生徒会の一存 碧陽学園生徒会議事録1
葵せきな
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)桜野《さくらの》くりむ
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)私立|碧陽《へきよう》学園
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#改ページ]
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私立|碧陽《へきよう》学園生徒会――そこは、選ばれし者だけが入室を許される聖域にして楽園。
生徒会メンバー中、唯一の男性である副会長・杉崎|鍵《けん》は、今日も生徒会室の中心で愛を叫ぶ。「俺は美少女ハーレムを作る!」と(ただし、扱いは空気以下)。
そして、お子サマ生徒会長・桜野くりむは、今日も生徒会室の中心で身勝手を叫ぶ。
「ただの人間には興味あ(自主規制)」
日々くり広げられる、ゆるすぎる会話。日々|費《つい》やされる、青すぎる青春。いざ行かん少年少女よ、妄想という名の大海原を!
これは、ユカイツーカイついでにちょっぴり秘密アリな碧陽学園生徒会メンバーたちの、愛すべき日常をつづった記録の一端である。
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[#地付き]口絵・本文イラスト 狗神煌
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【|存在《そんざい》しえないプロローグ】
ルール1 神の存在を受け容《い》れろ
ルール2 彼らに直接《ちょくせつ》|触《ふ》れてはいけない
ルール3 友達の友達は我《われ》ら。それが干渉限界《かんしょうげんかい》
ルール4 ≪企業《きぎょう》≫の意向は何よりも優先《ゆうせん》される
ルール5 ≪スタッフ≫は、個人《こじん》の思想を持ち込《こ》むなかれ
ルール6 情報《じょうほう》の漏洩《ろうえい》は最大にして最悪の禁忌《きんき》である
ルール7 我らが騙《だま》すのはヒトではなく神であることを忘《わす》れてはならない
ルール8 このプロジェクトに道徳心《どうとくしん》は必要ない。全《すべ》ては≪企業≫の利益《りえき》のために
ルール9 性質上《せいしつじょう》、≪学園≫の≪保守《ほしゅ》≫は最大の命題である
追加ルール 今年の生徒会には気をつけろ
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【第一話〜|駄弁《だべ》る生徒会〜】
「世の中がつまらないんじゃないの。貴方《あなた》がつまらない人間になったのよっ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
しかし今回は珍《めずら》しく感銘《かんめい》を受ける俺《おれ》。なるほど、その通りだ。
俺自身が経験《けいけん》を積むことで、なにも楽しいと思えないつまらない人間になってしまったのだろう。
世の中、なんだかんだ言って「初めて」ほど楽しいことはない。
初めての恋愛《れんあい》。
初めての親友。
初めての非行《ひこう》。
初めての成功。
初めての……エロゲ?
まあなんにせよ、いつだって思い返すとこう思う。
「昔は楽しかった」
保育園《ほいくえん》に入った時、自分と同じ体格《たいかく》の人間が大量にいるのにびびった。
小学生になった時、ランドセルを背負《せお》うのがあんなに嬉《うれ》しかった。
中学に上がった時、バスの定期を提示《ていじ》すると大人になったような気がした。
高校に受かった時、他者を蹴落《けお》として結果を勝ち取るということの悦楽《えつらく》を覚えた。
で、そういう意味でいうと……。
「じゃ、童貞《どうてい》もそんなに悪くないってことですか?」
「ぶっ!」
俺の質問《しつもん》に、会長は思いっきり茶を吐《は》き出して、げほげほと咽《むせ》ていた。相変わらずアドリブにめっぽう弱い人だ。二人きりだから、今日は余計《よけい》にからかいやすい。
会長は涙目《なみだめ》だ。目の前の長机《ながづくえ》をティッシュで拭《ふ》きつつ、俺を睨《にら》みつけてくる。
「今の私の言葉から、どうしてそんな返しが来るわけ?」
「甘《あま》いですね会長。俺の思考回路は基本《きほん》、まずはそっち方面に直結します!」
「なにを誇《ほこ》らしげに! 杉崎《すぎさき》はもうちょっと副会長としての自覚をねぇ……」
「ありますよ、自覚。この生徒会は俺のハーレムだという自覚なら充分《じゅうぶん》――」
「ごめん。副会長の自覚はいいから、まずはそっちの自覚を捨《す》てることから始めようね」
会長が今日も真摯《しんし》に俺にツッコンで来てくれていた。やっぱり可愛《かわい》いなぁ、会長。
俺より小柄《こがら》でちんまりした背丈《せたけ》。その上、自分の幼《おさな》さを必死で補《おぎな》おうと背伸《せの》びしまくった言動や、果ては生徒会長にまでなってしまった空回り具合が、一層《いっそう》|萌《も》えるのだ。
そう、萌え。そんな言葉が現実《げんじつ》で当てはまる女子なんて、そうはいない。その可愛らしさは、既《すで》に全校生徒の認《みと》めるところだ。あまりに可愛すぎる。会長を一度生で見たら、もう漫画《まんが》やアニメの萌えキャラにときめくことは出来ない。反則《はんそく》少女。
「会長ぉ」
「なによ」
会長は茶を拭いたティッシュを丸め、生徒会室|隅《すみ》のゴミ箱にシュートしようと狙《ねら》いを定めている。片目《かため》|瞑《つぶ》ってマジで狙っているのが、やたら可愛い。
そんな会長に、俺は机に肘《ひじ》をついたまま、抑揚《よくよう》もなく告げた。
「好きです。付き合ってください」
「にゃわ!」
見事にゴミ箱とは反対方向へ飛んでいくティッシュの塊《かたまり》。
会長はまた俺を涙目で睨みつけていた。
「杉崎は、どうしてそぉ軽薄《けいはく》に告白ができるのよ」
「本気だからです」
「嘘《うそ》だ!」
「『ひ○らし』ネタは微妙《びみょう》に古いですよ、会長」
それに涙目でぷるぷる震《ふる》えながら言われても、まるで惨劇《さんげき》の予感がないし。
「杉崎、この生徒会に初めて顔出した時の、第一声を忘《わす》れたとは言わせないわよ!」
「なんでしたっけ? ええと……『俺に構《かま》わず先に行け!』でしたっけ」
「初《しょ》っ端《ぱな》からどんな状況《じょうきょう》なのよ生徒会! 違《ちが》うでしょ!」
「あれ? それじゃあ……『ただの人間には興味《きょうみ》はありません。宇宙人《うちゅうじん》、未来人――』」
「危険《きけん》よ杉崎! 色んな意味で!」
「大丈夫《だいじょうぶ》です。原作|派《は》ですから」
「何の保証《ほしょう》!? あとアニメの出来は神だよ!」
会長も見ていたらしかった。……いや、この話題の掘《ほ》り下げ、まずくないか? レーベルを間違ってないか? さっさとあの時のことを思い出そう。
……そうだそうだ。俺、確《たし》かあの時、生徒会に集まったメンバー……四人の美少女に向かって、こう宣言《せんげん》したんだっけ。
「皆《みんな》好きです。超《ちょう》好きです。皆付き合って。絶対《ぜったい》幸せにしてやるから」
「そうよ! あの時点で、この生徒会に貴方《あなた》のいいかげんさは知れ渡《わた》ってるのよ! 誰《だれ》でもいいから付き合えって堂々と言う人間に、誰がなびくっていうの!」
「失礼な。誰でも良くはありません。ス○ーカー文庫的に言えば、『美少女以外に興味ありません』」
「可愛いなら誰でもいいってことでしょうがっ! あと、やるならせめて富士見《ふじみ》ファンタジア文庫的なたとえで行きなさい!」
「一途《いちず》なんです! 美少女的に!」
「括《くく》りが大きいわ!」
「希少種《きしょうしゅ》ですよ、美少女」
「そういう問題じゃない! 複数《ふくすう》の人間に告白している時点で、誠実《せいじつ》じゃないのよ!」
「ええー。ふらふらしている主人公より良くないですか? 最初からこう、バンと、『俺はハーレムルートを狙う!』と宣言している方が、潔《いさぎよ》いでしょう?」
「残念ながら貴方はギャルゲのモテモテ主人公とはスペックが違うわ!」
「じゃあなんの主人公だと言うんですか! こんなに女の子が好きなのに!」
「基本《きほん》的に主人公じゃなくて悪よ! 淘汰《とうた》される側よ! それか主人公の軽い親友タイプよ! リアクションがいい類《たぐい》のギャグ要員よ!」
会長はとても詳《くわ》しかった。
「顔はいいのにぃー」
「絵師《えし》の力よ!」
それを言ったら美少女キャラたる会長こそ……と思うものの、まあいいだろう。
俺は喋《しゃべ》りながらも会長のはずしたティッシュを拾いに行くと、それを近距離《きんきょり》からゴミ箱にシュートした。
「………」
会長が複雑《ふくざつ》そうに俺を見ながら着席する。俺は自分の席に戻《もど》りつつ首を傾《かし》げる。
「どうしました? 会長」
「……杉崎は、たまに気が利《き》くっていうか、優《やさ》しいわよね……無意識《むいしき》に」
「ええ。そういうギャップって、好感度の上昇幅《じょうしょうはば》大きいでしょう?」
「狙い!? しまった! 既《すで》に私の中の好感度はいくらか上昇してしまっていたわ!」
「ふふふ……。ま、実際《じっさい》それは大袈裟《おおげさ》にしても、多少は確《たし》かに狙っていますよ。というか、昔からのクセですね。女性《じょせい》にモテるための。今や殆《ほとん》ど無意識ですね」
「ふぅん……尋常《じんじょう》じゃないエロパワーね」
「ええ、尋常じゃない精力《せいりょく》ですよ、俺は。ハーレムルートの行き着く先では、やはり体力が必要になりますからね」
「あー、なんのための体力かは、言わないでね」
会長はロリな容姿《ようし》通り、この手の話が駄目《だめ》だ。耳を塞《ふさ》ぐ素振《そぶ》りをしている。……可愛《かわい》い。
しかし……。
「会長。その対応《たいおう》が既に、俺が言わんとしていることを分かっている証《あかし》では……」
「…………。……はぅ」
赤くなってしまった。もじもじしている。……可愛いなぁ。ホント可愛いなぁ、会長。俺が血のにじむ努力をして生徒会に入った理由だって、この会長が原動力になっている部分大きいもんなぁ。
そんなわけで引き続き会長をいじっていると、まことに残念なことに、二人の時間を邪魔《じゃま》するように生徒会の扉《とびら》が開いた。
「キー君。あんまりアカちゃんイジめちゃだめよ」
そう言いながら、会長と同じ三年の、書記である女性、知弦《ちづる》さんが入ってきた。
ちなみにキー君とは俺のこと。俺の名前は「鍵」と書いて「けん」だから、キー君。
で、アカちゃんは会長のこと。これも、会長の名前が「くりむ」だから、クリムゾン=真紅《しんく》で、アカちゃん。どちらも凄《すご》く単純《たんじゅん》なあだ名なのだけれど、知弦さんは気に入っているようだ。会長自身は「赤ちゃんみたいじゃない!」と怒《おこ》るのだけれど、ロリな容姿でそんなことを言われると、俺も知弦さんも余計《よけい》に「(ぴったりだ)」と思うのであった。
ただ、基本《きほん》的には同級生は苗字《みょうじ》で、下級生は名前で呼《よ》ぶ人だ。それだけに、彼女にあだ名で呼《よ》ばれると凄く光栄な気がするのだが、知弦さん|曰《いわ》く「別に好感度で区別しているわけじゃない」らしい。……女はみすてりー。
さてその知弦さん、会長とは正反対の人間だ。長身で、出るとこ出て締《し》まるとこ締まって、更《さら》にロングの黒髪《くろかみ》のサラサラと流れる質感《しつかん》が、見惚《みと》れてしまうほど大人の魅力《みりょく》を振りまいている。性格《せいかく》も、クールでありながら優しさも持ち合わせているという……。
会長とは別の意味で、理想の美少女と言える人だった。いや、美少女というより、美人と言うべきかもしれない。
対面の席に彼女が座《すわ》ったのを見計らって、俺は反論《はんろん》する。
「いじめてなんかいませんよぉ。ただ、辱《はずかし》めていただけです」
「ある意味余計に悪質じゃない」
「大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。同意の上ですから」
俺がそう説明すると、会長がまた「嘘《うそ》だっ!」と叫《さけ》んできたので、これに関してはスルーすることにした。
会長がいじけている間に、知弦さんと話すことにする。
「しかし、今日はどうも集まりが悪いですね。俺のハーレム」
「キー君のハーレムじゃなくて生徒会ね。いいんじゃないかしら? 別にこれといってイベントも控《ひか》えてないし。集まっても、結局お菓子《かし》食べて喋るだけじゃない、最近」
そう言いながらも、知弦さんは早速鞄《さっそくかばん》から出したミネラルウォーターを一口飲む。
「分かってないですねぇ、知弦さん。基本的に好感度は、直接《ちょくせつ》会わないと上昇《じょうしょう》しないんですよ。ほら、ギャルゲだって、よく移動場所でヒロイン決まるでしょう?」
「当然の知識《ちしき》のように言われても困《こま》るけど」
「つまり、生徒会室に来ないことには俺との愛を育《はぐく》めないわけで、となれば彼女らはイベントなんて無くたってここに来るべき――」
「だから来ないんじゃないかしら。むしろ」
さらりと酷《ひど》いツッコミを受けた。知弦さん……会長のようにあからさまなツンではないのだけれど、それだけに、たまに酷い。心的ダメージは地味に高い。
俺はコホンと咳払《せきばら》いし、ポジティブシンキング。
「でも、知弦さんは俺との愛を育みに来てくれたわけですね!」
「…………。……あ、うん、そうね」
否定《ひてい》されるより酷かった。すげぇ上の空だった。鞄からスナック菓子を出してそれをつまみつつ、宿題らしきものをカリカリ始めながらの言葉だった。
「く……。しかしこういうクールキャラこそ、惚《ほ》れたら激《はげ》しいに違《ちが》いない!」
「あ、それは正解《せいかい》。激しいわよ、私。小学校で、初恋《はつこい》の子に一日三百通『好きです』だけを羅列《られつ》した手紙|渡《わた》して、果ては精神崩壊《せいしんほうかい》まで追い込《こ》んだから。意外と脆《もろ》かったからそこで恋は冷めちゃったけどね。……貴方《あなた》はどうかしら」
細目で口元に薄《うす》ら笑いを浮《う》かべながら俺を見つめる知弦さん。
会長の「ひ○らし」ネタよりよっぽど怖《こわ》かった。
仕方ない……。
「分かりました」
「え、この話聞いた上で覚悟《かくご》出来たの? 私の全《すべ》てを受け容《い》れるって? それ、ちょっとポイント高いわ、キー君。確かにキー君フラグが私の中で若干《じゃっかん》――」
「知弦さんとは、体だけの関係を目指すことにします! 心はいりません!」
「…………。……さ、次の問題は、と」
華麗《かれい》なる無視《むし》だった。まあいい。しかし……体だけの関係を目指すのって、下手したら彼女作るより難《むずか》しくないか?……むぅ。
そんなことを考えていると、ふと、会長が勝手に知弦さんのスナック菓子に手を伸《の》ばしているのに気がついた。俺《おれ》はスナックが彼女の口に入る直前で、忠告《ちゅうこく》する。
「太りますよ」
「うぐっ。……大丈夫。栄養を、背《せ》と胸《むね》に回すんだもん!」
「いいですけど。腹《はら》回りに回った時のリスクは、多大なものがありますよ」
「だ、大丈夫! 私ほら、太りにくいから!」
「胸と背も発達しにくいですがね」
「……ええい! はむ!」
あ、食べちゃった。
「……次の問題の回答は……よし、『メタボリックシンドローム』、と」
「…………」
知弦さんがノートに目をやったままで、酷いことを言っていた。……本当にそんな問題があったのだろうか。
会長は、スナック菓子一|枚《まい》食べただけで、えらいテンション下がっていた。……結局|悩《なや》むなら、食わなきゃいいのに。
俺はぷるぷるしている会長の肩《かた》に手を置く。
「大丈夫ですよ、会長。もし、もらい手がなくなったら……」
「え? もしかして……太った私でも、好きって言ってくれるの? 美少女じゃなくなっても? 杉崎……あなた……」
うるうると涙《なみだ》ぐむ会長。俺はニコッと笑いかけてあげた。
「もらい手がなくなったら……仕事に、生きて下さい」
「リアルなアドバイス!?」
「俺、陰《かげ》ながら応援《おうえん》しますから!」
「陰からなんだ! 私、基本《きほん》は見捨《みす》てられたんだ! 太った私に価値《かち》はないんだ!」
「まあ、ですから太らないように頑張《がんば》って下さいっていう、俺なりの叱咤激励《しったげきれい》ですよ」
「あうー」
会長が肩を落とす。実際《じっさい》、会長ならちょっとぐらい太っても、それはそれで可愛《かわい》らしい気もするのだけれど……だからといって油断《ゆだん》されては、俺のハーレム要員として困る。俺のハーレムメンバーは、それぞれ、自分を磨《みが》き続けなければ駄目《だめ》なのだ! 母になったら女を捨てるような意識《いしき》では生き残れないのだ!
「頑張れ、俺のハーレムに留《とど》まるために!」
「あ、なんか急に太ってもいいような気がしてきた」
「…………」
どうして皆《みな》、こうツンばかりなのだろう。そろそろ一人ぐらいデレてくれないと、俺は寂《さび》しくて死んじゃうぞ。モテないギャルゲの主人公ほど、惨《みじ》めなものはない。チャンスがたくさんあったのに、最終的に親友エンドに行っちゃうような人生は、むしろモテない人生より悲惨《ひさん》だと思うのだ。
知弦さんは本格《ほんかく》的に宿題に取り組み始め、会長は開き直って食べ始めたスナック菓子《がし》に夢中《むちゅう》。
とてつもなく暇《ひま》なので俺が次の話題のネタを考えていると、また戸がガラガラと開き、今度は二人の女子が入って来た。
「おっくれましたぁー」
「す、すいません」
対照的な態度《たいど》で入ってくる二人。
前を歩く元気少女、椎名深夏《しいなみなつ》は俺と同じく副会長で、更《さら》に俺のクラスメイトでもある。
長い髪《かみ》をツインテールに分けており、「この生徒会」に入っていることから分かる通り、当然美少女。
特定の部活こそ入ってないものの、運動|神経《しんけい》が良くボーイッシュ……というか男口調。快活《かいかつ》で爽《さわ》やかなことから、男子人気もさることながら、女子人気もかなり高い。しかも稀有《けう》なことに、その本人からして若干百合《じゃっかんゆり》気味なため、人気はうなぎのぼりだ。
ただ……それだけに、俺みたいな男は嫌《きら》いらしく、同じクラスで同じ副会長という立場も手伝って、すぐに俺と敵対《てきたい》する傾向《けいこう》にある。正統派《せいとうは》のツンデレだ。……デレる気配が微塵《みじん》もないのは問題だが。
そして、その背後《はいご》からペコペコと俺たちに頭を下げつつ、俺と視線《しせん》が合うと焦《あせ》ってはずしてしまう少女が、椎名|真冬《まふゆ》。深夏の妹で一年。会計という役職名《やくしょくめい》こそあるものの、まあ、この生徒会ではあまり分担《ぶんたん》は関係ない。
この子がまた、姉の深夏に全部元気を吸《す》い取られて生まれてきたような儚《はかな》げな子で、その上|男性《だんせい》が苦手という、一部男子の琴線《きんせん》に触《ふ》れまくる子なのだ。まあ……男性嫌いの原因《げんいん》は、確実《かくじつ》に姉なのだけれど(姉の百合|趣味《しゅみ》の毒牙《どくが》にかかり、男性は怖いものだと思いこまされているみたいだ)。
色素《しきそ》の薄《うす》いストレートヘアーと白い肌《はだ》、そしてちょこんとつけたリボンがチャームポイント。自分のことを「真冬」と名前で呼《よ》んじゃうところも非常《ひじょう》にグッド。そんな子供《こども》っぽさと可愛《かわい》らしさを持つため、皆彼女を「ちゃん付け」で呼んでいる。なんだか「さん付け」とか「呼び捨《す》て」がしっくりこないのだ、この子は。唯一《ゆいいつ》、姉である深夏だけは「真冬」と呼び捨てるが、これはなぜかしっくりくるのだから不思議だ。
その椎名|姉妹《しまい》が定位置につくと、俺は二人に話しかけた。
「そうそう、深夏と真冬ちゃんは、『初めての時はあんなに面白《おもしろ》かったのに』みたいなことって、なんかあるか?」
最初の話題に戻《もど》ることにする。
「なんだよ、やぶからぼうに」
俺の隣《となり》に座《すわ》った深夏が、不審《ふしん》そうに俺を見てくる。
「いやさ。会長が、世間がつまらなくなったんじゃなくて、自分がつまらなくなったんだ、なんて久々にいいこと言うものだからさ」
「久々とは失礼なっ!」
会長がまたなんか騒《さわ》いでいたけど、無視《むし》。椎名姉妹は二人して「う〜ん」と考え込んでいた。
俺の斜《なな》め前に座っていた真冬ちゃんが、最初に答えを返してくる。
「ま、真冬はお化粧《けしょう》……コスメですかね」
「化粧?」
「はい。子供の頃《ころ》は母親がしているのを見て、すごくしたくてしたくて仕方なかったんです。それで、中学生の頃、初めて自分のコスメを買ったときは嬉《うれ》しくてたまらなかったんですけど……。よく考えると真冬、あまり自分を着飾《きかざ》るのって好きじゃなかったみたいで。最近だと、最低限《さいていげん》のことしかしたくないといいますか……」
「ああ、なるほどね。真冬ちゃんらしいなぁ。大丈夫《だいじょうぶ》だよ、真冬ちゃん! 真冬ちゃんは、化粧なんてしなくても充分《じゅうぶん》可愛いから! むしろ、真冬ちゃんの本来の美貌《びぼう》を隠《かく》してしまう化粧なんて、無い方がいい!」
「あ、ありがとうございます……」
「こら鍵《けん》! あたしの前で妹|口説《くど》くなよ!」
真冬ちゃんが俺の言葉に頬《ほお》を染《そ》めて縮《ちぢ》こまっていると、そこに深夏がつっかかってきた。いつものことだ。俺は嘆息《たんそく》して、隣の席の深夏の肩《かた》に手を置く。
「まあまあ。嫉妬《しっと》するな、深夏よ。……お前もちゃんと魅力《みりょく》的さ!」
「いやいや、嫉妬じゃねーから!」
「深夏にも、結婚《けっこん》すれば真冬ちゃんが義妹になるという大きな魅力が――」
「しかもあたしの魅力じゃねぇ!」
深夏は凄《すご》く怒《おこ》っていた。……可愛い女だ。そんなにヤキモチやかなくても……。
「ヤキモチじゃねーって!」
「おお! 遂《つい》に以心伝心まで! ゴールインは近い!」
「怖《こわ》いよもう! なんかお前怖いよ! 思い込みの激《はげ》しさが怖すぎるよ!」
「思い込み?……仕方ない。そういうことにしておいてあげるよ。照れ屋さん♪」
「こ、殺したい……」
俺の言葉に震《ふる》える深夏を、真冬ちゃんが必死でなだめている。
さて、なんだかんだで生徒会メンバーは今日もきちんと集まった。
俺は自分を囲む美少女四人を見て、一人、悦《えつ》に入《い》る。
「ううん、ハーレム万歳《ばんざい》。いつ見てもいいねぇ、この光景。頑張って生徒会入って、本当に良かったなぁ」
俺の言葉に、知弦さんが「そういえば」と返してくる。
「キー君は≪優良枠《ゆうりょうわく》≫で入って来たんだっけ。……とてもそうは見えないのに」
「そうだよなー。コイツ、どう見てもただの色ボケ男だよなー」
深夏が同意し、真冬ちゃんは苦笑《くしょう》していた。
俺が反論《はんろん》しようとすると、会長がバンッと机《つくえ》に手を置く。
「散々言ってきたことだけど、やっぱりこの学校の生徒会役員|選抜基準《せんばつきじゅん》はおかしいわよっ! 人気投票からしておかしいけど、≪優良枠≫にしても、成績《せいせき》だけじゃなくてメンタル面まで評価《ひょうか》に加えるべきだわっ!」
会長が、既《すで》に何度目か分らない文句《もんく》を言う。俺はそれにお決まりの反論。
「俺はこのシステム、最高だと思いますけどね」
この学校の生徒会役員選抜はとても変わっている。
まず、基本《きほん》的には純然《じゅんぜん》たる≪人気投票≫で生徒会メンバーを決める。ただしこれは、ほぼ必ず容姿《ようし》で、可愛い女子に決まってしまう。つまり、ぶっちゃけただのミスコンだ。
綺麗《きれい》な女性《じょせい》っていうのは、男子女子共通の憧《あこが》れみたいのところがある。美男子は、往々《おうおう》にして男子から反感を買うしな。やはり可愛いは正義《せいぎ》だ。
しかもこのシステム、実は結構《けっこう》理にかなっている。いくら容姿で選ばれたとはいえ、選挙活動も何も無いため、生徒達は純粋《じゅんすい》に日々の生活から、憧れる人を自分で決めて投票するわけで。
となると、その「憧れの生徒達」が上に立っていれば、案外|皆《みな》生徒会の言うことをちゃんと聞く。それに……ぶっちゃけ、生徒会の仕事なんて誰《だれ》でもやればなんとかなるものだ。容姿で選んだとて、大きな問題はない。カリスマ性《せい》さえあればいいのだ。
結果、生徒会は美少女の集まる場となるわけで。
しかし、やはり妥協点《だきょうてん》はある。それが、≪優良枠≫。各学年の成績|優秀者《ゆうしゅうしゃ》……年度末の試験のトップ成績者は、本人が希望すれば、生徒会に入ることが出来るようになっている。これにより、優秀な人材も取り入れられるように、表向きはなっているのだが……。普通《ふつう》、そこまで頭いいヤツってのは勉強に入れ込《こ》んでいるわけで、希望者なんていやしない。
だがそこに、年度末でトップをとって希望を出したのが……この俺、杉崎鍵だというわけだ。理由は簡単《かんたん》。それは……。
「しかし、鍵もよくやるよなぁ。そのパワーは尋常《じんじょう》じゃねーぞ」
深夏が呆《あき》れた視線《しせん》で俺を見る。会長も嘆息《たんそく》し、「まったくだよ」と呟《つぶや》いていた。
「俺は、≪自分以外全員美少女のコミュニティ≫に入るためなら、なんだってしますよ。ええ。入学当初|殆《ほとん》ど最下位の成績でも、一年でトップに上り詰《つ》めるぐらい、朝飯前です」
「……な、なんか真冬、たまに杉崎|先輩《せんぱい》が凄《すご》く大きく見えます……」
「真冬っ! それは錯覚《さっかく》だ! 鍵なんかに憧れるなよ!」
深夏が非常《ひじょう》に失礼なことを言っていた。
「頭いいのは事実だぞ、深夏よ」
「動機が不純《ふじゅん》なんだよ! そんな心持ちで生徒を束ねる生徒会に在籍《ざいせき》しようなどと……」
「政治家《せいじか》だって、よく女性《じょせい》問題でスキャンダルになるだろう? 人間、多少エロい方が、人の上に立ちやすいんだよ。俺も、中年になっても、手鏡で女子高生のスカートの中を覗《のぞ》くようなハングリー精神《せいしん》だけは忘《わす》れたくないものだ」
「悪い見本を引《ひ》っ張《ぱ》り出すな!」
深夏の言葉を受けて、会長も「そうだ!」と乗ってきてしまった。
「成績いいってだけで入れちゃうのは、やっぱり変だよ! そのせいで、杉崎みたいな問題児《もんだいじ》が入ってきて……」
「生徒会の全員をメロメロにしちゃったのは悪いと思っていますが……」
「誰一人なってないわよ!」
「ええっ!」
「なにその新鮮《しんせん》な驚《おどろ》き! 自信|過剰《かじょう》も甚《はなは》だしいわね!」
「まさか……そんな……。……まだ会長だけしかオチてなかったなんて……」
「私もオチてないわよ!」
「ええぇっ!」
「マスオさん的な驚き方、やめてくれる?」
「そんな……会長。じゃあ、あの夜のことはなかったことにするというんですか……」
「な、なによそれ」
会長が記憶《きおく》を探《さぐ》るよう引き下がる。
皆《みな》が見守る中、俺《おれ》は言ってやった。
「あの夜、会長、夢《ゆめ》の中で何度も激《はげ》しく俺を求めたじゃないですかっ!」
「ここに犯罪者予備軍《はんざいしゃよびぐん》がいるわ! ストーカーの卵《たまご》がいるわっ!」
「酷《ひど》い! 俺の純情《じゅんじょう》を弄《もてあそ》ぶなんて!」
「むしろ私が弄ばれているんじゃないかしらっ!」
会長が叫《さけ》び疲《つか》れ、ぜぇぜぇと息をしながら着席する。会長は小柄《こがら》なだけに、体力もない。ちょっと口論《こうろん》に持ち込めば、押《お》し切れてしまうのだ。
その様子を見かねたのか、知弦さんがノートをぱたんと閉《と》じて話しかけてくる。
「キー君。私は別に貴方《あなた》のこと嫌《きら》いじゃないけど、もうちょっと誠実《せいじつ》に立ち回った方が利口だと思うわよ? ハーレムを作るにしても、それを宣言《せんげん》しちゃうんじゃなくて、むしろ誠実さで落として行くのが、王道というものじゃないかしら」
「う、ううむ……。知弦さんの意見も一理ありますけど……。しかし、どう取り繕《つくろ》っても、これが、俺ですから! この欲望《よくぼう》に満ちた姿《すがた》が、本当の俺ですからっ! 自分、不器用ッスから! そして、性欲《せいよく》に忠実《ちゅうじつ》ッスから!」
「芯《しん》からこってり腐《くさ》りきっているなお前」
深夏が冷たい目で俺を見ていた。ああ、ツンの時期だなぁ、まだ。
いいさ。俺の人生のバイブルたるギャルゲ……いや、実はエロゲ(年齢制限《ねんれいせいげん》はツッコマないで欲《ほ》しい)もそうだろう。最初からハーレムなんじゃなくて、ツンだった人間が、徐々《じょじょ》にデレていく過程《かてい》が、実は一番|美味《おい》しいところなんだ。そういう意味において、俺は今とても幸福な位置にいる。
「ふふふ……これから次々と、生徒会メンバーは俺の魔《ま》の手に落ちていくのさ……」
「魔の手とか自分で言い始めちゃいましたね……」
真冬ちゃんが苦笑《くしょう》していた。
「ま、あんまりにデレないと、速《すみ》やかに学園|陵辱《りょうじょく》モノに早変わりするプランも――」
「清々《すがすが》しいほど外道《げどう》だな、てめぇ」
深夏のツン度がメーターを振《ふ》り切りそうだった。
俺は彼女に「ちっちっち」と指を振る。
「大丈夫《だいじょうぶ》さ、深夏。そうならない手は考えてある。……実はこういう系統《けいとう》の物語は、全員の好感度を徐々に上げるんじゃなくて、『一人一話』形式で上げていくんだよ」
「なに?」
「ギャルゲに限《かぎ》らず、学園ドラマでもそうだろう? 教師《きょうし》は、一話で一生徒の悩《なや》みを解決《かいけつ》して、徐々にクラスに溶《と》け込んでいくんだ。そして最終回では、クラスの生徒全員が先生に感謝《かんしゃ》しまくるという、ある意味ハーレムエンド」
「学園ドラマの最終回をえらく汚《けが》された気分だぞ、おい」
「そうさな……まず割《わり》と現時点《げんじてん》で好意的な真冬ちゃんあたりを皮切りに、会長、深夏、そして知弦さんと、徐々に難度《なんど》が上がっていく感じで問題を解決していき、気付けばあら不思議、皆俺の虜《とりこ》に……」
「どうでもいいが、あたしが知弦さんより|攻略《こうりゃく》しやすいと思われているのが、軽く|癪《しゃく》だぞ、こら」
「真冬は……最初にオトされちゃうのですか……」
真冬ちゃんがなぜかぶるぶると震《ふる》えていた。武者震《むしゃぶる》いかな。
会長は、まだ疲《つか》れているだろうに、やはりつっかかってきた。
「どうして私が真冬ちゃんの次に攻略しやすいのよっ! 納得《なっとく》いかないわっ!」
「え? だって会長……既《すで》に俺のこと、気になり始めている段階《だんかい》でしょう? 俺が例えば他の美少女と歩いていたら、不機嫌《ふきげん》になるぐらいの位置でしょう?」
「杉崎が他の美少女と歩いていたら、私は速やかに警察《けいさつ》に連絡《れんらく》して、その美少女の保護《ほご》を要請《ようせい》するわよ!」
「会長は嫉妬《しっと》深いなぁ」
「……あー、杉崎を一番|惨《むご》いバッドエンドに送りたい」
会長がとても暗い目をしていた。なんかゾクリとしたので、慌《あわ》てて視線《しせん》を逸《そ》らす。
そろそろ誰も味方がいなくなってきたので、話題も変えちゃうことにした。
「でも、俺が一番|恐怖《きょうふ》するのは、最初に会長が言った通りのことなんですよねー」
「? なに? どういうこと?」
「つまらない人間になる……つまり、恵《めぐ》まれた環境《かんきょう》にいても、それを恵まれていると思えなくなること、というんでしょうか。今の話でいけば、俺は今……生徒会に入ってまだ一ヶ月たる今は、このハーレム状況《じょうきょう》が楽しくて仕方ないっすけど。いつか……いつか、この状況をあたり前と感じるようになったら、と思うと」
「あー。まあ、分らないじゃないかな、それは」
会長は珍《めずら》しく俺の意見に同意してきた。そうして、嘆息《たんそく》する。
「そういうのは、気をつけてどうにかなることじゃないからね。生活ランクと同じよ。一度|裕福《ゆうふく》な生活をした人間は、たとえ収入《しゅうにゅう》が落ちても、今の生活|基準《きじゅん》をなかなか下げられないのと一緒《いっしょ》で」
「また、えらく美少女ロリ学生らしくない例出してきましたね」
「うちがそうだったのよ。経営者《けいえいしゃ》だからね、うちの父さん。良くも悪くも、浮《う》き沈《しず》み激《はげ》しい収入っていうか」
「なるほど。それで会長は、美少年を金ではべらす趣味《しゅみ》が未《いま》だにやめられないと……」
「杉崎と一緒にしないでよっ! なにその趣味! 私悪女じゃない!」
「それに、男の頬《ほお》を札束でペシペシ叩《たた》く性癖《せいへき》も、変えられないと……」
「どんだけ私|貴族《きぞく》なのよ! いくらなんでも、そこまでのスケールじゃないから!」
「貧乏《びんぼう》な今は、唯一《ゆいいつ》、家に侵入《しんにゅう》してくるアリの手足をもぐことだけが生き甲斐《がい》……と」
「もうただの根暗女じゃない私! お金とかそういう問題じゃないじゃない!」
会長がまた全力で叫《さけ》んで疲《つか》れている。……こんなにいじり甲斐のある先輩《せんぱい》も珍しい。
しかし、確《たし》かに、一度上のランクに至《いた》ると、そうそう自分から下には戻《もど》れない。つまりはそれが、つまらない人間になるということなのだろう。
すぐそこにある幸せが、目に入らなくなる。上に行っても上に行っても、まだ上に行きたくなる。でもいつか限界《げんかい》は来るから……そこで停滞《ていたい》してしまった時、そいつは世の中がつまらないと感じるだけの、「つまらない人間」になってしまうのかもしれない。
でも……。
「ま、真冬は、そうなりたくないですけど……でも、どうやったら、そうならずにいられるのか、よく分かりませんね」
真冬ちゃんが落胆《らくたん》する。その通りだ。上を求めるのなんて人間なら当然の欲求《よっきゅう》だから、歯止めをかけるなんて難しい。知弦さんが、「最終的には≪悟《さと》り≫とか、そういう精神《せいしん》的な極《きわ》みの境地《きょうち》に至《いた》るしかないんじゃないかしら」と、もっともなことを言っていた。
「えー、つまんねーな、なんかそれ」
深夏がむくれている。……確かにつまんない。どうせなら……まだ若《わか》いからかもしれないけど、俺は、悟りなんか開かずに、いつまでもウハウハやっていたい。
知弦さんが続ける。
「ま、一部の人間……勝ち組と呼ばれるような人は、どんどん上に行き続けるけどね。大概《たいがい》の人間は、どこかで妥協《だきょう》して、そこそこ幸せにやるのよ」
「そこそこ幸せに……ねぇ」
俺も、結局は一般《いっぱん》の中に埋没《まいぼつ》するのだろうか。
大して大手でもない会社に行って。
中の上くらいの給料もらって。
手ごたえのない仕事して。
頑張《がんば》ってのしあがってもせいぜい課長くらいで。
どんなに仕事しても世界は変えられなくて。
自分が消えても代理がたくさんいて。
でもそんな環境《かんきょう》から抜《ぬ》け出すほどの勇気や気力もなく、まあいいかと、日々を過《す》ごして。
………………。
「駄目《だめ》だな」
「え?」
俺の呟《つぶや》きに、全員がこちらを見る。俺はその視線《しせん》を一身に受け……そして、思いきり立ち上がった!
「俺は美少女ハーレムを作る!」
高らかに宣言《せんげん》する!
深夏が、「や、海賊王《かいぞくおう》になるみたいなノリで言われてもな……」と呆《あき》れている。他のメンバーも「またか」と言った様子で俺を見ていたが、それでも俺は、続けた。
「妥協するにしても、俺は高い所で妥協してやる! 美少女をはべらせて、いつか、『あ
ー、美少女にも飽《あ》きたな』って言えるところまで上ってから、妥協してやる!」
「なるほどね。とりあえず行くとこまで行ってみようってことね。いいんじゃないかしら。好きよ、そういうの」
知弦さんがなぜか微笑《ほほえ》んでいた。おお、なぜかポイントアップ? 相変わらず、狙《ねら》わないところで評価《ひょうか》受けるな、俺。
深夏もまた、「まあハーレムはさておき、そのスタンスは悪くないな」と笑っている。真冬ちゃんは「そうですよね……今から悩《なや》んでいるより、とりあえずは上にいってみるのが、いいかもしれませんね」とやんわり微笑んでいた。
で、会長はと言えば……。
「えー、あんまり頑張るのは疲れるよぅ」
駄目《だめ》人間だった。
悟りの境地でも、上を目指すのでもなく、割《わり》と既《すで》に妥協していた。
生徒会長という役職《やくしょく》で満足しているっぽかった。
ぽりぽりとスナック菓子《がし》を頬張《ほおば》りつつ、なんか幸せそうな顔している。
…………ま、いいか。
幸せならそれでいいんだ、うん。単純《たんじゅん》単純。
会長はお菓子を食べ終わる(知弦さんのなのに……)と、けぷっと可愛《かわい》らしくゲップして、満足そうに宣言《せんげん》した。
「というわけで、今日は解散《かいさん》しますかぁ」
『…………』
全員が、彼女をとことん駄目人間だと思った。
ま、俺たちも結局解散しちゃうんだけどね、それで。
……俺も、そろそろ仕事を始めないといけないし。
*
「……で、杉崎はまた生徒会室に残ってるんだ」
くりむは校門前で再《ふたた》び出会った生徒会メンバー達に向かって、苦笑《くしょう》した。彼女達もどこか優《やさ》しげな顔をしながら、微笑んでいる。
深夏が肩《かた》をこきこきと鳴らした。
「まったく、だから対応《たいおう》に困《こま》るんだよな、あいつ。……あたし達と長時間|駄弁《だべ》るために、生徒会の雑務《ざつむ》は自分一人で全部|片付《かたづ》けて、何事もなかったふうにするんだから……」
「ま、真冬は、杉崎|先輩《せんぱい》、好きですよ?」
真冬の言葉に全員が溜《た》め息を吐《つ》き、そして、くりむが代表して告げる。
「この学校で、あいつのことホントに嫌《きら》いな人間なんて一人もいないわよ。まったく……これでハーレムだなんだと自分で言い出さなければ、アイツなら彼女の一人や二人、簡単《かんたん》に出来るでしょうに……」
「あれ、アカちゃん。やっぱりキー君のこと実は結構《けっこう》?」
「な、なに言ってるのよ知弦! そんなわけないでしょ!」
くりむの焦《あせ》りように知弦は勿論《もちろん》、深夏と真冬もクスクスと笑う。……皆《みな》分かっていた。自分達は全員、確《たし》かに、杉崎鍵にある種の好意を持っている、と。しかしそれをうまく抑制《よくせい》しているのは……他《ほか》ならぬ、杉崎鍵自身なのだ。
ハーレムだなんだと強調することで、彼はどこかで特定の個人《こじん》とだけ仲良くなることを防《ふせ》ごうとしているフシがある。しかしそれでいて、本当に生徒会メンバーの全員を心から好きなようでもあり、くりむ達は対応に困っていた。困ってはいたが……。
知弦が生徒会室の方を見上げて呟く。
「ハーレムとか言うだけあって。彼は……私達の、大黒柱なのかもね」
「大黒柱?」
「そう。今更《いまさら》言うのもなんだけど、私達全員、どこかちょっとフクザツな過去《かこ》あるみたいでしょう。傷痕《きずあと》、と言い換《か》えてもいいかもしれないけれど」
知弦のその言葉に、くりむ、深夏、真冬の表情《ひょうじょう》が曇《くも》る。確かに彼女らは、それぞれプライベートでちょっとした問題を抱《かか》えていた。お互いにそれを話したことはないし、勿論杉崎鍵も詳《くわ》しくは知らないはずだ。
知弦が続ける。
「でも、生徒会で駄弁っている間は、とても救われている。楽しいだけでいられる。擬似《ぎじ》的だけど……家族の食卓のような温《ぬく》もりが、あそこにはある。
そしてそれを作っているのは、間違《まちが》いなく、キー君なのよ。だから……大黒柱。生徒会の大黒柱ということは、ひいては、この学校の大黒柱ってことでもあるけど」
知弦の言葉を受けて、くりむも生徒会室に視線《しせん》を向ける。
「まったく。自分で言っていたけど、あれじゃあまるで学園ドラマものの先生役よね」
「違うのは、問題を解決しようと出張《でば》ってくるんじゃなくて、ただ安息の場所を与《あた》えてくれるだけっつうところだけどな」
「ま、真冬はでも凄《すご》く、凄く感謝《かんしゃ》しています」
真冬の言葉に、全員で苦笑する。それは、全員そうだから。なんだかんだ言って、どんなに用事があってもほぼ毎日生徒会室に顔を出してしまうのは、やはり杉崎鍵がいて、そこに楽しい空間が形成されるからだった。
くりむは「さて」と仕切る。
「さっさと帰るとしましょう!」
「で、でも、本当にいいのでしょうか。真冬は――」
「いいのよ。というか、杉崎はそうしてもらうことを望んでいると思うの。だったら、彼の意志《いし》は尊重《そんちょう》してあげないと」
「…………」
「まあ、その代わり、杉崎が何か困っていたら、その時は全力で彼の力になるけどね」
「会長さん……」
真冬は感動したように目を潤《うる》ませる。そうして、「でも……」と続けた。
「でも、付き合ってはあげないんですね、会長さん」
「それとこれとは話が別。誰《だれ》があんな浮気性《うわきしょう》と……」
即答《そくとう》だった。
くりむはそれを区切りに、「じゃあ、また明日ねっ」と駆《か》け出す。メンバー達も、別れの挨拶《あいさつ》と共にそれぞれの帰路についた。
夕暮《ゆうぐ》れの中、くりむはふと、杉崎と自分達のことを思い浮《う》かべて呟《つぶや》いた。
「つまらない人間も、悪くないのかもね……」
日常《にちじょう》をつまらないと思う人間が寄《よ》り集まると、もしかしたら、逆《ぎゃく》にとても楽しいことが発生するのかもしれない。
私立|碧陽《へきよう》学園生徒会。
そこでは毎日つまらない人間達が楽しい会話を繰《く》り広げている。
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【第二話〜怪談《かいだん》する生徒会〜】
「本当に怖《こわ》いのは幽霊《ゆうれい》や化物じゃないの! 人間自身なのよ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
正直その通りだとは思ったのだが、あまりに当たり前すぎる言葉だったので、俺《おれ》はテキトーに相槌《あいづち》を打っておくことにする。
「あー、うん、ですよね」
「そうなのよ! 幽霊も化物も、結局は人間が生み出すからね!」
「いや、ちょっと解釈《かいしゃく》が微妙《びみょう》な気もしますが……」
人間が怖いっていうのは、そういうことじゃないんじゃなかろうか。しかし、会長は実に満足そうに椅子《いす》にふんぞり返っていた。……いつも思うのだが、どうしてあからさまなパクリ名言で威厳《いげん》が出ると思っているのだろう、この人は。
俺のみならず、知弦《ちづる》さんも深夏《みなつ》も真冬《まふゆ》ちゃんも特に反応《はんのう》せず、各々、テキトーに感心したふりをしていた。
会長がこんなことを言い出したのは、最近また生徒の間で七不思議の噂《うわさ》が盛《も》り上がり始めてしまっているからだ。
七不思議。七つ全《すべ》て知ったらどうにかなるらしいが、よく考えると、どういうわけか俺は二十一|個《こ》ぐらい知っている。オーバーキルだ。呪《のろ》いが降《ふ》りかかったらアウトどころか、無関係の人間二人ほどまきこんで死ぬかもしれない。
大して噂に興味《きょうみ》が無い俺でもこうなのだから、現在《げんざい》の校内の状況《じょうきょう》なんて、推《お》して知るべしといったところだろう。……平均《へいきん》二十一個以上知っているとなると、呪いが本当だったら、学校どころか、この地域《ちいき》が壊滅《かいめつ》だ。
「事態《じたい》は既《すで》に切迫《せっぱく》しているわ!」
会長が意気込《いきご》んでいた。ホワイトボードに「今日の議題・怪談のはびこりすぎな現状について」と、太く、太く、太ーく書かれている。
なぜか知らないが、会長は現在の状況がいたく気に入らないようだ。まさか本気でバイオハザード的|大被害《だいひがい》を危惧《きぐ》しているわけでもなかろうに。
隣《となり》の深夏が、俺にこそこそ耳打ちをしてきた。
「(会長さん、なんであんなに張り切ってんだ?)」
「(さあ……。案外、単純《たんじゅん》に怖がりなんじゃないか? あんな体型だし)」
「(お、それは有力だな。どれ、試《ため》してみるかっ)」
深夏はそう告げると、意地悪そうな笑《え》みを浮かべ、熱弁《ねつべん》をふるい続けている会長へと向けて、すっくと手を上げた。
「はいはーい!」
「はい、深夏」
「会長さん、こんな話知ってるか? あるトイレに入った女子の話なんだけど――」
「わ、わわ! な、なんで急にそんな話をっ! 脱線《だっせん》させないでよっ!」
「脱線じゃねーよー。ほら、対処《たいしょ》するには、まず詳《くわ》しく知るべきだろう?」
「うぐ。……と、とにかくっ! 私は聞かなくてもいいの!」
会長の慌《あわ》てる様子を見守り。
生徒会のメンバー全員の眼《め》が、きゅぴーんと怪《あや》しく輝《かがや》いた。
『(これは面白《おもしろ》いネタになる!)』
真冬ちゃんまでうずうずしていた。ああ……真冬ちゃん、怖い話とか好きそうだもんな。そして普段責《ふだんせ》められ役なだけに、こういう状況は大歓迎《だいかんげい》なのかもしれない。
会長以外の全員が、まるで会長の「怖がり」に気付かないふりをして、話をそれとなく会長の望まぬ方向へスライドさせていく。
まず、知弦さんが動いた。
「深夏の言う通りね。ええ、その通りだわ。まずは全《すべ》ての出回っている怪談を一つ一つ確認《かくにん》して、検証《けんしょう》する必要があるわね」
「え、ええ!?」
会長があからさまに動揺《どうよう》している。
俺はここぞとばかりに知弦さんに賛成《さんせい》した。
「ですね。ここは、それぞれ知っている怪談を語ってみるべきでしょう」
「ちょ、杉崎《すぎさき》! そんなことする必要なんかまるで――」
「ま、真冬も、やるべきだと思いますっ!」
「真冬ちゃんまで……」
会長がたじろいでいる。ここで俺は、トドメをさしておくことにした。
「あれぇ? 会長……もしかして、怖いんですか?」
「な――」
俺のトドメに、更《さら》に知弦さんが追い討《う》ちをかける。
「まさかぁ、キー君。生徒会長ともあろうものが、たかだか学校の怪談に怯《おび》えるなんて、あるわけないじゃない。もう、みくびりすぎよ? ねえ、アカちゃん?」
「う、うう?」
そこに更に、椎名姉妹《しいなしまい》まで追撃《ついげき》。
「この歳《とし》になって怪談《かいだん》|怖《こわ》がるヤツなんて、いるわきゃねーよー」
「ま、真冬も怖い話、大好きです。……小学生の頃《ころ》から」
「うぐっ」
会長がだらだらと汗《あせ》をかきはじめていた。口をへの字に曲げ、目をうるうるさせ、非常《ひじょう》に情《なさ》けない顔になっている。しかし……会長は、「ふ、ふん!」と腕《うで》を組んで踏《ふ》ん反《ぞ》りかえると、自信満々に言い放った。
「お、大人のこの私が、怪談なんて怖がるはず、にゃいじゃない」
噛《か》んでいた。……やべぇ。俺、Sに目覚めるかもしれない。楽しすぎる。会長いじめ、快感《かいかん》すぎる。会長と付き合うことになったら、俺は一日一回彼女の困《こま》り顔を見ないと気がすまなくなってしまうんじゃないか。
知弦さんを見ると、彼女も軽く恍惚《こうこつ》の表情《ひょうじょう》をしていた。……Sだ。あの人は、真性《しんせい》のSだ。性格《せいかく》がまるで違《ちが》うのに会長と親しい理由が、今わかった。
俺達が見守る中、会長はいよいよ腹《はら》を括《くく》ったようだ。バンッと長机《ながづくえ》に手を置く。……俺と知弦さんは、その手がぷるぷる震《ふる》えているのに気付いて、またぞくぞくとしていた。
「い、いいわよ、やろうじゃない。怪談。で、でも、そんなに時間があるわけじゃないんだから、せいぜい一人一つぐらいよ?」
「いいぜっ! じゃああたしからいくぞっ」
「え、ええっ、もう?」
「早くした方がいいだろう? あれ? 会長……怖いのか?」
「深夏、始めて」
会長が精一杯《せいいっぱい》強がっていた。全員でそれを生暖《なまあたた》かく見守る中、深夏がずいっと前のめりになり、怪談を始める。
「じゃあ、一番手たるあたしは気合いれていくぞ。覚悟《かくご》しろよ。
……この学校の家庭科室には、包丁がない。それはなんでか知ってるか?……そう、家庭科|準備室《じゅんびしつ》の戸棚《とだな》で、まとめて管理されているからだ。でもさ、よおく思い出してみてくれ。家庭科室の調理台下には、ちゃんと、包丁入れる専用《せんよう》スペースがあるんだよ。普通《ふつう》ならそこに収《おさ》めておいていいはずなんだ。
調理実習となればほぼ確実《かくじつ》に使う器具なのに、授業《じゅぎょう》の度《たび》にイチイチ準備室から用意するなんて、面倒《めんどう》なことこの上ないだろう?
ではなぜ、包丁は準備室にあるのか。それは……家庭科室に包丁があったがために起こった、ある悲劇《ひげき》が原因《げんいん》なんだ」
深夏がいつもの元気|娘《むすめ》っぷりを掻《か》き消して、低い声で物語を展開《てんかい》する。深夏の普段《ふだん》が普段なだけに、彼女が真剣《しんけん》に語ると、一層《いっそう》場の雰囲気《ふんいき》が重くなった。
会長がごくりと唾《つば》を飲んでいる。さっきから一見平気そうにしているが、目はきょろきょろしているわ、腕は何回も組みなおすわで、かなり動揺しているのは見てとれた。
深夏がその様子に軽くニヤリとする。会長は深夏のその表情に更に怯《おび》えていた。
「昔、ある女生徒……ここでは仮《かり》に、くりむちゃんとするが……」
「なんで仮にくりむちゃんとするのよっ!」
会長が涙目《なみだめ》で叫《さけ》んだ。深夏は華麗《かれい》に無視《むし》する。
「くりむちゃんは、愛らしい女の子だった。体のメリハリと背丈《せたけ》には若干《じゃっかん》残念なものがあったけど、まあ、顔はとても良かったし、それはそれで需要《じゅよう》あったんだ」
「……なんか、話の設定《せってい》に悪意を感じるのだけれど」
「で、そのくりむちゃん。バナナが半分しか食べられないくりむちゃん」
「童謡《どうよう》に出てきそうね、くりむちゃん」
「彼女はある日、学校に忘《わす》れ物をしてしまったんだ。それに気付いたのは夜中だったのだけれど、それはどうしてもその日のうちに必要なものだったうえ、家も割合《わりあい》近所だったため、くりむちゃんは学校に取りに行くことにした。
夜の学校は|確《たし》かに怖かったけれど、くりむちゃんは今までにも何回かこういうことがあったため、もう|慣《な》れていたんだ。
その日もくりむちゃんは、いつものように忘れ物を取りに行った。
そして。
翌日《よくじつ》冷たい体となって発見された」
「ひぅ」
会長がびくんと反応《はんのう》する。……うまい話術《わじゅつ》だった。唐突《とうとつ》な展開。なにが起こったのか分らないが、とにかく、とてつもなく悪いことが起こったことだけは分かる。深夏……案外話慣れているな、こいつ。
真のくりむちゃんが「ふ、ふん、それで?」と見栄《みえ》を張《は》って、本当は聞きたくもないのに話を促《うなが》す中、深夏は続ける。
「くりむちゃんは……家庭科室で死んでいたんだ。全身を滅多刺《めったざ》しにされてね」
「な、なんか、いよいよ、くりむちゃんという名前設定がとてもイヤなのだけれど……」
くりむちゃん(真)が青褪《あおざ》めていた。しかし、深夏はそれもガン無視。
「犯人《はんにん》はすぐ捕《つか》まった。それは、最近周辺|地域《ちいき》で出没《しゅつぼつ》していた変質者《へんしつしゃ》だった。学校に侵入《しんにゅう》して悦《えつ》に入《い》っていたところに、丁度くりむちゃんが出くわしてしまったんだ。……そりゃ、格好《かっこう》の餌食《えじき》にもなる。
当然くりむちゃんは逃《に》げたんだが、どんどん追い詰《つ》められ、最終的に家庭科室に逃げ込んでしまった。でも……それが失敗だったんだな。男はそこが家庭科室であることに気付いて、調理台下のスペースから包丁を取り出し、そして――」
「…………」
会長が無言だ。よぉく観察してみると、なんか意識《いしき》をシャットアウトしようと試《こころ》みているようなので、目の前で猫騙《ねこだま》しをして、軽く妨害《ぼうがい》してあげた。
会長が、こほんと咳払《せきばら》いし、深夏を見つめる。
「な、なぁんだ。そ、その程度《ていど》? そんな、過去《かこ》に殺人|事件《じけん》があって包丁が別の場所に移《うつ》されたってだけじゃあ、別に……」
「いや、違《ちげ》ぇよ会長さん。包丁が準備室に移されたのは、それが直接《ちょくせつ》の原因《げんいん》じゃねーんだ」
「え?」
「大変なことがあったんだよ……。事件の後、放課後家庭科室に残っていた生徒に……」
「な……なにが?」
会長がごくりと唾を飲み込《こ》む。いよいよ、話はクライマックスだ。
「事件後、放課後家庭科室に残っていた生徒が、また死んだんだ。……今度は――」
「今度は?」
深夏が散々間を溜《た》めて、告げる。
「家庭科室中の包丁が全《すべ》て突《つ》き刺《さ》さった状態《じょうたい》で」
「っ!」
会長が硬直《こうちょく》していた。あまりの場の雰囲気に、さすがの俺達もいささか緊張《きんちょう》する。しかし……皆《みな》分かっていた。
(んなわきゃない)
会長以外、全員、ちゃーんと分かっている。そんな猟奇《りょうき》的事件があって、今まで話題に上らないはずがない。しかし……会長には、効果覿面《こうかてきめん》だったようだ。「そ、その犯人って?」と、深夏に真剣《しんけん》な面持《おもも》ちで訊《たず》ねている。……もう、深夏の思うツボだった。
「決まっているじゃねーか。それは……」
「それは……?」
「それは……」
深夏がそこでしばし沈黙《ちんもく》し、生徒会室が静まりかえる。
直後。
「おまえだっ!」
「ひぅっ!」
唐突《とうとつ》に会長を指差し大声で叫《さけ》ぶ深夏。俺達《おれたち》もある程度《ていど》びびったものの、このオチにもっていくだろうなということは予想出来ていたので、衝撃《しょうげき》は少なかった。
しかし会長は……。
「…………」
軽く口から魂《たましい》が抜《ぬ》け出ていた。……この人こそ、ホラーだ。全員でニヤニヤしつつ会長の帰還《きかん》を待つ。しばらくして意識を取り戻《もど》すと、会長は、「な、なによそれは!」となぜか逆《ぎゃく》ギレした。
「わ、私が犯人って、そんなわけないじゃない! ば、馬鹿《ばか》にしてぇっ!」
その会長の反論《はんろん》に、深夏が苦笑《くしょう》する。
「いやいや、そういうことじゃねーよ。つまり、犯人はくりむちゃんだって言いたかったんだ。そう……幽霊《ゆうれい》となった、くりむちゃんだってな」
「う……」
幽霊という言葉に、会長はまた言葉を失う。
深夏は話を締《し》めくくった。
「とても人間業《にんげんわざ》じゃなかったらしいぜ、その死に方は。全身に包丁がほぼ同時に刺さってたんだとよ。まるで……空中に浮《う》かんだ包丁が、一斉《いっせい》に飛んできたかのように。
……それ以降《いこう》だよ。家庭科室に包丁が置かれなくなり、準備室《じゅんびしつ》で厳重《げんじゅう》に保管《ほかん》されるようになったのは。……会長さん。生徒会活動で遅《おそ》くなる時は気ぃつけな。もし家庭科の授業《じゅぎょう》で誰《だれ》かが家庭科室に包丁を置き忘《わす》れてしまっていたなら……そして会長さんがなんらかの理由で家庭科室に入ってしまったなら……命の保証《ほしょう》は、できねーぜ」
「…………」
また会長の魂が口からぽわぽわ出ていた。……相当|怖《こわ》かったらしい。しばら〜くあっちの世界を旅した後、自分の体に戻ると、会長は「く、くだらない与太話《よたばなし》ねっ!」と、まるで説得力の無い強がりを言っていた。
なんていい反応《はんのう》するんだろう、会長は。俺も知弦さんも深夏も真冬ちゃんも、全員がニヤニヤしていた。
その後も、俺達は怪談《かいだん》を会長に聞かせ続けた。勿論《もちろん》、全部の話の主人公は、仮《かり》にくりむちゃんとしてあげた。優《やさ》しい俺達だ。
真冬ちゃんは、人の体の中に入って自殺を誘発《ゆうはつ》する悪霊《あくりょう》、通称《つうしょう》『なかに居《い》る』とやらの脅威《きょうい》をありありと語って会長を怯《おび》えさせた。知弦さんは、数年前起こった連続殺人事件『顔|剥《は》ぎ事件』の真相とやらを、霊的なものと解釈《かいしゃく》すると全てがすっきりするという、ファンタジーなくせに理論的で説得力があるタチの悪い話を展開《てんかい》。会長を恐怖《きょうふ》のどん底に突き落とした。
で、俺はと言えば――
「くりむちゃんという少女がいました。彼女は……杉崎|鍵《けん》という少年にメイドとして雇《やと》われてしまいました。終わり」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
たった一文で、いちばん会長を怯えさせてやった。
なぜか皆の目が「それでいいのか、お前」と言っていた気がするけど、いいのだ。
折角《せっかく》なので、俺は何個《なんこ》かショートショートを続けてあげた。
「くりむちゃんは、必修《ひっしゅう》科目を落としました」
「ひぃっ!」
「くりむちゃんは、失言問題で生徒会長を辞任《じにん》に追い込まれました」
「ひゃあ!」
「くりむちゃんは、祈《いの》り虚《むな》しく、その後|背《せ》が伸《の》びませんでした」
「いやあああ!」
「くりむちゃんの歯ブラシを、杉崎鍵がべろべろ舐《な》めて、そっと元に戻しました」
「きゃあああああああ!」
「くりむちゃんの最後の言葉は、『ふぅ、危《あぶ》なかったぁ』でした」
「油断《ゆだん》した!」
「くりむちゃんの人生は、夢《ゆめ》オチでした」
「誰の!」
「くりむちゃんは陰《かげ》で『頭がアレな子』と言われているのに、終《つい》ぞ気付きませんでした」
「酷《ひど》いっ!」
「くりむちゃんは、実はくりむちゃんじゃありませんでした」
「なんか一番怖いわそれ!」
俺の口から次々|繰《く》り出される「怖い話」に、くりむちゃん……もとい会長は完全にノックダウンされていた。もう、見栄《みえ》を張《は》って平静を保《たも》つことさえ忘《わす》れている。
なぜか、知弦さんや椎名|姉妹《しまい》まで俺の話に怯《おび》えていた。三人して、「恐《おそ》ろしいわ……」やら、「ま、真冬は身震《みぶる》いが止まりません……」やら、「なんて残虐《ざんぎゃく》なことを思いつくんだ……」などと呟《つぶや》いている。俺の話は大好評《だいこうひょう》の模様《もよう》だ。
会長いじめをたっぷり堪能《たんのう》して、一時の休息をとる。
会長はすっかり使い物にならなくなったので、俺は知弦さんに話しかけた。
「でも、皆好きですよね、怖《こわ》い話。なんなんでしょうね。『怖い』って、どちらかというとマイナスの感情《かんじょう》でしょうに」
知弦さんはサラサラとした髪《かみ》をかきあげて微笑《ほほえ》む。
「スリルって言葉あるでしょ。安全が保証された危険《きけん》を楽しむ、とでもいうのかしら。ジェットコースターもそうでしょ?」
「でもその『スリル』からして中々不思議な感覚ですよね。いくら安全が保証されているとはいえ、怖いことが楽しいことになるって、なんか倒錯《とうさく》してますよ。皆が当然のように楽しんでいるから誰も言いませんけど、ある種|凄《すご》く歪《いびつ》じゃありません? 世が世なら、そんなんで楽しんでいる人は異常《いじょう》と言われても仕方ない気がしますよ」
俺の言葉に、真冬ちゃんが「確《たし》かにそうかもしれませんね」と頷《うなず》いていた。知弦さんが「ふむ」と考え込み、深夏が「まあ考えてみるとそうだなー」と腕《うで》を組む。
まだ一人ぶるぶる震えている会長を見ながら、俺は、むしろ会長こそまともな人間なんじゃないかと感じていた。怖い話を怖がって嫌《いや》がるのが普通《ふつう》で……多数|派《は》でこそあるけれど、それを面白《おもしろ》いと思っている側の方がよっぽど異常で歪《ゆが》んでいるんじゃないか。
「そういう意味じゃ……今のこの学校の状況《じょうきょう》、それ自体が、なんだかとても怖いことのような気がしてきました」
「そうね……。そうかもしれない」
知弦さんが同意する。
「怖い話を楽しむ精神《せいしん》が異常なことだとしたら……。この学校は……いえ、この地球は、異常な人間がわらわらいるコミュニティってことよね。……確かに。そう考えたら、とても怖いかもしれない」
「そ、そんな考え方やめろよー、二人とも」
深夏が少し怯えている。しかし、真冬ちゃんも「そうですね……」呟いた。
「真冬は怖い話大好きですけど……どうして大好きなのかは、あんまり説明つかないです。もしかしたら……それこそが、理解不能《りかいふのう》の怖いこと、かもしれませんね」
俺達は沈黙《ちんもく》する。……そんな理解不能の楽しさを抑《おさ》えこもうなんて、土台無理な話だと感じていた。この学校の現状《げんじょう》を変えるのは……とても難《むずか》しい、と。
そんな沈黙の中で声を上げたのは、とても意外な人物……会長だった。
「ほら、だから言ったでしょう! 一番怖いのは人間だって!」
なぜかとても偉《えら》そうに胸《むね》を張《は》っている会長。俺達は苦笑《くしょう》したものの……心のどこかで、確かにその通りだと感じていた。
「怖《こえ》ぇよな……人間って。意味わかんねぇ」
深夏の呟きが妙《みょう》に大きく生徒会室に響《ひび》き渡《わた》った。
今日の議題の結論《けつろん》。
怖い話の流布《るふ》を止めるのは、とてもじゃないが無理。
……しかし。そう結論がでたものの、シュンと元気のない会長が、俺は気になっていた。……悪いことしたかな。いじめすぎたか。イヤな人は……本当にイヤなんだもんな、怖い話。
それに会長のような人からしたら、怖い話自体は勿論《もちろん》、周囲の皆がそれを楽しそうに語ること自体が、もしかしたら怖いのかもしれない。
…………。
怖い話の止め方、ねぇ。
*
「なんか急にクラスで怪談《かいだん》聞かなくなったわっ。これも生徒会長の人望の賜物《たまもの》ね!」
例の会議から二日後、会長は嬉《うれ》しそうに俺に語っていた。久々《ひさびさ》に二人きりの生徒会室で、俺はその話題を「良かったっすねー」と聞き流す。
会長はすっかり血色が良くなっていた。どうやら、怖い話を聞かなくなったことが相当嬉しいらしい。
「でも……なんでこんなに急に沈静化《ちんせいか》したんだろ。不思議よね、やっぱり」
「沈静化……ね」
「?」
「いえ、なんでも」
俺は密《ひそ》かに溜《た》め息を吐《つ》いていた。
実際《じっさい》この沈静化は、一時的なものだ。恐らく。……どうして分かるのかといえば、この状況は、俺が作ったからだった。
怖《こわ》い話。不思議な魅力《みりょく》で人々に浸透《しんとう》し、止めようと思って止められるようなものじゃないもの。
それを止めるほどの効能《こうのう》のあるもの。
そんなの。
怖い話しかないじゃないか。
「やー、本当に良かったー。風紀の乱《みだ》れが治まって」
「そうですねー。良かった良かった」
会長の笑顔《えがお》を見ながら、フクザツな感情《かんじょう》に襲《おそ》われる。自分がやったことが果たして正しかったことなのか……この無邪気《むじゃき》な笑顔を見ていると、とても判別《はんべつ》つかなかった。
……だって。
俺は、新たな七不思議を作ってしまったのだから。
会長が機嫌《きげん》よさげに鼻歌を歌っている。俺はとても微妙《びみょう》な気分で嘆息《たんそく》していた。
俺がしたことは、単純《たんじゅん》。一昨日の会議で感じたことを元に、俺発信の、新たな、会長に都合のいい七不思議を作った[#「会長に都合のいい七不思議を作った」に傍点]だけだ。
話の中身を要約すると、つまりは、「七不思議を全《すべ》て知ったら降《ふ》りかかる呪《のろ》いは、確《たし》かに存在《そんざい》し、そして、他の怪談《かいだん》と同じく進化している」ということだ。たとえ七|個《こ》以上|既《すで》に知っていて、何も起こってなくても。その先の領域《りょういき》で、更《さら》なる「罰《ばつ》」に襲われるという……そういう、新たな、怪談。
その怪談の終わりの台詞《せりふ》が、これ。
『七個目超えたら安全[#「七個目超えたら安全」に傍点]なんて、誰《だれ》が言ったかなぁ!』
これが、俺の作った話の原型[#「原型」に傍点]。今となってはもう……めぐりめぐって、もっと怖く洗練されていることだろう[#「もっと怖く洗練されていることだろう」に傍点]。
でも、そういう変化では、話の基礎《きそ》が壊《こわ》されることはそうそうない。そう、『七不思議コンプリートの祟《たた》り』『七個目|以降《いこう》も安全ではないどころか、もっと酷《ひど》いことに』という基礎部分さえ押《お》さえて噂《うわさ》してくれれば、それで良かったのだ。
結果。この話で、軽くでも怖くなった人が多いのか、怪談ブームはなりを潜《ひそ》めた。
だから……。
「やっぱり楽しい話題が一番だよねっ」
上機嫌な会長を眺《なが》める。
俺《おれ》は、本当に正しいことをしたのだろうか。結果的に彼女の笑顔を得ることは出来た。しかし……。
「でも不思議だなぁ。怪談、昨日まで皆あんなに話してたのになぁ」
無邪気に首を傾《かし》げる会長をジッと見つめる。
人間。
怪談を聞きたがる人間。
怪談を話したがる人間。
怪談を怖がる人間。
怪談を憎《にく》む人間。
そして。
怪談を作り利益《りえき》を得る、俺のような、人間。
「会長ぉ」
「うん。なぁに、杉崎」
俺はテーブルに突《つ》っ伏《ぷ》して、ニヤリと笑う。
「やっぱり会長の言う通り、一番怖いのは人間っすね。いや、勉強になりました」
「? え、えへん! そうでしょう! ようやく分かってきたじゃない、杉崎!」
胸《むね》を張《は》る会長に笑顔を向ける。
あんな恐《おそ》ろしい怪談を流しておいて。
会長の大嫌《だいきら》いな怪談を流しておいて。
恐怖《きょうふ》で人を縛《しば》っておいて。
会長は、俺に笑顔を向けているのだ。
俺も、会長に笑顔を向けているのだ。
なんだこれは。
(あー、やだやだ。こういう役回りは損《そん》すぎる。もうやらねー)
俺は気を紛《まぎ》らわすように明日の時間割《じかんわり》を確認《かくにん》する。お、明日は家庭科だ。確《たし》か調理実習があるはずだ。となると……。
「…………」
深夏の怪談《かいだん》を思い出す。
包丁を握《にぎ》るのが、少しだけ怖かった。
しかし同時に。
包丁を家庭科室において帰ってみたいなと考える自分も確かにいて。
……人間って、怖《こえ》ぇなと思った。
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【第三話〜放送する生徒会〜】
「他人との触《ふ》れ合いやぶつかり合いがあってこそ、人は成長していくのよ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
「なんですか? それ」
よく意味が分からなかったため、聞き返す。すると会長は、ホワイトボードにキュッキュと議題を記し、「これよ!」と、バンッとボードを叩《たた》いた。
「ええと……ラジオ放送?」
ホワイトボードにはクッキリとそう記されていたが……しかしやはり意味が分からなかったため、首を傾《かし》げる。見れば、知弦《ちづる》さんや椎名姉妹《しいなしまい》も、不思議そうな顔をしていた。
会長は一人、胸を張ったままで続ける。
「そう! これから生徒会で、ラジオをやろうと思うの!」
「ら、ラジオって……」
気弱で引っ込み思案の真冬《まふゆ》ちゃんが、何か嫌《いや》な予感でもしたのか、少し怯《おび》えながら訊《たず》ねる。
「あの……ラジオですか? 音楽かけたり、喋《しゃべ》ったりする……」
「そうよ。その、ラジオ」
「……えと。それって……あの、なんで生徒会がするんですか? そういうのは、放送部とかの仕事だと、真冬は思っていたのですが…」
全くその通りだよ、真冬ちゃん。真冬ちゃんだけじゃなく、皆《みな》、そう思っているよ。しかし……ただ一人、そういう常識《じょうしき》がない人間が、ここには居《い》たようだ。
「何言っているの! 生徒会って、生徒をまとめる立場にある組織《そしき》よ! 政権《せいけん》放送みたいなものもたまにはしないといけないわ!」
「政見放送なんて言葉、よく知ってたわね、アカちゃん。よしよし、いい子いい子」
知弦さんが、子供《こども》をあやすように会長の頭を撫《な》でていた。会長は一瞬《いっしゅん》気持ち良さそうに目を細めたものの、ハッと我《われ》を取り戻《もど》すと、「うがー!」と知弦さんの手を払《はら》いのける。
「政見放送ぐらい、知ってるよ! 子ども扱《あつか》いしないで!」
「そうね、アカちゃん。ごめんなさいね」
「わ、分かればいいのよ」
「ええ。……そういえば昨日、高視聴率《こうしちょうりつ》クイズ番組で『政見放送』をテーマに問題が出てたりしたけど……。いえ、なんでもないわ」
「…………。……と、とにかく! 政見放送よ!」
どうやら、思いつきらしい。テレビ番組に思いっきり触発《しょくはつ》されたらしい。
しかし、会長は言い出したら聞かない。俺の隣《となり》で、深夏《みなつ》が嘆息《たんそく》|混《ま》じりに発言した。
「まあ、文句《もんく》言ってもどうせやるんだろうけどよ……。でも、なんでラジオなんだ? 映像《えいぞう》の方がいいじゃねーの?」
「それも考えたけど……放送部に押《お》しかけたら、『今|渡《わた》せる機材はこれしか……』と泣かれたから、ラジオなの」
そう言いながら、会長はてきぱきと準備《じゅんび》を開始する。放送部にやらせたのか、配線関係は水面下でとっくに終わっていたようで、会長は俺達の前にそれぞれ一つずつマイクスタンドを設置《せっち》した。
……可哀想《かわいそう》に、放送部。
「か、完全に準備されちゃってます……」
真冬ちゃんが元気をなくしていた。まあ……元々こういう「目立つこと」が好きなタイプの子じゃない。ご愁傷様《しゅうしょうさま》だ。
全員が引きながらも諦《あきら》めて状況《じょうきょう》を受け容《い》れる中、会長はただ一人、テンションが高いまま口を開く。
「ほら、最近は声優《せいゆう》さんのラジオも増《ふ》えたじゃない。美少女がたくさん集まって喋っていれば、皆、大満足のはずよ」
「会長、声優やパーソナリティ、そしてリスナーを舐《な》めてるでしょう」
ツッコム。しかし、会長はこの企画《きかく》を押《お》し通す気のようだ。
「可愛い声でキャピキャピ喋りあっていれば、男性《だんせい》リスナーなんてコロリと騙《だま》されるはずよ」
「謝《あやま》れ! 俺以外の男性に謝れ!」
「杉崎《すぎさき》は騙されるんだ……。まあ、それに、五人もいれば会話が尽《つ》きることもないでしょう。大丈夫《だいじょうぶ》大丈夫。いつも通りに喋ればいいんだから」
「いつも通りといっても……」
「あ、杉崎はあんまり喋らないでね。杉崎は、存在《そんざい》自体が放送コードにひっかかっているから」
「ひでぇ!」
まあ、分かるけど。普段《ふだん》の勢《いきお》いでエロ発言すると、確《たし》かに、危険《きけん》そうだ。黙《だま》る気はないけど。
そうこうしている間に、セッティングは全《すべ》て完了《かんりょう》してしまったらしい。何か、ノートパソコンが部屋の片隅《かたすみ》で起動している。どうやら、あれに音声データが録音《ろくおん》されるようだ。つまり、生ではなく、録音放送。それだけは……まあ、助かった。トラブルがあっても、対処《たいしょ》出来る。
真冬ちゃんも、元気が無いものの、既《すで》に諦めているらしい。げんなりしながら、マイクをツンツン突《つつ》いていた。
片《かた》や知弦さんは「コホン」と咳払《せきばら》いをし、喉《のど》の調子を確かめている。やると決めたら、もう、手は抜《ぬ》かない構《かま》えのようだ。知弦さんらしい。
深夏はと言えば、既に落ち着き払い、腕を組んで、堂々と椅子《いす》にふんぞり返っていた。まあ、アイツはいっつもクラスでも中心になって喋っているからな。校内放送ぐらいで緊張《きんちょう》するようなこともないのだろう。
「さあ、始めるわよ!」
会長が声を上げ、何か手元に据《す》えつけられた大量のスイッチの一つを押す。
……さて。仕方ない。やるなら、俺も、ちゃんと取り組むか。
*
ON AIR
会長「桜野《さくらの》くりむの! オールナイト全時空!」
杉崎「放送|範囲《はんい》でけぇ!」
♪ オープニングBGM ♪
会長「さあ、始まりました。桜野くりむのオールナイト全時空」
知弦「夜じゃないけどね」
会長「この番組は、富士見《ふじみ》書房の一社|提供《ていきょう》でお送りします」
深夏「どうしたんだ、富士見書房……。無駄《むだ》な投資《とうし》も甚《はなは》だしいな、おい……」
会長「まあ、ギャラもゼロ円だし、機材も放送|枠《わく》にもお金かかってないから、スポンサーにしてもらうことは何もないんだけどね」
真冬「じゃあなんで提供を読んだんですか……」
会長「それっぽいじゃない。うん、今のところ、とてもラジオっぽいわ」
真冬「……はぁ。いいですけど」
会長「こら、真冬ちゃん! そんなテンションじゃ駄目《だめ》よ! リスナーは、もっと、こう、女の子の元気な会話を望んでいるんだから!」
真冬「そ、そうでしょうか……」
会長「うん。男子リスナーなんて、そんなものだよ」
杉崎「こらこらこらこら! なんでリスナーを見下げた発言すんの!? 生徒に喧嘩《けんか》売ってんの!?」
会長「パーソナリティあっての、リスナーじゃない」
杉崎「リスナーあっての、パーソナリティだ!」
深夏「おお、鍵《けん》が物凄《ものすご》く真っ当な発言してる! すげぇ! ラジオ効果《こうか》、すげぇ!」
会長「……そうね。私が間違《まちが》ってたわ、杉崎」
杉崎「分かればいいんですよ、分かれば……」
会長「そうよね。やっぱり、ある程度《ていど》|媚《こ》びておいた方が得よね。うん、私、大人」
杉崎「だから、そういう発言を堂々としちゃ駄目だって――」
会長「お便りのコーナー!」
杉崎「無視《むし》!? ラジオなのに、言葉のキャッチボール拒否《きょひ》!?」
知弦「それがアカちゃんクオリティ」
杉崎「なんで貴女《あなた》は要所要所でしか喋《しゃべ》らないんですか! もっと舵取《かじと》りして下さいよ!」
知弦「…………」
杉崎「ラジオで無言はやめましょうよ!」
会長「さて、一通目のお便り」
杉崎「進行重視かっ! 会話の流れ無視ですかっ!」
会長「『生徒会の皆《みな》さん、こんばっぱー!』はい、こんばっぱー!」
杉崎「え、なにその恥《は》ずかしい挨拶《あいさつ》! 恒例《こうれい》なの!?」
女性|陣《じん》「こんばっぱー!」
杉崎「俺以外の共通|認識《にんしき》!?」
会長「『オールナイト全時空、いつも、楽しく聴《き》いております』ありがとー」
杉崎「嘘《うそ》だ! 第一回放送のはずだ、これは!」
会長「時系列なんて、瑣末《さまつ》な問題よ、杉崎。このラジオにおいてはね」
杉崎「さすが『全時空』!」
会長「あと、言い忘《わす》れていたけど、一応《いちおう》、生でも放送されているわよ、これ。聴いている人は少ないだろうから、また明日昼休みに校内で流すけど」
杉崎「どおりでメールが来るはずだ! っていうか、じゃあもっと発言に気をつけて下さい!」
会長「はいはい。じゃ、メールの続きね。『ところで、皆さんに質問《しつもん》なのですが、皆さんは、どんな告白をされたら嬉《うれ》しいでしょう? 僕《ぼく》は今、恋《こい》をしているのですが、どう告白しようか迷《まよ》ってます。くりねえ、是非《ぜひ》アドバイスお願いします』」
杉崎「『くりねえ』って呼《よ》ばれてんだ! こんなにロリのくせに!」
会長「そうねぇ……。これは難《むずか》しい問題ね。でも、恋愛経験豊富《れんあいけいけんほうふ》な私に言わせれば――」
杉崎「男と手|繋《つな》いだことさえないくせに……」
会長「普通《ふつう》に告白すればいいと思う」
杉崎「なんかテキトーなアドバイスした――――――!」
会長「知弦はどう思う?」
知弦「そうね……好きにすればいいんじゃないかしら。私には関係ないし」
杉崎「パーソナリティがリスナーに冷てぇ――――――!」
会長「真冬ちゃんはどう?」
真冬「え? そ、そうですね……。えと……真冬は……。……わかりません」
杉崎「まさかの『わかりません』発言キタ――――――!」
会長「深夏は?」
深夏「当たって砕《くだ》けろ! 以上!」
杉崎「もっとリスナーのハートを丁重《ていちょう》に扱《あつか》おうよ!」
会長「次のお便り。『妹は預《あず》かった。返してほしくば、指定|口座《こうざ》に――』……ん? あれ? これ、間違いメールね。ちょっとスタッフー、しっかりしてよぉー。まったく。……じゃ、次」
杉崎「スルーしていいの!? 今の内容《ないよう》、そんな簡単《かんたん》にスルーしていいの!?」
会長「『生徒会の皆さん、こんばっぱー』こんばっぱー!」
女性陣『こんばっぱー!』
杉崎「だから、なんでこれだけ皆ノるの!? いつ打ち合わせしたの!?」
会長「『くりねえ。どうしよう。私、お金が早急《さっきゅう》に必要で……。というのも、うちの妹が誘拐《ゆうかい》されちゃって、両親が金策《きんさく》に走り回っているんだけど、集まらなくて……どうしたらいいかなぁ』」
杉崎「ディープなお悩《なや》みキタ――――――! っていうか、ここにメールする以前に、警察《けいさつ》に連絡《れんらく》しろよ! それに、間違いなくさっきのメールに関連してるよな、これ!」
会長「ううん……そうねぇ。分かった。ラジオネーム≪被害者《ひがいしゃ》の家族≫さんには、富士見書房から、≪まとまったお金≫をプレゼント! 待っててねー」
杉崎「ええええええええ!? 用意すんだ! しかも勝手にスポンサーから引き出すんだ! いいんですか、それ!」
会長「全ては富士見書房|次第《しだい》ね」
杉崎「なんでアンタそんなに偉《えら》そうなんだ!」
会長「よし、じゃあ、ここで一曲。先日私が出したニューシングル。≪妹はもう帰ってこない≫を聴いていただきましょう」
杉崎「空気読め―――――――――――――――――――!」
会長「どうぞー」
♪ ≪妹はもう帰ってこない≫フル再生《さいせい》 ♪
会長「さて、聴いていただきましたのは、絶賛《ぜっさん》発売中のシングル≪妹はもう帰ってこない≫でした。デビューシングルの、≪弟は白骨化《はっこつか》していた≫も合わせてよろしくねー」
杉崎「アンタの過去《かこ》に一体何があったんだ!」
会長「じゃあ、ここで恒例のコーナー。≪椎名|姉妹《しまい》の、姉妹でユリユリ♪≫」
杉崎「…………。……そ、それはちょっと|聴《き》きたいかも」
真冬「先輩《せんぱい》!? ちゃんとツッコンで下さいよ、そこは!」
深夏「そうだ! 聞いてないぞ、そんなの!」
会長「このコーナーは、リスナーから送られてきた恥《は》ずかしい百合《ゆり》っぽい脚本《きゃくほん》を、椎名姉妹が演《えん》じるという、人気コーナーです」
杉崎「人気な設定《せってい》なんだ……。俺が言うことじゃないけど、ここの生徒、大丈夫《だいじょうぶ》か?」
会長「私|個人《こじん》的には好きじゃないんだけどね……。ほら、ご機嫌《きげん》取りよ、ご機嫌取り。これやっておけば、とりあえず、生徒は満足だろうから」
杉崎「だからそういう発言は、本番中にしないで下さい!」
会長「じゃ、椎名姉妹、よろしくー。はい、これ、台本」
真冬「う、うぅ……ホントにやるんですか?」
深夏「うわ、なんだこれ! こんなの読んでられっかよ!」
会長「こら深夏! 逃《に》げないで! これを乗り越《こ》えてこそ、ホンモノの副会長よ!」
杉崎「副会長の資格《しかく》とまるで関係ないでしょう……」
深夏「……やるしかねーようだな」
杉崎「なんで納得《なっとく》してんの!?」
真冬「真冬も……覚悟《かくご》を決めました」
杉崎「なにキッカケで!?」
知弦「ふ……それでこそ椎名姉妹よ」
杉崎「貴女《あなた》はどうして変なところでだけ、思い出したように発言するんですか!」
会長「じゃ、いってみよー」
♪ 耽美《たんび》なBGM ♪
『真冬……。あたし、もう……』
『あぁ、おねぇちゃん……。んっ! あ、はぁはぁ』
『真冬……可愛《かわい》いよ、真冬……』
『おねぇ……ちゃ……。……んん!』
杉崎「待て待て待て待て! 個人的にはドキドキワクワクだけど、これは、校内放送でやっていいレベルじゃないでしょう!?」
会長「う、うん……そ、そうね。こ、これは、なんか、やりすぎたわ」
真冬「えええええ!? こ、これだけやらせておいて!」
深夏「ひでぇ! そういう反応《はんのう》されると、あたし達、本格《ほんかく》的にいたたまれねーじゃねーか!」
知弦「……椎名姉妹の絡《から》みは、放送コードにひっかかるわね。そういうディープなのは、プライベートだけで留《とど》めてくれるかしら」
深夏「勘違《かんちが》いされるようなこと言うなよ! プライベートはこんなんじゃねー!」
真冬「そ、そうです! リスナーの皆《みな》さん、信じないで下さいっ!」
知弦「……そうね。うん。ここは、そういうことにしておくべきだったわね。軽率《けいそつ》な発言して、ごめんなさい、二人とも」
椎名姉妹『もうやめてぇぇぇぇぇ!』
会長「さ、さて、じゃあ、次のコーナー! ≪杉崎鍵の『殴《なぐ》るなら俺《おれ》を殴れ!』≫」
杉崎「なんですかそのコーナー!」
会長「このコーナーは、校内でもし誰《だれ》かを殴りそうなほどカッとしてしまったら、とりあえず、杉崎を標的にして発散しましょう、というコーナーです」
杉崎「俺の人権《じんけん》は!?」
会長「生徒のいざこざを解決《かいけつ》するのも、生徒会の仕事。というわけで、今日も揉《も》め事がありましたら、二年B組の杉崎までご連絡《れんらく》を――」
杉崎「するな――――――――――――――!」
会長「仕方ないわね……。希望者もいないようだし、今日はこのコーナー飛ばすわ」
杉崎「なんで俺の担当《たんとう》だけ、そんなコーナーなんスか……」
会長「じゃあ、次は私のコーナー! ≪桜野くりむへのファンレター≫!」
杉崎「明らかに差別してね!? コーナーの格差《かくさ》が激《はげ》しいですよねぇ!」
会長「匿名《とくめい》希望さんからのお便り。こほん。『桜野くりむ様。貴女の可愛らしさを見る度《たび》に、僕の心はいつもドキドキとときめいて――』」
杉崎「ファンレターと言うより、ラブレターじゃないですか! 誰だ! 俺の女にちょっかいかけるヤツは! いい度胸《どきょう》だ! 出て来い! 俺が相手して――げふっ」
会長「な、なに口走っているのよ、貴方《あなた》は!」
杉崎「だ、だって、俺の彼女にラブレターなんて送るヤツがいるから……」
会長「私は杉崎の彼女じゃないよ! ラジオ放送で変なこと言わないの!」
杉崎「すいません。カッとなってやりました。反省はしていません」
会長「なんでそんなにふてぶてしいの!?」
杉崎「うぅ……。で、でも、その、勘弁《かんべん》して下さい。その会長への手紙のコーナーは、俺が嫉妬《しっと》に狂《くる》ってしまって、耐《た》えられません」
会長「う……」
深夏「…………どうでもいいけど、イチャついてないで、早く進めろよ」
会長「い、イチャついてなんかないわよ! 深夏まで変なこと言わないで! も、もう……調子狂うわね。こほん。……じゃあ、次のコーナー……」
真冬「あ、なんだかんだ言って先輩《せんぱい》の希望通り、手紙読むのやめてくれるんですね」
会長「う……。と、とにかく、次! ≪学園 五・七・五≫」
杉崎「……なんか、急に、普通《ふつう》の定番コーナーですね……」
会長「うん、ネタ切れだからね」
杉崎「言っちゃうんだ!」
会長「このコーナーは、リスナーが考えた、この学園にまつわる面白《おもしろ》おかしい五・七・五を、紹介《しょうかい》するコーナーです」
杉崎「逆《ぎゃく》に危機《きき》感を抱《いだ》くほど、ありきたりなコーナーですね」
会長「こほん。では、いきましょう。匿名希望さんからの五・七・五」
『燃《も》えちまえ メラメラ燃えろ 杉崎家』
会長「……素晴《すば》らしい詩ですね。情景《じょうけい》が目に浮《う》かぶようです」
杉崎「…………」
会長「? えっと……杉崎? 私が言うのもなんだけど……ツッコマないの?」
杉崎「いえ……。…………。すいません。リアルに身の危険《きけん》を感じて、テンションが上がりにくいです」
会長「あー……」
深夏「……ちょっと笑いのレベルを超《こ》えていたよな、今のは……」
真冬「真冬も、若干《じゃっかん》引いてしまいました」
知弦「まあ、でも、そうよね。キー君って、そういう立場よね、基本《きほん》。皆の憧《あこが》れの美少女達が集まるコミュニティに在籍《ざいせき》しているだけでもアレなのに、その上、自分から『攻略《こうりゃく》する』だの『ハーレム』だの宣言《せんげん》しているんだから……自業《じごう》自得?」
杉崎「う、うぅ……。え、ええい! 構《かま》うもんか! ここは俺のハーレムだ! 文句《もんく》あるヤツ、喧嘩《けんか》なら買うぜ! だから――」
会長「だから?」
杉崎「火、つけるのだけは勘弁して下さい。すいませんでした」
会長「……杉崎がラジオなのに泣きながら土下座《どげざ》したところで、次のお便りいこうか。これも……ええと、匿名希望みたい。こほん」
『金が無い 勢《いきお》い余《あま》って 人さらい』
杉崎「犯人《はんにん》コイツかぁ――――――――――――――――――――!」
会長「え? なに? どういうこと?」
杉崎「いや、だから、さっきの誘拐事件《ゆうかいじけん》の――。い、いえ、そんなことより、コイツの名前と住所! 書いてないんですか!」
会長「それはないけど……追伸《ついしん》で『二万円も要求してやったぜ!』とは書いてあるわ」
杉崎「二万円かよ! 安いな、うちの生徒の妹の身代金《みのしろきん》! なんで両親用意できねーんだよ!」
会長「私に言われても……。杉崎。世の中には、恵《めぐ》まれない人もたくさんいるんだよ」
杉崎「そ、そうですけど!……なんかこの事件……割《わり》と浅い気がしてきました」
会長「そんなの誰もが最初から気付いているわよ。まあ、うちはラジオを続けましょう」
杉崎「……収録中《しゅうろくちゅう》っていうか放送中に決着つきそうッスね……誘拐事件」
会長「では、最後の五・七・五です。こほん」
『真面目《まじめ》にさ 仕事をしろよ 生徒会』
杉崎「一般《いっぱん》生徒の素直《すなお》な反応《はんのう》キタ――――――――――!」
会長「まったく、失礼しちゃうわよね」
杉崎「いえ……俺が言うのもなんですが、すげぇ気持ち分かります」
深夏「あたしも分かる」
会長「なによ! やるべきことはちゃんとやってるわよ!」
知弦「やらなくていいことも大量にやっているけどね」
会長「不愉快《ふゆかい》だわ。このコーナー、終了《しゅうりょう》」
杉崎「そういう態度《たいど》が駄目《だめ》なんだと思います!」
会長「さて……じゃあ、そろそろ終わりも近いし、フリートークしましょうか」
杉崎「今までも充分《じゅうぶん》自由でしたけど……」
深夏「お、会長さん。メール来てるみたいだぜ」
会長「え? なになに?」
真冬「ええと、ですね。『妹が誘拐されていた件ですけど、無事|解決《かいけつ》しました』らしいです。良かったですね!」
杉崎「おお……解決したか。良かった良かった」
知弦「……ちっ」
杉崎「すげぇ聞こえてますけど、知弦さん。今の舌打《したう》ち」
知弦「なんのことかしら」
杉崎「録音《ろくおん》&放送されているっていうのに、なにその自信満々な開き直り!」
知弦「でも……随分《ずいぶん》あっさり解決しちゃったわね。どんな犯人だったの?」
真冬「ええと……よく分からないですけど、最終的には、攫《さら》われた妹さんが、自分で、犯人を叩《たた》きのめしたらしいです。犯人さんは……今、重体です」
杉崎「二万円|欲《ほ》しかっただけの犯人――――――――――――――――!」
真冬「妹さんも、基本《きほん》的には犯人さんに遊んで貰《もら》っていただけのようですよ。でも……このラジオをたまたま聴いていて、自分が攫われていることに気付いて、慌《あわ》てて、犯人をボッコボコに……」
杉崎「俺達のせいかっ!」
深夏「結局、なんで二万円欲しかったんだ、コイツは……」
真冬「えと……ですね。メールによると……うん、なんか、犯人は、意識《いしき》を失う前、『この子の姉に……貸《か》したままの二万円を……返してほしかった……だけなのに。ガクリ』と倒《たお》れたようです」
杉崎「いたたまれね――――――! っていうか、諸悪《しょあく》の根源《こんげん》は姉か! リスナーか!」
真冬「そのリスナーさんから送られてきたメールの最後は、『悪は滅《ほろ》びるのよ! あっはっは』で締《し》めくくられています」
杉崎「このラジオのリスナーはろくでもないな!」
真冬「ま、まあまあ。一件《いっけん》落着ということで……」
杉崎「……俺、この放送終わったら、犯人のとこ見舞《みま》い行くわ。助かってくれ……」
会長「こ、こほん。ええと……色々ありましたけど、このラジオも、そろそろ、お別れの時間が来たようです」
杉崎「やっとか……。短い番組の割に、驚《おどろ》くほどディープだった……」
会長「最後は、『今日の知弦|占《うらな》い』でお別れです。それでは皆《みな》さん、また来週」
♪ 神秘《しんぴ》的なBGM ♪
知弦「では、今日の知弦占いを。
当校の獅子座《ししざ》のあなた。近日中に、『世にも奇妙《きみょう》な物語』っぽい事態《じたい》に巻《ま》き込《こ》まれるでしょう。注意して下さい。タ○リを見かけたら全力で逃《に》げなさい。
ラッキーカラーは≪殺意の色≫。どす黒いか、|真紅《しんく》か、その辺は各々のイメージに|任《まか》せます。
ラッキーアイテムは≪核《かく》≫。常《つね》に持ち歩くとなおよし。貴方《あなた》がメタルギアなら、それも可能《かのう》となるでしょう。
最後に一言アドバイス。
死なないで
以上、知弦占いでした」
杉崎「怖《こわ》いですよ! 獅子座の人間、今日が終わるまでビクビクですよ!」
知弦「また来週、この時間に会いましょう。……獅子座以外」
杉崎「獅子座ぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!」
♪ ED曲 ≪弟は白骨化《はっこつか》していた≫ ♪
*
「今日の放送は大好評《だいこうひょう》だったね!」
例の番組の放送があった後の放課後。会長は大満足の顔で、生徒会室でふんぞりかっていた。知弦さんも、楽しそうにニヤニヤしている。
しかし……俺と椎名|姉妹《しまい》は、すっかり、げんなりしていた。
会長に聞こえないよう、小声で、深夏と会話する。
「(おい深夏……。あれ……好評だったように見えたか?)」
「(いや……少なくともうちのクラスは、ドン引きだったよな)」
「(ああ……皆、途中《とちゅう》で箸《はし》止めたっきり、食欲《しょくよく》なくして、結局、昼飯が食えてなかったな)」
「(会長さんは、なにをもって、大好評だと思ってんだ?)」
「(おおかた……会長と知弦さんのクラスは、二人に気を遣《つか》って、皆、愛想《あいそ》笑いしてくれたんじゃないか?)」
「(ああ、なるほど……)」
深夏が納得《なっとく》したところで、会長がこちらに視線《しせん》を向けてきた。俺達《おれたち》はぎくりと体を強張《こわば》らせる。
「二人のクラスではどうだった? 皆、大絶賛《だいぜっさん》だったでしょう!」
「う……」
そんな純粋《じゅんすい》な目で見つめられると……こう、事実を言い辛《づら》い。さすがの深夏も、そっと視線を逸《そ》らしていた。
俺はぎこちなく、笑う。
「え、ええ……。大人気でしたよ」
「そうでしょう!」
いかん。これでつけ上らせるのもまた、問題だ。
「ええ……そうですね。言うなれば、小学生のなりたい職業《しょくぎょう》ランキングにおける、『会計|事務《じむ》』と同じぐらい、大人気でしたよ!」
「それ、人気なの!?」
会長は首をかしげていた。……うむ、うまくごまかした。深夏が「グッジョブ!」と俺を褒《ほ》め称《たた》える。
しかし、会長の矛先《ほこさき》は、すぐに、真冬ちゃんに向いてしまった。
「真冬ちゃんのクラスでも、人気だったよね!」
「え」
真冬ちゃんが、カチカチに固まる。……ああ、彼女のクラスも……うちと同じか。
真冬ちゃんが、すごく、すごく歪《いびつ》な笑《え》みを浮《う》かべた後、震《ふる》えながら返した。
「は、はい。そ、そうですね……言うなれば、スーパー○リオブラザーズにおける、≪逆《さか》さメット≫ぐらい、大人気でしたよ!」
「それは本当に人気と言えるの!?」
真冬ちゃんも、うまいこと(?)かわしていた。……嘘《うそ》は言ってない。嘘は。
会長はしかしすっかり気が緩《ゆる》んでいるのか、「そっかそっかぁ」と実に満足げだ。……まずい。こりゃあ、もしかすると――
「じゃあ、第二回もやらないとねー!」
『…………』
会長以外全員……今回は知弦さんも含《ふく》め、嘆息《たんそく》する。知弦さんはある程度《ていど》ノっていたけど、それでも、二回三回とシリーズ化するとなると、話は別らしい。
全員で、アイコンタクト会議開始。
(どうしますか……。会長、まだやる気ですよ)
(アカちゃんにしては、執着《しゅうちゃく》が深いわね……。一回やれば満足するとふんでいたのだけれど。下手にクラスメイトが気を遣ったことが、裏目《うらめ》に出たわね)
(どうすんだよ……あたし、もう、あんなの勘弁《かんべん》だぜ)
(真冬も、もう、無理ですぅ……)
全員で、うーむと考え込む。会長は一人、上機嫌《じょうきげん》で次の企画《きかく》を練っていた。
俺は……仕方ないので、妥協案《だきょうあん》を提示《ていじ》してみることにする。
「会長」
「ん? なぁに、杉崎」
「その……ですね。こういうのは、ほら、たまーにやるからこそ、味が出るんじゃないかと」
「? どういうこと?」
「つまり、ですね。二回目をやるにしても、ある程度間をおいた方がいいんじゃないかと……」
「…………」
俺の提案に、会長が考え込む。その隙《すき》に他の皆《みんな》を見ると、こちらにグッと親指を立ててくれた。……そう。会長は、すぐに流行に流される人間。ある程度期間さえおけば、すぐに、こんな企画は忘《わす》れてしまうだろうという目論見《もくろみ》だ。
会長は数秒たっぷり悩《なや》み……そして、笑顔《えがお》で答えてきた。
「そうねっ! このラジオは、クオリティ重視だもんね!」
「え、ええ」
その割《わり》には、クオリティが驚《おどろ》くほど低かった気もするが。
「分かったわ、杉崎! 次は……そうね。一ヶ月は置いてからにしましょう!」
「そうですね」
全員、胸《むね》を撫《な》で下ろす。
こうして、この、危険《きけん》すぎるラジオの第二回は、少なくとも一ヶ月はやらないことに決定したのだった。
これで、未来は安泰《あんたい》――
「じゃあ次は、生徒会のPRビデオの撮影《さつえい》にかかりましょう! ようやく、映像用《えいぞうよう》の機械も揃《そろ》ったのよ!」
ドンっと、机《つくえ》の上に置かれる、大きなビデオカメラ。
…………。
『え?』
全員、信じられないものを見たように、固まる。
会長だけは……一人、ニッコリと、微笑《ほほえ》んでいた。
「さぁ、これからが本番よ〜」
『…………』
……………………。
『いやゃあああああああああああああああああああああああああああ!』
獅子座《ししざ》じゃないのに、世にも奇妙《きみょう》な悲劇《ひげき》に巻《ま》き込《こ》まれた俺達であった。
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【第四話〜更生《こうせい》する生徒会〜】
「人生やり直すのに、遅《おそ》すぎることなんてないのよ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
かなり聞き飽《あ》きた名言だったが、俺は個人《こじん》的にその言葉が好きなので、会長に笑顔《えがお》を向ける。
「そうっすね」
――と、
「貴方《あなた》に言っているのよっ、杉崎《すぎさき》!」
なぜか会長はビシッと俺に人差し指を突《つ》きつけてきた。俺が目をぱちくりさせていると、隣《となり》の深夏《みなつ》が、半袖《はんそで》からのびた健康的な腕《うで》を俺の首にぐいっと回して、絞《し》めてくる。胸の感触《かんしょく》が微《かす》かに頬《ほお》に……。男|性格《せいかく》、万歳《ばんざい》。
「確《たし》かにこいつ、早急《そうきゅう》に人生をやり直す必要があるよなー」
深夏がそう会長に返しながら、腕に込める力を上げる。……む。ちょっと首が痛《いた》い。
目の前では、先日ドSだと判明《はんめい》した知弦《ちづる》さんが微笑《びしょう》しつつ俺を眺《なが》めていた。
「いいわね。今のキー君もいいけど、更生したキー君というのにも少し興味《きょうみ》があるわ」
「ちょ、更生って! 俺は元から超真面目《ちょうまじめ》人間――」
そこまで言ったところで、首を絞《し》める力が一層《いっそう》強まった。さすがにそろそろギャグの域《いき》じゃない。トントンと深夏の腕に「ギブ」の意を伝えてみるも、深夏は完全に無視《むし》していた。……いや、ちょ、これ――
「真冬《まふゆ》も……見たいです。杉崎|先輩《せんぱい》が真面目になったら……す、素敵《すてき》だと思います」
知弦さんの隣で、真冬ちゃんまで賛成《さんせい》していた。
「げ、げほっ! なにげに……今の俺を全否定《ぜんひてい》された気がするよ、それ」
俺は深夏の腕をなんとかはずそうともがきながら、真冬ちゃんに視線《しせん》を送る。
真冬ちゃんは目を逸《そ》らし、深夏に「お、お姉ちゃん、そろそろ放《はな》してあげてよぅ」と頼《たの》んでくれていた。……罪滅《つみほろ》ぼし?
そうして、可愛《かわい》い妹からその要請《ようせい》を受けた深夏は……。
「ごめん、真冬。お姉ちゃん、生まれて初めて真冬のお願いを……却下《きゃっか》する!」
「なぜこんなところで!?」
俺が激《はげ》しくツッコムと同時に、更に首が絞まった。あ……なんか……もう、逆《ぎゃく》に、気持
ちよくなってきた。なんだこれ。俺、Mだったの?
あれれ。ここは生徒会室じゃなくて……お花畑? あ、綺麗《きれい》な川があるぞ。そして対岸には……。
『鍵《けん》くぅ〜ん! こっちにおいでぇ〜♪ 可愛がってあげるわよ〜ん♪』
ああ、なんか素敵な水着のお姉さま方が対岸に! なんだあれ! あっちはユートピアか! 行くしかない! もう行くしかないぞ、杉崎鍵!
「今、会いに行きます!」
俺は超ダッシュで駆《か》け出した。その速さたるや、既《すで》に漫画《まんが》レベルと言っても過言《かごん》ではない! 戦闘力《せんとうりょく》の低い者には視認《しにん》さえ出来ないだろう! その時俺は風だった! いや、光だった! 相対性理論《そうたいせいりろん》を体が理解《りかい》した! 俺は既に一つの兵器だった!
そう……あまりに俺の勢《いきお》いは強すぎた。ツンだらけの環境《かんきょう》で培《つちか》われた俺の性的|欲求《よっきゅう》は、もう臨界点《りんかいてん》を突破《とっぱ》していたのだ! そのため……。
『きゃあああああああ!?』
俺は突《つ》っ込んでいた。お姉さまたちの集団《しゅうだん》に。それどころか、吹《ふ》き飛ばしてしまっていた。対岸の世界を。ユートピアを。気付いたら、周辺は焦土《しょうど》と化していた。
「なんてこった。ちょっとした美人お姉さまじゃ、俺の欲望を受け止めるには足りないというのかっ!……仕方ない」
というわけで。
俺は川を渡《わた》って、元の居場所《いばしょ》の方へと帰ることにした。
…………。
……暗い。寝《ね》ているのか?……俺。ん。なんか、声が聞こえるぞ。
「……おーい? 鍵? あれ? 殺《や》っちゃった?」
「『やっちゃった』ってなに!? お姉ちゃん!?」
「ちょ、深夏! 杉崎に人生やり直せとは言ったけど、一回終わらせろとは言ってないわよぅっ。どうするのよぅ、生徒会長の責任《せきにん》問題になったら……ああ」
「生徒会室で初の死人ね……。まさかこういう展開《てんかい》になるとは想定していなかったわ……。仕方ない。隠《かく》しましょう。四人で。ここからは、桐野夏生《きりのなつお》の『O○T』的展開で読者を獲得《かくとく》していきましょう。……ふふふ。腕が鳴るわ」
「ちょ、知弦? そんなに顔が|活《い》き活きしているの、初めて見るんだけど……」
「さ、アカちゃん。ますは四肢《しし》を|切断《せつだん》――」
「されてたまりますかぁああああああああああああああああああ!」
俺《おれ》は慌《あわ》てて起きた。オチオチ死んでもいられない。
椅子《いす》を押《お》し出し勢《いきお》いよく立ち上がる。どうやら俺は机《つくえ》にぐったりと突っ伏《ぷ》していたようだ。全員が、ボーっとこちらを見ていた。
深夏がぽつりと呟《つぶや》く。
「あ、生き返った。……つまんねーの」
「軽くね!? 俺の生死の扱《あつか》い、軽くね!?」
「隠し通す自信あったのに……」
知弦さんがとても残念そうにのこぎりを棚《たな》にしまっていた。……いや、っていうか、なんで生徒会室にのこぎりが常備《じょうび》されていて、当然のようにそれの位置を知っているのですか、知弦さん。
「よ、良かったですぅ」
唯一《ゆいいつ》、真冬ちゃんだけが目尻《めじり》に涙《なみだ》を浮《う》かべて、安堵《あんど》の溜《た》め息《いき》を漏《も》らしてくれていた。……ああ、やっぱり真冬ちゃんはいいなぁ。俺のこと、こんなに心配してくれて――
「お姉ちゃんが人殺しにならなくて、本当によかったですぅ」
「そっち!?」
相変わらず、無邪気《むじゃき》に酷《ひど》い子だった。真冬ちゃん。ある意味この生徒会で一番くせものなのはこの子なんじゃなかろうか。
会長の方に視線を向ける。彼女は……俺を真剣《しんけん》に見つめていた。
お、これは……デレたんじゃないか? そうだよ! いつもはぞんざいに扱《あつか》っていた存在《そんざい》が、しかし生命の危機《きき》に瀕《ひん》したことで、その大切さを改めて認識《にんしき》したんだ! そういうパターンだ! やった! 命を懸《か》けた甲斐《かい》があったぞ!
俺は会長を見つめ返す。
「会長……」
「杉崎……」
「……ボクは、死にません。貴女《あなた》が、好きだから」
「……杉崎……」
会長がまじまじと俺の顔を見る。……お、おいおい、会長……いや、くりむ。ここでキスかよ。マジかよ。まいるなぁ。皆《みな》の前で、恥《は》ずかしいじゃないか。でもくりむがしたいっていうんだったら、俺もやぶさかでは……。
「……はあ」
「?」
――と、俺が唇《くちびる》を突《つ》き出していると、会長は大きく溜《た》め息をついた。そうして、深く着席して、もう一度|嘆息《たんそく》。
俺は事態《じたい》がよく理解《りかい》出来ず、首を傾《かし》げた。
「あ、やっぱりファーストキスは、二人きりが良かったですか?」
「……はあ。ちょっとは期待したんだけどなぁ」
「? キスですか? いえ、俺の方は準備万端《じゅんびばんたん》ですけど……」
「……ちょっと、期待したのよ。『馬鹿《ばか》は死ななきゃ治らない』っていうでしょ?」
「はい?」
ここに来て、俺もようやく、どうやら会長はデレたわけじゃなさそうだと気付いた。
会長は、俺に再《ふたた》びビシっと人差し指を突きつける。
「一回|臨死《りんし》体験したら、マトモな人間になるんじゃないかって、期待したのっ!」
「……ああ、なんだ、そんなことでしたか。大丈夫《だいじょうぶ》ですよ、会長!」
「なにが?」
「俺はとてもマトモです!」
「それがマトモな人間の発言じゃないわよ!」
自己申告《じこしんこく》じゃ駄目《だめ》らしかった。仕方ないので、知弦さん、深夏、真冬ちゃんに同意を求めてみる。
「皆、俺、マトモだよな!」
『…………』
なんか、凄《すご》くリアルに、気まずそうに顔を背《そむ》けられてしまった。
…………。
……杉崎鍵、さすがに凹《へこ》むの巻《まき》。
俺はようやく臨死体験直後のテンションから冷めると、どんよりした気分で着席した。会長が、「こほん」と、ロリな容姿《ようし》に似合《にあ》わない、仕切り直しの咳払《せきばら》い。
「とにかく、杉崎は更生《こうせい》すべきだと思うのよ。うん。仮《かり》にも生徒会副会長なんだから、それなりの威厳《いげん》はないといけないと思うの」
「……威厳、ねぇ」
会長のロリな容姿を嘗《な》め回すように見てから、嘆息する。他のメンバーも全員|苦笑《くしょう》していた。
視線《しせん》に気付いて、会長、もう一度咳払い。
「と、に、か、く! 今日は杉崎の性格《せいかく》を改善《かいぜん》しましょう! それがいいわ!」
「どうしたんですか、急に。そんなこと言い出すなんて」
俺の質問《しつもん》に、会長は鞄《かばん》をごそごそあさり、「これよ!」と何かを突き出す。
どうやらそれは新聞部が不定期で掲示板《けいじばん》に張《は》り出す、壁新聞《かべしんぶん》のようだった。ゴシップ好きの新聞部が作るそれは、よく会長の目に留まりこの生徒会で問題にされるので、今日もそれかと新聞を眺《なが》める。しかし……今回のは、ちょっと性質《せいしつ》が違《ちが》った。
深夏がわざわざ声に出して読み上げる。
「なになに? 『速報《そくほう》! 生徒会副会長・杉崎鍵は、昔|二股《ふたまた》をかけていた!』だぁ?」
「あらあら、大変ねぇ、キー君」
知弦さんは大変と言いつつ、楽しそうにしていた。ったく……この人は。
真冬ちゃんだけが俺をフォローしてくれる。
「酷《ひど》い記事です! 抗議《こうぎ》しないとっ! す、杉崎|先輩《せんぱい》はそんなことする人じゃあ……。…………。……ごめんなさい」
なんか謝《あやま》られた。とりあえずフォローしてみたものの、よく考えると、女性《じょせい》問題に関してはまるで信用出来ない人間だったことに気付いたらしい。
全員の反応《はんのう》を見た後、会長は新聞を机《つくえ》に置いて、また俺を指差してきた。
「生徒会役員ともあろう者が、こんな記事を書かれて!」
「……あの新聞部は好きですからねぇ、こういうの」
問題の新聞を手に取り、内容《ないよう》を読んでみる。……見出しこそ派手《はで》なものの、見出し以上の内容は、特に無かった。詳《くわ》しくはまるで書かれていない。全文記事を読んでも、「杉崎鍵が昔二股をかけていたらしい」以外の情報《じょうほう》がまるで無かった。
それを、うまいこと、「証言者A」だの「友人B」だのハッキリしない情報|源《げん》を引《ひ》っ張《ぱ》り出して、それっぽく書いていやがる。……新聞部部長の彼女らしいやり方だった。
部長とは個人《こじん》的に知り合い(美少女だから)なのだけど、彼女は「事実を伝えるのなんて、誰《だれ》かに任《まか》せればいいですわ。事実を基《もと》にしたエンターテイメントで皆《みんな》を楽しませてこそ、学校新聞というものではなくて? おーほっほっほっほ!」とか平気で言う、流石《さすが》の俺でも性格の問題で若干攻略《じゃっかんこうりゃく》を躊躇《ためら》うような女だ。
今までは美少女だから全然|許《ゆる》せていたのだが……自分が標的にされると、確《たし》かに、いい気分はしないなぁ。しかも一番まずいのは……。
「杉崎! まずは、その記事の内容が事実かどうなのか、ハッキリして貰《もら》いましょうかぁ!」
会長がとてもご立腹《りっぷく》だ。俺はぽりぽりと頭を掻《か》き、ちょっと逃《に》げてみた。
「あ、会長。もしかして嫉妬《しっと》ですか? 俺の過去《かこ》の女が気になって――」
「そうやって逃げようとしても駄目《だめ》よ!」
こういう「会長モード」の時の会長は、ちょっとからかいづらい。
まいったなぁと思っていると、知弦さんが更《さら》に追い討《う》ちをかけてきた。
「キー君。アカちゃん、こうなったら事実関係|確認《かくにん》とれるまでずっと騒《さわ》ぎ続けるわよ? 分かるでしょ? 諦《あきら》めなさい」
「分かってますけど……」
どうしたものかと考える。ううん……まあ、詳しく話す必要は無いか。
よし……仕方ない。妥協《だきょう》しよう。
俺は会長の目を見据《みす》える。真剣《しんけん》に。会長モードの彼女は、内容はどうあれ、真剣に向き合えば、ちゃんとこちらの言葉を聞いてくれる。ここは、いくら話しづらかろうと、きちんとしておくべきだ。
「結論《けつろん》から言って、事実です。俺は、昔、二股かけてました」
俺の言葉に、会長は……特につっかかってはこなかった。軽いノリで言っていたら「杉崎! 貴方《あなた》はそんなんだから――」と続いていただろうが、今回は、本当に真剣な目で言ったため、そんな風になることはなかった。
それは、知弦さんも深夏も真冬ちゃんも同じだ。誰も、いつものノリで俺を責《せ》めはしなかった。
会長は「そう」と息を吐《は》いて着席すると、「で?」と促《うなが》してくる。
「杉崎は、詳しい経緯《けいい》を話す気あるの?」
「いえ。今はちょっと、勘弁《かんべん》して下さい」
こんな俺でも、簡単《かんたん》にペラペラ話せない過去《かこ》の一つや二つある。この件《けん》は、それの最《さい》たるものだ。
俺の言葉に、会長は嘆息《たんそく》した。そうして、続ける。
「でも、事実なのね」
「はい」
「弁解《べんかい》する気は?」
「ありません」
「そう」
「はい」
「……ん、わかった。じゃ、この件はこれでおしまいっ!」
会長はそう言うと、んっと背伸《せの》びして、スッキリした顔をする。
そうして、いつもの元気な会長に戻《もど》って、俺につっかかってきた。
「さて、杉崎! 早速更生《さっそくこうせい》するために色々するわよ! こんな記事が何度も書かれちゃ困《こま》るんだからねっ!」
「……そうですね。まあ、更生というより、表面を取り繕《つくろ》うぐらいはしましょうかね」
そう言って、俺は微笑《ほほえ》む。……やっぱり、いい女だと思った。生徒会長、桜野《さくらの》くりむ。過去のことは責めない。その代わり、今と未来のために動こうとする。
……ただの美少女なら他《ほか》にも居《い》た。単純《たんじゅん》な能力《のうりょく》では、知弦さんがその器《うつわ》だった。なのに、同じ美少女でも、生徒の多くは桜野くりむに「生徒会長」の票を入れた。その理由が……彼女の傍《そば》にいると、いやってほど分かる。
その魅力《みりょく》があるのは、他のメンバーも同様だ。気付くと、皆、いつもの皆に戻っていた。知弦さんも深夏も真冬ちゃんも、既《すで》にいつもの顔に戻っている。
「ま、真冬も、杉崎|先輩《せんぱい》はもうちょっと気をつけた方がいいと思いますっ!」
「そうだぜー、鍵。お前、ここだけじゃなくて、日常《にちじょう》からして美少女追い掛《か》け回しているだろ? そりゃゴシップ記事が出ない方がおかしいぜ」
「こんなことでケチつけられちゃ、それこそつまらないわよ、キー君。ハーレムを保《たも》ちたいなら、ちょっとガードを固めるぐらいはしないと」
皆、もう二股《ふたまた》のことについては触《ふ》れようともしなかった。……気を遣《つか》っている、というのともちょっと違《ちが》う。彼女達は、俺《おれ》がイヤだと言ったら、本気で、もうそこに触れる気はないのだ。選択肢《せんたくし》さえ潰《つぶ》してしまっているのだ。
……この生徒会は、つまり、そういう場所だった。本人が拒絶《きょぜつ》したら、深く入り過《す》ぎない。それが、この生徒会の暗黙《あんもく》の了解《りょうかい》。この居心地《いごこち》のいい空間は、そうやって出来ている。ぬるま湯のような環境《かんきょう》だ。でも……何が悪い? ぬるま湯、逃避《とうひ》、大いに結構《けっこう》じゃないか。それで救われるものだって、沢山《たくさん》あるんだ。
厳《きび》しい世の中、この生徒会ぐらい、ぬるま湯で丁度いい。
俺はニヤリと笑っていつものように告げた。
「しょうがないなぁ。皆がそんなに俺を求めているなら、俺も、つまらないことで足元|掬《すく》われない様に気をつけてみますかぁ」
「いや、別に杉崎がいなくなるのは構《かま》わないけどね。生徒会のイメージがね」
「ふふふ、分かってますって、会長。会長がツンなのは、充分《じゅうぶん》に理解――」
「いや、本気で」
「…………」
え、えと……皆、優《やさ》しい人達なんだよね? 俺の勘違《かんちが》いじゃないよね?
なんか、皆の眼《め》が暗く輝《かがや》いていた。……え、えと、俺、必要とされているよね? なんだかんだ言って、結局は信頼《しんらい》し合っている……みたいな、いい関係なんだよね、この生徒会。俺の過大評価《かだいひょうか》じゃ……ないよね? ぬるま湯だよね? 俺だけ、「ここは女風呂《おんなぶろ》だっ!」って追い出されそうな空気なのは、気のせいだよね?
なんか怖《こわ》かったので、話をとっとと進める。
「で、更生って、具体的には何をするんです?」
俺の質問《しつもん》に、「ふむ」と会長が腕《うで》を組む。……可愛《かわい》い。ロリな女の子が大人ぶって腕を組んで考え込《こ》んでいるのって、こう……性的《せいてき》な興奮《こうふん》じゃなくて……「萌《も》え」なんだよ!
ああ、なんでこの感情《かんじょう》を表す言葉が、こんなオタク的なものしかないのだろう! 俺はそれがもどかしくてならんよ!
「杉崎。まずはその、変態《へんたい》的なことを考察している時のアホ面《づら》を改善《かいぜん》しようか」
会長はジト目で俺を見ていた。
「む。俺は、いつだって真面目《まじめ》に思考してますよ!」
「真面目に思考するテーマがいつも変態的なのよ!」
「ど、どうして俺の思考のテーマが分かるんですかっ!」
「むしろ分からない方がおかしいぐらい、顔に出てるのよ!」
「なんですって!? この俺のカッコイイ顔が崩《くず》れていると!?」
「その自意識過剰《じいしきかじょう》なリアクションも駄目《だめ》!」
「ええぇ!」
「いい加減《かげん》マスオさんも封印《ふういん》しなさい!」
「シット!」
「意味もなく外人かぶれしない!」
「無念!」
「必要以上にキャラ作らない!」
「……でも、一応《いちおう》主人公だし……」
「なんの!?」
「このエロゲ……『ハーレム生徒会、大征服《だいせいふく》♪〜副会長、私を食・べ・て♪〜』の」
「この世界はそんなタイトルの世界だったの!?」
「ええ、今は会長ルートで攻略中《こうりゃくちゅう》です。まずはメインヒロインっぽい人からでしょう」
「……って、そういう頭おかしい発言も禁止《きんし》!」
「そんな! そんなことしたら、この物語、かなりオーソドックスですよ!」
「さっきから貴方《あなた》はなんの心配をしているのよ!」
会長を打ち負かすと、しかし、今度は真打登場とばかりに知弦さんが出てきた。長い髪《かみ》をさらりと梳《す》いて、好戦的な目でこちらを眺《なが》める。……あかん。Sの目だ、あれは。
「キー君の更生《こうせい》は、生易《なまやさ》しいものじゃ駄目よ」
「え……えと。ち、知弦さん、なんかいい案でも?」
「ええ。まずは……そうね。この、科学部に作らせた『視線《しせん》感知|眼鏡《めがね》』をちょっと改造《かいぞう》して装着《そうちゃく》させて、キー君が女性《じょせい》の胸《むね》等を見たら即座《そくざ》に電流が流れるように……」
「いつの時代の荒療治《あらりょうじ》ですかっ!」
「古代ギリシアの、とある……」
「スパルタでしょう! それ、スパルタって言うでしょう!」
「あら心外ね。愛の鞭《むち》と言ってほしいものだわ。鞭よ、鞭。美少女の鞭よ」
「いくら俺でも、こんな状況《じょうきょう》じゃ興奮しませんよ!」
「仕方ないわね。……じゃ、二つ目の案聞く?」
「あるんですか?」
「ええ。まずは、女性を見ると言い知れぬ恐怖心《きょうふしん》が湧《わ》き上がるという催眠術《さいみんじゅつ》で――」
「三つ目に行って下さい!」
「じゃあ、とりあえず去勢手術《きょせいしゅじゅつ》を――」
「わぁん! どんどん非人道的《ひじんどうてき》になってくー!」
俺はがっくりと崩れ落ちた。……怖い。知弦さん、怖い!
当の知弦さんは俺を散々いじめて満足したのか、「はふぅ」と恍惚《こうこつ》の溜《た》め息《いき》を漏《も》らした後、教科書を取り出して勉強を始めてしまった。……なにげに、生徒会で一番やりたい放題だよな……この人。
知弦さんが引き下がると、今度は待ってましたとばかりに、椎名姉妹《しいなしまい》が目を輝《かがや》かせていた。
「ま、真冬も、色々案、あります!」
「あたしもあるぜー、杉崎鍵改造計画!」
二人とも身を乗り出して来る。話題がなんであれ、美少女に迫《せま》られて断《ことわ》れる俺じゃない。半ば諦《あきら》めたように、俺は口を開いた。
「一応《いちおう》、参考にするけど……」
途端《とたん》、椎名姉妹が交互《こうご》に案を語りだす。
「す、杉崎|先輩《せんぱい》は、まず、鞄《かばん》をピンクにしたらいいと思います!」
「真冬ちゃんは俺にどんなキャラを求めてんの!?」
「いや、ここはいっそ硬派《こうは》に、鉄板の入った鞄と長ランで――」
「深夏の『硬派』のイメージはなんか間違《まちが》っているぞ!」
「よしっ!……と。はい! 先輩のケータイ、沢山《たくさん》ストラップつけておきました!」
「全部サン○オ系統《けいとう》だよねぇ!? 更生の方向なんか違わない!?」
「おい、鍵! とりあえずお前は明日から≪番長≫を名乗れ!」
「お前のは既《すで》に更生でさえねえ!」
「……ん、よし、っと。出来ました、先輩! えへん。真冬、裁縫《さいほう》は得意なんです!」
「って、なに勝手にクマさんのアップリケを俺の制服《せいふく》に縫《ぬ》い付けてんの!?」
「……あ、じゃ、よろしくー。ピッ、と。……おい鍵! やったぞ! 早速《さっそく》来週の火曜日に、音吹《おとぶき》高校の番長と決闘《けっとう》の約束とりつけた!」
「なに『バスケの練習試合組んだよー』みたいなノリで報告《ほうこく》してんの!? やだよ! そもそも他校との喧嘩《けんか》を促《うなが》している時点で、更生からは全力で逆走《ぎゃくそう》しているよ!」
「先輩先輩っ! これ読んでおいて下さいね! 勉強になりますから!」
「なになに、≪私立《しりつ》美少年学院〜ボクが攻《せ》めでアイツが受けで〜≫……。って、だから、真冬ちゃんは俺にどんなキャラを望んでいるの!?」
「なーなー。ロゴどうする? とりあえず≪鍵盤《けんばん》連合≫という組織名《そしきめい》は決まったんだけど……」
「お前は俺をどうする気だ! 鍵盤連合とかやめろよ! なんか自信満々だが、鍵が番長だから、鍵盤連合とか、特にうまくないからね!?」
「…………ぽっ」
「そこ、自分で持って来た≪私立美少年学院≫読んで興奮《こうふん》しない!」
「あー、生徒会予算かさむなぁ。オリジナルのメリケンサック作って、団旗《だんき》作って……」
「お前こそ生徒会から出てけぇー!」
「杉崎先輩は……逆に受けがいいと思います!」
「なにが!? 真冬ちゃん、既に色々見失ってない!?」
――と、ここまで来て、遂《つい》に俺の体力が尽《つ》きた。ぜぇぜぇ息をしながら、机《つくえ》に突っ伏す。……椎名姉妹。一人一人でもとても濃《こ》ゆいのに、それが二人で攻めて来ると、もう誰《だれ》にも止められない。しかも、お互《たが》い性格《せいかく》は正反対なのに、妙《みょう》に息が合っているというか……。この振幅《しんぷく》でのツッコミ地獄《じごく》に耐《た》えられる人間なんて、この世に存在《そんざい》しないだろう。
二人は未《いま》だに暴走《ぼうそう》していたが、俺はもう全《すべ》て放棄《ほうき》して休憩《きゅうけい》する。……真冬ちゃんがノートパソコンを開いて「杉崎先輩は……胸のた……かなり、を……と」と、なんか執筆《しっぴつ》し始めていたが、無視《むし》。深夏に至《いた》ってはなんか俺の胸囲《きょうい》とか測《はか》り出していた。……長ラン作る気満々だった。……それも無視。
結局、結論《けつろん》はこうだ。
「更生《こうせい》させるも何も、他の生徒会メンバーも全員変人なんじゃんか……」
俺のその言葉に、会長だけ反応《はんのう》する。体力が回復《かいふく》したのか、机からがばっと起き上った。
「ジョーダンじゃないわよ! 私はマトモよ!」
「会長。自己申告《じこしんこく》は駄目ですよ」
「う……。み、皆《みんな》! 私は、マトモだよね!?」
前回のこの俺、杉崎鍵に続き、生徒会長、桜野くりむが生徒会に問いかける!
果たしてその結果とはっ!
「…………」
一分後、ずーんと沈《しず》み込む会長がそこに居《い》た。まあ、世の中そんなもんだ。自分がマトモだと思っている人間ほど、意外と周囲からは個性《こせい》的だと思われている。
逆に、自分で目立っていると思っているヤツが、実は誰にも気にされていなかったりもする。
……更生、か。
俺は、ぽつりと呟《つぶや》く。
「個性をなくすのが更生だって言うんなら……なんか俺、ずっとこのままでいいって気もしてきました」
「…………」
会長が死んだ目でこちらを見る。知弦さんも教科書から視線を上げ、椎名姉妹も暴走をやめて俺を見た。
俺は続ける。
「俺だけじゃなくて、ここに居る生徒会メンバー、全員、ちょっと頭おかしいでしょう?」
「ちょ、だから、私はマトモだって――」
会長が立ち上がり、また反論しようとする中、俺は、満面の笑みを浮《う》かべて全員を見回す。
「でも俺《おれ》、ここにいる頭のおかしいメンバー、大好きだよ」
「…………」
会長が勢《いきお》いを殺《そ》がれたように口ごもる。そうして、なぜか赤面して、こほんと咳払《せきばら》いした後、着席してしまった。
知弦さんも椎名姉妹も、温《あたた》かい視線で俺を見てくれていた。……うむ。いい雰囲気《ふんいき》だ。ここは、一気に攻めよう!
「俺のハーレムは、多少|性格《せいかく》に難《なん》があっても、容姿《ようし》さえ良ければモーマンタイなのさ! ああ、なんて心の広い俺! さあ皆! 遠慮《えんりょ》しないで俺の胸《むね》に飛び込んでおいで!」
『…………』
……あれ? 気付いたら、また全員、それぞれの作業に戻《もど》ってしまっていた。会長は相変わらずなんか落ち込んでいるし、知弦さんは教科書呼んでいるし、深夏は紙に鍵盤連合のロゴ書いているし、真冬ちゃんは≪私立《しりつ》美少年学院≫を頬《ほお》|染《そ》めて読んでいる。
…………。
……す、素直《すなお》じゃないなぁ、皆。ま、まったく。ツンはこれだから。
俺が嘆息《たんそく》していると……小さい声で、ぽつりと、会長が呟いた。
「……いいわよ、杉崎は、そのままで」
「? なんですって?」
「……なんでもない」
会長はもう一度嘆息すると、「あーあ、私、変だと思われてるのかぁ」と、また机にくたーっとしていた。……? なんだったんだ? なんか、聞き取れなかったけど。
あ、そうだ。そもそも、新聞部のあの記事が問題になって、日常《にちじょう》を気をつけろって言われたんだっけ。結局、なんにも方針《ほうしん》決まってないや。
「ええと、それで俺、明日からどうします?」
その質問《しつもん》に、全員がこちらを見る。
そうして……全員が一瞬微笑《いっしゅんびしょう》し、しかし俺の言葉は無視して、また自分の世界に戻っていってしまった。
…………え、えと。俺、なんか嫌《きら》われている?
その日は、結局最後まで、俺の更生《こうせい》について触《ふ》れられることはなかった。
*
翌日《よくじつ》の休み時間、廊下《ろうか》を歩いていると、たまたま新聞部の部長が新しい壁《かべ》新聞をせっせと貼《は》っている場に遭遇《そうぐう》した。
俺は、とっても目立つブロンドの彼女に声をかける。ちなみに彼女、ハーフだ。
「や、リリシアさん。自ら貼り出し作業なんて、珍《めずら》しいッスね」
「ん? あら、杉崎鍵。ごきげんよう。昨日のネタではお世話になりましたわね」
新聞部部長、藤堂《とうどう》リリシアは、まるで悪びれることなく優雅《ゆうが》に微笑《ほほえ》む。……この人、本気で悪いことしたという自覚がねぇな……。まったく。
藤堂リリシアは、国籍《こくせき》はれっきとした日本人だし、しかも実は日本から出たことがないという、中身も生粋《きっすい》の日本人である。苦手科目は英語。
普通《ふつう》なら生徒会に入ってもなんらおかしくない美少女なのだけれど、中身に多大な問題があるため、流石《さすが》に誰も票を入れなかった。そんな女。
俺は彼女が壁に新聞を貼り終えるのを見守ってから、声をかけた。
「で、昨日の今日でもう貼り替《か》えですか?」
「ええ。あんな下らない、間に合わせネタより、もっと面白《おもしろ》いネタが入りましたので」
「…………」
俺の過去《かこ》ネタ、下らない間に合わせネタ扱《あつか》いだった。……酷《ひど》い。
壁新聞を眺《なが》めると、見出しには『保健室《ほけんしつ》で目撃《もくげき》!? 看病《かんびょう》をしたがるナース幽霊《ゆうれい》!』と記されていた。東スポかっ。
「この記事に負けた俺の過去って……」
「どう? 面白いでしょう? この藤堂リリシアにかかれば、一晩《ひとばん》でこんな新聞を作っちゃうのも朝飯前というものですわ! おーほっほっほっほ!」
「え? これ、一晩で作ったんですか?」
もう一度壁新聞を見る。ただでさえ学生レベルを凌駕《りょうが》したクオリティなのに、それも一晩で作ったものとはとても思えなかった。
藤堂リリシアは、サラリと答えてくる。
「ええ、そうですわよ。ネタは鮮度《せんど》が命ですからね。昨日起こった事件《じけん》を今日記事に出来なければ、先に口コミで広がっちゃいますわ。それでは、意味がないですわよ。この藤堂リリシアが一番最初に、一番面白く伝えてあげてこそ、事件も浮かばれるというものですわっ」
「……へぇ。でもよく新聞部も動きましたね。俺の記事作り終わったと思ったら緊急招集《きんきゅうしょうしゅう》でしょう? 普通はそんなに簡単《かんたん》に集まらな――」
「いえ、集めてませんわよ?」
「へ?」
「さっき言いましたでしょ。鮮度が命ですもの。この事件が起きたのは昨日の放課後でしたの。わたくしが聞いた時点で部員は殆《ほとん》ど帰ってしまっていましたし、また全員集めるのも面倒《めんどう》でしたので、わたくしが、徹夜《てつや》で一人で作成しましたわ」
「…………」
そう告げる藤堂リリシアの眼元《めもと》には、確《たし》かに、ファンデーションで隠《かく》されているようではあるものの、うっすらと隈《くま》が見えた。……この人……。
俺は彼女と壁新聞を眺めながら、質問する。
「どうして、リリシアさんはそこまでするんですか? お嬢様《じょうさま》の道楽にしては……ちょっと、入れ込《こ》みすぎでは?」
「あら。道楽に入れ込むことのどこに、おかしいことがあるのかしら」
「え?」
「楽しいことあってこその世界じゃない。貴方《あなた》のハーレム作りだってそうでしょう? そんなことしなくたって生きていける。でも、人間、≪生きるだけ≫では満足出来ない生き物なのよ。極限状態《きょくげんじょうたい》にでも追い込まれない限《かぎ》りね。
わたくしはね、杉崎鍵。自分の容姿《ようし》が、名前が、他人と違《ちが》うからって注目を受けるのが大嫌《だいきら》い。でも、これはどうにもならないの。我慢《がまん》して受け容《い》れるしかない。
でも、それでしたら……せめて、復讐《ふくしゅう》してやれーって思いましたの。注目される者の痛《いた》みを知れーってね。初めての記事でわたくしの悪口を言っていた方のスキャンダルをすっぱぬいて停学に追い込んだ時は快感《かいかん》でしたわぁ」
「うわ」
いい話のようで、やっぱり結構《けっこう》最低だった。
「そんな動機で始まったことですけど、今は他の楽しみもそこに見出《みいだ》して、わたくしは新聞を作っていますの。確《たし》かに普通《ふつう》に考えれば、徹夜《てつや》してまでするようなことではありませんわね。でも……わたくしの記事でとりあげる人間もそうですけど……。人間って、おかしいから面白《おもしろ》いのですわ。理解《りかい》できないからこそ、人間なのですわ」
「は、はぁ」
リリシアさんの言うことは、俺にはよく理解できなかった。でも、「あ、そういうことなのか」とも思った。理解できないからこそ、リリシアさんという人間は、面白い人間なのかもしれない。なんだかんだで、悪い意味だとしても、皆《みな》の注目の的になれて、話題に上って、時に人の笑顔《えがお》を引き出すのかもしれない。
それは、生きていく上では必要の無い個性《こせい》だし、かなり迷惑《めいわく》な個性だけど。
それでも……。
「あら、もうこんな時間。では、杉崎鍵。ごきげんよう。貴方《あなた》に関しては追跡調査《ついせきちょうさ》していますので、またお世話になりますわねー!」
「あ、って、な、ちょっと!」
俺の制止も聞かず、リリシアさんはスタスターっと去って行ってしまった。まったく……。
壁《かべ》新聞を眺《なが》める。……会長の嫌《きら》いな怪談系《かいだんけい》か。
普通に考えれば、あの怪談ブームを起こさないためにも、生徒会役員としてはすみやかにこれを剥《は》がすべきだろう。
しかし……。
「藤堂リリシア、美少女なので、許《ゆる》す」
俺はそう告げると、掲示板《けいじばん》の前を去るのだった。
だって。
それが、俺、杉崎鍵なのだから。
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【第五話〜|恋《こい》する生徒会〜】
「恋、だけじゃ駄目《だめ》なのよ! 愛に昇華《しょうか》してこそ、ホンモノの≪恋愛《れんあい》≫なの!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
微妙《びみょう》に俺に対してトゲのある言葉だったので軽く視線《しせん》を逸《そ》らしていたのだが、会長はここぞとばかりに、「そうよね! 杉崎《すぎさき》!」と、俺に話を振《ふ》ってきた。……ちくしょう。この受け売りお子様会長め。
「そ、そうですね。ええ、愛は、ないといけませんよ」
「そうよねー」
「え、ええ」
「ねー」
「……ええ」
チクショー! なんだこの攻撃《こうげき》! ああ、俺はどうせ軽いですよ! ハーレム目指していますよ! 誠実《せいじつ》じゃないですよーだ!
会長は非常《ひじょう》に満足そうにふんぞり返っていた。……く、悔《くや》しい! あの会長にからかわれると、異常《いじょう》に悔しい!
「鍵《けん》〜。珍《めずら》しいなー、お前が会長に負けるなんて。ニシシシシ」
隣《となり》から深夏《みなつ》がイヤな笑いを浮《う》かべつつ囁《ささや》いてきた。顔が近い。それはとても嬉《うれ》しいのだが……ああ、今は素直《すなお》にそれも楽しめない!
「あのお子様会長は、ホント正論《せいろん》ばかりだから、時折《ときおり》反論の余地《よち》ねぇんだよ……」
「あー、それは分かる。いやだよなー、正論って」
「『悪いのは分かっているけど、そういう問題じゃないんだよー』っていう感じのこと、多いだろ、世の中。でも、正論を振りかざすヤツっているわけよ。そうやってふんぞり返るヤツっているわけよ。……アレみたいに」
深夏と二人で会長を眺める。小さな胸をむんと張って、とても偉そうだった。……それが微笑《ほほえ》ましいときもあるのだが……今は単純《たんじゅん》にムカツク。
斜《なな》め前にいる真冬《まふゆ》ちゃんも、小声で話しに加わってきた。
「真冬もわかりますー、そういうの。あのあの、真冬はテレビゲーム好きなんですけど、親に、すぐ言われちゃいます。『目悪くしてそれクリアして、なんか意味あるの?』って。その通りなんですけど……その……」
「あー、分かる。人に迷惑《めいわく》かけてない限《かぎ》り、あんまりそういうことに口出しされたくないよな。それが正論であることなんて、こっちも分かっているんだからさ」
「そ、そうですそうです!」
「あー、あたしもあるなー、それ。あたしは……信号つき横断《おうだん》歩道でも、どう見ても車が来てなかったら渡《わた》っちゃうんだけど……」
「確《たし》かに、ルール的に見たら違反《いはん》だよな、それ。でも……なんかアホらしいよね。特に俺の地元なんて田舎《いなか》だから、視力1・5の俺が左右見ても、地平線まで車が無い時あるわけよ。それなのに、信号待っているのって……なんか、酷《ひど》く虚《むな》しいっていうか」
「注意されたら、そっちが正しいから、甘《あま》んじて受けるしかねーけどな。ううん、まー、悪いのはこっちなんだけど。こっちなんだけさー。ってなるよな」
俺と椎名姉妹《しいなしまい》が奇妙《きみょう》な結束感で団結《だんけつ》していると、知弦《ちづる》さんが勉強を中断《ちゅうだん》して、ふふっと微笑《ほほえ》んだ。
「でも駄目《だめ》よね。ルール違反《いはん》」
『うっ……』
「テレビゲームは目に悪いから、ほどほどに」
「あぅ」
「横断歩道は、ちゃんと信号|確認《かくにん》して渡《わた》りましょう」
「うぅ」
「まぁ、私は暗い中ゲームもするし、信号より自分の視力を信じるけど。ゲームでダメダメになったこの視力をねっ!」
『一番駄目じゃん(ですよ)!』
正論を振りかざすくせに自分には特例を認《みと》めるという、一番イヤなタイプだった。知弦さん。相変わらず……なんというか。
そうこうしていると、ようやく会長が自己陶酔《じことうすい》の世界から帰って来た。「よっこらせ」と席から立ち上がる。
そうして、ホワイトボードに今日のテーマ。
「『校内の風紀の乱《みだ》れについて』……ですか。なんか、すげぇ定番ですね」
俺の呟《つぶや》きに、会長はくるりと、笑顔《えがお》で振り返る。
「定番だからこそ、常《つね》に生徒会が真摯《しんし》に取り組むべきテーマでもあるのよ」
「う……」
また正論だった。……あーもう、今日はどうも分《ぶ》が悪いなぁ。今日の天秤座《てんびんざ》は余程《よほど》下位だったのだろう。血液型選手権《けつえきがたせんしゅけん》も恐《おそ》らく最下位だ。
ボードのテーマを見て、知弦さんが首を傾《かし》げる。
「でも、こういうのは風紀委員に任《まか》せるべきじゃないかしら。それに、この学校、割《わり》と皆《みな》いい子でしょう? 少なくとも、他校に比《くら》べたらかなりの優良校《ゆうりょうこう》だと思うけど」
確《たし》かにそうだ。近隣《きんりん》校の「音吹《おとぶき》高校」なんて、凄《すさ》まじく荒《あ》れていると聞くし、他の学校にしても、あまりいい噂《うわさ》は聞かない。
そんな中において、この碧陽《へきよう》学園はとても恵《めぐ》まれた学校だった。伝統《でんとう》の生徒会システムが功《こう》を奏《そう》しているのか、この学校は割と、こちらがぎゅうぎゅうに締《し》め付けなくても、それぞれ皆がある程度《ていど》のモラルをもって行動してくれている。「皆で学校を作っている」という意識《いしき》が高いのだろう。
だから、風紀委員会も生徒会も、そんなに仕事は忙《いそが》しくない。起こる問題だって、先日の怪談《かいだん》問題や新聞部に代表されるように、ほとんど微笑《ほほえ》ましい部類のものだ。
そんな学園において、これ以上、わざわざ生徒会で議題に取り上げてまで正すような風紀の乱れなんてないと思うのだが……。
しかし、そんな考えに活《かつ》をいれるように会長が大声を上げた。
「なに言ってるの! 乱れているわ! 主に……その……せ、性《せい》がっ」
「性?」
真っ赤な顔でそんな事を言うロリ会長に尋《たず》ねなおす。彼女は「そ、そうよっ」と自分を取り繕《つくろ》いながら話を続けた。
「副会長のせいかもしれないけど。最近、どうも、その、校内でナンパな光景を見ることが多くなった気がするのよっ! その……男女が手|繋《つな》いでいたりとか……」
「? 手繋ぐぐらい、そんなに問題にするようなことですかね?」
「も、問題よ! 二人っきりでっていうならまだしも、その、生徒がたくさんいる前で手を繋いで歩くなんて……不謹慎《ふきんしん》よ! 学び舎《や》たる校舎《こうしゃ》でなんということを……」
「はぁ」
普段《ふだん》からエロゲを愛好する俺《おれ》の方が感覚がずれているのかと周囲を見回してみる。しかし、知弦さんも椎名|姉妹《しまい》もやはり、ぴんと来てないようだった。やはり、会長が少し過敏《かびん》すぎる気がする。
深夏が、「はーい」と手を挙げる。別に挙手の必要はないのだが……。会長が「はい、深夏さん」と教師のように当てると、深夏はあっけらかんと告げた。
「会長は知らないかもしれないけど、そんなのより大変なことしているのなんて、いくらでもいるぜ? 放課後の校舎内を見てみなよ。ちょっと人気《ひとけ》の無いところいけば、キスは勿論《もちろん》、○○○○している光景なんて、結構《けっこう》な確率《かくりつ》で目撃《もくげき》――」
「な――」
会長が絶句《ぜっく》する。しかし、深夏はそのまま続けた。
「まー、確かに乱れていると言っちゃ乱れているけどさ。別にいいんじゃねーの? それで誰《だれ》かに迷惑《めいわく》かけているわけでもねーんだし。ま、そういう場所通りかかるとすげぇ気まずいけどさ。それこそ愛し合っているってことだろ」
深夏に、俺も加勢《かせい》してみることにした。
「そうだぞ、会長。会長だって、数ヶ月したら俺に攻略《こうりゃく》されて、校内でさえ俺を求めるように――」
「退学《たいがく》よ――――――――――――――――――――!」
言葉の途中《とちゅう》で絶叫《ぜっきょう》された。会長は顔を真っ赤にしながら続けてくる。
「そ、そ、そんなことしている人を見かけたら、今後は、全部退学! 問答無用で退学! お、おかしいわよ! ここをなんだと思っているの!」
「フラグを立てるための場――」
「杉崎は黙《だま》っていて! プレイステーション5が出るまで!」
「期間なげぇ!」
いつになるか分かったもんじゃなかった。4じゃないところが余計《よけい》に酷《ひど》かった。
そんな中、知弦さんがあくまでマイペースで、クールに告げる。
「でもそれは仕方ないわよ、アカちゃん。性《せい》の乱《みだ》れなんてここだけの話じゃないし、生徒会が動いて止められるものでもないわ」
「止めるんじゃないの! 排除《はいじょ》するのよ!」
「そんなことしたら、杉崎じゃないけど、かなりの生徒が消えちゃうわよ、この学校」
「仕方ないわよ!」
「……アカちゃん。生徒会長は、風紀の乱れを正すのも大事だけど、まず最初に生徒のことを考えるべきなんじゃないかしら。『生徒』の『会』の『長』なのよ」
「ぅ……」
知弦さんは非常《ひじょう》に大人だった。会長もたじろいでいる。……むぅ。どうして俺の説得はすぐ却下《きゃっか》されてしまうのか……。会長のツンっぷりは酷いなぁ。
「いや、おめぇのは誰でも却下するから」
深夏がまたも俺の思考を読んでツッコンで来た。むむむ。俺は、こんなにも生徒達を愛しているというのに……。
しかし会長は、知弦さんの説得にも、やはり応《おう》じなかった。「やっぱり駄目《だめ》!」と再度《さいど》|叫《さけ》ぶ。知弦さんは諦《あきら》めたように両手をあげて、俺達に首を振《ふ》った。……「こうなったアカちゃんはもう止められないわ」の意だった。俺と椎名|姉妹《しまい》は嘆息《たんそく》する。
そんな中、これまで場を静観していた真冬ちゃんが、おずおずと手を挙げた。「はい、真冬さん」と会長に当てられ、小さく口を開く。
「ま、真冬も、そういうのはあまり得意じゃないですけど……その……したい人には、させてあげればいいかと……」
「したい人?」
「い、いえ、そういう意味じゃなくてっ!」
俺の質問《しつもん》に、真冬ちゃんは会長以上に真っ赤になる。元々|肌《はだ》が病的に白いせいか、彼女が赤くなると凄《すご》く目立つ。そして……そんな真冬ちゃんは、瞬間《しゅんかん》最大風速において、時折会長のそれさえ上回るほど「萌《も》え」るのだ。……ああ、快感《かいかん》。
「こういう時なんだよなぁ、鍵に殺意が湧《わ》くの」
深夏が非常に恐《おそ》ろしい呟《つぶや》きをしていたものの、それは気にしないことにした。
真冬ちゃんの意見に、会長が「駄目よ!」と、珍《めずら》しく真冬ちゃんにまで大声をあげる。真冬ちゃんは「ひぅ」と涙目《なみだめ》になってしまった。……ああ、萌える。
「そんなだから、若者《わかもの》の性の乱れが酷いって批判《ひはん》されまくるのよ! どこかで歯止めをかけないと駄目なの! このままじゃ、幼稚《ようち》な学生がどんどん普通《ふつう》に子供《こども》を産んじゃう世の
中になっちゃうわよっ!」
「いや、昔はもっと低年齢《ていねんれい》で嫁《とつ》いでいたような……」
「と、とにかく! この学校では、そういうことはあってはならないのっ!」
「どうしてですか」
「私が会長だからっ!」
『…………あー』
なんか皆《みな》、妙《みょう》に納得《なっとく》した。ロリな容姿《ようし》の会長を眺《なが》め回して、妙に納得した。たしかに、それはあかんと思った。この会長のおさめる学校は、なんとなく、もっと子供で純粋《じゅんすい》であるべきかもしれないと、確《たし》かに思った。
しかし……。
「そうは言っても、知弦さんも言いましたけど、こういうことって上から圧迫《あっぱく》すればするほど燃《も》えあがりますからねぇ。対処法《たいしょほう》なんて無いに等しいと思いますよ? ほら、学校で○○○○しちゃうのだって、それが、そこはかとなく『禁忌《きんき》』だからですよ」
「え?」
「怪談《かいだん》と同じです。スリルを楽しんでいるんですよ、そういう人は。だから、むしろ生徒会が躍起《やっき》になって規制《きせい》したら、かえって逆効果《ぎゃくこうか》になるおそれもあるんじゃないでしょうか」
「む、むむ。杉崎にしては珍《めずら》しくまっとうな意見ね……」
「そりゃそうですよ! 学校で○○○○出来ないなんて、夢《ゆめ》が無いでしょう! 折角《せっかく》学校を舞台《ぶたい》にしたエロゲなのに! エロCGに学校シチュがなかったら、興醒《きょうざ》めですよ!」
「……とりあえず杉崎を退学《たいがく》にしたら、この学校の校風はかなり改善《かいぜん》する気がしてきたわ」
会長が額《ひたい》に手をやる。失礼なっ。俺ほど学校を愛している人間はいないというのにっ! ……主に性《せい》的な意味で。
しかし、会長はいたって真面目《まじめ》に悩《なや》んでいるようだ。全員で顔を見合わせる。
むぅ。いつものノリじゃ、流せないか……。
俺はちょっとトーンダウンして訊《たず》ねてみた。
「そういう会長こそ、恋《こい》とかしないんですか?」
俺に、と言おうかと思ったけど、なんとなく会長の雰囲気《ふんいき》が真面目なので、今回はやめておいた。
会長は「そうねぇ」と呟《つぶや》く。
「たとえしたとしても、ケジメをもって交際《こうさい》するわ」
「ま、それは正論《せいろん》ですけど」
でも……恋愛《れんあい》って、そういうことさえ見失ってしまうからこそ恋愛なんじゃなかろうかとも、俺なんかは思うけど。まあ、こういうことって人それぞれだから、答えなんてない。…難《むずか》しいところだ。
いつも思うが、この生徒会で扱《あつか》う議題は、主に人間をテーマにするせいか、いまいちハッキリした答えが出ない。だからこそ誰でも務《つと》まるし、だからこそ、誰がやっても苦労するのだろう。ううん……どうしたものか。
俺が唸《うな》っていると、真冬ちゃんが口を開いた。
「で、でも、その、授業中《じゅぎょうちゅう》にいちゃついている……というわけでもないんだったら、一応《いちおう》、けじめはついているとも思いますけど……。こ、校舎内《こうしゃない》とはいえ、放課後は、もう、生徒それぞれの時間とも言えますし……」
「そうかしら? 私は、制服《せいふく》から私服《しふく》に着替《きが》えるまでは、生徒としての自覚を持つべきだと思っているけど。……不純異性《ふじゅんいせい》交遊は駄目」
「う……」
それも正論。その通り。制服で問題を起こすのと私服で問題を起こすのでは、やはりまるで違《ちが》う。
不純異性交遊……ね。でも、不順かどうかなんて、誰が決めるのだろう。若《わか》い男女が激《はげ》しく愛し合っていれば、体を求めるなりなんなりするのは当然じゃないか。それをどうして一概《いちがい》に不純などと捉《とら》えるのだろう。
……まあ、一方で、遊び半分でそういうことするヤツが多いことも事実だから、強くは出られないけれど。遊びか否《いな》かなんて、他人が判《はん》じられることじゃない。
「で、会長はどうしたいんです? 恋愛|御法度《ごはっと》にでも?」
「そ、そこまでは望まないけど……」
会長は俺の言葉にたじろいだ。ま、ちょっと意地悪だったか。極論《きょくろん》すぎたな。
「私はただ、けじめをつけてほしいだけよ……」
「…………」
……まあなぁ。ついついふざけすぎちゃったけど、確《たし》かに、俺だって、校内でいちゃつかれるのを推奨《すいしょう》は出来ない。ホントに。でも……いちゃつく側の言い分だって分かるんだ。誰に迷惑《めいわく》かけているわけでもないのに、どうして規制されなきゃいけないのかって。
うまい落としどころはないものだろうか。
そう考えていると、知弦さんがペンをくるくる回しながら提案《ていあん》する。
「じゃあ、生徒会からのお知らせとして、ちょっとした警告《けいこく》を記したプリントでも配ればいいんじゃないかしら。アカちゃん、それじゃ不満?」
「ん、んー」
しかし会長は、それでも納得《なっとく》いかないようだった。腕《うで》を組んで唸っている。
「警告じゃなくて、禁止《きんし》したいの」
「禁止なら既《すで》に校則《こうそく》でされているわよ。現場《げんば》を先生に押《お》さえられたら、停学ぐらいにはなるんじゃないかしら、現状《げんじょう》でも」
「で、でもでも、今はそんなの、あってないような規則《きそく》じゃない!」
「だったら、今更《いまさら》アカちゃんが新しく規則を設《もう》けても、同じような道を辿《たど》ると思うわよ?」
「う、うぅ」
会長は知弦さんに言いくるめられて、泣き出しそうになってしまっていた。
さすがに、俺も椎名姉妹もちょっと同情《どうじょう》的になってしまう。当の知弦さんさえ、困《こま》り顔だった。……失敗した。知弦さんに、イヤな役回り押し付けちゃったな。反省。ハーレムの主、失格《しっかく》だ。
俺は場を仕切りなおす。
「最初に会長、言ったでしょ? 愛に昇華《しょうか》してこそ本物の恋愛《れんあい》だって。問題はそこですよね。お互《たが》いを本当に思いやる意味での恋愛をしている人生まで……会長は、ルールで縛《しば》りたいと思います?」
「う……。そ、そんなことは、ないけど。で、でも、今の生徒達って、そんなの少ないと思うっ! 恋《こい》に浮《う》かれているだけで、愛なんて無いように見えるもの!」
「……まあ、ね」
会長は子供《こども》っぽい容姿《ようし》だし中身もアレだけど、それだけに、結構純粋《けっこうじゅんすい》に物事の本質《ほんしつ》を見抜《みぬ》いている。確かにこの学校で「愛」なんて呼《よ》べる境地《きょうち》でお互いを思いやっているカップルなんて、そうそういないだろう。
それに、愛し合っているからなにをしてもいいのかというと、そんなこともない。規則は規則という意見も分かる。それでいて、深夏のいう「横断《おうだん》歩道」と同じように、誰にも迷惑かけない行動がなぜいけないのかという側も分かる。
どうしたものか。今回は会長が結構マジだから、本当に難《むずか》しい。怪談《かいだん》の時とか新聞の時みたいにはいかなそうだ。
雰囲気《ふんいき》を変えようと思ったのか、深夏が唐突《とうとつ》に喋《しゃべ》り始める。
「そ、そういえばさー。サッカー部のキャプテンとマネージャーも付き合っているらしいぜー。でも、あのカップル、もう二ヶ月付き合っているのに、未《いま》だに手さえ握《にぎ》れてないらしいぞ」
「……そういうのが、健全です」
会長が呟《つぶや》く。それは、会長の理想の恋愛のようだ。まあ……分からないじゃない。
俺《おれ》は、「じゃあ」と続けた。
「会長は、例えば大学生なら、エッチなことしてもいいと考えますか?」
「……。……ううん。どう、かなぁ。それでも、校内でそういうことするのは、駄目《だめ》だと思う。それは、会社員でも同じだよ。職場《しょくば》とか学校でそんなことしちゃ、駄目」
「手|繋《つな》ぐのも?」
「駄目」
「帰宅後《きたくご》にいちゃつくのは?」
「いい」
「高校生は?」
「……帰宅後も、ちょっと、駄目」
「大学生は?」
「……ううん、いい、かな」
「なるほど」
会長の基準《きじゅん》は大分分かってきた。典型的な真面目《まじめ》人間だけど、それなりに一般的《いっぱんてき》な感性《かんせい》でもある。
「ま、真冬も、会長さんと同じように思いますけど……。で、でもでも、他の考え方の人もいるわけで、そ、その、縛《しば》り付けるのは、よくない、です」
珍《めずら》しく真冬ちゃんが自分から、ハッキリと意見を会長に告げた。それに対し会長は、「むぅ」とまた考え込《こ》んでしまう。
あー……これは、まずいな。この議題は、まずい。答えが出ない。こういうのって、往々《おうおう》にして時間ばかりかかって、最終的には何も結論《けつろん》出ずに終わる。それなら……。
知弦さんとアイコンタクトを交《か》わす。そうしてから、俺は動いた。
「会長の言い分は分かりました。それはもっともなことです。正論です」
「そ、そうでしょう?」
俺の加勢《かせい》に自信がついたのか、会長が目を輝《かがや》かせて、胸《むね》を張《は》る。そこに、知弦さんも乗った。
「そうね。アカちゃんの意見はもっともだわ。プリントを配って、次の全校集会でも、注意を促《うなが》しましょう。職員室の方にも連絡《れんらく》して、取り締《し》まりも厳《きび》しくしてもらいましょうか」
「う、うん」
会長に笑顔《えがお》が戻《もど》るも……やはり、どこか浮かない顔だった。あー……しまった。下手に他の意見を聞かせたせいで、結論が自分の当初の意見を尊重《そんちょう》したものでも、少し納得《なっとく》できなくなってしまってきているな……。それが会長のいいところでもあるんだけど。
空気を敏感《びんかん》に察した椎名|姉妹《しまい》も、俺と知弦さんに加勢してくれる。
「そ、そうだなー。確《たし》かに目に余《あま》るものはあるから、ちょっとビシッと言うぐらいで丁度いいかもなー」
「で、ですよね。ま、真冬も、あんまり変な光景は見たくないですし……」
それらの言葉を受けて、徐々《じょじょ》に会長も元気を取り戻し始めた。
「そ、そうよね! やっぱりたるんでいるのよ、皆《みんな》! ここはビシッと言ってやらないと!」
「わー、会長カッコイイ!」
「えへん! 次の集会で、ビシッと言うわよー!」
「…………」
ちょっと考える。集会で……この純情《じゅんじょう》会長が……性《せい》の乱《みだ》れについて言及《げんきゅう》……。
(「み、皆しゃん! あ、か、噛《か》んじゃった……。こほん。み、皆さん。ごきげんよう。気候もめっきり夏らしく……。新緑が……。ええと……。そ、それはさておき。
さ、最近っ。そ、そのっ! こ、こ、ここ、校内で、は、破廉恥《はれんち》な行為《こうい》が目につきます! よ、良くないとおもいまひゅっ! ひゃう。と、とにかく良くないです!
み、皆さん、健全なお付き合いをお願いします! ぺこり!」)
…………。
なんか、余計《よけい》にピンク色の空気になりそうだった。全員が「ぽわ〜ん」としそうだった。
これはいけない。知弦さんも椎名姉妹も同じような想像《そうぞう》をしたのか、汗《あせ》をかいている。
俺は慌《あわ》てて提案《ていあん》した。
「つ、次の全校集会ですけどっ! その、俺が挨拶《あいさつ》していいですかっ!」
「ふぇ? 杉崎? どうしたの、急に。そんなに張り切って……」
会長がキョトンとする。俺は席から立ち上がって続けた。
「い、いえ! ほら、俺みたいなヤツだからこそ、逆《ぎゃく》に、そういう呼《よ》びかけが効果《こうか》的になることって、あると思うんですよ! ほら、こんなハーレム野郎《やろう》に注意されたら、逆に引き締まるでしょう!?」
「そ、そうかな?」
「そうです!」
たじろぐ会長に詰《つ》め寄《よ》る。彼女は気圧《けお》されたように、「わ、分かったわよ」と、俺に次の集会の挨拶を任《まか》せた。
かくして全員がほっと胸を撫《な》で下ろす中、この件《けん》は、どういうわけかこの学校で一番|不純《ふじゅん》な心の持ち主たる俺が恋に浮かれた生徒達に活《かつ》を入れるという、カオスな展開《てんかい》にもつれこんでいくのであった……。
で。
今回の結末。
*
では次に、生徒会副会長、杉崎鍵さんお願いします。
「えー、皆さん。副会長の、杉崎鍵です。……ほらそこ! 会長じゃないからってブーイングしない! 美少年たる俺に何の不満があるというんだ!……っておい、なんで全校生徒|一斉《いっせい》に大ブーイングなんだこら! てめぇらいい度胸《どきょう》だ! 俺がただのエロゲ好きだと思ったら大間違《おおまちが》いだぞ! この、無双《むそう》シリーズで培《つちか》った腕《うで》でてめぇら雑魚《ざこ》生徒どもを千人|斬《ぎ》りで一掃《いっそう》してやっても……。……あ、すいません、ごめんなさい、やめてください! 物投げないで! ごめんなさい! 副会長は貴方達《あなたたち》の奴隷《どれい》です!
ふぅ。……ま、まあ、今日はこの辺にしといてやるよ、ふん。
というわけで、本題だ。……ええい、ブーイングやめい! っていうか二年B組、耳|塞《ふさ》ぐな! っていうか深夏、てめぇが煽《あお》ってどうするんだ!
はいはい、静まれっ! 静まれ愚民《ぐみん》ども!……うをっ!? だ、誰《だれ》だ今、≪手裏剣《しゅりけん》≫投げたヤツ! 髪《かみ》が宙《ちゅう》に舞《ま》ったぞおい! リアル手裏剣じゃねぇか! ここの生徒、どんだけキャラに幅《はば》あるんだよ! 忍者《にんじゃ》キャラまでいんのかよおい!
美少女くのいちだったら許《ゆる》してやるけど、それ以外だったら殺すぞこら! 覚悟《かくご》しておけ!……って、うわぁ! なにこれ! 雷遁《らいとん》!? 室内で落雷って、常識《じょうしき》の範疇《はんちゅう》|超《こ》えてるぞおい! どんだけチャクラ量あるんだよ! 九尾《きゅうび》でも入ってんのかおい!
こ、こほん。おいてめぇら。会長が睨《にら》んでいる。そろそろ真面目《まじめ》に話させろや。
…………。
……会長の名前出した途端《とたん》静まるのな、お前ら。……まあいい。
最近、校内の風紀が乱《みだ》れている。主に性《せい》が乱れている。乱れすぎだ。
……OK。お前らのその、「てめぇが言うな」的|視線《しせん》は想定|済《ず》みさ。ああ。痛《いた》くなんかない! 心が痛くなんかないさっ!
聞けっ、てめぇら! 俺はただのエロゲ好きだ! だが逆《ぎゃく》に考えろ! リアルに性的|欲求《よっきゅう》を満足させられないからこそのエロゲ傾倒《けいとう》だっ! 分かったかっ! むしろ、俺はかなり清らかな体なんだよっ! 悲しいことになっ!
……おい。やめろよ。その同情《どうじょう》的な視線、やめろよ。辛《つら》いよ。逆に辛いよ。
こほん。
まあとにかく、そんな俺からしても、校内であんまりイチャつかれるのは困《こま》る。殺意|湧《わ》くからな。お前らだって……付き合っているやつだって、他人がイチャついているの見て腹《はら》立つこと、全くないか? ないとは言えないだろう?
恋愛《れんあい》に限《かぎ》らず、なんでも、ほどほどにしといてくれって話だ。分かる。イチャつきたいのは分かるさ。俺だって、目標は、生徒会室で、五人でのあーんなことやこーんなことだ。
…………。
おい、いい加減《かげん》にしろよ忍者。さすがに眉間《みけん》|狙《ねら》ってクナイはやりすぎだろう! おま、俺の反応《はんのう》速度じゃなかったら直撃《ちょくげき》だったぞこら!
ちっ。ま、それはいい。よくないけど、いい。忍者は後回しだ。お前は後でたっぷり相手してやるから、チャクラでも練っとけや。
とにかくだ。このままでは、やりたかないが、生徒会も動かざるをえない。ルール化して縛《しば》るしかなくなる。放課後は部活や委員会以外で校内にいることさえ禁止《きんし》になるかもしれないし、男女の距離《きょり》さえ決められてしまうかもしれない。
そういうのは……全員にとって、不幸だろう? マナーの範疇《はんちゅう》で終わらせたいだろう? だから、悪いけど、ちぃっと我慢《がまん》することを覚えてくれや。
こう考えろ。我慢することによって、逆に、自由を得ているんだと。
我慢するからこそ、もっと激《はげ》しく燃《も》え上がるんだと。
かまどってあるだろう? あれは、限《かぎ》られた空間で、限られた方向に熱を発散するからこそ、調理器具として優秀《ゆうしゅう》なんだ。炎《ほのお》を撒《ま》き散らすだけの焚《た》き火とはわけが違う。
同じ火遊びするなら、かまどでやれや。時折《ときおり》はキャンプファイアーみたいに燃えるのもいいが、いつもそれだと、すぐに燃え尽《つ》きるぜ? お前、恋《こい》ってもどかしいから面白《おもしろ》いんだぜ?
やりたいこと全部、無制限《むせいげん》でやろうとするなよ。やりたい気持ちは分かるけど、抑《おさ》えることも覚えろや。それはルールのためじゃねぇ。自分達のためだ。恋だけ楽しみたいやつも愛に至《いた》りたいやつもそうだ。
楽しいことは長く続いた方がいいだろう? ケチをつけられて終わりたくねぇだろう? だったら、自制《じせい》しろや。他人に制限される前に、自制しろや。そっちの方が絶対《ぜったい》気分いい。断言する。高校生にもなると、そろそろ他人に注意されるのうぜぇぞ? かなりイライラーっとするぞ? 自分が悪いと分かっていることなら尚更《なおさら》だ。
ま、正論《せいろん》っていうのはいつの時代もつまらねぇけどな。そのつまらねぇものを回避《かいひ》するためには、先に正論を守っておくのが利口なのさ。
別に時折ハメをはずすのまで規制しようとは思わねぇ。ただ、「適度《てきど》に」って言葉だけは絶対|忘《わす》れるな。恋愛って熱病だから、自制きかないことも多いだろうけど、それを頑張《がんば》れるかどうかが分岐点《ぶんきてん》だ。学生と両立したいなら頑張れ。恋のために学校やめれるってんだったら、暴走《ぼうそう》すりゃいいさ。それは各々の裁量《さいりょう》に|任《まか》せる。
……ん、まあ、俺からは以上だ。……おい、やめろよ、そのちょっとマジな態度《たいど》。いつもみたく軽く聞き流せよ。……ったく、調子《ちょうし》|狂《くる》うなぁ。
って、お前ら、拍手《はくしゅ》とかすんなよ! なんだよ! やめろって! なんだこれ! めっちゃ恥《は》ずかしい! って忍者《にんじゃ》こら! なに花束投げてんだ! 卒業生の挨拶《あいさつ》みたいな空気になってんじゃねえかよ! なにこの微笑《ほほえ》ましい感じ! あーもう!……お、覚えてろよ!」
以上、生徒会副会長、杉崎鍵の「生徒会からのお知らせ」でした。
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【第六話〜遊ぶ生徒会〜】
「大事なのは勝ち負けじゃないの! 努力したか否《いな》かなのよっ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
しかし……今回はその言葉も、誰《だれ》の心にも届《とど》かない。
なぜなら。
「アカちゃん。とっても見苦しいわよ」
「うぐ……」
知弦《ちづる》さんに冷たくあしらわれ、表情《ひょうじょう》を引きつらせる会長。さすがに今日はこれ以上|反論《はんろん》も出来ないようだった。
会長は長机《ながづくえ》に散らばったトランプの山を悔《くや》しそうにジッと見つめている。……こうしていると、本当に子供《こども》みたいだ。ゲームで負けてここまで悔しがる純粋《じゅんすい》さは、普通《ふつう》、高校生になってまで保持《ほじ》できるものじゃない。
負けた人間がカードの回収《かいしゅう》やシャッフルをする暗黙《あんもく》の了解《りょうかい》があったはずなのだが、会長がすっかり廃人《はいじん》になっているので、俺《おれ》がバラけたカードを集めてデッキにし、念入りにシャッフルを開始する。今回はババ抜《ぬ》きだったため、二|枚《まい》一組になってかたまってしまっているから、きっちりシャッフルをしないと次のゲームに影響《えいきょう》しそうだ。
単純に切ったり、二つのデッキに分けてパラパラと指で弾《はじ》いて交互《こうご》にカードを組み合わせたりしていると、深夏《みなつ》が「まだやるのか?」と話を切り出した。
真冬《まふゆ》ちゃんがそれに答える。
「ううん……結構《けっこう》色々やっちゃいましたよね……」
知弦さんは嘆息《たんそく》した。
「そうねぇ。負けず嫌《ぎら》いの誰かさんのせいで、遂《つい》にババ抜きなんて原点回帰までしちゃうほど、主なカードゲームはやりつくした感あるわね」
その発言を受けて、全員で会長を見る。彼女は「うぅ」と唸《うな》っていた。
そもそも、どうしてこうなったのかと言えば。
今日は本当に仕事らしい仕事、議題らしい議題がなかった。普通《ふつう》に駄弁《だべ》っていてもよかったのだが、今日はたまたま真冬ちゃんがトランプを持ってきていたため、じゃあそれで遊びながら喋《しゃべ》ろうかとなったのだが……。
さすがにそこは生徒会。典型的な真面目《まじめ》人間たる会長は最初「いくら仕事がないからって、生徒会室でさすがにそれは……」と渋《しぶ》り気味だった。そこで俺が、「じゃあ、会長が勝ったら、そこで遊びはおしまい、というのはどうでしょう」と軽い気持ちで提案《ていあん》したのだが……それが、この延々《えんえん》と続くカードゲームの始まりだった。
結論《けつろん》から言って。
「絶望《ぜつぼう》的に弱ぇな、会長」
「がーん」
どういうわけか会長、とことんカードゲームが弱かった。いや、ある程度《ていど》|現実《げんじつ》的理由はある(顔に出やすい、戦略《せんりゃく》とか考えてない)のだが、それを差し引いても、弱い。かなり運の要素《ようそ》の入り込《こ》むゲームにおいても、何回やってもビリになった。
こうなると負けず嫌いの会長、当初の遊び反対という立ち位置はすっかり忘《わす》れているようで、ゲームが終わる度《たび》、結局はこう言い出すのだ。
「も、もう一回」
『…………』
その言葉に、あからさまな表情《ひょうじょう》にこそ出さないものの、げんなり気味のハーレムメンバー達。いくら遊び好きのメンバーとは言え、そろそろトランプ自体に飽《あ》きていたし、その上、会長が連続で負ければ負けるほど、ゲーム中に変な緊張《きんちょう》感が漂《ただよ》っていて、とても楽しめる空気ではない。
俺がシャッフルしつつ「じゃあ、次なにしますー」とやる気のない言葉を会長に投げかけていると、隣《となり》の深夏がツンツンと机《つくえ》の下で俺の太ももを突《つつ》いた。「あ・い・し・て・る」のサインかと思ったが、きっと何年たってもこうして同じ二人ではいられないだろう俺と深夏なので、違《ちが》うだろう(若年層《じゃくねんそう》に伝わるネタか若干《じゃっかん》の不安を抱《いだ》きつつ)。
深夏の方に顔を向けると、彼女はこそこそと小声で話しかけてくる。
「(なぁ……そろそろ、わざと勝たせてやるべきなんじゃねーの?)」
「(それは俺も知弦さんもとっくに考えているんだが……)」
それでも、知弦さんとの「アイコンタクト会議」の結果は、「いや、それはやめておいた方がいい」だ。深夏にそれを伝えると、彼女は露骨《ろこつ》に不満そうな顔をした。
「(えー。なんでだよー。そろそろあたしも疲《つか》れたよー)」
「(よく考えろ深夏。うまくいけばいいが、会長に不正がバレたらどうなるか……)」
「(…………。……かなりの期間、不機嫌《ふきげん》だろうな、会長さん)」
「(だろ? 会長、こういうことに関してはかなりしつこいぞ。お前、数週間会長のテンションが低くて空気暗いのと、今日だけカードゲームを耐《た》えるの、どっちがいい?)」
「(断然《だんぜん》カードゲーム耐える方だな)」
「(なら、諦《あきら》めろ。全力をつくしながらも、会長が勝つことを神に祈《いの》るんだ!)」
「(う、うう……。なんか切ねぇー。敵軍《てきぐん》に好きな人がいる兵士みてぇな心境《しんきょう》だ)」
「(ようやく悟《さと》ったか深夏。今この生徒会室はまさに……戦場なんだっ)」
「(もう何が正義《せいぎ》で何が悪なのやら……)」
「(世の中そんなものさ。それぞれがそれぞれの正義を掲《かか》げて戦っているんだ!)」
「(ああ、まさかこの小説でそんなに深いテーマが扱《あつか》われるとはっ!)」
「(ライトノベルの宿命だ。受け容《い》れろ、深夏)」
「(く……。エロゲキャラもいやだが、ライトノベル人生も結構《けっこう》いやだなっ!)」
「(かもしれん。しかし深夏。世界が滅《ほろ》ぶような展開《てんかい》でも、主人公だけは生き残る確率《かくりつ》が高いぞ、ライトノベル人生は。どうだ。俺とくっつく気は……)」
「(ねぇよ。むしろ世界の崩壊《ほうかい》に巻《ま》き込まれた方がいいよ)」
「(どんだけバッドエンド扱いなんだよ、俺の恋人《こいびと》!)」
深夏はそれ以降、すっかり何か達観《たっかん》した様子で、次のゲームに備《そな》えて精神《せいしん》集中を開始してしまった。仕方ないので俺は黙々《もくもく》とシャッフルを続ける。
一方で、会長と知弦さん、真冬ちゃんは次のゲームを決める話し合いをしていた。
「真冬は……ドキドキしないのがいいです。だ、大富豪《だいふごう》とかを、まったりしましょう」
大富豪なら、革命《かくめい》などを使えばうまいこと会長を勝たせられそう(手|抜《ぬ》いていると悟《さと》られずに)だからだろうか。珍《めずら》しく真冬ちゃんが意見したが、しかし当の会長が難色《なんしょく》を示した。
「大富豪ねぇ。確《たし》かに飽きないゲームではあるんだけど……。今の私は、こう、それだけじゃ満足できないのっ!」
「あ、え、あの……。……どうして、ですか?」
「それこそ、まったりしすぎているのよっ! 大富豪って! なんか『みんなで和気|藹々《あいあい》』って空気たっぷりじゃない、大富豪!」
「そ、それがいいと、真冬は思いますけど……」
「違《ちが》うの! 大富豪はいいゲームよ? だけど……今の私のテンションとはそぐわないの! 今の私は……こう、技《わざ》と技がぶつかり、知略《ちりゃく》と知略が火花を散らし、運要素《うんようそ》がいい塩梅《あんばい》に場を乱《みだ》す……そんな熱いバトルに勝利することを望んでいるのよっ!」
……その技や知略や運が誰よりも劣《おど》るからこその今の会長の状況《じょうきょう》なのだが……本人はまるでそれに気付いてないらしい。……なんて厄介《やっかい》な人なんだ、桜野《さくらの》くりむ。
さすがにこの会長の相手は、真冬ちゃん単体では荷が重すぎた。「す、すいません……」と縮《ちぢ》こまる真冬ちゃん。可哀想《かわいそう》に。また委縮《いしゅく》しちゃったよ。
それを見かねたのか、ようやく、この宇宙《うちゅう》で唯一《ゆいいつ》会長の暴走《ぼうそう》を止められる可能性《かのうせい》を持つであろう女性、知弦さんが動いた。
「じゃあアカちゃん。ポーカーなんてどうかしら?」
「ポーカー?」
ポーカー? と、俺も会長と同時に首を傾《かし》げた。どうしたんだ知弦さん。ポーカーじゃ、それこそ今の運の尽《つ》きた会長じゃどうにもならないだろうに。
俺達のやるポーカーなんて、コイン賭《か》けたりするわけじゃないから、「降《お》りる」とかそういう選択肢《せんたくし》もない、普通《ふつう》のポーカーだ。強い手を作った人が勝利。ただそれだけ。
こうなると、相手の手を読むなんて戦略性《せんりゃくせい》はまるでなく……どのカードを変えるかという要素《ようそ》こそあるものの、殆《ほとん》ど運の域《いき》のゲームだ。今日は完全に厄日《やくび》と思われる会長に勝ち目は、絶望《ぜつぼう》的に無い。そんなゲームをどうして――。
…………。
……いや。まさか、これは……。
(そういうことなんですかっ、知弦さん!)
(……こくり)
知弦さんがカ○ジばりのゆったりした時間進行の中、汗《あせ》をかきながら俺に頷《うなず》き返す。
なんてギャンブラーなんだ……紅葉《あかば》知弦! あんた……あんた漢《おとこ》だよ!
俺には分かる。これは……コペルニクス的発想の転換《てんかん》だ!
つまり!
会長を勝たせるんじゃない!
俺達が勝たないんだ!
そう、簡単《かんたん》なことだ! ポーカーなら……自分の手札を「役が出来ないように」調整すればいい!
イカサマなら他のゲームでも出来る! それこそ、大富豪で手を抜くことも出来るだろう! しかし……しかしっ! バレ難《にく》さが段違《だんちが》いだ! 例えば大富豪なら、自分の手札の初見で、自分がどの程度《ていど》の順位にいけるか、大体わかってしまう! 強いカードがまるでなく、弱いカードばかりで、革命も狙《ねら》えなかったら、そのゲームはほぼ諦《あきら》めるだろう。
今の会長なら、クズカードばかり来る可能性は高い。しかし……その際《さい》、俺達があからさまにカードを出さなかったら……会長に勝たせようとしたら……。大富豪は長いゲームだ。バレる可能性が高い。違和《いわ》感に気付かれる場面が多い!
しかし! ポーカーなら、短い、一回きりの勝負ばかりだ! ゲームの途中《とちゅう》で悟られる可能性は低い! 俺達のルールじゃ、いちいち相手が何を捨《す》てたなんか確認《かくにん》しないし!
要はこういうことだ。俺達は……出来る限《かぎ》り、自分の手を崩《くず》す。
もちろん、引くカードは分からないから、偶然《ぐうぜん》手が出来てしまうこともあるだろう。しかしそれにしたところで、せいぜいワンペア。大体はブタ(役無し)だろう。
ならば。
会長は、ワンペアを代表とする「ちょっとした役」を作るだけで、勝利できる!
しかし……これは、賭けだ。
いくらポーカーと言えど、対戦数が多くなれば、イカサマがばれる可能性は高くなる。
何度も何度も全員がワンペアさえ出さなかったら、さすがのお子様会長でも、おかしいと気付くだろう。そこで、捨てた札を確認されて「手を崩した」ことが発覚してしまったら、もう、アウトだ。
これは危険《きけん》な賭けだ。しかし……知弦さんは、それを提案《ていあん》した。
ふ……惚《ほ》れたぜ、紅葉知弦よぅ。俺のこの命……アンタに預《あず》ける!
というわけで、会長以外の全員が、一瞬《いっしゅん》で意思|疎通《そつう》をはかる。真冬ちゃんと深夏が静かに頷いた。
……包囲網《ほういもう》は、完成した。
生徒会室で今、過去《かこ》最大の戦役《せんえき》が始まろうとしていた。
しかし……俺達は、勝ちに行くんじゃない。
そう、これは、相手を勝たせるための、尊《とうと》い戦い。
人類の歴史上、かつてこれほど切ない戦争があったろうか。
俺達は知っている。
この会長は……勝ったら、まず間違《まちが》いなく、威張《いば》る。
それも、中身が子供《こども》だけに、俺達が本気でイラっとくる威張り方をするだろう。
散々自分を誉《ほ》め称《たた》え、俺達を雑魚《ざこ》とけなすだろう。
それは、いくら大人な知弦さんや俺でも……問答無用で不快《ふかい》にさせる魔《ま》の呪言《じゅごん》。
俺達は何も知らずにご満悦《まんえつ》の会長を見て、ただただ机《つくえ》の下で拳《こぶし》を握《にぎ》ることだろう。
だがっ!
俺達は今、自らその道を歩もうとしている!
知弦さんの目を見る。決意を秘《ひ》めた目だ。お子様会長の暴言を覚悟《かくご》した指揮官《しきかん》の目だ。
深夏の目を見る。壮絶《そうぜつ》な目だ。未来を守るために、自分を必死で押《お》し殺す戦士の目だ。
真冬ちゃんの目を見る。愛に溢《あふ》れた目だ。自己犠牲《じこぎせい》を覚悟した聖女《せいじょ》の目だ。
皆《みんな》の決意を受けて。
俺《おれ》は、このゆったりした時の流れ(この思考|及《およ》びアイコンタクトに要した時間、コンマ一秒弱)を断《た》ち切り、知弦さんに加勢《かせい》した。
「ポーカーをしましょう、会長」
「杉崎《すぎさき》?……って、どうしたの、杉崎! 顔が劇画《げきが》タッチになってるよ!」
「気にしないで下さい会長。さあ始めましょう……。……戦争を」
「始めないよ! なんで急に戦争が始まることになってんの!?」
「く……」
辛《つら》い。思わず顔を逸《そ》らす。見れば、知弦さんも椎名姉妹《しいなしまい》も辛そうに俯《うつむ》いてしまっていた。
これが……これが戦争かっ!
俺達がこんなに苦しんでいるというのに……この会長は、何も知らずにツッコミかよ!
こんな……こんな非道《ひどう》が許《ゆる》されるのかよっ!
なんて……なんて不公平。神よ。どうして俺達ばかりに……こんな。
会長は一人、「ちょ、みんな、どうしたの?」とキョトンとしていた。
くぅ……。……耐《た》えろ杉崎|鍵《けん》。大丈夫《だいじょうぶ》だ。
ポーカーだ。うまくいけば一分でカタがつく。一分だ。一分、自分を押し殺せっ!
一分戦争。後にこの戦役はそう呼《よ》ばれ、生徒会で語り継《つ》がれることだろう。
いいだろう。見せてやろうではないか。現《げん》生徒会の底力をっ!
いざ、尋常《じんじょう》に勝負!
「俺のターン! ドロー!」
「ちょ、杉崎!? なに勝手にゲーム始めてるの! っていうか、ポーカーってそういうゲームじゃないでしょう!」
「……今のはただの挨拶《あいさつ》です。昔、決闘者《けっとうしゃ》と書いてデュエリストと呼ばれた俺なりの、流儀《りゅうぎ》です」
「は、はぁ。まあ……ポーカーやるのはいいけどさ」
会長が一人|戸惑《とまど》う中、俺はカードをもう一度だけ念入りにシャッフルし、一つ深呼吸《しんこきゅう》。
そうして、全員の顔を確認《かくにん》すると……万感《ばんかん》の思いを込めて、カードを配り始めた。
シャッシャッとカードを配る小気味良い音だけが生徒会室を満たす。会長はと言えば、既《すで》にこの空気への疑問《ぎもん》より、次の勝負に関心が向かったようだ。自分に配られるカードを一|枚《まい》ずつ即座《そくざ》に確認しては、真剣《しんけん》に次のカードを待っている。
全員に五|枚《まい》ずつ配り終える。俺達はそれぞれ、手持ちのカードを確認にかかった。
ちなみに、このゲームのルールは単純《たんじゅん》。
手札を見て、一回だけ、山札のカードと交換可能《こうかんかのう》。順不同。パッと見て、換えたかったら、一回換える。カードを捨《す》てて、自分で山札からカードをとって……それで終了《しゅうりょう》。
早速《さっそく》、会長が動いた。
カードを捨てる。
五枚。
『!?』
全員の顔に緊張《きんちょう》が走った。
(なんて……なんてことをっ!)
オールチェンジだと?
ポーカー、舐《な》めているのか?
会長の性格《せいかく》を考えると、手札にまるで共通点がなかっただけとは……考えづらかった。
少し思い当たることがあって、おそるおそる会長に声をかけてみる。
「あ、あの、会長」
「なに? 杉崎」
「その……参考までに、今捨てたカード、見せてもらっていいですか?」
「? いいわよ? あ、ズルとかする気?」
「い、いえ! じゃあ、俺も手札確定してからにしますから!」
そう言って、俺は慌《あわ》てて自分の交換を済《す》ませ、うまいことブタにしてから、会長の捨てた五枚を確認させてもらう。
そして……俺は、この戦争の真の恐《おそ》ろしさを知った。
「な……そんな……。まさか……。そんなことが許されるのか……神よ」
俺はがっくりと崩《くず》れ落ちる。俺の反応《はんのう》に動揺《どうよう》したメンバーは、次々と自分の手札を確定、「私に見せて!」「あたしにも!」「ま、真冬にも!」と、会長の捨てた五枚のカードをひったくった。
そうして……全員が一様に、ショックを受ける。
会長が「え、ちょ、な、なに」と戸惑《とまど》う中……俺達は、既《すで》に、生ける屍《しかばね》と化していた。
俺達は……舐めていたんだ。戦争というものを。
ここまで……ここまで惨《むご》いのか、戦争とは。
こんな……こんな行いが許《ゆる》されるのかっ!
俺達は完全に打ちのめされていた。
最後に会長の捨てカードを確認した真冬ちゃんの手から、はらりとそれが落ちる。
そのデッキを……もう見たくもないのに、見てしまう俺。
A・A・A・K・K。
つまり。
フルハウス。
初手から、フルハウス。
それを。
この会長は。
捨てやがったのだ。
全部。
そして、恐らく……。
「じゃ、オープン」
会長が高らかに告げる!
全員、ダラリと、カードを公開する。
ブタ・ブタ・ブタ・ブタ・ブタ。
全員ブタ。
全員。そう。会長も。
そうして、会長が、言ってはいけない一言を……俺達にとって核《かく》にも匹敵《ひってき》する禁忌《きんき》を、口にしてしまう。
「むー。出ると思ったんだけどな……ロイヤルストレートフラッシュ」
『…………』
全員が思った。
『(こいつは……真性《しんせい》の……)』
悟《さと》った。
世の中には、『絶対《ぜったい》』があるのだと。
たとえ太陽が昇《のぼ》らない日があっても。
この会長がカードゲームで圧勝《あっしょう》する日は、『絶対』来ない。
知弦さんの目を見る。絶望に染《そ》まっていた。敵軍《てきぐん》が……想像《そうぞう》以上の……常識《じょうしき》では考えられない弱さだったのだ。こちらがいくら手を抜《ぬ》いてもどうにもならない……それはまるで九十九レベルの勇者が、ス○イムを一撃で倒《たお》さないように攻撃《こうげき》しろと言われているようなものだった。無理だ。そんなレベルまで降《お》りることは、俺達には出来ないっ!
俺達は……無力だ。いや、違《ちが》う。会長が、無力だ。無力すぎる。
俺達が絶望に包まれている中、会長が自主的にカードをかき集めながら告げる。
「じゃ、次はなにするー?」
『!?』
ざわ、ざわ、ざわ。
俺達のバックに、そんな擬音《ぎおん》が出ているのを感じた。
真冬ちゃんと深夏の目が動揺《どうよう》で激《はげ》しく揺《ゆ》らいでいる。知弦さんも冷静を保《たも》とうとはしているものの、胸《むね》の辺りを苦しそうに押さえていた。
俺も……会長を、怯《おび》えた目で見つめる。
なん……だって? 次? 次、だって? しかも「なにするー?」って……もう、ポーカーは終わり? そんな……そんなっ! あんだけ……あんだけ決意して臨《のぞ》んだ戦争を……そんな……そんな一言で終わらせて、次の戦争を起こそうというのか貴女《あなた》はっ!
「ふ……ふは……ふははははは」
「す、杉崎?」
俺は思わず笑い始めてしまった。会長がキョトンとしている。
「いえ、なんでもありませんよ、会長。いえ……ベルセルク」
「意味分からないよ! ベルセルクじゃないよ、私!」
「ふ……では、修羅《しゅら》と改めさせてもらいましょうか」
「会長か桜野くりむと改めてよ! なんで修羅になったのよ!」
「修羅よ。貴女は、そこまで戦争が好きなのかっ!」
「好きじゃないよ!? なんでそんな勘違《かんちが》いされているの!?」
「いいでしょう。貴女がそこまで血を望むのならば、我《われ》らは喜んで人身御供《ひとみごくう》となりましょうぞ!」
「口調とテンションがまるで理解《りかい》できないよ!」
「さぁ皆《みな》のもの! 戦《いくさ》じゃ、戦じゃー!」
『おおー!』
「なんで皆《みんな》まで!? なんなのこの気持ち悪い状況《じょうきょう》!」
俺の言葉に呼応《こおう》し声をあげた知弦さんと椎名|姉妹《しまい》を見て、会長の表情《ひょうじょう》がひきつる。
こうして俺達は、長い長い戦いへともつれこんでいくのであった。
これが、後に「クリムゾンの悲劇《ひげき》」と呼ばれる戦争の始まりである。
*
≪戦争、絶対ダメ≫という共通|認識《にんしき》を会長以外の全員が持つに至《いた》った日の翌日《よくじつ》。
俺達は少し遅《おく》れている会長を待ちながら、どんよりとした空気で会合していた。
知弦さんが切り出す。
「さて……私達は昨日、あの戦争を『もう遅《おそ》いから』という理由で休戦に持ち込み帰宅《きたく》したわけだけれど……。アカちゃんの目、見たでしょう? あれは、まだまだ戦争を続ける意志《いし》を持った目だったわ。つまり……今日も、戦争の続きが始まる。戦争は未《いま》だに終結していないのよ」
知弦さんの言葉に、椎名姉妹が肩《かた》を落とす。生徒会室の暗さが尋常《じんじょう》じゃない。
どうしてこんなことになったのだろう。それもこれも……。
「真冬……あんたがトランプなんて持ってくるから」
深夏が、言ってはいけない一言を言う。真冬ちゃんは「ひぅ」と涙目《なみだめ》になり、しかし、その矛先《ほこさき》を姉ではなくて、俺に向けてきた。
「そ、そんなこと言ったら、す、杉崎|先輩《せんぱい》が『会長が一勝したら終わり』なんて提案《ていあん》をしたのがそもそも……」
「な、真冬ちゃん、そりゃないよ! それに、あそこまでの戦役《せんえき》に拡大《かくだい》したのは、知弦さんがポーカーなんてギャンブルに出たから……」
「あ、あら。私がいけないというの? 何もしてない人よりいいと思うけど。……そこの……今回の件《けん》においてとことん影《かげ》の薄《うす》い深夏よりはねっ!」
「な――。あたしは確《たし》かに何もしてないが、状況を悪化させもしてないだろ! そうだ! そもそもこんなに被害《ひがい》が出たのは、この三人のせいじゃねえかっ!」
「ひ、酷《ひど》いよお姉ちゃん! じゃあ言わせてもらうけどさぁー」
……というわけで、生徒会室は現在《げんざい》、大変、ぐだんぐだんだ。とんでもなく居心地《いごこち》の悪いハーレムだ。戦争とは、人の心を荒《すま》ませるものらしい。
会長以外の四人で今日の対処法《たいしょほう》を練るはずが、もう、作戦さえ立てられる状況じゃない。
なんてこった……今回の話のタイトル、変えるべきじゃねえか、これ。
というわけで勝手に新タイトル。
【真・第六話〜崩壊《ほうかい》する生徒会〜】
やべぇ。最終回だこれ。もしくは、最終回の一回前ぐらいだ、このタイトル。
っていうか、俺《おれ》の予定じゃ徐々《じょじょ》に結束《けっそく》していって、最終的にハーレムになる計画だったのに。なんだこれ。第一話の頃《ころ》より仲悪くなってね?
ここは、主人公たるこの俺がビシッと決めてこそ、ライトノベルだろう。
「聞け、俺の女ども!」
『キー君(先輩・鍵)は黙《だま》ってて! ハ○ター×ハンターが完結するまで!』
「いつまで!?」
というわけで俺、すごすご退場《たいじょう》。
結論《けつろん》。
ごめん、これ、どうやらバッドエンドらしいぞ、読者|諸君《しょくん》。
サービスカットを期待していた人。際《きわ》どいシーンを期待していた人。少なくともキスシーンぐらい読みたかった人。ホントごめん。ちゃんと攻略《こうりゃく》サイト見るべきだったわ。
次のプレイではこの反省を活《い》かして、第六話で【遊ぶ生徒会】のルートに入らないように気をつけよう。真冬ちゃんがトランプを取り出したら、その時点で「待て!」の選択肢《せんたくし》を選ぶことにしよう。そうしよう、そうしよう。
…………。
ライトノベルなんだから、ここで都合のいい時間|逆行現象《ぎゃっこうげんしょう》とか起きないもんかと期待してみたが、結果は悲惨《ひさん》だった。ケンカがエスカレートしている。もう、描写《びょうしゃ》したくないほど、エスカレートしている。
さてさて、どうしようか。バッドエンド確定後《かくていご》って、どうすんの?
あ、そうか。
死ぬか。デッドエンドか。一旦《いったん》|電源《でんげん》切るか。
というわけで。
「皆《みな》さん、さようなら。俺は、次の世界に行く」
『はい?』
「死のう」
首にカッターナイフを突《つ》きつける。すると――
『わー!』
今までケンカしていた知弦さんと椎名|姉妹《しまい》が、慌《あわ》てて俺に飛びかかってきた。
体勢《たいせい》をくずし、がらがらと三人で崩《くず》れ落ちる。
結果。
『…………』
喜べ、読者諸君。
サービスシーンの完成だ! ここは恐《おそ》らくカラーイラストでもピックアップされると思うぞ! とくと見ろ!
俺の上に、知弦さん、深夏、真冬ちゃんが倒《たお》れてきていた。
俺が、女性《じょせい》三人に押し倒されていた。
残念なことに、胸《むね》に手が……みたいな大勢にこそならなかったものの、かなり幸福だ。
やーらかい。やーらかい体がむにむにと、三方向から俺に押し付けられているのだ。
これが……。
これが、ハーレムルートかっ!
俺は悟《さと》った。生きるとは、こんなにも、素晴《すば》らしいことなんだと。
なんて甘美《かんび》なんだ! なんて……なんて幸福なんだ!
理解《りかい》した。
もう俺は諦《あきら》めない! この……この幸福を手に入れるためなら、なんだってしてやる!
そうだ! 戦争がなんだ! そんなもの、簡単《かんたん》に吹き飛ばしてやるさ!
ゲームやアニメで用いられる、あの手法を……最後の手段《しゅだん》を使ってでも!
「……いったぁ」
知弦さんが呻《うめ》き、三人がもそもそと体勢を立て直そうとする。しかし俺はそれを……ぐいっと、引《ひ》っ張《ぱ》りなおした! 途端《とたん》、再《ふたた》び体勢を崩して俺に密着《みっちゃく》する女性達!
「こら、鍵、何するんだ!」
「せ、先輩《せんぱい》、苦しいですぅ!」
椎名姉妹の文句《もんく》を無視《むし》して、抱《だ》きしめ続ける。
時間を確認《かくにん》! うむ、そろそろだ! そろそろ……。
瞬間《しゅんかん》、ガラガラと生徒会室の扉《とびら》の開く音。そして――
「さぁて、今日も元気にトランプするわよーっ……て」
それは、会長の声だった。生憎《あいにく》こちらから表情《ひょうじょう》は見えないが……恐らくは、今、俺達を見て、一生|懸命《けんめい》思考していることだろう。
「え、えーと」
どうやら反応《はんのう》に困《こま》っているらしい。
しばしの逡巡《しゅんじゅん》。そうして……どうやら、行き着いたらしい結論《けつろん》。
「す、すぅ〜ぎぃ〜さぁ〜きぃ〜!」
とりあえず怒《おこ》っておこうと思ったらしい。
計画通り。
同時に、俺の拘束《こうそく》を抜《ぬ》け出た三人|娘《むすめ》もぎゃあぎゃあと騒《さわ》ぐ。
「な、なにするのよキー君! まさかそこまで性欲《せいよく》を持て余《あま》しているなんて……。くっ。この紅葉知弦、見誤《みあやま》ったわ!」
「くそ、この、死ね! てめぇいよいよ本性現《ほんしょうあらわ》しやがったなこら!」
「ぐす……。杉崎先輩……見損《みそこ》ないました」
全員が俺を憎悪《ぞうお》のこもった視線《しせん》で見ている。
そうして。
会長の、決定的な一言。
「そこになおりなさい、杉崎! 今日はずっと説教よ!」
*
こうして、この「クリムゾンの悲劇《ひげき》」は、とある青年……『人類共通の敵《てき》の出現《しゅつげん》』によって、うやむやのうちに終結した。
この後、実に三百年に亘《わた》ってこの『敵』は最低の男として語り継《つ》がれることになる。しかしその後、彼の記した書物『生徒会の一存』の発見により、歴史の解釈《かいしゃく》は大きく揺《ゆ》らぐこととなった。
『青年は、実は敵ではなく救世主だったのではないか』『彼は自己を犠牲《ぎせい》にして、戦争を止めたのではないか』と論じる学者が出現したのだ。
しかし、その解釈は多くの者に異端《いたん》とみなされ、直後に謎《なぞ》の奇病で学者が死亡したこともあり、結局は世間に受け容《い》れられることなく消えていった。
真実は今も、闇《やみ》の中である。
…………。
っていうか、ぶっちゃけ皆、どうでもよかったのである。
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【最終話〜振《ふ》り返る生徒会〜】
「過去に囚《とら》われてばかりじゃ駄目《だめ》! 未来を見据《みす》えて歩くべきよ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
よく分からないが、また、俺をジーッと見ている。……イヤな予感。
「え、ええと?」
立ち上がった会長を上目遣《うわめづか》いに覗《のぞ》き見る。会長は俺をしばらく見つめた後、何を思ったのか、今度は椎名姉妹《しいなしまい》と知弦《ちづる》さんにまで、その意味のわからない視線《しせん》を送り始めた。当然、皆《みな》、首を傾《かし》げる。
一通りそれぞれと目を合わせると、会長、大きな声で宣言《せんげん》。
「第一回、チキチキ、親睦《しんぼく》を深めよう会〜!」
「……はい?」
ドンドンパフパフ〜と、会長は一人で何か盛《も》り上がっている。俺達はと言えば、完全に置いてかれていた。深夏《みなつ》なんか、口をだらしなくぽかんと開けてしまっている。
「な、なんだぁ?」
「ほら、深夏! ムードメーカーなんだから、一緒《いっしょ》に盛り上げてっ!」
「え、え。い、いぇ〜い?」
「真冬《まふゆ》ちゃんも」
「えぇ? え、えとえと……パチパチ」
真冬ちゃんが、おずおずと拍手《はくしゅ》をする。二人とも……意味も分からず、とりあえず会長命令に従《したが》っているようだ。
俺は知弦さんとアイコンタクトを交《か》わす。しかし、二人ともやっぱり状況《じょうきょう》は認識《にんしき》できず、結果、いつも通り「見守る」という結論《けつろん》に落ち着いた。
椎名姉妹の盛り上げに満足したのか、会長は、ようやくホワイトボードに今日の議題を記し始める。キュッキュと、サインペンの音だけが室内に響《ひび》き渡《わた》った。
そうして……。
「親睦会?」
知弦さんがボードを眺《なが》めて呟《つぶや》いた。会長は「そう!」と勢《いきお》いよく振り返る。
「今日は親睦会をしようと思うわ!」
自信満々に告げる会長の背後《はいご》のボードには、くっきりと、大きな文字で「親ぼく会」と書かれていた。親睦の「睦」の字が分からなかったらしい。妙《みょう》にしまらない字面《じづら》だった。
「また、どうしてこの時期に親睦会なんて……」
知弦さんは額《ひたい》に手をやって嘆息《たんそく》していた。本来やらなければいけない仕事が溜《た》まっているのかもしれない。まあ、それでも頭ごなしに会長を否定《ひてい》しないのが、知弦さんの知弦さんたる所以《ゆえん》だけど。
会長はと言えば、そんな知弦さんの苦悩《くのう》に全く気付く素振《そぶ》りもなく、満面の笑《え》みで自分の企画《きかく》を語り始める。さも、「名案でしょ?」と言わんばかりの表情《ひょうじょう》だ。
「ふと思ったんだけど、この生徒会メンバーって、お互《たが》いのこと殆《ほとん》どよく知らないのよね」
「知らない? いつも一緒《いっしょ》に駄弁《だべ》っているじゃねーか」
深夏が不思議そうに首を傾げる。しかし、会長は「ちっちっち」と人差し指を振った。
「甘《あま》いわね、深夏。確《たし》かに、世間話はよくするわ。でも、改めて考えてみて。単純《たんじゅん》に『お互いの人となり』という観点では、実は、よく分かってないのよ」
「どういうことだ?」
「つまり、私が知っている深夏っていうのは、椎名深夏っていう名前で、男口調で、体育が得意な、高校二年生。それだけってことなのよ」
「なんの問題が? 普通《ふつう》、そんなもんじゃね?」
深夏の言葉に、俺《おれ》も知弦さんも真冬ちゃんも頷《うなず》いた。実際《じっさい》、友人関係にそれ以上の情報《じょうほう》なんて、あんまり必要ない気がする。生徒会メンバーに限《かぎ》らず、一年の時からのクラスメイトだって、それ以上の情報を俺は殆ど持っていない。精々《せいぜい》、趣味《しゅみ》や嗜好《しこう》、家族|構成《こうせい》、血液型《けつえきがた》が追加されるぐらいだ。しかし、この程度《ていど》の情報でも、人間関係には何の問題もない。
しかし、会長は全く譲《ゆず》らなかった。机《つくえ》を強く叩《たた》く。親睦会《しんぼくかい》とか言いつつ、威圧《いあつ》しまくりだった。
「駄目《だめ》なのよ、それじゃあ! ただの友人関係なら、それで別にいいでしょう! でも、私達は生徒会! 学校を背負《せお》って立つ精鋭集団《せいえいしゅうだん》! 選ばれし戦士達! つまり戦友!」
「何と戦っているんですか、俺達《おれたち》」
「社会の軋轢《あつれき》とか、大人達の作ったルールとよ!」
「うわー、熱血青春っぽい戦いしてるんですね、俺達」
初耳だった。そんな熱い集団だったのか、生徒会って。
「そうよ! だからこそ、そんな背中を預《あず》けあう戦友同士が、お互いを深く知らないっていうのは大問題なのよ! 今こそ親睦会を!」
「…………」
高らかに宣言《せんげん》する会長を眺め、俺達はそれぞれ、心の中で嘆息《たんそく》する。
俺はとりあえず今日の仕事が自分一人で充分片付《じゅうぶんかたづ》けられるかを頭の中でシミュレーションしつつ、会長に尋《たず》ねる。
「で? 会長は皆《みんな》の何が知りたいんですか?……いや、そうか! 分かったぞ!」
「? 何が分かったの? 杉崎《すぎさき》」
「会長、この企画、俺も大賛成《だいさんせい》です!」
俺はすっかりシミュレーションも忘《わす》れて興奮《こうふん》する。今度は会長が不思議そうにしていた。
「あ、うん。賛成してくれるのは嬉《うれ》しいんだけど……ええと?」
「会長! つまり……つまり、『スリーサイズは?』とか、『好きな男性《だんせい》の好みは?』とか訊《たず》ねればいいんですね! なんていい企画だ!」
「違《ちが》うわよ! なんでそうなるのよ!」
「『最初のデートはどこがいい?』とか、『告白は待つ方? したい方?』とかですよね!」
「親睦会というより、単なるフィーリングカップルじゃない! しかも一対四!」
「そういうことなら、俺も一肌《ひとはだ》|脱《ぬ》ぎますよ!」
「脱がなくて結構《けっこう》よ! 色んな意味で!」
「ええー」
俺はがっくりと肩《かた》を落とす。会長はそんな俺の様子を見守り、疲《つか》れた様子で続けた。
「つまりね。杉崎の言っているようなものでは全くなくて……。私としては、お互いの……そう、過去《かこ》とかをね、語り合ったらいいんじゃないかって――」
そう会長が言った途端《とたん》。生徒会室が、俄《にわ》かに緊張《きんちょう》感に包まれた。知弦さんが目を伏《ふ》せ、椎名|姉妹《しまい》が表情を消し、俺も会長から目を逸《そ》らしてしまう。会長自身もすぐに自分の失言に気付いたようで、慌《あわ》てて取り繕《つくろ》い始めた。
「あ、い、いや、そ、そんなに深いこと喋《しゃべ》りあおうっていうんじゃなくてね、うん」
わたわたと慌てる会長が、痛《いた》ましい。フォローに回るべきだと俺も皆も分かっていたが、しかし、ちょっとすぐには口が回らなかった。
俺達は……ちゃんと話したことはなかったけれど、お互い、どうやら「立ち入られたくない過去」というのがあるようだ。俺達に限らず誰《だれ》にだって話したくないことの一つや二つはあるだろうけど、この生徒会メンバーの場合、少々|平均《へいきん》よりは胸《むね》に刺《さ》さるトゲが大きいみたいで。
会長もその辺は分かっているハズだから、わざとじゃないんだろう。親睦会っていうのも、別に深いところを|曝《さらけ》け出そうっていうことじゃないはずだ。
俺はどうにか自分にそう言い聞かせ、ニコリと、ぎこちない笑《え》みを浮《う》かべる。
会長も安心したように微笑《ほほえ》んでくれたものの……しかし、一度|硬直《こうちょく》してしまった空気は、中々元に戻《もど》るものじゃなかった。全員、早く会長を安心させてあげなきゃと頭では思っているのだろうけど、どうしても、感情が追いつかないらしい。
会長がちょっと泣きそうになってしまっているのを見て、嘆息する。……会長は、会長なりに、俺達ともっと仲良くなろうと親睦会を企画《きかく》したんだ。それなのにこの状況《じょうきょう》じゃあ……。ちょっとあんまりだ。
(仕方ないな……)
ハーレムの主として、ここは、俺がなんとかしなければいけない。とりあえず時間さえ稼《かせ》げれば……全員、心に余裕《よゆう》は戻るだろう。
俺はぎくしゃくしてしまったこの空気を打ち破《やぶ》るべく、思いっきり、立ち上がった。
「杉……崎?」
会長、そして皆が見守る中……俺は、一度|微小《びしょう》を浮かべ、そして……話し始める。
「ぶっちゃけ俺には、美少女の義理《ぎり》の妹と、これまた美少女の幼馴染《おさななじみ》がいたりしますっ! そう……以前の二股疑惑《ふたまたぎわく》の時の二人なんスけどね。あはは……」
空気が、とりあえず、変わった。……微妙《びみょう》な方向に。
*
「ちょっと待ちなさい」
俺の発言に、会長が表情を険《けわ》しくして待ったをかける。
「なんですか?」
「なんですか、じゃないわよ! なにそれ! 妄想《もうそう》じゃないでしょうね!?」
「失礼な。俺がそんな妄想するような男に――」
「見えまくるわよ!」
「……でしょうね」
自分で自分の行動を顧《かえり》みて、成程《なるほど》、と思った。しかし……。
「でも、そうは言っても、事実は事実ですからねぇ……」
着席し、椅子《いす》にふんぞり返りながら、そう呟《つぶや》く。皆は、俺を呆然《ぼうぜん》と見つめていた。
混乱《こんらん》気味の会長に代わり、知弦さんが嘆息《たんそく》しながら確認《かくにん》をとってくる。
「ええと……キー君。それは、その、この場の空気をなんとかしようとしてついた嘘《うそ》……というか、ジョークの類《たぐい》じゃあ、ないわよね?」
「む、失礼な。俺はいつだって真面目《まじめ》ですよ」
「そういう発言が信じられないのだけど……」
「信じて下さい、知弦さん。俺の言葉は、政治家《せいじか》が選挙前に掲《かか》げる公約の実現率《じつげんりつ》と同じくらい、信用に足りますからっ!」
「逆に信じられなくなったわね」
そう呟き知弦さんは額《ひたい》に手をやる。どうやら、呆《あき》れながらも、信じてはくれたようだ。
そうこうしていると、今度は深夏が「ちょっと待てよ」と、椅子をガタガタ鳴らしながら俺を覗《のぞ》き込んできた。
「そりゃあおかしいだろ、鍵《けん》」
「? 何が」
「だってお前……それが本当だとしたら、お前、今更《いまさら》自分で努力するまでもなく、環境《かんきょう》に……女に恵《めぐ》まれてんじゃねえかよ。なんで、ハーレムだのなんだのを目標とする必要がある」
「あー、それはだな」
「あ、いや、分かった。そうか、フラれたんだな、その二人にも」
「違《ちが》うわ! 好意バリバリだわ! 少なくとも片方《かたほう》は妹だぞ! 家族だぞ! フラれてたまるかっ!」
「ええー」
全く信じてない目だった。深夏に限《かぎ》らず、他の皆《みんな》もである。
俺はふんと鼻を鳴らした。
「いい機会だから言っておこう。この生徒会は、どうも、俺を舐《な》めているフシがあるからな。俺、ここでこそこんな扱《あつか》いだが、出るとこ出れば、かなりモテるんだぞっ!」
「オ○マバーとかでか?」
「そんな特殊《とくしゅ》環境|限定《げんてい》の魅力《みりょく》じゃないわ!」
「熟年層《じゅくねんそう》か?」
「理由が分からん!」
「千の風にでもなったのか?」
「私は死んでなどいません!」
「……じゃあ、誰にモテてるんだよ……」
「普通《ふつう》にモテてるんだよ! 同年代の女子に!」
「…………」
深夏は目をパチクリとする。真冬ちゃんまで驚《おどろ》いた様子で、呆然と呟いていた。
「そ、その発想はなかったですね……」
「なかったの!? 一番最初に出るべき発想じゃね!?」
「世の中には、科学では解明《かいめい》できないことがあるのですね」
「酷《ひど》い! 真冬ちゃん、相変わらずサラリと酷《ひで》ぇよ!」
俺は全力で「俺がいかにモテるか」を生徒会メンバーに熱く語る。そうこうしていると、話を区切るように会長が「それで」と切り出した。
「杉崎がモテるのは……百歩|譲《ゆず》っていいとして。義理《ぎり》の妹と幼馴染《おさななじみ》の話はどうなったのよ」
「あ、忘《わす》れてました。ええと……なんでしたっけ?」
「そんな存在《そんざい》がいるなら、ハーレムだのなんだの言わなくていいんじゃないかって話」
「ああ、そうでしたそうでした」
俺はそこで一区切りし、少し喉《のど》が渇《かわ》いたので、生徒会室|備《そな》え付けのポットの元に向かい、インスタントの番茶を淹《い》れる。回転|寿司屋《ずしや》とかによく備え付けられているアレだ。会長の趣味《しゅみ》らしく、校則違反《こうそくいはん》っぽいが、ここでは茶が飲める。一応《いちおう》、「議論《ぎろん》のスムーズな進行には水分が必要」とかいう理由らしい。
メンバーにも「飲む人ー」と声をかけるも、特に誰も要《い》らないようだったので、自分の分だけ淹れて、席に戻る。
番茶を一すすりし、俺は話を再開《さいかい》した。
「まー、確《たし》かに、中学時代の俺はあんまり女に興味《きょうみ》ない……って言うと語弊《ごへい》ありますけど、飛鳥《あすか》と林檎《りんご》……幼馴染と義理の妹以外の女性《じょせい》が殆《ほとん》ど眼中《がんちゅう》になかったッスね」
「え? 杉崎って、中学時代からそういう感じじゃなかったの?」
「んー、まあ、そうですね。今の俺から、エロ要素《ようそ》とか妙《みょう》なテンションの高さとかを抜《ぬ》いたら、中学時代の俺になる感じですね」
「なにその理想の杉崎。高校に入って以降《いこう》、めきめきと堕落《だらく》しているのね」
酷い言われようだった。まあ……異論《いろん》は無いけど。それでも、「その原因《げんいん》」を作った張本人《ちょうほんにん》に言われると、ちょっとムッと来るな。
会長はくるくると髪《かみ》をいじりながら、訊《たず》ねてくる。
「それで、そのカッコイイ杉崎は、幼馴染と義理の妹で二股《ふたまた》かけて、失敗したっていう話なのかしら」
「なんか凄《すご》くテキトーにあしらわれている気がしますけど……言っちゃえば、そうですね」
「で、フラれたショックで、エロゲに逃避《とうひ》して」
「はい」
「今|現在《げんざい》は、新たなハーレムを形成しようと張《は》り切っていると」
「その通りです」
「典型的な駄目《だめ》男じゃない!」
「…………。…………おおっ」
「今気付いたの!?」
「今気付きました」
「どこまで堕落すれば気が済《す》むのよ、アンタは!」
「いやぁ、まさかとは思っていましたけど、事実だけを省略《しょうりゃく》して俯瞰《ふかん》すると、俺、なかなか最低人間じゃないっスか」
「なにをヘラヘラと! 副会長が最低人間でどうするのよ!」
「懐《ふところ》の深い生徒会に、乾杯《かんぱい》」
「最低人間が番茶で何を気取っているのよ!」
滅茶苦茶《めちゃくちゃ》|責《せ》められていた。気付けば、会長以外のメンバーも俺に対してドン引きである。好感度がガンガン下がっていくのが肌《はだ》で伝わってくる。
仕方ないので、俺《おれ》は、茶をもう一口飲んだ後、少しだけ補足《ほそく》しておくことにした。
「実際《じっさい》、俺は確かに最低なヤローだったんですよ。なにせ……自分の命より大事に思っていた女の子達を、二人とも、傷《きず》つけたんですからね……」
「…………」
俺の神妙《しんみょう》な表情に、会長が押《お》し黙《だま》る。生徒会全体が、シンと、静まり返ってしまった。
数秒して、おずおずと、真冬ちゃんが口を開く。
「で、でも、あの、あのっ! 真冬は……真冬は、杉崎|先輩《せんぱい》がそんなに酷い人だなんて、思えません!」
「真冬ちゃん?」
一生|懸命《けんめい》フォローする真冬ちゃんに、キョトンとする。
「それは、その、確かに、杉崎先輩は女の子にだらしないですけど……。でもでも、だからこそ、女の子を傷つけるようなことは絶対《ぜったい》にしない人だって、真冬は、思います!」
「……ありがとう、真冬ちゃん。でもね……傷つけたのは、事実だから」
「先輩……」
真冬ちゃんが悲しそうな顔をする。少し胸《むね》に痛《いた》みを感じつつも、「その事実」から目を背《そむ》けるわけにもいかないので、俺は、話を続けた。
「ま、その……俺にとって、二人はとても大事な……両親以上に大事な二人でさ。家族、って言うより……家族の中でも、特に大事な人……みたいな括《くく》りでさ。そんな二人だったからこそ……俺が傷つけたっていう事実は、うん、忘《わす》れちゃいけないんだよ」
「先輩……。で、でも」
真冬ちゃんが言葉に詰《つ》まったのを見かねて、隣《となり》から、深夏が助け舟《ぶね》を出した。
「鍵。あたしも真冬に賛成《さんせい》だ。あたしは……男子っていうものを信用はしてねぇし、お前のいい加減《かげん》さも充分《じゅうぶん》知っているが、それでも、鍵が不真面目《ふまじめ》な気持ちで理由もなく女を傷つけるような下種《げす》じゃないってことだけは、確信《かくしん》している」
「深夏……」
「別に突《つ》っ込《こ》んだ理由話せとは言わないけどよ……。多少の言い訳《わけ》ぐらい、しろや。少なくとも、ここにいるメンバーは、お前の気持ちぐらい、汲《く》み取ってやれるヤツらだぜ?」
深夏のその言葉と同時に、会長と知弦さんと真冬ちゃんが、コクリと頷《うなず》く。
俺はそんな優《やさ》しいメンバー達の気遣《きづか》いに微笑《ほほえ》み……そうして、口を開いた。
「俺にとってはさ。その二人って……何より大事だったんだ。世界で一番愛している二人だった、と言っても全然|過言《かごん》じゃなくてさ。
で、ある時、俺は、幼馴染《おさななじみ》……飛鳥から告白されたんだ。俺も彼女のことを好きだったから、当然のように付き合うことになった。そこまでは良かった。
だけど、妹は……義理《ぎり》の妹はそれが許《ゆる》せなくて、な。ちょっと、事件《じけん》が起きてしまったんだよ」
「事件?」
会長が首を傾《かし》げる。しかし、俺は「すいません」と首を振《ふ》った。
「詳《くわ》しいことは勘弁《かんべん》して下さい」
「あ、ごめん」
「いえ。とにかく、色々ありまして……妹は、精神《せいしん》的に不安定になってしまいましてね。入院生活を余儀《よぎ》なくされるほどに、ね」
「…………」
「俺にとっては妹もすごく大事な子だったから……林檎に付きっきりの看病《かんびょう》生活をするようになった。彼女になったはずの飛鳥を差し置いて、ね。それが……」
「二股《ふたまた》って……周囲には言われてるわけね」
「ご名答です」
俺の回答に、会長が、急に憤慨《ふんがい》して立ち上がる。
「なにそれ! そんなの、二股じゃないじゃない!」
「いえ、二股ですよ」
「どこがよ! だって、杉崎は入院中の妹のことを案じていただけで……」
「たとえ行動的にはそれだけだったとしても。俺の心は……その頃《ころ》、確《たし》かに、分割《ぶんかつ》されていましたから。飛鳥と林檎……二人の女の子を同時に大事にしようとして、破綻《はたん》していましたから。それは、やっぱり、二股って言うんだと思います」
「そんな……」
会長がシュンと落ち込む。
微妙《びみょう》な空気になってしまった生徒会の様子を見かねて、知弦さんが、気を遣って話を進めてくれた。
「それで、キー君達は結局どうなったの?」
「ああ……簡単《かんたん》ですよ。典型的な浮気《うわき》男の末路です。『あっちを立てればこっちが立たない』っていう状況《じょうきょう》に翻弄《ほんろう》され、大事なものの順番をつけられず、結果……」
「…………」
知弦さんまで黙り込んでしまった生徒会に向かい……俺は苦笑《くしょう》して、告げた。
「つまりは、俺、杉崎鍵を主人公としたラブコメは、一度、壮絶《そうぜつ》なバッドエンドを迎《むか》えたことがある……ってだけの話です。はい、俺の過去《かこ》話第一部、終了《しゅうりょう》〜」
『…………』
「うっ」
しまった。なんか……生徒会の空気が、物凄《ものすご》く、「ず〜ん」と沈《しず》んでいる。
な、なんとかしなければっ!
「あ、安心しろ、皆《みんな》! 俺と飛鳥は、付き合っていたと言っても、手を握《にぎ》る段階《だんかい》までしか進んでないぞ! 悲しいことに! 結局完全に幼馴染のままだったな、アレは!」
「いや、そこは誰《だれ》も気にしてないんだけど……」
会長の淡々《たんたん》としたツッコミにもめげず、俺は続ける。
「あ、そ、それにほら、この事件を経《へ》て、俺は、今の俺になる決意をしたんですから! いい教訓にもなったっていうか……」
「何よ、教訓って……」
嘆息混《たんそくま》じりの会長に向かい……俺は、少しだけ表情《ひょうじょう》を真面目《まじめ》にして……返す。
「もう、大事な人間に無理に順番なんて付けようとしないって。いくら苦しくても、辛《つら》くても。大事なものは……全部この両手に抱《かか》えられる男になるって……決意、したんです」
「―――――」
会長が、ハッとした様子でこちらを見る。
「杉崎……。まさか、貴方《あなた》、だから、ハーレムなんて……」
「…………え、と」
う、ううむ、しまったなぁ。こういうのは、言っちゃったらカッコ悪いじゃないか。
なんか全員こっちを同情的な視線《しせん》で見ているし……うう……。
こ、こうなったら、強制《きょうせい》的に話題変えよう! そうしよう!
「第二部!」
「は?」
「杉崎鍵物語、第二部! 生徒会メンバー邂逅編《かいこうへん》、スタート〜」
「はぁ?」
会長はすっかり状況に取り残され、キョトンとしている。
数秒後、ようやく、会長は話題に追いついてきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、杉崎。邂逅編もなにも、私達の出会いって、今年の春に生徒会室で顔合わせしただけじゃ―――」
会長がそう言いかけた途端《とたん》、深夏が、「いや、違《ちが》うぞ」とそれを遮《さえぎ》る。
深夏は俺と会長を交互《こうご》に見る。
「少なくともあたしは、一年前……初夏ぐらいだったかな? とにかく、一年の時に会っているぞ、鍵と。確かにあの頃の鍵は、今ほどエロスの塊《かたまり》じゃあなかったな、うん」
「え、え? そうだったの?」
会長は初耳だったらしい。すっかり動揺《どうよう》しているところに、知弦さんが追い打《う》ちをかける。
「私も去年の秋に一度会っているわね、保健室《ほけんしつ》で」
「え、ええ!?」
知弦さんがあまりに妖艶《ようえん》に言うものだから、会長がしゅぼっと赤面する。……知弦さん……。保健室で会ったのは事実でも、俺、そこまで嬉《うれ》しい経験《けいけん》した覚えがないんですけど……。まったく……。
すっかりお疲《つか》れの会長に、更《さら》に、真冬ちゃんまで追い打ちをかける。
「あ、ここでは話してないですけど、真冬も、この学校に入る前……中学三年生の冬に、杉崎|先輩《せんぱい》と会ってますよ」
「ま、真冬ちゃんまで?」
「はい。あの時……杉崎先輩は、公園でコテリと倒《たお》れていました」
「なにその出会い方! 激《はげ》しく気になるわ! っていうか、深夏と知弦のも全部気になるわよ! なんなのよ! なんで話さないのよぉ!」
会長が、すっかり「除《の》け者」だったことにいじけている。
しかし……そうは言っても……。
「会長、会長」
「なによ、杉崎!」
「いや……その、今この状況《じょうきょう》ではとても言いにくいんですけど……」
「だから、なによ! これ以上に衝撃《しょうげき》的な事実なんて、そうそう――」
「あの……会長と俺も、出会ってるんですよ、以前に。あ、その頃はまだ会長は副会長でしたけど」
「ふぇ?」
「しかも、去年の春。つまり、ここのメンバーの誰よりも早く、邂逅してます」
「え。…………。えええええええええええええええええええええええええ!?」
会長の絶叫《ぜっきょう》が生徒会室……どころか、恐《おそ》らく廊下《ろうか》まで響《ひび》き渡《わた》る。
そういえば……あの時、この人、俺の顔をちゃんと見てなかったな。
「ちょっと、どういうことよ、それ!」
会長が俺の襟首《えりくび》を掴《つか》んでぶらんぶらんと揺《ゆ》らしてくる。
俺は一つ嘆息《たんそく》して……杉崎鍵物語、第二部、邂逅編を軽く語ることにした。
*
「んじゃ、会長が凄《すご》く気にしているみたいなんで、会長との出会いをば」
俺は会長の方へと視線を向ける。彼女はなぜか、緊張《きんちょう》した面持《おもも》ちで背筋《せすじ》をピンと伸《の》ばし、椅子《いす》に座《すわ》り直した。
「会長との出会いは、学校の廊下です」
「廊下? まさか、すれ違っただけ、とかじゃないでしょうね?」
「違いますよ。ちゃんと会話もしました」
「ええ?……全く覚えがないわ」
「でしょうね。会長はあの時、俺の顔を見ていませんから」
「? 廊下で会って、喋《しゃべ》りもしたのに、顔は見てないの?」
会長が首を傾《かし》げる。見れば、俺と会長の出会いを知らない他のメンバーも、興味津々《きょうみしんしん》な様子で俺の話に耳を傾《かたむ》けていた。……うん、大分空気が回復《かいふく》してきたな。いい傾向《けいこう》だ。
俺は番茶を一口飲み、きちんと最初から説明を始める。
「そもそも、あの頃の俺は、ほら、中学時代の経緯《けいい》がありまして、ちょっと荒《あ》れてましてね。……と言っても、別に暴力《ぼうりょく》働いていたわけじゃないんスけど。こう、一匹狼《いっぴきおおかみ》みたいな空気を纏《まと》っていたというか、『オレに近付くな』という空気バリバリだったんですよ」
「さっきの話を考えれば……分からないじゃないわね」
「飛鳥は内地に行っちゃうわ、妹とは面会|謝絶《しゃぜつ》になるわで、俺も結構《けっこう》キてましてね。大事なものを一気に失っちゃうと、人間、軽く自暴自棄《じぼうじき》になるもんで。
で、俺もすっかり落ちぶれた生活していたんですけど……。そんな時に、出逢《であ》ったんです。そう……」
「お、私の登場ね!」
「『本の化物』と」
「誰よ!」
「貴女《あなた》ですよ、会長。貴女との出会いの話をしているんですから」
「私は『本の化物』じゃないわよ!」
会長が全力で否定《ひてい》してくる。しかし……あれは、確《たし》かに、本の化物だった。
俺は続ける。
「具体的に言えば、大量の本を持って、上半身が隠《かく》れちゃっている、ちびっこい先輩《せんぱい》に出会ったんです。放課後、廊下の先から、そんなのが歩いてきたんですよ? そりゃ、ぎょっとして、本の化物かとも思います」
「う……。そういえば、去年は、副会長としてよくそんな雑用《ざつよう》をしていたような……」
「で、完全に他人に興味をなくした荒《すさ》んだ俺でも、流石《さすが》に、それは見過《みす》ごせなかったわけで。『だ、大丈夫《だいじょうぶ》ですか?』と思わず声をかけてしまったのが、出会いです」
「そ、そうだったんだ……。あれ? でも、それじゃあ、なんで私は覚えてないの?」
「結局、本を半分ぐらい俺も持って手伝うことにしたんですけど、それでも、会長ちっこいから、俺の顔が自分の持つ本の束のせいで全然見えなかったみたいですよ。運び終わった後は、俺も、すぐに去りましたからね。結局顔は見られなかったのかと」
「う……」
ちっこいという指摘《してき》に傷《きず》ついたらしい。会長は胸《むね》を押《お》さえて呻《うめ》いていた。
俺は嘆息《たんそく》しつつ、椅子に背を預《あず》け、「まいりましたよ」と当時を振《ふ》り返る。
「なんせ会長、三階の図書室から、同じく三階の生徒会室に資料《しりょう》を持っていく途中《とちゅう》だっていうのに、なぜか一階でウロウロしてたし」
「うっ」
「ただでさえ歩幅小さいのに、慎重《しんちょう》に歩いているせいで、階段《かいだん》に辿《たど》りつくだけのことに十分以上要しましたし」
「うう……」
「そんなんだから、見かねて『俺が全部やりましょうか?』って声かけても、『ふ、副会長をなめちゃいけませんっ!』とか妙《みょう》に意地|張《は》るし。おかげで、余計《よけい》に俺も時間|潰《つぶ》されるし」
「ううう……」
「階段上る時なんて、|腕《うで》と足がすんげープルプルしていて|痛《いた》ましいし」
「あぁ、去年の私って」
会長はがっくりとうな垂《だ》れていた。……いや、会長。今の会長も、大して進化してないですよ、あの頃《ころ》から。
あんまりいじめるのも可哀想《かわいそう》なので、話を進める。
「んで、期せずして長時間同行するハメになってしまいましたのでね。荒れていた俺でも、ついつい油断《ゆだん》して、会長に色々話してしまいまして。軽くですけど、二股《ふたまた》で女の子を二人|傷《きず》つけて、自分はどうしたら良かったのか……みたいな愚痴《ぐち》も漏《も》らしたんです。そうしたら会長……」
「どうしたの?」
首を傾げる会長。……やっぱり覚えてないのか、この人。はぁ。
「会長、こう言ったんですよ。『恋愛《れんあい》シミュレーションゲームをしなさい! 貴方《あなた》には主人公|精神《せいしん》が足りないわ!』と」
『は?』
会長のみならず、生徒会全員が目を点にする。
会長は、慌《あわ》てて「そ、そんなこと私が言うはずないじゃないっ!」と反論《はんろん》してきたが、事実なんだからしょうがない。
「どうやら会長、その時期、丁度なんかの恋愛シミュレーションゲームをやって感動した直後だったらしくてですね。友達から勧《すす》められて、やったら、不覚にも泣いてしまったとか言ってましたけど……」
「あ」
思い当たるフシがあるらしい。……まあ、この人、すぐ流されるからな……。あの後他のマイブームが来て、忘《わす》れてしまったのだろう。
「当然、俺はキョトンとしましたよ。当時の俺はそういう系統《けいとう》のゲームに全く興味なかった上に、会長みたいな人の口からそんな言葉が出るとは思ってませんでしたからね」
「あぅ……」
「でも、会長はいたって本気で言うんです。『ああいうゲームの主人公を見なさい! モテモテなのに、結局、皆《みんな》幸せにするじゃない! 貴方はアレを参考にしなさい! それぐらいで丁度いいわ!』ってね」
「きょ、去年の私って……」
会長はどんどん落ち込《こ》んでいく。……悪いとは思ったが、追い打《う》ちをかけさせてもらうことにした。
「その突飛《とっぴ》な発想は、意外と俺の心にグサリときましてね。それからですよ。ギャルゲとエロゲに染《そ》まったのは」
「それ、私のせいだったんだ!」
会長は、俺の今のこのキャラが自分のせいだと知り、とんでもなくショックを受けたらしい。まるで世界の終りみたいな顔をして、落ち込んでいた。知弦さんや椎名|姉妹《しまい》も、ぎこちない表情《ひょうじょう》で苦笑《くしょう》している。
そんな様子に俺も苦笑し……しかし一言だけ、付け加えておくことにした。
「でも……俺は、それで、救われました。ありがとうございました、会長」
「え?」
「あの頃《ころ》の俺には、本当に何も無かったんです。だけど……会長は、そんな俺に指針《ししん》をくれた」
「……ギャルゲだけどね」
なんかまた会長が沈《しず》んでいた。俺は苦笑する。
「そうは言いますけど、あの頃の俺には結構衝撃《けっこうしょうげき》だったんですよ、アレ。特に……ハーレム系の展開《てんかい》になるものは、カルチャーショックだったんです。ああ、こんな展開もあるんだなぁって。荒唐無稽《こうとうむけい》だけど、でも、皆が微笑《ほほえ》んでいられる未来は、ちゃんと、あるんだなぁって」
「……杉崎……」
「特に、ギャルゲの主人公って、どういうわけか俺と似《に》た状況《じょうきょう》なの多かったから。義理《ぎり》の妹とか幼馴染《おさななじみ》とか居て。三角関係になって。軽くドロドロして」
「…………」
「でも……悔《くや》しいんだけど、アイツら主人公と来たら、十中八九、最後には幸福を掴《つか》みやがる。ホント……俺、何度泣いたことか。あぁ、どうして俺はこうなれなかったんだろうって。どうして俺は……二人を、ちゃんと、幸せにしてやれない、情《なさ》けない俺だったんだろうって。だから、俺はそれで決めたんです。俺は……『主人公』になるって。沢山《たくさん》の女の子を平気な顔で幸せにする『コイツらの側』に、なってやるって」
『…………』
思わず拳《こぶし》を握《にぎ》りこむ。しかし……皆からの視線《しせん》を受け、俺は、いつもの俺の表情でニカッと笑った。
「俺はもう一年前の俺じゃない。春に会長と出会って、キッカケを貰《もら》って。夏には深夏に活を入れられ、秋には知弦さんに癒《いや》され、冬に真冬ちゃんに励《はげ》まされて。バイトも勉強もギャルゲも全部全力で取り組んで。そうやって一年自分を磨《みが》き続けた俺は……もう、あの頃の俺じゃない。だから俺は、この生徒会に来た時、自信を持ってこう言えたんだ」
一|拍《ぱく》おいて。もう一度、その言葉を告げる。
「皆好きです。超《ちょう》好きです。皆付き合って。絶対《ぜったい》幸せにしてやるから」
全員の顔を見渡《みわた》す。
会長は「まったく」と腕《うで》を組みながらも、柔《やわ》らかく微笑み。
知弦さんは「ふふっ」と、心底楽しそうに目を細めていて。
深夏は「理想の男性像《だんせいぞう》が激《はげ》しく間違《まちが》っている気もするけどな」と苦笑し。
真冬ちゃんは「ある意味|凄《すご》く真面目《まじめ》……なのかな?」とニコニコしていた。
そんな皆の様子を見守り、俺は、改めて確信《かくしん》する。
ああ、俺はやっぱり、この生徒会が大好きだと。
口に出すとまた軽くなっちゃいそうなので、心の中だけで呟《つぶや》く。
(俺にとっては皆も……もう、家族と同じくらい大事だぜ)
……なんでか、今日は、妙《みょう》に照れた。
*
「そういえば、結局、知弦と、深夏、真冬ちゃんとの出会い話は?」
俺の過去《かこ》話をしている間にすっかりいい時間になり、他の人の昔話、及《およ》び親睦会《しんぼくかい》はまた今度ということで今日はお開きの運びとなった。帰り支度《じたく》をしていると、長机《ながづくえ》の上に鞄《かばん》を置きながら会長が疑問《ぎもん》を口にする。
知弦さんが「そういえば話してないわね」と|椅子《いす》を押し出しながら応じた。
「アカちゃん、気になる?」
「う、ううん。気になるにはなるんだけど、一番聞きたかった、自分と杉崎の出会いは聞けたしなぁ。帰宅《きたく》時間が遅《おそ》くなってまで聞きたいものじゃ――」
「私とキー君の出会い……それは、一年前、木枯《こが》らしが吹《ふ》き始めた頃だったわ……」
「語りだした! なんでこのタイミングで!? 話さなくてもいいよ別に!」
「え? いいの? ここからが濡《ぬ》れ場なのに……」
「濡れ場あるの!? 知弦と杉崎の出会い話は、濡れ場があるの!?」
「八十一|禁《きん》ね」
「どんだけ過激《かげき》なの!?」
「常人《じょうじん》ならば、二分と持たず即死《そくし》するレベルの話ね」
「じゃあいいよ! 話さなくていいよ! 凄く気になるけど!」
「残念」
まったく残念そうじゃない表情《ひょうじょう》で、知弦さんは椎名|姉妹《しまい》の方を見た。どうやら、「貴女《あなた》達の話はどうする?」という意のようだ。
二人は顔を見合わせ、俺を一度見た後、まず、深夏から結論《けつろん》を出した。会長に視線《しせん》を向ける。
「まー、帰宅時間押してまで話すようなエピソードじゃねえしなぁ……」
「そうなの?」
「ああ。言っちゃえば、あたしが、鍵を『男』から『漢《おとこ》』にするだけの話だからな」
「すんごく深そうなんだけど……」
「そう……それはたとえるなら、無印からZを飛ばしてGTの戦闘力《せんとうりょく》を得るぐらいの、些細《ささい》な変化の話さ」
「大進化じゃない! 杉崎に何があったのよ!」
「まあ、やっぱり、帰宅時間押してまで語るような話じゃねえな」
「私にはそうは思えないんだけど!」
会長の叫《さけ》び虚《むな》しく、深夏は帰り支度を再開《さいかい》していた。どうやら、語る気はないらしい。
深夏の様子を見て、会長も諦《あきら》めたのか、今度は真冬ちゃんに視線を向ける。真冬ちゃんは「ううむ」と唸《うな》っていた。
「私と杉崎|先輩《せんぱい》の出会いですか……。姉と同じく、それほど凄い話じゃないですよ?」
「いや、お姉さんの話と同レベルなら、凄い話だと思うけど……」
「ただ私が、冬の公園で、倒《たお》れた杉崎先輩を救出しただけですからね……」
「なんか今までで一番|状況《じょうきょう》が突飛《とっぴ》よ! 気になるわ!」
「あの時は大変でした……。なんせ、男性|経験《けいけん》は初めてでしたから」
「だ、だんせいけい――」
会長が顔を真っ赤にする。真冬ちゃんはほんわかと付け足した。
「ええ。男の人に肩《かた》を貸《か》すなんて、女子校育ちの真冬は初めてで……」
「紛《まぎ》らわしい言い方やめようよ! っていうか、それを男性経験とは言わないよ!」
「そして、危《あや》うく、真冬は腐《くさ》るところだったのですよ」
「なんで!? それ、なんて細菌《さいきん》テロ!?」
「真冬はその頃《ころ》、女の子は男性《だんせい》に触《ふ》れると腐るものと信じて疑《うたが》わない子だったのです」
「どんな子よ!」
これが、本当だから困《こま》る。……あれは、大変だった。まあ、全《すべ》ては、隣《となり》で無関係のフリしているアホ姉……深夏のせいなのだが。
「まあ、どうでもいい話ですよね。早く帰りましょう、会長さん♪」
「ええー! 全然どうでもよくないよ! っていうか、知弦も深夏も真冬ちゃんも、全部のエピソードが気になるよ!」
「お疲《つか》れー」
「ああ、知弦! 勝手に解散《かいさん》させないでよぉ!」
一人|騒《さわ》ぐ会長を尻目《しりめ》に、俺達はぞろぞろと生徒会室から出て行く。ちなみに、今日の雑務《ざつむ》は家でこなせそうなため、俺も皆《みな》と帰宅だ。
「ああ、待ってぇ〜! お、置いていかないでよぉ!」
夕暮《ゆうぐ》れ時の部屋に一人残されるのがちょっと怖《こわ》かったのだろう。会長は涙目《なみだめ》で俺達を追ってくる。皆、そんな会長を見て、楽しそうに笑っていた。
……そう。『出会い』はとても大切だけど、『出会い方』なんて、実はそんなに重要なことじゃないのかもしれない。俺は断言《だんげん》出来る。このメンバーなら……たとえ他の出会い方をしていたとしても、俺は、絶対《ぜったい》に、今と同じように大好きになれたって。
「ねぇ、知弦! 端折《はしょ》ってもいいから、教えてよぉ、出会いの話!」
「さぁて、どうしようかしらねぇ」
知弦さんが、意地悪な笑《え》みを浮《う》かべながら、生徒会室に鍵《かぎ》をかける。
会長は知弦さんに事情を尋《たず》ねるのを諦《あきら》めると、今度は俺《おれ》に、その少し拗《す》ねた顔を向けてきた。
「杉崎ぃ……」
「う……」
不覚にも萌《も》えてしまった。
「仕方ない、話すとしましょうか……」
「ほ、本当!? ありがとう、杉崎!」
「いえいえ」
無邪気《むじゃき》に喜ぶ会長の背を見て満足してから、窓越《まどご》しに夕暮れを眺《なが》める。既《すで》に前を歩く知弦さんと椎名姉妹の背《せ》を見て、俺は、ふと、とてもノスタルジックな空気に包まれた。俺の思わせぶりな表情に、会長の期待は高まるばかりのようだ。
今日という一日ももう終わる。
俺は廊下《ろうか》を昇降口に向かって歩きながら、切なげに遠くを眺めつつ、話し始めるのだった。
「そう……あれは、十五年前のことだ。激《はげ》しい嵐《あらし》の夜に、そのフードの男は現《あらわ》れた。一本の豪奢《ごうしゃ》な剣《けん》と、泣き喚《わめ》く赤子を連れて、酷《ひど》い深手を負いながら」
「ええ!? 壮大《そうだい》な物語の予感ねっ! わくわくっ!」
……相変わらずの、会長|騙《だま》しエピソードを。
最後ぐらい、富士見《ふじみ》ファンタジア文庫っぽくしておかないとな。うん。
[#改ページ]
【|存在しえないエピローグ】
≪スタッフ活動レポート |其《そ》の九十七≫
・怪談《かいだん》|流布《るふ》による猜疑心増大《さいぎしんぞうだい》プロジェクト 失敗
・定例の昼食動向調査 奇妙《きみょう》な校内放送による妨害《ぼうがい》により失敗
・生徒会へのスキャンダルによる牽制《けんせい》 効果認《こうかみと》められず
・杉崎鍵《すぎさきけん》の思想に準ずる形での学園|干渉《かんしょう》 失敗
・スタッフ作戦会議 我々《われわれ》の苛立《いらだ》ちを煽《あお》る結果に(生徒会室|監視《かんし》が裏目《うらめ》に)。
・生徒会の近況《きんきょう》 団結力《だんけつりょく》が増大した模様《もよう》。最早予断《もはやよだん》を許《ゆる》さない。
○ 今年度の生徒会に関する総合《そうごう》的所感
一言で言って、非常《ひじょう》にまずい。
しばらく様子を見守ったが、今年の生徒会は確《たし》かに厄介《やっかい》なようだ。
本人たちに自覚が無いのは不幸中の幸いだろうか。いや、自覚がない分、余計《よけい》タチが悪いとも捉《とら》えられる。
なんにせよ、本腰《ほんごし》を据《す》えて、早急《さっきゅう》に対処法《たいしょほう》を検討《けんとう》すべきである。
結果だけ見れば、今年度の我々の成果は惨憺《さんたん》たる状況《じょうきょう》である。
≪スタッフ≫の思想|統制《とうせい》がとれていないことも、ここにきて、歪《ゆが》みとして表れ始めた。
やはり、あの生徒会は危険《きけん》である。
≪企業《きぎょう》≫の未来のためには、排除《はいじょ》は必須《ひっす》。
かといって、あまり直接《ちょくせつ》的に動きすぎれば、≪ルール≫に反してしまう。
もどかしい。このもどかしさが≪スタッフ≫全体の不協和音に繋《つな》がり、その隙《すき》はあの生徒会の活躍《かつやく》を許《ゆる》し、また、≪スタッフ≫の苛立ちの原因《げんいん》となる。
完全なる、悪循環《あくじゅんかん》。
最早、猶予《ゆうよ》はない。
……そろそろ、あの生徒会を、本気で潰《つぶ》さなくては。
[#改ページ]
【えくすとら〜|創作《そうさく》する生徒会〜】
「頭で書くんじゃないの! 心で描《えが》くのよ!」
会長がいつものように小さな胸《むね》を張《は》ってなにかの本の受け売りを偉《えら》そうに語っていた。
俺は「うー」と唸《うな》り、額《ひたい》を押《お》さえる。疲《つか》れていた。バイトも勉強もエロゲも全部こなして一年やってきた俺だが、その俺でも、この作業だけは駄目《だめ》だった。
ノートパソコンののっぺりした画面を睨《にら》みつける。
モニターへ向かってキーボードをカタカタ打つというのは、それだけで、傍《はた》から見ていても「疲れそうだな」と感じられる行為《こうい》だ。
その上、それが「執筆《しっぴつ》」となれば尚更《なおさら》だ。なんつうか……脳《のう》や体というより、心が疲れる。真冬ちゃんの最近|凝《こ》っている「知り合いでボーイズラブ執筆」のように、自分の好きな内容《ないよう》を好きなように趣味《しゅみ》で書くならいいが。今のこの俺のように、会長に押し付けられた物語を無理矢理《むりやり》書かされるというのは、言うなれば精神《せいしん》的|陵辱《りょうじょく》だった。
例えば現実《げんじつ》の俺はエロゲ傾倒者《けいとうしゃ》だが、今執筆している物語の語り部《べ》は、とても真面目《まじめ》な青年「副会長・杉崎鍵《すぎさきけん》」である。真面目で真面目で真面目な生徒、杉崎鍵である。
どうして俺が……文才なんてあるはずもない俺が、そんな、同姓《どうせい》同名なだけの架空《かくう》の人物……しかも対極の考え方を持つ人間の一人称《いちにんしょう》で書けるというのだろう。
しかし、執筆をやめるわけにはいかない。なぜなら……。
「ほら杉崎! 手が止まっているわよ! どれどれ……って、まだ『第一話』の『議論《ぎろん》する生徒会』じゃない! なにしてるの! 皆《みんな》の話題はもう、最終話の『とても優《やさ》しい生徒会』にまで入っているわよ!」
「うぅ……分かってますよぅ」
泣きそうになりながら、カタカタと指を動かす。「杉崎鍵」の物語。
〈僕は思った。不純異性《ふじゅんいせい》交遊など、言語|道断《どうだん》だと。そんな行為《こうい》を見逃《みのが》すわけにはいかないと、僕の心は正義《せいぎ》の炎《ほのお》で真っ赤に燃《も》えていた〉
そこまで書いて、また一つ嘆息《たんそく》。……疲れる。なんだこれ。なんだこのイジメ。なんだこの拷問《ごうもん》。新しすぎる。執筆拷問。作家なら別にいいだろうが、素人《しろうと》のこの俺に、自分と正反対の自分を主人公にして、その心境《しんきょう》を延々《えんえん》と語らせる。……俺、明日には一人称「僕」になってるんじゃなかろうか。エロゲ、全部|捨《す》ててるんじゃなかろうか。
俺が心の中で血の涙《なみだ》を流している間、生徒会の皆も話し合いを続けていた。……会長以外、辟易《へきえき》した表情《ひょうじょう》を見せながら。
「最終話の『とても優しい生徒会』は、今までの真面目な内容《ないよう》を一転、実は懐《ふところ》の深いところと、そして庶民《しょみん》的な部分を見せ付けることで、生徒の心をグッと掴《つか》むのよ!」
会長が活《い》き活きと宣言《せんげん》している。椎名姉妹《しいなしまい》と知弦《ちづる》さんは一瞬《いっしゅん》顔を見合わせ、そうして、死んだ目で返していた。
『そうですねー』
あかん。あれは、もう俺に丸投げする気だ。会長の暴走《ぼうそう》を止める気力さえ無い目だ。
皆の上辺だけの同意を得て、会長は更に胸を張っていた。
「具体的には……そうね。生徒会もゲームしたり漫画《まんが》読んだりするんだよ、っていう内容がいいわね! でも、ケジメはつけるってところを描けると、なおいいわね!」
『そうですねー』
(嘘《うそ》つけっ! この前生徒会室で率先《そっせん》してトランプしてたのは誰《だれ》だよ!)
心の中でツッコミつつ、手は一話の執筆。
〈会長は不良生徒達に言った。
「やめるのよ。人を殴《なぐ》った時に傷《きず》つくのは……君自身の、心なのよ」
不良生徒達は会長の言葉にいたく感動し、生徒会に絶対《ぜったい》の服従《ふくじゅう》を誓《ちか》うのだった。僕、杉崎鍵の心も、感動に打ち震《ふる》えていた。この会長についてきて良かったと、心から――〉
自分で書いておいて軽く吐《は》き気を催《もよお》したが、無視《むし》。俺は今、執筆マシーンだ。自分の考え方とは切り離《はな》せ。同姓同名なだけの、別人だと思え。そう思わなきゃ……やってられっか。
っていうか、誰だこの「会長」。会長に指定された容姿描写《ようしびょうしゃ》が「豊満《ほうまん》なボディラインに、足はすらりと長く妖艶《ようえん》な脚線美《きゃくせんび》を描いている。その顔は気品に溢《あふ》れ、まさに会長の器《うつわ》たる令嬢《れいじょう》だった」という文章なのだが……。
……いや、よそう。キャラ名は桜野《さくらの》くりむだけど、それも、同姓同名なだけだ。
俺が執筆を続ける中、最終話の話し合い……というか、会長の意見の押し付けは続いている。
「最後の文章は、『私立|碧陽《へきよう》学園生徒会は、今日も華麗《かれい》に活動している』がいいわね」
『ほんと、そうですねー』
(ああ……知弦さんと椎名姉妹から生気が感じられない。執筆者たる俺も大概可哀想《たいがいかわいそう》だが、まるで同意できないプロットを延々と聞かされ続ける彼女らもホント……)
トランプの時もそうだが、この会長の暴走はホント酷《ひど》い。他人から「やる気」や「元気」や「優しい気持ち」なんてものを根こそぎ奪《うば》っていく。
そもそも、今回は「クリムゾンの悲劇《ひげき》」と違《ちが》って、始まりからして会長のせいだった。会長を恨《うら》まずして、誰を恨めというのか。
「新聞部問題に鋭《するど》く切り込《こ》む手はないものかしら……」
数日前にこんなことを会長が呟《つぶや》いていたのが、今考えると「大いなる伏線《ふくせん》」だったのだが、日常《にちじょう》で伏線なんかに気をつけて生活しているやつぁいない。
だから、本日会長が、
「私達も出版《しゅっぱん》しましょう! そうよ! 紙媒体《かみばいたい》で打ち負かせばいいのよ!」
と言いだした時、俺達はまず単純《たんじゅん》に驚《おどろ》き、その後、「ああ、しまった……」と、伏線を思い出して後悔《こうかい》した。特に知弦さんなんか、「手を打っておくべきだった……」と、本当に悔《くや》しそうにしていた。
会長の言葉はこうだ。
「同じ新聞じゃ勝ち目はないわ。曲がりなりにもコンクールで優勝《ゆうしょう》するような部活だからねっ」
確《たし》かに、藤堂《とうどう》リリシア率《ひき》いる新聞部の実力は折り紙つきだ。だから、会長のその言葉はもっともだったのだけれど……。
「では、私達は逆《ぎゃく》に、物語で勝負しましょう! 私達生徒会の優秀《ゆうしゅう》さを全校生徒に知らしめる、日々の活動を描《えが》いた半ドキュメンタリーでいきましょう」
半ドキュメンタリーってなんだよ、と誰もが思ったが、会長の顔が既《すで》に「決定」の顔だったため、俺達は諦《あきら》めた。
そうして……この状況《じょうきょう》だ。
パソコンの扱《あつか》いに慣《な》れている俺が、タイピング速度が幾分《いくぶん》速いというだけの理由で執筆者《しっぴつしゃ》に選ばれ、それ以外の皆で、プロットを会議している。
ちなみにこの本、どうやら本気で製本《せいほん》する気らしい。会長が先ほど富士見《ふじみ》書房とかいう出版社にかけあっていた。ライトノベルの出版社らしい。
「…………」
自分の執筆した小説を眺《なが》める。
〈会長は素晴《すば》らしい女性《じょせい》だ。この素敵《すてき》に無敵《むてき》な指導者《しどうしゃ》の下でならば、この学校は最高の学校になると……僕、杉崎鍵はこの時、確信《かくしん》したのであった。十六|歳《さい》の春だった〉
「…………」
どの年代の、誰を|狙《ねら》った小説なんだろう、これは。これを|面白《おもしろ》いと思う人は、どういう人なのだろう。まるで読者の顔が|想像《そうぞう》出来ない|内容《ないよう》だった。エンターテイメントたる|要素《ようそ》が|微塵《みじん》もない。
タイトルは「あぁ、すばらしき生徒会」らしい。この学校の生徒達には今後、教科書と一緒《いっしょ》に購入《こうにゅう》の義務《ぎむ》を発生させるとか。……酷い。色々と、酷い。
俺がぐったりしながら執筆《しっぴつ》を続けていると、会議が一段落《いちだんらく》したようだ。気分|転換《てんかん》のためか、それとも戦友が心を求めたのか、隣《となり》の深夏《みなつ》が話しかけてきた。
「鍵……大丈夫《だいじょうぶ》か?」
「いや……去年からがむしゃらに生きてきた俺だけど、今日、遂《つい》に心が折れそうなほど、辛《つら》い」
「今回ばかりはさすがに同情《どうじょう》するぜ。どれどれ、内容《ないよう》は……。…………。……ホント、頑張《がんば》ったよ、お前は」
深夏が尊敬《そんけい》の眼《め》で俺を見ていた。すんげぇ嬉《うれ》しかったが、今は喜ぶ体力ももったいない。代わりに弱々しく笑うだけで返しておいた。深夏が末期のガン患者《かんじゃ》でも見るような潤《うる》んだ瞳《ひとみ》で俺を見ている。……そこまで酷いか、俺の顔。
「ところで深夏。お前の描写《びょうしゃ》だけど――」
「ああ、テキトーで構《かま》わねーぜ」
「じゃあ、これで……」
「『美しい』『格好《かっこう》いい』『頼《たよ》りになる』『優雅《ゆうが》』『最強』『華麗《かれい》にして繊細《せんさい》』『戦乙女《いくさおとめ》という称号《しょうごう》に相応《ふさわ》しい』『閃閃風神《ライジングエア》』という言葉さえ含《ふく》んでくれれば……」
「指定しまくってんじゃねえかよ! あと最後の二つ名みたいなのはなんだ!」
「ライトノベルっぽいだろ? 最近のラノベじゃあ、お前、変な|能力《のうりょく》やら|呼《よ》び名の一つぐらい無いと、生き残れねーぜ?」
「いらねぇよ! そういう系統《けいとう》の話じゃねえよ!」
「ええー。二話から能力者だせよー。伝奇《でんき》っぽくしろよー」
「話の運び方がまるで分からねぇよ! 生徒会の話からそこに至《いた》る自然な流れがまるで思いつかねぇ! 読者に『超展開《ちょうてんかい》すぎてワロタ』とか言われるぞこら!」
「あと、序盤《じょばん》に最強|存在《そんざい》出ると、盛《も》り上がるぜ?」
「知らねぇよ! それ以前に最強がどうとかいう話じゃねえよ!」
「死を操《あやつ》る能力『残響死滅《エコー・オブ・デス》』を使うヤツがラスボスな」
「邪気眼《じゃきがん》じゃねえかっ! でもなんか最強っぽいな! 戦いたくねぇわ!」
「鍵の能力は『逃亡群鶏《チキン・チキン》』っ! その力とは――」
「説明するまでもなく、弱ぇのは分かるっ!」
「弱い能力で強い能力|倒《たお》すところに、読者は燃《も》えを感じるんだぞ」
「知略《ちりゃく》じゃ補《おぎな》えない差を感じたんだがっ!」
「そこをなんとかするのが主人公っ! つうか作者!」
「無理だわ! 俺の頭じゃ主人公が急にレベルアップする以外で解決法《かいけつほう》が思いつかんわ!」
「それは駄目《だめ》だ。そういうのは興醒《きょうざ》めだ。あくまで、最初の条件《じょうけん》で勝たないと燃えねー」
「じゃあお前が考えろっ! 戦闘《せんとう》方法はお前が監修《かんしゅう》しろや!」
「やだよ、めんどくせー」
「……てめぇ」
「ちなみに会長さんの能力は『問答無用《オールキャンセル》』」
「……あ、なんかその二つ名だけは小説に組み込みたくなったわ」
「だろう」
深夏と会話しつつ、第二話の執筆を開始する。
〈それは一瞬《いっしゅん》だった。
「――え?」
貴公には認識《にんしき》さえ出来まい。我《われ》の能力がなんであるか」
「そんな……バカ、な」
僕の目の前には、一瞬にして死体の山が出来上がっていた。
しかし……慄《おのの》いたのは、その光景に、ではない。
分からなかったのだ[#「分からなかったのだ」に傍点]。まるで[#「まるで」に傍点]、認識できなかった[#「認識できなかった」に傍点]。
気付いたら、死体の山だった。否《いな》。
死体の山? 沢山《たくさん》の人間が死んだことが異常《いじょう》? 違《ちが》う。
それ以前に、生者さえいなかったのだ[#「生者さえいなかったのだ」に傍点]。
ただただ、
何もない空間に。
死体の山が現《あらわ》れたのだ。
「どう……や、って。まさか……」
「空間|移動能力《いどうのうりょく》だと考えたか。死体を転送したと考えたか。違う。違うな。杉崎鍵よ。我の力はそんな……そんな低レベルな能力ではない[#「そんな低レベルな能力ではない」に傍点]」
「…………」
「幻《まぼろし》? 否。時の制御《せいぎょ》? 否。空間の超越《ちょうえつ》? 否っ! 我の能力は、そんな矮小なものではないっ[#「そんな矮小なものではないっ」に傍点]!」
「お前……は」
「ふ……。覚えておけ。杉崎鍵。我は、『残響死滅《エコー・オブ・デス》』。お前の……兄だ」
「な、なんだってぇ―――――――――――――――」〉
「無理だぁ―――――――――――――――――――――――!」
俺はキーボードを叩《たた》くのをやめて万歳《ばんざい》した。深夏が「ぶー」と頬《ほお》を膨《ふく》らます。
「もっと頑張《がんば》れよぉ。実際《じっさい》|結構《けっこう》|惜《お》しいぜ? それっぽいよ、うん」
「疲《つか》れるわ! なんか疲れるわ! しかもなんだ兄って!」
「それはお前が勝手に……」
「ええい! この二話なし! 伝奇の方向性《ほうこうせい》、なし!」
「ええー。燃《も》え要素《ようそ》なしかよぉー」
「そもそも生徒会を題材に燃え要素を作る意味がわからんわ!」
「そんなこと言い出したら、生徒会の話を書く意味も分からねーだろうが」
「う……」
それは確《たし》かに。しかし……それとこれとは別問題。能力者を出すなんていう設定《せってい》はやはり絶対《ぜったい》に却下《きゃっか》だ。書いていて本気で疲れる。
俺と深夏のやりとりを見ていたのか、今度は真冬《まふゆ》ちゃんがこちらの会話に加わってきた。ちなみに会長と知弦さんは「プロットをつめる」作業中だ。
「先輩《せんぱい》先輩」
「なんだい、真冬ちゃん。いい案でもあった?」
「はいっ! 真冬の案も、組み込んでほしいです!」
「分かった分かった。美少女のお願いはとりあえず聞いてしまうこの杉崎鍵、全力で真冬ちゃんの提案《ていあん》を受け容《い》れてやろうじゃないか」
「ありがとうございます! それではですねぇ」
真冬ちゃんが第二話の提案を始める。俺はそれを聞きながら、執筆を再開《さいかい》した。
〈僕《ぼく》は自分の胸《むね》の高鳴りの正体が分からなかった。
「兄……さん?」
「弟よ」
キュン。
あれ? これ、なんだろう。この締《し》め付けられるような痛《いた》みは……なんだろう?
その無駄《むだ》の無い筋肉《きんにく》。無骨《ぶこつ》ではないが、頼《たよ》りがいのある胸板《むないた》。そして、端正《たんせい》な顔立ち。
兄さんの|全《すべ》てに、僕の心は苦しいほど|反応《はんのう》する。
「弟よ……会いたかったぞ……」
「残響死滅《エコー・オブ・デス》兄さん……」
「……弟よっ」
ガシッ。
残響死滅《エコー・オブ・デス》兄さんが僕を抱《だ》きしめる。
途端《とたん》、僕の頬《ほお》はカァっと紅潮《こうちょう》した。
「あ……。にぃ……さん」
「……弟……よ」
近付く二人の距離《きょり》。
死体の山の中心で、その時、僕らは心で愛を叫《さけ》んでいた。
二人の顔が近付く。あぁ……兄さん。
「…………」
「…………」
そうして……僕らはむさぼるようにおたがいのくちびるを――〉
「どんな展開《てんかい》だぁ――――――――――――――――――――――――――!」
「かなり書いてからツッコムあたり……芸人ですね! 先輩!」
「そんな評価《ひょうか》はいらんわ!」
真冬ちゃんを怒鳴《どな》りつける。普段《ふだん》なら彼女にこんな態度《たいど》をとることなど絶対《ぜったい》ないが、今回ばかりは限界《げんかい》だった。
しかし真冬ちゃんも、今回は譲《ゆず》れないものがあるのか、怯《おび》えずに俺に立ち向かってくる。
「いいじゃないですかっ! 才能《さいのう》ありますよ、先輩!」
「ここまで開花を恐《おそ》れる才能も珍《めずら》しいわっ!」
「せめてもう少し! 二人でベッドに入るところまではっ!」
「やめろよ! 切り離《はな》して考えているつもりだったけど、ここにきて、同姓《どうせい》同名が異様《いよう》に辛《つら》いんだよぅ! 助けてくれよぅ!」
「慣《な》れです! エロゲと同じですよ先輩! こういうのは、耐性《たいせい》がついちゃえば、もう恥《は》ずかしいとか思わなくなるんです!」
「耐性つくまで接《せっ》したくさえないわっ!」
「わがままは『メッ』ですよ、先輩!」
「相変わらず可愛《かわい》いなぁ、ちくしょうめ!」
〈二人はベッドインした。エキサイトな夜だった〉
「ありがとう先輩っ!」
「どういたしましてっ!」
俺は泣きながら執筆《しっぴつ》していた。……汚《よご》れちまったよ。俺……汚れちまったよ、飛鳥《あすか》、林檎《りんご》。生徒会で、俺ぁ、汚されちまったよ。体どころじゃねえよ。心が、まさかまさかの真冬ちゃんに塗《ぬ》りつぶされたよ。漆黒《しっこく》に。いや、ある意味|桃色《ももいろ》に。
俺がすっかり|燃《も》え|尽《つ》きていると、知弦さんと会長の会議が終ったようだった。
二人して、俺の様子を見に来る。
パソコンを覗《のぞ》き込む二人。そして……ひきつる、三年生両名。
「き、キー君……これ……」
「杉崎……あなた……」
「見るな! 見ないでくれよぅ! 汚れた……汚れちまった俺を、そんな目で見ないでくれよぅ!」
泣きながらノートパソコンを抱《かか》え込む。知弦さんが「よしよし」と俺を慰《なぐさ》めてくれた。あの保健室《ほけんしつ》のようなぬくもりが、そこにあった。
「うぅ……知弦さんっ、知弦さんっ!」
「怖《こわ》かったね……。大丈夫《だいじょうぶ》よ……貴方《あなた》は大丈夫よ、キー君」
「知弦さぁん……。俺……俺……」
「大丈夫よ、キー君。……貴方、出会った時から既《すで》に、ギトギトに汚れていたから」
「知弦さぁああああああああああああああああああああああああああああん!」
トドメを刺《さ》された。書記は敵《てき》だった。
心の壊《こわ》れてしまった俺の耳元に、会長が何か囁《ささや》いている。
俺は言われるままに執筆を続けた。
〈会長|万歳《ばんざい》。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。会長万歳。
会長こそ我《われ》らが誇《ほこ》り。会長こそ我らが命。
会長なくして世界はなく。
会長のなき世界に価値《かち》はなし。
兄さんとの抱擁《ほうよう》を通じて僕は。
そんなことを感じていたんだ〉
「ふふふ……いい感じよ、杉崎」
「へへ……もうどうにでもなれってんだ。……へへへ」
「キー君。自分を見失っちゃ駄目《だめ》よ!」
「知弦さん!」
「思い出すのよキー君。本当の貴方を……」
「知弦さん……」
俺の目に生気が戻《もど》り始める。知弦さんは、ふわりと微笑《ほほえ》んだ。
「さあ思い出しなさい、キー君。……私の下僕《げぼく》だった頃《ころ》の貴方をっ!」
「知弦さぁああああああああああああああああああああああああああん!」
なんか変な過去《かこ》刷《す》り込まれた。
〈兄さんとの蜜月《みつげつ》の後、僕は生徒会室に赴《おもむ》いた。
そこで僕を待っていたのは……大きな赤いソファにゆったりと腰《こし》をかけた知弦さんだっ
た。足を組み、妖艶《ようえん》な目つきで僕を眺《なが》めている。
「キー君。生徒会の仕事を放棄《ほうき》するとは……どうなるか、覚悟《かくご》は出来ているんでしょうね?」
「ご、ごめんなさい、知弦さん」
「知弦さん? なに言っているの! ユアハイネス《妃殿下》と呼《よ》びなさい!」
「イエス、ユアハイネス!」
「いい子ね、キー君」
「あぅ」
僕は照れた。ユアハイネスに褒《ほ》めて貰《もら》えることは、僕にとっては至上《しじょう》の幸福なのだ。
知弦さんは「ふふふ」と微笑む。
「ほら、キー君。いつものように……私の靴《くつ》を舐《な》めなさい!」
「イエス……ユアハイネス!」
そして僕は、優《やさ》しくされること以上に、彼女に足蹴《あしげ》にされるのがたまらなく好きなのだっ!
僕はユアハイネスの足元にかしずくと、その靴にゆっくりと――>
「がが、ががががが」
「あら。パソコンより先にキー君が壊れちゃったわね」
「がが、がががが、ががががが」
「ふぅ……仕方ない。キー君。私が今から3カウントすると、貴方はいつものキー君に戻るわ。いいわね。……3、2、1、はい!」
「ガガガ文――はっ! 俺は一体……」
急に時間が跳《と》んだ気がした。
俺は今まで……なにを……。
知弦さんが優しげに微笑んでいる。
「なにも心配しなくていいわ、キー君。私はいつでも……キミの味方だから」
「知弦さん……。やっぱり貴女は聖女《せいじょ》だっ!」
「ふふふ、そんなことないわよぉ」
知弦さんが謙遜《けんそん》する。横で深夏と真冬が「あれが……あれが、書記の実力かっ」「ある意味既に一種の能力者《のうりょくしゃ》であり黒幕《くろまく》っぽいかも……知弦|先輩《せんぱい》」と、なにか呟《つぶや》いていた。気にしない。
そうこうしていると、あら不思議、いつの間にか第二話が完成していた。
内容《ないよう》は……あえて読まないことにした。なぜか、俺の生存《せいぞん》本能が、「見るなっ!」と警告《けいこく》していた。意味は分からなかったものの、それには素直《すなお》に従《したが》っておくことにする。
続けて三話の執筆《しっぴつ》を開始する。すると、途端《とたん》にメンバー達はぎゃあぎゃあと俺に意見をしてきたが、既《すで》に色々|吹《ふ》っ切れていた俺は、それに対し大きく叫《さけ》んだ!
「否《いな》!」
『!』
「今まで散々アンタらの意見を聞いたんだ! 三話目は好きにやらせてもらう!」
「す、杉崎! 貴方《あなた》、会長命令を無視《むし》して――」
「これは譲歩《じょうほ》ですよ会長。第三話だけ明け渡《わた》して……他を思い通りにするか。それとも、ワガママを通して、俺が執筆を放棄するか。二者|択一《たくいつ》です」
「く……分かったわ、杉崎。第三話だけは好きにしなさい」
会長が悔《くや》しそうな顔をしながら引き下がる。他のメンバー達も、同様に苦虫《にがむし》を噛《か》み潰《つぶ》したような顔をしていた。恐《おそ》らく、俺に好きにやらせたらどうなるか、分かっているのだろう。
俺は彼女達のその表情《ひょうじょう》をたっぷりと愉《たの》しむと、歪《ゆが》んだ笑《え》みを浮《う》かべながら執筆を開始した。
〈生徒会室には現在《げんざい》、四人の美少女が集まっていた。
桜野くりむ、紅葉《あかば》知弦、椎名深夏、椎名真冬。
彼女らは一様に、俺……杉崎鍵に熱っぽい視線を向けている。
耐《た》え切れなくなったのか、中でも一番情熱的なオンナ、深夏が声をあげた!
「ああ、鍵! あたし……あたしもう、耐えられない! あたしを……あたしをっ!」
「まあ待て深夏よ。俺は、皆を愛しているんだ。特定の一人だけと……そういうことはできねぇな」
ニヒルに微笑《ほほえ》む俺に、深夏は「ああん」と身をくねらせる。
「そんな……あたし、あたし、もう、鍵を愛する気持ちが止められないんだよっ!」
「おいおい、そんな情熱的な目で見つめるなよ深夏。そんなことをしていると……」
「酷《ひど》いよお姉ちゃん! ま、真冬も、ずっと杉崎先輩のこと好きだったのにっ!」
唐突《とうとつ》に、今までもじもじしているだけだった真冬ちゃんが、顔を真っ赤にしながら大きく宣言《せんげん》した。その告白に深夏は一瞬動揺《いっしゅんどうよう》した目を見せるものの、しかし次の瞬間、妹に対して反論《はんろん》する。
「わりぃ、真冬。あたし……これだけは譲《ゆず》れねぇんだ!」
「ま、真冬だって、こればっかりはお姉ちゃんに負けたくない!」
「真冬……」
「お姉ちゃん……」
椎名|姉妹《しまい》が俺を取り合っている。修羅場《しゅらば》だった。
俺がその様子を余裕《よゆう》の笑みで見守っていると、ツンツンと、机《つくえ》の下で対面から俺の膝《ひざ》をつつくものを確認《かくにん》した。
思わず正面を見る。知弦さんが、悪戯《いたずら》っぽくウィンクしていた。
同時に、アイコンタクトを開始する。
(キー君……。私も本当は貴方のこと……。だから……私と……)
(おおっと、それはいけねぇぜ、知弦さんよぉ)
(ど、どうしてっ)
(それは卑怯《ひきょう》というものでさぁ、知弦さん。俺のことを好きなのは……アンタだけじゃねぇ)
(だけどキー君! 私は……私はっ!)
(おっといけねぇ! 動揺しすぎだぜ知弦さん! アイコンタクトが……彼女にバレちまったようだ)
(え?)
知弦さんが慌《あわ》てて横を見る。そこには……ムスっとした、会長がいた。
どうやら、俺と知弦さんにヤキモチをやいてしまったらしい。……可愛《かわい》いオンナだぜ。
「知弦と杉崎……。たまにそうやって見つめ合っているわよね」
「な、そ、そんなこと。アカちゃんの思い過《す》ごし、よ」
知弦さんがガラにもなく言葉を噛む。会長はそれをつまらなそうに見た後、知弦さんから視線《しせん》をはずし、俺に目を向けてきた。
そうして、照《て》れ臭《くさ》そうに告げる。
「か、会長命令よ、杉崎っ」
「なんですか? 会長」
「私と……私と、付き合いなさい!」
「会長……」
真っ赤になって告白する会長と、俺は見つめ合う。
そうしていると……今度は、知弦さんと椎名姉妹が即座《そくざ》に文句《もんく》を――〉
「却下《きゃっか》」
「あ――――――――――――――――――――――!」
執筆《しっぴつ》がノッてきたところで、いつの間にかマウスを握《にぎ》っていた会長に、今までの文章をデリートされてしまった。それに動揺して会長に文句を言っている間に、今度は知弦さんがカタカタと操作《そうさ》して、文章の復元《ふくげん》さえ不可能《ふかのう》にする。
椎名姉妹がなぜかホッと胸《むね》を撫《な》で下ろす中、俺は激昂《げっこう》した!
「な、なんてことするんだ! このひとでなしぃー!」
「どう考えてもこっちの台詞《せりふ》でしょうがっ!」
会長に言い返されてしまった。しかし、今のは個人《こじん》的にかなり力作だったため、俺は更《さら》に反論する。
「今まで自分達だって散々好き勝手やったくせにぃー!」
「杉崎のは、なんか一次元|違《ちが》うのよ!」
「そんなことない! 殆《ほとん》ど事実に基づいた描写《びょうしゃ》だったじゃないかっ!」
「フィクションの嵐《あらし》よ! 一つもリアルな要素《ようそ》が見当たらなかったわよ!」
「残響死滅《エコー・オブ・デス》やボーイズラブよりはリアルじゃないか!」
「いいえ! 下手するとそれより酷いわよ!」
そこまでけなされるとは。
俺が凹《へこ》んでいると、深夏が「残響死滅《エコー・オブ・デス》を引き合いに出さねーでくれよ……」と、なぜか彼女も落ち込《こ》んでいた。真冬ちゃんも、「うぅ……この世のどこかでは、絶対《ぜったい》にボーイズラブな現実《げんじつ》があると真冬は信じてますっ」と拗《す》ねていた。
ぐだぐだな空気の中、ただ一人冷静だった知弦さんが、一つ嘆息《たんそく》して告げる。
「どちらにせよ……私もふざけてしまったから言う資格《しかく》無いかもしれないけど。……少なくとも……このままじゃ、あの新聞部より優秀《ゆうしゅう》なものなんて、できっこないわね」
『…………』
その言葉は、俺達を落ち込ませるのに充分《じゅうぶん》な言葉だった。だって全員……そんなの、とっくに理解《りかい》していたから。
俺は、知弦さんの言葉を引き継《つ》ぐ。
「あの新聞部は……腐《くさ》っても、我《わ》が校の誇《ほこ》る新聞部ですよ……ね。こんな……こんな、下らない、ただの妄想《もうそう》の塊《かたまり》になんか、負けやしねぇ部活だ」
俺のその言葉に、会長は、
「ふん! 当然でしょ! うちの学校の新聞部は、凄《すご》いんだからっ!」
と、なぜか新聞部の肩《かた》を持っていた。……いや、その反応《はんのう》は、皆《みな》、最初から分かっていた。
会長は……この学校を誰よりも愛する会長は、同時に、誰よりも、生徒達の活動を評価《ひょうか》している。新聞部もまたしかり、だ。
しかし、だからこそ、一生|懸命《けんめい》になる。
新聞部には、変な記事書いて足元を掬《すく》われてほしくなんか、ないから。
だからこそ、必死で、一部活のためだけに、こんなに一生懸命に生徒会を活動させる。
深夏が「あははっ」と笑った。
「素人《しろうと》が、趣味《しゅみ》丸出しの創作《そうさく》であの新聞部を上回ろうなんて……ちょっと、浅はかすぎたかもしれねーな」
それに続いて、真冬ちゃんが呟《つぶや》く。
「新聞部さんは……凄いです。事実を面白《おもしろ》く伝えるって……妄想じゃなくて、既《すで》にある事実で人を楽しませるって……。創作とは違うけど、だからこそ、凄いです。それって……編集《へんしゅう》って、いうのかな?……真冬たちが簡単《かんたん》にそれを否定《ひてい》するのは……ちょっと、冒涜《ぼうとく》、かもしれない……です」
真冬ちゃんの言葉に、全員が押《お》し黙《だま》ってしまう。
別に……誰も、自分達の妄想が「つまらない」とは思っていない。それはそれで、充分に楽しいことだし、これで誰かを楽しませることは出来るだろう。
だけど。
その道に本当に真剣《しんけん》に取り組んでいる人間の創作物さえ上回るものかというと、決してそんなことはないということも、事実で。
つまり。
「私の言い出したことって……的外れ、だったのかな……」
そういう結論《けつろん》に行き着くことは明白で。
会長は、元気をなくして落ち込んでいた。
でも……|俺《おれ》は。
「いえ……会長の|提案《ていあん》は、間違いじゃ、ないですよ」
「杉崎?」
俺は、この人が間違えたなんて、思ってなくて。
だって。この人はこの人なりに新聞部を……この学校を考えて、この企画《きかく》を立ち上げたのだから。
数日前から口にしていた、というのがその|証拠《しょうこ》だ。
少なくとも会長は、この企画を口にするまでに、日をまたいで熟考《じゅっこう》している。そういうことだ。
だから、会長の暴走《ぼうそう》に辟易《へきえき》はしていても、企画を潰《つぶ》そうと……否定しようとなんかしなかった。皆が、ノリノリではなくても、ちゃんと会長の言葉を受け容《い》れた。
そういう、ことだから。
変な方向にぶれてはしまったけれど。
最初に抱《いだ》いた気持ちは、絶対《ぜったい》に間違《まちが》いなんかじゃないから。
少なくとも俺は、誰が否定しようと、常《つね》にこの人の部下で……味方で……支《ささ》える人で……。この人にとっての、「副会長」でいたいから。
だから。
このお子様会長に、俺は微笑《ほほえ》む。
「新聞部が優秀なのは認《みと》めますけど、その一方で、やはりたまに『行き過《す》ぎる』ことは事実です。生徒会が注意しているうちは大丈夫《だいじょうぶ》ですけど、いつか……例えば先生方やPTAを敵《てき》に回してしまうことがあっては、一大事です。生徒会ではもうかばえない」
「杉崎……」
「だからこそ。会長が言うように、ここらで一回鼻をへしおってやらないとね。伸《の》びすぎた鼻は、誰かが指摘《してき》してやらないと。
とはいえ、どうせあの新聞部は、上から言っても聞かないでしょう。
ならば、同じ土俵で……文章という媒体《ばいたい》で、気付かせてやるのが一番ですよ。会長が提案した通りです。俺達の文章で……アイツらに、初心を思い出させてやりましょうよ」
俺の言葉に、知弦さんも椎名|姉妹《しまい》も微笑み、会長を見る。
会長は、ちょっとだけ……一瞬《いっしゅん》だけ瞳《ひとみ》をうるっとさせた後、しかし、次の瞬間にはいつもの元気な会長に戻《もど》り、そうして、俺に命令した。
「よしっ! じゃあ杉崎っ! 会長命令っ!」
「なんですか、会長」
「貴方《あなた》の好きなように、生徒会を描《えが》きなさい」
「……え?」
その言葉に俺は驚《おどろ》いて、彼女を見返す。どういうわけか、他のメンバーも全員、会長に同意した目で俺を見ていた。
「ちょ、俺、さっき書いたみたいに、どうしようもない――」
「ううん。大丈夫。杉崎は、大丈夫よ」
「…………」
「私はね。やっぱり……この生徒会を……この素晴《すば》らしい生徒会を、ありのままに書いてもらうのがいいなって、今、思ったの」
「会長……」
「でね。たぶん……生徒会をありのままに描けるのは、杉崎しかいないよ。だから……ね。杉崎。執筆《しっぴつ》を、お願い」
「会長……」
そう呟《つぶや》いてから。全員を見回して、俺は、訊《たず》ねる。
「いいんですか? 俺で」
その問いに、深夏が、真冬ちゃんが、知弦さんが答える。
「当然だろ、鍵」
「真冬も、杉崎|先輩《せんぱい》の書く文章は、いいと思います」
「むしろ、キー君以外じゃ誰もこの生徒会を描けないわ。断言《だんげん》する。保証《ほしょう》する」
「……みんな……」
俺は、彼女達の信頼《しんらい》の視線《しせん》を全身に感じて。
そうして。
会長の目をしっかりと見て、答えを返した。
「了解《りょうかい》しました会長。全力で、生徒会を描きます」
俺のその言葉に、嬉《うれ》しそうにする会長。
「うん、お願いね。……あ、ただ、一つだけ要望!」
「? なんですか」
「杉崎が書き終わってからでいいから、私達にも、ちょっとだけ加筆させてね」
「? えと……いいですけど、それは、どういう?」
「えへへ、ナイショ」
そう会長が呟くと共に、なぜか全員、会長の言葉の意味が分かっているように、にやりと笑う。……なんだ? 俺だけ、意味がわかってないの?
俺が動揺《どうよう》していると、知弦さんと椎名姉妹が会長に加勢《かせい》した。
「そうね。じゃあ、第一話の後と、本の一番最後に、私達の担当《たんとう》する場面をつけ加えさせてもらいましょうか。キー君がいない場での会話とかもあるしね」
「お、それがいーな! 最初と最後はあたし達で締《し》めてやるぜっ!」
「ま、真冬も頑張《がんば》ります! 凄《すご》く……凄く、描きたいことありますから!」
皆《みな》の勢《いきお》いに、俺はのまれてしまう。く……仕方ない。
「分かりましたよ……ええ、分かりました。一話と巻末《かんまつ》の締めはそちらにお任《まか》せします」
嘆息混《たんそくま》じりに言うと、会長は「よろしいっ!」と頷《うなず》いた。
まったく。
*
ってなわけで、俺はこうしてこの物語を書いていたというわけだ。あー、疲《つか》れた。
メタな発言が多いのは、つまり執筆《しっぴつ》者が俺であるせいだが、実際、普段《ふだん》から大体こんな感じでもある。それで「実寸《じっすん》大」の俺達が伝わったなら、これ幸いだ。
さて、一巻目の原稿《げんこう》もそろそろ終了。ようやく時系列が今に追いついたぜ。……疲労困憊《ひろうこんぱい》だ。まあ、生徒会の活動を思い出すのは苦じゃなかったけどな。知弦さんがいつの間にかつけておいてくれた「活動記録」のおかげで、かなり正確に当時を描けたし。
まあ、でも、楽しかったよ。うん。……俺が楽しいだけで、読者が楽しいのかは甚《はなは》だ疑問だがな。んなこたー、知ったこっちゃねぇ。どうせここの生徒にしか売れねーんだろうし。なら、お前ら読者(生徒)に気なんて遣《つか》ってられっか。
……んじゃま、最後に、お前ら生徒達に一言。
俺の女達は容姿《ようし》だけじゃねえ! それをとくと見やがれ! 以上!
……まあ、それだけだ。
あ。重大な告知《こくち》忘れてた! あぶねー!
こほん。俺、杉崎鍵は絶賛《ぜっさん》彼女募集中だ! この本で俺に惚《ほ》れたって生徒(美少女限定)は、生徒会室までどうぞ。大|歓迎《かんげい》だ。恥《は》ずかしいなら、手紙でもオッケー!
お待ちしております。……や、マジで。ホント、遠慮《えんりょ》とかいいから。全力で、来る者を拒《こば》まないスタンスだから、暇《ひま》だったら是非《ぜひ》生徒会室までご連絡《れんらく》を。あ、もしキミがここの生徒じゃない場合、下記のうちの学校の住所と電話番号まで――
*ページ制限上、ここで切らせて貰《もら》いました(担当《たんとう》編集)
[#改ページ]
【会長のあとがき】
なんか、知弦《ちづる》に押《お》し付けられてしまった。うぅ……椎名姉妹《しいなしまい》にやらせればいいのに。
なに書けばいいのか全然分からないから……もう、杉崎のこと書くわ。だってアイツ、卑怯《ひきょう》なんだもん。自分|視点《してん》だから、自分のこと、全然作中で書いてないっ!
しかも、杉崎のことだから、この本じゃどうせ自分のことは、ありのままに……道化《どうけ》のようにしか描《えが》けないと思っていたら、案《あん》の定《じょう》だったよ。原稿《げんこう》を読んだら、自分のことを本気でただのナンパ男みたいに書いている。まったくもう……。
仕方ないから、当初の予定通り、私達がここでフォローしておくことにしようと思う。私達がどうしても書きたかったことって、つまり、そういうことだ。
あ、勘違《かんちが》いしないでよね! 生徒会の人気のためだよ! 別に個人《こじん》的に杉崎のことを気に入っているからとか、そういうんじゃないからね! ホントに!
さて。
えと、たぶん、過去《かこ》話からもちょっと分かると思うんだけど。
杉崎|鍵《けん》は、そのぉ……いい、ヤツだ。
ああ、やっぱり恥《は》ずかしいなぁ。こういうの書くの。でも、書いておかないと。一話の時みたいに、知弦に小説っぽく書いてもらっても良かったんだけど……。う、ううん。やっぱり、会長たる私が代表して伝えるべきことだよね。うん。
ありのまま書けって言われているから、心の中で思ったことを全部そのまま書いちゃっているけど、その、許《ゆる》してほしい。ごめんね、読みづらくて。
え、と。
その、杉崎鍵っていう人間は、見かけも、そして心の中も、この本で描かれているままの人間だ。
馬鹿《ばか》で、エッチで、ハーレム最高って本気で思っているし、女の子に弱いし……。
……なんか書いていたら、普通《ふつう》にイライラしてきた。なんでアイツのフォローなんか……。……まあ、仕方ないけど。
その、杉崎は確《たし》かに「そういうヤツ」なんだけど、さ。
なんていうかやっぱり……「それだけ」じゃ、ないんだよね、うん。
知弦の書いた部分でも言及《げんきゅう》されていたけど、彼は、私達を本当に支《ささ》えてくれているんだよ。
例えば、私|個人《こじん》のことで言うとね。
ここだけの話……えっと……私は、やっぱり、本当は、自分が会長の器《うつわ》だなんて、自信は全然なかったんだ。
でもね。こうしてちゃんと会長続けて、会長として自信満々に振舞《ふるま》っていられるのは……悔《くや》しいけど、絶対《ぜったい》に杉崎のおかげなんだよね。
彼がいてくれるから、私は会長でいられる。
彼という副会長が支えてくれるから、桜野《さくらの》くりむは生徒会長なんだ。
それに……やっぱり、女の子としても、嬉《うれ》しいんだよ、本当は。
人気投票という結果こそ出ているけどさ。ああやって……無条件《むじょうけん》に、容姿《ようし》だけで、私達を全肯定《ぜんこうてい》してくれる杉崎って……ありがたいんだ。本当に。
これは私だけじゃなくてさ。たぶん、生徒会の女子みんなの悩《なや》みだと思うんだけど。
こういうシステムだとね。確かに多くの人は応援《おうえん》してくれるんだけど……やっぱり、どうしても、私達を気に入らない人っているんだよね。
「容姿で選ばれたくせに、偉《えら》そうに」
そんな心無い言葉……やっぱり、耳に入ってくる。それは当然のことだから、反論《はんろん》なんてする気もないし、そう言われない様に頑張《がんば》ろうって思うのが、私達だけど。
でもやっぱり……辛《つら》いのは、辛いんだ。
ちょっとだけ……泣きそうにも、なるんだよ。負けそうに、なるんだよ。
でもね、そんな時、生徒会室に行くと、杉崎はいつもそこにいて、こんなこと言ってくれるんだ。
「会長は今日も可愛《かわい》いなぁ。ああ、もう、ホント萌《も》えるっ! ちくしょう、独《ひと》り占《じ》めしてぇ! もう大好き! いや、マジでマジで! 愛してるって、会長!」
それはさ。ホント、笑っちゃうような、馬鹿な言葉なんだけどね。
でも。
「笑っちゃう」んだよ。どんな心境《しんきょう》でも。どんな辛いことがあった日でも。
アイツはホントさ。
エロいこととか、モテるためのこととか、人を笑顔《えがお》にすることとか、そういうことしか頭にない、馬鹿だけど。
だからこそ。
頭ん中全部、幸福しかないんだよね。
それは他人の幸福であり、自分の幸福でもあるけど。
最近気付いたことなんだけど、どうも、アイツの中には自分なりの「ルール」があるみたい。
本気で嫌《いや》がっている人には、絶対にアホなちょっかいかけたりしないし。
ハーレム云々《うんぬん》言っている割《わり》には、決して女子を下になんか見ていないし(むしろ崇《あが》めているぐらいだ)。
フェミニストかと思ったら、意外と、男子に対しても面倒見《めんどうみ》いいし。
……っていうか私、なんでここまでフォローしてるんだろう……。ああ、もう、なんか変なこと書いたなぁ! でも、一回書いたら消すなって、知弦が言うし……。うぅ……。
こほん。
話|戻《もど》すけど。杉崎は……色んな意味で、笑顔を振《ふ》りまいてくれる人間だ。
たまに感じるわ。ああ、コイツが会長になったら、面白《おもしろ》いかも、って。
私も自分の方針《ほうしん》に、ちゃんと自信持っているけどさ。
だけど、コイツの作る学校っていうのも、なんとなく、楽しそうだなって思う。
ハーレム目指すって言うだけあって、杉崎って、沢山《たくさん》の人間を幸福にすることが大好きみたいだから。
ホント……もしかしたらいつか、杉崎は凄《すご》い大物になるんじゃないかな。
生徒会だけじゃない。
ちょっと前、アイツのクラスを覗《のぞ》いてみたことがある。幸福に溢《あふ》れていた。
杉崎と深夏《みなつ》が二人で一緒《いっしょ》になって、クラスに笑顔を振りまいていた。
その……悔しいけどさ。確《たし》かにその時、ちょっとだけ、嫉妬《しっと》……しちゃったかもしれない。なんていうか……杉崎は、私達だけの杉崎で終わるようなヤツじゃないんだなぁって、ちょっと思ったから、さ。
あ、か、勘違《かんちが》いしないでよねっ! 杉崎を、その、す、す、す、好きとか、そ、そういう話じゃないからね!
ふぅ……って、ここまで素直《すなお》に全部書く必要あるのかな……本当に……。
知弦は「その方が、アカちゃんの場合は絶対面白いわ」って言っているんだけど……。なんか、目が笑っているのが気になるんだよね。
……まあいいや。
とにかく、私達は、杉崎をただのアホみたいには思ってほしくないわけで。……いや、実際、結構《けっこう》、ただのアホなんだけど。
なんでかな……私達は散々杉崎の文句《もんく》言うんだけど、他人が杉崎の悪口言っていると、びっくりするほどイライラーってきちゃうんだよね。
……そう、それだ。こんな世迷《よま》い言書いちゃうのは、この前のアレが原因だ。
えっとね。説明すると。
この前、たまたま真冬《まふゆ》ちゃんと街でばったり会って、二人で買い物していたんだけど。その時、他校の男子生徒にナンパされちゃって。
真冬ちゃん、杉崎以外の男には本当に今でも臆病《おくびょう》だから、すっかり怯《おび》えちゃって、私が彼らと対峙《たいじ》することになったんだけど。
その時、彼らの一人が、私達との共通の話題でも見つけようとしたのか、笑いながらこんなこと言い出したのよね。
「碧陽《へきよう》って、あの杉崎が副会長やってんだろ? 俺《おれ》、アイツと中学同じだったんだよ。
ハハッ、アンタら知ってる? アイツさ、中学時代|二股《ふたまた》かけて、んで、義理《ぎり》の妹が入院したとやらで不登校になったんだぜ。自業自得のくせによぉ、その上サボリだぜ? ムカついたから、三年の間は結構サンドバッグにさせてもらったなぁ。
それが笑えるんだけどよぉ。アイツ、いくら理不尽《りふじん》に殴《なぐ》っても、なんも文句言わねーの! ありゃいいストレス発散だよ、ホント。俺が噂《うわさ》広めたら、最終的には他校からも殴りに来るのいたぐらいでさっ。
それでも全然|反抗《はんこう》とかしねぇの! むしろ、自分から殴られてやんの! ぶつぶつ、『俺が二人に与《あた》えた痛《いた》みは……こんなもんじゃ……』とか、なんか気取って呟《つぶや》いていてさぁ! それがまたイラつくんだよねぇ〜。
ああ、アンタらもさ! ストレスたまったら、アイツにぶつけるのがいいよ! 同じ学校なんだろ? なんなら今度|一緒《いっしょ》にさ――」
私が彼から杉崎のことを聞けたのは、そこまでだった。
だって。
次の瞬間《しゅんかん》には、真冬ちゃんが……あの、杉崎以外の男性《だんせい》を極端《きょくたん》に怖《こわ》がるどころか、女の子に対してだってビクビクしているような真冬ちゃんが。昔は、男性に触《ふ》れると腐《くさ》るとまで信じ込《こ》んでいたぐらいの、真冬ちゃんが。
目の前の男の頬《ほお》を、思い切り張《は》っていたから。
で。
それを見た、コンマ一秒後には。
私も、逆《ぎゃく》サイドから、思わず「ぐー」で殴ってやっていたわ。
ええ、それはもう、硬《かた》く、硬ぁく握《にぎ》った「ぐー」だったわっ! 捻《ひね》りも加えたわ!
ま、さすがに、直後に私と真冬ちゃんは、男がキョトンとしているうちに脱兎《だっと》の|如《ごと》く逃《に》げ出したけどね。
……真冬ちゃんと私だけじゃない。深夏も知弦も、絶対《ぜったい》、あの状況《じょうきょう》なら、同じことをしただろうと思うのよね。
……なんの話だっけ?
…………。
な、なんかこれじゃ、私達が杉崎のこと大好きみたいね……。
こ、こほんっ!
そ、そういうことじゃなくてっ!
ああ、もう!
だ、だから。
とにかく、杉崎はいいヤツなんだっ! それだけ分かっておくように!
私達のことはいいから、この本を読んでくれた貴方《あなた》が、杉崎を好きになってくれたら、私達はとても嬉《うれ》しく思う。
そして、貴方が碧陽学園の生徒なら。
どうぞ次の選挙は、美少女じゃなくて、杉崎に会長の票を入れてやって下さい。
絶対。
絶対、面白《おもしろ》い学校生活にしてくれるからっ!
私達の伝えたいことは……それだけです。
ちなみにこのあとがきは、杉崎は読むの禁止《きんし》ということになっているの。だから、皆《みんな》も見せたら駄目《だめ》だよ!? だって、こんなの杉崎が見たら、すぐ図に乗って、
「会長! 俺の胸《むね》に飛び込んでおいで! いや、俺から抱《だ》きしめてやろう!」
とかなるのは明白だもの。
……まあ、ちょっとだけ、抱きしめてもらいたい気も……。
こ、こほん!
え、と。
い、以上! もう、なんか墓穴《ぼけつ》ほりそうだから語らない!
ええと、ぷれぜんてぃっどばい、生徒会長、桜野くりむでしたっ!
終わちっ!
*
付記
最後の誤字《ごじ》はなんとなくアカちゃんらしいのでそのまま入稿《にゅうこう》してやりました。
[#地付き]紅葉《あかば》知弦
あとがき
この本で私を知った方、初《はじ》めまして。前作やウェブ小説、ブログなどで既《すで》に私をご存知《ぞんじ》の方、あとがきではお久しぶりです。葵《あおい》せきなです。
突然《とつぜん》ですが、なぜか今回あとがきが七ページもあります。困《こま》りました。
なにが困ったかって。前作「マテリアルゴースト」は、割《わり》と内容がシリアス気味《ぎみ》だったので、あとがきでは逆にはっちゃけていたのですが。
今作は、内容からしてはっちゃけちゃっているので、なに書いていいか分かりません。
どうしたものでしょう。ここは、本編《ほんぺん》よろしく、あとがきについて一人|議論《ぎろん》でもしてごまかしてしまいましょうか。
そもそも、この本から私の作品に入った方は、作者をどう思うのでしょう。
そして、マテリアルゴーストからの流れで読んだ人は、どういう感想を抱《いだ》いているのでしょう。
説明しておきますと、前シリーズである「マテリアルゴースト」は、結構《けっこう》|真面目《まじめ》なお話だったのです。ギャグやラブコメもあったのですが、そもそも主人公が「自殺|志願者《しがんしゃ》」であることや、ヒロインが幽霊《ゆうれい》であるという、設定|段階《だんかい》からして重たいお話でした(それでも日常やギャグはそれなりにあったのですが)。
そんなシリーズでデビューしているため、今作「生徒会の一存《いちぞん》」が前作読者にどう捉《とら》えられるのか、なかなか興味《きょうみ》深いところです。
おっと。
まだ中身を読んでいない、立ち読み読者さん(もしくはあとがきから先に読むタイプの方)への配慮《はいりょ》を忘《わす》れていました。
今作、「生徒会の一存 碧陽学園生徒会議事録1」は一言で言って――
ギャグです。以上。
……ええと。正確《せいかく》に言うなら、ギャグ九割、シリアス一割|未満《みまん》の、連作短編です。マテゴを知っている方は、あの作品から「日常とギャグ会話を抽出《ちゅうしゅつ》し、膨《ふく》らませたもの」とお考え下さい。作者的には、「四コマ小説」みたいなジャンルと捉えています。
一応|詳《くわ》しく概要《がいよう》を説明しますと。
舞台《ぶたい》は生徒会室です。ほぼ外には出ません。そこで、四人の美少女と、一人のエロ少年(主人公)が、毎回、議題について語ったり、脱線《だっせん》したり、脱線したり、脱線したりするお話です。雑談《ざつだん》小説です。……なにそのジャンル。
連作短編ですので、一応どこから読んでも大丈夫ですが、たまに前回の流れを汲《く》んだセリフみたいなのもありますので、普通《ふつう》に最初からお読み下されば幸いです。時系列は素直《すなお》に並んでおります。
アクロバットな読み方をしたい人は、無理《むり》に止めませんので、ご自由に。私のオススメは「世界の命運《めいうん》を賭《か》けた戦いの最中に読む」です。スリル満点。一歩|間違《まちが》えれば人類|滅亡《めつぼう》ですが、ライトノベル読みながら片手間《かたてま》に世界救える人なんて、カッコよすぎます。
さて、なぜこの小説が生まれたかと言うと。
まず一つとして、私がそもそも「日常系」の話が大好きという要因《よういん》があります。特に物騒《ぶっそう》なこともなく、のほほーんと、緩《ゆる》やかに過《す》ぎる時間っていうのは、それはそれでかなりの魅力《みりょく》あるテーマだと考えています。
勿論《もちろん》、その一方で、怒涛《どとう》の展開《てんかい》も好きですけどね。今作は、日常やギャグの方に特化《とっか》してみました。
で、マテゴからうって変わって、ギャグに特化した理由はもう一つありまして。
この作品以前に、新作として構想《こうそう》していたモノが、マテゴの流れを継《つ》いだ、すんごいシリアスな重いファンタジー作品(現代×異世界)だったのですが、それがどうも、逆に重すぎる、なかなかのクセモノ作品になりまして。
そこで試《ため》しに、「じゃあ全《まった》く対極《たいきょく》の、軽く、終始《しゅうし》笑える作品も書いてみよう」と思い立ち、数話書いて前担当さんに渡したところ、予想に反して食いつきが良かったもので、この方向性で行ってみようということに決定|致《いた》しました。
この段階になると、私も調子に乗りまして、無茶苦茶《むちゃくちゃ》なネタばかりを小説に組み込み、しかしそれも編集部が悪《わる》ノリしてOK出しちゃうものだから、作者たる私は更《さら》に悪ノリして……と、壮大《そうだい》な悪ノリの連鎖《れんさ》の末《すえ》、こういう「それアリなの?」と言いたくなる小説が完成しました。……今更ですが、本当にいいのでしょうか、この小説。
作家や編集部自体、そういうノリでやっているものですので、この小説は「|真剣《しんけん》に一字一句|見逃《みのが》さず読んでやる」というスタンスより、「|暇《ひま》だから、ちょっと一話読んで、笑うか」みたいなノリで読んで下さると幸いです。
シリーズ要素《ようそ》に関しては、そちらはそちらで色々《いろいろ》展開はしますが、この物語はやっぱり「生徒会室でくだらない話をすること」が本編ですので、頭の片隅《かたすみ》に留《とど》める程度《ていど》でお願いします。本人達も言っておりますように、最終話で急に「生徒会が宇宙に飛び出して超《ちょう》決戦!」みたいなことはありませんので。……多分(なんでもアリっぽいので)。
さて、今後の話。一応、最初からシリーズを想定《そうてい》して作られているお話ですので、まだ続きはあります。
差し当たって二巻……「生徒会の二心《ふたごころ》 碧陽学園生徒会議事録2」ですが、春頃を予定しています。内容は相変わらず……というか、更に悪ノリが加速《かそく》しています。エンジンかかってきちゃっているとでも言いますでしょうか。
二巻では、前作読者がニヤリと出来る要素も入っていますので、ご期待下さい。もちろん、前作を知らなくても全く問題はありません。既に本編を読んだ方は分かるでしょうけど、こういう内容ですので(苦笑)。「知らなくて話が分からなくなる」なんてことは一切心配しなくて大丈夫です。
……なんか、久々に真面目にあとがき書きました。次回からは、再びアホなあとがきを書こうかと思います。説明終わりましたし。というか、こういう内容の小説書いておいて、真面目を装《よそお》ったところで、仕方ない気もします。
そうそう、作中ではよく漫画《まんが》ネタが出てきますが、それらはひとえに作者がその作品が大好きな故《ゆえ》ですので、その辺はご理解《りかい》|頂《いただ》けると幸いです。
……しかし、それにしても、富士見書房《ふじみしょぼう》編集部。侮《あなど》れません。「このネタ、通るんだ……」と、この作品を書いていて何度感心したことか。面白《おもしろ》い大人達です(笑)。
そういうわけで、この作品は特に、様々な人達の支《ささ》えによって成り立っています。
この「美少女」を連呼《れんこ》する作品に、想像以上の「美少女」イラストをつけて下さった狗神煌《いぬがみきら》さん。感謝《かんしゃ》の言葉もありません。会長のイラストを初《はじ》めて見た時は、「そりゃ会長に選ばれるわ」と、作者も納得《なっとく》してしまいました。
そして、このような冒険《ぼうけん》作品を快《こころよ》く、一緒に悪ノリして作って下さった担当さん、前担当さん。前作以上にかなりワガママを通して貰《もら》ってしまいました。
ちなみに、この作品には随所《ずいしょ》に、「担当さんアイデア」による改良点があります。そういう意味で、この本は私一人の発想では決して成り立っていないものです。本当にありがとうございました。
この企画を通してくれた編集部の皆さんにも、心から感謝です。
そして、この本を手にとって下さった読者様。色々|異質《いしつ》な小説だけに、手にとって下さったという、それだけで本当に感謝しています。ありがとうございます。
本編|読了《どくりょう》の方には、もう、なんと言っていいのやら。この本で、一瞬《いっしゅん》でも「くすっ」「にやにや」として頂けたでしょうか。貴方《あなた》にとっての、一つのエンターテイメントとして機能《きのう》していて下されば、幸いです。
それでは、出来れば、また次の巻で。
[#地付き]葵 せきな
[#改ページ]
生徒会《せいとかい》の一存《いちぞん》
碧陽学園生徒会議事録1
発 行 平成20年1月25日 初版発行
著 者 葵せきな
発行者 山下直久
発行所 富士見書房
入力・校正:生徒会ZHg56qm3Si
2009年1月16日