ゼロの使い魔 番外編 ティファニアの悩み
ヤマグチノボル
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)ティファニアは慌《あわ》てて
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)何|贅沢《ぜいたく》言ってるのよ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#改ペ―ジ]
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[#改ペ―ジ]
ゼロの使い魔 番外編 ティファニアの悩み
[#改ペ―ジ]
「ティファニアさん! ティファニアさん!」
火の塔で、炎草を使った実験の授業のあと、ティファニアの元に金髪を二つくくりにした小柄な少女が駆け寄ってきた。
「ベアトリスさん?」
どことなく困った顔で、ティファニアは少女を見つめた。
ベアトリス□イヴォンヌ□フォン□クルデンホルフ。
ケルデンホルフ大公国の姫君である彼女は……、以前とは違ったかたちでティファニアの頭痛の種になっていたのである。
「次の授業はどちらですか?」
子犬が飼い主を見上げるような顔で、ベアトリスはティファニアの腕に飛びついた。通り行く生徒たちが、にやにやと楽しそうにそんな様子を眺めている。
「魔法歴史かな?」
ティファニアがにっこりと、愛想笑いを浮かべて答えると、ベアトリスの顔が輝く。
「奇遇ですね! わたしもですわ!」
「そ、そう……」
奇遇もなにも、ベアトリスはティファニアが取っている授業を全部知っているではないか。なにせ、このような繰り返しが毎時間繰り返されているのだ。
「ごいっしょさせてくださいな! 鞄《かばん》を持ちしますわ!」
「い、いいわ。自分で持つから」
ペンに教科書、黒板や蝋石《ろうせき》なんかが詰まった鞄を、ベアトリスは持とうとした。ティファニアは慌《あわ》てて鞄を奪い返す。
「平気よ! 自分で持てるわ!」
そうすると、ベアトリスの目にみるみるうちに涙がたまっていく。
「えぐ……、わ、わたしが鞄を持つのがイヤなんですね……。ですよね……、わたし、散々ティファニアさんにひどいことしましたもんね……。でもわたし、今じゃ反省して……。えっぐ、うえっぐ。ひっぐ」
ティファニアは慌てて、
「わかった。わかったわ! 鞄はお願いします! だから泣かない! 泣かないで!」
「はいっ! 泣きません!」
するとベアトリスは顔を輝かせ、ティファニアから鞄を受け取り、生き生きとした顔で次の教室と向かうのだった。
教室に入ると、ベアトリスは当然とばかりにティファニアの隣に腰掛ける。それならまだ我慢もできる。だが……。
ベアトリスはすさっ! と片手をあげた。すると、竜の羽音と共に窓が開いて、そこから厳《いかめ》しい鎧《よろい》に身を包んだ騎士たちが飛び込んでくるのだった。
「空中装甲騎士団! ティファニアさんをお守りしてさしあげて!」
ティファニアは激しく困った顔で、
「そ、そんな……、護衛なんていらないわ。授業中だし……」
「何を言っているの? ティファニアさんには半分、エルフの血が流れています。誰に狙われるかしれたものじゃないわ。でも安心してください! ティファニアさんはクルデンホルフ大公国が責任を持ってお守りいたします!」
周りの生徒たちの視線が痛い。ティファニアはちらっと横目でベアトリスを見つめた。この金髪二つくくりのクラスメイトは、こないだの異端《いたん》審問《しんもん》での一件以来、激しく自分に懐《なつ》いてしまったのである。嫌っていた分、その反動はすさまじいのだろうか……。
その夜、ルイズの部屋……。
ルイズと才人《さいと》の前で、心底困り果てた声でティファニアが言った。
「そういうわけなんだけど。どうにかならないかしら」
「そうねえ……」
話を聞いたルイズは、うむむ、と考え込んだ。
「嫌われていじめられるよか、いいじゃん」
脳天気《のうてんき》な声で才人が言うと、ティファニアはせつなげに顔を伏せ、つぶやく。
「ある意味、いじめられているようなものかも……」
「そうよ。一日中張り付かれて、ああだこうだ世話なんか焼かれたら、息が詰まっちゃうわよ」
ルイズも頷《うなず》く。
「俺が一日中世話を焼いても、お前は息詰まらなかったじゃねえか」
才人がそう言うと、ティファニアがきょとんとした顔で言った。
「え? だって、それはルイズはサイトのことのが……」
ティファニアは最後まで言えなかった。ルイズが飛びかかり、ティファニアの胸をこね回し始めたからである。
「あなたは、何を言っているの? きっと胸が言わすんだわ。このネジの外れた胸が、そんな妄想《もうそう》を抱かせてしまうのね!」
「ごめん! 勘違い! わたしの勘違いだったわ!」
ルイズは腕を組むと、後ろを向いた。
「相談したいんだか、妄想したいんだか、ハッキリしてよね。あとあんたは何を噴いているのよ」
ルイズは、ティファニアの胸が自在にかたちを変える様を見て鼻血を出した才人をげしげしと踏みつける。
「ま、まあ、そういうわけで、さすがに一日中張り付かれると困るの。どうしたらいいのかしら」
「じゃあ、嫌わればいいじゃない」
「またいじめられたらどーすんだよ」
「平気よ。あれだけぎゃふんと言わせたんだもの。もう何もしてこないわよ」
ルイズは得意げな顔で言った。
先だって……、異端審問という大義名分を引っさげてティファニアをいじめていたベアトリスは、司祭の資格を持っていないことをルイズに指摘され、絶対絶命のピンチに陥ったのである。
あわや牢屋かつるし首という際に、自分がいじめていた当のティファニアに助けられたものだから、その反動で一気に懐いてしまったのだろう。
「でも、嫌われるのはちょっと……」
ティファニアが困った声で言うと、
「何|贅沢《ぜいたく》言ってるのよ。ほんとにもう……、もう……、じゃあどうすればいいのよもう。ほんとに、わがままね。って! わがままのは胸だけにしてよね!」
再びルイズはティファニアに襲いかかり、その胸をげしげしと揉み始めた。
「やめて! やめて!」
さすがに才人は止めに入り、そんなルイズを羽《は》交《が》い絞《じ》めにした。
「な、なんのお前!」
「なんかあの胸見ると自制が利かなくなるのよ……」
「確かに」
遠い目で才人が言ったので、ルイズは器用に身体《からだ》をひねって足を持ち上げ、背後の才人の股間《こかん》を狙い打ちにした。悶絶《もんぜつ》する才人を踏みつけ、ルイズは吠《ほ》えた。
「やっぱりジロジロ見てるんじゃない! なによ!あんなの観賞用なんだから!」
「別にわたしの胸はわがままでも観賞用でもないわ!」
一同は荒い息をつくと、再び椅子に座りなおす。しばらくの沈黙のあと……、やおら才人が口を開いた。
「嫌われるのがイヤなら、こう、ひかれるよなことすればいじゃねえか」
「ひかれる?」
「うん」才人は頷いた。
「ここなルイズさんって、一応美少女じゃない?」
「一応ってなによ」
「いや……、まあ、さすがの俺も、お前がとんでもなく可愛《かわい》いってのだけは認めてるんだよ」
ルイズは頬《ほお》を染め、もじもじとし始めた。
「そうよ。わたし可愛いわ。それがどうしたってのよ。不遜《ふそん》かもしれないけど、当たり前じゃないの」
「でも、そんなお前は人気なかった。ギーシュとマリコルヌがそう言ってる。俺、ちょっと不思議だったんだ。お前さ、胸はないけど一応可愛いじゃない」
ルイズは無言で才人を殴り始めた。しかし才人は器用にそれをかわしながら、言葉を続ける。
「でも、あいつらに言われてみて納得した! お前、ぶっちゃけアレだもんなあ! いやー、なんつうか思い込みが激しくて、性格悪くって、視野《しや》狭窄《きょうさく》で……」
才人は暴れるルイズをがしっと捕まえた。
「離しなさいよッ!あんたのそのろくでもない口を閉じるんだから!」
「まあ、俺はそんなお前が好きだけどな!」
そう言うと、ルイズはおとなしくなり、横を向いて頬を染めた。ついで才人は、ティファニアに顔を向ける。
「つまりこういうことだ。ベアトリスにひかれればいいんだよ。ティファニア」
「でも、どうやって……」
悩み始めたティファニアに、才人は言った。
「そうだなあ……、たとえば、実は女の子が好き、とか」
「えええええええ〜〜〜〜〜」
ルイズは呆《あき》れた顔で、
「あんた、ばっかじゃないの?」
「でも、そんぐらいしないとなあ。とにかく、ちょっと距離をとってもらいたいわけだろ?」
こくりと、ティファニアは頷いた。
「わかったわ。ぐ、具体的に、どううすればいいの?」
決心したような顔で、ティファニアは言った。
「え〜〜〜、本気?」とルイズ。
「うん……。だってこれなら、もし失敗しても傷つくのはわたしでけですむし……」
「でも、具体的にどうするっていうのよ。とても懐いてるんでしょ? 難しいと思うわ」
三人が悩み始めたとき、窓がガラッと開いて、ぽっちゃりした少年が入ってきた。
「女の子が好きみたいなそぶりを見せる? まったく、これだから素人《しろうと》は……」
「マリコルヌ!」
「やあ」
「やあじゃねえ! なんだお前! 立ち聞きしてたのか! というかここ三階だぞ!」
「いやね、実はぼくは詩を作るのが趣味でね。たまに夜空にレヴィテーションでプカプカと浮かんで、月など眺めていたりするわけだよ」
「ほんと? 別のところ覗《のぞ》いてるんじゃないの? 女子寮とか」
「そういうのはもう卒業した」
達観《たっかん》した顔で、マリコルヌが言った。激しく気持ち悪かった。
「さて、ぼくはいつものように詩を作っていた。綺麗《きれい》なやつだ。わかるだろ? でも、ティファニア嬢がこの部屋に入っていくのが見えたもんだから……。そっちのほうがポエミーな気がしたんだ」
「どうしようもねえやつだな」
「とにかく、そういうことならぼくに任せてくれ。ぼくはひかれる〃に関しちゃ、そりゃもう専門家だからね」
自信たっぷりにマリコルヌが言った。確かに……、言われてみればそうかもしれない。考えてみれば、これ以上の人選もない。だが、すでにティファニアは青い顔。マリコルヌがどういう人間か知っていたし、何をやらされるかしれたもんじゃないからだ。
怯《おび》えるティファニアに、マリコルヌが言った。
「まあ、任せてくれよ。ミス□ウエストウッド。きみのプライドを守りつつ、ぼくが見事ベアトリス嬢を遠ざけてみせるから」
翌朝……。
ベアトリスはウキウキしながら食堂へと向かった。今日はティファニアに、新調の帽子を披露《ひろう》するのである。
「おそろいの帽子を作ったわ。ティファニアさん、これを見たらきっと喜ぶわ」
そんな調子で食堂につくと、すでにティファニアは椅子に座り、じっと目の前の料理を見つめている。
「ティファニアさん! おはよう!」
元気よく挨拶v《あいさつ》をしたが、返事はない。
「どうしたの?」
ティファニアの視線は、じっと皿の上の料理に注がれている。今日は鳥料理だった。オーブンであぶられた腿《もも》肉《にく》が、おいしそうに肉汁《にくじゅう》を溢《あふ》れさせて並んでいる。
ベアトリスは喉《のど》鳴らした。あぶり鳥は大好物である。
すぐさま帽子を見せようとしたが、食後にしようと思い直した。祈りのあと、ベアトリスはさっそく腿肉の一本にフォークをつきたてた。さて、それを口に運ぼうとしたが……、隣のティファニアがぴくりとも動かない。
「……ティファニアさん?」
するとティファニアは、小さな声でぶつぶつとつぶやき始めた。
「と、鳥さん可哀想《かわいそう》……。昨日まで、元気に餌《えさ》をついばんでいたのに……。こんな姿になってしまって……」
「え?」
いきなりのティファニア態度に、ベアトリスは固まった。
「……食べられたくないよね。いつか空を飛んでみたかったよね……」
ベアトリスは、ううう、と唸《うな》って鳥肉を皿に戻した。隣でそんなこと言われては、食べる気がうせてしまう。
「じゃ、じゃあ、お魚食べよーっと」
ついで、隣にあったニシンの酢漬けに手を伸ばす。すると、またもやティファニアがぶつぶつとつぶやいた。
「お魚さん可哀想……。この間までは広い海をすいすいと泳いでいたのに……、今では酢にまみれて。ほんとに可哀想……」
「サラダにしよっかな!」
ベアトリスは慌ててサラダに手を伸ばす。
「お野菜、摘《つ》まれて可哀想……」
ベアトリスの手が固まる。ううううう、とほんとに困ったになって、彼女はコップに注がれた水に手を伸ばした。
「あれはうっとおしいわね」
そんな様子を、離れたテーブルから見守っていたルイズが言った。隣には才人と、その横にマリコルヌの姿があった。
「言ってることは、まあ正論だが。隣で延々言われるとキツイよね」と、してやったりといった顔で、マリコルヌが言った。
「ベアトリス、水飲んでるぞ」
才人が、ちょっと気の毒そうな声でつぶやくと、マリコルヌが小声で囁《ささや》いてくる。
「なあサイト」
「な、なんだよ……」
「面白いだろ?」
「べ、別に……」
才人は照れくさそうに、そっぽを向いて言った。
「どうやら、きみの才能を発揮するときがきたようだな」
同類を見る目で、マリコルヌが言ったものだから才人は思わず首を振った。
「ば! ばか言うなよ! 何が才能だよ。俺はな、ティファニアが可哀想だからやってるんだ。四六時中付きまとわれて迷惑してるっていうから……」
するとマリコルヌは、とてつもなく真剣な目で、才人につぶやく。
「もっと面白くなるぜ?」
びくり、と才人の肩が動いた。
「ちょっと! サイトに余計なこと吹き込まないで!」
「そ、そんな……、面白くなるなんて、そんな……。あくまでこれは、ティファニアを救うためのアレで……」
「そうよ! 何面白がってるのよ!」
だがしかし、マリコルヌはもう、才人の心に生まれた好奇心を見逃さなかった。
「どうせやるなら楽しまなきゃソンだ。そう思うだろ?きみも貴族《メイジ》のはしくれならな!」
「そ、そんな……、お前、何を……」
マリコルヌの次の言葉がとどめだった。
「きみの頭の中のやつ……、出しちゃっていいんだぜ?」
才人の目が見開かれた。それから、激しく震え始めた。
「それ出しちゃおうよ。思いっきり。今しかないよ。今しかないんだよ」
「やめろ! やめてくれ!」
「ティファニア嬢で試せるんだぜ? なあ? サイトォ……」
「ちょっと! あんたたちいい加減に……」
「何言ってるルイズ。こんぐらいしないと、ベアトリスの呪縛《じゅばく》からは逃げられない。生半可じゃダメだ。そうだろ?」
「そ、そうかもしんないけど……」
「サイト。本気出せよ」
しばらくガタガタと震えたあと、才人は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「い、いいのか? 本気出しちまって……。ひいちゃうよ。みんな、ひいちゃうよ」
「そいつが必要なんだ」
マリコルヌが心底楽しそうな声で言った。
「期待してるぜ。ぼくのシュヴァリエ」
授業中も、ティファニアの奇行は続いた。ベアトリスが唖然とする中で、机の上に何かを広げ、一心不亂に打ち込んでいるのである。
「……ティファニアさん、何を」
ベアトリスが、つり上がった翠眼をしばたたかせながら見やると、ティファニアはどきっとするぐらい不気味な笑みを浮かべた。なんだか……、心をどこかにおいてきてしまったような、遠い笑みである。
「もけけけけけ」
「な、なに? ティファニアさん、今のなに?」
「笑い声。もけけけけけけけけけ」
まるで墓場から使者が蘇ってきたようなその笑みに、ベアトリスは背筋が凍るような気持ちになった。それでもなんとか勇気を振り絞り、ティファニアに尋ねた。
「そ、そう……。愉快な笑い声ね。でも、いったい何をしているの?」
「ごめんなさい。ご紹介がまだだったわね。わたしの家族を紹介するわ」
ティファニアは、本の上にある、小さな何かをベアトリスに見せた。そこにあったのは、木の実で作られた小さな人形だった。だが……、その造形がどこかまとめではない。口なんか大きく開いていて牙《きば》が見えてるし、体中に矢が刺さっていたりした。
「ひっ……」
ベアトリスは思わずたじろいだが、淡々とティファニアは人形を紹介していく。
「これが末っ子のアンドレア。いたずら好きなのよ。たまにおねえちゃんの日記を盗み読んでは叱《しか》られてる。これが三女のマリー。彼女はおませさんなの。そしてこれが……」
不気味な人型を指差し、ティファニアは紹介した。何が怖いって、ティファニアの視線が中空を泳いでいることである。ベアトリスは、いつまでも家族を紹介し続けるティファニアを、まるで理解できない生き物を見るような目で、見つめ続けた。
「よくもまあ、あそこまで気持ちの悪いことを思いつくわね」
授業をサボり、廊下からこっそりと教室を覗いていたルイズが言った。マリコルヌが自慢げに頷く。
「褒めるない」
「……褒めてないわ」
「さてと。じゃあ先生、出番だぜ」
マリコルヌは、さっきから震えている才人の肩を叩《たた》いた。
「で、でも……」
「やっちゃえよ。ここはやっぱり、きみの本気が必要なんだよ」
「お、おれ……、見たいものがあるんだ……。でも、でも!」
「いいじゃない。それだよサイト」
悪魔の囁きで、とうとう才人は膝をついた。その目が次第に輝きを帯びてくる。
「そ、そうだよな。ティファニアのためんだ」
「ああ。そうだとも兄弟」
「おれ……、人の役に立てるんだよな?」
「あったりまえだ」
ルイズはそんな二人を見て、「いいのかしら」とため息をついた。自分まで、妙な陰謀に加担してるのがちょっとせつなくなっていたのである。
「いいんだよ」と、そんなルイズの心配を察してか、マリコルヌが言った。
「で、でも……」
「俺とサイトはホンモノでどうしようもないけど、ティファニアのためを思ってやってる。ほんとだよ」
しょうことなしに、ルイズは頷いた。
昼食のあとの、ちょっとした時間にティファニアはこっそりと火の塔の影に呼ばれた。ここは昼間でも薄暗く、あまり人が来ないのである。
笑みをかみ殺した顔をしているマリコルヌと才人を見つめけ、ティファニアは開口一番こう叫んだ。
「もう無理よ!」
そして、大きな胸を左右から腕で押しつぶすように身体を縮こまらせ、ぷるぷると震える。そうしていると、さすがは妖精の化身とまで言われた美少女、あらゆる男に奉仕せねばならないとの感情を植えつけてしまうのである。
「さてと、あったまってきた」マリコルヌが言った。
「とどめの一撃だ」
「次はティファニアにどんなことをさせる気なの?」
細い目でルイズが言った。ティファニアは、自分より小さなルイズの腕に寄り添いガタガタと震えている。元々気の弱いティファニアは、さっきみたいな演技がどうにもこうにも心にせつなく響いてたまらないのであった。
才人とマリコルヌは、顔を見合わせ、思わず口を押さえた。
「楽しんでる!」
ティファニアは、恨めしい目で二人の少年を見て言った。
「ちがう!」
才人が、自分に言い聞かせるように言った。
「俺たちが、ティファニアが困っているっていうから、力になってやってるんダ!」
「おじょうちゃん、四六時中付きまとわれて閉口してんだろ? しょうがねえよ。ラクになろうぜ。ラクに」
伝法《でんぽう》な物言いでマリコルヌが近づき、振り向いて才人に恭《うやうや》しく一礼した。
「じゃあ先生。とっておきのをどうぞ」
ティファニアは覚悟を決めたらしく、目を瞑《つぶ》る。才人はそんなティファニアのそばに近づき、耳元で何かをつぶやいた。
瞬間、ティファニアの目が裏返る。そのままぱたりと地面に崩れ落ちた。
「あれえ? やっちまったか?」
「三割引いとけって! 言ったじゃない! 大先生!」
「そっか……、すまん……。てへっ!」
キャキャと喜ぶ少年たちを執拗《しつよう》に蹴《け》りまわしたあと、ルイズは背を向けて言い放つ。
「あんたの頭の中から、そのまま取り出すんじゃないの。ソフスティケイトしなさい。いいわね?」
しばらくたって、息を吹き返したティファニアは、ちょっと洗練されて弱まった計画を聞いたが……、それでも激しく青ざめた。再び気絶しそうになったが、すぐさまルイズに用意していたワインを流し込まれ、なんとか持ちこたえる。
「わ、わたしが、それをするの?」
大きく才人とマリコルヌは頷いた。
その夜……、ベアトリスはティファニアにヴェストリの広場へと呼び出された。心の中は、猜疑心《さいぎしん》でいっぱいだった。いったい、今日のティファニアはどうしたんだろう?
あまりにも変で、わけがわからなかった。早く会って、いったいどうしたことかその変身っぷりを聞きただしたかったのである。
さて……、待ち合わせの場所へと赴《おもむ》くと、ティファニアの姿はない。あたりをきょろきょろと見回してみても、誰もいない。
「ティファニアさん?」
呼んでみたが、誰も現れない。そのうちにベアトリスは不安になってきた。どれほどの時間が過ぎただろう?
気づくと……、ふわりとした影が、闇夜から現れた。
「……誰?」
それは……、ふわふわしたレースで何重にも彩られた、毒々しい極彩色《ごくさいしき》のドレスに身を包んだティファニアその人だった。ところどころ肌が露出した、眩暈《めまい》がするようなデザインの服である。まるで夜の闇《やみ》を飛ぶ蛾《が》のようにだった。
しかも、ティファニアは今時どんな夜の女も施《ほどこ》さないであろう、派手な化粧をしていた。ご丁寧に、古代の女王のように髪を結い上げている。ドレスを派手に持ち上げる、巨大な胸がなければティファニアとはわからなかったに違いない。
「ティファニアさん?」
ベアトリスは、わなわなと震えた。
「ティファニアじゃないわ」
ティファニアは、上ずった声で告げた。
「え?」
「よ、夜の女王バチよ」
「じょうおうばち?」
あまりのティファニアの変さに、ベアトリスは頭がくらくらしてきた。
「ど、どうしたの? ティファニアさん、今日は昼間からおかしいわ」
「ううん……。これがほんとうのわたしなの。今日はわたし、あなたにほんとうのわたしを見て欲しくって……、素の自分をさらけだしたの」
「素? 素? 素?」
目を白黒させながら、ベアトリスは言った。
「ど、どうしてまた、そんなものを見せようだなんて……」
するとティファニアは、両手を広げた。
「愛してしまったからー!!」
まるでオペラの歌手のような、迫力ある裏声だった。ベアトリスは、一瞬、固まった。
「愛して……、しまった? わたしを? で、でも、ティファニアさん、わたし女なんですけど……」
「知っているわ。でも、朗らかにわたしに懐いてくるあなたを見ていたら、わたし、どうにもならなくなって……、つい、このような正式の申し込みをしてしまったの」
これが正式のお付き合いの申し込み? エルフってそういう生き物なの? 女王バチが正式? というか激しく趣味が悪いんだけど。なにあのドレス。なにあの化粧。あんなの見たことない。
ティファニアは大きく息を吸うと、大きすぎる胸を押さえ、身をよじらせながら、するすると衣装を肩から脱ぎ始めた。
「な、なにを……」
「だ、脱皮……。夜の女王バチは、あなたに愛されるために脱皮を繰り返すの……」
「ふ、服を脱いでいるだけじゃないですか」
「そ、そうともいうわ」
というかちょっと待って! 女同士じゃない!
ベアトリスは激しくパニックに陥った。それからきびすを返して走りして去る。あとに残されたティファニアは、がっくりと膝をついた。
茂みの中から、拍手をしながらマリコルヌと才人が現れた。慌ててティファニアは、ずりおろした上衣を引き戻した。
「いやいや! ナイスな名演技! タニア□ロワイヤル座の公演を見ているようだったよ!」
「やったなティファニア! 大勝利!」
「なんて苦い勝利かしら」
虚《うつ》ろな声で、ティファニアはつぶやく。大丈夫? と心配げなルイズが近づき、ひっ! とその容姿に驚いて後ずさる。ティファニアはさらにどよ〜〜〜ん、と落ち込んだ。
「ご、ごめん……」
そんな自分を見て、マリコルヌと才人が口を押さえているのにティファニアは気づいた。
「いやぁ……、夜空にきらめく女王バチの饗宴《きょうえん》……。サイト、なかなかだな! あの脱皮のくだりなんて、エロスと芸術が組み合わさって、たいしたもんだったぜ!」
「そ、そうかな?」
「ああ、しかもセリフのひとつに磨ぎがかかってる」
小声で、マリコルヌはさっきの自分のやり取りを真似しはじめた。
「愛してしまったカラ!」
「ぷ。おぷ。えっぷ」
「笑うなヨ」
「だ、だって……」
ティファニアは思わず抗議の目で睨んだが、二人とももう夢中だった。よっぽど面白かったのであろう。さて、そんなとき……、誰かが再びととと、と駆け寄ってきた。
才人たちは、再び茂みへと隠れた。
こんな姿を他のクラスメイトに見られるわけには行かない。もしそうなったら、忘却〃を使うしかない。そんな覚悟をしていると……、現れたのはベアトリスだった。
「ベアトリスさん? その格好……」
どこから見つけてきたのか、ベアトリスも妙なドレスに身を包んでいた。肌の露出もさることながら、まるで革で全身を拘束するような衣装なのである。
「あ、あのっ!」
「は、はいっ!」
「ティファニアさんの求愛! お受けしますっ!」
「え? え? えええええええ!」
「わたし、いたって普通ですけど……、あれだけ大好きなティファニアさんに、『お願い』と頼まれたら断れませんっ! ほら! 頑張ってハチっぽい衣装も探してきました! 一番趣味悪い服を友達から……、いや! もとい! ティファニアさん好みだと思いますっ!」
それからベアトリスは、ティファニアのキスを待つかのように、直立して目をつむるとわなわなと震え始めた。
そんなベアトリスを見て、ティファニアの目からぽろりと涙がこぼれた。思わず駆け寄り、その小さな身体を抱きしめる。
「ご、ごめんなさいっ! 愛してしまったっていうのは嘘《うそ》なの!」
「へ?」
「ごめんなさい……、わたし……、わたし……」
ティファニアはうるうると目を輝かせながら、ベアトリスに説明した。すると、ベアトリスも涕目になってつぶやく。
「そうだったの……。はっきり言ってくれば、わたし遠慮しましたのに」
「ごめんなさいね、わたしあなたのこと誤解してたみたい。これからはホントの友達になりましょう」
しばらく抱き合ったあと……、背後の視線に気づき、ティファニアは振り向いた。露出度の高い衣装を着て抱き合う自分たちを、茂みの中から熱っぽい視線で見つめる二つの影があった。
「もしかして、ティファニアさんに吹き込んだの、あの人たち?」
ベアトリスが尋ねた。困った顔で、ティファニアが頷く。
「そう……。随分《ずいぶん》と面白いことしてくれるじゃない」
ベアトリスの顔に、かつて意地の悪い何かが浮かぶ。その笑みを見つめ、才人とマリコルヌは震えた。
「な、何を言ってるんだ! 俺たちはティファニアのためを思って!」
「嘘ばっかり。楽しんでいたじゃない。先輩がた」
触れると切れそうなぐらい、冷ややかな目でベアトリスが告げた。
「お、お前なあ……。先輩に向かって、そんな態度は……」
マリコルヌが精一杯の虚勢を張ってそういうと、ベアトリスは杖《つえ》を振った。上でできた巨大な手が、がっしりとマリコルヌと才人を捕まえる。
魔法の威力は感情に左右される。ベアトリスの怒りは相当なものだとう。すごい力で、二人は身動きが取れなくなった。
「ルイズ! ルイズ助けて!」
才人とマリコルヌが叫ぶ。
茂みの中からルイズが立ち上がる。
「あら。ヴァリエール先輩もいっらしゃったんですか?さて、このお二人を助けるつもり?」
するとルイズは、才人とマリコルヌを指差してベアトリスに告げた。
「まさか」
ルイズはにっこりと笑みを浮かべて言った。
「はぁ〜。さっきのティファニアをどういう目で見ていたのか、これからきっちり教えてあげないとね」
いきなり形勢が逆転したことに気づいた才人とマリコルヌは、激しく震え始めた。ついつい調子に乗りすぎたようだ。
「何を言っているの! おれたちはあくまでティファニアのためを思って!」
「そ、そうよね。ありがとう」
思わずティファニアがつぶやく。ほっとしたような顔の二人に、ベアトリスが言った。
「でも、わたしはお礼を述べたいわ。ティファニアさんの違った一面を見せてくださったお礼が……」
にっこりとルイズが笑って言った。
「わたしは、きちんと躾《しつけ》をしておきたいわ」
再び才人とマリコルヌの顔は凍りつく。二人の額から、冷たい汗が一筋流れた。
「ラ□ヴァリエール先輩、競争しません?」
「喜んで」
「このお二人に上げさせる悲鳴。わたしと先輩、どっちが大きいか。自信ありますよぉ」
そんなわけで。
ヴェストリの広場に……、才人とマリコルヌの悲鳴はいつまでも響いたのだった。
FIN
ゼロの使い魔〜三美姫の輪舞〜コンプリート