ラヴクラフト全集〈3〉
H・P・ラヴクラフト/大瀧啓裕訳
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潜み棲む恐怖 The Lurking Fear
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1 煙出しを覆う影
潜み棲む恐怖の正体をあばくため、テンペスト山の頂《いただき》にある無人の館へ出かけていった夜、あたりには雷鳴がとどろいていた。文学と実生活にあらわれる未知の恐怖に関して、わたしをひたすら一連の探求に駆りたてていた、怪奇なものと恐ろしいものとに対する愛情、あのときはその愛情にも無鉄砲さは結びついていなかったから、わたしはひとりきりではなかった。しかるべきときが来てわたしが呼んだ、信頼のおける屈強な男がふたり、わたしとともにいた。このふたりは驚くほどこういう仕事にうってつけの気質の持主だったので、わたしの怖気《おぞけ》立つような調査に、長いあいだたずさわってくれていた。
わたしたちは、悪夢にも似た死をもたらした一ト月まえの冥《くら》い恐怖のあとも、立ち去りがたく村に残っている記者連中の目を避けて、こっそりと村を抜けだした。あとになって、力をかしてもらえたかもしれないと思ったりしたが、当時の心境としては、記者連中にはどうしても随行してもらいたくなかった。しかしあのときともに調査をしていさえすれば、あんなにも長いあいだ、ひとりで秘密を背おいこんでいなければならないことはなかったかもしれない。自分が気違いだと呼ばれたり、魔的な意味を知った世人が発狂したりすることをおそれて、自分ひとりの胸に忌《いま》わしい事実を秘めておく必要はなかったかもしれない。ともかく、くよくよ考えこんだあげく気がふれてしまわないように、事実を書き記しておこう。どうせこうなるなら、隠しだてなどしなければよかった。なぜならわたしが、それもわたしだけが、妖しい無人の山に潜み棲む恐怖の正体を知っているのだから。
わたしたちは樹木の生い茂る登り道に達するまで、原生林や丘を小型乗用車で走りとおした。あたり一帯には、夜に麓《ふもと》から見る情景につねづね感じる以上の不気味さがあったから、調査に首をつっこむ野次馬連中がいないのを幸いに、麓の注意を惹くおそれはあったが、ときおりはアセチレンのヘッドライトをつけたい気分にもなった。暗くなってからのこの一帯ときたら、薄気味悪い場所を絵に描いたようなところで、そこに跳梁《ちょうりょう》する恐怖のことを知らなかったとしても、あたりに漂う病的な気配は十分に察知できただろう。野生の動物は一匹たりともいなかったが、あるいは彼らは、死が窺《うかが》い寄ったときには逃げだすという、賢明な術を身につけているのかもしれない。落雷をうけて裂けた古木は、不自然なほど大きくねじれあがっているように見えたし、植物は狂おしく密生し、雑草がはびこり、閃電岩《せんでんがん》の認められる草深い地面に点在する奇妙な塚と土饅頭《どまんじゅう》は、巨大な大きさにふくれあがった蛇、あるいは死人の頭蓋を思いおこさせた。
潜み棲む恐怖は一世紀以上もの長期にわたってテンペスト山に巣喰っていた。この地にはじめて世間の関心を惹き寄せた、例の災害を報じたてた新聞に目をとおして、わたしはそのことを知った。問題の場所というのは、キャッツキル地方のものわびしい高地で、一時期オランダからの移民が定住の努力をはかなくしたものの、荒廃した館を二、三残しただけでひきあげ、所有権獲得のために入りこんだわずかばかりの堕落した者たちが、孤絶した斜面にあわれをもよおす小屋を建てていくつもの部落を作っている。一般の者は、州警察が設置されるまでほとんどこの地に足を踏みいれることはなかったし、今日ですら、州の騎馬警官がごく稀《まれ》に巡視する以外、あえて訪れる者もいない。しかし恐怖は近隣の村落間に古い伝承として存在しつづけている。それというのも、自分たちでは、手にいれたり、栽培したり、作ったりすることのできない素朴な生活物資と交換するため、ときおり手製のかごをもって谷間を離れる貧しい混血の部落民にとって、その伝承が単純な会話におけるとびきりの話題であるからだ。
潜み棲む恐怖は、朽ちた無人のマーテンス館に根をおろしていたが、その館は、よく雷をともなった嵐が訪れるところから大嵐《テンペスト》山の名を与えられている、小高い平坦な丘の頂にある。鬱蒼とした樹木にとりかこまれたこの古びた石造りの館は、もう百年以上にわたって、たとえば夏になると出没する、音もたてずにしのび寄る巨大な死神といった類《たぐい》の、このうえなく破天荒で忌わしい物語の恰好の舞台となっていた。部落民たちは、涙さえうかべながら、暗くなってからひとりきりで旅をする者を捕えては、どこかへ連れ去ったり、体をばらばらにしてむさぼり食ったりする悪魔の話をしつように物語り、はては、遠くにある館までつづく血痕のことを囁くこともあった。ある者は雷鳴が潜み棲む恐怖をその棲家から呼びだすのだといい、また、雷鳴こそがそのものの唸り声なのだという者もあった。
こういうありさまだから、わずかに垣間《かいま》見られたという悪魔を大げさで支離滅裂に語った、どうにも矛盾だらけで口うらのあわない話を信用する者など、辺境の森林地の外では誰もいなかったが、それでも農夫や村人のうちのひとりとして、マーテンス館に妖魅が出没することはないと言明できる者はいなかった。部落民のあいだでとりわけなまなましい話が口にされるようになって以来、調査家が何度となく館を訪れ、その結果、忌わしいものの存在する証拠が何一つ見いだせなかったにもかかわらず、古くからの言い伝えはあいかわらず深く根をおろし、疑いをさしはさむ余地をまったく与えなかった。老婆たちはマーテンス家の幽霊についての不可思議な伝説をさまざまに物語ったが、その伝説というのは、マーテンス一族にまつわるもので、一族に遺伝されてきた左右が相違する奇妙な目と、その長く異常な年代記と、一族に呪いをかけた殺人事件のことである。
この地に潜み棲む恐怖にわたしが招き寄せられたのは、部落民の語る奔放な伝説が、忽然として、不吉にも疑う余地のない事実として目のまえにあらわれたからだった。前例のないような、猛り狂う雷霆《らいてい》もおさまったある夏の夜、単なる幻覚ではおこるはずのない部落民の途方もない大騒ぎによって、近隣の地に住む者は眠りを破られた。あわれな部落民たちが、古くから語りつがれ、決して否定することのできない名状しがたい恐怖のことを、おびえた顔で、泣き叫びながらわめきちらした。そのものをしかと見とどけたわけではなかったが、部落の一つから絶叫が聞こえ、しのび寄る恐怖がそこにあらわれたにちがいないというのである。
朝になると、村人や騎馬警官が、震えあがる部落民を先に立たせて、死神があらわれたという場所に出かけた。いかにもその場所には死があった。稲妻の一撃が悪臭漂う荒屋《あばらや》のいくつかを破壊し、地面をえぐりとっていた。確かに財産上の損害がおきていたが、しかしそんな被害を些少なものにしてしまう、有機的な惨劇がそこにはおきていた。その区域にいるべきはずの七十五名の住民のなかで、生き証人になれる者はひとりもいなかった。荒れた地面には、悪魔の歯と爪とがもたらした、あまりにもなまなましい猛威の証左となる、血と肉塊が散在していた。しかしこの殺戮《さつりく》の場から、悪鬼の退散したあとは毛ほども見いだせなかった。何らかの狂暴な野獣がこの出来事の原因であるという意見には、その場にいあわせた者もみな同意したが、結局誰ひとりとして、このように神秘につつまれた大量殺人を、道徳が地に落ちた部落でおこりうる、あさましい所業としてかたづけようといいだす者はいなかった。その説については、死体の数をかぞえて二十五名の者がいないという事実が判明してから、はじめて人の口にのぼった。しかしそのときでさえも、五十名の者をその半数の者が殺しえたという可能性は立証しがたく、ある夏の夜、落雷がおき、無残にも切られ、噛《か》まれ、ひき裂かれた死体が残されたというこの怪事実は、厳然として解明不能のまま残されたのである。
この事件に興奮した村人たちは、問題の土地が三マイルも離れたところにあるにもかかわらず、恐怖の元凶を朽ちはてたマーテンス館に結びつけた。騎馬警官は懐疑的だったが、ときとして館を捜査の対象に組みこんで、そこがまったく無人の地であることを知ってからは、もはやかえりみなかった。しかし周辺の村人たちは、細心の注意をはらって館を調べあげ、なかにあるありとあらゆるものをひっくりかえし、池や小川をさらえ、灌木をうち、まわりの森林をくまなく捜査した。しかしすべてはむなしく、どこからともなく到来した死は、殺戮を除いて、何らの痕跡も残していなかった。
捜査も二日目をむかえると、事件は新聞の報道するところとなり、記者連中がテンペスト山を駆けまわっていた。記者連中は詳細に事件を報じ、老婆たちの語る恐怖にみちた昔話をさまざまなインタビューから説き明かしていた。恐怖の究明を専門とするわたしは、最初は気乗りもせずに新聞に述べられているところを読みついでいたが、一週間後には、心を奇妙にかきたてる雰囲気を感じとり、一九二一年八月五日、テンペスト山近くの村にあるレファーツ・コーナーズのホテルに群がる記者連中の只中にとびこんで、宿帳に名前を記し、そのホテルをわたしの捜査本部に定めたのだった。さらに三週間がすぎると、記者連中もしだいにひきあげていき、おかげでわたしは、その間たゆまずおこなっていた、こと細かな調査と測量の結果に基づき、恐ろしい探索を心おきなく開始できることになった。
そしてあの夏の夜、遠くで雷がとどろいているかたわら、わたしはエンジンをとめた車をあとにして、武器をもったふたりの仲間とともに、前方の樫の梢ごしに姿をあらわしはじめた亡霊のような灰色の壁に角燈の光を投げかけながら、土饅頭のような塚の点在するテンペスト山をつき進んでいった。漠々《ばくばく》とした角燈の光が力なく揺れる夜闇のなかでは、大きな箱にも似た館が、太陽の光のもとでは決してつまびらかにされることのない恐怖を、ぼんやりとほのめかしているかのようだった。それでもわたしは、自分の考えを確かめる断固たる決意を胸にいだいていたので、すこしもためらうことがなかった。事実、わたしは雷が死をもたらす魔物をどこか空恐ろしい秘密の場所から招きだすのだと思いこみ、その魔物が確固とした躰を備えているのか、あるいは実体のない疫病のようなものであるのかを見きわめようとしていた。
先にこの朽ちはてた館を十分に調べていたので、その結果、綿密な計画はできあがっていた。まず、寝ずの見張りをするための場所として、この地方の言い伝えのなかでたいそう取沙汰されている、殺害されたジャン・マーテンスの部屋を選んだ。かつての犠牲者の部屋が、一番目的にかなっているという感じが漠然としていたからである。約二十フィート平方のこの部屋は、他の部屋と同じように、その昔は立派な家具であったものの残骸をいまに残していた。部屋は二階の南東部に位置し、東に面する大窓と南むきの小窓は、両方ともにガラスも鎧戸《よろいど》もなくなっていた。大窓に面して、〈放蕩息子〉を題材にした彫刻のある、豪奢《ごうしゃ》なオランダ風の暖炉があり、小窓に面しては壁に備えつけの大きな寝台があった。
樹木でやわらげられる雷鳴が徐々に高まるにつれ、わたしは計画をこと細かに進めだした。まず大窓の出っ張りに、携えてきた三本の縄梯子をならべて固定した。まえにためしたことがあるので、縄梯子が外の雑草の適当な箇所にとどいていることはわかっていた。次に三人で、堂々たる四柱式寝台を別の部屋からひきずってきて、横むきにして窓につけた。樅《もみ》の枝をばら撒《ま》いてから、わたしたち三人は自動拳銃を手にしてベッドに横になり、ふたりが寝ているあいだ、ひとりは寝ずの番をすることにした。どの方向から妖怪があらわれるかわからないので、あらわれたときにわたしたちが逃げだす手だても、十分に練りあげておいた。館の内部から妖怪があらわれるなら、窓にゆわえた縄梯子を利用すればいいのだし、外部から入りこもうとするのなら、ドアと階段を使えばよかった。例の殺戮事件から判断して、最悪の事態でさえも、そいつがわたしたちをしつこく追ってくるとは考えられなかった。
わたしは真夜中から一時まで見張りをしたが、悪寒《おかん》をもよおす館のなかで、身をまもるものとてない窓辺に身を横たえ、雷と稲妻がせまってきているというのに、いつしか妙に眠気をもよおしてきた。わたしはまんなかにいて、ジョージ・ベネットは窓のほう、ウィリアム・トビイは暖炉のほうに横たわっていた。ベネットはわたしがおぼえたのと同じ奇妙な眠気に捕われたらしく、すでに熟睡していたので、次の見張りを、うつらうつら首を振りはじめていたトビイにやってもらうことにした。いま思いだしてみると、このわたしが一心に暖炉の火を見つめていたのは、妙といえば妙だった。
高まりつつある雷鳴がわたしの夢をおびやかしたにちがいない。短時間眠っているあいだに、わたしは不吉きわまりない光景を夢に見た。一度ぼんやりと目を覚ましたが、それはおそらく、窓のほうに横たわっているベネットが、おちつきなくわたしの胸に腕を投げかけてきたからだろう。トビイが当直の役目をはたしているかどうか確かめることのできるほど、わたしの意識は覚めていなかったが、いまになってみると、その点が何としても心残りに思える。あれほどまでに凶《まが》まがしいものの存在を痛切に感じたことはなかったのだから。その後わたしはふたたび眠りこんでしまったにちがいない。突然、これまでの経験や想像のすべてを遙かに超えた、ものすごい絶叫にたたきおこされたそのとき、わたしの意識は悪夢めく混沌状態にあった。
その絶叫のなかでは、人間の恐怖と苦悶の最奥に潜む感情が、忘却をしろしめす黒檀の門柱に、希望もなしに狂おしく、やみくもにすがりついているようだった。恐るべき至上の苦悶のこもる信じられないような光景が徐々に遠のいていくにつれ、わたしは赤い狂気と悪魔の嘲笑とをはっきり知覚した。灯はなかったものの、右側に人気がなくなったことから、トビイがいなくなっていることがわかった。どこへ行ってしまったのかは、神ならぬ身の知る由もない。ただわたしの胸には、左側に眠っている者が重い腕をまだ載せていた。
それから、山全体を揺り動かすかのような落雷がおこって、灰白色の葉をつけた暗澹《あんたん》たる窖《あなぐら》めく木立を照らしだし、ねじくれた古木をひき裂いた。すさまじい落雷が放った、思わずぞっとするような閃光《せんこう》に、わたしの隣で眠っていたものが突如としてはねおき、窓の外からさしこむ目眩くような光芒をうけて、わたしが見すえていた暖炉の上の煙出しに、なまなましい影を投げかけた。わたしがなおも正気を保ち、生きながらえていることは、想像もつかない驚きだ。なぜなら、わたしが煙出しに見た影は、ジョージ・ベネットのものではなく、いや、およそ人間の姿をしたものではなく、まさに地獄の最奥の火口からあらわれたかのような、穢らわしくて異様きわまりないものだったからだ。どんな鋭敏な人間もしかと理解できないような、どんな名筆もその一部とて描ききれないような、名状しがたい、見るも恐ろしい忌むべきものの姿だった。次の瞬間、わたしは震え、歯の根もあわないような悪寒状態のままに、呪われた館にただひとりとり残されていた。ジョージ・ベネットとウィリアム・トビイのふたりは、抵抗した様子もないどころか、まったく何の跡も残さずに消えてしまっていた。これ以後ふたりの姿を見かけた者は誰もいない。
2 嵐のなかを進むもの
鬱蒼と茂る木立につつまれた館での出来事以来、何日ものあいだ、わたしはレファーツ・コーナーズの自分の部屋で、すっかり気をめいらせ横になっていた。どのようにして自動車までもどり、それを発車させ、見とがめられることもなく村までたどりついたのか、まるでおぼえていない。ただわたしの脳裡にうかぶものは、恐ろしい腕のような枝をはった巨木の群や、悪魔めいた雷のとどろき、あのあたり一帯に点在する黄泉《よみ》の世界さながらの低い土饅頭の影ばかりだった。
脳が破裂しそうなあの悍《おぞ》ましい影を投げかけた、当の実体のことを震えおののきながら考えるにつけ、わたしはついに、この世に存在するこのうえない恐怖の一端をかぎつけたことを知った。それは、宇宙の最果《さいはて》でかきむしる魔的な音がときとしてかすかに耳にできるものの、われわれの限りある視力が慈悲深くもその存在を見えないようにしてくれている、外世界の虚無に巣食う名もなき暗い影の一つだった。この目でしかと見とどけた影については、分析することも、そのものの真の姿を見きわめることも、わたしにはとうていできはしない。何ものかがあの夜、わたしと窓のあいだに身を横たえたのだが、そいつがいったい何だったのかと思わず考えはじめてしまうと、きまって恐ろしさのあまり悪寒に捕われてしまうわたしなのだ。あのときそいつが吠え、唸り、嘲笑《あざわら》ってさえくれれば……そうしてさえくれれば、底知れぬ忌わしさもいくぶんかやわらいだことだろう。しかし何の声も発しはしなかった。そいつはわたしの胸に重い腕か前足かを置いた……それは明らかに肉体の一部、あるいはかつてはそうであったものだ……わたしが入りこんだ部屋の持主であったジャン・マーテンスは館近くの墓地に埋められている……もしも生きているのならベネットとトビイを探しださなければならない……どうしてそいつはふたりだけをさらってわたしを残したのか……そうやって、あれこれ思いめぐらしていくと、眠気はいよいよ強まってきて、見る夢の恐ろしさも増していった。
わたしはしばらくすると、このことを最初から最後まですっかり誰かに話すか、書きとめておかなければならないと思うようになった。そう思ったときには、もう、無知からくる焦《あせ》りとでもいうのだろうか、いかに恐ろしい結果になろうと、何も知らずにいるよりは謎を究明して歓喜を味わったほうがましだという考えにとり憑《つ》かれ、潜み棲む恐怖の正体の追求はつづけようと決心していた。そこでわたしは、最善の策だと思える計画を練りあげ、信頼のおける者の選択や、ふたりを連れ去り、悪魔のような影を落としたものを追い求める方法について、熟考を重ねた。
レファーツ・コーナーズでわたしが一番親しくしていたのは、例の悲劇の最後の残照を集めようとしてまだ残っていた、気さくな記者連中だった。わたしは彼らのなかからこれからの調査の伴侶となる者を選ぶことに決めたが、考えるにつけ、これまでうけた教育、嗜好、知性、気質のことごとくが、型にはまった考えや経験に捕われていないことを顕著に示す、年は三十五くらいの、髪が黒くてやせたアーサー・マンローという男が、一番ふさわしいと思うようになった。
九月はじめのある日の午後、アーサー・マンローはわたしの話に耳をかたむけてくれた。最初からマンローはわたしの話に関心を示し、わたしの心境に同情を寄せてくれていたが、わたしが話しおえるとしばらく考え、次にきわめて的確で鋭い質問をあびせてきた。マンローの提案はいかにも実際的なものだった。マンローは歴史と地理に関するもっと細密なデータがそろうまで、マーテンス館の捜査を延期するようにとわたしをうながし、率先して、呪われたマーテンス一族にまつわる話を求めて周辺の土地をまわり、信じがたいほど綿密に書かれた昔の日記を所有している男を見つけだしてくれた。また、わたしたちは、あの恐怖と混乱の後も遠方の地へ逃げだすこともなく、あいかわらず住みつづけている部落民たちから話を聞き、目指す仕事にとりかかるまえに、伝説にあらわれるさまざまな悲劇につつまれた場所という場所で、徹底をきわめた調査をおこなった。
この調査の結果は、最初はあまりはっきりしたものではなかったが、ひとまとめにすると、かなり意味ありげな様相を呈しているように思われた。すなわち、恐怖の伝承は、その圧倒的多数が、無人の館に比較的近い土地か、気味が悪いほど生い茂る森林によって館とつながりをもっている土地のいずれかに集中していた。もちろん例外はあった。事実、世間の耳目を捕えたあの戦慄すべき事件は、館そして隣接する森林のどちらからも離れた、木の一本も生えていない場所でおこったのだ。
潜み棲む恐怖の性質と様相については、おびえてとりとめもないことを告げる部落民たちからは、何の情報も得られなかった。部落民たちは、同時にそいつを、蛇といい巨人といい、雷神といい蝙蝠といい、禿鷹あるいは歩く木だとさえいった。こんな状態ではあったが、わたしたちは種々の証言から、そのものが、雷をともなう嵐にきわめて影響されやすい躰を備えた、実在の生物であると考えるようになった。翼をほのめかす証言もあったが、そいつが空地を嫌うらしいことから、地に足をつけて移動するにちがいないという満足のいく解釈をとった。この見解と相反する唯一の事実は、そいつのせいにされている所業のすべてが、非常な速さで移動したにちがいないことを告げていることだった。
部落民たちをよく知るようになるにつれ、いろいろな点で、妙なくらい好ましいことがわかってきた。不運な祖先や愚かしい外界との孤絶のために、進化の段階をゆるやかに後退した、単純きわまりない人びとであるといってよかった。外から来る者を恐れてはいたが、わたしたちにはしだいに慣れ親しんでくれて、やがては、わたしたちが潜み棲む恐怖を追い求めるために、灌木をはらったり館を虱《しらみ》つぶしに調べあげたりするときに、手助けをしてくれるまでになった。だが、ベネットとトビイを探しだすのに力をかしてくれと頼んだときには、心底悩んだふうだった。手助けしたい気持はあったのだが、彼らにしてみれば、ふたりが消失した部落民と同様にあの世へ連れて行かれてしまったことは、わかりきったことだったのだ。大勢の者が殺され、連れ去られたことは、獰猛《どうもう》な野獣が遙かな昔に絶滅していることと同様に、もちろんわたしたちも確信していた。そしてわたしたちは、さらにおこるかもしれない悲劇を、不安に思いながら待ちつづけたのだった。
十月中旬になっても調査はまるではかどっておらず、わたしたちは途方にくれていた。雲一つない夜がつづいたおかげで、忌わしい事件がおこることはなかった。最善をつくしたにもかかわらず、館や周辺の調査からはまったく何らの手がかりも見いだせなかったので、わたしたちは、もしや潜み棲む恐怖は実体のない一種の「力《パワー》」のようなものではないかとさえ考えるようになった。すべての伝承が一致して、悪鬼が冬のあいだはおおむね鳴《なり》をひそめることを告げるものだから、わたしたちは冬が訪れ、調査を中止せざるをえなくなることを恐れた。そのため、恐怖が訪れ、いまでは住む者もなくなった部落をくまなく歩きまわる日中の調査は、焦りといらだちの色合を深めていった。
呪われた部落には名前もなく、それぞれメイプル・ヒル、コーン山と名づけられている二つの小山のあいだにある、木こそ一本もないが、風のしのげる窪地に相当古くから存在していた。場所はコーン山よりもメイプル・ヒルに近く、事実、情けないくらい貧弱な掘立小屋のいくつかは、メイプル・ヒルの斜面上にあった。地理的には、テンペスト山の麓《ふもと》の北西二マイルほどのところに位置し、密生する樫にかこまれた館からは三マイル離れている。部落と館との距離のうち部落側の二マイルと四分の一は、完全な空地で、蛇を思わせる低い土饅頭の群を除いてはまったく平坦に広がっていて、ところどころに雑草や灌木が茂っているだけである。この地形を考慮した後、わたしたちは悪鬼がコーン山をつたっておりてきたにちがいないと結論づけた。木の生い茂るコーン山の南側の延長が、テンペスト山の西端の突出部にすぐつづいているからだった。わたしたちは最後に、メイプル・ヒルを通り、悪鬼を呼んだ雷に撃たれ、大きく裂けた高い木が一本ある、地すべりのおこった箇所まで、あたり一帯を歩きまわった。
もうこれで二十回目か、いやそれ以上になるかもしれないが、アーサー・マンローとわたしは、あの日もまた、破壊された部落をくまなく調べてみたが、結局は、ぼんやりした新たな恐怖をともなう失望感にみたされただけだった。恐ろしく邪悪な事件がよくおこりながらも、途方もない出来事が発生した後、何らの手がかりも残されていないというのは、どう考えても不思議でならなかった。わたしたちは重く澱《よど》んだ陰鬱な空の下、無駄だという意識と行動せねばならないという意識のいりまじった、あてもない執着心に駆られながら、あたりを歩きまわっていた。だが細心の注意ははらっていた。すべての小屋にいま一度立入り、死体はないかと丘の斜面を掘りおこし、巣や穴がないかどうか確認するため、あらためて茨の生い茂る近接の斜面をさらえてもみた。しかしすべては無駄におわった。先に記したように、ぼんやりした新しい恐怖がわたしたちをおびやかしていた。それはまるで、翼ある巨大なグリフィンが、異次元の淵から眺めているかのようだった。
午後も深まるにつれ、暗雲たれこめ、視界がきかなくなってきた。テンペスト山上にわだかまる雷雲から、雷のとどろく音まで聞こえだした。このような場所で耳にする雷の音は、わたしたちを震えあがらせたが、これがもし夜だったなら、もっと小さな音だけで恐怖の効果は十分あったろう。そういうわけで、わたしたちはあたりが真闇《まやみ》につつまれるまで嵐のつづくことをひたすら期待し、その期待を胸に漫然とした斜面での調査は中止して、調査に力をかしてくれる部落民を集めるため、一番手近の部落へとむかおうとした。部落民は怖気《おじけ》づいていたが、若者のうちの幾人かは、わたしたちが指揮をとるしまもってもやるということに勇気づけられ、手助けすることを約束してくれていたからだ。
しかしながら、手近の部落にむかおうとしたとたん、ものすごい雨が急にふりだしたので、ともかく雨宿りをしなければならなくなった。ほとんど夜に近いような闇のために、わたしたちは始終足をつまずかせたが、頻繁に走る稲妻と、その地域に精通しているせいもあって、一番雨もりの少ない小屋にすぐたどりつくことができた。それは丸太と板を雑然と組みあわせて造られた小屋で、かろうじて残っている扉と唯一の小窓は、メイプル・ヒルに面していた。わたしたちは風雨の猛威をふせぐために扉をしっかり閉じると、しつような調査によってどこにあるかがわかっている粗末な戸板をとりだして、窓をふさいだ。雨のしたたり落ちる闇のなか、ぐらつく木箱に坐っていることには気がめいったが、パイプをふかしながら、ときおりは懐中電燈をつけたりした。ときどき、壁の裂け目をとおして、稲妻の走るのが見えた。午後の空はあまりにも暗く、そのせいで閃光はきわめてなまなましかった。
嵐が静まるのを待っているうち、わたしはテンペスト山での黯然《あんぜん》たる夜を思いだしてしまい、身を震わせていた。わたしの心は、悪夢のような出来事がおきて以来、繰返しうかぶ、奇妙な疑問に捕われてしまった。またしてもわたしは、悪鬼が窓あるいは館の内部から三人に近づきながら、まずわたしの両側にいる男ふたりをさらい、すさまじい落雷におびえきって逃げだすそのときまで、まんなかにいるわたしに手をつけなかったのはどうしてだろうかと、考えこんでしまった。どちらからあらわれたにせよ、順序からいけば二番目に連れ去られるはずのわたしを、どうして残していったのだろう。どのような長大な触手でふたりを犠牲に供したのか。ひょっとすると、そいつはわたしが指揮をとっていることを知って、ふたりより恐ろしい運命に遭わせるためにこそ、わたしを残したのではないだろうか。
こういう疑問を頭のなかで繰返していると、まるでそれらの恐怖を劇的に高めるかのように、付近に恐ろしい落雷がおき、斜面の一部のすべり落ちる音がつづいた。と同時に、たけだけしい風が、しだいに高まりゆく悪魔の叫び声にも似た気味悪い唸りをあげた。おそらくメイプル・ヒルに生えていた一本の木に雷が落ちたことはまちがいないだろう。マンローは立ちあがって、様子を見るために窓に歩み寄った。マンローが窓の戸板をはずしたとたん、風雨が耳を聾《ろう》せんばかりの勢いで吹きこみ、わたしにはマンローが何をいっているのか聞こえなかった。そこで、マンローが身をのりだして、大自然の衆魔殿をうかがっているあいだ、わたしはじっと待ちつづけた。
しだいに風が勢いをなくし、不自然な闇が白みはじめ、嵐がとうげをすぎたことを告げた。わたしは調査の助けになるよう、この嵐が夜までつづいてくれることを願っていたが、背後の壁のふし穴からさしこむ陽光が、わたしのそんな気持をけちらしてしまった。わたしはマンローに、もう一度大雨がふるかもしれないから、いまのうちに外へ出てみようといいながら、おさえをはずして粗雑な扉を開け放った。外の地面はかすかな地すべりで新しい泥山を造りあげ、いたるところ泥とぬかるみが広がっていた。しかしわたしには、マンローが物もいわずに窓から身をのりだすほど関心が惹かれるものなど、何も見えなかった。わたしはマンローのそばへ行って肩をたたいた。しかしマンローは身動き一つしなかった。次に冗談半分に身体をつつくと、マンローはむきをかえたが、そのとたんわたしは、時の彼方にたちこめる夜闇の測り知れない奈落の底と、遙か悠久の太古とに根をおろす、癌のような恐怖の、喉をしめつける触手を、まざまざと感じとった。
アーサー・マンローは死んでいた。噛《か》まれ、ひき裂かれたマンローの頭部に、顔と呼べるものは何一つ残っていなかった。
3 赤い輝き
一九二一年十一月八日の嵐の夜、冥《くら》い影を投げかける角燈を携え、わたしはひとりきりで、白痴のようにジャン・マーテンスの墓を掘りおこした。雷雨が猛威をふるっていたため、午後から掘りはじめたのだが、ようやく墓を掘りおこしたときには、あたりは闇につつまれ、頭上に繁茂する葉を嵐が狂おしくざわつかせるという、願ってもない状況になっていた。
わたしの心は八月五日以来の出来事によって幾分狂っていたにちがいない。館での悪鬼の影、おおかたの努力とその後の失望、そして十月に嵐の只中の小屋でおきたことが、わたしを狂わせていた。ともかく、あのあとわたしは理解できない死をとげたマンローのために墓を掘った。誰にも理解できるはずはないので、みんなにはマンローが道を見失って森のなかをさまよっているのだと思いこませた。みんなはマンローを探したが、見つかるはずもなかった。あるいは部落民たちはことの真相を知っていたかもしれないが、わたしとしてはそれをわざわざ口にして、彼らをこれ以上おびえさせたくなかった。わたし自身は奇妙なくらい無感動だった。館でのあのショックがわたしの脳に何らかの影響をおよぼし、いまや想像のうちに途方もない程度にまで増長している恐怖の正体をつきとめることしか、わたしには考えられなかった。アーサー・マンローが死んだことで、わたしはこの究明を決して誰にも話すまい、自分ひとりでなしとげようと心に誓った。
わたしが墓を掘る光景でさえ、尋常な人間を震えあがらせるに十分だったろう。大きさといい、齢《よわい》といい、グロテスクさといい、そのいずれもが法外きわまりない不吉な古木が、何か地獄めいたドルイド寺院の柱のように、高みからわたしを見すえていた。密生した葉は雷鳴をやわらげ、あがきまわる風をなだめすかし、ほとんど雨もとおさなかった。後方の雷をうけた幹のむこう、かすかにさしいる稲光に照らされて、無人の館の蔦《つた》に覆われた石壁がうかびあがる一方、それより近いところには、もはや見すてられ、十分な陽の光をあびたことのない、悪臭放つ白っぽい菌糸植物が滋養分たっぷりにはびこって、小道や苗床を覆いつくすオランダ風の庭園がある。これらのうちで最もわたしに近いところにあるのが墓地で、変形した木々が、根によって不浄な棺の蓋をはずし、下に横たわっているものから毒液を吸収しながら、異常きわまりない枝々をはりめぐらしていた。原生林が密生する暗闇で腐れはてる枯れ葉の茶色の帳《とばり》の下には、落雷のよくおこるこの地を特徴づける、あの低い土饅頭の不気味な輪郭が、ときおりいくつか識別できた。
わたしはこの地方の歴史を調べて、この墓に狙《ねらい》をしぼった。すべてが嘲笑《あざわら》う悪魔崇拝に行きつくからには、古記録にあたるしかなかった。が、実体を備えたものではなくて、深夜の稲妻に乗じる狼の牙をもつ幽鬼であるとまで思うようになっていたのだから。そしてわたしはアーサー・マンローとの調査で掘りおこした多数の伝承から、その幽鬼は一七六二年に死んだジャン・マーテンスのものであると結論づけた。これがジャン・マーテンスの墓を白痴のようになって掘りおこした理由である。
マーテンス館は一六七〇年に、富裕なニューアムステルダムの商人、ゲリット・マーテンスによって建てられた。ゲリット・マーテンスは英国支配のもとで身分が下げられることを嫌った人物で、人跡未踏の孤絶性と異常な景観を気にいり、この遠隔の森林地帯の頂に堂々たる館を築きあげたのだった。この土地においてただ一つはなはだ失望させられたのは、夏に激しい雷雨が到来することだった。丘を選び、館を建てたオランダの紳士マーテンスは、この頻発する自然の猛威を、その年限りのものであると思っていたが、やがてこの地がとりわけ雷雨の発生しやすい場所であることを悟った。そして、こうした嵐が精神に悪く作用することを知ると、雷鳴のとどろく衆魔殿から身を遠ざけることのできる地下室をしつらえた。
ゲリット・マーテンスの子孫については、英国の文化を嫌って逼塞《ひっそく》し、英国の文化をうけいれる入植者たちを避けるようしつけられていたので、ゲリット・マーテンスの行状ほど世に知られていない。生活は極端に世間から孤立していて、その孤立のために、マーテンス一族が会話能力と理解力をはなはだそこなったともいわれている。容貌には一族の血脈を示す顕著な遺伝質があり、みな例外なく異様きわまりない目をしていた。片方が青で、もう片方が褐色なのである。社会との接触は歳月を追うにつれますます薄れていき、ついには大勢いる召使たちと縁組するようにまでなった。数をいやます一族の多くは退行し、谷間に移って、混血の者たちと交わり、あわれむべき部落民を生みだすことになった。残りの者はすねたように昔ながらの館に閉じこもり、ますます排他的で無口になり、頻発する雷雨に興奮しやすいようになった。
こうした情報のほとんどは、若きジャン・マーテンスによって外の世界に伝えられたが、ジャン・マーテンスはある種のおちつきのなさから、アルバニー会議の知らせがテンペスト山にまでとどいたとき、植民地軍に志願した人物である。ゲリットの子孫のなかで、広い世界を見た最初の者だった。六年間の従軍をおえ、一七六〇年に館にもどると、一族特有の目をしているにもかかわらず、父や叔父や兄弟によそ者として嫌われた。もはやマーテンス家の奇癖や偏見をわかちもつことはできず、また、以前のように雷雨によって興奮させられることもなかった。しかし環境にはめいってしまい、しばしばアルバニーにいるひとりの友人に、父の家を離れる計画を書き記して送っている。
一七六三年の春、アルバニーに住むジャン・マーテンスの友人であるジョナサン・ギフォードは、友人からの音信がとだえたことで心痛をいだきはじめた。マーテンス館での状態と家族との口論を知っているのでなおさらだった。そこでジャンとじかに会ってみる決心をしたギフォードは、馬に乗って山深くわけいった。ギフォードの日記には、九月二十日にテンペスト山にたどりつき、老朽《ろうきゅう》のきわみにある館を目にしたことが述べられている。陰気で奇妙な目をしたマーテンス家の者が、ぜいぜい喉をならしながら、ジャンの死を知らせたが、その不潔な動物じみた様子にギフォードはひどく驚いた。家族の者がいうには、ジャンは去年の秋に落雷によって死に、世話をやく者もいない沈床園の裏に葬られたということだった。ギフォードは墓を見せられたが、貧弱な墓で、墓標さえなかった。家族の振舞には妙に心にひっかかるものがあったので、ギフォードは一週間後、埋葬地を調べるために、踏鍬《ふみぐわ》と鶴嘴《つるはし》を携えてたちもどった。予想していたとおり、残忍な殴打をうけたかのような、無残にもくだかれた頭蓋が見つかったので、ギフォードはアルバニーに帰ると、マーテンス家の者を親族殺人のかどで告発した。法的な証拠物件には欠けていたが、事件は、たちまちのうちにあたり一帯に知れわたるところとなり、そのとき以来、マーテンス一族は世間から排斥《はいせき》された。誰ひとりとしてマーテンス一族にかかわりをもつ者はなく、孤絶した一族の荘園は呪われた地として忌み嫌われた。一族は荘園から採れるものに頼ってなんとか自活しているのか、ときおり遙かな丘からもれる光によって、なおも住みつづけていることがうかがえた。この光は一八一〇年の暮頃まで目にすることができたが、それ以後はめったに見られることはなかった。
一方、館や山を舞台にした恐怖の伝説が、その頃から囁かれるようになった。問題の場所は、ますます忌避《きひ》され、伝承がおりかさなってありとあらゆる噂が囁かれるようになった。それまで稀《まれ》に見えていた光のなくなったことが部落民に気づかれた一八一六年にいたるまで、館を訪れた者はなかった。そしてその年、一団の者が調査におもむき、住む者もなく、荒廃の一途《いっと》をたどる館を発見することになった。
館には白骨一つなかったので、マーテンス家の者は死にたえたのではなく、どこかへ旅立ったのだろうと推測された。マーテンス一族は数年前に館を立ち去ったようで、急場しのぎに造られた差掛小屋は、一族がおびただしく子孫を増やしていたことを示していた。長らく捨て置かれたにちがいない、朽ちはてた家具や散在する銀器から察するに、一族の文化水準はきわめて低下していたのだろう。しかし、恐れられていたマーテンス一族が姿を消してしまったにもかかわらず、憑《つ》かれた館の恐怖はとどまるところを知らなかった。それどころか、一層その恐怖の度合を強め、部落民のあいだに、新しい奇怪な譚《はなし》を生みだしていた。巍然《ぎぜん》としてそびえ立つ無人のマーテンス館は、恐れられ、ジャン・マーテンスの恨み骨髄の幽霊と結びつけられた。わたしがジャン・マーテンスの墓を掘りおこした夜も、その館は依然として存在していた。
長々とつづけた発掘の様子を、わたしは白痴のように[#「白痴のように」に傍点]と記したが、目的も方法も白痴的なものだった。ジャン・マーテンスの棺はすぐにあらわれ、砂と硝石がうっすらかぶさっているだけになっていたが、ジャン・マーテンスの幽霊をあばきだそうとやっきになっているわたしは、死体が横たわっていた地面の下をなおも盲滅法掘りさげた。わたしが何を期待していたかは神だけがご存じだ。わたしは夜な夜な怨霊《おんりょう》となって跋扈《ばっこ》する男の墓を掘っているのだと感じるばかりだった。
わたしの踏鍬《ふみぐわ》が、次に足が、地面の下につき抜けたのは、どれだけ深く掘りさげたあとだったのか、わたしにはわからない。まわりの様子が様子だけに、この出来事の恐ろしさは途方もないものだった。地下に空間が存在することによって、わたしの気違いじみた仮説は恐ろしくも実証されてしまった。すこしすべって角燈の火を消してしまったが、ポケットから懐中電燈をとりだしたわたしは、小さな水平の穴が二方向にどこまでものびているのを見てとった。人間が匍匐《ほふく》して進むには十分な大きさだった。気の確かな人間なら、誰もこんなときにそんな真似をしようとは思わないだろうが、そのときのわたしは、潜み棲む恐怖をあばこうとする一途《いちず》な思いから、危険も、理性も、体が汚れるということも忘れはてていた。わたしは館の方角にむかっている穴を選び、無謀にも狭い隧道《ずいどう》のなかを這い進んだ。ときおり懐中電燈で前方を照らしながら、やみくもに、性急に、体をくねらしつづけた。
どんな言葉が、底知れぬ土中に身を置いた者の姿を、的確に描きだせるだろう。土を掻《か》き、身をよじり、息あえぐ者の姿を。時間や安全、方角や明確な意図もないまま、永劫の闇に閉ざされた地中を狂おしく匍匐前進しつづける男の姿を。身の毛のよだつようなことだが、わたしがしたのはまさにそれだった。長いあいだ地中を進み、やがてはこれまでの人生が遠い記憶にうつろいゆき、わたしは闇につつまれた土中に生息する土龍《もぐら》や蛆《うじ》と一体になっていた。事実、際限なくつづく身もだえのうちに、忘れ去っていた懐中電燈をつけたのは、偶然のなせるわざ以外のなにものでもなかった。懐中電燈の光は、前方でまがっている、固められた壌土の隧道を不気味に照らしだした。
しばらくこの調子で進みつづけたので、電池がほとんどきれかけたが、そのとき隧道が突然鋭く上方にむかったために、わたしは前進方法を変えた。そして上に目をむけたとき、まったく思いがけなくも、消え去ろうとする懐中電燈の反射光が二つ、遙か遠くに見えた。二つの反射光は、有害な、見まちがえようのない光焔《こうえん》をあげて燃え、深層に沈んでいた記憶を荒あらしく呼びもどした。ひきかえそうとする意識も失ったまま、わたしは思わずその場にとどまった。すると前方の双眸《そうぼう》がわたしに近づきはじめ、そのものの躰のうち、鉤爪だけを目にすることができた。だが、何という鉤爪か! そのとき遙か頭上でとどろく音がかすかに聞こえた。狂乱と高まりゆく、たけだけしい山の雷鳴だった。わたしはしばらく頭上目指して進んだにちがいない。地上までもうすこしだった。鈍くこもった雷鳴のとどろくなかで、二つの目はうつろな悪意をこめて、なおもわたしを見すえていた。
そのとき双眸の正体がわからなかったことを、神に感謝しなければならない。もしわかっていたなら、わたしは恐ろしさのあまり、死んでしまっていただろう。そいつを呼びだした雷鳴によって、はからずもわたしは救われたのだ。恐ろしい緊張がしばらくつづいた後、目には見えない外の空から、地を裂き、閃電岩を造りだす、あの頻発する山の雷が発生した。キュクロープスの怒りもすさまじく、雷は呪わしい隧道の上の地面をひき裂いた。崩れる土砂のために、わたしは目と耳をふさがれたが、気を失うまでにはいたらなかった。
大地が崩れる混沌とした状態のなか、頭にふりかかる雨が気持をおちつかせ、見慣れた地表に達したことがわかるまで、わたしはほかになすすべもなく、あがきながら這い進んだ。わたしが顔をだしたのは、テンペスト山の西南にあたる、木の生えていない急斜面だった。間断なくおこる稲妻が、崩れ落ちた地面と、樹木につつまれた斜面の上方からのびている奇妙な低い土饅頭の残骸とを、なまなましく照らしだした。しかしその混沌のなかには、死を招く地下墓地からわたしが脱けだした出口は、どこにも見あたらなかった。わたしの頭は大地と同じように混乱していたのだろう。遙か南方で赤い炎が燃えあがるのを見たときも、遭遇した恐怖をしかと認識することはできなかった。
しかし二日後、部落民から赤い炎の意味するものを教えられたとき、地中の穴や鉤爪や双眸からうけた恐怖よりもさらに悍《おぞ》ましい恐怖を、わたしは肌身に感じとった。圧倒的な意味合をもっているため、それはいいようもないほどに恐ろしいものだった。わたしを地上につれもどしてくれた落雷のおこったあと、二十マイル離れた部落で恐怖が猛威をふるい、名状しがたいものが、はりだす木の上からやわな屋根を破って小屋のなかへとびこんだのだ。そいつは猛り狂ったが、部落民たちは逆上して、そいつが逃げだすまえに小屋に火を放った。鉤爪と双眸をもつものの上に地面が陥没したまさにそのとき、そいつは部落で凶行におよんでいたのだった。
4 双眸の恐怖
テンペスト山の恐怖についてわたし同様に知りながら、その地に潜む恐怖を単独で究《きわ》めようとする者は、正気をなくしているにちがいない。恐怖の具現の少なくとも二つはほろぼされたが、この妖魅とびかう黄泉《よみ》の土地にとって、それはかすかな平穏を与えたにすぎなかった。事態がさらにたけだけしいものになるにつれ、わたしはますます熱意をかきたてられ、調査を続行した。
恐ろしい隧道のなかを這い進み、輝く目と鉤爪を備えたものに出会った日から二日後、双眸がわたしを見つめたのと同時刻に、悪鬼が二十マイル離れた地点に不吉にも出現したという事実を知ったとき、わたしはまさしく驚愕の痙攣《けいれん》に捕われた。しかしその恐怖には、どこかしら心惹かれる奇怪さと驚異の要素がともなっていて、それはほとんど心地よい感情であるといってもよかった。目に見えない力によって、死の定めをうけた奇怪な都市の上空でふりまわされ、あんぐり口を開けたニスの亀裂へと押しやられるような苦しみを悪夢で味わわされるときは、底無しの深淵の正体が何であれ、恐ろしい夢の運命のままに、はげしく絶叫をあげながら、自分から身を投げだすことが、ときとして救済となり、歓喜とさえなりうる。テンペスト山を闊歩《かっぽ》する悪夢とて同じことだ。二匹の怪物が出現した事実を知って、わたしはついに、呪われた地中に入りこみ、有害な土壌のいたるところから潜みうかがう死神を、むきだしの手で掘りださずにはおくものかという、血迷った情熱をかきたてた。
そんなわけで、わたしはできるだけ早くジャン・マーテンスの墓を訪れ、以前掘ったところをむなしく掘りかえした。広範囲な陥没が地下通路のあらゆる痕跡を消している一方、雨が大量の土砂を流しこんでいるので、あの日どこまで掘りさげたのかはわからなかった。死をもたらす生物が焼き殺された、遠方の部落にも苦労して行ってみたが、わざわざ足をのばしたむくいは何もなかった。運命の顎《あぎと》に捕えられた小屋の焼跡から、いくつかの骨を見いだしたものの、どうも怪物のものではなさそうだった。部落民は怪物の餌食になったのはひとりきりだといったが、完全な人間の頭蓋骨のほかに、人間の頭蓋骨を構成していたものと思われる骨の断片が別に見つかったので、部落民の証言は不正確であると判断した。怪物がいきなり小屋にとびこんだところは目撃されていたが、どういう姿をしていたのかをはっきりいえる者はいなかった。一瞥《いちべつ》した者はただ悪魔というばかりだった。怪物の潜んだ木を調べてみたが、何の痕跡もなかった。足跡を見つけようとして闇につつまれた森に入ってみたが、この場合には、病的なほど太くなった幹や、地中に沈むまえに威嚇的に身をよじる大蛇のようにくねる根の姿は、とても耐えられるものではなかった。
次にわたしは、きわめて多数の死がもたらされ、アーサー・マンローが目にしたものを告げることもなく死んでしまったあの部落を、細心の注意をはらって調べなおすことにした。以前のむなしい調査も徹底したものだったが、今度は試してみることがあった。恐ろしい墓穴を匍匐したことで、怪異の少なくとも一つの面が、地底に棲む生物であると、わたしは確信していた。十一月十四日、不運な部落を見おろすコーン山とメイプル・ヒルの斜面を主に調べたわたしは、メイプル・ヒルの地すべりをおこしてゆるんでいる地面に、とりわけ注意をむけた。
午後の調査からは何の手がかりも得られず、メイプル・ヒルに立って、部落と谷むこうのテンペスト山をながめるわたしを、夕闇がつつみはじめた。崇高ともいえる日没がすぎ、満月近い月が昇って、平地や遠くの山並や、あちこちにもりあがる奇妙な低い土饅頭に、銀《しろがね》の光をふりそそいだ。平安にみちたアルカディアを思わせる景色ではあったが、この地に隠されているものを知っているので、わたしはこの光景を憎んだ。あざけるような月を、猫をかぶった平地を、病んだ山を、不吉な土饅頭を憎んだ。ありとあらゆるものが忌わしい疫病に冒され、ゆがめられた闇の諸力との有害な結託によって息づいているように思えた。
まもなく、月光に照らしだされた眺望をぼんやりと見ているうちに、特定の地形的要素に、性質といい配置といい、特異な点があることに気がついた。地質学の確たる知識もないまま、その地に広がる塚や土饅頭に、はじめて関心がかきたてられたのだった。テンペスト山のまわりに広範囲に存在することはまえから気づいていたが、それらは平地よりも、有史前の氷河が明らかにやすやすと奔放な侵食をおこなった、テンペスト山の頂近くに、おびただしく存在していた。いま不気味な長い影を投げかける、空低くにかかる月の光のもとで、土饅頭のさまざまな列が、テンペスト山の頂と特別の関係をもっていることがはっきりとわかった。頂は紛れもなく、土饅頭の線あるいは列が漠然と不規則に広まっていく、その中心だった。それはまるで、忌わしいマーテンス館が、目に見える恐怖の触手をのばしているかのようだった。その触手という考えがわたしの心に一種いいがたい戦慄をひきおこしたので、わたしはその場に立ちつくして、これらの土饅頭が氷河の侵食によるものだと思いこむ根拠を分析してみた。
考えれば考えるほど、根拠は薄弱なものになっていき、いまや新しく目覚めたわたしの心のなかで、地表の様相とあの地中での体験とに基づいた、奇怪かつ恐るべき類推がわきおこりはじめた。しかと理解するまえに、わたしは逆上して、きれぎれの言葉をつぶやいていた。「神よ! 土龍塚《もぐらづか》だ……呪われた地はいたるところに地下の通路があるにちがいない……どれほどあるのか……館ですごしたあの夜……やつらはベネットとトビイを先にさらった……わたしの両側にいたふたりを……」
こんなことをつぶやきながら、わたしは近くまでのびている土饅頭を狂ったように掘りおこしていた。悪寒に捕われ、死物狂いで掘りつづけたわたしだったが、妙に歓喜をおぼえていた。掘り進み、そしてついに、あの身の毛もよだつ夜に這い進んだのと同じような隧道を見つけたとき、わたしは何かいい知れぬ感情がこみあげ、絶叫した。
そのあと、踏鍬《ふみぐわ》を手にして走りに走ったことをおぼえている。月に照らされ、土饅頭がきわだつ草地を、切り立つ丘の斜面にある森の闇のなかを、震えおののきながら走ったことをおぼえている。跳び、叫び、あえぎ、はねながら、忌わしいマーテンス館にむかった。ブライア材がふさぐ地下室のあらゆる箇所を、半狂乱になって掘りおこしたことをおぼえている。掘りおこし、そしてあたりにあまねく存在する有害な土饅頭の、核ともいえる中心を見つけだした。地下通路をはしなくも発見して、どれほど笑い声をあげたことか。それは古びた煙突の基部にある穴だった。雑草が密生し、たまたまもっていた一本の蝋燭の光に照らされて、奇妙な影を描きだす穴だった。その地獄の巣のなかになおもとどまり、雷に目覚めさせられるのを待って潜んでいるのが何であるのか、わたしは知らなかった。二匹は既に死にたえている。あるいはそれでけりがついたのかもしれない。しかし恐怖の最奥の秘密を見きわめたいという燃えるような決意がまだ胸にあり、わたしはまたしても、恐怖の正体が明確なもの、物質的なもの、有機的なものであると思うようになっていた。
懐中電燈を頼りにすぐにも単独で地下の通路を調べるべきか、それとも部落民の手を集めて調査すべきかと、にえきらずに考えあぐねていたが、蝋燭を吹き消してわたしを真の暗闇に残した外からの突然の疾風によって、その悩みもさえぎられた。頭上の亀裂や隙間からさしこんでいた月の光もいまでは見えず、わたしは不吉なほど胸を震わせながら、近づきつつある雷の凶《まが》まがしくも意味ありげなとどろきを耳にした。さまざまなことを連想して頭が混乱してしまい、知らず知らず地下室の一番奥へあとずさっていた。しかしわたしの目は、煙突の基部にある恐ろしい開口部から一度も離れなかった。稲妻が走って外の生い茂る雑草にさしこみ、壁の上部の亀裂をほのかに光らせるので、崩れた煉瓦や有害な雑草をときたま瞥見することができた。恐怖と好奇心の渾然とした情感が刻一刻とわたしを飲みつくしていった。嵐は何を呼びだすのか。いや、嵐が呼びだすものははたしてまだいるのか。わたしは稲妻の閃光に導かれ、自分の姿が見られることなく開口部をのぞめる、雑草の茂みのうしろに身を潜めた。
もしも天が慈悲深いものであるなら、わたしが見た光景をいつの日か意識からぬぐい去り、残された日々を安らかに送らせてくれることだろう。いまのわたしは、夜に眠ることができないばかりか、雷のとどろくときには鎮静剤の助けをかりなければならない始末だ。あれは突然、何のまえぶれもなしにはじまった。想像することもできない遠方の窖《あなぐら》から、魔物が鼠のように走りまわる音、地獄めいたあえぎ、押しころした唸りが聞こえた。やがて煙突の下の開口部から、腐れはてた体をもち、群をなす生物が、どっとあらわれた。人間の狂気と譫妄《せんもう》が生みだす最も忌わしいものより遙かに悍《おぞ》ましい、腐れはてた体をもつ邪悪な夜の落とし子の群だった。大蛇の粘液のように泡立ち、濡れそぼち、波うちながら、ぽっかり開いた口から堰《せき》を切ったようにあらわれ、腐敗性伝染病のように蔓延《まんえん》し、地下室のありとあらゆる出口から外に流れでていった。呪われた深夜の森を跋扈《ばっこ》して、恐怖と狂気と死を撒《ま》きちらすために。
どれくらいの数がいたのか神以外知るものはいない。数千匹いたにちがいない。断続的に走る稲妻のかすかな光で見るやつらの行軍は、気も失せんばかりに衝撃的だった。大半が外へとびだして、ようやく一匹一匹の躰が識別できるようになったとき、やつらが並はずれて小さい、醜悪な毛深い悪鬼か猿――猿族の恐ろしくも魔的な戯画であることがわかった。やつらは恐ろしいほど静かだった。おくれをとった一匹が長《なが》の習練の技でひ弱な仲間に襲いかかり、やり慣れた仕草でむさぼり食ったときも、悲鳴一つあがらなかった。他の連中は残されたものをひったくり、よだれをたらしながらうまそうに食った。驚愕と嫌悪の目眩《めくるめ》く状態にあったにもかかわらず、わたしの病的な好奇心は勝鬨《かちどき》をあげた。そして怪物の最後の一匹が未知の悪夢につつまれたあの地下世界から単独であらわれたとき、わたしは拳銃をとりだし、雷鳴にかこつけて引金をひいた。
赤い粘着質の狂気にみちた悲鳴をあげ、ずるずるすべる急流のような影また影が、紫電の走る土地の、血にまみれた果しない地下通路で、たがいに追いあっていた……記憶にある悍ましい景観が混沌とした幻影となり、千変万化した。蛇のような根をくねらせ、何百万もの人肉嗜食の魔物によって害毒を流す大地から名状しがたい分泌液を吸いあげる、滋養分たっぷりに怪物じみた姿と化した樫の森。ポリプ状の変態物の地中の拠点から探りをいれる土饅頭に似た触手……蔦のからむ邪悪な壁にさす狂った稲妻と菌糸植物に息づまっている悪魔の拱廊《きょうろう》……無意識のうちにも人の住む地へと導いてくれた本能については、天に感謝しなければならない。雲一つない空の穏やかな星たちの下でまどろむ、平穏な村にたどりつけたのだから。
わたしは一週間のうちに、マーテンス館とテンペスト山の頂《いただき》全体をダイナマイトで爆破し、見いだせるかぎりの土饅頭の地下通路をふさぎ、その存在そのものが正気に害あるように思えるばけものじみた特定の木々を伐採するよう、アルバニーに屈強な男たちを呼びに行かせられるほど、元気をとりもどした。要請したとおりの仕事がおわったあとで、ようやくすこし眠ることができたが、潜伏する恐怖の名状しがたい秘密を胸に抱いているかぎり、真の安らぎがわたしに訪れることはないだろう。恐怖はずっとわたしにとりついて離れないはずだ。絶滅が完璧であり、もうこのような現象は世界じゅうに存在しないと、きっぱりいいきれる者がいるだろうか。わたしと同じ知識をもちながら、未来の可能性という悪夢のような恐怖をおぼえることなく、大地の未知の洞窟のことを考えられる者がいるだろうか。わたしは井戸や地下鉄の入口を見ただけで、総身が震えてしまう……どうして医者は、わたしを眠らせたり、雷がとどろくときにわたしの精神を静めさせたりする処置がとれないのか。
最後にあらわれた名状しがたい生物に発砲した後、わたしが懐中電燈の光のうちに見たものは、あまりにも単純なものだったから、わたしがそれを理解して半狂乱になるまでに一分とはかからなかった。胸のむかつくものだった。鋭い黄色の牙をもち、もつれた毛に覆われる、醜悪な白っぽいゴリラのような生物だった。哺乳類の退化が窮極に産みだすものだった。孤立した婚媾《こんこう》、繁殖、そして地上はおろか地中での人肉嗜食の恐るべき結果であった。生の背後に潜むほくそえむ恐怖と、混沌と、混乱の具現にほかならない。そいつは息をひきとるとき、わたしをじっと見つめた。地中でわたしを見つめ、おぼろな記憶を甦らせたあの双眸《そうぼう》と同じ、奇妙な特徴のある目だった。一方が青で、もう一方が褐色。古い伝説が告げるマーテンス一族特有の目だった。そしてわたしは恐怖が一気に押し寄せ声もだせないまま、姿を消した一族がどうなったかを知ったのだった。雷に狂わされた恐るべきマーテンス館の一族に何がおこったかを。