エドガー・アラン・ポー/安引宏・佐々木直次郎訳
黒猫
目 次
黒猫
黄金虫
おしゃべり心臓
メールストロムの渦《うず》
群集の人
息をなくする話
解説
黒猫
私がこれから書こうとしているきわめて奇怪な、またきわめて素朴な物語については、自分はそれを信じてもらえるとも思わないし、そう願いもしない。自分の感覚でさえが自分の経験したことを信じないような場合に、他人に信じてもらおうなどと期待するのは、ほんとに正気の沙汰《さた》とは言えないと思う。だが、私は正気を失っている訳ではなく、――また決して夢みているのでもない。しかし明日《あす》私は死ぬべき身だ。で、今日のうちに自分の魂の重荷をおろしておきたいのだ。私の第一の目的は、一連の単なる家庭の出来事を、はっきりと、簡潔に、注釈ぬきで、世の人々に示すことである。それらの出来事は、その結果として、私を恐れさせ――苦しめ――そして破滅させた。だが私はそれをくどくどと説明しようとは思わない。私にはそれはただもう恐怖だけを感じさせた。――多くの人々には恐ろしいというよりも怪奇《バロック》なものに見えるであろう。今後、あるいは、誰か知者があらわれてきて、私の幻想を単なる平凡なことにしてしまうかもしれぬ。――誰か私などよりももっと冷静な、もっと論理的な、もっとずっと興奮しやすくない知性人が、私が畏怖《いふ》をもって述べる事がらのなかに、ごく自然な原因結果の普通の連続以上のものを認めないようになるであろう。
子供のころから私はおとなしくて情けぶかい性質で知られていた。私の心の優しさは仲間たちにからかわれるくらいにきわだっていた。とりわけ動物が好きで、両親もさまざまな生きものを私の思いどおりに飼ってくれた。私はたいていそれらの生きものを相手にして時を過し、それらに食物をやったり、それらを愛撫《あいぶ》したりするときほど楽しいことはなかった。この特質は成長するとともにだんだん強くなり、大人になってからは自分の主な楽しみの源泉の一つとなったのであった。忠実な利口な犬をかわいがったことのある人には、そのような愉快さの性質や強さをわざわざ説明する必要はほとんどない。動物の非利己的な自己犠牲的な愛のなかには、単なる人間《ヽヽ》のさもしい友情や薄っぺらな信義をしばしば嘗《な》めたことのある人の心をじかに打つなにものかがある。
私は若いころ結婚したが、幸いなことに妻は私と性の合う気質だった。私が家庭的な生きものを好きなのに気がつくと、彼女はおりさえあればとても気持のいい種類の生きものを手に入れた。私たちは鳥類や、金魚や、一匹の立派な犬や、兎《うさぎ》や、一匹の小猿や、「一匹の猫」などを飼った。
この最後のものは非常に大きな美しい動物で、体じゅう黒く、驚くほどに利口だった。この猫の知恵のあることを話すときには、心ではかなり迷信にかぶれていた妻は、黒猫というものがみんな魔女が姿を変えたものだという、あの昔からの世間の言いつたえを、よく口にしたものだった。もっとも、彼女だっていつでもこんなことを|本気で《ヽヽヽ》考えていたというのではなく、――私がこの事がらを述べるのはただ、ちょうどいまふと思い出したからにすぎない。
プルートォ[ローマ神話の、地獄の王]――というのがその猫の名であった――は私の気に入りであり、遊び仲間であった。食物をやるのはいつも私だけだったし、彼は家じゅう私の行くところへどこへでも一緒に来た。往来へまでついて来ないようにするのには、かなり骨が折れるくらいであった。
私と猫との親しみはこんなぐあいにして数年間つづいたが、そのあいだに私の気質や性格は一般に――酒癖という悪鬼のために――急激に悪いほうへ(白状するのも恥ずかしいが)変ってしまった。私は一日一日と気むずかしくなり、癇癪《かんしゃく》もちになり、他人の感情などちっともかまわなくなってしまった。妻に対しては乱暴な言葉を使うようになった。しまいには彼女の体に手を振り上げるまでになった。飼っていた生きものも、もちろん、その私の性質の変化を感じさせられた。私は彼らをかまわなくなっただけではなく、虐待した。けれども、兎や、猿や、あるいは犬でさえも、なにげなく、または私を慕って、そばへやって来ると、遠慮なしにいじめてやったものだったのだが、プルートォをいじめないでおくだけの心づかいはまだあった。しかし私の病気はつのってきて――ああ、アルコールのような恐ろしい病気が他にあろうか! ――ついにはプルートォでさえ――いまでは年をとって、したがっていくらか怒りっぽくなっているプルートォでさえ、私の不機嫌《ふきげん》のとばっちりをうけるようになった。
ある夜、町のそちこちにある自分の行きつけの酒場の一つからひどく酔っぱらって帰って来ると、その猫がなんだか私の前を避けたような気がした。私は彼をひっとらえた。そのとき彼は私の手荒さにびっくりして、歯で私の手にちょっとした傷をつけた。と、たちまち悪魔のような憤怒《ふんぬ》が私にのりうつった。私は我を忘れてしまった。生来のやさしい魂はすぐに私の体から飛び去ったようであった。そしてジン酒におだてられた悪鬼以上の憎悪《ぞうお》が体のあらゆる筋肉をぶるぶる震わせた。私はチョッキのポケットからペンナイフを取り出し、それを開き、そのかわいそうな動物の咽喉《のど》をつかむと、悠々《ゆうゆう》とその眼窩《がんか》から片眼をえぐり取った。この憎むべき凶行をしるしながら、私は面《おもて》をあからめ、体がほてり、身ぶるいする。
朝になって理性が戻ってきたとき――一晩眠って前夜の乱行の毒気が消えてしまったとき――自分の犯した罪にたいしてなかば恐怖の、なかば悔恨の情を感じた。が、それもせいぜい弱い曖昧《あいまい》な感情で、心まで動かされはしなかった。私はふたたび無節制になって、間もなくその行為のすべての記憶を酒にまぎらしてしまった。
そのうちに猫はいくらかずつ回復してきた。眼のなくなった眼窩はいかにも恐ろしい様子をしてはいたが、もう痛みは少しもないようだった。彼はもとどおりに家のなかを歩きまわっていたけれども、当りまえのことであろうが私が近づくとひどく恐ろしがって逃げて行くのだった。私は、前にあんなに自分を慕っていた動物がこんなに明らかに自分を嫌《きら》うようになったことを、初めは悲しく思うくらいに、昔の心が残っていた。しかしこの感情もやがて癇癪に変っていった。それから、まるで私を最後の取りかえしのつかない破滅に陥らせるためのように、天邪鬼《ヽヽヽ》の心持がやってきた。この心持を哲学は少しも認めてはいない。けれども、私は、自分の魂が生きているということと同じくらいに、天邪鬼《あまのじゃく》が人間の心の原始的な衝動の一つ――人の性格に命令する、分つことのできない本源的な性能もしくは感情の一つ――であるということを確信している。しては|いけない《ヽヽヽヽ》という、ただそれだけの理由で、自分が邪悪な、あるいは愚かな行為をしていることに、人はどんなにかしばしば気づいたことであろう。人は、掟《ヽ》を、単にそれが掟《おきて》であると知っているだけのために、その最善の判断に逆らってまでも、その掟を破ろうとする永続的な性向を、持っていはしないだろうか? この天邪鬼の心持がいま言ったように、私の最後の破滅を来たしたのであった。なんの罪もない動物に対して自分の加えた傷害をなおもつづけさせ、とうとう仕遂げさせるように私をせっついたのは、魂の|自らを苦しめようとする《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》――それ自身の本性に暴虐を加えようとする――悪のためにのみ悪をしようとする、この不可解な切望であったのだ。ある朝、冷然と、私は猫の首に輪索《わなわ》をはめて、一本の木の枝につるした。――眼から涙を流しながら、心に痛切な悔恨を感じながら、つるした。――その猫が私を慕っていたということを知っていれば|こそ《ヽヽ》、猫が私を怒らせるようなことはなに一つしなかったということを感じていれば|こそ《ヽヽ》、つるしたのだ。――そうすれば自分は罪を犯すのだ、――自分の不滅の魂をいとも慈悲ぶかく、いとも畏《おそ》るべき神の無限の慈悲の及ばない彼方《かなた》へ置く――もしそういうことがありうるなら――ほどにも危うくするような極悪罪を犯すのだ、ということを知っていれば|こそ《ヽヽ》、つるしたのだった。
この残酷な行為をやった日の晩、私は火事だという叫び声で眠りから覚まされた。私の寝台のカーテンに火がついていた。家全体が燃え上がっていた。妻と、召使と、私自身とは、やっとのことでその火災からのがれた。なにもかも焼けてしまった。私の全財産はなくなり、それ以来私は絶望に身をまかせてしまった。
この災難とあの凶行とのあいだに因果関係をつけようとするほど、私は心の弱い者ではない。しかし私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、――一つの鐶《かん》でも不完全にしておきたくないのである。火事のつぎの日、私は焼跡へ行ってみた。壁は、一カ所だけをのぞいて、みんな焼け落ちていた。この一カ所というのは、家の真ん中あたりにある、私の寝台の頭板に向っていた、あまり厚くない仕切壁のところであった。ここの漆喰《しっくい》だけはだいたい火の力に耐えていたが、――この事実を私は最近そこを塗り換えたからだろうと思った。この壁のまわりに真っ黒に人がたかっていて、多くの人々がその一部分を綿密な熱心な注意をもって調べているようだった。「妙だな!」「不思議だね?」という言葉や、その他それに似たような文句が、私の好奇心をそそった。近づいてみると、その白い表面に薄肉彫りに彫ったかのように、巨大な猫《ヽ》の姿が見えた。その痕《あと》はまったく驚くほど正確にあらわれていた。その動物の首のまわりには縄《なわ》があった。
最初この妖怪――というのは私にはそれ以外のものとは思えなかったからだが――を見たとき、私の驚愕《きょうがく》と恐怖とは非常なものだった。しかしあれこれと考えてみてやっと気が安まった。猫が家につづいている庭につるしてあったことを私は思い出した。火事の警報が伝わると、この庭はすぐに大勢の人でいっぱいになり、――そのなかの誰かが猫を木から切りはなして、開いていた窓から私の部屋のなかへ投げこんだものにちがいない。これはきっと私の寝ているのを起すためにやったものだろう。そこへ他の壁が落ちかかって、私の残虐の犠牲者を、その塗りたての漆喰の壁のなかへ押しつけ、そうして、その漆喰の石灰と、火炎と、死骸から出たアンモニアとで、自分の見たような像ができあがったのだ。
いま述べた驚くべき事実を、自分の良心にたいしてはぜんぜんできなかったとしても、理性にたいしてはこんなにたやすく説明したのであるが、それでも、それが私の想像に深い印象を与えたことに変りはなかった。幾月ものあいだ私はその猫の幻像を払いのけることができなかった。そしてそのあいだ、悔恨に似ているがそうではないある漠然《ばくぜん》とした感情が、私の心のなかへ戻ってきた。私は猫のいなくなったことを悔むようにさえなり、そのころ行きつけの悪所《あくしょ》でそれの代りになる同じ種類の、またいくらか似たような毛並のものがいないかと自分のまわりを捜すようにもなった。
ある夜、ごくたちの悪い酒場に、なかば茫然《ぼうぜん》として腰かけていると、その部屋の主な家具をになっているジン酒かラム酒の大樽《おおだる》の上に、なんだか黒い物がじっとしているのに、とつぜん注意をひかれた。私はそれまで数分間その大樽のてっぺんのところをじっと見ていたので、いま私を驚かせたことは、自分がもっと早くその物に気がつかなかったという事実なのであった。私は近づいて行って、それに手を触れてみた。それは一匹の黒猫――非常に大きな猫――で、プルートォくらいの大きさは十分あり、一つの点をのぞいて、あらゆる点で彼にとてもよく似ていた。プルートォは体のどこにも白い毛が一本もなかったが、この猫は、胸のところがほとんど一面に、ぼんやりした形ではあるが、大きな、白い斑点《はんてん》で蔽《おお》われているのだ。
私がさわると、その猫はすぐに立ち上がり、さかんにごろごろ咽喉を鳴らし、私の手に体をすりつけ、私が目をつけてやったのを喜んでいるようだった。これこそ私の探している猫だった。私はすぐにそこの主人にそれを買いたいと言い出した。が主人はその猫を自分のものだとは言わず、――ちっとも知らないし――いままでに見たこともないと言うのだった。
私は愛撫をつづけていたが、家へ帰りかけようとすると、その動物はついて来たいような様子を見せた。で、ついて来るままにさせ、歩いて行く途中でおりおりかがんで軽く手で叩《たた》いてやった。家へ着くと、すぐに居ついてしまい、すぐ妻の非常なお気に入りになった。
私はというと、間もなくその猫に対する嫌悪の情が心のなかに湧《わ》き起るのに気がついた。これは自分の予想していたこととは正反対であった。しかし――どうしてだか、またなぜだかは知らないが――猫がはっきり私を好いていることが私をかえって厭《いや》がらせ、うるさがらせた。だんだんに、この厭でうるさいという感情が嵩《こう》じてはげしい憎しみになっていった。私はその動物を避けた。ある慚愧《ざんき》の念と、以前の残酷な行為の記憶とが、私にそれを肉体的に虐待しないようにさせたのだ。数週の間、私は打つとか、その他手荒なことはしなかった。がしだいしだいに――ごくゆっくりと――言いようのない嫌悪の情をもってその猫を見るようになり、悪疫《あくえき》の息吹《いぶき》から逃げるように、その忌《い》むべき存在から無言のままで逃げ出すようになった。
疑いもなく、その動物に対する私の憎しみを増したのは、それを家へ連れてきた翌朝、それにもプルートォのように片眼がないということを発見したことであった。けれども、この事がらのためにそれはますます妻にかわいがられるだけであった。妻は、以前は私のりっぱな特徴であり、また多くのもっとも単純な、もっとも純粋な快楽の源であったあの慈悲ぶかい気持を、前にも言ったように、多分に持っていたのだ。
しかし、私がこの猫を嫌えば嫌うほど、猫のほうはいよいよ私を好くようになってくるようだった。私のあとをつけまわり、そのしつこさは読者に理解してもらうのが困難なくらいであった。私が腰かけているときにはいつでも、椅子の下にうずくまったり、あるいは膝《ひざ》の上へ上がって、しきりにどこへでもいまいましくじゃれついたりした。立ち上がって歩こうとすると、両足のあいだへ入って、私を倒しそうにしたり、あるいはその長い鋭い爪《つめ》を私の着物にひっかけて、胸のところまでよじ登ったりする。そんなときには、殴り殺してしまいたかったけれども、そうすることを差し控えたのは、いくらか自分の以前の罪悪を思い出すためであったが、主としては――あっさり白状してしまえば――その動物がほんとうに|怖かった《ヽヽヽヽ》ためであった。
この怖さは肉体的災害の怖さとは少し違っていた、――が、それでもそのほかにそれをなんと説明してよいか私にはわからない。私は告白するのが恥ずかしいくらいだが――そうだ、この重罪人の監房のなかにあってさえも、告白するのが恥ずかしいくらいだが――その動物が私の心に起させた恐怖の念は、実にくだらない一つの妄想《もうそう》のために強められていたのであった。その猫と前に殺した猫との唯一《ゆいいつ》の眼に見える違いといえば、さっき話したあの白い毛の斑点なのだが、妻はその斑点のことで何度か私に注意していた。この斑点は、大きくはあったが、もとはたいへんぼんやりした形であったということを、読者は記憶せられるであろう。ところが、だんだんに――ほとんど眼につかないほどにゆっくりと、そして、長いあいだ私の理性はそれを気の迷いだとして否定しようとあせっていたのだが――それが、とうとう、まったくきっぱりした輪郭となった。それはいまや私が名を言うも身ぶるいするような物の格好になった。――そして、とりわけこのために、私はその怪物を嫌い、恐れ、|できるなら思いきって《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》やっつけてしまいたいと思ったのであるが、――それはいまや、恐ろしい――もの凄《すご》い物の――絞首台の――形になったのだ! ――おお、恐怖と罪悪との――苦悶《くもん》と死との痛ましい恐ろしい刑具の形になったのだ!
そしていまこそ私は実に単なる人間の惨《みじ》めさ以上に惨めであった。|一匹の畜生が《ヽヽヽヽヽヽ》――その仲間の奴《やつ》を私は傲然《ごうぜん》と殺してやったのだ――|一匹の畜生が《ヽヽヽヽヽヽ》私に――いと高き神の像《かたち》に象《かたど》って造られた人間である私に――かくも多くの堪えがたい苦痛を与えるとは! ああ! 昼も夜も私はもう安息の恩恵というものを知らなくなった! 昼間はかの動物がちょっとも私を一人にしておかなかった。夜には、私は言いようもなく恐ろしい夢から毎時間ぎょっとして目覚めると、|そいつ《ヽヽヽ》の熱い息が自分の顔にかかり、そのどっしりした重さが――私には払い落す力のない悪魔の化身が――いつもいつも私の心臓《ヽヽ》の上に圧《お》しかかっているのだった!
こういった呵責《かしゃく》に押しつけられて、私のうちに少しばかり残っていた善も敗北してしまった。邪悪な考えが私の唯一の友となった、――もっとも暗黒な、もっとも邪悪な考えが。私のいつもの気むずかしい気質はますますつのって、あらゆる物やあらゆる人を憎むようになった。そして、いまでは幾度もとつぜんに起るおさえられぬ激怒の発作に盲目的に身をまかせたのだが、なんの苦情も言わない私の妻は、ああ! それを誰よりもいつもひどく受けながら、辛抱づよく我慢したのだった。
ある日、妻はなにかの家の用事で、貧乏のために私たちが仕方なく住んでいた古い穴蔵のなかへ、私と一緒に降りてきた。猫もその急な階段を私のあとへついて降りてきたが、もう少しのことで私を真っ逆さまに突き落そうとしたので、私はかっと激怒した。怒りのあまり、これまで自分の手を止めていたあの子供らしい怖さも忘れて、斧《おの》を振り上げ、その動物をめがけて一撃に打ち下ろそうとした。それを自分の思ったとおりに打ち下ろしたなら、もちろん、猫は即座に死んでしまったろう。が、その一撃は妻の手でさえぎられた。この邪魔立てに悪鬼以上の憤怒に駆られて、私は妻につかまれている腕をひき放し、斧を彼女の脳天に打ちこんだ。彼女は呻《うめ》き声もたてずに、その場で倒れて死んでしまった。
この恐ろしい殺人をやってしまうと、私はすぐに、きわめて慎重に、死体を隠す仕事に取りかかった。昼でも夜でも、近所の人々の目にとまる恐れなしには、それを家から運び去ることができないということは、私にはわかっていた。いろいろの計画が心に浮んだ。あるときは死骸を細かく切って火で焼いてしまおうと考えた。またあるときには穴蔵の床にそれを埋める穴を掘ろうと決心した。さらにまた、庭の井戸のなかへ投げこもうかとも――商品のように箱のなかへ入れて普通やるように荷造りして、運搬人に家から持ち出させようかとも、考えてみた。最後に、これらのどれよりもずっといいと思われる工夫を考えついた。中世紀の僧侶《そうりょ》たちが彼らの犠牲者を壁に塗りこんだと伝えられているように――それを穴蔵の壁に塗りこむことに決めたのだ。
そういった目的にはその穴蔵はたいへん適していた。そこの壁はぞんざいにできていたし、近ごろ粗い漆喰を一面に塗られたばかりで、空気が湿っているためにその漆喰が固まっていないのだった。その上に、一方の壁には、穴蔵の他のところと同じようにしてある、見せかけだけの煙突か暖炉のためにできた、突き出た一カ所があった。ここの煉瓦《れんが》を取りのけて、死骸を押しこみ、誰の目にもなに一つ怪しいことの見つからないように、前のとおりにすっかり壁を塗り潰《つぶ》すことは、造作なくできるにちがいない、と私は思った。
そしてこの予想ははずれなかった。鉄梃《かなてこ》を使って私はたやすく煉瓦を動かし、内側の壁に死体を注意深く寄せかけると、その位置に支えておきながら、大した苦もなく全体をもとのとおりに積み直した。できるかぎりの用心をして膠泥《モルタル》と、砂と、毛髪とを手に入れると、前のと区別のつけられない漆喰をこしらえ、それで新しい煉瓦細工の上をとても念入りに塗った。仕上げてしまうと、万事がうまくいったのに満足した。壁には手を加えたような様子が少しも見えなかった。床の上の屑《くず》はごく注意して拾い上げた。私は得意になってあたりを見まわして、こう独言《ひとりごと》を言った。――「さあ、これで少なくとも今度だけは己《おれ》の骨折りも無駄《むだ》じゃなかったぞ」
次に私のやることは、かくまでの不幸の原因であったあの獣を捜すことであった。とうとう私はそれを殺してやろうと堅く決心していたからである。そのときそいつに出会うことができたなら、そいつの命はないに決っていた。が、そのずるい動物は私のさっきの怒りのはげしさにびっくりしたらしく、私がいまの気分でいるところへは姿を見せるのを控えているようであった。その厭でたまらない生きものがいなくなったために私の胸に生じた、深い、この上なく幸福な、安堵《あんど》の感じは、記述することも、想像することもできないくらいである。猫はその夜じゅう姿をあらわさなかった。――で、そのために、あの猫を家へ連れてきて以来、少なくとも一晩だけは、私はぐっすりと安らかに眠った。そうだ、魂に人殺しの重荷を負いながらも眠ったのだ!
二日目も過ぎ三日目も過ぎたが、それでもまだ私の呵責者は出てこなかった。もう一度私は自由な人間として呼吸した。あの怪物は永久にこの屋内から逃げ去ってしまったのだ! 私はもうあいつを見ることはないのだ! 私の幸福はこの上もなかった! 自分の凶行の罪はほとんど私を不安にさせなかった。二、三の訊問《じんもん》は受けたが、それには造作なく答えた。家宅捜索さえ一度行われた、――が無論なにも発見されるはずがなかった。私は自分の未来の幸運を確実だと思った。
殺人をしてから四日目に、まったく思いがけなく、一隊の警官が家へやって来て、ふたたび屋内を厳重に調べにかかった。けれども、自分の隠匿《いんとく》の場所はわかるはずがないと思って、私はちっともどぎまぎしなかった。警官は私に彼らの捜索について来いと命じた。彼らはすみずみまでも残るくまなく捜した。とうとう、三度目か四度目に穴蔵へ降りて行った。私は体の筋一つ動かさなかった。私の心臓は罪もなくて眠っている人の心臓のように穏やかに鼓動していた。私は穴蔵を端から端へと歩いた。腕を胸の上で組み、あちこち悠々と歩きまわった。警官はすっかり満足して、引き揚げようとした。私の心の歓喜は抑えきれないくらい強かった。私は、凱歌《がいか》のつもりでたった一言でも言ってやり、また自分の潔白を彼らに確かな上にも確かにしてやりたくてたまらなかった。
「皆さん」と、とうとう私は、一行が階投をのぼりかけたときに、言った。「お疑いが晴れたことをわたしは嬉《うれ》しく思います。皆さん方のご健康を祈り、それからも少し礼儀を重んぜられんことを望みます。ときに、皆さん、これは――これはなかなかよくできている家ですぜ」〔なにかをすらすら言いたいはげしい欲望を感じて、私は自分の口にしていることがほとんどわからなかった〕――「|すてきに《ヽヽヽヽ》よくできている家だと言っていいでしょうな。この壁は――お帰りですか? 皆さん――この壁はがんじょうにこしらえてありますよ」そう言って、ただ気違いじみた空威張《からいば》りから、手にした杖《つえ》で、ちょうど愛妻の死骸が内側に立っている部分の煉瓦細工を、強くたたいた。
だが、神よ、魔王の牙《きば》より私を護《まも》りまた救いたまえ! 私の打った音の反響が鎮《しず》まるか鎮まらぬかに、その墓のなかから一つの声が私に答えたのであった! ――初めは、子供の啜《すす》り泣きのように、なにかで包まれたような、きれぎれな叫び声であったが、それから急に高まって、まったく異様な、人間のものではない、一つの長い、高い、連続した金切声となり、――地獄に墜《お》ちてもだえ苦しむ者と、地獄に墜《おと》して喜ぶ悪魔との咽喉《のど》から一緒になって、ただ地獄からだけ聞えてくるものと思われるような、なかば恐怖の、なかば勝利の、号泣――慟哭《どうこく》するような悲鳴――となった。
私自身の気持は語るも愚かである。気が遠くなって、私は反対の側の壁へとよろめいた。一瞬間、階段の上にいた一行は、極度の恐怖と畏懼《いく》とのために、じっと立ち止った。次の瞬間には、幾本かの逞《たくま》しい腕が壁をせっせとくずしていた。壁はそっくり落ちた。もうひどく腐爛《ふらん》して血魂が固まりついている死骸が、そこにいた人々の眼前にすっくと立った。その頭の上に、赤い口を大きくあけ、爛々たる片眼を光らせて、あのいまわしい獣が坐《すわ》っていた。そいつの奸策《かんさく》が私をおびきこんで人殺しをさせ、そいつのたてた声が私を絞刑吏に引渡したのだ。その怪物を私はその墓のなかへ塗りこめておいたのだった!
黄金虫
おや、まあ! こいつ、きちがいみたいに踊ってやがる!
きっと毒蜘蛛《タランチュラ》に咬まれたんだ。(『間違いばかり』)
ずいぶん昔の話になるが、わたしはウィリアム・レグランドという紳士と親交をむすんでいた。古いユグノー教徒の一族の出で、かつては裕福だったのに、たびかさなる不運にみまわれ、おちぶれてしまった。この失敗にともなう屈辱的な結末を避けるために、父祖の地、ニューオーリンズを去って、南カロライナ州のチャールストンにちかいサリヴァン島に住みついていた。
じつにふうがわりな島である。砂のほかに何もないといっていいくらいで、長さはほぼ三マイル、幅はどこをとっても四分の一マイルをこえない。本土からはちょっと気がつかないほどの水の帯でへだてられているのだが、蘆《あし》と軟泥の荒地のなかをにじみでるように水が流れているその地帯は、また水鶏《くいな》の好んで集まる場所でもあった。植生は、誰もが考えるように、乏しい。すくなくとも見ばえはしない。木らしい木なんて見あたらないのだから。といっても、西のはしちかく、モウルトリー砦《とりで》があるあたり、そして夏のあいだだけチャールストンの埃《ほこり》と暑さかち逃げだしたひとびとが借りるみすぼらしい木造の家が数軒かたまっているあたりには、たしかに、けばだった棕櫚《しゅろ》がないわけではない。それに島全体が、この西端の部分と、海側のくっきりと白くつらなる砂浜をべつにすれば、イングランドの園芸家があれほど珍重する甘やかな桃金嬢《ミルテ》の下生えにびっしりとおおわれている。この權木《かんぼく》はこの島では十五ないし二十フィートの高さにまで育つこともめずらしくなくて、ほとんど通りぬけられないくらいの叢林《そうりん》となり、その芳香で空気が重くなるくらいである。
この叢林のいちばん奥で、東のはし、つまり本土から遠いほうの島のはしからあまり離れていないところに、レグランドは自分で小さな小屋を建てて住んでいて、そのころ、わたしはまったく偶然に彼と知りあったのだった。それは急速に友情に育っていった。この隠遁者にはたいそう興味をそそられたし、また尊敬すべき点もすくなくなかったからである。高い教育を受け、なみなみならぬ精神力をそなえながら、嫌人癖《けんじんへき》におかされ、熱狂と憂鬱《ゆううつ》のあいだを交互にゆれうごく気分の持主であることもわかった。ずいぶん本をもっているが、めったに読まない。気ばらしの中心は銃猟と魚釣り、でなければ海辺を散歩しながら貝殻をみつけるかミルテの茂みをぶらつきながら昆虫をさがすか――彼の昆虫標本のコレクションはスワンメルダム大先生(オランダの昆虫学者。一六三七〜八〇年)さえもうらやましがらせるほどのものであった。このような遠出のときには、たいていジュピターという老黒人がつきそっていく。レグランド一族の没落まえに解放されていたのだけれど、自分には若い[ウィル旦那]の行くところにはかならずついて行く権利があると信じこんでいて、おどしてもすかしても、やめさせることなどできなかった。ひょっとすると、レグランドの親族が、ウィリアムの頭は多少ともおかしいと考えて、このぶらぶら歩きまわるくせの持主を監視し、また保護する目的で、この頑迷さをジュピターに植えつけておいたのかもしれない。
サリヴァン島のある緯度のあたりでは、冬も寒さがきびしくなることはめったにないし、季節が秋ともなると暖炉に火がほしいことなど異常事態といっていい。しかし、一八**年十月のなかばごろ、その事態はおこって、びっくりするほど冷えこんだ日があった。日没の直前に、わたしは常緑樹の茂みをやっと通り抜けて、友人の小屋にむかった。もう何週間もごぶさたしていた。というのも、当時わたしはチャールストンに住んでいて、島から九マイルも離れていたうえに、往復の便が今日とはくらべものにならないくらい乏しかったからである。小屋につくと、いつものようにドアをノックし、返事がなかったので鍵をわたしも知っている隠し場所からさがしだして、ドアを開け、なかにはいった。気持のよさそうな火があかあかと炉に燃えている。思いがけなかったが、もちろん、ありがたい不意うちだった。わたしは外套を脱ぎすて、音をたてて燃える薪のそばのアーム・チェアに腰をおろして、おとなしく主人の帰りを待った。
暗くなってまもなく、彼らは帰ってきて、わたしを心から歓迎してくれた。ジュピターは耳から耳まで大口をあけて笑い、大騒ぎで夕食に水鶏《くいな》をごちそうしようと準備にかかる。レグランドはれいの発作――というほかにどう名づけたらいいのだろう?――熱中してわれを忘れる発作にかかっていた。まだ知られていない、新しい属をつくることになる二枚貝を発見しただけでなく、それ以上の大物を、ジュピターの助けをかりて、追いつめ、手に入れていたのである。一匹の黄金虫《スカラビウス》で、まったくの新種だと彼は信じているのだが、それについては明日わたしの意見を聞きたいという。
「それで、なぜ今夜じゃだめなんだい?」とわたしはたずねた。火にかざした両手をこすりながら、そして、黄金虫《こがねむし》なんぞ一族ことごとく悪魔にくれっちまえと呪いながら。
「うん。きみが来てることがわかってさえいたら!」とレグランドは言った。「でも、もうずいぶん会ってないんだもの。よりによってまさしく今夜、きみが訪ねてきてくれるなんて、どうしてぼくにわかるだろう。帰ってくる途中で砦のG**中尉に出会って、虫を貸しちまったんだ。まったくばかなことをしたものさ。だから、明日の朝まで、きみに見てもらうことはできない。今夜は泊まってくれよ。日の出にジュピターに取りにやらせるから。まったく、世界にまたとないすばらしさだよ!」
「何が? 日の出がかい?」
「ばかいえ! ちがう! 虫だよ。ぴかぴかの黄金《きん》いろで――大きさは、そう、大きな胡桃《くるみ》の実くらいで――背中の一方のはしにまっくろな斑点がふたつ。そしてもうひとつの斑点が、こっちはすこし長めなんだが、もう一方のはしについている。触角《アンテニー》は――」
「錫《テイン》なんかまじっちゃいねえ、ウィル旦那、何度も言うたとおりですだ」と、ここでジュピターが話をさえぎった。
「あの虫は黄金《きん》の虫ですだ。金むくだで、どこもかしこも、内側も外側も――まあ、翅《はね》だけはべつだけんど。生まれてこのかた、あいつの半分の重さの虫だって持ったこたあねえだよ」
「なるほど、たとえそうだとしてもだな、ジュピター」レグランドは、その場のやりとりとしては何だか真剣すぎる口調で答えているみたいに、わたしには思えた。「だからといって鳥を焦がしていいってことにはなるまい? その色だがね」と、ここでわたしのほうをむいて、「まったく、それだけでジュピターの考えももっともだと思わせるくらいなんだ。あの甲がひかるのよりもっとみごとな金属質のつやなんて、きみだってきっと見たことがあるまい――だけど、この点についてのきみの意見は明日までおあずけだ。とりあえず、形についてなら、何とか説明できるだろう」こう話しながら、彼は小さなテーブルにむかったのだが、ペンとインクはあったけれど、紙がない。抽斗《ひきだし》をさがしてみても一枚もなかった。
「いや、いいんだ」彼はやっと言った。「これでまにあうだろう」そしてチョッキのポケットから、ずいぶんよごれた大判洋紙《フールスキャップ》みたいな紙きれを取りだすと、その上にペンでざっと図を描いた。彼がそうやっているあいだ、わたしはまだ寒かったから、火のそばの席でじっとしていた。図ができあがると、彼は腰かけたまま、それを手渡してよこした。わたしが受けとったとたん、大きな唸《うな》り声が聞こえ、そのあとにドアを引っかく音がつづく。ジュピターがドアを開けるとレグラントの飼っている大きなニューファウンドランド犬がとびこんできてわたしの肩にとびつき、しきりにじゃれた。まえに訪ねたとき、何度か、たっぷり相手をしてやったからである。犬のはしゃぎもおさまってから、わたしはれいの紙を見たのだが、じつを言うと、友人の描いたしろものには、すくなからず当惑せざるをえなかった。
「なるほど!」と、しばらく図を見つめたあげくわたしは言った。「こいつは奇妙な黄金虫だね、正直なところ。おはつにお目にかかる。こいつに似たのなんていままで一度も見たことがない――頭蓋骨とか、髑髏《されこうべ》とかいうんなら話はべつだが。いままでぼくの見たもののなかじゃ、いちばんそれに似てるな」
「髑髏だって!」おうむがえしにレグランドが言う。「うん――そうね――なるほど。紙に描いちまうと多少ともそんなふうに見えるだろうな、たしかに。上のほうのふたつの黒い斑点が眼みたいに見えるわけだろ? そして、下の長めの斑点が口みたいで――そのうえ、全体の形が卵形だしね」
「まあ、そうなんだろう」とわたし。「でも、レグランド、きみは絵がうまくないみたいだな。その甲虫《かぶとむし》のじっさいの形がどうなっているのか、実物を見るまでは、ぼくには見当もつかないもの」
「さあ、それはどうかな」彼はすこしむっとして言った。「ぼくの絵はまあまあなんだが――すくなくとも、まあまあの出来のはずなんだがね――いい先生についたんだし、それに自分じゃ筋もそんなにわるくはないとうぬぼれてもいる」
「でも、ねえきみ、それじゃぼくをからかってるんだな」とわたしは言った。「こいつはまったくありきたりの頭蓋骨ですよ――なんなら、まったくみごとな頭蓋骨だと言ってもいい。この種の生理学の標本についての通俗的な見解にぴったりかなってる――そして、もしこいつにそっくりだと言うんなら、きみの黄金虫はまちがいなく世にもふしぎな黄金虫だよ。ねえ、こいつをネタにして、背筋も凍る迷信をひとつでっちあげることもできるんじゃないかな。この虫に人頭黄金虫《スカラビウス・カプト・ホミニス》とか、まあそういったたぐいの名前をつけたらどうです――博物学じゃ似たような名前がずいぶんあるじゃないか。それにしても、きみの言ってた触角はどこにあるの?」
「触角だって!」とレグランドは言った。この話題に考えられないほど熱くなっているみたいである。「まちがいなく触角は見えるはずだがね。実物にあるとおり、はっきり描いておいたんだから。あれでじゅうぶんだと思いますがね」
「なるほど、なるほど」とわたしは言った。「たぶん、きみは描いたんだろう――でも、ぼくには見えない」そして、もう何も言わずに紙を彼の手に渡した。彼の機嫌をそこねたくなかったので。でも、わたしは情況ががらりと変わってしまったことに非常に驚いていた。彼の不機嫌に当惑し――そして、れいの甲虫の図について言えば、触角などぜったいに見えなかったし、図の全体はまさしくありふれた髑髏の木版画に酷似していたのである。
彼はむっとして紙をひったくると、あきらかに火のなかに投げこもうとしてまるめかけたが、そのときなにげなく図をちらりと見て、とつぜん注意をひきっけられてしまったようだ。一瞬、顔がまっかになり、つぎの瞬間にはまっさおになった。数分間、彼はじっとすわったまま仔細《しさい》にその図をしらべていたが、とうとう立ちあがって、テーブルから蝋燭《ろうそく》をとり、部屋のいちばん奥まった隅においてあった水夫用衣装箱《シー・チェスト》に腰をおろす。そこでまた、紙をあらゆる方向にひねくりまわしながら、熱心に調べる。しかも、ひとことも口をきかない。彼の挙動はわたしをおおいに驚かせたのだけれども、よけいな口をきいたりして、ますますひどくなってゆく彼の気分をこれ以上まずくしないほうが賢明だろうと思った。まもなく、彼は上着のポケットから紙入れを取りだし、れいの紙をたいせつそうにそのなかにしまい、それをまた書きもの机におさめると、錠をおろした。そこで、やっと彼の態度はおちついてきたが、さいしょの熱中の発作はまったく影をひそめてしまった。けれども、そんなに不機嫌なわけではなくて、茫然《ぼうぜん》としているだけみたいに見える。夜がふかまるにつれて、彼はいっそうもの思いに沈んでゆき、わたしがどんな冗談をとばしてみても、そこから引っぱりだすことはできなかった。それまで何度もやったように、その夜も小屋に泊まるつもりであったが、主人がこんなようすでは帰ったほうがいいと思った。彼は引きとめもしなかったが、しかし、わたしが立ちさろうとすると、いつもよりいっそう心をこめて握手するのだった。
このことがあって、ほぼひと月後に(そのあいだじゅうレグランドには会っていなかった)、彼の下男のジュピターがわたしをチャールストンに訪ねてきた。この善良な老黒人がこんなに意気消沈しているのを見るのははじめてだったから、友人の身に何か重大なわざわいがふりかかったのかと心配になった。「やあ、ジュピター」とわたしは言った。「どうしたんだい? 旦那は元気かね?」
「へえ。じつのところ申しあげやすと、旦那、あんまりよくねえんで」
「よくないって! そりゃあお気の毒に。どこが悪いと言ってるの?」
「それなんで! そこが問題なんで! 自分じゃどこも悪いたあ言わねえ――言わねえんだけども、ひでえ病気なんで」
「ひどい病気だって! ジュピター。なぜそのことをすぐ言わなかった。ベッドに寝たきりなのか?」
「うんにゃ、そうではねえ! どこにも寝てねえ――寝ねえっていう、そこんとこが、いっちせつねえところなんで。かわいそうなウィル旦那のことを思うと、わしの胸はずうんと重とうなってなあ」
「ジュピター、おまえが言ってるのはどういうことなのか、はっきり知りたいんだ。旦那が病気だと言ったね。でも、どこが悪いのか教えてくれないんだね?」
「へえ、旦那。あんなこたあ、気ちげえになるほどのことでねえ。ウィル旦那はあのことたあ、まるで関係はねえって言うたが――でも、関係がねえんなら、何のせいでこげなふうにうろつきまわるようになっただか。こげに頭を垂れて、こげにのらくらして、幽霊みてえにまっしろなつらになって。そいで、つぎは、いちんちじゅう、しぼっとるだ……」
「何をしてるんだって? ジュピター」
「石盤に数字を書いて、ずっとしぼっとるだよ――わしの見たこともねえ、何とも変てこな数字を書いて。だんだん、おっかなくなってくるですだ、ほんのこつ。何かしでかしゃしねえか、しっかり見張ってなきゃなんねえ。こねえだも、わしの眼をぬすんで、こっそりお日さまの出ねえうちにぬけだしちまって、何とまあ、一日じゅう帰ってこねえだ。もどってきたら思いきりひっぱてえてやろうと、わし、でっけえ棒までこさえといただが――わし、あほうだで、顔を見るとその気もくじけてしもうて――あんまりかわいそうなようすなもんで」
「え? 何だって? ああ、そうか! でもね、そんなかわいそうな男に、あんまりきびしくしちゃいけないな。ひっぱたいたりするなよ、ジュピター。きっとまいっちまうぜ。でも何がきっかけでそんな病気に――というより、そんなおかしなふるまいをするようになったのか、おまえには思いあたるふしはないのか? こないだ、わたしが訪ねてからあと、何かいやなことでもあったのかい?」
「うんにゃ、旦那。あれからあとは、いやなことなどなんもねえだ。そのめえのことだと心配してるんで――旦那が見えた、あの日のこんで」
「どうして? 何のことだい?」
「へえ、旦那。あの虫のこんで――ほうら」
「あの、何だって?」
「あの虫で――わしの考えでは、まちげえなしに、ウィル旦那は頭のどっかを咬まれただよ、あの黄金虫に」
「ジュピター、おまえがそう考えるのは、何かわけがあってのことかい?」
「爪でじゅうぶんだて、旦那。それに口もある。あげないまいましい虫は見たこともねえだよ――寄ってくるもんは何もかも蹴《け》るし、咬みつくし。ウィル旦那がはじめつかめえただが、あっちゅうまに放さにゃならんかっただで。ほんのこつ――あんとき咬まれたにちげえねえ。わし、あの虫の口のかっこうが気にくわんかったで。わし、どういうわけでかしらんが。そいで指じゃさわりとうねえんで、めっけた紙きれでつかめえただ。紙にくるんで、切れっぱしを口につっこんでやっただよ――まあ、そういったわけで」
「じゃあ、旦那はほんとうに甲虫に咬まれて、そのせいで病気になったと考えてるんだね?」
「考えてるわけじゃねえ――嗅ぎつけてるだ。もし黄金虫に咬まれたんでなきゃあ、なんであんなに黄金の夢を見るだね? わし、まえにも、黄金虫のこたあ聞いたことがあるでな」
「でも、黄金の夢を見てるってことがどうしてわかるんだい?」
「どうしてわかるだって? へえ。そりゃあ、寝言で言うとるだでな――そんなわけで、わし、嗅ぎつけただよ」
「なるほどね、ジュピター。たぶん、おまえの言うとおりなんだろう。だが、いかなる幸運な事情によって、本日、来訪の栄をたまわったのかな?」
「どうかしただかね、旦那?」
「レグランドさんの言伝《ことづて》でも持ってきたのかい?」
「うんにゃ、旦那。持ってきたのは、この手紙ですだ」そう言って、ジュピターは一通の手紙を手渡した。文面はつぎのとおりである――
拝啓。こんなにも長いあいだお目にかかれないのはなぜだろう? ぼくのちょっとした無愛想《プリュスケリ》なんか気にするきみじゃないと信じてはいるのだが――いや、まさか、そんなことはありえないよね。
このまえ、お目にかかって以来、ぼくのほうにはひどく気がかりなことがあったんだよ。お話ししたいことがあるんだが、どう話したらいいのか、はたして話すべきかどうか、それさえぼくにはわからない。
この二、三日、あまり躯《からだ》の具合はよくないし、ジュピターのやつがうるさくして、がまんできないくらいなんだ。むろん、良かれとおせっかいをやくんだけれど。きみは信じてくれるだろうか? こないだなんか、すごい棍捧をつくって、ぼくをこらしめようとしたんだぜ。ぼくがこっそり家をぬけだして、|たったひとりで《ソウラス》、本土の山のなかで一日をすごしたからってわけでね。いつにかかって、ぼくが病人じみた顔をしてたせいでぶんなぐられずにすんだのだと、ぼくは信じてうたがわない。
一別以来、ぼくの標本箱には何ひとつくわわっていない。
なんとか都合がつくようなら、ジュピターといっしょにおいでください。ぜひとも、来てほしい。今夜、お目にかかりたいんだ。重大な用件がある。重大このうえないことは保証します。
敬具
ウィリアム・レグランド
この手紙の書きぶりには、わたしをひどく不安にする何かがあった。文章全体がふだんのレグランドといちじるしくちがっている。いったい何を夢見ているんだろう? どんな新奇な夢想が彼の興奮しやすい頭脳にとりついたのか? その彼が処理しなければならないらしい「重大このうえない用件」とは何か? ジュピターの話ではどうもよくないことらしい。たびかさなる不運の重圧が、ついに、友人の理性をまったく狂わせてしまったのではないか、それをわたしはおそれた。だから、いささかもためらうことなく、黒人に同行するしたくをしたのだった。
波止場につくと、これから乗っていこうという小舟の底に一挺の大鎌と三挺のシャヴェルがおいてあって、どれもあきらかに新品らしいと気づいた。
「これはみんなどういうわけだ? ジュピター!」とわたしはたずねた。
「うちの旦那の鎌とシャヴェルでさ、旦那」
「そりゃそうだろう。だけど、何だってまた?」
「ウィル旦那が町で買えってわしに言いつけた鎌とシャヴェルでさ。眼ん玉がとびでるぐれえ金をふんだくられただ」
「しかし、まったく、わけがわからんな。おまえのウィル旦那は、鎌とシャヴェルで何をするつもりなんだね?」
「わしにもわからねえ。悪魔にかけてもええ、うちの旦那にもわかりっこねえにきまっとるだよ。何もかもあの虫のせいだでな」
[あの虫]のことで頭がいっぱいらしいジュピターから満足な答がえられるはずもないと気づくと、わたしは小舟に乗りこみ、出帆した。強い順風のおかげで、まもなくモウルトリー砦の北にある小さな入江にはいり、そこから二マイルばかり歩いて小屋についた。到着したのは午後三時ごろである。レグランドは待ちこがれていた。神経質な熱っぽさ《アンプレスマン》をこめてわたしの手をにぎりしめる。驚くとともに、すでにいだいていた疑惑がつよまる。顔色はまるで死人みたいに蒼《あお》ざめ、おちくぼんだ両眼は不自然な輝きをおびてひかっていた。二、三、彼の健康についてたずねてから、ほかに、適当な話題も思いつかなかったので、れいの黄金虫はもうG**中尉から返してもらったかとたずねた。
「ああ、もちろん」と彼は顔をさっと紅潮させて答えた。「翌朝にはとりかえしたよ。どんなことがあっても、もう二度とあの黄金虫を手ばなすものか。あれについてはジュピターがまったく正しかったってこと、知ってるかい?」
「どんなところが?」と、わたしは心に悲しい予感をいだきながらたずねる。
「あれが本ものの黄金でできてる虫だと考えたところがさ」このことばを彼が厳粛そのものの口調で言ったので、わたしは言いようのないショックを受けた。
「この虫がぼくにひと財産つくってくれるんだよ」彼は勝ちほこったような微笑をうかべながら、あとをつづける。
「わが一族の資産をとりかえしてくれるってわけだ。だから、ぼくがこの虫をたいせつにするのに、何のふしぎもあるまい? 運命の女神の意向がぼくにこの虫を授けたんだから、ぼくはこれを正しく使うだけでいい。そうすれば、こいつが手引きしてくれて、ぼくは黄金にたどりつけるだろう。ジュピター、あの黄金虫をもってこい!」
「ええっ! あの虫かね? 旦那。わし、あの虫にゃあかかわりあいたくねえんで。旦那が自分で取ってきなさるがええ!」
そこで、レグランドは、いかめしくも重々しい態度で立ちあがり、収めてあったガラスのケースから甲虫を取りだして持ってきてくれた。美しい黄金虫だった。しかも、当時はまだ博物学者にも知られていなかった種類のもので――科学上の見地からすれば、もちろん、たいへんな掘出し物だった。背中の一方のはしちかくにまるい黒斑がふたつ、もう一方のはしに長い斑文がひとつある。甲はきわめて堅く、つやがあって、みがきあげた黄金そっくりの外観をもつ。この虫の重量もじつに驚くべきものだから、いろんな条件を考えあわせてみると、ジュピターが畏敬の念をいだいたからといって責めるわけにもいかないだろう。だが、何によってレグランドまでが老黒人の意見に同調するようになったのかとなると、わたしにはさっぱりわからなかった。
「きみを迎えにやったのは」と彼は、わたしが甲虫を調べおわると、もったいぶった口調で言った。「きみを迎えにやったのは、きみの助言と助力をえて、運命の女神および黄金虫についての見方を深めんがためであって……」
「ねえ、レグランド」わたしは彼をさえぎって叫んだ。
「きみはたしかに具合が悪いんだから、すこしぐらいは用心したほうがいい。きみをベッドに寝かせたら、よくなるまで、二、三日、きみのそばについてることにしよう。熱があるし、それに……」
「脈を計ってみろよ」と彼。
わたしは脈を計ったが、じつを言えば、発熱の徴候はまったくなかった。
「でも、病気なのに熱は出ないのかもしれない。こんどだけはぼくの言うとおりにしてくれよ。まず、ベッドにはいる。つぎに……」
「誤診だよ」と彼は口をはさんだ。「いまのぼくみたいに興奮にとりつかれてれば、これでもじゅうぶん健康なんだよ。もし、ほんとうにぼくの躯を心配してくれるんなら、この興奮状態から助けだしてくれよ」
「じゃ、どうすればいいんだい?」
「かんたんさ。ジュピターとぼくは本土の山のなかに探検に出かけるところで、この探検にはだれか信頼できる人物の助けがいるんだ。そしてきみは、ぼくらの信頼できる唯一の人物なんだよ。成功するにせよ、失敗するにせよ、いまきみがみとめてるぼくの興奮状態は、いずれにしてもおさまると思う」
「よろこんで手伝うよ、どんなことでも」とわたしは答えた。「でも、まさか、このいまいましい甲虫まで山のなかの探検にかかわりがあるなんて言わないだろうね?」
「ある」
「だったら、レグランド、そんなばかげた行動の仲間にはなれないな」
「残念だ――じつに残念だな。そうなると、ぼくらふたりだけでやらなくちゃならなくなってしまう」
「ふたりだけでやるって! こいつ、たしかにどうかしてるぞ!――まあ、待てよ! どれくらい留守にするつもりなんだ?」
「たぶん、ひと晩じゅう。すぐに出発して、どんなことがあっても、日の出までには帰ってくる」
「じゃあ、約束するかい? きみの名誉にかけて。きみの、この気まぐれに片がついて、虫の一件が(くそったれ!)きみの納得のいくように落着したら、そのときは家に帰ってぼくの言うことに文句なしにしたがうってことを。かかりつけの医者同様にだよ」
「うん、約束するよ。じゃあ、そろそろ出かけようか。ぐずぐずしちゃいられないんだ」
心も重く、わたしは友人と同道した。出発は四時ごろ、一行は――レグランド、ジュピター、れいの犬、そしてわたしである。ジュピターは大鎌とシャヴェルを持った――ぜんぶ自分が持つと言いはって。それも、わたしの見るところでは、あまりにも勤勉で忠実であるためにというよりは、どちらの道具にしろ主人の手のとどくところにおくのが心配だったせいらしい。態度はおそろしく頑固で、道中、口からもれるのはただひとつ、「あのいまいましい虫め」という台詞《せりふ》ばかり。わたしの分担は龕燈《ダーク・ランタン》ふたつだったが、レグランドときたら、れいの黄金虫ひとつでご満悦で、鞭紐《むちひも》の先に結びつけたのを、前後左右に魔法使い気どりでふりまわしながら歩いていた。友人の錯乱をしめすこの決定的で明白な証拠をみとめたとき、わたしはほとんど涙をおさえることができなかった。けれども、すくなくともいまのところは、つまり成功の見こみがあるもっと強力な手段を見つけだすまでは、幻想をたのしませておくのがいちばんだ、とわたしは考えた。そのあいだにも、わたしは懸命に探検の目的についてさぐりをいれてみたのだが、そのかいもまったくなかった。ひとたびわたしを同行させることに成功した以上、そのほかのささやかな話題についてなど話したくないらしく、何をたずねても、返ってくる答はたたひとつしかなかった――「いまにわかるよ!」
わたしたちは島の鼻にある小川を小舟で渡り、本土の岸辺にある台地にのぼって、ひとの歩いた形跡などまったくなさそうな、おそろしく荒涼とした地帯を北西の方角に進んだ。レグランドは先に立って、ためらいもなく進んでいく。そこここでほんのちょっと立ちどまり、まえに来たとき見つけておいた彼にしかわからない目じるしらしいものを調べるだけで。
こんなふうにして二時間ばかり歩き、日がまさに沈もうというとき、わたしたちはいままで通ってきたどこよりも、くらべものにならないくらい荒れはてた地域にはいった。一種の台地で、ほとんどひとを寄せつけない山の頂ちかくにあった。その山は麓から頂上まで密生した樹林におおわれ、巨大な岩が散在していて、しかも地面にころがっているだけらしく、大部分はただ寄りかかっている樹木に支えられて、かろうじて下の谷間に転がり落ちるのをまぬかれているらしい。深い渓谷がさまざまな方向にきざみこまれ、あたりの情景にいっそうきびしく荘厳なおもむきをそえている。
わたしたちがよじのぼったこの天然の壇の上には茨《いばら》がびっしりと生い茂り、大鎌なしにはとてもそのなかを前進することなどできないことがすぐにわかった。ジュピターは主人の指図にしたがって、とほうもなく高い|百合の木《チューリップ・トリー》の根もとまで道を切りひらきにかかった。その木はざっと八、九本の樫《かし》の木といっしょに平らな場所に立っていたが、葉群や形の美しさでも、のびやかな枝のひろがりでも、見た目の申しぶんない堂々たるさまでも、どの樫の木より、そしていままでに見たどんな樹木よりも、はるかにみごとだった。この木の根もとまで来ると、レグランドはジュピターのほうをむいて、おまえはこの木にのぼれると思うか、とたずねた。老人はこの質問にちょっとたじろいだようで、しばらく返事をしなかった。が、とうとう巨大な幹に歩みよって、ゆっくりとそのまわりをひとまわりしながら、注意ぶかく調べる。吟味しおえても、彼はただこう答えただけであった。
「うん、旦那。ジュピターにゃ、いままで木を見てのぼれねえってこたあなかっただ」
「だったら、できるだけ早くのぼってくれ。もうすぐ暗くなって、さがしてるものも見えなくなっちまうぞ」
「どこまでのぼらにゃならんので? 旦那」とジュピターがたずねる。
「まず幹をのぼってけ。その先は教えてやる、どの枝にとっつくか……それからこれを……待てよ! この黄金虫を持っていくんだ」
「虫だって? ウィル旦那……あの黄金虫をですかい?」黒人はうろたえて、あとずさりしながら叫んだ。「何だって木登りに虫をつれていかにゃなんねえだ? くそ! まっぴらだで」
「もしこわいんだったら、ジュピター、おまえみたいな図体のでっかい黒ん坊が、死んじまって咬みつきもしない小っちゃな甲虫を手に持つのが――だったら、この紐にぶらさげたまま持ってけばいいじゃないか――どうしても連れていかないんなら、このシャヴェルでおまえの頭をたたきわらなくちゃならんことになっちまうそ」
「いったいどうしたってんで? え、旦那」とジュピターはあきらかに恥じいりながら、機嫌をとるように言った。
「いつもいつも年寄りの黒ん坊に喧嘩を売りつけて。あれは冗談だでよ。わしが虫をこわがるだって! 何でわしが虫を気にしなきゃなんねえだ?」そこで、彼は用心ふかく紐のいちばんはしっこを持ち、事情のゆるすかぎり、虫をできるだけ自分の躯から遠くに離すようにしながら、木登りのしたくをした。
百合の木、学名リリオデンドロン・チュリピフェルムは、アメリカの森林植物の堂々たる王者であるが、若木のころはとりわけすべすべの幹であって、しばしば非常な高さまで横枝をださないまま成長する。が、老木となるにつれ樹皮に瘤《こぶ》ができて節くれだち、幹からも多くの短い枝が出てくるものだ。だから、いまの場合、よじのぼることは、じっさいは見た目ほど難しくはなかった。巨大な幹に両腕と両膝でできるだけぴったりとはりつき、両手で出っぱりをつかまえ、素足の指をべつの出っぱりにかけながら、ジュピターは一、二度あぶなく落っこちそうになっただけで、とうとう最初の股《また》まで自分の躯を引っぱりあげると、この仕事も実際上はぜんぶ片がついたと考えているようすだった。木登りの危険は、じじつ、いまや終わっていた。たしかに、六、七十フィートもの高さにのぼっていたにしても。
「今度はどっちに行くだね? ウィル旦那」と彼はたずねる。
「いちばん大きな枝をのぼれ――こっちの側だ」とレグランドが言う。黒人はすぐさま、何の苦もなさそうに、命令にしたがう。ぐんぐんのぼっていって、四つん這《ば》いの姿は密生した葉群につつみこまれ、まったく見えなくなってしまった。やがて、彼の声が一種のあいさつみたいに聞こえてきた。
「どこまでのぼりゃあええだかね?」
「いま、高さはどれくらいだ?」とレグランドがたずねる。
「すっごく高《たけ》えだ」と黒人が答える。「木のてっぺんから空が見えるだで」
「空なんか気にしてないで、おれの言うことを注意して聞くんだぞ。おまえののぼった大枝を見おろして、こっち側の下にある枝を数えるんだ。何本、横枝をこえたね?」
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつう――大きな枝をいつつこえただよ、旦那、こっち側ので」
「だったら、もう一本のぼれ」
二、三分でまた声が聞こえ、七本目の枝についたと知らせてきた。
「いいか、ジュピター」とレグランドが叫んだ。あきらかにひどく興奮している。「その校を、何とかして、できるだけ遠くまでつめてもらいたいんだ。何か変わったものが見えたら知らせるんだそ」
もうこのときには、哀れな友人の狂気についていだいていた一筋の希望の糸も、ぷっつりととぎれていた。もはや疑問の余地もなく、友人は狂気につかれているのだと考えるしかない。早く家に連れ帰らねばと、わたしはいっそう気が気でなかった。どうするのがいちばんいいか、考えあぐねているうちに、ジュピターの声がふたたび聞こえた。
「この枝をずうっと先まで行くなあすっごくおっかねえだ――まったく枯れとるだで」
「枯枝と言ったのか? ジュピター」レグランドは声をふるわせて叫ぶ。
「うん、旦那。しょうじんしょうめえ、枯れとるだよ……まちげえねえ、枯れきっとる……こいつは生命をなくしちまっとるだよ」
「ああ、どうしたらいいんだろう?」レグランドは困りきったようすで言った。
「きまってるだろ!」と、わたしはことばをさしはさむ機会ができたのをうれしく思いながら言った。「家に帰ってベッドにはいるんだよ。さあ、さあ! おとなしく言うことを聞けよ。もう遅いし、それに、約束したことを忘れたわけじゃあるまい?」
「ジュピター!」彼は、わたしのことばなどまるで気にもとめずに叫んだ。「おれの言うことが聞こえてるか?」
「うん、ウィル旦那。はっきり聞こえとるだ」
「じゃあ、ナイフを使ってようく枝をためしてみろ。ひどく腐ってるかどうか調べるんだ」
「腐っとるだ、旦那、たしかに」と、まもなく黒人は答えた。「だけんど、思ったほど腐りきってもいねえ。わしひとりなら、この枝ももうちょっと先まで行けねえわけではねえ」
「おまえひとりならだって! いったい何のことだ?」
「なに、虫のことでさ。なんしろ重てえ虫だ。まんず、こいつを落としちまえば、黒ん坊ひとりだけの重みだったら、この枝も折れましねえ」
「いまいましい悪党め!」レグランドは、あきらかにほっとひと安心したようすで叫んだ。「そんなたわごとをおれに聞かせて、いったいどういうつもりなんだ? その黄金虫を落としてみろ、まちがいなく、おまえの首をへし折ってやるぞ。いいか、ジュピター、聞こえてるか?」
「へえ、旦那。哀れな黒ん坊にそんなふうにどなるこたあねえだよ」
「よおし! じゃあ聞けよ! もしおまえが黄金虫を手放さずに、その枝を安全だと思うぎりぎりのところまで行ってくれたら、降りたときその場で一ドル銀貨の褒美《ほうび》をだすぞ」
「行きますだ、ウィル旦那。もう行きよるだよ」すぐさま黒人の答が返ってきた。「もう、大体、はしっこに出ただ」
「はしっこに出ただって!」このとき、レグランドの叫びは悲鳴にちかかった。「枝のはしまで行ったと言うんだな?」
「じき、はしっこにつくだよ、旦那――うわあ! おったまげたなあ! ここんとこの、木の上にのっかっとるのは何だでや?」
「いいぞ!」レグランドはうちょうてんになって叫んだ。
「何がある?」
「ただの髑髏でさ。誰ぞが自分の頭を木の上に忘れて行きよって、鴉《からす》が肉をみいんな食っちまっただよ」
「髑髏と言ったな! いいぞ、いいぞ。どんなふうに枝にゆわえつけてある? 何でとめてあるんだ?」
「わかっただよ、旦那。調べてみるだ。なんちゅうふしぎなこった、まったくよ――髑髏んなかにでっけえ釘があって、そいつで木にとめてあるだ」
「じゃあ、いいか、ジュピター。きちんと言われたとおりにするんだぞ――聞こえるか」
「へえ、旦那」
「じゃあ、よく聞けよ――髑髏の左の眼を見つけろ」
「ふむ、ふむ! ようがす! ええと、眼なんぞまるでのこってねえ」
「この馬鹿やろう! おまえ、自分の右手と左手の区別を知ってるのか?」
「うん、知っとるだ……ようく知っとるだよ……まきを割るほうが、わしの左手だで」
「そのとおり! おまえは左利きだからな。それで、おまえの左眼はおまえの左手と同じ側にあるんだ。さあ、これで髑髏の左眼がわかるだろう。つまり、左眼があったあとのことだ。見つかったか?」
ここで長い間合いがはいった。とうとう黒人がたずねる。
「髑髏の左眼も髑髏の左手と同じ側にあるだかね? だけども、髑髏は手なんてかけらも持ってねえし……まあ、ええだ。さて、左眼を見つけただど……うん、これが左眼だ! こいつをどうするんで?」
「そこに黄金虫をとおしてぶらさげるんだ。紐をいっぱいにのばしてな――でも、気をつけろ、紐を放すんじゃないぞ」
「ちゃんとやっただよ、ウィル旦那。虫を穴に通すなんざ、わけねえこった――下からようく見てみなせえ!」
このやりとりのあいだ、ジュピターの姿はまったく見えなかった。しかし、彼が苦労してぶらさげた甲虫は、いまや姿をあらわし、紐の先端で、みがきあげた黄金の球のように、落日の最後のひかりのなかにきらめいている。落日の名残のひかりは、わたしたちが立っている高台を、なおほのかに照らしていたのである。黄金虫はどの枝にもぜんぜんじゃまされないで垂れさがっていたから、もし落とせば、そのままわたしたちの足もとに落下したであろう。レグランドはすぐさま大鎌を手にとって、虫の直下を直径三、四フィートの円形に切りひらき、その仕事をおえると、紐を手放して木から降りろとジュピターに命じた。
まさに甲虫が落ちたその個所に、きわめて正確に杙《くい》を打ちこむと、友人はポケットから巻尺を取りだした。巻尺の一方のはしを杙にいちばんちかい木の幹の一点に留めると、これを杙までのばし、木と杙の二点によってすでに規定された方向に、そこからさらに五十フィート延長した――ジュピターが大鎌で茨を切りひらいてゆくのを追って。こうしてえられた一点に第二の杙を打ちこむと、そのまわりに、杙を中心として、直径四フィートばかりの大まかな円が描きだされる。こんどは自分もシャヴェルを手にとり、ジュピターとわたしにもひとつずつ渡して、レグランドは掘りはじめてくれと言った。それも、できるだけいそいで。
じつを言うと、わたしにはもともとこういう遊びの趣味はないのだが、この場合はことに、できることならよろこんで辞退したかった。夜は迫ってくるし、これまでの運動でずいぶんくたびれてもいたので。しかし、どうやらのがれるすべはなさそうだし、それに、わたしがことわることによって哀れな友人の心の平静をみだすにはしのびなかった。じっさい、ジュピターの協力をあてにすることができさえしたら、わたしはためらうことなくこの狂人を力ずくで家に連れ帰ろうとしただろう。けれどもわたしは、あまりにもこの老黒人の気性を知りすぎていた。たとえいかなる事情のもとでも、彼の主人とわたしが争っているときに、わたしに手をかしてくれることなど望みようもない。レグランドが南部に無数にある埋蔵金の迷信のどれかにとりつかれていること、そしてその空想は黄金虫の発見と、おそらくはそれを「金むくの虫」だと言いはるジュピターの頑迷さとによって保証されているらしいことは、疑問の余地がなかった。狂気になじんだ精神はよういにそのような暗示にかかるものだし、とりわけ、その暗示がお気にいりの先入観と一致する場合にはなおさらである。ここでわたしは、哀れな友人が甲虫について言ったことばを思い出した――「財産をつくる手引きをしてくれるんだよ」、あれこれ考えると、わたしは悲しくも苛立《いらだ》ち、またとまどうのだったが、とうとうやむをえないことときっぱりあきらめて――気持よく掘ってやろう、そうすればそれだけ、眼に見える証拠によって、この夢想家に自分のいだいている考えがまちがっていることをさとらせるときが早くくるのだから、そう決心した。
龕燈《ダーク・ランタン》に灯をともすと、わたしたちはみんな熱心に掘りはじめた。まるで、もっとまともな理由で働いているみたいな熱心さで。明るいひかりがわたしたちの躯と道具とを照らしだしたとき、自分たちが何とも現実離れした集団に見えるだろうことを、また、たまたま誰かがこのあたりを通りかかったとしたら、自分たちの仕事はどんなにか奇怪で疑惑にみちたものに見えるにちがいないことを、わたしは意識せずにはいられなかった。
二時間のあいだ、わたしたちはたゆまず掘りつづけた。ほとんど口もきかずに。いちばん困ったのは犬が吠えたてたことで、わたしたちの仕事ぶりにひどく興味をそそられたらしい。ついにはあまり騒々しく吠えるものだから、誰か近くを歩いているものに急をつげるはめになりはしないかと不安になった――といっても、こういう気づかいをしたのはむしろレグランドで――わたしとしては、何かじゃまがはいってくれるのは大歓迎だった。それをきっかけに、この男を家に連れて帰ることができるかもしれないのだから。この騒ぎも、とうとうジュピターの手で、きわめて効果的に静められてしまった。よく考えたあげくといった決然とした態度で穴から出ると、犬の口を自分の靴下留めの片方で縛りあげ、しかつめらしい顔に含み笑いをうかべながら、また仕事にもどったのである。
その二時間が経過すると、穴は五フィートの深さにたっしたけれども、財宝など影も形も見あたらない。みんなでひとやすみしながら、わたしはこれでこの茶番《ファルス》にも幕がおりてくれればいいと願いはじめていた。しかしレグランドは、あきらかにひどく狼狽《ろうばい》していたけれども、ものおもわしげに額の汗をぬぐうと、また作業にとりかかった。すでに直径四フィートの円はすっかり掘りあげていたから、こんどは範囲をすこしひろげて、しかもさらに二フィート深く掘りさげた。それでも、何ひとつ出てこない。わたしは心からレグランドを哀れと思った。この宝探しの男は、とうとう穴から這いだす。おそろしくにがい失望が全身ににじんでいる。そして、仕事をはじめるときに脱ぎ着てた上着にのろのろと、力なく、腕をとおしはじめた。そのあいだじゅう、わたしはひとことも言わなかった。ジュピターは主人の合図を見て道具をまとめはじめる。それがおわると、犬の口輪をはずし、わたしたちは黙りこくって家路についた。
たぶん、十歩あまりも歩いたろうか、レグランドは大声でののしりながら大股にジュピターに近づき、ぐいっと襟首《えりくび》をつかんだ。黒人はびっくりして眼と口をいっぱいにあけ、シャヴェルをとり落とし、膝《ひざ》をついてしまう。
「この悪党め!」レグランドはくいしばった歯のあいだから一音ずつ吐きだすように言った。「このいまいましい黒い悪党め! さあ言え、言えったら! いますぐ答えろ。ごまかしはゆるさん! どっちが……どっちがおまえの左の眼だ?」
「ああ、ウィル旦那! こっちがわしの左眼にきまっとるでねえか?」と、おびえきったジュピターは叫び、片手を右の眼にあてがい、いまにも主人が眼玉をえぐりとるんじゃないかとおそれているみたいに、死にものぐるいでおさえこんだ。
「そんなことだと思った! わかってたんだ! ありがたい!」とレグランドは大声で叫び、黒人を放すと、跳躍や旋回をひとくさりやって見せたものだから、下男はひどくびっくりして立ちあがり、声も出ないで、主人からわたしへ、わたしから主人へと、視線をさまよわせていた。
「さあ! 引き返さなくちゃ」とレグランドは言った。
「まだ勝負はついちゃいない」そして、先頭に立って百合の木にむかった。
「ジュピター、ここにこい!」木の根もとにつくと彼は言った。「枝に打ちつけてあった髑髏は、顔を外に向けていたのか、それとも木のほうに向けていたのか?」
「顔は外を向いてただよ、旦那。だもんで、鴉はらくに眼をほじくれただ。何の造作もなしによ」
「ようし、じゃあ、おまえが黄金虫を落としたのは、こっちの眼からか、それともこっちの眼からか?」こう言いながら、レグランドはジュピターの眼にひとつずつ指をふれていった。
「こっちの眼で、旦那――左の眼で――言いつかったとおりに」こう言って黒人が指さしたのは自分の右眼だった。
「それでよし――やりなおしだ」
いまやわたしも、友人の狂気にはある種の方法論がそなわっていることがわかった――あるいは、わかったような気がした。レグランドは甲虫の落下点をしめす杙を抜いて、まえの地点から約三インチ西のほうに移した。それから、巻尺を幹のいちばんちかい一点からまえと同じに杙までのばし、さらに一直線に五十フィートのばして、定点をもとめる。さっき掘っていた地点からは数ヤードも移動していた。
いまや新しい定点のまわりに、このまえのよりいくぶん大きめの円が描きだされ、みんなはふたたびシャヴェルを手に働きはじめた。わたしはひどく疲れていたけれど、何が気持を変えたのかはよくわからないながら、いまはもうこの押しつけられた労働があまりいやではなくなっていたのである。わたしは非常につよい興味を感じはじめていた――いや、興奮していたと言っていい。たぶん、レグランドの調子の狂った言動すべての核心に、何か、先見とか熟慮とかがひそんでいるような感じがあって、それに影響されたのだろう。わたしは熱心に掘り、そしてときどき、ほとんど期待にちかい思いをこめて幻の宝を、そのために不幸な友人が発狂することになった幻影を、じっさいにさがしもとめている自分に気づくのだった。こういう妄想がいちばんつよくわたしをとらえていたころ、そして、たぶん一時間半は働きつづけた時分に、わたしたちはまたも狂ったように吠えたてる犬にじゃまされてしまった。このまえ犬が騒いだのは、あきらかに悪ふざけか気まぐれのためであったが、こんどは一本調子の真剣な吠えかただった。ジュピターがまた口輪をはめようとしたが、犬は猛烈に抵抗し、そのあげく穴にとびこむと狂ったように爪で土を掘りかえす。そして、いくらもしないうちに一山の人骨を掘りあてたのだった。完全な骸骨《がいこつ》ふたりぶんで、金属製のボタン数個と、毛織物が腐って塵《ちり》になったらしいものとがまじっている。一、二度シャヴェルで掘りおこすと大きなスペインふう短剣の刀身があらわれ、もっと掘ると金貨や銀貨が散らばって三、四枚出てきた。
これを見たときのジュピターのよろこびようは、ほとんど手のつけようもないくらいだった。が、主人のほうの顔には、くっきりと落胆の色がうかびあがった。それでもレグランドは作業をつづけるようにとわたしたちをうながし、そのことばが終わるか終わらないかのうちに、わたしはよろめいて、まえに倒れた。長靴の爪先を軟らかくなった土になかば埋もれていた大きな鉄の環に引っかけたためである。
いまや、わたしたちは真剣に働いていた。このときほど激しく興奮してすごした十分間をわたしは知らない。その十分間に、わたしたちは長方形の木製の櫃《ひつ》をひとつ、あらかた掘りだしたのだった。完璧な保存度と驚くべき硬度からみて、あきらかに何らかの鉱化作用を受けていた――おそらく昇汞《しょうこう》の作用だろう。この櫃は長さ三フィート半、幅三フィート、深さ二フィート半。鍛鉄の箍《たが》でしっかりと締め、鋲《びょう》で止めて、櫃全体では一種、大ぶりな格子文様に見える。側面の上部ちかくに鉄の環が三個とりつけてあり、両側面で六個になって、六人の手でしっかり持つ仕組だ。わたしたちが力を合わせ、全力をふりしぼっても、長持は穴のなかでほんのすこしずれただけだった。すぐさま、こんなに重たいものを動かすことは不可能だとさとらざるをえない。さいわい、蓋をとめているのは、二本の閂《かんぬき》だけだ。わたしたちは不安にふるえ、息をはずませながら――閂を引き抜いた。たちまちはかり知れぬ価値をもつ財宝が、燦然《さんぜん》と眼前にあった。龕燈のひかりが穴のなかにそそぎ、黄金と宝石のいりまじるうずたかい山からきらめく光輝が照りかえして、わたしたちの目をくらませてしまった。
財宝を見つめたときの自分の気持については、あえて記すまい。驚愕《きょうがく》が、もちろん、圧倒的だった。レグランドは興奮のあまり疲れきっているようすで、ほとんど口をきかなかった。ジュピターの顔は、しばらくのあいだ、死人のようにまっしろになった。といっても、ものの道理から言って、黒人の顔がなれるかぎりにおいてではあるが。彼は茫然として――まるで雷に打たれたみたいだった。やがて穴のなかにひざまずき、むきだしの両腕を肘《ひじ》まで黄金のなかに埋め、そのまま動かなかった。ちょうど風呂にはいる快楽をむさぼっているかのように。ついに、深い吐息がもれ、黒人は叫んだ――独白のように。
「これもみんな、あの黄金虫のおかげだで! かわいい黄金虫! あのかわいそうな、ちっぽけな黄金虫のことを、わし、あげに悪口たたいてしもうて! やい黒ん坊、おめえ、自分で自分が恥ずかしくなんねえだか? 返事が聞きてえもんだで!」
けっきょくはわたしが主人と下男のふたりを正気にもどし、財宝を運ぶ手はずにかからせなければならなかった。夜もすっかりふけていたから、夜明けまえに全部を家に運びこむためには、どうしてもひと働き必要だった。どうしたらいいか、なかなかきまらなくて、考えこんでいるうちにずいぶん時がたってしまった――それほど、みんな、頭が混乱していたのである。けっきょく、櫃を軽くするために中身を三分の二取りだして、やっと何とか穴から引きあげることができた。取りだした品々は茨のなかに隠し、犬を残して番をさせることにして、ジュピターは犬に、わたしたちが帰ってくるまでは、どんなことがあっても、この場を動いてはいけないし、吠えたててもいけないと厳命をくだした。そこでわたしたちは櫃を持って家路を急いだ。無事に、だがさんざん苦労を重ねて、ようやく小屋につくと、午前一時になっていた。疲れきっていたので、すぐ仕事をつづけることなどとてもできない。二時まで休み、食事をとって、そのあとただちに山にむかった。運良く小屋にあったじょうぶな袋を三個たずさえて。四時ちょっとまえにさっきの穴につき、戦利品の残りをできるだけ均等に三分し、穴は埋めないままで、いまいちど小屋に向けて出発した。ふたたび黄金の重荷を小屋におろしたとき、暁の最初のかすかなひかりが幾条か、東の叢林《そうりん》の梢から射した。
わたしたちはもう疲労困憊《ひろうこんぱい》していたけれど、そのときの激しい興奮は休息することを許さなかった。三、四時間ほどうとうとしただけで、わたしたちはまるで打ち合わせしておいたみたいに、財宝を調べるために起きだしたのだった。
櫃はふちまでぎっしりつまっていて、わたしたちはその日一日じゅう、そして夜にはいってもずいぶん遅くまで、中身を調べるのについやした。順序も配列もまるでなく、何もかもでたらめにつめこまれている。全部を念入りによりわけてみると、わたしたちは最初に予想したよりはるかに莫大な富を手に入れたことがわかった。コインはおそらく四十五万ドル以上――当時の相場一覧表によって、できるだけ正確に値ぶみしてみたうえでの数字である。銀貨は一枚もなく、全部が古い年代の金貨で、じつにさまざまな種類があった。フランスやスペインやドイツの金貨に、イギリスのギニー金貨(南阿ギニー産の金で鋳造したもの)が少々、そしていままで見たこともない刻印をもつ金貨さえ何種類かあった。ずいぶん大型で重い金貨も数枚まじっていたが、すっかり磨滅していて刻銘はまったく読みとれなかった。アメリカの金貨は一枚もなかった。宝石類の価値となると、評価はもっとむずかしい。ダイアモンドは全部で百十個――びっくりするほど大きくてみごとなものもいくつかあり、小さな粒などひとつもなかった。すばらしい光沢のルビーが十八個。三百十個のエメラルドは、どれもみな、じつに美しい。そして二十一個のサファイアに、オパールが一個。これらの宝石はすべて台からはずされて、櫃のなかにばらばらに投げこまれていた。その台のほうも、ほかの金製品からよりわけたところ、おそらくもとの出所をかくすために金槌《かなづち》でたたきつぶしてあった。これらすべてのほかに、なお、おびただしい数の純金の装飾品があった。二百個ちかい大きな指輪と耳輪。豪華な鎖が三十本――わたしの記憶にまちがいなければだが。八十三個のきわめて大きく重いキリスト磔刑《たっけい》像。たいへんな値打のある黄金の香炉が五個。葡萄《ぶどう》の葉とバッコスの祭りの人物像を豊かに浮彫りした巨大な黄金製のパンチ・ボウルがひとつ。そして精巧な浮彫りをほどこした剣の柄《つか》が二本。そのほか、いちいち思いだせないが、こまごまとした品々が多数。これらの貴重品の重量は三百五十ポンドをこえていた。しかも、この計量には、百九十七個のみごとな金時計はふくまれていないのだ。そのなかの三個はそれぞれ五百ドルの値打があった。ほとんどの時計がたいそう古い品で、細工が多少とも腐蝕しているために時間をはかる機械としては無価値であったが、どれもふんだんに宝石がちりばめてあり、金側もたいへんな値打ちものだった。その夜、わたしたちは、櫃の中身を、ぜんぶで百五十万ドルと見積もったのだが――のちに小さな装身具や宝石を売りはらってみると(いくつかは自分たちで使うためにとっておいて)、この財宝をひどく過小評価していたことがわかった。
とうとう調べもおわり、激しい興奮もいくぶんしずまったころ、レグランドは、わたしがこの世にもふしぎな謎の説明を聞きたくてどうにもがまんできなくなっているのを見て、このことにかかわる一部始終をくわしく話しはじめた。
「覚えているだろう」と彼は言った。「ぼくがれいの黄金虫の略図を描いてきみに渡した晩のことを。それから、ぼくの図が髑髏に似てるときみが言いはるものだから、ぼくがひどく苛立《いらだ》ってきたことも。最初、きみがあんなことを言いだしたとき、ぼくには冗談としか思えなかった。でも、そのあとで虫の背中にある独特の斑点のことを思いだして、きみの言いぶんにも、じじつ、まったく根拠がないわけじゃないと考えなおしたんだ。それにしても、ぼくの絵の腕をあんなにからかわれたんじゃ、いらいらもしてくるさ。だって、絵がうまいって言われてきたんだもの。だから、きみがあの羊皮紙を返してよこしたとき、ぼくはすんでのところでくしゃくしゃに丸めて、腹立ちまぎれに火に投げこもうとしたんだ」
「あの紙きれのことだろ」とわたしは言った。
「ちがうんだよ。見かけは紙そっくりだし、ぼくもはじめはそう思ったんだが、図を描きはじめたら、すぐ、とても薄い羊皮紙だってことがわかった。ほら、ずいぶんよごれてただろ。で、まさに、くしゃくしゃに丸めようとしたとき、きみが見てたれいのスケッチがちらっと見えた。甲虫を描いたはずの同じ場所に、とぼくは思ったんだが、じじつ髑髏の絵を見つけたときの驚きは想像できるだろう。一瞬、あまり驚いたものだから、ぼくはきちんとものを考えることができなかった。ぼくの図はこれとは細かいところがまるでちがっていることだけはわかった――たしかに輪郭はいくらか似てたけれどね。やがてぼくは蝋燭《ろうそく》を持って部屋の奥の壁ぎわにひっこみ、羊皮紙をもっとくわしく調べることにした。裏返してみると、ぼくのスケッチは裏側に、ちゃんとぼくが描いたとおりにあるじゃないか。そのことがわかって、最初に頭にうかんだのは、輪郭が非常によく似ていることにたいする驚きだけだった――ぼくが知らなかっただけで、ぼくの描いた黄金虫の真下に、つまり羊皮紙の裏側に髑髏が描いてあったはずだということ、しかもこの髑髏が輪郭だけじゃなくて大きさまでぼくの描いた図にそっくりだったこと、このふしぎな暗合にたいする驚きだけだった。でも、この暗合のふしぎさに、しばらくのあいだ、ぼくはすっかり茫然となってたんだよ。こんな暗合にぶつかったときには当然の反応なんだけど。精神は懸命に関連を――原因と結果の連鎖を――確立しようとして、それができない。そこで一時的な麻痺状態におちいってしまう。だけど、そこから立ちなおったとき、ひとつの確信がゆっくり姿をあらわしはじめていて、しかもそれは暗合よりはるかに驚くべきものだった。つまり、ぼくが黄金虫の図を描いたとき、羊皮紙にはどんな絵もまったく描いてなかったことを、しだいにはっきりと、自信をもって思いだしたんだよ。この点はぜったいにまちがいなかった。いちばんきれいな場所をさがして、表を、裏をと、ひっくりかえしてみたことを覚えてるんだから。もし髑髏の絵があったら、もちろん気がつかないはずは絶対にないもの。これは、ぼくには説明できそうにない、ほんとうの謎だった。だけど、この早い段階ですでに、ぼくの知性のいちばん奥の秘密の部屋のなかでは、ちらちらと、かすかに、まるで螢火《ほたるび》のように、真実のかたちが光っていたような気がするんだよ。それが昨夜の冒険であんなにみごとに証明されることになるんだけど。ぼくはすぐ立ちあがり、羊皮紙をたいせつにしまいこんで、ひとりきりになるまでそれ以上考えを追うことをきっぱりやめてしまった。
「きみが帰って、ジュピターがぐっすり眠ってしまうと、ぼくはこの事件をきちんと筋道をたてて考えてみようとしたんだ。まず、あの羊皮紙がどんなふうにぼくの手にはいったか、じっくり考えてみた。黄金虫をみつけた地点は、本土の沿岸で、島の東約一マイル、満潮線の跡のほんのちょっと上だった。ぼくがつかまえたとき、虫のやつめ、ひどく咬みついたものだから落っことしてしまった。ジュピターはれいによって用心ぶかく、こんどは自分のほうに飛んできた虫をつかまえるまえに、木の葉か何かそういったものをさがして、それでつかまえようとしてた。このときなんだね、ジュピターが、そしてぼくも、羊皮紙を見つけたのは。そのときは紙きれだと思ったわけだけど。なかば砂に埋もれて、はしっこがのぞいてた。羊皮紙を見つけた地点のちかくに帆船の長艇《ロング・ボート》らしいものの残骸があるのにも、ぼくは気づいた。破船はずいぶん長いあいだそこにあったらしい。長艇の骨組に似てるってことが、かろうじてわかるくらいだったもの。
「さて、ジュピターはこの羊皮紙を拾うと、そのなかに甲虫をつつんでぼくにくれた。そのあとまもなく、ぼくらは家に帰りかけたんだが、途中でG**中尉に会った。虫を見せると、砦に持ち帰りたいから借してくれと頼みこまれた。承知すると中尉はすぐさま虫をチョッキのポケットにつっこんでしまった、もう一度羊皮紙につつんだりしないでね。で、羊皮紙のほうは、中尉が虫を調べてるあいだ、ずっとぼくが手に持ってたわけだ。たぶん、中尉はぼくの気が変わるのをおそれて、とりかえされないためには獲物をただちにしまいこむのがいちばんだと思ったんだろうね。きみも知ってるとおり、博物学に関係があることなら何にでも夢中になる男だから。で、ぼくもいっしょに、無意識のうちに羊皮紙をチョッキのポケットにしまいこんだらしい。
「覚えてるだろ。ぼくが甲虫の図を描こうとしてテーブルに行ったとき、いつも置いてあるところに紙が一枚もなかったことを。抽斗《ひきだし》をのぞいてみたが、そこにもなかった。で、古い手紙か何かありゃしないかと両方のポケットをさがして、たまたまれいの羊皮紙にさわったわけだ。とまあ、こんなふうに、羊皮紙がぼくの手にはいったいきさつを精密にたどっていったんだよ。何しろ、ぼくはあの事態に、非常に強烈な印象をうけてたものだから。
「きみはきっと、ぼくを夢想家だと思うだろうけど――でも、そのときすでにぼくは一種の関連といったものを組み立てていた。大きな鎖の最初の環をふたつ、つなげていたんだ。海岸に長艇の残骸が横たわっている。長艇から遠からぬ場所に頭蓋骨を描いた羊皮紙がある――紙じゃなくってね。きみはもちろんたずねるだろう――どこに関連があるんだって。ぼくの答はこうだ――頭蓋骨、すなわち髑髏は、周知のごとく海賊の紋章である。髑髏の旗は海賊が仕事をするときつねに掲げられるものにほかならない。
「紙じゃなくて羊皮紙だって言っただろ。羊皮紙は長もちする――ほとんど永久にだめにならない。あまり重要じゃないことをわざわざ羊皮紙に書くことはまずありえない。だって、ごくふつうの目的で絵や字を書くんだったら、紙のほうがずっと書きやすいんだもの。この考えかたは、髑髏にひめられたある意味を暗示している――ある関連をね。ぼくはまた、羊皮紙の形も見落とさなかった。ひとつの隅が何かのひょうしでちぎれてはいたけれど、原形は長方形だったことは推定できる。まったくぴったりの形の羊皮紙なんだよ、覚書を書くために使うとしたら――長いあいだ記憶しておくべき、しかも注意ぶかく保存しておくべき、何らかの記録を書くために使うんだとしたら」
「だけど」と私は口をはさんだ。きみが甲虫の図を描いたとき、羊皮紙には髑髏の絵はなかったんだろう? だったら、どうして長艇と髑髏のあいだに関連がたどれるんだい? きみ自身みとめてるように、この髑髏は、きみが黄金虫をスケッチしたあとのどの時点かに描かれたにちがいないんだから――誰が、どんなふうにして描いたかはともかくとしてね」
「うん。すべての謎はそこからはじまるんだよ。もっとも、ご指摘の点についてなら、謎解きは比較的やさしかったんだが。ぼくは一歩一歩確実にすすんでいったから、結論はただひとつにしぼることができた。たとえば、こんなふうに推理していったんだ――ぼくが黄金虫を描いたとき、羊皮紙の上に髑髏の絵は見えてなかった。図を完成してきみに渡すと、返してくれるまできみばっかり見ていた。きみは、だから、髑髏を描かなかったし、そんなことをする者はほかに誰ひとりあの場にはいなかった。とすると、あれは人間が描いたんじゃない。にもかかわらず、髑髏は描かれてしまった。
「ここまで考えてきて、ぼくは問題の時間のあいだにおきた出来事をすべて、どんなこまかな点までもはっきり思いだそうと努力して、またちゃんと思いだしたんだよ。ひどく寒い日で、炉には火があかあかと燃えていた――まったくめずらしいことで、まったく幸運な偶然だったと思うな! ぼくは躯をうごかしたあとで温かかったから、テーブルのちかくにすわった。ところがきみのほうは、炉のすぐそばまで椅子を引っぱっていってた。ぼくが羊皮紙を手渡して、きみがそれを調べようとしたちょうどそのとき、ウルフのやつが、あのニューファウンドランド犬がはいってきて、きみの肩にじゃれついた。きみは左手で犬を撫《な》でてやったり押しかえしたりしてたけど、そのあいだ羊皮紙をもってる右手のほうは注意が留守になって両膝のあいだに垂れていて、火にとてもちかかった。一度なんか焔《ほのお》が燃えうつったかと思ったくらいで、きみに注意しようとしたんだが、ぼくが口を開くまえに、きみは羊皮紙をひっこめて調べはじめた。あのときのいろんな事情を考えあわせてみると、羊皮紙の上に、ぼくもそこに描かれているのを見た髑髏があらわれることになった原因は、まさに火の熱にあったことは疑問の余地がない。火であぶったときだけ文字が見えるように、紙や羊皮紙に書くことができる化学的な処方があるし、ずいぶん大昔からあったことも、きみはよく知ってるだろう。|呉 須《ゼファー》 を |王 水《アクア・レギア》にひたし、四倍の質量の水で希釈したものを使うこともある。この場合は緑色が出てくる。コバルトの[かわ]を硝酸で溶かすと、赤が出る。こういう色は、その書かれた物質が冷えると遅かれ早かれ消えてしまうんだが、また熱をくわえるとふたたびあらわれてくる。
「そこでこんどは髑髏を念入りに調べた。外側の線は――つまり羊皮紙のはしにいちばんちかい絵の線は、ほかの部分よりはるかに鮮明だった。熱のくわえかたが不完全、もしくは不均等だったせいだろうということは、はっきりしてる。ぼくはすぐ火をおこして、羊皮紙のあらゆる部分を強い火であぶってみた。最初は髑髏のぼんやりしてた線が濃くなっただけだったけど、なお実験をつづけてると、羊皮紙の隅に――髑髏が描いてある片隅のはすかいにあたる片隅に、山羊《ゴート》みたいな形のものがあらわれてきた。でも、もっとていねいに調べてみると、仔山羊《キッド》のつもりで描いたことがわかったから、いい気分だったなあ」
ぼくは声をたてて笑った。「きみを笑う権利がぼくにないことは認めるけれど――百五十万って金は、笑いとばすには重すぎるもの――でもきみは、そこで鎖に第三の環をつなげようってんじゃないだろうね――海賊と山羊のあいだに、何か特別な関連を見つけたなんて言うんじゃあるまいね――だって、海賊は山羊と何の関連もないもの。山羊に縁があるのは農業関係だろう?」
「でもぼくはいま、その絵は山羊じゃなかったって断わっただろ?」
「うん、じゃ、仔山羊だ――どっちにしても似たようなものじゃないか」
「似たようなものだが、まったく同じじゃないよ」とレグランドは言った。「きみもキャプテン・キッド(スコットランド生まれの海賊。一六九九年逮捕、一七〇一年ロンドンにて処刑。彼が埋蔵したと言われる宝物のうち、ニューヨークのガーディナー島のものは、じっさいに発見されたという)って男の話は聞いたことがあるだろう? ぼくはすぐこの動物の絵を一種の地口ふう、ないしは象形文字ふうの署名だと見たんだ。署名と言ったのは、羊皮紙に描いてある位置から思いついたんだけど。はすかいの隅にある髑髏も、同じ理由で、印章、ないしは封印じゃないかと思った。けれどもぼくは、ここでにっちもさっちもいかなくなった。そのほかに何も書いてないんだもの――想像の文書に本文がない、推理を組みたてようにも材料がないんだものね」
「印章と署名のあいだに手紙が見つかると思ってたわけか」
「まあ、そんなところだ。じつのところ、ぼくはとてつもない財産を目のまえに差しだされてるんだって気がしてしかたがなかった。なぜって聞かれても答えようがないんだけど。たぶん、けっきょくのところ、それは現実の確信というよりは、ぼくの願望だったんだろうな――でも、あの虫が金むくだっていうジュピターのばかげた台詞に、ぼくの空想がどんなに大きな刺激をうけたか、きみにわかるかなあ。そして、あの一連の偶然と暗合だろ――まったく、ほとんどありえないことばかりおこったんだもの。一年のうちでたった一日、それも火がほしくなるほど寒い一日、もっと正確に言えば火がなくちゃどうしようもないくらい寒かった一日のうちに、こういう出来事がおきたってことが、きみにはたんなる偶然と思えるかい? だって火がなければ、そしてちょうどあのときに犬があらわれてじゃましなかったら、ぼくはぜったいに髑髏に気がつかなかったろうし、したがってこの財宝の持主にもけっしてなれなかったんだもの」
「でも、話を進めてくれよ――さっきからじりじりしてるんだから」
「うん。きみはもちろん聞いたことがあるだろう、あの言い伝えられてきたたくさんの話を――つまりキッド船長とその手下が大西洋岸のどこかに埋めた黄金について数しれず流れているあいまいな噂話《うわさばなし》を。こういう噂にはきっと何か根拠があるにちがいない。そして噂がこんなに長いあいだ語られつづけてきた理由はただひとつ、埋められた宝がまだ掘りだされていないせいだということになる――と、ぼくには思えたんだ。もしキッドが略奪品をしばらく隠しておいて、あとで掘りだしたんだとしたら、こんな噂がいまも昔と変わらない形でぼくらの耳にはいることはあるまい。きみも気がついてると思うけど、語られる話はみんな宝探しの連中のことばかりで、宝を見つけた男たちのことじゃないんだよね。キッドが宝を取りもどしてたとしたら、もう話の種にはならなかったはずだ。ぼくにはどうやら、何か事故がおこったために――たとえば埋めた場所をしめす覚書がなくなるとか、そんなことがあってキッドは宝を取りもどす手だてをなくしてしまったんじゃないかって思えるんだ。そして、この事故はやがて部下たちの耳にはいり――でなかったら、宝が隠してあることなんか、ぜったいに知れるはずがないもの――そこでけんめいに宝を取りかえそうとやってはみたんだが、手がかりがないから失敗した。この連中がいまは誰でも知っている噂話の生みの親になり、それが世間一般にひろまったんじゃないだろうか。きみは海岸で何かすごい財宝が掘りだされたって話を聞いたことがあるかい?」
「ないね、一度も」
「だけどキッドの集めた宝が莫大なものだったことはみんなが知ってる。そこでぼくは、それはまだ大地に眠っていると考えたわけさ。とすれば、あんなにふしぎな見つかりかたをした羊皮紙に、宝を埋めた場所についての失われた記録がひめられているという、ほとんど確信にちかいまでにたかまった希望をぼくがいだいたと言っても、きみはもう驚かないだろうね」
「でも、どうやってそこからぬけだしたんだい?」
「火を強くしてから、また羊皮紙を火にかざしてみたんだが、何もあらわれないんだよ。そこで、うまくいかないのは羊皮紙のよごれと何か関係があるのかもしれないと考えた。で、ぬるま湯をかけてたんねんに洗い、それがすむと錫《すず》の鍋《なべ》に髑髏の絵を下向きにして入れて、鍋ごと炉のまっかな炭火のうえにのせたんだよ。二、三分で鍋はすっかり熱くなった。羊皮紙を取りだしてみると――あのときのうれしさはとても口じゃあ言えないな――何ヵ所が、まだらになって、数字らしいものが何行かならんでるのが見えるじゃないか。もういちど鍋に入れて、あと一分だけそのままにしておいた。取りだしてみると、全体はちょうど、いまきみに見せるとおりになってたんだよ」
ここでレグランドは羊皮紙をまたあぶって、わたしに調べさせてくれた。つぎのような記号が、赤い色で、髑髏と山羊とのあいだに、ぼんやりと浮き出ている――
53##~305))6*;4826)4#.)4#);806*;48~8@60))85;1#(;:#*8~83(88)5*~;46(;88*96*?;8)*#(;485);5*~2:*#(;4956*2(5*-4)8@8*;4069285);)6~8)4##;1(#9;48081;8:8#1;48~85;4)485~528806*81(#9;48;(88;4(#?34;48)4#;161;:188;#?;
「でも、ぼくにはまるで見当がつかないな。いままでと同じだよ」と、ぼくは羊皮紙を返しながら言った。「この謎謎を解いたらゴルコンダ(インドの古都。もと回教王国の首府で、一六世紀には、富とダイアモンド細工で有名だった)の宝石が全部もらえるとしても、ぼくにはとてもその望みはかなえられそうもないな」
「でもね」とレグランドは言った。「この謎解きは、最初ざっとこの記号を見て想像するほどには、けっしてむずかしいものじゃないんだ。この記号は、誰もがすぐ気づくとおり、暗号になってる――ということは、ある意味を伝えてるわけで、しかもキッドについて知られていることから推測してみると、それほど難解な暗号の書きかたを組み立てる能力があるとは思えない。で、ぼくはすぐ、これは単純な暗号で――しかし、海賊どもの粗雑な知性では、鍵がなければぜったいに解けないと思われる程度のしろものだと決めてかかったんだ」
「それで、ほんとうに解いたんだね?」
「あっさりとね。ぼくはこれの一万倍も難しいやつをいくつも解いたことがあるもの。環境とある種の性癖のせいで、こういう謎に興味を持つようになったんだな。それに、人間の知恵をしかるべく適用しても解けないような謎を、人間の知恵がはたして組み立てうるものかどうか、すこぶる疑問だよ。じっさい、こうして一連の判読可能な記号が確定した以上、その意味を解明するのが難しそうだなんて、ちっとも思わなかった。
「この場合――じっさい秘密文書ではあらゆる場合にそうなんだが――第一の問題は、暗号が何語で書かれてるかってことだ。暗号解読の原理は、とりわけ暗号が単純なものであればあるほど、書かれている国語に特有の慣用表現の性質によるし、またそれによって変化もするからなんだ。一般論としては、解読しようとする人物が知っている国語のすべてについて、どの国語で書かれているかわかるまで、確率を使って実験を重ねるしか手がないんだ。しかし、いまぼくらのまえにある暗号について言えば、署名のおかげでこういう苦労はまったく必要がない。キッドということばの地口は英語以外の国語では通用しないんだもの。こう考えることができなかったとしたら、ぼくはまずスペイン語とフランス語からとりかかっただろうね。だって、スパニッシュ・メイン(南米北東部、カリブ海の沿岸地方をさす)の海賊がこの種の秘密を書くとしたら、まずまちがいなく、この二ヵ国語のどちらかだから。でも、このことがあったから、暗号は英語だと仮定してみた。
「ごらんのとおり、これには単語と単語のあいだに切れ目がない。切れ目があったら、仕事はずいぶんやさしくなったんだけど。その場合なら、まず短い単語の照合と分析からはじめただろうね。そして一文字の単語が出てきたら――よくあるんだよ、たとえばaとかIとかね――もう解読はできたと思ってまちがいない。しかし、これには区切りがないんだから、第一段階は、いちばん多く出てくる記号と、いちばんすくない記号とを確定することだった。全部かぞえて、ぼくはこんな表をつくった――
〔記号〕 〔度数〕
8 三十三
; 二十六
4 十九
# と ) 十六
* 十三
5 十二
6 十一
( 十
~ と 1 八
0 六
9 と 2 五
: と 3 四
? 三
@ 二
一 と . 一
「さて、英語でいちばん多く出てくる文字はeで、以下はこういう順序になる。aoidhnrstuycfglmwbkpqxz(この順位にはjとvとが欠けていて、二十四文字しかない)。eはきわだって多いから、独立した文章ならどんな長さのものでも、かならずと言っていいくらい、この文字がいちばんたくさん出てくるんだよ。
「さあ、これで、ぼくらはまず手はじめに、たんなる推測以上の何らかの手がかりを手に入れたわけだ。この表が全面的に有用なことは明白なんだが――しかし、この暗号の場合には、ごく一部分を援用するだけですむ。いちばん多い記号は8だから、これをふつうのアルファベットのeと仮定してはじめてみよう。この仮定を検証するためには、8がしばしばふたつつづきで出てくるかどうか見てみればいい――英語ではeがしょっちゅうふたつつづきで出てくるんだよ。たとえば、こういった単語がある。meet, fleet, speed, seen, been, agree などなど。この場合、暗号文はみじかいのに、ふたつつづきのはじつに五回も出てくる。
「そこで、8をeと考えよう。さて、英語の単語すべてのなかで、いちばんふつうに出てくるのは the なんだ。そこで、三つの記号が同じ順序にならんでいて最後が8になっているものが、くりかえして出てくるかどうか調べてみよう。こういう組合せの三記号がくりかえされていたら、それはたぶん、まちがいなく the という単語をあらわしている。調べてみると、こういう配列はじつに七回も出てくる。記号は[;48 ]。だから;はtを、4はhを、8はeをあらわしていると仮定していいだろう――eについては、これではっきり確認されたことになる。こうして、ぼくらは大きく一歩、前進したわけさ。
「しかも、たったひとつ単語を確定しただけで、ぼくらはきわめて重要な足場を固めることができる。つまり、ほかの単語の語頭と語尾をいくつか確定できるわけだ。たとえば最後から二番目に[;48 ]の組合せが出てくるところを見てみよう。暗号のおしまいのほうだよ。すぐあとにつづいている;は語頭だってことがわかるし、おまけにこの the につづく六つの記号のうちじつに五つまですでに知ってるってことまでわかる。この記号を書きうつしてみよう、こんなふうにだ。知っている記号は文字に代えて、知らない記号のところは空けておくと、こうなる―
t eeth
「これを見ると、ぼくらはすぐさま th をはずすことができる。最初がtではじまる単語の一部じゃないんだもの。だって、空いてるところにアルファベットの文字をつぎつぎに全部あてはめていっても、この th までふくんだ単語はないってことがわかるだろ。こうして限定していくと、問題は――
t ee
になって、必要ならさっきみたいにアルファベットの文字をつぎつぎにためしていくと、唯一の可能な読みかたとして tree にたどりつく。こうして、またひとつ、「( 」であらわされる文字がrだってことがわかるし、the tree というふたつの単語がならんでることもわかってくる。
「このふたつの単語の先のほうを見ていくと、ちょっといったところで、また[;48 ]の組合せにぶつかる。そこでこれを、そのすぐまえにある単語の区切りに使うと、こんな配列の単語が手にはいる――
the tree ;4(#?34 the
わかっている記号をふつうの文字に置きかえると、こんなふうになる――
the tree thr#?3h the
「さて、もし不明の記号のかわりに、空白をのこし、それを点であらわすと、こうなって――
the tree thr・・・h the
すぐさま through という単語がおのずとあきらかになる。しかも、この発見はあらたに三つの文字の鍵をあたえてくれる――#はoを、?はuを、そして3はgをあらわしていることがわかった。
「さてつぎは、既知の記号の組合せに限定してさがしてみよう。暗号文を見ていくと、はじめからあまり遠くないところで、こんな配列が見つかる。
83(88 ―― egree
これはあきらかに degree という単語の末尾で、そこでまたひとつ、~ であらわされていた文字はdだってことがわかる。
「この単語 degree の四つ先の組合せはこうだ。
;46(;88
既知の記号を文字に置きかえて、さっきみたいに未知の記号を点であらわすと、こうなる――
th・rtee
この配列は、ただちに thirteen という単語を暗示していて、ここでも、あらたに二文字の鍵をくわえてくれる――6はiを、*はnをあらわしている。
「さて、暗号文のはじめのところを見ると、組合せはこうなっている――
53# # ~
さっきと同じに翻訳すると、その結果はこうなって――
・good
最初の文字はAで、最初のふたつの単語は A good であることを保証してくれるんだ。
「そろそろこれまでに発見した鍵を表にしてまとめたほうがいいだろう。混乱をさけるためにもね。表はこうなるわけだ――
〔記号〕 〔文字〕
5 a
〜 d
8 e
3 g
4 h
6 i
* n
# o
? u
「したがって、じつに十一個もの、もっとも重要な文字の鍵を手に入れたわけで、もうこれ以上、解読のこまかな手順をなぞる必要もないだろうね。ぼくはもう充分にしゃべったもの。この種の暗号を解読するのは簡単だってことも納得してくれたろうし、解読作業の理論もいくらかは見当がついただろう。でも、ぼくらの眼のまえにある見本は、暗号文のなかではいちばん単純な種類のものだってことも忘れないでくれよ。さて、あとはただ、解読をすませた羊皮紙の記号の全訳を見てもらうだけでいい。これがそうだ」
'A good glass in the bishop's hostel in the devil's seat forty-one degrees and thirteen minutes northeast and by north main branch seventh limb east side shoot from the left eye of the death's-head a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.'
「でも」とわたしは言った。「謎はいぜんとして不可解で、まえと変わらないくらいだね。こんな陰語だらけの文章から、どうやったらまともな意味をひきだせるんだい? たとえば devil's seats (悪魔の座席)だのdeath's-heads (髑髏)だの、それに bishop's hostels(僧正の旅籠)まであるじゃないか」
「ぼくも認めてもいいけど」とレグランドは答えた。「ちょっと見ただけじゃ、たしかに、謎はまだなかなか解けないように見えるよね。ぼくはまず、この暗号を書いた人間の考えたとおりに、この文章に本来の区分をつけようとしたんだ」
「つまり、句読点をつけようとした?」
「まあ、そんなところだ」
「でも、こいつを何とかするなんて。いったい、どんなふうに?」
「これを書いた人間の狙《ねら》いを考えたんだ。単語を分かち書きにしないでつなげたのは、解読をいっそう困難にするためだろう。ところが、あまり知性の鋭敏でない人間がそういう狙いをはたそうとすると、えてしてやりすぎちまうものなんだな。暗号文を書きながら、本来は句読点が必要な文章の切れ目にくると、その場所でふつう以上に記号と記号をくっつけて書くことになりがちなんだ。この手書きの暗号文をよく見ると、すぐさま、ふつうよりごちゃごちゃしてるところが五カ所あることが見破れるだろ? このヒントを使って、ぼくはこんなふうに分けた」
'A good glass in the bishop's hostel in the devil's seat―forty-one degrees and thirteen minutes―northeast and by north―main branch seventh limb east side―shoot from the left eye of the death's-head―a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.'
(良き眼鏡を僧正の旅籠に悪魔の座席に――四十一度十三分――北東微北――大枝第七枝東側――髑髏の左眼より射よ――木より飛蜂線、弾丸をとおって五十フィート外に)
「こう区切ってみても」とわたしは言った。「やっぱりわからないな」
「ぼくだって二、三日はわからなかったよ」とレグランドは言った。「そのあいだじゅう、サリヴァン島のちかくに|僧正の宿屋《ビショップズ・ホテル》と言えば通じる建物は何かないかと熱心にさがしまわってみたんだが――もちろん旅籠《ホステル》なんて廃語は使わなかった。でも何ひとつ手がかりはつかめない。で、もっと範囲をひろげ、もっと系統だった方法に切りかえてさがそうとしてた矢先に、ある朝、まったく突然、ひらめいたんだな。この[僧正の旅籠]っていうのは、もしかしたらベソップって名前の旧家と何かかかわりがあるのかもしれないって。ずうっと昔から、島の四マイルばかり北に古めかしい邸宅をかまえてるんだ。そこで、その家の農園まで出かけていって、そこの年寄りの黒人たちに聞いてまわった。とうとういちばん年とった婆さんのひとりが[ベソップの域]って場所なら聞いたことがあると言いだしてね、案内できなくはないが、それは城でも、宿屋でもなくて、高い岩だと言うんだよね。
「手間賃はたっぷりはずむというと、しばらくぶつくさ言ったあとで、その場所までいっしょに行くことを承知してくれた。そこはたいして苦労もなく見つかって、婆さんを帰すと、ぼくはその場所をじっくりしらべてみることにしたんだ。[城]は崖《がけ》と岩がごちゃごちゃと集まってできていて、高さといい、ぽつんと離れてる感じといい、人工的な見かけといい、群を抜いてめだつ岩がひとつあった。で、そのてっぺんにのぼったんだが、そこでつぎにはどうしたらいいのか、はたと途方にくれてしまった。
「あれこれ必死に考えていると、その岩の東の壁にある狭い岩棚が眼にとまった。ぼくが立ってる頂上から一ヤードくらい下だったかな。この岩棚はざっと十八インチ張りだしていて、幅は一フィートたらず、そのすぐ上の崖がくぼんでいて、ぼくらのご先祖さまが使ってた背もたれをくりぬいてつくった椅子に何となく似てるんだな。これこそは、あの暗号文に言う[悪魔の座席]にちがいないと考えると、ぼくはもう謎の秘密はすべてつかんだような気分だった。
「れいの[良き眼鏡]っていうのは望遠鏡以外の何ものでもありえないってことはわかってた。[眼鏡]ってことばを舟乗りたちがそのほかの意味で使うことはまずないものね。いまやここが望遠鏡を使う場所で、しかもそれを使うための、いかなる変更をも許さぬ、決定的な視点だってことが、たちどころにわかった。[四十一度十三分]と[北東微北]が望遠鏡を向ける方向を指示するつもりのことばだってことも、ためらいなく信じられる。こういう発見にすっかり興奮して、いそいで家にとってかえすと、望遠鏡を手にその岩にもどった。
「岩棚に降りてみると、ある特定の姿勢以外ではそこには腰かけられないってことがわかった。この事実も、ぼくの予見を裏づけてくれる。で、ぼくは望遠鏡をかまえた。もちろん[四十一度十三分]っていうのは眼にはいる水平線からの仰角を示す以外の何ものでもない。だって水平線上の方向ははっきり[北東微北]と指示してあるんだもの。北東微北は懐中磁石ですぐにきめて、つぎに望遠鏡を見当でだいたい四十一度の仰角に向ける。注意ぶかく上下に動かしていると、はるかかなたに群を抜いて高い大木があって、その葉群のなかに円《まる》い切れ目というか隙間というか、それが眼にとまった。この切れ目のまんなかに白い点が見えるんだけど、最初は何かわからない。望遠鏡の焦点を合わせてもういちどよく見てみると、こんどはそれが、人間の頭蓋骨だってことがはっきりわかった。
「こいつを見つけたときは、ぼくはもううれしさのあまりぼうっとなって、謎は解けた、そう思ったね。だって[大枝、第七枝、東側]っていうのは木の上の頭蓋骨の位置を示すものにちがいないし、[髑髏の左眼より射よ]ってのもまた、埋めてある宝のさがしかたについてただひとつの解釈しか許さないもの。これは頭蓋骨の左眼から弾丸を落とすって意味で、飛蜂線すなわち直線を、幹のいちばんちかい一点から[弾丸]つまり弾丸が落ちた場所まで引いて、これを五十フィートの距離までのばせば、ちゃんと定点を指示できるわけだから。そしてこの定点の下に財宝が隠されている――すくなくともその可能性はあると考えたわけだ」
「何もかも、すごく明白だね」とわたしは言った。「精密で、しかも単純明快だ。で、[僧正の宿屋]を出て、そのあとは?」
「そうね、その木の方位を頭にたたきこんでから帰ったんだけど、[悪魔の座席]を離れたとたんに、もうその円い切れ目は見えなくなって、それからあとは、どこから眺めてみてもちらとも見えない。ここがこの策略のなかでもいちばんうまくできてるところなんで、このことは何度もためしたからまちがいないんだが――問題の円い隙間はあの岩の壁に張りだした狭い岩棚から以外は、どの視点から見てもぜったいに見つからないようにできてるんだな。
「この[僧正の宿屋]の探検にはジュピターもずうっといっしょだった。あいつ、たしかに、この二、三週間というもの、ぼくの心ここにないってようすに気がついていて、けっしてひとりにしないように用心してたからね。それでも翌日は、とても早起きして何とかあいつを出しぬくと、ぼくはあの木をさがしに山に行った。さんざん苦労したあげく、やっと見つけて、夜になって家に帰ると、こんどは下男がぼくをひっぱたくと言いだすしまつ――それから先の冒険は、きみもぼく同様、よくごぞんじのはずだが」
「はじめに掘ったとき、きみが場所をまちがえたのは」とわたしは言った。「ジュピターが勘ちがいして、頭蓋骨の左眼からじゃなくて右眼から、虫を落としたせいなんだね」
「そのとおりだよ。このまちがいは[弾丸]、つまり木にいちばんちかい杙の位置では、約二インチ半のずれにすぎない。宝物が[弾丸]の真下にあるんだったら、このまちがいは何ほどのことでもなかっただろう。ところが[弾丸]は、いちばんちかい木の一点とともに、直線の方向をきめるための点であるにすぎなかった。もちろんこのずれは、最初はごくささやかなものであっても、直線を延長していくにつれて大きくなり、五十フィートもいくころにはとんでもない見当ちがいになってしまう。宝物はこのあたりのどこかにほんとうに埋まっているはずだという深い信念をぼくが持ってなかったら、ぼくらの骨折りも、すべて水の泡になるところだった」
「しかし、きみのあの芝居がかった口のききよう、それにあの黄金虫をふりまわすしぐさときたら――まったく、おそろしく奇怪だったぜ! てっきりきみは気が狂ったと思ったよ。それに、なぜあんなに黄金虫にこだわったんだい? 頭蓋骨から弾丸を落とせばいいものを」
「じつを言うとね、きみがぼくの正気を露骨に疑ってるもんで、いささかむっときたから、そこでまあぼくなりに、おだやかにきみをたしなめようとしたんだよ。ちょっぴり謎めかすという薬味をきかせてね。そのために甲虫をふりまわしたんだし、そのために甲虫を木から落とさせたんだよ。とても重たい虫だときみが言ったのがヒントになって、弾丸のかわりをつとめさせたのさ」
「うん、なるほどね。ところでわからないことがもうひとつだけあるんだ。穴のなかで見つかった骸骨はどう説明したらいいんだい?」
「その質問に答えられない点じゃあ、ぼくもきみと同じだな。でも、たったひとつ、もっともらしい説明をつける手がないことはないんだが――それにしても、ぼくが考えてるような残酷なことがおこなわれたと信じるのは、ずいぶんこわい話だけれど。キャプテン・キッドは――この宝を埋めたのがキッドだとしての話だよ、ぼくはそう信じてるけど――宝を埋めるとき、きっと手下に手伝わせただろう。それははっきりしてる。そしてこの仕事が終わったとき、彼は秘密を知ってる者はみんな片づけたほうが都合がいいと考えたんじゃないだろうか。手下が穴のなかでいそがしく働いているところに、鶴嘴《つるはし》をたぶん二回もおみまいすればじゅうぶんだろう。それとも、ことによると十二回かな――まあ、そこまでは、だれにもわからない」
おしゃべり心臓
ほんとうに! ……神経過敏……ひどい、おそろしくひどい神経過敏だったのですし、今でもそうなんです。だが、なぜみなさんは私を気違いだと言いたいのですか? その病気は私の感覚を鋭くしたのです、……壊《こわ》したのではない、……鈍《にぶ》くしたのでもない。なかでも聴覚は鋭敏でした。私には天地のあらゆるものの音が聞こえた。地獄のいろいろなものの音も聞こえた。それでも気違いでしょうか? よくお聴きなさい! そしてどんなに健全に……どんなに平静に私が一部始終の話をあなたに話すことができるか、ということに気をつけていなさい。
その考えがどうして初めて頭に浮かんだか、ということは言うことができません。が、一度思いつくと、それは昼も夜も心につきまとって放れませんでした。目的なんてものはなにもありません。癇癪《かんしゃく》を起こしたことなどもありません。私はあの老人が好きでした。彼は別に私に悪いことをしたこともない。私を侮辱《ぶじょく》したこともない。彼の金には私は少しの欲望も持っていなかった。それは彼の眼だったと思うのです! そうだ、あの眼だ! 彼の片方の眼は禿鷹《はげたか》の眼に似ていました、……薄い膜のかかった、ぼんやりした青い眼です。その眼に見られるたびに、いつでも私の血は冷たくなりました。そんなわけでだんだん……ごくおもむろに……私は、あの老人の命をとって、永久にあの眼から逃れようと決心するようになったのです。
さて、ここが要点だ。あなたは私を気違いだと思っていられる。気違いはなにも知らないものです。ところが、あなたは|この《ヽヽ》私をよくごらんになればよかったのでした。私がどんなに用心して……どんなに深く考えて……どんなに猫をかぶって……どんなに利口に仕事にかかったか、ということをごらんになればよかったのに! 私は老人を殺す前の一週間、それまでにないほど彼に親切をつくしてやりました。そして毎晩真夜中ごろに、彼の部屋の扉の掛け金をはずして、扉を開けたのです……ああ、実にそっと! それから頭の入るだけ開けると、すっかりしめきった、光の少しも洩れないようにしめきった暗灯[一方にだけ透明な側があり、滑り蓋で、どの程度にまでも自由に光を遮られるようになっている角灯]をさし入れて、つぎに頭をつきこむ。ああ、どんなにうまく頭をつきこんだかをごらんになったら、あなたはきっとお笑いになったでしょう? 私は頭をゆっくり動かしました、……ごくごくゆっくりと、老人の眠りを乱さないように。ベッドの上に寝ている老人が見えるようになるまでの扉の開《ひら》き目に頭をすっかり入れてしまうには、一時間もかかったのです。ふん! ……気違いがこんなに知恵のあるものでしょうかね?
頭をすっかり部屋の中へ入れてしまうと、今度は用心ぶかく角灯を開けました。ああ、じつに用心ぶかく……(蝶番《ちょうつがい》がきしりますから)用心ぶかく、ただ一すじの微かな光線があの禿鷹の眼に落ちるだけ開くのです。そうしてこれを七晩という長いあいだやりました、……毎晩ちょうど真夜中に、……だが、あの眼はいつも閉じていた。だから仕事をすることができませんでした。なぜかと申しますと、私を悩ましたのはあの老人ではなくて、あの悪魔の眼でしたから。そして夜が明けると毎朝、私は大胆にもその部屋へ出かけて行って、元気よく彼に話しかけ、親切な口調で彼の名を呼んだり、よく眠れたかと尋ねたりしました。そんなわけだから、もし毎晩ちょうど十二時、彼の眠っているあいだに私がのぞきこんでいるなどということを彼が感づいていたなら、それこそまったく、底の知れない老人というものでしょうな。
八日目の晩、ふだんよりもっと用心ぶかく扉を開けました。懐中時計の分針の動くのよりも私の手の動きようがおそかったくらいです。その晩ほど私は自分の力の……自分の利口さの程度を|感じた《ヽヽヽ》ことがなかった。私は勝利の感じを抑えることができなかった。私がそこで少しずつ扉を開いているのに、彼が私の秘密の行いや考えを夢にも知らずにいる、ということを考えるとです。それを思ってついくすくす笑った。すると多分それが聞こえたのでしょう、彼はびっくりしたように突然ベッドの上で身を動かしました。さて、あなたは私がたじろいだとお考えになるでしょう、……が、そうじゃない。彼の部屋は濃い闇《やみ》で真っ黒だった(泥坊の懸念《けねん》のために鎧戸《よろいど》はぴったりと閉めてあったので)、だから彼が扉の開いているのを見ることができないのは、私にはわかっていた。そこで私はじりじり、じりじりと、なおも扉を押しつづけました。
頭を入れてしまって、まさに角灯を開けようとしていたときに、親指がブリキの留め具の上をすべりました。すると老人はベッドの上でとび上がって、叫んだのです、……「誰だ、そこにいるのは?」と。
私はじっとしていて、なにも言わなかった。まる一時間というもの、体《からだ》の筋一つも動かさなかったのです。そのあいだ彼が横になったような物音も聞こえませんでした。彼はまだベッドの上に、耳をすましながら、起きているのです、……ちょうど私が毎晩毎晩、壁の中の茶立虫《ちゃたてむし》[懐中時計のかちかち鳴るような、あるいは鉄などを打ち合わせるような声を立てる小さな昆虫。迷信によれば、この茶立虫の鳴き声は死の前兆であると言われ、「死の時計」とも名づけられている]を聴きながら、そうしていたように。
やがて私は、かすかなうめき声を聞きました。そして私にはそれが、死の恐怖のうめき声であることがわかりました。苦痛のうめきや悲しみのうめきではありません、……いいや、決して! ……それは恐怖に圧倒されたときに魂の奥底から湧きあがる、あの低い、息づまるような音なのです。私はその音をよく知っていました。幾晩も幾晩も、ちょうど真夜中、この世のものがみんな眠っているときに、その音はこの胸から湧《わ》きでて、その恐ろしい響きで恐怖を深めて私を悩ましたものです。そうです、私はよくそいつを知っていました。老人がなにを感じているかということを知っていた。それで心のなかではくすくす笑ってはいましたが、彼を可哀そうに思いました。私は、彼がはじめ微《かす》かな物音を聞いて寝床のなかで寝返りしてからずっと眼をさましているのだ、ということを知っていました。彼の恐怖はそれからだんだん大きくなってきているのです。彼はそれをなにも理由のないことだと思いこもうとしていたのですが、それができなかったのです。彼はこんな独りごとを言っていたのです、……「煙突の中へ風が吹きこんだのだ。それだけのことさ。……なんでもない、床の上を鼠《ねずみ》が一ぴき走っただけだ」とか、あるいは「コオロギがただ一こえ鳴いただけなんだ」と。
そうです、彼はこのような想像で自分を安心させようとしていたのです。だがそんなことはみんな無駄だとわかりました。みんな無駄なのです。死神が彼に近づいて、その黒い影とともに彼の前を歩き、その犠牲者を包んでしまったのですからね。そして見えも聞こえもしないのに、私の頭が部屋のなかに入っていることを彼に|感じ《ヽヽ》させたのは、この眼に見えぬ死の影のいたましい力なのでした。長いあいだじっと辛抱強く待っていたのですが、彼が横になった気配もありませんので、私は角灯を少し……ごくごく少し、開けようと決心しました、そして開けた、……あなたの想像もつかぬくらいそっと、そっと……とうとうその隙間から、蜘蛛《くも》の糸ほど細い微かな一すじの光線が洩《も》れてでて、あの禿鷹の眼にさしたのです。
その眼は開いていた……大きく、大きく開いていた。……それを見つめていると私は恐ろしく狂暴になりました。私はそれを実にはっきりと見ました、……どんよりした青色で、気味の悪い薄い膜がかかっていて、実際、骨の髄《ずい》までもぞっとするのです。だが老人の顔や体のほかのところは見ることはできませんでした。まるで本能でそうするみたいに、ちょうどあのいまいましい一点に光線を向けていたのですから。
ところで私はさっき、あなたが私を気が違っているのだと間違えたのは、ただ感覚が過敏なのにすぎない、と言いましたね。……ところが今、私の耳に、低い、鈍い、速い物音、ちょうど懐中時計を綿に包んだときのような音が聞こえてきました。|その音《ヽヽヽ》も私はよく知っていました。それは老人の心臓のどきんどきん打つ音|なのです。その音は私の憤怒《ふんぬ》をいよいよ募《つの》らせました。ちょうど太鼓のどんどん打つ音が兵士の勇気を奮い起こさせるように。
しかしそれでもなお我慢してじっとしていました。ほとんど息もつかずにいました。角灯を少しも動かさずに持っていました。どんなにじっとあの眼に光線をあてていることができるか、試していました。そのうちに心臓の地獄のような太鼓は大きくなってくる。だんだん速く、だんだん高くなってくる。老人の恐怖は絶頂に達したに|違いない《ヽヽヽヽ》! その音はだんだん高く、刻一刻と高くなったのです! ……よく聞いていますか? 私が神経過敏だということは前に言いましたね。実際そうなんです。
ところで今この真夜中、あの古い家の恐ろしくひっそりしたなかにこんな奇怪な物音が私に抑えきれない恐怖を抱かせたのです。それでもまだ何分かは我慢してじっと立っていました。しかし、鼓動《こどう》はいよいよ高く、高くなる! 心臓が破裂するに違いないと私は思いました。そして今度は新しい不安が私をとらえた、……あの音が近所の人に聞こえはしないだろうか! 老人の最後のときが来ているのだ! 一こえ高くわめきながら、私は角灯をぱっと開けて部屋のなかへとびこんだ。彼はたった一度、きゃっと叫んだ、……たった一度だけ。すぐ私は彼を床の上へひきずりおろして、重いベッドをその上へひき倒した。それから事がうまくいったので、にやりと笑いました。しかしまだ何分ものあいだ、心臓は抑えつけられたような音を打ちつづけていました。これはしかし苦にはなりませんでした、壁の外へまで聞こえはしないでしょうから。
とうとうその音はやみました。老人は死んだのです。私はベッドをとりのけて、死骸を調べました。そうです、彼はまったく……まったく息が絶えていました。私は手をその心臓の上にあてて何分もそのままにしていました。脈拍はもうない。彼はまったく息が絶えていたのです。彼の眼はもう私を苦しめることがないでしょう。
もしまだあなたが私を気違いだと思っているとしても、私が老人の死骸を隠匿《いんとく》するためにどんな知恵のある用心をしたか、と言うことをお話すれば、もう気違いだとはお思いになりますまい。夜はだんだん更けてゆきます。で私は大急ぎで、しかし静かに、仕事をしました。まず第一に死体をばらばらにしました。首と両腕と両足とを切り放しました。
それから部屋の床板から三枚の板を剥《は》ぎとり、根太《ねだ》のあいだに全部入れてしまいました。それからその床板を、どんな人間の眼にも……|彼の《ヽヽ》眼にだって……なにも疑わしいことが見つからないくらい、利口に、手際よく、またもとのとおりにしておきました。洗い落すものなどは少しもなかった、……少しの汚れも……少しの血の汚点も。それついては、とても用心ぶかくやったのです。そんなものは、盥《たらい》がみんな受けていたのでしたから、……はっ! はっ!
このような仕事をみんなやってしまったのは四時でした、……まだ真夜中のように真っ暗です。時計の鈴がその時刻を打ったときに、表の扉をたたく音がしました。私は軽い気持で下へ降りて行って扉を開けました、……なぜなら、今ではなんの恐れることがありましょう? 三人の男が入って来て、たいへん慇懃《いんぎん》に警察の者であると名乗りました。夜中に近所の人が悲鳴を聞いたので、なにか凶行が行われたのではないかという疑いをおこし、警察署へ通知した、そこで彼ら(警官たち)がこの家を調べることを委任されてきた、というのです。
私は微笑しました、……なぜなら、|なんの《ヽヽヽ》恐れることがありましょう? 私はその紳士がたを迎え入れる挨拶をしました。その悲鳴というのは、私自身が夢をみてあげたのだ、と言いました。老人は田舎へ行っていて留守だ、と話しました。
私はこのお客たちを家じゅう連れまわりました。彼らにお調べになるように……|よく《ヽヽ》お調べになるようにと申しました。とうとう彼らを|彼の《ヽヽ》部屋につれてゆきました。老人の財宝が紛失もせず、きちんとなっているのを見せてやりました。私はすっかり自信ができてしまい、部屋へ椅子を持ってきて、|ここで《ヽヽヽ》疲れを休めなさいと言い、自分の大成功にひどく大胆になって、私自身もあの犠牲者の死骸が置いてあるそのすぐ上の場所に椅子を置いたのです。
警官たちは疑念を晴らしました。私の態度《ヽヽ》が彼らを納得させたのです。私は奇妙に気楽でした。彼らは腰をかけ、私が快活に返事をしていると、打ち解《と》けたことをしゃべっていました。しかしまもなく、私は自分の顔が蒼くなるのを感じ、彼らが行ってくれればいいと思うようになりました。頭が痛み、耳鳴りがするような気がしました。だが、やはり彼らは腰をかけ、やはりしゃべっています。……耳鳴りはだんだんはっきりしてきます。……それはずっと鳴りつづき、しかもだんだんはっきりしてくるのです。その感じを払いのけようとして私は一そう自由にしゃべりました。だがその音はなお鳴りつづき、いよいよきっぱりしてきます、……そしてとうとう、その音が私の耳のなかで鳴っているのでは|ない《ヽヽ》ということがわかりました。
もちろん私は|ひどく《ヽヽヽ》真っ蒼になりました。……けれどもいっそうすらすらと、そして高い声でしゃべりました。しかしやはりその音は大きくなる、……で一体どうすればいいのだろう? それは|低い《ヽヽ》、|鈍い《ヽヽ》、|速い物音《ヽヽヽヽ》……|懐中時計を綿に包んだときの音《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》とよく似た音です。私は息苦しくあえいだ、……が、それでも警官たちはそれを聞かないのです。私はいっそう速く……いっそう猛烈にしゃべった。しかしその音はだんだん大きくなる。私は立ち上がり、高い調子で猛烈な身ぶりをして、なんでもないことを論じたてた。だが音はだんだん大きくなる。なぜ彼奴《あいつ》らは|行こうとは《ヽヽヽヽヽ》しないのだろう? 私はちょうど相手の意見に憤激したように、床の上をあちこちどっしりした足どりで大股に歩きまわりました、……が、音はなおもだんだん大きくなる。おお神よ! |どうすれば《ヽヽヽヽヽ》いいのでしょう?
私は泡《あわ》を吹いた……怒鳴《どな》った! ……ののしった! 腰をかけていた椅子を揺り動かして、床板の上で軋《きし》らせた。が、その音はなによりも高く、しかも絶え間なく大きくなる。高く……さらに高く……|いよいよ高くなる《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》! それでも彼らは愉快そうにしゃべり、笑っている。彼らに聞こえないなどということがあろうか? おお! ……いや、いや、そんなことはない! 彼らは聞いたのだ! ……疑っているのだ! ……ちゃんと|知っている《ヽヽヽヽヽ》のだ! ……私の恐怖を嘲弄《ちょうろう》しているのだ! ……こう私は思いました。今でもそう思っていますが。
しかし、この苦しみにくらべればなんでもましだ! この嘲弄にくらべれば、なんでも我慢ができる! 私はもうあの偽善的な微笑に我慢ができない!私は大声でわめかなければ死ぬに違いないと感じた! ……そして、また! ……聴きなさい! 高く! 高く! さらに高く! |いよいよ高く《ヽヽヽヽヽヽ》! ……
「畜生!」と私は叫んだのです。「もうこの上しらばくれるな! たしかにおれがやったのだ!……この床板を剥《は》ぎとれ!……ここだ! ……あいつのいまいましい心臓の動悸だ!」
メールストロムの渦《うず》
自然における神の道は、摂理《せつり》におけると同様に、|われら人間《ヽヽヽヽヽ》の道と異なっている。また、われらの造る模型は、広大深玄であって測り知れない神の業《わざ》にはとうていかなわない。「まったく神の業はデモクリタスの井戸よりも深い」。(ジョーゼフ・グランヴィル)
私たちはそのとき峨々《がが》としてそびえ立つ岩の頂上にたどりついた。四、五分のあいだ老人はへとへとに疲れきって口もきけないようであった。
「まだそんなに古いことではありません。」と、彼はとうとう話しだした。「そのころでしたら、末の息子と同じくらいにらくらくと、この道をご案内できたのですがね。それが二年ほど前に私は、どんな人間も遭《あ》ったことのないような……たとえ遭ったにしても、生き残ってそれを話すことなんぞはとてもできないような……恐ろしい目に遭って、そのときの六時間の死ぬような怖ろしさのために、体も心もすっかり参ってしまったものでしてね。あなたは私をずいぶん老人だと思っていらっしゃる……が、ほんとうはそうじゃないのですよ。たった一日もたたないうちに、真っ黒だった髪の毛がこんなに白くなり、手足の力もなくなって、神経が弱ってしまいました。だから今では、ほんのちょいとした仕事にも体がぶるぶるふるえ、ものの影にもおびえるようなありさまです。こんな小さい崖から見下ろしても眩暈《めまい》がするんですからね。」
その「小さい崖」のふちに、彼は体の重みの半分以上もつき出るくらい無頓着に体を投げだして休んでいて、ただ片肘をそのなめらかな崖ぎわにかけて落ちないようにしているだけなのであるが、……この「小さい崖」というのは、なんのさえぎるものもない、切り立った、黒く光っている岩の絶壁であって、私たちの下にある重なりあった岩の群れから、ざっと千五、六百フィートもそびえ立っているのである。どんなことがあろうと、私などはその崖の端から六ヤード以内のところへ入る気がしなかったろう。実際、私は同行者のこの危険この上ない姿勢にまったく度胆《どぎも》を抜かれてしまい、地上にぴったりと腹這《はらば》いになって、身のまわりの潅木にしがみついたまま、上を向いて空を仰ぐ元気さえなかった。……また吹きすさぶ風のために山が根から崩れそうだという考えを振いおとそうと一所懸命につとめたが、それがなかなかできないのであった。どうにか考えなおして坐って遠くを眺めるだけの勇気を出すまでには、だいぶ時間がかかった。
「そんな弱い心持は、追っぱらってしまわねばなりませんね」と案内者がいった。「さっき申しましたあの出来事の場所全体がいちばんよく見渡せるようにと思って、あなたをここへおつれしてきたので……ちょうど眼の下にその場所を見ながら、一部始終のお話をしようというのですから」
「私たちは今」と彼はその特徴である詳しい話しぶりで話をつづけた、……「私たちは今、ノルウェーの海岸に接して……北緯六十八度……広大なノルドランド州の……淋しいロフォーデン地方にいるのです。今そのてっぺんに坐っているこの山は、ヘルゼッゲン、雲の山です。さあ、もう少し伸びあがって下さい、……眩暈《めまい》がするようでしたら草につかまって……そう、そんなふうに……そうして、帯のようになっている靄《もや》の向こうの、海の方をご覧なさい」
私はめまいがしそうになりながらも見た。すると、広々した大洋が見える。その水の色はインクのように黒いので、私の頭にはすぐヌビアの地理学者の書いた「暗黒の海」についての記述が思い出された。これ以上に痛ましくも荒寥《こうりょう》とした展望《パノラマ》は、どんな人間の想像でも決して思い浮かべることができない。右を見ても左を見ても、眼のとどくかぎり、恐ろしいくらいに黒い突きでた絶壁が、この世界の城壁のように長くつらなっている。その絶壁の陰鬱な感じは、永遠に咆哮《ほうこう》し号叫しながら、それにぶつかって白い、ものすごい波頭を高くあげている寄せ波のために、いっそう強くされているばかりであった。私たちがその頂上に坐っている岬にちょうど向きあって、五、六マイルほど離れた沖に、荒れ果てた小島が見えた。もっとはっきりいえば、果てしのない波涛《はとう》の彼方に、それにとり囲まれてその位置が見分けられた。それから約二マイルばかり陸に近いところに、それより小さな島がもう一つあった。恐ろしく巌石《がんせき》でごつごつした不毛な島で、一群の黒い岩がその周囲に点々として散在している。
海の様子は、この遠い方の島と海岸とのあいだのところでは、なにかしらひどく並々でないところがあった。このとき疾風が非常に強く陸の方へ向かって吹いていたので、遠くの沖合いの二本マストの帆船が二つの縮帆部《リーフ》をちぢめた縦帆《トライセール》を張って停船し、しかもなお、その全船体をしきりに波間に没入していたが、その島と海岸とのあいだセけは、規則的な波のうねりらしいものがぜんぜんなく、ただ、あらゆる方向に……風に向かった方にもその他の方向と同じように……海水が短く、急速に、怒ったように、逆にほとばしっているだけであった。泡は岩のすぐ近いところのほかにはほとんど見えない。
「あの遠い方の島は」と老人はまた話しはじめた。「ノルウェー人がヴァルーといっています。真ん中の島はモスケーです。それから一マイル北の方にあるのはアンバーレン。向こうにあるのはイスレーゼン、ホットホルム、ケイルドヘルム、スアルヴェン、フックホルム。もっと遠くの……モスケーとヴァルーとの間には……オッテルホルムとフリーメンとサンドフレーゼンと、ストックホルムとがあります。これはみんなほんとうの地名なんですが……いったい、どうしてこういちいち名をつける必要があったのかということは、あなたにも私にもわからないことです。そら、なにか聞こえませんか? 水の様子になにか変ったことがあるのがわかりませんか?」
私たちはヘルセッゲンの頂上にもう十分ばかりいた。ここへくるにはロフォーデンの奥の方からやってきたので、途中では海がちっとも見えなくて、絶頂にきてはじめて海がぱっと眼の前に展開したのである。老人がそういったときに、私はアメリカの大草原《プレアリー》における野牛の大群の咆哮《ほうこう》のような、だんだんと高まってゆく騒々しい物音に気がついた。と同時にまた、眼の下に見えていた船乗りたちのいわゆる|狂い波《ヽヽヽ》が、急速に東の方へ流れる潮流に変わりつつあることに気がついた。みるみるうちに、この潮流はすさまじく近くなった。刻一刻と速さを増し……せっかちな激しさを加えた。五分もたつと、ヴァルーまでの海は一面に抑《おさ》えきれぬ狂乱|怒涛《どとう》をまき上げた。が、怒涛のいちばんひどく猛《たけ》り狂っているのはモスケーと海岸とのあいだであった。そこでは広々とたたえている海水が、裂けて割れて無数の衝突しあう水路になったかと思うと、たちまち狂おしく痙攣《けいれん》し、……高まり、湧きだち、ざわめき、……巨大な無数の渦《うず》となって旋回し、まっさかさまに落下する急流のほかにはどこにも見られぬような速さで、渦巻きながら、突進しながら、東の方へ流れてゆく。
それからさらに四、五分たつと、この光景にまた一つの根本的な変化が起こった。海面は一般にいくらか穏かになり、渦巻は一つ一つ消えて、不思議な泡の縞《しま》が今までなにもなかったところにあらわれるようになったのだ。この縞はしまいにはずっと遠くの方までひろがってゆき、たがいに結びあって、いったん鎮《しず》まった渦巻の旋回運動をふたたび始め、さらに巨大な渦巻の萌芽を形造ろうとしているようであった。とつぜん……まったくとつぜんに……これがはっきり定まった形をとり、直径一マイル以上もある円をなした。その渦巻のふちは、白く光っている飛沫《ひまつ》の幅の広い帯となっている。しかしその飛沫の一滴さえもこの恐ろしい漏斗《じょうご》の口のなかへ落ちこまない。その漏斗の内がわは、眼のとどくかぎり、なめらかな、きらきら輝いている黒玉のように黒い水の壁であって、水平線にたいして約四十五度の角度で傾斜し、揺らぎながら恐ろしい速さで眼まぐるしく、ぐるぐるまわり、なかば号叫し、なかば咆哮し、かのナイヤガラの大瀑布が天に向かって上げる苦悶の声さえかなわないような、すさまじい声を風に向ってあげているのだ。
山はその根からうち震え、岩は揺れた。私はぴったりとひれ伏して、神経の激動のあまり、少しばかりの草にしがみついた。
「これこそ」と、私はやっと老人にいった、……「これこそ、あのメールストロムの大渦巻なんですね。」
「ときには、そうもいいますが」と彼はいった。「私どもノルウェー人は、あのまんなかにあるモスケー島の名をとって、モスケー・ストロムと言っております」
この渦巻についての普通の記述は、いま眼の前に見たこの光景にたいして、少しも私に前もって覚悟させてくれなかった。ヨナス・ラムス[ノルウェーの僧侶]の記述は、おそらくどれよりもいちばん詳しいものではあろうが、この光景の雄大さ、あるいは怖ろしさ……あるいは見る者の度胆《どぎも》を抜くこの奇観の心を奪うような感じ……のちょっとした概念をも伝えることができない。私はこの著者がどんな地点から、またどんな時刻に、この渦巻を見たのかは知らない。が、それはヘルゼッゲンの頂上からでもなく、また嵐の吹いているあいだでもなかったに違いない。しかし彼の記述のなかには、その光景の印象を伝えるにはたいへん効果は弱いが、その詳しい点で引用してもよい数節がある。彼はこう書いている。
「ロフォーデンとモスケーとのあいだにおいては、水深三十五|尋《ひろ》ないし四十尋なり。されど他のがわにおいては、|ヴェル《ヴァルー》に向かいてこの深さは次第に減り、船舶の航行に不便にして、静穏な天候の折にもしばしば岩礁のために難破《なんぱ》するの危険あり。満潮時には、潮流は猛烈なる速度をもってロフォーデンとモスケーとのあいだを陸に向かって奔流《ほんりゅう》す。されどその激烈なる退潮時の咆哮にいたりては、もっとも恐ろしき轟々《ごうごう》たる大瀑布も及ぶところにあらず、……その響きは数リーグの遠きに達す。しかしてその渦巻、すなわち凹《へこ》みは広くかつ深くして、もし船舶にしてその吸引力圏内に入るときは、かならず吸いこまれ海底に運びさられて岩礁に打ちくだかれ、水力おとろうるに及び、その破片ふたたび水面に投げだされるなり。しかれども、かく平穏なる間隙《かんげき》は潮の干満の交代時に、しかも天候静穏の日に見るのみにして、十五分間継続するにすぎず、その猛威はふたたび次第に加わる。潮流もっとも猛烈にして暴風によってさらにその狂暴を加うるときは、一ノルウェー・マイル以内に入ること危険なり。この圏内に入らざるうちにそれにたいして警戒するところなかりしため、端艇、快走船、船舶など多く海底に運びさられたり。
同様に鯨群のこの潮流の近くにきたり、その激烈なる水勢にまきこまるること少なからず、逃れんとするむなしき努力のなかに叫喚《きょうかん》し、怒号するさまは筆の及ぶところにあらず。かつて一頭の熊、ロフォーデンよりモスケーに泳ぎわたらんとして潮流にまきこまれて押し流され、そのものすごく咆哮する声は遠く岸にも聞こえたるほどなりき。樅《もみ》、松などの大なる幹、潮流に呑まれたるのちふたたび浮かび上がるや、はなはだしく折れ砕《くだ》けて、あたかもそが上に剛毛《ごうもう》を生ぜるがごとく見ゆ。こはあきらかに、渦巻の底の峨々《がが》たる巌石より成り、そのあいだにこれらの木材のあちこちと旋転することを示すものなり。この潮流は海水の干満によりて支配せらる、……すなわち常に六時間ごとに高潮となり落潮となる。一六四五年、|四旬斎前第二日曜《セクサゼシマ》の早朝、その怒号狂乱ことに烈しく、ために海辺なる家屋の石材すら地に崩落せり」
水深については、どうして渦巻のすぐ近くでこういうことが確かめられたか、私にはわからぬ。この「四十|尋《ひろ》」というのは、モスケーかあるいはロフォーデンかどちらかの岸に近い、海峡の一部分にだけあてはまることに違いない。モスケー・ストロムの中心の深さはもっと大したものに違いなく、この事実のなによりの証拠は、ヘルゼッゲンの嶺の岩上からこの渦巻の深淵をななめに一見するだけで十分である。この高峰から眼下の咆哮するプレゲトーン[ギリシャ神話の冥府にある燃える炎の川]を見下ろしながら、私は鯨や熊の話をさも信じがたい事がらのように書いている、かの善良なヨナス・ラムス先生の単純さに微笑せずにはいられなかった。というのは、現存の最大の戦闘艦でさえ、この恐ろしい吸引力のおよぶ範囲内に来れば、一片の羽毛が颶風《ハリケーン》に吹きまくられるようになんの抵抗もできずに、たちまちその姿をなくしてしまうことは、実にわかりきったことに思われたからである。
この現象を説明しようとした記述は、そのなかのある部分は、読んでいるときには十分もっともらしく思われたようだったが……今ではひどく異なった不満足なものになった。一般に信じられている考えでは、この渦巻は、フェロー諸島のあいだにある二つの、これより小さな渦巻と同様に、「その原因、満潮および干潮にさいして転落する波涛が岩石および暗礁の稜《りょう》に激してたがいに衝突するためにほかならず、海水はその岩石暗礁にせきとめられて瀑布のごとく急下す、かくて潮の上がること高ければ、その落下はますます深かるべく、これらの当然の結果として旋渦すなわち渦巻を生じ、その巨大なる吸引力は、より小なる実験によりても十分を得べし」というのである。
以上は「大英百科全書《エンサイクロピディア・ブリタニカ》」の記すところである。キルヘルやその他の人々は、メールストロムの海峡の中心には、地球を貫いてどこか非常に遠いところ……以前はボスニア湾がかなり断定的に挙げられた……へ出ている深淵がある、と想像している。この意見は、本来はなんの根拠もないものではあるが、目のあたり眺めたときには私の想像力で、なるほどと思ったものであった。そしてそれを案内者に話すと、彼は、このことはノルウェー人のほとんどみなが抱いている見方ではあるが、自分はそう思っていないといったので、私はちょっと意外に思った。しかし、この見方については、彼は自分の力では理解することができないということを告白したが、その点では私はまったく同感であった。……なぜなら、理論上ではどんなに決定的なものであっても、この深淵の雷のような轟《とどろ》きのなかにあっては、それはまったく不可解な馬鹿げたものとさえなってしまうからである。
「もう渦巻は十分ごらんになったでしょう」と老人はいった。「そこでこの岩をまわって風のあたらぬ陰へゆき、水の轟きの弱くなるところで、話をしましょう。それをお聞きになれば、私がモスケー・ストロムについて幾らかは知っているはずだということがおわかりになるでしょう」
老人のいったところへ行くと、彼は話し始めた。
「私と二人の兄弟とはもと、七十トン積みばかりのスクーナー帆式の漁船を一|艘《そう》もっていて、それでいつもモスケーの向こうの、ヴァルーに近い島々のあいだで、漁をすることにしておりました。すべて海でひどい渦を巻いているところは、やってみる元気さえあるなら、時機のよいときにはなかなかいい漁があるものです。が、ロフォーデンの漁師全体のなかで私ども三人だけが、今申しあげたようにその島々へ出かけてゆくのをきまった仕事にしていた者なのでした。普通の漁場はそれからずっと南の方へ下ったところです。そこではいつでもたいした危険もなく魚がとれるので、誰でもその場所の方へ行きます。だが、この岩のあいだのえりぬきの場所は、上等な種類の魚がとれるばかりではなく、数もずっとたくさんなので、私どもはよく、同じ商売の臆病な連中が一週間かかっても掻《か》き集めることのできないくらいの魚を、たった一日でとったものでした。
じっさい、私どもは命がけの投機《やま》仕事をしていたので……骨を折るかわりに命を賭け、勇気を資本《もとで》にしていた、というわけですね。
私どもは船を、ここから海岸に沿うて五マイルほど上へ行ったところの入江に繋《つな》いでおきました。そして天気のよい日に十五分間の滞潮を利用して、モスケー・ストロムの本海峡をよこぎって淵《ふち》のずっと上手につきすすみ、渦流《うず》がよそほど烈しくないオッテルホルムやサンドフレーゼンの近くへ下って行って、錨《いかり》を下ろすことにしていました。そこでいつも次のよどみに近いころまでいて、それから錨を揚げて帰りました。ゆくにもかえるにも確かな横風がないと決して出かけませんでした、……着くまでは大丈夫やまないと思えるような奴ですね、……そしてこの点では、私どもはめったに見込み違いをしたことはありませんでした。六年間に二度、まったくの無風のために、一晩じゅう錨を下ろしたままでいなければならないことがありました。が、そんなことはこの辺ではまったく稀《ま》れなことなのです。それから一度は、私どもが漁場へ着いてまもなく疾風《はやて》が吹き起こって、帰ることなどは思いもよらないくらいに海峡がひどく大荒れになったために、一週間ちかくも漁場に留まっていなければならなくて、餓死しかかったことがありました。あのときは、もし私どもがあの無数の逆潮流……今日はここにあるかと思うと明日はなくなっているあの逆潮流……の一つのなかへうまく流れこまなかったとしたら、(なにしろ渦巻が猛烈に荒れて船がぐるぐるまわされるので、とうとう錨をもつらせてそれをひきずったような有様でしたから)どんなに手をつくしても沖へ押しながされてしまったでしょうが、その逆潮流が私どもをフリーメンの風下《かざしも》の方へ押しながし、そこで運よく投錨《とうびょう》することができたのでした。
私どもが『漁場で』遭った難儀《なんぎ》は、その二十分の一もお話しできません、……なにしろそこは、天気のよいときでもいやな場所なんです、……だが私どもは、どうにかこうにか、いつも大したこともなくモスケー・ストロムの虎口《ここう》を通りぬけていました。それでもときどき、よどみに一分ほど遅れたり早すぎたりしたときには、きもっ玉がひっくり返ったものですよ。またときによると、風が出帆するときに思ったほど強くなくて、望みどおりに進むことができず、そのうちに潮流のために船が自由にならなくなるようなこともありました。兄には十八になる息子がありましたし、私にも丈夫な奴《やつ》が二人ありました。この連中がそんなときにいれば、大|橈《かい》を漕ぐのにも、あとで魚をとるときにも、よほど助けになったでしょうが、どうしたものか、自分たちはそんな冒険をしていても、若い連中をその危険な仕事のなかへひき入れようという気はありませんでした、……なんといっても結局、恐ろしい危険なこと|でした《ヽヽヽ》からね。
もう五、六日もたてば、私が今からお話しようとしていることが起こってから、ちょうど二年になります。一八××年の七月十八日のことでした。その日をこの地方の者はけっして忘れますまい、……というのは、開闢《かいびゃく》以来吹いたことのないような、実に恐ろしい颶風の吹きあれた日ですから。だが、午前中いっぱい、それから午後も遅くまで、ずっと穏かな西南の微風が吹いていて、陽が照り輝いていたので、私どものあいだでもいちばん年寄りの経験のある船乗りでさえ、そのあとにつづいて起こることを見とおすことができなかったくらいです。
私ども三人……二人の兄弟と私……は、午後の二時ごろ例の島の方へ渡って、まもなく見事な魚をほとんど船いっぱいに積みましたが、その日はそれまでに一度もなかったほど、たくさんとれたと三人とも話し合いました。いよいよ錨を揚げて帰りかけたのは、|私の時計《ヽヽヽヽ》でちょうど七時。ストロムでいちばんの難所をよどみのときに通り抜けようというのです。それは八時だということが私どもにはわかっているのでした。
私どもは右舷後方にさわやかな風を受けて出かけ、しばらくは快速力で水を切ってすすみ、危険なことがあろうなどとは夢にも思いませんでした。実際そんなことを懸念《けねん》する理由はすこしもなかったのですから。ところが、たちまち、ヘルゼッゲンの峰越しに吹きおろす風のために、船は裏帆になってしまいました。こういうことはまったくただならぬ……それまでに私どもの遭ったことのないようなことなので、はっきりなぜということもわかりませんでしたが、なんとなしに私はちょっと不安を感じはじめました。私どもは舟を詰め開きにしましたが、少しも渦流《うず》を乗り切ってすすむことができません。で、私がもとの停泊所へもどろうかということをいい出そうとしたそのとたん、艫《とも》の方を見ると、じつに驚くべき速さでむくむくと湧き上がる、奇妙な銅色をした雲が、水平線をすっかりおおっているのに気がついたのです。
そのうちに今まで向かい風であった風がぱったり落ちて、まったく凪《な》いでしまい、船はあちこちと漂いました。しかしこの状態は、私どもがそれについてなにか考える暇があるほど、長くはつづきませんでした。一分とたたないうちに嵐がおそってきました、……二分とたたないうちに空はすっかり雲でおおわれました、……そして、その雲ととびかかる飛沫とのために、たちまち、船のなかでお互いの姿を見ることもできないくらい、あたりが暗くなってしまいました。
そのとき吹いたような颶風《ぐふう》のことをお話しようとするのは愚かなことです。ノルウェーじゅうでいちばん年寄りの船乗りだって、あれほどのには遭ったことはありますまい。私どもはその颶風がすっかり襲ってこないうちに帆索をゆるめておきましたが、最初の一吹きで、二本の檣《マスト》は、鋸《のこぎり》でひき切ったように折れて海へとばされました。その大檣《メインマスト》の方には弟が用心のために体を結《ゆわ》えていたのですが、それと一緒にさらわれてしまったのです。
私どもの舟は。までに水に浮かんだ舟のなかでもいちばん軽い羽毛《はね》のようなものでした。それはすっかり平甲板が張ってあり、舳《へさき》の近くに小さなハッチが一つあるだけで、このハッチはストロムを渡ろうとするときには、例の狂い波の海にたいする用心として、しめておくのが習慣になっていました。こうしていなかったらすぐにも浸水して沈没したでしょう。……というのは、しばらくのあいだは船はまったく水にもぐっていたからです。どうして兄が助かったのか私にはわかりません、確かめる機会もなかったものですから。私はといいますと、前檣《フォオマスト》の帆索をゆるめるとすぐ甲板《かんぱん》の上にぴったりと腹這いになって、両足は舳のせまい上縁《うわべり》にしっかり踏んばり、両手では前檣の根もとの近くにある環付螺釘《リング・ボルト》をつかんでいました。それはたしかに私のできることとしては最上の方法でしたが……こんなふうに私をさせたのは、まったくただ本能でした。……というのは、ひどくうろたえていて、ものを考えるなんてことは、とてもできなかったのですから。
しばらくのあいだは今申しましたとおり、船はまったく水に浸っていましたが、そのあいだ私はずっと息をこらえて螺釘《ねじくぎ》にしがみついていました。それがもう辛抱できなくなると、手はなおも放さずに、膝をついて体を上げ、首を水の上へ出しました。やがて私どもの小さな舟は、ちょうど犬が水から出てきたときにするように、ぶるぶるっと一ふるいして、海水をいくらか振るいおとしました。それから私は、気が遠くなっていたのを取りなおして、意識をはっきりさせてどうしたらいいか考えようとしていたときに、誰かが自分の腕をつかむのを感じました。それは兄だったのです。兄が波にさらわれたものと思いこんでいたものですから、私の心は喜びでとびたちました、……が次の瞬間、この喜びはたちまち一変して恐怖となりました、……兄が私の耳もとに口を寄せてひとこと、『モスケー・ストロムだ!』と叫んだからです。そのときの私の心持がどんなものだったかは、誰にもけっしてわかりますまい。私はまるで瘧《おこり》の発作におそわれたように、頭のてっぺんから足の爪先まで、がたがた震えました。私には兄がその一ことで言おうとしたことが十分よくわかりました、兄が私に知らせようとしたことがよくわかりました。船に今吹きつけている風のために、私たちはストロムの渦巻の方へ押し流されることになっているのです、そしてもうどんなことも私たちを救うことができないのです!
ストロムの海峡《ヽヽ》を渡るときにはいつでも、たとえどんなに天気の穏かなときでも、渦巻のずっと上手《かみて》の方へ行って、それからよどみのときを注意ぶかくうかがって待っていなければならない、ということはお話しましたね。……ところが今、私たちはその淵の方へ、まっしぐらに押し流されているのです、しかもこのような颶風のなかを!
『きっと、私たちはちょうどよどみの時分にあそこへつくことになろう、……とすると多少は望みがあるわけだ』と私は考えました。……しかし次の瞬間には、少しでも望みなどを夢みるなんて、なんという大馬鹿者だろうと自分を呪いました。もし私どもの船が九十門の大砲を積載している軍艦の十倍もあったとしても、もう破滅の運命がきまっているのだ、ということがよくわかったのです。
このころまでには、嵐の最初の烈しさは衰えていました。あるいは多分、追風で走っていたのでそんなに強く感じなかったのかも知れません。がとにかく、今まで風のために平らに抑えつけられて泡立っていた波は、今ではまるで山のようにもり上がってきました。また、空にも不思議な変化が起こっていました。あたりはまだやはり、どちらも一面に真っ黒でしたが、頭上あたりにとつぜん円い雲の切れ目ができて、澄みきった空があらわれました、……これまで見たことのないほど澄みきった、明るく濃い青色の空です、……そして、そこから、私のそれまで一度も見たことのないような光を帯びた満月が輝きだしたのです。その月は私どものまわりにあるものをみな、実にはっきりと照らしました、……が、おお、なんという光景を照らし出したことでしょう!
私はそのとき一、二度、兄に話しかけようとしました、……がどうしたわけかわかりませんが、やかましい物音が非常に高くて、耳もとで声をかぎりに叫んだのですけれども、一ことも兄に聞こえるようにはできませんでした。やがて兄は死人のように真っ蒼な顔をして頭をふり、『聴いてみろ!』とでもいうようなふうに、指を一本拳げました。
初めはそれがどういう意味がわかりませんでした、……がまもなく怖ろしい考えが頭に閃《ひらめ》きました。私はズボンの時計隠しから、時計をひっぱり出しました。それは止まっています。私は月の光でその文字面をちらりと眺め、それからその時計を遠く海のなかへほうり投げてわっと泣きだしました。[時計はぜんまいが解けてしまって七時で止まっていたのです! 私どもはよどみの時刻におくれたのです。そして、ストロムの渦巻は荒れ狂っている真っ最中なのです!]
船というものは、丈夫にできていて、きちんと手入れがしてあり、積荷が重くなければ、追風に走っているときは、疾風《はやて》のときの波でもかならず船の下をすべってゆくように思われるものです、……海に慣れない人には非常に不思議に思われることですが、……これは海の言葉では|波に乗る《ヽヽヽヽ》といっていることなのです。で、それまで私どもの船は非常にうまくうねり波に乗ってきたのですが、やがて恐ろしく大きな浪がちょうど船尾張出部《カウンター》の下のところにぶつかって、船をぐうっと持ちあげました、……高く……高く……天にもとどかんばかりに。
波というものがあんなに高くあがるものだということは、それまでは信じようとしたって信じられなかったでしょう。それから今度は下の方へ傾き、すべり、ずっと落ちるので、ちょうど夢のなかで高い山の頂上から落ちるときのように気持が悪く眩暈《めまい》がしました。しかし船が高く上ったときに、私はあたりをちらりとひと目見渡しました、……そのひと目だけで十分でした。私は一瞬間で自分たちの正確な位置を見てとりました。モスケー・ストロムの渦巻は真正面の四分の一マイルばかりのところにあるのです、……が、あなたが今ごらんになった渦巻が水車をまわす流れと違っているくらい、毎日のモスケー・ストロムとはまるで違っているのです。もし私がどこにいるのか、そしてどうなるのか、ということを知らなかったら、その場所がどんなところかぜんぜんわからなかったことでしょう。ところが知っていたものですから、怖ろしさのために私は思わず眼を閉じました。目瞼《まぶた》が痙攣でも起こしたように、ぴったりとくっついたのです。
それから二分とたたないころに、急に波が鎮まったような気がして、一面に泡に包まれました。
舟は左舷へぐいとなかばまわり、それからその新たな方向へ電《いなずま》のようにつきすすみました。同時に水の轟く音は、鋭い叫び声のような……ちょうど幾千という蒸気釜がその放水管から一時に蒸気を出したと思われるような……物音にまったく消されてしまいました。船はいま渦巻のまわりには、いつもあるあの寄波《よせなみ》の帯のなかにいるのです。そして、むろん次の瞬間には深淵のなかへつきこまれるのだ、と私は考えました、……その深淵の下の方は、驚くべき速さで船が走っているのでぼんやりとしか見えませんでしたが。しかし船は少しも水のなかへ沈みそうではなく、気泡のように波の上をかすり飛ぶように思われるのです。その右舷は渦巻に近く、左舷には今通ってきた大海原《おおうなばら》がもり上がっていました。それは私たちと水平線とのあいだに、巨大な、のたうちまわる壁のようにそびえ立っているのです。
奇妙なように思われるでしょうが、こうしていよいよ渦巻の顎《あご》にのまれかかりますと、渦巻にただ近づいているときよりもかえって気が落ちつくのを感じました。もう助かる望みがないと心をきめてしまったので、はじめ私の元気をすっかり失くした、あの恐怖の念が大部分なくなったのです。絶望が神経を張り締《し》めてくれたのでしょうかね。
空威張《からいば》りするように見えるかもしれません……がまったくほんとうの話なんです、……私は、こうして死ぬのはなんという素晴らしいことだろう、そして、神さまの御力《みちから》のこんな驚くべき示顕《じげん》のことを思うと、自分一個の生命《いのち》などという取るにも足らぬことを考えるのはなんという馬鹿げたことだろう、と考え始めました。この考えが心に浮かんだとき、わたしが恥かしさで顔を赧《あか》らめたと思います。
しばらくたつと、渦巻そのものについての鋭い好奇心が強く心のなかに起こってきました。私は、自分の生命を犠牲にしようとも、その底を探ってみたいという|願い《ヽヽ》をはっきりと感じました。ただ私のいちばん大きな悲しみは、陸《おか》にいる古くからの仲間たちに、これから自分の見る神秘を話してやることができまい、ということでした。こういう考えは、こんな危急な境遇にある人間の心に起こるものとしては、たしかに奇妙な考えです。……そしてその後よく考えることですが、舟が淵のまわりをぐるぐるまわるので、私は少々頭が変になっていたのではなかろうかと思いますよ。
心の落着きを取りもどすようになった事情はもう一つありました。それは風のやんだことです。風は私どものいるところまで吹いて来ることができないのです、……というわけは、さっきごらんになったとおり、寄波の帯は海面よりかなり低いので、その海面は今では高く黒い山の背のようになって私どもの上にそびえていたのですから。もしあなたが海でひどい疾風にお遭いになったことがないなら、あの風と飛沫とが一緒になってどんなに人の心をかき乱すものかということは、とてもご想像ができません。あれにやられると盲目になり、耳が聞こえなくなり、首が締められるようになり、なにかしたり考えたりする力がまるでなくなるものです。しかし私どもは今ではもう、そのような苦しみをよほど免《まぬが》れていました。……ちょうど牢獄にいる死刑を宣告された重罪人が、判決のまだ定まらないあいだは禁じられていた多少の寛大な待遇を許される、といったようなものですね。
この寄波の帯を何回ほどまわったかということはわかりません。流れるというよりむしろ飛ぶように、だんだんに波の真ん中へより、それからまたその恐ろしい内側のふちのところへだんだん近づきながら、たぶん一時間も、ぐるぐると走りまわりました。このあいだじゅうずっと、私は決して環付螺釘《リング・ボルト》を放しませんでした。兄は艫《とも》の方にいて、船尾張出部《カウンター》の篭の下にしっかり結びつけてあった、小さな空になった水樽につかまっていました。それは甲板にあるもので疾風が最初におそってきたとき海のなかへ吹きとばされなかったただ一つの物です。船が深淵の縁へ近づいてきたとき、兄はつかまっていたその樽から手を放し、環の方へやってきて、恐怖のあまりに私の手を環からひき放そうとしました。その環は二人とも安全につかまっていられるくらい大きくはないのです。私は兄がこんなことをしようとするのを見たときほど悲しい思いをしたことはありません、……兄はそのとき気が違っていたのだ……あまりの怖ろしさのため乱暴な気違いになっていたのだ、とは承知していましたが。
しかし私は、その場所を兄と争おうとは思いませんでした。私ども二人のどちらがつかまったところで、なんの違いもないことを知っていましたので、私は兄に螺釘《ボルト》を持たせて、艫《とも》の樽の方へ行きました。そうするのは別にたいしてむずかしいことではありませんでした。というのは船は非常にしっかりと、そして水平になったまま、ぐるぐる飛ぶようにまわっていて、ただ渦巻が烈しくうねり湧き立っているために前後に揺れるだけでしたから。その新しい位置にうまく落ちついたかと思うとすぐ、船は右舷の方へぐっと傾き、深淵をめがけてまっしぐらに突きすすみました。私はあわただしい神さまへの祈りを口にし、もういよいよおしまいだなと思いました。
胸が悪くなるようにすうっと下へ落ちてゆくのを感じたとき、私は本能的に樽につかまっている手を固くし、眼を閉じました。何秒かというものは思い切って眼を開けることができなくて……今死ぬか今死ぬかと待ちかまえながら、まだ水のなかで断末魔《だんまつま》のもがきをやらないのを不審に思っていました。しかし、ときは刻々とたってゆきます。私はやはり生きているのです。落ちてゆく感じがやみました。そして船の運動は泡の帯のところにいたときと同じようになったように思われました。ただ違うのは船が前よりもいっそう傾いていることだけです。私は勇気を出して、もう一度あたりの有様を見渡しました。
自分のまわりを眺めたときのあの、畏懼《いく》と、恐怖と、嘆美との感じを、私はけっして忘れることはありますまい。舟は円周の広々とした、深さも巨大な、漏斗《じょうご》の内がわの表面に、まるで魔法にでもかかったように、なかほどにかかっているように見え、その漏斗のまったく滑《なめ》らかな面は、眼がくらむほどぐるぐるまわっていなかったなら、そしてまた、満月の光を反射して閃くものすごい輝きを発していなかったら、黒檀《こくたん》とも見まがうほどでした。そして月の光は、さっきお話しました雲のあいだの円い切れ目から、黒い水の壁にそってみなぎりあふれる金色《こんじき》の輝きとなって流れだし、ずっと下の深淵のいちばん深い奥底までも射しているのです。
初めはあまり心が乱れていたので、なにも正確に目にとめることはできませんでした。とつぜん眼の前にあらわれた恐るべき荘厳《そうごん》が私の見たすべてでした。しかし、いくらか心が落ちついたとき、私の視線は本能的に下の方へ向きました。船が淵の傾斜した表面にかかっているので、その方向は、なんのさえぎるものもなく見えるのです。船はまったく水平になっていました、……というのは、船の甲板が水面と平行になっていた、ということです、……がその水面が四十五度以上の角度で傾斜しているので、私どもは横ざまになっているのです。しかしこんな位置にありながら、まったく平らな面にいると同じように、手がかりや足がかりを保っているのがむずかしくないことに、気がつかずにはいられませんでした。これは船の回転している速さのためであったろうと思います。
月の光は深い渦巻の底までも射しているようでした。しかしそれでも、そこのあらゆるものをたちこめている濃い霧のために、なにもはっきりと見分けることができませんでした。その霧の上には、マホメット教徒が現世から永劫《えいごう》の国へゆく唯一の通路だという、あのせまいゆらゆらする橋[マホメット教徒の信ずるところによれば、現世から天国へ至るには蜘蛛の糸よりも細い橋を渡るのである。その橋を渡るときに罪ある者は地獄の深淵に落ちるという]のような、壮麗な虹がかかっていました。この霧あるいは飛沫《ひまつ》は、疑いもなく漏斗の大きな水壁が底で合ってたがいに衝突するために生ずるものでした。……がその霧のなかから天に向かって湧きあがる大|叫喚《きょうかん》は、お話しようとしたって、とてもできるものではありません。
上のほうの泡の帯のところから最初に深淵のなかへすべりこんだときは、斜面をよほど下の方へ降りましたが、それからのちはその割合では降りてゆきませんでした。ぐるぐるまわりながら、船は走ります、……が一様な速さではなく……目まぐるしく揺れたり、跳び上がったりして、あるときはたった二、三百ヤード……またあるときは、渦巻の周囲をほとんど完全に一周したりします。一回転ごとに船が下に降りてゆくのは、急ではありませんでしたが、はっきりと感じられました。
こうして船の運ばれてゆくこの広々とした流れる黒檀の上で、自分のまわりを見渡していますと、渦にまきこまれるのが私どもの舟だけではないことに気がつきました。上の方にも下の方にも、船の破片や、建築用材の大きな塊《かたま》りや、樹木の幹や、そのほか家具の砕片や、こわれた布や、樽や、桶《おけ》板などの小さなものがたくさん見えるのです。私は前に、不自然なくらいの好奇心が最初の恐怖の念にとってかわっていたことを申しましたね。その好奇心は怖ろしい破滅にだんだんに近づくにつれて、いよいよ増してくるのです。私は奇妙な関心をもって、私どもと仲間になって流れている無数のものを見まもり始めました。どうも気が変になっていたに違いありません《ヽヽヽヽヽヽヽ》、……そのいろいろのものが下の泡の方へ降りてゆく|速さを比較することに興味を求めさえしていたのですから。
ふと気がつくと、あるときはこんなことをいっているのです。『きっとあの樅《もみ》の木が今度、あの恐ろしい底へとびこんで見えなくなるだろうな』……ところが、オランダ商船の難破したのがそれを追い越して先に沈んでしまったので、がっかりしました。このような種類の推測を何べんもやり、そしてみんな間違ったあげく、この事実……私がかならず見込み違いをしたというその事実……が私にある一つながりの考えを思いつかせ、そのために手足はふたたびぶるぶる震え、心臓はもう一度どきんどきんと強く打ちました。
このように私の心を動かしたのは、新たな恐怖ではなくて、前よりもいっそう心をふるいたたせる希望の光がさしてきたことなのです。この希望は、一部分は過去の記憶から、また一部分は現在の観察から生まれてきたのでした。私は、モスケー・ストロムにのみこまれ、それからまた投げだされてロフォーデンの海岸に撒《ま》き散らされた、いろいろな漂流物を思い浮かべました。そのなかの大部分のものは、実にひどく打ちくだかれていました、……刺《とげ》がいっぱいにつきたっているように見えるくらい、擦《す》りむかれてざらざらになっていました、……が私はまた、そのなかには少しもいたんでいない|ものも《ヽヽヽ》あったことを、はっきり思い出しました。そこでこの相違は、ざらざらになった破片だけが|完全にのみこまれたもの《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》であり、その他のものは潮時《しおどき》を大分おくれて渦巻に入ったか、あるいはなにかの理由で入ってからゆっくりと降りたために、底にまで達しないうちに満潮あるいは干潮の変わり目がきてしまったのだ、と思うよりほかに説明ができませんでした。どちらにしろ、これらのものが早い時刻にまきこまれたり、あるいは急速に吸いこまれたりしたものの運命に遭わずに、こうしてふたたび大洋の表面にまき上げられることはありそうだ、と考えました。
私はまた三つの重要な観察をしました。第一は、一般に物体が大きければ大きいほど、下へ降りる速さが速いこと、……第二は、球形のものと|その他の形《ヽヽヽヽヽ》のものとでは、同じ大きさでも、下降の速さは球形のものが大であること、第三は、円筒形のものとその他の形のものとでは、同じ大きさでも、円筒形がずっとおそく吸いこまれてゆくということです。
私は助かってからこのことについてこの地方の学校の年寄りの先生となんども話したことがありますが、『円筒形』だの『球形』だのという言葉をつかうことはその先生から教わったのです。その先生は、私の観察したことが実際水に浮いている破片の形からくる自然の結果だということを説明してくれました、……その説明は忘れてしまいましたが、……そしてまた、どういうわけで渦巻のなかを走っている円筒形のものが、他のすべての形をした同じ容積の物体よりも、渦巻の吸引力に強く抵抗し、それらよりもひきこまれにくいかということを、私に聞かせてくれたのです。
このような観察を力づけ、それを実地に利用したいと私に思わせた、驚くべき事実がひとつありました。それは、渦巻をぐるぐるまわるたびに船は樽やそのほか船の帆桁や檣《マスト》のようなもののそばを通るのですが、そういうような多くのものが、私がはじめてこの渦巻の不思議な眺めに眼を聞いたときには同じ高さにあったのが、今ではずっと私どもの上の方にあり、もとの位置からちょっとしか動いていないらしい、ということなのです。
もう私は、なすべきことをためらってはいませんでした。現につかまっている小樽にしっかり身を結びつけ、それを船尾張出部《カウンター》から切りはなして、水のなかへ跳びこもうと心をきめたのです。私は合図をして兄の注意をひき、側に流れてきた樽を指さし、私のしようとしていることをわからせるために自分の力でできるかぎりのことをしました。とうとう兄には私の計画がわかったものと思われました、……が、ほんとにわかったのか、それともわからなかったのか、兄は絶望的に首をふり、環付螺釘《リング・ボルト》につかまっている自分の位置から離れることを承知しないのです。兄の心を動かすことはできないことですし、それに危急のさいで一刻もぐずぐずしていられないので、私はつらい思いをしながら、兄を彼の運命にまかせ、船尾張出部《カウンター》に結びつけてあった縛索《しばりなわ》でからだを樽にしっかり縛り、その上もう一刻もためらわずに、樽とともに海のなかへ跳びこみました。
その結果はまさに私の望んでいたとおりでした。今この話をしているのが私自身ですし……私が無事に助かってしまったことはごらんのとおりですし……また助かった方法ももうはや御承知で、このうえ私のいおうとすることはみんなおわかりのことでしょうから、話を急いで切り上げましよう。私が船をとび出してから一時間ばかりもたったころ、船は私よりずっと下の方へ降りてから、三、四回つづけざまに猛烈な回転をして、愛する兄をのせたまま、下の混沌とした湧きたつ泡のなかへ、永久にまっさかさまに落ちこんでしまいました。私のからだを縛りつけた樽が、渦巻の底と、船から跳びこんだところとの、中間くらいのところまで沈んだころに、渦巻の様子に大きな変化がおこりました。広大な漏斗《じょうご》の側面の傾斜が、刻一刻とだんだん険しくなくなってきます。渦巻の回転もだんだん勢いが弱くなります。やがて泡や虹が消え、渦巻の底がゆるゆると高まってくるように思われました。空は晴れ、風はとっくに落ち、満月は輝きながら西の方へ沈みかけていました。そして私は、ロフォーデンの海岸のすっかり見える、モスケー・ストロムの淵が|さっきまであった《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》ところの上手《かみて》の、大洋の表面に浮かびあがっているのでした。よどみの時刻なのです、……が、海はまだ颶風の名残りで山のような波を揚げていました。私はストロムの海峡のなかへ猛烈にまきこまれ、海岸にそって数分のうちに漁師たちの『漁場』へ押し流されました。そこで一般の舟が私を拾いあげてくれました、……疲労のためにぐったりと弱りはてている、そして(もう危険がなくなったとなると)その怖ろしさの思い出のために口もきけなくなっている私を。
舟にひきあげてくれた人たちは、古くからの仲間や、毎日顔を合わせている連中でした、……が、ちょうどあの世からやってきた人間のように、誰ひとり私を見分けることができませんでした。その前は鴉《からす》のように真っ黒だった髪の毛は、ごらんのとおりに白くなっていました。みんなは私の顔つきまですっかり変わってしまったといいます。私はみんなにこの話をしました、……が、誰もほんとうにしませんでした。今それを、|あなたに《ヽヽヽヽ》お話したのですが、……人のいうことを茶化してしまうあのロフォーデンの漁師たち以上に、あなたがそれを信じて下さろうとはどうも私にはあまり思えないんですがね」
群集の人
独りでいることの出来ぬこの|大きな不幸《ラ・ブリュイエール》
あるドイツの書物[終りの方に出ている Hortulus Animoe のこと]について、……それはそれ自身の読まれることを許さぬ……と言ったのは、もっともである。それ自身の語られることを許さぬ秘密というものがある。人々は夜毎にその寝床の中で、懺悔《ざんげ》聴聞僧《ちょうもんそう》の手をにぎりしめ、悲しげにその眼を眺めながら死ぬ、……洩《も》らされようとはしない秘密の恐ろしさのために、心は絶望にみたされ喉《のど》をひきつらせながら死ぬ。ああ、折おり人の良心は重い恐怖の荷を負わされ、それはただ墓穴の中へ投げ下ろすよりほかにどうにもできないのだ。こうしてあらゆる罪悪の精髄《せいずい》は露《あら》われずにすむのである。
あまり以前のことではない。ある秋の日の黄昏《たそがれ》ちかくのこる、私はロンドンのD珈琲店の大きな弓形張出し窓のところに腰を下ろしていた。それまで数カ月のあいだ私は健康を害していたのだが、その時はもう回復期に向かっていた。そして体の力がもどってきて、倦怠《アンニュイ》とはまるで正反対の幸福な気分、……心の視力をおおっていた翳《かすみ》……がとれ、知力は電気をかけられたように、あたかもかのライプニッツの率直にして明快な理論がゴルギアスの狂愚にして薄弱な修辞学を凌駕《りょうが》するごとく、はるかにその日常の状態を凌駕する、といったような最も鋭敏な嗜欲にみちた気分……になっているのであった。単に呼吸することだけでも享楽であった。そして私は、普通なら当然苦痛の源《もと》になりそうな多くのことからでさえ、積極的な快感を得た。あらゆるものに穏かな、しかし好奇心にみちた興味を感じた。葉巻を口にし、新聞紙を膝にのせながら、あるいは広告を見つめたり、ときには部屋の中の雑然たる人々を観察したり、あるいはまた煙で曇《くも》った窓ガラスを通して街路を眺めたりして、私はその午後の大部分を楽しんでいたのであった。
この街は市の主要な大通りの一つで、一日じゅう非常に雑踏してはいた。しかし、あたりが暗くなるにつれて群集は刻一刻と増してきて、街灯がすっかり灯《とも》ったころには、二つの混み合った、途切れることのない人間の潮流が、戸の外をしきりに流れていた。夕刻のこういう特別な時刻にこれに似たような場所にいたことがそれまでに一度もなかったので、この人間の頭の騒然たる海は、私の心を愉快な、新奇な情緒でみたしたのであった。ついには、店の内のことに注意することはすっかりやめて、戸外の光景を眺めるのに夢中になってしまった。
はじめのうちは、私の観察は抽象的な概括《がいかつ》的な方向をとっていた。通行人を集団として眺め、彼らをその聚合《しゅうごう》的関係で考えるだけであった。しかしやがて、だんだん詳細な点に入ってゆき、姿、服装、態度、歩きぶり、顔つき、容貌の表情、などの無数の変化を、精密な感興をもって注視するようになった。
通り過ぎてゆく人々の大部分は、満足した事務的な風采《ふうさい》をしていて、ただ人混みを押しわけて進んでゆくことだけしか考えていないように見える。彼らは眉をひそめ、目をくるくると回す。側を通る人にぶつかられても、少しもいらいらしたような様子を見せず、ただ身なりを直して急いで歩いてゆくのだ。
他の連中は、これもなかなかたくさんいるが、動作がせかせかしていて、顔をほてらせ、周囲の人がひどく混んでいるのでそのために孤独を感じているかのように、独り言をいい、独りで身振りをする。自分の道を邪魔されると、この連中は急につぶやくのをやめて、そのかわりに身振りの方をいよいよ盛んにし、そして唇にはぼんやりしたような大げさな微笑を浮かべながら、邪魔をしている人間が通り過ぎるのを待っている。突きあたられると、その突きあたった者にむやみにお辞儀をし、いかにも当惑しきったような顔をする。
この二つの大きな階級については、今まで記したこと以上に特にはっきりしたところは何もない。彼らの服装はまさに端正《たんせい》と名づけらるべきものに属している。彼らは疑いもなく、貴族、大商人、弁護士、小売商人、株式仲買人……上流社会の者や、社会の俗人……閑人《ひまじん》や、自分自身の仕事に忙しく携わり、自己の責任の下に業務を行う連中……である。彼らはたいして私の注意を惹き起こさなかった。
商店や会社の事務員といった連中は一目瞭然《いちもくりょうぜん》たるものであった。そしてそれに私は二つの著しい区別を見分けた。いかがわしい商店などの若い事務員……きちんと合った上着をつけ、磨きあげた長靴をはき、髪を油でてかてか光らせ、横柄な唇をした若い紳士たちがいる。何となく動作のはしっこいこと、それをほかにもっとよい言葉がないので事務机風《ヽヽヽヽ》と名づけてもいいが、それを除いては、これらの人々の身だしなみは、約十二カ月ないし十八カ月前にはこのうえなく上品であったものの正確な模写であるように、私には思われた。彼らは上流階級のうち棄てた流行を身につけていた。……そして、これがこの階級の最上の定義を含んでいるのだ、と私は信ずる。
信用ある商館の上の方の事務員、すなわち「世慣れたしっかり者」といった方も間違うはずはなかった。楽に坐れるように仕立てた黒、または茶色の上着とズボン、白の襟飾り《クラヴァット》とチョッキ、広い丈夫そうに見える靴、厚い靴下とゲートル、などでそれとわかるのだ。彼らはみんな頭が少しばかり禿《は》げていて、右の耳は、長年ペンをはさむのに使ったので、頭から離れてつき出ているという奇妙な癖がついている。彼らがいつも両手で帽子を脱いだりかぶったりすること、がっしりした古風な型の短い金鎖のついた懐中時計を持っていること、なども私は見てとった。彼らの気取りといえば体面を損じないということであった、……もしそういう立派な気取りというものが実際あるならだ。
威勢《いせい》のよい面構《つらがま》えをした人間もたくさんいたが、これはあらゆる大都会に横行している、あのしゃれたスリのやからに属する連中だということが、私にはたやすくわかった。私はこれらの手合いをよく詮索するように気をつけてみた。そして一体どうして紳士たちがこいつらを本物の紳士と間違えるのか想像しかねた。袖口がひどくふくれていることや、いやに何の腹蔵《ふくぞう》もなさそうな様子をしていることで、すぐ怪しいと気づかれるはずなのだ。
賭博者どもも少なからず見つけたが、これはもっとたやすく見分けがつく。彼らは、ビロードのチョッキに、変わり模様のネッカチーフ、メッキの鎖に、金銀線細工のボタンという、まさにいかさまぺてん師の服装から、嫌疑のかかり易くないことこれに及ぶものなし、という物堅く飾らない牧師の服装にいたるまで、あらゆる種類の服装を身につけていた。それでも、この連中はみんな、酒浸《びた》りのために黒ずんだ顔色、ぼんやりした、もうろうたる眼、固く結んだ蒼い唇、などで区別がつくのだ。その上、私がいつでも彼らを看破《かんぱ》することのできる特性は、ほかにもう二つある。話をする声の調子の用心ぶかく低いことと、母指をほかの指と直角をなす方向に普通以上に拡げることだ。こういういかさま師どもと一緒に、習慣はいくぶん異にしているが、やはり一つ穴のムジナといったような種の連中を、私はしばしば認めた。これは、小才を利かしてごまかして生計《くらし》を立てる方《かた》がた、と定義してもよかろう。彼らは二つの隊に分かれて公衆を餌食にしているように思われる、……すなわち伊達者《ダンディ》の隊と、軍人の隊とだ。前者ではその主な特徴は長い巻毛と微笑とであり、後者では肋骨ボタンをつけた上着としかめ面とである。
上品と名づけられているものの階段を下って、私はもっと暗くもっと深い考察の題目を見出した。顔の他のところはみんなただ卑劣な謙遜の表情だけを表わしているのに、目ばかりが鷹《たか》のように光っているユダヤ人の行商人たち。ただ絶望のためにやむなく夜の闇の中に恵みを乞うている、まだ性質《たち》のいい物もらいに、苦《にが》い顔を見せる体格のがっしりした職業的な乞食ども。たしかにもう死神の手の中にありながら、それでも何か思いがけない慰め、何かの失った望みを捜し求めでもするかのように、一人一人の顔を哀願するように眺めながら、群集の中をとぼとぼとよろめき歩いてゆく、弱々しい蒼ざめた病人たち。長時間の遅くまでの労働から何の喜びもない家庭へと帰ってゆく内気な若い娘たち。彼女たちは無頼漢どものじろりと見る目に憤《いきどお》って見返すよりも涙ぐんで身をちぢめ、そいつらにじかに触れられてさえ避けることができないのだ。
また、あらゆる種類、あらゆる年齢の娼婦、……表面はパロス島の大理石で内部は汚物でみたされているかのルキアノス[二世紀のギリシャの有名な風刺家]の彫像を思わせるような、女ざかりの正真正銘の美人……ボロを着た、胸の悪くなるような、もうまったく駄目な癩病やみ……若返ろうとする最後の努力をして、宝石をつけ、脂粉をごてごてと塗り立てている、皺《しわ》のよったの……まだ格好も十分ついていないほんの子供のくせに、長い間の交際《つきあい》でその道の恐るべき嬌態《コケットリー》もすっかり上手になっていて、悪行では姐《ねえ》さんたちと肩を並べようという激しい野心に燃えているのなど。
また、数えきれぬほどいる何とも言えない酔っぱらいども、ボロっきれを着て、顔に打ち傷をつけ、どんよりした目をして、ろれつの回らぬ舌でしゃべりながら、よろめいてゆく者……よごれてはいるが破れてはいない着物を着て、肉感的な厚い唇、丈夫そうな赧《あか》らんだ顔をして、少しふらつきながらも肩で風を切ってゆく者たち……かツて以前は上等の地であったもので、今もなお念入りに十分ブラッシをかけた着物を着ている連中……不自然なくらいしっかりした軽快な足どりで歩いているが、その顔色は凄《すご》いまでに蒼ざめ、眼は恐ろしく血走って赤く、群集の中を大股に歩きながら、手にあたるものは何でもみんな震える指でつかみかかる者ども。
以上のような連中のほかに、パイ売り、荷担《かつ》ぎ、石炭運搬人夫、煙突掃除人。それからオルガン弾き、猿回しに、歌う者と呼売りする者とが組になっている小唄の読売り人。ボロを着た職人たちや、あらゆる種類の疲れきった労働者たち。そして、すべてが騒々しく乱雑に躍動していて、それが耳にやかましい音を立て、目に疼《うず》くような感覚をあたえるのだった。
夜が深くなるにつれて、私にはこの光景の興味もますます深くなってきた。というのは、群集の一般的性質が著しく変わってきた(穏かな方の人々が次第にひき上げてゆくとともに、おとなしい趣きがなくなり、夜更けがあらゆる種類の醜穢《しゅうわい》をその洞穴から押し出すにつれて、粗野な方の趣きが前よりいっそう無遠慮にはっきりと浮き上がってきたのだ)ためばかりではなく、最初かげってゆく日影と争っているときには弱々しかったガス灯の光線が、今やついに優勢となって、あらゆるものの上に燦然《さんぜん》たる、ちらちらする光を投げかけたからである。すべては黒く、しかし燦爛《さんらん》としていた、……ちょうどテルトゥリアヌス[初期のラテン教会の師父の一人]の文体がたとえられているあの黒檀《こくたん》のように。
その光の強烈な効果は、私をして、いやおうなしに一人一人の容貌の吟味をさせた。そして、窓の前を過ぎ去る光の世界が迅速なために、個々の顔に一瞥《いちべつ》以上を投ずることはできなかったが、それでも、その時の私の特殊な心の状態では、その一瞥の短いあいだにさえ、しばしば、長い年月の物語を読みとることができるように思われるのであった。
額をガラスにくっつけて、こうして一心に群集をくわしく見ているうちに、突然、一つの顔(六十五か七十歳くらいのよぼよぼの老人の顔)が現われてきたが、その顔は、表情がまったく特異なものであったので、ただちに私の注意をことごとく惹《ひ》きつけ吸いこんでしまったのだ。その表情に微かにでも似たようなものは、それまでに私は一度も見たことがなかった。それを見たとき最初に考えたことが、もしレッチがこれを見ていたなら、自分の描いた悪魔の化身よりもずっとこの方を好んだろう、ということであったことを私はよく覚えている。最初の注視の短い一瞬間に、その表情の伝える意味を分析しようと努めた時、私の心の中には、用心の、吝嗇《りんしょく》の、貪欲《どんよく》の、冷淡の、悪意の、残忍の、勝利の、歓喜の、極端な恐怖の、強烈な……無上の絶望の、広大な精神力の諸観念が、雑然とかつ逆説的にわき上がったのである。私は奇妙に、目が覚め、愕然《がくぜん》とし、魅せられたようになったのを感じた。「どんな奇怪な経歴が、あの胸の裡《うち》に書いてあるだろう!」と思わず私は独りごとをいった。それから、その男を見失わないようにしよう……その男のことをもっと知りたい、という烈しい欲望が起こった。大急ぎでオーヴァコートを着、帽子とステッキとをつかむと、私は街路へとび出して、その男の行くのを見た方向へと群集を押しわけた。というのは、そのとき彼はもう見えなくなっていたからだ。
多少骨を折ってようやく私は、その姿の見えるところまできて、その男に近づいてゆき、そしてぴったりと、しかし彼の注意をひかないように用心しながら、その後をつけて行った。
私は今やその男の風采《ふうさい》を十分吟味する機会を得た。彼は背が低く、はなはだ痩《や》せていて、見たところ非常に弱々しそうであった。着物はだいたい、きたなくて、ぼろぼろであった。が折々彼が強くぎらぎらする灯火のあたっているところへくる時、私はそのリンネルの衣服が、よごれてはいるが美しい地のものであることを見てとった。そしてもし私の目の誤りでなければ、彼のまとっている、きっちりとボタンをかけた、明らかに古物らしい外套の裂け目から、一個のダイヤモンドと、一ふりの短刀とをちらりと見かけたのだ。こういうことを目にとめたので、私の好奇心はますます高まり、この見知らぬ男がどこへ行こうとその後をつけようと決心した。
もうその時はすっかり夜になっていて、濃い、じっとりした霧がこの都会の上にかかっていたが、それがやがて本降りの大雨となった。この天候の変化は群集に奇妙な影響を与え、群集全体はたちまち新しい動揺を起こして、無数の雨傘《あまがさ》におおわれてしまった。波立つようなざわめき、押し合いへし合い、がやがやいうやかましい音は、十倍も烈しくなった。私自身はといえば、たいしてこの雨を気にかけなかった、……体の中にはまだ以前の熱が潜《ひそ》んでいて、それが湿りを多少危険過ぎるくらいに心地よいものにしたのだ。口のまわりにハンケチをくくりつけて、私は歩み続けた。半時間ばかりのあいだ、老人はこの大通りをかろうじて押しわけて進んで行った。そして私は彼を見失いはしまいかと恐れて、ここではぴったり彼にくっつくくらいにして歩いていた。一度も頭を振り向けて後を見なかったので、彼は私に気づかなかった。
やがて彼はある横通りへ入って行ったが、そこはやはり人でいっぱいではあるが、今まで通ってきた本通りほどひどく混みあってはいなかった。ここへくると、彼の様子は明らかに変化した。彼は今までよりもゆっくりと、また目当てもなさそうに……もっとためらいがちに、歩いて行った。見たところ何の目的もなさそうに幾度も幾度も道を横切った。そして雑踏はやはりなかなかひどいので、そういう時には必ず私は彼にぴったりとついて行かねばならなかった。その街は狭くて長い通りで、それを歩くのに彼はほとんど一時間近くかかったが、その間に通行人は次第に減って、通常、公園の近くのブロードウェイで昼ごろ歩いている人の数ほどになった。……ロンドンの人口とアメリカの最も繁華な都会の人口とには、それほど大きな相違があるのだ。もう一度道を曲がると、私たちは煌々《こうこう》と灯火《あかり》がついていて活気のあふれている、ある辻広場へ出た。すると見知らぬ男のもとの態度がふたたび現われた。顎《あご》は胸のところへ落ち、目はそのしかめた眉の下から、彼をとり巻いた人々に向かって、あらゆる方面に、激しくぐるぐる回った。彼は絶えず根気よく道を急いだ。しかし、その辻広場を一巡りすると、ぐるりと回ってもと来た道へひき返すのを見て、私は驚いた。もっとびっくりしたことには、彼はその同じ歩みを数回も繰り返すのだった。……そのうち一度は、突然ぐるりと回った時に、もう少しで私を見つけるところだった。
こうして歩くのにまた一時間をついやしたが、その終りには最初とは通行人に道を妨げられることがはるかに少なくなった。雨は小止みなく降っていた。空気は冷え冷えしてきた。そして人々は家路へと帰ってゆくのであった。いらいらした身ぶりをして、この流浪人《さすらいびと》はわりあい人気《ひとけ》のない裏通りへ入って行った。四分の一マイルほどあるこの通りを、彼はそんなに年をとった人間にはまったく思いもよらない敏捷《びんしょう》さで駆け下り、追っかけるのに私は非常に難儀《なんぎ》をしたほどであった。
数分の後、私たちはある大きい賑かな勧工場へやってきたが、この場所はその男のよく知っているところらしく、ここでは、おおぜいの買い手や売り手のあいだを、何の目的もなく、あちこちと押しわけて歩いているときに、ふたたび彼のもとの態度が現われたのであった。
この場所で過ごしたかれこれ一時間半ばかりの間、彼に気づかれないようにしてその近くにいるのは、私の方でずいぶん用心を要することであった。幸いに私は弾性ゴムのオーヴァシューズをはいていたので、少しも音を立てないで歩き回ることができた。一度も彼は私が見張っているのに気がつかなかった。彼は店から店へと入り、別に値段をきくでもなく、ひと言も口を利くでもなく、びっくりしたような、ぽかんとした眼つきであらゆる品物を眺めているのだ。私はもう彼のふるまいにすっかり驚いて、この男についていくらか納得できるまで、決して離れないでおこうと堅く決心した。
高く鳴る時計が十一時を打ち、そこにいる人々はぞろぞろと勧工場から出て行った。ある店の主人が鎧戸《よろいど》を閉めるときに老人につきあたったが、その瞬間、強い戦慄《せんりつ》が彼の体じゅうを走るのを私は見た。彼は急いで街へ出て、ちょっとのあいだ不安げに自分のまわりを見回し、それから信じられぬような疾《はや》さで、曲がりくねった人通りのない道をいくつも走り抜けて、もう一度私たちは、出発点のあの大通り……あのDホテルの街に現われた。しかしその街はもう前と同じ光景ではなかった。そこはやはりガス灯で煌々《こうこう》と輝いていた。が、雨は土砂《どしゃ》降りに降り、人影はほとんど見えなかった。見知らハ男は蒼くなった。彼はむっつりしてさっきは賑かだったその大通りを数歩足を運んだが、それから深い嘆息をもらしながら、川の方向へと足を向け、種々さまざまなうねりくねった道をまっしぐらに進んで、ついにある大劇場の見えるところへ出て来た。ちょうど芝居のはねた時で、観客は出口からどっとなだれて出て来るところであった。私は、老人がその群集の中に身を投じている間、息をしようとするかのようにあえぐのを見た。が、彼の容貌に現われていた強い苦悶《くもん》はいくらか薄らいでいるように思った。彼の頭はまた胸のところへ落ちた。私がはじめに見た時のような様子になった。今度は彼が観客の大部分の者の行く方へ行くのを、私は見てとった、……が要するに彼の行動のむら気はどうも私には理解しかねるのであった。
彼が進んでゆくにつれて、その人々もだんだんちりぢりになり、彼のもとの不安と逡巡《しゅんじゅん》とがまたもどってきた。しばらくの間、彼は十人か十二人ばかりの飲んだくれの一行にぴったりくっついて行った。が、この人数も一人減り二人減りして、最後に、ほとんど人通りのない狭い陰気な小路に、たった三人だけが残った。見知らぬ男は立ちどまり、ちょっとのあいだ深く思案にふけっているようであった。それから、非常に興奮したような様子をして、一つの路をずんずんたどって行ったが、その路は、これまで歩き回ってきたところとはまったく違った地域の、市のはずれへと、私たちをつれて行った。それはロンドンじゅうでも最も気味の悪い区域で、そこではあらゆるものが、最も悲惨な貧窮《ひんきゅう》の、また最も恐ろしい犯罪の、最悪の刻印を押されていた。思いがけない街灯の薄暗い光で、高い、古びた、虫の食った、木造の長屋が、その間の道も見分け難いくらいの思い思いのいろいろな方向へ、倒れそうにぐらついているのが見えた。舗石は、生い茂った草のためにその道床から押しのけられて、でたらめにごろごろしていた。恐るべき汚物が、つまった溝《みぞ》の中で臭気紛々《しゅうきふんぷん》として腐っていた。大気全体が荒廃の気にみちみちていた。それでも、私たちが進むにつれ、人の世の音が次第にはっきりとよみがえってきて、ついには、ロンドンの住民の中でも最も無頼な連中が大勢あちこちとよろめき歩いているのが見えるようになった。老人の元気は、消えかかろうとする灯火のように、再びゆるゆると燃え上がった。もう一度彼は活発な歩きぶりで大股に進んで行った。とつぜん街の角を曲がると、赫々《かくかく》たる光がぱっと目に射し、私たちは、あの大きな場末の放縦の殿堂……悪魔ジン酒の宮殿……の一つの前に立っているのであった。
その時はもう暁《あかつき》に近かった。が、まだ幾人かのあさましい泥酔漢《でいすいかん》がそのけばけばしい入口を押しあいながら出たり入ったりしていた。なかば叫ぶような喜びの声をあげて老人はその中へ押し入り、たちまち以前の態度に返って、なにも明らかな目当てもなく、人混みの中をあちらこちらと歩き回った。しかし長くこうしていないうちに、戸口の方へどっと人が押しよせてゆくので、そこの主人が夜の戸締りをしているのだということがわかった。そのとき、私がそれまでそんなに辛抱《しんぼう》強く見張ってきたその奇怪な人物の容貌に認めたものは、絶望などというものよりももっと強烈な何かであった。それでも彼は歩き回ることをやめずに、狂気じみた元気さで、ただちに歩を返して大ロンドンの中心へと向かった。長いあいだ彼は疾《はや》く走って行った。一方私は、まったく驚きはてながらも、今や心をすっかり奪われてしまうほどの興味を感じているこの詮索をやめまいと堅く決心しながら、その後を追って行くのだった。
私たちが進んで行くうちに太陽は昇った。そして、もう一度この繁華な町のあの最も雑踏する商業中心地、Dホテルのある街へやってきた時には、その街は前の晩に見たのとほとんど劣らないくらいの混雑と活動との光景を呈していた。そしてここでも長い間、刻一刻と増してくる雑踏の中に、私はなおもその見知らぬ男の追跡を続けた。しかし、相変わらず、彼はあちこちと歩き、終日その喧騒《けんそう》の巷《ちまた》から外へ出なかった。こうして、二日目の黄昏《たそがれ》の影が迫ってきたころ、私は死にそうなほど疲れはててしまい、この放浪者の真正面に立ちどまって、じっとその顔を眺めた。彼は私を気にもとめずに、その重々しい歩みを続けた。そこで私は後をつけるのをやめて、じっと黙想に耽った。「この老人は」と私はついに言った。「凶悪な犯罪の象徴であり権化であるのだ。彼は独りでいることができない。彼は群集の人なのだ。後をつけて行っても無駄なことだろう。これ以上私は、彼についても、彼の行為についても、知ることはあるまいから。この世の最悪の心は、Hortulus Animoe などよりも、もっと気味の悪い書物だ。そして、es lasst sich nicht lessen(それはそれ自身を読ましめぬ)というのは、おそらく神の大きなお慈悲の一つなのであろう」
息をなくする話
「ブラックウッド」の中でも外でもない物語[最初、この副題は「ブラックウッド風の物語」となっていた。この作はいわゆる超絶論者と「ブラックウッド」風の作品とに対する嘲笑で、ほとんど各パラグラフごとに彼らの文体と哲学的方式とのパロディになっているという]
最も知れわたった不運も、結局は哲学の倦《う》まざる勇気に屈しなければならないことは、……最も頑強な都市も、敵の間断なき攻囲に屈しなければならないと同様である。サルマネゼルは、かの聖なる書に記してあるように、三年間サマリアの前に陣を張った。だが、それは陥落した。サルダナパルスは……ディオドゥルスを見よ……七年間ニネヴェを固守した。がそのかいがなかった。トロイは十年目の終りに陥った。また、アゾトゥスは、アリステエウスが紳士としての彼の名誉にかけて断言しているところによれば、その城門を一世紀の五分の一のあいだ鎖していた後、ついにそれをサミティクスに対して開いたのである。
………………
「こいつめ! ……このがみがみ女め! ……この娼婦め!」……と僕は結婚の翌朝、女房に言った。「この鬼婆《おにばあ》め! ……この醜婆《しこばあ》め! ……この生意気者め! ……この罪悪の巣窟め! ……この赤顔の、ありとあらゆる憎むべきものの権化め! ……この……この……」と、ここで僕は爪立ちして、彼女の喉《のど》をひっつかみ、自分の口を彼女の耳の近くへよせながら、新たな、もっと断固たる罵詈《ばり》の語句を浴びせかけようと用意し、もしそれがとび出たならば、きっと彼女のとるに足らぬものであることを彼女に悟《さと》らせてやったに違いないのだが、そのとき、僕は、非常に怖ろしく、また非常に驚いたことには、|僕が息をなくしている《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》ことを発見したのだった。
「私は息《いき》を切らしている」、「私は息をなくした」などという文句は、普通の会話の中に、はなはだしばしば繰り返される。しかし、その恐ろしい出来事が真実に、実際に起こり得ようとは、僕にはそれまで決して思い浮かんだことがなかった! 想像せられよ……もし君が空想的な気質を持っていられるならばだ……想像せられよ、僕の驚きを……僕の驚愕《きょうがく》を……僕の絶望を!
けれども、僕を決してすっかり見棄てたことのない守護神がいるのである。僕は最も制御しがたい気分にある時もやはり適正感を保っていて、エドゥアール卿が「ジュリー」の中で、彼にはそうだったと言っているように……「そして激情の道が、予を真の哲学に導くのである」
最初はそのできごとがどれくらいにまで自分を襲ったのかを、正確に確かめることができなかったとはいえ、僕はともかく、その上の経験が自分のこの前代末聞の災難の程度を知らせてくれるまでは、そのことを女房に隠しておくことにきめた。だから、自分の容貌を、たちまち、ゆがんだ膨《ふく》れっ面《つら》から、ずるい思わせぶりな優しさの表情に変えると、細君の一方の頬をちょっとつつき、もう一方の頬に接吻をし、そして一語も言わずに(畜生《ちくしょう》! 言えなかったのだ)、僕のおどけた真似に彼女をびっくりさせたまま、その部屋から「|微風のステップ《パ・ド・ゼフィール》」で旋回舞踏をしながら出て行った。
それから自分の私室に安全に落ちついた僕を見られよ。短気のために起こる悪い結果の恐ろしい一例だ。……死せる者の資格を持って生き、……生ける者の性質を持って死んでいる。……地球の表面における一つの変則だ。……きわめて平静だが、しかし息がない。
しかり! 息がないのだ。僕は自分の息がすっかりなくなったことを本気で断言するのである。僕は生命にかかわるとしても、息で一本の羽毛《はね》を動かすこともできなかったろうし、鏡のような敏感なものをすら曇らすこともできなかったろう。つらい運命!……それでも、僕の悲しみの最初の圧倒的な勃発《ぼっぱつ》に対する多少の緩和《かんわ》があった。さっき女房と話している時に出せなかったので全部なくなったものとその時思いこんだ発言力が、ためしてみると、実はただ部分的に阻害されているだけであることがわかり、また、もし僕があの興味ある危機に自分の声を妙に深い喉音にまで下げたならば、まだ自分の感情を彼女に伝え続けられたろうということを発見したのである。その声の音度(喉音)は、息の流れによるのではなく、咽喉の筋肉の、ある痙攣《けいれん》的な運動によるものなのである。
椅子に身を投げて、僕はしばらくのあいだ瞑想に沈んだままでいた。僕の心に浮かんだ考えは、たしかに、慰謝的な種類のものではなかった。涙の出るような漠然たる無数の気持が僕の心を占め、……自殺の考えさえ僕の頭をかすめた。しかし、はるかに遠い曖昧《あいまい》なもののために、明瞭なものや手近かなものをしりぞけるのは、天邪鬼《あまのじゃく》な人間性における一特性である。そういうわけで、僕は自殺を最も確たる凶行として身震いした。その間に斑猫《まだらねこ》は毛布の上で根気よくごろごろ咽《のど》を鳴らし、水犬でさえテーブルの下でしきりにぜいぜいと息をした。両方とも自分たちの肺臓の力を大いに誇っているので、まったく明らかに僕の肺の無力を嘲弄《ちょうろう》してやっていることなのだ。
漠然たる希望と恐怖との激動に苦しめられているうちに、とうとう女房が階段を降りてゆく足音が聞こえた。今や彼女がいないことを確信したので、僕は胸をどきどきさせながら自分の災厄の現場へ戻った。
内側から注意ぶかく扉の錠を下ろすと、僕は厳重な捜索を開始した。自分の捜している紛失物が、どこかのうす暗い隅に隠れていたり、あるいはどこかの戸棚か引出しの中にひそんでいたりするのが見つけられないとも限らぬ、と考えたのだ。それは蒸気のような形を……それは触れられる形をさえしているかも知れぬ。たいていの哲学者は、哲学の多くの点について、まだすこぶる非哲学的である。しかし、ウィリアム・ゴッドウィンは彼の「マンデヴィル」の中で「目に見えぬもののみが唯一の実在である」と言っている。そして、これがその適例であることは、すべての人の承認するところであろう。僕は賢明なる読者にそのような断言をはなはだしく馬鹿げたものとしてとがめる前にちょっと考えて貰いたいと思う。アナクサゴラスが雪は黒いと主張したことは記憶されるであろうが、これはそれ以来僕は事実だと知ったのである。長く熱心に僕は調査を続けた。が僕の精励と忍耐とのけちな報酬は、ただひと揃《そろ》いの義歯と、二対の臀と、一個の目と、ウィンディナフ氏[wind(風、気息)enough(十分)でウィンディナフ氏]から僕の女房のところへきた一束の艶書《ピレ・ドーウ》とだけであった。
僕の細君のW氏に対するこの偏愛の確証が僕にほとんど不安を与えなかったということは、ここに述べておいてもよいだろう。ラッコブレス夫人[lack(欠乏、不足)o-breath(息の)でラッコブレス夫人]が僕自身に似ていないものならば何でも讃美するということは、自然の、かつ必然の悪であったのだ。僕は、周知のように、筋骨たくましいでっぷり肥えた様子をしていて、同時に身長は幾らか矮小《わいしょう》である。とすれば、世間の評判にまでなっているくらいの、あの男の薄板のようにほっそりしていることと背の高いことが、ラッコブレス夫人の目にあらゆる正当な評価を受けたところで、何の不思議があろう。しかし、もとへ戻って。
僕の努力は、前に言ったように、何にもならなかった。戸棚から戸棚……引出しから引出し……隅から隅……と綿密に調べたが何の効もなかった。だが、化粧箱をひっかき回しているうちに、偶然グランドジェイン[恐らく当時有名だった理髪店の名であろう]の大天使油……これは気持のよい香水として僕はここに推薦する……のビンを壊したので、一時は、自分の目的の物をたしかに手に入れたかと思った。
悄然《しょうぜん》として僕は自分の私室へ帰り、……そこで、自分がこの国を立ち去る前の手配をすることができるまで女房の目を避ける、何かの方法について思案することにした。というのは、国を去ることに僕はすでに心をきめていたのだから。
外国の土地では、誰も僕を知らないので、あるいは僕の不幸な災厄……乞食以上にさえ民衆の好意を遠ざけ、有徳なる人々や幸福なる人々の当然の憤激をそいつの上に招くべき災厄……をうまく隠せるかも知れないのだ。僕は長くは考えあぐんでいなかった。生来、怜悧《れいり》なので、僕は「メタモーラ」の悲劇全体をそらんじていた。その劇の発声では、少なくともその主人公に宛てられている部分のところでは、僕に欠けているところの声の調子が全然不必要で、単調に初めから終りまで深い喉音でやることになっていた、ということを仕合わせにも思い出したのである。
僕はよく行くある沼地のほとりでしばらくのあいだ練習した。……が、その練習はデモステネス[有名なギリシャの大雄弁家。海岸にうちよせる波涛を前にして演説の練習をしたことは、よく知られている]のやった似たようなやり方には何の関係もないもので、別してかつ良心的に僕自身の考案になるものだった。こういうふうにじゅうぶんに隙《すき》のないようにして、僕は女房に、自分がとつぜん芝居《しばい》気違いになったのだと思いこませようとした。このことに僕は見事に成功し、そして、すべての質問や提言に対して、僕のまったく蛙《かえる》のような陰気な音声で、その悲劇の数節をもって自由に答えることができた。……その劇のいかなる部分でも、僕は間もなくそのことを認めて大いに愉快に思ったのだが、いかなる話題にでも等しくうまく当てはまるのだった。だが、そういう節を演出する際に、僕が横目を使うことや……歯をむき出すことや……膝で歩くことや……足をひきずることや……あるいは今では人気役者の特徴と正当に考えられているところの、あの述べがたい動作のどれでもをやること全然しなかった、などと想像してはならないのである。たしかに、人々は僕を締《し》めジャケツ[狂人拘束用ジャケツ]でくくりつけようかとは話しあった、……が、ああ! 僕が息をなくしているのだとは決して疑いはしないのだった。
とうとう事をすっかり整えてしまうと、僕はある朝よほど早く、××行の駅馬車の中に席をとった。知人たちの間には、この上なく重大な用事ができたために僕がすぐさま自分でその市へ出かけて行かなければならないということにして。
馬車はぎっしりと混んでいた。が、ぼんやりした薄明の中では、相客たちの顔つきは見分けられなかった。少しも手強い抵抗もせずに、僕は巨大な体躯《たいく》をした二人の紳士の間へ割りこんだ。すると、もっと大きい第三の紳士が、どうか失礼をお許し下さいと言いながら、僕の体の上へ全身を投げかけ、そして、たちまちにして寝入ると、かのファラリスの牡牛のうなり声も及ばぬようないびきをかいて、助けてくれという僕の喉音の叫び声などをすっかり消してしまった。幸いに、僕の呼吸機能の例の状態が、窒息ということを全然問題にならぬこととしてくれたのであった。
けれども、われわれが市のはずれへ近づいているうちに、夜がもっとはっきり明けてくると、僕の呵責《かしゃく》者は立ち上がってシャツ・カラーをきちんと直し、はなはだ親しげな態度で、僕の親切に対して礼を言った。僕がじっと動かずにいるのを見ると(僕の手足はみな脱臼《だっきゅう》していたし、頭は一方へよじれていた)、彼は懸念《けねん》を感じはじめた。そして他の旅客を起こすと、彼は、夜の間に自分たちは生きているちゃんとした一人の旅仲間のかわりに一人の死人をつかまされていたのだという彼の意見を、すこぶるきっぱりした態度で知らせた。そして、自分の言の真実であることを証明する意味で、僕の右の目のところをごつんと一つ打った。
ここにおいて、一同は順々に(みんなで九人いた)僕の耳をひっぱってみるのを自分たちの義務と考えた。それからまた、一人の若い医師が僕の口に懐中鏡をあてて、僕に息がないことを見出したので、僕の迫害者の断言はほんとうだということになった。で、一同の者は、今後はこのようなペテンにはおとなしく我慢しない、差しあたりこのような死骸などと一緒にこの上先へ進みたくない、との決心を口々に述べた。
だから、僕はそこで「鴉《からす》」の看板のところへ投げ出され(その居酒屋の前をちょうど馬車は通りかかっていたのだ)、そのうえ遭ったことといえば、車の左の後車輪の下で僕の両腕を挫《くじ》いたことだけだった。その他に、僕は、御者《ぎょしゃ》のために、彼が僕のトランクの一番大きなのを僕の後から投げてくれることを忘れなかったということを、公平に言っておいてやらなければならぬ。そのトランクは不運にも僕の頭の上へ落ちて、僕の頭蓋《ずがい》を面白くもありかつまた奇抜でもある具合にたたき割った。
客あしらいのよい男である「鴉」の亭主は、彼が僕のためになし得る何か少しの骨折りに対して彼に賠償するに十分なものが僕のトランクの中にあるのを見てとると、ただちに彼の知人のある外科医を迎えにやり、十ドルの請求書と受取書とともに僕を彼の手に渡した。
買い主は僕を自分の部屋へ持って行き、すぐに手術を始めた。しかし、僕の耳を切り取ると、彼は生気の徴候があるのを発見した。そこでベルを鳴らし、この緊急のさいに相談するために、近所の薬剤師を呼びにやった。僕が生きているのではなかろうかという彼の疑いが結局正しいとわかる場合には、彼はそのうちに僕の腹を切開し、内密の解剖のために僕の臓腑《ぞうふ》の幾つかを取り除けることにした。
薬剤師は僕がほんとうに死んでいるのだという意見だった。この意見を僕は打ち破ってやろうとして、あらん限りの力で蹴ったり跳んだり、最も猛烈に体をねじ曲げたりした。……なぜなら外科医の手術のために僕は幾らか自分の息をなくする機能を回復していたのだから。しかし、すべては新たな流電池のせいだということにされた。真に物識りであるところの薬剤師は、その流電池で数回の珍しい実験をやったのだ。この実験の遂行中における僕自身の役割から、僕はその実験に深く興味を感ぜずにはいられなかった。しかしながら、僕が何度も会話をしようと企てたにもかかわらず、僕の発語力がすっかり停止していて、口を開くことすらできなかったということは、僕には屈辱の種であった。まして、いくつかの巧妙な、しかし奇抜な学説に答えてやることなどは、とうていできなかった。他の事情にあったならヒポクラテス[有名な古代ギリシャの医師]の病理についての僕の精密な知識が、僕にその学説を造作もなく論駁《ろんばく》させてくれたろうに。
結論に到達することができなかったので、その開業医たちは、さらに調査をするために僕を留置することにした。僕は屋根裏部屋へつれて行かれた。そして外科医の細君が僕にズボン下と靴下とをあてがってくれると、外科医の方は僕の両手を縛《しば》り、僕の顎《あご》をポケット・ハンケチでくくり上げ、……それから彼は外側から扉に閂《かんぬき》をさし、僕をただ一人沈黙と瞑想とに残したまま、急いで食事をしに行った。
僕は今や、もし自分の口がそのポケット・ハンケチでくくり上げられていなかったなら、自分はしゃべることができるだろう、ということを発見して非常に喜んだ。この考えで自分を慰めながら、いつも眠りに就く前に自分の習慣にしているように「天帝の遍在《へんざい》」の数節を心の中で繰り返していたが、そのとき、貪欲《どんよく》な悪口屋の気質の二匹の猫が、壁の穴から入ってきて、カタラーニ[ヨーロッパじゅうにその名が知られていたイタリアの女流歌手]ふうの華唱とともに跳び上がり、互いに向かいあって僕の顔へ落ちかかり、僕の鼻というつまらぬもののために無作法な喧嘩を始めた。
しかし、耳をなくしたことがペルシャのマージ教僧、あるいはマイシ・ガッシュをサイラスの王位にのぼらせることになり、鼻を切り落されたことがゾピラスにバビロンを領有させたごとく、僕の顔の数オンスを失ったことは僕の体を救うことになったのだ。痛みによび覚まされ、憤怒《ふんぬ》の念に燃えながら、僕はただ一度の努力で手の縛《いましめ》と顎の包帯とをひき裂いた。部屋を横切って大股に歩みながら、僕はかの交戦者どもに侮辱の一瞥《いちべつ》を投げ、それから、窓ガラスをぱっと開けると、彼らのはなはだしく恐れかつ失望したことには、その窓からはなはだ敏捷《びんしょう》に身を投じた。
追剥《おいはぎ》のW××は、そいつに僕が奇妙に似ていたのであるが、このとき、市の監獄から郊外にある彼の処刑のために建てられた絞首台へ通りつつあった。彼はひどく弱っていて、長いあいだ不健康だったので、手錠をはめられずにいる特典を与えられていた。そして、絞刑のときの装束《しょうぞく》……僕自身のに、はなはだよく似た着物……を着て絞刑吏《こうけいり》の馬車(それは僕の跳び降りたときに偶然外科医の家の窓の下にいた)の底に長々と横たわっていて、見張り人とては、御者と(これは眠っていたし)、それから第六歩兵隊の二人の補充兵と(これは酩酊《めいてい》していたが)、それきりだった。
運悪くも、僕はその車の中へ真っ直ぐに落ちたのであった。機敏な奴であったW××は彼の好機を見てとった。ただちに躍《おど》り上がると、彼は後の方へ一目散に逃げ出し、小路の角を曲がって下り、目の瞬きする間に見えなくなってしまった。どたばたする物音に眼をさました補充兵は、事の真相を正確に了解することができなかった。だが、犯人とまさしくそっくりな一人の男が彼らの目の前に、馬車の中ですっくと立っているのを見ると、彼らはあの悪党(W××のこと)が逃走した後だ(そう彼らは言ったのだ)、という意見であった。そして、この意見を互いに話しあうと、彼らは各々一杯ずつやり、それから自分たちの小銃の台尻で僕を殴り倒した。
その後やがて僕たちは指定の場所へ到着した。むろん、僕の弁護のために何も言うことができなかった。絞首が僕のまぬがれ得ぬ運命であった。それに僕はなかば茫然たる、なかば辛烈な気持に身を委ねていた。多少|犬儒派《けんじゅは》だったので、僕は犬のあらゆる感情を持っていた。とにかく、絞刑吏は僕の首のまわりに絞首索《くびしめなわ》をはめた。絞首台の踏落し板は落ちた。
僕は絞首台の上における自分の感覚を叙述することを見あわせる。疑いもなくこれは僕が適切に話し得ることであり、また今まで誰もまだうまく語ったことのない題目ではあるが。事実、そのような主題について書くには、絞首される必要がある。すべての作家は自己の経験した事柄のみを扱うべきである。それゆえにマーク・アントニーは酔っぱらいかたについての論文を書いたのである。
だが、僕は僕が死ななかったということだけは述べてもよい。僕の体は|吊るされ《サスペンド》はしたが、僕には|停められる《サスペンド》べき息がなかったのだ。そして、左の耳の下の結び目(それは軍服の首布の感じがした)がなかったならば、僕はほとんどわクかしか不自由を感じなかったろうと思う。踏落し板が落ちたさいに僕の首がぐいとひっぱられたことについて言えば、それはたんに、あの乗合馬車の中で肥えた紳士のためになった僕の頭のよじれを正してくれただけだった。
だが、立派な理由あって、僕は群集に彼らの労の価値を与えてやることに最善を尽くした。僕のひきつけは異常なものだったという評判だった。僕の痙攣《けいれん》より以上にうまくやることは困難だったろう。野次馬どもはアンコールした。何人かの紳士は気絶した。多数のご婦人方はヒステリーを起こして家へつれて行かれた。ピンクシットは、その場でとったスケッチによって、彼の傑作なる「生きながら皮を剥《は》がれたるマルシアス」に手を入れる機会を得た。
僕が十分の興を与えてしまった時、僕の体を絞首台からおろした方がいいと考えられた。……これは、真の犯人がやがて再び捕えられてその男だとわかったのだから、とりわけいっそう、そうだった。この事実を僕は不運にも知らなかったのだ。
もちろん、僕のために大いに同情がされた。そして誰一人僕の死体を請求しなかったので、僕を公衆埋葬所へ埋葬せよとの命令が下された。
相当の時間の後、そこに僕は置かれた。墓掘りは去り、僕はただ一人残された。マーストンの「不満なる人々」の文句……
「死は愉快な奴で、衆人を款待《かんたい》する」……
はそのとき僕には真っ赤な嘘《うそ》と思われた。
だが、僕は自分の棺の蓋《ふた》を叩き放して、外へ踏み出した。その場所は恐ろしく陰気で、湿っていて、僕は無聊《ぶりょう》に悩まされてきた。そこで、気晴らしとして、まわりにきちんと並んでいる数多の棺の間を手さぐりで進んだ。その棺を僕は一つ一つ持ち上げて下ろし、そして、蓋を壊して開けると、その中なる人間についての沈思にふけった。
「こいつは、」と僕は、ぶくぶくふくれた、円々した一つの死骸の上へつまずき倒れた時に、独白をした。……「こいつは、たしかに、その言葉のあらゆる意味で、不幸な……不運な男だったのだ。歩くのではなくて、よちよち行くことが、……一生を人間のようにではなくて象のように……人のようにではなくて犀《さい》のように過ごすことが、彼の怖ろしい運命だった。前へ進もうとしてみても彼はしくじるだけだったし、とんぼ返りの進み方も明白な失敗だった。一歩前へ出ると、彼は不運にも二歩右の方へ行き、三歩左へ行くのだった。彼の研究はクラブの詩だけに限られていた。彼はピルエットが素晴らしいものだという考えを抱くことができない。彼にはパ・ド・パピヨンは抽象概念だった。彼は今までに一度も丘の頂上へ登ったことがない。一度も尖塔から首都の壮観を眺めたことがない。暑さが彼の不倶戴天《ふぐたいてん》の敵だった。大暑《ドッグ・デイズ》の頃には、彼の生活はそれこそまるで|犬の生活《ドッグ・デイズ》だった。そのときには、彼は焔《ほのお》と窒息とを……山の上の山を……オッサの上のペリオン[オッサ、ペリオンはともにギリシャにある山の名。ギリシャ神話で、巨人等が天によじのぼろうとしてオッサ山の上にペリオン山を積み重ねたと言い伝えられる。それから、「オッサの上にペリオン」という語は「困難に困難を重ねる」という意味に用いられる]を夢にみた。彼は息が短かった。……すべてを一言で言えば、彼は息が短かったのだ。彼は吹奏楽器を奏するのは途方もないことと考えた。彼は自動扇と、通風筒と、送風機との発明者だった。彼はふいご作りのデュ・ポンをひいきにし、葉巻《シガー》をふかそうとしていたときにみじめに死んだのだ。彼の立場には僕は深い興味を感ずるし、……彼の運命には僕は心から同情する」
「しかし、ここにいるのは」……と僕は言った。……「ここにいるのは」……と僕は一人の痩《や》せた、背の高い、妙な様子をした体をそいつの棺から意地わるくひっぱり出した。その人間の珍しい風采は僕に喜ばしからぬ熟知の感を抱かせたのだ。……「ここにいるのは、少しの憐憫を受ける資格もない奴だ」こう言いながら、その男をもっとはっきり見られるように、僕はそいつの鼻を自分の母指と人差指とでつまみ、そいつに地面の上に坐った姿勢をとらせると、自分の腕の先にそうして支えながら、独白を続けた。
「……少しの憐憫を受ける資格もないのだ」と僕は繰り返して言った。「実際、誰が影を憐むなんてことを考えよう? それに、彼は今までに人間としての祝福の、自分の分を十分受けてきたではないか?……彼は高い記念碑の……霰弾《さんだん》塔の……避雷針の……ロムバルディー白楊《ポプラ》の元祖だった。『陰と影』についての彼の論文が彼を不朽にした。彼は『サウス骨骼論』の最後の刊本を素晴らしい才能をもって校訂した。彼は年若い頃に大学へ行き、気学を研究した。それから家へ帰り、のべつに話し、フレンチ・ホルンを吹いた。彼は嚢笛《ふくろぶえ》をひいきにした。時と競って歩いたバークレー船長も、彼とは競って歩きはしなかったろう。ウィンダムとオールブレスとが彼の好きな作家で、……彼の好きな芸術家はフィズだった。彼は気体を吸っているあいだに華々しく死んだ。……ヒエロニムスにある[貞節の評判]のように[微かな息吹によって彼は命を失った]のだ。彼はたしかに……
「どうしていったい、あんたは?……どうして……いったい……あんたは?」……とその僕の批判の対象は、息をつこうとしてあえぎながら、また死物狂いの努力で顎《あご》のまわりの包帯をひき裂きながら、僕の言葉をさえぎった。……「どうしていったいあんたは、ラッコブレスさん、わたしの鼻をそんな具合につまむなんて恐ろしい残酷なことが|できる《ヽヽヽ》んですかい? わたしの口がどんなに縛り上げられていたのか、あんたにゃあ、わからなかったんですか?……そして、あんたは知っていて下さらなけりゃあ|いけません《ヽヽヽヽヽ》よ……もしあんたが何かを知ってるなら、です……わたしがどんなにたくさん余分の息を持てあましているかってことをね! だが、もし知ら|ない《ヽヽ》んなら、お坐りなさい、見せてあげましょう。わたしのこの有様では、口を開けることは……思いきりしゃべれることは……あんたのような人と話せることは、ほんとに非常に助かるんです。あんたならいつでも人さまの話の緒を切るなんてこたぁ、お考えになりませんからねえ。まったく、差出口《さしでぐち》というものはうるさいもので、たしかにやめにすべきことですな、……そうお考えになりませんか?……いやいや、ご返事なさらんように……時にしゃべるのは一人でたくさんですよ。……わたしの話すのはやがてすみましょう、……そしたらあんたが話せますよ。……で、あんた、一体全体、どうしてあんたはこの場所へやってきたんですか?……いやいや、お願いですから何も言わないで、……わたしの方は少し前からここにいるんです、……怖ろしい出来事でしたよ!……お聞きになったことと思いますが、……えらい災難だった!……あんたのところの窓の下を歩いていたんです、……しばらく前に、……あんたが芝居熱にかかっていた頃にねえ、……恐ろしいことだ! ……『人の息を捕える』なんてことを聞いたことがありますかえ? ……黙っていなさいって言うんですよ! ……わたしは誰かほかの人の息を捕えたんです! ……自分のだけでもあまるほど前から持っていたのにねえ、……街の角でブラブ[「べらべらしゃぺる」「饒舌」いう意味。すなわち「多弁」氏]の奴に逢ったところ、……わたしに一言もしゃべる機会を与えてくれようとはしないんです、……半句だって口を出すことができない、……だもんだから、癲癇《てんかん》にかかったんです、……ブラブの奴は逃げて行っちゃった、……馬鹿どもめ、畜生! ……奴等はわたしを死んだものと思ってこの場所へつれてきたのだ、……奴等みんなは結構なことをしたものさ! ……あんたがわたしのことを言ったこたあ、みんな聞いたぞ、……どの言葉もみんな嘘だ、……恐ろしい! ……驚くべきだ! ……乱暴な! ……憎むべきだ! ……合点がゆかぬことだ! ……等……等……等……等……」
そのような思いがけない話を聞いたときの僕の驚きを想像することは不可能である。また、その紳士(それは隣人のウィンディナフであると僕には間もなくわかった)が、そのように幸運にも捕えた息が、事実まさに僕が女房と会話をしているうちになくしたその息であるということを次第に確信するようになったときの喜びも想像できないものである。時と、処と、周囲の事情とが、それが僕のであるということを疑いなきこととしたのだ。だが、僕はすぐにW××氏の鼻をつかんでいるのを放しはしなかった。……少なくとも、かのロムバルディー白楊《ポプラ》の発明者が僕に彼の説明をしてくれているその長い間は、放しはしなかった。
この点では、僕はいつも自分の主な特性であったあの習慣的な用意周到さによって行動したのだ。僕は、自分が助かるまでには前途にまだ幾多の難関があって、よほど努力しなければそれを切り抜けることができない、と思った。
僕の考えるところでは、多くの人々は、彼らの所有する品物……その時の持ち主にいかに無価値なものであろうと……いかに厄介な、あるいは厭《いや》なものであろうと……を、ほかの人がそれを手に入れる時の利益や、あるいは自分がそれを棄てる時の利益に正比例して、評価しがちなものである。ウィンディナフ氏の場合もそうではないだろうか? 彼の今そのように厄介払いをしたがっているその息を僕がほしがっているということをみせるのは、彼の貪欲《どんよく》の強要に自分をさらすものではなかろうか? 僕は溜息とともに思い出したのだが、この世には隣家の人に対してすら機会に乗じて不正なことをするにはばからないような悪党がいる。そして(この言葉はエピクテイタスのものであるが)、人々が他人の災厄の重荷を最も救ってやりたがらないのは、彼らが自分自身のをしきりに投げ棄てたいと思っているちょうどその時なのである。
こういったようなことを考えて、またなおもW××氏の鼻をつかみながら、僕はだから次のような返事をした方がいいと思った。
「化物め!」と僕はひどく憤激した語調で始めた。「化物の、二つも息のある阿呆《あほう》め! ……きさまの罪悪を呪うために、天が二倍の息を下すったんだが……そのきさまが、僕に昔の知合いの親しそうな口を利いて話しかけたりなんぞするのか? ……『僕が嘘をついた』と。へん、だ! そして『僕に黙っていなさい』だと。なるほどね!……まことに御結構なお言葉だ、一つの息の紳士にねえ! ……しかも、きさまの当然にも苦しんでいるその災難を救ってやるのが……きさまの不仕合わせな息の余計な分を取ってやるのが、このおれさまにできることだのにな」
ブルータスのように、僕は返事を待つためにちょっと口をやめた。……とたちまちウィンディナフ氏は旋風のように僕にその返事をおしかぶせた。異議に次ぐに異議をもってし、弁解に次ぐに弁解をもってした。彼の喜んで応諾しない条件は一つもなく、またそれによって僕の十分利益を得ないのは一つもなかった。
予備の取り計らいがついに取りきめられたので、僕の知人は僕に息を渡してくれた。それに対して(それを入念に調べてから)、僕は彼にその後、受取書を与えた。
僕はそのような無形の取り引きのことをそのような慌ただしい奴に話したことについて、多くの人々に非難されるだろうということを知っている。それによって多くの新たな光が物理学の中でもきわめて興味ある一部門に投ぜられる……そしてこれははなはだ真実であるのだが……というような一つの出来事の詳しいことを、僕がもっと細かに述べるべきであった、と考えられるであろう。
このすべてに対しては残念ながら僕は答えることができない。一つの暗示が僕のなし得る唯一の答えである。ある事情が……しかし考えてみるとそのような面倒な事柄についてはできるかぎり少なく語る方が安全だと思うが……きわめて面倒な、そしてまた第三者の利害に関するある事情があったのである。その第三者の硫黄《いおう》のごとき怒りをこのさい僕は少しも招きたくないのだ。
僕たちはその墓穴の牢獄から脱出するのに、この必要な取きめをしてから後長くはかからなかった。僕たちの蘇《よみがえ》った声を合わせて叫んだのが、まもなく十分に知れた。共和党の主筆シザーズ[鋏《はさみ》氏]が「地下の騒音の性質と原因」についての一論文を再発表した。返答……再返答……論駁《ろんばく》……弁明……がそれに続いて一民主党新聞の紙上に現われた。ウィンディナフ氏と僕自身とが出現して両派とも断然誤っていることを証したのは、その論戦に決着をつけるために穴が開かれた後のことであった。
始終すこぶる波乱多き一生涯の、はなはだ奇妙ないくつかの出来事のこの詳記を終わるに当って、僕は、かの見ることも触ることも完全に理解することもできないところの災厄の矢に対する、確実にして即座に役だつ楯《たて》であるところの、あの盲滅法《めくらめっぽう》哲学の真価に、読者の注意を再び呼び戻さずにはいられないのである。昔のヘブライ人が、天国の門は丈夫な肺と盲目的な信頼とをもって「アーメン」という語をわめくところの罪人、または聖者に対して必ず開かれるであろうと信じたのは、この英知の精神によってであったのだ。アテネで大疫病が猖獗《しょうけつ》し、それを鎮《しず》めようとするあらゆる手段が試みられても効かなかったときに、エピメニデスが、ラエルティウスが、その哲学者についての彼の第二巻において語っているごとく、「真正なる神への」神殿を建立することを勧めたのも、この英知の精神によってであったのだ。……リットルトン・バリイ
解説
ひとつの悪夢のような生涯であった。ポーがこの世に書きのこしたどの作品の描いているのよりも怖ろしい悪夢のような、かれ自身の一生であった。
一八〇九年一月十九日、北米の古い町ボストンで、しがない旅役者の子として、エドガー・ポー Edgar Poe は生まれた。生まれてまもなく、かれは母とともに、父に捨てられた。不和と落魄のうちに、妻子のもとを離れ、どこかへ消えてしまったこの男から、エドガーは、アイルランド人独特の夢想とロマンティシズム、はげしい、自分でも制しきれぬ癇癖《かんぺき》、そして不吉な、破滅的な酒乱の傾向、などを受けついだ。あまりありがたくない遺産である。しかしまた、逆説的にいえば、こうした血統こそ、作家ポーを作りあげる不可欠の要素であったとみられなくもない。
エドガーを中に男と女の三人の子を抱えた母エリザベスは、なんとか暮らしをたてていたが、一八一一年の十二月八日、巡業さきのリッチモンドで急死した。かの女は、エドガーにとって、「女の原型」であった。むろん、まだ満三つにもならぬかれに、そんなことがわかろうはずもない。しかし、精神分析の観点からすると、エドガーのこころの深層にエリザベスは「母」と「女」のイメージを、やきつけてしまったのだ。なぜなら、その後のかれの実生活と作品の上に、それは異様に明らかなしるしを残していくことになるからである。たとえば、今は天涯の孤児となったエドガーは、やがて同じリッチモンドの町の、たばこ商をいとなむジョン・アランに引きとられた。エドガー・ポーがエドガー・アラン・ポーとなった。ただし、ポーはこれを好まず、Edgar A. Poe と署名するのを常とした。その理由のひとつは、ジョンとの確執であった。ジョンはスコットランドの出、若いころは詩のひとつも書こうとしたほどの男ではあったが、今は物堅い実利本位の商人でしかなかった。ある種の名声と富は、かれを健全な俗物に仕立てあげた。しかも、所は、北東部の文化と消費の町ボストンと違って、南部の農業州ヴァージニアの首都リッチモンドという繁栄の巷であった。
はやぶさと、コウモリのような親子の間柄ともいえようか。コウモリのジョンも、はやぶさのエドガーに、できるだけのことはしてやった。一八一五年の七月二十八日、かれは妻とエドガーを(子を、というわけにいかない。エドガーは、ついに正式の養子とはならなかったのだから)伴って、イギリスへ渡り、一八一八年から二年間、ロンドン近郊の、ストーク・ニューイントンにある寄宿学校マナー・ハウス・スクールに通わせた。そこでの生活と気分は、ほとんどそのまま『ウィリアム・ウィルスン』(一八三九年)で伝えられている。帰国後も、いろいろな学校を経て、一八二六年二月十四日、ヴァージニア大学へ入った。そして、一年も経たないうちに、退学させられた。賭博や飲酒その他の放埒が重なって多額の、二千五百ドルもの負債をこしらえたからである。翌年の三月二十四日、エドガーはアラン家を出奔した。おやじが、けちだからさ、と十八歳の青年は訴え、おやじはあの子は愛情に薄く、それに嘘つきだから、と愚痴をこぼす。つまりはアランというコウモリが、愛してもいず愛することもできない生きものを飼おうとして、そのはやぶさの感謝を強いたところに不幸の基がひそんでいたのであろう。
アランは、しかし、少なくともひとつだけ、エドガーについて正確な、同時にあまりにも悲劇的な予言を下している……「あの子の才能ってやつは、当の本人にとっちゃ決して楽しいものとはなりえないようなものだろうよ」
こうしたアランにひきかえ、その妻フランセスは、やさしい女であった。かの女のなかに、エドガーは亡くなった美しい母エリザベスのおもかげを求めたのではなかったろうか? フランセスさえ生きていてくれたら、あるいはエドガーもどうにかアラン家のひとりとしておさまるようになったかもしれなかった。ところが、エドガーとつながりをもつ女たちはほとんどすべて、美しいままに若くて死ぬのである(ここから、かれのもっとも愛した詩の主題である「青春…美…死…悲哀」の理論が編み出される。また、これを素材として『ベニレス』や『モレラ』や『リジア』のような、若い美女の死をめぐるかずかずの短篇が作られる)。そして、エリザベスとフランセスを結ぶ線は、のちにマライア・クレムヘと延び、そこに「永遠の女性」への思慕と、肉体の女への挫折という残酷な人間図を織りなすにいたるであろう。
リッチモンドを去ったエドガーが、ふるさとのボストンに姿をあらわしたのは、四月七日のことである。五月二十六日、エドガー・アラン・ペリーという変名で、合衆国陸軍に入った。「灰色の目、褐色の髪、色白、身長五フィート八インチ」というふうに名簿に書きこまれている。一方、そのボストンで、はじめて、本を出した。ささやかなこの詩集『タマレーン、そのほか』の著者の名は、ただ「一ボストン人」となっているだけである。ほとんど売れなかった。その年の十一月の八日から、十八日まで駐屯した南カロライナ州チャールストンのモウルトリー要塞は、その後『黄金虫』(一八四三年)の舞台として使われることになった。
一八二九年の一月一日には特務曹長に昇進、四月十五日に満期除隊し、ウェスト・ポイントの陸軍士官学枝へ入る手続きをすますため、ワシントンヘ赴いた。その秋、かれはボルティモアヘ行き、叔母のマライア・クレムの家に身をよせた。その娘ヴァージニアとのめぐりあいは、そのときに始まる。十二月、第二の詩集を出した。ついで、翌一八三〇年の六月、かねての志望どおり陸軍士官学校に入った。優秀な生徒であったが、きびしい規則や拘束や訓練を嫌い、わざと違法の行為を犯し、一八三一年の二月十九日、放校に処せられた。こうして、奇妙な合い狂言は、みじめに終る。
その後ニューヨークヘ出て第三の詩集を出し、夏にはまたボルティモアの叔母の家に舞いもどり、それから一八三五年の八月まで、この地での生活がつづく。作家ポーが誕生したのは、その間のことに属する。すなわち、一八三二年に五つの物語が『フィラデルフィア・サタディ・クーリア』に載った。ただし、いずれも署名なしであるが、そのうちのひとつが『息をなくす話』である、次の一八三三年の十月十二日、『罎の中から出た手記』が、『ボルティモア・サタディ・ヴィジター』の懸賞で第一等を占めた。『メールストロムの渦』(一八四一年)、『落し穴と振り子』(一八四三年)および『早すぎる埋葬』(一八四四年)とともに、「恐怖」小説の部門を形成する作品である。ようやく作家としてただ一本のペンをもって世に立つ決心をつけたポーは、実質上の結果においてアメリカ最初の職業文士たる栄誉を、しかも堪えがたい苦痛にみちみちた栄誉をになうことになるのだが、同時にまた、一八三五年の八月、かつてかれの小説四篇を掲載した『サザン・リテラリー・メッセンジャー』の副主筆に聘《へい》せられ、想い出の地リッチモンドに向かってボルティモアを去ったとき、はからずもアメリカ最初のジャーナリストたる光栄をうけるようになるのである。しかも、なんという汚辱にまみれた光栄であったことか!
その年の九月二十二日、ボルティモアヘ帰り、いとこのヴァージニアと結婚する許可を得、一八三六年の五月、正式に結婚した。一八二二年八月十五日に生まれたヴァージニアは、まだ十四歳になチていなかった。その上、虚弱でもあったので、これは文字どおりの「幼な妻」であり、ポーの心身の状況と照らし合わせてみると、それが世の常の男女の結婚であったとは考えられない。ポーが性交不能であったと断じる医学的明証こそないとしても、かれの作品という文学的明証からすれば、やはりその断定は正しいようである。そして、イギリス文学におけるジョナサン・スウィフト(一六六七〜一七四五)とステラとの、奇怪でしかも哀切をきわめた結婚を、大西洋をへだてて唯一の類似とするアメリカ文学史上およそ謎と貧困と言語に絶した幸福とにあざなわれた、二つのたましいのこの結合を、神の名においてわれわれは祝うべきであろうか? それとも、まさにそのことのゆえに、神を呪うべきなのか?
ポーの呪われた、憑かれた、ボードレール(一八二一〜六七)のいわゆる「八方塞がり」の孤独な、倨傲《きょごう》な、限りなく傷つきやすいたましいが、ほんとうに求めていたのはヴァージニアではなく、その母マライアであった、とも考えられる。すでに触れたように、マライア…フランセス…エリザベス、とさかのぼっていく「母・女イメージ」は、ポーのような資質と性向の人間にとって、それだけでも正常な性生活を不可能とするものであったかもしれない。一般にポーの文学的自伝と呼ばれている『ウィリアム・ウィルスン』で、その主人公の「ローマでの私の非望」や、「ナポリでの私の熱烈な恋」などが挙げられているが、それは普通の悪人や犯罪者に見られる強烈な肉欲ではなく、むしろ極度に純潔で繊細な精神の自虐的な補償作用のようなものとしてさえ受けとられるのである。
さて、次第に酒がポーの、脳髄をではなく、処世の道を狂わせはじめる。かれは酒好きとか酒豪とかいうのではない。酒を愛して陶然とする、などという心境と生理ほど、この作家から遠いものはなかった。わずかな、いや、たった一滴の酒すらが、たちまちかれの言動を乱し、品位と金品のすべてを奪ってしまうのだ。せっかくの勤め口も、そのために失い、一八三七年の二月、ニューヨークヘ移らねばならなかった。唯一の長篇『アーサー・ゴードン・ピム物語』が公刊されたのは、一八三八年七月のことであり、その夏、一家をあげてフィラデルフィアに転じ、翌年の六月、『ジェントルマンズ・マガジン』の副主筆となった。前記の『ウィリアム・ウィルスン』や『アッシャー家の崩壊』が発表されたのは、この雑誌によるものだった。最初の短篇集『怪奇物語集』が刊行されたのは、一八四〇年、作者二十一歳のときである。世界文学のなかで、まことに宝玉のような硬い、妖しい光りを放つこの作品が作者にもたらしたものは、しかし、文学界の無視と、友人への幾冊かの献本にすぎなかった。
ポーのはげしい願いは、自分の個人雑誌をもつことであった。一八四〇年代は、ポーの生活にとって、もっとも悲惨な十年間であったが、それはまた、制作の上ではもっとも実りゆたかな時期であるのだが、それらを通じて、かれを支えていたもの、いや、欺いていたものといいたいくらいだが、それは自分の雑誌を出すことであり、それによって、「アメリカで、唯一の真正な貴族主義…知性のそれを樹立し、その優位を確保し…それを指導し管理」しようとした。かれには強い自信があった。このような知性の貴族主義にたいして、およそ冷淡であり侮蔑的である十九世紀前半のアメリカの精神風土に、敢えて挑戦するだけの夢と理想があった、まさに破れるほかないような悲願が。
一八四一年の四月、『グレアムズ・マガジン』の主筆となり、同誌に『モルグ街殺人事件』を発表、はしなくも近代における最初の推理小説家となった。その主人公オーギュスト・デュパン氏は、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンほど有名ではないが、実は名探偵ホームズの先輩であり、怪盗ルパンを相手に張りあえる厳正な推理と創造的な直観に富む人物である。作者はこれを自画像とは考えなかったであろうが、しかし、いくらか理想像めいたところはなくもない。ともあれ、生き生きとした性格の創造こそが、すぐれた文学の基準であるとすれば、ひとりのデュパン氏を生み出しただけでも、作者の名は永遠に忘れられないはずである。
『モルグ街殺人事件』につづいて同じ雑誌に『メールストロムの渦』が、さらに『赤い死の仮面』が出た。雑誌の売れ行きは、にわかによくなった。だが主筆ポー氏の収入は年俸八百ドルの据え置きだった。富めるものはいよいよ富み、持たざるものはますます奪われる……イエス・キリストは真理を説いた。
じれったいほどの、どやしつけてやりたいほどのだらしなさと貧乏である。一八四二年の一月、妻が歌を歌っていたおり血管を破り、それからというものはもう、半死半生の病人であった。それだのに、ポーは五月には職を辞し、ペンだけでもって立つことの絶望的な時代に、ペンだけでもって三つの口を養っていこうとする。しかもその口のひとつは後悔と苛責のすえに、また狂ったように酒を飲み、酒をくらっては錯乱する。そんな最悪の条件が揃っているまっただなかで、疎隔と敵意に包まれながら、かれの細いペンは、走ることをやめない。ぞくぞくと傑作を生んでいく。
『エドガー・エイ・ポー散文物語集』が、一八四三年にフィラデルフィアで刊行された。『黄金虫』が百ドルの賞金を得たのもその年であったが、翌年の四月七日、ニューヨークに出、次の一八四五年の一月、むかし副主筆だったことのある『イヴニソグ・ミラー』に『鴉』を載せた。ポーの詩のなかで、最高とはいいがたいが、もっともひろく知られている作品である。三月八日には『ブロードウェー・ジャーナル』の編集陣に加わり、夏には『ポー物語集』を上梓した。そして、十月二十四日、やっと、その雑誌の所有者となることができた。しかしそれも、三カ月の命でしかなかった。そればかりか、一八四七年の一月三十日、ニューヨークを去る十三マイルの、フォーダムという村のあばら屋で、妻ヴァージニアが息を引きとった。外套と猫とだけが、肺患に特有のあの消耗熱で悪寒に慄えているこの病人を暖める唯一の手段であった。一八四八年の二月三日、『ユーレカ』を朗読、六月に単行本として出版した。壮大な宇宙論であり、今日の人工惑星の現出にみられるような新しい宇宙を予想せしめる、科学と散文詩のふしぎな結晶である。
それから、ポーの人生行路に、いろいろな女との交渉がつづく、そうしてそれらのすべてが、無と失望とに終る。一八四九年の八月十七日、「詩の原理」について講演、九月二十四日にもふたたびこれを行った後、二十七日リッモンドを離れての帰途、十月三日、かれの姿が、泥酔し、意識を失ったばかりか、今や死に瀕しているかれの姿が、ボルティモアで発見され、病院へかつぎこまれた。選挙日に当っており、選挙場で倒れていたところから、誰かにしたたか飲まされ、買収されて、いんちきな投票に使われたのではないか、などと推測された。そして、十月七日の日曜日、朝の五時ごろ、エドガー・ポーは死んだ。「神さま、この哀れなたましいをお助けください!」というのが、最後のことばであった。
こうして、近代の文学に、「新しい戦慄」を創造した稀有の詩人、人工の極致をつくしたかずかずの詩によって、絶妙な韻律をかなでた文学者、詩の制作の秘密を説き明かした詩学者、食うためのあらゆるその場かぎりのやっつけ仕事のあいだに、貧窮と病弱と酒乱にたえず悩まされつつ、フランスをはじめに近代の文学に象徴主義を生み、そのことによってまったく新しいものを寄与したこの作家は、かれ自身があれほど作品のなかで描いた墓場のかなたの世界へと姿を隠した。
あとに残された作品、とりわけ小説類は、すでにいくらか見てきたとおり、いくつかの種類にこれを分けることができるであろう。推理小説としては、『モルグ街殺人事件』につづいて同じ主人公の登場する『マリー・ロジェー事件の謎』(一八四二年)があり、これは前作が異常な、ほとんどありえないほどの殺人事件であるのに反し、ごくありふれた種類の犯罪を扱ったものであるが、そこに示された分析的推理の精妙と直観の鋭利は変るところはない。第三作の『盗まれた手紙』(一八四五年)は、人間の盲点をついて難事件を解決してみせる作品で、たんにこの種のものとしてだけでなく、ポーの全作品のなかで、たったひとつ明るい笑いに溢れた小説である。『黄金虫』こそは、数学と心理とを最大限に生かした典型的な推理小説である。
第二の種類は、これと無関係ではないが、直接に復讐と殺害をテーマとしたものであって、とりわけ『おしゃべり心臓』(一八四三年)と『黒猫』(同年)の二つは、姉妹篇とみることができよう。両者に共通する別な要素として、「目」が指摘される。「そうだ、あの眼だ! 彼の片方の眼は禿げ鷹の眼に似ていました……薄い膜のかかった、ぼんやりした青い眼」をした老人と、黒猫の目には、何か人間のもっとも怖ろしい心理の奥底まで見抜かずにはやまないというような凄さが堪えられているではないか。
第三は、これも第一および第二とおのずから関連しているのであるが、死を主題とした一群の作品であって、『アッシャー家の崩壊』(一八三九年)を代表作とする。この小説は、ひとつの心理と雰囲気を精細に描いた文章としても、世界文学の散文のなかで特異な第一級に位する作品である。「雲が重苦しく空に低くかかった、陰欝な暗い、寂寞たる、秋の日の終日、私はただひとり馬に跨って妙にもの淋しい地方を通り過ぎて行った」に始まるこの短篇は、一読して深く読者に印象づけられるにちがいない。
第四は、これもやはり以上のものとつながるのであるが、とりわけ恐怖を主体とした短篇である(量的には、短篇よりも中篇に近く、第一の推理ものの次に長いのが多い)。『壜の中から出た手記』をはじめ、『メールストロムの渦』、『落し穴と振り子』である。おそらく、鬼気迫るその怖ろしさという点からいえば、これらに匹敵する小説は、他に求めて得られないであろう。まさに、ポーの独壇場ともいうべきところである。
第五に、想像もしくは幻想の小説、というのを挙げなくてはなるまい。『息をなくする話』(一八三二年)、『群集の人』(一八四〇年)、『妖精の島』(一八四一年)、および『奇態の天使』(一八四四年)などは、この部門にくり入れられる。しかし、この種類のなかでいちぱんよく知られているのが『ウィリアム・ウィルスン』であって、これはただ二重人格というようなことを扱っただけではなく、人間の良心というもの、原罪とのたたかいといったようなものを、掘りさげているのである。オスカー・ワイルド(一八五六〜一九〇〇)の『ドリアン・グレイの肖像』(一八九一年)が、ポーのこの小説を、いわば下敷きにしていることは、いうまでもない。ロバート・ルイス・スティーヴンスン(一八五〇〜九四)の『ジーキル博士とハイド氏』(一八八六年)もまた、この作品のテーマやモティーフに触媒されたものといえるであろう。(西村孝次)
訳者紹介
安引宏《あびきひろし》
一九三三年、山梨県大月市に生まれる。東京大学文学部英文科を卒業。「展望」編集部、「すばる」創刊編集長を経て、七五年「祝祭のための特別興業」(「死の舞踏」所収、中央公論社)で再開第一回中公新人賞を受賞、文筆活動に入る。小説に「印度の誘惑」(河出書房新社)、「背教者」(同)など。紀行に「カルカッタ大全」(人文書院)、「新アルハンブラ物語」(新潮社)など。訳書にT・E・ロレンス「知恵の七つの柱」、J・A・ミッチェナー「わが青春のスペイン」、H・ウッド「インド大いなる母」などがある。
黒猫・黄金虫
エドガー・アラン・ポー/安引宏・佐々木直次郎訳
二〇〇三年五月二十五日 Ver1
[各編翻訳者]
安引宏「黄金虫」/佐々木直次郎「黒猫」「メールストロムの渦」「おしゃべり心臓」「群集の人」「息をなくする話」