ガミアニ夫人――悦楽の園
ミュッセ/山本泰三訳
目 次
第一夜
一 ガミアニ夫人の舞踏会の場
二 ガミアニ夫人とファニイの悦楽をのぞき見ること
三 ガミアニ夫人とファニイの悦楽に加わること
四 ガミアニ夫人いままでのさまざまな体験を告白すること
五 ファニイに身をもって人生の謎をといた歓びを告白させること
六 アルシッド自らの経験を物語ること
七 夫人が地獄の饗宴をつくすのをファニイとのぞき見すること
第二夜
一 ファニイが再びガミアニ夫人の誘惑に陥るのをのぞき見ること
二 ガミアニ夫人、修道院での経験を物語ること
三 ガミアニ夫人、修道院の院長さんが蕾をやぶったいきさつを物語ること
四 ガミアニ夫人、修道院の夜の贖罪の儀式のありさまを物語ること
五 ガミアニ夫人、修道院を出るに至ったいきさつを物語ること
六 ガミアニ夫人、フィレンツェでの愛と悦楽を物語ること
七 ガミアニ夫人とファニイ、悦楽をつくして死にいたること
訳者あとがき
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第一夜
一 ガミアニ夫人の舞踏会の場
真夜中の鐘が鳴っても、ガミアニ伯爵夫人のサロンは、まだ灯りで煌々《こうこう》とかがやいていました。
輪舞や四人一組になって踊るカドリルは、うっとりさせるような管弦楽の音に合せわて、くるったようにくるくる舞っていました。女たちの衣裳はどれもこれも眼のさめるように美しく、胸の間には宝石がきらきら輝いていました。
この舞踏会の主人役をつとめている夫人は、あでやかに振舞いながら、いそがしそうにたちまわっていました。大した費用をかけて準備したという評判のこの舞踏会が大成功だったので、夫人は心から愉快に思っている様子でした。彼女は、ちやほやともちあげるようなことをいってくれる人や、出席させてもらったお礼に、惜しみなくお世辞をふりまいてくれる人に、たのしそうな微笑をうかべていました。
いつも物事を裏まで見ようとするくせのある私は、世間の人が彼女を賛美している色々な評判とは別に、とにかくこのガミアニ伯爵夫人に妙なところが一つならずあるのに気付いていました。社交界の人としての夫人についてはとうに判断がついていましたが、あの胸に情火をたたえた女としての夫人が、どうしても私にはわからない謎なのでした。社交界の女としての夫人の振舞いだけでは何としても説明のつかないものが、何だかわからない異常なものがあって、この女の生活の奥底にあるものを見破ってやりたいという気持ちを抑えることができませんでした。
夫人はまだ若いのに、たんへんな財産をもち、世間の人にその美しさを評判されているのですが、この女は両親がなく、これといって親密な情人もいないらしく、いわばこの世でひとりぼっちのようなのです。それでいて、夫人の暮らしの様子といったら、派手な暮らしの社交界のなかでも、きわだって派手な暮らしの仕方をしているのでした。
一部の人は夫人のことをなんだかんだとうるさくいうのですが、結局は悪口になってしまうのでした。しかし、それにしても、別段これという証拠があるわけではありませんから、あの伯爵夫人は謎の人だということになっていました。
ある人は、あの女はフョドラだよ、といっていました。つまりバルザックの小説にでてくる血も涙もない薄情女のことです。また他の人は、夫人はかつて魂を深く傷つけられたことがあって、それ以来二度と裏切られないように、また男の情熱の薄さに失望したりしないように、寄って来る男たちの情火をわざと見ぬふりをして、そうした色恋の沙汰《さた》から逃れて暮らしたいと思っているのだ、などといっているのでした。
今、舞踏会の主人役としてはなやかに振舞っている夫人を目の前に見ながら、私は女としての夫人のこの謎を何とかして解こうと、色々と考えをめぐらして見るのでしたが、どうしてもだめで、満足のゆくような答えは一つも出ては来ませんでした。
くやしまぎれに、もうこんな女のことを考えるのはやめにしようと思っていたとき、私のうしろで話し合っていた古狸《ふるだぬき》の道楽男の人が一段を声をあげてこんなことをいうのが聞えました。
「フン、あれかい、あれは同性愛の女だよ」
同性愛の女! この言葉は稲妻のようにきらめいて、いままでどうしてもわからなかった、女としての夫人の謎のすべてが、一瞬にして解けてしまうように思われるのでした。
同性愛の女! この言葉は、なんという異様なひびきで人の耳に聞えることでしょう。それは、見たことも聞いたこともないような、ただれた逸楽のすがた、みだらな淫欲のすがたで目の前に現われて来るのです。気もそぞろになるような狂熱、荒れくるうような耽溺《たんでき》――それは頂点まで行っても決して満足することのない怖ろしい享楽のすがたなのです。
たちまち私の空想はすぐ目の前に全裸になった伯爵夫人を見るのでした。夫人は白い裸身に髪をふりみだし、もうひとりの女の腕にだきしめられて、喘《あえ》ぎ狂って、身も心もとろけたようになりながら、しかもついに最後の満足のない悦楽に身もだえするのです。
私の血は火のように燃えあがり、感覚はうずうずして、しぴれるような感じがして来るのでした。わたしは呆然としてソファに身をおとしたのです。
そんな気分からわれにかえると、私は冷静に、いったいどうしたら伯爵夫人の、その現場をつかまえることが出来るか、と考えめぐらしました。なんにしても、どんな代償をはらってもやってみなければならぬと心に決めました。
私は、こう決心しました。つまり夜通し、彼女の寝室にそっと身をかくして、その異様な愛の饗宴の現場を観察しようというわけです。
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二 ガミアニ夫人とファニイの悦楽をのぞき見ること
化粧室のガラス入りの扉は、ちょうど寝台と向い合っているのです。そのいちばん都合のいい場所にはいって、吊り下がっている二、三枚の衣裳のかげにかくれて、私は悪魔の饗宴のはじまる時間まで、辛棒づよく待つことにしたのです。がそこへ身をかくすが早いか、伯爵夫人があらわれて、小間使いをよびました。色の浅ぐろい、身体つきのがっしりした小女でした。
「ジュリー、今夜は、用はないわよ。おやすみ……ああ、そうそう、あたしの部屋でなにか音がしても、心配しなくていいことよ、あたしひとりでいたいんだからね」
この言葉だけで、もうたしかに、これからなにか素晴らしいことがはじまるのを期待させるのでした。私はこの大胆不敵なのぞき見は、きっとむくいられるぞ、とよろこんだのです。
サロンの人の声は少しずつしずまっていきました。伯爵夫人の友だちのひとり、ファニイ嬢だけがのこり、やがて二人とも寝室へやってきて、私の目の前にあらわれました。
「まあ、なんてまが悪いんでしょう、どしゃ降りになるなんて。それに車もありゃしないんですもの」
とファニイがいうと、夫人は微妙な顔つきをしていましたが、一瞬、いかにも同情にたえないという表情をうかべて、
「あたしもがっかりしているのよ、あなたのようにね。あいにくわたしの車も、修繕に出してあるの」
というのでした。
ファニイは、うぶな娘らしい様子で、眼をあげて、
「お母さんがきっと心配してますわ、どうしたかと思ってることでしょう」
というと、夫人は年上の女らしく、ファニイの肩に手をおいてなぐさめるのでした。
「心配なさらないでいいのよ、ファニイ。あなたのお母さんは、とっくにご存知なはずよ。あたしの家に今晩おとまりになるってことは、わたしが知らせておきましたの。だから大丈夫よ、おとまりなさいな、ね」
ファニイは感謝の気持をこめて、
「ほんとにご親切な方だわ、それじゃ、ご親切に甘えて、お世話になりますわ」
と言うのでした。
夫人は微笑をうかべて、
「まあ、お世話なんて……そうなされば、ほんとうにうれしいことよ。わたしも気がまぎれて、たのしいんですもの……あなたをほかの部屋へたったひとりでおねかしなんかしないことよ、二人でいっしょにやすみましょうね」
「まあ、いっしょになんて……」と、ファニイはびっくりしたように、「あたし、きっとあなたのお休みの邪魔になりますわ」
「そんなに遠慮なさんなくていいのよ、ファニイ。ね、ほら、あの寄宿舎で、仲のいい二人でするようにしましょう、ね、いいこと」
夫人はこんな風に、甘いうちあけばなしでもするようにいって、ファニイに接吻するのでした。この接吻がファニイのためらう気持を打ちやぶりました。
夫人は期待にふるえる手でファニイの背中をなでていましたが、やがて、
「さあ、服をぬぐのをお手伝いするわ。小間使いはやすませてしまいましたの。ね、わたしにお手伝いさせて」
そして、夫人はボタンやホックをはずして、ファニイの服を一枚一枚ぬがせてやるのでした。
「まあ、いいおからだだわ、仕合わせねえ。あなたの腰はほんとにほんとに素晴らしいわ」
ファニイは恥ずかしそうに両手で乳房をかくしながら、身体をほめられてうれしそうに、
「そうかしら? みかけだけですわ」
「ほんとによ、ほんとにうっとりさせられてしまうわ」
「いや、お口がお上手だわ」
夫人は裸になったファニイを、うっとりした目つきで眺めるのでした。
「まあ、本当にすばらしいわ! なんて色が白いんでしょう! うらやましくなるの、やけてくるわ!」
そしてすぐに、こんどは夫人が服をぬぎにかかりました。夫人はファニイに手伝ってもらって、いそいで服を脱ぐのでした。
ファニイはしっかりと均整のとれた身体をした夫人を見つめ、
「でも、肌の白さったら、あたしなんかとてもかないませんわ。だって、あたしより、ずっと白くていらっしゃるんですもの」
ファニイの方は娘らしくは恥ずかしがって、まだ最後のものを身につけていましたが、夫人のほうはすっかり脱いで、一糸もまとわない全裸になっていました。
「いい子、さあね、脱いでしまわなくちゃだめよ。わたしのようにみんな脱いでしまいなさいな、アラ、恥ずかしがりやさんね、あなたは。まるで、男の方の前に立ってるみたいじゃないの。さあ、さあ。ほら鏡をみてごらんなさいな……ギリシア神話のパリス王子だって、ヴィーナスのかわりに、あなたを選んでよ、きっと……
まあ、ずるいわね! じぶんに眺めいって美しいものだから、にこにこしてらっしゃるわ……
まあ、あたしキッスしたくなったわ、ね、ひたいにひとつ、ほっぺたにひとつ、それから唇にひとつ……あなたは、ほんとに、どこもかしこもきれいねえ、ほんとに……」
すっかり脱がされて全裸になったファニイは、ぼんやり立ちすくんでいましたが、そのあいだに、伯爵夫人の口は、欲情にたぎりたって、ファニイのういういしい処女の裸身を熱っぽい接吻でなめまわし、裸の胸に抱きしめて愛撫の雨をそそぐのでした。それでもファニイはぼんやり立ちすくんだまま、されるままになり、いったいどういうことがおこったのか、なにもわかりませんでした。
まったくそれは、なにもかも忘れてみだらな欲情に身をまかせた女と、欲情もなにも知らないで、いったい自分がどういうことになっているのかもわからないで、ただ呆然としたままで気はずかしさにおののく女との、えもいわれぬとりあわせでした。一人の処女、あるいは天使が、たけりくるった巫女《みこ》の手に抱きしめられたようなあんばいです。
私は化粧室のガラスをとおして、このくるった光景が展開されるのを目の前に見ていたのです。ともあれ、目の前にさらされているものは、なんともいいようのない美しい女の一糸もまとわぬ全裸の身体です。しかもそれが、私の目の前から二メートルと離れていないのです。この光景はわたしの感覚をわきたぎらせたとしても、無理はありません。
そのとき、ファニイは、夫人の激しい愛撫を敏感な部分に受けて、はっとしてわれに返ったように、びくっと身ぶるいをするのでした。
「まあ! なにをなさいますの? はなして下さい、ねえ奥さま。おねがいですから」
夫人は、かぼそい声で訴えるファニイの哀願をきかばこそ、いっそうの情火をかきたてられて、
「だめだめ、だめよ! ね、ファニイ。ファニイ、あなたはあたしのいのちよ、ああ、たのしいわ! だってあなたは、あんまり美しすぎるんですもの! わたし、あなたが好きなのよ、ね、あなたに恋してるの。ね、ああ、気がくるってしまうわ!」
ファニイはファニイで、なんとかガミアニのものぐるおしい抱擁からのがれようとして、もがくのでしたが、いくらもがいてもどうにもならず、悲鳴をあげようにも、口は夫人の熱っぽい接吻でぴったり蓋をされ、息もつまりそうなのでした。おさえつけられ、しめつけられて、いまはもうさからっても無駄だと思われるのでした。
夫人は狂気のようにファニイを抱きしめたまま、かかえあげて寝台の上につれてゆき、これからむさぼりつくそうとする餌のように投げだしました。
恐れおののいて色をうしなったファニイは、はだかのまま寝台に投げ出され、ふるえ声をあげました。
「どうなさるの、ねえ? あれッ! 奥さまァ! こわいわッ! 声をたてるわよ、はなして、はなしてェ!……ああ、こわいッ」
夫人のさらにつよい、さらにはげしい接吻がつづけざまにファニイにふりそそいで彼女の叫び声にこたえるのでした。夫人は両手でファニイをいっそうきつく抱きしめ、二つの身体は、ぴったり一つになってしまいました。
「ファニイ、あんたは、あたしのものよ、みんなみんなあたしのものよ。ね! ほら、あたしのいのちよ、あたしのいのちをあげるわ。さあ、これがあたしのいのちよ、愉しみの、ね。まあ、あんたふるえてるのね、かわいい子ね、あんた」
興奮して叫びながら、夫人の手は巧みに愛撫して、ファニイの身体の最も感じる場所を攻撃するのでした。ファニイの両腕も、いつか夫人をしっかりと抱きしめているのです。
「いたい! いたいわッ! あなた、あたしを殺すの……ああ、死んじゃうわ!」
「そうよ、死ぬのよ! さ、もっときつく抱きしめて、ね、かわいい子、ね、あたしの好きなひと! さあ、もっと、もっときつくしめて! あんたはなんて美しいの、こうしていると、いっそう美しく見えるわ!……あんた……おお、神さま、もうわたし……」
私の眼の前にくりひろげられた光景はじつに異様なものでした。夫人は髪をふりみだし、火のついたような眼をしてファニイにとびかかり、ファニイの方でもいまはもう息をはずませて夫人を抱きしめ、二人は身をくねらせてのたうちまわって、おたがいに力いっぱい相手にしがみついて、たがいにしめつけあうのです。一方が押せば一方が押しかえし、とびあがり、またつかみあって声をあげるひまもありません。そして、火のような接吻をくりかえすので、深い溜息さえ出来ないほどです。
夫人があまりはげしく身もだえするので、寝台はぎゅうぎゅうと激しい音をたてるのでした。
やがてファニイは、力つきて、つかれはてて、ぐったりとなってだらりと腕をおとしました。顔色は蒼白く、まるで美しい死人のように、身動きひとつしなくなってしまいました。
ところが夫人はそれどころか、これでは気がすまず、ますますたけりくるってきました。たのしみがすぎて気もくるったようになったのです。けれども、たのしみがすぎたといっても、完全に満足したわけではありません。
無我夢中になってとびあがって、部屋の真中へとびだしてきて、敷物の上に自分の身体を投げ出してのたうちまわりました。あられもない恰好《かっこう》でわれと自分を興奮させ、指をつかって、なおもこのよろこびを、なおいっそうはげしくしようとたけりだしたのです。
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三 ガミアニ夫人とファニイの悦楽に加わること
ガラス越しに、こんな光景をみせられて、どうしてたまりましょう。私の血は一度に頭にのぼってきました。
一瞬、私はむらむらと嫌悪とにくしみの情にとらわれて、その場にとびだしていって、夫人に鉛のように重くて冷たい軽蔑の言葉をなげつけてやろうと思うのでしたが、やはり何といっても、官能は理性よりももっと強いものです。結局私の肉体が、勝利をしめてしまいました。こうした場合、理性がどんなに抗弁してみたところで実に弱いもので、自然の力に打ち勝つことはとうてい出来るものではありません。私の理性も、自然の欲情の前に沈黙してしまったのです。
私は全身しびれたようになり、気違いのようにわれをわすれて、夢中のうちにはだかになり、火のようにあかくほてった身体を、おそろしい勢いで、美しいファニイのからだにぶつけていったのでした。夫人の攻撃に陥落してぐったりとなっていた彼女は、この新しい攻撃の相手がだれなのか、みきわめるひまもよゆうもありませんでした。私は一突きでうまうまと彼女の本城に乗り入れて占領しました。私の下で彼女のしなやかでやわらかいからだは、降服のよろこびにふるえて、やがてわたしが一撃するごとに歓喜の羽ばたきでこたえるのでした。わたしとファニイの舌は、ふたつながら熱く燃えあがり、筋金がはいったようにからみあい、魂もまたひとつにとろけていきました。
「ああ!」とファニィは感きわまった声をあげるのでした。「神さま、あたし、死ぬわ……」
こういったかと思うと、美しいファニイはとつぜん身をこわばらせ、深い吐息をはき、やがてわたしをめぐみに浸らせてぐったりと身をおとしました。
「ああ! ファニイ」と私も叫びました。「ちょっと待って……」
私の番になると、私はまるでいのちを根こそぎやってしまったような気がしました。
あまりに恍惚としてしまったので、ファニイの腕にだかれたまま私はこの世も消えはてたかと思い、夫人が猛烈な勢いで私の身体の上にうちかかってきたのも、感じないほどでした。
夫人は、私とファニイが夢中になって上げた叫び声と、溜息を聞いて、ふと私たちに気がつき、怒りとうらやましさにたけりくるってファニイから私を奪いとろうとしてとびかかってきたのでした。
夫人は腕づくで私をファニイからもぎとろうとして、わたしをしめつけ、彼女の指はわたしの肉にくいいり、噛みついてさえきました。
歓喜の汗をながした二つの身体が、両方からわたしにふれて、両方とも欲情に燃えあがっていたのですから、こうなると、わたしはふたたび攻撃の力をもりかえし、欲情はいやましにましていきました。
二つの身体は火のように燃え立って、私を反撃して来るのでしたが、私は私でファニイを思うがままに支配したまま、一歩もゆずらずにそのままがんばり通しました。
それから、からだの位置はそのまますこしもかえないで、三つに取り組んだままおたがいに攻撃を交えあいましたが、やがて私は、とうとう夫人の太い二本の円柱を両手でぐいと力強くつかまえることに成功しました。そしてそれを具合よく両方にひらかせて、わたしの頭の上の方へすえつけたのです。そうしておいてわたしはいいました。
「ガミアニ! もっとこっちへ、前の方へ! わたしにつかまって」
夫人はすぐに私のことばを了解しました。そこで私は、彼女の火のようなところに、ちらちら動いてむさぼるような舌をあてがいました。
身も心もとろけはてて、感覚も失ったようになったファニイは、夫人のよろこびに弾んでうごいている胸を、下からたのしそうに愛撫してやっていました。
そうこうするうちに、夫人は撃破されて、思いをとげました。そして、
「まあ、あなたはなんという火をかきたてることでしょう! あんまりですわ……あなた、あたしを殺しますわ……神さま……」
といいざま、夫人の身体は死んだようにくずれ落ちました。すると、今度はファニィは、そのありさまを目の前に見てかき立てられて、力をもりかえし、なおいっそうたけりたって、私の首に腕をまきつけて、しがみついて両の足でわたしの腰を羽交い締めにしました。そして、ファニイは、
「ねえ、ねえ。わたしに頂戴……みんな頂戴……」と狂ったように叫ぶのでした。「おお! たまらないわ、泳いでいるようよ!」
そこで、ファニイと私はときの声を上げて、矛《ほこ》と盾《たて》を交して攻めあい、やがて、同時に征服と降服の喜びをわかちあい、熱い天の恵みにひたるのでした。わかちあった天の恵みがあまりに大きかったので、二人の身体は力が抜けはてて、こわばったようになって、動くことさえ出来ませんでした。そして戦いの喘ぎがあまりに激しかったので、おたがいの感謝の口づけさえ、とぎれとぎれにしか出来ないのでした。
やがて、私たち三人は、すこしずつわれにかえりました。そして三人とも身を起こしてたちあがりましたが、一糸もまとわない自然のままのすがたで、しかも、とり乱しはてた有様で立っているお互いを見あうと、どうしてこんなことになったのかと、一瞬私たちは呆然とおたがいに顔を見合わせるのでした。
とてつもないことをやってのけたことにハッと気がついて、急に恥ずかしくなったように、夫人はあわてて今更かくしようもない裸身を両手でかくそうとするのでした。一方ファニイはシーツの下にもぐりこんで身をかくして、そして、とんでもない、とりかえしのつかぬことをしでかしてしまってからはっと気がついた子供のように、かわいいうぶな様子でしくしく泣きだしたのでした。そして、われにかえった夫人はいきなり私に叱りつけて来るのでした。
「あなたはほんとに、あんまりひどいやり方じゃあありませんか。待ち伏せするなんて、いくらなんでもあんまりですわ。恥知らずで卑法ですわ! わたしに恥をかかせたのね」
そして、私が一言弁解しようとするのを、彼女はたてつづけに、
「ねえ、あなた。女というものは、弱味につけこんで現場を押えた男のことはけっして許さぬものだってことを覚えておきなさいよ」
私は全力をあげて防戦にこれつとめました。私の夫人に対するどうにもならない情熱がさせたわざなのだと言い張って、どんなに熱い思いをかけても夫人に冷たくされるのですっかり絶望して、たぎる思いをどうすることも出来ないで、つい無理無体《むりむたい》なことをするようになったのだ、といって夫人を説きふせにかかりました。
そして、わたしはつけくわえて、
「ですけど、夫人、わたしのかるはずみでひき起こしたというよりもほんの偶然にぶつかったにすぎないような人の秘密を、どうしてわたしが悪用するなんて、信じられましょうか。私は今のあの三人で分かちあった天の恵みを一生涯忘れはしませんよ。だから、この素晴らしい思い出はわたしの胸にそっとしまっておくことにしましょう。それで、もしわたしに罪があるとしたら、それはわたしが心の中に、狂いの悪魔をもっていたことがいけないわけですね。つまりその、今わたしたちがいっしょに味わったような、また、これから先まだまだたくさん味わえるはずのたのしみごとだけしか考えていなかったということに。しかし、どうしてわたしに罪があるのでしょうか。だって、夫人、天の与えてくれたこの自然の恵みを、お互いによろこびを分ちあおうということが、どうして悪いことでしょう」これだけいうと、夫人は私の言葉に説きふせられて、もう私を責めようとはしませんでした。そして恥ずかしそうな様子もなくなり、怒りも消えていました。
さてつぎに私はファニイにも話しかけたのですが、そのあいだ、夫人はそれでも顔をかくして、いかにも嘆かわしいことが起きたものだ、といったふりをしているのでした。
「お嬢さん、たのしみごとに涙は禁物ですよねえ。いまさっきわたしたちを、まるで一つのものにしてしまった、あの甘い有頂天な気分のほかのことは、今は考えてはいけないんですよ。有頂天な気分は幸福な夢のようにあなたの思い出のなかに残って、それはあなただけのものなんですからね。だれも知らないあなただけのものなんですからね。ねえ、ほかのことはどうだっていいんですよ。わたしだってこれをほかの人にもらしたりして、わたしの幸福を台なしにしようなんて思うものですか。ね、さあ、わたしたちのよろこびだけを思えばいいんですよ」
私がこれだけ言うと、ファニイの怒りはおさまり、いつか涙も乾いているのでした。そうして、おたがいの気持がやわらいで来ると、それといっしょに、三人の元気も回復して来て、またしてもあの熱い力がわたしたちの身体の中に動いて来るのでした。そして三人はわれさきに抱きあって、三つに取っくみあい、そして、こんもりした二つの円い丘や、なだらかな平原や、熱い泉の谷間や硬い尻尾やほうぼうにふざけて接吻したり、撫でたり触ったりするのでした。そうすると三人の身体は、また熱くほてってたまらなくなって来ました。……わたしは、先を切って言ったものです。
「ねえ、わたしの美しい牝馬さん、心配ごとなんかありませんよ。さあ思い切ってさわぎましょうよ……今夜限りだと思って……根《こん》のかぎりよろこびとたのしみごとに、身を任せましょうよ、ね」
すると、夫人が叫びました。「さあ賽子《さい》は投げられたのよ、さあ、みんなでたのしみごとにすっかり賭けちゃうのよ! さあ、ファニイ、接吻してちょうだい、ねえ、気狂いお嬢さん、さあ、こっちよ」
そういいながらファニイに接吻したり噛んだりしたかと思うと、夫人は私の方に向いて、
「ねえ、ご用意はいいの……まあ、なんて生きのいい、生きものなの、豪華なものねえ」
と、私のたけり立った風笛《ふうてき》に讃歎の声を上げるのでした。
そこで、私は夫人にいいました。
「あなたは風笛のたのしみを軽蔑していらっしゃるけど、いちど風笛のふき心地を味わってごらんなさい。きっと感謝でいっぱいになりますよ」
そして私は夫人をそこに横たえ、素敵で恰好のいい的を前に出させて、私の武器をファニイの手に持たせて的にあてるのでした。
私は攻撃からまた攻撃にとうつり、何度敵陣深くかけまわったかわかりません。夫人の方もたけり狂ってはいるのですが、どうやら私の攻撃に反撃する楽しみよりは、ファニイがところきらわず夫人にそそぎかける接吻の嵐のほうに、ずっと気を移しているのでした。
そこで私は、はずみを利用してファニイをたおして、夫人の上にのせました。これで、こんどは、ファニイに攻撃を向けることが出来るというわけです。ファニイは夢中になって私の攻撃にこたえ、叫び声をあげて風笛をならすのでした。
夫人の方はファニイの接吻に、憑《つ》かれたように狂うのでした。
そのうちに、一瞬に私たち三人は入りみだれて、天来の愉悦の中に沈みました。
やがて、喘ぎから回復して、夫人はしんみりした調子で私にいうのでした。
「まあ、あなたったら、何て浮気っぽいのでしょう。だしぬけに敵に寝返りを打ったのね、でも、かんにんしてあげるわ。あたしでは風笛がうまくならないんですものね、きっとそうなんでしょう」
夫人はしずかに話を続けるのでした。
「あたしは天然自然と縁を切っているっていう、悲しい気持をもっていますのよ。あたしはもう、不自然なことや、とんでもなく怖ろしいことでなければ、考えることも出来ず、感じることも出来ないんですもの。不可能なことを追い求めているんですわ。おそろしいことですわ。結局、それで満足することなんかないってことがわかっていながら、身をもやし、つかれはてるんですのね、いつも欲望にもえながらけっしてそれが満たされることはないんですものね。ほんとに不仕合せですわ!」
夫人のこのうちあけ話には、びっくりするほどの切実なものがあり、いい方にもどうしようもない絶望があらわれていました。私はあわれになって、心をうごかされました。
「そんなことは、きっと一時のことですよ、ねえ、自分でそう思いこんでいるだけのことですよ」
と私はなぐさめたのですが、
「いいえ、ちがいます、あたしはもうだめですわ」と夫人は、はねつけるのでした。
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四 ガミアニ夫人いままでのさまざまな体験を告白すること
そして、夫人は話しはじめるのでした。
「あたしが生まれつきこんなだってわけじゃあないんです。まあ聞いて下さいな。きっとあわれに思って、こんなあたしでもゆるして下さるわ。
あたしは、早くから後家さんになっていた伯母の手によって、イタリアでそだてられたのです。そして十五になった時にも、この世のことといったら、宗教の恐しさのほかは、何もしらなかったのですわ。
なにもかも神さまにすがって、あたしは地獄の責め苦をさけられますようにと、神さまをおがんで日をおくっていました。
伯母さんは、こんな心配をわたしに吹きこんでいながら、これっぽちの愛情さえもみせてはくれませんでした。ちょっとでもあたたかい気持を見せてくれたら、苦しみもいくらかやわらいだことでしょうけれどね。ねむるよりほかに、心のやすまることはありませんでした。こんなふうで、まるで罪人が夜をすごすみたいにして、悲しく日々がすぎてゆきましたの。
ただときどき伯母はわたしを明け方に自分の寝床の中へ呼びいれました。そして、あたしを自分の胸や股の上へ引き寄せて、なぜかぶるぶるふるえながら、だしぬけにきつく抱きしめたりするのですね。彼女が身をくねらせて頭をのけぞらし、くるったように笑いだして絶えいるのを、あたしは不思議な気持で眺めたものでした。そうして彼女はぴくりとも身動きもしなくなるのです。わたしは、これはきっと癲癇《てんかん》になったんだと、びっくりして思うのでした。
そのうちある日のこと、伯母はフランシスコ派の僧侶と、ながいあいだ何か話していましたが、やがて、あたしはそこによばれて、神父さまにこんなお話をきかされました。
『わが娘や、大きくなったのう。もうそろそろあのまどわしの悪魔があんたに眼をつけよりますぞ。なに、もうすぐあんたは、悪魔の攻撃を感じるようになりますわい。清浄で、よごれのないように身を持《じ》しておられんと、悪魔の矢はとんできますぞ。あんたが汚れてさえおらねば、きずがつかんですみますわい。われらの主は、苦しみぬいてこの世をあがなわれましたのじゃ。あんたも、おのが罪をあがなわねばなりませんぞ。罪をあがなう殉教の苦しみをする決心をさっしゃい。そのためにいる力と勇気は、神さまにおすがりなされ。今晩、あんたは試練をうけるのじゃ……やすんじておうけなされい、わが娘や』
二、三日前から、伯母は、おのが罪をあがなうためには、数々のくるしいことや、つらいことをがまんしなければならない、といいきかせていたのです。それですから、あたしはお坊さんの話を聞いてぞっとし、とにかくその場から自分の部屋へひきとりました。そしてひとりになると、お祈りをし、神さまのことだけしか考えまいとしました。けれども、どうしてもあたしを待ちかまえている責め苦が目の前にちらついて恐ろしくてなりませんでした。
真夜中に、伯母があたしをつれにきました。伯母はあたしに、裸になれといいました。そして頭から足のさきまで洗いきよめ、首のところでしめるようになった、ゆったりとした黒い服をきせました。ところが、この服は、うしろがすっかり割れていました。
伯母も、おなじような服をきました。やがてあたしたちは、馬車にのって家を出ました。
一時間もすると、あたしは、あたりを黒く張り巡らし、明かりといっては天井から吊りさがったランプひとつだけしかない広々とした大きな部屋へつれこまれました。
部屋のまんなかほどに、お祈りをするときの椅子が一つおいてあり、そのまわりにはクッションがいくつかおいてありました。
『ひざまずきなさい、姪《めい》や。お祈りをして心をおちつけなさい。そして、神さまがお前に下される苦しみを、気をしっかりともってたえぬくんですよ』
この言葉にこっくりとうなずいたそのとき、どこともしれず扉がひらきました。そして、あたしたちとおなじような衣裳をつけたお坊さんが近よってきて、なにやら二言三言もぐもぐとつぶやきました。そして、いきなりあたしの服を両方へひらき、両側の垂れを下へおとしてしまいました。こうして、あたしのからだの背中の方を全部むきだしにしてしまいました。
その時、お坊さんは、かるくおののいたようでした。あたしのからだを見て、ぐっときたのにちがいありません。あたしの裸の身体を手であちらこちらなでまわし、お尻のところでちょっと手をとめましたが、やがて手はとうとう、もっと下の方の、あのかくれた泉のほとりまでおちていくのでした。
『ここじゃ、女が罪をおかすのは、ここなのじゃ。だから、その罪をあがなうために今からここでくるしまねばならんのじゃ!』
と、まるで墓のなかからでもひびいてくるような声が、きこえてきました。……
声がおわるかおわらぬうちに、鞭や、鉄のとんがりのついた瘤綱《こぶつな》がとんでくるのを感じました。あたしは、お祈り用の椅子にしがみつき、どうにかして悲鳴をあげまいと思って一生懸命になりましたが、やっぱりだめでした。あんまりひどかったんですものね。あたしは、部屋のなかで、とびあがり、叫びました。
『おねがいです、おねがいです! こんなにつらい苦しみは、かんにんしてください。いっそ殺してください。おなさけを! おねがいです……」
『この臆病者め』と、伯母は怒って叫びました。『わたしが手本をしめしてやるわ』
そういうと、彼女はさっとまっぱだかになり、股をひろげました。しかもそのひろげた股をぐいとさしあげたものです。
その上に鞭は、あめあられとふってきました。責め手は情け容赦もあらばこそ、たちまちのうちに股はやぶけてしまいました。
伯母はどうかといいますと、身じろぎひとつしないで、ときどき叫び声をあげて、もっと強く打てともとめるのでした。
これをみると、あたしは仰天して無我夢中になり、なんだかこの世ならぬ勇気のようなものがわきあがるのを感じました。どんな責め苦でも我慢します、覚悟しました、とあたしは叫んだのでした。すると、とたんに、伯母はすっくと立ちあがり、あたしの身体を燃えあがるように熱い接吻でおおいました。一方、お坊さんはあたしの両手をしばりつけ、ほそい布切れで目かくしをしました。
さて、なんといったらいいでしょうか? 今度はじまった責め苦は、もっともっとおそろしいものでした。あんまり苦しいので、あたしはたちまち、気が遠くなってしまいました。身動きひとつ出来ず、もうなんにも感じさえしませんでした。ただわたしの身体がなにか音のようなものをたて、その音にまじって叫び声とか、稲妻めいたものとか、肉にうちかかる手、そんなものがめちゃめちゃにいりまじっているのを知っただけでした。その音のなかには、また、むごいような笑い声とか、ひきつったような、あの官能のよろこびにつまった笑い声さえまざっているようでした。
ときどき、情欲のあまりに、のどをごろごろいわせる伯母の声が、この異様な音楽というかみだらな饗宴というか、血ぬられた途方もないさわぎを圧してきこえてきました。
ずっとあとのことですが、あたしのこんな風に責め苦をうけるありさまが、みんなの欲情をかき立てるのに役にたったのだということがわかりました。あたしが苦しさに息たえようとするごとに、みんなの逸楽の思いは次第にそそのかされていったのです。
きっと、倦《う》みくたびれたのでしょう、あたしを責めつけていた手が、はたと、とまりました。身動きもせず、あたしはおそれおののいて、死んでもいいとあきらめていました。ところが、次第に感覚の働きがもとどおりになるにつれて、あたしの身体の中から奇妙にむずがゆく、何かもどかしいような感じがわき起こってくるのでした。あたしの身体はぶるぶるふるえ、火のように熱くなっていたのです。
あたしは何だかわからない欲望があるのに、それを満たしてもらえない、うずうずする感じにもだえ苦しみました。
その時だしぬけに、逞《たく》ましい二本の腕があたしを抱いてしめつけました。なにか知りませんが、熱くて、はりきったものが、あたしの下腹を攻めつけて来て、ずっと下の方へひとりでにすべっていって、ぐいとあたしの中へ、はいってきました。そのとき、あたしは真っ二つにさかれたかと思うのでした。あたしは世にもおそろしい叫び声をあげましたが、それはたちまち破裂するような笑い声にのまれてしまいました。
二度、三度、おそろしくゆすぶりかえされたかと思うと、あたしをいためつける、あのあらあらしく太いものが、まんまともとまでおさまりをつけたのです。禿鷹のくちばしがあたしのお腹に穴をあけて、臓物を喰いやぶって血を流したのですね。禿鷹の頭も頸《くび》も血だらけになっていました。あたしの血管はどれもこれもみんなふくれあがり、神経はぴんとはりつめました。最初から力いっぱい攻めかけられたわけですけれど、ほんとに信じられないくらい激しい攻撃がくりかえされて、おかげであたしは、真赤にやけた鉄でもあてられたのだと思ったくらい、からだが熱くほてって来ました。
やがてあたしは恍惚となり、責め苦の果てに天国に入れられたのかと思いました。あたしは、どろどろした熱い泉にあっというまにひたされ、骨の髄まで心地よくとかされてしまったように思うのでした。あたしはあつい溶岩のようにどろどろに溶けました……あたしの身体を突きとおした天国の槍はまた逞しくたけりたって、何度かあたしを天国に導き、あたしは幾度も熱いどろどろの恵みの泉に溺れるのでした。そして、あたしは考えて見ることも出来なかったほどの天国のよろこびに、骨の髄までどろどろにされて、限りない恍惚の中に絶えいったのでした」
夫人がここでちょっと口を切り、息を入れると、ファニイはうっとりと叫ぶのでした。
「まあ、なんてすてきなんでしょう! 聞いてるだけでもからだが狂って来るわ」
夫人は話を続けました。
「それですんだわけじゃないのよ。あたしの天国のたのしみわね、たちまちおそろしい地獄の苦しみにかわってしまったのよ。あたしは、もうめちゃめちゃにいじめつけられたの。二十人以上の坊主が、順番に、手のつけられぬ食人鬼みたいになって、あたしにとびついてきたのよ。あたしは、あまりの激しい責め苦にのたうってころがり、身体は破れさけ、まるで死骸のようになって、クッションの上でうめいていたんだわ。自分の家の寝台へはこばれたときは、あたしはもう死人も同然だったのよ」
ファニイは、息をつめてさけびました。
「なんてむごいんでしょう、恥知らずな!」
「そう、そうなのよ。恥知らず、なんていうよりも、もっとすごいことよ。あたしは、命が助かり、健康をとりもどすと、伯母と伯母の一味の恥知らずなみだらな連中のことが、よくわかってきたのよ。あたしはあの連中を死ぬまで恨んで呪ってやろうとちかいました。そして、この仇をはらそうと歯をくいしばり、男という男は全部呪いつづけてきたのよ。
男どもの愛撫をうけるなどということは、思っただけでも、たまらないことだったの。
けれど、あたしの身体には火がついてしまったのね。それからは、ひとりで何かで満足させなければならなくなったのよ。あの悪い癖がなおったのは、ずっとあとのことで、それは贖罪修道院の修道女たちが、気の利いたことを教えてくれたからなの。だけど、その因果な教えが、あたしを、永遠にだめな女にしてしまったわけなんだわ」
ここまで語ってくると、夫人の声はむせび泣きにくもるのでした。そこで私は夫人の悲しみをまぎらしてやろうと、色々と手だてをつかい、気を引き立ててやろうとつとめたのでしたが、だめでした。悲しみに乾いた楽器は、ついに音を立てませんでした。で、私はファニイに話しかけました。
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五 ファニイに身をもって人生の謎をといた歓びを告白させること
「さあ、こんどはあなたの番ですよ、びっくり屋さん。あなたはここで、それもたった一晩で、いろいろな秘めごとの手ほどきを受けましたね。ひとつ話してくださいな、はじめて味わった身体のよろこびがどんなものだったか、話してくださいな」
ファニイはやさしいはじらいをみせて、
「あたしですって! とてもできませんわ、あら、ほんとよ、ほんとにだめよ、ね」と、もじもじするのでした。
「恥ずかしいなんて、そんなのいまどきはやりませんよ」
「そうじゃないの。夫人のお話をきいたあとじゃ、あたしのことなんか、ほんとにつまらないことですもの」
「いやどうして、そんなことがあるもんですか。世間知らずのかわいい娘さん。もじもじしなくてもいいんですよ。ほら、今わたしたちは、みんな一緒に楽しんで、歓んで、とろけてしまったじゃありませんか。もう顔を赤くすることなんかありませんよ、わたしたちはするだけのことはしたんですから、いえないことなんかないはずですよ、ね」
とっくに涙をふいた夫人は、しりごみするファニイに、
「ねえ、あんた、接吻をひとつしてあげるわよ。それで決心できるんだったら、千度だってしてあげてよ。アルシイドさんたら……なんて色ごのみなんでしよう! ねえ、あなたをおどしたりなんかして」
夫人はやさしい言葉をならべたて、ちらっとわたしを睨《にら》んでみせました。しかし、それでもファニイは、からだをくねらせて、
「いやよ、いやよ、アルシイドさんたら。あたしもう元気がないんですの。ね、かんにんして。おねがいだから。ガミアニさん、あなたもお好きな方ねえ……アルシイドさん、やめてちょうだい」
私は少しじれったくなって、いいました。
「そもさん、慈悲は無用じゃ! さあさあ、いわぬとあれば、威風堂々たるローマの勇士クルシウス殿、鎧《よろい》に身をかためて、深き淵へととびこまん。それがいやじゃとあらば、いざ語られよ、君が処女冒険譚!」
「力づくでも語らせようと……」と、夫人は私に声をあわせていいました。
「左様でござる、左様でござる」
ファニイもこうなっては、かわいい口を動かさないわけにはいきませんでした。
「あたし、十五のときまでは、ほんとに無邪気な娘でしたの。男と女のちがいってことだって、考えてみたこともありませんでしたわ。その頃、あたしはなに一つ心配なこともなく、ほんとに仕合せに暮らしていましたの。ところがある日、それはむしむしと熱い日でしたわ。あたし、たったひとりっきりで家にいたんですの。それでなにか、すばらしい気晴しのようなことをしてみたい、と思いましたの。
あたし、服をぬいで、はだかにちかい恰好で、寝椅子にながながと横になりました……まあ、あたし、恥ずかしいわ……手足をいきりのばして、股をひろげました。すると、なんだか、身体中がむずむずしてきて、いつのまにか、とても無作法な恰好をしてしまいましたの。
寝椅子に張ってあった布は、ひやひやして、とてもいい気持でした。それでからだ中を寝椅子のクッションにこすりつけました。ほんとに、よかったわ、からだ中に滲みわたるような、甘いなま温かい空気につつまれて、のびのびと息づくなんて! あたし、だんだんさわやかな、うっとりした気分になってゆきましたの。
なんだか、あたしのなかから、新しい命があふれてくるような気がして、おいしい空気を一杯に吸いながら、うつくしい太陽の光を浴びて、わが身が花ひらくような思いがしましたの」
「あなたは詩人ですね、ファニイ」
「あら、あたし感じたとおり言っただけなのよ。あたしはつくづくと、自分の身体をながめ、手は鳥のように首や胸を撫でてゆき、それから次第に下のほうへいってとまりました。そして、自然と深い夢心地におちてゆきましたの。
愛のことば、恋人のことば、そんなものが深い意味をふくんで、あたしの心の中を、いったりきたりしていました。
やがて、そこにいるのはあたしひとり、たったひとり、だってことに気づきました。両親やお友達があるなんて、そのときは忘れていましたわ。あたしなんだか、とても淋しい気持になってしまって、立ちあがって、あたりを悲しく見まわしましたの。
しばらくの間、頭をかしげ、手を組み、肩を落として、物思いに沈んでいました。
それからまた、自分の身体をながめて、さわってみながら、いったいあたしのこの身体には、なにか求めているものがあるのかしら、と考えてみましたの。そして本能的に、あたしなんだかわからないけれど、とにかく、なにか足らないのだわ、心の底から欲しいものがあるのだわ、ということに気づきましたの。
そのときあたしは、きっと頭がへんになっていたんでしょう。間をおいて気ちがいみたいに笑ったり、あたしがほしいほしいと願っているものを、つかまえようと腕をさしだしたりしていたのですから。そんなことをしているうちに、あたし、どうしても、ほんものがほしい、あたしの身体を力強くおしつけることが出来る身体がほしいと、思うのでした。
そして、誰かほかの人にしがみついているのだと自分にいいきかせながら、自分で自分の身体をしっかり抱きしめていたのです。
窓硝子の向うの方に、木々や芝生が見えます。ああ、あすこへいって大地をころげまわりたい、空気の精みたいに木の葉のなかに消えてしまいたい、そんな願いまで感じました。
空を眺めました。そして、空をとび、大気や青空や天使たちにまざりあいたい、と望みましたの。
気がちがったかと思いましたわ。血が頭へ上ってきます。
あたしはわれをわすれて、そこにあったクッションの上へ身を投げました。そして、クッションを一つとって、脚の間におしこみ、しめつけました。もう一つは、胸にだきしめたのです。くるおしく接吻し、情熱をたぎらせて撫でさすり、ほほえみかけさえしました。もうたまらなくなって、官能の歓びに酔いしれましたの。ところが急に、あたしは動けなくなりました。ぶるぶるふるえているのです。身体が溶けて、沈んでゆくようです。ああ! って叫びました。神さま! ああ! ああ! って、びっくりして、あたしは思わず立ちあがりました。身体中、汗と、それから何かのほとばしりで、びっしょりでした。
なにがどうなったのか、わかりませんでしたけれど、身体に傷をつけたのだと思うと、こわくなりました。ひざまずいて神さまにお祈りしました。もしなにか、悪いことをしたのでしたら、どうかおゆるしくださいませ、ってね」
ファニイがそういって語りおえたときは、彼女はほんとにびっくりしたような顔つきをしていました。夫人は年上の女らしく、
「まあ、かわいいこと、無邪気なのね。でも、そんなにびっくりしながら、それを誰にも打ちあけなかったの?」
ファニイは、とんでもないことだというように、
「いいえ! けっして! 打ちあけたりなんかするものですか。あたし、たった一時間前までは、ほんとになんにも知らなかったんですもの。だって、お二人があの謎のことばの秘密をすっかりといておしえて下さったんですもの」
そして、ファニイはめざめた娘の色っぽいしぐさで、わたしの胸をかきむしるのでした。
「ねえ、ファニイ! そんな話をきいて、有頂天になりましたよ、さあ、愛のあかしを、もう一度うけて下さいね。さあ、ガミアニさん、あたしの風笛をふくらまして下さいな、このうら若い花を天の露でうるおしてあげたいんですから」
「まあ、火みたいだわ、焼けつくようね」
と夫人は歎声を上げるのでした。
そして、私の風笛はファニイのしめやかなお倉深くおさまり、またしても風笛は鳴りひびき、ファニイの楽器は天来の楽をかなでるのでした。
やがて二人は息もたえだえに叫びを上げて、ともどもに天国へのぼるのでした。そして、心ゆくばかりの愉しみが、わたしとファニイを酔い心地の中に深く深く沈めるのでした。
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六 アルシッド自らの経験を物語ること
やがて、しばし息を入れ、気がしずまってから、こんどは私が話しはじめました。
「わたしの両親は、その時分、若くて頑丈なひとでした。わたしは子供時代は仕合わせで、別にこれという悲しみを味わったこともなければ、病気もしませんでした。そんなわけで、十三のときには、もう一人前の男になっていました。肉体のいざないは、もうはっきりと感じていました。
僧職につくはずでしたから、きびしい潔癖なおきてで育てられ、わたしはおさない官能の欲望とは、全力をあげてたたかったものでした。ですけど、身体は目覚めてうずうずいらだって、力強く圧倒してきましたが、それでも、わたしは無理無体にそのいざないを押し返しました。
できるだけきびしく、身体を断食のような状態におくようにしたものです。夜、眠っているあいだに、しらずしらずに精がぬけてゆくようなことがあると、そんなみだらなことになるのは、ほかならぬわたしのせいだと思って、恐れおののいていたものでした。ろくでもない考えをしりぞけようと、つねにもまして気をつけました。けれども、内心でたたかえばたたかうほど、気持は重苦しくなって、毎日をぼんやりと過ごすようになっていくのでした。誘いをむりやりおさえつけた結果は、なんにでもひどく感じやすくなって、おまけに、それまで感じたこともないほどの、いらだたしい気持がするようになって来たのです。
そして私は、ときどき、めまいがするようになりました。なんだか、あたりのいろんな物がぐるぐるまわりだし、わたしもそれにつれてくるくる廻るような感じなのです。なにかの拍子に若い女のすがたでも眼にはいろうものなら、電気の火花のようなものが目の前にちらついて、身体はなにか温かくしびれるようになるのでした。そのうちに、ふだんの時でも、いつも気分はあつく熱にうかされているようになってしまって、しまいには、とうとう頭に上って、白い乳色のくらくらする幻のようなものさえ、目の前に見るようになりました。
そんなありさまが何カ月かつづいたあげくに、ある朝のこと、にわかに手足がひきつり、ぴんとこわばりました。そして、癲癇の発作にともなうような、恐ろしいけいれんが起こりました。……くらくらとするめまいは、いままでにないほどひどくなって、真っ黒な輪が目の前で入りみだれて廻ったり、光の海になったり、火の矢がいっぱいに降りそそいで来たりしました。やがて、その火の矢が消えると、月の光のような青い空気の中を、はるか遠くの方から、数かぎりもない裸の娘たちがわたしの方へやってくるのです。だんだん近づいて来た娘たちの裸体は、輝くばかりみずみずしくて、雪花石膏《アラバスター》のようにすきとおっています。
わたしはたまらなくなって、この空の妖精に身を投げかけましたが、むすめたちは、笑いながらひらりと身体をかわして、青空に消えて、またすぐに、いっそういきいきと、そそるような姿をあらわし、意味ありげな流し目をして見せるのでした。そのうちに、ひとり、ふたり、ういういしい娘たちはすがたを消して、あとには色恋の想いにはりきった身体をした娘たちが残りました。
ある娘たちは精気にはずんで、眼は火と燃え、胸の熟しきった木の実をゆさぶって気をそそり、また、なよなよと腰をゆすって、じっと見つめた眼に思いのほどをこめているのもいました。そして、もりあがった二つの円丘も、やわらかいひろびろした白い平原も、若草の生えた小さい丘も、熱い泉の湧いている谷間も、早く馬を乗り入れてもらいたがって、死ぬばかりにもだえていました。それも、わたしが腕をひろげると、するりと身体をかわして、何度やっても決してつかまろうとはしないで、そそるばかりです。
わたしは、気もそぞろにあせって、自分で意気さかんな風笛をおしたてて鳴らして、大げさなひどい下司なことばで、恋のたのしみごとをわめきました。すると前に本で読んだ場面が、幻になってあらわれて来たのですね。火と燃えるジュピターの雷戟《らいげき》を、妻のジュノが手で弄《もてあそ》んでいて、オリンピアの山のあらゆる神々にさかりがついて、それぞれ大仕事をやらかしているのです。それから、深い暗い洞穴の奥で、真赤な炬火《たいまつ》の火に照らされて、悪魔が酒もりをやっている場面になりました。
悪魔どものあるものは、ものものしい武器をふりかざし、ブランコに乗った女にとびかかり、あっというまに女をつきさすのです。すると、女もたちまち、思いがけぬご馳走に、ひっくりかえって喜ぶのです。ほかの連中は馬鹿わらいをしながら、淑女ぶった女をひっくりかえして頭を下につるさげ、みんなで火のように巨大な摺木《すりこき》で白く泡立った乳鉢をすりまわすのです。
なかでもいちばんひどい奴らは、ローマのあそび女のメッサリーヌのような女の手足をしばりつけ、その前でありとあらゆるたのしみごとを、これみよがしに、存分にやってのけたものです。ところがあわれな女は、じぶんでたのしもうにも、手がとどきません。それでも、なんとかむさぼろうと猛りくるい、泡をふいて身をもがいているのです。
高いところには、親分格の奴らがひかえて、宗教のいろんな儀式のまねをして、陽気にたのしんでいました。
そこでは、まる裸の尼さんがひとり平伏して、うっとりした目つきで円天井を見上げて、けっこうな聖体を拝領して歓喜しているというわけです。またその尼さんに、もう一人の悪魔が坊さんの頭巾をあべこべにかぶって、笏杖《しゃくじょう》をさかさについて、ほんとにもったいないほど見事にはりきった灌水器の先から、聖水をそそいでいるのです。それから、もっと向こうのほうでは、悪魔の娘っ子が、額になみなみといのちの洗礼をうけ、またもう一人は、死にかけた女みたいなふりをして、おしげもなしに聖なる引導をわたされていました。
ところがさて、大親分の悪魔大王は、四人の肩にまたがり、鬼気せまるほど猛烈なる業物《わざもの》を見せびらかし、傲然とゆすぶりながら登場し、気がむいたとあらば、あふれんばかりなみなみと、けだかい聖水をあっちこっちにふりまきました。そのお通りをむかえては、だれもかれもがひれ伏しました。サン・サクルマンの神霊発出もかくやと思うばかりな風景です。
ところが、さあ、一時がなると、悪魔どもはたがいに呼びかわし、手に手をとって、大きな輪をつくっておどりだしました。
ゆうらり、ゆらゆらぐるぐるまわりは次第にはげしくなって、まるで稲妻がとぶばかりです。一人がころぶと、ほかのやつがひっくりかえる。こうなると、もう何もかにもが、熱い釜のようにわきたって、聖水はやたらとふりまかれ、めぐみの泉はあたりかまわず流れ出すといったあんばいです」
私が描きだしてみせた夢幻絵巻に、おそれいったように、夫人は
「まあ、ほんとにお話がお上手だわ。ねえ、あなたの夢は、本に書いてさしえでもいれたらきっと素晴らしいわ」
感じいったのか、とにかくファニイまで眼をまるくしていました。しかしこれでおしまいにしたのでは、話半分というものです。
私は続けて話しだしました。
「まあ、お聞きなさい。これからあとは、ほんものの話ですよ。さて、れいの恐ろしい発作からわれにかえりますと、わたしはなんだか、身体がかるくなったように思いました。けれども、前よりもっと、ぐったりとしていました。ところが、どうです。わたしの寝床のすぐそばに、三人の若いぴちぴちした身体の女が、それも白いかんたんな服を、一枚まとっただけでいるではありませんか、これはまだ例のめまいのつづきだわい、とわたしは思いました。
そうしたところ、あにはからんや、医者がわたしの病気をしらべた結果、それにはこれが唯一のききめのある療法だというので、よこしたというわけです。
わたしは、まだ夢うつつのうちに、腕をひろげました。女たちは立ちあがって、前のとめてない服から、肉づきのいい白い裸体をあらわに、そそるように動かして近づいて来るのです。
まずわたしは、ひとりの白いむっちりした手を握って、接吻してやると、熱い唇がやわらかくわたしの口に重なりました。
すると、全身にビリビリッと電気をかけられたように働きかけて、わたしはもう、いっぺんで阿呆か気ちがいのように熱をあげて叫んだのです。
『おお、やさしい女神! おまえの腕の中で死なせてくれ!』
すぐさまわたしは、着ていたものを遠くへはねとばし、寝台に長々と横になって、腰の下にクッションを一つしいて、こうして、もっとも有利な体勢をととのえたのでした。力にみち、精気はつらつたること、いうにはおよぶです。
『おお、おまえ、気をじらす栗色の髪をした子よ。なんとはりきった、そして、なんと白い胸をしているのだろう。さあ、おまえは足もとの方にすわってくれ。足をのばして、わたしの足のそばに並べるんだ。そうそう! そうしておいて、わたしの足をおまえの胸にあてがって、そっとおまえの胸の二つの愛のつぼみでさすってくれ。とろけるようだ! おまえはほんとにやわらかい。
それから、おまえ、目は青く金髪の子よ、おまえはわたしの女王になるのだ。さあ、こっちへきて、玉座に馬乗りになってくれ。片手で燃え上る笏杖をつかまえ、もののみごとに、おまえの王国へつつみかくしてくれ……ううむ、そんなにいそがないで。ゆっくりと、並足走りの馬にのったみたいに、調子をつけて乗りまわすのだ。馬乗りは時間をかけて、たのしんだ方がいいからね。
それからこんどは、おまえ、柄《がら》が大きくてうつくしい子よ。おまえは、なんというみごとな身体つきをしているのだろう。さあ、またいで、わたしの頭の上の方へくるんだ……そうだ、うまいぞ! おまえはわかりがいいね。もっとうんと二本の円柱をひろげて、わたしの目に、おまえの宮殿が奥まで見えるようにね。そして、熟れた無花果の汁をすっかり吸わせておくれ』
と、いうわけです。
相手に風笛を鳴らしてもらう、骨の髄までひびく心地よさに、わたしは夢中になって、三つのヴァイオリンを、それぞれ同時にかき鳴らしたのです。
初めて実地に知った、悪魔の洞窟のやわらかさと温かさに、わたしはいやが上にもふるいたったのでした。
三人の妖魔と一人の戦士との戦いは、今やたけなわに、四人はおたがいのありさまにそそられ、たけり立って、戦いのよろこびに死ぬほどもだえ興奮しています。
わたしは初陣の興奮に気もそぞろになって、このいのちあふれる実戦の光景を、むさぼるように眺めつくしたものです。突撃のときの声や、反撃の叫びの声や、馬を駆りまわす喘《あえ》ぎの息は、もりあがっていって、ひとつにとけあうのですね。今や、戦士と悪魔たちは、たがいに髪をふり乱し、汗みづくなって、熱いいのちの恵みをそそぎあってもだえ、決戦にうつろうというのです。興奮と乱闘のるつぼといったわけですね。
すべての血管には火が流れ、おたがいの両手は相手の急所を攻めつけ、雷電の矛と妖魔のやっとこは、相手の止めをさそうと、猛りたつのです。
決戦二合、まだ勝負はつきません。
あまりのすごさに初陣のわたしは、とうとう酔い死にといったところです。頭は重くたれ、もう精も根もありません。とうとう、わたしは降伏の声を上げましたが、妖魔はゆるしてくれるどころか、叫び声にいっそう猛り狂って、攻めたてて来るのですね。わたしは本当に、息絶えるかと思いましたね。
三度めの大決戦がおとずれるのを感じ、それでもわたしは力を盛りかえし、はげしくおしかえしました。おたがいの肉はとけ、戦いの道具はさけるかと思うばかりでした。合戦数刻、やがて、わが三人の妖魔たちはいちどに身体をくずし、わたしの腕の中に息を切らして絶えいり、わたしも妖魔たちの腕の中に息絶えたのです。戦いは結局、相うちに終ったわけですね」
私が話しおわると、夫人は目を輝やかしていうのでした。
「まあ、なんていいことをなさったの。一人で三人の妖魔を調伏《ちょうぶく》するなんて、うらやましいわ! あら、どうしたんでしようね、ファニイ? まあ、あきれた、眠っているらしいわ!」
夫人の手は巧みに、ファニイの円ろやかな丘と谷間のお寺を攻めるのでしたが、ファニイはいっこうに目覚めそうにありません。
「おねがい、ガミアニさん、あなたの手をのけてくださいな。重いんですもの……つかれはてたんですもの……死んだみたいだわ……今夜はなんて夜なのでしょう! 神さま……お祈りはもうあんなにしたんですもの、ねましょう」
ファニイはあくびをして、向きをかえ、身をちぢこめて、寝台の片隅へかくれるのでした。
わたしはファニイをつれもどして、一緒にもっとお祈りを上げようとするのでした。すると、夫人はいうのでした。
「だめ、だめよ。あたし、あのひとのいまの気持わかるわ。けれど、あたしはあのひととは、ぜんぜん別な気持なの。むずむずしてるの……くるしいのよ。ね、わかるでしょう! あたしも合戦に息絶えたいわ……あたしの心の中には地獄があって、身体の中には火山が火を噴きあげているのよ。ねえ、この火を消すようになにか考えなきゃあ」
と、いきなり、夫人は立ち上りました。さっき三人で上げた、激しいお祈りの思い出や、私の話が夫人の身体の火をいっそうあおり立てたのです。夫人は何か夢を見ているような様子で立っているのです。
「どうしたの、ガミアニ? 立ちあがったりして」
と、私はおどろいていいました。
「もうがまんできないわ、逆上するわ……あたしの地獄の火を消すものが欲しいの……でも、この火をしずめるものなんか、どこにもないんだわ」と、夫人は絶望したように「だから、死ぬほど疲れさせてもらえば、何とかそれでごまかせるの……」
夫人の歯は、ものすごくカチカチ鳴りだしました。目はぎょろぎょろとちらつき、身体じゅうはわななきはじめ、身をくねらせるのは、見るもおそろしいことでした。
ぎょっとして、ファニイも身をおこしました。私は、これはヒステリーの発作がおこるのだと思ったのです。
そこでわたしは、夫人の身体じゅうでいちばん感じやすいところを、接吻でおおってやったのですが、無駄でした。私の両の手は、このどうにもならぬ狂女をいためつけるのに、つかれはてました。精のもとは閉じ、泉は涸れはてているのでした。精根をかたむけても、恵みはおとずれては来ないのです。
「いいわよ。あんたたち、眠りなさい!」
というやいなや、夫人は寝台からとびだして、扉をひらいて姿を消すのでした。
「どうしたんだろう、知ってるかい、ね、ファニイ?」
「しっ、お聞きなさい、すごいわめき声だわ……自殺するんじゃないかしら……おお、神さま。戸がしまったわ! あら! 小間使いのジュリイの部屋にいるんだわ、ね、あそこに、ガラスのはいったひらき窓があるわ。あそこからなら、みんな見えるわ。その寝椅子をひっぱって来てよ。それから、ここに椅子が二つあるわ、あがってのぞいて見ましようよ」
と、ファニイはいうのでした。
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七 夫人が地獄の饗宴をつくすのをファニイとのぞき見すること
なんという光景でしょう! 青白い、ちらちらする常夜燈のひかりをうけて、夫人は凄みをたたえた目で、あらぬかたをにらんで、口からは泡をふき、太い両の円柱はぬるぬるにぬれて光って、猫皮の大きな敷物の上を、わめきながら、ころがっているのでした。猫皮の敷物は、電気を発生させるところから、刺戟のつよいものといわれているのです。
やがて、夫人は狂ったように叫びました。
「ジュリイ、こっちへおいで!」
ジュリイは、これまた、すでに一糸もつけぬ自然のすがたになっているのでした。この小間使いはみるからに頑丈そうで、力もつよく、出て来ると、夫人の手をつかまえて、足もろともしばってしまうのでした。
そのうちに、地獄の巫女《みこ》のお祈りは絶頂にたっして、ますますたけって来るのです。しかし、ジュリイは少しもおどろいた様子はなく、これもまた狂ったように、とんだり、はねたりして、お祈りをあげるというわけです。そして、やがてお祈りの後には祝福がおとずれて、ジュリイはぐったりとソファにひっくりかえりました。
夫人は、手足を縛られでいるものですから、いくらお祈りにたけっても、自分に祝福を授けるわけにはいきません。それで、ジュリイが恵みに酔いしれているのをみると、いっそう苛立つのでした。まさに百の禿鷹に一度に引き裂かれる女プロメテウスというところです。
「メドール! メドール! でてこい、さあ、こい!」
と、夫人が叫ぶと、巨大な犬が、どこからともなく、とびだしてきて、このお祈りに加わり、ほてった泉に口づけして祝福をもたらそうとつとめるのでした。
この祝福に、夫人は感謝の叫びをあげ、声の調子は法悦の度合に応じて強まってゆくのです。
「乳を、乳を! 乳をもって来て!」
と、夫人は法悦に喘いで、叫びました。
すると、ジュリイがまた姿をあらわして、手にはあつい牛乳をいっぱいつめた巨大な水鉄砲をもっていました。一つきすると、牛乳は十歩も先までとびだすのでした。二本の革帯でもって、この見事な得物を具合よく身につけて、ジュリイは巧みに戦士に扮するのでした。ジュリイの戦士としての振舞いは、堂に入った、実に見事なものです。得物をうちこまれ、今や瀕死のうめきを上げる夫人は、やがて、石像のように身をこわばらすのでした。まるでカッシニのカサンドラのようです。
それでもなお、ジュリイは得物を振りまわして、馬を乗りまわすのです。戦いに奮いたって、ジュリイのふみひらいた円柱の奥の礼拝堂からは、こんこんと恵みの泉が流れだすのです。すると、メドールが礼拝にはせ参じて、美味しい聖水をむさぼりながら、祝福をささげるというわけです。メドールがけんめいに祝福にこれつとめたので、ジュリイはとつぜん法悦にひたり、戦いをやめてぐったりとなるのでした。
この法悦は、よほどに素晴らしいものだったにちがいありません。ジュリイの表情はというと、これはもうなんともかとも、たとえようもないものだったのです。
ところが、夫人は戦いのなかばでジュリイにやめられたので、法悦どころではありません。苛立ちにくるしみたけるばかりです。そこで、夫人は気違いのように悪態をつくのでした。
さて、それに気づいたジュリイは、たちまち、前よりいっそう力をこめて、仕事をはじめるのでした。乱闘は稲妻をよび、嵐をまき起こして、たけりにたけって行くのです。
本当に地獄の狂宴です。私にはもうその場から身をひくだけの力もありません。理性はうしなわれ、目をうばわれてしまったのです。血は燃え上り、逆上して、あるものとては、地獄の狂宴をつくして、悪魔の法悦を得たいという気持ばかりです。
ファニイの顔つきもまた、異様にかわりはてていました。目はすわり、腕をこわばらせて、ひきつったように、私をつかんでいるのです。ファニイもまた、極端も極端けたはずれの、気も絶えなんばかりの法悦を待ちかまえているのです。寝台のそばまで来るやいなや、ファニイと私は、悪魔につかれた二匹のけだものになってしまいました。
わめき立てる狂宴の叫びはこだまし、聖なる灌水器はところきらわず恵みをまきちらし、聖なる泉はあたりかまわず歓びをそそいで、肉という肉はぐたぐたにとけ、骨は髄までばらばらになるまでにくだけちって、五度、六度……そしてもう数えきれぬほど法悦にひたるのでした。
やがて眠りがやって来て、この狂宴に幕を下しました。
五時間ばかり、やすらかに眠り、私が先に目覚めました。
はや、太陽はさんぜんと輝いていました。
光がうららかに窓掛けをとおして、豪華な敷物や、絹の布に、金色にてりはえて、たわむれていました。
狂乱の一夜はあけて、このさわやかな眼ざめどきのこころよさが、私をわれにもどしてくれるのでした。そして、悪夢からのがれたような気がするのでした。
わたしの腕のなかには、しずかに息づいている百合か薔薇のような胸がありました。うら若くて、かわいらしく清らかなこの花は、唇のさきでちょっとさわっただけでも、しぼんでしまうのではないか、と思われるのでした。なんと美しい生きものでしょう! 東洋風な寝台に裸のままで、眠りの腕にうずくまっているところは、昨夜、あの淫らな狂宴にくるいふけったファニイとは別の、夢にえがかれる理想のすがたそのもののようでした。ういういしく円い腕の上に頭を小粋にかしげてのせた横顔は、ラファエルのデッサンのように見るも気持よく、清らかに見えました。その身体は、全体としてはもちろん、どこをとっても、心を魅する美しさがあふれているのでした。
こんなに魅惑にみちた身体を、あのように思うがままに、骨の髄まで味わうことは、えもいわれぬ愉しみではありましたが、十五の春のしかも昨夜まで処女でとおしてきたものを、花をちらすには、たった一夜で足りるとは、思えばあわれなことでした。
無邪気で、天使たちのことしか知らなかった魂も、いまや別の天国の愉悦の味を知るようになったのです。もはや、夢のような初恋のあこがれや、あのあまい驚きはなくなって、とろけるような悦楽のおもいがとってかわったというわけです。
ファニイは眼をさまして、ほほえむのでした。
昨夜のことは眠りのなかにわすれて、いつもながらの朝、気持のいい物思い、きよらかな自分がそこにあると思ったのでした。しかし全裸の自分と並んで、全裸の私が寝ているのを知ったのです。寝床もちがっていて、部屋も彼女の部屋ではありません。彼女の苦しみは見るにたえませんでした。涙は息をつまらせるのでした。私は心を動かされ、ファニイを腕にだきよせ、彼女の涙を酔うようにのみこんだのでした。
今は私の官能は満たされ、火は消えていました。それで魂がおのずからあふれだし、私は燃えるような愛の言葉をそそぐのでした。
ファニイは、ことばもなく、うつけたように耳をかたむけているのでした。そして、私を抱きしめて、いうのでした。
「ね、いいの、やっぱりあなたよ、あたしはあなたのものなの、ね」
あのとき深くも考えずに身をまかせたように、今度は、わけもなくすぐに信頼し、酔うように魂をもまかせて来るのでした。私はファニイに接吻すると、唇から彼女の魂をうけとるかのように思うのでした。そして私も、自分の魂のすべてを彼女に与えるのでした。これはもう、魂と肉の本当の天国であり、一切合切のぜんぶなのでした。
やがて、私とファニイは、寝台から立ち上りました。
私はもうひとめ伯爵夫人を見ようと思いました。そして、例の窓からのぞくと、彼女は昨夜のままに、猫の敷皮の上に、いぎたなくひっくり返っていて、顔はやつれはて、身体はべとべとによごれて、しみだらけになって、全裸のすがたを横たえているのでした。
私はかたわらのファニイに言うのでした。
「さあ、出ましょう、ファニイ。このいやらしい家から早くでましょう」
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第二夜
一 ファニイが再びガミアニ夫人の誘惑に陥るのをのぞき見ること
ファニイはまだ若くて、心もうぶだから、ガミアニについては、おそろしい、いやらしい記憶しか持ってはいないものと、私は思っていました。そして、私は彼女をやさしい情にひたしてやったり、あまい酔いしれるような愛撫で、思いきりたのしませてやったり、ときには底つくほどな歓びに沈めてやるのでした。
ですから、今はファニイも、男と女とを官能と魂の歓びにないまぜる、あの自然のことわりにかなった悦楽のほかはのぞまないだろうと、思っていたものでした。
ところがどうでしょう! 私はとんでもない思いちがいをしていたというわけでした。
ファニイの眼には、あの初めての経験の狂乱に匹敵するものはないと思えたのでした。あの不吉な夜に夫人と味わった気狂いざたにくらべれば、私とやるはげしいいろごとも、冷い愛撫としか見えなかったのでした。
もう二度とガミアニとは会いません、とファニイは私にちかいましたけれども、この誓いも、彼女がひそかにはぐくんでいた欲望を消しはしなかったのです。彼女は、自分でもたたかいはしましたが、その闘いはむなしいものでした。もがけばもがくほど、じりじりと肉体は苛立ってくるのでした。やがてファニイがあの不自然な悦楽に身をゆだねる時が来るのは、火を見るよりもあきらかです。
そのうちに、ファニイの肉体は、私の愛撫にもあまり応えなくなってきました。そこで私は、ファニイに見えないところに隠れて、次に来るものを見ようとしたわけです。
たくみにつくりつけられた入口を利用して、私は毎晩彼女が寝床につくところをじっとのぞき見るのでした。ファニイはまさに不幸な女でした。彼女はしばしば寝椅子の上で涙をこぼしたり、身をくねらせたり、絶望したようにのたうちまわり、突然服を引き裂き、投げ捨て、裸で鏡の前に立ったりするのでした。眼は気ちがいのように血迷っています。自分で自分の身体を撫でたり、たたいたりして、あらあらしくめちゃめちゃに狂いたって、いい気持になろうと興奮しているのです。そんな彼女をいやしてやることは、もう私の手におえませんでしたが、この乱れ狂った官能が、いったいしまいにはどういうことになるのか、見届けてやろうと思うのでした。
ある晩のこと、私は例のかくれ場所にいました。ファニイは寝床につこうとしていましたが、そのとき、急に彼女は驚いたように叫びました。
「だあれ、そこにいるの? あなたなの、アンジェリックなの?……あらっ? あなたなの、ガミアニさん! おお……奥さま、あなたが来るなんて、思いもしなかったわ……」
「あなたはあたしから逃げ出したのね。あたしのことを、ぞっとするやつと思っているんでしょう。計略をめぐらさなければなりませんでしたわ。召使いたちをだまして、遠ざけたのよ。そして、さあ、あたしはやってきたのよ、ファニイ」
ファニイは本当に驚いてしまったようでした。
「あたしには、あなたってひとをどう思ったらいいのか、わかりませんわ。こんなことをするなんて、しつこいのにあきれましたわ。でも、あたし、あなたの秘密はまもっているんですから、あなたとはもうきっぱりおめにかかりませんと申しても、さしつかえないはずですわ。あなたにあっていると、不愉快でむかむかしますの……もうごめんですわ、あたし、あなたをにくんでいるんですから……ほっといてください、おねがいですから。おさがりください、わるい噂がたたないように」
と、ファニイは必死になって言うのでした。
「あたしは、一度こうときめたら後へはひかないのよ。あんたは、あたしのものなのよ、ファニイ」夫人の目は小羊を見こんだ禿鷹のように光るのです。
「なんですって。いったいどうしようっておつしゃるの? いやらしいわ、出ていってください。さもないと、人を呼びますよ」
「ねんわだわねえ。ここには、あたしたちだけしかいないのよ。扉はみんなしまってるし、鍵は窓から捨てちまったわ。あんたはあしのものよ……気を落ち着けるのよ、ね」
「おねがいだから、さわらないで!」
「ファニイったら、じたばたしてもだめよ。どんなにしたってあんたの負けよ。あたしの方がずっと強いんですからね。うずうずしてくるわ。男にだって、あたし負けはしませんからね。おや、ぶるぶるふるえちゃって、蒼ざめてるのね。ファニイ、あたしのファニイったら」
と、夫人はファニイを抱きしめ、彼女の手を自分の胸におしつけて、
「ほら、あたしの心臓はこんなにどきどきしてるでしょ。あんたのために脈うってるのよ。ね、こんどはあたしの眼を見るのよ、そして、あたしの腕の中で酔ってちょうだい。さあ、しっかりして、あたしの接吻で気をとりなおして、ね」
ファニイはなおも抵抗するのでした。
「おお神さま。どうかはなして。ぞっとするわ」
けれども、ファニイの抵抗は眼に見えて弱まっていきました。夫人は懸命になって、ファニイをときふせにかかるのでした。
「ぞっとするんですって、え、これがいったい恐ろしいことかしら……ね、白状してごらんなさい……男や恋人なんか、あたしに較べたら、そんなものなんなの。二度か三度のお祈りで、男なんか息切れがして、ひっくり返ってしまうじゃないの。四度めのお祈りともなれば、へなへなになって、ぜいぜいあえぎだしちゃうんじゃないの。あわれなものよ。ところがあたしはちがうのね。わかってるでしょ。ちゃんと知ってるんですものね」
と夫人はなおも、いろいろと巧みに、ファニイの血に火をそそいでいくのでした。そして、夫人の手は聖所めぐりをして、ファニイの身体に働きかけるのでした。そして、やがてのことに、むせかえるよう官能の匂いに、彼女の理性はとうとう沈黙してしまったのです。
そして、ファニイはうっとりと夫人の顔を見ながら、うわずった声でいうのでした。
「なんていうお話でしょう! それに、なんて眼つきをしてらっしゃるの! あなたのお話、あたしきいてるわ。あたし、あなたを押し返したりしないわ。ああ、神さま、あたしは弱いのよ。あたしはあなたに魅せられでしまっているのね。ああ、あなたは、おそろしいひとよ、そうよ、だけどあたし、あなたが好き」
「とうとうあんたはあなたが好きっていったわね。本音をはいたのね。うれしいわ、ファニイ、もう一度、言ってちょうだい」
「ええ、そうよ。あたし、からだ中のあらんかぎりの力であなたを愛するわ」
とファニイは、うつけはてていうのでした。
そして、二人はもうほんの一瞬の時間も無駄にするのがおしいように、おたがいの身体から、まとっている最後のものまで、たちまちのうちにはぎとってしまうのでした。
夫人とファニイはしばらくの間、これからお祈りを捧げる相手の身体を、うっとりと眺めつくすのでした。二人の眼は聖なるおつとめへの情熱に燃えて、手は円ろやかな丘からやわらかい繁み、そし聖なる泉の湧く谷間へと、まず、むさぼるように礼拝を行うのでした。二人の泉からは、すでに聖体拝受のよろこびのほとばしりが流れて、太くまろやかな二つの円柱をぬらしています。
夫人とファニイはしっかりと組み合って、礼拝壇に横たわりました。そして、やがてお祈りにかかるのです。まず最初はおたがいに逆さまになって、六九の型にのつっとったおつとめに入りました。歓喜して泉をのみほす音、感謝の喘ぎ、法悦のうめきは部屋にみちて、聖壇は激しいおつとめにぎしぎし鳴るのでした。
やがて二人とも一緒に、ひときわ高く祈りの叫びを上げると、最初の祝福がおとずれました。
そうして静かに横たわり、おたがいに感謝の接吻をかわしているうちに、また聖なるおつとめへの情熱がわき立って来るのでした。
「もう一度、お祈りしましょう」
とファニイがいうと、
「もう一度や二度じゃあないのよ、もっともっと数えきれないくらいお祈りを上げるのよ。さあ、もっと素敵なおつとめをはじめましょう」
と、夫人はもう、たけって来るのでした。
今度のお祈りは前にもまして、猛烈に熱心なものでした。六九の型から、乗馬の型にうつったり、それからまた、挟みあいの型のお祈りを上げたりしながら、手は手で相手の聖なる場所をむさぼるように攻めあって、聖なる泉からわき出る感謝の流れは、双の円柱どころではなく、それこそべとべとに身体じゅうに恵みをそそぐのでした。
そのうちに、また祝福がおとずれました。それでも、二人の巫女たちはおつとめをやめるどころか、もっと祝福をもとめて、おつとめに狂うのでした。
「おお、おお、神さま、あまりのお情けに死んでしまいます」とファニイは叫ぶのです。「おお、おお、神さま、わたしもみ心のままに死なせて下さい」と夫人は狂うのです。
二人の手は、おたがいに相手の愛の蕾《つぼみ》をつかんでもみしだき、薔薇のしとねをむしるのです。そして、喘ぎに喘いでいる二人の口は、おたがいに相手のとめどもなく流れ出ている甘美な薔薇の液をむさぼり飲むのです。
すると、雷電のように、また祝福がおとずれて、二人は打たれたように身体を硬わばらせるのでした。
こんなに狂ったようなお祈りの上げ方を見ていては、私はとても落ち着いて平静をたもっていることはできないことでした。
たちまちのうちに、私の気ははやり、火のような欲情が身体を走りまわるのでした。私の灌水器はたくましくはやり立って、おつとめへの熱情に、ほてりきっていました。が、聖水をそそいで祝福を与えてやるべき、あの温かく濡れたやわらかい薔薇のしとねがないのです。
私のいるところからは、壁にへだてられて、裸かでお祈りを上げている二人の女のところへとび込んで行くことはできません。ガミアニ夫人の部屋の場合のように、すぐとび出して行けないところに身を隠したのを、私はどんなにくやんだかしれません。だって、目の前に聖水をそそいでやるべき恵みの洞穴を、しかも二つも見ながら、どうすることもできないのです。
あのギリシアのタンタロスの苦しみも、これほどひどくはなかったでしよう。
この私の有様というものは、実にあわれをきわめた、情けないものでした。
相手もなくたけり立った灌水器を手にして、すぐ目の前に、六九の型や挟み合いの型や、馬乗りの型や、それも女同士のありとあらゆるおつとめの現場を見せつけられるということは、まあ、考えてもみて下さい。
頭は破裂しそうになるし、息はつまって心の臓は今にも止まるかと思うし、口からは泡をふかんばかりといったものです。手にした灌水器から聖水はあだにふりまかれて、およそ満たされない祝福のうちに、それでも、私は気がぼおっと遠くなるのでした。
やがて、われにかえって、また覗き窓から中の様子を見ると、夫人とファニイは、なおまだおつとめの真最中といったところです。
夫人とファニイのお祈りの仕方は、またかわっていました。二人はおたがいにまたがりあって、黒々とした丘をくっつけあって、こすりつけあっているのです。そして、指先は恵みの洞穴深くさぐりあっているのです。
二人の動作はだんだん激しく荒々しくなってきて、たがいに力一杯にせめぎあい、眼はあらぬ方を見つめて、いきなり押しのけあうのです。これは二人に法悦の時が近づいたのを示すものでした。
そして、ああ、神さま、と祈って、まずファニイが陥落するのでした。すると、それに続いて、夫人はあらあらしく羽ばたいて、よりいっそう力をふるって、ファニイに攻めをかけるのです。
とにかく、まだ年も若いのだし、経験も浅いし、それに、さっきからおつとめのし通しのところに、今また陥落しても、なお容赦もなく攻めをかけられて、ファニイはたまったものではありません。
ああ、ああ、と瀕死のうめきを上げて、ファニイは頭をぐったりとして、息絶えるのでした。
夫人はもう勝ち誇り、有頂天になっているのです。
「本当に天国だわ。しびれるような喜びのほかには、何もなくなっちゃうんですものね。でもなんて疲れでしょう」
とファニイはうっとりというのでした。
「でもね、力をつくして頑張れば頑張るほど、それがつらければつらいほど、おつとめってものの楽しみは、なまなましくなって、長くつづくようになるものなのよ」
と夫人はいうのです。
「ほんとにそうだわ。あたし、五分以上も、あのめまいのするような酔い心地になっていたいんですもの。身体じゅうどこもかしこもしびれて、まるで火の中をころげまわっているようだったの。あれが本当の仕合わせっていうものね。神さまのお恵みってもの、いまあたしにその意味がはっきりわかったわ。享楽ってことばがはじめてわかったの。
だけど、ガミアニさん、あたし、ひとつわからないことがあるの。あなたはまだそんなにお若いのに、あたしをこんなに仕合せにして下さるほどのことを、いったいどうして知っていらっしゃるの? あたしたちの、こんなとてつもないあそびなんか、あたしに思いもおよばないことだったわ、きっと素晴らしい情熱的な経験をたくさんしつくされたんだわ。こんな情熱はどこからもっていらっしゃったの? あたりまえでは、とてもできないことですわ」
ファニイは、不思議そうに夫人を見るのでした。
「やっぱり、あたしのことを知りたいのね。そんなら、あたしを腕で胞きしめてちょうだい、足をからみつけて、抱きあうのよ。あなたに修道院でのことを話してあげるわ。聞いただけでも、もうたまらなくなって、新しい欲情をもよおさせるような話よ」
「ガミアニさん、聞きたいわ」
と、ファニイはいいました。
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二 ガミアニ夫人、修道院での経験を物語ること
夫人は話しはじめました。「あたしが淫奔《いんぽん》な伯母とその一味の坊主どもからうけた、あのおそろしい苦行のことを覚えているでしょう。伯母のやりかたのおそろしさがわかるが早いか、あたしはすぐに自分の財産の証書類を手にいれ、宝石やお金をとり出して、このとんでもない伯母の留守をねらって、家をとび出し、贖罪《しょくざい》会の修道院へ逃げこみました。
そこの女院長さんは、あたしの様子を見て、哀れに思って、
『かわいそうな娘よ。まだ若いのに、なにをそんなにおずおずと怯《おび》えているのか、話してごらん、もうここに来れば、たとえどんなことがあっても、お前の身は安全なのだから』
と親切になぐさめて下さったのです。
そこで、あたしはどんなことが起こったか、事のあらましを院長さん話したあげく、
『どうかわたしをかくまって下さい、助けて下さい、お慈悲をかけて下さい』
って、涙を流すのでした。
すると院長さんは、あたしを腕に抱きよせ、
『わたしの娘よ。いつまでもここにおいで』
といって、それから、修道院での静かな安らかな生活のことをいろいろ話して、あたしの気を静めて下さるのでした。
この院長さんのお話は、男に対するあたしの憎悪の気持をいっそうかきたてるのでした。
そして、それから、ありがたいお説法をして下さって、その場は終わったのです。このお説法は、まったく神さまが魂にやどった人のお話と思われたほどです。
それで、浮世の生活からいきなり修道院の生活に移ることは、感じやすい若い娘にはつらかろうというので、あたしは院長さんのそばで暮らし、夜は院長さんの寝床で一緒に寝ることになりました。
二晩目からは、心から打ちとけて、いろいろお話をするようになりました。すると、院長さんは寝床の中でしょっちゅう寝がえりをうったり、もじもじ動いていたあげく
『寒いから、もっとこっちへいらっしゃい。身体で温めあって寝ましょう』
というのでした。
みると、院長さんはまる裸じゃありませんか、
『下着なしの方がよく眠れるのよ。あなたもそうなさいよ』
って、院長さんはいうのでした。
あたしは、あの方が気持よくおやすみになれるのならと思って、言われるとおりに、下着をぬいでそばへゆきました。そしたら、院長さんはあたしの裸の身体にさわって、こんな叫び声をあげるのでした。
『まあ、かわいい。あなたあったかいわね。なんてすべすべした肌でしょう。あんな風にしてあなたをいじめつけるなんて、ほんとにけだものどもね。ひどく苦しんだんでしょうね。どんなことをしたか話してくださらない? 打ったの? お話しなさいよ』
って、いうのです。
あたしは、院長さんが特に興味をもつらしいところに力をいれて、あらいざらいこまごまと話しました。だって、あたしはあんな経験から、もうすでに色事の気持に目覚めていたし、裸でこうやって女同志で寝るってどんな事だか、そして、こうした場合どんな話が一番たのしめるかって、わかっていたんですものね。
あたしが話す事をきくのが、どんなに彼女の気持をそそったか、聞きながら身体をふるわせるので、よくわかりました。
『まあ、かわいそうに! まあ、かわいそうに!』
となんどもくりかえし言いながら、院長さんは力いっぱいあたしをしめつけるのでした。
知らず知らずのうちに、あたしは院長さんの上に身体を横たえてるのでした。そして、院長さんの足はあたしの腰をまいて羽交い締めにし、手はあたしをだきしめていました。あたしはじたばた羽ばたきたいような気持になって、幸福感は骨身にこたえるのでした。
あたしは院長さんに感謝をこめて、
『あなたはいい方ですわ、ほんとにいい方ですわ。あたし、あなたが大好きですわ、おそばにいられて仕合せです、けっして離れまんわ』
って、いうのでした。
院長さんの手は、そろそろとあたしを撫でまわしていました。そして、院長さんの草むらときたらふさふさと繁って、とても剛《こわ》いのです。あたしはその時はほんの小娘だったから、あたしのはまだほんの若草なのですものね。それがいりまじって、ちくちくと刺戟するのが、とてもたまらないのです。
そして、院長さんが接吻や手でお祈りをうながしてくれるので、ついに、あたしは
『おお、神さま!』と叫びました。
その歓びといったら、あんなにたくさんの露をしぼり、あんなに有頂天になったことはありませんでした。
女同志があげるおつとめの味が、こんなに素晴らしいものだといういうことを、あたしは初めて知りました。
あまい祝福がおとずれましたが、あたしは休息をもとめるどころか、いっそう元気になって、二度目のおつとめにとりかかかるのでした。とにかく、初めて知ったご馳走の味ですもの、もっと、もっと、思い切りむさぼりたくなったわけなのね。
あたしは自分から、院長さんの手をとって、二度目のおつとめへと、うながしたのです。
こんなあたしを見て、院長さんは、すっかりお気にめしたらしく、もうわれを忘れてバッカスの巫女のように興奮して来るのでした。
院長さんのおつとめの仕方の、素晴らしい上手さといったら……手やそれに足までが、なんてすばしっこくしなやかに動いて働くのでしょう。そして、あたしが一つ感謝の接吻をするかしないうちに、百もの接吻ををそいでくるのですものね。その上手さといったら、何といったらいいか、本当に信じられないくらいです。おかげであたしは、今にも腰が抜けるかと思うばかりの、そこねけの祝福をかぎりなく受けるのでした」
と、ちょっと夫人は話をきりました。
「まあ、なんてすてきなんでしょう」
とファニイは、眼を輝かして、溜息とともに、いうのでした。
「そうよ、ねえ、ファニイ。あたしたちのおつとめの有様を見せて上げたかったわ。その眼で始めからみんな見ていたら、好いた女同志が、心をこめておつとめするのが、それから、その祝福がどんなのか、一ぺんできっとすっかりわかったに違いないわ。さあ、その続きを話しましょうね」
と、夫人は続けるのでした。
「気がついて見ると、あたしの頭は院長さんの丸く太い二本の円柱の間に挟まっているのでした。夢中になっていたので、あたしは薔薇の花びらを噛んでしまうのでした。
あたしが、こうしたおつとめの仕方を知らないのを見ると、院長さんはわたしを自分の上にのせて、丁度今までとは反対になって、あたしの柔かい二本の円柱の間に自分の頭を入れるのでした。そして、あたしの薔薇の花びらに上手に接吻して、聖なる礼拝堂に熱烈なお祈りを上げてくれます。舌先三寸でいいくるめる、っていうけれど、これは、舌先三寸で斬りくるめる、その巧みさといったらありません。入ったり出たり、かきまわしたり、あたしの奥の奥まで探りを入れるのです。
それで、院長さんはいっこうにゆるしてはくれず、まだ、まだ、とばかりにおつとめを続けるのですから、たまったものではありません。初めてのおつとめに、いくらたけっていたあたしとはいえ、目の先はくらくらと真っ暗になるし、あまりのお祈りに咽喉はからからになるし、薔薇の泉は飲みつくされて、涸《か》れきってしまうかと思われました。
あたしの魂は、木当に神さまのみもとに抜け出したようになって、感謝の叫びを上げて息絶えたの。あんなお恵みは、一生に一度より、感じることも、たのしむことも不可能なくらいよ。
こうしてお話ししているだけでも、思い出して、あたしの血はたけってくるわ」
といって、憑《つ》かれたようになった夫人は、ファニイをつかまえて、おつとめに誘うのでした。
夫人の話ですっかり勇みきっていたファニイは、夫人がたったいま話したと同じおつとめの仕方に、とりかかるのでした。
ファニイは夫人の円柱のあいだに身をおどらせ、がつがつと薔薇の泉を飲みほそうとするのでした。
ファニイのおつとめぶりは、飢えた狼のよりものすごいばかりです。
そして、ついに、夫人が悲鳴を上げるのでした。
「あんた、あたしを干あがらせるわ。魔物の娘ね! あたし、あんたがこんなに、おつとめの仕方が上手で、情熱的だとは思わなかったわ。どんどん腕があがって行くのね」
と夫人は、ファニイに感謝の接吻をするのです。
「だって、あんなお話をきかされて、こうでもするよりほか、どうしろっていうの? あなたと一緒にいて平気でいるには、血も命もないものにならなければならないわ」
といって、ファニイは
「ねえ、そして、それからどうしたの、早くお話のつづきをして聞かせて!」
と夫人にせがむのです。
夫人は話をつづけるのでした。
「ここまで来れば、あたしももう大分、経験をつんだというわけです。だから、すっかり、こうしたおつとめの仕方も覚えこんで、心得たものです。あたしにしてもらったのに、十分に利子をつけてかえして、もう息の根が止るまでにお祈りを上げさせてやったの。
それからは、院長さんとあたしの間は、もう遠慮も会釈もなくなって、暇さえあれば、おつとめとお祈りにふけって、神さまのみ心にかなうように努めたものです。
それから、あたしは、この修道院のいろいろな事を知るようになったわけなのです。この贖罪会の修道院の姉妹たちは、それぞれ、わたしと院長さんがやっているような、いろんなおつとめ事をして罪を贖《あがな》っていたわけだったのです。
それから、みんながより集まって、それこそ好き放題におつとめしたり、お祈りをしたりする、秘密な場所があるってことも、知りました。そして、その悪魔の魂を贖う狂宴は、夜のお祈りの時間から始まって、朝までぶっつづけに続いて、朝のお祈りでやっと終るわけなのでした。
院長さんはあたしに、こうした贖罪のおつとめの仕方を教え込んでから、それについての彼女の哲学を陳べたてるのでした。それを聞いていると、院長さんには悪魔が乗り移っているのではないかと思われるばかり物凄いものでした。
まだ何といっても小娘のあたしは、院長さんの哲学にはすっかり驚いてしまいました。すると、院長さんは冗談をいったりして、あたしを安心させ、今度は彼女が蕾をやぶったいきさつを話してくれるのでした。それは、なかなか面白いものでした」
といって、夫人はその院長さんの物語を始めるのでした。
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三 ガミアニ夫人、修道院の院長さんが蕾をやぶったいきさつを物語ること
夫人は話し続けました。
「院長さんのことを、あたしは聖女さまと呼んでいましたけど、ああ、とんでもない聖女さまというわけね。
それはさておき、その次第はこういうわけなのです。
この方は、生まれは船乗りの娘さんだったのです。この方のお母さまは、しっかりした律義なひとで、この娘さんを宗教の戒律どおりに育てあげたのでした。でも、それだからといって、この若い聖女さんの身体や気質が、早くから成熟するのまで、さまたげることはできませんでした。
それで、十二のときから、もうがまんのならぬあの自然の欲求を感じたというわけでした。彼女は、まだ何も知らなかったわけですけれど、空想で考えられるかぎりのいろいろな方法を思いついて、とにかく欲求を満たそうと思ったのでした。
不仕合わせにも、このひとは毎晩苦しみ喘いで、寸の足りない指をうごかして、むだに若さと健康を濫費したというわけでした。ところが、ある日のこと、彼女は二匹の犬がつがってるのを見かけたのです。なまめかしい好奇心がわいてきて、彼女はじっとその二匹の振る舞いの一部始終を眺めつくして、それでやっと、なにが彼女には足りないのかが、わかったといいわけです。さて、知ってみるといっそうのこと、苦しまねばならなくなった、というわけです。
男などは姿も見えず、年とった召使いたちにかこまれて、ものさびしい家に、たった一人で生きているのですから、あんな風な、はりきった、赤くて素早い矢のようなものに、お目にかかるということは、望んだとて、とてもかなうことではありませんでした。けれども、それをわが身にためして見ることだけが望みだとしたら、どうでしょう。自分で自分を苦しめぬいたあげくに、このくるった女は、動物の中で人間に一番よく似たものは猿だということを、ふと思いだしたのでした。
ちょうど好都合なことには、彼女のお父さんがオランウータンを飼っていました。
それで、ある日のこと、彼女はこのけだものを眺め、つくづくしらべあげたわけです。ところが、彼女があんまり長いあいだじっと見つめるので、このけだものは若い娘を見て興奮したのにちがいありません。とつぜん、見るもみごとなほどに発展させたのです。あたしの聖女さんはこれを見て嬉しくなって、とびあがったのでした。日ごろ、あえぎ求めていたもの、夜毎、夢にまでみたものを、とうとう見つけたというわけなのです。望みは現実となって、手で触ることさえできるものになったように思われたのです。
うれしくてすっかり有頂天になって、彼女はこの口にすることもはばかられる宝物を、むさぼるように眺めたのでした。
猿は近づいて来て、椅子にしがみつき、あわれな聖女さんの頭がおかしくなるほどに、とりみだしたのでした。狂いたってどうにもならなくなった彼女は、力まかせに檻の格子を一本こじあけ、このけだものがすぐに利用できるように、すきまをこしらえてやったのです。きっぱりと、親指八本分もある際立った宝物が、みごとにつき立っています。あたしたちの処女の、聖女さんは、あんまり見事なので、びっくりしました。そして、そっと手でさわって見たり、なでさすって見たりしたのでした。猿は、何もかもうちこわしそうなほど武者ぶるいをして、おそろしく顔をしかめました。聖女さんは、ぎょっとして、悪魔が眼の前にあらわれたかと思い、おそろしくなって、われにかえったのでした。そして、その場から逃げ出そうとしながらも、もう一目と思って、この魅力のある宝物を眺めやったとき、彼女の肉体はすっかり目覚めて、奮いたってしまったのです。
大胆になって、思いきった様子で、彼女は裳裾をもちあげ背中を宝物のおそろしいきっさきにつきつけて、後向きになって進んでいったのです。たたかいがはじまり、一撃は一撃とうごきだしました。この幸せなけだものは、人間様のかわりをつとめたわけです。彼女の歓びや感激は、音階のような、おお、とか、ああ、とかいう叫び声となって爆発したのでした。
けれども、あまり声が高いので、お母さんが聞きつけて、かけつてきたのです。そして、娘さんが、もののみごとに楔をうちこまれ、身をもだえ、魂もぬけんばかりにのけぞっている現場をつかまえたのでした」
と、夫人がちょっと息を入れると、面白がって聞いていたファニイは
「木戸銭をいくら払っても見られない、喜劇だわ」
と、茶々をいれるのでした。
「こんなわけで、猿とうつつを抜かすようでは困るというので、気持ちを厳格に直すために、彼女は修道院に入れられたわけです」
といって、夫人が話をきると、また、
「まあ、世界じゅうの猿の中へ放りこんでやった方がよかったのに」
と、ファニイは茶々を入れるので、
「そんな批評は、もうちょっとあとにした方がいいのよ」
と夫人は笑いながらうのでした。
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四 ガミアニ夫人、修道院の夜の贖罪の儀式のありさまを物語ること
さて、夫人は、また、話を続けるのでした。
「さあ、また、あたしが、この修道院に入ってからの話にもどすことにしましょう。
あたしは生まれつき、享楽的な暮らしには、喜んですぐに慣れるたちなのね。だから、この修道院の中での底抜け騒ぎに、仲間入りさせてもらうことには、もちろん大喜びでした。
あたしが、その贖罪のおつとめに入門させてもらうことは、正式に許されて、二日ののちにお目見えすることになりました。
さて、その時になると、あたしはその規則どおりに、素っ裸で出てゆきました。そして、あたしは、いわれたとおりに宣誓をすませて、それから、この儀式の初めとして、実物どおりに木で作った見事な象徴に、われとわが身を捧げたのです。あまりの太さにひどく苦しんだあげく、やつとそのおつとめを終わったと思うと、何人かの姉妹たちがひとかたまりになって、あたしにとびかかって来て、まるで人食い人種そこのけのはげしさで、がつがつと、あたしの身体をむさぼるのでした。
それから、あたしは淫らな踊りを踊らされて、それで、あたしの入門の儀式は終わったわけです。
あたしは、もう、すっかり消耗して、へとへとになってしまいました。
でも、見事なものだといって、みんなからほめられたものです。
すると、とてもぴちぴちして張り切った小柄な尼さんが、あたしを誘って、寝床へひっぱって行くのでした。驚いたことには、の尼さんときたら、院長さんよりずっと上手で、その上、物凄いほどの長局ときているのでした。ほんとにもう、悪魔の申し子かと思うばかりのおつとめ上手で、このひとのおかげで、あたしはほんのの肉体の情熱を締験したのでした。夜の大狂宴のときには、あたしは大抵このひととずっと一緒にすごしたものです」「あなたたちの狂宴の場所は、どんなところでしたの?」
「それはね、道楽者が智恵をしぼって、巧みに飾りたてたようなとても広い部屋でした。東洋風な大きな入口が二つあって、その扉には、金のふさでふちどられて、おかしな絵がたくさん描いてある緞帳がかかっているのです。壁という壁には、濃紺のビロードが張ってあって、その枠には、上手に細工したレモンの木の広い板がはめてあるのです。そして、その壁には、天井から床までとどく大きな鏡が、同じ間隔をおいてはめこんであるのです。こんな風ですから、夢中になって、おつとめをしている裸の尼さんたちの姿は、いろいろさまざまなかっこうをしたまま鏡に映って、気分をかきたてるというわけです。クッションや寝椅子が坐席のかわりになり、いろいろな仕方でおつとめをしたり、いろいろなお祈りの恰好をするのに、実に都合よくなっているのです。嵌木の床には、柔かくてきもちのいい織物が二重に敷いてあるのです。
そこへ、消耗しはてた情熱も、またすぐ燃え上らせるほど淫らな恰好をして、二十組もの艶事仲間が登場するというわけてす。その上、天井の絵ときたら、目もくらむほど放埒な姿態が描いてあるのです。いつでもそれを見ると、あたしはすぐさま、妙にたけった気分になって来るほどでした」
「あたしも見てみたかったわ。どんなに素敵だったでしようね」
と、ファニイは声を上げました。
「装飾の豪華なことといったら、まずこんなものですけれど、このほかに、また、酔うような匂いと花が加わるのです。部屋のなかは、いつでも同じ丁度いい暖かさになっていて、六つの石膏づくりのランプからは、やわらかい光りが流れてきて、オパール宝石の反映よりももっとあまく、神秘的でした。こんな中にいると、なんといったらいいかわからないけれど、とらえどころのない愉しさ、身体があまくとけて行くような欲望、ぞくぞくする夢、そんなものがいりまざって、身体の中から湧きだして来るのですね。まるで東洋みたいなのです。東洋風な豪華さ、悦楽の詩、ゆったりした逸楽的な気分が湧いてくるのですね。ハレムの神秘とでもいったようなもの、秘密な歓び、なんにもまして、とても言葉なんかではいえないような、けだるい気持、とでもいったらいいかしら」
「そんなところで、好きなひとといっしょに酔いしれて夜をすごしたら、まあ、どんなにかいい気持でしょうね!」
と、ファニイはうっとりと叫ぶのでした。
「もちろんよ、きっとそのままで、愛の殿堂にもなったでしょうね。だけど、ここでは、毎晩、燃えくるう地獄の狂宴のかくれ家になっていたのよ」
いよいよ話が本題に入ると思って、ファニイは息を呑んできくのでした。
「で、どんなふうだったの?」
「真夜中の鐘が鳴ると、尼さんたちが入って来るのです。みんな簡単な黒い長衣をはおっているのですけど、これは身体の白さをひきたたせるためなのです。みんな裸足で、髪は結ばずに長くたらしたままです。やがて、まるで魔法にでもかかったように、すばらしい食器類があらわれ、院長さんがちょっと合図をすると、みんなわれさきにとびつくのです。坐ったままぱくつくのや、クッションの上にねそべって食べるのや、ご馳走はすばらしく、あたためた葡萄酒はちくちく刺戟し、ひどく食欲をあおりたてます。
この女たちの顔つきは、あまりの悦楽に度を過ごしたために衰えはてていて、昼間の光りで見たら、冷えた蒼白い色をしているのに、いまは次第に顔色をとりもどして、ほてってきて、酒の神バッカスがたちのぼらせる雰囲気や、料理のなかへ入れた媚薬などが、身体を熱くし、頭をかきみだして来るのです。
やがて、お話は次第にはずんできて、さわがしくなり、いつもおきまりのことで、しまいには、歌や、くすくす笑いや、叫び声や、それから、盃や酒瓶のかちあう音にまじって、淫らな話や、いちゃつきがはじまるのです。
そのうちに、のぼせあがって、もう我慢もなにも出来なくなった尼さんが、隣にいる尼さんに倒れかかって接吻します。と、これを合図に一座はざわめいて、二人一組が方々に出来あがり、いよいよ贖罪の夜のおつとめが始まるというわけです。
さて、まず、おつとめはおたがいの接吻で始まるのですが、いくら心をこめた遠慮会釈のない接吻にしろ、そんなものでは、神のみ心にかなうにはほど遠いとうわけですね。
そこで、おたがいに着物をはぎとりあって、組うちにうつることになるのです。
それは、見るも奇怪な、それでいて、見る人の身体を火と燃やししまうようような光景です。
しなやかで、すべすべした女の身体が、どれも一糸もまとわぬ自然のままの姿で、しっかりと組みあって、力をこめて緩急自在に押し合って、狭い門より天の恵みを得ようとつとめるのです。
いくら苛立って努めても、なかなか恵みが来ないとなると、ちょっと身を引いて、息を入れるのです。そして、燃えあがった眼であたりを見まわしながら、一番上手そうな、素敵な恰好をして待っている人を見つけて、飛びついて行くのです。
また、あまりに上手に攻めたてられて、たけりたった一人は、いきなり相手をおし倒して、双の円柱の間に口づけして、恵みの泉をむさぼり、相手の口もとに自分の恵みの泉をさし向けるのです。やがて、おつとめの喘ぎとお祈りの声が、ひときわ高い二つの感謝の叫びにかわって、祝福がおとずれたのを示します。
すると、ほかの尼さんたちも、
『お恵みよ、お恵みよ』
と、くりかえして叫ぶのです。
狂いたち、たけりたった女たちは、二人で、三人で、四人でと、相手かまわず攻めたてあって、それこそ、その有様ときたら、闘技場に放たれた獣たちよりも、もっと激しいものでした。
時がたつにつれて、狂宴はますます猛り狂っていって、やがて女たちは、おたがいの攻撃に息をきらし、最後の力まで消耗しつくし、その場に倒れてしまうのです。そして、裸の女たちが、もう、めちゃくちゃに入り乱れ、息も絶え絶えに、二目と見られぬ淫らな姿で、累々と横たわって、そこへ朝の初光がさしこむのです」
すると、ファニイは、
「なんて凄いんでしよう!」と、叫び声を上げるのでした。
夫人は続けました。
「贖罪の夜のおつとめは、こんなことくらいじゃないのよ。まだまだ、きりがなく変化があるのよ。
なにしろ、男がいないものだから、あたしたちはいろいろと工夫をこらして、とてつもないことをいろいろと、発明しなければならなかったのよ。
だって、そうするより仕方がないわけでしょう。
とにかく、近頃のはもちろんのこと、古い昔の淫らな話に出てくる様々なことで、あたしたちの知らないものはありませんでした。そんなものは、とうに卒業していたのでした。
あの有名なエレファンテスやアレテノだって、空想の力にかけては、あたしたちに遠く及ぶものではありません。
だけど、力を恢復させ、欲情をかりたてて満たすための技巧とか、妙案だとか、よくきく惚れ薬なんかのことは、長くなりすぎるから、話さないことにしましょう。
だけど、身体をぴんとさせるために、あたしたちの仲間の一人が受けた異様なあつかいで、あとは察してくださいね。
本当に消耗しつくして、身動きもできないでいるのを、まず精力をとりもどさせようというので、熱い血の風呂につけるのです。それがすむと、こんどは媚薬のまじった水薬をのませ、寝床にねさせて、身体じゅうをこすってやって、そのうちに、この女が眠りかけてくると、都合のいいかっこうに裸にして、血の出るほど鞭で叩いたり、ちくちく刺したりするのです。苦しまぎれに目をさまして、そうすると、うわごとを言い出すほどに持ち直して来て、やがて、気ちがいみたいににらみつけ、はげしい身ぶるいをするようになるのです。これに耐えられた女は、六人いましたけど、こうなると、もう、本当に猛り来るってきて、気を鎮めるためには、犬を使うよりほかにありません。逆上して、とめどもなく、恵みの泉をそそぎだしたものです。
けれどとも、これでもしずまらないと、不仕合わせな女は、もう見るもおそろしい形相で、大声あげて、驢馬を! 驢馬を! と叫びだすのです。
「まあ、驢馬ですって、なんてものすごいんでしょう」
とファニイは、興奮して叫んだ。
「そうよ、驢馬なのよ。あたしたちのところには、とても仕込みのいい、おとなしい驢馬が二匹いたのよ、あたしたちは、らんちき騒ぎに、それを使ったというローマの女どもなんかに負けてたまるものかと思っていたのよ。
じゃあ、あたしの経験を話すことにするわ。あたし、はじめて驢馬をためしてみたときは、お酒に酔っていました。なみいる尼さんたちにいどむようにして、台の上へとびあがったのです。すると、驢馬が革帯でうまい具合に立たされて、すぐさま、前の方からあたしにさしむけられました。尼さんたちが手でいきなりたたせたものだから、この大砲はおそろしいほどのものになり、あたしの横腹に重々しくぶつかってきました。まっずあたしは、両手でつかまえ、悪魔の洞穴にあてがいました。そして、自分でも身体を動かし、また指と、すべりのきく煉り油をきかせたので、やがて、あたしはすくなくとも五インチ位は征服したのでした。それだけでも、相当な努力で、力がつきたような感じがするほどでした。そのうえ、ほんとに皮膚はひきちぎれ、身体は四つざけに割れさけるような思いでした。いっぱいにほおばった苦しさといったら、息もつまるぱかりです。それでも、それには、何かとんでもない、熱っぽい歓びと感激がまざっているのです。一方、けだものの方といえば、しょっちゅう動いて、おつとめに励むものですから、たまったものではありません。あんまりすごいので、あたしはどろどろに突き砕かれるかと思うばかりです。恵みの泉はひらききって、どくどくとあふれて来るのでした。そして、あたしも奧の奧まで、熱しきった焔の噴水に存分にひたされ、身体の中のあらゆるものが、嬉しがって流れだすようでした。あたしは力つきて長い叫び声をあげました。そうしたら、少し楽になったので、あたしは勇躍して、また二インチばかり征服しました。あたしのあまりの勇ましさに、仲間の尼さんたちも仰天するのでした。
もうあたしは、気力もなにもなくなり、からだ中のふしぶしが痛んでいました。そしてもうお祈りをやめようと思った時、あの手におえぬ相棒は、前よりもいっそうものすごくはりきって、おつとめにとりかかり、あたしの身体を高々ともちあげそうにするのでした。そして、しばし、あたしは声も出ないほどの、死ぬばかりの苦しいおつとめに堪えなければなりませんでした。やがて、熱い熱い恵みの噴泉がものすごい勢いであたしをひたしてしまいました。まるで血管にあふれこんで、心臓まで焼くかと思われました。あたしの身体は、こんなにあふれるほどの香油をうけて、ぐったりとなってのびてしまうのでした。もう、骨はとびちり、脳味噌は焼けただれ、神経もぐたぐたにとけてしまうほどの、責苦と祝福でした。甘美な拷問です。たえがたいほどのおつとめの味わいというものは、いのちのきずなをうち砕き、酔い死にさせてしまうものと、見えました」
と、夫人がちょっと話をきると、
「聞いてるだけでも、身体が燃えつくしてしまいわ。あたし、我慢ができないくらいに熱くなってくるわ。……それで、いったい、どうしてその悪魔の修道院をでるようになったの?」
とファニイはは、興味をそそられてきくのでした。
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五 ガミアニ夫人、修道院を出るに至ったいきさつを物語ること
「それはこうなのよ」
と夫人は話を続けました。
「ある夜、とてつもない大さわぎをしたあとで、あたしたちは、
『ひとつ、かわりばんこに男になりましょうよ』
って、誰かが言いだしました。順番で男に扮装して、実戦のまねごとをしようというのです。つまリ鎖のようにつながって、前の相手を搦手から攻めたて、自分は後ろの敵から搦手から攻めたてられるというわけです。あたしは鎖の終りでしたから、攻撃一方に、つとめたのでした。そのとき、あたしは本当にびっくりしてしまったのでした。うしろから本物の攻撃を受けたのです。どうしてこんなところへ入って来たのかしりませんが、とにかく裸の男がたけりたって、それもあたしを相手に攻めたてて来たとうわけです。
あたしは仰天して、
『まあ、男だわ!』
と大声に叫んでしまいました。すると、これを聞きつけた尼さんたちは、みんな戦さごっこにせいだしていたのが、いちどにわかれて、この不幸な闖入者に鬨の声を上げておどりかかりました。だれもかれも、模擬戦でたけった気持を、実戦で満たそうとしたのでした。
度を越したもてなし受けて、この男は、見る見るうちのくたばってしまいました。精根つきはてて、ぐんなりとなってしまい、砲身は焼けくずれて、みるもあわれな有様になっていました。
あたしの番がまわってきて、この滋養たっぷりな仙薬を味わうことになったのですが、このぼろ布のようになった男を元気づけ、一戦交えるるのには、えらい苦労をさせられました。が、とにかく、あたしは、それに成功しました、あたしは、このまるでいまにも死にそうな男の上に横たわり、逆さまになって、このねむれる閣下に舌先三寸の妙技をご披露申したのです。あたしが上手だったのでしょう、閣下は赤い顔をしておめざめになり、よきにせい、というわけで元気づかれました。あたし自身もまた、舌先三寸のおもてなしを存分に受けたので、いまあたしが征服した閣下の笏の上に堂々と、しかも夢中ですわりこむが早いか、思いがけない悦びが近づいてきたことを感じました。たのしみの洪水を閣下からもちょうだいし、あたしからも差し上げました。
この戦いを最後に、この男はくたばってしまいました。なんとしても、元気づかないのです。
それで、こんなことが信じられるかしら?
この不幸な男が、もうなんの役にも立たないとわかると、尼さんたちは、何のためらいもなく、この男を殺して穴の中に埋めてしまわねばならぬ、ときめてしまったのです。秘密がもれて、修道院の存立があぶなくなるのを恐れたわけでした。あたしは、こんな罪なことをするひとたちに反対しましたけれど、無駄でした。たちまち、天井のランプが一つ取りはずされ、そのあとに、男の首に綱をかけてロープでひきあげたのです。あたしは、この恐ろしい光景を見まいと、顔をそむけました……ところがなんと、驚いたことには、このしぼりつくされた男にも、首吊りにつきものの例のことが起りました。つまりこの男は、最後の捧げ銃をしたわけです。この最後の捧げ銃に憾激した院長さんは、台の上へ上っていって、仲間の大喝采をうけながら、死人と室内にぶら下って、おつとめをしたのです。
ところが、これでお話はおわったわけじゃあありません。綱が細すぎたか、それとも、すりきれていたせいか、二人の重さにたえかねて、綱は弱って、切れてしまいました。さあたいへんです。死人と生きた女がどさっと落ちて来て、院長さんは骨を折り、死人のほうは、首の締め工合が悪かったのか、息をふきかえしたのでした。そして、この首吊りさんは、今度は反対に、居丈高になって、院長をしめ殺してやるとおどかしたのです。
この有様に、尼さんたちは驚いたのなんのって、大勢の人の上に雷がおちたどころではありませんでした。悪魔があらわれたと思い、だれもかれもがぎょっとして逃げ出しました。あとには、院長さんがたった一人とり残されて、命びろいをした男としたばたつかみあっていました。
この出来事のために、きっと恐ろしい結果が来るにちがいないと思い、あたしは難をさけようと、その夜のうちにこの放埒無惨な罪の巣から逃げ出しました」
と、夫人の話はつぎに移るのでした。
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六 ガミアニ夫人、フィレンツェでの愛と悦楽を物語ること
夫人は、続けて話し出しました。
「しばらくの間あたしは愛と魅惑の町、フィレンツェに身を隠しました。そうこうする間に、若い英国人のサー・エドワードが、このひとはオズワルドのように情熱的な夢想家でしたが、あたしにはげしく熱をあげてくれました。あたしも、けがらわしい悦楽にはあきあきしていたところでした。それまで、いきいきと動いていたのは、あたしの肉体だけで、魂はまだ眠っていたのです。
それが、清らかな言葉をうけ、上品で教養もゆたかな愛の魔法にかかって、しずかに眼ざめたのです。それからというものは、あたしは新しい生活を知りました。
ほのかな、消えることのない、望みをもちました。この望みが、人生に幸福をもたらし、詩化してくれるのだと思ったのです。燃えあがりやすい肉体というものだって、ひとりでに燃えるってものじゃあないのです。何かひとつ、ぱっと火花がちると、それから、何もかにもが始まるとうわけです。
こんな風で、今度は、あたしを愛してくれる人の情熱が、あたしの心に火をつけたのです。あたしにとっては、それまで聞いたこともない愛の言葉を聞き、あまく楽しいふるえ心地で、耳をかたむけたのでした。目もひらききって、なんなりとも見逃すまいとしたのです。
愛人の目に輝いた焔は、あたしの魂まで焼き尽くし、歓びをわきたたせました。エドワードの声は、あたしをいきいきと活づけました。情熱に輝く顔つきから、あたしは彼の思いを察したものでした。なんにでも極端なたちのあたしは、前に官能に生てきたように、こんどは魂で生きようとして、夢中になっていたのです。あたしは有頂天になり、愛は昂揚して、けだかいほどになってゆきました。淫らな楽しみは、思ってみただけでも、ぞっとしました。もし無理じいに求められたら、きっと怒って死んだかもしれません。こんな風に、肉体のいざないをしりぞけて、愛の熱情だけを煽りたてていったので、エドワードが先に参ってしまいました。いったいなぜ、あたしがこのようなプラトニックな愛につかれているのか、その理由を彼は見やぷることができなかったのです。
やがて彼は、官能とたたかう力がなくなったのでした、それで突然、ある日のこと、あたしが眠っている間をおそって、あたしを自由にしてしまいました……あたしは、熱っぽく抱きしめられている最中に、眼をさましました。あたしはわれをわすれて相手を夢中にさせ、あたしも夢見心地をともにしました。魂のほうとは別に、あたしの肉体は、しばらくの間ほっておかれたので、もうこがれきっていたのですものね。あたしは三度も天国へのぼり、エドワードは三度、神になりました。
けれども、彼が参ってへたばったとき、あたしは彼を抱きながり、ぎょっとしました。もう彼は、あたしにとって、肉と骨だけの男にしかすぎない、あたしの花をちらしたあの坊主と同じものではないか、と思ったのです。
狂ったような笑い声をたてながら、突然、あたしは彼の腕からすりぬけたのでした、愛の理想は打ちくだかれてしまって、愛の魂も、もうあたしからぬけでてしまいました。そして、官能だけがうかびあがり、あたしは、もとのあの悦楽のくらしへもどっていったです……」
「それでまた、女の人とのたのしみごとへもどったの?」
と、ファニイがきくのでした。
「いいえ、どういたしまして。まずあたしは男どもをうちまかしてやろうと思ったの。もう欲も未練ものこさぬようにと、あたしは男どもが女にあたえられるだけのたのしみは、たのしみつくしたのした。有名なとりもち婆さんを通して、あたしは次から次へと、フィレンツェでいちばん達者で、いちばんつよい巨人たちを相手にしました。あたしは、昼間のうちに三十二番もやって、まだ欲しかったことさえあったのです。六人の腕達者が参ってしまって、へたばったこともあります。それから、ある晩のこと、あたしもっといいことをしたのでした。
その晩あたしは、三人のよりぬきの頑丈な男たちと一緒でした。あたしは身ぶりや、いろいろな話で、男たちをほどよい気分にそそりたてておききました。そのとき、ふいと、あたしに悪魔めいた思いつきがうかんだのでした。そして、こいつをひとつうまくやってのけてみようと思いました。
そこで、まずあたしは、いちばん強い男をあおむけに寝させました。そしてあたしは、その男のものすごい道具を上からゆるゆるともてなし、その一方、二番目の男にすばしこく地獄の入り口から突入させました。あたしの口は、これまた三番目の男の風笛をもてなしましたが、これがじつになまなましくもくすぐったかったと見え、彼は狐つきみたいにあばれて、おそろしく熱をあげて、叫びちらしました。三人ともいちどに、身をこわばらせて、破裂しそうな歓びにひたりました。あたしの宮殿はなんと熱かったことでしよう!
このものすごさを、想像できるかしら?
口からは、男の力のありったけを吸い込むのです。がまんのならぬ渇きを感じて呑みこみ、熱くにえたって泡だったクリームを、なみなみとのみ下しました。それから、二重の火の噴水が、前とうしろから身体をつらぬいて、骨の髄までとかすほどに、しみこんでくるのです。とても口ではいえない、三重の祝福をといちどきにうけたわけです。こんな具合にして、人なみすぐれた力持ちの男たちは、勇敢にも力がつききはてるまで、交替に持ち場をかえて、つとめてくれるのでした。
それからあたしは、男たちには倦きていやになりました。こうなると、おずおずしたまだうぶな処女の、若い娘さんのやわらかくてふるえるはだかを抱きしめるよりほかに、たのしみものぞみもなくなりました。こんなおぼこむすめに、おしえてやったり、とんでもないことをして驚かしてやったり、いい気持にうち沈めてやったり、ね」
と言って夫人は、うわずった眼をして興奮にとり乱した恰好をしているファニイを見ると、
「あら、どうしたの、ファニイ」
と、ファニイを抱きよせるのでした。
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七 ガミアニ夫人とファニイ、悦楽をつくして死にいたること
すると、もう、
「あたし、ぞくぞくして来るのよ。頭が燃えて、気狂いになりそうよ。死ぬほどもの凄いことがしたいのよ」
と、ファニイは狂うのです。
「さあ、何でもしてあげてよ」
と夫人の手は、もうファニイにはたらきかけているのです。
「あの驢馬め! 驢馬のお話しが、あたしを苦しめるのよ。あたし、大きいのがほしいの、はりさかれてもかまわないわ」
と叫ぶファニイに、
「あたし、もって来たのよ、ほら、驢馬よりずっと凄いわよ」
と夫人は、例の巨大な水鉄砲を見せるのでした。たけりたったファニイはそれを見ると、いきなり手にとって、自分でためして見るのですが、どうしてもうまくおさまりません。
そして、
「だめだわ、この悪魔は!」
と苛立って叫ぶのです。
「まあ、なんにもしらないのね。おしえてあげるわ」
そういって、夫人はファニイをあおむけに寝かせ、手足をのばさせ、二つの円柱をいっぱいに開かせるのでした。
じれきって、攻撃を今やおそしと待ちかまえているファニイを見ると、夫人は水鉄砲の攻撃よりも、まず二枚の薔薇の花びらを手でひろげて、魅力のあるしべに口づけするのでした。
百戦練磨の夫人に、心をこめて攻めたてられるのですから、ファニイはたまったものではありません。身もよもないまでに身もだえし、攻撃をのがれようとするかと思うと、よりいっそう攻めこんでもらおうとあせるのです。
力にはりきった夫人が、若いファニイを思う存分に天国におくりこもうとつとめる有様は、気もそぞろになるばかりの眺めでした。
やがて、ファニイは感謝の叫びを上げて、天国の祝福にひたされたのですが、静まるどころではありません。すぐきま立ち直って、今度は夫人に攻めかけて行くのです。
今は、われを忘れ、身もよもなく、のぼせ上った夫人とファニイは、たけりはやって神のみ心にかなおうと、おつとめにとりかかるのでした。
さまざまの型のおつとめとお祈りがささげられました。
部屋は、おつとめの喘ぎとお祈りの叫びで満たされ、二人の跳躍に聖壇はぎししぎしと砕けそうに鳴るのでした。
いくたびか祝福の歓喜がおとずれ、二人の恵みの泉は流れ出して、あたりをひたすほどでした。
まるで、それこそ、地獄の悪魔に憑かれたかと思うばかりの狂乱です。
やがてのことに、最後の叫びとともに、ファニイは力つきて倒れるもでした。
それでも、たけりたった夫人はこんなことで満たされるどころではない、といった有様で、手で自分をそそりたてるのでした。そうしておいて今度は、巧みに手と口でファニイを元気づけにかかるのです。
やがて、目を開いたファニイを見ると、夫人は一本の薬瓶をとりだして来て、まず自分で半分ほど飲みほし、ファニイにさし出すのでした。
「これを、飲みなさい、いのちの仙薬よ。力を回復するから!」
ぐったりとしたファニイは、なかば開いた口に流しこまれた液体を、うれしげに飲みほすのでした。すると、
「ああ」
と夫人は割れるような声で叫ぶのでした。
「これで、あんたはあたしのものになるのよ」
そして、夫人はファニイの脚の間に膝をつき、例のおそろしい巨大な水鉄砲を身につけ、おびやかすように振りまわすのでした。
これを見ると、ファニイはみるみる元気づいて、狂って来るのでした。うちに燃え上る火があれくるい、彼女を焼きつくすようで、身体を投げ出して、手足をいっぱいに開いて、大の字になって、彼女は見るも恐ろしい飛び道具の攻撃をまちかまえるのでした。
やっとのことで、飛び道具はすっぽりとおさまり、猛烈な責め苦がはじまるやいなや、ファニイは奇妙なけいれんをしてあがいて、絶叫するのでした。
夫人は、もだえ苦しむ叫び声にも一切おかまいなしに、ひときわ力をこめて攻めたてるのです。
そのうちに、やがて、夫人の方も、身をかきむしって、崩れおちるのでした。手足はよじれたようになって、指の骨が鳴りだしたのでした。
もう、疑う余地はありません。彼女は猛烈な毒を自分でも飲み、ファニイにも飲ませたのでした。
わたしは、ぎょっとして、力まかせに扉をこわし、二人を救いに飛び出しました。しかし、かなしいかな、ファニイはもう息たえてました。そして、腕も足も恐ろしいほどによじれて、それでいて、しっかりと夫人にかじりついているのです。
わたしは、この二人を離そうとして、努力しました。すると、夫人はぜいぜいとした息の下でいうのでした。
「わからないの、毒がまわって来たのよ。ねえ、ファニイはとうとう、あたしのものになってしまったのよ。さあ、あっちへ行って、あんたなんかに用はないの!」
夫人は苦しみの中にも、勝ちほこった様子でわたしにわらうのでた。
「おそろしい!」
と、仰天して、わたしは叫びました。
「そうよ、あたしは勝ったのよ。あたしはありったけの歓びをしたわ。わかった、阿呆!」
胸の底からしぼり出されたような、ながい叫び声とともに、このものすごくあれ狂う女は、屍の上に倒れたのでした。
つまりガミアニ夫人は、ありとあらゆる悦楽の果てに、死をもっておつとめを仕上げたというわけです。でも、これが神のみ心にかなうかどうかと、わたしは暗い気持になって考えて見るのでした。
ファニイは、ただ夫人に利用されたようなものです。が、彼女も、ごの短い間に、この世におけるあらゆる悦楽を充分にたんのうしたのですから、何といったものかわかりません。(完)
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訳者あとがき
本書は Alfred de Musset(1810〜57)の Gamiani のブリュッセル版の完訳です。本書には、他にヴェネチア版、パリ版など、多数ありますが、定本といわれているブリュッセル版を用いました。フランス浪漫派の巨匠であり、一世の大詩人ミュッセの二十二、三歳の作といわれ、その肉筆原稿は莫大な価格を呼んだものです。
本書をミュッセが書いた動機とか、その時の状況として次のような挿話が伝えられています。ある夜、パリのあるサロンに、四、五人の青年文学家たちが集まり、話しはたまたま世界の本当の愛欲物語は何かということになり、様々な論議が戦かわされたあげく、フランスには一つとしてこれぞというものがない、ひとつこの集まった人たちで、その定本となるようなものを作ってみようではないか、ということになりました。そして、三、四日の後に、おのおの創作して、それぞれ持ちよって、お互いに朗読して、批評しあおうではないか、ときめました。その時、第一位を得たのがこの Musset の Gamiani でした。
一読してわかるように、本書は詩人の作にふさわしく、肉の香の高いものですが、あくまで文芸作品として、しかも詩的なものとして、価値高いものと喧伝されているものです。
なお、社会的な面からは、当時の修道院の腐敗をえぐり、また、愛欲の果てに死ぬ二人の女性を描いて、そこに道徳的な、倫理的な問題を提出しています。