アブナイふたり
[亜瑠]
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アブナイふたり *前編* by亜瑠
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・・・気がついた時には異形の化物に囲まれてコスモガンを撃ちまくっていた。
と、いうのでは気分の良いはずはない。
牙が喉を狙ってくる。掠める爪が痛みをもたらし、これが夢ではないのだと教える。
トリガーを引く右手の感覚が鈍り、殴り続けた左腕が化物の血で染まりきった頃、ようやく動く物が視界から消えた。
ホッとして歩き出したとき、覚えのある声が耳に届いた。
「避けろ!」
条件反射そのままに、身体が左へ倒れる。
右腕を掠める化物の爪。その化物の頭を撃ち抜いた銃弾。
「大丈夫か?」
正確なガミラス語。
「今のところは」
顔をむけた真田は右手に銃を握って立つデスラーを見た。
互いに大きな怪我はしていないようだったが、さすがに無傷とはいかなかったようだ。
「では、ひとつ訊きたいのだが・・・」
デスラーの質問を真田は答えで遮った。
「ここがどこでなぜこんなことになっているのかは、俺も知りたいところなんだが」
おやおやと、デスラーが肩を落とした。
死体の真ん中に立っていてもしかたがないし、ふたりはとりあえず歩きだした。
洞窟のような通路がほの明るく光っていた。
「ここに来るまで、何をしていた?」
ガミラス語の敬語が面倒だったので真田は使わなかったがデスラーは気にしなかった。
「国境監査だ。艦のブリッジにいたんだが。君は?」
「シリウス周辺で妙な波動が観測されてその調査と新人の訓練を兼ねての航行中だった」
通路のあちこちに死体がころがっていた。
化物だけでなく、服装から見て地球・ガルマン・ボラーが混ざっていた。他にもふたりの知らない服も混じっている。それも以外と年配と見られるのが多い。
「どうやら呼びつけられたのは我々だけではないようだな」
デスラーの言葉にうなずいて真田が周辺を見回して確認した。
「生き残ったのは俺達だけのようだがね」
白骨になっているのから、死にたて(?)まで新旧さまざまだ。
「で、これからどうするべきだと思う?」
意見を求められても困るが、招待主が考えてくれていたようだった。
「・・・先へ進むしかないな」
低い声での真田の意見にデスラーが素直な疑問を向けた。
「なぜ?」
「後ろが、ない」
今さっきまでふたりがいたところは、いつの間にか岩壁で塞がれていた。
死体の道しるべに従ってふたりは歩き出した。
「ヤマトに乗っていたのか?」
「ん?そうだ。古代も元気だよ」
右手には銃を握ったままのふたり。
「サーシアは?」
訊かれた真田が苦笑に似た笑いを浮かべた。
「青春を謳歌しているよ。ヤマトに乗ってね」
「ガルマンガミラスに移住する気にはまだなってくれないようだな」
笑いを含んだデスラーの声。
「イスカンダル王家の娘が戦艦乗りとは」
「産んだのは女王陛下でも育てたのは俺だからな。遠くで見ているだけの方が失望しなくてすむぞ」
サーシア。イスカンダル最後の女王・スターシアと真田の親友・古代守の娘。
しかし、地球名・真田澪が示すように登録上と育ての親は真田なのである。
デスラーが愛したスターシアの娘。手元に置きたいという気持ちはよくわかる。
が、地球のことわざ『氏より育ち』を具現しているような娘でもあるのだ。
あまりデスラーの前には出したくない真田だった。
もっとも真田に言わせれば彼女の性格は『産ませの父』古代守そっくり、なので自分の育児には責任はないとのことなのだが・・・
壁際にころがる死体に真田が足を止めた。
「どうした?」
「トラップ・・・だな」
真田が周辺を見回した。床にわずかな違和感を感じて、途中の死体から借りてきた銃をそこめがけて投げつけた。命中と同時に壁の一方から数十の剣が反対側まで貫いた。
「・・・古典的だな」
妙に感心しているデスラー。
「あれを踏まなければ良いわけか」
「そうだな」
剣が引くのを待って、真田が先に歩き出した。
抜けてホッとしたとたんに次の罠が待っていた。
踏み降ろした真田の足元がいきなりふたつに割れたのだ。
「う・・・わ!」
身体が落ちる。その真田の右腕をデスラーがかろうじてつかんだ。勢いに負けて膝をついてしまったが共に落ちるのは堪えた。
深い穴底に見える水面。
「二重罠とはまた古典的な」
「基本中の基本だったな。忘れていた」
地球人としては長身の真田の全身がすっぽり入ってまだ十分に水面が遠い。落ちたらまず上がれはしないだろう。
「足がかりはあるな?上げるぞ」
デスラーが真田を引き上げにかかった。
「怪我はないな?」
「ああ。助かった。ありがとう」
礼を言われ、デスラーが薄く笑った。
「さて、先へ行こうか。まだ遠いようだ」
死体を見て歩いているうちに真田がふと気付いた。
「・・・おかしいな・・・」
「何がだ?」
「ころがっている諸先輩方だ。どうも艦長か船隊司令クラスばかりのようなんだが・・・」
言われてみてデスラーも気付いた。
「そうだな・・・たしかにガミラスだけでなくボラーも上級将官ばかりのようだ。だがなにがおかしい?」
「その理屈でいくと、総統が呼びつけられたのは納得がいく」
「ああ」
これは至極当然。ふたりとも疑問の余地はない。だからこその真田の疑問。
「なぜ、副長の俺なんだ?艦長の古代ではなく」
ふたりが顔を見合わせ、しばし沈黙した。
・・・ひとつの解答が脳裏に浮かびはする。だが共に口にはできなかった。
「・・・先へ進んだ方がよくないかね?」
「・・・そうしよう」
古代進艦長にもう少し貫禄をつけてもらいたい、と本気で思った真田だった。
先へ進むに連れて死体の数は少なくなり、死体と死体の間隔は広くなる。
「これほど不明者が出ていたと思わないのだが」
「招待主の趣味だろう。同じ顔がいくつかあったぞ」
「・・・リセット可能というわけか」
憮然とするデスラー。
「何度まで有効かな?それより我々は何回目だ?」
「スタート地点であいつらに食い殺されていなければまだ初回・・・オリジナルだろう」
真田が銃のエネルギー残量を確認しながら答えた。
「理由は?」
「まだ自分の死体に出くわしていないだろう?」
もっともな理由にデスラーが苦笑した。
「この迷路がどこまで続いているのか、という問題もあるがね」
「とりあえず、次は平均台だな」
広がった洞窟。その中央部に残る幅十数センチの足場。しかも所々崩れている。
「下は?」
「落ちたら死ぬことは確かだな。・・・剣山だ」
のぞいている真田の返事に肩を落として見たデスラーにもいくつか串刺し状態の死体が目に入った。
「・・・ここでも死んでいないようだな」
「そりゃ大帝国の総統と銀河最高の天才とのコンビだからな。それだけ優秀ってことさ」
真田の軽口にデスラーが笑い返した。
「招待主もさぞ楽しんでいることだろう・・・では行こうか」
堂々とデスラーが足を進めた。
途中でもう一段、何かあるかと思ったふたりだったのだが、特に何もなく拍子抜けするほどあっさり一本橋を渡りきってしまった。
「もうひとつ何かあるかと思ったんだが・・・」
「4度足元が崩れただけとは、芸がない」
普通はそれだけでも十分なのだろうが、このふたりには通用しない。
足元が崩れる程度でビクつけるほど細い精神を持ち合わせていない、ということなのだろうが・・・
「どのくらい歩いたのかな?」
訊かれて真田が時計を見た。
「・・・3時間に近いから・・・ざっと10キロ、というところか」
「休んでも誰も文句を言わない距離だと思うが」
「同感だな」
並んで壁に寄りかかった。
座り込んでしまうと襲われた時に行動が遅れるとわかっているのでふたりとも立ったままだった。
「・・・不思議なものだな・・・」
デスラーがつぶやくように言う。
「地球人と、それも君と共同戦線を張るとは」
ガミラスでいうデスラー砲。地球でいう波動砲を開発したのは真田。
その波動砲がガミラス民族にとどめをさしたのだ。
互いに種族の命運を賭けての戦いだった。どちらかが滅びることでしか生き残ることができなかった。
「・・・ガミラスが滅びる原因を作った男と地球を滅ぼそうとした男のコンビじゃな・・・」
遊星爆弾が海を蒸発させて地球を茶色に変え、真田の肉親を、友人を殺した。
波動砲がガミラス本星の強酸性火山脈を撃ち抜いた時、デスラーは己が守ろうとしていた国家と民族が失われたことを悟った。
共に運命という名で滅びることをいさぎよしとしなかっただけのこと。
最後まで抵抗したかっただけのこと。
その結果、どれほどの生命が失われたのか・・・
「波動砲・・・か。俺の名前が歴史に残るとしたら大量虐殺兵器の開発者としてなんだろうな・・・」
「だからといって後悔はしていないのだろう?」
「今さら後悔したところで殺してきた連中は生き返らないからな。総統もだろう?」
「私が後悔してることは沖田の信念と君の能力を見くびってしまったことだけだ」
自分が絶対の正義だなどとは信じていない。しかし運命だからといって滅亡を受け入れることはしたくなかった。
今さら後悔したところで誰も救われはしないのだ。
「沖田艦長・・・か。そうだな『あきらめが悪い』という点では総統とよく似ていたかもしれないな」
どちらも譲ることなく、最後まで戦い続けたあの戦争。今、こんな時間が来ることなど誰にも予想できなかった。
「そろそろ、行こうか」
「・・・そうだな」
互いに対する憎悪が全くないといえば嘘になる。
だが今彼を殺したところで死んだ者が甦るわけもなく、かえって新しく戦争が始まるだけだと知っている。
時間がゆっくりと感情を過去のものにしようとしていた。
地底湖が広がっていた。
「・・・泳げということなのか・・・?」
「そんなヤバイこと、する気はないぞ」
真田が素っ気なく言う。ま、当然だな、とデスラーもうなずいた。
「多少遠回りでも歩くべきだな」
それでも岸に近づいた真田が膝をつき、左手を水面につけてみた。
「どうした?」
「ちょっと、待ってくれ」
手袋をはずし、手首まで水中に入れてみる。そのまま感触を確かめて手を抜いた。
義肢だからできる芸当であって生身なら危なくてできないことだ。
「早めに突破しよう。ただの水じゃなさそうだ」
「と、いうと?」
「粘性が高すぎる。絶対に飲まない方がいい」
湖のサイズも大きかったが、水のない部分もかなり広かった。歩くのに苦労はしない。
「順当にいくと湖に突き落とそうとするかな」
奥の方を見回すデスラー。
「どんな手を使ってくるか、だな」
水面を見ている真田。
「単純なところで化物が襲いかかって・・・」
言い終えないうちにうなり声が耳に届いた。
顔を見合わせて笑ってしまった。
「独創性に欠けるな」
「タイミングも良すぎる。平均点以下だな」
まるで聞こえたかのように化物がふたりめがけて襲いかかってきた。
ひとりでも片づけることのできた化物である。ふたりがかりでなら余裕さえあった。
しかも湖を背にしておけば攻撃の方向も限られる。
だが、その余裕が油断を生んでしまった。
あらかた倒し、取り囲む死体を越えて歩き出そうとした時に中から一匹がいきなり飛びかかってきたのだ。
考える前に身体が動いていた。
デスラーを突き飛ばし、左腕で化物の牙を受けとめた真田だったが、その勢いまでは殺しきれずに湖の中に化物ごと落ちてしまった。
見た目よりかなり深かった。全身が沈んでも足が底に着かない。しかも化物は食いついたまま離れようとしない。
握ったままだった銃を化物の頭に押し当てると真田はトリガーを引いた。
水中に血が広がる。化物が左腕から離れた。
ゆっくりと沈んでゆく。それを見届けることなく真田は水面に向かって水を蹴った。
広がった血の色にまさかと思ったとき、水面を割って真田が姿を見せた。
「無事か?」
思わず入りかけたデスラーを鋭い声で止めた。
「見た目より深い!身動き取れなくなるぞ!」
何かがねっとりとまとわりついてくる感じがしていた。
泳いで戻ってきた真田にデスラーが左手を差し出した。その手を素直に借りて真田が岸に上がった。
そしてすぐに頭部に張り付くような水をこすり落としにかかった。服に着いた分は放っておいても落ちていく。どうやら有機物にしか興味はないらしい。
「大丈夫なのか?」
「今のところは。・・・しかしなんだこの水は」
気分が悪かった。まるで高粘度のオイルを被ったような感じだった。
「腕は?」
訊かれて真田がようやく左腕を見た。
「・・・これくらいなら骨格は無事だろう。ヤマトに戻ってから皮膚を張り直すさ」
痛覚はもう止まっている。動きにも問題はない。使う分には支障はなさそうだった。
真田の物言いにわずかに首をかしげたデスラーだったが、すぐに気がついたのか納得した。
「さっさと離れてしまおう」
歩き出して5分としない時だった。
並んで歩いていた真田がいきなりフラつき、握っていた銃が手から落ちた。
デスラーが驚いて手を伸ばし、かろうじて倒れるのを防いだが、真田は蒼白になっていた。
「おい!」
「・・・身体が・・・しびれ・・・」
呼吸が乱れ、全身から力が抜けていく。同時に震えも始まっていた。
「毒・・・か!」
返事が戻らない。目を閉じてあえぐような呼吸を繰り返すばかりだった。
デスラーがあたりを見回した。
ここで動けなくなるといつまた襲われるかわからない。自分一人ならともかく、この状態の真田を守り抜く自信はなかった。
地底湖を抜けてしまわないと危険だと判断したデスラーが真田を左肩に担ぎ上げると、急ぎ足で出口に向かった。
湖が見えなくなった位置まで来るとデスラーは真田を降ろした。
地面に横にする。全身の震えはますます強くなっていた。
呼吸だけでも楽にさせようと襟を緩めにかかり、デスラーは目を疑った。
服に隠れて見えなかった部分の皮膚が真っ白になっている。
触れるとぶよっとした感じで指が入り込み、その下に熱を持つ肌を感じた。
全身に何かが張り付いていた。
「先刻の水・・・か」
服の下の部分に残っていたのだろう。
呼びかけてももう返事はなかった。このまま症状が悪化すれば呼吸も止まりかねないとデスラーにもわかった。
真田が着ているものを全部脱がしにかかる。予想通り、ほぼ全身に白く張り付いている。それをとにかくはがすことに取りかかった。
引っかき落とし、擦り落とす。残っていないか全身をくまなく調べる。
はがすとその下が赤く熱を持っていた。部分的に火傷したようにさえなっていた。
水中に入った者をマヒさせ、動けなくしてから溶かして養分にしていたらしい。
何をされても真田は抵抗しなかった。もう声を出すこともできないらしい。目を閉じたまま荒い息をしているだけだ。
震えはおさまらない。それどころか硬直さえ始まりかけている。
ポケットからデスラーは錠剤を取り出した。
生粋のガミラス人である自分用に調整処方されている毒消し。彼の身体にとって有害な成分を短時間に中和し、排出させる強力なもの。
飲ませれば効果はあるはずだった。だが逆にこれが原因で死ぬことも考えられた。
遺伝学的に交配が可能だとはいえ、歴然とした生物学的な差があるガミラス人と地球人なのだ。
しかしこのままでは確実にこの男は死ぬだろう。
デスラーは真田の生命力と運の強さに賭けることに決めた。
「口を開けろ。薬だ」
聞こえてはいるらしい。意識も残っているのか薄く口を開けようとする。しかし、震えと硬直がそれを妨害する。
舌打ちしてデスラーは錠剤を自分の口に放り込むと右手で真田の顎の関節を押さえて開けさせ、左手で急に閉じないように下顎を押さえると唇を重ねた。
乾いた唇を感じながら錠剤を真田の口中に移し、さらに舌を使って喉の奥まで押し込む。
唇を離し、口を閉じさせるとやがて飲み込んだ。
一安心して座り込み、壁にもたれかかると真田の身体が冷えないように自分の膝の上に抱いた。
わずかに熱っぽい額が首に触れる。まだ息は荒く、苦しげだった。
・・・私は何をしているのだろう・・・
安心したせいか、ふと疑問に思ってしまった。
なぜこの男を助けようとしているのだろうか・・・
この迷宮も一人で抜ける自信はある。足手まといになるならさっさと死んでくれた方がよほど楽だ。
この男は地球人。それもガミラスを滅ぼしたひとりなのだ。いつかはこの手で殺してやろうとさえ思っていた者だというのに。
その相手をこうまでして助けようとしているなど自分でも半ば信じられなかった。
助けられたからか?
そうではないだろう。
自分は大ガミラスの総統。他者が敬意を払い、尽くすのは当然のことだ。
自問自答が続く。納得できる解答はない。
デスラーは気がついていなかった。
ただ、目の前で死んで逝く者を救いたかっただけだという単純な自分の感情に。
一時でも自分と対等な関係をもった相手を死なせたくなかっただけだということに。
伝わる心臓の鼓動がまだ真田が生きていることを知らせる。
食いつかれ、人工皮膚と保護膜を引き裂かれている真田の左腕が目についた。
「・・・私も、お人好しかもな・・・」
・・・気がつくと目の前に青い肌があった。
肩が抱かれている。ぬくもりが伝わってくる。
「目が覚めたか?」
上半身裸のデスラーが身体を離した。
「・・・なにがどうなっているんだ・・・?」
まだ身体が半分痺れていた。頭の中にも霞がかかっているようでいまひとつすっきりしない。
起きあがろうとして真田は自分が裸なのに気がついた。
「なに、予想通りのことだ」
笑っているデスラー。
「地球人もなかなかの味だな」
「・・・その顔で言うと冗談に聞こえないぞ」
笑ったままのデスラーから服を渡された。
「どこまで覚えている?」
「薬を飲んだような、飲まないような・・・」
かなり急激に効いた毒らしい。強引に飲ませて正解だったようだとデスラーが安心した。
「あの水だ。服の下で全身に食いついていた。それにやられたらしい」
「・・・それで脱がしてくれたわけか。できればそのあと着せて欲しかったな」
「ま、それは役得というやつだ」
「・・・なぜそうなる!」
立ち上がりかけて真田がふらついたが、デスラーに支えられて倒れるのを堪えた。
「大丈夫か?」
「なんとか。どのくらい眠っていた?」
「ざっと、6時間くらいか」
よく襲われなかったなと思う真田。絶好のチャンスだと思うが。
「なに、招待主も寝ていたのか、私と君の行為を楽しんでいたのかどちらかだろう」
「まさか・・・本当にやったんじゃなかろうな?」
さすがに不安になってしまった真田だった。
「さあね」
妙に楽しそうに笑っているデスラーだった。
「歩けるか?そろそろ出発しようか」
盛大に乱射を繰り返しながらふたりが突っ走る。
標的はそこいら中から沸き出すように襲いかかってくる化物達だった。
「ゴールが近いらしいな!」
「まったく、親切なことだ!」
洞窟の奥に金属の光が見えた。
「あれだ!」
真田が一歩先に出た。左肩から体当たりしてドアを開き、そのまま床に転がった。視線から真田の身体が消えると同時にデスラーが遠慮なしに銃を撃った。
ビシッとショートしたような音が戻った。
「やぁ。よくここまで来れたね」
部屋の奥に、ひとりの男が座っていた。
「ここがゴールだ。君らが初めてだな。ここまでたどり着けたのは」
「何が目的だ?」
真田が立ち上がりながら訊いた。
「いや、答えを聞くまでもないか。どうせ暇つぶしくらいのものだろう」
「よくわかっているじゃないか」
外見では彼らとあまり変わらないような年齢のヒューマノイドに見えたが、実際はどうかわからない。
「ならこの後に何を言うかもわかってくれるかな?」
「最低な種族だな。どうせ同族は滅びて残っていないんだろうが」
吐き捨てるように真田が言い返す。
「低能な連中は滅びて当然さ。ここにたどり着けないような無能者もね」
「着いても生かしておく気はないようだがな」
デスラーも声のトーンが下がっていた。かなり怒っている。
「生きて帰れるのはひとりだけだよ」
「ふざけるな!」
真田のコスモガンが火を噴いた。
だがそのエネルギーは空中で遮られ、拡散した。
「無理無理。そんなエネルギーじゃね」
笑い声と共に天井から触手が伸びてきてふたりに狙いをつけだした。
「最低でも核爆発くらいのエネルギーじゃないとダメさ。ほら、早く殺し合ってくれないかな?さもないとぼくがふたりとも殺しちゃうよ」
この野郎!ついに真田がキレた。キッとデスラーを振り返って言った
「射撃に自信がないとは言わないな?」
「もちろんだ」
即答するデスラー。
「このまま馬鹿にされて殺されるのと、最後の手段に賭けるのとどっちをとる?」
「決まっているだろうが」
うなずくと真田がデスラーを正面から見た。
「俺の左腕を撃て」
「なに?」
「肘で切断しろ。チャンスは一度だ。その腕をシールドに叩きつける。撃つと同時に伏せろ」
「可能性はあるのか?」
「失敗したところでそのあと三乗の爆発が起こるだけだ。いいな?」
戦友が何を企んだのか、デスラーは知った。その計画に反対する理由も時間もないことも。
「なにをこそこそ相談してるのかな?」
真田が銃の収束率を限界まで下げた。
「貴様の殺し方だよ!デスラー!やれ!!」
すっと真田が左腕を伸ばした。その腕めがけてデスラーが正確に撃った。
至近距離からの銃撃に真田の左腕が接合部で破壊され、激痛を彼に残し宙に飛んだ。
それに耐え、真田は左腕をシールドめがけて叩きつけた。
宙に捕らえられ、光が走る。その腕めがけて再びデスラーが撃つ。直後、真田がデスラーの前に出てコスモガンを連射した。
とっさに伏せたデスラーに爆発音と光芒と衝撃が一度に襲いかかった。
そして真田が倒れた。
悲鳴が上がる。シールドは完全に消え去っていた。
「なにをやった!?」
起きあがったデスラーが抱き起こすと真田は血まみれになっていた。
「爆発の方向を限定してあったんだけどな・・・まだ改良が必要だな・・・」
真田の右手から銃が落ちる。何が起きたのか、デスラーが正確に理解した。
真田の腕には核爆弾が仕込まれていたのだ。そして爆発の衝撃を少しでも減らすために自分自身が盾になり、同時に収束率を下げたエネルギー銃を連射することでシールドの代わりをさせたのだ。
「死ぬ気か!」
「戦艦の副長より一国の総統の方が大事だろう?」
泣き叫んでのたうっている諸悪の根元。
デスラーは真田を床に横たえると立ち上がり、そいつに近寄った。
助ける価値はない。助けたところで自分たちを元の場所へ帰すとも思えない。
彼は耳障りな悲鳴を止めるために銃口を向けた。
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アブナイふたり *後編* by亜瑠
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白い服は血で赤く染まっていた。
今度こそ、死ねるのかな・・・痛みの中で真田はぼんやりと考えていた。
ならその前にできるだけのことはしないとな・・・
戻ってきたデスラーを見上げる。
「・・・悪い・・・手を貸してくれ・・・」
「何をする気だ?」
「・・・可能性を探さなきゃ・・・」
うなずいてデスラーは真田を抱き上げた。
コントロールパネル前に連れてゆく。
記号と表示機能。
気を抜くとかすみそうになる意識の中で真田はそれに見覚えのあることに気がついた。
自分の記憶がまだたしかなら・・・
人工皮膚が破れ、金属骨格が露出している右手でいくつかのスイッチを入れた。
作動音が起こる。壊れてはいないらしい。レーダーと思われるパネルに光点が浮かんだ。
「・・・ああ。そうだ・・・これは・・・」
「知っているのか?」
「・・・テレザートの文字だ・・・こんな転移装置を作っていたのか・・・」
真田の身体がふらついた。デスラーがそっと支える。
「そうだ・・・これくらいならまだ・・・照準・・・固定。目標・・・自動追尾・・・これで・・・」
パネルのひとつに映像が映った。
デスラーの旗艦の艦橋だった。音声はない。だが、映し出された将兵の顔色はよくわかった。
その中にタランの姿を見つける。憔悴しきった顔に一睡もしていないのがよくわかった。
「タラン・・・」
「・・・帰らないと、いけないだろう・・・?」
完全に身体から力が抜けた。一瞬気が遠くなった。
気がつくとデスラーに抱かれて床の上に座り込んでいた。
「無茶だ。この怪我で。死ぬぞ」
「だからその前に総統を帰さないと・・・」
「君はどうなる!」
本気で怒鳴られて真田が小さく笑った。
「・・・怒鳴らないでくれ・・・頭に響く・・・」
ポケットに手を入れようとして、左腕がなくなっていることを思い出す。
「左のポケットに・・・」
言われてデスラーが手を入れた。ポケットには作りかけのブローチが入っていた。
その石に見覚えがあった。
イスカンダルで産出されていた特殊鉱で貴石。今ではもう手にはいることのない物。
「これは・・・フィアサス・・・か」
特殊な固有波動を持っている鉱石で、その波動は光年単位でもリアルタイムで観測可能だった。
ガミラスにも同じような鉱石があり、超光速航行用のエネルギー源となりうるガミラシウムとイスカンダリウムの結晶化したものだといわれていた。
「そう。ヤマトが近くにいるなら、これで場所を特定してくれる。心配しなくていいよ・・・」
そんなことを信じられるデスラーではなかった。
真田にもそれはわかっていたが、吹っ切らせるためにも言わない訳にはいかなかった。こんなところでこの男を死なせる訳にはいかないのだ。
「・・・総統は、生きて還らないといけない。それが義務だろう・・・?」
「しかし・・・」
「立たせてくれ・・・」
デスラーが真田を抱きしめた。
「・・・馬鹿な男だな・・・」
「・・・かもね・・・」
デスラーを救うために死ぬ。それもいいかもしれないな。
自分が死んだことだけでも知らせてくれるだろう。
澪を待たせなくても済むだろうから・・・
最後の力を振り絞って立つ真田にデスラーは自分のマントを外してその肩にかけた。
「・・・ありがとう・・・」
「死ぬなよ・・・」
他に言い残せる言葉はなかった。
真田から離れ、デスラーは転送機の台に上がった。
小さくうなずいて、真田がスイッチを入れた。
デスラーの姿が消えた。
パネルに移ったままだったデスラー艦のブリッジに彼の姿が現われるまで時間はかからなかった。
だが真田がそれを見届けることはなかった・・・
消えたときと同じように、まったくなんの前触れもなく姿を現わしたデスラーに将兵が驚いて駆け寄った。
「総統!」
「デスラー総統!」
何か言おうとしたデスラーがそのまま倒れる。マントはなく、服は血だらけだった。
「軍医を呼べ!」
タランが叫んでデスラーを抱き起こした。
「急げ!」
デスラーがなにか低くうめくように言う。だが誰にも聞き取れなかった。
重く沈んだままのヤマトの第一艦橋ではぼんやりとレーダーを見ていた太田がシートから飛び上がるほど驚いた。
限界ぎりぎりに反応があったのだ。それも存在するはずのないイスカンダル鉱石の反応が。
「な・・・なんだ?こりゃ!」
「どうした?太田」
古代や島がふりむく。
「レーダーに反応が・・・イスカンダル鉱石の反応です!あるはずがないのに・・・」
「距離は?」
「ほぼ二〇光年。ワープ一回で十分到達可能です」
「イスカンダル鉱石?というと澪ちゃんの持っているあれか?」
南部が誰にともなく訊く。相原がその南部を見てうなずいた。
「あと持っているのは・・・」
「まさか!」
「真田さんか!?」
一気に第一艦橋が大騒ぎになった。
「正確に測定しろ!島、ワープ準備だ!」
「了解!」
そこにあったのは直径二〇キロほどのサイズの小惑星だった。その一部に人工構造物が作られていた。
「反応はあの中からです!」
「相原、応答は!?」
「ありません!」
「加藤、コスモタイガー発進!」
ドアを蹴破ってなだれ込んだ加藤達が見つけたのは、冷たくなった死体がひとつと、自らの血に染まり死体になりかけていた真田だった。
「まだ息がある!助かるぞ!」
担架が来るのを待ちきれず、加藤が真田を抱き上げて今きた道を走り戻った。
・・・目を覚ますと真っ暗だった。
何も考えずに起きあがろうとした真田の全身に激痛が走った。
思わずうめき声を上げてベッド上でうずくまってしまった。その右手がコールボタンに触れた。
一分とせずに何人もが飛び込んでくる気配がした。
「大丈夫ですか?」
「痛み止めを打ちます。少し我慢して下さい」
「誰か、艦長と島副長にも連絡を」
地球語。聞き覚えのある声。
「佐渡先生、急いでください!」
ばたばたと気配がして、右腕になにか注射された。
「佐渡先生・・・?ここは・・・?」
「もちろん、ヤマトの中じゃ」
聞きなじんだ佐渡の声で返事があった。
「ヤマトの・・・?暗いのは・・・?」
まだ意識がはっきりしていなかった。
「ばかもん、両目とも角膜に火傷をつくっといて何を言っとる。当分視覚補助なしで見えると思うな」
・・・ああ、包帯がまかれているのか・・・
痛みがおさまりだす。少しまともに考えられるようになってきた。
「まったく、いきなり消えたと思うと死にかけて帰ってきおって。ヤマトは大騒ぎだったんじゃぞ」
「・・・怒らないでくださいよ。ぼくだって被害者なんですから」
ばたばたと足音が聞こえ、再び何人もが飛び込んできた。
「真田さん!」
「義父さま!」
重なって彼を呼ぶ声。
「怒鳴るなよ。病室だぞ」
気配でわかる。それだけの付き合いの連中だ。
「一体、なんだったんです?」
「こちらは大騒ぎだったんですよ」
古代艦長が、島が訊く。
「礼儀知らずなヤツに誘拐されて迷宮に放り込まれてたんだよ」
「・・・は?」
「ところでよく俺の居場所がわかったな」
「義父さま、イスカンダル鉱石持ってたでしょ?それがヤマトのレーダーに引っかかったのよ」
澪の声が教えてくれた。
「それに義父さまがいたのがどうも調査目的地だったみたいなの」
「・・・だろうな」
運が良かったというべきなのだろうか。まだ死ねないということなのだろうか。
「で、真田さん、デスラーがいたんですか?」
島に訊かれてしまった。
「真田さんにマントが掛かっていましたが、あれはデスラーのもののようですけど」
「報告書が書けるようになったら、全部話すよ」
3日後、真田の姿はヤマト艦上になかった。
あきれる古代と島、怒る佐渡とユキ、心配しまくる澪と加藤を後目に調査隊の先頭に立って自分が死にかけていた施設と迷宮の調査をおこなっていた。
デスラーから通信が届いたのはその調査中だった。
「デスラーから?」
左腕はまだ外したまま。顔の上半分は視覚補助具ですっぽりと覆われている真田が相原に聞き返した。
『真田副長と話がしたい、と。どうします?』
やはり確認に連絡をよこしたのだろうと思う。
「つないでくれ」
スクリーンにヤマトから映像が中継されてきた。
「やぁ。元気そうだな」
真田を見てデスラーが安心したように笑った。
『無事生きているようだな。君も』
「あちこち怪我だらけだけどね。そちらこそ無事だったのか?」
最後のスイッチを入れると同時に意識を失ったので、デスラーがその後どうなっていたのか、真田は知らなかた。
『転送のショックで3日ほど寝込んでいたがね。君よりはマシだろう』
まわりで聞いているのがあっけにとられている。たかが宇宙戦艦の副長が一国の総統たるデスラーとタメ口をきいているのだ。
『無事とはいかないが生きていてくれてよかった。サーシアにつらい知らせをせずに済んだな』
「うるさい親がくたばったと喜んだかもしれないぞ」
それを信じるデスラーではない事はわかっている。
『君に聞き忘れたこともあってね』
「なんだ?」
『なぜ、私を助けた?』
真田が小さく笑った。
「総統が私に薬を飲ませてくれたのと同じ理由さ」
あの時、あの場所だからできたことかもしれない。
短い間でしかなかったがたしかにあの時間、ふたりは友と呼べる仲だった。
互いを信じ互いを守ろうとした友人だった。
「結局、お人好しってわけさ」
その答えにデスラーの笑いが苦笑に変わった。
『もっと早くに君に会いたかったな。我が帝国への移住を本気で考えてくれたまえ』
「もっと早くだったら確実に殺し合いになっていたような気もするが?」
『君となら愛し合えたさ。あの夜のようにな』
・・・真田の頬がひきつった。
「・・・冗談は顔だけにしといてくれ・・・」
『冗談なものか。君と過ごしたあのめくるめくような時間を私は一生忘れないだろう』
「・・・おい・・・」
後ろにいた部下が固まる。
『今ひとたび、君の引き締まった熱い肌に触れたいものだ・・・』
「まて!こら!なんの話だ!?」
『もちろん、あの官能的な一夜のことだ。私の腕の中の君の美しかったことは・・・』
うっとりとした表情で目を閉じ、思い出している風のデスラーに当然真田があわてる。
「どこをどうすればあれがそうなる!地球語わかってるのか!?おい!」
凍りつく部下達。スクリーンのデスラーは目を開くと微笑んで真田を見つめた。
『今さらなにを照れるのかね?私の腕の中で全てを預けてくれたではないか』
「あれは不可抗力だ!身動きできないのをいいことに人を勝手にむいたのはてめぇだろうが!」
何人かが崩壊を始める。
『君の熱い吐息がこの唇に残っている。情熱的な君の行動に私もついつられてしまったものだ・・・』
「ガミラスには人命救助って単語はないのか!」
『また会おう。愛しき者よ。次は私の寝室でゆっくりと触れ合いたいものだ・・・』
「デスラー!てめ・・・!勝手に切るなー!」
その一瞬、真田の右手が思い切りコントロールパネルを殴りつけていた。
・・・それを合図に奥底深いところでひとつの機構が作動を始めた。
それがなんであるのかは、まだ誰も知らない・・・
・・・相原が灰になってしまった・・・
あまりの話に茫然となってしまった第一艦橋で最初に我に返ったのは機関長の山崎だった。
「相原通信班長、すまないが崩れる前に今の通信をハードコピーしてくれないかな?」
真っ白になってしまっている相原がのろのろと動き出した。
その横で山崎はインタコムで澪を呼んだ。
『なんですか?』
「すまないが君に貸した8番ディスク、ちょっと持ってきてくれないかな?」
『・・・今ですか?』
「そう、今」
『わかりました』
それから加藤を呼ぶ。
『どうしました?』
「悪いが君に貸した6番ディスク、今ちょっと持ってきてくれ」
『・・・第一艦橋へ、ですか?』
「そう」
『わかりました』
さらさらと頭頂部から崩れだしている相原が山崎に一枚の紙を差し出した。
「悪いな。もう一枚、頼む」
今度はすぐに出る。山崎はそれを島とユキに渡した。
「添削してくれ」
「・・・まぁ・・・そうですね」
「そうね、たしかに」
『添削』で意味が通じてしまうのもある意味かなり問題があるのだが、この時に誰もそのことに気がついていなかった。
そうこうしているうちに上陸部隊からの連絡が入った。
半分崩れている相原を見かねて南部が受け取った。
「こちらヤマト。どうした?」
『真田副長が再出血しましたので一度戻ります』
「・・・了解」
「興奮するなってのが無理ですね。あれじゃ」
太田がため息をつく。艦長の古代はまだ正気に返っていなかった。
「真田さんもあきらめが悪いからな」
「なにか過去でもあるんですかね」
太田と南部の会話をひとり笑って聞いている山崎であった。
澪と加藤がそろって入ってきた。
「どうしたんです?」
「なに、ちょいと報復行動に出ようと思ってね」
ふたりからディスクを受け取り、太田に渡す。
「これをガミラス語に翻訳して圧縮してくれ」
持ってきたふたりが『で!?』という顔になる。
「「これガミラス語にしてどうするんです!?」」
ハモるふたり。
「そもそもこれ訳して意味通じるんですか?」
「大丈夫さ。この文章の美しさを保ったまま翻訳できることを目標レベルに開発されたんだからね」
ちなみに翻訳ソフトを開発したのは真田なのであるが、その目標レベルを設定したのと、それを提示されて青くなって嫌がった真田を影から脅して開発させたのがユキだったことを知る者は、山崎と島だけである。
「添削、できましたよ」
島が顔を上げた。ほぼ同時にユキも。
「たしかにもう少し研究が必要ね」
「大帝国の総統ともあろう人だからね。しっかり努力して勉強してもらおうか」
山崎の目的がわかってにやにやしているふたりだった。
「なんなの?」
澪が訊く。太田が肩をすくめた。
「真田さんがデスラーに抱かれたんだよ」
・・・相原が完全に崩壊した・・・
「で、デスラーにって。それっていったい・・・」
エレベーターのドアが再び開いた。
「真田副長!まだ出血が・・・!」
「こんなもん怪我に入らん!」
真田が戻ってきた。やはりまだ怒っていた。
「よ。おかえり」
「で、実際のところはどうだったんです?」
にやにやしたまま島が訊く。
「・・・絞め殺すぞ」
「ってことはやっぱり・・・」
「ひどいじゃないですか!」
いきなり加藤が真田につめよった。
「デスラーなんかに身をまかせたなんて!俺だって真田副長のことを・・・!」
真田が殴る前に澪が後ろから加藤を張り倒していた。
「どこでなんてこというのよ!このホモ!」
「この高尚な愛が理解できないのか!」
「んなもん、一生わかりたくないわよ!あたしの最愛の義父さまにこれ以上変な疑惑をふやさないでちょうだい!」
「おまえのその態度こそ真田さんにロリコンのスケベ親父の疑惑をつくってんだろうが!」
「よさんか!ふたりとも!」
怒鳴る真田。白い艦内服があちこち赤くなりだしていた。かなり出血しているようだ。
「怒るとまだ出血するぞ。落ち着け」
「機関長!」
山崎が笑いながら真田の肩を押さえた。
「まあ任せろ。報復行動はもう始めている」
「翻訳、できましたよ」
太田が立ち上がった。
「でも、これ、なんです?」
「澪ちゃんの持ってきたの8番・・・だから、あの名作でしょ?」
ユキが言うと澪がぽっと赤くなりながらも頷いた。
「すると加藤の6番は『堕天』か」
島に当てられて加藤が真っ赤。
「な・・・なんで島副長が知ってるんです?」
「このメンバーで知らないのは艦長だけだろう?」
「8番か。『薔薇の血族』でしょ?後で貸してください。久しぶりに読みたくなりましたよ」
南部が山崎に頼む。もちろん澪がギョッとした。
「な、なんで砲術長まで・・・」
「それよりどうしてまだ持って歩いてるんですか!そんなもの!」
頭の痛い真田である。
「こいつらに読ませるなんて、早すぎます!」
「どうして義父さまが知ってるよ!」
澪が真っ赤。あら、知らないの?のユキ。
「真田さんも古代参謀も両方持ってるわよ」
「も、持ってるって・・・」
「主役のモデルが真田さんなんだよ」
けろっとして笑っている島に太田。
「言うな!」
「事実なんだからしかたないじゃないですか。『薔薇の血族』のリョウと『堕天』のシュウでしたね」
「思いださせるな!」
出版された当時のことを思い出すだけで頭の痛い真田であった。
「すると『薔薇の血族』に出てくる後のマックとショウは?」
自分の想像に爆発しかけている澪。
「予想通り、古代参謀と山崎機関長だよ」
あっさり島に答えられ、澪が白くなるのを通り越して透明になってしまった。
「・・・じゃあ・・・『堕天』の方のマイクは・・・」
加藤が茫然。当たり前だろ、の南部。
「当然、古代参謀さ」
笑っている山崎に若いふたりの視線が集中する。
「で・・・でもなんで・・・」
「そりゃ作者が機関長の奥さんだからな。よく知ったおいしそうな男がいれば当然・・・」
「島、おまえまでどうしてそういう・・・」
「機関長の奥さん!?」
「なんでこんなの持ってるのかと思ったら・・・一体どうして!?」
「なんだ、知らなかったのか?その筋じゃ有名な人だぞ。自分のダンナまでネタに使う根っからのヤヲイ小説家だって」
「小説は副業だよ」
山崎が苦笑になる。今なら笑って思い出せる事だった。
「本業は技術将校だったろ?」
「小説の売り上げの方が給料収入より多かったのに何いってんですか」
むっつり、の真田である。
被害者ではあるのだが、その分それなりに有形無形の恩恵にもあずかっていたので、強く文句の言えないところがちょっと辛い立場の真田だった。
「しかしさすがの真田副長もデスラーが相手ではやっぱ『受け』ですか」
ゴイン。
油断した南部が真田に殴られた。
「だからなぜそうなる!」
「・・・一体、なんの話なんだ?」
ようやく正気に返ったらしい艦長が訊いた。
「読むか?面白いぞ。」
島が勧めるが、もちろん止める真田である。
「よせ!んなもんいきなり読ませたら・・・初心者は『水面の影』あたりからにしておけ!」
イスカンダル往復の一年は、誰にとっても長い旅であったことは確かである・・・
後日談。
無事調査も終わり、地球へ帰ろうとしていたヤマトへ司令部から通信が入った。
相手は古代参謀と藤堂長官。
ふたりとも額にシワよせていた。
『いったい、なんの通信をやりとりしたんだ?』
タラン将軍から苦情が地球へ届いたのだという。
『デスラーが熱を出して寝込んだと、さんざん文句を言われたぞ』
「原因はあちらにあります。我々は正当な報復をおこなったまでです」
真田が固い口調で言い返した。
『原因は?』
「申し訳ありませんが、通信では報告できません。地球に帰還後、直接口頭にて報告したいと思います」
『できない?理由があるのだろうね?』
言ってたまるか、の真田と笑いを隠しきれない後ろのメインスタッフ一同。
「・・・小官の人格と名誉にかかわりますので」
『君の名誉・・・?』
古代守が口を挟んできた。
『要約だけでもだめか?』
「要約にはならないので」
『GRーXを使用する。それでならいいだろう?』
「・・・わかった」
GRーX。真田が開発した高度スクランブラー。現在の太陽系技術ではまだ解読できないレベルの通信暗号に変換してくれる装置。
画面の古代守がヘッドセットを付ける。こちらでも真田が同じようにヘッドセットを装着した。
『・・・で、何を送ったんだ?』
ヤマトの側には普通に音声も届く。今さら隠してもしかたがないので真田が切っている。
「・・・『堕天』と『薔薇の血族』」
『だ・・・!?なんでそんなものを!?』
当然古代守が驚いた。
「あの馬鹿総統がめいっぱい疑いまくった通信をよこしたからだよ!」
『なんだ、そりゃ』
「・・・いかにもそういう行為があったような言い方したんだ、あの野郎は」
古代守相手で完全スクランブルなので真田の口調は完璧に日常モードである。
『・・・誰と・・・ってまさか・・・』
「その、まさか、だ」
守がひきつった。ヘッドセットを押さえて身を乗り出してくる。
『おま・・・!まさかホントにやったんじゃないだろうな!?』
「絞め殺すぞ!誰がんなことするか!」
怒鳴り上げる真田に後ろで見物の一同、笑いをこらえるのに必死。
「おかげで相原はまだ崩壊したままだし、おまえの弟もよけいな好奇心おこして昨日から熱だして寝こんでんだぞ!」
『・・・ち、ちょっと、待て』
古代が大きく深呼吸した。気持ちを落ち着けて衝撃をやわらげようとしている。
イスに座り、三度深呼吸してから目を開いて話を再開した。
『・・・そういう通信が入って、相原通信士が崩壊したのはわかった。で、返答はそのふたつを送っただけなのか?』
「島とユキがデスラーの発言を添削して機関長が一筆書き添えて送ったよ」
・・・守が額を押さえてうめいた。そりゃ最悪だ。
『・・・参考文献代わりというわけか。そりゃ熱も出すよな。まったく』
「おかげでこっちはエライ騒ぎだ」
ふてくされ寸前の真田である。
『それと古代艦長の熱発の関係は?』
「艦橋でその話になったときに読んだことがないのが彼ひとりだったんだよ。初心者だからもっとソフトなのからにしろ、と言ったんだが・・・」
『待て、いきなりあれ読ませたのか!?』
「おまえの弟、だぞ」
うがー!の守。
「・・・とにかくそういう理由で昨日からヤマトの指揮は俺と島とで執っている。まだ文句言ってくるようなら自業自得だと言い返してやれ」
『・・・了解した』
肩を落とし、ため息をつくしかない守だった。
『で、もう一度訊くが本当にそういうことはなかったんだろうな?』
「司令本部に『冬の月』完全版バラまかれたいのか!てめー!!」
発進準備の進む中で太田が首をかしげた。
「真田さん、ちょっと見てください」
「どうした」
島と話しこんでいた真田が振り返った。
「空間振動が発生しています。あの小惑星からみたいなんですが・・・」
「空間振動?」
真田が太田のコンソールに近寄った。
表示されている数値と太田の操作でさらに変化する様子にふむと考え込んでしまった。
「かなりの深さがあります」
「・・・次元振動になりそうだな。何かの機械が作動しているのかもしれないな」
見ているうちにも強さと深さを増す振動。
「大丈夫ですか?」
「それと思えるシステムはなかったのだが。自動運転かもしれない」
データをみていた真田が島にむきなおった。
「島、出発を早めよう。巻き込まれると面倒だ」
「ほっとくんですか?」
「観察していて次元断層に落っこちるのと、どっちがいい?」
「そうですね」
それで納得してしまう島も島である。
さっさと逃げる事に決めた以上、行動は迅速におこなう彼らであるので、島は機関室の山崎を呼んだ。
「そちらの準備が終わり次第、発進したいと思いますがどうです?」
『こちらはあと15分もすれば全部終わる。なにかありましたか?』
「妙な振動が確認されたので巻き込まれる前に逃げようって話になったんですよ」
そう伝えると笑い声が戻ってきた。
『了解。15分で終わらせましょう』
真田を振り向く。
「15分で発進できます」
「ならユキと一緒に古代を起こして来てくれ」
「真田さんは?」
訊くと肩をすくめて真田が苦笑した。
「昨日行ったら鳥肌たてて逃げられたよ」
笑って島が立ち上がった。
・・・この次元振動の原因が実は真田の殴りつけたコントロールパネルだとは誰も知らない。
そしてこれを放置した結果、巨大な次元断層を造りだし、別次元の銀河を招きよせてしまうことなど、誰も想像すらしていない。
のちに銀河交差と呼ばれる大異変が起こる6ヶ月前のことだった・・・
おしまい(^^;)
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