デカメロン(上)
ボッカッチョ/柏熊達生 訳
目 次
第一日
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第一話 〈チャッペッレット氏はいつわりの懺悔をして信心深い修道士をだまして死に、その在世中は極悪な人間だったが、死にぎわに聖人とみなされて、聖チャッペッレットとよばれる〉
第二話 〈ユダヤ人アブラハムはジャンノット・ディ・チヴィニーにすすめられて、ローマの政庁に行き聖職者たちの邪悪を見てパリに帰り、キリスト教徒となる〉
第三話 〈ユダヤ人メルキセデックは三つの指輪の話をして、サラディーノが自分をおとしいれようとした一大危難をのがれる〉
第四話 〈ある修道士が厳罰に価する罪におちて、同じ罪を犯した自分の修道院長を手際よくとがめ立てて、その懲罰からのがれる〉
第五話 〈モンフェルラートの侯爵夫人が、めんどりの饗応と機智にとんだことばで、フランス王のくるおしい恋情をおさえる〉
第六話 〈才人がたくみなことばで、宗教家の邪悪な偽善を当惑させる〉
第七話 〈ベルガミーノは、プリマッソとクリーニーの修道院長の話をして、めずらしいことにカーネ・デッラ・スカーラ卿の胸におこった吝嗇《りんしよく》を、たくみに諷刺する〉
第八話 〈グイリエルモ・ボルシェーレが、たくみなことばをもって、エルミーノ・デ・グリマルディ氏の貪欲を痛烈にこらしめる〉
第九話 〈チプリの王がグァスコーニャの一婦人により痛罵されて、暗愚より脱し、英邁になられる〉
第十話 〈ボローニャのアルベルト先生が思いをよせたある婦人から恥をかかされようとして、かえって彼女をはずかしめる〉
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第二日
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第一話 〈マルテッリーノは麻痺患者であるとよそおい、聖アルリゴの遺骸の上にのせられて、快癒したと見せかけた。……〉
第二話 〈リナルド・ダ・アスティが追剥の難をうけ、カステル・グイリエルモにいたり、ある寡婦に宿を提供され、盗まれた物を返されて、無事に自分の家に帰る〉
第三話 〈三人の若者がその財産を浪費して貧乏になる。彼らの甥の一人が失望のあまり家に帰る途すがら、一人の修道院長と近づきになり、それが英国の王女であることを知る。……〉
第四話 〈ランドルフォ・ルッフォロは落ちぶれて海賊となり、ジェノヴァ人たちに捕えられる。……〉
第五話 〈アンドレウッチョ・ディ・ピエトロが馬を買いにナポリにきて、一夜のうちに三つの大きな災難に見舞われながらも、どの危険からものがれ、一個の紅玉《ルビー》をもってわが家に帰る〉
第六話 〈マドンナ・ベリートラが二人のこどもを失い、ある島で見つけた二頭の子鹿とともにルニジャーナに行く。……〉
第七話 〈バビロニアの皇帝がその姫の一人をガルボの王に王妃として送るが、彼女は種々の事件にあって、四年のあいだにいろいろの土地で九人の男の手におちる。……〉
第八話 〈アングェルサ伯は冤罪《えんざい》に問われて、亡命し、その二人のこどもを英国の別々の土地に残す。……〉
第九話 〈ジェノヴァのベルナボは、アンブロジュオロに欺されて、その財産を失い、罪のない自分の妻を殺すように命じる。……〉
第十話 〈パガニーノ・ダ・モナコはリッチャルド・ディ・キンツィカ氏から妻を盗む。……〉
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第三日
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第一話 〈ランポレッキオのマゼットは唖《おし》をよそおって、女修道院の園丁となる。修道女たちがことごとく競って彼と共寝をする〉
第二話 〈王アジルルフの一人の馬丁が、妃と寝る。それをひそかにアジルルフが知り、その馬丁を見つけだし、髪の毛をきる。……〉
第三話 〈一人の青年に恋したある夫人が、懺悔と純愛を口実にして、ある血のめぐりの悪い修道士に、それと気取られないで、彼女の悦楽が十分に満たされる方法をとらせる〉
第四話 〈ドン・フェリーチェ氏は、フラーテ・プッチョにどうしたら贖罪を行なって福者になることができるかを教える。……〉
第五話 〈ツィマがフランチェスコ・ヴェルジェッレージに一頭の馬を贈り、その代わりに彼の許しを得て、彼の妻に話をするが、彼女が黙っているので、彼は彼女の代わりに答え、やがて彼の返事どおりの結果となる〉
第六話 〈リッチャルド・ミヌートロはフィリッペッロ・シギノルフォの妻を愛する。……〉
第七話 〈テダルドは、自分の女に腹を立ててフィレンツェを出奔する。……〉
第八話 〈フェロンドは、ある粉薬を飲んで死者として埋葬される。そして彼の妻をたのしむ修道院長によって、墓からひきだされて、牢獄に投ぜられ、煉獄にいると思いこまされる。……〉
第九話 〈ジレッタ・ディ・ネルボーナは、フランス王の潰瘍を癒し、ベルトラモ・ディ・ロッシリオーネを夫にと願いでる。……〉
第十話 〈アリベックは隠遁者となり、修道士ルスティコは、彼女に悪魔をふたたび地獄に追いこむことを教える。……〉
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解説
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デカメロン(上)
[#この行3字下げ]〈十日の間に七人の淑女たちと三人の若い紳士たちによって語られた百の話を含むデカメロン、別の名をガレオット公という書物がはじまる〉
苦しみ悩む人々に同情することは人の常であります。それはどなたにも、そうあってほしいことですが、今までに慰めを必要とし、だれかからその慰めを得た人々には、特別にそうあっていただきたいところです。そうした人々のうちで、かつて慰めが必要であったり、それをありがたいことだと思ったり、あるいはすでにそのよろこびを得た者があるといたしましたら、私はそうした人々の一人であります。と申しますのは、私は、青春時代のはじめから今に至るまで、いやしい身分の私には全く不相応と思われるような非常に高い位のお方への、けだかい恋に胸をこがしてまいりましたので、分別のある方々は、私の胸の想いをご存じになっても、むしろ賞めそやされ、さらに深い信用をいただいてはおりますが、それでも、その苦しみは実につらいものでございました。それはたしかに、恋する女の情《つれ》なさのためではなく、抑えがたい欲情が胸のうちに燃えたたせたありあまる火のせいなのであります。その欲情は、適度のところで私を満足させておくようなことはありませんでしたので、しばしば必要以上の苦痛を私に感じさせました。こうした苦痛のなかで、ある友人のうれしいことばとありがたい慰藉は、私に心のやすらぎをあたえてくれ、それがあったればこそ私は死なずにすんだのだと固く信じております。けれども、御自身は終わりなき身でおわしまして、すべてこの世のことどもにつきましては、変わることのない掟によって、終わりのあるようにとお定めになられました神さまのお思召しのままに、私の恋は、他のいかなるものよりも熱烈であって、意見や勧告やあからさまの恥辱や、またそれにつづいておこりうる危険などのどんな力にも、破壊され、屈服されるようなことはありませんでしたが、時の進むにしたがい、しずまっていって、今はただ私の記憶のなかにそのよろこび、あの底知れぬ大海原に漕ぎ出すのを見合わせた者がおぼえるようなよろこびを残していってくれました。といったわけで、その恋はたいていの場合は悲しみにまみれてはおりましたが、すべての憂苦は払いのけられて、今はたのしいものになったという感じです。
でも、その苦痛は消えましたものの、私の苦しみによせられた人々の同情や御好意の記憶は、今でも消えうせてはおりません。それは、私が死ぬまで消えうせることはないでしょう。感謝は、私の考えでは、徳のなかでも最も賞讃すべきものであり、忘恩は非難すべきものですから、私は恩知らずと思われたくございませんので、自分にできるわずかのもののなかで、私がうけたもののお返しとして、自分が恋の苦痛からときはなたれている現在、分別もそなわり、幸福に暮らしておられる、私を助けて下さった方々に対してではなくて、これを必要とする人々に、せめてなんとかして慰藉の手をさしのべたいと考えました。私の助力や慰藉が、これを必要とする人々には、きわめて微弱なものかも知れないし、そうであるとは申しましても、最も必要としているところに、さしのべられねばならないように私は考えるのであります。なぜならば、そのほうが一段と役に立つでしょうし、またそれだけよけいによろこばれると思うからであります。
ところで、この慰藉は、それがどんなにささやかなものでありましても、男よりも、恋に悩む女にあたえるほうがずっと役にたつということを、だれが否定できるでしょうか。彼女たちは、恥じらい恐れながら、そのかよわい胸に恋の炎を秘めておりまして、それがそとに現われたもの以上にどんなにはげしく強い力をもっているかは、これを経験した者か、今経験している者がよく知っていることです。そればかりではなく彼女たちは、父母や兄弟や夫たちの希望や意向や命令によって抑えられていて、自分たちの寝室の小さな場所のなかにとじこもって、大部分の時をすごしているのであります。そしてほとんど何もしないで、すわったまま、一時にあれやこれやと胸をおどらせながら、かならずしも楽しいものとはいえないいろいろのおもいに、ひとりふけっているのであります。そのために、燃えたぎる欲望に動かされて、ふさぎの心が彼女たちの胸のなかに生まれますと、それは別の考え方によって遠ざけられないかぎり、胸のなかにとどまって苦しめるものでございます。婦人たちはそうした苦しみにたえる力では男たちよりもはるかに弱いものなのでございます。
こんなことは、恋する男たちにはおこらないことであります。殿方には、ふさぎの心か、苦しい思いに心さいなまれる時には、それをやわらげたり、はらいのけるたくさんの方法があります。望みさえすれば、そこいらを散歩するなり、多くのことを聞いたり見たりするなり、鷹狩りに興じたり、けものを追ったり、魚をとったり、馬に乗ったり、かけごとをしたり、商売をしたりするといった風に、その方法にこと欠かないのであります。こうした方法によって、すくなくともいくらかの期間は、その苦しい思いをまぎらわし、その後はいろいろの方法で、心に慰めが生まれたり、苦しみがへったりするものであります。
さて、私の力によって、かよわい女たちを助け、恋をする女たちを救い、これになぐさめをあたえるために、(ほかの女たちには、針や紡錘や紡車《いとぐるま》でたくさんでしょうから)私は、あのすぎ去った死のペストの時代に寄り集まった七人の淑女たちと三人の紳士たちの一団によって、十日のあいだに語られた百の話――作り話や寓話やまた実話とでもいうべきものをお話しし、また、淑女たちによって興のまにまに歌われたいくつかの歌を、お聞かせしようと思います。このお話のなかには、昔の時代や、今の時代におこった恋のうれしい事柄や、つらい事柄や、その他冒険的な出来事などが、見られるでありましょう。それらの事件について、これらのお話をお読みになる、さきに申しあげたような御婦人方は、そのなかに示されている興味深いことから、娯楽や、有益な忠告をとりあげることがおできになり、また、心して避くべきことや、同様に見習うべきことを知ることもおできになりましょう。こうしたことがおこれば、御婦人方は当然その苦しみをお忘れになられることと思います。もしそうなりますならば、(神のお思召しでそうなれば結構でございますが)恋《アモーレ》に、私をその絆《きずな》から解放して、御婦人方の御機嫌をとられるようにお許しくだされた恋《アモーレ》に、御婦人方から感謝の心を捧げていただきたいと存じます。
[#改ページ]
第一日
[#この行3字下げ]〈デカメロンの第一日がはじまる。この日には、次に示すような人々がどうした理由で一緒に話をするために集まるような仕儀になったかが、作者によって説明された後、パンピネアの主宰のもとに、それぞれが最も得意とすることを話しあう〉
淑女のみなさん、どんなにあなた方が生来なさけ深くいらっしゃるか、つらつら考えてみますたびに、私はいつもこの作品の書きだしが、さぞや重苦しくうるさく感じられることだろうと存じます。と申しますわけは、本書が冒頭にかかげているすでに過去のものとなったペスト病による死の悲しい思い出が、それを見聞した人々にはだれにも一様にいたましいものだからであります。しかし、だからといって、これを読むたびにいつも溜め息と涙の日をすごさなければならないのかと早合点して、この先を読むことをこわがらないでいただきたいのであります。
あなた方にとっては、この恐ろしい書きだしは、ちょうど旅人の前にそそり立った、近くに美しいこころよい平地をひかえている険阻な山のようなものであります。その平地は、これを上り降りする苦労が大きければ大きかっただけ、あなた方にとってはたのしいものとなるのです。また愉快の果てに悲哀があるように、悲惨はあとからやってくる歓喜でけりがつけられます。この短い(わずかの文字のなかにふくめられているので、短いと申すのですが)悲哀には、さきに私があなた方にお約束した、そしてこう申しあげなければ、書きだしからは予期できないような甘美と悦楽が、すぐにつづいております。実のところは、このように険阻な小道を通らずに別の方面から、私が思うところへあなた方をまっすぐお連れすることができたら、私はよろこんでそうしたでありましょう。でも、後からお読みになるような事柄が起こったその理由がどんなものであるのか、それはこの思い出がなくては示すことができませんでしたので、致し方なく私はこのことを書く始末なのであります。
さて、神の子の降誕から、すでに一三四八年目におよびましたが、その時イタリアの他のすべての都市にまさって明媚《めいび》をもって鳴るフィレンツェの都に、致死の疫病が見舞ったのであります。それは、天体の影響によるのか、あるいは私たちの不正な行ないを矯正しようとする神のお怒りが人間にくだされたのか、数年前東洋の諸地方ではじまり、そこで無数の人間の生命をうばって、一つの土地から他の土地へととどまることなくつづいて、情けないことに西洋に向かって蔓延してきました。これに対してフィレンツェではそのためにとくに任命されたかかりの者によって、多くの汚物が清められ、病人はことごとく都市にはいることを禁ぜられ、衛生保持の目的で多くの勧告がくだされましたが、いかなる用心も予防も役に立ちませんでしたし、さらに、信仰心の厚い人々が一度ならず寄り集まって行列をしたり、その他の方法で神にささげた敬虔な嘆願も、いっこうに甲斐がありませんでした。先ほど申しあげた年の春の初め頃には、疫病はそのいたましい威力を驚嘆するばかりの方法で示しはじめました。それは、鼻血がでたら死の宣告だった東洋のとは違って、罹病《りびよう》の初期に、男も女も同じように、股のつけねか腋の下にこわばった腫瘍《しゆよう》ができて、その内のあるものは普通の林檎ぐらいに、他のものは鶏卵ぐらい大きくなり、また、あるものはその数が多く、他の者は少ないのです。しもじもではこれをペストの腫瘍とよんでおりました。
先にお話しした命とりのペストの腫瘍は、前述の体の両部分から、またたくまに全身にわたってところきらわず吹きだし、盛り上がってまいりました。こうなってからあとは、その病気は、黒色か鉛色の斑点にかわりだしました。その斑点は、たいていの者には両腋だの、両肢だの、からだじゅういたるところにあらわれてくるのですが、人によっては形が大きくて数が少なく、またある者には形は小さいが数が多いといったありさまでした。それで初めは、また、いまだにそうですが、あのペストの腫瘍が、死の到来のきわめて確実な徴候であったように、この斑点は、それが出てきた人にとって、同じ意味をもつのでした。こうした病気の治療には、医者の診察も、どんな薬剤も役に立ちそうにも、きき目があるようにも思われませんでした。それどころか、病気の性質がそれをうけつけなかったためか、医者たち(彼らの間には、大勢の医学を修めた人々以外に、全然医学の心得もない男女の数が非常にふえていたのです)が無知のあまり、この病気が何が原因でおこったものであるのか知らず、従って適切な治療法をほどこさなかったためか、快癒する者がまれであったばかりでなく、ほとんど全部の者が、先ほど述べた徴候があらわれてから三日以内に、多少の遅速はありますが、大部分の者が、発熱もせず、別に変わったこともなく、死んでいきました。このペストは、それは驚くべき力をもっていました。と言うのは、すぐそばにあるかわいた物か、脂じみた物に火が燃え移っていくように、それは病気の患者から健康者に、往来《ゆきき》しただけで、伝染していったからです。その後、事態はさらに一段と悪化してきました。なぜと言いますのに、患者と話したり、患者に近よったりすることが、健康な者にとって罹病や、また死の原因となったばかりではなくて、それらの患者によって手にふれられたり、使用された衣類や、その他どんな品物でも、それにふれると、ふれた者に病気がうつると思われたからです。私の話をお聞きになれば、さぞ不思議にお思いになることでしょう。それは、多くの人の眼や私がこの眼で見ていなかったならば、どんなに信用のできる人からきいたとしても、私はそれを物に書くどころか、信ずることもできなかったでしょう。
このペストの性質ときたら、次から次へと伝染して行くことにかけては、ものすごい力をもっておりまして、それが人間から人間へ伝染するだけならまだしものこと、こんなこともございました。それは頻繁に繰り返されたことでして、これを眼にしたことも一再にとどまりません。つまり、患者かまたはその病気で死んだ人の品物に、人間以外の他の動物がふれると、それに病気がうつるだけではなく、またたく間にそれが死んでしまうのでした。このことについては、私の眼は、(少し前にお話ししましたように)、何度もこうしたことを目撃していますが、なかでも特にある日、こんな経験をさせられました。その病気で死んだある気の毒な男の襤褸《ぼろ》が道路に投げすてられたのを、二頭の豚がそれにとびかかって、いつもやるように、初めはしきりに鼻であしらっていましたが、やがて歯をむきだしてそれをくわえると振りまわして両頬にぶっつけ始めました。するとまもなく二、三度きりきり舞いしてまるで毒でもたべたように、二頭ともちらかった襤褸の上に、ばったりと倒れて往生してしまったのです。
こういったことから、またこれに似かよったり、これよりもひどい数多くのことから、生き残っている人々は奇妙な恐怖や想像を抱くようになりました。そのためほとんどすべての者が、残酷きわまる目標へとひきずられて行きました。人々は患者と患者の持ち物をさけて、これからのがれようとするようになったのです。人々はこうすることによって、自分の健康を保つことができると思っておりました。それから、諸事控え目に生活して、何ごとによらず過度をつつしむことが、こうした事故に強く抵抗できる途であると考えていた者もいくらかおりました。そこでそうした人々は自分たちの仲間をつくって、他の全部の者から離れて暮らしておりました。そして病人が一人もいない、よそよりも暮らしよいような家に集まって、そこにとじこもったまま、非常に消化のよい御馳走と極上のぶどう酒をごく適度に用い、暴飲暴食や、その他の行き過ぎはつつしみ、だれとも話をせず、外部の、死の、あるいは病人のたよりは一切聞こうとはしないで、音楽や、できるかぎりの楽しみをしてそこに住んでおりました。それとは反対の意見にひかれていた他の人たちは、思いきり飲んだり、たのしんだり、出歩いて歌を歌ったり、遊びまわったり、なんでもできるだけその欲望を満足させて、何が起ころうと笑って気にもとめないといったやり方が、こうした疫病には効験あらたかだときめこんでおりました。で、そう口にしていたとおりにできるかぎりそれを実行に移して、昼夜を問わず、あっちの酒場こっちの酒場と渡り歩いて、はめをはずして際限もなく飲みあおり、その上やりたい、気にいったことがあると、それを他人の家でするのでした。そうしたことはわけもなくできました。だれも彼もが(ほとんどもう生きていられそうもなかったものですから)、自分と同じように、自分のものを放棄していたからです。そのため大部分の家が共有になっていて、ただそこにはいりこめば、他人であろうと、本当の持ち主同様に、それを使うのでした。で、彼らは、こうした全く獣的な意図はもっていましたが、いつもできるだけ患者たちからは身をさけておりました。
私たちの都市がこうした苦痛と悲惨に沈んでいる時、宗教的と俗界的の区別なく、法律の権威は、法律の役人や執行者が他の人々と同様に、みな死ぬか、罹病するか、あるいはどんな事務もとれないほど下役人の手が足りなくなるかしたために、ほとんど地におちて、全く無力になってしまいました、だから、だれもすき勝手のしほうだいで、とがめられることなどはありませんでした。別の多くの者たちは先に述べたこうした二つのやり方のうち、その中間の途をとって、前者ほど食物を切りつめもせず、後者ほど飲み物や無節制ででたらめもしないで、食欲に応じて十分に物を用い、家にとじこもりもせず出歩き、ある者は花を、ある者は香草を、ある者はさまざまの香料を手にして、それをしばしば鼻にもっていきました。そうした香りで頭脳をやすめるのが一番よいと考えていたのです。これをもって見ましても、あたり一面に死体や病気や薬剤の悪臭がたちこめて、鼻もちがならなかっただろうと思われます。ある者たちは、ペストに対しては、それから逃げだすよりもよい、これほどききめのある薬剤は他にはないといって(おそらく一段と安全なことでしょうが)、もっと残酷な感情を抱いておりました。そこでこう考えた理屈から出発して、自分のこと以外には他のことなどかまわずに、多くの男女が、自分たちの都市や、自分たちの家や、彼らの集会所や、彼らの親戚や、彼らの持ち物をすてて、他人の別荘や、でなければせめても自分たちの田舎をさがし求めました。まるで、そのペストをもって人々の不正を罰しようとする神の怒りが、彼らのいるところならところきらわずやってくるというわけではなく、ただ彼らの都市の城壁内にいる者たちを、たけりくるって圧迫しようと考えているだけだと思っているようでした。あるいはだれも都市にとどまっていてはいけないのであって、都市の最後の瞬間がきたのだとでも考えているようでありました。
こんな風にいろいろな考え方をしたこれらの人々が、全部が死んだわけではないように、だからといってみながそれをのがれたわけでもありませんでした。むしろそれぞれの考え方をした多くの者が罹病して、いたるところで、彼ら自身健康であった時にまだ健康でありました者たちに模範をたれてから、ほとんど見すてられて、見る影もなく、罹病憔悴していきました。一人の市民が他の市民をさけ、ほとんどだれも他人のことをかまわず、親戚はまれにしか、あるいは全然訪問しあわなかったことは申しあげないことにいたします。また随分前から、この憂苦が男たちや女たちの胸にはいった時に、ひどい驚愕をまきおこしたために、一人の兄弟は他の兄弟をすて、伯父は甥をすて、姉妹は兄弟をすて、またしばしば妻は夫をすてるにいたり、また(あまりなことで、ほとんど信じられないことですが)、父や母はこどもたちを、まるで自分のものではないように、訪問したり面倒をみたりすることをさけました。そのために罹病した男女無数の人々からなるこの者たちにとっては、友人たち(これは少数でした)の慈悲か、莫大で法外な給金にひきよせられて働いていた召使たちの貪欲のほかには、なんの援助も残ってはおりませんでした。それにもかかわらず、召使になる者はたくさんはいませんでした。こうした者たちは、あまり血のめぐりのよくない男女でして、そうした仕事の大部分はなおざりにされて、ただ患者から要求された物をさしだすか、患者が死んだ際に見ているほかには何一つできませんでした。こうした仕事をしながら、彼らはそのもうけを得て、自分の生命を落とすことが多うございました。こうした患者が隣人や親戚や友人から見すてられ、召使が払底しておりましたので、今まで耳にしたこともないようなある習慣が生まれました。つまり、どんな女でも、それが可愛らしい女であろうと、美しい女であろうと、しとやかな女であろうと、罹病したら最後、男を、それが若者であってもなくても平気で自分の看護に使って、その男に、肉体のどんなところでも、だして見せることをはずかしいとは思いませんでした。そんなことは、病気のためにそうしなければならない場合にだけ、それも婦人の前ですることでございましたでしょう。これは病気のなおった人々にとっては、おそらくその後になって、その貞淑な態度をかろんずる原因となったことでありましょう。
さて、このほかにも多くの人々の死がそれにつづきました。彼らはもしかして看護をされていたならば、死なずにすんでいたかも知れません。こんな次第で患者に適切な世話がほどこされなかったり、ペストの力がはげしかったりして、都市では、昼夜をわかたず死んでいく者の数はおびただしく、眼に見るはいうまでもなく、人の話に聞いてさえ、おそろしいことでありました。そんなわけで、市民の以前の習慣に反する事柄が、まだ生き残っている者たちの間に生まれたのは、ほとんどやむをえないことでありました。
親戚や近隣の女たちが死人の家に集まって、そこで、死人ともっとも近しい親戚にあたる女たちと一緒に泣くことが(今日でも行なわれているのを見かけることですが)、従来習慣とされておりました。また一方死人の家の前には死人の男の隣人や他の男の市民が大勢、死人の近親の者たちと集まりました。それで、死人の身分に応じて、聖職者がやってくると、それから死人は自分と同じような人々の肩にかつがれて、蝋燭と歌の葬儀に送られて、死ぬ前に、あらかじめ自分で選んでおいた教会にはこばれました。こうしたことはペストの残虐性がひどくなりだしてからは、すっかり、でなければ大分すたれたらしく、それにかわって、別の新しいことが起こってまいりました。そこで人々は女たちにとりまかれぬまま死んでいったばかりでなく、介添人にもつきそわれずにこの世を去っていく者も大勢いました。で近親の憐憫のなげきや、にがい涙をそそがれる者はほんのわずかでした。むしろそのかわりに、たいていは仲間の笑い声や、冗談や、馬鹿騒ぎがきまっておこりました。そうした習慣を女たちは、もう大部分の者が女らしい憐みを忘れておりましたので、自分たちの健康を守るために、実に上手に覚えこんでいました。ですからそのからだを、十人か十二人をこえる隣人たちによって、教会まで送られるような者は滅多にありませんでした。
そうして棺をかついだのは、身分のある立派な市民ではなくて、こうした仕事を金をもらってやっていた|死体運び《ベツキーノ》と呼ばれていた細民《さいみん》の出である一種の死体運搬埋葬人でございました。で、彼らは、死者が生前に手配しておいた教会などはほうっておいて、大抵の場合は一番手ぢかの教会に、四人か六人の聖職者に従って、わずかの灯をとぼし、時には一つの灯もつけずに足ばやに、棺を運んでいきました。聖職者たちは先に述べた死体運びの助けをかりて、手間どりすぎる儀式や、崇厳な儀式で骨を折るようなことはしないで、ふさがっていない墓穴ならなんでもかまわずに見つかりしだい、死体をそのなかに埋めました。細民や、あるいは恐らく中産階級の大部分については、そのありさまはさらにずっとむごたらしい、悲惨なものでした。なぜなら彼らの大部分は、希望したためか、それとも貧乏のためか、自分たちの家か、その地区内にひきこもっていましたので、毎日何千人となく罹病し、何の看護も世話もうけられず、ほとんど救いの手らしいものは何一つのべられぬまま、ことごとく死んでいきました。街の通りで、昼となく夜となく、果てる者がいっぱいおりました。家のなかで息をひきとる者はさらに多く、その人々は、何よりもまず、自分たちの腐爛した肉体の悪臭を放って、自分たちが死んだことを隣人たちに気づかせました。ですから、この人々や、いたるところで死んだ別の人々の悪臭が、あたり一杯にこもっておりました。
死者に対して抱いている同情からというよりも、死人の腐敗が自分たちに害をあたえないようにとの心配から、隣人同士が大体同一の方法をとっていました。彼らは自分でやるか、見つけることができた際は、運搬人たちの助けをかりて、すでに死んでしまった人々のからだを、自分たちの家からひきずりだしました。そして、それを自分たちの戸口の前におきました。そのあたりへ行った者は、特に朝でしたら、数限りない死体を見ることができたでしょう。それで棺を運ばせたり、また棺がたりないので板切れの上に死体をのせることもありました。二、三人の死体を一緒にいれている棺も珍しいことではありませんでした。夫と妻を、二、三人の兄弟を、あるいは父と息子を、あるいはそれに類した者たちを一緒におさめている棺も、非常に多く数えあげることができたでしょう。また二人の修道士が一つの十字架をもって、だれか一人の死人をとりにいくと、運搬人にかつがれた三、四の棺が、その棺の後ろにはいりこんでしまって、修道士たちが、うずめる死人は一人だと思っていたのが、六人か八人、時にはそれ以上もの死人があったという話も、何度も聞きました。ですから、これらの死人には、涙もそそがれず、灯もとぼされず、野辺の送りもされませんでした。それどころか、死んだ人間のことについては、死んだ山羊に対して気を用いるくらいにしか、心をかけていないというありさまでした。本当にはっきりしたことは、物事の自然の経過が小さな滅多におこらない不幸をもってしては、賢者にも示すことができなかった事柄を、災厄が大きいばかりに、最も無知な人々にも、辛抱強くたえしのばなければならないことを知らせ、また辛抱させたことでありました。あらゆる教会に、毎日、ほとんど毎時間、すでにお話ししたようなおびただしい数の死体が続々とはこびこまれたものですから、これを埋葬するには、墓地が十分でありませんでした。それにふるい習慣に従って、それぞれの死者に銘々の土地をあたえようとすると、その不足は頂点に達しました。どこもかしこも全部一杯でしたので、教会の墓地に大きな溝をつくり、そのなかへあらたに運ばれる死人が何百となくおさめられました。死人はそのなかに、まるで船に貨物をつみこむように、一段一段と溝の頂きに達するまでつみ重ねられて、土をかぶせるのもやっとでございました。
私たちのフィレンツェにおこった過去の悲惨な事柄を、これ以上細部にわたってさぐりだすことはやめにしたいと思います。ここで私は都市を苦しめていたこうした時代に、一方田舎も何ら仮借されるところがなかったことを申し述べておきます。そこでは(規模は小さいけれど、都市と同様であった小|都邑《とゆう》についてはふれないでおきましょう)、散在している部落や畑地で、あわれな貧しい働き手や彼らの家族の者が、医者の面倒もわずらわさず、あるいはまた召使の世話もうけないで、道ばたや、耕作地や、家のなかで、昼夜をわかたず、人間というよりも、まるで畜生のように死んでいきました。そんなわけで彼らは、市民と同様、その習慣の上で、放埒《ほうらつ》に流れ、自分たちのことや仕事は何一つかまいませんでした。それどころか、みなはまるで死が自分たちのところへ訪れる日を待ってでもいるように、家畜や土地や、さては自分たちの過去の労働などの未来の収穫をあげるために手をかすどころか、現在手もとにあるものをつかいはたそうとあらゆる知恵をしぼって努力しておりました。ですから、牛、ろば、羊、山羊、豚、にわとりはもちろんのこと、人間に対して非常に忠実な犬までが、自分たちの小屋を追いだされて、畑地(そこでは穀類はまだ取りいれられもせず、刈りとられもしないで、放っておかれていました)を気の向くままに立ち去って行きました。多くの家畜は、昼間十分たべていたので、まるで理性を備えているもののように夜になると、飼い主の指図など全然うけないのに、自分たちの小屋に満腹して帰ってきました。
さて(田舎のことはそのままにして、都市にもどりますが)三月と同年七月の間に、ペスト病の力がすさまじかったのと、健康な者が恐怖のあまり必要なのにもかかわらず大勢の患者の面倒を見なかったり、ほうっておいたりするために、きっとフィレンツェの城壁内では十万人以上の人間が生命を奪われただろうと考えられるほど、天の残虐と、それから恐らく一部には人間の残虐がひどいものであったという以外に、もっとなんとお話しすることができるでしょうか。そこではおそらく、その死の惨事の前には、そんなに大勢の者がそのなかにいたとは考えもしませんでしたでしょう。ああ、過ぎし日に召使たちや紳士淑女でにぎわったのも昔の夢となり、大邸宅や、美しい家々や、高雅な住居から、今はいやしい身分の下男の果てにいたるまで姿を消し、ひとけのない空き家となっているものが、どんなに多いことでございましょう! ああ、由緒すぐれた家系や、莫大な遺産、名だたる財宝で、正しい相続者を失ったものが、どんなに多いことでございましょう! また余人は知らず、ガリエーノ、イッポクラテ、あるいはエスクラピオが、健康者の太鼓判をおしたにちがいない立派な男や、美しい女や快活な若者で、あしたにはその身内の者や、仲間や、友達と食事をともにし、やがてそのゆうべにはあの世で彼らの先祖たちと晩餐の卓をかこんだ者が、どんなに多いことでございましょう?
私としても、このように悲惨なことにくどくどとこだわっているのはいやな気持ちでございます。だから、もう私はしかるべく略すことのできる部分の事柄は、ふれずにおこうと思います。その頃、私たちの都市には(後に私は信用できる人から聞いたのですが)ほとんど住む人もなくなっていましたが、ある火曜日の朝のこと、聖マリア・ノヴェッラの教会で、ほとんど他には人影一つありませんでしたが、こうした時世にふさわしい喪服をつけた七人の若い淑女たちが、ミサを拝聴したあとで集まりました。みなお互いに友だちとか、隣同士とか、縁者とかいった近しい間柄であって、そのうちだれも二十八歳の上にはでず、また十八歳より若くもありませんでした。いずれも聡明で、気品のある血が流れ、容姿はうるわしく、起居みやびて、きよらかな陽気さを感じさせました。その名前は、ありのままの形でお話ししたいのですが、それをうちあけるだけの正しい理由が、私から奪われているのであります。その理由はこうなのです。当時は前に申しあげた理由から、彼女たちの年配にとってばかりでなく、ずっと成熟期をすぎた年配にとっても、ごくゆるやかであった法律が、今日は多少とも悦楽については窮屈になっていますので、彼女たちが語った、これから述べるような事柄や、彼女たちが耳にした事柄のために、私は将来、彼女たちのうちだれかがはずかしい思いをするようなことを、望まないからであります。さらにまたどんな賞讃すべき生活にもすぐに噛みついていく羨望者たちに、私は、この立派な淑女たちの貞潔さを少しでも非難のことばでそこなうような口実をあたえたくないからであります。そこで私は、銘々の話すことが、今後混乱をおこさずに理解されるようにと思って、各自の性格にすっかり、あるいは一部分当てはまった名前で、彼女たちを呼ぼうと思っております。そのうち一番目で、最年長である者をパンピネアと呼びましょう。そして二番目をフィアンメッタ、三番目をフィロメーナ、四番目をエミリア、次にラウレッタと五番目をよび、六番目はネイフィレ、最後の者をエリザと、しかるべき理由にもとづいて、命名いたしましょう。
彼女たちは別段どういう話し合いがあったわけでもないのに、偶然教会のある場所で落ち合い、ほぼ輪形をつくって腰をおろし、何度も溜め息をついたあとで、主祷文の唱えをよそに、その時世の状態について、お互いにいろいろと語りだしました。で、ちょっと間をおいてから、みなが黙っているので、パンピネアがこうきりだしました。
「みなさま、あなた方はその理性にもとづいて権利を行使する者は、だれにも迷惑をおかけしないということを、わたくしと同様、何度もお聞きおよびのことでございましょう。できるだけ自分の生命をもりたて、保持し、防禦することは、この世に生をうけてくる各人の本来の権利でございます。これはだれしもお認めになるところでありまして、自分の生命を守るために、幾多の他人の生命がおとされても、法律上何らのとがめのないことさえ、ときどき見うけるところでございます。それで法律は、銘々が安穏にくらしていけるようにと心をくだいているのでございますが、その法律がなんともいわないとしますれば、わたくしたちが、自分の生命を保持するためにだれの気持ちもそこなわずに、わたくしたちにできる範囲で、そのみちを講ずることはわたくしたちにとっても、他のどなたにとりましても、ちゃんとした正しいことではございませんか。今朝のわたくしたちの生活ぶりや、今まで何度もすごした朝の生活ぶりをよく観察してみますと、それからまたわたくしたちがどんなに多くのことを話し、どんな種類のことを話したかを考えますと、わたくしたちは銘々自分自分のことを心配しているのであるということが、わたくしにはわかります。あなた方も同様に、そのことにはお気づきのことでございましょう。何もわたくしはそれに驚いているわけではございません。わたくしが一方ならず驚いていることは、(わたくしたちの銘々が女らしい感情をもっていることを考えますと)、あなた方すべての方々が当然おそれていらっしゃることに対して、わたくしたちが自分では何らの措置を講じていないことでございます。
考えますのに、わたくしたちは、どれだけ多くの死体が埋葬されるために運ばれていくかとか、その数もほとんど皆無にちかいここのなかの修道士さんたちが、さだまった時刻にそのミサを歌っているかどうか聞いてみるとか、わたくしたちのところに姿を見せる者にはだれにでも、わたくしたちの着物で自分たちの悲惨の性質や量を示すとか、そうしたことの証人にわたくしたちがなりたがっているか、それとも証人にならなければいけないといっただけの理由で、ここにとどまっているようなものでございます。ここから一歩外にふみだしますと、わたくしたちは、死体か病人が、そこいらを運ばれていくのを見たり、あるいは、その罪のために公法の官憲がすでに追放の刑に処した連中が、法律の執行者が死んだり罹病したりしたことを知っているので、まるで法律をあざわらうように気味の悪い威張りようであたりを闊歩しているのを眼にしたりいたします。あるいはまた、わたくしたちの都市のくず[#「くず」に傍点]が、わたくしたちの血にかつえて、|死体運び《ベツキーノ》と自称して、わたくしたちを馬鹿にして、いたるところ馬を乗り入れ、また駈け廻って、わたくしたちの不幸をけがらわしい歌であざけっているのを見かけます。わたくしたちの耳にはだれそれが死んだとか[#「だれそれが死んだとか」に傍点]、だれそれが死にそうだ[#「だれそれが死にそうだ」に傍点]という以外には、なんにもはいりません。で、まだ泣く力の残っている者がございましたら、どこに行っても悲しい泣き声が聞かれることでしょう。そしてわたくしたちの家にもどりますと(あなた方にもわたくしと同じようなことが起こるかどうかは存じませんが)、前には大勢の召使をつかっていたのですが、今はそこにはわたくしの下婢《かひ》が一人いるだけで他にだれもおりません。そのおそろしいことと申しましたら、まるで髪の毛が総毛だつような気持ちがいたします。家じゅうどこへ行っても、どこにいましても、死んだ者たちの亡霊が眼の前にちらつくような気がいたしまして、おまけにその亡霊ときたらなじみの顔をしたのは一つとしてなく、どこからあらたにつけてきたのやら、それはおそろしい顔をして、わたくしをおどろかすつもりらしいのでございます。そんな次第ですから、ここにいても、いなくても、家のなかでも、その居心地の悪いことと申したらございません。わたくしたちとおなじように財産があり、行くところのある者はだれ一人として、わたくしたち以外にはそこに残っていないような気がしますだけに、ひとしおその感を深くいたします。またわたくしは(そこに財産のある者が幾人か残っていたとしましても)、そうした人々が、正直なことと、そうでないこととのけじめをつけずに、ただ欲望の命ずるがままに、ひとりで、あるいは仲間と組んで、日夜自分たちの最もたのしいと思うことをしているのを、何度もみずから耳にしましたし、人のうわさにも聞きました。で、俗界の人々ばかりでなく、修道院に閉じこもっている女《ひと》たちまで、それは、自分たちには許されていて、他の女たちにだけ禁じられているのだと思いこんで、服従の掟をやぶり、肉の悦楽に身をまかせ、こうすれば生命を全うすることができるのだと考えて、放埒三昧《ほうらつざんまい》にふけっております。こんな風でございますと、(そうであることは、はっきりわかっておりますが)わたくしたちはどうしたらよろしいのでございましょうか。何を期待しているのでございましょう。何を夢みているのでございましょう。なぜわたくしたちは、他の市民たちよりも、自分たちの健康について、怠慢で、ぐずついているのでございましょうか。他のどの方よりも、わたくしたちは、自分の生命を粗末に考えているのではないでしょうか。それとも、わたくしたちの生命が、他の人々の生命とくらべて、ずっと強い鎖でわたくしたちの肉体にむすびつけられていて、ですから生命をおびやかすような力をもっているものなどには、ちっとも気をかける必要がないと、考えているのでございましょうか。わたくしたちは間違っております。だまされておりました。だってそんな考え方をしていたとしましたら、わたくしたちは大馬鹿者ではございませんか。この残酷なペストに打ち負かされた若者たちや女たちが、どんなに数多く、またどんな人々だったかを思いだすたびに、何度わたくしたちは、それの実に明白な証拠を見せつけられることでございましょう。ですから、嫌悪か、怠慢のために、それにおちいるまいとすれば、わたくしたちは望みさえすれば、何らかの方法でそれからのがれられるはずなのでございます(わたくしはそう思うのですが、あなた方が同様の御意見かどうかは存じません)。
わたくしは、わたくしたちが現在のような状態がつづくとしますと、わたくしたちより先に大勢の人々がなさったとおり、またしていらっしゃるように、この土地から出て行くのが一番よいことだと考えるのでございます。で、死と同様に他人の不正直な例はさけて、わたくしたちの銘々がたくさんもっている田舎のわたくしたちの土地に行って正直に暮らすことが、またそこで何一つするにも、道理の垣根をこえないように心がけながら、せい一杯はしゃぎまわり、陽気にふるまい、逸楽に興ずることが何よりだと存じます。そこでは小鳥のさえずり歌うのが聞こえ、丘や野原が緑に色づき、穀類で隙間もない畑が海原のごとく波打ち、色とりどりの樹立がしげり、大空が果てなくひろがっているのが眼にはいります。大空はまだ憂愁をたたえているとはいえ、わたくしたちの味もない城壁よりは、眺めてはるかに美しい永遠の美を、わたくしたちに拒んではいないからでございます。そこではまたこのほかに、空気は清冷で、この時世に、生命にとって必要なものは、ひとしお豊富で、わずらわしいことは一段と少のうございます。ですから、ここで市民たちが死ぬように、そこで農夫たちが死ぬとしましても、そこは都市とくらべて、ずっと住家や住民がまれなだけに、その不快も少ないわけでございます。それによく考えてみますと、わたくしたちは人をすてるのではありません。それどころか、実際は、反対にわたくしたちがすてられたのだと言えましょう。と申しますのは、わたくしたちの家族の者は、死んだり、でなければ死をのがれようとして、まるでわたくしたちを他人ででもあるように、こんな苦しみのなかにおき去りにいたしました。ですから、わたくしたちがこうした勧告にしたがっても、文句をいう方はいらっしゃらないはずでございます。これに従わなければ、苦痛や面倒に、おそらく死にさえも見舞われましょう。ですから、よろしかったら、わたくしたちの下婢を呼んで、しかるべき品をもたせて供をさせ、今日はここ、明日はかしこと、この時世にできるだけの愉悦や歓楽にふけることでございます。そうすることが、よいことであり、しなければいけないことだと存じます。天がこうしたことにどんなしめくくりをつけるかを見きわめることができる時まで(もしその前に死に見舞われませんでしたら)、こんな風に日を送ることでございます。道ならぬことをしてここにとどまっていることが大部分の他の女《ひと》たちに禁じられていないように、正しい道をふむためにここを出て行くことも禁じられていないことを、わたくしはあなた方に思いだしていただきたいと存じます」
ほかの淑女たちは、パンピネアの話を聞くと、その勧告をほめそやしただけでなく、それに従いたいと考えて、さっそくおたがい同士もっと細かなことにわたって、その方法を相談しはじめておりました。まるで腰をあげたら、すぐにでも出発しなければならないといった風でございました。しかし、思慮にとんだフィロメーナが言いました。
「みなさま、パンピネアがおっしゃることはまことに結構なことだとは存じますが、そうかと申しまして、あなた方みたいにそれほど急ぐことでもございませんでしょう。お忘れになってはいけません。わたくしたちは、女ばかりでございましょう。で、どんなに女という者が理性をないがしろにして、だれか男の方の考えを聞かないとどんなに変なことをしかねないか、そんなことがわからないほど、そんなこどもっぽい方は、わたくしたちのなかには一人もおりません。わたくしたちは移り気で、ひねくれ者で、疑い深く、小心で、臆病者でございます。そんなわけで、わたくしは、自分たちで考えるほかに手引きする者がいなかったなら、この仲間は意外に早く解散して、受けないですむ誹謗をあびせられることになりはしないかと心配でたまりません。ですから、事をはじめる前に、よく用心したほうがよろしゅうございましょう」
するとエリザが言いました。
「本当に男の方は女たちの頭でございます。男の方の指図がないと、わたくしたちのいたしますことで、ほめられるような結末をうることは、めったにございません。でも、そうした男の方を見つけるのには、どうしたらよろしゅうございましょうか。御存じのとおり、わたくしたちの家族の者は大部分死にたえてしまいましたし、それに生き残っているほかの人々も、ここにひとり、かしこにひとりといった具合に、いろいろの団体に加わってどこにいるのやらわからず、みな、わたくしたちがのがれようと考えているものから逃げだしている始末でございます。そうかと言って、知らない方々にお願いするのもどうかと存じます。自分たちの健康のために出かけて行くのに、快楽と休養をもとめていって、かえって不愉快や、不和をかもしだすきっかけとなってはこまりますから、そんなことのないように、ちゃんと手筈のついた方法を見つけたほうがよろしゅうございましょう」
淑女たちのあいだでこんな話がとりかわされていると、ちょうど教会へ三人の紳士がはいってきました。そのうち一番若い者の年齢は、二十五より下とは見えませんでした。頽廃した時世も、友人たちや、親戚の喪失も、身にふりかかる恐怖も、彼らの愛欲をけすどころか、これをさますこともできませんでした。そのうちの一人はパンフィロと呼ばれ、二番目はフィロストラート、最後の者はディオネーオとよばれました。みなごく好感のもてる、礼節をわきまえた人たちでした。で、彼らは世情のそうしたひどいさわぎにこころをなぐさめる一番よい方法は、自分たちの女にあうに越したことはないと、女たちを探しにきたのでしたが、偶然にもその三人が全部、前述の七人のなかにおりました。また他の女たちの幾人かは男たちのある者と親戚関係でした。彼女たちが男たちの眼にとまるのと、男たちが彼女たちに見られたのは同時でした。さて、パンピネアがそこで、ほほえみながら、口をひらきました。
「そら、わたくしたちの手始めに、運が向いてきていますよ、わたくしたちのほうでお願いしてやっていただくことを見あわせさえしなければ、よろこんでその手引きとなり、従者ともなってくださる礼節正しい、立派な若い紳士方が、わたくしたちの前にいらっしゃいました」
すると、ネイフィレは、淑女たちのなかでもその若い紳士たちの一人に愛されている身でしたので、はずかしさのあまり顔じゅう真紅にしてこう言いました。
「パンピネア、まあ、あなたったら、お言葉にお気をつけ遊ばせ! あの方々でしたら、どなたをとりあげても、おほめするほかには非の打ちどころのないことは、よくわかっております。あの方々は、こんなことよりも、もっと大事なことに、十分お役に立つ方々でございましょう。それからまた、わたくしたちのためどころか、わたくしたちよりもずっとお綺麗なやんごとない淑女たちのために打ってつけの、潔いお相手のできる方々だと考えております。しかし、あの方々がここにおられるある方々を恋していらっしゃることは、だれでも知っていることでございますので、もしあの方々をおつれすると、わたくしたちにも、またあの方々にもなんのやましいところがなくても、悪口や誹謗がとやかく言いふらされはしないかと、それが案じられます」
すると、フィロメーナが言いました。
「それはなんでもないことですわ。自分がただしい暮らし方をしていて、良心に対してやましいところさえなければ、なんとでも言いたい者には、言わせておけばよろしいのですよ。神さまと真実が、わたくしを守ってくださいます。あの方々においでいただけるのでしたら! 本当にパンピネアがおっしゃるとおり、わたくしたちの門出は幸運に恵まれていると言うことができましょう」
ほかの淑女たちは、彼女が、こんな風に話すのを聞いて、口をつぐんでいましたが、みな一様に賛成の意を示すと、男たちをよんで、自分たちの考えを話し、こうした旅出に一緒にいっていただけたらどんなにうれしいことであろうか、お願いしてみたいと申しました。そこで、彼らの一人と血縁にあたるパンピネアは何も言わずに席を立ち、立ちどまって自分たちをみつめていた男たちの方に近よって行きました。そしてうれしそうに顔をほころばせてあいさつをすませると、彼らに向かって自分たちの意図を説明してから、ぜひ純潔な兄弟のような心で御一緒してくださるようにまげて承諾して下さいと、一同になりかわってお願いをいたしました。紳士たちは初めのうちは、からかわれているのだと思いました。でも相手が真面目に話しているのがわかったので、承諾したとよろこんで答えました。そしてさっそく寸刻をおかずに、出発に際しての用意万端を、別れる前にとりきめました。で、必要な物は何から何まで手際よく準備させて、予定していた行き先に前もって送っておきました。その翌朝、ですから水曜日、夜の明け方に、淑女たちは幾人かの女中とともに、それから三人の紳士たちは自分たちの三人の召使をつれてフィレンツェを出て、旅を始めました。都市からわずか二マイルと離れないうちに、一同はあらかじめさだめておいた場所に到着いたしました。
今申しあげた場所は、小さな丘の上にあって、どこも街道からいくぶんはなれており、色とりどりの細木や樹立でおおわれ、こぼれる若葉の緑は見るからに楽しいものでした。その山の頂きに一つの館《やかた》があって、真ん中に美しい大きな中庭がありました。いくつかの回廊、広間、それから部屋部屋はどれもそれぞれ華美をつくしている上に、見とれるばかりの立派な絵がかざってありました。周囲には小さな芝生があり、新鮮な水の湧きでる井戸があり、貴重なぶどう酒のたくわえてある穴倉がありました。これは諸事控え目である貞淑な女たちよりも、銘酒あさりの愛酒家にとって、願ってもないものでした。館はすっかり掃き清められて、各部屋には寝台がととのえられ、いたるところ季節の花でうずまり、花のほころびた藺《い》が一面にまきちらしてあるのを見て、到着した一行の歓喜は一通りではありませんでした。
さてみなは到着するとすぐに、腰をおろしました。人並すぐれて快活で、機智にとんでいる若紳士のディオネーオがきりだしました。
「みなさん、わたしたちの意図によってというよりも、あなた方の御用心深いお計らいによって、わたしたちはここへきたわけです。わたしはあなた方が、御自身の心配ごとをどう解決なさろうとしておいでなのかは存じません。わたしは、少し前、あなた方と都市から出た時に、自分の心配ごとは、そこに残してきました。ですから(あなた方の気品をおとさない程度で、と申しあげているつもりですが)どうぞ、わたしと御一緒に、遊び戯れるなり、お笑いになるなり、お歌いなさるなりしてください。でなかったら、わたしにお暇を下さい。わたしは自分の心配ごとのために戻って、苦しんでいる都市にとどまっていたいのです」
パンピネアは、彼女も同じようにすっかり自分の心配ごとは払い落としてしまったとでもいった、晴れ晴れした様子で彼に答えました。
「ディオネーオ、本当におっしゃるとおりです。わたくしたちは愉快に暮らしたいのです。それだけの理由で、わたくしたちは悲しみをのがれてきたのです。しかし、物事は秩序がないと長続きしないものですから、こうした楽しい仲間ができあがったその下相談の口火を切ったわたくしとしては、わたくしたちの歓喜が長くつづくようにするためには、どうしてもわたくしたちのあいだでどなたかに、かしらになっていただいたほうがよろしいと思うのです。そのかしらを、わたくしたちは団長として尊敬もし、その命令にも従うのです。またその方は、わたくしたちが愉快に暮らすことができますように、全智をかたむけねばなりません。で、銘々が団長であるという優越の快感とともに、その配慮の重荷を感じ、従って男女いずれの側からも選ばれるようにいたしまして、それを試みない者があって嫉妬などをおこしてはいけませんから、わたくしは、銘々に一日ずつ重荷と名誉があたえられることにしたらよろしいと申すのでございます。そしてまず最初のかしらは、わたくしたち全部の選挙できめなければなりません。その次の方々については、たそがれ時になりましてから、その日主宰権をおもちになった男の方か女の方の、お気に召した男の方、または女の方がなるのでございます。それで、こうした主宰権をおもちになった方は、その主宰権が継続すべき時間中、わたくしたちが暮らさなければならない場所とその方法を、自由に御命令になり、おきめになればよろしいのです」
このことばがすっかりみなの気にいったので、彼らは声をそろえて、彼女を第一日の女王にえらびました。で、フィロメーナはすぐさま一本の月桂樹のそばに駈けて行きました。それは彼女が、その木の枝葉は、大きな名誉をうける値打ちのあるもので、功績があってそれを頭に冠せられる者に大きな名誉を授けるものであるとの話を、何度も耳にしていたからです。その木の小枝を何本か折りとって、女王のために、尊い、見栄えのする花冠をつくりました。女王の頭上に冠せられたこの花冠は、その後、一同の団体がつづいているかぎり、他の銘々の者にとって、りっぱな主宰権と優越の明らかなしるしとなりました。
女王に選ばれたパンピネアは、一同に話をやめるようにと命じました。すでに彼女は、三人の紳士たちがつれてきた召使たちと、四人いた彼女たちの女中とを前に呼んでこさせておきました。みながだまると、口をきりました。
「わたくしたちの仲間が、秩序正しく、愉快に、すこしもはずかしいことをせずに、一層の発展をとげながら、思う存分活動をつづけていけるようにするための、一つの例をみなさんにお示ししたいと存じまして、まずわたくしはディオネーオの召使パルメーノを、わたくしの給仕頭にいたします。で、この者には、わたくしたちの召使たち全部の世話と面倒を、それから広間関係の仕事をまかせます。パンフィロの召使シリスコはわたくしたちの支出係と会計係を兼ねまして、パルメーノの命令に従ってもらいたいのです。ティンダロは、他の召使たちが今までしていた御用を禁じられて、それを勤めることができなくなりますので、その場合、フィロストラートと他のお二人の方の御用を、その方々のお部屋でしてあげてください。わたくしの女中のミシアとフィロメーナのリチスカは、今までどおり食堂の御用をつとめ、パルメーノから言いつけられる食事を忠実にととのえるように、ラウレッタのキメーラとフィアンメッタのストラティリアは、みなさまのお部屋を整頓し、わたくしたちのいる場所の掃除をするように。そこで全体についてのことですが、わたくしたちの快い気分をそっとしておこうとお思いだったら、みんなが銘々どこへ行っても、あるいはまた、どこから帰ってきても、何を聞こうとも、あるいはまた何を見ようともうれしい便り以外は、何も外からわたくしたちのところへはしらせないように注意されるよう、希望し、また命令いたします」
パンピネアはこうした命令をかいつまんであたえて、一同の賛成を得ましたので、満足そうに立ちあがると言いました。
「ここには庭があります。小さな芝生があります。それから非常にたのしい場所がございます。銘々お気に召すように散歩なさって、おたのしみください。それで、九時が鳴りましたら、涼しいうちに食事にいたしますから、ここへおいでを願います」
そこで、この心も浮きたった仲間たちに、新女王から暇がでました。紳士たちは美しい淑女たちとあいたずさえて、たのしい語らいをしながら、足取りもゆるやかに庭を逍遥し、さまざまの枝葉で綺麗な花冠を作りあい、愛情をこめて歌を歌いました。女王から賜った時間をそこですごしてから、家に帰ってみると、パルメーノが熱心に仕事にかかっておりました。地階の食堂にはいってみると、そこには食卓がいくつも並んでいて、真っ白いテーブル掛けがかけてあり、銀でできているかと思われるようなコップがのせてあり、何もかもえにしだ[#「えにしだ」に傍点]の花で埋まるばかりでございました。一同は女王のことばで両手に水をかけてきよめると、パルメーノの指図にしたがって席につきました。食物は丹精こめて料理してあり、極上のぶどう酒がでておりました。あとはただ黙々と三人の召使が食堂の給仕を勤めておりました。実にすべてが手ぬかりなくととのえられていましたので、みないい気持ちになって、愉快な冗談をかわしながら、にぎやかに食事をいたしました。さて食卓が取り払われると(すべての淑女たちは、同様に紳士たちも円形舞踏が踊れましたし、一部の者はすこぶるたくみに楽器を奏で、歌を歌うことができたので)、女王は楽器をもってくるようにと命じました。彼女の命令に従って、ディオネーオはリュートをとり、フィアンメッタはビオラをとって、踊りの曲を上手に奏ではじめました。すると女王は、舞踊の姿勢をとって、召使たちを食事に追いやると、他の淑女たちや二人の紳士たちと一緒に、その曲にあわせてゆるやかな足どりで踊りはじめました。それが終わるとみなは、艶っぽいうれしい歌を歌いだしました。そして、女王が寝につく時刻がきたと言うまで、それをつづけていました。一同に暇がでたので、三人の紳士たちは、淑女たちの部屋と離れている自分たちの部屋に引きあげました。そこにはよくととのえた寝台があって、広間で見たのと同様に花が一杯に飾ってございました。淑女たちのほうも、部屋は同じようになっていました。それで淑女たちは着物をぬぐと、床にはいりました。
女王が起きたのは、午後三時が打ってから、それほど経っていませんでした。彼女は、昼間眠りすぎるのはからだによくないと言って、他の淑女たちも全部起こさせて、紳士たちにも同様にはからいました。こうして一同は芝生にゆきました。そこは草が緑に丈高く茂り、どこからも陽光がさしこんできませんでした。そこで一同は、心地よい微風が流れてくるのを満喫しながら、彼らの女王の望みに従って、緑の草の上に円陣をつくって、腰をおろしました。みなに向かって女王がこう言いました。
「ごらんのとおり、太陽は高く、暑さはきびしゅうございます。橄欖の木の上で鳴く蝉の声のほかには、何一つ聞こえてはまいりません。ですから今ごろ、どこへ出かけるとしましても、それは馬鹿らしいことにきまっております。ここにいるのが、一番涼しゅうございます。ここにごらんのとおり、遊戯盤や将棋盤がありますから、一番お気に召したものをなんでもおたのしみになれましょう。もっともそれについては、わたくしの考えが御考慮いただけましたら、遊戯はしないで、お話をして(そうすれば、一人の方がお話しになれば、それを聞いている仲間全部がたのしめるのです)、一日のこの暑い時間をすごしたいと存じます。遊戯をすると、当事者の一方の気持ちは、相手方かまたはそれを見ている方が、大よろこびをしないで困惑するようになっているものです。さて銘々がそのお話を一つずつしているうちに、太陽もかたむき、暑さも失せることでしょう。そうしたらわたくしたちは、みなさまのお好きな場所に行って、たのしむことができましょう。ですから、わたくしの申しあげることがお気に召しましたら(これについては、あなた方のおえらびになるところに従うつもりですので)、そうすることにいたしましょう。もしもまた、おいやでしたら、たそがれ時まで、銘々お好きなようになさって下さい」
淑女たち紳士たちもこぞって、お話をすることは名案だとほめそやしました。
「では」と、女王が言いました。「それでよろしいのでしたら、この第一日目は銘々好きな話題について自由にお話しできることにいたしたいと存じます」
で女王は、自分の右手に坐っていたパンフィロに向かって、お話を一つなさって、他のお話の糸口をつけられてはとやさしく話しかけました。そこでパンフィロは、命令があったので、さっそくみなが耳を傾けるなかを、こうきりだしました。
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第一話
[#この行3字下げ]〈チャッペッレット氏はいつわりの懺悔をして信心深い修道士をだまして死に、その在世中は極悪な人間だったが、死にぎわに聖人とみなされて、聖チャッペッレットとよばれる〉
みなさん、何をするにしましても、まず万物の創造主であった神の崇高かつ神聖な御名を唱えることから、はじめるようにしたいものです。そこで、最初の者としてわたしは、わたしたちのお話の糸口をつけることになりましたので、神の御霊験の一つで幕をあげようと思います。それをお聞きの上は、わたしたちの希望が、不変のものに向かうように神さまに対して寄せられ、神さまの御名が常にわたしたちによって、称えられるようになってほしいものです。仮の世のことどもは、よろずはかなく、死滅するものでありますだけに、その内部も外部も無聊《ぶりよう》と悲歎と苦労で満ちあふれ、かぎりない危険にさらされていることは、明らかなことでありまして、もし神の特別の恩寵がわたしたちに力と用心とを授けて下さらないとしたら、そのことどもの中にまじって暮らし、またその一部であるわたしたちは、少しの間違いも引き起こさずに、それに抵抗することも、それから身を守ることもできないでしょう。そうした恩寵はわたしたちの功績によって、わたしたちの上に、わたしたちの心に、授けられるものだと考えてはなりません。それは神さま御自身の慈悲によるものでして、わたしたちと同様生身であって在世中は神さまのお思召しにそうように心がけ、今では神とともに永劫不滅、至福の者となっていらっしゃる方々のお祈りによって嘆願されて初めて授けられるものであります。その人々に対して、わたしたちは、(最高の審判者の前に自分たちの祈願を申しあげるほど大胆でもなさそうですから)、わたしたちの弱点を、みずから御経験があり、よく御存じでいらっしゃる代理者たちにするようなつもりで、わたしたち自身、自分たちにとって都合がよさそうだと考える事柄を打ち明けるのです。そればかりではなく、人間の眼の力ではどうしてもあらたかな御心の秘中を洞察することができないで、時折、世論にだまされて、神のやんごとない御前に、そこから永遠の追放に処せられ放逐された者を、わざわざ代理者として推すなどということは、わたしたちに対して憐み深い恩恵に溢れる神なればこそ、お赦しくださるのであります。それにもかかわりませず、何事も御承知の神は、嘆願者の無智や、嘆願された者の追放よりも嘆願者の純情を重くおとりあげになって、まるで嘆願された者が、その御前では至福の者ででもあるかのように、その者に嘆願した人々の願いを聞きとどけられるのです。そのことは、これから申しあげようと思うお話のなかに、はっきりと、あらわれてまいりましょう。はっきりと、と申しますものの、それは神の御判断によるものではなく、人間の判断によれば、そうだという意味なのです。
さて、人の話では、ムシアット・フランツェージが非常に金持ちの大商人から貴族になって、フランスの王の弟君、カルロ・センツァテルラ殿下が法皇ボニファツィオに召されて旅をはじめられた時に、殿下とともにトスカーナに行かねばならないことになったのですが、商人の仕事はえてしてそうしたもので、彼は自分の仕事がここかしことなかなか引っかかりが多く、早急には容易に片づけられそうもないことを承知していましたので、それを何人かの人々に委託しようと考えたのだそうです。で、ボルゴーニャ人に貸した債権を取り立てることのできる者にはだれを頼んだらよかろうか不安でしたが、その他のことについては、万事に方法を見つけました。不安の理由は、ボルゴーニャ人は、喧嘩好きで、たちの悪い、悪辣な人たちだと聞いていたからでした。で、この人の悪いボルゴーニャ人たちを相手にできると信頼のできるしたたか者はだれだろうかと、しばらくその人選に頭を悩ましていると、パリの彼の家によく出入りしていたチャッペレッロ・ダ・プラート氏とかいった者のことが想いだされました。その男は小柄で、なかなかしゃれたみなりをしていたので、チャッペレッロという名前がどんな意味なのかわからないまま、フランス人たちは、彼らの俗語によればカッペッロ、花輪ということなのだろうと思いこんで、先刻申しあげたとおり、彼が小男だったものですから、チャッペレッロと呼ばずに、チャッペッレットと呼んでいました。彼は、どこへ行っても、チャッペレッロ氏なる名前を知っている者がほとんどいない処でも、チャッペッレットとして知られていました。
このチャッペッレットの生活ぶりは、こうでした。彼は公証人でしたので、自分の書類が(これもわずかしか作りませんでしたが)、一つたりとも贋でないとわかった時には、非常にはずかしがっておりました。それをもとめられれば、いくらでも作ったに相違ありません。またたくさんお礼をもらってほかのものを作るよりも、そうした贋物なら無償でよろこんで作ったでしょう。偽証は、要求の有無にかかわらず、大喜びで申し立てました。当時フランスでは宣誓に絶大な信頼がかけられておりましたし、彼は、偽善をすることなど、ちっとも意にかいしていませんでしたので、真心にもとづいて真実を申し述べることを誓うようにもとめられるたびに、彼はそのよこしまな心のお陰で、いつもその係争に勝ちました。彼は友達や、親戚や、その他だれであろうと、そうした人々の間に、不祥事や、いがみあいや、破廉恥な事件を捲き起こさせるのが、特に大好きで、その夢中になりようったらありませんでした。そのために、大きな禍いがもちあがるほど、彼ははしゃぎまわるのでした。人殺しとか、その他いかなる犯行に誘われても、決してことわらず、すすんでこれに加わりました。で、彼が勇んで、みずから手をくだして、人々を傷つけたり、殺したりしたことも、二、三にとどまりませんでした。神や聖人たちは仮借せずに、これを呪罵《じゆば》しました。それに人並外れて怒りっぽいたちでしたので、どんなつまらないことにも、一々呪罵を繰り返すのでした。教会へはいったためしがありませんでした。教会の聖礼典は、ことごとくこれを卑しいことと考えて、劣悪なことばで嘲っていました。こんなわけですから、反対に、酒場やその他いやな場所には、すすんで出向き、遊びほうけておりました。女のことときたら、棒にからみつく犬のように、眼がありませんでした。その反対のものにかけても、どんな背徳漢をも尻目にかけた、剛の者でした。聖職者が神に捧げる良心とおなじ気持ちをもって、詐取も強盗もしかねませんでした。時折、酷く苦しんだほど大食漢で大酒飲みでしたし、性悪の賭博者で、いんちき骰子《さい》の使い手でした。なぜわたしは、こんなにくどくどと説明をするのでしょうか。おそらく彼は古今未曾有の極悪人でしたでしょう。そうした悪事は長い間ムシアット氏の権勢と身分が庇護していたので、そのお陰で彼は、ほとんどいつも難儀をかけていた個人からも始終迷惑をかけていた法廷からも、敬遠されていたのでした。
そこで、このチャッペレッロ氏が、その人となりをよく知りぬいていたムシアット氏の胸にうかんだのです。今申しあげたムシアット氏は、この男ならボルゴーニャ人の人の悪さにはうってつけの者だろうと考えました。それで彼を呼んでこさせると、こう言いました。
「チャッペッレットさん、あなたも御承知のとおり、わたしはここをすっかり引き払わなくっちゃならないんです。で、特に、うそで固めたような連中のボルゴーニャ人たちと係わりあいがあるんですが、彼らからわたしの債権を取り立てることをおまかせできるようなお方で、あなた以上の適任者は、心当たりがないんですよ。それで、目下のところ、あなたはお手空きの御様子ですし、もしあなたがこれをお引きうけ下さるなら、わたしはあなたの法廷でのお覚えをとりなしてあげようし、あなたが取り立てて下さるお金のうちそれ相当の分け前を差し上げたいと思っているんです」
仕事もなかったし、また暮らし向きもよくなかったので、長いあいだ自分の杖とも柱とも頼んでいた人が去りゆくのを前にして、チャッペッレット氏は、まるでそうするのが自分の義務ででもあるように、決心すると、よろこんでお引き受けすると答えました。一緒に相談をすませ、委任状や王の推薦状をもらった上チャッペッレット氏はムシアット氏が出発してから、ほとんどだれ一人として知人のいないボルゴーニャに行きました。そこでは、性質に似あわず、腹をたてることは最後までしまっておくつもりであるのか、おとなしくものやわらかに、取り立てをして、そこへ行った目的を果たそうとかかりました。この仕事の間、彼は二人のフィレンツェ生まれの兄弟の家に泊まっていました。二人はそこで高利貸しをしていたのですが、ムシアット氏への義理をたてて、彼を非常に優遇しました。ところが、その彼が病気になってしまいました。そこで二人の兄弟は、医者や、召使をはべらせて看護させ、病気の回復に役だちそうなものならなんでももとめさせました。でも、どんな世話もききめがありませんでした。ですから、もう老いぼれて今までにでたらめな生活を送っていたこのしたたか者も、医者のみたてでは、死病にとりつかれた者のごとく、日ましに病状が悪化してゆきました。二人の兄弟は、これをひどく苦にやみました。そこである日のこと、チャッペッレット氏が病気でふせっている部屋のすぐ隣で、お互いに話をはじめました。
「あの男はどうしたものだろうね」と一方が相手に向かって言いました。「あの男には全くてこずらされるね。こうやって病気になっているものを、わしたちの家から追い出したら、えらい非難の的となろうし、薄情なことをひけらかすようなもんだからね。わしたちが最初彼を歓迎したことや、こんなに心配して世話をさせたり、治療させたりしたのを知っている人々でも、彼がわしたちを怒らすようなことはこれっぽちもしていないのに、だしぬけに、この家から瀕死の重病に苦しんでいるところを追い出すのをみたら、そうとるのはしかたがあるまい。それに彼はなかなか悪《わる》だったから、懺悔はしたがらぬだろうし、教会の秘蹟などはうけようとはしないだろう。で、懺悔をせずに死ねば、どこの教会だって、その死体は引き取りたがらぬだろう。むしろ犬同然溝にほうりこまれるのが関《せき》の山さ。また、もし懺悔をするとしても、その罪業はとても多く、おそろしいものだから、落ちつく先はおなじだろう。彼の罪を赦したがるほどの、それに赦すだけのお力をそなえた修道士も、司祭もいるはずはないからね。だから罪を赦されないとすれば、やはり溝にほうりこまれるだろう。そんなことでも起こった日には、この土地の連中は、わしたちの商売を不正極まりないものと思って、常日頃悪口の言い放題であるにくわえて、わしたちの財産を盗みとりたい魂胆もあり、そんなことでも眼にしたら、暴動を起こして、教会でさえ引き取りたがらないこのロンバルディア人の犬畜生めら、もうここへはおいてはおけないなどとどなりだすにきまっているよ。そうしてわしたちの家におしかけてきて、ひょっとしたらわしたちの持ち物を盗むはおろか、そのほかにわしたちの生命までもっていってしまうかもしれない。だからどうしても、この男が死んでは、わしたちが困るんだよ」
こうやって彼らが話をしているすぐそばに臥せっていたチャッペッレット氏は、たいていの病人がそうですが、耳がさとくなっていたので、彼らの話を聞いていました。そこで彼は兄弟を呼んでもらって言いました。
「どうぞ、わたくしのことでいろいろと気をもまれたり、わたくしのために何か迷惑がかかりはしないかと案じたりなさることはおやめ下さい。わたくしは、あなた方がわたくしのことでお話になっていらっしゃったことを聞いてしまいました。ことがお考えどおりにすすめば、あなた方のおっしゃるようになることに間違いはないでしょう。しかし、事態は、それとはちがったすすみ方をいたしますよ。わたくしは一生のあいだに、神さまに対して悪業のかぎりをつくしましたから、今、死の瀬戸際にあたって、も一つ神さまに向かって悪業をつけくわえましたところで、大した変わりもありますまい。ですから一人の善知識を、できるだけ一番偉いそういったお方を、わたくしのところへおいで願うようにお骨折りください。そんなお坊さんが見つかりましたら、あとはわたくしにおまかせください。きっと、あなた方のことや、自分のことをいい具合に、あなた方がかならず満足なさるように、うまくまとめてごらんにいれます」
二人の兄弟は、それについて大した期待もよせていませんでしたが、それでもある修道院に行き、彼らの家でわずらっている一人のロンバルディア人の懺悔を聞いて下さるような善知識においでねがいたいと頼みました。そこで一人の老修道士が向けられることになりました。これは高徳の立派な生涯をおくり、聖書にかけては大博士で、非常に尊敬すべきお方でありましたし、市民もこぞって絶大な特別の畏敬をよせておりました。で、二人はこの修道士をつれて帰りました。
修道士はチャッペッレット氏が寝ている部屋にやってきて、そのそばに腰をおろすと、最初はことばやさしく、彼を慰めはじめました。それから、彼に、最後の懺悔をしてから、どのくらいになるかとたずねました。すると、生まれてこの方懺悔などしたこともないチャッペッレット氏が答えました。
「神父さま、わたくしの習慣は、毎週少なくとも一度は懺悔をすることでございます。それ以上懺悔をする週も多いのですが、それは別としてでございます。でも、本当のところ、病気になってから、八日もたっているのに、懺悔をしませんでした。それほど病気をうけた苦痛はひどうございました」
すると、修道士が言いました。
「わが子よ、それは結構なことです。これから先も、そうありたいものです。それでそうたびたび懺悔をしておいでなら、お聞きするにも、お訊ねするにも、たいして骨は折れまいと思います」
チャッペッレット氏が言いました。
「修道士さま、そんなにおっしゃらないでください! わたくしは、いつも、生まれた日から懺悔をした日まで、あらゆる罪業を思い出せるかぎり、全部懺悔したいと思っているのでございます。それほど度数も少なく、稀にしか懺悔をしておりません。ですからどうぞ、おやさしい神父さま、わたくしが今日まで懺悔をしたことがないものと思召して、何事についてもこまごまとお訊ねくださいますように、お願い申します。わたくしが病気だからといって、手加減なさいませんように、だってわたくしは、この自分の肉体をいたわるあまり、わたくしの救世主がその尊い御血をもってあがなわれたこの魂の破滅を招くかもわからないようなことをしでかすよりも、この肉体の苦しみのほうが、どんなによいか知れないと思っているのでございますから」
このことばは聖者にたいへん気に入りました。また十分覚悟のできた心を示すしるしとも思われました。そこで修道士はチャッペッレット氏に向かい、その習慣を口をきわめてほめそやしてから、彼が今までにどんな女とも淫乱の罪を犯したことはないかと、訊ねました。チャッペッレット氏はほっと溜め息をついてから、彼に答えました。
「わが神父さま、このことについては本当のことを申しあげるのは、はずかしい気がいたします。どうも虚栄の罪を犯す心配がございますので」
高徳の修道士は、彼に言いました。
「安心してお話しなされ。本当のことをおっしゃるのは、懺悔にせよ、ほかのことにせよ、決して罪を犯すことにはなりません」
そこでチャッペッレット氏が言いました。
「そうおっしゃっていただくと安心ですから、ではお話し申しあげましょう。わたくしは、自分の母親の体からでたままの、童貞でございます」
「ああ! 神の御祝福が恵まれますように!」と、修道士が言いました。「なんと御殊勝なことでしょう! なさりたいとお思いなら、それとは反対のことだって、あなたはわたしたちより、また他のどんな宗則にしばられている者よりも御自由な身の上でありますので、思いどおりおできになれるだけに、あなたの功績は大きなものです」
で、その次に修道士は、彼に、喉の罪で神さまの御不興をこうむるようなことはしなかったかと訊ねました。チャッペッレット氏は太い溜め息をついてから、ええ、たびたびございましたと答えました。信心深い人々によって一年に一度行なわれる四旬斎の断食のほかに、彼は毎週三日間はパンと水だけの断食をする習慣にしているものですから、礼拝をしたり巡礼に行ったりして、いくぶん疲れた時には特に、大酒飲みがぶどう酒を飲む時と同じような歓喜と欲望をもって、水を飲んだというのです。また女たちが田舎に行くと作る小草のおいしい、サラダを食べたいと思ったことも一再ではありませんでした。また彼と同様に信仰のために断食をしている者にとっておいしいと思ってもさしつかえないていどをこえて、食事することがひとしおうれしく感じられることもしばしばでした。彼に向かって修道士が言いました。
「わが子よ、そんな罪は、ありふれた、ごくつまらないものです。だから必要以上にそんなことを苦にやんではいけません。どんな人間にしろ、それがたとえ聖人であっても、長い間断食したあとでは、食べることがよくなり、骨を折ったあとでは、水を飲むのがたまらなくなるものです」
「ああ」と、チャッペッレット氏が申しました。「神父さま、わたくしを慰めようとして、そんなことをおっしゃってはいけません。御承知のとおり、わたくしは神さまのためにすることは、すべてきよらかに、ちょっとの心のくもりももたずにいたさなくてはならないと、存じております。で、そうしない者は、だれにかぎらず、罪を犯しているわけでございます」
修道士はたいへん満足して言いました。
「あなたがそうお考えになることは、わたしとしても満足です。そうしたあなたの純潔で善良な良心は、痛くわたしの気にいりました。ではおたずねしますが、ほどを忘れて多くを望むとか、もっていてはいけないものをもっていたとかして、貪欲《どんよく》の罪を犯したことはありませぬかな?」
彼に向かって、チャッペッレット氏が答えました。
「神父さま、わたくしが今高利貸したちの家に厄介になっていることで、お疑ぐりなさっては、迷惑でございます。わたくしはこことはなんの関係もないのです。それどころか、彼らに諫言《かんげん》し、懲戒して、このいやな金もうけから手をひかせたいと念じてここにまいりました。で、もし神さまがこんな風にわたくしをおたずね遊ばさなかったならば、それもできただろうと思います。しかしお耳にお入れしたいことは、父がわたくしを金持ちにしてこの世に残していったことでございまして、わたくしはその財産を、父が亡くなった時に、大部分貧乏人に恵んでしまいました。それから自分の暮らしのためと、キリストの貧乏人たちを助けてあげるために、わたくしは小さな商売を始めたのです。その商売でわたくしはもうけたいと思いました。それでいつももうけたものは、神さまの貧乏人たちと半分ずつにわけて、自分の半分は自分の必要のために使い、他の半分は彼らに恵みました。それにわたくしの創造主は、このことではたいへん御援助下さいましたので、わたくしはいつも、自分の仕事を上首尾にしとげてまいりました」
「それは何よりです」と、修道士が言いました。「では、腹をたてたことなど、たびたびございましょうな?」
「ああ!」と、チャッペッレット氏が申しました。「そのことでしたら、それはたびたびございましたとはっきり申しあげます。人々がまがったことをしていて神さまの戒めをないがしろにし、そのお裁きをおそれないのを始終見ておりまして、だれが腹をたてずにいられましょうか。若者たちが虚栄にうつつをぬかしたり、誓いをたてたり破ったり、酒場に行ったり、教会に行くことをおこたったり、神さまの道よりも俗世の道を追っているのを見て、わたくしは、生きているより、いっそ死んでしまっていたほうがよかったと思ったことが、日に何度もございました」
すると修道士が言いました。
「わが子よ。それはもっともなお腹だちです。わたしとても、そんなことで、あなたに悔悛を強うることはできますまい。だが、ひょっとして、腹だちまぎれに、人殺しをしたり、人に悪口を言ったり、その他悪いことをしたりしたことはありませんでしたかな?」
彼に向かって、チャッペッレット氏が答えました。
「これはしたり、神父さま、あなたは神さまの御遣わし人と思っておりましたのに、そのあなたが、まあ、どうしてそんなお言葉をおもちいになるのでございます? あなたがおっしゃるようなことを、どんなことにせよ、一つでもしようなどという悪い考えを、たった一度でもわたくしがもったといたしましたら、それでも神さまのお赦しがいただけたと考えるような者に、このわたくしが見えるのでしょうか。そんなことは、悪党や罪人のすることでございます。その連中にあった時は、相手かまわずわたくしは、行け、神さまのお慈悲で善人になるように! といつも言ってやりました」
すると修道士が言いました。
「では、わが子よ。神の祝福があなたにも恵まれますように! ではおたずねしますが、あなたはだれかをおとしいれるために、偽証をしたことは一度もありませんか。それとも、だれか他人の悪口を言ったり、他人から物をとって、その持ち主を困らしたことはありませんか」
「神父さま、ございますとも」チャッペッレット氏が答えました。「他人の悪口のことでしたら! それは、以前に、何の理由もないのに細君を打擲《ちようちやく》するほかには能がない隣人がおったからなのでございます。そこでわたくしは一度、その細君の身内の者に、彼の悪口を言ってやったことがございました。だって、その男が酒の度を過ごすと、きまってわたくしには口にできないようないじめ方をするので、その不幸な女がふびんでたまらなかったからでございます」
「では、あなたは商人だったといわれましたな。商人たちはよくやりますが、あなたは他人をだましたことはありませんか」
「まったくのところ」と、チャッペッレット氏が答えました。
「神父さま、ございます。それがだれだったか覚えておりませんが、わたくしが売った反物の代金として支払われることになっていたお金をもってきて下さったある一人の男ということだけはわかっております。わたくしはそのお金を勘定もせずに金庫にいれて、それから一ヵ月余もたってから、それが正当の代金より四ピッチョリ多かったことを知りました。で、その人とは二度と会う機会がございませんでしたので、それを返そうと思って一年あまりとっておいてあったのですが、わたくしはそれを貧乏人にほどこしてしまいました」
修道士が言いました。
「そんなことはつまらぬことです。あなたのようになさって結構だったのですよ」
これ以外にも、高徳な修道士は、多くのことについて彼にたずねましたが、彼はそのどれについても、こんな具合に返事をしてのけました。そこで修道士が赦免にとりかかろうと思いますと、チャッペッレット氏が言いました。
「神父さま、わたくしはまだほかに、今まであなたに申しあげていない罪を犯しているのでございます」
どんな罪かと、修道士がたずねました。で、彼が言いました。
「わたくしは、ある土曜日の午後三時以後に、自分の召使に家を掃除させて、聖日曜日に対し当然なすべきあの尊敬をおこたったことを覚えております」
「ああ!」と、修道士が答えました。「それは、つまらないことです!」
「いいえ」とチャッペッレット氏が言いました。「つまらないことだなんて、おっしゃらないでください。なぜって、日曜日はいくら尊敬しても、これで十分とはいえない日でございます。この日に、わたくしたちの主は死から生へとよみがえりたもうたのでございますもの」
すると修道士が言いました。
「で、ほかになさったことは?」
「神父さま、はい」と、チャッペッレット氏が答えました。「ついうっかりと、神さまの教会で唾を吐いたことが一度ございます」
修道士はわらいだして、言いました。
「わが子よ、それは気にかけるほどのことでもないでしょう。修道士の身であるわたしたちだって、しょっちゅうそこで唾を吐いております」
すると、チャッペッレット氏が言いました。
「それは、随分ひどいことをなさいますね。だって供物をする神聖な教会くらい、綺麗にしておかねばならないところは、どこにもございませんでしょう!」
そして彼は、わずかの間に、こうした自分の罪をたくさん修道士に話しました。それから最後に溜め息をつくと、わっと泣きはじめました。そんなことはいつだって自由にできる人でした。高徳の修道士がたずねました。
「わが子よ、どうしたというのです?」
チャッペッレット氏が答えました。
「ああ神父さま、わたくしが今までに懺悔したことのない罪がまだ一つございますが、それをお話しするのは、とてもはずかしゅうございます! そのことを思いだすと、いつもわたくしはごらんのように泣くのでございます。わたくしには、神さまが、この罪については決して、お慈悲をお恵み下さるまいということが、はっきりわかるような気がいたします」
すると高徳の修道士が言いました。
「何を言うのです。子よ、そんなことがありますか。もしもすべての人間が今日までした、またこの世のつづくかぎりすべての人間がするにちがいないあらゆる罪業が全部、ただ一人の人間の上に集められるとしても、その者が、今あなたがわたしの眼の前でされたように、それを後悔し、痛悔したとすれば、神の御寛容と御慈悲は広大なものですから、それを懺悔さえすれば、神はその者の罪業をいくらでも、御赦し下さるでしょう。ですから、安心して、それをお話しなさい」
そこでチャッペッレット氏は、あいかわらず激しく泣きじゃくりながら言いました。
「ああ、神父さま、わたくしのはその罪が大きすぎます。もしあなたにお祈りいただけないのでしたら、神さまがその罪をお赦し下さろうとは、夢にも考えることができないことでございます!」
「安心して、話してくだされ。わたしはあなたのために、神にお祈りすると約束をしてさしあげようから」
チャッペッレット氏は、泣きじゃくり言おうとはしませんでした。でも修道士は話すようにとはげましました。チャッペッレット氏は泣きながら、かなり長い間修道士をほうっておいてから、大きく溜め息をつくと口をひらきました。
「神父さま、あなたがわたくしのために神さまにお祈り下さるとお約束なさいましたから、わたくしもそれをお話しいたしましょう。実は、わたくしは幼い頃、一度だけ、自分の母に向かって暴言をはきました!」
こういうと彼はふたたび泣きくずれました。修道士が言いました。
「ああ、わが子よ、ではあなたは、それをそんなに重い罪業だとお考えなのか。ああ! 人間は日がな一日、神を冒涜しているものなのです。それでも、神は、御自分を冒涜したことを後悔している者を、よろこんでお赦しになられます。だのにあなたは、神がそれをお赦し下さるとは思えないのですか。泣かないで、さあ、元気をおだしなされ。なぜなら、あなたがたとえ主を十字架にかけた人々の一人であったとしても、わたしが今あなたに見るような痛悔をお知りになったら、主はきっとあなたをお赦しになるでしょうから」
するとチャッペッレット氏が言いました。
「ああ神父さま、あなたは何をおっしゃるのでございます? わたくしを夜昼九カ月のあいだ胎内に保っていて、それから百回以上もわたくしを抱き上げて下さったやさしい母に、わたくしは、暴言を吐くなどという、言語道断のことをしでかしました。取り返しのつかない罪でございます。もしあなたがわたくしのためにお祈りくださらなければ、そのわたくしの罪は赦されるはずがございません」
修道士は、チャッペッレット氏がもう何も話すことがなくなったのをみて、彼に赦免を行ないました。また、チャッペッレット氏が語ったことを、すっかり本気にしていたものですから、彼をこの上もない高徳の士だと思いこんで、その祝福をあたえました。臨終の際にこんな話をする者を見て、それを信じない人がありましょうか。それが全部終わった後で、修道士は彼に向かって言いました。
「チャッペッレットさん、神の御加護によって、じきにあなたは快癒されるでしょう。しかし、もし神さまが、あなたの祝福された、十分に準備のできた心を、おそば近くお召しになるようなことが起こりました際は、あなたのおからだをわたしたちのところに埋葬させることにして、およろこびいただけましょうかな?」
彼に向かって、チャッペッレット氏が答えました。
「神父さま、結構でございます。あなたがわたくしのために神さまにお祈りくださるとお約束なされた以上、わたくしといたしましては、よそへは行きたくございません。申し上げるまでもなく、わたくしはあなたの宗派に、特別の尊敬を抱いている者でございます。では、あなたが寺院にお帰りの節は、けさあなたが祭壇の上で祝福されましたあのあらたかなキリストの御聖体を、わたくしのところへお迎えできるようおはからいください。わたくしはそんな値打ちのある者ではございませんが、あなたのお赦しを得て、それを拝領したいと存じます。また罪人としての生涯を送ってきましたが、せめてキリスト教徒として死んで行きとうございますので、そのあとで、尊い最後の塗油式をうけたいと思います」
聖者は、それはよいことだ、おっしゃることはもっともだ、すぐにそうとりはからわせることにしようと言いました。そして、そのとおりとりはこばれました。
チャッペッレット氏にだまされるのではないかと心配していた二人の兄弟は、チャッペッレット氏が臥せっていた部屋と隣の部屋をへだてている板のそばに、陣取っていました。そして耳をすましていると、チャッペッレット氏が修道士に言っていたてんまつが、手にとるように聞こえました。彼らはチャッペッレット氏が犯したと懺悔していた事柄を聞いて、時々おかしさのあまり、吹きだしそうになりました。で、二人はたがいに話しあいました。
「なんてやつだ、あれは。寄る年波も、病気も、そばに迫っている死の恐怖も、それからまた、も少したつとそのお裁きの前に据えられることになっている神さまへの恐懼も、あの男を邪悪からのがれださせ、今まで暮らしてきたのとは違った死に方を願うようにさせることができぬとは、驚いたね」
けれども、彼らは、彼が修道士に教会にひきとって埋葬してほしいと言っていたのがわかったので、そのほかのことについては気にもとめませんでした。
チャッペッレット氏は、まもなく御聖体を拝領しました。重態におちいったので、最後の塗油式もすませました。午後六時をすこし過ぎてから、そのたくみな懺悔をしたおなじ日に、息をひきとりました。そのために二人の兄弟は、彼の財産を使って、彼が立派に埋葬されるようにと準備をととのえ、人を修道院に送ってそれを通知し、晩には習慣どおり修道士たちが通夜をしにくるように、また朝は死骸をひきとってもらうように、これに必要なことは全部とりはからいました。
彼の懺悔を聴いた高徳の修道士は、彼が死んだということを聞いて、その寺院の修道院長と話をまとめて、修道士の集会の合図の鐘を鳴らさせてから、その集会にあつまってきた修道士たちに向かって、チャッペッレット氏は、その懺悔を通じて考えるのに、聖者だったと説明しました。そして、神さまはかならず彼によって多くの奇蹟をお示しになるだろうと希望をのべてから、絶大な尊敬を払い至極敬虔な態度で、その死骸をひきとらねばならないと一同に説明しました。修道院長とその他の修道士たちはそれをお人好しにも信じこんで、これに同意しました。夕方になると、みなはチャッペッレット氏の死骸が横たわっている場所に行って、彼のために大掛かりで崇厳な通夜をしました。翌朝は一同白衣をまとい、外衣をかけ、片手に聖書をもって、十字架を先頭に歌いながら、この死骸をひきとりに出向き、いとにぎにぎしくおごそかなうちに、それを自分たちの教会に運びました。ほとんどまちじゅうの市民は、男も、女も、これにつづきました。死骸が教会のなかに安置されると、彼の懺悔を聞いた高徳の修道士は、壇上にのぼって、彼のことに関して、その生涯について、断食について、童貞について、素朴や無垢や聖徳について、驚異にあたいするかずかずの事柄を説きだしました。なかでも、チャッペッレット氏が、彼の最大の罪として、泣きながら彼に懺悔したところや、それを神がお赦しになるに相違ないと彼に納得させるのに、どんなに骨が折れたかを物語ってから、さて、おりはよしと、きいていた人々をたしなめようと、一同の方に向かって言いました。「ところが罰当たりの、あなた方は、自分の両足の間に麦藁が一本まきついたといっては、神さまや、聖母さまや、天国のぜんたいを呪詛しているのです!」で、この他にも修道士は、彼の信仰心のあついことや、その純真な点について、多くのことを話しました。彼のことばはその土地の人々によって全面的に信頼されましたので、彼はそこにいあわせた人々の頭と敬虔な心に、これらのことをまたたく間にたたきこむことができました、ですから、儀式がおわるとすぐに一同は、大急ぎで彼の足や手に接吻しにかけよりました。その体からは着物が全部ちぎりとられてしまいました。ほんのわずかでもそれを手にいれることができたら、しあわせだと考えていたのです。彼の死骸は、一日じゅうそうしておいて、みながこれを見たり、訪れたりすることができるようにしました。それから夜になって、彼は一つの礼拝堂のなかの大理石の棺に、うやうやしく埋葬されました。その翌日はもう、人々がそこをおとずれて、灯明をとぼし、彼をあがめはじめました。その結果彼に願《がん》をかけたり、そのかけた願のために、そこに蝋の像をつけました。こうしているあいだに、彼の聖徳の評判が高まり、彼を信仰する者がふえていきました。何か逆境に落ち込んだ者で、彼をおいて他の聖人に祈誓する者はほとんどおりませんでしたし、人々は彼のことを聖チャッペッレットと呼び、現在でもそう呼んでいるほどです。だから、人々は、神さまが多くの奇蹟を彼によってお示しになられたことをみとめておりますし、また彼に信心深くおねがいする者には、いつも神さまが奇蹟をお示しくださることをみとめているのです。
さて、チャッペレッロ・ダ・プラート氏はこうした暮らし方をし、こうした死に方をしたのですが、お聞きのとおり、聖人になりました。彼が神の御前で至福になるなどとは、思いもよらないことだとは申しあげたくないのです。彼の生涯は、はじも外聞もない邪悪なものであったとしましても、彼はその臨終に際して心から痛悔したかもわかりませんし、神がたまたま彼に御同情遊ばされて、彼を天国にお迎えになったのかも知れないからです。けれども、こんなことはわたしたちのあずかり知らぬことですから、その表面に出ているところから判断して申しますならば、この男は天国に行くよりは、むしろ悪魔の手にわたされて、地獄の責苦にあうべき者なのです。話はそうであるとしましても、神さまは、わたしたちのあやまりは問題にせず、わたしたちの信仰の純真さをごらんになられて、御自身の敵をわたしたちが仲立ちとしてたてましても、それを御自身の友とお考えくださいました上、まるでわたしたちが本当に高徳なお方を神さまの恩寵の仲立ちにおねがいでもしたごとく、わたしたちのねがいをお聞きとどけ下さいます。では、現在の逆境にのぞんで、またかくも愉快な団体にかこまれて、わたしたちが神さまの恩寵にすがりつつ、無事息災にその日を送ることができますように、神の御名を唱えて、この集いをはじめたのですが、その御名を讃えつつ、尊崇の念をあらたにして、わたしたちに困ったことがあれば、神はきっとお聞きとどけくださいますから、神におねがい申しあげることにいたしましょう。
ここで彼は口をとじました。
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第二話
[#この行3字下げ]〈ユダヤ人アブラハムはジャンノット・ディ・チヴィニーにすすめられて、ローマの政庁に行き聖職者たちの邪悪を見てパリに帰り、キリスト教徒となる〉
パンフィロのお話は、淑女たちから笑いをもって迎えられ、全体としても賞讃を博し、熱心に傾聴されました。で、お話が終わりをつげた時、彼の隣にはネイフィレが坐っていましたので、女王は彼女に、始まっている娯楽の順番に従って、一つお話をするようにと申しつけました。美しい顔におとらずものごしもしとやかだった彼女は、喜んでひきうける旨をうれしそうに答えてから、こんな風に話しだしました。
パンフィロは、そのお話のなかで、神の御慈愛はわたくしたちの誤りを、その誤りがわたくしたちの目のとどかないところから起こる場合には、とがめだてなさるものではないということをお示しになりました。で、わたくしは、わたくしのお話のなかで、みずからの行ないや言葉をもって神の御慈愛の真の証明を立てねばならないのに、その反対をやっている方々の瑕瑾《かきん》をじっとこらえながら、この同じ御慈悲がどんな風にしてみずからの明白な真理の論証を示すものであるかを、あなた方にお見せしたいと存じます。そのため、わたくしたちが、信ずるものを、さらに心を固くして敬うようになれたら、わたくしの望みは達せられます。みなさま、わたくしが以前人から聞いた話ですが、パリに一人の豪商で、心立てのよい男がおりました。ジャンノット・ディ・チヴィニーという名でよばれていて、まことに誠実で、正直で、絹や毛の織物の商売を手広くいとなんでおりました。彼は、これもまたおなじく商人で非常に正直かつ誠実な人である、アブラハムというユダヤ人の大金持ちの男と、ごく親しいまじわりを結んでおりました。ジャンノットは、アブラハムの正直で誠実なのを見て、こうした立派な、善良な人が、信仰をもたないばかりに、地獄におちるのかと思うと、気の毒でなりませんでした。そこで彼は、その友人に向かって、ユダヤ教の誤りをすてて、キリスト教の真理に改宗するようにと、したしく頼みはじめました。彼は、キリスト教の真理は、神聖で善良であって、日一日と隆盛になり、その勢力が拡大していくことを知っておりましたし、一方それと反対に、ユダヤ人の宗教は衰微し、絶滅する運命にあることも認めておりました。アブラハムは、ユダヤ教以外には神聖で善良なものはないと思うし、また自分はユダヤ教のなかで生まれたので、ユダヤ教のなかで暮らし、死んでいくつもりであって、どんなことが起ころうとこの考えをすてることはできないでしょう、と答えました。ジャンノットは、そんなことがあっても、幾日かたつと、大抵の商人がもっているがさつな態度で、なぜわたくしたちの宗教がユダヤ教よりもすぐれているかということを、説かずにはいられませんでした。そのアブラハムはユダヤ教に関しては大先生でしたが、ジャンノットとの間の深い親交が彼の心をうごかしましたものか、あるいはおそらく聖霊がその無学の男の舌を用いてお示しになったことばがそうさせましたものか、アブラハムには、ジャンノットの教えがひどく気にいりはじめました。けれどもまだ、自分の考えを固執して、これを変えようとはしませんでした。彼がこんな風に強情だったものですから、ジャンノットのほうも、相手を説得する手を少しもゆるめませんでした。そこでアブラハムは、こうした不断の懇願に耐えかねて、言いました。
「さて、ジャンノット、君は、わたしがキリスト教徒になれば、うれしいんですね。わたしはキリスト教徒になってもいいんですが、条件がありますよ。というのはその前にローマに行って、そこで君が神さまの地上の名代でいらっしゃると言われる方を見て、その方や同様にその兄弟でいらっしゃる枢機卿方の御態度や御日常に接したいと思うんです。君のことばもあり、それらのことも考えた上で、その方々のおかげで、君の信仰が、いろいろと熱心に君が御説明になるように、わたしの信仰よりすぐれたものであることに納得がいけそうでしたら、わたしは君に言ったことを履行いたしましょう。そうでなかった場合には、わたしは、現在のままユダヤ教徒でおりましょう」
ジャンノットはこれを聞いて、思いのほか悲しんで、胸のうちでこう言いました。「この男を改宗させたと思ったので、立派に骨折りがいがあったとよろこんでいたら、それも水の泡になってしまった。だって、ローマの教皇庁に行って、聖職者たちの情けないけがれきった生活ぶりを見たら、ユダヤ教徒からキリスト教徒になるどころか、たとえキリスト教徒であったって、ユダヤ教徒に逆戻りしたくなるにきまっているもの!」
で、彼はアブラハムに向かって言いました。
「まあ、君、なぜ君は、ここからローマに行く場合に当然必要になってくるそんな骨折りをなさったり、またそんなお金をお使いになろうとするんです? それでなくても、海路でも、陸路でも、君のようなお金持ちには、本当に危険だらけなものです。君は、洗礼をおあたえ下さる方を、ここでお見つけになるお考えはありませんか。もしひょっとして、わたしが君に説明した信仰に関して御疑問がおありでしたら、君がお望みになり、おたずねになることについて、君に説明のできるようなその信仰《みち》の偉い先生や賢明な方々で、ここにおられる方々以上のものを、どこにお見つけになることができましょう。そんなわけで、わたしは、この君の御旅行は余計なことだと思うんですよ。かの地におられる高位の聖職者たちは、君がここでお目にかかることができた方々とおなじようなものでして、ただ第一の羊飼いのずっとおそばにいるだけすぐれているとお考えになればよろしいでしょう。ですからそんなお骨折りは、わたしの勧告をおいれになって、他の機会に、何かで免罪を請う時まで、とっておくようにしなさい。その節はわたしもたぶんお供ができましょう」
彼に向かって、アブラハムは答えました。
「わたしは、ジャンノット、君のお話のとおりだろうと思いますよ。でも、この胸のうちをただ一言で言えば(君がそれほどわたしに懇願なさったことを、わたしにしなさいとお望みになるんでしたら)、わたしはどうしてもかの地に行くつもりなんです。それが駄目なくらいなら、もう改宗のことなど、考えないことにします」
ジャンノットは、彼の決心を見てとって言いました。
「では、お気をつけて行ってらっしゃい」彼は、心のうちでは、友がローマの政庁を見たら、キリスト教徒にはなるまいと思いました。でも、自分のふところが傷むわけでもなし、それ以上しつこく言い張りませんでした。
アブラハムは馬に乗って、できるだけ早くローマの政庁に行きました。そこに着くと、友だちのユダヤ人たちから、鄭重に迎えられました。で、そこで起居しながら、そこへきた理由はだれにも打ち明けずに、教皇や、枢機卿たちや、その他の高位聖職者たちや、政庁の人々全部の生活振りを、注意深く観察しはじめました。非常に炯眼《けいがん》な男でしたので、自分で気がついたことや、さらに人々から聞いたことから、そこでは最も偉い人物から、とるに足らぬ軽輩者にいたるまでほとんど全部が、不道徳にも淫乱の罪を犯し、自然《じよしよく》のものはいうも愚か、男色にもうつつをぬかし、後悔や羞恥の抑制など何一つないありさまであって、それに何か大きなものを釣り上げようとするのには、淫売婦や若衆の権力が侮《あなど》りがたいものであることなどがわかりました。このほかに、みなは飽食し、酒飲みで、酔っぱらいで、淫乱なばかりか、畜生のように何よりもまず胃の腑に仕える連中であることを、はっきり知りました。で、なおよくみてゆくと、だれも彼も貪欲飽くことを知らず、お金に血眼であることがわかりました。ですから彼らは、人間の血、いやキリスト教徒の血や、その聖物を、それが供物でありましょうと寺録に属するものでありましょうと頓着せず、見境もなくお金で売買をいたしており、パリで織物やその他の商品について取り交わされるよりも大きな取引を行ない、その仲買人の数もずっと多く、彼らは公然の聖器取引をば代理職とよび、飽食をば扶持の名称でよんでおりました。これらのことばの意味にはふれずにおくといたしまして、彼らは、こうしておけば神は、そんな極悪な人々の意図をお見抜きにならず、人間同様、それらの名称でだまされているに相違ないと思っているようでございました。
こうしたことが、ここにお話ししない多くのほかのことと一緒になって、おとなしくて、つつしみぶかい男でございましたユダヤ人を非常に不快にしました。で、彼は、十分見つくしたような気がしましたので、パリに帰ることに決めました。ジャンノットは、彼が帰ってきたことを知って、彼がキリスト教徒になろうとは夢にも期待しないで、彼のところを訪れて、一緒に心からよろこびあいました。幾日か疲れがやすまるのを待って、ジャンノットは彼に、教皇や、枢機卿たちや、その他政庁の高位聖職者たちをどう思うかと、たずねてみました。アブラハムは、即座に答えました。
「あそこにいる人たちには、神の罰があたっているようです! わたしがそういうのは、わたしの観察にくるいがなければ、あそこでは、聖職者はだれ一人として、聖徳や、敬虔や、善行や、生活ぶりや、その他模範にすることなどは、何一つとして備えていそうにも見えなかったからなんです。でも、淫乱や、貪欲や、飽食や、これに類したもっと悪いこと(もっと悪いことがあるとすれば)が、そこでは、みなにとても喜ばれているようでした。そのよろこびは、神聖な所行というよりは、悪魔の所行の仕事場に見うけるものでした。で、わたしがみたところでは、君の羊飼いと、従って他の連中はこぞって、心を砕き、技倆と術策のありったけをつぎこんで、キリスト教を破壊し、そこでは自分たちがキリスト教の礎石であり支柱でなければならないのに、この世からキリスト教を放逐しようと努力しているようなんです。わたしは、彼らが求めていることが起こるなどとは思いませんが、君の宗教が絶えず盛大となり、輝きをまし、照り栄えてゆくのはわかりますので、聖霊こそ他の宗教よりも一段と真実で、また神聖であるキリスト教の礎石と支柱をなすものであることを十分に認められるような気がするのです。そんなわけで君の勧告にも頑固に耳をかさず、キリスト教徒になりたがらなかったわたしですが、今はどんなことが起ころうとも、キリスト教徒にならずにはおかない気持ちになっていることを明言いたします。ですから教会にまいりましょう。そこで君の神聖な宗教に必要な慣習に従って、わたしに洗礼をさずけさせてください」
これとは全然反対の結末を予想していたジャンノットは、アブラハムの語るところを聞いた時には踊りあがらんばかりによろこびました。で、彼とともにパリの聖母教会《ノートル・ダム》にいって、そこの聖職者たちに向かい、アブラハムに洗礼をさずけていただきたいと頼みました。彼らは彼が洗礼をもとめたのを聞いて、さっそくこれをさずけました。ジャンノットはアブラハムの教父になり、ジョヴァンニと名づけました。ついで彼は非常に卓越した人々の力によって、アブラハムを完全にわたくしたちの宗教に通暁するようにいたしました。アブラハムはすぐにこれを会得して、やがて善良な、立派な、きよい生活の人となりました。
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第三話
[#この行3字下げ]〈ユダヤ人メルキセデックは三つの指輪の話をして、サラディーノが自分をおとしいれようとした一大危難をのがれる〉
ネイフィレのお話がみなに賞讃されて、彼女が口をとじると、女王の希望にうながされてフィロメーナが、こう話しはじめました。
ネイフィレがなさいましたお話は、わたくしの記憶のなかに、あるユダヤ人にかつて持ち上がったおそろしい事件をよみがえらせました。神や、わたくしたちの信仰の真理については、すでにもう大変よいお話がございましたので、今お話を人間のできごとや、行為に下げてゆくことは、すてたことでもございませんでしょう。わたくしはあなた方にそれをお話ししようと思います。これをお聞きになられた上は、あなた方が御質問をうけて、返事をなさる場合に、多分一段と用心深くおなりになることでございましょう。いとしいみなさま、あなた方は、おろかしさというものがしばしば他人を幸福な境遇から引き離して、底知れぬ悲惨のなかに投げ込むように、かしこさが賢人を量り知れぬ危険から引き揚げて、大きな、安全な休息にいこわせるものであることを、お知りにならねばなりません。おろかさが人を幸福な状態から悲惨におとしいれることが真実であることは、多くの例でわかります。それについては、いつでも、何千という例が明示されていることを考えまして、今わたくしたちは、それをお話しするつもりはございません。しかし、かしこさが歓喜の原因となることについては、お約束どおり一つ短いお話をして、簡単ながら、それを示すことにいたしましょう。
サラディーノという人は彼の武勇によっていやしい身分からバビロニアの帝王になったばかりでなく、またサラセン人の王やキリスト教国の王たちとの戦争で勝利者となったのでございますが、このサラディーノは、幾多の戦争や豪奢をきわめた生活のために、その全財産をことごとく使い果たしてしまいました。で、あらたに持ち上がったある事件のために、相当額のお金の必要にせまられましたが、それに間《ま》に合わせるために、どこからその金を都合したらよいものか、見当がつきませんでした。すると、アレキサンドリアで高利貸しをしているメルキセデックという名のユダヤ人のことが胸にうかびました。この男には、本人さえその気になれば、彼の役に立つだけの力があるだろうと思いました。でも彼は大の吝嗇家《りんしよくか》だったので、自分からすすんでやってくれそうにもありませんでした。かといって、この男に対して、暴力を用いたくはありませんでした。必要の日が近づいてきたので、彼は、そのユダヤ人に役立ってもらう方法を見つけなければならないと頭をしぼったあげく、なんとか理由らしいものにかこつけて、暴力をもちいようと考えました。そこで彼を呼ばせて、慇懃《いんぎん》に迎えいれると、自分の傍に坐らせて、こう言いました。
「わしはな、お前がなかなか聡明な人物で、神のことについては大した物しりであるとのことを、かねがね多くの人々から聞いておるのじゃが、わしは、三つの宗教のうちユダヤ教か、回教か、キリスト教か、どれが真物なのか、ぜひお前から教えてもらいたいと思う」
眼から鼻にぬけるようなユダヤ人のこの男は、サラディーノが自分のことばじりをつかまえ、何か言いがかりをつけようとしていることを、見ぬきました。そこでサラディーノの思う壺にはまらないためには、この三つのうち、どれか一つを取り上げてほめることをしてはならぬと考えました。罠《わな》にかからないように返事を慎重にしなければならないと思い、けんめいに智力をかたむけると、言うべきことがすぐに胸にうかびました。
「陛下、あなたがわたくしに遊ばされる御質問は、結構なものでございます。それで、わたくしは、それについて自分の考えを申しあげたいと存じますが、ついては、一つこれからお耳をけがしますような短いお話をいたしましたほうがよろしいかと存じます。――わたくしの記憶に間違いがなければ、わたくしはよくこんな話を聞いたことがございますが、昔、ある一人の金持ちで偉い人がおったのだそうでございます。その人が自分の宝物のなかにもっていた最も大切な宝石のうちに、特に並外れて美しい、貴重な一つの指輪がありました。彼はその指輪の値打ちや、美しさに対して、それにふさわしい敬意を払って、永久にそれを自分の子孫に伝えようと思いまして、自分のこどもたちのうち、それを父親から遺されて、この指輪が手許にある者が、その相続者であると思ってよく、また他のすべての者から長子としての名誉と尊敬をうけねばならないと、命令いたしました。またその者から指輪を遺された者は、自分の子孫に対して同様の命令をだしまして、父親のしたことにならいました。で、一口に申しますと、この指輪は手から手に、多くの後継者に引き継がれていってついに三人の美しい、品行の正しいこどもを持った人の手にわたりました。このこどもたちは、父親に従順でございました。ですから父親は三人とも同じように可愛がっておりました。で指輪のしきたりを承知していた若者たちは、銘々、お互いの間で一番名誉ある者になりたいと切望しているものでございますから、すでに老《おい》の坂をこしていた父親に、臨終の際は、自分にその指輪を遺してもらいたいと、各自が懸命になって嘆願いたしました。みなをおなじように愛していたその父親は、特にだれにそれを遺してやりたいのか、自分でもわかりませんでしたので、一人一人にそれを約束して、三人とも全部満足させたいと考えました。そこでひそかに腕ききの工匠に指輪を二つ作らせました。その二つの指輪は、作らせた自分さえ、どれが真物であるのかわからないくらいに、最初のものによく似ておりました。で、父は、臨終に際して、こっそりとその指輪をこどもたちの銘々にあたえました。こどもたちは父親の死後、それぞれ自分が遺産と名誉をえようと思ってお互いに相手の権利を否定しあい、それを合理的にさだめる証拠として、各自が自分の指輪をとりだしました。ところがどれが真物であるのかわからないほど、指輪がたがいに似ておりましたので、父親の相続者はだれであるのかという問題は、宙にまよい、今日でもそのままの始末でございます。――そこで、陛下、父なる神から三つの民にあたえられた三つの宗教についても、それについて御質問を遊ばされましたが、同じことをわたくしはあなたさまに申しあげます。すなわち、各々の民がその遺産と、その真の宗教と、それからその戒律をもっていると思っているのでございます。しかし、いずれの民が真物の宗教をもっているのかと申しますと、指輪の場合と同様に、まだ問題は宙にぶらさがっているのでございます」
サラディーノは、この男が、その足許にさしのべられた罠から手際よくのがれることができたことを知りました。そこで、彼に自分の要求を打ち明けて、彼がそれをひきうけてくれるかどうかを探ろうといたしました。で、もし相手が、今したような答え方をしていなかったら、彼は心のなかでやろうと目論《もくろ》んでいたことも、つつみかくさずに打ち明けました。ユダヤ人は、サラディーノが要求しただけの金額をよろこんで用立てました。やがてサラディーノは、その者に借金を全部返却しました。そのほかに、りっぱな贈り物を贈り、末長く自分の友だちとして厚遇して、重要な名誉ある地位をあたえて、自分の傍においたのでございます。
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第四話
[#この行3字下げ]〈ある修道士が厳罰に価する罪におちて、同じ罪を犯した自分の修道院長を手際よくとがめ立てて、その懲罰からのがれる〉
フィロメーナが、よどみなくそのお話を終えて口をつぐむと、彼女の傍に坐っていたディオネーオは、女王からの命令もまたずに、順序にしたがえば、自分がお話をしなくてはならない番がきているのを知っておりましたので、こんな具合に話しだしました。
みなさん、もしわたしがみなさんの胸の内をうまく言いあてたといたしましたら、わたしたちがここにいてお話をしているのは、わたしたち自身たのしい思いをしたいからであります。ですから、それに反することさえしなければ、すこし前にわたしたちの女王もお認めになるとおっしゃられたように、各自はみなさんを一番楽しませることができると思うお話をしてさしつかえないのだと、わたしは考えております。ジャンノット・ディ・チヴィニーのよい勧告によって、アブラハムが自分の魂を救ったことや、メルキセデックがその聡明によって自分の財産を、サラディーノの陥穽《おとしあな》からまもったことは、只今お聞きしましたので、あなた方からお叱りをうけるようなことは、よもあるまいと考えまして、手短に、ある修道士《モナコ》がいかなる狡計をもちいて、自分の肉体をきわめて重い懲罰からすくいだしたかについて、お話ししてみようと存じます。
ここから大して離れていないルニジャーナという村に、現在はありませんが、その昔、聖者修道士のたくさんいた修道院がありました。その修道院に一人の若い修道士がおりましたが、精力絶倫で、寒気も、断食も、お通夜も、これを弱めることができませんでした。彼が、たまたまある日のひるさがり、他の修道士が全部眠っている時に、ただ一人で、かなり人里離れたさびしい場所にあった自分の教会の周囲を歩いて行きますと、一人の大へん美しい娘が彼の眼にとまりました。おそらくその村の作男のだれかの娘なのでしょう。ちょうど畑で草を摘んでいるところでした。修道士は彼女を一目見ると、たちまちに、激しい肉欲におそわれました。それで、もっとそばに近よると、彼女を口説きはじめました、いろいろと話をしているうちにうまく話がついて、彼女をだれにも気づかれないように、自分の小室に連れこみました。そして、情欲のため夢中になった彼は、用心することも忘れて、彼女と乳くりあっているところを、ちょうど修道院長が眠りからおきて足音静かにその修道士の小室の前をとおりかかり、二人が立てる愛のむつごとを聞いてしまいました。で、もっとよく聞きわけようとして、そっと小室の扉に近づいて、耳をそばだてました。すると中に女がいることがはっきりとわかったので、扉口を開けさせようと思いましたが、思いなおし自分の部屋にもどると、その修道士が外にでてくるのを待つことにしました。修道士のほうはといえば、その娘を相手に世にも大きな悦楽と歓喜にゆめうつつでありましたが、やはり不安は覚えていたのです。寝室のほうで、足をひきずる音が少し聞こえたような気がしましたので、小さな隙間《すきま》に片眼をあてると、修道院長が聞き耳をたてているのがはっきりと見えました。自分の小室にその娘がいることを修道院長に知られたことは疑う余地がありません。そこで彼は、このことで後になって重い罰が科せられるにちがいないことを知って、一方ならず悲しみました。でも娘には自分の困惑はちりほども見せないで、すぐさま、何かよい救済策はなかろうかと、いろいろ頭を悩ましました。それにはあらたな狡智が必要でありました。それは想像どおりうまく目的を仕止めたのです。で、彼はその娘にこれ以上一緒にはいられないといった顔つきで、言いました。
「わたしは、ここからあなたがだれにも見られないで出て行くのには、どうしたらよいか、その方法を見つけに行ってきたいのです。だから、わたくしが帰ってくるまで、静かにしているんだよ」
そうして外へ出て、小室を鍵でしめると彼は、すぐさま修道院長の部屋を訪れて、修道士が外出の際にする慣例のとおりにその鍵を差しだしてから、そ知らぬ顔をして申しました。
「修道院長さま、けさわたくしは伐《き》らしておいた薪を全部もってこさせることができませんでした。ですからあなたさまのお許しをいただいて、森へ出かけまして、それをもってこさせたいと存じますが」
修道院長は、修道士が自分に見つけられたことに気がついていないと思い、彼の犯したあやまちをもっとくわしく知ろうと考えて、その申し出をこれ幸いと喜んで鍵を受け取り、申し出どおり許可をあたえました。修道士が立ち去るのを見て修道院長は、彼を罰する場合に、自分に対して修道士たちから苦情が出ないようにするために、彼ら全部の面前で、彼の小室を開けて一同にそのあやまちを見せておこうか、それともまず彼女から何をしていたのか聞きだしたものか、いずれにしたものだろうかと、考えました。またその女がちゃんとした家の妻か娘であったなら、修道士たちのさらしものにすることもどうかと、気にもかかりましたので、まずその女が何者かを確かめて、それから処置をしようと思いました。そこで彼はこっそりとその小室に行って、扉をあけて中へはいると、あとをしめました。娘は修道院長がはいってくるのを見て、びっくりして、恥ずかしさに泣きだしました。修道院長は彼女の姿態を一目見て、娘の美しくみずみずしいのを見てとると、年こそとってはおりましたが、たちまちに、あの若い修道士におとらないほどの肉の刺戟が燃えさかるのをおぼえました。で、ひとり言を言いだしました。
「ああ! 楽しみも味わえる時に、なぜ自分はそれを味わおうとしないんだ。不愉快なことやいやなことは、望めばいつでも、ころがってくるものだのに、これは美人だ。ここにいるなんてだれも知ってはいない。彼女を口説き落として悦楽をみたすことができるのに、それをしないって理由があるものか。だれかに見つかる? そんなことは絶対にあるまい。他人に知られない罪は、半ば赦されているのだ。こんな機会はたぶん二度とこないだろう。神が人に幸せを恵んでくれる時に、それを頂戴することは、非常に聡明なことだと、わしは考える」
そう言いながら彼は、そこへ出向いた時の意図とは全然違った考えで、娘によりそうと、ものしずかな言葉で彼女を慰めて、泣かないようにとさとし始めました。そして話をすすめていくうちに、その欲望を彼女に打ち明けるにいたりました。鉄でも金剛石でもなかったその娘は、唯々諾々《いいだくだく》と、修道院長の悦楽に身をまかせました。修道院長は彼女を抱擁すると、幾度となく接吻してから、修道士の小さな寝台に上って、おそらく自分の重々しい威厳や、その娘のいたいけな年頃を考えたのでしょう、またたぶんあまり自分の体が重いので、彼女の機嫌をそこねてはいけないと心配したのでしょう、彼女の胸の上には上らずに、彼女を自分の胸にのせて、長いあいだ、彼女と悦楽にひたっておりました。
森に行くふりをした修道士は、寝室に隠れていましたが、修道院長がひとりで自分の小室にはいって行くのを見たので、すっかり安心して、自分の計画がうまくいくにちがいないと考えました。で、彼が中にはいって鍵を下ろしたのを知って、これは確実だと思いました。そこで今までいたところから出ると、隙間のところにいって、それから、修道院長がしたり言ったりすることを細大もらさず見てしまいました。修道院長は娘と十分にたのしんだと思ったので、彼女を小室に閉じこめてから、自分の部屋に帰りました。しばらくすると、修道士の声がしたので、森から帰ってきたのだと思って、その拾った獲物を一人占めしようとした彼をうんとしかりつけて牢に投げこんでやろうと目論《もくろ》みました。そして、彼を呼びつけた上、いかめしい態度でこわい顔をしながらしかりとばして、牢にいれてしまえと命令したのであります。修道士、ここぞとばかりに答えました。
「院長さま、わたくしはまだ聖ベネディクトの宗派に、それほど長くはおりませんので、その宗派の細かい点を全部修めることはできませんでした。あなたさまはまだ、修道士が断食やお通夜で苦行するように、女で苦行しなくてはいけないということを、わたくしにお教えになってはおりませんでした。しかし、只今あなたさまがお手本をお示しなさいましたので、今回のところをお許しくださるならば、今後は決してその点では罪を犯さないことをお約束いたします。むしろわたくしは、あなたさまがなさったところを拝見したとおりに、いつも実行いたしましょう」
修道院長は聡明な人でしたから、即座に、その男が自分より上手《うわて》であるばかりでなく、自分の行為が露見したことを覚ったのであります。そんなわけで、自分の罪に気がとがめて、彼がうけるなら自分も受けねばならない懲罰を、修道士に科することははずかしいと思いました。そこで、彼を赦し、その見たことを一切黙っているように命じて、二人してこっそり娘を外にだしてやりました。その後に、娘を何度もそこへこさせたことは、想像に難くはないでしょう。
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第五話
[#この行3字下げ]〈モンフェルラートの侯爵夫人が、めんどりの饗応と機智にとんだことばで、フランス王のくるおしい恋情をおさえる〉
ディオネーオのお話に、最初の程は耳を傾けていた淑女たちの胸は、はずかしさにうずきました。その証拠には、彼女たちの顔には赤い色が見えておりました。それから彼女たちはたがいに顔を見あわせ、おかしさをこらえて、苦笑をもらしながら、そのお話を聞いておりました。けれどお話が終わると彼女たちは、そのようなお話は淑女たちのなかですべきではないことを示そうと思って、やさしいことばづかいで、彼をたしなめました。その後で女王は、彼の次にあたって草の上に坐っていたフィアンメッタのほうに向かい、順番どおりお話をするように命じました。彼女は愛嬌たっぷりに顔をほころばせて、話しだしました。
わたくしたちが、水際立った即答にどんなに大きなききめがあるかを、かずかずのお話でとりあげていることは結構なことと存じます。またその上、男の方には常に御自分より高い家柄の御婦人を愛することが常識でありますように、女たちにおきましては、自分より偉い男の方の愛情を追わないように用心する心構えが特に大事なことでございますから、わたくしがする番にあたりましたこのお話のなかでは、ある貴婦人がどうして、その行為やことばをもって、そうしたことから身を守り、相手の心を他に転じさせたかという次第を、みなさま方にお示しいたしたいと考えました。
武勇にすぐれ、ローマ教会の護衛長官だったモンフェルラート侯が、キリスト教徒によって行なわれた十字軍に加わり、軍隊をひきいて海外にわたりました。そのころ、フランスからそのおなじ十字軍に加わるために準備をしていた片眼のフィリッポ王の宮廷で、彼のことが話題となりました。ある一人の騎士が、侯爵とその夫人のような夫婦は、この星の下にはまたとありますまい、その侯爵が騎士たちの間であらゆる徳について有名なごとく、その夫人は世界じゅうのあらゆる婦人のうちでとりわけ美しく、聡明であると賞讃しました。その言葉にいたく胸をつかれた王は、彼女を見たこともないのに、たちまち熱烈な恋心を覚えたのでございます。そしてこのたびの遠征には、ジェノヴァ以外の地点からは海路をとるまいと決心いたしました。陸路で行けば、侯爵夫人に会える機会もあるだろうと考えたからでございました。それに王は、侯爵が留守なので、自分の欲望を達することができるかもしれないとひそかに思っていたのでございます。そこで考えたとおり、実行にとりかかりました。軍隊を先発させておいて、彼は小人数の貴族をひきつれて、あとから旅立ちました。
侯爵の領地に近づくと一日前に夫人に使いを送り、翌朝自分を食事に招いてくれるようにと伝えました。夫人は利口で分別のある方でしたから、それはこの身にとって、この上もないしあわせですから大いに歓待をいたしますとの旨を、よろこんで答えました。それから後になって、かかる王が、夫の不在中自分をたずねてきたのは、どうしたわけかと考えました。自分の美貌の名声にひかれて王がみえたのだろうと彼女は推量しました。それでも彼女は、国元に残っていた重臣たちを呼びよせると、王歓迎の命令をださせました。しかし食事と料理のことは、自分一人で采配をふるいたいと考えました。そこで、すぐさま、その領内にあるだけのめんどりを集めさせて、めんどりばかりを用いたいろいろの料理を食卓に供するようにと料理人に命じました。
さて王は約束の日にまいりまして、いとにぎにぎしく、鄭重に夫人に招じ入れられました。王は、夫人をつくづくと見て、騎士のことばから想像していたよりもはるかに美しく、立派で、ものごし優雅であるような気がしましたので、一方ならずおどろかれて、口をきわめてほめそやしました。期待していた以上の夫人だとわかると、王の欲望はいよいよ激しく燃えさかりました。やんごとなき王を迎えるにふさわしい調度で豪奢にかざりたてられた部屋で、しばらく休息した後、食事の時間になりました。王と侯爵夫人は同じ食卓をかこみ、他の人々はその身分に従って、それぞれ別の食卓に案内されました。ついで多くの料理や、とっておきの美酒がつぎつぎと運ばれまして、王は、その上絶世の佳人である侯爵夫人を満足気に打ち見ながら、大満悦でした。しかし、次から次へと料理がでましたが、どの料理も変わってこそおるものの、めんどり料理でないものは一つとしてでてこないのに気がつき、王はいくらか不審に思いだしました。王はこの土地がいろんな獣にめぐまれていることや、また夫人には自分の到着を前もって知らせておいてあり、狩りをする余裕もあったはずなのにと思いながら、そのことは伏せて、彼女の口からめんどりのことだけなんとかして聞きだしてみたいと思いました。そこで、顔をにこにこさせて、夫人のほうに向いて言いました。
「夫人よ、こちらではおんどりが一羽もいないが、めんどりばかり生まれるのですか」
その質問の意味がすぐわかった侯爵夫人は、神が淑女の願いをお容れになって、その意図を示す機会をおあたえくださったような気がしましたので、王のほうに向きなおると、答えました。
「いいえ、王さま、そうではございません。でも女と申すものは、その衣裳や名誉については、他の女とはいくぶん違っておりましても、女であるという点では、みな同じように作られているのでございます」
王はこのことばを耳にすると、めんどりの御馳走の理由と、その言葉に秘められた真理をよく理解し、かかる婦人に対しては、いかなる口説《くぜつ》を用いても無駄であり、権力も役にはたたないことをさとりました。王は軽率にも彼女に対し胸を燃やした邪《よこ》しまな火は、その名誉のためにたくみにもみ消してしまったのであります。王はそれ以上は夫人の返事がこわくなり、からかうのはやめて、一切の期待をすてて食事をしました。食事がすむと王は、急遽出発ということにして、その不真面目な来訪をごまかそうと思って、彼女からうけた歓待に礼を述べ、彼女からつつがなき旅路をことほがれて、ジェノヴァに向けて立ち去ったのであります。
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第六話
[#この行3字下げ]〈才人がたくみなことばで、宗教家の邪悪な偽善を当惑させる〉
フィアンメッタの隣に坐っていたエミリアは、侯爵夫人がフランス王に対して行なったうまい仕方と、やさしいこらしめがみなにほめられてから、女王のことばに従い、元気よく話しはじめました。
わたくしも、才智にとんだ俗界の人によって、賞讃に価することも吹きださずにはおられない一言をもって、貪欲《どんよく》な宗教家に一撃を加えたお話をすることにいたしましょう。
さて、たいして昔のことではございません。わたくしたちの町に、異教の堕落をさばく宗教裁判官である一人の聖フランチェスコ会士がおりました。彼は、だれでもそうすることですが、キリストの宗教の信心深い、やさしい愛護者に思われようと大いにつとめておりましたが、宗教上のつとめをおこたる者のきびしい糺問者《きゆうもんしや》であるばかりでなく、それにもまして、またお金をもっている者のきびしい糺問者でもありました。そうして注意をしているうちに、たまたま、そう利口ではないがお金をたくさんもっているある男が、彼の眼にはいりました。その男はむろん宗教を悪くいうつもりではなく、ただなにげなしに、ぶどう酒のせいでご機嫌になっていたのでございましょう、ある日、ある集まりでお話をしているうちに、キリストがお飲みになるようなよいぶどう酒が、自分のところにはあると言ってしまいました。そのことが、その宗教裁判官のところに報告されたのでございます。彼はその男の地所が広くて、財布がふくらんでいるのを知っていましたから、彼を宗教裁判にかけることにしました。その被告の不信仰をあらためさせようというのではなく、彼のもつ金貨で自分の財布をふくらませることができるように裁判をすすめようと考え、そのとおり実行しました。で、その男を召喚して、申し立てられていることは本当かどうかと彼にたずねました。そのとおりでございますとその男は答えて、その次第を語りました。それに対して、いと[#「いと」に傍点]高徳で、黄金の信者である裁判官は言いました。
「ではお前はキリストを、まるでキリストが酔っぱらいのチンチリオーネか、あるいはお前たちと同じ酔いどれ仲間で、上等なぶどう酒の愛飲家だといったんだね? それで、今殊勝な口のきき方をして、お前はこれがほんのささいなことだと見せようとしているのかね? それはえらい考え違いだ。本来ならば、お前は火あぶりの罪を犯しているんだよ」
裁判官は、こんな言い方でおどかすようなこわい顔をして、まるでその者が霊魂の永遠を否定する快楽主義者《エピキユール》であるかのように話しかけました。その男は肝をつぶして、仲介者を立てて、金貨の山(これは聖職者たちの特に金など見向きもしないフランチェスコ会士の、悪性の貪欲病には非常にききめがあるのでございます。)で、彼の両手を塗らせました。彼にぜひともお慈悲をもって穏便に、とりはからってもらいたかったからでございます。そのおくりものは非常なききめがありまして、ガリエーノ(ギリシアの名医)はこれに関して、その医学書のどの部分でも述べてはおりませんが、そのお陰で、彼をおびやかしていた火あぶり刑は、一つの十字架に変わったほど、そのききめはあらたかなものでございました。そこで裁判官は、まるでその者が十字軍にでも出かけねばならないかのように、その胸かけをひときわ美しくしようとして、その黒地に十字架を黄色でいれました。その上、すでにお金を受け取ってからも、なお数日の間、彼を自分のところにとめておいて、贖罪《しよくざい》として、毎朝聖クローチェ寺院でミサを聞いて、自分の食事の際にその面前に出頭するよう、それからなお残った時間はなんでも好きなことに使うようにと定めました。
その男は忠実に、きめられたとおり実行していました。するとある朝のこと、彼はミサで、「汝らはその一つごとに百倍をうけ、かつ永遠の生命を得べし」ということばが歌われる福音書《ふくいんしよ》の一節を耳にしました。そのことばを彼はしっかりと記憶にとどめておきました。それから言いつけどおり、食事の時間に裁判官の前にきてみると、裁判官は食事をしておりました。裁判官は彼に向かって、その朝ミサを聞いたかどうかとたずねました。彼は裁判官に向かって即座に答えました。
「はい、裁判官さま」
そこで裁判官が言いました。
「そのミサを聞いて、不審に思ったことや、たずねたいと思ったことはなかったかね?」
「たしかに」と、その人は答えました。「わたくしが拝聴いたしましたところについては、不審に思うことは何にもございません。むしろ全部本当だと確信いたしております。それについて一つ、あの世であなたさま方がひどい目におあいになることを考えて、あなたさまや、あなた方修道士さまたちに御同情せずにはいられませんでした。また今でも御同情申しあげております事柄を、耳にいたしました」
すると、裁判官が言いました。
「お前にそんな同情心を起こさせたことばとは、どんなことだったのかね?」
その男が答えました。
「裁判官さま、それは福音書の、汝らその各々につき百を得ん、というあのおことばでございました」
裁判官が言いました。
「それは本当のことだ。だが、それだからといって、どうしてこのことばがお前に憐憫の心を起こさせたのかね?」
「裁判官さま」とその男が答えました。「では、それをお話しいたしましょう。わたしは、ここへ参るようになりましてから、毎日、ここの外で多くの貧乏な人々に、この修道院で修道士さまたちやあなたさまが召し上がりきれないので、そのなかから、時によって、一釜、二釜と、大きな釜のスープをお恵みになるのを見てまいりました。ですから、一釜について百釜が、あの世であなたさま方に酬いられるといたしますならば、みなさまはたくさんスープを頂きすぎて、そのなかで溺れ死ぬに相違ございませんね!」
裁判官の食卓についていた他の人々はどっと笑いましたが、裁判官は、その男が自分たちの偽善ぶりを諷刺しているのを知って、すっかり怒ってしまいました。自分の行なった裁判について非難をもらしたのでなかったら、彼をもう一度裁判にかけたことでございましょう。その男は、彼とその他の怠け者を滑稽なことばで諷刺したのですから。で、彼は腹立たしげに、その者に向かって、二度と自分の前にこないで、どうとも勝手にするようにと命じました。
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第七話
[#この行3字下げ]〈ベルガミーノは、プリマッソとクリーニーの修道院長の話をして、めずらしいことにカーネ・デッラ・スカーラ卿の胸におこった吝嗇《りんしよく》を、たくみに諷刺する〉
エミリアの諧謔にとんだお話に、女王や仲間の者全部が、贖罪者の奇抜な忠告をおかしがって、ほめ讃えました。やがて、笑いがとまり、各自がおちつきをとりもどすと、話をする順番になっていたフィロストラートが、こんな具合に口をひらきました。
尊敬すべきみなさん、動くことの絶対にない標的を射あてることはよいことです。でも何か新しいことが不意にあらわれた時に、すぐさま射手がこれを仕止めてしまうとすれば、それはほとんど奇蹟と申さねばならないでしょう。聖職者たちの醜悪汚濁《しゆうあくおだく》の生活は、明白な証拠にあふれております。修道士たちの偽善的な慈悲について、宗教裁判官を諷刺したあの男の人のやり方は水際立っておりますが、わたしは只今のお話から思いついたのですが、これからお耳に入れる人は、さらに一段と賞讃すべきであるかと存じます。その人は、立派な貴族であるカーネ・デッラ・スカーラ卿の心に不注意から起こった思いがけない吝嗇をみて、面白い話をして、他人にかこつけて自分や卿のことについて言いたいと思っていたことを述べ、卿を一本まいらせたのであります。と申すのは、こうなのです。
カーネ・デッラ・スカーラ卿は、かずかずの幸運に恵まれ、そのかくかくたる名声はほとんど全世界にとどろきわたり、皇帝フェテリゴ二世以来イタリアにおいて知られていた最も著名な、最も立派な王侯の一人でありました。彼は、ヴェローナで注目にあたいするようなすばらしい祝宴をもよおし、各地から多くの人々が、特にあらゆる種類の宮廷人がこれに参加するようにと手配しましたが、どんな理由かわかりませんが、たちまちその考えをひるがえして、参加した人々には、それ相当の贈りものをして、引き取ってもらいました。ただ一人、ベルガミーノと呼ばれる者――彼の話しているところを聞いたことのない者は想像もできぬほど機転のきく、たくみな話し手ですが――だけがなんの贈りものも受けず、それかといって断りもされないで、そこにとどまっていました。彼はいずれうまい風の吹き廻しで、そうやっていることも無駄にはなるまいと、思っていたのでした。しかしカーネ卿は、いつもに似合わず、彼に何を贈ったところで、火のなかに投げこむよりも無駄なことだと思いましたので、それについては何もいわず、人をやって伝えようともしませんでした。
ベルガミーノは、幾日かの後、自分が招待されず、自分の芸≠ノ属することで所望もされないのを知り、また馬や召使を連れてきているので、宿屋で金がいるのをみて、憂鬱になりだしました。しかし、出発するのはまずいと考えて、やはり待っていました。彼は、祝宴に立派なみなりで出るために、他の王侯たちから贈ってもらった三枚の美しい贅沢な着物を持参していました。宿の亭主が勘定を請求したので、彼はまずその一枚をあたえ、ついで、その滞在が長びき、もっとそこに泊まっていたかったので、第二の着物もあたえてしまいました。そして、第三の着物を抵当にして食べ始めました。彼はその着物の値段で可能なまで待ってみて、それから出発しようと考えていました。
さて第三の着物を抵当にして暮らしていたある日のこと、カーネ卿が食事をしているその面前に、彼が憂鬱な顔をして現われたのでした。卿はそれを見ると、何か彼に話をさせて楽しむより、彼を困らせてやろうと思って言いました。
「ベルガミーノ、どうしたんだい? ひどくふさいでいるね。何か話をしなさい」
するとベルガミーノは、二つ返事で、大分前から準備してでもいたように、即座に、自分の場合にうまく当てはめて、こんな話をしました。
お殿さま、あなたさまもとくと御承知のことでありますが、プリマッソはラテン語にかけてはなかなかの達人でして、衆に抜きんでた才気煥発の詩人でございました。そんなことが彼を非常に尊敬される有名な人にいたしましたので、どこへ行ってもその顔を見て彼であるとわからない人は一人もないとまでは申しませんが、その名前や名声から、プリマッソはどんな人物であるか、それを知らない者はございませんでした。さて、その彼がパリで、落魄した生活に落ち込んでおりました時に、人々がクリーニーの修道院長のうわさをしているのを聞きました。クリーニーの修道院長は、神の教会が有するうちで、教皇についで、その収入では最も富裕な修道院長であると思われているのでございます。彼はまた修道院長について、修道院長がいつも饗宴をはり、修道院長のいるところに行きさえすれば、飲食をことわられることはないという驚くべき、すばらしいことを人々が話しているのを耳にしました。それを聞いてプリマッソは、もともとえらい人や貴族の近づきになることを楽しみにしていた人でしたから、この修道院長の贅沢な生活を見に行きたいと心を決めて、当時修道院長がパリからどのくらい離れているところに住んでいるのか、たずねてみました。すると、およそ六マイルばかり離れているその別荘の一つにいるとわかりました。プリマッソは朝早く出かければ、食事の時間までには着けると考えました。で、そこへ行く道筋を教えてもらいましたが、不運にも道を見失って、食べ物にありつけないようなところにまよいこみはしないかと心配しました。そんな時に、食物がなくて苦しむことがないように、水は(好きでもなかったし)どこにでもあると思ったので、三つのパンを懐にして歩きだしました。そしていい按配に、食事の時間に修道院長のいるところに到着しました。中へはいって、いたるところを注意深くみてまわりました。支度のととのった数多くの食卓や、大仕掛けの料理場や、その他食事のために準備してあるいろいろの品物を見て、ひとりごとを言いました。(全くこれは、評判どおりの、大したお方だ!)
しばしのあいだ、そんなことに気をとられておりますと、修道院長の給仕頭が(食事時でしたので)、手洗いのため水をと命じました。水が運ばれて手をきよめると、みなは食卓に案内されました。たまたまプリマッソは、修道院長が食堂に入るための扉口のちょうど真正面に坐らされました。
その饗宴では、修道院長が食卓につかないかぎり、食卓には決してパンもその他の食物や飲み物も運ばれない習慣になっておりました。そこで給仕頭は、食卓の支度をすました上、修道院長にいつでもお好きな時に召し上がれますと伝えさせました。修道院長は食堂に行こうと、部屋を開けさせました。歩きながらふと前を見ると、たまたま彼の眼にはいった最初の男が、プリマッソでした。非常に見すぼらしい服装をしていて、見たこともない顔でした。これを見たとたんに、王侯にふさわしくない、今までにない変な考えが心にうかんだ修道院長は、ひとりごとを言いました。「いったいだれにわしは御馳走しているんだ!」そしてとってかえすと、部屋を閉めるように命じ、また傍にいた者たちに向かって、だれか、扉の正面の食卓についていたあの汚い男を知っているかとたずねました。みなは、いいえと答えました。歩いては来たし、断食には慣れていませんでしたので、食欲をもよおしていたプリマッソは、しばらく待っていましたが、修道院長があらわれないのを見て、もってきた三つのパンのうち一つを懐からとりだして、食べはじめました。
修道院長はしばらくぐずぐずしていてから、このプリマッソが席を立ったかどうか見てくるように、召使の一人に命じました、その召使は、「いいえ、院長さま、それどころか、自分でもってきたらしいパンを食べております」と答えました。すると修道院長は、「自分のをもってるなら、それを今食べたらいいんだ。今日は、わしたちの御馳走はしないから」と言いました。修道院長は、プリマッソを追いだすことは、よいことではないような気がしましたので、プリマッソが自分から席をはずすのを希望していたにちがいありません。プリマッソは一つのパンを食べ終わっても、修道院長がこないので、第二のパンを食べはじめました。そのことは、召使から修道院長に、報告されました。とうとう、修道院長がこないので、プリマッソは第二のパンを平げてしまって、第三のパンを食べはじめました。そのことがまた修道院長に報告されました。修道院長は、一人になって考えると、こう言いだしました。「おや、わしの心に今日うかんだのは、なんておかしな考えなのだろう。で、だれに向かってこんなことを考えたのだ? 長年わしは、自分の御馳走を食べたいと望んだ者にはだれにでも、それが貴族であるか、いやしいものであるか、貧乏人であるか、金持ちであるか、大商人であるか、小商人であるかなどの区別はせずに、御馳走をしてきた。で、この眼で、言語道断なきたない連中がそれを食べちらすのも見てきた。でも、あの男を見てわしの心に起こったようなこんな考えが、一度だってわしの胸にはいりこんだことはなかった! 相手がつまらない人間だからといって、わしが吝嗇《りんしよく》になるはずは、決してないことだ。彼を尊敬する気持ちが、わしの心のなかでこんなに弱いのは、わしにはきたない男に思われるあの者が、実はだれかえらい人物であるかもしれないからだ!」
こう言うと彼は、その男が何者なのか知りたいと思いました。で、その男が、自分の豪奢な生活ぶりを人から聞きそれを見たいと、やってきたプリマッソであることがわかりまして、修道院長は、大分前からその名声を伝え聞いており、その男が立派な人物であることを知っていたので、はずかしく思い、そのつぐないをしようと思い、いろいろの方法で下へもおかず歓待につとめました。で、食事がすむと、プリマッソの値打ちにふさわしいように、高価な衣裳をつけさせて、金や、馬を贈り、出立するなり逗留するなり、心のままにするようにと言いました。プリマッソはそのはからいに満足して、胸にありったけのお礼を述べてから、前には徒歩で出立したパリへ、こんどは馬上ゆたかに帰って行きました。
カーネ卿は、怜悧な方でしたので、それ以上の説明をまたずに、ベルガミーノが言おうとしたところをよく理解しましたので、にっこり笑って言いました。
「ベルガミーノ、君は、自分の苦痛と、その値打ちと、わしの吝嗇と、それから君がわしから希望するところを、まことに手際よく示された。今君に対して吝嗇だったほかに、本当にわしは吝嗇だったことなどは一度もないのだ。だが、君が振ったその鞭で、わしは吝嗇を追い払うことにしよう」
卿は、人をやってベルガミーノの宿屋の主人に勘定をすませました。それから自分の衣裳で彼を非常に高貴なみなりに仕立てて、金と馬を贈って、出立するなり逗留するなり、彼の好きなように選ばせました。
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第八話
[#この行3字下げ]〈グイリエルモ・ボルシェーレが、たくみなことばをもって、エルミーノ・デ・グリマルディ氏の貪欲を痛烈にこらしめる〉
フィロストラートの隣にはラウレッタが坐っていました。ラウレッタはベルガミーノの機知を人々がほめるのを耳にしてから、つぎは自分が話す番だと思い、命令されないうちに、愛想よくこう話しはじめました。
只今のお話から、親愛なるみなさま、わたくしは、ある一人の宮廷人が、今と同じようにある大金持ちの商人の貪欲を痛烈に皮肉って、目的を達したお話をする気になりました。お話は、筋の上では似ておりますが、結末がうまくいっていることを考えてみますと、あなた方にとって、前のお話におとらず興味がおありだろうと存じます。
さてジェノヴァに、だいぶ前のことですが、エルミーノ・デ・グリマルディ氏と呼ばれる紳士がいました。彼は(みなの考えているところによりますと)、広大な土地と莫大な資産をもっていて、それで、当時イタリアで名の知れたどんなお金持ちの富をも凌駕しておりました。彼は、その富においてどのイタリア人をも凌駕していたように、その貪欲と吝嗇《りんしよく》の点でも、世界中のどんな貪欲者や吝嗇家よりも、はるかにすぐれておりました。ですから、他人を歓待するにあたって財布の口をしっかりと締めておくばかりでなく、また自分自身のみなりを適当にかざることについても、品のよい服装をするのが常であるジェノヴァ人一般の風習にさからって、金を惜しむために極度の不自由をしのんでおりましたし、食べることや、飲むことについても同様でした。そんなわけで、当たり前なことですが、彼はデ・グリマルディという姓が落ちて、ただエルミーノ・アヴァリツィア氏と、みなから呼ばれておりました。
この人が金を使わずに、その財産をふやしていたその頃のことでございますが、ジェノヴァに、グイリエルモ・ボルシェーレという名の教養高く弁舌の達者な、選りぬきの宮廷人が到着したことがございます。彼は今日そこいらに見受ける宮廷人とはおよそ違っておりました。今日の宮廷人といいましたら、現在貴族や紳士とよばれる人々の腐敗した生活ぶりをたいしてはずかしいとも思わない連中でして、彼らは、宮廷でというよりも、下賤な人々の醜悪のなかで育ったろばとでも呼ぶべき手合いでございました。で、その昔貴族たちの間に戦争やいさかいが生じた場合に、平和をとりきめるために骨を折ったり、結婚や姻戚関係や同盟を取り結んだり、美しい、やさしいことばで疲労した人々の心を慰めたり、宮廷をたのしませたり、父親のように厳格なこごとで、悪人たちの欠点を懲らしめたりすることが普通彼らの仕事であって、これにはほんのわずかの報酬があるだけでした。ですが、今日では、次から次へと悪いことを触れまわっては、不和の種をまき、悪口|讒言《ざんげん》を口にし、さらに悪いことには、それを人々の前でしたり、その真偽にかかわらず悪事や醜行や汚行をお互いに責めあい、口先だけのお追従《ついしよう》で正直な人々にいやしい破廉恥な真似をさせたりするのに、時を盗みうつつをぬかしております。で、人なみすぐれていやらしいことばを吐いたり、これを行為に示したりする者は、下劣な堕落した貴族たちから、特に重用され、厚遇され、莫大な報酬をもって甘やかされるのでございます。これは現在の社会のおおいに糺弾すべき恥辱でありまして、またこの世ではすでに道徳が姿を消して、哀れにも人間どもを、悪徳の槽のなかに投げすてた歴然たる証拠でございます。
あまり腹立たしいあまり、少しばかり横道にそれましたから、前のお話にもどりまして、さて、お話いたしますが、先ほど述べたグイリエルモは、ジェノヴァの貴族全部から歓待され、よろこんで引見されました。彼はその町に幾日か滞在しているうちに、エルミーノ氏の吝嗇と貪欲についていろいろたくさん聞きこんだものですから、その人にあいたくなりました。エルミーノ氏は、このグイリエルモ・ボルシェーレなる者が、偉物《えらぶつ》であることをかねがね聞いておりましたし、貪欲ではありましたが、心のなかにはいくらかの親切心をもっておりましたので、親身のあることばで、うれしそうな顔をして彼を迎えると、いろいろのことを話しあいました。お話をしているうちに、彼は一緒にいあわせた他のジェノヴァ人と一緒に立ち上がると、善美をこらして造らせた自分の新しい家の一つに、彼を案内し、その家を隈なく見せた後に言いました。
「さて、グイリエルモさん、あなたはたくさんのことを見たり、聞いたりなさっていますが、今までに見たことのないようなもので、わたしが、この自分の家の部屋に描かせることができるようなものを何か、お教え願えないでしょうか」
グイリエルモはその無遠慮なことばを聞くと、彼に向かって答えました。
「さあ、今までにだれも見たことのないようなものは、そうですね、くさめか、それに似たものでなければ、お教えできそうにもございませんがね。でもお望みでしたら、わたくしは、あなたさまが今までに決して御覧になったことがないと思うものを一つ、しっかりとお教えいたしましょう」
エルミーノ氏は、「あ、お願いです、それはどんなものですか、おっしゃって下さい」と、グイリエルモが答えたような返事があたえられるとは思いもよらなかったので、言いました。
すると、グイリエルモは、すかさず言いました。
「恩恵[#「恩恵」に傍点]を、そこにお描かせになられるんですな!」
エルミーノ氏はこのことばを聞くと、すぐに痛くはじいり、今までとはうって変わった反対の気持ちになりました。そこで言いました。
「グイリエルモさん、わたしは、それを描かせましょう。どうしてもあなたや、ほかの方々にわたしは、それを見たことも、知ったこともないと、言われたくはありませんから」
で、この時以来(グイリエルモから言われたことばはなかなかききめがありました)、彼は最も寛容な、最もやさしい貴族となり、当時ジェノヴァに住んでおっただれにもまさって、他国人や、市民を歓待する人となりました。
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第九話
[#この行3字下げ]〈チプリの王がグァスコーニャの一婦人により痛罵されて、暗愚より脱し、英邁になられる〉
エリザは女王の最後の命令をうける番になっておりました。彼女はそれを待たずに、すっかり陽気になって、話しはじめました。
お若いみなさま、いろいろの叱責や数多くの懲罰をうけても、どうしてもできなかったことが、ただ無意識に、偶然いわれた一言で、それができるようになることが、よくあるものでございます。そのことは、ラウレッタがお話しになったもののなかに、実によくあらわれております。わたくしも、も一つのごく短いお話で、それをあなた方にお目にかけようと存じます。なぜなら、よいお話というものは、その話し手がだれであっても、いつも役に立つものでありまして、よく気をおとめになって聞くべきものであるからでございます。
さてお話し申しますが、それは、チプリ(キプロス島)の初代の王の時代で、ゴッティフレ・ディ・ブリオーネによって聖地の征服がおこなわれた後のことでございました。グァスコーニャのある貴婦人が、キリストのお墓にお詣りに行きまして、そこからの帰りみち、チプリに着いた時に、数人のならずものに無体にもはずかしめられたことがございました。そこで彼女は、やりきれない悲しみの果てに、王に訴えようと考えました。しかし、それは無駄な骨折りだとある人に言われました。その王ときたら、他人のうけたはずかしめのために司法権をうごかして報復をしないだけならまだしものこと、自分に対して加えられた数かぎりない恥辱すらも、卑屈な態度でじっと辛抱するという、それはぐずな性質で、善を行なう気力に欠けていたからなのでございます。で、何かしゃくにさわることがあると、みなはだれでも王に汚辱や恥辱をあたえて、そのうっぷんを晴らしておりました。その話を聞いて、くだんの婦人は、報復の希望を失いましたが、そのなげきをいくぶんでも慰めようと思って王の意気地なさを痛罵してやりたいと考えました。で、泣きながら、王の面前に出て申しました。
「王さま、わたくしは、この身にうけた災難について報復をして頂こうとお願い申しあげるために、あなたさまの御前にまいったのではございません。けれども、そのかわりにわたくしは、あなたさまが御自身お受け遊ばされているのではないかと御想像申し上げる数々の御災難を、どんな方法であなたさまがおこらえになっておられるのかをお教えくださいますようにと、お願い申しあげます。そういたしますれば、あなたさまにみならってわたくしも、この身の災難をじっと耐《こら》えることができましょう。本当のところ、できますことなら、この身のうけた災難は、いっそあなたさまに差し上げたいくらいに思っております。あなたさまは、それは御立派な災難の辛抱者でございますもの!」
王はその時まで暗愚で、優柔不断でございましたが、まるで夢からさめたように、この婦人のうけた災難を手始めに、この災難については厳重に処断報復いたしましたが、それから後は、彼の王冠の名誉にさからうようなことを犯す者に対しては、実に峻厳な処刑者となったのでございます。
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第十話
[#この行3字下げ]〈ボローニャのアルベルト先生が思いをよせたある婦人から恥をかかされようとして、かえって彼女をはずかしめる〉
エリザが口をつぐんだので、お話のしんがりは、女王だけになりました。女王は女らしいやさしさをうかべて口をひらくと、話しました。
聡明なみなさま、輝く晴れた夜には星が空のかざりであり、春には花が緑の原のかざりであるように、品のよい警句は、ほむべき作法やこころよい談話のかざりでございます。それは簡単なものでございますから、男子よりも婦人に適しております。それだけ男子よりも婦人に対しては、長々と話すことは、それをしないですむ場合には、さけたいものでございます。今日、警句などを理解し、あるいは理解してもこれに返事のできるような婦人はごくまれか、または皆無でございましょう。そうしたことは、わたくしたちやこの世に生をうけている婦人全体の恥辱でございます。と申しますのも、かつては昔の婦人の心のなかにあったちからを、近代の婦人は肉体の装飾に向けているからでございます。で、思いきりかざりのついた、最も極彩色の、縞模様の衣裳をつけている婦人が、多くの者から特に重んじられ、他の婦人たちよりも尊敬されるに相違ないと考えているのであります。それをろばに積んだり、着せたりする者があれば、彼女たちよりろばのほうがはるかにたくさん担《にな》っていることができますし、だからといって、それはろば以上の尊敬をうけるものではないだろうなどとは、考えておらないのですね。わたくしは、こんなことを申してはずかしいと存じます。だって、自分のことは棚へ上げておいて、他の婦人方に申しあげることはできないからでございます。こんな具合にかざりめかした、このように塗りあげた、こんなに極彩色のこの婦人たちは、あるいは大理石の彫像のように黙りこんで無感動であり、あるいはたずねられれば答えますが、その返事と申しましたら黙っていたほうが、ずっとよろしいくらいなものでございます。
彼女たちは、婦人たちとまじって、あるいはまた聡明な男の方たちと一緒にお話をすることができないのは、心の純潔なせいだと考えているのでございます。そして彼女たちは、女中や洗濯女や、またはパン焼き女と口をきく婦人の他は、どんな婦人でも貞潔ではないとでも考えているらしく、自分たちの愚鈍なのを貞潔だとよんでいるのでございます。彼女たちが考えていることが、自然の理法にもとづくものでございましたならば、自然は別の方法で、彼女たちにも無益な饒舌を制限したでありましょう。ほかのことでもそうですが、このことについても、時と場所と話す相手を注意しなければならないことは事実でございます。ですから、ある婦人なり男の方なりが、たくみな言葉で相手の顔を赤らめようと思いましても、自分の力と相手の力とをよくはかっておかなかったばかりに、他人に投げつけるつもりであったその恥辱が、かえって気がついてみると、自分に戻ってきていたということは、間々起こることでございます。そこであなた方が御用心遊ばすように、またそればかりではなく、普通どこでもいわれております、女はいつも貧乏籤をひくというあの諺があなた方には通用しなくなりますように、今日のお話のうち、わたくしがしなければならない番にあたっておりますこの最後のお話で、みなさまに御聡明になって頂きたいと存じます。そして、あなた方がそのお心の気高い点で他の方々と異なっておられますごとく、その御日常の立派な点でも、他の方々とは違っていらっしゃることをお示しになれますようにと望んでおります。
そう昔のことではございませんが、ボローニャに一人の偉いお医者がおりました。その名声はほとんど世界じゅうにとどろいておりまして、おそらくまだお達者でしょうが、その名前はアルベルト先生と申しました。彼はもうほとんど七十歳の老齢ではありましたが、その精神は大変すぐれており、すでに肉体の本来の熱気はほとんど全く失くなっていましたものの、胸に恋の焔をうけいれることを拒みはいたしませんでした。ある宴会で、二、三の人の語るところによりますと、マルゲリーダ・デ・ギゾリエーリという名前のある非常に美しい未亡人を見て、すっかり気に入り、まるで若者のように、その胸に焔を燃やしました。昼間その美しい女のやさしい愛らしい顔を見なかった時は、その夜はよく眠れないような気がしたほどでございました。そのために、彼は、その場合の好みに従い、ある時は徒歩で、ある時は馬で、この女の家の前へかよいはじめました。そんなわけで、彼女や他の多くの女たちが、彼がかよってくる理由を知って、一緒になって、いい年をした分別のある男が恋に浮き身をやつしていると、冗談まじりに話すことが何度もありました。まるで彼女たちは、この恋という非常にこころよい情熱は、若者たちの純真な心にだけはいりこんで、そこを住み家とするものであって、それ以外の場所ではそんなことは起こらないものであると思いこんでいるようでございました。そんな次第ですから、アルベルト先生が相変わらずかよってくるので、あるお祭りの日のこと、こんなことが起こりました。この婦人が他の多くの女たちと自分の家の戸口に坐っていると、遠くからアルベルト先生が自分たちのほうにやってくるのが見えました。彼女と一緒になってみなは先生を招じ入れ、歓待して、あとでその恋をからかおうと考えまして、そこで一同は立ち上がると、彼を涼しい中庭に連れこんで、そこへ極上等のぶどう酒と甘いお菓子を運ばせました。そしておしまいに、耳ざわりのよいしとやかなことば使いで、数多くの美しい、やさしい、快活な若者たちが彼女を恋い慕っていることを知っていながら、どうしてこの美しい婦人に恋する気になどなれたのかと、彼にたずねました。先生は、慇懃《いんぎん》をきわめたその諷刺の矢面《やおもて》にたたされたことをさとりましたので、うれしそうな顔をして、答えました。
「貴婦人よ、わしが恋をしているからと言って、利口な方なら、どなただって、特にあなた方でしたら、ふしぎにはお思いにならぬはずです。あなた方は恋をされるだけの値打ちがありますもの。年寄りには無論、恋を実行するだけの必要な力がありませんが、それだからと言って、善意とか、愛される価値のあるものを理解する力とかが取り上げられているわけではないのです。老人というものは、若者よりも分別があるだけに、愛される値打ちのあるものがよくわかっております。多くの若者たちが恋しているあなたを、年寄りのわしが恋している、そのわしの心をうごかしている希望はこうなのです。わしは今までにたびたびその場合に居合わして、女たちがおやつを頂いているのを、その時、はうちわ[#「はうちわ」に傍点]豆と韮《にら》を食べているのを見ております。で、韮には何もいいところはありませんが、もっとも球根の頭はそれほど味が悪いものではなく、口あたりがよいものです。その韮を、あなた方は普通、好みが間違っていて、球根の方を手にもって、なんの足しにもならないばかりか、いやな味のする葉の方を召し上がるのです。恋人を選ぶのにも貴婦人よ、あなたがおなじようなことをなされるかどうかは、存じません。で、もしあなたがそうされるのでしたら、あなたに選ばれるのはわしでして、ほかの連中は追い返されるわけでしょう」
貴婦人は他の女たちと一緒に、心持ちはじらいながら言いました。
「先生、あなたはとてもたくみに、またお手やわらかに、わたくしたちの思い上がったたくらみをお懲らしめになりました。で、あなたのは、分別のある立派なお方の愛情でございますから、わたくしは、うれしく存じます。ですから、わたくしの貞潔には触れないで、あとは御自分のものと思召して、お好きなように愛してくださいませ」
先生はその仲間と一緒に立ち上がると、婦人に礼を述べてから、笑いながら、陽気に暇を告げると、帰っていきました。
こんなわけで、婦人は、そのからかう相手に注意しなかったために、勝てると思って敗けてしまいました。ですからあなた方も、御賢明でございますなら、念には念を入れて御注意を遊ばしませ。
若い淑女たちと三人の紳士たちの話が終わった頃には、すでに太陽も西に傾いて、大分暑さも弱まってまいりました。そこで女王は、愛嬌をたたえながら言いました。
「愛するみなさま方、あとは新女王を、そのお考えのままに、御自分のとわたくしたちの生活を清い歓楽にひたらして下さるような、来たるべき日を主宰遊ばされる新しい女王を、あなた方にお薦めすることだけで、今日わたくしの主宰の下ですることは、他には何も残っておりません。で、只今から夜になるまでは、まだ今日という日は終わったとは申せませんが、前にいくぶんでも時間をとっておきませんと、将来のためによい準備ができるとは思われませんし、新女王が明日の役に立つとお決め遊ばす、その準備がおできになるためには、只今この時間に、次の日が始まるものとなさったほうがよろしいかと存じます。そこですべての生命のよりどころでおわします神を畏れ敬いつつ、わたくしたちのよろこびのために、この次の日には、まことに思慮深いお方でいらっしゃるフィロメーナが、女王として、わたくしたちの王国を導かれることでございましょう」
こう言って彼女は立ち上がると、月桂樹のかんむりをとって、うやうやしくフィロメーナの頭にのせました。フィロメーナには、まず彼女が、ついで他の淑女たちが全部、それから紳士たちも同様に、女王としてのあいさつを送り、よろこんでその治下に身をささげました。
フィロメーナは、自分が王国の王位に推戴されたことがわかると、はじらっていくらか顔をあからめましたが、パンピネアが少し前に言ったことばを思いおこして、意気地のない者と見られまいとして、元気を取り返しました。それで、まず、パンピネアからあたえられていた役割を全部認めまして、翌朝とその日の夕飯の際に(今一同がいるここにとどまっていて)、行なわれる事柄を命令しました。その後で彼女はこう話しだしました。
「みなさま、パンピネアが、わたくしの力というよりも、彼女の親切から、わたくしをあなた方全部の女王にしてくださいました。そうは申しましても、だからといって、わたくしは、わたくしたちの生活の仕方をきめるのに、わたくしの判断だけでやっていかねばならないとは思っておりません。わたくしは自分の判断と一緒にあなた方の御判断にも従おうと思っております。で、わたくしが自分でしたらいいと考えることを御承知いただき、その結果あなた方がお好きなように付け加えたり、減じたり、おできになれるようにと思いまして、それをごく手短かにあなた方に御説明しようと存じます。パンピネアがおとりになった方法を、今日、わたくしが拝見いたしましたところにまちがいがございませんとすれば、それは賞讃すべきものであり、たのしいものであったような気がいたします。ですから、お話が、長過ぎるとか、またはその他の理由で、退屈なものになれば別ですが、それまではその方法を変えようとは考えておりません。わたくしたちがもう着手したことの手配はすみましたし、少しばかり散歩でもいたしましょう。太陽も沈もうとしておりますから、涼しいところで夕飯をいただきましょう。それからすこし歌でも歌って、ほかの遊びをしてから、やすむことにいたしましたら、よろしゅうございましょう。明朝涼しいうちにお起き下さい。そして同じように、銘々お好きなように、どこかに散歩をいたしましょう。で、今日いたしましたとおりに、さだめの時間には食事に帰ってまいりましょう。踊りましょう。それで、昼寝をしてから、ここにもどってきて、お話をいたしましょう。このお話のうちに、まったく、わたくしには、快楽と、おなじく教訓の大部分がふくまれているような気がいたします。実はパンピネアが、主宰者の地位にえらばれたのがおそすぎたために、おできにならなかったことを、わたくしは始めたいと思います。
それは、わたくしたちがお話ししなければならないことを何かの題の内に制限して、これを前もってあなた方にお知らせしておきたいことなのでございます。御銘々が、話すようにとあたえられた題についてお考えになる余裕を、お持ちいただきたいからでございます。それでよろしいようでしたら、その題はこうでございます。この世のはじめから人間は運命のいろいろな波にひきずられてまいりましたが、おそらく最後までそうでしょうと思います。そこでみなさま御銘々が、『いろいろのことで苦しめられた人が、はからずもしあわせな結末に到達した』ことについて、お話しになられてはいかがかと存じます」
淑女たちも紳士たちも一様に、この命令を讃えて、それに従おうと申しました。みなが黙ると、ディオネーオがただ一人こう言いました。
「ここにおられるみなさんがおっしゃったように、わたしも、あなたのおあたえになられた命令は、実にうれしい、見事なものであると申しあげます。しかしわたしはあなたに特典の賜をおねだりいたします。それを、わたしたちの集まりがつづくかぎり、わたしには許していただきたいのです。それはこうなんです。わたしがその規則に束縛されないで、ですから、わたしがいやな場合は、あたえられた題によって、無理にお話をする必要はなく、好きなお話をしてもよいということなのです。こんな恩典を希望しまして、お話の持ち合わせのない男のように他人に思われたくありませんので、だから、わたしはいつも最後に話すこととしていただいて結構です」
女王は、彼が愉快な陽気な男であることを知っていました。彼がこれを要求したのは、一同が話に疲れた時に、何か笑わせるような話をして、一同の気持ちを解きほぐすだけのためであると、さとくも見抜くことができましたので、他の人々の同意を得て、よろこんでその恩典を彼にあたえましたので、女王が座を立つと、一同はゆるやかなあしどりで、清冽《せいれつ》に澄みきった小流のほうに去ってゆきました。その小流は小川からおこって、白い石と緑の若草の間を、鬱蒼《うつそう》とした樹立でかげった谿谷へと、下ってゆきました。
ここで淑女たちは裸足で両腕もあらわに、水にはいっていって、たがいにいろいろとたわむれはじめました。で、食事の時間が近づきましたので、館に帰り、楽しく夕食をいただきました。その食事の後、楽器をもってこさせると、女王は踊りを一つはじめるようにと、その踊りはラウレッタが指導するようにと、またエミリアがディオネーオのリュートの伴奏で歌を一つ歌うようにと、命じました。その命令によって、ラウレッタはさっそく踊りの姿勢をとると踊りました。この踊りについて、エミリアは、次のような歌を愛情をこめて歌いました。
いと愛《いと》おしやわが美貌、
仇な思いのかげりさえ
浮かぶひまなく愛《いと》おしや。
鏡にうつる美に拾う
心うれしきあの幸《さち》よ
今の世のこと昔の思い
などこの歓び奪うべき、
さらばこの世にこの胸に
新たなる焔《ひ》を掻き立つる
うれしきもののあるべきや。
わが慰めに見かえれば
逃げやらでなおこの幸は、
心のままに寄りそいて
わが知る甘美はいと深く
ことばにのせるすべもなく、
かかる望みに燃えずして
味わい知るべき人ありや。
見つめ見つむるこの幸に
心はいとど燃えまさる、
ああ彼の人に身をささげ
われに約せしものに酔い
甲斐なき夢のなかなりし
よろこびの峰仰がばや。
まだ、その歌詞を熱心に考えていた者もございましたが、一同が楽しく繰り返し唱和していた軽妙な舞踊歌が終わって、ほかに二、三の踊りがあって後、短か夜の一部がすでに過ぎ去りましたので、女王は第一日の終わりにしたいと思いました。で、炬火《たいまつ》をともさせて、銘々翌朝までやすみにいくようにと命令しました。そこで一同は自分の部屋にひきさがって、そういたしました。
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第二日
[#この行3字下げ]〈デカメロンの第一日が終わり、第二日がはじまる。この日はフィロメーナの主宰の下に、いろいろのことで苦しめられた人が、はからずもしあわせな結末に到達したことを話す〉
すでにいたるところに太陽は、その光とともに新しい日をもたらしました。鳥は緑の小枝で楽しい歌をさえずり、人の耳にそのあかしを伝えました。すると、すべての淑女たちと三人の紳士たちは、同じように起きて、庭へおりると露にぬれた草をゆるやかなあしどりでふみしめながら、ここかしこときれいな花輪をこしらえながら、長い間楽しく散歩していました。で、前の日にしたとおりに、今日もいたしました。すなわち涼しいうちに食事をして、すこしばかり踊って午睡をとった後、午後三時すぎに起きると、彼らの女王の命令に従い、涼しい芝生にいって、女王のまわりに坐りました。非常に姿のよい、愛らしい顔をしていた女王は、月桂冠を頭にいただいて、しばらくの間|躊躇《ちゆうちよ》していましたが、一座の者の顔をひとりひとり見廻してから、ネイフィレに向かって、これからのお話の糸口をつけるために、先にお話を一つするようにと命じました。ネイフィレは、逃げ口上も言わずに、すこぶる上機嫌で話しだしました。
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第一話
[#この行3字下げ]〈マルテッリーノは麻痺患者であるとよそおい、聖アルリゴの遺骸の上にのせられて、快癒したと見せかけた。しかしそのたばかりを見破られて、殴られて捕えられた上、絞殺される危難におちいったが、最後にこれをのがれる〉
親愛なるみなさん、他人を、特に尊敬すべき物を愚弄《ぐろう》しようとした者が、逆に愚弄され、自分だけその損害を蒙るということは、本当によくあることでございます。ですから、わたくしは女王の命令に従って、提出された話題にわたくしのお話で先鞭をつけるために、わたくしたちの市民の一人に起こった、不幸にはじまり、後ではからずも非常にしあわせに終わった事件をお話ししようと存じます。
そう古いことではありませんが、トリヴィジに、アルリゴとよばれるドイツ人がおりました。彼は貧乏人でしたので、他人に頼まれて、荷物を運ぶ仕事をして、賃銀をもらっておりました。それにもかかわらず彼はみなから、徳の高い、善良な人だと考えられていました。そんなわけで、本当かどうかわかりませんが、トリヴィジの人々の言うところによりますと、彼の死んだ時に、トリヴィジの大教会の鐘が全部、だれも綱をひかないのに鳴りだしたというのでございます。みなはそれを奇蹟だと信じこんでこのアルリゴを聖人だと申しました。で、都市《まち》じゅうの人々が、彼の遺骸の横たわっている家におしかけて、御聖体を取り扱うように、その遺骸を大教会に運びました。そこへ人々がびっこや、麻痺患者や、盲人や、その他どんな病気や不具でも、これに悩んでいる者たちを連れてきました。まるでこの遺骸にさわるとだれでもみな快癒するにちがいないと、思いこんでおりました。
町の人々が大騒ぎをして往き来している間に、トリヴィジに三人のわたくしたちの市民が到着しました。その一人はステッキと呼ばれ、もう一人はマルテッリーノ、三番目のをマルケーゼと申しました。王公たちの宮廷をおとずれては、百面相をしたり、風変わりな方法でどんな他人の真似もしてみせて、見物する人々をたのしませている連中でございました。彼らはこの地には来たことがありませんので、見るとだれも彼もが駈け廻っているのに、びっくりしました。これはどうしたわけか、その理由を聞きまして、見に行きたくなりました。で、自分たちの荷物を、ある宿屋においてから、マルケーゼが言いました。
「この聖人を見に行きたいもんだね。だが、わしの考えでは、そこへ行くのはむずかしいようだ。聞くところによると、広場はドイツ人たちと、それからほかに、この土地の市長が騒ぎが起こっては困ると警備に派遣した人々で一杯だということだ。そればかりではない、人のうわさによると教会は、ほとんどもう立錐《りつすい》の余地もないほど人々で一杯だそうだ」
すると、これを見たがっていたマルテッリーノが言いました。
「あきらめなくてもいいよ。聖人の御遺骸のそばまで行くいい方法を、わしが見つけてやるから」
マルケーゼが言いました。
「どんな?」
マルテッリーノが答えました。
「では言おう。わしが麻痺患者に化けよう。で、お前が片方から、ステッキが別のほうから、わしが一人で歩くことができないのだといった具合に、わしを支えていて、その聖人にわしを癒してもらうのに、そこへ連れて行きたいんだって顔をしているんだ。わしたちを見たら、だれだって道をあけてくれるよ。そして、みなは、わしたちを通してくれるにちがいない」
マルケーゼとステッキには、その方法が気にいりました。で、善は急げとばかり三人は、打ち揃って宿屋を出ると、人気のないさびしい場所に行きました。そこでマルテッリーノは、両手や指、両腕や両脚、そのほか口や両眼や顔全体を二目とは見られないほど恐ろしく、ひきつらせました。彼を見た者はだれだって、彼が文字どおり見る影もなく、みにくく変わりはてて、ひきつっていると申したことでございましょう。こうして、マルケーゼとステッキがささえ役をして、三人は信心深そうな顔をして、前にたちふさがっている者たちに向かって、下手《したて》から、お慈悲です、と道をあけてくれるように頼みながら、教会のほうに進んでいきました。そうしてやすやすとその望みを達しました。で、一同に親切にされながら、ほとんどいたるところに「道を開けてやれ! 道を開けてやれ!」との叫び声を聞きながら、まもなく、彼らは、聖アルリゴの遺骸がおいてあるところに到達いたしました。で、そのまわりにいた身分の高い人々にすぐに抱きあげられて、マルテッリーノは、さあこれで治癒の恩寵をおうけなさいとばかり、遺骸の上にのせられました。
人々がこぞって、彼がどうなるかと注意して見るうちに、マルテッリーノは、しばらくの間もじもじしておりましたが、そうしたことは実によく心得たものでございましたので、まず指を一本ずつのばしはじめ、それから片手を、次いで片腕をのばすようなふりをして、こんな具合に全身を伸ばしはじめました。それを見て人々は、聖アルリゴを讃えて、大騒ぎをいたしましたので、これでは雷鳴さえ耳にははいるまいと思われるほどでございました。
ところが偶然にも、その場所の近くに、マルテッリーノを非常によく知っている一人のフィレンツェ人がおりました。でも彼は、マルテッリーノがそこへつれてこられた時には、顔つきがひどく変わっておりましたので、それがマルテッリーノだとは気がつきませんでした。彼はその男が体をちゃんと伸ばしたところを見て、マルテッリーノだとわかりましたので、すぐに吹きだして言いました。「神さまの罰でもあたるといいんだ! ああやってるところを見たら、だれだって本当の麻痺患者だと思わない者はないだろう!」この言葉をトリヴィジの者が何人か小耳にはさんで、すぐに彼にたずねました。「なんですって! その男は麻痺患者じゃないんですか」そのフィレンツェ人は、彼らに向かって答えました。「そんな馬鹿な! 彼はいつも、わたしたちのだれとも同じように、ちゃんとした体をしていたんです。だが、あなた方もごらんになったように、彼は、その姿をどうにでも好きなように変えるこんな手品にかけては、だれよりも、うまいんですよ」
その人々には、これだけ聞いたら、もうそれ以上を聞く必要はございませんでした。わっとばかりに進みでると、どなりはじめました。
「この神さまと聖人たちの、裏切り者と愚弄者をつかまえろ! そいつは麻痺者でもないのに、われわれの聖人やわたしたちを馬鹿にしようと思って、麻痺者の真似をして、ここへやってきたんだ!」こう言いながら人々は、彼をとりおさえると、そのいた場所からひきずりおろして、その髪の毛をつかみ、着物を全部ひきはがして、殴ったり、蹴ったりしはじめました。これにかけ加わってそうしない者は一人もいなかったように、彼には思われました。
マルテッリーノは、「どうぞお慈悲を!」と叫んで、全力をつくして身を護りました。しかしそんなことは、なんにもなりませんでした。群衆は時のたつにつれて、ますます押しかけてまいりました。ステッキとマルケーゼはそれを見て、これはまずくなったと、お互いに言いだしました。それで自分の身が心配になって、彼を助けだそうともしないで、それどころか、ほかの人々と一緒になって、殺してしまえなどとどなっておりました。そうしながらも、しじゅう、どうしたら彼を市民たちの手から引き離すことができるかと、案じておりました。人々は、マルケーゼがとっさに思いついたにげ道がなかったら、きっと彼を殺してしまっていたことでございましょう。そこには市庁の警官が全部出張っておりましたので、マルケーゼは大急ぎで市長代理になってきていた者のところへいって申しました。「どうぞお慈悲を! 金貨百フィオリーニはたっぷりはいっていました財布を、わたしから掏《す》り取ったものが、ここにいる。どうぞ、そいつをつかまえて、お金を取り戻せるようにしてください」
それを聞くとすぐに、十二人もの警備兵がさんざんにひどい目にあわされていたマルテッリーノのところに駈けつけると、やっとのことで群衆を引き分けて、その手から殴ったり蹴ったりさんざんの目にあっている彼を引き離して、そこから市庁へと引き立てました。そこへは彼に愚弄されたと思っている大勢の者たちが、彼について押し寄せてきてまして、彼が掏摸《すり》としてつかまったのだと聞くと、彼をひどい目にあわせるにはほかによい口実もなさそうなので、彼らも同じように、めいめい彼に財布を掏られたと言いだしました。それを厳格な人だった市庁の裁判官が聞いて、さっそく彼を傍へ連れてゆくと、そのことで彼に訊問をしはじめました。しかしマルテッリーノは、まるで捕縛されたことなどなんとも思っていないように、からかいながら返答をしておりました。当惑した裁判官は、彼を吊り縄にしばらせると、あとで彼を絞り首にするために、人々から自分に申し立てがあったことを白状させようと思って、思いきり、縄を何度も引っ張らせたのでございます。マルテッリーノが地上におろされて後、裁判官がみなの申し立てていることは本当かどうかと聞きましたので、彼は、そうではないと申し立てたところで無駄だと思いまして、言いました
「裁判官さま、すぐにでも、本当のことを白状申しあげます。しかしわたくしを訴えている一人一人に、いつどこで、わたくしがその者の財布を掏ったか、あなたさまに申し立てさせてください。そうすれば、わたくしは自分がしたことと、しなかったことを逐一あなたさまに申しあげましょう」
裁判官は言いました。
「それは気にいった!」
で、何人かをそこへ呼びださせました。一人は八日前に掏られたと言いました。他の者は六日前、別の者は四日前と申し立てました。また二、三の者はちょうどその日に、と答えました。
マルテッリーノは、それを聞きつけて、申し立てました。
「裁判官さま、彼らはみな口からでまかせの嘘を言っているのでございます。わたくしが本当のことを申しあげているというその証拠を、わたくしはあなたにお見せすることができます。全くわたくしは少し前からここにきているほかは、ここに来たことはございませんので、ほんとにこんなところに来なければよかったのです、で、ここへ着いてから運悪くその聖人の御遺骸を見にまいりまして、そこでごらんのとおりひどい目にあったのでございます。それで、わたくしが申しあげることが本当かどうかは、入市外国人係の市庁の役人や、その記録簿や、またわたくしの宿屋の主人が、あなたさまに証明することができましょう。ですからわたくしが申しあげるとおりであるとおわかりになりましたら、どうかこれらの悪人たちの願いをいれてわたくしを拷問にかけたり、殺したりなさらないでください」
事態がこんな具合になっている間に、マルケーゼとステッキは、市庁の裁判官がマルテッリーノに対して峻厳な裁判をおこない、すでに吊り縄にぶらさげてしまったと聞きましたので、肝をつぶして、お互いに話しあいました。「まずいことをやったもんだね。わしらはあの男を鍋から取り上げて、火の中へ投げこんじまったんだよ!」そこで大急ぎで駈けだすと、宿屋の主人のところへまいりまして、一部始終を彼に物語りました。そこで主人は笑いながら、二人を、トリヴィジに住んでいて市長のもとで高位についているサンドロ・アゴランティなる人のところへ、つれてゆきました。そしてすべてのことを順序立てて、彼に話してから、マルテッリーノのことについて心配していただきたいと、彼らと一緒にお願いしました。サンドロは、腹をかかえて大笑いをしてから、市長のところへ行き、使者をやってマルテッリーノを召し出してもらいたいと願いでまして、そのとおり実行されました。
わざわざ出向いて行った人々は、彼がまだ裁判官の前で、肌着のまま、すっかり気を顛倒させて、おびえきっている姿を眼にとめました。それは裁判官が、彼の弁明などに耳を傾けようとしなかったからでございます。それどころか、裁判官はたまたまフィレンツェ人たちを憎んでいるところもございましたので、彼の首を絞めさせてやろうと腹をきめておりました。だから、どんなことがあっても彼を市長に手渡そうとはしたがりませんでした。でもしまいにはしぶりながらも、彼を渡さねばならなくなりました。
それで、市長の前に召し出されてから、マルテッリーノは、市長にすべてのことを順を追って話し、特別のお慈悲をもってここを立ちのかしてもらいたい、フィレンツェに帰るまではしょっちゅう首に縄がかかっているような気持ちがするからと嘆願いたしました。市長はこんな事件に、涙の出るほど笑いこけました。で、衣裳をめいめいに一着ずつ贈らせました。一同は、狐につままれたような気持ちで、こうした大危難をのがれて、つつがなく、彼らの家に帰って行ったのでございます。
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第二話
[#この行3字下げ]〈リナルド・ダ・アスティが追剥の難をうけ、カステル・グイリエルモにいたり、ある寡婦に宿を提供され、盗まれた物を返されて、無事に自分の家に帰る〉
ネイフィレによって話されたマルテッリーノの事件について、淑女たちは一方ならず笑いました。紳士たちのうちではフィロストラートが特別笑っておりました。彼はネイフィレのつぎに坐っておりましたので、女王は彼に、ネイフィレの後をうけてお話をするようにと命じました。彼は、すぐに話しはじめました。
お美しいみなさん、わたしは信心と災難と恋愛が少しずつまじったお話をしたいと思います。このお話はたぶん、また特に恋愛[#「恋愛」に傍点]の不安な国々を遍歴する旅行者である方々でしたら、お耳に入れておかれたほうが、おためになることでしょう。そうした国々では、聖ジュリアーノの主祷文をしばしば唱えない者は、よい寝床をもたれても、寝心地が悪いものであります。
さて、アッツォ・ダ・フェルラーラ侯の時代に、リナルド・ダ・アスティとよばれるさる商人が、商売上の仕入れのためにボローニャにまいりました。その仕入れをすまして家に帰る途中、フェルラーラを出て、ヴェローナに馬を走らせている時、数人の者に行きあいました。彼らは商人のように見えましたが、その実は追剥《おいはぎ》で、悪事をなりわいとする素性のいやしい人々でした。リナルドは軽率にも、彼らと話をしながら、同行しました。彼らは彼が商人であるのを見て、金をもっているにちがいないと見込みをつけて、おりがあったら、盗ってやろうと決心しました。で、彼らは彼にどんな疑いも起こさせまいとして、じみな、身分のよい人々らしく、品のよい立派なことばかりしゃべっていて、自分たちが謙遜な愛想のいい人のように見せようと、できるだけのことをいたしました。ですから彼は、馬に乗った従者と二人だけでしたので、彼らにあったことを、大変しあわせなことだったと思いこんでおりました。こうして旅をつづけながら、話はえてしてそうしたものですが、一つのことから別のことへと話題を変えているうちに、人間が神にささげる祈祷のことになりました。すると三人いた追剥の一人が、リナルドに向かって言いました。
「で、旦那さん、あなたは旅をしておいでの時は、普通どんな祈祷をおっしゃるのですか」
彼に向かってリナルドが答えました。
「実のところわたしは、そんなことについては、無頓着な、平気なほうで、旧式な暮らしぶりでして、二十四デナリオもかかるところを二ソルドで間に合わせるといったきりつめ屋ですので、お祈りなどもほとんど持ち合わせがありません。でも、そうは申しましても、旅行中わたしはいつも、朝宿屋を出る時に、聖ジュリアーノのお父さんとお母さんの霊魂のために、主祷文と御告げのお祈りを捧げる習慣にしておりまして、その後で、今度の夜もよい宿をお授け下さいますようにと、神さまと聖ジュリアーノさまにお祈りいたします。生まれてこのかた、今までに何度も、旅行中に大きな危難に落ち込みましたが、どれもこれものがれてまいりましたし、その夜はよいところに、うまく宿をあたえられました。そんなわけでわたしは、日頃お祈りしている聖ジュリアーノさまがわたしのために、この恩寵を神さまにお願いして、お授け下さるようにお取り計らい下さったからだと、信じこんでおります。わたしは、朝、こうしたお祈りをささげなかったら、その日をつつがなく過ごして、その夜はいい宿にありつけそうもないような気がすることでしょう」
すると、彼に向かって、質問者が言いました。
「で、今朝、あなたはお祈りなさいましたか」
リナルドは、彼にこたえました。
「ええ! ちゃんと」
そうすると、事態がどんな風になっていかなければならないのか、先刻百も承知のその男は、腹のなかで言いました。「そのお祈りが必要だろうぜ。俺たちさえへまをやらなきゃあ、思うに、貴様は、どっちみちへんてこな宿にとまることになるだろうからな」
そこで、彼に向かうと申しました。
「わたしも御同様、今までにだいぶ旅行をしてきました。で、お祈りはいいものだとたくさんの人々がほめているのを、何度も聞かされましたが、自分では一度もやったことがございません。でも、そうだからと言いまして、別にひどい宿にとまったこともないのです。で、今晩、お祈りをなさったあなたとそれをしなかったわたしと、どっちがよい宿をとることになるか、たぶんおわかりになられるでしょう。わたしがそのお祈りの代わりに、『ディルピスティ』『ンテメラータ』とか、『デ・プロフンディス』とかのお祈りを唱えているのは、全く本当のことです。それはうちの婆あ[#「婆あ」に傍点]が口ぐせに申しておりましたところによると、めっぽう効験あらたかなものでございますよ」
で、こうしていろいろのことを話しながら、旅をつづけるうちにも、彼らはその邪悪な企らみに都合のよい場所と機会をねらっておりました。もう時刻もおそくなりまして、カステル・グイリエルモをすぎ、川をわたる時に、この三人は、刻限もよし、場所も人里を離れ、草木にかこまれているのを見てとって、彼にとびかかると、その持ち物を掠奪して、馬からひきずりおろすと、肌着一枚だけをのこしてすっかり剥ぎとった上に、立ち去る時にこう言いました。
「貴様の聖ジュリアーノが、今夜いい宿を恵んでくれるかどうか、まあ見てみることだね。俺たちのはな、いい宿をお恵みくださるだろうよ」
そして川をわたると、彼らは行ってしまいました。リナルドの従者は彼が襲われたと見ると、卑怯にも、ちっとも助けようとはしないで、乗っていた馬の頭をうしろに向けると一目散、まっしぐらに駈けつづけて、カステル・グイリエルモに到着しました。そこにはいった時には、もう夜でしたので、そのまま何もせずに泊まりました。肌着一枚こっきり、はだしにされたリナルドは、雪まじりの寒さは激しさをまし、どうしてよいのやら途方に暮れました。見ると、もう夜になっていますので、体をふるわせ、歯をがちがちいわせながら、凍え死んではたまらないと、あたりに一夜を明かすことのできそうな隠れ家はないものかと、見はじめました。でもすこし前に、そのあたりには戦争があって、なんでも燃えてしまっていたので、それらしいものは何一つ見あたりません。そこで彼は寒いのでじっとしていることもできず、駈けるようにして、カステル・グイリエルモのほうにさして行きました。自分の従者が、そこへにげて行ったものか、それともよそへ行ったものか、わかりません。またもし彼がその町にはいることができれば、何か神さまのお恵みがあるだろうと考えていました。しかし城壁で囲まれた町から、一マイルばかりのところにきた時、まっくらになりました。そんなわけで町に着いたのはだいぶおそかったので、城門はとざされ、はね橋はあげられてしまっていたので、町のなかにはいることができませんでした。彼は悲しくなって、うちひしがれたように泣きながら、せめて雪をしのげるだけの身の置き場所はないものかと、あたりを見まわしました。するとはからずも城郭の上に一軒家が、いくぶん外にとびだしているのが眼にはいりました。彼はその家のひさしの下へ行って、夜のあけるまでいようと決心しました。それでひさしの下へ行って、一つの扉口《でぐち》を見つけると、そこは、閉まってはいましたが、そのへんにあった麦藁を少しかきあつめてから、精も根もつきはてた、悲しい気持ちになって、その前に腰をおろすと、なんども聖ジュリアーノに向かって、これは自分が聖ジュリアーノによせている信仰に対してひどすぎると言って、ぐちりました。けれども聖ジュリアーノは彼をお見棄てにならないで、さっそく彼のためによい宿を準備したのです。
この城郭をめぐらした町には、この世に二人とないくらいみめ美わしい一人の寡婦《かふ》がおりました。彼女はアッツォ侯が生命にかえてもと思って寵愛していた女でありまして、侯はそこに彼女をかくまっておいたのでした。で、今申しあげました女は、偶然にもリナルドが身をよせたひさしの、その家に住んでいたのでした。ちょうどその日、侯は、その夜は彼女と寝るつもりでその地にきておりまして、彼女の家にひそかに風呂を沸かさせ、贅沢な夕食をととのえさせていました。で、今すっかり準備ができて、侯の到着を待つばかりになっていました。ところが一人の急使が城門に到着して、侯に報告をもたらしたので、そのために彼はすぐに馬にのって出発しなければならなくなりました。そんなわけで女には自分を待っていないようにと使者を立てて告げた上、すぐさま出発してしまいました。そこで女は、いささかしょげていましたが、どうしようもなく、侯のために用意した風呂にはいり、それから夕食をとったら寝てしまおうときめました。こうして彼女は風呂にはいりました。この風呂は、気の毒にリナルドが身をよせていたあの扉口のそばにありました。ですから女は風呂にはいっていて、リナルドがこうの鳥のように歯をがちがち言わせながら、泣いたり、ふるえたりしているのを耳にしました。そこで女中を呼んで言いました。
「ちょっと行って、この扉口の下にだれがいるか、その者が何者なのか、そこで何をしてるのか、見てきておくれ」
女中が出て行って、あたりの明るいのを頼りに見ると、そこには前に申し上げましたように、くだんの男が肌着一枚で、はだしでふるえながら坐っておりました。そこで彼女はだれなのかたずねました。リナルドは、やっと聞きとれるくらいの声でふるえながら、できるだけ少ない口数で、自分が何者であり、どうしてそこにいるのかを説明しました。それからできることなら、ここで今夜自分をこごえ死にさせないでほしいと憐れっぽく訴えかけました。女中はかわいそうに思って、主人のところに立ち戻ると、一部しじゅうを報告しました。女主人も同様憐憫の情をそそられ、侯がおしのびの際一、二度用いたその扉口の鍵のあることを思いだして言いました。
「行って、そっとあけておやり。ここには夕食の御馳走があるのに、召し上がる方はおいでにならないし、お泊めする部屋もあるのだからね」
女中は女主人のそうした同情の気持ちを非常にほめそやしてから、彼のために扉をあけてやりました。で、男を中へいれてから、見るとほとんど凍え死にそうな様子なので、婦人は彼に向かって言いました。
「さ、早くお風呂にはいりなさい、まだ熱いし」
そこで彼はさっそく二つ返事で、気のすむまで、ゆっくりと風呂にはいりました。風呂の熱さで、からだがやすまると、すっかり生き返ったような気がしました。婦人は、すこし前に亡くなった自分の夫のものであった衣服を、彼のために準備させました。彼がそれを着ると、まるでその体にあわせてつくられたかと思われるほどでした。で、彼は婦人から何か話があるだろうと心待ちに待ちながら、こんなに悪い夜から自分を救いだして、こんなよい宿屋にお導き下さったことを、神と聖ジュリアーノに感謝しました。
婦人はすこし休んでから、部屋の一つに火をたくさんたかせ、そこへはいってくると、あの男はどうしたかとたずねました。女中が答えました。
「奥さま、あの方はお召し物をおつけになりました。きれいなお方で、それは上品な、礼儀の正しいお方のようでございます」
「では行って」と、婦人が言いました。「お呼びしていらっしゃい。こちらの火のところへおいでになるようにと、申し上げて。それから御飯を召し上がるはずよ。まだすんでらっしゃらないにきまってますもの」
リナルドは、その部屋にはいってきて、女を見て、これはたいへん身分のある人だという気がしましたので、いんぎんに彼女に向かってあいさつをすると、自分にあたえられた恩恵について、あらんかぎりの言葉をならべて、お礼を申しました。婦人は彼を見、彼のことばを聞いて、女中が言っていたとおりに思われましたので、うれしそうに彼を迎えると、親しげに火のそばに自分とならんで坐らせて、ここまで彼をやってこさせた出来ごとについて、彼にたずねました。リナルドはすべてのことを順序だてて、彼女に物語りました。女は、リナルドの従者が城町にはいってきた時に、そのことについて何か耳にはさんでおりました。ですから、彼が話したことをすっかり信用しました。彼女は彼の従者について聞き知っていたことを話して、だから夜が明ければ容易に彼を見つけだせるだろうと彼に言いました。
食卓の用意がととのいましたので、リナルドは婦人のことばに従って、一緒に、両手をきよめてから、食事をはじめました。彼は体も大きく、きれいな、人に好かれるような顔をしていて、その挙作には実に賞讃にあたいするほど優雅なものがあり、中年の若者といった感じでした。婦人は何度も彼を見上げていましたが、彼が心から好きになりました。で、すでに、彼女と寝をともにすることになっていた侯のために情欲を燃やしていましたので、心のなかでは、もうリナルドを迎えいれておりました。で、食事がすんで食卓を離れると、侯が自分をからかったのだから、今幸運が自分に贈ってくれたこのしあわせを、自分がつかんだとて、当たり前ではなかろうかと、女中に相談をもちかけました。女中は、女主人の欲望をさとって、力のおよぶかぎりの、知っているかぎりのことばを用いて、彼女に欲望どおりにするようにとすすめました。そこで女は、リナルド一人を残しておいたその火の傍にもどってきて、艶っぽい眼で彼をじっと見つめてから、彼に話しかけました。
「まあ! リナルド、どうしてあなたはそんな心配そうな顔をしていらっしゃるのです。あなたは、おなくしになった馬や、いくらかの衣服を取り戻すことができないと、お考えなのでしょうか。御心配なさらないで、愉快なお気持ちでおいで遊ばせ。御自分のお家にいらっしゃるおつもりでおいでになればよろしいのです。いいえ、もっと申し上げたいことがございますの。わたくしの亡くなった主人のでございましたその着物を、そうしてお召しになっていらっしゃるお姿を拝見いたしますと、あなたが主人のように思われます。今夜は、あなたを抱擁し、接吻したい気持ちで、もうどうすることもできないほどでございます。もしきらわれてはとの心配さえなければ、きっとわたくしは、そうしていたにちがいございません」
リナルドは、こんな口説きを聞いて、女の眼が稲妻のようにきらめくのを見てとると、木石ならぬ彼も両腕をひろげて、その前に寄り添うと言いました。
「奥さま、わたしは、もうこれからはあなたさまのお陰で生きておられるのだと申すことができましょう。そう考えますと、また、あなたさまに救っていただいたあのころを思いだし、あなたさまがおよろこびになられることならなんでもしようと努力しなければ、大変な礼儀知らずになりましょう。ですからどうぞ、わたしを抱擁して接吻なさろうというあなたさまの欲望を満足させてください。わたしも心からよろこんで、あなたさまを抱擁し、接吻いたしましょう」
これ以上は、なんのことばもいりませんでした。情欲に燃えさかっていた女は、すぐさま彼の両腕のなかに、身をなげこみました。で、彼女は情欲にまかせてリナルドを抱きしめると、千度も彼に接吻し、おなじように彼の接吻をうけてから、やがて二人は立ち上がって寝室に行き、さっそく寝台にはいり、心ゆくまで何回となく、夜の明けるまで、その情欲をみたしました。
しかし夜が明けはじめましたので、女のことばにうながされて、二人は起きあがりました。彼女は、このことをだれにも知らせないでほしいと、かなり粗末な衣類を何枚か彼に恵んで、彼の財布に黄金をいっぱいつめてから、このことを黙っているように頼み込んで、前もってその従者に会うためにはどの道をはいって行ったらよいか教えてから、彼を引き入れた扉口から、外へ出しました。彼は、夜がすっかり明けてから、ずっと遠方からきたような風をよそおいながら、城門が開くのを待って、城町にはいり、自分の従者を見つけることができました。そこで鞍袋のなかにあった自分の着物に着がえて、従者の馬にのろうと思っていると、まるで神さまの奇蹟でもおこなわれたように、こんなことが起こりました。前夜、彼を掠奪した三人の追剥どもは、彼らが仕出かした別の悪事のために、あれからまもなく捕えられて、その城町に引っ張ってこられた上、彼らがおこなった白状のおかげで、彼には馬や衣裳や金がもどってまいりまして、彼としては一組の靴下止めのほかには何一つ失ったものはありませんでした。その靴下止めは追剥どもにも、どうしたのやらおぼえがありませんでした。そんなわけでリナルドは、神さまと聖ジュリアーノに感謝しながら、馬にのって、無事に自分の家に帰りました。で三人の追剥どもは次の日、絞首刑に処せられました。
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第三話
[#この行3字下げ]〈三人の若者がその財産を浪費して貧乏になる。彼らの甥の一人が失望のあまり家に帰る途すがら、一人の修道院長と近づきになり、それが英国の王女であることを知る。彼女は彼を夫に迎え、彼の伯父たちの一切の損失をつぐない、彼らをよい身分にもどしてやる〉
リナルド・ダ・アスティの事件は、淑女や紳士たちから、讃嘆をうけながら、傾聴されました。また彼の信仰心のあついことも賞讃をうけましたし、その一番困ったときに手をのべて救助を恵まれた神と、聖ジュリアーノは、感謝をささげられました。ですから、もっともこっそりと耳から耳へとささやかれたことではございましたが、神が自分の家にもたらして下さったしあわせをおうけすることができたその女は、愚かな者であるとは、評判されませんでした。で、彼女がすごした楽しい夜のことを一同が、笑いながらお話ししているうちに、自分がフィロストラートの隣にいることに気づいたパンピネアは、順番が自分にまわってくるはずであることを知って、これはうっかりしてはいられないと、話さなければならない事柄を考えはじめました。で、女王の命令があると、うれしそうに、勇敢に、こうきりだしました。
御立派なみなさま方、運命のことについては、お話しすればするほど、用心深くいたしたいとお思いになるお方のためには、これに関してのお話は、いくらでもつきないものでございます。これは、わたくしたちが愚かしくも自分のものだとよんでいることが何から何まで、運命の掌中ににぎられていて、そのため、運命のひそやかな判断に従いまして、すこしもとまることなく、一人の者から別の者へ、別の者から一人の者へとつづけざまに、その順序などわたくしたちにはちっとも見当がつかないのに、転々として移っていくことを、よく注意して考えてみますならば、取り立てて驚くほどのことでもございません。これは全く、なんにかぎらず、毎日見せつけられることでございまして、また今までのいくつかのお話のなかにも示されましたところでございますが、それでも、これについてお話しするようにとの女王さまの御命令でございますので、わたくしは、いままでのお話を、お聞きになっていらっしゃるみなさまのおためになることではなかろうかと存じまして、わたくしのも付け加えることにいたしました。お話はお気に召すに相違ございません。
かつてわたくしたちの町に、テバルドさんという名前の騎士がいました。彼は、ある人々の考えるところによりますと、ランベルティ家の者でしたが、人によりましては、彼はアゴランティ家の者だったともいわれています、それはたぶん、彼のこどもたちの後にやっておりました職業が、アゴランティ家の人々がいつもやっておりました、また現にやっておられる職業とおなじものだからという、ただそれだけの証拠によっていたのでございましょう。しかし、わたくしは、彼がこの二家のいずれの者であるかにはふれずに、彼が当時のきわめて富裕な騎士であり、また彼には三人のこどもがございまして、その長男はランベルト、次男がテバルド、その三男がアゴランテという名前でございまして、大金持ちの彼テバルド氏が亡くなって、法律上の正当の相続人として三人のこどもに一切の動産や不動産が残された時には、長男は十八歳にも達しておりませんでしたが、もういずれも美しい、端麗な若者になっておりました、と申しあげておきます。
彼らは自分たちがお金や土地で大変な物持ちになったことを知って、自分の悦楽を考えるほかにはすることとてもなく、だれにも抑えつけられず、大っぴらに、多すぎるくらい召使をおき、多くの馬や犬や鷹を飼いならし、たえず宴会をひらき、贈りものをあたえ、武技試合をもよおすなど、貴族のするようなことはなんでもした上に、その若気の欲望にまかせてしたがり勝ちなことまでしてお金を使いはじめました。こうした生活は、父の残した財産が減ってきたので、長続きはしませんでした。こんな具合にはじまった濫費には、当然彼らの収入だけではたりませんので、彼らはその土地を抵当にしたり、売ったりしはじめました。今日はこれ、明日はあれと売りながら、彼らはほとんど自分たちが無一物になってしまったことに、やっと気がつきました。
富のために盲目になっていた眼が、貧のためにひらいたのでございます。そんなわけでランベルトは、一日、他の二人の弟を呼んで、彼らに向かって、父の豪奢な暮らしがどんなものであったか、また彼らの贅沢な暮らしぶりがどんなに大きなものであったか、彼らの富がどんなものだったか、自分たちの無茶な濫費のために、彼らが落ち込んだ貧乏がどんなに惨憺たるものであるか、そんなことについて語って聞かせました。で、これ以上自分たちのみじめな状態が悪化しないうちに、自分と一緒に、二人にまだ残っているわずかなものを売りはらって、立ちのこうではないかと、口をすっぱくしてすすめました。で、彼らはそのとおりにいたしました。
そこでだれにもいとまを告げずに、仰々しいことは抜きにいたしましてこっそりとフィレンツェを出て、旅をつづけると、英国に到着しました。そして、ロンドンで一軒の小さな家を手に入れて、掛りをごくきりつめて生活しながら、むごいやり口で高利貸しをはじめました。この商売では、幸運に恵まれまして、数年とたたないうちに、莫大なお金をのこしました。そのような次第で、お金をもって、今度はだれ、次はだれと順番にあいついでフィレンツェに帰り、もとの土地の大部分を買いもどし、その上になおたくさんの土地を買いもとめて、それぞれ妻をめとりました。で、たえず英国で金貸しをつづけておりましたので、その仕事をさせるために、アレッサンドロという名前の彼らの甥にあたる一人の若者をそこへ遣りました。で、彼らは三人とも、フィレンツェで、前にでたらめな濫費でどんな目にあったかも忘れて、また家庭をもっている身であるにもかかわらず、今までとはくらべものにならないほどの目茶な濫費をいたしまして、商人という商人からできるだけの莫大な借金をしょいこみました。アレッサンドロが送ってきたお金が、彼らの濫費を、幾年かのあいだは、もちこたえさせる助けとなっておりました。アレッサンドロは、貴族たちに、その城や収入を抵当としてお金を貸すことを商売としておりましたが、それで非常な利益をあげておりました。で、こうして三人の兄弟が大幅にお金を使い、お金がなくなりますと、いつもロンドンを確実な頼みの綱として、お金を借りていたのですが、人々の期待を裏切って、英国では王と一王子との間に戦争が勃発して、そのために全島は二つにわかれ、ある者は王にくみし、他の者は王子に加担するといった具合になってしまいました。そんなわけですから、貴族たちの城はことごとくアレッサンドロから召し上げられてしまって、彼の収入としては、ほかに何一つございませんでした。で、アレッサンドロは、くる日もくる日も、今に父子のあいだに仲直りができて、その結果すべてのものが元利ともにもどってくるにちがいないと、それに望みを託しながら、島を出立いたしませんでした。またフィレンツェにおった三人の兄弟は、毎日、あいかわらず借金をしながら、その巨額の濫費を何一つ控えようとはしませんでした。けれども何年経っても、三人の兄弟が抱いていた希望は、ちっとも実現しませんでしたので、彼らは信用を失ったばかりでなく、債権者はその返済を要求して、彼らをたちまちに捕えてしまいました。それで三人の財産ではその返済に十分ではありませんでしたので、その残りの債務のために彼らは牢獄に入れられてしまいました。彼らの妻や、いたいけなこどもたちは、非常に貧しいみなりをして田舎に行く者、ここに行く者、かしこに行く者など、ちりぢりになってしまい、いつもみじめな生活を送るという他には、将来になんのあてもございませんでした。
英国で何年も平和の日を待っておりましたアレッサンドロは、その平和が来そうにもないのを見てとり、またそこにとどまっていることは無駄でもあり、自分の生命のことも気づかわれましたので、イタリアに帰ることに決心しまして、一人ぼっちで旅をはじめました。ところが、たまたま、ブルッジャを出た時に、ちょうど白衣を身にまとった一人の修道院長が、多くの修道士たちをしたがえて、多数の従者や多くの荷物を先頭にたたせて、そこを出て行くのが、彼の眼にはいりました。そのあとから、王の親戚である、二人の年をとった騎士がついて行きました。この二人とアレッサンドロは知り合いの間柄でしたので、近づいて行って、その仲間に加えてもらいました。そこでアレッサンドロは歩きながら、こんなに大勢の従者をつれて、前を馬で走って行く修道士たちは何者なのですか、どこへ行くのですか、と二人にものやわらかくたずねてみました。彼に向かって、騎士たちの一人が答えました。
「先のほうに馬に跨っておいでになるお方は、英国の大修道院の一つの修道院長にあらたに選ばれた、わたしたちの親戚の青年です。彼は法律によりそうした高位につくことを許されるには年が若すぎますので、わたしたちがお供をしてローマまで出向き、教皇さまにお願いして、その若すぎる点についてお許しをいただき、ついで、その高位につくことをおみとめ頂こうというのです。でもこのことは、他人には内々にしておいて下さい」
さてその若い修道院長は、王侯の旅行にはいつも見られることでございますが、召使たちの先になったり、後になったりして進むうちに、自分のそばを行くアレッサンドロに眼がとまりました。アレッサンドロは、非常に若くて、眉目秀麗で、だれとくらべてもおとらないほど礼儀正しく、人好きがして、そのものごしも立派でした。修道院長はひと目見ただけで、今までどんなことにもこんなに心を動かされたことがないほど真底から彼が気に入りましたので、彼を自分の傍によぶと、一緒になって楽しげに語りあい、彼に向かって何者なのか、どこから来たのか、どこへ行くのかなどとたずねました。修道院長に向かってアレッサンドロは、その身の上をことごとく、少しもつつみかくさずに打ち明けて、その質問に答えました。で、自分には大したことはできませんが、なんなりとお役にたちたいものですと申し出ました。
修道院長は、彼の整然としたみごとな話しぶりを聞き、さらにその態度をつくづくと眺めて、この者は職業はいやしい者ではあるが、いずれは貴族の出であろうと心のうちで判断して、彼に対して好意以上のものを、その胸に燃やしたのでございます。で、彼の災難について心から同情して、本当に親身になって慰めた上、あなたが立派な者であるならば、神はまだあなたを、運命によって突き落とされる前におられたもとのところに、いや、それよりも高い地位に引きもどして下さるでしょうから、よい希望を抱いているようにと言いました。それから自分は、トスカーナに向かって行くので、あなたもやはりそちらに行かれるのでしたら、自分の道づれになってほしいと彼に申し出ました。アレッサンドロはその慰めのことばに感謝して、どんな御命令にもしたがうつもりですと話しました。
さて、目にとまったアレッサンドロのことで、その胸に新しいものがときめいておりました修道院長が旅をつづけておりますうちに、数日がすぎ、彼らは、宿屋とても大してないある村に到着いたしました。そこで修道院長が宿をとろうと望まれたので、アレッサンドロは、その主人とごく心やすくしていた宿屋で、修道院長を馬からおろすと、修道院長のために、その家で一番便利な部屋を用意させました。なかなか役に立つ男で、もう修道院長の執事のようになっていた彼は、百方手をつくして、その従者を全部ここ、かしこと分けて、その村に泊まらせました。修道院長は食事をすませましたし、すでに夜もふけていましたので、一同は寝につきました。アレッサンドロは、自分はどこに寝たらよいかと、その場所を主人にたずねました。すると主人が答えました。
「本当のところ、わからないんですよ。ごらんのとおり、どこも一杯で、御存じのとおり、わたしや家族の者も長椅子の上で寝ている始末なんです。でも、修道院長の部屋には麦入れ袋がいくつかありますから、そこへあなたを御案内いたしましょう。そこに寝床のようなものをこしらえてあげましょう。もしよろしゅうございましたら、今晩はなんとかそこで、お休みになって下さい」
そこでアレッサンドロが申しました。
「どうしてわたしが、修道院長のお部屋に行くことができましょう? あなたも知ってのとおり、あの部屋は小さいですよ、で、狭かったので、どなたも修道士はあそこで寝ることができなかったのでしょう? とばりをおろした時、そんなことができるとわかっておりましたなら、わたしは修道士たちを麦入れ袋に寝させて、修道士たちが今やすんでいるところに、わたしが行っていたでしょう」
彼に向かって主人が答えました。
「でも、本当のところは、そうなんでございますよ。おいやでございませんでしたら、あなたはそこでなかなか具合よくおやすみになれますよ。修道院長はおやすみになっていらっしゃるし、その手前にはとばりがさがっております。わたしがあなたのために、そこに音をたてないようにして、上等のふとんをもって行ってさしあげますから、そこでおやすみなさいませ」
アレッサンドロは、それなら修道院長になんの迷惑もかけずにうまくいくと見てとりましたので、それに同意して、できるだけ静かに、そこにからだを横たえました。まだ眠っていないで、眠るどころか新しく覚えた欲望に激しい思いをつのらせていた修道院長は、主人とアレッサンドロが話していたことや、また同じように、どこにアレッサンドロが身を横たえたのかも、聞いておりました。ですから大変よろこんで、胸のうちでこう言いました。
「神さまは、わたくしの望みに好機をお恵みになられました。この機会をつかみ損なったら、こんな恋の冒険の好機はなかなか廻ってこないでしょう」
で、その機会をつかまえようと固い決心をいたしますと、家じゅうことりともしないで寝しずまったころあいを見計らい、低い声で、アレッサンドロをよんで、自分のそばにきて横になるようにと言いました。彼は、何度も辞退をしてから、着物をぬいで、そこに横になりました。修道院長は、彼の胸に片手をのせて、よく恋する乙女が恋人に向かってするとおりのやり方で、彼の体にさわりはじめました。それを見てアレッサンドロはびっくり仰天、修道院長はひょっとしたら、不倫の恋の輩となって、こんな風に自分の体にさわるのではないかと疑いました。そう疑われたのではないかと、自分で推量したものか、それともアレッサンドロのとった素振りからそう感じたのか、修道院長はすぐに覚って、にっこりとほほえみました。そして、すばやく身にまとっていた肌着を脱ぎすてますと、アレッサンドロの片手をにぎって、自分の胸の上にひきよせて申しました。
「アレッサンドロ、あなたのつまらない心配など、払いのけてしまいなさい。さ、ここを探って、わたくしが隠しているものを見てください」
アレッサンドロが、修道院長の胸に片手をのせると、二つのまるい、ふくよかで軟い乳房がありました。それは全く象牙《ぞうげ》でできているようでございました。それを見つけると、彼はすぐに、そのお方が女性であることがわかったものですから、まだなんともことばをかけられないのに、いきなり彼女を抱擁して、接吻しようといたしました。その時、彼女は彼に向かって言いました。
「あなたがわたくしに近よる前に、わたくしはあなたにお話ししたいことがあります。御存じのように、わたくしは女で、男ではございません。で、わたくしは処女としてわが家を出てまいりましたので、教皇さまのもとへは夫を見つけて頂くために行くところだったのです。あなたにとっておしあわせなのか、わたくしにとって不幸なのかは存じませんが、先日あなたにお目にかかった際に、わたくしの心にはあなたへの思慕の念が燃えあがりました。これほど激しい思いは、今まで男を恋したどんな女の方にもおこりはしなかったでございましょう。こんなわけでわたくしは、だれよりもあなたに夫となって頂きたいと心にきめたのでございます。あなたがわたくしを妻としたくないのでしたら、すぐ、ここからお出になって、あなたの寝床にお帰りくださいませ」
アレッサンドロは、彼女がどんな方なのかは知りませんでしたが、その供をしていた一行のことから思いめぐらして、彼女が身分のある者で、金持ちであるにちがいないと考えておりましたし、また非常な佳人であることも見ておりました。ですから、それほど考えもしないで、そのお申し出はあなたのお気に召すことでございましたら、自分といたしましてはまことにうれしいことでありますとの旨を、答えたのでした。すると彼女は、寝台の上に身をおこすと、われらの主の御像が描かれている小板の前に坐って、彼の手に指環をわたし、彼と結婚の固めをいたしました。その後で二人はともに抱きあって、その夜、残っているだけの時間を、双方深い悦楽にひたりながら、ともにたのしみました。
夜が明けはなたれると、自分たちのことについてのいろんな手はずを相談したあとで、アレッサンドロは起き上り、それからその夜どこで寝たのかだれにも気づかれずに、もとはいってきたところをとおって寝室を出まして、天にも上る心地で、修道院長やその一行とともにふたたび旅をつづけて、かなり日数を重ねてから、ローマに到着しました。そこで何日か滞在した後、修道院長は二人の騎士とアレッサンドロだけをつれて、教皇に謁見いたしました。そして一応の敬意を表しましてから、こう話しはじめました。
「教皇さま、あなたさまがだれよりも一番よく御存じでいらっしゃいますように、よい、正直な生活を送ろうとする者はだれにかぎらずできるだけ、それをさまたげるようなことはさけなければなりません。正直な生活を望んでおりますわたくしは、どこまでもそういたしたいと思いまして、このような衣服をまとい、こっそりと、父である英国王の財産の大部分をもって逃げてまいりました。父は、ごらんのとおり、まだ若いこのわたくしを、それはお年寄りのスコットランドの王に嫁《とつ》がせようとしました。そんなわけでわたくしは、教皇さまのお力で、夫を探していただこうとこちらへ旅してまいったのでございます。わたくしが逃げてまいりましたのはスコットランドの王がお年寄りだからというだけではなく、それよりも自分が若い身の弱味から、王と結婚したあかつきに、神聖なおきてにそむいて、父の王家の名誉を傷つけるようなことをしでかしてはならないという懸念からでございました。何もかも一番よく御存じでいらっしゃる神さまが、そのお慈悲からでございましょうか、わたくしの夫にするようにと、御意に召された方を、わたくしの眼の前にお置きくださいました。それがここの、わたくしの傍にあなたさまがごらん遊ばすこのお方だったのでございます」
と彼女はアレッサンドロを指し示しました。
「この方は、その血統の高さは王族ほどには立派な人ではございませんが、その物腰や立派な御気質は、どんな貴婦人にとりましても、はずかしくないものでございます。ですからわたくしは彼を選んで、自分の夫といたしたいと存じます。たとえ、父やその他の方々が、どうお考えになろうとも、わたくしは他の方を夫にはしないつもりでございます。でございますから、わたくしが旅をいたしました主要な理由はなくなりました。しかし、わたくしがこの旅を終わりまでとげようと思いましたのは、一つにはこの都市《まち》を埋めつくしている神聖な、有難い名所を訪れ、あなたさまにお目にかかりたいためでございまして、また一つには、神の御前だけでおこなったアレッサンドロとわたくしの婚約を、教皇さまのお力におすがりして、あなたさまの御前に、したがって、また他の方々の御前に御披露をさしていただきたいからでございました。ですから、神の御意にかない、またわたくしの心にもかなったこのことが、あなたさまにもお歓びいただけて、その御祝福が授けられますようにと、衷心からお願い申しあげます。その御祝福を授けられますならば、あなたさまが御名代をつとめられまする神のおよろこびも一段とたしかになりますのでわたくしたちはともに、神とあなたさまの御栄えを讃えて一生を送り、そうした気持ちを抱いて最後に息を引き取ることができることでございましょう」
アレッサンドロは、妻が英国王の娘であると聞いて驚きました。そしてひそかに、いい知れぬよろこびに満たされました。しかし二人の騎士は、それにもまして、びっくり仰天、教皇の御前でないところでしたらアレッサンドロに、またおそらく彼女に対しても、乱暴な態度をとっただろうと思われるほど、憤慨いたしました。一方、教皇は、女の服装や、そのえらんだやりかたについて、一方ならず驚かれましたが、今さらどうすることもできないことをお知りになって、その願いを聞きとどけてやろうとお考えになりました。そこで腹をたてている騎士たちをまずなだめてから、彼女やアレッサンドロとの仲を取り持った上、これからなすべきことを御命令になりました。で、教皇は御自分がお定めになった日に、みずから準備をなさった非常に盛大な祝宴に招待されて列席した枢機卿一同をはじめ大勢の偉い人々の前に、彼女を、王族にふさわしい服装をさせた上、呼んでこさせました。その美しく可愛らしいことといったら、だれでもがほめないではいられないくらいでした。また教皇は、同様に見たところといい、物腰といい、高利貸しをしていた者とは思えない、むしろ王族の風格さえそなえており、二人の騎士さえ深い敬意をはらっている、これまたすばらしい衣裳をまとったアレッサンドロも、呼びよせられました。教皇はそこで改めて、おごそかに婚約の儀を取り行なわせられ、ついで華麗で、豪奢な結婚式をお挙げになった上、その祝福を授けられて、彼らにいとまをおとらせになりました。アレッサンドロと、王女は、フィレンツェに行こうと望みました。そこにはもう評判が伝わっておりました。二人はそこで市民から最高の敬意をもって迎えられました。彼女は、まずあの三人の兄弟に銘々の借金を払わせて、これを放免させ、彼らとその妻たちをそれぞれの所有地に帰してやりました。そんなわけでアレッサンドロはその妻と一緒にアゴランテをともなって、みなに大騒ぎされながら、フィレンツェを出発し、パリに到着して、王に拝謁の栄を賜わりました。それから二人の騎士は、英国に行って王といろいろと談合しましたので、王も彼女をゆるし、よろこんで彼女と婿を迎えました。王はその後まもなく、婿には大きな名誉をあたえて騎士とし、コルノヴァリア伯爵領をあたえました。彼はその敏腕をもって王父子のあいだをとりもったので、国には大きな幸福が訪れました。また彼は全国民から愛情と好意をよせられました。アゴランテは彼らがその地にもっていた全債権を回収して、並外れた大金持ちとなり、その前にアレッサンドロ伯爵によって騎士に列せられて、フィレンツェに帰りました。伯爵はその後、妻とともに栄誉にみちた生活を送りまして、ある人々の語るところでは、自身の聡明や勇気と舅の援助により、その後スコットランドを征服し、その王として戴冠されたとのことでございます。
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第四話
[#この行3字下げ]〈ランドルフォ・ルッフォロは落ちぶれて海賊となり、ジェノヴァ人たちに捕えられる。しかし、その船が難破し、貴重な宝石が一杯はいっている一つの小箱に乗って難を脱し、グルフォに漂着する。ある女に助けられ、金持ちとなってわが家に帰る〉
ラウレッタがパンピネアの隣に坐っておりました。彼女はパンピネアのお話がはなやかな結末に到着したのを見てとると、なんにもいわれない先に、こんな具合に話しはじめました。
おやさしいみなさま、只今のパンピネアのお話のなかで、主人公のアレッサンドロの身に起こった身の上をうかがいますと、人が悲惨のどん底から王者の地位にのぼるのを見るくらい、運命の力の偉大さを感じることはございません。
レッジョからガエタへの海辺は、イタリアでももっとも風光明媚なところだといわれております。そこの、サレルノのごく近くに土地の住民がアマルフィの海岸と呼び、庭園や噴泉の多い小さな町がいくつかございます。ここには他国人におとらず金持ちで、仕事や商売に精励な人々が、たくさん住んでおりまして、その一つにフヴェッロと呼ばれる町がありました。この町には今日も金持ちたちが住んでおりますが、かつて、ランドルフォ・ルッフォロという名の非常に金持ちだった人が住んでいました。彼はその財産に満足せず、それを倍にふやそうと望んで、そのためにはほとんどその全財産と一緒に、自分の生命さえ失くそうとしたのでございます。
さてこの男は、普通どの商人もすることでございますが、ひともうけしようと考えまして、とても大きな船を買い、一から十まで自分の金を注ぎこんでさまざまの商品をそれに積み込み、それを持ってチプリに行きました。そこに着いて見ますと、自分が持って行ったのとおなじ種類の商品を満載して、ほかに何隻も船がはいっておりました。そんなわけで、もっていった商品を安値で売り払う羽目に落ちこんだばかりでなく、その商品をさばくのに、ほとんど棄てなくてはならない始末でございました。ですから、彼は破産の瀬戸際に立ちいたりました。彼はこのことに胸もつぶれる思いで、どうしてよいやら見当もつかず、非常な金持ちから、たちまちのうちに貧乏人になりさがってしまったことをさとり、かつて暮らしていた所へ、いまさら尾羽打ちからして帰る気もいたしませんでした。いっそ死んでしまおうか、それとも盗みでも働いて損害を取り戻そうかと思案にくれました。で、彼は、自分の大船の買い手を見つけてお金に換え、そのお金と、商品をさばいたお金とで、海賊用の小船を買い求め、これをその種の仕事に必要な一切のもので手落ちのないように武装し準備をととのえまして、他人の、主にトルコ人たちの財産を掠奪しにかかりました。
そうした仕事で、彼は、商売の時とは較べものにならないほど、幸運に恵まれました。彼はおそらく一年のうちに、トルコ人たちの船をうんと掠奪したり、押収したりして、商売で失くした財産を取り戻したばかりでなく、もとの財産の倍以上のお金持ちになりました。そんなわけで、彼は、財産を失くしたあの最初の悲しい思いで人間も変わってきていましたし、十分に財産ができたとも思いましたので、あの悲しい思いを二度繰り返さないよう、それ以上の欲をださずに、もっているだけのもので満足しなくてはならないと、わが身に言い聞かせたのでございます。そこで彼はその財産をもって、自分の家に帰ろうと決心いたしました。商売には惧れをなしておりましたので、そのお金を他に投資するようなうるさいことはせずに、そのお金をもうけるのに使っていた小船にのって帰路についたのでございます。
で、すでにアルチペーラゴにはいった時に、夕方からシロッコ(東南風)が吹きはじめました。それは船の進路をはばんだばかりでなく、海がひどく荒れて、彼の小船はこれに耐えられそうもありませんでした。ある小さな島陰の入り江のなかにはいりこんでその風をさけ、風がなぐのを待つことにしました。入り江のなかにはいってまもなく、コンスタンチノープルから帰航中のジェノヴァ人たちの二隻の大きな船がランドルフォと同じように暴風をさけて逃げこんできました。その船の人々は、小さな船を見て、それがだれのものであるのかをきき、船主が大金持ちであることを評判で知っていましたので、生来お金の欲に飢え、掠奪の好きな手合いですから、その小船の通路を塞いで、船を奪いとろうと企てました。大弓をもって武装した彼らの仲間の一部を陸にあげ、しかるべき所に行かせ、大弓で射られるのがいやだったら、小船の者がだれも、船から下りられないようにしました。それから彼らは、端艇に乗ってランドルフォの小船に近づきわずかの間に、一人ものがさず抵抗もうけないで、乗組員もろともその小船を分捕ってしまいました。そして自分たちの大きな船の一隻にランドルフォを引き立て、小船のものをことごとく奪い取って、それを打ち沈めました。ランドルフォには、粗末な胴衣を一枚着せておいただけでございました。
翌日、風も変わったので、二隻の大船は西方に向かって出帆し、その日一日つつがなく航海をつづけました。しかし夕方になると、暴風がおこって、海が大荒れに荒れ、二隻は別れ別れになりました。そして、貧乏になって気の毒なランドルフォが乗っていた大船は、この風のためにすさまじい勢いでチファロニア島(イオニア海の島)にある岩礁にのりあげ、まるで壁にうちつけられたガラス細工のように粉みじんになりました。夜は真の闇で、海は荒れ狂っておりましたが、船に乗っていた不幸な人々は、海面はもう浮いている商品や、木箱や、板子で文字どおり一杯でしたので、泳げる者は泳いで、眼の前に漂う物にしがみつきました。その人々のなかにまじって、かわいそうなランドルフォは、かつては貧乏人に落ちぶれて帰るより死んだほうがよいと思って、幾度も死を願ったこともございましたが、その死を目前にすると、死ぬのがこわくなってしまいました。今一枚の板子が手に触れましたので、他の人と同じようにそれにすがりつきました。なんとか溺れないでいれば、神さまはたぶんその危機を脱出するのになんとかお力を貸してくださるだろうと期待して、その板子にできるだけうまい具合に乗りかかって、波と風にここかしこと追いやられながら、夜のすっかり明けはなたれるまで、生きながらえておりました。
夜が明けて、あたりを見廻すと、ただ眼にはいるものは雲と海と一つの木箱だけでございました。その木箱は海の波の上に漂いながら、時々彼のそばによってきて、彼をひやひやさせました。その木箱がひょっとして体に当って、怪我でもしないかと心配したからでございます。それで彼は、その木箱が自分のそばにくるといつも、もう力はほとんどなくなっておりましたが、片手で、ありったけの力をふりしぼって、それを遠くへ押しのけました。
だがそんな事態とは関係なく、突然空中につむじ風が捲きあがって、海を目がけて舞いさがり、激しくこの木箱に打ち当たりましたので、木箱はランドルフォの乗っていた板子に衝突して、板子がひっくりかえり、ランドルフォは波の下に放り出されました。彼はその力でというよりも、恐怖のあまり、泳いで海面に出てみますと、板子が遠くに引きはなされておりました。板子には泳ぎつけないと思ったので彼は、自分のすぐそばにあった木箱に近づいて、その蓋の上に胸をのせますと、両腕を使って、うまい具合に、木箱をかたむけさせないようにしました。で、そんな格好で、波にあちらこちらと押し流されながら、食べ物もないので何も食べずに、水をいやというほど飲んで、どこにいるのか見当もつかず、海のほかには見るものもなく、その日一日と、つづく一夜をすごしたのでございます。
その次の日、神のお思召しか風の吹き廻しか、両手でしっかりと木箱の縁をつかんでいると、まるで海綿のようになって、グルフォ島の岸に漂着しました。たまたまそこで一人の貧しい女が、砂と塩水で皿小鉢を洗い、磨いておりました。女は、彼が近くに漂ってくるのを見ると、それが何かわからなかったものですから、こわくなって、あっと叫ぶとあとずさりしました。彼は口もきけず、眼もよく見えなかったものですから、彼女に向かってなんとも話しかけませんでした。でも波で彼が岸に打ちあげられましたので、彼女はそれが木箱であるのをみとめて、なおもよく眼をこらしておりますと、まず木箱の上に両腕が伸びているのがわかり、それから顔に気がついて、それがなんであるか想像することができました。そこで同情する気持ちがおこって、すでにないでいた海にすこしばかりはいって行きますと、その髪の毛をつかんで、木箱もろとも彼を岸に引っ張りあげました。そこで、やっと彼の両手を木箱から引き離し、その箱を一緒にいた自分の娘の頭にのせると、彼を小さなこどものように町に運んでいって、熱い風呂にいれてよく体をこすり、洗いましたので、失くなっていたぬくもりと消えていた力を、いくぶん回復させることができました。で、ちょうど頃合いを見計らって彼を風呂から引き上げて、少量のぶどう酒とビスケットをあたえ、元気をつけさせました。
そして数日の間、手をつくして、その面倒をみましたので、彼は力を取り戻し、自分がどこにいるのかがわかりました。そこで女は、彼のためにとっておいた木箱をひきわたすべき時が、またもう彼に自分で運命を切りひらくようにといってあげる時がきたと思いました。で、そのとおりにいたしました。その木箱のことを覚えていなかった彼は、でも、女がそれを自分に差し出した時には、受け取りました。彼は、それが二、三日分の買い物代のたしにもならないような、値打ちのないものではなかろうと、考えたのでございます。でもそれがあまり軽かったものですから、その希望もすっかり消えてしまいました。それにもかかわらず、女が家にいない時に、その木箱の中に何がはいっておるものやら見ようと思いまして、その蓋をこじあけました。すると、その中には、紐を通したものや、ばらになっているたくさんの宝石がはいっておりました。宝石にかけては彼はかなりな鑑定家でした。一目見てそれが莫大な値打ちであることを知りますと、彼はまだ自分をお見棄てにならなかった神を称えて、踊りあがらんばかりによろこびました。しかし彼は、わずかのあいだに運命から二度もひどくいためつけられておりましたので、三度目の不運を心配しまして、これらの品を自分の家にもって行くには、周到な注意を払わなければなるまいと考えました。そこでいくつかのぼろにそれをうまい具合につつみ、女に向かって、木箱はもういらないと言いました。しかし、できたら袋を一ついただきたい、その木箱はそちらにとっておいてもらいたいと言いました。女はよろこんでそのとおりにしました。で、彼は女からうけた親切に対してできるだけ丁寧にお礼を述べて、その袋を頸につるすと、彼女に暇をつげました。
彼は一隻の端艇に乗って、ブランディツィオにゆき、そこから海岸沿いにトラーニまで行きました。そこで、呉服商だった自分の都市《まち》の者を見つけました。神さまの御加護とでもいうのでしょうか、彼らから衣服を恵まれました。その前にもう彼は、みなには木箱のことだけはかくして、あらゆるできごとを話しておりました。それで彼らは、この他にも彼に馬を貸しあたえ、道伴れをつけまして、彼が帰りたいと言っていたラヴェッロまで、送り返しました。そこでもう安心だと思いましたので、彼は自分をそこまで連れてきてくださった神さまに感謝してその小袋をひらきました。この前の時よりもさらに注意深く全部を調べてみますと、それはいい値段で売れて、いやそれよりもずっと安く売りさばいても、彼は自分が出発した時とくらべて倍もお金持ちになれるくらいたくさんの、すばらしい宝石の持ち主になっていることがわかりました。で、その宝石を売りさばく方法を見つけてから、グルフォへ、自分を海から引き上げてくれた女にあてて、そのうけたお世話のお礼として、かなりたくさんのお金を送りました。トラーニの自分に衣服を恵んでくれた人々に対しても、同様にはからいました。で、あとに残ったお金は自分のものとして、もう商売もしたくありませんでしたので、最後まで立派な生活を送ったのでございます。
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第五話
[#この行3字下げ]〈アンドレウッチョ・ディ・ピエトロが馬を買いにナポリにきて、一夜のうちに三つの大きな災難に見舞われながらも、どの危険からものがれ、一個の紅玉《ルビー》をもってわが家に帰る〉
ランドルフォが見つけた宝石はと、お話の番がまわってきたフィアンメッタがはじめました。今わたくしはラウレッタがお話し下さったのにおとらないくらいたくさんの危険をはらんだ一つのお話を、思いだしました。しかしこのお話は、数年にわたって起こった前の話とちがって、ただ一夜のあいだに起こったという点で、前のお話とは変わっております。
ペルージャに、アンドレウッチョ・ディ・ピエトロという名前の馬の仲買人をしている一人の若者がおりました。彼はナポリによい馬市《うまいち》があるというのを聞いて、財布に黄金五百フィオリーノを入れ、今まで一度も家《いえ》から外に出たことがないので、仲間の商人たちと一緒に出かけました。ある日曜日の日暮れ時にその地につき、宿のあるじにたずねてから、翌朝市に出かけました。多くの馬を見て、気に入った馬もたくさんありましたので、何回となく商談にかかりましたが、一つとしてまとまりません。田舎者でしたから、自分は本当に買いにきたのであるという証拠を見せるために、往来する人々の目の前で、もっていたフィオリーノのはいっている財布を何度もとりだしました。
彼がその財布を見せびらかしている時に、若くて美しいシチリアの女(春をひさぐ女ですが)が傍をとおり、彼の財布を見たのでございます。そして、すぐに胸のなかでこう言いました。
「あのお金があたしのものだったら、あたしより幸福な者はないだろうに」
この若い女と一緒に、これもやはりシチリア人の老婆がおりました。老婆はアンドレウッチョを一目見ると、若い女を先に行かせておいて、懐しげに彼に駈けより抱きしめました。若い女はそれを見て何もいわず老婆をじっと見ておりました。アンドレウッチョは老婆を見て、すぐにそれがだれであるのかわかり、大よろこびであいさつをしました。老婆はあまり長話をしないで、あとで宿屋に彼をたずねて行くと約束をして、立ち去りました。アンドレウッチョはまた商談をはじめましたが、その朝は結局何にも買いませんでした。
はじめ、アンドレウッチョの財布を、つぎに彼と老婆が知り合いであることを見てとった若い女は、そのお金をそっくり、でなければ一部でも奪いとる方法はないものだろうかと考えました。そして用心深く、彼が何者であり、どこからきて、ここで何をしているのか、またどうして彼を知っているのか、と老婆にたずねかけました。老婆は、長い間シチリアで、それからペルージャで、彼の父のところにいたことがありましたので、まるでアンドレウッチョが話しているように事こまかに、彼女に物語りました。同様にまた、彼がどこに泊まっているのか、なんのためにきたのかなどについても話しました。
若い女は、彼の親戚のことや、その名前をくわしく聞きおぼえると、奸計を用いて自分の意図を達しようと考え、計画をたてました。家に帰ると、老婆がアンドレウッチョのところへ訪ねて行けないようにと、その日一日じゅういそがしく立ち働かせました。そして、こうした仕事によく馴れている自分の女中の一人をよんで、夕暮れ時に、アンドレウッチョが泊まっている宿屋に使いにやりました。女中がそこへ行ってみると、運よく彼がたった一人で入り口におりましたので、彼にアンドレウッチョのことを尋ねました。彼が女中に向かって、自分はその当人であると言いますと、彼女は彼を外に誘いだして言いました。
「旦那さま、この都市《まち》のさる貴婦人が、およろしければ、よろこんであなたさまとお話をいたしたいと申しておりますが」
彼はそれを聞くと、まるで自分の他には、ナポリには一人も美男子はいないかのようにのぼせあがって、その婦人が自分に思いをよせているのだと思いこんでしまいました。で、すぐ女中に向かって、承諾した旨を話し、その女性がいつどこで、自分と会いたがっているのかとたずねました。女中は彼に答えました。「旦那さま、おいでになりたいのでございましたら、主人は自宅でお待ち申しあげております」
アンドレウッチョはすぐさま、宿屋にはなんともことわらずに、女中に言いました。
「ではさっそく案内してください。わたしはお前のあとからついて行こう」
そこで女中は、その名前からして、どんなに貞潔な£ハりであるかがわかるマルペルトゥジョ(悪い穴)とよばれる通りに住んでいる、その女の家に彼を案内しました。しかし彼は、そんなことにはすこしも気づかず、うたがいもしないで、ごく貞潔な場所の、愛する女のところに行くのだと信じきって、平気で女中を先にたてて、彼女の家にはいりました。階段を上って見ると、女中がいちはやく女主人に「アンドレウッチョ様がおいでになりました」と大声で知らせましたので、彼女はすでに階段の上で彼を待っている様子でした。彼女はまだつぼみの若さで、顔は美しく、体は大柄で、なかなか豪奢なみなりをしていて、まばゆいばかりに飾りたてていました。アンドレウッチョが近づいていくと、彼女は両腕をひろげて、三段も上から駈けおりました。そして彼の首にまつわりついて、感動のあまり喉がつまったように、ものも言わず、しばらく抱きついておりました。そして涙を流しながら、彼の額に接吻すると、感動をよそおった心持ちかすれた声で話しました。
「ああ! わたしのアンドレウッチョよ、よくきてくださいました」
彼はこうした愛情のあふれた愛撫に驚いて、すっかりどぎもをぬかれて、答えました。
「奥さん、あなたにお会いできて、しあわせです」
その後で彼女は、彼の手をとって、客間に案内し、黙って薔薇の花やオレンジの花、その他花の香りでむせかえるような自分の寝室に招き入れました。そこで彼はとばりのかかった非常に綺麗な寝台と、そこの習慣に従って衣桁《いこう》にかけられた多くの衣裳と、その他実にみごとで贅沢な家具類を見ました。そんな次第で、彼はうぶな者でしたので、彼女が身分の高い女であるにちがいないと、信じこみました。二人がその寝台の足もとにある木箱の上に並んで腰をおろしますと、彼女が彼に向かって話しかけました。
「アンドレウッチョ、あなたは、わたしがあなたを愛撫したことや、涙を流したことにさぞかしお驚きになったことと思います。なぜって、あなたはわたしを御存じないでしょうし、たぶんこれからお話しすることをお聞きになったこともないでしょうからね。でも、あなたがもっとびっくりなさるようなことがあるのです。つまり、わたしはあなたの妹なのです。神さまが、わたしの兄弟の一人に、めぐりあわせてくださったのでございます。わたしたちの父であるピエトロは、あなたも御存じのはずですが、長い間パレルモ(シチリアの都市)に住んでおりました。父は気立てがやさしく、親切な性質でしたので、父を知っている人々から、とても愛されていましたし、今でも愛されております。貴婦人であり、当時寡婦だったわたしの母は、彼を一番愛した者でございます。そんなわけで、母は自分の父や兄弟や世間の評判も意に介せず、父とねんごろになり、わたしが生まれました。ごらんのとおりのわたしがそれでございます。その後、父は、パレルモを発ってペルージャに帰る機会がありまして、父はまだいたいけな女の子のわたしを、母とともに残してまいりました。そしてわたしの知るかぎりでは、父はもうわたしや母のことを、思いだしてはくれませんでした。わたしは、彼が自分の父でなかったなら、父が母に対してなした忘恩に関して、手きびしく非難もしたことでしょう。母は父がどんな人間であるのかちっとも知らないで、身も心も彼の手に委ねたのでございました。
ところがどうでしょう? 一旦犯した過失で、大分時間が経過したものは、償うよりも、非難するほうがずっと容易なものでございます。事態はちょうどそのとおりに進みました。彼はわたしをパレルモに、小さな女の子の時においていきましたが、そこでわたしは大きくなりました。わたしの母は金持ちでしたから、わたしを貴族で、やさしい人柄のよいジェルジェンティ(シチリアの都市)のさる人のところに縁づけました。夫はわたしの母や、わたしを愛していましたので、パレルモに帰って住むことになりました。そこで、彼は非常な教皇党だったものですから、わがカルロ王と何か陰謀をたくらみはじめました。それがなんとか実を結びそうになる前に、フェデリゴ王の耳にはいりまして、わたしたちがシチリアにのがれる原因となりました。その頃わたしは、あの島で第一番の貴婦人になろうと考えておりました。もてるだけのわずかなものをもって(わずかなものと申しますのは、わたしたちがもっていたたくさんのものにくらべてのことでございます)、土地や屋敷もすて、そこからこの土地ににげてきました。ここではカルロ王が、わたしたちに対して非常に親切にしてくださいまして、わたしたちが王のためにうけた損害の一部をつぐなってくれました上に、土地や家をたまわり、お手当と申すものを、わたしの夫であなたの義兄弟である者に、たえず御下賜になっておられます。そのことについては、あなたも今後おわかりになられることでしょう。で、そんな具合で、わたしはここにいるのでございますが、ここであなたにお目にかかれましたのは、神さまのお慈悲によるものです」
こう言うと彼女は改めて彼を抱擁して、もう一度やさしく、涙を流しながら彼の額に接吻いたしました。
アンドレウッチョは、はっきりしたことばでよどみなく彼女が、まことにたくみに話しだした作り話を聞いて、父親がパレルモにいたことが本当であることを思いおこすと、わが身にてらして、青春時代に恋をする若者たちへの理解もできましたので、彼女のいじらしい涙や、抱擁や、清い接吻を見て、彼女の話したことには、全然嘘はないと考えました。で彼女が話し終わると、彼女に向かって言いました。
「奥さん、わたしがおどろいているからといって、お気にとめないでください。と申しますのは、実のところ父は、どんな理由があれ、あなたのお母さんやあなたのことを一度も話したことがありませんでした。また話したとしましても、わたしの耳にははいっておりません。わたしはあなたのような方がおられようとは夢にも考えておりませんでした。一人ぼっちのこの土地で、あなたのような妹に会えてうれしく思います。ところで一つだけわたしはお漏らし願いたいと思うのですが、どうしてあなたは、わたしがここにいることをお知りになりましたか」
彼に向かって、彼女が答えました。
「今朝そのことをわたしに、わたしのところによくまいります気の毒な女の人が知らせてくれたのです。と申しますのは、その人はわたしたちの父といっしょにパレルモやペルージャで、長く住んでいたことがございます。で、わたしは自分で他人の家にあなたをお訪ねするよりも、あなたが、わたしの家でわたしにお会いくださるほうが、よろしいのではないかと思いましたので、そんな気持ちさえおこりませんでしたら、わたしはとっくの昔に、あなたをお訪ねしていたことでございましょう」
このことばの後で、彼女は一々名前をあげて、彼の親戚の者全部について、たずねはじめました。アンドレウッチョは、その全部について答えました。このために彼は信じなくてもよいことまでも、心の底から信じこむようになりました。
話はなかなかつきませんし、暑さもきびしかったので、彼女はギリシャ産の白ぶどう酒とビスケットをもってこさせて、アンドレウッチョをもてなしました。このあとで彼は、食事時でしたので、暇を告げようと思いました。が、彼女はどうしてもそれを許さないで、心から困ったようなようすをよそおって、彼を抱擁してから、言いました。
「ああまあー、あなたがわたしのことなぞちっともいとおしくお思いくださらないことは、ようくわかっております! あなたは、今まで一度も会ったことのない妹と一緒に、その家にいるのですよ。本来ならこの土地においでになったらお泊まりにならなくてはいけないんですよ。この家におられて、わざわざここから宿屋にお食事にお帰りになるなんて、考えても、おかしなことではございませんか! 本当に、わたしと御一緒に夕飯を召し上がって下さい。残念なことに、夫は不在ではございますが、わたしも女として一とおりのことはして、いささかでもあなたを、おもてなしをすることはできましょう」
アンドレウッチョはどう答えていいのかわからず、彼女に向かって、こう言いました。
「わたしは妹のようにあなたを愛しております。でもわたしが帰りませんと、みなは一晩中わたしが夕飯に帰るのを待っているでしょうから、わたしは、失礼なことをしでかしてしまいます」
すると、その時、彼女が申しました。
「いいあんばいに、家には、あなたをお待ちにならぬようにと言いにやる者がおります。でも、あなたのお仲間に、ここにいらっしゃって食事をなさるようにと使いをだしたほうがよろしいのではありません? その後で、お帰りになりたければ、みなさんで御一緒にお帰りになることができましょう」
アンドレウッチョは「仲間のことなどはどうでもよろしいのです、もっとここにおれと言われるならそういたしましょう」と答えました。そこで彼女は、宿屋に人をやって食事を待っていないようにと、伝えたふりをしました。それからほかにいろいろと話をしたあとで、二人は夕食の席につきました。彼女は贅沢な御馳走を幾皿もだして、たくみに欺しながら、食事を夜おそくまで長びかせました。
二人が食卓から立ち上がり、アンドレウッチョが帰ろうとすると、彼女は、ナポリは、夜間、特によその者が出歩く場所ではありません。それに彼が夕飯に帰らないと使いをだした際に、あなたがこちらへ泊まることについても伝えておきましたからといって、どうしても帰ってはいけないと言いました。彼は根も葉もないこのことばに欺されて、まんざらに悪い気持ちもしなかったので、そこにとどまることになりました。
さて食後、そこにはそれだけの理由がございまして、いろいろと長話がつづきました。で、夜もいくぶんふけましたので、彼女はアンドレウッチョに自分の寝室でおやすみになって下さい、何か用でもあったらと少年を一人残して、自分の下女たちをつれて、別室に出ていきました。
暑い夜でした。アンドレウッチョは一人になると、すぐズボンや靴下を脱いで、寝台のまくら元におきました。そして、腹の余分な重味を始末しなければならない自然の要求を感じて、それをどこでしたらよいのかと少年にたずねました。少年はその部屋の四隅の一つにある扉を彼に示して、「あそこにおはいり下さい」と申しました。
アンドレウッチョは安心して中へはいると、なにげなく、その片足を一枚の板の上にのせました。その板は反対側の梁木の方の釘がぬいてありましたので、彼はもろとも下に転落いたしました。相当高いところから落ちこんだのに、怪我一つしなかったのは、神さまのお慈悲だったのでございましょう。ところが、そこに一杯つまっていた汚物で、すっかり汚れてしまいました。その場所がどんな作りになっておりますか、今までのお話や、これからのことをよく理解していただくために、説明しておきましょう。
それは、よく二軒の家の間に見るような、ある狭い行きどまりの路地に設けられておりました。二軒の家の間に差し渡した二本の梁木の上に、数枚の板が釘づけにされておりまして、腰かける場所が作られておりました。彼と一緒に落ちこんだのは、その板の一枚だったのでございます。さて、その路地の下に転落したアンドレウッチョは、これは大変なことになったと思って少年を呼びました。ところが少年は彼が落ちこんだのを見てとると、そのことをすぐ女主人に告げに行きました。女主人は、アンドレウッチョの部屋に駈けこむと、急いで彼の着物があるかどうか探しました。そして着物と、それから他人を信用しない彼がしじゅう肌身離さずもっていたお金を、一緒に見つけました。彼女は、パレルモ生まれの自分が、アンドレウッチョの妹だと偽って罠《わな》をかけてお金を手にいれましたので、もう彼のことなどかまわずに、彼が落ちこんだ時に出ていった扉口を、すばやく閉めに行きました。
アンドレウッチョは、少年が答えないので、なおも大声で呼びつづけました。でも、なんの応答もありませんでした。そこで彼は少しおかしいとは思っていましたが、やがてその詐欺に気がつきました。で、その路地を通りからふさいでいる壁垣の上にのぼって、道にとびおりると、見覚えのあるその家の戸口のところに行きました。そこでしばらく大声で呼んでみましたが、返事がないので、戸口を力一杯ゆすぶったり、叩いたりしました。自分の不幸をまざまざとさとった彼は、泣きながら言いました。
「ああ困った! 一寸の間に、わたしは五百フィオリーノのお金と、一人の妹を失くしてしまった!」
そして、ふたたび戸口を叩きはじめて、どなりました。そのやり方がひどかったので、その騒々しさに近所の人々が大勢眼をさまして起きてきました。すると例の女中の一人が、眠たくてたまらないようなふりをしながら、窓から顔をだすと、あざけるように言いました。
「その下で、叩いてるのはどなた?」
「ああ!」と、アンドレウッチョが言いました。「わたしを知っていないのかね、わたしはフィオルダリーゾ奥さんの兄のアンドレウッチョだよ」
彼に向かって、女中が答えました。
「あんた、飲みすぎたんでしたら、帰っておやすみ。明朝いらっしゃい! どこのアンドレウッチョのことか、あたしにゃ何のことかわからないね。お願いだから、早く寝させてちょうだい」
「なんだって!」と、アンドレウッチョが言いました。「わたしが言ってることがわからないのか。シチリアじゃ親戚のことをそんなにすぐ忘れてしまうのかい。せめてわたしがおいてきた着物を返しておくれ。そうすればわたしは喜んで、おとなしく帰っていくよ」
彼女は吹き出しそうにして言いました。
「まあ、この人ったら、夢でも見ているにちがいないわ」
こう言うと、顔を引っ込めて、すぐに窓を閉めました。そこで、アンドレウッチョは、自分の被害の取り返しのつかないことをはっきりとさとったので、悲嘆のあげくに、腹がたって、煮えくりかえらんばかりでした。そしてこんどは腕ずくで取り返そうと決心しました。彼は大きな石を拾うと、前よりも激しく、つづけざまに戸口を叩きだしました。
そんな次第で、先程から眼を覚まして起きてしまった大勢の隣人たちは、彼が作りごとを並べたてて、女を苦しめようとしているのだと思いこみ、窓から顔をだすと、まるで町じゅうの犬がよその犬に吠えかかるありさまそのままに、叫びだしました。
「こんな時間に女の家に、そんなでたらめを言いにくるなんて、たちが悪いよ。さあおとなしく家にお帰り。あんた、後生だから、わたしたちを寝させてくださいよ。あの女と談判することがあるんなら、明日、またくるがいい。今夜は、そんな騒々しいことはやめてもらいたいね」
近所の人の声を聞いて元気がでたのでしょう、その家のなかにいた、女の客引きをしている一人の男が(その男のことは、アンドレウッチョは見たことも聞いたこともありませんでしたが)、窓にあらわれて、太い、おそろしい、凄味のある声でどなりました。
「下にいるのは、どこのどいつだ?」
アンドレウッチョが、その声に顔をあげると、一人の男が眼にはいりました。はっきりはわかりませんが、黒い濃いひげを生やしていて、なかなかえらぶつ[#「えらぶつ」に傍点]に違いないような風体でした。深い眠りから目をさましたからでしょうか、あくびをして眼をこすっておりました。その男に向かって、彼はおそるおそる答えました。
「わたしはここの婦人の兄なんです」
でもその男は、アンドレウッチョに最後まで言わせませんでした。それどころか、前よりも一段とおそろしげに言いました。
「この酔いつぶれのロバめ! うるさくて眠れやしないじゃないか。棒切れで叩き殺してやるぞ!」
それから彼は首をひっこめて、窓を閉めました。
この男の素性をよく知っていた近所の人が二、三人、親切心からアンドレウッチョに言いました。
「まあ、あんた、今夜はおとなしくお帰り。殺されるようなばかな真似はしないほうがいいよ。あんたのためだから、お帰り」
そんなわけでアンドレウッチョは、その男の声音や容貌にびっくりし、また同情のあまり自分に話しかけてくれた近所の人の忠告に従って、やるせない悲しみにくれながら、お金を取り戻す希望もなく、昼間女中について歩いてきた方向をめざして、それがどこへ行く道なのかもわからぬまま、宿屋へ帰るために歩きだしました。
彼は、自分の体からでてくる悪臭に、われながらいやになって、体を洗うために海に行こうと考えて、左手に折れ、ルーガ・カタラーナとよぶ道にはいりました。それから町の高台のほうに行くと、たまたま彼のほうに向かって、片手に角灯をさげてやってくる二人の男がありました。彼は二人が警吏か、それとも悪事を働く連中ではないかといぶかって、近くにある一軒のあばら家のなかに、身をかくしました。ところが彼らは、そのおなじ家にはいってきたのです。そこで彼らの一人が、頸にまいていた鉄の道具らしいものをおろすと、相手の男と一緒にそれをながめ、それについていろいろと話しだしました。その話の間に、片方が言いました。
「どうしたんだ? こんなくさい匂いをかいだことがないぞ!」
そういうと二人は角灯を一寸かざして、あわれなアンドレウッチョを発見しました。それで驚いてたずねました。
「そこにいるのはだれだ?」
アンドレウッチョは黙っておりました。しかし彼らは明りをもって彼に近づくと、ここで何をしているのか、どうして汚い格好をしているのかと聞きました。アンドレウッチョは身に振りかかった災難のことを残らず物語りました。男たちには、それがどこでおこったことかすぐ想像がつきました。「これはたしかにあの悪党のブッタフォーコの家にちがいない」それから彼のほうに向きなおると、一人が言いました。
「お前さん、金を失くした上、ころがり落ちて家にはいれなかったと言いなさるが、神さまにうんとお礼を言わなくちゃいけないよ。だってお前さんがそこに落ちこまなかったら、眠ったとたんにむごたらしい殺され方をして、金どころか命までも失くしていたことは、火を見るより明らかだろうからさ。だが、いまさら泣いたところで、なんの役に立つものか。そんな金は、空のお星さまをとろうとするようなもので、取り返すことはむずかしいよ。あいつは、お前さんがそんなことをしゃべっていると聞いたら、きっとお前さんを生かしてはおかないよ」
こう言うと二人はしばらく相談をしていましたが、彼に言いました。
「いいかね、お前さんに同情して話すんだが、今夜俺たちがやりに行く仕事に一枚加わるというんなら、お前さんが失くしたものよりずっと多い金をまちがいなく分け前としてあげられるんだがね」
アンドレウッチョは絶望しておりましたので、承知したと答えました。
その日、フィリッポ・ミヌートロ猊下《げいか》というナポリの大司教が埋葬されました。大司教でしたので、すこぶる高価な装身具をつけて、金貨五百フィオリーノ以上の値打ちのある紅玉《ルビー》入りの指輪をはめたまま埋葬されたのです。彼らはその遺骸から、身につけた物を盗みとろうとたくらんでいたのです。二人はその計画をアンドレウッチョに打ち明けました。アンドレウッチョは欲に目がくらんで分別を失い、彼らといっしょに歩きだしました。で、大教会のほうに向かって行くうちに、アンドレウッチョの臭気がひどいので、一人が言いました。
「どこでもいいから、この男がこんなにひどく匂わないように、洗う方法はないものかね?」
相手の男が言いました。
「そこに井戸があるぜ。たいてい滑車や釣瓶《つるべ》がついているもんだ。大急ぎで体を洗ってやろう」
その井戸に行くと、綱はありましたが、釣瓶はあげてありました。そこで二人は彼を綱にしばって、井戸の中におろしてやりました。彼が体を洗って、洗い終わって綱をふれば、二人が上にひきあげるという手筈でした。で、その実行にとりかかりました。
彼らが彼を井戸におろした時でした。その井戸に、市庁の警吏が数人、暑さのせいもあり、だれかを追跡したからでもありましょう、喉が乾いて、水を飲みにまいりました。二人は彼らを見るとすぐににげだしましたが、警吏たちは、二人のことには気がつきませんでした。すでに井戸の底ではアンドレウッチョが体を洗い終えて、綱を引っぱりました。喉の乾いている彼らは、盾や武器や上衣を下において、綱には水が一杯はいった釣瓶がとりつけてあると思って、それをひきはじめました。アンドレウッチョは井戸の縁まで上がってくると、綱から離れて、その縁に両手でしがみつきました。警吏たちはそれを見るなり、恐怖のあまりふるえあがって、物も言わずに、綱を離して一目散ににげだしました。アンドレウッチョはびっくりしました。もしその縁によくしがみついていなかったなら、井戸の底までころげ落ちて、たぶん大怪我をするか、死んでいたことでしょう。でも、井戸からでて、そこにある武器を見て、彼の仲間が持っていたものでないことに気がつくと、さらにびっくりいたしました。しかしこわい気持ちが先に立って、どうしていいのかわからず、その運命を嘆きながら、その武器には手もふれないで、どこへ行くというあてもなしに、歩きだしました。
こうして歩いて行くうちに、彼は、自分を井戸からひきあげようと戻ってきた例の二人の仲間にばったり出あいました。二人は彼を見ると非常におどろいて、だれが井戸からひきあげてくれたのかとたずねました。アンドレウッチョは、知らないと答えました。そして彼らに、井戸の外で見たことを順序だてて話しました。すると彼らは(事情をさとって)笑いながら、なぜ彼らがにげだしたのか、彼をひきあげてくれた者はだれであったのか、彼に言って聞かせました。で、もう夜半でしたので、話はそれくらいにして、彼らは大教会に行くと、その中へ易々とはいりこみました。彼らは大理石でできている、とても大きな墓のところへ行きました。それから鉄の道具で、ひどく重い蓋を持ちあげて、一人が中へはいれるくらい口をあけると、突っかい棒をしました。それがすむと、一人が言いました。
「だれが中へはいるんだい?」
彼に相手の男が答えました。
「俺はいやだ」
「俺もいやだ」と、彼が言いました。「じゃあ、アンドレウッチョ、中へはいれよ」
「わたしは御免をこうむりますよ」と、アンドレウッチョが言いました。彼らは二人ともアンドレウッチョのほうに向きなおると言いました。
「どうして、はいらないんだ? 神さまに誓って言っておくが、もしお前が中へはいらなけりゃあ、俺たちはこの鉄の棒の一つも、お前さんの頭にがん[#「がん」に傍点]とくらわせて、殺しちまうんだぞ」
アンドレウッチョはふるえあがって、中へはいりました。で、中へはいりながら、ひそかに考えました。「こいつらはわたしを欺すつもりで中にはいらせるんだな。こいつらに物を渡してしまうと、わたしが墓の中でぐずついているあいだに、もう自分たちの用はすんだとばかり、にげていっちまうだろう。で、わたしは無一物でおいてけぼりを食うことになるんだな」そう思うと彼は、前もって自分の分け前をとっておこうと考えました。そこで二人が話していたのを耳にはさんでいたあの貴重な指輪のことを思いだしたので、彼は下に降りて行った時に、大司教の指からそれをぬきとって、自分の指にはめておきました。それから、錫杖《しやくじよう》や僧帽や手袋などを剥ぎ取って、肌着までも脱がせて、それを全部彼らにわたして、もう他には何もないと言いました。彼らは指輪があるはずだといって、彼に隅々までよく探せと言いました。でも彼は見つからないと答えながら、それを探すようなふりをして、少しの間、二人を待たせておきました。外にいた二人も、彼と同様食えない[#「食えない」に傍点]男でしたので、彼によく探せと言いながら、潮時を見計らって墓の蓋をささえている突っかい棒をとりはらって、彼を墓に閉じこめたまま立ち去って行きました。
それと知ったアンドレウッチョの、その時の気持ちはどんなだったでしょうか、どなたにも御想像がつきましょう。彼は蓋をあげることができるかどうか、頭や両肩で何度もこころみましたが、なんのかいもありません。彼は悲嘆のあまり、気を失い、大司教の死骸の上に倒れてしまいました。その時の彼を見た者がございましたら、一体死んでいるのは、大司教なのかそれとも彼なのか、見きわめられなかったでございましょう。でも彼は正気をとりもどすと、もうだれもそこへあけに来てくれなければ、その墓の中で、死骸のうじ虫にかこまれて飢えと悪臭のために死んでしまうか、それともだれかがそこへきて彼が中にいるのを発見して、泥棒として首をつるはめになるか、二つのうち一つだとわかったので、声をあげて泣きだしました。
こうして悲嘆にくれておりますと、人々が教会の中を歩く気配や、大勢の人々の話し声がしました。その人々も、彼の考えどおり、彼とその仲間と同じことをたくらんでやってきたのでございます。彼の恐怖はますますつのりました。しかし彼らは蓋をあけて突っかい棒をした後で、だれが中にはいるかということで、言い合いをはじめました。だれも中へはいりたがりませんでした。でも、長い言い争いのあげく、一人の司祭が言いました。
「何をあなた方はこわがっているんです? あなた方に食いつくとでも思ってるんですか。死んだ者は人間を食べはしません。わしが中へはいりますよ、わしが」
そう言いますと、墓の縁に胸をよせて、頭を外に向けると、ずりおりようとして両脚を中にいれました。アンドレウッチョはこれを見て、立ちあがると司祭の片脚をとらえて、下へひきずりこむ真似をしました。司祭は喉も裂けそうな悲鳴をあげると、すぐに墓からとびだしました。他の連中はみな、腰もぬかさんばかりに驚いて、蓋をあけたまま、十万の悪鬼に追いかけられでもしたように、一目散ににげだしました。それを見てアンドレウッチョは、夢かとばかりによろこんで、すぐさま外にとびだしました。そして教会から出て行きました。
はや夜も明け方に近づいておりましたので、彼は指にその指輪をはめたまま、足にまかせて歩いておりますと、海岸にたどりつきました。それから自分の宿屋にもどってみますと、彼の仲間たちや宿の主人が夜っぴて、彼の身の上を案じておりました。彼がみなに、自分の身の上に降りかかったことを物語りますと、主人はすぐにナポリを立ち去るのがよいと忠告しました。そして、彼はただちに実行いたしました。彼はペルージャに帰りました。彼は馬を買いにいったのに、その金で指輪を一つ買って帰ったわけでございます。
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第六話
[#この行3字下げ]〈マドンナ・ベリートラが二人のこどもを失い、ある島で見つけた二頭の子鹿とともにルニジャーナに行く。そこでこどもの一人が彼女の主人のところにいて、主人の娘に恋し、牢にいれられる。シチリア島民がカルロ王に反抗し、そのこどもは母にそれとみとめられ、主人の娘と結婚する。またその弟も見つけられて、高い身分にもどる〉
淑女たちは紳士たちともども、フィアンメッタによって語られたアンドレウッチョの事件に大笑いしました。その時エミリアは、お話が終わると、女王の命令のままに、こう話しはじめました。
運命のさまざまの移りかわりは、痛ましくも、悲しいものでございます。その転変について何かお話がでますと、そのたびに、その甘い幻想のなかにともすれば眠っているわたくしたちの頭が目ざまされるのでございますから、これを聞くことは、幸福な人にとりましても、不運な人にとりましても、これを聞いた暁は前者を益し、後者を慰めるという点で、決して悔ゆるべきことではないと、わたくしは考えているのでございます。ですから結構なお話が前にもでましたけれども、わたくしはあなた方に、そうした種類の悲しい、実際にあったお話をいたしたいと存じます。幸福な結末のお話ではありますが、その苦しさは堪えがたく、また長期に及んでおりまして、結末のよろこびでつぐなわれたとは考えられないほどのものでございます。
親愛なる淑女方、あなた方も御存じのはずですが、フェデリコ二世の死後、マンフレーディがシチリアの王位につきました。その王のもとに、アルリゲット・カペーチェとよばれるナポリの貴族が、非常に重要な地位におりました。彼には同じくナポリ人であるマドンナ・ベリートラ・カラッチョラ夫人とよばれる美しい貴婦人の妻がございました。このアルリゲットは、島の政治を掌中に握っておりましたが、王カルロ一世がベネヴェントでマンフレーディを破り、これを殺害して、全王国が彼になびきしたがうにいたったと聞きまして、シチリア人の変わりやすい忠誠心には安心ができず、自分の主君の敵に対して臣下として仕えたくもありませんでしたので、にげだす準備をしておりました。けれども、それがシチリア人の知るところとなり、ただちに彼と大勢のマンフレーディ王の友人や輩下は捕えられてカルロ王に引き渡されました。そして島の領有も、カルロ王の手に移りました。
ベリートラ夫人は、こうした事変の渦中にあって、アルリゲットの身の上にどんなことがおこったのか知ることができませんし、またいろいろとおこった事件に恐怖を感じておりましたので、身にはずかしめをうけてはならないと、自分のものはことごとくすて、ジュスフレーディとよぶ八歳のこどもをつれて、みごもっていたのに気の毒にも小船に乗って、リーパリに逃げたのでございます。そこでもう一人の男の子を産んで、これにスカッチャート(追放された者)と名づけました。そして、一人の乳母をやとい、ナポリの親戚のところに行こうと、みなで一緒に小船に乗りこみました。ところが、思いがけないことがおこりました。ナポリに行くはずだった船は、風のためにポンツォの島に吹きよせられ、その島の小さな入り江にはいって航海びよりの天候を待つことにしました。ベリートラ夫人も、ほかの人々とおなじように島におりて、その島の中で人のいない離れた場所を見つけて、そこでただ一人、夫のアルリゲットのことを思って嘆き悲しんでいました。で、毎日こうして暮らしておりましたが、ある日、彼女が知らない間に、海賊船がやってきて、だれの抵抗もうけず船のみんなを捕えて、漕ぎ去っていきました。
ベリートラ夫人が、日課の悲嘆を終えて、いつものようにこどもたちに会いに海岸に帰って見ると、そこにはだれもおりません。初めは驚きましたが、すぐに、もしやと思って海上に眼をやると、それほど遠くないところを、橈船が小さな船をひいていくのが眼にはいりました。彼女は夫と同様、こどもたちまでも失ったことをはっきりと知りました。かわいそうにたった一人そこに見すてられたまま、夫やこどもの名をよばわりながら、気を失って海岸に倒れてしまいました。
そこでは冷水とかその他の方法を使って、失った力を回復させてくれる者はだれもおりませんでした。たましいは彼女の肉体を離れて、好き勝手なところに、思う存分うろつきまわることができました。しかしそのみじめな肉体に、失われた力が涙や嘆きとともに立ち帰ると、彼女はこどもたちの名をよびながら、洞穴という洞穴を隈なく探し歩いたのでございます。しかし自分の骨折りが無駄であることがわかりまして、気がつくと、夜がおとずれてきていましたので、希望の灯は絶やしませんでしたが、でも何に託した望みやら解きかねる気持ちで、自分の身の上が不安になってきました。で、海岸を後にして、いつも泣いたり、悲しんだりして時を過ごしていたあの洞穴の中にもどってきました。
その夜は、激しい恐怖と量りしれない悲嘆のうちにすぎて、日はあらたまり、もう九時をいくらかすぎておりました。前夜夕食をとらなかった彼女は、空腹でたまらないので、草を食べはじめました。それがすむと彼女は泣きながら、これからの生活についていろいろと心を悩ましました。そんな思いにふけっておりましたところ、一頭の牝鹿が近づいてきて、隣の洞穴にはいり、まもなく、森のほうに向かって出て行きました。そこで、彼女は起きあがって牝鹿が出ていった洞穴にはいってみますと、そこにはたぶんその日に生まれたのでしょう、二頭の子鹿がいました。彼女にはそれが何よりもやさしい、可愛いものに見えました。彼女はまだお産したばかりで胸の乳がかれておりませんでしたので、その子鹿をとらえると、自分の胸に抱きあげました。子鹿たちはいやがらずに、母鹿にするとおなじように、彼女の乳房から乳を吸いました。その後は、子鹿たちは母鹿と彼女のあいだに、なんの区別もつけませんでした。彼女は、人里離れた場所で仲間を見つけたような気持ちになりまして、草を食べ水を飲んで、夫のことや、こどもたちのことや、過去の生活を思いだしては、そのたびに泣きながら、牝鹿も子鹿同様に可愛がって、そこで生活して、死のうと覚悟を決めました。
貴婦人はこうした暮らしをしているうちに野生化したのでございます。数カ月の後に、以前彼女が漂着して幾日かをすごした同じ場所に、同じように海が荒れて、ピサ人の小さな船がさいわいにも到着しました。その船の上には、マレスピーニ侯爵家のクルラードという貴族が、貞淑で信仰心の厚いその妻とともに乗っていました。彼らはプリアの王国にあるすべての聖地の巡礼にきて、自分たちの家に帰る途中でした。侯は憂さ晴らしにでもと、ある日のこと、その妻や二、三の従者とともに、犬をつれて、島内を歩きはじめました。ベリートラ夫人のいた場所のほど近くで、もう大きくなって草を喰《は》んでいた二頭の子鹿を、クルラードの犬が追いはじめました。子鹿たちは犬に追いかけられて、ベリートラ夫人がいた洞穴ににげこみました。夫人は、この様子を見て立ちあがると、一本の杖をとって犬どもを追い返しました。そこへ犬のあとを追ってきたクルラードとその妻がきて、褐色に焼けやせ細った毛むくじゃらの彼女を見て、びっくりいたしました。彼らよりも彼女のほうは、もっと驚きました。
彼女の嘆願をいれて犬どもを引き戻してから、クルラードは、いろいろと懇請した上、あなたはどなたであり、ここで何をなさっておられるのか、と自分に説明するように仕向けました。彼女は自分の身の上や、降りかかったできごとの一切と、そのおそろしい決心を、彼らにつつみかくさず打ち明けました。アルリゲット・カペーチェを非常によく知っていたクルラードは、それを聞いて同情の涙を流し、ことばをつくして彼女にそうしたおそろしい考えをとりやめるよう、神の御加護にめぐまれるまで時期をお待ちになるようにとすすめ、その間は自分の家におつれして、自分の姉妹のようにもてなし、そばにお泊めしたいと申し出ました。しかし、夫人がそれに応じませんでしたので、クルラードはそこへ妻を残し、妻に向かって食物の世話や、また見る影もないぼろぼろの身なりをした彼女に妻の着物を何か着させて、自分たちと一緒に行く気になるよう骨折ってもらいたいと言いました。
ベリートラ夫人とあとに残された貴婦人は、まずその不幸を泣き悲しんだあとで、クルラード夫人は何くれとなく彼女の世話をして、着物をかえ食事をすることをなっとくさせました。そして幾度も嘆願したあとで、彼女が顔を知られているところへはどうしても行きたくないというので、クルラード夫人は自分たちと一緒に、二頭の子鹿とそれから牝鹿をつれて、ぜひともルニジャーナに行くようにと説得しました。折柄牝鹿がもどってきて彼女にいじらしく身をすりよせたのには、夫も少なからず驚かされました。
そのうちによい天候になりましたので、ベリートラ夫人は、クルラードやその夫人とともに船に乗りました。一緒に牝鹿と二頭の子鹿も乗りました。みなは彼女の名を知りませんでしたので、彼女は鹿たちから名前をとって、カヴリウォーラと名づけられました。順風に乗って、彼らは早くもマグラ河の河口にはいり、そこで船をおりて、彼らの城にのぼったのでございます。そこでベリートラ夫人は、未亡人の衣裳をつけて、正直につつましやかに、従順にはべっておりました。また常に自分の鹿たちを可愛がり、食物をあたえさせました。
ポンツォで、ベリートラ夫人がそこまで乗っていった船を奪った海賊たちは、自分たちの眼にはいらなかった彼女を取り残したまま、他の全部の人々を乗せて、ジェノヴァに行きました。さてそこで橈船の持ち主たちの間で掠奪物がわけられたのですが、たまたま他の品物とまじって、ベリートラ夫人の乳母と、乳母と一緒にいた二人のこどもは、一まとめにグァスパルリーノ・ド・オリア氏の手にわたることになりました。この人は乳母をこどもたちとともに自分の家に送りました。彼らを奴隷として家の用に使おうと思ったのでございます。乳母は、その女主人を失ったことや、自分や二人のこどもが落ちこんだ悲惨な運命を一方ならず悲しんで、長い間涙にくれておりました。けれども、涙がなんのたしにもならないことや、自分も彼らとともに女奴隷であることをさとってからは、いやしい女ではありましたが、でも用心深い分別のある者でしたので、まず心をじっとしずめることにして、ついで、どんなに悲惨な境遇に自分たちがおちいっているかを熟考して、今もし二人のこどもが何者であるか、その素性を他人に知られれば、たちまち面倒な目にあうことになるだろうと考えました。で、さらに彼女は、遅かれ早かれいずれ運命は変わるかもしれない、二人のこどもは生命さえながらえれば、失った元の身分にもどることができるかもしれないとの希望を抱いておりましたので、その機会がこない以上は、彼らの人となりをだれにも打ち明けまいと考えました。で、彼女はそのことで人にたずねられるたびにだれに向かっても、彼らは自分のこどもであると答えました。そして長子をジュスフレーディと呼ばずに、ジャンノット・ディ・プロチダと命名して、末子の名は変えようとしませんでした。
で、ジュスフレーディには、なぜ彼の名前をかえたかということと、彼がだれであるか、他人に知られたらどんな危険にさらされるかもわからないということを、心をこめて説明いたしました。このことを何度も繰り返して、のみこませました。利口だったこどもは、用心深い乳母の教えを守って、そのとおりに実行しました。
そこで二人の男の子は、粗末な着物を着、汚い靴をはいて、あらゆるいやしい仕事に使われながら、乳母と一緒に辛抱して、何年もグァスパルリーノ氏の家で暮らしました。けれども十六歳になっていたジャンノットは、奴隷になりきれない、ひときわ気高い感情の持ち主でしたので、奴隷の境遇のいやしさをいやがって、グァスパルリーノ氏から暇をとり、アレキサンドリアにおもむく橈船に乗って、各地に行きましたが、少しもその境遇を改善することができませんでした。ついに、グァスパルリーノ氏のところを出てから三、四年は経ったでしょうか、彼は容貌の秀いでた体格の立派な青年になりました。彼は、死んだと思っていた自分の父親がまだ存命で、カルロ王のために牢獄に投ぜられ、酷使されていることを聞きまして、ほとんど運命に絶望しながら、流浪の旅をつづけてルニジャーナにたどり着きました。そこではからずもクルラード・マレスピーナのもとに奴隷として身をおくこととなり、まめまめしく立ちはたらいたので、主人の気に入ったのでございます。で、彼は、クルラード夫人と一緒にいた実の母親とたまには顔を合わせることもありましたが、一度として気がついたことはありませんでした。彼女も彼が自分の子であるとは思いませんでした。それほど歳月の流れは、二人を、最後に別れた時の姿とはかえてしまったのでございます。
さてジャンノットが、クルラードのもとではたらいておりますと、スピーナという名前のクルラードの娘が、ニッコロ・ダ・グリニャーノなる者の未亡人となって、父親の家にもどってまいりました。彼女は花もはじらう美人で、こぼれるように愛くるしく、十六歳をすこし越えた若さでしたが、たまたまジャンノットに眼を注ぐと、彼も彼女に眼を注ぎ、二人はお互いにたいそう熱烈に思いあいました。その思いは長い間そのまま、実を結ばずにいることはできませんでした。これがだれにも気づかれないで、数カ月つづいたのでございます。ですから二人は気を許しすぎて、こうした秘め事には必要な、用心深い配慮をついおこたりだしました。ある日、美しい、鬱蒼とした森に出かけた時、娘は他の一行を全部おき去りにして、ジャンノットと一緒に、森の中にはいって行きました。他の人々をずっと追いこしたと思いましたので、草と花に埋もれ、樹立でかこまれた心地よい場所に隠れて、お互いに恋の悦楽をたのしみはじめました。大分長い間一緒にいたのですが、夢ごこちの悦楽にそれほど時間が経っているとも思わず時をすごしているところを、まず娘の母親に、つづいてクルラードに発見されてしまいました。クルラードはこのありさまを見て一方ならず嘆いて、その理由は何も言わずに、三人の従者に命じて、二人を捕えさせると、縛りあげてその城の一つにつれていかせました。彼は怒りと悲しみに体をふるわせて、二人をさらし者にして死なせるつもりでございました。
娘の母親も、すっかり立腹して、娘の過失にはどんな残酷な罰を加えてもよいと思っていましたが、クルラードのことばのはしから、彼が咎人《とがにん》たちに対してどんな気持ちでいるかがわかりましたので、それをがまんすることができずに、あわてて、怒っている夫のところへ駈けつけました。そして夫に向かって、そんな老年《とし》なのに、逆上して娘を殺したり、召使の血で手を染めるようなことはしないで頂きたい。彼らを牢獄にいれ、獄中でつらい目にあわせて、犯した罪に悔いの涙をしぼらせるなど、別の方法でその怒りをしずめてほしいと哀訴しはじめました。で、こうしたことばや、他にいろいろとたくさんのことを、信仰心の厚い夫人がくどくどと述べたてましたので、彼はついに二人を離れ離れに牢獄にいれておいて、別に新しい命令をだすまでは、そこでよく監視して、食物もわずかにして、不自由な思いをさせるようにと言いつけました。で、そのとおり実行されました。囚われの日を送り、絶えず涙に泣き明かしながら、度を超えた長い断食のうちに過ごす彼らの生活がどんなものでありましたか、それはどなたにも御想像がつきましょう。
さて、ジャンノットとスピーナは、クルラードに忘れられたまま、こうした苦しい生活をしながら、一年の月日をそこで送ったのでございます。ところがラオーナのピエロ王が、プロチダのジャン氏と共謀して、シチリア島を反乱させて、これをカルロ王から奪い取ってしまいました。そのことを皇帝党であるクルラードは非常によろこびました。そのことをジャンノットは、自分を監視していた人々のある者から耳にして、太い溜め息をついてから、言いました。
「ああ、なんということだ! わたしは、このことだけを望んで、世界じゅうを食うものも食わずに歩きまわって、十四年をつぶしてしまったのだ。もうその望みもすててしまっていたのに、このことが今になってやってきた。ところがわたしは牢獄にはいっているんだ。死ななければここから出るあてもないんだ!」
「え、なんだって?」と牢番が言いました。「やんごとない王様たちのなさっていることが、お前となんの関係があるというんだい? お前はシチリアで何をするはずだったんだね?」
彼に向かってジャンノットが言いました。
「かつてわたしの父がそこでやっておられたことを思いだすと、この胸も張りさけるような気がするんだ。わたしがそこからにげだした時は、まだ小さなこどもだったが、でもマンフレーディ王の御治世に島の統治者だった父の姿が、いまだに思いおこされてくるんだ」
「で、お前の父親というのは、だれだったんだ?」
「わたしの父は」と、ジャンノットが言いました。「だれなのか、もう安心してわたしは打ち明けることができる。それを打ち明けたら、どんな危険にさらされるかもわからないと心配していたが、そんな危険の中に、わたしはこうやって落ちこんでいるんだもの。父はアルリゲット・カペーチェとよばれていた。まだ存命ならばそう呼ばれているんだ。わたしはジャンノットじゃなくて、ジュスフレーディという名前なんだ。わたしがここから外に出られたら、シチリアに帰って、高い身分になれるにちがいないんだ」
牢番の男は、これ以上たずねようともしないで、クルラードのもとへ行くと、さっそくこのことを物語りました。クルラードはそれを聞くと、牢番の前ではたいして気にもとめていない風をよそおいましたが、ベリートラ夫人のところに行って、アルリゲットとの間にジュスフレーディという名前のこどもがあったかどうか、丁重にたずねました。夫人は泣きながら、もし自分と夫との間に生まれた二人のこどもの長男が生きていましたら、そういう名前であり、年は二十二歳のはずですと答えました。クルラードはこれを聞き、それはあの男に相違ないと思いました。もしそうならば、彼はその男に娘を妻としてめあわせれば、大きな慈悲をほどこすことができると同時に、自分や娘の恥を拭い去ることができるだろうと、そんな考えを胸にうかべたのであります。
そこで、ジャンノットをひそかに自分のところによんで、彼に、その過去の身の上について、事こまかにただしました。すると確実な証拠によって、彼が事実アルリゲット・カペーチェの子ジュスフレーディであるとわかりましたので、彼に言いました。
「ジャンノット、お前は、わしの娘にしでかした行ないでわしに侮辱をあたえたが、それがどんなに大きなものであり、どんな性質のものであるか、知っているはずだ。わしはお前を親切に、親身になって面倒をみてやっていたんだから、お前としても召使の本分を守って、常にわしやわしのものの名誉を高め、これを恥ずかしめないようにしなければならなかったんだ。もしお前がわしにしたようなことを他人にしたならば、大抵の人は、お前を容赦なく殺してしまっただろう。わしの慈悲の心は、それをさせなかったのだ。お前がわしに話すことが本当なら、お前は貴族と貴婦人の子であるから、わしはお前さえよかったら、その苦しみを打ち切って、今の悲惨と不自由な境遇からお前を救いだし、同時に、なんとか方法を講じて、お前とわしの名誉にきずをつけないようにしたいと思う。お前も承知しているとおり、お前にも娘にも不都合な次第だが、お前が恋慕の情をよせたスピーナは、未亡人であって、その持参金は莫大なものだ。彼女の素行やその両親がどんな人であるかは、お前にもわかっているだろう。お前の現在の状態については、わしは何も言うまい。だからお前さえその気なら、娘がお前のみだらな愛人だったのを、お前の貞淑な妻となるようにはかろうが、その暁には、お前がわしのこどもとして、わしや娘と一緒に、好きなだけここに住むことを許してやろう」
牢獄はジャンノットの肉体をさいなみましたが、貴族の血から引き継いだ高潔な心は少しもにぶることはなく、また彼がスピーナに寄せていた心からの恋愛を弱めもいたしませんでした。彼はクルラードの提案を熱烈に希望し、また自分の一身が彼の力のなかに握られていることを知ってはいましたが、高潔な心が自分に言わなければならないと告げたものを、少しもかえませんでした。そうして言いました。
「クルラードさん、わたしは、権力欲、金銭の欲、その他いかなる理由にもせよ、あなたの生命や財産に対して、夢にも罠をかけようなどと考えたことはありませんでした。わたしはあなたのお嬢様に思いをよせました。今も愛しておりますし、永久に愛しつづけるでしょう。それはお嬢さんこそ、わたしの愛に価するお方だと考えているからです。わたしがお嬢さんと道にはずれたかかわりを持ったとしても、それは青春のさけがたい過失ではないでしょうか。もしその罪を取り除こうとお望みになられるのでしたら、青春を取り除くべきかと存じます。お年寄りの方が若者のころを思いだされて、他人の過ちを自分たちの過ちで測り、自分たちの過ちを他人の過ちで測られますならば、その罪は、あなたや他の多くの方々がお考えになるほど、重いものではないでしょう。わたしはあなたの敵としてでなく、味方としてその罪を犯しました。あなたのお申し出は、わたしが切望していたことです。そんなことがお許しいただけるのでしたなら、とうの昔に、わたしはそれをお願いしておりましたでしょう。そんな期待は考えてもおりませんでしたので、いっそううれしく感じられます。もしあなたが、只今おことばでお示しになったお考えをお持ちでないのでしたら、無益な希望をわたしに抱かせるようなことは、お止めになって下さい。そして、わたしを牢獄に帰らせ、御満足のいくまでわたしを苦しませて下さい。わたしはスピーナを愛しているかぎり、彼女のためにあなたを愛しますし、あなたがわたしに何をなさろうとも、わたしはあなたを尊敬いたしましょう」
クルラードはこのことばを聞いて、驚きました。彼が立派な心の持ち主であり、その愛情の熱烈であることを知って、いよいよ彼が気にいりました。そこで立ちあがると、彼を抱擁して、接吻しました。そして、すこしもためらわずに、そこへスピーナをひそかに連れてくるように命じました。
彼女は、牢獄生活のためやせ衰えて、色蒼ざめ、弱々しく、別人のように見えました。ジャンノットも同様に別人のようでございました。二人はクルラードの面前で、わたくしたちの習慣に従って、相互の同意の下に婚約を結びました。
クルラードは、数日のうちに、だれにも気づかれずに、二人に必要なものや、欲しいと思うものを全部ととのえてから、もう彼らの母親たちを喜ばしてもよい時期だと思い、自分の妻とベリートラ夫人を呼んで、彼女たちに向かって、こう言いました。
「奥さん、わしがあなたのお手もとにあなたの御長男をお返しして、わしの娘の一人に、その方を婿に迎えようと言ったら、あなたはなんとおっしゃるでしょうね?」
彼に向かってベリートラ夫人が答えました。
「もしわたくしが、現在感謝しております以上に、感謝することができますものでしたら、わたくしにとってこの身以上に大切なものをお返しいただくだけに、今までよりもさらにこの感謝の心をつのらせますと申し上げる以外には、なんと申し上げてよいのやら存じません。またあなたさまがおっしゃるように、息子をお返しいただけましたら、わたくしの胸には、あなたさまのお陰で、失った希望がよみがえることでございましょう」
泣きながら彼女は口をとじました。それからクルラードは、自分の妻に言いました。
「で、妻よ、もしわしがあなたに、そうした婿をつれてきたら、あなたはどう思うかね?」
彼に向かって、妻が答えました。
「貴族である方でなくて、平民でありましても、あなたさえよろしいのでしたら、わたくしは異存はございません」
すると、クルラードが言いました。
「わしは二、三日中に、そのことであなたがたを、しあわせ者にしてあげましょう」
彼は、二人の若者が元どおりの顔立ちにもどったのを見て、立派な衣裳をつけさせてから、ジュスフレーディにたずねました。
「もしここでお母さんに会えたら、お前のよろこびは、さらに増すことだろうね?」
彼に向かって、ジュスフレーディは答えました。
「その不幸な事件の悲しさのために、母がまだ存命しているとは、どうしても考えることができません。でも、もし存命ならば、母の助言をうけて、何時たりともわたしは、シチリアにおいて元の地位の大部分を取り返すことができましょうし、こんなうれしいことはございません」
そこでクルラードは、そこへ夫人たちを二人とも呼びました。彼女たちは打ちそろって新婦に向かい、心から喜びの挨拶をいたしました。もっとも二人は、いかなる霊感によってクルラードが、ジャンノットを彼女と結婚させるようなやさしい心に変わったのか、それについては少なからず驚いておりました。ベリートラ夫人は、クルラードから聞いたことばを思いだして、ジャンノットを見つめました。すると眼に見えない力がはたらいて、彼女の胸のなかに、わが子の幼い頃の顔立ちの思い出が目ざめてきました。ほかに証拠はいりません、彼女は両腕をひろげて駈けよると、彼の首に抱きつきました。母親の愛情やうれしさがこみあげて、彼女は一言も口をきくことができず、まるで死んだようになって、こどもの腕のなかで気を失ってしまいました。彼は彼女を前に何度も、その同じ城の中で見たのに、一度も母だと気がつかなかったことを思いおこして心から驚きましたが、それにもかかわらず、ただちに母の面ざしを知り、今まで不注意だったことに自責の念を感じながら、彼女を腕のなかに抱きしめて、涙にむせびつつやさしく接吻しました。でもベリートラ夫人は、クルラードの夫人やスピーナに、冷水やその他の愛情のこもった方法で何くれとなくやさしい看護をうけて意識を取り戻すと、とめどもなく涙を流し、情愛のあふれたことばをいろいろと繰り返しながらふたたび息子を抱きしめました。そして母の愛情をこめて、千度も、それ以上も接吻しましたが、また息子も同じように、心の底から尊敬の眼をもって彼女を見て、これにこたえたのでございます。
しかし、並いる人々の胸に歓喜と快感をよびながら、清らかなうれしいあいさつが三度、四度繰り返されたあとで、二人はお互いにそれぞれの身の上におこったことを語り合いました。すでにクルラードはその友人たちに、自分の結んだ新しい縁組のことをしらせてありましたし、それはみなの大いによろこぶところとなりましたので、立派なすばらしい饗宴を命じました。ジュスフレーディは彼に言いました。
「クルラード、あなたはいろいろのことでわたしをよろこばせてくださいました。また長い間わたしの母を、親切にお世話くださいました。それで、あなたのおできになれることで、わたしたちが、これさえしていただければ他にもう望みはなくなるだろうと存じまして、あなたさまにお願い申しあげますことは、わたしの弟をその席に出させていただき、母や、わたしを喜ばしていただきたいということです。弟は、グァスパルリーノ・ド・オリア氏の奴隷として、彼の家におりまして、同氏はすでにお話ししましたように、海賊をはたらいて、弟とわたしを捕虜にしたのでございます。そしてもう一つは、だれかをシチリアにやっていただき、その者に同国の様子や国情を詳細に探知して、わたしの父アルリゲットが存命しているか死亡したか、また存命ならばどんな境遇にあるかなどを聞きだして、それらのことが十分にわかったら、ここへ帰ってくるようにお取りはからいをお願い申しあげます」
クルラードはジュスフレーディの願いごとが気にいりました。で、さっそく、思慮にとんだ者たちを、ジェノヴァとシチリアに派遣しました。
ジェノヴァに行った者は、グァスパルリーノ氏に会い、彼に、クルラードがジュスフレーディとその母親にしたことを順序を立てて物語った上、クルラードからのお願いだとことわって、スカッチャートとその乳母を是非ともお渡しいただきたいと、心情をかたむけて願い出ました。グァスパルリーノ氏はこれを聞くと一方ならず驚いて言いました。
「わたしはクルラードさんのためならばお気に召すように、できるかぎりのことをいたしましょう。わたしは、十四年前に、あなたのおたずねの男の子と、その母親と称する者を、たしかに家に引き取りました。その二人を、わたしはクルラードのところへよろこんで送りとどけましょう。しかし、ジュスフレーディとかいう名をもつお話のジャンノットの作り話は、これからはあまり御信用にならないほうがよろしいのではないかと、わたしが言っていたと御主人にお伝え下さい。彼はクルラードさんがお考えになっておられるよりも、ずっと悪賢い奴です」
こう言ってその使者を手厚くもてなさせておいて、こっそりと乳母をよんでこさせ、用心深く、そのことについてただしてみました。彼女はシチリアの叛乱のことや、アルリゲットが存命していることを知っていましたので、恐怖心をはらいのけると、筋道をたてて一切を彼に打ち明けた上、今までのような態度をなぜとっていたか、その理由を語りました。
グァスパルリーノ氏は、乳母のことばとクルラードの使者の話が、実によく符合していることがわかり、そのことばを信じはじめました。彼はなかなか狡《ずる》い男でしたので、いろいろな方法で、この事件の調査をしました。調査のたびに、ますますそれを信用させるような事実が、続々とでてきました。彼はその少年に対してとってきたひどい取り扱いがはずかしくなり、その償いとして自分に十一歳になる美しい娘がありましたので、その娘に莫大な持参金をつけて、妻としました。そして、大饗宴を催した後、その少年と自分の服とクルラードの使者や、乳母とともに、たくさんの品物を積んだ一隻の橈船に乗ってレリチに行きました。そこでクルラードに迎えられて、一行の者とともに、そこにほど近い、大饗宴会の場であるクルラードの城の一つに向かいました。
自分のこどもに再会した母親のよろこびようがどんなものでございましたか、二人の兄弟のよろこびようがどんなものでございましたか、忠実な乳母に対して三人のよろこびようがどんなものでございましたか、グァスパルリーノ氏とその娘に対してみなのよろこびようが、またみなに対して彼のよろこびようがどんなものでございましたか、クルラードや、その夫人や、こどもたちや、友人一行と一緒に、一同のよろこびようがどんなものでございましたか、ことばでは言いあらわすことができないほどでした。それはみなさまの御想像におまかせいたします。
そのよろこびを完全なものにしようと思召されて、一度手を下されれば飽くまでも恩寵を垂れ給う神は、そのよろこびに加えて、アルリゲット・カペーチェの存命とそのしあわせな境遇についてのうれしい便りをめぐもうと、お望みになられました。そんな次第でその大饗宴で招待された人、淑女、紳士が、食卓について、まだ最初の皿をいただいていた時に、シチリアに行った使者がもどってまいりました。
で、その報告中特に彼は、アルリゲットのことについてこう語りました。アルリゲットは、カルロ王によって牢獄に閉じこめられていましたが、その土地で王に対して反乱がおこった際、人民はたけりくるって牢獄におしよせました。そして番兵どもを殺して、彼をそこから救いだし、アルリゲットはカルロ王の最大の敵であったものですから、彼を自分たちの指導者として仰ぎ、フランス人たちを駆逐し、殺戮しました。そのために彼はピエトロ王の思召しもことのほかめでたく、王は彼に全部の財産と、あらゆる名誉を取り戻させたのでございます。で、彼は偉い立派な身分になりました。さらに使者は、アルリゲットが自分を下へもおかず歓待したことを語り、彼が捕われの身となって以来消息の絶えていたその妻やこどものことを耳にして、この上もなくよろこび、そればかりでなく、彼らを引き取るために、貴族たちを乗せた一隻の速力の迅い船をこちらに向けて派遣しました、と言い添えました。彼らはそのあとから到着しました。
この使者は大喜びで迎えられました。ただちにクルラードは二、三の友人をつれて、ベリートラ夫人とジュスフレーディを引き取りにきた貴族たちを迎えに行き、彼らを喜んで招き入れ、いまだたけなわなる宴席にへと案内しました。そこで夫人や、ジュスフレーディや、この二人のほかに他の一同も、これまでに聞いたこともないような喜びようで、貴族たちに会いました。貴族たちは食卓につく前に、クルラードや、その夫人に向かって、二人がアルリゲットの夫人やこどもに対してあたえられた厚遇について、アルリゲットにかわって、ことばをつくして、挨拶と感謝を述べました。そして、アルリゲットにできることなら、お望みに従いなんでもいたしましょうと申し出ました。そこで彼らはグァスパルリーノ氏のほうに向かって、彼の厚意はまだわかっていなかったので、彼がスカッチャートに対しておこなったことを、アルリゲットが知ったならば、さらに大きな感謝が繰り返されるにちがいないでしょうと申しました。この後一行は、大喜びで、その二組の新郎新婦たちと饗宴に加わり、御馳走をいただきました。
クルラードは、婿やその他の縁者や友人たちのために、その日だけでなく、幾日も宴会を催しました。宴会が終わった後、ベリートラ夫人やジュスフレーディやその他の者は、いよいよ出発しなければならない頃だと思い、涙にむせびながら、クルラードや、その夫人や、グァスパルリーノ氏に暇乞いをした上、スピーナを伴い、速力のはやい船に乗って出発いたしました。そして順風にのっていち早くシチリアに到着いたしました。そしてパレルモで、一同がこどもたちも女たちも同様に、アルリゲットにどんなに大歓迎をうけたかは、ことばでつくし得るところでございません。そこで、その後長いあいだ、彼らはこぞって、神からめぐまれた恩寵を感謝しながら、そのしもべとしてしあわせに暮らしたということでございます。
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第七話
[#この行3字下げ]〈バビロニアの皇帝がその姫の一人をガルボの王に王妃として送るが、彼女は種々の事件にあって、四年のあいだにいろいろの土地で九人の男の手におち、最後に、処女として父親のもとに返され、最初のように、ガルボの王のもとに妃としておもむく〉
エミリアのお話がもう少し長くつづいたら、若い淑女たちは、ベリートラ夫人の諸事件に同情のあまり、涙を流したことでしょう。でもそのお話も終わりましたので、女王はパンフィロにあとをつづけて、お話をするようにと望みました。たいそう従順な彼は口をきりました。
美しい淑女方よ、われわれにとって何が大事であるかを知ることは、生易しいことではありません。なぜと申しますのに、多くの人々は、金持ちになったら、なんの心配もなく安心して生活できると考えて、そうなりたいと神にお祈りし、お願いをするばかりでなく、どんな骨折りも危険もいとわず、きゅうきゅうとしてそれにつとめるものですが、さて、それが実現すると、自分たちが裕福になる前にはその生活にあこがれていた彼らは、こんどはその富や財産に野心をもつ人に殺される目にあうのでした。また、いやしい身分の人たちで、幾千の危険な戦争を経て、自分の兄弟や友人たちの血を流して、王位の高い身分にのぼり、そこに最高の幸福があると思いこんでいたのに、その幸福を取り巻く際限のない不安と恐怖は別としても、彼らは、王者が金の杯で毒を仰がされるという事実を死をもって知ったのであります。熱烈な欲望をもやして、肉体の力や、美貌や、ある種の装飾具を求め、そうしたものが、自分たちの死や悲しい生涯の原因となるとわかるまで、自分たちの欲望が間違っていることに気づかなかった者が大勢おります。
あらゆる人間の欲望について、事こまかにお話しするようなことはしたくありませんが、人間が不幸な出来事から安全でありうるような欲望は何一つあるはずがないということを、はっきり申しておきましょう。ですから、もしもわたしたちが正しく行動したいと思うならば、わたしたちに必要であるものを御存じで、またそれをわたしたちにお授け下さることのできるただ一人の御方でおわす神が、わたしたちにお恵み下さるものをいただいて、それをもっているように心がけねばならないでしょう。男たちがいろいろのことに望みをおこして罪を犯すように、やさしい淑女方よ、あなた方はただ一つのこと、すなわち美しくありたいと望むことで、大変な罪を犯すのです。あなた方は、自然があなた方に恵んだ美しさに満足せず、さらに妖しい業を用いてその美を増そうとつとめておいでです。そこでわたしはあなた方に、一人のサラセンの娘が、美しかったばかりにどんなうき目を見たかということを、お話ししたいと思います。彼女にはその美貌のために、四年のあいだに九度の結婚をするということがおこったのです。
もう大分昔のことですが、ペミネダブという名のバビロニアの皇帝がおりました。その在世中は、多くのことが彼の思いのままでした。この皇帝は、男女とりまぜて大勢の子に恵まれていましたが、その中でも、アラティエルと呼ばれた娘がありまして、彼女を見た者が口を揃えて、当時世界で一番の美女だと申しておりました。アラビアの大軍がこの皇帝を襲った時に、これに大敗北を喫せしめることができたのは、ガルボ王の驚嘆に価する援助によるものでしたので、その王が特別の思召しをもって彼女を懇望してまいりましたものですから、皇帝は彼女を、その妃として王にあたえました。そこで姫には、男女の身分の高い者たちの付き添いをつけて、たくさんの立派で豪奢な道具類といっしょに、よく武装し十分に艤装した一隻の船に乗せて、王のもとへと旅立たせたのであります。
船乗りたちは天候もよいと見てとったので、順風に帆をあげて、アレキサンドリアの港から出発して何日も平穏な航海をつづけました。そしてすでにサルディニア島も過ぎて旅も終わりに近いと思われましたある日のこと、突如として風が吹きまくり、その勢いの烈しさといったら、姫や船乗りが乗っていた船をほんろうし、何回となく観念の眼を閉じさせたほどでした。でも腕に覚えのある人々でしたから、一同はあらゆる秘術をつくし、精根を傾けて、はて知れないわだつみに打ち叩かれながら、二日の間持ちこたえたのであります。
暴風がおこってから第三の夜がはじまりましたが、一向にやまず、かえって猛烈になってきましたので、船乗りは自分たちがどこにいるのか見当がつかず、また雲がでて、それに暗夜でしたから、航海術上の判断によっても、視界をもってしても、それを知ることができませんでしたが、マジョルカ島から程遠くない沖合にさしかかった時に、彼らは船がこわれていくのに気がつきました。そんなわけで、船乗りたちはもう危険をのがれる方法も尽きたと見てとって、てんでに自分のことを考えて、他人のことなぞ顧みもせず、海に一隻の端艇を投げおろすと、こわれた船の上よりもむしろこのほうが安心だと言って、その端艇の上に身を投じたのであります。それにつづいて、船上におった人々は、最初に端艇に跳びおりていた連中が短刀を片手にかざしてこれを拒みましたが、次から次へと全部端艇に跳び移っていきました。こうして彼らは死をのがれることができると思って、死のなかに落ちていったのであります。端艇は、こんな悪天候の下では、そんなに大勢の者を乗せることはできませんから、沈んでしまい、乗りこんだ者はことごとく死んでしまいました。
強風に押し流されていた船は、こわれて、もうほとんど水浸しになっておりましたが、非常な速さで走って行って、マジョルカ島のある岸辺にのしあげました。その船の上には、姫とその侍女たちのほかにはだれも残っておりませんでしたが、この者たちも、しけと恐怖のためにうちのめされて、船上に死人のようになって身を横たえておりました。その船ののしあげたいきおいといったら大変なもので、船全体が海岸から小石を一投げしたくらいの距離のところで砂中にめりこんでいました。夜じゅうそこで波にあおられながら、吹きつけてくる風にも動こうとはしませんでした。夜が明け放たれ、暴風もいくらかないだので、半ば死んだようになっていた姫は、頭をもたげて、従者の名を呼びましたが、それは無駄なことでした。なぜと申しますのに、その名を呼ばれた者たちは遠くにはなれすぎていたからです。彼女はだれ一人答える者がなく、だれの姿も眼にはいらないので、ひどく驚き、限りない恐怖にかられました。ありったけの力をつくして、立ちあがってみると、自分の付き添いの女や、その他の婦人たちが揃いも揃ってたおれていました。一人また一人と、夢中になってその名前を呼んでみましたが、彼女たちは、胃の激痛や恐怖のために死んでしまっていて、息をしているものはごくわずかでした。姫の恐怖は一段とつのりました。でも、そうは言っても、彼女はそこにただ一人取り残されてしまって、自分がどこにいるのかてんで見当もつきませんでしたので、ともかく生き残っている女たちを励まして、起きあがらせました。しかし男たちがどこに行ってしまったのか、女たちにもわかっていない様子を見て、また、船が地面にめりこんで水浸しになっているのを眼のあたりにして、彼女は女たちといっしょに泣きはじめました。すでに時刻は午後三時近くになっておりました。
午後三時をすぎた頃、偶然にもペリコーネ・ダ・ヴィザルゴという名の貴族が、自分の領地からの帰途、多くの家来とともに馬でそこを通りかかりました。彼はその船を見ると、すぐに事情を察して、家来の一人に向かい、躊躇せずその上によじのぼって、様子を知らせるようにと命じました。その家来は大分骨を折ってやっと船の上に乗ってみると、うら若い貴婦人が、その手もとに残されていた数人の侍女といっしょに、その船の舳先《へさき》のはしの下に、恐ろしさにふるえながら身をかくしていました。彼女たちはその男を見ると、泣きながら、何度もあわれみを請いましたが、自分たちの言っていることが相手にわからず、相手の言うことも自分たちにわからないことに気がついて、手真似でどうにかして自分たちの不幸を説明しようとつとめました。家来は、ペリコーネに、できるだけくわしく船の上の様子を話しました。ペリコーネは、女たちと船の上に残った貴重な品々をおろさせ、これと一緒に自分の城に行きました。
そこで女たちに食事をさせ、休養をとらせていたわり、元気をださせました。また自分が見つけた女が、その贅沢な服装や身廻り品から、身分の高い貴婦人であるにちがいないことをさとりました。それからまた他の女たちが彼女一人に尊敬を払っているのを見て、すぐに、どれがその貴婦人なのかわかりました。海で疲れたために、その時は姫は顔色も青ざめ、体もしっかりしておりませんでしたが、それでもペリコーネには、そのすがたは実に美しく思われました。そんなわけで、彼はすぐに、もし彼女に夫がないならば自分の妻にしたいものだと、また妻として迎えることができなければ、その歓心を得たいと、ひとり心に決めたのであります。
ペリコーネは慓悍《ひようかん》な顔つきの、体格もすこぶる頑丈な男でした。何日かの間、彼は手をつくしてその婦人の世話をさせましたので、彼女はすっかり元気を取り戻しました。彼は彼女が思ったよりもはるかに美貌であるのを見て、自分には彼女の言うことが、彼女には自分の言うことがわからないし、従って彼女が何者であるのか知ることができないことを、心の底から悲しみました。でも彼女の並はずれた美しさに胸の燃えさかるままに、彼はやさしい、愛情のあふれるようなしぐさで、彼女がよろこんで自分の意にしたがうように仕向けようと、いろいろと手をつくしました。しかしそれは無駄なことでした。彼女はまったく彼の愛撫をこばみました。そうしている間にも、ペリコーネの熱愛はいよいよ燃えあがって行きました。彼女はそれを見て、すでにそこで数日をすごしましたので、その生活振りから見て、自分がキリスト教徒の間にいることを察し、たとえ彼らの言うことが理解できたとしても、自分の身分を打ち明けるのは益がないことをさとりました。また結局力ずくか、でなければ愛情から、ペリコーネの悦楽を満足させなければならない羽目になるだろうと考えて、けなげにも、彼女は自分の悲運を乗りこえていこうと、ひそかに決心をしました。そこで彼女は三人しか残っていなかった侍女たちに向かって、自分たちを救ってくれるという確かな援助をみとめられない限り、自分たちがだれであるか、決してだれにも明かしてはいけないと命じました。さらに彼女はみなに、その貞操を守るようにと励まし、自分も夫以外の者に肌身をけがさせないつもりだと言いました。侍女たちは、それについて彼女を讃え、その命令をできるかぎり守ると申しました。
ペリコーネは、その欲しい女がそばに近よってくればくるだけ、また女にはねつけられればはねつけられるだけ、日一日と胸の炎は燃えさかるばかりでありました。彼は、自分の甘言がなんの役にも立たないことを知り、最後には力ずくででもと考えて、いろいろと秘術の限りをつくしました。で、彼女の国の宗教によってぶどう酒を飲むことは禁じられていましたが、彼女がぶどう酒を気に入っているのを何度も眼にしていたのでペリコーネは、ヴェネレ(ヴィーナス)のしもべなるぶどう酒を使って、彼女を手に入れようと考えました。そこで彼女が自分を嫌っていることなど、なんとも思っていない風をよそおって、ある晩のこと、大きな宴会だと称して盛大な晩餐会を催しましたので、姫もこれにつらなりました。豪勢な料理のその晩餐で、彼は姫の給仕をする者にいろいろのぶどう酒を姫に飲ませるように命じました。給仕は、なかなか手際よくそれをやりとげました。そんなことに全く気をくばっていなかった彼女は、ついその口当りのいいのにひかれて、慎しみ深い人にも似合わないほど度をすごしました。そんなわけで、彼女は今までの不遇をすっかり忘れてうれしくなり二、三人の女がマジョルカ風に踊るのを見て、自分もまたアレキサンドリア風の踊りをしました。それを見たペリコーネは、自分が宿望していたものがすぐそばに近づいているような気がしましたので、御馳走や飲物をさらにうんとだして、晩餐会を夜のふけるまでつづけました。
最後に客たちも立ち去って、彼は姫と二人だけで寝室にはいりました。彼女は貞淑のつつましさを忘れ、ぶどう酒に上気して、まるでペリコーネを侍女の一人だと思いこんでいるふうに、少しの恥らいの心もなく、彼の前で着物を脱ぐと、寝床にはいりこみました。ペリコーネはためらうことなくそのあとにつづいて、でも明りを全部消すとすばやく別の側から彼女と並んで身を横たえ、なんの抵抗もうけないで、彼女を腕に抱きかかえると、彼女とともに情愛をこめて楽しみはじめました。それまでは男というものはどんな角《つの》で突き刺すのか知らなかったのですが、一度それを味わい知ってからの彼女は、ペリコーネの甘言になびかなかったことを後悔し、このような甘美な夜の誘いを待つまでもなく、しばしば自分のほうから彼を、ことばではその意味をわからせることができなかったので、仕草で誘いました。
ペリコーネと彼女はこうして大いに悦楽にふけっておりましたが、運命は彼女を王妃の身の上から城主の情婦としただけでは満足せず、彼女にさらに残酷な情事を用意していたのであります。ペリコーネには、その名をマラートという、ばらの花のように美しく生気にあふれた、二十五歳になる一人の弟がありました。マラートは、彼女を見て心を奪われるとともに、彼女の態度から彼女のほうでも自分に好意をよせているような気がしました。そこで彼は、自分が彼女について欲望していることを邪魔しているのは、ペリコーネの彼女に対する監視だけだと思い、ある卑劣な考えをめぐらしました。
ちょうどその頃、この町の港に一隻の船がはいっておりました。それはローマニーア(ペロポネソス半島東部地方)のキアレンツァに行くために商品を一杯積んでいて、船主は若い二人のジェノヴァ人でした。船は風さえよくなったら出帆する手筈にして、帆を張っておりました。マラートは彼らと相談して、次の夜自分が女と一緒に船に乗れるように手筈をきめました。その夜になりましたので彼は、かねてからその企らみのために頼んでおいた数人の信頼できる仲間と一緒に、ペリコーネの家の中にしのびこみ、仲間と決めた手筈どおり、屋敷内にそれぞれ身をかくしました。夜もふけた頃、仲間たちを手引きして、一同はペリコーネが女と寝ていたところへ行き、寝室に押し入ると、眠っているペリコーネを殺しました。泣きさわぐ女を声をたてたら殺すぞとおどかしてつかまえ、ペリコーネの最も貴重な品々の大部分をさらって、だれにもけどられないで、急いで海岸へ立ち去りました。そしてマラートと女はためらわずに船に乗りこみ、仲間の者たちは帰って行きました。
船乗りたちはそよぐ順風に乗って、航海をはじめました。姫は自分の最初の不幸と、今度の二度目の不幸をやるせない思いで、心から悲しみました。しかしマラートは、神が彼にあたえ給うたやんごとない御たからをもって、彼女をたくみに慰めましたので、彼女は、やがてペリコーネのことを忘れてしまいました。まんざらでもないと彼女が思うようになってきた頃、運命は、彼女の過去の数々の不幸では満足しないかのように、新たな悲しい出来事を彼女のために準備したのであります。彼女は、何度もお話ししましたように、なかなか美人で、その物腰も実に立派でしたので、二人の若い船主は、彼女にすっかり気をとられて、何事も打ち忘れ、マラートに気づかれないようにしじゅう心をくばりながらひたすら女に奉仕し、その歓心を得ようとつとめました。二人は互いの間ではこの恋に気づいていたので、ひそかに相談をし、まるで恋愛も商品や儲けと同じに取り扱ってもかまわないとでも思ってか、この恋を共同で手にいれようと話をきめました。しかし、彼女がマラートから厳重に警戒されているので、その思いをとげることのかなわぬことがわかりましたので、ある日のこと、船が帆をはらんで疾風のように走っていた時、マラートが艫《とも》にいて、彼等《ふたり》には少しも警戒しないで、沖のほうを眺めておりましたので、二人は相談の上、近よって行き、やにわに彼を背後から捕えると、海に投げこみました。マラートが海に落ちたことがわかったときは、船は一マイル以上も進んでいました。
マラートが海に落ちたことを聞いた姫は、彼を救いあげる方法がないとわかると、船の上で、ふたたびその不遇をかこちだしました。二人の恋人はさっそく彼女を慰めようと駈けつけまして、彼女にはほとんど意味が通じないのに、甘いことばや、度はずれた約束をして、亡くなった夫のことよりも自分の不幸をなげいている彼女の心をしずめようと努力しました。一度ならず何度も長い慰めのことばをかけた後、彼らは彼女の気持ちを慰めることができたと思いましたので、二人のうちだれが先に彼女を寝につれて行くことにするか相談しました。ところがめいめい自分が先になりたいと思ってまとまらず、最初はひどく言い争いをしていましたが、しまいにはかんかんにのぼせあがって、短刀を手にたがいに、狂いたけって切りかかりました。船の上にいた人々は引き離すことができず、二人はいくども切り結びました。一人が倒れて息絶え、相手は体じゅうひどい傷を負って、生命だけはとりとめました。姫はこのことを大変悲しみました。それは自分がだれからも援助や勧告をうけられないで、一人放りだされたばかりでなく、また二人の船主の親戚や、友人たちの怒りが自分の上に降りかかりはしないかと、心配でたまらなかったからでありました。けれども負傷者の懇願と船がキアレンツァに到着したことが、彼女を死の危険から救いだしてくれました。
キアレンツァで、負傷者と上陸すると、彼女は一緒にある宿屋に泊りました。するとたちまち彼女の美貌の評判が町じゅうに伝わって、折柄キアレンツァにいたモレアの王公の耳にも達しました。そこで王公は彼女を見たいと思い、彼女を一目見ると、評判以上の美人だったので、たちどころに、彼女に恋慕を感じたのであります。で、王公は、彼女がどうしてここへきたのかを知ると、彼女を手に入れることができるに違いないと思いました。その方法を考えていると、負傷者の親戚がそれを知り、さっそく頼みもしないのに彼女を彼に献上してきました。王公はそれをことのほかよろこばれました。また姫も大きな危難をまぬがれたような気がしたので、同様に喜びました。王公は彼女が美貌であるばかりでなく、その物腰に王女にふさわしい風格がそなわっているのを見て、彼女が何者であるかは知る由もありませんでしたが、貴婦人にちがいないと思いました。
そんなわけで、王公の彼女に対する恋は倍加したのであります。彼は下へもおかない尊敬を払って彼女にとどまってもらい、情婦としてではなく、自分の正妻としてこれをもてなしました。そんなわけで姫は、過去の不幸をかえりみて、今ではたいへん幸福な身の上になったような気がしましたので、すっかり元気も出て、快活になりました。そして美貌はふたたび花をほころばせて、ローマニーアじゅうが彼女のうわさで持ち切りになりました。
そこで王公の友人で親戚にあたる、若くて美しくて屈強な男ぶりのアテネ公も、彼女を見たいという欲念にかられました。前にも時々そうしていたのですが、王公を訪ねると見せかけて、はなやかな供の者を引具して、キアレンツァにまいりました。そこで彼は鄭重に、大歓迎をうけました。それから数日の後、二人がこの女の美貌について歓談しているうちに、アテネ公が、彼女は評判ほどすばらしい婦人であるかどうかとたずねましたので、王公は彼に向かって、こう答えました。
「それは評判以上です。でも、そのことについては、わたしのことばよりも、あなたのお眼でじきじきにごらんになってはいかがでしょう」
そこで王公は公をせきたてて、彼女のいるところに行きました。彼女は前もって二人のくるのを知っていましたので、こぼれるように愛想よく、顔に微笑をたたえて、これを迎えました。二人は、彼女を自分たちの間にすわらせましたが、彼女はそのことばをほとんど理解できないので、彼らは彼女と話をする喜びを味わうことができませんでした。そこで二人はめいめいふしぎなものでも眺めるように彼女をみつめておりました。公の見とれ方は大変なものでした。公には彼女が人間であるとは、とうてい信じられませんでした。見つめるだけで、その眼から飲みこむ愛欲の毒に気がつかないで、彼女を眺めていればその悦楽を満たすことができると思いこんでいるうちに、胸じゅう焦げただれるほどに彼女への恋慕を感じて、どうしたものだろうかと、途方にくれてしまいました。で、王公とともに彼女のもとを退き、一人じっくりと考える余裕ができると、彼は、こんな美しいものを自由にできる王公はだれよりも幸福だと考えました。で、いろいろと思いめぐらした後、彼は自分の貞潔な心よりも、灼熱の恋のほうを大事なものと考えまして、どんなことが起ころうとかまわない、この幸福を王公から奪って、幸福な身になろうと決心いたしました。で、急いでやらなければならないと思い、一切の理性と正義心をかなぐり棄てて、その考えのすべてを奸計に傾けました。
ある日のこと、公は王公の最も信頼するチュリアーチという名の側近の者とよこしまな手筈をととのえ、ひそかに自分の馬と持物を、いつでも出発できるように準備させました。そしてその夜、一人の供の者とともに、いずれも武器を手にして、前述のチュリアーチの手引きで、そっと王公の部屋にしのび込みました。見ると彼女はねむっていましたが、王公はひどい暑さに真っ裸になって海にひらいた窓にむかい、沖から吹いてくるそよ風をうけていました。そこで公はそのつれの者に、前もってなすべきことを言いつけ、そっと部屋を横切って窓のところへ近づくと、短刀を振って王公のわきばらあたりを、切先がせなかに突きでるほどに傷つけた上、彼を抱えて窓の外に投げだしました。その館は海に面していて非常に高く、王公がもたれていた窓は、海が荒れたときこわれた何軒かの家々を見おろしておりました。その家々にはほとんど人も住んでおらず、公の予想どおり、王公の体が落ちたことをだれも気づきませんでした。公のつれの者はそれを見てとると、すぐさま、自分で持ってきた手綱をとって、チュリアーチを抱擁するように見せかけて、彼の首にそれを投げつけてぐいと引っ張ったものですから、チュリアーチは声一つ立てることができず、そこへ公があらわれ、二人がかりで絞め殺して、王公を投げだした窓から彼を投げ棄てました。これがすむと、自分たちのことは女からも他の者たちからも感づかれなかったことをはっきりと見とどけた上、公は明りを片手にとって、寝台の上に持って行きました。そしてぐっすり寝込んでいる女の蒲団を取り除き、その姿をじっと見つめてから、心からこれを讃嘆いたしました。彼女の衣裳をつけている姿も好きでしたが、一糸もまとわない姿は何にもまさって彼の気にいりました。彼は、烈しい欲望に燃えあがり、自分で犯した先程の罪に気おくれもせず、まだ手を血にまみれさせたまま、彼女と並んで身を横たえると、まだはっきり眼がさめないで彼を王公だと思いこんでいる彼女と同衾しました。心もとけるような悦楽にひたりながら、彼女としばらく時を過ごしてから、供の者を何人かそこへ呼んでこさせて、騒ぎ立てないように彼女を捕えさせ、自分がしのびこんだ秘密の扉からはこびだして馬に乗せ、供の者全部をひきつれて、アテネに向かって帰途につきました。
しかし公には夫人がありましたので、アテネにははいらず、郊外の海辺にある善美をつくした自分の別荘の一つに、やるせないかなしみにかきくれた彼女をかくまっておいて、必要なことはなんでも鄭重に世話をしてやるよう、取り計らいました。あくる朝になって、王公の廷臣たちは、王公のお眼覚めになるのを午後三時まで待っていましたが、その様子が見えないので、ただ閉めただけで鍵もかけてない部屋の扉をおして中へはいってみましたが、そこにはだれの姿も見あたりませんでした。みなは王公がおしのびでどこかへ、その美しい女性と数日の楽しみに出かけられたのだろうと考え、それ以上は別に心配もしませんでした。
ところがそうしているうちに、その翌日、一人の気違い男が、王公とチュリアーチの死骸があった廃屋のなかにはいりこんで、手綱をとってチュリアーチを引っ張りだして、それを曳きずって歩いていました。大勢の人々がこれを見て、びっくり仰天し、気違い男にその死骸のあったところへ案内させました。そこへ行ってみると、王公の死骸もありましたので、町じゅうの悲しみは一とおりではなく、一同はそれをねんごろに葬りました。彼らはこの大それた犯人を捜査しているうちに、アテネ公の姿が見えず、彼がいちはやく出立してしまっていることを知って、恐らく公がこんなことをしでかして女をつれだしたのだろうと、事実そのままの推測をしました。
そこでさっそく彼らは、自分たちの王公の位に、亡き王公の弟君を立て、彼に熱誠のかぎりを披瀝して、その復讐をすすめました。新王公は、やがて、人々の想像どおりそれは明々白々なことであるとの確証を得たので、各地の友人、親戚、家来たちの応援を得て、すぐさま強力な軍隊をあつめて、アテネ公と戦うために進撃を開始しました。これを聞いた公も自衛のために、同じように全武力をととのえました。彼の援軍として多くの諸公が馳せ参じましたが、その中には、コンスタンチノーポリの皇帝から派遣された、皇子のコンスタンティーノと、皇甥《おい》のマノヴェッロが見事な大軍をひきいて加わっておりました。二人は公から、特に彼らにとって姉にあたる公妃からいとも鄭重に迎えられました。戦いは日一日と近づいてくる雲行きでしたが、折を見て公妃は、二人を一緒に自分の部屋に召しだしました。そこで彼らに戦争の原因を話しながら、一部しじゅうを、涙にかきくれつつ物語りました。彼女は、公がひそかにその女をかくまっていると思っているのだが、そのことで自分は侮辱を感じているわけですと説明して、それを深く嘆き悲しんでから二人に向かい、あなた方にできる一番よい方法で、公の名誉を回復し、わたくしの心を慰めていただきたいと懇願しました。二人の若者はすでに万事を承知しておりましたので、根掘り葉掘りたずねるようなことはせず、できるだけ公妃を慰めて、彼女の心に明るい希望の灯を点じた上、公妃からその女のいる場所を聞いて出立しました。二人は、そのふしぎな美貌を備えた女のことを人々が賞讃しているのを、何度となく耳にしていましたので、ぜひ本物の彼女を見たいものだと思い、公に向かって彼女に引き合わせていただきたいと願い出ました。公は、王公が自分に彼女を引き合わせてどんな目に遇ったかということを忘れて、彼らを引き合わすことを約束しました。そこで、女が住まっている別荘にある非常にうるわしい庭に、立派な食事を用意させ、翌朝、二人を少数の他の者と一緒に誘って、彼女と食事をともにさせました。
彼女の隣に坐ったコンスタンティーノは、驚嘆の眼で彼女をみつめ、胸のうちで今までにこんな美しいものは見たことがない、またこんな美しいものを手に入れるためには、公にせよ他のだれにせよ、裏切りや他の不正なことをしたとしても、確かにそれはゆるされてもいいはずだと思うようになりました。そうして、一度ならず彼女を眺めているうちに、そのたびに彼女の美貌をますます讃えるようになり、公におこったのと同じことが彼の心にもおこったのであります。そんなわけで、彼女のもとを辞した時には、すっかり恋のとりこになっておりまして、戦争のことなど全く考えなくなって、自分の恋をだれにも露ほども知らせないようにして、ただどうして公から彼女を奪うことができるだろうかと考えはじめました。しかし彼が、この恋の焔に燃えあがっている時に、すでに公の領土に近づいて来た王公に対して出陣する時がきました。そこで公とコンスタンティーノと、その他すべての者は、かねて定めておいた計画に従ってアテネを出立し、王公の軍がそれ以上進んでこられないようにと、それぞれの国境に向かいました。そこに何日か滞在している間も、コンスタンティーノはしじゅうその女性のことで胸も頭も一杯でしたので、公が彼女のそばにいない今こそ、思うままに自分の悦楽を満すことができるだろうと想像して、アテネに帰る口実を得るために、大げさに病人の風をよそおいました。そこで公の許しを得て、自分の権限をマノヴェッロに譲り、アテネの姉のもとにたちかえりました。そこで数日の後、彼は公妃と話をかわして、公が女をかくまっているために彼女が受けたと思っている侮辱のことに水を向けて、もしあなたさえお望みならば大いにその手をかして、その女を今いる所からひきだして、つれ去るようにしようと言いました。公妃は、コンスタンティーノがこれをしてくれるのは、自分を愛してくれるからであって、その女を恋しているからではないと考え、彼女がこのことに同意したということを公に知られないようにさえしてくれれば、本当に願ってもないことだと言いました。コンスタンティーノは必ずそうしようと約束いたしました。そこで公妃は、彼が最良だと考えたとおりに取り計らうようにと、同意しました。
コンスタンティーノはある晩のことひそかに一隻の細身の舟を武装させて、それに乗り込んだ家来たちに、これからなすべきことを言いふくめてから、女が住まっている庭の近くに舟をやりました。それから彼は、他の家来たちをつれて、女がいる館に行きました。館では女に仕えていた人々から、特に女から大歓迎をうけました。彼女は、コンスタンティーノとともに、自分の召使や、コンスタンティーノの供の者たちにかしずかれながら、彼の望みをいれて庭におりました。すると彼は、まるで公の伝言を話したいような素振りをしながら、女を伴って海上に面している木戸のほうにただ一人進んで行きました。その木戸はとっくに彼の供の者の一人によって、開け放たれておりました。そこで彼は合図をして舟を呼ぶと、彼女をすぐにつかまえて舟に乗せ、彼女の召使たちのほうを向いて言いました。
「死にたくなかったら、だれも動いたり、口をきいたりしてはならんぞ、わしは公からこの婦人を奪おうと考えているのではない。公がわしの姉にあたえている侮辱をとりのぞこうと考えているのだ」
これを聞いて、だれ一人として答えようとする者はありませんでした。そこでコンスタンティーノは、家来と一緒に舟に乗って、泣きわめく女のそばによりそうと、櫂を水に入れて漕ぎだすようにと命じました。みなは漕ぐというよりとぶようにして、翌日の明け方近く、エジナ(アテネ湾の島)に到着しました。そこで舟をおりて休んでいる間に、コンスタンティーノはその不運な美貌をなげく女と楽しみました。それから二人はまた舟に乗り、数日ならずして、キオス(エーゲ海の島)に到着しました。彼は父の叱責と盗んできた女をとりあげられるのが怖くて、キオスなら安全な場所だと考えていました。そこで女は自分のふしあわせを泣いていましたが、やがてコンスタンティーノから慰めのことばをかけられて、前の時と同じように、運命が自分の前に用意してくれたものを楽しみはじめました。
事態がこんなふうに進んでいる間に、皇帝とたえず戦争していた、当時トルコ人の王であったオスベックが、たまたまこの時ズミルレ(スミルナ、エーゲ海の海港都市)にやって来まして、そこでコンスタンティーノが盗んできた女とキオスで淫蕩な生活にふけっていることを聞きこみましたので、ある晩のこと数隻の船を武装させて、キオスに乗りこみ、ひそかに部下をひきつれて上陸し、相手が敵の押し寄せてきたことに気がつく前に、多くの者を寝床の上で捕え、またそれと感づいて武器をとった者は殺し、その一帯を焼き払った上、分捕り品と捕虜たちを船に乗せて、ズミルレに引きあげました。そこに到着すると、若い男だったオスベックは、分捕り品をしらべているうちに、美しい女に目をとめて、それがコンスタンティーノと一緒に寝ていたところを捕えられた女だと知って大喜びして彼女を眺めました。彼は少しもためらうことなく、彼女を自分の妃として結婚式をあげました。そして幾月も女と楽しく衾《しとね》をともにいたしました。
皇帝はこうした事件がおこる前に、カパドチャの王バサーノと協定をむすんでおりまして、オスベックに対して、バサーノはその軍勢をひきつれて一方からくだり、皇帝は自分の軍勢とともに他方からこれを攻めようという手筈だったのですが、バサーノが要求した二、三のものに不当と思われるものがあったので、それを容れたくありませんでしたから、まだ締結までに至っておりませんでした。皇帝は皇子の身に起こったことを耳にすると、一方ならず悲しまれて、即刻カパドチャの王が要求していたことを承諾して、王に向かってオスベックを攻めるように極力せきたてて、自分は他方から攻めかかるために準備をととのえました。オスベックはこれを聞くと、その軍勢をまとめて、この強豪天下になる二人に挟撃されないうちに、カパドチャの王に向かって進撃しました。オスベックは自分の美しい女をズミルレに残して、この警護を忠実な家来であり友人である一人の男に頼んでおきました。そして彼はカパドチャの王としばらくの間対陣した後、戦闘中にたおれ、その軍勢は敗北し、潰滅《かいめつ》したのであります。そこで勝ち誇ったバサーノは、無人の野を行くがごとく、ズミルレに前進を開始しました。途々住民はあげて、勝利者である彼になびいていきました。美女の警護をゆだねられたアンティオコという名前のオスベックの家来は年寄りであったにもかかわらず、彼女が絶世の美人であるのを見てとると、自分の友であり主人に当るほうへの忠誠を忘れて、彼女に思いをよせました。で、彼は彼女の話すことばも知っていましたので、彼女としては長い間だれの話すこともわからず、もちろん自分の話すことをだれにもわかってもらえないで聾《つんぼ》、唖《おし》のように生活してこなければならなかったものですから、そのことを非常にうれしく思いました。アンティオコは、愛欲の心をそそのかされるままに、二、三日で彼女の歓心を得はじめ、そう経たないうちに二人は、出征して戦争している自分たちの主人のことなどに頓着せずに、親しい間柄となりまして、それは友情だけにとどまらないで恋のむつごとに変わり、二人はお互いにふとんの下で驚くべき悦楽を汲みかわしました。しかし彼らはオスベックが敗れて殺害され、バサーノが略奪をほしいままにしているとのことを聞いて、どちらからともなく、そこでバサーノがくるのを待っているようなことはしまいと心をきめました。で、オスベックがその地で所有していた物を、ほとんど全部奪って、こっそりと手に手をたずさえてローディ(ロードス島)に行き、そこに住んでおりましたが、ほどなくアンティオコが死病に取りつかれました。ところがたまたまその地で、チプロ(キプロス島)の一商人が彼のところに泊っておりまして、この商人は彼が非常に愛しており、また大の仲良しでしたので、彼は自分の死期が近づいているのを知ると、その財産や愛する女を彼に遺してやろうと考えました。で、死のまぎわにのぞんだ時に、二人を呼んでこう言いました。
「まちがいなく、わたしは死ぬと思う。今くらい生きがいを感じていたことはないのだから、死ぬことはつらいのだ。でもわたしが、ただ一つのことに満足しきって死ぬことは本当だ。それは、死なねばならないにしても、この世の中でだれよりも自分が愛している二人の者の腕に抱かれて、だから心から愛する友よ、君の腕に抱かれて、また、自分が知って以来この身よりもかわいく思っているこの女の腕に抱かれて、死ねるからなのだよ。実際わたしが死んで、この女が、ここでよその土地の者として、なんの援けも、相談相手もなしに、あとに残るということを考えると、気が重くなってくる。で、君が、わたし自身のために心をつかってくれるように、わたしのためにこの女の心配をしてくれるとは思うが、もし君でもここにいなかったら、もっと途方に暮れただろうよ、で、わたしが死ぬようなことがあったら、たのむから、わたしの財産とこの女をあんたが預かって下さって、そのどちらについても、わたしの霊が慰められると思うように、取り計らっていただきたいのだ。で、あなたには、お願いしておくがね、心から愛する女よ、わたしがあの世に行ってからも、この世では自然が創りだした最も美しい女に愛されたことを自慢することができるように、わたしのことを忘れないで下さいよ。この二つのことについて、あんた方が十分わたしに希望を持たしてくれるなら、わたしは無論安心して、あの世に行けるだろうよ」
商人である友人も、女と同じように、このことばを聞いて泣きました。彼が話し終えると、二人は彼を慰め、もし彼が死ぬようなことがあったら、その頼まれたことを誓って果たす旨を約束しました。彼はまもなく息を引き取って、二人にねんごろに埋葬されました。それから数日の後チプロの商人は、ローディでの自分の仕事をすべて片づけてから、そこにあったカタローニャ人の三本マストの船に乗って帰ろうと思って、自分はチプリに帰らなければならないのだが、あなたはどうするつもりかと、その美しい女にたずねました。女は、アンティオコへの厚誼を思って彼が自分を姉としてもてなし、敬意を払ってくれることを期待して、もしよろしかったら、よろこんで彼と一緒に行くと答えました。商人は、それは願ってもないことだと答え、二人がチプリに到着する前に彼女が受けるかも知れない誹謗は一切封じてしまおうと思って、彼女が自分の妻であると言いました。舟に乗ると、艫《とも》に小さな部屋を一つあたえられましたが、行動と言葉がちがっていないようにみせるために、彼はとても小さな一つの寝台で彼女と眠りました。そんなわけでローディを発つ時には男も女も考えていなかったことがもちあがりました。つまり闇と、好都合と、寝床の熱気からそそのかされた二人は、なくなったアンティオコへの友誼や愛情を忘れ、情欲にひきずられて、互いに相手のからだに手をだして、チプリの男の故里であるバッファに着く前に、二人は共に切れない仲となってしまいました。バッファに到着すると彼女は、大分長い間商人と一緒に暮らしておりました。
ところがはからずも、バッファに何か用があって、アンティゴーノという名の貴族がやってきました。この人は高齢ではありましたが、思慮にとんでいました。またチプリの王に仕えていろいろと多くのことにかかわり合っていましたが、幸運にめぐまれず、裕福ではありませんでした。ある日のこと、彼はその美女が住んでいる家の前を通りかかりました。折柄、商人のチプリ人は、商品を持ってエルミニア(アルメニア)に行っておりました。この女が、自分の家の窓べで、はからずも、その貴族の眼にとまったのであります。彼はその女があまり美しかったので、じっと眼をこらしてみつめるうちに、これは前にも見た女に相違ないと、思いだそうとしましたが、どこで会ったのかどうしても思いだすことができません。長い間運命の玩弄物であった美女にも、その不幸が終わりを告げねばならない時が近づいたのでしょうか、彼女はアンティゴーノを一目見たときから、彼がアレキサンドリアで父親に仕えて、軽からぬ地位にあったことを思いだしていました。そこで彼女は、彼の助言によって、もう一度王族の身分に帰れるにちがいないという希望をもやし、夫の商人が不在だったのでさっそくアンティゴーノを自分のもとに呼びよせました、そして、自分が考えていたように、彼がファマゴスタのアンティゴーノであるかどうか、恥かしそうにたずねました。アンティゴーノはそうだと答えて、さらにこう言いました。
「奥さま、わたしはあなたを存じあげているような気がします。でも、それがどこであったか、ちっとも思いだせません。もしお差し支えなかったら、あなたがどなたでいらっしゃるのか、わたしに思いださせて下さい」
女は彼がだれであるかがわかると、よよと泣きくずれて彼の首にしがみつきました。彼がびっくりすると、彼女はもしや自分をアレキサンドリアで見たことはないかとたずねました。その問いをうけてアンティゴーノは、ただちに、彼女が海で亡くなったと考えられていた皇女アラティエルであることがわかり、当然払わなければならない敬意を表したいと思いましたが、彼女はそれをさせず、彼に向かって、しばらくの間自分と一緒に腰をおろすように言いました。アンティゴーノは、その通りにしてから、エジプトじゅうであなたは大分以前に海で溺れ死んだと取り沙汰されておりましたのに、どうして、またいつ、どこから、ここへおいでになったのかと、彼女に鄭重にたずねました。皇女は言いました。
「わたくしは今までしてきたような生活を送るくらいなら、いっそのこと、そんなふうにして死んでいたほうがよかったのです。恐らく父上も、そのことをお知りになったら、同じように思召されると思います」
そう言い終わると、彼女はまたしても悲しげに泣きはじめました。そこでアンティゴーノは言いました。
「奥さま、まだその御必要もない先から、お気をお落としにならないようになさいませ。およろしかったら、あなたのお身の上に降りかかったことや、そのお身の上がどんなものでしたかをお話し下さい。次第によりましては、神さまの御加護によりまして、なんとか手のうてる途が見つけられるかも存じません」
「アンティゴーノ」と、女が言いました。「わたくしはあなたを見た時に、父上にお会いしたような気がしました。で、わたくしは、父上に対して抱くのが当然であるあの愛情と、あのおなつかしい気持ちに動かされて、自分の身分をかくさずこうして打ち明けたのです。だれよりも先にあなたにお会いして、あなたがどなたであるかわかりました時、わたくしはどんなにうれしく思いましたでしょう。よもや他の方々とお会いしても、これほどうれしく思うことはなかったでしょう。ですからわたくしは、自分が不運だった間じゅうかくしていたことを、あなたには、父上に打ち明けるような気持ちでお話しいたしましょう。それをお聞きの上で、わたくしが以前の身分にもどれそうだとお思いでしたら、お力添えをお願い申します。またもし、そうお思いになりませんでしたら、あなたがわたくしに会われたことや、わたくしからお耳に入れたことを、どなたにもおっしゃらないで下さい」
こう言ってから、なおも泣きながら彼女は、マジョルカ島で難破した日から今日までの、身に降りかかった運命のくさぐさを、彼に物語りました。それを聞いてアンティゴーノは、いたわしく思って涙をもよおしましたが、しばらく考えたあとでこう言いました。
「奥さま、あなたがその御不幸にあたって、お身の上をかくしていらっしゃったからには、わたしは必ずあなたをお父上のもとに、お届けし、お父上が今までになかったほどあなたさまをいとおしくお思いになるように、またさらにそれからガルボ王妃になられるよう尽力いたしましょう」
彼は、彼女からどのようにしてそれが実現するかと聞かれて、自分のなすべきことを順序を立てて説明しました。ぐずぐずしていて、だれか邪魔がはいってはいけないと思いましたので、アンティゴーノは即刻ファマゴスタに引き返し、王のところにまいり、こう申しあげました。
「陛下、もし陛下さえおよろしければ、陛下には、御自身の御面目を大いにほどこすことがおできになりますと同時に、陛下からごらんになればつまらない人間でありますわたしめにも、大しておなかをいためられずに、大いなる利得をお授け下さることが、おできになるのでございます」
王は、どうしてかとたずねました。そこでアンティゴーノが申しました。
「バッファに、溺死されたとうわさされていた皇帝の美しい姫君が帰っておられます。姫君は、御自分の貞潔を守りとおすために、長い間大変な御難儀を忍ばれました。只今は哀れな御境遇におられまして、父君のもとへお帰りになりたいと望んでおられるのでございます。もし陛下が、わたしめを案内役に立てて、姫君を皇帝のもとにお送り遊ばす御意向でございましたら、これは陛下の大きな御名誉であり、わたしめにとりましては大きなしあわせでございます。こうした陛下のお骨折りを、皇帝におかれましてもお忘れになろうとは、夢にも考えられません」
王は、王者らしい気高い気持ちに動かされて、すぐさまそれはよかろうと答えました。そして、立派な使節をつかわして、姫をファマゴスタに招きました。彼女はそこで王と王妃から、いうにいわれない歓待と、下へもおかぬ鄭重ぶりで、招じ入れられました。その後、彼女は王と王妃から身の上におこった事件をたずねられましたので、かねてアンティゴーノから授けられていたとおりに答えました。
数日の後、王は姫の要求があったので、男女からなるきらびやかな、恥かしからぬ供廻りの一行をつけて、アンティゴーノを先導に立てて、姫を皇帝のもとに送り還しました。皇帝は大よろこびで姫を迎え、アンティゴーノやその供廻りの一行の者とともに大歓迎しました。姫がしばらく休養をとったので、皇帝は、姫がどんな暮らしをしてきたか、またこれまで自分に知らせないで、こんなに長い間どこに住んでいたのか、知りたいと思いました。姫はアンティゴーノの教えをよく覚えていましたので、父王にこう話しだしました。
「父上、陛下のもとを出発して二十日目でございましたでしょうか、ひどい暴風雨のためにわたくしたちの船は壊れてしまい、ある夜のこと、アグアモルタという土地に近い、西部のとある海岸に打ちあげられました。船の上にいた男たちがどうなりましたことやら、わたくしは存じませんし、今もってもわかりません。ただ覚えていますことを申しあげますと、夜が明けて、わたくしは死からよみがえったような状態でおりますと、すでに難破船は土地の者たちが見つけて、それを掠奪しようと、四方八方から駈けよってまいりました。わたくしと二人の侍女はまず海岸につれていかれたのですが、すぐに若者たちの手につかまってしまい、若者たちはそれぞれ、侍女の一人はこちらへ、一人はあちらへと、ちりぢりにつれて逃げだしました。彼女たちがどうなったか、その後の消息は全くわかりませんでした。でも、抵抗したあげくわたくしは、二人の若者に捕えられてしまい、彼らがわたくしの髪の毛をつかんでひきずるので、わたくしはますます大声で泣き叫んでおりました。ところがわたくしをひきずっていた男たちが、大きな森にはいろうと道を横切っているところへ、ちょうど四人の男が馬に乗って、そこを通りかかりました。わたくしをひきずっていた男たちは、その騎士たちを見るなり、わたくしを放っておいて、あわてて逃げだしました。一見したところなかなか威厳を備えているようにみえた四人の騎士たちは、これを見て、わたくしのいたところに駈けよって、わたくしに向かってたくさんのことをたずねました。わたくしはいろいろとお話をしたのですが、わたくしの話していることはその人々にはわからず、その人々の話していることはわたくしにはわかりませんでした。彼らは長い間相談したあとで、彼らの馬の一頭にわたくしを乗せると、彼らの宗教上の規則に従って、わたくしを尼僧院に連れて行きました。
「そこで、彼らがなんと申しましたかは存じませんが、わたくしはみなからこころよく迎えられて、ねんごろなあつかいをうけました。その後は、その国の婦人たちが信仰していた聖クレシ・イン・ヴァルカヴァさまにまごころから敬虔の心をささげて、彼女たちと一緒にこれに仕えておりました。しばらく彼女たちと一緒に住んでおりますうちに、いくらか彼女たちのことばを覚えましたので、彼女たちはわたくしがだれであって、どこからきたものであるかと、たずねました。わたくしは、自分がどこにいるのか知っておりましたので、もしも本当のことを申しましたならば、彼女たちの宗門の敵でありますので、追いだされる心配がございます。わたくしはチプリのさる貴族の娘であって、クレーティ(クレタ)にいる夫のところに送られたのですが、ここまで航海してきて、はからずも難船したのだと答えました。それからは、これ以上の不幸のおこることを恐れて、何事も彼女たちの習慣に従っておりました。彼女たちが修道院長さまと呼んでいた人から、チプリに帰りたいかどうかと聞かれましたので、わたくしは何をおいてもそれは自分の切望するところである旨を答えました。けれども修道院長は、わたくしの身の上を案じて下さって、わたくしをチプリに向かうどなたにもお預けになさろうとはしませんでした。ところが二月ほど前のことでした。その地にフランスのさる立派な方々が夫人たちをつれておいでになりまして、そのなかに修道院長さまの御親戚の方もまじっておりました。修道院長さまは、その方々がユダヤ人たちに殺されて埋葬されたやんごとない方のお墓詣りにイェルサレムに行くとのことをお聞きになりまして、わたくしを彼らにお頼みになり、チプリで父君にわたくしを引き合わせるようにと、お願い下さったのでございます。この紳士たちがその夫人方ともどもどんなにわたくしをいんぎんにもてなして下さったか、お話しすれば長い物語となることでございましょう。
それからわたくしたちは、一隻の船でバッファに到着しました。そこに着いてみると、だれも知っている者はなく、尊敬すべき婦人から頼まれて、わたくしを父君に引き合わせようと望んでいた紳士たちに、なんと申したらよろしいのかわからないでおりますと、神さまは恐らくわたくしのことに、涙を流して下さいましたのでございましょう、わたくしたちがバッファに上陸したその時間に、神さまはわたくしに折柄海岸沿いにやってくるアンティゴーノを引き合わせて下さいました。わたくしはさっそく彼の名前を呼んだ上、紳士たちとその夫人たちに話がわからないようにと、彼に向かってわたくしたちのことばで、わたくしを娘として引き取ってくれるようにと言いました。彼はすぐにわたくしの言っていることをさとって、大よろこびでわたくしを迎えてくれました。彼はその紳士やその夫人たちを、彼の貧弱な力の許すかぎりをつくして歓待しましてから、わたくしをチプリの王のところにつれて行きました。王はわたくしにはなんと言いあらわしていいのかわからないほど、それはそれは鄭重にわたくしを迎えて、ここの父君のところへお送り下さいました。まだお話し足らないことがありましたら、何度もわたくしから身の上を聞いているアンティゴーノにお聞き下さい」
そこでアンティゴーノは、皇帝に向かって申しました。
「陛下よ、姫君がわたしに何度もお話しなさいましたように、また姫君が御一緒にこられましたその紳士たちもわたしに話されたように、姫君は陛下にお話しになられました。ただ一つだけ言い残されたことがございます。姫君がそう遊ばされたのは、恐らく、姫君御自身で話されるのは御都合が悪いとお思いになられたからだと考えます。で、それは、姫君が御一緒にこられたその紳士たちと夫人方が、姫君が修道女たちとお送りになった貞潔な御生活や、姫君の御高徳や、その賞讃すべき御態度について縷々《るる》物語ったところや、また夫人方や紳士たちが姫君をわたしに返して、姫君と別れて立ち去って行った時の涙や嘆きについてのことでございます。それらのことについて、もしわたしが、彼らから承ったことを十分に申しあげようと思いますならば、今日どころか、今夜までつづけても足りはいたしませんでしょう。ただもうわたしは、彼らのことばが示したところや、さらにわたしが見ることができましたことによって、陛下は今日王位につかれているどこの君主も及ばぬほどに、最も美しい、最も貞潔な、最も心ばえのすぐれた姫君をお持ちになっておられることを、御自慢なさることがおできになりますとだけ申しあげておくことができましたら、それで結構でございます」
これらのことを聞いた皇帝は、ことのほか御満悦で、娘を親切にもてなした人には全部、特に鄭重に自分のもとへ送り届けてくれたチプリの王には、相応の感謝を返すことができるようお恵みを垂れ給わんことをと、何度も神に祈りました。そして何日かの後、アンティゴーノのために非常に立派な贈り物を準備させまして、チプリに帰るようにといとまをあたえました。王に対しては、書状と特使をもって、王が姫に対して行なったところについて、絶大な感謝を返しました。
その後で、最初のとおり、彼女がガルボの王妃になるようにと望んだ皇帝は、王に一切のてんまつを知らせ、もし娘と結婚したいならば迎えをよこすようにと書き送りました。それを聞くとガルボの王は非常に喜んで、立派な迎えの使節をいそいそと送って、彼女を迎えました。八人の男を相手に一万回は添い寝したかも知れない彼女は、王とともに処女として床にはいり、そのとおりに思いこませ、妃としてしあわせに末長く暮らしました。ですから下世話にも、「接吻された口は幸福を失わず、むしろ月のごとくふたたび新たになる」とか申したものであります。
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第八話
[#この行3字下げ]〈アングェルサ伯は冤罪《えんざい》に問われて、亡命し、その二人のこどもを英国の別々の土地に残す。あとで一人ひそかに、スコットランドから帰って、双子が幸福な境遇にあることを知る。彼はフランス王の軍隊に雑役夫として加わり、その無罪をみとめられて、もとの地位に復した〉
貴婦人たちは、美しい女性の運命的な物語を聞いて、しきりに溜め息をついていましたが、どんな理由からその溜め息をもらしたものやら、知っている者があるでしょうか。おそらくそれは、彼女への同情もありましょうが、また、彼女のようにいろんな男性と愛し合えたらと思って漏らした溜め息でもあったのでしょう。しかしそれはそれとして、パンフィロのお話の最後のことばに、みなは笑いくずれました。女王はそれで彼の話が終わったことを知って、エリザのほうに振り向くと、何か一つお話をして、その順番をつづけるようにと命じました。エリザはうれしそうにしてこれに従い、こう話しだしました。
ローマ帝国の主権がフランス人からドイツ人に移って、両国民の間に非常に大きな敵意と、激烈な不断の戦争がつづいていました。そのために、自国の防禦と他国の攻撃のために、フランス王とその息子は、友人や親戚の援軍を得て王国の総力をあげて、敵に向かって進撃するために巨大な軍隊を編成しました。それにとりかかる前に、彼らは、国を治める者もきめないで出発するわけにいかないので、アングェルサの伯爵グァルティエリが、温和で賢明な人であって、彼らの非常に忠実な友であり、奉仕者であることを知り、また彼が戦術に練達していたとはいえ、フランス王父子には戦争などよりも、もっと別のことが適しているものと思われましたので、自分たちの代わりに、彼をフランス王国支配の摂政として残して、出征の途にのぼりました。
グァルティエリは常に王妃と王子の嫁に何事も相談して、賢明に順序よく仕事を行なっておりました。彼女たちが彼の監視と権力の下に残されていたとはいうものの、彼は二人を女主人としてたて、目上の者として、尊敬しておりました。
このグァルティエリは、堂々とした肉体をしていて、年齢も恐らく四十歳くらいで好感がもて、ものごしも優雅で、当代稀に見る最も伊達な紳士でございました。ところがフランスの王と王子は、前に述べた戦争に出ており、グァルティエリの妻は亡くなって、妻の忘れ形見の幼い男の子と女の子の二人がおりました。彼は女たちの宮廷に伺候《しこう》して、彼女たちとしばしば国家の要事について話していたのですが、はからずも、ここに王子の妻が彼に眼をつけたのでございます。彼女は熱烈な情愛を秘めて、彼の風采や物腰を見やりながら、彼へのひそかな恋心を熱く燃えあがらせました。彼女は自分が若くてしたたるばかりの女ぶりであるところへ、彼にも女がいないことを知っていましたので、易々と自分の欲望が達せられるにちがいないと、ひとり胸のうちで考えました。で、恥かしい思いをするほかには何一つ邪魔になるものはないと思いましたので、彼に胸のうちを打ち明けて、羞恥を払いのけようと決心しました。そこである日のこと、一人ぼっちでおりました時、これはよい機会とばかり、他の用向きで彼と話をしたいと言って彼のもとに使いをだしました。
女の考えていることなぞ全然思いもよらなかった伯爵は、さっそく彼女のところに行きました。そして彼女の望むがままに、ある部屋で、長椅子に、彼女とともに二人きりで腰をおろしました。伯爵は自分をなぜ召しだされたのか、二度もその理由をたずねましたが、彼女は黙っておりました。やっとのことで彼女は、恋にそそのかされて、恥かしさのあまり頬を赤らめ、泣いているような顔で、体じゅうをふるわせながら、ことばもとぎれとぎれにこう切りだしました。
「わたくしの親しい、やさしいお友だちの摂政さま、あなたは賢明なお方ですから、男や女の心のもろさがどんなものであるか、またいろいろの異なった理由で一つ一つそのもろさにも相違があるということは、容易におわかりになるでしょう。ですから、正しい裁判官の前では、同じ一つの罪はその人の身分の異なるに従って、同一の刑罰をうけるべきでないことは、当然のことでございます。働いてその生活に必要なものをかせがなければならない哀れな男と女が、愛の昴奮を感じてそれに従うならば、それは金持ちで、退屈し、何一つ願ってかなえられないもののない身分の女より、ずっととがめ立てするにはあたらないという者がどこの世間にございましょうか。そんな方はどこにもいらっしゃらないと存じます。そんなわけですから、わたくしは、もしその女が思いがけなく恋愛するような気持ちになりましても、今申し述べたような事柄が、恵まれている女のための言いわけの、非常に大きな部分となるにちがいないと思います。恋をする女が、賢明で立派な恋人を選んだとすれば、それであとの言いわけは十分立つはずでございます。それらのことは、わたくしの考えでは、両方ともわたくしの胸に起こったことでありまして、このほかにもさらに、わたくしの年の若いことや、夫と離れていることなど、わたくしを恋にしむけるようにする事情がございます。これらの事情は、わたくしのあなたさまへの火のような恋を弁護してくれなければなりません。わたくしは夫が不在のために、肉の刺激や、恋の力に抵抗することができませんでした。それは恐ろしいくらい強うございまして、かよわい女はもちろんのこと、屈強我慢の男の方々が征服されてまいりましたし、現に打ち負かされているのでございます。わたくしは、御存じのとおり、安逸で退屈な日々を送っておりますので、恋の悦楽をみたしたい、人を恋したいような気持ちになってしまいました。こんなことは、もし人に知られでもしたら、いいことではないくらいのことはわかっておりますが、それでも他人に知られずにいれば、不貞とそれをきめつけることはないでしょう。愛の神はわたくしに非常な好意をよせてくれましたので、わたくしが恋人を選ぶにあたって、愛はわたくしから必要な眼識を奪わなかったばかりか、そのことについて炯眼《けいがん》をお貸し下さって、あなたをわたくしのような女がお慕いする方として、おあたえになったのです。あなたこそ、わたくしの考えが間違っていなければ、このフランス国で最も美しい、最も瀟洒な、最も賢明な騎士であると存じます。で、わたくしがただいま夫のない身であると言えますように、あなたにもまた奥さまがございません。ですから、わたくしがあなたに寄せている恋の思いに免じて、どうかあなたの愛をわたくしにこばまれないように、またわたくしの若さを不憫と思召して下さるよう、お願い申しあげる次第でございます。わたくしの若さは、あなた故に、本当に、火にかけた氷が溶けるように、やつれおとろえております」
これらのことばを話しているうちに、涙がとめどなく流れてきて、さらに多くの嘆願をしようと考えていた彼女は、もうその先をつづけることができませんでした。首をうなだれ、がっかりした様子で泣きじゃくりながら、彼女は頭を伯爵の胸にもたせかけました。
とりわけ真っ直ぐな心の騎士であった伯爵は、すごい権幕でこれをたしなめ、彼女の狂恋をとがめて、彼の首に抱きつこうとする彼女を押しのけました。そして彼は、誓って自分の主人の名誉を損なうようなことは、自分にも許さなければ、また他人にも許さない、自分はその前に八つ裂きにされるほうがいいと、断言しました。女は、彼の言うことを聞いて、恋心はどこへやら、髪の毛を逆立てんばかりに怒り狂って、言いました。
「まあ、不粋なお方ですこと。わたくしが、そんなことを望んだからって、こんなふうにあなたから嘲罵をうけなければならないものでしょうか。あなたがわたくしを殺させようとするおつもりでしたら、わたくしのほうから、あなたを殺させるか、牢屋に投げこませるしかないわ」
彼女はこういうと同時に、両手を髪にやって、毛を一本一本掻き乱し、掻きむしって、それから胸のあたりの衣裳を引き裂くと、大声を張りあげました。
「助けて、助けて! アングェルサの伯爵が、わたくしを手籠めにしようとしております!」
伯爵はこれを見て、自分の良心よりも、宮廷の嫉妬のほうが心配で、自分の無実の罪より女のよこしまな行為のほうに宮廷人は信用をおくのではないかと思い、立ちあがると、急いで館から跳びだして、わが家に帰り、自分のこどもたちを馬に乗せると、自分も馬に打ちまたがって、一目散にカレーゼ(カレー)に向けて出立いたしました。
女の叫び声を聞いて、大勢の者が駈けつけました。彼らは彼女が叫び声をあげた理由を聞くと、彼女のことばを信頼したばかりでなく、伯爵がこの非望をかなえるために、これまで立派な態度や、優雅なそぶりをしてきたのかと取り沙汰いたしました。そして彼らは怒って、伯爵を捕えようとその家に駈けつけましたが、彼の姿が見あたらないので、まず家じゅうのものを略奪し、それから家の土台石までも破壊したのであります。この恥かしいつくり話は、戦場の王と王子の陣営にまで伝わりました。彼らは非常に怒り、彼とその子孫たちを永久追放の刑に処した上、生死を問わず、彼を自分たちの所につれてきた者には、莫大な賞金をあたえると約束いたしました。
伯爵は罪もないのに逃げたため、かえって罪をきてしまったことを悲しんで、だれにも自分の身分を知らせないで、あるいは知られないで、こどもたちと一緒にカレーゼに到着し、ただちに英国に渡りました。それからみすぼらしい衣服をまとってロンドンに向かいました。ロンドンにはいる前に、二人の小さなこどもに向かってじゅんじゅんと、特に二つのことについて、教えさとしました。第一は運命が彼らになんの罪もないのに、彼もろとも彼らにもたらした非道な境遇に、辛抱強く耐えるということ、それから、生命が大事だと思ったら、どこから自分たちがきたのか、だれのこどもであるのか、そのことは、決してだれにも打ち明けてはならないということでありました。
ルイジと呼ばれる男の子は九つばかり、ヴィオランテという名の女の子は七つくらいでした。二人は、そのあどけない年の及ぶだけの力で、自分たちの父親の教えを非常によく理解いたしまして、その後は行ないの上で、よくその理解ぶりを示しました。伯爵は、できるだけよくこの目的を達するためには、二人の名前を変えてやらなければいけないと思い、男の子をペロット、女の子をジャンネッタと名づけました。そして見るも哀れな服装でロンドンにはいって行き、よくフランス人の乞食がしているのを見かけますが、あんな具合に物乞いをして歩きはじめました。
ある朝のこと、とある教会で物乞いをしておりますと、英国王の将軍の夫人であるさる貴婦人が、教会から出てきて、物乞いをしているこの伯爵と二人のこどもを見ました。彼女は彼に向かって、どこからきた者であるか、そのこどもたちはお前のこどもかとたずねました。彼は彼女に、自分はピッカルディアの者で、悪党の長男のあやまちのために、この二人のこどもと一緒に出奔しなければならなくなったのだと答えました。情ぶかい貴婦人は、少女に眼を注いで、少女が美しく、上品な物腰で、愛くるしいのを見てとって、非常な気にいりかたでした。そしてこう言いました。
「ねえ、お前さん、もしお前さんがわたくしのところに、このお前さんの可愛い顔の娘さんを残しておくのがいやでなかったら、喜んで預かってあげますよ。よい娘さんになったら、ちゃんと夫を持たせて、しあわせにしてあげますよ」
伯爵はこのことばに大喜びで、二つ返事で承諾し、涙をうかべながら娘を彼女に引き渡して、くれぐれもその面倒を頼みました。で、こうして娘をかたづけてから、娘を頼んだ相手がよくわかっていますので、もうそこには住むまいと決心しました。そして物乞いをしながら、ペロットをつれて島を横断して、慣れない徒歩旅行の難渋をかさねたのち、ガーレス(ウェールズ)にたどりつきました。そこには王のもう一人の将軍がいまして、大変な資産をもち、召使も大勢おりました。伯爵と息子とはしばしばその庭に行って食物を乞いました。その家には、前述の将軍のこどもと、ほかに貴族たちのこどもたちがいて、駈けっこをしたり、跳ねたり、こどもらしい遊びをしておりましたので、ペロットも彼らにまじって、他のこどもたちがやっているように実に上手に、または彼ら以上に巧みに遊びはじめました。それを時々みていた将軍は、そのこどもの態度や物腰がたいへん気に入りまして、その子はだれであるかとたずねました。彼は、それは二、三度物乞いにその中庭にはいってきたことのある哀れな男のせがれだと、聞かされました。将軍は、その男からこどもを貰い受けるように、取り計らわせました。伯爵は願ってもないさいわいだと思って、こどもから別れることは悲しいことでしたが、こどもを喜んで将軍に譲り渡しました。
伯爵は、男の子と女の子の始末がつきましたので、もうこれ以上は英国に住んでいたくはないと思いました。で、なんとか方法を講じて、アイルランドに渡り、スタンフォルダに参りまして、その地の伯爵のお馬係りのところで下僕となり、下僕や廐番のするような仕事をなんでもいたしました。そこでだれにも素性を知られるようなことはなく、大変な心労と骨折りを経験しながら、長い間暮らしておりました。
ジャンネッタと呼ばれているヴィオランテは、ロンドンの貴婦人のもとで成長して、美しくなり、貴婦人とその夫や、その家族の者全部、また少女を知っている人々のだれからもかわいがられていました。彼女の物腰や態度をみた者はだれ一人として、彼女があらゆる絶大な幸福と名誉を受ける価値があると言わない者はありませんでした。そんなわけで、彼女の父親から聞いたこと以外には、彼が何者であるのか知るすべもありませんでしたが、貴婦人は、彼女に恥かしくない結婚をさせようと考えました。しかし、人間の功績の公正な判定者である神は、彼女が貴族の生まれであって、他人の罪の贖罪をしているのを御存じでございましたから、貴婦人の考えとは異なった措置をおとりになりました。この妙齢の貴族の娘がいやしい男のもとに嫁いで行かないようにと、神がその御慈悲の心からおとりはからいになったのだと、考えなければなりません。
ジャンネッタが世話になっている貴婦人には、夫との間に一人息子がございました。彼女も父親もこの息子を大変かわいがっておりました。それは一人息子であるというだけでなく、その人徳からそれだけの価値があったからです。と言いますのは、彼は他のこどもよりもすぐれて態度も立派で、勇気があり、気立てもよく、容姿も端麗であったからでございます。彼はたしかジャンネッタよりは六つ年上でしたが、彼女がたいへん美しく優雅であるのを見てすっかり心を奪われ、彼女の他に女はないといった始末でございました。彼は彼女がいやしい身分の者であるにちがいないと想像して、父母に彼女を妻に貰うことを申し出る勇気がなかったばかりでなく、自分がそんないやしい恋に陥ったことを叱られはしないかと心配して、ひたかくしに自分の恋をかくしてきました。そんなわけで、恋を打ち明けてしまった場合よりもかえって激しく彼の心を燃えたたせ、苦しめました。そして、あまりの苦しさに、重い病気になってしまいました。
彼の治療のために、大勢の医者が呼ばれて、症状をあれこれ診察しましたが、病因がさっぱりわかりません。みなは揃って、彼を救うことはできないと匙を投げ出す始末でした。そこで青年の父親と母親は悲嘆にくれ、ふさぎこんでしまいました。これ以上の大きな悲しみや憂鬱はあるまいと思われるほどでございました。何度も二人は、嘆願するように、その病気の原因をたずねましたが、彼は返事としてはただ溜め息をもらすだけか、あるいは、生命がすり減るような気がすると答えるだけでありました。
ある日のこと、彼の傍に、一人のごく年の若い、でも医術ではなかなか造詣の深い医者が腰をかけておりました。医者が青年の腕の脈をはかるあたりをおさえていると、青年の母への心尽くしのためにまめまめしく彼の看護にあたっていたジャンネッタが、何か用事があって、青年がやすんでいる部屋にはいってきました。青年は彼女を見ると、一言も語らず、なんの動作もしないのに、一段と強く心臓に恋の熱情を感じたものですから、その脈搏はいつもより強く動悸をうちはじめました。医者はそれをすぐに感じて、びっくりすると、どれくらいその動悸がつづくだろうか見ようとして、じっと静かにしておりました。ジャンネッタが部屋から出ると、脈搏がふたたび減じました。どこに青年の病気の原因があるのか、医者にはわかったような気がしました。医者はしばらくそうしていて、何かジャンネッタにたずねたいことがあるように見せて、まだずっと病人の腕をとったまま、彼女をそこへ呼び返してもらいました。彼女はすぐに医者のところにまいりました。彼女が部屋にはいるとすぐに、青年の脈搏はもとのように激しくうちだし、彼女が出ていくとそれがやみました。そこで医者は十分に自信が持てたような気がしましたので、立ちあがると、青年の父母をわきへよんで、彼らに言いました。
「御令息の病気は、医者の手には負えないものでございます。それはジャンネッタさんの掌中にございます。わたしは、ある徴候によってそれを知ったのですが、御令息は彼女を熱烈に恋しておられます。もっとも、わたしの見るところによりますれば、彼女のほうではそれに気がついてはおりません。もし御令息の生命が大事だとお考えでしたら、どうしなければならないか、おわかりでございましょう」
貴族とその夫人はこれを聞いて、自分たちが懸念していたこと、すなわちジャンネッタを息子の妻にしなければならないということが、現実となったことを心苦しく思いましたが、とにかく彼を救う方法が見つかったので、うれしく思いました。そこで彼らは、医者が立ち去ると病人のところに行きました。貴婦人は、彼にこう言いました。
「息子よ、わたくしはあなたが望みごとをわたくしにかくしておくなんて考えませんでした。それに望みがかなわぬからといって、体までこわしてしまうとは、夢にも思いませんでした。ですから、よしいくぶん身分に不釣合なことであっても、あなたの喜ぶようにできるものなら、わたくしは自分のためにすると同じように、あなたのために一心になってしてあげるつもりです。でも、それにもかかわらず、あなたはこんなことをしでかしてしまったので、あなたよりも神さまのほうが、あなたに憐憫をおかけ下さったことになったわけなのですよ。で、あなたがこの病気で死なないようにと、神さまはわたくしに、あなたの病気の原因をお示し下さったのです。その原因というのは、あなたがあるお嬢さんに、それがどなたであろうとですね、寄せている思いつめた恋にほかなりません。本当のところ、それを打ち明けるのを、あなたは恥かしがってはいけなかったのです。なぜって、あなたの年頃には、それは当然なことで、もしあなたが恋をしていなかったら、わたくしはあなたを仕様のない人だと考えたでしょうね。だから、わたくしの息子よ、わたくしには遠慮しないで、あなたの望んでいることを全部、わたくしに打ち明けて下さい。あなたの持っている、またこの病気の原因である憂鬱や心配事をすて去って、気をお晴らしなさい。あなたがわたくしに願って、わたくしが自分の力でできることで、あなたを満足させるためにしないようなことは何一つとしてないということを、信じていらっしゃい。わたくしはあなたを自分の生命よりも愛しているのですからね。さあ羞恥や不安を棄てて、わたくしがあなたの恋についてどんなお手伝いができるか言ってごらん。で、もし、わたくしがそのことで一所懸命につくさないで、あなたのために首尾よく解決をしてあげないとわかったら、あなたはわたくしを、子を生んだ母親のなかで最も残酷な母親だと思ってもよいでしょう」
青年は、母親の言葉を聞いて、初めは恥ずかしがりましたが、やがて、母親以外には、自分の欲望をみたしてくれる者は、どこにもいないと考えて、羞恥を払いのけると、こう母親に言いました。
「お母さま、わたしが恋を打ち明けなかった理由は他でもありません。それは多くの人についてわたしが気がついていることなのですが、年をとると、自分たちが若かったことを忘れてしまう人が多いということなのです。しかし、お母さまは思いやりがあることがわかりましたので、わたしは、あなたがお気づきになったことを、事実としてはっきりと申しあげます。しかし、それは、あなたのお力でできる範囲で、お約束を守って下さるという条件でです。で、そうすれば、わたしはもとどおりの健康に帰ってごらんにいれます」
母親は、彼女が胸のなかで考えていたのとは異なった方法で、話を持ちかけられるとばかり思いこんでおりましたので、安心してなんなりとあなたの望みは打ち明けて欲しい、あなたにその喜びを得させるように、少しも躊躇せずに力を貸しましょうから、と答えました。
「お母さま」と、そこで青年が言いました。
「ジャンネッタの上品な美しさ、その態度が賞讃すべきこと、わたしの恋について彼女の同情をよぶことができないばかりでなく、それを彼女に打ち明けることができないこと、この恋をだれにも語る勇気が少しもなかったことなどが、つもりつもって、わたしをごらんのとおりのありさまにさせたのであります。もしもあなたが、わたしにお約束なさったことを、何らかの方法で御実行下さらなければ、わたしの生命は、きっと長くはございますまい」
母親は、叱るよりもむしろ慰めてやるべきだと思いましたので、ほほえみながら言いました。
「まあ! そのために病気にとりつかれたんですね。元気をおだし、そして病気がなおったら、あとは万事わたくしにおまかせなさい」
青年は、明るい希望にふくらんで、まもなく、目ざましい回復のきざしを見せました。そこで母親は大変よろこんで、自分が約束しておいたことをどうしたら守ることができるか、やってみようと思いました。ある日、ジャンネッタをよぶと、じょうだんをいうような具合に、ごくうちとけた態度で、彼女にだれか恋人があるかどうかたずねました。ジャンネッタは真っ赤になって答えました。
「奥さま、わたくしのように自分の家を追われて、御奉公をしている哀れな少女に思いをかけたり、かけられたりというようなことはございません」
彼女に向かって、貴婦人が言いました。
「あなたに恋人がないのでしたら、一人授けてあげたいと思っているんですがね。そうしたらあなたは大変楽しく暮らせるし、自分の美しいことをなお一層うれしくお思いになるでしょう。だってあなたのように美しい少女が、恋人なしでいるなんて、よいことではありませんもの」
するとジャンネッタが答えました。
「奥さま、あなたはわたくしを父の窮乏のなかから拾いあげて娘同様に育てて下さいました。ですからわたくしは、なんでもお思召しにかなうように勤めなければならないのですが、このことについては御希望にはそえまいと存じます。もし奥さまがわたくしに夫をお世話下さるお考えでございましたら、わたくしはその方を愛して、その他の方は愛さないつもりでございます。と申しますのは、わたくしの祖先からの遺産のうち、わたくしに遺されているものは、この貞潔の他に何一つございません。わたくしはそれを、この生命のつづくかぎり心して守りつづけたい覚悟でございます」
このことばは、貴婦人にとっては、彼女が息子に約束してやりとげようと考えていたこととは、全く反対のことでした。もっとも貴婦人は聡明な女でしたので、胸の中では少女を非常に感心しながら言いました。
「なんですって、ジャンネッタ? もしあの若くりりしい騎士でいらっしゃる国王陛下が、あなたから愛の歓びをお望みになったとしたら、あなたはそれをおことわりできますか」
彼女はそくざに答えました。
「陛下はわたくしに権力をおもちいになることはおできになるでございましょう。でも陛下は、正しい道理にかなった方法でなしにわたしの同意を得ることはおできになれないでしょう」
貴婦人は、少女の心がどんなものであるかわかりましたので、そこで話を打ち切り、彼女を試してみようと考えました。そこで彼女は息子に向かって、病気がなおったら少女と一つ部屋に入れてあげるから、なんとかしてそのおもいをとげるようにしなさいと言いました。そして彼女は、自分が女衒《ぜげん》のように、自分の息子にすすめたり、少女にたのむのはいやだと言いました。こうしたやり方に息子は少しも満足せず、病気はすぐに悪化しました。それを見て貴婦人は、自分の胸のうちをジャンネッタに打ち明けました。しかし少女が金輪際心をひるがえさないことがわかると、貴婦人はいままでのいきさつを夫に話しました。
二人にはそれは困ったことでしたが、息子に釣り合わない妻でも持たせて生きていてくれたほうが、妻を持たせないで死なすよりいいと考えましたので、心をそろえて、息子に彼女を妻として迎えることに決めました。で、なおも多くの話に時を過ごしたあとで、そのとおり実行いたしました。ジャンネッタは大よろこびで、敬虔な心で神に向かって、神が自分をお忘れにならなかったことを、感謝いたしました。この間じゅうも彼女は、自分がピッカルドの娘であるという他には、何一つ話しませんでした。青年は回復しました。そしてだれよりも一番しあわせな結婚をして、彼女と楽しい日を送りはじめました。
ガーレスで、英国王の将軍のもとに残っていたペロットは、やはりこれも成長して、その主人のお気に入りとなり、容姿もすこぶる端麗で、島じゅうのだれよりも勇気凛々として、演武会においても、試合においても、その他いかなる武芸においても、彼に匹敵する者は、一人もおりませんでした。彼はピッカルド家のペロットと呼ばれて、みなに知られておりました。で、神は彼の妹をお忘れになっていなかったように、彼のことも覚えていらっしゃることをお示しになりました。というのは、その地方にひどい疫病がはやってきて、ほとんどその地方の人口の半ばを殺しました。そればかりか生残者の大部分は恐ろしさのあまり、他の地方に逃げだしました。そんなわけで、国じゅう人がいなくなってしまったように思われました。そうして彼の主人である将軍やその妻、その息子、その他多くの兄弟、甥姪たちや親戚などみんな死亡しまして、娘ざかりの将軍の姫の一人だけが、数人の召使やペロットと一緒に残ったのでございました。
疫病がいくぶんやんでから、姫は、ペロットが立派な有為な者でありましたので、生き残った幾人かわずかの家来たちのすすめもあって、よろこんで、彼を夫に迎えました。遺産として彼女が受けついだもので、彼は紳士になりました。その後まもなく将軍が死んだということを耳にした英国王は、ピッカルド家のペロットの剛勇を知っていましたので、亡き将軍の後を彼に継がせ、彼を自分の将軍に任じました。手短かにお話ししますと、アングェルサ伯爵が亡き者として手ばなした彼の二人の無邪気なこどもたちの上には、こうしたことがおこったのでございます。
アングェルサ伯爵が、パリを逃げだしてから、もう十八年目が過ぎました。アイルランドに住んでから、ひどく惨めな生活で多くの苦労をなめた上、すでに寄る年波に気がついた彼は、できることなら、こどもたちがどうなったか知りたいものだと思いました。彼の姿もすっかり変わり、若い頃何にもしないであそんでいたころより、長い間の勤労によってずっと頑丈になったような気もしましたので、長い間仕えていた主人から暇をとり、ごく貧乏じみたむさくるしい服装のままその土地を去り、英国にやってまいりました。そして、ペロットを残してきた土地に行って、ペロットが将軍になって立派な紳士になっていることを見、また彼が健康で、容姿も端麗であることを眼のあたりにいたしました。このことは彼を非常によろこばせましたが、彼はジャンネッタのことがわかるまでは、ペロットに自分の身の上を知らせまいと思いました。そこで歩きだしまして、ロンドンに到着するまで足を休めませんでした。
そこで、娘を託してきた貴婦人のことや、その様子などをたずねた結果、ジャンネッタが、貴婦人の息子の妻となっていることがわかりました。そのことは彼を狂喜させました。こどもたちが健在であり、幸福な身分になっていることを知ったので、過ぎ去った自分の不運などは小さなことだと考えました。そして娘に会いたいと切望して、乞食をしながら、彼女の家の近くに顔をだしはじめました。ところがある日のこと、ジャケット・ラミエンス(というのはジャンネッタの夫がそう呼ばれておりましたので)が彼を見かけて、彼がみすぼらしく、また年寄りでしたので、同情して、彼を家に呼びいれて食事をめぐんでやるようにと、召使の一人に言いつけました。召使はよろこんで、そういたしました。
ジャンネッタは、ジャケットとのあいだに、もう幾人かのこどもができており、一番上の子は、まだ八つをこえておりませんでした。みな世にも稀に美しい、かわいらしいこどもでした。こどもたちは、伯爵が食事をしているのを見ると、そのまわりをとりかこんで、まるで眼に見えない力に動かされて、その人が自分たちの祖父であることを感じてでもいるかのように、大騒ぎをしてもてなしました。彼は、自分の孫たちだと知っていましたので、彼らに愛情を示し、愛撫の手をさしだしました。そんな具合で、こどもたちは、自分たちの家庭教師が呼んでも、その男のそばを離れたがりませんでした。
そこでジャンネッタが、それを耳にして、部屋からでると、伯爵のいるところにきて、あなたがたの先生が望んでいることをしなければ打ちますよ、と強くたしなめました。こどもたちは泣いて、自分たちの先生よりも自分たちを愛しているその人のそばにいたいのだと、言いだしました。それを聞いて、母親も伯爵も笑いました。伯爵は、父親のような素振りは露ほども見せずに、乞食のような態度で、娘に向かって、貴婦人に対するような挨拶をしようと、立ちあがりました。そして彼女を見ると、胸中ふしぎな喜悦が湧きあがってくるのを感じました。しかし彼女は、その時もその後も、彼が自分の父親だとは少しも気づきませんでした。というのは、彼が昔の姿とは似てもつかない変わりようだったからでございます。年をとって、白髪のひげだらけで、やせて陽焼けしたその人は、伯爵というよりも別人のように思われたくらいだからでございます。母親はこどもたちが彼から離れたがらないで、引き離そうとすると泣きだすのを見て、先生にもうすこしそのままにしておくようにと言いました。
さて、こどもたちがその男と一緒にいるところへ、ジャケットの父親が帰ってきまして、こどもたちの先生からこのことを聞きました。彼はジャンネッタをきらっておりましたので、こう言いました。
「神が彼らにおあたえになる悪運のままに放っておけばいいんだ。あの子たちは、その出のとおりのことしかできないだろうからね。あれらは、母方から言えば乞食の出なのだ。乞食と一緒におってよろこんでも驚くにはあたらないよ」
伯爵はこのことばを聞くと、心から悲しく思いました。でも、ただ肩をすぼめただけで、今までに何度もこらえてまいりましたように、そうした悪罵を耐えしのびました。こどもたちがその男に、だから伯爵に対して行なったはしゃぎぶりを聞いていたジャケットは、いやな気持ちがしましたが、それでもこどもたちがかわいくてたまらないので、こどもたちが泣くのを見るのはいやだからその前に、もしその男が自分のところで何か奉公をしてくらしたいと思うならば、いつまでもここへおいてやるようにと命じました。その男は、よろこんでご厄介になりたいが、自分は馬の面倒を見るほかには、何もできないのだと答えました。そこで彼に一頭の馬が渡されました。彼はその世話をすませると、こどもたちのあそび相手をしていました。
今までお話ししたような具合に、運命が、アングェルサ伯爵とそのこどもたちを押し流していた間に、フランスの王はドイツ人たちと幾度も休戦した後亡くなり、その後をついで、王子が戴冠しました。伯爵が追放の憂き目を見せられている原因の女は、その新王の妃でございました。新王は、ドイツ人たちとの最後の休戦が終わったので、ふたたび大激戦を開始しました。英国の王は、新しい親戚筋ですので、新王を助けようとして、自分の将軍ペロットと、も一人の将軍の子ジャケット・ラミエンスの指揮の下に、大軍を派遣しました。その男、すなわち伯爵は、ジャケットとともに出征しました。そうして、だれにも身分を見破られずに、馬丁として長い間陣地の軍隊にはいって暮らし、有益な進言や行動を示して、自分の身分以上の華々しい働きをしました。
ところが、戦争中にフランスの王妃が重態におちいりました。彼女は自分の死期が近づいたことを知って、自分の犯した一切の罪を後悔し、すべての人から善知識とあがめられていたルーエムの大司教に、敬虔な心で告白いたしました。そうして、ほかの罪とともに特に彼女は、自分のために罪もないのにアングェルサの伯爵がひどい目に遇ったことを物語りました。王妃はそれを大司教に話すだけでは満足せず、ほかの大勢の偉い人々の前で、一切をありのままに告白しました。そして王と一緒にみなが、伯爵がまだ存命なら伯爵を、もし存命でなければ彼のこどもたちのだれかを、もとの身分に戻すように尽力してほしいと願いました。そしてまもなく彼女は世を去り、立派に埋葬されました。
その告白が王に伝えられたので、王は理由もなく立派な人にあたえた不正について、幾度か苦しげに溜め息をつき、それから全軍および他の多くの地方に、アングェルサ伯爵またはそのこどもたちのだれかについて自分に報《し》らせた者には莫大な賞をさずけるという布令を出しました。なぜなら伯爵が亡命したその事件については、王妃の告白によって無罪であることがわかりましたので、彼は伯爵をもとの地位に、またそれ以上の地位に復したいと思っていたからでございます。
こうした次第を、伯爵は馬丁姿で聞き、それが事実であることがわかりましたので、すぐにジャケットのもとに行き、彼に向かって、ペロットのところに一緒に行ってもらいたいと願いでました。彼は、王が探し求めているものを彼らに知らせたかったからでございます。さて三人が打ちそろいましたので、すでに自分の身分を打ち明けようと考えていた伯爵は、ペロットに言いました。
「ペロットよ、ここにおられるジャケットは、お前の妹を妻にめとったが、まだ持参金をうけてはおりません。だから、お前の妹が持参金なしで嫁《とつ》いでいるということがないように、わしはジャケットに、他の何者でもなく彼に、王がお前のために約束された莫大な賞金を、貰ってほしいのです。そうしてまた彼が、ヴィオランテがお前の妹で、また彼の妻であることを、また私がアングェルサ伯爵でお前たちの父親であることを、お上に申し立ててほしいのです」
ペロットはそれを聞くと、伯爵をじっと見入っておりましたが、すぐに父親だとわかりましたので、泣いて彼の足下に身を投げだすと、彼を抱擁して言いました。
「父上、まあ、よくおいで下さいました」
ジャケットは、最初伯爵が言っていたことを聞き、ついでペロットがとった態度を見て、大変驚き、同時にこみあげるうれしさで一杯になって、どうしたらいいのか迷ってしまいました。しかし、そのことばにまちがいがないと思いましたので、彼が馬丁だった伯爵に向かって放言した失礼なことばを心から恥ずかしく思って、泣きながら彼の足もとにひれ伏すと、辞を低うして、過去の一切の非礼について、赦しを請いました。伯爵は彼を抱きおこすとかぎりなくおおらかな心で彼をゆるしました。で、三人はともにめいめいのいろいろな転変を語りあい、ともに涙にかきくれ、また狂喜いたしました。
その後でペロットとジャケットは、伯爵に衣服を代えさせようとしましたが、伯爵はどうしてもそれを聞き入れませんでした。彼はまずジャケットが約束の賞金をもらえることがはっきりしたら、自分をありのままの、その馬丁のみなりで、王のところへ連れていってほしいと言いました。それは王に一層恥かしい思いをさせるためでした。そこでジャケットは伯爵とそれからペロットとともに王の前に行き、布告に従って自分に賞金を贈られるならばとの条件で、王に、伯爵とこどもたちをつれてこようと申し出ました。王はさっそく三人全部の分として、賞金を持ってこさせました。それはジャケットが驚くほどのものでした。そして王は、約束どおり伯爵とそのこどもたちが実際どこに暮らしているのか知らせてくれたならば、その金を持って行ってよいと言いました。ジャケットは、そこでうしろを振り返ると、自分の馬丁である伯爵と、それからペロットを、自分の前に呼びだして言いました。
「陛下、ここに父親と息子がいらっしゃいます。娘はわたくしの妻となっておりますが、ここにはおりません。神のお恵みによって、じきに娘のほうも、ごらんになれましょう」
王はこれを聞くと、じっと伯爵を見つめました。それは昔の姿とはうって変わっておりましたが、でもしばらくの間見入っているうちに、それが伯爵であることがわかりました。そして、眼に涙さえうかべてひざまずいていた彼を立ちあがらせると、彼に接吻をして、抱擁しました。それからペロットをねんごろに迎えました。王は即刻伯爵に、貴族の身分にふさわしいように、ふたたび衣裳や、召使たちや、馬や、諸道具をきちんとととのえさせるように命じました。さっそくそのとおりにはこばれました。このほかに王はジャケットを非常に好遇し、伯爵の今までのことの全般にわたって、逐一知りたがりました。で、ジャケットが王に伯爵とそのこどもたちを知らせたことによって、莫大な賞金をうけた時、伯爵は彼にこう言いました。
「国王陛下の御寛大に甘えて、それをお受けするがよろしい。そして、あなたのお父さまに、お父さまの孫であり、わしの孫であるあなたのこどもたちは、母方では、乞食の出ではないということを忘れずにお伝え下さい!」
ジャケットは賜り物をうけて、パリに妻と母親を呼びました。そこへペロットの妻もまいりました。ここでみなは伯爵をかこんでこおどりしてよろこびました。王は伯爵に彼の一切の財産を返し、今まで以上に彼をえらくとりたてました。それから一同はめいめい暇乞いをして、自分の家に帰りました。で、彼は死ぬまでパリで、今までよりもずっと大きな光栄につつまれて、暮らしたのでございます。
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第九話
[#この行3字下げ]〈ジェノヴァのベルナボは、アンブロジュオロに欺されて、その財産を失い、罪のない自分の妻を殺すように命じる。彼女はのがれて男の着物をまとって皇帝に仕え、だました男を発見して、ベルナボをアレキサンドリアに呼んで、そこでその男を罰し、ふたたび女の着物をつけて、夫とともに、金持ちになってジェノヴァに帰る〉
エリザが、人の心をそそるお話で責めをはたしましたので、みめ麗しく、大柄で、愛嬌こぼれるばかりの美貌の女王フィロメーナは、すこし考えこんでから、口をひらきました。
「ディオネーオさんとのお約束は守りたいと存じます。あとお話をするのは、彼とわたくしだけしか残っておりませんので、まずわたくしがお話をして、特別扱いを御要求なさった彼に、お話のしんがりを勤めていただきましょう」
こんな前置きをしてから、彼女はこう話しはじめました。
世間には『欺く者は欺かれた者に仕返しされる』という諺がありますが、これは世間におこる事件によってそれが実証されないかぎり、真実であるとは言えないように思われます。そこで、本題に従いながら、世間でいうことが真実であることを、実例をあげてお目にかけようと考えました。詐欺師をどうやって警戒するかを、お聞きになれば、御損にはならないでしょう。
パリのとある宿屋で、何人かのイタリア人の大商人が、彼らの商習慣によって、いろいろの必要をたしにきて、落ち合ったのでございます。特にある晩のこと、一同は、にぎやかに晩飯をすませてから、よもやま話に花を咲かせはじめました。次から次へと話題が移って行く間に、家に残してきた自分たちの妻のことが話題になりました。その一人が、おどけた口調でしゃべりだしました。
「わたしは家内がどうしているかは知りませんが、こういうことだけはよく知っています。というのはね、ここでわたしの手のなかに、好きな若い女がだれでもいい、跳びこんできたら、わたしは自分の妻に寄せている愛情はどこかの片隅において、この若い女をできるだけたのしみますわい」
も一人の男が答えました。
「わたしも同じ流儀ですよ。だってわたしのほうで、わたしの家内が何か隠し事をしているだろうと考えているとですね、妻のほうはそれをちゃんとやっているんですよ。わたしがそう思っていなくても、やっぱり妻のほうは同じようにそれをやっているんですからね。だからお互いにやっていることは五分五分というところなんですよ。諺に、人を欺せば欺される、といいますよ」
三番目の男も、話しているうちにこれと同じ結論になりました。簡単に言いますと、一同はこういう結論に、つまり、彼らが家に残してきた妻たちは、鬼のいぬ間の洗濯に忙しかろうということに、意見が落ちつくようでございました。ただ一人だけ、ジェノヴァのベルナボ・ロメッリンという名の男が、それとは反対の意見を持っておりました。彼は、自分は神の特別のお恵みによって、女のあらゆる徳のみならず、騎士や小姓の備えるべき徳まで備える女性を妻に持っており、イタリア中に二人とあるまいと思うほどである、彼女は姿が美しく、まだ年も至って若く、体もぴちぴちとして健康であり、その上絹細工のような女の仕事を他のだれよりも上手にやってのけると広言しました。また、どんな配膳方でも、召使でも、彼女ほどに主人の食卓に気のきいた給仕のできる者はいない、実に利口で、非難の打ちどころがない妻だと言いました。
さらに彼は、彼女は上手に馬を乗ることができる、鷹も巧みに使える、読み書き算盤《そろばん》ときたら、商人も顔負けするほどの腕前であるとほめそやし、ほかにも色々とほめちぎりました。そして、しまいに、さきほど話題になっていたことにも口をすべらして、彼女よりも貞潔で、けがれのない女はどこにもいないだろう、だから彼が十年はおろかずっと家に帰らないでいても、彼女はそんなあだしごとを他の男とするようなことはないと固く信じていると、確信ありげに言いました。こうした話をしていた商人のなかに、ピアチェンツァのアンブロジュオロと呼ばれる一人の若い商人がおりました。彼はベルナボが自分の妻に対する最後の讃辞を聞いて、腹をかかえて笑いだし、さもあざけるように、それでは伺うが、他の人々を全部さしおいて、皇帝はあなただけにこうした特権をあたえられたのですかと尋ねました。ベルナボはいささかむっとして、それは皇帝ではない、皇帝よりももっと力を持っておられる神が、お恵みを垂れ給うのだと言いました。すると、アンブロジュオロがやりかえしました。
「ベルナボ、わたしは、あなたが本当のことを言っているつもりでおられる点については、少しも疑いはしません。でもわたしが感じたところでは、あなたは、物の本性というものを見ていなかったようですな。なぜって、もしよく物の本性を見ていたら、こんな問題については、もっと言葉を控え目に話すべきではないですかな。あなたがこれにお気づきにならないほど、愚かな方だとは考えられませんね。わたしたちは、家内のことについて言いたい放題なことを並べ立てましたが、そのわたしたちがあなたの奥さんとは違った、特別ごしらえの家内を持っているとあなたに思われると困ります。わたしたちがいま話したことは、自然の道理にもとづいて言ったのですからね。そのためにわたしはもっとあなたと、この問題について話してみたいと思うんですよ。わたしは日頃、男は生物のなかで、神さまのお創りになった最も気高い動物であって、その次に女がくるということを聞いております。男は一般にそう考えられており、行為などから見てわかりますように、一段と完全なものです。男が完全であればあるほど、さらに心も堅固でなければなりません。だから一般に女は男よりも移り気なものです。そのわけは、多くの本質的な理由から説明ができますが、今はそれには触れずにおこうと思います。そこで、男は女よりも堅いとしまして、その男が、まあ先方からしなだれかかる女は論外ですがね、それでも気に入ったある女に欲情を感じまいと心をしめておくなんてことや、それから欲情ばかりでなく、その女と一緒にいるために捨て身の力を傾けてみたいという気持ちにならないでいられるなんてことが、考えられないとすれば、またこんなことは一月に一度ばかりでなくて、一日に千回もおこることなんだとすればですよ、生来移り気な女が、彼女を恋する利口な男の嘆願や、甘言や、贈り物や、その他限りない手練手管《てれんてくだ》を前に、何ができるとお思いになりますか。これに耐えられるとお思いですか。むろん、あなたがいくらそれができると断言なさろうとも、わたしはあなたがそう思いこんでいるとは信じませんね。あなた御自身、あなたの奥さんは女であると、また他の女たちと同様に肉と骨からできあがっているとおっしゃいます。ですから、そうだとすれば、それらの欲情そのものは、奥さんの欲情でもなければなりませんし、そうした自然の欲望に抵抗する、他の女たちが持っているあの力自身も、彼女のものと同じ程度であるはずです。ですから、奥さんが、どんなに貞潔並び者なき方でありましても、他の女たちのすることは、やっぱりなさいます。で、どんなことだって、あなたみたいに、そんなに、きっぱり否定したり、その反対を断言したりすることはできませんよ」
彼に向かってベルナボが答えて、言いました。
「わたしは商人であって、哲学者ではありません。で、商人としてお答えしましょう。わたしはあなたがおっしゃることは、羞恥心の全然ない性根のくさった女たちにはおこるかも知れないということはわかっておりますが、利口な、分別のある女は自分たちの名誉を非常に重んじておりますから、そんなことで名誉など忘れてしまう男たちよりは、ずっと強くなります。わたしの家内は、そんなふうな女の一人なんですよ」
アンブロジュオロが言いました。
「なるほどね。もし彼女たちがそんなあだしごとに身をまかすたびに、その額に証拠になるような角《つの》が生えるのでしたら、そんなことをする女もほとんどなかろうかと思いますよ。ところが、そんな角が生えないばかりでなく、利口な女たちにはなんの痕跡ものこらないし、恥辱や不名誉などは、それが露見しないかぎりおこりません。ですから彼女たちはそれを隠れてやるんです。やらないのは馬鹿だからですよ。今までどの男からも言い寄られたことがないか、あるいは自分から言いよってもはねつけられたかした女だけが純潔なのです。もしわたしが何度となく、数多くの女とこれを試してきていなかったならば、わたしはこんな具合に、口幅ったい話はしないでしょう。わたしがもしあなたの貞潔並び者なき奥さんにお近づきになれたら、わずかの間で、奥さんに、わたしがほかの女たちにしたと同じことをしてみせる自信があるからです」
ベルナボは、憤然として、答えました。
「ことばでもって言い争っていたら、果てしがないでしょう。あなたも話したいだろうし、わたしも話したい、結局、なんの役にも立ちません。しかしあなたが、女はみななびきやすいものであり、あなたは凄腕だといわれる以上、わたしは自分の家内の貞潔をあなたに納得させるためにですね、もしもあなたがそんなやり方で家内を自由にすることができるならば、わたしはいつでもこの頭をはねられて結構です。で、もしもあなたにそれができなければ、わたしはあなたに、黄金千フィオリンだけ御損をしていただけば満足です」
もうその話でかんかんになっていたアンブロジュオロは、こう答えました。
「ベルナボ、もしわたしが勝ってあなたの血をもらっても、どうしようもありませんよ。でも、もしあなたが、わたしがすでに申しあげたことの証拠を見たいと御希望でしたら、あなたの首にくらべれば大したことのない金五千フィオリンを、わたしの千フィオリンに対して、お賭けなさい。あなたは期限をおつけになりませんが、わたしはジェノヴァに行って、ここを出発してから三カ月以内に、あなたの奥さんをわたしの意志どおりに従わせて、その証拠に奥さんの一番大切なものと、あなた自身これは本当だと白状するくらいの事実としるしを持って参ることを約束いたしましょう。ですから、あなたはこの期限の間は、ジェノヴァに行ったり、このことについて奥さんに何か手紙を書いたりしないことを、神かけてお約束下さい」
ベルナボは、それはたいへん気に入ったと言いました。そこに居合わせた他の商人たちが、そんなことからどんな間違いがおこるかもしれないことを知って止めさせようと手をつくしてみましたが、それでも二人の心は燃えあがっていましたので、他の人々の意志に反して、互いにみずから書いた立派な証文を作り、約束を守ることにしました。契約が結ばれると、ベルナボはあとに残って、アンブロジュオロはできるだけはやくジェノヴァへ行きました。そこに幾日か滞在しているうちに、その婦人の住んでいる通りや、生活ぶりを聞いてみると、ベルナボから聞いていたとおりの、またそれ以上のものであることがわかりました。ですから彼は、馬鹿なことをはじめたものだという気がしてきました。しかしそれでも、婦人の家によく出入りして婦人からかわいがられている一人の貧しい女と近づきになり、ほかにこれといって方法もないので、金を使って彼女を籠絡し、自分に都合のいいようにつくらせた木箱の中に忍びこみ、それを彼女に命じて、その貴婦人の家の中、それも寝室の中に運ばせました。そこで女はアンブロジュオロの指図に従って、どこかよそへ行きたい風をよそおって、数日間その保管を頼みました。
その木箱は寝室におかれたまま、夜になりました。アンブロジュオロは、婦人が寝入ったことがわかってから、そっと木箱をあけて寝室に姿をあらわしました。寝室には灯《あかり》が一つついていました。そこで彼は、部屋の様子や絵画や、その他寝室にある目ぼしいものを一つ残らずじっくり見廻して、記憶にとどめました。それから寝床に近づくと、婦人と小さな女の子がぐっすりと寝こんでいました。彼女の身にまとっていたものをすっかりめくると、眼に写ったものは着物をまとっていた時と同じように美しい裸身でございました。しかし彼女の体には、その夫に報告することができるような証拠はただ一つ、彼女の左の乳房の下の黒子《ほくろ》で、そのまわりにはブロンドのように金色のうぶ毛が少しばかり生えていました。そのあまりの美しさに見とれているうちに、彼は生命をかけても彼女と一緒に寝てみたいという欲望にそそられましたが、ふたたびそっと夜着を彼女にかけました。婦人は操がすこぶる堅固であると聞いていましたので、彼はそんな危険は冒しませんでした。彼はその夜の大部分の時間を、思うままに寝室ですごしている間に、彼女の長持から、財布一個と女着一枚を引き出して、二、三の指輪や帯などを自分の木箱に入れてから、彼も同じようにその中にはいりこんで、もとのとおり錠をおろしました。
こんな具合にして、女には全然気づかれないで、二夜をすごしました。三日目になると、指図されていたとおりに、例の女が自分の木箱をとりにきて、もとの所に持ち帰りました。アンブロジュオロはその中から出ると、その女に約束どおりの礼をして、できるだけ早く、それらの品を持って、約束の期限が切れないうちに、パリに戻ってまいりました。そこで彼は、あの言い争いや賭けごとのとりきめに立ち会った商人たちを呼びあつめ、ベルナボを前にして、自分は広言していたことをやってきたのだから、二人の間でとりきめた賭けごとに勝ったわけであると言いました。そして、それが本当であることを示すために、彼はまず夫人の部屋の作りや、部屋の絵画を説明し、彼女からもらったのだと言って、彼女の所から持ち帰った品々を見せました。ベルナボは、相手が言うとおりに寝室は作られており、またこれらの品は実際自分の妻のものであることを認めると告白しました。しかし、部屋の様子は家の下僕たちのだれかから教わったのかもしれないし、また同様にしてその品々も手に入れたのかも知れず、それだけで相手が勝ったときめるわけにはいかないと言いました。そこでアンブロジュオロが言いました。
「実際のところ、これで十分なはずですがね。でもあなたがもっと話せとおっしゃるなら、お話ししましょう。よろしいですか。あなたの奥さんのヅィネヴラ夫人は、左の乳房の下に、かなり大きなほくろがありまして、その周囲にたぶん黄金のようにブロンドのうぶ毛が六本生えていますよ」
ベルナボはこれを聞き、心臓を突き刺されたような気がしました。すっかり顔色も変わって、なんとも口にだしては言いませんでしたが、アンブロジュオロの言ったことが本当であることを、まざまざと裏書きしました。それからしばらくしてからこう言いました。
「みなさん、アンブロジュオロの言うことは本当です。ですから、彼が勝ったのです。いつでも彼は、好きな時においで下さって結構です。きっとお支払いします」
で、翌日アンブロジュオロは全額を支払ってもらいました。そしてベルナボはパリを出発すると、妻に対しておだやかならぬ心を抱いて、ジェノヴァに向かいました。ジェノヴァに近づくと、町へはいろうとせずに、そこから二十マイルも離れた自分の別荘にとどまりました。そして非常に信頼していた下僕の一人に、二頭の馬をひいて、自分の手紙を持たせ、ジェノヴァにやりました。手紙には、自分が帰ってきたことと、その下僕と一緒に自分のところにきてほしい旨をしたためました。そして下僕には、一番恰好と思われるところへ妻と一緒にさしかかったら容赦なく彼女を殺して、自分のところに引き返してくるようにと、ひそかに命じました。さて、下僕はジェノヴァに着いて、夫人に手紙を渡して使者の役をすませると、夫人から大よろこびで招じ入れられました。夫人は翌朝、下僕とともに馬に乗って、その別荘へ出かけました。二人は一緒に歩き、いろいろなことを話しながら、高い岩山と樹林におおわれた渓谷にさしかかりました。そこは自分の主人の命令を遂行するには究竟《くつきよう》の場所だと思われましたので、下僕は短刀を引き抜くと夫人の腕をとらえて言いました。
「奥さま、あなたの霊を神さまにおまかせになって下さい。と申しますのは、あなたには、これ以上先へお進みにならないで、死んでいただかねばならないからでございます」
女は短刀を見て、そのことばを聞くと、どうてんして言いました。
「お願いです! わたくしを殺す前に、わたくしがお前に殺されるようなどんな悪いことをしたか、言って下さい」
「奥さま」と下僕が言いました。「あなたはわたくしに何一つ悪いことをなさったことはございません。そしてあなたが、あなたの御主人をどんなことをして怒らしたかも、わたくしは存じません。わかっているのは、ただ御主人がわたくしに、この道で容赦なくあなたを殺すように命令されたことだけでございます。もしわたくしがそのとおりにしないと、御主人はわたくしを、喉を絞めて殺すとおどしました。わたくしが御主人からどんなに御恩をこうむっているか、また御主人に命令されたことを、いやだなどとどうして言えましょうか、それはあなたの御存じのとおりでございます。あなたのことをわたくしがお気の毒に思っておりますことは、神さまも御存じでいらっしゃいます。でもわたくしには、なんともできないのでございます」
彼に向かって夫人は泣きながら言いました。
「ああ! 後生です! 他人のために、お前になんの悪いこともしない者を殺すようなことはしないで下さい。万事を見そなわせられる神さまは、わたくしが自分の夫からそんな目に会わなければいけないようなことは、何一つしなかったことを御存じでいらっしゃいます。でも今は、そんなことはどうでもいいでしょう。お前さえよかったら、神さまも、お前の主人も、わたくしも同時に気に入るような方法がありますよ。つまりね、このわたくしの着物をとって、そのかわりわたくしにはお前の上衣と頭巾だけを下さい。で、お前はその着物を持ってわたくしの夫のところへ、つまりお前の御主人のところへ帰って行って、わたくしを殺してきたと言いなさい。わたくしは、姿を消して、主人にも、お前にも、この界隈《かいわい》にも、わたくしのうわさなど何にも伝わらないような土地に行ってしまうことを、お前が救ってくれる生命にかけて誓います」
彼女を殺す気持ちなど少しもなかった下僕は、すぐにあわれをさそわれました。そこで彼女の着物をとると、自分の上衣と頭巾を彼女にわたして、彼女が所持していたお金はそのまま持たせておいて、この近辺から姿を消すようにと願って、渓谷にたちすくんでいる彼女をあとに残したまま、立ち去りました。自分の主人のところに帰って行くと、命令どおりにしたばかりでなく、彼女の死骸を多くの狼の餌食にあたえてきたと申しました。ベルナボは、しばらくしてから、ジェノヴァに帰りました。この事実は一般の知るところとなって、彼は痛烈に非難されました。
ただ一人悲嘆にくれていた夫人は、夜になったので、その近くの村へ行きました。そこである老婆から必要なものを手に入れると、上衣を自分の体に合うようになおして短くし、自分のシャツで、半ズボンを二つ作り、髪の毛を短く刈りこんで、すっかり船乗りに変装すると海岸へおりて行きました。そこでたまたま、エン・カラル氏というカタローニャの紳士に出会いました。彼はそこから少し離れたところにあった自分の船から、アルバに上陸して、泉に水を飲みにきたのでした。彼女はその紳士と話をまじえ、彼の下僕となることにきまり、フィナーレのシクラノと名前をいつわって、その船に乗りこみました。船では紳士から、上等の生地の着物を着せてもらい、真面目によく奉公しましたので、非常に主人の気に入りました。それからまもなくこのカタローニャ人は、自分の荷を積んでアレキサンドリアに航海をして、ある外国の鷹を皇帝のところへ献上いたしました。皇帝は彼に何度か食事をたまわりましたが、いつもその供をしていたシクラノの態度をごらんになって、すっかりお気に召し、カタローニャ人にその者を譲り受けたいとねだりました。カタローニャ人は困ったとは思いましたが、皇帝に譲りました。シクラノはまもなく、その真面目な働きぶりで、カタローニャ人の寵愛を得ていたように、皇帝の寵遇と愛顧を得ました。
こうして時がたつうちに、こんなことがおこったのでございます。それは毎年ある時期に、見本市のような具合にアクリ(シリアの海港都市)に、キリスト教徒や、回教徒の商人たちが大勢集まることになっておりまして、それは皇帝の支配の下に行なわれていたのでございます。商人や商品の安全のために、皇帝はいつもそこに彼の役人たちのほかに、警備にあたる兵士たちを派遣するのを習いとしておりました。ちょうどその時期になりましたので、この役目をさせるために、すでに土地のことばに精通していたシクラノを派遣することを決心し、そのとおり実行に移しました。そこでシクラノは、商人たちや商品の警護隊の隊長、指揮官としてアクリに到着すると、そこで、自分の職務に属していた仕事を、手際よく精をだして行ない、あたりを監視しました。シクラノは多くの商人、シチリア人、またピサ人、ジェノヴァ人、ヴェネツィア人や、その他のイタリア人に会っていると、自分の故郷が思い出されてきて、彼らと進んで話を交えました。
さて、ある時のことでした。彼女がヴェネツィアの商人たちの店に足をとめると、宝石の間にまじって、財布と帯が眼にとまりましたが、それが自分のものだとわかり、びっくりいたしました。でも、彼女は顔色一つ変えずに、それがだれのものか、売る気はあるのかと、物静かにたずねました。そこにはピアチンツァのアンブロジュオロが、ヴェネツィア人たちの船一隻にうんと商品を積みこんで到着していたのでございます。彼は、警備隊指揮官が、それはだれのものかと問うているのを聞いて前に進み出ると、にこにこしながら申しました。
「閣下、その品はわたくしのものでございます。売り物ではございません。でもお気に召しましたら、よろこんで差し上げましょう」
シクラノは、彼が笑っているのを見て、もしや自分の正体を見破ったのではないかと心配いたしました。それでも、眉毛一つ動かさず言いました。
「わたしが軍人のくせに、こんな婦人の品物のことを聞くので、たぶんお前は笑っているのだろうが」
アンブロジュオロが言いました。
「閣下、わたくしはそんなことを笑ってはおりません。それを手に入れたやりかたを思いだして、笑っているのでございます」
彼に向かってシクラノが言いました。
「ほう! 神さまがお前に幸運を恵まれたんだったら、それに話して悪いことでなかったら、どうしてそれを手に入れたか、話してくれないかね」
「閣下」と、アンブロジュオロが言いました。「これらの品々は、ほかの品物と一緒に、ベルナボ・ロメッリンの奥さんヅィネヴラ夫人と呼ばれるジェノヴァの貴婦人と、一夜、わたくしが同衾した時にくれたもので、貴婦人はそれを恋の思い出にとっておくようにと頼みました。今、わたくしが笑いましたのは、ベルナボの馬鹿さ加減を思いだしましたからです。彼は、わたくしが、彼の妻をわたくしの思いどおりにできはしないといって、黄金千フィオリンに対して、五千フィオリンも賭けたほどの、狂熱ぶりでございました。わたくしはそのとおり仕終わせて賭けに勝ちました。彼は、すべての女がすることをした彼女を罰するよりも、一層のこと自分の無智を罰しなければならなかったのに、パリからジェノヴァに帰ってからのちにわたくしが耳にしたことですが、彼女を殺害させたそうでございます」
シクラノは、これを聞いてすぐに、ベルナボの自分に対する憤懣の理由がなんであったかがわかり、自分のあらゆる不幸の原因はこの男だと、はっきりさとりましたので、彼を罰せずに放っておいてなるものかとひとり考えました。そこでシクラノは、この話に非常に興味をひかれたようなふりをして、うまくたばかって、彼とごく親しい交際を結びました。ですからアンブロジュオロはシクラノのすすめに従って、見本市が終わると、彼と一緒に、自分のものを全部持って、アレキサンドリアに行き、シクラノは彼のために一つの店をひらいてやり、彼の手に自分のお金をたくさんあたえました。彼は、これは得だと思いまして、よろこんでそこに住んでおりました。
シクラノはベルナボに対して早く自分の無罪のあかしを立てたいと思って、なんとか理由を考えだして、アレキサンドリアにいた数人のジェノヴァの大商人の力をかりて、ベルナボをそこに呼ぶまでは、息つくひまとてもないありさまでした。ベルナボはごくみすぼらしい様子でしたので、シクラノは彼を、自分がしようと企んでいたことを実行するのに都合のよい時期まで、泊めておいてもらいました。シクラノは前もってその話を、皇帝の前でアンブロジュオロに話させて、皇帝の御興味を掻き立てておいたのでございます。しかし、その地にベルナボがきたのを知ってからは、もはや躊躇すべき時ではないと考え、適当な折を見計らって、皇帝の御前へアンブロジュオロとベルナボを召し出していただきました。そして、ベルナボの前で、面倒もなくとりはこぶことができなければ、きびしく問いただしてでも、アンブロジュオロに、彼がベルナボの妻のことで自慢していたことがはたして事実はどうであったのか、その真相が明らかにされるようにしていただきたいと皇帝に嘆願して、その御許可を得ました。
アンブロジュオロが出頭しましたので、皇帝は大勢の面前でいかめしい顔をして、アンブロジュオロに、どうしてベルナボから黄金五千フィオリンを得たのか、本当のことを言うように命じました。そこにはアンブロジュオロが特に信頼していたシクラノがおりましたが、彼もおこった顔つきで、真実を述べないと、重い折檻をするぞとおどかしていました。そこでアンブロジュオロは両方からおどかされて、その上いくぶんせっぱつまって、ベルナボやその他大勢の面前で、どうせ黄金五千フィオリンと例の品々を返すだけで別に罰もなかろうとたかをくくって、事実はどうであったかを、一切を残らず物語りました。アンブロジュオロが話し終わると、シクラノは、その事件について皇帝の裁判官として、ベルナボのほうに向きなおって言いました。
「それでお前は、そのうそのためにお前の妻をどうしたかね?」
ベルナボは答えました。
「わたしは、自分の金を失った怒りと、自分の妻から受けたと思った恥辱のくやしさに打ち負かされて、自分の下僕に命じて妻を殺させました。彼がわたしに報告したところによりますと、妻はすぐに、多くの狼に食われてしまったそうでございます」
皇帝には、こんなことを命じて訊問していたシクラノが、何をしようとしているのかまだ見当がつきませんでしたが、こうして皇帝の面前で語られ、理解された時に、シクラノは皇帝に申しあげました。
「陛下、その婦人がどんなにその愛人と夫から栄誉を得たか、陛下はあきらかに御理解なされたことと存じます。と申しますのは、愛人は嘘をいって彼女の名声をきずつけ、その名誉を奪うと同時に彼女の夫を台無しにしてしまいましたし、その夫は長い体験から自分で認めることができた真理よりも、他人の虚言のほうを信じて、妻を殺させた上、狼の餌食にしてしまいました。そればかりでなく、愛人と夫は、彼女と長く一緒におったのに、どちらも彼女を見覚えていないのですから、この二人の彼女に対する好意や愛情も程度が知れるというものでございます。しかし陛下には、この者たちがめいめい受けるべき罰をよく御承知でございますので、陛下が特別の御慈悲を持ちまして、欺瞞者を罰し、欺瞞された者を赦すよう、わたくしにその取り計らいをお許し下さるなれば、わたくしはここに、陛下の御前と二人の面前に、その女をつれださせるでございましょう」
皇帝は、この事件については、すべてシクラノの意のままにさせたいと思い、ではその女を召し出させるようにと命じました。彼女が死んだものとかたく信じていたベルナボは、非常に驚きました。アンブロジュオロは、すでに自分の旗色の悪いことを予想して、金を吐き出すだけではすまないことをおそれて、女がそこへあらわれるのは、喜んでいいのか、こわがっていいのか、さっぱり見当がつきませんでしたが、それよりさらに一段と大きな驚きにおしつぶされたように彼女の出現を待っておりました。皇帝から許可が出るとシクラノはわっと泣いて、皇帝の御前に身を投げだし、ひざまずくと、ほとんど同時に男の声(もう男とは思われたくないので)をやめて、こう申しあげました。
「陛下、わたくしは六年のあいだ、この痴漢アンブロジュオロに欺瞞と不正をもってざん言され、この冷酷、無分別な男によって、その下僕の殺人剣におびやかされ、狼の餌食に投げ出されて、世界じゅうを男装をしてうろつきまわっていた哀れにも不幸な女、ヅィネヴラでございます」
そう言って前部の着物を引き裂くと、胸を見せて、自分が女であることを、皇帝やその他居並ぶ人々に示しました。それからアンブロジュオロのほうを向いて、腹立たしげに、一体いつ、先刻自慢したように自分と一緒に寝たのかと、たずねました。彼は、はやくも彼女が何者であるのかを知りましたので、恥ずかしさのあまり唖のようになって一言も口をききませんでした。
今までずっと彼女を男だと思いこんでいた皇帝は、このさまを眼に見、耳にして、その驚き方は一とおりでなく、真実であるよりはむしろ夢ではないかといぶかりました。しかし、驚きがしずまってそれが真実であることがわかると、その時までシクラノと呼ばれていたヅィネヴラの生活態度、不屈な信念、物腰や人徳を、最大の讃辞をつらねてほめそやしました。それから、立派な婦人の衣裳を持ってこさせて、彼女にかしずくようにと女たちを呼びあつめました。それからベルナボは当然死刑に処すべきところですが、彼女の請いをいれて、それをゆるしてやりました。彼は、彼女が何者なのかわかると、その足もとに泣いて身を投げだして赦しを請いました。彼女は、彼がゆるされる資格があるとは思いませんでしたが、おおらかな気持ちで彼をゆるし、身をおこさせると、やさしく夫としてこれを抱擁しました。
その後で皇帝は、ただちにアンブロジュオロを町のどこか高い場所へつれて行き、棒杭にしばって、体に蜂蜜を塗ってひなたにさらしておくように、そして彼が自然に倒れはてるまで解いてはならぬと命令しました。そしてそのとおり実行されました。このあとで皇帝は、アンブロジュオロのものだった財産は、婦人にあたえるようにと命じました。それは金貨一万ドブレを超えるほどの少なからぬ金額でございました。そして彼は豪奢な饗宴を準備させて、そこにヅィネヴラ夫人の夫としてベルナボを、また実に立派な婦人としてヅィネヴラ夫人を招いて、彼女に宝石や、黄金白銀の什器類や、金子などさらに一万ドブレ以上の値打ちのあるものを贈りました。それから二人のために一隻の船をととのえさせて、饗宴が終わってから、いつでも好きな時にジェノヴァに帰れるようにと、二人に暇をとらせました。二人は大変な金持ちになって大よろこびで帰り、最大の礼をつくして迎えられました。特に死んだとみなから思われていたヅィネヴラ夫人は、大歓迎をうけました。そして生涯多くの人々からその高徳をたたえられました。
アンブロジュオロは棒杭にしばられ、蜂蜜を塗られたので、その国に非常に多い蠅や蜂や虻にさんざん苦しめられて殺されたばかりでなく、骨までも食いつくされました。その骨は白くなったまま、わずかに腱《すじ》でつながれて、長いあいだ取り払われもしないで、見る者に彼の邪悪のあかしを示しておりました。こんな風に、欺く者は、欺かれた者によって仕返しをうけたのでございます。
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第十話
[#この行3字下げ]〈パガニーノ・ダ・モナコはリッチャルド・ディ・キンツィカ氏から妻を盗む。リッチャルドは、彼女がどこにいるのかを知って、パガニーノのところに行って、その友人になり、彼に女を返すように要求する。パガニーノは、彼女がそう望むならば返そうという。彼女は夫と帰ることを望まない、そしてリッチャルド氏が死んで、パガニーノの妻となる〉
優雅な仲間の一人一人は、口をきわめて、彼らの女王のお話をすばらしいとほめそやしました。当日お話をする役でただ一人残っていたディオネーオのほめ方は大したものでございました。彼は、そのお話を口をきわめて賞賛したあとで言いました。
美しい淑女のみなさん、女王のお話の一部は、わたしのこの胸にあったあるお話をする考えを変えさせ、別のお話をする気持ちにさせました。それは、ベルナボにとってよい結果になりはしましたものの、ベルナボの馬鹿さ加減のことです。またベルナボが信じていると見せかけていた事柄を信じこんでいる他の人々全部の馬鹿さ加減、つまり自分たちは世界をめぐって、この女やあの女と、一度また一度と思うままに楽しんでいながら、女たちのなかに生まれ、育ち、住んでいる自分たちが彼女たちの何を切望しているのかも知りもせず、家においてきた妻たちはじっと手をこまねいていると考えているような、ベルナボや他のすべての人々の馬鹿さ加減のことなのです。同時にわたしは、これらの人々がどんなに馬鹿であるか、さらにまた自然の力よりも自分たちが強いと考えて、できもしないことを、信じられそうもない例証をあげて、できると思いこんで、他人を自分たちと同様のところに、引っ張って行こう、よし引っ張られている者の性質がそんなことに耐えなかろうとかまいなしに引っ張って行こうとしている人々の馬鹿さ加減がどんなに大きなものであるかを、あなた方にお目にかけましょう。
さて、ピザにリッチャルド・ディ・キンツィカ氏という名前の、体力よりも知力に恵まれた裁判官がおりました。彼は、自分が勉強する時にとっている同じ方法で妻を満足させることができると考えたのでしょうか、非常に金持ちでしたので、少なからぬ選り好みをしながら、美人で、年の若い女を妻に迎えようとしました。もし彼が他人に向かってしているように自分にも忠告することができたならば、そのどちらをも避けるべきだったのです。ところが、彼の希望は達せられました。ロットグアランディ氏が自分の娘の一人を彼に与えたからでした。この娘はバルトロメアという名前で、ピザでは、とかげ[#「とかげ」に傍点]のように美しく敏捷な女は数少なくないとはいうものの、群をぬいて美しくて、愛らしい処女の一人でありました。裁判官は大よろこびで、娘を自分の家につれて帰り、豪勢な結婚式をあげました。初夜の契りはなんとかうまくとげましたが、それでも危く手詰まりで引っ込みがつかなくなるところでした。彼は、やせっぽちで、ひからびていて、元気のない男だったので、翌朝は、白ぶどう酒や強精剤やその他数々の品で体力を回復しなければなりませんでした。そこでこの裁判官殿は、今までよりも自分の体力に気をつかうようになり、彼女に、こども向きの恐らくラヴェンナでつくられていたらしい暦を教えこみました。というのは、彼が示したところによると、一日として、多くの祝日が重なり合っていない日はなかったからです。彼はそれらの祝日を守って、いろいろの理由から、男女はこうした交わりを避けねばならないということを示しました。これに加えて、なお彼は断食、四季の斎日、使徒、千もの他の聖人の祝日の前夜や、金曜日、土曜日、主の日曜日、全四旬節、月面の盈虧《みちひき》や、その他多くの例外を数え立てて、彼が時々裁判所で訴訟事件を取り扱う場合には休日を守っているように、女との同衾も休日とする必要があるのだと、教えました。一月に一度、やっと休養日があるだけという、花嫁にとっては憂鬱な戒めを、彼は長い間守ってきましたが、彼は、自分が彼女に祝日を教えていたように、だれかが彼女に働く日を教えはしないだろうかと、しょっちゅう彼女を監視していました。
さて、暑い季節のある日、リッチャルド氏はモンテ・ネロの近くの彼の別荘の一つにおもむいて、新鮮な空気を吸うために、そこで数日間滞在してこようという望みをおこしました。で、彼は自分とともにその美しい妻をつれて行って、そこに滞在しておりましたが、彼女にも何か慰めをあたえようとして、ある日魚釣りをもよおさせました。で、彼は漁師たちと一隻の舟へ、彼女は他の女たちと別の舟へとわかれわかれになって、見物に行きました。そして面白さにひかれて、ほとんど気がつかずに、数マイルも沖合に出て行きました。で、彼らがますます夢中になって見ていると、いきなり、当時たいへん有名だった海賊パガニン・ダ・マーレの武装した細身の橈船が小舟に向かって突進してきました。
小舟は、そうはやくは逃げられなかったので、パガニーノは女たちの乗っている小舟に追いつきました。彼は小舟の上の美人を見ると他のものには目もくれず、もう陸にあがっていたリッチャルド氏の眼の前で、彼女を橈船に乗せて漕ぎ去って行きました。そのありさまを見て、ちょっとしたそぶりにさえ心を悩ますほど嫉妬深かった裁判官の悲しみがどんなであったかは、問うかぎりではございません。彼は、いたずらにピザやその他の町々に、海賊の邪悪をなげいて廻りましたが、だれが自分から妻を奪いとったのか、つれ去って行ったのか、見当がつきませんでした。
パガニーノは彼女がすごい美人であるのを見て、いい気持ちになりました。彼は妻がなかったものですから、彼女を自分のところにずっと引き取っておこうと思い、泣きじゃくる彼女をやさしく慰めはじめました。さて夜になって、彼の帯から暦が落ち、あらゆる祝日や斎日が彼の頭から消えさっておりましたし、彼は昼間の自分のことばもあまり役に立たなかったような気がしましたから、今度は行為をもって彼女を慰めはじめました。なかなか上手に彼女を慰めましたので、モナコに着く前に、彼女の頭からは、裁判官のことも、その掟のことも消えてなくなり、彼女はパガニーノとこの上もなく楽しく暮らしていました。パガニーノは彼女をモナコにつれて行き、昼夜の見さかいなく、彼女に慰めをあたえたことはいうまでもありませんが、彼はまた彼女を、自分の妻としてもてなしたのであります。やがてある時リッチャルド氏の耳に、妻がどこにいるかが伝わってきましたので、燃えあがる欲望を抱いて、自分で彼女のもとにおもむいて、彼女を買い戻すために、いくらでも金を払おうと決心しました。そして海に乗りだすと、モナコにまいりました。そこで彼女を見つけ、彼女も彼を認め、彼女はその晩パガニーノにそのことを語って、自分の意向も話しました。次の朝リッチャルド氏は、パガニーノに会って話し、一時間とたたないうちに、たいへん懇意になり、友情をかわしました。パガニーノは彼を知っている様子を見せないで、彼がどう出てくるか待っていました。リッチャルド氏はもういい頃だと思った時に、できるだけ巧みに、ことばしずかに、自分がやってきた理由を彼に語って、いくらでも身代金《みのしろきん》をとった上で妻を自分に返して欲しいと頼みました。パガニーノは温和な顔で答えました。
「それはよくいらっしゃいました。かいつまんでお答えしますと、こういう次第です。わたしの家に一人のむすめがいることは事実です。それがあなたの奥さんであるか、他の方の奥さんなのか、わたしにはわかりません。なぜなら、わたしはあなたを存じませんし、同様に彼女のことも、彼女がわたしと少しばかり一緒におっただけのことで、それ以外のことは知らないんですからね。あなたがおっしゃるとおり彼女の夫でしたら、わたしは、あなたは人柄のよい紳士のように思いますので、あなたを彼女のもとにつれて行きましょう。きっと彼女はあなたが夫だと認めるにちがいありません。もし彼女が、あなたのおっしゃることを認めて、あなたと一緒に帰りたいというならば、あなたのお気のすむように、あなた御自身彼女の身代金としてお考えの金額をわたしに下さい。もしおっしゃるとおりでなければ、あなたは彼女をわたしから奪いさるという無茶なことをなさっているわけです。わたしは若者で、他の男と同じように、女を一人くらいおくことはできますし、とくに彼女はわたしが見たうちで一番美しい女ですからね」
すると、リッチャルド氏が言いました。
「確かに彼女はわたしの家内です。もしあなたがわたしを彼女のいるところにおつれ下されば、あなたにはすぐそのことがおわかりになりましょう。彼女はすぐにわたしの首にとびついてきましょう。ですから、あなた御自身おっしゃったようにしていただく以外に、わたしとしてはなんのお願いも申しません」
「それじゃ」と、パガニーノが言いました。
「まいりましょう」
そこで二人はパガニーノの家に行って、その客間にはいりますと、パガニーノは彼女を呼ばせました。彼女は衣裳をこらし、飾り立てて寝室をでると、リッチャルド氏がパガニーノと一緒にいるところにまいりました、彼女はリッチャルド氏に向かって、パガニーノとともに家にきた、別の見知らぬ人にでもするようなあいさつをしただけでした。それを見て彼女にこおどりして迎えられるにちがいないと予想していた裁判官は、非常に驚いて胸のうちでひとり言を言いました。「たぶんわたしが彼女を見失ってから憂鬱になって、長い間苦しんでいたので、彼女にわたしだということがわからないほど、この顔が変わってしまったのかもしれない」
そこで彼はこう言いました。
「妻よ、あんたを魚釣りにつれていって、わたしはとんだ目にあったよ、お前を見失ってから、こんなつらい苦しい思いをしたことはないからね。あんたはわたしに気がつかないようだ。だからそんな素っ気ないあいさつをわたしにするんだよ。わたしがお前のリッチャルド氏であって、ここへきたのは、今わたしたちがいるこの家の紳士に、お望みだけのお金を払って、お前を引き取って、つれ帰るためなんだということがわからないかね。この方は御親切にも、わたしが好きなだけのお礼をすれば、それでお前をわたしに返して下さるんだよ」
女は彼のほうを向くと、ほんのちょっとほほえんで言いました。
「あなた、それはわたくしにおっしゃっているんでございますか。あなたは人違いなさっているのではないのでしょうか。だって、わたくしは今まであなたにお目にかかった記憶はございませんもの」
リッチャルド氏が言いました。
「ことばによく気をつけておくれ。わたしをよくごらん。もしよく思いだそうとしてくれれば、あんたには、わたしがあんたのリッチャルド・ディ・キンツィカであることがよくわかるはずだよ」
女が言いました。
「失礼をお許し下さいませ。あなたをこんなにしげしげと見つめることは、貞潔なことではございませんでしょうが、十分見ました上で、あなたは、わたくしが今までお目にかかったことがないお方だと、わかっただけでございます」
リッチャルド氏は、彼女がそんなことを言うのは、パガニーノがいるので、その面前で自分を知っていると、打ち明けたくないからだろうと想像しましたので、少したってから、パガニーノに向かって、寝室で彼女と二人きりで話をさせていただきたいと、その許しを請いました。パガニーノは、それは至極結構であるといって、ただしリッチャルドには女がいやがるのに接吻をしてはいけないとつけ加え、女には、彼と一緒に寝室に行って、彼が話したがっていることを聞き、自分で思ったとおりに返事をしてあげるようにと言いつけました。女とリッチャルド氏は二人っきりで、寝室にはいりこんで腰を下ろすと、リッチャルド氏からまず話しだしました。
「ああ! わたしの肉体の心臓よ、やさしい魂よ、わたしの希望よ、さあわたしが、あなたをこの自分よりも愛しているあんたのリッチャルドであることが、わからないのかい? そんなことがあるものかね? わたしは、そんなに姿が変わっちまったかね? ああ! わたしの美しい眼よ! わたしを少しでもいい、見ておくれ」
女は笑いだして、それ以上彼には言わせないで、こう切りだしました。
「あなたがわたくしの夫のリッチャルド・ディ・キンツィカ氏であることがわからないほど、わたくしが忘れんぼうでないことは、あなたも御承知でございましょう。でもあなたは、わたくしがあなたと一緒におりました時に、わたくしのことはわからないような御様子でございました。もしあなたに、他人からそう思ってもらいたいような分別がおありになっていたら、またおありでございますのなら、わたくしが若くて生き生きとして元気一杯であることが、当然おわかりになるくらいには頭がまわっていたことでございましょう。したがって、若い女にとっては、恥かしいので口にこそだして申しはいたしませんが、着飾ったり食べたりするほかに、必要であることがあることを御存じでなければならなかったはずでございますね。そうした必要を、あなたはどんな風に満たして下さいましたか、それはよく御存じでいらっしゃいましょう。で、もし妻よりも法律の御勉強がお好きなのでしたら、あなたは、妻をめとるべきではございませんでした。もっともわたくしには、あなたは裁判官というより、祭日や祝日の布告人のような気がいたしました。それほどあなたは、断食日だの、祝日の前夜のことを御存じでいらっしゃいます」
「で、あなたに申しあげますが、もしあなたが、あなたの土地を耕作している労働者に、ちょうどわたくしの小さな畑を耕さねばならなかった者に守らせたくらいの祝日を守らせていましたならば、あなたは一粒の小麦すらもとりいれることができなかったでございましょう。わたくしの青春をあわれんで見守って下さった神さまのおかげで男の人にめぐりあい、その人とわたくしはこのように一緒に暮らしているのでございますが、ここでは祝日がどんなものかてんでわかってはおりません。女性へのつとめよりも神さまへの信仰に熱心なあなたが、あんなにお守りになる祝日のことでございますよ。絶対にあの入り口からなかには土曜日も、金曜日も、祝日の前夜も、四季の斎日も、あの長ったらしい四旬斎もはいりこんではまいりません。それどころか、そこでは日も夜も分かたず、働いて、互いに羊毛を梳いてけば[#「けば」に傍点]を立てております。けさなどは朝の祈祷の鐘がなってから眠ったようなわけです。でもわたくしは彼と一緒にいて、若い間じゅう働いて、祝日や赦罪や断食は、年をとってからするのにとっておこうと思います。それではおしあわせに、できるだけ早くここをお発ち下さい。わたくしにはおかまいなく、おひとりで、お好きなだけ祝日をお祝い下さいますように」
リッチャルド氏は、このことばを聞いて、耐えられない苦しみをじっとこらえていましたが、彼女がだまりこんだのを見て言いました。
「ああ! わたしのやさしい心よ! なんということを言うんだ? もう、あんたは、あんたの両親の名誉やあんた自身の名誉をなんとも思っていないのかね? これから先あんたは、ピザに帰ってわたしの妻になるより、あの男の娼婦になって、ここにいて大罪を犯したいのかね? あの男は、あんたがいやになったらののしって追いだすだろう。わたしはいつまでもあんたを愛しているよ。またいつまでも、もしわたしがいやだといっても、あんたはわたしの家の主婦なんだ。この手に負えない不貞の愛欲のために、あんたは、あんたの名誉と自分の生命よりもあんたを愛しているこのわたしを、どうしても棄てなければならないのかね。ああ、わたしの愛する希望よ! そんなことを言わないでおくれ。わたしと一緒に帰っておくれ。これからさきは、あんたの望みにかなうように努力するよ。考えを変えて、わたしと一緒においで。わたしは、あんたがわたしの手もとから奪いさられてから、ちっとも楽しい気持ちにはなれなかったんだよ」
彼女は答えました。
「わたくしの名誉については、もう取り返しもつきませんし、どなたにもわたくし以上に心配をしていただこうとは思っておりません。わたくしの両親が、わたくしをあなたにとつがせた時に、そんなことを気にかけて下さっていましたらねえ! あの人たちが、当時わたくしの名誉を顧みなかったのですから、現在わたくしはあの人たちの名誉は気にかけないつもりです。もしわたくしが今|極罪《だいざい》を犯しているとしますれば、いつかはひどい目に会いましょう。でも、どうなろうと、わたくしのことは御心配なさらないで下さい。それからお話いたしますが、月の盈虧《みちひき》とか幾何学の測定によって、あなたとわたくしとの間では遊星を接合しなければならなかったのに、ここではパガニーノが、夜じゅうわたくしを腕に抱いて、しめつけたり、かみついたりして、彼がどんな風にわたくしを取り扱うかは、神さまが代わってあなたにお話しなさるでしょうが、そんなことを考えますと、ここではわたくしは、パガニーノの妻であるような気がいたしますが、ピザではあなたの娼婦でいるような気がいたすのでございます。あなたも努力するとおっしゃいます。何をでございましょうか。三度の戦いで役目をはたし、なお隆々と立てることでしょうか。わたくしには、お別れしてから、あなたが立派な騎士になられていることはわかります! お発ちになって、しっかりと、生きるために骨を折られたらよろしゅうございましょう。だってあなたは、むしろやっとこさ、この世に生き永らえていらっしゃるような気がいたしますもの。それほどあなたはひよわ[#「ひよわ」に傍点]くて、哀れに見えます。なお申しあげれば、あの男がわたくしを棄てたら、わたくしがいるかぎりそんなことはないと思いますけれどもね、それだからってあなたのところへは絶対にもどらないつもりでございます。いくらあなたをしぼったところで一皿のソースも出てまいりませんもの。自分の大きな損得をかけて、一度あなたと一緒にくらしましたので、わかっております。ですから、わたくしは他の場所に、自分の利益になるようなことを探しましょう。そんなわけで、も一度申しあげますが、ここには祝日もなければ、前夜もございませんから、わたくしはここにおりたいと思います。ですから、あなたは一刻も早く神さまと一緒にお発ち下さい。お発ちにならないと、わたくしは、あなたが無体をしかけますといって、大声を立てますよ」
リッチャルド氏は、これは立場が悪いと気がついて、それでも体力を備えないで若い妻をもらった自分の馬鹿だったことをさとって、苦しそうに、また悲しそうに部屋を出ると、パガニーノにいろいろと頼んでみましたが、てんで効果がありませんでした。で、ついに手を空《むな》しゅうして、女をあとに残したままピザに帰りました。そして悲嘆のあまり気も顛倒して、ピザに行く道すがら、彼にだれがあいさつしたり、問いかけたりしても、ただこう答えるだけでした。
「悪い穴めは、祝日がいやなんですよ!」
それからまもなく、彼は死にました。パガニーノはそれを聞くと、女が彼によせている愛を知っているので、彼女を正妻として迎え、祝日にも前夜にも頓着なく、四旬斎も守らないで、両脚の力のつづくかぎり、耕作して、二人は幸福を分ち合いました。ですから、わが親愛なる淑女方よ、ベルナボ氏はアンブロジュオロと言い争って、牝山羊に乗って坂を下るという無茶をしたような気がしますね。
この話は仲間たちをどっと笑わせましたので、ためにあごの痛くならない者はありませんでした。淑女たちはこぞって口をそろえて、ディオネーオは本当のことを言っている、ベルナボは馬鹿者だったと話しました。しかしお話が終わって笑いがおさまってから、女王は時刻はもうおそいし、一同のお話もすんだし、自分の役目も終わりを告げたと見てとりましたので、最初からの順序に従って、冠を頭からとると、それをネイフィレの頭にのせて、うれしげな顔をして言いました。
「さあ、愛する友よ、この小さな民の治者はあなたでございます」
そして彼女はふたたび腰を下ろしました。
ネイフィレは、受けた名誉に顔をこころもち赤く染めました。そして、暁の星さながらに美しく眩ゆい眼を伏せかげんにして、その顔を、のぼる太陽の輝く光のなかの四、五月のあざやかなばらの花のように、ほころばせました。でもまわりの人々が、女王に心からの祝辞を嬉々として述べるつつましやかな囁きがおさまってから、女王は元気をとりもどすと、いつもよりやや高目に腰をかけながら言いました。
「さてわたくしは、あなた方の女王になりましたので、あなた方が、その政治《やりかた》を守り、また賞讃されたわたくしの前任の女王さま方の御用意遊ばした方法からそれないようにして、簡単にわたくしの考えをあなた方に申しあげたいと思います。それであなた方の御賛同をいただけましたら、それに従うつもりでございます。御存じのとおり、明日は金曜日で、その次の日は土曜日で、どちらの日も、その日の食事からいたしますと、大抵の人々にはいやな日でございます。それに金曜日は、わたくしたちの生命のために死なれた主が受難に耐えられたことを思いおこし、尊敬を払うべき日でございます。ですから、その日は神のために、お話よりお祈りをしたほうがよいことだと存じます。そしてこれにつづく土曜日には、女たちが髪を洗って、その一週間の骨折りでつもりつもった埃や汚れを取り除く習慣になっております。で、やはりその女たちと同様に、神の御子の母であらせられる聖母さまを敬って、断食をいたしまして、それからさきはずっと、つづいてくる日曜日のために、普通あらゆる仕事を休むようにいたしております。ですからその日には、生活をするにあたってわたくしたちがとったてはずを十分につづけることができませんから、その日も同様にお話はお休みにしたほうがよろしくはないかと考えます。それから、わたくしたちは、ここに四日も住むことになりますので、もしわたくしたちが、新しい人々がここにこられるのを避けたいと思うのでしたら、ここを引き払って、よそへ行くほうがよくはないかと存じます。その場所は考えまして、用意をしておきました。そこへわたくしたちは、日曜日の昼寝の後に集まりまして、今日はかなり広範囲にわたってお互いの考えを述べながらお話をいたしましたが、もっとゆっくりとお考えになる時間がございますし、話題の選択の自由をも少しせばめたほうがさらによいものになろうと考えられますので、お話は運命の多くの事件の一つにかぎってするようにいたしたいと思います。で、またわたくしは、お話を、非常に望んでいたものを巧みに獲得したり、あるいは失ったものを取り戻した人の話のことにしたらと考えました。このことについて、めいめいが、何か仲間にとって有益な、せめて楽しいことをお話し下さるようにお考え下さいませ。もっともディオネーオさんの特権は、そのままにしておきましょう」
めいめいは女王のお話と意見をたたえ、そのとおりでよろしいと決定しました。女王は、このあとで、その給仕頭を呼ばせて、彼に、晩にはどこに食卓をこしらえたらいいかを、またそのあとで自分の統治の間じゅうなすべきことをこまごまと言いつけました。それがすむと、仲間とともに立ち上がって、各自好きなことをするようにと、一同に暇をあたえました。
そこで婦人たちと男たちも、小庭のほうに道をとりました。そこでしばしたのしんでから、夕飯の時間になりましたので、にぎやかに楽しく食事をいたしました。食卓が片付けられてから、女王の希望に従って、エミリアがさきに立って舞踊を行ない、パンピネアが次の歌を歌うと、他の女たちがこれに和して歌いました。
わがよろこびを歌わずば
歌う乙女のあるべきや、
いざ来れ愛、わがさちと
希望と歓喜のみなもとよ。
汝がよろこびに酔わしむる
吐息となやみはさておきて、
神よと君を慕いつつ
浮かれ心にとびこみし
きらめきもゆるこの炎をば
しばしともども歌とせん。
わが眼のあたりに、愛よ
かの日、その炎に入りし身に、
若人一人たまいしが
そはみめかたち、心いき
叡智のほども群をぬき
肩をならぶる者もなし
恋のほむらのはげしさを
君とたのしく歌わなん。
涯しらぬ胸のよろこびは
愛よ、み袖《そで》にまもられて
恋のやりとりするふたり
かの世に望みはいこいのみ
操を立ててやすらぎを
あの世にいのる、ああ神よ
み園の扉あけたまえ。
このあとで、なおいくつもほかの歌が歌われ、何度も舞踊が行なわれまして、いろいろの音律が奏でられました。しかし女王が、休みに行くべき時刻だと考えられたので、めいめいは燭台をさきにたてて自分たちの部屋にまいりました。これにつづく二日間、一同は前に女王が言ったとおりにしまして、日曜を一日千秋の思いで待っておりました。
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第三日
[#この行3字下げ]〈デカメロンの第二日が終わり、第三日がはじまる。この日にはネイフィレの主宰のもとに、「自分で非常に切望したものを巧みに手に入れた者か、あるいは失ったものをとりもどした者」について語られる〉
すでに紅の暁は太陽がのぼるにつれて、オレンジ色になりはじめました。その時、日曜日でしたが、女王は起き上がって、全員をおこさせました。すでに大分前に給仕頭は、一行が行くはずの場所に必要な品々を送りとどけ、そこで準備をする者たちを派遣してありましたが、もう女王が出かけられるのを見ると、まるで陣地を引き払うようなありさまで、さっそく残りの品々や荷物を積みこみ、淑女や紳士のそばに残っていた召使をひきつれて出発しました。そこで女王は、ゆっくりした足どりで淑女たちや三人の紳士を従え、二十羽ばかりの鶯と他の小鳥たちの歌声に導かれ、人通りの少ない緑の草や太陽の光をうけていちどに開きはじめた花の小道を西のほうに歩いて行きました。そして仲間たちとたわむれ、話をまじえ、笑い興じながら二千歩と歩かないで、七時半になる前に、芝生の上に心もち高く見える丘の上にある、それは美しい贅《ぜい》をつくした、館へとみなを案内いたしました。館にはいって中を歩いて行くと、いくつかの大きな部屋や、掃除のゆきとどいた、飾りつけた寝室がありました。寝室には必要な品々が不足なくととのっておりました。一同は心からそれをほめ讃えて、館の主人を立派な人だと考えました。それから下に降りて、館の非常に広いこころよい中庭や、極上のぶどう酒のしまってある穴倉や、そこに湧きでている冷たい大量の水を見て、さらに一段と館の主のことをほめそやしました。一同はそれから休息でもしたそうに、中庭全体を見渡せる、どこもかしこも季節の恵みの花々や、若葉であふれるばかりの外廊に腰をおろしました。すると、気転のきく給仕頭がやってきまして、見事な糖菓子や極上のぶどう酒を捧げて一同を迎えもてなしました。そのあとで人々は、館のそばにある庭園をひらかせて、周囲に壁垣がめぐらされていたその庭にはいって行きました。こうしたすべてのものが、彼らには、はいるとすぐに、驚くばかり美しく思われましたので、一同はさらに注意深く、庭園の方々を眺めはじめました。庭園には、そのまわりと真ん中に、方々にむかっているたいへん広い道がありまして、どの道も矢のようにまっすぐで、ぶどう棚でおおわれていて、今年はぶどうが豊作にちがいないことがわかりました。今を盛りと咲き誇った花は、庭じゅうを強烈な香りでつつみ、庭に香る多くのほかの花の香りと入りまじっていて、一同は東洋産の香料店の中にいるような気持ちがしました。道の両側は、全部、白や赤のばらや、ジャスミンで埋まるばかりでした。ですから、朝はもちろんのこと、太陽が高く上ってからでも、陽光に照らされないで、香りの高い、心地のいい陰をずっと歩いて行くことができました。
その場所にある木々が、どれほど多くて、どんなものであって、どういう風に植えられていたか、それをお話しいたしましたら、際限がありますまい。私たちの気候に耐え得る植物で、ここに見当たらないような木々は、どうも大したものではございません。庭園の真ん中に、(そこにあった他のものと同様に、いやそれよりもずっと賞讃に価する)ごく細い草の芝生があって、まるで黒いと思われるほど緑濃く、よろずの花卉《かき》で一面に彩られ、その周囲は深緑のしっかりしたオレンジや、レモンの樹立に囲まれて、その樹々には熟れた実や、新しい実や、花がついていて、見るからにこころよい陰を作っているばかりでなく、臭覚にもまた気持ちのよいものでございました。その芝生の中央に、真っ白い、見事な彫りのついた大理石の泉盤がありました。泉盤では、その中央に立っている円柱の上にある彫像から、自然のものか、人工的のものかわかりませんが、少なくとも水車ぐらいは動かせるほどの量の水を、空高く噴出しておりました。それは、ふたたび、清く澄んだ泉盤の中にこころよい水音を立てながら落ちておりました。それはつづいて(一杯になった泉盤からそれは溢れでていたのです)芝生の眼に見えない路を通って流れ出ると、とても綺麗に人工的につくられた小溝を通って、芝生の外で、姿を見せて、芝生じゅうを廻って、それから同じような小溝を流れて、庭園の到るところを走って、最後に一つのところで集まって、そこから美しい庭園の出口にかかり、ここからまた平地の方に清冽《せいれつ》な流れとなってくだって行きます。そうなる前に、えらい勢いで、また館の主のために少なからぬ利益をあたえながら、二つの水車を廻しておりました。
この庭園や、その美しいつくりや、樹立や、せせらぎを生みだしている泉盤を見て、淑女一同と三人の紳士たちは殊のほか気に入り、みなは、もしこの地上の楽園がつくられうるとするならば、この庭園の形式以外に他の形式があるとは考えられませんでしたし、また、そのほかにどんな美がそれにつけ加えられることができるだろうかということも、考えることができませんでした。
さて、そうしたことにすっかりうれしくなってあたりを漫歩し、いろいろの木の枝で見事な冠をつくり、互いに競っているようにさえずっている小鳥たちの二十種もあろうかと思われる色とりどりの歌ごえを聞いているうちに、今までは他の美しさに気をとられて気がつかなかったあるたのしい美しさに気がつきました。というのは、恐らく百種からある美しい動物がその庭園にみちあふれているのが、眼にはいったからなのでして、みなは、お互いにそれを相手に示しあいながら、見ていると、一方から家うさぎがあらわれ、他方から野うさぎが駈けだし、あるところには牡山羊が寝そべり、別の所では若い鹿が草を食み、そればかりか、無害な動物の千姿万態、おのがじし好き勝手に、まるで人に馴れているように遊び戯れておりました。こんなことが、他のよろこびのほかに、一段と大きなよろこびを感じさせました。みなはこれを見、あれを眺めながら、じゅうぶん歩いてから、その美しい泉盤のまわりに食卓をつくらせて、ここでまず小歌を六つ歌い、いくらか踊ってから、女王のことばに従って食事をしに行きました。で、たいへん立派な、綺麗な、心のやすまるような接待ぶりに、おいしい、何とも言えない御馳走をいただいて、天にものぼる心地になって、立ちあがると、ふたたび音楽や歌や踊りをはじめました。しまいに、熱くなってきましたので、だれでもよろしかったら寝に行く時刻だと女王は考えました。みなのうちには、寝に行った者もあり、その場所の美しさに誘われて、そこに残った者もありました。そしてそこにとどまっていた者の中には、他の人々の寝ているあいだ、小説を読む者や、将棋をする者や、遊戯盤をかこむ者などがございました。
しかし午後三時になると、起きて、冷たい水で顔を洗ってから、女王の命ずるままに、泉盤の近くの芝生にまいりまして、例のやり方に従って、そこに腰を下ろすと、女王が提案した題について、お話をする番を待ちはじめました。
人々のなかでその役を女王が命じた最初の者は、フィロストラートでした。彼はこんな具合に話しだしました。
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第一話
[#この行3字下げ]〈ランポレッキオのマゼットは唖《おし》をよそおって、女修道院の園丁となる。修道女たちがことごとく競って彼と共寝をする〉
美しい淑女のみなさん、若い娘の頭に白い布をのせて、その身に黒い上衣をかければ(処女を修道女にすることをまるで石造りのように考えて)、彼女がもう女でなくなり、女の欲情を感じなくなると、易々と思いこんでしまっている男や女たちが非常に多いものです。ですから彼らが、自分たちの考えに反することを何か耳にすると、まるで自然に反する実に大きな情けない悪事が犯されでもしたかのように、腹を立てます。また同様に、シャベルや、鋤や、粗食や、労苦が全然土地の耕作者から淫欲を奪い、彼らを無智鈍感にすると思いこみすぎている者は、さらに後が多いのであります。でも、そう思いこんでいる人々が全部どんなに大きな間違いをしでかしているかを、女王の御命令がありましたので、女王のわたしたちに出された題から外れないように心がけながら短いお話を一つして、みなさまにはっきりさせてみたいと思います。
このわたしたちの住んでいる地方に、その聖徳のきこえ高い女子修道院がありました。現在もまだありますが、少しでもその名声をそこなわないために、その名前は申しあげますまい。そこには、そう古いことではありませんが、当時八人の道修女と一人の女修道院長しかおらず、彼女らはみな若い婦人でした。またそこにはお人よしの男が一人いまして、彼女たちの美しい庭園の世話をしていました。彼は手当が不満で、修道女の管理人と話して手当の清算をした上、故郷のランポレッキオに帰りました。よろこんで彼を迎えた故郷の人々の間に強壮で、頑健な、田舎者としては容姿の美しい、その名をマゼットという一人の若い労働者がおりまして、彼に長い間どこにいたのかとたずねました。ヌートという名前だったその男が、修道院にいたことを話すと、マゼットは修道院ではどんな仕事をしたのかとたずねました。彼に向かってヌートが答えました。
「わしは、あそこの美しい、大きな庭の世話をしておった。その他に何度か森に薪をとりに行ったり、水を汲んだり、ほかにもそんな風な雑役をしとったよ。でも修道女たちはごくわずかしか手当をくれないので靴代さえも払えねえ始末でしたよ。で、そのほかにも、彼女たちはみな若くて、わしはみながからだのなかに悪魔をしまってるような気がしたもんだ。だって、何一つ彼女たちの気にいるようにはできねえんだからね。それどころか、時々のことだけど、わしが菜園で働いていたら、修道女の一人が、『これをここにおいて』と言い、すると別のが、『それをここにおおき』とやったね。また別のはわしの手からシャベルをとって『これはだめよ』と言いましたよ。そうして、どれもこれもやかましくてたまらないので、わしは仕事をほったらかして菜園を出てしまっただがね。こんな風にあれもこれも癪《しやく》の種で、わしはそうしているのがいやになって、帰って来ちまいましたよ。そればかりか、管理人はわしが帰る時に、もしそのあとを勤めるような者がだれかいたら、よこしてくれとわしに頼んだで、わしも約束はしただが、そんなことは、骨折《しごと》の守護神《かみさま》がやってくれたらいいだ。わしはだれも探しもしなければ、送るつもりもないさ」
ヌートのことばを聞いて、マゼットの胸には、その修道女たちと一緒にいたいという欲望がわいてきて身もこげるほどの苦しさでした。彼は、ヌートのことばから推して、自分が望んでいることが達せられるかも知れないと思ったからです。もしヌートに何か言ったならば、その目的も達せられないと思ったので、彼はこう言いました。
「うん! 帰ってきてよかったですね! 一人の男が幾人もの女たちと一緒にいたら、どうなることでしょう? 悪魔たちと一緒にいるほうがいいくらいですよ。女たちは七度に六度は、自分で望んでいることを、わからないんですからね」
しかし彼らの話が終わると、マゼットは彼女たちと一緒に暮らすにはどんな方法をとらねばならないだろうかと考えはじめました。彼はヌートが話していた仕事なら自分で十分できることがわかっていたので、その点ではことわられる心配はありませんでした。けれどもあまり若すぎて綺麗なので、採用されないことがあるかもしれないのが不安でした。そこでいろいろと思案したあげくこう考えました。「その場所は、ここからは非常に離れているし、だれもわしを知ってる者はない。もしわしが唖の真似をすることができたら、きっとやとってもらえるだろう」こうした想像をした上で腹をきめると、斧をかかえて、どこに行くかだれにも言わないで、乞食のような風をして修道院に出かけました。そこに到着して中にはいると、思いがけなく庭で管理人に会いましたので、唖たちがするように手真似をして、御慈悲だから食べ物をいただきたい、もし必要ならば薪を割りましょうと言いました。管理人はよろこんで食べ物をあたえ、そのあとで、彼の前にヌートが割れなかった太い薪をだしますと、彼はとても力の強い男でしたから、一時間もしないうちに、全部それを割ってしまいました。森に行かなければならなかった管理人は、彼を一緒につれて行きました。そこで彼に薪を切らせて、それから彼の前にろばをつれてきて、手真似で家にそれを持って行くようにとわからせました。彼はそれを非常に上手にしとげましたので、管理人は、自分が片づけなければならなかった用事をさせようと思って、何日も彼を引き留めておきました。ところがある日、女修道院長が彼を見て、何者かと管理人にたずねました。管理人は彼女に言いました。
「修道院長さま、これは哀れな唖《おし》で聾《つんぼ》でございます。数日前物乞いにまいりましたので、ほどこしをしてやって、片づけなければならなかったことをうんとやらせました。もしこの者に畑仕事ができて、ここにとどまりたい気がありましたら、わたしたちは大変調法いたします。と申しますのは、ちょうどこんな男が必要でしたし、この者には力があります。それにわたしたちが思うように仕込めましょうし、またこの男なら若い修道女をからかう心配をなさらないですむと存じますので」
彼に、修道院長が言いました。
「ほんとにお前のいうとおりです。この者に耕作ができるかどうか調べて、引き留めておくようにしておくれ。靴を二、三足と、古い頭巾でもやってよろこばせてやるんだね。それからうまいものを食べさせてやるといい」
管理人はそうすると言いました。マゼットはそんなに離れていないところにおりましたが、庭を掃いている風をしながら、これらの話を聞いて、ひとり胸の中でよろこんで言いました。「もしわしをこの中においてくれたら、わしはあなた方の菜園を今までこんなにうまく耕されたことがなかったくらい念入りに耕しますよ」
さて管理人は、彼がなかなかよく働くことができるのを見てとったので、手真似で彼に、ここにいたいかどうかとたずねました。彼は管理人が望むことをしたいと手真似で答えました。彼を傭い入れた管理人は、彼に菜園を耕すようにと命じて、しなければならない仕事を指図しました。それから管理人は修道院のほかの用事をするために彼をあとに残して行きました。こうして彼は毎日働いていましたが、修道女たちは彼にうるさくつきまとい、からかいだしました。唖に向かってよく人がするようにしてです。彼女たちは彼に聞かれっこないと思って、ひどいことばを彼に浴びせかけました。彼には尻尾がないように、言語《した》もないと思っていたのでしょう。修道院長はそのことをたいして気にかけていませんでした。ところが、こんなことがおこりました。この者がある日、非常によく働いて休んでいると、庭を通りかかった二人の若い修道女が彼のいるところに近づいてきました。彼が眠っているふりをしていると、二人は彼をじっとみつめはじめました。すると、いくらか大胆だったほうの一人が、相手に向かっていいました。
「もしあなたがだれにもおっしゃらないとわたくしに信じられれば、何度もわたくしの胸におこってきている、ある考えを打ち明けようと思うのですけど。それは、たぶん、あなたのおためにもなると思います」
相手が答えました。
「安心しておっしゃってよ。きっとわたくしはだれにもお話ししませんから」
すると大胆なほうが話しだしました。
「わたくしはね、あなたがお気がつかれたかどうか存じませんが、わたくしたちは厳重に監視されていると思いますわ。またこの中に入れる男といったらお年寄りである管理人と、この唖ばかりではございませんか。わたくしは、ここにこられた幾人もの女の方が話すのを何度も聞いたのですが、この世の中には、女が男と一緒に味わう快感ほどすばらしいものはないそうでございますよ。ですからわたくしは、ほかの男の人とはできませんので、この唖と、そのとおりかどうか試してみたいという考えが、何度も胸におこりました。それにはこの者が一番都合がよろしいのです。なぜって彼なら、それを他人にしゃべることができませんし、そのすべがありませんものね。ごらんのとおり、この者は頭はおくれていますが、体格ときたら大変育ちのいい若者です。ぜひとも、あなたのお考えをお聞きしたいものですわ」
「まあ!」と、相手が言いました。「なんということをおっしゃるの。あなたは、わたくしたちが自分の純潔《しよじよ》を神に約束したことを、ご存じないの」
「ああ!」と彼女が言いました。「一つとして守られていないのに、毎日どんなにたくさんのことが神さまに約束されていることでしょう! わたくしたちがお約束したとすれば、それを守る方が一人ぐらいは他にいるでしょうよ」
彼女に向かって仲間が言いました。
「もし、こどもでもできたら、どうなるかしら」
すると相手が言いました。
「おこりもしないうちから、そんな心配をおはじめになるのね。そんなことがおこったら、その時に考えましょうよ。いくらでもとるべき方法はあります。わたくしたち自身がしゃべらないかぎり、だれにもわからないのですもの」
その修道女はこれを聞くと、相手の女以上に熱烈に、男とはどんな獣か試してみたい欲望がおこってきましたので、言いました。
「じゃ、結構ですわ、どういう風にするんですか」
彼女に相手が答えました。
「おわかりでしょうが、もう午後の三時を廻っておりましょう。わたくしたちのほかには修道女たちはみな寝ていると、わたくしは思うのです。菜園にだれかいるかどうか見てみましょう。もしだれもいなかったら彼の手をとって、雨除けの小屋につれて行き、そこで一人が彼と中にはいり、も一人は見張り番をすることにしましょうよ。この男は馬鹿だから、わたくしたちが何を望もうと、いいなりになりますよ」
マゼットはこの話を全部聞きました。そこで、彼女たちの言いなりになるつもりで、その一人につれていかれるのを待ちかまえていました。修道女たちはあたりを隈なく見廻してから、だれからも見ていられないことを確かめました。口火を切ったほうの修道女がマゼットに近づくと、彼をゆりおこしました。彼はすぐに立ちあがりました。彼女は愛想よく彼の手をとると、馬鹿のような笑みをうかべている彼を小屋につれこみました。そこでマゼットは、相手に頼まれるのを待つまでもなく、彼女の望みをかなえました。
彼女は仲間に忠実でしたから、自分の望んでいたことをすませると、友だちと代わりました。マゼットは相変わらず馬鹿のふりをして、もう一人の欲望を満足させました。彼女たちは、そこから立ち去る前に、銘々で唖がどのくらいの乗り手であるかを、一度ならずも試しました。その後も、何度もそのことを話し合って、自分たちが聞いていたように、いやそれよりもはるかに心地よいものだと、思いました。それからは暇を見ては、この唖のもとに行って楽しみました。ところがある日のこと、彼女たちの仲間の一人が、自分の小室の窓からこのありさまを見て、ほかの二人の修道女にそれを教えました。はじめのうち彼女たちは、二人を修道院長に訴えねばならないと理屈を言っていましたが、あとで考えを変え、その二人と話しをつけて、マゼットのお裾分けにあずかりました。それからまた別の三人の修道女が、その仲間にはいりました。
ところが、そんなことに全く気がつかなかった女修道院長が、ある日のこと、ただ一人で庭を歩いていますと、夜の馬乗りが過ぎたマゼットが、昼間はほとんど仕事をすることもできないで、ひどく暑いので巴旦杏の樹陰に長々と横になって眠っているのに眼をとめました。風が着物の前のほうをうしろに吹きとばしていたので、彼は全身まっぱだかでした。それを見て、修道院長は他のだれもいないことを知って、他の修道女たちをとらえた同じ欲情にとらえられたのであります。そしてマゼットをおこすと、自分の部屋に彼をつれこんで、そこで何日かの間とどめておいて、彼女がだれよりも先に非難するあの甘美を繰り返して味わいました。その間じゅう修道女たちは、園丁が菜園を耕しにこないとひどく苦情を言い立てておりました。やっとのこと修道院長は彼を自分の部屋から彼の部屋に帰しましたが、それからも何度となく呼びこんでは、自分の分け前以上のものを、彼に要求しました。マゼットはそんなに多くの者を満足させることができないので、自分が唖の真似をよそおっていることをこれ以上つづけたら、大変なことになると考えました。そこである夜のこと、修道院長と一緒にいた時はじめて口をひらきました。
「修道院長さま、わしは、一羽の牡鶏はよく十羽の牝鶏を満足させるものであるが、十人の男は一人の女を満足させることができない、あるいはそれには骨が折れるものであるということを聞いております。ところが、わしは九人の方にお勤《つと》めをしなければならないんです。これについては、金をいくらもらっても、これ以上耐えることができません。むしろ今までやってきたおかげで、もう何にもできないような状態になってしまいました。ですから、わしにお暇を下さるか、それとも、これについてなにかいい方法を見つけて下さい」
修道院長は唖だと思いこんでいたその男がしゃべるのを聞いて、びっくりぎょうてんしました。
「まあ、どうしたっていうんだね? わたくしは、お前が唖だと思っていたのに」
「修道院長さま」とマゼットが言いました。「まったく唖でございました。でも、それは生まれつきそうだったのではなく、病気のために口がきけなくなったんですよ。それが今夜初めて口がきけるようになったらしいのでございます。それについては、心をこめて神さまに感謝しております」
修道院長は、男のことばを信じて、彼が九人にお勤めをしなければならないということは、どんな意味なのかとたずねました。マゼットは事実をそのまま彼女に語りました。それを聞いて修道院長は、修道女がだれもが自分よりはるかに聡明だったことを知りました。そこで、修道院長はそつのない女でしたから、マゼットを出立させないで、この事件についてマゼットに修道院の悪口を言わせないようにするために、修道女たちといい方法を見つけようと決心しました。で、ちょうどその頃管理人が亡くなったので、今まで一同がしてきたことを互いに打ち明け合ってから、全員合意の上、マゼットの同意を得て、近隣の人々が、彼女たちの祈祷と修道院の名を冠している聖人の功徳《くどく》によって、長い間唖のマゼットが口がきけるようになったと思わせるようにしました。そして彼を管理人に起用しました。また彼が辛抱できるように彼の労働を按配しました。そして修道女たちと彼との間にたくさんの小坊主をつくりはしたものの、うまい具合に事を運んだので、修道院長の死ぬまで、だれにも気づかれるようなことはありませんでした。やがてマゼットも年をとり、お金もたまって、しきりに家に帰りたがりました。その希望は容易に許可がおりました。ですから、こうしてマゼットじいさんは、父親となり、金持ちになって、こどもたちを養う骨折りや、そのための費用を心配せずに、その聡明のために青春をうまくすごした上、斧を抱えて出たふるさとへ帰りました。そして彼は、キリストが御自身の妻たちをまんまと盗んだ者をこんな具合にもてなしてくれたと、言っておりました。
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第二話
[#この行3字下げ]〈王アジルルフの一人の馬丁が、妃と寝る。それをひそかにアジルルフが知り、その馬丁を見つけだし、髪の毛をきる。髪をきられた馬丁は他の馬丁全部の髪をきる。そしてその不幸をのがれる〉
淑女たちが時々、心持ち顔を赤らめたり、また時には笑ったりするうちに、フィロストラートの話は終わりを告げて、女王はパンピネアに話をつづけるように命じました。パンピネアは顔をにこりとさせて、口をひらくと言いました。
世の中には、自分たちが知ってはならないことを、知ったり聞いたりしているようにわざと見せたがって、このために、時には、他人のかくれた欠点をあばきたてて、自分の恥が軽くなるものと思っている分別のない者がおります。でもそれはかえって恥を際限なく大きくするものでございます。これが真実であることを、あなた方にマゼットよりも恐らくもっといやしいある男が、立派な王の分別をあてにしてやった奸策をお目にかけまして、その反対の面からこれを証明をいたしたいと考えます。
ロンゴバルディアの王アジルルフは、その祖先と同じようにロンゴバルディアの町パヴィアに、その王国の首都を定め、これもまたロンゴバルディアの王であったアウッタリの未亡人テウデリンガを妃として迎えました。彼女はたいへんな美人で、なかなか聡明かつ貞潔な方でございましたが、恋人のことでひどい不運な目にお会いになりました。このアジルルフ王の勇気と英邁によって、ロンゴバルディア人たちの国は繁栄し、平穏になった頃のことでございます。先に申し述べました女王の馬丁の一人が、これは生まれは非常にいやしい身分の者でしたが、どうしてなかなか、そんないやしい職業には勿体ないような男で、まるで王さまででもあるように容姿も美しく堂々としたものがありました。この男が王妃に恋をおぼえたのでございます。彼は、その恋が身分の低いために到底達せられるはずのないことをわきまえる利口な男でしたから、だれにもそれを明かそうとしないで、彼女にすらも目つきでそれと覚らせないようにしました。ですから、王妃から愛されるという望みもなく日を送っておりましたが、それでも胸の中では、そうした高い処に思いを寄せたことをひとり誇りとしておりました。彼は恋の火に身を焦がしていましたので、仲間のだれよりも王妃の御意に召すと思ったことはなんでも熱心につとめておりました。そんなわけで王妃は、馬に乗る時は、どの馬よりも彼が世話していた馬に進んで乗るようになったのでございます。そういうことがあるたびに、この男はすっかりありがたがって、決して彼女の鐙《あぶみ》のそばを離れないで、その裳裾《もすそ》にさわれるだけでも自分はしあわせな男だと思っておりました。
こんなことはよく世間にあるものでございますが、希望がうすくなればうすくなるだけ、恋の想いはつのるものでそれと同じことがこのかわいそうな馬丁にもおこったのでございます。今までのようにその大きな欲情をじっとかくして耐えていくことは、できなくなってしまいました。恋からのがれることもできず、ひとりで何度も死のうと決心しました。そしてその方法をひとり考えたあげくに、自分が死ぬのは王妃への恋のためであることが、世間にもわかるようなやり方で死んでみたいと考えました。彼は自分の欲情を、全部または一部でも達することができるような方法でやってみようと思って、運試しにやってみることにしました。
彼は王妃にことばをかけてみようとも、あるいはまた手紙によってその恋を王妃に知らせようとも思いませんでした。なぜなら彼は、口で言ったり、手紙に書いてみても、無駄であるということを知っていたからでございます。でもどうにかして、王妃と一緒に寝ることができないかどうか試してみたいと思いました。彼は、王が妃と終始一緒に寝ていないことを知っていましたので、その目的を達するには、自分が王の姿をして彼女のところに行き、その寝室にしのびこむ以外に方法はありませんでした。そこで王が妃のもとに通う時には、どんな風にして、どんな着物を召して行かれるのか見ようと思って、王の寝室と妃の寝室の中間にある王宮の大広間に、夜、何度も身をかくしておりました。ところがある晩のこと、彼は王が大きなマントに身をつつみ、その寝室から出ていくのを見ました。見ると王は、片手に灯のついた燭台を持ち、も一方の手で一本の細杖を持って妃の寝室に行かれると、何にも言わずにその細杖で寝室の扉を一、二度叩きました。するとすぐに扉が開いて、手から燭台が受け取られました。それからまた同じように王がお帰りになる様子を見て、彼は、自分もこれと同じようにしなければならないと考えました。で、王が召しておられたマントと同じようなマント、それから燭台と杖をなんとか手に入れてから、王妃が廐の臭気に気づかぬように、またこのたばかりをけどられぬようにと、まず熱い湯で体を洗いきよめて、それらの品々をもち、いつものとおり大広間に身をかくしました。
みながすっかり寝しずまったのを見とどけて、この欲情を遂げさせるか、あるいは立派な理由のある憧れの死に向かうか、どちらかを断行する時がきたと思いました。彼は携えていた石と鋼鉄《かね》で火を少し打ちだすと、燭台に灯をともして、マントにすっかり身をつつみ、寝室の扉のところに行って、細杖で二度叩きました。ねぼけ顔の侍女によって、寝室はひらかれました。灯は受け取られて消されました。そこで彼は何も言わずに帳の中にはいり、マントをとって、王妃が眠っている寝床にすべりこみました。そして情欲に燃え狂って彼女を抱きよせると、王は何か気分のすっきりしない時は何にも言いたがらないくせのあることを知っていましたので、彼も機嫌の悪いような風をして何にも言わずに、また何にも言わせず、何度となく彼女の肉体を楽しみました。事が終わって立ち去るのはつらいことでしたが、あまり長居をしていて、味わった楽しみを悲しみに変える原因になってはと思いましたので、起きあがって、ふたたび自分のマントと灯をとりあげると、何にも言わないで立ち去りました。そして大急ぎで自分の寝床にもどりました。まだ彼が寝床にはいるかはいらないうちに、王はおきあがると、妃の部屋を訪れました。それを見て妃はたいへん驚きました。彼が寝床にはいってきて、機嫌よく彼女にあいさつをすると、彼女はその機嫌のよいのに勇気がでて申しました。
「まあ、陛下、今夜は一体どうしたというのでございますか。陛下はたった今しがたわたくしのところからお帰りになられましたでしょう。それにいつもよりもたくさんお楽しみ遊ばされましたのに、こんなにすぐまたおいで遊ばすなんて。少しはなさっていらっしゃることを、お考えなさいませ」
王はこれを聞くと、たちまち妃が服装や体つきの似ている者にだまされたのだと想像しましたが、聡明な方でしたから、妃をはじめだれ一人としてこのことに気づいていないのを見てとり、すぐ妃にはそれを知らせないようにしようと考えました。愚かな人でしたら、そんなことはせずに、こう言ったことでございましょう。「わしはきてなんかいない。きたのは何者だ? それでどうした? だれがきたのか?」このことから、いろいろなことが持ちあがったことでしょう。そのために彼は理由もなしに妃に悲しい思いをさせ、すでに味わった楽しみをもう一度欲求させるような種をまくことになるでしょう。黙ってさえおれば、王も恥をかかないですみますが、話したら嘲罵をうけることでございましょう。そこで、顔やことばにこそだしませんでしたが、心の中では不機嫌だった王は、彼女にこう答えました。
「妃よ、わしが先程やってきて、またもう一度戻ってこられる力のある男だとは思わないかね?」
王に向かって妃が答えました。
「陛下、思わないでどういたしましょう。でもわたくしは陛下に、その御健康にお気をつけ遊ばすようにお願いいたします」
すると、王は言いました。
「では、そなたの忠告に従って、今夜はこのまま帰ることにしよう」
しかし王は、怒りと不満で胸をふくらまして、だれが犯人か、きっと家中の者にちがいない、だれであろうと家の中から外に出ている気づかいはないと考えて、こっそりと見つけだそうと思い、マントをふたたびまとうと部屋から出ました。そこで王は小角灯にごく小さな灯をともすととても長い部屋に行きました。この部屋は、王宮で、廐の上にありまして、そこには下僕たちのほとんど全部がそれぞれの寝床に眠っておりました。で、妃が言うようにやってのけた者はだれであろうと、はげしい労働のために脈搏や心臓の鼓動がまだしずまってはいないだろうと、王はそっと部屋のはしからみなの胸にさわっていきました。みなはぐっすりと眠っていたのに、王妃のところに行ってきた者だけまだ眠っておりませんでした。その男は王がはいってきたのを見ると、王の目的をすぐ覚って、不安を感じ、それまでの疲労に加えて、この恐怖のためにさらに鼓動は激しくなりました。もし王がそれに気づいたら、文句なしに自分を殺してしまうだろうと思いました。どうしたらいいかと、いろいろのことが頭にうかびましたが、王が何の武器も持っていないのを見たものですから、彼は眠っているふりをして、王がどんなことをするか見ていることにしようと決心しました。
さて王は多くの者の胸をさぐってみましたが、眼を覚ましていそうな者が見当たらないうちに、その男のところにくると、心臓が激しく動悸を打っているのを見て腹の中でひとり言を言いました。「この男にちがいない」しかし王は、自分がしようと考えていたことを、人に知られたくなかったので、携えていた一挺の鋏で、その男の頭の片側の髪の毛を、一寸だけ切りました。当時彼らは長い髪の毛をたくわえていました。こうしてしるしをつけておけば、翌朝すぐその男とわかるからでした。で、こうすると、王はそこを出て、自分の寝室にもどりました。その男は、奸智にたけておりましたので、なぜそんなしるしをつけられたのか底の底まで見抜いてしまいました。それでいそいで起きあがると、たまたま馬に用いるために廐には数挺の鋏がありましたので、その鋏をとりだして、その部屋に寝ていた人々のところにそっと近づき、全員同じように、片方の耳の上の髪の毛を切ってしまいました。それがすむとだれにも気づかれないように自分のところにもどって眠りました。
王は朝起きると、宮殿の門がひらく前に、下僕たち全部に、自分の前にまかりでるようにと命じました。で、そのとおり行なわれました。一同が頭に何もかぶらずに彼の前におりますと、王は自分で髪を切った男を見つけようとひとみをこらしました。ところが彼らの大部分が、髪を同じように切りとられているのを見てびっくりし、胸のなかでこう言いました。「わしが探している男は、身分が低いが、なかなかのきけ者であるわい」そこで、大騒ぎをしないで、自分が探している者を見つけることができないと気がつくと、王は小さな復讐のために大きな恥をかきたくないと思いましたので、唯一言でその男に注意をうながし、自分は万事知っていることを知らせればそれでよいと思いました。で、一同に向かって言いました。
「あんなことをした者は二度としてはならぬ。さあ、勝手に引き取るがよい」
これがもし別の人でしたら、その者を吊るし首にするか、拷問にかけて吟味したり、訊問したりして事件を明るみに出したことでございましょう。犯人がわかって、復讐を十分に果たしたとしても、王の恥辱を減じはせず、かえって増大したことでしょうし、自分の妃の貞潔を汚したことでございましょう。王のことばを聞いた下僕たちは驚いて、王さまはいったい何をいうつもりだったのだろうと、それぞれ心のなかで考えました。しかしその意味のわかる者は、そのことばが向けられたただ一人の男のほかにはだれもおりませんでした。彼は利口でしたから、王の存命中は、そのことを決して口外いたしませんでした。また二度とそんな生命がけの冒険をしたりなどいたしませんでした。
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第三話
[#この行3字下げ]〈一人の青年に恋したある夫人が、懺悔と純愛を口実にして、ある血のめぐりの悪い修道士に、それと気取られないで、彼女の悦楽が十分に満たされる方法をとらせる〉
パンピネアのお話が終わると、馬丁の大胆で抜け目のないこと、また同様に王の英邁なことが多くの人たちから賞讃されました。女王はフィロメーナのほうを向いて、話をつづけるようにと命じました。そこでフィロメーナは、かわいらしい態度で、こう話しだしました。
わたくしは、一人の美しい婦人が、ある血のめぐりの悪い修道士に対して本当に行なったいたずらについてお話ししようと思います。それは、俗界の人でしたらどなたにも一段と興味のあることと存じます。修道士たちときたら大部分、まのぬけた珍奇な態度や習慣の人々ですのに、他の人々よりも何事につけてえらくて、物知りだと思いこんでいるのでございます。ところが彼らときたら、心のいやしいために、他の人々のように生計の途を持っていないで、豚のごとく食物にありつけるところに逃げこんでいるのですから、まことにくだらないものでございます。淑女のみなさん、並はずれて信じやすいわたくしたちが、あまりに信用し過ぎている聖職者たちを男たちばかりでなく、わたくしたち女の人でも、からかうことができるし、またその例もあるということを、お耳に入れておきたいと思います。
愛や信仰よりも欺瞞にみちているわたくしたちの町に、まだ大して古いことではございませんが、他のいかなる女にもひけはとらないほどの美しさを備え、起居振る舞いや魂の高さ、鋭い判断力に生まれながら恵まれた一人の貴婦人が住んでおりました。その人の名前や、またこのお話に関係のある他の者の名前も、わたくしは存じておりますが、申しあげようとは思いません。まだ存命の方もございまして、このためにお腹立ちになるかもしれないからでございます。ところがそれは笑ってすむような話なのでございます。
さてこの貴婦人は、自分が身分の高い血統の出であるのに、羅紗《ラシヤ》職人の妻となっているものですから、夫が職人であるために感ずる屈辱を水に流すことができませんでした。彼女は身分の低い男は、たとえどんなに大金持ちであっても、貴婦人には不釣り合いだと考えていたからでございます。夫が、多くの富を持ちながら、斑織りの経糸《たていと》を繰《く》ったり、布を織らせたり、糸繰り女とつむぎ糸について言い合いをしたりすること以外には、何も能がないのを見て、彼の抱擁は拒否できない場合のほかはうけつけないことにして、自分自身の満足のためには、別の相手を見つけようと心に決めました。そして非常に立派な身分の、ある中年の男に思いをよせましたが、ひどい熱の入れ方で、昼の間に彼を見ないと、その夜は安心して眠れないという始末でございました。しかし、その身分のある男は、そんなことに気がつかず彼女に取り合ってくれません。彼女は、非常に用心深かったので、他日おこるかも知れない危険をおそれて、女を使者に立てたり、恋文を送ったり打ち明けたりする勇気がありませんでした。そこで、彼女は、その男が非常に親しくしている修道士を知っており、この修道士こそ自分の恋人との間のうってつけの取り持ち役にちがいないと考えました。この修道士は、単純で血のめぐりのよくないほうでしたが、それにもかかわらず非常に信仰のあつい生活を送っておりましたので、ほとんどだれからも、善知識としての名声をうけていました。で、どんな方法によったらよかろうとひとり考えたあげくに、いい折を見てその修道士がいた教会にまいりまして、修道士をよんでもらって、御都合のよい時に彼のもとで懺悔をしたいと申しました。修道士は彼女を見て、貴婦人だと思いましたので、よろこんでそれを聞きました。彼女は懺悔のあとで申しました。
「神父さま、わたくしは、これからあなたさまにお聞きいただくことについて、御助力と御慈悲をお願い申さねばなりません。もうあなたに申しあげましたので、あなたさまは、わたくしの親戚のことや、わたくしの夫のことを御存じになられたと思います。その夫からわたくしは、夫の生命よりも大事に愛されておりまして、わたくしが望むことでしたら、夫は非常に金持ちですからすぐに、それをかなえてくれることができ、あたえられないものは何一つとしてございません。ですからわたくしは、この身以上に夫を愛しております。で、わたくしが、夫の名誉や機嫌をそこなうようなことをしたり、あるいはただそんなことを考えたりするだけでも、どんな悪女よりも、わたくしのほうがずっと火焙りにされるのにかなっているものであることは、申しあげるまでもございません。
ところが近頃、名前は存じませんが、身分のある方と思われるあるお方が、そのお方はもしわたくしの考え違いでなければ、あなたさまと非常にお親しい間柄なようでございますが、とても容貌の美しい、からだの大柄なお方で、実に身だしなみのよい褐色の洋服を召していらっしゃいます。そのお方が、わたくしがそうした考えを持っていることを御存じないのか、わたくしにつきまとわれまして、わたくしが戸口や窓に顔をだしたり、家から出たりすると、必ずすぐにわたくしの前にあらわれるのでございます。ここに今あのお方がいらっしゃらないのが、不思議なくらいでございます。そうしたやり方は、しばしば罪もないのに、貞潔な婦人たちに悪い評判をたてさせるものでございますから、わたくしは、そのことにしんから心を痛めているのでございます。わたくしは何度か胸の中で、わたくしの兄弟たちに頼んで、彼にそのことを伝えようかと考えました。しかし、あとでこう考えたのでございます。男たちは使いに行って悪い返事をもらうと、言い争いとなり、腕力沙汰になるものでございます。そこで悪いことや、醜いことがおこらないようにするために、わたくしは黙っておりましたが、わたくしは、他人はさしおいて、神父さまには一切を申しあげようと決心いたしました。と申しますのは、あなたさまが、あのお方のお友だちでいらっしゃるし、その上、お知り合いの方ばかりでなく、御面識のない方々にも、そうしたことでお叱言をちゃんとおっしゃれる御身分でいらっしゃるからでございます。ですから、あなたさまからあのお方に注意をなさって、二度とこんなことをなさらないようにお願いいたしたいのです。こうしたことをよろこぶ婦人たちもいらっしゃって、見つめられたり、みとれられたりすることがお好きなのでございましょう。でもわたくしは、どんなことがありましても、そんなことをする気持ちはございません」
そう言うと、彼女は涙を流さんばかりにして、頭をたれました。修道士はすぐに、彼女が胸襟をひらいて語っているその相手の男がだれかわかりましたので、女のとった態度をほめちぎって、彼女の言ったことが本当であるとかたく信じて、二度とその男から煩わしさがこないようにしてあげようと、約束しました。それから修道士は、彼女が非常に金持ちであることを知って、その慈善や寄附のおこないをほめたたえて、自分の窮乏を訴えました。婦人は彼に言いました。
「どうぞ神かけて、あなたさまにお願い申しあげます。もしあの方がそのことを否定されましたならば、このことを話したのはわたくしであって、わたくしがその苦衷をあなたさまに訴えましたと、はっきりあのお方にお伝え下さいませ」
それから彼女は、懺悔をして贖罪を行なった上、寄附行為について修道士から自分にあたえられた勧告を思いだして、彼の手にこっそりとお金をにぎらせて、自分の家の死者たちの霊のためにミサをあげてくれるようにとお願いをしました。そして彼の足もとからおきあがると、家に帰りました。その修道士のところへ、間もなく、いつもしていたことですが、その身分のある男がやってきました。その男と一緒に修道士は、あれこれとしばらく話をしてから、彼をわきへ呼んで、きわめて慇懃な態度で、男が彼女を追い廻したり、見つめたりしていると信じきっていましたので、そんなことはやめたほうがいいと、とがめました。男は彼女を見つめたことはないし、彼女の家の前もごくたまに通るくらいでしたので、驚いて弁解をしはじめましたが、修道士は終わりまで言わせないで、こう言いました。
「そんなにびっくりした風をなさったり、弁解なさったりしてはいけません。否定の余地がありませんからね。わたしはそのことを近所の人々から聞いたのではありません。あなたのことで大変迷惑していられるその婦人自身が、わたしにそのことを話されたんですよ。あなたの御名誉のために、また彼女に安心させるために、わたしはあなたにそんなことはよして、彼女をそっとしておいてやりなさいとお願いいたしますよ」
その男は、修道士よりもわかりがよかったので、あまり手間をかけないで、女の気転に察しがつき、一寸恥ずかしそうな風をよそおいながら、これから先はそんな迷惑はかけないと言いました。そして、修道士のもとを去ると女の家に向かいました。婦人はしじゅう気をつけていて、彼がそこを通ったら見失うまいと、小さな窓によっておりました。彼がくるのを見ると、さもうれしそうに、やさしいしなをつくって見せましたので、彼は修道士のことばの真実の意味を十分了解することができました。その日から後、彼は非常に用心をしながら、自分も楽しみ婦人も悦び、慰められるので、用事があるようにうわべをつくろってその通りを絶えず通るようにしました。やがて彼女は、彼が自分の気に入ったように、自分も彼の気に入っていることがわかりましたので、彼をもっと燃えあがらせ、自分が彼に対して抱いていた恋の想いをもっとはっきりと示したいと思いました、そしていい折を見て、またその修道士のところにまいりまして、教会の中で彼の足もとにすわると、わっと泣きだしました。修道士はそれを見て、これはまたどうしたわけかと彼女にたずねました。婦人は答えました。
「神父さま、どうしたわけかと申しまして、実はほかでもございませんが、過日あなたさまに愚痴をお聞かせ申しました、あなたさまのお友だちの、神さまに呪われた男のことなのでございます。と申しますのは、あのお方ときたら、わたくしをたいへん苦しめて、わたくしが決して平気でいられないような、また決してあなたさまの足もとにひれふすことができないようなことをわたくしにさせるために生まれてきたとしか、わたくしには思えないのでございますもの」
「なんですって!」と、修道士が言いました。
「あの男はまだあなたにうるさいことをするのをやめませんか」
「ええ、そうなのです」と、婦人が言いました。「それどころか、わたくしがあのことであなたさまに苦衷を訴えましてからは、まるで馬鹿にでもしたように、多分わたくしがそんなことをしたので御機嫌を損じたのでしょうが、今までは一度通ってすましていたのに、あれからは七回もお通りになります。そこをお通りになって、わたくしを見るだけで満足してらっしゃるだけならよろしかったのでございますが、あの方はなかなか剛胆で、あつかましくて、昨日だって、わたくしの家に一人の女をよこしまして、その近況や下らないことをいわせた上、まるでわたくしが財布や帯を持っていないとでも思ったのでしょうか、わたくしに手さげ鞄と帯を一つずつお届けになりました。わたくしはとてもしゃくにさわりまして、今でもしゃくでしようがないのですが、わたくしは我慢いたしました。わたくしはどんなことでも、それをまずもってあなたさまにお知らせしてからでなければ、したり、言ったりしようとは思いませんでした。で、この他に、手さげ鞄と帯は、それを持ってきた女に、あの方のもとに持ち帰るようにと返して、さっさと帰るようにつっけんどんに言ってやりました。そうした女にはよくあるということを聞いておりますが、彼女が自分でそれをとっておいて、あの方にはわたくしが受け取ったかのように言いはしないかと心配になりました。わたくしは、彼女を呼びもどして、腹だちまぎれにその手からそれを取り戻して、ここへ持ってまいりました。それは、あなたさまにそれを返していただいて、わたくしがあの方の品物など必要でないということを、あの方にお話ししていただきたいからなのでございます。だって、神さまと夫のおかげで、わたくしはたくさんの手さげ鞄と帯を持っており、その品物の中であの方を窒息させることもできるくらいでございます。この後、あの方が、これでもやめそうもなければ、わたくしはそのことを、わたくしの夫や兄弟たちに打ち明けますから、それについてあなたさまに、わたくしの父親として、お赦しをお願い申しあげておきます。どんなことでもおこったらよろしいのです。だってわたくしがあの方のために汚名をうけるよりは、あの方がうけなければならないものなら、御自分ではずかしめをお受けになったほうがずっとよろしゅうございますもの。神父さま、そうではございませんか」
こう言うと、彼女ははげしく泣きじゃくりながら、外衣の下から、まことに綺麗で見事な手さげ鞄を、派手でかわいらしい帯と一緒にとりだして、それを修道士の膝になげました。修道士は婦人が話したことをすっかり信用して、いつになく腹をたてると、それを手にとって言いました。
「奥さま、もしあなたがそんなことで、お気をもまれるとしても、それは当然なことだと思います。ご自分をとがめることはありません。それどころか、あなたが、わたしの忠告に従って下さったことを、むしろほめてあげます。わたしはあの男に先日注意してやったのです。彼はわたしに約束したことを守らなかったわけです。二度とあなたに迷惑なことをせぬように、どなりつけてやりましょう。あなたも、神さまの御祝福をうけて、怒りにまかせて、お身内のどなたかにそのことをお漏らしなさることのないようになさることです。どんな悪いことがおこるかわかりませんからね。それからわたしはいつだって、神さまの御前でも人々の前でも、あなたの貞潔について証人に立ちます。このことについてあなたの悪口が流れるなどということは、御心配なさらんことです」
女はいくぶん安心がいったような顔つきをして、そうしたことばを聞き流しました。そして彼やほかの修道士の貪欲を知っておりましたので、こう言いました。
「神父さま、毎晩なんにんもわたくしの身内の者が枕辺にあらわれまして、非常に苦しんでいるらしく、喜捨だけを求めているように思われるのでございます。特に、わたくしの亡き母は、見るも哀れなくらいに苦しみ、悩んでいるようでございます。母は、こうした神さまの敵に、わたくしがこんな風に煩悶させられているのをみて非常に気にやんでいるのだと思います。そこでわたくしは、神さまがみなをこの呵責の劫火からお救いくださるようにと、あなたさまに、みなの霊魂のために聖グリゴリオさまへ四十回のミサと、あなたさまの御存じの御祈祷を唱えていただきたいと存じます」
こう言って婦人は、彼の手に一フィオリーノの金をあたえました。修道士はよろこんでそれを受け取ると、彼女の信仰のあついことをみとめて、彼女に祝福をあたえた上、さがらせました。婦人が出発してから、彼は自分が馬鹿にされていることにも気がつかないで、友人を呼びにやりました。その友だちがきてみると、修道士が憤慨しているので、ただちに、女からの便りをなにかもらえるだろうと思い、修道士が何を言おうとしているのか、待っておりました。修道士は今までに何度も彼に言ったことばを繰り返してから、ふたたびののしるように、にがにがしそうに話して、女が自分に語ったことについて、きっと彼がそれをしたのだろうときつく叱りました。この男は、修道士が何を言いだそうとしているのか、まだわかりませんでしたが、自分が手さげ鞄や帯を送ったことを、ごくぼんやりと否定いたしました。もし女がひょっとして、それを彼にあたえたのでしたら、修道士にそのことを疑われてはならないからでございました。でも修道士は大立腹で言いました。
「どうしてそれを否定できます? 悪いお人だ。そらごらん、彼女自身、泣きながら、それらの品をわたしに返してよこしたんですよ。さあ、見覚えがあるかどうかみてごらん!」
その男は、ひどく恥ずかしそうなふりをして言いました。
「ええ、見覚えがございますとも。本当のところを打ち明けますと、わたくしが悪うございました。彼女の気持ちもそうとわかりました以上、このことについてもうあなたさまには、何にもお耳に入れないことをお誓い申します」
さて、話はなおいろいろございました。やっとのことでおろかな修道士は、手さげ鞄と帯を、その友人に渡しまして、もうこんなことはしないようにと、くれぐれもさとしたり、たのんだりした後、男も約束しましたので、ひきさがらせました。当の男は、その女の恋に確信が持てそうなのと、見事な贈り物をもらったので大喜びで、修道士のもとからひきさがると、彼が二つの品をどちらも手に入れたことを、用心深く、その女に見せました。婦人は大変よろこびました。そして自分の計画がさらに図に当たったような気がしましたので、一段と満足いたしました。そこであとはただ、これに仕上げをするために、夫がどこかに出かけるのを待っておりましたところ、それからまもなく、夫にジェノヴァまで行く用ができました。夫が、朝、馬に乗って出かけましたので、婦人は修道士のところにまいりまして、さんざん泣き事をならべたあとで、こう言いました。
「神父さま、お聞き下さいませ。わたくしはこれ以上我慢ができません。でもまずあなたさまに申しあげずには何事もしないと一昨日お約束しましたので、わたくしは、そのことをあなたさまにおことわりしようと思ってまいりました。わたくしが泣いたり、愚痴を申しあげたりするのも無理はないと思っていただくために、あなたさまに、あなたさまのお友だちが、いやあの地獄の悪魔が今朝方、わたくしにしたことを、お話し申しあげたいと存じます。
わたくしの夫が昨朝ジェノヴァへ出発したことを、どんな悪い風の吹きまわしで、あの方が耳に入れたものか、わたくしは知りませんが、でも今朝、わたくしが申しあげた時刻に、あの方は、わたくしの庭にはいってまいりまして、一本の樹を伝わって、わたくしの寝室の窓のところにまいりました。寝室は庭の上にございます。で、ちゃんと窓があいておりましたので、あの方は寝室にはいろうとなさいました。その時、眼をさましたわたくしは、すぐにおきあがると、叫び声をあげるところでございました。もしあの方が、まだ中へはいっておりませんでしたが、自分がだれであるか言いながら、神さまを、また一つにはあなたさまを引き合いにだして、ゆるしをこいませんでしたら、わたくしは叫び声をあげるつもりでございました。そこでわたくしは、あの方のお話しになるのを聞きながら、あなたさまのためだと思って、黙っておりました。で、わたくしは生まれた時のままの真裸で駈けよると、あの方の顔の前で窓をしめ切ってしまいました。あの方はさんざんなていたらくでどこかへ消えてしまったのでしょう、あれ以来、何にも言ってまいりません。さて、こうしたことがよいことでしょうか、我慢しなければならないことでしょうか、一つお考えになってください。わたくしは、自分としては、もうこれ以上辛抱していようとは思いません。それよりも、あなたさまのこともございますので、十二分に我慢に我慢をしたくらいなのでございます」
修道士は、これを聞くと、この世にまたと見られないほどの腹の立てかたでございました。で、彼が実はほかの者の間違いではなかったかどうかよく見定めただろうかと、何度もたずねるほかには、なんと言ってよいのかわかりませんでした。
彼に向かって女が答えました。
「まあ、わたくしが、まだあの方を他の方と取り違えるなんて、そんなことがあるものでしょうか! まちがいではございませんとも、あの方でございました。あの方がそのことを否定しましても、そんなことを本気になさらないでくださいませ」
すると、修道士が言いました。
「奥さま、今はただこうした図々しい行為はひどすぎる、実に度をこした悪さだと申しあげるほかはありません。で、あなたが御自分でなさったように、彼を追いかえされたことは、なすべきことをなされたわけであります。だがわたしは、あなたにお願いいたしたいのです。神さまがあなたを恥からお守りになられたのですから、あなたが二度もわたしの忠告を聞かれたように、今度もまたそうなさってください。ですから、そのことについて、あなたのお身内のどなたにもお訴えになられずに、わたしにおまかせ下さい。わたしが自分で、高徳の人だと思いこんでいたこの鎖を放たれた悪魔を抑えることができるかどうか、ごらんになっていてください。わたしがその男を、そうした獣性から救いだせるようなことをすることができたら、それで結構でしょう。もしそれができなかったら、そのさきはもう、わたしの祝福をそえて、あなたに、お好きになさるようにとのゆるしをあたえます」
「では、そういたしまして」と、婦人が言いました。「このたびは、あなたさまをお困らせしたり、御命令にそむいたりしたくはございません。でもあの方がもうわたくしにうるさいことをなさらぬように、お取り計らいくださいませ。わたくしはこのことで、これ以上あなたさまをお騒がせしないとお約束いたしますから」
で、それ以上は何にも言わずに、まるで怒ったようにして、彼女は修道士のところから、発って行きました。女がまだ教会を出ていくかいかないうちに、その男がまいりまして、修道士に呼ばれました。修道士は彼をわきにつれていくと、不誠実な者だとか、偽誓者だとか、裏切り者だとか呼んで、今までにだれも言われたことがないような、ひどいことを言われました。彼はすでに前の二度もこの修道士のこごとがどんな意味を持っていたか知っておりましたので、注意しながら、当惑したような返事で、彼に話させようといろいろやりながら、まず言いました。「あなたはどうして、そんなに怒っていらっしゃるんですか。わたくしがキリストを十字架にかけたとでもいうのですか?」
彼に向かって、修道士が答えました。
「この恥知らずめが! なんてとぼけた口をきくんだ! まるで一年も二年も日がたって、自分の見さげはてた所業や不正直なことを忘れちまったように言うではないか。けさ夜明け少し前に、あなたはどこにいました?」
その男が答えました。
「わたくしは、どこにいたか存じません。それにしても早々と、あなたさまのところにつかいがまいりましたものですな」
「つかいがきたことは事実です」と、修道士が言いました。「あなたは、夫がいなくなったので、あの婦人がさっそく腕をひろげてあなたを迎えるにちがいないと思いこまれたことはわかりますよ! 夜出歩いて、庭にしのびこみ、木によじのぼる男となりさがったんですな! あなたには、夜、木を伝わって彼女の窓辺にいけば、この女の貞潔に打ちかてると思ったんですか。あなたがするようなことは、彼女がこの世で一番いやがっていることなんですよ。で、あなたは、それだのに何度もこりずにやっていられる。実際のところ、彼女が多くのことであなたに示されたことは、そっとしておきましょう。だが、わたしのこごとで、あなたは非常にうまいことをしているわけなんです! まあ、こう申しあげたいのです、つまり彼女は今までは、あなたがなさったことを黙っておりましたが、それは、彼女があなたに恋をよせているからではなくて、わたしがくれぐれもお願いしておいたからなんです。だが彼女はもう黙ってはいないでしょうよ、わたしは、もしあなたが何かもっと彼女にいやなことをしたら、彼女に自分で思うように振る舞ってもよろしいとゆるしをあたえてしまいましたからね。もしも彼女が、そのことを兄弟たちにしゃべったら、あなたはどうなさるつもりですか」
その男は、自分に必要なことは十分にわかりましたので、できるだけうまくいろいろと数多くの約束を開陳して、修道士の気をしずめてから、彼のもとを辞すると、次の夜の午前三時になりましたので、庭にしのびこんで、木の上によじのぼって、開いている窓を見つけると、寝室にはいって、すぐさま彼の愛する美人の腕の中にとびこみました。女は、ただれるような欲望をもって彼を待ちこがれておりましたので、よろこんで彼を迎え、そして言いました。
「まったく修道士のおかげですわ。修道士はあなたにこんなにうまくここにいらっしゃる道をお教えになったんですもの」
それから二人は、互いに悦楽に酔いしれながら、頓馬修道士の馬鹿さ加減を大いに語り合いながら、毛糸の束や梳刷《くしはけ》をあざわらいながら、魂を天外にとばして楽しみをわかったのでございました。で、彼らは、自分たちでいっさいをきめて、もう修道士のもとには帰らずに、なおも幾夜となく相会して、同じよろこびを味わいました。わたくしは、神さまに、その神聖な憐憫をもちまして、わたくしや、そうした欲望を持っているすべてのキリスト教のひとびとをそうした夜へ早く導びかれんことを、お願いいたす者でございます。
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第四話
[#この行3字下げ]〈ドン・フェリーチェ氏は、フラーテ・プッチョにどうしたら贖罪を行なって福者になることができるかを教える。フラーテ・プッチョは贖罪を行ない、フェリーチェ氏はそのあいだに友人の妻と楽しむ〉
フィロメーナが話を終えて黙りこむと、ディオネーオは、うまい言葉で婦人の頭のよさと、それからまた最後に、フィロメーナが行なった祈祷を激賞いたしました。女王はほほえみながらパンフィロのほうをみつめて、言いました。
「では、パンフィロさま、次は何か面白いお話をして、わたくしたちを楽しませてくださいませ」
パンフィロはさっそくよろこんで、そうすることにいたしましょうと答えると、話しはじめました。
貴婦人のみなさん、天国に行こうと努力しているのに、その実、気がつかないうちに、他人を天国に送る手助けをしている人が多いものですが、そういったことが、さいきんわたしたちの都市の近くに住む婦人におこりました。
わたしが聞いたところによると、聖ブランカツィオの近くに、プッチョ・ディ・リニエリと呼ばれる、人のいい金持ちの男が住んでおりました。後にこの人は信仰にこって、聖フランチェスコ派の者たちの平信徒になりまして、フラーテ・プッチョと呼ばれました。彼はこうした信仰生活を送りながら、家の者としては妻と一人の下女しかおりませんでしたし、そのために、職業につく必要もありませんでしたから、しげしげと教会に通いました。彼は学のないお人よしでしたので、主祷文を唱え、説教を聞きにいき、ミサにあずかり、また一般の人々が歌う讃美歌に彼が加わっていないことはありませんでした。彼は断食をし、苦行の鞭で自分を折檻しましたので、人々は彼を熱狂的信徒団に属しているとささやきあいました。その妻はイザベッタという名前で、まだ二十八歳から三十歳の間の若さでカゾラナ林檎のようにみずみずしい丸ぽちゃの美人でしたが、夫の信仰心の厚いのと、おそらくその老齢の故でしょう、いやいやながら、長過ぎる禁欲を頻繁に重ねておりました。彼女がねむかったり、あるいは恐らく彼とふざけ戯れようと思ったりしていると、彼は彼女に、キリストの生涯や、あるいはフラーテ・ナスタジョの説教や、あるいはマッダレーナの嘆きや、またはそういった種類のことを物語るのでした。
この頃パリから、聖ブランカツィオの正規修道士であるドン・フェリーチェと呼ばれる一人の修道士が帰ってまいりました。彼は非常に若くて、姿もよく、頭も鋭く、学問も深かったので、フラーテ・プッチョは彼と緊密なまじわりを結びました。彼はプッチョのあらゆる疑いをたちどころに解いてあげ、そればかりではなく、プッチョの性質を知った上、自分を非常な聖人に見せかけましたので、フラーテ・プッチョは、彼を時々自分の家に案内し、ときには、昼飯や夕飯を饗応するようになりました。夫人も同様に、フラーテ・プッチョのために、下婢のように、心から彼を鄭重にもてなしました。さて修道士はフラーテ・プッチョの家に通いながら、その妻が水もしたたるばかりに溌剌とし、豊満な肢体をしているのを見て、彼女が一番欲しているものがなんであるかがわかりましたので、できることならフラーテ・プッチョの労をはぶいて、彼女にプッチョの働きの代わりを勤めてあげたいものだと考えました。そこで彼は、彼女の体に何度となく巧みにその意をこめて眼を注ぐと、ついに、自分が抱いていた欲望と同じものを彼女の心にかき立てるにいたりました。それに成功したと気がついた修道士は、さっそく好機をとらえて、彼女にその思いを語りました。で、夫人のほうもよろこんで身をまかす気持ちのあることはわかりましたが、彼女は修道士と会う場所に自分の家以外では絶対に気を許そうとしませんでした。またフラーテ・プッチョもその土地を離れたことがありませんので、彼女の家でそうしたこともできませんし、その実行の方法が見つかりませんでした。修道士は非常なふさぎようでしたが、しばらくののち彼は、フラーテ・プッチョが家にいても、そんなことにかかわりなく、少しもうたがわれないで、彼女の家で夫人と一緒にいられる方法を考えだしました。ある日のこと、フラーテ・プッチョが彼のもとに話しに行ったところ、修道士は彼にこう言いました。
「フラーテ・プッチョ、わたしはあんたの希望がすべて、聖人になることにあることは、ようくわかりました。でもそうなるのに、あんたはどうも廻り道をしているような気がするんです。そこには大変近い道があって、教皇やその他のえらい司教方はその近道を御存じだし、その近道をとっていらっしゃるわけですが、これが一般に示されることは望まれないのです。と申しますのは、そんなことでもしようものなら世の中の人々は宗団に布施も何もしないでしょうから、大部分布施で生活している宗団というものはすぐに根だやしされましょうからね。しかし、あんたは、わたしの友人であり、鄭重にわたしをもてなしてくれましたから、もしあんたがこの世のどなたにもそれを打ち明けないで、その近道をやって見たいと望んでいることがわたしに納得がいけば、わたしはその近道をあんたにお教えすることにしましょう」
フラーテ・プッチョは、このことを知りたくなって、まずそれを教えてほしいと非常に熱心に懇願しました。それからもし自分にできるようだったらぜひやってみたいと断言し、あなたの御承認のないかぎり、そのことは決してだれにも他言しないと誓いました。
「あんたがそう約束されるからには」と、修道士が言いました。「それをわたしはあんたにお教えしましょう。およそ福者になりたいと願う者は、これからお耳に入れる贖罪をしなければならないということが、高徳の博士方の主張なさるところであることを、あんたは知らねばなりません。でもよくお聞き下さい。わたしは、贖罪の後に、あんたが現在のような罪人ではなくなると言っているのではありませんよ。ただ、こんなことがおこるのです、つまり、あんたが贖罪の時までにおこなった罪業が、ことごとく浄められて、その贖罪のおかげで、あんたはその罪業をゆるされますし、その後あんたがなされる罪業は、あんたの責苦のためにしるされないで、むしろ今日の軽微の罪と同様に聖水で浄め消されるというわけなのです。そこで、その人にとって、贖罪をはじめることになる場合、まず大事なことは、心から熱心に、自分の罪業を懺悔しなければならないことです。その後で、断食を行ない、四十日つづくことが肝要である大禁欲をはじめなければならないのです。その四十日の間は、他の女性はもちろんのこと、自分の妻にもさわるようなことをつつしまねばならないのです。この他に、あんたのお家の中に、夜、空が見えるような場所をこしらえておく必要があります。で、終課の時刻になりましたら、その場所に上って行かねばなりません。またそこには、あんたが立ったままで、背をもたれかけ、足を地につけて、両腕を十字架にかけられた者のようにひろげておられるようにつくられたごく幅の広い板を備えつけておかねばなりません。で、もしあんたが、両腕を、二、三の木釘にもたれかけさせたかったら、そうすることもできます。で、こんな具合にして、空をみつめながら、朝課の時まで少しも動かずに、じっとしていなければいけません。もしもあんたに学問があったらこの間にわたしがお教えする二、三の祈祷を唱えねばならないのです。でも、あんたはそうではありませんから、三位一体の神を讃えて、主祷文を三百回と、アヴェ・マリアを三百回唱える必要がありましょう。で、空をみつめながら、しじゅう神さまが天と地の創造主でおわしましたことや、またあんたはキリストが十字架にかけられていたような姿勢でいるのですから、キリストの御受難などを思いだしていなければいけないのです。それから朝課の鐘が鳴りましたならば、お望みでしたら、そこをあとにして、着物をつけたままであんたの寝床に身を投げだして、眠ることができます。で、翌朝は教会に行って、そこで少なくとも三つのミサを聞き、主祷文を五十回、同数のアヴェ・マリアと一緒に唱えることが必要です。そのあとで、軽い気持ちで、もし何か自分のことですることがあったら、それをしてから食事をとり、晩祷の後教会にはいって、そこでわたしがあんたに書いておいてあげる祈祷を二、三唱えねばなりません。この祈祷をしないといけないんですよ。それから終課には、申しあげたとおりの方法をくりかえせばいいのです。わたしがすでにいたしましたように、これをすれば、もしまた信仰心を傾けてこれを行なえば、贖罪が終わらぬ前に、あんたは永遠の祝福というすばらしいことを感じられるでしょう」
フラーテ・プッチョは、そこで申しました。
「それはあまり難しいことでもなければ、長すぎることでもございません。十分できることにちがいありません。ですから、わたくしは神さまの御前に誓って、日曜日にはじめたいと存じます」
で、プッチョは彼のもとを辞すると家に帰って、とくにドン・フェリーチェのゆるしもありまして、すべてのことを妻に順序を立てて語りました。妻は朝課まで動かずにじっとしているということを聞いて、修道士が言おうとしていたことが、わかり過ぎるほどわかりました。そこで、それは非常によい方法だと思いましたので、そのことや、夫がその霊魂の救いのためにするその他一切の善行について、自分は満足であること、それから神さまが彼の贖罪を効験あらたかなものにしてくださるように、自分は彼とともにほかのことはできないが、断食をしたいと申しました。
そこで話もまとまり、日曜となりましたので、フラーテ・プッチョは、その贖罪をはじめました。修道士殿は、女と相談ができておりましたので、大抵の晩は他人に見られない時刻に、彼女のところにやってきて、御馳走や美酒をはこんで晩食をともにし、それから彼女とともに朝課の時刻まで横になり、その時刻がくると、起きあがって帰って行きました。それからフラーテ・プッチョが寝床にもどるのでした。フラーテ・プッチョがその贖罪のために選んだ場所は、女が寝ていた部屋とならんで隣り合っていて、そこはその部屋からはごく薄い一枚の壁で仕切られているに過ぎませんでした。ですから修道士と女が羽目をはずしてふざけ戯れすぎるので、フラーテ・プッチョは家の床板がゆらぐような気がしました。そこで例の主祷文をもう百回すませていたので、そこでやめると、体を動かさずに妻に声をかけて、彼女に何をしているのかとたずねました。女はたいへんしゃれが上手でしたので、恐らくその時は聖ベネデットか聖ジョヴァンニ・グァルベルトの荒馬に乗っている最中なのでこう答えました。
「まああなた、わたくしは生命がけで暴れてるんですよ」
するとフラーテ・プッチョが言いました。
「どんな風に暴れてるんだい? その暴れるって、一体なんのことだい?」
妻はなかなか利口な、しっかりした女でしたので、また笑うだけの理由もあったのでしょう、笑いながら上機嫌で答えました。
「これがどんな意味か、あなたはどうして御存じないんですか? 『夕べに食せざれば、夜もすがらのたうち廻る』と、あなたが千回も口にしていらっしゃったじゃありませんか」
フラーテ・プッチョは断食が女の眠れない理由であって、そのために寝床で暴れているのだと思いこみました。そこで彼は心から言いました。
「妻よ、わたしはあんたに『断食しないように』と、よく言ってきかせたじゃないか。そんなことはもう考えないで眠ることだね。寝台で暴れるんで家中がたぴしいってるじゃないか」
すると、妻が言いました。
「御心配なさることはありませんね。わたくしは自分でしていることはよくわかっております。あなたもしっかりやってくださいね。わたくしもできるだけ巧くやりますから」
そこで、フラーテ・プッチョは、静かになって、その主祷文にとりかかりました。女と修道士殿は、その夜以後は、家の別のほうに寝床を一つととのえさせて、フラーテ・プッチョの贖罪のつづく間じゅう、その寝床の中で大変なはしゃぎぶりでありました。時刻がくると修道士が去り、女は自分の寝床に帰り、まもなく贖罪を終えてその寝床へフラーテ・プッチョがもどってきました。こんな具合にして、フラーテは贖罪をつづけ、女は修道士とともにその悦楽をつづけました。女はしばしば冗談まじりに修道士に言いました。
「あなたはフラーテ・プッチョに贖罪をさせていますが、そのおかげでわたくしたちは天国を手に入れましたわね」
女は修道士の食物にすっかり慣れっこになってしまったので、長い間夫から飢えを感じさせられていたせいもあり、フラーテ・プッチョの贖罪が終わってからもまだ別のところで彼と食べあう方法を見つけて、要領よく長い間その悦楽をむさぼりました。
そんなわけで、わたしの最後のことばが最初のことばと一致するために、こんなことがおこったわけです。つまり、フラーテ・プッチョは贖罪をして、天国にはいろうと思っていたところ、その彼は、天国への近道を自分に教えてくれた修道士と、あることに大きな不満を感じながら彼と一緒に暮らしていた妻の二人を、天国に行かせてやったのであります。
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第五話
[#この行3字下げ]〈ツィマがフランチェスコ・ヴェルジェッレージに一頭の馬を贈り、その代わりに彼の許しを得て、彼の妻に話をするが、彼女が黙っているので、彼は彼女の代わりに答え、やがて彼の返事どおりの結果となる〉
パンフィロが、淑女たちの笑ううちに、フラーテ・プッチョの話を終えました。その時女王は、しとやかにエリザに、そのあとをつづけるようにと命じました。エリザは、悪意ではなく古くからのくせで、ちょっととりすました態度で、こう話しだしました。
多くの人々は、自分が非常に物知りなために、他人が何にも知らないと思いこんでしまい、他人を欺いていると思いながら、蓋をあけてみると、自分のほうが欺かれていたことを知るといったことがよくあるものです。そんなわけで、必要もないのに他人の才能の力を試しにかかる者のすることは、とんでもない狂気の沙汰であるとわたくしは考えるものでございます。しかしたぶんすべての人がわたくしの意見にくみするものとはかぎらないでございましょうから、ピストイアの一騎士におこった事件をお話ししたいと存じます。
ピストイアのヴェルジェッレージ家にフランチェスコと呼ばれる騎士がおりました。たいへん金持ちで、利口で、特に分別がある男でしたが、並はずれての貪欲漢《どんよくかん》でございました。彼はミラノの市長として赴任しなければならなくて、その顕職につくのにはずかしくないだけの必要なあらゆるものを備えましたが、彼にふさわしい立派な馬だけが見つからないので、思い悩んでおりました。その頃ピストイアにリッチャルドという名前の一人の青年がおりました。生まれは大したものではありませんが、非常な金持ちで、人々からはツィマ(伊達男)とよばれているほど、みなりを飾り立て、綺麗によそおっておりました。この男はかなり前から、すこぶる美人である上に貞潔なフランチェスコ氏の夫人に空しく思いをよせ、胸をこがしておりました。
さて彼は、トスカーナじゅうの逸物といわれる一頭の馬を持っており、非常に大切にしておりました。彼がフランチェスコ氏の奥方に恋をしていることは、だれもが知っておりましたので、もしフランチェスコがその馬をねだったら、ツィマは彼の夫人を愛しているから、それを手に入れることができるだろうと、フランチェスコに言う者がありました。フランチェスコ氏は、貪欲な心にひかれて、それを自分にツィマから贈らせようと思って、その馬を売ってほしいと言いました。ツィマはそれを聞くと、よろこんで騎士に答えました。
「御主人、たとえあなたがこの世で持っているすべてのものをわたしにくださっても、あなたは、わたしの馬を、売買で手にお入れになることはできないでしょう。しかし、お好きな時に、それをちゃんと贈られることができましょう。それには、あなたがその馬をおとりになる前に、わたしがあなたのお許しを得て、あなたの御面前で、あなたの奥さまに少しばかりお話ができるという条件が必要です。その場合、絶対に他人はよせつけないで、わたしの話が奥さまの他にはだれにも聞かれないようにしていただきたいのです」
騎士は貪欲の心にひかれて、相手をだますことができると思い、それはよろしい、好きなようにどうぞ、と答えました。そして彼を自分の館の広間に残して、妻の部屋に行き、いかに易々とその馬を手に入れることができるかを物語ってから、彼女にツィマのところへ行って、話を聞くように、ただし彼が話すことは何によらず、十分注意してほどほどに答えるようにと命じました。妻はこのことを非常に非難しましたが、それでも夫の気に入るようにしなければなりませんでしたので、そのとおりにすると申しました。で夫のあとにつづいて、ツィマが話そうと思っていることを聞こうと、広間にはいって行きました。ツィマはふたたび騎士との契約を確かめてから、広間の片隅に、だれもあたりによせつけないで、夫人とともに腰を下ろすと、こう話しはじめました。
「奥さま、あなたは御聡明なお方ですから、わたしがあなたのたぐいまれなお美しさに魅せられて、もう大分前からあなたをお慕いしてきたことをよく御存じのことと思っております。あなたの身に備わっている称讃すべき物腰や、特別すぐれた美徳のことは、それはどんな男のどんな高い魂をもひきよせる力を持っているでございましょうが、只今は申しあげません。ですから、それが、今までに男が女によせた恋のうちで最も大きな、最も熱烈なものであったことを、言葉をもってあなたに示す必要はございませんでしょう。で、わたしのあわれな生命がこの四肢を支えている間は、かならずわたしの恋はそうしたものでありましょうし、この世のようにあの世でも恋し合えるものならば、わたしは永久にあなたを恋しつづけるでありましょう。ですからあなたは、御自分のものとお考えになり、何事につけても頼りにできるものといたしましては、ごらんのとおりの値打ちしかないわたしと、それから同様に、わたしの持ち物があるだけで、それが貴重であるか卑賤であるかを問わず、ほかには何もお持ちになっていらっしゃらないということを、お信じになってよろしいでしょう。あなたが、このことについてしっかりしたお考えを持てるようにと存じまして、わたしはあなたに、わたしができるような、あなたのお気に召すようなことを、お命じくだされば、わたしは自分が命じて全世界がたちどころにわたしの命令に服従することなどを願うよりも、ずっと有難いしあわせだと考えていることを、お耳にお入れしておきます。そこでお聞きおよびのように、わたしはあなたの下僕でございますが、失礼とは存じながら、あえて奥さまにわたしのお願いを申しあげます。奥さまからのみ、わたしの一切の平和や、一切の幸福や、わたしの健康が恵まれるのでありまして、決してよそからそんなことが恵まれるのではございません。最もいやしい下僕として、わたしの愛するお方よ、あなたに思いをよせて恋の火にはぐくまれているわたしの魂の唯一つの希望よ、あなたにお願い申しあげます。どうかわたしが、あなたのご憐憫に慰められて、自分はあなたの美貌に思いをよせましたが、その美貌によってよみがえったといえるほどに、あなたの御同情の心をおひろげになって、またあなたの過去のすげない態度があなたの下僕であるわたしに対してやわらいでくるようにしてください。もしわたしのお願いに対して、あなたの高ぶった心が頭をさげなければ、わたしの生命はむろん生き甲斐を失い、わたしは自殺いたしましょうから、あなたはわたしを死ぬように仕向けた女だと言われるかもしれません。で、わたしの死があなたの名誉にならないことは申しあげないことにいたしましょう。それでも、わたしは、時々あなたが良心の呵責に苦しんで、そんなことをしたことに悲しみを感じられて、時には、気の向いた時など、『ああ! わたしのツィマに情をかけてやらないで、とんだ悪いことをしてしまった!』とあなた御自身がおっしゃられることだろう、と思います。そのような後悔はなんの効果もなく、それがいっそう煩悶の原因となるのは必定でございます。ですから、そんなことがおこらないように、わたしを救うことができる今、お心をお用いになって、わたしが死ぬ前に、わたしを憐れと思し召されてお取り計らいください。と申しますのも、この世でわたしを最も幸福な男にするのも、最も悲しい男にするのも、あなたお一人の力にかかっておるからでございます。わたしは、こんなにも大きな、またこんなにも熱烈な愛の報酬として、わたしが死を受けるようなことをあなたがお見過ごしになるはずはなく、あなたはあなたの目の前でおびえふるえているわたしの心を、やさしさのこもったお言葉でお慰めくださるでしょう。それほどにあなたのやさしいお心が大きなものであって欲しいと思うのでございます」
ここで黙りこむと、ツィマは非常に深い溜め息をついてから、しばらくの間涙を流して、貴婦人が彼に答えるのを待っていました。長い恋慕や、馬上の槍試合や、暁の恋歌や、その他ツィマが彼女のために行なったこれと同様なことでは、一向に心を動かさなかった夫人も、この熱にうかされた恋人の口をついてでる愛情の溢れた言葉に感動して、以前には決して感じなかったことを、つまり恋とはなんであるかということを感じはじめました。で、彼女は、夫からうけた命令にしたがおうとして黙ってはいましたが、ふともらした溜め息のために、ツィマに答えて打ち明けたい気持ちを、隠すことができませんでした。ツィマは少しの間待っていましたが、なんの返事もないのを見て妙な気がしていました。そのうち騎士が用いた術策に気がつきはじめました。しかしそれでも、彼女の顔をみつめていて、彼女の眼が時々自分のほうにひらめくのを見て、またそればかりではなく、彼女が控え目にその胸からもらす溜め息を感じて、彼は、いくぶん明るい希望を抱いて、それに力を得て、奇妙な手を試みました。すなわちそこで彼は夫人に代わって、彼女が自分のいうことを聞いているのに、こんな具合に自分自身に答えはじめました。
「わたくしのツィマよ、もちろん大分以前から、わたくしは、自分に対するあなたの恋情が、非常に大きなものであり、完全なものであることに気がついておりましたが、今、あなたの言葉で本当にはっきりとそれを知って、素直にうれしく存じます。しかし、よしわたくしが、あなたに冷酷残忍に見えたといたしましても、わたくしが、心のなかも、顔に現れたとおりのものであったとお考えくださっては困ります。それどころかわたくしは、いつもあなたを恋しておりましたし、どのお方よりもあなたをいとしい者と思っておりましたが、他の者が怖かったのと、自分の貞潔の名誉を保つために、そうしなければならなかったのでございます。しかし今こそ、わたくしがあなたを愛しているとはっきりということのできる時が、またあなたがわたくしに対して抱いた、また抱いていらっしゃる恋のお返しをすることができる時がまいりました。ですから、お元気をだされて、希望をお棄てにならないでください。と申しますのは、フランチェスコ氏は、あなたがわたくしを愛するあまり美しい馬を彼にお贈りになりましたので、御存じでもございましょうが、二、三日したらミラノに市長になって行くことになっております。フランチェスコ氏が出発したら、必ず、この心に誓って、またわたくしがあなたに寄せる熱い恋にかけてもお約束いたしますが、数日のうちには、あなたはわたくしとお会いになれますし、わたくしたちはこの恋に楽しい、水ももらさない仕上げをあたえることといたしましょう。ふたたびこのことについてあなたに使者を出す必要がないようにと、今後、わたくしたちの庭の上にあるわたくしの寝室の窓に二枚のタオルがひろげてあるのがお目にとまりました日には、その夜、だれにも見られないように用心して、庭の入り口を抜けてわたくしのところにおいでになってください。あなたは、そこであなたをお待ちしているわたくしをごらんになるでしょう。そして二人で一晩じゅうお互いに、心のゆくまではしゃぎたのしみましょう」
ツィマは女の代わりになってこう話し終わってから、今度は自分の役割になって話しはじめました。
「これは愛《いと》しい奥さま、あなたのよい御返事をいただいたあまりのうれしさに、わたしの力はすっかり骨抜きになってしまって、あなたに当然なすべき感謝を返すお答えをすることもできないくらいです。で、もしわたしが、望みどおり口をきくことができましても、わたしが思いのままに、また自分としてしなければならないだけ、あなたに十分感謝ができるためには、どんな言葉も長いとは申せません。ですから、わたしが心で望みながらも、ことばで申しあげることができないところを、しかるべく御判断なさってください。ただ申しあげておきますが、わたしは御命令をいただいたとおりに、必ず実行しようと思います。で、おそらく、その時には、お恵みくださったおなさけに一段と元気も出て、わたしはできるだけの力をつくして、自分として最大のお礼をあなたにお返ししようと思います。今ここでは、何も申しあげることはございません。しかしいとも愛する奥さまよ、あなたがその最大のものをお望みになるあの快活とあの幸福を、神さまがあなたにおあたえになりますようにお祈りして、神さまに、あなたのことをお願い申しあげます」
この問答の初めから終わりまで、婦人はただの一言も口をききませんでした。そんなぐあいでツィマは立ちあがると、騎士のほうに戻って行きました。騎士は彼が立ちあがったのを見て、彼のほうに歩いて行き、笑いながら言いました。
「どうです、わたしはちゃんと約束を守ったでしょう」
「だって、あなた」と、ツィマが答えました。「あなたはわたしに、あなたの奥さまと話をさせると約束をなさったでしょう。ところが、あなたはわたしに大理石像と話をさせたのですからね」
その言葉は騎士の気に入りました。彼は妻について安心はしておりましたものの、なお一段とその信用を深めました。そしてこう言いました。
「あなたの馬は、これでわたしのものになりましたね」
ツィマが答えました。
「ええ、あなた。しかし、あなたからいただいたこうした恩恵から、わたしが実際に得たような結果を得るものだと考えておりましたら、何もそんな恩恵をあなたに求めなどしないで、あなたに馬をさしあげておりましたでしょうに。いっそ、そうしたほうがよかったわけです。あなたは馬をお買いになりましたが、わたしはそれを売りはしなかったというわけですからね」
騎士はこれを聞くと笑って、馬を手に入れました。それから数日たつと旅をはじめ、ミラノへ向けて、市長職に就くため赴きました。家に自由の身として残された妻は、ツィマの言葉や、彼がよせている恋や、彼女を恋するために贈った馬のことを思いめぐらして、彼が実に頻繁に自分の家の前を通るのを見て、われとわが身にひとりごとを言いました。
「わたくしは何をしているんでしょう? なぜわたくしは自分の青春を無駄にしているのでしょう? 夫はミラノに行って、この六カ月間は帰ってこないでしょう。で、一体いつ彼はわたくしにその空白を補ってくれるのでしょう。わたくしがお婆さんになった時にかしら。そればかりではない、一体いつわたくしはツィマみたいな恋人を見つけることができるんでしょう。わたくしはたった一人でいるんだし、だれも怖い人はいない。わたくしは、自分ができる時に、なぜこの好機をつかまえないのかわからない。わたくしは今くらいの好い機会を、いつまた持てるともかぎらない。こんなことはだれにもわからないし、たとえ人に知られるようなことがあっても、した上で後悔したほうが、何にもしないでいて後悔するよりずっといいでしょうね」
こうひとりで考えてから、彼女はある日のこと、ツィマが言っていたとおりに、二枚のタオルを庭の窓にさげました。ツィマはそれを見て大いによろこび、夜になると一人でひそかに女の庭の入り口へ行って見ました。するとそこは開かれており、彼が、家のなかに通じているも一つの入り口のところまで行くと、そこには夫人が待ちかまえておりました。夫人は彼がくるのを見ると立ちあがり、こおどりして彼を招じ入れました。で、彼は何回も彼女を抱擁し、接吻してから、階段を上って彼女のあとにつづきました。そして少しも躊躇するところなく、二人は寝床にはいると、恋の最極のものを知りつくしました。このたびは最初ではございましたが、最後ではございませんでした。というのは、騎士がミラノにいた間じゅうも、さらに彼が帰ってきてから後も、ツィマは何回となくしげしげとそこへ通ってきて、二人は銘々はかり知れない悦楽をなめつづけたからでございます。
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第六話
[#この行3字下げ]〈リッチャルド・ミヌートロはフィリッペッロ・シギノルフォの妻を愛する。リッチャルドは彼女が嫉妬深いことを聞いて、自分の妻とフィリッペッロが翌日温泉宿に行くはずだと思いこませて、彼女にそこに行かせ、彼女が夫と一緒にいると思いこませ、実はリッチャルドと寝床を同じくする結果となる〉
エリザには、もう何もいうことが残っていませんでした。女王がツィマの利口なことをほめてから、一つ話をするようにとフィアンメッタに命じた時に、フィアンメッタはたいへんうれしそうにして、「マドンナ、よろこんで」と答えてから、こうはじめました。
ほかに何事にも豊富であり、あらゆる問題の事例でみち溢れているわたくしたちの都市から、いくぶん外へ出ることにいたしまして、エリザがなさったように、ほかの世界でおこった事柄を少しばかりお話しすることといたします。そこで、ナポリに渡りまして、わたくしは恋のことといえば、実にいやな顔をして見せるあの信心深い婦人の一人が、いかにして彼女を恋する男の手管にあやつられて、恋の花も知らないうちに、その果実を味わうようにしむけられたかを、お話しいたしましょう。このお話は、これからおこるかもしれない事柄についてあなた方に用心をさせるでしょうし、またおこってしまった事柄については興味を覚えさせることでございましょう。
非常に古い町であり、おそらくイタリアの他の町と同じように、またそれ以上にたのしい町であるナポリに、かつて貴族の血も由緒正しく、その莫大な財産の故に名声もあまねくいきわたっている一人の青年がおりました。彼の名をリッチャルド・ミヌートロと言いまして、大変美しく愛くるしい若い奥さんを持っていましたのにもかかわらず、ある女性に思いをかけました。その女と言いますのは、人々の意見によりますとその美しさは、ナポリじゅうの女たちをはるかにしのいでおりました。その名をカテッラと言い、フィリッペッロ・シギノルフォと呼ばれる、これもまた同様に貴族である一人の青年の奥さまでございました。彼女はすこぶる貞潔でございまして、何よりも夫を愛し、大事にしておりました。さてリッチャルド・ミヌートロは、このカテッラに恋心をよせ、女の好意と愛情を手に入れるに必要なことは、なんでも手をつくしてみましたが、一向にその目的を達することができそうもないので、ほとんど絶望の態でございました。それでいて、その恋から身をひく術もなく、身をひくことができないままに死ぬこともならず、また生きていることもたのしく感じられませんでした。そうした気持ちでいるうちに、彼は自分の親戚すじの婦人たちに、ある日のこと、カテッラが大事にしているものはフィリッペッロだけで、フィリッペッロのことだと、彼女はたいへん嫉妬深くて、空飛ぶ小鳥すら夫を盗みはしないかと思っているほどだから、そんな恋は諦めなければいけないと、本気で勧められました。リッチャルドは、カテッラが嫉妬深いと聞くと、すぐに、自分の悦楽について名案が浮かんで、わざとカテッラへの恋については望みがなくなった、それで別のある貴婦人に恋をよせたという様子を見せはじめました。そして、闘技会をしたり、騎馬槍試合をしたり、また今までカテッラのためにやることを常としていた一切のことをするに当たって、それをその貴婦人のためにするように見せはじめました。
彼がそうしてからほどなく、ほとんどすべてのナポリ人や、カテッラ自身さえ、彼はもうカテッラをよして、この二番目の女に夢中になっているのだと、思うようになりました。彼がこうした態度をつづけていたので、みなはもうそれに間違いはないと思いましたし、余人ばかりでなく、カテッラまでが、彼が自分によせていた恋のために彼に見せていた遠慮を棄てて、他の人々にすると同様に、往来であうと隣人なみに、彼になれなれしく挨拶しました。さて、折柄暑い時候でしたので、貴婦人や騎士の群れが多く、ナポリ人の風習によって、海浜に遊びに行ったり、昼食や夕食をとりに行ったりしました。で、リッチャルドは、カテッラがこの仲間と一緒にそこへ行ったことを知りましたので、彼も同じく、自分の仲間たちをつれて、そこへまいりました。そして彼はまずたいして長くとどまっている気はないようによそおって、さんざんカテッラの女たちの群れに招くようにさせてから、この仲間に加えられました。そこで女たちは、またカテッラも、女たちと一緒になって、その新しい恋について、彼をからかいはじめました。その恋について彼は非常に熱をあげているような風をして、女たちにさらに多くの話題を提供しました。こうした場所にはよくあるように、しばらくするうちに、女たちは一人はこちらへ、一人はあちらへと去って、リッチャルドがいるところにはカテッラが、ごくわずかの女たちといるだけになりましたので、リッチャルドは彼女のほうに向かって、彼女の夫フィリッペッロのある情事を一言ほのめかしました、それを聞いて彼女はたちまち嫉妬をおこすとリッチャルドの話を知りたい欲望に心を燃やしはじめました。はじめはいくぶんこらえておりましたが、とうとう我慢ができなくなって、リッチャルドに向かい、彼がかつては愛していた自分のために、フィリッペッロについて語ったことを、ぜひはっきりさせてほしいと懇願しました。彼はカテッラにこう言いました。
「あなたは、あなたがおたずねになることをわたしがお断りできないその方のためにといって、わたしに懇願されましたね。ですからすぐに、それをあなたにお話しいたしましょう。ただしわたしがあなたにお話し申しあげることが、もっともいずれお望みの時に、それをごらんになれるようにお教えしますが、そのことがはっきりと本当であると御納得のいかないうちは、御主人にも、またどなたにも、そのことをおっしゃらないとお約束だけはしていただきたいと存じます」
夫人は、彼がそう申し出たことをいいことだと考えて、それが本当であると前以上に信じこんで、彼に向かって決して他言はしないと誓いました。そこで二人は他の人の耳にはいらないようにと、片隅に退きましてから、リッチャルドがこう言いだしました。
「奥さま、もしわたしが昔したようにあなたを恋していたならば、あなたを苦しめるように考えられることを何も申しあげようとは思わないでしょう。でもその恋も過ぎ去りましたので、すべての点についてずっと軽い気持ちで、本当のところを打ち明けましょう。フィリッペッロは、わたしがあなたによせていた恋に前からいやなお気持ちを抱いていられたのか、あるいは、わたしがあなたから愛されたことがあると思いこまれたのか、それは存じませんが、それはどうありましょうとも、彼はわたしにはそれについて何の素振りも見せませんでした。けれども多分わたしに疑われる心配がうすれる頃だと考えた時期を待っていたのでしょう。わたしからそうした目を受けたと彼が考えたのかもしれないようなことを、今わたしに対してしたがっている、つまりわたしの家内を自分の慰みものにしたいという態度を見せているのです。わたしの知っているところでは、彼は、最近ひそかに家内のもとに何度も使いをよこして、いろいろと言いよりました。そのことは、全部家内から聞かされて知っておりますが、彼女はわたしのいいなりどおりに、彼に返事をだしているのです。それで今朝も、わたしがこちらにくる前に、家で一人の女が、わたしの家内と内密に話しているのを見かけました。すぐにわたしは、その女が何者であるか気づいたので、そこで家内を呼んで、その女の申し出たことをたずねました。家内はわたしに申しました。
『あなたがわたくしに返事を書かせたり、彼に希望を持たせたりして、わたくしに苦労を背負いこませたフィリッペッロの使いの女ですよ。女の申しますには、彼はわたくしがしようと考えていることを何でも知りたがっていて、わたくしさえよければ、わたくしがこの土地の温泉宿にこっそり行けるように取り計らうというのです。で、このことを、わたくしに懇願し、押しつけるのです。あなたが、なぜだかわかりませんが、わたくしにこんなことをさせていなかったら、わたくしはあの方がわたくしのいるところへは絶対に眼を向けられないように、身の廻りから追い払っていたでしょうにね』
そこでわたしは、これはどうも度をすごしすぎている、これ以上我慢すべきではないと思いましたので、あなたの心からの誠実さ、そのためにわたしは死ぬほど苦しみましたが、その誠実がどんなむくいをうけるか、あなたに御存じいただくために、そのことをあなたに申しあげようと思いました。で、こんなことが口先だけの作り話だとあなたに思われてはいけないと思い、いつでもお好きな時に、あなたがそれを公然とごらんになることも、お手に触れることもできるようにと思いまして、わたしは返事を待っていた使いの女に家内から、こう返事をさせました。つまり、家内が、さっそく明日の午後三時頃、人々が眠っている時に、その温泉宿に行くということをです。女は大よろこびで家内に暇を告げました。わたしが家内をそこにやるだろうなどとあなたがお考えになろうとは、わたしには思われません。けれども、わたしがあなたの立場でしたら、わたしは、彼がそこで会うつもりでいる女の代わりに、そこでわたしを見つけるようにしてあげますね。しばし彼とふせってから、彼がだれと一緒にいたかを知らせて、彼に相当した敬意を払ってやろうと思いますね。こうすれば、彼に恥をかかせることができ、同時にあなたやわたしに向かって彼があたえようとした侮辱にも復讐することができるでしょう」
カテッラは、これを聞いて、それを自分に話している者がだれであるか、またそれがつくり話であるなどとは少しも考えないで、嫉妬深い者の常として、すぐにそのことばを信用して、前におこった二、三のこともこの事実に当てはめだしました。そしてたちまち怒りに燃えあがると、きっとそのとおりにしよう、それは大して骨の折れることでもないからと答えました。また、夫がそこへ来たら、これからさき夫がどんな女を見た時でも必ず頭にうかんでくるような辱かしめをどうしてもあたえてやるつもりだと答えました。リッチャルドは、それを聞いて大満足で、自分の計画が上乗であり、うまく運ぶような気がしましたので、ほかにもいろいろとしゃべって、彼女にそれはよい考えだとはげました上、これは天に誓って作りごとではないと言いました。しかし彼女には、そのことを自分から聞いたとは、決して他言しないようにとたのみましたので、彼女も誓ってそんなことはしないと、約束しました。
翌朝、リッチャルドは、自分がカテッラに語ったその温泉宿を経営しているある女のところに参りまして、自分がしようともくろんでいる事柄を告げて、そのことでできるだけ力をかしてもらいたいと頼みこみました。その女は、彼に一方ならず厄介になっておりますので、よろこんでそうしようといって、あらかじめ彼と、行動や応答の上でしなければならないことをきめました。彼女は温泉のでる家のなかに、明かりのとれるような窓が一つもないので、とても暗くなっている部屋を一つ持っておりました。女将は、リッチャルドの指図にしたがって、この部屋をととのえ、そのなかに、できるだけうまく一つの寝台をすえつけました。リッチャルドは、食事をしてから、その寝台にはいって、カテッラを待っていました。
さて貴婦人はリッチャルドのことばを聞いて、それに必要以上の信頼をおいて、かんかんに怒って、その晩家に帰りました。するとたまたまフィリッペッロも、何か考えこんでいるおももちで、同じように帰ってきました。そして彼女に対して、おそらくいつものようなやさしい態度をしなかったのでしょう。それを見て彼女はいつになくはげしい疑いをおこすと、胸のなかでこう言いました。「本当にこの人は、明日悦楽と歓喜をたのしむつもりの女のことに、すっかり気をとられているんだわ。でも、金輪際そんなことはおこさせるもんですか」そんなことを考えて、彼と会ったらどう切り出してやろうかと想いめぐらしながら、ほとんどその夜は眠りませんでした。
さて、午後の三時になりまして、カテッラは伴れの者と一緒に、別に考えを変えようともしないで、リッチャルドが教えてくれたその温泉宿に参りました。で、そこであの女に会うと、フィリッペッロがその日そこに来ているかとたずねました。女は、リッチャルドに教えこまれていましたので、申しました。
「あの方とお話をしにおいでになるという御婦人は、あなたでございますか」
カテッラが答えました。
「ええ、そうです」
「では」と女が申しました。「あのお方のところにいらっしってください」
知っていたら見つけだしたくなかったにちがいないものを探していたカテッラは、リッチャルドがいた部屋まで案内させて、頭からベールをかぶって、その部屋にはいっていくと、中から鍵をかけました。
リッチャルドは、彼女がはいってくるのを見て、よろこんで立ちあがると、彼女を抱擁して、小声で言いました。
「おお、わたしの魂よ、よく来てくれた!」
カテッラは、実際は背がひくかったのですが、高いようによく見せようとして、彼を抱擁して接吻すると、もし口をきくとさとられるかも知れないと心配でしたので、一言も話さず、彼に心からやさしい素振りをしてみせました。部屋は真っ暗でしたから、二人はそれをどちらもうれしいと思いました。それに長い間そこにおりましても、眼は前よりもよく見えるようにはなりませんでした。リッチャルドは彼女を自分の寝床につれて行くと、二人は声でけどられるかもしれないので、何も言わずに横になると、非常に長い間互いに大きな歓喜と悦楽をむさぼりあいました。しかしカテッラは、胸につかえた憤怒を吐きだすべき時がきたと思いましたので、くるおしい怒りに燃えあがると、こうきりだしました。
「ああ! 女の運命というものは、なんてみじめなものでしょう、多くの女たちが夫に捧げる愛情が、なんて悪用されていることでしょう! わたくしは、ああ、もう八年もあなたを、自分の生命よりも愛してまいりました。だのにあなたは、わたくしが聞いているところでは、まあ、あなたという人はなんて罪深い、悪いお方でしょう! よその女の方と恋に夢中になって、身を磨りへらしているのです! さあ、あなたは今、だれと一緒にいたとお思いですか。あなたは偽りの甘言をあやつって愛しているように見せかけて、その上よそでは恋にうつつを抜かして、ほんとに長い間、まんまと欺してきた、その当の女と一緒に寝ていたのですよ。わたくしはカテッラです。リッチャルドの奥さまではございません。性悪の裏切り者ったら、ありゃしない、さあ耳をひらいて、わたくしの声かどうかお聞きなさい。まぎれもないわたくしですよ。あなたという人はなんて汚れはてた不潔な犬なんでしょう、どんな男か辱かしめてあげようと思って、明かりがつくのを千秋の思いで待っているんです。ああ、どうしましょう! わたくしは、こんなに長い間、そんな者に、こんなに真剣な愛情を捧げてきたのでしょうか。よその女を抱いていると思いこんで、わたくしがここに一緒にいたこのわずかの時間に、わたくしがその妻としてすごしてきた全部の時間を通じてもうけたことのないような、一段と強い愛撫と愛情を、わたくしに示したこの根性の曲がった犬になのでしょうか。いまいましいったらありません。今日は本当に元気旺盛でしたわね。家ではいつも弱くて、腑抜けで、意気地なしな風をしているのに! でも、まあ、幸いなことに、あなたはご自分の畑をたがやされたので、あなたが思いこんでいらっしゃるように、それは他人の畑ではなかったのです。昨夜あなたがわたくしに近よらなかったとて、驚くことはありません。あなたは積み荷をよそへおろすつもりでいたんですからね。戦闘に元気溌剌とした騎士として出場しようとお望みだったのですね。でも神さまと、わたくしの見通しのお陰で、水はやはり、その向かうべきところに向かって流れ落ちました! どうして御返事をなさらないのですか、あなた? どうして、なんとかおっしゃらないのですか。あなたはわたくしの話を聞いていて、唖になったのですか。ほんとうに、わたくしは、あなたの眼にこの手をさしこんで、眼玉をくり抜かないのがふしぎなくらいです。あなたは、こんな裏切りをだれにも知られないで、しおわせるとお思いでしたのね! ところが、自分が知っていれば、他人もやはり知っているもので、あなたはやりそこなったのね。わたくしは、あなたが考えてもいらっしゃらないような素晴らしい猟犬を、あなたのあとにつけておいたのですからね」
リッチャルドは胸の中で、そのことばをたのしんでいましたが、なにも答えずに、彼女を抱擁したり、接吻したり、また非常に熱い愛撫をあたえました。そこで彼女は、その話をつづけてから、こう言いました。
「ふん、あなたが果てしない愛撫でわたくしをだましたり、気をしずめさせたり、なだめたりしようと思ったら、それは大まちがいですよ。わたくしはこのことでは、親戚や友人や隣人たちの前で、あなたを辱かしめるまでは決して慰められません。あなた、今わたくしはリッチャルド・ミヌートロさまの奥さまくらいきれいではありませんか、わたくしも同じくらい、貴婦人ではありませんか? どうして返事をしないんですか、けがらわしい。あの女がわたくしより何がすぐれているというんですか。離れていて下さい。わたくしに触らないで下さい。あなたは今日は、しすぎるくらい奮戦したんですからね。もうあなたはわたくしがだれであるかおわかりになったのですから、もう、あなたがなさるようなことはいやいやながらなさっていらっしゃるくらいのことはよくわかっていますが、しかし神さまがわたくしにお恵みを垂れてくださったら、わたくしはあなたのその欲情をもう満たしてはあげないでしょう。わたくしは、なぜ自分が遠慮してリッチャルドを呼びにやらないのかわかりませんわ。彼はわたくしを自分の生命よりも恋い慕っておりますのに、一度でもわたくしが彼を見つめたなどと自慢することはできませんでした。そうしてあげて何が悪いのか、わたくしにはわかりません。あなたは、あの奥さまがここにいると思っていましたし、その奥さまを手にお入れになったも同じことです。だって、それがうまくはこばなかったのは、あなたに落ち度があったわけではありませんからね。ですから、わたくしがここに、リッチャルドさまと一緒にいても、あなたは、もっともらしく、わたくしを非難することはできないでしょう」
今はことばは流れるようにほとばしり、女の愚痴は限りがございません。遂にリッチャルドは、こう思いこませたまま彼女を立ち去らせたら、たいへん悪い結果がおこるかもしれないと思いましたので、自分の正体をあらわして、彼女をその落ちこんでいるわなから引き出そうと決心しました。で、彼女を腕にひきよせると、逃げだせないように抱きしめて、言いました。
「わたしのやさしい魂よ、お怒りになってはいけません。ただ恋してだけいては手にいれることができなかったものを、恋の神さまは詐《いつわ》りをもってわたしにとれとお教えになられたのです。わたしは、あなたのリッチャルドです」
カテッラはそれをきくや、その声で彼だとわかると、すぐに寝床からとびおりようとしましたが、それはできませんでした。そこで叫び声をあげようとしましたが、リッチャルドは片手で彼女の口をおさえて、言いました。
「奥さま、あなたが一生叫びつづけても、すでにしてしまったことを、それでもしなかったと、もう取り消せるものではありません。もしあなたが叫ばれたり、もしくは何かの方法でだれかにこのことがわかるようになされば、そこで二つのことが持ちあがりましょうね。一つは、それについては少なからずあなたも御心配のはずですが、あなたの名誉やあなたの名声がこわされるということです。なぜなら、わたしが欺してあなたをここに呼びよせたといくらあなたがおっしゃっても、わたしはそれは真実ではない、むしろわたしが約束した金や、贈り物に眼がくらんで呼びよせられたのだ、ところが望みどおりにそれらの品を十分にわたしがあげなかったので、あなたは腹を立てて、そんなことを言ったり、騒いだりしているのだと言いふらしますからね。それにあなたも御承知のように、人間というものは、善いことよりも悪いことを信じやすいものですから、あなたのおっしゃることよりも、わたしの言うことのほうを信じますよ。このあとで、あなたの御主人とわたしとの間に、生命のやりとりがおこりましょう。で、いずれは、すぐにわたしが彼を殺すか、彼がわたしを殺すかということにまでなりましょう。そしたら、あなたはよろこんでもいられないし、満足してもおれないでしょう。ですから、わたしの肉体の心よ、あなたの名前を侮辱したり、同時にあなたの御主人や、わたしを危険におとしいれたり、争わせたりしないでください。あなたは、欺された最初の方でもありませんし、最後の方でもないでしょう。またわたしはあなたの愛を奪いとるためにあなたを欺したのではなく、わたしがあなたによせている、あふれるような愛のために欺したのです。またわたしは、そのあふれるような愛をいつも持っている覚悟ですし、またあなたの非常にいやしい下僕でいるつもりです。久しい以前から、わたしや、わたしの財産や、わたしの能力や、権限のおよぶものが、あなたのものとなり、あなたのお役に立つことを望んではおりましたが、これからはもっとそうありたいものだと思っております。さて、あなたはほかのいろいろのことでも聡明でいらっしゃいますから、きっとこのことについてもそうでいらっしゃると思います」
カテッラは、リッチャルドがこんなことを話している間じゅう、激しく泣いておりました。彼女は非常に腹をたてて、不平を申し立てましたが、リッチャルドの真実を割ってのことばにもっともだと思いましたので、リッチャルドが言ったことがおこるかもしれないとさとりました。そこで言いました。
「リッチャルド、わたくしは、あなたがわたくしにした無体と欺瞞を耐えしのぶ力を、神さまがどんな風にしてお恵みくださるか存じません。わたくしは、ここでどなり立てようとは思いません。わたくしのおろかさと、ひどい嫉妬が、わたくしをここにひっぱってきたのですからね。でもわたくしは、なんとか方法を講じて、あなたがわたくしになさったことについて、復讐しないかぎり、決して気がおさまらないことだけは、お忘れにならないでください。ですから、わたくしをほっておいてください。もうわたくしを抑えていないでください。あなたはご自分がお望みになったものを手に入れましたし、お好きなだけわたくしをさいなんだわけです。もうわたくしをはなしていい時です。はなしてください。お願いです」
リッチャルドは、彼女の心がまだ怒りに燃えているのを知っておりましたので、彼女が平静をとりもどした上でなければ、帰すまいと決心しました。そこでとろけるような甘いことばで、彼女をなだめすかして、いろいろと言い聞かせ、嘆願し、哀訴しましたので、彼女も負けて、彼と仲直りをして、それから各自同じ意志の下に、大分長い間、一緒に寝床にはいって、快楽のかぎりをなめつくしました。女は夫の接吻よりも、恋人の接吻のほうがどんなに味わいのよいものであるかを知りましたので、リッチャルドに対して、かたくなな心を甘い恋に変えて、その日以来彼をいとやさしく愛しました。二人は利口に何度も立ちまわって恋をたのしみました。神さまよ、わたくしたちに、わたくしたちの恋をたのしませ給え。
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第七話
[#この行3字下げ]〈テダルドは、自分の女に腹を立ててフィレンツェを出奔する。しばらくの後、巡礼の姿でその地に帰り、その女と話をかわし、彼女の誤りをさとらせ、また自分を殺したという証拠があがっていたので死刑にされるはずだった彼女の夫を救い、その兄弟たちと仲直りさせたうえ、彼女と巧みにたのしむ〉
フィアンメッタが一同の賞讃を博して、お話を終えましたので、女王は時間を無駄にしまいと、さっそくエミリアにお話をするように命じました。彼女ははじめました。
わたくしは前のお二人が好んで離れられましたわたくしたちの都市に戻って、わたくしたちの市民の一人が、どんな風にしてその失った自分の女を、ふたたび手に入れたかを、お話ししようと存じます。
さて、フィレンツェに、その名をテダルド・デリ・エリゼイという貴公子が住んでおりました。彼はエルメッリーナ夫人と呼ばれるアルドブランディーノ・パレルミーニという人の妻に対して、並はずれた思いのよせようでございましたが、その立派な挙措振る舞いによって、その欲望を達することができました。その歓喜に対して、幸福な人々の敵である運命がはむかったのでございます。と申しますのは、その理由はどうありましょうとも、その婦人は前にはテダルドをたのしませておりましたが、それをすっかりやめて、彼の使者のことばなどちっとも聞こうとしないばかりか、その使者に会おうともしませんでした。彼はひどい不快な憂鬱におちこみましたが、この恋は人にかくしてありましたから、だれ一人として、彼の憂鬱の原因が何かわかりませんでした。彼は自分が罪もないのに失ったような気がしたその恋を取り戻そうと、百方手をつくしてみましたが、何をやってみても無益だとわかり、その自分の不幸の原因である彼女に、自分のやつれていくのを見せてよろこばせるようなことはしたくないので、世間から遠いところへ行って消息を断たねばならないと決心しました。そしてできるだけの金を持って、一切の事情を知っている一人の友人のほかには、何もいわないで、こっそりと町を去り、アンコナ(南イタリア、アドリア海岸の港)にやってきまして、フィリッポ・ディ・サン・ロデッチョと名乗ったのでございます。
そこで、さる金持ちの商人と知り合いになり、その商人の召使となって、商人の船の一隻に乗って、商人とともにチプリ(キプロス島)に行きました。テダルドの態度や振る舞いは非常に商人の気に入り、商人は彼に高給を支払ったばかりでなく、彼をある程度仲間としてとりたてて、そのほかに自分の事業の大部分を彼の手にゆだねました。彼はそれらの仕事を非常によく、とても熱心にやったので、数年ならずして立派な金持ちの、名声赫々たる商人になりました。そんなことをしているうちにも、彼はしばしばその冷酷な女のことを思いだして、その恋に激しく胸をつきさされて、女に会いたいものだと心底から熱望しておりましたが、じっと我慢をしつづけて、七年の間そうした戦に打ち勝ちました。ところが彼は、自分が彼女によせていた、また彼女が彼によせていた恋や、彼が彼女について持っていた歓喜が内容として語られている歌、それはかつて彼が作った歌ですが、それを人が歌っているのをある日のことチプリで耳にいたしまして、彼女が自分を忘れたことなどあり得るはずがないという気がしましたので、彼女に会いたいという欲望に燃えあがると、矢も楯もたまらず、フィレンツェに帰る決心をしました。そしてすべてのことを整理してから、一人の召使をつれて二人だけでアンコナにまいりました。そこへすべての荷物が着きましたので、それをアンコナの彼の仲間の友人で、フィレンツェにいる者のところへ送りました。そして彼はこっそりと、エルサレムからきた巡礼の姿に身をやつして、その召使をつれて行きました。フィレンツェに着いて、自分の女の家の近くにあった、二人の兄弟の営んでいる小さな宿屋に行きました。彼はさっそく彼女に会いたいものだと、彼女の家の前に行きました。しかし見ると、窓や戸口が、それから何もかも閉めきってありました。彼は、女が死んだのではないか、それともそこから引っ越してしまったのではないかと激しい不安を感じました。そこで、考えこみながら、兄弟たちの家のほうに行ってみました。家の前までくると彼の四人の兄弟が、揃いも揃って喪服《もふく》をつけていました。それで彼は本当にびっくりしました。でも自分は、出発した時とは、服装も姿も変わっていて、容易にその正体を見破られることはないだろうと思いましたので、平然と靴屋のところに近づいて行き、あの人々はどうして黒い衣裳をまとっているのかとたずねました。すると靴屋はこう答えました。
「だいぶ前から家を留守にしていた兄弟の一人で、テダルドという者が殺されてからまだ十五日となっておりませんので、あの人々は喪服をつけているんですよ。わしの聞きましたところでは、あの人々はなんでも今捕えられているアルドブランディーノ・パレルミーニという名前の男が殺したんだと、法廷で証言したのだそうですが、なぜ殺したのかと言いますと、テダルドがその男の細君に惚れておりましてか彼女に近づこうとして、こっそりここへ帰ってきたからなのだそうですよ」
テダルドは、自分に非常によく似ている者があって、自分と思い違いされていることを知って、びっくり仰天しましたが、またアルドブランディーノの不運にも胸をいためました。彼は女が無事息災であることを知りましたので、もう夜にもなっていましたし、もろもろの考えで胸が一杯になって、宿屋に戻りました。自分の召使とともに夕飯をしたためてから、彼はほとんど家の一番上の部屋で眠りました。そこで、うずくような千々の思いに悩まされたせいか、寝床の具合の悪いためか、それともおそらく粗末だった夕飯のせいか、すでに夜の半ばが過ぎたのにまだ寝つくことができませんでした。それで眼を覚ましていると、夜半頃に、家の屋根を伝って、家のなかに数人の者が降りてくる気配がしました、そのあとから家の戸口の隙間をとおして、灯が一つそこへやってくるのが見えました。そこで彼は、静かに隙間に近よると、一体どうしたわけかと眼をこらしはじめました。見ていると、非常に美しい一人の若い女がこの灯をかかげており、屋根からおりてきた三人の男が彼女のほうにくるところでした。で皆は互いに挨拶をかわしておりましたが、そのあとで、彼らの一人が若い女に向かって言いました。
「いいあんばいに、われわれはもうこれで安心だ。だって、テダルド・エリゼイの死が、あの兄弟たちによってアルドブランディーノ・パレルミーニの所業だと証拠立てられたし、彼もそれを白状して、もう判決も記されていることを、我々はちゃんと知っているんだ。だがそれでも、口にはくれぐれも用心して欲しい。というのは、ひょっとしてわれわれが下手人だということがわかった日には、われわれはアルドブランディーノと同じ危険にあうんだからな」
そう言うと彼らは、そのことを聞いて非常にうれしそうな顔をした女と一緒に、下へおりると、寝に行きました。テダルドはこれを聞いて、人間の智能におこりがちなあやまりがどんなに数多く、またどんなに種類が多いものであるか、ということを考えはじめました。そこで彼はまず自分の兄弟たちが、未知の男のために泣いて、自分だと思ってそれを埋葬して、それから、間違った疑いのために無垢の者を訴え出て、本当でない証人をあげて、彼を死なねばならないように仕向けたことを考え、その他に、法律と裁判官たちの盲目的な厳格ぶりを考えました。彼らはしばしば真相を探り求めるのに急で、残忍になって、偽証をさせて、みずからは正義と神の使徒であるといっておりますが、その実彼らは不正と悪魔の執行者なのであります。こうしたことのつぎに彼は、その考えを、アルドブランディーノの救助のことに向けて、自分がしなければならないことをきめました。朝起きあがると、彼は自分の召使を残したまま、好いおりを見て、ただ一人自分の恋女の家のほうに向かいました。たまたま戸口が開いていましたので、中へはいってみると、女がそこの地階の小部屋で、床に坐っておりました。彼女は涙にくれ、嘆きにうちしおれておりました。彼はそれを見ると、憐れみをもよおして涙を流すと、彼女に近づいて行って言いました。
「奥さま、おなげきにならないでください。あなたの平穏は間近に迫っております」
女は、彼のことばを聞くと、顔をもたげて、泣きながら言いました。
「まあ、あなたは、よその土地の巡礼のようにお見受けいたしますが、わたくしのなぐさめだとか、わたくしの苦しみについて、何を御存じなのですか」
すると、巡礼が答えました。
「奥さま、わたくしは、コンスタンチノープルの者でございますが、あなたの涙を笑いに変え、あなたの御主人を死から救うために、ただ今こちらへ、神さまからつかわされてまいったのです」
「あなたが」と女が言いました。「もしあなたがコンスタンチノープルの方で、たった今ここに到着されたのでしたら、あなたは、わたくしの夫や、わたくしが何者なのか、どうして、それを御存じなのです?」
巡礼は、そもそものおこりから、アルドブランディーノの不運な身の上を全部物語った上、彼女に向かって、彼女がだれであるか、いつから結婚しているか、その他、彼が彼女のことについて非常によく知っている数多くの事柄を話しました。それを聞いて女はびっくりしてしまい、彼を預言者だと思いこんで、その足もとにひざまずいて、もしあなたがアルドブランディーノを救うためにこられたのならば、事は急を要しますから、急いで下さいと、神さまの名を持ちだして嘆願しました。巡礼は非常に高徳な人物であるようなふりをよそおって言いました。
「奥さま、お起きなさい。お泣きなさいますな。わたしが申しあげることをよくお聞きなさい。そうしてだれにもそのことは決してお話にならないように、よく御注意なさい。神さまがわたしにお示しになられるところによると、あなたがお受けになっている悲しみは、あなたが今までに犯した罪のためにおこったものです。その罪を神さまは、一部はこうした責苦でぬぐい去ろうとなさいました。また神さまは、完全にあなたの力でその罪が償われるようにとお望みなのです。もし、それができなかったら、あなたはもっとずっと大きな苦しみにおちいりましょう」
すると女が言いました。
「師よ、わたくしはたくさんの罪を犯してきました。神さまがわたくしにどの罪の償いをするようにお望みなのかわかりません。ですからもしあなたがそれを御存じでしたら、わたくしにおっしゃって下さい。わたくしはそれを償うために、できるだけのことをいたしましょう」
「奥さま」と、その時巡礼が言いました。「わたしは、それがなんであるか、よく知っております。でも、そのことについておたずねするのは、そのことをもっとよく知りたいからというわけではありません。ただあなた御自身それをおっしゃって、一段と良心の呵責を感じてほしいからであります。では本筋の話に移りましょう。さあ、おっしゃって下さい。あなたには前にどなたか恋人がおありになったことを、お覚えでしょうね?」
女はそれを聞くと、大きな溜め息をもらして、大そう驚きました。彼女はテダルドであると思って埋葬された者が殺された当時は、そのひめごとを知っていたテダルドの仲間が不用意にもらした二、三のはしたないことばがもとになって陰口がきかれましたけれども、そのことを知っている者は決してないと思っていたからでございます。で、こう答えました。
「わたくしは、神さまがあなたに人間事の一切の秘密をお示しになられていることがわかりますので、わたくしの秘密をあなたに隠し立てはしないつもりでございます。実のところわたくしは、若い頃に不幸な青年を心から愛したのでございますが、その青年の死がわたくしの夫のしわざとされているのでございます。その死をわたくしは胸をつかれるような思いで、泣き悲しんでいるのでございます。と申しますわけは、その方の出発前に、わたくしはその方に対してきびしく、つれなくふるまいはいたしましたものの、その方が出発いたしましても、その方が長い間よそにおりましても、さらにはまた、非業の死に遇われましても、そうしたことはわたくしの胸から、その方を引き離すことはできなかったからでございます」
彼女に向かって巡礼者は言いました。
「その殺された不幸な青年を、あなたは露ほども愛していたのではありません。あなたが愛したのはテダルド・エリゼイでした。ですが、おっしゃってください。あなたがテダルドに腹をたてた理由はなんでしたか。彼は、あなたを侮辱するようなことをしましたでしょうか」
彼に女が答えました。
「いいえ、ちっとも。あの方はわたくしを侮辱などいたしませんでした。でも、わたくしが腹をたてた原因は、わたくしが一度懺悔をした性悪の修道士のことばでございました。と申しますのは、わたくしが、あの方によせていた恋や、わたくしがあたためていた愛情をその修道士に話しましたところが、修道士は、今思い出してもぞっとするほどひどくわたくしをどなりつけまして、もしわたくしがそれをやめないと、地獄の底で悪魔の口に落ちこんで、責苦《せめく》の業火に投げこまれるだろうと言いましたからでございます。それでわたくしは、怖ろしくてたまらなくなって、もうあの方の情愛は受けまいと決心いたしまして、その機会をたつために、それ以来あの方の手紙や、使者を受けまいと思いました。そのくせ心のなかでは、あの方が、絶望のあまり出奔したりなさるよりも、もっと我慢していてくださったら、あの方が陽をうけた雪のように衰えて行くのを見せつけられているうちに、わたくしの固い覚悟もにぶるだろうと思っておりました。だってこの世であの方よりも大事に考えたものは、なかったのでございますもの」
すると巡礼が申しました。
「奥さま、それが、ただひとつ、今あなたを苦しめている罪なのです。わたしは、テダルドが何ら強いるようなことをしなかったことを、よく存じております。あなたが彼に思いをよせられたのは、彼が気に入ったので、あなた御自身がお望みになったように、彼はあなたに近づいてきて、あなたの情愛を受けたのです。そのうちに、ことばや行ないをもって、あなたは非常なうれしさを彼に見せたものですから、彼が初めにあなたを愛していましたとしても、優にその千倍もあなたはその愛情をつのらせました。わたしはそうだったことを存じております。で、もしそうだったとしましたならば、あなたの心を動かして、そんなに冷酷に彼をあなたからもぎ離すように仕向けたどんな理由が、一体あったのでしょうか。こうしたことは、前もって考えておかねばならないことでして、もし悪いことをしたと、後悔しなければならないとお考えならば、そんなことはしないことです。彼があなたのものとなったと同じようにあなたは彼のものとなりました。彼をあなたのものでなくするために、あなたはなんでも好きなように振る舞えたかもしれません。だってあなたのものですからね。しかしあなたは彼のものだったのですよ。その彼から取り上げてしまおうとすることは、これは、彼の意志がそこに動いていなかったら、盗みであり、不都合なことでした。さて、あなたは、わたしが修道士であって、ですから、その風習はなんでも知っているということを、御存じにならねばなりません。で、もしわたしがあなたのためを思っていくぶん余計なことを話すとしましても、それは他の方々がするのとちがって、いけないことではありますまい。それをわたしがお話ししたいと申しますのは、おそらく今まであなたがお考えにもならなかったことと思いますが、今までよりもずっとよく修道士たちというものを、知ってほしいからなのです。
かつては修道士は、高徳達識の士でありましたが、今修道士と呼ばれる人々は、また修道士として遇せられたいと望んでいる人々は、外衣のほかには、修道士らしいものは何一つ持っておりません。その外衣そのものも、修道士のではないのです。と申しますのはこういうわけです。そもそも外衣というものは、修道士の創立者たちによって、窮屈に、貧弱に、粗末な布地で作るようにされていたものでありまして、それはこうしていやしい衣服に肉体をつつんでいる時に、俗世のことを侮辱していたあの霊魂の象徴だったのですが、今日では彼らは、その外衣を幅広く、二重に、艶やかにして、非常に上等な布地で作っているのです。で、彼らは、それを伊達な偉そうなかっこうに仕立てました。で、まるで俗界の人々が自分たちの衣類をつけて気取って歩いているように、そうした外衣をまとって、教会や広場を気取って歩いていて、恥とは思わないのです。それで、まるで漁師が投網《とあみ》で、またたく間にたくさんの魚を獲るように修道士たちはすごく幅広の縁で身をつつんで、せっせと縁の下に、多くの女偽善家や、多くの未亡人や、その他多くの愚かな男女を抱きこみますが、それが何よりも彼らの一番の関心事なのです。ですから、本当のことを申しあげれば、彼らは修道士の外衣をつけているのではなくて、ただ外衣の色だけを身につけているのです。
昔の修道士たちは人々の救いを望んでおりましたが、今日の修道士たちは女や富を望んでいるのです。で、修道士たちは騒音や彩色画を使って、愚者たちの頭を驚かしたり、布施をささげミサをあげれば罪があがなわれると教えたりするのに、彼らの研究のすべてをささげてきたし、今もそうしているのです。
そしてそれは、神をうやまうからではなく、卑屈なために、また骨を折りたくないために修道士になって逃避した彼らのところへ、この者にパンを持ってくるように、ある者にはぶどう酒をよこすように、またある者にはその死者の霊魂のために食膳をささげるようにさせるためです。布施や祈祷が罪人をあがないきよめることは確かです。でも、そうしたことをする人々が、だれのためにそれをしているのか見たり、知ったりしたら、むしろそんなことをしないで手もとにとっておくか、それを同数の豚に投げ与えることでしょう。彼らは、ある一つの大きな富の所有者たちが少なければ少ないだけ、反対にその生活が豊かであることを知っているものですから、銘々騒ぎたてたり、おどかしたりして、自分がそれを一人占めにしようと望むばかりに、それからほかの者を遠ざけようとつとめるのです。彼らは男に対しては淫欲を叱ります。それは叱られた者たちが淫欲から遠ざかると、叱った者たちに、女が残ってくるからなのです。彼らは高利や邪悪な儲けを責めたてます。それは、その儲けを自分たちが正しい途に還す役廻りとなれば、その金で、彼らがそれを持っている者を破滅させるだろうと説いてきたその儲けの金で、もっと幅の広い外衣を作ったり、司教区やその他高位聖職者の地位を手に入れたりすることができるようにしたいからです。こうしたことや、その他彼らが不正に行なう多くのことについて、非難されるとこう答えるのです。『われわれの言っていることをしなさい、われわれのしていることをしてはいけません』彼らは、それでもあらゆる重い責任を立派に肩からおろしたと考えているのです。まるで、牧者たちよりも羊らのほうが恒心を持ち、鉄のように道心堅固にふるまうことができるといっているようなものです。そして修道士たちの大部分は、彼らがこんな返事をしている相手が、そして彼らが言っているような具合にそれを解しないものが、どんなにたくさんいるかを知っているのです。今日の修道士たちは、あなた方が彼らのいうことを行なうように、だから、あなた方が彼らの財布を金で一杯にして、彼らにあなた方の秘密を打ち明け、貞潔を保ち、辛抱強くして、誹謗を赦し、悪口を言わないようにすることを望んでいるのです。これはすべて善良な、すべて正直な、すべて信仰にかなったことなのです。でも、どうしてこうしたことが必要なのでしょうか。それは、彼らが、もし俗世の人々がそれをしたら、自分たちがすることができなくなるようなことを、自分たちでやれるようにしたいからなのです。金がなくては懶惰《らんだ》な生活もつづかないということを、知らない者がありましょうか。もしあなたの楽しみにお金をつかえば、修道士は寺院のなかで怠けていることはできなくなりましょう。もしあなたが近所の御婦人方のところにいらっしゃれば、修道士たちは自分たちの行き場所がなくなるでしょう。もしあなたが、忍耐強くなければ、また誹謗を許す方でなければ、修道士はあなたの家に行ってその家族を誹謗するようなことはしないでしょう。なぜ、わたしは、何から何までほじりたてるのでしょうか。彼らは、あんな弁解を言うたびに、識者から見れば、自分自身を非難しているわけなのです。もし彼らが節制を保ち、道心堅固でいることができないと思うならば、なぜいっそのこと家にいないのでしょうか。または、もしこうしたことに身を捧げようと望まれるならば、なぜ彼らは、福音書の『キリストは行ないかつ教うることをはじめ給えり』なる、あの別の神聖なことばに従おうとしないのでしょうか。まず彼らが行なって、それから他の人々を教化してほしいものです。わたしは今までに、彼らのなかには、世間の女にばかりでなく修道院の女にも追従《ついしよう》を言い、恋をささやき、これを訪れる者たちが大勢いるのを見てきました。さらにそうした連中の中には、説教台では人一倍偉そうな説教をして名をとどろかしているものも大勢いるのです。それで、そうした人々に、わたしたちは見ならわねばならないのでしょうか。見ならう者は、見ならう者の勝手です。でもそれが賢明の策であるかどうかは、神さまが御存じです。しかし、まあ、あなたを叱った修道士が言われたことは、ですから、夫婦としての貞節を破ることはたいへん重大な罪だといわれたことは、理窟に合っているとしますが、では一人の男から盗むことはさらに大きな罪ではないでしょうか。彼を殺すことは、あるいは彼を追放し、世界に苦しい旅をつづけさせることは、さらに大きな罪ではないでしょうか。このことはだれでも認めて下さるでしょう。女が男の情愛をうけることは自然の罪です。しかし男から盗み、男を殺し、あるいは追い出すことは、邪悪なこころのうんだものです。すでにお話ししましたように、御自分から進んで彼のものとなったあなたを、彼から取り上げたのは、御自身テダルドに盗みを働いたわけです。そのあとで、なお申しあげますが、あなたは、彼があなたの手中にあったというだけで、彼を殺したのです。なぜならいつもあなたはますます惨酷な態度をとっており、彼が自分の手で命を断たなかったのは、なにもあなたのおかげではなかったからです。で、法律は、悪事が行なわれるその原因である者は、悪事を行なう者と同罪であることを望んでいます。あなたが彼の出奔や、七年にもわたって世界を股にかけての悲惨な漂浪の旅の原因だったことは、否定できないことです。だからあなたは彼の情愛をうけている間に犯した罪よりも、今申しあげたこれら三つの罪のどれか一つをもってしても、ずっと重い罪を犯しているのです。まあ見てみましょう。恐らくテダルドにはこんな目に会うだけのことが、あったでしょうか。確かにそんなことはありませんでした。あなた御自身もうそのことは告白をなさいました。そうでなくても、わたしは、彼があなたをわが身よりも愛していることを知っています。彼が偽らずに、また一般に疑いをおこさせないで、あなたのことを話すことができた場所にいた時は、彼はあなたをどんな婦人よりも、尊敬し、賞讃し、誇りとしておりまして、彼にそんなにされたものはほかには何一つとしてありませんでした。彼のすべての幸福は、彼のすべての名誉は、彼のすべての自由は、彼によってことごとくあなたの掌中にゆだねられました。彼は気高い青年ではなかったでしょうか。彼はほかの市民たちの中で美しくはなかったでしょうか。青年たちの世界に属する物事をやらせて、彼は勇敢ではなかったでしょうか。彼はだれからも愛され、愛《いと》しい者とされ、よろこんで迎えられなかったでしょうか。これについても、あなたは否とは言われないでしょう。では、一人の気違いの、馬鹿な、嫉妬深い修道士のことばを信じて、どうしてあなたは、彼に対して惨酷な決心をとることができたのですか。男を蛇蝎視《だかつし》し、これを軽蔑している御婦人方の過誤がどんな過誤であるかは存じません。ですが御婦人方というものは、自分たちがなんであるか、また神さまが他のすべての動物以上に男にあたえ給うた気高さが、どんなに大きなものであり、どんな性質のものであるかをお考えになられれば、だれでも男に思いをよせられる場合に、みずから光栄と感じ、その男を何よりも愛しいものと思い、男の心が決して自分を愛することからそれないように心を砕いて彼の気に入るようにつとめなければならないはずです。あなたが、確かに肉汁には眼がない、甘菓子《トルテ》食らいにちがいないある修道士のことばに動かされて何をしでかしたかは、御存じのとおりです。おそらく彼は、他人を追いだそうと懸命になっていたその場所に、自分ではいりたがっていたのでしょう。ですから、こうした罪は、そのあらゆる行為を正しい秤で計るやんごとない正義が、罰せずにおこうとは望まれなかったものです。果たしてあなたが理由もないのにテダルドから御自身を奪いとろうと努力されたように、あなたの夫は理由もないのに、テダルドのために危険に落ちた上、今なお危機に瀕しており、あなたは苦悩にさいなまれております。その苦悩から解放されたいとお望みなら、あなたが約束して、さらに大いに実行しなければならないことは、もしひょっとしてテダルドがその長い出奔の旅からここに戻ってくるようなことがありましたら、あなたのやさしさと愛情と好意と親交とを彼に捧げて、あなたが愚かにも気違いの修道士のことばを信じこむ以前に彼がおった地位に、彼をふたたび戻すようになさることです」
巡礼がそのことばを終えると、女は巡礼の話が全く真実であるような気がいたしましたので、注意深くそれに耳を傾けておりましたが、彼の話を聞いていてたしかにその罪のために自分が苦しめられているのだと考えましたので、こう言いました。
「神さまのお友だちよ、あなたがおっしゃられることは全く本当だと思います。で、大部分あなたの御説明によって、今まで自分で、どなたも高徳な方々であると考えておりました修道士たちが、どんな人々であるのかわかりました。で、もちろん、わたくしがテダルドに対してとった振る舞いで、自分の手落ちが大きなものであったことはわかります。で、もし自分でできますことなら、進んでわたくしは、あなたがおっしゃったとおりにそれを償いたいと存じます。でもそれには、どうしたらよろしいのでしょうか。テダルドがここに帰ってくることなどは決してないでしょう。あの方は死んでしまいました。ですから、今更してもおよばないことをあなたにお約束する必要がどうしてあるのか、わたくしにはわかりかねます」
彼女に巡礼が言いました。
「奥さま、テダルドは、神さまがわたしにお示しになるところでは、決して死んではおりません。もしも彼が、あなたの寵遇を得られるなら、彼は生きております。つつがなく暮らしております」
すると女が言いました。
「あなたのおっしゃることに御注意をなさって下さい。わたくしはあの方が、わたくしの家の戸口に、一度ならず短刀で刺されて、殺されているのを見ました。わたくしはあの方をこの腕に抱えて、その死顔をわたくしのとめどもない涙で濡らしました。その涙が、けがらわしい評判となってあんなことを、人の口の端にのせる原因となったのでございましょう」
すると、巡礼が言いました。
「奥さま、あなたがなんとおっしゃいましても、テダルドが生きていることを保証します。で、もしあなたが先ほどのことを必ず守ると御約束なさいますならば、わたしは、あなたがじきに彼にお会いできると思います」
女はそこで言いました。
「それはお約束いたします。よろこんでお約束いたしましょう。わたくしの夫が無事に釈放されて、テダルドが生きていらっしゃるのを見られるくらいわたくしにとってうれしいことは、ほかにあるわけがございません」
そこでテダルドは、自分の正体をあらわして、彼女の夫についてもっと確かな希望を持たせて女を慰めてもいい頃だと思いましたので、こう言いました。
「奥さま、わたしは、あなたの御主人のことであなたをお慰めしたいので、ある大きな秘密を打ち明けねばなりません。その秘密は、一生の間おもらしにならぬよう、ご留意下さい」
女は巡礼が身に備えているような高徳に、すっかり信用をおいており、彼らは大分他人から離れたところに、たった二人きりでおりました。そこでテダルドは、彼が彼女と一緒に過ごした最後の夜、彼女が自分に贈った、彼が非常に大切にしていた一つの指輪を取り出して見せながら申しました。
「奥さま、あなたはこれに見覚えがありますか」
女はそれを見て、すぐにそれとさとって言いました。
「はい、修道士さま、それをわたくしは前にテダルドに贈ったことがございます」
すると巡礼は、すっくと立ちあがって、直ちに巡礼服を脱ぎ棄てて、頭から帽子をとると、フィレンツェのことばを用いながら、言いました。
「では、わたくしを覚えておりますか」
女は彼を見た時に、彼がテダルドであることを知ってびっくり仰天して、死んだあとで生きている人のように眼の前にあらわれでた死骸を恐れるように、彼を怖がりました。そしてテダルドがチプリから帰ってでもきたかのように、いそいそと彼を迎える素振りなど見せないで、まるでテダルドが墓からそこへ戻ってでもきたかのように、びくびくして逃げだそうといたしました。彼女に向かってテダルドが言いました。
「奥さま、怖がってはいけません。わたしはこうして無事生きている、あなたのテダルドです。あなたや、わたしの兄弟たちが、そう思いこんでおりましても、わたしは決して死にもしなければ、殺されもしませんでした」
女はいくぶん安堵の胸をなでおろして、彼の声を聞きわけると、なおしばらくの間、彼を見つめておりましたが、たしかにその修道士がテダルドであると確信がつきましたので、泣きながら、彼の頸にしがみついて接吻すると言いました。
「わたくしの愛しいテダルド、よく帰ってきてくれました」
テダルドは彼女に接吻して抱擁すると、言いました。
「奥さま、今は、それ以上ねんごろな挨拶をしている時ではありません。わたしはこれから出て行って、アルドブランディーノが無事にあなたのお手許に帰されるようにしたいと思います。それについて、あなたは明晩にならないうちに、お気に召すような情報をお聞きになられるでしょう。本当ですとも。ですから、もしわたしの考えどおり、御主人の救助について何かいい情報がありましたら、わたしは今夜あなたのところにきて、今よりももっと楽々とした気持ちで、それをお耳に入れるようにしたいと思います」
そして彼はふたたび巡礼服をまとい、帽子をかぶって、もう一度彼女に接吻すると、明るい希望で彼女を元気づけてから、彼女のもとを出て、アルドブランディーノが投獄されているところへ行きました。アルドブランディーノは、すでに救助の望みもなく、ただ目前の死の恐怖に心を奪われておりました。テダルドは教誨師《きようかいし》をよそおって、牢番たちの許しを得て、アルドブランディーノのところにはいって行き、彼とともに腰をおろすとこう言いました。
「アルドブランディーノ、わたしはあなたの救助のために神につかわされたあなたの友だちです。神はあなたの無罪について、あなたに同情をなさっております。そこでもし神を敬うおつもりで、わたしがあなたにお願いする小さな贈り物を一つわたしにおあたえくださるならば、あなたが死刑の判決を待っておられる明晩にならないうちに、あなたは間違いなく釈放の判決をお受けになるでしょう」
彼に向かってアルドブランディーノが答えました。
「それはそれは。わたしはあなたを存じませんし、一度もお目にかかったような記憶もございませんが、あなたがわたしの救出について御心配くださる以上、あなたはおっしゃるように友だちに相違ございません。で、実のところわたしは、世間でわたしが死刑に処せられると申しておりますような、そんな罪は露ほども犯しておりません。ほかの罪なら、今までにたくさんしております。おそらくその結果、こんなことになったのでございましょう。しかし神さまを敬う心から申し上げますが、もし神さまが現在わたしを憐れと思し召されれば、わたしは小さなものを一つだけでなく大きなものをなんでも、約束するだけでなく、よろこんでお贈りいたしましょう。でもお望みのことを御要求下さい。わたしはここを脱けだしたら、間違いなくきっとそれを御用立ていたすつもりですから」
すると巡礼が言いました。
「わたしが望んでいることは、ほかでもありません。自分たちの兄弟の死についてその下手人であると思いこんであなたを、こんな窮地にまで追いこんだテダルドの四人の兄弟を、ただあなたがお許しになって、彼らがこのことについてあなたに赦しを請うた場合には、あなたに、彼らを兄弟とも友人とも思っていただきたいのです」
彼に対してアルドブランディーノは答えました。
「恥辱をうけた者でなければ、復讐がどんなに気持ちがいいものであるか、それがどんなに熱心に渇望されるものであるかはわかりません。しかし、神さまにわたしは救出をお計らい願いたいと存じますので、よろこんであの人たちを赦しましょう。たった今あの人たちを赦してあげます。で、わたしが無事にここを出て、難をまぬがれましたら、わたしはそれについてはあなたのお気に召すような方法をとることにいたしましょう」
これを聞くと巡礼はよろこんで、ほかには何も言わずに、確かに、翌日が終わらぬうちにあなたはその救助の確報をお聞きになるだろうから、元気でいるようにと、熱心に彼に頼みこみました。そして、巡礼はアルドブランディーノのもとを去ると政庁に行って、そこを司っている一人の騎士にひそかに会って、こう申し立てました。
「閣下、人はだれでも物事の真相が知られるようにするために、進んで努力をいたさなければなりませんが、特に、あなたさまがおつきになっていらっしゃる政庁におられる方々は、罪を犯さない者が刑罰をうけないで、罪人が罰せられるようにするために、特にそうでなくてはなりません。そうしたことが、あなたさまの名誉のために、またその罰をうける資格のある者のこらしめのために、立派に行なわれるようにと思いまして、わたしはここにあなたさまの御前にまかりでました。あなたさまも御存じのように、あなたさまはアルドブランディーノ・パレルミーニに対してきびしいお裁きをなさいました。あなたさまは、テダルド・エリゼイを殺した者が、彼であったということを本当にお思いになったようでございますね。で、あなたさまは彼を処刑なさろうとしておられます。ところがそれは、全然、偽りでございます。わたしは、今真夜中以前に、その青年の殺人者たちをあなたさまの御手にお渡しして、あなたさまにそれをお示しできると思っているのでございます」
アルドブランディーノについて気の毒に思っていたその高官は、進んで巡礼のことばに耳をかしました。で、そのことについて、巡礼からいろいろとその申し立てを聞いた上、彼の勧告によって、宿屋の主人である二人の兄弟と、彼らの召使を、その寝入りばなに苦もなく捕えました。で事件の真相はどうだったかを探るために、彼らを拷問にかけようといたしましたが、彼らはそれをうけるまでもなく、銘々てんでに、またあとでは一緒になって、テダルド・エリゼイを、何者であるかは知らずに、殺したのは自分たちであったとはっきりと白状におよびました。その理由を聞かれて、彼らは自分たちがホテルにいなかった間に、その男が、自分たちの一人である者の妻にうるさく言いよって、その意に従わせて彼女を手籠《てご》めにしようとしたからだと申し立てました。巡礼はこのことを知ると、騎士の許しを得てそこを去り、ひそかに、エルメッリーナ夫人の家にまいりました。見ると家じゅうの者はみな寝に行ってしまっていて、彼女だけがおりました。彼女は夫のいい報らせを聞きたいのと、恋するテダルドと十分に仲直りをしたい気持ちから、彼を待っておりました。彼女のもとに行くと、彼は顔をほころばして、言いました。
「わたしの心から愛するひとよ、およろこび下さい。確かに明日はここに、あなたのアルドブランディーノが無事に戻ってきますからね」
そして、そのことでもっと彼女が信頼できるようにと、彼は自分がしてきたことをすっかり物語りました。女は、こうした、とつぜんに降りかかってきた二つの思わぬ事件に、即ち、死んだものと思って本当に泣いたつもりでいたテダルドが生き返ってきてくれたことと、数日たてばその死を泣かねばならないと思いこんでいたアルドブランディーノが危機を脱するのを眼のあたりにしたことの二つの事件に、較べるものもないほどこおどりしてよろこび、愛情をあふれさせて、恋するテダルドを抱きしめると接吻いたしました。そして、二人はつれだって寝床にはいると互いに悦楽の歓びをくみかわしながら、すすんで甘い、楽しい、ちぎりをむすびました。
夜が明け初めたので、テダルドは起きあがると、すぐに女には彼がしようとしていたことを示し、もう一度、そのことをごく内密にしておくようにと頼んでから、またもや巡礼服をまとって、女の家を出ていきました。潮時を見計らって、アルドブランディーノの事件にとりかかるつもりだったのでございます。次の日になって、事件の十分な情報がそろったと思いましたので政庁は、即刻アルドブランディーノを釈放し、それから数日の後に、殺人を犯した場所で、悪人たちの頭をはねさせました。さてアルドブランディーノは自由の身となりましたので、自分はもとより、妻や、友人や、親戚全部の者が大よろこびでございました。二人は、巡礼のお陰でそうなったことをよく知っておりましたので、巡礼を自分たちの家に案内して、その町にいたいと思うあいだじゅう、自分たちのところに滞在させることにいたしました。それから、彼らは彼を下へもおかず鄭重にもてなして、尽くるところを知らないありさまでございました。それがだれのためにされているのか知っていた女は、殊のほかそうでございました。しかし、彼は兄弟たちがアルドブランディーノの釈放に面目をつぶされたと腹をたてたばかりでなく、そのために武器を手にしていると聞いたので、数日の後、もう兄弟たちをアルドブランディーノと仲直りさせなければいけない頃だと思いましたので、アルドブランディーノに、その約束を要求しました。アルドブランディーノは、いつでも準備ができていると、なんのわだかまりもなく答えました。巡礼は次の日彼に、立派な饗宴を準備させました。彼はアルドブランディーノに向かってその饗宴にはあなたが、その親戚や夫人たちとともに、四人の兄弟とその夫人たちを呼ぶようにしてほしいといって、さらに、あなたの和解の席と饗宴には、あなたに代わって、自分がさっそく招待をしに参りましょうと言い添えました。で、アルドブランディーノが巡礼の好きなようにやって結構だと言ったので、巡礼はさっそく四人の兄弟のところに行って、そのことについて必要だっただけの事情を委曲をつくして話し、とうとうと非の打ちようのない理窟を申し述べて、実に易々と彼らを説得して、アルドブランディーノに赦しを請い、ふたたびその友誼を求めるようにしました。で、これがすむと彼は、翌朝アルドブランディーノと正餐をともにするようにと、彼らとその夫人たちを招待しました。彼らは、彼を信頼して、よろこんでその招待をうけました。さて翌朝、食事の時間に、まず数人の友人と一緒に、テダルドの四人の兄弟が例のごとく喪服をまとって、彼らを待っていたアルドブランディーノの家にまいりました。ここで、彼らのお相伴をするために、アルドブランディーノから招待されていた人々全部の前で、彼らは武器を下に投げ棄てると、身柄をアルドブランディーノの掌中にゆだねて、彼に対してとった態度について赦しを請いました。アルドブランディーノは、涙を流しながら、憐れみ深げに、彼らを招じ入れて、一同の口に接吻をすると、ことば少なに話しながら、自分がうけたすべての侮辱を赦しました。彼らのあとから、彼らの姉妹たちや夫人たちが、打ち揃って褐色の喪服をつけてまいりまして、エルメッリーナ夫人や他の婦人たちから、やさしく迎えられました。で、男も女も同様に、その饗宴では、贅をつくした饗応にあずかり、そこでは、何一つ賞讃に価しないものはありませんでした。ただ一つ、テダルドの親戚の黒衣のうちに示された生々しい悲しみに原因がひそんでいる沈黙だけが、玉にきずでございました。そのためにある人々は、巡礼の計画と招待を非難しました。彼はそれに気がついていました。でも、前もってお膳立てをしておいたように、その沈黙を取り除く時期が到来したと思いましたので、まだ他の人々が果物を食べている時に、彼はすっくと立ちあがると、言いました。
「この饗宴を楽しいものとするためには、ここには、テダルドのほかには、何一つ不足しているものはございません。テダルドは、あなた方とずっとごいっしょにおりますのに、あなた方にはそれがおわかりにならないようですから、わたしは、彼をあなた方にお目にかけようと存じます」
そして、彼は巡礼の外衣と衣裳を脱ぎすてると、緑色の薄地絹織物の胴衣一枚になりました。ある者が勇を鼓して、これは彼にちがいないというまで、みなはただ驚きあきれて、長い間彼を見つめ、頭をひねっていました。それを見てテダルドは、彼らの親戚のことや、彼らの間におこったこと、自分の身の上のことなど物語りました。そこで、兄弟やその他の男たちは、うれしさのあまり涙をたたえて、彼に駈けよって抱擁いたしました。その後で女たちも、親戚である者もないものも、ただエルメッリーナ夫人だけを除いて、同じように彼を抱擁いたしました。アルドブランディーノはそれを見て言いました。
「これはどうしたわけです、エルメッリーナ? あなたはなぜ、他の婦人方のようにテダルドにお歓びを申し上げないんですか」
女は一同が聞いているところで、夫に答えました。
「あの方のお陰でわたくしはあなたを救っていただいたのですもの、どなたよりもわたくしはあの方のお世話になっているのですから、わたくし以上にあの方におよろこびを申し上げたり、申しあげられる方はどこにもいないはずでございます。でも、わたくしたちがテダルドだと思いこんだために泣いた頃、わたくしはいやな評判をたてられましたので、わたくしはここに離れているのでございます」
彼女に、アルドブランディーノが言いました。
「なんだ、そんな、わたしがそんなおしゃべりたちのいうことを信用するとでも思っているんですか。彼はわたしの救助に努力されたのですから、それで十分にそんなことが偽りであったことを示されたのです。それでなくても、わたしは、そんなことは信用しなかった。さあ早く立って、彼のところへ行って、抱擁してあげなさい」
ただそれだけを望んでいた女は、この点で夫に従うのにぐずぐずしてはおりませんでした。ですから彼女は立ちあがると、ほかの女たちがしたように彼を抱擁して、うれしそうによろこびの挨拶をいたしました。このアルドブランディーノの寛大な態度は、テダルドの兄弟たちをはじめ、そこに居合わせたすべての男女に好感をあたえまして、前の評判のために二、三の者の心にあった一切の悪感情は、このためにぬぐい去られてしまいました。テダルドはみなのよろこびをうけると、みずから兄弟たちの体からは黒衣を、姉妹たちや義姉妹たちからは褐色の衣裳を破りとって、そこへ別の衣類を運ばせました。新しく衣がえが終わると歌や踊りが、他の遊びとともに、大いに行なわれました。そんなわけで、沈黙をもってはじまった饗宴は、賑やかな終幕となりました。そしてみなはそうした大賑いでテダルドの家に行って、そこで晩は夕食をしたため、その後何日かの間は、こんな風にして祝宴をつづけました。フィレンツェ人たちは、何日も、テダルドを、まるでよみがえった男として、不思議なもののように眺めていました。多くの人々はまた兄弟すらも、心の中では、彼であるのかないのか、そうした軽い疑いを抱いておりました。で、もしも殺された者がだれであったのか彼らにはっきりさせてくれたある事件が起こらなかったら、彼らはまだ彼であることを長い間信じなかったでしょうし、おそらく、その考えを変えなかったでしょう。その事件とは、こうでございました。ある日のこと、ルニジャーナの歩兵たちが、彼らの家の前を通りかかりまして、テダルドを見ると、彼に近づいてきて、こういったのでございます。
「ファツィウォロ、御機嫌よう!」
テダルドは兄弟たちの前で、その兵士たちに答えました。
「あんた方は人違いをしていらっしゃる」
彼らは、テダルドのことばを聞くと、恥入って赦しを請うとこう言いました。
「実のところあなたは、わたしたちが他人と瓜《うり》二つだと思う人そこぬけに、ポントリエモリ生まれのファツィウォロと呼ぶわたしたちの仲間に似ていらっしゃるんです。その男は、十五日か、それよりちょっと前に、こちらへきたのですが、その後どうなったのか、全然わからないんです。本当のところ、彼もわたしたち同様兵士でしたから、わたしたちは、その着物を見て不思議に思っておりました」
テダルドの兄は、これを聞いて前に進み出ると、そのファツィウォロはどんな衣服をつけていたのかとたずねました。彼らはそれを話しました。で、あの殺された男のそれが、彼らがいうとおりであったことがわかりました。そこで、このことや、他の点などで、殺された男は、ファツィウォロであって、テダルドでないことが認められました。テダルドについての疑いは、兄弟たちや、その他皆の胸から消え去りました。さてテダルドは非常な金持ちの身分に帰って、その恋をつづけ、女はふたたび彼と仲たがいになることなく、二人はそつ[#「そつ」に傍点]なく、立ち廻りながら、長い間自分たちの恋をたのしみました。神さま、願わくばわたくしたちをして、わたくしたちの恋をたのしませ給え。
[#改ページ]
第八話
[#この行3字下げ]〈フェロンドは、ある粉薬を飲んで死者として埋葬される。そして彼の妻をたのしむ修道院長によって、墓からひきだされて、牢獄に投ぜられ、煉獄にいると思いこまされる。やがてよみがえらされて、修道院長が彼の妻に生ませた一子を、自分の子として育てる〉
エミリアの長いお話の終わりがまいりました。でも、それだからといって、その長さのために何人にも不愉快をあたえるようなものではなく、一同の者からは、そのお話に物語られている事件の性質や、多様性から考えて、かえって手短かに語られたと考えられました。そこで女王は、ラウレッタにちょっと合図をして、その希望を伝え、彼女に話しはじめるきっかけをあたえました。
愛する御婦人方、わたくしは一つの事実をお話ししなければなりません。それは、それが事実あったということよりも、あまりにも作りごとらしいみせかけを持っているのでございます。ある男が他人と取り違えられて泣き悲しまれた上、埋葬されたという事件を聞きまして、この事実がわたくしの頭によみがえってきたのでございます。さてわたくしは、どうしてある人が生きているのに死人として埋葬されたのか、またその後その者を生きている者としてではなくよみがえった者として、墓からでてきたのだと当人自身や多くのほかの人々がどうして思いこんだのでしょうか、またそのために、むしろ罪人として罰せられねばならなかった者が聖者として崇敬されたのですが、そんなことをお話しいたしましょう。
さて、トスカーナに、今でもございますが、一つの修道院がありました。それは、わたくしたちがよく見るように多くの修道院がそうですが、人々がそうしげしげと立ち廻らない場所にございまして、その修道院では、婦人のこと以外では、何事についても道心きわめてすぐれた一人の修道士が修道院長をされておりました。で、この者は、ほとんどだれもその婦人関係のことについては知っていないばかりでなく、疑いさえもしないほど、用心深く立ち廻ることを知っておりました。ですから、何事によらず実に高徳で正しい人であると考えられておりました。ところがここに、その名をフェロンドという大変金持ちの田舎者がおりまして、修道院長とは非常にじっこんの間柄でございました。この男は物質の価値しかわからない並はずれた愚か者でございました。で、修道院長としてはそのおろかさを時々からかって心の保養とする以外には、彼のなれなれしい態度をうれしく思っておりませんでした。しかし交際しているうちに修道院長は、フェロンドがなかなかの美人を妻にしていることを知りまして、これに熱烈な御執心で、昼となく夜となくそのことばかりを考えているというありさまでございました。けれどもフェロンドがほかのことでは何によらず単純で愚鈍ではありましたが、この自分の妻を愛することと、これをよく監視することにかけては、大変賢いということを聞いて、修道院長は、ほとんど絶望の態でございました。ところが、なかなかのきれ者である修道院長は、フェロンドを説き落として、彼がその妻と一緒に時々修道院の庭にきて、気晴らしをするように仕向けました。彼はそこで、二人を相手に永遠の生命や、幽明境を異にした多くの男女の信仰深い業績についての至福を、いとつつましやかに、彼らに語り聞かせたのでございます。そんなわけで、女には彼のもとに行って懺悔をしたいという欲望がおこってまいりまして、彼女はフェロンドにその許しを求め、これを許されました。そこで女が修道院長のところに懺悔にまいりましたので、修道院長のよろこびは大変なものでございました。
彼女は修道院長の足もとに坐って、ほかのことを言いだす前に、まずこう話しだしました。
「修道院長さま、もし神さまがわたくしに、本当の意味での夫をお恵みくださっていたら、それとも夫をお恵みくださっていなかったら、おそらくわたくしにとっては、ひとを永遠の生命に導くとあなたさまがお話しになられたその道に、あなたさまの御指導ではいることが容易なことでございましょう。しかしわたくしは、フェロンドがどんな者であるか、またその愚鈍さなどを考えますと、自分は寡婦であると申してもよろしゅうございましょう。でもわたくしは夫のある身でございますから、夫の存命中は別の夫を持つことはできません。夫はほんとうに変わっていまして、これといって理由もないのに、わたくしのこととなると度はずれた嫉妬のしかたでございまして、そのためわたくしは、あの人と生活をしていて、苦しみと不幸に泣かぬ日とてはございません。そんなわけで、わたくしは、ほかの懺悔をいたします前に、このことについてどうぞ御忠告くださいますよう、ひたすら心をこめてお願い申しあげる次第でございます。と申しますのは、もしここでわたくしが善い行ないのできそうな目鼻がつかないといたしますならば、懺悔をしたり、ほかに何かよいことをしてみたところで、なんの役にもたちませんから」
こうしたはなしは、修道院長の心にふれ、大きなよろこびをあたえました。彼には幸運が自分の最大の欲望に途をひらいたように思われました。そこで、彼はこう言いました。
「それはそれは、あなたのような美しい、気立てのやさしい御婦人にとっては、愚か者を夫に持っておられるということは、さぞ辛いことでしょうと思います。でもやきもちやきの夫を持たれるのはさらにさらに辛いことと思います。あなたはそのどちらも持たれているのですから、あなたが御自分の御心痛を語られる点は、容易にお察しができます。しかし、このことにつきましては、簡単に申しあげると、忠告や、解決方法といたしまして、わたしはただ一つしか存じません。それはフェロンドのこの嫉妬がなおるということです。それをなおす薬を調合することは、わたしがあなたにお話しすることを秘密にしておくお気持ちさえあなたにちゃんとありましたら、わたしとしては、ほんとうに知りすぎるくらい心得ているのです」
女が言いました。
「神父さま、そのことでございましたなら、御心配は御無用でございます。話してならないとあなたさまがおっしゃったことを、他人に明かすくらいなら、わたくしはその前にいっそ死んでしまいましょう。でも、そんなことが、どうしたらできるものでございましょうか」
修道院長が答えました。
「もしわたしたちが、彼になおってもらいたいと思いますなら、どうしても彼が煉獄に行くことが必要なのです」
「でも、どうして」と、女が言いました。「生きたままで、そこへ行くことができましょうか」
修道院長は言いました。
「死ななくてはなりません。そうしてそこへ行くのです。で十分罰をうけて彼がこの自分の嫉妬を洗い落とした時に、わたしたちはある種のお祈りをしまして、彼がこの世に帰ってくるように神にお願いしましょう。神はそのとおりにして下さいます」
「では」と、女が言いました。「わたくしは寡婦にならねばなりませんのでしょうか」
「ええ」と、修道院長が答えました。「一時ですがね。その間あなたは、だれとも再婚しないようにくれぐれも用心しなければなりません。そんなことをなされば、神がお気持ちを悪くなされましょうし、フェロンドがこの世に帰ったら、あなたは彼のところに戻らねばならないでしょうし、彼は以前よりもいっそう嫉妬深くなるでしょうからね」
女は言いました。
「あの人のこの不幸がなおって、わたくしがいつも牢獄にいるようなことがなくなりさえすれば、わたくしは満足でございます。どうぞお好きなようになさって下さいませ」
すると修道院長が申しました。
「では、そういたしましょう。でも、こうした奉仕をして、わたしはあなたからどんなむくいをいただけるでしょうか」
「神父さま」と、女が言いました。「お好きなものを、わたくしにできることでしたら。けれども、わたくしのようなものに、あなたさまのようなお偉い方に御気に召すようなものと申しましても、何をすることができましょうか」
女に向かって修道院長が申しました。
「奥さま、あなたは、わたしがあなたのためにしようとしていることと同じことを、わたしのためになさればよろしいのです。ですから、わたしが、あなたの幸福でありあなたの慰めであるにちがいないことをするつもりでおりますように、あなたは、わたしの生命の救いであり、解放であるようなことをなさればよろしいのです」
すると女が申しました。
「そんなことでございましたら、すぐにできます」
「それでは」と、修道院長が言いました。「あなたは、わたしにあなたの愛情を恵んでください。あなたをわたしに心ゆくまでたのしませてください。あなたのために、わたしはこの身を焦がし、生命をけずっております」
女はこれを聞いて、倒れんばかりに驚いて答えました。
「まあ! 神父さま、あなたさまはなんということをおっしゃいます? わたくしはあなたさまが聖者でいらっしゃるとばかり思っておりました。一体、聖者とも仰ぐ方が、そのお教えを請いにくる女たちに、そんなことをお求めになって、よろしいものでございましょうか」
その女に向かって、修道院長が申しました。
「奥さま、お驚きになってはいけません。こうしたことのために、聖性はへりはしないからです。と言いますのは、聖性は霊魂のなかに宿っておりまして、わたしがあなたに求めるものは、肉体の罪だからです。それはどうありましょうとも、あなたの魅するような美貌は、並々ならぬ力を持っていて、そのために愛がわたしにやむなくこうさせるのです。で、わたしは、その美貌にかけてはあなたはどのひとよりも誇ってよいと申しあげます。あなたの美貌は、天のさまざまの美を見るに慣れている聖人たちの御意にもかなうものだと思っております。また、そればかりではなく、わたしは修道院長であるとは申しながら、他の者たちと同様に男でありますし、ごらんのように、まだ年寄りでもありません。そしてこれをしなければならないとしても、あなたに苦しいことではないはず、むしろ、あなたはそれをお望みになるにちがいありません。ですから、フェロンドが煉獄にいる間に、わたしが、夜あなたのお相手をつとめて、彼があなたにあたえなければならない慰めを、あなたにあたえることとしましょう。みなはわたしのことを、あなたがちょっと前まで思いこんでおったように、否、それ以上に信用しているのですから、このことについては、決してだれにもけどられるようなことはないでしょう。神があなたにおつかわしになっている恩恵を、お拒みになってはいけません。もし、あなたが聡明にわたしの忠告を信じられれば手に入れることができるし、また手にお入れになるでしょうその恩恵を、熱望している婦人方は、たくさんいるのですからね。そればかりでなく、わたしは美しい宝石や、貴重なものをいくらも持っておりますが、それは、他の婦人にはあげないで、あなたにだけあげたいと考えております。では、甘いわたしの希望の君よ、わたしがよろこんであなたのためにすることを、わたしのためにしてください」
女はうつむいて、どうしてそれを拒もうかと途方にくれてしまいました。彼にそれを承諾することは、よいことをするようにも思えませんでした。そこで、修道院長は、彼女が自分のいうことを聞いた上、その返事に躊躇しているのを見てとって、もう半ば説き伏せたような気になって、最初のことばについで、他に多くのことばをつづけて、その話をやめる前に、まんまとそのことがはこばれるように彼女を説きふせてしまいました。そこで彼女は恥ずかしそうに、自分はいつでもどのようなお言葉にも従うつもりです、しかしフェロンドが煉獄に行かないうちはいけません、と言いました。彼女に向かって、修道院長はいと満足げに言いました。
「では、御主人がすぐにそこに行くようにいたしましょう。まあ明日か、明後日、彼がここにきて、わたしと一緒にいるようにお計らい下さい」
こういうと、修道院長は彼女の手にこっそりと、非常に美しい指輪を一つのせてから、帰らせました。女はその贈り物をよろこんで、まだほかにもいろいろともらえるだろうと考えながら、女友だちのところに帰ってきて、修道院長の聖徳について種々不思議なことを話しはじめましたが、それから彼女たちと一緒に家に戻りました。それから数日して、フェロンドは修道院にまいりました。修道院長は彼を見ると、これを煉獄に送ろうと考えました。で、彼が東方のある地方で一大君主から拝領していた効験あらたかな粉薬を見つけだしました。その君主の話しておりましたところでは、その粉薬は山の老人が、だれかを眠ったままでその楽園に送りこむか、あるいはそこから引きだそうとする時に、いつも決まって使っていたものでして、またそれはその用うる量によりまして、何ら毒にはならずに、それをのんだものを長くも短くも眠らせ、その上薬が効いている間じゅうは、その眠りようといったら、その者が生きているとはだれも言う気づかいがないくらいでございました。で、この粉薬を、三日間眠らせるに十分なだけの量をとって、まだよく澄んでいない一杯のぶどう酒の中に投じて、自分の小室で、フェロンドに、気がつかれないようにして、飲ませました。そのあとで彼を廻廊に連れだして、他の何人もの修道士たちとともに、彼の愚かぶりをたのしみ興じだしました。そのたのしみも大して長くつづきませんでした。つまり粉薬がききだして、彼の頭に急激な眠気がおこりましたので、彼はまだ立ったままで、眠りだし、眠ったまま倒れてしまいました。修道院長は、その事件に困ったようなふりをよそおって、彼の衣服をゆるめさせると、冷水を持ってこさせて、彼の顔にかけさせたり、その他いろいろの手だてをつくさせました。それはまるで彼の胃の腑の毒気からか、またははぐれた生命や意識を奪ったのかもしれないほかのものから、それらのものを呼び戻そうとしているようでございました。こうしている間じゅう、彼が息を吹き返さないのを見た修道院長や、修道士たちは、その脈に手をふれて、それがちっとも脈を打っていないのを見て、一同は彼が死んでしまったのだろうと、固く信じて疑いませんでした。そこで、そのことを、彼の妻や、親戚に伝えましたので、みなはそこに即刻まいりまして、妻は、親戚の者たちと一緒にしばしば泣いておりましたが、やがて、修道院長は彼を衣服をまとったそのままの姿で、墓穴に入れさせました。女は家に帰りまして、夫との間にできた小さな少年とは決して離れるつもりはないと話しました。こうして彼女はそのまま、家にとどまりまして、そのこどもの面倒を見て、フェロンドのものだった財産を管理しはじめました。修道院長は、彼が非常に信用している、その日ボローニャからそこにまいっている一人の修道士と一緒に、夜こっそりと起きあがると、フェロンドを墓から引き出して、しくじった修道士たちの牢獄用に作られていた明かりの少しもついていない一つのあなぐらにはこんで行って、彼の衣服をとりさると修道士のような衣服をきせた上、藁束の上において、彼が正気をとりもどすまでそこに放っておきました。この間じゅうボローニャの修道士は、自分がしなければならないことを修道院長から言いふくめられておりましたので、だれにも知られないようにして、フェロンドが正気に戻るのを待ちはじめました。
修道院長は、翌日、彼の修道士たちの幾人かをひきつれて、悔《くや》みのために女の家にまいりました。見ると女は黒衣をまとって悲しんでおりましたので、しばらくこれを慰めてから、そっと、約束のことを要求しました。女は、自分が自由の身であり、フェロンドやその他の者の邪魔をうけない身であることを知り、彼の指にまたもや一つの美しい指輪があるのを見て、いつでも用意はできている旨を語って、その夜訪ねてくるようにと、彼と相談をまとめました。そこで夜となりましたので修道院長は、フェロンドの衣服で変装をこらして、例の彼の修道士を供につれてそこにまいりまして、明け方まで計りしれぬ歓喜と悦楽に溺れながら彼女とともに寝た上、修道院に帰りました。彼はこうした用事のために往復をしげしげと繰り返しました。で、往きにも帰りにも、時々人の眼につきましたので、それは亡くなったフェロンドがそのあたりをうろついて、贖罪をしているのかもしれないと考えられましたし、やがて、町の愚かな人たちの間ではそれについて、多くの噂話が語られまして、それが何であるかよく知っていたその妻の耳にまで、そのことは何度もはいってきました。ボローニャの修道士は、フェロンドが息を吹き返して、そこで、自分がどこにいるのか見当がつかないでいるところへ、手に鞭を二、三本持って恐ろしい声をあげながらはいってくると、彼を捕えて、ひどく打ちました。フェロンドは、泣きながら、またわめきながら、ただ「わたしはどこにいるんです?」と、聞くだけでございました。彼に、修道士が答えました。
「お前は煉獄にいるんだ」
「なんですって?」と、フェロンドが言いました。「では、わたしは死んだんですか」
修道士がいいました。
「そうだとも」
すると、フェロンドは、本当に変なことばかり口走りながら、自分のことや、自分の妻や、こどものことを思って、泣きだしました。修道士は彼に、食べ物と飲み物を少しばかり運んでやりました。それを見てフェロンドが申しました。
「おや、死人が食べるんですか」
修道士が言いました。
「そうだ。で、わしがお前にくれてやるこれは、お前の妻だった女が、今朝お前の霊魂のためにミサを捧げてくれるようにと教会によこしたものなんで、それを神が、ここでお前にあたえるようにと思し召されたのだ」
するとフェロンドが申しました。
「主よ、彼女によき年を恵み給え! わたしは死ぬ前まで、彼女を、それはたいへん愛しておりました。ですから、夜じゅうわたしは彼女を腕に抱きしめて、ただもう接吻ばかりしておりましたし、欲望がおこると、ほかのことまでもしておりました」
で、それから、彼は激しい欲望を覚えましたので、食べたり、飲んだりしはじめました。そしてぶどう酒があまり上等でないような気がしましたので、申しました。
「主よ、彼女を悲しき目に遇わせ給え! なんとなれば彼女は、壁のところにおいてある樽のぶどう酒を、修道士に差し上げなかったからです」
けれども、フェロンドが食べ終わってから、修道士は、またぞろ彼を捕えて、あの同じ数本の鞭で、彼をうんと打ちたたきました。彼に向かって、フェロンドは、わいわい叫び声をあげてから、言いました。
「おい! なぜ、あんたは、わたしにこんな仕打ちをするんです?」
修道士が言いました。
「毎日二回お前にこうやれと、神がお命じになったからだ」
「で、どうした理由で?」と、フェロンドが言いました。
修道士は言いました。
「それはお前が、界隈で、一番の美人を細君に持っていて、やきもちをやいていたからだ」
「ああ!」と、フェロンドが言いました。「あなたは本当のことをおっしゃる。それに一番かわいい女でしてね。あれは糖菓子よりずっと甘かったですよ。でも、男がやきもちをやくからといって神さまがお腹立ちになるとは知りませんでした。でなければ、わたしは嫉妬などしなかったでしょうからね」
修道士が言いました。
「そんなことは、娑婆にいる間にお前が気づいて、それをなおすようにしなければならなかったんだ。もしお前が万一娑婆に帰るようなことが起きたら、わしが今お前にしてやることをよく覚えておいて、決して、これから先やきもちをやかぬようにするがいい」
フェロンドは言いました。
「おや、死んだ者が、一体娑婆に帰りますかね?」
修道士が言いました。
「うん、神がお望みになる者はね」
「ああ!」と、フェロンドが言いました。「わたしは娑婆に帰るようなことがありましたら、世界一の好い夫になりましょう。決してもう妻を打ったり、ののしったりしますまい。しかし、けさ彼女がわたしによこしたぶどう酒は別です。また彼女は蝋燭を一本もよこさなかったので、わたしは暗がりで食事をしなければなりませんでした」
修道士が言いました。
「それもよく行き届いていたんだが、蝋燭は皆ミサでとぼしちまったんだ」
「ああ!」と、フェロンドが言いました。「それは本当でございましょう。で、確かに、わたしは娑婆に帰ったら、彼女には好きなことをさせておきましょう。でもおっしゃってください。こんなことをわたしに仕掛けるあなたは、どなたですか」
修道士が申しました。
「わしも死んだんだ。サルディーニャの者だった。で、わしは前に、自分の主人をやきもちやきだといってほめちぎったもんだから、神からこんな刑罰に処せられて、お陰で神がお前とわしのことで別に決定をなさるまでは、わしはお前に食べ物や、飲み物や、こうした打擲《ちようちやく》をあたえなければならないのだ」
フェロンドが言いました。
「わたしたち二人のほかに、もうだれもいないでしょうか」
修道士が言いました。
「うん、何千といるんだ。だが、お前は、彼らを見ることも、その声を聞くこともできないんだ。彼らとてもお前を見ることも、その声を聞くこともできないのだ」
するとフェロンドが言いました。
「ああ、わたしたちは、自分たちのところから、どのくらい離れているのでしょうか」
「そうだな!」と、修道士が言いました。「とてつもなく、滅法界、何マイルも離れているんだからな」
「まあ! それはえらいことですな!」とフェロンドが言いました。「わたしが考えますのに、わたしたちは世界の外にいるにちがいありませんね。それほど遠くにね」
さて、こんなはなしや、これに類したことを言いかわし、食べて、たたかれて、フェロンドは十カ月そこにひきとめておかれました。その間に、ほんとに頻々と修道院長はその美しい妻女に、恋の訪問をつづけ、彼女とともに法悦の限りを味わいました。しかし不幸は陰影のごとくつき添うもので、女が懐妊しました。で早いうちにそれに気がつきましたので、彼女はそのことを修道院長に話しました。そこで二人は、躊躇している場合ではない。フェロンドを煉獄から娑婆に呼びもどらせねばならない。そして彼を彼女のもとに帰らせた上、彼女からフェロンドの子を懐妊したというようにしたほうがいいと考えました。そこで修道院長は、その夜、作り声で牢獄のなかにフェロンドを呼ばせて、こう言わせました。
「フェロンド、安心するがいい、お前が娑婆に帰るようにとの神さまの思し召しだ。そこへ帰ったら、お前は、お前の妻のこどもを儲けるだろう。さて、聖徳のかくれもないお前の修道院長と、お前の妻女の祈りによって、また聖ベネデットの愛によって、神がこのお恵みをお授けになったのだから、そのこどもはベネデットと命名するがよい」
フェロンドは、これを聞いて、非常によろこんで言いました。
「それは有難いことです。神さまが主イエスさまの上に、修道院長と聖ベネデットとわたしの、チーズのような、蜜のような、甘ったるい妻の上に、よき年をお恵みくださいますように」
修道院長は、自分で彼にやったぶどう酒のなかに、多分四時間くらい眠らせておく分量だけあの粉薬を投じて、彼に飲ませるように取り計らわせまして、彼にもとの衣服をつけさせた上、例の修道士に手伝わせて、こっそりと彼をはじめに埋葬された墓に返しました。朝、夜の明けはじめる頃、フェロンドは息を吹き返して、墓の隙間から、もう十ヵ月余も見ていなかった明かりがさしてくるのを見たのでございます。ですから自分は生きているのだという気がしましたので、叫び声をたてはじめました。
「あけてくれ! あけてくれ」
そして彼は、自ら頭で墓の蓋を力いっぱい押しあげましたので、大して動かすほどのこともなかった蓋のこととて、それをずらして、もうとりのけかけていました。その時に、朝課を終えた修道士たちがそこに駈けつけてきて、フェロンドの声を聞きわけると、彼はもう墓からでてくるところでした。ですから、一同はこの不思議な出来事に驚いて、逃げだして行って、修道院長のところにまいりました。修道院長は、祈祷を終えたばかりといった顔つきで、言いました。
「子らよ、怖がることはない。十字架と聖水を持って、わたしのあとからおいで。神のお力がお示しになろうと思し召されることを、見ることにしよう」
で、そのとおりにいたしました。フェロンドは長い間、日の目を見ずにおりましたので、真っ青になって、墓からでてきました。彼は、修道院長を見ると、その足もとに駈けよって言いました。
「神父さま、わたしが啓示をうけたところによりますと、あなたさまの御祈祷と、聖ベネデットやわたしの妻の御祈祷が、わたしを煉獄の苦しみから引き出して、この世に返してくれました。ですからわたしは神さまに、今日もまた未来永劫、あなたさまの上によき年と、よきさいさきをお恵みあるよう、お祈りしております」
修道院長が言いました。
「神のお力はあらたかなものです。神があなたをここに帰して下さったのだから、では行って、子よ、あなたがこの世を去ってからはいつも涙にくれていたあなたの妻女を慰めてあげなさい。そして今後は、神の友となり、下僕とおなりなさい」
フェロンドが言いました。
「修道院長さま、よくおっしゃってくださいました。わたしにお任せ下さい。わたしは彼女に会ったら、接吻してあげましょう。それほどわたしは彼女を愛しきっているんですから」
修道院長は、その修道士たちとともに居残って、このありさまに非常に感嘆したような様子をよそおい、敬虔に、ミゼレレの歌を歌わせました。フェロンドは、自分の村に帰ってきました。そこでは彼を見た者はだれでも、恐ろしいものを見た時のように、逃げだしました。しかし彼はその人々を呼び返して、自分はよみがえったのだと言ってきかせました。妻はやはり同様に彼を怖がっておりました。しかし人々はいくらか彼のことを怪しまなくなりまして、彼が生きていることがわかってから、彼に多くのことをたずねますと、大分賢くなってよみがえってきたような彼は、みなにその返事をしてあげたり、またみなの親戚の霊魂のことを彼らに話したり、煉獄のことについて実に面白い作り話をひとりでこしらえたり、また公衆の面前で、彼がよみがえる前にラニョロ・ブラギエッロの口を通して自分がうけた啓示を物語ったりいたしました。
そんなわけで、彼は妻と一緒に家に帰りまして、自分の財産をふたたび手に入れて、彼の考えるところでは、妻を懐妊させました。で、はしなくも女というものは、ちょうど九カ月で子を産むものだと考えている愚か者たちの意見に従えば、それに適した時期に、女は一人の男の子を産み落としたのでございます。その子はベネデッド・フェロンディと命名されました。フェロンドの帰来と、彼のことばは、ほとんどすべての人が彼をよみがえったと信じておりましたので、修道院長の聖徳の名声を、かぎりなく、大きなものといたしました。で、その嫉妬のために多くの打擲をうけたフェロンドは、その嫉妬の病がなおりましたので、修道院長が女に対して行なった約束どおりに、その後はもうやきもちをやきませんでした。そこで女は、もとのとおり満足して、貞潔に彼と一緒に暮らしました。しかしその実、よろしく振る舞える時にはよろこんで高徳の修道院長とあいびきをかわし、修道院長は巧みに、またまめに彼女を自分の最大の要求のために役立てておりました。
[#改ページ]
第九話
[#この行3字下げ]〈ジレッタ・ディ・ネルボーナは、フランス王の潰瘍を癒し、ベルトラモ・ディ・ロッシリオーネを夫にと願いでる。彼はいやいやながらジレッタと結婚するが、憤慨してフィレンツェへ去り、そこで一人の若い婦人に想いをよせる。ジレッタはその婦人のふりをして彼と同衾《どうきん》して二人の子をもうける。そこで彼はやがて、ジレッタをいとおしく思い、妻として遇した〉
ラウレッタのお話が終わりましたので、ディオネーオの特権を破るまいと思えば、女王がお話をするほかなくなりました。そこで彼女は、仲間の人々から請われるのを待たずに、いとあでやかにこう話しはじめました。
ラウレッタのお話を伺ったあとではもう、だれが、聞きごたえのあるお話をすることができましょう。彼女のお話が最初でなかったことは、幸いでした。なぜならそのあとだとほかのお話で、喝采を博するようなものはほとんどなくなってしまったでしょうからね。わたくしが、これからお話しすることについても、そうしたことがおこりはしないかと心配です。しかし、そのできばえはともかく、提案されている主題についてわたくしもお話を申しあげることにいたしましょう。
フランス王国にロッシリオーネの伯爵で、イスナルドという貴族がおりました。彼はあまり丈夫ではございませんでしたので、いつも身のまわりに、ジェラルド・ディ・ネルボーナ先生と呼ばれる一人の医者をおいておりました。今申しあげた伯爵には小さな男の子が一人だけございまして、その名をベルトラモといい、非常に美しく、愛嬌がございました。その子と一緒に同じ年頃のほかのこどもたちが育てられておりましたが、そのなかにジレッタという、前述の医者の娘がおりました。娘はこのベルトラモに、そのあどけない年頃には不似合いなほど激しい愛情をよせたのでございます。ベルトラモは、伯爵が亡くなりまして、自分は王の手に托されましたので、パリに行かねばなりませんでした。そのために、少女の気の落としようといったらございませんでした。それからまもなく、彼女の父親が亡くなりましたので、彼女は何か正当な理由がありましたら、ベルトラモに会いによろこんでパリに赴いていたことでございましょう。しかし彼女はただ一人、多くの財産と一緒にあとに残されたものですから、監督の眼がきびしくて、正当な方法が見つかりませんでした。で、彼女もすでに夫を持っていい年頃となりましたが、どうしてもベルトラモを忘れることができませんでしたので、彼女の親戚の者たちが、めあわせようと思った多くの候補者を、理由もいわないでことわっておりました。
さて彼女は、ベルトラモがたいへん立派な青年になったと聞いたので、今までになくベルトラモへの恋情に身をこがしておりましたところが、ある噂が耳にはいってまいりました。つまり、フランス王が胸に腫瘍ができて、その手当てがよくなかったために、潰瘍があとに残って、それが彼にすこぶる大きな不快と、はかりしれない痛みの種となっておりまして、大勢の医者が手をつけてみましたが、それを治療できる医者はいまだに見つからないありさまで、どの医者もみんな、病勢を悪化させるばかりだということでございました。そんなわけで王は、その治療については望みを失って、もうだれの診察も手当ても、うけようとは思っておりませんでした。その噂をきいたジレッタは一方ならず満足して、これなら自分にとってはパリに行くりっぱな理由ができたばかりではない、その病気が自分が考えているようなものであったら、容易にベルトラモを夫にするように取り計らってもらえるとひとり考えました。
そこで彼女は、父親から今までにたくさんのことを教わっておりましたので、自分で予想したその病気にきくある種の草でその粉薬を作ると、馬に乗って、パリへと赴きました。彼女はまず何をおいても、ベルトラモにまず会おうとつとめました。それから王の御前にまかりでて、その病気を見せて下さいと懇願いたしました。王は彼女が若くて、かわいらしいのを見て、これをことわることもできず、彼女に患部を示しました。彼女はそれを見てとっさに、王をお癒《なお》しできると思いましたので、こう申しました。
「陛下、もし陛下さえよろしいと思し召されれば、わたくしは陛下には御不快や、あるいは御苦痛をお感じになることのないようにいたしまして、陛下のこの病気を八日間でお癒し申しあげることができると、神さまに誓って申しあげます」
王は、彼女のことばを胸のうちでせせら笑うと、こうひとりごとを言いました。「世界じゅうの偉い医者たちが、できもしなければ、知ってもいなかったことを、若い女がどうして知っているはずがあろうか」そこで王は彼女に向かってその好意を謝した上、自分は心のなかでは、もう医者のことばには従うまいと決心していたのであると答えました。王に向かって、むすめが申しました。
「陛下、陛下はわたくしが若年で女でございますので、わたくしの医術を御軽蔑なされます。けれども、わたくしが陛下にお考えいただきたいことは、わたくしは自分の知識をもってその治療にあたるものではなく、むしろ、神さまの御援助と、わたくしの父であり、存命中は有名な医者でございましたジェラルド・ディ・ネルボーナ先生の学問をもって、御治療申しあげるものであるということでございます」
すると王は、腹の中でひとりごとを言いました。「おそらくこの女は神がわたしに遣《つか》わされたものであろう。彼女ができることを、それにわたしに不快を感じさせないで、わずかの間に治癒してくれると言っているのだから、それをこころみない法はあるまい」そして、それを試みようと承諾をあたえたうえ言いました。
「むすめごよ、で、もしこうしてわたしの決心をひるがえさせたうえに、この病気を癒せなかったら、どんなしおきをうける覚悟があるかね?」
「陛下よ」と、むすめは答えました。「わたくしに見張り番をつけておいてくださいませ。で、わたくしがもし八日の間に、あなたさまをお癒し申しあげませんでしたら、わたくしを火あぶりの刑に処して下さいませ。しかしわたくしがお癒し申しあげましたら、どんな御褒美がいただけましょうか」
彼女に向かって、王は答えました。
「お前はまだ夫がないようだね。もし癒すことができたら、よい身分のある夫とめあわしてあげよう」
むすめは王に向かって、申しました。
「陛下よ、陛下がわたくしに夫を賜わることは、ほんとうにうれしゅうございます。でもわたくしは、陛下に自分からお願い申しあげる方を夫にいただきとう存じます。もっとも陛下のお子さま方とか、王家のお方とかを、お願い申しあげるつもりはございません」
王はさっそくそのことを、彼女に約束いたしました。
むすめはその治療をはじめましたが、ほどなくまだ期限が切れないうちに、王をもとどおりの健康にかえしました。そこで王は、自分が癒ったことを知って言いました。
「むすめごよ、お前は夫を儲けたね」
王に彼女が答えました。
「では、陛下、わたくしは、幼い頃からずっと恋いこがれておりましたベルトラモ・ディ・ロッシリオーネを儲けましてございます」
ベルトラモを彼女にあたえなければならないことは、王にとって大変なことのような気がしましたが、約束をした以上、そのことばをたがえたくないので、ベルトラモを呼んでこさせて、こう彼に言いました。
「ベルトラモよ、お前はもう大きいし、一とおりの修業も積んだ。で、お前には自分の伯爵領をおさめに帰ってほしいのだ。ついては、お前の妻として贈ることに決めておいた一人のむすめごをお前に連れて行ってもらいたいのだが」
ベルトラモは申しました。
「で、その少女とは何者でございましょう? 陛下」
彼に王が答えました。
「少女とは、その薬で、わたしに健康を取り返してくれたこの女だ」
ベルトラモは彼女とは知り合いであったし、前に会っていて非常に綺麗だとは思っておりましたが、彼女が自分の貴族としての身分にふさわしい血統の女でないということを知っておりますので、すっかり憤慨して申しました。
「陛下、では陛下には、わたくしに妻として女医者をおあたえくださる思し召しでございますか。わたくしが、こんな女をめとるなどとは、嘘にもあり得ないことでございます!」
彼に向かって王が言いました。
「ではお前は、わたしが違約することを望むのか。わたしは健康を回復したいので、この女に約束したのだ、この女は、その報酬にお前を夫にほしいと要求したのだ」
「陛下」と、ベルトラモは言いました。「陛下には、わたくしが持っているものを、わたくしからお取り上げになることも、また、わたくしは陛下の家来でございますから、陛下のお気に召した方におあたえになることもおできになります。しかし、わたくしは、決して、こうした結婚には満足できません。このことだけははっきりと申しあげとうございます」
「満足するよ」と王が言いました。「このむすめごは美人で、聡明で、お前を非常に愛しているのだからな。だから、お前は、血統の高い貴婦人と結婚するよりも、彼女と結婚したほうが、ずっとしあわせな日を送ることができるだろうと、わたしは思う」
ベルトラモは黙りこんでしまいました。王は結婚式のために大掛りの準備をさせました。で、その日となりましたので、ベルトラモはいやいやながら、王の御前で、自分の命よりも彼を恋していた少女と結婚しました。そしてそれが終わると、彼はすでになすべきことをひとり心に決めていましたので、自分の伯爵領に帰ってそこで結婚生活にはいりたいと言って王にお暇を乞い、馬に乗ると自分の伯爵領には行かずにトスカーナに行きました。そしてフィレンツェ人たちがシェーナ人たちと戦争をしていることを知って、フィレンツェ人たちの側に与することに決めました。彼は、そこでよろこんで鄭重に迎えられると、ある数の兵の指揮官にされて、フィレンツェ人たちから好い手当をもらい、彼らのために働きましたが、それはかなり長くつづきました。
新婦は、こうした冒険を喜ばないで、自分の立派な行ないで彼をその伯爵領に呼び戻したいものだと思いながら、ロッシリオーネに行きました。そこで彼女はみなから彼らの女主人として迎えられました。そこでは長い間伯爵が留守でしたので、何から何まで乱脈になっているのを見て、彼女は、聡明な女でしたから、すこぶる熱心に、周到な注意を払って、万事をもとのように整頓したのでございます。ですから、住民たちは非常に満足して、彼女を心から尊敬し、愛情を捧げ、伯爵が彼女を気に入らないということについて、激しく伯爵を非難しました。女は領地をすっかり整頓しましたので、二人の騎士を遣わして、伯爵にそのことを伝え、自分のために伯爵領に帰ってこられないならば、そのことを自分に話していただきたい、もしそうならば彼女は彼の気に入るように立ち退くだろうと申し送りました。二人の騎士に向かって、伯爵は冷然と申し渡しました。
「そんなことなら、彼女が好きなようにしたがいい。こちらとしては、彼女がこの指輪を指にはめて、腕にわたしの子を抱くようになったら、その時わたしは領地に帰って、彼女と暮すこととしよう」
彼は非常に貴重な指輪を持っておりまして、決して体からそれを離しませんでした。というわけは、彼が、その指輪にはある力が備わっているのだと思っていたからなのでございます。騎士たちは、そのほとんど不可能な二つのことのなかに懸けられている困難な条件を了解しました。で自分たちのことばでは伯爵の決意をひるがえすことができないと見てとりましたので、女主人《しゆじん》のところに帰ってきて、彼女に伯爵の返事を告げました。彼女は非常に悲しんでおりましたが、長い間考えたあげくに、ゆくゆく自分の夫を呼び戻すために、その二つのことがはたして、またどこで仕遂げられるものだろうか、研究してみようと決心をしました。そして彼女は自分がしなければならないことを考えてから、伯爵領の最も偉い、識見の高い人々を幾人か呼び集めた上、彼らに向かって整然と順序を立てて、悲痛なことばで、すでに自分が伯爵のためにしてきたことを物語り、それにつづいておこったことを説明しました。そして最後に、ここに自分がいるために伯爵がいつまでもよそで生活を送られるのは、自分の本意ではなくて、いっそのこと自分は自分の霊魂の救いのために、余生を巡礼と慈善の仕事ですごしたいと思っていると言いました。そして彼女は、その人々に、伯爵領の監視と統治を引き受けていただきたい、また伯爵には、自分が領地を彼のために、そっくりそのまま手をつけずに残したまま、ロッシリオーネには二度と帰ってこないという考えで姿を消したと伝えてほしいと頼みました。そこで、彼女が話しているあいだに、善良な人々はさめざめと涙を流し、彼女にその考えを変えてとどまっているようになさってはと何度となく哀願しましたが、それはなんの甲斐もなかったのでございます。
彼女は、彼らのために神の御慈悲を願ってから、一人の従兄弟と一人の待女とともに、巡礼姿に身を変えて、金銭と貴重な宝石を十分に持って、どこに行くかだれにも知らせないで旅に出まして、フィレンツェに着くまでは足を休めませんでした。そこに着くと、彼女はある人のよい寡婦が営んでいた小さな宿屋に落ちついて、哀れな巡礼のようにつつましやかな日を送りながら、自分の夫の噂を聞きたいものだと思っておりました。
ところが、さて次の日のこと、彼女は宿屋の前を、ベルトラモが馬に乗って、一隊をひきつれて通りかかるのを見かけました。彼女はすぐ見分けることができましたが、それにもかかわらず宿屋の女主人に、彼がだれであるのかたずねました。女主人はこう答えました。
「あのお方はよその国の貴族でございまして、ベルトラモ伯爵とおっしゃいます。礼儀正しい、やさしいお方で、この町では大変好かれております。そして、またわたくしたちの近所に住む、貧しいある貴婦人に恋いこがれているのでございます。まったくのところ、その婦人は非常に貞潔な処女でございまして、貧乏のためにまだ結婚しておりませんが、なかなか聡明な、人のよいお母さまと一緒におられます。おそらくこのお母さまがいらっしゃらなかったら、あの婦人はその伯爵の気に入るようなことを、とうになさっておりましたでしょうね」
伯爵夫人はその話を聞いて、これを大事におぼえておきました。それからさらに詳細に調べ、すべてのこまごました点を見てから、一切のことに十分納得がいくと、その考えを決めました。そして彼女は、その女や、伯爵が恋しているその娘の家や、それぞれの名前を聞いてから、ある日のこと、こっそりと巡礼の衣服をまとって、その家へまいりました。で、女とその娘が非常に貧しそうにしているのを見て、二人に挨拶をしてから、女に向かって、もしさしつかえなかったら、話をしたいのですがと申しました。貴婦人は立ちあがると、どうぞすぐにでもお話しくださいと言いました。そこで彼女たちは、二人だけで彼女の一室にはいりまして、腰をおろすと、伯爵夫人が口をきりました。
「奥さま、あなたはわたくしと同様、幸運の敵であるような気がいたします。でも、もしあなたさえよろしかったら、おそらくあなたは、御自身と、それからわたくしをしあわせにすることがおできになるでございましょう」
女は、正直に自分の幸福を計ることができさえすれば、何も望みはないと答えました。伯爵夫人はつづけました。
「あなたが約束を守って下さることが、わたくしには必要なのでございます。わたくしが、あなたをすっかり信用した上、あなたがわたくしを欺すようなことがありますと、あなたのことも、わたくしのことも、台無しにしてしまうからでございます」
「御心配なく」と、貴婦人が言いました。「なんなりと思し召しどおり、わたくしにおっしゃってくださいませ。わたくしに欺されるということは、決してございますまいから」
そこで伯爵夫人は、じぶんの初恋からはじめて、自分がだれであるか、その素性や、その日まで自分の身の上におこったことを、彼女に切々と物語りました。貴婦人もすでにその一部は他人から聞いておりましたので、伯爵夫人のことばを信用して、彼女に同情をしはじめました。伯爵夫人は、自分の身の上を語ってから、こうつづけました。
「では、わたくしにはいろいろと悩みがございますが、わたくしが自分の夫を呼び返そうと思えばどうしても手に入れなければならないその二つのこととはなんであるか、あなたにはおわかりになられましたね。そこでわたくしの耳にはいりましたことが、つまりわたくしの夫の伯爵があなたのお嬢さまにきつい御執心であるということが、本当でございましたならば、その二つのことをわたくしのために解いてくだされるお方は、あなたをおいては、他にないと思うのでございます」
伯爵夫人に向かって貴婦人が言いました。
「奥さま、伯爵がわたくしの娘を愛しておいでかどうかは存じませんが、大分そういった素振りをおとりになっているようでございます。だからと申しまして、あなたさまのお望みのために、わたくしはどんな役を勤めたらよろしいのでございましょうか」
「奥さま」と、伯爵夫人が答えました。「それを今お話しいたしましょう。でもその前にわたくしは、あなたがわたくしのために尽くしてくださるならば、あなたにどんなお礼をいたしたいと思っているか、お話し申しあげたいと思います。お見受けいたしましたところ、あなたのお嬢さまはおきりょうよしで御結婚のお年頃と思われますが、わたくしが伺いましたところや、わたくしが考えてみますところでは、あなたには御結婚させるだけのお金が不如意のために、お嬢さまをお家においておかれるようでございますね。わたくしは、あなたが役に立ってくだされば、そのお礼として、わたくしのお金のなかから、あなた御自身でお嬢さまを立派に嫁がせるために必要であるとお考えになられる持参金を、すぐにでも差し上げたいと考えております」
女は困っておりましたので、その申し出をよろこびました。しかし立派な心の持ち主でしたので、こう申しました。
「奥さま、わたくしがあなたさまのために何をしたらよろしいのか、おっしゃってくださいませ。で、もしわたくしの気の許すことでございましたら、よろこんでいたしましょう。そのあとで、思し召しどおりになさってくださいませ」
そこで、伯爵夫人が言いました。
「わたくしがしていただきたいことは、こうなのです。あなたが、どなたか御信用のできるお方をわたくしの夫の伯爵のところへやって、あなたのお嬢さまは、もし伯爵がその素振りに見せるとおりお嬢さまを愛していることが確かだとお得心がいきさえすれば、いつでも伯爵の御意に従うつもりですと、言わせるのでございます。で、お嬢さまは、彼が手にはめている指輪を、彼が非常に大切にしていると聞いているその指輪を彼女に贈ってくれなければ、彼のそうした気持ちを信じないということも、一緒に言わせるのでございます。もし彼がその指輪をあなたに贈ってきましたら、それをわたくしに下さいませ。そのあとであなたのお嬢さまは彼の意に従う準備ができていると、彼に知らせてやってくださいませ。そしてここに彼を人目につかないようにしてこさせて、そしてお嬢さまの代わりに、わたくしを彼の側においてください。おそらく神の御慈愛によって、わたくしは懐妊することができましょう。こうして、やがて、わたくしは、彼の指輪をはめ、彼のこどもを腕に抱いて、伯爵を取り戻すでしょう。そして世の妻が夫と住まねばならぬように、わたくしはあなたのお陰で、彼と暮らすことになるでしょう」
貴婦人は、そのことで娘に悪い評判が立つようなことはないかと心配いたしまして、これは大変なことだと思いました。しかし、彼女は、その善良な女がその夫を取り戻すように力をかすことは正しいことであり、また、自分はそれを正しい目的のためにするのであると考えまして、自分の善良な、貞潔な愛情をたのみとして、伯爵夫人に向かって、それを約束したばかりでなく、数日のうちに、ひそかに策をめぐらして、伯爵夫人からあたえられた指図にしたがって(伯爵には指輪を手離すことはつらい気もしましたが)、指輪を手に入れた上、また彼女を娘の代わりにみごとに伯爵と一緒に添い寝させました。伯爵が情愛もこまやかに求めたその最初の媾合《こうごう》において、神さまの思し召しどおり、女は期満ちての出産が明らかにいたしましたように、双生児の男子を懐妊しました。貴婦人が伯爵夫人に夫との抱擁をさせたのは、一度だけではなく、何度もございました。それもきわめてひそかに取り計らいましたので、噂一つ立ちませんでした。伯爵は相変わらず、自分は妻とではなく、自分の愛している女と一緒に寝たのだと思いこんでおったのでございます。伯爵は朝、帰って行く時になると女に、綺麗な高価な宝石類を贈っておりましたが、伯爵夫人はそれらの品を全部一つ残らずたくわえておきました。彼女は自分が妊《みごも》ったことを知りますと、もう貴婦人をそんな仕事でわずらわせたくありませんでしたので、彼女に言いました。
「奥さま、神さまとあなたのお陰で、わたくしは望んでいたものを手に入れました。ですから、あとはただわたくしといたしましては、あなたがおよろこびになるようなことをいたしまして、それから出発すればよろしいのでございます」
貴婦人は、伯爵夫人がよろこばれるようなものを手にお入れになったとしたら、それは自分としてはうれしいことである、しかし、自分は報酬を目当てにそんなことをしたのではない、それをしなければならないことが、善いことをするように思われたからであると申しました。
彼女に対して、伯爵夫人が言いました。
「奥さま、それはまことに結構なことでございます。で一方、わたくしといたしましても、あなたが報酬として御要求なさるものを、あなたに差し上げようと考えているのではございません。それはただ、善いことをしたいからでございまして、こうするのが当然だという気持ちがあるからでございます」
そこで貴婦人は、やむを得ず、伯爵夫人に向かって、さも恥ずかしそうにして、娘を嫁がせるために百リラほしいと願いでました。伯爵夫人は、貴婦人の恥ずかしそうな態度を見てとりその遠慮勝ちな要求を耳にいたしまして、彼女に五百リラの金と、なおおそらく同じくらいの値打ちのある美しい高価な宝石を贈りました。そんなわけで貴婦人は非常なよろこびようで、できるだけの感謝を伯爵夫人に捧げました。伯爵夫人は彼女のもとを去って、宿屋に帰りました。貴婦人は、ベルトラモがその後自分の家に使者をよこしたり、訪れたりする機会をとりのけるために、娘とともに、田舎の自分の親戚の家に行きました。で、ベルトラモはそれから間もなく、家来たちに帰還を請われて、伯爵夫人が姿を消したとのことを聞いて、わが家へ帰りました。
伯爵夫人は、彼がフィレンツェを出発して自分の領地に帰ったと聞いて、大変満足でございました。で、フィレンツェに滞在している間に、出産の時がまいりまして、彼女は父親と瓜二つの男の子の双生児を産み落とし、それを心をこめて養育させました。で、もう好いころだと思いましたので、彼女は旅につき、だれにもそれと気取られないで、モンポリエにまいりました。そして、そこで何日か休息してから、伯爵の様子や、その居所がどこかなど探りまして、彼が万聖節の日に、ロッシリオーネで、貴婦人や騎士のために、大祝宴を催すはずだと聞いたものですから、彼女は今までどおり、巡礼姿に身をやつしたままで、そこへ出かけてまいりました。そして貴婦人たちや、騎士たちが、伯爵の館に集まって食卓につこうとしていると聞きましたので、彼女は、衣裳をかえずに、その二人のこどもを腕に抱いて、人々をかきのけて大広間にはいって行って、伯爵を見つけると、その足もとに身を投げだして、泣きながら申しました。
「お殿さま、わたくしはあなたさまが御帰還遊ばして、お館においでくださるようにおさせ申しあげたいために、長いあいだ物乞いの巡礼をいたしてまいりました不幸な妻でございます。わたくしがあなたさまに遣わしました二人の騎士を通じて、あなたさまがわたくしにおあたえになりました条件を、あなたさまがわたくしのためにお守り下さいますよう、神かけてお願い申しあげます。さあ、わたくしの腕のなかには、あなたさまの子が一人でなくて、二人おりますよ、それからあなたさまの指輪もございます。もう今こそわたくしはお約束どおり、あなたさまから、妻として迎えられてよろしい頃でございましょう」
伯爵は、これを聞いてすっかり感動いたしました。指輪は間違いないと認め、さらにこどもたちも、自分とそっくりな顔容でございましたので、自分の子であるとわかりました。けれどもまだ、こう言いました。
「どうして、こんなことがおこったんだろうね?」
伯爵夫人は、伯爵やそこに居合わせた一同の驚きのうちに、どうしてそうなったか事実のままを、順序を立てて物語りました。それを聞いて伯爵は、彼女の話がほんとうであることを認め、また、彼女の辛抱強さとその聡明な点をさとった上、二人の玉のように可愛い赤ん坊に見入りました。そして、自分が約束しておいたことを守るために、また彼女をその正妻として今こそ迎え入れてねんごろにもてなすように打ち揃って自分に願っている家来の男女一同の意にそうために、伯爵は自分の強情ないかりを棄てて、伯爵夫人を立ちあがらせると、彼女を抱擁し、接吻して、自分の正妻として認め、そのこどもたちを自分の子として認めたのでございます。そして彼女にふさわしい衣裳をつけさせると、そこに居合わせた人々や、そのことを伝え聞いた他のすべての家来たちの絶大な歓喜にかこまれて、その日一日じゅうはもちろんのこと、さらに何日も、大祝宴を催しました。伯爵はその日以来、いつまでも彼女を自分の花嫁として、妻として敬い愛し、こよなく大切にいたしました。
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第十話
[#この行3字下げ]〈アリベックは隠遁者となり、修道士ルスティコは、彼女に悪魔をふたたび地獄に追いこむことを教える。やがてその後、彼女はそうしたことから引き離されて、ネエルバーレの妻となる〉
熱心に女王のお話を聞いていたディオネーオは、そのお話が終わり、自分だけがまだお話をしなければならないことを知ると、命令も待たずにわらいながら、話しはじめました。
やさしい淑女のみなさん、あなた方はおそらくまだ、どんなふうに悪魔が地獄に追いこまれるかというお話をお耳にしたことはないでしょう。そこで、わたしは、今日一日あなた方がお話しなさった主題からそう離れないで、そのお話をあなた方にしたいと思います。それをおぼえておかれれば、おそらく今以上に魂をお救いになれると思います。さらにあなた方は、恋というものは賤《しず》が伏屋よりも楽しい館や居心地のよい部屋に進んで住むものであるとは言いましても、だからといって、時には恋が繁茂した森の中や、険阻なアルプス連峰の荒涼とした洞窟の中でも、その力を感じさせないものではないということを、おさとりになるでしょう。ですからこれで、人間万事恋の力に従うものであるということがおわかりになるでしょう。
さて、本題にはいりまして、お話しいたしますが、バルベリアのカプサ(現在のカフサ。北アフリカのチュニスにある)の町に非常な金持ちがおりまして、彼の、その数人のこどものなかに、アリベックという名の美しい、心のやさしい娘がありました。彼女は、キリスト教信者ではありませんでしたが、町にいた多くのキリスト教徒が、キリスト教的信仰と神さまへの奉仕を非常に讃えているのを耳にいたしまして、ある日のこと、それについてどんなふうにしたら、またなるべく面倒な目にあわずに神さまに仕えることができるかと人にたずねて見ました。その人は、それはテバイダの砂漠の人里離れたところに行った者たちがしているように、世俗のことから遁れた人ほど神さまによく仕えることができるのだと、彼女に答えました。しごく単純で、まだ十四歳のそのむすめは、はっきりした欲望というよりも、こどもっぽい衝動に動かされて、そのことについてはだれにも語らず翌朝ひそかに、ただ一人テバイダの砂漠に向かって旅路につきました。
アリベックは非常に苦労した後、その衝動を失わずに、数日の後、その僻地にたどりつきました。遠くから一軒の小屋が眼にはいりましたので、その小屋を訪ねてみますと、戸口に一人の聖者がおりました。聖者は、そこで彼女の姿を見て不思議に思って、彼女に何を探しているのかとたずねました。彼女は、自分は神さまの霊感をうけて、これに仕えようとしているものであると答えて、さらに、神さまに仕える方法を自分に教えてくれる者を探しているのだと答えました。その聖者は、彼女が年若く、すこぶる美人であるのをみて、もし自分が彼女を引き留めておくと、悪魔に誘惑されはしないかと不安になりましたので、彼女のよい心がけを賞讃してから、いくらかの草の根や、野生のりんごや、なつめの実と水をあたえた上、こう言いました。
「むすめさん、ここからそう離れていないところに、一人の聖者がおられるが、その方はあなたが探し求めておられることについて、わたしなどよりはるかにすぐれた先生です。その方のもとにおいでなさい」
そして彼女を立たせました。彼女は、その聖者のもとにまいりましたが、彼からもそれと同じことばをきかされて、さらに進んで行きますと、ある若い隠遁者の小室にたどりつきました。この者は実に信仰の心の篤い、善良な人物で、その名をルスティコと申しました。そこで彼女は、他の聖者たちにしてきた質問を、彼にいたしました。彼は、自分の堅固な心を大きな試煉にかけたいと思いまして、他の聖者たちのように彼女を追い返したり、別のほうに向けたりしないで、彼女を自分と一緒に、自分の小室に引き留めたのであります。夜になりましたので、彼女のために片隅に棕櫚の葉枝で小さな寝床を一つつくって、その上にやすむようにと言いました。それがすむと、少しも躊躇せずに、誘惑はこの男の力と戦いをはじめました。彼は、自分の力について大変な考えちがいをしておりましたもので、大した襲撃もうけないのに、その誘惑に背を見せると、まいったと手をあげてしまいました。彼は神聖な考えや、祈祷や、規律はさらりと棄て去って、その女の若々しさと、美しさを記憶にきざみはじめました。また、そればかりでなく、彼は自分が彼女について望んでいるものを手にいれるのに、放埒な男だと彼女に思われまいとするのには、どんな方法を、どんなやり方を、彼女に対してとらねばならないだろうかと考えだしました。そしてあらかじめある種の質問を試みて後、彼女がまだ男を知っていないで、一眼で察したとおり、無邪気であることがわかりました。そこで彼は、神さまに仕えるという振りをよそおって、彼女を自分の欲望の餌食にしようと決心しました。そしてまず多くのことばを用いて、いかに悪魔が神さまの敵であるかを彼女に説き、その後で、一番神さまのお気に召す奉仕とは、神さまが悪魔を罰して陥しこんだ地獄の中に、その悪魔を戻しこむことであると、彼女にのみこませました。年若いむすめは、それはどういう具合にやるのかと彼にたずねました。彼女にルスティコが言いました。
「すぐにわかりますよ。ですから、あなたは、わたしがするのを見たとおりに、おやりなさい」
彼は着ていたそのわずかばかりの衣服を脱ぎはじめまして、真っ裸になりました。娘もまたそのとおりにいたしました。そして、お祈りをするような格好でひざまずくと、自分の前に彼女を立たせました。で、こうしているうちにルスティコは、したたるばかりに美しい彼女の姿にその欲望は、いやが上にも燃えあがってきまして、肉が勃起してまいりました。アリベックはそれを見て、驚いて言いました。
「ルスティコ、その、わたくしの眼にはいったものはなんでございますか。そんなに外に突き出した、そして、わたくしには無いものは?」
「ああ、娘さん」と、ルスティコが言いました。「これは、わたしがあなたにお話しした悪魔ですよ。で、さあ、おわかりでしょう。これはわたしにとてもひどい苦痛をあたえております。やっと我慢ができるくらいの」
すると、むすめは申しました。
「ああ、有難いことでございます。なぜって、わたくしには、そんな悪魔がございませんから、あなたさまよりも気分をよくしていられるということがわかりますもの」
ルスティコが言いました。
「まったくです。しかしあなたには、わたしには無い別のものがあります。あなたは、それを、これの代わりに持っているんですよ」
アリベックが申しました。
「まあ、なんでございましょう?」
彼女にルスティコが言いました。
「あなたは地獄を持っているんです。あなたにお話しいたしますが、わたしは、ここに神さまがあなたを、わたくしの霊魂の救済のためにつかわされたのであると思っております。それはこの悪魔がわたしにこうした苦痛をあたえても、あなたさえわたしを憐んで、わたしがそれをふたたび地獄に追いこむことをこらえてくださろうと思えば、あなたはわたしに大きな慰めをあたえるでしょうし、またもしあなたがおっしゃるように大いに神さまの思し召しにかない、これに仕えるために、このあたりにおいでになったのだとすれば、そうした奉仕をすることができるからであります」
すっかり信頼し切っていたむすめは答えました。
「ああ、神父さま、わたくしが地獄を持っているのでございましたら、いつでもお好きな時に悪魔をお戻しください」
そこでルスティコが言いました。
「むすめさん、それは有難う! ではまいりましょう、そうして悪魔がわたしを後で放免してくれるように、まず、悪魔を地獄に追いこみましょう」
で、そういうと、彼はむすめを彼らの小さな寝台の一つの上につれて行って、神さまによって呪われた悪魔を、彼女のなかに閉じこめるために、彼女がどんなふうにしていなければならないかを教えました。今まで絶対に一度も悪魔などを地獄に入れたことのなかったそのむすめは、最初は少し苦痛を感じました。そこで彼女はルスティコに言いました。
「たしかに神父さま、この悪魔は悪いものに相違ございません。本当に神さまの敵でございます。なぜって、それが中に追いつめられた時、地獄までが痛みを催しますもの」
ルスティコが言いました。
「むすめよ、いつもそうだとはかぎりませんよ」
で、そんなことがおこらないようにするために、彼らはその小さな寝台から下りる前に、六度ばかりそれをそこに追いこみましたので、このたびはその頭の傲慢も取り除かれまして、それはやすやすとおとなしくなりました。しかし、やがてその後もしばしば頭は傲慢を取り返しましたので、そのむすめは、いつも従順にそれをしずめるのに身をまかせていましたが、そのうちに、その戯れが彼女にはたのしいものとなってきました。彼女はルスティコに言いだしました。
「神さまにお仕え申しあげることは、実に気持ちのよいことだと、カプサのあの物識りたちは言っておりましたが、それは本当のことを言っていたのだということが、よくわかります。たしかにわたくしは、悪魔を地獄に追いこむくらい自分にとってたのしい気持ちのよいことは、今までに覚えがございません、ですからわたくしは、神さまに仕えること以外のことをするような人はどなたも馬鹿者だと思います」
そんな次第で、彼女は何度となくルスティコのところへ行って、彼に言いました。
「神父さま、わたくしは、ここへ神さまにお仕えするためにまいりましたので、怠けているためではございません。さあ、悪魔を地獄に追いこむことにしましょう」
そんなことをしながら、彼女は何度か言いました。
「ルスティコ、わたくしには、なぜ悪魔が地獄から遁げだすのかわかりません。と申しますのは、もし地獄がよろこんで悪魔を受け入れて、しまっておくと同じように、悪魔がよろこんでその中にいるといたしましたら、悪魔は決してそこから出ないはずでしょうからね」
さて、こうしてむすめはしばしばルスティコを招いて、神さまに仕えようとして彼を慰めました。彼はすっかり消耗してしまい、普通の人なら汗をかくような時期に、彼は寒さを感じるほどでありました。そこで彼はむすめに向かって、悪魔というものは傲慢心をおこして頭をもたげないかぎり、これを懲らしめたり、地獄に追いこんだりすべきものではないと言いだしました。「わたくしたちは、神さまの御慈悲によって、それをうんと衰えさせましたから、それはおとなしくしていたいと、神さまにお願いしているのです」
こうして彼は、しばらくの間、むすめに黙っているように命じました。むすめはルスティコが悪魔を地獄に追いこむように自分に要求しないのを見てから、ある日のこと、彼に向かって言いました。
「ルスティコ、もしあなたの悪魔が懲らしめられて、もうあなたを苦しめないのでしたら、わたくしの地獄も棄てておかないで下さい。ですから、わたくしが、わたくしの地獄で、あなたの悪魔の傲慢を取り去るお手伝いをしましたように、あなたはあなたの悪魔で、わたくしの地獄の怒りをしずめるお手伝いをなさって下さい」
草の根と水で暮らしていたルスティコは、そのさそいに十分にこたえることができませんでした。地獄をしずめるには、とてもたくさんの悪魔がいなければならないのだが、自分は自分としてできるだけのことをしようと、彼女に語りました。そうして、時には彼女を満足させましたが、それはあまりに稀でしたので、まるで獅子の口に一粒のそらまめを投げこむに過ぎないようなありさまでした。それでむすめは思ったように神さまに仕えていないような気がしたものですから、いくぶん不満でありました。
しかしルスティコの悪魔とアリベックの地獄の間に、その激しすぎる欲望とその弱すぎる精力のためにこうした問題がおこっている間にカプサでは火事がおこり、そのためアリベックの父親は、こどもたち全部と、も一つの家族の者たちとともに、自分の家の中で焼き殺されてしまいました。こんなわけでアリベックは、父の一切の財産の相続者となりました。ところでネエルバーレと呼ばれる一人の青年が、放蕩三昧にその全財産を浪費していたのですが、彼女が生きていると聞いたので、彼女を探しはじめました。そして彼は、相続人がなくて死んだ者の財産として、父親の財産を当局が取り上げないさきに、彼女を見つけだして、ルスティコの大よろこびのうちに、彼女の意志にさからいながら、彼女をカプサにつれもどして、これを妻にして、彼女とともに、その莫大な財産の相続者となりました。しかし彼女は、どんなことをして砂漠で神さまに仕えておったのかと女たちにたずねられまして、まだネエルバーレが彼女と寝ないうちでしたので、彼女は、自分は悪魔を地獄に追いこんで神さまに仕えたのであって、自分をそうした奉仕から引き離したネエルバーレは大変な罪を犯したのだと答えました。女たちがたずねました。
「どうやって悪魔を地獄に追いこむのですか」
むすめは、ことばと仕草で、それを彼女たちに示しました。そこで彼女たちは腹をかかえて大笑いをしまして、今でもそのことを笑い草にしているほどであります。そして言いました。
「心配することはありませんよ、あなた。ほんとにだって、そんなことはここでもいたしますもの。ネエルバーレは、あなたと御一緒にちゃんと神さまに仕えましょうよ」
やがて、それからそれへと、彼女たちがそのことを町じゅうに触れまわったものですから、神さまにしてもらいたい一番気持ちのよい奉仕は、悪魔を地獄に追いこむことだという世俗の諺を作りあげてしまいました。その諺は海を越えてここまで流れてきて、今でもつづいております。ですから、神さまのお恵みの必要である若い淑女方よ、悪魔を地獄に追いこむことをおおぼえなさい。と申しますのは、それは神さまの御意にいたく叶うことであり、両人いずれもの歓喜であり、多くのしあわせがそれから生まれ、かつ続くかもしれないからでございます。
ディオネーオのお話は、何度も淑女たちを笑わせました。彼のことばは、彼女たちにそれほど面白く思われました。そこで彼がそのお話を終えると、女王は自分の統治の期限が終わったことを知りましたので、頭から桂冠をとりあげると、それをいともあでやかな態度で、フィロストラートの頭の上にのせてから、言いました。
「さあ今度は、羊たちが狼たちを導いてきたよりもうまく、狼が羊たちを導くことができるかどうか、お手並を拝見いたしましょう」
フィロストラートは、これを聞いて、笑いながら言いました。
「もしわたしの言うことをお聞きいれになっていましたら、狼たちは羊たちに、ルスティコがアリベックにしたように、悪魔を地獄に追いこむことを教えたでしょうね。そんなわけで、あなた方は羊ではなかったのですから、わたしたちを狼とは呼ばないでください。しかし許された以上、わたしは委ねられたこの王国を統《す》べることといたしましょう」
彼に向かって、ネイフィレが答えました。
「ねえ、フィロストラート、あなたは、ちょうどマゼット・ダ・ランポレッキオが修道女たちから教わったように(第三日・第一話)、わたくしたちにお教えになろうとして、いいお智慧を授かることができたでございましょう。また骸骨が指揮者もいないのに音楽を奏でるような時に、そうしたお話はなさることができたでございましょうよ」
フィロストラートは、自分が矢を放てば必ず鎌がなぎ落とす相手のしっぺ返しを知って、洒落はよしにして、その委ねられた王国の政治にかかりはじめました。で、給仕頭を呼ばせると、一切がどの程度にととのっているのか聞こうと思いました。そればかりでなく彼は、自分の統治がつづく間じゅう物事がうまくはこんで、また仲間の人々を満足させるようにしたいと心がけて、そのとおり万事首尾よく命令をくだしました。それから淑女たちのほうに向かって言いました。
「愛情ゆたかな淑女のみなさん、不幸にも、わたしは善悪の見境がはっきりとつくようになってから、ずっと、あなた方のお一人の美貌のために、恋のしもべとなってまいりました。わたしは恋のあらゆるしきたりの中で、自分にわかっていた範囲で、謙遜にしてもみたし、従順にもなり、これに従おうともいたしましたが、どれ一つとして役には立ちませんでした。わたしはまず他の者に見代えられて恋から見棄てられ、それから後は、どんどん不仕合わせの深みにはまる一方でありました。わたしはこんな具合で、死んで行くのかと思います。ですから明日は、わたしの身の上によく似通っている主題、すなわちその恋が不幸な結末を告げた人々の主題を除いて、別のことをお話しになられることは、わたしの好まぬところであります。それは、ゆくゆくは、わたしが実に不幸な結末を待っているからなのです。あなた方が口にせられるわたしの名前(フィロストラートは「恋にうちまかされた者」の意)は、実によくその意味を知っている方によって、わたしにあたえられたものにほかなりません」
で、そういうと、彼は立ちあがって、夕食の時刻まで、一同に暇をあたえました。
庭園はまことに美しく、心地よかったので、だれ一人として、そこを出てよそに歓喜を求めたいと考える者はございませんでした。それよりもう陽光もゆるやかになりまして、さっきまで庭に坐っているみなの間を百度くらいも跳びはねてはやってきて、うるさくてたまらなかった牡鹿や、野兎や、その他の動物を追いかけるのにいい頃となりましたので、二、三の者はこれを追いかけはじめました。ディオネーオとフィアンメッタは、グイリエルモとヴェルジュ夫人《ダーマ》の歌を歌いはじめました。フィロメーナとパンフィロは、将棋をはじめました。こんな具合に、ある者はこれ、ある者はそれと、てんでにやっているうちに時がたって、待つ間もなく夕食の時になりました。それで食卓を美しい噴水のまわりにおいて、そこで、その晩は非常にたのしく夕食をしたためました。フィロストラートは、彼の前に女王であった淑女たちがとってきた道から外れないようにと、食卓がとりのけられると、ラウレッタに向かい、一つ踊りをして、歌を歌うようにと命じました。ラウレッタは言いました。
「王さま、わたくしは、こうした楽しいつどいにふさわしい歌は、他人の歌も、自分の歌も、覚えておりません。もしわたくしの持ち合わせの歌でよろしいならば、それをよろこんで歌うことにいたしましょう」
彼女に王が言いました。
「あなたの歌でしたら、綺麗で、たのしいものにきまっています。だから、お持ち合わせのものを、そのままお歌いください」
ラウレッタはそこで、たいへん雅びた声で、でもいくぶん憐れっぽい態度で、他の淑女たちの声を合わせての復唱につづかれて、こうはじめました。
いかなる女《ひと》の嘆きとて、
恋の吐息の甲斐知らぬ
ああわが苦しみにまさるまじ。
天、星|統《す》ぶるその人は
心のままにこの身をば
やさしくあでに象《かた》どりぬ、
なべてこの世の賢人に
御前にいます美の神の
面影なりと伝えんと。
さはあれ人類《ひと》の欠点は
わが美を知らぬそぶりにて、
喜びもせず、蔑《さげ》すみぬ。
われを恋せし人のあり
わが若き血を歓びの
腕《かいな》に抱き眼をこらし
胸はずませて焦がれしが、
月日は軽く流れとび、
ただかの人はひたすらに
われをば恋いて、ああわれも
優しくこれに応えしが
今はや悲し夢むなし。
やがてわが前にたかぶりて
出でしは猛き若人の
門地と勇気《いさお》をひけらかし、
われを捕えてよこしまに
嫉妬のほむらかきたてぬ。
多くの人の幸《さち》のため
この世にくだりしああこの身。
一人の腕《かいな》に抱かれて
絶ゆるばかりのこの心。
喪服捨てんと応諾の
あの日の不運なげかかる
喪服をつけて楽しくも
美わしき日を送りしが
この晴れ衣いま憂さつつむ
潔き名もはやそしらるる
ああ傷ましき饗宴《うたげ》かな
せめてあの日のあの饗宴
侍らで逝きし身なりせば!
ああ愛《いと》しき人よ、過ぐる日に
こよなくわれが恋し君
今は天なる創り主
神のみ前の愛し君
その君すててよそびとに
靡《なび》かぬわれをいとおしめ、
またわがために灼《や》くほのお
み胸にあり! と告げよかし、
ああ、その空にわれを呼べ。
ここでラウレッタは、その歌を終えました。その歌で彼女は、みなの注意をよびましたが、人の異なるように、各人それぞれにその意味も異なって理解されました。これを美しい娘よりも、いい豚のほうがよいというミラノ式に解釈したがる者がおりました。またある者は、それは現在喋々する必要はありませんが、もっと崇高な、もっとすぐれた、もっと真に知的な解釈をくだしました。王はこのあとで、草や花の上に数多くの燭台をともさせて、昇っていた星がすでに全部落ちはじめるまで、別の淑女たちに歌わせました。そこで、寝る時刻がきたと思いましたので、王は、一同がお休みをいって、自分たちの部屋に退るようにと命じました。
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解説
[#地付き]柏熊達生
イタリア人ボッカッチョ、Giovanni Boccaccio 1313-1375 が一三四八年から一三五三年にかけて書いた『デカメロン』は、一三四八年に東方から西欧に蔓延してきたペストに悩まされたフィレンツェをのがれて、郊外の山荘に愉快で平和な幾日かを送った七人の妙齢の貴婦人と、三人の若い紳士が、憂さ晴らしに、木蔭で涼をとりながら、十日の間、銘々一日に一つずつ物語った話を纏めたという形式のいわゆる額縁《コルニチエ》小説で、題名は、「十日」を意味するギリシャ語によったものであり、この作品がイタリア文学史上ではその散文作品の上に最も大きな影響力をあたえた最初の小説であり、また世界文学史上では多くの国の文学にいろいろの点から貢献した、最も重要な作品の一つであることは、今更喋々する要もないかもしれない。
ボッカッチョ――ボッカチオとは読まない、ボッカッチ Boccacci と書く場合はある――のことは余り知られていないようなので、先ずボッカッチョの生涯を述べ、読者の『デカメロン』玩味のために資したいと思う。
ボッカッチョの生涯
ボッカッチョの青年時代のことは詳《つまびら》かではないが、信憑《しんぴよう》すべき事実はこうらしい。一三一三年の末にパリーで生れた。父親はボッカッチョ・ディ・ケッリーノ、Boccaccio di Chellino, Boccaccino di Chelino といい、両替業者《カンビアトーレ》で、チェルタルドの出で、有力なバルディ銀行と仕事の上で密接に結ばれていたのでフィレンツェに住んでいた。母親はパリーの女で、ジャンネット・ド・ラ・ロシュ Jannette de La Roche ? という名で、ジョヴァンニ(ボッカッチョ)、彼女がは、「ボッカッチョは、チェ貴族の出であると言っていたが、多分裁縫師の娘だったらしいとされている。ある人は、「ボッカッチョは、チェルタルド生れのイタリア人の商人が、パリーでフランス女との間にできた私生児で、母親を知っていない。母親もこの愛人に棄てられた未亡人で、ボッカッチョが幼い頃死んだ。父親はボッカッチョの憎悪の的だった。愛さないといったくらいでは言いきれないほど、彼は父親を侮蔑していた」とのことを書いていた。父親はまだ赤坊の彼をフィレンツェにつれて行って、そこでジョヴァンニ・ダ・ストラーダ Giovanni da Strada のところで文法を学ばせた。そのうちに、父親は妻帯して、この母親《つま》との間に一子を儲けた。ボッカッチョはこの弟が家業を継げばいいとして、自分は詩を作ったり、「お話」を聞いたり、遊び興じていたので、父母との間はうまくいかなかった。で、とうとうナポリに追いやられた。今日信じられているところでは、一三二三年(または二五年)に、家業見習のために、ナポリに送られたことになっている。そして厭々ながら六年の月日が経って、父親はついに、彼に勉強をさせることにした。しかしそれは、詩の勉強ではなくて、聖会法の勉強だったので、本にかこまれた生活は、従来の生活よりはいいとはいうものの、彼の心から喜ぶものではなかった。(人によっては、見せかけの法律勉強を六年していた、と書いているのもある。)彼は後年の作『異邦人の神々の系譜』De genealogiis deorum gentilium の中でこの父親の無理解による詩的天性からの逸脱を嘆いて、ミューズの愛によって、いかに父親の反対に打ちかち、法律の勉強を抛擲したかを語っている。彼は自分の本性に従って、独力で、詩を勉強した。彼の詩人についての勉強は、孤独のうちにおこなったのではない。彼はナポリの王、ロベルト・ダンジョ Roberto dユ Angi・/T-FONT> の宮廷にその文学者としての情熱を持ちこんだのである。彼はここで、Vergilius や、Statius や、特に Ovidius などのラテン詩人の作に親しみ、またダンテや、清新体派の詩人や、ペトラルカや、市民的教養の詩人達を知り、フランスの、騎士的、市民的教養とも容易に交渉を持つことができた。学者アンダローネ・デル・ネグロ Andalone del Negro に天文学を、王の図書係りで、神話学者で、稀書蒐集家のパオロ・ペルジーノ Paolo Perugino には、古典研究への指導を、カラブリア人の修士バルラーム Barlaam にはギリシャ語の手ほどきを受けた。こうして、彼は文学上の勉強をする一方、社交上にも達者な活躍をしていた。彼は、その若い頃の作品に、明かにそれとわかる自伝的個所に、自分の美貌と、優雅な、好感のもてる態度のことを書いている。(「笑い顔は美しく、陽気だった」旨をF・ヴィッラーニ Filippo Villani も書いている。)美男で、利口で、話上手な彼は、宮廷の貴婦人たちの気に入りで、彼も喜んでこれと交渉した。彼が愛したと自ら言っている貴婦人の中には――当時の習慣で本名はかくしているが――ガッラ、パンピネア、アブロトニアなどがある。もっともこれは、会談、狩猟、船遊びの間に生れた儚い愛ではあった。愛の焔を真にかき立てたのは、フィアンメッタ Fiammetta の出現であった。フィアンメッタ(「小さな焔」の意)とは、彼がロベルト王の私生児で、貴族の夫人マリア・ダクィノ Maria dユ Aquino にあたえた愛らしい名前である。ボッカッチョがマリアを見染めたのは、恐らく一三三三年(または三一年)の聖土曜日、聖ロレンツォの教会であるということになっている。ダンテがベアトリーチェを見染めたのも、ペトラルカがラウラに恋したのも、教会がガレオット(恋の取持役)をつとめていると書いた人がいたが、面白い。「その髪の毛が波を打って、長く、金色に輝いて、純白の、華車《きやしや》な肩の上に垂れ下り、まる顔が白百合と紅ばらをとりまぜた生々した色で照りはえ、眼はあの狩りによい鷹の眼のような二つの眼を顔に光らせ、二つの紅玉のような脣をした、小さなかわいい目をした」(第四日、第十話、中巻所収)フィアンメッタは、ボッカッチョにとっては、「いやしい身分の私には全く不相応と思われるような非常に高い位のお方」(序言)であったが、彼の愛を受け入れて、彼を有頂天にさせた。『愛の幻影』Amorosa Visione の中に、「……初めにまさりて、この傷つきたる胸に、恋の焔はもえさかる。ひとりごちぬ、今この熱に灼く身より、熱の失せる日はあらじ……」とその恋の歓喜を述べている。彼女にそむかれた後も、ボッカッチョは幾多の作品に彼女をしのび、小説『フィアンメッタ』を捧げ、また、『デカメロン』の中に、彼女のことを描いた。
こうして、両替業者ジョヴァンニ・ボッカッチョが、ロベルトの宮廷に迎えられたのは、ロベルト王がその銀行家として、王と関係を有していたアッチャイウォーリ家 Acciaiuoli, ペルッツィ家 Peruzzi, バルディ家 Bardi, のうち、このバルディ家とジョヴァンニ・ボッカッチョの父親との間に緊密な結びつきがあったからで、当時、政策上、ロベルトには金が必要だっただけに、なおさら、歓迎を受けていた訳である。ナポリでの生活は、ボッカッチョにとっては、重要な中心をなすものであって、この宮廷で、彼が注目したのが、女であり、その女を彼は自ら修得していた市民的(世俗的)教養と、宮廷で得た智的洗煉をもって、筆にのせた。
こうしたナポリ時代の作品として、『ディアナの狩猟』Caccia di Diana がある。女神ディアナが女たちを集める山間の地の風物描写は、既にデカメロンの額縁の風景であると言えよう。(これはフィアンメッタへの恋愛以前の作である。)この時代は詩作も多い。十四行詩《ソネツト》『泉のほとりにて……』には、ペトラルカや、清新体派の影響がないではないが、しかし、その何れにも属さない市民詩の作風に近い、ヒューマニティの強化者、愛のテーマが暗示されている。多くの詩には、自伝的なものが見られ、またボッカッチョの文体の内的な歴史を知る上で興味があるとされている。
ナポリで、一三三六年から四〇年の間に、彼は、今述べた数多くの詩の他に、小説『フィロコロ』と、長詩『フィロストラート』、『テゼイタ』を書いた。『フィロコロ』(または『愛の苦労』)はフィアンメッタの好んだ伝説を取上げたもので、スペインの王子フロリオが、王位問題から阻まれた恋の相手の素性の明かでない娘ビアンチフィオーレ(ビアンコフィオーレ)を探しに行き、やがて娘もローマの貴族の出であることが分り、目出たく彼女と結婚するに至るまでの遍歴談である。フィロストラート(または『恋に打ちのめされた男』)は、不実なクリセイダのために泣く、プリアモの子、トロイロの苦悩を歌った長詩。史詩テゼイダも、興味は恋愛的挿話にあって、エミリアをかち得ようとするアルチータと、パレモネの闘いが歌ってある。
『フィロコロ』(第四の書)に、ビアンチフィオーレを追跡する一行が、嵐のためナポリに避難し、そこの宮廷にフロリオが迎えられるところがある。宮廷の貴婦人の中に、王女のフィアンメッタがいて、その指揮のもとに、貴婦人や紳士たちが楽器を鳴らして歌を歌っている。皆は、噴泉をかこんで恋の十三の問題について語り、暑さを忘れる。ここに『デカメロン』の形式のモティヴが初めて見られる。『フィロコロ』の散文の中には、弁舌、リズム、色彩の重さはあるが、『デカメロン』の具体的な美点と、要素がある。ボッカッチョがこうした当時非常に親しまれていた伝説をとりあげたのは、現実の新鮮味と古典的気品とを、自然な感情と文体の高い明澄性を、こうした二要素を調和させようとした(これについてはその芸術の爛熟期に及んで成功を見るのである)直感的な意志を持っていたからであろうと言われている。そうして『フィロコロ』は、あらゆる反対勢力に打ち勝つ本性《ナトウラ》のテーマであり、人間の力の、人間の本性のテーマであって、この直感の中に、ボッカッチョのモラルと、芸術は、起原を有している。それは、幾世紀来ヨーロッパに成熟してきて、文明の新形式を創ってきた真実であり、その文明のエッセンスの詩人がボッカッチョである。『フィロコロ』は、彼の芸術的生涯の内面的な理論的第一歩であり、彼の諸テーマのいけす[#「いけす」に傍点]と言うべきである。『フィロコロ』にダンテ Dante(神曲)や、ペトラルカ Petrarca の片影が見え、更にアリオスト Ariosto への近接点が見出されるように、『フィロストラート』には、チーノ・ダ・ピストイア Cino da Pistoia や、グイド・カヴァルカンティ Guido Cavalcanti や、ダンテや、ペトラルカや、その他古典作家の文学的名残りがおびただしく認められると評されている。で、ここにも(史詩的世界、古典的な、風雅な思出等の)理想化の意志と、(個人的経験、心理的、写実的趣味、市民教養の経験等の)写実化の意志という二重の意志があって、その故に屡々調子の上で強いコントラストが認められるのである。最も洗煉された詩的伝統による装飾的詩篇の傍に、写実的な、庶民的な応答が見出される。小説家としての人物が作用する魅力が、ここに明かにでてきている。そして彼の音楽性というものは、詩の構成の中に実現されないで、人物の創造の中に実現されるのである。(『フィロコロ』では庶民的なテーマを古典語で気高くしようとしたが、今度はその反対に)史詩的な起原の話題を八行解節の詩で、庶民の詩法によって表現したところに、調子の不統一、韻律の通俗性その他があるという見方も行われた。が何れも、一つは散文での、一つは詩においての、均衡がとれていない試作であった。
『フィロストラート』は、『フィロコロ』以上に、ボッカッチョの生涯の個人的なモティヴを集めていて、それを Home-ros の時代の話に移している。女主人公のクリセイダは、フィアンメッタに他ならず、彼女に裏切られたトロイロは、大部分がボッカッチョ自身を現わしている。
『テゼイダ』は一三三九年(フィレンツェへ帰った年である)と一三四〇年の間に作られた、ナポリ時代の最後の作品で、イタリア語に史詩を贈ろうとした大野心のもとに生れたものであるが、『フィロストラート』と同じような不安定と、同じような音楽性の喪失に悩んでいる。形式的な均衡はなく、韻律と言葉が融和していない。『テゼイダ』の美点は、恋愛的材料の中にあって、これにより彼は、人間の魂の生々した動きを集めることができた。気品(優しい心)という新しい精神の中に、この詩の統一は求めらるべきであって、この精神は女性美の、即ち自然なるものとの完全な一致のうちに女性のうちに示される美しさの嘆賞のうちに集約されるのである。しかし、ボッカッチョにおいては、この美への信仰が、写実の趣味を消していないことを忘れてはならない。
フィアンメッタとの恋愛をもとに返す希望は、彼がナポリに滞在していた限り続いた。彼は失意に苦しみながらも、彼女の光に照らしだされているような気持がしていた青春の歓喜の中に、まだ息づいていることができた。それが彼の世界であった。しかし、バルディ銀行の破産は、父親の生活をも顛倒してしまった。ボッカッチョには、もう以前の生活はできなくなった。彼は、楽しいナポリの生活が終りを告げたことも、フィアンメッタが永久に自分の手の中から失われたことも知った。彼の心境は、当時の彼の手紙からも、また『テゼイダ』のそこかしこに見られる、青春への訣別の憂鬱な挨拶の中にもしのばれるのである。
一三四〇年の終り頃、彼はナポリを後に、フィレンツェに向わなければならなかった。子供の時に別れたフィレンツェの町は、彼には新しい未知の町のような気がした。彼の世界はもうナポリ以外にはなかった。フィレンツェは当時デモクラティックな熱情のただなかに在って、懐疑的で、新市民階級の経験に向っていた。それはまた、教会や帝国の普遍主義の上にではなく、商業や、銀行や、産業の上に、新合理主義を反映する一つの教養の上に、新しいヨーロッパ的意識を創りあげる資本主義前期の近代経済の確認時代にあった。彼には、気品があり、のびのびとした、素晴らしい、ナポリと較べると、フィレンツェは、気品のない(無意味な)、無礼な、吝嗇な町に見えた。そのことは『フィアンメッタ』でも触れ、また『アメート』でも述べている。彼は一三四一年八月二十八日のニッコロ・アッチャイウォーリに宛てた手紙の中で、ナポリに帰りたいと書いた。
こうしている間にも、彼は幾多の恋愛をし、著作を続けた。ヴィオランテという娘もできたが、この娘は七歳で他界した。そして、また恋をして、その未亡人に裏切られた。ここからやがて、『コルバッチョ』が生れるのである。
一三四〇年から一三四六年にかけての彼の作品は、『アメート』、『愛の幻影』、『フィアンメッタ』、『フィエゾレの妖精』等である。『アメート』は俗人アメートと妖精リアの恋愛を歌った詩物語であり、『愛の幻影』は徳《ヴイルトウ》の道を通って快楽の園で終るまでの詩人の寓話的旅行の長詩である。『フィアンメッタ』はイタリア文学の最初の心理小説であって、パンフィロに裏切られて、棄てられたフィアンメッタの物語の中に、ボッカッチョと、マリア・ダ・アクィノの事件が盛られている。『フィエゾレの妖精』は小詩で、フィエゾレの起原と恋愛事件を結び合せたものである。『アメート』は、散文と詩からなり、ボッカッチョの人間的、詩的形成史の中で、非常な重要性を持った過渡的作品とされている。『アメート』は、フィレンツェ時代の『フィロコロ』といった点を少し持っている。フィレンツェは厳しい教育文学を生んでいた。ここで、『アメート』は、寓話的、道徳的作品として作られたが、その寓話も、道徳も外面的なもので、『アメート』は真実、人間の再発見の詩でなければならなかった。人間を、その元の姿において、ありのままの自然なものとして捕えて、人間性の獲得の過程において追求すること、それがボッカッチョの空想のねらいであった。(この作品の自伝的な面では、クレオーネや、イブリダがボッカッチョで、フィアンメッタは、アリア・ダクィノで、妖精たちはフィレンツェの女たちである。)一五〇〇年代に、サンソヴィーノが、『アメート』を「小デカメロンの如し」と言ったことも附け加えておこう。
『愛の幻影』には、愚鈍な、技巧的な寓喩、教育詩に普通見られる中世的教養の雑集、構成の不統一などの欠点が見られて、ボッカッチョ作品中の最悪のもの、あってよしなきものと評する者がある。
『フィアンメッタ』には、再び彼の物語的、心理的、写実的天性が示され、ここには寓話的形式や、技巧的モラリズムがなくなっており、こうしたことは、前諸作には見られなかった。ここでボッカッチョにとって重要なものは、額縁ではなくて、絵である。語っている者の人間的本質である。こうしたよけいな飾りを棄てた点で、この作品は注目すべきものである。「これは、前諸作品に劣らない自伝的なものであるが、ここでの彼は自由で、平明な物語者となっている。」失恋のフィアンメッタの詠嘆は、まさにボッカッチョのそれだからである。
ボッカッチョの空想は、飾りも、野心的な意図も脱線もない事実物語、アフリコとメンソラを取扱った詩『フィエゾレの妖精』をもって、自由にテーマを創りあげ、傑作を加えた。
この次に出たのが、『デカメロン』であり、その後で、コルバッチョ Corbaccio がでた。『デカメロン』については別に述べるが(中巻解説参照)、散文『コルバッチョ』の方は女性一般に対する辛辣な糾弾をこめた中世紀的な幻想であり、これは昨日までの彼の思慮の破壊であり、明日の生活への新しく、厳しい、苦行的思慮の建設であると言える。
ボッカッチョが一三四〇年にフィレンツェに帰って以後の、公私の生活についてはたいして知られていない。幼くして死別したヴィオランテのことについては、既に書いた。彼は一三四六年の秋には、テヴェンナのオスタジオ・ダ・ポレンタ Ostasio da Polenta のもとにおり、翌年はボローニャに近いフォルリのフランチェスコ・デリ・オデルラッフィ Francesco degli Oderlaffi のところにいた。そして一三四八年『デカメロン』の最初に出てくる恐ろしいペストの猖獗《しようけつ》期にはフィレンツェにはいなかった。(やはりペストの被害を受けていたナポリにいたらしい。)一三四九年に父親がペストに罹って死んで、弟フランチェスコの輔佐人になった。一三五〇年、フィレンツェへの旅行の途中師のペトラルカと親しく会う機会を得た。同年彼はロマーニャに使節として派遣され、オール・サン・ミケーレの宗教団体からラヴェンナにいるダンテの娘のベアトリーチェ修道女に十フィオリーノの金を手渡すことを依頼されている。一三五一年にはフィレンツェのカメルリンギ家 Camerlinghi におり、その代理となって、プラート購入のために、ナポリの女王と交渉を行った。またパドヴァのペトラルカのところへ執政官たち Priori delle Arti や、長官 Confaloniere di Giustizia の手紙を持参した。この手紙は、ペトラルカに、一三〇二年にその父親から没収した財産を返還して、フィレンツェ大学の講座を持って貰いたいと申しでたものである。同年十二月、ルドヴィコ・ディ・バヴィエーラのもとに使して、ヴィスコンティ家に対して、フィレンツェと同盟するようにと勧めた。一三五一年 Buccolicum Carmen(牧歌)を書き始めるが、これは六六年に完成する。
一三五四年には、近くカルロ四世のイタリアへの南下があるというので、その相談のために、アヴィニョンの教皇インノチェンツォ六世のところに派遣され、そのあとで、多分フラ・モリアーレの悪徒団よりの防禦を組織化するために、チェルタルドにいた。一三五五年の五月から八月まで、彼は傭兵事務局に勤務して、フィレンツェの傭兵の不在を記帳する任務をあたえられていた。この年に『名人行伝』を書きだした(六〇年完成)。次いで『名婦伝』に手を初めたが、この作品への努力は死の直前まで続いた。一三五七年から六二年の間に、『ダンテ讃美論』を書きあげた。
一三五九年の春には、(これよりさき、ペトラルカが祖国の敵ヴィスコンティ家の知遇を得たのに憤慨して、一三五三年七月十八日附のラヴェンナからのペトラルカに宛てた手紙では、その憤懣をぶちまけている)、ミラノにペトラルカを訪問した。二人の話は主として宗教上のものであって、ボッカッチョは宗教心をゆり動かされた。そしてフィレンツェに帰ってから、ペトラルカに神曲を一部送って、ダンテの名を羨望から口にもしなかったペトラルカに、神曲の研究をすすめている。一三六〇年には、『異邦人の神々の系譜』の初稿を完成し、『山、森、泉、湖、河、沼及び沢並びに海の名称』の著述に取りかかったらしい。一三六〇年の冬、フィレンツェで自分の家に、客としてカラブリアのギリシャ語学者レオンツィオ・ピラート Leonzio Pilato を迎え、公費をもって、Home-ros の詩をラテン語に訳させた。(学者《ひと》によっては、一三五九年に、彼はレオンツィオ・ピラートをフィレンツェの大学に入れてギリシャ語を教えさせた、ギリシャ語の知識の再普及に努力した最初の人である、と書いている。)
一三六二年の春、ジョアッキーノ・チャーニ修(道)士が、彼を訪れて、聖賢の名声のうちに歿したシエナ人で聖ブルノーネ派の司祭ピエトロ・ペトローニが、もし彼(ボッカッチョ)が詩と不信仰な研究を棄てなければ劫罰を受けるだろうと予言した旨を伝えた。これを聞いてボッカッチョは、そのメッセージに従い、原稿を焼いて、敬虔な生活にはいろうと考えた上、ペトラルカに蔵書を買わないかと申しでた。師であり友であるペトラルカは、ボッカッチョに、元気をつけて、恐怖を抱かないで死を待つ心構えを持つようにとさとし、老境の慰めである研究を棄てないようにと忠告し、はては総ての財産も、蔵書も共有にして、一緒の生活をしようと語った。
でもボッカッチョはペトラルカの招きを断った。そして、ナポリの宮廷での大執事となっていたフィレンツェ人のニッコロ・アッチャイウォーリ Niccolo Acciaiuoli や、アッチャイウォーリの支出係のフランチェスコ・ネッリ Francesco Nelli の招きに応じて、ナポリに赴いた。彼は余りアッチャイウォーリを尊敬していなかったが(自分を Johannes tranquillitatum 穏和《へいき》なジョヴァンニと呼んだと嘆いていた)、青春時代の土地への誘惑は、あらゆる遠慮を却けてしまった。しかしナポリでの生活は、彼の自尊心を傷つけるものであり、そのことを彼は、暫くヴェネツィアでペトラルカの客となっていた時に、そこからネッロに宛てて書いた手紙の中で嘆いていた。同年、彼は、(寡頭政府に対する陰謀の罪に問われて、一三六〇年に亡命した)フィレンツェ人『ピーノ・デ・ロッシ氏に宛てた慰めの手紙』をチェルタルドから書いていた。当時徒党、事件好き、成金たちによって騒然としていたフィレンツェをよそに、田舎の単純な生活を愛していた。
一三六五年には再び市の使節として、アヴィニョンに、ウルバーノ五世を訪れ、六七年には同じ教皇をローマに訪れた。同年の春、ペトラルカに会おうと思ってヴェネツィアに旅行をしたが、ペトラルカはパヴィアへ行って留守だったので、その娘のフランチェスカと、良人のフランチェスクオロの客となった。両人の厚いもてなしについて、特にペトラルカの孫のエレッタが死んだヴィオランテを思い出させたことなどにふれながら、彼はペトラルカに手紙を書いている。「ああ! 何度わたしは、あなたの可愛らしいお孫さんを抱いて、そのあどけない話しぶりに聞きほれながら、自分の失った娘のことを思いだして、眼に涙をたたえ、誰にも気づかれないように、その涙を溜息に変えたことだろうか。」
一三七〇年の秋から一三七一年の春にかけて、彼は再びナポリに滞在していた。トスカーナに帰って、一三七三年の十月までチェルタルドに住んでいたが、同年フィレンツェに呼ばれた。聖ステファノの教会で行う『神曲』の講義者に任命されたからである。でも数カ月の後には、健康が許さないで、この講義を中止しなければならなかった。チェルタルドに引退して、そこで一三七四年の十月に、ペトラルカの訃《ふ》を聞いた。彼は既に八月から自分の遺言を書いており、その中に蔵書を聖スピリト教会の修(道)士、アルティーノ・ダ・シーニャに委ねることを記した。彼は、『名婦伝』の加筆に従って余命を送り、一三七五年の十二月二十一日にこの世を去った。チェルタルドの聖ヤコポの教会にある彼の墓には、恐らくボッカッチョの筆になるものであろう、こういう碑名が刻まれた。
[#この行1字下げ]Hac sub mole iacent cineres ac ossa Johannis. Mens sedet ante Deum, meritis ornata laborum mortalis vitae. Genitor Boccaccius illi, Patria Certaldum, studium fuit alma poesis.(この石の下に、ジョヴァンニの灰と骨が横たわっている。その霊魂は、現世の労苦による功績に飾られて、神の御前にいる。彼の父はボッカッチョ、祖国はチェルタルド、よき詩を学んだ。)
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ボッカッチョ (Giovanni Boccaccio)
イタリアの作家。一三一三年、フィレンツェの両替商の家に生まれる。幼年時からダンテの作品に親しむ。まだ少年の頃に稼業習得のためミラノに送られるが、各地から集まってきた知識人たちと親しく交わりながら宮廷文化を謳歌し、詩作や天文学、古典研究に打ち込む。一九四〇年フィレンツェに呼び戻された後は、いっそう精力的に文学研究や著作に励み、その文名は日増しに高まっていく。経済的には恵まれなかったが、フィレンツェ共和国の特使としてヨーロッパ各地に派遣される傍ら、ホメロスの詩を公費でラテン語に翻訳させるなど、政治的かつ文化的にも重要な役割を果たす。晩年には古典の文献的研究と著述に没頭、ステファノ協会で行われる『神曲』の講義者にも任命された。親友ペトラルカの訃報を聞いた翌一三七五年、隠棲先の城塞都市チェルタルドに没した。ダンテ、ペトラルカと並ぶ最大の文学者であり、後世のヨーロッパ文学に深甚な影響を及ぼした。叙情詩、叙事詩、長・短編小説、論文など、多方面に才能を発揮し、ラテン語と俗語(発生期のイタリア語)の両方を駆使して、膨大な作品を残した。
柏熊達生(かしわぐま・たつお)
一九〇七年、千葉県に生まれる。イタリア文学者、翻訳家。東京外国語大学卒業後、外務省留学生としてローマへ渡航。ミラノ領事館、ローマ大使館勤務を経て、一〇年後に帰朝、東京外国語大学教授に就任。一九五六年、四八歳の若さで歿。訳書にアミーチス『クオレ』、コッローディ『ピノッキオ』など多数。
本作品は一九五七年一一月「世界文学全集1」として河出書房から刊行され、一九八一年三月、ノーベル書房から三冊本で刊行された後、一九八七年十月、ちくま文庫に収録された。