3月の出来事
[亜瑠]
http://homepage1.nifty.com/KOKAIHANGARO/OR2-49.html
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3月の出来事 *その1*   by亜瑠
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「ホワイト・ディ?」
真田志郎が親友に聞き返したのは2月の下旬のことだった。
「まさか知らないとは言わないよな?」
いくらおまえでも、という余分なひと言も聞こえたような気がしたのは被害妄想とばかりも言えない。
「知識としては知ってはいるが・・・それがどうかしたのか?」
一ヶ月前の日と同様に自分には縁のない日であったはずである。
「で、その日がどうした」
ビールジョッキを傾けて親友から視線をそらす。
そういう日に関しての話となると絶対ロクなことではないと思いこんでいる真田である。
「いや、サーシャなんだがな」
いつもと違うパターンに真田もおや?
「サーシャが?」
「ああ。先日のバレンタインディに贈ったセーターの返事をサーシャが気にしていてな。相手はどこのどいつかと・・・」
そういうことなら、とジョッキを傾けながらふんふん。
「どうやら科学局員らしんだが、心当たり、ないか?」
そう言われて真田が首をかしげた。
「科学局員?」
自分の配下が相手らしいと言われれば真田もふむ。ウチの若手でそんなにいい男がいたかな?と本気で考え込むこと数秒・・・
そしてふと思いだした。
「セーターって・・・パステルブルーのか?」
「知ってるのか?」
守が思わず身を乗り出して真田に迫った。
パステルブルーのセーター。
それで全てが解決した。
「・・・それなら心配ない」
安心して真田が枝豆を口に放り込んだ。
「なぜ」
「そのセーター、もらったの俺だ」
古代守が数秒間固まった。
「今さら俺にどーしろと」
「サーシャに『妙な』期待をさせないお返しにしろ」
「なんだ、その『妙な』ってのは」
オシメをしていた頃から知っているサーシャ相手に恋愛感情云々というのを真田に期待するのがそもそもの間違いだと古代にもわかっていた。
わかってはいたが、だからといってサーシャの側がそれに納得するかどうかは話が別である。
従って父親としては相手の男に対して恐喝をしておく義務が発生するのである。
「当然だ!俺の娘を泣かせたら許さんぞ!」
「誰が誰を泣かすんだ!」
真田にしてみれば『人をなんだと思ってるんだ!おら!!』な話である。そんなとこまで責任持てるか!にしかならないのだが、まぁ年頃の少女でしかも親友の娘となればそれなりの配慮というモノが必要だろうと思いはする。
下手なことをして親友の妻に押し掛けられるのが怖かった、という部分も無きにしもあらずなのだが。
「とにかく!俺のかわいい娘を弄ぶのだけは許さんからな!」
「妻ならいいのか?」
「もっと悪いわ!」
てなわけで科学局長はホワイトディのお返しをしなければならなくなったのであった。
「ホワイトデイのお返しねぇ・・・」
人生30とン年。そんなことなど一度も考えたことのない男である。
たしかクッキーとかマシュマロを贈るのが正式な作法だったよな、と思いつつ一応検索をかけてみる。
・・・よけいにわからなくなってしまったのは言うまでもなかった。
さて。こういった問題に対しては誰に相談すべきか。
数名の候補者が脳裏をかすめる。条件を絞ってみて残ったのは・・・
「・・・島にしておいた方がよさそうだな・・・」
というわけで真田は運行部の島大介に電話をかけたのだった。
地球防衛軍内では『あの』と枕詞の付く真田から『相談に乗って欲しい』と言われれば約数名以外は跳ね跳んで驚く。
島の場合も椅子から10センチほど浮かび上がったが心臓が止まるまではいかなかった。
「・・・どうしたんです・・・?」
『どう考えても俺の専門分野じゃないんだ。晩飯奢るからひとつ頼むよ』
「では5時半にそっち行きます」
『すまんな』
電話を切ってから真田の『専門外』となると・・・と考え込んでしまった島である。
間違っても仕事上のことではない。ありえそうな分野といえば・・・と考えて一番簡単に思いついたのが恋愛問題。
しかし、男女関係でも基礎講座ならユキの方へ行くだろうし、その先となれば一応は親友となっている参謀長がいる。もっと込み入った不倫だのなんだのの上級編ならば部下に専門家の山崎がいるから自分には来ないだろう。時空間がねじれでもして男女関係でなく男男関係となっていればストレートに土方司令行きのはずだ。
ちょっとひねって社交だの何だのでもそっちで間に合うだろうし、そもそもそんなことを気にする人ではない。ファッションに関してもそれは同じだ。
「・・・なんなんだ?いったい・・・?」
わずかに緊張気味の表情で現れた島を真田は苦笑と共に迎えた。
「そう難しい顔しないでくれよ。問題自体はそれほどややこしくないんだから」
「いったい、何なんです?」
なんだって誰も彼も俺が『相談に乗ってくれ』と頼むと警戒態勢に入るんだろう?と悩む真田である。
いったい人を何だと思っているのか・・・とため息をつきたくなる。
もっとも言われる方としては『自覚がないヤツはこれだから・・・』にしかならないのだが。
「まぁ座れ。いや、つまりだな・・・年頃の女の子へのホワイトディのお返しって、何がいいんだ?」
一瞬、島の頭の中が真っ白になったのは言うまでもなかった。
「・・・はぁ?」
「だから、何を贈ったらいいかアドバイスが欲しいんだよ」
ほれ、と目の前に珈琲の紙コップが置かれた。
「・・・真田さんが、贈るんですか?」
「・・・俺にんなこと相談するような間抜けがいるとでも思うのか?」
「いや、その、あの。真田さんお返しは一括して戦災孤児院への寄付で済ませていたと思ったから・・・」
一々返していたらいくら真田でも財布が持たないこともあって、『ホワイトディのお返しは全員分一括して寄付という形にさせてもらう』と公言しているのである。
「済ませるさ。今年も。約一名分以外はな」
「??」
「つまりだな・・・」
困った顔で真田が説明した。
・・・説明を聞いて島がしばし沈黙した。
笑い話な状況だと話には聞いていたがいまだに続いていたとは知らなかった。
「参謀長も親バカですからねぇ・・・」
「だから困ってるんだ」
「まぁ・・・そうですね。サっちゃん相手に一番簡単で喜ばれるのったらやっぱり真田さんがサインを入れた婚姻届けじゃな・・・」
音を立てて目の前を通過した真田の拳の残像が島の網膜に残った。
「・・・という冗談はさておいて、単純に食事にでも誘ったらどうです?」
「食事?デートしろってのか?」
「それが一番後腐れないでしょう?」
言われてみればなるほど、たしかに。
「他の贈り主にも言い訳が立つことだし、悪くはないと思いますけど」
なにしろ真田は才能あふれる将来有望な独身男である。娘の婿にと狙いを付けている将官も少なくないと聞く。その年寄り連中でもサーシャなら『親友の娘』ということで大抵納得するだろう。
それ以外の玉の輿狙いが納得するかどうかは別であるが、バレンタインの騒ぎで島が最大の過激派に説明したので心配はない・・・と思いたい。
「どうせ誘うの初めてでもないでしょ?」
「それもそうだな・・・」
ふむふむと納得したところでその先の問題も出てくる。
「するとどういった雰囲気の店がいいんだ?」
「そうですねぇ・・・彼女、アルコール強い方ですか?」
「古代の娘だからな。弱いとは言わん」
「すると・・・そうですね。ちょっとオシャレな店で食事をして、そのあとバーに誘って大人のデートってのはどうです?まわりにも『カクテルの美味しい店に連れてっただけ』で言い訳効きますし、本人も納得するでしょうし」
店の方も調べておきますよ、と島が引き受けた。
「すまんな」
「真田さんの弱みを握れるとなればこれくらいいくらでも」
クスクス笑う島に真田も笑ってしまった。
てな話で島があれこれまわりの連中からアンケートを取って真田に伝えたのは次の週のことだった。
「真田さんが行っても怪しまれない店ったらこんなとこでしょうかね」
言いつつ島が提示したリストには10件ほどの高級レストランの名前。そのうちの半分はたしかに真田も名前を知ってたし、行ったこともあった。
「ああ、そうだな・・・」
「で、サっちゃんを連れていっても疑われないのはこの辺かと」
候補が絞られる。
「・・・これだと確かに若いのとは会わないだろうが、年寄り連中と出くわす可能性があるぞ」
落ち着いてメシは食えるだろうが、翌日には司令部の上層部に知れていることも確かだろう。睨まれはしないだろうが説明する手間が必要になるのも間違いない。
「なら逆にこんなところはどうですか?」
リストが変わった。真田の知らない名前が数件表示された。
「これは?」
「最近できた新しい店なんですけどね。ちょっと若向けのオシャレさもあるんですが、なかなかいいワインや日本酒を出すってことでそのスジの連中にも評判になりだしている店です」
その辺の情報収集については島も抜かりはない。
「真田さんがひとりで入るにはちょっとばかり勇気が必要って言い訳つけて彼女を誘ったことにすれば偽装もばっちりではないかと」
なるほど、と真田がうなずいた。こういった専門外の事に関しては素直に意見を受け容れるだけの真田である。別の言い方をすれば最初っから努力を放棄しているともなるが・・・
「その方が良さそうだな」
「ワインにします?」
「そうしよう」
「じゃ、これとこれで・・・真田さんチーズにもうるさいから・・・この店なんかいいかと」
「ん。それでいい」
「じゃ、あとはその後のカクテルバーですけど・・・」
しかし。デートひとつにここまで情報収集と分析と作戦計画が必要な男というのも地球では真田さんひとりくらいなんだろうなと思う島であった。
「そうそう。ところでスターシャさんへのお返し、どうします?」
突然島に言われて真田も思いだした。
「・・・それもあったな」
娘への援護だったのかどうかは結局わからなかったが、他と違って直接受け取ってしまった以上は放置するわけにはいかない。その辺は細かいというか義理堅いというか、こまめなのもこのふたりである。
「でもなんで俺にもくれたんでしょうね?」
撒き餌だったとしても真田さんを迎えに行くのを決めたのは三日前だったのによく準備できたな、と疑問に思っている。
「サイズが判明したところへは全部配ってたみたいだぞ。山崎さんと幕の内ももらったと言っていたし」
「幕の内さんも?」
「ああ。あいつ地球式の料理を手ほどきしていたからな。特注の名入り炊事用ゴム手袋、一ダース」
・・・この場合疑うべきはイスカンダル人の感覚なのか、王家の人間の感覚なのか。さすがに島もしばし言葉を失った。
そんなことを気にするコトもない真田はスターシャへのお返しとなると・・・とフム。
「島、おまえデートに誘わないか?」
「・・・はい?」
真田のセリフとは思えない一言に自分の耳を疑ってしまった島である。
第一、いくら浮気者の古代守参謀長でもホワイトディのお返しデートに誘わないというのはあまりにもありえそうにないし・・・と。
「いや、確か古代守のヤツは当日地球にいないはずだから」
「いいんですか?」
「男の力量を試されることは確かだがな。どうだ?」
「・・・資金は?」
「俺が半分出してやる。さっきの最高級店行って来い」
ヒトの悪い笑顔を見せる真田。
てーことはまた古代参謀長とケンカしたってわけだな、と思う島である。
いや、待て。今回はそれより・・・
「俺は囮ですか?」
「どっちかというと非常用の盾だな」
ぬけぬけと言ってのける真田に笑うしかない。
しかしスターシャという極上の美女と会食できるチャンスを棒に振るようなもったいないことは地球男児としてはできない!というわけで話に乗る島でもあった。
「なら後の責任もお願いしますね」
「たわけ。おまえも楽しむ分、そっちも当然折半だ」
「ちぇ。まぁそれは後で考えるとして、じゃあ食事の後も出くわさないようにしておかないと・・・ところで、ホテルの予約もしますか?」
てなわけでふたりの企みは深さを増すのであった。
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3月の出来事 *その2*   by亜瑠
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さて男達がゴソゴソ動き出した頃、恋する乙女の方は・・・
「どうしたの?」
ユキに声をかけられてサーシャはぽよんとした視線をむけた。
「ユキさん・・・」
「なーに?元気のない顔して」
「だって・・・」
ココアの入ったカップを両手で持ちながらぽよんとしたままのサーシャの向かいにユキが座った。
「オジサマ、セーター着てくれないんだもん・・・」
「・・・あれは単に着ているヒマがないだけだと思うけど」
バレンタインにサーシャが真田に贈った手編みのセーター。まだ一度も着ているのを見たことがない。
もっとも真田が職場復帰してからの大騒ぎを見ていれば私服を着ているヒマがあるのかどうかと疑いたくなるような状況が続いているのでユキの一言も出てくる。
「でも・・・この分なら、ホワイトディも望み薄いのかなって・・・」
ちょっとしょんぼり、のサーシャである。あんなにがんばって仕上げたセーター渡したのになぁと。
「去年はどうだったの?」
「ちょうど卒業式の日で、来賓に来てて・・・帰り際にのど飴くれたけど」
・・・真田らしいというか、何というか感想に困る行為であることは確かである。
「今年ものど飴でもいいからくれないかなぁ・・・」
「サッちゃん!恋する乙女がなんて弱気な事を言ってるのよ!」
思わずユキが怒鳴ってしまった。
「仮にもこの地球防衛軍に所属する乙女ならば相手の男をとっつかまえて押し倒してでも贈った分くらい取り戻さないでどうするの!?明日の正妻の座は自分の力でもぎ取るものだって、あなたのお母さまも言ったのよ!?」
・・・それは少し違うと思うが・・・
「だ、だって・・・」
「だってじゃない!それくらいのこともできなくて本命の男をモノにできるとでも思っているの!?」
「・・・そうやって進叔父様をゲットしたの?」
「彼なんか簡単すぎて物足りないくらい・・・じゃなくて!そのくらいの努力は地球の乙女には当然の義務なの!おちおちしていたら鳶に油揚げさらわれるわよ!それでもいいの!?」
この場合、油揚げは真田のオジサマだとわかるけど、鳶は誰になるのかしら?と一瞬でも考えてしまったところは誰の教育責任なのだろう?
「そうよ!サーシャさん!あなたにも本命がいるのなら弱気でどうするの!」
いつのまにやらふたりのまわりには女性達が集まってきていた。
「『いい男』は少ないのよ?『これ』と目をつけたら誘拐して監禁してでもゲットするのが地球防衛軍の女よ!」
「そうですとも!一気にモノにして既成事実をでっち上げるくらいのことは初歩よ!?」
「弱気なことだとライバルにもしてもらえないのよ!?わかる!?」
先輩連中の迫力あるお言葉にすっかりビビってしまったサーシャである。
地球ではこれくらいのパワーがないと恋もできないのかと思っても仕方はあるまい。
その女性陣の外側では、一般男性が完全に恐怖の視線を向けているとも気付かずに・・・
あんな女に惚れられなくて、ホントに助かった・・・と。
その頃、科学局では真田が背筋に走った悪寒にぶるっと震えたところだった。
「どうしました?」
側にいた部下が心配そうに声をかけてきた。
「また熱でも?」
1月中旬にクレーンにラリアートを喰らって負った怪我はまだ治っていない。時々熱を出していることを直属の部下達は気付いていた。
もっともその熱の直接の原因が仕事に熱中しての徹夜による疲労のせいだとも知っていたが。
「・・・いや・・・なんだか、もの凄くイヤな予感がする・・・」
そしてユキが科学局に現れた。
カフェテリアでの騒ぎは既に真田の元まで伝わっていた。
何を言いに来たのかわかっていたので真田が先に攻撃に出た。
「個人別でのお返しは一切しないぞ」
先を読まれてユキがうっ。
「でも真田さん、多感な乙女としては・・・」
「多感でない乙女の方が多すぎるんだろうが!俺を破産させる気か!?」
ここでバレたら何が起こるかわかったものではないので真田も内心必死である。
「別に高価なモノでなくてもいいのよ。一大決心をして告白した女の子の気持ちをわかってくれてもいいじゃない!」
「ユキ」
ふいに真田の声が低くなったのでギク。
「君がヒマだというのは知っている。平和な日常での楽しみのために義理の姪をけしかけるのが悪いとは言わない。彼女の成長の糧になる限りにはおいては、だ」
「け、けしかけてなんか・・・」
「昨日のカフェテリアでの言動、あれは何だったか説明できるのか?」
ううっ!と言葉に詰まる。
「2月14日だけでも頭が痛いのに3月にまで頭痛の種を持ち越さないでくれ!はっきり言う。俺には3月14日に何かするつもりは全くない!たとえあったとしても言えるはずがないだろう!」
ユキなんぞに知られた時にはどんな邪魔と見物人が付いてくるか考えたくもない。真田は断固として言い切った。
「だいたい、何度言えばわかるんだ!俺の好みはしとやかな黒髪の年上の美人だ!!」
「気持ちはわかるが、あれでは逆効果だと思うがね」
デスクに肘をついて額を押さえている真田に山崎が笑いを抑えながら珈琲を差し出した。
「逆に闘志を燃やすのが増えるんじゃないのか?」
「・・・だからって他にどーしろって言うんですか?」
本気で熱が出そうな気がする真田である。
「あれ全てに一々返礼できるわけないんですからね」
どのみち9割まではジョークと義理なのだからするつもりもないのだが。
「全く・・・俺がいったい何をしたっていうんだ」
「してないから問題なんだろう?」
クスクス笑っている山崎を真田がちろりと見上げた。
「してない?」
「さっさと決まった恋人なり、嫁さんなりをもってしまえば収まるだろう?」
「・・・妥協したくないだけです」
人、それを高望みともいう。
「人生時には諦めも必要だぞ」
そう言ってから山崎がふと真顔になった。
「いや・・・君や島君の場合は諦めよりも忘却か」
小さく息を吐いて真田は視線を逸らせた。
「・・・努力は必要だぞ?」
「いまだにね・・・夢を見るんですよ」
つぶやくような声。
「まるで、『忘れるな』って言われているようで・・・」
「次の誕生日には莫のぬいぐるみをプレゼントしてやろうか」
持ち歩けるように小さいキーホルダー型のとセットでな、と言われて真田が苦笑した。
「でもあの連中の中から選べと言われたら素直に亡命しますからね」
「だから少しは遊べと言ってるだろう?」
交友関係を広げないといつまで経っても同じだとはわかってはいたが、そのヒマがないのだから真田にしてみれば無理な話はしないでくれとしか言えない。
「そのヒマがあれば今頃こんなことにはなっていませんよ」
「結果、島君と謀略中か?」
なにしろ続けて島が夕方通って来ているのだ。局長室で盗聴防止装置まで働かせてのこそこそ話を続けていれば山崎あたりでは気がつかない方がおかしい。
「・・・他言は無用ですからね」
「せめてスーツくらいは着ていけよ」
「協力してもらえますか?」
真田が笑った。
せっかくの休日な土曜だというのに朝からがっくりとしょんぼりしている娘の様子に守が驚いた。
「どうした?何があったんだ?」
「・・・なんでもないの・・・くすん」
「誰かにいじめられたのか!?」
「違うの・・・ねぇお父さん?」
「ん?なんだ?」
「あたしって・・・そんなに魅力ないのかなぁ」
いきなりそんなことを訊かれれば普通の父親は仰天するだろうが、この男は違った。
「な、何を言い出すんだ!おまえはこの俺とスターシャの娘だぞ!?魅力がないわけがないだろう!」
きっぱりと言い切るところがこの男なのである。
「だって・・・」
「おまえの魅力に気がつかないような男なんか、さっさと振ってしまえ!そしてもっといい男を虜にすればいい!」
「・・・あなた、ちょっと」
思わず頭痛を覚えたスターシャが守の耳を引っ張った。
「スターシャ、し、しかし・・・」
シッシ、と夫を後に追い払うとスターシャが娘の前に座った。
「サーシャ、世の中には自分の感情に素直になれない殿方もいるのですよ。あなたの想い人がそうではないとちゃんといえるの?」
スターシャの一言にサーシャが思わず考え込んだ。
「自分の感情より義理や友情を優先させてしまう優しい性格の方もいらっしゃると聞くわよ」
「・・・えーっと・・・」
ここで本気で考えてしまうところはしっかり古代家の血筋であろう。
「諦めるのはその方から直接はっきりと理由を告げられてからでも遅くはないでしょう?」
「・・・うん」
娘の想い人を知っての上で煽る母親もちょっと困ったモノかもしれない。
もっとも、イスカンダル人でしかも王族のスターシャにしてみれば『年齢差』というモノが障害になるという認識そのものがないのでこれもある意味当然なことなのかもしれないが。
「なら泣いている時間はないわよ?もっと自分を磨いてその人好みの女性になるか、それとも言い寄っても誰にも文句を言わせないくらいのいい女にならないといけないでしょう?」
「うん!」
これで元気を取り戻すのだから、娘は性格的にはホントに夫そっくりだと思うスターシャだった。
「サーシャの好きな男が誰か知ってるのか?」
守が妻に訊いたのは元気を回復したサーシャがいそいそとどこかへ出かけた後のことだった。
「もちろんよ。だから煽っているの」
しれっと言い返される。
「し、しかし年齢差というモノが・・・それもあいつ、俺より年上なんだぞ?」
信じたくはないがセーターの贈り先はあいつだった。まさかまさかと思いつつ、スターシャの知る娘の思い人が別人であることを心密かに願ったが戻った返事がその願いを粉砕してくれた。
「地球時間でたかが3ヵ月、誤差の範囲でしょ?年齢差?それに何の意味があるのかしら?」
「・・・本気か?」
「では彼以上のいい男をあなた知ってるの?」
あっさりと聞き返されて守が言葉に詰まった。
たしかに性格はちょっと歪んでいるがそれほど悪いとはいわない。間違っても浮気するようなヤツでもない。それなりの給料ももらっているし、生活能力もゼロに近いがマイナスではない。多少個性的な外見ではあるが、慣れれば問題はないことは守が一番よく知っている。
・・・そうだよな。考えてみれば・・・サーシャの幸せを考えれば・・・
いや待て!それでいいはずがない!絶対に良くない!あいつが義理とはいえ俺の息子になるだとぉ!?そんなことが良いことのはずがない!!確実に間違っている!そんなことを許してたまるかぁ!
「ダメだ!たとえ宇宙の神が許しても、俺が許さん!」
「私は許しますわよ?」
そして古代家で家庭争議が発生した。
つまりは真田志郎という男がいまだ恋人のひとりも作らずに独身でいることが諸悪の根元なのだ、と守が悟るまでそれほどの時間はかからなかった。
ではコトは簡単だ。
真田を結婚させればいいのだ。
「真田ぁ!!」
親友が飛び込んできた時、真田はまだベッドに同化していた。
「ん・・・なんだ?朝っぱらか・・・」
「もう昼だ・・・じゃない!結婚しろ!今すぐ結婚しろ!」
ベッドの上で馬乗りされながらパジャマの胸ぐらを掴みあげられてそんなことを言われれば目も覚める。
「な・・・!なんだ!いきなり!」
「うるさい!誰でもいい!今すぐ結婚しろ!さっさとカマド持ちになれ!」
目を血走らせている守に迫られてしまった真田である。
「待て!落ち着いて最初から説明しろ!」
「そんなヒマが・・・」
「どのみち今日は役所は休みだ!」
真田の両手が守の頬を両側からひっぱたいた。
「・・・それもそうだな」
「正気に返ったところでベッドから降りて珈琲淹れてもらおうか」
そんなわけで勝手知ったる親友の家で守が珈琲を淹れている間に家主は着替えを済ませてきた。
「相変わらず寂しい冷蔵庫だな。まともに食わないと怪我も治らんぞ」
珈琲と共にハムエッグがテーブルの上に出ていた。
「寝に帰るだけだからな」
ひっかけただけのシャツの胸元に包帯が見え隠れしてる。
「ギプスは取れたのか?」
「ああ。『ろくな事しない』からってテーピングはされているけどな」
とりあえず座って珈琲を一口。
「で、何の騒ぎなんだ?」
言われて押し掛けてきた理由を守が思い出した。
「おまえがまだ独身なのが悪い」
真田が全てを理解した。
「・・・俺にも好みってモノがあるんだが」
「妥協しろ」
「黒髪でしとやかな料理の上手い4歳年上の美人な女性を紹介してくれればすぐにでも」
「そんないい女がいたら俺が先に味見を・・・じゃない。そんなこと言ってるからいつまで経っても恋人ひとりできないんだろうが」
「・・・古代」
真田が深くため息をついて半分焦げたハムを口に入れた。
「気持ちは、わかる。だがな、俺はオシメを替えた相手には欲情できないタチなんだ」
「んなことは百も承知だ。だが問題はおまえの側でなくサーシャとスターシャなんだ」
テーブル越しにぐいと守が迫った。
「俺の家庭内の平安のためにも結婚しろ」
「俺の心の平安はどうなる」
「スターシャにまた押し掛けられるのとどっちがいい?」
胸ぐらつかまれての守の一言に数瞬の沈黙が走った。
「・・・ガルマンガミラスへ亡命してもいいか?」
「せめてシャルバートにしてくれ」
その時、ドアベルがちょっと間の抜けた音で来客を告げた。
真田が時計を見て、ドアホンを押したのだから島だろうと思った。
「誰だ?」
「多分島だよ。一緒に買い物に行く約束していたんだ」
守の手を離して立ち上がった。
「『どーせ起きないんだろうから、迎えに行く』って言ってたからな」
「買い物?おまえが?彼と?」
どういう買い物なのか、想像がつかない組み合わせだったので守が首をひねった。
それのわかる真田が苦笑しながら玄関にむかった。
「山崎さんも行くんだが。おまえも行くか?俺と島のスーツ見立ててもらう予定なんでな」
『真田さーん、起きてますかー?』
「おーう、今起こされたところだ。開いてるぞ。入ってくれ」
「スーツ?おまえが!?」
軍装以外の真田の礼装姿など見た記憶が見あたらない守である。
「何に使う気だ!?」
「パジャマに使う予定でないことは確かだ」
「・・・あれ?参謀長?」
入ってきた島が守の声に顔をむけた。
「着替えるから珈琲飲んで待っててくれ」
それだけ言って真田が奥へ引っ込んだ。
「朝っぱらからこんなとこで何してるんです?」
勝手に棚からマグカップを取り出すと珈琲を注いで飲む島。
「諸悪の根元を消失しようと思ってな」
「はぁ?」
「あいつが独身でいるもんで家庭争議が発生したんだ」
仏頂面の守に島がさらにキョトン。さらに聞き返そうとしたときに再び玄関で物音がした。
「起きてるのかー?」
ドアホン無しで山崎が入ってきた。そして島と同じように守を見つけてキョトンとした。
「家主は着替え中ですよ」
「?参謀長がなんでいるんだ?」
「真田さんが理由で夫婦ゲンカしたとか・・・」
「まだケンカにはなってない!」
「なんでおまえがスーツなんか・・・」
酷い言われ方のような気がしないでもないが、日常が日常なので肩をすくめるしかない真田である。
「デートの準備だそうだ」
山崎の一言に守がヒク。
「・・・誰と」
「ぼ・く」
にっこり笑って真田の腕につかまったのは島。
「・・・・・・・最近じゃ冗談にならないからやめといた方が良いと思うぞ」
「少なくとも私ではない」
島の襟首をつかんで真田からひっぺがす山崎。
「まさかと思うが・・・」
「おまえを誘うつもりもないから安心しろ」
「精神衛生のためにもそれ以上は考えない方がいいんじゃないかな?」
などという馬鹿話をしながらたどり着いた先は山崎行きつけの高級紳士服専門店。
いくら紳士服専門店といっても大男が4人もそろってぞろぞろ入り込むとイヤでも目立つ。
店員のひとりが山崎を見て近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなのをお求めで?」
「いや、このふたりに似合うのをと思ってね」
山崎が島と真田を指さした。
そうしてこうして、着々と計画は進行してゆくのであった。
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3月の出来事 *その3*   by亜瑠
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3月10日。古代守が地球を離れた。
目的地はタイタン。帰還予定は3月16日。
すかさず島がスターシャに電話をかけた。
「ええ。先月のお礼を、と思いまして。若輩者ですが食事にお誘いしてもよろしいでしょうか?」
もちろんスターシャが断るはずがない。
『まぁ、嬉しいですわ。喜んでお受けします』
「ありがとうございます。では14日の夕方、お迎えにあがります」
『お待ちしていますわ』
受話器を降ろし、島が真田を見上げた。
「相手は手強いぞ」
「覚悟の上ですとも」
スターシャとのデート。考えただけでも武者震がおこる。
「真田さんこそ、大丈夫なんでしょうね?」
「・・・努力はする」
ついに訪れた運命の3月14日・・・
一ヶ月前とは別の意味での悲喜こもごもなドラマが地球上のあちこちで繰り広げられていた。
サーシャの元にも義理のお返しがそれなりに積まれていたが、一番欲しい人は昼になっても無しのつぶて。やっぱりダメなのかなぁ・・・とさらにしょんぼり。
その姿に『本命男はどこのどいつだー!?』と嫉妬の炎を燃やす若者達がいたのだが、そんな連中は最初からサーシャの視界には入っていない。
遅めの昼食を取って仕事に戻ろうと歩いていたサーシャの目の前にブリーフケースを抱えた真田が姿を見せたので思わずどき。
「さ、真田局長・・・?」
呼びかけられて気がついたのは一緒にいた山崎の方だった。ほら、とつつかれて真田がようやくサーシャに気付いて顔をむけた。
「ん?・・・あぁ、サーシャか。そうだ・・・今日仕事の後ヒマか?」
フイに訊かれてさらにどき!
「え?あ、あの・・・」
「なんだ?デートの予定があるのか?なら・・・」
ついでの事のような真田の口調にサーシャが慌てた。
「ないです!全然ないです!とってもヒマです!」
思い切り強調するサーシャにふたりの男が笑ってしまった。
辺りで聞き耳を立てているのもいないようだし、真田がストレートに誘った。
「ならちょっと食事に付き合わないか?」
その先、サーシャの記憶は完全に曖昧になっていた・・・
サーシャが完全に正気に返ったのは真田に手をとられてレストランのエントランスをくぐった時だった。
目の前にはスーツ姿の真田が照れたような表情で立っている。
夢でもいい!最後まで覚めないでー!と心の中で叫んでしまったサーシャである。
「え?サっちゃん・・・?って、真田さん!?どうしたんです!?」
ぎょっとした声がふたりにかけられた。
「南部か。おまえはデートか?」
内心ギョッとしながらも真田は平然と聞き返した。
「な・・・なんで真田さんがサっちゃんと・・・」
「いいワインとチーズのある店ってことで一度来てみたかったんだよ」
ぬけぬけと言い返す真田に、たしかにいい店ですけど・・・の南部。
「でもなんで・・・」
「あのな」
真田が苦笑してみせた。
「この店だぞ?山崎さんとか島を誘ってきたらどうなると思う?」
確かに店内は南部くらいの年頃のカップルがほとんどである。普通の平日ならともかく、こんな特別な日に真田のような男が山崎や島みたいなのと連れだって来たりしたら目立つどころの話ではないだろう。
「・・・そうですね」
「ま、そういうわけだ」
「真田様、こちらへどうぞ」
店員に声をかけられ、真田はサーシャの肩を軽く抱くと歩き出した。
「康雄君?」
床から3センチくらい浮かんでいるサーシャとその彼女が飛んでいかないように押さえているようにしか見えない真田の後ろ姿を見送って南部が素直に納得した。
「・・・この店に真田さんってだけでも目立つよな、たしかに」
島の予測は完全に的中したことを真田はこのとき確信したのだった。
しかも早々に南部と出くわすという好条件。これで明日の言い訳はかなり減ること間違いない、と安堵したのであった。
「美味しくない?」
訊かれてサーシャはぷるぷると首を振った。
「美味しいけど・・・それよりオジサマとデートできた方がうれしくって・・・」
軍の制服かラフなジャケット姿しか見たことがなかったので今日もオジサマはどうせ制服だろうと思って少し地味にしたというのに、迎えにきた真田はきりっとスーツで決めていた。
その真田の姿を見た瞬間、サーシャはこんなステキなスーツでのお誘いだと知っていたらもっとかわいい服にしたのに!と激しく後悔したのだった。
真田がゆっくりとワイングラスを揺らした。
「・・・もうそろそろ私から卒業してもいい頃だろう?」
「オジサマ・・・?」
「サーシャの人生はまだこれからなんだよ?ずっと一緒に歩ける人を捜すべきじゃないかな?」
静かな、優しい声。穏やかな視線に見つめられる。
「でも・・・オジサマ、私のこと嫌いなの・・・?」
「嫌いじゃないよ。だからきちんと幸せになって欲しいんだ。誰からも祝福されるように・・・ね」
「オジサマだとダメなの?」
「・・・思いっきり反対しそうなのが思いつくだけで1名」
真田にしてみればその他にも呪いをかけてきそうなのが1個大隊くらいはいそうな気がする。しかしサーシャ本人はそんなことに全く気がついていない。
「オジサマには私より好きな人がいるの・・・?」
答は戻らない。真田はわずかに視線を落とし、グラスの中のワインを見ている。
「私じゃオジサマとずっと一緒に歩けないの・・・?」
「君には誰よりも幸せになって欲しいからね・・・」
サーシャが少しだけうなだれた。
「・・・探してみる。オジサマよりもっと好きになれる人。でも・・・」
「でも?」
「もし、そんな人がいなかったら・・・」
「いるよ。どこかに、きっと・・・ね」
その夜更け・・・真田が程良く酔っ払ったサーシャを送り届けたときには、スターシャはまだ帰宅していなかった。
サーシャは真田の腕を離さなかった。
「泊まっていって」
「サーシャ・・・」
「ね・・・一緒に寝てって言わないから」
父親の古代守は半径30万キロ以内にはいない。母親のスターシャも今夜は帰るかどうか。そんな状態の家に泊まったのがバレたりすると・・・いや待て、逆にスターシャに帰宅された方がかえって危険かもしれない・・・と考えた真田だが、潤んだ瞳で寂しそうに見上げられるとサーシャの手を振りきることができなかった。
「甘えん坊だな」
「オジサマにだけね」
サーシャの手が真田のネクタイを外した。
数日後、古代守が帰還した。
「き、局長!早く逃げてください!!」
飛び込んできた部下の悲鳴に真田は顔を上げた。
「どうした?」
「さ、参謀長が・・・」
「古代守が?どうしたって?」
「し、島さんを追いかけ・・・」
ドアのところで息を切らして報告している部下を突き飛ばして飛び込んできたのはその島だった。
「参謀長が逆上したんですよ!早く逃げないと!!」
「あぁ?・・・ああ、14日の一件だろう?」
島がスターシャとの『有閑マダムとツバメごっこ』を楽しんだと知れば守の攻撃の矛先はまず島に行くだろう。そうすればサーシャとの食事の一件は後回しにされるはずだ、としっかり年下の友人を盾に使うつもりでいた真田であるのでその程度のコトくらいは予測済みである。
しかし、事態は真田の予測レベルを超えていたのであった。
「なに呑気なコト言ってるんです!サっちゃん相手にいったい何したんです!?あれから彼女が何したか知らないんですか!?」
「俺は別れ話を持ちかけただけだぞ」
「そんなもん素直に受け入れるあの母子ですか!『まず外見からオジサマ好みになる』って髪の毛黒に染めちゃったんですよ!それもあって参謀長が完全にブチ切れ・・・」
皆まで聞かず、真田は立ち上がった。
「地球に思い残すことはあるか?」
「・・・ひとまず、やりたいことはしました」
どこからともなく『殺してやるー!!』との古代守の叫びが聞こえてくる。
時間はない。真田がうなずいて非常用脱出口を開けた。
「亡命先はガルマンガミラスとシャルバートとどちらがいい?」
「・・・希望通りの嫁さんを世話してくれる方」
銃声までが聞こえてきた。引きつっている島の顔に真田が笑った。
「ふたりでひっそりと幸せになろうな」
「はい」
「きさまらぁ!ふたりそろえて今日という今日は絶対に許さん〜〜!!殺してやるー!!」
「逃げるぞ!こい!!」
「はい!!」
・・・そして必死の逃亡劇が繰り広げられたのであった。
END(^^;;)
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