあがるシチュエーションというものがこの世には無数に存在する。その中でもとくに効果的なシチュエーション、それは……」
「そっそれは?」
ごくりと嵐ちゃんがつばを飲み込んだ。
「愛する二人が運命のいたずらから敵味方に別れてしまうというシチュエーションだ! ……これほどに燃えるシチュエーションが他《ほか》にあろうかっ! いやない!!」
「が〜ん」
ショックを受ける嵐ちゃんに、即座に突っ込むぼく。
「先輩なに言ってんですかっ!!」
「嵐よ、この千載一遇《せんざいいちぐう》のチャンスを逃すでないぞ!! ロミオとジュリエットという有名な話を知っているだろう? あれは、敵対している陣営にそれぞれが所属していたからこそ愛が燃えあがったのだ!」
「が〜〜〜ん」
二度もショックを受ける嵐ちゃん。相変わらず影響《えいきょう》受けやすい。
「タッキーも変なこと言って嵐ちゃんをたきつけるな!」
「うむうむ、相変わらず君はわかっているな」
「恐悦至極《きょうえつしごく》にございます」
「いやいやいや! そんなことよりも、わざわざ敵役を作ってまで風紀を乱そうとしている先輩《せんぱい》の考えがぼくにはわかりません!!」
「ががが〜〜〜ん。なんてこと…まったくそのとおりだわ……」
「だから、嵐《らん》ちゃんも納得《なっとく》しない〜〜〜〜〜〜っ!!」
相変わらずぼくの意見は完全無視で会議《かいぎ》は進む。
「という訳《わけ》で敵役は嵐君に決定、その手下はみな君みほ君」
「ふん、今回は乗せられてあげるわ」
「は〜い」
「りよーかいで〜す」
OKする嵐ちゃんズ。やる気満々だ。
「だからなんでそんなに乗り気なの!?」
「それはしょうがないわ。アタシとお姉《ねえ》さまは運命のいたずらで敵対する運命だったのよ!! ああ……なんて皮肉な運命」
どこか愁《うれ》いを帯《お》びた表情で窓の外を見つめる嵐ちゃん。
「うんめい〜」
「うんめいー」
まねする双子《ふたご》。
「だからもう三人して自分に酔わない! 現実を見てよお願《ねが》いだからっ!!」
「ああ、神はなぜアタシにこんな試練を……」
「はっはっはっ、面白《おもしろ》いな」
「だ〜か〜ら〜〜〜〜〜〜〜!!」
報《むく》われることのないぼくの叫びは続く……
「はぁ……はぁ……でも、嵐ちゃん達が風紀を乱す側になったのなら、女の人が足りないことありませんか?」
らちが開かないので、とりあえず他《ほか》の方向から攻めることにしたぼく。実際に一人足らないし。
ぼくに(心はともかく身体《からだ》は女だよね)美香《みか》さんに、桜《さくら》さんに、オーラ。うん、やっぱり四人。
「しかも、その四人もやるって決めた訳じゃ……」
「わたくしは構いませんわ、というより大賛成ですわ!」
「ワタシはいいデスよ〜」
「……べつに構《かま》わないです。普段《ふだん》いろいろとお世話になってることですし。……真太郎《しんたろう》様がやめろとおっしゃいますならやめるのですが?」
ぼくは真太郎を見た。悲しそうに首を振る真太郎。
「…………そうですか」
なんでうちの部の女の人達はこう変わってるんだろうか。
「じゃ、人数が足りないのはどうするんですか?」
「その辺《あた》りも抜かりないよ」
いつもそつのない先輩《せんぱい》。たまには抜かってほしいなぁ。
「最後の五人めは既《すで》に決定している」
最後の犠牲者《ぎせいしゃ》はもう決定してるのか。そのかわいそうな人は一体|誰《だれ》だろう。
「それは…………」
もったいぶる先輩、みんなを見回し一番効果的な間《ま》で言った。
「この私!! 平賀《ひらが》つばさだっ!!」
ええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
「なっなんでですかっ!! 先輩の身体《からだ》ぼくの身体でしょう!? 男でしょう!?」
「そんな事はささいな問題だ」
「大問題ですよ!!」
ああ、もう先輩がまた変なこと言いだしたー。さらに追い打ちをかけるようにタッキーが、
「ふっ甘いなはじめ。今の時代、性別など関係《かんけい》ない。ついてようがついてなかろうがなんの問題もないのだよ! 一番重要なのは萌《も》えるか萌えないか、ただそれのみ!! かわいらしい美少女戦士のコスチュームが似合いさえすれば、性別が男だろうとどうだっていいのだっ!! さらにおれ的にはついていても、それはそれでっ!!」
「帰れっ!!」
ふーふー落ち着け、落ち着けぼく。この二人に付き合ってたらいくら精神力があっても足りない。先輩がこう言いだすということはもう決定したこと、となれば変更は無理。ならぼくにできるのは少しでも精神的ダメージを軽減することだけ。
「……わかりました」
ぼくは下を向いたままそう答える。
「おおっわかってくれたかね」
「はい。ただ……一つ条件があります」
顔を上げ先輩の瞳《ひとみ》を見る。
「なんだね」
「お願《ねが》いですから、先輩だけはスカートじゃなくズボンにしてください」
「心配しなくてもいい、この身体ならスカートが似合わないということはないぞ。むしろよく似合…」
「それでもです!!」
ここだけは譲《ゆず》れない。その必死の思いを瞳《ひとみ》に乗せて先輩《せんぱい》を見つめる。スカートひらひらさせながら悪と戦う、元自分の身体《からだ》は見たくない。見たら多分《たぶん》ぼくは泣く。人目もはばからず泣く。
「お願《ねが》いしますぅ〜後生ですからぁ〜〜」
悪代官に娘を取られそうなおとっつぁんな感じでお願いするぼく。こういうの先輩は好きなはずだから、効果的だと思う。……とうとう手段を選《えら》ばなくなってきたぼくは、成長したのかそれとも汚《けが》れてしまったのか。
「仕方がない。では、はじめ君の言うとおりにしよう」
通じた!! ああ、こんなあたりまえすぎることが通じただけで、なんでこんなにうれしいんだろうか。こんなことでなんかもうほれ直してしまいそうになる自分が、かわいそうで泣けてくる。不良がちょっと優《やさ》しいところ見せたら優しい人ってことになるアレと同じだよねこれ。
「じゃあ、美香《みか》。そういうことだ。コスチュームは頼んだよ」
「はい、半ズボンはすばらしいのですわ!!」
先輩の言葉に美香さんが、激《はげ》しく反応した。
……え? 問答無用に半ズボンに決定したの? ……まあいいか。スカートよりはだいぶマシだしね。
「それで次の議題《ぎだい》はコスチューム。なにをモチーフにしようか。セーラー服はいろいろな意味で危険だし、猫耳なども無理」
さっきも嵐《らん》ちゃん達が盛りあがってたけど、有名だもんねあれ。
「という訳《わけ》で、私としては着物などいいのではないかと。これからは和風ヒロインだ。候補としては、和風のメイドに、巫女《みこ》、昔の女学生|風《ふう》というのも良いな。むうぅ、どれも捨てがたいぞ」
「さすがはつばさ先輩! 和風メイドは、着物にフリルのエプロンという組み合わせがたまらないですな。巫女は言わずもがな、あの赤と白のコントラストに心奪われない男はいないでしょう!」
「昔の女学生も捨てがたいですわ! 矢絣《やがすり》の着物に、えび茶の袴《はかま》。頭には大きなリボンをつけて、足下《あしもと》は編《あ》み上げブーツ。……あぁ」
「うむ。何にせよ、やはり学生というのを前面に押しだしたいな。セーラー服に対抗するにはそれしかない」
違う世界に旅立ってる、先輩、美香さん、タッキー。
相変わらず、ぼくにはわからない世界です。
「では和風で行く事が決まったな。それにともない、ヒロインの恋人でピンチの時に現れる仮面でイケメンで怪《あや》しい大学生のお兄《にい》さんは、タキシードの代わりに学ランで下駄《げた》としよう。その役は道本《みちもと》君が適任だな」
「任せてくれたまえよ。美しく使命を全《まっと》うして見せよう」
その服装、どっかの誰《だれ》かと被《かぶ》ってる気がするけど……かち合うこともないか。って、それ以上に重要な問題が発生!
「スト〜〜〜〜ップ! その恋人って設定はなんですかあっ!?」
「お約束だ。美形なら中学生と付き合っても許されるのだ。……実に不公平な世の中だ。川村《かわむら》君など、同世代と付き合っても通報されるかもしれないというのに」
「全くです」
うなずき合う先輩とタッキー。いやまあ、それはしょうがないんじゃないかと……
「ってそんなことはどうでも良いんですよ! 話それてますよ! その設定やですよ、ぼくはっ」
「ああ、そこまで嫌《きら》われてるとは……ショックだよハニー」
かなり大げさなリアクションで悲しみを表現する道本さん。
「はじめ君、その前のどうでも良いという台詞《せりふ》も地味にひどいな」
話振ったのは自分のくせに、完全に他人事《ひとごと》状態《じょうたい》の先輩《せんぱい》。
「くうぅ、オレの繊細《せんさい》なギザギザハートが傷ついたぞ! オーラ、オレのこの傷ついたハートをこれでもかというくらい慰《なぐさ》めてくれっ!!」
「オー、ヨシヨシ」
嘘《うそ》くさく傷ついているタッキーと、笑顔《えがお》で慰めているオーラ。
「なんでよ! アタシというものがあるんだから、恋人なんていらないでしょ! 誠《まこと》先輩! お姉さまはあきらめてちょうだい! どうしても彼女欲しいなら、美香《みか》先輩あげるわよ!」
「あらあら」
「今なら漏《も》れなく、なっちゃん&ほーちゃんもついてくるわよ!」
「もれなく〜」
「ついてくる〜」
「ん〜、それは実に魅力的《みりょくてき》な提案だね〜」
相変わらず変な嵐《らん》ちゃんと、勝手に進む人身売買の計画。
いい加減収拾つかなくなってきたんだけど。のりちゃんは我|関《かん》せずと腕組んでムスッとしてるけど……あ、こめかみピクピクしてる。
ここらでどうにかしないと、のりちゃんの健康《けんこう》に悪そうだ。
「スット〜〜〜ップ!!」
響《ひび》き渡る大声、みんなの視線《しせん》がぼくに集中する。その視線に少したじろぎながらもぼくは言う。
「道本さん。あのですね、そういう訳《わけ》ではなくてですね、ぼくには先輩というものが……」
先輩《せんぱい》の方を助けを求めるように見るぼく。でも返ってきた言葉は……
「大丈夫、私は気にしない」
「少しは気にしてくださいよ!」
誰《だれ》か先輩に乙女心《おとめごころ》とか教えてあげてください。
「あと重要な役どころ、マスコット役となる猫二匹、白猫黒猫は典弘《のりひろ》君と真太郎《しんたろう》君にお願いするとしよう。誰とセットになるかだが、典弘君がはじめ君と、真太郎君が桜《さくら》君とで問題ないだろう。これは前々から決まっていた事なので衣装《いしょう》が用意してある。あと真太郎君には桜君のサポートもお願いするよ。激しいアクションは割り振らないつもりだが一応ね」
美香《みか》さんが持ってきたのは黒猫と白猫の着ぐるみ。あれ、黒い方はどこかで見た記憶《きおく》が。
「典弘君の方ははじめ君を魔法《まほう》少女にして遊んだ時に私が使用した物を少し改造した。おでこのところが円形脱毛症になっているだろう? まあこれは、俗に言うリサイクルというやつだな」
こんないやなリサイクル、初めて見た。のりちゃんかわいそうに……中身の方が円形脱毛症にならなきゃ良いけど。そんなことをしみじみぼくは思ってたんだけど……
「オッオレはやると言ってない!!」
立ちあがって、果敢《かかん》にも抵抗の意志を見せるのりちゃん。そのままこの場から立ち去ろうとする。
おおーがんばるのりちゃん。すごいぞ、応援するよ心から。でも先輩には絶対に勝てないから、時間と精神力の無駄《むだ》だよ。
先輩は、やらない気満々ののりちゃんを見ながらぼそっとつぶやいた。
「……きもだめし」
ビクッ
「……無人島」
ビクビクッ
先輩の言葉に劇的《げきてき》に反応するのりちゃん。プルプル震《ふる》えてなにか葛藤《かっとう》したあと、ずるずると崩《くず》れ落ちるように椅子《いす》に座り直した。
ぼくはいたわるような笑顔《えがお》でのりちゃんを見る。……おかえりなさい。
「これで今決められる事は大体決まったな。どんな美少女戦隊にするかは追って通達しよう。では今決まっているところまでを、生徒会長に報告して来てくれたまえ」
これでようやく終了ですか。また変なことになったなぁ。いつもどおりといえばいつもどおりなんだけど。
「はぁ、わかりました。もうなにも言いません。それで、頼まれていた風紀を守る件を受ける……ということでいいんですね」
疲れきったぼくは反対する気力すら起きない。
「いや……」
微妙に歯切れの悪い先輩《せんぱい》。
「え? お願《ねが》いされたんですよね? 生徒会長に」
「生徒会長の思考を推測したらだ。こんな事を思っているはずなのではないかなーという結論に達したので、生徒会長をこのような事で煩《わずら》わしてはいけないと考え、私独自に行動を起こしたという……」
「ぜんぜん頼まれてないじゃないですかっ!!」
「そうは言っても、今回の文化祭はかなり荒れそうだし人手が足りそうもないだろう」
「だから先輩が荒らそうとしてるんじゃないですかっ!! 嵐《らん》ちゃんとか使ってっ!!」
「荒れる事には変わりないだろう。矢は放たれてしまった、嵐君はもう止まらないよ」
だからそれは、その矢を放った人の言う言葉じゃないですよ……
「ではまあ、そういう事だ。よろしく頼むよ」
「だからどういうことなんですか〜〜〜〜」
やっぱり、報われることのないぼくの叫びはまだまだ続く……
生徒会長とぼく
「…………ふぅ」
ぼくは階段を一階まで降りたところで大きく息をはいた。別に疲れたとかそんな理由じゃない。ただたんに気が乗らないだけ。
ほんと行きたくないなぁ。
ぼくは生徒会室に向かいながら生徒会長のことを考える。
今の生徒会は善政をしいてて、生徒の人気も高い。空山《そらやま》さんが生徒会長になってから、学食のメニューが増えたり、校則が変わったり、その他《ほか》にも色々あって、とても過ごしやすくなったしね。
生徒会長は見た目もまじめな好青年って感じで、メガネが知的。なんか理想の生徒会長像そのまま。第一印象はそんな感じで、ほとんどの人はそう思っているはず。
だけど……この学校の裏の世界を知っている少数の人はこう言う。
「この凰林《おうりん》高校で平穏《へいおん》な学園生活を送りたいなら、あの二人には逆らうな」
あの二人のうち一人めは、言わずと知れた先輩。平賀《ひらが》つばささん。
先輩のことはまあ説明するまでもない、ぼくの身体《からだ》の持ち主にしてあれよあれよという間に婚約者になっちゃった人。逆らってはいけないランキングで上位入賞、表彰台《ひょうしょうだい》にのぼれます。メダルももらえます。正直泣けます。
んで、要注意人物という輝《かがや》かしい栄誉に選《えら》ばれちゃったもう一人が生徒会長。今ぼくが会いに行っている人。名前は空山|総一郎《そういちろう》。
先輩《せんぱい》は生徒会長のことをこう言う「彼はとても面白いよ[#「彼はとても面白いよ」に傍点]」
これだけでどれだけの危険人物か予想できると思う。
先輩が他人の評価に「面白《おもしろ》い」とつける時は、その人のことを気に入っている証拠《しょうこ》なので、先輩は生徒会長のことを気に入ってるみたい。どのくらい気に入ってるかというと、前回の生徒会長|選挙《せんきょ》で空山《そらやま》さんを陰ながら支えていたくらい。それもあり、空山さんは生徒会長になった。その功績《こうせき》のお陰で先輩が色々やっても少々のことなら問題にならない。持ちつ持たれつ、似た者同士。
という訳《わけ》でさっき先輩が言ってた、懇意《こんい》にさせてもらっているというのもあながちウソじゃないと思う。結構昔からの知り合いみたいだし。ただ、二人の会話を聞いてると、腹の探り合いをしているようにしか見えない。キツネとタヌキの化《ば》かし合いって感じ? 先輩は心の底から楽しんでるみたいなんだけど。まあ要するに空山さんは、見た目ではわからないけど、先輩と同じくなにかを常に企《たくら》んでる系の人ってこと。
ただ、その企みの向かうところが違う。先輩は好奇心万歳って感じでそれを中心に全《すべ》てを回してる人だけど、空山さんは自分の権力を強化するためにいろいろ企んでるんだそうだ。
先輩は「自分の欲求に素直な人は好きだ」って言ってたけど。…………さすがに他人《ひと》を呪《のろ》うのはやめた方が良いと思う。
前回の生徒会長選挙、立候補したのは二人。前評判は互角だったけど、先輩が色々|暗躍《あんやく》して空山さん優位《ゆうい》の情勢を作りあげたんだ。噂《うわさ》流したり、対立候補の支持者を引っこ抜いたり色々とやって。先輩|曰《いわ》く、「彼が生徒会長になった方が学校が面白くなるだろう」だそうだ。まあ、だからOMRが裏で協力してたんだ。実際、空山さんが生徒会長になってからは良い感じだし。
でも、先輩の暗躍も効《き》いたんだけど、決め手となったのは最終演説。空山さんはさわやかスマイルでかっこよく決めたんだけど、もう一人は顔色|真《ま》っ青《さお》で、声も震《ふる》えて、ふらふらしてた。そして、その印象が票に直結して、空山生徒会長が誕生《たんじょう》とあいなりました。
それで一つの疑問、相手候補の顔色がやばかった理由はなに?
ぼくはだめもとで理由を先輩に聞いてみたんだけど、「彼はお腹《なか》を壊《こわ》していたのだよ。お腹を壊した理由だが…………どうやら空山君が呪ったらしいよ。いや、私も昔空山君と対立した事があったのだが、その時おなかがゆるくなったのだ。だから効果は我が身で実証済みだ。いやはや愉快《ゆかい》な能力だね。はっはっはっ」なんて返事が返ってきた。
笑い事じゃないし。
というわけで、さわやか呪術師《じゅじゅつし》生徒会長空山なんてやなキャラが誕生。まあ、対立しない限りは問題ない人なんだけどね。良い生徒会長だし。でも、できるだけかかわりたくないってぼくの気持ちもわかっていただけるんじゃないかと。
という訳でもう一回ため息。
「……………………はぁ」
奇妙な訪問者と僕
生徒会室で雑事に追われていた僕は、聞こえてきたノックの音に顔をあげた。
生徒会室には、生徒会役員用の席も多数用意されているが、今は自分しかいない。
「どうぞ」
「しっ失礼します」
入ってきたのは美少女。誰《だれ》もが美少女と評する事に文句をつける事がないだろう美貌《びぼう》を見た瞬間《しゅんかん》、反射的に僕の身体《からだ》が硬直しかける。が、おどおどと落ち着かない美少女の様子《そうす》を見て思いだす。そうか、今は……
「やあ、山城《やましろ》君じゃないか」
「どっどうもです」
きょろきょろと周囲を見回している山城君に向けて、僕はいつもどおりの笑顔《えがお》で挨拶《あいさつ》をする。
大丈夫、山城君の身体が奴《やつ》のものだからといって、前のように硬直したりしない。今の笑顔も自然だった。僕はもう変わったのだ。
それはそうと、山城君が来たというのはやはり、奴の……つばさの差し金だろうか。
僕は考える。奴の周囲の人間の性格はおおよそ把握している。山城君は純粋で顔に出やすい人だったはずだ。直接聞けば良いだろう。
「僕に何か用かな? やはり、平賀《ひらが》さんかい?」
「えっはい、よくわかりましたね」
ふん、やはりか。
それにしてもこの時期にくるとはどういう事だ? 忙しくて奴にかまう暇《ひま》などないぞ。やはり文化祭|関連《かんれん》か? 面倒《めんどう》な事にならなければいいが。
僕はそんな内心を笑顔で隠《かく》し、話を促《うなが》す。
「それで?」
「それでですね、この度《たび》ですね、うちの先輩《せんぱい》がですね……」
「平賀さんが?」
「そのですね、美少女戦隊を結成したので、文化祭の風紀を守るために助力したいとか変……じゃなくて、とても学校思いなことを言いだしたんだす」
「だす?」
「いや、ですです」
可哀想《かわいそう》なくらい緊張《きんちょう》してガチガチに固まっている山城君。どう考えてもつばさが学校思いだというのは嘘《うそ》、山城君はどうにか承諾《しょうだく》を得てこいとでも言われてきたのだろう。
「という訳《わけ》で、協力したいと…」
「気持ちはありがたいけど、間に合ってるんだ」
山城《やましろ》君の言葉を遮《さえぎ》り、申し訳なさそうな表情を浮かべ僕は謝《あやま》った。
奴《やつ》の思いどおりにするというのもしゃくに障《さわ》るし、何より奴が関《かか》わるとろくな事がない。
選挙《せんきょ》の時は仕方なく力を借りたが、その借りは他《ほか》のところで返したはずだ。奴の思いどおりにする理由はなにもない。
「そうですか! そうですよね!! お手数おかけしました〜。それでは失礼しました」
山城君は溢《あふ》れ出る笑顔《えがお》を抑えきれないままお辞儀《じぎ》をすると、意気揚々と生徒会長室をあとにした。
僕は扉《とびら》が閉まると同時に、顔に貼《は》りつけていた笑顔を消す。
やはり、無理矢理《むりやり》メッセンジャーにさせられていたみたいだね。あの姿を見ると、昔の誰《だれ》かを思いだす。
僕は、そう考えたところで口角をあげる。それは、苦笑だろうか自嘲《じちょう》だろうか。
だが、奴の事だ、これで終わるはずもないな。さて、どうするかな。
それにしても……あの身体《からだ》であの笑顔を浮かべられると、ものすごく違和感があるな。
先輩とうれしそうに帰ってきたぼく
るんるるんるるん〜
鼻歌なんか歌いながらスキップをしてるぼく。
すれ違う知り合いに挨拶《あいさつ》なんかしながら、部室に向かう。階段なんかも苦にならない。
ああ、なんてこの世は素敵《すてき》なんだろう。そうだよね、この世にいる人間みんなが変人な訳じゃないよね、常識的《じょうしきてき》な人だっているんだよ。ぼくの周囲には変な人ばかりだからすっかり忘れてたよ。
ほんっと〜〜〜に久しぶりに触れた常識的な人の行動に舞《ま》いあがるぼくは、部室の前で止まるとスカートをブワッとはためかせながら一回転。そして扉を開けて一言、
「間に合ってるそうです」
そのままぼくは中に入っていく。
「……なんだね、その晴れやかな笑顔は」
「そっそんなことないですよ!! いやー残念だなぁ」
あぶないあぶない。顔に出てたか。残念そうな顔、残念そうな顔。そう念じながら顔を入念にマッサージする。
先輩《せんぱい》はぼくのそんな行動をしばらく見たあと、急に深刻な顔をして言った。
「しょうがない、この手は使いたくなかったが……」
「なら使わないでください!!」
やな予感メーターが振りきってアラームを鳴らし続けてる。
「こういう時の定石《じょうせき》といえば何だと思う?」
「無視ですか!!」
「こういう時の定石といえば何だと思う?」
「繰り返さなくていいですよ!!」
「こういう時の……」
先輩がこんな風《ふう》に疑問形で聞いてくる時は、絶対なんかよからぬことを考えてるんだよ。んで、繰り返す時は自分の望むリアクションが出るのを待ってるんだよ、うふふ……。今度は一体なに? なんなの?
それはともかく。
「考えたくありません!!」
とりあえず、ぼくの持つ最低限の権利を行使する。簡単《かんたん》に言うといやがる。そしたらこのいやがるという行為がビンゴだったらしい。やっと話が進んだ。なんて意地悪なんだろう。好きな子いじめる小学生と変わらないよ。
「ふふふふふ、それはだね…………色仕掛けなのだよ!!」
ほーらまた変なこと言いだした。
「はぁ、そうなんですか」
先輩の言いたいことがわかったけど、なんとなくとぼけてみる。
「では頑張《がんば》ってきてくれたまえ」
「…………誰《だれ》が?」
「君が」
……………………やっぱりですか。
ぼくはいやがることはできても拒否はできないのだ。うあーん。
「でも、ぼくそんなことできませんよ……」
「大丈夫。君はやればできる子だから」
「こればっかりはやってもできません!!」
「やる前からあきらめるとは君らしくない」
「これくらいはあきらめさせてくださいよ……」
すがるように先輩を見つめるぼく。そんなぼくを見て、先輩はなにかを考えだす。そして、よしとかつぶやいたあと、ぼくに向き直り。
「はじめ君」
「はい」
「そんな事では女を極《きわ》める事ができないぞ! この世界には君の想像も及びつかないようなライバル達が女王の座を巡って熾烈《しれつ》な争いを……」
「ぼくの人生マップに女を極めるなんてルートはありません!! しかも、想像も及びつかないような人達と争いたくないです!!」
「では追加しよう」
「しよう!? してくれたまえとかじゃなくてしよう!? 人の人生なんだと思ってるんですか!!」
ぼくが先輩《せんぱい》に抗議《こうぎ》していると、先輩がきりりとしたまじめ顔になる。
「……なんですか?」
「私と君は婚約者にして許婚《いいなずけ》、まさに無敵のラヴラヴカップル」
「…………まさに、という言葉の前までは否定しません。ただ無敵の〜〜からは恥《は》ずかしすぎるので金輪際《こんりんざい》使わないでください。ラヴはやめてください。お願《ねが》いします」
「前向きに善処しよう」
相変わらずうさんくさい玉虫色《たまむしいろ》の先輩。
「つまりはだ。君と私は人生を共に歩いていく訳だ」
「まあ、そうですね」
どうなるかは、想像できないというか、想像したくないというか、想像できすぎていやだとかそんな感じだけど、このままいったらそうなるんじゃないかな。
「という事は結婚式のおりには苦労も喜びも共に分かち合い〜〜系の決意の言葉を述べる事になるだろう」
「…………そうですね」
「要するにはじめ君が私の物になるという事だ」
「言いかたは気になりますが、おおむね間違っていないんじゃないかと」
「という事はだ……」
先輩がくわっと目を見開いた。
「前借りしても良いという事ではないだろうか!!」
「人の人生前借りしないでくださいよ!!」
「え〜〜」
「え〜〜じゃないですよ!! かわいく言ったってだめなものはだめですよ!!」
「……ふぅ」
先輩はそこでため息一つ。誰よりもぼくがため息つきたいですよ!
「しょうがない。では、美香《みか》頼《たの》むよ」
「わかりましたわ」
しっとり微笑《ほほえ》む美香《みか》さん。
「そうですよ! 美香さん以上にこの大役をうまくこなせる人なんていませんよ!!」
美香さんは、そんな風《ふう》に力説するぼくを優《やさ》しく見つめて……
「わたくしがはじめさんを、どこに出しても恥《は》ずかしくない素敵《すてき》なレディに仕立てあげて差しあげますわ!」
「なんでっ!?」
やっぱり突っ込む羽目《はめ》になるぼく。
「なんでそうなるんですかっ!?」
ありえない、おかしい、本気でありえない。
「何がおかしいのだね? 要するに君は色仕掛けができないから拒否してるのだろう? ならばできるようになれば何の問題もないではないか」
「おおありですよ! それにぼくがいつできないからいやだって言ったんですか〜!!」
「いや、先程《さきほど》」
「何時? 何分? 何秒?」
あまりのいやさから子供みたいなことを言いだしたぼく。
「オーラ君」
そんなぼくを余裕の表情で見ながら、先輩《せんぱい》がオーラに合図をした。
「ハイー日本時間の16時22分54秒ノおフタリの会話ヲ再生しマス。
『でも、ぼくそんなことできませんよ……』
『大丈夫。君はやればできる子だから』
『こればっかりはやってもできません!!』
『やる前からあきらめるとは君らしくない』
『これくらいはあきらめさせてくださいよ……』
以上デス」
うわーべんりー、ボク達の声まで再現してるよ。なんてこったい。
「ほら、見たまえ。君はそんな事できないとしか言っていないではないか」
くうぅ、普通にいやだって言っても先輩聞いてくれないくせにー。だから他《ほか》の理由で辞退しようとしたのに。
「でもいやです!」
強硬に反対し続けるぼく。どこかのヤンキーのごとく、にらみ合うぼくら。負けるなぼく、しばらく眼力《がんりき》勝負が続いたんだけど、驚《おどろ》いたことに初めに折れたのは先輩だった。
「ふっ」
自嘲《じちょう》するように視線《しせん》をそらす先輩。わざとらしい……けど一応声をかけよう。
「どうしたんですか?」
「私が女のままなら、はじめ君にこんな苦労はかけないものを……」
くうって感じでわざとらしく悔《く》やむ先輩《せんぱい》。
「ぼくの記憶《きおく》が確《たし》かなら入れ替わる前から苦労かけられまくりだった気がするんですが」
「私が女でさえいれば色仕掛けを君に任すという事はなかったのだが」
「色仕掛けかます先輩というのが、ぼくの貧弱な想像力じゃ想像できないんですが」
「…………」
「…………」
「……なかなかやるようになったものだ」
「おかげさまで」
「私は君を通して女だった私を見たいのだよ。ああ、私も女のままでいたらこうなっていたのかもしれないと……」
ぼくを見つめる先輩の瞳《ひとみ》、あれ? さっきとはなんか違う?
「ふっ、言っても仕方のない事だがな」
「……先輩」
って、だめだ、流されるなぼく! これも作戦に決まってる!
「はじめ君、君の可能性を見せてくれないか? 私の持っていた可能性を見せてくれないか?」
「えっと……」
「はじめ君……」
「その」
「はじめ君……」
だめ、この先輩の目だめ。この目で見られたら、この切ない目で見られたら!
あっああっああ〜〜〜
かわいそうな訪問者と僕
トントン
再び生徒会室の扉《とびら》を叩《たた》く音。
またきたかな。今度はどんな手でくるか。
僕は声をかける。
「入っていいですよ」
「しっ失礼します」
現れたのは予想どおり山城《やましろ》君。だが、先程《さきぼど》と様子《ようす》が違う。ガチガチに緊張《きんちょう》しているのは変わりないのだが……。
「今度はどうしたんだい?」
「はっはい」
山城《やましろ》君の格好《かっこう》はリボンがなく、シャツのボタン上二つが外されている。
きょろきょろと周囲を見回し、意を決したように一つうなずくと僕に向き直り……そして言った。
「えっと〜、はじめ美少女戦隊やりたいな☆」
きゃらる〜〜〜ん☆
無邪気な感じで、前屈《まえかが》み。胸を強調《きょうちょう》しつつお願《ねが》いする山城君。
今のきゃらる〜〜〜ん☆ は、僕の脳内で勝手に再生された効果音であって、実際には流れていない。そんな音楽が流れそうな行動だったという事だ。
笑顔《えがお》だか泣き顔だかわからない微妙な表情で、前屈みのまま固まっている山城君。そんな固まったままの山城君に僕は言った。
「さっきも言ったように、その予定はないよ」
この表情は嗜虐心《しぎゃくしん》をそそられるな。しかも昔の奴《やつ》の顔だ。この顔に何度煮え湯を飲まされた事か……。
僕は、本気で心配しているような顔を作り、山城君に言った。
「それにしても…………何か悪い物でも食べたのかい? なんなら良い病院を紹介しようか?」
「――――――――っ!!」
声なき声を上げて、急激《きゅうげき》に顔が赤くなっていく山城《やましろ》君。熟《う》れたリンゴのように真《ま》っ赤《か》な顔でふるふる震《ふる》える。
その姿をわざと心配そうに見つめる僕。
この空気に耐えられなくなったのか山城君は……
「しっ失礼しましたっ!!」
逃げるように生徒会長室をあとにした。
…………少し可哀想《かわいそう》な事をしたかな。僕は、少し反省をする。だが、確実《かくじつ》に溜飲《りゅういん》が下がった自分がいるのも確《たし》かだ。
あの顔だからね。
ただ一つわかった事がある。山城君は、面白《おもしろ》い。純粋で一途《いちず》でかわいらしくて……実に奴《やつ》好みの存在だ。
……なるほどね。僕は心から納得した。これがつばさの今のおもちゃか。
色仕掛けとぼく
真っ赤な顔で廊下をずんずん歩いていくぼく。その剣幕《けんまく》に押されてか、すれ違う人達がぼくをよけていく。
効《き》かなかった。まったくもって効かなかった。というより、なんで効かないの? この美人な先輩《せんぱい》の身体《からだ》が、ものすごい笑顔《えがお》であんなカワイイ格好《かっこう》でお願《ねが》いしてるんだから、ふつうなら絶対効くはずだ! 前のぼくとは一味も二味も違うんだぞ! なにが違うかというと、美香《みか》さんに48の色仕掛け技の一つとかいういやな感じの奥義《おうぎ》を伝授されているかいないかの違い。……たぶん、人としてのランクが一つや二つ下がっているのではないかと思われます。
それはともかく、ぼくなら二つ返事でOKするぞ!! ってぼくは関係《かんけい》ないか。でもなんだろうこの胸のもやもやは。悔《くや》しさとも違う、怒りとも違う……これは、そうかわかった! この気分は……
「…………」
「どうしたはじめ君、目が据《す》わっているぞ」
部室に戻ってきたぼくに先輩が言った。
「あのですね、ぼくは自分が色っぽいとか女としての魅力《みりょく》があるとかまったく思ってない訳《わけ》です」
というより、あってたまるかと。
「でもですね、この身体《からだ》は先輩《せんぱい》の身体なんですよ。今のぼくに色仕掛けされてなにも感じないなんてのはありえないんですよ。そこは、ぼく的に譲《ゆず》れないんです。なんていうか、ぼくの価値観《かちかん》を否定された気分と言えばいいんでしようか……」
そう、この先輩の身体は、ぼくの主観では宇宙一美人な訳《わけ》なんだ。そりゃそれぞれに好みはあるだろうけど、ほとんどの人から見て美人という位置に入っているはずなんだ。
「ほうほう」
「これは先輩の身体なんです! だから絶対、生徒会長を色仕掛けでOKさせたいんです! この身体の魅力《みりょく》を見せつけてやるんです!! ぼくが大好きなこの先輩の身体で!! …………かといって、色仕掛けが成功したらしたで凹《へこ》むんですが……」
「それは複雑《ふくざつ》だ」
「誰《だれ》のせいですか!」
ぼくは先輩に突っ込んだあと、美香《みか》さんの手を握って言う。
「という訳で、美香さん! お願《ねが》いします。意地でも、生徒会長を倒したいんです」
「倒すのかね」
先輩は無視する。
「うふふ、まかせてくださいな」
きらーんと美香さんの瞳《ひとみ》が輝《かがや》いた気がするけど…………気のせいという事にしておこう。
こうして、ぼくと生徒会長の死闘《しとう》が始まった。
ROUND ONE FIGHT!!
コンコン、今日《きょう》ここを叩《たた》くのは三度目かな。ぼくは生徒会室の扉《とびら》の前でそんなことを思う。そして決意を固める。こんな恥《は》ずかしいことは、これで最後だ!!
部屋の中から生徒会長の声が聞こえた。
「どうぞ………………また君かい」
さすがに呆《あき》れ顔の空山《そらやま》さん。その顔がぼくの格好《かっこう》に気づいた瞬間《しゅんかん》、驚《おどろ》きの表情に変わる。
今のぼくは、髪をツインテールにしてるんだ。
そんな空山さんを気にせずに、近づいていくとぼくは言った。
「おにいちゃん、はじめスーパーヒロインやりたいな♪」
・
・
・
泣きそうになりながら、どうにか部室へと帰ってきたぼく。
「うっううっだめでした」
恥《はじ》の上塗《うわぬ》り。それも派手《はで》に塗りまくり。なんかもー差恥心《しゅうちしん》が限度を超えて、まともな思考ができなくなってきた。でも……でも、ここまで来たらもう引き下がれない!
「みかさん次です! 次の作戦を……」
「そうですねぇ、次は……」
ROUND TWO FIGHT!!
今度こそはいけるはずだ。今回は、服まで変えてきてる。制服じゃない。大きく背中の開いたドレスに真《ま》っ赤《か》な口紅を引いた唇《くちびる》。自分でもかなり色っぽいと思う。大人《おとな》の色気ばりばりだ。よし行くぞ! 決戦の地へ!!
ぼくは生徒会室の扉《とびら》を開いた。
「美少女戦隊やりたいの。お・ね・が・い※[#ハート(白)、1-6-29]」
・
・
・
「だめ……でし……た……」
「では、次はこちらにしましょうか」
喜々として、次の衣装《いしょう》を運んでくる美香《みか》さん。
「……なんか、趣味《しゅみ》に走ってませんか? 美香さん」
「そんな事ありませんわ、殿方《とのがた》を籠絡《ろうらく》するにはこれが一番なのですわ!」
ものすごく良い笑顔《えがお》の美香さん。
「…………そうですか」
この笑顔で嘘《うそ》をつかれてたら、ぼくは一生女の人を信じられなくなりそうだよ。
ROUND THREE FIGHT!
「オーッホッホ、わたくし、美少女戦隊がやりたいんですの。もちろんよろしいですわよね?」
・
・
・
「ぐうっ、ここまでやってもだめなんて……」
もう第8ラウンドぐらいまできてしまったけど、生徒会長にはまったく通じなかった。
もうぼくは、部室のソファに真っ白な灰になって座っている。美香さん秘蔵《ひぞう》のチャイナ服を着たままで。
なぜこんな物を美香《みか》さんが秘蔵《ひぞう》しているのかとか、なんでサイズがぼくにぴったりなのかとかすら気にならない……アルよ。
「うおおおおおチャイナ! チャイナアァァァァァっ!! スリットがっ! スリットがああぁぁぁぁっ!! 宇宙があぁぁぁぁぁぁ!!」
馬鹿《タッキー》がこんなことを叫んでるのも気にならな……いこともないので、とりあえず蹴《け》って黙《だま》らせる。スリットの間に宇宙見んな。
チャイナ服で蹴られるということになにか感じるものがあったのか、いつもより気持ちの悪い声を出しながら転がって行く馬鹿。
「チャアァァァァイナァァァァァァァ……」
その馬鹿の奇声を聞きながらぼくはつぶやく。
「これ以上って言ったら、もう水着しか……」
これだけは使いたくなかったんだけど。
それにしても、もうここまできたらなにか他《ほか》に原因があるとしか思えない。それともぼくの美醜《びしゅう》の感覚がおかしいんだろうか。いや、鳳仙花《ほうせんか》の種よりも、あのロボのパイロットの目の前ではじける種よりも、はじけきった性格はともかく、先輩《せんぱい》の身体《からだ》はとても美人なはずだ。
「はじめ君、今君は何か失礼な事を考えてないかね?」
「気のせいです」
じゃあ、やっぱりなにか他に原因が……はぁ、ぼくが考えてもらちが開かないなぁ。
そうだ、先輩ならなにか知ってるかな。昔から知ってるとか言ってたし。
「先輩、どうして生徒会長には色仕掛けが通じないんでしょう。美香さんに習った究極最終|奥義《おうぎ》すら通じませんでした」
究極最終奥義の内容は恥《は》ずかしいので割愛《かつあい》。その奥義のおかげでぼくの女レベルが5は上がった。その代わり人間レベルが10以上下がったに違いない。
「それはまあ……」
ぼくの疑問に、珍《めずら》しくゴニョる先輩。
「それはまあ?」
先輩がまじめな顔する。今まで見た中でもトップテンに入りそうなまじめな顔。いったいなんだろう。どんな秘密が明かされるんだ?
固唾《かたず》をのんで見守るぼくに先輩は言った。
「彼は女|嫌《ぎら》いだからね」
「それを先に言ってくださいよっ!!」
ああああ、もうっ! この人はなんでこう大事なことを黙ってるんだ。
「なんで教えてくれなかったんですかっ!!」
「いやまあ、聞かれなかったからな」
「そんなもの、聞かれなくてもわかりますよね? ね?」
「いや、言葉で言わないと大切な想《おも》いは伝わらないよ…………と、どこぞの少女マンガでそんな事を言っていた気がする」
「少女マンガを行動の指針にするのはやめてください!!」
なんでこの人はいつもいつもいつもいつも。
「先輩《せんぱい》、またぼくで遊んでたんでしょ? ぼくが頑張《がんば》ってるのを見て笑ってたんですね!?」
「そんな事はない。ただ、鳴呼《ああ》なんて君は愛らしいんだろうと目を細めて眺めていただけだ。実に幸せな一時《ひととき》だったよ」
「ぼく的には非常に不毛な一時でしたけどねっ!! だいたい先輩は………………」
見苦しい会話が続きますので、しばらくお待ちください。
「はぁはぁはぁ…………それで、これからどうするんですか?」
ぼくの心のHPの減少により中断されてた会話がようやく再開される。
「うむ、まあ私が乗り込むのが手っ取り早いな。私と彼は昔からの顔見知りでもあるし」
「お願《ねが》いですから最初からそうしてくださいよぉ…」
相変わらずぼくの叫びは先輩の心に届かない……というよりかは、先輩の心に届くけど確認印《かくにんいん》を押した時点で、心のどっかにしまうんだ。いやまあ、結果は届かないと同じなんだけど、期待を持たせる分、届かないよりもたちが悪い。
それにしても、昔か……そういえば先輩の昔の話はとんと聞いたことないなぁ。
「空山《そらやま》さんが女|嫌《ぎら》いだっていうのを知ってるのは、昔からの知り合いだからですよね?」
「そうだよ、私と空山君は子供の頃《ころ》お医者さんごっこをした仲だからな、色々知っているよ」
「おっおいしゃさんごっこ……」
なんだろうこのむにゃむにゃ感は。言葉のひびきがなぜだかとても恥《は》ずかしい。
そんなぼくを見てなにを勘違いしたのか、先輩が言う。
「ああ、安心したまえ、もちろん私がお医者さんだ」
「聞いてませんっ!」
そりゃまぁ……どっちがお医者さんかは気になってたけどごにょごにょ。
「ただ……若気《わかげ》の至りというか、子供の好奇心というか、未知なるものへの興味《きょうみ》というか…………少々やりすぎた気がしないでもないがね。実際は、お医者さんごっこというよりかは、マッドサイエンティストごっことでも言った方がしっくりくる感じだったな」
懐《なつ》かしさに目を細めている先輩。
うあ……先輩に子供の無邪気さを加えたら……想像するのも恐ろしい。
「おかげで空山君に一生物のトラウマを負わせてしまった。ふっ認めたくないものだな、自分の若さゆえの過《あやま》ちというものは」
遠い目で言う先輩《せんぱい》。
「って、生徒会長の女|嫌《ぎら》いは先輩のせいですかっ! なにしたんですか!」
「それはまあ、下腹部を中心に……」
「やっぱいわなくていいです!」
ぼくの中の男が悲鳴を上げた。これ以上聞いてたら、きゃあああとか叫んで逃げだしてしまいそうだ。痛い話を聞いた時になるような感じって言ったらわかるかな。
生徒会長も多感な年頃《としごろ》に色々されたとしたら。しかも子供の頃の先輩に……そりゃ女嫌いにもなるよねぇ。でも先輩は、女性としてはかなり特殊な部類に入るから、女性一般と一緒《いっしょ》にしちゃいけないと思うけど。
でも……今初めて、生徒会長と心が通じ合えた気がするなぁ。ぼくの脳内で、生徒会長が仲間のグループに分類分けされました。
「今は、男性の身体《からだ》への好奇心を簡単《かんたん》に満たせるようになったので問題ないが……」
「問題ありありですよ! お願《ねが》いですから、その身体をもっとかわいがってあげてください!!」
「ふふふ、存分にかわいがってあげてるとも……」
ぺろりと唇《くちびる》を舐《な》める先輩。
「ぼくと先輩では、絶対かわいがってるの意味が違うと思います!」
「おっと、無駄話《むだばなし》がすぎたな。早く生徒会室に向かうとしよう。美少女戦隊のメンバーに選《えら》ばれた者は私についてきてくれたまえ」
「ハイ〜」
「わかりましたわ」
「……わかりました」
部屋を出て行く先輩と、ついて行くオーラ、美香《みか》さん、桜《さくら》さん。ぼくはその四人を追いかけながら叫ぶ。
「だから聞いてくださいよ! 元ぼくの身体にいろいろするの止《や》めてくださいよぅ!!」
「邪魔《じゃま》をするよ」
先輩を先頭にぼくは生徒会長室に戻ってきた。美少女戦隊候補の五人(一人少年がいるけど)で部屋に入る。
「やあ、平賀《ひらが》君じゃないか。久しぶりだね」
「ああ、久しぶり」
「それでどうしたのかな?」
「簡潔《かんけつ》に言おう、私達がここにきた理由だが……」
「わかってるよ、文化祭の風紀を守るために協力してくれるそうだね?」
「そうだ」
鷹揚《おうよう》にうなずく先輩《せんぱい》。いつも通り、とても偉そうだ。まったく頼み事をする態度《たいど》に見えない。
「厚意はありがたく受け取っておくけど、僕達だけで大丈夫。十分人数は足りてるよ」
「だが、私が入手した情報によると今年《ことし》の文化祭は色々と問題が起こりそうなのだ。去年を基準に考えているなら足りないと思うぞ」
……問題を起こそうとしてる人間の言葉でもないなとぼくは思う。ポーカーフェイスもバッチリで先輩が変な企《たくら》みをしてるというのを見抜ける人はほとんどいないと思う。いや、いつもなにかを企《たくら》んでるから見抜けない人がいないのかな。
それはともかく、先輩の心の内を見抜けるのは、ぼくみたいに親しい人間に、付き合いの長い人間。そして……
「へえ……僕としては情報の出どころが気になるね」
先輩の同類くらい。
生徒会長は先輩がなにか企《たくら》んでることに気づいてるんだろう。
先輩の顔をにこにこ笑顔《えがお》で探るように見ている生徒会長。先輩は笑顔でその視線《しせん》を受け止める。
「君には教えてあげたいのだが口止めされててね。ただ、信用にたる者からの情報だという事は私が保証しよう」
そりゃ自分だしね。
「ちなみにメンバーは五人。まずは私達二人、他《ほか》には水野《みずの》桜《さくら》、小谷《こたに》美香《みか》、オーラ=レーンズ……」
「…………」
生徒会長の態度《たいど》がほんのわずか変わった気がする。先輩のポーカーフェイスに慣《な》れたぼくだからこそ気づいた。かすかな違和感。一体|誰《だれ》の名前に反応したんだろうか。
「だけどね、そう好き勝手されると僕達も困るんだ。命令系統とかね」
「その事なら心配ない。私達が君の下につけば問題ないだろう」
ええっ!? なによりも人の命令聞くのが嫌いなはずの先輩なのに。
一体どうしたんだろう? またなにか企んでて、その企みのために生徒会長の下につく必要があるというのが一番ありそうな感じなんだけど、ただたんに美少女戦隊がやりたいだけかもしれない。先輩だし。
「へえ、そこまでの覚悟があったのかい」
「私はいつも本気だよ」
「そうだったね…………」
そう言って考え込む空山《そらやま》さん。優秀《ゆうしゅう》な空山さんの頭脳が、先輩《せんぱい》に対抗するため高速回転してるんだろう。笑顔《えがお》で色々考えてる空山さんと、笑顔で待ってる先輩……なんかむちゃくちゃ居心地《いごこち》悪い。
でもしばらくしてその居心地悪い空間が消えた。空出さんの考えがまとまったらしい。
空山さんは笑顔で先輩に言った。
「ではお願《ねが》いする事にするよ」
「ああ、大船《おおぶね》に乗ったつもりでいてくれたまえ」
「そうさせてもらう事にするよ」
「はっはっはっはっ」
「はははは」
笑い合う二人。
ぼくが思うに先輩の大船は、船は船でも潜水艦《せんすいかん》なんだ。甲板《かんぱん》に人を乗せたまま自分だけ沈んで、みんなが海に落ちてバシャバシャしてるところを潜望鏡《せんぼうきょう》で思う存分眺めたあと、悠々《ゆうゆう》浮かんでくるんだ。
何度も言うように先輩は変人で意地悪なんだ。時折見せる優《やさ》しさがなかったら人間失格……なんかぼく、ものすごいこと考えてるなぁ。
まあ、そんな先輩だから…………生徒会長さん、溺《おぼ》れないといいけど。
二人会議と私
私の城、OMRの部室で私と美香《みか》は向かい合って座っている。いつもにぎやかなこの部屋だが、今は二人以外に誰《だれ》もいない。
「ふむ、寂《さび》しいものだな二人というのは」
「そうですねぇ」
「まあ、皆|忙《いそが》しいのだからしょうがない。さて、美香の強い意向により、昔の女学生服をベースとする事に決まった訳《わけ》だが」
「はい、女学生服は素晴《すば》らしいのですわ!」
私の言葉に激《はげ》しく反応する美香。
「うむ、それについては異論がない。それに、セーラー服に対抗できるのはこれくらいしかないだろう。女学生服と決まったのだから、決め台詞《ぜりふ》は大正風味でいきたいな。何か良い案はあるかね?」
私は美香に聞いた。
「あれがいいですわ! ゴンドラの唄《うた》!」
なるほど、命短し〜か。
「ふむ、いいな。ゴンドラの唄《うた》の詩を口ずさみながら登場か。……それにしてもやる気満々だな美香《みか》」
「大和撫子《やまとなでしこ》としては当然ですわ! もう女学生姿の皆様を想像するだけでわたくしはもう」
紅《あか》く染《そ》めた頬《ほお》に手を当て身をよじる美香。
「それはけっこう。では、コスチュームは任せたよ」
「任せてくださいまし! ああ、腕が鳴りますわぁ」
「では、細かい設定を詰めていく事にしよう。やはり、名前はオトメを強調《きょうちょう》したいな」
「うふふふふふふふここまで心|躍《おど》るのは初めてですわ」
「はっはっはっそうかねそうかね」
そんなこんなで会議《かいぎ》は進む。
……はじめ君はこの会議に呼ばれない事を感謝《かんしゃ》すべきだろうな。もしいたら、突っ込みすぎですごい事になるだろう。それはそれで面白《おもしろ》いか?
OMRの出し物とぼく
文化祭までもう一週間を切り、うちのクラスも忙《いそが》しくなってきた。
ただうちのクラスには、委員長オブ委員長がいるので、結構順調に準備が進んでいる。去年も一緒《いっしょ》のクラスだったからよく知ってるけど、うちの委員長はすごい。ぼくのクラス、2年5組は濃《こ》い。学年の問題児とか目立つ人とか変な人達が集まったんだからあたりまえ。OMRに所属する2年生全員、ぼく、オーラ、真太郎《しんたろう》、のりちゃん、おまけにタッキーまでがそろってることからもそれはわかると思う。いや、先輩《せんぱい》と入れ替わってることを除けばぼくはふつうの人だから、変な人の仲間に入れてほしくないんだけどね。
他《ほか》には戦闘員《せんとういん》の中の人とかぼく非公認のファンクラブのメンバーも……あらためて考えて見ると変わった人の比率多いなぁ。というより、変人しかいないぞ。
そんな、棒を投げたら変人に当たるようなうちのクラスだけど、信じられないことに結構まとまってる。
校内最強である春海《はるみ》先生が担任ってこともあるけど(そういえば春海先生も持ちあがりでうちのクラスの担任になった)、委員長がうちのクラスをまとめてるってこともあると思う。
強気に出たり弱気に出たり、なだめすかし、時には強引に、時には一歩引いて、さらには女の武器や暴力まで利用して……と小学校の頃《ころ》から培《つちか》われた仕切りのスキルを存分に発揮《はっき》して、この妙なクラスを見事にまとめてる。委員長検定とかあったら簡単《かんたん》に1級取れそうだ。
ぼくはそんな事を考えながら委員長に話しかける。
「委員長〜。それじゃあ、ぼく部活の方に行くから」
「わかったわ。お疲れさま、はじめちゃん。またあした〜って、こらそこ! あんた帰宅部でしょうが! どさくさ紛《まぎ》れに帰ろうとしてんじゃないわよ!」
シュバッ
委員長がもってたロープが教室から脱出しようとしてたラーメン大好き中野《なかの》君の首に巻きつく。
「グエッ」
「おーっほっほ、委員長歴10年の私をおなめじゃなくってよ!」
いや、委員長は関係《かんけい》ないんじゃないかと。にしても生き生きしてるなー委員長。いつもとキャラ違うよ。
みんなでなにかをするってことが好きなんだろうなとぼくは思う。去年もすごかったし。
ロープをズルズル引っ張って、クラスに中野君を引きずり込む。
「ぐええ、絞まってる! 首が絞まってる!」
そして委員長は、とても良い笑顔《えがお》で扉《とびら》を閉める。
「それじゃーまったね〜」
でもその足下《あしもと》では中野君の顔が青紫色《あおむらさきいろ》になってたんだけど。
……仕切り技術を除いたとしても、委員長は変なので、うちのクラスだったんだろうなー。
「遅れましたー」
そう言いながらぼくは、OMRの扉を開けた。
「やあ、おつかれさま。君のクラスもなかなかに大変そうだね」
「はい、でも楽しいですよ」
「うむ、文化祭というのは準備も醍醐味《だいごみ》だね」
にこにことぼくに応《こた》えながら、持ち込んだノートパソコンにぺこぺこなにかを打ち込んでいる先輩《せんぱい》。
信じられないことに、OMRの出し物はまともだった。様々《さまざま》な超常現象をパネルで紹介していくんだそうだ。まあ、実体験《じったいけん》を交えつつってところが変といえば変なんだけど、十分許容|範囲内《はんいない》。
でも、今までが今までだから、簡単《かんたん》には信じられなかった。だから初めにこの話を聞いた時、
『まじですか? ほんとですか? 本当にそれだけなんですか?』
『ああ、そうだが』
『ウソじゃないですよね?』
『嘘《うそ》を言ってどうする。まあ、私も君もクラスの出し物が忙《いそが》しいだろうし、美少女戦隊として風紀を守らなければならない。あまり、大層な事はできないからな。……それとも嘘にしてほしいのかね?』
『いいえ! なんの不満もありません! 問題なしです! サイコーです! 先輩《せんぱい》の脳からこんなふつうの企画が出てくるなんて感動です!!』
『……いろいろ引っ掛かるので、もう少しはっちゃけた企画にしようか』
『あああ、すいません前言|撤回《てっかい》します! いやぁ、ぼく達の活動を知ってもらうのにもってこいの企画ですね! そうそう、先輩のクラスはなにやるんですか?』
『露骨《ろこつ》に話をそらしたね。まあいい、うちのクラスの出し物だったね』
『内緒《ないしょ》だ。時期がきたら教えてあげよう』
なんて会話が交《か》わされたほどだ。
よし、作業を始めよう。パネルの中身は先輩が作るので、ぼく達先輩以外がやることは、パネルとパネルを立てる台の製作。あとは……整理整頓《せいりせいとん》。この部屋が展示スペースだから、きれいにしないことにはどうにもならない。
ぼくは部屋を見回す。左側の、ぼくのテリトリーはそれなりに整頓されてるからどうにかなると思うけど……右側の先輩のテリトリーといったらもうすごいことになってる。乱雑に積《つ》みあげられたがらくたの数々が、ぼくをあざ笑うかのように見下ろしている。その後ろでは、先輩が高笑いを上げながら、ラスボスのごとく半透明で浮かんでいる。漫画《まんが》とかでよくある構図。まあ、最後の半透明のラスボス先輩はぼくの脳が作りだしたイメージ映像だけど。
まあ、それはともかく……高い山にこれから登ろうという時の登山者の気持ちは、こんな感じなんじゃないだろうか。
ぼくは、エプロンをつけて、三角巾《さんかくきん》を被《かぶ》って気合を入れる!
「よしっ!!」
でも、ぼくのその気合はがらくたを見た瞬間《しゅんかん》すぐに萎《な》え、途方《とほう》に暮れる。
…………ほんとどこから手をつけよ。
「ふう、先輩お茶入りましたよー、休憩《きゅうけい》しましょう」
「いいね、こっちもちょうどきりが良いところだ」
先輩がノートパソコンから顔を上げる。
「そっちの二人もー」
パネル作っている、のりちゃんと真太郎《しんたろう》にも声をかける。
「ああ」
「わかった」
二人は作業を中止して、ソファに腰をかける。
今日《きょう》のお茶菓子はおせんべい。おばあちゃんから送られてきたお菓子を持ってきた。このチョイスはやっぱりおばあちゃんだなぁとか思う。嫌《きら》いじゃないから別にかまわないけど。
今この部屋にいるのはこの四人。なんか珍《めずら》しい組み合わせだなぁ。いつもうっとうしいほどここにいるタッキーは、先輩《せんぱい》からなんか他《ほか》の作業が割り振られているらしいし、オーラは美少女戦隊|関連《かんれん》で生徒会長のところに派遣《はけん》されてる。道本《みちもと》さんは、演劇部《えんげきぶ》の方が忙《いそが》しいんだそうだ。
美香《みか》さんは、衣装《いしょう》を作ってて……なんの衣装かは聞かないように。桜《さくら》さんと嵐《らん》ちゃんズはそれを手伝いに行ってる。嵐ちゃんは前の記憶《きおく》があるからお裁縫《さいほう》とか得意だ。美菜《みな》ちゃん美穂《みほ》ちゃんはどうだか知らないけど。桜さんはともかく、あの三人がそろってまじめに作業している様子《ようす》が思い浮かばないんだけどなぁ。まあ、美香さんがどうにかうまく操《あやつ》ってるんだろうけど。
「そういえば、そろそろ先輩のクラスがなにやってるか教えてくれません? かなり気になります」
ぱりぱりと小気味いい音を出しながらおせんべいをかみ砕《くだ》いている先輩にぼくは聞いた。
「そうだね、そろそろ良いだろう。大々的に宣伝が始まる事だし、生徒会のOKも出た」
宣伝……なにやるんだろ。
「我が三年七組はだね、ミスコンを開催するのだよ」
「…………え? ミスコンってあのミスコンですか?」
「他にミスコンがあるのかは知らないが多分《たぶん》そのミスコンだ」
ぼくの考えが正しいなら、ミス○○コンテストとかそんなのをやるの?
ずぞぞぞーとお茶をすすりながら先輩は続ける。
「どうにか体育館を押さえる事ができてね。午前中から昼頃《ひるごろ》までは演劇部など、文化系が使うが、そのあと昼から夕方までを使える事になった。方式としては、学校中から自薦《じせん》他薦を問わず出場者を募《つの》る。今度、各クラスにアンケート用紙が配られるはずだ。それに出てほしい人の名前を書いてもらい、集計ののち、票の多かった者に出場交渉をする。一応、自薦より他薦を優先《ゆうせん》する事にしている」
と、いうことは…………まさか!
ああああ、読める。先輩の考えが読めてしまう! 名探偵のように推理のさえ渡る自分がいやだ。
「先輩の魂胆《こんたん》が読めましたよ! ぼくを参加させるつもりでしょう! ぼくは絶対いやですよ! なにがあろうと出ませんよ!!」
そうだ、先輩はこんな事を考えているに違いないんだっ!
でも先輩から返ってきたのは、超意外な答えだった。
「いや、そのつもりはないぞ」
……………………あれ?
「出たいのなら、君のために出場者粋を一つ空けるが。票も集まるだろうし」
「心の底から遠慮《えんりょ》します!」
ぼくは思いきり拒否しながらも、まだ信じられない。
「だろう? 出場者にはそれぞれの意志で出場してもらいたいからな」
「…………でも、ほんとですか? なんか企《たくら》んでません?」
「うーむ、君も疑《うたぐ》り深くなったね。純粋だった君が懐《なつ》かしいよ」
人の純粋さを吸い取ってったのは先輩《せんぱい》じゃないですか! ……とは思うけど、ここは逆らわない方が良さそうな感じ。当《あ》たり障《さわ》りのない感じでいこう。突っ込まなかったらそこで話は止まるしね。
「そうですね、その通りです。人を信じられなくなったらおしまいですね。じゃあ、そろそろ作業を再開しましょう!」
ぼくは、そう言って立ちあがる。
そんなぼくをなぜか寂《さび》しそうな顔で見る先輩。
「…………どうしよう、真太郎《しんたろう》君、典弘《のりひろ》君。はじめ君が大人《おとな》な反応をするようになってしまった。とても寂しいよ」
「それこそ誰《だれ》のせいですかっ!!」
……あっ、突っ込んじゃった。
せまる文化祭とぼく
タタタタタタタタタタ
軽快なミシンの音が被服室に響《ひび》いている。
「キャーかわいいじゃない!」
「これどうなってるの〜?」
「ねー誰かここ教えてー」
なんて、女の子の黄色《きいろ》い声も響いている。
女だらけの華《はな》やかな雰囲気に居心地《いごこち》の悪さを感じながらもぼくはミシンを走らせる。
今ここでなにが行われているかというと、うちのクラスの女子達が集まってコスプレ喫茶《きっさ》のコスチュームを作ってるんだ。
とりあえずうちのクラスの出し物はどっかの馬鹿《ばか》のせいでコスプレ喫茶に決定してしまった訳《わけ》だけど、コスプレ喫茶にはコスチュームが必要なわけで、その衣装《いしょう》の調達《ちょうたつ》が重要な課題《かだい》になった。タッキーが交渉してというか根回ししてて、美香《みか》さんから色々と衣装を借りられる事になったんだけど(なんでこんなの持ってるの? とかは聞かなかった)、それでもまだ女子全員分には足らない。でもこういうのって買うと高いらしいから手作りという事になった。なんのコスチュームを用意するかはクラス内でアンケートを採ったんだけど、その結果は泣けるほど夢と希望に満《み》ち溢《あふ》れていた。まったくうちのクラスは馬鹿《ばか》ばっかだ。
そんな訳《わけ》でぼくとその他《ほか》何人かの女子が、女子全員分の衣装《いしょう》を作ってるわけ。今ぼくは女子全員分といったけど別に言い間違いとかじゃない。男子は勝手になんか用意しろってことに決まり、それで浮いたお金を女子の衣装にかけることになったんだ。男子からも女子からもまったく異論が出ないところがなんとも……というわけで、服の材料を大量に買い込んで被服室で制作することになったということです。
ぼくは、一応コスチューム班のリーダーみたいなことをやってる。いやまあ、ぼくこういう細かな作業得意だしね。でも一番の理由は美香《みか》さんと仲が良いってこと。ここ被服室では手芸部の皆さんも文化祭の準備をしてて、ぼくらと入り交じって作業している。だから、手芸部部長である美香さんとちゃんと連絡を取り合ってないと、なにかトラブルが起きた時困る。他にも美香さんには手伝ってもらったり、教えてもらったりとかなりお世話になったりしてるし。美香さんは思いきり、心から楽しんで協力してくれてるみたいなんだけどね。手芸部の皆さんもはりきって手伝ってくれてるし。人の普意がなんでこんなに悲しいんだろう。
そんな美香さんと手芸部の皆さんの協力のもと順調《じゅんちょう》に進んでいるコスチューム制作だけど…………なんかもういやになってきた。
自分が着る恥《は》ずかしい衣装を作らされるっていうのは悲しすぎる。自分の墓の穴を掘る気分ってこんな感じかな?
ぼくは手元にある、デザイン画に目を通す。夢と希望に溢れたアンケートを、絵心のある人達が何人かで絵に起こしたんだけど……ふざけるなと言いたい! なんなんだこの露出度《ろしゅつど》は、なんなんだこの布の薄《うす》さは、なんなんだこのスカートの短さはっ!!
この服で接客なんてどう考えても喫茶店《きっさてん》じゃなくて夜のお店って感じだよ。18歳未満立ち入り禁止だよ! 高校の文化祭でこんな事やったら誰《だれ》も入れないよ!
とまあ、すごいことになってたけど、どうにか作業は進んでる。
「ん〜、疲れた」
ぼくは伸びをして首をこきこき鳴らす。
みんなはどんな感じだろう?
デザイン画を無視してスカートを長くしたメイド服(だいたいスカートの短いメイド服ってなんだよ!)を完成させて一段落したぼくは、みんなの出来具合を見て回ろうと立ちあがる。
「それでどんな感じ?」
近くにいた中島《なかじま》さんと米山《よねやま》さんに話しかける。
「あっはじめちゃん、まかせてよ! はじめちゃんを綺麗《きれい》に着飾ってあげるから」
「そうそう!」
「そのためには、指が穴だらけになろうとかまわないわ!」
ばんそうこうだらけの手でガッツポーズする二人。
「……………………がんばって」
ごほん、気を取り直して他《ほか》の人達にも……
「うふふふ、どう? これ、はじめちゃんに似合いそうでしょ?」
「いいわねぇ、でもこれも良さそうでしょ?」
「ああ、もう目移りしちゃうわ」
「ほんとほんと」
「あ、はじめちゃんちょうどいいところに! はじめちゃんはどっちがいい?」
「……………………布の多い方」
他の……
「はぁはぁはぁはぁ〜ん」
「ちよっとあんた、息が荒すぎ。いったいなに考えてるの?」
「妄想《もうそう》を少々……ってあんたこそ、鼻血出てるわよ。服につけないでよね、とれないんだから」
「だって、想像の中のはじめちゃんかわいくって……」
「それはそうだけど」
「ほんと、いじりがいがあるんだから……あっはじめちゃん何かしら?」
何事もなかったように汚《けが》れない清純な笑《え》みを浮かべる、今の今まではぁはぁ言ってた川辺《かわべ》さん。
「……………………ナンデモナイデス」
…………引っかかるところがあるにはあるけど、どうにか問題なく進んでいるみたいだ。
ぼくは微妙に引きつった笑顔《えがお》でみんなに言う。
「じゃあ、委員長に進み具合を伝えてくるよ。どうにかなりそうですって」
「「はいは〜い」」
みんな……みんなノリが良いだけで悪い人達じゃないんだ。いきなり女になったぼくに対しても分け隔てなく接してくれるし、仲良くしてくれるし。けど……けど、やっぱり変なんだよ! ふつうの人の道っていうのがあったとしたら、みんながみんなその道の端《はし》っこを行進してるんだよ。どうにかぎりぎりかろうじてふつうの人って感じなんだよ。それでも先輩《せんぱい》とかに比べたら全然ふつうなんだけど……先輩は変人ロードを爆進《ばくしん》してる訳《わけ》だし。でも日本の高校生の標準と比べたら、絶対少しずれてるんだよみんな。
そう言えばこの間ぼくの周りにいるふつうの人を数えようとしたら、片手で足りてしまったんだけど……クラスメイトに限って言えば先輩は関係《かんけい》ないわけで……やっぱぼくが変な人を引き寄せてるのかなぁ。なんか変なフェロモンとか出てたりするんじゃないかな、この身体《からだ》もともと先輩の身体だし。
………………………………先輩《せんぱい》の身体《からだ》ならありうるとか一瞬《いっしゅん》思ってしまった。
「男ども、ちゃきちゃき運びなさいよ! なに? もしかして私に喧嘩《けんか》売ってるの? ねえ? ねえ!?」
「無茶《むちゃ》ゆーなっ! 無理なもんは無理なんだよっ!!」
「……ねえ。私、君の事を信じてる。君ならできるって信じてる。だからがんばってほしいの。お願《ねが》い、うるうる」
「ぐっ……しよっしょうがねえなぁ、わかったよ」
「ならさっさと、働けこの穀潰《ごくつぶ》しがっ!!」
「いてっ、蹴《け》るな蹴るな」
教室に顔を出したぼくが目にしたのはそんな修羅場《しゅらば》の風景。その修羅場に鬼が一人……ってこれは失札すぎるね。鬼のように鬼気《きき》迫っている委員長が一人。
それにしても最初の逆ギレから女の涙、そして最後の蹴りというコンボ、あり得ない組み合わせが流れるように繋《つな》がるのはやっぱ委員長スキルがものをいっているのかなぁ。すごいなぁ。
それで、なんで目の前にこんな修羅場の光景が繰《く》り広げられているのかというと、文化祭が明後日《あさって》にせまっているから。とうとう学校の授業がなくなったしね。でも、どう考えても今は授業があった頃《ころ》以上に忙《いそが》しい気がするけど。
今教室はコスプレ喫茶《きっさ》へと全面改装中だ。当日は部屋を壁《かべ》で仕切って、片方が調理場《ちょうりば》、もう片方が接客スペースってことになる。
「こらそこ―――さぼってんじゃないわよ! ああ、そこ違うでしょもう!」
委員長が目を血走らせながら指示を飛ばしている。さすが委員長、頼もしい。
「ああ! はじめちゃん!! そっちはどう?」
委員長が教室の入り口に立ちつくすぼくに気づいた。
「うん、どうにかなりそうだよ、全員分。少し余裕ができるかも……」
ぼくは、買いだしじゃーとか叫びながら飛びだしていく野郎どもをかわしつつ答えた。
「ほんと! よかった〜」
ほっと安心する委員長。
「それじゃあ、余分も作れるわね? ね? ね?」
「えっと、たっ多分《たぶん》大丈夫」
余裕があるかもと聞いたとたん、相変わらずの血走った目でぼくににじり寄ってくる委員長。
ううっ怖い。
「でっでもなんで……」
「やっぱり衣装《いしょう》チェンジとかしたいじゃない? 何時に衣装チェンジするかとか張りだしてたらリピーターのお客さんが増えそうだしね。うふっうふふふ儲《もう》けるわよ〜商売人の血が騒《さわ》ぐってもんよ!」
いつから委員長は商売人になったんだろうか。
委員長は派手《はで》なアクションで教室を見回すと言った。
「野郎どもっ! 衣装チェンジが可能になりそうよ!!」
「「おおっ!!」」
「あんたらががんばればがんばるほど、衣装チェンジの回数も増えるわよ。いろんな格好《かっこう》のはじめちゃん見たいでしょ!? あんたらもっ!!」
……も?
「「おおおっ!!」」
「じゃ、もう一息よ、がんばりましょう!!」
「うおおおおおおおおおおう!!」」
盛りあがるみんな。相変わらず、人を乗せるのがうまい委員長。…………はぁ、人をだしにしてアジテートしないでほしい。でもこれで作業がはかどるんならしょうがない……のか? これでやる気になる彼らの存在自体は激《はげ》しく疑問だけどね。
「えっとまあ、現状はそんな感じ。委員長達もがんばって」
「はじめちゃん達もね……おらー、刃物は床《ゆか》に置いたままにするなって何度も言ってんでしょ! 怪我《けが》したらどうすんの!!」
ぼくは、異常に高濃度《こうのうど》のやる気エネルギーに満ちた教室をあとにした。
廊下を歩いているとよくわかるけど、学校はもう文化祭モード一色。廊下から中庭まで、様々《さまざま》な場所で作業が行われている。みんな忙《いそが》しそうで疲れてるみたいだけど、それでもどこか楽しそう。文化祭はお祭りだからね。祭りは始まるまでが一番楽しい、始まってしまえばあとは終わるだけだから……なんて言葉は良く聞くけど、誰《だれ》の言葉なんだろ。うまい事この状況を言い表してる言葉だなぁと感心する。でもぼくはその言葉を少しだけ修正したい。祭りの準備も楽しいけど祭りの最中も同じくらい楽しいよね。
よっ
ぼくは廊下にはみだしていた、血の垂《た》れたような書体で文字の書かれた看板をジャンプで飛び越える。
へー、このクラスはお化《ば》け屋敷《やしき》か、これも文化祭の定番《ていばん》だよねー。時間があったら来てみようかなぁ。
ぼくは、少し遠回りして被服室に戻ることにした。中庭に出ると、美術部の人達が巨大な看板を造っていた。当日に校門に飾られるんだろうけど、なかなかに力作だ。その看板に群がっている人の中に見知った顔があったのでがんばってーと声をかけて、その横を通り過ぎる。
それにしても良い天気だなぁ、天気予報だと今週いっぱいは晴れるとか言ってたから文化祭に雨が降る心配はなさそうだ。
ん〜〜〜
ぼくは歩きながら思いきり伸びをする。
かなり肩が凝《こ》ってるな〜。最近、忙《いそが》しいからなぁ。
部室きれいにして、コスプレ喫茶《きっさ》のコスチューム作って、美少女戦隊の振りを練習して…………なんか一つ激《はげ》しくいらない物が混じってる気がするけど気にしない。
だいたい美少女戦隊に、コスプレ喫茶にって、やること自体が非常にアレすぎる。でも……だけど、みんなでがんばるのは楽しいね。それがなんだろうと。まあ、コスプレ喫茶は、服が恥《は》ずかしいことを除けば楽しそうだしね。ま、その恥ずかしい服もどうにかマシな感じに修正できたし。
んん〜〜〜〜
ぼくは、青空に向けても一つ伸びをする。
さあ、凰林祭《おうりんさい》まであと少しだ! がんばろう!!
オーラの質問と僕
「ソウイチロ、恋ッテなんデショウ」
文化祭まであと三日。文化祭の準備も大詰めとなり、学校中が期待で浮き足立っている。
そんな文化祭準備であわただしい放課後《ほうかご》、他《ほか》の役員達が席を外し久しぶりに二人きりになったその時、オーラが唐突《とうとつ》に聞いてきた。
「恋かね、それはまた難《むずか》しい事を聞くね」
僕は仕事の手を休めオーラを見た。
このダイレクトな質問、つばさにそう言うように言われたのかそれとも本心から聞いているのか……
オーラが僕の下に派遣《はけん》されてしばらく経《た》ったが、こんな質問は初めてだ。
オーラは、「我々との連絡役にオーラ君を置いていくよ、なかなかに使える娘《こ》だから仕事を手伝ってもらうと良い。今君達は猫の手を借りたいほどに忙しいだろう? なあに、遠慮《えんりょ》しなくて良い、期間は文化祭までの間だし、この事はオーラ君の了承も得ている。それに君と私の仲ではないか」というつばさの一声で、生徒会預かりとなった。
だが連絡役というのは名ばかりで、実質スパイだ。それ以外にあり得ないだろう。要するに我が生徒会室の情報はつばさに筒抜けだという事だ。だが、今の時期は通常の業務に加え、文化祭の準備まで加わりかなり忙しい。猫の手だろうがスパイの手だろうが借りたい状況で、実際にオーラはとても役に立ってくれているのでありがたい。使えるとつばさが太鼓判を押すだけの事はある。まあ、それはあたりまえなのかもしれないが。
しかし、オーラを受け入れた理由はそれだけでもない。一番の理由は、オーラと一緒《いっしょ》にいられるという事だ。つばさがオーラをこちらによこした理由がスパイ以外にあるとすれば、僕の気持ちをどこかから嗅《か》ぎつけてという事しか考えられないが……それなら敵に塩を送る奴《やつ》の考えがわからない。
まあ、これは考えすぎだろう。絶対知られている訳《わけ》がないのだから。誰《だれ》にも言っていないし態度《たいど》にも出していないので漏《も》れるはずがない。
それはともかく、オーラが生徒会室に顔を出すようになり数週間めにして出てきたこの質問。仲が深まったからこんな質問が出たのか、それとも今のような事を僕が考えるのを見越して奴がオーラに言わせたのか……。
だとしたらどう返そうか、オーラ本心からの質問だとしたら、真面目《まじめ》に答えた方が良い。しかし、奴の差し金だとしたら真面目に考え言葉を返すのはしゃくだ。いやここで、あえて本気の言葉を返すのもありかな?
……まったく。
僕は心の中でため息をついた。奴《やつ》が絡《から》むだけで物事が複雑《ふくざつ》になりすぎる。素直なオーラをつばさがいいように利用しているという今の状況は、早めにどうにかしたいものだ。オーラのためにも僕のためにも。
とりあえず、まずは探りを入れてみようか。
「それにしても、いきなりどうしたんだい?」
「ンーなントなくデス」
少し困った顔で虚空《こくう》を見つめているオーラ。
本当にふとした拍子に漏《も》れた質問のようだ。つばさが絡んでいるというのは考えすぎだったか……僕がそんな風《ふう》にオーラを観察《かんさつ》していると、オーラがこっちを向いた。
「ソウイチロは恋のケイケンありマスカ?」
……これはまた、直球な質問だ。あるといえばある。今の自分の状況はまさにそれだ。しかし、この3週間でかなり仲が深まったとは思うが、正直に言うには時期尚早だろう。できればもう少し仲を深めたいところだ。
さて、どう答えるべきだろうか。これは奴がかんでいるという事はない気がする。あまりにも無邪気で真《ま》っ直《す》ぐ。奴らしくない。
僕はそう考えつつ、いつのまにか過去の恋に思いを馳《は》せていた。
思い出の光景、色あせない……忘れられない記憶《きおく》。
その思い出の中には、小さな僕と、小さなつばさがいた。
小さな僕が小さなつばさに向けて言う。
『ぼくはつばさちゃんのことすきだよ』
小さなつばさが小さな僕に問い返す。
『それはこいとゆうやつなのかな?』
『うん! ぼくはつばさちゃんのことがいちばんすき!!』
『わたしもきみがきらいじゃないよ』
『ほんと!』
喜ぶ小さな僕。
『でも、いちばんじゃないんだよ』
『……じゃあ、だれがいちばんなの?』
『うん、かれだ』
小さなつばさはひもつきのがま口を、胸元から引っ張りだした。ピンク色でキャラクターが印刷されているかわいらしい財布。
その財布の中から出てきたのは一枚の写真。
『みせてくれる?』
『うん、わたしはかれにくびったけなんだ』
小さな僕は、手渡された写真をのぞき込む。自分より小さなつばさに好《す》かれているにっくき相手の顔を拝もうと……
『こっこれ……!!』
ワナワナと全身を震《ふる》わせる小さな僕。
『どうだかっこいいだろう!』
得意満面の小さなつばさ。
震える小さな僕の手の中にある写真、その写真に写っていたのは……
―――――両手がはさみの蝉みたいな顔した怪獣[#「両手がはさみの蝉みたいな顔した怪獣」に傍点]
「せめて人類にしろっ!!![#「!!!」は縦中横]」
ドンッ
あまりの展開に気がつけば僕は机に拳《こぶし》を打ちつけ叫んでいた。しかも事実、救いがなさすぎる。僕のかわいらしい初恋はこんな馬鹿《ばか》な理由《りゆう》で終わりを告《つ》げた。
「ソウイチロ、ドウシマシタ?」
怒りにゆがんでいるだろう僕の顔を、オーラが心配そうにのぞき込んでいる。
「いっいや、なんでもないよ。あはは」
取《と》り繕《つくろ》うように笑顔《えがお》に戻し笑う僕。
初めての恋敵《こいがたき》が怪獣《かいじゅう》、しかも怪獣に負けてしまったという初恋の思い出。その他《ほか》にも色々[#「色々」に傍点]あり……僕の女性不信は決定的になってしまった。女性と親密になっていくと、どうしてもアレを思いだしてしまう。なので、僕は女性との距離《きょり》を一定に保つようになった。しかし、その事が皆に平等だとかストイックだとかいう評価になったのは、怪我《けが》の功名《こうみょう》といっていいのだろうか。
それにしても、しばらく思いだす事はなかったというのに。
再び思考の海に沈み込みそうになった僕にオーラは再び言った。
「ソウイチロ? エッと、気分ワルいデスカ?」
「ごめんね、大丈夫だよ。ええと、そうだ恋だったね。僕の話は小さな頃《ころ》の話だから参考にならないと思うよ」
僕は、様々《さまざま》な感情が入《い》り交《ま》じっている心の内を、笑顔で覆《おお》い隠《かく》した。
「ソウデスカ……」
それでもどこか心配そうなオーラ。とても良い娘《こ》だ。これならオーラの事を知らなくても……
「ソウいえばデス。例ノ件ハ……」
「ああ、その件なら大丈夫。オーラ君にはかなり助けてもらったからね、僕にできる事なら何でもやるよ」
……この件に関《かん》しては、確実《かくじつ》に奴《やつ》の差し金だろうな。この話に乗らないのが一番なのだろうが、断るには魅力的《みりょくてき》すぎる。それに……
「オー、アリガトデス」と、僕の言葉に笑顔《えがお》を浮かべるオーラ。
この笑顔は捨てがたい。
「じゃあ、文化祭まであと少しだ、がんばろう」
「ハイ〜ガンバリマスデスヨ!」
まあ、色々考えていてもしょうがない。奴が何を企《たくら》んでいようが、当日になればわかる事だ。だいたい、この凰林祭《おうりんさい》という舞台《ぶたい》を作り上げたのは僕だ。つばさはその上で踊る役者の一人にすぎない。奴が何かをしようとするなら、それを思い知らせてやる。
くくくく、文化祭がとても楽しみだよ。
文化祭前夜と私
「夜分遅くすまないね」
私は集まってくれた二人に言った。集まってくれたのはオーラ君と川村《かわむら》君の二人。
「いいえ、つばさ先輩《せんぱい》のためならなんのその! いつでもどこでもお呼びください」
「ハイ〜気にシナイデクダサイ」
時計を見ると、今は夜十一時、この時間に集める事のできる人物は限られる。
「では、急いで改装する事にしよう」
「はっ」
「ハイ〜」
実はもう、我が部の出し物は完成している。生徒会の審査《しんさ》も終えている。だが……これからが本番! 許可さえ出ればこちらのものだ。今まで作っていたのはダミー、本当の出し物は裏で進行させてきた。
作ったパネルの台。それをひっくり返し、そこに真の展示物を貼《は》っていく。二人もそれに習って貼っていくが、さすがはオーラ君。ものすごいスピードだ。川村君も、手際《てぎわ》よく貼っていく。やはり、この二人はとても使える。できればこの二人がくっつくのが一番良いのか? ……いやいやいかん。これについては私は手を出さないと決めたのだ。決めるのはオーラ君。
「いやいや、実に楽しみだ」
思わず漏《も》れた声。それに反応したのは川村《かわむら》君。
「はい、楽しみです。もちろんはじめはこの事を知らないのですよね?」
「あたりまえだろう」
川村君の言う楽しみと私の楽しみは違うのだが……川村君の言う楽しみもとても楽しみだ。ややこしいが、要するに明日《あした》という日がとても楽しみだという事だ。
「そう、楽しみだ」
「楽しみです」
「タノシミデス〜」
夜中に教室で作業しながら楽しみ楽しみ言っている三人。これ以上ないほど怪《あや》しいが、まあ楽しいのだからしょうがない。
はははは、実に心|躍《おど》るね、クリスマスイブの子供のようだ。楽しみで寝れないかもしれない。
それはともかく明日……いや、0時を回ったからもう今日《きょう》か……の文化祭は楽しみだ。
高校生活の最後を飾るにふさわしいとても素晴《すば》らしい物になるだろう。
いやいや楽しみだ……実に楽しみだ。
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凰林祭当日編
生徒会長の演説とぼく
文化祭当日がやってきた。
凰林《おうりん》高校のいたるところから、これから始まる文化祭への期待感とか熱気《ねっき》とかが伝わってくる。学校中が浮き足だって落ち着かない感じ。でも心地《ここち》良い。この雰囲気は好きだなぁ。基本的にお祭り好きな人だしね、ぼくは。
そんな心地よい学校の雰囲気に身を任せていたぼくを、落ち着いていながらもよく通る声が引き戻す。
「とうとう、皆さんが待ちに待っていた文化祭の当日がやってきました」
柔らかな敬語に落ち着いた声、生徒会長だ。お腹《なか》になにかを隠《かく》してるとは思えない好青年だなぁ。そういえば今ぼくは生徒会長室にいたんだっけ。ぼくは自分でも気づかないくらいそわそわしていたらしい。うーん、これはだめだ。ちゃんと話を聞かないと。
整列《せいれつ》した風紀委員の皆さんプラス美少女戦隊に向けて生徒会長が演説《えんぜつ》を……だめだ、美少女戦隊しなければならないと思っただけでやる気90%減。
風紀委員の皆さんもぼくらが気になるようで、ちらちらちらちらとこちらを窺《うかが》う気配《けはい》がする。それは好奇心……だけじゃないなぁ。これはもしかすると対抗|意識《いしき》を燃《も》やされてたりするのかもしれない。だとしたら風紀委員としてかな、それとも女としての対抗意識かな? こっちはそんな対抗意識燃やされるような集団じゃないのに。そりゃ先輩《せんぱい》以外は美人(←超重要、というより美人であってたまるか〜)だけど、着てるのがコレだしねぇ。ぼくは自分のかっこを見下ろす。
……あ、ちなみに風紀委員の皆さんは女生徒が多い。なぜかというと、現風紀委員長の星野《ほしの》さんを慕《した》って下級生の女の子達が風紀委員になだれ込んだから。風紀委員長さんは剣道部で、髪型ベリーショートで背が高くてかっこいい人だから女性のファンが多いんだ。さらには生徒会長のファンまで加わってるから、女の子ばっかりになったんだそうだ。
なんでぼくがこんなに詳しいのかというと、全部先輩から聞いた。相変わらず先輩はいろんな組織《そしき》の内情に詳しい。あと先輩はこんなことも言ってた。
「前に言ったように生徒会長は女|嫌《ぎら》いで、女性に対して距離《きょり》をとっている。だが、風紀委員の皆はそれを硬派だから、平等だからだとか思っている節《ふし》がある。風紀委員長の星野君などは特にそうだな、ゆえに尊敬し好《す》いているのだろう。この辺りをうまくつつけば、風紀委員は空中分解するだろうな。たとえば……」
この時は先輩が嬉々《きき》として話す、風紀委員|壊滅《かいめつ》大作戦を話半分で聞きながら、なんでぼくはこの人が好きなんだろうとか本気で考えてたんだけど、これは関係《かんけい》ないね。
「お祭りですので多少の羽目《はめ》を外すのも良いと思います。ですが外しすぎはいけません。何か起こった場合、せっかくの文化祭が台無しになってしまう」
ぼくは先輩が台無しにしてしまうんじゃないかと気が気ではありません。いや、台無しにはならないかもしれませんが、先輩の言うとても楽しいことにはなるんですよ。先輩の言う楽しいはふつうの人の楽しいと違うんですよ。
……と、心の中だけで言うへたれなぼくです。
「そうならないため……文化祭の秩序と皆さんの安全を守るために、今日《きょう》一日がんばっていきましょう!!」
そのためには獅子身中《しししんちゅう》の虫をどうにかしましょう。一番の敵は外にいるんじゃない、中にいるんですよ。その虫名は平賀《ひらが》つばさって言います。
「「はいっ!」」
風紀委員の皆さんが元気よく返事をする。満足そうにうなずく生徒会長。
「ではよろしくお願《ねが》いします」
「「はいっ」」
心底生徒会長に心酔《しんすい》している感じの風紀委員の皆さんは、その声と共に散っていく。去り際《ぎわ》にはぼく達を一睨《ひとにら》み。残ったのは生徒会長と美少女戦隊。
「………………はぁ」
生徒会長がぼくらを見て小さくため息をついた。
「平賀《ひらが》君、その衣装《いしょう》はどうにかならなかったのかな?」
「あら、私はかわいらしいと思うのですが?」
「ソウデスネ〜」
美香《みか》さんとオーラが自分の格好《かっこう》を見下ろす。細かな描写は省《はぶ》きますがなんと言いますか、あの、その……小さな女の子と、特殊な趣味《しゅみ》を持った男性が喜びそうなあれです。
制服が分子レベルまで分解されたあと、女の子の身体《からだ》を見えそうで見えない絶妙さで隠《かく》しながら再構成されたあとみたいなアレです。
「ああ、もちろんそれは否定するつもりはないよ。君達はとても可憐《かれん》だ」
「あらあらお上手《じょうず》ですこと」
生徒会長がみんなを見回す。…………ん? 微妙に視線《しせん》が熱《ねつ》っぽかった気がする。気のせいかな? それとも会長さんも特殊な趣味持ってるのかな? 女|嫌《ぎら》いだけどこのコスチュームに反応なんて、ツーストライクだよ。も一つストライクでアウトだよ。
でも、人をあんまり疑うのは良くないよね。……なんか最近会う人会う人変人だから、全《すべ》ての人になにか裏があると思ってしまうぼくがいるんだよ。
「ただ、風紀を守るという服装には、いささか不適当なんじゃないかな?」
おっしゃるとおりだとは、ぼくも思うんですが……
「ふっ、今回我々に求められているのは抑止力となる事だろう」
先輩《せんぱい》が……お願《ねが》いですから、ほんっとうにお願いですからと泣いて頼んで、どうにか露出《ろしゅつ》を控えめにした――半ズボンで足が出まくってるけど――先輩が、偉そうに言った。これでも見ているだけで胸をかきむしりたくなる。けど、それでも……それでもスカートをはいてないという事だけでぼくの心は救われる。
「……いや、僕的にはおとなしくしていてくれさえすれば、なんの問題もないんだけど」
パチパチパチ! 同感です! 激《はげ》しく同意です生徒会長!!
心の中で拍手|喝采《かっさい》のぼくと……
「ゆえに我々は目立たなくてはならない!」
聞く耳持たない先輩。
……やっぱ無視ですか。自分に都合《つごう》の悪いことは耳に入らなくなるという先輩イヤーはどうにかできないものでしょうか。
「我々五人が派手《はで》に風紀を取《と》り締《し》まり、陰《かげ》では風紀委員の皆が着実に風紀を乱す者を葬《ほうむ》り去っていく!」
いやいや、葬《ほうむ》り去っちゃいけないでしょ!
「悪さをすれば我々がやってきてお仕置きされる、それが知れ渡れば風紀を乱そうなどという輩《やから》がいなくなるに違いないのだ」
「ふうっ個人的には君達見たさに悪さする人間が続出しそうな気がするけどね」
さっきよりも大きなため息をつく生徒会長。……心中察します。
いやまあ確《たし》かに、美少女戦隊(しつこいようだけど一人除く)と名乗れるだけのクオリティーを誇っているとは思うから、そんなこともあるかもしれない。
「ふふっ、心にもない事を。もしそうなれば、君が風紀委員を使って風紀を取《と》り締《し》まるだろう? もしそうならなければ、私をうまく使ったと自分の器《うつわ》の大きさを見せる事ができる。
私のこれまでの言動からしてどちらが被害者かはわかりきった事だからな、何か起こっても君のせいだと思う者はいまい」
ふんぞり返ってそんなこと言う先輩《せんぱい》。胸張って言うことじゃないですね、まじで。
「どちらにしろ、凰林祭《おうりんさい》を大成功させた君の株は大いにあがるだろう」
にこやかに笑ったままなにも答えない生徒会長。
「君が様々《さまざま》な特典をつけた事で今年《ことし》の凰林祭は今までになく盛りあがっている。このままでいけば、凰林高校の歴史に君の名が残されるのは間違いあるまい。いやいや、君が稀代《きだい》の生徒会長と呼ばれる日も近いね」
そういえば今年から、一番好評だったところに商品が出るんだ。打ちあげ用にお食事券くれるんだっけ。確かにやる気出るよねぇ。やる気出すぎで、みんなの目の色変わってるのはどうかと思うけど。
「まあ、私としても面白《おもしろ》くなるのは喜ばしい事なので存分に協力させてもらうよ」
「それは頼もしいな」
微笑《ほほえ》み合う二人、その笑顔《えがお》には確実《かくじつ》になにかが含まれている。もうちょっとさわやかに笑いましょうよ二人とも。笑顔ってもっと素敵《すてき》なもののはずですよね? こんな微妙にぴりぴりした緊迫感《きんぱくかん》の溢《あふ》れる空気を生みだすようなものじゃないですよね?
「と、いう訳《わけ》で我々も行くとしよう。これでも多忙《たぼう》な身でね、風紀だけを守っていればいいという訳でもない。まあ、呼ばれればどこにでも馳《は》せ参ずるが」
「よろしく頼みます」
そんな感じでぼくらは生徒会長室をあとにした。うああ、なんか緊張した〜肩が凝《こ》ったよ。この二人の側《そば》にいたら確実に寿命|縮《ちぢ》まるよ。
ほんと、今日《きょう》一日が無事に済みますように!
文化祭と僕
「さて、ようやくきたか」
僕は誰《だれ》もいなくなった部屋で、胸の中の感慨《かんがい》を口に出した。
この文化祭が、僕にとっての最後の大仕事になる。つばさの言ったとおり、これを成功させれば僕の評価は絶対のものとなる。
比較的生徒の自主性が重んじられてきた我が校だが、今年《ことし》は今まで以上に生徒の意見が入っている。今年成功を収めれば、これは伝統として受《う》け継《つ》がれていくだろう。僕の名と共に。
僕はなぜこんなにも地位や名誉というものにこだわる事になったのだろうか。その時ふとこんな疑問が脳裏《のうり》をよぎった。なぜ今こんな事を思ったのだろうか。今までは何も疑問に思う事もなかったのだが……。力が欲しかった、これは間違いない。復讐《ふくしゅう》するための、奴《やつ》を見下ろすための力が僕はほしかった。
他《ほか》には、力を奴に認めさせる。そして僕という存在を奴に……
「ええい」
僕は浮かびかけた答えを振り払う。
僕が力を求めるのは奴に目にものを見せるため、それ以外の何物でもない。僕の目の前に転がる石ころを蹴飛《けと》ばそうとしているにすぎない。
そうして初めて僕は、あの屈辱の記憶《きおく》を克服する事ができるのだ。
この文化祭を成功させるために障害となりそうな人物は、平賀《ひらが》つばさ、奴だ。奴はこの文化祭で何かをしようとしている。
「……奴はどこでくる?」
気になっているのは、奴のクラスの出し物ミス凰林《おうりん》コンテスト。今までと違う何か大勢の人々で盛りあがる企画があった方がよいかもしれないと、OKを出し、協力もしてきたのだが……何かするならそこだろうな。つばさがそこで何を企《たくら》んでいるのか。オーラの誘《さそ》いもその企みと関係あるのだろう……
僕は奴のやりそうな事を予想していく。そうして色々考えている時気づいた。
そうか、奴が何を企んでいるのかは知らないが、それを阻止する事こそが一番の復讐になるんじゃないか! 奴が一番|嫌《きら》いなのは、自分の思い通りにいかない事だからな。それを潰《つぶ》すのは……さぞかし痛快だろう。
「待っていろ平賀つばさ。積年《せきねん》の恨《うら》みはらさせてもらうよ。悔《くや》しがる顔が目に浮かぶようだ。くく……」
この凰林祭を成功させ、奴の企みを阻止する。できる、僕にはできるはずだ。僕は昔の僕とは違うのだから。
「ははははははは」
僕の笑い声は誰《だれ》もいない生徒会室にいつまでも響《ひび》いていた。
大盛況のコスプレ喫茶とぼく
狭《せま》い教室にこれでもかと人が詰まっている。一応これでも人数制限かけてるんだけどね、危ないから。おかげで入りきれない人達が廊下に長い列を作っている。どこで噂《うわさ》が広がったのかは知らないけど、うちの学校以外からきてる学生さんや、いい大人《おとな》、タッキーの同類の人達まで盛りだくさんだ。文化祭で一つの出し物にそんなに並んでどうするんですかまったく。
と、いう訳《わけ》で信じられないほど大盛況のコスプレ喫茶《きっさ》。
「ご主人さまコーヒーお待たせいたしました」
教室に、元からあった机を組み合わせ、上にクロスを敷《し》いただけのテーブルにコーヒーを置くと、客商売客商売と頭の中で念じながら笑顔《えがお》を作る。
「他《ほか》にご用がありましたら、なんなりとお申しつけください(ニコッ)」
「はううぅ」
…………なんだその反応は。お客さんの男子生徒が顔を真《ま》っ赤《か》にして胸をかきむしる。なんかツボったらしい。
今のぼくの格好《かっこう》は、メイド。冥土《めいど》じゃないメイド、お金持ちの家にいそうなメイド。
ふりふりエプロンで、頭にもふりふりがついてるやつ。最初の衣装《いしょう》がメイド服なのは、メイド服が嫌《きら》いな男はこの世にいない! とかいうタッキーの偏《かたよ》った意見がクラスのみんなに支持されたから。メイド服、確《たし》かにデザインとしてはかわいいとは思うんだけどね。ぼくが着ないという前提で考えればの話だけど。
ただ……ただ…………なんでミニスカートになってんだよ!!
こみあげてきた怒りに力入れすぎてしまったおぼんから、ミシッという音が出た。
「ひっ」
「なんでもありませんわ、ご主人さま」
怖がるお客さんを笑顔《えがお》でごまかし、ぼくは次のお客さんのところに向かう。
なんなんだこの、メイドという仕事に誇りを持っている本物のメイドさんが見たら激怒《げきど》しそうなデザインはっ!! 機能性《きのうせい》というものをなにも考えず、かわいらしさだけを追求して増量されたフリフリに、かがんだら絶対中見えるだろうという短さのミニスカート。
ぼくが作ったメイド服はこうじゃなかったぞ! ちゃんとしたメイド服を作ったぞ! なのに……今日《きょう》学校に来たらこうなってた。
くそぅ、誰《だれ》がこんな事を……って、これは美香《みか》さんの仕業《しわざ》だ。だってそこら辺の服屋にある服なんかよりも、縫製《ほうせい》がしっかりしてんだもん。実に良い仕事してますよ。
…………もう、まじでかんべんしてください美香さん。その技術、もっと他《ほか》の場所で有意義に使いましょうよ。
恥《は》ずかしい、恥ずかしすぎる。しゃれにならない恥ずかしさ。これから何度か、衣装チェンジがあるんだけど……全部の服がこんな風《ふう》になってるんじゃないだろうか。他の女の子達もこんな感じなんだけど……あんまり気にしてないみたい。これが女の子の強さだろうか。
コスプレ喫茶《きっさ》なんだからコスプレするのあたりまえなんだろうけど、でも……でも……。……ああ、コスプレ喫茶なんて馬鹿《ばか》なこと言いだしたタッキーをくびり殺したい。
まあ、そんなこんなで大盛況なコスプレ喫茶。でも、コスプレ喫茶とはいっても、コーヒーに紅茶、ジュース。ありもののお菓子とかケーキ、簡単《かんたん》な料理ぐらいしか出せないんだけどね。ま、元はここ教室なんだからあたりまえだけど。
タッキーは、「客は胃袋を満たしにくるのではない! 心の中の萌《も》え袋を満たしにくるのだ!」とか言ってたから、問題ないといえば問題ないのかもしれないけど。つーかなんだよその袋。ぼくにはないというより、ふつうの人にはないんだよ! とか思ってたんだけど……お客さんはたくさん来てるし、実際お客さんは、満足してるみたいだし。その変な袋もってる人多いんだなぁ。
そんなことを考え心底《しんそこ》呆《あき》れていたぼくに、またお客さんから声がかかった。
「はじめちゃ〜ん」
男のだみ声ではじめちゃんと言われるのは、とても精神にくるけどしょうがない。ぼくは笑顔《えがお》で返事をする。
「はーい、ただいま〜」
ただ……
「こっちも頼むよ、はじめちゃーん」
「はーい、少々お待ちくださ〜い」
なんか……
「はじめちゅわ〜〜〜ん」
「は〜い」
ぼくだけが異常に忙《いそが》しい気がするのは気のせいだろうか。いや、絶対気のせいじゃない。なぜなら……全身に絡みついてくる視線《しせん》の中に……クラスメイトのうっとりした視線が混じっているから。
「ってなに客にまじってやがるこのバカっ」
ぼくは手に持ったお盆で客に混じっていたタッキーの頭を殴打《おうだ》する。
「ぐはあっ」
こいつはいつもいつも……ぼくは動かなくなったタッキーを、厨房《ちゅうぼう》に引きずっていく。
厨房は、教室を三分の一くらいの広さで分割して作られている。厨房とフロアーを分ける間仕切りには小窓が作られていて、そこから料理の受け渡しができるようになってる。……なってるんだけど……クラスのみんながそこに溜《た》まっていた。そりゃ忙しくもなるはずだ。
「一体なにしてんのみんな! ちょっとは手伝ってよ! なんなのこの忙しさっ!」
ぼくは、なぜか頼《ほお》を赤く染《そ》めているクラスメイト達に文句を言う。すると、返事が返ってきたけど……なんか夢見|心地《ごこち》って感じで要領を得ない。
「ほぅ……やっぱお客さんの意向は尊重しないと」
「あぁ、そうそう……」
「そうよね〜はふぅ」
「なんなのその艶《なま》めかしい吐息《といき》はっ!!」
そろいもそろって恍惚《こうこつ》の表情を浮かべてる。なんかむかつくぞ。人がこんなに恥《は》ずかしい思いしてるのに。
「デモハジメ、とてもカワイイデスヨ〜」
バニーガール姿が異常なほどハマっているオーラが、慰《なぐさ》めてくる。でもそれ慰めになってないし。
「だいたいいつもいつも……ブツブツブツ」
ぼくの目がヤバイ感じになっていることに気づいたのか、委員長が手を叩《たた》き仕切り始めた。
「はいはい、ちゅうも〜く。まっ、名残《なごり》惜しいけどしょうがないわね。じゃあみんな! はじめちゃんのおかげでお客さんが集まったわ! お仕事開始よ! 存分にご奉仕して、存分に財布を軽くして帰ってもらいましょう!!」
「イエス、マァム!」
わらわらと厨房《ちゅうぼう》から出ていくメイドや、猫耳や、バニーや、ゴスロリや、チャイナや、バスガールや……ここまで数えたところで悲しくなってきた。日本の未来は大丈夫なのだろうかとか、テレビに出てくる自称|有識者《ゆうしきしゃ》のようなことを考える。
そのみんなを見届けると、委員長(軍服姿で女教官|鞭《むち》つき)がぼくの肩を叩《たた》いていった。
「さ、ナンバーワンのはじめちゃんも早くお仕事始めてね♪」
お願《ねが》いだから、ナンバーワンって言わないで!
美少女戦隊出動とぼく1
「うわっおいしーい」
「おいしー」
「おいし〜」
たこ焼き屋さんの前にできた人だかりの中から聞こえるおなじみの声。かき分けながら前に出てみるとやっぱりおなじみの顔がある。着てる衣装《いしょう》だけはおなじみじゃないけどね。
なんか通常の三倍ぐらいだぶついているものすごいルーズソックスに、ものすごくスカートを短くした制服。顔は小麦色《こむぎいろ》(かなりオブラートに包んだ表現)で頭には大きな花が二つ、目の下と唇《くちびる》が真っ白くなってるという、いつの時代のコギャルだよ! と全身を使って突っ込みたくなる格好《かっこう》をしているのは嵐《らん》ちゃん。美香《みか》さんの腕が良いのか、嵐ちゃんの元が良いのか、どうにかカワイイというラインに乗っている。お供の美菜《みな》ちゃん美穂《みほ》ちゃんは……体操服にブルマ。胸のところについている『悪』と書いた名札《なふだ》が異常に浮いている。こちらも顔が黒くなってる。服装は美香さんの趣味《しゅみ》っぽい。
……もうなにも言わない。本人がいいならそれでいいよ。ぼくは大きなため息をついた。
「…………はぁ」
それでぼくがなんでこんなところにいるのかというと、ぼくがメイド姿でニコニコしてぴくぴくこめかみに血管浮かせながら接客している最中に生徒会長から携帯に指令が入った。あんまり大げさな騒《さわ》ぎにしたくないんだろうね、わかる、ものすごくわかりますよ。ギャラリーも増えなくてぼく的にもうれしいし。先輩なら放送とかで派手《はで》に呼びだすんだろうけどね。
ぼくらにきた指令の中身は、「君達の仲間が3年8組が出店しているたこ焼き屋で商品を強奪《ごうだつ》しているんだ。どうにかしてほしい……」という感じ。
この指令のおかげであの戦場のような忙《いそが》しさととてつもない恥《は》ずかしさから救出された訳《わけ》だけど……ここにはまた地獄《じごく》が。やっばそうだよねぇ。ぼくってそんな星の下に生まれた人だよねぇ。
で、たこ焼き屋の前では指令どおり、
「なかなかやるわね、苦しゅうないわ、もっと持ってきなさい」
「はいは〜い」
嵐《らん》ちゃん達三人組がたこ焼きを強奪《ごうだつ》していた。
でも、強奪というよりは……
「うわっかわい〜」
「これも食べて、あ〜ん」
「あ〜〜ん」
「きゃ〜〜ん」
……餌付《えづ》け?
ぼくには嵐ちゃん達が、3年生のお姉《ねえ》さま方にかわいがられているようにしか見えないんだけど。お姉《ねえ》さま方は手に持ったたこ焼きを嵐ちゃん達に食べさせている。ソースと青のりと鰹節《かつおぶし》がわんさか載ってておいしそうだ。先輩《せんぱい》からの情報によると、このクラスには大阪出身の人がいるらしくて、本格的なたこ焼き屋さんになっているそうだ。ま、そんな事はおいといて……
「先輩……これ強奪って言うんでしょうか?」
ぼくはすぐ隣《となり》の先輩に聞いた。
「一応、金銭を払わずに商品を食《しょく》しているな」
先輩がいつもの調子《ちょうし》で答える。確《たし》かにただで食べてるけどなんか違う。
しかも……
「あれおいしそう」
「あのたこ焼きおいしいんだってよ」
「じゃー俺《おれ》達も食ってみよう」
みたいな感じで客寄せにすらなっている。奇抜な格好《かっこう》でたこ焼きをほおばっている嵐ちゃんズを遠巻きにして囲んでいるギャラリーが、そのままたこ焼き屋さんの列になだれ込んでいく。
「先輩……これ強奪って言うんでしょうか?」
「悲鳴が上がっているな」
一応悲鳴が出てるけど……これはうれしい悲鳴ってやつなんじゃないだろうか。
「とりあえず、名乗りをあげるとするかな。注目を浴びない事にはどうにもならない。ではいくか」
先輩が美少女戦隊のメンバーを見回していった。
「はい! 任せてくださいまし!」
「ハイ〜」
「……わかりました」
個人的には浴びなくて良いんですけど。
「じゃあ、お次は……」
嵐《らん》ちゃんが次のたこ焼きに手を伸ばしかけたところに声が流れる……
「 命短し 恋せよ乙女《をとめ》
朱《あか》き唇《くちびる》 褪《あ》せぬ間に
熱《あつ》き血潮《ちしほ》の 冷えぬ間に
明日の月日は 無《な》ひものを……」
「なにやつ!」
いきなり聞こえてきた声にきょろきょろ周りを見回す嵐ちゃん。ああ、なんてベタなリアクションなんだろう。見てるこっちが恥《は》ずかしい。
前口上《まえこうじょう》を言いつつ人混《ひとご》みををかき分けながら前に出るぼく達はそれ以上に恥ずかしいけど。
そんな登場をした美少女戦隊なぼく達の服装は、着物に袴《はかま》。頭に大きなリボンがついてる。足はブーツ。大正時代の女学生さんをイメージしたそうなんだけど、それはそれ。美少女戦隊らしく、今風《いまふう》に露出度《ろしゅつど》がアップしてる。
袴の色は赤に黄色《きいろ》に緑《みどり》に青に紫《むらさき》。それに合わせて着物の色も変わってる。着物の模様《もよう》は矢絣《やがすり》模様。ただぼくは今、赤とか黄色とか言ったけど、実際には紅《べに》、山吹《やまぶき》、萌黄《もえぎ》、瑠璃《るり》、蘇芳《すおう》という昔の色らしい。んで、それがそのまま名前になるんだそうだ。青……じゃなくて瑠璃色の袴のぼくは瑠璃さんということです。正式名称瑠璃|乙女《おとめ》。先輩《せんぱい》が紅色で、オーラが萌黄色で、美香《みか》さんが蘇芳色で桜《さくら》さんが、山吹色。そういえば先輩が言うには紅乙女という名前の胡麻祥酎《ごましょうちゅう》があるらしい。役に立たない豆知識《まめちしき》だなぁ。要するにまー、前に戦隊物の時にやったオーリンレッドとかを純和風の名前にした感じかなぁ。
それにしても美香さん……蘇芳乙女さんノリノリだなぁ。女学生服を気に入っている&美少女戦隊物が昔大好きだったというのが原因みたいだけど。
「ゆすりたかりに、人目をはばからずに暴飲暴食。その破廉恥《はれんち》な格好《かっこう》。大和撫子《やまとなでしこ》にあるまじきその所行《しょぎょう》! 決して許す訳《わけ》には参りません!」
なんかよくわからないけど、ぼくらは古き良き日本女性のおしとやかさ、そして数少ない大和撫子を誘惑《ゆうわく》する様々《さまざま》な悪意から守るために戦う存在らしい。だから、コギャルの嵐《らん》ちゃんが敵になってるわけ。設定では、他《ほか》には扇子《せんす》持ったボディコンのおねーちゃん(いつの時代の人だよ!)みたいな敵もいるらしい。一生見ることはないだろうけど。でも、今のぼくらの格好で大和撫子を語るのもどうかと。
そんなことを考えている間に、登場シーンは一番良いところ。
「乙女《おとめ》戦隊 なでしこ|X《ファイブ》!! 乙女の力見せてあげます!」
ポーズを決めるぼくら5人。
今のは決め台詞《ぜりふ》。すいません、正直ぼく投げやりになってます。恥《は》ずかしいし。
でも美香《みか》さんは、じ〜〜〜んと感動をしている。桜《さくら》さんは相変わらず無表情なのでなに考えてるかわからないけど、先輩《せんぱい》とオーラは美香さんと同じくうれしそうだ。
「お姉《ねえ》さま! じゃなかった、今は敵味方別れちゃってたんだったわね。くぅぅなんて皮肉な運命」
コギャル嵐《らん》ちゃんが苦悩する。いや、皮肉もなにも……
「じゃ、気を取り直して…………ほーっほっほっほー、よくきたわね」
嵐ちゃんが立ちあがり、短いスカートをはためかせて言う。
「しかし、アタシに出会ってしまったのが運の尽き……」
ぷらぷらと花がたくさんくっついた携帯電話を取りだすと、アンテナを伸ばす。改造してあるそのアンテナは、一メートルぐらい伸びて武器になる。
「無事にお家《うち》に帰れるとは思わないことね!!」
携帯電話のアンテナを娠り回し、悪役になりきっている嵐ちゃん。なんか鞭《むち》みたいで当たったら痛そうだ。その嵐ちゃんに美穂《みほ》ちゃんが言った。
「嵐ちゃん歯に青のりついてるよ」
「えっほんと?」
「うん」
なっちゃんがささっと鏡《かがみ》を取りだす。それを見て青のりを確認する、嵐《らん》ちゃん。
「くっ、なかなかやるわね! 今日《きょう》はここまでにしておいてあげるわ、憶《おぼ》えてなさい! 次はこうはいかないわ!!」
そんな捨て台詞《ぜりふ》と共に走り去る三人。
ひょおぉ〜〜
残されたぼく達の間に冷たい風が吹《ふ》いた。
いや、なかなかやるわねって、まだぼく達なにもしてないし。
「まいどー」
とか、たこ焼き屋から声かけられてるし。
なにより、この格好《かっこう》で、かっこいいポーズのまま、この場に取り残されてるのが一番|辛《つら》いんだけど。
「おいおい」
「なんだこれ」
「悪役らしき方が逃げたぞ?」
「これからどうするのかしら」
周囲から聞こえてくるひそひそ声。
たっ耐えられない。この寒い空気は耐えられない。無理、絶対無理。
先輩《せんぱい》の方を助けを求めるように見つめるぼく。そんなぼくをふつうに無視して先輩は言った。
「それにしてもこの服は下がスースーするな」
そりゃ、先輩の袴《はかま》はもう、袴というよりは半ズボンになってるし。あれだけ足出してると寒いよねぇ。ぼくのも、もうすでにミニスカートみたいだし。さっきも思ったけど、どう考えても大和撫子《やまとなでしこ》は語れないでしょこの格好じゃ。オーラは、下はちゃんと袴だけど、胸のところ開いてるし、美香《みか》さんはおへそが出てる。桜《さくら》さんくらいだよ、露出度《ろしゅつど》が低いのは。小さな身体《からだ》に、ぶかぶかな服という組み合わせが良いのだよ。とか先輩が言ってたから、それが理由なんだろうけど。
「いやまあ、ほんとすーすーしますよね。ぼくが初めてスカートはいた時もそうでしたよ」
と言ってうんうん、とうなずいてみせるぼく。肯定してあげたんだから早く帰らせて、お願《ねが》い。この場から脱出させて。
「ん〜それとは少し違うのだ」
「え?」
「私の下腹部がどうしてスースーしているのかというと……」
先輩はさらっと、本当になんでもないかのようにさらっと言った。
「私は今パンツをはいていないからな」
……なっ!!
馬鹿《ばか》みたいに口を開けて先輩《せんぱい》を見つめるぼく。
「ぱっぱぱぱっぱぱぱっぱっぱっぱぱぱぱぱ〜〜っ!!」
「おお、新しいリアクションだ」
馬鹿みたいな顔で感心してる先輩にぼくは突っ込む。
「おおじゃないですよ! パンツはいてないってなんですかっ!!」
「やはり着物の時は、はかないものだろう」
「いつの時代の話ですかっ!」
「俗に言う西洋下着が入ってきたのは明治《めいじ》頃《ごろ》、定着したのは昭和の初めだそうだ」
「そんなうんちく聞いてるんじゃないです! それがなぜ今|関係《かんけい》あるんですか!」
「古き良き日本の大和撫子《やまとなでしこ》をモチーフとしているのだからこれははずせないだろう。おしとやかな大和撫子が脱いだらすごい……というギャップも狙《ねら》っている。昔はあたりまえだが、今の価値観《かちかん》でいえばあたりまえではないからな。これで男心をがっちりキャッチだ」
「先輩がキャッチしてどうするんですかっ!!」
ああもう、頭がおかしくなりそう。ぼくは頭をかきむしって、そこでようやく周囲の状況を思いだす。
…………ハッ!
しまった、あまりにヒートアップしてしまったおかげで思い切り叫んでしまっていた。
ぼくはギギギギという擬音《ぎおん》を出しながらぎこちなく周囲を見回してみる。
「パンツはいてない?」
「パンツはいてないんだってよ」
「パンツはいてないのか」
「パンツはいてないのね」
「パンツはいてないんだわ」
パンツパンツパンツパンツと周囲の視線《しせん》が先輩の下半身……要するに元ぼくの身体《からだ》の下半身に……
ひっひぎゃあっ〜!
先輩の下半身に集まる視線視線視線視線。
もっものすごくキャッチしちゃってるよ。男心も女心もキャッチしちゃってるよ。鷲《わし》づかみだよ!
さっさっきも寒かったけど、今はそれに輪《わ》をかけて寒いぞ!
ひいっかゆい、さむい! さむかゆい! 視線にさらされる元ぼくの身体を見てたら、脳が……ぼくの脳が、かゆさを感じちゃってるよ。ないはずのナニが、ナニがぁ〜!
うあっうあああ〜
得体《えたい》の知れないかゆさに苦しむぼく。
くっ、とうとう先輩《せんぱい》がぼくを直接的に辱《はずかし》めるだけでなく間接的に辱めるなんて行動を取り始めた。しかも効果的だ。防ぎようがない。
先輩はさんざんぼくが恥《は》ずかしがるのを見たあとで言った。
「……まぁ、それは冗談《じょうだん》な訳《わけ》だが」
「え?」
「ちゃんとはいているから安心したまえ……」
「そうなんですか? よかった……」
ほんとよかったよ……と、ぼくがほっとした瞬間《しゅんかん》を狙《ねら》ってもう一回突き落とす先輩。
「……女性用の下着を上下共に」
「なお悪いですっ!!」
パンツパンツパンツパンツ
再び集中する視線《しせん》。
ひいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃ〜
も……もう限界。
「うっうわあああ〜〜〜」
……という訳でぼくは逃げだした。…………最悪だ。
オーラの世界
オーラはこの世界がとても好きだ。
「うわああああああああん。おかあさ―――――ん」
買いだしを頼まれ廊下を歩いていたオーラは、聞こえてきた泣き声に足を止めた。
泣き声、距離《きょり》56メートル。子供、性別女。推定|年齢《ねんれい》5±1前後。保護者《ほごしゃ》と離《はな》れている模様《もよう》。結論、早急に保護が必要だと思われる。
オーラは泣き声の方向に歩いていく。辺《あた》りを見回し周囲を確認《かくにん》する事がないにもかかわらず、その歩みには迷いがない。子供がどこにいるか完全に把握しているのだ。オーラにとってこの学校は完全に自分の知覚|範囲内《はんいない》、わからない事など何もない。この学校はオーラの庭も同然だ。
最短距離で校舎裏にたどり着くと、そこに迷い込んでしまったらしい少女に、オーラは話しかける。
「ハーイ、お嬢《じょう》チャン。ドウしマシタ?」
オーラは笑顔《えがお》を浮かべ少女に話しかける。
「おかあさんがいないの。うわあ〜〜〜ん。おかあさ〜〜〜〜〜〜ん」
「オーそれは大変デス」
そう言いながらオーラは周囲を探る。
周囲に子供を捜《さが》している親は―――発見。女性、推定|年齢《ねんれい》27±2。距離43メートル。
『まゆみー、まゆみどこなのー?』
進行方向、北西。少女がいる位置の逆。早期に再会できる可能性、低。少女の名前はまゆみである可能性が高い。
「デハ、オネーチャンとお母サンを捜《さが》シまショウ」
オーラは警戒《けいかい》を解《と》こうと、笑顔《えがお》のレベルを最高に上げる。
「でも、知らない人について行っちゃだめっておかあさんが……」
失敗。
少女の警戒を解き、一緒《いっしょ》に行動するためにはどうすれば良いか。
実現可能、かつ、この場で実行できる。記憶操作《きおくそうさ》などの、少女に影響《えいきょう》を与える可能性のある方法は好ましくない。
オーラは即座に、警戒を解く方法を考えだす。
「実はデスネ。オネーチャンは…………チョトマッテてクダサイ」
オーラは、少女から見えないよう校舎の裏に隠《かく》れ、背負《せお》っていた鞄《かばん》から美少女戦隊のコスチュームを取りだし上から羽織《はお》る。いつ招集がかかってもよいように、常に持っている事になっているのだ。同時に、コスチュームはすぐ変身できるように、簡単《かんたん》に着替える事ができるような構造になっている。
乙女《おとめ》戦隊なでしこ|X《ファイブ》の萌黄《もえぎ》乙女。変身を終えたオーラは校舎の陰から飛びだし、ポーズを決める。
「セイギのスーパーヒロインだっタんデスヨ!!」
「……わぁ」
目をキラキラ輝《かがや》かせてオーラを見つめる少女。オーラはそんな少女に自信たっぷりに言う。
「マユミチャン。おカアサンはワタシが捜しダシテアげマスヨ! セイギノ名にカケテ!!」
「うん! ……でもどうしてまゆみの名前知ってるの?」
オーラの顔を不思議《ふしぎ》そうに見上げる少女。
「スーパーヒロインはなんでも知ってるんデスヨ」
「お姉《ねえ》ちゃん! すごーい!」
「デハ行きマショウ〜」
オーラと少女は手をつないで歩く。オーラの背が高いため、ぶら下がるようになっている少女。少女の歩幅に合わせてゆっくりと進んでいく。
少女は好奇心いっぱいでオーラに話しかける。
「お姉《ねえ》ちゃんはいつ、すーぱーひろいんになったの?」
「最近デスヨー」
「どうやってなったの?」
「選《えら》バレたんデスー」
「ほかにもなかまがいるの?」
「イマスヨー」
オーラは手をつないでない左手で指折り数えていく。
「トッてもカワイイハジメに、オシトヤカなミカ。キレイなサクラに、オモシロイツバサ」
「五人組なんだぁ」
「戦うノハ、五にんデスケド。ナカマは他《ほか》ニもイマスよ」
「ほかにもいるの?」
「セイギノミカタはシタで支えてクレル人がいナイトできナイんデスヨ?」
「へーどんなひと?」
「おっきなシンタロに、ワイルドなノリヒロ。ウツクシイミチモトに……」
うんうん、とうなずく少女。
「マルクてハヤクテ、オモシロクてツヨイカワムラデス」
少女はしばらく考えたあと言った。
「まる…………あ○ぱ○まん?」
「ソンナ感じデス」
この会話を聞いていた者がいたら、誰《だれ》もがそれは違うと突っ込みを入れただろう。
そんな微妙にずれつつも楽しげな会話を続けていたオーラ達は、
「オーラ〜その子誰? まさか隠《かく》し子」
「なっ、まさかやつか? タッキーか!?」
「いや、奴《やつ》の遺伝子《いでんし》からこんなかわいい子が生まれる訳《わけ》がない!!」
そんな声に呼び止められた。オーラは振り向くと、即座に人物を照合する。
名前、大川《おおかわ》光司《こうじ》、深田《ふかだ》太郎《たろう》、河野《こうの》早紀《さき》。クラスは2年8組。
「母親似という可能性も……」
「それはない」
「ないな」
「何でよ」
「奴の遺伝子|濃《こ》そうだからな」
「それもそうね」
会話が一段落したところでオーラは説明する。
「チガイマスヨ。迷子《まいご》さんデス〜」
迷子を見つけ母親を捜《さが》していると説明したあと、オーラは聞いた。
「迷子ヲさがしテイルおカアサン、見マせんデシタか?」
「そういや、さっきいたような」
「うん」
「西棟の方に向かってた気がする」
オーラには、母親の位置はわかっている。この道を通った事もわかっている。にもかかわらず聞いたのは、少女を安心させるため。
「ムコウに行っタみたいデスヨ」
「うん!」
「ソレデ、何でマユミチャンがワタシとカワムラの子供ニなるんデス? 子供とイウノハ、愛しアウ男女の下ニ生まレルものデスヨネ?」
その心底《しんそこ》不思議《ふしぎ》がっている様子《ようす》のオーラに、大川《おおかわ》は答えた。
「いや、おまえ等《ら》いつも一緒《いっしょ》にいるだろ」
「…………ナルホド。一緒ニいるカラ……ナルホド。デハ、先ヲ急ぐのデ」
少女と一緒に頭を下げると、オーラはまたゆっくりと歩きだす。
その後もオーラには、いろいろな人から何度も声がかかった。
同学年に限らず、下級生や上級生からも声をかけられるのだ。
「おねえちゃん、ともだちたくさんいるのね」
「イマスヨ〜正義ノスーパーヒロインは、トモダチガたくさんイナイとナレマセン」
えへん! と胸を張るオーラ。
「おねえちゃんうれしそう。ともだち好きなのね。まゆみにもともだちいっぱいいるよ。ゆりちゃんにね、ゆうちゃんにね、みっちゃんにね。でもやっくんはいじわるするからきらいなのよ」
「おースゴイデスネ〜。デモ、キライはダメですヨ」
「えーでも。おねえちゃんは、みんなすきなの?」
「スキ? ……はい、スキデスヨ」
オーラの顔に自然と笑顔《えがお》が浮かぶ。
「OMRのミンナも、クラスメイトのミンナも、学校のミンナも」
そう言ってオーラは、耳をすます。
笑い声、はしゃぐ声、怒った声。
走る人、食べる人、手をつなぐ人。
いろんな人が笑ったり、話したり、喜んだりしている。
あの走り回ってる小さい三人組は、ラン、ミナ、ミホ。
OMRの部室で手を振り回し抗議《こうぎ》しているのはハジメ。すぐ側《そば》で笑っているのはツバサ。ハジメに殴られているのはカワムラ。
2階の廊下を手をつないで色々見て回っているのは、サクラとシンタロ。
3階教室で接客をしているのが、ミカ。
2−8で料理をしているのがノリヒロ。
体育館の舞台《ぶたい》で演技してるのがミチモト。
「ミンナミンナ好きデス」
にっこりと言うオーラに、少女は子供ならではの率直さで聞いた。
「じゃあ、いちばんすきなのは?」
それを聞いた瞬間《しゅんかん》、オーラは固まった。
その問いは、オーラが考えた事もないものだったのだ。
「イチバン……?」
口に出してみる。
オーラはみんな好きだ。
特に好きなのは? と聞かれれば、OMRのメンバーを挙《あ》げるだろう。オーラの正体を知っていても全く気にせず普通に接してくれるお気楽な彼ら。オーラは、彼らの中にいるのが心地《ここち》良いと感じている自分を知っている。自分の人格のベースとなったマスターの思考なのか、それ以外の何かの思考なのかはわからないが。とにかく居心地が良いというのはわかる。
オーラは考える。一番となると、それは恋愛感情の事ではないだろうか。
恋とか愛とか……自分の好きなアニメや漫画《まんが》の世界には溢《あふ》れている。あんな風《ふう》にドキドキしたり、わくわくしたり、悲しくなったりするのだろうか?
自分も恋をすればああなるのだろうか。ハジメやランやサクラのようになるのだろうか。そもそも自分にそういう感情を抱く事ができるのだろうか?
わからない、わからない、わからない。
「まゆみはね、たっくんがすきなのよ。でも、これはないしょよ。おんなのやくそくなのよ!」
「ハイ〜」
少女と会話を交《か》わしながらも、頭の中は先程《さきほど》の問いを考え続けている。
一番…………一番……一番一番一番一番一番イチバンいちばん。
「まゆみ!」
その声で我に返るオーラ。目の前には、少女の母親らしき女性が立っていた。いつの間にか追いついていたのだ。
「おかあさん!」
少女は、走って母親に抱きつく。
「全く、どこ行ってたの!」
「ごめんなさい」
うなだれる少女。しかしすぐに元気を取り戻す。
「でもね、でもね、おねえちゃんがおかあさんさがしてくれたのよ」
「マユミちゃん、ヨカッたデスネ〜」
「うん」
笑顔《えがお》でうなずく少女。
「どうやら、娘がお世話になったようで……すいません」
その少女の様子《ようす》にほっとしたような母親。オーラに深々と頭を下げる。
「ほら、まゆみもお札言って」
「おねえちゃんありがとう」
ぺこりとお辞儀《じぎ》をする女の子、オーラもお辞儀をする。
「イエイエ〜コチラこそ」
お母さんはその光景を見て目を細めたあと、再び頭を下げた。
「それでは本当にありがとうございました」
「ばいば〜い」
「バイバイデス〜」
手を振る少女に、笑顔で手を振り返すオーラ。
少女のはしゃぐ声が聞こえる。
「あのね、まゆみね、おねえちゃんとたくさんおはなししたんだよ!」
「そうなの、よかったわね」
「でもね、でもね、なにはなしたかは、ないしょなの。おんなどおしのやくそくなの」
「あらあら」
オーラは親子が見えなくなるまで見送ると、歩きだした。
思いのほか時間を食ってしまった。はやく買いだしに行って帰らないと、みんながお腹《なか》をすかせているのだ。
オーラは、この世界が大好きだった。この世界に住んでいるみんなも大好きだった。
しかし、…………誰《だれ》が一番好きなのかはわからない。
OMRの出し物とぼく
おーすごいな〜。
委員長からようやく休みをもらって、OMRの出し物がどうなっててるかなーと見にきたんだけど大盛況だった。ものすごく大盛況だった。黒山の人だかりってこういう状況のことを言うんじゃないのかな。それはともかく、OMRの部室には人が溢《あふ》れんばかりに詰まっていた。
へー超常現象好きな人ってけっこういるんだなぁ。まあ、先輩《せんぱい》ほど偏執的《へんしゅうてき》なまでに好《す》いてる人はそうそういないと思うけど。
そんなことを考えながら様子《ようす》を見守っていたぼくに、お客さんの一人が気づいた。
「はじめちゃんだ」
その声にすぐ側《そば》の人が反応しつぶやいた。
「ほんとだ、はじめちゃんだ」
それは、そのあとも連鎖的《れんさてき》に広がっていき、
「はじめちゃん」
「はじめちゃんだ」
「はじめちゃん※[#ハート(白)、1-6-29]」
「はじめちゃんよ」
ものすごい数の視線《しせん》がぼくに突き刺さる。でも、なんかいつもと違う。自慢《じまん》じゃないけど、ぼくは視線|慣《な》れしてる。いや、慣れはしないけど色々な視線を経験《けいけん》してる。入れ替わった直後に客寄せパンダになったし、そのあともきれいな先輩の顔と身体《からだ》だから色々と目立ったし。でも……でもこれは、なんかこう……服を通して身体を直接見られてるような、視線が服を透過しているような……なんか背筋がゾクゾクする。
ひいいいいいいいい
ぼくは思わず身体を手で隠《かく》してしまう。
なに? これはいったい何事?
ぼくはきょろきょろと辺《あた》りを見回し…………部室にいくつも立てられたパネルに原因を発見した。
そして、絶句した。
ぱくぱくぱくぱく
バカみたいに口をぱくぱくと開け閉めして立ちつくすぼく。
…………せっ先輩がまたやっちゃった。やってしまった。
「はじめ! どうだ、オレのコレクショぶはぁ」
つっ立ってたぼくのところに、そんなことを言いながらやってきたタッキーをとりあえず黙《だま》らせる。
昨日《きのう》までは確《たし》かに、UFOだとか幽霊《ゆうれい》だとか超能力だとかの、非常に怪《あや》しい先輩が大好きな超常現象を、実例[#「実例」に傍点]を交えて紹介されてたはずなんだけど。なんでこんなことになってるんだ? いや、そもそもいつの間にこんなことになったんだ? 昨日の今日《きょう》だよ?
「やあやあ、よく来たね。どうだね、この盛況ぶりは。もうすでに大成功と言っていいだろう」
いつの間にか側《そば》に来ていた先輩《せんぱい》が、にこにこしながら言った。なんか最近の先輩は、ぼくを驚《おどろ》かせるためだけに生きているんじゃないだろうかと思うことがある。いや、それは言いすぎかな、でも生き甲斐《がい》ぐらいにはなってるはずだ。
「なななななんでこんなことになってるんですかっ!!」
ぼくはぶんぶん腕を振り回しながら先輩に抗議《こうぎ》する。
「楽しいからだ」
そうですよね、先輩いつもそうですもんね。
ぼくは、あきらめ混じりの視線《しせん》を室内のパネルに向ける。そこには大量の写真が貼《は》ってあった。入れかわってから今までのぼくの写真だ。制服や私服姿とかのふつうの写真から、戦隊物に、悪の女幹部、魔法《まほう》少女に猫耳に水着姿。あっ、先輩とのデート中の写真もある。
なるほど、さっきの視線が服を突き抜けた理由がわかった。みんなの脳内で、あの水着姿が再生されてたに違いない。人によっては猫耳とか魔法少女だったりもしたはず。そりゃ背筋がゾクゾクするわけだよ……
「良く撮《と》れてるだろう?」
なぜか得意げな先輩。
「撮れすぎてて怖いですよ」
きわどい写真に、いつ撮られたかもわからない写真もある。これ、犯罪じゃない?
「だろう? オレのコレクションの中でも選《え》りすぐりを持ってきた。これでもコレクションのうちの一部だ」
さっき吹《ふ》っ飛ばしたのに、もう復活してる。なんか最近復活早くなったなぁ、慣《な》れだろうか。
にしても、すごく自信満々鼻高々なタッキー。もっかい殴りたい、ものすごく殴りたい。殴ってあの伸びきった鼻をへし折ってしまいたい。でも、手が痛いので、なにか得物《えもの》が手に入るまで我慢《がまん》だ。
「だが安心しろ、さらにきわどいお宝写真はここにはない」
「そんなものは、燃《も》やしてしまえ!」
まったく……他《ほか》にはどんな写真が張りだされてるんだろうか。あまりやばい写真があったら困るから、一応見ておこう。まあ、先輩が黒幕みたいだしその辺は大丈夫だろうけど。先輩は、ぎりぎりぼくが許せるというか、これ以上やったら本気で怒りますよ! というラインは守るから。でも、その見極《みきわ》め具合が正確《せいかく》すぎるからまぁ腹立つんだけど。
順路に沿ってパネルを見ていくと、ぼく以外の写真もあった。オーラに、嵐《らん》ちゃんに、美香《みか》さんに、桜《さくら》さん。あー美菜《みな》ちゃん美穂《みほ》ちゃんはセットになってる。
それにしても……うーん、よく撮れてる。ほんとよく撮れてる。美香さんはきれいに撮れてるし、オーラは美人に撮《と》れてるし、嵐《らん》ちゃんズはかわいく撮れてるし、桜《さくら》さんはおしとやかに撮れてる。被写体の魅力《みりょく》が一番引きだされている瞬間《しゅんかん》をとらえてる感じ。桜さんの笑顔《えがお》なんかほんとよく撮とれたもんだ。
いつの間にか、写真を見入ってしまってるぼくがいた。くっこのままじゃ先輩《せんぱい》達の思うつぼだ。ぼくはブルブル頭を振る。まあ、感心してられるのは、ぼくの写真じゃないからなんだけどね。撮れてる撮れてない以前に、ぼくの写真は、コスプレ比率の高いこと高いこと。記憶《きおく》から抹殺《まっさつ》したい思い出の数々なのに、こんなに鮮明《せんめい》な写真を見たら思いだして……思いだして…………ううう〜なんて可哀想《かわいそう》なんだろうか、ぼく。でもまあ、ぼくが恥《は》ずかしいことを除けば、危ない写真がなくて良かった良かった。先輩信じてましたよ。
にしても、動きにくいなあ、人いすぎだよ。そりゃ写真は良い出来だけど、ここまで人が集まるものかな。ぼくは、お客さん達の様子《ようす》をうかがってみる。あれ、みんななんか書いてるなぁ。写真に気を取られすぎてて気づかなかったよ。隣《となり》の人の手元をのぞき込んでみる。なんか番号を書き込んでいるみたい。いやな予感がするなんて言葉じゃ収まりきらないほどのいやな予感。
「あっあれなんです?」
人混《ひとご》みを脱出したぼくは先輩に聞いた。
「ああ、写真の番号を書き込んでいるんだよ」
「なんで? 良く撮れるてる写真コンテストとか? てゆーか、そう言ってください。お願《ねが》いします」
「あれは、欲しい写真の番号を……」
「やっぱりですか! 売らないでくださいよ! いくらで売ってるんですか!!」
「1枚百円だ」
「たった百円ぽっちで人の恥ずかしい写真を売ってんですか!! 他《ほか》の人は自分の写真を売られてること知ってるんですか? ちゃんとOKもらってるんですか!?」
「ああ、皆それぞれものすごく乗り気だったよ」
……否定できない。うちの女の子達ならそんな感じの反応返しそうだ。ということは、いやがってるのはぼくだけってことか。なんでこんなに、ふつうの人がいないんだろうか。
みんなが反対なら、これをどうにか中止にできるかなとか思ったんだけど。
「一枚売れるごとに、マージンが発生するからな。残りは部費にする。この分だと、冬はこのお金を使って色々できそうだな」
ああ……説得のしようもないよ。嵐ちゃん、買い食いしすぎでお金がなーいって言ってたしねぇ。絶対嵐ちゃん、目が¥マークになってるんだろうなぁ。双子《ふたご》は食べ物で釣《つ》れるし、美香《みか》さんはしたたかだし、オーラはお願いしたら二つ返事で承諾《しょうだく》しそうだし、桜さん、実はああ見えてちゃっかりしてるんだ。
がっくり肩を落とすぼく。
そんなぼくに救世主の声が聞こえた。
「……これはなんだい? 僕は許可した覚えがないけど、これ企画書に書いてたのと違うよね。それに昨日《きのう》チェックした時はこんなじゃなかったよね」
振り返ると風紀委員を後ろに何人か引き連れた生徒会長がいた。なんか微妙にご立腹な感じ。
ああ、今だけは生徒会長が頼もしい。がんばって、生徒会長がんばって、それでぼくの恥《は》ずかしい写真をここから救いだしてください!
「どこが違うね? 私は凰林《おうりん》ミステリー研究部の名に恥じぬよう不思議《ふしぎ》な物、神秘的な物を展示すると企画書に書いていただろう」
「うん、そう書いていたね。でもこれは君等《きみら》女子部員の写真を飾っているだけじゃないかい? そもそも君等は別の物を作っていたのでは?」
そりゃ、ふつうに考えたらこんな企画にOK出す訳《わけ》ないよねぇ。だから先輩《せんぱい》は企画書に本当のことを書かなかったんだ。しかも、あまり変な物作ってないかとか、学生にふさわしいかとかを見るために審査《しんさ》が入るんだけど、うちのカモフラージュは完璧《かんぺき》だったしね。
……ぼくがまったく気づかないほどに。
敵を欺《あざむ》くにはまず味方からとか先輩は言いそうだけど。ぼく以外みんな知ってるんだろうし。
…………はぁ。
「女心と秋の空というように、女性の心とはとても変わりやすく不思議な物だろう。そして、女性の身体《からだ》は命をはぐくむとても神秘的で美しいものだ。我々は、その女性の心の不思議と、女性の身体の神秘性を写真という形で表現しているのだ!!」
また先輩の屁理屈《へりくつ》が始まった。ただ単に、ぼくをいじって遊びたい。んで、お金も欲しい。そんな真っ黒ドロドロな事を考えてるくせに、それっぽく聞こえるところがすごいよね。こういうところは素直に感心してしまう。
「「そうだそうだー」」
「我々はOMRの活動を支持するぞー」
「「おおー」」
今までのやりとりを見ていたお客さん達から、共感の声が上がる。
「我々は、女性の神秘に感動しているのだ!」
「「そうだそうだー」」
「我々は、純粋な学術的|興味《きょうみ》からここにいるのであって、決して邪《よこしま》な気持ちからこのような事を言っているのではない!」
「「そうだそうだー」」
……ちなみに、後ろの方で扇動しているのはタッキー。あとで殴っとこう。
タッキーはともかく、タッキーに煽《あお》られた生徒達を見て、生徒会長は頭の中で色々と考えているみたい。どう対処すればいいか考えてるんだろう。このまま、なにもしなかったら先輩《せんぱい》に屁理屈《へりくつ》で言い負かされた感じになるし、強引に中止させたらさせたで、男子生徒の大部分を敵に回しそうだ。男子生徒は、先輩を支持してる。よっぽど写真が見たいんだろうなぁ。気持ちはわかるけど。入れ替わってさえいなかったら、先輩の写真を買い占めてたぼくがいるはずだしね。ここの噂《うわさ》が広まったのか、ぞくぞくとお客さんも増えてきてるし時間が経《た》てば経つほど生徒会長はピンチになる。
にこやかに余裕しゃくしゃくな表情で、葛藤《かっとう》を続ける生徒会長。先輩はそんな生徒会長を、
「まあまあまあまあ」
とか言いながら引きずってくると周りから見えないようになにかを渡す。
「これで、見逃《みのが》してくれないかね」
あれは……封筒だ。うわー先輩悪い顔してるよ。賄賂《わいろ》を渡す越後屋《えちごや》って感じだ。でも生徒会長は受け取らない。
「買収かね、僕はそう言うのが一番|嫌《いや》……」
先輩が封筒の中身を出して見せた。何枚かの写真だ。
「好きなんだろう[#「好きなんだろう」に傍点]?」
「なっ……」
途中《とちゅう》で言葉を止めた生徒会長。でも、表情から続きが読めた。
なぜ知っている?
多分《たぶん》そう言いそうになったんじゃないかな。
いつも笑顔《えがお》の生徒会長の仮面が驚《おどろ》きで崩《くず》れかけてる。その顔を見て、ニヤリとしたあと、先輩は頭を下げた。
「すまない、我々の企画書に落ち度があったようだ。だが我々はできれば、このまま続けたい。我々ではなく楽しんでくれている生徒達のために認めてはくれないかね? このとおりだ」
おおー珍《めずら》しいものを見た。頭を下げる先輩。
「……頭を上げてください平賀《ひらが》さん。わかりました。このまま営業を認《みと》めましょう。それを望んでいる生徒の皆さんも大勢いるみたいだしね」
おおー生徒会長ばんざーい。拍手と共にそんな声が上がる。それに手を挙《あ》げて応《こた》えたあと、生徒会長は去っていった。
……去り際《ぎわ》にものすんごい先輩が睨《にら》まれてた気がするけど、気のせいかな?
「皆の協力により脅威《きょうい》は去った。感謝《かんしゃ》する」
「「おおー」」
「それでは存分に吟味し、自分好みの写真を購入《こうにゅう》していってくれたまえ」
先輩がそう言うと、さっきと同じ獣《けもの》の目に戻り写真|選《えら》びを再開するお客さん達。
それを見ながらぼくは先輩に言った。
「……生徒会長、やけにあっさり引き下がりましたね」
「あの手の人間はね、自分の心の内を知られる事を一番|嫌《きら》うのだよ。特に、敵対している人間にね。そういう訳《わけ》で彼は、私に弱みを握られるのが、大嫌いなのだ。……いろいろあったからな」
うわぁ、説得力あるなぁ。
「まあ、私が生徒のためという逃げ道を作ってあげたというのもあるがね。
それに、男のスケベ心を舐《な》めてはいかんよ。あそこで中止を強行したら、男子生徒の反感をかっていただろう。この世はすべてエロで回っているのだ。エロは大事なのだよ」
熱《あつ》くエロエロ言ってる先輩《せんぱい》。……さっき、神秘性とか美しさとか生徒のためとか言ってた口でそれを言うんですか。
「第一だ、この私が頭を下げたのだぞ? この私が。自分で言うのもなんだが、よっぽどの事だ。あの場で引き下がらないと、私に同情が集まり、空山《そらやま》君のイメージ低下は免《まぬが》れないだろうな」
まあ、先輩が頭下げるんだからこのぐらいのことは考えてるよね。プライドなんかより実利を優先《ゆうせん》する人だし。
「それで、一体なに渡したんです?」
あれが、先輩の言う生徒会長の心の内なんだろうけど……。好きなんだろうとか言われた生徒会長……やっぱエロエロなんだろうか。
そんなぼくの問いに、先輩は、いやらし〜〜〜い笑顔《えがお》で応《こた》えた。
「内緒《ないしょ》だ」
美少女戦隊とぼく2
「で、これはどういうことでしょう」
生徒会長からの招集を受けへーこらへーこらやってきたぼくは、目の前の奇妙な光景を見て先輩に聞いた。
「嵐《らん》君が不当に渡り廊下を占拠し、通行料をせしめているのだ」
「いや、まぁそれは説明受けてるんで知ってるんですが……」
西棟と中央棟とを繋《つな》ぐ渡り廊下の中心に嵐ちゃん達がいた。その前には、食べ物を抱えた野郎の列が。
「どうやらあそこを通るには、持っている食料のいくらかを嵐君達に納めないといけないらしい」
西棟と中央棟を繋ぐ廊下は別にここだけじゃないから、ここを通る必要はない。なのにこんなに列まで作って野郎が並んでる理由は……
「ん〜おいし。じゃあ、通って良いわよ」
嵐《らん》ちゃんは焼きそばのお皿と割《わ》り箸《ばし》を並んでた少年に返す。ぼくは見た、少年が割り箸を大事そうにしまったのを。
………………まあ、そう言うこと。食い気はともかく、あの三人は一応美少女の部類に入るしね。
「あっ、先輩《せんぱい》! あの人、アイスクリーム持ってます!」
「ほほう、なかなか策士だな」
あの三人にアイスを舐《な》めさせて、そのあと自分が舐めると。
…………男って、男って。
昔はぼくもアレと同じ生物だったと思うと悲しくなってくる。今も心はそのつもりだったりするけど……こんなことを思うとは、心の方も変わっているのかもしれない。ま、多分《たぶん》気の回しすぎだと思うけど。
「あらあらまあまあ、これはまた楽しい事に」
「オマタセデス〜」
「……遅れてすいません」
順次そろってくる美少女戦隊のメンバー。
「ではまあ行くとするか」
先輩の号令で、ぼくらは悪事をはたらく嵐ちゃん達の方へ歩いていく。
「命短し 恋せよ乙女《をとめ》
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃《も》ゆる頬《ほお》を 君が頬に
此処《ここ》には誰《だれ》も 来ぬものを…………」
前口上《まえこうじょう》に、
「乙女戦隊なでしこ|X《ファイブ》! 乙女の心見せてあげます!」
名乗りに、
「ここであったが百年目! 前のようにはいかないわよ」
嵐ちゃんの返答。
「ほーっほっほっ」
「……………………」
「くっなかなかやりますわ!」
「……………………」
「オーピンチデス」
「……………………」
「みんなの力を合わせるんだ!」
なんか盛りあがってるぼく以外。
いったいぼく、ここでなにやってるんだろう。
一度しかない高校生活だっていうのに。
「おっおぼえてなさいよ〜〜」
捨て台詞《ぜりふ》を残して消える嵐《らん》ちゃん。いつの間にか集まってきてたギャラリーから拍手が巻き起こる。どうやら、出し物の一つとして認識《にんしき》されたらしい。
拍手に答えるよう手を振るみんな。
「はぁ」
ぼくは大きなため息をついたあと、作り笑顔《えがお》でそれに加わった。さっさと終わってしまおう。
それにしても、毎度毎度のことだけど…………悪事のレベルが低いなぁ。まあ、嵐ちゃんらしいっていえばらしいんだけど。
ばれた秘密と僕
生徒会室は窓やドアが完全に締《し》めきられ、カーテンさえも閉じられて薄暗《うすぐら》い。
生徒会室に入るドアの正面に置かれた執務机、僕はその上に置かれた写真を見ている。今僕は相当|険《けわ》しい顔をしている事だろう。
僕は生徒会役員達のための物よりも、わずかばかり豪華《ごうか》な椅子《いす》に身を沈め先ほど自《みずか》らにかけられた言葉を反芻《はんすう》する。
「好きなんだろう[#「好きなんだろう」に傍点]?」
……いつばれた?
机の上に広げられているのは、つばさに手渡された写真。そこには、笑顔の女性が写っている。ライオンのたてがみのようにボリュームのある金髪、女性的な曲線《きょくせん》に恵まれた長身。……オーラだ。素人《しろうと》目に見てもよく撮《と》れている写真だという事がわかる。
絶対にそのようなそぶりは見せていなかった。それだけは断言できる。
だが……この写真にあの言葉、間違いなく気づかれている。美少女戦隊などと言いだしたのも、連絡係として派遣《はけん》してきたのも、この事を知っていたからか? ありえない、だがそうとしか考えられない。いつ気づかれた? 見当もつかない。アレが送られてきて、オーラに心を奪われたあの日から、誰《だれ》にも悟られないように、細心の注意を払ってきたのだから。アレを送ってきた者が教えたのか?
それに、彼女を僕に近づけてどうするつもりだ? 仲を取り持ってくれるという事ではないだろうし……。
今に始まった事ではないが、つばさの考えは読めない。
「……ふぅ」
僕は大きく息を吐き天井《てんじょう》を仰ぐ。
今までの計画は白紙に戻さなくてはならない。
つばさの差し金ではあるが、ようやく最近親しくなってきた。ゆえにこれからは、オーラからつばさの影響力《えいきょうりょく》を排除したのち、奴《やつ》の目の届かない場所で外堀を埋めるように仲を深めていく。そういうつもりだった。絶対に失敗する訳《わけ》にはいかない、彼女は是非とも手に入れたい。
そのために彼女の事を知り、万全の状況で事を運んでいこうと思っていた。
今回の、彼女からの頼まれごとも、仲を深めるだけのつもりだった。
だが……そうも言ってられない。
彼女からのあの誘《さそ》い、何か裏があると考えて良いだろう。大方、つばさに頼まれたのだろう。確《たし》かにできすぎていたが、あの誘いは魅力的《みりょくてき》すぎた。つばさが絡《から》んでいるのだから不安もある。だが……これはチャンスでもある。彼女の心に近づく絶好のチャンス。
……………………のるか、そるか。
僕は目を閉じ過去に思いを馳《は》せる。
女|嫌《ぎら》いというトラウマを決定的なものとして刻み込んだあの出来事。
服を脱がされ縛《しば》られて泣き叫ぶ小さな僕、笑いながらはさみを手に持っている小さなつばさ。
お医者さんごっこというよりは解剖ごっこ。いや、むしろ拷問《ごうもん》。
『うふふ、これからかいぞうしゅじゅつをはじめます』
『やっやめてよつばさちゃん!』
『これからきみはセイギのヒロイン[#「ヒロイン」に傍点]としてへいわをまもるんだ!』
とてもうれしそうな小さなつばさ。
『いやだよ、やめてよ』
『めす』
つばさは、泣いて嫌《いや》がる小さな僕を気にもせずはさみを掲げる。
『めすってそれはさみだよ、つばさちゃんそれはさみ!』
『せいぎのためにはそんなこと、ささいなことなんだよ』
『ささいって……だめ、いやだ、いっ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」
「はさみはダメだろうっ!!」
ドンッ!!
僕は机を思いきり叩《たた》いた。握り込んだ拳《こぶし》の中にはものすごい冷や汗をかいている。
はさみ……はさみはだめだ。男に対してはさみはないだろう。
「はぁはぁはぁ……………………くく……くくくく」
なぜか笑いが漏《も》れてきた。
見ていろつばさ、乗ってやる。僕があの頃《ころ》のままじゃない事を思い知らせてやる。
僕は力を手に入れている。生徒会長という権力。人望という力。そして……
僕は壁《かべ》に掛かった絵画《かいが》の前に立つと、絵画を横にすべらせる。そこに現れたのはダイヤル式の金庫。僕はダイヤルを回し金庫を開ける。
まず革製のベストのようなものを取りだし身につける。そのベストにはわらでできた人型《ひとがた》の人形。つまり、わら人形が何体も結《ゆ》わえつけられている。人形は左右に一体ずつ。そして次に取りだしたのは小型のアタッシュケース、開くと中には全長三センチほどの杭《くい》が整然《せいぜん》と並んでいる。この杭は左右に開く事のできる構造になっており、この中には人の毛髪が入っている。この杭をわら人形に仕込めば、呪《のろ》いのわら人形のできあがりだ。わら人形を大量に持ち歩く事はできないが、この杭は何本も持ち歩ける。
奴《やつ》への復讐《ふくしゅう》のために手に入れたこの力。つばさが何かしようとすれば、激《はげ》しい苦しみがつばさの身を襲《おそ》うだろう。そう考えると、自然と笑《え》みが漏れた。
くくっ、そうだ。僕の方が上にいるんだ。怖がる事はない。
……一応つばさの周囲にいる人間の分は用意しておくか。
平賀《ひらが》つばさ、山城《やましろ》一《はじめ》、小谷《こたに》美香《みか》、石川《いしかわ》嵐《らん》。川村《かわむら》秀則《ひでのり》……
僕は、大量に並んだ杭の中から必要な物を取りだしていく。凰林《おうりん》高校の主要な人物の毛髪はだいたい手に入れている。
必要な杭を取りだすと、ベストにある、専用のホルダーに杭を差し込んでいく。
つばさが何を企《たくら》んでいるかは知らないが、そんなものは跳《は》ね返してくれる。今のこの状況、時がきたという事だ。
それが終わると僕はアタッシュケースを金庫に戻し、最後に一枚の写真を取りだし金庫を閉じる。厳重《げんじゅう》に保管されている一枚の写真。
僕はこの写真を見てなお、彼女を愛する事ができる。そんな奴が他《ほか》にいるか? いやいない。いたとしてもこの想《おも》いには勝てないだろう。そう、この想いに勝てる奴がいるわけない。つばさですらこの想いを妨げる事はできないだろう。自分はずっと……ずっと求めてきたのだから。自分には、彼女が必要だ。なぜなら彼女はやっと見つけた運命の……
僕は写真を眺めながらつぶやいた。
「……オーラ」
文化祭を見て回る先輩とぼく
コスプレ喫茶《きっさ》の超|恥《は》ずかしい接客作業。でも、恥ずかしさがあるレベルを超えたところで、なんか楽しくなってきた。差恥心《しゅうちしん》って麻痺《まひ》するもんなんだなぁ。これはぼくじゃない、先輩《せんぱい》の身体《からだ》。ぼくが見られてる訳《わけ》でなくて、先輩が見られてるんだ。かわいくなってるのは先輩なんだ……と、繰《く》り返し念じてきたおかげでもある。
すごいなぼく、とうとう悟っちゃったよ。
そんな訳でなにも考えず、頭|空《から》っぽで接客してるぼく。今のぼくは、制服がかわいくて有名なあの喫茶店《きっさてん》の制服みたいなのを着てる。ふつうにウェイトレスだ。
制服により胸が強調《きょうちょう》されているのは先輩の身体、ぼくじゃないぼくじゃないぼくじゃない……そうとも、注目が集まるのは先輩がきれいだからで、そこにはなんの問題もないはずだ。そう、カワイイのはぼくじゃない、女らしいのはぼくじゃない。ぼくじゃないぼくじゃない……よし。
定期的に自分をごまか……もとい、事実を確認《かくにん》しないとね。うん! じゃあ、がんばろう!
「一名様ご案内ですぅ〜、はじめちゃんお願《ねが》い」
「はぁい」
お盆を抱えてきれいにターン、笑顔《えがお》でにっこり……
「いらっしゃいま」
……固まった。
「やあやあ、いいねいいね、すばらしいね。ああ、今の笑顔を私以外にも向けているのか。君のその笑顔を独《ひと》り占めしてしまいたいなどという卑しい私の内面を知ってなお君は今までどおり私の事を想《おも》ってくれるのだろうか……」
「せっ先輩……」
先輩がやってきた。恐れていたことが現実のものに。……今日《きょう》ばっかりはこないでほしかった。今先輩に会ってしまったら、せっかく築きあげた心の堤防が……
「それはそうと、聞いたところによると一番人気だそうではないか。やはりこれは中身[#「中身」に傍点]が良いのだろうな」
なんか知らないけど先輩は、大げさな葛藤《かっとう》を「それはそうと」の一言でなかったことにしてそんなことを言った。
「い……いいえ先輩。かっ身体がいいおかげですよ」
ミシッ (←心の堤防にひびが入った音)
「いいや、謙遜《けんそん》しなくて良い。間違いなく中身[#「中身」に傍点]だ。君という中身[#「中身」に傍点]があるからこそ、その身体は光り輝《かがや》いているのだ」
ミシミシッ
「君の中身[#「中身」に傍点]の女らしさが身体《からだ》を突き破り漏《も》れでているのだ。そう、君の中身[#「中身」に傍点]の美しさに皆は惹《ひ》かれているのだ」
ミシミシミシミシッ
だめだこのままでは。
「そっそんなことはないですよ、先輩《せんぱい》の身体が綺麗《きれい》じゃなかったらこんなことには……」
「いやいや、事実入れ替わる前に私がここまで騒《さわ》がれる事はなかった。今のように君が人気者になったのは入れ替わってからだ。ゆえに中身[#「中身」に傍点]なのだ! よく言うだろう? 人は外見ではない、中身[#「中身」に傍点]だと!」
…………ドカーン(←決壊《けっかい》した)
くっくあああ、せっかく、せっかく自己暗示をかけてたのに。
わざとか? わざとなんですか先輩? よく見ると先輩にやにやしてるぞ、絶対わかってやってるよこの人。なんて意地の悪い……
こみあげてきた恥《は》ずかしさに身もだえするぼく。ごまかしてきた今までの分の恥ずかしさまで乗っかってきてもうすごいことに。
走馬灯《そうまとう》のようによぎるのは……
『いらっしゃいませ〜』
『よくきたねお兄《にい》ちゃん※[#ハート(白)、1-6-29]』
『ご主人さま』
『おかえりなさいあなた』
『……………………いらっしゃい』(←無口無表情きゃら)
……良い感じになりきって接客してるぼく。
あっうあっ
その重みに耐えられずふらふらとよろけるぼく。
このままでは、だめだ。話を変えないと……
「そっそれで先輩はなんでここに?」
その疑問に先輩はにやりと答える。
「私が君の晴れ姿を見にきてはいけないのかね?」
「そっそんなことは……」
あるんですけど。
「ま、様子見《ようすみ》と、これから一緒《いっしょ》に文化祭などを回らないか? と誘いにきたのだ」
「えっ、ああ……いいですね。でももう少し待ってください。あとちょっとで休憩《きゅうけい》に入れるはずなんで」
「知っている、だからきたのだ」
…………なんでこの人は他人のスケジュールを把握してるのだ。
「では、それまで紅茶でも飲みながら待たせてもらうとするよ」
「……わかりました」
ぼくは先輩《せんぱい》に紅茶を持っていこうとする、でも先輩が肩を掴《つか》んで止めた。
「のんのん、注文からやってくれたまえよ」
この人は……
「…………いっいらっしゃいませ、ご注文はおきまりでしょうか?」
「ふぅ、つかれた」
……色々な意味で。
仕事を終えたぼくは、厨房《ちゅうぼう》の方に回る。
「おつかれさん」
「おつかれ〜」
「うん、おつかれさま」
クラスメイトのねぎらいの声に答えながら、自分の荷物の中から制服を取りだす。
まっぷたつに仕切られた部屋の厨房側には、小さな一人用の更衣室《こういしつ》が作ってある。着替えのためにいちいち更衣室まで行く時間がもったいない! とのことでこんなのが作られた訳《わけ》。コスチューム替えとかたくさんするからねぇ、更衣室と教室を何回往復することになるか。
ぼくは、のぞき厳禁《げんきん》しばくぞこらぁと書かれた紙が貼《は》ってあるカーテンを開き中に入り、制服に着替え始める。カーテンだけなので外の声は丸聞こえだ。
「あっああ……この薄《うす》い布の向こうではじめが……はじめちゃんが着替えている……」
「うわっ佐藤《さとう》がふらふらカーテンに近づいてるぞ!」
「うふっうふふふ……うひゃ」
…………丸聞こえだ。
「とっ止めろー止めるんだ!」
「うおっ、なんて力だ!」
「いや、それだけではない! 心では止めようと思っているんだが、身体《からだ》が! 我々の身体が自由に動かないんだ!」
「おっおれもだ、くっこのままでは着替え中の、はじめのあられもない姿が皆の前にさらされてしまうというのに」
「うひゃひゃひゃ」
「うっうわ〜〜」
「もうだめだ〜〜」
「あきらめるな、みんなの力を集めるんだ!」
「そうだ! みんなの力を集めればできない事なんてない! ゆくぞおまえらっ!!」
「「おおっ」」
シャー
ぼくはカーテンを開いた。
「…………なにしてんの?」
着替えを完了したぼくは、男達をジトーっと冷たい目で見た。一瞬《いっしゅん》たりとも見逃《みのが》すまいと目を見開いた男達は、佐藤《さとう》君を羽交《はが》い締《じ》めにしたままの格好《かっこう》で固まっている。
「……なんでもない」
「はじめ、おまえ着替えるの早いな」
気まずい顔してぱんぱんと身体《からだ》をはたいて乱れた服装を正してるみんな。
「これでも元男だしね」
早着替えは得意です。
「そっか」
残念そうな、全員[#「全員」に傍点]。
……おまえら止めようとしてたんじゃないのかよ。まったく、これだから男は。
「制服はここ置いとくから、次の人に渡してね。んじゃ、お先〜」
たこ焼きイカ焼き、ジュースに焼きそば。おばけ屋敷《やしき》に演劇《えんげき》に……と、文化祭は大にぎわいだ。少しでも点数を稼《かせ》ぎ売り上げを伸ばそうと、客引きがあちらこちらで声を張りあげてる。歩けば人の肩に当たるすごい混雑具合。うちの学校じゃない制服もよく見るし、一般の人もたくさんきてる。んーお祭りだなぁ。
ぼくと先輩《せんぱい》はそんな文化祭を満喫《まんきつ》していた。
「はじめ君、はじめ君。はぐれたらいけない」
先輩が手を出してくる。
「あっはい」
その手を握るぼく。周りには人がいっぱい。
う〜ん、照れるなぁ。
こんな時間が続いたらいいなぁ。……なんて思うけどあんまり時聞はない。ゆっくり回れたらいいけど……まあ、これはしょうがない。
「じゃあ、次はどこ行きましょうか」
少ない時間を有効に使おうと、ぼくは先輩に聞く。
「それはもうすでに決まっている」
「えっ?」
「これからがメインイベントだ。これを見るために君を誘《さそ》ったのだよ」
そのままぼくは先輩《せんぱい》に連れられて歩いていく、気がつけば少しずつ人気《ひとけ》がなくなっていっている。体育館の裏に向かうルートだよね、これ。一体なにがあるんだろう。
「こんなところでなにがあるんです?」
「それは見てのお楽しみ、まずはこれをつけてくれたまえ」
「…………この仮面はなんですか?」
目だけ隠《かく》れる蝶々《ちょうちょう》の仮面を渡されるぼく。
「蝶最高だろう? それはこれから行く場所で必要となるものだ」
いったいなんだろう。興味《きょうみ》はそそられるけど……逃げた方がいい気がする。
「では行こう」
でも、逃げだそうにもぼくの手はがっちり先輩が握っている。ただただ、好きな人のぬくもりを感じたいから……とかいうかわいらしい理由で手を繋《つな》ぐという考えが先輩には存在しないことを思い知らされます。
とほほのほ。
仮面をつけたぼくが先輩に連れられていった体育館の裏には、倉庫がある。普段《ふだん》は使わない大きな物がしまわれてるんだ。テントとか、体育祭に使う大きなボールとか、玉入れのかごとか色々。だからもちろん、出し物なんてないはずなんだけど……目的地はそこらしい。
ぼくとおそろいのマスクをつけた先輩が、倉庫の扉《とびら》の前に立っていた男子生徒になにか紙を渡す。男子生徒はそれを確認《かくにん》。
「招待状、拝見いたしました。どうぞ」
ギギギギ〜と音が鳴り、扉が開く。
「では行こう」
「はっはい」
先輩に連れられ中に入っていく。
なんだこの物々しさというか、漂う奇妙な空気は。
倉庫の中は薄暗《うすぐら》い、文化祭で中の荷物を出したからか、少しは広くなってる。でもそこまで広くはない。その中にぼくらと同じように覆面《ふくめん》やマスクをした人達が思い思いの格好《かっこう》で待っている。多くても三十人程度だと思う。暗くてあんまりわからないけど。
それにしても……なんなんだこれ。尋常《じんじょう》じゃない怪《あや》しさなんだけど。
これはなんですかとぼくが先輩に聞こうとしたその時、ぱっと灯《あか》りがともった。
「レディースエーンドジェントルメン、たいへん長らくお待たせしました」
その灯《あか》りの中心に立つのは、スピードが三倍になりそうな仮面をつけてタキシードを着た司会らしき人。倉庫の奥に、少し高くなってる台が作ってあって、司会の人はその上に乗っている。あの丸い体型にはどことなく見覚えが……他人のそら似だと思いたいけど……。
その司会の人が宣言する。
「……これより、凰林《おうりん》高校裏オークションを開催いたします!」
ぱちぱちぱちぱち
小さく拍手するマスクの人達。うおお、大騒《おおさわ》ぎしないところがなんとも紳士だ。それにしても今までにない雰囲気だなぁ。どうやらオークションやるみたいなんだけど。
「今日《きょう》、特別に選《えら》ばれた皆様のためだけに持ち寄られた、ここでしか見られない、手に入らない極上《ごくじょう》の品物の数々。皆様のお気に召《め》す品物も必ずある事でしょう。皆様、是非是非ふるって御落札くださいますよう」
特別に選ばれた? 先輩《せんぱい》がここに入る時に見せた招待状のことかな? ぼくもらってないけど、先輩の付《つ》き添《そ》いだから入れたのか。
「え〜まずは、皆様のテンションを上げお財布の紐《ひも》を緩《ゆる》くして頂くために、目玉商品の一つからオークションを始めるという姑息《こそく》な手段に出ようと思うのですがいかがでしようか?」
ははははははは
なんか微妙に居心地《いごこち》の悪い紳士笑いが巻き起こる。
「どうやら、ご了承を得られたようですね、流石《さすが》皆様お心の広い方ばかりです。私どもとしましては、そのお心ぐらいお財布の口を広げて頂けるとありがたいのですが……」
はははははははは
なんなんだこの空気。
「それでは、オークションを開始しましょう。最初の商品はこれ、私がとあるルートで手に入れた品物です……」
目玉商品か……一体なんだろ。そもそもこれは、いったいなんのオークションなんだ?
「……………………脱ぎたてほやほや、はじめちゃんがさっきまで着ていた、アン○ミラーズの制服です!!」
オオオオオオオオオオオオオオオ
巻き起こるどよめき。
愕然《がくぜん》とするぼく。
やっぱおまえか! タッキーか! こいつはいつもいつも人の神経を逆《さか》なでする! なに小粋《こいき》なトークなんかしてんだこいつ!
「なっもがっ」
そのあとなんだって〜と続くはずだったぼくの叫びは、先輩の手で遮《さえぎ》られた。
「はじめ君、せっかくいいところなのだから静かにしてくれたまえ」
「もががもがもごもっがあがが〜! もごごもがぎゃごごがっが!!」(これが静かにしてられますか! なんなんですかこれは!!)
「我がはじめちゃんファンクラブ主催の裏オークションだ」
馬鹿《ばか》だ馬鹿だと思ってたけど、ここまでとは……
「ただのオークションだ。そこまで騒《さわ》ぐ必要もあるまい。それとも何か問題でもあるのかね?」
「もがごがごごごっががおもがおあ〜〜!」(でもあの、これってあれですよね? 一時期問題になったあれ、女子高生が使用済み下着とか売ってたあれ!)
「何を言っている。これはただの何の変哲もないリサイクルだぞ、エコロジーだぞ。我らはじめちゃんファンクラブは、君だけにではなく地球にまで優《やさ》しいのだ」
なぜか会話が通じる先輩《せんぱい》とぼく。この以心伝心パワーをもう少し恋人同士の雰囲気作りとかに利用してもらいたいものだと本気で思う。
ぼくと先輩がそんなことをしている間に、オークションはスタートする。
「まずは千円から始めます」
司会の人のその声と共に、
「二千!」
「二千五百!」
「五千」
「八千」
値段がどんどんつりあがっていくぼくの使用済み制服。
「もごがががががっっごおがっ!!」(リサイクルって、もう原価を完全に超えてますよ!)
「それはまあ、付加価値というものだ」
「がもがっがもももがももごごご!」(それが一番の問題なんですよっ!)
ここにいる全《すべ》ての人間にふざけんな〜と叫びたいけど、むがががが〜としかならないので、これはやめておく。
ううっううううっ涙が止まらないよ。せっかく作ったアレが、誰《だれ》かのもとに行き想像したくもない用途《ようと》に使われようとしている。
「二万!」
おお〜
いきなり値段が飛んだ。あちこちから感嘆のため息が漏《も》れる。でもこの声は聞いたことがあるぞ、これは…………
「お〜らんちゃんりっち〜」
「りっち〜」
「ふっ、アタシの写真馬鹿売れしてるみたいだから、これくらいお茶の子さいさいよ!」
…………嵐《らん》ちゃんがいるよ。
目立つところに三人で、あの悪のコギャル姿と悪の体操服姿をしてる。……顔も隠《かく》してないし。ほんとあの娘《こ》達は……
心底《しんそこ》呆《あき》れてるぼく。そんなぼくの口を押さえたまま先輩《せんぱい》が叫ぶ。
「三万!」
「もがががもがもがが〜もがっ!」(なに参加してるんですか!)
「もちろん欲しいからに決まっているだろう。着て良し、着せて良し、煮てエキスを抽出《ちゅうしゅつ》して良し」
「ぎゃごがごもごっ!! もぎゃぎゃぎょ〜ぇっ!!」(ちゅっ抽出ってなんですか!! それどうすんですかっ!!)
「私一人で楽しんでも良いし、はじめ君エキスとして売りだしても良い」
「もがあぎょがっがっごっもぎゃ!?」(なっなに言ってんですか、本気ですか!?)
「本気だ」
「もぎゃぎゃぎゃーん!!」(最悪だ〜〜〜〜!!)
ぼくがもがもが先輩と話してる間にも着実に進行するオークション。
「三万です! 三万以上はいませんか?」
その司会者さんの声に嵐ちゃんが声を張りあげる。
「さっ三万五千」
オオ〜
ってもうちょっとましなことにお金使おうよ! もったいないよ!
「四万!」
オオオオ〜
ってああ、先輩がすぐさま言い返した〜っ!!
抽出される、このままだと抽出されちゃう!
「四万円、四万円以上はいませんか?」
むぐぐぐ〜とかうなってる嵐ちゃん。
「それでははじめちゃんの脱ぎたて制服は四万円でそちらの紳士が落札されました!」
オオオ〜
ぱちぱちぱちぱち
「もがごがもががい!」(放してください!)
「暴《あば》れないでくれたまえよ。いまさら暴れても、もうどうにもならないのだからね」
こくこくとうなずくぼく。
「ぷはぁ、もう呆《あき》れて言葉もないですよ。四万円って」
「欲しい物を意地でも手に入れる主義でね」
「わざわざ買わなくても欲しければあげるのに……抽出《ちゅうしゅつ》はダメですけど」
「こういうのは、手に入れる行為そのものが重要だろう。それに今回は私も出品しているからな、費用的にはプラスマイナスゼロくらいにはなるのではないかね」
…………出品。
「いっ一体なにを」
ぼく関係《かんけい》なんだろうけど……
「君の手作り弁当だ」
うぎゃ
「ひっ人が愛情込めて作ってきたお弁当をなんだと思ってるんですか!」
まったくもう信じらんない。
小声で突っ込むぼく、そんなぼくに先輩《せんぱい》はしれっと答える。
「君の愛だな」
「なら売ろうとしないでくださいよ!」
「愛があればお金などなくてもいいなどという人がいるが、これは間違いだ。愛を維持《いじ》するためには、最低限のお金がいる」
「愛を維持するためにお金を得ようとして、愛を売っちゃったらなんの意味もないじゃないですか!」
「おお、あれだな! 夫は大切にしていた懐中《かいちゅう》時計を売り妻に金の櫛《くし》を。妻は自慢《じまん》の髪を売り時計につける金の鎖《くさり》をそれぞれ買った。プレゼントを贈り合う二人だが、もうそれを使う事ができない。無駄《むだ》な贈《おく》り物。しかしそれにより、二人の愛はより深まった……いい話だ」
「ぜんぜん違いますよ! なに聞いてたんですか! その話と先輩とを一緒《いっしょ》にしないでくださいよ! だから先輩は愛そのものを売ろうとしてるじゃないですかっ!」
「大丈夫、私の君への愛と同じように、君の愛も無限だろう。つまりだ、無限だという事はいくら売ってもなくならないという事だ。ん? 何かね、君の愛はこの程度の事でなくなるのかね?」
…………頭痛くなってきた。
頭を押さえるぼく。そんなぼくの頭痛の種がまた増える。
「ふははははー、これがふさわしいのはアタシ! アタシしかいないのよ!」
先輩が落札したはずの制服を嵐《らん》ちゃんが司会者のタッキーから奪い取ったらしい。幸せそうに、制服にすりすりしてる嵐ちゃん。もうどうにでもしてください。
「むっこれはいかん」
「いやもう変身やめましょうよ……どうせここにみんなが集まるまでに逃げられますよ」
「大丈夫だろう」
先輩が携帯電話を操作《そうさ》し、メールを送った。すると……
着メロがすぐ側《そば》で流れだす。それも3つ。
「…………なんてことだ」
ぼくは放心|状態《じょうたい》でつぶやいた。
音をたどっていくと、仮面の美香《みか》さんがいた。仮面のオーラもいた。そして……仮面の真太郎《しんたろう》と仮面の桜《さくら》さんが……
「真太郎……」
ぼくは、とても悲しい顔をして真太郎を見た。
驚《おどろ》いた顔の真太郎と目が合う。いや仮面をつけてるから、ほんとにそんな顔をしているかどうかはわからないけど、隙間《すきま》から見える目は驚いている。
信じてたのに、おまえだけは普通だと信じてたのに……
「と、いうわけで変身だ!」
やる気に溢《あふ》れた先輩《せんぱい》にズルズル引きずられて、ぼくは倉庫の外に出て行った。
これから変身して、前口上《まえこうじょう》言ってポーズ決めて、馬鹿《ばか》なバトルして、嵐《らん》ちゃんが捨て台詞《ぜりふ》言って去っていくという、今までどおりのお約束が行われたんだけど……ぼくはそれどころじゃなかった。
ある意味|今日《きょう》一番のショックな出来事だったんじゃないだろうか。
………………………………………………………………………………真太郎。
[#改ページ]
凰林祭クライマックス編
ミス凰林コンテストとぼく
『さーて今年《ことし》も始まりました。ミス凰林《おうりん》コンテスト。凰林高校で一番の美少女が今日決まります。女性|蔑視《べっし》の表れだとかいってくる難儀《なんぎ》な人々をかわすためにミスター凰林コンテストも行われますがそんなのは飾りです! お偉いさんにはそれがわからんのですよ!!』
そんな威勢《いせい》の良い早口がぼくの鼓膜を震《ふる》わせた。
『司会は私、放送部|所属《しょぞく》の長尾《ながお》。解説して頂くのは美しい物を追い続けて早《はや》18年、美の探求者|道本《みちもと》誠《まこと》さん』
『よろしくたのむよ〜』
『そして、ゆとり教育の負の遺産《いさん》、現代社会のゆがみの象徴《しょうちょう》、川村《かわむら》秀則《ひでのり》さんにお越し頂きました』
『よろしくお願《ねが》いします』
…………なんだそりゃ。
『このお二方《ふたかた》には特別|審査員《しんさいん》も兼任して頂きます』
文化祭も後半戦、クラスでウェイトレスして、美少女戦隊して、またウェイトレスして……というハードスケジュールをこなしたおかげで、どうにか休みをもらってぼくはここにいる。
ここは体育館。たくさんの人でごった返し身動きするのも辛《つら》い。比率的には男が多い。まあ、ミスコンなんだからあたりまえといえばあたりまえだけど。
今から始まる先輩《せんぱい》のクラスの出し物。盛況だけど、大盛況だけど…………発案者は絶対先輩だよねぇ、クラスの出し物でミスコンやろうとか言いだすのは。先輩らしいというか、先輩以外にこんなこと言いだす人はいない。うちのタッキーみたいな感じで、屁理屈《へりくつ》でごまかす様《さま》が手に取るように見えるよ。
ちなみにミスコンで一体どう稼《かせ》ぐんだ? とか思ってるあなた、先輩がその辺《あた》りの事を考えていないはずもない。体育館にこれだけ人が集まるとその熱気《ねっき》はすさまじい。照明を使うために、窓は全《すべ》て閉じられてるので風も吹《ふ》かない。大きな換気扇は回っているみたいだけどまさに焼け石に水。暑くてのどが渇《かわ》く。そんな訳《わけ》で……
「あっ、すいませーん。コーラください」
「ありがとうございますー」
こんな風《ふう》に野球場にいるビール売りのおねーさんみたいな売り子さんから、ジュースやアイスが飛ぶように売れていく。体育館の隅ではポップコーンも売っている。人が集まればそれらも売れるということで……もうすでに大成功だよね。さすが先輩。
あーコーラ冷たくておいしい。
それでその先輩と美香《みか》さんは、裏方業務があるとかでいない。さすがの先輩も、遊んでいるばっかりじゃないって事だ。感心感心。のりちゃんはクラスで店番。真太郎《しんたろう》と桜《さくら》さんをじゃまするのも悪い。他《ほか》の人達も捕まらず。まあそんなわけで、今ぼくは一人でミスコン会場にいる。
『さて今回で45回目を数えるミス凰林《おうりん》コンテストですが、わからない方のためにルールを説明しましょう』
この学校、創立してまだ21年しかたってないし。しかもぼくの記憶《きおく》が確《たし》かなら去年やってないし。
『この大会は女子生徒の美しさを競う大会ですが、ただ外見の美しさだけを競う大会ではありません。心技体、文武両道などの能力だけを競う大会でもありません。単純に女性の魅力《みりょく》、つまり男心をどれだけくすぐる事ができるか、男達の夢をどれだけ体現しているか! それを競う大会なのです!!』
…………先輩の趣味《しゅみ》が溢《あふ》れすぎていて、言葉もありません。
『つまりはです。ふつうのミスコンならば、頭の良さはプラス要素です。ですが、ミス凰林コンテストは違います。それがプラスになる事があればマイナスになる事もある。逆に勉強ができなくてもそこがかわいいとプラスになる事がある。料理がうまい、これはだいたいプラス要素でしょう。ですが、料理が下手《へた》というのも場合によってはプラスの要素になる。ドジでも良い、不器用でも良い。ぶっちゃけ萌《も》えさえできればどうでも良いのです!! 個人的な嗜好《しこう》を申しあげさせていただきますと、ドジッ娘《こ》は素晴《すば》らしい!! ドジッ娘最高!!』
うわっ言い切っちゃった。
放送で垂《た》れ流されるかなりのダメ発言、でもその言葉に心打たれたダメな人達も多いらしく、うおおおおー! とか、そのとおりだー!! とか、よく言った!! とかいう感極《かんきわ》まった声があちこちで聞こえる。この学校は……
『そのため、参加した女性の皆様には、様々《さまざま》な日常のシチュエーションを用意し、その中でどのような行動を取るかで競って頂きます。参加するのは合計十名の選《え》りすぐりの美少女の皆さんです!!』
ポスターとかで派手《はで》に宣伝してたからなあ、出場者|募集《ぼしゅう》! 自薦《じせん》他薦は問いません!! ……って。焦《じ》らすだけ焦らして、開始一週間前ぐらいに一気にバーンと宣伝開始したからかなり印象に残ってる。これも作戦勝ちかなぁ。
ぼくは体育館に入る時に配られていた紙を見る。そこには、出場する人達の写真と簡単《かんたん》なプロフィールが印刷されている。
みんな美人|揃《ぞろ》い。各学年で有名な美人さん達が勢|揃《ぞろ》いしてる。…………ほんと、よく十人も集まったなぁ。やっぱ賞品が豪華《ごうか》だから? ミス凰林《おうりん》の賞品は、純利益の10%分の図書券。図書券なのは色々と大人《おとな》の事情が垣間見えるけどまあそれはおいといて、この分だと結構な額《がく》になるんじゃないかな。
んで、その美人さん達の中に見知った顔があるから、ぼくはここにいる。
ちなみに、十人のうち最後の一人は顔が出ずにシルエットだけ。食玩《しょくがん》のシークレットですか? まったく商売|上手《じょうず》にも程《ほど》がある。これもポスターに『謎《なぞ》の美少女!?』みたいな感じで書かれてたので、これが誰《だれ》だか気になってきてる人も多いはず。
『審査員《しんさいん》にはさきほど紹介しました二人、プラス八人の十人。様々な嗜好に精通した選りすぐりの精鋭《せいえい》をご用意しました。公正かつそれぞれの趣味《しゅみ》嗜好を存分に発揮《はっき》して頂くため、覆面《ふくめん》を着用して頂いています。この十人が10点満点で評価していきます。十人の合計が100ポイント。第三審査まであるので最大300ポイント。そして最終審査が終わった段階で、ここに集まって頂いた皆様に一人1ポイント投票して頂きます。
それらを合計し、その中でより多くの点数を獲得《かくとく》した人が凰林高校一の美少女という栄冠を獲得するのです!』
ああ、なるほど。この紙が投票用紙にもなってるのか。
「では、美しき参加者の皆さんにご入場頂きましょう!! どうぞっ!!」
うおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ!!
どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん
叫び声と床《ゆか》を踏みならす音が響《ひび》く、建物の中なのでものすごい反響《はんきょう》だ。床が抜けないだろうかと心配になってくるほどの盛りあがり具合。
『エントリーナンバー1番、山口《やまぐち》洋子《ようこ》さん!』
入場の音楽をかき消す勢いで鳴り響く地鳴りと叫び声の中、参加者の人達が出てきた。みんな思い思いの登場の仕方だ。ギャラリーに手を振ったり、投げキッスしたり、会釈《えしゃく》して微笑《ほほえ》んでみたり。もうすでに女の戦いが始まってる。
『……エントリーナンバー4番 石川《いしかわ》嵐《らん》さん』
嵐ちゃんが出てきた。嵐ちゃんが見知った顔一人め。
「はーい、やっほー。よろしくねー」
ぶんぶんと元気よく手を振る嵐ちゃん。
らーんちゃーん
野太い声で声がかかる。うわー、やっぱ嵐ちゃん人気あるんだなぁ。色々目立つ娘《こ》だし。この文化祭でも大暴《おおあば》れだし。
嵐ちゃんの出場はあの天真燗漫《てんしんらんまん》というかお調子者《ちょうしもの》というか、目立ちたがりの性格のせいもあるけど、一番の理由はいつもどおり先輩《せんぱい》とかタッキーとかに見事にそそのかされまくったから。
うーん、嵐ちゃんって地味に人見知りする人だったんだけど、昔の記憶《きおく》が蘇《よみがえ》って以来、さらにたがが外れたみたいになってるんだ。ほんと変な娘だなぁ。もちろんあのコギャルメイクはとって、いつもの嵐ちゃんに戻っている。
アタシの魅力《みりょく》でお姉《ねえ》さまを……グフ……グフフ。
とか言ってたし。あと、お姉さま! アタシがんばるから絶対見に来てねっ!! って言われたからぼくは見に来た。
OMRのメンバーは美人さん揃《そろ》いだけど、出てるのは嵐ちゃんと……
『エントリーナンバー8、オーラ=レーンズさん』
オーラだけ。
「ヨロシクオネガイシマスー」
いつもどおりの笑顔《えがお》で手を振るオーラ。
オーラはお願《ねが》いしいますーって運営委員会の人から頼まれて、「ハイーミナサンにヨロコんデイタダケるナラ〜」って感じで即OKした。まあ、裏で先輩が一枚かんでそうな感じだけど。
桜《さくら》さんは、
「……わたしは真太郎《しんたろう》様以外からの評価には何の価値も見いだせないのです。……真太郎様が出ろとおっしゃるなら喜んで出ますが……」
「いや」
「なら出ません」
という感じで出ないし、美香《みか》さんは、「女の美しさはここぞという時に魅《み》せるからこそ効果的なのですよ。という訳《わけ》でわたくしも参加しませんわ」と美香さんならではの理由で出てない。この二人ならけっこう良い線《せん》いくと思うけどなぁ。
『そして最後! ついに明かされる謎《なぞ》の美少女の正体は……』
ついに登場のシークレット。いったい誰《だれ》なんだろう。ぼくの記憶《きおく》に残ってる限りでは、まだまだ出てない美人さんは多いんだよね。自薦《じせん》の人はともかく他薦の人は、みんながみんな出る訳じゃないよね。うーん……シークレットの人は、こんなお祭り騒《さわ》ぎが苦手《にがて》で出てきそうにもない感じのおとなし系の人かな? それなら希少価値があると思うし。
期待に静まる体育館。
だらららららららららららららと、こういう時にはおなじみの音だけが鳴《な》り響《ひび》く。
もったいぶるだけもったいぶって、期待が最高潮《さいこうちょう》に達したその時、解説の人はゆっくり口を開いた。
『エントリーナンバー10………………平賀《ひらが》つばささんですっ!!』
ぶ―――っ!!
真上に向かって飲んでたコーラを噴《ふ》きだした。ライトに当たってきらきら輝《かがや》くコーラ。ぼくの真上にできるきれいな虹《にじ》。
ああ……きれいだ……って思考停止|状態《じょうたい》に陥《おちい》ってる場合じゃない。
なんかもう、あり得ない名前が呼ばれた。信じられない。
えっ? えっ? ええ〜〜?
舞台袖《ぶたいそで》を凝視《ぎょうし》するぼく。でも、なにかの間違いであって欲しいというぼくの願《ねが》いは、あっけなく粉砕《ふんさい》される。そこから出てきたのは…………先輩《せんぱい》だった。
ぼくは頭を振り体育館の天井《てんじょう》を仰ぎ見て心を落ち着かせる。そしてもう一回舞台上を見る。
そこには…………やっぱりものすごい美少女に変身した先輩がいた。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!![#「!!!」は縦中横]
少しの静寂《せいじゃく》のあと、今までとは比較にならないほど大きな声が上がる。
それはそうだろう。スカートをひらひら[#「スカートをひらひら」に傍点]させてウェーブがかかってふわふわのロングヘアーをゆらゆら[#「ウェーブがかかってふわふわのロングヘアーをゆらゆら」に傍点]させながら悠然《ゆうぜん》と歩く先輩。歩きながらにこやかに手を振ってる。あれ絶対ぼくに向かって手を振ってるなぁ。あっ、目が合った。
…………むちゃくちゃうれしそう。心からの笑顔《えがお》。ぼくの驚愕《きょうがく》の表情を見てしてやったりって感じなんだろう。実際してやられましたよ、色々あった今日《きょう》だけど、これが一番キました。先輩は相変わらずだ。相変わらずすぎて悲しくなります。
それにしても今の状況……一年前ならなんの問題もなかったんだけど……今は問題ありすぎですよ。だって先輩《せんぱい》ぼくの身体《からだ》に入ってるんだもん。ああ……いやだ。なにがいやってぼくの身体が女装してること、その姿がものすごい人の前でさらされてること。なによりいやなのは、それがこの上なく似合っていること。正直、泣きそうです。
誰《だれ》かから借りた制服(多分《たぶん》美香《みか》さんなんだろうなぁ)を着て、ふわふわロングヘアーのウイッグ(これも美香さんのだよねぇ……)なんか着けて、化粧なんかもしてる先輩。(……美香さん)
先輩が女装して、それが信じられないほど似合ってるという今の状況。とりあえず夢なら冷めて……とほっぺたをつねってみた。…………やっぱり夢じゃない。
『自薦《じせん》他薦を問わず募集したこの十人、誰《だれ》が優勝《ゆうしょう》してもおかしくないほどの美少女|揃《ぞろ》いです!』
いや、舞台《ぶたい》上に並んでいる十人の中に男が一人混じってますから! 心は女でも身体はどうしようもなく男ですからっ!!
『この中の一体誰が栄冠を勝ち取るのでしょうか、それではこれよりミス凰林《おうりん》コンテストを開幕します!!』
うおおおおおおおおおおおおおおお
と、ものすごいテンションで盛りあがる男達(ちらほらというよりけっこう女子の姿も見える)。
それに反比例してテンション激《げき》下《さ》がりのぼく。周囲のテンションとぼくのテンションの差がものすごいことになってきました。あまりの差に竜巻《たつまき》とか発生しそうです。
『それでは第一|審査《しんさ》まで、しばしお待ちください』
緞帳《どんちょう》が降りてきて舞台が見えなくなる。この幕の向こうでは審査《しんさ》の準備をしてるんだと思う。微《かす》かに、ばたばた人が走り回る音が聞こえる。
待たされるぼく達、その間にスピーカーから音楽が流れだした。
『ここまでは、俺《おれ》達の音楽はロックだ! いや、むしろ俺がロックだ!! 俺の歌を聴《き》け! の軽音部と、快適な学園生活のためにできる事、いつもあなたの側《そば》に……凰林生徒会がお送りいたしました』
CMか……前もやったよねぇ先輩が。こうやって、CM流すって条件で色々手伝ってもらう。商売|上手《じょうず》……というより、人を動かすのが上手なんだよねぇ先輩って。
『これからは、おはようからおやすみまで、はじめを見つめ続けるはじめちゃんファンクラブの提供でお送りいたします』
「見つめ続けるな〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ぼくの渾身《こんしん》の突っ込みは周囲の大騒《おおさわ》ぎに飲み込まれていった。
「山城《やましろ》さん、山城|一《はじめ》さん」
「えっあ、はい。なんでしょう」
「ちょっときてもらえるかな?」
体育館の中でため息をついていたぼくのもとに、女子生徒が話しかけてきた。三年生かな? なんか見たことがあるから先輩《せんぱい》のクラスの人?
「えと、なんですか?」
「協力してほしいんだけど……つばささんから聞いてません?」
「はい」
聞いてません。
「まったく肝心《かんじん》な事を…………ま、いいわ。とりあえずついてきてくださる? つばささんが待ってるから」
「あ、はい、わかりました」
行ったらなにか起こることはわかりきってるけど、ぼくが断れるわけもない。ぼくは、どなどな連れられていった。
「やあ、はじめ君。どうだね? 似合ってるかね?」
ぼくの目の前で、笑顔《えがお》の先輩が一回転する。ふわりと広がるスカート。
「…………似合いすぎてていやです」
「いやー相変わらず良かったよ。君のリアクションは。ぎりぎりまで隠《かく》していて良かったよ」
おかげで、さっきのお姉《ねえ》さん困ってましたよ。楽しむのは良いですが人に迷惑かけるのやめましょうよ。
「……はぁ。それで、ぼくはなんで呼ばれたんです?」
これ見よがしにため息を混ぜて、いやそ〜〜〜に聞くぼく。
「…………聞いていないのかね?」
「つばさが、説明してないからよ。連れてきた方が手っ取り早いと思って連れてきたわ。でも、はじめ君は素直でかわいいわねぇ」
「どっどうも」
連れてきてくれたお姉さんが、くすくす笑いながら言う。
「説明したら、私がこれに出るという事がばれてしまうではないか。バラすには、あの場が一番、面白《おもしろ》い」
ええ、それは先輩は面白かったでしょうとも。ぼくは、ぼくは…………思いだすと悲しくなるのでやめとく。
「それにはじめ君の大反対も目に見えるようだったしな」
はい、あらゆる手段で反対していたことでしょう。その機会《きかい》すらもらえませんでしたけど。
「では説明しようか。先ほど司会の長尾《ながお》君が言ったようにこのミスコンはシチュエーションで点数をつけていく。そのシチュエーションは、あるカップルの一日といった感じなのだ。例を挙げると。第一|審査《しんさ》は寝てる彼氏を彼女が起こす、という感じだ。このように朝から夜までの様々《さまざま》なシチュエーションを追っていく形になる。スペシャルアドバイザーとして川村《かわむら》君を招いたから、なかなか愉快《ゆかい》な感じになっていることだろう」
よりにもよって一番呼んではいけない人間を……。
「それで、その男性役は各参加者が選《えら》んで良い事になっているのだ。公衆の面前でいちゃつくのだから、それくらいの役得はないとな。あと、自然な表情を引きだすという目的もある。というわけで、私は君を選んだ。あと……」
「アタシもよ! あ〜んお姉《ねえ》さまー久しぶり〜会いたかったわーん」
いつの間にか忍び寄ってきてた嵐《らん》ちゃんが抱きついてくる。
「いや、ついさっき会ったでしょ」
でも先輩と嵐ちゃんの相手役になるには、とても重大な問題があるんだけど。
「ぼくは今女ですよ?」
いやまあ、嵐《らん》ちゃんならまったく問題なさそうだけど。
「それは、お任せください」
「わわっ」
いきなり耳元で聞こえた声にぼくは飛びあがる。振り向くとそこには美香《みか》さん。
「美香さん脅《おど》かさないでくださいよ」
さっきからいろんな人が忍び寄ってくる。ぼくを驚《おどろ》かして楽しいんだろうか。
「はじめさんは背が高いですからね、お顔も整《ととの》っていらっしゃいますし……それはそれは凜々《りり》しくなるでしょう」
美香さんはそう言いながらぼくの髪をさわる。
「ん〜相変わらず綺麗《きれい》な髪ですわね。これは切りたくないので、後ろでくくりましょう。他《ほか》は……」
「うひゃあっ」
後ろからぼくの胸を掴《つか》む美香さん。
「なななななにを」
「あらまあ、こちらも相変わらずですわね。女として嫉妬《しっと》してしまいますわ。それはともかくさらしを巻いて、胸を目立たなくしましょう」
美香さんが、とても生き生きしてる。やっば美香さんこういうの好きだなぁ。
「って、なに服脱がしてるんですか!!」
「さらしを巻くんですわ。何人か手伝ってください」
近くで成り行きを見守っていた三年のお姉《ねえ》さま方がわらわら寄ってくる。
「うわっやめて、やめて、やめて〜」
「大丈夫です、男性はいませんので」
「ひぃ〜〜」
抵抗|虚《むな》しくあっという間に上半身裸にされるぼく。……お姉さま方の目が怖い。
「……はふぅ」
「これをさらしでまくのは犯罪だと思わない?」
「そうね。もしこれで胸の形が崩《くず》れたら…………人類の損失だわ」
「お姉さま……きれい……」
人の胸見て冷静に批評しないで〜
「うむ、これはなかなか」
「って、これ元|先輩《せんぱい》の身体《からだ》でしょう!」
的確《てきかく》に先輩に突っ込みを入れながらも、ぼくの顔はゆでだこのように真《ま》っ赤《か》になっている。
「まだ、若いからだいじょうぶですわ」
そんな恥《は》ずかしさで死にそうなぼくに追い打ちをかけるように、さらしを巻き始める美香さん。
キュッ
「ぐえぇ美香《みか》さん苦しい。ギブですギブ」
「少し我慢《がまん》してくださいな」
キュッキュッ
さらしをきつく巻かれ息がつまる。胸が苦しい。恥《は》ずかしさはなくなったけどこれはものすごく苦しい。
ん〜ふふ〜♪
とうとう鼻歌まで歌いだす美香さん。相当ゴキゲンみたいだ。今日《きょう》はいろんなところで、腕を存分に発揮《はっき》できてうれしいんだろうなぁ。
「ん〜〜〜はい、さらしはおしまい。では用意していた着替えをくださいな」
運ばれてきたのは、男物の制服。その制服によってたかって着替えさせられるぼく。もう抵抗するのはあきらめた。こうやってなすがままにされてた方が早く終わるだろうし。
「あとは少し化粧をすれば…………ほら、紅顔《こうがん》の美少年のできあがりですわ」
美香さんが満足そうにうなずいたあと、鏡《かがみ》を取りだしてぼくを映した。
「……へえ〜〜」
そこには、美少年が映っていた。先輩《せんぱい》の身体《からだ》は背が高いし、きれい系の顔なので、少し化粧して、胸をペッタンコにしたら、きれいな美少年になる。まあ、ペッタンコって事はなく、少し鳩胸《はとむね》っぽくなってるけど、これ以上は無理。今のぼくを、もう少し男っぽくしたら、先輩のお兄《にい》さんの若い頃《ころ》に近くなるんじゃないかなぁ。
「お姉《ねえ》さま……いいえ、はじめにーちゃん。……この格好《かっこう》だとなんかしっくりこないわね。ん〜そうだ! はじめお兄さま! うん、はじめお兄さまかっこいいー」
また抱きついてくる嵐《らん》ちゃん。
「こらこら、離《はな》れて離れて」
ぼくは呆《あき》れ顔で嵐ちゃんを引き離しながら周りの反応を見る。
「うんうん、似合ってる」
「そうね」
やっぱ似合ってることには変わりなさそうだ。
でも、これは……なんか…………
「……宝塚《たからづか》の男役みたい」
お姉さま方の一人が言った。
そう、そんな感じ。なんかこれで、先輩とか嵐ちゃんとかといちゃついてたら……それはそれは薔薇《ばら》の咲き乱れるような世界になりそうだ。いや、今は百合《ゆり》かな。お姉さま方はうっとりしてぼくを見てるし。
うわぁ、絶対いやだ! これって絶対目立ちまくりだよ。これで舞台《ぶたい》上でいろいろやるんだよねぇ。正直あり得ない。ぼくは道ばたの石ころのように誰《だれ》にも気にされず、ひっそりと生きていきたいんだ!
「先輩《せんぱい》!」
「なんだね?」
「絶対やらないといけないんですか? 相手役」
「そんなに嫌《いや》かね」
「いやです! 身体《からだ》女で心男でわざわざ男装してってややこしすぎますよ!」
「男装の麗人《れいじん》というのは昔から一定の需要が確保《かくほ》できているからな、特に目立った混乱もないだろう」
「混乱とかそんなこと関係《かんけい》ありません! それに先輩もですよ! 男の身体なのに女装して、恥《は》ずかしくないんですか!? ぼくはその姿をたくさんの人に見られていると思うと恥ずかしくて恥ずかしくて……」
「ん〜主人公が女装したら実は美少女! こういうのは結構人気が獲得《かくとく》できるものなのだが。私も好きだし」
「いやいや、ぼくが恥ずかしいことと先輩の人気が出ることはまったく関係ないです! そもそも主人公ってなんですか」
「私は人生という壮大な叙事詩《じょじし》の主人公ではないか…………今の私は格好《かっこう》良かったんじゃないかな?」
「格好が、女じゃなければ」
「……ふむ、そんなに嫌ならしょうがない、別を当たるか」
「いいんですか!?」
やったー、これで注目を集めないですむ。やっと、やっと静かになる……
「それは私の台詞《せりふ》だよ。君は良いのかね?」
「えっ、それはどういう……」
「うむ、審査《しんさ》の方法上、君以外と出るという事は、私が君以外といちゃつくという事なのだが」
ぐっ、そういえばそうか。う〜〜〜どうしよう。
ってこの選択《せんたく》を迫られたらぼくの答えは決まってる。いつもと同じ答えは……
「……………………はぁ、わかりました」
またぼくの負けだよ。うまいこと操《あやつ》られてるとは思うけど、先輩が他《ほか》の人といちゃつくのはいやだ。
だいたい、先輩がなにか言いだした時はもうすでに回避《かいひ》不能なんだよねぇ。詰んだ状態《じょうたい》で先輩は行動を始めるから。卑怯《ひきょう》この上ないよ。こうなったら、先輩自体を変えるしかない。あの頭を、世のため人のために使わせるんだ。それがぼくに課《か》せられた使命に違いない!
現実|逃避《とうひ》気味に決意を固めるぼく。そんな無駄《むだ》なことをしている間にも、貴重な時間が失われていった。だって……だって、無駄だとわかってても、反論したいんだもん! 逃げたいんですよ! わずかな可能性にかけるのが漢《おとこ》ってもんだ!
……情緒《じょうちょ》不安定で脳内キャラがころころ変わるぼく。……ごめん、でもいっぱいいっぱいなんだ。
「そろそろ第一|審査《しんさ》が始まる。準備にかかろうか」
先輩《せんぱい》のその合図で、名残《なごり》惜しそうにしながら散っていくお姉《ねえ》さま方。それを見届けた先輩が言う。
「では、私達は、打ち合わせをしようか。嵐《らん》君、どちらから打ち合わせをするかね?」
「もちろんアタシよ!」
ああ、そうか。男と女のシチュエーションって、どんな恥《は》ずかしいことさせられるんだろうか。いやだなぁ。ほんといやだなぁ。
「では少し離《はな》れておくので、終わったら言ってくれたまえ」
「うふふふ……見てなさいよ! アタシとお姉……はじめお兄《にい》さまのラブラブパワーで目に物を見せてやるんだから」
なにその恥ずかしいパワー。そんなの出したくないし、出ないよ。
「ねーはじめお兄さま」
嵐ちゃんは相変わらずノリノリだ。
「はは……はははは」
……はぁ。そんなこんなではじめ君は、あれよあれよという間に巻き込まれてしまったとさ。
つづく。
……………………とか言えたらどれだけうれしいかなぁ。
「さー作戦|会議《かいぎ》するわよー」
やる気満々の嵐ちゃんを見ながらぼくはそう思った。
つばさと決戦前の僕
あれは……つばさか?
僕が舞台《ぶたい》の裏でオーラを待っていると、一人たたずむつばさを見つけた。僕の視線《しせん》に気がついたつばさが近寄ってくる。
「やあ、空山《そらやま》君ではないか」
「平賀《ひらが》さん、どうしたんだい? こんな所に一人で」
「ああ、私のはじめ君が嵐君と打ち合わせ中なのでね、それが終わるのを待っているところだ」
私の……か。この言葉、つばさでなければ恋人への独占欲ですむが、つばさの場合はただ気に入ったおもちゃの所有権を主張しているだけなんだろう。
やはり、つばさは変わってない。昔から……あの頃《ころ》から何一つ。
「それで君は?」
「平賀さんのおかげ[#「平賀さんのおかげ」に傍点]で、僕はオーラ君のパートナーになる事になったからね、ここでオーラ君を待っているんだ」
「いやいや、どういたしまして」
裏で糸を引いていたという事を否定すらせず、にこやかに対応するつばさ。言葉に込めた棘《とげ》も全く通じない。
くっ、相変わらずいらつく奴《やつ》だ。
だが、そんな顔をしていられるのも今のうちだ。
「つばさ」
「何だね?」
「君が何を企んでいるかは知らないが、これだけは言わせてもらおう」
「言いたまえ」
鷹揚《おうよう》にうなずくつばさ。そんな余裕に溢《あふ》れた対応がいつまで続くかな。
「僕は昔とは違う、昔のように簡単《かんたん》に操《あやつ》れると思うな。今回の事は、僕の目的に合致するので乗せられてやっただけだ。それは憶《おぼ》えておいてもらおうか。……これは僕の意志だ」
「それでいい」
「そして、僕は僕の目的を必ず果たす。それが君の企みを、阻止する事になってもだ。いや、むしろ僕が目的を果たすという事が、君の企みを阻止する事に繋《つな》がる事を祈っている」
「ああ、頑張ってくれたまえ」
ここまで言っても、つばさの型にはめたような笑顔《えがお》の奥に何が隠れているのかうかがい知れない。
「心から応援しているよ……これは本当だ」
そこまで言ったところでつばさのポーカーフェイスの笑顔の合間から、感情のこもった笑顔が漏《も》れた。嘘偽《うそいつわ》りのない昔見たのと同じ笑顔、あの頃僕に向けられていた……
相変わらず………………いらつく奴だ。
ミス凰林コンテスト第一審査
『さて、第一|審査《しんさ》のシチュエーションは………こちら!』
準備が完了し、司会の合図と共に幕が上がった。舞台《ぶたい》上には部屋のセットができあがっている。それはどこにでもありそうな部屋。一般的な男の部屋を模《も》した物だろうその部屋の中心には、ベッドが置いてある。
『……目覚まし勝負です!!』
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
興奮《こうふん》する観客《かんきゃく》、その反応の良さを見て機嫌《きげん》を良くしながら説明を開始する司会者。
『このシチュエーションで決められているのは部屋で男が寝ていて、その男を起こす、これだけです。どのような方法か、男とどのような関係《かんけい》かなどは勝手に設定してOKです。これは腕の見せどころですね川村《かわむら》さん』
『そうですね。朝起こす。この審査はただそれだけの事です。が、そこには無限の可能性が秘められています。男との関係だけをとっても、妹、幼なじみ、恋人、新妻《にいづま》等々|様々《さまざま》なバリエーションが存在します』
『まずは男との関係をどう設定するかが腕の見せどころなのですね』
『そうです、さらには服装の選択《せんたく》も重要となってくるでしょう。この世には様々な属性を持っている人がいます。ここに集まって頂いた皆様の中では、どの属件を好む人が多いのか。それを把握するのが重要になるでしょう』
『なるほど、奥が深い。審査《しんさ》ではまず参加者が男との関係を提示したあと、そこから審査開始という事になります。審査の順番は公平性を重視するためくじ引きで決定されています。それでは記念すべき一人めは……』
嵐ちゃんとぼくの場合
『さて次はエントリーナンバー4 石川《いしかわ》嵐《らん》さんです。パートナーは山城《やましろ》一《はじめ》さん。男との関係は…………妹です!』
おおー
会場からどよめきが漏《も》れる。嵐ちゃんの名前に反応したというよりは…………ぼくの名前に反応したみたい。そりゃここでぼくの名前が呼ばれたらねぇ……はぁ。
『川村《かわむら》さんこれは自《みずか》らのキャラを把握した良い設定ですね』
『そうですね、ツインテールに勝ち気な性格。まさに典型的な妹キャラ』
『石川さんは、川村さんの弟子だそうですが?』
『はい、そうです。以前から私が持ちうる限りの妹技を叩《たた》き込んできました。本人の資質もあり、かなり上位に食い込んでくる事でしょう。もちろん審査に私情は挟《はさ》みませんのでご安心を』
『これは期待が持てそうです。それでは石川嵐さんどうぞ!』
そんな馬鹿《ばか》な解説の中、制服姿の嵐ちゃんが部屋の中に入ってくる。
『さて、石川さんまずはどういう行動を取るのでしょうか』
『まずは相手が起きなくて困る、こうくるでしょう。そこからどう見せるかが、石川さんの腕の見せどころです』
「おにぃちゃ〜ん、あさだよあさ〜」
ベッドで眠ったふりをしているぼく。確《たし》か、起きるのを渋《しぶ》ればいいんだよね。
「う〜ん、あと十分だけ……」
「だめだめ〜、遅刻しちゃうよ」
「ん〜じゃあ、あと五分〜」
なおも渋るぼく。嵐《らん》ちゃんのいる方向とは逆に顔を向ける。
「んも〜…………」
布団から顔を少し出して嵐ちゃんを見ると、困った顔で考え込む嵐ちゃんがいた。でもなにかを思いついたのかいたずらっ子の顔になる。
「そりゃっ!」
かけ声と共にぼくに飛び乗る嵐ちゃん。
ぐえ……良いところに入った。
ぼくに乗っかった嵐ちゃんは、ゆさゆさとぼくを揺《ゆ》する。
「おーきーろー」
『おおっ! 大技《おおわざ》が出ました! 全国の大きなお兄《にい》ちゃん達の夢、妹ダイブです!!』
それでも意地になって起きないふりをするぼく、もう少しの我慢《がまん》だ。それにしても、解説むかつくなぁ。なんだこのダメさは。
それを見た嵐ちゃんは、
「起きないならキスしちゃおっかな♪ ん〜〜」
そう言うやぼくの頬《ほお》に顔を近づけてくる気配《けはい》。
うわっ、打ち合わせと違うじゃん!
「うわっおきるおきる〜」
ぼくは慌《あわ》てて飛び起き……そこで終了の合図が鳴った。
ピピ〜〜〜〜〜〜
『終了〜そこまで』
これからが良いところなのに……と、ぶつぶつ言いながら舞台袖《ぶたいそで》に消えていく嵐ちゃんと、ほっとしているぼく。さすが嵐ちゃん、油断《ゆだん》も隙《すき》もない。
『川村《かわむら》さん、今の見どころは何でしょう』
『はい、第一にダイブです。このような行動を取るのは、よっぽど相手に気を許している証拠《しょうこ》です。ここからよっぽどのお兄ちゃんっ娘《こ》だという事がわかります』
『そうですね、元気な妹と妹に振り回される優《やさ》しいお兄ちゃんという、この二人の日常が見えるようでした』
いやまあ、間違ってはいないんだけど。
『そして最後のキスしようとするシーン、いたずら心と共にお兄《にい》ちゃん好き好きっ……という心が溢《あふ》れ、こちらまで届いてきそうです。この二人、仲良すぎないか? もしかして血が繋《つな》がってないとか? それとも、このまま実妹エンドへ直行か? などという、妄想《もうそう》がふくらんできます。先ほど長尾《ながお》さんが言われたように、これだけで二人の関係《かんけい》が見えてくる、実に良い萌《も》えシチュでした』
『美しい……』
道本《みちもと》さんそればっか、タッキーの口は永遠にふさぎたい。
『ただ、惜しむらくは王道すぎました。これはこれで良いのですが、もう一工夫《ひとくふう》欲しかったというのが本音《ほんね》ですね』
『なるほど。それでは、石川《いしかわ》さんの点数をどうぞ』
9、10、10、9、10、9、9、9、10、9
『おおー、流石《さすが》の高得点です! これで石川さんがトップに躍《おど》り出ました!』
今のが高得点なのか…………そりゃまあ、嵐《らん》ちゃんはかわいかったけどね。
オーラと僕の場合
『……えー次はエントリーナンバー8、オーラ=レーンズさんです。パートナーは皆様おなじみ生徒会長の空山《そらやま》総一郎《そういちろう》さん。男との関係《かんけい》は恋人同士です』
「おおー」
「へー生徒会長か」
「あの二人付き合ってるのかな?」
「さあ」
「そういえば、最近|一緒《いっしょ》にいるのをよく見たな」
意外な組み合わせに、そんな声が上がっているようだ。確《たし》かに、そうかもしれないな。僕に浮いた噂《うわさ》は今までなかった。
『それで、今回の見どころはどこでしょう』
『オーラさんの場合非常に身体《からだ》に恵まれてますからね、それをどう効果的に使うか、あとは外国人ならではのギャップ、これにつきます。さらに、潜在的な金髪スキーの数ははかりしれません。それらを取り込めればかなり上位へ食い込んでくるでしょう』
『やはりオーラさんもミス凰林《おうりん》候補ですね、OMR強しといったところでしょうか』
くっ、この僕の崇高《すうこう》な感情を金髪スキーの一言でかたづけるな! なんだこいつは、貴様の下世話《げせわ》な価値観《かちかん》でオーラを語るな。
『そうですね、OMRの女性陣は皆美しいです。が、そのかわり個性も半端《はんぱ》じゃありません。人を選《えら》ぶでしょう。ただ、目立つという事はよく知られているという事で、その知名度は審査《しんさ》で有利に働くかもしれませんね』
『なるほど、それでは開始してください』
その合図と共にオーラが舞台袖《ぶたいそで》から歩いてくる。その瞬間《しゅんかん》観客から一際《ひときわ》大きな歓声《かんせい》が上がる。
『でっ出ました裸Yシャツです!』
『自らの魅力《みりょく》をよくわかった服装のチョイスですね。豊満なバストに長い足がこれ以上ないほど強調《きょうちょう》されています。あと、他《ほか》に注目すべきは両手のコーヒーカップ。モーニングコーヒーですよ!!』
『まるで映画のワンシーンのようです』
オーラは、僕のいるベッドまでたどり着くと、ベッドの端《はし》に腰を下ろす。
「good morning アサデスヨ〜」
オーラは、寝相《ねぞう》よく眠る僕をのぞき込む。目をつむっているのが惜しい。だが、君のために、君の望み通りにしよう。
『流暢《りゅうちょう》な英語にたどたどしい日本語これはなかなかに良いんじゃないですか?』
『はい、外人スキーにはたまらないでしょうね』
……雰囲気ぶちこわしだ! なんだこのかえるを潰《つぶ》したような声は! 良いところ良いところでコメントを挟《はさ》むのはやめろ!
こんな騒音《そうおん》の中、オーラは演技を続ける。
「ソウイチロー、coffee さめマスヨ〜?」
そう言いながらオーラは僕にキスをする。
くっ、寸止めなのが惜しい、いつかは本当に……
そのキスで目を覚ました僕にオーラは笑顔《えがお》で言った。
「good morning ソウイチロー」
ピピ〜〜〜〜〜〜
『終了ですそこまで! それにしても、かなりシンプルにまとめてきましたね。これはどうでしょう川村《かわむら》さん』
『はいシンプルですね、余計な事を全くしてません。ですがあえて言わせて頂きましょう。シンプル、だがそれが良い! 誰《だれ》もがこう思った事でしょう。自分もこのような起こし方をされてみたいと!』
『美しい……』
誰かこいつ等を黙《だま》らせてはくれないものか。仕方がないのかもしれないけど。
『これはかなりの高得点が期待できそうです。それと、一応補足しておきますと、オーラ選手《せんしゅ》のキスはふりをしただけです。ここは学校、実際にすると色々と問題が発生しますので。それでは、ただ今のオーラさんの点数は……』
10、10、10、9、10、9、9、9、10、9
『これはかなりの高得点、現在トップの石川《いしかわ》さんを抜きトップに立ちました。それでは次に参りましょう。次は…………』
先輩とぼくの場合
『皆様お待たせしました、注目度ナンバーワン! 文句なしで優勝《ゆうしょう》候補筆頭の平賀《ひらが》つばささんです。パートナーは山城《やましろ》一《はじめ》さん、関係は恋人同士です。実際も恋人同士の二人、普段《ふだん》通りの身もだえるような甘さを見せつけてくれる事でしょう!』
…………普段、恋人らしいことなんかなんもないよ。残念ながら。……ううっ。
『平賀さんの強みは、男女双方の票を取れそうなところですね。普通の女性、女装した男性と二通りの見方ができますのでかなり支持層が広いですよ。さらに、普段の言動とのギャップ。ギャップは魅力《みりょく》です。普段はあんな感じなんだけど、恋人と二人の時はああなのか……と見るのが、正しい見方だと思います』
『なるほど。おっと、どうやら始まるようです』
おおおおおおおおおおお
姿を見せた先輩《せんぱい》にどよめきが起こる。
先輩が右手にフライパン、左手にお玉を持っているのが見える。
『フライパンにお玉ですか』
『流石《さすが》ですね、基本を押さえています。さらにあの格好《かっこう》、セーラー服にエプロンです。朝、制服で彼氏の家に来る。これは、多分《たぶん》家が近いのでしょう。幼なじみで恋人という事ですね。なかなかに典型的かつ萌《も》えるシチュエーションです』
「起きろ朝だぞ〜」
そう言いつつフライパンとお玉を打ちつけ合う先輩。
ガンガンガンガンと音が鳴《な》り響《ひび》く。
「ううううう」
布団を頭から被《かぶ》りその音に対抗するぼく。
「んもう、朝ご飯冷めるよ」
その言葉にも、盛りあがった布団は反応しない。
「むむぅ〜〜〜」
少し怒った声が聞こえる。今|先輩《せんぱい》は地面にフライパンを置いてるところのはず。んで次は……
バサッ
ぼくは布団を一気に剥《は》ぎ取られた。
「うう〜さむい〜」
寒さで丸まっているぼくに先輩は、少し意地悪な笑顔《えがお》で言った。
「ふふ〜ん、早く降りてきて顔洗いなさいな、ねぼすけさん♪」
ズッズキュ〜〜〜ン
うあぁ、いいなぁ。ぼくの胸が打ち抜かれたよ。こんな感じの毎日が送りたいなぁ。先輩の性格的にあり得ないけど。どう考えてもぼくが起こす側《がわ》だよねぇ。……はぁ。
それに……入れ替わっちゃった今はもう無理なのかもしれないけど……そんなこと考えてたら終了の合図。
ピピ〜〜〜〜〜〜
『終了です、今のはどうでしょう』
『今のシチュエーション、何も特別な事がないただの日常を切り取ったように見えます。過度の接触もエロスもない普通の一日。ですが! だからこそ、胸に迫るものがあるのです! この二人にとっては、これが普通なのです! この普通の日常が毎日続くのです!! 実に素晴《すば》らしい』
『……美しい』
ううっ、これに関《かん》してはタッキーの言うことがわかってしまった。あんな日常送りたい。先輩の性格がまともにならない限り無理だけど。
『なるほど、よくわかります。それでは点数を見てみましょう』
10、9、9、10、10、10、10、9、9、10
「おーっと、再び最高得点が更新されました! 実にレベルが高い! 誰《だれ》がトップになるのか予想もできません! それでは次に参りましょう……」
「お姉《ねえ》さま〜じゃなくてお兄《にい》さまあ〜ん」
舞台袖《ぶたいそで》に引っ込んだぼくに嵐《らん》ちゃんが抱きついてくる。
「うわぁ、すとっぷすとっぷ」
「最高だったわぁはじめお兄さま。お兄さまがいればアタシの優勝《ゆうしょう》は決まったようなものね!」
いや、ぼくは先輩《せんぱい》のパートナーもやってるんだけどなぁ。
「ふっ、甘いな。はじめ君の君に対する態度《たいど》ぐらい甘い!」
…………それは甘そうだ。いや、自分でもわかってるんだよ。ぼくが嵐《らん》ちゃんに甘すぎるって言うのは。でもやっぱかわいいんだよねぇ。まぁ、妹としてなんだけど。
「きぃ〜〜〜〜なめるんじゃないわよ! 見てなさいつばさ! 今日《きょう》こそはどちらがお姉さまにふさわしいかを見せてあげるわ!」
「望むところだ」
「まぁまぁふたりとも落ち着いて」
二人の間に割って入るぼく。
それにしても、けっこう視線《しせん》気にならなかったなぁ。気にしてる余裕なんかないのが理由なんだけど。先輩かわいかったし。あんな先輩見れるならそれはそれでとか思いだしてしまった。
「それで次はなにやるんです?」
「ああ、それでは打ち合わせを始めよう」
・
・
・
第二審査開始
第一|審査《しんさ》が終了して10分、放送が第二幕の開始を告《つ》げた。
『え〜準備が完了したようなので、これより第二審査を開始します。第二審査のシチュエーションは…………お出迎えです!』
幕が上がると、玄関と台所が並んだセットが出てくる。
『ごらんのとおり、簡単《かんたん》ですが台所と玄関を用意しました。台所にはダイニングテーブルが置かれ、調理台《ちょうりだい》なども置かれています。もちろん水は出ませんので料理をする事はできません。まずは、台所で男を待って頂き、男が帰ってきたら玄関で出迎える。このような流れになると思います。第二審査のポイントは何でしょう川村《かわむら》さん』
『そうですね、第一審査と同様に、男性との関係《かんけい》が重要になってくると思います。料理のレプリカやエプロン、調理用具なども用意されているので、第一審査よりもそれらをうまく活用する事が鍵《かぎ》となるでしょう』
『なるほど、第一審査との一番の違いは小道具という事ですね。それでは始めましょう、一人めは…………おお、いきなり真打《しんう》ち登場です!! エントリーナンバー10、平賀《ひらが》つばささん。パートナーは山城《やましろ》一《はじめ》さんです。二人の関係は恋人です。では平賀さん、準備を開始してください』
先輩とぼくの場合
舞台《ぶたい》上に上がった先輩《せんぱい》は、台所に入ると周囲を見回し、サイドボードの上にある置き時計に触れて、すぐ戻す。
『どうやら、つばささんは手袋をはめているようですね、アレは何でしょう』
『わかりません』
ぼくもわからない。あれなんだろ。今回は先輩と、必要最低限のことしか打ち合わせしてないんだよねえ。いつも通りその方が面白《おもしろ》いとかいう理由で。ああ、便利だなぁ。その方が面白いって理由ならなんだって納得《なっとく》してしまうよ。
『ただ、今見せたくない何かがあの中にあるのかもしれません』
次に先輩は料理のレプリカをテーブルの上に並べる。そして最後にはめていた手袋を外し……そのまま机にうつぶせになった。
え? これで終わりなのかな。
『さて、これはどういう事でしょうか解説の川村《かわむら》さん』
『こっこれはまさか……黙《だま》って見ていましょう。これから素晴《すば》らしい萌《も》えシチュエーションが繰り広げられるはずです』
『これはかなり期待できそうですね。おっと、彼氏が帰ってきました』
スーツに着替えさせられたぼくが、舞台上に進み出る。ぼくは、玄関を模した扉《とびら》の前に立つと、鍵《かぎ》を開けて台所へと向かう。
『どうやら、玄関で迎える訳《わけ》ではないようです』
そう、ただ台所の私を起こしてくれとだけ言われてるんだけど。
ぼくは先輩に言われたとおり、精一杯低い声で「ただいま…………寝てるのか?」と言いながら先輩を揺《ゆ》する。
「おい、こんなところで寝てると風邪《かぜ》ひくぞ……」
「ん〜〜〜」
揺すられ目を覚ました先輩は寝ぼけ眼《まなこ》で周りを窺《うかが》う。1秒、2秒、3秒、ようやくそこで目の前に立っているぼくに気づく。そこからの変化は劇的《げきてき》だった。先輩は満面《まんめん》の、とろけそうなほどの笑《え》みを浮かべ言った。
「おかえりなさい」
ズキュキュ〜〜〜〜ン!
またハートのど真ん中を貫かれた。
うわぁ
先輩《せんぱい》のあまりのかわいさに一歩あとずさるぼく。先輩こんな顔できるんじゃん。やればできるじゃん! できる娘《こ》なんじゃん! ううっ、もしかしたら、ほんの微《かす》かな可能性だけど、ぼくはこの表情を見ることができてたのかもしれないのか……こんな先輩を見れたのはうれしいけど、同時に悲しい。
ピピ〜〜〜〜〜〜
『終了です! それで点数はどうでしょう』
10、10、10、10、10、10、10、10、10、10
『おーっと出た―――っ!! 満点です! 満点が出ました!! ですが私には何が起きていたのかよくわかりませんでした。解説の川村《かわむら》さん説明して頂けますか?』
『はい。第一のポイントは置き時計です。時間を見てください』
『時間…………12時5分を指してますね』
『そう、夜中の0時5分です。そして机の上には二人分の料理。つまりは、彼氏は約束していたにもかかわらず、何かの事情で帰りが遅くなってしまったのです。ここで第二のポイント。つばささんの手を見てください』
『あれは……絆創膏《ばんそうこう》ですね』
『そうです。絆創膏です。彼女は料理があまり得意ではないのでしょう。ですが彼女は得意ではない料理で手を切りながら一所懸命《いっしょけんめい》作ったのです。彼氏に食べてもらうために。今日《きょう》は、二人にとって特別な日なのかもしれませんね。にもかかわらず帰ってこない彼氏。彼女は、そんな彼氏を待っている間に眠ってしまう』
『作られたシチュエーションだとわかってはいるのですが、それでも男に対して怒りがわいてきますね』
『そして帰ってくる彼氏、もう夜中です。彼氏は、申《もう》し訳《わけ》ない気持ちのまま彼女を揺《ゆ》り起こします。そしてここが最《さい》萌《も》えポイント! 目を覚ました彼女は、おかえりと笑顔《えがお》を浮かべます。一所懸命作った料理が冷めてしまった事、約束の時間を大幅に過ぎて帰ってきた事。それらの文句を言うよりも先に笑顔でおかえり。そんな事よりも彼氏に会えた事がうれしいのです!! あれほどの笑顔が浮かべられるほどに心から喜んでいるのです!! 何とけなげな!! これを萌えと呼ばずになんと言いましょう!!』
そう、そうなんだよ〜今の先輩かわいかったなぁ。
『なるほど! よくわかりました。確《たし》かにこれは素晴《すば》らしく萌えますね、10点満点もうなずけます』
嵐ちゃんとぼくの場合
『次は、石川《いしかわ》嵐《らん》さんです! 関係は幼なじみ。石川嵐さん、準備を開始してください! え〜この資料によりますと、山城《やましろ》さんと石川さんは実際に幼なじみなのですよね?』
『そうです。しかも、引っ越す前はお隣《となり》同士という、パーフェクト幼なじみ! 私が独自のルートで手に入れた情報によると、はじめと嵐の部屋は、向かい合うように作られ、何と屋根づたいに行き来できたそうなのです! すばらしい、素晴《すば》らしすぎます! まさに男の夢の一つが実際に存在していたのです! この世はなんと素晴らしいのでしょう!』
……ぼく的には独自のルートが気になってしょうがない。嵐ちゃんから直接聞いたのかそれとも……どちらにしろ、プライベートな情報をばんばん流さないでほしいよ。
嵐ちゃんはエプロンをつけて台所に立つと色々準備してる。
『どうやら、準備が整ったようです。それではどうぞ』
さっきの先輩《せんぱい》の時のようにぼくは玄関の前に立つ。鍵《かぎ》を出し扉《とびら》を開けようとして……怪訝《けげん》な顔をする。鍵がなぜか開いていたという演技だ。
「ただいま〜誰《だれ》かいるのか〜?」
部屋に向けて声をかけるぼく。
「おかえり〜」
返ってきた声にぼくは驚《おどろ》き、台所に入っていく。ぼくのキャラ設定は、ぶっきらぼうな幼なじみ。
「らん、どうしたんだ? おふくろとかは?」
「うん、急に出かける用事ができたからはー君のこと頼むって。だから今日《きょう》の晩ご飯はアタシが腕によりをかけて作るわ!」
はー君なのははじめだから。生まれてこの方一度も言われたことないけど。いつもはじめかはじめちゃんだった。嵐ちゃんははじめにーちゃんだったけど。
「え〜、おまえに作れるのかよ」
「うわひど〜い!」
「すまんすまん」
ぼくはそんなこと言いながら、ダイニングテーブルに着く。
「お母さんに料理習ってるんだから」
「そっか……子供子供だと思ってたんだけどなぁ」
なにげなくを装《よそお》い口に出すぼく。本心でもあるしね。
「……もう子供じゃないよ」
そこで嵐《らん》ちゃんは振り返り真顔《まがお》でぼくを見る。
「もう子供じゃない」
どきっとした。
「結婚だってできるんだから」
「らっらんちゃん?」
台本と違う……なにこれ。嵐ちゃんが嵐ちゃんじゃないみたいだ。
嵐ちゃんはぼくの後ろに回ると抱きついてくる。
嵐ちゃん、背中に胸があたってるって! 打ち合わせにもなかったし!
「はじめにーちゃん……」
はじめにーちゃんって、はー君はどうしたんだよ!
「アタシのこと嫌《きら》い?」
「えっあの、その」
「アタシはずっと妹のままなの?」
「いや、えーと」
パニックになるぼく。なにこれ、迫真の演技? それとも……
カッチーンと固まって言葉を出すこともできなくなったぼく、そこでぼくに救いの手がさしのべられた。
ピ――――――
『しゅうりょ〜〜〜う』
たっ助かった。
「ちっ」
嵐ちゃんの舌打ちが聞こえた。ほっ、嵐ちゃんはやっぱり嵐ちゃんだ。
それにしても今の嵐ちゃんにはドキドキさせられたなぁ。これも作戦なのかな、得点はけっこう出そうだけど。
『それで得点は?』
8、9、9、10、9、8、8、9、10、10
『お〜っと石川《いしかわ》嵐さん、手堅くまとめて参りました。得点も高い!』
『幼なじみから、恋人にかわる瞬間《しゅんかん》……素晴《すば》らしい。ちょろちょろ後ろをついてきていた幼なじみが女へと変わっていたと気がつくその一瞬。二人で上る大人《おとな》の階段……のっ上りてぇ〜! 誰《だれ》もがそう思った事でしょう!』
『美しい……』
『わかります、とてもその気持ちはよくわかります。いや、実に素晴《すば》らしかったです。次は……』
相変わらずの馬鹿《ばか》な解説。にしても……さっきの嵐《らん》ちゃんは一体なんだったんだ。
オーラと僕の場合
『さて、お次は…………オーラ=レーンズさんです。関係《かんけい》は新妻《にいづま》! 新妻ですよ、川村《かわむら》さん!』
『心|躍《おど》る響《ひび》きですね、新妻。団地妻などと並び情緒《じょうちょ》をかき立てられます。個人的には昼下がりとつくとたまらない感じです』
『流石《さすが》は川村さん、ものすごいストライクゾーンの広さですね、イチローばりですか?』
『スイングの早さと、安打数なら負けません』
どっ
観客《かんきゃく》から巻き起こる笑い。なっなんだこの下品さは! こいつら……そこまで僕とオーラの仲をジャマをしたいのか? 流石にこれだけの数の前で良いムードになろうなどとは思わないが、これはひどすぎる。こいつは何か僕に恨《うら》みでもあるのか? 川村はつばさの手下だからその関係でなのか?
『では、オーラさんの準備が終わったようですので開始してください』
解説の二人には後々目に物を見せてやる。
僕はそう決意しつつ舞台《ぶたい》上に作られた玄関に向かう。今回に関《かん》しては、「ナイショです〜」と言われて細かい事は聞いていない。
『オーラさんの姿が見えませんね』
『我々から見えない裏側にいるのでしょう。見られると都合《つごう》が悪いという事ではないでしょうか。コスチュームで驚《おどろ》きを取るというのが可能性としてあるでしょう』
『なるほど』
僕は玄関の前に立つと身なりを整《ととの》え、玄関の扉《とびら》を開いた。
「ただいま」
「ハイ〜」
奥からオーラの声が聞こえてくる。心臓《しんぞう》が高鳴るな。廊下を歩く音が次第に大きくなり……
「オカエリナサイ、ダ〜リン※[#ハート(白)、1-6-29]」
僕の前に姿を現したオーラは、あられもない裸の上に直接エプロンを……
ピピ〜〜〜〜〜〜
10、10、10、10、10、10、10、10、10、10
っておい! まだ終わってないだろう!
『満点、満点です! ですがこれは納得《なっとく》です』
納得してない! これから色々あるんだろうが! オーラだって困って……ないな。オーラは笑って観客《かんきゃく》に向けて手を振っている。
『裸エプロン……いや、正確《せいかく》には水着エプロンなのですが、オーラさんこれは大技《おおわざ》を繰りだしてきましたね』
『色仕掛けだろうが自分の身体《からだ》を武器にしようが、問題ありません。持てる物は全《すべ》てを利用する、このくらいの気概《きがい》がなければ、ミス凰林《おうりん》にはなれません』
『はい。……それにしても、オーラさん。ものすごいスタイルですね。特にあの胸! 女性陣からもため息が漏《も》れております』
『実に素晴《すば》らしい! 二つの胸のふくらみは何でもできる証拠《しょうこ》なのですよ!』
……なんなんだこいつ等は、いいかげんにしないと呪《のろ》うぞ。
くそっ、いったい何なんだ。
僕が怒り心頭で舞台袖《ぶたいそで》に引っ込むと、つばさが話しかけてきた。
「いや、素晴らしかったよ」
こいつ……どういうつもりだ?
「僕は何もしてないけどね……誰《だれ》かのおかげで」
「はっはっはっ」
しらじらしく笑うつばさ。
「……あの解説の……川村《かわむら》君といったかな。彼は僕に恨《うら》みでもあるのかな? それとも君の差し金かい?」
「いやそんな事はないよ」
……どうだか。
「信じてくれなくてもかまわないが、今の私は川村君の行動に対してなんの干渉《かんしょう》もしていない。君が嫌《いや》がらせを受けていると感じ、それが事実だとしても、それは川村君の意志だよ。嫌《きら》われる真似《まね》でもしたのかね?」
川村か、僕は……話した事もないな。つばさが何も言っていないのだとすると……オーラか? 確《たし》かあの二人は一緒《いっしょ》にいる事が多かったというが。
「……それで、何の用だい?」
「幼なじみを激励《げきれい》するのに理由がいるのかい?」
「……いらない。では、その激励はありがたく受け取っておく事にする」
「では、私はこれで失礼するよ。はじめ君と次の打ち合わせをしなければならない」
「ああ、がんばって」
つばさに極上《ごくじょう》の笑顔《えがお》を向ける僕。
……まあいい、何を企《たくら》んでいようが、僕が目的を果たせさえすれば何の問題もない。そして僕が目的を果たす事が、奴《やつ》の企みを阻止する事に繋《つな》がるだろう。
くくっ次だ……次で終わりだ。そこから全《すべ》てが始まる。奴の呪縛《じゅばく》も、今までの自分もそこで断ち切る。
僕は遅れて歩いてきたオーラに話しかけた。
「オーラ、最後の打ち合わせを始めようか」
・
・
・
最終審査開始
『泣いても笑ってもこれで審査《しんさ》はラストです! 最終審査のシチュエーションは……告白です!』
おおおおおおおーと巻き起こるどよめき。
『ですがこの資料によりますと、女性が男性に告白するのではなく、男性が女性に告白するというシチュエーションのようですね。これはどういう事なのでしょう、解説《かいせつ》の川村《かわむら》さん』
『はい、顔を真《ま》っ赤《か》にして告白する女の子。これは素晴《すば》らしい。男として一度は出会いたいシチュエーションです。ですが男としては、自らの告白により女の子が慌《あわ》てたり、喜んだり、感極《かんきわ》まったりという行動を取っている姿こそが最《さい》萌《も》えだと思うのです!
しかし、実際に告白した場合には振られるという可能性があるわけで、相手の動作などに気を払う余裕などないでしょう。ですが、今回は大丈夫。好きな男に告白されてしまったという、シチュエーションなのですから! しかも、この審査の相手の男性は、参加者の皆さんが指名した方。つまり、相手に好意を持っている、最悪でも悪い感情は抱いてないはずなのです! という事は、我々はよりナチュラルに反応する女性達の萌え姿を鑑賞《かんしょう》する事でしょう!』
『そう、恋する乙女《おとめ》は美しい……』
『なるほどよくわかりました。それでは舞台《ぶたい》説明へ入らせて頂きます』
ゆっくり舞台の緞帳《どんちょう》が開いていく。
『皆様がご覧《らん》になられているように、舞台上にセットされているのは机と向かい合うように並べられた椅子《いす》。そしてその向こうには巨大パネル。
現在セットされている巨大パネルは夜景パネル。この状況は、ホテルの最上階にあるおしゃれなレストランといった状況でしょうか。他《ほか》にも、小酒落《こしゃれ》た喫茶店《きっさてん》の窓際《まどぎわ》パネル、一人暮らしの彼氏の部屋パネルが用意されています。これをそれぞれの参加者の皆様に選択《せんたく》して頂く形式になっています』
『プロポーズなら、夜景レストラン。付き合ってくれという告白なら、喫茶店か彼氏の部屋といったところでしょうか。ですが、意表をついた組み合わせというのも良いかもしれません』
『なるほど、それでは準備が完了したようなので、これより最終|審査《しんさ》を開始させていただきます!』
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
すさまじい盛りあがりの中、最終審査が始まった。
嵐ちゃんとぼくの場合
『エントリーナンバー4 石川《いしかわ》嵐《らん》さんです。関係《かんけい》は恋人、パネルは夜景レストランを選《えら》びました。それではどうぞ』
夜景パネルの前に作られて席に向かい合って座るぼくと嵐ちゃん。二人して目の前の料理に手をつける……ふりをする。しばらく黙々《もくもく》とその作業を繰《く》り返していたぼく達だけど、まずぼくがその手を止めて言った。
「嵐、一緒《いっしょ》に暮らさないか?」
「えっ?」
聞き返す嵐ちゃん。その嵐ちゃんに、ぼくはもう一度ゆっくり言った。
「…………結婚しよう」
見つめ合う嵐ちゃんとぼく。ぼくはその時なにかが切れた音を聞いた気がした。
「…………?」
おもわずきょろきょろしてしまうぼく。
えっと…………今のなに?
でもその答えはすぐにわかった。
「喜んで!!」
そう叫ぶと、机を倒してぼくに飛びついてくる嵐ちゃん。机の上の料理のレプリカが舞台《ぶたい》上に散らばる。
「うわっ、嵐ちゃん、打ち合わせと違うよ!」
「そんなこともうどうでも良いわ、はじめお兄《にい》さま! 地獄《じごく》の果てまで添《そ》い遂《と》げましょう!! 一緒のお墓に入りましょう!! パンツだって洗ってあげるし、みそ汁だって作ってあげるわぁ〜」
「らっ嵐ちゃん正気に戻って! 言ってること微妙に古くさいしっ!」
「ハァハァ、お兄《にい》さま〜」
「うわーらんちゃん、目が怖いってっ! ストップ! スト〜〜〜ップ!」
『……これはどういう事でしょう』
『どうやら、理性の糸が切れてしまったようですね』
「ハァハァお兄さまぁ〜ん」
「うわぁ〜〜〜〜〜」
『…………どうしましょう』
『強制退場を願《ねが》うしかないですね。お願いします皆さん』
その合図で、舞台袖《ぶたいそで》から何人か現れ、もつれ合うぼくらを抱え去っていく。
「お兄さま〜〜」
という嵐《らん》ちゃんの声が尾を引いていく。
『………………はっ、すいません。ええと、一応点数を聞いてみましょう。今の点数は?』
その声に審査員《しんさいん》の皆が得点を掲示していく。そこには予想外の光景があった。
10、10、10、10、10、10、10、10、10、10
『……あの、その満点ですか? 確《たし》かにおもしろさでは一番でしたが』
『演技ではない、本人の魅力《みりょく》が存分に発揮《はっき》されていました! まさに、正統派妹系レズっ娘《こ》キャラ! 非常に良いものを見せて頂きました。倒錯感《とうさくかん》漂うあの絡《から》みも素晴《すば》らしい。やはりここは、はじめが女だと思いながら見るのが正しい見方でしょうな』
『女同士も美しいね……』
『では、次に参りましょう』
・
・
・
先輩とぼくの場合
『次はエントリーナンバー10 平賀《ひらが》つばささんです。関係《かんけい》は恋人未満、平賀さんもパネルは夜景レストランを選《えら》びました。夜景パネルが多いですね』
『やはり、告白というシチュエーションに使いやすいという事ですね』
嵐ちゃんの時はそうでもなかったんだけど……こうやって向かい合ってみるとなんか照れるなぁ。これからぼくが言う言葉を考えると特に。
向かい合ったぼくと先輩《せんぱい》。ぼくは先輩を見つめる。緊張《きんちょう》だ〜周りの雰囲気が原因かなぁ。そんなことを思いながらぼくは口を開く。
「先輩《せんぱい》」
あっ、間違えた。一言目から間違えた。名前で呼ぶように言われてたんだけどつい……しょうがない、もうこのまま行くしかないよね。
「先輩、好きです。つっ付き合ってください」
うわっ、照れる。すごく照れる。……考えてみたらぼくちゃんと告白とかした事ないじゃん! 入れ替わったあの夜になし崩《くず》しに今の関係になってしまったというかなんというか。これじゃあだめじゃん! でも今更《いまさら》っていうのもタイミングが……
「うっうれしい」
ドッギュウゥ〜〜〜ン
くっまた先輩がかわいい。だから先輩はやればできるんじゃん! うれしさに頬《ほお》を染《そ》めて瞳《ひとみ》を潤《うる》ませて上目《うわめ》遣《づか》いでぼくを見る……だめだ、たまらない。ぼくが男だったら、絶対理性の糸ぶち切れてるよ。さっきの嵐《らん》ちゃんみたいに。
先輩はぼくの方に、つまり上を見て、そして…………ゆっくりと目を閉じた。
え〜〜〜なにこれ? まっまさかキスをしろって事? でも、ここじゃ、でも、こんな事一生ないかもしれないぞ、でも、文化祭の出し物の中でキスなんて、いくらうちの学校でも問題に、でも、でも、でも〜〜
キスしたいけど、実行に移せないぼく。そんなへたれなぼくがおどおどしている間に……
ピピ〜〜〜〜〜〜
終わりの合図が。
ああ〜〜ありがたいけど、でもものすごいチャンスを棒に振ってしまった〜〜〜
後悔《こうかい》に頭を抱えるぼく。
『良いところですがここで終了させて頂きます! これ以上は流石《さすが》に……大人《おとな》の事情と了承して頂ければ幸いです。それにしてもものすごく良いムードでしたね川村《かわむら》さん』
『相思相愛ならではといったところでしょうか、あの甘酸《あまず》っぱさがたまりません。しかも最後のあの葛藤《かっとう》、是非是非あの先を見たかったですね。無理なのはわかっていますが』
『美しい……』
『それでは得点に参りましょう!』
10、9、8、9、8、10、9、9、8、10
『おお、かなりの高得点です。が、最後のキスが行われていればもっと点が伸びていた事でしよう。それでは次でラストです、エントリーナンバー8 オーラ=レーンズさん。関係《かんけい》は恋人未満。パネルは夜景です!』
オーラの選択。
眼下に広がる百万ドルの夜景……パネルの前に向かい合って座るオーラと空山《そらやま》。
「オーラ君……」
最終|審査《しんさ》の最中、空山は前に乗りだし、オーラの手を握る。
「ハイ」
笑顔《えがお》で返事を返すオーラ。
空山はそのままオーラの瞳《ひとみ》を熱《あつ》く見つめ言った。
「僕と付き合ってくれないか。僕なら君を世界、いやこの宇宙に存在する誰《だれ》よりも幸せにできる自信がある」
『……おお、これは熱烈《ねつれつ》な告白です。オーラさんは、どんな反応を返すのでしょうか!』
「出会ってからまだ日が経《た》ってない事はわかっている。僕は君の事で知っている事もあれば、知らない事もたくさんある。逆に君もそうだろう。でもそんなものは、これから互いに埋めていけばいい」
演技とは思えないほど熱の入った空山の言葉。
『こっこれは…………本当に、演技なのでしょうか』
演技な訳《わけ》がないだろう。これは僕の一世一代の告白だ。
解説に対して空山は心の中でそう答えつつ告白を続ける。
『いや、彼は本気でしょう』
何かを理解しているのか川村《かわむら》は、告白を続ける空山を無表情で見つめる。
『なっ、何という事でしょう! 本気の告白が始まってしまいました〜〜!!』
予想外の事態《じたい》に騒《さわ》がしくなる会場。
『皆さん静かに、ここは成り行きを見守りましょう』
司会者のその声で、そのざわめきはさざ波のように消えていく。
「僕は君のためならどんな事でもできる。君の趣味《しゅみ》も理解できるよう努力しよう」
空山の言葉に熱が籠《こ》もっていく。
「何より、僕ならば君を人間のように[#「人間のように」に傍点]……いや人間以上[#「いや人間以上」に傍点]に愛する事ができ……」
空山の告白が最高潮に達した時、その声はかかった。
『ふっ……笑止《しょうし》、おまえの想《おも》いはその程度か』
「……なんだって?」
あまりの言葉に、声の主を睨《にら》む空山。その声の主は空山を睨み返しながら、なおも言葉を続ける。
『おまえの想いはその程度かと言ったのだ!!』
「あの……川村《かわむら》さん?」
おずおずと話しかける司会者を無視し立ちあがる川村。そのまま、空山《そらやま》とオーラに向け歩きだす。
「君を人間のように、人間以上に愛する事ができるだと? 語るに落ちるとはこの事だ。自分がどれだけオーラの事を愛する事ができるかという意味で使ったんだろうがな、その発言で貴様の本音《ほんね》が見えるぞ!」
「なっなんだというんだ?」
川村のいきなりの登場とその剣幕《けんまく》に狼狽《ろうばい》していた空山だが、どうにか取《と》り繕《つくろ》う。
「貴様は、オーラの事を人間以下だと思っているのだろう! 人間以下の君を人間以上に愛する事ができるほどぼくは君を愛している? オーラをバカにするのもいい加減にしろ!!」
「っ!!」
無意識《むいしき》に空山の手が懐《ふところ》に伸びた。
こいつはヤバイ。こいつを早めにどうにかしないと……さもなければ全《すべ》てが終わる。
制服の内側に入れた手で川村を黙《だま》らせる用意を始める。準備はしてきた。慣《な》れた作業、片手で事足りる。
準備を終えた空山は何食わね顔で腕を組む。
その様子《ようす》を見ながら解説者はつぶやいた。
『ええと人間以下?』
『私が説明しよう』
『うわっ、平賀《ひらが》さん。……ええと、どういう事でしょう』
いつの間にか解説者席につばさが座っていた。驚《おどろ》く司会者、だがプロ根性を発揮《はっき》しどうにかついていく。
『この場合は、要するにだ。アメリカ人のオーラ君を日本人のように愛する事ができる。そう言っている空山君に、川村君が怒っているという事だな』
『なっなるほど』
川村は止まらない、それどころか、ますますヒートアップしていく。つばをまき散らし、オタク特有のオーバーなリアクションで言葉を続ける。
「だいたい貴様は人間への愛が一番|高尚《こうしょう》な物だとでも思っているのか!? そうだとすれば何という傲岸不遜《ごうがんふそん》な考えだ! 人間への愛、アンドロイドへの愛、二次元への愛、全て愛だ! そこに貴賤《きせん》はない、あるのは愛の強さの違いだけだ!!」
『……アンドロイド?』
『私が説明しよう』
次々に繰《く》りだされてくる奇妙な言葉。つばさはそれらを、しれっとした顔でごまかしていく。
『この場合は、人造人間という意味でのアンドロイドではなく、android、つまり人間に似たという本来の意味で使っているのだ。二次元はアニメ、漫画《まんが》のキャラへの愛の事だろうから、アンドロイドへの愛はフィギュアへの愛という事だろう。川村《かわむら》君は、人間への愛もアニメキャラへの愛も同じ物でそこに優劣《ゆうれつ》はないと言っているのだ』
『なるほど。オタクならではの発言ですね、ですが妙にパワーがあります』
傍目《はため》には余裕を装《よそお》いながらも、空山《そらやま》の目は剣呑《けんのん》さを増していく。
『あと、貴様は人間か人間でないかを重要視しているようだ。生きている人間がこの世の頂点に立っているとでも思っているようだがな、なぜそれが人の傲慢《ごうまん》さだと気がつかない! なぜ生命を非生命の上に置く!? オーラを上から見下ろしておいて愛だと? 笑わせてくれる』
空山の怒りが限界を超え…………急に瞳《ひとみ》の剣呑さが消えた。近くによれば、身体《からだ》の前で組んだ空山の右腕が微《かす》かに動いたのが見えただろう。
『オーラだってアニメのあの娘《こ》だってちゃんと生きている!! この地球上に存在している物は、二次元だろうが三次元だろうが皆平等なのだ!』
アニメキャラとオーラと人間を同列で語る川村。
矢継《やつ》ぎ早《ばや》に出てくる理解不能な発言に、対処できなくなった司会者。助けを求めるようにつばさを見る。
『ええと……』
『私が説明しよう。空山君は、日本人か日本人でないかを重視しているという事だ。あと、オーラ君が生きているのは言うまでもない事だし、アニメのあの娘《こ》はみんなの心の中で生きているという事だろう』
『なっなるほど』
ほっとしたような司会者、だが司会者泣かせの馬鹿《ばか》な発言は続く。
『それに、オーラは年を取らないしうんこもしない!』
『うん……』
『私が説明しよう』
何かを言おうとした解説者の言葉を遮《さえぎ》りつばさは説明を始める。
『最近のアメリカ人はうんこをしないのだ』
『なるほど……ってそんな訳《わけ》ないじゃないですか!』
『冗談《じょうだん》だ。つまり川村君は、大好きなオーラ君がうんこをしないと信じているのだ。お昼の顔のあの人が、某《ぼう》女優《じょゆう》がうんこをしないと信じているのと同じ事だ。年を取らないというのは、いつまでも若々しいという意味だろう』
『なるほど!』
「どうだ! どう考えても人間の女なんぞ足元にも及ばない存在だろう! 要するにこうだ!」
赤の極太《ごくぶと》マジックをどこからか取りだし、夜景パネルへと何かを書き込んでいく川村。書きあがったのはこのような式。
オーラ > 越えられない壁 > 二次元 ≧ 人間の女
『……どう考えても、地球上の女性|全《すべ》てを敵に回す発言ですね』
『先ほどの皆等しいという自《みずか》らの発言を完全に否定しているな、面白《おもしろ》いから良いが』
気持ち良く熱弁《ねつべん》を振るっていた川村《かわむら》、だが途中《とちゅう》で様子《ようす》が急変する。
「おれならば、うっ……オーラの存在を受け入れ……ぐ……そのままのオーラを……愛する事ができ……る!」
急激《きゅうげき》に顔色が悪くなった川村。脂汗《あぶらあせ》を流し、徐々に前屈《まえかが》みになっていく。それでも川村は話すのを止《や》めない。
「オーラ……を、ただ……人間の代替物《だいたいぶつ》だと……考えている……貴様の愛が、このおれ……のオーラへの……愛に勝てるわけない……だろうが!!」
その川村の様子を笑顔《えがお》で見ながら空山《そらやま》は言う。
「代替物か……そうかもしれない。でもね、オーラ君を思う僕の気持ちに嘘偽《うそいつわ》りはないよ。僕はずっと昔から君を求めていた。誰《だれ》よりも君を!」
「ワタシヲ?」
オーラは、目の前で微笑《ほほえ》む空山を見る。
「そう、ずっと昔から僕は君のような女《ひと》が現れるのを待っていた。ずっとずっと昔から。僕なら君を幸せにできる自信がある!!」
空山はオーラの瞳《ひとみ》を見つめそこまで言いきると、今度はつばさに顔を向けた。
「それでつばさ、……これが君の狙《ねら》いかい?」
その問いにつばさは笑って答える。
『今、この状況についてというのならそのとおりだ。一人の女を巡る二人の男、傍観者《ぼうかんしゃ》の立場から見れば、これほど面白い事もない。まあ、それだけでもないがね。ちょっと心配な娘《こ》がいたので、あと押しのために今の状況を作りだしたというところか』
つばさは目の前の机に肘《ひじ》をつくと、顔の前で手を組む。
『だが、私は舞台《ぶたい》を整《ととの》えただけ。川村君の名誉のために言っておくが、川村君は自らの意志でそこに出た。君が自らこの場を告白の場に選《えら》んだようにね。そして、同じようにチャンスもあげた。最近、オーラ君は君といる事が多かっただろう? 私が君の仕事を手伝うように言っていたからね。オーラ君は今まで川村君といる事が多かったからな。それでは不公平だろう。オーラ君にも君の事を知る必要があったしな。要するに、オーラ君にちゃんとした選択《せんたく》の機会《きかい》をあげたかったわけだ』
「…………僕の気持ちを知ったのは?」
空山《そらやま》はつばさに聞く。
『内緒《ないしょ》だ。どうしても理由が欲しいなら、幼なじみパワーとでもしておいてくれたまえ。幼なじみだから何でも知っている……というやつだ』
「ふぅ、わかった、聞かないよ」
納得《なっとく》はしてないが、これ以上聞いても無駄《むだ》だろうと引き下がる空山。
『そしてこれから選《えら》ぶのは、オーラ君の意志だ。どちらかを選ぶのか、それともどちらも選ばないのか。それはオーラ君にしかわからない』
「ワタシデスカ?」
聞き返すオーラ。顔に浮かぶのは困惑《こんわく》の表情。
『そう、誰《だれ》かの為《ため》にではなく、君が君の為に[#「君が君の為に」に傍点]選ぶのだ。どんな選択《せんたく》を選ぼうが、誰かが泣く事になる。残念ながら全員が幸せになるという答えはない。だから君が君自身のために選びたまえ、それなら泣く事になる方も、納得せざるをえないだろう。しかし、それ以外の理由で選んだとしたら、幸せになる者はいない。君は君自身で答えを出さなければならない。そしてその選択は、必ず君の為になるだろう』
「ワタシがワタシノためニ……」
オーラは今まで、誰かの為に……この考えに従い自らの行動を決めていた。自分の為だけに行動する、それがよくわからない。
『では、長尾《ながお》君』
『あ、はい。すいません。私とした事が、事態《じたい》についていけてませんでした。それでどうしましょう』
『んー君達二人、何か言い残した事はあるかい?』
つばさは、空山、川村《かわむら》の両名に聞く。
「ないよ」
「……な…い」
余裕の空山と、真《ま》っ青《さお》で足をすり合わせ挙動|不審《ふしん》な川村。
『では、アレをやろう。女の子の前で二人でお願《ねが》いします! のアレだ。アレだったら、もう一言二言なら言えるぞ? 言う言わないは君等に任せるよ。オーラ君、舞台《ぶたい》の真ん中に立ってくれたまえ。男二人はその前に』
言われるままに三人は向き合った。
『平賀《ひらが》さん、楽しそうですね?』
『わかるかね? まあこれは性分なので気にしないでくれたまえ。ではオーラ君、君の好きな方を、存分に選んでくれたまえ、どちらも嫌《いや》なら二人共にごめんなさいでも良い。ただ、君が君のために選ぶように。でないと、本気の二人に失礼だぞ』
つばさが、いたずらっ子のようで、それでいて優《やさ》しく見守ってくれる姉のような、そんな笑顔《えがお》でオーラに言った。
選《えら》ぶ? 私が? 私の為《ため》に? 誰《だれ》を? 一人だけ? なぜ? どうして? 私の為に? 誰が? 私が? 選ぶ? どちらか一人? なぜ? 誰を? 私が? どうして? 私の為に? 選ぶ? 一人だけ? 誰を? 私が? なぜ? 私の為に? どうして?
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない……
オーラの答えが出ていないにもかかわらず、事態《じたい》は進んでいく。
『それでは空山《そらやま》君から』
空山は、真摯《しんし》な瞳《ひとみ》でオーラを見つめ腕を差しだした。
「僕には君が必要だ、君に側《そば》にいてほしい」
川村《かわむら》は、焦点の合ってないうつろな瞳でぷるぷる震《ふる》えながら言った。挙動|不審《ふしん》きわまりない。
「オーラ……オレは……おまえが……おまえが……必要だ……共に……オタク道を……極《きわ》め……よ…………う」
そこまで言ったところで……
バタン
前のめりに倒れる川村。慌《あわ》ててオーラが助け起こそうとしたその時…………門が決壊《けっかい》した音が響《ひび》いた。
ブリュ
静まりかえる体育館。静寂《せいじゃく》。耳が痛くなるほどの、気の遠くなるほどの静寂。その静寂の中に鳴り響く破滅の音。
ブリュリュリュリュリュ
それは凰林《おうりん》高校に代々伝わっていく事となる伝説、『史上最低の告白』という伝説が誕生《たんじょう》した瞬間《しゅんかん》だった。
「うっ」
誰かのそのうめき声を合図に……
「うわあああああああああ」
「漏《も》らしたぞ――――」
「きゃああああああ」
「なんて事しやがる!」
「舞台《ぶたい》が、舞台があぁぁ」
阿鼻叫喚《あびきょうかん》の地獄《じごく》絵図と化す体育館。
そんな中でオーラの疑問、生まれて初めての疑問。それは唐突《とうとつ》に、やけにあっさりと解決した。
体育館を包む悲鳴と怒号《どごう》の中、オーラは自然に動いていた。
「オオーこれハ大変デス」
オーラは本当に無意識《むいしき》、だが自分の意志で川村《かわむら》の手を掴み[#「手を掴み」に傍点]川村を助け起こした。白目をむいてピクリともしない川村。
「ヨッコイショ」
オーラはその川村を背負《せお》い、どいてください〜と駆《か》けだそうとする。
「待ってくれ!」
オーラの背に向け、空山《そらやま》は叫んだ。
「オーラ、君は僕よりそいつを選《えら》ぶというのか! 公衆の面前で脱糞《だっぷん》して気を失うような男を」
観客《かんきゃく》の皆がうんうんとうなずいている。
オーラは振り向くと、困った顔をして。
「デモ……ソウイチロ、べつにワタシじゃナクてもイイデス。ヒトじゃなケレバ。でもカワムラは、ワタシじゃナイといけマセン」
それだけ言い終えると舞台《ぶたい》から飛び降りるオーラ。
すし詰めの観客《かんきゃく》が綺麗《きれい》に左右に分かれ、外への道を造る。二人のバージンロード……などというロマンティックな物でなく、ただ川村《かわむら》の側《そば》に近寄りたくなかっただけ。だが、その道は、オーラが生まれて初めて自分で自分の為《ため》に選《えら》んだ道だった。
つばさと僕
オーラが消えたあとも、体育館の入り口を見つめながら僕は呆然《ぼうぜん》と立ちすくんでいた。そんな僕につばさは近寄り言った。
「空山《そらやま》君、そろそろ胸のまち針を抜いてあげてくれないかね」
僕はその言葉に反応し、のろのろと振り向く。僕の胸には、まち針が刺さっている。いや、そのブレザーの裏に仕込まれた、呪《のろ》いのわら人形に刺さっている。
「気づいていたのかい?」
「気づかれないとでも思っていたのかね。私は被害者になった事があるのだぞ? 君のおかしな動作を見逃《みのが》していたとしても、そのくらい気づく」
「そうか……そうだな」
僕は放心|状態《じょうたい》のまま答える。
「それはそうと残念だったね。ただ、痛いところをつかれたな。人間でなければ誰《だれ》でも良い……か」
「…………」
「女性|嫌《ぎら》いの原因となった私が言うのも何だが、そろそろ普通の女性に目を向けてみないかね?」
「…………それも良いかな」
女嫌いというのを免罪符《めんざいふ》に、全《すべ》てをつばさのせいにして、様々《さまざま》なものから逃げてきた気がする。そう、あの頃《ころ》の想《おも》いからも。
「うむうむ女性は私のような者ばかりではないぞ」
うんうんとうなずきながら言うつばさ。あたりまえだ、そんな事があってたまるかと心の中で思う。
だが、つばさへのわだかまりは消えた気がする。オーラの事が一番の理由だろう。つばさは自分の恋の応援をしてくれたようなものでもあるのだ。
オーラと親しくなるように手を回し、川村との差をなくしてくれた。これはオーラが選《えら》ぶ為の材料の一つなのだろうが、それでも助かった事は確《たし》かだ。自分が負けたのは、ただ単に想いが足りなかったという事だろう。
女嫌いのトラウマを植えつけた事を気にしているのだろうか?
「それにしても、一体どうしたんだい? 君が人の恋の応援をするなんて。これはオーラ君の為《ため》だけではない、僕の為という理由もあるんだろう?」
その僕の疑問につばさは照れたように笑って答えた。
「なに、私も恋を知り変わったという事だ」
…………あり得ない言葉を聞いたぞ。
つばさが恋……恋!?
「ふふ……ふはは…………あはははははは」
笑いが止まらず狂ったように笑う僕。
ここまで笑ったのは本当に久しぶりだ。何と愉快《ゆかい》なんだろう。そんな僕につばさは少しむくれて言う。
「そこまで笑う事はないだろう。…………それでまち針の事だが……君の呪《のろ》いの経験者《けいけんしゃ》としては川村《かわむら》君が哀《あわ》れで哀れで」
笑顔《えがお》のポーカーフェイスがはがれ、本気で心配している様子《ようす》のつばさ。そうか、よっぽど効いていたのか。
「あ〜っはっはっはっ」
今日《きょう》は信じられない事の目白《めじろ》押《お》しだ。よし、この顔を見られた事で全《すべ》てを水に流そう。この顔にはそれだけの価値がある。それに…………つばさが恋をする事ができるこの世の中だ、僕にできないはずはないだろう。もう過去に縛《しば》られる必要はない。思い出してみれば、つばさとの思い出は辛《つら》い事ばかりではなかった。僕はそんな事も忘れていたらしい。
あの頃《ころ》、小さなつばさを追いかけていた小さな僕はとても楽しかった。
それだけで幸せだったんだ。そう、幸せだったんだ――――
僕は笑いをどうにか止めるとつばさに言った。
「僕のオーラを取った罰《ばつ》だ、しばらくは刺したままにしておくよ。それぐらいしても良いだろう?」
実に……実に晴れ晴れした気分だな。二度目の失恋をした直後だというのに。……ふふ、まあいいか。さあ、失恋記念に新しい恋でも探そうか。
ミス凰林コンテスト結果発表とぼく
『ええと、予想外のハプニングでお待たせしてしまい申《もう》し訳《わけ》ありません。ただ今ようやく集計が終わった模様《もよう》です。これよりミス凰林《おうりん》コンテスト、結果発表を始めさせて頂きます!!』
おおおおおおおおおおおお
今日何度目かの歓声《かんせい》が体育館を包み込んだ。ゆっくりと幕が上がっていく。観客《かんきゃく》の視界に入った舞台《ぶたい》上には、九人の美少女達が制服に着替え一列に並んでいる。
ぼくはこの様子《ようす》を舞台|袖《そで》から眺めてる。
『今年《ことし》のミス凰林《おうりん》は誰《だれ》に決定したのでしょうか。都合《つごう》により川村《かわむら》さんが退場されたので、これからは川村さん抜きで進行させて頂きます』
巻き起こる笑い。
『さらに非常に残念な事にオーラ=レーンズさんも退場なされました』
巻き起こる大ブーイング。このブーイングはこの場にいないタッキーに向けてのもの。いや、気持ちはわかるけどね。タッキーちょっとかっこよくて、ものすごくかっこ悪かった。どう考えても、なんで!? って感じになるよね。まぁ、オーラが選《えら》んだんだから良いけど。
『それでは上位三位の発表です。第三位は…………オーラ=レーンズさんです!! 先ほど言ったようにいませんので、スルーしましょう! 皆さん良いですね?』
いいで〜す。
という返事が笑いと共に返ってくる。彼氏持ちには冷たいみんなです。まあ、冗談《じょうだん》半分なんだけどね。
『そして準ミスとなる第二位は……』
祈るような面持《おもも》ちのみんな。特に嵐《らん》ちゃんは本気だ。よっぽど先輩《せんぱい》には負けたくないみたい。
よばれるなよばれるなよばれるな……と、小さくつぶやいているのがわかる。
下馬評《げばひょう》では、嵐ちゃんと先輩の一騎打《いっきう》ち。どっちになるかなぁ、個人的には先輩になってほしくない。だってぼくの身体《からだ》がミス凰林になるなんて悲しすぎる。そもそも、ミスじゃないし、ミスターだし。
『……石川《いしかわ》嵐さん』
ああ〜〜残念。それでも、準ミスはすごいよ。
『石川嵐さんは……』
解説者の人がそこまで言ったところでいきなりマイクが切れた。
解説者さんは、あれ? どうした? とマイクをとんとんと叩《たた》いているけど、うんともすんともしない。
その時、腹の底から出ているようなおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「認《みと》めない……認めないわ…………このアタシがつばさに負けるなんて。そんな事は許せないのよ」
わなわな震《ふる》えている嵐ちゃん。
「そう、許されないのよ! だからなかった事にするわ…………全《すべ》てを!」
そう言うと同時にぼくとは逆側の舞台袖《ぶたいそで》に向けて走った。そこには笑顔《えがお》の美香《みか》さんが手招きしていて……
「おーっほほほほ、ダークらんちゃん参上!」
戻ってきた嵐ちゃんはコギャルだった。
そしてパッチーンと指を鳴らす。
「は〜い」
「ほ〜い」
ぴょんぴょん跳《は》ねながら、舞台《ぶたい》上に上がってきたのは美菜《みな》ちゃん美穂《みほ》ちゃんの双子《ふたご》。服装は、悪と書かれたあのアレな体操服。
「悪の双子、なっちゃん&ほーちゃんで〜す」
…………漫才師《まんざいし》みたい。
どうやらこの二人がマイクを使えなくさせた張本人みたい。
「さあ、あの紙を奪うわよ!」
嵐《らん》ちゃんが、司会者さんの手にある、結果の書いてある紙を指さして言った。
「りょーかい」
「で〜す」
一体なんなんだ。なにが始まろうとしてるんだ。……いや、見え見えだけど。
「フフ……そうはいかんよ」
ビクッ
先輩《せんぱい》の声にぼくの身体《からだ》が反応した。やるつもりですか? 先輩、ここでやるつもりなんですか?
「皆の熱《あつ》き想《おも》いの詰まった投票結果を、貴様等に奪われる訳《わけ》にはいかない!」
その声に、舞台《ぶたい》上にいる先輩以外の参加者の人達が、なにかが起こる事を予感して逃げていく。いや、巻き込まれるのを避《さ》けるというよりかは、よく見えるところに移動したのか。
「はじめさん」
「え?」
肩を叩《たた》かれ振り向くと、変身した美香《みか》さんがいた。桜《さくら》さんもいた。ばかデカイ白ねこ、真太郎《しんたろう》もいた。いや、美香さんさっき向こう側にいたんじゃ……
「では、変身しましょう!」
しゅぱぱぱ
美香さんに一瞬《いっしゅん》で着せ替えられるぼく。美香さんはついに今日《きょう》でなにかを極《きわ》めてしまったらしい。
「では行きましょう」
美香さんに舞台上に押しだされていくぼく。その途中《とちゅう》で先輩とすれ違う。
「では、少しだけ時間を稼《かせ》いでくれたまえ」
「 命短し 恋せよ乙女《をとめ》
波に漂ふ 舟のよに
君が柔手《にこで》を わが肩に
此処《ここ》には人目も なひものを……」
おきまりの前口上《まえこうじょう》が始まり……
「乙女《おとめ》戦隊なでしこ|X《ファイブ》!!」
…………えっと。
「ふっ、現れたわね、なでしこX。ここであったが百年め、今日《きょう》こそ決着をつけてやるわ!」
……さっきまで結果発表が行われてたはずのここで、なんでデパート屋上でやってるようなヒーローショーが始まってるんだろう。しかも、なんでぼくはそれに参加してるんだろう。
うおおおおおおおおおおおおー!
いいぞ――――!
体育館に詰まった観客《かんきゃく》の皆さんは、なんかものすごく盛りあがってる。今の状況を心から楽しんでいるみたいだ。順応性高すぎ!
コーラいかがっすか〜
ポップコーンもありますよ〜
商売も相変わらず行われている。
どちらにしろ、この展開についていけてるところがなんとも……先輩《せんぱい》が今まで学校を巻き込んでいろいろやってきた成果だろうか。
「待たせたね」
そんな感じでいろいろやっている間に、変身を終えた先輩が帰ってきた。
「これで四人そろった」
「ふふん、どうしたのかしら一人足りてないわよ?」
「ふふ、一人足りない場合、友情パワーでパワーアップするのが、スーパーヒロインというものだろう!」
「ぐっ……なーんてね。ふふふ」
嵐《らん》ちゃんは武器にもなるお花のいっぱいついた携帯電話でどこかに電話を始める。
トゥルルルルルルルルルル
いったいどこにかけてるんだろう。
「あっアタシよ、5秒以内にきなさい。以上」
ピッ
ものすごい命令|口調《くちょう》で、有無《うむ》も言わさない感じ。いったい相手は誰《だれ》なんだろう……なんて悩む暇《ひま》もなく、
ドドドドドドドドドドドド
なんていう、ものすごい地響《じひび》きが遠くから聞こえてきた。
そして、バーンという音と共に体育館の扉《とびら》が開かれた。逆光の中に浮かびあがる特徴的なシルエット。
「遅いわよ! 5秒以上たってるじゃない、使えないわね! まあいいわ、さっさとこっちきなさい」
嵐《らん》ちゃんのその声に応《こた》えるようにその影《かげ》は人をかき分け舞台《ぶたい》上にやってくる。
「アタシの奥の手、怪人《かいじん》マゾ男のポチよ!」
舞台上のライトに照らされているのは、言わずと知れたマゾ番長。
「えっと……なんでその人がそんなところに?」
一応聞いてみる。
「もしかしたら使うこともあるかもしれなかったから、外で待たせてたのよ!」
「えっとその………………ずっと?」
「あたりまえじゃない、お姉《ねえ》さま」
なにあたりまえのこと言ってるの? といった様子《ようす》の嵐ちゃん。
朝からずっと待たされてたのか……出番があるかもわからないのに。でも、M番長さんどこか満足そうな顔。
「ほほう、放置プレイか。なかなかやるな」
心底《しんそこ》感心している様子の先輩《せんぱい》。
…………嵐ちゃん。
「さあ、行くのよ怪人マゾ男! そしてあの紙を奪い取るのよ」
パシィ……と、携帯電話の伸ばしたアンテナの部分で番長さんを叩《たた》く嵐ちゃん。
「おおう」
気持ちよさそうな声をあげて襲《おそ》いかかってくるマゾ。
シュッ
「むっ」
なにかが番長さんに向けて飛んできて、番長さんの足が止まる。
番長さんの前に落ちているアレ…………団子《だんご》の串《くし》かなぁ。
「ぐぅ!!」
嵐ちゃんの言いつけからか日本語を話さない番長が串の飛んできた方向を見る。
ぼくらのピンチに颯爽《さっそう》と現れたのは、
「待たせたね、ハニー」
学ラン、マント、下駄《げた》、仮面という、てんぷらとスイカぐらい食い合わせの悪そうな組み合わせ。
それをなぜかかっこよく着こなせてしまっている道本《みちもと》さんだった。
「ボクがきたからには、安心し……」
台詞《せりふ》の途中《とちゅう》で美しく吹《ふ》き飛ばされる道本さ……いや、学ラン仮面。
「やはり、ビジュアル優先《ゆうせん》では無理だったか」
それを見ていた先輩が冷静につぶやいた。
「……先輩《せんぱい》」
「ふむ、では真太郎《しんたろう》君頼む」
「わかった」
そう答えて前に出ると、マゾ番長と白ねこ真太郎は舞台《ぶたい》の中心でがっちり腕を掴《つか》み合う。その真太郎を桜《さくら》さんが応援する。
「がんばってくださいませ、真太郎さまっ!!」
真太郎と番長さん、力勝負はほぼ互角。
観客《かんきゃく》の皆さんは固唾《かたず》をのんで成り行きを見守っ…………なんなんだこの状況。
「おほほほ、なっちゃんほーちゃん行くわよー」
膠着《こうちゃく》状態《じょうたい》に陥《おちい》る二人、その隙《すき》に嵐《らん》ちゃん達三人は走りだす。
舞台の中心では、白ねこ真太郎VSマゾ番長が行われてるため、ぼく達は二つに分断されてしまっている。ぼく、桜さんのグループと、美香《みか》さん、先輩のグループの二つに。三人は美香さん、先輩グループの方に走っていく。
「じゃあ、任せたわよ!」
「「りょうかーい!」」
美菜《みな》ちゃんと美穂《みほ》ちゃんは嵐ちゃんの前に出ると…………美香さんと先輩に抱きついた。
「おお」
「あらあら」
子泣きじじいのように二人にくっついて動きを妨害する美菜ちゃん美穂ちゃん。嵐ちゃんはその隙に二人の間をすり抜ける。
「おお、ナイス連携だ」
美穂ちゃんに抱きつかれながら、感心している先輩《せんぱい》。
「おーっほっほっほっー」
嵐ちゃんは笑いながら司会者さんのところに到達すると、紙を奪い取った。さらに大きくなる高笑い。
「ほーっほっほっほー正義は勝つのよ!」
どう考えても悪役にしか見えないよ嵐ちゃん。
いやそれよりも、その紙をなかったことにしたって、アンケートの用紙はまだ残ってるだろうし、集計した人や解説者の人の頭の中には順位が入ってるだろうから、そんなことしてもまったく意味がないんじゃないかなとか思うけど…………気持ち良く笑ってる嵐ちゃんには言えないな。それにそれを口にしてしまったら、この舞台《ぶたい》上で行われているのはいったいなんだ? とかいう寒いことになりそうだし。ここまできたらどうにか円満に終わらせないと。
「ほっほっほっ、ほーっほっほっほっ」
先輩を出し抜いたのがよっぽどうれしいのか高笑いを続ける嵐ちゃん。そんな高笑いで油断《ゆだん》しきった嵐《らん》ちゃんに、縄抜《なわぬ》けならぬ美穂《みほ》ちゃん抜けした先輩《せんぱい》が意地悪そーな顔で近づいていく。そして自分の頭に乗ってる長いウイッグを一房《ひとふさ》手に持って、嵐ちゃんの鼻をくすぐる。
「はっはっはっ……へくちっ」
くしゃみの勢いで、嵐ちゃんの手の中にあった紙が吹《ふ》き飛んだ。
「ああー」
「愉快《ゆかい》なほどに詰めが甘いな君は」
その紙をキャッチすると、目を通す先輩。
「……ほうほう。なるほどなるほど。いやはや愉快な事になったものだ。流石《さすが》の私も予想しきれなかったよ」
「なによ! 返しなさいよ!」
「まあまあ、安心したまえ。君は私に負けていないよ」
「えっ、どういうことよ」
はてなマークを頭の上につけた嵐ちゃん。
先輩は意味深《いみしん》な言葉を残したあと、成り行きを見守っていた司会者の人に話しかける。
「マイクは直ったかね?」
「コードを抜かれていただけなので……」
「それは良かった。では、さっきの続きを頼むよ」
『えー、またまた予想外の事態《じたい》に中断してしまいましたが、これより結果発表を再開します』
ほんとまたまただよねえ。でも、面白《おもしろ》いことになっているという噂《うわさ》が広がったのか、ものすごい人、もうすでに体育館に入りきれてないくらいの人が集まってる。これは、先輩のクラス儲《もう》かっただろうなぁ。
『三位は先ほど言ったとおりオーラ=レーンズさん。そして二位は。石川《いしかわ》嵐さん……並びに平賀《ひらが》つばささん!! 二位のお二人は何とも珍《めずら》しい事に同点でした』
同点か、これで嵐ちゃんもどうにか収まるよね。よかったよかった。
「くうぅ、つばさと同点だとは……なんたる屈辱《くつじょく》。次は負けないわよ!! …………そう言えば、誰《だれ》が一位なの?」
そいえばそうか、いったい誰だろ。
「あ、はい。栄光の第一位は!」
だららららららららららららららら
ライトが消され、たくさんのスポットライトが舞台《ぶたい》上を行《い》き交《か》う。
らららららららららららららららら
うーん、先輩でも嵐ちゃんでもないとなると、いったい誰だろう。
らららららららららららららじゃん!
音が鳴りやんだ瞬間《しゅんかん》、たくさんのスポットライトが一人を照らしだした。
照らしだされたのは……………………………………………………………………………ぼく。
「山城《やましろ》はじめさんです!!」
…………は?
うわあああああああああああああああああああああ
割れんばかりの歓声《かんせい》。
…………は?
「いやはや、なんというかこの場にいる皆はよくわかっているな。良い感じに育ってきてくれている。今までいろいろやってきた甲斐《かい》があったというものだ」
…………は?
いや、なんで? なんでぼくが選《えら》ばれてんの?
「上位三位までの得点は、
オーラ=レーンズさん 463点
石川《いしかわ》嵐《らん》さん 482点
平賀《ひらが》つばささん 482点
山城|一《はじめ》さん 601点でした!」
なんでぼくに点数が…………そうか! ぼくは歓声を上げている観客《かんきゃく》の皆さんを見る。ぼくの点数は審査員《しんさいん》以外の投票か! でもなんでこんなに。
「考えてみれば、一番|舞台《ぶたい》上に上がっていたのが君なのだね。私と嵐君に付き合っていたのだから。さらに全てが計算ずくの私達とは違い、君の反応は全てがナチュラル。君は自分は関係ないと思っていたからね。要するに、あの舞台上で一番|萌《も》える行動を取っていたのは君なのだよ!」
なっなんてことだ。
「では新たに誕生《たんじょう》した女王に、王冠が進呈されます!」
ぼーぜんとして突っ立ってるぼくに、王冠がかぶされ、真《ま》っ赤《か》なマントが肩に掛けられる。あと、豪華な装飾の杖《つえ》。
王冠をかぶせてくれたお姉《ねえ》さんがぼくに言う。
「おめでとう」
いや、めでたくないし。
「今日《きょう》誕生した女王! 凰林《おうりん》高校一の美少女、山城一さんに皆様盛大な拍手を!!」
パチパチパチパチパチパチパチ
ワーワーワーワー
ぼくに降り注《そそ》ぐ拍手と歓声。
「おめでとう」
「おめでとー」
「おめでと」
そしてお祝いの言葉。
「ふっ、負けたよ。実は自信があったのだがな」
「お姉《ねえ》さまに負けたんならしょうがないわね。でもいつかお姉さまを超えるレディになってみせるから」
先輩《せんぱい》、嵐《らん》ちゃんの順でぼくに声をかけてきた。ほかの出場者の人も話しかけてくる。
「これではじめ君は、凰林《おうりん》高校で一番の美少女という事になったわけだ。実にめでたいな。さあ、応援してくれた皆に手を振らないと」
ぼくは言われるがままに、先輩達みんなと手を振る。
「いや、実に面白《おもしろ》かった。心から感謝《かんしゃ》するよ」
「応援してくれたみんな、ありがとね〜〜チュッ」
「…………………………………………」
ゆっくり幕が下りていく。鳴りやまない拍手と歓声《かんせい》。そんな中でぼくは思った。
…………………………………………………………………………………めでたくない。
祭りの終わりと先輩とぼく
凰林祭ももうすぐ終わり。太陽はもうとっくに沈んで、かわりに月が顔を出している。
グラウンドでは文化祭で出たゴミが燃《も》やされ、校舎を紅《あか》く照らしていた。
ぼくはそんな中先輩と二人で屋上にいた。
「ふははは、いや実に愉快《ゆかい》だったな」
「美少女戦隊やらされたり、ぼくの写真が無断で売られてたり、コスプレたくさんしたり、ミスコンに先輩と嵐ちゃんが出たり、なぜかぼくがミス凰林になったりしましたけどね。まったく先輩は……だいたいなんですかその格好《かっこう》」
「似合わないかね?」
先輩が真《ま》っ赤《か》なドレスの裾《すそ》をつまむ。
「似合いすぎてるのがいやなんですよ」
月明かりに照らされたかわいらしいお姫様。それが今の先輩の惨状《さんじょう》。なんかミスコンが終わったあと、わざわざこの格好に着替えてやってきた。いやがらせだろうか。ぼくは男装のままだっていうのに。
「いやなに、たまには女らしい姿も見せてあげようかなと思ったのでね。まあ、先ほども色々な格好《かっこう》を見せたが、じっくり見えなかっただろう?」
「そういうことは入れ替わる前に思ってくださいよ」
入れ替わる前なら思う存分おめかししてくれてよかったのに、というかしてほしかったのに。
いつもと同じ軽口。だけど今回は返ってきた返事がいつもと違った。
「ふふっ、そうできてたら良かったのだけどね」
先輩《せんぱい》の様子《ようす》が少し変だ。
「……先輩?」
ぼくはおそるおそる先輩の顔をのぞき込む。先輩はぼくを見つめ返し真面目な顔で言った。
「今の私達は、得た物も多いが、失った物も多い。あり得たかもしれない未来に、あったはずの過去」
先輩はぼくから視線《しせん》を外し、グラウンドで燃《も》える炎を見つめる。
「もしかするとあり得たかもしれない未来。その未来をたどる行為には何の意味もない。その未来にはもう戻れないのだから」
今日《きょう》の先輩はなぜかよくしゃべる。
「もしかするとあったはずの過去、その過去をなぞる行為には何の意味もない、その過去にはもう進めないのだから」
「ただ……このままではその未来が、過去が哀《あわ》れだとは思わないかね? 男だった君、女だった私がたどるはずだった人生が哀れだと思わないかね?」
「……………………」
「惜しいとは思わないかね? 永遠に失われたその可能性が。……………………それが、これ以外に選ぶ道がなかった[#「これ以外に選ぶ道がなかった」に傍点]としてもだ」
選《えら》ぶ道がなかった? どういうこと? …………ぼくは口を開こうとした。
だけど、先輩の寂《さび》しい微笑《ほほえ》み。その顔を見た瞬間《しゅんかん》、言葉は消えてなくなっていった。
「そう。これは、何の意味もない行為。あり得たかもしれない未来の模倣《もほう》。存在していたはずの過去の再生。もう一人の私達の鎮魂《ちんこん》の為《ため》に行われたただの茶番《ちゃばん》。意味がない。全くもって意味がない。だが…………たまにはそんなのもいいだろう」
そうか、今日のミスコンの審査《しんさ》。朝起こして、夜お出迎えしてもらって、夜景の見えるレストランで告白。それはあったかもしれない未来。もうたどり着けない未来の出来事。
先輩が女でぼくが男。あたりまえだったいつか。
「そして…………その茶番ももうじき終わる」
そうか…………もう少しで文化祭が終わるんだ。
あわただしい一日だったけど、終わってみるととても寂しい。
美少女戦隊はともかく、久しぶりの男の生活はとても楽しかったしね……。ぼくがこう思うのも先輩の計画どおりなんだろうなあ。いつもどおり色々企みまくってた訳《わけ》だし。
ほんと困った人だ。でも……たまにならこんなのもいいなぁ。
「だがその前に、はじめ君」
先輩《せんぱい》がぼくの方に向き直った。
「はい」
「君に言っておかなければならない事がある。女の私がうっかり言いそびれていた言葉だ。そして女性の私から男性の君へ贈《おく》る最後の言葉でもある」
「……はい」
ぼくは姿勢を正して先輩と向き合う。
先輩が、淡く輝《かがや》く月明かりの下でいたずらっぽい笑顔《えがお》を浮かべ言った。
「ずっと前から君の事を興味深《きょうみぶか》く思っていた。私と共に生きる気はないかい?」
「ぷっ」
笑いが漏《も》れた。まったく先輩らしい変な告白。
それで告白の返事は? 決まってる。
ぼくは先輩に負けず劣らずの笑顔を浮かべた。
「よろこんで」
人気《ひとけ》のない屋上、ぼくらを照らしているのは月明かりとグラウンドで燃《も》える祭りの跡。
見つめ合ってどのくらい経《た》っただろうか。先輩が小さく言った。
「……むぅ」
「なんですか?」
「綺麗《きれい》な夜景だな」
すでに太陽は月と入れ替わっていて、高台にある凰林《おうりん》高校からは眼下に広がる街の灯《あか》りが一望できる。
「そうですね」
「すごく良いムードだな」
周りに人気はなく、この屋上にいるのはぼく達二人だけ。
「そうですね」
なんでこんなことを聞くのだろう? と思いつつもぼくは相づちを打つ。
そんなぼくを見て、先輩は小さく笑《え》みを漏らす。いや、これは苦笑か。
「くくくくっ、君らしいといえば君らしいが……」
「えっ? えっ?」
「綺麗な夜景に、良いムード。目を潤《うる》ませ君を見上げる私。要するにだ。女が恥《はじ》を忍んでここまでお膳立《ぜんだ》てをしたのだから、あとは君がリードしてほしいなという事だ」
そう言って、意地の悪い笑《え》みを浮かべる先輩《せんぱい》。
「あっえっ…………」
ぼくはしばらく考えたあと、先輩の言葉の意味に気づいた。同時に過去の言葉を思いだす。先輩に唇《くちびる》を強奪《ごうだつ》された時にぼくが言った言葉。
『……ふふっ自分的な計画としては、身長が先輩を追い越した頃《ころ》に、なんかムードのある夜景なんか見ながら、先輩とキスするとかいう、あり得ない感じのこと考えてたりもしてたんですよ……』
ぼくの顔がボンッと音をたてて赤くなる。
「はははははははっはい!!」
ぼくは先輩の側《そば》に近づいていく。右手と右足が同時に出ているのがわかる。でもぼくは緊張《きんちょう》で、なにが正しかったのか、どうやって歩いていたのかさえわからなくなってる。ぼくは手を伸ばせば届く距離《きょり》で一度歩みを止め、意を決したかのように最後の一歩を踏みだした。風が吹《ふ》けば髪が触れてしまいそうなほどの、息の温かさが伝わりそうなほどの、心臓《しんぞう》の鼓動が伝わりそうなほどの距離《きょり》。
ぼくはがちがちの奇妙な動作で先輩に顔を寄せていき……言った。
「……先輩」
目をきらきらと好奇心で輝《かがや》かせながら先輩は答える。
「なんだね?」
「……できれば、目をつむってほしいんですが」
「なぜだね?」
「なぜってそれはその……こういう場合は、目をつむるものでしょう?」
見つめ合ったまま交《か》わされるどこかずれた会話。
「くくっ、わかったよ。できれば君の顔を見ていたかったのだがしょうがない」
一度笑みで目を細めたあと、目を閉じる先輩。
「じゃあ、気を取り直して……」
「ああ、そうだ」
「うわっ今度はなんですか!」
「やはり女としては、甘いささやきが欲しいな」
「先輩……」
「さっきの君に習えば、こういう時は名前を呼ぶものだろう?」
「つっつばさ…………さん」
呼び捨てにしようとしたけど無理、今の僕にはこれで精一杯。
「まあいい事にしよう」
先輩は少し笑ってぼくを見たあと、目を閉じる。
ぼくはゆっくり先輩《せんぱい》の顔に近づき……
月明かりとグラウンドから聞こえる喧噪《けんそう》の中、ゆっくりぼくと先輩の影《かげ》が重《かさ》なった。
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エピローグ
「やあやあ、終わってしまったね、高校生活最後の文化祭が」
「そうですねぇ、なごりおしいですわ」
「……わたしとしては、もう一年ぐらい高校生しようかなとか思うのですが。……どうせここまできたら何年遅れようが関係《かんけい》ありませんし」
「むむ、桜《さくら》君。それは非常にそそられる提案だな」
「う〜ん、ボクとしてはダブリというのはあまり美しくないのではないかと思うんだよ。ああ、桜の事じゃないよ! 心配しなくても君は美しい……」
放課後《ほうかご》の部室で三年生達がしみじみ話をしてる。その三年生達にぼくは呆《あき》れて言った。
「……なんですかその後ろ向きな会話は」
「私としてはとても前向きな会話だと思うのだが」
「どこがですか! わざと留年なんていけませんよ」
「大丈夫、愛を理由にすれば大体の事が許されるし、格好《かっこう》もつく」
ぼくが前に置いたお茶においしそうに手をつけて、先輩《せんぱい》は言う。
「それはそうとだ。次は何をしようか。写真の売り上げが結構あってね、色々|融通《ゆうずう》が利《き》きそうなのだ」
なるほど、だからさっき嵐《らん》ちゃん達がほーっほっほっとか大笑いしながら走って帰ったのか。マージンとやらが入ったんだね。まったく晩ご飯食べられなくなるぞ〜。太るぞ〜。
「個人的には人様に迷惑《めいわく》かけないならなんでも」
最近ぼくの望むことのレベルが下がりまくってる気がする。
「ふむ、温泉にでも行くかね? 温泉は良いぞ〜裸をストーリー的に無理なく出す事ができる魔法《まほう》のイベントだ」
「素晴《すば》らしい! もちろん混浴ですね! …………いや、時間によって男湯女湯が入れ替わる形式が良いか、それとも入り口は別だが中が繋《つな》がっているという方がよいか。……いや、それでは覗《のぞ》く醍醐味《だいごみ》が…………つばさ先輩、オレにはとても選《えら》べそうにありません!」
じゃあ選ぶな。
この間は、ほんのすこ〜〜〜〜しだけかっこよかった気がするのに、やっぱタッキーはタッキーか。まったく成長してない。
「はっはっはっ」
「いいですわねぇ、温泉。美肌効果があるところが良いですわねえ」
「……混浴」(←ちろっと真太郎《しんたろう》を見る桜《さくら》さん)
「…………」(←照れる真太郎)
相変わらずぼくの意志不在で勝手に決まっていく変な計画。
「はぁ」
ぼくはいつもどおり大きなため息を一つ。そして斜め前に座ってニコニコしてるオーラに向けて言った。
「オーラは良いの? なんか勝手に決まってるけど……」
って、オーラの場合。ハイ〜皆サンがヨロコンデくレルナラ〜とか言って即OKか。
案《あん》の定《じょう》オーラは、いつものニコニコ笑顔《えがお》で、いつもの周りの人を優《やさ》しい気分にさせる間延《まの》びした、いつものなまり口調《くちょう》で言った。
「ハイ〜カワムラがヨロコンでくれるナラ〜」
……………………え?
[#地付き]終わり
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プロローグ?
時は戻って文化祭の夜――――――
月光と祭りの残り火が柔らかに照らす屋上、仲むつまじく寄《よ》り添《そ》う二人。二人の間には会話がない。しかし、その代わりに優《やさ》しい空気が満ちている。会話すらいらないほど通じ合えた二人。
祭の終わりに訪れたとても良いムード。まぁこの状況をお膳立《ぜんだ》てしたのは私なのだが。
う〜む自分でも感心するほどのナイスプロデュースっぷりだ。が、あまりにも良いムードなので持ち前の天《あま》の邪鬼《じゃく》な性格といじめっ子精神がむくむくと首をもたげてきた。
……ああ、だめだ。耐えられない。ここで良いムードを壊《こわ》したらどれだけ楽しい事になるのかを想像してしまうともう……
私は心の中で葛藤《かっとう》する……という事もなく、その欲求のままに口を開いた。我慢は身体《からだ》に良くない。
「うむ、なかなか。結構なお点前《てまえ》でとでも言っておこうか」
「なんですかそれは……もっと他《ほか》に言いようがあるでしょうに……」
顔を真《ま》っ赤《か》にしたはじめ君が私に抗議《こうぎ》してくる。
「くっくっくっ、これが私流の照《て》れ隠《かく》しだと思えば、私の事がかわいく見えてこないかね?」
「それが全《すべ》てだったら、かわいく思えるんじゃないかと思うんですが……、ぼくをからかうという要素がかなりに含まれてますよね?」
「ばれたかね。自己分析するに、からかい八割、照れ二割といったところかな」
「うわぁ、せめて照れを五割に乗せてくださいよ……」
「はじめ君。あまり無茶《むちゃ》を言うものじゃないよ? あのイチローでさえ五割は無理なのだぞ」
「普通の人なら十割なんですよ! からかいなんて不純物は混ざらないんですよ!!」
「はっはっはっはっ」
「……もう」
ふくれるはじめ君。さっきまでかなり良い雰囲気だったのだがな……ああいうのも良いが流石《さすが》に照れるのだよ。私としてはこういう掛け合いも好きだしな。
「それにしても今日《きょう》の先輩《せんぱい》はどうしたんですか?」
「何を言う、私はいつでも乙女《おとめ》だよ」
「……………………」
「そんな目で見ないでくれたまえ。まあ、オーラ君の恋の世話をしてたわけだが……これが今の私について考える良い機会《きかい》になったのだよ」
「なるほど」
まぁ、おかげでたまにはこんな乙女チックに振《ふ》る舞《ま》うのも楽しい事に気がついてしまったし、やって良かったな。それはそうと、これからも時々女装とかしてみようか。はじめ君は泣くが。
そんな事を考えていたらいきなりはじめ君が叫んだ。
「…………ああっ!!」
「どうしたね?」
「クラスに戻って片づけ手伝わないと!」
「おお、それはそうだな」
「じゃあ、先輩さようならーまたあとで」
「ああ、さよなら」
はじめ君は急いで屋上の階段を下りていった。
はじめ君を見送ったあともその場にとどまる私。しばらくしてその私に声がかかった。
「……つばさ先輩」
「やあ、待っていたよ。それで目的のものは?」
私にすっと、封筒を差しだしたのは黒ずくめ……というより、黒猫だった。
「ありがとう、典弘《のりひろ》君。ふむ……流石《さすが》だね。友人のためにとお願《ねが》いしたら引き受けてくれる君の義理堅さは好きだよ」
「……これは?」
「それはそうと、どうだい? その着ぐるみはなかなか良いだろう? 黒くて闇《やみ》に紛《まぎ》れるし、足音も消してくれる。それに、かわいい。女の子にきゃあきゃあ言われなかったかね。言われなかったのなら私が代わりに、言ってあげようか。今の私は中身も見た目も女だぞ、肉体だけは男だが」
いつもどおりの私の軽口、その軽口を遮《さえぎ》るように黒猫……典弘君は言った。
「そんなことよりも、これは一体?」
典弘君は、封筒の中身を確認《かくにん》している私に問いかける。だが、私は自分の話を続ける。
「どうだい、私達が体育館に人を集めてたおかげで盗みに入りやすかっただろう? いやね、これが欲しかったんだが、彼はなかなか隙《すき》を見せなくてね。常に手元に置いておきたいらしく、学校にくる時に持ってきて、くるとすぐ隠《かく》し金庫に入れる。帰ったら帰ったで彼の家は警備《けいび》が厳重《げんじゅう》で、素人《しろうと》が盗みに人るのはまず無理だ。これだから金持ちは困る」
「オーラに頼めばいいんじゃないか?」
「できれば、彼らの力を借りずに手に入れたかった」
そう、知られるのはかまわないが、力を借りるのはまずい。重要な事実を隠されるかもしれないしな。
「というわけで可能性のある学校の方で頂く事に決めたのだが、学校はけっこう単独行動しづらい場所だ。彼が確実《かくじつ》に生徒会室から離《はな》れるのは授業中だが、一人校舎をうろついていたら目立って仕方がない。かといって授業中以外は、だいたい生徒会室には誰《だれ》かが詰めている」
位置的に生徒会室は人通りが多いしな。
「ゆえに今日《きょう》を選《えら》んだ、今日なら誰がどこをうろついていてもあまり不審《ふしん》に思われない。そして多少人が減る夕方に、体育館で大騒《おおさわ》ぎをして人を集めた。思いのほか人が集まっただろう? 校舎からは人がほとんどいなくなったのではないかね?」
「ああ」
じっくりと写真を確認したあと、私は言った。
「…………中を見たのだね?」
「……ああ」
「なら君もわかるだろう? これが世に出回るとなかなか面倒《めんどう》な事になるからね」
そう言って写真をひらひらと目の前で振る。
その写真に映っていたのはロボオーラの姿。首の取り外された、一目で人間ではないとわかる写真。
「これは……川村《かわむら》の撮《と》った写真か?」
「いや、それは違う。以前|撮影会《さつえいかい》をしたがね、川村《かわむら》君が写真に収めたのは首のないオーラ君の身体《からだ》だけだ。見られても身元が割れる事はまずないだろう。その場に我々が映り込まないように注意していたしな。見たとしても合成だと思うだろう。川村君がそれを洩《も》らす事はないし、川村邸は一応オーラ君に監視《かんし》してもらっているので盗まれる事はない。そもそも……」
私は写真を見せて典弘《のりひろ》に説明する。
「この写真は望遠でかなり遠くから撮《と》られている。この時、私達はすぐ側《そば》にいたし、角度的にこの写真を撮る事はできない。つまりこれは…………誰《だれ》かに盗撮《とうさつ》されていたという事だ」
「なら生徒会長が撮ったのか?」
「いや、違う。というより、撮る事ができない」
「……なぜ?」
「どんな望遠レンズを使おうと、それにロボオーラ君が気づかないはずがないのだよ。さらに空の上にはオーラ君が控えている事だしね」
そう、オーラ君の能力はすさまじいし、人類の技術でさえ宇宙から地球上が監視できる今日。地球人とは比べものにならない技術を持った彼らがそのような事を見逃《みのが》すはずもない。
「盗撮を可能とするには、ロボオーラ君の驚異《きょうい》の知覚能力をごまかさなければならない。人類の技術力ではまず不可能だな。だからといって、オーラ君達でもない。彼らがロボオーラの正体を知らせる理由がない。一応非|干渉《かんしょう》を標榜《ひょうぼう》しているのだからね。ま、我々のような例外がいるが」
基本的に不可侵、接触するにしても最低限で、地球人の進化を見守っている宇宙人達。ロボオーラは特別だ。地球人のデータを収集するという建前のもとに行われているオーラの趣味《しゅみ》、要するにお遊びのようなものだからな。
「という事はだ。誰かが空山《そらやま》君に写真を渡したという事になるわけだ。まあ、これについて空山君に聞いても無駄《むだ》だろう。こんな簡単《かんたん》に正体が掴《つか》めたら誰も苦労しない。少しでも知能があれば、自分の正体を隠《かく》しているだろう。
重要なのは、そこではない。問題は、誰が空山君にあの写真を渡したのか。人類ではない、オーラ君達でもない。となると…………ふむ、オーラ君達が一枚岩ではないのか、それとも別の…………」
そこで言葉を句切ると私は月明かりに光る夜空を見上げてつぶやいた。
「どちらにしろ……騒《さわ》がしくなりそうだね」
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あとがき
すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませ……このまますいませんであとがき埋めてしまいたいぐらいなんですが、流石《さすが》にどうかと思うのでやめます。すいません。
というわけで、おひさしぶりです、沖田《おきた》です。『先輩《せんぱい》とぼく』も五巻です、信じられません。これも全《すべ》て皆様のおかげです。ありがとうございます。
いつも、原稿遅れた遅れたとまったく進歩のない事をほざいている私ですが、やっぱり今回も遅れてしまいました。毎回、あとがきが謝罪《しゃざい》で埋まるのはどうにかしたいと思うんですが、どうにもなりません。
でも大丈夫です。これ以上遅れる事はありません。なぜなら……これ以上遅らせたら絶対原稿落ちるというところまで行ってしまったので。
いや、ほんとすいません。まじすいません。生きててすいません。
今心の中に湧《わ》き上がる「すいません」と、「次こそは……」という想《おも》いは本物なのです。ただ実現されないだけで。
…………ふぅ。
はい! それでですね、今回は文化祭です。一巻で何気なく書いてしまった数行の為《ため》に書かなくてはいけなくなったタッキーとオーラ話です。いや、あの時はこの話がここまで続くとは思いもしなかったので何も考えず書いた訳《わけ》なんですが……調子《ちょうし》に乗ってたあの頃《ころ》の自分をしばきたくなりました。後悔先に立たずとはよく言ったものです。
書き終わった今となっては書いて良かったとか思うのですが、書いてる時はひどかったです。書けないと時間がないのダブルパンチで、もうすごい事に……。
書けない時はうんうんうなりながら頭抱えてのたうち回るし、書き始めたら書き始めたで、締《し》め切りが近づくたびにどんどん追いつめられていき、次のような感じに……
1:自分が書いている物が面白《おもしろ》いのか面白くないのかわからなくなる → 2:ハイになって自分が書いてるものがものすごく面白い気がしてくる(この辺りでは自分が書いた文章読んで笑います、端から見るとヤバイです。自給自足です)
このくらいまでは今までにも経験《けいけん》があったのですが、今回はさらにふた山くらい越えました。
→ 3:自分は何で、掃除すらできずゴミためのように汚くなった部屋に引きこもってラブコメ書いてるんだろうと鬱《うつ》になる → 4:一体自分は何をしてるんだろうとか考えだす。
二度とこんなのはごめんだと思いました。今度こそは計画的に……
時間がないというのは、この5巻の締《し》め切り前の時期に色々あったのです。これは前々からわかってて、修羅場《しゅらば》るのが目に見えていたので、やんわり延ばせませんか〜と担当さんに聞いたら「がんばってください」即答されてしまいました。
色々の中にはアメリカ旅行が含まれていたんですが、それはまあ時効……すいません。
で、アメリカですが、とてもすごい所でした。
ヨセミテ国立公園の大自然はものすごかった。ファンタジーが書きたくなる光景でした。
アルカトラズの牢屋《ろうや》に入って、ここでニコラスが〜とかコネリーが〜とか思ったりしました。
ラスベガスではスロットで大当たり引いたのですが、近くのおばちゃんが寄ってきてコングラッチュレーイショーンと……生コングラッチュレーイショーンは初めて聞きました。
勝ち分を換金に行ったらそこのおばちゃんに日本人かと聞かれ、イエスと答えたらジャパニーズピーポーナイスピーポーと言われました。
この知性の感じられないカタカナ英語でもわかるように私は英語が全くできないんですが、それでもけっこう意思の疎通ができるという事を知りました。買い物も身振り手振りでどうにかOK、ほんと色々勉強になりました。日本のご飯がどれだけおいしいかとか。
『先輩《せんぱい》とぼく 5』はそのアメリカで何パーセントか書かれています。どうです、国際情緒豊かな作品に……なってませんね。オタクがクライマックスで○○するひどい作品ですね、すいません。
と、綺麗《きれい》にまとまってないところで、お世話になった皆様への感謝《かんしゃ》を。
この本を今までと同じ4ヶ月間隔で出すことができたのは、ひとえに担当の高林《たかばやし》さんのおかげです。半分|諦《あきら》めかけてた私を叱咤激励《しったげきれい》してくださり休日返上で……これ書いてたらまたものすごく申《もう》し訳《わけ》ない気分になりました。すいません、そしてありがとうございます。
イラストの日柳《くさなぎ》こよりさん。私が遅れまくったおかげでご迷惑《めいわく》をおかけしたと思います。いつもすいません、そしてありがとうございます。(4の裏表紙は神だと思いました)
この本が出るにあたりご尽力くださったそのほかの皆様。またもやものすごく迷惑をかけたと思います。いつもありがとうございます。
同期並びにお世話になった先生方。締め切り間際、見苦しい愚痴《ぐち》を聞かせてしまいすいませんでした。あと今後は締め切り前に遊ぶ時はばれないように……何でもないです。
そしてこの本を読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
これからも笑えたりあったかくなれたりという話を目指していこうと思うので、どうぞよろしくお願《ねが》いします。
次は6か……もしかしたら新むにゃむにゃになるかも[#「かも」に傍点]しれません。
それでは。
[#地付き]沖田《おきた》 雅《まさし》
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先輩とぼく5
発 行 二00五年六月二十五日 初版発行
著 者 沖田 雅
発行者 久木敏行
発行所 株式会社メディアワークス