青い鳥
メーテルリンク/鈴木豊訳
目 次
主な登場人物と衣裳《コスチューム》
第一幕 第一景 きこり小屋
第二幕 第二景 仙女の家
第三景 思い出の国
第三幕 第四景 夜の宮殿
第五景 森の中
第四幕 第六景 幕の前
第七景 墓地
第八景 美しい雲を描いた幕の前
第九景 「しあわせ」たちの花園
第五幕 第十景 未来の王国
第六幕 第十一景 お別れ
第十二景 朝のめざめ
解説
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主な登場人物と衣裳《コスチューム》
[チルチル] ペローの童話の「おやゆび小僧」の衣裳。真紅《しんく》の半ズボン、やわらかい感じの青の短い上衣、白い靴下、鹿革の短靴または長靴。
[ミチル] 「グレーテル」または「赤ずきんちゃん」の衣裳。
[光] 月の色、つまり銀色に輝く青ざめた金色のドレス、光線の感じをあらわすキラキラ光る紗《しゃ》などがよい。ウォーター・クレインの描くような新ギリシア、または新イギリス様式で、多少とも帝政風な感じ――ウェストを高くし、両腕はむき出しにする――髪型は王冠型に結い上げるか、または手軽な王冠を被ってもよい。
[仙女ベリリュンヌ、隣のおばさんベルランゴ] 童話に登場する貧乏な女性の典型的な衣裳。第一幕で仙女からお姫さまに変身するところは省略してもよい。
[お父さんチル、お母さんチル、おじいさんチル、おばあさんチル] グリムの童話に出てくるドイツのきこりか、お百姓の伝説風な衣裳。
[チルチルの弟と妹たち] 「おやゆび小僧」の衣裳を少し変えたもの。
[時] 「時」の典型的な衣裳。黒または濃い青の大きなマント。白くふさふさしたひげを生やし、手には柄の長い鎌と砂時計を持っている。
[母の愛] 「光」の服装とほとんどそっくりの衣裳。すなわちギリシア彫刻のようなふわっとした、ほとんどすき透ったヴェールを被っているが、白いほうがよい。真珠や宝石は、清らかであどけない全体の調和をくずさないかぎり、できるだけみごとなものをたくさんつける。
[大きな喜びたち] 本文に指示されているように、繊細で甘い感じの輝くようなドレス。めざめのバラ色、水のようなほほえみ、こはくのバラ色、夜明けの空の色など。
[家のしあわせたち] さまざまな色のドレス。あるいは、お百姓、羊飼い、きこりなどの服装でもよいが、理想化した、妖精のような感じを出してもよい。
[肥ったしあわせたち] 変身する前は、赤と黄色の綿の、ゆったりした重いガウンに、たくさんの宝石をちりばめる。変身後は、薄い皮膜で作った人形のような感じの、コーヒー色かチョコレート色の運動シャツ。
[夜] 神秘的に星をちりばめたような、ゆったりした黒い衣裳。くすんだケシ色のヴェールをつける。
[隣の女の子] ブロンドの輝くような髪。長い白いドレス。
[犬] 赤いエンビ服に、エナメルの長靴、蝋《ろう》を塗った帽子。多少とも|イギリス紳士《ジョンブル》の感じを抱かせるような服装。
[猫] ガラス(または金属)の破片がキラキラ光る黒い運動シャツ。
「犬」と「猫」の頭はなるべく動物らしい感じが少ないほうがよい。
[パン] トルコの王侯の豪華な衣裳。金で縁どりした絹または真紅のビロードのゆったりしたガウン。大きなターバンを被り、半月刀を持つ。たいこ腹で、ほっぺたは赤く、うんとふくれている。
[砂糖] 宦官《かんがん》の服に似た、半分白く、半分青い絹のガウン。棒砂糖の包み紙のような感じ。宦官の帽子。
[火] 赤い運動シャツ、玉虫色に輝く裏が金色の真っ赤なマント。光線によってさまざまな色に見える炎のような色の羽かざり。
[水] 「ロバの皮」の童話に登場する「時」の色の服装。すなわち、青みがかった、海の色のような色で、すき透った輝きで、水の流れに似たガーゼをつけて、「光」よりいっそうゆったりした、ふわっとした様子。頭には海藻または葦の花かざりをつける。
[動物たち] ごくふつうの服装、あるいはお百姓の衣裳。
[森の木々] 緑色、または木の幹のさまざまな感じの色のガウン。一目でそれとわかる葉や枝の特徴を持たせる。
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第一幕 第一景 きこり小屋
舞台は、質素で田舎びてはいるが、といってみじめな感じのないきこり小屋の内部。マントルピースが見え、たきぎの火がチロチロと燃えている。台所道具、戸棚、パンを煉る槽《おけ》、振子時計、糸を紡《つむ》ぐ車、水道などが見える。テーブルの上には明りがともったランプ。戸棚の下の両脇に、犬と猫が尻尾《しっぽ》に鼻を突っ込んだまま、体を丸めて眠っている。犬と猫のあいだに、白と青のまだらの大きな棒砂糖。壁には|きじばと《ヽヽヽヽ》を入れた円い鳥籠が掛っている。舞台奥には窓が二つ、その内側からよろい戸が閉めてある。ひとつの窓の下に踏み台。左側にはこの家のドアがあり、大きな掛け金が下してある。右側にはべつのドアがある。上の屋根裏部屋に通じる梯子。同じく右側に子供用の小さいベッドが二つあり、その枕許の椅子の上に、洋服がていねいにたたんである。
〔幕があがると、チルチルとミチルが小さなベッドでぐっすりと眠っている。お母さんチルが、もう一度二人に毛布をかけ直し、しばらく二人が眠っている様子を眺めている。ちょうど半ば開いたドアから首を差し出したお父さんチルを手で呼び寄せる。お母さんチルは唇に指を押しつけて、お父さんチルが声をたてないように合図し、ランプを消してから、爪先で歩きながら右側から出てゆく。舞台はしばらく暗闇のまま。やがてよろい戸ごしに明りが差し込み、その光がだんだんと強くなってゆく。テーブルの上のランプがひとりでにつく。どうやら二人の子供が目を覚ましたらしく、ベッドの上に坐る〕
【チルチル】 ミチル?
【ミチル】 おにいちゃん?
【チルチル】 ねてるのかい?
【ミチル】 おにいちゃんは?……
【チルチル】 ねていないよ。お前と話しているんだもの、ねているわけはないじゃないか……
【ミチル】 ネエ、今日はクリスマスなの?
【チルチル】 でもサンタクロースは今年はなにも持って来ないよ……
【ミチル】 どうして?……
【チルチル】 お母さんに聞いたんだけれど、お母さんは町へ出かけて、サンタクロースにそう言うひまがなかったんだって……でも来年はきっと来るよ……
【ミチル】 来年って、なかなかなの?……
【チルチル】 すぐじゃあないさ……でも、お金持の子供の家へは今夜来るんだぜ……
【ミチル】 そうなの?
【チルチル】 アレッ!……ママがランプを消すのを忘れてるぜ!……いいことがあるぞ……
【ミチル】 どんなこと?
【チルチル】 起きようよ……
【ミチル】 でもいけないって言われてるのよ……
【チルチル】 だってだれもいないんだもの、かまうもんか……よろい戸が見えるかい?……
【ミチル】 アラッ! なんて明るいんでしょう!……
【チルチル】 パーティの明りだよ。
【ミチル】 なんのパーティなの?
【チルチル】 前の、お金持の子供の家のさ。クリスマス・ツリーだぜ。よろい戸を開けてみよう……
【ミチル】 だいじょうぶかしら?
【チルチル】 もちろんだいじょうぶさ、だってぼくだちだけだもん……音楽が聞えるかい?……起きようぜ……
〔二人の子供は起きて、窓のひとつに駆け寄って踏み台へ登り、よろい戸を押して開ける。明るい光が部屋の中に差し込む。子供たちは夢中になって外を見る〕
【チルチル】 すっかり見えるぞ!
【ミチル】 〔踏み台の上には、ようやく立っているだけの場所しかない〕見えないわ。
【チルチル】 雪が降ってるよ!……六頭だての馬車が二台あるぞ!……
【ミチル】 男の子が十二人出てきたわ!……
【チルチル】 バカだな、お前は!……あれは女の子だよ!……
【ミチル】 ズボンをはいてるわよ……
【チルチル】 わかりもしないくせに……そんなに押すなよ!……
【ミチル】 あたしに触らないでよ。
【チルチル】 〔踏み台をひとりじめにして〕お前は場所をみんな取っちまってるぜ……
【ミチル】 あたしの場所なんかぜんぜんないわよ!
【チルチル】 黙ってろよ、木が見えるぜ!……
【ミチル】 なんの木なの?……
【チルチル】 クリスマス・ツリーだよ……なあんだ、壁を見てるんじゃないか!……
【ミチル】 だって場所がないんですもの……
【チルチル】 〔踏み台の場所をちょっと空けてやり〕ホラ!……これで充分だろ?……そっちのほうがずっとよくなったろ?……明りがたくさんついてるぞ! ずいぶんあるなあ!……
【ミチル】 あんなに大騒ぎして、あのひとたちなにをしているのかしら?
【チルチル】 音楽をやってるのさ。
【ミチル】 あのひとたち、怒ってるのかしら?
【チルチル】 ちがうよ、ただ疲れただけさ。
【ミチル】 また白いうまをつけた馬車がきたわ!
【チルチル】 口をきくなよ!……見ていろよ!
【ミチル】 木の枝に下がっている、あの金色のものはなあに?
【チルチル】 もちろんおもちゃさ! サーベルに、鉄砲に、兵隊に、大砲だよ……
【ミチル】 ネ、お人形はどう、枝にさげてないかしら?
【チルチル】 人形だって?……バカバカしい。人形なんてちっとも面白くないや……
【ミチル】 テーブルのまわりにあるの、あれはなにかしら?
【チルチル】 お菓子に、くだものに、クリーム・パイだよ。
【ミチル】 小っちゃいとき、一度クリーム・パイを食べたことがあるわ……
【チルチル】 ぼくもだよ。パンよりおいしいね。でも、ほんの少ししかもらえなかったよ。
【ミチル】 ほんの少ししかなかったんですもの……テーブルいっぱいにあるわよ……あのひとたち、あれをこれから食べるのかしら?
【チルチル】 もちろんさ。ほかにどうすればいいんだい?
【ミチル】 あのひとたち、どうしてすぐに食べないの?
【チルチル】 お腹がすいてないからさ……
【ミチル】 〔びっくりして〕お腹がすいていないんですって?……どうして?
【チルチル】 ほしいときにいつでも食べるからだよ……
【ミチル】 〔信じられない様子で〕毎日そうなの?
【チルチル】 そうらしいよ。
【ミチル】 みんな食べるのかしら?……ご馳走するのかしら?
【チルチル】 だれに?
【ミチル】 あたしたちに……
【チルチル】 ぼくたちのことなんか知らないんだぜ。
【ミチル】 ご馳走してって、頼んだら?
【チルチル】 そんなことむりだよ。
【ミチル】 どうして?
【チルチル】 だっていけないって言われてるんだもん。
【ミチル】 〔両手をたたいて〕アラッ! なんてきれいなんでしょう!
【チルチル】 〔夢中になって〕笑ってるぞ、笑ってるぞ!
【ミチル】 子供たちがダンスをしてるわ!
【チルチル】 ほんとだ、ほんとだ、こちらもダンスをしようよ!
〔二人は大喜びで踏み台の上で足を踏み鳴らす〕
【ミチル】 アア! ほんとに面白いわ!
【チルチル】 お菓子をもらってるぞ!……もう手をつけてもいいんだな!……食べてる! 食べてる! 食べてるぞ!
【ミチル】 いちばん小っちゃい子まで食べてるわ! 二つ、三つ、四つも!
【チルチル】 〔夢中になって喜び〕アア! いいなあ!……いいなあ!……ほんとにいいなあ!
【ミチル】 〔もらったつもりになって、お菓子を数えながら〕あたし、十二ももらっちゃったわ!
【チルチル】 ぼくは十二の四倍だぞ! お前にもあげるよ!
〔小屋の戸をたたく音がする〕
【チルチル】 〔急に静かになって、怖がり〕なんだろう?……
【ミチル】 〔おびえて〕パパだわ!
〔二人が戸を開けるのをためらっているうちに、大きな掛け金がひとりでにきしみながら上がるのが見える。戸が半分ほど開かれ、緑色の服を着て、赤いずきんを被った小柄な老婆が入ってくる。老婆は、せむしで、びっこで、めっかち。鼻は曲って顎までとどき、杖にすがって、腰を曲げて歩く。一目見ただけで、仙女だとわかる〕
【仙女】 ここには歌を歌う草か、青い鳥はいるかね?
【チルチル】 草はあるけど、歌なんか歌わないよ……
【ミチル】 チルチルは鳥を飼ってるわ。
【チルチル】 でもあの鳥はあげられないよ……
【仙女】 どうしてだね?
【チルチル】 だって、ぼくのだもの。
【仙女】 なるほど、理屈に合ってるね。どこにいるんだい、その鳥は?
【チルチル】 〔鳥籠を指さして〕鳥籠の中さ……
【仙女】 〔鳥をよく見ようとして、めがねをかける〕あんな鳥はほしくないね。あんまり青くないからね。お前たち、あたしがほしい鳥を探しにいかなければだめだよ。
【チルチル】 でも、そんな鳥がどこにいるか知らないし。
【仙女】 あたしだって知らないさ。だから探しにいかなければいけないんだよ。やむをえなければ、歌を歌う草はなくてもいいんだけれどね。|青い鳥《ヽヽヽ》はどうしても要るんだよ。重い病気で寝ているあたしの娘のためなんだよ。
【チルチル】 その女の子ってどうかしたの?
【仙女】 はっきりはわからないのさ。娘はしあわせになりたがっているのにね……
【チルチル】 フーン、そうなの?
【仙女】 あたしがだれだか知ってるかい?
【チルチル】 お隣の、ベルランゴおばさんにちょっと似てるけど……
【仙女】 〔とつぜん腹をたてて〕とんでもない……ぜんぜん似てなんかいないよ……ひどいはなしだね……あたしは仙女のベリリュンヌさ。
【チルチル】 ヘーッ! すげえな。
【仙女】 すぐに出かけなければいけないよ。
【チルチル】 おばあさんもいっしょに来てくれるんだろ?
【仙女】 今朝スープを火にかけておいたんで、どうしても行けないのさ、あたしが一時間以上留守にするたびに、すぐにふきこぼれちまうんだから……〔天井やマントルピースや窓をつぎつぎに指さしながら〕ここから出て行きたいかい? それともあそこから? それともあそこかい?
【チルチル】 〔おずおずとドアを指さして〕あそこから出たいな……
【仙女】 〔またとつぜん腹をたてて〕そりゃあぜったいできない相談だよ、まったく腹のたつ癖《くせ》だよ!……〔窓を指さして〕あそこから出よう!……いいよ!……なにをぐずぐずしているんだい? すぐに服を着るんだよ〔子供たちは言われたとおりに、大急ぎで服を着る〕あたしはミチルを手伝ってあげるよ……
【チルチル】 ぼくたち、靴がないんだよ。
【仙女】 そんなことかまわないよ。いまお前たちにすばらしい小さい帽子をあげるからね。で、ご両親はどこにいるの?
【チルチル】 〔右手のドアを指さして〕あっちさ、いま眠ってるよ。
【仙女】 で、おじいさんやおばあさんは?
【チルチル】 死んじゃったのさ。
【仙女】 弟や妹は? 兄弟はあるんだろ?
【チルチル】 うん、弟が三人……
【ミチル】 それに妹が四人……
【仙女】 どこにいるんだい?
【チルチル】 やっぱり死んでしまったんだ。
【仙女】 みんなに会いたいかい?
【チルチル】 もちろんさ! いますぐにね! 会わせておくれよ!
【仙女】 あたしだって、まさかポケットに入れてるわけじゃあないからね……でも、ちょうどおあつらえ向きなことがあるよ。お前たち、「思い出の国」を通るときにみんなに会えるよ。青い鳥を探しにゆく途中さ。三番目の角を曲って、すぐに左側だよ――さっきあたしがノックをしたとき、なにをしてたんだい?
【チルチル】 お菓子の食べっこして遊んでいたのさ。
【仙女】 お菓子があったのかい?……いまどこにあるんだい?
【チルチル】 お金持の子供のお邸にさ……こっちに来て見ない、とてもきれいだよ〔仙女を窓のほうへ引っぱってゆく〕
【仙女】 〔窓のところで〕でもお菓子を食べてるのは、ほかの子供たちじゃあないの!
【チルチル】 そうだよ。でもすっかり見えるんだもの。
【仙女】 お前、あの子たちが癪《しゃく》にさわらないかい?
【チルチル】 どうしてなの?
【仙女】 あの子供たちが全部食べてしまうからさ。あたしは、あの子たちがお前にご馳走してくれないのは、とんだまちがいだと思うんだけれどね……
【チルチル】 だって、あの子たちお金持なんだもの、そうは思わないな……ホラ! あの子たちの家、ほんとにきれいだな!
【仙女】 べつに、お前の家よりきれいじゃあないよ。
【チルチル】 ヘエそうかな! ぼくんち、ずっと暗いし、ずっと小さいし、お菓子もないんだぜ。
【仙女】 まったく同じことさ。つまりね、お前にはそれがよく見えないっていうことなんだよ。
【チルチル】 見えるよ、とてもよく見えるんだ、ぼくってとても目がいいんだぜ。お父さんには見えない教会の時計の文字盤を見て、時間がわかるんだもの。
【仙女】 〔とつぜんプンプン怒り出して〕お前には見えないって言ってるんだよ! じゃあ、お前にはあたしがどう見えるんだい? あたしはどんな様子だい?〔チルチルは困ったように黙っている〕返辞をしないかい? お前の目が見えるかどうか知りたいんでね? あたしはきれいかい、それともきたないかい?〔チルチルはますます気まずくなり黙ったまま〕返辞をしたくないのかい? あたしは若いかね、それとも年寄りかね? 頬ぺたが赤いかい、それとも黄色いかい? ひょっとしたら背中に|こぶ《ヽヽ》がある、なんて言うんじゃないかい?
【チルチル】 〔なだめるように〕そんなことないよ、|こぶ《ヽヽ》っていっても大きくないもの。
【仙女】 大きいんだね、お前の様子を見ていると、ひどく大きい|こぶ《ヽヽ》らしいね……あたしの鼻は曲っているかい、左の目はつぶれているかい?
【チルチル】 ちがう、ちがう、ぼくそんなことは言わないよ……でもいったいだれがつぶしたのさ?
【仙女】 〔だんだんイライラしてくる〕つぶれてなんかいないんだよ! 失礼な子供だね! 憎らしい子だよ! こっちの目のほうが、もう一方の目よりもずっときれいなんだよ。ずっと大きく、ずっと明るく、まるで空みたいにきれいなんだよ……で、あたしの髪はどうだい? 小麦みたいなみごとなブロンドだろ、まるで純金みたいじゃあないか! それに髪があんまりたっぷりしていて、頭が重いくらいだよ……あっちこっち散らばっちまってね……ホラ、見てごらん、手の上にものってるだろ?〔こう言って、細い二束の髪を拡げて見せる〕
【チルチル】 そうね、いくらか見えるよ。
【仙女】 〔憤慨して〕いくらかだって! 麦の束みたいにたっぷりあるじゃないか! かかえるくらいあるよ! ふさふさしてるじゃないか! まるで黄金《きん》の波みたいだよ! あたしはね、みんながあたしの髪の毛なんか見えないって言ってることを、よく知ってるのさ。でもね、お前は心掛けの悪いめくらじゃない、そうだろ?
【チルチル】 うん、ちがうよ、ぼくは隠れていないものなら、なんでもよく見えるんだよ。
【仙女】 でも、そのくらいの勇気を出して、ほかのものも見なくちゃあいけないんだよ! まったくおかしなもんだね、人間なんて……妖精たちが死んでから、人間どもにはもうなんにも見えないし、そればかりかそれがおかしいとも思わないときてるんだから……マ、さいわいなことに、あたしは、見えなくなった目にもう一度明りをさすのに必要なものをいつも身につけているんでね……サテ、この袋の中からとり出したのはなんだろうね?
【チルチル】 ヤア! 小っちゃい、きれいな緑色の帽子だ! 徽章《きしょう》の上でキラキラ光ってるのはなんなの?……
【仙女】 大きなダイヤモンドさ、このおかげで目がよく見えるようになるのさ。
【チルチル】 ヘーエッ!
【仙女】 そうとも。帽子を被って、ダイヤモンドをちょっと回すと、右から左へ、ホラ、例えばこんなふうにね、わかるかい? そうするとね、それが頭の|こぶ《ヽヽ》を押すんだよ、もっともこの|こぶ《ヽヽ》はだれにもわからないけれども、それが目を開いてくれるのさ……
【チルチル】 痛くないの?
【仙女】 とんでもない、なにしろ魔法がかかっているんだからね……そのとたんに、ものの中味さえ見えてくるって寸法さ。例えば、パンの精だとか、ブドー酒や、胡椒《こしょう》の精だとかね。
【ミチル】 お砂糖の精も見えるかしら?
【仙女】 〔いきなり怒り出して〕あたりまえだよ! あたしはつまらない質問なんかごめんだね……砂糖の精だって、胡椒の精だって、べつにどうっていうことはないじゃないか……サア、これでお前たちが青い鳥を探す手助けになるものは、すっかりお前たちにやったよ……姿を見えなくする指環だの、空とぶ絨毯《じゅうたん》などはなかなか役に立つことは百も承知なんだけれどもね……惜しいことに、それをしまっておいた箪笥の鍵をなくしてしまったんでね……そうだ! あぶなく忘れるところだった〔ダイヤモンドを指さして〕見えるかい、これをこう持ってね、ちょっと回すと過去のことが見えるのさ……もうちょっと回すと、今度は未来のことがみえるんだよ……奇妙だし、なかなか実用的なのさ、音もしないしね。
【チルチル】 パパがきっとそれを取り上げちまうよ。
【仙女】 お父さんには見えやあしないよ。頭に被っていれば、だれにも見えないのさ……どうだい、試してみたいかい?〔小さい緑色の帽子をチルチルに被せる〕サテ、ダイヤモンドを回してごらん……一回まわして、それからまた……
〔チルチルがダイヤモンドを回したとたんに、とつぜん奇跡のようにすべてが変わる。仙女はにわかにすばらしい、美しいお姫さまになる。小屋の壁の材料になっていた小石が、サファイヤのように青く輝き、この上なく貴重な宝石のように透明になり、まばゆいばかりにキラキラと光る。みすぼらしい家具は生き生きして豪華な感じに変わる。白木造りのテーブルはどっしりして、まるで大理石のテーブルのようになる。振子時計の文字盤が目ばたきをし、陽気にニッコリ笑い、そのあいだにうしろで振子が左右に揺れていた戸が半分ほど開いて、中から「時間」がとび出してくる。「時間」たちは手に手をとって、大声で笑いながら、うっとりするような音楽のしらべに合わせてダンスをはじめる。しごく当然のはなしだが、チルチルは「時間」を指さして叫び声をあげてびっくりする〕
【チルチル】 このきれいな女のひとたちは、みんないったいだれなの?
【仙女】 なにも怖がることはないよ。お前の一生の時間なのさ。ちょっとのあいだ自由になり、ひとに姿が見てもらえるんで喜んでいるのさ。
【チルチル】 どうして壁があんなに明るくなったの? あれはお砂糖? それとも宝石?
【仙女】 石なんてみんな同じものさ、石なんてみんな宝石なんだよ。ところが人間ときたら、そのうちのいくつかしか目に見えないのさ……
〔二人がこんなことを喋っているあいだに、魔法はどんどん続いて、すっかり仕上がる。「四斤パンの精」は、パンの皮の色の運動シャツを着たおじいさんの姿で、途方にくれて粉まみれになり、パンを練る槽《おけ》の中からとび出して、テーブルのまわりを跳ね回る。彼らはそこで黄色と真っ赤な運動シャツを着て、|かまど《ヽヽヽ》から出てきた「火」といっしょになり、笑いころげながら追いかけっこをする〕
【チルチル】 あのうすぎたないおじいさんはだれ?
【仙女】 たいしたもんじゃないよ。「四斤パンの精」だよ。ほんとうのことが幅をきかせる世の中になったんで、これさいわいと今までギュウギュウづめにされていた、パン練り槽《おけ》から出てきたところさ……
【チルチル】 へんな匂いのする、あの真っ赤な大きいやつは?
【仙女】 シーッ! あんまり大きな声で話すんじゃないよ、あれは「火」さ……なにしろ意地悪だからね。
〔こんなはなしをしているあいだも、魔法はやまないで続いている。戸棚の下に丸くなって寝ていた犬と猫が、代る代るに大きな鳴き声をあげて、揚蓋《あげぶた》の中へ姿を隠し、そのあとに二人の人物がモゾモゾと現れてくる。そのひとりはブルドッグのマスクをつけ、もうひとりは猫の面を被っている。と、すぐにブルドッグの面を被った小男が――今後はこの男を「犬」という名前で呼ぼう――チルチルのところに走り寄り、乱暴にキスをし、勢いこんで、はでになめたりさすったりして、チルチルは迷惑そうな様子。そのあいだに猫のマスクをつけた小柄な女は――これからは、ただ「猫」とだけ呼ぶことにする――髪に櫛《くし》をかけ、両手を洗い、ひげの手入れをして、それからミチルのそばへくる〕
【犬】 〔吠えたり、跳びはねたり、あちこちぶつかったり、我慢ならないほどあばれて〕ヤレヤレ! お早よう! お早ようご主人さま! ようやく、ようやく口がきけるようになりました! なにしろあなたに言いたいことが山ほどあって! いままでは、吠えても、尻尾を振ってもだめだったんですよ! あなたときたら、わからなかったんだから! ところがいまになると、お早よう! お早よう! 好きですよ、あなたが! 好きですとも! あたしがなにかびっくりするようなことをするのを、ごらんになりたいですか? なにかみごとなことをやってのけるのを? 前脚で歩いてみせましょうか、それとも綱渡りダンスをお目にかけましょうか?
【チルチル】 〔仙女に〕犬の頭をしたこのひとはだれなの?
【仙女】 じゃあわからないのかい? お前が自由にしてやったチローの精さ。
【猫】 〔ミチルのそばへ寄り、重々しく、もったいぶって手を差し出しながら〕お早よう、マドモワゼル……今朝のあなたはなんておきれいなんでしょう!
【ミチル】 お早よう、おばさん。〔仙女に〕だれなの、このかた?
【仙女】 一目見ればわかるだろ。お前に手を差し出してるのは、チレットの精なんだよ……キスをしておあげ。
【犬】 〔猫を押しのけて〕ぼくもですよ! ご主人さまにキスをしますよ! お嬢さまにもキスをしますよ! みんなにキスをして回りますよ! けっこう、けっこう! ゆかいにやりましょうや! ひとつチレットのやつをびっくりさせてやれ! ウーウ! ウーウ! ウーウ!
【猫】 ムッシュウ、あたくし、あなたを存じ上げませんが。
【仙女】 〔杖で「犬」をおどしながら〕しずかにしなさい、お前は。でないと、おしまいまで、元通りに口がきけなくしてしまうよ……
〔そのあいだに、魔法が続いている。隅のほうで、糸を紡《つむ》ぐ車はみごとな光の糸を紡ぎながら気が狂ったように回りはじめる。もう一方の隅では、水道の口が、かん高い声で歌を歌い出して、輝きを放つ泉に変わり、真珠やエメラルドの滝となって流しいっぱいに溢れ、その中から「水」の精がとび出してくる。「水」は輝くばかり美しい、髪をふり乱した、悲しげな娘のような姿をしているが、すぐに「火」となぐり合いをはじめる〕
【チルチル】 あのずぶ濡れの女のひとは?
【仙女】 怖がらなくてもいいよ、水道から出てきた「水」の精さ。
〔牛乳|瓶《びん》がひっくり返って、テーブルから床に落ちて割れる。そのミルクから大きな白い形のものが立ち上がり、はにかんで、なにを見ても怖そうな様子を見せる〕
【仙女】 「ミルク」の精さ、ホラ、瓶が割れてしまったろ。
〔戸棚の下に置いてあった棒砂糖が大きくなり、形が拡がって、包み紙を破ってしまう。その中から白と赤の模様の長いオーバーのようなものを着た、甘ったるい、いかにも偽善者のような感じの男が出てきて、自己満足したようなうす笑いを浮かべながらミチルのほうへ進み出る〕
【ミチル】 〔不安げに〕どうしようっていうのかしら?
【仙女】 なに、「砂糖」の精さ!
【ミチル】 〔安心して〕あめん棒を持っているかしら?
【仙女】 ポケットの中にはあめん棒しかないよ、それに指は一本一本みんなあめん棒だよ……
〔ランプがテーブルから落ち、落ちるとすぐにその炎が上がり、比類なく美しい輝くばかりの少女の姿に変わる。目もくらむばかりの、長い、すき透ったヴェールを着け、なにかうっとりしたような様子でじっとしている〕
【チルチル】 女王さまだぞ!
【ミチル】 マリアさまだわ!
【仙女】 ちがうよ、これは「光」の精さ。
〔そのあいだに、壁に掛っていたシチュー鍋がオランダこまのように回り、衣類戸棚の戸がバタンと音をたてて、月と太陽の色の生地が豪華な様子で転がりはじめる。そしてその布と、屋根裏部屋から梯子《はしご》伝いに下りてきたぼろ布《きれ》が、それに劣らず華やかな感じで混じり合う。ちょうどそのとき、右手のドアをかなり強く三回ノックする音が聞える〕
【チルチル】 〔怖そうに〕パパだぞ! ぼくたちの声が聞えたんだよ!
【仙女】 ダイヤモンドをお回し! 左から右へだよ!〔チルチルがいきおいよくダイヤモンドを回す〕そんなにあわてないで! ヤレヤレ! おそすぎたよ! お前はいせいよく回しすぎちまったんだよ。この連中、もとのところへ戻るひまがなかったんだよ、いまに厄介なことが起こりそうだね〔仙女はもとの老婆にかえり、小屋の壁は輝きを消し、「時間」は時計の中へ戻り、糸車はとまり、ほかもこれにならう。ところがみんなが大あわてで、大さわぎをするうち、「火」は煙突を探し回って部屋のまわりを気違いのように駆け回り、「四斤パン」のひとつは、パンを練る槽《おけ》の中にもぐり込む場所がなくて、恐怖の叫び声をあげながら泣き出すしまつである〕いったいどうしたんだい?
【パン】 〔涙をいっぱい浮かべて〕槽《おけ》の中にわたしが入るところがないんです!
【仙女】 〔槽に身をかがめて〕あるとも、あるとも〔もとの場所へ戻ったほかのパンを押して〕どうだい、早く、中へ入るんだよ。
〔またドアをノックする音〕
【パン】 〔途方にくれて、槽の中へ入ろうと骨を折るが、中へ入れない〕ダメだ、どうしようもない……ぼくは最初に食べられちまうぞ!
【犬】 〔チルチルのまわりを跳びはねながら〕ご主人さま! ぼくはまだここにいるんですよ! まだ口がきけるんです! まだあなたにキスもできますよ! まだ! まだ! まだですよ!
【仙女】 なんだって、お前もかい? お前まだそこにいたのかい?
【犬】 こいつはついてるぞ……元通り口をきくなったって、できない相談だ。揚蓋がちょっと早く閉まりすぎたもんで……
【猫】 あたしだって同じよ……これからどうなるのかしら? 危い目にあうのかしら?
【仙女】 やれやれ、お前たちにはほんとうのことを言わなければね。子供たちのお供をするものはみんな、旅が終ったら死ぬんだよ……
【猫】 お供をしないものは?
【仙女】 何分か長生きできるだろうね。
【猫】 〔「犬」に〕サア、揚蓋の中へ戻りましょうよ。
【犬】 いやだ、ごめんこうむるよ! ぼくはごめんだぜ! ご主人さまのお供をしたいのさ! いつでもご主人さまとお喋りをしたいんだ!
【猫】 テイノーッ!
〔またドアをノックする音〕
【パン】 〔さめざめと涙を流しながら〕旅が終ったら死ぬなんてごめんだよ! すぐにわしの槽の中に帰りたいんだよ!
【火】 〔苦しそうな息をつきながら、相変らず気が狂ったように部屋を駆け回りながら〕まだ煙突が見つからないぞ!
【水】 〔水道の蛇口の中へ戻ろうとするが戻れない〕まだ蛇口の中へ入れないんだ!
【砂糖】 〔包み紙のまわりでバタバタして〕包み紙を破っちまった!
【ミルク】 〔のろのろとはにかみながら〕瓶は割れてしまったし、どうしよう!
【仙女】 ヤレヤレ、みんなのろまだね! のろまで、こしぬけときてるんだから! それならいっそ、鳥を探しに出かける子供たちのお供をするより、みっともない箱の中で、揚蓋の中で、蛇口の中で生きてるほうがましなのかい?
【一同】 〔「犬」と「光」をのぞいて〕そうです! そうです! いますぐ! あたしの蛇口へ! わしの槽へ! オイラの煙突の中へ! あたしの揚蓋の中へ!
【仙女】 〔うっとりとランプのかけらを見ている「光」に〕でお前はどうだい、「光」や、なにか言いたいことがあるかい?
【光】 あたくし、子供たちのお供をしますわ。
【犬】 〔大喜びで吠えながら〕ぼくもだ! ぼくもだ!
【仙女】 それにこしたことはないよ。それにね、戻ろうにもちょっとおそすぎるんだよ。お前たちはどうこう言えないのさ、みんなあたしたちといっしょに出かけるんだよ……それにね、「火」や、お前はだれにも近付くんじゃないよ、「犬」や、お前は「猫」をからかっちゃあいけないよ。「水」や、お前は体をピンとさせて、あっちこっち流れ出さないようにするんだよ……
〔また右側のドアにはげしいノックの音が聞こえる〕
【チルチル】 〔耳をすまして〕そら、またパパだぞ! 今度は起きてきた、歩く足音が聞えるよ。
【仙女】 窓から出よう……みんなあたしの家へ来るんだよ、あたしの家で、動物たちにも、ものたちにも似合いの服を着せてあげるからね〔「パン」に〕「パン」、お前は青い鳥を入れる籠をお持ち……しっかり番をしておくれ……サア、早く、早く、時間をむだにしないようにね……
〔とつぜん、窓がドアのように下まで伸びる。一同が出てゆくと、そのあとで窓がまたもとの形にもどり、なにもなかったように閉まる。部屋は再び暗くなり、二つの小さな寝台が影の中にだんだん消えてゆく。右のドアが半分開き、開いたところからお父さんチルとお母さんチルの顔がのぞく〕
【お父さんチル】 なんでもないよ……コオロギが鳴いてるのさ……
【お母さんチル】 二人が見える?
【お父さんチル】 もちろんさ……おとなしく眠ってるよ。
【お母さんチル】 寝息が聞えるわ。
〔ドアが再び閉まって幕〕
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第二幕 第二景 仙女の家
仙女ベリリュンヌの宮殿の、豪華な玄関ホール。金銀の飾りのついた柱頭のある明るい大理石の柱、階段、柱の並んだ廊下、欄干などが見える。
〔舞台奥の右手から、豪華な服装をした「猫」と「砂糖」と「火」が登場。一同は光線がもれてくる部屋から出てくる。この部屋は「仙女」の衣裳部屋である。「猫」は黒い絹の運動シャツの上に軽い紗《しゃ》を羽織っている。「砂糖」は白とやわらかい青のまだら模様の絹のガウン。「火」は色とりどりの羽根飾りを頭につけ、金の裏のついた真紅の長いマントを着ている。一同ホールを横切り、舞台前面の右側に降り、柱が並んだ廊下の下で、「猫」がみんなを集める〕
【猫】 こっちよ。あたしはこの宮殿のことなら隅から隅まで知っているのよ……仙女ベリリュンヌはこの宮殿を「青ひげ」から譲ってもらったのよ……子供たちと「光」が仙女のお嬢さんのお見舞いに出かけたあいだに、あたしたちの最後の自由な時間を利用しましょうよ……いまのあたしたちの立場についておはなしし合おうと思って、みなさんにここへ来ていただいたんです……みなさんお揃い?
【砂糖】 ちょうど「犬」が仙女の衣裳部屋から出てきたよ。
【火】 やっこさん、なんっていう格好してるんだい?
【猫】 あのひと、「シンデレラ」の馬車の馬丁のお仕着せを着てるのよ……まったくあのひとにはぴったりだわ……なにしろ気持からして、下男根性ですもの……あたし、へんにあのひとのことが信用できないのよ……でも、欄干のうしろに隠れてやりましょうよ……あたしがみなさんに話したことは聞かれないほうがいいわ。
【砂糖】 といってもむだですわ。あのかたときたらあたしたちの匂いを嗅ぎつけてしまいましたわ……ホラ、いっしょに衣裳部屋から「水」が出てまいりましたよ。アーラッ! なんてきれいなんでしょう!
〔「犬」と「水」が最初のグループといっしょになる〕
【犬】 〔跳びはねながら〕ホーラ! ホーラ! ぼくたち、なんてきれいなんだ! サテ、このレースをごろうじろ、それにこの刺繍も! 金でできてるんだぜ、本物だぜ!
【猫】 〔「水」に〕それって、「ロバの皮」の「時の色」のドレスでしょう? たしかあたし、見たことがあるような気がするわ。
【水】 そうなの、いまでもまだ、あたくしにいちばん似合うのよ。
【火】 〔もぐもぐと〕あの女、かさを持ってないぞ……
【水】 なにかおっしゃって?
【火】 なにも、なんにも言うもんか……
【水】 いつか見た、大きな赤い鼻のことを話していらっしゃるのかと思ったわ。
【猫】 サア、言い争いはやめましょう、あたしたち、もっと大事なことをしなければいけないのよ……もう「パン」が来るのを待つだけなんだけれど、いったいどこにいるのかしら?
【犬】 服を選ぶのに、ああでもないこうでもないと、ぐずぐずしていたよ。
【火】 なんせあの間の抜けた様子に、たいこ腹だからな、そりゃ苦労もしようというもんだ。
【犬】 とうとう最後にゃあ、宝石をちりばめたトルコ風のガウンに、半月刀を持って、ターバンを巻くというしまつさ。
【猫】 ホラ来たわ!……あのひと、「青ひげ」のいちばんきれいなガウンを着込んでいるわよ。
〔「犬」がいま話したような服装で「パン」が登場。絹のガウンをたいこ腹の上で合わせるのが苦しそうな感じ。片手でベルトに差した半月刀の鍔《つば》をにぎり、もう一方の手には青い鳥を入れる籠を持っている〕
【パン】 〔見栄っぱりな様子で、体を左右に揺すりながら〕いかがです? 諸君、わしのみなりをどう思うかね?
【犬】 〔パンのまわりを跳びはねながら〕おみごと! なんてバカバカしいんだ! おみごと! まったくおみごと!
【猫】 〔「パン」に〕子供たちはもう洋服を着てしまった?
【パン】 さよう、ムッシュウ・チルチルは赤い上着に、白い靴下、それに「おやゆび小僧」の青いズボンといういでたちでね。マドモワゼル・ミチルのほうは、「グレーテル」のドレスに「シンデレラ」の上靴をはいてね……ところが大事な問題は「光」のきみのお着付けだよ!
【犬】 どうしてだい?
【パン】 仙女としては、「光」のきみがあまり美しいんで、なんにも着てもらいたくないと思っていたんだがね! そこでわしは、なによりも尊敬すべき元素を尊ぶという口実で、反対を唱えてやったよ。とどのつまりは、わしはだね、そうした条件では、「光」のきみといっしょに出かけるのはお断りする、とはっきり宣言してやったんだ。
【火】 あの女には、ランプのかさを買ってやらなけりゃあいけねえな!
【猫】 で、仙女は、いったいなんて返辞をしたの?
【パン】 わしの顔と腹に、杖を何発かお見舞いしたよ。
【猫】 それで?
【パン】 わしは一も二もなく降参したよ。ところが最後になって、「光」のきみは、「青ひげ」の宝物箱のいちばん下にあった、「月の色」のドレスに決めたというしだいさ。
【猫】 ホラホラ、お喋りがすぎるわよ、時間はあまりないんだから……問題はあたしたちの未来よ……みなさんおわかりだと思うけれど、さっき仙女が言ったでしょ、この旅行の終りは、同時にあたしたちの生命《いのち》の終りを意味するんだって……そこで、できるかぎり、あらゆる方法を用いてこの旅行を引き伸ばすことが先決だわ……でもほかにもまだ問題があるのよ。つまり、あたしたちは、あたしたちの種属の将来と、あたしたちの子孫の運命を考えなければいけないのよ。
【パン】 ブラボー! ブラボー! 猫の言うとおりだ!
【猫】 あたしの言うことを聞いてちょうだい……あたしたち一同ここに集まっているでしょう、動物も、ものも、元素も。あたしたちはね、人間がまだ知らない魂を持っているのよ。だからあたしたち、いくらかでも独立を保ってられるわけなのよ。ところが、もし人間が青い鳥を見付けたら、人間はなんでも知り、あらゆるものを見ることができるようになり、それこそすっかり、あたしたちは人間の思いのままになってしまうわ……これはね、あたしの古いお友だちの「夜」が教えてくれたことなの、「夜」はね、同時に人生の秘密の番人もしているのよ……だから、あたしたちとしてはどんなことをしても、人間がその鳥を見付ける邪魔をするのが望ましいと思うわけよ、たとえ子供たちの生命《いのち》が危険にさらされてもしかたがないわ。
【犬】 〔腹をたてて〕なにを言うんだ、この女は? いま言ったことを、もういっぺん繰り返してみろ!
【パン】 お黙りなさい! あなたには発言権はありませんぞ! わしはこの会議の議長じゃからね。
【火】 だれがお前さんを議長に任命したんだい?
【水】 〔「火」に〕静粛になさって! よけいなことをおっしゃらないで!
【火】 必要なことを言ってるだけだよ。お前さんにとやこう言われる筋合いはないね。
【砂糖】 〔とりなすように〕失礼ですけれど……とにかく喧嘩はやめましょうよ……とにかく大事なときですから……なにより、いまの問題は、みんながどういう態度をとるかということですからね。
【パン】 わしは「砂糖」と「猫」の意見に全面的に賛成だね。
【犬】 バカバカしい! はじめに人間あり、それだけのことさ! 人間には従わなければならんし、人間の望むことはしなければいけない! 真実はただそれだけさ! ぼくは人間しか認めない! 人間ばんざいだ! 生きるのも死ぬのも、すべてこれ人間のためだよ! 人間さまは神さまでございだ!
【パン】 わしは犬の意見に全面的に賛成だね。
【猫】 〔「犬」に〕でも、それなりの理由がいるわよ。
【犬】 理由なんてあるもんか! ぼくは人間が好きだ、それで充分さ! もしきみが人間に対してなにか企てたら、ぼくはまず第一にきみの首ねっこを締めて、それから人間に一部始終を打ち明けにゆくよ。
【砂糖】 〔穏やかに仲に入って〕失礼ですけれど……マア、そんなに感情的な議論はやめようじゃありませんか……見方によれば、お二人ともそれぞれもっともなことで……とにかくどちらにもそれぞれ理屈がありますから。
【パン】 わしは全面的に「砂糖」の意見に賛成だね!
【猫】 ここにいる皆さん、「水」に「火」に、それにあなた方、「パン」も「犬」も、みんな途方もない暴君の犠牲者じゃあないの? 横暴な人間がやってくる以前、あたしたちが地球の上を自由に歩き回っていた時分のことを思い出してごらんなさい……ただ「水」と「火」だけが世界の主人だったのよ。それが、「水」や「火」がいまはどうなったか見てごらんなさい! あたしたち、偉大な野獣のかよわい子孫はといえば……気をつけて! なにもなかったようなふりをするのよ……仙女と「光」がこちらへ来るのが見えるわ……「光」は人間の味方についたのよ。あたしたちの一番悪い敵なのよ……ホラ、きたわよ……
〔チルチルとミチルをうしろに従えて、仙女と「光」が左側から登場〕
【仙女】 どうしたんだい? なにかあったのかい? そんな隅っこでなにをしているんだい? まるで陰謀でも企んでるみたいだよ……出かける時間だよ……いまね、「光」をお前たちのかしらにすることに決めたところさ……あたしに従うように、「光」の言うことを聞くんだよ。それにあたし、杖を「光」に預けてあるのさ……今夜は、子供たちは亡くなったおじいさんおばあさんを訪ねるはずになっていてね……お前たちは、分を守って、いっしょに行かずに待っておいで……子供たちは亡くなった家族のところで一晩過ごすからね……そのあいだに、お前たちは明日の旅行に必要なものを準備しておくんだよ、明日の旅は長いからね……サアサア、さっさと立って、それぞれ自分の持ち場につくんだよ!
【猫】 〔猫をかぶって〕ちょうどそのはなしをしていたところなんですよ、仙女さま……このひとたちに、それぞれ自分の仕事を、良心的に勇敢にやるように言いきかせていたんです。ただ運悪く、「犬」があたしの邪魔ばかりして……
【犬】 なんだって! コラ! ちょっと待て!
〔「犬」は「猫」にとびかかろうとするが、その動作を見ていたチルチルが、脅すような身振りで「犬」をとめる〕
【チルチル】 引っ込んでろ、チロー! 用心しろよ。もう一度そんなことをしたら。
【犬】 ご主人さま、あなたはご存知ないからそんなことを言うんだけれど、こいつときたら。
【チルチル】 〔「犬」を脅《おど》して〕だまれ!
【仙女】 サアサア、やめなさい……「パン」は今夜はチルチルに籠を預けるんだよ……青い鳥は過去の国のおじいさんおばあさんのところに隠れているかもしれないんでね……いずれにしろ、チャンスがあったら、のがさないほうがいいからね……サア、「パン」、その籠をどうするんだい?
【パン】 〔もったいぶって〕しばらくお待ちください、仙女さま……〔演説でもするように〕諸君、なにとぞ証人になっていただきたい、わしがお預りしたこの銀の籠を……
【仙女】 〔「パン」の言葉をさえぎって〕たくさんだよ! 演説なんか聞きたくもない……あたしたちはあちらから出てゆくから、子供たちはこちらからおゆき。
【チルチル】 〔不安そうに〕ぼくたち、二人だけで行くの?
【ミチル】 あたしお腹がすいたわ!
【チルチル】 ぼくもだ!
【仙女】 〔「パン」に〕お前のトルコ風のガウンを開いて、お腹の肉をひときれおあげ。
〔「パン」はガウンの前を開いて、半月刀を抜き、たいこ腹から二きれ切りとって、それを子供たちに差し出す〕
【砂糖】 〔子供たちに近寄り〕あたしも失礼して、あめん棒を何本かさしあげましょう。
〔「砂糖」は左手の五本の指を一本一本折って、二人の前に差し出す〕
【ミチル】 あのひと、なにしてるの? 指を全部折っちまったわ。
【砂糖】 〔魅力たっぷりに〕サア、どうぞ味見をなさってください……これこそほんもののあめん棒で。
【ミチル】 〔その指を一本なめて〕なんておいしいんでしょう! まだたくさん持ってるの?
【砂糖】 〔控え目に〕ハア、あなたのほしいだけ。
【ミチル】 そんなふうにして指を折って、あなたは痛くないの?
【砂糖】 ぜんぜん……あべこべに、しごく都合がよろしいんで、なにしろすぐにまた生えてきますし、こうしていると、いつも指を清潔に、新しくしていられるものですから。
【仙女】 子供たちや、あんまりお砂糖を食べないようにね。すぐあとで、おじいさんおばあさんの家で、晩ご飯を食べることを忘れないでね。
【チルチル】 おじいさんたち、ここにいるの?
【仙女】 すぐに会えるよ。
【チルチル】 どうやったら会えるの、だって二人とも死んじまったんだもの。
【仙女】 二人ともお前たちの思い出の中で生きているんだもの、どうして死んだなんていえるんだね? 人間たちはこの秘密を知らないんだよ、なにしろ人間なんてほとんどものを知らないからね。その代りにお前には、ダイヤモンドがあるから、そのおかげで、だれかが思い出してくれれば、死んだひとでも生きてるひとと同じようにしあわせに生きている、ということがわかるはずだよ……
【チルチル】 「光」はぼくたちといっしょにくるの?
【光】 いいえ、家族水いらずのほうが都合がいいのよ……あたしはここで待っていますわ、ずうずうしい女だなんて思われないようにね……あたしは招待されなかったんですもの。
【チルチル】 どこから行けばいいんだい?
【仙女】 あそこからだよ……お前たちは、いま「思い出の国」の入口のところにいるのさ。ダイヤモンドを回すとそのとたんに、掲示板のついた大きな木が見えてね、その掲示板を見れば、お前が「思い出の国」に着いたことがわかるからね……でもね、二人とも九時十五分前にはかならず帰ってこなければいけないよ、忘れないようにね……これはとても大事なことだよ……とくに時間を正確にね、もしおくれたりしたら、すべてが台なしになってしまうからね……またあとでね〔「猫」「犬」「光」などを呼びながら〕こちらだよ。子供たちはあちらから行くんだよ……
〔仙女は「光」や動物たちを連れて右側から退場、そのあいだに、子供たちは左側から出てゆく。幕〕
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第二幕 第三景 思い出の国
濃い霧がたちこめている。霧の中、舞台の一番前に掲示板のさがった大きなカシワの木が見える。向う側が見えないくらいに、ミルク色の明りがいちめんに輝いている。
〔チルチルとミチルがカシワの木の下に立っている〕
【チルチル】 ヤア、木があったぞ!
【ミチル】 掲示板がさがっているわ!
【チルチル】 字が読めないな……待ちなよ、この根っこの上に登るから……これだこれだ! 「思い出の国」って書いてあるよ。
【ミチル】 ここからはじまるの?
【チルチル】 そうだよ、矢印があるよ。
【ミチル】 それで、おじいちゃんやおばあちゃんはどこにいるの?
【チルチル】 霧の向う側だよ……そのうち会えるさ……
【ミチル】 ぜんぜん見えないわ! 自分の足も手ももう見えないわ〔ベソをかきながら〕寒いわ! もう旅行なんてしたくない……お家へ帰りたいわ。
【チルチル】 やれやれ、「水」みたいにひっきりなしに泣くなよ……恥ずかしくないのかい? 大きな赤んぼみたいだぜ……ホラ、見てごらんよ、もう霧が晴れてくるよ……そのうち、中になにがあるか、見えてくるよ。
〔チルチルの台詞《せりふ》のとおり、霧が動き出す。だんだん薄くなり、明るく散って消えてゆく。やがてだんだんすき透ってきた明りの中から、木々の緑が円屋根のようにこんもり見える下に、ツタのからんだ感じのよい小さな農家が見えてくる。窓もドアも開け放してある。軒の下には蜜蜂の巣、格子窓の手すりの上には花が植わった鉢、中に黒|ツグミ《ヽヽヽ》の眠っている鳥籠などが見える。ドアのそばにベンチがあり、その上でお百姓の老夫婦が腰かけたままぐっすりと眠っている。これがチルチルのおじいさんとおばあさんである〕
【チルチル】 〔とつぜん二人に気がついて〕おじいちゃんにおばあちゃんだぞ!
【ミチル】 〔手をたたいて〕そうよ! そうよ! おじいちゃんとおばあちゃんだわ!
【チルチル】 〔まだちょっと用心して〕気をつけて! あの二人動くかどうか、まだわからないぜ! 木のうしろで休もうぜ。
〔おばあさんチルが目を開き、頭をあげ、伸びをして大きく息をつき、これもまたゆっくり眠りからさめたおじいさんチルを見つめる〕
【おばあさんチル】 あたしゃあね、まだ生きている孫たちが今日あたり会いにくるような気がするんですけれどねえ……
【おじいさんチル】 わしも孫たちのことを考えていたんだよ。というのは、わしもなんとなくそんな気がして、脚がムズムズするんでな……
【おばあさんチル】 あたしゃあ、二人がすぐそこにいるような感じでね、目の中で嬉し涙がさわいでいるんだもの。
【おじいさんチル】 いやいや、まだまだずいぶん遠いところだよ……わしはまだ元気がでないからな。
【おばあさんチル】 すぐそこにいますよ。あたしゃあもう元気いっぱいですよ。
【チルチルとミチル】 〔カシワの木のうしろから駆け寄って〕ここにいるよ! ここにいるよ! おじいちゃんにおばあちゃん! ぼくたちだよ! ぼくたちだよ!
【おじいさんチル】 ホラ! わかったかい? そう言ったじゃないか? 今日あたり来ると思っていたよ。
【おばあさんチル】 チルチル! ミチル! お前かい! ミチルも、二人ともいるね!〔二人の前まで駆け寄ろうとして〕走れないんだよ! 例のリューマチでね!
【おじいさんチル】 わしにも走れんよ……なにしろ義足だからな、カシワの木から落ちて、脚を折ってから、義足が足がわりだからな。
〔おじいさんおばあさんと子供たちは、むちゃくちゃにキスをする〕
【おばあさんチル】 チルチル、お前ほんとうに大きく、丈夫そうになって!
【おじいさんチル】 〔ミチルの髪をなでながら〕それにミチルも! 見てごらんよ! 髪が美しくなって、目もきれいだな! それにとてもいい匂いだよ!
【おばあさんチル】 もう一度キスをしておくれ! あたしの膝に坐りなさい。
【おじいさんチル】 わしにゃあなんにもしてくれないのかい?
【おばあさんチル】 だめだめ……あたしのほうが先だよ……パパやママはどうしてるね?
【チルチル】 とても元気だよ、おばあちゃん……ぼくたちが出てくるときは、二人とも眠っていたよ。
【おばあさんチル】 〔二人をじっと見つめ、手を休めずに二人をなで続けながら〕ほんとに、二人ともなんてきれいなんだろう、ほんとによく顔も洗ってあるね! お前の顔を洗ってくれるのはママなのかい? 靴下には穴があいてないね! むかしは、あたしが靴下のつくろいをしたもんだけれどね。どうしてもっとしょっちゅう会いにきてくれないんだい? 会いにきてくれれば、あたしたちほんとに嬉しいのに! お前たちがあたしたちを忘れてしまってから、あたしたちがもうだれにも会わなくなってから、ずいぶんいく月もたってるんだよ……
【チルチル】 そんなこと言ったってむりだよ、おばあちゃん。仙女のおかげで、やっと今日……
【おばあさんチル】 あたしたちはね、いつもここで生きているひとたちが訪ねてきてくれるのを待ってるんだよ……ほんとにたまにしかやってこないんだものね! お前たちが最後に会いにきたのは、ホラ、あれはいつだっけ? そう、万聖節《ばんせいせつ》〔十一月一日、カトリックの聖人たちを祭る日〕だった、教会の鐘が鳴ったとき……
【チルチル】 万聖節だって? でもあの日は、ぼくたちひどく風邪《かぜ》をひいていたから、外へ出なかったけどなあ。
【おばあさんチル】 出なかったよ、でもお前たち、あたしたちのことを思い出してくれたからね。
【チルチル】 そうだった……
【おじいさんチル】 そう、お前たちがわしらのことを思い出してくれるたんびに、わしらは目を覚まして、お前たちに会えるのさ。
【チルチル】 なーんだ、それだけでオーケーか。
【おばあさんチル】 ホーラ、よく知ってるじゃないか。
【チルチル】 ううん、知らないよ、ぼく……
【おばあさんチル】 こりゃ驚いた……まだ知らないんだよ……みんななんにもわかってないのかね?
【おじいさんチル】 わしらの時代と同じことさ……ほかのもののはなしになると、生きてる連中はほんとにわからずやなんだからな。
【チルチル】 おじいちゃんたち、ずーっと眠っているの?
【おじいさんチル】 そうなんだ、生きているものが、わしらのことを思い出して目を覚ますまでは、ずいぶん眠るんだよ……そう! 一生が終ってから眠るっていうのはなかなかいいものさ……でも、ときどき目を覚ますのも、また悪くないもんだよ。
【チルチル】 じゃあ、ほんとに死んでるわけじゃあないの?
【おじいさんチル】 〔びっくりしてとび上がり〕なんだって? この子はなんて言ったんだろう? ホラ、わしらがもう意味がわからない言葉を使うんだから……そいつは新しい言葉かい、新発明の言葉かい?
【チルチル】 「死ぬ」っていう言葉が?
【おじいさんチル】 そうそう、その死ぬってやつさ……いったいどういう意味だい?
【チルチル】 つまりその、もう生きていないっていう意味さ……
【おじいさんチル】 なんてバカバカしいんだ!
【チルチル】 ここはいいところなの?
【おじいさんチル】 そうとも。悪くないよ、悪くないとも。ただもっとみんながお祈りをしてくれれば……
【チルチル】 パパがぼくに言ったよ、もうお祈りなんかしなくてもいいって。
【おじいさんチル】 だめだよ、しなけりゃあだめだよ……お祈りをすることは、つまり思い出すことなんだから。
【おばあさんチル】 そうとも、そうとも。ただお前たちがもう少しあたしたちに会いにきてくれれば、言うことはないんだけれどね……チルチル、お前おぼえてるかい? あたしが最後にみごとなリンゴのパイを作ったときのことを……お前はずいぶん食べたね、ホラ、お腹が痛くなるくらいさ。
【チルチル】 でもぼく、去年からリンゴのパイなんか食べていないぜ……今年はリンゴがとれなかったんだよ。
【おばあさんチル】 バカなことを言うんじゃないよ……ここにはいつだってあるよ。
【チルチル】 それとはちがうんだよ。
【おばあさんチル】 なんだって? ちがうって言うのかい? なにもかも、ちがいやあしないよ、ホラ、キスだってできるし。
【チルチル】 〔おじいさんとおばあさんとを交互に見つめながら〕おじいちゃん、ぜんぜん変わっていないね、ぜんぜん……それにおばあちゃんもだ、まるで変わっていないよ……前よりきれいになったくらいだよ。
【おじいさんチル】 そうとも! 調子がいいんでね……わしらはもう年もとらないし……でもお前たちはほんとに大きくなったな! まったく! ほんとに丈夫そうに育ったな! ホラ、それをごらん、ドアの上にこの前に背をはかったときのしるしがついてるよ……あれは万聖節の日だったな……ホラ、まっすぐに立ってごらん〔チルチルはドアに向って立つ〕指四本ぶんだ! 大したもんだぞ!〔ミチルもドアに向って立つ〕ミチルのほうは、四本半分だ! まったく! いたずら盛りの子供ときたら! ほんとに大きくなるもんだ、まったく早く育つもんだな。
【チルチル】 〔うっとりと、まわりを見回しながら〕すっかり同じだよ、なにからなにまでむかしのままだ! でもみんなずっときれいになってるぞ! こいつは、むかしぼくが長いほうの針の先を折っちまった時計だぞ。
【おじいさんチル】 ホラ、お前が隅っこを欠いちまったスープ鉢がここにあるよ。
【チルチル】 それにこの穴は、ぼくが鍵を見つけた日に、ドアにあけちまった穴だ。
【おじいさんチル】 そうとも、ほんとにお前ときたら、いろんないたずらをしたな! それにここには|すもも《ヽヽヽ》の木があるよ、わしが留守だと、お前はこれに登るのが大好きだったろ……相変らず真っ赤な、きれいな実がなってるよ……
【チルチル】 でも、この実もずっときれいだよ!
【ミチル】 それに、むかしのまんまの黒|ツグミ《ヽヽヽ》がいるわ! 今でもまだよく鳴くの?
〔黒ツグミは目を覚まし、あらん限りの声で鳴きはじめる〕
【おばあさんチル】 ホラわかったろ……この鳥のことを思い出してやれば……
【チルチル】 〔黒|ツグミ《ヽヽヽ》がすっかり美しくなったのに気付いて、あっけにとられる〕アレッ、青い鳥だぞ! これだぞ! 仙女のところへ持ってゆかなければならないのは、この鳥だぞ! おばあちゃんたち、……ここでこんな鳥を飼ってるって、言ってくれないんだもの! ヤア! 青いぞ、青いぞ、まるで青いビー玉みたいだぞ!〔ねだるように〕ネエ、おじいちゃん、おばあちゃん、この青い鳥をぼくにくれない?
【おじいさんチル】 いいよ、かまわんだろ……どう思うね、おばあさんチル?
【おばあさんチル】 いいとも、いいとも……ここにいたってなんの役にもたたないしね……眠らせておくだけだから……一度だって鳴き声も聞かないんだもの。
【チルチル】 じゃあぼくの籠へ入れるよ……アレ、どこへいったんだろ、ぼくの籠は?……アア! そうだった、あの大きい木のうしろに忘れてきたんだ〔木のところへ駆け寄り、籠をもってきて、その中に黒ツグミを入れる〕ほんとに、ほんとにぼくにくれるの? きっと魔法使いのおばあさんは喜ぶよ! それに「光」も!
【おじいさんチル】 いいかい、わしは責任は負わんよ、その鳥のことはね……わしは心配してるんだが、その鳥はもう、そうぞうしいあちらの世の中には慣れることはできないんじゃあないかな、こちらへ向って風でも吹いたらすぐにこちらへ戻ってきやしないかな……とにかく、いずれわかるよ……今のところ、鳥のことは放っておいて、牝牛《めうし》を見ておいで。
【チルチル】 〔蜜蜂の巣に気がついて〕ネエ、そういえば蜂はどう?
【おじいさんチル】 元気だよ……ただやっぱりお前たちの世界で言うようには、もう生きてはいないけれどもね。一生懸命働いてるよ……
【チルチル】 〔蜂の巣に近寄って〕ほんとだ! 蜜の匂いがするぜ! きっとこの巣は重いだろうな! 花がみんなとてもきれいだね! それで、死んだ妹たちもここにいるの?
【ミチル】 お墓に埋められた三人の弟たちはどこにいるの?
〔この言葉で、背の高さがまちまちの七人の子供が牧神《パン》の笛の音に合わせて、ひとりひとり家から出てくる〕
【おばあさんチル】 ホラきたよ、みんなきたよ! この子たちのことを考えてやれば、うわさしてやれば、すぐにみんな出てくるのさ、元気な子供たちだよ!
〔チルチルとミチルは子供たちの前に走り寄る。一同押し合い、キスし合い、ダンスをしたり、グルグル回ったり、喜んで大声をあげる〕
【チルチル】 ヤア、ピエロ!〔二人は髪を掴《つか》み合う〕オヤオヤ! ぼくたちあの頃みたいに、また殴りっこするところだったよ……それにロベール! こんにちは、ジャン! もうコマを持っていないのかい? マドレーヌにピエレット、ポーリーヌに、それにリケット……
【ミチル】 アラ! リケット、リケットたら! まだ這い這いしているわ!
【おばあさんチル】 そうなんだよ、もう大きくならないんでね。
【チルチル】 〔まわりでワンワン鳴いている小犬に気がついて〕ヤア、キキだぞ、ぼく、ポーリーヌのはさみでこいつの尻尾を切っちまったっけ……こいつも変っていないや。
【おじいさんチル】 〔しかめつらしく〕そう、ここではなにひとつ変わらんのでな。
【チルチル】 それにポーリーヌときたら、やっぱり鼻におできがあるぜ!
【おばあさんチル】 そうなんだよ、とれないんだよ。なにしろ手のうちようがないんでね。
【チルチル】 ほんとに! みんなとても顔色がいいよ、まるまる肥って、つやつやしてらあ! 頬っぺたもとてもきれいだし! おいしいものを食べてるみたいだね……
【おばあさんチル】 生きていなくなってからというもの、みんなしごく元気でね……もう怖がることはなにひとつないし、ぜったい病気にもかからないし、もう心配はなにもないからね。
〔家の中で、時計が八時を打つ〕
【おばあさんチル】 〔びっくりして〕ありゃなんだい?
【おじいさんチル】 なんだかわからんが……きっと時計じゃあないかな。
【おばあさんチル】 そんなわけがありませんよ……あの時計はけっして鳴らないんだもの。
【おじいさんチル】 なにしろ、わしらにはもう時間がないんだからな……だれか時間のことを考えたかな?
【チルチル】 うん、ぼくだよ……いま何時だろう?
【おじいさんチル】 わからんね……わしはそんな習慣はなくしてしまったからな……八つ打ったから、生きてる人間の世界じゃあ、きっと八時って呼んでるんだろ。
【チルチル】 「光」は九時十五分前にぼくを待ってるんだ……魔法使いのおばあさんが話したからだな……とても大事なことだって……そろそろ出かけなくっちゃあ。
【おばあさんチル】 夕ごはんの時間だっていうのに、そんな風にして出ていっちゃあだめだよ! サア、急いだ、急いだ、ドアの前へテーブルを用意しよう……ちょうどとてもおいしいキャベツ・スープとみごとな|すもも《ヽヽヽ》のパイがあるんだよ。
〔みんなでテーブルを外へ出し、ドアの前へ置き、大皿、小皿などを運んでくる。みんながそれを手伝う〕
【チルチル】 青い鳥が手に入ったんで、ごきげんだよ……それにキャベツ・スープだ、なにしろずいぶん食べたことがないからなあ! 旅行に出かけてから! ホテルじゃあこんなものは出してくれないからな。
【おばあさんチル】 ホーラ! もう準備はできた……子供たち、ごはんだよ……もし急ぐんなら、時間をむだにしないようにね。
〔ランプの明りをつけ、スープをつぐ。おじいさんたちと子供たちは、押し合ったり、叱られたり、嬉しくて大声をあげたり、笑ったりしながら、夕食のテーブルを囲んで坐る〕
【チルチル】 〔ガツガツ食べながら〕ほんとにおいしいや! まったくおいしいな! もっとちょうだい! もっとたくさん!
〔木のスプーンをふりまわして、激しく小皿をたたく〕
【おじいさんチル】 ホラ、ホラ、少し静かにしなさい……お前は相変らずしつけが悪いな。お皿をこわしちまうぞ。
【チルチル】 〔腰掛の上に半分立ち上がって〕もっと欲しいよ、もっと!
〔手を伸ばして、スープ鉢を引っぱったとたんに鉢を引っくりかえす。食事をしているみんなの膝の上にスープがこぼれ、熱い熱いといって、みんな大騒ぎをはじめる〕
【おばあさんチル】 ホラ、ごらん! だから言わないことじゃない。
【おじいさんチル】 〔威勢のいい音をたてて、チルチルの頬に平手打ちをとばして〕ホラ! このとおりだ!
【チルチル】 〔しばらく面くらっていたが、すぐに大喜びで頬に手を当てながら〕アア! そうだ、おじいちゃん生きていた頃は、よくこうやってぼくをひっぱたいたよね……頬っぺたが気持いいよ、とてもいい気持だよ……おじいちゃんにキスしなくちゃあ!
【おじいさんチル】 よし、よし。そんなに嬉しいんなら、もう一発くれてやろう。
〔時計が八時半を打つ〕
【チルチル】 〔とび上がって驚く〕八時半だ!〔スプーンを放り出して〕ミチル、時間いっぱいだよ!
【おばあさんチル】 なんだねえ! まだ時間はあるよ! なにも家が火事だというわけでもなし……ほんのたまにしか会えないんだから。
【チルチル】 だめなんだ、そうはいかないんだよ……「光」はとてもいいひとでね……約束しちまったんだよ……サア、ミチル、行こうよ!
【おじいさんチル】 まったく、生きている連中ときたら、やれ仕事だ、やれ心配事だなんてまったく窮屈なことだわい!
【チルチル】 〔籠を手にしたまま、急いでみんなに順々にキスをして〕さよなら、おじいちゃん……さよなら、おばあちゃん……さよならピエロ、ロベール、ポーリーヌ、マドレーヌ、リケット、それにキキ、お前もだ! もうここに落ち着いちゃあいられないんだ……泣かないで、おばあちゃん、今度はたびたびやってくるから。
【おばあさんチル】 毎日やっておいで!
【チルチル】 うん! できるだけしょっちゅうくるからね。
【おじいさんチル】 それだけが楽しみなんだよ、お前たちがわしらのことを考えてくれたら、ほんとにお盆と正月がいっしょにきたような楽しみなんだよ。
【おばあさんチル】 ほかにはなんの気晴らしもないんだよ、あたしたちには。
【チルチル】 急いだ、急いだ! ぼくの籠は! ぼくの鳥は!
【おじいさんチル】 〔チルチルに籠を渡して〕ホラ、ここにあるよ! いいかい、わしにはなんにも責任は負えんからね。それにもし色が変わっても……
【チルチル】 さよなら! さようならーッ!
【弟や妹たち】 さようならーッ! チルチル! さようならーッ、ミチル! あめん棒を忘れないでね! さようならーッ! またきてねーッ! またきてよーッ!
〔チルチルとミチルがゆっくりと遠ざかるあいだ、一同ハンケチを振っている。ところがすでに、最後のやりとりのあいだに、この幕のはじめと同じような霧がまただんだんとたちこめてきて、声はだんだんかすかになってゆく。こうしてこの場が終るとすべてが霧の中に消え、幕が下りたときには、またもとの大きなカシワの木の下にチルチルとミチルの姿が見えるだけである〕
【チルチル】 こっちだよ、ミチル……
【ミチル】 「光」はどこかしら?
【チルチル】 どこだろう〔籠の中の鳥を見て〕アレ! 鳥が青くなくなっちまったぞ! 黒くなっちゃったぜ!
【ミチル】 兄ちゃん、手を引いて……あたし怖いわ、それに寒いわ……〔幕〕
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第三幕 第四景 夜の宮殿
いかめしく、やわらか味のない、金属的な、墓を思わせる豪華な、だだっ広いホール。その円柱、台輪《だいわ》、敷石、飾りなどは黒大理石、黄金《きん》、黒檀で作られているらしく、どこかギリシアかエジプト神殿のような感じを与える。ホールは梯形をしている。ほとんど舞台の横幅いっぱいをしめる玄武岩の石段がホールを三つに分け、奥のほうに向ってだんだんとせり上がっている。円柱のあいだ、左右に陰気な青銅《ブロンズ》のドア。舞台奥には、まるで記念碑のような青銅のドア。明りがぼんやり拡がっているが、それは大理石と黒壇の輝きから出ているようにみえ、ただこの宮殿だけを照らしている。
〔幕があがると、ひじょうに美しい女性の姿をした「夜」が、長い黒い衣裳をつけて、二人の子供のあいだ、二番目の石段に腰かけている。ひとりはキューピッドのようにほとんど裸で、ぐっすり眠ったままほほ笑みを浮かべている。もうひとりの子供は、頭から爪先までヴェールを掛け、立ったままじっと動かない――舞台前面の右側から「猫」が登場〕
【夜】 だれ、そこへ行くのは?
【猫】 〔すっかり元気なく、大理石の階段の上にバッタリ倒れ〕あたしです、「夜」のおばさま……あたしはもうだめ。
【夜】 いったいどうしたの? 顔色は真っ青で、ひどくやつれて、|ひげ《ヽヽ》まで泥まみれになって……雪や雨が降っているのに、|ひさし《ヽヽヽ》の上でけんかでもしたんじゃあないの?
【猫】 ひさしがどうのこうのなんていうはなしじゃあないんですよ! あたしたちの秘密がたいへんなんです! もうそろそろおしまいです! あなたにお知らせしようと思ってちょっと抜け出してきたんですが。でも、もう手の打ちようがないんじゃないかと、心配で心配で……
【夜】 どうしたの? いったいなにが起こったんだい?
【猫】 まえにきこりの息子のチルチルとふしぎなダイヤモンドのことをお話ししましたね……そこでそのチルチルが青い鳥をもとめてここへやってくるんです。
【夜】 まだ鳥をつかまえてはいないんだろう……
【猫】 あたしたちがなにか奇跡でも起こさなければ、まもなくつかまえますよ……つまり、こんなわけです。「光」があたしたちみんなを裏切って、子供の案内役になっているんです。なにしろあの女はすっかり人間の味方になっているんですからね。「光」は、月の光のおかげで生きていて、太陽を見たらすぐに死んでしまう夢の青い鳥のなかにまじって、陽の光に当っても生きていられる、たった一羽の、ほんものの青い鳥がここに隠れていることを聞いたところなんです……あの女は、自分はあなたの宮殿の門をくぐるのを禁じられていることを知っています。だから、ここへ子供たちをよこそうっていうわけですよ。それにあなたは、人間があなたの秘密の扉を開くのをじゃまできませんから、とどのつまりはどうなることやら……いずれにしても、運悪く子供たちが青い鳥を手に入れたら、あたしたちはもう尻に帆をかけて逃げ出すしか策《て》がありませんよ……
【夜】 ヤレヤレ! なんていういやな世の中だろう! あたしは、もう一分だって休めやしない……ここ何年かというもの、もう人間というものがわからなくなったよ……いったいどこまでやれば満足するんだろう? それじゃあ、なにからなにまで知りつくさなければいけないっていうのかね? もうあたしの秘密の三分の一は押えちまったし、あたしの部下の「恐れ」たちはおびえ、もう外へ出ようともしないし、あたしの「幽霊」たちは逃げ、あたしの「病気」たちはすっかり元気をなくしちまったよ。
【猫】 わかりますよ、「夜」のおばさま。わかりますよ、まったくきびしい時代ですよ、人間と戦うのはほとんどあたしたちだけなんですから……子供たちが近付いてくるのが聞えますよ……あたしにたったひとつだけ方法があるんです。なんといっても相手は子供ですから、二人をうんと怖がらせるんですね、なんだかんだと言いはる勇気も、うしろに月の鳥たちが隠れている、奥のあの扉を開く勇気もなくなるくらいに……子供たちの注意をそらせたり、怖がらせたりするにはほかの洞穴《ほらあな》の秘密を見せるだけで、たくさんですよ……
【夜】 〔外の物音に耳を傾けながら〕いま聞えてくるのは何の音だろう?……それじゃあ何人もいるのかい?
【猫】 べつになんでもありません。あたしの友だちなんです。「パン」に「砂糖」ですよ。「水」は気分が悪く、「火」は「光」の親戚ですからね、ここへは来られないんです……あたしたちの味方でないのは「犬」だけなんですが、「犬」だけはどうしても追っ払えないんですよ。
〔舞台前面、右側から、チルチル、ミチル、「砂糖」「犬」が登場〕
【猫】 〔チルチルの前に走り寄って〕こちらです、こちらです、ご主人さま……あたしは「夜」にお知らせしておきました、お二人をお迎えしてたいへん喜んでいらっしゃいますよ……おわびしなければならないんですが、少々お加減が悪くって。そんなわけで、お迎えにあがれなかったんですが……
【チルチル】 こんにちは、夜のおばさん。
【夜】 〔むっとして〕こんにちは、ですって? そんな挨拶は知りませんよ。「こんばんは」か、でなければせめて「だいぶ夜もふけましたね」ぐらいのことは言ってほしいね……
【チルチル】 〔気分を害して〕ごめんなさい、おばさん……知らなかったもんだから〔二人の子供を指さして〕二人ともあなたのお子さんですか? とても大人しいんだな。
【夜】 そうですよ、こちらは「眠り」……
【チルチル】 どうしてこんなに眠ってるんですか?
【夜】 寝る子は育つからさ。
【チルチル】 もうひとりの隠れているほうは? どうしてヴェールを顔にかぶってるんですか? 病気なの? なんていう名前?
【夜】 あれは「眠り」の妹でね……あの娘の名前は言わないほうがいいよ。
【チルチル】 どうして?
【夜】 だって、聞いていて気持のいい名前じゃあないからね……ほかのはなしをしましょう……「猫」がさっき話してくれたんだけれど、二人ともここへ青い鳥を探しにきたのかい?
【チルチル】 そうなんです、おばさん、もしよければ……どこにいるか話していただけませんか?
【夜】 あたしはぜんぜん知らないんでね……はっきり言えることといえば、ここにはいない、ということさ……とにかく今まで見たことはないよ。
【チルチル】 いますよ、いるんですよ……「光」がここにいる、とぼくに言ったんです。それに「光」はまちがったことは言わないんです……あなたの鍵をぼくに渡していただけますか?
【夜】 お前だってわかるだろ、初めて会った相手に、言われたとおりに鍵なんか渡せるもんかね……あたしはね、自然のすべての秘密の番人なんだよ、責任があるんでね、相手がだれにしろ、ましてや子供に秘密を明かすことは、ぜったいに止められているんでね。
【チルチル】 人が頼んだら、それを断わる権利はあなたにはないんです……ぼくはよく知ってるよ。
【夜】 そんなことを、だれがお前に言ったんだね?
【チルチル】 「光」ですよ。
【夜】 また「光」だ! いつもきまって「光」のやつだ! ほんとに、どうしてよけいなことに首を突っ込むんだろう?
【犬】 力ずくで取り上げちまいましょうか、ご主人さま?
【チルチル】 お前は黙っておいで、落ち着くんだ、お行儀よくするんだぞ〔「夜」に〕おばさん、お願いですから、鍵を渡してくれませんか。
【夜】 せめて、なにかしるしでも持っているかい? どこにあるんだい?
【チルチル】 〔帽子にさわって〕このダイヤモンドを見てください。
【夜】 〔しかたなく諦《あきら》めて〕なるほどね……ホラ、これがホールのドアを全部開ける鍵だよ……お前になにか悪いことが起こったら気の毒だけれど……どんなことがあってもあたしは責任は負わないからね。
【パン】 〔ひどく心配して〕あぶない橋を渡るんですか?
【夜】 あぶないって? そりゃね、あの青銅のドアのうちのどれかが、深い穴の上へポッカリ口を開きでもしたら、あたしだってどうやって難を避けたらいいかよくわからないくらいだからね……このホールのまわり中にある、玄武岩の洞穴の中にはそれぞれ、この世が始まって以来人間の生活を苦しめつづけてきたあらゆる悪、あらゆるわざわい、あらゆる病気、あらゆる恐ろしいこと、あらゆる災害、あらゆるふしぎなことが入っているんだよ……あたしはね、「運命」の手を借りてこの連中を洞穴の中に押し込めるのに、ずいぶん苦労したんだよ。規律もなにもしらないこの連中を、お行儀よくさせておくのはやっかいな問題でね……この連中のうちひとりでも、逃げ出したり地上に姿を現したりしようものなら、いったいどんなことが起こるかわかっているだろう……
【パン】 わしくらいの年齢になると、いろいろな経験もつんでいますし、それに元来が忠実なので、しぜんとこのお二人のお子さんの保護者になるわけでして。「夜」の夫人よ、そんなわけでございますので、ひとつ質問をさせていただきたいので。
【夜】 どうぞどうぞ。
【パン】 あぶない目にあった場合は、どこから逃げ出したらよろしいので?
【夜】 逃げる方法はありません。
【チルチル】 〔鍵を持って、最初の階段を登りながら〕ここからはじめよう……この青銅の扉の向うには、なにがいるんですか?
【夜】 たしか「幽霊」だったと思うわ……あたしがこのドアを開き、「幽霊」どもがここから出てきたのはもうずいぶん前のはなしだからね……
【チルチル】 〔鍵穴に鍵を差し込みながら〕とにかく見てみよう……〔パンに〕青い鳥の籠は持ってるね?
【パン】 〔歯をガチガチ鳴らしながら〕べつに怖くって言うんじゃないんですが、扉なんか開かないで、鍵穴から覗いたほうがいいんじゃないですか?
【チルチル】 お前の意見を聞いてるんじゃあないよ。
【ミチル】 〔とつぜん泣き出し〕こわいわ! 「砂糖」はどこへいったの? お家へ帰りたいわ!
【砂糖】 〔大急ぎで、きげんをとるように〕ここでございます、お嬢さま、ここにひかえております。お泣きにならないで、いまあたしの指を一本折って、あめん棒をさしあげますから。
【チルチル】 もうやめろよ。
〔鍵を回して、慎重にドアを半分ほど開く。それと同時に、さまざまな、奇妙な形をした五、六人の「幽霊」がとび出して、あちこちに散らばってゆく。おびえた「パン」は鳥籠を投げ出し、ホールの奥へ隠れる。そのあいだ、「夜」は「幽霊」を追いかけながら、チルチルに大声で言う〕
【夜】 早く! 早く! ドアを閉めなさい! みんな逃げてしまうよ、そうしたらもう、とうていつかまらないからね! 人間がまじめに「幽霊」を信じなくなってから、連中は中ですっかり退屈していたからね〔「幽霊」のあとを追いかけて、蛇の形をした鞭を使って、牢屋のほうへ一生懸命に連れ戻しながら〕手伝っておくれ! こちらだよ! こちらだよ!
【チルチル】 〔「犬」に〕手伝うんだ、チロー、サア、行くんだ!
【犬】 〔吠えながらとびかかり〕ワン! ワン! ワン!
【チルチル】 それに「パン」、どこにいるんだ?
【パン】 ここですよ……わしは、やつらが出てゆくのをとめようと思って、ドアのそばに控えているんです。
〔ひとりの「幽霊」がそちらのほうへ向うと、「パン」はおびえた叫び声をあげながら、一目散に逃げ出す〕
【夜】 〔三人の「幽霊」のえりがみをつかんで〕こちらだよ、お前たちは!〔チルチルに〕ドアをちょっと開けなさい〔洞穴に幽霊を押し込んで〕サテ、これでよし〔「犬」がべつの二人の「幽霊」を連れてくる〕それからこの二人も……サア、早く並びなさい……お前たち、もう万聖節にしか外へ出られないことはじゅうぶん承知しているんだろ。
〔「夜」がドアを閉める〕
【チルチル】 〔べつのドアのところへ行き〕このドアのうしろにはなにがいるの?
【夜】 どうっていうことはないよ……さっき言っただろ、青い鳥なんて一度もここへ来たことはないよ……とにかく、したいようにするがいいよ……開けたければ開けたってかまわないよ……中にいるのは「病気」さ。
【チルチル】 〔鍵穴に鍵をさして〕開くときに気をつけなければいけないの?
【夜】 なあに、気にすることはないさ……この子たちは大人しいんでね……しあわせじゃあないんでね……しばらく前から人間は、この子たちと戦争しているんだよ! とくに、ばい菌が発見されてからはひどくてね……とにかく、開けてみればわかるよ。
〔チルチルはドアをいっぱいに開く。なにも出てこない〕
【チルチル】 「病気」は出てこないの?
【夜】 だからさっき言ったじゃないか、みんなすっかり弱りきって、気力がなくなってるんだよ……お医者はこの子たちに親切じゃあないんでね……とにかくちょっと入ってごらん、見ればわかるよ。
〔チルチルは洞穴へ入って、すぐにまた出てくる〕
【チルチル】 青い鳥はここにはいないや……おばさんの「病気」ったら、ほんとに病気みたいだよ……頭さえ上がらないんだよ〔スリッパをはき、ガウンを着て、木綿のボンネットをかぶった「病気の子供」が洞穴から出てきて、ホールの中を跳ねはじめる〕ホラッ! 子供が出てきたぞ! これはなんなの?
【夜】 たいしたものじゃあないよ、いちばん小さい子供でね、「鼻かぜ」さ……人間にあんまりいじめられなかったから、いちばん元気なんだよ〔「鼻かぜ」を呼んで〕こっちへおいで……まだすこし早すぎるんだよ、春までお待ち。
〔「鼻かぜ」はくしゃみをしたり、咳をしたり、鼻をかんだりしながら洞穴へ戻る。チルチルがその扉を閉める〕
【チルチル】 〔隣のドアのところへゆき〕こっちを見てみよう……これはなんなの?
【夜】 用心おし……それは「戦争」だよ……いままでのうち、いちばん恐ろしく、いちばん力もちだからね……そのうちのひとりでも逃げ出したら、どんなことになるか、わかったもんじゃあないからね! さいわい、ちょっと肥りすぎてしまって、のろまだけれど……だからみんなで、すぐにドアを閉められるように用意しておいて、そのあいだに、お前は大急ぎで洞穴の中をチラッと見てごらん……
〔チルチルは注意に注意を重ねて、片目だけ当てられるくらいの、ほんの小さな隙間があくように、ドアを開く。すぐに、大声で叫びながら、体でドアを支える〕
【チルチル】 早く! 早く! 押してくれ! ぼくの顔を見たよ! みんなやってくるぞ! ドアを開こうとしてるよ!
【夜】 サア、みんな! しっかり押しなさい! ホラ、「パン」や、いったいなにをしてるの? みんなで押すんだよ! 連中は力があるからね! サア! それでいいよ! もう大丈夫……向うの敗けだよ……あぶないところだったよ! で、見たかい?
【チルチル】 うん、見たよ! でっかくて、すごく怖いんだ! あんな連中が青い鳥を持ってるなんて思えないや。
【夜】 もちろん持っちゃあいないさ……そんなものがいれば、その場で食べちまうだろうね……どうだい、もうじゅうぶんだろ? もうどうしてもだめだっていうことが、これでわかったろ。
【チルチル】 全部見なけりゃあいけないんだ……「光」がそう言ったよ。
【夜】 「光」が言ったって……自分では怖くて、家に閉じ込もっているくせに、口で言うだけなら易しいことさ。
【チルチル】 サア、つぎへ行こう……これはなんなの?
【夜】 ここには、「闇」と「恐れ」を閉じ込めてあるのさ。
【チルチル】 開けてもいい?
【夜】 いいとも、この子たちはとてもおとなしいからね。「病気」と同じようにね。
【チルチル】 〔ちょっと疑わしそうにドアを半分開いて、洞穴の中をおずおずとのぞく〕いないよ。
【夜】 〔今度は自分で洞穴を見ながら〕サア、「闇」や、なにをしてるんだい? ちょっと外へ出てみないかい、そのほうが体にいいよ、気分がはればれするよ。それに「恐れ」もどうだい……なにも怖いものはありゃあしないよ〔「闇」は黒いヴエールで、「恐れ」は緑色がかったヴェールで顔をおおった女の姿で、数人の「闇」と「恐れ」が哀れな様子で洞穴の外へ二、三歩踏み出そうとするが、チルチルがかすかに体を動かしただけで、急いで穴へ戻る〕サア、お行儀よくするんだよ……相手は子供だから、なにも怖いことはないよ〔チルチルに〕あの娘《こ》たちはそりゃあ臆病になってしまってね。奥のほうに見えるだろ、大きいのが、あれはべつだけれどね。
【チルチル】 〔洞穴の奥のほうを見て〕ヤア! ほんとにこわい顔してるな!
【夜】 あの連中は鎖でつながれてるんだよ。あの連中だけは人間を怖がらないんでね……でもあの娘《こ》たちが怒り出すといけないから、ドアをお閉め。
【チルチル】 〔つぎのドアのところへ行って〕ヤア! こっちはもっと暗いや……これはなんなの?
【夜】 このドアのうしろには、何人かの「秘密」がいるんだよ。どうしても開けたければ、開けてもかまわないよ……ただ中へ入らないようにね……じゅうぶん用心するんだよ。あたしたちは、「戦争」のときと同じように、みんなでドアを押えよう。
【チルチル】 〔今までないくらい用心して、ドアを少し開き、恐る恐る顔を差し込んで〕アレ! なんて寒いんだろ! 目がヒリヒリするぞ! 早く閉めてよ! 押してよ! もう一度押してよ!〔「夜」「犬」「猫」「砂糖」がドアを押す〕アア! 見ちゃったよ、ぼく!
【夜】 なにを見たんだい?
【チルチル】 〔あわてて〕わかんないけど、とてもおっかないんだ! みんな、まるで目のないお化けみたいに坐り込んでいたよ……ぼくをつかまえようとしたあの大入道はなんなの?
【夜】 そいつはきっと「沈黙」だよ。このドアの番人でね……よほど怖かったらしいね? お前、まだ顔が真っ青で、体中震えているじゃないか。
【チルチル】 そうなの、まさかあんなだなんて思わなかったんだよ……今まで見たことがないもの……おかげで、すっかり手が凍《こご》っちまった。
【夜】 まだ続けたりすると、すぐにもっとすごいのがいるからね。
【チルチル】 〔つぎのドアのほうへ行き〕このドアはどう? 同じように怖いの?
【夜】 いや、ここにはね、いろいろな種類のものを少しずつ入れてあるのさ……仕事のない「星」だとか、あたしの体の「香《かおり》」だとか、あたしの体にあるいくつかの明り、つまり「鬼火」や、「キラキラ虫」や、「螢」だとかを入れてあるのさ。それにまた、「夜露」だの、「ナイチンゲールの歌声」なんかもしまってあるよ。
【チルチル】 「星」だの、「ナイチンゲールの歌声」だなんて、ちょうどドンピシャリだぞ……きっと青い鳥はここにいるはずだな。
【夜】 よければ開けてごらんよ。みんなそれほど悪者じゃあないから。
〔チルチルはドアをいっぱいに開く。そのとたんに、さまざまな色をしたキラキラ輝くヴェールを被った美しい少女の姿をした「星」が牢屋からとび出し、ホールいっぱいに拡がって、階段の上、円柱のまわりに、うす明りを浴びながら優美な輪を作る。ほとんど目に見えない夜の香り、すき透った「鬼火」「螢」が「星」といっしょになる。そのあいだに「ナイチンゲールの歌声」は、洞穴からどっと出てきて、夜の宮殿にあふれる〕
【ミチル】 〔うっとりして、手をたたきながら〕アラッ! なんてきれいな女《ひと》たちだろう!
【チルチル】 それになんてダンスが上手なんだろう!
【ミチル】 とてもいい匂いがするわ!
【チルチル】 歌もとてもうまいや!
【ミチル】 あれはなあに、ほとんど見えないけれど?
【夜】 あれはね、あたしの影の「香り」さ。
【チルチル】 それにあっちのはなんなの、ガラスの糸でできてるのは?
【夜】 森と野原の「露」だよ……でももうたくさん……いつまでたってもきりがないよ……あの連中が踊り出したら、中へ帰らせるのが、そりゃあ骨が折れるんだから〔手をたたいて〕サア、急ぐんだよ、「星」や! 踊っている場合じゃあないよ……空は曇っているし、大きな雲がたれているんだよ……サア、早く、みんな戻りなさい、でないとあたしが陽の光を呼んでくるよ。
〔「星」や「香り」など、びっくりして逃げ出し、急いで洞穴へとび込む。ドアを閉めると、それと同時に「ナイチンゲールの歌声」が消える〕
【チルチル】 〔舞台奥の扉のところへ行き〕サア、今度は真中のドアだぞ。
【夜】 〔おごそかに〕そのドアは開けちゃあいけないよ。
【チルチル】 どうしてなの?
【夜】 止められているからさ。
【チルチル】 じゃあ、青い鳥はここに隠れているんだ。「光」がそう言ってたよ。
【夜】 〔母親のような優しい口調で〕よく聞きなさい……あたしはこれまで、優しく親切にしてあげたろ……今までだれにもしてやらなかったことを、お前のためにしてあげたんだよ……お前にはあたしの秘密をすっかり明かしてあげたんだよ……お前が大好きだし、お前がまだほんの子供で、なんにも知らないのが可哀そうだと思ったから、お母さんみたいな気持でお前に話してあげるんだよ……あたしの言うことを聞いて、あたしを信じなさい。それ以上はもうおやめ。運命を試したりしちゃあいけない、そのドアは開けちゃあいけないよ。
【チルチル】 〔かなり気持がぐらついて〕でも、どうしてなの?
【夜】 あたしはね、お前が身をほろぼせばいいなんて思わないからさ……よくお聞きよ、たとえ髪の毛一本ほどでも、このドアを開いたものは、だれひとり陽の光のもとには、生きて戻ったものはないからだよ……この世で考えられる限りの恐ろしいこと、地上で話をしているどんなゾッとするような、身の毛のよだつようなことでも、この中のいちばん害のないものとは較べものにならないほどなんだよ。このだれも名前をつけられないような深い淵《ふち》に、ちょっとでも人間の目がふれたとたんに、そいつは人間に襲いかかってくるんだよ……なにがなんでもお前がこのドアに手をふれるといって強情をはるんなら、あたしのほうからお前に頼むよ、あたしが窓のない塔へ逃げるまで待ってほしいってね……今度はお前もわかってくれなければ、よく考えてくれなければ。
〔ミチルは涙をいっぱいにためて、言葉にならない恐怖の叫び声をあげて、チルチルを引っぱってゆこうとする〕
【パン】 〔歯をガチガチいわせながら〕そんなことをしちゃあいけませんよ、ご主人さま!〔ひざまずいて〕わしらを可哀そうと思ってください! ひざまずいてお願い申します……おわかりでしょう、「夜」がおっしゃるとおりで。
【猫】 あなたはあたしたち一同の生命《いのち》を犠牲にして……
【チルチル】 ぼくは開けなけりゃあならないんだ。
【ミチル】 〔泣きながら足をバタバタさせて〕あたしはいやよ! いやだわそんなの!
【チルチル】 「砂糖」と「パン」はミチルの手をとって、いっしょに逃げるんだ……これから開けるぞ。
【夜】 逃げなさい! 早くおいで! いまのうちだよ!
〔「夜」は逃げる〕
【パン】 〔気違いのように逃げながら〕せめてホールの端へゆくまで待ってくださいよ!
【猫】 〔同じように逃げながら〕待ってよ! 待ってよ!
〔一同ホールのもう一方の端の円柱のうしろへ隠れる。チルチルは記念碑のようなドアの側に犬と二人だけ残る〕
【犬】 〔恐ろしさをこらえて、息をはずませ、しゃっくりをしながら〕ぼくは、ぼくは残りますよ、残りますとも……怖いもんか……残るとも! ぼくはご主人さまのそばに残るんだ……残るとも! だんじて残るぞ!
【チルチル】 〔犬をなでながら〕いいぞ、チロー、りっぱだぞ! ぼくにキスをしておくれ……ぼくらだけになったぞ……サア、気をつけるんだぜ!〔鍵穴に鍵を差し込む。アアッという恐怖の叫び声が、みんなが逃げていったホールの端から上がる。鍵がドアにさわるとそのとたんに、背の高い扉が真ん中から開き両側へすべり込んで、左右の厚い壁の中へ消える。するととつぜんまったく思ってもみなかった、この世のものとも思われぬ、広々した、言葉では言いつくせぬような、夢と夜の光の花園が現れる。星や惑星に混じって、触れるものをすべてキラキラと輝かせながら、夢の世界に住むような青い鳥が、たえず宝石から宝石へ、月の光から月の光へと飛びかっている。まるで吹きそよぐ風とも、青い空とも、ふしぎな庭のそのものの姿とも見えるほど数知れぬ青い鳥が、地平線の果てまで、たゆみなく美しい調和を保ちながら飛び回る――チルチルは目もくらみ、気もそぞろになって花園の光の中に立ちつくす〕ヤア! すごいぞ!〔逃げていった者のほうを振りかえり〕早くおいでよ! ここにいたよ! 青い鳥だよ! いるぞ! いるぞ! ようやく見つけだぞ! なん千羽という青い鳥だよ! 何百万羽だぞ! 何億万羽だぞ! あんまりたくさんいすぎらあ! こいよ、ミチル! チロー、くるんだ! みんなこいよ! 手伝っておくれ!〔鳥にとびつきながら〕両手にいっぱいつかまえたぞ! ちっともひと怖じしないぜ! ぼくらを怖がらないぜ! こっちだ! こっちだ!〔ミチルやほかのものは走り回る。「夜」と「猫」以外は、みんなまばゆいばかりの花園へ入る〕どうだい、多すぎるよ! 手の上へやってくるぜ! ホラ、見てごらん、月の光を食べてるよ! ミチル、どこにいるんだい? 青い翼がたくさんバタバタしているよ、青い羽があんまりたくさん落ちてくるんで、もう前が全然見えないくらいだよ! チロー、噛むんじゃないぞ……鳥に傷をつけちゃあだめだぞ! そーっとつかまえろよ!
【ミチル】 〔たくさんの青い鳥に包まれて〕もう七羽もつかまえたわ! ホラ! 羽をバタバタさせるんですもの! もうつかまえてはいられないわ!
【チルチル】 ぼくにもつかまえられないよ! たくさんとりすぎちゃった! 逃げちまった! また戻ってきたぞ! チローもとったな! ぼくたち引っぱられちまうぞ! 空まで連れてゆかれちまうぞ! サア、こっちから出よう! 「光」が待ってるよ……喜ぶだろうな! こっちだよ、こっちだよ!
〔みんなは羽をバラバタやっている青い鳥を両手いっぱい抱えて花園を出て、青い羽がとび散る中を、ホールを横切り、さっき入ってきた右側から出てゆく。そのあとを「パン」と「砂糖」が追いかけるが、この二人は青い鳥をつかまえていない。あとに二人だけ残された「夜」と「猫」はふたたび舞台奥へ上がり、心配そうに花園を眺める〕
【夜】 あの子たちは鳥をつかまえなかったね?
【猫】 とられませんよ……あそこに、月の光の上のほうに見えますよ……連中には手が届かなかったんですね、あんまり高いところにとまっていたんで。
〔幕がおりる。とそのすぐあとで、おりた幕の前に、左側から「光」が、右側からチルチル、ミチル、「犬」が同時に登場。三人はいまつかまえたばかりの鳥をいっぱいに抱えて駆け込んでくる。ところが青い鳥は死んだように、頭をガックリ垂れ、翼は折れて、腕の中でもうただの生気のない|ぬけがら《ヽヽヽヽ》のようになっている〕
【光】 いかが、つかまえてきた?
【チルチル】 ええ、つかまえましたよ! ほしいだけね……数千羽もいましたよ……ホラ、こんなもんです! どうです!〔「光」のほうに差し出した青い鳥を見て、鳥が死んでいることに気がつき〕アレ! 死んでるぞ……どうしたんだろ? お前のも死んでいるかい、ミチル? チローの鳥も死んでいるよ。〔怒って、鳥の死体を投げながら〕ヤレヤレ! やんなっちゃうな! だれが殺したんだろう? ほんとにがっかりだよ!
〔腕で頭をかかえて、体をゆすって泣いているような様子〕
【光】 〔母親のように、チルチルを抱きしめながら〕泣かないでもいいのよ……あなたがつかまえた鳥は、陽の光の中では生きていられなかったのよ……ほんとうの青い鳥はよそへ行ってしまったのよ……いずれまた見つかりますよ。
【犬】 〔死んだ鳥を見つめながら〕この鳥、食べられるかな?
〔一同左側から退場〕
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第三幕 第五景 森の中
森――夜。月の光がさしている。とくにさまざまな種類の年をへた木々が立っている。カシワ、ブナ、ニレ、ポプラ、モミ、イトスギ、ぼだい樹、マロニエなど。
〔「猫」が登場〕
【猫】 〔まわりの木々にあいさつして〕ごきげんよう、みなさん!
【木々の葉のささやき】 ごきげんよう!
【猫】 今日っていう日は大変な日なんですよ! あたしたちの敵がやってきて、あなたがたの精力を抜きとり、自分の自由にしようとしているんですよ……あなたたちをいままでさんざんひどい目にあわせたのは、あの|きこり《ヽヽヽ》の息子のチルチルなんですよ……あの子はね、この世界が始まって以来、あなたがたが人間の目から隠してきた、あたしたちのたったひとつの秘密を知っている青い鳥を探しているんですよ。〔木々の葉のささやき〕どなたなの?……アア! いま話したのはポプラの木ね……そうなの、その子は、あたしたちの精をしばらく自由にしてしまう力のあるダイヤモンドを持っているのよ。その子は力ずくでも青い鳥をとり上げることもできるのよ。そうなったら最後、あたしたちはすっかり人間の思うままになってしまうのよ……〔茂みの中からささやき〕だれなの? アラ! カシワの木ね……ごきげんはいかが?〔カシワの茂みからささやき〕相変らずかぜをひいてるのね? |かんぞう《ヽヽヽヽ》はもう効かないの? いつものリューマチに悩まされてるの? きっと苔《こけ》のせいなのよ。あんまり足に苔が生えすぎているんですもの……青い鳥はずっとあなたのところにいて?〔カシワの葉の茂みからささやき〕なんですって? そうよ、なにも二の足を踏むことはないのよ、あれをうまく利用してやらなきゃあ、そう、あの子を追い払わなけりゃあだめよ。〔木々の茂みからささやき〕なんておっしゃって? そう、妹を連れてきているの。妹のほうもやっつけなければだめよ。〔木々の茂みからささやき〕そうよ、「犬」が二人といっしょなの、「犬」を遠ざけるのはとうていむりだわ……〔木の茂みからささやき〕なんですって? 「犬」を買収したらどうかって? だめなのよ……あらゆることをやってみたのよ。〔木の茂みからささやき〕アラ! あなた、モミの木じゃない? そうなの、枝を四本用意しておいてね……そうよ、まだほかに「火」と「砂糖」と「水」と「パン」がお供しているのよ……みんなあたしたちの味方なの、でも「パン」は例外ね、だいぶ怪しいわ……ただ「光」だけは人間のお気に入りなのよ。でも「光」はここへは来ないはずよ……「光」が眠っているまにこっそり抜け出してくるように、あたしが子供たちに吹き込んでおいたわけよ……こんなチャンスは二度とないわよ。〔茂みからささやき〕アラ! ブナの声じゃあないの! そうよそうよ、あなたの言うとおりだわ。動物たちに前もって知らせておかなければ……兎は太鼓を持ってるかしら? ここにいるの? 好都合だわ、すぐに召集太鼓を打たせてよ……ホラ、子供たちがやってきたわ!
〔兎の太鼓の音《ね》が遠ざかってゆくのが聞える。チルチル、ミチル、「犬」が登場〕
【チルチル】 ここかい?
【猫】 〔ご機嫌をとるように、甘ったれた様子、大急ぎで子供たちの前へ駆け寄る〕アラ! ご主人さま、お着きになりましたのね! 今夜はほんとにお元気そうな顔色で、ほんとにお可愛らしいわ! 先にきて、みんなにあなたがいらっしゃることを知らせておきましたのよ……すべて順調ですわ。今度こそ、青い鳥をつかまえてやりますわ、まちがいありませんわ……この国の主だった動物たちを集めておこうと思って、先ほど兎に召集太鼓を鳴らして回らせたところなんです……もう茂みの中から、動物たちの声が聞えますわ……ホラ、お聞きください! みんな気が小さくてそばまで近寄れないんですよ。〔牝牛やブタやウマやロバなどの、さまざまな動物の声が聞える。チルチルを脇へ呼んで、小声で〕でも、どうして「犬」なんか連れてきたんですの? お話しておいたでしょ、「犬」はみんなととても仲が悪いんです、木のみなさんとさえ折り合いがよくないんですよ……あんなやつが顔を出して、なにもかもまずくなりゃしないか、心配ですわ。
【チルチル】 追っ払おうとしてもとうていだめなんだ。〔犬に向って、脅すように〕向うへ行ってろよ、いやなやつだな!
【犬】 だれが? ぼくがですか? どうしてです? ぼくがなにか悪いことでもしましたか?
【チルチル】 向うへ行ってろ、と言ってるんだ! かんたんなことさ、お前なんかいなくてもいいんだ……ぼくたち、お前にはうんざりしてるんだぞ!
【犬】 ぼくはなんにも口をききませんよ……離れてあとから参ります……ぼくの姿は見えないようにしますよ……なんならチンチンでもしましょうか?
【猫】 〔チルチルに小声で〕あんなふうに言うことを聞かなくても、平気で許しておくんですか? 鼻っ面を杖でいくつかぶん殴ってやりなさいよ……ほんとうに鼻持ちならないやつなんだから!
【チルチル】 〔犬を打ちながら〕ホラ、これで少しは言うことを聞くようになるんだ!
【犬】 〔吠えながら〕イタイーッ! イタイヨーッ! イタイヨーッ!
【チルチル】 どうだっていうんだ?
【犬】 殴られたんだから、あなたにキスしなくっちゃあ!
〔チルチルに激しくキスをしたり、なめたりする〕
【チルチル】 ソーラ……いいんだいいんだ……もうたくさんだよ……向うへ行ってろ!
【ミチル】 だめよ、だめよ。「犬」にいっしょにいてほしいわ……「犬」がそばにいないと、あたしどれもこれも怖いのよ。
【犬】 〔とび上がって、ミチルが引っくりかえるほど気ぜわしく、夢中になってミチルをなめ回す〕アア! ほんとに親切なお嬢さんだ! なんてきれいなんだろう! ほんとに親切だ! まったくきれいで、とても気が優しいんだから! お嬢さんにキスをしなけりゃあ! もう一度おまけだ! おまけだ! おまけだ!
【猫】 なんっていう|とんま《ヽヽヽ》だ! とにかくいずれわかることさ……急がなけりゃあいけませんよ……ダイヤモンドを回してください。
【チルチル】 どこにいればいいんだい、ぼくは?
【猫】 月の光の中がいいですよ。そこのほうがずっとはっきり見えますからね……サア、そっとダイヤモンドを回してください。
〔チルチルはダイヤモンドを回す。とたんに枝や葉がしばらく震え続ける。いちばん古い、一番堂々とした木々の幹がパックリ口をあけて、それぞれ中に閉じ込められていた木の精が通る道を開く。これらの精の外観は、もとの木々の外観や性質にしたがって違っている。たとえば、ニレの木の精は、ぜんそく病みの、太鼓腹の、気むずかしやの小人《こびと》の感じ。ぼだい樹の精は、穏やかで、人なつっこく、陽気。ブナの精は優雅で動作はすばやい。白樺の精は、白く、控え目で、おどおどしている。柳の精は、どこかいじけた感じで、髪をふり乱し、不平ばかり言っている。モミの木の精は、骨と皮ばかりに痩せて、むっつりしている。イトスギの精は、悲劇的な感じ。マロニエの精はもったいぶった、気どりや。ポプラの精は快活で、やかましいくらいのお喋り。ある精は、牢屋に閉じ込められていたあとか、百年も眠っていたあとのように、伸びをしながら、すっかり体がなまったように、のろのろと幹から出てくる。ほかの精は、活発に、忙がしそうに、ひととびでとび出してくる。みな、できるだけ自分が出てきた木の近くに身を置き、二人の子供のまわりに並ぶ〕
【ポプラ】 〔最初に駆け寄り、あらん限りの声で叫ぶ〕人間だぞ! 小っちゃい人間だぞ! 人間たちと喋れるぞ! 黙りっこは終りだ! おしまいだぞ! この人間たちどこからきたんだろう? だれなんだ? だれだろう?〔パイプをふかしながらゆっくり進み出た「ぼだい樹」に〕あんたはご存知かね、「ぼだい樹」おじさん?
【ぼだい樹】 前に会った覚えはないな。
【ポプラ】 会ってるよ、そうとも、会ってるとも! あんたは人間ならだれでも知ってるんだ、いつも人間の家のまわりをブラブラしてるんだから。
【ぼだい樹】 〔子供たちをじろじろ見ながら〕いや、知らないね、まちがいないよ……あの二人は知らんね……まだ若すぎるな……わたしはね、月の光の下でわたしに会いにくる恋人たちしか知らないんだよ。そうでなければ、わたしの枝の下へきて一杯やるビールの飲み助だね。
【マロニエ】 〔気取って、片眼鏡《モノクル》を直して〕ありゃあなにものだい? いなかの貧乏人の子供じゃないか?
【ポプラ】 ヤレヤレ! あなたはね、「マロニエ」のだんな、あなたがもう大きな町の表通りしか歩かなくなってからというもの……
【柳】 〔木靴をはいて進み出ると、愚痴っぽく〕困ったわ、どうしよう! あの子たち、また薪を作ろうとして、あたしの頭と腕を切りにきたんだわ。
【ポプラ】 静粛にっ! 「カシワ」の木が宮殿からお出ましだぞ……なんだか、今夜はとても苦しそうな様子をしているな……あのひと、年とったと思わないかい? いったいいくつになるのかな? 「モミの木」のはなしでは、なんでも四千歳になるということだが、でもきっとはなしが大げさだな……みんな気をつけて、あのひとが、わたしたちになにを話すか……
〔「カシワ」がゆっくりと進み出る。信じられないほど年をとり、やどり木の冠を頭にのせ、さまざまな苔で縁をとった緑色の長いガウンを着ている。目が見えず、白いひげが風になびいている。片手を節くれ立った杖にのせ、もう一方の手を、案内役をつとめている若い「カシワ」に掛けている。肩の上に青い鳥がとまっている。「カシワ」が近寄ってくると、木々はそれぞれ敬意を表し、並んでおじぎをする〕
【チルチル】 青い鳥がいるぞ! 早く! 早く! こっちだよ! その鳥をぼくにください!
【木々】 静かにっ!
【猫】 〔チルチルに〕帽子をおとりなさい、木々の王さまの「カシワ」ですよ!
【カシワ】 〔チルチルに〕お前はだれじゃ?
【チルチル】 チルチルです、おじさん……いつになったら青い鳥をつかまえていいんですか?
【カシワ】 チルチルだって、あのきこりの息子のかな?
【チルチル】 そうです、おじさん……
【カシワ】 お前の父親はずいぶんわしらを痛めつけてな……わしの家族だけでも、わしの息子を六百、おじおばを四百七十五、いとこを男女合わせて千二百、嫁を三百八十、曾孫《ひこ》をなんと一万二千も殺されておるわい!
【チルチル】 ぼくは知らないよ、おじさん……パパだってわざとやったんじゃあないよ。
【カシワ】 ここへなにしにきたのじゃ、それに、どうしてわしらの精をその棲家《すみか》から出させたのじゃ?
【チルチル】 おじさん、迷惑かけちゃってごめんなさい……青い鳥がどこにいるか、あなたがぼくたちに教えてくれるだろう、と言ったのは「猫」なんですよ。
【カシワ】 そう、わしは知っておる、お前は青い鳥を探しておる。青い鳥は、さまざまなものの秘密であり、しあわせの秘密なのじゃ。人間どもがわしらをいっそうつらい奴隷にするために、お前はその鳥を探しているのじゃ……
【チルチル】 ちがうよ、おじさん。とてもひどい病気で苦しんでいる魔法使いのベリリュンヌの女の子のために探しているんだよ。
【カシワ】 〔チルチルを黙らせて〕もうたくさんじゃ! それにしても動物たちの声が聞えんが……いったいどこにいるのじゃ? この問題は、われわれと同じように動物にも深い関係があるわけじゃが……いま目の前に起こった重大問題の責任を、われわれ木々のみが負う必要はない……われわれがこれから実行しようとしていることを、ほんとうに実行したことを、人間どもが知ったあかつきには、どんな恐ろしい復讐が待っているやら……われわれがみな平等に沈黙を守るためには、みな満場一致で賛成するにこしたことはない……
【モミの木】 〔ほかの木々の頭ごしに眺めて〕動物たちがやってきたぞ……みんな兎のあとからついてくるぞ……ホラ、ウマの精、牡牛《おうし》の精、去勢牛の精、牝牛の精、オオカミの精、羊の精、ブタの精、牡鶏《おんどり》の精、ヤギの精、ロバの精、それに熊の精だ……
〔「モミの木」が呼びあげる声につれて、動物たちの精がつぎつぎに登場し、前へ進み出て木々のあいだに腰をおろす。ただあちこちぶらつき回っているヤギの精と、木の根に鼻を突っ込んでいるブタの精だけはべつである〕
【カシワ】 これで一同そろったかな?
【モミの木】 牝鶏《めんどり》は卵を放って来るわけにはまいりませんし、野兎は買物に出かけてるし、鹿は角を傷めておりますし、狐は具合が悪くてやすんでいます。ここに医者の診断書がございます。|がちょう《ヽヽヽヽ》はさっぱり話が通じませんし、七面鳥は真っ赤になっておこってしまいました。
【カシワ】 そうやって棄権するのは、はなはだ残念なことじゃ……それにしても、頭数《あたまかず》はじゅうぶんじゃな……わが兄弟たちよ、問題はなにか、諸君はご存知じゃろう。ここにおるこの子供が、大地のさまざまな力から盗みとったお守りの助けを借りて、われわれの青い鳥を奪いとることができることになった。つまりじゃな、こうして、この世の初まりからわれわれが守っておった秘密をわれわれの手からもぎ取ることができるのじゃ……ところがわれわれは人間というものをいやというほど知っておる、だから人間がいったんこの秘密を手に入れたとき、われわれにどんな運命が待ちうけているか、疑う余地もないくらいじゃ。いまここでへたに二の足を踏むようなことは、罪を犯すと同様にバカげたことに思えるのは、そのためじゃ……いまや重大な時じゃ。時期を失わぬうちに、この子供たちを追っ払わなければならん。
【チルチル】 なにを言ってるんだろう?
【犬】 〔歯をむき出して、「カシワ」のまわりをうろつきながら〕ボクの歯が見えないのか、老いぼれのよいよいめ?
【ブナの木】 〔腹をたてて〕こいつは「カシワ」さまに無礼なことをしているぞ!
【カシワ】 そいつは「犬」だな? そんなやつは追放してしまえ! 獅子心中の虫を大目に見る必要はないわい!
【猫】 〔チルチルに小声で〕「犬」を追っ払いなさい……なに、誤解なんですよ……あたしに委《まか》してください、なんとか円くおさめますから……でも、とにかくできるだけ早く「犬」を追っ払ってください。
【チルチル】 〔犬に〕向うへ行ってろ!
【犬】 この痛風のおいぼれの苔のスリッパを噛み切らせてください! そうすりゃあ、みんな大笑いしますよ!
【チルチル】 黙ってろ! 向うへ行け! 向うへ行ってろ、いやなやつだな!
【犬】 いいですよ、行きますよ……ぼくの出番になったら、いつでも戻ってきますからね。
【猫】 〔チルチルに、小声で〕もっと用心して、鎖でつないだほうがいいんじゃありませんか、でないとまたつまらないことをしでかしそうですよ。そうなったら木々は腹をたてて、すべてがぶちこわしですからね。
【チルチル】 どうしたらいいかな? 綱をどこかへやっちゃったんだよ。
【猫】 ホラ、ちょうど「ツタ」が丈夫な綱をもってやってきましたよ。
【犬】 〔唸りながら〕いずれ戻ってくるぞ、戻ってきてやるぞ! 痛風患者め! ぜんそくもちめ! おいぼれの発育不良め、古びた根っこめ! すべて糸を引いてるのは「猫」のやつだな! いまにこの仕返しをしてやるぞ! あんな調子でコチョコチョ言いつけ口をしやがって、裏切り者のユダめ、|とら《ヽヽ》め、バゼーヌめ〔フランスに反逆した元帥〕! ワン、ワン! ワン!
【猫】 ごらんになったでしょう、相手かまわず当り散らしてるんですよ。
【チルチル】 ほんとだ、がまんならないやつだな、何を言ってるんだか、もう自分の声も聞えやしない……「ツタ」のおじさん、「犬」のやつを縛ってもらえない?
【ツタ】 〔おそるおそる犬のほうに近寄って〕噛みつかないかな?
【犬】 〔唸りながら〕とんでもない! とんでもないはなしだよ! 反対にあんたにキスしてあげるよ! まあ待てよ、いまにわかるから……そばへ来いよ、サア、来いよ、このおいぼれ|ひも《ヽヽ》め!
【チルチル】 〔杖でおどしながら〕チローッ!
【犬】 〔尻尾をふりながら、チルチルの足にすがりついて〕どうすればよろしいんで、ご主人さま?
【チルチル】 腹這いに寝るんだ! 「ツタ」のするとおりにしろ……黙って縛られてるんだ、そうでないと……
【犬】 〔「ツタ」が縛っているあいだ、低い声で唸りながら〕ひも野郎め! 首吊りの綱め! 子牛の綱め! ブタの鎖め! ご主人さま、ごらんください……やつはぼくの脚をねじるんですよ……首を締めてるんですよ!
【チルチル】 しかたがないさ! 自分で招いたことだからな! 黙れ、静かにしていろ、まったくがまんのならないやつだな!
【犬】 それにしても、あなたはまちがってますよ……連中はなにか悪だくみをしてるんですよ……ご主人さま、用心してくださいよ! やつはぼくの口をふさいじまう! もう口もきけない!
【ツタ】 〔荷物みたいに「犬」をしばりあげて〕どこへ持って行きましょう? しっかり猿ぐつわをはめておきましたよ……もうひと言も言えませんよ。
【カシワ】 あちらの、わしの幹のうしろの、大きな根のところへしっかり結《ゆわ》えつけておけ……どうすればいいか、いずれわかるだろう。〔「ツタ」は「ポプラ」に手伝ってもらって、「カシワ」の木の幹のうしろへ「犬」を連れてゆく〕よいかな? よろしい、サテ、これで面倒なこの証人、この裏切り者も厄介払いできたわい。われわれの正義と真理に従ってじっくり話し合おう……隠さずに言えば、わしの気持は深い苦しみにみちておる……われわれに、人間を裁き、人間にわれわれの力を思い知らせる機会を与えられたのは、これが初めてじゃ……わしが思うに、われわれが今までに受けた虐待、われわれがこうむったとほうもない不正を考えれば、人間に待っている判決がどんなものか、まったく疑う余地はない。
【木々と動物一同】 そうだ! そうだ! そうだ! はっきりしてるぞ! 絞首刑だ! 死刑だ! あんまり不正なことをやりすぎたんだ! いい気になりすぎたんだ! あんまり永すぎたんだ! ふみつぶしちまえ! 食べちまえ! いますぐにだ! すぐにだ!
【チルチル】 〔猫に〕みんなどうしたんだい? なにか面白くないのかな?
【猫】 心配ご無用ですよ……春のくるのがおそいんで、ちょっと気が立っているんです……あたしに委してください、なにもかも円くおさめますよ。
【カシワ】 こうして一同異議のないのは、まあしかたがないことだな……ところで当面の問題はだ、こちらがのちに復讐を受けないようにするためには、どんな刑罰を与えるのが、いちばん能率的で、いちばん都合よく、いちばんてっとり早く、いちばん確実か、ということだ。人間どもが森の中で子供の死体を見つけたときに、非難を受けるような痕跡を残さないですむ刑罰は……
【チルチル】 なんのはなしなんだろ? 結局どうしようっていうんだろう? そろそろうんざりしてきたよ……だって青い鳥を持ってるんだから、こちらへくれればすむことなんだ。
【牡牛】 〔進み出て〕いちばん能率的で、いちばん確実なのは、みぞおちに角を一発お見舞いすることですよ。わたしがズブッとやりましょうか?
【やぎ】 だれだい、そんなことを言ってるのは?
【猫】 牡牛さ。
【牝牛】 あのひとも、引っ込んでればいいのに……あたしは、余計なかかわり合いになるのはごめんだわ……あたしは、あの青い月の光の中に見える牧場の草を全部食べちまわなければ……なにしろ、することが山ほどあるんだから……
【去勢牛】 こちらも同じだ。もともとわたしは、前からなんにでも賛成するたちだけれどね。
【ブナの木】 子供たちを絞首刑にするんなら、わたしのいちばん高い枝を貸しますよ。
【ツタ】 わたしは輪にしたなわをね。
【モミの木】 わたしは小さい棺桶を作る板を四枚貸しますよ。
【イトスギ】 わたしはいつまでも使える墓場を貸しましょう。
【柳】 いちばん簡単なのは、わたしが住んでる川で溺れさせることですよ……そいつはわたしが引き受けました。
【ぼだい樹】 〔意見をまとめるように〕マア、マア……なにもそんな極端なことまでする必要がありますかね? 二人ともまだ若いんだし……二人がまったく危害を与えることがないように、囲いを作って閉じ込めることだってできるでしょう、その囲いなら、わたしがそのまわりに腰をすえて、作るほうは引き受けますよ。
【カシワ】 だれじゃ、そんなことを言うのは?……どうやら「ぼだい樹」の甘ったるい声のような気がしたが。
【モミの木】 おっしゃるとおりで。
【カシワ】 動物の中にもおるのと同じように、われわれ木の中にも裏切り者がおるのじゃな? これまでわしは、果樹の気の変わり易いのだけ不満に思っておればよかったのじゃが、果樹というやつは、ほんとうの木ではないからな。
【ブタ】 〔意地きたない、小さい目をクリクリさせながら〕あたしの考えでは、とにかく最初に女の子のほうを食べなけりゃあいけませんな……きっととても柔いですよ。
【チルチル】 なにを言ってるんだい、あいつは? コラ、ちょっと待て、この……
【猫】 どうなってるんですかねえ? でも、どうも成り行きが面白くないようで。
【カシワ】 黙りなさい! ここで問題なのは、われわれのうちのだれが最初の一撃を与え、だれが、人間がこの世に生まれて以来、われわれに降りかかってきた最大の危機をわれわれの頭上から追い払う名誉をになうか、それを決めることなのじゃ。
【モミの木】 それはあなたです、当然この名誉を受けるのは、わたしどもの父、わたしどもの長老のあなたです。
【カシワ】 いま喋ったのは「モミの木」かな? ふがいないはなしだが、わしは年をとりすぎている! 目は見えず、体は弱り、腕はしびれてもう思いどおりに動かせんのじゃ……いや、兄弟よ、それはきみにふさわしい、いつも青々とし、いつも体をぴんと立てたきみに。わしに代ってわれわれの解放という高貴な使命の栄誉を受けるのは、ここにいる木々のほとんどが生まれてくるのを、その目でみてきたきみの役目なのじゃ。
【モミの木】 ありがとうございます、尊敬すべきお父さん……しかしわたしは、すでにもう二人の犠牲者を埋葬するという名誉をになっておりますので、わたしの仲間の当然の嫉妬《しっと》を目覚めさせはしないか心配です。わたしが思うには、わたしどもについで、いちばん年かさで、いちばんふさわしく、いちばんがっちりした棍棒《こんぼう》の持主、つまり「ブナの木」などは……
【ブナの木】 ご承知かと思いますが、わたしは虫に食われ、わたしの棍棒もあまりがっちりしておりません……ところが「ニレの木」と「イトスギ」は力強い武器を持っておりますから……
【ニレの木】 光栄のいたりです。ところがわたしは、こうして立ってるのがやっとという始末なんです……じつは今夜|もぐら《ヽヽヽ》のやつに足の親指をねじられて……
【イトスギ】 わたしなら、いつでもお役にたちますよ。でも兄弟の「モミの木」と同じで、子供たちを埋葬するという特権ばかりか、その上彼らの墓の上で泣いてやる、という特典まで与えられております……一度にいろんなことに手を出すのは、ものの道理に外れるような気がしますので……「ポプラ」にお頼みになったら……
【ポプラ】 わたしがですか? そうお思いですか? けれどもわたしの肉ときたら子供たちの体の肉よりも柔いんですよ! それに自分でもわけがわからないんですが……熱で体がガタガタ震えておりましてね……ホラ、わたしの葉をごらんください……今朝の明け方、どうやらかぜをひいたらしいですな。
【カシワ】 〔怒りを爆発させて〕きみたちは人間が恐ろしいのか! たった二人だけで、武器ひとつ持たないこんな小さい子供たちでさえ、きみたちの心の中に正体のしれぬ恐怖をよびおこすのか! そういう恐怖がいつもわれわれを、いまのような奴隷にしてしまったのじゃ! アア、もういい! たくさんだ! ここまできてしまったからには、千載一遇《せんざいいちぐう》の機会じゃから、老いぼれの、体のきかぬ、震えて、目も見えぬこのわしが、ひとりで祖先伝来の仇に立ち向ってやるわい! 相手はどこじゃ?
〔杖をたよりに、チルチルのほうへ進み出る〕
【チルチル】 〔ポケットからナイフを取り出して〕この老いぼれめ、大きな杖を振り回して、ぼくにかかってこようっていうのか?
〔木々一同、人間のふしぎな、抵抗できない武器、ナイフをひと目見て恐怖の叫び声をあげて、中へ割って入り、「カシワ」を引き戻す〕
【木々一同】 ナイフですよ! 用心してください! ナイフですよ!
【カシワ】 〔もがいて〕わしを放せっ! なんでもかまわん! ナイフだろうが斧だろうが! わしをとめるのはだれだ? なんだ、みんなここにいたのか? なんだ、どうしようというんじゃ?〔杖を投げ出して〕ええい、どうにでもなれ! 恥を知れ、恥を! 動物たちよ、われわれに手を貸してくれ!
【牡牛】 いいとも、オレが引き受けた! 角でひと突きぶちかまして!
【去勢牛と牝牛】 〔牡牛の尻尾を引っぱって〕また出しゃばろうっていうの? バカなまねはおよしなさいよ! つまらない事件よ! まずいことになりそうよ! にっちもさっちもいかなくなるのはあたしたちよ……おやめなさいよ……そんなこと、野生の動物がやることだわ。
【牡牛】 いやだ、いやだ! こいつはオレの出番だ! 待ってくれよ! オレをとめてくれよ、でないとつまらぬことをしでかしそうだよ!
【チルチル】 〔悲鳴をあげたミチルに〕怖がることはないよ! ぼくのうしろに隠れているんだ……ぼくはナイフを持ってるから。
【牡鶏】 このチビッ子、なかなか元気がいいぞ!
【チルチル】 それで、はなしは決まったのか、憎い相手はぼくというわけだな?
【ロバ】 もちろんだとも、小僧め、ようやくそれに気がついたのか!
【ブタ】 サア、最後のお祈りをするがいい、これで一巻の終りだぞ。娘っ子を隠したりするな……目の保養としゃれたいんでな……オレは最初に娘をご馳走になるぜ。
【チルチル】 お前になにをしたっていうんだ?
【羊】 なにもしないよ、坊や……わたしの弟や、二人の妹、三人のおじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃんを食べちまったのさ……マアお待ち、お待ち、お前が地べたへたたきのめされたら、わたしにだって歯ぐらい生えてるのが見えるからね。
【ロバ】 オレにもひづめがあるのがわからあ!
【ウマ】 〔誇らしげに、棒立ちになって〕サア、みんなどうなるか見ていろよ! こいつをものすごい歯で引っ裂くのと、足でけとばすのと、みんなはどちらがいいね?〔堂々とチルチルの前へ進み出ると、チルチルはナイフを振り上げて向い合って立つ。ウマはとつぜん恐ろしくなって、回れ右して一目散に逃げ出す〕アア、だめだよ! フェアーじゃないよ! 反則だよ、それは! あいつは向ってくる気だよ!
【牡鶏】 〔感嘆の気持を隠しきれずに〕やっぱり、この子はなかなか胆《きも》がすわってるぞ!
【ブタ】 みんなでいっしょにとびかかろうぜ……オレがうしろから支えてやるよ……あの二人をひっくり返してやろうぜ、娘っ子が地べたへひっくり返ったら、オレたちで分けようぜ。
【オオカミ】 そこで連中とじゃれてろよ……オレはうしろへ回るからな。
〔おおかみはチルチルのそばを回り、うしろからとびかかり、チルチルは倒れかかる〕
【チルチル】 ユダめ!〔ナイフを振り回しつつ、膝をついて起き上がり、悲鳴をあげている妹をできるだけかばう。チルチルが倒れかかったのを見て、動物、木々の一同はわれもわれもと近付き、なぐりかかろうとする。にわかにあたりがうす暗くなる。とほうに暮れたチルチルが救けを求める〕だれかきてくれ! 助けてくれ! チロー! チロー! 「猫」はどこだ? チロー! チレット! チレット! きてくれ! きてくれ!
【猫】 〔遠く離れて、口先ばかりの感じで〕そりゃむりですね……いま足をくじいちまったところで。
【チルチル】 〔殴りかかってくるのをよけながら、せいいっぱい防いで〕助けてくれ! チロー! チロー! もうだめだ! 相手が多すぎるんだ! 熊だ! ブタだ! オオカミだ! ロバだ! 「モミの木」だ! 「ブナの木」だ! チロー! チロー! チロー!
〔食いちぎった綱を引っぱりながら、「犬」が「カシワ」の幹のうしろからとび出て、木々や動物たちを押しのけてチルチルの前に身を投げ出して、猛り狂ってチルチルの身を守る〕
【犬】 〔歯で猛烈に噛みついてまわり〕 サア! 参りましたよ! ご主人さま! 怖くありませんよ! サア! ゆきましょう! うんと噛みついてやりますからね! サア、お前が相手だ、熊め、きさまのでっかい尻にお見舞してやる! サア、おつぎはどいつだ? ブタに一発、こいつはウマに、それから牡牛の尻尾にお見舞いしてやる! ソラ、どうだ! 「ブナ」のズボンを引っ裂いたぞ、つぎは「カシワ」のズボンだ! 「モミの木」め、敵にうしろを見せるのか!
【チルチル】 〔すっかり弱って〕もうだめだ! 「イトスギ」のやつに頭をひどく殴られちまった。
【犬】 イテテテ! 「柳」がやったんだな! 脚が折れちまったぞ!
【チルチル】 やつらはまた繰り返しておそってくるぞ! みんないっしょに! 今度はオオカミのやつだ!
【犬】 お待ちなさい、こっちから一発噛ましてやりますから!
【オオカミ】 まぬけめ! オイ、兄弟、やつの両親はな、お前の子供を川へ流しちまったんだぞ!
【犬】 けっこうなはなしだ! それもそうだ! お前に似ていたからなんだ!
【木々、動物一同】 変節漢め! バカめ! 裏切り者め! 不実なやつめ! まぬけめ! ユダめ! 子供を放せ! どうせそいつはおだぶつだ! オレたちの味方になれ!
【犬】 〔熱狂と忠誠に酔って〕とんでもない! 冗談言うな! ぼくはひとりでみんなを相手にしてやるぞ! いやだ、とんでもないことだ! ぼくはな、神々に、いちばんりっぱな、いちばんりっぱなかたに忠実なんだ!〔チルチルに〕用心なさい、今度は熊ですよ! 牡牛に気をつけなさい……これからやつの喉笛へ噛みついてやりますからね……イテーッ! けとばしたな……ロバのやつ、ぼくの歯を二本折ったぞ。
【チルチル】 もうだめだよ、チロー! いたいッ! 「ニレの木」がやったんだな……見てくれ、ぼくの手は血まみれだよ……オオカミとブタのやつが……
【犬】 待ってください、ご主人さま……ぼくにキスさせてください。ホラ、ちょっと舌でなめてと……これでなおっちまいますよ……ぼくのうしろにいてください……もう連中、近寄ろうともしませんよ……いや! 連中がまた攻めてきたぞ! ヤア! 今度は油断はできないぞ! しっかりしてくださいよ!
【チルチル】 〔地面に倒れたまま〕いや、もうとうていむりだよ。
【犬】 だれかくるぞ! 足音が聞こえる、それに匂いがしてきたぞ!
【チルチル】 どこだい? だれがきたんだい?
【犬】 あそこだ! あそこだ! 「光」だぞ! 「光」がぼくらを見つけたんだ! 助かりましたよ、ご主人さま! ぼくにキスをしてください! もう大丈夫! 見てごらんなさい! やつらは警戒していますよ! 逃げ出しましたよ! 怖いんですよ!
【チルチル】 「光」だ! 「光」だ! こっちへきてください! 早くきて! あの連中が向ってきたんですよ! みんなでぼくらをおそってきたんですよ!
〔「光」が登場。「光」が進み出るにつれて、夜明けの明りが森の上に輝きはじめる〕
【光】 いったいどうしたんです? なにが起こったんです? ほんとうに気の毒だったわね! じゃあ知らなかったのね……ダイヤモンドを回すのよ! 精たちはもとの沈黙と闇の中へ戻るはずだわ、そして、みんながなにを考えているか、もう気にならなくなるはずですよ。
〔チルチルはダイヤモンドを回す。とたんにすべての木々の精は急いで幹のほうへ走り寄り、もとどおり中に閉じ込もってしまう。動物たちの精も、同じように姿を消す。そして、遠くに、牝牛や羊が平和に草をはんでいる姿などが見える。森は静かなもとの森にもどる。チルチルは驚いて、あたりを眺める〕
【チルチル】 みんなどこへ行ったの? どうしたんだろ? 気でも狂ったのかな?
【光】 いいえ、いつまでもこうなんですよ。人間にはそれが見えないから、わからないんです、あなたによく言っておいたでしょう、あたしがいっしょにいないときに、あのひとたちの目を覚ましては危険だからって……
【チルチル】 〔ナイフを拭いて〕やっぱりね。もし「犬」がいないで、このナイフがなかったら、えらい目にあうところだった……あの連中があんなに悪いやつだなんて、思ってもみなかったな!
【光】 人間というものは、この世ではたったひとりであらゆるものを敵に回しているということがよくわかったでしょう。
【犬】 ひどく痛みませんか、ご主人さま?
【チルチル】 たいしたことはないよ……ミチルには、だれも手を出さなかったね……ところでお前はどうだい、親切なチロー? 口が血だらけだよ、脚を折っちまったのかい?
【犬】 どうってことはありません……明日になればなおっちまいますよ……でも、たいへんな激戦でしたね!
【猫】 〔茂みから、びっこを引きながら出てくる〕ほんとうにえらいことだ! 去勢牛があたしのお腹を角で突いたもんで……痕《あと》は残らなかったけれども、とても痛いわ……それに「カシワ」には脚を折られるし……
【犬】 どの脚だか拝見したいね。
【ミチル】 〔猫をなでながら〕かわいそうなチレット、それほんとう? どこにいたの? お前の姿は見えなかったわ。
【猫】 〔いかにもほんとうらしく〕お嬢さん、あたしはすぐにけがをしてしまったんです、あなたを食べようとした、いやなブタにとびかかっていったときに……「カシワ」があたしにあのすごい一撃をとばしたのはそのときのことなんです、おかげであたしは目を回してしまって……
【犬】 〔小声で「猫」に〕わかってるだろうな、お前にちょっと言いたいことがあるんだ……天罰てきめん、いずれむくいがあるからな。
【猫】 〔ミチルに訴えるように〕お嬢さん、「犬」があたしの悪口を言うんですよ……あたしをひどい目にあわせようとするんですよ。
【ミチル】 〔「犬」に〕チレットをいじめちゃあだめよ、ほんとにいやな「犬」ね。
〔一同退場して幕〕
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第四幕 第六景 幕の前
〔チルチル、ミチル、「光」「犬」「猫」「パン」「火」「砂糖」「水」「ミルク」登場〕
【光】 あたし、仙女のベリリュンヌから言伝《ことづ》てを受け取ったのよ、青い鳥はきっとここにいるだろうっておっしゃるのよ。
【チルチル】 どこに?
【光】 ここよ、この塀のむこうの墓地の中よ。この墓地に眠っている死んだ方のひとりが、お墓の中に青い鳥を隠しているらしいの……あとは、それがだれだか探すだけのことね……死んだ方たちを調べてみなければいけないわ。
【チルチル】 調べるって? どうすればいいの?
【光】 ごく簡単なことよ。夜中になって、あんまり迷惑をかけないように、ダイヤモンドを回してごらんなさい。地の下から死んだ方たちが出てくるのが見えるはずよ。出てこないひとたちでも、お墓の奥のほうに見えるはずよ。
【チルチル】 そのひとたち怒りゃあしないかな?
【光】 怒るもんですか、ふしぎだとも思いませんよ。あのひとたち、迷惑なことはいやがるけれど、どちらにしても真夜中になればいつでも出てきていたんですもの、べつだん面倒な思いはしないはずだわ。
【チルチル】 「パン」や「砂糖」や「ミルク」はどうしてあんな真っ青な顔をしてるの? それに、どうしてなんにも言わないの?
【ミルク】 〔よろめきながら〕なんだか恐ろしくて、ゾッとしそうだ。
【光】 〔チルチルに小声で〕気にしなくてもいいのよ……死んだひとたちが怖いのよ。
【火】 〔はね回りながら〕オイラは怖くなんかないぞ! いつも死人を焼いてるんだから……むかしはね、あの連中をみんな、オイラが焼いたもんだ。いまよりずっと楽しかったもんだよ。
【チルチル】 チローはどうして震えているの? チローも怖がってるのかな?
【犬】 〔歯をガチガチ鳴らせて〕ぼくが? 震えてなんかいないよ! ぼくはね、ぜったい怖くないぞ。もしあなたが行くんなら、ぼくもお供しますよ。
【チルチル】 それに「猫」はどうしてなにも口をきかないの?
【猫】 〔意味ありげに〕つまりその、あたしは知っていますから……
【チルチル】 〔「光」に〕あなたもいっしょにきてくれるんでしょう?
【光】 いいえ、あたしは|もの《ヽヽ》や動物たちと、お墓の門のところに残っているほうがいいんです……まだあたしが出る時間じゃあないんですよ……「光」は死んだひとたちの家へ、まだ入れないんです……あなたとミチルと二人だけでおいてゆきますからね。
【チルチル】 チローはぼくたちといっしょにここへ残れないの?
【犬】 そうですよ、そうですとも、ぼくは残りますよ、ここへ残りますよ……ぼくはご主人さまのそばにいたいんです。
【光】 それはだめです……仙女の命令はぜったい守らなければいけません。それに、なにも心配することはありませんからね。
【犬】 けっこう、けっこう、しかたがありません……もし連中が意地悪をしたら、ご主人さま、ただこうするだけでいいんですよ〔ピューと口笛を吹く〕そうすれば、わかりますよ……森の中のときと同じようにね、応援にかけつけますからね。ワン! ワン! ワン!
【光】 サア、さようなら、子供たち……遠くへは行きませんからね……〔二人にキスをして〕あたしを愛するもの、あたしが愛するひとたちは、いつでもあたしと会えるのですよ〔ものや動物たちに〕サア、あなたがたはこちらへいらっしゃい。
〔「光」はものや動物たちとともに退場。子供たちだけ、舞台の中央に残る。幕があがって、第七景の舞台装置が現れる〕
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第四幕 第七景 墓地
夜。月の光がさしている。田舎の墓地。たくさんの墓、芝生の生えた塚、木の十字架、横に置いた平たい墓石などが見える。
〔チルチルとミチルが背の低い墓石のそばに立っている〕
【ミチル】 怖いわ!
【チルチル】 〔かなり不安な様子で〕ぼくはちっとも怖くないよ。
【ミチル】 ネエ、死んだひとって、意地悪なんでしょう?
【チルチル】 悪くなんかないよ、生きていないんだもの。
【ミチル】 いままでに見たことある?
【チルチル】 うん、一度ね。ずっとむかし、まだぼくが小っちゃいころ。
【ミチル】 ネエ、どんな格好してるの?
【チルチル】 真っ白でね、とても静かで、とても冷たいんだ、それに口をきかないんだよ。
【ミチル】 ネエ、これからそのひとたちに会うんでしょ?
【チルチル】 もちろんだよ、だって「光」と約束したんだもの。
【ミチル】 どこにいるの、死んだひとって?
【チルチル】 ここだよ、この塚や、この大きな石の下さ。
【ミチル】 一年中そこにいるのかしら?
【チルチル】 そうとも。
【ミチル】 〔平たい墓石を指さして〕これがそのひとたちのお家のドアなの?
【チルチル】 そうだよ。
【ミチル】 そのひとたち、お天気がいいと出てくるの?
【チルチル】 夜しか外へ出られないんだ。
【ミチル】 どうしてかしら?
【チルチル】 だって、みんなシャツ一枚しか着てないからさ。
【ミチル】 雨が降っても出てくるの?
【チルチル】 雨のときには、家の中にいるのさ。
【ミチル】 ネエ、そのひとたちの家って、きれいなの?
【チルチル】 とても狭っ苦しいっていうはなしだよ。
【ミチル】 小さい子供もいるの?
【チルチル】 もちろんさ。みんな死んだひとたちだもの。
【ミチル】 なにを食べて生きてるの?
【チルチル】 木の根っこを食べてるのさ。
【ミチル】 あたしたち、そのひとたちに会うんでしょ?
【チルチル】 あたりまえだろ、だってダイヤモンドを回せば、なんでも見えちまうんだから。
【ミチル】 そのひとたち、なんて言うかしら?
【チルチル】 なんにも言わないよ、だって口をきかないんだもの。
【ミチル】 どうして口をきかないの?
【チルチル】 なにも言うことがないからさ。
【ミチル】 どうしてなにも言うことがないの?
【チルチル】 お前はうるさいな?
〔二人ともしばらく無言〕
【ミチル】 いつダイヤモンドを回すの?
【チルチル】 わかってるじゃないか、その頃がいちばん迷惑をかけないから、真夜中まで待てって「光」が言ったろ。
【ミチル】 どうしていちばん迷惑をかけないの?
【チルチル】 そのひとたちが散歩に出かける時間だからさ。
【ミチル】 まだ真夜中じゃあないの?
【チルチル】 教会の時計が見えるだろう?
【ミチル】 ええ、短い針まで見えるわ。
【チルチル】 サア! そろそろ十二時の鐘が鳴るぞ……ホラ! ちょうどだ! 聞こえたろ?
〔真夜中の十二時を打つ音が聞こえる〕
【ミチル】 戻りたいわ!
【チルチル】 まだその時間じゃないよ……そろそろダイヤモンドを回すぜ。
【ミチル】 いやよ、いやよ! 回さないで! 向うへ行きたいわ! 怖いのよ、お兄ちゃん! とても怖いのよ!
【チルチル】 危ないことはないんだぜ。
【ミチル】 死んだひとをみたくないのよ! 会いたくないわ!
【チルチル】 よしきた、会わないでもいいよ、目をつぶってればいいんだ。
【ミチル】 〔チルチルの服にしがみついて〕チルチル、つぶっていられないわ! だめ、そんなことできないわ! あのひとたち、そろそろ地面の下から出てくるわよ!
【チルチル】 そんなに震えるなよ……出てくるっていっても、ほんのアッというまだよ。
【ミチル】 お兄ちゃんだって震えてるじゃないの……あのひとたち、恐ろしいわ!
【チルチル】 サア、もう時間だぞ。
〔チルチルはダイヤモンドを回す。すべてのものが、じっと静まりかえる恐ろしい瞬間。それが過ぎると、ゆっくりと十字架がゆれ動き、塚が口を開き、横になった墓石がもち上がる〕
【ミチル】 〔チルチルにかじりついて〕出てくるわ! そこまできたわ!
〔そのとき、口を開いたすべての墓からだんだんと花がせり上がってくる。最初は水蒸気のようにおずおずした、ひょろ長い感じだったのが、つぎには白く、|そそ《ヽヽ》とした感じになり、だんだんと茂みになってゆく。じょじょに数えきれないほどたくさんに、目もくらむばかりになり、少しずつ、すっぽりとすべてのもののうえにかぶさり、墓地を、婚礼のおりの花園のように変えてしまう。そしてその花園の上に、やがて夜明けの最初の明りがさしてくる。露がキラキラと輝き、さまざまな花がみごとに開き、枝々では風が音をたて、蜜蜂が声をあげてとび回り、鳥が目覚め、舞台いっぱいが夜明けの、太陽と生命の讃歌で溢れる。チルチルとミチルは、驚き、茫然として手をつないだまま、墓の痕を探そうとして、花の中に二、三歩踏み出す〕
【ミチル】 〔芝生の中を探しながら〕どこにいるのかしら、死んだひとたちは?
【チルチル】 〔同じように探して〕死んだひとたちなんていないや。〔幕〕
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第四幕 第八景 美しい雲を描いた幕の前
〔チルチル、ミチル、「光」「犬」「猫」「パン」「火」「砂糖」「水」「ミルク」登場〕
【光】 今度こそ青い鳥をつかまえられると思いますよ。この旅のはじめから、そのことを考えておいてもよかったのにね……今朝になって夜明けの光の中であたしの力がよみがえってきたときにようやく、空から光が差すように、そんな考えがあたしの心に浮かんできたんですよ……あたしたちは、いま魔法の花園の入口のところにいるのです、ここには「運命」に守られて、人間のあらゆる「喜び」や、あらゆる「しあわせ」が集まっているんですよ……
【チルチル】 たくさんいるの? とれるかなあ? 小さいのかな、みんな?
【光】 小さいのも、大きいのも、肥ったのもきゃしゃなのも、とてもきれいなのも、それにあんまり感じのよくないのもいるわ……でもいちばんいやらしい連中は、しばらく前に花園を追われて、「不幸」たちの家へ逃げ場を探しに行ったのよ。というのは、このことはよく憶えておかなければいけないんだけれど、「不幸」たちは「しあわせ」たちの花園に通じている、すぐ隣の穴に住んでいるんだから。この穴はね、「正義」の上のほうや、「永遠」の底から吹いてくる風が、たえまなく吹きつけてくる一種のもやか、目に見えないくらい薄いカーテンで仕切られているだけなんですよ……さしあたって問題は、こちらもちゃんとグループを作って、いろいろ注意することです。ふつうは、「しあわせ」たちはとてもひとが好いけれど、でも中には二、三、いちばん大きな「不幸」よりも危険で、当てにならないひとたちがいますからね……
【パン】 わしにいい考えがある! もしその連中が危険で不実だというなら、子供たちが逃げ出さなければならないときに、いつでも協力できるように、わしらはみんな門のところで待っていたほうがよろしいんでは、いかがなもんで?
【犬】 必要なしだ! そんな必要はまったくないよ! ぼくはどこへでもご主人さまのお供をしたいんだ! だから、怖いものはみんな門のところへ残ってくれ! ぼくたちには〔「パン」を見ながら〕意気地なしも、〔「猫」を見ながら〕裏切り者も要らないんだ。
【火】 オイラは行くぜ! どうやら面白くなりそうだ! あそこじゃあ、ずっとダンスをしてるぜ。
【パン】 で、なにか食べていますかね?
【水】 〔悲しそうに〕あたくしって、いちばん小っちゃな「しあわせ」も、ぜんぜん知らなかったわ……とうとう「しあわせ」にお目にかかれるのね!
【光】 みんなお黙りなさい! だれもあなたがたの意見なんか聞いていませんよ……あたしが決めたのは、こうなんです。「犬」「パン」、それに「砂糖」は子供たちのお供をしなさい。「水」は、あんまり冷たすぎるので、中へは入れません、あんまりやかましすぎる「火」も入れません。「ミルク」は門のところに残るように、はっきり言っておきます。あんまり感動しやすいからです。「猫」のことは、自分の好きなようにしたらいいでしょう。
【犬】 やつは怖いんだよ!
【猫】 そういえば、「しあわせ」の脇に住んでいる、古いお友だちの「不幸」が二、三人いるんで、通りがかりにあいさつしてくるわ。
【チルチル】 であなたはどうなの「光」、いっしょにこないの?
【光】 あたしは「しあわせ」たちの家へは、そうやって入ってはいけないんですよ。大部分のひとたちは、あたしと会ったら我慢できないの……でもここに厚いヴェールを持ってるわ、しあわせなひとたちの家を訪ねるとき、これを被《かぶ》るわ。〔長いヴェールを開いて、丹念にヴェールで顔を覆《おお》う〕わたしの精から出る光が、あのひとたちを怖がらせてはいけないわね、だって、「しあわせ」の中にも、怖がりやで、幸福でないひとたちがたくさんいるんですもの……ホラ、これであのひとたちの中で、いちばんみにくい、いちばん肥ったひとでも、もうちっともあたしを怖がりゃあしないでしょう。
〔幕が開いて、第九景の舞台が現れる〕
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第四幕 第九景 「しあわせ」たちの花園
幕があがると、花園の前面に、高い大理石の円柱を配したホールが現れる。円柱のあいだは、金の綱でつるした重い、緋色《ひいろ》のたれ幕で舞台奥が隠されている。ヴェネチア、あるいはフラマン・ルネサンス〔ヴェロネーゼとルーベンス〕のもっとも感覚的な、もっとも豪華な時代を思い出させる建築様式である。花飾り、たくさんの角、撚《よ》った総《ふさ》飾り、壺、彫像、金箔などがあちらこちらに惜しみなく飾られている。真ん中には、碧《みどり》と紅《あか》の石、どっしりした魔法のテーブルが見え、その上にはローソク立て、ガラス器、金銀の食器類、信じられないような料理が並べてある。テーブルのまわりでは、けものの肉や、ふしぎな果物や、ひっくり返った水差しや手のついた壺のあいだで、地上でいちばん肥った「しあわせ」たちが、食べたり、飲んだり、わめいたり、歌ったり、騒いだり、寝ころがったり、眠ったりしている。「しあわせ」たちは大きく、信じられないほどブクブクに肥り、真っ赤な顔をして、ビロードや錦の服をまとい、金、真珠、宝石などの冠をかぶっている。美しい女奴隷が、たえず飾りたてた料理の皿や、泡立つ飲み物を持ってくる。品の悪い、やかましい、粗野な音楽が聞こえるが、管楽器の音がひときわ高くひびく。重苦しい赤い明りがこの場面を照らしている。
〔チルチル、ミチル、「パン」「砂糖」が最初は臆病そうに、舞台前面の右側で、「光」のまわりで押し合っている。「猫」はなにも言わずに、舞台奥の同じく右側に向い、黒っぽいカーテンをあげて、姿を消す〕
【チルチル】 面白そうに、こんなにたくさんのご馳走を平らげる、この肥ったひとたちはなんなの?
【光】 この世で、いちばん肥った「しあわせ」たちなのよ、このひとたちは。ふつうの目でも見ることができますよ。そんなことはないとは思うけれど、ひょっとしたら、青い鳥がこのひとたちの中にしばらくのあいだ迷い込んでいるかもしれないわ。だからまだダイヤモンドを回さないでね。かたちだけでも、まず最初にホールのこちらのほうを探してみましょう。
【チルチル】 そばへ寄っても大丈夫なの?
【光】 もちろん大丈夫よ。べつにひとが悪いわけじゃありませんからね。ただ品が悪くて、たいていはとてもしつけが悪いんだけれど。
【ミチル】 なんておいしそうなお菓子でしょう!
【犬】 それに肉だ! ソーセージだ! 子ひつじの股《また》の肉と、子牛のレバーだぞ!〔大声で叫ぶ〕子牛のレバーよりすばらしくて、みごとで、おいしいものはこの世にゃあ、なにもないんだがなあ!
【パン】 上等のメリケン粉で練り上げた四斤パンははなしはべつだな! なにしろ見栄えがするんだから! りっぱだよ! とてもりっぱだよ! このわしよりいっそう大きいんだから!
【砂糖】 失礼します、失礼します。まことに失礼ですが……ごめんなさい、ごめんなさい……どなたのお気持も悪くするつもりはないんですが。でも忘れていただいては困りますよ、砂糖菓子があることを。それこそまさに、このテーブルの名誉であり、あえてこう申しますが、その輝きといい、その豪華な形といい、このホールに、おそらくほかのどこにあるものよりはるかに優れておりますからね。
【チルチル】 みんななんて満足そうな様子をしているんだろう! 大声でわめいたり、笑ったり歌ったりしてらあ! みんなぼくたちに気がついたらしいな。
〔その言葉のとおり、十二人ばかりのいちばん肥ったしあわせがテーブルから立ち上がって、お腹を両手で押えながら、子供たちのグループのほうへ苦しそうに進み出る〕
【光】 ちっとも怖くありませんよ、みんなとても愛想がいいのよ……きっとあなたたちをお食事に招待するのよ……でもご馳走になってはいけませんよ。なにも手をつけてはいけませんよ。あなたの仕事を忘れるといけませんからね。
【チルチル】 どうして? 小っちゃいお菓子ひとつでもだめなの? あのお菓子ときたら、とてもおいしそうで、作りたてで、お砂糖でくるんであるし、乾し果物で飾りつけ、クリームがたっぷりついているみたいだな!
【光】 あのお菓子は危なそうな気がするし、あれを食べたらあなたの意志がくじけてしまいそうなのよ。仕事をやりとげるには、なにかを犠牲にすることを知らなければいけません。ていねいに、しかもきっぱりと断わりなさい。ほら、あのひとたちが来ましたよ。
【いちばん肥ったしあわせ】 〔チルチルに手を差し出して〕こんにちは、チルチル!
【チルチル】 〔びっくりして〕じゃあ、あなたはぼくをご存知なんですか? あなたはどなたです?
【肥ったしあわせ】 わしはね、「しあわせ」の中でもいちばん肥っていてね、「金持のしあわせ」なのさ。わしの兄弟たちに代って、あなたとあなたのご家族のかたに、このはてしない食事の席にご同席いただくようにお願いに参ったわけでね。あなたはね、この世のほんものの、肥った「しあわせ」たちのうちでも、とくにりっぱな連中に取り巻かれておるわけでしてな。連中の中の主だった者を紹介させていただきますよ。これはわしの婿《むこ》で、「地所を持っているしあわせ」でしてな、これのお腹は梨《なし》でできておるんですよ。これは「虚栄心を満足させたしあわせ」ですわい、顔がじつに優雅にふくれているでしょう。〔「虚栄心を満足させたしあわせ」は、保護者然としてあいさつをする〕こちらは「もう喉も乾いていないくせに酒を飲むしあわせ」と、「もうお腹も空いていないのに食べるしあわせ」でして、この二人はもともと双生児《ふたご》で、脚はマカロニでできておるんです。〔二人はよろめきながらあいさつする〕これは「なんにも知らないしあわせ」で、鰈《かれい》みたいにつんぼで、それにこちらは「なんにもわからないしあわせ」で、もぐらのように目くらなんです。こちらは「なんにもしないしあわせ」に、「必要もないのに眠るしあわせ」でな、両手はパンくずで、目は桃のゼリーでできておるんです。最後にこれが「デブの笑いじょうご」でしてな、口が耳まで裂けていて、この男を見たら笑わずにはいられないというやつでして。〔「デブの笑いじょうご」は体をよじって笑う〕
【チルチル】 〔ちょっと離れたところにいるひとりの「肥ったしあわせ」を指さして〕で、あの近くへ来ようとしないで、背中を向けているひとは?
【肥ったしあわせ】 そう気になさることはありませんわい、ちょっと遠慮深いやつでね、子供たちに紹介するには不向きなんでね。〔チルチルの手をとって〕サア、こちらへどうぞ! また宴会を始めますからな……これでもう、夜明けから十二回目でね……もうみなさんを待つばかりなんですよ……ホラ、席についている連中が、みんな大声でみなさんを呼んでいるのが聞こえるでしょう? この連中をすっかり紹介するわけにはまいりませんので、なにしろ数が多いのでね。〔二人の子供に手を差し出して〕失礼して、お客さまの席へ案内させていただきますよ。
【チルチル】 ありがとう、「肥ったしあわせ」のおじさん……とても残念なんだけれど……いまのところむりなんですよ……ぼくたちとても急いでいるんです。青い鳥を探しているんですよ。もしかしたら、どこに隠れているかご存知ありませんか?
【肥ったしあわせ】 青い鳥だって? ちょっと待ってくれよ……そう、そう、思い出したよ……むかしひとが噂をしているのを聞いたことがあったな……たしか食べられない鳥じゃあなかったかな……とにかく、わしらのテーブルには一度も出たことはないな……つまりだ、あまり大したご馳走ではないということだよ……だけど、そんなことは気にしなさるな……ほかにすばらしいものが山ほどあるからね……ま、わしらといっしょに生活してごらんなさい、わしらがどんなことをするか、とっくりごらんなさい。
【チルチル】 なにをするんです?
【肥ったしあわせ】 なんにもしないでいるってことで、たえず忙しくってね……一分も骨休みがないんでね……酒を飲まなきゃあ、食べなきゃあ、眠らなきゃあならんのでね。ただそちらのほうにばかり気をとられちゃってね。
【チルチル】 それで面白いの?
【肥ったしあわせ】 そうともさ……こいつばかりはなんともいえんね。この世にほかにはないくらいさ。
【光】 そうお思いですか?
【肥ったしあわせ】 〔指で「光」を指さしながら、小声でチルチルに〕このしつけの悪い若い娘はなんだね?
〔こうした対話《やりとり》が続くあいだに、つぎの位の「肥ったしあわせ」たちは、「犬」「砂糖」「パン」などを相手にして話し、ご馳走の並んだテーブルへ彼らを引っぱってゆく。チルチルは急に、仲良くテーブルに坐って、「肥ったしあわせ」たちといっしょに、食べたり、飲んだり、夢中になって体を動かしたりしている「犬」たちに気がつく〕
【チルチル】 ホラ、見てよ、「光」! みんなテーブルへついてるよ!
【光】 あのひとたちを呼びもどしなさい! そうでないとまずいことになりますよ!
【チルチル】 チロー! チロー! こっちへこい……ここへ来るんだ、すぐに。わからないのか! それにお前たちはそちらだ、「砂糖」に「パン」、だれがぼくのそばを離れていいって命令した? 許しもしないのに、そんなところでなにをしているんだ?
【パン】 〔口いっぱいに頬張って〕|あんた《ヽヽヽ》はわしらにもっとていねいな口がきけないんですかね?
【チルチル】 なんだって? 「パン」はぼくのことを|あんた《ヽヽヽ》なんて呼んでもいいって言われたのか? お前はいったい自分がなんだと思っているんだ? それにチロー、お前はどうした! そんな調子でも、ぼくの言うことをきいているっていうのか? サア、ここへ来るんだ、おすわり、おすわりするんだ! ホラ、もっと早く!
【犬】 〔小声で、テーブルの端から〕ぼくはね、ぼくはものを食べてるときには、だれともかかわり合いがないんでね、もうなんにも聞こえませんよ。
【砂糖】 〔甘ったるい調子で〕ごめんください、こんな親切なかたがたのお気を悪くしないように、そんなふうに席をたつわけにはまいりませんわ。
【肥ったしあわせ】 ごらんなさい! あの連中がいい見本ですよ……サア、みんなお待ちかねですぞ……いやだとは言わせませんぞ……手荒くしないまでも、むりにでもお誘いしますよ……サア、「肥ったしあわせ」たち、わしに手を貸してくれ! 力ずくでもこのひとたちをテーブルのほうへ押していってくれ、いやでもしあわせになれるようにね!
〔「肥ったしあわせ」たちはみんな、大喜びで歓声をあげながら、跳《は》ねられるだけとび跳ねながら、身をもがいている子供たちを引っぱる。そのあいだに、「デブの笑いじょうご」は乱暴に「光」の体をかかえる〕
【光】 ダイヤモンドを回しなさい、いまですよ!
〔チルチルは「光」に言われたとおりにする。するとただちに、舞台は言葉につくせないほど澄みきった、清らかな、調和のとれた、軽やかな明りに照らし出される。舞台前景のごてごてした飾りや、赤い厚い壁掛けが引き裂かれ、見えなくなる。すると穏やかな平和と、神々しさにみちたおとぎの国のような花園と、背景とよく釣合った緑の宮殿のような建物が現れる。そこには、生き生きと輝くばかりに豊富な、しかも整然とした形をととのえた葉が生い茂っている。花は処女《おとめ》のようにうっとりとし、新鮮な楽しげな水は、あちらこちらから川をなして流れ、ほとばしって、地平線の果てまでしあわせな気持を漂わせているようにみえる。大宴会のテーブルは跡方もなく消えてしまう。「肥ったしあわせ」たちのビロードや、錦や、冠《かんむり》などは、舞台を吹きまくる光をまじえた風に吹き上げられ、引き裂かれて笑い顔を表したマスクとともに、途方にくれた「しあわせ」たちの足許の床に舞い落ちる。「しあわせ」たちは、まるで破れた浮き袋のように、あっという間にしぼみ、目もくらむような、正体もわからぬ光の中でおたがいに顔を見合わせて、目をパチパチさせている。とうとう最後には、自分たちのほんとうの姿、みにくく、ぶよぶよした、哀れな姿を見て、恥ずかしさと恐ろしさのあまり、大声で叫びはじめる。その中でも「デブの笑いじょうご」の叫び声が、ほかの声よりひときわ高く、はっきりと聞える。ほかの仲間たちが、途方にくれて右往左往し、逃げ場を探し回り、少しでも暗い隅に身を隠そうとしているあいだに、ただ「なにもわからないしあわせ」だけがまったく落ち着き払っている。だから大部分のものは腹をきめて、やけになって、脅すような感じで「不幸」たちの洞穴の屋根にかぶさっているカーテンをくぐろうとする。あわてふためいた彼らのひとりが、このカーテンの裾《すそ》を持ち上げるたびに、洞穴の底から、悪口や、呪いの言葉や、いまいましげな声があがるのが聞える。「犬」「パン」「砂糖」は耳をたれて、二人の子供たちのそばに戻り、もじもじしながら二人のうしろに隠れる〕
【チルチル】 〔「肥ったしあわせ」たちが逃げるのを眺めて〕なんてきたないんだろう? みんなどこへ行くの?
【光】 みんな頭がおかしくなってしまったんですよ……あのひとたち、「不幸」のところへ逃げてゆくんだけれど、ずっと「不幸」たちのところへ留めておかれはしないか心配ですね。
【チルチル】 〔自分のまわりを見回して、目を見開いて〕ああ! きれいなお庭だな、すばらしい花園だな! いったいここはどこなの?
【光】 さっきと同じところですよ。変わったのはあなたの、ものを見る目のほうなんですよ……いまではものの真実の姿がはっきりと見えるんですよ。それにダイヤモンドの光にも耐えられる「しあわせ」たちの精もいずれ見えてきますよ。
【チルチル】 きれいだな、ほんとうに! まったくいいお天気だな! まるで真夏みたいだ……ホラ! なにかがぼくたちのほうへやってきて、話しかけようとしているよ。
〔ほんとうに、花園がたくさんの天使のような形をとりはじめ、それはまるで長い眠りから出てきて、木々のあいだから整然とすべり出してくるように見える。みんなかすかに、心地よい色のついた、きらめくドレスを着ている。「バラの目覚め」「水のほほえみ」「夜明けの蒼空」「こはくの露」などの精である〕
【光】 ホラ、優しい珍しい「しあわせ」が何人かやってきますよ、あのひとたちに聞いてみましょうよ。
【チルチル】 あのひとたちを知ってるの?
【光】 ええ、あたしはだれでも知っているのよ、しょっちゅうあのひとたちのところへ行きますからね、もっとも向うではあたしがだれだか知らないけれど。
【チルチル】 いるよ、いるよ! あっちこっちからぞろぞろ出てくるよ!
【光】 むかしはもっとたくさんいたんだけれどね。なにしろ「肥ったしあわせ」たちが、あのひとたちにひどいことをしたものでね。
【チルチル】 でもやっぱりずいぶん残っているよ。
【光】 いまにダイヤモンドの効果が花園の中に散らばるにつれて、ほかのひとたちもたくさんに出てきますよ……この地上には、思っているよりずっとたくさんの「しあわせ」たちがいるんですよ。ただほとんどの人の目に見えないんですね。
【チルチル】 こちらへやってくる小さい「しあわせ」がいるぞ、走って迎えにいこうよ。
【光】 そんなことをしてもむだよ。あたしたちに興味をもつひとしかこちらへ来れないんだから。それにあたしたち、ほかのみんなと知り合いになる暇はないんですからね。
〔「小さなしあわせ」の一隊が、とび跳ね、大声で笑いながら緑の茂みの奥から走り寄ってきて、子供たちのまわりで輪になって踊る〕
【チルチル】 なんてきれいなんだろう、ほんとにきれいだな! このひとたちどこからきたの、いったいだれなの?
【光】 あれは「子供のしあわせ」たちですよ。
【チルチル】 あの子たちに話しかけてもいい?
【光】 むだでしょう。あの子たちは歌ったり、踊ったり、笑ったりしているでしょ、でもまだお喋りできないんですよ。
【チルチル】 〔とび跳ねながら〕こんにちは! こんにちは! ヤア、あそこで笑ってる子、肥っているな! 頬っぺたがなんてきれいなんだろう、なんてきれいな洋服だろう! ここにいる子はみんなお金持なの?
【光】 ちがいますよ、どこへいっても同じだけれど、ここでもお金持よりも貧乏な人のほうが多いのよ。
【チルチル】 貧乏な子供たちはどこにいるの?
【光】 はっきり見分けはつかないけれど……「子供のしあわせ」は地上や空にいるときよりも、いつももっときれいなものを着ていますからね。
【チルチル】 〔じっとしていられなくなり〕あの子たちといっしょに踊りたいな。
【光】 それはぜったいいけません、あたしたちにはそんな暇はないんです……あの子たちは青い鳥を持っていないような気がするんでね……それに、あの子たちも急いでいるのよ、ホラ、もう行ってしまった……あの子たちにもあんまり暇がないんですよ、なにしろ子供時代というのは、アッというまに過ぎてしまうからね。
〔前の子供たちよりも少し大きい、べつの「しあわせ」の一隊が花園に駆け込んできて、声を限りに『あそこにいるぞ! あそこにいるぞ! みんながぼくらを見ているぞ! みんながぼくらを見ているぞ!』という歌を歌いながら、チルチルとミチルのまわりで楽しそうなファランドール〔フランドル地方の民族舞踊〕を踊る。踊りが終るとこの小さなグループの指揮者らしい子供が、手を差し出しながら、チルチルのほうへ進み出る〕
【しあわせ】 今日は、チルチル!
【チルチル】 またこの子もぼくを知っているぞ!〔「光」に〕どこへ行っても、みんなぼくを知っているんだね……きみはだれだい?
【しあわせ】 きみはぼくを知らないの? きみがここにいるものをひとりも知らないなんてことあるもんか!
【チルチル】 〔困って〕知らないな……知らないよ……だいいちきみとどこかで会ったかも思い出せないよ。
【しあわせ】 みんな聞いたかい? そんなことだろうと思ったよ! ぼくたちに一度も会ったことがないんだってさ。〔仲間のほかの「しあわせ」たちは、大声で笑いはじめる〕でもねえチルチル、ほんとうなら、きみはぼくたち以外は知らないわけだよ! ぼくたちはいつだってきみのまわりにいるんだし! ぼくたち、きみといっしょに、食べたり、飲んだり、目をさましたり、息をしたり、生活したりしているんだから!
【チルチル】 そうだ、そうだ、そのとおりだ、ぼくは知ってるよ、思い出したよ……でも、きみたちがなんていう名前か知りたいんだけれど。
【しあわせ】 ホーラ、きみはなんにも知らないんだ……ぼくはね、「きみの家の中のしあわせ」のリーダーなのさ。そしてここにいるのはみんな、きみの家に住んでいるほかの「しあわせ」連中だよ。
【チルチル】 じゃあ家には「しあわせ」がいるものなの?
〔「しあわせ」一同大声で笑う〕
【しあわせ】 聞いたかい、みんな! 家の中に「しあわせ」がいるかだってさ! ほんとに哀れなもんだよ、ドアから、窓からとび出しちまうくらい、溢れるくらいいるんだよ! ぼくたちは笑ったり、歌ったり、壁がふくらんで屋根がもち上っちまうくらい喜びを作っているのさ! でもぼくらがいくら作ったってむだだよ、きみにはなんにも見えないし、なんにも聞こえないんだからな……いずれはきみにも、もう少しもの解りよくなってほしいもんだね……とにかくそのあいだ、いちばんの大物と握手をしてもらおう……今度きみが家へ帰ったら、こうしておけばずっと容易にみんなが見分けられるからね……それにある日の終りに、ほほ笑みでぼくらを元気づけ、やさしい言葉でぼくらにお礼を言うことができるしね、だってみんなほんとうにできるだけのことをして、きみの生活が楽しく気持のよいものになるようにできるもの……まず最初にこのぼくだけれど、「健康な体でいるしあわせ」なんだ……ぼくはいちばんきれいではないけれど、いちばん大事なんだよ。これで今後はぼくがわかるだろう? これがほとんどすき透ってみえる「澄んだ空気のしあわせ」だよ……これは「両親を愛するしあわせ」だよ、いつも灰色の服を着てだれも自分を見てくれないんで、ちょっと淋しそうだけれどね……これが「空が青いしあわせ」さ、もちろん青い服を着ているんだ。これが「森のしあわせ」、同じくもちろん緑の服を着て、きみが窓のそばへ行くたびにお目にかかれるよ……もうひとり、ここには「昼間のしあわせ」がいるんだ、ダイヤモンド色をしているだろ、それにすごいエメラルドみたいな色の「春のしあわせ」もいるよ。
【チルチル】 きみたち、毎日そんなにきれいなの?
【しあわせ】 そうとも、目をよく開いて見れば、どんな家でも毎日が日曜日なのさ……それに夕方になれば、世界中のどんな王さまよりもっと美しい「日暮れのしあわせ」がいるし、そのあとに続いて、むかしの神さまのように金色に輝く「星の出るのを見るしあわせ」がいるんだ……つぎには、お天気が悪ければ、真珠を体にまとった「雨の日のしあわせ」と、凍りついた両手に、美しい真っ赤なマントを開いてくれる「冬の炉ばたのしあわせ」がいるよ……それにぼくはまだ、みんなのうちでいちばんすばらしい「しあわせ」について紹介していないんだ。というのはそれはきみがこれから会う「澄みきった大きな喜び」の兄弟みたいなもので、ぼくたちのうちでいちばん明るい、「無邪気な考えのしあわせ」なんだよ……それにほかにもまだ……それにしても、あんまり人数が多すぎてね! とうてい終りそうにもないから、ぼくはまず「大きな喜び」たちに知らせなければ、みんな、この奥の上のほう、天国の門の脇にいて、まだきみたちが来たことを知らないんだ……いちばん足の達者な、「露の中をはだしで走り回るしあわせ」に頼んで急いで知らせてもらおう……〔いま名前をあげた「しあわせ」が、とんぼ返りをしながら進み出るのに向って〕サア、行け!
〔このとき、黒い運動シャツを着たいたずら小僧みたいな子供が、みんなを押しのけて、わけのわからぬ叫び声をあげながら、チルチルに近寄り、チルチルの鼻を指ではじいたり、頭を平手でたたいたり、すばやく足でけったりしながら、気違いみたいに跳ね回る〕
【チルチル】 〔面くらって、つぎにひどく腹をたてて〕この手におえないやつは、いったいなんなの?
【しあわせ】 ホーラ! また「不幸」の洞穴から逃げ出してきた「嬉しくて我慢できないしあわせ」のやつだ。どこへ閉じ込めたらいいかわからないんでね。なにしろどこからでも脱け出すし、「不幸」たちでさえ、もうあいつをそばへ置きたがらないくらいだものね。
〔いたずら小僧は一生懸命に身を守ろうとするチルチルをからかい続けるが、とつぜん大声で笑い出し、きたときのように理由もなく姿を消す〕
【チルチル】 どうしたの? あいつ、ちょっと頭がおかしいんじゃないの?
【光】 どうですかね。あなただって言うことをきかないときには、あんなふうに見えますけれどね。でも、その間に青い鳥のことを調べてみなければ。もしかしたら、「あなたの家の中のしあわせ」のリーダーは鳥がどこにいるか知っているかもしれないわね。
【チルチル】 青い鳥はどこにいるの?
【しあわせ】 この子は青い鳥がどこにいるか知らないんだってさ!
〔「家の中のしあわせ」たちは、みんな大声で笑い出す〕
【チルチル】 〔腹をたてて〕知らないさ、ぼくは知らないんだ……なにがおかしいんだい。〔またみんなどっと笑う〕
【しあわせ】 サアサア、そんなに怒らないで……それに、まじめに話そうよ……なるほどこの子は知らないよ、でもだからどうなんだい、べつにおかしくはないよ、ほとんどの人間と同じようなものさ……でも、「露の中をはだしで走りまわるしあわせ」が「大きな喜び」連中に知らせたんで、みんなこちらへやってくるよ。
〔その言葉のとおり、キラキラ輝くドレスを着た、背の高い天使のような姿をした「喜び」たちが、ゆっくりと近付いてくる〕
【チルチル】 みんななんてきれいなんだろう! どうして笑っていないの? あのひとたち、しあわせじゃないのかな?
【光】 笑っているからといって、いちばんしあわせとは限りませんよ。
【チルチル】 あのひとたちはだれなの?
【しあわせ】 「大きな喜び」たちさ。
【チルチル】 あのひとたちの名前を知ってる?
【しあわせ】 もちろんさ、ぼくたち、いつもいっしょに遊んでいるんだもの……ホラ、最初に、いちばん前にいるのが、「正しいことの喜び」さ、正しくないことが改められるたびに、ニッコリ笑うんだよ――じつはぼくは若すぎるんで、まだあのひとがニッコリしたところを見たことはないけれどね。そのうしろが「善良であることの喜び」だよ。いちばんしあわせなくせに、いちばん淋《さび》しがりやなんだ。それにあのひと、自分で慰めてやりたくて、「不幸」のところへ行きたがるんだけど、それを引きとめるのにみんなひと苦労するのさ。右側には、「考えることの喜び」と、その脇に「仕事を仕上げた喜び」がいるんだ。つぎが、いつも自分の弟の「なにもわからないしあわせ」を探している、「ものがわかる喜び」なんだ。
【チルチル】 だってぼく、さっきその弟に会ったよ! ホラ「肥ったしあわせ」たちといっしょに、「不幸」たちのところへ行ったじゃあないか。
【しあわせ】 たしかにそうだけれどね! あの子はひとが変わっちまったのさ、悪い仲間とつき合ったんで、すっかり悪くなっちまったんだ……でもそのことは、あの子のお姉さんには喋らないようにしてね。そうなればお姉さんはあの子を探しにゆきたがるし、そんなことになったら、ぼくたちいちばん美しい喜びをひとり失いかねないからね……ホラまた、「大きな喜び」のうちの、「美しいものを見る喜び」がきたよ、あのひと、ここに差し込む明りに、毎日いくらかの光線を新しくつけ加えてくれるんだよ。
【チルチル】 あそこの、ずっと遠くのほうに、金色の雲に包まれているでしょ、ぼくが爪先で立って背伸びして、ようやく見えるあのひとはだれなの?
【しあわせ】 「ひとを愛する喜び」さ……でもそんなことをしたってむだだよ、きみは背が低すぎて、とうていあのひとの姿は全部見えないよ。
【チルチル】 ホラ、あそこのいちばん奥のほうで、ヴェールをかぶって、こちらへやってこないひとは?
【しあわせ】 あれはまだ人間が知らない「喜び」なのさ。
【チルチル】 ほかのひとたち、ぼくらをどう思っているの? なぜ離れているの?
【しあわせ】 新しい「喜び」がやってくるのを待ってるのさ、きっとこの「喜び」が、ここにいるうちでいちばん純粋なものじゃあないかな。
【チルチル】 だれなの、そのひと?
【しあわせ】 きみはまだそのひとを知らないの? じゃあもっとよく見ることだな、魂の底の底まできみの二つの目を見開くんだな! あのひとがきみを見たぜ、きみを見たぜ! きみのほうに両手を伸ばして駆けてくるよ! あれはね「お母さんの喜び」「くらべもののない、母の愛の喜び」なんだよ!
〔あちこちから走り寄った他の「喜び」たちが、拍手で「母の愛の喜び」を迎えながら、口をきかずに横に控えている〕
【母の愛】 チルチル! それにミチル! どうしたの、お前たちね、こんなところでお前たちに会うなんて! まさかこんなところで会うとは思わなかったわ! あたしはね、家にひとりでいたんだよ、お前たちふたりとも、すべての母親の魂を「喜び」の中で輝かすここまで登ってきたんだね! とにかく、まずキスをしておくれ、できるだけキスをしておくれ! 二人とも抱いてあげよう、これ以上のしあわせは、この世にはないんだよ! チルチル、笑わないのかい? ミチル、お前も笑わないの? お前たち、お母さんの愛がわからないのかい? とにかくあたしを見てごらん、どう、あたしの目だろ、あたしの唇だろ、あたしの腕だろ?
【チルチル】 知ってるとも、知ってるんだけれど、ぼくにはわからないな……たしかにママそっくりだけれど、でもずっときれいなんだもの。
【母の愛】 当然のはなしさ、あたしはもう年をとらないんだもの……その日その日が過ぎてゆくたびに、あたしの体に力と、若さとしあわせが加わってゆくんだよ……お前が一度ニッコリ笑うたびに、あたしはひとつ年が若くなるのさ……家にいるとそれがわからないけれど、ここへくるとなんでも見えてね、それがほんとうのことなんだよ。
【チルチル】 〔感嘆して、代る代るじっと見つめたり、キスをしたりしながら〕このきれいなドレス、なんでできているの? 絹でできているの、銀なの、それとも真珠なの?
【母の愛】 いいえ、これはねキスとまなざしと愛撫でできているのよ……一回キスをしてもらうたびに、新しく月と陽の光がふえていくんだよ。
【チルチル】 へんだな、今まで一度も、ママがそんなにお金持だとは思わなかったよ……じゃあ、どこへそのドレスを隠しておいたの? パパが鍵を持っている、あの戸棚の中へ入れておいたの?
【母の愛】 いいえ、いつも着ていたんだけれど、見えなかっただけさ。だって目を閉じていれば、なんにも見えないからね……母親が子供を愛していれば、どんな母親だってみんなお金持なんだよ……母親で、貧乏なものや、みにくいものや、年とった母親なんていないもんだよ……母親の愛情というのは、いつだって「喜び」のうちでもいちばん美しいものなのさ……「喜び」が悲しそうに見えたら、キスひとつをするか、こちらでしてもらえばそれでたくさん、それだけのことで涙という涙はみんな、目の奥で星に変わってしまうんだよ。
【チルチル】 〔びっくりして母親を見つめて〕そうだよ、ほんとうだよ、ママの目は星がいっぱい溢れるようだよ……たしかにママの目なんだけれど、それにしてもずっときれいだな……手だってそうだ、小さい指環をしているね……いつかの晩、ランプの火をつけるときにこがした、火傷《やけど》の痕までついてるよ……ところがずっときれいで、膚《はだ》の|きめ《ヽヽ》がずっと細かいんだよ! まるで光が流れているみたいだよ……家にいるときみたいに、あんまり仕事をしないの?
【母の愛】 するとも、家にいるのと同じさ。この手でお前をなでると、すぐに真っ白に変わり、光に溢れてくるのが、今までお前にはわからなかったのかい?
【チルチル】 驚いたな、ママ、声はたしかにママの声だけれど、家にいるときよりもずっとはっきりものを言うね。
【母の愛】 家にいると、なにしろ仕事がたくさんありすぎてね、そんな暇がないんだよ……でもね、口に出さないことだって、よく聞こえるものなんだよ……今ではあたしを見てしまったんだから、明日小屋へ戻って、破れた服を着ているところを見ても、あたしだということがよくわかるだろ?
【チルチル】 ぼく、帰りたくないんだ。だってママがここにいるんだもの、できるだけここに残っていたいんだよ。
【母の愛】 同じことだよ。あたしはね、下界《あちら》にいるんだから、あそこの、あたしたちが住んでいるところに……お前がここへきたのは、ただお前が下界《あちら》であたしに会うとき、どうやってあたしを見ればいいのか、知るために、勉強するためにきただけだろう……わかるのかい、その意味が、チルチル? お前はいま、自分が天国にいるつもりでいるけれども、天国っていうのは、あたしたちがお互いにキスをし合うところならばどこにでもあるものなのさ……お母さんは二人はいない、お前にはべつのお母さんはいやしないんだよ……子供にはそれぞれ、お母さんはひとりしかいないし、お母さんはいつも同じで、いつもいちばん美しいものなのさ。でも、お母さんをよく知り、見つめることができなければいけないんだよ……でもお前、どうやってここへ来たんだい、人間が地上に住むようになって以来探し求めていた道を、どうやって見つけたんだい?
【チルチル】 〔慎しく、ちょっと離れて控えている「光」を指さして〕ぼくを連れてきてくれたのは、あのひとなんだよ。
【母の愛】 だれなの?
【チルチル】 「光」さ。
【母の愛】 あたしは一度もお目にかかったことはないよ……はなしに聞いたんだけれど、あのひとはとてもお前たちを可愛がってくれて、とても親切なんだってね。でも、どうして顔を隠しているんだい? 顔はけっして見せないのかい?
【チルチル】 見せるとも、でもね、あんまりはっきり顔を見せると、「しあわせ」たちが怖がりぁあしないか心配しているんだよ。
【母の愛】 でもあのひとは、あたしたちが今か今かとあのひとを待っているのを知らないんだね!〔ほかの「大きな喜び」たちを呼びながら〕きなさいよ、きなさいよ、ねえみんな! こっちへ走っていらっしゃい、とうとう「光」があたしたちを訪ねてきましたよ!
〔近付いてくる「大きな喜び」たちのあいだから、どよめきが起こる。「『光』がやってきたぞ! 『光』だ! 『光』だ!」という叫び声があがる〕
【ものがわかる喜び】 〔ほかのみんなを押しのけて、「光」のところへきてキスをする〕あなたが「光」なんですね、わたしたちは知りませんでしたよ! 何年も何年も、わたしたちはあなたのおいでを待っていたんですよ! わたしがおわかりですか? さんざんあなたを探しまわった「ものがわかる喜び」なんですよ……わたしたちはとてもしあわせなんです。でもわたしたちの向うは見えないんですよ。
【正しいことの喜び】 〔「光」にキスをして〕わたしをご存知ですか? 「正しいことの喜び」ですよ。わたしはずいぶんあなたにお願いしたものです……わたしたちはとてもしあわせなんですが、ただ自分たちの影の向うは見えないんですよ。
【美しいものを見る喜び】 〔同じように「光」にキスをして〕わたしをご存知ですか、あなたがとても好きなんです……わたしたちとても幸福ですけれど、自分の夢の向う側が見えないので。
【ものがわかる喜び】 サア、お姉さん、もうわたしたちを待たせないでください……わたしたちは相当しっかりしているし、相当に純粋なんですよ……わたしたちの目から最後の真理を、最後のしあわせを隠しているヴェールをとってください……ごらんなさい、わたしの妹たちはみんなあなたの足許にひざまずいているでしょう……あなたはわたしたちの女王さまで、わたしたちに褒美をくれる方なんです。
【光】 〔ヴェールをいっそうしっかりかぶって〕妹たちよ、わたしの美しい妹たちよ、わたしは主人の言いつけに従っているのです……まだその時はきていないのです。きっといまにその時を知らせる鐘が鳴るでしょう。そのときこそ、恐れも影もなく、わたしは戻ってくるでしょう……さようなら、お立ちなさい。やがて来る日を待ちながら、再びめぐり合った姉妹のように、もう一度キスをしましょう。
【母の愛】 〔「光」にキスをしながら〕あなたはあたしの子供たちに、親切にしてくださいましたのね。
【光】 わたしは、愛し合っているひとたちには、いつも親切にしているのですよ。
【ものがわかる喜び】 〔「光」に近寄りながら〕わたしの額に、最後のキスをしてください。
〔二人がながいあいだキスをし合い、二人が離れて首を上げると、二人の目に涙が見える〕
【チルチル】 〔びっくりして〕どうして泣いてるの?〔ほかの「喜び」たちを見て〕アレ! みんな同じように泣いている……どうしてみんな、目に涙をいっぱいためているの?
【光】 なにも言わないのよ、ネエ……〔幕〕
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第五幕 第十景 未来の王国
これから生まれてくる子供たちが待っている、青空の宮殿の広々したホール。トルコ石の円天井を支えているサファイヤの円柱が無限に続く舞台。明りや、青金石の敷石から、最後の弓形の天井が見えなくなる舞台奥の粉のように小さく見えるところまで、ごくつまらないものにいたるまで、ここではすべてが、ほんとうとは思えない、濃い、ふしぎの国のような青で統一されている。ただ柱頭、円柱の台石、円天井のくさび石、いくつかの椅子、輪のように円くなったいくつかのベンチだけが、大理石か石膏でできている。右側の円柱のあいだには、大きなオパール色のドアがある。この景のおわり頃まで、「時」が扉を抑えているこのドアは、現在の「人生」と夜明けの河岸に通じている。ホールのあちこちに、長い空色のガウンを着た子供たちの一群が整然と控えている。ある子供たちは遊び、ほかの子供たちは散歩したり、お喋りをしたり、夢見たりしている。たくさんの子供たちが眠り、またたくさんの子供たちが未来の発明にそなえて、柱の並んだ廊下のあいだで働いている。子供たちの道具、器具、自分たちで組立てた機械類、植物、花、自分たちで作り、収穫した果物類も、この宮殿の全体の色調と同じ、超自然な、きらきら輝く青い色をしている。子供たちのあいだに、いっそう白っぽい、いっそうすき透った青い服を着た、背の高い、この世のものとも思われぬ、おし黙った、まるで天使のように見える姿がいくつか行ったり来たりしている。
〔舞台前景、人目を忍ぶようにして、チルチル、ミチル、「光」が左側の石柱のあいだを通り抜けて登場。三人が登場すると「青い子供」たちのあいだにざわめきが起こり、やがてあちらこちらから走り寄って、この変わった訪問客のまわりにグループを作り、ふしぎそうに三人を眺める〕
【ミチル】 「砂糖」や「猫」やお人好しの「パン」はどこにいるの?
【光】 あの連中はここへは入れないのですよ。みんな未来を知ってしまったら、もうこちらの言うことは聞かないでしょうからね。
【チルチル】 で、「犬」は?
【光】 「犬」にしても、これから先の世界で自分にどんなことが待っているか知るのは、いいことじゃありませんからね……みんな、あたしが教会の地下室に閉じ込めておいたんですよ。
【チルチル】 ここはどこなの?
【光】 未来の王国にいるんです、まだ生まれていない子供たちの真ん中にね。ダイヤモンドのおかげで、人間には気がつかないこの国でも、あたしたちははっきり目が見えるようになっているので、きっとここで青い鳥を見つけますよ。
【チルチル】 ここではなにからなにまで青いんだから、もちろん鳥だって青いよね……〔自分のまわりを見回して〕ほんとに、みんなまっ青だな!
【光】 こちらへ走ってくる子供たちを見てごらん。
【チルチル】 みんな怒ってるのかな?
【光】 ちっとも怒ってなんかいませんよ……よく見てごらん、みんな笑ってるでしょ、ただ驚いているのよ。
【青い子供たち】 〔走り寄りながら、だんだん人数がふえてゆく〕生きている子供だよ……生きている子供を見にきてごらん!
【チルチル】 どうしてぼくたちを、「生きている子供」なんて呼ぶの?
【光】 だってあの子たちはまだ生きていないからですよ。
【チルチル】 それじゃあ、みんななにをしてるの?
【光】 自分たちが生まれる時を待ってるんですよ。
【チルチル】 生れる時って?
【光】 そうなんです。子供たちはみんな、ここからあたしたちの世の中へ生まれてゆくんです。それぞれ、自分の日が回ってくるのを待っているんです……お父さんやお母さんが子供たちを欲しいと思うと、ホラ、あそこの右側に見えるでしょ、あの大きなドアが開くんです。そして子供たちは降りてゆくのよ。
【チルチル】 いるぞいるぞ! おおぜいいるな!
【光】 もっとたくさんいるんですよ……もっとも、とうてい全部は見えないわね……だって考えてもごらん、この世の終りまで世界に住むひとびとがいるんですもの……だれだって数えきれるものじゃないわ。
【チルチル】 あの青い背の高いひとたちはいったいなんなの?
【光】 正確にはわからないのよ……みんな、番人だと思っているんだけれど……あのひとたちは、人間が死んだあとで、地上へ来るんだろうというはなしだわ……でも、あのひとたちにそれを訊ねるのは許されていないのよ。
【チルチル】 どうしてなの?
【光】 それはこの世の秘密だからよ。
【チルチル】 でもほかの、小さい子たちには話しかけてもいいの?
【光】 もちろんよ、知り合いにならなければだめよ……ホラ、なかでもいちばん知りたがりやの子供がやってきたわ……近付いて、話してごらんなさい。
【チルチル】 なんて言えばいいの?
【光】 仲間の子供に話すみたいに、好きなことを話せばいいのよ。
【チルチル】 握手してもいいの?
【光】 かまいませんとも。べつにあなたに意地悪なんかしないわよ……でも気をつけなさい、そんなに堅苦しい様子をしちゃあだめですよ……あなたたちだけにしてあげるわ。そのほうがずっと、あなたがた同士で気楽になれるでしょ……あたしはあちらで、「背の高い青いひと」と話すことがあるのよ。
【チルチル】 〔「青い子供」に近寄って、手を差し出しながら〕こんにちは!〔「子供」の青いガウンに指でさわって〕なんだろう、これは?
【子供】 〔まじめな顔で、指でチルチルの帽子にさわって〕これはなに?
【チルチル】 これ? ぼくの帽子さ……きみは帽子を持っていないの?
【子供】 持ってないよ。そんなものなんに使うの?
【チルチル】 これはね、こんにちはのあいさつしたり、それに寒いときに使うんだよ。
【子供】 寒いってどんなこと?
【チルチル】 こうやって、ブルブル! ブルブルッ! って震えるときさ、それに両手にフーッと息を吐いたり、腕をこんなふうにするときのことさ。
〔いきおいよく腕で体をこする〕
【子供】 地上って寒いの?
【チルチル】 そうだね、ときどき、冬になって、火がなかったりすると……
【子供】 どうして火がなかったりするの?
【チルチル】 だってとても高価《たか》いし、薪《まき》を買うにはお金が要るんだもん。
【子供】 お金ってなんのこと?
【チルチル】 それでもって、買ったものの代を払うのさ。
【子供】 フーン!
【チルチル】 お金を持ってるひともいれば、持ってないひともいるのさ。
【子供】 どうして持ってないの?
【チルチル】 お金持じゃないからさ……きみはお金持かい? きみはいくつ?
【子供】 もうすぐ生まれるんだよ……十二年ばかりたったら生まれるんだよ……生まれるって、いいこと?
【チルチル】 いいとも! とても面白いんだぜ!
【子供】 きみはどういうふうにして生まれたの?
【チルチル】 もう憶えてないよ……ずいぶん前のことなんだもの!
【子供】 地上や生きてるひとたちって、とてもすばらしいんだってね!
【チルチル】 そうとも、いいんだぜ……鳥もいるし、お菓子もあるし、おもちゃもあるし……なかには、そういうものを全部持ってる子もいるよ。でも持っていない子供は、よその子のを見ることもできるしね。
【子供】 ひとに聞いたはなしだけれど、お母さんたちって、ドアのところで待っているんだってね……お母さんってみんな親切だっていうけれど、ほんとう?
【チルチル】 そうとも! お母さんっていうのはね、ほかのなによりも親切なんだ! おばあちゃんだってそうだよ。でも、おばあちゃんたちは早く死んじまうけれどね。
【子供】 死んじまうって? それどういうことなの?
【チルチル】 ある晩出かけて、それっきりもう帰ってこないのさ。
【子供】 どうして?
【チルチル】 そんなことわかるもんか! きっと悲しいんだろうな。
【子供】 きみのおばあちゃん、もう出かけちまったの?
【チルチル】 うちのおばあちゃんのこと?
【子供】 きみのおかあちゃんかおばあちゃんか、ぼくにはわからないよ。
【チルチル】 アア、そうか! でもね、それは同じものじゃあないんだぜ! おばあちゃんのほうがさきに行くんだよ。とても悲しいけれどね……うちのおばあちゃんは、いいおばあちゃんだったからな。
【子供】 きみのその目はどうしたの? 真珠ができるのかい?
【チルチル】 ちがうよ、真珠じゃないよ。
【子供】 じゃあ、それなにさ?
【チルチル】 なんでもないよ。みんな真っ青なんで、ちょっと目がくらんだのさ。
【子供】 それのこと、なんていうの?
【チルチル】 それって?
【子供】 ホラ、そのいま落ちたやつさ。
【チルチル】 なんでもないよ、ちょっとした水だよ。
【子供】 目から出てくるの?
【チルチル】 そうだよ、ときどきね、泣いたりすると。
【子供】 泣くってなんのこと?
【チルチル】 ぼくは泣きゃあしなかったぜ。この青さのせいだよ……でも、泣いても、同じようなもんだな。
【子供】 みんなしょっちゅう泣くの?
【チルチル】 男の子は泣かないけど、女の子は泣くよ……ここじゃあ泣かないのかい?
【子供】 泣くもんか、ぼくにゃあどういうことかわからないんだもの。
【チルチル】 まあいいや、いずれきみだって覚えるよ……なんで遊んでるんだい? この青い大きい羽はなんなの。
【子供】 これかい? こいつは発明用さ、ぼくが地上へ行ってから発明するんだ。
【チルチル】 なんの発明なの? じゃあ、きみはなにか考え出したのかい?
【子供】 そうとも、わからないの? ぼくが地上へ行ったらね、なにか幸福にするものを作り出さなけりゃあいけないんだ。
【チルチル】 食べてみて、おいしいかい? 音はするのかい?
【子供】 しないよ、なんにも聞えないよ。
【チルチル】 つまらないな。
【子供】 ぼくね、ここで毎日仕事をしてるんだ……ほとんどでき上がったけれどね……見てみたいかい?
【チルチル】 見たいとも……それ、どこにあるの?
【子供】 ホラ、ここから見えるだろ、あの二本の柱のあいださ。
【べつの青い子供】 〔チルチルに近寄って、袖を引っぱりながら〕ネエ、ぼくのを見てくれない?
【チルチル】 見るとも、それなんだい?
【二番目の子供】 人間の生命《いのち》を伸ばす、三十三種類の薬さ……ホラ、この青い瓶の中に見えるだろ。
【三番目の子供】 〔仲間のところから出て〕ぼくはね、だれも知らない光を持ってるんだぜ!〔ふしぎな炎で自分の体全体を照らし出して〕とてもふしぎだろ、どう?
【四番目の子供】 〔チルチルの腕を引っぱりながら〕ぼくの空を飛ぶ機械を見ておくれよ、まるで羽のない鳥みたいだよ!
【五番目の子供】 だめだよ、だめだよ。はじめに月に隠されている宝物を見つけるぼくの機械を見てくれよ!
〔「青い子供」たちはチルチルとミチルのまわりに押しかけて、みんないっしょにこんなことを叫ぶ。「いやだよ、いやだよ、ぼくのを見にきてくれよ! ちがうぞ、ぼくのがいちばんすごいんだぞ! ぼくのやつはびっくりするようなやつだよ! ぼくのはすっかり砂糖でできているんだ! あの子のなんかふしぎじゃないよ……僕の考えを盗んだんだぜ……」。とりとめのないこんな叫び声が聞こえるうちに、生きている子供たちが青い仕事部屋のほうへ引っぱってゆかれる。そこではなにかを作り出している子供たちのひとりひとりが、自分の理想の機械を動かしている。タイヤや、輪や、ハンドルや、歯車や、滑車や、ベルトや、現実とも思われない青みがかった蒸気に包まれた奇妙な、まだなんとも名前のつけようもないものが、青い色を発しながらグルグル回っている。たくさんの奇妙な、ふしぎな機械が群れをなしてとび出し、円天井の下を飛び、柱の下を這い回り、そのあいだに子供たちは、地図や設計図を拡げ、本を開き、空色の彫像にかぶせたカバーをとり、大きな花や、サファイヤかトルコ石で作られたように見える、ものすごく大きな果物をもってくる〕
【小さい青い子供】 〔空色の巨大なヒナギクの花の重みに圧しつぶされて〕サア、ぼくの花を見てくれよ!
【チルチル】 それなあに? そんなの初めて見たよ。
【小さい青い子供】 ヒナギクさ!
【チルチル】 冗談言うなよ……タイヤみたいに大きいぜ。
【小さい青い子供】 それにいい匂いがするよ!
【チルチル】 〔匂いを嗅いで〕ふしぎだなあ!
【小さい青い子供】 ぼくが地上へ行く頃には、こんなふうになるんだ。
【チルチル】 いつ行くんだい?
【小さい青い子供】 あと五十三年四カ月と九日たってからだよ。
〔二人の青い子供が、シャンデリヤのように棒にブラ下がったものすごいブドウの房を持ってやってくる。その実は、ひとつひとつが梨よりもずっと大きい〕
【ブドウの房を持ってきたひとりの子供】 ぼくの果物をどう思う?
【チルチル】 梨の房だろ!
【子供】 ところがちがうんだ、ブドウなんだよ! ぼくが三十歳になるころはブドウはみんなこうなるんだぜ……ぼくはね、その方法を発見したのさ。
【べつの子供】 〔メロンみたいに青い大きなリンゴの入った籠に、圧しつぶされるようにして〕ぼくのほうはどうだい! ぼくのリンゴを見てくれよ!
【チルチル】 でも、そいつはメロンじゃないか!
【子供】 ちがうよ! リンゴなんだ。これでもいちばんよくないやつなんだぜ! ぼくが生まれる頃には、みんな同じようになるんだ! ぼくが作り方を発見したんだよ!
【ほかの子供】 〔カボチャよりも大きい、青いメロンを青い手押し車にのせてくる〕ぼくの小さいメロンはどう?
【チルチル】 だって、こいつはカボチャだろ!
【メロンを持ってきた子供】 ぼくが地上へ行くころには、メロンはこんなにみごとになるんだよ! ぼくはね、九つの惑星の王さまの庭師になるんだ。
【チルチル】 九つの惑星の王さまって? だれなの、そのひと?
【九つの惑星の王】 〔堂々と進み出る。見たところ四歳ぐらいで、小さい曲った脚でやっと立っているように見える〕ぼくはここにいるよ!
【チルチル】 フーン! あんまり大きくないね。
【九つの惑星の王】 〔威厳をこめて、しかつめらしく〕ぼくがやることは大きいぞ。
【チルチル】 きみはなにをするの?
【九つの惑星の王】 ぼくはだね、太陽系惑星の総連合組織を作るんだよ。
【チルチル】 〔まごついて〕フーン、ほんとうかい?
【九つの惑星の王】 みんなこの組織に入るんだよ。ただ土星と天王星と海王星はべつだけれどね、なにしろバカバカしく距離が離れていて遠いんでね。
〔「九つの惑星の王」はもったいぶって退場する〕
【チルチル】 面白いな。
【青い子供】 あそこの、あの子が見えるかい?
【チルチル】 どの子だい?
【子供】 ホラ、柱の下で眠っている子供さ。
【チルチル】 あの子がどうしたの?
【子供】 あの子はね、地球にまじりっ気のない喜びを持ってゆくんだよ。
【チルチル】 なんだって?
【子供】 まだだれも考えたこともないような思いつきでだぜ。
【チルチル】 もうひとりの子供は、鼻へ指を突っ込んでいる肥った子、あの子はいったいなにをするの?
【子供】 あの子はね、太陽の光が薄くなったら、地球を暖める火を発見するはずになっているんだ。
【チルチル】 ひっきりなしに手を取り合ったり、キスをし合ったりしているあの二人、あの二人は兄さんと妹なの?
【子供】 ちがうんだよ、あの二人、とてもへんなんだな……恋人同士なんだよ。
【チルチル】 なんだい、恋人って?
【子供】 わからないんだけれどもね。二人をからかうときに、「時」が二人をそんなふうに呼んでるんだ……一日中相手の目をのぞき込んだり、キスしたり、さよならを言ったりしているんだよ。
【チルチル】 どうしてだい?
【子供】 どうやら二人はいっしょに出かけることはできないらしいよ。
【チルチル】 それにあのバラ色の子供は、とてもまじめくさった様子で、指をしゃぶってる、あの子供はなんなの?
【子供】 あの子はね、地上の不正をなくすはずになっているらしいよ。
【チルチル】 ヘエ、どういうことだい、それ?
【子供】 なんだか恐ろしい仕事だっていうはなしだよ。
【チルチル】 自分がどこに行くのかわからないみたいに歩いている、あの赤毛の子供は? あの子は目が見えないの?
【子供】 まだいまは見えるんだ。でもいまに見えなくなるんだよ……よく見てごらん、あの子は「死」をやっつけるはずになっているらしいよ。
【チルチル】 それどういう意味だい?
【子供】 はっきりはわからないんだ。聞いたところでは、とてもたいへんなことだっていうけれど。
【チルチル】 〔柱の下や、階段やベンチの上で眠っている子供たちの群れを指さして〕それにあの眠っている子供たちは? 眠っている子がなんてたくさんいるんだろう! あの子たちみんな、なんにもしていないの?
【子供】 なにかを考えてるんだよ。
【チルチル】 なにを?
【子供】 自分でもまだよくわかっていないんだな。けれど、あの子たち地上へなにかを持って行かなけりゃあいけないんだよ。手ぶらでここを出てゆくのはいけないって言われているんでね。
【チルチル】 いったいだれがいけないって言うの?
【子供】 ドアのところにいる「時」だよ……ドアを開けば姿が見えるよ……ひどくうるさいやつさ。
【ひとりの子供】 〔子供たちを押しのけて、ホールの奥から走り寄って〕こんにちは、チルチル!
【チルチル】 アレッ! どうしてぼくの名前を知ってるんだろ?
【子供】 〔走り寄って、真心をこめてチルチルとミチルにキスをして〕こんにちは! 元気? サア、ぼくにキスをしてよ、ミチルもよ! 名前を知っていたって驚くにはあたらないよ。ぼくは弟になるんだもの……たったいま、お兄ちゃんがここにいるって聞いたところなんだよ……ぼくはこのホールのいちばん端っこにいてね、考えをまとめていた最中だったんだ……ネエ、ママに、もうこっちの用意はできてるって言っておいてよ。
【チルチル】 なんだって? きみ、ぼくたちの家へ来るつもりなの?
【子供】 もちろんさ、来年の復活祭の前の日曜にね……小っちゃいうち、ぼくをあまりいじめないでよ……その前にお兄ちゃんにキスできて嬉しいな……パパにね、ゆりかごを修繕しておくように言っておいてよ……ぼくたちの家って気持がいいの?
【チルチル】 なかなかいいよ……それにママがとっても優しいんだ!
【子供】 で、食物のほうはどう?
【チルチル】 ときによりけりだよ……お菓子がつく日さえあるんだぜ、そうだろ、ミチル?
【ミチル】 お正月と七月十四日はね……お菓子を作るのは、ママなのよ。
【チルチル】 その袋の中に、なにを持ってるんだい? ぼくたちのところへなにか持ってくるのかい?
【子供】 〔いばりくさって〕三つの病気を持ってゆくんだよ。猩紅熱《しょうこうねつ》に、はしかに、百日咳なんだ。
【チルチル】 フーン、それで全部か! それでそのあとはどうするんだい?
【子供】 そのあと? つまりまたお別れなんだよ。
【チルチル】 だったら、なにもわざわざ来ることはないだろ!
【子供】 思いどおりにはならないんだもの。
〔このとき、ながながと響く、力強い、澄んだ震動のような音が上り、響きわたるのが聞こえる。それは石柱とオパールのドアから響いてくるように思えるが、オパールのドアにはいっそう強い明りが照らされる〕
【チルチル】 あれはなんだろう?
【子供】 「時」だよ! これからドアを開けようとしてるんだ。
〔とたんに「青い子供」たちの群れに大きなざわめきがつぎつぎと拡がる。大部分のものが自分たちの機械や仕事を離れ、眠っているたくさんの子供は目をさまし、みな一様にオパールのドアのほうへ目をやり、ドアのそばへゆく〕
【光】 〔チルチルのところへ来て〕柱のうしろに隠れましょう……あたしたちは「時」に見られては困るんです。
【チルチル】 あの音はどこから聞こえてくるの?
【子供】 「夜明け」が上ってくるのさ……今日生まれるはずの子供たちが、地上へ降りてゆく時間なんだよ。
【チルチル】 みんなどうやって降りるんだい? 梯子でもあるの?
【子供】 いまにわかるさ……「時」が掛け金を上げてるよ。
【チルチル】 「時」っていったいなんなの?
【子供】 ここから出てゆく子供たちを呼びにくるおじいさんさ。
【チルチル】 意地悪なの?
【子供】 意地悪じゃあないけれどね、なんにも耳を貸してくれないのさ……自分の番が回ってこないと、どんなに頼んでもむだなんだよ、出てゆきたい子供たちをみんな追い払っちまうんだ。
【チルチル】 みんな出てゆくのが嬉しいの?
【子供】 残るのは嬉しくないんだ。でも出てゆくときには悲しいんだよ……ホラ! ホラ! これから開けるよ!
〔オパール色の大きなドアが、ゆっくりと左右に開く。遠い音楽のように、地上のざわめきが聞こえてくる。赤と緑の明りがホールに差し込んでくる。両手に長柄の鎌と砂時計を持ち、ひげをふさふささせている、背の高い年とった「時」が入口に現れる。一方、「夜明け」のバラ色のもやでできている波止場のようなところにつながれた船の、白と金色の帆の端が見える〕
【時】 〔入口に立って〕出てゆく時間がきた子供たちは用意はいいかな?
【青い子供たち】 〔おおぜいの子供たちを押しのけて、あちらこちらから駆け寄ってくる〕ぼくたちここだよ! ここにいるよ! ぼくたちここだよ!
【時】 〔つぎつぎに前を通り、出てゆく子供たちに向って、不機嫌な声で〕ひとりひとりだぞ! まだまだ必要以上にたくさんいるぞ! いつも同じことだ! わしは欺《だま》されんぞ!〔ひとりの子供を追い返して〕お前の順番じゃあないぞ! 戻るんだ、お前はあしただ……お前もまだだぞ、戻って、十年たったらまたくるんだ……十三人目の羊飼いだって? 十二人しか羊飼いは要らないんだ。もう羊飼いなんて要らないぞ、いまはテオクリトスやウェルギリウスの時代じゃあないからな……また医者だって? いまだっていすぎるくらいだ。地上ではさかんに文句を言ってるぞ……技術者たちはどこだ? 風変わりな、正直な男をひとりだけ欲しがっているんだがな……正直な人間はどこにいる? お前か?〔その子供は、そうだという合図をする〕わしの見たところ、えらくパッとしない様子だな……お前はあんまり長生きしそうもないな! ホラ、そこのお前たち、そう急ぐな! それにそこのお前、なにを持ってきたんだ? なんにも持ってこないって? 手ぶらなのか……それじゃあ、ここは通れんぞ……なにかを用意してこい。お前さえよければ大きな罪でもいいぞ。病気でもかまわん。わしにはどうでもいいことだからな……しかし、とにかくなにかが要るんだ。〔ほかの子供たちに前に押し出され力いっぱい逆らっている子供に気がついて〕よろしい、お前はどうした? もう時間だということくらい知ってるだろう……「不正」をやっつける英雄が欲しいと頼まれているんだが、お前がそうだ、出かけなければいけないぞ。
【青い子供たち】 この子いやがってるんだよ、おじいさん。
【時】 なんだって? いやがってるって? このでき損いの子供め、ここをどこだと思っているんだ? ツベコベ言ってもだめだぞ、そんな暇はないんだ。
【子供】 〔押し出されて〕いやだよ、いやだよ! ぼく、いやなんだ! 生まれたくないんだよ……ここに残っていたほうがいいんだよ!
【時】 そんなことはどうでもいい……時間がきたんだから、とにかく時間だ! サアサア? 早く、前へ出ろ!
【ひとりの子供】 〔前へ出て〕ネエ、ぼくを通してよ! ぼくがあの子の代りになるよ! ぼくのお父さんやお母さんは年をとっていて、ずいぶん前からぼくを待っているっていうはなしなんだよ!
【時】 それはだめだ……時間は時間だ、時がこなけりゃあどうにもならん……お前たちの言うことに耳を貸していたらきりがなさそうだ……こっちで行きたいと言やあ、あっちじゃあごめんだと言う。早すぎたりおそすぎたり。〔入口にいっぱいになった子供を押し返して〕そんなにそばへ寄るな。子供たち……やじ馬は引っ込んでろ……出て行かない子供たちは外を見ちゃあいけないんだ……サア、お前たちは急ぐんだ。それにお前たちときたら、自分たちの番になると怖がって、尻込みをするんだから……ホラ、そこにいる四人、まるで木の葉みたいに震えているじゃあないか。〔ちょうど入口を通りかけて、急に戻ろうとする子供に〕エッ、どうしたんだ? お前はどうしたんだ?
【子供】 ぼくね、ぼくが犯すはずになっている二つの罪が入っている箱を忘れてきちまったんだよ。
【ほかのひとりの子供】 ぼくは、ひとびとに智恵を捧げて利口にする考えをしまっておいた小さい壺を忘れちまったんだ。
【三番目の子供】 ぼくはいちばんきれいな梨の接木《つぎき》を忘れたよ。
【時】 早く駆けていって取ってこい! もう六百十二秒しか残っていないぞ……「夜明け」の船はもう帆をはためかせて、待ちくたびれた合図をしてるぞ……お前たち、おそくなったら、もう生まれられないぞ……サア、早く船に乗るんだ!〔波止場へ行こうとして、股のあいだをくぐろうとする子供をつかまえて〕ヤア! お前はだめだぞ! お前ときたら、自分の番がくる前に生まれようとして、これで三度目じゃあないか……もうその手にのるもんか。そんなことをしたら、わしの妹の「永遠」のそばで永久に待たせてやるからな。わかってるだろ、冗談言ってる場合じゃあないんだ……ところで、みんな用意はいいか? みんな自分の位置へ着いたか?〔波止場に集まっている子供や、すでに船に坐っている子供たちを見回しながら〕まだひとり足りないぞ……隠れたってだめだ。おおぜいの中に入っていても見えるぞ……わしは欺されやあしないぞ……サア、お前「恋人」っていう名前の子供だ。お相手の女の子にサヨナラを言っておけ。
〔優しく抱き合い、絶望のために顔を蒼白にした「恋人同士」と呼ばれている二人の子供が前に進み出て「時」の足許にひざまずく〕
【第一の子供】 「時」のおじいさん。あの娘《こ》といっしょに行かせてください!
【二番目の子供】 「時」のおじいさん。あの子といっしょにここへ残らせてちょうだい!
【時】 だめだ、だめだ! もう三百九十五秒しか残っていないんだぞ。
【第一の子供】 ぼく、生まれないほうがいいんだ!
【時】 好き勝手なことはできん。
【二番目の子供】 〔哀願して〕「時」のおじいさん、あたしは間に合わないのよ。
【第一の子供】 あの娘《こ》が生まれてくるころには、ぼくはもうあちらにはいないんです!
【二番目の子供】 もうあのひとに会えないわ!
【第一の子供】 ぼくたち世界で二人だけなんです!
【時】 そんなことはみんなわしには関係ないんだ……文句を言うんなら「生命」に言え……わしはな、言われたとおりに集めたり、引き離したりしているんだ。〔子供のひとりをつかまえて〕来い!
【第一の子供】 〔もがきながら〕いやだい、いや、いやだい! あの娘《こ》もいっしょに!
【二番目の子供】 〔第一の子供の洋服にしがみついて〕この子を離してよ! この子を離してちょうだい!
【時】 だって、わからんかな、死ぬために出かけるんじゃあないんだぞ、生きるために行くんだぞ。〔第一の子供を引っぱって〕サア、来るんだ!
【二番目の子供】 〔途方にくれて、引っぱってゆかれた子供のほうに手を伸ばして〕なにかしるしを! ひとつだけでもしるしを! ネエ、どうやったらあなたにもう一度会えるの!
【第一の子供】 いつでもきみを愛しているよ!
【二番目の子供】 あたしいちばん悲しい女になるわ! そうすれば、あたしがわかるわね!
〔二番目の子供は倒れ、地べたに横になる〕
【時】 お前たち、さきの希望をもったほうがいいぞ……サア、やっと全部揃ったな……〔砂時計を見て〕もう六十三秒しか残っていないぞ。
〔出てゆく子供たち、残っている子供たちのあいだに、最後の激しいざわめきが起こる。みな急いで別れのあいさつを交わす。「さようなら、ピエール! さようなら、ジャン……要るものは全部持ったかい? ぼくの考えをみんなに伝えてね! なにも忘れものはない? ぼくを覚えていてね! いつかまたきみと会えるよ! きみの考えを変えないでね! あんまり体を乗り出しちゃだめだよ! たよりを知らせてね! それはむりだっていうことだよ! できるよ、できるさ! とにかくやってごらん! すばらしいかどうか教えてね! きみを迎えにゆくよ! ぼくは王さまになって生まれるからね!」などのやりとり〕
【時】 〔鍵と長柄の鎌を振りながら〕もうたくさんだ! たくさんだよ! いかりが上がるぞ!
〔船の帆が前を通り、だんだんに見えなくなる。船の中の子供たちの叫び声がだんだん遠ざかってゆくのが聞える。「地球だ! 地球だ! 見えたぞ! きれいだぞ! 光ってるぞ! 大きいなあ!」つぎに魂の奥底から出たような、果てしなく遠い、喜びと期待のまじった歌声が聞こえる〕
【チルチル】 なんだろう? 歌っているのはあの子たちじゃあないね……ちがう声みたいだ。
【光】 そうよ、子供たちを迎えにきたお母さんたちの歌声なのよ。
〔そのあいだに、「時」はオパールのドアを閉める。それから振り向いて、ホールの中に最後の眼差しを投げかけ、とつぜんチルチル、ミチル、「光」に気がつく〕
【時】 〔びっくりして、怒り出し〕なんだ、これは? お前たち、ここでなにをしていたんだ? お前たちはだれだ? どうしてお前たちは青くないんだ? いったいどこから入ってきたんだ?
〔鎌で三人を脅しながら進み出る〕
【光】 〔チルチルに〕返辞をしないで! あたしは青い鳥を持っています……あたしのマントの下に隠してあるんです……逃げましょう……ダイヤモンドを回しなさい、そうすればあたしたちは痕も残さず姿を消せるんですよ。
〔三人は舞台前景の柱のあいだを通って、左側に逃げてゆく。〔幕〕
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第六幕 第十一景 お別れ
舞台は小さなドアがついた壁を現す。夜が明けようとしている。
〔チルチル、ミチル、「光」「パン」「砂糖」「火」「ミルク」登場〕
【光】 あたしたちがどこにいるか、あなたがたにはわからないでしょうね。
【チルチル】 「光」ったら、そんなことは当りまえだよ。だってぼくこんな所知らないんだもの。
【光】 この壁やこのドアがわからないのかい?
【チルチル】 この赤い壁と緑色の小さいドアは……
【光】 それを見ても、なんにも思い出さないのね?
【チルチル】 「時」がぼくらをドアの外へ追っ払ったことを覚えてるよ。
【光】 夢を見ていると、ふしぎなものね……きっと自分の手だって覚えていないかもしれないわね。
【チルチル】 だれが夢を見たっていうの? ぼくなの?
【光】 ひょっとしたら、あたしかもしれないわ……だれにもわからないことなのね……とにかく、この壁は、あなたが生まれてから何度も何度も見た家をぐるりと取り囲んでいるのよ。
【チルチル】 ぼくが生まれてから、何度も何度も見てきた家だって?
【光】 そうですとも、まだねぼけてるのね……これはね、いつかの晩あたしたちが出てきた家よ、一日一日と日がたって、もうちょうど一年前になるわね。
【チルチル】 ちょうど一年前だって? それでどうしたの?
【光】 そんなに、サファイヤの洞穴みたいに目を開かないのよ……ホラ、あなたのお父さんお母さんのお家なのよ。
【チルチル】 〔ドアのそばへ近寄って〕だって考えてみると……ほんとに……ぼくの見たところじゃあ……この小さいドアは……そういえばこの錠には見覚えがあるぞ……ママやパパはここにいるの? ぼくたち、ママのそばにいるのかい? すぐに中へ入りたいな……いますぐママにキスをしたいんだ!
【光】 ちょっと待って……二人ともぐっすり眠っているのよ。急に目をさまさせたりしたらだめよ……それにこのドアは、時間にならなければ開かないのよ。
【チルチル】 何時に開くの? まだうんと待たなきゃあだめなの。
【光】 そうでもないわ! ほんの二分か三分よ。
【チルチル】 家へ帰って嬉しくないの? どうかしたの、「光」ったら? 真っ青で、まるで病気になったみたいだよ。
【光】 べつになんでもないのよ……あなたたちとお別れするんで、ちょっと淋しい気持がしたんですよ。
【チルチル】 ぼくたちと別れるの?
【光】 お別れしなければいけないのよ……ここにいても、あたしはもうなにもすることがないのよ。なにしろ年が変わったんですものね。仙女がやってきて、お前に青い鳥が欲しいと言いますよ。
【チルチル】 そういえばぼく、青い鳥を持っていないんだ! 「思い出の国」の鳥は真っ黒になっちまったし、「未来の国」のは真っ赤になっちまうし、「夜の国」のやつは死んだし、「森」の鳥はつかまらなかったっけ……色が変わったり、死んだり、逃げたりしたのは、ぼくが悪いのかなあ? 仙女は腹をたてるかな。なんて言うだろう。
【光】 あたしたちはできるだけのことをしたんですよ……青い鳥なんていない、って思わなけりゃあいけないのね。でなければ、鳥籠へ入れると色が変わるんだ、と思わなければ……
【チルチル】 そういえば、籠はどこへいったろう?
【パン】 ここにございますよ。ご主人さま……この永い、危険にみちた旅行中ずっと、わしのしごく行き届いた注意のもとに守られてきたんです。わしの使命の終った今日こそ、わしがお預かりしたときのまま、なんの変わりもなく、しっかり戸を閉めたままあなたにお返しいたします。〔講演者が講演するような調子で〕サテ、一同になり代りまして、ひと言ふた言つけ加えるのをお許しいただきたい……
【火】 喋ってくれなぞと頼みやしないぞ!
【水】 黙ってお聞きなさい!
【パン】 軽蔑すべき敵の、妬《ねた》み深い競争者の悪意にみちた横槍がございましても……〔声を高くして〕最後までわたくしの義務を果す妨げにはなりますまい……そこで一同になり代りまして。
【火】 オイラは代ってもらうのはごめんこうむらあ……オイラにだって舌ぐらいあらあ!
【パン】 そこで一同になり代りまして、表には表れませんが、心からなる、深い感動をこめまして、この二人の未来を定められたお子さまたちにお暇《いとま》を申し上げます。お二人のりっぱなお仕事はただいまりっぱに終りをつげました。おたがいに敬意を捧げつつ、深い悲しみと、深い愛情をこめてお二人にお別れの言葉をのべさせていただき……
【チルチル】 なんだって? お前がお別れだって? じゃあ、お前まで行っちまうのかい?
【パン】 残念ながら、そうしなければならないんで! たしかに、わしはお二人とお別れいたしますが、じつのところお別れといっても表面《うわべ》だけのはなしで、そりゃあたしかに、もうわしが喋る言葉は聞こえないでしょうが……
【火】 べつに悲しくもないさ!
【水】 黙っていらっしゃい!
【パン】 〔もったいぶって〕といって、わしにはべつに気になりません……わしはこう申したのです。お二人にはもうわしの声は聞こえないし、もうわしの生きている姿は見えないでしょう、と……あなたがたの目は今後は、いろいろなものの目に見えない生活には閉ざされるでしょう。しかしわしはつねにそこ、練り槽《おけ》の中、棚の上、テーブルの上、スープの脇におります。あえて申しますが、わしはテーブルを共にする者のうちではもっとも忠実であり、人間のもっとも古い友人なのです……
【火】 ヘーン、でオイラはどうなんだ?
【光】 サア、時間が過ぎますよ。もうすぐに時の鐘が鳴って、あたしたちは沈黙の世界へ戻らなければならないのよ……急いで子供たちにキスをしなさい。
【火】 〔とびついて〕オイラが最初だ、オイラが最初だ!〔乱暴に子供たちにキスをする〕さようなら、チルチル、ミチル! さようなら、オイラの仲良しの子供たち……もしいつか、火をつけるためにだれかが必要だなんていうときには、オイラのことを思い出してくださいよ。
【ミチル】 イタイ! イタイワー! やけどしちまうわ!
【チルチル】 イテテ! イテテ! おかげで鼻が真っ赤になっちゃったよ!
【光】 ホラごらんなさい、火や、お前はすぐ有頂天になるところを直しなさいよ……暖炉で火をたくわけではないのよ。
【水】 ほんとうにおバカさんね!
【パン】 まったく育ちが悪いからな!
【水】 〔子供たちに近寄り〕お二人とも、あたくしは、なにも痛いことなどしないで、やさしくあなたがたにキスをしますわ。
【火】 用心しなさいよ、ビショビショに濡れますよ!
【水】 あたくしは愛想がよくて、おしとやかなのよ。人間には親切だし。
【火】 溺れて死んだ人間はどうなんだ?
【水】 泉を可愛がってください。小川のせせらぎを聞いてやってくださいね……あたくしはいつでもそこにおりますわ。
【火】 なんでもかんでも水浸しにしちまうんだから!
【水】 夕暮れに、泉のほとりに腰をおろしたときに、泉は森のあちこちにありますものね、泉がなにを言おうとしているか意味を聞きとるようにしてやってくださいね……もうだめだわ……涙がこみ上げてきて、口がきけないわ。
【火】 そんなふうには見えねえな!
【水】 瓶《びん》をごらんになったら、あたくしを思い出してくださいね……あたくしは同じように、水差しの中にも、じょうろの中にも、貯水槽の中にも、水道の中にもおりますから……
【砂糖】 〔生まれつきの猫っかぶりな、甘ったるい口調で〕お二人の思い出の中にちょっとした場所が残っておりましたら、あたしも時にはお二人に優しかったことを思い出していただきたいですね……もうこれ以上申し上げることはできません……あたしの気性と涙とは相《しょう》が合いませんが、涙が足許まで落ちてくると、あたしはもう苦しくなって……
【パン】 猫っかぶりめ!
【火】 〔がなりたてて〕あめん棒め! キャンディ野郎め! キャラメルじじいめ!
【チルチル】 だけどチレットとチローはどこにいるんだろう? なにしているんだろう?
〔それと同時に、「猫」の甲高い鳴き声が聞こえる〕
【ミチル】 〔心配して〕いま泣いているのはチレットだわ! 意地悪をされているのよ!
〔「猫」が走りながら登場。髪をさか立て、バラバラに乱し、服は裂けて、まるで歯が痛いような様子で頬にハンカチを当てている。「猫」は怒ったような唸り声をあげ、そのすぐうしろから「犬」が追いかけてきて、頭をぶつけたり、拳固で殴ったり、けとばしたりして「猫」をやっつける〕
【犬】 〔「猫」を殴りながら〕どうだ! これでもか? まだ殴ってもらいたいか? どうだ! どうだ! どうだ!
【光 チルチル ミチル】 〔駆け寄って、二人を引き離そうとして〕チロー! 気でもちがったの? ほんとうに! やめなさいったら! まだやめないの! こんなことって、見たことないわ! 待ちなさい! 待ちなさいったら!
〔一生懸命に二人を引き離す〕
【光】 いったいどうしたの? なにをしたんです?
【猫】 〔ベソをかき、目をこすりながら〕あいつなんです、「光」のおねえさま……さんざんあたしの悪口を言ったり、スープの中へ釘を入れたり、尻尾を引っぱったり、打《ぶ》ったりしたんです、あたしはなんにもしていないのに、なんにも、ぜんぜんなんにもしていないのに!
【犬】 〔「猫」の口まねをして〕なんにも、ぜんぜんなんにもしていないのに、だって!〔小声で、バカにしたように〕これですこしは効《き》いたろう、参ったか、それとももっとやってもらいたいか!
【ミチル】 〔「猫」を腕に抱きしめて〕かわいそうなチレット、どこが痛いか言ってごらん……あたしまで泣き出しそうだわ!
【光】 〔きびしく「犬」に〕こんなときに、こんなつまらないところを見せるなんて、お前の態度は旅行の道づれに選ぶ資格なんかないくらいよ。それでなくても、子供たちと別れるという、こんな悲しいときに。
【犬】 〔ハッとわれに返って〕ぼくたち、このお二人と別れるんですって?
【光】 そうよ、お前も知ってのとおり、そろそろお別れの鐘が鳴るのよ……まもなくあたしたちは沈黙の世界へ帰るのです……もう子供たちとははなしはできなくなるのよ。
【犬】 〔とつぜんほんとうに絶望したような唸り声をあげ、子供たちにとびついて、乱暴にあわただしくなめはじめる〕だめだ、だめだ! ぼくはいやだ! いやだ! ぼくはずうっと口を利くんだ……もうぼくが言うことはわかるでしょう。ご主人さま? そう、そう、そうですよね! なんでも話し合いましょう。なんでも! ぼくはもっとおとなしくしますよ……読み書きも勉強するし、ドミノのお相手もできるようになりますよ……それにいつでも清潔にしますから……もうなんにも台所から盗んだりしませんよ……なにかびっくりするようなことがしてもらいたいですか? 「猫」のやつめにキスでもしましょうか?
【チルチル】 〔「猫」に〕でチレット、お前はどうだ? ぼくたちに言いたいことはなんにもないのか?
【猫】 〔すまして、意味ありげに〕お二人がそれにふさわしければ、あたしは二人とも大好きなんですよ。
【光】 サア、今度はあたしがあなたがたに最後のキスをする番ですよ。
【チルチルとミチル】 〔「光」のドレスにしがみついて〕いやだ、いや、いや、「光」ったら! ぼくたちといっしょにここへ残ってよ! パパはなんにも言やあしないよ……ぼくたち、あなたはとても親切だったって、ママに言うからさ。
【光】 残念だけれど、それはだめなのよ……あたしたちはこのドアの中へは入れないし、あなたがたと別れなければ……
【チルチル】 ひとりぼっちでどこへ行くの?
【光】 そう遠くじゃあないのよ。ホラ、あそこ、いろいろなものの沈黙の国へ行くのよ。
【チルチル】 いやだよ、いやだよ、ぼくいやだよ……ぼくたちもいっしょに行くよ……ママに言うからさ。
【光】 泣くんじゃあありません……あたしは「水」のように声は出ません。人間には意味のわからない光だけしかないのです……でもね、この世の終りまで人間を見つめていますよ……ようく覚えておくんですよ。洩れてくる月明りの中から、ほほ笑みかける星の中から、夜明けのうす明りの中から、火をともしたランプの中から、あなたがたの魂の、りっぱなはっきりした考えの中から、あなたがたに語りかけているのはこのあたしだということを、よく覚えているんですよ。〔壁の向う側で八時が鳴る〕お聞きなさい! 時計が鳴りましたよ……さようなら……ドアが開きますよ! 入りなさい、入りなさい、家の中へ入りなさい!
〔「光」は開いた小さなドアのほうに子供たちを押しやる。いま半ば開いたばかりのドアが、子供たちの背中ごしにふたたび閉まる。「パン」は見えないように涙をぬぐい、「砂糖」と「水」は泣き出す。一同急いで逃げるように、左右の楽屋に姿を消す。舞台の袖から「犬」の鳴き声が聞こえる。舞台はしばらくのあいだ空っぽになり、つぎに小さなドアのついた壁の背景が中央から左右に開いて、第十二景の背景が現れる〕
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第六幕 第十二景 朝のめざめ
第一景と同じ背景。ただ壁も、部屋の感じも、すべてが比較にならぬくらいにすばらしく、ずっと新鮮で、ほほ笑ましく、しあわせそうに見える。朝の光が、閉ざされたよろい戸の隙間という隙間から差し込んでくる。
〔部屋の奥の右側の二つの小さなベッドに、チルチルとミチルがぐっすりと眠り込んでいる。猫、犬そのほかいろいろなものが、第一景の仙女がやってくる前にいたのと同じところにいる。お母さんチル登場〕
【お母さんチル】 〔軽く叱るような声で〕起きなさい、サア、起きるんだよ! ねぼうな子供たちだね! みっともないと思わないのかい? もう八時が鳴ったんだよ。おてんとうさまは、もう森の上まで上っているよ! ヤレヤレ、よく眠っているね!〔かがんで子供たちにキスをする〕この子たちの頬っぺたときたら、ほんとにバラ色だね……チルチルはラヴェンダーの匂いがするし、ミチルはスズランの匂いがするわ……〔もう一度二人にキスをして〕なんていい子たちだろう! といっても、まさかお昼まで眠っているわけにもいかないし……なまけ者になったらたいへんだからね……それに、体にもあまりよくないと思うし〔……そっとチルチルを揺すりながら〕サア、サア、チルチル……
【チルチル】 〔目をさまして〕どうしたの?「光」なの? おねえちゃんどこへ行くの? いやだ、いやだ、行かないで。
【お母さんチル】 「光」だって? もちろんそこにいるさ……もうそうとう前からそこにいるよ……よろい戸は閉っているけれど、お午《ひる》みたいに明るいんだよ……ちょっとお待ち、いまよろい戸を開けるから。〔よろい戸を開くと、目もくらむような、すっかり明けた朝の光が部屋いっぱいに差し込む〕ホラ、ごらん! どうしたんだい? まるで目が見えないみたいだよ。
【チルチル】 〔目をこすりながら〕ママ、ママ! ママだったの!
【お母さんチル】 もちろんあたしさ……だれだと思ったんだい?
【チルチル】 ママさ……もちろんママだよ……
【お母さんチル】 そうさ、あたしだよ……べつにゆうべ顔が変わったわけじゃあないものね……なにもそんなにびっくりしたみたいに、あたしの顔を見ることはないだろ? もしかしたら、鼻がさかさについているのかい?
【チルチル】 アア! ママに会えてほんとによかったよ! ずいぶんしばらくだったね、しばらくだったね! すぐにキスをしなけりゃあ……もう一度、もう一度、もう一度! それにたしかにこいつはぼくのベッドだ! ぼくは自分の家にいるんだな!
【お母さんチル】 いったいどうしたんだい? 目がさめてないのかい? とにかく病気じゃあないだろね? ホラ、舌を見せてごらん……サア、それじゃあ起きて、服を着なさい。
【チルチル】 アレ! ぼくはシャツを着てるな!
【お母さんチル】 あたりまえだろ! 半ズボンをはいて、上着を着るんだよ……そこの椅子の上にあるから。
【チルチル】 ぼく、こんな格好で旅行をしてきたのかなあ?
【お母さんチル】 旅行って、なんのはなしだい?
【チルチル】 そうだよ、去年ね……
【お母さんチル】 去年だって?
【チルチル】 そうなんだ! クリスマスにね、ぼくが出かけたとき……
【お母さんチル】 お前が出かけたときだって? お前は部屋を出やあしなかったよ……ゆうべ、あたしはお前を寝かせてね、今朝また起こしにきたんだよ……そんなことみんな、夢を見たんじゃあないのかい?
【チルチル】 わかっていないんだなあ! ぼくがね、ミチルや、仙女や、「光」といっしょに出かけたのは去年だったのさ……「光」っていえば、ほんとに親切だったな、あのおねえちゃんは! それに「パン」に「砂糖」に、「水」に「火」もいっしょさ。みんなしょっちゅういがみ合ってたよ……ママ、怒ってない? 淋しくなかった? で、パパはなんて言ってる? いやだって言えなかったんだよ……それを説明しようと思って、手紙を置いていったけど。
【お母さんチル】 なにを寝言いってるんだい? きっと病気なんだね、でなければ、まだ眠ってるんだろ。〔優しくチルチルの体を揺する〕ホラ、目をさましなさい……どう、いくらかよくなったかい?
【チルチル】 でもママ、まちがいないんだ……まだ目がさめてないのは、ママのほうだよ。
【お母さんチル】 なんだって! あたしがまだ目がさめてないんだって? あたしは六時から起きてるんだよ……家の仕事は全部やっちまったし、火もおこしたんだよ。
【チルチル】 だったら、ミチルにほんとうかどうか聞いてごらんよ……ママ! ほんとにぼくら、いろんな事件に出会ったなあ。
【お母さんチル】 ミチルがどうしたんだい? どうしたっていうんだい?
【チルチル】 ミチルもぼくといっしょだったのさ……ぼくたち、おじいちゃんやおばあちゃんに会ってきたよ。
【お母さんチル】 〔だんだんあわててくる〕おじいちゃんやおばあちゃんだって?
【チルチル】 そうなんだ、「思い出の国」でね……ちょうど途中だったんだよ……二人とも死んだけれども、とても元気だよ……おばあちゃんは、ぼくたちにおいしいスモモのパイを作ってくれたんだ……それに弟のロベールやジャン、そうジャンは例のこまを持っていたっけ、それにマドレーヌ、ピエレット、ポーリーヌ、リケットなんかにも会ってきたんだ……
【ミチル】 リケットったら、這い這いしていたわよ!
【チルチル】 それにポーリーヌは相変らず鼻におできができていたよ。
【ミチル】 あたしたち、きのうの晩もママに会ったのよ。
【お母さんチル】 きのうの晩だって? なにもびっくりすることはないさ、あたしがお前を寝かせてやったんだもの。
【チルチル】 ちがうよ、ちがうよ。「しあわせ」たちの花園でだよ。ママ。ずっときれいだったけれども、やっぱりママに似ていたな。
【お母さんチル】 「しあわせ」たちの花園だって? あたしゃあそんなものは知らないね。
【チルチル】 〔お母さんチルをじろじろ見て、それからキスをする〕そう、たしかにずっときれいだったけど、ぼく、今みたいなママのほうが好きだな。
【ミチル】 〔同じように、お母さんチルにキスをして〕あたしもそうよ、あたしもそうよ。
【お母さんチル】 〔ほろりとするが、いっそう不安になって〕ほんとに! どうしたんだろうね、この子たち? ほかの子をなくしたように、この子たちもなくしちまいそうだよ!〔急に気が狂ったように呼ぶ〕パパ・チル! パパ・チル! こっちへきてよ! 子供たちが病気なのよ!
〔お父さんチルが、手に斧を持って、しずかに登場〕
【お父さんチル】 どうしたんだい?
【チルチルとミチル】 〔元気よく駆け寄って、お父さんにキスをする〕ヤア、パパだ! パパだよ! こんにちは、パパ! 今年は仕事はたくさんあったの?
【お父さんチル】 なんだって? どうしたんだ? 病気みたいじゃあないぞ、とても顔色がいいよ。
【お母さんチル】 〔なみだ声で〕顔色なんて信用しちゃあだめよ……ほかの子供たちのようになりそうだわ……あの子たちも、最後までとても顔色がよかったんですもの。それから神様が連れていってしまったのよ……この子たち、いったいどうしたの……ゆうべは二人を寝かせてやったときには、とても落ち着いていたのに、今朝目がさめたときには、ホラ、すっかり悪くなってしまったのよ……この子たち、自分がなにを言ってるか、もうわからないのよ。旅行のことなんか喋っているの……「光」だの、おじいちゃんやおばあちゃんに会ったんだって、もう死んじまっているのに、とても元気だなんて。
【チルチル】 でもね、おじいちゃんったら、相変らず木の義足をしていたよ。
【ミチル】 それにおばあちゃんはリューマチに悩まされてるんですって。
【お母さんチル】 聞いたでしょ? 走っていって、お医者さんを呼んできてくださいよ!
【お父さんチル】 大丈夫、大丈夫……まだ死にゃあしないよ……とにかく様子を見ようじゃあないか。〔家のドアをノックする音〕お入り!
〔隣のおばさん登場。第一景の仙女そっくりで、杖にすがって歩いている小柄なおばさん〕
【隣のおばさん】 みなさんこんにちは。クリスマス、おめでとう!
【チルチル】 仙女のベリリュンヌだ!
【隣のおばさん】 クリスマスのスープを作るんで、火種を少々もらいにきたんですけれどね……けさはほんとに冷え冷えするね……こんにちは、子供たち。元気かい?
【チルチル】 仙女のベリリュンヌおばさん、青い鳥は見つからなかったんだよ。
【隣のおばさん】 なんだって?
【お母さんチル】 そのはなしはやめましょうよ、ベルランゴの奥さん……この子たちは、自分で言ってることがわからないんですから……今朝起きたときから、こんな調子なんですよ……きっと、なにかよくないものでも食べたんですよ。
【隣のおばさん】 ネエ、チルチル。ベルランゴおばさんがわからないのかい、お隣のベルランゴがさ?
【チルチル】 わかるとも、おばさん……おばさんは仙女のベリリュンヌでしょ? 怒っていない?
【隣のおばさん】 ベリ、なんだって?
【チルチル】 ベリリュンヌだよ。
【隣のおばさん】 ベルランゴだよ、ベルランゴって言ったんだろ。
【チルチル】 ベリリュンヌでもベルランゴでも好きなようでいいよ、おばさん……でも、ミチルがよく知ってるよ。
【お母さんチル】 泣きっ面に蜂でね、ミチルまでへんなんですよ。
【お父さんチル】 ナーニ、どうってことはないよ! いずれよくなるさ。ひとつピシャンとやってみるか。
【隣のおばさん】 そっとしておきなさいよ。べつに気にすることはありませんよ……こんな具合になったのを見たことがありますよ。ただちょっとねぼけているだけでね……二人とも月の光に当って寝たんですよ、きっと。うちの娘も、いまは病気で寝ていますけれどね。しょっちゅうこんなことがありましたよ。
【お母さんチル】 ところで、娘さんの具合はいかがです?
【隣のおばさん】 どうかこうか、っていうところね……なにしろ起きられないんでね……お医者さんのはなしでは、神経の病気だって言うんですよ……それでもあたしゃね、どうしたらあの娘《こ》が癒《なお》るか百も承知でね……あの娘《こ》ときたら、今朝もまた、クリスマスのプレゼントにあれをちょうだいってあたしに頼むのよ。あの娘《こ》の頭には、もうそれがこびりついていて。
【お母さんチル】 ええ、ええ、あたしも知ってますよ。相変らずチルチルの鳥のことでしょ……いいわ、ネエ、チルチル。どう、あのかわいそうな娘《こ》に、あれをあげないかい?
【チルチル】 あれって、ママ?
【お母さんチル】 お前の鳥のことさ……お前、もうどうなってもいいんだろう……だいいちもう見向きもしないじゃあないか……あの娘《こ》ったら、ずっと前から欲しくて欲しくてしょうがないんだよ!
【チルチル】 そうだ、ぼくの鳥だ……どこへ行ったろ? アア! 鳥籠があるぞ! ミチル、あの籠を見たかい? 「パン」が持っていた籠さ……そうそう、たしかに同じものだ。でも鳥が一羽しかいないぜ……じゃあ共食いしたのかな? ホラ、ホラ見てごらん! 鳥が青いぜ! でも、こいつはぼくのキジバトだよ! でも、ぼくが旅行に出かけたときよりも、ずっと青くなってるぜ! こいつはぼくたちが見つけた青い鳥だよ! ぼくたち、あんなに遠くまで出かけたのに、青い鳥はこんなところにいたんだ! アア! ほんとうにびっくりしたな! ミチル、鳥を見たかい? 「光」は、なんていうだろう? 籠を外してくるね。〔椅子の上にのり、籠を外して、それを隣のおばさんのところへ持ってゆく〕ベルランゴおばさん、ホラ、どうぞ……まだすっかり青くなっていないけれど、そのうち青くなるよ……早くこの鳥をおばさん家《ち》の娘《こ》に持ってってあげてよ。
【隣のおばさん】 エッ? ほんとうかい? そうやって、いますぐに、ただで鳥をくれるのかい? ありがたいわ! あの娘もきっと大喜びだよ!〔チルチルにキスをする〕お前にキスをしなければね! 失礼しますよ! 帰りますからね!
【チルチル】 そうだよ、そうだよ、早く帰りなさいよ……鳥の色が変わるかもしれないからね。
【隣のおばさん】 いずれ戻ってきて、娘がなんて言ったかお知らせしますよ。
〔隣のおばさん退場〕
【チルチル】 〔自分のまわりを、ながいあいだ見つめてから〕パパにママ。この家をどうかしたの? 同じ家だけれど、ずっときれいになってるね。
【お父さんチル】 なんだって、ずっときれいだって?
【チルチル】 そうなんだ。どこもかしこも色を塗り直し、なにもかも新しくなっちまって、ピカピカに光ってるし、みんなきれいになったよ……去年はこんなふうじゃあなかったよ。
【お父さんチル】 去年だって?
【チルチル】 〔窓ぎわへ行って〕それにあそこに見える森も! なんて大きくて、なんてみごとなんだろう! まるで新しくなったみたいだな! ここにいるとほんとにしあわせだよね!〔パン練り槽のところへ行って、蓋を開け〕「パン」のやつどこへ行ったろう? ほんとにみんな静かだな……それに、チローがいるぞ! こんにちは、チロー、チロー! まったく! お前はりっぱに戦ったな! 森の中のことを憶えているかい?
【ミチル】 それにチレットは? あたしのことを憶えていても、もうお話はできないのね。
【チルチル】 「パン」のおじさん〔自分の額に手をあてて〕アレ、ダイヤモンドがないぞ! ぼくの緑色の小さい帽子をいったいだれがとったんだろ? まあいいや! ぼくにはもうあんなもの要らないんだもの……ヤア「火」だな! あいつも親切だよ! 「水」を怒らせようとして、笑いながらパチパチやったっけな。〔水道のところへ駆け寄って〕「水」はどうした? こんにちは、「水」くん! いまなんて言ってるのかな? 「水」はいつでも喋ってるんだけれど、ぼくはもうよく意味がわからないんだ。
【ミチル】 「砂糖」が見えないわよ。
【チルチル】 ほんとにぼくは嬉しいな。しあわせだよ。嬉しいな!
【ミチル】 あたしだって、あたしもよ!
【お母さんチル】 あんなにグルグル回ってどうするつもりだろう?
【お父さんチル】 放っておくさ、心配ないよ……嬉しくてはしゃいでるのさ。
【チルチル】 ぼくはね、とくに「光」が好きだったな……おねえちゃんのランプはどこだろ? 火をつけてもいい?〔もう一度自分のまわりを見つめて〕ほんとに、なにからなにまですばらしいや、ほんとに嬉しいな……
〔家のドアをノックする音〕
【お父さんチル】 どうぞ、お入り!
〔隣のおばさん登場。チルチルのキジバトをしっかり腕に抱きしめている、美しいブロンドの、すばらしく可愛いい女の子の手を引いている〕
【隣のおばさん】 見てちょうだい、奇跡が起こったのよ!
【お母さんチル】 こんなことほんとなの! 歩けるの?
【隣のおばさん】 歩けるのよ! 走ったり、踊ったり、とんだりできるのよ! この鳥を見るなり、これがほんとにチルチルのキジバトかどうか、明りにあててよく見ようとして、こんなふうに、ひと跳び窓のほうへ跳んだのよ……そうしたら今度は、フーッ! まるで天使みたいに、通りへ出ていったのよ……あとを追いかけるのも精いっぱいだわ。
【チルチル】 〔びっくりして、そばへ寄りながら〕アア! この娘《こ》、ほんとうに「光」にそっくりだな!
【ミチル】 この娘《こ》のほうがずっと小さいわ。
【チルチル】 もちろんだよ! でもいずれ大きくなるさ。
【隣のおばさん】 この子たち、なにを言ってるの? まだ具合がよくならないの?
【お母さんチル】 いずれよくなりますよ。そのうちおさまりますよ……朝ご飯でもすんだら、もうこんなことはありませんよ。
【隣のおばさん】 〔チルチルの腕の中へ、娘を押しつけながら〕サア、お前、チルチルにお礼をいいなさい。
〔チルチルは急に尻込みして、一歩うしろへ退る〕
【お父さんチル】 サア、チルチル、いったいどうしたんだ? この娘が怖いのかい? ホラ、この娘にキスをしてあげなさい……ホラ、たっぷりキスをするんだ……もっと優しくだ……お前はいつも人見知りしないじゃないか! もう一回だ! いったいどうしたっていうんだ? まるで泣いてるみたいだよ。
〔チルチルは不器用に女の子にキスをしてから、しばらく女の子の前に立ったままでいる。二人の子供は何も言わずに見つめ合っている。それからチルチルが鳥の頭をなでながら〕
【チルチル】 このくらい青ければいいかな?
【女の子】 じゅうぶんよ。あたし嬉しいわ。
【チルチル】 もっと青いやつを、ぼく、見たんだぜ……でもね、真っ青なやつは、だめなんだ、つかまらないんだもの。
【女の子】 そんなこといいのよ。この鳥とてもきれいだわ。
【チルチル】 なにか食べさせてやった?
【女の子】 まだよ……なにを食べるの?
【チルチル】 なんでも食べるんだ、小麦でも、パンでも、とうもろこしでも、蝉《せみ》でも……
【女の子】 ネエ、どうやって食べるの?
【チルチル】 嘴《くちばし》でさ、いま見せてあげるよ。
〔チルチルが女の子の手から鳥をとろうとすると、女の子は思わず渡すまいとする。二人がためらっているあいだに、キジバトは鳥籠を出て、飛んでゆく〕
【女の子】 〔絶望の叫び声をあげて〕ママ! 飛んでいっちまったわ!
〔女の子は泣きじゃくる〕
【チルチル】 なんでもないさ……泣かなくてもいいよ……ぼくがまたつかまえてあげるよ……〔舞台の前に進み出て、観客に語りかける〕どなたか、もし鳥を見つけたら、ぼくたちに返していただけませんか? いずれしあわせになるには、ぼくたちには青い鳥が必要なんですよ……〔幕〕
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解説
モーリス・メーテルリンク Maurice Maeterlinck は一八六二年八月二十九日、ベルギーのガンで生まれた。ガンという町は首都ブリュッセルより東北に五〇キロほど行ったところであるが、彼の祖先はガンのやや南のロンズに十四世紀頃から住みついたというから、まず生粋《きっすい》のフラマンっ子と言えるだろう。生家はこの町の名門でかなり富裕な家庭だったらしい。子供時代のことは、彼自身あまり語りがらないが、「べつにとり立てて興味のない、当り前の子供だった」という。教育はこの町のコレージュ・サント=バルブで受けているが、この学校はカトリックのジェズュイットの学校だったので授業はフランス語で行われたものと思われる。
周知のように、ベルギーでは言語が現代でも大きな政治、社会問題となっているが、日常語はほぼブリュッセルを中心に、その南がフランス語、北がフラマン語と分断されている。ガンはどちらかと言えばフラマン語圏で、Maeterlinck という綴りもフランス語的ではない。そこでわが国でも、マーテルリンク、メーテルリンク、メーテルランクなど、さまざまな表記法を用いているが、ここではもっとも一般的なメーテルリンクを用いた。ともあれ彼は、その作品をすべてフランス語で書いているので、ベルギーのフランス語作家、として文学史には分類されている。〔なお仙女のベリリュンヌ Berylune は、従来の翻訳ではフラマン語読みにして「ベリウンヌ」としているが、フランスの劇場ではベリリュンヌと発音しているのでこれに従った〕
学校時代の彼は、ラテン語が得意というだけの目立たない生徒だったが、ただ非常な読書家で、しかもなんでも手当りしだいに読む濫読家だったという。こうした読書のほとんど当然な結果として、この学校を卒業する頃にはすっかり文学に魅せられていたが、家族の意見に反逆することもなく順当に法律の道を選び、一八八六年には弁護士となって、故郷の町の法廷に立っている。
この同じ年に、友人のグレゴワール・ド・ロワとともにパリへ旅立ったことが、この平凡な弁護士を世界に冠たる文学者とする転機になった。約七カ月のパリ滞在から帰ると、彼は法廷を捨てて夏はオースタッケルの別荘、冬はガンの自宅に引きこもり、思索と執筆の生活に入る。こうして、一八八九年に処女詩集『温室』を発表した。デリケートで、しかも民衆的なリリスムに富んだこの作品はベルギー文壇の絶賛を博し、彼はここに詩人として着実に第一歩を踏み出した。
同じ年、最初の劇作『マレーヌ姫』が発表された。といっても、これはわずか三十部ほど印刷されただけであったが、これがフランス詩壇の大御所ステファーヌ・マラルメの目にとまり、マラルメからオクターヴ・ミルボーに紹介されるや、ミルボーは「フィガロ」紙上に大々的にこの作品を採り上げ、この無名の新人をシェイクスピアを超える作家としてほめちぎり、メーテルリンクの名はフランス文壇にも一躍名高くなった。
『マレーヌ姫』はアンドレ・アントワーヌの自由劇場に推薦されたが、不幸にして上演の機会がなく、その代りに一八九〇年に発表された『闖入《ちんにゅう》者』、その翌年の『群盲』がポール・フォールの率いる芸術劇場で上演されて、当時味気ない自然主義演劇に食傷していたパリの観客たちを魅了した。さらに九三年に発表された『ペレアスとメリザンド』が制作座で上演され、さらにこの作品はクロード・ドビュッシイの作曲で歌劇化され、オペラ・コミック座で上演されて絶賛を博し、『内部』九四年、『タンタジールの死』などの相つぐ上演で劇作家メーテルリンクの地位はゆるぎないものとなった。
近代劇に新しい道を拓いた巨人として、しばしばイプセンとメーテルリンクの名前が挙げられる。たしかに二人は、在来の自然主義に背を向けて、新しい角度から人生を描いた、という点では共通している。さらに二人ともその背後に北欧的な暗さを伴っているところもまた著しく似ている。しかし二人の人生の描き方はむしろ対蹠的と言えるほど異なっている。イプセンはその力強い意志で、人間生活の恥部を抉り出し、ひたすら真実を探究し、生活の改革のために闘っている感がある。ところがメーテルリンクは、象徴的な手法で、人間生活の外面よりは、むしろ魂の内面にスポットを当てる。彼はおそらく意識的に、一切の人間の外面生活は切り捨ててしまったのだろう。ただただ魂の内面での宿命と葛藤を克明に描き、そしてその宿命――死――から逃がれられない人間の悲惨な姿を観客の目の前にさらすのである。
いきおい現実的な背景はもちろん、登場人物の一般的な心理とか性格とかはまったく作品の対象にならない。そこから彼の作品の登場人物が、現実から遊離した、霧の中にぼんやり浮かぶ、生活感のないマリオネットを思わせる、という非難も生まれる――事実『タンタジールの死』その他は、最初は人形劇として書かれたものであった――。メーテルリンクの演劇は象徴劇というレッテルを貼られている。すなわち、彼は現実をイプセン的に捉えようとしたのではなく、これを象徴的に、さらに適切に言えば神秘的に捉えようとしたものであった。これが当時としては破天荒の新鮮味を感じさせ、そのペシミスムにもかかわらず、観客の心をしっかりと掴んで離さなかったのである。
『青い鳥』は一九〇八年モスクワ芸術座で初演された。刊行は一九〇九年、パリでは一九一一年、芸術劇場で、ガブリエル・レジャーヌによって上演された。『青い鳥』が仙女やさまざまな精が活躍する夢幻劇である点では、従来のメーテルリンクの作品と同じ雰囲気を持っているが、宿命に脅える人間の暗さ、ペシミスムから一転して、楽天的な未来の希望に溢れる結末に終わっていることは百八十度の回転であり、しかも|青い鳥《ヽヽヽ》――もちろん幸福の象徴――は手近なところにあるという哲学を、易しく解りやすく表現したことが、この作品の世界的成功の原因だろう。ドイツの詩人・哲学者ノヴァーリスの『青い花』以来、「青」はあこがれ、希望の象徴であったが、『青い花』ではついに主人公はそのあこがれを満たすことができず、生涯遍歴を続けたのに反して、『青い鳥』の、各人の気持の持ち方しだいで、手の届くところに幸福を見つけることができるという暗示は、さまざまな災禍にあえぐ現代人にとっては大きな救いである。稀有なことだが『青い鳥』の発表当時、文壇、劇団はほとんどひとりの例外もなく、こぞってこの作品に拍手を送った。Aはここに溢れる詩情をたたえ、Bはこの作品の夢のような美しさ、子供のような純真さを賞揚したが、帰するところは古代以来探究されてきた哲学を子供にまで解るように、平明に表現したその主題への讃辞であった。
日本における公演は、大正九年二月、新劇協会による有楽座での上演がもっとも古いものと思われる。この折の配役はチルチル=水谷八重子、ミチル=夏川静江、犬=友田恭助などなつかしい名前が並んでいる。その後有名無名の劇壇による公演を数えたら、おそらく数百回を超えるだろうが、ほかに有名なものとして舞台協会による大正十一年八月の有楽座公演〔チルチル=岡田嘉子、ミチル=夏川静江〕をあげておこう。〔演劇出版社版、田中栄三著『明治大正演劇史資料』による〕
日本では、『青い鳥』の作者の名声の影に隠れてしまったが、思想家としてもメーテルリンクの名前は世界的名声を得ている。彼の詩人的特質と、ナイーヴな感覚で綴った人生論的エッセー『貧者の宝』一八九六年、『智性と運命』一八九八年、昆虫の生活を愛情をもって描いた『蜜蜂の生活』一九〇一年、『白蟻の生活』一九二七年、『蟻の生活』一九三〇年などもメーテルリンクの作品として欠かすことはできないものだろう。
一九一一年その作家活動によってノーベル文学賞を授けられたが、一九四九年、八十七歳で亡くなるまで執筆を続け、一九四八年の『社会問題と原子爆弾』と題するエッセーは、人間の善意に期待する、ヒューマニスト、メーテルリンクの面目が躍如としている。
一九七五年初夏〔訳者〕