販 促 す る 生 徒 会
葵せきな
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* この販促は、番外編というより、本編です。本編と全く同じフォーマット、全く同じテンション、全く同じ書き方で書かれています。メタ発言も話の展開も、全て、本編に沿っています。本編は、これが5-6話入っているものとして、ご想像下さい。
なお、この「販促する生徒会」の時系列は、一巻直後です。まぁ……正直、時系列も何も関係ない物語ですが。
あと、文字数が多いので、More区切りがかなり後方です。お気をつけ下さい。
それでは、お楽しみ下さい。
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「本当に伝えたい想いは、言葉にして伝えるべきなのよっ!」
会長がいつものように小さな胸を張ってなにかの本の受け売りを偉そうに語っていた。
しかし、今日の名言は、いつもと違って少し恋愛寄りな気がする。ちょっと珍しい。
俺はいつもの席……上座にいる会長の90度隣にに座ったまま、「おお」とバンザイした。
「会長! それはつまり、いよいよ俺に告白ですかっ! このラブコメ四つ巴状態から、遂に一歩踏み出す決意でもしたわけですかっ!」
「違うわよ! なんで私が杉崎に告白しなきゃいけないのよっ!」
会長は、ちっこい身なりで必死になって否定していた。机に思いっきり手を叩きつけて、でも、ちょと痛かったらしく、ぷるぷるしている。
……そこで顔を真っ赤にするから、余計に俺がつけあがるの、この人はまだ気付いてないのだろか。
俺がジトーッと見ていると、会長はこほんと咳払いし、話を切り替えた。
「とーにーかーくっ! 今日のテーマは、これよ、これ!」
そう叫び、バンッとホワイトボードを叩く会長。今日は珍しく、既にでかでかとボードにテーマが書かれていた。
それを見て……俺の目の前の席の知弦さんが、「販促活動?」と首を傾げる。どうやら、今日のテーマもまた、書記たる知弦さんへの相談もなしに会長が決めたらしい。
会長は「そうよっ!」と目をランランとさせて答えた後、続ける。
「この生徒会活動を記したライトノベルが富士見書房から出るというのは、皆も承知の通りよね」
「そりゃ承知してるだろ。あんなに苦労したんだから……」
俺の右隣に座っている深夏が、思いっきり嘆息していた。真冬ちゃんも「あはは……」と苦笑しながらも、姉の言葉を全く否定しない。どうやら、この生徒会全員(会長以外)にとって、あの創作活動はあまり思い出したくないエピソードらしい。
しかし、そんな空気を全く読めず、会長は一人暴走し続ける。
「でも、今のままじゃ、この本の知名度はゼロ!」
「そりゃそうでしょう。誰が、田舎の高校の生徒会のただの日常に注目するっていうんですか」
正直、実際に執筆した俺でさえ、この物語……いや、物語でさえないエピソード集の何が売りなのか、今ひとつわかんねぇ。
しかし会長は、胸をむんと張って、高らかに告げる。
「だからこそよ!」
「は?」
「だからこそ、我々はこれから、販促活動に突入するべきなのよ!」
「……あー」
生徒会全員が、「なるほど……」と納得すると同時に、肩を大きく落として嘆息していた。知弦さんも椎名姉妹も、「こりゃまた、面倒なことになるぞ」という予感を抱いているようだ。勿論、俺もだ。
まるで「ふふん、凄い名案でしょ!」と言わんばかりに胸を張っている会長。それをちらりと横目で見ながら、知弦さんは、額に手をあてつつ、呟いた。
「アカちゃん……。それ、なにか具体的な計画は??」
「それを今から皆で考えるんじゃない!」
「……でしょうね」
知弦さんが大きく嘆息する。相変わらず苦労人だ、知弦さん。ただ、ああしながらも、既にあの頭の中では、販促活動の予定を素早く組み立てているのだろう。ホント、この生徒会は知弦さんで成り立っているようなものだ。
知弦さんの思考が纏まるまでの間、仕方ないので、俺が会長の相手を引き受けることにする。
「それで、会長。今日は、販促活動の何について話し合うんですか?」
「ん? なにって?」
キョトンとしている会長。……おいおい。
「いや、ですから、一口に販促活動と言っても、色々段階があるでしょう? どういう手法で販促するかは勿論、コピーの内容だったり……」
「あ。…………。……う、うん、まあ、そんなの、杉崎に言われるまでもなく、気付いていたけどねっ!」
「……ソウデスカ」
このお子様会長は、本当に高校三年生なのだろうか。体型は勿論だけど、この精神の未成長っぷりは、いっそ奇跡にさえ思える。まあ、そこに萌えるわけだけど。
会長は「ええと、ええと……」と明らかにテンパりながらも、今日の議題を告げる。
「じゃ、じゃあ、手法は知弦に任せるとしてっ!」
任せるんだ。
知弦さんが、小さく嘆息していた。……頑張れ、知弦さん!
「わ、私達は、宣伝の内容を考えましょう! うん!」
そう言って会長は、再びホワイトボードの方を向き、背伸びしながら、マジックでキュッキュとテーマを記し始める。
その間、俺は、隣の深夏に小声で話しかけた。
「深夏」
「なんだよ、鍵」
「会長は、本を作れただけで満足すると俺は思ってたんだが……どうも、甘かったようだ」
「奇遇だな。あたしもそう思ってた」
二人で、同時に嘆息する。深夏は「あー」と頭を掻き始めた。
「会長さん、たまにしつけーんだよなぁ」
「いつもはすぐ気が変わるくせにな」
「もう一年以上の付き合いになるけど、あの会長の行動だけは、ホント読めねー」
「子供のやることは、よくわからないからな」
「それだ」
深夏が、疲れたようにくたーっと長机に突っ伏す。
会長は未だにホワイトボードにテーマを書いているし、知弦さんは本格的に思考に突入しているので、俺は、深夏の正面に座っている真冬ちゃんに声をかけた。
「真冬ちゃん」
「はい?」
「そんなわけで、俺と付き合おうか」
「ふへ?」
「……って、こーらこらこら! 鍵! なに、サラっと妹口説いてんだテメェ! あまりの唐突さとサラリ具合に、あたしも一瞬見逃したわ!」
深夏が、ガバッと起き上がって憤慨する。……ちっ。不意をついたのに。
「まあまあ、深夏。ヤキモチは分かるが……」
「だから、前も言ったけど、ヤキモチじゃねーよ!」
「素直じゃないなぁ」
「なんでお前の中じゃ、あたしからお前への好感度が高い印象なんだよ!」
「ほら、普段の言葉の端々に、俺への、隠せぬ恋心が感じられるっつーか……」
「確実に勘違いだよ! じゃあ、主にどこら辺から、恋心が感じられるんだ!」
「例えば……そうだな。さっきの台詞で行けば、『こーらこらこら!』なんて、恋心の賜物だね」
「何が!?」
「最初の『こーら』からは、『あぁ、鍵、貴方が愛しくてたまらないわ』という想いが。次の『こら』からは、『でも、この想い、恥ずかしくて伝えられない!』という、いじらしさが。そして最後の『こら!』からは、『でも、やっぱり抱いて!』という、抑え切れない欲情が??」
「込めてもいない心情を読み取られてもなぁ!」
「国語の授業から、俺が学んだことだ。文章とは即ち、作者に確認もとらず、込められた意味を推し量っていいものである!」
「お前のは既に、『推し量る』の領域じゃねーんだよ!」
「うむ。そういう素直じゃなさが、深夏のいじらしいところだな」
「もうなんか、打つ手なしだわ!」
深夏はぐったりしていた。素直じゃないなぁ……深夏は。いいツンデレだ。
正面では真冬ちゃんが未だに「あはは……」と乾いた笑いを漏らしていた。うむ。姉の深夏も撃破したし、再アプローチ。
「そんなわけで真冬ちゃん。俺と付き合う覚悟は出来たかい?」
「ど、どういうわけか、真冬には、よく分からないのですけど……」
「姉は撃破した。もうお前を守る者は……誰もいない!」
「!!」
真冬ちゃんの顔に緊張が走る!
深夏は、ぐったりしたまま、「それは口説く云々じゃなくて、既に悪役じゃあ……」と呟いていたが、つっかかる気力はないらしく、そのまま伏せっていた。
真冬ちゃんに詰め寄る俺。
「ふふふ……真冬ちゃん、もう逃げられないぜ……」
「あ、あぅ。……お姉ちゃんが……あのお姉ちゃんが、あっさり殺されてしまうなんて……」
「死んでねーよ」
深夏が倒れたままツッコンでいたが、俺達は、そんなもの無視。
「深夏が死亡した今、キミが俺から逃れる術は……もう、何も無い!」
「!! そ、そんな……」
真冬ちゃんの表情が恐怖に歪む!
「や、普通にドアから外出れば逃げられるし……」
深夏の死体が何か呟いていたが、霊感の無い俺や真冬ちゃんには、死者の声など届かない。
「げっへっへ」
「こないで……真冬に近寄らないで下さい!」
「や、別に、お前らさっきから全く距離が変わってないんだが……」
死体の声はさておき、俺と真冬ちゃんはいよいよクライマックスに突入していた!
そうして……
「真冬ちゃん……もらったぁああああああああああああああああああああああ!」
「きゃぁああああああああああああああああああああああああ!」
「はーい、じゃあ、会議始めるよー」
『はーい』
というわけで、会長がホワイトボードにテーマを書き終わったので、俺と真冬ちゃんは素直に席に戻った。
深夏は一人、「そのコント……面白いのか?」とシラッとした顔をしていたが、そんなのも無視。こういうのは、没入したもの勝ちなのだ。そういう意味で真冬ちゃんはすぐに物語に没入しちゃう子だから、やっていてとても面白いし。
そうこうしていると、会長が、ぱんぱんと手を叩く。
「まず、販促の手法は、なんか知弦が目処をつけてくれたらしいわ」
「え? そうなんですか?」
俺が訊ねると、知弦さんは「ええ」と長い髪をかきあげながら微笑んだ。
「富士見書房のライトノベル作家のブログに、何か掲載して貰おうと思うわ」
「そんな簡単に載せてくれるんですか?」
「ええ。そもそも、私達のあの本も、その作家名義だからね。協力体制はとれているのよ」
「へぇー」
まあ、いいか、その辺は。世の中、変わった人もいるもんだ。
知弦さんの話を受けて、会長が続ける。
「そういうわけで、掲載するものの内容を決めよう!」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、それぞれ、案を出すこと! まずは……杉崎から!」
会長に指名され、俺は、ふぅむと考え込む。
数秒後、思考を纏め、俺は、会長に向き直る。
「あらすじ、みたいなのでいいんですよね?」
「ええ、そうね。この物語を端的に、そして的確に説明するのがいいわね」
「任せて下さい。出来ました」
「おー、流石執筆担当。じゃあ、どうぞ」
「行きますよ?」
俺はこほんと咳払いすると……席から立ち上がり、高らかに、俺達の物語を解説する!
ブログ読者よ!
刮目せよ!
これが、俺達の物語の概要だ!
高校二年生の爽やか青少年、杉崎鍵。
見かけは、至って普通の美少年男子だが、彼には……大きな秘密があったのだ!
そう、彼は生徒会副会長! そして……生徒会に集まる美少女四人をはべらす、ハーレムの主だったのだ!
『ロリ生徒会長 桜野くりむ』を始め、『美人書記 紅葉知弦』『ボーイッシュ副会長 椎名深夏』『大人しい後輩会計 椎名真冬』と、次々関係を結んでいく我らが主人公、杉崎鍵!
淫らで卑猥な彼の日常が、遂に、日本上陸!
究極の問題作『官能生徒会』、今冬発売!
「これは売れる!」
「どの層によ!」
俺がガッツポーズをとっていると、会長が机を思いっきり叩いた。他のメンバーも、全員、ジト目である。
代表するように、会長が立ち上がって文句をつけてきた。
「そもそも、杉崎のハーレムじゃないし、ここ!」
「馬鹿な! 俺のハーレムじゃないなら、この集まりはなんなんですか!」
「生徒会よ!」
「そんな……そんなの、表の名目でしょう?」
「表とか裏とかないわよ! あと、なによ、あの私の紹介!」
「紹介?」
「『ロリ生徒会長』ってやつよ!」
「ぴったりじゃないですか」
「わ、私はロリじゃない! 立派な大人だもん!」
「その発想はありませんでした」
「なかったの!? どんだけ!?」
「分かりました……じゃあ、書き直します。『大人のロリ会長』にします」
「意味が分からないわよ! 大人つける以前に、ロリをはずしなさいよ!」
「ええー。……じゃあ、いいです。『幼女会長』で」
「変わってない!」
「わがままですね」
「当然の主張だと思うけど!」
「じゃあまあ、そこは置いておくとして……。他は問題ないですよね?」
「大有りよ! とにかく、性的なニュアンスをやめなさい! そんな内容でもないし!」
「言論の弾圧だー」
「人権の侵害よ! 今の広告が、私達の人権を著しく脅かしているのよ!」
「あ……すいません」
「うむ。分かればよろしい」
「そうですよね……。『事実』を書きすぎちゃ、まずいですよね」
「ちがぁーーーーーーーーーーーーーーう!」
会長がぜぇぜぇと息をきらせている。いつものことだが……無駄にツッコミに全力だよな、会長。
仕方ないので、そろそろ許してあげることにする。
俺が着席すると、会長はぐったりと自分も着席し、力なく、「じゃあ、次は深夏……」と、深夏を指名した。
深夏はそれを受けて、「その前に、ちょっといいか?」と切り出した。
「そもそも、あらすじ云々以前に、まず、キャラ紹介した方がいいんじゃねーか?」
「む。それは一理あるわね」
「だろ? じゃあ、私の提案前に、まず、キャラ紹介を作ろーぜ♪」
深夏はそう言うと、早速、大きな模造紙を取り出した。相関図形式にしたいらしい。
・会長 桜野くりむ……ちっこい少女。浮き沈みが激しい。常に空回り。知弦さんと親友。
・書記 紅葉知弦……もみじ、じゃなくて、あかば ちづる。クールビューティ。実質会長はこの人。
・副会長 杉崎鍵……鍵と書いてケン。エロ男。夢はハーレム。死ねばいいのに。
・副会長 椎名深夏……美少女。最強。ツインテール。最強。ボーイッシュ。最強。美少女。最強。
・会計 椎名真冬……可愛い妹。自分のことを名前で呼ぶ。ゲーマー。いい子。とてもいい子。最近腐女子気味だけど、いい子。男は絶対近寄らせない。近寄らせてなるもんか。特に鍵は絶対に近寄らせない。
「うむ、パーフェクト」
『何が!?』
全員で深夏にツッコム。
知弦さんが、力なく指摘した。
「完全に、深夏視点じゃないのよ……」
「ああ、あたしが書いたからな」
「なんでそんな自信満々なのよ。普通こういうのは、もっと、客観的に書かなきゃ駄目なの」
「そうなのか? ううむ……じゃあ、パス。面倒。知弦さん、やってくれ」
「はいはい……」
知弦さんは嘆息しながらも、深夏から紙を受け取り、訂正を始める。
それを見て一安心すると、深夏が「次、あらすじな」と話を続けた。
誰も期待しない中、深夏が立ち上がり、あらすじを開始する。
最強少女、椎名深夏。彼女がこの碧陽高校に入学したことから……物語は始まる。
学園に伝わる七つの秘宝。それらを集めれば、一つだけ願いが叶うという伝説。
秘宝を巡り、能力者達の熱き学園異能バトルが、幕を切る!
果たして深夏は、このバトルロワイヤルを生き残れるのか!
そして、彼女の願いである、『死んだ妹の復活』は果たされるのか!
更に、彼女は自分の殻を破り、あの伝説の『すーぱー椎名人』に至れるのか!
更に更に、その殻をも破り、『すーぱー椎名人2』にもなれるのか!
更に更に更に、その殻をも破り、既にインフレの嵐と読者から批判を受けつつも、『すーぱー椎名人3』にまで至れるのかっ!
今、『ク○リンのことかぁー!』と、深夏の絶叫が響き渡る!
彼女の前に現れる最強の敵、『卍解 杉崎鍵』。
更に、全ての黒幕たる悪の女王『ばらもす桜野』をも撃ち滅ぼし、行け、我らが椎名深夏!
世界の命運は、今、彼女に託された!
「真冬、死んでるっ!?」
真冬ちゃんがショックを受けていた。
「うむ、真冬。妹キャラは、『実は死んでいました』ということが、結構多いんだぞ」
「そうなの!?」
真冬ちゃんが素直に「がーん」とショックを受け続ける中、もうすっかりツッコム気力もなくしているらしい会長に代わり、俺が、深夏に忠言する。
「そもそも、内容が全く違うだろう……」
「ちゃちゃっと書き直せ」
「おい。書き直す云々のレベルじゃねーぞこれ! 完全に新作だろうが!」
「じゃあ、そうしようぜ」
「するかっ! そもそも、俺や会長は悪役になっているし、真冬ちゃん死んでいるし、知弦さんに至っては出てきてねーじゃねーか!」
「知弦さんは、ほら、キャラ的に、真のラスボスの位置づけだからさ。あらすじには、出ねーんだ」
「そもそも、なんで戦闘が前提なんだよ、この話!」
「だって、ライトノベルだぞ?」
「お前の中のライトノベルのイメージは、若干曲がっている! っていうか、ジャ○プだろ、これ!」
「私の最強っぷりを示せる、いい機会だと思ったんだ」
「いいよ! そんな、世界観破綻するような強さは見せ付けなくていいよ!」
「ええー。……せめて、トーナメント戦ぐらいは……」
「やるかっ!」
「ちぇ」
深夏はそう拗ねると、手を枕にして、椅子に体重を預けて、天井を向いてしまった。……通ると思ってたんだろうか、これが。俺も、人の事言えないけど。
もう完全に疲れた様子で、会長が、「はい、じゃあ、次、知弦ー」と指名する。……最初にテンション高く飛ばしすぎたせいで、今や、もう完全にやる気なしだった。……相変わらずの駄目会長っぷりです。
「じゃあ、私の番ね」
会長の指名を受けて、知弦さんが微笑む。
ああ……知弦さんなら、やっと、マトモなものが期待??
20XX年。人類は核の??
「ちょおっと待てぇい!」
「? なにかしら、キー君」
知弦さんがキョトンと首を傾げる。俺は、「いやいやいやいや!」とツッコンだ。
「そもそも、入り方からしておかしいでしょう!」
「そう? かなりリアルだと思うんだけど……」
「せめて年代は、現代にして下さい!」
「大丈夫よ、キー君。終盤で『なんてこった……ここは……現代だったのか!』みたいな話に持ってくから」
「なんかもうその流れが既にSFじゃないですか!」
「SFよ」
「言い切った!」
「仕方ない……そんなに現代がいいなら……SFは諦めましょう」
「そうして下さい」
俺は一安心して着席する。一呼吸置いて、知弦さんは、語りだした。
「じゃあ、次は、SMで」
「一字違い!?」
パァン、パァン! 今日も、鞭の音が暗い部屋に響き渡る。
奴隷、杉崎鍵は、知弦の激しい攻めに、思わず女の子のような嬌声を??
「俺が奴隷ですかっ!」
「興奮するでしょう?」
「しません! いつ、俺がそんな趣味だと言いましたか!」
「あら。あらあらあら。キー君ったら。あの日は……あんなに燃え上がったのに……」
「まるで何かあったみたいな発言はやめて下さい! 俺と知弦さん、残念ながらそんな関係じゃないでしょう!」
「私に惚れるということは、そういうことよ、キー君」
「知弦さん攻略は前途多難な予感っ!」
「攻略した先に待っている未来も、アレだからね」
「ああっ! 初めて、女性を攻略することに躊躇した俺がいるっ! って、そんな話じゃなくて、とにかく、まともなあらすじを!」
「……仕方ないわね。じゃあ、これで最後よ」
そう言って、知弦さんは、ようやくまともなあらすじを語り始めた。
碧陽高校生徒会。そこは、毎年、美少女が集まるコミュニティである。
なぜならば、この学校の生徒会選抜は、全て人気投票で行われるためだ。美少年には、男子からの票が殆ど入らない。しかし美少女には、同じ女子からの票も入りやすいという傾向も手伝い、毎年、恒例のようにこの生徒会には美少女が集まる。
さて、そんな生徒会に、今年は、イレギュラーが加わった。
杉崎鍵。顔は確かにいいものの、人気投票で上位に食い込んだわけではない、普通の男子である。
彼は、この生徒会に入るためのもう一つの枠……『優良枠』を一年の努力で勝ち取り、『美少女だらけのコミュニティでウハウハするため』だけに、この生徒会に入ってきた、異質な要因である。
彼を中心として、今年の生徒会は、なんだかおかしなことになっている。
会長は、小学生のような小さな少女、桜野くりむ。
書記は、そのくりむと親友の、紅葉知弦。
副会長は、杉崎鍵と、そのクラスメイトの椎名深夏の二人。
そして、会計は、深夏の妹である、男性が苦手な少女、椎名真冬。
この五人が集まり、今年の生徒会は、例年にはない雰囲気で毎日活動している。
わいわいと、がやがやと。特に何があるわけでもない日常を、淡々と。
そんな、柔らかい、木漏れ日のような日常を、まったりと、ゆっくりと、この物語は綴っていくのである。
??そう。
あの惨劇が起こる、その日まで。
「急展開!?」
「どう? 完璧でしょう、このあらすじ」
「概ね完璧ですけど! それだけに、最後の一文が激しく気になりますよ!」
「そこも含めて、完璧」
「未来に不安の影を落とさないで下さい! なんで惨劇が待っているんですかっ!」
「ふふふ……」
「怖ぇー! っていうか、少なくとも一巻は別に何もないでしょう! やっぱり、なしですよ、これは!」
「む。残念。惨劇は二巻に持越しね……」
「二巻でもないです!」
「ええー」
知弦さんは如実に不満そうだった。……なんでそんなに惨劇を起こしたいんだ、この人は。
知弦さんの番が終わり、最後に、残った真冬ちゃんへと、会長が視線を向ける。
真冬ちゃんは「ううむ……」と唸っていた。
「どうしたの? 真冬ちゃん」
「先輩。あのあの、知弦さんのあらすじが凄く完璧だったので、真冬が言うべきことがあまり……」
「ああ、なるほど。まー、いいんじゃない。逆に、自由な発想で」
「そうですか? 先輩がそう言ってくれるなら……」
そう呟き、真冬ちゃんは、おずおずと、自信なさげに語りだした。
杉崎鍵は、自分の気持ちに戸惑っていた。
どうして……どうして、アイツのことが、こんなにも気になるのだろう。
しかし、その気持ちは、隠しておかねばならない。
アイツとは……アイツとはずっと、変わらない関係でいたいから。
この気持ちを伝えて、関係を壊してしまうことだけは、避けたいから。
しかし……。
「おーい、鍵くーん!」
『彼』が呼ぶ声に、杉崎鍵は、ドキンと、今日も心臓を跳ね上がらせた。
「……いいですねぇ」
「何が!?」
ほわんとした表情の真冬ちゃんに、全力で抗議する。
「途中までいいラブコメの匂いがしたから放置していたけど、なんだよ、『彼』って! 俺、完全にそっちの世界に足踏み入れてるじゃないか!」
「そこがミソです」
「そんなミソはいらないよ!」
「テニプリが受ける世の中ですよ?」
「だからって事実を歪曲していいわけないだろ! あと、テニプリにそんな要素はない!」
「私の心臓には、ばきゅんと、来るんですけどね……」
「真冬ちゃんが特殊なだけだよ! それを一般だと思わない方がいいよ!」
「くすん。先輩が、素直になれっていうから……」
「素直に曝け出した真冬ちゃんの願望が、そんなに淀んでいるとは思ってなかったんだよ!」
「酷いです……先輩。強ボスの前にセーブポイントを置いてくれないRPGクリエイターぐらい、性格悪いです」
「基準がよく分からないよ!」
「もういいです。どうせ真冬の意見なんか、誰も聞いてくれないんです。特に状態異常攻撃もしてこないしレアアイテムを落とすわけでもないフツーの雑魚と同じくらいの価値なんです、真冬なんて」
「確かに印象に残らないけどね、それは!」
「うぅ……」
いや、真冬ちゃんは充分キャラ立ってるから大丈夫だよ。……色んな意味で。
とりあえず、真冬ちゃんがダウンしてしまったので、会長の方に向き直る。
少しエネルギーが回復したのか、会長は、「ふにゅー」と起き上がった。
「じゃあ、最後に、私の意見でシメと……」
「いや、それはいいです、会長」
「ええー! なんでよ、杉崎!」
「どうせ……『大人な美女会長、桜野くりむが、校内の生徒達を次々更正させていく、感動スペクタクル』とかなんとか、言い出すつもりでしょう?」
「! 杉崎……貴方、いつの間にESPを……」
ずばり的中らしかった。
会長の代わりに、俺が纏めることにする。
「じゃー、ま、妥当なところで、知弦さんの提案から、最後の一文を抜いたカタチでいいでしょう」
俺のその提案に、知弦さんが、不満そうな顔をする。
「あの最後の一文があってこそなのに……」
「いい加減諦めて下さい! 貴方はなんでそんなに刺激が欲しいんですかっ!」
「Sだし」
「なんか色々納得だ!」
まあ、それはさておき。
「じゃ、これで決定ということで」
俺が知弦さんのあらすじを原稿に起こして提出すると、会長は、「うむぅ……」と、まだ唸っていた。
嘆息して、訊ねる。
「まだなんか不満あるんですか? 会長」
「う、うん……その、完璧だとは思うんだけど……ううん」
「なんなんですか」
「う、うん。……あのね。なんか……うまく言えないんだけど、これじゃあ、私達じゃないっていうか……。なんだろう。心が無いっていうか……。これだったら、変なこと言っているのは百も承知だけど、その、杉崎が作ったみたいな、馬鹿なあらすじが私達らしいっていうか……うにゅう……」
『…………』
すっかり子供っぽく唸ってしまっている会長を見て……俺達は、全員、押し黙る。
……相変わらず、この人は……。重要なところで鋭いっていうか……純粋なだけに、物事の本質をよく捉えているというか。
確かに、俺達が纏めたあらすじは、結局、「普通」だった。うまくまとまってはいるけど……それだけだ。俺達じゃなくても、作れた文章のようだ。
知弦さんが「最後の一文があってこそ」なんて言ってたのも、もしかしたら、そういうニュアンスもあったのかもしれない。あの一文があるからこそ、「俺達らしかった」のに。
会長の指摘は、拙いけれど、純粋で。それだけに、俺達は何も反論できず、押し黙る。
その光景を見かねたのか……知弦さんは、一つ嘆息して、ポケットから、ゴソゴソと、何かを取り出して、長机の上に置いた。
「?」
全員で、その物質を見つめる。それは……
「ボイスレコーダー?」
会長がキョトンとして、それを手に取る。
全員の関心が集まる中……知弦さんは、ニヤリと笑って、提案した。
「じゃ、今日のこの会議、まるまる公開しましょう」
『…………』
……全員……椎名姉妹も会長も俺も、呆然と顔を見合わせる。
そうして。
三秒後。
『それだっ!』
全員一致で、ブログ販促の内容が決まったのだった。
めでたし、めでたし?