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江戸の小ばなし
宇野信夫
目  次
舌  代
初  日
二 日 目
三 日 目
四 日 目
五 日 目
六 日 目
七 日 目
八 日 目
九 日 目
十 日 目
十 一 日 目
十 二 日 目
十 三 日 目
十 四 日 目
千 秋 楽
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舌  代
学生の時分から私は江戸の小噺《こばなし》が好きで、大分読みあさりました。そして覚えておきたいものをノートヘ書きとめておきました。それが相当にたまって今でも退屈のとき、ときどき読み返してみるのですが、思わずふきだしてしまうことがあります。
こうした小噺は、みんな江戸時代という泰平の御代でなければ生れるものではありません。若い頃、私はむやみにその江戸時代にあこがれた時期があって、そうした小噺を読むと、自分はさながら江戸の世にあるような気がしたものです。そして、軽妙な、さりげない言葉のなかに、昔の人の姿を見たり、昔の人の心をのぞいたような気がしたものです。
今読み返してみても、それに変りはありません。それというのが、ちょいと読むと、とりとめもないような気がするのですが、よくよく味わうと、ほんとうの人の心をつかみ、人間の弱味をついているところがあるからだと思います。そして、これらの小噺は、結構、現代に通じるところがあって、決して古くなるということがありません。
こんどこれを一冊の本にまとめることになりましたが、心覚えのためのノートを、そのまま活字にするわけにはいかず、それにまた、言葉のなかには、江戸時代だけに通用して、今ではまるでわからないのもありますので、それを適当に私流に脚色することにしました。いわば翻訳のようなものです。なかにはその心持だけをとって、私流にこしらえた噺もあります。
この作業を続けながら、私は改めて昔の人の機智や着想に驚き、頭をさげました。そして私の書くものが、いかにこれらの小噺から影響を受けているかを今更のように感じました。しかし、それは私だけの問題で、この本は小噺の会へでも行かれて、いろいろな噺家の、いろんな小噺をきくようなつもりでお読みください。思わず失笑したり、言うところの「古典落語」の|もと《ヽヽ》が短い対話の中にいくつもあるのに気がつかれることと思います。そして、昔も今も、人の心にたいして変りのないのにも気がつかれることと思います。
昭和五十五年二月
[#地付き]宇野信夫
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初  日
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貧 福 論
「おれには巨万の富がある」と、貧しい者にむかって富豪が誇らしげに言った。
「なるほど、お前さんは金満家だ。しかし、お前さんはわたしとおんなしだ」
「ほんとうか。お前はどこに財産をかくしているのだ」
「あんたは莫大な財産があっても、平素それを使おうとしない。わたしは使いたいと思うけれども、使うことができない。つまり、わたしとお前さんはおんなしだ」
貧  乏
泥棒が忍びこんで、家《うち》中を見て廻った。箪笥《たんす》にも葛籠《つづら》にも着る物は一枚もなく、米櫃《こめびつ》に米はなく、味噌桶には味噌がない。見かけと違って、あまりの貧しさに夫婦を起して、
「気の毒だ」と小銭をわたした。夫婦は涙を流してよろこぶ。泥棒もいいことをしたと、久しぶりでいい心持になってそこを出て、一、二町行くと、
「どろぼう、どろぼう」と亭主が追いかけてきた。
「恩を仇《あだ》の人でなし、ぶち殺してくれる」と立ちどまると、亭主が息せき切って、
「お莨入《たばこい》れがおちておりました」
源次と権七
女房に男のあるのをかぎつけた源次が、何くわぬ顔で、
「今日は得意先に誘われて大師河原へ行く。帰りは品川どまりだ」そう言って、早々に出て行った。
女房はさっそく男へ知らせて、日が暮れるやいなや二人さしむかい、宵からかど口をしめてひそひそ話の最中に、源次は裏口からずっと入り、二人を取っておさえた。
「こんなことだろうと思った。権七、手前をまっ二つにする」
抜き身をふりあげられた権七は肝《きも》をつぶして、
「せくなせくな、首代出そう。勘弁してくれ」
「いくらよこす」
「おさだまりの相場は七両二分だけれど、今日でたった二度目、七両二分では高い。二分にまけてくれ」
「いやだ」
「そんなら一両」
「よし、まけてやろう。一両、出せ」
「ここには持ちあわせがない。取ってくる」
「すぐにもって来ねえと、ぶち殺すぞ」
「もってくる、もってくる」
あわてて家へ帰り、
「コレ嬶《かか》ァ、金を一両出してくれ」
「なんにしなさる」
「大変なことになった。この金をやらねえと、おれの命がない。早く出してくれ」
「わけを言いなさいよ」
「わけは言われねえ」
「そんなら金は出さないよ」
「しようがねえ、わけを話すから、お前かならず腹を立てるなよ。実はな、源次の女房と、つい色事をしてめっけられた。それもこないだの晩と、今夜と、たった二度だ。こりごりした。勘弁しろ、その首代の一両だ」
「お前、それァほんとうかえ」
「面目ねえ。勘弁してくれ」
「馬鹿らしい。たった二度ぐらいならいいじゃないか。お前、行って、源次さんに、金は出すことはないと、わたしが言ってると言いなさい」
「それじゃァすまねえ。一両出してくれ」
「わたしは源次さんと、ちょうど三度。だから、こっちへ二分、おつりをとってきなさいよ」
「それじゃァ、何か、お前、源次と三度。それで二分とってこいというのか」
「あい」
「でかした、女房。まだそんな口はねえか」
堅 い も の
「世の中で一番堅いものは何だろう」と、ある人が言った。
「もちろん、石と鉄だ」
「石はくだくことができる。鉄は鏨《き》ることができる。世の中で、もっとも堅いものは、お前のヒゲだ」
「おれのヒゲがなぜそんなに堅い?」
「お前の面《つら》の皮は厚い。その厚い面の皮を、つき抜いて生える」
新 宅 見 舞
「どうだ、おれが考えて建てた新宅だ。よく見てくれ」
「なるほど、よく出来た。柱を竹にしたところが風流だな。だが、竹は節を抜いたか」
「抜かないが、なぜだ」
「焼けるとき、はぜるからよ」
禁  酒
「酒がある。一杯のめ」
「イヤ、願《がん》があって、三年禁酒した」
「お前のような酒のみが、ほんとうか」
「きっぱりと酒は断った」
あくる晩、みんなで飲んでいるところへ、酒をのみにきた。
「それ見ろ、昨日禁酒だといったくせに、もう破るのか」
「破りはしない。三年の禁酒を六年にして、夜だけ飲むのだ」
「なるほど、そんなら、いっそ十二年にして、夜昼のめ」
品川の坊主
品川の女郎屋へ遊びにきた坊主が、亭主をよんで、
「金を百両ひろったが、上包に(鮫洲村御年貢金)と印してある」と言う。
亭主は出入りの遊び人を落とし主にこしらえて、この人が落としたのだと言って、その年貢金を受けとると、坊主は礼をくれという。三十両やって、封を破ろうとすると、
「封印があって、村名役印のある品を一人で封を切るのはおかしい。落とし主はお前ではあるまい」
あまりせめられるので、遊び人と相談して、別に二十両やって、ひと間へ入って封を切ると、鉛の小判だ。
亭主と遊び人は怒って、坊主をさんざんになぐったあげく、召しつれ訴えをするといきまく。
「愚僧は封のままひろった。だから、なかが何かは知らぬ。お前たちは落とし主だ。よも知らぬことはあるまい。愚僧の方で代官へ訴える」
そう言われて二人は平謝りに謝って、治療代として二十両。
坊主は妓夫《ぎゆう》に履物を直させ、
「物まず腐って蛆《うじ》がわく。人に欲心あればこそ、かえって思わぬ損をする」
か げ の 花
友達と天王寺参りの戻り。
「妾宅をこしらえた。ちょっと寄ってくださらぬか」
「それはそれは。さようなればお手いけの花を拝見しましょうか」
妾宅へ行くと、台所から下女と見えて、色黒なでっ尻の女が、茶をもって来て挨拶する。しばらく話している間も、妾らしい者も見えない。
「貴公のお手いけの花を早く見せてもらいたいものだな」
「今茶をもって来たのが、それでござる」
「何をご冗談、なぶらずに、ちょっと近づきにしてください」
「ハテ、嘘はいわぬ。台所にいるのが、それでござる」
「やァ、これは驚きいった。貴公のご内室は、近辺でのきりょうよし、それなのにまたあのような不器量な者をお手かけとは、合点《がてん》がいかぬ。ご内室とは、お月さまとすっぽんほど違う」
「さァ、そのすっぽんの味、貴公はご存知ない」
名 作 も の
日暮どき、野道を旅人が急いで行くと、向うから来た侍が、
「親の敵《かたき》、おぼえたか」と言いざま抜き打ちに、旅人を真ッ二つ。
「ありがたや、本望とげた」とシャンと刀を鞘《さや》に納めて去った。あとに、切り倒された左右のからだが、むくむくと起きあがり、互いに顔を見合わせて、どうやら見たような顔だが、さて、今のは何のことだ、親のかたき覚えたかときくやいなや、からだがひやッとして、一向こっちに覚えはない――と半分ずつのからだがもたれあって、あっちの手とこっちの手を組んで、
「ハテ、合点のいかぬ」
貧 乏 神
どうやりくっても、|うだつ《ヽヽヽ》があがらない。肩が凝《こ》って身動きもできない。出るものは溜息ばかり。ある日、肩の上から、ドスンと何か落ちたようだ。見ると、五つか六つの小坊主。
「何だ、お前は」
「お前についてる貧乏神だ」
「やれやれ、とうとう落ちたか。落ちたからは殺すのも可哀想だ。助けてやる。とっとと行け」
小坊主がせせら笑いをして、
「大勢の貧乏神がお前についている。この頃また知らぬ貧乏神がやって来て、おれを押したので、おれはころがりおちたのさ」
雪 の 小 便
雪の日、小役人が上役の邸へご機嫌を伺いに行き、勝手口から入ると、息子が出てきて、台所から雪の中へ小便をして、「の」の字をかく。小役人、手をついてそれを眺め、
「坊ちゃんはご器用な、よいお手でござりますな」
助 太 刀
敵討《かたきう》ちの助太刀を頼まれてのっぴきならず、いよいよ明日に迫った。いろいろと支度のうち、赤いふんどしを借りにやると、どこにもないという。
「まだ白なればある。貴公なぜ赤いのがのぞみだ」
「ハテ、逃げるとき尻をまくる。そのときの見栄だ」
ひ と だ ま
「どうした、まだ顔色がよくねえな」
「よくも悪くもならねえが、不思議なことがある。昨夜《ゆうべ》、小さい光りものが内から出た」
「それァ、お前のひとだまだ。お前ももう長かァねえぞ。覚悟をしろ。おッつけ死ぬぜ」
「それァ、おれも覚悟をしているが、食い物がまずくねえのが不思議だ」
「そんなら、どうせ死ぬからには食いてえものをうんと食え」
「そうしよう」
家財道具を洗いざらい売り払って、旨《うま》いものをたらふく食ったところ、いつのまにか丈夫になってしまった。
達者になったが、今度は食い物がないので、乞食《こじき》になって人のかどに立って、
「ひとだまに欺された者でございます。どうぞお助けくださいまし」
臆  病
臆病な泥棒がやっとのことである家へ入ると、夫婦喧嘩のまっ最中。いつ果てるともわからない。いつまで待ってもいられないから、隣の様子をうかがうと物静かだ。しめたと思って戸をこじあけて入ってみると、空家だ。泥棒、ほっとして、
「まず、これでつかまる心配なし」
夫  婦
婚礼して半年――亭主が語り女房がきく。
婚礼して三年――女房が語り亭主がきく。
十年後――亭主が怒鳴り、女房がわめき、隣の人がきく。
「きさまのような伜《せがれ》は広い世間に二人といない」と祖父が怒鳴る。
「おじいさんのようなうるさい老人《としより》は広い世間に二人といない」と伜もまけずに怒鳴り返す。
「なんでもいいから出て行け」と祖父。そばにいた孫が、
「おじいさん、親にむかって、出て行けとはなんという言いぐさだ」
鼻 白 猫
怠け者が年中ねころんで食事も面倒でろくにとらない。とうとう死んで、地獄へ行き、閻魔《えんま》大王の前に出ると、
「怠けた罰によって、今度の世は猫にする」と命が下った。
「大王さま」と怠け者は言った。
「毛は黒で、鼻だけ白い、鼻白猫にお願いします」
「なぜじゃ」
「黒猫のことなれば、ねころんでいてもわかりません。鼠が私の白い鼻を見て、団子と思って口の先へ寄ってくるのを、ひと口にかみころせますから」
は ら 鼓
静かな春の朧月夜、床柱によって、謡《うた》いを口ずさむと、障子ごしに、ポンポンと鼓《つづみ》の音。不思議に思いながら、うたい続けると、鼓も調子にのって打つ。面白くなって、「田村」を声はりあげてうたい出した。|せめ《ヽヽ》にかかって、
「雨やあられとふりかかって、ヤッハ、スポポンポン……」互いに張りあったが、いつの間にか、鼓がピタリと止まったので、そっと障子をあけて見ると、狸《たぬき》が腹を破って、
「ヒイヒイ」
丁  半
息子の鼻紙袋から出た賽《さい》を父親が見つけて掌《てのひら》にのせて、
「これはなんだ」
「判です」
「これが判か、嘘をつけ」と手のうちでころがすと、
「そら、丁になりました」
亭  主
道具屋へ客がきて、
「この徳利はいくらだ」
「本備前でございますが、五百文にいたしましょう」
「高いな、まけてくれ」
「いえ、かけ値のないところでございます」
「亭主は留守か。亭主なら負けてくれる」
「私が亭主でございます」
「嘘を言え。亭主なら必ず負ける」
「いえいえ、亭主に違いございません」
「イヤ、亭主でない」
亭主、やにわに徳利を土間に叩きつけ、みじんにして、
「これでも亭主でねえか」
こ ろ が る
つまずいてころがった。起きあがると、またころがった。
「畜生め、起きあがらなきゃよかった」
馬 鹿 息 子
知恵おくれの息子にむかって、
「もし誰か来て、お父っさんは、とたずねたら、用事があって外出しましたが、お入りくださいといって、お茶を召しあがれと言えよ」
そう言って、紙に書いて渡した。ところが、三日たっても客は来ない。息子はその紙を火にくべてしまった。四日目に客が来て、「お父っさんは」ときいた。
「無くなっちゃった」
客はびっくりして、
「いつ?」
「ゆんべ。もう焼いちゃった」
釣  師
毎日毎日釣りにいっても、小魚一匹釣れない。家の者の手前もあり、困り切る。今日もなんにも釣れず、ぼんやりと帰る道で、魚やに逢った。鯛を一匹買って帰った。
「どんなもんだ。こんな鯛を釣ってきた」
女房も大よろこびで、台所へもって行って、料理をしようとすると、腐っている。
「お前さん、この鯛はくさっているよ」
「くさるはずよ、伊豆の浦からおよいできた」
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二 日 目
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まけおしみ
「寒いのによく来てくれた。まァ炬燵《こたつ》へあたれ。今夜は鰒《ふぐ》を食おうか」
「鰒は食わぬ」
「こわいか」
「こわいことはないが、食いつけないものだから。そのかわり、四つ足なら何でも食う。犬、猫、狐、狸はいうに及ばず、牛、馬、猿、そのほか床几《しようぎ》でも御座船でも、四つ足とさえいえば食う」
「そんなら、この炬燵やぐらも四つ足だが、これを食え」
「さァ、食わぬこともないが、炬燵はもともと|あたる《ヽヽヽ》ものだ。それを知ってはどうも食いにくい」
わさびおろし
「おれの家へ、この頃鼠が出て、しようがねえ。猫は嫌れえだから飼えねえし、鼠おとしをおいてもかからねえ。いたずらをして、癪《しやく》にさわってならねえ」
「その鼠はどこから出る」
「あれ、あの穴から出る」
「そんなら、あの穴のそばへ、わさびおろしを立てかけておけ」
「そうすれば、出ねえか」
「イヤ、出はいりに、ちっとずつなくなっちまう」
太 公 望
太公望が釣りをして暮していると、周の文王が嗅ぎだして家来にしたという。おれも釣りをしたらそんなめにあうかも知れぬと、毎日川へ出て釣りをするが、何もかからず、たずねてくる者もない。浪人、すっかりくたびれて欠伸《あくび》をしていると、同じ長屋の者が通りかかって、
「まだいいことはございませんか」
「毎日こうして釣りをしても、なんのええこともないによって、明日からは山にかかろうと存ずる」
草庵の貧僧
草庵の貧僧が檀家からお斎《とき》によばれ、出かけようとすると雨。晴れ間を待っていると、顔見知りの男が、
「傘を一本貸してください」
傘は一本、これから出かけねばならず、貸さぬというのも気がひける――仕方なしに肱《ひじ》まくら、昼寝をよそおうと、
「もし、ご坊、ご坊」とゆりおこす。
鼾《いびき》をかいてみせると、男はあきらめて出て行った。
お斎に遅くなってはわるいと起きあがり、傘をさして出かけると、隣の門前で雨やどりをしていた男が声をかけた。
「ご坊、人がわるいな」
貧僧、しようことなしに、傘をさしたまま、大いびき。
牛込ぎつね
牛込に名代の油揚げ屋があった。ある日、品のいい侍が来て、店に腰かけて、油揚げ百文分を見る間に平らげてしまった。それから半月たつとまた来て、百文分を平らげた。
主人がお好きですねとあいそを言うと、
「われらは江戸中はおろか、日本中の油揚げを食しておるが、この店にまさるものはない」
そう言って帰った。主人は、てっきり狐にちがいないと思った。
年の暮にまた侍があらわれ、例のように油揚げを平らげてから、
「われらは官仕の筋あって京へのぼるはずなれど、路用不足にて延引いたしおる」
狐と思いこんでいる主人が、「その路用はいかほど」とたずねると、十五両だという。
主人はその金を揃えて渡した。
「証文を書こう」
「それには及びませぬ」
「されば、大事な品をあずけおく」
侍は懐ろから紫の袱紗《ふくさ》で包み、封印をしたものを渡して、
「明日出立して上京なし、五日には戻る」
そう言って侍は帰っていった。明日出立して、五日に戻るとは、さすがは人間わざでない――主人は感服して、袱紗包みを大切にしまっておいた。袱紗の中は大方宝珠の玉ででもあろうと察していた。ところが、五日がすぎてもあらわれない。春になっても何の沙汰もない。袱紗をあけてみると、石が入っていた。
誇  り
乞食が賽《さい》をつかって勝負事をはじめた。
「能州、てめえ、いかさまをやるな」と一人が言えば、能州が腹を立てて、
「わずかな|かけごと《ヽヽヽヽ》に、おれがいかさまをやると思うか。身につづれをまとうとも、いかさまなど断じてせぬわい。おれをそんな下卑《げび》た者と思うか」
土  足
「どうぞおあがり」
「いや、この雨で今日は土足だ。そのうちゆるりと伺う」
そう言って客が帰った。
土足ということを知らぬ父親が腹を立てると、息子が、土足とは土の足ということ、雨ふりで裸足《はだし》で寄ったので上られぬと言ったのだと教えた。
父親はいいことを覚えたと、わざと裸足になって、ふだん学者ぶったことを言う男の家へ行くと、
「まァおあがり」
「イヤ、今日は雨ふりで土足、またゆっくり伺います」
「雨はふってはいないよ」
「いや、そのうちに降ってこようが、とにかく土足だ」
「土足なら、裏の竹縁《ちくえん》にお通り」
竹縁を人の名と思って、
「いえ、そのうちにまたまいります。裏の竹縁さんへもよろしくおつたえを」
河原の乞食
ある人が夜更けに四条河原を通ると、乞食どもが腹ばいになって話している。
「この頃は米や油がだいぶん高うなって、町の衆はいこう|ずつ《ヽヽ》ながるげな」
「こちらは米を買うこともなし、油を買うこともなし、家賃を出すこともない。気楽なことではないか」
「いかにもそうじゃが、あまり高う言いふらすな」
「なぜ」
「人がなりたがる」
竈ゆうれい
改代町《かいたいちよう》の日傭取《ひようと》りが、古道具屋から竈《へつつい》を買ってきて上り口において煮炊きをしていた。ところが、二日目の夜、竈の下から汚ない坊主が手を出している。
日傭取りはあくる日、古道具屋へ行って、ほかの竈ととりかえてもらった。その竈を仲間の日傭取りが買ったということをきいたので、そこへ行ってきいてみると、やっぱり竈の下から汚ない坊主が手を出すという。おれのときもその通りだと言われて、その日傭取りも、あくる日古道具屋へ返しに行った。主人は、売り物にケチをつけると怒った。そんならお前のところの台所でためしてみろといわれて、台所へ置いた。そしてその夜、気をつけてみると、果たして汚ない坊主が手を出して這い廻る。夜明けを待って、主人は鉈《なた》で竈を割った。すると竈の片隅から小判が五枚出た。
老  婆
大名お抱えの絵かきが、百歳の小町の像をかけという命をうけた。百に近い老婆の見本はないか、あれば見たい、と出入りの経師屋《きようじや》に相談すると、
「わしが仲間のおふくろのおふくろが今年九十六、よろしければご案内いたしましょう」
そこで経師屋が婆《ば》さまをたずねて、
「おッつけ、こなたを見にくる人がある。着るものもさっぱりとしていてくだされ」
「何といやる、わしを見にくる人がある、何を言うやら。じゃがの、かんまえて、まま子のあるところへは、いやじゃぞや」
袈 裟 が け
「斬った、斬った」と大さわぎ。斬られたのは水茶屋の清助。とんでもないことになった。妻子に知らせてやろうと、清助の家へ駈けつけると、その清助が台所で料理をしている。
「清助、広徳寺の門前で、お前によく似た男が袈裟がけに斬られたので、すぐ知らせにきたが、よかった、よかった」
聞くと清助、一散に広徳寺の門前に駈けつけて、斬られた者の前へ行き、かけてあるむしろを引きのけて、
「よかった。おれじゃァない」
兄  弟
坊主の囲い者が、何心なく台所へ茶をくみに出たところへ、客が入ってきた。
「住持は」とたずねる。
「斎《とき》にまいりました」
「戻ったら、松兵衛が来たと言ってください。そして、お前さんは」
「わたくしは住持の妹でございます」
囲い者は、いつも住持にいわれた通りに言った。
やがて住持が戻ってきたので、松兵衛という人がきたことを話すと、
「お前のことをきかなかったか」
「いつもの通り、住持の妹と言っておきました」
「しまった、松兵衛はおれの兄貴じゃ」
心 意 気
荷をかついだ瀬戸物売りが、道で昔世話になった町の世話役に逢った。
「これは思いがけない。昔はお世話になりました。お蔭さまでこの通り、かたぎになって瀬戸物を売って歩きます。よろこんでくださいまし」
「それァよかった」
だしぬけに瀬戸物売りが荷の中から大皿を一つとり出して、地べたにうちつけ、みじんにして、
「この皿は十二文。ここは往来、何もあいそがござんせんから、これでお酒でもあがったと思ってください」
すると、世話役が諸肌《もろはだ》ぬぎ、握り拳で、瀬戸物売りの頭を力いっぱいくらわした。
「な、なにをなさる」
「今の酒に、すっかり酔っちまったのよ」
病  人
金持の一人娘が、気のふさぐ病にかかって、医者をきらって、見させない。どうにも療治のしようがないので、両親も困っていると、ある日、娘が、あの良庵さんを呼んでという。医者ぎらいな病人がそういうからは、本復のしるしとよろこんで、良庵をよびにやった。少々色好みの良庵は、そうはとらない。ままこういうこともある、医者ぎらいな娘が、たって自分をよぶからにはと、ぞくぞくとうれしくなって、衣服もととのえ、衣紋《えもん》をつくろってやってくると、家内中よろこんで、まず病間へ通した。
良庵はやさしい声で、
「お加減はいかがかな」とそばへよると、
「おとっさま、あっちへいって」と娘が言う。
父親が次の間へ立って行くと、
「おっかさまもあっちへ」
母親も次の間へ立って行った。
「みんなもあっちへ」
一同がぞろぞろさがっていった。良庵がますますゾクゾクしていると、
「良庵さんもあっちへいって」
かけぶとん
一人者の住居へ友達が話しにきて、夜ふかしをしてしまった。泊って行けというので、そうしようということになったが、蒲団が一つしかない。そこで、一つ蒲団に、互いちがいに寝た。
寒い晩で、こっちが蒲団をひっぱると、こんどはそっちで蒲団をひっぱる。互いにひっぱりっこをしているうちに、夜明け近くなってしまった。そのうちに、友達が起きてしまった。
「起きて何をしている」
「くたびれたから、ひと休みしている」
頼 も う
医師が下男を呼んで、
「そちはこの頃江戸へ出た者ゆえ、知らぬのはもっともながら、頼もうといわれたとき、どこからござったと言うものではない。どうれというものだ」
かしこまりましたと言っているところへ、
「頼みましょう」
すると、下男が「どこからござった」
今言いつけたことをもう忘れたか、なぜ、どうれと言わぬ、と叱りつけると、
「それでも、あれは頼みましょうと申しました」
「頼みましょうも、頼もうと同じ事だ。心得ておけ」
「かしこまりました」
そこへ裏口の障子をあけて、
「吟庵さまはこなたでござりますか」
「こちらでござる」
「そんならお頼み申します」
「どうれ」
千 鳥 足
三人で飲んだが、一人が酔って正体がない。やっとのことで二人で引き立て、千鳥足で戸を叩いて、
「旦那のおかえり」
女房が戸をあけると、どやどやと内へ入って、
「ご亭主がこの通りだから、無理におぶってきた」
「これは着物ばかりだよ、うちの人はどうしたのさ」
二人は肝《きも》をつぶして、たしかにおぶってきたはずだが、帯がゆるんでぬけ落ちたか。
「お前たちもマァ、人を落としておくということがあるものか」と、女房がさがしに行くと、亭主が四辻に丸裸でねている。それを抱えて帰ってきて、
「お前さんたちもマァ、何という……」と腹を立てる。
「サァ、もっともはもっともだが、お前は幸せなんだよ」
「なぜ」
「落としたのはおれたちが悪かったが、よく人が拾わなかった」
儒  者
儒者の家《うち》へ泥棒が入って、つかまった。
「その方、人として物を盗まんとするとは言語道断。古語に、渇しても盗泉の水をのまずという。以後改心せよ」そう言って、銀子一包みを手に渡し、
「早う出て行け」
泥棒、手のうちの銀子を見て、
「ああ、すくないかな銀」
画  工
ひとり者の画工《えかき》が貧しくて世帯道具が何一つない。紙に箪笥、長持を描いて貼っておく。留守に泥棒がはいり、箪笥をあけようとして気がつき、
「ふてえ野郎だ」
提  灯
「これ可内《べくない》、提灯《ちようちん》が暗い。ろうそくの芯を切れ」
可内が提灯を下に置き、芯を切ろうとして火を消してしまった。
「コレ、なぜ火を消した。憎い奴、許さぬぞ」と刀をひねくる。可内も脇差をとり直し、鯉口を鳴らす。
「おのれ、主に手むかいするか」
「お気づかいなされますな。ここから付木《つけぎ》を出します」
雪 の 使 い
小僧が雪の日に、
「こんにちは」
内からも小僧が出て、
「ご用は」
「ご酒《しゆ》をおあげ申したいから、うちの旦那が、こちらの旦那にどうぞおこしくださいますように」
「アイアイ」と、そのことを旦那に言うと、
「今日は雪でおっくうだ。他出いたしましたと言え」
「アイ」と玄関へ出て、
「旦那さまは、他出いたしましたとさ」
「たしゅつ、とは、なんのことです」
「お前、知らないのか。たしゅつというのは、炬燵《こたつ》にあたっていることだよ」
か け 硯
金を入れたかけ硯《すずり》を、泥棒が盗んでいった。しまった、かけ硯をやられた、しかし、あいつをもっていっても、なんの役にもたつまい。
「でもお前、金が入っているじゃァないか」
「何さ、なんぼ金が入っていても、かんじんの鍵は、コレ、この通り、おれの腰にある」
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三 日 目
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三  人
亭主にかくして、二人の忍び男をもっている女がいた。ある日、一人の男がきているとき、また一人の男がきて、
「ふてえ奴だ。よくもおれの女を取りやァがった」
「うぬぼれるな。この女はおれのものだ」
とっくみあっているところへ、亭主が帰ってきて、仲へ入った。
「人の家《うち》へきて、どうしたことだ」
「ご亭主、まァきいてくれ、おれはあの女と三年ごしいい仲だ、それをあいつが五年の何のとうぬぼれたことをぬかしやァがるから、承知できねえ」
「手前は三年、おらァ五年のなじみだ。あの女はおれのものだ」
「何をぬかしやァがる。あの女はおれのものだ」
「三年ぐれえで大きな面《つら》をしやァがるな」
黙ってきいていた亭主が、
「こいつらァ、三年の五年のとぬかしやァがるが、おれはあの女を女房にして十年だ」
茗荷の殿さま
殿さまが家老を呼んで、
「茗荷《みようが》と蓼《たで》とは、今後、一家中決して食ろうべからず、その旨《むね》心得てよかろう」
「そりゃ、いかなるわけにて」
「されば、蓼をくえば利口になり、茗荷を食えば馬鹿となる由、この間、おびただしく蓼を食し、暫くこころみたれども、さして利口にもならず。また茗荷を食うてこころみたれども、あながち馬鹿ともならざるは、これ偽りごとにきわまった。さすれば、蓼も茗荷も食うて益なきものゆえに、今日《こんにち》より一家中に申し渡し、蓼と茗荷を食う者あらば、罰すべき旨申し渡す」
家老は殿さまの顔をつくづくと見あげて、
「ああ茗荷がききました」
若  水
元日、若水を頭からかぶっている。そこへ仲間の源次がきて、「ひやっこいだろう」
「去年も元日に水をかぶった。おかげで風邪《かぜ》一つひかねえ。お前もあびねえ」
「よしきた」と裸になって、頭から水をかぶる。
そこへ年ごろの娘が手桶をさげてきて、
「オヤオヤ、二人とも水をあびてさ。源次さん、ちょっと釣瓶《つるべ》をかしておくれ」
「おとみさんか。とっさんはどうした」
「とっさんは福寿草を売りにいったよ」
「そうかい。初春早々、銭《ぜに》もうけだな」
「あぶねえ、おれがくんでやろう」と源次が手桶にいっぱいくんでやる。
そのあとへ、長屋の女房三、四人がやってきた。
「いいところへきた。わたしにもくんでおくれ」とみんなくんでもらっているところへ、一人住みの糊屋《のりや》の婆さんが手桶をさげて、
「オオ、いいところへきた。わたしにもいっぱいくんでおくれ」
源次、しぶい顔で、
「おらァ、これから恵方《えほう》参りに行くから、誰かに頼みな」
「そう言わないでさ。娘や若いかみさんたちにはくんでやって、それじゃァ、片手おちというもんだよ」
「長次、お前くんでやれ」
「おらァ、着物をきたところだが……」とふしょうぶしょう井戸をのぞいて、
「おやすいご用だが、あればいいが……」
たいこもち
大尽《だいじん》、当分のお別れだと大さわぎ。幇間《たいこもち》はいつ祝儀が出るのだろうと心待ちにしているが、出ない。
「さあ帰ろう、羽織をもってこい」と幇間に言う。すっかり身じまいをして、駕籠《かご》にのる。いよいよ祝儀が出ると思っていると、
「来春くるよ」
「お待ち申しております」
今度こそ出ると思っていると、
「|まめ《ヽヽ》でいなよ」と垂れをおろして、
「駕籠や、やってくれ」
たいこもち、駕籠を見送って舌打ち。
「畜生め、誰が|まめ《ヽヽ》でいるものか」
主  命
「今日は暑い日だ。コレ、この汗をみろ。羽織まで通った」と丸裸になって、
「小僧、ここへきてあおげ。ええ、もっときつくあおげ。らちのあかぬ奴だ。もっときつく……」と叱られて、小僧やっきとなり、団扇《うちわ》を両手にもってあおぐ。
「ああ、やっと涼しくなった。おかげで、汗はどこへかいってしまった」
「みんなわたしの方へまいりました」
剣術の弟子
ある人、剣術の師匠にむかって、
「先生におたずね申したいのは、往来などでよく向うからくる者とこっちからまいる者と行きあって、右へよけようとすれば、向うも右へよけようとする、また左へよけようとすれば、向うもまた左へよけようとする。あっちとこっちと同じようによけあうことがあるものでございますが、そういうときはどうしたらようございましょう」
「そのようなときは、じっと立ちどまるがようござる。こっちが立ちどまると、向うがよけて通る道理である」
「なるほど、さすがは先生」と感服して帰りがけ、向うから来る男と、ばったり出会った。さァここだと、立ちどまる。向うもまた同じように立ちどまる。
「ははァ、お前さんは、どなたのお弟子かね」
碑 文 谷
信濃の男が江戸へ奉公に来て、あまり大飯を食うので、どこでも二日か三日で追い出され、しようことなしに碑文谷《ひもんや》の仁王さまへ願をかけ、どうぞいい口のござりますようにと一心不乱に祈った。仁王も不愍《ふびん》に思召《おぼしめ》し、
「善哉《ぜんざい》善哉、願いの通り叶えてやろうから、七日の間断食をしろ」
「ナニサお前、くわずにいられぬなら、国にいやす」
茶の湯好きの泥棒
泥棒稼業のくせに茶の湯の好きな男。昼日中うそうそ歩いていると、おもては黒塀、植込みの按配など何ともいえぬ風情がある。そっと切戸口から覗いて見ると、庭の模様、飛石の据えよう、風流の極みで非の打ちどころがない。しんから感服してわれ知らず、うかうかと庭に入ると、四畳半の小座敷に釜の湯がちんちんたぎっている。あたりに人もない。そろそろあがって炉の前に坐り、ゆうゆうと茶を立てはじめた。
物音をききつけた下男が次の間からそっと座敷をのぞくと、泥棒が茶を立てている。
「旦那さま、泥棒が入って、茶を立てております」とささやいていると、座敷で泥棒が手を叩く。下男ますます肝をつぶして、
「アレ、旦那さま、手を叩きます」
「大それた奴だ。なんと言うか、お前あそこへ出てみなさい」
言いつけられて下男がおっかなびっくり座敷へ出て、
「ハイ、およびなされましたか」
すると泥棒がふりむいて、
「勝手がさわがしいぞ」
草 履 と り
ある侍、草履とりをつれて、
「なんと可助《べくすけ》、今日はどこへ行こう」
「私の在所に、ことのほかよい萩がござります。ご見物にいらっしゃりませぬか」
「よかろう」
「しかし旦那さま、お供をいたしますからは、ちとお歌でもお詠みなさらずば、ご威光がござりますまい。何なりと遊ばしませ」
「それは難儀じゃ。身共侍だから、武芸の心得はあるが、和歌なぞというものは至って不得手じゃ」
「さようならば、よいことがござります。こういう歌を旦那さまがお詠みなさったことにしておっしゃいませ」
「何と申す歌だ」
「ハイ。七重八重九重とこそ思いしに、十重《とえ》咲きいづる萩の花かな、と申す歌でござります」
「なかなかむずかしいな。身共物覚えがわるい。もう一度申せ」
「では、こういたしましょう。旦那さまのお扇子をお貸しくださりませ。このお扇子の骨を、七本広げますと七重。八本で八重。九本だと、九重とこそ思いしにとおっしゃりませ。十本広げたところで、十重《とえ》咲きいづる萩の花かな。なんと、お忘れなさったとき、私の手をご覧なされば、よいではござりませぬか」
「でけたでけた。なかなかそちは利発者だ。しからばまいろう」と、可助の在所、萩の名所を見物して、茶屋にかけた。
「むさくるしい所へよくおいでなさいました」と亭主があいそを言う。
「イヤ、見事な萩で、身共も満足、コレ亭主、身共武門に育ちたれば剣術槍術はもちろん、風雅の道では立花蹴鞠《りつかしゆうきく》、茶の湯俳諧、そのうち、分けて歌道に執心だ。あの萩について一首詠んでとらそう」
「ありがとうござります」
「しからば、コリャ可助、今だ今だ。おお、よいよい、亭主、もうでけた」
「これはお早く出来ました」
「身共考えるなぞということは嫌いじゃ。煙草一服のまぬうちに詠んだ。早かろう」
「お早うございます」
「コリャ、可助、オオ、よい。亭主、こうだ。七重八重九重とこそ思いしに……アア、なんとか、オオ、そうだ、十重咲きいづる萩の花かな。どうだ、名歌であろう」
「おそれ入りました」
「可助、亭主へ何ぞとらせたい。そうじゃ。酒を調《ととの》えてまいれ」
「かしこまりました」
可助の出て行ったあと、亭主|硯箱《すずりばこ》をもってきて、
「ただ今のお歌を書きつけておきとうござります。今一度おっしゃってくださりませ」
「ナニ、今一度言えというか。コレ、可助、可助」
「イヤ、お供はお使いにまいりました。まもなく戻りましょう、まずお歌を……」
「はてさて折の悪い……アア、何とか……」
「その代り、おみやげにこの萩を七、八本さしあげましょう」
「イヤイヤ、七、八本、九本とこそは思いしに……」
「イエ、それではお歌が違ったようでござります」
「イヤイヤ、違わぬ」
「下の句は」
「とんと忘れた。イヤこうしよう。そちがこの下の句を付けやれ」
「さようならば、こうつけましょう」
「何とつけた」
「たわごとつかずと早くお帰り」
つり鐘の夫婦
つり鐘が「これ撞木《しゆもく》さん、お前とわしほど仲のよい夫婦はないな」と言えば、撞木いわく、
「そうよ。突かれてもひとり、つきてもひとり、おれはくさりでつないであり、そなたは上のかぎにかけてあり、互いに悋気《りんき》することもない」つり鐘にっこりと笑って、
「それゆえ、お前がいとしゅう|ゴオン《ヽヽヽ》す」
闇の火打箱
主人、泥棒をつかまえて、
「番頭、泥棒をつかまえた。火打箱、火打箱」
番頭がねぼけ眼で起き出して、火打箱を探したが手にあたらず、闇の中でうろうろする。
「何をしている。火をとぼせ」と主人がわめく。
「火打箱が見えませぬ。火をともして、火打箱を見てください」
はなしの殿
殿さまがおとしばなしを覚えて一同を広間へあつめ、一席つとめた。
「どうだ、面白いか」
「面白うございます」と一同が平伏する。
「苦しゅうない、次へさがって笑え」
初  音
「誰か、ほととぎすの初音をきいたか」
「きいたとも。昨日の朝きいた」
「そいつァ、遅いや。おらァ四、五日前にきいた」
「卯月に入ってきいたんじゃァ遅いや。先月の末に、おらァきいた」
すると、そばにいた一人が、
「ナニ、先月きいた? おらァとっくに去年の夏きいた」
粗  相
「与介よ、急な用がある。万屋《よろずや》万兵衛殿へ使いに行ってこいよ」と言いつけながら筆をとって手紙を書いていると、
「かしこまりました」と与介は飛び出していった。手紙も持たず、口上もきかず、馬鹿な奴め。そのうちに帰ってきて、
「お使いに行ってまいりました」
「馬鹿め、手紙も持たずに行って、一体、何と言ってきた」
「何とも申しませぬ」
「黙って帰ったか」
「いえ、幸せとよいところへまいりました。万屋万兵衛さまはお留守でございました」
弟 子 入 り
泥棒の師匠を弟子がたずねて、いろいろ教えてもらっていると、裏口から泥棒がこっそり入ってきて、箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》をあけて、ごっそりと着物をもちだしていった。
「お師匠さま、ただいまお勝手から入った人は、泥棒と存じます。箪笥の衣類をあらかた持って行きましたが……」
師匠、さりげない顔で、
「ああ、今日は稽古日だ」
助  言
碁会所へ皆勤の隠居、考えている最中、そばから、
「黒があぶない、あぶない」
「イヤ、こう出れば、こうおさえる。こううてばここをきる。何もあぶないことはない」
「いやいや、あぶない、あぶない」
「やかましい。どこがあぶない」
「はしの黒が、下へ落ちそうだ」
子 の 年
侍が供をつれて通りかかると、道ばたに鼠が死んでいる。
「角内、あの鼠をもってまいれ」
「ヘエ、あれは死んでおります」
「知れたこと、みどもは子《ね》の年ゆえ、見のがしにはならぬのじゃ」
「ヘエ、旦那が午《うま》の年でなくって、われらは幸せでござります」
八 艘 飛 び
「義経の八艘飛びというのは、ほんとうかねえ」
「それは絵そらごとだ」と物知りが言った。
「軽業師ではあるまいし、八艘も飛べるものじゃない。八島の舟いくさのとき、教経《のりつね》が義経を見て、勝負をしそうにしたが、義経は教経の剛の者ということを知っているので、よそうとした。しそうとよそう、あわせて八艘、八艘飛びといったのだ」
火 の 見
「オヤ、ものすごいのがひっかかった。釣竿が折れそうだ」と、ぐっとあげる拍子に、竿はぽっきり折れ、はずみに自分がどぶんと海の中へ落ちてしまった。大きな魚がいて、
「じゃまだ、じゃまだ」とはね飛ばされ、はるか向うの梯子《はしご》のようなものにぶっつかった。しっかりとつかまりながら、あたりを見ると、海の中だ。梯子の下にはにぎやかな町があって、大小の魚が往来する。さてはここは龍宮か。すると、この梯子は火の見だな、と思っていると、袴をはいた自身番の魚が仰向いて見て、
「ハハァ、また土左衛門か。どうも火の見へひっかかるのには困ったものだ」
遊 び 人
どこで飲んだか、遊び人がいい機嫌で繩のれんへ入ってきて、
「鰯《いわし》の|ぬた《ヽヽ》で一本つけてくれ。早くしてくれ。騒ぎの起らねえうちに、頼んだぜ」
亭主が一本つける。たちまち飲んでもう一本。もう一本。そのたびに「騒ぎの起らねえうちに頼んだぜ」
そのうちに十本もあけてしまった。
「亭主、もう一本つけてくれ。騒ぎの起らねえうちに頼んだぜ」
「さっきから騒ぎ騒ぎとおっしゃるが、一体何の騒ぎが起るんだね」
「おらァ一文なしだ。お前が騒ぎだすんだよ」
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四 日 目
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火 の 用 心
浪人が路地の奥に、尾羽打ち枯らして住んでいる。毎晩廻る火の用心が、隣まで来ても、浪人の住居の前までは来ない。
「いかに拙者が貧しく暮せばとて、あまりにも踏みつけにした仕打ちだ」
日ごろむかむかしているところへ、その夜も「火の用心なさりましょう」と、例の通り隣まで来て、帰ろうとする。浪人、戸をあけて声をあららげ、
「コレ待て。いかに身貧に暮せばとて、隣まで来ておきながら、それがしの前へはなぜまいらぬ。かく貧乏はしておれど、それがしとて、火事を出しかねぬぞ」
妾 宅 の 朝
妾宅の雨戸へひびく明六ツの鐘。
旦那が眼をさまして、
「ああ、用を思いだした」
「たいした用じゃござんすまい。またいつおいでかわかったものじゃござんせん。まァいいじゃござんせぬか」
「イヤイヤ、行かにゃならぬ」と雨戸をあけ、草履《ぞうり》に片足入れたが、片足は浮かして、
「なるほど、親《しん》は泣き寄り。見ろ、朝顔が、お前に加勢をして、つるを鼻緒へ、巻きつけているわ」
畳の上の往生
「コレ、手前《てめえ》ももう十五だ。今夜横丁の大黒屋へ入る手筈。見習のため、ついて来い」
「しっかりするんだよ」
両親が伜をさとす。まもなく伜をつれて父親が帰ってきた。
「オヤ、どうして帰ってきたんだえ」
「向うへ行くと、こわがってふるえてばかりいやァがる。なんの役にも立たねえ奴だ。どうで、しまいは、畳の上で往生する奴よ」
古 道 具 屋
大名が古道具屋に釣ってある鍔《つば》が眼にとまり、近習に言いつけて「買うてとらせよ」との仰せ。近習かしこまって道具屋の主人を呼びだし、
「その鍔が殿のお気に召した。値段を申しあげい」
「おそれながら三十八文にござります」
「三十八文、もそっと高く申せ」
「ハイ、三十八文にございます」
近習じれて、
「高く申せと言うに」
すると、主人が大声あげて、
「三十八文」
乞食のわずらい
下京大仏のあたりで、二人の乞食が話をしている。
「久しいな。おぬし、顔色が悪いが、わずろうてか」
「そのことよ、持病がおこってどうにもならんわい」
「なりゃ、口に合うように、なぜ室町《むろまち》あたりをあるかぬ」
「そのことじゃ。医者どのが、まだ生物《なまもの》はあたると言わっしゃるから、ここらで軽いものを貰うて食うている」
新・桃太郎
鬼ガ島の手柄に味をしめた桃太郎が、こんどは龍宮へでも行ってみようと、腰の袋に例の黍《きび》だんご、出かける途中で猿に出会った。
「桃太郎さま、どこへござる」
「龍宮へ宝とりにまいる」
「お腰につけたのは何でござります」
「日本一の黍だんご」
「一つください。お供をいたします」
桃太郎が一つとり出して渡すと、猿は手にとりしげしげと見て、
「桃太郎さま、小さくなりましたね」
初  鰹
「三太、いいところへきた。今日は思いきって、初鰹《はつがつお》を買った。刺身にして一ぱい飲もうと思ったところが、急に旦那から仕事があると呼びにきたから、お前、留守番をしてくれ。すぐ帰るよ。ついでにこの鰹を猫にとられねえように頼んだぜ」と出ていったが、なかなか帰ってこない。こっちも家《うち》に用があるが、この鰹を見ちゃァ帰られねぇ。猫がくらったことにして、食ってやれ、とつまみぐいをしようとすると、猫が背中を立てて、
「ふウ……」
二 人 法 師
法師同士が途中でつきあたった。
「おのれはマァ、眼あきの分際をして、おれの足をなぜふんだ」
「いや、おれもめくらじゃ」
「オウ、そういうお前は、佐の市ではないか。わしは亀市じゃ」
「これはこれは、最前からの過言、まっ平おゆるし」
「いやもう、それはお互い」
「さてさてお久しぶり、こんな不調法がなけりゃ、お眼にはかかるまい」
銅 の 鳥 居
女房が大難産。亭主、こらえかねて裸になって井戸ばたへ飛んで出て、水をざぶりと浴び、
「南無石尊大権現、なにとぞ安産いたしますように。お礼には、からかねの大鳥居をさしあげます」
産婦がききつけて、
「わたしが安産しても、からかねの鳥居ができるものか。馬鹿なことをお言いでないよ」
「やかましい。おれが石尊さまを欺すうちに、早く産んでしまえ」
馬  方
雨あがりの下り坂で、ずるずるすべる。馬方が手綱をもって、
「ドウドウ、それそれ、畜生め、ドウドウドウ」と言いながら、自分がするりとすべって、
「見やがれ、この通りだ」
鳶 の 者
仕事師が家主のところへ行って、
「ちっとも知りませんでした。聞けばご眼病だそうで、仕事から帰りまして、嬶《かか》ァの話でうけたまわりやしたが、どうでございます」
「ようおいで。この一両日は、よほどよいようだ」と眼に布《きれ》をあてながら出てきた。
「オヤ、ご眼病ばかりじゃァねえ、眼も悪うございやすか」
鍼のけいこ
鍼《はり》に凝って、人を見ると、針を打ちたがるが、打たせる者がない。茶屋へ行って仲居どもに、打ってやろうとすすめても、鍼はきらいだとことわられる。幇間《たいこもち》がおせじに、「やつがれになされませ」と横になる。
心得たと、針をおろす。幇間は痛さをこらえてつきあっている。その針を抜きとろうとすると、肉に深くくい入って、幇間は悲鳴をあげる。
「さわぐな、さわぐな。こういうことはままある。今一本迎い針を打とう」とまた一本針をおろして抜こうとすると、初めの針もあとの針も抜ければこそ、幇間は息もたえだえ、
「旦那、どうかしてください。死にます、死にます」
「一八、初めにおろした針は金針、後でおろしたのは銀針だ。金銀の針、二本とも、お前にやるわ」
短  日
家主の家へ行くと、家主が筆をもって、しきりに考えこんでいる。
「短日や……短日の……」
家主《おおや》さん、家主さんと声をかけても夢中だ。
「家主さん」
「ああ、幸さんか」
「さっきから短日、短日といいづめですが、どうしたんです」
「ナニ、発句を考えていたんだよ」
「なんです、その短日てェのは」
「短い日と書いて、日の短いことだ」
「なるほど」
家へ帰ると、女房がまた子供を叱りつけている。
「嬶《かか》ァ、いい加減によしねえ。子供じゃァねえか。お前もよっぽど短日だなァ」
わ た く ず
「旦那、肩に、しらみがおります」と、小僧がつまんで取る。
「馬鹿者め、そんなこと、大きな声で言うもんじゃない」
と、小僧、声をひそめて、
「ヘエ、これァわたくずでございました」
辻  番
若い者が辻番のわきで小便をしていると、辻番の親父《おやじ》が棒をもって出てきた。
「太い奴だ。そこは小便をする所じゃないぞ」
「ごめんなさい。粗相をいたしました。私もずいぶん気をつけましたが、ここに小便をした跡がございますから、つい私もいたしました」
「馬鹿者め、それはたった今叱ったあとだ」
お い は ぎ
「おれは何をやってもだめだ。おぬしはどうだ」
「おれも同じことだ」
「それについて相談がある。どこか淋しい所へ夜ふけに出て、おいはぎをしようと思う」
「え、おいはぎを」
「まァ聞け。向うから、気味のわるそうな面《つら》つきでくる奴の鼻先へぬっと出て、酒手《さかて》を出せ、と言うと、肝をつぶして逃げる拍子に、紙入れか小遣銭をおとして行く。そいつをせしめるという工夫だ」
よかろうと話がまとまって、二人、大橋のそばで待っている。侍が通りかかったところを、二人、ぬっと出て、
「酒手を置け」
侍はちっとも騒がず、するりと刀を抜く。肝をつぶして逃げ帰った。
あくる晩、また来て、すすめると、
「おれはもういやだ」
「ゆうべのようなことは、たまたまだ。まァ行こう」
「イヤ、大橋は物騒だ」
常 念 仏
「私どもは毎日の稼業にかまけ、後生《ごしよう》を思いませぬ。さぞ未来はろくな所へはまいりますまい。せめて朝晩は念仏のいっぺんずつでも申したいものでござる。それにひきかえ、お前方はお堂で常念仏をお勤めなされ、あけてもくれても唱名《しようみよう》の絶え間がない。さぞや来世はよい所へお生れなさることでござろう。おうらやましいことじゃ」
「はて、埒《らち》もないことを言わっしゃる。毎日毎晩のこと、もうもう倦きはてました。わしが願いでござるが、どうぞ死にぎわには、三日ほど、念仏を申さずに死にとうござる」
盗人の提灯
ある所へ盗人が入った。亭主が、用意のひと腰、鯉口をくつろげて待っているとも知らず、居間の襖《ふすま》を明けたところを、ばっさり首をおとしてしまった。盗人も心得たりと、落ちた首を拾いあげ、懐ろへねじこんで、こけつまろびつ、ようよう外へ逃げ出したが、真の闇。首はなし、ひと足も歩かれぬ。そこで、懐ろから首をとり出し、髻《たぶさ》をつかんでさし上げ、
「ハイハイハイ」
酒 好 き
亭主があんまり酒をのみたがる。哀れに思って女房が中剃りを剃って二十四文に売り、酒を買ってきて亭主に出す。
「どうして買った」
「あまりお前がのみたがるから、この通り」
と、中剃りをみせると、お前はやさしい女だと涙を流して
「まだ十六文ほどある」
にわか乞食
古い物好きの金持が、なんでも古いものとさえ言えば、何の役にも立たぬものでも惜しまずに買いこんだ。そのため、身代をつぶして、今日食う米にも困るようになって、乞食におちてしまったが、乞食になっても、仁徳天皇が高殿《たかどの》へおあがりなされて歌をおよみなされたときお敷き遊ばしたというあら薦《ごも》と、弁慶の飯椀《めしわん》と、西行の行脚《あんぎや》の杖、この三品だけは残しておいたので、そのあら薦をかぶり、飯椀をもち、西行の杖をつき、物持の門《かど》に立って、
「私は腹からの乞食ではござりませぬ。身上《しんしよう》をしまいまして、かような身分になりました。なにとぞ一文《いちもん》のお合力頼みます」
なるほど、昔はよしある人の果てらしいと、一文わたすと、いただいて、
「まことに勝手でございますが、どうぞ古銭《こせん》とかえてくださりませ」
墨 ぬ り
「まァきいてくれ。とうとうおれも勘当《かんどう》うけた。今夜はいとまごいにきた。達者でいてくれ」と若旦那が涙まじりに言えば、
「ほんとうかえ。お前一人が頼みのわたし。わたしも生きていぬわいなァ」女郎は小女をよんで、茶をいいつけ、ひと口のんで、後ろへかくしておき、袖を顔にあて、そっと茶碗の中の茶を指につけて眼をぬらし、悲しいわいなァと言っては濡らし、情ないことじゃいなァと言っては茶をぬる。客はそれとも知らずうつむいている。隣座敷の客が覗いて、硯《すずり》をとりよせ、墨をすり、茶碗に入れて後ろから抜足して、その茶碗とすりかえた。それとも知らず、どうしょうぞいのゥ、と言っては墨をぬって泣く。若旦那、ふっと顔をあげて、女を見るとびっくりして、
「コレコレ、そなたの顔はどうしたのじゃ」
「どうしたとは曲《きよく》がない。これが泣かずにいられましょうか」
若旦那、女郎の延鏡《のべかがみ》を取り出して、
「ソレ、そなたの顔を見やいのゥ」とつきつけると、女郎もびっくり。しかし、おちつきすまして、
「アノ、これはな、あんまりの悲しさに、黒眼をすり破ったのじゃわいなァ」
きりぎりす
醜い姉と、きりょうよしの妹が、二人づれで薬師参りの道で、きりぎりすを買い、妹が手のひらへあげると、指を食いつかれた。
「姉さん、きりぎりすが食いついた」
「大げさな、かしてみな」と醜い姉が手のひらへあげると、きりぎりす、姉の顔を見て、チョンと舌打ち。
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五 日 目
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狐のしっぽ
ある道具屋が、出入りの物好きの旦那から、かねがね狐の皮の莨入《たばこい》れと、尻尾《しつぽ》を煙管《きせる》筒にしたのがあったら、と頼まれていた。
王子稲荷へお参りの戻り、本郷の露店でそれを見つけ、一ぱい飲んで、唐の芋を子供の土産にしようと両方の袂《たもと》へ入れて、暮れ方千鳥足でさしかかると、駕籠《かご》かきが寄ってきて、
「旦那、いいご機嫌だね」
「王子の帰りに一ぱいひっかけた」
「戻り駕籠だ、安くやりましょう」
「市谷の茶の木稲荷までやってくれ」
そこで道具屋は駕籠にのる。駕籠がゆれる拍子に、尻尾の煙管筒が羽織の間から出るのを後棒《あとぼう》が見つけて、てっきり狐と思いこんで、棒組に眼くばせする。王子の帰りといい、市谷の茶の木稲荷といい、相棒も狐だと思う。
「モシ旦那、お願いがございます」
「酒手か」
「とんでもない。正一位のあなたさまから駕籠賃をいただいちゃァ、罰が当ります。そのかわり、どうぞ、二人に福をさずけてやっておくんなさい」
道具屋は、そこではじめて、ははァこの煙管筒を見て、おれを狐と思っているなと察して、
「わかっている、わかっている」
「おありがとうございます。おいそがしいことでございましょうな」
「あしたはまた、葛西金町半田の稲荷に用がある」
「ご苦労さまでござります」
そのうちに市谷の茶の木稲荷のそばへつく。
「ご苦労ご苦労。駕籠賃のかわり、のぞみの通り福をさずけてやる。手つけにこれをやる」と、袂の唐の芋を一つずつやると、
「おありがとうござります」と土下座をして、道具屋の後姿を拝む。
狐が二匹、物蔭からこれを見て、
「おどろいたな」
「いやな世の中になった。素人《しろうと》にはゆだんができない」
待 ち ぶ せ
「今日は先生が留守だが、どうせここを通って帰る。この人数で、この坂の上に待ちぶせして、ぶちのめしてやろうではないか」
「よかろう」
四、五人よりあい、今か今かと待つところ、まだ宵闇の星あかりに、ふらふら帰ってくる先生、坂の途中で立ちどまって、天にも響く大音声。
「そこにいるのは何者だ」
弟子どもが物蔭から出て、
「おそれ入ってござります。今宵先生のお帰りを待ちうけ、この暗闇を幸い、不意を打って見ましょうと存じました。しかし、どうして私どもがわかりましたか」
「されば、人はいようといまいと、こんなところでは、まず声をかけるのがようござる」
短  気
短気な男が芝口の方へ用があって出かけた。すさまじい大風で、砂が眼口に入り、カァペッと、つばをしたところが、向う風でみんな顔にかかってしまった。
「べらぼうめ、向うを見てしやァがれ」
奉 公 人
下男の市助が裏口で薪《まき》を割っているところへ、国の者がたずねてきた。
「市助どん、久しいの」
「やあ、変りはないか」
「変りはないが、どうだね、こんだの旦那は」
「どうにもこうにもケチの親玉。くそぼねばかり折らせて、毎日朝は粥《かゆ》、夜は雑炊《ぞうすい》。たまったもんでねえ。それにの」と、言いかけ、ふと窓をみると旦那の顔がこっちを見ている。
「しかし、薬は薬だがね」
公  卿
公卿たちが関東へ下向、隅田川から梅若のあたりへ遊覧のとき、百姓どもをつれて、方々をたずねたいと仰せ出されたが、百姓どもはみなれぬ公卿衆の|なり《ヽヽ》におそれをなして、お受けする者がない。おつきの侍も困って、
「何もそのように恐れることはない。その方どもに、このあたりの名所旧跡をおたずねなさるのじゃ」
すると、年かさの百姓がおずおず御前に出て、
「この辺にさような眼医者《ヽヽヽ》はござりませぬ。休碩《きゆうせき》と申しますのは、となり村の鍼医でござります」
京 の 旅
「お前さん、京へ商いに行くそうだが、油断さっしゃるな。京で物を買うときは、二両といったら一両だと思いなさい。京というところは、なんでも|かけ《ヽヽ》値をいうところだ」
心得ましたと京へのぼり、物を買ってみると、かけ値をいう。なるほど、京はおそろしい所だ。みんな半分ずつに聞いておけば間違いないと思った。米屋とつきあうようになって、
「お前さんの名前は」ときくと、「六郎兵衛と言います」
よしよし、大方、三郎兵衛だろうと思って、
「おうちは何間の間口でござります」
「五間間口でござります」
これも、大方、二間半だろう。
「そしてお幾人《いくたり》でおくらしになります」
「ただいまは、わし一人さ」
旅人は小首をかたむけて、
「そんなら、どの人と半分ずつお住まいだね」
薬 ち が い
医者が薬ちがいをして、得意の店の番頭を盛り殺してしまった。主人が怒って奉行所へつれて行くという。いろいろに詫びて、死骸を葬り、少しは罪をつぐなおうと願ったので、主人も納得をして許した。医者はよろこんで人を雇って葬ろうと思ったが、貧乏でそれも出来ない。女房と子供に棺をかつがせて、火葬場へむかったが、女房はこぼす、子供は文句を言う。
「やれやれ、人と生れて、必ず医者となるなかれだ」
「お前さんが医者だから、こんな重い死人をかつがせられる。わたしゃもう死にそうだよ」
女房が泣けば息子も苦しげに、
「おやじさん、こんどから、痩せた病人だけ療治してくださいよ」
学者の居候
儒者のところへ居候している儒者が、毎日外へ出て昼時分に帰って、自分の部屋へ入って、弟子を呼んで、書物を貸してくれという。
弟子が『文選《もんぜん》』をもってきた。
「これは低い」
『漢書』をもってくると、まだ低いという。今度は『史記』をもってくると、
「これでも低い」
弟子はあきれて、
「およそ史記、漢書といえば、大抵の学者も読むものなのに、それを低いと言われるのは、よほどのご学力でございますな。そうして何がようございます」
「イヤ、おれは昼寝の枕にする、なんでも厚い本がよいのじゃ」
長 口 上
気の長い男と|せっかち《ヽヽヽヽ》な隣の旦那が道で逢った。
「これはこれは、久しぶりでおめにかかりました。この正月はご年始にまいりましたところ、大きにご馳走になりまして、お雛《ひな》まつりの節も長座をして、端午のお節句にはまたまたご馳走になりまして、すっかり酔ってしまいまして、花火見物の節もいろいろご馳走になりまして、九月の菊見にはおもてなしにあずかりまして、もうほんとうにお礼の申し上げようもないようなことでございまして……」と頭をさげて言いつづけていたが、返事がない。頭をあげてみると、隣の旦那の影もない。不思議なことがあればあるものと、供の小僧にきくと、
「ハイ。お隣の旦那さまは、端午の節句のときにお帰りなさいましたから、もう半年もたちましょう」
か け と り
つめかけた借金とりが座敷へあがって、居催促。あとから来たかけとりの居所がないので、入口にしゃがんでいると、亭主がそっと呼んで、
「お前さんは明日早くおいでなさい」
おれ一人に明日早く来いとは、大方こっちの借金だけは済ませる気だな、とよろこんで帰って行った。
これを聞いた借金とりの一人が、翌朝早くやってきて、
「昨日米屋に、朝早く来てくれと言ったのをたしかに聞いた。米屋だけに返すつもりか。わしが方の片もつけさっしゃい」
「いえいえ、決してそんなことじゃァないんで、昨日米屋さんは遅くこられて入口にいられたから、今日は早く呼んで、ゆっくりと座敷にいてもらうつもりでね」
葡 萄 棚
女房に弱いお側の役人が、顔に大きな疵《きず》をつけてまかり出た。殿は察したが、わざと、
「その方の疵は何じゃ」
「ハイ、この疵はお庭の葡萄棚が倒れかかりまして、顔へ疵をつけましてござります」
「偽りを言う奴じゃ。女房に叩かれたのであろう」
「いえ、毛頭、さような……」
「論より証拠、女房を呼びにやれ、女房を呼べ、女房を呼べ」
大声でほかの役人に仰せつけられているのを、襖《ふすま》の向うで聞いた嫉妬深い奥方、たちまちのぼせあがって、「くちおしい」と、奥から駈け出してきて、殿の胸倉をとる。殿、肝をつぶして、
「これこれ、おれがところの葡萄棚も大倒れだ。まずその方から早く逃げろ」
閻魔の病い
閻魔《えんま》が大病にかかった。地獄の医者が集まって、いろいろ手当をしたが一向によくならない。娑婆《しやば》の名医をつれて来いと青鬼へ仰せつけられた。
「かしこまりましたが、どれが名医か、どうして見わけたらよろしゅうございましょう」
「それはなんでも門口に幽霊のいぬ医者が名医じゃ」
青鬼は早速娑婆へ出て、医者の門口を見ると、みんな盛り殺された恨みの幽霊が、おしあいへしあい、つめかけている。これは困ったと、新道の方へ廻ると、小さな家に、新しい格子と新しい標札の出ている医者の家があった。幽霊は一人もいない。しめた、とずっと入ってみると、昨日開業した医者。
医  者
酒屋の丁稚《でつち》が医者につきあたった。丁稚の石頭で胸を突かれた痛さに医者が怒って、
「許さんぞ」と手をあげようとする。
「手でなぐるのは勘弁してください。足で蹴ってもかまいません」
「なぜ」
「先生のお足で蹴られても、死ぬことはないが、お手にかかると、命があぶない」
下 駄 屋
下駄屋の主人が急病で死んだ。隣の主人がくやみに行って、息子にむかい、
「どうも急なことで、どうしておなくなりなすった」
「ヘエ、二階から落ちまして、|鼻を《ヽヽ》すって、そのまま往生いたしました」
「それは気の毒な。そしておともらいはいつ」
「|あしだ《ヽヽヽ》でございます」
聟 二 人
娘のところへ、ふたところから嫁にほしいといってきた。
一人は大金持。だが男前が悪い。
一人は貧乏だが、いい男だ。
両親が娘にどっちにしようと相談すると、
「両方へ嫁入りする」
「両方へ嫁入って、どうなるものか」
「昼のうちはお金持の所へ行って、日が暮れたら、いい男の方へ」
仲  人
いつも貧乏を苦にして泣き言ばかり言う男に、
「仲人を頼むといい」
「なぜ。仲人が貧乏をよくする?」
「仲人の口にかかれば、ぶきりょうも美女といわれ、貧乏人も金持といわれるよ」
狩人が息子をつれて山へ行くと、大きな虎が出て、親父を難なくくわえて走り出した。息子が矢をつがえて射ようとすると、親父、虎の口から見て、
「コレ、足を射ろよ。皮に疵《きず》がつくと値がおちる」
上  戸
酒のみが友達の所へよばれて盃をみると、小さな盃だ。それを見るや声をあげて泣き出した。友達がびっくりして、
「盃を見て、何で泣く」
「これを見たら涙が出た。おれの親父は死んだときに何の病いもなかったが、今日のようによばれたとき、こんな小さな盃が出たのを、つい盃ぐるみのんで、咽喉《のど》につまって死んでしまった。それを思い出したのよ」
毛 ぬ き
友達が寄って話しているところへ、仲間がきて、
「今、この毛ぬきを買ってきた。見てくれ」
「いい毛ぬきだ。いくらだ」
「三十二文だ」
「それァ、安い」と言いながら、髭《ひげ》にあててみると、一向にくわない。
「オイ、この毛ぬきはくわねえぜ」
「だから、それをキズにして買ったのよ」
貧 乏 神
夫婦とも、人の世話もし、よく稼ぐが、いつも貧乏をしている。貧乏神を追い出すには、杉の葉を焚くのが一番だときいて、杉の葉を一荷買って、夫婦肌ぬぎになって、それを焚いて、座敷の隅々、縁の下まで箒《ほうき》や竹で払った。二階の隅を払ったとき、ガタガタと何か落ちるような音がしたので、
「それ、貧乏神だ、叩き出せ」と二人して、その音を目あてに、めった無性に叩いた。貧乏神は表へ逃げていった様子だ。
「やれやれ、よかった、よかった」と、まず大黒さまにお燈明をあげて、
「これからは福の神さまのお宿、なにとぞよろしくお願い申します」と拝んでいると、表の戸を叩く音。亭主、戸口へ出て、
「どなたでございます」
そとの者は小さな声で、
「私は貧乏神でござります」
「ナニ、貧乏神だ」
「ここをあけてくださりませ」
「よくも長年ひどいめにあわしやァがったな。あけてたまるものか」
「どうでもおあけくださいませんか」
「帰れ、帰れ」
「さようでございますか。ではおいとま申します。是非もござりませぬ、出てまいりますが、あとに残った伜のことを、何分お頼み申します」
幽霊と化け物
女房が死んだ。嫉妬深い女で、亭主が百カ日もたたぬうちに後妻をもらったので、恨めしくてならない。閻魔《えんま》の前へ出て、事情を話し、どうぞわたしを幽霊にしてくださいと願った。閻魔大王はつらつら女の姿を見て、
「どうも、幽霊にすることはならぬ」
「なぜでござります。女が幽霊になること、先例がござります。なぜわたしだけ幽霊にしていただけませぬ」
「全体、幽霊というものは、ほっそりふうわりとして、きりょうがようなけりゃ、うつらぬ。そちの面《つら》がまえを見れば、とても幽霊にはなられぬ」
「それでも、恨めしくて恨めしくてなりません。なにとぞ、お願い、お願い」と泣いて頼めば、
「よしよし、そんなら、化け物がよかろうぞ」
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六 日 目
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辞  世
盗人を手打ちにしようとすると、
「お待ちくだされ。辞世の歌がよみたい」
「奇特なこと。早う詠め」
「かかる時さこそ命のおしからめ、かねてなき身と思ひ知らずば……」
「それは太田道灌の歌ではないか」
「ヘエ、これが一生のぬすみ納めでござります」
笑いどころか
身上《しんしよう》左前となって金銀諸道具はもちろん、衣類一枚もなく、ただ一人|煎餅《せんべい》蒲団を着てねていると、泥棒が入ってきた。箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》や押入、戸棚を探したが、襦袢《じゆばん》一枚もない。泥棒もあきれ返って、「ひどいものだ」と思わずつぶやく。蒲団の中から、あまりのおかしさにクスクス笑うと、泥棒がききつけ、
「笑いごとじゃァねえ」
御 門 跡
「八助、火事はどこだ」
「浅草の門跡のようでごぜえます」
「馬鹿者め、大事なご宗旨を門跡と横柄に言う奴があるか。御門跡さまと、御の字をつけて言え。火事見舞に行かにゃならぬ。提灯をつけて、先へ立って行け」
「かしこまりました」
八助、提灯をとぼし、先に立って、
「御はい御はい」
忠 臣 誠
「米市、元気がないな、どうした」
「どうしたどころじゃござりませぬ。ゆうべ、師直《もろのう》さまに療治にまいって泊ったら、夜なかに、塩谷《えんや》さまのご家来四十七人とやらが、敵討ちにおしこんで、やっとの思いで屋根へ逃げて、命拾いをしました」
「わからぬ話だ。縁の下へ逃げそうなものを、めくらのくせに、屋根へ逃げるとは」
「それが、縁の下は師直さまのご家来で満員」
中 く ら い
いい男が、ぶきりょうな女に、
「お前ほどの女はいないよ」
「そんな、お上手を……」
「ほんとうだ」
「あんたのような綺麗な人が、あたしみたいな中くらいなものに……」
ぶ し ょ う
不精な男、風呂敷包みを背負い、懐ろ手をして堤づたいにくる。空腹だから包みの中の握り飯を出して食おうと思うが、せっかく懐ろ手をしているのにそれも面倒と思っていると、向うからこれも空腹らしい男、菅笠をかぶって大きな口をあいて来たから、きっと飢《ひも》じいのだろうと思い、
「もしもし、旅の人、わしの包みをおろして握り飯を出して、口に入れてくれれば、お礼に二つ三つあげましょう」
「そんな手間をかけるくらいなら、この笠の紐を結ぶよ」
玉 手 箱
ある所の息子、井戸をのぞく拍子に、中へ落ちてしまった。まんまんたる大海を泳いでゆくと、金銀珠玉をつくした楼門に、海月《くらげ》の門番が出て、
「何者だ」
「われは日本の者なり。ここは何というところ?」
「ここは龍宮なり。怪しき奴」と龍王の御前へ引きすえ、大魚あつまり詮議する。乙姫ちらと見給い、鰒《ふぐ》の局《つぼね》を召され、
「あの者をみずからが殿御にしたい」という願い。龍王も、よかろうと、聟《むこ》にとった。ところが、息子は日本ほど面白くないので帰りたく思い、乙姫をそそのかし、駈落ちの相談をした。そんならわたしはあとからお前は先へ、この玉手箱をもってと、ある夜ひとり忍び出て、夢中でおよいで浜辺へついたが、暗さは暗し、つまずいて玉手箱を放り出し、蓋《ふた》のあいたまま抱えているところへ、鯱《しやちほこ》をはじめ鰐鮫《わにざめ》そのほか追っかけてきて、えりがみつかんで引ったて、
「こいつではない。コレ、今ここを若い男は通らぬか」
物 知 り
「大蛇のことをうわばみというが、どういうわけだろう」
物知りが咳ばらいをして、
「それには故事がある。昔、加賀の山中で、旅人が松の木の下で昼寝をしていた。すると醤油樽《しようゆだる》ほどの大蛇が、松の枝から、この旅人をひとのみに呑んでしまった。そこで、上から喰《は》んだから、うわばみという」
手  紙
鳶《とび》の者が手習いの師匠の所へ飛びこんできて、
「手紙を一本お頼み申します」
「内容は」
「コウ……八や、こないだ貸した銭《ぜに》は一体どうなっているんだ。たびたびとりに行きゃァ、留守をつかやァがる。手前《てめえ》ぐれえ、太えやつはねえ。返さねえとありゃァ、おれにも考えがある」
「そんな文句は、手紙には書かれませんな」
「それじゃァ、仮名《かな》で書いておくんなさい」
旧  悪
借金取りに責めたてられた男が、思いつめた顔をして、
「どうでもおれに言わせようというのか」
旧悪のある借金取りは、一瞬はっとしたが、この日は帰ってしまった。そんなことが幾日も続いた。ある日、どうともなれと度胸をきめて、
「言いたいことがあるなら勝手に言え、こうなった以上、言いたけりゃァ言え」
「ほんとうにおれに言わせようというのか」
「もうこうなったらかまわねえ」
「よし、言おう。借金は返さねえ」
あ ん ま
肩を揉ませると、下手な按摩なので、
「この前頼んだ人の方が、お前よりはるかにうまかった」
按摩、我慢をして、やがて頭を揉み、耳のあたりを揉み、両の耳へ指を押しこんで、
「この馬鹿」
浪  人
「貴殿は師直家の浪人とか。義士ども夜討ちのときは病気でお引込みか」
「いや、随分と働きました」
「そんなら、たとえ大星が鬼神でも、わずかの人数、それに切りたてられるとは。昔の堀川夜討ちは、土佐坊は三百余騎、義経がたは亀井、片岡、伊勢、駿河、静御前で……」
「さァ、そこをよくご勘考あれ。その亀井、片岡、弁慶というような者が、四十七人まいりました」
いやがらせ
いつもいやがらせを言う友達が向うからくる。こっちもいやがらせを言ってやろうと、
「貧乏神、どこへ行く」
すると、すかさず、
「お前の家へ行くところだ」
またの日、道であったのでこんどはよろこばせてやろうと「福の神、どこへ行く」と言ってやると、
「今、お前の家から出てきた」
くわせもの
後妻をもらうことになって、婚礼の夜つくづく見ると大年増だ。ひと間に入ってから、
「おぬしはいくつだ」
「わたしは四十」
「仲人の口では三十ときいたが……ほんとの年はいくつだ」
「やっぱり四十」
なんとか、ほんとうの年を知りたいと工夫して、だしぬけに駈け出すと、女は肝をつぶして袂《たもと》をとり、
「あなたどこへ」
「宵に塩壺の蓋をしなかった。鼠にくわれるから直してくる」
「とんだことを言いなさる。わたしもこの年になりますが、鼠が塩をたべるということは、六十年このかたきいたことがない」
井 戸 が え
長屋の井戸がえに、よんどころなく浪人が出てきた。長屋の者も気の毒がって、
「あなたは骨の折れないように綱の先をもってお引きなさい」
「それはかたじけのうござる」と、綱へとりつく。井戸のうちで、
「引いたり……」と言えば、浪人、一礼して、
「どなたもお先へ」
質  屋
若い者、質屋の番頭にむかって、
「お前のところではいい利息をとって、金が子を生んでゆくから、いまに金の置き所があるめえ」
「そうずんずん生れるものか。中途で流れてしまうやつが沢山あってね」
「イヤ、そうは言わせねえ。毎日生れる証拠があるよ」
「なんの証拠があるね」
「されば、いつでもしちや(七夜)だ、しちやだ」
大 旦 那
ある家の一人息子、親父のしわいに似ず無性に金をつかい、吉原の花魁《おいらん》に夜具の敷初めをしてやったうえ、鼈甲《べつこう》の櫛を買って、今夜も行ってやるつもりで、ゆっくりと朝寝をして、顔を洗いに井戸端へ行き、ついすべって袂《たもと》の櫛を井戸へおとしてしまった。店へ来て、番頭どもに、
「誰か井戸へおとした櫛をとってくれ、とってくれた者には一両やる」
「若旦那、お声が高うございます。奥へきこえましたら、大事《おおごと》でござります」
「きこえてもかまわねえ」
「そうではござりませぬ」
「なぜ」
「大旦那がとろうとおっしゃいます」
鉢 の 木
やきもちやきの男が能見物に行って、やがて帰ってきた。そこへ友達がきて、
「今日は能見物へ行ったそうだが、早い帰りだな」
「心持が悪いので、なかばで出てきた」
「どんな番組だ」
「弓八幡、橋弁慶、それから、何だかわからないが、雪ふりに坊主が来て泊めてくれという。あるじが留守だから、女房が泊められぬと言っていた。それきりで出てきたが、あとで泊めなきゃいいが……」
脇  差
今日の花見には、めずらしい趣向で行こうと、いろいろ思案した末、十人ばかりみんな脇差を右へ差し、大手をふって出かけ、三囲の茶屋で休んでいると、あとから武士がきて、おなじく腰をかけた。見ると、みんなが右へ差している。
「世の中にはおかしな男がいるものだ」と、苦笑していたが、十人が十人、みんな右にさしている。武士、肝をつぶして、
「拙者、ちがった」と、あわてて差しかえた。
敦  盛
鳶《とび》の者が寄りあって、
「あの一の谷で、熊谷と敦盛ときったりはったりやらかしたが、なぜ敦盛はわざわざ引っ返したんだろう。おれならば、かまわず往っちまうんだが」
「それはお前だけの考えだ。敦盛も、熊谷とは思わなかったのさ。おーい、おーいとあとから呼ぶから、手拭いでも落っことしたんじゃねえかと思ってよ」
犬 ご た つ
雪の夜、乞食が集まって、
「寒い、寒い」と、|こも《ヽヽ》を集めてきてまわりをかこってしのいだが、足が冷える。
気のきいた奴が四、五匹犬を抱いてきて、めいめいがその下へ足を入れて寝た。
夜なかに一人が悲鳴をあげたので、みんな驚いて眼をさまして、
「どうした、どうした」
「こたつにくらいつかれた」
辻 八 卦
「失せ物、待人、夢はんじ、相場の高下まで見通しのうらない、たったの十二文……」と占者《うらない》が辻に立って呼ぶ。
「三次、まってくれ。おれの嬶《かか》ァが臨月だが、男の餓鬼か|あま《ヽヽ》か、占ってもらおうか」
「よしねえ、あたるもンじゃねえ。十二文出して占わせるより、一ぱいのむ方がよっぽど気がきいていらァ」
占者、これをきいて、
「コレコレ、馬鹿を言うな。そんなのじゃねえ。なんでも見通しだ」
「なんだ見通しの奥座敷がきいてあきれらァ」
「こいつ、稼業の邪魔をしやァがる。うぬはどこのどいつだ」
「あてて見ろ」
船 酔 い
温泉に入っていた人が、急に顔色が変って、「眼がまわる、胸が苦しい」と言いだして、吐いた。
船酔いの様子だが、海はなし、船はなし、一体どうしたことだときくと、
「今これへ入った鬚《ひげ》の男、この間乗った船の船頭によく似ていた。そう思っているうちに酔ってきた」
なぐられる
友達が寄りあって女房の噂をはじめた。
「おれの女房は世帯もちがよく、姿もよく愛嬌もあり、言うところはないが、気短かで月に二、三度はおれをなぐる」
「おれの女房もその通り、言うところのない女だが、何かというとおれをなぐる」
これをきいた一人が笑って、
「いやはや、あきれた人たちだ」
「何とかなぐられぬ法があるか」
「あるとも。はきものをはかずに逃げりゃァいい」
度 忘 れ
「物をたずねたい」
「何だね」
「実は、ここらで尋ねたい人があるが、名を忘れました」
「家号は?」
「それも忘れた」
「それじゃァ、話にならない」
「はるばる水戸からきた者だ、教えてくださらねえと二日路を帰らにゃなりません」
「それァ気の毒だが、何とか思い出してみなさい」
「とにかく、なにか剌すような名前だ」
「そんなら、角《かど》の松葉屋の有《あり》助か。松葉も|あり《ヽヽ》も剌すものだ」
「もうちっときつく刺すものだ」
「わかった、伊賀屋の八兵衛か」
「それそれ」
み え ぼ う
みえぼうの男、吉原にいつづけして、新造が鼠を飼っているのを見て、
「白鼠だな。こいつはいたずらをするやつよ」
「わっちのはただの鼠でありんす」
「国に盗人《ぬすびと》、家に鼠と、みんな湧きものだ。それだから、汚ねえ奴には虱《しらみ》がわく。身だしなみが第一だ。おいらァ薬にしたくもそんなものはねえ。虱たかりには、お前方も閉口だろう」
「もし、ぬしの襟を見なんし、それ、虱が這っていんすよ」
「どれどれ、なるほど、虱だ。噂をすれば影がさす」
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七 日 目
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夢  中
大の相撲好きの親父、今日は息子が見物に行ったので、帰ったら話をきこうと待ちかまえているところへ帰ってきた。内へ入るか入らぬうちに、
「これ、谷風と和泉の勝負はどうだった」と立ちあがる。
「いや、もう面白いのなんの、まず立ちあうとそのまま谷風が二つき三つき」と親父をついて、「東の方へはねて行くところを、和泉がじっとふみこたえ、ずっと寄って左をさした。谷風も右をさして四つになる」と親父とがっぷりと組む。
「こうなったら、相撲が長くなる。両方、まるで岩のよう、動かばこそ」
座敷のまん中で大汗を流して組んでいるところへ、外から入って来た客が、親子喧嘩とまちがえて、
「これはこれは、まァまァここを放しなさい、放しなさい」と、両方に引きわけると、親父、息をきらせながら、
「なるほど、おれも引き分けになるだろうと思った」
植 木 屋
植木屋へかけ取りがきた。おもてに室咲《むろざ》きの梅が、並べてある。
「梅がよく咲いていますが、梅というものは春でなければ咲かぬもの、それが、どうして咲いているのでございます」
「これは室《むろ》の早咲きといって、室の中へ入れておくから、室の温か味で、咲くのさ」
「その室を見せておもらい申したいね」
「お安いご用だ。入ってみなさい」
かけ取りは室の中へ入っていったが、しばらくしても出て来ない。
「いまのかけ取りはどうした。誰か見てこい」
主人が言いつけて、室の戸をあけたところ、かけ取りが裃《かみしも》姿で、
「あけましてよい春でござります」
ひ ら め
「ゆうべ、おれのうちの前の下水へ、二尺ばかりの平目が泳いで来た。めずらしいことじゃァねえか」
「それァめずらしい。しかし、お前のうちの前の下水は、わずか幅が一尺ばかりだぜ。それに二尺の平目が泳いでくるはずはねえが」
「イイヤ、竪《たて》になって」
「おらァ三日でいいから殿さまになってみてえ」
「おれは早く隠居になりたい。長坊はなんになりたい」
「おれは鴨になりたい」
「なぜ」
「うめえからよ」
釣  り
「この間釣りに出て、金を五十両、財布のまま釣ってきた」
それをきいた男、品川沖へ出て、大きな鯔《ぼら》を釣り上げ、針をぬいて海へ投げこみ、
「畜生め、うぬじゃァねえ」
戌 の 年
友達がよりあって酒をのむ。一人の男が、無性に肴《さかな》をとっては食い、取っては食いする。
「おい、お前は何の年だ」
「おれか、おれは戌《いぬ》の年よ」
「ナニ、戌の年、それで安心した」
「なぜ」
「もし寅《とら》ならば、おいらも食われちまう」
茗  荷
「今夜泊った客の行李《こうり》にはよっぽどのものが入ってるよ。忘れて行けばいいのにねえ」
旅籠屋《はたごや》の女房が亭主にそう言うと、いいことがある、茗荷《みようが》を食うと物忘れをするというから、めったやたらに茗荷をくわせてみようと、汁も菜もみんな茗荷を沢山に入れてもてなした。
あくる朝、客の立ったあと、座敷にはなんにもない。
「いやだよ、茗荷なんかきくもんじゃないよ」
「きいた、きいた」
「きいたかえ」
「旅籠代を忘れていった」
薄 雲 の 猫
「京|町《まち》の猫通ひけり揚屋町」この句の通り、吉原の女郎はよく猫を飼っていた。とりわけ三浦屋の薄雲太夫は、猫を大事にして片時もはなさない。
その頃蔵前の札差《ふださし》で、紫丁と号して、うぬぼれの強い、きざな客がいた。好かない人だったから、薄雲はいい加減にあしらっていたが、夢中になって通ってくる。この日も幇間《たいこ》末社にとりかこまれて遊んでいると、猫が薄雲の膝をはなれて紫丁の膝へきた。大の猫ぎらいだったから、とりのけたいのは山々だが、花魁《おいらん》の手前、「たまや、たまや」と猫をなでているうちに、いきなり猫は紫丁の口をなめはじめた。紫丁はたまりかねて膝から払いのけると、猫は薄雲の膝へ行く。
「うがい、うがい」
薄雲はあわてて新造かむろを呼んで、
「早う含嗽《うがい》茶碗をもってきや」
「なにさ、それには及ばねえよ」
「ぬしじゃァおっせん。猫の口を洗ってやりんす」
初  旅
はじめて旅をする人のところへ旅巧者の男が見舞いにきて、すべて道中の心得になることを教えた。
「まず、乗合船などに乗るときは、他人《ひと》より先へ乗って、大きく場をとっておかねば、あとで狭くなって困る」
委細のみこんで旅に出た。伏見の夜舟に乗るとき、あおむけに寝て、充分場をひろくとった。しばらくして、くたびれてきた。
「これは続かぬ。起きて休もう」
塩 売 り
寺の前で塩売りが塩を売っている。納所《なつしよ》が出てきて、
「さてさて、お前は塩などを売る人相じゃないな」
そう言われて塩売りは、塩を三升ばかりさし出して、
「坊さん、うけてください」
「どうして」
「今日は伯父の頼朝の命日じゃ」
髪 結 い
髪結い床の親方が、おれはどんなに動かれても切るということはないと自慢をする。
若い者が「おれは思いっきり動いて剃らせてみるが、切らぬように剃ったら蕎麦《そば》をおごろう」と友達にもちかける。
「よし、もし切ったら私が蕎麦をふるまおう」
二人は賭けをして剃りはじめた。若い者は無性にうごく。さすがは名人の親方、切らぬようにうまくはずしたが、顔を剃るとき、あまりにはげしく動いたので、鼻をぞっぺりとそいでしまった。若い者、鼻声になって、
「ホイ、ホバ(蕎麦)だぞ、ホバだぞ」
練 馬 大 根
練馬の百姓が大根を馬につけて江戸中を売り歩いたが、一本も売れない。そのうちに日も暮れかかる。百姓、馬にむかって、
「今日はどうしたことか、一本も売れねえ。さぞかしわれもくたびれたろう。これからおれが代って背負《しよ》ってやろう」と、大根をおろしてひとつに束ねてしょった。しばらく歩くうち、
「やれやれ、おれも足が棒のようだから、われに乗るぞ」
銀 煙 管
猪牙《ちよき》船に乗った客が、命より大切な銀|煙管《ぎせる》を浅草川へ落とした。
「大変だ、大事な煙管をおっことした」
船頭、びっくりして、
「どこらへおっことしました」
「ここだ、ここだ」
船頭、尻ひっからげ、
「ここかえ、ここかえ」と言いながら指に唾《つば》をつけて、舟の小べりにしるしをつける。
げ じ げ じ
大内の紫宸殿にげじげじが出た。公家たちがおどろき騒ぐ。一人の公家、鼻紙でそっとつまんで築地《ついじ》の外へ捨て、
「おととい参内《さんだい》」
刀 の 声 色
貧乏な浪人の家へ、二人づれの泥棒が入ろうとした。浪人は気がついて、刀でおどそうとして、すらりと抜いてくらやみの中でふり廻そうとしたが、錆びているので光らない。しようことなしに、口で「ぴかぴかぴか」と言いながらふり廻す。つれの泥棒があとから、
「何をしている、早く入れ」
「待て待て、うちの中で刀が声色をつかっている」
炭 部 屋
赤穂の四十七士、師直のありかが知れぬ。一同、ここで切腹と決心すると、大高源吾がすすみ出て、
「お待ちあれ」と言った。
「少々心当りがござる」そう言って、槍おっとって、炭部屋の前に立ち、
「もろのう、もろのう」
隅の方で、
「どうれ」
酒好きが、うまい酒を手に入れた夢をみた。燗《かん》をして、今まさに飲もうとするとき、夢がさめた。
「ああ、冷《ひや》でやっちまやァよかった」
貸 家 札
貸家の紙を貼っておくと、いたずら者が剥がしてしまう。何度貼っても、剥がされる。
家主は考えあぐね、木札に書きつけ、五寸釘で打ちつけ、
「これなら、四、五年は大丈夫だ」
た し な み
ハイホウハイホウ、脇へ寄れというところをかまわず通る男がいる。若党がつかまえると悪口《あつこう》をほざく。堪忍《かんにん》ならぬと刀を抜くと赤鰯《あかいわし》。主人がそれを見て、
「平生《へいぜい》のたしなみが悪いゆえに、恥をかく。槍をもて」
と槍をとって抜いたところが同じく真っ赤だ。
「コレ見ろ、たしなんでもこの通りだ」
言葉とがめ
学者が読書をしていると、それとも知らず泥棒がその前の窓をあけた。
「誰だ」
「権兵衛だ」思わず泥棒が答えた。
「正しくは権びょうえと読む。住居は」
「京橋五郎兵衛町」
「五郎びょうえ町と読む。店《たな》は」
「源兵衛店」
「源びょうえ店と読む。どこから入った」
泥棒つりこまれて、
「裏の黒びょうえから」
長 歌 短 歌
柿本|人丸《ひとまろ》の邸に今日は歌の会があって、猿丸太夫、紀貫之、喜撰法師が出席した。新規に雇われた下男が次の間を覗くと、女中どもが噂とりどり。
「わたしは業平《なりひら》さまに身をつくしても逢わんとぞ思いまするが、あちらさまではまだ文《ふみ》も見ず天《あま》の橋立、ほんとうにじれったいことでござんす」
「それはそれはお気の毒な、いずくも同じ秋の夕暮でござんすわいなァ」
下男もさすがは人丸さまのお邸だと感心して、こんどは中間《ちゆうげん》部屋を覗いてみると、大勢車座になって壺皿をあけながら、
「長歌短歌」
ふ ぐ 汁
友達が寄りあって、
「鰒《ふぐ》を貰ったが、どうも気味が悪くって食われねえ。誰か先へ食ってみせろ」
誰一人食う者がない。中の一人が「橋の上の乞食に一ぱいもってって、食わしてみたらどうだ」
「なるほど、それァいい。いい加減な時分に行ってみて、あいつらに変りがなければ、こっちが食やァいい」
そこで鰒汁をこしらえ、橋の上へ行って、
「お前たちは鰒汁をくうか」
「おありがとうござります」
「ソレ、入れ物を出せ」
しばらくたってそっと見に行くと、なんの変りもない。そこで、一同あつまってたらふく鍋をあけて、ああうまかったと楊子《ようじ》を使いながら、橋の上へ行って、
「どうだ、さっきの鰒は、うまかったろう」
「それじゃァ、旦那方はおあがりなさいましたか」
「オオ、食った、食った」
「そんならおれたちもいただきましょう」
細 工 自 慢
「お前はよく細工自慢をするが、こないだつけてくれた棚が、もう落ちた」
「はてな、落ちるはずはないが」
つり直してやろうと、すぐに棚をつけて、
「出来たよ。もう物をあげちゃいけねえぜ」
さかな心中
お鮒《ふな》と鮎の介と深く言いかわしているとも知らぬお鮒の親が、鯰《なまず》の兵助《ひようすけ》の嫁にしようと相談をきめた。お鮒は鮎の介にそれを話して、
「わたしゃもう鯰の所へ行くことはいやじゃ。お前といっしょに心中しよう」と言いあわせ、ひれとひれとをくくりあわせ、そばの土手ヘヒョイと飛びあがった。
地  口
地口《じぐち》の上手な兄弟。
兄が弟に、
「それ、日がくれる戸をたてろ」
すると弟が、
「戸をさすは九千歳(東方朔は九千歳)」
兄はぬからぬ顔で裏の戸をしめながら、
「うらしめ太郎は八千歳」
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八 日 目
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野  狐
ある田舎で野狐が出て人を化かすという噂をきいた武道自慢の侍が、退治をしてやろうと、その場所へ行って待っていた。すると、十六、七の美しい娘がそばへ来て、
「わたしは向うの村までまいる者、おつれなされてくださりませ」
「うぬはこのあたりに住んで人をたぶらかす狐だな。拙者が女好きということを知って来おったな。その手は古い。出直せ、出直せ」
するとたちまち男に化けて、
「私は江戸の者、一人旅でござりますれば、なにとぞ、ご同道を……」
「うぬも今の狐だな。出直せ、出直せ」
すると、じじいになって、
「モシ、お侍さま……」
「なんだ、今度はじじいに化けたか。古い古い」
今度は、ばばァになる。
「ばばァでも、狐は狐だ」
しようがなしに狐になる。
「それ見ろ狐め、生けどりにするぞ」と追っかける。狐は追いつめられて藪の中へ飛びこんだ。その尻尾をつかまえて引っぱると、
「コンコン、くわいくわい」と狐はなきながら尻尾が抜ける。ざまを見ろ、馬鹿狐め。
「みせしめに、これをば土産に」とひとり言。
その後ろから百姓が、
「コレ、お侍、なぜおらが大根を抜くのだ」
駈ける名人
足の早いのが自慢の男、泥棒を追いかけて行く向うから友達が来て、
「なんだ、なんだ」
「泥棒を追いかけている」
「その泥棒は」
「アレ、あとから来る」
小 判 五 両
鳶《とび》の者が毎日毎日小判五両ばかり出してみては笑い、出してみては笑い、仕事もやめて、一日笑ってばかりいる。
家主《おおや》がこれを見て、
「コレ、お前、小判を見ては笑ってばかりいて、仕事にも出ねえようだが、何がそんなにおかしいのだ」
「家主さん、これがおかしくなくって、どうするもんでごぜえやす」
「なぜおかしい」
「この金をよそで借りてきやしたが、これを返《けえ》すめえと思やァ、おかしくっておかしくって」
出 来 心
ひとり者の家へ泥棒が入って、押入をあけた。葛籠《つづら》をあけると、なんにもない。銭箱《ぜにばこ》には一文もない。小箪笥の抽斗《ひきだし》まで探したが、なんにもない。
思わず舌打ちをすると、ひとり者が眼をさまして、
「誰だ……誰だ……」と怒鳴る。そっと片隅にかくれると、起きだしたひとり者は蝋燭《ろうそく》をともして、
「畜生、見事に盗みやがったな。着物という着物、金もみんな盗みやァがった。この通り家主へとどけよう」と、ひとり言をいいながら出かけようとする。泥棒、ぬっと出て、ひとり者の首筋をつかんで、
「この野郎、なんにもねえくせに、金をとられたの、着物がなくなったの、と嘘をつく。太え野郎だ」と腕をねじあげると、
「勘弁してください。つい出来心で……」
剣  術
「先生、あばれ者でございます」
「されば、怪我《けが》はないか」
「イヤ、少々ばかりでございます。どうぞ先生、お願い申します」
「わしが行くほどのことでもあるまいが、そして、どこにおります」
「ハイ、酒屋の内におりますが、私どもの手にはおえませぬ。よほどの腕前と見えます」
「そうか。ちょっととらえてやりましょう」
木刀をたずさえ、静々と行ったかと思うと、やがて、ぶらぶら帰って来た。
「これはマア、早いお帰りで……。さすがは先生の妙術。時にあばれ者は」
「まだいるよ」
丁稚の無心
丁稚《でつち》が下女のりんのそばへ寄ってきては、
「おりんどん、お前に頼みたいことがある」とたびたびささやく。ませた餓鬼だと思ったが、顔をあわせるたびに言われるうち、少しは妙な気持になってきた。ある日、「おりんどん、頼みたいことがある」とまた囁く。ちょうど、あたりに誰もいない。
「頼みたいことって、なんだよ」
「はずかしくって言いにくい」
「何がはずかしいのさ。はっきり言いなよ」
「じゃァ言うがね、おっつけてください」
「おっつけてくれ? なんのことだい」
「おれにおっつけておくんなさいということよ」
「コレ、そばへ寄って言わっせえ。おっつけろとは、何を?」
「おれが食う飯を杓子《しやくし》で」
百 夜 事
美人の上に歌の名人の小野小町を、恋いしたわぬ者はなく、中にも深草少将は雨の降る夜も雪の夜も通って、車の榻《しじ》にその数を書いて九十九夜通った。しかし、この恋もかなわず、九十九夜目に思い死にに死んでしまった。女中たちがこれを聞き、小町のそばへ来て、
「少将さまには、とうとうお果てなさいました」
小町はきいて、局《つぼね》を呼んだ。
「コレ、惚れ帳を出して、少将どのの名は消しておきや」
頓  死
若い者があつまって、臨終の話になった。
「おれは労咳《ろうがい》で死にてえ。何となくイキだね」
「おれは恋|患《わずら》いで死にてえ」
「おれは中気でいっぺんでおだぶつがいい」
中の一人が、
「そんなものより、おれは頓死だ。きっとおれは頓死をするぞ」
ところが四、五日して、ほんとうに頓死をしてしまった。若い者が集まって、涙を流して、
「こないだ頓死をするぞといったが、その通りになった。可哀そうに」
すると、中の一人が、
「しかし、あいつが生きていたら、さぞ自慢をするだろう」
お あ ま り
雨のふる日に、浪人の住居のかど口へ乞食が立って、
「おあまりをくださりませ」
「あまらぬ」
切  腹
大晦日に浪人が米屋へ来て、物もいわずに諸肌ぬぎ、脇差を腹へつき立てようとする。亭主は驚いて、
「まァまァ、お待ちなされませ」と、刀をもぎとれば、
「今日まで露命をつなぎしは其許《そこもと》の大恩、とあっても払うべき金はなし、申しわけのこの切腹、とめずと殺してくだされ」と涙をはらはらと流す。亭主は感じ入って、
「ああ、ご浪人なされてもさすがはお武家。ようござります。くよくよ思召《おぼしめ》さず、ご酒《しゆ》でも召上がってくださりませ」
「イエ、そういたしてはおられませぬ。まだ方々ヘ腹を切りに廻らねばなりませぬ」
馬 の 小 便
馬がたびたび小便をする。馬方がじれて、
「畜生め、この日の短いに、あるきながらしゃァがれ」
すると、馬がひとり言。
「馬鹿ァ言え、馬方じゃァあるまいし」
木 刀 売 り
近頃は剣術がはやると聞いて、ぬけめのない商人、屋敷町を、
「木刀や木刀や」と売りあるく。窓から「木刀や」とよびとめられ、いくらだときかれ、値段をいうと、高い高い、五匁にしろというので、そうはなりませぬと行きかかったが、
「イヤ、木刀まけましょう」
「イヤ、|まけた《ヽヽヽ》木刀はいらぬ」
は つ 茸
「おれの田舎には大きなはつ茸《たけ》が出る」
「どのくらいの?」
「ひらいたところが、さしわたしで五、六尺もあろうか」
「嘘をつけ、そんなはつ茸があるものか」
「雨の降る日は、からかさのかわりにする」
浪人の自慢
「拙者はかく浪々の身なれども、先祖は楠木の家臣で、篠塚五郎といって、たびたび手柄をたてた。その後、石橋山の戦いに石なげの手柄、朝鮮征伐には虎狩りで、手柄をたてた」
「それは大分時代も人も違っている」
「されば、その間違いから浪人いたした」
干  鯛
江戸見物に行った百姓が、干鯛をもらって国へ帰り、村の者に見せたけれども、誰一人知る者がない。菩提所の和尚《おしよう》へもっていって見せると、
「これは田舎では不用なものだ」
「名はなんというものでござります」
「これは、江戸にある恵比須さまの脇差だ」
な が い 刀
上州に名代の長い刀をさす人がいるというので、近国から大勢がわざわざ見物にやってきて、
「その長い刀を見せてください」というと、女房が出てきて、
「せっかくおいでたに惜しいことをしました。昨日江戸へまいりましたが、今少し早くおいでくだされば、今までそこに鐺《こじり》がまだございましたのに」
道 具 屋
泥棒が道具屋の店へ来て、大小を盗んで差し、一散に駈け出した。隣の亭主が見つけて知らせると、道具屋が追っかけて行ったが、しばらくして、すごすごと帰ってきた。隣の亭主が、
「やれやれ、泥棒は逃げてしまいましたか」
「イヤ、二、三町で追いつきましたが、先方も二本さした武士、めったなことは言われませぬ」
長年なじんだ女郎があまりにも薄情なので客が腹を立てて、
「おれがいつぞや切ってやった小指を返せ、二度とうぬの所へは来ねえからそう思え」
女郎も同じく腹を立てて、
「そんならもう来なんすな」と言いながら、ずっと立って箪笥から大きな紙袋をとり出して、
「このうちで、ぬしのを見わけなんし」
道  楽
道楽指南所と看板かけた家へ、弟子になりたいと言って、師匠に面会を申しこんだ。
「今年は気候不順で大分雨が降ったが、米の相場をご存じか」
「一向に存じません」
「なるほど、見込みのあるお人だ。お下地がある」
か む ろ
吉原の禿《かむろ》が患って末期《まつご》になった。
「思い残すことがあったら言いなさい」と言うと、
「死んだら神さまになりとうござんす」
その遺言にまかせ、「かむろ稲荷大明神」とつけてやった。人々がおまいりをして柏手《かしわで》をしゃんと打つと、宮のうちで、
「アイ……」
姑《しゆうとめ》がお客をしていると、嫁が茶を出した。はずみに大きな放屁をしてしまった。赤面してうなだれると、
「ふだんの心がけがいけないから、こういう失礼なことをする」
客は気の毒がって、出ものはれもの、人間誰しも粗相はあるものと、とりなすと、
「いいえ、こんな不しだらなところをお見せして、わたしが皆さまに顔がたちません。おさがりなさい」と怒鳴る拍子に自分も粗相をしてしまった。
「わたしも後から、さがります」
雷 ぎ ら い
雷ぎらいの主人、戸棚へ入って、戸をしめて息を殺している。
女房は四つの子を抱いて平気だ。
「もう出てもよござんすよ」
主人が汗をふきふき出てくると、子供が、
「お父っさん、雷さまにも借りがあるの」
歯  形
見栄坊の男、自分で自分の腕に食いついて、
「見てくれ、女にくいつかれた」
「女にしては歯形が大きいね」
「そのはずよ、笑いながらくいついた」
茶  碗
骨董屋《こつとうや》が茶碗を見せた。いい茶碗だ、五両なら買う、というと、「三十両でなきゃ、売りません」「十両まで出す」と言うと、またのご縁にいたしましょうと、しまおうとする拍子に落として、微塵《みじん》にこわれてしまった。客は思わず、
「ああ、買わないでよかった」
浪人ごたつ
雪のふる日、浪人の住居へ友達の浪人が話しに行くと、犬に羽織をかぶせ、腹へ足を押しつけて、
「暖かで、何ともいい心持だ。其許《そこもと》も、あたんなされ」
「これは面白い案じゃ」と足を入れると、知らぬ足が入ったので、犬にワンとくらいつかれ、
「オオ、あつあつ」
大  尽
大尽のところへ出入りの者が年始に行った。座敷へ通り、はるか末座に平伏して、
「結構な春でござります」
大尽、髭をなでながら、
「ウム。ええかげんな春じゃ」
婚  礼
「留さん、家主《おおや》へ婚礼の祝いに行ったか」
「まだ行かねえ」
「行ってこい、行ってこい」と言われ、家主の家の障子をあけて、
「おおやさん、お寒うございます。きけば、娘さん、どけえか行ったそうだね」
「あれも相応な所があったのでやったよ。マア、よろこんでください」
「それァ、おめでとうごぜえます。それで、いつお帰りなせえます」
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九 日 目
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節  分
節分の夜、鬼は外、福は内、と豆を打ち納めて酒をのんでいると、表の戸をがらりあけて、赤鬼があわてて飛びこんできた。豆をつかんで打とうとすると、
「ちっとの内じゃ、おいてくれ。今そこへ生酔いがくる」
「生酔いがくる? 鬼ともいわれる者が、生酔いをこわがってどうするのだ」
「イヤ、そうでない。醒《さ》めると|しょうき《ヽヽヽヽ》(鍾馗)になる」
四、五人寄りあって、
「隣の女房は、顔はいいが風《ふう》が悪い。向うのかみさんは、風も顔もいいが、尻が大きい。とかく、いいのはいないものだ」と言うと、
「いや、女房は悪いのがいい。美しいのをもつと、若死をするものだ」
女房自慢の男が、だしぬけに顔をしかめ、
「オイ、白湯《さゆ》をくれ」
「どうかしたか」
「なんだか、気分が悪くなった」
つ ば き
背の低い医者のあとから、おそろしく背の高いお供がついて行く。主人の頭ごしにつばきをしようとして、主人の頭へしたたかにかけてしまった。
「主人の頭へつばきをかけるとは言語道断、許さぬぞ」
「まっ平ご免くださりませ。わきへいたしましたが、風の吹き廻しで、ついかかりました」
「以後たしなみおろう」と先に立って行く。
供の男、思わずひとり言。「いつもはよく飛びこすが」
さ く ら 草
夕立屋夕立屋と、呼んで通る。珍しい商人がいるものだと思ううち、向うの娘が出て、
「モシ、夕立を三文くださいな」
「あんまりすくないが、何になさる」
「さくら草へかけてやるの」
恋 の 盗 人
首尾よく家へ入ってみると、世にも美しい女がたった一人、糸車を廻している。その襟元の可愛さに、泥棒ぞくっとして、そろりそろり後ろへ廻って、
「モシモシ」とやさしく声をかける。女、ふりむいて、
「どなた」
「泥棒でございます」と、猫なで声。
「そんな……嘘ばっかり」
「いいえ、ほんと」
か け っ こ
逃げる泥棒を後ろから追っかける。そのうちに息切れがして、そばの茶屋へよって、物もいわず二人とも水をのんで休む。
「サァ、よかったら逃げろ、追っかけよう」
恋わずらい
一人娘がぶらぶら病い。両親が心配して、出入りの者に頼んで娘の心をきくと、恋わずらいで、思う人は女房もあり、子供もある。どうしようもないので、困り切っていると、信州からきたおさんどんが「よいことがござります」と言う。
お前は娘の命の親だと、両親は大よろこび。そのよいこととは、とたずねると、
「忘れてしまうことじゃ」
つつもたせ
どうにも暮しかねる男に友達が知恵をつけた。
「お前のかみさんはきりょうよしだ。つつもたせをしろ。若い者を呼んで、かみさんに色っぽくもちかけさせ、お前は戸棚から出て、文句をつける。いくらかになるぜ」
いい思案だと女房に言いふくめ、近所の若い者に色事をしかけさせた。いよいよのところで戸棚から飛び出したが、あわてて、
「つつもたせ見つけた」
じじとばば
山へ柴刈りにいったじじが帰ってきた。見ると、二十四、五の男になっている。ばばは肝をつぶして、
「どうしてそのように若くならしゃった」
「されば、ありがたいことじゃ。あの山越えた滝の水を一口飲むと、このようになった。そなたも行って飲んで来やれ」
ばばもよろこんで、杖をたよりに出て行ったが、いつまで待っても帰ってこぬ。じじは山を越えて行ってみると、ばばは、めったむしょうに飲んだらしく、滝つぼのそばで、
「おぎゃァ、おぎゃァ」
鉄  砲
「鉄砲を買ってきた」
「どれ、見せろ、なるほど、いい鉄砲だ、いくらだ」
「三匁二分玉さ」
「イヤサ、代は」
「台は樫《かし》の木だ」
「イイヤ、値《ね》はさ」
「音《ね》は、ポン」
兄  弟
二人の子を持った親、あるとき二人を呼んで、
「わしももう年をとって世渡りもできにくい。お前たちはいっぱし商売も出来る。わしは隠居しよう。それについて十貫目の銀子を兄に五貫目、弟に五貫目渡す。精出して、家の立つようにしてくれよ」とさとすと、弟がのりだして、
「十貫目の銀子を、五貫目ずつ受けとるとはわからぬ話だ。兄は総領のことだから、兄には六貫目、わしは四貫目うけとりましょう」
すると兄がいきごんで、
「さてさて、きさまはわからぬ奴、親の言葉にそむくか。親父のいう通り、半分ずつがいい」
「それは話が違う。いかに親のいいつけでも、わしはいやじゃ」
兄弟がまけずに争う声を、隣の人がきいて、
「ああ、当世に珍しいこと、弟は四分六分にわけようという、兄は半分ずつとろうという。ああ、何とも美しい心底だ」と涙を流して感心したが、あとできけば、争ったのも道理で、親父に十貫目の借金があったという。
水 茶 屋
「両国の水茶屋へうっかり行くとひどいめにあうぜ、こないだおれが十二文おいたら、あとから追っかけてきやァがって、引きずり戻された」
「上方では茶代は四文、五文だというのに、十二文おきゃァ御《おん》の字だ」
「イヤ、おれも文句を言おうと思ったが、引き戻されるわけがあるようだ」
「そのわけは」
「茶を一杯のんだが、あんまり茶碗が気にいったから、ちょっと袂《たもと》へぬすんで出たのよ」
い ん ぎ ん
大工二人づれで仕事場へ出かける途中、
「待ってくれ、おらァここの旦那へ、昨日の礼を言わにゃァならねえ」と店へ寄って、
「番頭さん、昨日はご馳走になりやしてありがとうございます。旦那へよろしくお頼み申します」
そう言って出てくると、
「昨日はご馳走になりやしてなんて、お前は旦那になぜ横柄な口をきく」
「昨日というより、もっと丁寧にはなんという」
「おとついさ」
富士の裾野
若い者が集まって話をしているところへ、年寄りが来た。
「今時分、昔の話は耳に入りません」
「そんなら帰りましょう。さてさて浮世はさまざまじゃ。兄は斬られ、弟は縛られ……」
「おじさん、それはどこでどこで」
「富士の巻狩りで」
催  促
友達の所へ銭を借りに行くと、
「そんなに困るなら貸してやろうが、明日の晩はどうでもなければ困る。明日の晩返すなら貸してやろう」
「きっと返すから貸してくれ」
ところが、翌日の晩になっても返しにこない。
「実は昨日の銭は、ほかよりのあずかり物だ。今夜返さなけりゃァ、おらァ言いわけに首でもくくらにゃァならねえのだ」
畳を叩いて催促すると、
「まァそうでもして、間に合わせてくれ」
つ ご も り
「家主さん、晦日《みそか》のことをつごもりというのは、どういうわけでござんしょう」
「あれは、つごがもるから、つごもりといったんだね」
「ヘエ、そんなら、つごも、もるもんでございますかね」
「アア、もるもんだよ」
畳  屋
畳屋が吉原へ遊びに行った。床に入って女郎と話なかば、女郎が畳屋の肱《ひじ》を見るとタコがある。
「お前は畳屋さんかえ」
「ナニ、腕押しの先生だ」
恵比寿大黒
元日に幸せな親父、裃《かみしも》をきて、神棚にむかい、
「私は今年七十五、婆も七十二にて、孫子も息災、一同風邪一つひかず、貸家も何十軒、金銀はありあまるほど、何不足のない身の上、これと申すも神々のおかげ、ありがとう存じます」
と一心に拝んでいると、恵比寿大黒、小さな声で、
「こっちがお前にあやかりたい」
新  宿
新宿の女郎が品川の女郎をさんざんに悪く言って、
「第一、品川の女郎衆は、げびているよ。ふだん船頭ばかり相手にしているからさ。その通りだろう、馬子《まご》さん」
あわて者が壺を買いに行ったところが、うつぶせてあるのを見て、
「こんな口のねえ壺があるものか」と言いながら引っくり返して、
「底も抜けている」
元  日
元日の朝、鶯が鳴く。
「オイ、聞いたか。一夜明けたら、もう鶯が鳴く」
鶯、聞いて、
「おれが元日を知って鳴くものか」
座  頭
座頭、女房をもって、ほどなく子をもうけた。日夜膝の上で可愛がり、そろそろ知恵づく頃、ちょうじちょうじあわわとあやしながら、
「コレ、嬶《かか》どん、坊は笑うか見てください」
地 口 の 殿
面白い地口がききたいという殿の仰せに、地口の名人をお目通りさせた。
「そちは地口の名人じゃそうな。早く言え」
そのとき、庭に蟹《かに》が一つ這い出した。
「早く言え」
「ハイ、にわかには申されませぬ」
「ナニ、にわかには申されぬ。憎い奴、にわかにいわれぬ口なら名人とは言わせぬぞ」
「ハア、お庭へ蟹が出ましたから、すぐにそれを申しあげたのでござります」
殿は小膝をうって、
「なるほど、そうとは知らなんだ。面白い面白い、も一つ言え、も一つ言え」
「ハイ、まず殿さまのご機嫌直りまして、またぞろ仰せつけられ、ありがとう存じ奉りまする」
殿さま、横手をうって、
「これはよい、なるほど、おもしろい」
後  生
酒好きな者と色ぶかい男と、肴《さかな》好きな者と、三人よりあって、死んだら何になりたいという話になった。
酒好き――おれは死んだら備前徳利になりたい。ふだん腹の中に酒が絶えるということがない。この上の楽しみはない。
色ぶかい男――おれは紅裏《もみうら》になりたい。いつも女の肌をはなれることがない。これにこした楽しみはない。
肴好き――おれは鯛になりたい。鯛というものは、煮ても焼いても、あんなうまい物はない。
鬼 の 相 談
近年地獄が衰微したので、大勢の鬼どもが寄りあって相談をはじめた。
「風の神に頼んで風邪をはやらしたが、医者どもの匙《さじ》加減で死ぬ者がない。この上は娑婆《しやば》の医者どもを取り殺すほかに手はない」
その通りその通りと、ほかの鬼どもも賛成する。すると、見るからに考え深そうな鬼がすすみ出て、
「それは無用だ。あいつらを生かしておけばこそ、たまにはよい代物《しろもの》がくるではないか」
千両の意見
何を見ても値をつける癖のある男と、無二の友達が、ある屋敷に招かれた。
「お前には悪い癖がある。今日は晴れの座だから、座敷へ出て、道具万事に値をつけるようなことは決して口にしてはならぬぞ」
「ありがとう。おれも悪いこととは知りながらも、つい値をつけてしまう。この癖がなおれば、お前の意見は千両の値打ちがある」
紙  帳
近所から火が出た。亭主、紙帳を釣って、道具類をその紙帳の中へ入れた。女房がびっくりして、
「お前その紙帳を何で釣るんだえ」
「やかましい、黙っていろ、火事に土蔵と見せるのだ」
極  楽
馬方の八五郎は、稼業に似合わぬ後生願いで、念仏の徳か、死ぬとそのまま仏になった。しかし、どうも乗りつけぬ蓮《はす》の台《うてな》、痛い足を辛抱して坐っている。どうかすると蓮台《れんだい》がゆらゆらすると、横の方を一つ叩いて、
「どう、どう」
家  来
草履とりをつれた侍が、玄関口で、
「頼もう」と声をかけたが、挨拶がない。
「頼もう」
なお返事がない。
こんどはあたりに響くばかりの大声をあげて、
「頼もう」
と、後ろの草履とりが、
「どうれ」
侍はびっくりして、草履とりを睨みつけ、外へ出て、
「ふとどき者め、どこの国に、供の者がどうれということがあるものか」
「私もそうは存じましたが」
「そう存じたら、なぜどうれとぬかした」
「旦那さまが、一生懸命に頼もうとおっしゃるのに、誰も挨拶のしてがござりませぬから、あんまりお気の毒に存じまして」
事 を 欠 く
「オヤ、お前ここへ越してきたのか。いい所だ。隣には早桶屋はあるし、向うは寺だ。いつ死んでも事は欠かねえ」
「べらぼうめ、新宅へきて、そんな縁起の悪いことを言うやつがあるものか」
「こいつァあやまった。そんなら、事を欠く、事を欠く」
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十 日 目
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通 小 町
あるお公家さまのお姫さまに、文をつけると、今宵より百夜《ももよ》通うてくだされ、夜ごと通うしるしを車の榻《しじ》にキズをつけよ、百夜すぎたら必ず逢おうぞという返事、雨のふる夜も風の夜も通い通って九十九夜め、車の榻にキズをつけて帰ろうとするところに侍女が出てきて、
「お姫さまの仰せには、お通いなされて九十九夜、ひと夜ばかりはおまけしてあげましょうとの仰せ、妾《わらわ》がご案内いたしますれば、すぐにお居間へおこしなされませ」
すると、男は、うじうじして、
「困った、困った……」
「なぜそのようにおっしゃります」
「わしは日雇《ひやとい》でござります」
化け物屋敷
浪人が化け物屋敷へ行って、化け物の出るのを待っていると、丑三《うしみ》つの頃、老人があらわれた。浪人は煙管《きせる》を叩きながら、
「出直せ、出直せ」
「私は化け物ではござりませぬ。この家《や》の先祖。子孫になりましてから、このように没落いたしましたから、あなたにお頼み申しとうございます」
「何を頼もうというのだ」
「ほかでもござりませぬが、向うの泉水のわきの石の下に、金子が四、五万両ござりますから、なにとぞあの金子で、この家のおとりたてを……」と言いかけて消え失せた。
まもなく夜が明けた。言われた通り、石の下を掘ると、箱が出た。さてこそ、と蓋をとると、中から大入道が出て、
「あかんべえ」
先 の 仏
「りんや、今朝もらった魚をこしらえろ」
「お前、今日は大事な精進日だからおよしよ」
「ナニ、精進だ、何日《いくか》だ」
「今日はお前、先《せん》の仏の日だよ」
「なんだ、先の仏の日だと、おれが知ったことか。かまわねえ、おれが食うんだから、こしらえろ」
「考えてもみなさいよ。先の人が稼ぎためたおかげで、今もこうしてのんきに暮していられるんじゃァないか」
「ナニ、先の亭主のおかげだと。コレ、なんぼ入夫《いりうど》だろうが、馬鹿にするな。先の仏なんぞにかまうことはねえ。早くこしらえろ、食うぞ、食うぞ」
「たれが馬鹿にするものでござんしょう。ですが、あなた……」
「イヤ、食う」
「いいえ、なりません」
夫婦喧嘩を聞きかねて、権助が仲へ入った。
「これはどうしたものでごぜえます。お二人ながら、チトおたしなみなせえ。おかみさんも、先の仏先の仏、とおっしゃりすぎる。あんまり先の仏のことを言うから、今の仏の気にさわるだ」
悋《りん》  気《き》
「これ旦那、もう起きなさい」とゆりおこすと、眼をあけて、
「やァ、いいところで起された」
「どんな夢を見なさった」
「上野のようなところへ行って、何ともいえぬいい女に逢って、うかうかついて行くと、茶屋の二階へあがった。おれもあがると、その女がおれに話をしかけた。そのときのうれしさ。それから急にうちとけて……」
「それから……」
「それから、離れ座敷へ行って、いよいよいいところになろうというとき、お前に起された。ああ、惜しい」
「ええもう、そんな夢を見るお前もお前だが、あつかましい、そのまァ見られた女め」
つ づ ら
あまりの寒さに亭主があき葛籠《つづら》へ入って寝た。その晩、泥棒が入って、その葛龍を背負って出たが、中で人の動く気配がするので、道へおろして蓋をあけると、男が大|鼾《いびき》。肝をつぶして逃げてしまった。明け方、亭主は眼がさめて、その葛龍を背負《しよ》ってきた。女房、おどろいて、
「オヤ、お前さん、よく帰ったね」
「いくら何でも、おれが盗まれるのを知らねえということがあるものか。つまりは、おれが眼ざとければこそ、こうして帰った」
金 が 敵
尾羽うち枯らした浪人、紙衣《かみこ》羽織に破《や》れ袴《ばかま》、晦日《みそか》晦日の店賃《たなちん》に追われ、家主《おおや》を見ると武者ぶるい。家主も気の毒がって、
「そんなにくよくよしなさんな。自体、金が敵《かたき》といって、金というものは、あまりいいものじゃございません」
浪人、はらはらと涙を流して、
「よくよく武運つたなきそれがし、敵に久しくめぐりあいませぬ」
「旦那、また隣から、鮨《すし》につけてたべますから蓼《たで》をくださいと言ってきました」
「しつっこいな。昨日もおなじことを言ってもらいに来て、今日も来るとはあんまりだ。仕方がねえ、少しばかりやれ。そうだ、それより、蓼をつけて食いますから、鮨をちっとくださいと言って来い」
乞食の火事
早鐘が鳴る。川原の乞食が起きあがって、
「火事だ、火事だ、近いぞ、近いぞ」とてんてこ舞いでさわぐ。
「馬鹿め、焼けるものもないに、何をさわぐ」と頭《かしら》がたしなめると、
「イヤ、せめて旦那衆の真似をしてたのしむのさ」
今 清 姫
山伏が熊野へ参詣して、宿をとった。鄙《ひな》には稀れな娘が出て飯の給仕をする。湯へ入れば背をながす。そして、夜ふけて山伏の寝所へきて、添い臥《ふ》しをする。夜明け前に山伏は考えた。昔にためしがある、蛇になってあとから追っかけてこられては大変だと、そっと抜け出ようとすると、夜着のなかから、
「お帰りなら、ゆうべの花代二百、おいてっておくんなさい」
火 の 玉
浅草の山谷の上総屋、中近江屋の花里という女郎を身うけして三の輪にかこっておいた。上総屋の女房、これを知って、花里を祈り殺そうとする。花里もこれを知って、本妻がなければ自分が女房になれるものと、一心に祈った。互いに祈り祈って、二人とも死んでしまった。その夜から、大恩寺前へ火の玉が二つ出てわめきあう。
この噂をきき、上総屋では道心に頼んで、毎夜大恩寺前でいろいろ供養したが、さらにその験《しるし》がない。道心が主人に言うには、
「昨夜も大恩寺前にて丑三《うしみ》つまで念仏申したが、右左より幽霊が出て互いにわめきあう。今夜はご主人まいられ、そのわけをおききなされたうえ、両人のうかぶようにいたされよ」
そこで主人は大恩寺前へ行った。そのうちに三の輪の方から一団の火の玉がきたので、主人はにっこり笑って、煙管《きせる》をとり出し、その火の玉で一ぷくのんでいると、わが家の方から一団の火の玉がふわりふわりと飛んで来た。主人は襟を正して、
「二人ともひと通りきいてくれ。互いに恨みの執念、さらさら無理とは思わぬ。さりながら、あんまり長いのも野暮というもの、おれをかわいいと思うなら、成仏得脱してなかよく姉妹分となり、心よく浮かんでくれ。なんと女房、そうじゃないか」とまた一ぷく吸いつけようとすると、女房の火の玉ふっと消えて、
「よしなさい、わたしのではおいしくあるまい」
文  盲
文盲の角力取《すもうと》りに姉聟から手紙がきた。隣の老人《としより》に読んでもらう。
「なになに、手紙をもって啓上致し候《そろ》、あまりご無沙汰致し候間、ちょっと今日人を差し上げ申し候」
角力取り、せせら笑って、
「ナニ、人を差し上げ申した? くだらんことを自慢しおる。おらァ四十貫目の石さえ差し上げたに」
ぬ す っ と
泥棒の集団が物を盗《と》って、かくれ家《が》へ寄って適当にそれを分配した。ところが、さっきまであった財布がどう探しても見当らない。
「おかしい。たしかに、今の今までここにあった」
「この中に盗人《ぬすつと》がいるぞ」
しゃっくり
立派な侍、住吉へ参詣の道、しゃっくりが出てとまらず困りきる。道ばたに寝ていた男、むくむくと起きあがり、
「親の敵《かたき》、覚悟」と詰めよる。
「身共、人を討ったる覚えなし。はやまるな」
「しゃっくりの直し賃、一文ください」
も の ほ し
床の間の掛物を見て、
「ははァ、探幽、お見事お見事。私はこのあいだ富士へ参りましたが、この通りでござります」
「あの山の上からは、私の家が見えましょうね」
「めっそうな。どうしてあの山からここが見えるものか」
「ハテナ、見えるはずだが。わたくしどもの物干から富士はよく見えますが」
田 舎 侍
田舎侍が初めて吉原へ行き、ある店へあがった。連れといっしょに燈籠見物に出かけて方々あるくうち、連れにはぐれてしまった。店の名は忘れ、道はわからず、途方にくれて一軒一軒顔を出して、
「こんな男を知らっしゃらぬか」
高  慢
「候という字は、ほかに読み方がありますか」
「あるとも。候という字は、でっちと読む。すべて、字というものは理窟でこしらえたもので、申候とか御座候とか、物のあとにつくから、でっちと読む」
「そんなら提灯持ちの丁稚《でつち》は先に立ちますが、それはどういうことになります」
「候べく候、の候だ」
奴《やつこ》が品川へ使いに行ったが、赤羽のあたりへくると急に腹がへってたまらなくなった。そこへ糊《のり》売りが通ったので、五十文姫糊を食って、そろそろ行くうちに、日があたってきた。すると、からだがしゃちこばってきて、手も足も動かせない。困っているところへ、医者が通りかかったので、呼びとめて容体をはなして、薬をくださいと言うと、ヨシヨシと着物をぬがせ、川へざんぶりと浸して、奴に着せた。
留  守
大晦日の晩。
「今晩は」
「だれだ」
「越後屋でございます」
「留守だ」
障子に穴をあけて覗くと、亭主が炬燵《こたつ》にあたっている。
「留守だとおっしゃるが、そこにいるじゃございませんか」
「障子になぜ穴をあけた。かりにもおれの城廓だ」
「これは失礼。穴をふさいであげましょう」とつくろって、
「ハイ、よく直しました」
「そんなら見えねえか」
「ハイ、見えません」
「そんなら留守だ」
医  師
下手な医者、病家から戻ると匙《さじ》を拝む。女房が不思議に思って、
「なぜそんなものを拝みます」
「コレ、もったいないことを言うな。これがなければ、とうにわしは解死人《げしにん》だ」
うらほしや
博奕《ばくち》に負け、丸裸になって帰る。女房は袷《あわせ》一つ着ていたが、ほどいて裏を夫、表を自分が着ながら、
「もう博奕はやめておくれよ。この寒いのに単物《ひとえもの》一つで、命は続かないよ。凍《こご》えて死んだらお化けになって出るよ」
「着物もねえのに、化けて出られるかよ」
「このほどいた表をきて出るよ」
「貧乏な幽霊だ。そして何という」
「アアラ、うらほしやなァ」
朝  寝
父親が息子を叱る。
「まだ起きないか。嬶《かか》ァふとんをふんぱげ。朝寝の奴は、ろくな者にならねえ。もう何刻《なんどき》だと思う。早く起きろ、いつでもおれといっしょにばかり起きやァがる」
馬 ぎ ら い
遠乗りの供をせよとたびたびの御意《ぎよい》、そうそう仮病《けびよう》もかまえられず、ぜひなく乗って出るやいなや、馬が物に驚いて駈け出す。久平、必死になって鞍壺にかじりついてゆく向うへ同役の男が来かかり、馬の上へ声をかけて、
「これは久平どの、いずれへおいでか」
「されば、この分ではいずれへ行こうも知れませぬ」
息子の謡い
父親が息子の謡《うた》いをきいて、
「お前の謡いは、帆をあげてというところがよくないな」
「おとっさんはなんにも知らないくせに、文句をいう。師匠に教わった通りに、おれはうたっているのに……」
「おれが知らぬことがあるものか。なんでも知っているわい」
「そんなら、今日ならってきた謡いをあててみな」
「うたって見ろ」
「いでそのときの鉢の木は、梅さくら松にてありしよな……さァこれはなんだえ」
「知れたこと、菅原だ」
矢大臣左大臣
親子で天神さまへ参詣に行く。子供に、
「この門の両脇にある矢大臣左大臣というのは、どっちが矢大臣で、どっちが左大臣」ときかれ、父親ぐっと困り、
「よく覚えておけ。ソレ、矢大臣でない方が左大臣で、左大臣でない方が矢大臣だ」
物 忘 れ
長老が客僧にむかって、
「さて、ひさびさ貴僧もご上京の由」
「さようでござります」
「何ぞめずらしいことはなかったかな」
「ことのほか、めずらしいことがござりました。十歳ばかりの子に十念を授けましたが、これが辞世をよみました」
「それはめずらしい。不愍《ふびん》なことであった。その歌は」
「アア、なんとやらいう歌でござりました」
「お忘れか」
「覚えていましたが、忘れました」
「沙門《しやもん》の物を忘れて悟りの道がどうなるものぞ。ちとおたしなみなされ。貴僧のような人が、釈尊のお弟子にもあって、その人の名を……アア、なんとやら言うた……」
旅のこたつ
旅人四、五人、日ぐれに旅籠《はたご》もないので、百姓の家に宿をかりた。寒い夜で、炬燵《こたつ》を出せというと、そんなものはないという。そのかわり「銭を八十文出してくだせえ。酒を買って来べえ」
その酒をのんで、旅人の夜着の裾に入って、炬燵のかわりになろうと言う。旅人は、あるじの言う通りにしてやった。
「さあさあ、わしを炬燵になせえ」
買ってきた酒をのんで、百姓は炬燵のかわりになった。
夜ふけて寒さが身にしみる。
「亭主、どうにも寒い」
「そんならもう五合買ってくだせえ」
村のこたつ
山奥の村で、工面《くめん》のいい者が、炬燵をこしらえた。村中、炬燵を見た者が一人もない。めずらしがって、そろって見に行った。おくれて後から行った者が帰ってきて、
「おそかった。わしが行ったら、蒲団をかけてもう見せねえ」
捨 大 黒
「この大黒、長年棚へかざっておいたが、ろくなことはない。どこかへ捨ててこい」
小者が、かしこまりましたと捨てに行くと、知りあいに声をかけられた。
「コレ、どこへ行く」
「この大黒を捨てに行く」
「イヤ、捨てずとおれにくれ。その代に、二百やろう」
大黒と二百ととりかえ、家へ帰って旦那にわけを話すと、
「それ見ろ、その人は、もう二百損をした」
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十 一 日 目
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即  位
鳶《とび》の者が飛びこんできて、
「家主《おおや》さん、ご即位というのは何のことでございます」
「あれはな、禁廷《きんてい》さまがお位におつきなさることだ」
「なるほど。あの禁廷さまのお手にもってござる木でこさえたのは、何でございます」
家主は返事に困って、しばらく考え、
「あれはな、あれは、そくい(続飯)を押すヘラだ」
薪 の 帳 面
豆腐屋の親子は無筆で、帳面なしで商売をしている。鋸《のこぎり》で、一丁二丁と薪ヘキズをつけておく。午《うま》の日で大分売れた。大釜の前にいる息子に父親が、
「そこで何をしている」
「帳面をつけている」
「日が暮れた。怪我をするな」
柿 盗 人
「今夜は闇だから、隣の柿をはたきおとそう」と若い者二人、しめしあわせ、一人が木へのぼって、一人が拾い役。やがて棒をもって叩くと、柿がゴロゴロと落ちる。下の男、あわてて拾う拍子に溝《どぶ》へ落ち、
「オイ、落ちた落ちた」
「落ちるはずだ。黙って拾え」
「落ちた落ちた」
「うるせえ男だな」
「どぶへ落ちたんだよ」
「どぶへ落ちたのは、うっちゃっちまえ」
親 切 な 男
中国の話。渡し船がついた。主人は陸へあがって用足しに行って、下男が船首で荷物の番をしていると、笊《ざる》に入れた米をとぎに男がやってきた。
「この辺の船着場は不用心だから気をつけなさいよ。昨日わしが見たのだが、ちょうど船がこうして着くと、泥棒のやつ、こうやって船へ飛びあがって、ちょうどこんな具合に行李がおいてあったがね、それをこういう風にひっかついでね」と行李をしょって、
「こんな風に逃げ出したよ」と、ひらりと岸へ躍りあがって駈け出した。下男は笑って、
「親切な人だ。米をとぎかけたまま放り出して」
しかし、男は帰ってこなかった。
お  盆
「おいらん、こっちを向きな」と言ってもつんけんして、
「わっちゃァ癪《しやく》がおこって、いたくってなりィせん」
「そんならいい薬がある」
「こうしておいておくんなんし。薬もいろいろたべいしたが、ききィせん」
「そう言わずと、これを飲んでみな」と、万金丹を三粒、小判にのせて出す。女郎、にっこりして、こっちをむき、
「オヤ、こりゃァいい薬ざますねえ」と、ポチポチかみくだいて飲み、
「癪はよくなりィした」とうちとける。
客は小判をひったくり、
「そんなら、お盆は返しな」
酒のみの思案
酒好きの男が友達の宴会へよばれた。|けち《ヽヽ》な友達は、あいつにのませたらきりがないと思い、女中に言いつけて、あの男にだけはあまりつぐなと言いつけた。これを察した男、女中を物かげへよんで、
「実は私はからだを悪くして酒を医者からとめられている。私にはなるたけつがないようにしてくれ」そう言って紙包みを渡した。そっとひらいてみると、銭ではなくて石が入っていた。
女中は、男に酒をついだ。おかげで男は、たらふく呑んだ。
ゆきだおれ
ある人、ゆきだおれ覚帳という帳面をひろった。あけて読んでみると、
一、何月何日、中橋の上へ倒れ、ひや飯五はい古布子一枚。
一、何月何日、両国へ倒れ、握り飯三ッ銭二百文。
一、何月何日、青山へ倒れ、灸ばかり。
羽  織
呉服屋から縞《しま》ちりめんの羽織が出来てきた。友達がいあわせて、今夜ひと晩貸してくれという。
「まだ袖も通さぬ」
「そこを貸すのが男だ」と無理に借りて行き、翌日やってきて、
「貴公のおかげで、昨夜はほめられた」
「そうだろう、そうだろう」
「縞がらをほめるやら」
「そうだろう、そうだろう」
「胴裏をほめるやら」
「そうだろう、そうだろう」
「芸者がもらいたがる」
「そうだろう、そうだろう」
「ひらりと脱いで、やってきた」
「そうだろう、そうだろう」
は だ か
博奕《ばくち》でとられて、丸はだかになって、二階へあがって寝ころんでいたが、いつまでそうもしていられない。
「嬶《かか》ァや、何かかけるものはねえか」
と、下から、
「アイ、そこらに折釘があるよ」
看  病
「あんばいが悪いそうだな、一人で淋しかろうと思って、三人揃って看病にきた。何か食いてえものはねえか、何でも欲しいものを言え。こせえてやろう」
「友達というものはありがてえものだ。三人とも泊ってくれるか」
「そのつもりよ。薬でも湯でも飲みたかったらそう言いねえ」
宵のうちは賑やかに酒をのんでいたが、夜が更けてごろごろみんな寝てしまった。病人が眼をさまして、
「茶でも湯でもくんな」と言っても、誰も起きない。しようことなしに這い出すと、一人が眼をさまして、
「オイ、どうした」
「茶がのみてえんだよ」と火鉢のそばへ這いよると、
「すまねえ、ついでにおれにも一杯くれ」
大  名
大名が髭を剃らせるとき、舌で鼻の下や頬をふくらませ、
「どうじゃ、剃りよいであろうな」
「大そう剃りようござります」
「そのはずじゃ、余の工夫じゃもの」
ど ら 息 子
「きさまのようなろくでなしに、この身代はゆずられぬ。今月もちょうど十両穴をあけおった」
「身代わたしにゆずるとき、さしひいてください」
そこつの医者
あわて者の医者が、急病の患家へ行く。あわてて脇差をとりちがえ、擂子木《すりこぎ》をさして行って、病家先で笑われ、面目を失って、暇乞《いとまご》いもそこそこに、家へ帰って女房を叱ろうと思い、まちがって隣へ入って、
「これ、きさまのおかげで満座の中で恥をかいたぞ」と怒鳴ると、隣の女房が、
「何をおっしゃる」
あわててわが家へとんで帰り、女房の前に手をついて、
「ただいまはとんだ粗相、まっ平ご免」
ほらくらべ
「おれは熊を叩き殺したことがある。虎も獅子も、おれの手にかかったら、ひとたまりもない。それから、大きな亀を見たことがある。そうさなァ、ざっとこれくらいはあったろう」と、棒で地面に大きな円を描くと、
「オイオイ、どうして眼から先に描きはじめるんだよ」
「あなたは、わたしにお金があるからいっしょになったんでしょう」
「そうじゃない。おれに金がなかったからだ」
ほ う じ 茶
茶釜をしゃんしゃん煮たてて茶袋を入れると、むらむらと立つ湯気の中から白無垢《しろむく》の姿が出た。
「ゆうれいか、なんで出た」
「ほうじが足りぬ」
大  蛇
心中を決心して二人、すすきの野原へ出かけると、大蛇が出て、ひと口に二人をのみこんでしまった。どうで死を覚悟の二人、どこで死ぬのも同じこと、男は一刀ぬきはなし、女を刺し、自分も咽喉《のど》を突いて息が絶えた。大蛇はびっくりして、
「大変だ、これから検使をのみに行かにゃァならない」
臆 病 侍
臆病な武士が、夜、厠《かわや》へ行く。女房に手燭をもたせてそとに待たせ、厠のうちから、
「そなたは怖くはないか」
「なんの怖いことがござりましょう」
「ウム、さすがは武士の妻」
藪 医 者
下手な医者が急病人があって駈け出して、はずみに隣の女の子を蹴飛ばしてしまった。母親が飛んで出て、
「いかに急ぐからといって、このように顔に疵《きず》をつけて、どうしてくれる」とわめく。大家が出てきて仲へ入り、
「相長屋のことだ、堪忍さっしゃれ。足で蹴られただけのこと、この人の手にかかったら、生きた者は一人もない」
代  筆
「大家さん、手紙を一本書いてください」
「どこへやる手紙だ」
「八公に銭を貸しましたが、よこしゃァがらねえから、手紙でさいそくするんでさァ」
「よしよし。それなら、拝啓、いよいよお変りなく珍重に存じ候、しかれば」
「ナニ、叱ったぐらいでよこす奴じゃありません」
か ん に ん
無筆だった男、この頃やっと文字をおぼえて、
「人間はな、かんにんの四字が大事だ」
餅 つ き
世間ではもう餅をつく時分、ある医者、療治はなし、餅をつくこともできず、
「コレ三助、どうしたものだろう。家《うち》だけ餅をつかぬのも外聞が悪い。何か良い思案はないか」
「よいことがござります。私が尻をまくっておりましょうから、旦那さまが手のひらでお叩きなされませ。そうすると、ちょうど餅をつくような音がいたしますから、あたり近所の手前は済みます」
「なるほど、それはよかろう」
あくる朝、暗いうちから三助の尻を、ひっしゃりひっしゃりと叩く。三助、はじめのうちは、辛抱していたが、尻がだんだん紫色になって、その痛さにこらえられず、
「モシ旦那さま」
「どうした」
「あとのひと臼は、こわめしにでもしてくださりませ」
診 察 室
中国の話。外科医があった。ある日、男がやってきて、
「私の甥《おい》が、下《しも》に腫物《できもの》ができて、ひどく痛がります。診察を願いたいのですが、大へんな|はにかみや《ヽヽヽヽ、》ですので、心配することはない、とひと言おっしゃっていただきたいのですが」と言った。
医者は承知をした。
男はその足で呉服屋へ行き、衣類を買いこんだ。その代金は数百金。番頭を一人頼んで品物をもたせ、その医者の家へ行って、
「さきほどお話しした甥がお宅の前におりますから、心配するな、診てあげるとおっしゃってください」と頼んだ。医者は窓から顔を出して、
「心配することはないよ」と言った。
男はそとへ出て、番頭から品物を受けとって去った。番頭が診察室に入ると、医者が言った。
「なんにも心配することはない。股引をお脱ぎ」
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十 二 日 目
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女 と 男
「あなたは、お子さんは」
「三人」
「総領は男」
「イヤ、女だ」
「次は男だろう」
「次も女だ」
「三番目は男だろう」
「それがね、面目ないが、みんな女だ」
「それはどうも。しかし、あなたが男でよかった」
は な し
「おれはゆうべ大入道に出あった。ぐっと押しつけて、たぶさをつかんだ」
「入道にたぶさがあるか」
「そこが噺《はなし》だ」
稽  古
いつづけの隣座敷で、
「もう堪忍がなりんせん。あんまりでありんす」と、恨む声。襖《ふすま》がすきから覗いてみると、鏡にむかって、自分の胸倉をとって、青筋たててのひとり言。
「しげ山さん、何をしなさる」
おいらん、びっくりして、
「必ず人に言ってくんなますな。手練手管のけいこざます」
薬  罐
泥棒の用心に、親父が土蔵に寝る。それでも泥棒が入って、やじりを切り、まず一人が土蔵の内へ入る。外の一人は持ち出すものを受けとる手筈でしゃがんでいると、親父が眼をさまして、壁に穴があいているのに気がついて、その穴から頭をさし出した。
そとの泥棒、これを見て、
「オオ、薬罐《やかん》から先か」
かりゅうど
出家が狩人にむかって、
「お前は物の命をとって渡世とする。この世で獣《けだもの》を殺せば、来世でその殺した獣となって身を苦しめる。悪いことはいわぬ。殺生はやめなさい」
「そんなら、この世で狐を殺せば、あの世で狐になりますか」
「いかにも狐に生れます」
すると、狩人は鉄砲に弾丸《たま》をこめ、出家を目ざしてすすみ寄る。出家びっくりして、
「なにをなさる」
「ご意見にまかせ、来世のためにご坊を殺し、坊主に生れて助かります」
道  心
表を道心坊が通る。子供が汚ない坊主だ、というと、
「めったなことを言うな。弘法さまかも知れない」と父親がたしなめる。すると、坊主立ちどまって、
「しまった、あらわれた」
「とぼけた坊主だ」と父親がいうと、
「またあらわれた」
義 太 夫
義太夫が自慢の男、大勢をあつめて語りだした。みんな驚いて、こそこそと逃げ出してしまい、一人だけが残った。
「義太夫のわかる人間はお前さんだけだ。語るのにも張合いがある。もう一段やろう」
「イエ、実は、あなたに扇を貸したから」
島  台
「祝言の祝いに、島台をやろうと思う」
「やめろやめろ、あんな縁起の悪いものはない」
「なぜ」
「まず台の上に松、そのそばに竹、その下に亀がいる」
「めでたづくしで、結構じゃないか」
「ところが、その上の鶴が、亀の面《つら》をじろじろ眺めて、亀は万年の齢《よわい》とはうらやましい、おれはたった千年だ、心のうちのその悲しさ……」
掛  物
床の掛物を見ると画の上に何か書いてある。
「あれは何でございます」
「あれは賛でございます」
またほかへ行って床を見ると、掛物に文字が書いてある。
「あの掛字《かけじ》に書いてあるのは、|さん《ヽヽ》でございますか」
「イエ、これは詩でございます」
またほかで掛物を見ると、これにも何か書いてあるから、
「あれは四でございますか」
「いいえ、あれは語でございます」
不思議にだんだんあがるものだと思って、その後ある家で掛物を見ると、また何か書いてあるから、思いきって、「あれは六でございますか」
「いえ、これは質でござります」
首 売 り
本所割下水の辺を、
「首売ろう、首売ろう」と呼び歩く男がいる。
最近手に入れた正宗の刀を試したい殿さま、首売りをよびこんで、
「首は、いかほどだ」
「一両でござります」
殿さま、さっそく一両払い、庭に首売りを引据え、正宗を抜いて斬ろうとすると、首売りは袂《たもと》から張子の首を投げ出した。
「たばかったな」と怒ると、
「私の首は、看板でござります」
手  代
手代が遊びすごして心配しながら帰る途、刻《とき》をきいてみようと、番所へ寄ると、番人が戸をあけ、あくびをしながら、
「もう何刻《なんどき》だね」
占  い
葭簀《よしず》張りの易者の店の前で子供たちが遊んでいる。そこへ通りかかった人が、
「ここらに上手な占者《うらない》はいないか」
子供の一人が、
「あすこだよ」と別の易者の家を指さす。葭簀張りから占者が飛んで出て、
「こいつ、店先をふさいだ上に、商売の邪魔をしやがる。親に文句をつけてやる。家はどこだ、家を言え!」
「あててみな」
銅  蔵
泥棒が土蔵に穴を切る音がする。亭主、十能をもって行き、壁をきり廻す向うへあてると、泥棒はまたわきを切り廻す。またそこのところへ十能をあてると、泥棒、首をかしげ、
「不思議なことじゃ。鉄か銅《あかがね》にあたるようで、少しも切れぬ」とつぶやく。内から亭主が、
「なんと丁寧な普請であろうが」
千 両 蜜 柑
日本橋の大金持の息子が、照りつづく暑さにあたり大患い、食がすすまぬ。なんにも食べたくはないが、蜜柑が食べたい。六月のことだから、蜜柑のあるわけがない。忠義一途の手代、江戸中を駈けずり廻り、須田町に蜜柑のある店を探しあてた。つむじまがりの主人、一つで千両、一文欠けても売らないという。大身代のことだから、よろしいと千両で買ってきて、
「さァ、めしあがれ」
息子は起きあがり、皮をむくと十袋ある。よろこんで七袋くって、
「ああ、うまかった。これはおふくろに」と一袋出し、
「この二袋は、おてがらのお前に」と手代に渡した。手代はそれを受けとって、店を飛び出してしまった。
月  見
十五夜の観月の宴に、
「よいお月さまじゃ」と殿はご機嫌である。
「おそれながら」と家老が言った。
「お月さまなどと申すは婦女子の言葉にござれば、以後ご無用に願わしゅう存じまする」
「そうか。よくぞ申した」と殿はうなずき、
「ああ、星めらは出ておるか」
国 家 老
国家老が初めて江戸屋敷に罷《まか》り出て、殿へお目見得した。
「|わか《ヽヽ》が笑うによって、近う寄ってあやしてみい」と殿の仰せ。国家老、もったいなさに平伏していると、近習の衆が気の毒がって、
「御意でござる。おあやしなされませ」
すると国家老、おそるおそるにじり寄り、
「はっ、畏れながら、バァ……」
大 晦 日
昔、大晦日の晩、夫婦づれの乞食が橋の上で寝ていると、ひっきりなしに掛取りが往来する。
乞食の女房が亭主にむかって、
「あの通り、掛金を夜通し駈け廻って集めるのも並大抵のことじゃない。そこへゆくと、われわれは、盆も大晦日も宵からこうして楽寝。これを思えば、おもらいは気楽なものだね」
「その楽しみは誰がさせる。みんなおれのおかげだぞ」
庵  室
昔、旅人がある松原を通るとき、ふと見ると、片ほとりの庵室に若い男がただ一人机にむかい経を読んでいる。
「ああ、ああやって暮したら、無念無想でさぞ心持がいいだろう」
うらやましいことだと思って通りすぎようとすると、庵室の男がずっと出て、大きな伸びを一つ。
「ああ、金がほしい」
見  得
昔、身代をつかいはたして一家一門にも見はなされ乞食になった道楽息子が、寺の門前に寝ていると、馴染《なじ》みの女郎が通りかかって、
「わたしゆえにこの憂き目、おいたわしい」とすがりついて泣きだすと、
「コレ、声が高い。おれはな、敵討《かたきう》ちに出ているのだ」
奴 の 喧 嘩
町奴が喧嘩をはじめた。片方は大男、片方は小男。
小さい男が、
「|なり《ヽヽ》が大きいからといって、驚くこっちゃない。おれはなりは小さいが、山椒はピリリと辛いぞ」
これを見ていた物知りが、山椒は小粒でピリリと辛いというべきところだと、思わず、
「小粒が落ちた」と言うと、二人とも下卑た奴で、小銀《こつぶ》が落ちたかと思い、思わず下を見た。見物が一斉に笑って、喧嘩はもの別れ。
面  倒
不精な男が四、五人寄って、
「どうだ、この連中で、不精会というものをこさえようじゃないか」
中の一人が、
「よせよせ、面倒くさい」
う ぬ ぼ れ
若い者が大勢あつまって雑談がはじまった。
「ただこうやって話してるだけじゃァ気がきかない。どうだ、この中での色男に何かおごらせることにしては」
中の一人が、
「それは困る」
馬のしっぽ
釣りに行こうと釣り道具を出してみると、鼠に針のむすびめからくいきられている。馬の毛がほしいと思っているところへ、田舎馬が通る。そっとあとからついて行って、尻尾の毛を二、三本ひっこぬく。友達が見ていて、
「お前という人は、とんだことをする男だ。馬の尻尾の毛を抜くやつがあるものか」
「馬の尻尾の毛をぬけばどうする」
「どうするどころか、とんだことだ。大変なことになった」
もう釣りにゆく気もなくなって、
「わけを聞かせてくれ。一升買おう」
「一升買うなら、言ってきかせよう」
酒をとりよせて、まず二、三杯のむ。
「これ、気がおちつかねえ。どういうわけだ、話してくれ」
「そんなら言おう。大事のことだ。馬の尻尾の毛をぬくとな」
「ウム、ぬくとどうする」
「馬がいたがる」
小 野 小 町
髪結床へ集まって噂話。
「紺屋《こうや》の娘は今年十九だが、さっぱり男っけがねえ」
「あれァ、男ぎらいだね、小野小町だろう」
これをきいた若い者、男の嫌いな女を、小野小町というのだと思い、いいことをきいた、誰かつかまえて自慢をしてやろうと、友達をたずねて、
「この近所に男嫌いな女はいねえか」
「それァきいたことがねえが、かどの荒物屋の旦那は若いときから女嫌いで、いまだに一人だ」
若い者、がっかりしたが、
「そいつァ、小野道風だろう」
朝 帰 り
兄弟三人いっしょに女郎買いに行って、朝帰り。店をのぞくと、親父が苦りきって、火鉢に当っている。まず末子がそっと入ると、
「ゆんべはどこへ行った」
「はい、友達の所へ行って、つい夜が更けまして」
「嘘を言え」
次男も同じくそっと入ると、
「うぬはどこへ行った」
「ハイ、碁を打って、つい夜が更けて」
「嘘を言え」
長男は、大手をふって店へ入る。
「太い野郎だ、どこへ行った」
「女郎買いに行きました」
「嘘を言え」
地  蔵
地蔵堂から火が出て、村の半分が焼けてしまった。
住持が地蔵にむかって、
「火事を消してくださるお前さまが、手前から火を出すというのは、さてさて、おなさけないなされ方だ」と恨みを言うと、
「火事はもともと地蔵ではいかぬものじゃ。土蔵を頼め」
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十 三 日 目
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長屋の女房
紙屑買いが長屋の女房から紙屑を買った。中に琴の爪が三つあった。
「琴の爪をもっているからは、お前さんは元はれっきとした人でしたろうな。何かわけあって、こうして長屋住い、お気の毒でございます」
すると女房、急に気どって、
「わたしも昔は立派にくらした者でねえ。その琴の爪も、こないだまで、五つ揃ってもっていました」
半  分
「あの娘に文《ふみ》をつけたそうだが、その後どんな按配だ」
「半分はまとまっているのさ」
「それはよかった。いろよい返事でもきたのか」
「こっちの半分はまとまっているが、向うの半分が、まだまとまらねえ」
若い者が集まって話しあっていると、鴨居を鼠が四、五匹通った。
「オイ、あの鼠をとめてみせようか」
「どうやって」
「秘伝がある」
にゃあ……と猫の真似をすると、鼠が残らずとまる。
「どうだ。この通りだ。猫の真似にも秘伝がある」
鴨居で、あとの鼠が、前の鼠に、
「親分、行かねえのか」
「まてまて、声色をきいて行くべえ」
女郎のぬすみ
手くせの悪い女郎が客はもう寝たであろうと鼻に手をあてて見て、そっと起き、客のはながみ袋をあけて、小判をとろうとする。客が眼をさまして、
「コレ、何をする」
「何もしいせん。酒に酔うたゆえ、丸薬をのもうと思ってさがしいんした」
「その左の手の小判は」
「あい、これはな、顔をなでて冷やそうと思うて」
夕立のとき、まだ五つか六つの龍の子が調子にのりすぎて下界へ落ちてしまった。落ちたところは、大名屋敷の庭。
そのうち雲は晴れる、龍はあがることもできず倒れていると、邸の者が集まってくる。女中衆も見物する。足軽は棒をついて、龍をかこみ、殿さまが見物にお越しになる。
龍は時々上をむいてみても雲はなし、困りきっている。
「思いのほかにこわくないものじゃ」と殿さまはご満悦で、床几《しようぎ》にかけて煙草をくゆらす。それが龍の顔にかかると、龍はくびをもちあげ、
「うれしや雲か」と立ちあがろうとして、ゴホンゴホン。
焼  香
「大家さん、ほかのことじゃァございませんが、わっちの嬶《かか》ァが、今朝なくなりやしたが、施主とやらにならなきゃいけませんか。どうしたもんでごぜえましょう」
「それは気の毒な。お前は第一の施主だから、裃《かみしも》をきなけりゃァならないな」
「アノ突っぱるものを……こいつァ大変なことになった」
損料屋から裃を借り、やがて葬礼につきそって寺へ行く。だんだんお経もはじまって、所化《しよけ》が施主の前に来て、
「お焼香を……」と言う。焼香ということを知らないからまごまごした。
「いえ、それには及びません」
「いえ、それでも、ちょっとなさりませ」
「ナニ、しなくってもようごぜえます」
「イヤ、それでは済みません」
「しつっこい奴じゃァねえか。おれの女房に違いはねえ。しょうこがいるものか」
り ち ぎ 者
稼ぎに精を出して芝居を見たこともなく、銭の出ることはつきあいをせず、一切遊ぶことのきらいな男、長屋のうちに葬礼があって、山谷の寺へ行った帰り、友達が、あんまりケチな奴だから、吉原へつれていって、病みつかせてやろうと相談して、
「お前は吉原を見たことはあるまい。せめて見物でもしたらどうだ。見物には銭はいらねえ」そう言うて連れだって大門をはいると、花魁《おいらん》の道中。あれが花魁道中というものだ、もう見世が出たと格子先へつれて行って見せると、
「美しいものだ。ひと晩一両ぐらいか」
[いや、二朱だ]'
「嘘を言うぜ」
「嘘じゃァねえ。酒肴がついて、緋縮緬《ひぢりめん》の寝道具、あの女郎を抱いて寝て二朱だ」
「そうか。それで二朱とは、二朱銀はありがたいものだ。うちへ帰って、抱いて寝よう」
竹  光
酒に酔った中間《ちゆうげん》が千鳥足で来る。子供たちが、
「酔っぱらい、酔っぱらい」とはやしたてる。
「おれの銭でおれがのむのに、文句をいう奴があるか」
「やあい、馬鹿やあい」となおはやされて、
「餓鬼めら、真二つにするぞ」と、脇差のそりをうつと、
「そんな刀で切れるものか、抜いてみろ、抜いてみろ」と、またはやす。
「もう我慢ならねえ」とひらりと抜けば竹光。
「やァい、それで切れるか、やあい、やあい」
「ナニ、うぬら棘《とげ》を立ててやるぞ」
支 度 金
半次という若い者が若い常磐津《ときわづ》の師匠へ通っていた。寒い日に、師匠とその母親が炬燵《こたつ》にあたっているところへ半次が稽古にきた。
「寒いからおあたんなさい」と母親が言う。半次が炬燵へ入ると、蒲団のなかで手がふれた。それをしっかり握ると、
「何をなさる」と母親が大声をあげた。娘の手と思ったのは、おふくろの手だ。
「お前さんという人は、あきれた人だ。わたしがこうして後家を通しているのも、この娘《こ》を相応なところへやりたいばっかり。そのわたしにみだらなことをしなさるとは……」
半次は困りきって、
「けっしてそういうわけじゃない。お前さんに相応なところがあるから、その気があるかと思って、手をとってみたのさ」
「ばからしい。そんなら手を握らずと、口で言ったらいいじゃないか」
「その、手を握ったのは、五両の支度金でどうだろうということさ」
橋  番
身投げがはやるので橋番が気をつけていると、夜更けに、乱れ髪の女が泣きながら橋の上にきた。てっきり身投げと、橋番は後からつけてゆく。女は橋の中ほどで、
「なむあみだぶつ」
「おっとあぶない」と後ろから抱きとめる。
「生きていられぬわけがござります。とめずと死なしてくださりませ」と小判一枚、そっと橋番の手に渡すと、
「そんなわけならとめますまい。しかし、そこは杭《くい》があってあぶねえから、こっちの方がいいよ」
人  相
人相を見てもらったところが、気の毒ながら、あしたの七ツ刻には死ぬ相が見えると言われた。肝をつぶして、早々家へ帰り、女房にもそのことを言いきかせて、それぞれに遺言をした。あくる日、朝から友達を集めて、酒肴を出して、
「おれも今日の七ツ刻には死ぬから、これが今生《こんじよう》のいとまごい」と、酒をすすめるうち、時計がチンチンと四ツを打つ。友達ども、「ああ、お名残りおしい。しかし、あとは気遣いさっしゃるな、おいらがのみこんだ」と、さしつさされつするうちに九ツ。
「さァもう二タ刻だ。賑やかにしてくだされ」そう言ううち早や八ツを打つ。情ない、もうたった一ト刻だと、かれこれするうち、また時計がチンチン。もう七ツ。
「こうしちゃいられぬ」とその場から逃げ出した。
旦 那 寺
お寺へ年始に行くと、和尚は大事な檀家のことだから、早速奥へ通して、
「コレ小僧、お盃を出しなさい。さてさて、昨年中は本堂修復について大きにご苦労をかけましたが、およろこびくだされ。今年は愚僧も仕合せがよろしかろうと存じます。正月早々から、おききなされ。大福町の徳右衛門どのが死なれまするし、それに花田屋の隠居、宗次郎殿のご老母など、うち殺しても死なれそうもない人でござったが、ころりと頓死をなされまして、布施物が仰山おさまりました。そして、ご存じの加島屋治右衛門どの、元日の雑煮が咽喉につまって、それから絶食だと申すことでござるが、大方これも二、三日のうちでござろう。イヤ、忘れた。お前さまの親父さまも旧年からご大病でござったが、いかがでござるの」
「何せ年のことでもございますし、老病でございますから、大分弱りまして……」
「さようさよう。さだめて、こんどが……」
「私もそう思いましたが、幸せに春になりましたれば、さっぱりと回復をいたしました」
「快気めされたか」
「昨日などは、年始に出ました」
「小僧よ、お急ぎであろうから、盃はおあずかり申せ」
ほ り も の
「コレ吉ちゃん、手前に頼みがある。おれの腕へほりものをほってくれ」
「伝ちゃん、お前その顔で、誰とできた」
「実は今夜女房がくるからよ。おれのような者だって、これまで色事一つしねえといわれちゃァ気がきかねえようで、女の手前、具合が悪いや。それで|あて《ヽヽ》なしのほりものをしておくのよ」
「なるほど、そんなわけなら、ほってやろう」
「ありがてえ。早くやらかしてくれ。針もここにもってきた。何ぞいい名を考えてくれ」
「おなべかおすてか」
「そんな名前じゃァ色気がねえ。いきな名前にしてくれ」
「おえつかおむめか」
「おえつがいい。それにきめよう。おえつ命、とやらかしてくれ」
「やっとほった。これでよかろう」
「ありがてえ」
伝吉はそうそうに家へ帰る。その夜、約束の通り、嫁がきた。盃事もすみ、床入りになる。しきりに腕まくりして、ほりものが眼にふれるようにしたが、嫁は一向に心づく様子がない。寝ながら枕をとろうとした嫁の手を見ると、ほりものが三つばかり。びっくりしてその手をつかんで、
「手前は性悪者だな。こんなほりものをしている女を、おれのところへ仲人した十兵衛はひどい野郎だ。第一、こっちのほりものはつい昨日か一昨日《おととい》あたりにほったものだ。こんなにひっかかりのある奴を女房にはもたれねえ、さっさと出て行きやがれ」
大声あげてどなると、嫁はしおしおとして、
「正直に申しましょう。何をかくしましょう。こっちのほりものは、昨日ほったのでございます。何ぼわたしのような者でも、お前さんにさげすまれるのが恥かしいから、それでわざわざ昨日ほりました。|あて《ヽヽ》のあるのではござりませぬ」
「そんならあとの二つは」
「おはずかしいが、わたしはこんどで嫁入りが三度めでござります」
辻うらない
状箱をもった中間《ちゆうげん》、朝から邸を探し廻ったが見当らない。困り果てて、辻の占いに寄って、十二銅ひねってさし出し、
「私のたずねるお邸を」と頼むと、占者《うらない》は|さん《ヽヽ》を置いて小首をかたむけ、
「これは急なお使いと見えますな」
「なるほど、その通りでございます」
「かわった八卦の表があらわれました」
「どうあらわれました」
「この先の辻番できけ、と出ました」
朝  顔
朝早く起きて、楊子をつかいながら垣の隙間から隣をのぞくと、寝乱れ姿の娘が縁にかけて朝顔を眺めている。可愛らしいと息をころしてのぞいていると、庭へ下りて瑠璃《るり》色に咲いた一輪をちぎって、手のひらにのせて見る風情、ああ、美しいものだ、歌でもあんじているのかと見ていると、今度は葉を一つちぎった。そして、チンと洟《はな》をかんで捨てた。
座  頭
さっさと行って車につき当り、
「眼をあいて歩け」とどなったが、さぐってみて、
「人なら、こう言うのさ」
犬をふんで、一丁ばかり行ってまた犬をふんだ。
「いまいましい。長い犬だ」
さ く ら 鯛
鯛の塩焼に、殿さまは一箸つけて、
「三太夫、代りをもて」
三太夫は困って、
「殿、お庭の桜をご覧遊ばせ。見事に咲きました」
殿さまがそれへ眼を向けている間に、素早く鯛を裏返して、
「はい、おかわり」
殿さま、また一箸つけて、
「かわりをもて」
三太夫が困りきっていると、
「三太夫、また桜を見ようか」
力 お と し
伯父が死んだ時は、角屋敷一カ所と金五百両のかたみわけ。舅《しゆうと》が往生したときは、大船二艘に質両替の株に代物を添えての形見。そのほか、叔父、嫁、叔母、聟に至るまで、往生のたびに金儲けをしたが、あるとき、かねて貧乏の従弟《いとこ》が死んだとの知らせがとどいた。こんどの仏は、早桶を買うあてもない。ことごとくこっちで面倒見ねばならぬ。はじめて力をおとした。
色  紙
小道具屋の見世を見ると、おぼえのある金紙《きんがみ》の色紙が出ている。あれはおれの内にあった金紙へおれが歌を書いた、先だっていろいろ取り集めて払った中のものだ。おれの手はさしてよいとは思わぬが、値打ちがあるからこそ桐の箱に入れてある。ためしに値段をきいてみると、
「あれは五匁にしておきましょう」
おれの手も満更ではないと腹の中でよろこんで、
「なんと、百ばかりにしてくれ」
「めっそうなことをおっしゃります。あの金紙は昔もので、十匁でも買えぬものでございますが、何せ、歌が書いてあるので、五匁に見切っているのでございます」
死  骸
「このたび求めたるこの刀、切れ味が知れぬ。ためしてみたい。人のほかに、よいためしものはないか」と殿さまが用人にたずねる。
「饅頭《まんじゆう》を十《とお》重ねて、下まで切れますれば、二つ胴を切りますと同じことでござります」
それは安いことじゃと、すぐに用意して、切ると、見事に畳まで切れた。用人、手を打って、
「さても見事に切れました。あっぱれなるお道具。さらば死骸を申し受けましょう」
夜 鷹 蕎 麦
夜鷹蕎麦《よたかそば》屋が夜中に自分の内の戸を叩いて、
「嬶《かか》ァ、あけてくれ」
「もう帰ったのかえ」
「イヤ、腹がへったから、飯を食いに帰った」
「腹がへったら、荷の蕎麦を食ったらいいのに」
「馬鹿ァ言え。汚なくって食われるものか」
最後の当て
「どうあっても今日中に金を返してくれ」
「まことに申しわけがないが、もう少し待ってくれ。当てが三つある」
「どういう当てだ」
「一つは拾うかも知れぬ。二つは、誰かくれるかもしれぬ」
「そんな頼りない当てがあるものか」
「イヤ、もう一つは、きっとしたことだ」
「それは何だ」
「そのうち、お前さんがあきらめるかも……」
夫 婦 喧 嘩
ちょっとしたことで一つ言い、二つ言い、三くだり半を書いて投げつけ、
「出て行け」
「出て行くとも」
女房も腹立ちまぎれに納戸《なんど》へ入って、手早く薄化粧、身支度をして、
「永々お世話になりました」
涙ぐんで挨拶する様子を見ると、惜しくなってきたが、
「早く出て行け」
女房はしおしおと立って、入口の方へ行こうとする。
「待て、表から出る奴があるか」
裏口から出ようとすると、
「裏から出る奴があるか」
「そんなら、どこから出るんですよ」
「出るところがなけりゃァ、出ねえでいろ」
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十 四 日 目
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俗  物
大金持が書画骨董、金にあかしてあらゆるすぐれたものを揃えて客を招いた。
「この中に、もし釣りあわぬものがあったら、ただちにとりのける。ご遠慮なくお教えください」
すると客の一人が、
「どれもこれも結構なものばかりだが、たった一つとりのけてもらいたいものがある。ご主人だ」
富 士 山
「富士山はいつ頃できました」
「頼朝時代さ」
「そんなら、鎌倉へ出来そうなものだが、なぜ駿河にできました」
「さァ、そこが北条殿のたくみだ」
葬  式
「おふくろが死んだ。半纏《はんてん》でも行かれねえ。一日着物を貸してくれ」
「まだ手を通さねえ着物だ。女郎買いならいざ知らず、ともらいとは縁起が悪い」
すごすご帰る姿を見て、可哀そうに一生に一度のことだ。
「オイオイ、かそう(火葬)か、かそうか」
「イヤ、土葬だ」
人 殺 し
町内に兵法家がきた。一人で千人にたちむかうことができる、一人で千人を殺す力をもっていると大言壮語を吐く。そこで相撲取りをよんできて立ちあわせることになった。力士は難なく兵法家を眼よりも高くさしあげた。兵法家、ちっともさわがず、
「どこへでも投げてみろ。そのはずみに、お前の首は飛ぶ。そこが術だ。投げてみろ、投げてみろ」
相撲取り、兵法家をさし上げたまま、
「人殺し、人殺し」
「三味線は猫の皮だから膝にのる。鼓《つづみ》は猿の皮だから肩にのる」
「大鼓は脇の下へはさむが」
「恵比寿さまをみろ、鯛を抱えている。大鼓は鯛の皮だから脇の下へはさむ」
刀 の 銘
波平行安という刀の銘を、儒者に読んでもらうと、
「波平らかにして行くこと安し」
刀の銘にしてはおかしいと、寺の和尚に読んでもらうと、
「波平行安《はへいぎようあん》――はて、どなたの戒名だな」
皿 や し き
古井戸からお菊の幽霊があらわれて、
「一枚、二枚、三枚」とかぞえ、「九枚……」と言ってわっと泣く。そこへ旅僧がきかかって、不愍《ふびん》なことと数珠《じゆず》をとり出し、
「俗名きく頓生菩提なんまいだ、なんまいだ……」
するとお菊が「どう勘定してみても、九枚でございます」
反 魂 香
女房に別れて毎日泣いて暮している男に、「反魂香《はんごんこう》を墓の前でたけば、仏が姿をあらわすそうだ」という。そんならばと男は薬屋へ行って、百文、反魂香を買って焚くと、墓がグラグラと動いた。
「女房、おれだ、おれだ」といううち、姿はあらわれず墓の動きもとまってしまった。もう百文くべようと家へ銭をとりに帰ると、母親が、
「ひどい地震だったが、お前どこであった?」
女郎の幽霊
なじみの女郎から文がきた。この月末に二十両の金がなければ生きてはいられぬわけがある、ぜひとも二十両の工面を頼むという。息子は金をこしらえようと思ったが、どうにも工面がつかず、とうとうその日も過ぎた。さだめし死んだであろう、可哀そうにと思っていると、ある晩、女郎の幽霊があらわれ、
「お前が金をよこしてくれぬゆえ、命をすてました」
息子はなつかしさにとりすがり、
「よく来てくれた。話がある。まァ下にいや」
「そうしてはいられませぬ」
「なぜに?」
「まだほかに出るところが、たんとありんす」
二 人 組
中国の話。新調の靴をはいて歩いていると、酔っぱらいが後ろから、だしぬけにその男の帽子を木の枝へ投げて行ってしまった。通りかかった人が、
「お困りだろう。私の肩にのって、木に登り、お取りなさい」と親切に言う。靴をぬいで枝にかかった帽子をとって、下りようとすると、親切な男の姿も、今ぬいだ靴も、なかった。
し び ん
文盲の男が、客のもてなしに、珍しいものに花を活《い》けようと、古道具屋から|しびん《ヽヽヽ》を買って花をいけた。客はこれを見て不思議そうに、
「この花生は、しびんではござりませぬか」
「いや、そんな名ある道具ではござりませぬ」
泥 あ ん か
八十に近い|じい《ヽヽ》、寒さに堪えかね、泥あんかを昼は膝からはなさず、夜は床に入れ、「年よってはもう何の楽しみもない。そなたを抱くのが何より幸せ、長年つれそう婆《ばば》よりも、今はもうそなたが女房じゃ」そんなひとり言をきいた婆が、むらむらと嫉妬心をおこし、じいが隣へ行った留守に、泥あんかをもちだして、ようもわしがじいをねとったな、おのれがきてから、じいがわしを相手にせぬ、わしの眼の黒いうちはそうはさせぬぞ、出て行けと、あんかをとって、溝《どぶ》の中へ投げると、
「じいじいじい」
まだおのれはじいとぬかすか、婆は溝からあんかをとり出して、鉈《なた》で割った。
か け お ち
鳶《とび》の者が婚礼によばれて、家主に羽織を借りに行くと、
「婚礼には忌《い》み言葉があるが知っているか」
「知りません。教《おせ》えておくんなさい」
「必ず、おいとましますとか、帰りますといっちゃァいけない」
「なんと言います」
「ひらきますとか、おひらきにいたしましょうとかいうのだ」
「わかりました」
婚礼の席へ行って、したたかに酔って、みんなあいさつをして帰ってゆく。
鳶の者もいとまごいをして、
「それじゃァ、私ァ、これで、か……」と言いかけ、教えられた言葉を思いだそうとしてどうにも浮かんでこない。苦しまぎれに、
「かけおちをいたします」
富める者と貧しき者と
大金持が貧乏人に言った。
「お前はおれに頭をさげなければならない」
「お前が金持だからといって、お前に頭をさげる必要はない。お前が金をもっていることに、おれは何の関係もない」
「しかし、かりにおれの身上《しんしよう》の半分をお前にやったら、お前はおれに頭をさげるだろうな」
「お前が半分、おれが半分、何もお前に頭をさげる必要はないよ」
「じゃァ、身上そっくりお前にやったら、頭をさげるか」
「イヤ、頭はさげない。お前の方が、おれに頭をさげる」
仁  王
仁王へ紙を噛んで吹きつけると、力が出るというので、若い者二、三人づれで、寺の仁王へ紙をふきつけた。
一人が懐ろをさがしながら、
「たった今、はな紙を出そうとして、つい金を一分おとした」
「それァ大変だ」つれの者もうろうろあたりをたずねる。すると、仁王も首をふりながら、からだ中を見て、きょろきょろ。
寝  坊
寝坊の女郎に通う坊主、その朝も大鼾《おおいびき》でねているので癪にさわってならない。剃刀《かみそり》で女郎の頭を剃ってしまった。それでも平気でねている。
坊主の帰ったあとで、女郎はやっと眼をさまして、ひんやりとする頭を撫で、
「馬鹿らしい。お前、まだいたのかえ」
巾 着 切 り
田舎侍が草履とりをつれて両国橋を渡って行く。
「旦那さま、巾着切《きんちやくき》りがおりますれば、お気をつけなされませ」
「心得た、われも気をつけろ」
しばらく行くと、また草履とりが、
「巾着切りがことのほかおります。ご油断なされますな」
「ウム、気をつける。それより、われにもたせた金に気をつけろ」
「とっくに、取られました」
茶  室
茶室ができた。客をまねいて亭主が茶を立てて出す。
上座の客がおしいただいて飲む拍子に、水洟《みずつぱな》をたらしこんで、次の客へ渡す。次の客、苦い顔で、洟のあるところを向うへ吹いて、ひと口のんで次へ渡す。それからだんだんに飲みまわして、末座にいる飲みじまいの客の番になった。客は茶碗をおしいただき、眼をふさぎ、
「南無阿弥陀仏」
あ べ こ べ
ひとり者の寝入ったところを、泥棒が壁を切り破ってそろそろ入った。ひとり者、眼をさまして、棒おっとって追いかけた。泥棒、とって返し、脇差をぬいて追い返す。ひとり者、一散にわが家をさして逃げて行く。泥棒はいよいよ追いかける。ひとり者、壁の穴をくぐりながら、
「ありがたい。ちょうどいい逃げ道があった」
どらむすこ
あまりの放蕩《ほうとう》に座敷牢へ入れられた若旦那、次の間に親父ががんばっているので外へ出る工夫もつかず、格子からぼんやり表を見ていると、遊び仲間が覗いて、
「窮屈だろう。おいらんからお前への文は、おれがあずかっている。おれが今夜四ツすぎに咳払いをする。この格子を一本抜いておくから、そっと抜け出してこい」
四ツになった。仲間は格子を一本ぬいて咳払い、息子はよろこんで首をさし出す。からだだけ半分出かかったが、帯がひっかかって動きがとれない。さかさまになって出ようとする拍子に腰の筋がどうかなって痛さに涙が出た。
「どうした、怪我をしたか」
やっと出た息子は息をついて、
「さてさて苦しいものだ。これを思えば、おふくろはおれをよく産んだぞ」
不  動
「目黒の不動に、せいたか童子、こんがら童子というのがある。せいたかの方が、せいが高そうなものだが、せいたかもこんがらも、同じなのはどういうわけだろう」
「そこで、不動というのだ」
大  黒
博奕打ちが湯へ行く道で大黒を拾った。縁起がいいとよろこんで、湯から帰り、洗い清めて神棚へあげ、賭場《どば》へ出かけた。ところがねこそぎ取られ、着ているものまで張って、とうとう裸にされて帰った。神棚の大黒をひきずりおろして、
「何が縁起がいいものか」と、前の溝《どぶ》へ叩きこんで、やけ酒あおってぐっすり寝た。
大黒は溝から這い出して、
「善哉《ぜんざい》善哉、汝われを恨むことなかれ。湯へ行くときに拾ったれば、裸になったは覚悟の前じゃぞ」
大  釜
味噌屋へ泥棒が入った。主人は用心して、刀を手に毎晩商売物の大釜の中へ入って寝た。
味をしめた泥棒が、また入ってきたが、どこもかしこも鍵がかかっている。しようことなしに大釜をかついで逃げた。釜の中から鼾がきこえてくる。泥棒は気味がわるくなって、道ばたに釜をおいて逃げ去った。主人が眼をさますと、頭の上には星空がある。
「しまった、家を盗まれた」
文  箱
吉原の女郎が馴染《なじ》みの客に「ぬしの絵とわたしの絵を比翼に蒔絵《まきえ》にした文箱《ふばこ》が欲しゅうありんす」
客は早々に塗師《ぬし》に注文した。まもなく出来てきたので、紅い紐を付けてもたせてやり、そのあと吉原へ廻り大門をはいると、向うから禿《かむろ》がその文箱をもってくる。きっとおれのところへもってくるのだと、そっとあとをつけると、餅屋へ入って、
「餡《あん》ころを十二文」
ためしぎり
日蔭町で三両で新身《あらみ》を買った。夜なか、橋の上にねている乞食を見て、スラリと抜いて、ずばりと切って鞘へおさめ、切り口を改めようとそばへよると、
「ヤイ、今なぐりやがったのは手前か」
雑  炊
家主が自身番にいると、おさんどんが来て、
「雑炊《ぞうすい》ができました」
家主かえりながら、
「馬鹿め、雑炊といわず、ご膳と言え」
あくる朝、
「ハイ、ごぜんができました」
「ヨシヨシ、ドレ、一杯すすってこようか」
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千 秋 楽
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ももんがあ
浪人の大和田源太左衛門が、ふとしたことから歴々の侍に眼をかけられ、
「仕官がのぞみなら、一度邸へおこしあれ。来る十一日には宿におる」と言われた。
天にも昇る心持で、垢《あか》じみた黒|羽二重《はぶたえ》に破《や》れた肩衣をつけ、十一日にその情けある侍の邸をたずねた。
家来が出て、
「あなたのことは主人より承っております。主人はただいま月代《さかやき》を剃りかかりました。しばらくお待ちください」そう言って、茶、莨盆《たばこぼん》、菓子などを沢山に出して源太左衛門の前に置く。ひたすら恐縮して、かしこまっていると、障子がそっとあいて、五つか六つの子供が顔を出した。邸の息子らしい。客の顔をうかがいながら菓子をとって、障子の蔭へ行って食っている。また来ては取って行く。
浪人のひもじさに菓子をあらしたと思われはしないか、源太左衛門は気が気ではなかった。どうしようかと思っているところへ、また子供が来て菓子をとる。
|さそく《ヽヽヽ》の思案、目と鼻に手をあて、目と口を大きくあけて、
「ももんがあ」
すると子供は驚いて逃げていった。やれやれと思っていると、またあらわれて菓子に手を出す。
「ももんがあ」
すると廊下をバタバタ逃げて行く。
ややあって、また障子をあけてあらわれた。
「ももんがあ」
子供は障子をぴっしゃり、また逃げて行く。
もう来《こ》まいと安心していると、また障子があいた。目と鼻に手をあてて、目口をひろげ、
「ももんがあ」
障子をあけたのは、主人であった。
主人はあわてて部屋に戻って、家来を呼んだ。
「あの浪人は狂気の者だ。即刻帰せ」
家来は浪人の前に出て、
「主人、急用|出来《しゆつたい》いたし、他行いたします。今日のところはおひきとりを願いたい」
源太左衛門は悄然と座敷を出た。玄関口へ出ると、あの子供が玄関の脇にいる。
この餓鬼ゆえに……と思うと、つかんで叩きつけてもあきたりない。目口をひろげて、
「ももんがあ」
悔  み
亭主が帰ってくると、女房が、
「お向うの病人もとうとういけないのか、さっきからしきりに人が出入りしている。お前さんも悔《くや》みにいっておいでなさい」
「若い人だが気の毒な、ドレ、悔みに行ってこよう」
亭主はいそいで羽織をひっかけ、向うの家の玄関に立って、
「承りますれば、ご病人さまご養生の甲斐もなくご死去の由、驚きました。さだめてお力おとしでございましょう」
取次ぎがけげんな顔で、
「大病でございますから療治はとどきますまいが、まだ|こと《ヽヽ》はきれませんが……」
亭主はあわてふためいて、
「さようでございますか。さようならば、ご臨終の節は、何分よろしく……」
お伊勢まいり
山代の娘が岩国へ嫁に行くことになった。山代の国は言葉が汚ない。用を足すことを「ばりをたれる」という。婚礼の日に嫁の親が町へ出ると、男が小便をしているので、「お前さんのしているのは」ときいてみた。男は「お伊勢まいりじゃ」と答えた。親は小便をお伊勢まいりと思いこんで、娘に教えた。
婚礼の日の夜なかに花嫁が、
「お伊勢まいりに行きとうなった」
花|聟《むこ》はおどろいて、
「この夜なかにお伊勢まいりに立たなくも……」
「でも、どうでも、お伊勢まいりがしたい」
と身もだえする。
「春にでもなったら一緒に行こう」となだめると、花嫁は、泣きだした。
「お伊勢まいりは抜けまいり」
豆  腐
下女が出世をして、下女をつかうようになった。台所へ出て、
「さんや、何やらそこに白いものが盆の上に載せてあるが、それは何だえ」
「どれでございます?」
「それ、そこにあるじゃないか。半丁ばかり」
ふ と ん
藁《わら》のむしろをかけて寝ている貧家の子供が、父親から、
「むしろで寝ていると言うな。蒲団をかけて寝ていると言うのだぞ」
ある日、客がきて、父親と話をしていると、父親の顎に藁屑《わらくず》がついている。
「お父っさん、顎に蒲団がついてるよ」
ねぼけまなこ
よくねむる男が、友達と旅に出た。友達はよってたかって、その男の顔を墨でまっくろに塗りたくった。あくる朝、早立ちをしなければならないので、友達は熟睡している男を無理におこした。ねぼけまなこの男、鏡を見て、
「人違いをして、おれを起こしやァがった」
わ び ご と
旦那が箒《ほうき》をもって奥から小僧を追っかけてくる。番頭がとめて、
「どうなさいました」
「番頭、まァ聞いてくれ、憎い奴だ。いたずらをしたから叱ったら、わしの言うことを|くそ《ヽヽ》とも思わぬと言いおった」
「それはいけません。コレ、旦那のおっしゃることを、屎《くそ》とも思わぬとは、何という言いぐさだ。今度からは尿《いばり》と思いなさい」
倹  約
「倹約指南所」という看板をかけた家がある。立寄ってみると、間口が一尺五寸の玄関、これは狭いことだと、やっと這いこんで座敷へ通ると、八畳敷の間にたった一畳敷いてある。取次ぎの男が敷居と鴨居の間をくぐって出てくる。なるほどと感心して、取次ぎにむかい、
「先生ご在宿かな」
「ただいま、しまい湯の桶をかたづけにまいりました」
「そんなら奥さまにおめにかかりたい」
「心得ました」とまたまた奥へ這いこむ。やがて出てきた女房を見ると、一寸法師。
柔  術
鳶《とび》の若い者が柔術を稽古して、誰か人を投げてみたくってしようがない。弱そうな侍を投げて自慢をしようと、年をとった侍にわざと突きあたって、胸ぐらを取ろうとすると、
「狼籍者《ろうぜきもの》め」と言いざま刀をすらりと引き抜いた。びっくり仰天、一目散に逃げ出して、仲間の家へ駈けこんだ。わけをきいた仲間が、
「弱い奴じゃァねえか。なぜ逃げた」
「ナニサ、相手は馬鹿者と見たから、はずしたのよ」
横  柄
職人が裏店《うらだな》へ引越して、挨拶に廻った。
隣の浪人が、横柄な態度で、
「拙者は騒々しいことが嫌いだ。静かにいたせ」
職人は中ッ腹で家主のところへ行って、
「なんであんな大きな面《つら》をするんでしょう。あんな奴が長屋にいては、みんな引越してしまいますぜ。早く店《たな》だてをくわしておやんなさいよ」
「まァまァ、そう言うがね、言葉でも横柄に言わなけりゃァ、あの人は乞食とまちがわれる」
雪 ふ り
夜、小用に起きて戸をあけようとしたが、宵からの雪で凍りついてあかない。いいことを思いついた。敷居のみぞへ小便をかけると、なめらかに戸があいた。そとへ出たが、何も用がない。
侍 の 真 似
侍の真似をする乞食、破れ菰《こも》を裃《かみしも》、犬を引馬、竹の先をそいで槍をこしらえ、毎日ふり廻して往来の邪魔になるほどだ。
ある日、侍が通りかかったとき、この乞食の竹槍が侍の眉間《みけん》にあたった。侍は立腹して、乞食をとっておさえ、さんざんになぐった。乞食は息も絶えだえ、仲間の乞食がさまざまに詫《わ》び言をしたので、侍もようよう聞き入れ、了簡して帰っていった。
打たれた乞食は身動きもできず、小屋へ帰ることもできない。
「こんなこともあろうかと、だから意見をしたのだ。もうもう侍の真似をやめるなら、小屋へつれていってやろう」
「やめる。やめる。やめるから小屋へつれていってくれ」
そこで筵《むしろ》のもっこに載せて、二人してかつぎあげると、苦しい息の下から、
「家来ども、乗物やれ」
無  筆
「頼もう」
「どうれ」
「佐野三左衛門、お見舞申します」
「あいにく今日は、旦那留守にござりますれば、玄関帳にお名前をお書きくださりませ」
「わたくしは無筆でござります。其許《そこもと》さまご自筆に帳面へお名をお書きなされてくださりませ」
「イヤ、拙者も無筆でござります」
「ハテ、困ったものだなァ。しからばこういたしましょうか」
「どうなされます」
「参らぬことになされてくだされ」
命  日
友達のところから初鰹《はつがつお》をもらって、料理をしようとしたが、ふっと気がついたのは、精進日、せっかく芥子《からし》までかいたのに、食わねえのも癪にさわる。鰹をもって仏壇の前へ行き、
「モシ、父っさん、この鰹をもらったが、今日はお前の命日だから食いません、それともまた、たべてもいいなら、必ず返事には及びません」
人 の 用
文盲の親、息子を寺へやって学問をさせたところ、親には似ず、あまたの書を読み、学者となって故郷へ帰ってきた。近所の人々がこれをきいて、むずかしい文や読めぬ文字を聞きにくる。手紙を書いてもらう。あるとき、父親が息子にむかって、
「わしが数年寺に金を納め、学問をさせたのは、わが身の用にも立つようにと思えばこそじゃ。それをよその者に読んでやり書いてやりしたのでは、わしらが用のときには残る文字はあるまい。みんなよその宝となってしまうぞよ」
饅  頭
四、五人集まっているところへ、色の悪い男がガタガタふるえながらやってきて、
「あとから饅頭売りがくる。わしはあの饅頭が怖ろしくてならぬ。どこぞへ隠してくれ」
そこで物置へかくしておいて、饅頭がこわいとは不思議だ、一ついやがらせをしてやろうと、あとからきた饅頭売りの饅頭を残らず買って、戸の隙間から惣ががりで饅頭をポンポン投げこめば、内では、ああ怖い、おお、怖いと狂いまわる。やがて音も沙汰もないので、こわさのあまりに死んだのではあるまいかと明けてみれば、あれほどの饅頭をたった二つ三つ前へならべ、舌なめずりをしながら、
「茶が一杯こわい」
九 太 夫
大星由良之介が小野九太夫に、
「われわれ、赤穂の城をおめおめと明け渡すのも口惜《くちお》しい。はなばなしくひと働きいたし、城を枕に討死いたそうと存ずる。九太夫殿、苦い顔して、あちらむかるるは、きこえた。勝手元|不如意《ふによい》にて、具足を質にでもお入れなされたか」
「いや、具足はござる」
「それなら、弓矢がないか」
「それもござる」
「して、なにがござらぬ」
「気がござらぬ」
手習の師匠が川のほとりを通ると、柳の下に蛙が二、三匹いる。
「昔、小野道風は柳に飛びつく蛙を見て、書道の妙を極めた。わしもこの蛙にて、あっぱれ能筆家になろう」そう思って、木蔭に立ちより眺めていると、案の定、一匹の蛙が柳に飛びつこうとして、一寸飛び、二寸飛び、三寸飛び、下へ落ちて、
「もう、くたびれた」
人 の 噂
「お前さんは見上げた人だ。大勢うちへ人もくるが、みんな、話といえば人の噂ばかりだ。お前さんは人の噂をしない。ほんとうにいい人だ」
「ハイ。私もふだん心がけて人の噂はしないようにつとめております。隣の長兵衛さんなぞは、何かというと、もうよく人の噂をする人でございます」
あ い さ つ
「これァどうも久しぶりであいました」
「しばらくでございました」
「いつもご機嫌よく、皆さんお変りもございませんか」
「ありがとう。あなたもお変りは……」
「ありがとう。なんですな、もうちょうど三年おめにかかりませんな」
「そうですな、私もちょうど三年おめにかかりませんな」
戦  さ
「お父っさん、戦さはなんでできるの」
「戦さというものは、ひと口にいえば今川義元と徳川家康が話があわねえ、そんなことがもとでおこるんだよ」
「子供にそんなことをいったってわかりゃァしない、馬鹿らしい」
「何が馬鹿らしい、手前《てめえ》はいつもおれの言うことにケチをつける。馬鹿女とは手前のことだ」
「なにさ、能なし男」
「もう勘弁がならねえ」
「お父っさん、わかったよ、戦さって、くだらないもんだねえ」
二 十 四 孝
「お前はなぜ親に世話をやかせる。昔もろこしに二十四孝といって、寒の内に筍《たけのこ》を掘り出し、氷の中から鯉を捕って、親の望みをかなえた孝行な者がいた」
なるほどと感心して家へ帰り、
「おっ母さん、筍を食べるか」
母親はびっくりして、
「この寒の内に筍がどうして食べられるものかね」
「そんなら鯉を食べるか」
「お前がそれほど思ってくれるなら、甘酒が一杯のみたい」
「甘酒がのみたい? 二十四孝に甘酒はないよ」
[#地付き]〈了〉
〈底 本〉文春文庫 昭和五十五年六月二十五日刊