ラヴクラフト全集〈4〉
H・P・ラヴクラフト/大瀧啓裕訳
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彼方より From Beyond
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考えるだに恐ろしいのは、わが最大の親友、クロフォード・ティリンギャーストにおこった変化だ。わたしは二ヵ月半まえのあの日、ティリンギャーストがその形而下ならびに形而上的調査の向かいつつある目標について話したとき以来、一度も会ってはいなかった。あのとき、畏怖の念に襲われてほとんどおびえきったわたしの忠告に対して、ティリンギャーストは血迷った怒りを爆発させ、自宅の研究室からわたしを追いだしたのだった。わたしはそのとき、ティリンギャーストがほとんど食事もとらず、召使たちさえ閉めだして、電気を用いるあの呪わしい機械とともに、たいてい屋根裏の研究室に閉じこもっているのを知ったが、人間というものがたかだか十週間で、あれほどかわって醜くなってしまうとは思ってもみなかった。たくましい男が急に痩《や》せさらばえたのを見るのは、気持のいいものではないが、たるんだ皮膚が黄色というか灰色になり、目がおちくぼみ、目のまわりに隈《くま》ができて不気味に光り、額には血管がうきだして深い皺が寄り、手が震えたり痙攣《けいれん》したりするというのは、さらにひどいものだ。そしてこういうものにさらにつけ加えて、胸が悪くなるようなだらしなさがあり、ひどい恰好をしていて、ふさふさした黒い髪は根本が白く、以前はきれいに剃《そ》っていた顎鬚が色も白くかわり、伸びほうだいになっていれば、その全体的な効果といえば、まったくもって愕然とさせられるものだろう。しかし絶縁状態がつづいた後、一応意味の通った手紙によってわたしが訪れたとき、ティリンギャーストはまさしくそういう姿になりはてていたのだ。正直いって、震えながら蝋燭を手にもち、バネヴァラント通りからひっこんだ古びたわびしい家で、何か目に見えないものを恐れてでもいるかのように、こっそり肩越しにふりかえっているのは、いかさま幽霊じみた姿だった。
あのクロフォード・ティリンギャーストが科学と哲学を研究したというのが、そもそもまちがいだったのだ。この二つの学問は意思が強固で冷静な研究家にまかせておくべきものなのだ。その理由は、これらの学問が感情と行動で生きる者に、二つながらひとしく悲劇的な、二者|択一《たくいつ》の選択を迫るからだ。すなわち、探求に失敗した場合は絶望を、成功した場合は、いいようもなく想像もつかない恐怖をもたらす。ティリンギャーストは、以前は失意、孤独、憂鬱《ゆううつ》に苦しめられていたが、そのときわたしは、どうにも不快な恐怖を感じながら、ティリンギャーストがいましも成功しようとしていることを知った。十週間まえ、何を発見しかけているかを饒舌に話されたとき、わたしは警告をしてやった。するとティリンギャーストは顔を赤らめ、興奮して、おなじみのひどく細部にこだわるものとはいえ、不自然に声を高めてしゃべりだしたのだった。
「われわれは何を知っているというんだね」ティリンギャーストがいった。「われわれのまわりの世界と宇宙についてだ。われわれが印象をうけとる手段は莫迦ばかしいほどかぎられたものだし、まわりにある物体についてのわれわれの概念は、このうえもなく狭隘《きょうあい》なものなんだからな。われわれは見えるようになっているものしか見ていないし、見ているものの窮極の性質については、さっぱり理解してやしない。弱よわしい五つの感覚で、果しなく複雑な宇宙を理解しているふうをよそおってはいるが、われわれより強く、広く、異なった範囲の感覚をもっている他の生物は、われわれが見るものをまったくちがって見るだけじゃなく、間近にありながらもわれわれの感覚では絶対に見いだせない、物質、エネルギー、生命の世界全体を、その目で見て研究することもできるんだぞ。常つね思っていることだが、そういう手の届かない不思議な世界はわれわれのすぐそばに存在して、ついにこのぼくは、その障壁を破る方法を見つけだしたと思うね。冗談をいっているんじゃない。いまから二十四時間のうちに、テーブルの近くにあるあの機械が、われわれのうちに退化したものか痕跡器官としてのこっている、まだ存在さえ認められていない感覚器官に作用する、ある種の波長を生みだすことになっているんだ。人間には未知の数多くの景観や、われわれが生物と呼ぶどんなものにも未知ないくつかの景観を、その波長があらわにしてくれるだろう。犬が闇のなかで吠えたり、猫が真夜中すぎて耳をつきたてたりする、その原因になっているものが見えるだろうな。そうしたものだけではなく、いまだ生きているものが目にしたことのないものも見えるだろう。時間、空間、次元を重ねあわせ、まったく体を動かすことなく、創造の根底を覗き見ることにもなるだろう」
ティリンギャーストがこういったことを話したとき、わたしはやめろと忠告した。ティリンギャーストのことをよく知っていたので、面白がるどころかこわくなってしまったからだ。しかしティリンギャーストは血迷っていて、わたしを家から追いだしたのだった。それがいま、血迷っているところはかわりないとはいえ、話したいという欲求が激怒を克服するほどのものになっていて、かろうじてティリンギャーストのものだとわかる筆跡で、どうあっても来てほしいと手紙を寄こしてきたのだ。そして突如として震える妖怪じみたものに変身してしまった友人の住居に、わたしは足を踏みいれ、闇という闇のなかに恐怖がしのびこんでいるような印象をうけた。十週間まえに口にされた言葉や信念が、蝋燭の焔が照らす範囲を超えた闇のなかに具現しているようで、わたしはこの家の主人のうつろなものになってしまった声に、胸を悪くした。召使たちがいることを願っていたので、三日まえに全員出ていってしまったといわれたときには、どうにもいい気持はしなかった。すくなくともあのグレゴリーまでもが、わたしのような友人に何もいわずに主人を見すてるということが、不思議に思えたものだ。わたしが激怒によって追いだされてから、ティリンギャーストのことをあれこれ知らせてくれたのは、グレゴリーだったのだから。
しかしまもなく、わたしの恐怖は、つのりゆく好奇心と魅惑に呑みこまれてしまった。クロフォード・ティリンギャーストがわたしに何を望んでいるかは、推測することしかできなかったが、何かわたしに知らせたい秘密をもっているか発見をしたことは、確実だった。考えることもできないものに探りをいれようとする、ティリンギャーストの尋常ならざる企てに、以前わたしは抗議をしていたのだが、どうやらある程度成功しているらしく、その勝利の代償は恐ろしいもののようだったが、わたしはそのときのティリンギャーストの気持がおおよそわかるように思った。やつれはてた震える男が手にする蝋燭が、焔を揺らしながら進んでいくかたわら、わたしはそのあとにつづいて、暗くうつろな家のなかを歩いていった。電気は切られているらしく、そのことをたずねてみると、しかるべき理由があるのだといわれた。
「ひどすぎる……とても無理だ」ティリンギャーストはそうつぶやきつづけた。わたしはそのことに気づかずにはいられなかった。ティリンギャーストはひとりごとをいうような男ではなかったからだ。屋根裏の研究室に入ると、病的な菫《すみれ》色を発して不気味に輝いているあの忌わしい機械を、わたしはじっくりと観察した。強力な化学電池に接続されていたが、別に電気は流れていないようだった。実験段階で、作動中に音を立てていたことを知っているからだ。ティリンギャーストはわたしの質問に答えて、この永久の輝きが、わたしの理解できるような意味での電気によるものではないのだとつぶやいた。
ティリンギャーストは機械の近くに腰をおろしていたので、わたしの右側にいたことになるが、やがてガラス球がおびただしくあるその下に手を伸ばして、スイッチをいれた。お馴染《なじみ》の音がしはじめて、こもるような音にかわり、最後には低い響になってしまったので、いずれやんでしまいそうに思われた。一方、輝きは強まっていき、そのあと弱まってからは、淡い異界的な色というか、わたしにはつきとめることも描写することもできない、さまざまな色のまざりあったものになった。ティリンギャーストはわたしをじっと見つめていたが、わたしの当惑した表情に気づいたのだろう。
「これが何だかわかるか」そう囁き声でいった。「これが紫外線なんだ」わたしが驚いたのを見て、妙なふくみ笑いをした。「紫外線が目に見えないと思っていたんだろう。そのとおりだ――しかしいまのきみは、紫外線だけじゃなく、ほかにも目に見えないものを数多く見ることができるんだ。
「よく聞くんだぞ。この機械から出る波長が、われわれのなかで眠っている無数の感覚を目覚めさせているんだ。独立した電子の状態から、有機体としての人間の段階にいたるまでの、悠久の歳月にわたる進化から、われわれがうけついでいる感覚を目覚めさせているんだ。ぼくは真実の姿を見た。それをきみにも見せてやるつもりだ。どんなものだかわかるかね。教えてやろう」ティリンギャーストはわたしの正面に坐り、蝋燭の焔を吹き消して、恐ろしくもわたしの目をじっと見つめた。「きみがいまもっている感覚器官がまず耳だが眠りこんでいる器官に密接に関係しているから、印象の多くをひろいあげるだろうな。ほかの印象もひろいあげるだろう。きみは松果腺のことを聞いたことがあるんじゃないか。浅薄な内分泌学者、フロイト派のなりあがり者や莫迦には、笑いがとまらないね。松果腺は感覚器官のなかで最もすぐれたものなんだ――ついにそのことをつきとめたのさ。結局のところは視覚のようなもので、映像を脳に伝えるわけだ。正常な場合、そうして印象の多くをひろいあげるのさ……もちろん彼方からの印象ということだがね」
南側の壁が傾斜していて、普通の目では見えない光線にぼんやりと照らされている、広い屋根裏部屋を、わたしはじっくり眺めまわした。遠くの隅は闇につつまれていて、部屋全体が、その性質を曖昧にさせ、想像力を転変やむことのない象徴と幻想にいざなう、模糊《もこ》とした非現実性を帯びていた。ティリンギャーストが口をつぐんでいるとき、遙か昔に亡くなった神がみの信じられない広大な神殿にいるように思えたものだった。湿った石造りの床から、視界を超える曇り空にまで、黒ぐろとした石柱がおびただしく林立している、何か朦朧《もうろう》とした建築物にいるように。その情景はしぼらくきわめて生なましいものだったが、さらに恐ろしい概念へと次第になりかわっていった。何も見えず、何も聞こえない、無限の宇宙における絶対の孤独へと。空虚があるばかりで、それ以外には何もなく、わたしは恐怖に圧倒されるあまり、プロヴィデンス東部で夜に襲われて以来、暗くなってからはいつも携行しているリヴォルヴァーを、尻のポケットからとりだしたい衝動に駆られたほどだった。するうち、遙か彼方の最果《さいはて》の領域から、低い音が聞こえてきた。このうえもなくか細く、微妙な振動をともなう、紛れもない音楽だったが、奇怪さを超越したものがあって、その衝撃といえば、全身が甘美に苦しめられるようなものだった。すりガラスをひっかいたときにおぼえるような感じがした。同時に冷風のようなものが強まって、遙かな音のしている方向から吹きこんでくるようだった。かたずを呑んで待っていると、音と風の両方が強まっていくのがわかった。その効果といえば、巨大な汽車が迫ってくる線路に、縛りつけられているというような、奇妙な考えをもたらすものだった。わたしがティリンギャーストに話しかけると、そうした印象はすべて不意になくなってしまった。わたしはひとりの男、輝く機械、ほの暗い部屋だけを見ていた。ティリンギャーストはわたしが無意識のうちにとりだしていたリヴォルヴァーを見て、何とも嫌らしい笑みをうかべていたが、わたしはその表情から、ティリンギャーストもわたしとおなじものを目にし、耳にしていることを確信した。わたしが経験したもののことを囁き声でいうと、ティリンギャーストはできるだけ静かにおとなしくしているようにといった。
「動くんじゃないぞ」ティリンギャーストが警告した。「この光線のなかでは、見ることができると同時に、見られているんだからな。召使たちが出ていったことはいったが、いまからその理由を教えてやろうか。血のめぐりの悪いあの家政婦のせいなんだ――命令しておいたのに、あいつが階下の灯をつけたから、電線が振動をとらえてしまったんだ。ひどいものだったにちがいない別の方向からのものが見え、音が聞こえているというのに、ここにまで悲鳴が聞こえてきたし、そのあと悍《おぞ》ましいことに、家のなかに服だけが何着も見つかったからな。アップダイク夫人の服は玄関ホールの灯のスイッチ近くにあった――だからアップダイク夫人が何をしたかがわかったんだ。全員がやられたわけさ。しかし体を動かさないかぎりは安全だ。われわれにはなすすべもない恐ろしい世界を相手にしていることを、くれぐれも忘れるんじゃないぞ……じっとしているんだ」
意外な事実と不意の命令があわさったショックで、わたしは一種麻痺したような状態になり、恐怖に圧倒されながらも、ティリンギャーストが「彼方」と呼ぶものから届く印象に、また心を開けた。わたしはそのとき音と運動の渦のなかにいて、目のまえには混乱した情景があった。部屋のぼんやりした輪郭を目にしたが、虚空《こくう》のどこかから見定めがたい形の逆巻く雲のようなものが、わたしの右手の頭上から、堅い屋根をつき抜けて、そそぎこんでいるようだった。やがてわたしはまた神殿のようなものを見たが、今度は柱が光あふれる天空にまで届いていて、そこからはさっき目にした雲のようなものに沿って、目眩《めくるめ》く光線が放たれていた。そのあと、情景はまったく変幻きわまりないものになり、光景、音、何かはわからない感覚――印象の混乱のうちに、わたしは自分の体が溶けてしまうのではないか、体が定まった形をなくしてしまうのではないかと思った。あるはっきりした閃光だけはよくおぼえている。忘れてしまうようなことはないだろう。わたしは一瞬、輝きながら旋回する球体に満ちる、不思議な夜の空の一部分を見たように思ったが、それが消え去ると、いくつもの燦爛《さんらん》たる太陽が、定まった形の星座か銀河をつくりあげているのを見た。この形というのは、クロフォード・ティリンギャーストの顔を歪めたものだった。別のときには、巨大な生きものがわたしのそばを通り、ときとして実体があるはずのわたしの体を抜けて、歩いたり漂ったりしているように感じ、ティリンギャーストがわたしよりもよく慣れた目で、はっきり見えるかのように、そうした生きものをまざまざと見ているように思いもした。そしてわたしはティリンギャーストが松果腺についていったことを思いだし、ティリンギャーストがその尋常ならざる目で、いったい何を見ているのだろうかと思った。
突然わたしは一種増大した光景に心奪われるようになった。光と影からなる混沌としたものの上に、ぼんやりとはしているが、密度と永続性の要素をもった光景があらわれたのだ。正直いって、どことなく馴染《なじみ》のあるものだった。尋常でない部分が、ちょうど劇場の絵のあるカーテンに映画が映されるように、ごく普通の地上の情景に重ねあわされていたからだ。わたしは屋根裏の研究室、機械、対面するティリンギャーストの見苦しい姿を見ていたが、馴染のあるものに占有されていない空間が、すべて空虚ではなくなっていたのだ。生きているいないは別として、いいようのない形のものが、胸のむかつくような混乱した状態のなかでいり乱れ、識別できるもののすぐ近くには、この世のものならぬ未知の実体の世界全体が広がっていた。知っているもののすべてが未知のもののなかに入りこんでしまったか、あるいはその逆のようだった。生きているもののなかで最もまえにいるのは、黒ぐろとしたゼリーのようなばけもので、機械の振動にあわせてだらしなく揺れていた。それが忌わしいほど数多く存在していて、恐ろしいことに、たがいに重なりあっているのだった。つまり、なかば流動的なため、たがいに、そしてわたしたちが実体があると思っているものに対しても、入りこむことができるのだった。じっとしていることはなく、何か邪悪な目的をもって、絶えず漂い動いているようだった。ときにはたがいに喰いあうことがあって、攻撃するほうは一気に餌食に飛びかかって、あっというまに喰いつくしてしまうのだ。わたしは身震いしながら、不運な召使たちを何が消してしまったかを知ったように思い、ばけものじみた存在を意識から閉めだすことができないまま、わたしたちのまわりにある、新しく見えるようになった世界の他の特徴を、やっきになって観察しようとした。しかしわたしをじっと見ていたティリンギャーストが、口を開いてこういった。
「見えるか。見えるだろう。常にきみのまわりで漂ったり跳ねまわったりしているものが、いまはっきり見えるだろう。人間が純粋な大気とか、青い空とかいっているものをつくりだしている、あの生物どもが見えるだろう。このおれは障壁を破ることに成功したんじゃないのか。生きている者がこれまで見たこともないものを、きみに見せてやっているんじゃないのか」わたしは恐ろしい混沌のなかでティリンギャーストの悲鳴を聞き、わたしのすぐまえに猛だけしく突出された、ティリンギャーストの荒あらしい顔を見た。ティリンギャーストの目は焔の穴で、わたしをくいいるように見つめているその目に、わたしはいまこそ圧倒的な憎しみを読みとった。機械はひどい唸りをあげていた。
「こうしたのたうつものどもが召使たちを殺したと思っているんだろう。莫迦め。こいつらは無害なんだ。しかし召使たちは行ってしまったというんだろう。おまえはおれをとめようとしたな。はげましが欲しいと思っていたおれを、はげますどころか、水をさしたじゃないか。おまえは宇宙の真理をこわがっていたんだ。この臆病者め。しかしもう逃げられんぞ。何が召使たちをかたづけたと思う。何が召使たちに悲鳴をあげさせたと思う……まだわからんのか。まあ、すぐにわかることになる。おれを見るんだ――おれの言葉を聞け。おまえは時間や大きさというものが本当にあると思っているのか。形や物質のようなものが本当にあると思っているのか。いってやろう。このおれはおまえのやわな頭では思い描けないような深みにまで探りをいれたんだ。無限の果の彼方を見て、星ぼしから魔物どもを呼び寄せたんだ……世界から世界へと移って死と狂気を撒き散らす、影の存在をおれはつかっているんだ……宇宙はいまやおれのものだ。聞いているのか。やつらがいまおれを追っている――むさぼり喰い、溶かす奴らが。しかしおれは奴らをかわす方法を知っている。奴らが召使たちを捕えたように、今度捕えるのは、おまえなんだ……身じろぎしているな。動いたら危険だといっておいたはずだ。これまでのところは、じっとしているようにいって、おまえを救ってやっていた。多くのものを見せて、おれの話に耳をかたむけさせるためにな。動いていたら、もうとうの昔に奴らに捕えられていただろう。心配することはない。奴らも害はおよぼさない。召使たちにも害をおよぼさなかった――召使たちにあわれな絶叫をあげさせたのは、奴らの姿だったんだ。おれのペットたちはかわいくはないからな。美的な標準がまるっきりちがっているところから来たんだから、それも当然のことじゃないか。分解には痛みはない――確かだよ。しかしおれはおまえに奴らを見せてやりたいんだ。おれはもうすこしで目にしてしまうところだったが、目にするのを避ける方法を知っている。興味があるか。おまえが科学者じゃないことくらいは、まえからわかっているさ。震えているのか。おれが見つけだした窮極のものを見るのが恐ろしくて、震えているのか。じゃあ、動いたらどうなんだ。疲れたのか。心配することはない。奴らがやってきているんだから……ほら、見ろよ。見るんだ。おまえの左肩にいるじゃないか……」
このあとのことで記すようなものはほとんどないし、新聞の記事を読んでいる人なら先刻ご存知だろう。警官がティリンギャーストの家でおこった銃声を聞きつけて、家のなかでわたしたちを発見した――ティリンギャーストは死に、わたしは意識を失っていた。リヴォルヴァーを握っていたことで、わたしは逮捕されたが、ティリンギャーストの死因が脳溢血で、リヴォルヴァーの撃ち抜いていたのが、手のほどこしようもなくこわれて床におちた、あの有害な機械であることがわかったので、三時間で釈放された。わたしは目にしたものをほとんど何もしゃべらなかった。検視官が疑いをもつことを恐れたのだ。しかしわたしが口にしたおおよその話から、医者はわたしがまちがいなく、恨みをいだく狂った殺人者に催眠術をかけられたのだと、そういったものだ。
できることなら、医者の言葉を信じたい。自分のまわりや頭上の大気や空について、どうしても考えざるをえないものをはらいのけられるなら、わたしの騒ぐ神経も安らぐことだろう。わたしはひとりきりでいて心地良く感じることはもうないし、疲れているときには、追われているという恐ろしい感じが、ときとして背筋を凍らせる。医者の言葉が信じられないのは、ごく単純な事実のせいなのだ――警官たちはティリンギャーストが殺害したといっているが、召使たちの死体はまだ発見されてはいない。