ハボック少尉《しょうい》 殿
この度、例年通りの監査を今年も行うこと通知いたします。
我が軍忠誠《ちゅうせい》を誓う諸君の、あくまで日常の姿を知りたいとの上層部の希望で、今年の監査は、各内容の監査担当をするに適していると思われる個人へ通知を行うことにいたしました。
各司令部の普段の姿を知るのが目的であるため、担当する監査については公にしないでください。
(監査のやり方は貢殿にすべて任せる所存なので、場合によっては公表することも認めます。)
監査の結果報告書は、来週までに監査局に郵送してください。
貴殿、ハボック少尉の担当する監査は別紙の通りとなります。
その年、いつものように軍部で行われる監査に、監査官は来なかった。
かわりに来たのは各個人宛ての書簡。
毎年、東方司令部は特に問題なく、監査をクリアしている。それは充分に素晴らしいことなのだが、本部の監査官にとっては退屈なものであったらしい。
「どうせ今年も間題ないでしょう」+「今、本部は人手不足なんだよね」+「経費削減」+「そこまで行くのが面倒くさい…」で、考え出されたのが、各個人にそれぞれ担当する監査を割り当て「その報告書で判断させて貰うから」である。
武器庫の管理体制や備品の無駄使いチェック、機器の作動確認…、それらの調査を行い、ついでに報告する者の仕事ぶりも一緒に監査できてしまうという、なかなかよく出来た新しい方法であった。
そして、各個人に監査の書簡が行き渡ったお昼過ぎ。
ブレダ少尉とファルマン准尉《じゅんい》、そしてフュリー曹長《そうちょう》は、半ば強制向にある書簡を見せられていた。
「どうだ?素晴らしい仕事だろう?」
書簡を見て絶句している三人に、ハボック少尉がニヤニヤと笑いかけた。
「…こ、これは…!」
「確かに…」
「すごい大役に抜擢《ばってき》されましたな!」
三人が驚いて目を見開く先では『上官監査』という文宇がハッキリと記されていた。
「俺の上官、つまりマスタング大佐の監査を任命されたってわけだ、内容は…」
ハボックは三人に見せていた紙をひらりと回して、白分で読み上げる。
「監査内容・常日頃の様子、軍での仕事ぶり・一般民との交流の様子・etc。ようは給料に見合う行動をしているか調べてみろというコトさ」
そこまで言って、ハボックは咥《くわ》えていた煙草をもみ消し、真剣な面持ちで切り出した。
「…俺はな、これをいい機会だと思っている」
「いい機会?」
「別に恨みに思っちゃいないがな、まあ、あの人には色々と被害をこうむっているわけだ。おかずを取られたり、面倒な仕事を押し付けられたり、残業を強要させられたり、ついでに好みの女はすぐ奪われるときた。そういったところまで事細かに調べて報告しておくのも悪くないだろう」
「つまり、監査という名の暴露《ばくろ》ってワケだな」
納得するブレダの横で、フュリーが僅《わず》かばかりのフォローを入れる。
「女って…、でも、ハボック少尉も大佐に負けず、モテてらっしゃるじゃないですか。先日、可愛いって目をつけてらしたコからラブレターを貰ってたの見ましたよ」
「貰ったぜ?コレ、大佐に渡してくださいってな!」
「あ…そうでしたか…」
ハボックにしては珍しく露骨《ろこつ》にやる気を出しているのは、どうやらそれが理由らしい。
「とにかく、大佐に反省してもらうにはいいチャンスだ。大佐の日常をしっかり観察して、報告したい。結果的には俺の真面目な仕事ぶりも、ちったあ本部に評価されるだろう」
「ですが、公にしないってあるのに、私たちにそれを言ってしまってよろしいんですか?」
心配そうに言うファルマンの肩を、ハボックはがしりと掴んだ。
「完璧な監査のためだ。俺一人ではどうしても限界がある。つまり、協力者が欲しくてさ、…もちろん…」
ハボックは、そこで一旦口を切ると、ニヤリと笑って三人を見回した。
「協力してくれるよな?」
…誰も、「イヤ」とは言えなかった。
1日目
○時刻・AM10:10 記入者・ハボック
本日から「ロイ・マスタング観察日記」をつけることとなりました。
責任者たる私ハボックは、悪意なき誠実の眼でもって、この日記を正直につけることを誓います。しかしながら、毎日毎時間大佐を観察することは難しいので、自分がいない時には、皆様に記入していただくしかありません。
どうか皆様のご助力を賜《たまわ》りたくお願い申し上げます。
……こんなもんかな。つーわけでみんな頼むわ。俺がいる時は自分でバッチリ観察すっからさ。報告書はあとで別に作成するつもりだから、このノートには気楽に書き込んでくれ。
さて、と。今現在マスタング大佐は個室の仕事部屋にいる。早速観察しに行ってこようと思う。
○時刻・AM10:45 記入者・ハボック
大佐は、仕事を広げて書類を捲《めく》りながらもやる気はあまりないようだった。
部屋に入ってきた俺をチラリと見て「お前もサボリか」と聞いてきた。『お前も』ということは『自分も』サボってる自覚があるということだろうな。正午までに終わらせなくてはいけない仕事に対し、露骨に『めんどくさい』と言っていた。
午後からホークアイ中尉が出勤してくるというのに、それまでにあの仕事は片付くのか。……多分、無理だろうな。
○時刻・AM11:50 記入者・ブレダ
緊急用無線機器のチェックのため、大佐の仕事部屋へ行ったついでに観察してきました。大佐は、「ああ、あと十分しかない!!と言いながら、大量の書類をチェックしたり、サインしたりと、忙《せわ》しなく仕事をなさってました。頑張ってください。
○時刻・PM12:25 記入者・ハボック
大佐は現在、昼食のサンドイッチを片手に、中庭を通りかかったホークアイ中尉の犬ににじりよっている。どうやら餌付《えづ》けをしようとしているらしい。
…あ、逃げられてやんの。
○時刻・PM03:06 記入者・ハボック
午後に行われた会議中の大佐の様子。
・1つ1つの報告に対し、的確な指摘と助言をする。
・総合的な問題点について20分ほど述べる。
・→これだけ書くと素晴らしい上官に見えるが、6回も欠伸《あくび》をかみ殺したのも確認した。事実として付記させてもらう。
○時刻・PM08:23 記入者・ファルマン
今現在、大佐は自分のデスク回りの片づけをしております。
表面上はキレイなのですが、引出しの中は結構乱雑なようです。
引出しから大量のクリップが出てきたので、それをクリップ置き場に戻しております。
備品係がいつも「クリップをいくら買っても、すぐに無くなってしまう」と言っていた原因の一端は大佐のようですな。
○時刻・PM11:10 記入者・ハボック
夜勤に突入。仮眠する大佐の様子をチェックしようと仮眠宅へ行ったら「眼いんだからあっち行け!」と激しく追い払われた。よって、睡眠時の観察はまた後日。
2日目
○時刻・AM07:39 記入者・フュリー
おはようございます!
今現在、マスタング大佐は、朝の9時までに提出しなければいけない書類に片っ端からサインをされているところです。3日前から置いてある書類なんですが、お忙しい大佐は処理をする時間がなかったようです。
大佐はいつもお仕事に追われていらっしゃって大変そうですね。そんな大佐のお力となれるよう、自分も頑張りたいと重います。
【追伸】ハボック少尉、このノートの表紙『ロイ・マスタング観察日記』は。僭越《せんえつ》ながら『ロイ・マスタング大佐行動記録』に変更させていただきました。仮にも上官なのですから、『呼び捨て』に『観察』はまずいでしょう。
○時刻・AM08:51 記入者・ハボック
たった今、大佐はホークアイ中尉に書類を提出したところだ。大佐は誤宇などのチェックをしている中尉の様子をチラチラと窺《うかが》っている。
提出期限ギリギリに仕事を片付けるのは、めんどくさい、と言うより、クセなのかね。昨日も今日も、よくまあ懲《こ》りずにやっていると思うよ。
【追伸】フュリー曹長へ。『観察』ってマズイか?別に本人に見せるわけでもないからいいと思うけどなあ。
○時刻・PM03:12 記入者・ファルマン
今現在、大佐は個人の仕事部屋で来客の相手をしております。お客は私服でしたが、おそらく軍部の関係者だろうと思われます。どこの所属かは分かりませんでしたが、そこそこ上層部の人間だと思います。
そのお客を、キリッとした顔で出迎える大佐の姿は非常に有能な司令官、といったところですね。大佐は若くしてあの地位に就《つ》いただけあって、知人が多いようです。
○時刻・PM04:17 記入者・ハボック
あの性格だから、敵も多いけどな。
○時刻・PM08:12 記入者・ハボック
大佐の勤務時間終了。
残業は1分たりともするつもりはないらしい。当然、今日中にやるべき仕事で、誰にでもできそうなものはこっちに回されてくるわけだ。
手帳を開きつつニヤニヤしているところを見ると、どうやらこの後の予定はデートらしい。なぜ、あの人ばかりモテるのか疑問に思っている男は軍部に大勢いるだろうな。
○時刻・PM08:20 記入者・ブレダ
そう言えば、中央近くの基地から大佐に手紙が来ていたなあ。
『モテる男になるための講座』 ってのを開催してほしいとかなんとかって。
知ってるか?大佐の貰ったラブレター数は現在203枚で記録更新中なんだってさ。その中の一通はハボック少剴が心を寄せてたあのコから手紙…。うわ、泣けてくるなあ。
○時刻・PM09:31 記入者・ハボック
俺の話はいいんだ!大佐の行動のみ語れ!
3日目
○時刻・PM03:12 記入者・ハボック
大佐は午後から町の消火施設の視察をしている。自分とフュリーも同行中。
町を歩いている間、大佐は花屋の娘さんから手紙を貰っていた。更に、人妻らしき女性からはウインクを貰っていた。更に、初老のご婦人から投げキッスまで。
視察の書類を片手に、それらすべてに律儀に笑顔を返す大佐のマメさはなんなんだ。
○時刻・同時刻 記入者・フュリー
本日の視察において、大佐は非常によく仕事をされていました。
万が一、再び戦火が起こったときのための大事な観察です。大佐は町の図面を見ながら、地下水道や貯水池の聴認、消火の邪魔《じゃま》になるものがないか等、真剣に見ておられました。軍を歓迎《かんげい》しない町も多くあると聞きますが、東方司令部は町の方に嫌われているといったことはなく、大佐は視察の間にもたくさんの方に声をかけられておりました。お忙しいにも関わらず全ての方に爽やかな笑顔を返す大佐は、本当に気遺いの長けた方だなあと思いました。だからこそ、町の人も大佐のことがお好きなんですね。
○時刻・PM06:00 記入者・ブレダ
大佐は本日午後7時までが勒務時間ですが、「これから市政の情報収集に行き、そのまま直帰する」とすでに帰り支度をはじめています。どうやら、昼間手紙をくれた花屋の娘さんとデートをするらしいです。昼間告自されて、もうデートを決めているとは、あいかわらず行動が素早いですな。
○時刻・PM06:15 記入者・フュリー
現在、大佐は大量の書類を恐ろしい勢いで片吋けております。先程、デート(あ、市政の情報収集でしたっけ?)に行こうとした矢先に、ホークアイ中尉から「急に書類が送られてきまして。申し訳ありませんが、今日中に目を通しておいてください」と、絶対今日中に終わらないような量の書類を渡されたからです。大佐ば「デートに遅刻は厳禁なのに!」と必死の形相で仕事をしておられます。
○時刻・PM07:05 記入者・ハボック
すげえな!デートにかける大佐の情熱は、本当にすげえよ!あの人、仕事終わらせたよ!あの大量の書類全部片付けたよ!ある意味、尊散に値するなあ。
○時刻・PM07:15 記入者・フュリー
デート相手を待たせまいとする、大佐の思いやりは素晴らしいですね。
さて、大佐から書類を受け取った中尉は、先程から射撃場で銃の練習をされているようです。大佐が普段からちゃんと仕事をすれば中尉の仕事もスムーズにはかどって、ご自分の仕事や訓練ができて助かりますよね。ところで、通常の銃の射撃訓練にしてはやけに低く響きますねぇ?
○時刻・PM08:05 記入者・ファルマン
ホークアイ中尉は、いつも使う銃でなく、ショットガンの射撃訓練をされています。いつも以上に鬼気迫る様子で、的はキレイに吹っ飛んでました。
○時刻・PM10:50 記入者・ハボック
さっき、残業で腹減ったから外の店に行ったら、そこの女のコに「これをロイさんに…って」クッキーを渡された。
あー、もう、残業する気も失せるってもんだねー。
○時刻・PM11:15 記入者・ハボック
やる気なくてダレていたらそのまま寝ちまってた。仕事は片付かねーし…。うわ、やぺ。ヨダレが…。あー、もう全部大佐のせいだ。もー。帰ろ帰ろ。
4日目
○時刻・AM6:10 記入者・ブレダ
大佐は朝6時にご出勤されて来きました。しかし、朝メシ代わりにクッキーをポリポリと食べる姿は…イメージに合わないですな。そのクッキーは、ハボック少尉が女の子から預かってきたと昨日の観察ノートに書いてあったっけ…。
げっ、こ、この紙がうねっているところはもしや…ハボック少尉の、ヨ、ヨダレの跡《あと》…?
○時刻・AM7:12 記入者・ハボック
ブレダさんよ。細かいことは気にすんな。
現在、大佐は…な、なにやってんですか!?
○時刻・AM08:28 記入者・ハボック
あの人の考えてることはよく分からん。
普通、窓掃除するからって、直接窓に水を撒《ま》くか?ここ室内だぞ?
○時刻・AM09:21 記入者・フュリー
大佐は現在会議室を掃除中。最近珍しく掃除をなさっていると思ったら、大佐は今回の監査担当が『東方司令部の整理整頓《せいりせいとん》』らしいですね。後ほど上官が見に来るらしいです。だから積極的に滅多にしない掃除をなさっているんですね。
○時刻・AM11:28 記入者・ハボック
大佐は現在、みんなのいる仕事部屋を掃除してくれている。キレイになるのはありがたいことだ。あ、ちょっと大佐!!わああーっ!
○時刻・AM11:32 記入者・ハボック
掃除をしているのか、散らかしているのか…。
外では突風が吹いているというのに「気持ちいい風でも…」と言いながら窓を開けてくれたおかげで書類が全部吹っ飛んだ。ったく、仕事増やさないでくださいよ。
○時刻・PM02:45 記入者・ハボック
現在、会議中。
俺は見た!
大佐が話をメモっているフリをして、書類の端に犬の絵を描いているのを!
○時刻・PM02:50 記入者・フュリー
大佐は美術、芸術系にも抜きん出た才能を持っていらっしゃるのですね!
○時刻・PM03:07 記入者・ブレダ
その犬の絵を横からチラリと拝見したけどさ、どう見ても芸術系に才能あるとは思えないなあ。というか、アレ、犬の絵なのか?
○時刻・PM11:02 記入者・ハボック
大佐は仮眠中。その横でこれを書いている。疲れているのかまったく起きる気配はない。警報が鳴ればすぐに起きるが、そうでもなければぐっすり寝ちゃうタイプだ。
大佐は、いつでも起きられるよう軍服のままだ。枕を抱えるようにして、横向きで寝ている。ロは少し開き気味。埃が入っても知らないぞ?
いびき、寝言などは一切なく非常に静かに眠っている。息をしているか心配なほどだ。
…してんのかな?
5日目
○時刻・AM09:37 記入者・フュリー
現在、大佐は非常に機嫌悪く仕事をしていらっしゃいます。
なんでも昨夜仮眠中に、ハボック少尉にいきなり口元を塞《ふさ》がれたらしいです。
「息をしているか気になった」とのことですが、大佐いわく「口元を塞がれたら、よけい息ができないだろうが!このバカ!!」
ごもっともですね。
○時刻・AM09:45 記入者・ハボック
大佐は格闘技に秀でているということを身をもって観察、実証した。
あー、マジで痛てぇ。息しているか確かめただけなのに、殴ることねぇだろう。
○時刻・AM09:55 記入者・フュリー
大佐は現佐、なにかの調べ物のついでに、書庫の整理をなさっています。
○時刻・AM09:59 記入者・ハボック
書庫は大佐のお気に入りの昼寝場所だろう?寝てるんじゃないのか?見に行こう。
…ちゃんと仕事してた。ついでに「お前、最近ちゃんと仕事をやっていないだろう?」と説教までしてくれた。”大佐の観察”が仕事だっていうのに。まあ日頃の仕事がおろそかになっているのは認めるけどな。それも今日で最後だから大目に見てもらおう。
○時刻・PM12:03 記入者・ハボック
大佐は、外で昼食を取ってきたらしい。「町の様子を見に行く」と言っていたが、ようは今日仕入れたお茶が気絶するほど不味いから、外にお茶を飲みに行ったに違いない。
○時刻・PM01:19 記入者・ファルマン
あのお茶は不味い。いつも不味いですが、今回のはさらに不味いですな。
○時刻・PM03:46 記入者・フュリー
けっこう美味しいじゃないですか?さっきもホークアイ中尉がおいしくお茶を淹《い》れてくださいました。いえ、お茶葉は例のアレなんですが、中尉が淹れると美味しい気がします。
と言ったら、大佐に「気のせいだ」と言われました。
○時刻・PM04:03 記入者・ハボック・ブレダ・ファルマン
気のせいだ。気のせいだよ。気のせいでしょう。
○時刻・PM06:45 記入者・ハボック
めずらしく全員夕食をとれた。野外食の訓練も兼ねてフュリー曹長と、曹長の指導と称した大佐の2人が作ってくれた。(大佐はデスクワークをサボりたくて、作ってたに違いないが)
大佐の料理は、不味くもないが美味くもない、というなんとも言えない味のものばかり。
ここまで中途半端な味を出せるのもある意味才能か。
ちなみに大佐は、自分の作ったものは一切口にせず、フュリー曹長の料理を食べていた。
○時刻・PM07:50 記入者・ハボック
とりあえず観察は終了。
俺は常々、大佐は素晴らしい上官であると思っている。だが、冷静に普段の姿を追っていくと、ずいぶんと肩の力を抜いて仕事をしているのも分かった。それらを丁寧かつ忠実に報告したいと思う。
ブレダ少尉。ファルマン准尉、フュリー曹長。ご協力感謝する。
報告書
この度の監査結果を報告させていただきます。
当方司令部ロイ・マスタング大佐の仕事に対する姿勢を細かに調査した結果、大佐は指揮官として有能であることは間違いないと思いました。
だがしかし!
冷静に見れば、疑問に感じる言動が多々あったことも事実です。その点を踏まえ、公平かつ、明確に報告いたしますので、ご確認ください。
1.町への視察を積極的に行っている。どんなに忙しくとも、町の人々へ笑顔を向け、人気は高い。その証拠に手紙や差し入れも多い。
ただしそのほとんどは女性に限定される。
2.仕事の提出期限を破ったことはほとんどない。
しかしいつもギリギリに提出する。
3.基地内をキレイにしようという気持ちがある。
しかし片付けはぜんぜんできていない。
その日、フュリーの上官であるロイは、やたらとご機嫌であった。
「…ずいぶんと気分がよろしいようですが…。なにか良いことでもありましたか?」
ロイの仕事部屋を訪れたフュリーが、書類を差し出しながら聞くと、ふふ、と楽しそうな笑みが返つてくる。
「まあ。今回の監査が終わってホッとした、というところだ。全員無事に報告書を出したようだしな」
答える口調はいつもと変わらないが、ニヤついてる口元が「いいことがあった」と十分に語っている。
「フュリー曹長は今回の監査はどうだった?難しかったか?」
東方司令部で初めての監査をしたフュリーに、ロイがやっぱりニコニコしながら尋ねる。
「はい、始めはちゃんとできるか不安でしたが、思ったよりも簡単に済ますことができました」
「そうか。それは良かったな」
「はい」
だって…。とフュリーは心の中で付け加える。
(…僕、ハボック少尉の監査担当だったんですもん…)
本人に気づかれないように、との指示通り、一人でこっそり行っていたフュリーである。うまくいかないようならば、ハボックがロイの観察日記を皆に頼んだように、自分も誰かに協力を仰ぐつもりだったが、その必要は全くなく、簡単に監査担当をまっとうできたのであった。
(ハボック少尉の行動記録には、『今日も一日中、マスタング大佐を追っかけていた』以外、書くことなかったもんなぁ…楽だったよなあ…)
ぼんやりと、そんなことを考えているフュリーに、ロイは預かっていたファイルにサインを書いて差し出す。
「ほら、できたぞ。それから、戻るついでにこれをハボック少尉に渡しておいてくれ。本部からの、少尉宛ての手紙がこっちにまぎれ混んでいたようだ」
「分かりました。では失礼いたします」
一礼して出ようとしたフュリーに、ロイはあいかわらず気分良さそうにつけ加えた。
「そうだ。今夜は久し振りにみんなで美味しい物でも食べに行くか?皆に聞いてみてくれ。……もちろん、私の奢《おご》りだ」
「?特別手当でも貰ったのですか?奢り、だなんて」
「フフフ…さあ、どうだろう」
否定も肯定もせず、ニヤニヤしながら子供のように上機嫌を隠さない上官に、フュリーは思わず苦笑してしまったのであった。
ハボック少尉 殿
監査結果についてご報告いたします。
報告にありましたマスタング大佐の仕事ぶりですが、わずかに問題はあるものの、軍隊の規律を乱すことはなく、かつ、町の人間との交流も怠《おこた》らず、かつ、仕事の優先順位を自分で判断し、苦手なはずの片付けも積極的に行っているとのことで、軍のかがみとなる仕事振りと判断いたしました。現在軍部では、大佐に賞与を、との方向で話を勧めております。
それとともに、マスタング大佐の有能さを可か不可かの二択ではなく、長所分け隔てなく、そして簡潔明瞭《かんけつめいりょう》に書かれた少尉の報告書も大変素晴らしいものと評価いたしました。このような素晴らしい報告書を作成したハボック少尉にも賞与を、との話も出ましたが、しかしながら、他の者の担当した監査にて、少尉殿がこの度の監査に夢中になるあまり、他の仕事を疎《おろそ》かにしていたことを当監査官は指摘いたします。
一つの仕事を完璧にこなす能力はもちろんですが、少尉ともなれば、視野の広さも求められます。その面においてぜひとも反省を求め、厳しいながらも少尉の成長を信じたい気持ちでもって、訓告ならびに減棒《げんぽう》0.5ヶ月に処します。今後ともマスタング大佐を見習い、少尉自身の成長と軍部への忠
※ここで書類はハボックによって破かれている。
報告書
この度の監査結果を報告させていただきます。
東方司令部ハボック少尉の仕事に対する姿勢を細かに調査した結果―ですが、その前にどうか書かせてください。
ハボック少尉は、決して常日頃から仕事をしていないわけではありません。ご自分の仕事はもちろん、大佐の補佐から下士官の指導までキチンとされています。(積極的にとは言いがたいですが。)にも関わらず、今監査中に限り、何故か通常の仕事をあまりされずにおられたので、自分としても疑問を感じずにいられませんでした。いつもはこんなではないのです…。しかし、公平かつ誠実に調査結果を報告することが私に与えられた任務であり、軍人としての勤めでありますので、報告させていただきます。
短い報告ですが、これが一番的確で忠実な報告であることを残念に思いつつ、記述いたします。
<ハボック少尉の行動記録>
ひたすら、ロイ・マスタング大佐を追いかけていました。
以上
ケイン・フュリー