【魔女学校の転校生】
ジル・マーフィ
1 カックル先生の魔女学校は新学期。転校生が、やって来ました。
カックル先生の魔女学校に夏がきました。でも、だからといって、気の滅入るような学校のふん囲気が、変わるはずもありません。学校の建っている山は、いつも霧がうずまき、うっそうとした松の木におおわれているのですから。
新学期の最初の朝、一年生のクラスは、ぱっとしない夏服を着て、教室に集まっていました。夏の制服は、冬服より、もっと地味で、黒とはい色がチェックになった、半そでのワンピースです。腰にまいたサッシュベルトが、いくらか色どりをそえていますが、あとははい色のソックスに、黒のひもでしめるくつ。冬の間、黒いウールのちくちくする長くつしたに、つつまれていたおかげで、みんなのひざは、びっくりするほど白く見えました。
見たところ、こんないん気なようすなのに、教室には、わらい声がひびきわたり、生徒たちは、学校が始まって、とてもはりきっていました――ミルドレッド以外は。「心配」これがミルドレッドの胸のうちをあらわすのに、いちばんてきせつないい方でした。ミルドレッドは今、つくえの上にこしかけて、モードが、お休みの間におこったことを話しているのに、耳をかたむけているふりをしていました。
ほんとうのことをいうと、モードの話は、耳をす通りしていたのです。今学期中に、おこるにちがいないおそろしいことを、あれこれ想像するのでいっぱいだったからです。まだ始まってもいない学期のことをですって? これから、何週間も何週間も続くのに! ミルドレッドは、先学期の終わりに、あきれるほどひどい通信簿をもらい、家族のみんなに、今学期こそは、ちゃんとやると約束したのでした。
カックル先生がわざわざ親切に、ミルドレッドが、学校を破滅からすくった日のことを、下記加えてくれましたが、むだでした。そんなことぐらいでは、それまでのとんでもない日び――物にさわればこわすし、何かをやれば失敗ばかり、その上、物事をおもしろくしようとして、ちょっとしたいたずらがやめられない、といったような日びのことを、うめあわせするには、足りなかったのです。ともかく、ミルドレッドが、家に持ち帰ったうちでも、最悪の通信簿でした。
「ミルドレッド!」モードの声でミルドレッドは、はっと我に返りました。
「ちっともひとの話、聞いてないじゃない」
「あら、聞いてるわよ」ミルドレッドは、あわてていいました。
「じゃあ、何をしゃべってたか、いってごらんなさいよ」
「ええと――たん生日にペットのコウモリをもらったっていう話じゃなかった?」どうか、あたっていますように。
「ほらごらんなさい、聞いてなかったじゃないの!」モードは、ここぞとばかり、「そんなの、十分も前にした話よ」
とつぜんドアが開いて、みんなの恐怖の的、ハードブルーム先生が、冷たい突風のように、さっと入ってきました。先生は、見たことのない女の子を連れています。生徒たちは、びっくり仰天して飛びあがり、あとはいつものように大さわぎ。つくえのふたはガタガタいうし、みんな自分の席にもどろうとしてしょう突したり、てんやわんやです。
「おはよう、みなさん」ハードブルーム先生は、てきぱきといいました。
「おはようございます、ハードブルーム先生」生徒がこたえます。
「みなさん、学校が始まって、さぞかしうれしいことでしょうね」ハードブルーム先生は、目を細めて、最前列の不運な生徒を、じろりとにらみつけました。「お休みも終わって、いよいよ新学期です。勉強に対して、そなえは充分できていますか?」
「はい、ハードブルーム先生」生徒たちは、せいいっぱい正直そうな声で、いっせいにこたえました。
「よろしい!」ハードブルーム先生は、気のなさそうな形ばかりのはく手をしました。「さて、転校生を紹介します。イーニッド・ナイトシェイドです」先生は、うつむいて、床に根がはえたように立っている転校生を骨ばった手で、さし示しました。
イーニッドはせの高い少女でした。ミルドレッドよりも、高かったのです。それに、大きな手足をしていて、いささか不器量でした。髪はミルクティのような色で、きちんとたばねて、ふとい一本のみつあみにしています。でも、しばっている黒いリボンをほどいたら、すぐさま波うって、ばらばらになりそうでした。
「イーニッドは、今学期から、みなさんといっしょに、勉強をすることになりました」と、ハードブルーム先生。「ミルドレッド、あなたがイーニッドのめんどうを見てあげてください。はっきり断っておきますが、これはわたくし考えではありません。でも、カックル先生が、かわった御意見をお持ちなのです。こういう責任のある仕事をまかせたら、あなたのような生徒でも、良識ある、信頼できる生徒に、かえられると、本気で信じていらっしゃるのです。ま、ここだけの話ですが、わたしくにいわせれば、まったくむだというものですね。何も知らないイーニッドに、札つきの問題児の道をたどらせるだけですよ。エセルのような優等生にまかせられるのなら、本当に安心なのですが」
意地悪で、いい子ぶったエセルは、こう聞くと、すましかえって、にっこりわらいました。みんなは、それを見て、エセルをひっぱたいてやりたくなりました。
「とはいうものの」ハードブルーム先生は続けました。「わたくしの判断が、まちがっているのかもしれません。ほんとに、そうであることを望みます。ミルドレッド、どうかイーニッドに、学校の中を案内してあげてください。それから、数日の間は、イーニッドといっしょに行動してください、いいですね、お願いしますよ。さて、イーニッド、ミルドレッドのとなりの席に着きなさい。それでは、授業を始めます。始業式は、明日の朝、講堂で行います」
「やんなっちゃう」イーニッドを、そっと横目で見ながら、ミルドレッドは、考えました。イーニッドは、からだをちぢこませて、きゅうくつそうにすわっています。
「あんまりおもしろいことは、期待できそうにないわ」
でも、ミルドレッドの予想は、どうやら、とんでもないまちがいだったようですよ。
2 ドアがバタンと閉まって、モードとミルドレッドが、なかたがい!?
つぎの日の朝早く、起床のベルがなる前のこと、モードは石のろうかにしのび出て、ミルドレッドのへやの前までいくと、ドアをそっとノックしました。
何のこたえもありません。これは、別におどろくことではないのです。ミルドレッドが、いったんねむり始めたら、どんな音がしようと、目をさまさないのは、有名なことでしたから。起床のベルがなもってもおきないので、モードはよく、耳のそばで、大声を出さなければならないほどでした。
モードは重いドアをす早く閉め、しのび足でへやに入ってきました。夜の外出から、帰ってきたばかりの、三びきのコウモリが、モードの頭をさっとかすめて、はりわたした横木に、さかさまにぶらさがりました。
ミルドレッドのトラネコが「ニャーン」とないて、モードの足にからだをこすりつけました。モードがだきあげると、トラチャンは、すぐにモードの首に、毛皮のストールのようにまきついて、のどをゴロゴロならしました。はい色のもめんのネグリジェだけでは、ちょっと寒くなっていたところで、このえりまきは、とても助かりました。
「ミルドレッド」モードは、ふとんのかたまりに、ささやきかけました。
「おきてよ、ミルドレッド。わたしよ、モードよ」
「なぁーに?」ふとんの奥のほうから、ミルドレッドの声が、むにゃむにゃ聞こえたかと思うと、またすぐいびきの音にもどってしまいました。
「ミルドレッド!」ふとんのかたまりをぐいぐいゆすりながら、モードがまたささやきました。「ねえ、おきてよ!」
まくらの上に、ミルドレッドの顔があらわれました。
「ああ、モード、おはよう!」と、ミルドレッド。「もうおきる時間? わたし、またベルが聞こえなかったのかしら?」
「そうじゃないわ」モードはそういうと、ベッドのはしにすわりこみました。「まだ早いのよ。コウモリが、やっと帰ってきたとこだもの。わたし、みんながおきだす前に、ちょっとおしゃべりしにきたの」
ミルドレッドは、もぞもぞとはいあがって、ベッドにおき直りました。
「これ着なさいよ、こごえちゃうわよ」ミルドレッドは、黒いマントを指さしました。モードは、ベッドの柱にかかっていたマントを取りあげると、肩にかけました。
「ありがとう」と、モード。「休み時間、何をする?」
「あのね」と、ミルドレッド。「わたし、イーニッドに、学校を案内しなくちゃならないの。ほら、実験室とか体育館とかなんかを」
「だれかほかの人に、まかせられないの?」モードは、ちょっとむくれていいました。「あの子、すっごくつまんなさそうよ。それに、わたしたち、どこにいくのだって、いつもいっしょだったじゃないの」
「そうもいかないと思うわ」と、ミルドレッド。「ハードブルーム先生に頼まれてるし、だれかにおしつけたら、イーニッド、気を悪くするわ。それに、あの子学校になれてないから、ちょっとかわいそうだと思うのよ」
「わかったわ」モードもしぶしぶうなずきました。「あとでよびにくるわ。始業式には、いっしょにいかれるんでしょ?」
「うーんとね、イーニッドをつれていかなくちゃならないの」ミルドレッドは、気まずそうにいいました。「でも、どっちみち、あんたもいっしょにいかれるじゃない」
「もう、いいわよ!」モードは、とうとうおこりました。「それぐらいなら、ひとりでいくわ」モードは、マントとトラチャンをふりはらうと、「一週間もしたら、お目にかかってくださるんでしょ!」
「モードったら!」と、ミルドレッド。「そんなこといわないでよ。わたし、そんなつもりじゃ――」
でも、モードは、もうへやを出ていってしまいました。モードに力まかせに閉められたドアが、ものすごい音をたてました。
3 イーニッドのペットはサル? ミルドレッドは始業式でふきだすところ
十分後に、起床のベルがなりわたり、いん気なろうかにこだましていきました。ミルドレッドは、寝直そうとしていたところでしたが、しかたなしにおきることにして、洋服を手さぐりでさがしました。服は、いつものようにへや中、ぬぎちらかしてあります。したくをするのに、夏服は冬服よりかんたんでした。冬服のときは、ネクタイで手こずったのです。なぜか、いつも、ごちゃごちゃになってしまうのでした。
今朝は、おこされる前にひとりでおきたし、したくももう、てぎあがってしまったので、ミルドレッドは、もうちょっとで、モードのへやのドアをたたいて、おどろかそうとしたところでした。でも、ふいにイーニッドのことを思い出し、へやによびにいきました。
「イーニッド! もう、おきてる?」ミルドレッドはドアごしに、そっといいました。
「ちょっと待ってて!」イーニッドの声が聞こえます。「いま、サルにごはんをやってるから」
「サルですって?」と、ミルドレッドはめんくらって、考えました。「聞きちがえたんだわ」
ところが、そうではなかったのです。ミルドレッドがドアを開けると、イーニッドは、ベッドのはしにこしかけていました。そして、イーニッドの肩にほっそりしたはい色のサルが、すわりこんで、バナナを食べていたのです。
「この子、ほうきのうしろに乗って飛ぶんだ」と、イーニッドがいいました。ミルドレッドは、大急ぎでドアを閉めました。ひょっとして、ハードブルーム先生が、あらわれないともかぎらないからです。
「だって、それサルじゃない、イーニッド!」ミルドレッドがさけびました。「そんなの、許してもらえないわよ。規則でネコしか、かっちゃいけないことになってるのよ。フクロウだって、だめなんだから」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」イーニッドは軽くうけあいました。「ほうきのうしろでせ中をまるくしてれば、だれにも見つからないって」
「そうかしら」ミルドレッドがゆううつそうにいいました。「あんたまだ、ハードブルーム先生のこと、知らないからよ」
「どっちみち」イーニッドは、ミルドレッドが、必死で心配してくれるのを聞き流して、「のろまなネコなんかより、ずっとおもしろいもの。しっぽでほうきにぶらさがったり、いろんなこと、するんだ」
「じゃあ、いいわ」ミルドレッドは、まだ心配そうです。「見つからないようにいのるわ。さあ、始業式にいきましょ、じゃないと遅れるわ。わたしが、あんたのめんどうを、みることになってるんだから、遅れるのは困るのよ!」
ふたりは講堂に入っていきました。モードを見つけたミルドレッドは、モードのうでをつかんで、ささやきました。「モード、ちょっと聞いて! イーニッドのへやに、なにがいると思う? ぜったいわかりっこないわよ」
でもモードは、ミルドレッドを無視すると、つんとすまして、行ってしまいました。
講堂の演だんの上には、カックル校長と、その横にハードブルーム先生が立っていました。
ハードブルーム先生がしかめっつらをしている一方で、カックル校長は、自分の前に整列している、ま新しい黒とはい色のチェックの群れにむかって、やさしくほおえみかけています。
ミルドレッドは、この何から何まで正反対のふたりを見て、もうすこしでふき出すところでした。カックル先生はせの低い人なのに、光沢のあるはい色の、きゅうくつそうなドレスを着たりしていて、そのおかげで、よけいふとって見えました。ハードブルーム先生の方は、せが高くて、とてもやせているところに、黒いたてじまのドレスを着ているものですから、いやがうえにも、やせて、せが高く見えました。
ハードブルーム先生は、するどいまなざしで、みんなをサーチライトのように、さっち見わたしました。ミルドレッドのしのびわらいは、雲にかくれる太陽のように、すぐさま消えてなくなりました。
「みなさん、元気で、もどってきましたね」カックル先生が、口を開きました。「また厳しい勉強が、待ちかまえていますよ。今学期は、普段の授業のほかに、運動会がひかえています。楽しみですね」
カックル先生は、ここまで話すと目を閉じて、苦しそうな色をうかべました。ミルドレッドも同じように、胸が痛みました。先学期のハロウィーンで、ほうきの編隊飛行をやったときの失敗を、思い出したからです。
カックル先生は立ち直り、ふたたび口を開くと、今度は、すこし、はずかしそうにいいました。「それから、わたくしのたん生パーティがあります。そのときに、いつもみなさんが用意してくださる、おまじないや歌を、とても楽しみにしていますよ」
みんなのうんざりした、低いブーブー声が、講堂中にひろがりました。カックル先生のたん生日パーティは、一年中でいちばん、たいくなつうえにもたいくつな、行事だったからなのです。
4 転校生は見かけと大ちがい。ミルドレッド、授業中に大ばくしょう
始業式のあと、一年生は、おまじないの授業を受けに、音楽室に行進しました。おまじないの授業の担当は、バット先生です。先生は、年をとった小がらな人で、ちぢれたはい色のかみを、みつあみにして、頭にぐるっとまきつけていました。いつもくせで、あごをぐいと引いているので、あごが三重に見えます。この三重あごが、小がらでやせたからだの上に、ちょこんと乗っているようすは、こっけいでした。それに、まるい銀ぶちめがねをかけていて、くさりで肩からさげられるようにしています(くさりといっても、きゃしゃな金のくさりではなく、どちらかといえば、自転車のチェーンのようなごついやつ)。そして、いつも耳に指揮棒をはさんでいました。
先生は今、黒地に、はい色の花もようのワンピースを着て、ピアノの前にすわり、生徒が入っていくのにあわせて、行進曲をひいていました。
「おまじないの授業って、すっごくたいくつよ」音楽室へ行進していきながら、ミルドレッドが、イーニッドにささやきました。
「おーや、そうかな、そうでもないかもね」意外にもイーニッドは、いたずらっぽく目をきらめかせて、ささやき返しました。
生徒たちは、みんな、席につきました。ミルドレッドは、モードとイーニッドの間にすわりましたが、モードは、かたくなに口をつぐんで、ミルドレッドが、わらいかけたのにも、しらん顔をしています。
バット先生は、みんなが、とてもよく知っているおまじないの出だしをひき始め、みんな、ばんそうにあわせて、歌い始めました。
ミルドレッドがおどろいたことに、イーニッドのおまじないは、完全に音程がはずれています。イーニッドの声は、バット先生の耳にはとどきませんが、ミルドレッドには、じゅうぶん聞こえて、ひきずられてしまい、自分の音程を、正しく唄うことができません。一小節ごとに、イーニッドが正しい音程から少しずつはずれるので、まわりの生徒は、ちゃんとした旋律を歌うのに一生けん命でした。
ミルドレッドが、横目でイーニッドを見ると、イーニッドは、ニヤニヤわらっているではありませんか。わざとやっていたのです! ミルドレッドは、反対側にすわっているモードを、ちらりと見ました。 モードは、くそまじめな顔をして、なんとか音程をたもとうと、必死の努力をしています。とつぜん、ミルドレッドは、ふきだしそうになりました。歯をくいしばって、なんとか、悲しいことを考えようとしましたが、となりからは、イーニッドの単調な、調子っぱずれの声が、聞こえてきます。とうとう、ミルドレッドはこらえきれずに、オートバイがエンジンをふかすときのように、ブーッと、ふきだしてしまいました。
ミルドレッドは、両手で口をおおい、ハンカチをおしこもうとしましたが、とても間にあいません。さいごには、からだを折りまげて、本格的にわらい始め、あんまりわらいすぎて、おなかが痛くなってしまいました。
「ミルドレッド・ハブル!」とうぜんのことに、バット先生の声が、教室中にひびきわたりました。こんなばかさわぎは、許さないぞ、というだんことした声です。それでもやっかいなことに、ミルドレッドのわらいはおさまらず、静かになった教室にこだましています。
「ここに出てきなさい。すぐにです!」バット先生は、命令しました。
ミルドレッドは、足どり重く、つくえの間を通りぬけ、ピアノの横に立ちました。ミルドレッドは、深呼吸をして、なんとかまじめな顔をしようとしましたが、顔は、わらいでゆがみ、頭の中では、まだイーニッドの声が聞こえています。
バット先生は、おこったとき、いつも決まってふたつのことをします。ひとつめは、さかんにうなずきはじめることで(今、まさにそうしています)、もうひとつは、耳のうしろから指揮棒を取って、オーケストラに向かったときのように、ふりたてることです(これも、やり始めました)。ミルドレッドは、先生が心底おこっているのだと、わかりました。
「うかがわせていただきましょう、いったいどういうわけで、そんなにうかれて、おまじないの授業を、めちゃくちゃにするのですか?」バット先生は、冷たく問いただしました。「ほかにはだれも、わらっている人など、いないようですよ。なにがそんなにおかしいのか、教えてもらいたいものですね!」
ミルドレッドは、モードとイーニッドをそっと見ました。モードはじっと自分の足もとを見つめていますし、イーニッドは、いたずらなんて知りませんといった、清純そのものの顔をして、天じょうを見あげています。
「あのう――」ミルドレッドは、口を開きましたが、とたんにわらいが、こみあげてきて、またもやどっと、わらいくずれてしまいました。
とうとうわらいが、おさまったときには、ミルドレッドは、すっかり息を切らしていましたが、口はきけるようになっていました。
「さて、ミルドレッド」バット先生は、はりつめたバイオリンの弦のように声をふるわせて、「わたくしはさっきから、納得のいく説明を待っているのですよ」
「イーニッドが、調子をはずして歌うのです」と、ミルドレッド。
「なんてこと!」と、バット先生。「このたわけたふるまいが、そんなあきれた理由からとは! とても信じられません。イーニッド、ちょっと、出てきてくださいな」
イーニッドは、前に出てくると、ミルドレッドならんで、ピアノの横に立ちました。
「さて、イーニッド」バット先生は、やさしくいいました。「うまく歌えないからといって、はずかしがることはありませんよ。ミルドレッドが、あなたの歌をわらいものにしたことなど、気にかけないでほしいと思います。さて、それでは、『ヒキガエルの目』の一小節か二小節を、聞かせてください。なにか、手助けができるかもしれませんから」
イーニッドはしかたなしに、前と同じように、わざと音程をはずした調子っぱすれの声で、歌い始めました。
ヒキガエルの目
コウモリの耳
カエルの足
ネコのしっぽ
ぜんぶいっしょに投げいれて
みんなぐるぐるかきまわし
銀のコップにそそぎこめ
ミルドレッドにとって、もうここまでが、がまんの限界でした。なんとか、まじめな顔をしていようという努力を忘れはて、わらいにわらってしまったのです。
みなさんにも、おわかりになると思いますが、バット先生にとっても、ここまでが、がまんの限界でした。そしてとうとう、その学期としては初めて、ミルドレッドは、校長室に行かされることになったのです。
5 またまたミルドレッドの大失敗。はたしてサルの正体?
ミルドレッドが校長室にやってきたのを見て、カックル先生は、うんざりした顔をしました。
「おはよう、ミルドレッド」先生は、やれやれというふうに、この不運な生徒にすわるよう、いすを指さしました。
「あなたがきたからには、何か伝言があるというふうな、おだやかな理由からじゃないかと、期待するのは、虫がよすぎるんでしょうね?」
「はい、カックル先生」ミルドレッドは、小さい声でいいました。「おまじないの授業中にわらっちゃって、バット先生に、ここへくるように、いわれたんです。友だちが、調子をはずして歌うので、がまんできなかったんです」
カックル先生は、めがねごしに、じっとミルドレッドを見つめました。校長先生と、こうして向かいあってみると、イーニッドの歌なんか、ちっともおかしく思えないのが、ふしぎでした。
「ねえ、ミルドレッド」カックル先生が、口を開きました。「この学校での勉強を、あなたが少しでも、身につけるみこみがあるのか、疑わざるをえませんね。一歩前進したかと思うと、四歩後退する、いつもそのくり返しでしょう? 学期が始まったばかりだというのに。転校生のめんどうをあなたに任せようとしたとき、ハードブルーム先生は、反対なさいました。今では、ハードブルーム先生の方が正しかったと思いますよ。わたくしは、あなたに、責任の重い仕事を任せたんです、ミルドレッド。期待にそってもらわなければ困ります。わたくしを、がっかりさせないでください」
「はい、カックル先生」ミルドレッドは、熱心にうなずきました。
「本当に、悲しいことですよ」カックル先生は、続けました。「あなたがこの何も知らない転校生を、自分といっしょに、だらくさせるとしたらね、違いますか? さあ、最後の機会ですよ。あなたもがんばって立ち直って、あなたの悪いうわさなど、わたくしの耳に入れないように、今学期の残りを過ごしてくださいな」
ミルドレッドは、カックル先生の注意を守ると約束しました。そして、きょうしゅくしてへやを出ていきました。
まだ、おまじないの授業は、たっぷり時間が残っています。バット先生から、もうもどってこなくていい、といわれていたので、ミルドレッドは、イーニッドのへやにしのびこんで、サルを見てこようと思いました。
イーニッドのへやに続く階だんを、そっと登っていくと、音楽室からは同級生のおまじないをとなえる声が、聞こえてきました。なんともいえないのびのびした気持ちでした。自分以外の学校中の生徒は、息のつまりそうな教室に閉じこめられているのに、ミルドレッドの前には、自分の思いどおりにしていい時間が、広がっているのです。
そのとき、ふいに霧がとだえて、日の光がさしてきました。冷たい石の階だんに、細長い窓から、光のたばがきらめきながらさしこむようすは、うっとりするようなながめでした。
「どうもイーニッドのこと、思いちがいをしてたみたい」ミルドレッドは、考えました。「わたしよりあの子の方が、いたずらだもの」
ミルドレッドは、例の調子っぱずれな歌を思い出して、くすっとわらいながら、イーニッドのへやのドアを開けました。
そのとたん、ベッドの柱にすわっていたサルが、飛びかかってきました。サルは、ミルドレッドの頭を飛びこして、うれしそうにキャッキャッとなきながら、ろうかに飛び出してしまいました。ミルドレッドの目のすみに、サルの長いしっぽが、ろうかのかどを、さっとまがって、らせん階だんに突進したのが見えました。
「どうしよう!」ミルドレッドは、全速力で、サルのあとを追いかけました。
ミルドレッドが、息をきらして、階だんの下に着いたときには、サルはもう、かげもかたちも見あたりません。
「こまった」ミルドレッドは、思わず声に出しました。「どうしたらいいのかしら?」
「そこで、何をしているのですか、ミルドレッド?」ミルドレッドのうしろから、氷のような声が聞こえました。
「キャッ! ええと――何もしていません、ハードブルーム先生」ミルドレッドは、どこからともなくあらわれた、担任の先生にこたえました。
「何もしていない!」ハードブルーム先生は、冷たくくり返しました。
「昼日中のこの時間にですか? わたくしにはふしぎですね。ほかの生徒が、みんなどこかの教室で、有意義な授業を受けている最中に、なぜミルドレッド・ハブルは、ろうかを走りまわっているのだろうか? さらに、わたくしはふしぎですね、なぜミルドレッド・ハブルのくつ下は、ずり落ちているのだろうか?」
ミルドレッドは、あわててかがみこむと、くつ下を引っぱりあげました。
「おまじないの授業中に、カックル先生のおへやに行かされたんです、ハードブルーム先生」ミルドレッドは、説明しました。
「バット先生が、もう、もどらなくていいと、おっしゃったので、今、何もすることがないんです」
「何もすることがない?」ハードブルーム先生が、爆発しました。先生の目が、怒りでぎらりと光り、ミルドレッドは、思わずあとずさりしました。
「よろしい。わたくしが、やることを見つけてあげましょう。図書館へ行きなさい。おまじないとおまじない薬の復習を、最初からやり直すんです。それでもまだ時間があまったら――疑わしいですがね――わたくしのへやにいらっしゃい。どのぐらい勉強したか、わたくしがテストします」
「わかりました、ハードブルーム先生」と、ミルドレッド。
サルの居場所を、なんとかさがし出さなければと、気持ちはあせりましたが、ミルドレッドはしかたなしに、図書館に続くろうかを歩きだしました。肩ごしにふり返ってみると、ハードブルーム先生のすがたは、見えなくなっていました。ここがやっかいなところなのですが、先生が消えたからといって、ただ見えなくなっただけなのか、本当に、どこかに行ってしまったのか、はっきりしないのです。
ミルドレッドは、もうしばらくろうかを歩き続けました。それから立ちどまって、耳をすませました。遠くの方からかすかに、一年生のおまじないの声が聞こえてくるだけです。ミルドレッドは、ふたたび、サルの捜索を開始しました。
そのとき、何かがちらっと動くのが、窓から見えました。サルでした。サルは、しっぽで調子を取りながら、塔のなかほどまで登っていきます。どこからか持ってきた帽子を、頭に乗せているのですが、大きすぎて、耳までかぶっていました。ミルドレッドが、これほどあわてていなかったら、サルのすがたは、こっけいに見えたことでしょう。
「お願い、おりてきて!」ミルドレッドは、せいいっぱいやさしく、「おいしいバナナあげるわよ」
でもサルは知らん顔で、キャッキャッと金切り声をあげながら、もっと上に登っていきます。ミルドレッドは、へやにかけもどり、ほうきを取ってきました。サルをつれもどすには、そばまで飛んでいって、つかまえるほかないと思ったのです。
ミルドレッドは、びくびくしながら、窓のふちによじ登り、ほうきにまたがりました。ほうきに浮かぶよう命令したところで、なんてことでしょう、すべり落ちてしまったのです。ミルドレッドをすがりつかせたまま、ほうきは、空中にすべりだしました。
「とまれ!」ミルドレッドの命令でほうきはとまり、空中に浮かびました。なんとかして、ほうきによじ登ろうとしましたが、足がかりがないので、とてもむりです。ああ、腕がしびれて、肩からぬけそう。でも、せっかく、サルの近くまで来たのですから、このまま続けよう。するとそのとき、ほうきが飛んでいるのを見て、すっかり喜んだサルが、ほうきに飛び移ってきて、しっぽでぶらさがりました。よかった! よかった!
「下へ!」ミルドレッドが命令すると、このおかしな三人組は、ヒューと風を切って、下におりていきました。
地上に近づいてみると、校庭にはたくさんの人がいて、ミルドレッドは、びっくりしてしまいました。三年生のクラスが、体育担当のドリル先生の指導で、ほうき飛行の授業を受けていたのです。塔でおこったことは全部、この人たちに見られてしまいました。なお悪いことに、ドリル先生の横には、ハードブルーム先生が、腕を組んで立っているではありませんか。ハードブルーム先生は、まゆをつりあげています。ミルドレッドは、サルをぶらさげたこんなぶざまなかっこうで、地上におりたつなんて、まったくまずいっ! と思いました。
「それで?」とハードブルーム先生。
ミルドレッドはサルをかかえおろすと、もう逃げださないように、しっかりだきしめました。
「あのう――ええと――これ、見つけたんです!」と、ミルドレッド。
「ほう、塔の上にサルがいましたか」ハードブルーム先生は、冷たくわらいながらいいました。「おまけに、ぼうしまでかぶってね」
「そうなんです」ミルドレッドは、はずかしくって死にそうでした。「サルが塔を登っていて、それで、あのう……おろさなくちゃいけないって、思ったんです」
「それじゃあ、塔に登る前には、サルはどこにいたんです?」ハードブルーム先生は、目を細めて、なおもききました。「また、エセルとけんかをしたんじゃないでしょうね?」(ハードブルーム先生は、先学期、ミルドレッドがエセルとけんかをしたあげく、エセルを子ブタにしてしまった事件を)思い出していたのです。
「ちがいます、先生!」とミルドレッド。
「ほう、それならミルドレッド、いったいどこから、このサルを連れてきたのですか?」
じつに、きわどい瞬間でした。ミルドレッドには、イーニッドの告げ口をする気など、まったくなかったのですが、こうしてハードブルーム先生のおそろしい目で、にらみすえられてみると、もしかして先生は、何もかも知っているんじゃないかという気になりかけました。まさにその瞬間、三年生のひとりが、進み出ました。
「ミルドレッドは、転校生のへやから、サルを連れてきたんです」その生徒がいいました。「さっき、出てくるところを見ました」
「イーニッドのへやからですって?」ハードブルーム先生が、念をおしました。
「イーニッドは、正規の黒ネコをかっているんですよ。ほかの動物など、へやにいないはずですがね」
先生は、その生徒に、音楽室へ行って、イーニッドをよんでくるようにいいました。イーニッドはすぐやってきましたが、なんでよばれたのか、わからないという顔をしています。ミルドレッドが、サルをだいているのを見ても、少しもおどろきません。
「このサルは、あなたのですか、イーニッド?」と、ハードブルーム先生、「わたし、黒ネコをかっているだけです、ハードブルーム先生」とイーニッド。
ミルドレッドはおどろいて、目をまんまるくしました。
「本当に、これはエセルではないんですね?」ハードブルーム先生は、きびしく問いただしました。
「はい、ハードブルーム先生」ミルドレッドがこたえました。
ハードブルーム先生は、それでも信じかねるようすで、小声でおまじないをとなえました。それは、動物をもとのすがたにもどすおまじないでした。ミルドレッドがおどろいたことに、サルのすがたが消えて、サルがいた場所に、黒い子ネコがあわれました。
「わたしのネコだ!」イーニッドがさけぶと、ネコは、イーニッドの腕の中に飛びこみました。
「ミルドレッド!」と、ハードブルーム先生。「このことについては、前に注意したはずですよ。最初はエセル、今度はイーニッドのネコ。いったいぜんたい、いつになったら、こんなばかばかしいふるまいを、やめるつもりですか?」
ミルドレッドは、口もきけないぐらいおどろいていました。
「でも、あの――先生――」ミルドレッドは、やっといいました。
「おだまりなさい」と、ハードブルーム先生。「学校が始まって、たった二日しかたっていないというのに、もう二度も不始末をしでかしましたね。ま、もっとも今度は、あなたが悪いお手本だということを、イーニッドに認めさせたわけですが。ミルドレッドのまねなど、しないようにしてください、イーニッド。さあ、ふたりとも、行ってよろしい。それから、もうひとつ。気をつけるんですよ、ミルドレッド。これからも、こんなとっぴな行動を続けるつもりなら、とりかかる前にまず考えることです」
イーニッドと連れだって、ろうかのかどをまがったとたん、ミルドレッドは、がまんしきれなくなって、いったい、どういうわけなのか、ききました。
「かんたん、かんたん」と、イーニッド。「この子は、もともとネコなんだもん。今朝、ごはんの前に、わたしがサルにしたんだよ、おもしろいから。あした、運動会の練習のときには、もとにもどそうと思ってたんだ。あんたが、わたしのへやに行って、この子を外に出しちゃうなんて、ちっとも知らなかったもんね」
6 モードとエセルがなかよしに!? 運動会もゆううつです。
ミルドレッドには、運動会が、行く手をさえぎる黒雲のように、感じられました。運動会にかぎらず、およそ競走と名のつくことは、どんなことでもいやなのです。ほかの人を負かすまかすためにがんばるという考え方が、大きらいでした。なぜきらいかというと、一度も勝ったためしがないので、負けたときはずかしい、という気持ちもありましたが、もともと、人を負かすとか、出しぬくとかが、性にあわないのです。
これと反対に、モードは一生けん命でした。ミルドレッドが、イーニッドの世話をまかせられて、いつもいっしょにいるので、腹をたててしまったのです。あろうことか、エセルとなかよくなったのでした。
ミルドレッドは最初、ふたりがいっしょにいるのを見て、信じられない思いでした。ただ、モードがそんなことをするのは、イーニッドにしっとしているせいだと知っていましたから、気にしないふりをしていました。でも、心の中では、いちばんの親友が、自分の敵と腕を組んでいるのを見るたびに、死にそうなほど、悲しかったのです。
運動会では、さまざまな競走が行なわれます。棒高跳びとか、障害物競走、ネコのほうき乗りや、ほうきに乗ってのリレーなど。そして最後に、いちばんよく訓練されたネコは、表彰されます。
運動会を目前にした数週間は、みんな、練習に明けくれました。ミルドレッドも、トラチャンが、ぴんと胸をはってほうきに乗っていられるように、訓練しようとしました。トラチャンは、今でも目をつぶってほうきにしがみついていましたら。でも、ほとんど進歩はありません。それからミルドレッドは、イーニッドと何度か競走をしました。結果は、いつもふたり同時でした。これも進歩とはいえません。だって、ふたりとも、同じようにへただったのですから。
数週間がとぶように過ぎ去って、どんよりくもった運動会の当日になりました。ミルドレッドは、初めて、起床のベルを聞いただけで、ぱっちり目をさましました。夜の間中、悪夢にうなされつづけていたからです。たとえば、ほうきに乗ってリレーをしていると、いつのまにか、うしろにおばけがあらわれて、たちまちカックル先生の顔になったかと思うと、「ミルドレッド! またやりましたね!」と、いうのです。ブルブル。
ベルのひびきが消えないうちに、ミルドレッドは、ベッドからはい出すと、そこいら中ひっかきまわして、体操服をさがしました。やっと、ひきだしのすみにあったのを見つけましたが、くしゃくしゃになっていたので、何とか見苦しくないように、ひっぱってのばしました。
することなすこと、うまくいかない朝というのがあるものです。この朝もまったくそうでした。ミルドレッドは、ぱっとしないはい色の体操シャツと、ひざの上にだらりとたれさがった黒いキュロットスカートを着て、鏡にうつしてみました。髪をきっちりみつあみにして、はい色のソックスと黒いスニーカーをはいた姿は、なんとも、さえなく見えました。
そのときドアに、ノックが聞こえました。ミルドレッドは、一瞬、モードかと思い、ぱっと顔を輝かしました。でも、あらわれたのは、イーニッドでした。そういえばモードは、エセルといっしょに、もう出かけてしまっていたのです。
「わらわないでね」イーニッドはそういいながら、へやに入ってきました。
イーニッドの体操着すがたをひと目見たとたん、ミルドレッドは、ふきだしてしまいました。
「わらわないでって、いったじゃない」イーニッドも、ニヤッとしました。「わたしだって、おかしいのわかってるとげ、ふつうの体操着持ってないんだもの」
イーニッドは、わきの下までとどくほど、大きなブルマをはいていたのです。
「もっと小さいのないの?」
「うん。わたしが、大きいからって、お母さんたら、何でもブカブカのを買うんだよ。ベストなんかひどいんだから。折りまげなけりゃ、ひきずるほどなんだ!」
「そんなかっこう見せられたら、わらうなっていわれたって、わらっちゃうわよ」と、ミルドレッド。「でも、みんなのやる気をなくさせてやれるわね。ネコはどうしたの?」
「連れていかない。サル事件のときから元気がなくってさ。きっと、ほうきに乗れないと思うんだ」
「わたしは、トラチャンを連れていくわ」ミルドレッドは、まくらの上でまるくなっているトラチャンを、だきあげました。「毎日トレーニングしたのに、ちっともうまくならないのよ」
7 イーニッドが、とんでもない魔法をかけました。ミルドレッド、どこ行くの?
イーニッドとミルドレッドは、今更衣室にいて、最初の競技の棒高とびによび出されるのを、待っていました。これにはわけがあって、運動会が始まってみたら、とんでもないことに、ふたりは善種目に出場することになっているではありませんか。ふたりともせが高かったので、スポーツがとくいにちがいないと、思われたためでした。
「ビリになるに、決まっているよ」イーニッドは絶望的にいいました。
「そうでもないんじゃない」上ばき入れから、顔をのぞかせているトラチャンの頭をながながら、ミルドレッドがいいました。「みんなより、せが高いんだから、それだけ有利なんじゃないかしら」
「そのとおりだ」みじめな気持ちでイーニッドも、「でも、だめだよ。こうなったら、魔法を使うしかないね」
「でも、イーニッド」ミルドレッドは心配そうに、「わたし、初歩の魔法だって、できないのよ。あんた、まだ、この学校にいなかったけど、先学期のまじない薬のテストのとき、まちがえちゃってさ、モードとわたし、すがたが消えちゃったの。本当にこわかったわ」
「わたしにまかせて」とイーニッドは、かんたんに受けあいました。
ミルドレッドが見ていると、イーニッドは棒高とびの棒を、窓ぎわに立てかけて、腕をひろげておまじないをとなえました。
「何してるの?」と、ミルドレッド。
「シイイイイイ」と、イーニッド。「おまじないが、だいなしになっちゃうじゃない」
しばらくしてイーニッドは、ミルドレッドの棒を返してくれました。
「さあ、これで」と、イーニッド。「だれにも負けないよ」
ミルドレッドは、校庭で棒高とびの出場者といっしょになったときも、はっきりいって不安でした。見あげると、とびこえるバーは、一〇〇〇メートルも上にあるように見えます。
「あんなの、とびこえられないわ」ミルドレッドは、イーニッドにささやきました。
「ミルドレッド・ハブル」ドリル先生によばれました。
「どうしよう!」ミルドレッドはあえいで、「いちばん初めだわ」
「ただ、とべばいいんだよ」イーニッドが、片目をつぶって「だいじょうぶだったら」
そこで、ミルドレッドはとんだのです。
まず、助走路を、すごい勢いで走りぬけ、棒をドンと地面につき立てました。
すると、とんでもないことがおこりました。地面が、とつぜんかたいバネのようになって、ミルドレッドは、棒をかかえたまま、空中にほうり出されてしまったのです。
ずーっと下のほうのどこかで、イーニッドが、さけんでいるのが聞こえます。「棒をはなすんだってば!」
下を見おろすと、何もかも、みるみる小さくなっていきます。棒高とびのバーも、学校の壁も、人びとも。ミルドレッドはこわくなって、棒にしがみつきました。
速さはどんどん増して、目の前に、塔がせまってきました。ミルドレッドは、棒にしがみついたまま、とうとう、一つの窓の中に、誘導ミサイルのようにとびこみました(運がよかったのは、このお城のような学校の窓には、ガラスが一枚もはってなかったことです)。
ミルドレッドは、おやつのしたくが、すっかりととのえてあるテーブルのど真中に、大きな音をたてて、着陸しました。
われたティーカップや、あふれたミルクで、めちゃくちゃになった床の上で、しばらくボーッとしていたミルドレッドは、我に買えると、あわてふためいてしまいました。
そこは、ハードブルーム先生のへやだったのです。棒はまっぷたつに折れて、その片われが、ハードブルーム先生の肖像画につきささり、もう片方は、先生のネコのかごにとびこんでいました。
棒の直撃からまぬがれたネコは、食器だなのてっぺんで、おどろきといかりでフーフーいっています。
それからいくらもたたないうちにドアが開き、ハードブルーム先生とカックル先生、ドリル先生の三人が、へやにふみこんできました。おびえていたネコは、ふぎみなうなり声をたてると、ハードブルーム先生の肩に、かじりつきました。
「ぶじ着陸できて、よかったですね、ミルドレッド」ハードブルーム先生が、冷たくわらいました。「とはいえ、ここに来るのに、こんなとっぴな方法をとる必要はないんですよほかの人たちは、もっとふつうに、階だんを見つけているみたいですがね」
「いうまでもないことだと思いますが、ミルドレッド」今度は、ドリル先生。「どんな競技においても、魔法を使うのは、規則に反しています」
「何が何だかわかりません」カックル先生は、ため息をつきながら、ミルドレッドの髪にこびりついたおかしのかけらをはがして、ぼんやりとしたまま、ハードブルーム先生のネコに食べさせました。
「わたくしの生徒のひとりが、こんな不正を行うなんて、とても信じられません。それも、何も知らない転校生の目の前で。あきれました、あきれました」
ミルドレッドはけん命に、歯をくいしばって、今学期が始まってからというもの、その『何も知らない転校生』のおかげで、いったい何度、ひどい目にあっているのかということを、考えていました。
「これが最後ですから、しっかり聞きなさい。こんなことがおこったからには」カックル先生は、だんことしていいました。「残りの種目すべてにあなたは出場する資格がありません。そして、もし、今学期中に、あと一度でも問題をおこしたら、学校に来る資格もなくなります」
ミルドレッドは、おどろきのあまり、息がとまりそうになりました。
「そうですとも、ミルドレッド」カックル先生は、続けました。「こんなけしからぬふるまいが続くのなら、いやでも放校処分にしなければならないのですよ。さあ、今日はもう、自分のへやに行って、じっとしていなさい。そして、わたくしの話したことを、じっくり考えてみることです」
ミルドレッドは、大よろこびで、自分のへやにもどりました。トラチャンといっしょに、ベッドでまるくなっていると、おもてでは、運動会が続けていて、みんなのわらい声や、応えんが聞こえてきます。
「そんなのむりよね、トラチャン」ミルドレッドがいいました。「今学期の終わりまで、ひとつも失敗しないなんて、わたしにはできっこないわ」
ドアにノックが聞こえて、イーニッドが入ってきました。
「どうだった?」と、イーニッド。「どこに着陸した」
「最悪よ!」と、ミルドレッド。「ハードブルーム先生のへやだったのよ。今学期中に、もう一度なんかやったら、退学だってカックル先生にいわれたわ。あんたは、どうだったの? 高くとびすぎちゃった?」
「ううん」と、イーニッド。「棒に魔法をかけすぎたのがわかったから、気絶したふりをしたんだ。それで保健室に行かされてさ。すぐ、校庭にもどらなくちゃ。あんた、けがした?」
「そんなでもない」ミルドレッドは、悲し気にいいました。「足首をひねっただけ。だいじょうぶよ」
「じゃあ、元気だして。もう今日は、悪いことおこらないよ。あとでまた来るね」イーニッドは、気軽にうけあうと、ドアを開けました。
ミルドレッドは、弱々しくほおえんで、イーニッドが出ていくのを見送りました。
「トラチャン」ミルドレッドは、みじめな気持ちで、トラチャンに話しかけました。「あと一回チャンスはあるけど、もう、それで終わりよ」
8 今日は学期の最終日。でも、エセルがまたまた意地悪をして……
ハロウィーンのとき、ほうきの編隊飛行をめちゃくちゃにしてからというもの、ミルドレッドは、これほど、退学になるんじゃないかと、心配したことはありませんでした。でも、ミルドレッドは今、家族のみんなに、次はいい成績をとる、と約束したのを思い出していました。これで、退学になって、ネコと荷物を手に家に帰ったら、最悪だわ。ミルドレッドは、カレンダーに目をやると、これからは毎日毎日が闘いの日びだと、一大決心をしました。学期の終わりまで、どんな問題もおこなさいように、努力しよう。
それに続く数週間、家は、考えられるかぎりのいたずら引きこもうと、たえずミルドレッドをそそのかしました。でも、ミルドレッドは、見あげるほどの強い心で、誘惑をしりぞけました。とくに、エセルはミルドレッドをいら立たせました。というのも、モードがまだ、エセルとなかよくしていたからです。ミルドレッドは、それでも、エセルがしかけてくるけんかやからかいに、じっと、たえ続けました。今学期が終わるまでは、絶対イザコザをおこすまいと、かたく決心をしていたのですから。
カックル先生のたん生パーティは、いつもの通り、楽器の最終日に催されることになり、各学年ごとに、ひろうするおまじないや詩が、選び出されました。一年のクラスからは、モードが選ばれて、発表することになりました。ただすわって聞いているだけでいいのですから、ミルドレッドは、本当にホッとしました。
「ねえ、こんなのつまらないよ」みんなで教室にすわって、講堂に行くのを待つ間、イーニッドが、ブーブーいいました。「ぬけ出しちゃおうよ。午前中ずーっと、おまじないをがまんして聞いてるなんて、たえられない」
「行かない」ミルドレッドが、無表情にいいました。
「そんなこといわないでさあ、ミル」と、イーニッド。「あんたって、このごろちっともおもしろくなくなったね。わたしたちがぬけ出したって、だれにもわからないよ。学校中が講堂にいるんだもの。わたしたちぐらい、いなくたって、気づかれないよ」
「きっと、気づかれるわ、わたしは行かないわ」と、ミルドレッド。「あと、三、四時間がまんしたら、お休みになって、家に帰れるんですもの、退学にもならずにね。わたし、あぶないことなんかしないの」
「いいよ、わかったよ」イーニッドは、しぶしぶうなずきました。
ハードブルーム先生が、戸口にあらわれて、講堂に来るように、合図しました。みんなが列を組んで、ろうかを行進していったとき、とつぜん、イーニッドが、ミルドレッドの腕をつかみました。
「早く!」イーニッドが、ささやきました。「この中だよ!」
ちょうど、物置の前を通っていたところでした。ミルドレッドは、何が何だかわからないうちに、イーニッドに引っぱられて、中に連れこまれてしまいました。
「いったい、どうしようっていうの?」イーニッドが、急いでドアを閉めてしまうと、ミルドレッドが、声をひそめていいました。
「シイイイ」と、イーニッド。「今のところは、みんなが行動に入るまで、ここでおとなしくしていなくちゃならないけど、そのあと出てって、ふたりで楽しくすごそうよ」
「でも――ああ、イーニッド!」ミルドレッドが、絶望的にいいました。
「わたしたち、見つけられるにきまってるわ」
そのころそとでは、ミルドレッドとイーニッドが物置に消えるのを、エセルのタカのような目が、とらえていました。モードも同じように、気がつきましたが、モードのほうは、ひそかに、いっしょに行きたいと思ったのでした。ミルドレッドとなかよしだったころ、毎日が本当に楽しかったのに、エセルと友だちになった今学期は、なんとも、ひどいものでした。エセルが、ミルドレッドに、意地悪をし続けるので、なおさらでした。
ふたりが物置の前を通りすぎるとき、エセルは、鍵をかけてしまいました。
「エセル!」講堂に向かって行進しながら、モードがいいました。「ひどいじゃない。ふたりとも困るわよ。今度何かやったら、ミルドレッドは退学だって、カックル先生がおっしゃってたでしょ」
「そのとおりよ」エセルは、大とくいです。
「あんたって最低よ。わたし、もどって助け出してくるわ」
ちょうどその瞬間、ハードブルーム先生が、さっそうとろうかを歩いてくるのが見えました。園上、一年生が講堂に入るまで、モードたちのすぐ横に、ずっとつきそっていたのです。もうこうなっては、モードが、物置きべやの鍵をあけにいくのは、絶望的でした。
一方、物置きの中では、ふたりの若い魔女が、鍵のかかる音を耳にしていました。
「ほうらね」と、ミルドレッド。「これで、出られなくなったわ。それに今日は、今学期の最後の日よ。みんなが講堂から出てきたときに、戸をたたいて出してもらうか、そうじゃなければ、お休みの間中ずっとここにいるしかないわ。来学期の初めに、だれかがドアを開けたら、ここで、がいこつを見つけるんだわ」
こんな悲しいことを考えて、ミルドレッドは、ワッとなき出しました。
「ねえ、ミル、ごめんなさい」と、イーニッド。「わたしのせいだって、ちゃんというよ。なかないで、退学なんかにさせないから」
9 ミルドレッドは、物置きべやから、ぶじ脱出できるのでしょうか?
物置きべやのうす明かりに目がなれてくると、ミルドレッドはイーニッドは、あたりを見まわしてみました。物置きは、天じょうの高い大きなへやで、使い古しの道具類でいっぱいでした。明かりは、ひとつだけあるアーチ形の窓から、さしこんでいます。
「助かった!」イーニッドが歓声をあげると、窓を指さしました。「窓があるよ。あそこから出ていかれるじゃない」
「あーら、かんたんね」ミルドレッドは皮肉たっぷりに、「たった三メートルぐらいしか、高さが無いもんね。わたしたち、鳥みたいに飛んだらいいわけよね」
「いろんなものをつみあげたら、窓にとどくんじゃないかな」イーニッドは、やけっぱちになって、古いつくえや、こわれたベンチ、がくらたでいっぱいのダンボールの中などを、くまなく捜索し始めました。
「見て、ミルドレッド!」とくい気ないにの声が、聞こえました。
「ほうきがあったよ!」
イーニッドは、木づくりのたんすから、古ほけたほうきを、引っぱりだしました。もうすこしで、ポキリと、ふたつに折れてしまいそうですが、今はなんとか、つながっています。イーニッドは、腰にまいたサッシュベルトをはずすと、できるだけかたくまきつけました。
「これでよし!」と、イーニッド。「もう、飛べるよ。あの窓、ふたりが通れるぐらい、大きそうだ。さあ、いこう!」
ほうきに浮かぶよう命じて、ふたりの問題児は、ほうきにまたがりました。イーニッドが前にすわり、ミルドレッドは、イーニッドの腰に腕をまわして、うしろにこしかけました。
まず、外に飛んでいかれるぐらいの、高さになるまで、「上へ、上へ、上へ!」ふたりは、ほうきに命じて、ヘリコプターのように、上昇させようとしました。ところが、ほうきはぎくしゃくして、命令に応じるのもやっとのありさまです。こんなことでは、乗り続けていられるだろうかと、ふたりが、心配になりだしたところで、なんとか、窓の高さまで、たどりつきました。
「窓の外に、何が見える?」イーニッドが、ほうきをふらつかないように固定しようと、必死になりながら、いいました。
ミルドレッドが、目をこらしてみますと、どこかのへやの壁と、天じょうの一部が見えました。
「たぶん、」と、ミルドレッド。「この窓。外に向いてないと思うわ。ここをぬけると、大きな石のへやに出るみたい」
「わかった、ともかく出かけたほうがいいや。このほうき、もうすぐ折れちゃうよ」へやにたちこめるほこりとクモの巣で、くしゃみをしながら、イーニッドがいいました。「通りぬけるから、頭をさげて」
「ところで、どこに出るのかしら?」かがみこんで、窓を通りぬけながら、ミルドレッドは考えました。
10 ミルドレッド、決死のアラベスク。モードの友情がミルドレッドをすくいます!
講堂は、静まりかえっていました。演だんの上には、カックル先生をはじめとした先生方が、ずらりといならび、演だんにむかって、学校中の生徒たちがこしかけています。先生方と生徒たちに、はさまれた演だんの中央で、モードが立ちつくしていました。モードは、物置きに閉じこめられた、ミルドレッドのことが心配で、あんなに何週間も練習したのに、おまじないの出だしを、思い出せないでいるのです。モードが必死で、記憶を引っかきまわしていると、講堂のうしろの方から、大きなくしゃみと、何かもみあうような音が、聞こえてきました。そしてとつぜん、遠くのすみにある高い窓から、ミルドレッドとイーニッドが、ほこりだらけになって、命からがらすべり出してきたではありませんか。生徒はみんなふりかえるし、先生方は、ぎょっとして、こおりついてしまいました。
それまで、まったく知らないことでしたが、モードは一瞬のうちに、その窓が、物置きべやに続いているのだと、さとりました。すばやくモードは、せきばらいしました。
「カックル先生、そしてみなさん!」モードは重々しく、口を開きました。声がふるえています。「ミルドレッド・ハブルとイーニッド・ナイトシェイドのふたりによる、とび入り種目を御紹介させていただきます。ほうきのふたり乗り飛行です!」
モードは、ミルドレッドとイーニッドの方に腕をふりあげました。どこに飛びこんでしまったのかを、今やはっきりとさとったふたりは、心底おどろいていました。
「こんなことって信じられない」学校中の目が、不運なふたりに注がれている中で、ミルドレッドはつぶやきました。
「こんな場面をきりぬけられたら、賞状ぐらい、もらったっていいな」と、イーニッド。
「とともかくやってみましょうよ。モードがいったとおりに」ミルドレッドは必死の思いで、イーニッドにささやきました。「ほうきがふらつかないように、しっかりおさえてて、それから、そこらをすこし飛んでちょうだい。わたし、なんとかしてみるわ」
イーニッドは、ゆっくり講堂の中をまわり始め、ミルドレッドは、ほうきによじ登りました。ミルドレッドは、イーニッドの肩につかまって、片方の足をうしろにあげて、ものすごくぐらぐらするアラベスクをやりました。アラベスクというのは、むずかしいバレエのポーズです。本当をいうと、ミルドレッドは、それまでほうきの上に立ったことさえなかったのです。でも、なかなかおもしろかったので、今度は、足をかえてやってみました。そして、思いきって片手も同時にあげてみました。ところが、イーニッドときたら、そうでなくてもかじ取りがへたなのに、ちゃんと前を見ていなかったものですから、はっと気がついたときには、シャンデリアが目の前にせまっていました。
「ミルドレッド!」イーニッドがわめきましたが遅すぎました。ミルドレッドは、シャンデリアに、まともにぶつかってしまったのです。イーニッドは、シャンデリアに片手でつかまっている友だちを置き去りにして、飛んでいってしまいました。でも、すぐとって返して、ミルドレッドをひろいあげました。
「危機一髪だったわ」やっと、ほうきの上に落ち着いて、ミルドレッドは、あえぎました。「お願いだから、今度は、前を見てよ!」
「え、なーに?」と、イーニッドは、うしろをふり返りました。「前を見て!」ふたりの目の前に、壁がせまってきて、ミルドレッドは、思わず悲鳴をあげました。
イーニッドが、急に向きをかえたので、ミルドレッドは空中に放り出され、やっとのことで、指の先でほうきにつかまりました。まさにそのとき、長いこと苦難にたえたほうきは、サッシュベルトがゆるんできて、ぶきみにキーキーきしりだしました。
「急いで、イーニッド」ミルドレッドは、死にものぐるいでいいました。「早く着陸してよ、ほうきが、ばらばになっちゃう!」
イーニッドは、演だんに立っているモードのそばに、飛んでいきました。モードは、見あげたことに、学校中の生徒といっしょになって、心から、拍手かっさいをしていました。
カックル先生とハードブルーム先生が、進み出ました。カックル先生は、いくらかとまどったような表情を、浮かべていましたが、ハードブルーム先生は、明らかに、おこってまゆをつりあげています。
「ミルドレッド・ハブル」ハードブルーム先生が、いちばんおそろしいときの声の調子で、口を開きました。でも、それ以上の攻撃に移る前に、カックル先生が、ミルドレッドとイーニッドの肩に、腕をまわしてしまいました。
「ほんとうにどうもありがとう」緑のふちのめがねごしに、カックル先生はわらいながらいいました。「まあ、あまり上できとはいえないし、あなたがたの服の状態は、遺憾なところが多いですが、たいへん、けっこうな試みでしたよ。これこそ、この学校で望まれているものです。たがいに協力しあう精神と進取の気性、つまりは自分から進んでやる気持ち、そして何よりも努力です」
「ありがとうございます、カックル先生」ミルドレッドとイーニッドはいいましたが、ハードブルーム先生と目をあわせるのがこわくて、顔をあげられません。
カックル先生は、あいまいにほおえんで、ふたりに席につくよう、いいました。ふたりとも、もとからすわっていなかったのですから、もちろん席はありません。でも、幸運だったのは、ベンチをつかっていたことで、モードが、みんなにつめてもらって、自分のとなりに、イーニッドとミルドレッドを、すわらせました。
残りのプログラムが終わって、みんな講堂を出ていきました。今学期の終りょうを知らせるベルがなるのを、校庭で待つのです。ろうかを歩きながら、エセルが鍵をかけてしまったことや、その後起こったことを、モードが話しました。これでやっと、ひやあせの連続だった朝からのゴタゴタさわぎが、別の見方をすれば、どんなにおかしいことだったのか、わかったのです。
「ありがとう、モード」ミルドレッドが、くすくすわらいながら、いいました。
「あら、いいのよ」もが、きまり悪そうに、「また、なかよくしてくれる、ミルドレッド?」
「今だって、なかよしじゃない」ミルドレッドは、ちょっとまごついて、「あんた、わたしたちを死ぬよりひどい運命から、すくってくれたのよ。あの人の顔、見た?」
「だれの顔のことですか、ミルドレッド?」だしぬけに、ハードブルーム先生の声が聞こえました。
ハードブルーム先生が、戸口にすがたをあらわしたのを見て、三人組はおどろいてとびあがりました。
「えーと、わたし、ちょうどこういおうとしたところなんです」と、ミルドレッド。「わたしたちのとび入りの種目が、あんまりいいできばえじゃなかったので、先生が、よろこんでいらっしゃらないように、見えたんじゃないかしらって」
「そのとおり、よろこびませんでしたとも」ハードブルーム先生は、ぴしゃりといいました。「それはそれとして、自分から進んでやる気持ちに対してのほめことばは、どうやら、モードが、もらうはずだったようですね。死ぬよりひどい運命からすくってもらったことで、モードに感謝すべきことがあるようですね。なんのことだか、わたくしには、さっぱりわかりませんけどね!」
先生は、おこごとを、これで終わりにするつもりのようでした。その証拠に、戸口から身をひいて、お日さまの明るく照らす校庭を、指さしました。三人は、大よろこびで、おもてにとび出していきました。
「壁を通して、物が見えるんじゃない?」モードがささやきました。
「シイイイ!」イーニッドが、あたりを見まわしながら、「きっと、そうにちがいないよ」
そのとき、学校中にベルがなりわたりました。生徒たちは解散して、荷物をまとめにいっていいという、合図です。
ミルドレッドは、大よろこびで歓声をあげ、ふたりの友だちの手をとって、ダンスを始めました。
「わたし、やりとげたわよ!」ミルドレッドは、ほこらかに宣言しました。「今日は、今学期の最後の日よ、そして、わたしは、退学になっていないんだわ!」