イカルスの一日
[亜瑠]
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イカルスの一日
朝。
朝食のテーブルについた山崎は並んだ皿を見てほ?となった。
「尾頭付きとは豪華だな。どうしたんだ?」
「・・・嫌みですか?それは」
本日の食事当番の真田が少しふくれた顔を見せながら茶碗にご飯をよそっていた。
「いや、本気でだ。サンマの丸ごと一匹、なんてまだ相当高いだろう?」
しかも地球上でならいざ知らず、ここはアステロイドベルトにある小惑星上の天文台なのだ。輸送費だけでも馬鹿にならない。
従って決して頭も内臓もそのままでオーブンに突っ込んで焼き魚にした真田に対する嫌みではない・・・はずだった。
「あぁ。古代が送ってきたんです。澪に食べさせろって。一匹だけってのもなんだから3人の分も、ってことで」
「食べられるのか?そもそも朝はサンマでなくメザシだろう?」
山南にまで言われて真田が肩を落とした。
「昨日、どっかのドジのおかげで電源落ちたじゃないですか。そのあおりで冷凍庫もやられたんですよ。一番被害の大きかったところに入ってたもので」
「・・・今日の授業でシメておこう」
「「で、ダイコンおろしは?」」
年長ふたりの声が重なった。
一時限目。波動理論総論・講師山崎。
「・・・従ってこのシステムによりタキオンを封じ込め、エネルギーと変換することが可能になったわけだ。なお、このシステムの原理は・・・」
ぱた。
ごん。
「はぎ!」
「起きたか?」
「き、教官!痛いっすよ!いきなり教科書をしかも角から落っことすなんて卑怯だ!」
「たわけが!朝一から居眠りしている奴の言い訳が通じるか!」
「んなこと言われても夕べレポートで寝たのが・・・ででで!教官踏んでる!足踏んでる!!」
「レポート提出する羽目になるようなドジ踏んだのがそもそもの原因だろうが!目が覚めたか!?」
「醒めました!がっちり醒めました!だから、あしー!!」
シメられる西尾を見やって教室の反対側では加藤と東田がコソコソ。
「やっぱり真田教官より怖いよな」
「いーや、真田教官の方が怖いぞ。俺、心臓凍るかと思ったもんな」
「でもよ。おまえ達はともかく、なんで俺らまでこんな話聞かなきゃならねぇんだ?」
「この先宇宙を飛ぼうって奴が波動エンジンの理屈も知らずに通用すると思っているのか?」
いつの間にやらふたりの背後には山南の姿があった。
瞬間にしてふたりが固まる。
「この程度、一般教養として身につけておくべき知識だ。だいたいにおいておまえらはだな・・・」
そして説教が始まった。
その頃、真田は・・・
ぐずる澪を抱っこしながら波動カートリッジ弾の試案をひねり出すのに苦労していた。
二時限目。戦略論・講師山南。
「加藤!戦術と戦略の違いを言ってみろ!」
「は!戦闘に勝利するのが戦略で、戦争に勝利するのが戦術です!」
「・・・逆だ、馬鹿者」
「は?あ・・・すみません。ははは」
「はははで済ますな!おまえ何年士官候補生やってる!こんな基礎中の基礎を取り違えるようで作戦をきちんと部下に通達できるのか!?」
その頃、真田は・・・
急に熱発した澪の対処に追われていた。
昼食時。
「大丈夫なのか?」
山南が訊くと真田はええ、まぁ、多分・・・
「熱はたしかにあるのですが、本人はいたって元気なので」
「なら連れてきて一緒に食べたらどうだ・」
山崎に言われてそれもそうですねうなずく。
もっとも呼びに行く前に澪は姿を見せた。
「パパ・・・いっしょ、ダメ?」
たしかに顔は赤いがそれほどくったりしている様子はない。真田が近寄って抱き上げるまでの間に、あれなら大丈夫だろうと経験者ふたりはいーかげんな判断を下した。
「いいよ、一緒に食べよう。食べたらアイスクリームもあるからね」
「ホント!?」
嬉しそうにぺたんと抱きつく澪に真田の顔もほころぶ。そんな様子にそれなりにパパになりつつあるのだなと思う年長者達だった。
午後・実習。専攻ごとに分離。
本日は戦闘機乗りと航海士官候補生はシミュレーター実習。ノルマをこなすまではシミュレーターから出ることは禁止。
「おまえら!何度言わせる!だから20000回転をキープしろ!ブレを出すな!」
「そ、そんなこと言われても・・・」
「この程度の出力変化でそんなでかいブレを出してどうする!戦闘艦が常に巡航しているわけがなかろうが!全艦のパワーを維持するエンジンが出力不安定では話にならんだろうが!!これくらいの変動を飲み込めなくてどうする!最初からやり直しだ!!」
「ひえーん」
「こ、校長!あ、あのちっちゃいのが標的なんですか!?」
「なんだ?直径は30センチもあるぞ。どこが小さい?」
「30センチ『も』って・・・10キロも先なんですよ!?」
「艦砲射撃で100メートル先狙ってどうする!」
「そ、そんなぁ!」
「ヤマトの南部砲術長は主砲斉射で10宇宙キロ先の50センチを撃ち抜くと聞くぞ。その部下になったときに恥をかきたいのか?」
「ひーん」
「うわー!やめろー!!」
悲鳴が上がった直後に真田はふたりを蹴倒してコンソール前に陣取っていた。
「だ、誰か山崎教官を呼んでこいー!!」
真田の両手が目にもとまらぬ早さでキーボードを叩く。駆けつけた山崎はすぐさま本体にとりついて制御にかかった。
そんなふたりの形相に恐怖を感じて声をかけるどころか近寄ることもできずに壁際で怯えている学生一同。
ふたりの教官の手が止まったのは10分後のことだった。
「お?ま?え?ら?!」
振り向くと同時に山崎の怒声が響き渡った。
「いいかげん扱い方を憶えろ!二日にいっぺん爆発の危機を招くな!!」
その度に呼び出されていてはたまったものではナイ。
「そ、そんなこと言われても・・・」
「こ、ここここんな最新型じゃ、使い勝手が違いすぎて・・・」
「言い訳になるか!そんなセリフ!それを憶えて使いこなすのがおまえらの職務になるんだぞ!」
怒鳴る山崎の後ろで真田はぐったりとコンソールに両手をついてもたれかかっている。
「・・・もういいです。こいつらに新型を任せようと思った俺が馬鹿でした」
深く息をついて真田が身体を起こした。
「これでの実習は止めます。どうやらこいつらには旧日本軍のおさがりの戦艦で十分みたいですから」
「ら、しいな。司令部に連絡して『英雄』を送ってもらおう」
「き、教官!」
「見捨てないでくださぁい!」
「ならいーかげんに憶えろ!」
そろって泣きたくなるよな複雑怪奇なマシンを作ってしまったふたりのマッドの責任を追求できるほど学生達は強気になれなかった・・・
「みーん」
自習時間。
本日の補講担当・山崎。
「日々是こうじつ・・・って、おい。『こうじつ』ってどんな字だっけ」
「好い日。聞くなよ。教官に聞こえるぞ」
「聞こえねって。どーせオジサンだってさっさと終わらせたいだろうし大丈夫さ」
「だーれがオジサンだ!」
当然怒られてビク!
「い、いえその、あの」
「お、俺達からみたら年齢的に十分オジサンだと・・・」
「そ、そうです!で、ですから親しみを込めて・・・」
「だからといってかわいげのない野郎にオジサンと言われたくはない!」
きっぱりと言い切られてがっくり。
『私を『オジサン』と呼んでいいのは可憐な美少女だけだ!」
「・・・そーゆーモンダイですか・・・?」
「ならおまえら、生意気なクソガキに『にーちゃん』と呼ばれたいか?」
「・・・ですね」
真田とは別の意味で勝ち目はないと思う学生達であった。
「とにかく、馬鹿言ってないでさっさと済ませろ。次の問題が待っているぞ」
「あ、あのですね、教官」
「ん?」
「なんで補習で漢字の書き取りなんかしなきゃならないんです・・・?」
「おまえらが読めない字が多すぎるからだ」
冷たくはっきり言われてがっくり。
「そ、そりゃ教官達に比べれば・・・で、でも俺達戦闘機乗りになる・・・いえ、なりたいんです。今さら漢字が読めなくても・・・」
「あのな」
はぁ、と呆れて溜息をひとつ。
「なら新型に機種変更になったとき、マニュアルを全部ひらがなで書いてもらうのか?」
当然のことながらそろって、あ。
「ついでにだな、戦闘後の修理の応援に出されたときに渡されるマニュアルは間違いなく漢字交じりだと思うぞ?」
「・・・すみません。ぼくらが悪うございました」
その頃、山南と真田は・・・
「いい。今日の夕食は私が作る。君は澪くんについていてやりたまえ」
「し、しかし・・・」
「ついでに少しは休め。この三日、まともに寝ていないはずだな?」
言ってるところへ後ろから声。
「パパ・・・どこぉ?」
か細いベソかき声にさすがの天才科学者もうぐ。その顔に笑うしかない山南。
「ほら、行って親の仕事をしてこい」
「お、親の仕事・・・ですか?」
「子供の心配をするのが親の仕事だ。ほら、早く行け」
「は、はい。・・・すみません」
肩まで押されてようやく真田が足早に姿を消した。その後にぴむぴむと澪の泣き声。
まだしっかりと『父親』になるには少々の時間が必要そうだなと思う山南だった。
まぁ独身男の身で子育てまで完璧にこなされたりした日には地球人の半分は泣きたくなるだろうからこれでいいのかもしれないとも思う。
「さて、今日の献立は・・・と。豚汁?デザートがチョコレートパフェ?腹を下しそうな組み合わせだが・・・誰だ、考えた奴は」
ブツブツ言いながらも山南は冷蔵庫に頭を突っ込み、材料を探し始めたのであった。
教科書を抱えて天文台の居住区へ戻った山崎はバイオリンの音に足を止めた。
この居住区を使用している大人3人はそれなりに音楽には親しんでいる方だと思っていたが、個室で聞く程度で廊下にまで聞こえるようなことは今までなかった。
辺りを見回すと食堂兼用の休息室のドアが少し開いていて、そこから音が漏れているのだと気付いた。
足を向け、ひょいとのぞき込むと真田が澪を膝に抱きかかえてソファに座っていた。
ふたりとも目を閉じている。澪は毛布でくるまれていたが、右手だけは出して真田の胸ポケットを握りしめていた。
どうやらふたりとも眠っているらしい。
澪が眠るのはともかく、真田がこの時間に眠るとは、かなり疲れているのだろうと思う。
おそらく、子守歌代わりの曲を聴かせているうちに自分も一緒に眠ってしまったのだろう。
今日、明日は改装を中止して休ませようと決めた。
そんなこんなを考えていると奥のドアが開いてエプロンを外しながら山南が出てきた。
「いいタイミングだな。食事の準備ができたぞ。・・・どうした?」
口元を押さえて笑っている山崎に気付いて問うと彼は黙って真田を指さした。
眠っているふたりの様子に山南も笑いが漏れた。
「疲れているようだな」
「みたいですね」
音楽を止め、山崎は軽く真田の肩を揺すった。
「食事だぞ」
フッと目を覚まし、自分が眠り込んでいたことに気付いて真田が慌てた。
「え?あ、」
「ほら、澪ちゃんも。ごはんだよ」
「う・・・ん」
右手で真田の胸ポケットを握ったまま左手で目を擦りながら澪が返事をした。
夜。
「澪ちゃん、今日はオジサンとお風呂に入ろうか」
洗い物をしている真田を山崎の膝の上で待っていた澪はそんな言葉に顔を上げた。
「おじさんと?」
「イヤかな?」
「ううん。一緒にはいる」
「よーし、じゃ、いこうか」
「うん!」
澪を抱いて山崎が立ち上がった。
玄米茶を飲みながらふたりを眺めていた山南がやれやれと笑う。
困惑するだろう真田のなだめ役を押しつけやがって、と思う。
まぁそろそろ一回、きっちり休ませようかと思っていたのでちょうどいいチャンスかもしれないと思い直した時に真田がキッチンから戻ってきた。
姿のないふたりにあれ?
「澪くんなら山崎が風呂に入れにいったぞ」
「え・・・で、でも熱が・・・」
「あのくらいなら大丈夫だ。湯冷めしないうちに寝かせれば問題はない」
「そ、そうですか・・・?」
反論できるほどの知識は真田にはない。
「君もたまには休め。身体が保たないぞ」
座って茶でも飲め、と言われてはぁ。
「とにかく今日と明日は改装作業は中止だ」
言うとギョっとして動きを止めるのだから、全くこの男は・・・になってしまう。
「夕食前に寝てしまうほど疲れている状態で作業してもロクな結果にはならん。とにかく、今夜は酒でも飲んでさっさと寝ることだ」
「しかし・・・」
「君が倒れて寝込んだら、澪くんは泣くぞ」
「・・・わかりました」
自己管理ができないヤツだとは聞いていたがここまで自分自身に無関心だとは思わなかった。
たしかに専属の健康管理官が必要なわけだ、と納得してしまった山南だった。
「はい、目を閉じてー」
ぱっちゃん。
お湯をかけてシャンプーを流してタオルでごしごし。
「もう開けてもいいよ」
そして澪を抱き上げてふたりでのんびりと湯船に。
ぱちゃぱちゃと湯を叩いて遊ぶ澪に子供だなぁとなんとなく納得。
「澪ちゃんはお風呂好きかな?」
「大好き!」
笑顔で即答するのだから精神的には完全に日本人に成長しつつある。
「でもね、パパは嫌いなの。いっつもすぐでちゃうの」
嫌いではないはずだが・・・と首をひねりかけ、ああそうか。
嫌なのは風呂に入ることではなく、澪に手足を晒すことなのだろう。
「パパのおてて、みおと違うの。お風呂に入ってもあったかくならないの」
う?む。それを口にされたら真田の当分落ち込み決定だろう。それにしてもこの歳でよくそのことに気付いたものだと逆に感心してしまった。
「パパお風呂はいってもあったかくならないから嫌いなのかなぁ」
温度調節機能が裏目に出ているらしい。なんとかしないといけないなと思いつつ口にはできない。
「それともみおとお風呂はいるのが嫌いなのかな・・・」
「それだけは絶対に違うからね」
「ホント?」
「ほーんと」
強調すると嬉しそうに澪がうん!とうなずいた。
「それに今日はね、パパは一緒に寝てくれるからね」
「ほんと!?」
「ほーんと」
「わぁい!」
困惑しきっている真田に嬉しそうに澪が抱きつく。
「しかし・・・」
「いいから寝ろ」
「過労で倒れた方が遅れが大きいと何度言えばわかるんだ?」
「いっしょ。ね?いっしょ」
澪が抱きついている状態で年長者ふたりに説教されては反論などできない。
「・・・わかりました。休ませてもらいます」
「うむ」
とぼとぼと私室に向かった真田の背中を見送ってふたりがはぁ。
「・・・よく今まで生きてこれたな」
「軍に入ってからは誰か彼か世話好きがいたみたいですからね」
「その前は?」
「ウィリアム・ハーベイに将来有望な人材を餓死させるようなもったいないマネはできなかったということでしょう」
「・・・・・・・まだ生きとるのか?あの妖怪じじいは」
「都市帝国の砲撃でも殺せなかったことはたしかなようです。が・・・『まだ?』って・・・御存知なんですか?あのジジイを」
山崎が知っているのは逆恨みで命を狙われているせいであるが、思いっきり畑違いの山南が知っているとは思わなかった。
「・・・オックスフォードと訓練校とのケンカの原因になったのは真田ひとりだけではないのだよ」
「あー・・・御苦労様です」
そういえばいたなと山崎も思い出す。
過去の攻防を思い出したのか、一瞬顔をしかめた山南だったが全部を思い出すのも精神衛生上悪いと気付いたらしく表情を改めた。
「さて、どうだ?たまには付き合わないか?」
「いいですねぇ」
言いつつグラスを傾ける仕草をした山南に山崎が二つ返事で了解した。
そしてイカルスの夜は更けてゆくのであった・・・・
えんど(^^;)
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