愛と青春のドタバタ
[亜瑠]
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愛と青春のドタバタ by亜瑠
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「ったく、ウチの息子ときたら25過ぎたというのにまるっきり色気がなくていまだに彼女のひとりもいないのよ」
「あら、それはウチも同じですわ」
「でも島さんの息子さんなら逆に引く手あまたで困ってらっしゃるからでしょう?」
「そうそう。軍のエリート航宙士ならいくらでもねぇ」
それが事実であればどれほど嬉しいことか。彼女は内心大きく溜息をついたのだった。
「やっぱり長男だからと期待しすぎるのは良くないのかしら」
「そう焦ることもないだろう?今は仕事も面白いのだろうし」
「でもいつ聞いても出てくるのは男の人の名前ばかりなのよ?もしかして・・・」
「・・・そうとは信じたくないが・・・まぁ仕事が仕事だなからな。覚悟はしておいた方がいいかもしれん」
「そうかもしれないわね・・・大介は昔から甘えるのが下手な子だったから・・・甘えられる相手なら」
「大介の人生だ。私達が強制してはいけない。あの子が幸せならそれでいいじゃないか」
「でも・・・」
「ただいまー」
少々深刻な話をしていた夫婦の耳に上機嫌で脳天気な長男の声が届いた。
「お帰り。今日は遅いんじゃなかったのか?」
「予定より早く仕上がってさ」
「夕飯は?」
「真田さんと食べてきたからいい」
ふんふんと上機嫌に鼻歌まで歌っている息子にふたりして溜息。気付いた息子がん?
「なに?」
「いや、おまえからよくその『真田』という人の名を聞くんだが・・・どういう関係なんだ?」
父に聞かれて上着を脱ぎかけたままほ?
「どういうって・・・前に何回か連れて来たじゃないか。ヤマトの工場長してた真田さんだよ。今は科学局の特務部長」
「いい人なの?」
「そりゃそうさ。悪人顔だけどね」
「・・・好きなのか?」
少々アルコールの廻っていた頭では父の声がわずかに下がったとこに気づけなかった。
「もちろん。大好きだね」
即答に両親は顔を見合わせてしまった。
「あなた・・・」
「大介の人生だ。孫は次郎に期待しよう」
「でもそれじゃあんまり・・・」
「なに?だからどしたの?また見合い話なら断っておいてよ」
「大介が幸せならばそれでいいじゃないか・・・な?」
「・・・あの〜、もしもし?」
なにか変だな、とようやく意識が気付いた。
「俺の幸せがどうしたの?」
「なに、おまえが幸せならどんな人を選んでも私達は文句を言わんよ、ということだよ」
「・・・はい?」
「あー!兄ちゃん帰ってたんだー!ねーねー、宿題手伝ってよぉ!」
次郎の声が深刻でちょっと妙な空気を吹き飛ばした。
「宿題くらい自力でやれよ!」
「わかんないから聞きたいんだよー!」
まーったく、といいながらも長男は弟に引っ張られて居間を出ていった。
両親に失望を残したままで・・・
真田という人物もかなりの有名人だが、自分の息子もそれなりに有名なのだと島大介の父が気付いたのは少しだけ噂話を集めてみようと思い立った日のことだった。
そして彼は知った。
長男が好きだと言い切った相手がどのように噂されている人物なのかを。
もしかすると息子はかなわぬ恋をしているのではないのかと。
帰宅した島大介は深刻な顔をして座り込んでいる両親を見つけた。
「ただいま・・・どしたの?」
「大介・・・ちょっとそこに座りなさい」
改まった口調で真剣な表情の父に息子も何事かと着替えもせずに座った。
「なに?」
「先日、おまえが好きだといった真田という人なんだが・・・既に夫と娘がいるというが、本当なのか?」
両耳から入ったセリフは大脳の中で対消滅を起こし、彼は認識することができなかった。
「・・・えーと、もう一回言ってくれない?」
「だから、おまえが好きだと言った真田部長には既に夫と娘がいるのか?と聞いたんだ」
言葉はなんとか知覚できたが、明確に理解することは認識領が拒否したらしい。数瞬の間、息子は考え込んでしまった。
真田ってゆーと・・・俺の知ってる『真田部長』ったら・・・あの真田さんしかいないよな。えーと、娘・・・はいるよな。夫って・・・まぁ無関係者から見たらそう見えないこともない・・・ような気がしないでもないだろう。
すると親父の言ってる『真田』はたしかに俺の知ってる真田さんのことなんだろう。
と結論が出るまで3.2秒。
「あー?真田さん?娘ならいるよ、たしかに。ちょっとややこしい事情があって、親友の娘さんを養女扱いにしているんだよ。名義貸しみたいなものさ。夫って・・・あのね、同居してるのは確かだけど、相手は古代の兄さんの古代参謀だよ?折り紙付きの女好きなんだから、そんな事ふたりの耳に入ったら殺されても文句は言えないよ」
今さらなんだってんだ、の息子である。自分が変なのと付き合っていないか気にするのは悪いとは言わないが、よりにもよって真田さんを疑うなんて・・・とちょっとム。
「どこで聞いたのか知らないけど、そんな噂より息子の俺を信じてくれないかな」
不愉快そうな息子の言葉に安心の混じった、だがさらに複雑になった視線を両親が投げかけた。
「なら、その古代参謀もおまえのことは認めてくれているんだな?」
「当たり前だろ。何回も泊めてももらっているんだし」
家に帰ってくるより真田達の住んでいる官舎の方が繁華街に近いので一緒に飲んで酔っ払った時に何度か担ぎ込まれたことがある、というのが正しい表現。
もっとも、その時には大抵自分ひとりでなく他にも最低一名は同時に担ぎ込まれていたのだが、そこまで説明する必要もないと思ったのが最後の間違いだった。
「そうか・・・なら、良い。不倫だのなんだのにならないのならな・・・」
「・・・・・・・は?」
「でもそれならやはり一度はきちんと御挨拶もしておきたいわね」
「そうだな。大介、今度連れてきなさい。この先どうなるにしても一度はきちんと・・・」
おかしい。何か変だ。
ようやく島は事態の異様さに気付いた。何か根本的な食い違いが自分と両親の間にあると。
「きちんと・・・なにする気?」
「おまえは長男だからと期待しすぎたのかもしれん。孫の顔を見るのはかなり先になりはしたが、おまえの幸せが大切だ。もし望むならちゃんと式も挙げて入籍も・・・」
「ちょっと、待った」
まさかと思いたかった。自分の思い違いだと信じたかった。いくらなんでもこの自分の両親が、と。
「・・・誰と誰がどんな式を挙げるって・・・?」
「何言ってるの。やはり形は大切よ。若いうちはそんなものと思うでしょうけど、きちんと形を整えておくことも必要なのよ。だから私達もちゃんと御挨拶してこの先のことも・・・」
悟った。
だが信じたくなかった。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「俺と真田さんはそんな仲じゃないーーーーー!!」
「いいのよ。もう。そんなに隠さなくても」
「そうだ。大介、おまえが私達の自慢の息子であることに変わりはないのだからな」
「だから、違うー!!」
「もう無理をするな。おまえが幸せならば私達は十分なんだ」
「どうしていきなりそんなはな・・・!」
ピンぽ〜ん。
島の叫びを遮ったのはちょっと間の抜けたインタホンだった。
『すみませーん。古代ですが、島帰ってますかー?』
「・・・後からじっくり話すからね」
言い残して島は立ち上がった。
「よぉ、夕食時に悪いな」
へろっとした顔で入ってき古代進だったが親友の顔を見てキョトンとした。
「どーした?額に縦皺寄ってるぞ」
「親父とおふくろ相手に世間の常識について討論してたんだ」
「は?」
「それよりどうした?今頃」
まぁ入れ、と居間へ連れ込む。
「いや、今日渡し忘れたモノがあってさ。持って帰るとユキが五月蠅いから」
言いながら島の両親にも頭を下げて挨拶。
「何を?」
「先週みんなでどんちゃん騒ぎしたときの写真」
ほら、と取り出して数枚を差し出された。
「しっかし、おまえって酔っ払うとホントにキス魔になるんだもんな」
「キス魔ってほどしてないだろうが」
「いーや、酔った勢いとはいえ真田さんにキスして殺されない男は軍内部でも兄さんとお前だけだ」
ほーら、証拠写真、と見せられてギク。
「俺だったら確実にこの直後に宙に舞ってるもんな。いーよな、おまえは」
航宙士官で、というラストの一言が抜けているのだが聞き耳を立てている両親は知らない。
戦闘士官は情け容赦なく殴り飛ばすという真田の主義を知っているふたりだから省略しても通じるのだが他の一般人にわかるはずがない。
ちなみに古代守が殺されないで済んでいるというのは真田の怒りの右ストレートを喰らっても平然としていられるだけの体格と体力があるという単純な理由であって、間違ってもいつものことで慣れていて殴り飛ばさない、というコトではない。・・・という話である。
「お、おまえなぁ!そういう疑いを招く言い方はやめろって・・・」
「あー?今さら何言ってんだよ」
「お茶でもいかが?」
にっこり笑って割り込んだのは島の母だった。
「あ、おかまいなく。そうだ、見ませんか?ほら、これ」
「こ、古代!」
時既に遅い。酔って真田に抱きついている息子の写真にも母は顔色ひとつ変えなかった。
「あらまぁ、楽しそうね」
「ほう、どれどれ」
父親までやってきてのぞき込むものだから進はさらにニコニコ。
「これが真田という人なのかね?」
「ええ。ぼくの兄さんの親友なんですが、防衛軍一、ってくらい頭は良いし、ケンカは強いし、しかも人間はできてるし、偉そうなところのない最高の人です」
「そんな人と友人なのか?何やら大介とは縁のなさそうな人だが・・・」
「ヤマトに乗ってからの付き合いです。俺も島も実の弟のようにかわいがってもらって・・・」
こーゆーときにどうしてそこまで誉めまくるんだと内心ヒヤヒヤの島。
「そうそう。弟扱い。さもなきゃ相手にしてもらえるような立場じゃないもんな」
「なーに言ってんだよ。おまえ、真田さんとカケオチしたくせに」
「週末旅行といえ!・・・おまえ、まだ根に持ってるのか」
「あたりまえだ!おまえが真田さんと行方くらましていちゃついてたせいで俺の貴重な休暇が吹っ飛んだんだからな!」
モノをいうのは過去のおこない。
「そう・・・大介もふたりきりで旅行に行くような人ができていたのね」
やっぱりそうなのね、と両親はニコニコ。
その姿に息子は本日中の釈明を諦めるしかなかったのだった・・・
島大介は考えた。
仕事を放り出して考え続けた。
そして自分ひとりでの解決を諦め、周りを巻き込むことを決意したのだった。
「古代参謀」
帰ろうと立ち上がりかけたところで声をかけられればさすがにげんなりしたが、声の主の顔を見て、げんなり感は消え去った。
「少し、よろしいですか?」
「今か?」
「はい。できれば内密に・・・」
真剣そのものの島の顔に古代守も表情を引き締めてうなずいた。
ほとんどの時間を司令室に詰めているのであまり使わない古代守の執務室に連れ込まれ、島はさらに表情を硬くした。
「で、どうした?」
「真田さんと一番親しいのは参謀ですよね?」
「あ?まぁ、そうだろうな」
「なら・・・真田さんは本当にストレートなんですか?」
守の聴覚認知領は一瞬機能を停止していたようだった。
「・・・何を訊きたいのかな?今さら」
「真田さんはバイセクシャルでもホモセクシャルでもないんですよね!?」
あまりにも真剣な島の表情に守は数歩飛び下がるとそのままコスモガンを抜き、安全装置を外すと同時に銃口を島に向けた。
「貴様何者だ!?本物の島大介が今さらそんなことを訊くはずがない!!」
「本物ですよ!だけど・・・だけど、参謀の口から断言して欲しいんです!」
「あいつは女に感心はないが男には興味がない!!」
期待通りにきっぱりと断言され、島が安心して表情が崩れてしまった。
「ですよね・・・ですよね!?だから俺だって・・・それなのに・・・」
へろへろと脱力したように床に座り込んだ島に守がギョ。
「お・・・おい?」
「さんぼぉ〜」
座り込んだまま、今にも泣きそうな、あまりにも情けない顔を向けられて守が銃口を外すのも忘れて逆にビビってしまった。
「俺・・・俺、どうしたらいいんですかぁ〜?」
「ど、どうしたんだ?いったい・・・」
そうしてこうして島から話を聞いた守も頭を抱え込むハメとなったのである。
ぺたんと正座している島の前で胡座をかいている守。地球防衛軍本部の参謀の執務室の床でするような体勢と話ではないのだが、いまのふたりにはそこまで気を回す余裕はなかった。
「しかしなんつー・・・ホントに君の両親なのか?」
「疑いたくなりましたけど、間違いなく・・・」
はぁ、と溜息ひとつ。
「真田の口から直接・・・」
「できると思います?」
「・・・・・・・・・・いや」
行動予測はふたりそろってあまりにも同じだった。
まず怒る。
そしてすぐさま行動に移って・・・結局両親に押し切られて『息子を頼みます』と言われてしまうだろうと。
下手すればそのまま式場の予約まで勧められかねない。
「それにしてもガールフレンドのひとりやふたり、いるんだろう?誰かに頼んで・・・」
つまりは家で出す名前が野郎ばかりだから両親が誤解して理解したのだろう?と言われて島が溜息を返した。
「いることはいますが・・・ホント−に『お友達』レベルなんで・・・」
間違ってもそれ以上の仲には進展しない連中だと言い切るのも困りものかもしれないと守は思う。
そもそも島にはまだ結婚してカマド持ちになるつもりはない。古代進の日々の苦労を間近に見ていれば独身でフラフラと遊んでいたい、と心底思う。
「まだ嫁さんもらうより真田と遊ぶ方が楽しいわけか・・・」
守にも島の気持ちはよーく理解できる。
こいつの立場ならとっかえひっかえでほいほいと不特定多数の女の子と遊ぶこともできないだろうし、性格的にもできないだろうからいっそ自分や真田相手にワガママ言って笑ってる方が楽しいんだろうとも。
「・・・どーしたらいいんでしょう・・・」
「こうなったら真田に頼んで偽装結婚・・・」
「俺まだ殺されたくないですよぉ!」
「・・・だろうな」
そんな事、頼もうとした瞬間に怒りの鉄拳が飛んでくる。いくら島だとはいえ加減されるとは思えない。
上手くいけば即死させてもらえるだろうが失敗した場合にはさらなる悲劇が待ちかまえているだろう。
それより娘がそんなことを許すとは思えない。まかり間違って真田がOKしたとしても次の瞬間には澪のコスモガンが火を噴いているだろうとの予測はあまりにも簡単だった。
「・・・とりあえず本人に話して、機嫌が良ければ偽装のことも頼むか・・・」
そして真田が呼びつけられたのであった。
「なんだ?こんな時間に」
澪=サーシャがくっついてきたところをみるとまだ科学局にいたらしい。
それほど上機嫌ではなかったが、不機嫌そうな顔でもなかったのが島にとっては幸いだった。
「いやそのつまりだな・・・たとえば・・・例えば、だぞ?もし俺とサーシャが家を出たとして、その後この島と共同生活できるか?」
「あ?」
守の問いに真田がキョトンとして島を見た。
「島と?」
「そう。同じ家で寝起きして、一緒にソージして、洗濯して、風呂入ってメシ食って・・・の毎日を想像して耐えられるか?」
「おとーさん!どういう意味よ!!」
先に怒ったのはサーシャの方だった。
「だから例えばだ!そんなつもりは全くない!!」
親子ゲンカが耳に入っているのかいないのか、真田は気にせず頭の中でシミュレーションをおこなっていた。
「・・・そうだな。島なら・・・」
そっか、と守がうなずいた。
「じゃ真田、ちょっとサーシャを抱っこしろ」
「あぁ!?」
いきなりで話が通じない。だが守は真顔だった。
「だからそこ座ってサーシャをお膝抱っこしろ」
「なんなんだ!?」
「話はそれからだ!早く!!」
何が何やらわからないがとりあえずソファに座った真田の膝にサーシャがいそいそと座って首にぺたんと抱きついた。
その姿に守と島がわずかにホッとした。
これで真田が激怒しても行動はワンテンポ遅れる。そのスキに逃げることが可能だと。
「で?」
「つまりだな・・・おまえ、島と結婚する気ないか?」
真田の上半身は動かなかった。
その代わり蹴り飛ばされたテーブルが島と守に襲いかかっていた。
「・・・寝言は寝てからにしろ」
「寝言ならもっと楽しい事にするわい!」
「古代だけでなくなんだ!島まで!!」
「わ、悪いのは古代進ですよぉ!俺だって被害者です!!」
テーブルに殴り飛ばされて下敷きになったふたりが叫び返した。
「最初からきっちり説明しろ。事と次第によっては・・・」
「あたしがトドメを刺すから」
真田の膝に座ったまま、サーシャは銃口をふたりに向けていた。
「だからな・・・」
起きあがってテーブルを直し、珈琲を入れる守ともう一度、あまりにも情けない話を繰り返した島。
当然の事ながらサーシャが呆れ、真田が頭痛を感じてしまった。
「その両親、本物なのか・・・?」
守と同じ反応を返すところはやっぱり親友。
「偽物ではないはずですが・・・」
「それでいっそ偽装結婚、ね。お父さんの考えそうな事よね」
「どーしたらいいんでしょう・・・?」
捨てられた子犬のような表情の島だが、それで同情心を持てるような心優しい真田ではない。
1年で17年分の子育てをクリアし、きっちりした教育と躾まで終わらせた男にはそのような攻撃は無効である。
「ったく、澪、次の休みにでも島の家に遊びに行ってこい」
「はい?」
「『古代サーシャ』でなく『真田澪』と名乗れ。それで言い訳の8割にはなるはずだ」
「えー・・・っと?」
理解できないでいる島とサーシャに守がやれやれ。
「だから、真田が目当てじゃなく、『真田の娘』が目当てだったことにしておけって言うんだ」
言われてようやくふたりが了解。
「そーか、その手があったのか」
「しかもふたりは同じ職場だからな。日頃からまとわりついていても不思議じゃないだろ」
「カケオチの件は?」
「『お嬢さんをぼくにください!』と言いたかったことにしとけ」
いーかげん膝から降りろ。と澪を持ち上げて横へ座らせながら真田はあっさり言ってのけた。
「さっさと式も!と切り返されたら?」
「特務部の人間にそんなヒマがあると思うのか?」
「・・・それもそうですね」
いまだ地球防衛軍で最も忙しい部署、と言われているのが科学局特務部なのだ。
しかし真田にしてはおとなしい対処法だなと思う守である。やはり相手が一般市民なのでいつもと同じにはできないのかと親友の理性にちょっと安心もした。
「でも島さんとぉ〜?義父さまはそれでもいいの?」
「あのね澪ちゃん、俺にも好みってものがあるんだけど・・・」
口裏は自分達で合わせておけと島と澪を放り出したWパパである。
ぶーたれながらも真田パパのためと思えば澪も嫌とは言わなかった。こうなったら島さんにいっちばん高いディナーを奢ってもらう!と言いながら出ていった。
それを見送ってはぁ〜と大きく息をつくと大の大男がふたりそろってソファに倒れ込んだ。
全身を脱力感が包み込む。どーしてこんな大ボケな話が発生しにゃならんのだ、と・・・
「なぁ真田・・・」
「・・・なんだ?」
「やっぱり・・・さっさと結婚しろ」
それでおそらくドタバタの3割は発生しなくなるのだから・・・
「そーいえば訊いていい?」
「なに?」
「なんで義父さまなの?」
澪の疑問に島が肩を落とした。
「俺もそれが知りたいんだ」
真下から見ているのと半径ンキロの距離で離れて見ている人達の評判ってそんなに違うのかしら?と素直に思う澪である。それにしたって、と思うしかない誤解ではあるのだが。
「親からあれほど信用されてなかったとは思わなかったなぁ」
届いたメインディッシュ。ナイフとフォークを入れながら再び溜息が出た島である。
「まぁなんとなーく、島さんの御両親ねーって納得できる気もするけど」
「・・そう?」
「うん」
即答されてしまった。
「みょ〜〜に冷静に35度くらいズレたところの事実を納得してるんでしょ?」
「俺のことそーゆー男だと思ってたわけ?」
「島さんは135度ズレてても平気じゃない」
きっぱり否定できない自分が悲しかった・・・
Wパパ公認でのデート(という名称の作戦会議)である。ふたりの行動に『こっそり』という単語が入る隙間はなく、周囲に噂が広まるのに三日と必要しなかった。
「いきなり連続デートなんて、どうしたんです?」
司令部を代表して疑問を守にぶつけたのはユキだった。
「まぁなー、サーシャもそろそろ男遊びを覚えてもいいんじゃないかってことでなー」
事実はやはり言いたくない。多少の誤解が生じても現在発生しているモノよりヒドいモノにはならないだろうという読みもあった。
「それで島君なんですか?」
「これでも色々物色した結果なんだがね」
島に男の嫉妬が集中しようが自分に恨みがましい視線を向けられようが気にするつもりのない守である。
島の方はそれどころではないのだし、守の方はフン、の一瞥で終わってしまう。今まで口説く努力もしなかった連中に恨む権利などない!と。
「もちろん真田さんも公認なんですよね?」
「勧めたのはあいつだ」
なんと言っていいのか言葉を失ったユキだった。それに気付かないまま守は言葉を続けた。
「今から楽しそうに計算しているぞ、あの野郎は」
「計算?」
「孫の成長速度」
この夜、司令部周辺の居酒屋では泣きながら自棄酒をあおる軍人連中が続出したという・・・
科学局で代表して真田に尋ねたのは山崎だった。
もちろん山崎本人にはキョーミはなかったのだが、まわりの有言な圧力に押し込まれたのである。
「加藤四郎かと思ってたんだがな」
「今のところ島の方が出世しそうですからね」
ドアの外で聞き耳を立てている連中の気配は五月蠅いくらいに感じていた。
「しかしまたなんで今、なんだ?」
「今だから、なんですよ」
真田のみょ〜な表情に一瞬おや?
「まだ島は誰かさんみたいに遊び慣れてませんからね」
「君の同居人と一緒にするのはかわいそうだと思うぞ」
すっとぼけた返事をしながらもわずかにしかめたままの真田の表情に別口の理由がしっかり存在することを山崎は悟った。
「ま、悪い相手でないことは確かだが・・・島みたいなのは一度シュラ場るととことん揉めるぞ?」
「澪にはいい人生経験になるでしょ」
「そうすると後は君だな」
話を変えられて真田がほ?
「娘も片づいたことだし、そろそろいいんじゃないかってことで見合い攻撃が再開されるってことだよ」
一瞬真田が動きを止めた。
「今から言い訳を考えておいた方がいいと思うぞ」
楽しそうに笑った山崎だった。
「なーんか噂になってるみたいね」
他人事のように言ってのける澪に島が苦笑してしまった。
「なーんかどころじゃないぞ」
「そうなの?」
「Wパパ公認だからね。八つ当たりと逆恨みでエライ目にあってるよ」
「島さんが?」
「・・・君もそろそろ自分の人気を自覚した方がいいんじゃないかな?」
こーいうところが育ての親の性格そのままなのが笑っていいものか困るべきなのか悩めるところである。
「そんな事言われてもだーれもデートに誘ってくれないんだもん。わかんないわよ」
少なくとも単なる『お嬢様』でないのが明白な分、余計手を出せないのかも、とも思う。
Wパパの防壁を突破してお茶飲んで食事に誘えるというのはもしかして将来『ものすごく』有望、というコトなのかもしれないな、とまで思ってしまった。
もっとも島本人にしてみれば今のところ澪相手にはこれ以上の仲になりたいというつもりは『全く』ナイ。
なにしろ真田の育て子といえど遺伝子の半分は古代家の提供なのだ。守・進兄弟の実像を間近で知るだけに『お友達でいようね』になったとしても島に責任はない・・・はずである。
「だいたいそんなコト言ってたら島さんだって似たよーなものじゃない」
「似たよーなって・・・」
「司令部だけじゃなくて科学局でも言われてるのよ、『ずるいー』って」
「ずるいったってなぁ」
「バレンタインのチョコ、受け取ってもらえなかったの、あたしのせいにされてんのよ」
「・・・なるほど、その手があったか」
「人を防御壁にしないでよ!」
これはこれで立派なデートに見えるということに本人達は気付いていない。
「まぁいい。ところで話を戻すけど・・・」
騙すのは島の両親である。ナナメ方向から突っ込まれた時のためにも打ち合わせは入念にしておく必要があるということに澪も異存はない。引き受けたからにはきっちりと、というプライドもある。
で、堂々とデートしながらこそこそ話を続けるふたりなのであった。
世間から三日遅れで噂を聞いたのが古代進だった。
「島がサーシャと付き合ってる!?」
「今さら何言ってるんです?もうその話で持ちきりですよ」
相原がへろっと答えた。
「ユキさんから聞いてないんですか?」
「聞いてない!島の奴、いつの間に・・・!」
ここで怒る理由は何なのか訊きたいところではあるが、おそらく理由を自覚したら完全な八つ当たりで殴られるコトになるだろうと予測のつく相原なので訊かなかった。
「でも古代参謀と真田部長の公認らしいですよ」
「なんだってぇ!?」
そして島は親友に問いつめられるハメになったのである。
「おまえいつの間にサーシャとそんな仲になったんだ!?」
誰のせいでこんな仲になるハメになったと思ってるんだ!この野郎!!
と、叫ぶのをかろうじてこらえると島は少々引きつった顔でふふんと笑ってみせた。
「澪ちゃんとか?そりゃ苦労はしたが手順をふんでだな・・・」
こいつのせいで完全に両親に誤解されきったのだ。それにここでバレるわけにもいかない。少しくらいは嫌がらせしても誰も文句は言わないだろう。
「ちゃーんと彼女の御両親にも認めてもらっているからな。おまえの反対は却下されるぞ」
「兄さんと真田さんまで!?なんでおまえを!!」
「そりゃー、ハンサムで将来有望で性格も二重丸なこの俺との交際のどこに反対の理由があるんだ?」
「自分で言うな!だいたいおまえは・・・!」
げし。
「・・・ここがどこで、今の時刻がいつなのか、わかっているのかね?古代進君」
俺はこいつと血の繋がった兄弟であることを心から悔しく思う。
古代守は今、心底そう思っていた。
名将・沖田の軍人人生最大の失敗はこいつに俺と同じ理性があると信じたことに違いない。そこまで思ってしまっても守を責めることはできないだろう。
とっさに避けた島をかすめ、進の顔面はコンソールのディスプレイに張り付いていた。
しかしこの程度でノビる進でもノサれる進でもない。
「で、でも兄さん!大事なサーシャのことなんだぞ!なんでこんな奴との付き合いを認めたんだよ!?」
「古代!おまえ仮にも親友をつかまえてこんな奴ってのは何だ!?おまえにだけは言われたくないぞ!」
「それとこれとは話が別だ!」
「どう別なんだ!?どうせ俺にオジサン呼ばわりされるのが嫌なだけだろーが!!」
「ち、ちちち違う!断じて違う!俺は純粋にサーシャの幸せを思って・・・」
「説得力のない顔でなに言ってやがる!澪ちゃんの幸せを思うならこの俺のようなデキる男を選んで当然だろうが!」
「どこが当然だ!?おまえみたいな・・・・」
べきばきぐちゃ×2
「科学局に連絡して危険廃棄物処理を頼め」
冷たくそう命じると守は壁に張り付いてノビているふたりには目もくれず部屋を出ていった。
「えーっと・・・科学局?」
「・・・ホントに頼んでいいの・・・?」
「いや、でも、息吹き返したらまた始まるだろう・・・?」
残された者だけが困惑するのみであった・・・
その話を守から聞かされて真田が肩を落とした。
「・・・おまえの弟だな」
「あれほどヒドくないぞ」
「今はな」
10年前はどうなんだ、と言ってのけられるのが真田である。
「しかし思いっきり話を広げまくってくれたな」
頭の痛い真田である。
「その方がサーシャに悪いムシが付かなくていいだろう?」
「少しくらいは付いて欲しいんだよ」
自分達の存在が防虫剤どころか瞬間殺虫剤になっているという事実にふたりして気付いていない。
「付いて欲しいだ?おい、そりゃ・・・」
「澪のデート歴ったらヤマトの艦内で加藤四郎と展望室でジュース飲んだだけだぞ?」
「・・・そして次が今回の島か」
「付いて欲しいだろ?」
「・・・・ああ」
いくらまだ人生ヒトケタとはいえ、それではあまりにも色気がなさすぎる。やはり育成を真田に任せきりにしたのは間違いだったか・・・と感じてしまった守だった。
その程度の守の内部思考を認知できない真田ではないので珈琲を飲みながらさらに言葉を継いだ。
「言っとくがな、遺伝子の半分はおまえの提供で、育成には山崎さんも関わっていたんだからな。責任は俺だけじゃないぞ」
「・・・どうしてこう似なくていいとこだけ似るんだか・・・」
言ってから守は真田が持ち帰ったと思しき紙袋に気付いた。
床の上に放り出してあるのだから仕事ではないだろうと思う。見たくもないといった風に顔まで背けている同居人に首を傾げた。
「なに持ってきたんだ?」
「なんならおまえにやるぞ」
「は?」
「見合い写真の束だよ」
「持ってくるなよ、そんなもん」
普通は持って帰らないといけないモノである。
いいつつも守が拾い上げ、中をのぞいてみた。
「しばらくなかったのにな」
「『娘がいい男を捕まえたのなら君もフリーに戻ったんだな?』って理由だそうだ」
明日は我が身だぞ、とまで言われてう〜む。
「テキトーに選んでメシ食って来たらどうだ?そしたらまたしばらくおとなしいだろ?」
「中見てもそれ言えるか?」
顔を向けようともせずに言い返す真田に一度はそれでも見た(というか見せられた)らしいと知る。
取り出してパラパラめくってみて・・・守も溜息をついた。
「島と偽装結婚した方が良かったんじゃないのか?」
「・・・かもしれん」
Wパパの悩みは広がるばかりであった・・・
「ただいまー」
澪のるんるんした声が聞こえたのでふたりがそれでも顔をむけた。
「早いな」
「お父さんに殴られた顔が痛いから今日はパスだって。日にちだけ決めてきた」
やっとそこまで話が進んだのかとふたりしてやれやれ。
「でね、いちおーオシャレしていきたいんだけど・・・どんな服がいいの?」
まさか制服着てくわけにいかないでしょ?とのセリフに頭痛を感じてしまったのは守だった。
これは育成責任者より育成環境の問題だ、と。
「わかった。俺が見立ててやる。明日帰りに店に行くぞ」
そのあとおまえの服もだ、と言われた真田がは?
「なぜ俺」
「まさか全部捨てるわけにもいくまい。1件や2件、相手とメシ食ってこい」
見合い写真の束を指され、再びメマイに襲われた真田だった。
そして島は腫れた顔を冷やしながら家のソファにひっくり返っていた。
「あれ?にーちゃん帰ってたの?」
「なんだ?悪いか?」
「だって今週ずっと遅かったじゃない」
言いながらととと・・・と次郎が近寄ってきた。
「ねぇ兄ちゃん・・・」
「ん?」
「男と結婚するって、ホント?」
その一瞬に彼が両親と弟を撃ち殺し、家を飛び出さなかったのはミリグラム単位で理性が感情に打ち勝ったおかげだった。
「・・・誰がそんなコト言ってるのかなぁ〜?」
ゆっくりと起きあがり、引きつった笑顔を見せた兄の背後に邪悪なオーラが展開されるのを感じ、次郎が2歩後へ逃げた。
「だ、だって父さんと母さんが・・・」
握りしめた島の両手が震えていた。怒りと絶望に叫びたいのを必死にこらえている。
「次郎、いいか、俺の好みは自分よりゴツい大男じゃなくて、80のCカップでウエスト65以下の引き締まったヒップを持つかわいい女の子だ!」
「・・・ホントに?でも」
「もちろん外見が好みでも性格ブスだとかオツムが足りないようなのは論外だ。次郎も覚えておけ。将来女の子と遊ぶ時にはよーっく選んでからにするんだぞ!」
親だけでなく弟にまで!!
いったい誰を恨むべきなのか。
少なくとも原因の一端は間違いなく古代進にある。明日には2,3発殴ってやろうと硬く決心した島大介であった。
「じゃホントに男と結婚しないんだね?」
「あたりまえだ!」
真田の心が理解できる気がしてきた。
「そっかー、やっぱり『おねぇちゃん』ができるんだよね」
ホッとした顔で次郎がうなずいた。
「もうひとり『お兄ちゃん』がいてもいいかな?っても思ったんだけど・・・」
「次郎!!!」
思わずがっしと弟の肩を押さえた島。
「いいか!?おまえは間違っても友情と恋愛感情を取り違えるな!自分のも他人のもだ!覚えておけ!!」
俺がガルマンガミラスへ亡命するとしたら絶対に原因はこれだ。
家族の無理解に絶望してのことだと思う島であった・・・
浮かない顔の島に声をかけたのはユキだった。
「澪ちゃんとケンカでもしたの?」
「ん?そんなことないよ。ただ、ちょっとね」
思い出すだけで頭が痛い。
「ちょっと?」
「親子でも、兄弟でも、所詮他人なんだなって・・・」
「はい?」
わけのわからないユキであった。
「真田のことを本当の意味で理解できただろ」
ユキの後からの声は守のものだった。
「ええ。今ならよーっく理解できます」
大きくうなずいた島にうんうん、の守。
「だからってあいつに同調してガルマンガミラスへの亡命は許さんからな」
「その役は謹んで参謀にお譲りしますとも」
軍内部ではまだジョークで済んでいる『はず』なのだ。これ以上騒ぎを大きくして真田並みの事実扱いは絶対にされたくない島でもある。
「ところで今日はデートの予定しているのか?」
「いえ、今日は」
「君は?進をほったらかしてもいいのならふたりにちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだが」
守の頼みにふたりそろってキョトン。
「なんです?」
「いや、真田にな・・・見合い用のスーツ見立ててやろうと思って」
あれまぁ、の島。
「真田さんが?受けたんですか?」
「まさか全部断るのも紹介してくれた人に悪いからな」
「・・・ですよね」
「それでなんで私なんです?それなら山崎さんあたりの方が・・・」
「もちろん彼にも頼んである。なに、相手が君くらいから下の歳のお嬢さんもいるんでね。若い娘の好みも聞きたいと思って」
「み・・・サーシャちゃんじゃダメなんですか?」
「・・・あれに年頃の女の子のセンスを期待できると思うのか?」
「僕ならしません」
真剣な表情で問いかけた守と間髪入れず断言した島に笑うしかないユキ。
「そういうことでしたら」
「すまんな。よろしく頼む」
「しかし僕らより下って・・・年齢差いくつですよ」
そもそも真田さんシスコンでしょ?の島に苦笑する守。
「そんな理由が通用するほど男は余っていないんだよ」
「・・・で、しょうね」
「古代参謀ー」
呼ばれて守が顔をむけた。
「おーう、どうした!?」
「参謀長が呼んでます!手が空いていたら来てくれと!」
「わかった!」
それじゃ仕事が終わったら。そう言い残して守が去っていった。
後ろ姿を見送って島が溜息をついた。
「真田さんもな・・・参謀くらい遊んでるフリだけでもしとけば噂もないんだろうに・・・」
「真田さんの場合は本気で遊んでいても同じだと思うわよ」
あっさり否定したユキにへ?の島。
「なんで?」
「だってみんなは噂で遊んでるんだもん」
ケロッと言ってのけたユキにメマイを覚えてしまった。
「真田さんが亡命する日は案外近いかもしれないな・・・」
島とユキを連れた守が待ち合わせに分厚い紙袋を持ってきたのを見て、科学局組がキョトンとした。
「どーした?」
「おまえの予言が的中した」
渋い顔での返事に真田が事態を悟った。
「おまえのスーツも購入した方が良さそうだな」
「なに?お父さんにもお見合い話来たの?」
「そういうことだ」
げんなりした顔で娘に答えた守に山崎までやれやれ。
「さっさとひとりに決めておかないから・・・」
「ンなコト言ってると自分にも回ってきますよ」
さっくり言って返す真田にそーよねー、のユキ。
「今度、土方司令に話してみましょうか?」
「絶対に、やめてくれ」
そんなことされようものならほいほい遊べなくなってしまうではないか。
「まぁいい、島、山崎さんと先にみてやってくれ。俺達も終わったら行くから」
守に言われて島がほへ?
「別件ありですか?」
「初めて彼氏の御両親に会うんだからな。それなりのオシャレが必要だろう?」
「俺いっつも制服か普段着なんですけど・・・」
「申し込みの時は正装で来るように」
そして島と澪をトレードすると6人はそれぞれの売り場を求めて別れたのであった。
真田組が向かったのは紳士服売り場の奥のオーダーメイドコーナー。
なにしろ体格が体格なので選択肢が限られているのだ。それならいっそ、最初から好みで作った方がいい、という結論に達したのはつい最近のことだった。
日頃はそれこそ制服か作業着の毎日なので滅多に作ることもない。まだ気に入る店を探している段階だったのだが。
今日連れ込まれたのは山崎が最近利用し始めた店だった。
仕立てが良いのと仕事が速いのが売りだという。
真田本人が採寸されている間に島と山崎は生地をあれこれ物色。
どうせならワイシャツから・・・とかなんとか好き勝手なことを言いながら楽しむふたりであった。
守組の方はといえば年頃の女の子の流行の服・・・とはさすがにいかないので、ユキの案内で少しばかりお上品な品揃えのコーナーに足をむけていた。
ユキと守があれこれ言うが澪本人はむ〜っとした顔のまま見ているだけ。
「何か好きなのないの?」
「よくわかんないんだもん〜」
澪のキョーミの分野に『ファッション』という項目はない。
これも教育の結果か、と思いかけた守だったがそういえばスターシャも衣類には無頓着だったな、と思い出した。
それでイカルスで育てられ、地球に来てからも周りにいるのは同業者でしかも仕事で休むヒマを作るのさえ大変だという毎日である。
これではファッションに興味を持つ方がおかしいかと納得してしまったのだった。
たしかにムシの一匹や2匹、付いた方がいいのかもしれない・・・
「で、どれにする気だ?」
見合い写真を広げられてさすがの守もげんなり。
「好みは『大人の美女』なんだがなぁ」
「そんなワガママが通用するほど男は余っていないんでしょう?」
昼間自分が言ったセリフをユキに返されてさらにガックリ。
「今まで遊べただけ、良かったじゃないですか」
島にまで言われて溜息も引っ込んでしまった。
「参謀長の顔立てるつもりで行ってこい。・・・あ?」
写真を見ていた真田が不意に変な声を上げたので一同の視線がそちらをむいた。
「どうした?」
「いや・・・これ、俺の袋にも入ってたぞ」
「なにぃ!?二股か!?却下だ却下!他にもないのか!?」
断るのにこんなにいい理由はない。守が身を乗り出して真田に迫った。
「全部覚えてるわけじゃない。家帰ってから突き合わせてみようぜ」
ふたりのそんな会話にやれやれ。
「男不足ってホントに深刻な問題だったのね」
「今頃なに言ってるんだよ。司令部じゃとっくに女性の比率が6割越えてるんだぞ」
その気になれば選り取り緑なんだがな、と山崎も苦笑している。
それを何が悲しくて偽装恋人だの見合い写真の束だので悩まなければならないのだろう?と島も考え込んでしまったのだった。
翌日。
昼食のラーメンをすすっていた島の前に見知った角刈りが座った。
「よ、久しぶり」
「どうした?今頃地上になんて」
「新型機のテストに借り出されて今日からしばらく科学局なんだよ」
目の前に座ったのは加藤三郎だった。
「それでなんでメシ食いに司令部なんだよ」
「かわいい弟のための敵情視察ってわけよ」
平然と言ってのけつつカツカレーにスプーンを突っ込む加藤である。
「敵情?あー、そーいうコトね」
加藤の弟・四郎はイカルスで真田に訓練を受けていたこともあって澪とは幼なじみともいえる仲である。
真田パパ公認でヤマトの中ではデート(擬き)もしていたこともある。
本命と思われていたのだがここへ来て急速に島の存在が浮上してきたので月でも話題になっているのだろう。
「遠距離恋愛は手を抜いたら終わりだって事さ」
ふふんと威張る島である。
そもそもこんな話を聞いた程度で諦めるような奴であるならWパパの公認取り消しは間違いない。
「だいたいおまえの弟、お目当ては真田さんの方じゃなかったのか?」
「俺は弟には幸せな結婚をして、子沢山の家庭を持ってもらいたいんだよ」
ラーメンとカレーを間に挟んでの、呑気な会話。まわりのテーブルではしっかり聞き耳を立てていることに気付かないふたりではない。
「それ言いだしたら島だってそうだろが。ファンクラブの会報に写真載ってるぞ?」
「オモテに出すなよ、それ。本人にバレたらシメられるだけじゃすまんぞ」
「その心配はないだろ。なんでもかなり上のおエライさんも会員だって話だ」
微妙に話がズレる。それを見逃さずに島がさらなる軌道変更を狙う。
「そしたらそのエラいさんの差し金か?真田さんとこに山になって見合い写真舞い込んでるぞ」
野郎だけでなく女性陣まで耳をそばだて始めた。
「どれ選んでメシ食いに行くか、悩んでる最中らしいぞ」
耳だけでなく視線まで向きだした。
こうして感じるところををみるとやっぱりファン(というよりモノズキ)が多いと思う。あの強面の悪人顔のどこがそんなに・・・とは言える立場でない島と加藤なのでさらに素知らぬ顔で話を進めた。
「しかも古代参謀にも来てるみたいだぞ。『嫁さんくらい自分で捜す!』って言ってたけど、どうかねぇ」
一気に食堂中の視線が集中した。
「・・・おまえ、悪いこと考えてるだろ」
半分呆れ、半分ニヤニヤ楽しんでいる加藤。
「べーつに、なーにも。ただふたりとも相手さんから『話はなかったことに』って言ってもらえたら喜ぶんだろーなーと思ってるだけだよ」
「十分悪党じゃねぇか。んで相手さんの名前知ってんのか?」
「森君なら全部知ってると思うぞ」
「防衛軍オペレーターズの情報力ってどのくらいなのかねぇ」
たまには借りも返さないと利息分だけで一生頭が上がらなくなってしまうというモノである。ふたりがかりで食堂にいた連中をノセてしまった。
再び食堂がざわめきだした。さっそく怪しい作戦を練りだした連中がいるらしい。
こんなお間抜けなことに精力を割けるのだから地球も平和になったものだよなぁ・・・としみじみと感じる島と加藤であった。
「しっかし俺と真田さんってのはなんだよ。どっからそういう話が出てきたんだ?」
「あ?今さら何言ってんだよ。イスカンダル往復の頃からだぞ?」
「はぁ?」
本気で双方が驚いた。
「って・・・全く自覚してなかったのか?」
「自覚もなにも、あの頃真田さんってば古代のお守りでわたわただったろが」
「子守りに疲れた工場長とふたりで愚痴のこぼし合いしてただろーが。それ何回も目撃されてんだぞ?」
こーゆー部分の鈍感さはやっぱり古代進の親友ができるだけある、と思う加藤。
「そりゃぁ確かに・・・しかしなんでそんなことで」
「あのな。工場長が愚痴こぼせる相手って、山崎のとっつぁんか徳川機関長かおまえだけだったんだぞ」
いきなり島の全身を殺気が突き抜けていき、余波を喰らって加藤にも悪寒が走った。
「副班長にさえ滅多に愚痴らないって人が内容が内容だからっておまえ相手にグチグチ言ってたんだろ?噂にならない方がおかしいだろうが」
「・・・そうなのか?」
「そーなの」
思いっきり考え込んでしまった島の姿に加藤が思いっきり呆れた。
「ったく、カケオチまでやらかしといて噂もクソもあるかよ」
「週末旅行だと言ってるだろうが!!」
「どっちにしたってふたりきりでの旅だろうが!古代参謀や山崎機関長とさえしたことないコトした奴に言い訳ができると思うな!」
「さ、真田さんがあのふたりとしないのは余計な噂になるのを嫌ってのコトだ!勝手なコト言って噂してんのはそっちだろうが!」
「おまえとなら噂になってもいいってのか!?」
やはりモノを言うのは過去のおこない。
「そこまでしといて今になって澪ちゃんに乗り換えか!?そーいうのを世間じゃおや・・・」
セリフを最後まで言う前に島の右手がラーメンドンブリをつかみ上げたのを知って、さすがの加藤も口を閉じた。
「・・・時間と場所考えてモノ言えよな。それこそ即死させてもらえないぞ・・・?」
「わ・・・わかった・・・」
話が広がりすぎだと思う。
俺が澪ちゃんとちょっとデートしただけでなんでこんな騒ぎになるんだ?
わかっているようで自分の立場を理解しきっていないあたり、十分真田に通じるモノのある島である。
仕事が終わってさて、と立ち上がりかけたとき、進が飛び込んできた。
「ししし、島!」
「あー、どした?」
「おおおおまえ!サーシャを両親に紹介するって、本当なのか!?」
・・・もしかしたら偽装で終わらないかもしれない、とこの時島は強く思った。
だがその責任は絶対に自分にはない!とも。
「どっからその話・・・ってユキだよな。口止め、忘れてたな」
「だから本当なのか!?」
勤務時間が終わってから飛び込んできたところをみると、一応は先日ぶん殴られたことで学習はしたのだろう。
「そうだが、それが?」
「それが、じゃない!俺は認めないぞ!!」
「おまえに認めてもらう必要がどこにある?」
たしかに謎だ。
本当に古代守と進は同じ両親を持つ兄弟なのだろうか?と本気で疑問を感じてしまった。
それともあの参謀も10年前はこんなんだったのだろうか?
今度絶対に訊いてみようと決意した島だった。
「澪ちゃん本人にも古代参謀にも真田部長にも了解はもらった。これ以上反対するってのなら、おまえが彼女を不幸にすることになるんじゃないのか?」
進が入り口を塞いでいるので室内の連中が出るに出られずふたりの口論を見物している。
「どうせおまえは俺に『オジサン』呼ばわりされたくないからってムキになってるだけだろーが!」
「ちちち違う!違うといってるだろうが!!」
べき!!!
外部からの攻撃は正確に古代進の後頭部を直撃した。
「公共の場で恥を晒すなと何度いえば覚えるんだ?」
ハンドバックを叩きつけたのはユキだったが、冷たく声をかけたのは守だった。
「しかし兄さん!」
「俺の娘の心配までしなくていい!おまえはユキの心配だけしてろ!!」
守の後から冷たい視線を向けているユキに気付いて進がうっとのけぞった。
「帰るわよ」
「ゆ、ユキ、でも・・・」
「帰りたくないの?」
「・・・帰る・・・」
踵を返してさっさと歩き出したユキを追って、進もとぼとぼと歩いていった。
「完璧に尻に敷かれてますね」
「ユキに見捨てられたら人生終わりだって事はよくわかっているらしいな」
頭の痛い守と島であった。
「まぁユキさんと別れてもすぐに次の彼女は見つかるとは思いますけどね」
部下の慰めにも似た一言に島が乾いた笑いを浮かべた。
「それはたしかだろうな。・・・3ヵ月持つかどうかは疑問だが」
自分達がどれだけ特殊で異様ともいえる体験をしたのか、島は自覚していた。
ヤマトの航海は特殊すぎた。いくら時代が時代だったからといっても、あの29万6千光年はあまりにも過酷だったのだ。
そんなモノを軍人になったばかりで体験してしまった島や進である。自分達の持っているその感覚が当たり前だと思っていれば間違いなく世間一般から弾き出される。
家族のいる島やユキはすぐそのことに気付いたが、進はいまひとつわかりきっていない。
同じ年代で同じ体験を共有したユキだからこそ、そんな進と恋愛関係を持続していられるのだ。
「さて、帰ろうか」
「・・・そうですね・・・」
部長室に鞄を取りに戻ると島がいたので真田がキョトンとした。
「どうした?」
「ちょっと・・・疲れ果てまして」
「は?」
「進が俺の弟であることを本気で信じられなくなったんだとさ」
横からの声に顔を向けると守が疲れた顔で珈琲を飲んでいた。
「今度は何叫んだんだ?」
ドアを閉め、ロックをかける。
「いえ・・・偽装ですまなくなったかもしれないって・・・」
全てを悟ってしまった真田だった。
「あいつに『時と場所』というモノの認識が欠如していることくらい、わかっていただろうが」
ぶん殴って黙らせれば良かったんだよ、と実に冷たく言ってのけた真田だった。
「・・・それでいいんですか?」
「それを10年も続ければ嫌でも覚えるさ」
ここに見本がいるからな、と守から珈琲をひったくる真田である。
「じゃ参謀も10年前はあんなんだったと?」
「似たようなモノだな」
真田の言葉に島はほのかな期待を持った。
あいつも10年経てば古代参謀のような男になれるのかもしれない、と。
そしたら俺の苦労も減る・・・のだろうか?
目の前のふたりの日常も知るだけに再び考え込んでしまった島だった。
「おい、俺はあそこまで酷くなかったぞ」
もちろん反論した守である。
「少なくとも女のあしらい方と年寄りのウケだけはあいつより遙かに上だった」
真田から珈琲を奪い返す。
「まぁな。TPOに関してはマシだったと認めよう。・・・シュラ場りさえしなければな」
いいなぁ・・・とふたりを眺める島。俺と古代進も10年経ったらあんな感じの仲になっていたいものだなと思う。・・・多分無理だろうと心のどこかが断言するのが聞こえていたが。
「ところでサーシャはどうした?」
「加藤に口説かれていたんでおいてきた」
「加藤?」
「新型機のテスパイに三郎の方を呼んだんだ。弟のために援護射撃中だよ」
「・・・なるほどね」
やれやれとふたりそろって肩を落とす。
「しっかしなんでここまで話が大きくなったんだ?」
「ふたりがおおっぴらに連続デートしたからだろう?」
「公認宣言をしたのはWパパだと思うんですけど・・・」
「・・・進の馬鹿が叫びまくったせいだな・・・」
責任は自分達にはないと思いたい3人なのであった・・・
「ところでおふたりはどうなってるんです?」
「・・・思い出させるな」
できれば忘れ去りたいが、それができないだけに頭の痛いヤモメと独身男である。
「どれ選んでも後が五月蠅そうでな・・・」
「どっかに偽装で見合いしてくれる相手でもいないもんかね」
そろって天井むいて溜息をついたとき、ドアがノックされたので3人揃って我に返った。
『いないのか?』
聞こえた声が土方のものだったので真田が慌ててドアロックを外した。
「どうしました?今頃」
「なに、しばらくぶりに地球に降りたら楽しい話を聞いたのでな」
どーしてこのオヤジはこのタイミングでタイタンから出てくるのかね、と思いつつも守がサーバーから珈琲を注ぎ、島が立ってソファをあけた。
「聞く分には楽しい話でしょうけど・・・」
「だろうな。で、ふたり、ジャンケンしろ」
「は?」
珈琲を差し出しかけたまま守が止まった。
「真田と古代でジャンケンしろと言ったんだ」
「・・・何企んでるんです?」
「少なくとも一時的にせよ、状況を落ち着かせられる手段を取れるようにしてやる」
疑いの視線を向けながらもふたりがおとなしくジャンケンした。
勝ったのは真田だった。
うなずいて土方が取り出したのが2通の封筒だった。
「好きな方を選べ」
ここまでしておいて抵抗するのも無意味であるので真田が素直に一通手に取り残りを守に渡した。
「で・・・これ、なんです?」
「偽装で見合いしてくれる相手だ」
ふたりの表情が一気に変化するのを島が見た。
ニヤニヤ笑いながら土方は珈琲片手にソファからふたりの大男を見上げている。
「そいつらならおそらく文句はどこからも来ないはずだ。・・・もっとも、おまえらも嫌だろうがな」
封筒を手にしたまま固まっていた守と真田がギョッとして封を切り、中味を引っ張り出すと同時にそろってげげ!になったので見ていた島まで驚いた。
「こ、こいつですか!?」
「し、司令!いくらなんでもこれは・・・!」
「少なくとも確実ではあるだろう?」
楽しそうに笑う土方ともはや声も引っ込んでしまったふたりである。
「だ・・・誰なんです?」
このふたりが絶句するような女性とは・・・と恐怖すら感じつつ島が尋ねると土方が視線だけ向けてきた。
「ウチの副司令と私の娘だ」
メマイを起こしてよろめいた真田を守が腕だけで支えた。
「って・・・古橋大佐ですか!?」
「あいつもちょうど偽装相手を捜してブツブツ言ってたんでな。メシ食いながら誰かの悪口でも言ってこい」
古橋小百合。真田・守の同期生で土方の懐刀と言われている切れ者である。美女であることは間違いなくたしかなのだが、性格と才能が共に飛び跳ねているのでどこつついても色気のある話が出てこない、という部分的に真田によく似た人物でもある。
たしかに彼女なら守や真田と十分に釣り合う。相手が守であれば軍としてもこれ以上の相手を推せないだろうと言えるほど、外見と才能は十分だろうと島も思う。
性格さえ考えなければ、だが。
なにしろ守達と同期で全ての戦争を生き抜き、しかも出世していまだに土方に蹴り出されていないという事実が教える性格はいくら真田や古代兄弟に慣れた島でもあまりお近づきになりたくないと思えるのだ。
「で、でも司令のお嬢さんって・・・」
軍人ではなかったよな、という記憶は島にもあった。
「俺達の2年先輩で入学したんだが・・・病気で中途退学してたしかそのあと・・・」
「治ってから連邦大学のシステム学科に入学してる。今では名の知れたプログラマーだよ」
守に支えられたまま真田が呻くように説明した。
「・・・たしかに、美人だ。性格も古橋よりは遙かにマシだろう。それは、認める」
なぜ知っている、というツッコミをかけられるほど守も島も冷静に戻っていなかった。
「なら・・・」
「『あのひと』の姪である、という事実さえなければな・・・」
「あのひと?」
「・・・忘れたのか?古代、『薔薇の血族』の作者が誰なのか・・・」
室内を静寂が支配した。
「って・・・まさか・・・」
「ペンネームで活動中してるとも。何年も前からな・・・」
古代守が決意した。
「真田!」
がっしと両肩を押さえられて真田が顔を上げた。
「俺と結婚しよう。それが一番平和な手段だ!」
「それで・・・いいのか?」
真剣な表情の守に真田がわずかに虚ろな声で尋ねた。
「どのみち実態に名前が伴うだけだ!」
「・・・そうだな・・・」
脱力したようにもたれかかってきた真田を守がそっと抱きしめた。
「・・・それが一番平和なことかもしれん・・・」
「ふたりで、幸せになろうな・・・」
めきばき。
「地球防衛軍としては認められる事ではないな」
バカ言ってないで正気に返れ、と珈琲を飲みながら言ってのける土方の前では投げつけられたコスモガンの直撃を受けて頭を抱えて呻いている男がふたりいたのだった・・・
そんな室内で余計なコトに気付いてしまったのがやっぱり島だった。
「あの・・・実態に名前が伴うだけって・・・その、あの、まさか・・・?」
「島」
今度は土方は島を見なかった。
「君もまだ『事故死』したくはなかろう?錯乱状態な男の発言はまともに受け止めるべきモノではない」
「・・・わかりました」
涙目になりながらも守がコスモガンを拾って立ち直った。
「正気に返ったな?」
「ええまぁ。・・・おとなしくメシ食ってきます」
「それでいい。後のフォローも忘れんようにな」
・・・まぁ一応は気遣って庇ってくれているんだろう。そう思い、ひとまず土方には感謝しようと努力して決意した守と真田であったのだった。
ついに島が両親に告知した。
「明日、『真田さん』が来るから」
当然両親揃って驚いた。
「来るのか?」
「やっと予定が空いたんだ。午後2時に来ることになってる」
「ま、まぁ!なんでそんな大事なこともっと早くに言わないの!?もう!お掃除して買い物しておかないといけないのに!」
その横では弟まで目を丸くしている。弟の疑問を視線で封じると島は話を続けた。
「いいよ、そんなに大げさにしなくても。ちょっと遊びに来るだけなんだから」
「そうもいかないでしょ!あー!もう、今夜中にお洗濯終わらせておかないと間に合わないじゃない!」
「そうだ。たしか酒もいける人だったな。なにかいいのを買ってこないと・・・」
この両親の反応に島がもの悲しさを覚えたとしても文句は言えないだろう。
俺の日頃の態度って、そんなに真田さんLOVEだったのだろうか?と本気で考え込みたくなってしまったのだった。
「次郎も部屋の掃除くらいしておきなさいよ!」
「う・・・うん・・・」
俺はいつか家出する。
ただし、今ではない。
今家出すると家族に思いっきり勘違いされたままになってしまう。それだけは絶対にイヤだ。
この大誤解を解いた暁には必ず家出してやる!と心に誓った島大介であった。
その頃、真田・古代家では・・・
「いよいよ明日か」
「うん。・・・ねぇ指輪どっちがいいと思う?」
「服の色に合わせるならそっちの大ぶりの方がいいと思うが・・・」
「慣れないモノするんだ。シンプルな方にしておけ」
「イヤリングわぁ?」
「なくてもかまわんだろう?」
と、両親そろって明日の身支度の準備を手伝わされていた。
「ところでおまえの方は準備できてるのか?」
守に訊かれた真田がうなずいた。
「仕事は終わらせた。明日は飛び込みを寄越さないように頼んである」
そーいうおまえはどうなんだと聞き返されてなんとかな、の守である。
「できればすっぽかしたいんだがなぁ・・・」
「あきらめろ。古橋を敵に回したら俺は援護せんからな」
「薄情者め」
と言いつつも守にしても古橋はなるべく敵にしたくないので強くは言わない。
「そーいえば・・・おまえ、何かしたのか?」
「何かって?」
「いや、参謀長の寄越した見合いの束、なんか3分の1くらいが向こうから断りが入ってんだ」
言われておや?の真田。
「おまえのやったことじゃないのか?俺のもかなり減ってるんだが」
お互いにおやまぁ。
するといったい誰の差し金だろう?と考える。
「・・・土方さんか?」
「そうでもなかろう?偽装を持ち込んだくらいなんだから」
「あー、それ、司令部オペレーター一同の企みだって」
澪の言葉にえ?の父親ふたり。
「なんだって?」
「んだからね、加藤さんが言ってたの。この前司令部で島さんと食事してる時にお父さん達にお見合い持ち込まれて困ってるって話が出て、まわりにいたみんなが興味を示したから『向こうが断ってくれるとうれしがるだろうな』って話を振ったって」
「・・・で、調子に乗って作戦活動をおこなったわけか」
「次のファンクラブ会報にはサービスの写真載せてあげた方がいいわよ」
「だろうな」
なるほど、ファンクラブというモノはこういうときに利用して役立てるモノなのか、と真田が初めて悟ったのだった。
「するとこの先もう少し減りそうだな」
「まぁ明日の話が広まればそれだけで減るだろう?」
相手が相手である。偽装だと思っていても正面からは文句が言えないだろうと思うふたりである。
「明日といえば・・・フランシア少佐がむくれているけど、どこまでバラしたらいいの?」
「バラさんでよろしい」
これ以上話が混乱してたまるか、の真田である。フランシアに知られた日にはどんな状況が発生するか考えたくもない。
その気持ちがわかるのか守が苦笑しつつ娘の頭を叩いた。
「バラしたらそれをネタにデートを強要しかねないだろ?」
「・・・それもそうか」
「じゃ、健闘を祈るぞ」
「お父さんもね」
言って澪が車を降りたのは午後2時の5分前のことだった。
マンションを見上げ、さて、と澪が気を引き締めた。
いよいよ大芝居の発動だ。ここでドジ踏んでは今までの苦労とデートの意味がなくなってしまうし、義父さまの貞操まで危うくなる。失敗するわけにはいかない。
大きく深呼吸すると澪はエントランスをくぐったのだった。
ドアホンに島は顔を向けながら時計を見た。
午後2時2分前。時間通りだ。
「はーい」
母親がドアを開ける音がする。それを聞きながら島も玄関へ向かった。
「あ、あの、大介さんいらっしゃいますか?」
聞こえてきたのは聞き慣れた声。だが今日はさすがに緊張しているのがよくわかる。
「え、ええ・・・あの・・・?」
「お、いらっしゃい。待ってたよ」
にこやかな笑顔で声をかけると澪も笑顔を返した。
「大介?」
母親が驚いて振り返った。
「だから昨日言ったろ?『真田さん』が来るって」
にこにこしながら内心してやったり、の長男坊である。
「真田澪です。は、初めまして」
「とにかく入りなよ。母さん、お茶よろしく」
「ええ・・・」
性格がどうであろうと外見は間違いなく美少女な澪である。母親だけでなく父親ももちろん弟まで呆気にとられて来客を迎え入れたのだった。
「大介!ちょっと来い!」
父親に片隅に引っ張られて島がなんだよ。
「あのお嬢さんのどこが『真田さん』なんだ!?」
「彼女が『真田さん』の娘なんだよ!先言っとくけど、馬鹿なことは訊かないでおいてよ!苦労に苦労を重ねてここまでこぎ着けたんだからね!」
確かに苦労の連続だったことは嘘ではないのだから島の言葉にも力が入る。
「本人に好かれるだけじゃなくて親の真田さんにも認められなきゃならなかったんだからね!」
「・・・そうなのか?」
「そう!本人に好かれるより親の信頼を得る方がよほど大変だったの!」
たしかに大変だった。
この許可を得るためにテーブルの下敷きにされてしまったのだから。
「もしかしておまえが今まで『真田さん』と・・・」
「その苦労を水の泡にしないでよ!」
「わ、わかった・・・」
安心したような、困惑したような顔で父親は息子の肩から手を離したのだった。
そしてその頃、真田は土方の娘とお茶をしていた。
「でもいいのかしら?一民間人が科学局の特務部長とデートなんかしても」
「自分の親父の迫力を知っててそれを言うのか?」
「権力闘争には巻き込まれたくないって日頃ぼやいてるわよ」
「巻き込まれたくないから潰して歩いてるんだよ、あの人は」
偽装とはいえお見合いの席でこーゆー会話を交わすのも何か問題がありそうな気がするが、意識に引っかけるようなふたりではない。
「それにしたってお見合いに尾行が3組も付いてくるって人も珍しいんじゃない?」
「自分の後にも二組くっついてる事実を認識してるのか?」
職場で実態をバラしてないんだろ、との真田の言葉にクスクス。
「一応親の仕事は知られてるはずだけどね」
「政略結婚の話は来ないのか?」
「来てるわよ。だから今日ここに来たんじゃない」
のんきな話である。
「この分だともう一組の方はどうなってるかしらね」
「怖くて近寄れない連中が出ている方に夕食のワインを一本賭けよう」
で、話のネタにされているもう一組はといえば・・・
「いまさら偽装って柄じゃなかろう?」
「人のこと言える義理か?」
「・・・後についてるのは護衛か?尾行か?」
「まとめて射殺したいところなんだが、上官の許可が出なくてな」
「いくら土方さんでもそれは出せんだろうが」
とまぁ似たような会話を交わしていたのだった。
「ところでこの後の食事だが」
言いつつ古橋がポケットから出したのは一枚のメモ。
「その司令がここを選んでくれたんだが、場所わかるか?」
古橋が見せたメモを受け取って守がおや。
「よくこの店知ってたな。最近できた店だ。日本酒のいいのを飲ませてくれると佐渡先生もお勧めだと話していたぞ」
「それは楽しみだな」
外見だけ見ていればたしかに美人なんだがなぁ・・・
守は内心で溜息をついていた。
だが話をしているとどうしても『男』と仕事中の一服をしている気分にしかならないのはこいつの性格のせいなんだろうな・・・
「そういえばなんで今頃見合いなんだ?」
古橋に訊かれて守が悲しげに溜息をつくしかなかった。
「話せば長いし涙なしでは聞けないぞ?」
そういうおまえはどうなんだ、と聞き返す。
「・・・色々あったんだよ、タイタンもな」
「後の尾行はどうする?」
「連中も報告しないと仕事が終わらないんじゃないのか?」
「仕方ないか・・・」
「・・・月曜が怖いな」
言いながらも諦め半分で彼は見合い相手の腰をくいと抱き寄せ・・・
月曜の朝には水面下が大騒ぎになっていた。
島が出勤した時には仕事が半分滞っていた。
「どうしたんだ!?これはなんだ!」
せっかく家族の誤解も解け、久しぶりに上機嫌で出勤したというのに、職場の悲惨な状況に思わず部下を怒鳴ってしまってから視線に気づいた。
「何があったんだ?」
「・・・室長のせいですよ・・・」
「は?」
恨みがましい視線があちこちから向けられていることにようやく気づく。
「俺がどうしたって?」
「室長が口説き落としたりするから!あのふたりまでお見合いしたんじゃないですか!」
意味が通じない。
「・・・わかるように説明しろ」
「ですから!」
つまり、島が澪を口説き落として両親に紹介するに至ったので、その澪の両親である約二名にも見合いが降って湧いたのだと。
「あのふたりに見合い話なんて、いつものことだろう?」
「普通の相手ならいいんですよ!どうせ振られるのがわかってますから!でも、でも今回の相手じゃ・・・!」
「・・・あー・・・そういえば、そうだな」
ちょっと相手が悪かったか。と今さらながらに思う。たしかに相手があのふたりでは文句は付けられないだろう。考えようによっては、土方もトンでもないレベルの相手を偽装相手にしてしまったといえるだろう。
「だけどデートしただけだろ?もう決まったわけじゃ・・・」
「でも、こんなことしてたんですよ!」
突き出されたのは二枚の写真。
まじまじと見て、土方司令のお嬢さんもかなりの美人なんだと思う。このカップリングなら名前だけでなく外見も才能でも文句の付けようがなかったわけだ、と改めて納得した島だった。
たしかに上層部の連中を黙らせられる人選だったのは間違いない。
しかし、これは・・・守はともかく、真田がやるとはあまり考えたくない行為なことも確かだろう。
間違いなく尾行者向けに証拠を提供するつもりでやったに違いないと思うがそれを口にするわけにはいかない。
「男の甲斐性だ」
断固として言い切った島だった。
「美女とデートして手も出さずに別れる、など許される行為だと思うのか?」
いくら真田といえど、その程度のレクチャーは山崎や守から受けているはずだった。
そこまで言ってからハタと我に返る。
「ところでなんで真田部長と古代参謀が見合いしておまえらまで泣いてるんだ?」
室内にいる部下の3分の1はれっきとした男である。それも無駄話からの情報収集によればその半分はちゃんと彼女がいたはずだ。
「男が男に憧れちゃいけないんですか!?」
「あんな男になりたいと常日頃から憧れてたんですよ!それが・・・それが!」
「結婚して家庭持ちになんかなったら、フツーの男じゃないですか!」
「男の浪漫の具現だったのに!」
「それに、それに古代参謀の見合い相手って宇宙艦隊の古橋副司令なんですよ!?」
「憧れのお姉さまが男と見合いだなんて・・・!」
「どうして・・・どうしてあんないい男とくっつけたんですよぉ!文句も言えないじゃないですかぁ!」
「・・・おまえら・・・」
メマイと頭痛を起こして目を覆ってしまった島だった・・・
「こ、こうなったらせめて真田部長の話だけでも潰してやるー!」
「そうだ!いくらでも協力するぞ!」
いきなり一部が盛り上がりかけたので座り込んでしまった島が指の間から視線だけ向けて止めた。
「・・・命が惜しかったらやめた方がいいと思うぞ」
「なぜです!」
「真田さんの見合いした相手が誰か、知ってるのか?」
「・・・は?」
どうやら、誰も知らなかったらしい。
自分も先日まで知らなかったのだから、それも当然かと思いつつ溜息混じりに教える。
「その女性、な。土方司令のお嬢さんだ」
数秒の静寂の後、悲鳴と嗚咽と泣き声が室内に響き渡ったのだった・・・
「そんな大騒ぎになっているのか?」
真田と珈琲を挟んでデスクの向かいに座っているのは古橋だった。
「司令部は今日明日あたり仕事にならないだろうな」
「それでなんでおまえがここに来たんだ?」
「向こうで事務処理する予定だったのだが、あんまり視線がうざいのでな。余波を喰らってイライラを募らせたオヤジ殿に追い出された」
なるほど、の真田である。昨日の今日で古代守の元へ押し掛けるよりはこっちへ来た方が周りの視線はおとなしいだろうとわかる。下手な行動を見せればそのまま式場を紹介されるハメになりかねないだろうとは彼にさえわかることだった。
その騒ぎに巻き込まれるくらいならまだ古橋に逃げ込まれていた方がマシだった。
何が楽しくてそんな騒ぎになるのかねぇ、と呆れるしかない真田である。
「ならここでやっていくか?電子承認ならできるだろう?」
「そのつもりで来た。今週中には終わらせないと後に差し支えるんだ」
それなら特務部の・・・と言いかけて、考えを変える。司令部で騒ぎになったのだ。ここなら話を聞きたがる命知らずが何人出るか予測がつかない。こいつを怒らせた時の被害は古代守を怒らせた時の被害に匹敵する。そんな惨状を発生させられたらこちらの仕事に差し支える。
「この部屋を使え。確実に邪魔は入らん」
「感謝する」
古橋がクスっと笑った時、ドアが開いて山崎が入ってきた。
「っと、副司令殿もこちらでしたか」
「どうしました?」
「・・・五月蠅くてな」
「盗聴器を付けられてないでしょうね?」
閉じたドアに視線を走らせる山崎の姿に思わず確認の問いかけをしてしまった真田である。
なんで見合いのひとつやふたつでこんな騒ぎにならないといけないのか、呆れを通過して悩みたくなった真田と古橋だった。
「そりゃ見合いした当人が当人だからな。『男の浪漫』の歩く見本みたいな奴と防衛軍トップ3に入る美女がそろって見合いなんかしたら男だって泣く奴が続出しても当然だろう」
あっさりと山崎に言ってのけられて、ふたりがそろってほ?
「男の浪漫?」
「トップ3?」
「・・・おまえら、頼むから自覚しろ」
「・・・で、なぜこんな騒ぎになっているんだ?」
呆れているひとりに藤堂司令長官までいた。
「訊きたいのはこっちだ」
目の前にはウンザリ顔の土方。
「見合いしたのは古代と真田だろうが。なぜ俺が睨まれないといけないんだ?」
最初は守と見合いさせた古橋が嫉妬の重爆を受けているのだと思っていた。
それなのに彼女を追い出した後もちくちくした視線の攻撃が止まなかったのだ。
そのあまりのうざったさにうんざりして、確実に人目のない場所を求めて藤堂を巻き込み、この司令官公室に逃げ込んだのだ。
「紹介したのがおまえだとバレたからだろう?」
「それなら紹介する原因を作った参謀長を睨むのが先だろうが」
「そんな話が通じるわけがないだろうが」
珈琲を手にふて腐れる土方に、最近の若い連中に辻褄を求めるのが間違いだ、と素っ気ない藤堂である。
「それにだな、この後はおそらく上の連中もおまえを恨むぞ」
「なぜ」
司令官公室ではあるが、盗聴防止をかけているので口調はすっかり悪友のふたりである。
地球防衛軍のトップふたりが昼間っから司令本部でするような会話ではない。
「ドサクサに紛れておまえ、自分の娘を真田君と見合いさせたろうが」
思わず沈黙を守ってしまった土方だった。
「将来有望な連中をふたりまとめて自分の身内に企みやがった、と総攻撃を受けるぞ。覚悟しておけよ」
そのつもりが全くなかった、といえば嘘になるだろう。
しかし今さら取り込みたいと思うような奴でもない、とも言えるのだがそれを口にするのは癪である。
実体は既に取り込んで終わっているのでその必要はないはずだろうが、というのが藤堂の意見だったが、土方には取り込んだつもりはない。彼に言わせれば『オモチャにしているだけ』にしかならないのだが、あのふたりをオモチャにできる事自体が取り込み済みだという事実は無視されている。
「影響力を残す気なら娘を入隊させていたわい」
権力闘争などという面倒な心理戦に人生を費やすつもりはない土方にしてみれば周りの思惑の方が信じられない。
「さすがのおまえも娘を酷使する気にはなれなかったか」
「病人を病人と思わん時代だったろうが」
全治半年や1年では怪我人扱いしてもらえなかった実体験からのセリフであるが、その負傷者が負傷者だったという事実の方は彼らの意識にはナイ。
「まぁ当分はおとなしく逃げ隠れしていることだな」
自業自得で増やした敵の始末など、俺は知らんぞと言って棄てた藤堂だった。
「それでここまで逃げてきたのか?」
苦笑するしかない守の前にはハンバーガーとポテトを持参した島がいた。
「参謀の見合いまで俺の責任にされたらたまったもんじゃないですよ」
ブツブツ言う島に守の苦笑が呆れに変わる。
「似たようなもんだろうが。そもそも君に彼女がいなかったのが原因だったんだぞ?」
「・・・やっぱり真田さんに偽装結婚してもらった方がよかったかなぁ・・・」
「それやると多分暗殺されてただろうな・・・」
今回の事件を脳裏に走らせ、守の溜息混じりのセリフに島がポテトをくわえたまま顔を上げた。
「誰にです?」
「サーシャと進に」
親&実の兄に言われると笑い飛ばせなかった島である。深刻な顔になった弟分の手からポテトを袋ごと巻き上げ、守は思い出したように言葉を続けた。
「あーそうか。いっそ古橋に頼めば良かったのかもしれんな」
「・・・別の意味で殺されてたような気がするんですけど・・・」
艦隊副司令とお近づきになるのは悪いことではないと思う。
だがしかし真田やこの守と互角に大ゲンカできるような女史を満足させられるほどのエスコート能力などどうやったら身に付くのか、その授業から始めなければならないだろう。
満足してもらえなかった時のことを考えればやはり当分は接近するにしても守や真田の後からこっそりと、を決め込みたい島だった。
「なんだなんだ、真田や土方司令には懐いたくせに古橋は怖いのか?」
性格的には3人とも似たようなものだろう?との守の問いにはポテトを取り返しつつ平然と答える。
「そりゃそうですよ。土方司令には学生時代にさんざん怒鳴られて耐性ついてますからね」
「真田は?」
「単なる慣れです」
ヤマトでの一年はそれなりに長い時間だった。しかも右をむけば大抵いたのだ。嫌でも慣れざるをえなかった、というのが正直なところなのだ。
なにしろ真田に嫌われると工作班の支援が受けられなくなる。それを思って好かれようとした、という部分がなかったとは言い切れない。
馴染むまではおっかなびっくりだったが、馴染んでしまうと意外にすんなり自分の中で位置づけができた相手でもあった。
懐いても大丈夫だと判断したのはいつ頃だったのか覚えてはいないが、気がついたら食堂や互いの部屋で顔を突き合わせて古代進の無謀な行動に対して溜息をついている仲になっていたのだ。
「で、慣れたら腹を枕にする仲に発展したわけだ」
「いえ、腹じゃなくて胸なんですけど・・・じゃない!それはその、あの!」
素直に慌てる島に守が大笑いした。
「なんだ、そんな楽しいことしてたのかよ」
幕の内の一言に渋い顔が広がった。
「どこが楽しいもんかよ」
「いまだに視線が痛いんだぞ」
同期3人のぶーたれに笑うしかない幕の内である。
「まーた3人そろって決まった相手がいないからな。偽装でいいから作っておけばいいだろうが」
「んなことしたら遊べないだろうが」
「それに偽装を続けるにしてもそれなりの面倒があるんだぞ」
「いっそ独身主義だと言い張るか」
「それができればとっくにやってる」
ブツブツ言いつつグラスを傾ける3人だった。
「こういう時には一般人な自分が嬉しいってもんだな」
「どの口がそんなことを言うのかなぁ〜〜?」
遠慮なく守が幕の内の口を左右に思い切り引っ張った。
「よひぇ!ひてぇ!」
「なーにが一般人だ!ちょっと目立ってねぇだけだろーが!俺達が一声バラせばてめーだって明日には見合い話が沸いて出るんだぞ!写真の山に埋めてやろうか!!」
「古代、よせ。あまりひっぱるとムサい顔がますますムサくなって酒がマズくなる」
「あー、そうだな」
「ふりゅはしゅ!ひぇみぇえ!!」
なにしろこの3人と渡り合って友人付きあいのできている男なのである。専門が主計ということもあって、それほど『派手に』目立ってはいないが才能は間違いなく本物だ。
「喚くな、ドアの外で次の料理がビビってるぞ」
真田が3人を黙らせたのでようやくメインディッシュが運ばれてきた。
「で、諸悪の根元はどうしたんだ?」
引っ張られた顔を押さえつつ幕の内が訊くと守が笑った。
「作戦終了を祝ってふたりでメシ食ってるはずだ」
「古代進に邪魔されていなければな」
「それは大丈夫だろう。オヤジ殿が何やら命じていたからな」
言ってからふと思い出したように古橋が真田に訊いた。
「いつの間にオヤジ殿のお嬢さんと知り合いになってたんだ?」
「・・・頼む、それだけは訊かないでくれ」
思い出したくない!という表情丸出しで真田が頭を抱え込んでテーブルに突っ伏した。
「いーや、聞きたい。あんな美女といったいいつの間に知り合ったのかじっくり聞かせてもらおうじゃないか」
「そうだな。先輩だったかもしれないが、ほとんど顔合わせたことはなかったはずだ。それなのにどうやってオトモダチになっていたのかね?」
「それもどうやらオヤジ殿公認のようだったな?」
「嫌だ!俺は忘れたいんだ!」
「それが許されるとでも思ってるのか!?」
「吐け!キリキリ吐いちまえ!!」
「いやだー!!」
と最高幹部候補がそろいもそろって馬鹿な話をしている頃・・・
「一応成功したと思ってもいいのね?」
「おかげさまでね。両親の誤解も無事解けたよ」
にこにこ顔の島が澪と乾杯していた。
よけいなオマケもついてしまった気がしないでもないが、とりあえず両親の疑惑を晴らす、という最初の問題は解決したのだ。祝杯を上げても許されるだろう。
「やっぱり持つべきは美人な友人だなぁ。親父なんかいっぱつだったもんな」
「当然でしょ。このあたしが『恋人』として登場したのよ?」
えっへん、と威張る澪にますます笑いが止まらない島だった。
「ところで残った問題はどうするの?」
「見なかったフリをするのが一番だろうな」
島としてはそんなことまで知ったことか、を決め込みたかった。下手な対応をしてつつかれてこれ以上の逆恨みを喰らうのは思いっきり遠慮したいところである。
「進オジサマが納得すると思う?」
「それは大丈夫。当分考えてるヒマ無いから。ヒマになった頃には忘れているだろうし」
「なにそれ」
「土方司令は味方につけておくべき存在だってこと」
いいWパパ持っててよかったね、と言われて澪が笑ってしまった。
「味方っていうよりオモチャにされてるだけだって、本人達は言ってるわよ」
「それでも自分のオモチャを守るために動いてくれたからね」
守るために動いたというより自分も楽しんでいただけのような気がしないでもないが、助かったことは確かなのだからそれ以上の追及はしないでおこうと決めている島だった。
下手に大声を上げて騒ぎを巨大化させてくれた誰かさんのように、いきなりリゲルまで飛ばされてはたまったものではないという自己保身の部分もないとは言えなかったが・・・・
「そうだ、せっかくのWパパの公認がある間に遊びに行かないか?」
「どこへ?」
「昨日、南部からチケットを巻き上げ・・・いやなに、もらってね。来週オープンするだろ?丸ごと遊園地っていうコロニー」
「えー!チケット手に入ったの!?すごい!行きたい!!」
「じゃ来週の土曜でどう?仕事空けられる?」
「絶対空ける!」
しっかり精神年齢の低下を起こしている澪を前にすると島の気分は完全に兄貴だった。
こういう部分になると次郎とたいして変わらないなと思ってしまう。
そこまで島の性格を読んでいるから真田が安心して偽装をさせたのでもあるが、気がつくようなふたりではなかった。
「なら下調べしておくね」
「よろしく。シャトルのチケットはぼくが取っておくから」
巨大テーマパークなので本当なら一泊くらいした方がゆっくり遊べるのだが、さすがに澪を相手にそれをおこなう勇気は島にはナイ。
だが日帰りなら許されるだろうし、このドタバタの礼だと思えば一日くらいは正しくデートに誘うべきだろう。そんな気楽な思いからのことだったのだが・・・
そして・・・時間は流れた・・・
「島大介ー!」
司令部に古代守の大声が轟いたのは月曜の朝の事だった。
「貴様ー!」
「ち、ちょっと待ってください!お、俺が何したっていうんですか!」
壁にへばりつき、本気で怒っているとしか思えない守の手から逃げつつ聞き返す。
「何しただぁ!?土曜のことだ!貴様この俺の娘と何してきた!」
「な、何って・・・遊園地行って遊んで来ただけですよ!ち、ちゃんと日付が変わる前に送っていったじゃないですか!何もしてませんよ!」
なぜ怒られるのかが理解できない。
一見ちゃんと恋人風にエスコートしながら手も出さずキスのひとつもせずにきっちりと兄貴分していたはずなのだ。澪だって随分喜んでいたのに!と。
「だからだ!」
「・・・は?」
理解できず、一瞬思考が止まった瞬間につかまってしまった。
胸ぐらを捕まれ、ぐいと引き寄せられて睨まれた。
「サーシャをデートに誘いながらキスのひとつもしなかったとは何事だ!俺の娘はそんなに魅力がないのか!?それとも貴様本当は・・・」
「な、なんでそれで怒られないといけないんですよー!!」
「当然だ!美人とデートして手も出さずに終わらすような礼儀知らずな後輩を怒らずにどうしろという気だ!!」
「そ、そんな!手を出したら出したで殺しにかかるくせに!」
「当たり前だ!俺の娘に軽い気持ちで手を出すような奴を許せるか!」
言ってることが完全に矛盾している。
「じゃどうしろってんですよー!」
べこ。
妙な音の直後、捕まれていた腕から不意に力が抜け、守の身体がずりずりと床に崩れた。
「ったく、まさかと思ったらホントにやってたのか」
いつのまにやら真田が守の後に立っていた。
「な、な、なんなんですよぉ〜〜」
「だから澪とデートしときながらキスのひとつもせずに日帰りだったということで怒ってるんだよ、こいつは」
床に伸びている同居人の背中を真田の右足がつついた。
何時の間にやら彼らの回りに人だかりができている。
「・・・普通の親はそれを要求しません?」
少しだけ安心して島も身体からも力が抜けずるずると床に座り込んでしまった。
・・・のだが、ちょっとばかり安心するのは早かったようだった。
「俺も別にするつもりはないがな」
真田がスカッと言ってのけたので島が引きつった。
「遠慮なく手を出して構わんぞ」
「あ、あの・・・?」
見上げるとにっこりと真田が笑っていた。
「俺達が要求する男としてのレベルに到達している自信があるならな」
周囲の空間が凍りついたようだった。
「・・・到達していなかった・・・ら?」
「聞きたいか?」
澪ちゃんには恋人はできない。
島は心底それを悟った。
古代守が娘の育成に関して犯した最大の間違いは真田に預けたことだ。
その場に居合わせた誰もがそれを思い知ったのだった・・・
えんど(^^;)
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