【魔女学校の転校生】
ジル・マーフィ
1 カックル先生の魔女学校に、とんでもない生徒が入学しました。
カックル先生の魔女学校は、松の生いしげった、高い山のてっぺんにあります。いん気なはい色のかべと小さなとうのついたシロモノで、学校というより、まるで、ろう屋のよう。たまに、ほうきに乗った生徒たちが、校舎の上をコウモリみたいに、ひらひらと飛んでいくのが見えることもありますが、たいていは、霧が立ちこめていて、目をこらしても、学校の建物があることさえ、わかりません。
この学校では、なにもかも暗くてはい色です。長くてせまいろうかや、らせん階だん、そして、もちろん生徒たちの服そうも、黒いジャンパースカートに黒いくつ下、黒くてやぼったいくつ、はい色のブラウスに、黒とはい色のネクタイというぐあい。夏のせい服さえ、黒とはい色のチェックなのです。ちょっぴりちがう色といえば、ジャンパースカートにまきつけているサッシュベルト(学年ごとに、色がちがいます。)と、学校のバッジだけ。バッジは、黒ネコが、黄色い月にすわっている図がらです。いつもとちがった服そうをするのは、終業式とか、ハロウィーンとかのとくべつな場合だけで、長いドレスに、とんがりぼうしをかぶります。その色も黒。ほかの色なんて、とんでもない。おまけに規則づくめで、規則にひっかからずに、なにかしようとしても、とてもできない相談でした。もっと、たまらないことには、毎週テストがあります。
ミルドレッド・ハブルは、この学校の一年生です。ミルドレッドは、問題児でした。わざと規則をやぶったり、先生をこまらせようとする気は、さらさらないのですが、なぜか、ゴタゴタは、いつもミルドレッドのまわりでおこるのです。ミルドレッドを見つけようと思ったら、ぼうしをうしろ前にかぶっているか、くつのひもをひきずっているかしているので、すぐにわかります。ろうかを歩くにも、だれかにぶつからずには、はしからはしまで行かれないという、うっかり屋でした。そして、ほとんど毎ばん、自分のへやで反省文を書かされるか、い残りを命じられるかしていました(外出をゆるされたとしても、どこにも行くあてはないのですが)。
それでも、ミルドレッドには、友だちがたくさんいました。もっとも、化学の実験の時には、なにがおこるかわからないので、みんなこわがって、そばによっくてれませんが、そんな時でも、親友のモードだけは、かみの毛のさか立つ思いをこらえて、いっしょにいてくれました。
このふたりは、おもしろい組みあわせでした。ミルドレッドは、やせてせが高く、長いおさげにしています(このおさげを、ぼんやりした時のくせで、よくかんでは、またしかられるのですが)。モードのほうは、ふとってせが低く、まるいめがねをかけています。かみは、ふたつにわけて結んでいました。
この学校に入学した生徒たちは、最初の日に、ほうきをわたされて、乗り方をならいます。乗りこなすのには、時間がかかりますし、はたで見るほどやさしくはないのです。一学期が半分過ぎたころ、こんどは、黒ネコをわたされて、生徒たちは、ネコにほうきの乗り方を教えなければなりません。ネコをわたされるのは、むかしからそうしてきたという以外、とくべつなり夕はありません。ある学校では、子ネコのかわりにフクロウをくれます。まあ、このみの問題でしょうね。カックル先生は、むかしからのやり方を、たいへんたいせつにする校長先生でした。「最新流行の指導法」なんて、頭から軽べつして、自分がわかいころ教えられたとおりに、生徒たちを教育していました。一年生の終わりに、生徒たちは「やさしいまじない」という、あつさが十センチもある黒い皮表紙の本をもらいます。でもこの本は使いません。授業では、紙表紙の同じなかみの本を、前から使っていますし、これも、つまりネコと同じように、むかしからのやり方に、したがっているだけなのです。一学年ごとにの終業式のほかには、最終学年の五年の終わりまで、もうなんの行事もありません。五年生の終わりに魔女学校の卒業証書をもらいます。ミルドレッドがそれを手にするみこみは、どうも、なさそうでした。入学して二日とたたずに、ほうきに乗って、かべと正面衝突し、ほうきはまっぷたつ、ぼうしはぺちゃんこというありさま。のりとセロテープで、なんとかほうきの折れたところは、直しましたが、あとがみっともなくなって、ときどき、変にかたむいたりもしました。
このお話は、一学期が半分すぎて、いよいよあしたは、黒猫をわたされるという日のばんから、始まりました。
時は、ま夜中近く、カックル学校は暗やみの中に、しずんでいました。ただあるへやの窓べに、ひとつだけろうそくがともっています。こはミルドレッドのへや。ミルドレッドは、黒とはい色のしまのパジャマを着てベッドの上におき直り、二、三分ごとにねむくて、こっくりをしていました。モードは、はい色のネグリジェを着て、黒いショールをはおり、ベッドのはしにすわっています。生徒のへやは、みんな同じつくりをしていました。洋服だんすがひとつ、鉄製のベッド、つくえといす、そして細長い窓、それだけです。かべにもこれといったかざりはなくて、はりわたした横木に、おまじないをししゅうしたかべかけが、かかっているだけでした。昼の間は、ミルドレッドがかっている三びきのコウモリも、ぶらさがっています。ミルドレッドは、動物となかよしになるのがじょうずで、あした、子ネコをもらうのを、とても楽しみにしていました。ほかの一年生もご同様で、今夜はいちばん良い服にアイロンをかけたり、ぼうしのかたちをととのえたり、大いそがしでした。モードも興奮してねむれないので、ミルドレッドのへやにやってきて、話こんでいるのです。
「子ネコの名前、決めた?」ミルドレッドがねむたそうにたずねました。
「『ヤミグロ』っていうの」と、モード。「ドキドキするような名前でしょ」
「わたし、とっても心配」と、ミルドレッドが、おさげをかみながらいいました。「いやな予感がするの。ネコのしっぽをふみつぶしちゃうとか、わたしの顔を見たとたんに、ネコが窓から飛び出しちゃうとか、きっと悪いことがおこるわよ」
「ばかなこといわないで」と、モード。「あんた、動物かうのじょうずじゃない。それに、しっぽをふもうとしたって、ネコのほうで、じっとしちゃいないわよ。悪いことなんかおこらないわ。カックル先生から、子ネコをもらって、それで終わりよ。なにを心配しているの?」
ミルドレッドが、こたえようとしたちょうどその時、とつぜんドアが開いてクラス担任のハードブルーム先生があらわれました。黒いネグリジェを着て、あかりを手にしています。先生はせが高く、きつい顔つきをしたおっかない人で、いつもおでこが引っぱられるほど、かみを固く結んでいました。
「おきているには、いささか遅い時間じゃないかしら?」先生は、ひにくっぽくいいました。
ふたりは、ドアが開いた時びっくりして、たがいにしがみついていた手を、そっと引っこめて、床を見つめました。
「もちろん、あしたの式に出たくないっていうのなら、話は別ですけどね」と、先生は、冷たく続けました。
「すみません、先生」
ハードブルーム先生は、ミルドレッドのろうそくを、意味あり気に見つめ、モードを先に立てて、ろうかに出ていきました。
ミルドレッドは、急いでろうそくをふき消すと、ふとんにもぐりこみました。でも、ねむれません。窓の外では、フクロウがホーホー鳴くのが聞こえますし、学校のどこかで、閉め忘れられたドアが、風にあおられて、ギーギーいっています。本当のことをいうとね、ミルドレッドは暗やみが、こわかったのです。でも、だれにも、いいません。だって、暗やみをこわがる魔女なんて、聞いたこと、あります?
2 ミルドレッドのもらったネコはにたものどうしの「優等生」
ネコをわたす式は、講堂で行われます。そこは、石づくりの大きな建物で、木のいすがならび、前の方に演だんがあります。ぐるりのかべには、紋章と肖像画がかかっていました。全校の生徒が集合し、演だんの上のつくえのうしろにカックル先生とハードブルーム先生がならびました。大きなバスケットが、つくえの上にのっていて、ニャーニャー泣く声や、ガリガリ引っかくおとが聞こえてきます。
式の初めに、全員で校歌を斉唱しました。こんな歌です。
進めや はげめ いざ行かん
ほこりに みちて ほうき飛ぶ
松の こずえを かすめつつ
月の光の かげ深く
いつの日にも おこたらず
われに あるのは ただ努力
大なべ あわ立て かきまわせ
じゅもんや まじない となえつつ
たがいの 友情 はげみとし
喜び もって 薬まぜ
学びの庭の 果つ時も
つどいは かたし 魔女学校
まあ、この歌も、ふつうの校歌によくあるように、ほこりとか喜びとか、努力とかいったたぐいのことばが、もりこまれています。でも、ミルドレッドは、「喜び」をもって、薬をまぜあわせたこともなければ、「ほこり」にみちて、ほうきに乗ったこともありません。だって、いつもただ飛ぶだけで、せいいっぱいなのですから。
いつものように、生徒たちは、うんざりして三番まで、あくびまじりに歌い終わり、カックル先生の銀のベルをあいずに、子ネコを受け取る列をつくりました。ミルドレッドは、列の最後になりました。いよいよ、演だんの所に来ると、カックル先生が取り出したのは、つややかな黒ネコのかわりに、白い足のトラネコだったのです。それも一ばん中、外で嵐にうたれていたんじゃないかと思われるような、毛なみの。
「黒ネコがたりなかったんですよ」やさしくほおえみながら、カックル先生がいいました。
ハードブルーム先生も、ほおえんでいます。こちらは、ひにくっぽく。
贈呈式が終わると、みんなミルドレッドの子ネコを見にきました。
「きっと、HBのさしがねよ」モードが、ささやきました。(HBというのはハード《H》ブルーム《B》先生のあだ名です)
「でもいいわ……この子、ちょっと、ぼおっとしてるみたいじゃない?」ミルドレッドが、子ネコの頭をかきながらいいました。「ほんとに、気にしてないのよ。でも、名前は考え直さなくちゃね。クロベエってつけようと思ってたの。さあ、ネコを校庭につれてって、ほうきに乗せる練習をしましょうよ」
一年生はみんな校庭にいて、ききわけのないネコどもを、なんとかほうきに乗せようと、苦心さんたんしていました。それでも、なんびきかのネコは、もうしっかり、足のつめで、ほうきにつかまっています。なかでも、あるいっぴきのネコは、すらりとした前足をのばして、まるで生まれた時から、ほうきなんかには乗りなれているんだという顔をして、飛んでいました。それは、おすましやのエセルのネコでした。
前にもいったように、ほうきに乗るのは、やさしいことではありません。まずはじめに、ほうきに浮かぶよう、命じます。ほうきが、地面と平行にすいと、すべるように飛びはじめたところで、すかさずこしかけ、トントンとたたいてあいずし、まいあがるのです。空に浮かんだら、こんどは声に出して命令し、いうことをきかせます。「右へ! 左へ! とまれ! ちょっと下へ!」とかね。むずかしいのは、バランスをとることで、すこしでもかた一方に、かたむき過ぎたら、その時は、落っこちるか、友だちが助けにきてくれるまで、足でほうきにぶらさがっているしかありません。
ミルドレッドが、ほうきから落ちたり、ほうきをかべにぶつけたりしないで、
むりなく乗りこなせるようになるまで、なん週間もかかりました。ミルドレッドの子ネコにも、どうやら、同じ試練が待ちうけているようです。ほうきに乗せてやると、子ネコはつかまろうともしないで、ころりと落ちてしまいました。なんどか、試みたあげく、ミルドレッドは、子ネコを引っつかまえると、はげしくゆさぶって、いいきかせました。
「いいこと、あんたのこと、オタンコナスってよぶわよ。ほうきにつかまろうともしないじゃないの。ほかの子は、みんなちゃんとやっているのよ。見てごらんなさいよ」
子ネコは、悲しそうにミルドレッドを見つめて、ざらざらの舌で、ミルドレッドの鼻をなめました。
「しょうがないわね」ミルドレッドは、たちまちやさしい声になって、「ほん気でおこったんじゃないからね。さあ、もういちど、やってみましょう」
ミルドレッドは、子ネコをほうきに乗せました。子ネコは、どさっと落っこちました。
モードはいくらかましでした。モードのネコは、さかさまになっても、ひっしで、ほうきにしがみついています。
「がんばって」モードは、わらいながら、「始めは、だれでもそうなのよ」
「わたしのネコは、ぜんぜんだめ」少し休もうと、ほうきにこしかけていたミルドレッドは、ためいきをつきました。
「あきらめちゃだめよ。ネコがつめでほうきにしがみつくのって、むずかしいのよ。わかってあげなくちゃ」と、モード。
この時、ミルドレッドは、急にいいことを思いついて、校舎にかけもどりました。木の葉を追いかけて、遊んでいる子ネコや、しんぼう強く、空中にただよっているほうきを、おいてきぼりにして。
ミルドレッドは、学校カバンを取りにいったのです。カバンを取ってもどってくると、ほうきに引っかけて、子ネコをカバンの中にほうりこみました。そして、そのまま、空中にまいあがったのです。
「モード、見て、見て!」ミルドレッドは、空中からよびかけました。
「それじゃあ、ずるよ」学校カバンを見つめながら、モードがいいました。
子ネコがびっくりして、カバンから顔を出しています。ミルドレッドは、わらいながら、学校を一周して、校庭に降りたちました。
「HBが許してくれないと思うわよ」と、モードは、心配そうです。
「そのとおりですよ、モード」とつぜんうしろから、冷たい声が聞こえました。「自転車のハンドルをとりつけられるよりは、ましですけどね」
ミルドレッドは、まっかになりました。
「ごめんなさい、ハードブルーム先生。ネコが、バランスをうまくとれなくて、それで……わたし……あのう……」ハードブルーム先生に、冷たく見すえられて、ミルドレッドの声は途中で、消えてしまいました。
ミルドレッドはすごすごと、かばんをほうきからはずし、子ネコを校庭におろしました。
「みなさん!」ハードブルーム先生は、みんなの方に向き直り、手をたたきました。「あしたの朝、まじない薬のテストをします。お知らせは、それだけです」
そういって、先生は消えてしまいました――本当に。
「テスト、なければいいのに」担任の先生が、立っていた場所を見つめながら、モードがいいました。「ねえ、ほんとに先生、いなくなっちゃったかどうか、わかんないわね」
すると、どこからともなく、
「また、あたりましたね。そのとおりですよ、モード」と、ハードブルーム先生の声が、ひびきわたりました。
モードは、ハッと息をのんで、子ネコのところへ、かけもどりました。
3 ミルドレッドのおぼえた、はじめてのおまじない
ところでみなさん、この前、ある生徒のことを、お話しましたね。ほら、エセルといって、子ネコをすぐ、ほうきにのせることができた女の子です。エセルには、思いどおりにならないことなど、なにもありません。エセルはいつもクラスで一番でした。エセルのおまじないは、必ずききめがありますし、ハードブルーム先生もけっして冷たくありません。こんな子によくあるように、エセルは、なまいきで意地悪でした。子ネコの一件で、ミルドレッドが先生にしかられた時、一年生は全員、校庭にいました。先生が消えてしまうと、エセルはすかさず、ミルドレッドに意地悪をはじめました。
「カックル先生ったら、わざとそのネコを、あんたにくれたのよ」エセルは、あざわらいました。「あんたたち、どっちも、できそこないだものね」
「やめてよ」ミルドレッドは、くやしいのをこらえていいました。「いつかは、この子だって、飛べるようになるわよ」
「あんたみたいに?」エセルは、しつこくいい続けます。「あんたが、ゴミばこに、ほうきごとつっこんだのは、ほんの先週のことだったわね」
「気をつけなさいよ、エセル」と、ミルドレッド。「あんたが、だまんないっていうのならね……」
「なによ?」
「あんたをカエルにしちゃうから。わたし、そんなことしたくないのよ」
エセルは、キャーキャーわらいだしました。
「おもしろいじゃないの。おまじないなんて、なんにも知らないくせに。できるものなら、やってごらんなさいよ」
ミルドレッドは、まっかになりました。そして、すこし、悲しそうに見えました。
「やんなさいよ、さあ!」エセルが、キーキーいいました。「やってごらんなさいよ。あんたが、そんなにおりこうさんだっていうのなら、わたしをカエルにしてみてよ。待ってるわよ」
ミルドレッドが、そんなことをいいだしたのは、もののはずみだったのです(図書館で、たまたま、そのおまじないを読んでいたからでした)。でも、もう今となっては、みんながふたりを取りまいて、いったいどうなることかと、待ちかまえていますし、エセルは、まだしつこく、からかい続けています。とうとうミルドレッドは、がまんしきれなくなりました。
そこで、おまじないを、そっとつぶやきました。
すると、エセルが消えてしまったでは、ありませんか。エセルのもといた所には、ピンクとはい色の子ブタが、立っていました。
いっせいに悲鳴と、かん声があがりました。
「うー、うそー!」
「どうなっちゃったの!」
「あんた、できたじゃない、ミルドレッド!」
ミルドレッドは、たちまち後悔しました。
「ああエセル、ごめんなさいね。でも、あんたが、しろっていったのよ」
子ブタは、いかりくるっています。
「なんてこと、すんのよ、ミルドレッド・ハブル!」子ブタは、ブウブウいいました。「もとにもどしなさいよ!」
まさに、その瞬間、とつぜんハードブルーム先生が、校庭のまん中に、あらわれました。
「エセル・ハロウは、どこですか? バット先生が、特別じゅもん授業のことで、会いたがってらっしゃるんですがね」
ハードブルーム先生は、ブウブウ鼻をならしながら、足もとにすり寄ってきた子ブタを、するどく見つめました。
「この動物は、いったい校庭で、なにをやっているんです?」先生は、冷たく聞きました。
みんな、いっせいにミルドレッドのほうを、向きました。
「あのう……わたしが、つれてきたんです」と、ミルドレッドは、いいにくそうです。
「それなら、あなたが、また出せばいいわけですね」
「わたしには、できませんわ」ミルドレッドは、とくほうにくれました。
「つまり……そのう……ペットにしちゃいけません?」
「ネコといい、あなた自身といい、やっかいの種は、山ほどあるじゃないですか。なんでその上、ブタなんか、かいたがるんですか?」ハードブルーム先生は、ミルドレッドの足の間から、まんまるい目をのぞかせているトラネコを、にらみつけながらいいました。「たった今すぐ、そのブタを外にほうり出しなさい! ところで、エセルはどこなんですか?」
ミルドレッドはしゃがみこんで、「エセル、聞いて」子ブタの耳にささやきました。「外に出てくれる? お願い、エセル。あとでまた、入れてあげるから」
エセルのような人たちに、ものをたのんでも、むだなことです。ただ、つけあがらせるだけなのです。
「行くもんですか!」子ブタのエセルが、わめきました。「先生、わたし、エセルです! ミルドレッドが、わたしをブタにかえたんです!」
一瞬、校庭は静まりかえり、みんな、どうなることかと待ちかまえました。でも、その期待はむなしかったのです。ハードブルーム先生は、こんなことぐらいで、おどろくような人ではありません。げんに今も、かたっぽうのまゆを、ちょいとしかめただけでした。
「なるほどね、ミルドレッド。これは喜ばしいことですね。ここに入学して、すくなくともひとつは、あなたが学んだことが、あったわけですから。ま、それはそれとして、魔女法典の第七条第二項に、魔女どうしが、魔法をかけあってはならない、とあるのを知ってますか。どうか、すぐに、まじないをといてください」
「わたし、どうやってとくのか、知らないんです」ミルドレッドは、消えいりそうな声で、はくじょうしました。
「そういうことなら、図書館で調べた方がいいでしょう』先生は、うんざりしていいました。「エセルをつれていきなさい。途中で、バット先生のおへやにお寄りして、エセルが遅れるわけを、お話しておきなさい」
ミルドレッドは、子ネコをかかえて、校舎に急ぎました。あとには子ブタが続きます。
ありがたいことに、バット先生は、へやにいませんでした。でも、図書館では、ことはもっとやっかいだったのです。エセルは、わざと大きな声でブウブウいうし、みんなが、なにごとかと見つめるので、ミルドレッドは、つくえの下に、もぐりこんでしまいたくなりました。
「急いでよ」と、子ブタのエセル。
「ちょっと、だまててくれない?」ミルドレッドは、ぶあついまじないの本を、必死でめくりながら、いいました。「だいたい、あんたのせいでしょ。あんたが自分で、やれっていったのよ。どうして、今さら、もんくをいうのかわかんないわ」
「わたしはね、カエルにしろっていったのよ。ブタじゃないわよ」エセルは、へりくつをこねました。
「ちゃんと、カエルにならなかったじゃないの」
ミルドレッドは、ブウブウもんくばっかりいっているエセルを無視して、おまじないの本を調べ続けました。三十分かかってやっと、もとにもどるおまじないが見つかりました。エセルはすぐに、もとのにくたらしいすがたにもどりました。
図書館にいた生徒たちは、子ブタが、とつぜん、いかりくるったエセルにかわったのを見て、びっくりぎょうてんしてしまいました。
「ね、おこらないで、エセル」ミルドレッドが、ささやきました。「思い出してよ。『図書館では、静しゅくに』よ」ミルドレッドは、いうがはやいか、ろうかにとび出しました。
「ああ、おどろいた。こわかったね」と、カーデガンの中で、まるくなっている子ネコに、話しかけました。「あんたをへやにつれていって、わたし、まじない薬の復習をしに、実験室へいってくるわ。コウモリをいじめちゃだめよ」
4 ミルドレッドのつくったわらい薬は、すっごいききめ!?
まじない薬のテストの日です。生徒たちは、つくり方を忘れていませんようにと、胸をドキドキさせて、教室に入りました。でも、エセルは別。なんだって知っているんですもの、まじない薬のテストなんかで、びくついたりしないのです。
「はやくなさい! ひとつの大がまに、ふたりずつですよ」ハードブルーム先生が、ほえたてています。「きょうは、わらい薬をつくります。教科書を見てはいけません。ミルドレッド、すぐしまいなさい! 手ばやくつくるんですよ。できあがったら、すこしなめてみてください。ききめをたしかめるためです。さあ、始めなさい」
もちろん、モードとミルドレッドが組みました。でも、なかのよさには問題ないにしろ、これはまずい組みあわせでした。ふたりとも、わらい薬のつくり方を覚えていなかったのです。
「わたし、なんとか思い出せると思うわ」モードが、ささやきました。「ところどころだけどね」モードは、つくえの上に用意された材料から、必要なものを選び出しました。
よりわけた材料をぜんぶ、大がまにほうりこみ、しばらくにこんでみました。できあがった液体は、ブクブクあわだつ、あかるいピンク色をしていました。ミルドレッドは、それを見て、疑わしそうにいいました。
「みどり色にならなくちゃ、いけないんじゃない? ま夜中に集めたアオミドロを、ちょっと入れるのよ」
「ほんとに、そう思う?」とモード。
「うん……」ミルドレッドが、こたえました。でも、それほど、自信がありそうでもありません。
「ぜったい、そう思う?」もういちど、モードが、念をおしました。「この前のこと、覚えているでしょうね」
「ぜったい、そう思うわ」ミルドレッドが、いいはりました。「だってね、アオミドロが、つくえの上に出てるじゃない。入れなくちゃいけないってことなのよ」
「わかったわ。そうしましょ。どっちみち、飲んだって、からだに悪いものじゃないからね」
ミルドレッドは、アオミドロをひとつかみ、大がまの中に入れました。しばらく、かきまわしていると、こんどは、こいみどり色になりました。
「気持ち悪い色ね」と、モード。
「みなさん、できましたか?」ハードブルーム先生が、つくえをたたきました。「ほんとうは、もっとはやく、できなければならないんですよ。わらい薬は、緊急時に使うものですからね」
エセルのつくえは、ミルドレッドのすぐ前でした。ミルドレッドは、そっとのびあがって、エセルの薬をのぞいてみました。なんてことでしょう。エセルの薬は、あかるいピンク色だったのです。「どうしよう。わたしたち、なんの薬をつくっちゃったんだろう」
ハードブルーム先生は、またつくえをたたきました。
「さて、薬を飲んでみてください。すこしにしとくんですよ。だれにも、ヒステリーなんか、おこしてほしくないんですからね」
生徒たちは、試験かんに入れた液体を、すこし飲みました。たちまち、教室じゅう、わらい声がうずまきました。とくに、エセルたちのわらい声は大きくて、なみだまで流しながらわらっています。わらっていないのは、ただふたりだけ、ミルドレッドとモードでした。
「ねえ」と、モード。「なんだか変なきもち。どうして、わたしたち、わらわないの、ミル?」
「いいにくいんだけどね、わたしが――」ミルドレッドが、うちあけ話を続ける前に、ふたりは消えてしまいました!
「大がまの二番!」ハードブルーム先生が、ぴしゃりといいました。「薬のつくり方をまちがえたようですね」
「わたしのせいなんです」ミルドレッドの声が、大がまのうしろから、聞こえてきました。
「そうでしょうと」先生は、きっぱりといいました。「ふたりとも、すがたが見えるようになるまで、そこにすわっていなさい。そのあとで、ミルドレッドは校長室に行ったほうがいいようですね。そうしたら、カックル先生に、自分のしたことを、お話できるでしょう」
ふたりのわかい魔女のすがたが、ふたたびあらわれたころには、教室には、だれも残っていませんでした。ことは、ゆっくり運びました。まず最初に、頭が見えはじめ、それから、だんだんに、からだのほかの部分というふうに。
「ごめんなさいね」ミルドレッドの頭と肩がいいました。
「あら、いいのよ」と、モードの頭がいいました。「ただね、もうちょっと、考えてほしかったわ。わたしたち、はじめは正しかったんですもん」
「ごめんなさい」ミルドレッドは、もういちどささやいて、それからわらいだしました。「ねえ、モード、おっかしい。あんた知ってる? 頭しか見えてないのよ!」
たちまち、ふたりは大わらいをしはじめ、すぐにもとのなかよしにもどったのです。
「それじゃ、わたし、カックル先生に会いに行かなくちゃ」完全に、もとどおりになって、ミルドレッドがいいました。
「ドアのところまで、ついていってあげる」と、モード。
カックル先生は、せが低くてふとっています。かみの毛は、はい色で、みどりのふちのめがねを、いつもひたいの上に、おしあげていました。カックル先生は、ハードブルーム先生と、なにからなにまで反対でした。生徒はみんな、ハードブルーム先生のたった一言にも、ちぢみあがりますが、カックル先生のことは、だれもこわがったりしません。ハードブルーム先生とはちがうやり方で、生徒の教育にあたっていたのです。たとえば、生徒が校長室に行くと、いつでもやさしく、かんげいしてくれます。だから、なにか悪いことをしでかした生徒は、かえってどぎまぎして、いごこちが悪くなってしまうというぐあいです。ミルドレッドが、校長室に行くのは、いつも失敗をした時でした。
ミルドレッドは、校長室のドアをノックしました。どうか、先生がいませんように。――先生は、いました。
「おはりなさい!」中から、あたたかい声が聞こえました。
ミルドレッドは、ドアを開けて、中に入りました。カックル先生は、めがねをふつうにかけて、いそがしそうに、ぶあつい帳簿に書きこみをしていました。先生は顔をあげて、ミルドレッドを見ました。
「まあ、ミルドレッド」先生は、うれしそうにいいました。「すこしすわって待っていてね。すぐすみますから」
ミルドレッドは、ドアをしめて、先生のつくえのそばにすわりました。わたしに会うのを、あんなにうれしそうにしてくれなければいいのに。
先生は帳簿をぴしゃりとしめると、めがねをひたいの上に、おしあげました。
「さて、ミルドレッド、どんなご用かしら?」
ミルドレッドは、指をくみあわせました。
「あのう、じつは、カックル先生」ミルドレッドは、ゆっくり話しはじめました。「ハードブルーム先生が、こちらに行くようにとおっしゃったんです。わたし、また薬をまちがえちゃったんです」
校長先生の顔からわらいが消えて、心からがっかりしたというふうに、ため息をつきました。ミルドレッドは、かえって楽な気持ちになりました。
「やれやれ、ミルドレッド」カックル先生は、つかれた声でいいました。
「もう、なにをいっても、あなたにはむだなようですね。毎週なにかしでかしては学校中の先生に、ここに行くようにいわれているでしょう。わたしのことばは右の耳から左の耳へ、通りぬけてしまうようですね。これからも、こんな状態が続くなら、卒業はできませんよ。学校開校以来のふできな魔女ですよ、あなたは。なにか問題がおこれば、必ずあなたが、原因なんですから。さて、今回は、どういうわけだったんですか?」
「わたし、ほんとに自分でも、わけがわからないんです」ミルドレッドは、うつむきました。「ただ、わたしがなにかすると、必ず、変なふうになっちゃうんです。知らないうちにです。わざと、してるわけじゃないんです」
「そんなことは、いいわけになりませんよ。ほかの人たちは、みんな問題をおこさずに、ふつうにしていられるんですから。もっと、しっかりしなければね、ミルドレッド。もうこれ以上、あなたがなにかしでかした、という話は、聞きたくありません。わかりましたか?」
「はい、わかりました」ミルドレッドは、できるかぎり、申しわけなさそうな声を出しました。
「それじゃあ、もう行ってよろしい。だけど、わたくしが話したことを、忘れないようにするんですよ」
モードがろうかで待っていて、ミルドレッドが出てくると、どんなことをいわれたか、聞きたがりました。
「校長先生はいい人よ、ほんとうに」と、ミルドレッドは、心からいいました。
「先生が、わたしにおっしゃったのは、あたりまえのことばっかり。きっと、人をしかるのが、きらいなのよ。わたし、もうちょっと、しっかりするようにしてみるわ。ねえ、これから、ネコを校庭につれていって、ほうきの乗り方を、教えましょうよ」
5 ハロウィーンで一年生は、ひのき舞台にのぼります。
つぎの日の朝、ハードブルーム先生は、なにか考えこみながら、大またで教室に入ってきました。新しいはい色と黒のしまの服を着て、肩のところに、ブローチをとめています。
「みなさん、おはよう」先生はいいましたが、いつもほど、とげとげしいいい方ではありません。
「おはようございます。ハードブルーム先生」生徒たちは、いっせいにこたえました。
クラス担任は、つくえの上に本を置いて、みんなを見わたしました。
「みなさん、お話があります。それは、喜ばしくもあり、同時にまた、いささか心配でもあるというお話なのですが」ここで先生は、ちらっと、ミルドレッドを見ました。
「ハロウィーン《※》の祝賀会が、いよいよ二週間後にせまりました。毎年、この学校の生徒が、お集まりのみなさんに、催し物をお見せするきまりになっていますね。今年は、それを、このクラスが受けもつことになりました」
生徒たちのあいだから、わっと、歓声がありました。
「もちろん」と、先生は続けました。「このことは、たいへんな名誉であるとともに、責任も重大です。この学校の評判は、とても高いのですから、それをだいなしにするわけにはいきません。昨年は、三年生が劇を演じて、とてもほめていただきました。そこで、われわれは、ほうきの編隊飛行を行おうと思います。みなさん、うんと練習しなければなりません。まだ、ちゃんと飛べない人は、とくにです。でも、わたくしは、必ず成功すると思いますし、すばらしい催しになると信じています。わたくしに反対の意見の人、いますか?」
先生は、するどい目つきで、じろりと教室中を見わたしました。生徒はみんな、ちぢみあがりました。たとえ反対だとしても、そんなことをいい出す勇気は、だれにもありません。
「よろしい」と、先生。「これで、決まりました。われわれは、ほうきの編隊飛行を行ないます。さっそく校庭で練習しますから、ほうきを持って、二分後に校庭に集合しなさい」先生は、そういって、消えてしまいました。
みんな、興奮してぺちゃくちゃしゃべりながら、ろうかにとび出し、自分のへやにほうきを取りに行きました。らせん階だんにくつ音をひびかせて、生徒たちが校庭に出て行くと、ハードブルーム先生は、先にきて、みんなを待っていました。
「最初にちょっと、ならし飛びをしてみましょう。いつものように列をつくって、学校をひとまわりしてきなさい」
みんなは、命じられたとおり、いくらかよろつきながらも一列になって、学校のまわりを飛びました。
「思ったよりいいですね」ハードブルーム先生は、飛びおわって整列した生徒たちにいいました。「ミルドレッド、あなただけひどい飛び方でしたよ。気をつけなさい。ほかの人たちは、みんな、なかなかけっこう。さて、編隊飛行のプログラムをつくっておきました。まず第一番目、一列飛行。まいあがったり、まいおりたりを、かわるがわるします。これは、まあ、やさしいでしょう。つぎに、ガンが飛ぶように、Vの字飛行。三番目は、急降下。地面につく直前にまいあがります。これがいちばんむずかしいでしょう」ミルドレッドとモードはぞっとして顔を見あわせました。「そして、最後に、ほうきどうしをつなげて、輪になって飛びます。なにか質問は? ない? けっこう。それでは、すぐにはじめの種目をやりましょう。ミルドレッド、なんでしたっけね?」
「ええと……急降下です、先生」
「ちがいます。エセル、わかりますか?」
「一列飛行で、まいあがったり、まいおりたりを、かわるがわるします」と、エセルがこたえました。ことばも正確です、いつものとおり。
「よろしい」ミルドレッドを冷たくにらみつけながら、先生がいいました。
「きょうの午前中は、ずっと練習です。祝賀会までは毎朝やります。きょうの午後も、バット先生が許してくださったら、おまじないの授業をつぶして練習します」
それに続く二週間というもの、すこしでもあいている時間は練習にあてられ、みんな、一しょう懸命でした。編隊飛行は、すばらしいできばえになりました。モードのぼうしが、急降下の時にぺちゃんこになったほかには、たいした事故もなく、ミルドレッドでさえ、とくべつ気をつけて、失敗をしませんでした。
ハロウィーンの前の日、ハードブルーム先生は、生徒たちを校庭に整列させて、最後の注意をあたえました。
「わたくしは、たいへんまんぞくですよ」先生はもうすこしで、ほおえみそうになっています。「あしたは、魔女の盛装をしてください。せんたくやアイロンかけは、すんでいるでしょうね?」
先生は話しながら、ふとミルドレッドのほうきに、目をとめました。
「ミルドレッド、なんでほうきのまん中に、セロテープをまきつけているんですか?」
「すみません。学期のはじめに、折ってしまったんです」
エセルが、くすっとわらいました。
「わかりました」と先生。「そんなほうきでは、祝賀会には出られません。エセル、あなた、もう一本ほうきを持っていましたね。ミルドレッドに、かしてあげてくれませんか?」
「まあ、先生!」と、エセル。「あれは、たん生日にもらったんです。なにかあったら、ぜったいいやだわ」
ハードブルーム先生は、いちばん生徒にきき目のある、おそろしい目つきでエセルをひたと見すえました。
「それがあなたの気持ちですか、エセル」先生は、冷たい声でいいました。
「それならば――」
「わたし、かしたくないっていったんじゃないんです、先生」エセルは、急におとなしくなって、「ほうきを取りに行ってきます」エセルは、校舎にかけこんでいきました。
エセルは、ミルドレッドが、自分を子ブタにかえたことを、けっして許していませんでした。らせん階だんを登りながら、とつぜんミルドレッドに復しゅうする、うまい方法を思いつきました(エセルって本当にイヤな子ですね)。
「あんたをこらしめてやるわよ。ミルドレッド・ハブル」エセルはクックッとわらって、たんすの中からほうきを取り出しました。「よく聞くのよ、ほうきさん、大事なことなのよ……」
エセルがほうきを持ってもどってくると、クラスはもう解散したあとで、ミルドレッドがひとりで、急降下の練習をしていました。
「ほうきを持ってきたわ」と、エセル。「かべに立てかけておくわね」
「ありがとう」ミルドレッドは、エセルがしんせつになったのを喜びました。子ブタ事件以来、ふたりは口をきいていなかったのです。
「ほんとに、しんせつね」
「どういたしまして」エセルはそういって、ニヤリとわらうと、校舎にもどっていきました。
※ 万聖節の前夜、10月31日に行われる行事で、もともとは死んだ人のたましいが帰ってくる日として、盛大な火祭りをしました。現在は、合衆国でさかんで、子ども達が、魔女や怪物などに仮装し、おかしをもらって歩きます
6 エセルのいんぼうが大成功! 悪の勝利か?
ハロウィーンは、毎年、学校の近くの古い城あとで行われます。日がしずんだあと、かがり火がたかれ、暗くなるまでに、すべての魔女や魔法使いが集まってくるのです。
日がしずんで、カックル学校の生徒たちは、出かける用意をはじめました。ミルドレッドも服のしわをぴんとのばすと、子ネコに行ってきますといいました。それから、ぼうしをかぶりエセルのほうきをつかんで、校庭にかけおりていきました。へやを出る前に、窓からのぞいてみると、遠くかがり火がもえて、すてきなながめでした。
校庭には、みんながもう集まっていてミルドレッドも、自分の列にすべりこみました。魔女の盛装をしたハードブルーム先生は、とてもりっぱに見えます。
「みんなそろいました」ハードブルーム先生が、カックル先生に報告しました。
「それではまいりましょう」と、校長先生。「祝賀会へ出発! 五年生を先頭につぎに四年生、そうして一年生まで続きなさい」
全校の生徒がいっせいに、マントを風にひるがえし、木ぎのこずえをかすめて、城あとの方へ飛んでいくようすは、たいした見ものでした。年上の生徒たちは、自分のネコを、うしろに乗せています。長い黒かみをなびかせて、ピンとせすじをのばしたハードブルーム先生は、とくべつすてきに見えました。生徒たちは、先生がかみをほどいたところを、はじめて見て、毎朝、よくもあんなにきつく、たばねることができるものだと、びっくりしました。どんなに、たいへんなことでしょうね。
「かみをほどいていると、HBって、すごくすてきね」モードが、うしろを飛んでいたミルドレッドにささやきました。
「そうね」と、ミルドレッド。「いつもの半分もこわくないわ」
ハードブルーム先生がふりかえって、ふたりをにらみつけました。
「おしゃべりはつつしみなさい」
生徒たちが、城あとに着いた時には、もうすでに大ぜいの人が、集まってきていました。カックル先生や、ほかの先生方が、魔法使いの長老と、あく手をかわしている間、生徒たちは、きちんと列をつくって、待っていました。長老はたいそう年をとった人で、長いまっ白なひげをたらして、月や星をししゅうしたむらさき色の服を着ていました。
「今年は、なにを見せてくれるのかね?」と、長老が聞きました。
「ほうきの編隊飛行を用意いたしました」と、カックル先生。「ハードブルーム先生、はじめられますか?」
ハードブルーム先生のはく手をあいずに、生徒たちは、エセルを先頭にして整列しました。
「はじめなさい」ハードブルーム先生がいいました。
エセルが最初に、ふんわりと、申し分なく空中にうかびました。クラスのみんなが続きます。まず、一列になって、しずんだりあがったり。見ている人たちは、大かっさいです。つぎがVの字飛行。とても美しく見えました。いよいよ急降下です(カックル先生は、目をつぶってしまいました。でも、なにも悪いことは、おきませんでした)。
「おたくの生徒さんたちは、年ごとにすばらしくなりますね」と、わかい魔女が、ハードブルーム先生にいいました。先生は、ほおえんでいます。
とうとう最後の輪になって飛ぶ、いちばんやさしい種目になりました。
「もうすぐ終わりね」ミルドレッドの前にほうきをならべながら、モードが、ささやきました。
ほうきで円陣をつりおえるとすぐ、なんだかほうきがおかしいな、とミルドレッドは思いました。変なふうにゆれるし、どうも、ミルドレッドを、ふり落とそうとしているようなのです。
「モード!」ミルドレッドがさけびました。「なんだか、ちょっと――」ミルドレッドが、ことばを続けようとする前に、ほうきは野生の馬のように、はねあがりました。ミルドレッドは、ふり落とされながら、モードにすがりついたので、モードもいっしょになって、落っこちました。
空中は大こん乱。生徒たちが悲鳴をあげて、たがいにつかまりあったものですから、まもなく地面には、ほうきと魔女のごたごたのかたまりが、できあがりました。たったひとり、落ちつきはらって地面に降りたったのは、エセルでした。二、三人のわかい魔女が、わらいだしましたが、ほとんどの魔女は、にが虫をかみつぶしたような顔をしています。
「大変申しわけないことをしました、長老さま」と、カックル先生。ハードブルーム先生は、生徒たちのもつれたのをほどいて、立ちあがらせています。「きっとなにか、ちょっとした手ちがいだと思うのですが」
「カックル先生」長老が、おごそかに口を開きました。「あなたの生徒は、将来魔女となるべき者たちだ。それを思うと、ぞっとする」
長老は、すこし間をおきました。あたりは、完全に静まりかえっています。ハードブルーム先生は、ミルドレッドをにらみつけました。
「しかしながら」長老は続けました。「せっかくのハロウィーンをだいなしにしてはならない。このことは忘れよう。……さて、みなのもの、まじないをはじめるべき時がきた」
7 ミルドレッド、逃亡
祝賀会は、夜明けに終わりました。生徒たちは、つかれはてて学校に帰りました。ほうきが折れてしまったために、ふたり乗りをしている生徒もいます。だれもミルドレッドと口をききません(モードでさえ、つんとして、ミルドレッドの前を飛んでいきます)。一年生は、まったく面目を、失ってしまったのです。学校に帰りつくと、すぐさまベッドに行かされました。ハロウィーンの祝賀会で、ひとばんじゅうおきていたあとは、つぎの日のお昼まで寝ているのが、長年のきまりだったのです。
「ミルドレッド!」一年のクラスが、みじめな気持ちで階だんを登っていた時、カックル先生のするどい声が聞こえました。「あしたの午後一番に、校長室へきなさい。ハードブルーム先生とわたくしは、あなたにお話があります」
「はい、わかりました」ミルドレッドは、泣きそうになりながら、階だんをかけあがりました。
ミルドレッドが、へやのドアを開けようとしていると、うしろについてきたエセルが、すり寄ってささやきました。「いいきみ、人をブタなんかにしたバツよ!」そして、身をひるがえすと、行ってしまいました。
ミルドレッドは、ドアを閉めてベッドにとびこみ、子ネコをひしと、だきしめました。
「ああ、トラチャン」子ネコのあたたかいからだに、顔をうずめていいました。
「こんなひどいことってないわ、わたしのせいじゃないのに! エセルが親切でほうきをかしてくれるわけなかったのよ、どうしてわからなかったのかしら。だれも信じてくれないわ、わたしのせいじゃないなんて。いつも失敗ばかりしてるんですもの」
子ネコが心配そうにミルドレッドの耳をなめていると、コウモリが帰ってきて、横木にぶらさがりました。
二時間たってもミルドレッドはねむれずに、ベッドに横になっていました。カックル先生とおそろしい担任の先生に会う時のことを考えていたのです。子ネコはミルドレッドの胸で、まるくなり、安心しきってねむっていました。
「こわくってたまらない」窓の外のどんよりした空を、悲し気に見つめながら、ミルドレッドは考えました。「わたし、追い出されるのかしら? それとも、エセルのしたことをいいつけてやろうか――だめだわ、できない。もしかして、カエルにされちゃうかしら? そうじゃないわね、ふたりともそんなことしないわ。だって、ハードブルーム先生が、魔女法典にそむくことになるっていってたもの。ああ、どうするつもりかしら? モードだって、わたしのせいだと思ってるのよ。それに、HBがあんなにおこったとこ、初めて見たわ」
ミルドレッドは、考えているうちに、心そこおそろしくなって、ベッドからとびおきました。
「トラチャン、来るのよ」たんすから学校カバンを取り出しながら、いいました。「にげ出しましょう」
二、三枚の着物と本をカバンにつめて、魔女の正装をしました。これなら、学校の生徒には見えないでしょう。それから、ほうきを取りあげて、子ネコをカバンにほうりこむと、らせん階だんのところまで、静かなろうかをそっと歩いていきました。
「コウモリには会えなくなるわ」ミルドレッドは考えました。
寒いはい色の朝でした。校庭を横ぎりながら、だれかに見つけられはしないだろうかと、あたりを見まわして、ショールをかきあわせました。みんな寝しずまった学校は、ふだんとちがって見えました。門には、いつも、かぎがかかっていて、飛びこえなければなりません。でも、ほうきにカバンをつるしたまま、バランスをとるのはむずかしかったので、へいの低くなっているところを、乗りこえて、外に出ました。そして、松の木の間を歩きはじめました。
「どこへ行ったらいいのか、わからないのよ、トラチャン」ミルドレッドは、山をくだっていきました。
8 魔女学校あやうし! ミルドレッドのおまじないは、やくだつか?
森の中はうす暗く、ミルドレッドはちょっぴり不安でした。木ぎがびっしり生いしげり、ほとんど日の光もとどかないのです。あとすこしで、山のふもとに着くという所で、ミルドレッドは、木にもたれて休むことにしました。子ネコもカバンからはい出して、草の上でのびをしています。
森はとても静かで、鳥の声がちらほらと、あとは、なにかふしぎな音のほかには、なにも聞こえません。低くブンブンいうその音は、たくさんの人の話し声のようにも聞こえます。耳をすますと、もっと人の声らしく聞こえました。音の聞こえてくる方を、木の間からすかして見ると、なにか動いているのが見えました。
「ちょっと見に行きましょう、トラチャン」
カバンとほうきを木にたてかけたまま、からみあったやぶを通りぬけ、そっと近づいていきました。音は、だんだん大きくなります。
「なんで、こんな所で話をしているのかしら」と、ミルドレッド。「見てごらん、トラチャン。あの木のむこうよ」
二十人ほどの魔女が、うす暗いあき地にすわって、低い声でなにか話しあっています。ミルドレッドはそっと近づき、聞き耳をたてました。集まっている人たちは、初めて見る顔ばかりでした。その時、せの高いはい色のかみの魔女が、立ちあがりました。
「みんな、聞いておくれ。ちょっとの間、静かにできないのかい?」
それぞれ、かってに話しこんでいた魔女たちは、話をやめると、いっせいに、せの高い魔女のほうをむきました。
「そう、それでいいんだよ。さて、まだわかってないことがある。あの連中がみんなねむってしまったのか、そうでなくってもさ、せめて自分のへやで、おとなしくしていてくれるのかってことだよ」
せの高い魔女がすわると、かわりにほかの魔女が立ちあがりました。せの低い、ふとった魔女で、みどり色のふちのめがねをかけています。ミルドレッドはいっしゅん、カックル先生ではないかと思い、ドキッとしました。でも、口を開くと、声でちがう魔女だと、わかりました。
「その点の心配はいらないね」この魔女がこたえました。「ハロウィーンの祝賀会に続く朝は、正午まで、学校中がねむるんだよ。それがきまりで、あの学校は、きまりにすごくやかましいのさ。どんなに早くたって、十二時五分前までは、だれもおきてきやしないよ。校庭のかげにしのびこめば、音も聞こえないしさ。それに、すがたを消してしまおうよ、そうすりゃ、ぜったい安全さ。あとは、手わけをしてそれぞれのへやにしのびこみ、みんなをカエルにしちゃうまで、消えたままでいりゃいいよ。だれか目をさましたって、見えやしないんだから。箱を持っていくのを忘れちゃいけないよ、カエルを入れるんだよ」ふとった魔女は、小さな紙箱の山をさしました。
「ひとりもにがすんじゃないよ。ことがすんだら、あの学校は、われわれが支配するんだよ」
「すがたを消す薬のじゅんびは?」ふとった魔女は、火の上で大がまをかきまぜている、わかい魔女の方をむいて聞きました。わらい薬のテストの時、おなじみのふたりがつくった薬と同じものです。
「もうすぐです」わかい魔女は、そうこたえて、コウモリの羽毛をひとつかみ大なべの中に投げ入れました。「あとすこし、グツグツにたらできあがります」
ミルドレッドは本当にこわくなりました。カバンをおいた所に、はらばいでもどって、見つからないように木の下かげにかくれました。
「どうしたらいいかしら、トラチャン?」ミルドレッドは、モードがカエルになって、とびはねているところを思いうかべながら、子ネコにささやきかけました。「あの人たちを学校に行かしちゃいけないわ」
ミルドレッドはカバンをひっかきまわして、本を二冊取り出しました。一冊は、魔女法の本で、もう一冊は、おまじないの本でした。おまじないの本を、必死でめくり、人を動物にかえてしまうページを、さがしあてました。そこには、たったひとつ例が出ているだけで、それはカタツムリにしてしまう魔法でした。
「わたしにできるかしら?」ミルドレッドは考えました。「あんなにたくさんの魔女を、全部カタツムリにするなんて、できるかしら?」
トラチャンが、がんばって、といいたそうに見あげています。
「これが、魔女法典に反するのは、わかっているのよ、トラチャン。でも、あの人たち、魔女法どころか、どんなきまりにも、従いっこないわ、人が寝ている間に、カエルにかえちゃうなんて。自分を守るために魔法を使って、なにが悪いのかしら?」
ミルドレッドは、おまじないの本をにぎりしめて、そっと、あき地にもどっていきました。
「さあ、はじめるわよ!」ミルドレッドは、胸が苦しくなりました。
すがたを消す薬は、もうコップにつがれています。いそがなければ、魔女たちをかこむように、ミルドレッドは腕をひろげました。そして、そっと、おまじないをつぶやきました。しばらくの間、なにもおこりませんでした。魔女たちは、あいかわらず大がまをとりかこんで、いそがしそうにしています。ミルドレッドは、絶望して目をとじました。
でも、目を開けてみると、魔女たちは消えていて、地面には、いろいろな形や大きさのカタツムリが、はいまわっていました。
「トラチャン!」ミルドレッドは、歓声をあげました。
「わたし、やったわよ! ほら、みんな、カタツムリにしちゃったのよ。見て、見て!」
トラチャンは、やぶの中からとんできて、カタツムリを見つけました。カタツムリは、できるだけ早くにげだそうと必死ですが、ちっとも早く走れません。ミルドレッドは、紙の箱を取りあげると、カタツムリをいっぴきずつ、やさしくつまみあげて、箱の中に入れました。
「カックル先生に、お見せしなくちゃ」
とつぜん、お昼にカックル先生と会う約束だったのを、思い出しました。
「それでも、もどらなくちゃ。この人たちを、ここにおきざりにはできないもの」
そこで、ミルドレッドは、箱をかかえると、ほうきを従えて、山を登りはじめました。トラチャンは、ほうきにつるされたカバンの中に入って、ゆられていきました。
9 わたしのいうことを、どうか信じてください。
ミルドレッドが、重い鉄の門にたどり着いた時も、学校はまだ寝しずまったままでした。なんとか、ぬけ出したことが見つかる前にへやにもどって、カバンのなかみを取り出してしまおうと、らせん階だんをかけ登りました。ミルドレッドが箱をかかえて、へやのドアを開けようとした、ちょうどその時、ハードブルーム先生があらわれました。
「よかったら、なにをしているのか、話してくれませんか、ミルドレッド?」先生は、氷のような口調でたずねました。「あなたが、ほうきとネコとカバンとその上、箱をかかえるという完全ないでたちで、ろうかをしのび歩くところを、たった今見かけたところです。説明を求める理由は、じゅう分あると思いませんか?」
「ああ、先生」なかみが見えるように、箱を持ちあげて、ミルドレッドがこたえました。「ごらんになってください。山のふもとの近くで、魔女が集まっているのを見つけたんです。この学校にしのびこんで、みんなをカエルにしてしまう相談をしていたところでした。それに、すがたを消す薬をつくっていたんです。そしたら、だれにも見つけられないでしょう。それで、わたしがカタツムリにかえてつれてきて……」
ハードブルーム先生の顔つきを見て、ミルドレッドは、ことばを続けられなくなりました。ちっとも信じてくれていないのがわかったのです。
「これが魔女なんですって?」先生は、かたすみにゴタゴタむらがっている、カタツムリを指さしながら、きびしく問いただしました。
「はい、そうなんです」ミルドレッドは失望しながらも、いいはりました。「おかしな話だってことは、わかっています。でも先生、信じてください。この人たちがいたあき地には、まだほうきや大がまや、いろんな物が残っているはずです」
「ともかく、カックル先生に、この生き物を、お見せした方がいいでしょう」ハードブルーム先生は、意地悪くいいました。「校長室に行って、待っていなさい。校長先生をお呼びしてきます……これが、なにかのじょう談ではないことをいのりますよ、ミルドレッド。そうでなくても、あなたは山ほど、問題をおこしているんですから」
ミルドレッドが、校長室のいすに、ドキドキしながら、こしをかけて、待っていると、ハードブルーム先生が、まだねむたそうな校長先生をつれて、もどってきました。
「これです」ハードブルーム先生は、つくえの上の箱を指さしました。
カックル先生は、ドサッといすにこしかけて、まず箱の中をのぞき、それから、ミルドレッドを見つめました。
「ミルドレッド」校長先生は、重おもしくいいました。「わたくしは、昨夜みなさんの前でこうむった不面目から、まだ立ち直れないでいます。あなたのせいで、この学校の評判は地におちたのですよ。その上、このとほうもない話を、信じろというのですか?」
「でも、本当なんです」ミルドレッドは、さけびました。「どんな人たちだったかもお話しできます。ひとりは、せが高くてやせていて、はい色のかみをしていました。もうひとりは、カックル先生そっくりで、失礼なことをいってごめんなさい、みどりのふちのめがねをかけていて――」
「お待ちなさい!」カックル先生は、めがねを鼻の上に引きおろしました。「めがねをかけて、わたくしそっくりだったんですって?」
「はい、そうなんです」ミルドレッドは、まっかになってこたえました。「みどりのでした。失礼なことをいうつもりじゃないんです。そう聞こえたら、お許しください」
「いえ、いえ、そうじゃないのよ」カックル先生は、もう一度、箱をのぞきこみました。それから、ハードブルーム先生をふりかえり、「この子のいっていることは、本当だと思いますよ。この子が説明した魔女は、わたくしの妹で、たちの悪いアガサのことのようです。いつも、わたくしの学校が成功しているのを、うらやましがっていたんですよ!」
カックル先生は、カタツムリをじっと見つめました。
「そういうことですか、アガサ」校長先生は、クスクスわらいだしました。「また、会いましたね。どれがあなたなのかしら? ハードブルーム先生、どうしたらいいでしょうね?」
「もとどおりのすがたにしてやったら、よろしいかとぞんじますが」
「そんなこと、できませんよ!」カックル先生は、うろたえてさけびました。「二十人もの悪い魔女が、ここにあらわれたら、どうするんです?」
ハードブルーム先生は、いくらかおもしろがっているようです。
「お許しをいただいて、御指てきいたしますが」と、ハードブルーム先生。「魔女法典第五条第七項に、なにかの動物にかえられた場合、もとのすがたにもどるに際し、魔法をかけた魔女の利害に反しては、どのような魔法も発効しない、と定められています。いいかえれば、動物にかえられた者は、自分が悪かった、もうしませんと約束しなければ、もとにもどれない、と」
カックル先生は、ほっとしたようでした。
「ああ、そうでしたね」先生は、あかるくいいました。「今、思い出しました。ちょっと忘れていたんです。アガサ、聞こえますか? ハードブルーム先生、聞こえると思いますか?」
「はい、たぶん」と、ハードブルーム先生。「カタツムリをつくえの上にならべて、妹さんに前に出るよう、おっしゃったら、いかがでしょう?」
「いい思いつきですね」カックル先生は、もうすっかり楽しんでいるようです。
「ミルドレッド、手伝ってちょうだいな」
カタツムリをつくえの上にならべて、カックル先生は、アガサに前に出るようにいいました。いっぴきのカタツムリが、しぶしぶ列からはい出ました。
「よく聞きなさい、アガサ」と、カックル先生。「自分のやろうとしたことを悪いことだと認めて、もうけっしてしないと約束しますか? 今後、魔女法典に反するような悪いことはしない、とちかうなら、もとのすがたにもどしてあげます。そうでなければ、だめですよ。ちかうなら、もとの列にもどりなさい。そうしたら、あなたたちが、どちらを望んでいるのか、わかりますから」
カタツムリは、のろのろ、もとの列にもどりました。
ハードブルーム先生が、おまじないをとなえました。たちまち、校長室は、いかりくるった魔女で、いっぱいになりました。みんな口ぐちに、もんくをいいたてています。いやはや、たいへんなさわぎです。
「静かになさい!」カックル先生が命令しました。
先生は、まだいすにこしかけていたミルドレッドに、むき直りました。
「ベッドにもどっていいですよ、ミルドレッド。それから、あなたが今朝、学校のためにしてくれたことにめんじて、今日の午後するはずだったお話しあいは、忘れてあげましょう。ハードブルーム先生、それでいいですね?」
ハードブルーム先生は、まゆをつりあげました。ミルドレッドは、がっかりしました。
「カックル先生、同意いたします前に、お許しいただいて」と、ハードブルーム先生。「ちょっと、ミルドレッドにたずねたいのですが、ミルドレッド、ベッドにいるべき時間に、山をふらついて、いったいなにをしていたんですか?」
「あのう、わたし……散歩に出かけていたんです」
「ほおー、そして散歩に出るのに、たまたまおまじないの本を持っていたと、こういうわけですか?」
「はい」と、ミルドレッドはこたえて、ますますみじめになりました。
「なんて、勉強熱心なんでしょうね!」ハードブルーム先生は、ちっともうれしくなさそうに、わらいました。「どこに行くにも、おまじないの本を持っていくなんて、きっと、ぶらつきながら校歌も歌っていたにちがいなですね、そうでしょ?」
ミルドレッドは、床に目を落としました。そこにいた魔女全部に、見つめられているような気がしました。
「この子をベッドにやらなくちゃなりません」カックル先生がいいました。「さ、おいきなさい、ミルドレッド」
担任の先生がなにかいい出す前に、ミルドレッドはへやをとび出すがはやいか、五秒後には、ベッドにもぐりこんでいました!
10 ミルドレッドにばんざい三唱! ハッピーエンドでよかったね。
正午です。起床のベルが、ろうか中、鳴りひびきましたが、ミルドレッドは、ふとんを頭からかぶり直すと、また寝入ってしまいました。ミルドレッドのへやのドアが、バーンといきおいよく開かれたのは、それから間もなくのことでした。
「ミルドレッド、おきてよ!」と、モードがさけんで、まくらをつかむと、ミルドレッドの頭をポンポンたたきました。
ミルドレッドは、昼の光に目をパチパチさせました。ベッドのまわりでは、百人もいるんじゃないかと思うぐらい、たくさんの人がしゃべったり、わらったりしています。モードなんかは、ベッドの上に乗って、とびはねていました。
「どうしたの?」ミルドレッドは、ねむたそうです。
「知らないみたいなこといってる!」モードは、息をはずませながら「学校中、そのことでもちきりよ」
「なんのこと?」まだ半分ねむりながら、ミルドレッドがききました。
「さあ、おきなさいよ」モードは、かけぶとんを引きはがして、「あんた、カックル先生の妹から、学校をすくったんじゃないの!」
ミルドレッドは、しゃっきりおき直りました。
「そうよ、そうだったわ!」ミルドレッドがさけんだので、みんな、わらいだしました。
「カックル先生がね、講堂に集合しなさいって」と、ドーンとグロリアがいいました。ふたりとも一年生です。「早くおきて、着がえた方がいいわ。あんたのこと、先生が待っていらっしゃるわよ」
ミルドレッドがとびおきると、友だちは、先に講堂にむかいました。すぐにしたくをして、ミルドレッドもみんなに追いつきましたが、くつのひもは、いつものようにほどけたままでした。
モードが席をとっておいてくれました。講堂に入っていくと、みんなが見つめるので、ばすかしくてたまりません。先生たちがくるまでに、ミルドレッドは、エセルのことをモードに、話しておこうと思いました。
「ねえ、聞いて」だれにも聞こえないように、ひそひそ声でいいました。
「ハロウィーンの時の失敗ね、わたしのせいじゃなかったの。エセルが、かしてくれたほうきに魔法をかけたのよ。エセルがそういったわ。このこと、だれにもいわないでね。つげ口なんか、したくないもの。でも、あんたには、わかってほしかったから。わたしだって、いつも失敗ばかりしてないわ」
「でも、もうみんな、そのこと知ってるわよ」と、モード。
「どうして?」ミルドレッドが、びっくりしました。「だれが、いったの?」
「あのね、エセルがどんなやつだか、わかってるでしょ」モードがこたえました。「どんなに自分がうまくやったか、だれかにじまんしたくて、たまらなくなったのよ。それで、自分でハリエットにしゃべったの。ハリエットは、とんでもないことだと思ったわけ。こんどは、ハリエットが、みんなに話したのよ。今、だれもエセルと口をきかないわよ。ハードブルーム先生にも伝わって、先生、もうれつにおこってるんですって」
「シイイイイイ!」だれかがいいました。「先生方がいらしたわ」
カックル先生を先頭に、ハードブルーム先生や、ほかの先生たちが入ってきたので、生徒は立ちあがりました。
「みなさん、おすわりなさい」と、校長先生。「みなさんも御存知のように、今朝、学校は危機から、かろうじて、脱出できました。あるひとりの生徒がいなければ、われわれは、今ここにこうしているかわりに、カエルになって、そこいらをはねまわっていたことでしょう」
生徒たちは、わらいだしました。
「いいえ、わらいごとではありません! ほんとうに、そんなことになりかねなかったのですよ。でも、学校はすくわれました。わたくしは、今日の午後をお休みにすることを宣言します。ミルドレッド・ハブルをたたえるために。ミルドレッド、ちょっとこちらに来てくれませんか?」
ミルドレッドは、まっかになって、足を運びました。つまずきながら、いすの間をよろめいて通り、やっとのことで、演だんにあがりました。
「そんなにはずかしがらないで」カックル先生は、ほおえみました。そして、生徒たちにむき直ると「さあみなさん! ミルドレッドの勇気にばんざい三唱しましょう」
ばんざいがとなえられている間、ミルドレッドは赤くなって、せなかで指を組みあわせていました。
式が終わった時、「勇者」は、本当にほっとしました。講堂から出ていくとみんながかたをたたいたり、おめでとうをいってくれたりしました――エセル以外はです。エセルは、例のいんけんな目つきで、ミルドレッドをにらみつけました。
「ミル、だいすきよ!」だれかが、大声でいいました。
「おまじないのテストがなくなって、うれしいわ。ミル、ありがとう」ほかのだれかがいいました。
「すてきなお休み、ありがとう!」
「ほんとにありがとう、ミル!」こんなぐあいです。
モードが、ミルドレッドのだきつきました。
「あんた、はずかしがってたわね」と、モード。「あんまり赤くなるから、講堂のうしろの方からも見えたわよ!」
「もうやめて」ミルドレッドが、はずかしそうにいいました。「子ネコをつれてきて、遊びにいきましょうよ」
「ちょっとお待ちなさい」ふたりがよく知っている、冷たい声が聞こえました。うしろをふり返ると、クラス担任が立っていました。ハードブルーム先生に、話しかけられると、だれでもそうなるのですが、ふたりとも、とびあがってしせいを正し、なにか失敗をしでかしたんじゃないだろうかと、心配になりました。
でも、この時はうれしいことに、先生は、いつもの口もとをゆがめた、ひにくっぽいわらい方ではなく、心から、やさしくほおえんでいました。
「ミルドレッド、あなたにお礼がいいたかったんです。本当によくやってくれました、ありがとう。さあ、遊んでいらっしゃい。うんと楽しく過ごすんですよ」
先生は、もう一度ほえんで、かき消すように、いなくなりました。
「時どき、わたしね」と、ミルドレッド。「ハードブルーム先生って、わたしたちが思っているような人じゃないんじゃないかと思うの」
「もしかしたら、そのとおりかもしれませんよ、ミルドレッド」ハードブルーム先生の声が、ミルドレッドの耳のうしろから、聞こえてきました。ふたりともおそろしさに、ちぢみあがりました。
ミルドレッドは、モードの手をしっかり、にぎりしめて、ろうかをかけぬけ、霧の立ちこめる校庭に出ていきました。だれもいなくなったろうかには、ハードブルーム先生のわらい声が、いつまでもこだましていました。