オデュッセイア(上)
ホメロス/呉茂一訳
目 次
第一巻〜第十二巻
[#改ページ]
第一巻
諸神の会議、アテネ女神、テレマコスに出発をうながす
【トロイア落城後はや十年となるが、イタケの領主オデュッセウスは海上を漂泊、まだ帰国を許されずに、カリュプソの島に抑留されている。神々はこれを憐れみ、ゼウスの命でへルメスをカリュプソのもとへ送って釈放をうながし、一方郷里イタケ島へはアテネ女神自ら出かけ、オデュッセウスの息子テレマコスを父の行方をたずねに、ギリシア本土へ探索に出かけるよう勧告する。その館では主人の長い行方不明に、近在の郷士たちが押し寄せて、女主人ペネロぺイアに求婚、息子の年少につけこみ、毎日饗宴をつづけ浪費を強いていた】
あの武士《さむらい》のことを話してくれ、|詩の女神《ムーサ》よ、術策《てだて》にゆたかで、トロイアの聖《とうと》い城市を攻め陥《おと》してから、とてもたくさんな国々を彷徨《さまよ》って来た男のことを。たくさんなやからうからの住む町々や気質を、それでともかく識《し》りわけ、海上でもさまざまな苦悩を、自分の胸にかみしめもした、自分自身の命も救い、仲間の者らの帰国の途《みち》もとりつけようとつとめるあいだに。
しかし、それにもかかわらず、ずいぶん努力もしたのだったが、部下たちを救うことはできなかった、というのも、彼らは自業自得の、非道な所業のため身を滅ぼしたものだったから。愚かな奴らだ、天上をゆく太陽神の所有物《もちもの》である牛どもを食料にしていたとは。それで太陽神が、彼らから帰国の日を奪い取ったのであった。そうした次第の物語を、どこからなりと、私たちにも、ゼウスの御娘の女神ムーサよ、お話しください。
他の大将たちで、きびしい死の運命《さだめ》をまぬがれたほどの方々は、みなもう故郷に帰っていた、戦争からも、海路の難からも、うまくのがれきって。ところが彼、オデュッセウスひとりだけは、故国に帰って妻に会いたいものとしきりに願いもとめているものを、若い女神カリュプソが、ぐるりのうつろな洞窟の中で、女神たちのあいだでも神々しい女神《ニンフ》としたことが、配偶《つれあい》にしようとしきりに望んで引きとめていたのであった。
だがとうとう、年月のめぐり過ぎるにつれ、神々がイタケ島〔ギリシア半島西海岸にある山の多い小島で、オデュッセウスの領国、その都もイタケというらしい〕へと、彼の帰国をはかり定めておかれた時がめぐって来たが、そのおりでさえ、いろんな苦業《くぎょう》をすっかりのがれきりはできず、身内《みうち》の人々といっしょになってからさえも、同様だった。すなわちほかの神たちはみな彼を憐れにお思いだったが、ポセイドンだけはちがって、前々から、神にもひとしいオデュッセウスが自分の故国《くに》へ帰り着くというのを、ひどく憤慨していられた。
ところがちょうどこのおりにはその神さまが、遠いところに住んでいるアイティオペス族のところへ出かけてご不在だった。このアイティオペス(エチオピア人)というのは、人間界のいちばんはてに住まっていた。二手《ふたて》にわかれ、一手は太陽の沈む西のはてに、もう一手は日の昇る東のはてにである。その国へと、牡牛だの仔羊だのの大贄《おおにえ》まつりに与《あずか》られようとて(ゆかれたのである)。
そこでポセイドンは、ともかく饗応の座について喜んでいた。その際にである、他の神々は、オリュンポスなるゼウス(大神)の館《やかた》に集まっておいでだったが、まずはじめに、人間どもと神々との御父である(ゼウス神)がみなに向かって相談の緒口《いとぐち》をお切りだった。というのも、お胸の中で、雄々しいアイギストスのことを思い出されたので。その男を、アガメムノンの息子で、遠近に名の聞こえたオレステス〔父の遠征留守中に母クリュタイムネストレがアイギストスの誘惑に負けて密通、父王凱旋の日にこれを殺害した〕が、このあいだ殺したものだったが、そのことを思い合わせ、不死である神々のあいだに立ってこういいつがれた、
「やれやれ、まったくどういうわけで、人間どもは、神々に責めを着せるのだろうか。禍《わざわ》いというのはみな、私らがもとで起こるというのだから。ところが事実は、自分自身の道に外《はず》れたおこないのため、定めをこえて、痛い目を見るのが常なのだ。
現にいまだってアイギストスは、アトレウスの子(アガメムノン)の正嫡の妻(クリュタイムネストレ)と通じて、彼が(トロイアから)帰国したところを殺害におよんだ、それもたちまち身の破滅を招くと知りながらだ。まえもって私らが、あの立派な見張り人、アルゴスの殺害者である〔ヘルメス神のよく用いられる異称〕へルメスを使節に立て、戒めておいたことなのだから。アガメムノンを殺害するではない、またその妻を取ろうとしてはならぬ、と。
なぜというと、(そんなことをすれば)たちまちアガメムノンの息子オレステスの手にかかって復讐を受けようから。(いまは幼く他国にいるが)、いまに大人になって、自分の故国《くに》にあこがれて帰って来るであろうからとな。こうヘルメスにいわせたのだが、私がせっかくよかれと慮《おもんぱか》って(いったのも)、アイギストスの迷った心を説得はできなかったのだ。そこで彼はいま何もかも一事《ひとこと》に、つぐないを果たしたというわけなのだ」
それに向かって今度はきらめく眼《まなこ》のアテネ女神が言葉を返されるよう、
「まあ、私どもの父神の、クロノスの御子(ゼウス)さま、(あなたは)あらゆる統治者たちのうちにも最高のお方ですこと、ほんにまったく、あの男が破滅のむくいに殺されたのは当然ですわ、あのようなまねをする者は、みな同様な死にざまをするがいい。
でもそれとは別に、私の胸は、あの心のさかしいオデュッセウスのうえを思うと、気の毒でたまりませんの、まったく不運な人ですわ、ほんとうに、身内の者どもからも遠くはなれて、潮の流れにとり囲まれた島にいて、つらい目にあっていようとは。大海の臍《ほぞ》(まん中)にあたる島ですもの。
その島は木立ちにおおわれ、女神がそこに住居《すまい》している、あの呪わしい心をもったアトラスの娘がです。すべての海の奥底までも心得ていて、大地と大空とを引き離す長大なつっかえ柱を、自分ひとりでささえている、そのアトラスの娘のニンフが、あの不幸な男の、しきりに嘆き悲しんでるのを、引きとめているのです。
そして優しく、すかし慰める言葉でもって、あの人がイタケのことを忘れるように、あやかしにかかっていますの。ところがオデュッセウスのほうは、一眼《ひとめ》でも、自分の故郷の地から煙が立ちのぼる様子《ようす》を見たいと思い焦《こ》がれて、いっそ死にたいと望んでいる有様です。
それなのに、てんで心におかけもなさいませんの、オリュンポスにおいでのあなたは。それでは一度もオデュッセウスが、アルゴス勢の船陣のそばにいたとき、贅《にえ》まつりをして、ご機嫌をうかがわなかったとでもいうのでしょうか、あのひろいトロイアの里にいまして。どういうわけで、ゼウスさま、それほどまで彼にたいして憎しみをお持ちになりましたのです」
それに答えて、雲を寄せ集めるゼウス神がいわれるよう、
「私の娘よ、なんという言葉が、そなたの歯並の垣根から、遁《のが》れ出て来たのか。どうして、それだといって、私がまあ神のようなオデュッセウスを、忘れられよう。あの男は、知恵分別でも諸人に立ち優り、不死である神々にたいしても、他人以上に犠牲をささげた、広大な天界をしろす神々へだ。しかし、大地をささえるポセイドン神が、始終頑固に、(息子の)キュクロプス(単眼《ひとつめ》巨人)のことでもって、ひどく憤慨しつづけているのだ、その眼を盲《めくら》にしたというかどでな。あの、あらゆるキュクロプスの中でも、いちばん力が強いという、神にもひとしいポリュペモスのことだが。
その息子を生んだのは、ニンフのトオサといって、荒涼とした海原を治《おさ》めるポルキュス(老神)の娘だが、ひろびろとうつろになった洞窟にいて、ポセイドンに添寝《そいね》したもの。まったくそのことが因《もと》で、オデュッセウスを、大地を揺すぶるポセイドンが、殺しはしないものの、故郷の土地から遠いところを彷徨《うろつ》かせているわけなのだ。
ともかくも、さあいまここで、私たちがみないっしょになり、なんとか彼を故国へ帰せるように、術策《てだて》を考えてやろうではないか。(そしたら)ポセイドンにしても、憤慨をやめることだろう、すべての不死なる神々に反対して、たったひとりで、諸神の意図に背《そむ》いてまで、抗争することは、とうていできまいからな」
こういわれると、それに向かって、きらめく眼の女神アテネがお答えのよう、
「まあ、私どもの父神の、クロノスの御子(ゼウス)さま、あらゆる支配者の中でも最高の方、もしほんとうに、心のさかしいオデュッセウスが自分の家に帰ることが、いま幸福である神々のお気に入るというのでしたら、あの案内の神でアルゴスの殺害者というへルメス神を、オギュギエの島へゆくよううながすことにいたしましては。さっそくにも垂れ髪の美しい若い女神に、みなさまのまちがいないご意向を伝えてやるように。辛抱づよい心をもったオデュッセウスが帰国できるよう、帰らせるのが(神さま方のご決意だと)。
いっぽう私はイタケ島へ出かけていって、彼の息子(テレマコス)を一段と激励し、胸の中の勇気をふるいたたせてやることにいたしましょう。頭髪を長くのばしたアカイア人らを会議に呼び集め、求婚者たち全体に、禁止を申しわたす勇気をです。あの連中は、しょっちゅう彼の羊や、足をくねらせる牛どもを、何匹となく殺しつづけているのですから。
つづいて彼(息子)を、スパルテや砂丘のつづくピュロスヘ送ってやりましょう、愛する父親の帰国についてたずねさせに。もしひょっとして何か(父の噂《うわさ》を)聞けようかも知れませぬから、また彼が世間でもって立派な評判をかち得ることができますように」
こういい終わると、足もとに美しい軽鞋《あさぐつ》の、神々しく黄金づくりのを結びつけられた。その軽鞋は、みづく潮路も、際涯《さいはて》のない陸地も、ひとしく風の息吹につれて、女神を運んでゆくものだった。
また勇ましく、鋭利な青銅の刃《やいば》をつけて鋭くした槍の、重く大きくかつがっしりしたのを、手に取られた。その槍は、この重々しい父神をお持ちの(アテネ女神)が、武士たちにたいして立腹なさった場合に、その者どもの陣列を、これまでいつも討ち平らげるならわしの御武具である。
それからオリュンポスの(高嶺《たかね》高嶺《たかね》を飛びたっておいでなさると、はやイタケの里へ着いて、オデュッセウスの館の門のまえ、中庭口の敷居のところにお立ちなさった。手のひらには青銅の槍を握り、(オデュッセウスと)懇意《こんい》の仲の、タポス島の領主メンテスの姿を借りて。
見れば中には多勢の求婚者たちが威張りかえって、おりから扉口のまえで、石ころ遊びをして慰《なぐさ》んでいた、彼らが下に敷いていた何枚もの牛の皮は、勝手に殺した牛の皮であった。その連中へと、伝令使たちや従順な召使いらが、あるいは混酒器《クラテール》にぶどう酒と水とを混ぜ和《あ》わせ、あるいはまた孔《あな》のたくさんあいたスポンジで四脚机をふき清めてから、一同のまえにすえてゆくと、一方ではたくさんな肉を切り分けている者もあった。
さて女神の姿をまっ先に見つけたのは、神のような姿をしたテレマコスだった。というのは、求婚者たちのあいだに坐りながらも、立派な父親の姿を心中に思い浮かべて、自分の胸を苦しめていたからだった。いつかは彼が戻って来て、求婚者どもを屋敷中から追いはらい、自分自身は尊い地位をとり返し、財産を自身で支配していくだろうかと望みながら。
こんなことを考えつつも求婚者どもに交わっていたおりから、アテネの姿を認めたので、まっすぐに門口をさして向かっていった。心中に懇意な客人を、長いこと門のところへ立たせておくのはよろしくないことだ、と思ったもので。そのすぐかたわらへ立ちどまると、右の手を取って青銅の槍を受け取り、声をあげて翼をもった言葉をかけた。
「ご機嫌よう、お客さま、私どもみな喜んでお迎えしましょう、ではこれから、食事をとりながら、何なりとご用の向きを、お聞かせいただきましょう」
こういって案内にと先に立てば、女神パラス・アテネはそのあとについてゆかれた、そしていよいよ二人が、高くそびえる屋敷の中へはいったとき、槍のほうは持っていって、高い柱に向かって、よく磨きあげた槍置き台の中へ立てかけておいた。そこにはいくつも、辛抱づよい心をもったオデュッセウスの槍が、ほかにも立ててあったのである。
それから女神ご自身はというと、肘掛け椅子へと案内して座につかせた。下にはいろいろな模様をつけた美しい麻布をひろげて敷いたうえ、また足もとには、低い足台を置いてあげた。そして自分はというと、他の求婚者たちから離れたところに、細工を凝《こ》らした臥台《ソーフア》をすえた。お客人が、騒々しい物音に苦しめられて、傲慢《ごうまん》無礼な連中のあいだにはいって、食事も楽しくとれないようではよろしくあるまい、と思ったから。それにまた出かけたまま帰って来ない父親のことを、客人にたずねてみよう、と考えたからでもあった。
そのあいだにも侍女《こしもと》が手洗い水を、美しい黄金の水差しに入れて持って来て、手を洗うようにと、銀の大|鍋《なべ》へとそそぎかけた。そしてかたわらに、よく磨きあげた四脚台をのべておいた。それからつつましやかな家事取締りの老女がパンのたぐいを持って来て台に並べ、いろいろな食物をいっぱいこれに添えて置いたのは、(家に)蓄えてあったのをおしみなく客人への心づくしに出して来たものだった。また料理人が、いろいろさまざまな肉をのせた板皿をいくつも(板台から)とって来ては置き、二人のそばに黄金の盃をすえれば、伝令使がたびたび、二人のために酒をつぐよう往来した。
そのとき、威張りくさった求婚者どもがはいって来た。そしてみな順々に臥床《ソーフア》だの肘掛け椅子だのに腰をおろした。それへ伝令使らが手洗いの水をかけてまわれば、侍女《こしもと》たちは、そばにある寵《かご》の中にパンの類をつみ上げてゆき、また給仕らは混酒器《クラテール》に、飲料をなみなみとついでまわった。それで一同はそこに用意して出された料理の皿に、いく度となく手をさし出した。
このようにして求婚者らは、もう十分に飲み物にも食べ物にも飽《あ》きたりると、今度はまた他のこと、つまり歌曲や舞踊へと心を向けはじめるのであった。すなわち、こういったものが、饗宴の付き物とも飾りともされるのであったから。それで伝令使は、とりわけ立派な竪琴《たてごと》を(楽人)ぺミオスの手に持たせてやった。この楽人はよんどころなく求婚者どもの宴《うたげ》のおりに、歌わねばならない仕儀《しぎ》になっていたのである。
さてそこで、楽人はまず大竪琴を手に、絃を弾《だん》じて朗々と歌いはじめた。するとそのとき、テレマコスが、きらめく眼のアテネに向かい言葉をかけた、他の者に聞こえないよう、すぐそばに頭を寄せて。
「お客さま、こんなことを申しあげたらけしからんとご立腹でしょうか。この連中はこのような、琴とか歌とかいったものに夢中になっておりますが、いい気なものです、他人の財産を、代《だい》もてんで払わずに、食いつぶしているのですから。それもその持主の白骨がどこかの陸に横たわってて、雨に腐ってゆくか、それとも海に沈んでいて、波にころんでいるかも知れぬ、そんな男の財産をです。
もしその男が、万一にもこのイタケヘ帰って来たのに出会ったならば、誰もかもみな、いっそ脚がすばしこいよう祈ったことでしょうに、金銀や着るものなどを、他《ひと》よりたくさん持っていることよりも。
ところが現実では、その男は、さきもいうように、不幸な死を遂げまして、もう私どもには何の慰めも残ってはおりません。よしたとえこの地上にいる人間どもの誰なりかが、いまに父が帰って来ようと、いってくれましても。もう帰国の望みは、彼については、まったく絶えてしまったのです。
それはともかく、ではどうかはっきりと、まちがいのないところをおっしゃってください、あなたはどなたで、どこからおいででしたか、お国はどちら、またご両親は何とおっしゃいます。いったいどのような船に乗ってお着きで、またどうして水夫たちが、イタケヘお連れしたのですか、そもそもその連中はどういう身分の人たちだというのです。
というのも、けっして徒歩でこの里へお着きだったとは思えませんから。またこのことも、ほんとうのところを、うかがわせていただきたいのです、よく得心《とくしん》がいきますように。つまりあなたは新規にお訪《たず》ねなのか、それとも親代々の懇意なかたか、ということです。それはもう私どもの屋敷へ訪ねておいでのかたも、ずいぶん多いことですし、父もまたいろんなかたと交際《つきあい》がありましたので」
それに向かって、今度はきらめく眼のアテネ女神がいわれるよう、
「それならばさあ私が、おたずねのことをはっきりまちがいないよう話してお聞かせしましょう、私は、知恵者と聞こえたアンキアロスの息子で、メンテスと名のる者、それで櫂《かい》に親しむタポス島人の支配者ですが、現在かように、船へ乗って部下の者らと、こちらへと向かって来た。言語のちがう国人のもとへと、ぶどう酒色の海上に帆を走らせ、青銅をもとめてテメセヘ行く途中なのだが、(その交易には)ぴかぴか光る鉄を持って来てるのです。
ところで私の乗って来た船は、町はずれの畑地のそばに泊《と》めておいた、森のしげったネイオン山のふもとにあるレイトロンの入江の中だ。ところで私らはたがいにむかしから、失礼ながら親代々|別懇《べつこん》の間柄なのだ、年とったラエルテスどののもとへいってお聞きなさればすぐわかろうが。あのかたは、いまではけして町へは出て来ず、他《ひと》から離れてひとり苦難に耐えておいでということ、年をとった侍女《こしもと》をつれ、その女に食物や飲料の世話をさせておいでとか、ぶどうを植えた畑のなぞえを、はいまわりはい上がりして、疲れが足腰を襲うおりなど。
ところでいま私が訪ねて来たのは、ほかでもない、噂によるとあのかたは故郷に帰っておいでということだった、あなたのお父上のことだが、見受けるところ、あのかたをまだ神々が邪魔をして、帰り路から迷わせておいでらしい。というのも、けしてあの尊いオデュッセウスが、地の上で死んでしまってはいないからだ。ただひろい海原のどこか、潮の流れにとり囲まれた島に、生きながらえつつも引きとめられている、おそらく情のこわい、乱暴な連中が彼をおさえて、心ならずも逗留を余儀なくさせているものだろう。
だがいまこれから、私が占いをしてあげよう、それは不死の神々たちが、私の胸に打ちこみなさった事柄で、またかならず実現されようと考えるものだ。もとより私は予言者でもなければ、鳥占いの術《わざ》に熟達しているわけでもないが。
(父上は)けしてこのうえ長いこと、なつかしい故郷の地から引き離されてはいなかろう、よしたとえ、鉄の鎖が彼をおさえているにしても、なんとかして帰国の方法を工夫《くふう》し出すにちがいない、術策に富む男なのだから。
さればさあ、この一事《ひとこと》を、はっきりとまちがいなしに聞かせてくれ、ほんとうにあなたがオデュッセウスその人の、こうも立派に成人された令息なのか。まったく恐ろしいほど顔つきといい、きらきらしい眼ざしといい、あのかたにそっくりである、いかにも私はしょっちゅう彼とつれ立って往来していたものだったから。トロイアに向けて父上が出征されたまえのことだが。そのおりには、いかにも他のアルゴス勢の大将がたも、うつろにくった船に乗って出征されたが、その時以来、オデュッセウスを私が見たこともなければ、あの男が私を見ることもなかったのだ」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えるようには、
「いかにも、そうおおせならお客人よ、私が、ほんとうにまちがいのないところをお話しいたしましょう。母親は私がオデュッセウスの子だといつもいっております、でも私としては、存じませんので。つまりまあ誰にしても、自分自身で自分の生まれが、見わけられる人間はおりませんから。
まったくのこと、もしも私が、誰かも少し運のよい男の息子でしたら、どんなによかったことでしょう、幸いに、自分の財産を享受しながら、老境に達することを得た人間の。ところが、実際には私は、死ぬはずの人間のうちでもことさら不運な者、そういう男の息子だというわけです。それをあなたがおたずねなので、申すのですが」
それに向かって、今度は、きらめく眼のアテネ女神がいわれるよう、
「では神々はけっしてあなたの家系を、後世にたいして不名誉なものにはなさらなかったのだな、ともかくあなたをこれほど(立派な)息子に(なるよう)ペネロぺイアがお産みだったことなのだから。ところでさあ、このことをまちがいなしに、はっきり話して聞かせてくれ、この宴会、ここにいるこの群集は、どういうわけのものなのか。いったいあなたに何の用があってのことか。客を招《よ》んでの馳走か、それとも結婚披露の宴なのか、めいめいが持ち寄りの会ではないようだが。
なんとまああの連中は人もなげに、傲慢《ごうまん》な様子をして屋敷じゅうを飲めや食えやで荒らしまわっていることか。誰にしろわきまえのある人間なら、ここへ来て、こんなにさんざん酷《ひど》くしている様子を見たら、憤慨するにちがいない」
それに向かって今度は賢いテレマコスが、答えるようには、
「はい、お客さま、いかにもそうしたことを私におたずねなさり問い質《ただ》されるからには(申しあげますが)、以前にはこの家屋敷も裕福で、何の批判も受けずにすんでいたのです、まだあのかたがこの土地に住居していましたあいだは。ところが現在は神さまがたの思《おぼ》し召《め》しが、それとはまるでちがった方向に向けられていますので。禍いをおたくらみなさって、あのかた(私の父)を、世の人間中でもとりわけ姿を消えさせ(行方知れずにし)ておしまいでした。というのも、父がもう死んでしまったものなら、私とてもこんな嘆きはいたしますまいから。もし父が、トロイア人らの国でもって、自分の部下たちともども斃《たお》れたとか、戦いをやりとげたとき、身内の者の腕に抱かれて身まかった、とかいうのでしたら、全アカイアの軍勢がそのために墓の塚をつくってくれ、また自分の息子のためにも、たいそうな誉れを後の世にまであげたことになりましたでしょう。
ところが事実は、人をさらう旋風《つむじかぜ》(の女神たち)が父を、誉れもあげぬまま、さらっていってしまったのです、父は姿も見えず名も聞こえずにいなくなり、私にたいして残されたのは、苦痛と哀惜だけなのです。そのうえにも、父のことばかりに心を痛め、嘆いているのも許されません、というのは、まだいろいろと別な災厄を、神さまがたは私にお仕向けなさったもので。つまりこの近所の島々を統《す》べ治めている領主という領主、ドゥリキオンやサメや森のしげったザキュントスなどの島々の領主がたから、岩の多いイタケ島に勢力をふるうほどの人々、その連中が大挙して、私の母に求婚しにまいり、家の財産をすりへらしてゆくのです。
ところが母親のほうは、おぞましい結婚を拒否するのでもなければ、結末をつけることもできない、それで連中は、私の家財をどんどん食い潰《つぶ》している次第なのです。まったくじきにもう私自身まで、めちゃめちゃにしてしまうことでしょう」
それに向かって、憤慨の念を起こしたパラス・アテネがいわれるよう、
「まったくなんということだ、ほんとうに、出ていったまま帰って来ないオデュッセウスが、いてくれたらとお思いだろう。もしいさえしたら、恥知らずな求婚者どもを打ち懲《こ》らしめてくれように。いまもし彼が帰って来て、屋敷の端《はし》の扉口にでも立とうものなら、兜をかむり、楯と二本の木の槍を手に持っていた、あのむかしのままの姿でもってな、――以前私がはじめて彼を私の館に迎えた、その時と変らぬ勇ましい様子をして。その際彼は酒を酌んで楽しんだものだった、エピュレのメルメロスの子イロスのもとからの帰りということ。そこへもオデュッセウスは速い船を馳《は》せ、人を殺す毒薬を探しに出かけていった、青銅をはめた矢に塗るために要《い》るものであった。
ところが、彼イロスはわけてくれなかった。おそらくいつもおいでの神々をはばかってのことであろうが、その毒薬を私の父はさしあげたのであった。というのも、(彼は不断からオデュッセウスを)とてもだいじに思っていたものでな。それほどの強いオデュッセウスが、求婚者どもの群の真ん中へ立ち現われればよいものだが。そうしたら一人のこらず命《いのち》が縮み、結婚の苦《にが》さを味わうことであろうに。だが、まったくこれは、神々のご裁量にまかせられていることである、彼が故国へ帰って来て、自分の屋敷でもって、仕返しをしようか、それともすまいか、というのは。ともかくあなたには、十分思案をねるようお勧めしておく、どのようにして求婚者どもを、屋敷から追い出すかは。
ところでさあ、よく気をつけて私の言葉を心にとめておくがよい。明日になったら、アカイア族の殿がたを会合に呼び集めて、一同に申し渡すのだ、神々を立会いの証人にお呼びしてな。求婚者どもには自分の家ヘと、てんでんに帰っていくよういい渡し、また母上には、もしご自分に結婚したいと気がお進みのようならば、たいそう威勢がおさかんという親御《おやご》の屋敷へ、帰っていくよう(おっしゃるがいい)。
そうすれば、実家《さと》のかたがたが、結婚の準備もしようし、ずいぶんたくさん持参金なども用意してくれることだろう、愛《いと》しい娘につけてやるのにふさわしいだけ、十分にだ。一方、あなたにたいしては、委細《いさい》手落ちのない方策を授けてあげようから、よくそれを守ってもらいたい。
つまり船を一艘、それもいちばん上等のを選《よ》り出してな、二十人の漕ぎ手をつけておく。そしてもう長いこと出ていったきり帰って来ない父上の様子を探《さぐ》りに出かけなさい。もしや世間の人の中には、誰かが教えてくれもしよう、あるいはゼウス神からという噂を耳にすることもできようかもしれぬ、とりわけ噂というのは、人間世界に、報《しら》せをつたえるものなのだから。
まず手はじめには、ピュロスヘいって、ネストルどのにたずねるがいい、そこから今度はスパルテヘ、金髪のメネラオスのもとへいくのだ、彼は青銅の鎧を着たアカイアがたの大将のうちで、いちばんあとから帰国した者なのだから。もし父上が生きていて(やがては)帰国するはずと聞いたならば、たとえ苦労は多くとも、いま一年辛抱するがよかろう。もしまたもう死んでしまって、この世にいないと聞いたならば、そのおりには自分の故国《くに》へ帰って来て、父のため墓をきずき、ちゃんと葬儀をとりおこなうのだ。うんと立派にな、父上にふさわしいよう。それから母上は(新しい)夫に引き渡すがよい。
それから今度は、いよいよ以上のことも十分にはたし、やり遂げたならば、その時こそよく心をつくして思案すべきだ、どのようにしてあなたの屋敷中にいる求婚者どもを殺すがよいかを、計画を用いてなり、公然とやっつけるなり。もはやあなたは、幼い児どもみたような振舞をしていてはならない、もはやそんな年齢《とし》ではないのだからな。だがまったくあなたは聞いていないのかね、どんなにたいした評判を、世界じゅうのどこへまでも、あのオレステスどのがかち得たことかを。父親の殺し手である奸佞《かんねい》なアイギストスを討ち取ったというので。あの高名な父御を殺害した男をだ。
あなたにしても、親しい方、見たところ、そのとおり体も立派で、丈も高いのだから、勇気をふるい起こしなさい、後世の誰も彼もがあなたのことを賞めそやすように。ところで私は、もう速い船と部下《てした》の者らのところへ帰っていこう、あいつらはきっと私をとても待ちあぐねているだろうから。ではあなたは、自分自身によく気を配《くば》って、私のいったことを、心にとめて忘れぬように」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えるよう、
「はい、お客さま、まったくいまのご忠告は、まるで父親が息子にたいしてするように、愛情をこめておおせくださったものですから、けっしてそれを忘れるようなことはしません。ですがさあ、ただいまはまあ旅先《たびさき》をお急ぎでもありましょうが、ちょっと待ってくださいませ、それでまあ沐浴《ゆあみ》をしてまたご気分を(食事などに)なごめたうえで、土産《みやげ》の品をお持ちになって、機嫌よく船にお戻りくださるように。立派なとてもみごとな品で、私からの記念としてしまっておいていただけるようなもの(をさし上げましょうから)、仲よしのお客さまへ主人がつねづね贈るようなのを」
それに答えて、今度はきらめく眼のアテネ女神がいわれるよう、
「いや、いまはこのうえ引きとめてくれないよう、何よりもまず旅路に心がせくものだから。土産のほうは、あなたがもしも親切から心にかけてくださるなら、何なりとまた帰り路に寄ったおりにでも、故国《くに》へ持って帰るよう渡してくれ、それこそたいそうみごとな品を選り出してなり。そしたらあなたへも、返礼にふさわしいものをさしあげようから」
女神はこのようにいい終えると、お立ち去りだった、きらめく眼のアテネは。そして鳥のように、高い空へと羽ばたき上《のぼ》って飛んでゆかれたが、息子の胸には力と勇気を吹きこんでやり、以前にも増していっそう親父のことを思い出させたことであった。
一方テレマコスは、この様子をとっくりと考えてみて、心中に驚きあきれた。神さまにちがいないと思ったからだが、それからただちに求婚者ども(のいるところ)へと、この神にもひとしい人物は出かけていった。
おりからに、とりわけ高名な、あの楽人が朗誦をつづけ、一同は坐ったまま、なりをしずめて聞きほれていた。歌はいましもアカイア勢の帰国の段にかかって、トロイアからパラス・アテネ女神の指図によってとりおこなわれた帰国のおりの、いたましい物語である。その楽人の神々しい歌声を二階の部屋から、イカリオスの娘の人にすぐれて思慮深いペネロペイアが心にかけて聞きとめたのであった。
それで自分の屋敷の、長くて高い階段を降りて来たが、ひとりではなく、二人の侍女がいっしょに付き従った。そしていよいよ婦人たちのうちでもことに気高いその女《ひと》が、求婚者どものところへ着くと、堅固に組み立てられた屋根をささえる、大柱のそばに立ち止まった、両頬のまえにつややかなヴェールをさしかけながら。二人の侍女はまめまめしくその両わきに付き添って立った。そのとき奥方は涙をはらはらこぼすと、神々しい楽人に向かってこう話しかけた。
「ぺミオスさま、あなたはたくさん他にも、人々の心を魅惑する(たのしい歌)をご存知ですから。人間どもや神々のなさったお仕事や、そうした話を楽人がたは、歌い上げるのが、ならわしです、それゆえその一つなりをこのかたがたのそばに坐って、聞かせてあげてくださいませ、みなさんがたは静かに黙って、ぶどう酒を飲んでおいでがいいでしょう。
でも、この歌だけはやめにしてください。惨《いた》ましいその歌は、いつでも私の胸を引き裂き、苦しめるのです、ことに忘れられない嘆きに襲われましてからは。それというのも、夫《おっと》のことを思いつづけて、あれほど立派な人をなくした悲しみに、いつも浸《ひた》っているのですから。その人の名は、ヘラスじゅうまたアルゴスの中つ国にも広く(聞こえて)おりますもの」
それに向かって、今度は賢いテレマコスがいうようには、
「私の母上、どうしていまさら、立流なこの歌い手が、気の向いたように、人を楽しませようというのに、とやかく苦情をおっしゃるのです。そもそもそれは歌人たちに責任があるのではなく、いわばゼウスの所為《せい》なのですもの、つまりは御神が、孜々《しし》と働く人間どものめいめいに、神さまのお望みどおりに、万事をおさせになるわけなので。
そんな次第ゆえ、ダナオスの族(ギリシア人)の(トロイアから)帰国のおりの災難を歌いあげたとて、とがめられるにはあたりません。というのも、世間の人は一般に、聞き手にとってとりわけ新奇に聞こえる歌を聞きたがるものなのですから。それゆえあなたも気を取りなおし、聞くだけの勇気をお出しがよろしいでしょう。というのも、オデュッセウスひとりだけが、トロイアの地で帰国の時をなくしたというのではなく、他にも多勢の者が命を落としたことですから。ともかくあなたはお部屋に帰って、ご自分の仕事をつづけてください、機《はた》を織るなり、糸を巻くなり。そして侍女たちへも、めいめい仕事にとりかかるようお命じがいいでしょう。物語は、男たちがみなで引き受けましょうよ、ことさらにはこの私が。屋敷の中では私が支配をするはずですから」
奥方はびっくりして、またご自分の住居《すまい》へと歩みを運んでお帰りだった。というのも息子の思慮のある話しぶりに、胸を深くお打たれだったもので、それで侍女《こしもと》の女たちを引きつれて二階へと上がってゆかれ、それから愛《いと》しい夫君オデュッセウスのことを泣きつづけられた。快《こころ》よい眠りを、きらめく眼《まなこ》のアテネが、彼女の瞼《まぶた》の上に投げかけなさった時まで。一方、求婚者らといえば、影のくらい大広間じゅうを騒々しくさわぎたて、みな(奥方の)臥床のかたわらに身を横たえたいものと願ったのであった。
その連中に向かって賢いテレマコスが、まず先にこう話しを始めた。
「私の母に求婚しているかたがた、心|倣《おご》って乱暴をおはたらきだが、いまのところはみな食事をして楽しむことにしましょう、叫びたてなどしないで。この楽人ほどにすぐれた、歌い手の演奏を聞くというのは、まったく結構なことですから。歌い声にかけては、神々にもたぐえられようほどのかたです。
そして明日になったら、朝早くからみな出かけて来て、集会を開くとしましょう、そこで私は遠慮せずに、きっぱりと宣言しようと思っているのです、この屋敷からみな出ていくようにと。食事の配慮は他所《よそ》でなさるのが当然です、自分たちの財産で食っていくことになさって、家から家へ場所を変えながら。
だがもしあなたがたが、そのほうがいっそ容易でまた結構だとお考えなら、つまり一人の人間の生計《くらし》を、償《つぐな》いもせずに、なくしていくほうがです、そんなら、食いつぶしておゆきがいいでしょう。私としては、常住おいでの神さまがたに訴えるばかりですから。ひょっとしてゼウス神が、報復のわざの成就《じょうじゅ》を、お許しくださろうやも知れぬと願いながら。その時にはこの屋敷の中で、何の償いも受けずに死を迎えられることでしょうが」
こういい放つと、一同みな唇を歯にかみしめて、テレマコス(のいうこと)に驚きの眼を見張った、彼がこんなに大胆に話を進めていったもので。それに向かってエウぺイテスの息子アンティノオスが話しかけるよう、
「テレマコスよ、まったく君にこんな威張ったもののいいかたを教えられるのは、神々自身に相違ない、いかにも大胆な話しぶりだ。君を、海にとり巻かれたイタケ島の領主になんか、クロノスの御子(ゼウス神)がなさらないようお願いするよ、なるほど血統からいえば、親代々の位だろうが」
これに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「アンティノオスさん、いかにも私がいおうということに、あなたがどれほど機嫌を悪くなさるかは知りませんが、ともかくもこれだけは、ゼウス神のお許しがあろう限りは、なし遂《と》げようと思うのです。この地位が、人間界ではごくくだらないものになってしまっている、とお思いなのですか。だって、領主であるというのは、けしてつまらないことではありません。たちまちにその家屋敷は裕福になり、その人自身も一段と栄誉を受けるわけですから。
それにしても、アカイア族の領主というのは、ほかにもまだ、この海にとり巻かれたイタケ島にも、多勢おります、若いかたにしろ、年長のかたにしても。そのうちの誰なりかがこの王の位を獲ることでしょうが、尊いオデュッセウスが死んだからには。それにしても私としては、自分の屋敷や召使いどもの主《あるじ》にはなることでしょうよ、尊いオデュッセウスが私にと、獲得しておいてくれた召使いたちなのですから」
それに向かって今度はポリュボスの息子のエウリュマコスが答えるようには、
「テレマコスよ、まったくそれは、神々の思し召しにかかっていることだ、誰がこの海にとり巻かれたイタケ島で、アカイア族の君主となるか、というのは。だが君の家財は、君が自身で保持し、家屋敷も自分で支配してゆくがよかろう。君の意志に反して、暴力で君の財産を奪い取ろうというような人間が、けして現われないように祈るよ、このイタケがまだ存立するかぎりは。
ところで、ねえ君、あの客人について君にたずねたく思っているのだ、先刻のあの武士《さむらい》は、どこから来た人間か。どういう国の出身だと号しているのか。またそもそもどういう家系の出で、父祖伝来の田畑はどこにあるのか。それとも何か、父上が帰ってくるという報せでも持って来たか、あるいは自分自身の用事でもって、この土地へ着いたものかね。何とまあ飛び立つように急いで発《た》っていったことか、(人物を)識る暇《ひま》も与えてくれずに。だといって、顔かたちも、けして賎《いや》しい者とは見えなかったが」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「エウリュマコスさん、まったく私の父の帰国の望みは絶えてしまったのです。もとよりどこからか帰って来ようという報せも、もうあてになりませんし、神さまの託宣とても信じ難いのです、母親が占い師を屋敷へ呼び寄せて、聞かせてもらうようなのも。ところで、さきの私の客人は、父ゆずりので、タポス島のかたなのです。勇敢な気象のアンキアロスの息子、メンテスどのというかたで、航海に馴れたタポス島人の主君なのです」
こうテレマコスはいったが、心中では、不死の女神であることを覚《さと》っていた。
さて一同は舞踊だの、おくゆかしい歌謡などに心を向けて楽しくすごし、夕方が来るのを待ちかまえた。それで彼らが楽しくすごしているうちに、暗い夕方がやって来た。そのときやっと、一同はてんでんに眠りにつこうと自分の家へ帰っていった。
一方テレマコスは、とりわけ美しい中庭のうちの、奥|殿《どの》が高々と建てあげられているところへ、周囲《まわり》を垣で囲んだ場所だが、そこへ行って臥床《ふしど》についた。いろいろなことを心中に思案しながら。
もとより彼といっしょに燃えさかる松明《たいまつ》を持って、忠実な心がけのエウリュクレイアがついていった。ペイセノルの家のオプスの娘であるが、その女はむかしラエルテスが、年頃にようやくなるかならないのを、自分の財産から(代価を)払って買い求めた婢《はしため》だった、二十四匹の牛を代わりに与えて。そして彼女を、愛する妻と同様に、屋敷内で大切にしたが、妻君の憤慨するのを避けるというので、けして臥床を共にはしなかった。
その女が、燃えさかる松明を持って、ついていったが、召使いの女たちの中でもいちばんテレマコスをかわいがって、ごく幼い時分から養育して来たものであった。それでしっかりとこしらえてある奥殿の入口の扉を開けると、臥床へ彼は腰をかけて、柔らかな肌着を脱いだ。そしてそれを、気象のしっかりした老女の手へ渡してやった。
すると老女はその肌着を折りたたんで、平らに撫《な》で、穴をあけた臥床のわきへ、掛け釘《くぎ》へかけておいた。そして奥殿から出かけてゆき、扉を曲がった銀の金具で閉め、その上に、かんぬき棒を革|紐《ひも》でのべ渡した。
そのところで一晩じゅう、彼は羊の柔らかな毛皮にくるまり、アテネ女神が教えてくださった旅行のことを、心中にいろいろと思案しつづけた。
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第二巻
イタケでの評定、テレマコス、父を捜索に船出の段
【求婚者らの乱暴にかねがね立腹していたテレマコスはとうとう堪えかね、アテネ女神の変身である父の友メントルの勧めに従い、島人を集めて、求婚者らに退散を求め、自分は父をたずねて本土に行くことを宣言する。求婚者らはこれを妨害しようとするが、テレマコスは女神の助けを得て、母親には内緒で、夜中ひそかに船を用意し出発する】
さて朝早くに生まれる、ばらの指をした暁《あかつき》(の女神)が立ち現われたころ、オデュッセウスの愛する息子(テレマコス)は臥床《ふしど》から起きあがった。そして衣服を着こみ、鋭利な剣を肩にぐるっとかけ渡して、つやのよい足もとには美しい皮靴を結びつけてから、奥殿から、まるで神とも似かよう姿で、出かけていった。
そしてすぐさま、声音《こわね》の朗々とした伝令たちに命じて、頭髪を長く延ばしたアカイア族の人々に集会場へ集まるようにと布れまわらせた。そこで彼らが呼んでまわると、人々はたいそう早く寄り集まって来た。
さていよいよみなが寄り集まって、一つところに会合したとき、彼はその集会へと出かけた。掌《てのひら》には青銅の槍をたずさえて、単独ではなく、二匹の足の速い犬どもが従っていった。アテネ女神が驚くほどの気高さをテレマコスにそそぎかけたもので、それで人々はみな彼がやってくるのをびっくりしてながめるのであった。彼が父親の坐りなれた座席につくと、長老たちはわきへと避《よ》けた。
そのおり、まずアイギュプティオス大人《たいじん》が、はじめに立って会議の口切りをした。この人物はいかにも老齢のため背が曲がってはいたが、博識でたくさんなことを心得ていた。それというのも老人の愛子《いとしご》が、神にもたぐえられるオデュッセウスに従って、良馬を産するイリオスヘ、中のくぼんだ船に乗って出征していったからであった。アンティポスという槍武者だったが、その者を、乱暴なキュクロプス(ひとつ眼の巨人)が、うつろになってる洞窟の中で殺して、最後の夕に晩餐をこしらえたのだった。その他《ほか》にまだ三人息子がいた。そのうちのエウリュノモスが求婚者どもの仲間に加わったが、あと二人はあい変わらず、親代々の畑の世話をつづけていた。
だが、それにもかかわらず、出征した息子のことを忘れずに、溜め息をしては痛嘆するのだったが、その子のためにまた涙をこぼしながら、会議の席で口を開き、いうようには、
「ではさあ、イタケ島のかたがた、私がいおうということを、よく聞いてください、これまで一度も、私らの集まりも会坐《えざ》も、開催されたことがなかった、尊いオデュッセウスが中のくぼんだ船々に乗り、出かけて以来は。ところがいま、このように集会を催したのは、誰なのか。それほどたいした要件とは、どんなことが起こったのか、若い人たちについての事件か、またはもっと年長の者どもか。それともどこかの軍隊でも攻めてくるという報道を聞きこんでか、いち早く耳にはいった場合には、はっきり私らにそれをいってもらいたい。それとも何か他の、町全体に関わることを報《しら》せようとか、論じようとかいうつもりか。(その人物は)有能な者だと私には思われる、きっと幸先のよいかただろう。どうかゼウス神がそのかたにたいして、よいことを成就されるよう、胸にどのようなことを望まれるにしろ」
こういうと、オデュッセウスの愛子《いとしご》は、言葉の前兆をうれしく思った。それでもうはや長く腰を下ろしてはいずに、話をしようと逸《はや》りたち、集会のまん中に立ち上がった。そこで彼の手に(大事をはかる役目の者が取るならわしの)笏杖《しゃくじょう》を、周到な思慮分別を身につけている伝令使ペイセノルが渡してやった。さてテレマコスはまず初めに、かの老人にあいさつしていいかけるよう、
「ご老人、遠いところにいるのではありません、その人物は。すぐご自分でおわかりでしょう、市民らを会議に呼んだ者が誰かを。つまりとりわけて私をひどい難儀がおそったのです。何も格別軍勢が攻めてくるという報告を聞きこんだわけではありません。いち早くもし私が耳にした場合には、はっきりあなたがたにいうことでしょうが。またなにか他の、町全体に関することを報《しら》せようとか、論じようとかいうつもりでもありません。
そうではなくて、私自身にとって緊急な用事なのです。災難が私の家にふりかかった、それも二通りの、その一つは有能な父を失《なく》したということで、以前はここにおいでの皆さんがたに、領主として臨んでいた者、父としては優しい人でした。
いま一つは、もっといっそう重大なことで、まったくすぐにも私の家をすっかりめちゃめちゃにしそうなのです。生計《くらし》も全然立たないようにして。つまり私の母親に、その意志もないのを、求婚者たちが攻めかけてきた、それがこのところではとりわけ尊敬されてるかたがたの息子たちなのですが。
ところがその連中は(母親の)父イカリオスの屋敷へゆくのは、まっぴらなのです。祖父ならば自身で娘のため持参金もつけてやりましょう、そして自分の欲する男なり、気に入った男なりへ(娘を)渡してやるでしょうに。それで彼らは私の家に毎日毎日やって来て、牛どもや羊や肥えた山羊どもを犠牲《にえ》に殺しては、ただの馳走にいつもあずかり、きらきら光るぶどう酒を飲みつづけています、まったくでたらめのやり放題で。こうしてひどい浪費をやってるのです。ところがオデュッセウスのような、災厄を屋敷から追い払える人物がいないので、私どもにはとても彼みたいに、防ぎ止めはできません。
まったく、そうやったとてみじめな憂目を見るだけでしょう、武勇の道にならわないものどもばかりなのですから。ほんとうにもし私に力が備わっていたら、防ぎ守りもできましょうに。というのも、もうはや我慢しきれない事態に立ち至っているのです、それにまた私の家産の破滅のしかたは、けしてもうまっとうとはいえないもので、あなた方ご自身にしても、けしからんことと立腹なさり、他人の手前、周囲《まわり》の国々に住む人々にたいしても、恥ずかしくお思いでしょう。神々のお憤《いきどお》りも畏《おそ》れなければなりません、非道な振舞いに立腹なさり、何か変改の処置をお採《と》りのこともありかねますまい。
まったくオリュンポスなるゼウス大神、また掟《おきて》の神テミスにもお願いします、この女神が、市民らの集会というものを、催させも解散もおさせなのですから。
皆さん方、どうかやめてください、そしてこのまま私にひとりで、痛ましい悲嘆のうちに身をすりへらしていかせてください、万一にも、私の父の有能なオデュッセウスが、悪意をもって、脛当《すねあて》をよろしくつけたアカイア族に、不法を働いたのでない限りは。それらの不法の償いをさせるというので、悪意を含んで、この(求婚者らを)唆《そその》かし、私に非道をしようと。それならばむしろあなた方自身で、私の蓄えや家畜などを、食い潰《つぶ》されたほうが、ずっとまだましです。
またもしあなた方が、食い物になさるとなら、いつか間もなくその勘定の支払い時が来ることでしょう。というのもその際には、私どもが町中に、待ちかまえて、うるさく代をせびるでしょうから、すっかり払ってくださるまでは。だがいまは私の心に、どうしようもない苦しみを、あなた方は打ちこんでおいでなのです」
こう憤慨していい放つと、大地に向かって笏杖《しゃくじょう》を投げつけた、涙をいっぱい眼に溢れさせて。そこで悲痛の思いが、並みいる人をのこらずとりこにした。このおりに、他の人は誰しもみなしんとなり黙りこくって、あえてテレマコスに向かってはげしい言葉をいい返そうとはしなかったのに、アンティノオス一人だけは彼に向かって口答えしていうようには、
「テレマコスよ、広言を吐き、抑制もできぬほどな勢いだが、何ということをいい立てたか、私らを侮辱して。つまりは私らに難癖をつけるつもりだろう。だが君にたいして、なにも求婚者たちが責を負うベきいわれはない、むしろ君の母上の責任なのだ、まったく彼女がとても狡猾なことを考えてるからだ。
というのも、すでにもう三年目になる、いまじき四年目が来ることだろう、彼女がアカイア族の人々の胸中にある情熱を、おもちゃにしだして以来というもの。まったく誰でも彼でも相手にして、めいめいの男に約束をするのだから、言伝《ことづて》などを送ってよこしてな。ところが本心では、別なことを目ざしているのだ。
つまり彼女は、こういった企《たく》らみを、そのうえにも心中にめぐらしたものだった。すなわち大きな織機《はた》を屋敷の中に設けさせて、布を織りつづけた、ごく薄い、たいそう幅《はば》のひろい布をだ。そしてさっそく我々にいうのだ、私に求婚しておいでの若殿がた、尊いオデュッセウスがなくなったうえは、私との結婚にお急《せ》きたちでもありましょうが、もう少し待っていてください、この布地をすっかり織りあげてしまうまで。この織り布が何の役にも立てず、駄目になることのありませんように。ラエルテス〔オデュッセウスの父親〕さまの、葬式に使う衣《きぬ》なのです、いつかあの方を、鋭い苦痛を与える死の呪わしい運命が、捉えましょう、その時のために。
この国じゅうにいるアカイア族の女たちの誰かしらんから、けしからぬことと非難されては困りますから。もしあの方が、財産はたくさん持っておいでなのに、身に巻く布もなく(お棺の中に)臥《ね》ておいでなどしようものなら。
こういって、またもや私らの、ことさらに逸りたつ情熱を説得したものだった。このおりいかにも日中は、大きな布をいつも繊りつづけてはいたが、夜になるたびに、松明《たいまつ》がそばに置かれる時分となると、それをほぐしてしまうのだった。
こんなふうで三年間は、ずるい企みで人目をごまかし、アカイアの者どもを納得《なっとく》させて来たが、とうとう四年目になって、季節がやって来たとき、いよいよその時に侍女《こしもと》たちのうちの一人、よくこの次第を知っていた女が喋《しゃべ》ったものだ、それで私らは、立派な繊り布を彼女がほぐしている現場を、つかまえたのだった。そこでいやいやながらも、よんどころなく、彼女はその布をすっかり仕上げてしまった。
君にたいする求婚者たちの返答は、まずこんな具合のものである、君自身が十分心に理解できるよう、またアカイア族の者たちみながわかるようにと、いっとくのだが。
(こういうわけゆえ)母上を送り返すことにしなさい、そして誰なりと、(彼女の)父君が命ずる男、また彼女自身の気に入る男と、結婚するように勧めなさい。もしまたこのうえ長いことアカイア人の息子たちを苦しめるようなら、――心中に、アテネ女神が彼女にたいして、他にすぐれて、授けてくださった、いろんな賜物《たまもの》をたのみにしてだ――とりわけてみごとな手仕事の熟練とか、すぐれた分別とか、狡智とか、それはむかしの女性の間にさえ、およぶものは誰もいなかったというほどだが――そのむかし世にあった、結髪も美しいアカイア族の女たち、テュロとかアルクメネとか、立派な冠をつけたミュケネとか、そうした女たちの中にも、ペネロぺイアに匹敵するほどの才智をもった者はないという評判だけれど。
それにしてもだ、この思いつきは妥当なものではなかったのだ。なぜというと、彼女がこうした考え、現在その胸中に神々がお吹きこみなさったところの、そんな考えを保ちつづけている間は、君の生計《くらし》や財産を、この連中が食いつづけていこうからな。いかにも彼女の名声は、いよいよ高くなることだろうが、ともかく君は暮らし向きにひどい損害を受けて悩むだろう。私らとしては、アカイア族のうち誰なり、彼女が望む男と結婚しないうちは、それ以前にはけっして家の仕事に向かっても、またどこか他の場所へも、出かけていくつもりはないのだから」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「アンティノオスさん、けしてこの屋敷から(母上を)意志に反して、追い出すことはできません、私を生み私を育ててくれたひとなのですから。また私の父にしても、どこか他所《よそ》の土地にともかく生存しているか、死んでしまったか(まだ不明なのです)。それに(祖父の)イカリオスヘだって、不法に対して私が莫大な補償をしなければなりますまい、もし私の方から進んで母親を送り返すようなことをしたならばです。
つまり母親の父からしても、ひどい目にあわされましょうし、また神霊もこれに加えて罰をお下しなさるでしょう、もし母親がこの屋敷から出てゆくおりに、怖ろしい|復讐の女神《エリニュス》たちを、私を呪って呼ぶ場合には。それにまた世の人々から(けしからんことをするという)非難も私に加えられましょうし。そうしたわけで私としては、とうていそんな文句を口にすることはできないのです。もしあなたがたがお心に、そうしたことをよろしくないとお思いでしたら、この屋敷から出ていってください、そして食事の配慮は他所《よそ》でなさるがいいでしょう、自分たちの財産を食っていくことにして、家から家へと場所を変えながら。
だがもしあなた方が、そちらのほうが容易でもあり都合がいいと考えるなら、つまり一人の人間の生計を、代償も払わずに、破滅させてしまうことがです、それならば(あい変わらず)食い潰《つぶ》しつづけるがいいでしょう、私としては常住においでの神さま方に訴えかけるばかりです、もしかしてゼウス神が、報復のわざの成就をお許しくださろうかと。そうしたらあなた方は、屋敷の中で、何の償いも受けられずに、死を迎えることになりかねますまい」
こうテレマコスはいい放った、それにたいして二羽の鷲《わし》を、遠近を渡り轟かせるゼウス神は、高いところの山頂から飛び立たせてお遣《つか》わしになった。それで二羽ともしばしの間は、風の吹く勢いにつれ翼をいっぱいにひろげて、たがいに近く並びあって飛んでいったが、いよいよおびただしい声が沸き立つ集会のまん中(の空)へ行き着くと、そのおりに上空をぐるぐるまわってから、びっしり締まった翼をうち震《ふる》わせ、(求婚者ども)一同の頭へと眼を向けた、その眼光《まなざし》には破滅(の兆《きざし》)が表われていた。
そしてたがいに爪でもって、頬や頸《くび》のあたりを掻きむしると、右手の方へ、その人々自身の家並みや城山の上を通過して、矢のように翔《かけ》り去った。
一同は、その鳥どもの様子を、自分の眼でまざまざと見たもので、おどろきあきれ、いったい何事が実現される予兆なのかと、心中にいろいろ思案をした。その連中の間に立って、今度はマストルの子のアリテルセス長老が話しかけた。というのもこの老人だけは、同年輩の者らに超え、鳥占いの判断にすぐれていたので、正しい解釈を告げ知らせもできたからだが、その人が一同のためを思っていうようには、
「ではさあみなさん、よく聞いてくれ、イタケ島の方々、これから私がいおうとすることを。とりわけ求婚者の人々に向かって告げ知らせたいと、いろいろ申す次第だが、それというのも、その方々にたいし大きな禍《わざわ》いがいま襲って来るからだ。なぜというと、オデュッセウスが身内《みうち》の人々から引き離されているのも、長いことではなかろう、それどころか、もはや手近なところに来ていて、この連中に殺戮と死とをはかっているのだ、皆にだぞ、そのうえ他の多勢の者らにも、災厄はおよぶことだろう、この島影のはっきりしたイタケに住まう私らにも。
さればさあ、ずっと前から思案しようではないか、どうしたら(その災難を)防止できようかを。だがまずその求婚者たち自身にやめてもらいたい。というのも、これが彼ら自身にしても、すぐできる、より安楽な道なのだから。
けっして私は知識もないのに、占いをするわけではない、十分心得があってのうえのことなのだ。つまり彼(オデュッセウス)にとっては、万事があのとおりに成就されようと信じるものだ、アルゴス勢がイリオスヘ向け船へ乗りこんだとき、彼らといっしょに知謀にゆたかなオデュッセウスも出かけた。そのおり私が彼に向かって話して聞かせた、そのおりにだ。私はいった、災厄をたんと蒙《こうむ》り、部下たちもすっかり失《なく》してしまってから、皆の人にも知られず、二十年目に故郷へ帰って来ることだろうと。それがいよいよいまそっくりと実現されるわけなのだ」
それに向かって、今度はポリュボスの息子のエウリュマコスが答えていうよう、
「おい爺さん、どうだね、さあこれから家《うち》へ帰っていって、おまえさんの子供らにでも占いをしてやるがいい、ひょっとして後々で何かの災難にでも出くわさんようにな。このことについては、俺のほうがおまえさんより、ずっと占いが上手なんだから。鳥なんてのは多勢、日光のもとを飛びまわっているものさ。それがけっして、皆がみな筋目《すじめ》正しいものだとは限らない。そのうえにオデュッセウスは、もう遠国で死んじまったさ、まったくおまえも、あの男といっしょにくたばってたら、よかったのにな。
そうしたならば、こんなことを神託などといって、ふれまわりはしなかったろうに、またとっくに腹を立てているテレマコスを、このようにけしかけつづけもしなかろうによ、自分の家に、もしかして品物でもよこそうかと待ち構えてな。
だがおまえさんにはっきりいっておく、またそのとおりに、きっと実行してやろうからな。もしもだ、(おまえより)年若な男を、古くさいいろんなことを心得てるといって、ご託を並べ、いいくるめてから、ぐずぐずいうよう唆《そその》かし立てるならばだ、第一にその男自身にとってもいっそ厄介なことになろうし、おまえにたいしてもな、爺さん、罰金を課《か》けることにしようよ、そいつを支払うので胸を苦しめようがね。つらいこったろうな、そうなったらおまえの苦しみ方は。
またテレマコスにたいしては、皆の前で、私自身からこう勧告しておこう、自分の母親に、親父のもとへ帰ってゆくように命じるがいい、そうしたら実家《さと》の人たちが結婚の仕度もしてくれようし、持参金の世話もすることだろう、ずいぶんたっぷりとな、愛《いと》しい娘につけてやるのにふさわしいようにだ。
それというのも、そうなる前にはアカイア族の息子たちが、厄介な求婚から手を引くまいと考えるのだ、我々にはまったく誰もこわい人間は、いないのだからな。たとえばテレマコスにしてもだ、ずいぶんいろいろしゃべり立てはしたが、また神々のお告げにしろ、気にかけなどしない、それにおまえが、な、爺さん、いくらしゃべっても、実現されはしないのだから。いっそう嫌われ者になるばかりだぞ。
それにまた財産も、さんざ喰いつぶされていくことだろうし、けしてその償いももらえまいよ、彼女が結婚をのびのびにして、アカイア人《びと》らをじらしつづける間は。私らのほうでは、毎日毎日待ちかねて、彼女のすぐれた美徳のために、せりあいをしているわけだから。それで他の女のところへ向かおうともしないのだ、めいめいそれぞれ縁組するのにふさわしい娘がいるにしても」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えるようには、
「エウリュマコスさん、またその他の、誇り高い求婚者の方々、そうしたことは、もうこれ以上あなた方に願いもしなければ、論じ立てもしますまい。なぜというと、もうとっくに神さま方も、アカイアの皆の衆も、知っておいでのことなのですから。それよりもさあ、速い船と二十人の同行者とを用意してください、私を扶《たす》け、あちらこちらを訪ねる旅を無事遂行するためにです。というのもこれから私はスパルテや、砂丘の多いピュロスヘ出かけるつもりで、ながいこと出ていったきり帰って来ない、父の帰国の話をたずねてまわるためにです。もしや世間の人たちのうち誰かが教えてくれもしようか、あるいはゼウス神からの噂を聞きこみもできようかと思いまして。とりわけ噂というのは、人間界に評判をもたらすものですから。
そしてもし父上が生きていて帰国のはずと聞きましたら、たとえ苦労は多くとも、いま一年は辛抱もいたせましょう。でももしまたもう死んでしまって、この世にないと聞きましたら、そのおりはさっそくなつかしい故郷《くに》に戻って、父のために墓をきずき、父にふさわしいよう、十分立派に葬式を執りおこなうとしましょう。そして母親は、その夫(たるべき者)に引き渡しましょう」
いかにも彼はこういい放つと、ともかくも腰をおろした。すると皆の中で立ち上がったのはメントルという者で、誉れも高いオデュッセウスの部下であった。そして彼が船隊を率いて出征したおり、この男に家事全般を委託し、老父の言葉によく従って、万事をしっかりと安全に護ってゆくよう命じていった。その人が一同のために熟慮して議論をすすめ、みなに向かっていうようには、
「ではさあ、イタケ島の方々、私のこれからいおうとすること、一部始終によくよく耳をかしてください。もうこれからはけっして、王笏《おうしゃく》をたもつ領主にしても、熱心に、かつ柔和で情誼に厚くあろうなどと心がけないほうがよろしい、むしろいつも無情で、不法をはたらくのがましだろう、もう誰一人この国の民衆中に、神さまのようなオデュッセウスのことをおぼえている者はない、というのだから。衆人の国王として、父親みたいに優しい方だったのに。
だが、それでもけっして威勢を張る求婚者たちをいささかもやっかんで、文句をつけるつもりはない、邪念に倣《おご》って横暴非道の所業をはたらくにしてもだ。というのも、彼らは自分の首を賭けて、オデュッセウスの家産を乱暴にも食いつぶそうというのだから。さればいまは、この里の他の者どもがけしからんと、私にしては憤慨するのだ、つまりは誰も彼も、おとなしく何もいわずに手を束《つか》ねたきり、けっして文句をつけることさえようせずに、多勢のくせにして、少数の求婚者どもを制止しようともしないのだから」
それに向かって、エウエノルの息子、レイオクリトスが答えていうよう、
「おいメントル、へらず口をたたいて、気が変にでもなったか、何ということをほざくのだ、私らを制止しろなどけしかけるとは。厄介なことだぞ、(自分たちより)もっと優勢な旦那がたと、いさかいごとを構えるってのはな、それも食事についてだ。
たとえもしイタケ島人オデュッセウスが自身でやって来て、自分の屋敷で食事をしている誇りの高い求婚者たちを、大広間から追っ払おうと胸中でどう熱心に切望しようと、夫の帰国を奥方が喜ぶことはとてもできまいよ、たとえどんなに待ち焦れていたにしても。それどころか、その場でさっそく、みじめな最期を遂げることだろう、もし優勢な敵と戦いあうならばだ。さればおまえのいったことは、筋のとおった話ではないな。
ところでさあ、皆の衆も解散して、めいめい自分の仕事に戻ったがいい。この人(テレマコス)にたいしては、メントルなり、アリテルセスなりが、旅行の世話をしてやるだろう、この連中はむかしから、父親ゆずりの家来なんだから。だがどうやらたぶん、長いことイタケ島に坐りこんでいて、いろんな知らせを聞きこむことになるらしいな、この旅行というのは、とうてい遂行されなかろうから」
このように声をあげていうと、性急に集会を解散した、そこで島の人々が、ちりぢりにめいめい自分の家に向かってゆく間を、求婚者どもは、神のようなオデュッセウスの屋敷へと出かけたのであった。
さてテレマコスは、他人から離れて、大海の渚《なぎさ》へゆくと、灰色をした海水を汲《く》み、手を洗《すす》いでから、アテネ女神に祈りつづけた。
「どうか私の祈りをお聞きください、昨日私の家へおいでくださり、船に乗っておぼろに霞んでみえる海原をわたり、もう長いこと出かけたまま帰らぬ父の、帰国について問いただしにゆくよう、私にお命じなさったおん神さま。ところがそれをアカイアの者どもがみなで邪魔立てして、させまいとするのです、とりわけ求婚者どもは、非道にも傲慢なことをいい立てまして」
こう祈りながらいうと、すぐその間近にアテネ女神がおいでになった。その姿も声もメントルとそっくりにして、さて彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうようには、
「テレマコスよ、けして将来とておまえは臆病だったり、思慮を欠いたりはしないだろう、もしほんとうにおまえの父親の(もっていた)しっかりとした気力が体内に注《つ》ぎこまれていて、あの人と同じように仕事にも物言いにも、十分それを成しとげる力があればね。それならば、けして(今度の)旅行がだめになって、完遂されないはずはないだろう。
だがもしおまえが、あの男《ひと》とペネロペイアとの子でないというなら、それならばもちろんおまえに成しとげようとの期待をかけてはいまい、どう熱心におまえが心がけようとね。なぜというと、父親と同等という子供は、数が少ないものだ。大多数は親よりずっと劣っていて、父親に立ち優るほどの子となると、わずかしかいないものだ。
ところで、もしもおまえが今後とも臆病だったり思慮を欠いたりせず、またオデュッセウスの知謀がおまえに欠けているので全然なければ、それならばこの仕事をなしとげる見こみが十分ある。それゆえいまは無分別な求婚者どもの策謀や思惑などを、気にかけるにおよばない。あいつらは、まったく思慮もなければ、正義も知らぬ者どもだから、死についても、黒い非業の運《さだ》めについても、まるきりわきまえをもってないのだ、ほんとうにそれが彼らの身近に迫っていて、一日中にみなが一度に滅ぼされるということにも。
だが、おまえにとっては、熱心に望んでいる旅行も、このうえ長いこと妨げられてはいないだろう。というのも、これほどの私が、父親ゆずりの友だちとして付いてるのだから。もちろん速い船も世話してやろうし、そのうえいっしょに私自身がついていくとしよう。それゆえ、いまのところはおまえは屋敷に立ち戻って、求婚者たちといっしょにいなさい、そして食糧の仕度をし、何もかもみな容器《うつわ》にいれて積みこむよう。ぶどう酒は、両耳の瓶《かめ》に、男たちにとり肝腎かなめの挽《ひき》麦は、頑丈な皮袋に入れさせなさい。私のほうは、町中からさっそくにも、志願して出る仲間(水夫)たちを、呼び集めるとしよう。それに船などは、この海にとり巻かれたイタケ島に、新しいのや古いのやたくさんあるから、その中からどれかいちばん適当なのを、私がしらべて選び出そう。そしてじきに万端の仕度をすませて、広い海原へと乗り入れさせよう」
このように、ゼウスのおん娘神アテネがおおせられると、もうはや長くはテレマコスもぐずぐずしてはいなかった、神さまの声を聞いたのだから。そこで屋敷の方へと、いろいろ胸をいためながらも出かけていった。
すると、館の中では傲慢な求婚者どもが、中庭で山羊どもの皮をはいだり、大きな牡豚を焦がしたりしているのに出あった。そこでアンティノオスは、笑い声を立て、テレマコスをめがけてまっすぐにやって来ると、その手を握って名を呼び上げ、言葉をかけいうようには、
「テレマコス、威張ったことをいって、制御しきれないほどの勢いだが、またもや別なけしからんことを、胸に企らんだりしてはいかんぞ、仕事にしろ言葉にしろ。だが食うことと飲むことは私にまかせといてくれよ、以前のとおりに。
だがあのことは、それはもうすっかりアカイアの者どもが、遂行してくれるだろう、船と選り抜きの漕ぎ手たちの世話さ、一刻も早く神聖なピュロスに着けるようにな、立派な親父さんの噂をたずねて」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「アンティノオスさん、とても思い上がって傲慢なあなた方といっしょに、黙って食事をすることはできません、それに気安く愉快にやろうなんて。それともまだ十分ではないのですか、以前のとおりに、私の財産をどっさりと、また立派なものばかり食いつぶしているだけでは。私がまた幼い時分でしたが。しかしいまは、それこそ私も大きくなり、他《ほか》の方々から話も聞いて、物もわかって来たのです、それに実際心中に気力も増して来ていますから。試してみましょう、あなた方にわざわいな死のさだめを、投げつけられるかどうか。それもピュロスに行ってからか、それともまさしくいまこのところ、この里でか。
ともかく私は出かけていくのです――それでもけっして、このいまお話しした旅行が、無駄に終わりはしないでしょう――乗客としてですが。というのも、船も漕手たちも私は持ち合わせていないもので、それにたぶんあなた方もお考えだったように、そのほうが得《とく》でしょうから」
こういって、アンティノオスの手から自分の手を引き離した。彼らはそれからも相談しつづけ、口々に罵るのであった。そしてこんなふうに、傲慢な若者たちの誰彼は、いいふらすのであった。
「まったく確かにテレマコスは、我々を殺そうといろいろ思案しているのだ。あるいは砂丘の多いピュロスから、誰かを味方の助人《すけっと》に連れて来ようか、あるいはスパルテからか、それはもう恐ろしく逸《はや》りきっているものな。それともまた、畑の肥沃なエピュレヘ行くつもりかも知れん、そこから生命《いのち》を害《そこな》う毒薬をもらって来てな、そして混酒器《クラテール》にそれを打ちこんで、我々をみな殺しにする考えだろう」
すると傲慢な若者たちのほかの一人が、またこんなふうにいうのだった、
「いや、わかるものかね、あるいは彼自身が、うつろに刳《く》った船に乗って出かけたうえ、身内の者どもから遠くうろつくうちに死んでしまわないかどうか、ちょうどオデュッセウスみたいにさ。そうなったら、我々の苦労もなお一段と増すことだろうよ、だって財産をわれわれみなで分けてもらうことになろうからな、だが、屋敷のほうは、この男の母親にくれておくか、または誰なり(彼女と)結婚する男にやろう」
こういいあったが、テレマコスは父親の、屋根の高い奥殿(納戸)へと、降りていった。そこは広い部屋で、黄金や青銅の器具が積み上げてあった。それに衣類も櫃《ひつ》にはいっていれば、香りのよいオリーブ油もたくさんに、年代を経て、甘い飲料の、ぶどう酒を容れた樽もずらりと立ててあった、順序よく壁に向かってたがいにしっかり並びあって。もしやオデュッセウスが、いろんな苦労をしてからとはいえ、故国へ帰って来もしようかと(待ち構えているみたいに)。
そこは二枚扉の、隙間もなくぴったりとはまった、鍵のかかる戸で閉《た》て切られてい、取締りの女が夜昼を問わず付きそって、これらの品々をみな、万事についての十分な知恵分別をもち、番をしていた。ペイセノルの裔《すえ》のオプスの娘エウリュクレイア(という女だったが)この時テレマコスは、納戸の部屋へ彼女を呼んでいうようには、
「乳母《ばあや》、さあ、さっそくぶどう酒を両耳の壷いくつもに注ぎ入れてくれ、美味《うま》いのをだ、おまえが大切にとっておいた、あの分《ぶん》のつぎに上等なやつをだよ、あの不運な(父上)、ゼウスの裔《すえ》であるオデュッセウスが、死のさだめを免れて、いつかは帰って来られもしようかと考えて、おまえが取り除《の》けといた分のつぎのを。十二の壷にいっぱい入れて、それにみな蓋をつけといてくれ。それから、しつかり縫いつけてある皮袋に、挽割り麦の粒を注《つ》ぎこむのだ、二斗だけ、臼で挽《ひ》いた挽割り麦の粒をだよ、おまえひとりだけ胸に収めておき(他人には知らせるなよ)。以上の品をみな一つところにとりまとめておくのだ、夕方になったら私が取りに来ようからな、いよいよ母上が二階の部屋へ昇ってゆかれ、寝ようと思われる時分となり次第に。
というのも、私はこれからスパルテや、砂丘の多いピュロスヘ出かけるのだから。なつかしい父上の、帰国の噂をたずねもとめるつもりなのだ、もしや何か聞きこむこともできようかと」
こういうと、やさしい乳母のエウリュクレイアは泣き声を出して、おろおろしながら翼をもった言葉をかけていうよう、
「何でまあいったい、若さま、そんな考えをお起こしなのです。どこへいこうとおっしゃるのです、この広い世界へ向かって、たったひとりで、大切なお身体ですのに。あの方はもうお故国《くに》から遠いところでおなくなりでしたのに、ゼウスのお裔《すえ》のオデュッセウスさまは、見も知らぬ他所《よそ》の里で。
あの連中はそれこそあなたがお出かけ次第、後から悪事をたくらみましょうよ、狡《ずる》い企みであなたを無い者にしようと。それでこちらのお財宝《たから》も、みなあいつらが分けて取ることになりましょう。
ですから、このままここへ、あなたのお持ちのお財宝《たから》の上に、どっしり坐りこんでおいでなさいまし、荒くさびしい海原へなど、災難にわざわざ逢おうと、出かける要は何もありません、それに放浪して歩こうなど」
それに向かって、賢いテレマコスは答えていうよう、
「元気を出すのだ、乳母《ばあや》、けしてこの企《くわだ》ては、神さまのお力添えがなくてのことではないのだから。それよりもさあ誓ってくれ、母上にはこのことをけっしてお話ししないと。ともかく十一日目か十二日目かにならないうちはね。多分母上が御自分から、私に会いたがり出して(いないのに気がつき)、もう出発したという知らせを聞かれるまではだ。あまりお泣きになったりして、美しいお肌を損《そこ》ねなどしないように」
こういったので老女も神さまがたに厳しい誓いをかけて、(そんなことは)しない、と誓った。そこで、彼女が誓いをし終わり、誓約をすっかりすますと、すぐさまそれから、ぶどう酒を両耳つきの瓶《かめ》いくつもへ注《つ》ぎこんでやり、またしっかり縫いあわせた皮袋いくつもへ、大麦の粒を注《つ》ぎ入れた。それからテレマコスは屋敷へ立ち帰って、求婚者どもの仲間に加わった。
このおりまたもや、きらめく眼《まなこ》のアテネ女神は、また別なことを思いつかれて、テレマコスに姿を変え、町中をくまなくまわってお歩きだった。そしていちいち市民のそばへいって立ち話をしかけ、夕方になったら速い船のところに、集まるようにとお命じだった。
それから、今度はまたプロニオスの誉れある息子ノエモンに、速い船を一艘要求なさった。すると彼はこころよく承諾した。
さて太陽も沈んで、どこもかしこも通り路はみなくらく影をさした。まさにそのときに彼は船を潮へと引きおろして、中には帆や綱や、装備のよろしい船というものが備えるはずの、船具をすべてしらベて入れた。そして港のいちばん端につないでおいた。その周囲には、優秀な仲間たちが、集まって来た。これは女神が、さきほど勧誘した人たちだった。
そのおりにまたもやきらめく眼の女神アテネは、また別なことを思いつかれた、そこで尊いオデュッセウスの屋敷へ向かってお出かけなさって、そこにいる求婚者どもの上に快《こころよ》い眠りを注《そそ》ぎかけられた。すると、酒を飲んでいた連中はみなふらふらになって、自分の手から杯を放り出したものであった。
そこで一同は、さっそく寝にゆこうとてんでに町中へ出かけてゆき、もう長いこと坐りこんではいなかった、瞼《まぶた》の上にねむ気がさしてくるもので。一方、テレマコスを、構えのよい屋敷から、外へ呼び出し、彼に向かって、きらめく眼のアテネはこうおっしゃった。その様子は、姿といい声音といい、メントルにそっくりだった。
「テレマコスよ、もうすっかり脛《すね》当てをよろしく着けた仲間《なかま》たちは、櫂を手にして座席についてい、あなたが出かけて来るのを待ち構えている。だからさあ行こう、このうえ長くぐずぐずと旅立ちをのばしていてはならない」
こう声をあげていわれると、パラス・アテネは先に立っていかれた。さっそくそこでテレマコスも、女神の足跡を踏んでいって、いよいよ船のおいてある浜辺へつき、見るとそこには波打ぎわに、頭髪を長くのばした仲間(水夫)たちがたむろしていた。その連中に向かって、元気のよいテレマコスがいうようには、
「ではさあ、諸君、食糧をとって来よう、すべて屋敷の一つところに、まとめておいてあるから。しかし母上は何も(これについては)聞いていないし、他の侍女たちも同様知らないので、ただ一人の女だけに話を聞かせておいたのだ」
こう彼が声をあげ先頭に立つと、一同も後からいっしょについていった、それから皆して、(用意の品々を)そっくり運んで来て、板張のよい船の上におろして置いた、オデュッセウスの息子が命じたとおりに。
さてそこで、テレマコスは、船に乗りこんだ。その前に立って、アテネが進んでゆかれ、船の舳《へさき》にお坐りなさった、女神のすぐかたわらにテレマコスが腰をおろすと、一同はとも綱を解き放ち、自分らも船に乗りこんで、漕ぎ席に坐りこんだ。その人々へと、きらめく眼のアテネが順風を送ってやられた、ぶどう色の海原の上を、鋭く吹いて鳴りしきる西風だった。
さてテレマコスが水夫の仲間たちを督励して帆綱へと取りかかるように命令すると、一同はその促しにきき従って、樅《もみ》の木の帆柱を、うつろな穴のあいている中央構築部《なかがまえ》へ引きあげて押し立てた、そして前の帆綱で結《ゆわ》えつけてから、白い帆をよくねじり合わせた牛皮の紐で引っぱり上げた。
その帆のまん中へ風が吹きこんでふくらませ、龍骨の両側には波がわき立って、船の進むのにつれ、大きな声で鳴り立てつづけた。さて船は波|間《あい》を走りに走って、行程をどんどんと縮めていくのであった。
そこで一行は帆綱をしっかりと速い黒塗りの船じゅうに結えつけてから、酒|和《あ》え瓶《かめ》にぶどう酒をいっぱい充たしたのを、いくつもすえおいて、永遠においでになる不死の神々へと、なみなみと酒をそそいでまつるのであった。またすべての神じゅうでもとりわけて、ゼウスの御娘のきらめく眼の女神のために。こうして、一夜《ひとよ》さ中、また明けがたまでも、船は道程《みちのり》を突進していったのだった。
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第三巻
ピュロスでの物語
【テレマコスの船は夜明けとともに本土なる西海岸の渚《なぎさ》ピュロスに着く。ここはトロイア遠征軍から帰った老将ネストルの居城である。老人は息子たちとともに彼を歓迎し親切にもてなすが、父オデュッセウスの消息は知らないので、彼を近頃帰国したスパルテ王メネラオスのところへ送り付け、息子ペイシストラトスを案内役に同行させる】
さて太陽は、とりわけ美しい水際《みぎわ》を離れて、青銅《あらがね》を一面にのべた空へさし昇った、不死である神々のため、またいのち死ぬ人間らのため、麦をみのらす田畑の上を照らそうとて。おりから一行はピュロス〔ギリシア南西海岸にある古都。近年発掘によりその旧城跡から宮殿の礎や多くの古文書瓦片が出た。ポセイドンを信仰する有力な種族の本拠とされる〕ヘ、このネレウスの立派に造営された都へ、到着した。おりから町の人々は海の渚のところで、まっ黒な牡牛どもを、大地を揺すぶる青黒い頭髪の御神(ポセイドン)へ犠牲にささげ、祭りをしているところだった。そこには九つの座が設けてあり、そのめいめいに五百人の者が坐って、めいめいの座の前に九匹ずつの牡牛を持っていた。
ちょうど彼らが臓物をとり分けて味わい、御神へと腿《もも》の骨肉《ほねみ》を焼いてささげていた時分に、一行はまっすぐに(船を)浜辺へ着けると、釣合いのよい船の帆を引き上げて畳みこみ、船を碇泊させて、自分たちは(浜へ)降り立った。それでテレマコスも船から降りた。その前にはアテネが立ってゆかれた。そのとききらめく眼の女神アテネは、先がけて彼に向かっていわれるよう、
「テレマコスよ、もうおまえは、けっしてはにかんでいてはいけない、というのも、いまは父親のことをたずねるために、わざわざ海を渡って来たのだから。いったいどこの土に埋められているか、どのような最期《さいご》をとげたかを。
だからさあ、これからまっすぐに、馬の馴らし手(騎士)ネストルをめがけ進んで行きなさい、いったいどんな知恵謀りごとを胸中に彼がおさめているか、見抜いてやれよう。それからおまえが自分から頼みこみなさい、まちがいのない確かなところをいってくれるように。偽りは彼もいいはしなかろう、たいそう頭のよく働く(賢い)人間だから」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「メントルさん、ではどんなふうにして行ったものでしょう。どんな具合にあの方にあいさつしたらいいでしょうか。まだ私はいっこうに、抜け目なく行き届いた物言いには馴れていないのです。そのうえにまた若者として、ずっと年長の立派な方に話しかけるのは、気がひけることですから」
それにむかって、今度はきらめく眼の女神アテネがいわれるよう、
「テレマコスよ、おまえが自身で、胸の中にはかる思案と、神さまが(おまえに)お授けなさる策とは、それぞれ別なものだろうよ。というのも、そもそもおまえが生まれたのも、育ってきたのも、神慮に反いたものであろうとは思えないからね」
このように声をあげると、さっそくにも、パラス・アテネは先に立って進んでいかれた。それでテレマコスも、御神の跡について歩いてゆき、ピュロスの市人たちが寄り集まって、坐りこんでいるところへ着いた。
その場にはネストルが息子たちといっしょに坐っていた。その周辺《あたり》には家の子郎党らが、饗宴の仕度をすると、それぞれに肉を焼いたり串に刺したりやっていた。その人々は、客人たちの姿を見るなり、みな一時に寄って来て、手を取ってあいさつし、坐るようにと勧めるのだった。まずその先頭には、ネストルの子のペイシストラトスが、すぐまぢかなところへ来て、両手を取ってあいさつをしてから、饗宴のかたわらの座につかせた、海の砂子に軟かい羊の毛房を敷きつめたのへ。兄のトラシュメデスと、(自分の)父親とのあいだの場所に。そして、臓物の一部を与え、黄金の盃にぶどう酒を注いでやり、盃を上げあいさつしながら、|雲の楯《アイギス》を持つゼウス神のおん娘、パラス・アテネに向かって言うようには、
「ではさあ、客人の方《かた》、ポセイドンのみことにお祈りなさい。というのも、そのおん神への祭りの宴に、あなた方はこのところへおいでなさって、出くわされた、というわけですから。それから、あなたが定式どおり、御神へと御酒《みき》を注《そそ》いで祈顧をおすましのうえは、この方へ、蜜の甘いぶどう酒の盃をお渡しください、(神さまへお酒を)注ぐように。この方もまた、不死の神々に願うところがおありだと思いますので。人間は誰しもみな、神さま方に求めるところがあるものです。でもこの方はまだ年が若く、私自身と同年輩です。それゆえまず先にあなたのほうへ、この黄金の盃をさしあげましょう」
こういって、味のよいぶどう酒の盃をその手に渡した。それでアテネ女神は、この分別があり節度を守る人物に、うれしくお思いだった、そのわけは御神へまず先に黄金の杯をさしあげたからだった。そこですぐとポセイドンのみことにたいし、しきりに祈りをおささげだった。
「お聞き届けを、大地を保つポセイドン神よ、どうぞいま、祈願をこめる私らが、これらの仕事をなしとげるのを、おしんで拒《こば》まれなどなさらぬよう、まず第一にネストルとその息子らに、誉れを授けてください、それから今度はその他のピュロスの人々一同へも、これらの立派な大贅《おおにえ》を嘉納なさって、その返礼なりと授けてくださるように、またさらにはテレマコスと私とが、黒塗りの速い船に乗ってこのところへまたその目的を果たしたうえで、帰国できるようお計らいを」
このように、お祈りだった、それをみな自身でもって成しとげてゆくおつもりだったが、さてテレマコスに美しい両耳つきの杯を渡すと、それとまったく同様にオデュッセウスの愛する息子も、祈りをささげた。さて一同は、外側《そとがわ》の肉を焼き終えて火からおろすと、切りわけたのを分配して、たいそう立派な饗宴にかかっていった。
それでとうとう飲むことにも食べることにも十分飽きたりたとき、一同にたいして、まず先にゲレンの騎士〔『イリアス』にたびたび出るネストルの称号。古い詩歌の痕跡をのこすものかも知れない〕ネストルが、話をはじめた。
「ではさあ、これから、客人たちにおたずねしてうかがうのが、いかにも結構なことだ、いったいどういう方々でおいでかをな、いまは食事も十分に楽しみなさったことであるから。客人がた、あなた方はどういう方かな、どこから海路を航海して来られたか、また何の用事でか、それともあてもなく彷徨《うろつ》いておいでなのか、海賊どもみたいに海上を。彼奴らは命を賭けて、他国の民に災禍《わざわい》をもたらしつつ、放浪をつづけるのだが」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていった、勇気を奮いおこして。というのもアテネ御自身が、彼の心中に大胆さを吹きこまれたからだった、出征したきり帰って来ない父のことを問い質《ただ》そうと。
「おおネレウスの子のネストルさま、アカイア族のたいそうな誉れであるあなたが、私どもはどこから来た、とおたずねなので、されば私もすっかりお話しいたしましょう。私どもはネイオン山のふもとにあるイタケの町からやってまいった者どもです、またその用事と申しますのは、いまお話しいたすように、個人に関する事柄で、国全体の公事ではありません、つまり私の父についての噂話をひろくたずねていくところなのです、もしや何なり聞けましょうかと。つまり尊いオデュッセウスのことでして、辛抱《しんぼう》づよい心を持った父親は、人の噂によりますと、あなたといっしょに戦って、トロイア人《びと》らの城町を、攻め陥《おと》したということでした。
それというのも、トロイア勢と交戦していた他の大将がたはみな、伝え聞くところでは、それぞれてんでに、その場所でおぞましい死にかたで、生命《いのち》を落としたそうですが、それに引き換え父親だけは、死んだ様子を、クロノスの御子神(ゼウス)が、世の人に伝聞もされないようになさったのでした。なぜといって、誰一人として、どこで死んだか、はっきりといえる者がいないのです、そもそも陸上で敵の武士らと戦って討たれたのか、あるいは海原に出て、アンピトリテ〔ポセイドン神の妃とされるニンフ〕の波あいに命を殞《おと》したかも。
さればこそいま、あなたのお膝にとりすがってお願いする次第なのです、もしや私の父のおぞましい死にかたを話してくださるお気はないだろうか、もしやひょっとして、あなたのお眼で実際に見ておいでとか、諸国を流してまわる人の口から、話に聞いておいでではないかと(存じまして)。まったく父を、他の人以上に痛ましい身の上へと、その母親は生み付けたものでした。でもけっして、私に遠慮なさるとか、憐れみをかけるとかのお志から、手加減はしてくださいますな、それより委細にすっかり話してお聞かせを、どのようにして父の姿をご覧なさったか。お願いいたします、もしいつか私の父の有能なオデュッセウスが、言葉でなり仕事でなり、請け合ってから遣《や》り通したことがありましたなら――トロイア人《びと》らの郷《くに》において、あなたがたアカイア方の武士たちが、苦難をおうけだったところで――その事々をいま思い起こして、まちがいのない本当のことを、おっしゃってくださいますよう」
彼に向かって、そのおりにゲレンの騎士ネストルが答えるようには、
「おおなつかしい方、あなたは私に、悲しい思いを繰り返させなさる――あそこの里で、おさえきれぬほど勇猛の気にはやる、私ら、アカイア族の息子たちが、堪え忍んだその悲しい思いをだ。それは私らが船を率いて、霞んで見える海原を彷徨《ほうこう》しながら、獲物をたずねてまわったとき、これにはいつもアキレウスが先達《せんだつ》をつとめたものだが――またはプリアモス王の宏大な都をめぐつて私らが戦ったおりのことだった。そこではこのさい勇士といわれるほどの強者《つわもの》らが、おおかたは討ち死にした。
そこの土には軍神アレスの伴《とも》であるアイアスも眠っている、アキレウスもだ。謀りごとでは神にひとしいパトロクロスも、私の愛しい息子で、武勇にすぐれ、人柄も世にならびないアンティロコスも(横たわっている)、馳ける速さでは他に抜きん出た闘士であったが。そのほかにもまだたくさんな災厄《さいやく》をわれわれは蒙ったのだ。そうした不幸のいちいちを、いのち死ぬべき人間の、誰がそもそも話して聞かせられようか。五年でも、また六年でも、よし逗留して訊ねられようと、すっかりきき出すことはできまい、どれほどの災難を、尊いアカイア人《びと》らが、その土地で蒙ったかを。おそらくその前にもう胸が苦しくなり、(聞くのをあきらめ)自分の故郷に帰って来ようから。
つまり九年のあいだ、われわれはありとあらゆる謀《はか》りごとをめぐらし、敵に禍害をあたえようと努めたが、やっとのことでクロノスのみ子(ゼウス神)が、それを完遂させなさった。その際には誰一人として、智謀にかけては(あなたの父上に)面と向かって、肩を並べようとする者はいなかった、尊いオデュッセウスは、ありとあらゆる謀りごとでは、ずっと遥かに他《ひと》にぬきんでていたものだから――父上はな、もしも真実あなたが彼の息子であるならば。いかにも、(あなたを)よくよく見ると、畏敬の念が私をとらえる、というのも、まったく話し振りも、よく似通っている、またけっして誰にしても、年の若い者にこのようにまっとうな物言いができようとは思うまい。かの地ではまったくその期間じゅう、私と尊いオデュッセウスが、(軍全体の)集会でもまた(大将たちの)会議でも、ちがった意見を述べ立てたことは、けしてなかった、いつも心を一つにして、見解でも、ゆき届いた謀りごとでも、工夫をこらしたものであった、アルゴス勢のために、どうしたらいちばんによく事が運ぶかと。
だがしかし、プリアモスの、聳《そび》えたつ城町を攻め落としたとき、まさにそのときゼウス神は胸中でアルゴス勢にたいして、おぞましい帰国の旅を企みなさった。というのも、みながみな思慮ぶかくも、道にかなってもいなかったものでな。それゆえに、彼らのうちの多勢が、非業《ひごう》な最期をとげたものだった、きらめく眼の、尊い父をお持ちの女神(アテネ)の、のろわしいおん憤りからだったが。そのおん神が、二人のアトレウス家の兄弟間に、諍《いさか》いを起こさせたのだ。
そこで二人は、アカイア人《びと》らをことごとく集会へと呼び集めた。大急ぎで、だがちゃんとした次第もなしに、日没時分になってのことであった。それでアカイア族の息子たちは、したたか酒を飲んだあげくにやって来たが、そこで二人は、何のために軍勢を召集したかを、みなみなに話してきかせた。
すなわちそのおりにメネラオスは、アカイア勢がことごとく帰国を念じて広々とした海原の背を渡ってゆくよう、勧めたものだが、アガメムノンにはてんからそれが気に入らなかった。というのは、彼としては、軍勢を引きとめて、尊い大|賛《にえ》まつりをおこない、アテネ女神の恐ろしいおん憤りをなだめまつりたいもの、と願っていたからだったが、愚かな者よ、おん聴き入れはないに定《きま》っていたのもいっこうさとらなかったとは。なぜならば、永遠《とわ》においでの神さまがたのお考えは、そう急に変改《へんかい》されるはずはないのだからな。こんな具合に両人ははげしい言葉を応酬しながら立ちつくした。それで脛《すね》当てをよろしく着けたアカイアの軍勢もみなとびたった、恐ろしい物音を立てて。ところで彼らが賛成する方策は二手に別れていた。その夜は、胸の中でおたがいに不愉快な思いをてんでに抱きながら、過ごし通したが、夜が明けると、われわれ皆して輝く潮《うしお》に船を引きおろし、獲物だの、深く帯をしめた婦女たちだのを船に載せこんだ。そのうち半分の兵士《つわもの》どもはそのままそこに、つわものどもの牧人であるアトレウスの子アガメムノンのもとに、引きとめられて踏みとどまった。
一方、のこりの半分かたのわれわれは、船に乗り組んで漕ぎ進めた。それでたいそう迅やかに船が帆を走らせたのも、神さまがふところ深くひろびろとした海原に、(風を)しずめて凪《な》ぎをつくってくださってのことであった。こうして、テネドス島に着いてから、家路《いえじ》をいそいで、神々へと贄《にえ》まつりをおこなったが、ゼウス神にはけっして帰国を許すおつもりはなかった、無情な方だ、またもう一度くり返して、まがまがしい諍《いさか》いを起こさせたとは。それで一手は、両側の反《そ》り返った船の向きをまた引き戻して返っていった、心|賢《さか》しく、いろんな謀計《はかりごと》に富むオデュッセウスの殿をとり巻く連中だったが、それはまたもう一度、アトレウスの子アガメムノンの意を迎えて(のはからい)だった。
一方私のほうは、ついて来た船をみな一つにまとめ、落ちのびていった、というのも、まったく神霊が災厄を(我々にかけようと)企んでおいでということを、さとっていたからであった。テュデウスの勇敢な息子(ディオメデス)ものがれてきて、仲間の人々をうながし立てたが、ずっと遅れて、私ら二人の後から金髪のメネラオスもやって来た、そしてレスボス島で、私らが長途の航海につき、いろいろ思案しているところへ追いついて来た。その思案とは、キオス島〔小アジア西岸中部にあるかなりの大きさの島。ホメロス派叙事詩人団の本拠をなした〕の向う側を進んでいって、岩の多い険阻なプシュリエ島のわきを通るがよいか、それともキオス島の手前を抜け、風の吹きまくミマス岬をかすめて行ったほうがよいかと(いうのであった)。そこで我々は神さまに予兆《きざし》を一つお示しのようお願いした、すると御神は私らに(兆《きざし》を)お示しあって、海原のまん中を切り進んで、エウボイアを目指してゆくようお命じなさった、すこしも早く災難をのがれおおせるためには。おりから風が音高く吹きはじめたので、船隊はたいそう速く、魚鱗《うろくず》に富む海路を走《は》せて、ゲライストスの岬(エウボイア島の北端)へ夜のうちに到着した。
そこでポセイドン神へと我々は牡牛どもの脛の骨肉を、たくさん焼いて奉《たてまつ》ったのであった、広大な海原を無事に渡れたお礼心に。そして(トロイアを出てから)四日目には、アルゴスの地に、テュデウスの子の、馬の馴らし手(騎士)ディオメデスの手の者どもは、釣合いのよい船々を着けられた、そのころ私は、ピュロスを目ざして船を馳せていた、順風がまだやまなかったので。その初め神さまが風を吹き出させなさってから、ずっと(やまずに吹いていたのだ)。
このように私はな、親しい若殿、何も聞かずに帰って来たので、アカイア軍の者どものうち、誰々が助かって誰々がなくなったかも知らないのだ。しかし、わしらの屋敷に坐っていて、私が耳にしたかぎりは、当然なことではあるが、みなお聞かせしよう、隠し立てなどけしてせずに。
広大な武勇をたもつアキレウスの、誉れかがやく息子(ネオプトレモス)が率いる、ミュルミドンらの槍に名を獲《え》たつわものどもは、無事につつがなく帰国したということである、またポイアスの立派な息子、ピロクテテスも無事、イドメネウスもクレテ島へと手の者どもをつれて帰った、戦さに生き残った連中だが、海でも一人も取られなかったという。またアトレウスの子(アガメムノン)については、あなた方自身が、たとえ遠くにお住まいとはいえ、聞いておいでだろう、帰って来るとすぐさまアイギストスが、おぞましい破滅を企みおおせた次第を。だが、その男とても、みじめな態《ざま》で(悪業の)報いを受けた。まったく殺された人の息子だけでも、生き残るというのは、結構なことだ、まさしくその子(オレステス)が、父親の殺し手である、奸佞《かんねい》なアイギストスに復讐したのだからな、高名な父御を殺害した男に。
あなたにしても、親しい方、お見受けしたところたいそう立派で、体も大きいのだから、勇気を奮い起こされるがいい、後世の人々がみなあなたをほめていうようにな」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「おおネレウスの子のネストルさま、アカイア族の、たいそうな誉れであるあなた(がおおせのとおり)、たしかに彼は復讐をとげました、それでアカイアの人々は、その名声を後の世にまで歌として広く伝えることでしょう。願わくはぜひ私にもそれほど大きな力量を、神さま方が与えてくださいますように、傲慢無礼に私どもを苦しめ悩ます、その罰を求婚者どもに加えるだけの力をです。彼奴らは、私に無礼をはたらくばかりか、非道な企みをいまたくらんでいるところなのです。ところがあいにくと、そのような幸福を、神さまがたがお授けにはなりませんでした、私の父にも私にも。それで現在としては、手を束ねて、我慢するよりない有様です」
それに向かって、このおりにゲレンの騎士ネストルは答えるようには、
「おお親しい方よ、いかにもそのことを私に思い出させてお話しがあるからにはだが、噂によると、求婚者どもは、御母上のせいにして、多勢で屋敷に(押しかけては)あなたが承知しないのに、悪事を企んでいるとか。ではいってくれ、あなたはさからいもせず、おとなしく負けているのか、それともあなたを国中の者どもが憎んでいるとでもいうのか、神霊のお告げなりに聞き従って。
誰が知ろうか、ひょっとして彼が帰国し、彼らの暴力にたいして復讐をしまいかどうかを。あるいは彼が一人きりでか、あるいは(部下の)アカイアの者をそっくり連れて戻ったうえで。あなたのことを、きらめく眼のアテネが慈《いつく》しんでくださったらありがたいのだが。ちょうど以前に、誉れも高いオデュッセウスのため、とりわけてお心づかいをしてくださったように、アカイアの者どもが苦難を受けつづけていた、トロイア人らの里で。というのも、これまでかつて、あれほどに神さま方が公然とお慈《いつく》しみをお示しの様子を拝したことはなかったからな、彼(オデュッセウス)を護ると、公然にパラス・アテネが立っておいでになった、そのときのようには。もしそれほどにあなたをいとしみ、胸の中では心にかけてくださるならば、そのおりにはあの連中の誰も彼も、母上との結婚などはさっぱりと忘れてしまうことだろうに」
それに向かって今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「おお、ご老人よ、どうやらけっしておおせのようには、実現されまいと存じます。というのも、おっしゃることが、あまりにたいそうなので、空《そら》恐ろしい気がいたします。けしてまあ私としては、そんなことになりますのを、待ち設けるつもりはありません」
それに向かって今度は、きらめく眼の女神アテネがいわれるよう、
「テレマコスよ、なんという言葉があなたの歯並の垣根をもれて出たことか、ごくごくたやすいものですぞ、神さまにもしそのみ意《こころ》さえあるならば、遠方からとしても、思う人物を助け護るということだって。まあ私とするならば、たいそうな難行《なんぎょう》苦行をしてからでも、故国《くに》に戻って帰郷の時を迎えるほうを選ぶでしょう、帰ってすぐと、自分の家《うち》で殺されるのよりは。あのアガメムノンが、アイギストスと自分の妻の奸計によって死んだのみたいに。だが、いよいよ(誰しもに)平等な死に目となると、神々だって、たとえいとしむ丈夫《ますらお》のためにさえ、防いでやることはできないのです、いつなりといよいよ鋭い苦痛をもつ死の呪《のろ》わしい運命が襲って来た時には」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「メントルさん、それについてはものをいうのをさしひかえましょう、たとえ私どもの気にかかることにしましても。あの方(オデュッセウス)にとっては、もはや帰国ということは、実現されはしないのです、もうとっくに不死の神さま方が、死の黒い運命を彼へとお慮《はか》り定めになったのですから。ただいまは、他人以上に正しい掟《おきて》や分別をおわきまえのネストルさまに、ほかの話をうかがいたいと思うのです。と申しますのも、世の人々のいうところでは、人間の世の三代目までも、君主《とのさま》として治めておいでと聞きますので。それで私の目には、不死である神さまみたいにあおぎ見られる次第なのです。
おおネレウスの子のネストルさま、どうかあなたは本当のことをおっしゃってくださいませ、どのような死に方を、アトレウスの子の、広大な国を治めるアガメムノンはされたのでしょうか。どこにメネラオスはいらしたのでしょう。どのような破滅を、奸佞《かんねい》な心のアイギストスが、彼へと企みかけたのですか、ずっと武勇のすぐれた人物を殺害したとは。アカイアのアルゴスの里のどこかではなく、ほかの土地のどこかに、人々のあいだを彷徨《さまよ》ってでもいらしたものか、それで彼奴が安心して、凶行を果たしたというわけですか」
それに答えて、そのおりにグレンの騎士ネストルがいうようには、
「それならば私が、若さん、本当のことをすっかり話してお聞かせしよう。あなた自身でもどんな事態が持ち上がったかを、それと(ちゃんと)推測されよう。もしアイギストスが生きているのと同じ屋敷のなかで、アトレウスの子の金髪のメネラオスが、トロイアから立ち戻って、出くわしたとしたならば。その場合には、その男(アイギストス)が死んだとて、墓の土をもってはやらず、それこそ犬どもや鳥類どもが(その屍の)原っぱに横たわっているのを、食い荒らしたことだろう、市中からは遠いところで。またアカイアの女どもが、一人としてそのために泣くこともなかったろう。それほど彼は、だいそれた所業を企んだものであるから。
すなわち、私らは、あちら(トロイア)でさまざまな苦しいつとめを果たしながら、いすわっていた、その間に彼奴は安閑と馬を養うアルゴスの里の奥にかくれて、いろいろアガメムノンの奥方をうまく口説いてはたぶらかしにかかっていたのだ。
女のほうでは、初めのうちはいかがわしい所業をことわりつづけた、尊いクリュタイムネストレは。というのも、すぐれた気質《きだて》の女だったのでな。それにもちろんそばには、歌唱いの男が付き添っていた、この男にアトレウスの子は、トロイアヘ出かけたおり、自分の妻をよく護るよう、いろいろといいつけておいたのだ。
だがいよいよ神々のきめた運命が、彼女をとらえて屈服させるとなったときに、そのとき彼はその歌唱者を連れてって、人気のないさびしい島へ置いてきざりにした、大鳥《おおとり》どもの餌食や玩具になるようにと。そして女が自分から喜んでついて来るのを、大喜びで、自分の家へ連れていった。それからたくさん神々の聖い祭壇に腿の骨肉《ほねみ》を焼いてささげ、たくさん奉納物をたてまつった、織物だの黄金だのを――だいそれたことをやりおおせたのでな、夢にも心に思いがけないでいたほど。
つまり私らは(その時分に)トロイアから戻ってくるとて、みないっしょに船を馳《は》せていた、アトレウスの子(メネラオス)と私はな、たがいに友情で結ばれあった間柄だ。だがアテナイのとっさきである神聖なスニオン岬に着いたおりに、そこでメネラオスの舵《かじ》取りをポイボス・アポロンが、例のやさしい矢を射かけ殺してしまった、走っている船の舵を手のあいだに持っているところを。オネトルの子のプロンティスという男で、船舵の操縦にかけては、他の人々に抜きんでた者であった、疾風《はやて》がおし寄せて来るときに。
こんなわけでメネラオスは、その場所に引きとめられた、旅程を急いではいたが、部下であるその舵取りを葬って、法事を型のごとくに執りおこなうために。だがいよいよ彼がぶどう酒色の海原へ出帆して、うつろに刳《く》った船々を率い、帆をはらせてマレイアの険《けわ》しい山(岬)〔ギリシア半島最南端の岬〕まで来たときに、そのときまさしく広天をとどろかすゼウス神が、苦しい彼の旅程をおぞましく辛《つら》いものにしてやろうとお慮《はか》りなさって、鋭く鳴りひびく風の息吹をそそぎかけては、山のように波を大きくふくれ上がらせた。
そして船隊を二つに断ち切り、一隊はクレテ島に吹き寄せなさった、イアルダノスの流れのほとりに、キュドネス人《びと》が住む里へである。そこにはゴルテュンの境のはじに、おぼろに霞む海上へと突き出した滑《すべ》っこく険峻な巌《いわお》がある、そこでは南の風が大波を左手の岩鼻へと、パイストスへ向けて打ち寄せさせる。小さな岩が大きな波を防ぎ止めるのだ。
されば船々がそこへ来ると、やっとのことで乗組員らは死ぬのは免れたものの、船のほうは波のために、岩礁に打ちつけられてこわれてしまった。一方他の半分の、船首《へさき》を黒く塗った船隊はというと、風と波とが運んでいってアイギュプトス(エジプト)へと寄せつけた。こんな始末で彼(メネラオス)は、この土地でたくさんな生活財と黄金とを掻き集め、船隊をひかえて、異国語を話す人々の中をうろつきまわっていた。その間にアイギストスは故国《くに》にいて、例のおぞましい所業を仕出かしたのだった。
アトレウスの子(アガメムノン)を殺害してから、七年のあいだその男は、黄金のゆたかなミュケネに君臨して、自分の手もとに人民をすっかり従わせていた。ところが八年目に、尊いオレステスが、アテナイから帰って来て、彼のところへ禍《わざわ》いとして立ち現れ、父の殺害者である奸佞なアイギストスを討ち取ったのだ、高名なその父親を殺した男を。
いかにも彼はその男を討って取ると、アルゴスの人々へと饗宴を催した、おぞましい母親と卑怯なアイギストスの葬儀の宴だ。その同じ日に、雄叫《おたけ》びも勇ましいメネラオスが訪ねて来た、たくさんな財物をもってな、自分の船隊が積んで来た重い荷物をすっかり持ってだ。
こんな次第ゆえ、あなたにしても、親しい方よ、あまり長いこと家を離れて、遠方を彷徨していてはなりますまい、このように傲慢無礼な連中を自分の屋敷にいさせたまま財産を放っておいてな。それこそ彼らがすっかり家財を分配して、食いつくしたら大変だ、あなたにしても、何の役にも立たぬ旅行をしてはなるまい。それゆえすぐとメネラオスを訪ねてゆくよう、私としてはお勧めも忠告もする。あの仁《じん》なら、近頃他国から帰って来たてであるから、そこからは到底帰れようとは望めぬような、(遠方の)人間どもの住む国からだ。誰にもせよ、いったん疾風《はやて》が、かほどに広い大海原へと航路から吹き迷わせたからには、(帰れぬような)――大鳥さえも同年内には往来ができぬくらいに、広大で恐ろしい海原へだ。
ではさあ、これからあなたの船と仲間の者たちを連れてお出かけなされ、またもし徒歩で(陸上を)ゆこうとお望みなら、車と馬も用意がしてある、また私の息子たちもご用のままに、金髪のメネラオスの居所である、尊いラケダイモンヘの案内役をつとめましょう。そしてあなたが自身で彼に頼むがよろしいでしょう、確かなところをいってくれるように。いつわりは申されまい、たいそう分別のある仁《じん》ですゆえ」
こういううちにも、太陽は沈んで、暗闇がおそって来た。そこで人々に向かってきらめく眼の女神アテネが、いわれるよう、
「おおご老人、いかにもお話しくださったことは、いちいち機宜《きぎ》にかなっております。さればさあ犠牲《いけにえ》の舌を切り取り〔神々へ犠牲をささげる儀式のおわりに、獣の舌を切り取る、それから灌奠《かんてん》をおこなう〕ましょう、そしてぶどう酒を和《あ》え、ポセイドンやまたその他の神々へと酒そそぎの式をしてから、寝につくことを考えましょう、もうそうした時刻ですから。というのも、はやとうに光は(西の)闇に沈んで、このうえ長く神さま方への饗宴に列《つらな》っていてはおもしろくない、もう帰ってゆく時刻ですから」
こうゼウスの御娘がいわれると、一同はみなそのみ声に聞きしたがった。そこで伝令使たちが水を一同の手の上にそそぎかければ、給仕人らは酒|和《あ》え瓶に飲料をなみなみとそそぎ入れた。それから皆の者へと杯をとり、まず手始めに、神々へと少しの御酒《みき》をそそいでから、酒をつぎ配《くば》ってまわった。それから一同は犠牲の舌を火中に投じ、立ち上がって、それへと酒をそそぎかけた。
さて(このように)灌《そそぎ》酒の式をおこなってから、みなみな飲みたいだけ思う存分酒を飲むと、そのときいよいよ、アテネ女神と神にもひとしい姿をしたテレマコスとの両人は、さっそくうつろに刳《く》った船へ立ち帰ろうとしかけた。ところがネストルは、それを引きとめ、言葉をかけてあいさつするよう、
「ゼウス神がそんなことは何とぞお許しくださらぬように、また他の不死なる神々たちも、あなたがたが私のもとから速い船へと、(手ぶらでもって)帰っていかれることなどを。まるでてんから一枚の着物も持たない貧乏人のところから帰っていくみたいに――その男は外套も蒲団もろくに自分の家に持ち合わせない、自分にしろ客人にしろ、ふんわりそれに引っくるまって寝られるような蒲団ももたぬ、そんな様子で帰られるのを、神さまがたがお許しにはならんようお願いする。ところがわたしの手もとには、外套も立派な蒲団もたくさんある。いやとんでもないことだ、まったくオデュッセウスどのといわれる方の大切な息子が、船の板子の上で寝るなどとは。いやしくも私がまだ生きているあいだにはな。それどころか、(死んでからも)後に残った息子どもが客人たちを十分にもてなすようにいたさせましょう、誰にしろこの館へ訪ねてくる方々なら」
それに向かって、今度はきらめく眼の女神アテネがいわれるよう、
「まったく、ようこそかようにおおせくださった、ありがたいご老人よ、あなたのおおせに、テレマコスも従うのが当を得たこと。そうするほうが、ずっと結構なことだからな。ところでこちらは、いまこれからあなたについてゆくことだろうが、私のほうは黒い船のところへ行くとしましょう、仲間の者らを安心させ、委細の話を聞かせてやるために。というのも、私がみなの中で一人だけ、はばかりながら年量《としかさ》なもので、友誼によって従って来たわけなのです、他の者はみなもっと年若ですから。いずれも器量のすぐれたテレマコスと同年輩の連中なのです。それゆえこの際は、中のうつろな黒ぬりの船のところで私は寝るとしましょうよ、いまの場合は。それで明朝早くから武勇にすぐれるカウコネス族の里へ行くつもりです、そこで前から貸してあるのを取り立てねばならないので、もう新しいものではないが、少々でもないのですから。それではあなたは、この方を、お屋敷へ着いたら、どうか馬車に乗せ息子さんをつけて、送り出してくださるよう、どうかその馬どもも、馳けるのがとりわけ軽快に、力もいちばん優秀なのをお願いしますよ」
こう声をあげていうと、きらめく眼のアテネはお立ち去りだった、海鷲《うみわし》の姿と化して。そこでそれと見る人々はみな驚嘆の念にとらえられた。かの老人(ネストル)も驚きあきれて見守っていた、自分の眼で(この有様を)見るにつけて。そしてテレマコスの手をつかんで、その名を呼んで話しかけるよう、
「おお親しい方、いやけしてあなたが臆病で武勇に欠ける者だなどとは思いもよらない。まったくこのように年が若いのに、神さまがたが付添いとしていっしょにおいでなさるからは。なぜというと、かならずやあの方はオリュンポスの宮居《みやい》に住まう神さまがたのうち、ゼウスの御娘でこのうえなく誉れも高いトリトゲネイア(アテネ)ご自身に相違ない。その御神は、あなたの武勇の父上をアルゴス勢の間でもいつも重んじておいでであった。されば女神よ、どうぞお心をお和《なご》めあって、すぐれた誉れをお授けくだされ、私自身と息子たちと、うやうやしい私の妻へも。御神へはお礼返しに、額のひろい一年仔の、牝牛を贄《にえ》にたてまつりましょう、まだ一度も人が軛《くびき》につけたことのない、馴れをまだ知らぬ奴を。そのような牛を私は、角に黄金をぐるりと着せて、犠牲《ぎせい》にまつりましょうから」
こう祈りながらいったのを、パラス・アテネはお聞きなさった。それから一同の先頭に立ち、ゲレンの騎士ネストルは、息子たちや婿たちを従え、立派な自分の館《やかた》をさしていった。そしていよいよこの領主の、世間に聞こえた屋敷へ着くと、順々に長椅子だの肘掛け椅子だのへみな腰をおろした、これらの帰って来た連中にと老人は酒和え瓶に、味の甘い飲料のぶどう酒をそそいで和《あ》えさせたが、その酒は十一年目になる瓶《かめ》のを、取締りの老女が開けて、口をふさいである布を取り外《はず》したものであった。それをこの老人が混酒器《クラーテル》にそそぎ和えさせて、アテネヘと灌《そそぎ》酒しながらしきりに祈りをささげた、山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウスの御娘神へと。
さて一同が酒をそそいでまつり、思う存分に飲みあかしたとき、みなみな臥床《ふしど》につこうとそれぞれの館へと出かけていった。テレマコスはといえば、そのままそこにゲレンの騎士ネストルが、尊いオデュッセウスの愛しい息子というかどで、音高くひびきわたる柱廊下のもとに、穴をあけた寝床へと寝につかせる。そのかたわらには武士たちの頭領として、とねりこ槍の使い手のペイシストラトスが寝た。彼はまだ息子たちのうち(ただひとりだけ)この屋敷にいる独身の若者だった。一方(ネストル)自身はといえば、高くそびえる館の奥の間《ま》に睡っていた、その人のためには奥方である女主人が臥床や褥《しとね》の用意をされた。
さて、朝早くに生まれる、ばらの指をした暁《あかつき》(の女神)が立ち現われたころおい、臥床からゲレンの騎士ネストルは起き上がって、部屋の外へ出かけると、よく磨きあげた石の上に腰をおろした。その石は丈《せ》の高い入口の扉のすぐ前にある白い石(大理石)で、塗った油で光っていた。その上にはむかしの頃は知恵にかけては神々にも劣るまいというネレウス(ネストルの父)が、座を占めるならわしだった、だがその人はもはや死の運命にとり挫《ひし》がれて冥途へと去《い》ってしまい、代わりにその時分はゲレンの騎士ネストルが腰かけていた、アカイア勢の頭領として筍杖《しゃくじょう》を手にたずさえて。その周囲には息子たちがみな一かたまりに集まっていた、それぞれ自分の居間から出て来たエケプロンにストラティオスに、ペルセウスにアレトスに、神にも比せられるトラシュメデスと。そこへ今度は六人目としてペイシストラトスの若殿がやって来た。それから神にもひとしい姿のテレマコスを連れて来て、そのかたわらの座につかせ、一同に向かってまずゲレンの騎士ネストルが話の緒口《いとぐち》を切っていうよう、
「すぐさまにも、愛する子らよ、私の望みをかなえてくれ、いかにも神々のうちまず第一番に、アテネ女神の御意《みこころ》をお鎮《しず》め申し上げたいのだ。御神は、私の眼にもまざまざとお立ち現われあってから、神々の賑々《にぎにぎ》しい宴《うたげ》へとお出かけなされた。だからさあ、お前らのうち一人は野原へ牛を連れに行ってくれ、すぐさまひいて来るように、牛どもの牛飼い男に追って来させに。それから一人は、器量すぐれたテレマコスの、黒塗りの船へゆき、仲間の人々をみな連れて来い、二人だけを(船の見張りに)残しておいてだ。
それからつぎにもう一人は、金細工をするラエルケスを、ここへ来るよう呼びに行くのだ、その牛の角へぐるりと黄金を着せつけるために。他の者どもは、このままここに、いっしょになって残っていなさい、それから内へ、家中にいる侍女《こしもと》たちに、とりわけ立派な馳走の用意を、よく気をつけてするようにといいつけなさい、それに座席や両側へおく木材や、輝く水も運んでおくようにな」
こういうと、一同はみな大急ぎで仕事にかかった。牝牛どもが野原から来ると、釣合いのよい速い船から、器量のすぐれたテレマコスの仲間たちもやって来る、鍛冶職も細工につかう道具を手にたずさえてやって来た、細工の仕上げ(の必要具である)金《かな》しきや金鎚《かなづち》や、しっかりとしたつくりのやっとこなど、それを用いて黄金の細工をする道具類を。
さてアテネ女神も、供御《くご》の犠牲を聞こし召そうと来降された。そこで馬を駆《か》る(騎士)ネストル老人が(細工師に)黄金を渡すと、細工師は牛の両方の角に、細工もりゅうりゅう黄金をぐるりと着せた、角の飾りを女神がごらんになってお喜びなさるようにと。さればその牝牛の角をつかまえて、ストラティオスと尊いエケプロンとが、祭壇へ連れてゆけば、アレトスは一同へと手洗の水を、花の模様をいっぱいつけた金《かね》のかなえに入れ、奥部屋から持って来た、一方の手には丸麦粒を入れた籠《かご》を持って。鋭利な手斧を手にたずさえて、戦さに強いトラシュメデスは牛のかたわらに、撃ちおろそうとて立ちそっていた。またペルセウスはといえば、血を受ける皿を捧げて持つ、そこで老年の騎士ネストルはまず備えの儀式にとりかかり、禊《みそ》ぎの水を手にかけてから丸麦をふり撒《ま》くと、アテネへと熱い祈りをささげつつ、犠牲《いけにえ》の頭の毛を切りとって、火中に投じた。
それからつぎに、祈祷をすませ丸麦を撒きかける式も終わるとすぐ、ネストルの息子で意気のさかんなトラシュメデスが、(牛の)ま近に立って(手斧を)撃ちおろした、その斧が頸筋の腱を切り裂き、牛の(生命)力を断ち切ったのに、婦人連、ネストルの娘たちや嫁たちや、つつましやかな奥方エウリュディケまで、いっせいに雄叫《おたけ》びをあげた。この奥方はクリュメノスの娘のうちの総領だった。さて人々が(犠牲の牛の頭を)道広の大地から持ち上げてささえていると、武士たちの頭領であるペイシストラトスが喉《のど》を切り裂いたので、牝牛の黒い血が流れ出て、生命は骨を離れ去った。そこですぐさま牛をばらばらに解《と》き、さっそくに腿《もも》の骨肉を定式どおりにそっくり切り取ると、それへ脂肪《あぶらみ》を二重にして包みかぶせた。その上に生肉の片をていねいに並べたのを老人が薪《たきぎ》の上で炙《あぶ》って焼き、きらきらするぶどう酒をそそぎかける、そのかたわらには若者たちが五|叉《また》の肉差しを手にささげて持った。それからいよいよ腿の骨肉が十分に焼け、臓物を味わいおわると、他のところを細かく切って串にさし貫き、鋭い先で肉をつき刺すたくさんな串を手に手に持って、炙りつづけた。
そのあいだにテレマコスに、美しいポリュカステが湯を使わせた、ネレウスの子ネストルの、末娘である。それから今度は沐浴もすみ、ゆたかなオリーブ油を(体に)塗りおわって、きれいな薄い布と肌衣とを投げかけると、(テレマコスは)不死の神とも似かよった姿でもって浴室から出て来た。そして衆民の牧人であるネストルのかたわらへいって腰をかけた。一同は上側の肉を焼きおわるとそれを火から取り下ろし、みなみな腰をかけて饗宴にうつった。かいがいしい(給仕)人たちは黄金の杯にぶどう酒をついでゆき、みなの世話をしてまわった。さて一同が十分に、飲む物にも食べ物にも飽きたりたとき、みなみなにたいしまず話の緒口《いとぐち》を切り、ゲレンの騎士ネストルがいうようには、
「わたしの子らよ、ではテレマコスさんのために、みごとな鬣《たてがみ》をした馬どもをつれて来て、車のもとにつないでさしあげろ、旅行へお出かけなさるようにな」
こういうと、息子たちはもとより言いつけどおりに従って、さっそくにも(脚の)速い馬どもを、車のもとに繋ぎこんだ。車中へは取締りの老女が、パンだのぶどう酒だのに副食物《おかず》の品々まで、ゼウスが養育される王侯《とのさま》がたの食べるものを、入れておいた。そこでもちろんテレマコスは、とりわけ立派なその車台に乗ると、かたわらにはネストルの子の、武士たちの頭領であるペイシストラトスが、車台へと上がっていって、手綱を手に取り、さて鞭を振るって馬を駆れば、二匹の馬はいそいそとして、平原へと翔《かけ》っていって、そそり立つピュロスの町を離れ去った。
それから馬どもは一日じゅう軛《くびき》を両側にささえながら、ゆさぶりつづけた。そのうちに太陽が沈み、どの道筋もみな影をさし暗くなったころ、ペライに、ディオクレスの館に着いた。アルペイオス(の河神)が設《もう》けた子のオルティロコスの息子である。そこで一夜を明《あ》かしたが、舘のあるじが一行に(客人としての)饗応《もてなし》をそなえてくれた。
さて朝早く生まれ、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われるころ、彼らはまた馬どもを車に繋《つな》いで、細工のよい馬車に乗りこんだ。それから(玄関や高く鳴りとどろく前廊下を馳せ出《い》で)鞭をうって車を遣《や》れば、二匹の馬はいそいそとして翔《かけ》っていった。そして小麦をみのらす平野へ着いたが、そこがこのおりには旅路の果てとなるのであった。というのも、それほどすみやかに脚の速い馬どもが、どんどん車を運んでいったのだった。そのうちにも太陽は沈んで、ありとあらゆる道筋はみな暗い影をさしていった。
[#改ページ]
第四巻
スパルテなるメネラオスの館《やかた》での物語
【やがて彼らはラケダイモンの都スパルテに着き、国王メネラオスの居城を訪ねる。王は彼を歓待し、王妃へレネも現れて懐旧談に時を過ごす。王妃はテレマコスに父オデュッセウスの面影を認め、その素性を知る。翌日王は彼に向かって、自分が漂流中にエジプトで海坊主プロテウスより聞いたオデュッセウスの話をし、彼が大海のまん中に浮かぶ一島に、ニンフ・カリュプソの虜《とりこ》になって、毎日涙をこぼし暮らしているということだったと告げる。テレマコスは王からたくさんな土産をもらい帰途につく。一方イタケ島では求婚者らが寄り合って、邪魔になるテレマコスをのぞこうと相談、港外の小島に待ち伏せ殺害する謀《はかりごと》をたてる】
さて一行はふかく窪《くぼ》んで谷あいの多いラケダイモンに到着してから、誉れも高いメネラオスの屋敷へと車を駆《か》って行った、するとおりから王が自分の館《やかた》で人品すぐれた息子と娘との結婚祝いに、多勢の身内の人々といっしょに、饗宴を催している、そのところへ出会ったのであった。娘のほうは、武士《もののふ》を戮《ころ》すアキレウスの息子のところへ(嫁に)やろうというところ、というのもトロイアで嫁にやろうと約束し承知もしてあったことなので、神々も彼らのために結婚を実現させようというところであった。それで王はその王女をこのおりに馬や車を伴なわせて、アキレウスの統治下にあるミュルミドンらの、世に聞こえた都へ向けさし遣《つか》わすその最中なのだ。息子のほうへはまたスパルテから、アレクトルの娘をもらうところだったが、この息子というのは、遅く生まれた、力のつよいメガペンテスで、その母は召使いの女だった。つまりヘレネには、黄金のアプロディテにも似た愛くるしいヘルミオネを産んで以来のこと、神さまがたがもう子種をお授けにはなられなかったので。
こんな次第で、人々は高くそびえる大きな館で、うち興《きょう》じて、宴会を催していた。誉れも高いメネラオスの近隣に住む人々や身内の者どもである。その連中のあいだにあって尊い歌唱者《うたうたい》が、竪琴《たてごと》を掻き鳴らしつつ歌いつづける、その一方では二人の軽業師《かるわざし》がみなの居並ぶまん中を、先ぶれの歌につれてぐるぐる旋回していった。
いっぽう二人のほうは館の玄関先に、自分たち自身と二匹の馬を、すなわちテレマコスの殿とネストルの立派な息子だが、車を停めた。
すると出て来てこれを迎えたのは、エテオネウスの主《ぬし》という、誉れも高いメネラオスの、忠実な近習《きんじゅう》であったが、衆民たちの牧人(メネラオス)にこの趣《おもむき》を知らせようと屋敷のなかをいそいでゆき、その身近に立ちどまると、翼をもった言葉をかけ、いうようには、
「どなたか、こちらへ客人が二人お見えです、ゼウスがご養育のメネラオスさま、二人の殿がたで、どうやらゼウス大神のお血筋らしく存ぜられます。それゆえまずはおおせくださいませ、その方々の速い馬どもを車から取りはずしたものでしょうか、それとも他所へ行かれるようにと送り出しますか、親切にもてなすような方のところへ」
するとこれに向かって、たいそうな機嫌を損じたふうで、金髪のメネラオスがいうようには、
「おまえは以前には、わけのわからぬ愚か者ではなかったのに、ボエテウスの子エテオネウスよ、ところがいまはともかく子供みたいに愚かなことを申すものだ。まったく私ら二人にしても、よその方々の饗応にずいぶんたびたびあずかってから、故郷へ帰り着いたのではないか、もしやゼウスがともかくこの先はつらい嘆きを、させないでくださることであろうかと(期待しながら)。さればさっそく客人がたの馬どもを解き放しなさい。そして客人ご自身はずっとこちらへ、食事をされるようお連れするがいい」
こういうと、近習は部屋から急いで出てゆき、他の忠実な従者たちを呼んで、自分についていっしょに来るよういいつけた。それから皆して軛《くびき》が下から汗になっている馬どもを解き放すと、馬のほうは馬をいれる厩舎のところへ繋いでおき、大麦をそのわきへ投げて与え、その上にまた白い小麦も混ぜ合わせてやった。いっぽう車のほうはたいそう白く輝いている側の壁にもたせかけてから、客人たち自身はというと、尊い屋敷|中《うち》へと案内した。
そこで二人は、ゼウスが養育なさる君主《とのさま》の、屋敷をよくよくながめて吃驚した。というのも太陽かあるいは月をみるように燦然とした閃光が、誉れも高いメネラオスの、高々とした屋根をもつ屋敷じゅうにわたっていたからである。さて(こうした光景を)心ゆくまで眼にながめ楽しんだうえ、よく磨《みが》きあげた浴槽《ゆぶね》にはいって体を洗った。すなわち二人に侍女たちが湯を使わせてから、オリーブ油を体にぬり上げ、両肩にも毛織りの外被《マント》と肌着とを蔽いかけた。それから二人をつれて、アトレウスの子メネラオスのかたわらの座につかせたのである。
すると手洗の水を侍女が美しい黄金の水さしに容れて持って来、銀の受け盆の上で、手を洗うようにそそぎかけた。それからわきに磨かれた四脚の食卓を展《ひろ》げると、そこへパン類をうやうやしい取締りの老女が持って来て置き、またそのうえにいろいろな料理をたくさん、ありあわす蓄えから気前よくとり添えて出した。肉切り人(庖丁師)もあらゆる種類の肉の皿を調理して供えると、みなのわきには黄金の杯が並べておかれた。そこで二人に向かい杯をさし、金髪のメネラオス〔金髪といっても、いわゆるプロンド〕がいうようには、
「どうか食事をとってください、ご機嫌よくな、それからつぎに馳走を賞味しながら、うかがうことにしましょう、そもそもお二人はどういう方でおいでかを。けだしあなた方から親御《おやご》たちのお血筋が分明に見て取られる。かならずやゼウス神がご養育の、王笏《おうしゃく》をたもつ君主がたの家系に属する方々であろう、少なくも卑賊の者から、このような方が子息として生まれるはずはないことだから」
こういって二人に、牛のゆたかな背肉のよく焼けたのを、手に取って前に供えた、それは主人《あるじ》自身へと、栄誉の分け前として提供されたものだったが。それから一同よく調理して食卓に運んで来られた味のよい品々を、つぎからつぎへと手をつけていった。さて、とうとうみなが飲むのにも、食べるのにも、十分に飽きたりたとき、まさにそのとき、テレマコスはネストルの息子に向かって、他の人々には聞こえないように、頭をすぐ間近に寄せていうようには、
「よく気をつけてご覧なさい、ネストルのご子息、私の心に大切なかた、この響きわたる広い屋敷に燦々《さんさん》としてかがやく青銅や黄金や白金や銀、あるいは象牙の品々を。オリュンポスにおいでのゼウス神の、御殿の内の中庭といっても、こんなにおびただしい驚くばかりの品々でいっぱいでしょうか。ながめるにつけ畏敬の念が私の胸をとらえます」
彼がこう話しているのを金髪のメネラオスが聞きつけて、二人に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうには、
「愛する若殿がた、もとよりゼウス神とは、死ぬべき人間の世に誰一人とて、競争を望む者はいません。それというのも、おん神の宮居も財宝も、みな不滅不朽の代物《しろもの》ですから。だがまったく人間のうちで、どうあろうとも財宝の点で私と、競争しようという者は、一人もないでしょう。というのも、ほんとうにずいぶん多くの苦難をかさね、ずいぶん諸国を放浪したのち、船へ積んで持ち帰ったものですから。それも八年目に戻って来たので、キプロス島やフェニキアや、エジプト国へまで迷っていったあげくでした。エチオピア人の国へも行きました、またシドン市〔ポイニキア(今のレバノン共和国南岸)の町、商工業活動でティレと覇を争った〕や(小アジアの)エレンボイやリビアヘも。この土地では仔羊が生まれるとすぐに角を生《は》やす(との噂)、というのも、羊が一年の間に三回仔どもを生むそうでして、そこでは領主もまた牧人も、チーズにしろ肉にしろまた味のよい乳にしろ、不足を覚えることはありません。しょっちゅうすぐに、手もとに乳がもらえるわけなのです。
私がそれらの国々を、たくさんな生活《くらし》の資《かて》をとりあつめ彷徨していた間に、その間に私の兄弟を他の人が秘かに殺害したのでした、思いがけなく、呪わしい妻君の奸計によって。それでこれらの財産の持主にはなっていても、けして私はうれしくもないわけです。あなた方も父上たちからおそらく、こうしたことをお聞きになるにちがいありません、(父上が)どういう方であろうにしても。私もずいぶんいろいろ苦《にが》い目にも会い、けっこう立派にととのえられていた家産を失くしたものです。たくさん貴重な品々もあったのでしたが。
まったく(それらの家財の)三分の一でも手もとにもって屋敷に住まっていたのだったら、どんなによかったことだったでしょう、それにあのとき広漠としたトロイアで命を落とした人々が、死なずに生きていられたならばなあ、馬を飼うアルゴスの里から遠いところで(死んだのだったが)。
だがそれにしても、その連中を悼《いた》みながら、私の屋敷のうちに坐っていて何度となく嘆きつづけたものでした、あるときは涙を流して心を慰め、またあるときは悲嘆を休める――胸を凍《こお》らす(ほどに)はげしい悲嘆は、長くはつづかぬものですから。――だが、その(なくなった)連中の誰にせよ、同じく胸を痛めるにしても、この一人にたいしてほどはげしくは、悼《いた》み嘆きはいたしません。その人を思い出すごとに、睡眠も食事さえも私にとって疎《うと》ましくなる、というのもアカイア軍のうち一人としてオデュッセウスほど(私のために)苦労してくれ、働いてくれた者はいないのですから。
ところがその人にたいしては、いろんな難儀が振りかかる定《さだ》めになっていたものです、私にとっては彼のためにしょっちゅう気も安まらぬ嘆きの源《もと》で。まったくどんなに長いこと、(彼は)出ていったまま帰って来ないか、生死のほどさえ全然はっきりしないのです。きっと、彼のことを老人のラエルテスや、思慮のふかいペネロペイアや、テレマコスやが嘆き悼んでいることでしょう。後に残して出征したそのときは、まだ生まれたばかりでしたが」
こういって彼に、父親のため嘆き泣きたいあこがれ心を催さしめた。それで父の話をきくと、(テレマコスは)涙を瞼《まぶた》から地上へとおとした、紫紅色《むらさきいろ》のマントを両方の手で眼の前にさしあてながら。その様子をメネラオスは見てとって、しばらくは心中にとやかくと思案し、まどった、あるいは彼が父のことを追憶するにまかせておこうか、それともまず問い質《ただ》して、ことの仔細を探ったものかと。
このようにメネラオスが心のうちでいろいろ思案をしているおりから、ヘレネが、屋根の高い、芳香に満ちた奥殿から立ち現れた、黄金の弓矢を持つアルテミス女神にもまごう姿で。それといっしょに来た(侍女の)アドレステが、彼女へとこしらえのよい長椅子をすえると、アルキッぺは柔かい羊毛製の絨緞を運んで来た。またピュロは銀製の籠《かご》を持って来たが、この品はポリュボスの奥方アルカンドレの贈り物だった。この仁《じん》は、エジプトのテーバイに住む者だったが、この都では(世界中で)いちばん多くの財宝が家々に蔵《かく》されている(ということだった)。この人物がメネラオスに、銀製の浴槽を二つ、鼎《かなえ》を二つ、金の錘《おも》りを十個も贈ってくれた。それとは別にまたヘレネにたいしても、その奥方がとてもみごとな品々を土産にくれた、すなわち黄金の糸巻き棹《さお》や、下に車のついた銀製の籠の、縁は黄金で仕上げてあるのを、贈ってくれた。その籠をすなわち侍女のピュロが持って来てかたわらに置いたが、それにはいっぱい仕上げのすんだ毛糸がはいっていて、その上には黒ずんだ紫色の羊毛の紡《つむ》ぎ棹《ざお》が横たえてある。ヘレネが長椅子に腰をおろすと、その脚もとには足台が置かれてあった。それですぐさま、ヘレネは夫に向かって言葉をかけ、委細の様子をたずねにかかった。
「ほんとうにもう私どもは存じているのでございましょうか、ゼウスさまのご養育なさるメネラオスさま、ここにおいでの、いまこの館にお着きになったお二人が、そもそもどういうお方なのかを。私の申しあげることが当たりましょうか、それとも間違いか、ともかく申し上げろと私の心がうながしますので。と申しますのも、まったくのこと殿方にしろ女性にしろ、ご様子のこれほどそっくり似かよった方には、まだかつてお目にかかったことがございません――拝見するさえ畏《かし》こい思いに胸をうたれます――この方が、器量のすぐれたオデュッセウスの御子テレマコスさまらしくお見えのほどには。あの殿《との》はお館に、まだ生まれたばかりのお子さまを、あとに残してお出かけでした。この恥知らずな私のためにアカイア勢が、トロイアの城下へ大胆な戦さを仕掛けに押し寄せました、そのおりのこと」
それに向かって、金髪のメネラオスが答えていうよう、
「そのとおりにいま私もまた考えているのだ、奥方よ、そなたがくらべていうとおりに。いかにもあの方とそっくりだからな、両脚の様子といい、手のさまといい、眼差《まなざし》も頭つきも、それを被う頭髪といい。そのうえいましも私がオデュッセウスのことにつき追憶談をしたところがだ、つまりどれほどあの方が私のためつらい目をして働いてくれたかを。するとこちらは眉のもとからいっぱい涙をおこぼしだった、紫紅色のマントを両眼の前にかかげ持ってな」
それに向かって、今度はネストルの息子のペイシストラトスが、答えるよう、
「アトレウスの子のメネラオスさま、ゼウス神がご養育され、武士《もののふ》どもの頭領でおいでの。いかにも、こちらは本当にあの殿のご令息です、お話しのとおりに。しかし心の正しい方ですので、このように、お目にかかってすぐといきなり、あなたのお前で、身元についてとやかくとしゃべり立てるのを、礼にもとるとお考えなのです。私どもはお声をまるで神のお声のようにありがたくうかがいますので。ところで私のほうはグレンの騎士ネストルが、この方といっしょに案内役についてゆくよう、遣《つか》わした者、と申しますのも、この方がお目にかかりたいとお望みで、それもお言葉なりご動作なりで、お指図いただけたらとの心と存じます。つまりは父親が出ていったきりの場合、その息子にはいろいろ家中に苦労がたんとありましても、ほかには誰も力を合わせ助けてくれ手がないこともございましょう、そのとおり現在テレマコスも、父上は出ていったきり、それで国中の人のうちにも、彼のため災禍《わざわい》を防いでくれ手がないという次第です」
それに答えて、金髪のメネラオスがいうには、
「ほう、これはこれは。ではほんとうに親しい方のご子息が私の邸においでになったのか、私のために山ほどな難儀を背負ってくださった方のな。いかにもその方がおいでならば、他のアルゴスの者ども以上に特別に大切におもてなししようと、つねづねいっていたものでした、もしオリュンポスにまし、遠近にとどろきわたるゼウス神が、速い船々を引き具して海上を渡り、帰国するのを、私らにお許しくださった場合にはとな。そしてイタケ島から、家財万般、それにご子息やお家来たちともお連れして来て、このアルゴスの里にある町へお住まわせし、お屋敷も建ててあげたであろうに。――私自身が君主として治めている、この周囲にある町々のうちの、一つの町を明け渡させて。そうなったならば、たびたびここへもおいでなさって、いっしょになれたろうものを。そしてわれわれ二人がたがいに親しく楽しみあうのを、何人《なんぴと》も引き裂くことはできなかったろうに、いよいよ最後に死というものの黒雲が、すっかりわれわれをとりこめてしまうまでは。ところがどうやら、神々はお妬《ねた》みあって(お聞き届けがなかったらしく)、あの仁だけを不運にも帰れぬようにされたのでした」
こういって、座にいる人々みなに、嘆き泣きたいあこがれ心を揺り起こした。そこでアルゴスのヘレネ、ゼウス神からお生まれの方も涙を流せば、テレマコスも、アトレウスの子メネラオスも涙にくれた。もとよりネストルの息子とても、両眼から涙をこぼさずにはいられなかった。というのも、心中に人品すぐれた(兄)アンティロコスのことを思い浮かべたからだが、その人は輝く暁(の女神)の立派な息子メムノンに討たれたもの、それを追憶してペイシストラトスは翼をもった言葉をかけ、話すようには、
「アトレウス家の殿よ、父ネストル老人はつねづねあなたが、世の人のうち、とりわけて賢明な方と申しておりました、いつでも私どもが館《やかた》にいまして、あなたのことを話題に上ぼせ、たずねあいなどいたすおりには。さればこのただいまも、もしおさしつかえがないようならば、私の申し分をお聞き入れくださいませ。といいますのも私としては、晩餐のあとで、悲嘆にくれて、よろこんでいるわけではありません。命《いのち》死ぬ人間の、死に果てた者や最期をとげた者のため、涙を流すのはいささかもとがめられるべき筋合いでないとは存じます。ともかくそれはいじましい人間にとり、ただ一つの報償ともなぐさめともいうべきですから、髪を切って(霊前に供え)、両頬に涙を流すと申すことは。それというのも、私の兄もそのおり戦死いたしましたが、それとてアルゴス軍中、無下《むげ》におくれはしなかったもの、おそらくあなたもご存知のはず、というのは私自身は出会ったことも見たこともございませんが、人の噂では、アンティロコスは抜群のつわもので、とりわけ疾走にかけてはひとに超え、戦士としてもすぐれていたとの話ですので」
それに向かって金髪のメネラオスは答えていうよう、
「ああ親しい方よ、いかにもあなたがおおせられるのは、すべて分別のある武士がいうなり、おこなうなり、しようと思われること。またもっと年量《としかさ》の者の言行にも似つかわしい、それというのも、それほど立派な父上のご子息ゆえ、それゆえかくも分別のある言葉をお述べなさるのだろう。嫁を取るにも子を儲けるにもクロノスの御子(ゼウス)神が、幸運をお授けなさる人物の胤《たね》というのは、容易にはっきり識別されるものにちがいない。そのとおりに現在ネストルどのにたいしては、生涯の日々を通じて絶えずに、自分自身は裕福に屋敷にあって老いを迎えるよう、また息子たちは気が利いていて、そのうえ武術もひとにすぐれるよう、おはからいなされたものだ。されば我々としてももう泣き悲しむのはやめにしましょう、さきほどはそういう仕儀《しぎ》に立ち至《いた》ったが。そしてもう一度、夕餉《ゆうげ》に心を向けようではないか、されば洗手の水をまた持って来てくれ。相談ごとは明け方からこそするがよかろう、テレマコスと私とで、たがいにとっくり話しあうように」
こういうと、アスパリオンが一同の手にまた水をそそぎかけていった、(この者は)誉れも高いメネラオスの、忠実な近習であった。
そこで、一同は用意してさし出されてある料理の皿に、いく度となく手をさし出した。
この際に、今度はまた別な思案を、ゼウス神からお生まれのへレネが思いつかれた、それですぐさま、皆が飲んでいるぶどう酒のもとの器《うつわ》に、苦悩を忘れ憤りを消す薬剤を投げ入れた。ありとあらゆる災厄《わざわい》も忘れさすという薬で、いったんこれが酒|和《あ》え瓶に混ぜこまれると、誰にもせよ呑《の》みこんだ人間はもう、たとえその日に母親と父親とが死んでしまおうとも、またその目の前で兄弟か愛子《いとしご》かが青銅の剣で斬られるのを、眼にまざまざと見ていようとも、双頬から涙を落とすこともせぬというものだったが、そんな薬をゼウス神の御娘(ヘレネ)は所持していた。すぐれた効目《ききめ》をもつもので、エジプト婦人の、トーンの配偶《つれあい》のポリュダムナがくれたものだった。そこの国では、大麦をみのらす土地がとりわけ多くいろいろな薬を産するので、たくさん効《きき》めのよい薬草と、たくさんな恐ろしいのとがまじって生じる。それで世間のすべての人間のうち、医師たるものは、一人一人が十分これを心得ているはず、というのも、彼らは(医療の神)パイエオンの家系に属する者どもなので。ところでこのように薬を入れたその酒をつぐよう命令すると、ヘレネはまたもう一度言葉をかけて答えるようには、
「アトレウスの子のメネラオスさま、ゼウスがご養育のあなたさまやまたこちらの、立派な殿さまがたのご子息たちに申し上げます、ともかくも神さまはその時々に、人に応じて幸いなり禍いなりをお与えがよろしいでしょう、どんなことでもおできなさいますわけですから。さりながら現在は、この屋敷うちにお坐りのまま食事をなさり、楽しい語らいに気をお慰めがいちばんです、機《おり》に適《かな》ったお話を申しあげましょうから。
と申しても、その一分始終ののこらずは、私とてお話はできかねます、またその名前の全体も――辛抱づよい心をもったオデュッセウスが、骨の折れる難業をなさったことの。それにしてもまあ何ということをおしとげだったか、この剛勇の丈夫《ますらお》がトロイアの国で大胆にもお果たしなさいましたのは。そこでは皆さまアカイアのかたがたが、いろんな災禍をお受けでしたが。
オデュッセウスは、見苦しいほどな打ち傷でご自身をおいためのうえ、ひどいぼろ布《きれ》を肩から引きかつぎ、僕《しもべ》のような様子をして、敵方の都大路へ潜入なさったことでした。つまり自分の身柄をかくして、他の男に似せたというわけなのです、乞食の男に。もとよりけして、アカイア勢の船陣においでの際は、そんなふうではなかったのです。さてこんな乞食の似姿でトロイア人の都へと潜入なさったのを、町の人は誰一人も気がつかなかったのでした。でも私だけは、その人が何者かを覚《さと》ったもので、直接に問いただそうと思うのを、あの方は狡猾にも(私を)避け(会わないように)なさっていました。
ところがとうとう私があの方を洗うことになり、オリーブ油をお体に塗り衣を肩におかけしたおり、厳重な宣言をしてお誓いしてあげたのでした、けしてオデュッセウスでおいでのことを、トロイア人らの間でもって明かしはしないと。少なくもあの方が速い船(の陣地)へ、陣屋へお着きにならないうちは。それでとうとうその時に、アカイア軍の計画をすっかり話してくださったのです。それから(あの方は)トロイア方の多勢を刃の鋭い青銅(の剣)で殺し、アカイア軍の陣地へ戻り、いろいろな情報をいっぱい持ってお帰りだったのです。そこでほかのトロイアの女たちは高い声をあげ、しきりに泣き叫ぶのでしたが、私は心にうれしく思っていました、というのはもうはや故郷へ帰ってゆく心づもりに変わっていたからです、そして自身の、わざわいな愚かさをふかく後悔していましたので。それも、あのアプロディテがなつかしい故国の地からあそこへと私を連れておいでの時、ひき起こさせたものなのですから。自分の娘も置きざりにし、奥殿や夫まで、お心ばせにもお姿にも、なに一つ不足なところはありませんのに、捨てていったとは」
それに向かって、金髪のメネラオスが答えていうよう、
「いかにもそなたのいわれることは、みないちいち、奥方よ、条理《すじみち》にかなっている。いままでにも私は、ずいぶんと多勢の英雄たちの思慮《おもんばかり》も考えようもいい聞かされ学んで来たが、まだかつてあの辛抱づよいオデュッセウスどののお心みたいな、そのようなのは私にしてもまだこの両眼に見たことがない。たとえばこの企《くわだ》ても、あの剛勇の武士が大胆にも遂行されたことであった、よく磨きあげた木の馬に、アルゴス勢から選《え》りすぐった勇士たちをみな入れこませ、トロイアの者どもへ殺戮と死の運命とをもたらさせた。そのときそなたもその場へと出かけて来た。たしかに、トロイア方に誉れを授けられようとお思いだったどの神霊かが、そなたをうながしたものだったろう。まったくそれに、(トロイア方の指揮者である)デイポボス〔プリアモスの子で、トロイア方の勇将としてヘクトルに次ぐ。パリスの死後へレネの夫になった〕まで、そなたの来るのについて来たとは。
そして三度まで、そなたは木馬のまわりに立ち寄り、皆の隠れている、胴腹をなでさすったうえ、ダナオイ方《がた》の大将たちを、名指しにしていちいちその名を呼びあげた。おりから私とテュデウスの子(ディオメデス)と尊いオデュッセウスは、ちょうど真ん中あたりに坐っていたので、そなたが叫んで呼ばわったとき、名を聞きつけた。それで私らは二人ともすぐとび立って外へ出ようか、それとも内からとりあえず返事の合図をしようかといきおいこんだ、ところがオデュッセウスは、私ら二人の出たがるのを引きとめておさえつけたのだ。『この際に他のアカイア族の息子たちは、みな黙って静かにしていたが、アンティクロス一人だけは声に出してそなたに返事をしようとしかけた。だがオデュッセウスが手でもって、その口にきつい蓋《ふた》をして容赦もなくおさえ止め、(このようにして)アカイア方の者みなを無事に護りとおしたのであった。まったくパラス・アテネがそなたを向こうへ連れてゆくまで、それまでずっとおさえつづけた』〔この部分は異伝とされ、多くの古い写本に欠ける〕」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「アトレウスの御子の、ゼウスがご養育のメネラオスさま、兵士たちの頭領でおいでの。それがいっそう残念なのです、こうしたことさえ私の父から無残な破滅を防ぐのにはたりなかったのですから、たとえ胸奥の心臓が鉄でできていたにしましても。ともかくも、では私どもを臥床《ふしど》にいかせてくださいませ、少しも早く身を横たえて、こころよい眠りに憩いを取れますように」
こういうと、アルゴス生まれのヘレネは、侍女《こしもと》たちにいいつけて、前の廊下に寝台をすえ、それへ綺麗な紫紅色の毛布を敷き、その上にまた毛織りの覆いをひろげさせた、また毛でできた外套を上にかぶせて、掛布の用にあてた。そこで侍女たちが手に手に松明《たいまつ》をたずさえて部屋から出てゆき寝台の用意をすると、客人たちを伝令使が広間から案内していった。そこでテレマコスの殿とネストルの立派な息子とは、屋敷の口のホールで、そのまま眠りについた。一方メネラオスは高くそびえる館の奥殿で眠りについたが、そのかたわらには女性のうちにもこうごうしい、長い衣を曳くヘレネが身を横たえた。
さて早く生まれる、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われるころ、臥床から雄叫《おたけ》びも勇ましいメネラオスは起き上がって着衣を身につけ、鋭い剣を肩のあたりにかけまわしてから、つやつやしい脚もとにはみごとな短鞋《あさぐつ》を結《ゆわ》えつけた。奥殿から出かけていったその面貌《かおかたち》は、神にもたぐえられようか。さてテレマコスのもとを訪ねてそばに腰かけ、名を呼んで話しかけるよう、
「いったいどういう用事があって、テレマコスの殿よ、こちらへおいでなされたのか、この尊いラケダイモンヘ広い海の背をわたって。公《おおや》けの国の用でか、それともご自分だけの私事でか、どうかその確かなところを聞かせてください」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えていうよう、
「アトレウスの御子の、ゼウスが養育なされるメネラオスさま、衆民の頭領でおいでの。私がこちらへあがったのは、もしやあなたが父について何かの風評なりと聞かせてはくださるまいかと存じてです。ただいま私の家財は(どんどん)食いつぶされているところでして、豊かであった蓄えもめちゃめちゃです。屋敷には悪意を抱く男たちがいっぱい集まり、その連中がしょっちゅう私の羊の群や脚をくねらす角の曲がった牛どもを屠殺しつづけていますが、彼らこそは私の母に求婚している傲慢無礼の輩《ともがら》なのです。それゆえただいま、あなたの膝におすがりして、もしや父親の痛ましい破滅の様子を知らせてはくださるまいかとお願いしようと存じたわけです、あるいはひょっとしてご自分の眼でご覧《らん》なさったか、他の諸国を渡り歩いておいでの方からそうした話を聞きこんでご存知でもおありかと。まったく他《ひと》に超えて痛ましい身の上に、私の父は生まれついたのでした。どうか私に遠慮とか、お憐れみとかいうことで、話を和《やわ》らげなどなさらずに、すっかりとよくお聞かせ下さい、お出遭いなさったそのままの光景《ありさま》を。どうかお願い申しあげます、もしいささかでも私の父、勇敢なオデュッセウスが、トロイア人らの郷《さと》にいて、言葉なり仕事なりで、何かあなたとお約束しましてから、成就したことがありましたなら――そこでは皆さんアカイア族の方々が、いろんな災禍をお受けだった(とうかがいます)が、――それを現在思い起こして、間違いなしにお聞かせください」
それに向かってたいへんに面《おもて》を曇《くも》らせ、金髪のメネラオスがいうようには、
「やれやれ、何ということ、まったく剛勇無双の丈夫《ますらお》の臥床に、其奴《そいつ》めらは身を横たえようと望んだものだ、自分自身は弱虫のくせにしおって。それはさながら猛々《たけだけ》しい獅子のねぐらに、まだ生まれたての乳をのむ仔鹿どもを母鹿が寝かしつけたかのようだ、山の尾根だの草のしげった谷あいだのと、草を食みつつさまよっていたおりに――あとから獅子が自分のねぐらへはいって来て、親子もろとも無残なさだめに陥し入れた、そのようにオデュッセウスも彼らをば、無残な死へと追いやるだろう。ねがわくは、ゼウス父神《おやかみ》さまやアテネ女神やアポロン神よ、あれほどの強者とて、かつては住まいもよろしいレスボス島で、挑戦されて立ち上がり、ピロメレイデス〔土地のギリシア系の首長らしい〕と角力《すもう》をした、それで手ひどく投げ倒したので、アカイア勢は大喜びした、それと変わらぬ剛勇さでオデュッセウスが求婚者どもに立ちまじわってくれるように。(そうしたらば)一人のこらず死にいそぎをして、求婚の苦さを味わうことであろうが。ところであなたがおたずねの件、またお頼みのこと、それについては私としていささかも真実に外れることを申しあげて、ごまかしたり欺《あざむ》いたりする積りはない。すなわちあの海の老人が語ってくれた確かなこと、その言葉をすこしも被《おお》いもかくしもせずに(お伝えしましょう)。
エジプト国へ神々は、ここへ帰って来たいと私が切望しているのに、なおも引きとどめられたのでした、それも私が神々へ、申し分のない大贄《おおにえ》をたてまつらなかったからのことで、神さま方はいつでも人が、そのお指図を忘れずにいることをお望みなのだ。ところでナイル河口のすぐ前方に、大波がいつも逆捲《さかま》く海原に島があります。パロスと人の呼ぶ島で、陸からはうつろに刳《く》った船がまる一日かかって届くくらいに隔《へだた》っている、それも順風が鋭く鳴って後ろから吹くときのことです。そこには碇泊によい入江があって、その港から釣合いのよい船に黒ずんだ水を汲み上げ(積みこんでは)海上へと乗り出してゆくならいでしたが、その島へ神さま方は私を二十日間引きとどめて置きなさった。それは広々とした海の背に、船を送り出す役目をする、海へ向かって吹く風が、てんでまったく現われなかったためでした。それでおそらく食糧もまったくなくなり、人々の力も尽きてしまったことだったでしょう、もし神々のうちのひとりが、燐れと思って私に情《なさけ》をかけてくださらなかったら。(その神こそ)海の老人という、あのご威勢もあらたかなプロテウスの娘御のエイドテエ〔プロテウスは多分に民間説話風な海神で愉快な老人。エイドテエはその娘のニンフで波に浮かぶ〕で、つまりはとりわけこのニンフの心を私がお動かししたわけでしょう、そして仲間たちから私がひとりだけ離れていたおり、向こうからお出あいくださった。というのも始終私らは島をぐるぐるうろつきまわって、先を曲げた釣り針をもち魚を漁《と》っては腹のひもじさを癒《い》やしていたからです。その女神は私の間近に歩みを止め、声をかけておっしゃるよう、
『あなたは知恵がまだたりないのね(子供みたいに)、異国の方、それもとっても、というくらい、それに間抜けですわ。それともわざと怠けて、苦労をしては喜んでいるの。ほんにまあこんなに長らく、この島に引きとめられていて、それが片づく時期さえも見きわめがつかないなんて。仲間たちの気分だって滅入るでしょうに』
こういわれたので、私のほうもそれに答えていってやった、『そんなら私も申しましょう、たとえあなたがどの神さまでおいでにしろ、私としてはけして好んで引きとめられていはしません、だがどうやら私は、広大な天をご支配になる神さま方のおとがめを蒙っているらしいのです。それにしてもどうか教えてくださいませ、神さま方は何でもみなご存知ということですから、不死である神々のうちのどの方が妨げをして(私どもの)航路を塞《ふさ》いでおいでなのです、帰国の道を、魚類に富む海原を渡っていこうとしますのを』
こう私がいうと、女神たちのうちでもとりわけ気高いその方は、すぐと返事にいわれるよう『それならばのこと、異国の方よ、ほんとうに間違いのない確かな話をお聞かせしましょう。このところへはいつも間違いなしに規則正しく海の老人が出て来るのです、エジプトの神さまでプロテウスとおっしゃる、ポセイドンのご家来で、ありとあらゆる海の深みをご存知の方、それが私の父親でして、私を産んだといわれております。もしその方をどうかして、あなたが待ち伏せしたうえ、つかまえることができたら、道筋も途次の長さも帰国のことも、どうして魚類に富む海原《うなばら》を渡ってゆかれようかをもいってくれましょう。それにまた、もしお望みなら、ゼウス神がご養育なさるお方よ、聞かせてくれますでしょう、何なりと悪いことにしろよいことにしろ、長いうえにもつらい旅へとあなたがお出かけなさったあとで、あなたのお家《うち》で起こったことを』
こういわれたので、私もそれに答えて、女神に向かって申しました、『ではどうか、あなたのほうで、どのようにこの年よりの神さまを待ち伏せすべきか、考え出してくださいませ、ひょっとしたら向うが先に私を見つけ、先にさとって避けようかも知れません。神さまを負かすというのは、命死ぬ人間にとっては、まったく骨の折れる厄介なことですから』
こう私がいうと、女神のうちでもとりわけて気高いその方は、すぐと返事をされていうよう、『それならばのこと、異国の方よ、ほんとうに間違いのない確かな話をお聞かせしましょう。太陽が中天のあたりに昇って来た時分、その時刻にそれ、海中から正確に海の老人が出て来るのです、西風の息吹きにつれ、黒ずんだ漣《さざなみ》の水尾《みお》を身に被《かぶ》って。それで出てくるなり、なかのうつろな洞窟の下《もと》へ臥《ね》ころがります、その周囲には、美しい潮《しお》ざいの娘たち〔アザラシのこと〕がいっぱい群れて眠るのですが、灰色の潮の中から上がって来るのに、吐く息はとてもひどいもので、たいそう深い海の底のにおいがします。
その場所へ私があなたを連れていって、暁の光が射しそめ次第に、ちゃんと順序よくお臥《ね》かししましょう。あなたのほうでは、板張りのよい船のところで、いちばん腕の利く者を三人だけ選び出してつれていらっしゃい。そこですっかりその老神のあやしい術策《てだて》をお話ししますと、つまり、まず第一にはアザラシの数を勘定しながら、ずっと回っていくことでしょう、それから全部を五本の指に数えわけて見きわめると、今度はまん中に横になります、まるで羊の群を見張っている牧人みたいに。そこでいよいよ老神がすっかり寝こんだと見たらばすかさず、すぐと皆して強力手段に訴えるので、いきなりその場へ老神をおさえつけ、どれほどしきりに逃げようとしてもがこうとも、離してはなりません。それこそあらゆるものに姿をかえて(逃げようとするのです)、この地上に這《は》う生物のたぐいのすべて、それから水だの恐ろしく燃える火だのに(姿を変じて)。でもあなた方は泰然自若と構えこみ、いっそう強くおさえつけ、けして放してはなりませんよ。しかしとうとう向うから言葉をかけて、あなたにたずねて来ましたら――それもはじめに寝こんだのをごらんでした、その時のままの姿に返ってからです――いよいよそうなりましたら無理|強《じ》いを止め、老神を放してあげてたずねるのです、神々のうちのどなたがあなたにつらくあたっておいでか、また、帰国の道についても、どうしたらこの魚類に富んだ海原を渡ってゆけるか、ということを』
こういうと、波のわきたつ海原へもぐっていかれた。そこで私のほうは、砂浜へ引き揚げてある船のところへ赴《おもむ》いたが、その道々も胸はさまざまな思いに乱れていたものでした。それからとうとう船のところへ海辺へと到着して、皆といっしょに夕餉の仕度にとりかかる、そのうちに香ぐわしい夜が来ました。そのときいよいよ私らは、大海の波打ちぎわに身を横たえて寝こんだのですが、さて早く生まれる、ばらの指をした暁が立ち現われたおり、そのときいよいよ行くてもひろい海の渚《なぎさ》へ出かけていって、しきりに神々へと祈願をこめたのでした。それから三人の部下《てした》をつれてったので。どういう仕事にかけても、私がいちばん信頼を置いていた者どもでした。
そのとき例のニンフが、大海の広々とした懐《ふところ》にくぐっていって、四匹のアザラシの皮を海中から持って来てくれました。みなはぎたての皮でしたが、工夫し出した狡《ずる》いたくらみを父親(プロテウス)にしかけるためでした。つまり彼女は海辺の砂を掘りわけて、人がはいれる窪みをつくり、待ち受けながら坐りこんでいる、すぐそのニンフのかたわらへ私たちがいきますと、窪みへ順々私たちをうまい具合に臥かしつけてから、めいめいの上に獣の皮をかぶせてくれました。
このおりの待ち伏せは、とてつもなくきついつとめになりかねなかった、というのは海中に棲息するアザラシの、とても嫌《いや》な臭《にお》いが、きつく私らを悩ましたので。まったく誰にしても、海中に住む大きな獣のすぐそばで寝こもうという人間はまずないでしょう、しかしニンフがわざわざその予防にと、大変よく利く便法を講じてくれたのです。というのはつまりめいめいの鼻の下に、芳香《アンブロシア》をもって来てあてがってくれた、その匂いのかぐわしさに、海獣のいやな臭気もまずは消された、それで私らは辛抱を心にきめて朝じゅうずっと待ってたのです。
そのうち、アザラシどもが海中からいっしょくたにぞくぞく出て来て、順ぐり大海の波打ちぎわに横になり臥てゆきました、真昼《まひる》ごろには老神も海から上がって来て、発育のすごく立派なアザラシどもを認めると、全部をずっと検《しら》べてまわり、数を勘定していったので、まず私らを海獣どもの先頭に数えていったが、すこしも心に狡い企みがあろうとは思いよらなかったので、勘定をすますと、自分もまた横になり寝こみました。
そこで私どもは雄叫びをあげ押し寄せていった、そして手をさしかけて抱きついたのに、老神にしてもけして詐術を忘れてなかった。それでまず初めには、立派な髯《ひげ》を生《は》やしたライオンに化け、それから今度は大蛇になったり、豹《ひょう》になったり、大きな猪になったりしました。また液体の水や、梢の高い木にまでなろうとしたのですが、私たちは少しもひるまず辛抱づよい心をもって、とっつかまえていたものです。そこでとうとう幻術を心得た老人もさすがに閉口してしまい、そのときいよいよ言葉をかけてたずねるのでした。
『いったい誰が、アトレウスの息子よ、神々のうちで、そなたを助けてこんな工夫をこらさせたのか、待ち伏せをして、いやがる私をとっつかまえようなど』
こういわれたので、私のほうでもそれに答えていうには、
『ご存知のくせに、老神よ、なぜそんなことを、ごまかすつもりでたずねなさるのです、ほんとうに、もう長いことこの島に引きとめられているというのを。またその片づく時期さえも見つけることができないので、私の心も滅入っていくばかりです。それゆえどうかあなただけはおしえてくださいますよう、神さま方というものは万事をご存知なのですから、不死である神々のうち、いったいどなたが妨げをして、航路を塞《ふさ》いでおいでなのか、また、帰国の道もどうしたら魚類に富む海原を渡ってゆけるか』
こういうと、すぐ老神は私に向かって答えていうよう、
『だがそなたは船に乗り組んだおり、ぜひともゼウスやその他の神々へと、立派な贅《にえ》をたてまつってからすべきであった、すこしでも早く自分の祖国へと、ぶどう酒色の海を渡って帰り着こうというためには。それというのも、そなたの定まる運として、それ以前には身内の者らにあうことも、よく建てられた屋敷に着いて祖国の土を(踏むこと)も、許されてはいないのだから――エジプトの、天から降った河水をもう一度訪ねてゆき、広大な天を支配なさる不死の神々たちに、大贅《おおにえ》をともかくたてまつらないうちは。それから後でやっとのこと神さま方は、そなたがしきりに熱望する、(帰国の)旅を許してくださることであろう』
こういわれたので、私にしてはいとしい胸もつぶれて裂ける思いがした、もう一度おぼろに霞む海原の上を、エジプトまで、長いうえにもつらい旅を重ねてゆけと命じられたので。だが、ともかくも、言葉をつらね返答として彼に向かっていってやった、
『それはもちろん、老神よ、お命じのとおりに実行しましょう、しかしこの一事《ひとこと》をおしえてください、そして間違いなしにすっかり話してくださいませんか、つまりアカイア勢の人々はのこらず無事に、災禍《わざわい》にも出くわさないで、船を率いて帰国したかを。ネストルと私とが、トロイアから出発した際、あとに残して来た者どもは。それとも誰か、自分の船の上でなり、身内の者に手を抱かれてなり、思いがけぬ死をとげたでしょうか、戦さをすっかり仕終《しおお》せてから』
こう私がいうと、老神はすぐと私に返答していうようには、
『アトレウスの子よ、なぜそんなことをいろいろ私に問い質《ただ》すのか。何もそなたがそれを知ったり、私の考えをさとったりする必要はないのだ。それにもし、くわしくすっかり聞き知ったなら、きっともう、そなたにしても、長いこと涙をこぼさずにはいられなかろう。というのも、彼らのうちの多勢が命をおとしたのだ、残ったものも多かったが。さりながら青銅の帷子《よろい》をつけたアカイア勢の大将のうちでは、ただ二人きりが帰国の途次で落命した、戦いにはそなたも居合わせたから(誰が死んだか知っていよう)。もう一人はどうやら生きてはいるものの、広大な海に引きとめられての最中である。アイアスは、長い櫂をもつ船隊もろとも滅んで去った。まずはじめにポセイドンが、ギュライの大きな岩礁《いわせ》〔エーゲ海の小島ミュコノスに近い岩礁〕に近寄らせたが、海からは救い出された。それでおそらく死の運命をのがれおおせもできたであろう、アテネ女神の憎しみを受けてはいたがな、もしひどい迷いに落ちこんで、思い上がった大言を吐かなかったら。
つまり(その広言とは)、神さま方のご承知なしに、自分は大海のひろいわたりも免れ出たぞ、といったのだが、大声でこう呼ばわるのをポセイドンが聞きつけられた。それですぐさま、がっしりした手に三叉《みつまた》の戟《ほこ》をひっつかまれるとギュライの巌《いわお》を打って、それを二つに断ち割られた。その一方はそのままそこに残ったが、もう一方の破片は海中へ落ちこんでいった、いましもアイアスがそこへ坐って、ひどい迷いに暴言を吐《は》いたところは。そして彼をば、波のさかまくはてしもない海の底へと連れていったのだ。このようにして彼はここで最期をとげた、塩からい海の水をいっぱいのんで。
ところでそなたの兄弟〔アガメムノン〕は、うつろに刳《く》った船の中では、死の運《さだ》めをどうやら免れ、避けおおせた。ヘレ女神がお護りだった。がいよいよもうじきマレイアの峻《けわ》しい岬に着こうというとき、まさしくそのとき疾風《はやて》が彼をひっとらえ、ひどく嘆息しつづけるのを、魚類に富む海原の上を運んでいった、だが、いよいよその場所からも、つつがなく帰国できようというとき、またもや神さま方は順風の風向きを変えてもとテュエステス〔アガメムノンの父アトレウスの兄弟とされ、王位の争いで仇敵の間柄。このあたりテクストに混乱がある〕が邸をかまえていた土地の、いちばん端の野原へ船を着けさせた。そこには当時テュエステスの子アイギストスが住まっていたのだ。それでともかく故郷へ到着したので、彼は喜んで、祖国の地へ上陸して、故国の土に手をふれて口づけをした。その眼から熱い涙がしたたりおちた、うれしく大地をながめわたして。ところがその姿を物見の丘から見張りの者が見つけたのだ、この男は狡智にたけたアイギストスが連れて来て見張りにすえた者で、四万(二タランタ)の金を給料にやる約束だった、それで一年間見張りの番をつづけていた。知らぬまに、王が(帰国して)この傍《そば》を通りすぎぬよう、また勢《きお》いはげしい防備のことを忘れぬようにと。
そこで男は、庶民の牧人(領主)の館へと、知らせに出かけた。すぐさまアイギストスは、狡猾な企みごとを工夫しだした、郷《くに》じゅうから二十人のとりわけ屈強な男を選りすぐって待ち伏せさせ、一方では饗宴の仕度にとりかからせた。それから彼は庶民の牧人であるアガメムノンを招びよせに、馬や車をひき連れて出かけていったが、心中には非道なたくらみをめぐらしていた。そして破滅になおも気づかないのを(自分の屋敷へ)連れていき、宴会のさいちゅうにうち殺した。さながら人が牡牛でも、飼葉《かいば》桶のわきで殺すみたいに。ときに一人として、アトレウスの子に従って来た従臣《けらい》でもって、生き残った者はなく、アイギストスの家来も同様、屋敷のうちで一人のこらず殺されつくした』
こういわれて、私の胸はすっかりつぶれ、砂浜に坐りこんだまま泣きつづけたが、そのおりの私の気持ちは、このうえ生きながらえて太陽の光をながめるのさえいとわしいほどでした。しかしながら、思う存分身をころばして泣き叫んだとき、いよいよその時私に向かって、間違いなしの海の老人がいうようには、
『もうこれ以上、アレトウスの子よ、長い時間を、このように泣くものではない、それではきりがないというものだ。それよりもさっそく工夫してみなさい、どうしたらさあ祖国の地に立ち帰れようかを。いかさま、彼奴《あやつ》(アイギストス)がともかく生きているうちに出会えるだろう、あるいはもしオレステスが先を越して(復讐をし)誅殺《ちゅうさつ》したなら、それならそなたは葬式になり参加ができよう』
こう彼がいったのに、私の元気も雄々しい気象も、またもう一度胸中で苦悩しながらも、活力を取り戻しました、そして彼に向かって声をあげて、翼をもった言葉をかけ、
『二人のことはよくわかりました、では三人目の男の名前をいってください、まだ生存していて広大な海原に引きとめられている人のことを』
こういうと、老人はすぐ私に返答していうようには、
『ラエルテスの息子(オデュッセウス)だ、イタケ島の住人である。その男を私は島で見かけたのだ、さめざめと涙をいっぱい流しているのをな。ニンフ・カリュプソの館であった、彼女がむりやりに引きとめているもので、祖国へも帰り着くことができないのだ。というのも、櫂をそろえた船も、大海のひろい背《せな》を渡してくれる(漕ぎ手の)仲間の者らも持っていないので。ところで神々のおおせによると、ゼウスが養育なされるメネラオスよ、そなたは馬を飼うアルゴスの地で生《いのち》を終わり寿命をつくすはずではない、極楽《エリュシオン》の野〔冥界にある極楽浄土に近い原野。ミノスの弟(子)ラダマンテュスが統治〕や世界の涯《はて》に神々がそなたを送ることであろう、そこには金髪のラダマンテュスが(王として)臨んでおり、人間にとり生活《くらし》のとりわけ安楽な土地だ、雪も降らず、冬の暴風雨もたいしたことなく、大雨もない、いつも絶えず大洋《オケアノス》が西の微風の音高い息吹きをおくりおこして、人間どもに生気を取り戻させる――それもそなたがへレネを妃として、ゼウス神の婿君にあたるからである』
こういうと、波のわき立つ海中へもぐっていった。そこで私は船へと、神ともまがう仲間の者らをひき連れていったが、その道々も、胸中はちぢに乱れて立ちさわいだ。それからついに船のところ、海辺へと行き着いたが、我々みなして夕餉の仕度をするうちにも、かぐわしい夜がやって来た。そのときいよいよ私らは、大海の波打ちぎわに身を横たえて寝につきました。そして早く生まれる、ばらの指をした暁が立ち現われたとき、何よりもまずまっ先に、船々を輝く潮へと引き下ろし、釣合いのよい船に帆柱や帆布を置き、われわれ自身も乗りこんで、酒席にみな座を占めた。さて順序よろしく腰かけてから、白《しら》ぐ潮を櫂をもて打ちたたきつづけました。そしてふたたび天から降ったナイルの河口へ立ち戻ると船を止めて、申し分のない完璧な大贅《おおにえ》をささげまつったのです、ところで永遠《くおん》においでの神々のおん憤りをこのようにして鎮めてから、アガメムノンヘ、不朽の誉れがあるようにと墳墓を築いて、これら万事をしおえたとき、帰路についたが、神々は順風を送ってよこされ、間もなくなつかしい故国へと、おつかわしくださったのでした。
ところでさあ、いまのところは私の屋敷に逗留なさっていてください、十一日か十二日めになるまでは。そしたらその時に、ちゃんとお送りしてあげます、立派な土産もお持たせしましょう、三匹の馬によく磨きあげた二人乗り車をつけて、そのうえにも美しい酒杯《さかづき》を、それで不死の神々へと、いつの日までも私のことを思い出しながら、神酒《みき》をおそそぎなさるようにと」
それに向かって、今度は賢いテレマコスが答えるようには、
「アトレウスの御子さま、どうか私をながいこと、このところにお引きとどめくださいますな。もとより一年間でも私としてはあなたのお手もとに坐って暮らしたいくらいです、それに家や両親のなつかしさにも動かされはいたしますまい、といいますのも、あなたの物語もお言葉も、私には大変に楽しく存ぜられますので。ただもうさきほどから神さびるピュロスの町においてきた僚友たちが、私の心を悩ますので。あなたはこのところに長く逗留していろと、お引きとめくださるのですが。
またお土産も、例えば何をくださろうにしろ、どうかお蔵《くら》に大切《だいじ》にお納めおきください。また馬は、イタケ島には連れてゆかず、あなたご自身のための荘厳として、このところに置いてまいりましょう。というのも、あなたは広い平原を領地にお持ちで、そこには蓮華草《うまごやし》もたくさん、燈心草や小麦や鳩麦、またよく育った白大麦もおありですが、イタケ島には広い馬場もなければ、牧原もありません。つまりは海上に横たわる島のうちでも、馬を馳《は》せたり、よい牧場があったりするたぐいではなく、イタケはその中でもことさらに、山羊の飼育に適した島でして、馬を飼うところ柄《がら》よりも、いっそう楽しい土地なのです」
こういうと、雄叫びも勇ましいメネラオスは微笑をうかべた、そして手をもって彼をなでさすり、名を呼んで話しかけるよう、
「立派なお血筋の方だ、親しい若殿、その話し振りでも知られるように。そういう次第ならばともかく私のほうで贈りものを取り換えるといたしましょう、いや何でもありません、どんな物でも私の家に蓄《たくわ》えてあるほどの宝は、土産としてさし上げるつもりですから。まず精巧な混酒瓶《クラーテル》だが、これは全体が銀製で、その縁は黄金で仕上げてある品物、ヘパイストス神のお仕事です。これを贈ってくれたのは、シリアのシドン王パイディモスの殿、ちょうど私があちらから帰国の途中、その館へ泊めてもらったおりのことでした。あなたにそれをさしあげるつもりなのです」
こんな具合に一同は、たがいに話しあいをつづけていたが、その間にも祝宴に招かれた客人たちが、この神聖な王者(メネラオス)の屋敷へやって来た。そのなかには山羊をつれて来る連中もあれば、武士に元気を与えるぶどう酒を持って来る者もあり、また麺類は、美しい頭髪巻《かみま》きをした奥方達が、送ってよこした。こんな具合にこちらの(メネラオスの)屋敷の中では、饗宴のため人々が仕度にかかって忙しくしていた。
一方オデュッセウスの屋敷の前では、求婚者たちが円盤や細身の(山羊狩りに使う)槍を投げあってうち興じていた、平らに固めた地面のところで、以前のとおりの変わりもない、傲慢無礼な様子でもって。アンティノオスや、神とも見えようエウリュマコスやが坐りこんでいた、この二人は求婚者どもの首領分で、その力量もとりわけ他に立ち優っていた。その両人のすぐ近くにプロニオスの息子ノエモンがやって来て、アンティノオスに話しかけ、たずねながらいうようには、
「アンティノオスよ、いったい私らはちっとは胸にわきまえているのか、それともいないか、いつテレマコスが砂丘のつづくピュロスから帰ってくるかを。私の船を彼はもっていってしまったのだが、いまその入用が起こつたもので、広やかなエリスの里〔ペロポネソス半島西部の州名。住民はエペイオイ〕に渡ってゆかねばならないのだ、あちらに私は十二匹の牝馬を持っていて、その下に辛抱づよく仕事をする騾馬《らば》どもが着けてはあるが。ただ馴らしてはいないので、そのどれかを駆り出し、馴らしたく思っているのだ」
こう彼がいうと、一同は肝《きも》をつぶしてあきれかえった。というのも、(テレマコスが)ネレウス家の都ピュロスヘ出かけたなどとは思ってもいず、どこかこの島の農地へいって、羊の群か豚飼いとでもいっしょにいる、と考えていたからだった。それで今度は彼に向かってエウペイテスの息子のアンティノオスがいうようには、
「確かなところをいってくれ、いつ出かけたのか、また青年の誰々がついていったか、イタケ島からの選り抜きの者たちか、それとも自分自身の傭人《ようにん》とか僕《しもべ》どもか。そうしたことも実行ができようからな。それからこのこと、本当のところを聞かせてくれ、よく納得ができるようにな、無理やりに君の意志に反して、黒塗りの船を奪っていったのか、それとも君に話をして頼みこんだもので、承知のうえで渡してやったのか」
それに向かって、プロニオスの息子のノエモンが答えていうよう、
「私が十分承知のうえで渡したのです。誰にしたってどうすることができましょう、もしこのような(国主の息子ともある)方が、しかも心にいろいろわずらいごとをお持ちなおり、お頼みとあるときには。承諾を拒絶するのは困難でしょうが。それでこの国じゅうにいるわれわれのつぎに優秀な若者たちがテレマコスに従っていったのですが、そのうえ一人の指揮者が乗りこむところを私は見かけた、メントルさんです、それとも神さまでしょうか、あの人と何から何までそっくりでしたが。ところがどうも変なのです、ここでその尊いメントルさんを昨日の明けがた頃に見かけたのですが、もうその時分はピュロスヘの船に乗り組んでいるはずなのに」
こう声をあげていい終《お》えると、父親の家に向かっていってしまった。そこであとに残った両人は、雄々しい心を腹立たしさと恐れとにゆり立てられ、求婚者どもに運動競技をやめさせて一つところに坐りこませた。それから彼らに向かって、エウペイテスの息子アンティノオスが不快な様子で話しかけた、怒気のために心の裏は黒々とすっかりぬりこめられ、両眼は輝きわたる火のように燃えていた。
「まったく何たることか、思い上がって、テレマコスは大それた所業を仕出かしたものだ、こんな旅行をするなどとは。私たちはよもや実行すまいと思っていたのに。これほど多勢の者の承諾も得ずに、まだほんの若造のくせによくも出かけた。船をいくつも引き下ろし、国じゅうから腕利きの連中を選《よ》りすぐって。これを手始めに、後々までも禍いを仕出かすことだろう。だがこうした乱暴は、ゼウス神が破滅させてくださるように、成人《おとな》の域に達せぬうちにな。ともかくもさあ、速い船と二十人の仲間とを私にくれ、あいつ自身が帰ってくるのを待ち伏せしようと思うのだから。イタケ島と険峻なサモス島との海峡に見張りをつづけて。あいつの親父捜しの航海に、ひどい目を見させてくれよう」
こういうと、それこそ一同異口同音に賛成してののしり立てた。それから間もなくみな座を立って、オデュッセウスの屋敷へと出かけていった。
しかしいうまでもなくペネロペイアも、長いことこの話を聞き知らないではすませなかった、求婚者どもはこのことを胸底にそっと秘しておこうとしたのだったが。すなわち伝令使のメドンが彼女に伝えたので、この男は中庭のそとにいて、皆の謀議を聞きつけたのだった。そのおり一同は内側でもってこの謀《はかりごと》を談合していた、そこで彼はペネロぺイアに知らせておこうと、屋敷の中を通り抜けて来たものだが、いましも彼が閾《しきい》をまたごうとするのを(見つけて)ぺネロペイアが話しかけた。
「伝令の方、どうしてまたあなたを傲慢な求婚者たちがよこしたのです。もしかして尊いオデュッセウスの侍女《こしもと》たちにいいつけるつもりでしょうか、仕事をやめて、彼の人たちのために食事の仕度にかかるようにと。ほんにもう求婚することをやめ、この先また集まっても来ずに、ここで饗宴をひらくのも、今日が最後になればよいのに。しょっちゅうここに寄り集まっては、心の賢《さか》しいテレマコスの財産である、生活資財《くらしのかて》をどんどんとすりへらしておゆきとは。それに少しもあなた方はお父上などから、以前にも聞いていないのですね、子供だったので。オデュッセウスが、あなた方の親たちの間にあって、どれほど優れた者だったか、ということを。まったく一度も誰にたいしても、公正でないおこないは、諸人のあいだでしたこともいったこともない人でした、それが尊い国のあるじの道なのだけど、でもよく世間には誰かある人を憎み、またある人を愛するような場合も見られます、けれども主人に限ってけして一度も、人にたいして不法な所業を働いたためしはありませんでした。ところがあなたがたの心ばえといい、非道な所業といい、皆明らかに知れ渡っています、そして(ひとから)親切をつくされても、後で感謝の心をてんでまったく持たないとは」
それにたいして、今度は分別をわきまえているメドンがいうようには、
「まったくのこと、奥方さま、ほんにそれが(彼らの)いちばん大きな悪業だったらよいのでしたが。ところが、求婚者どもは、もっとずっと大きな、そのうえずっと厄介で始末におえぬ悪事を企んでいるところです、どうかクロノスの御子(ゼウス神)がその実現を許されないようお祈りしますが。つまりテレマコスさまがお故国《くに》へ帰ってくるのを、鋭い青銅(の刃)で殺害しようと、しきりに謀《はか》っているのです。あの方はお父上の噂をたずねに、たいそう神聖なピュロスと神々しいラケダイモンとへお出かけですのを」
こういうとそのままそこに、奥方は膝も、いとしい心もなよなよと崩れて倒れ、長いこと口もきけずにおいでだった。両の眼は涙のつゆでいっぱいになり、優しいお声も止まってしまったが、やっと大分たってから、彼に向かって言葉をかけ、返答にもいうようには、
「伝令使よ、どうしてまた私の息子は出かけなどしてくれたのです。なに一つ進みの速い船などに乗りこむ要はありませんのに。人にとり海の馬ともなって、はるかな潮路を渡ってゆく船なぞには。それともあの人自身の名前さえ、この世間に残らないようするためでしたか」
それに答えて、今度は分別をわきまえたメドンがいうようには、
「いっこうに存じませんので、どの神様かがあの方をそう仕向けたのか、それともご自身でピュロスヘゆく気をお起こしだったか。ご自分のお父上の帰国の件なりを、さもなくばどんな最期をおとげになったか、たずねるためでございましょうが」
このように声をあげていうと、オデュッセウスの館のほうへ行ってしまった。そこで彼女は心を蝕《むしば》む悲嘆にすっかり胸をふさがれ、もはや肘掛椅子に腰をかけるに堪えきれないので――そうした椅子が家の中にはたくさんあったが――それで細工を凝らした奥の間の敷居の上に坐りこんだ、声をあげて嘆き泣きながら。その周囲には、この家中にいるほどの侍女たちが、若いのも年寄りのも一人のこらず(集まって来て)、皆して泣き声をたてた。その女たちの間にいてペネロペイアは絶え間なく号泣しながら、いうようには、
「聞いてください、みなの者たち、オリュンポスにおいでの神さまは、すべての女たちのうちでも、とりわけ私につらい苦悩をお与えなさった、私といっしょに生まれ、また育てられた女のうちで。というのも、先には立派な夫を失《なく》しました、獅子の心をもち、ダナオスの裔《すえ》のうちでもありとあらゆる才能に秀でている立派な丈夫《ますらお》、その名声はへラスじゅう、アルゴスの中つ国じゅうに広まっていた者。それが今度は、またいとおしい息子を疾風《とかぜ》にさらわれたのです、館から知らせもよこさず、出発さえ知らずにいたとは。ひどい女《ひと》たちだこと、おまえたちは、私を臥床から呼び覚ます気を心に誰一人も起こしてはくれなかったの。いつあの子が、うつろに窪んだ黒い船に向かって去ったか、十分胸に知っていながら。ほんとうに、もしもあの子のこの企てを私が聞いて知っていたなら、その際はきっとどんなに旅へ出たがっていたにしろ、思いとどまるか、さもなくば館の中に、もう絶命した私を置いて出かけることだったでしょうに。
ともかく誰かさっそくにもドリオス爺やを呼んで来てください、私の僕《しもべ》の、むかしこちらへ嫁《かたづ》いたおり、父上が私につけてくださった者、そして家《うち》の、木がいっぱいに茂っている果樹園の世話をしている(あの男を)。すこしも早くラエルテスさまのおそばへいって、この一部始終をお伝えするよう。もしやあの方がお心に何かのよいはかりごとをおめぐらしのうえ、出かけていらして、市民らに向かい愁訴をして、(あの連中が)ご自分の子孫、また神ともまがうオデュッセウスの血筋の者を、滅ぼそうとしきりに企んでいるのを(止めさせてくださるまいかと)」
それに向かって、今度は忠実な乳母のエウリュクレイアがいうようには、
「いとしい奥方さま、どうかあなたが容赦ない青銅(の刃)で私をお殺しくださいませ、それともお屋敷においてくださいますか。次第はのこらずかくさずに申し上げましょうから。存じておりました、わたくしがいっさいのことを。そしてお命じになった全部の品をさし上げたのです、食物や甘いお酒や。でも私から、大きい誓いをお取りなさったのでした、けしてあなたさまには申し上げないという、少なくも十二日目にならないうちは。それともあなたが、ご自分から若さまにお会いたがりで、出発したとお聞きなさるまでは。あまりにお泣きなさったりして、美しいお肌を損ねなどなさってはいけないとおおせでした。それゆえどうかお湯をお使いのうえ、きれいな衣をお肌に着けて、お二階へ侍女たちを連れお上がりなさって、山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウスの御娘アテネさまにお祈りなさいませ。そしたらきっと女神が若さまを死のきわからお護りなさってくださいましょう。それにもういろんな難儀にお悩まされのご老人を、お苦しませしてはなりますまい。と申しますのも、お幸せな神さま方のお憎しみを、アルケイシオス〔ラエルテスの父、したがってオデュッセウスの祖父〕の血筋の方が、みなお受けとは思われませぬ、きっと誰かがまだお残りで、屋根の高いお屋敷や、遠方にある豊かな農地を保持しておいでなさいましょうから」
こう言って奥方の悲嘆をしずめ、両眼の嘆きの涙をおさえ止めた。そこで奥方は湯をつかわれたうえ、清潔な衣を肌にまとわると、二階へと召使いの女たちをひきつれて上がってゆかれた。さて(神前にまく)丸麦粒を寵に入れてもち、アテネ女神へと祈願をおこめなさった。
「お聞こし召しを、山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウスの御娘、アトリュトネ〔アテネの異称〕さま、もしいつか御前に智謀にゆたかなオデュッセウスが屋敷にいまして、牝牛なり羊なりの肥えた腿の骨肉を焼いてまつったことがありますならば、そのことをいまお思い起こしくださいまして、愛しい息子をお助けいただけますよう、また求婚者らの傲慢無礼な悪だくみからお護りのほどを」
こういって、叫びごえを高くあげると、女神は祈りをお聞きなされた。一方、求婚者どもは、影のくらい広間じゅうをごつた返して騒ぎたてた、そして傲慢無礼な若者たちの誰彼が、こんなことをいいかわしていた。
「これはきっと多勢から求婚されているお妃が、われわれのため婚儀の宴を仕度しておいでなのにちがいない、それでまったく息子さんを殺す企みが用意されてるのも御存知ないのだ」
こう人はいいかわしたが、事実がどうなっていたかは、彼らも知っていなかったのだ。その人々の中に立って、アンティノオスが演説をはじめ、皆に向かっていうようには、
「何としたことか皆さんは、乱暴な言葉はともかくもみなつつしんで避けたがいい、ひょっとして誰かが奥へ知らせでもしてはなるまい。ともかくもさあ黙ってそっと立ち上がり、例の話を実行に移そうではないか、それ、ほんとうにわれわれみなの気持ちにぴったりはまった、あの相談をだ」
こういうと、二十人の選りぬいた腕利きを選び出して、速い船の置いてある海の渚に向かって出かけた。そこでまず何よりも第一番に、船を汐《うしお》の深みへ引きおろしてから、帆柱と帆布を黒塗りの船の中に置き、櫂《かい》をみな皮製の櫂受け台へうまく合うようしっかりはめた、『みな順序よく定《きま》りのように、それから白い帆をひろげてあげた』また武具類を彼らのために意気のさかんな従者たちが運んで来た。ついでは浜から遠くの沖合いに船を碇泊させといたうえ、自分たちは岸辺へ上がり、そこで夕餉をしたためて、晩になるのを待ちかねていた。
さてそのまま階上の間にたしなみ深いペネロペイアは食事もせずに、食べ物も飲み物もとらず臥《ふ》せっていた、あるいは立派な彼女の息子が殺害を免れて(戻って)くれるか、それとも思い上がった求婚者どものため討たれるだろうか、などあれこれと案じくらして。ちょうど牡獅子が、狩人たちの群に囲まれ、ぐるりと周囲《まわり》を彼らの狡猾な輪にとり巻かれたおり、恐怖を抱いていろいろと思いまどうよう、それほどとかくと(ペネロペイアが)思いあぐねているうちに、なごやかな眠りが彼女を襲って来た、それで仰向けに身を沈めて眠りこむと、手足の節がのこらずすべてぐったりした。
このおりに、また別なことをきらめく眼《まなこ》のアテネ女神は思いつかれた、すなわち影の姿をお作りなさった。その態《さま》は女人の形で、器量のひろいイカリオスのお娘のイプティメ〔ペネロペイアの姉妹となるが、伝は明らかでない〕そっくりだった、この女性はぺライの町に館を構える(アドメトスの息子)エウメロスと結婚していたものである、その似姿を、尊いオデュッセウスの屋敷へと送ってよこされた。それは嘆き悲しんで涙にくれるペネロペイアに泣くのを止めさせ、涙にみちた悲嘆を免《のが》れさせようとのお心からだったが、(その影は)奥の間へと閂《かんぬき》の皮の紐のわきを通ってはいって来ると、頭の上に立ちどまって、彼女に向かって話しかけいうようには、
「睡《ね》ておいでなの、ペネロペイア、お心をさんざ苦しめながら。いえけっして、安楽に世をお過ごしの神さま方は、あなたが泣いたり嘆いたりなさるのを、棄ててお置きはなさいません、もうとっくにご子息は帰っておいでにきまっているのです。だってちっとも神さま方に、罪を犯してはいないのだから」
するとそれに向かって、たしなみ深いペネロぺイアが答えていった、たいそう気持ちよく、夢の扉口《とぐち》にまどろみながら、
「どうしてまたお姉さまがここへいらしたのです。これまで一度もおいではなかったのに。それはたいそう遠いところに住居《すまい》を構えておいでですものね。しかも私にやめろとおっしゃいますの、私の胸や心を悩ましているたくさんな不幸を嘆き悲しむことを。いかにも前には立派な夫を失くしました、獅子の心をもち、ダナオスの裔《すえ》のうちでもありとあらゆる才能に秀でている立派な丈夫《ますらお》で、その名声はヘラスじゅう、アルゴスの中つ国じゅうに広まっておりましたのを。それが今度はまたいとおしむ息子が、うつろに窪んだ船に乗って出ていったのです。
無分別な、仕事のことも弁説もまだ十分には心得えていないのに。まったくその子のために、私としては、夫のためより以上にいっそ余計に嘆き悲しむのですわ、その子について震えおののき、何か危害を受けはすまいかと心配しまして。出かけた先の郷《さと》人たちからあるいは海の上でもって。それというのも、悪意をふくむ男らが多勢して彼に向かって謀略《たくらみ》をしているものですから、あの子が故郷に帰り着く前に殺害しようと怒り立ちまして」
それに向かって返答しながら、影くらい幻像がいうようには、
「大丈夫だから安心なさい、けしてそんなにひどくお胸に心配なさるには及びません。だってたいした付添人がいっしょについておいでですから。それはもうほかの誰にしたって、そばについていただきたいとお祈りせずにはいられない方、パラス・アテネさまがですのよ。そのお力をお持ちですものね。それにあなたが嘆くのを、(女神さまが)お憐れみなさって、いまだって私をここへお遺《つかわ》しになったのですよ、ことの次第を話してあげるようにと」
それに向かって今度はまた知恵分別のよくはたらくぺネロぺイアがいうようには、
「もしほんとうにあなたが神でおいでなさって、神さまのお声をお聞きなさったならば、さあどうかあの痛ましい方のことを話してくださいませ、もしやまだ生きながらえて、太陽の光を見ているものか、それとももう最期をとげて、冥王の館にはいっておりましょうかを」
それに向かって返答をして、影くらい幻像がいうようには、
「いやいや、その人のことをくわしく話はなりますまい、彼がともかく生きているか、それとも死んでしまったかは。風みたいに空《むな》しい噂をつたえるのは、よくないことです」
こういい終えると、扉口の閂《かんぬき》のわきからすべり出て、風の息吹に消え失せていった。一方、イカリオスの娘(ペネロぺイア)は眠りから起き上がったが、胸のうちは暖かになごんでいた、それほどにもはっきりと、夜の闇へと立ち去った夢の姿は(見えたからである)。
さて求婚者どもは船に乗り組み、一路海上に帆を走らせていった、テレマコスをさっそく遮二無二殺害しようと、みな心中に逸《はや》りたちながら。ところで海のまん中に一つ岩の多い島がある、イタケと険峻なサモス島との中間ぐらいに。そう大きくない、アステリスと名を呼ばれるその島には、二つ並んだ入江があって、船が泊まれる。そこヘアカイア族の人々はテレマコスを待ち伏せて待機していた。
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第五巻
カリュプソの島での話、オデュッセウスの筏での出帆と海難
【こちらカリュプソの島オギュギエヘは、ゼウス大神の命でへルメス神が伝令に出かけてゆき、ニンフの住む洞窟を訪ね、大神の命令を伝える。ニンフは不満ながらもよんどころなく承知して、オデュッセウスにいろいろと出発の準備をしてやり、木を伐《き》り出して筏を造り、食糧や酒などとともに彼を乗せて送り出す。しばらくは順風に進んだが、やがて彼を憎む海神ポセイドンの眼にとまり、たちまち大暴風の襲来で筏はこわれ泳ぐうち、スケリエ島に近づいて川口から上る。これには女神レウユテアの助力があった。疲れはてたオデュッセウスは河から出ると、堤のそばの木立の中の落葉の溜《たま》りにもぐりこみ、寝こんでしまう】
さて暁(の女神)は臥床を離れ、気高いティトノスのかたえから立ち上がった、不死の神々や死ぬべき人間どもに光をもたらそうとして。一方、神さま方は集まりへとお坐りなさった。その中にはもとより、いちばん大きい稜威《みいつ》をお持ちの高空に雷をとどろかすゼウスがおいでであった。そのかたがたに向かってアテネ女神が、オデュッセウスの度重なる苦難を思い出しては述べ立てていった、まだニンフ(カリュプソ)の館《やかた》に(彼が引きとめられて)いるのを心配なさって。
「ゼウスおん父神やその他の永遠《とわ》においでの祝福された神さまがた、もうけして王笏《おうしゃく》をたもつ国王とあるものが、柔和で優しくあってはなりますまい、また心に程《ほど》をわきまえないのがよいでしょう、それどころか意地悪にして不法を働くがいい、あの尊いオデュッセウスのことを、国民の誰一人として気づかってはいないのですもの、その人たちの君主《きみ》として、父親のように優しかったのに。ところがいま当人は、ある島にひどい苦難をうけながら、ニンフ・カリュプソの館にとまっているのです、ニンフが彼をむりやりに引きとめるので、祖国へ帰ることもできないでおります。というのも、手許に櫂《かい》のそろった船も(乗組員になる)部下もありませんので。広い海の背を渡って送ってくれる(舟子たちが)です。それが今度はまた、その愛息子《まなむすこ》が故郷へ帰っていくところを、討ち殺そうと人々が逸《はや》り立っているありさまです、息子というのが、父親の噂をたずねに神聖なピュロスや尊いラケダイモンへ出かけたものですから」
それに答えて、叢雲《むらくも》を寄せるゼウスがいわれるようには、
「わたしの娘よ、なんという言葉がそなたの歯並の垣《かき》を逃れ出たことか。そもそもこの考えは、そなたが自分でこしらえあげた計《はか》りごとではなかったのかね、あいつら(求婚者ども)にたいしてオデュッセウスが帰って来たうえ復讐をするというのは。だがテレマコスのほうは、そなたがうまく護衛して送るがよかろう――もとよりそうする力はお持ちなのだからな――すこしも害を受けずに故郷の土地に帰り着くよう。また求婚者どもは、船に乗ったまま逆戻りに、帰っていかせたらよかろうが」
こういわれて、愛する息子のへルメス神に向かっておおせられるよう、
「ヘルメスよ、つまりそなたは今度もまた他のおり同様、使節の役をつとめるのだがね、結髪《ゆいがみ》の美しいニンフを訪ねて、まちがいないよう(われわれの)決議を伝えて来い、辛抱づよいオデュッセウスを帰国させること、ただしあの男が、神々にも死ぬべき人間どもにも、付き添われずに(ただ一人で)帰っていくようにとな。その代わりに、たくさんの木を縛りつけた筏《いかだ》に乗り、さまざまな苦難を受け、二十日目に土塊《つちくれ》の肥えたスケリエに到着しよう、神々に近い生まれのパイエケスの族《やから》がたもつ里へと。その人々が彼を神と同様に心にかけて大切にし、また船に乗せてなつかしい祖国の土地へ送ってくれよう、青銅や黄金やをたっぷりと、それに衣類もどっさり土産によこすだろうが、そのおびただしさはたとえオデュッセウスが、(戦争の)分《ぶん》捕り品から自分の分け前をわけてもらって、トロイアから何の被害もうけないでそっくりそのまま持ち帰ったとしても、(今度のもらい物には)けしておよびはすまい、それほどたくさんあろう。つまりはこうと彼の運命がきめられているのだ、このようにして愛する身内の人々にも会い、屋根の高い館に、また自分の故郷の地にも、帰り着く手はずである」
こういわれると、お使い神のアルゴスの殺し手〔ヘルメス神のこと〕は異議なく承知をされて、すぐとそれから両方の足にみごとな短鞋《あさぐつ》を結《ゆ》わえつけられた、(これは)神々しい黄金づくりの品で、潮づく海上であろうと、はてしない陸上であろうと、風の息吹ともろともに御神を運んでゆくものだった。それから杖をお取りなさったが、この品は人間の眼に不思議な力をおよぼすもので、望みのままに人々を眠らせたりまた寝ている者を覚ましたりする。その杖を手に持って、威勢のいいアルゴスの殺し手神は飛んでゆかれた。
さてピエリエの上をわたって、高空から海原めがけて落ちこむと、それから今度は波の上を鴎《かもめ》の鳥とそっくりなさまで馳《はし》っていった、その鳥はうらわびしい海のおそろしいふところに、魚をすなどるとて、堅くしまった翼を潮のしぶきにぬらすならいの、それと似た姿でもってへルメスは、五百重《いおえ》の波に乗ってゆくかと見えた。
だがいよいよ、遠方にあるその島へ着くと、そこで菫《すみれ》色をした海原から陸へとあがり、大きな洞窟にゆきつくまで進んでいった。その中には結髪の美しいニンフが住まっているので、ちょうど内にいるところへ出くわした。火が炉《ろ》のところにいっぱい燃えさかっていて、遠方からもよく燃える香杉だの没薬《もつやく》だののかおりが島中に匂いわたるのは、香料の焼《や》かれるにつれてのこと。ニンフはいましも奥にいて、きれいな声で歌いながら、黄金の梭《おさ》を手に機《はた》を動かして布を織っているところであった。
洞穴のまわりにはよく繁茂した木立ができて、榛《はん》の木や川楊《かわやなぎ》や、匂いのよい糸杉などが生い茂って、その間に翼の長い鳥のやからが、巣をいとなんでいた。小ミミズクやら隼《はやぶさ》やら、舌の細長いウミガラスなど、この鳥どもは海での仕事をなりわいとしているのだが、同じところのひろびろとうつろになった洞《ほら》のまわりに、みずみずしい家ぶどうが一面にひろがって、果《み》の房をいっぱいつけていた。いっぽう流泉も次第よろしく四筋の流れに、透明な水をたがいに近く並べあい、あちらへまたこちらへとそれぞれてんでの方向に、せせらぎ落ちてゆく。そのあたりは一面|和草《にこぐさ》の牧原をなし、スミレとかセリとかがいっぱいに生えそろっていた。こうした様子をながめては、不死の神々でさえも、そこへおいでのおりには、胸をうたれて感じ入り、お心を慰められることであろう。その場にしばらくたたずんで、アルゴス殺しのお使い神も、感じ入ってながめていらした。
さていよいよすっかり自分の心に満足ゆくだけながめあかすと、すなわち広い洞穴へと、御神ははいってゆかれた、すると迎えに出ておいでのカリュプソ、女神らのうちにも気高いそのニンフも、見るなり誰かおわかりだった。というのも、不死である神さまがたというのは、おたがいにみな顔見知りでおいでなので、どんなに遠いところに住居を構えておいでにしろ(すぐお解りなさるのである)。しかし器量すぐれたオデュッセウスとは、内で出会いはなさらなかった。彼はいましも浜辺に出てあい変わらずいつもと同様、坐ったまま嘆いていた、涙だの呻吟だの苦痛だのに胸をさいなみながら。さて女神らのうちでも気高いカリュプソは、きらきらして光沢のよい肘掛け椅子に腰をおろすと、ヘルメス神にたずねるようには、
「どうしてまた、黄金の杖をお持ちのへルメスさまがおいでになったのです、私には尊くもまた大切な方ですけれど、これまではけしてちょいちょいおいでもなかったのに。ご存念のほどをさあおおせください。何によらず、ともかくそれを果たすよう私の心が私に命じますので。もし私にその力がありますなら、またそれが実際できることでしたならば」
こう声をあげていうと、女神は四つ脚机をそばに引きすえた、いろいろの神食をいっぱい載せ、また真紅の神酒《ネクタル》を混ぜととのえた。そこでアルゴス殺しのお使い神は、酒を飲んだり、ご馳走を食べたりしたが、さて食事もおわって、料理に心も満ちたりると、いよいよそのとき、女神に向かって言葉をつらね、答えていうよう、
「私が来たわけをおききなさる、女神が、神である私に。されば私としても、まちがいないよう確かな話をお伝えしましょう、あなたのほうでお求めなさるのですから。ゼウスさまが私にお命じなさったのです、こちらへいって来るようと。(私としては)まいりたくはなかったのですが。誰がまあわれから望んで、こんなに遠い道程《みちのり》をかけりぬけて来ることでしょう、潮づくはてしもない海の上を。近くに一つも人間のすむ町があるでなし、人がいれば神々にまつりもおこない、選りぬきの大贄《おおにえ》もささげましょうけれど。さりながらとてものこと、山羊皮楯《アイギス》をお待ちのゼウスさまの御意とあれば、他の神とてもごまかすことも反古《ほご》にすることもできないのです。すなわちおおせのようは、他の者らに越えこのうえなく気の毒なあの男を、(お手もとから)放して出せといわれるのです。その連中は、プリアモスの城町をめぐつて九年の間戦いつづけ、十年目に城を攻め陥して、帰国の途に上った者どもながら、帰り路でアテネ女神に罪をおかし、そのため(御神が)悪風を起こさせ大波をわき立たせた、≪このおり他の働きある武夫《つわもの》どもは最期をとげたのですが、その男だけはこの島へ風と波とが運びつけたものでした≫その人をいま、一刻も早く(島から)送り出せとお命じなさった。というのも、彼に定《さだま》った運《さだ》めとしては、身内をはなれ、このところで一人で死ぬとなっていないので、まだこれから親しい人々にもめぐり会い、屋根の高い館に戻り、自分の祖国の土を踏むよう、定められているものですから」
こういうと、女神のうちでも気高いカリュプソは戦慄《みぶるい》した。そして彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうよう、
「無情な方たちですわね、神さまがたは、他人《ひと》については飛び切りに嫉妬《やきもち》やきで。女神たちにたいしても、おおっぴらに人間の男に添寝するのを、いつもおやっかみなさいますとは、その人をいとしい共寝《ともね》の夫にでもしようものなら。たとえば、あの(狩人《かりゅうど》)オリオン〔ポセイドンあるいはヒュリエウスの子とされる巨人の猟師。姿形の美をもって暁の女神の愛を受けたが、アルテミスの遣わしたサソリに刺されて死んだという。のち天に登り、サソリと共に星座となる〕にばらの指をした|暁の女神《エオス》が惚れこんだおり、その間じゅう、安楽に世をお過ごしの神々はおやっかみつづけでした、とうとうしまいにオルテュギエの島で、黄金《こがね》の御座《みくら》の聖いアルテミスさまが、ご自分のやさしいお矢を射かけて殺しておしまいなさるまでは。そのとおりにまたイアシオン〔デメテル女神の愛を受け、のち妬まれて死ぬ。おそらく穀精の擬人化とみられる〕と、結髪《ゆいがみ》もお美しいデメテルが、あこがれ心に負かされて、三度|鋤《す》きの畝《あぜ》くろで、情愛と臥床《ふしど》をともにおわかちなさると、けして長くはゼウスさまがこのことをご存知なしにはすまされずに、手ずからその男を、白光《びゃくこう》を放つ雷《いかずち》をもち、撃ち殺しておしまいでした。
それと同じに今度はまた私にたいして、おやっかみなさるのですわね、あなたがた神さまがたは、死ぬべき人間の男が私といっしょにいるのを。その人は私が命を助けたものです、ただ一人、(覆《くつがえ》った船の)龍骨のまわりに足をかけているのを。乗ってた速い船をゼウスさまが、白光を放つ雷でお撃ちになってひき割《さ》いておしまいだったそのときに、ぶどう酒色の海のま中で。そのおりに、他のすぐれた仲間の者らは、一人のこらず死んでしまいましたが、彼一人はつまりここへ、波と風とが運んで寄せたものでした。それを私が大切にして世話してまいりましたのですが、いっもいって来たことでした、いつの日までも死ぬことも老いることも、ないようにしてあげようと。でもとうてい、山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウスさまの御意を、他の神としてごまかすのも反古《ほご》にするのも不可能とわかっている以上は、出ていかせるがよろしいでしょう、御神がそうお命じになり、あの人をそうお仕向けなら、荒涼とした海の上へ。でも私としては、どうにも送りつけようがありません。だってここには櫂をそろえた船も乗り組む水夫もありませんもの、広々とした海の背を送りつけてやれますような。ともかくも、心をつくしてあの人に、どうしたらつつがなく故郷の土地に帰り着けるか、隠しだてせずにすっかり教えてやるとしましょう」
それに向かって、今度はアルゴス殺しのお使い神がいわれるよう、
「ではそのようにして送り返してやりなさい、ゼウスのお憤りによく気をつけてな。ひょっとして後々でお腹立ちから、つらくあたりなどされないように」
このように声をあげていわれると、威勢のいいアルゴスの殺し手は、立ち去りなさった。一方、若い女神(カリュプソ)は器量のひろいオデュッセウスをたずねていった、いかにもゼウスのお言葉をうけたまわったので。おりから彼が海辺に坐っているのにあったが、両眼はいっこうにまだ涙が乾かず、帰国を(望んで)嘆き悲しみ、たのしい生命《いのち》をすりへらしていた、もはやとうていニンフ(にあっても)楽しい気にはなれなかったから。それでも夜々はまさしくよんどころない仕儀で、うつろにひろい洞窟の中に、すすまぬながら、進みよるニンフのそばで夜を過ごし明かすのだったが、さて昼ともなれば毎日岩の上や砂浜に坐りこんでは〔涙や嘆息や苦悩に心をいためつつ〕荒涼とした海原の上を、涙にぬれてながめつくすのがつねだった。そのすぐかたわらに立ち添って、女神たちのうちにも気高いニンフは声をかけいうようには、
「不運な方ね、どうかもうここでは泣き悲しむのはやめてください、生涯の日をむだにすごさないようにね、というのはすぐにもわたしが心をつくしてあなたを送り返す工夫をしてあげようから。ですからさあ丈の高い木を伐り倒して、青銅(の斧)で広々とした筏《いかだ》を組み立てなさい。そして筏の上には高々と、板の間をとりつけるのです、おぼろに霞む海原の上を、あなたが乗っていけるように。その間に私のほうでは、食糧や水や真紅のぶどう酒やを、心ゆくまでたっぷりと積みこんであげましょう、それで飢えを凌《しの》げるようにね。また着物も着せてあげようし、(船の)後ろから順風を送ってあげよう、いっそう無事にあなたの故国《くに》へ帰り着けるように。もしもあの広天を御支配の神さまがたが、お心にそうお望みならです。あのかたがたは、私よりも工夫にかけても成就《じょうじゅ》させる力にかけても、立ち優っておいでだから」
こういわれると、辛抱づよく尊いオデュッセウスも戦慄した、そして女神に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうようには、
「これは、何か、別なお企らみを、女神さま、きっとあなたはお持ちなのでしょう、送り返すのとはまるでちがった。筏へ乗って、大海の遥かな深みを渡ってゆけとお命じですが、恐ろしい、骨の折れるその(海路)は、釣合いのよい進みの速い船だって、ゼウスの送る順風に喜び勇んで馳せわたるのは容易でないこと。それにまた私としても、あなたがご承知ない場合には、けして船には乗らぬつもりです、もしもあなたが、女神さま、たいした誓いをあえて誓ってくださるというのでなければ――けっして私自身にたいして、何か他のひどい禍《わざわ》いをはからうまいと」
こういうと、女神のうちにも気高いカリュプソは笑いくずれて、手をもってなでおろすと、名を呼んで話しかけるよう、
「まったくあなたは抜け目がないのね、そして頭のよわい人間とは大違いです、そうした文句を口に出そうと考えつくなど。それならばさあ、これを、大地も頭上にある広大な空も、また流れおちるステュクス〔冥府を取りまく河。河川の主とされ神々もその名によって誓いを立てる〕の水も、ご照覧を。その川水は、幸福である神々にとっても最大のまたもっとも恐ろしい証人だ(といわれる)。けっしてあなたの身に、何の悪い禍いもたくらみません、私の思案するのは、私にたいしてひどく緊急な事件が起こったとき、私自身のために気|遣《づか》うようなことだけです。というのも、もとより私とて身のほどをわきまえない者ではなし、また胸にある心性《しんしょう》だとて鉄石ではなく、あわれみを知るものなのですから」
このように声をあげると、女神のうちにも気高いニンフは、さっそくにも先へ立って案内するのに、その後ろからオデュッセウスも、女神の足跡についていった。そして女神と人間の男と、二人がうつろにひろい洞窟へ到着すると、オデュッセウスはそこにある椅子の上に、先刻ヘルメス神がそれから立ち上がった、その椅子に腰をおろせば、ニンフはそのわきへ、ある限りの馳走を、死ぬべき人間の口にするようなものはことごとく、食べる物も飲む物も、並べて供えた。それで自分は、尊いオデュッセウスの面前に座を占めると、その前に侍女たちが神食《アンブロシア》と仙酒《ネクタル》とをお供えした。さて二人は、調理してさし出された料理へしきりに手をさし出したが、いよいよ食べる物にも飲む物にも十分心を慰めたとき、まず先に女神のうちにも気高いカリュプソが話をはじめた。
「ゼウスさまがお護り立てのラエルテスの子で、工夫に豊かなオデュッセウスよ、ほんとうにまあこんなにしてあなたは故郷《くに》へ、なつかしい祖国の土地へと、ではもうすぐにも帰ろうとお望みですか。ではともかくご機嫌《きげん》でお発ちなさいませ、まあちょっとでもあなたが、心《むね》にさとっておいでならばね、どれほど多くの苦難をまだ、祖国の土地に着けるまでには、なめつくさねばならないかを。(そうしたら)おそらくここにこのまま私といっしょにとどまって、この屋敷を堅固に護り、不死の身となるほうを選びもなさることでしょうに、たとえ自分の配偶《つれあい》に逢いたいと焦《こが》れなさって、いついつまでも、永遠にそのかたをあこがれつづけはなさろうにしても。でもきっとね、その方より私のほうが劣ることはよもあるまいと自信をもって申せましょうよ、丈の高さでも姿形でも。そもそもいのち死ぬべき人間が、私ども女神たちと、形でなり姿でなり、競《せ》りあうことが、いずれにしても妥当とは申せませんもの」
それに向かって、知謀にとんでいるオデュッセウスが返答をしていうようには、
「女神さま、どうかそのようなことで私にたいしお怒りはなさいませぬよう、もう私自身十分によくわきまえておりますから。つつしみ深いペネロペイアが、姿においても丈の高さでも、対面して見たおりに、ずっと劣っておりますことは。というのも、彼女《あれ》は死ぬべき人間の身であるのに、あなたは不老不死の神さまでおいでですから。しかし、それにもかかわらず、私はいつの日も家に戻ること、帰郷のときにあえることを、望みまた願いつづけている次第です。たとえもう一度、神さまがたのうちのどなたかが、またぶどう酒色の海原で、(私の船を)お打ち壊しになりましょうとも、苦難に堪える心を持して、じっと辛抱してまいりましょう。といいますのも、もうずいぶんたくさんなつらい日にも会い、たくさん苦労もして来ました、波風にも戦争にも。今後のことも、先の苦労につけ加えさせてもらうとしましょう」
こういったが、そのうちにも日は沈んで、暗闇《くらやみ》がおそって来た、そこで二人はひろくうつろな洞窟の奥にはいって、いとし心に悦びをわかちあった、たがいのかたえに身を横たえて。
さて早く生まれる、ばらの指をした暁(の女神)が、立ち現われると、すぐさまオデュッセウスは上衣《うわぎ》と肌着とを身に着こんだ。一方ニンフは銀色にかがやく長い衣の、軽やかに優雅なのを着流して、腰のまわりに美しい黄金づくりのベルトを締め、頭の上には頭巾《ヴェール》をかぶった。それから器量すぐれたオデュッセウスを送り出す思案にかかったのであった。そしてまず彼に大きな斧を渡した。ぴったりと掌《てのひら》にあうもので、青銅製の、両側にするどい刃がつけてある、それにまたみごとなオリーブ樹の把手《とつて》が、しっかりと嵌《は》めこんであった。さらについでは、よく磨いてある手斧《ちょうな》を渡すと、先へ立って道を進み、島のいちばん端《はし》で、丈の高い木立のしげるところへ行った。榛《はん》の木や川楊《かわやなぎ》や、天まで届く樅《もみ》の木などが、もうとっくに立ち枯れて、すっかり乾き、かるがると水に浮いてゆきそうな、そうした木々の丈高いのが生えているところを指し示すと、女神たちのうちにも気高いニンフ・カリュプソは、また家へと帰っていった。そこへ残ったオデュッセウスが、木々を伐り倒していくほどに、その仕事はじきに完了した。すなわち全部で二十本の木を伐り倒して、青銅の斧で枝を払うと、手ぎわよく削っていき、墨縄《すみなわ》でまっすぐにそろえておいた。
その間に、女神のうちにも気高いカリュプソが錐《きり》を持ってきたので、(オデュッセウスは)材にすっかり穴を穿《うが》って、たがいに並べあわせ、それから木の留め釘やしめ合わす横材でしっかりくっつけ合わせた。このようにして船造りのわざによく通じている者が、広々とした荷足船の船艙をぐるりにひろく取るくらい、それくらい広やかにオデュッセウスは、この筏の上をひろびろと造りあげた。またたくさんな木杭をつけて、板敷台をその上にこしらえてから、最後の仕上げに長い横板を欄干《てすり》にとりつけた。また中へは帆柱と、これにしっかりはまっている帆桁《ほげた》をこしらえ、またもちろん舵を、舟の行方を統制するのに、つけ加えた。さらにぐるっと横腹のかこいに柳の細い枝をかけまわして、波の防壁とし、たくさんな材木をさらにあてがった。
その間にも、女神たちのうちにも気高いカリュプソが、帆をつくるのに、大きな布を持ってきたので、(オデュッセウスは)それもまた上手にこしらえあげた。またその船には帆桁を揚げ下げする綱も帆の脚綱《あしづな》もみなそろえて、結わえつけておき、そのうえで挺子《てこ》を使ってその船を輝く海へと引きおろした。
四日目になって、とうとうすっかり仕度が終わった。そこで五日目に気高いカリュプソは、島から彼を送り出してやることになった。まず沐浴《もくよく》をさせたうえ、没薬《もつやく》の香にそまった衣を着せこんでから、さらにまた一方には黒ずんだぶどう酒を充たした皮袋と、いま一つの大きな袋に水を入れて、また麺類を提袋《さげぶくろ》にいれたのも、積みこんでやった。さらにまた心ゆくばかりにどっさりと、副食の品も積み入れてから、悩みをしずめる温かな順風を送ってやれば、いそいそと心もたのしく、尊いオデュッセウスは順風に帆を繰りひろげた。
それから舵のところへ坐って、巧妙に船の向きを正してゆくのに、眠りも彼の瞼《まぶた》へは落ちるまがなかった。すばるの星をながめたり、おそく沈む牧人座や大熊座やをながめたりしてゆくうちにも。この星は仇名を荷車(北斗七星)とも呼ばれるもので、同じところをいつでもぐるぐるまわっていて、狩人のオリオンを見張りする、また(星座のうちで)ただひとり大洋の水の沐浴にあずからない。この(北斗七星の監察《みはり》を彼が怠らない)のも、女神たちのうちにも気高いカリュプソが、海上を航行するについては、この星をいつも右手に保ってゆけ、と命じておいたからであった。こうして十七日のあいだ、海上を彼は進んでいった。それで十八日目には、パイエケス人の住む国の、影のくらい山々が見え出してきた。これがいちばん近くにある陸地なのだったが、それがおぼろに霞む海原に、ちょうど(平らに置かれた)皮の楯のようにも現われ出した。
このありさまを、エチオピア人たちの宴会から、おりもあしく戻って来た、大地を揺《ゆ》する大神(ポセイドン)が、遠方から、ソリュモイ族〔小アジア南部の獰猛な種族らしい〕の峯々からごらんなされた、すなわち海原の上を馳せてゆくところを、見つけたわけである。そこで御神は心底からいっそう立腹なさって、頭《こうべ》を振りたて、胸のうちで独語されるよう、
「やれやれ、なんたることか、これはいよいよ神々がオデュッセウスについて、確かに意見を(前とは)別に変えたものに相違ない、私がエチオピア人のところへいってる間に。それにまったくもうパイエケス族の国のすぐそばではないか、そこへ着けば、もう大きな苦難の際涯《さいはて》をのがれおおせると、定業《じょうごう》によりきめられている、その土地なのだ。だがどうして、まだまだたっぷり禍《わざわ》いを味あわせてくれようから」
こういって雲を寄せ集め、両手に三叉戟《みつまたのほこ》をとると海原をかきまわされた。またあらゆる方角の風のあらしのありたけを吹き起こさせ、群がる雲で大陸と大洋とをみないっしょくたに蔽いかくすと、天上から夜が湧き起こった。それで東風と南風とが、ひどく吹きまくる西風や高空に生じる北風をともない、いっしょくたに襲いかかって、大波をころがしてゆく。そのときには、さすがのオデュッセウスも、手脚が萎《な》えてへたへたとなり、いとしい心臓もつぶれようばかりなのに、胸も塞がり、自分の度量のひろい心に向かっていうようには、
「やれやれ、何という情ないことか、いったいこれは結局どうなるのだろう、まったく女神がおいいだったのは、みな間違いないことだったのかも知れん。海上で、故郷の土を踏むに至るまえ、たっぷり苦難を味あわねばなるまいといわれたが、それがいよいよすっかり実際襲ってきたのだ。まあなんという雲でもって広い空をぐるりと、ゼウス神はとり巻かせなさったことか。海原をかき乱し、あらゆる方角からの風が押し寄せてくる、いまはもう間違いなしに破滅が切迫した。三重にもダナオスの裔《すえ》たちは幸運だった、いや四重にもだ、ひろびろとしたトロイアの郷《さと》で、アトレウスの子たち(メネラオスとアガメムノン)への義理を重んじて、あのときに命を落とした者どもは。まったく私もあの日に死んでしまえば、よかったものを、最期をとげていたならば。多勢のトロイア武士が(むらがりよって)私をめがけて青銅をはめた木槍を投げつけた、あのぺレウスの子(アキレウス)の屍をめぐって戦ったときに。〔アキレウス戦死後の紛争をさす。オデュッセウスなどがアキレウスの屍を守ってトロイア勢と戦った〕そしたら立派に葬式を執りおこなってくれたろうし、私の誉れをアカイア人らが伝え広めてくれたであろう。ところが現在では、私はみじめたらしい死にざまで、やっつけられる定めに立ち至ったのだ」
ちょうどこう彼がいったおりから、大きな波がてっペんから、恐ろしい勢いで落ちかかって来て、筏をぐるぐる振りまわした。それで筏から遠方へ彼自身は落ち、舵も手から放してしまった。そのうえ帆柱もまん中からへし折れた、混じりあういろんな風のはげしい息吹が、おそろしい勢いで襲いかかったもので。それに遠くへ帆も帆綱も海へと落ちこんだ。もとより彼もながいこと海面の下へ押し沈められて、そうすぐには、大きな波の突進する勢いのために、浮かび出ることができなかった、というのは、さっき気高いカリュプソが着せてくれた衣服が重しをかけていたから。だがやっとのことでとうとう水面に浮き上がって、口から塩《しょ》っぱい海水を吐き出したが、その上に頭からもいっぱい水が流れておちた。だが、このようにひどい目にあわされていたにもかかわらず、筏のことを忘れずにいて、波の間にそれをめがけてとびつくと、筏をとっつかまえ、そのまん中へ坐りこんで、死の果てを避けようとした。その筏を大きな波が流れのままにあちらこちらと運んでいった。ちょうど秋の頃に、野原の上を北風が野薊《のあざみ》の(枯れて球状になった)球をいくつも運んでゆくように。それがおたがいにくっつきあって飛んでいく、そのように海原の上を諸方の風が、あちらまたこちらと筏を運んでいった。あるときは南風が北風に、それを持ってくように投げつけてやる、またあるときは東風が、追っていく役を西風に譲りわたすのであった。
このありさまをちょうどカドモスの娘で、踝《くるぶし》の美しいイノ、すなわちレウコテエが目撃した。このニンフはそのむかしは、人の声をだす人間であったのを、いまは潮づく海原で、神々から尊崇にあずかる資格を分け与えられていた。それがいまオデュッセウスのさまよいあるき、つぶさに苦難を受けているさまをあわれに思って、≪鴎《かもめ》の姿に身を似せて、飛んで入江の上に浮かび出で≫筏のはしに坐ると彼に向かって、
「不運な方、なぜこのように大地を揺するポセイドンさまが、たいそうひどくあなたにたいしてお腹立ちなのです、こんなにたいした災難をお起こし立てとは。それでもねえ、たいへんにいきり立っておいでだけれど、あなたの命《いのち》を奪《と》ることはできないはず、だからぜひこうしなさい、どうやらあなたは頓馬《とんま》ではなさそうだものね。まずその着物を脱いで、筏は風の運んでゆくに任せなさい、それで手でもって泳いでゆき、パイエケス人たちの国へ行く道を探しもとめるのです。そこであなたは、(迫害の手を)脱れるように定められてるのですから。それそれ、それからこのスカーフを胸の下に締《し》めるんですよ、不壊《ふえ》の品だからね、どんな目にあっても恐れることはない、死ぬ心配はないのだものね、しかしもし手でもって陸地にさわったならば、(そのスカーフを)また解き放して、ぶとう酒色の海へ投げ入れてください、陸地からずっと遠くの方へです、あなた自身は別の方角を向いていてね」
こう声をあげていうと、女神は頭にかぶるスカーフを渡し、自身はそのまままた波をうつ海へとはいった、鴎のような姿をして。黒い波がそれを隠したが、一方辛抱づよく尊いオデュッセウスは、とやかくと思いわずらうのに胸も塞がり、自分の度量のひろい心に向かっていうようには、
「やれやれ情けないこと、またもや誰か不死である神々のうちのどなたかが、ずるい企みを私にしかけて、筏から離れてゆけと命じなさる。だが、けっしてなかなか従うまい、陸地はまだずっと遠くなのをこの眼で見たことだから。そこへ行けば、免《のが》れおおせるといわれたけれど。それよりもほれ、こうするとしよう、それがいちばんの策だと思われる、材木が一つにくっついているあいだ、その間はそのままここにとどまっていて、つらい目にあっても辛抱していこう。だがもしいよいよ筏を波がさんざんに砕いたなら、その時は泳ぎにかかるとしよう、もうそれに優る方策は全然考え出せないのだから」
こう彼が心の中、胸の中で思いめぐらすおりから、もう一度またもや大きな波を大地を揺すぶるポセイドンがわき立たせた。おそろしい難儀な波を、高みからのしかからせて、彼へ向かってぶつけてよこした。ちょうど強い勢いで吹く風が乾ききった籾殻《もみがら》の山と積ったのへ吹きつけて揺すぶりたてると、籾殻があちこち一面にまき散らされる、そのように(海神は)筏の材をちりぢりにまきちらした。そこでオデュッセウスは一本の材木にまたがって進んでいった、ちょうど一頭立ての馬を駆るみたいに。そしてカリュプソのくれた着物を脱ぎすて、すぐさまスカーフを胸の下にゆわえつけた。それから自分はまっしぐらにうつ向きざまに両手をひろげて、海中へとびこんだ、泳いでゆこうと勢いこんで。そのさまを大地を揺すぶる御神はごらんなさると、頭を振って自分の心に向かいいわれるよう、
「ではこういうふうに、これからさまざまな災禍を受けて海上をさまよいつづけろ、ゼウスが養い護られる族《やから》の者らといっしょになるまでは。だがそうとしてもまだまだおまえが、災禍を(もうこのくらいなものかと)軽視することは、許してやるまい」
こう声をあげていわれると、たてがみのみごとな馬どもへ鞭をあてて(車を駆り)、世に名も高いそのお社《やしろ》がある、アイガイの里においでなされた。
一方、ゼウスのおん娘御のアテネ女神は、また別なことをお思いつきで、すなわち他の風の通い路はすっかり閉《とざ》しておしまいなさり、みな吹き止めておさまるようにお命じだった。そして急に吹く北風《ボレアス》だけを吹き立たせて、(オデュッセウスの)行く手の波をうち砕かせた、ゼウスがご養育なさるオデュッセウスが、死と非業《ひごう》の運命《さだめ》とを免れおおせて、櫂に親しいパイエケスの人々といっしょになるまで。
このおりに(オデュッセウスは)二日二夜の間を波のうねりに身を任せてさ迷いつづけ、ずいぶんたびたびいまにも破滅におちいりそうな気持がした。しかしとうとう三日目を結髪の美しい|暁の女神《エオス》が明け渡らせたとき、その時やっと風がおさまり、無風の凪《なぎ》が訪れたのであった。それで彼はすぐ間近に陸地をながめた、大きな波に打ち上げられたおり、たいそう目|敏《ざと》く見渡して。ちょうど子供たちにとり父親の生命《いのち》がうれしくありがたく思われるように――その父というのは病いで床につき、ひどい苦痛を味わいながら長いこと悩みつづけてきた、どの神霊かが悪意をもって彼を攻め立てているためだったろう、それを今度はうれしくもありがたいことに、神さまがたが病患から解き放してくださったのだ――そのようにオデュッセウスにとって陸地や森が、うれしくもありがたく見渡された。
そこで陸地へ足であがりたいものと、勢いこんで泳いでいった。
しかし(岸辺から)人が叫んで呼ばわれば届くくらい離れたところまで(泳いで来て)、ほんとうにもう海中の岸近くにある岩礁にとどろく音が聞こえるぐらい近づいたとき――というのは大きな波が乾いた陸地に向かいぶつかっては轟然と泡になって砕け、何もかも潮の飛沫で包まれてしまっていた。しかも船をとめる入江も波除け場もまったくなくて、突き出た岬や岩礁や切り立った崖ばかりだったから――そのときには、オデュッセウスの膝もいとしい心も萎え崩おれて胸も塞がり、自分の度量のひろい心に向かっていうようには、
「やれやれ、なんということか、まったく陸地を思いがけずにゼウスさまがながめさせてくださったのに。しかもこうした広い海面を、とうとう乗り切って渡りついたというのにだ、灰色の潮から外へぬけ出る道が、どこにも見あたらないとは。ほれこのとおり、外側は鋭く切り立った崖ばかりで、そのあたりは波が割れ裂けてとどろきわたるし、岩もつるつるして聳え立つうえ、海は岸の近くが深くなって、どうにも両足でしっかり立って、災《わざわ》いをのがれる方法《みち》も見つからない。うっかりすると、私が岸へあがるところを大波が来てさらっていき、尖った岩にぶつけないとも限るまい、そしたら私の突進もみじめなことになり終わろう。だがもしもっと先へ(岸に)ついて泳いでいったら、あるいは海につき出た砂洲だとか、海の入江とかが見つかろうかも知れないが、心配なのはまたもや疾風《はやて》が私をとらえて、魚類のいっぱいいる海原の上を運んでゆこうとするのだろうか、ひどく嘆息しつづけさせて。それとも大きな怪物を潮の底から、神さまが私にむけてしかけられようかも知れぬ、そうした奴をいっぱい、音に聞こえるアンピトリテ(ポセイドンの妃)はお養い(ということ)だから。もうよくわかってるのだ、どれほど音に聞こえる大地を揺すぶる御神が私にたいして憎しみをお抱きかは」
このように彼が、心のうち、胸の底でとやかくと思案しつづけているおりから、大きな波が彼を運んで、荒くれた岸辺へと拉《らっ》し去った。この時にあるいは(岩のために)皮を引きはがされ、骨をすっかり砕かれたかも知れなかった、もしきらめく眼の女神アテネが、彼の心中にこうした考えを起こさせてくださらなかったならば。すなわち彼は両方の手をのばすと(岩に)飛びかかって岩をとっつかまえ、そして大波が通り過ぎるまで、呻《うめ》きながら岩に取りついていた。その波をこのようにしてうまくかわすと、その後で今度はまた返り波が押し寄せて来て打ちかかり、遠くの沖へと彼を持っていった。ちょうど烏賊《いか》が住んでいる穴の奥から引きずり出されるとき、その吸盤にいっぱい小石がくっついてくる、そのように彼の大胆な腕からも、皮膚がほうぼう擦りむけてしまった。そして大きな波がすっかり彼を蔽いかくした。
このおりにまったく、オデュッセウスは運わるく定業《じょうごう》に超えて命を落とす羽目に陥ったかも知れなかった、もしきらめく眼のアテネが、気転のはたらきを授けてくださらなかったならば。すなわち後は浜辺へと寄せて砕ける波の外へくぐり出てゆき、陸地をながめそれに沿って泳いでいった、もしやあるいは外へ突き出た(波が横に打つ)砂洲だとか、海の入江とかが見つかりもしようかと。それでとうとう泳いでいくうち、清く流れる河の口ヘ着いたとき、そここそほんとうに、最上の場所だと彼に思われたのは、岩もなく平坦で、風をよける蔭のところにあたっていたので。そこで河水の流れ出るのを感じると、彼は心中で祈りをこめた。
「お聞きとめを、神さま、あなたが何の神かは存じ上げませんが、いくたびも祈りをこめておん前にひざまずくのです、いましも海を出て、ポセイドン神のおとがめをのがれますのにあたりまして。不死の神々たちにとりましてさえ、おろそかにはできない者と申します、人間のうちにしても、諸方をさまよい歩いて、おん足もとに来てひざまずく(祈願をこめる)者というのは。ちょうど私がただいまおびただしい苦労のあげくに、あなたの流れとあなたのお膝に、来てお願いいたしますのも同じことです。どうかそれゆえお憐れみを、おん神さま、あなたへの祈願者なのです、かしこいながら私は」
こういうと、その(河の)神はすぐさま河の流れを止どめ波をおさえ、ずっと彼の前方に風なぎをつくって、無事に彼を河の流出口ヘと導いてくれた。そこで彼は両方の膝と、頑丈な腕とを曲げた、というのは、海水のために気力もすっかりくじけていたからで、皮膚もすっかりふくれ上がり、口からも鼻からもおびただしい潮水がじくじくと噴き出しつづけた。もう呼吸もできず声も出せずに、彼はほとんど身動《みゆる》ぎもできないようすで横たわっていた、恐ろしい疲労に襲われて。
だが、とうとう息を吹きかえして、また元気を取り戻したとき、そのときまさしく、あの尊いスカーフを首から解き放し、それを海へ流れこんでいる河へと放りこんでやった。すると大きな波が逆さまに河下へと運んでゆき、すぐさま(ニンフの)イノは自分の手にそれを受け取った。一方、オデュッセウスは河から離れたところへいって、葦《あし》の茂みの下に身を投げ、禾穀《いね》をみのらす大地に接吻した。そして(憂いに)胸をつまらせて、度量のひろい自分の心に向かっていうよう、
「やれやれ、情けないこと、何という目にあうものか、いったいこれは結局のところどうなるのだろう。もし河のそばで、ひどく気遣いな夜を起きて過ごすとしたら、きびしい寒気と冷たい露がいっしょになって、身動きもできないさまからぬけ出たばかりの、息もまだ絶え絶えなこの私を、やっつけてしまおうやも知れない。河面《かわも》から吹く風はとりわけ夜明け前には冷たいから。ところでまたもし堤を上がって、鬱蒼とした林の中へはいっていき、びっしりと茂りあった木立にかくれ眠るとした場合には、寒さと疲れとはさいわい免れえて、快い睡眠が私をとらえもしようけれど、心配なのはもしや野獣どもが出て私を餌食にしてしまいはせぬかだ」
このように思案するうち、こうするのが得策だと考えられた。すなわち森の中へはいっていくのだ、その森は河から近い、よく見晴らしのきくところに見つかった。二つの繁みが、一本の根から生え出ている、一本は野生オリーブで、もう一本は(栽培の)オリーブの木であった。この繁みは、海上から吹いて来る湿った風の勢いにも吹きとおされず、太陽もまたその燃えさかる光りの矢を投げこまれず、雨も下までつきとおしてぬらすことはできなかった、それほどたがいにしっかりと、枝を交わしあって生い茂っていた。その下へとオデュッセウスはもぐりこんだ。
そしてすぐと自分の手で落葉をかき集めて、寝床をひろく造りあげた、落ちた葉のたまりがずいぶんいっぱいあったから。それは二人か、あるいは三人の男が、冬の季節に、しかもずいぶんと寒さが強《きつ》い時分にさえ、身をかばうに十分なくらいであった。それを見て、辛抱づよいオデュッセウスは喜び立ち、そのまん中に身を横たえて、(体の)上に落葉をいっぱいそそぎかけた、ちょうど人が焚火《たきび》の榾《ほた》を黒っぽい灰のなかに埋めこむように――畑地のいちばん端に住まって、近くには他の隣家もないような、そういう人がどこか他から火をもらって来なくてもいいように、火種を生かしておこうとするとき――そのときみたいにオデュッセウスは木の葉の中へ埋まりこんだ。その目の上にアテネ女神は眠りをそそぎかけておやりなさった、少しも早くつらい骨折りの疲労から回復するようにと、やさしい瞼《まぶた》にずっと蔽いかぶせて。
[#改ページ]
第六巻
スケリエ島の王アルキノオスと王女ナウシカアの物語
【話し変わって、スケリエの王アルキノオスは半神人のパイエケス族を統治し、妃アレテとのあいだに多くの子女がある。中にも、ナウシカアは未婚で美しさことにすぐれていた。この夜明け、夢見によって外出を思い立ち、父母に願って車を仕立て、河口ヘ衣裳をたずさえ洗濯に出かける。大勢の侍女がこれに従い、やがて河口に近い洗い場で衣を洗うと河原に干し、その間球投げに興ずる。そのうちふと、球がそれて河岸の木立にはいり、オデュッセウスを眼覚めさせる。彼は立ち現われて王女を引き留め、衣裳と食物とを乞うと、ナウシカアは父王の館へ来るようにと命じた】
このように、辛抱づよく尊いオデュッセウスのほうは、眠りつづけていた、眠気と疲れにすっかり取りこめられて。しかしアテネ女神のほうは、パイエケスの族《やから》の国と都へと出かけていかれた。この人々は以前はかつて広々とした上《かみ》つ郷《くに》に住まっていたので、傲《おご》りたかぶるキュクロプス(一つ眼巨人)族の近所だったが、腕力で立ち優るのをよいことに(巨人どもが)彼らにたいして乱暴をはたらいたので、神のような姿をしているナウシトオスの引率下に、その土地を立ち去ってスケリエヘと、労働に日を送る人間どもから遠いところへ移住したのであった。そして市《まち》のまわりに囲壁をめぐらし、住居だとか神社だとかを造営して、畑地を分割したのだった。
だがその人(ナウシトオス)はもう死の宿命にしたがって冥途へと赴《おもむ》いたので、このおりにはアルキノオスが王として統治していた、神々から授けられた識見と思慮とをもって。それでつまりはこの王の宮居へ向かって、きらめく眼《まなこ》の女神アテネはゆかれたのであった、度量のひろいオデュッセウスのために、帰国のことを取り計らってやろうというので。それでまずいろいろと巧緻《たくみ》をつくした奥御殿へと赴かれたが、この中にはその形姿《なりかたち》も不死の女神とそっくりな息女《ひめ》が臥していられた、度量のひろいアルキノオス王の息女ナウシカアである。そのかたわらには、|典雅の神女《カリテス》たちから美しさを頂戴した二人の侍女が侍《はべ》っている。それが一人ずつ扉の両側にひかえ、輝くばかりの扉はしまっていた。
しかし女神は、風の息吹のようにすうっと(扉を抜けて)王女の臥床に近寄ると、枕もとに立ちどまって、王女に向かい言葉をかけた。同じ年頃で、王女のたいそうなお気に入りの、船にかけては名声のあるデュマスの娘に姿を似せて、きらめく眼のアテネは話しかけるよう、
「ナウシカアさま、どうしてまあ、あなたをこのようにのん気な性質に、お母さまはお産みつけなさったのでしょう。光沢《つや》のよい衣類は手当てもされずにほうっておいてあるというのに、お嫁入りの時も近づいています。そのおりはご自身も綺麗な衣を召しておいでなさらなければならないうえに、ごいっしょにゆく女たちにも、衣類を着せねばなりますまい。それというのも、こうしたことから善い評判というものは、世間の人らにひろまっていくわけですから。そしてお父上や母上さまがお喜びなさるという次第、ですからさあ、夜が明けて朝の光がさしかけましたら、さっそくにも洗濯をしにまいりましょうよ。そうしたら私もお手伝いとして、いっしょにお伴《とも》いたしましょう、すこしも早くお仕度ができあがるようにね。だってそう長くは処女《きむすめ》でおとどまりはできますまい。もう以前から国中のパイエケスの族をあげ、優れた若者たちがあなたを花嫁御にと望んでおいでなのですもの。あなたのお家系《いえすじ》が属しているその国のです。さればさあ、明日の朝早くから、名高いお父上をうながして、|らば《ヽヽ》どもと車とを仕度させるようおたのみなさいませ、その車に積みあげて、帯だの衣だの光沢のよい掛布だのを運ばせるよう。それにこう致せば、あなたご自身にしても、歩いていらっしゃるより、ずっと結構でございましょう。だって洗い場は町からずいぶん離れておりますものね」
きらめく眼のアテネ神は、こう言うとそのままオリュンポス(の峯)をさして、お立ち去りなさった。そこには神さまがたの、堅固な御座所が常住不断にあるといわれる。もろもろの風にあってもゆらぐことなく、豪雨もぬらさず、雪もまた近づくことを許されず、いつも雲一つなく澄んだ空がひろがっていて、閃々《せんせん》たる白光《びゃくこう》が漲《みなぎ》りわたる、そうしたところに幸いにみちた神々は、いつの日も変わらずに楽しい時をお過ごしなさる。そこへときらめく眼の(女神)は、少女《おとめ》にたいしすっかり指示を与えたうえで、お出かけなさった。
間もなくみごとな台座におかけの暁(の女神)が来て、きれいな衣を着たナウシカアの目を覚まさせた。すぐと夢見の不思議に吐胸《とむね》をつかれ、御殿の中をとおり抜けてゆき、両親にその話を知らせようというので、親身の父上にも母上にも、ちょうど内においでのところへ出向かれた。(王妃のほうは)いましも火処のかたえに坐っておいでで、侍女《こしもと》たちと、潮紫の色に染めた糸を巻き紡いでいられ、また国王はいましも名に聞こえた君侯《とのさま》がたのまん中に立ち、扉を押し開けてお出ましのところにゆきあった。人柄のよいパイエケスの国人が王を呼んでいたその会議へと、戸外へ向かおうというところであった。そこで王女は、すぐと間近に立ちどまって、父上に向かいいわれるよう、
「おとうさま、ねえ、どうか荷馬車を一台用意してお貸しくださいませんか、丈の高く、よい車輪のを。これから河へきれいな衣裳を洗いに持ってゆこうと思いますので。みな汚れたまま置いてあるものですから。それにおとうさまご自身にしても、第一級のかたがたの間にいらして、いろいろ議事もおはかりになろうというには、きれいな着物をお肌につけておいでが至当のことでございます。またお館《やかた》内には、五人の愛しいご子息がおいでのところ、そのうち二人はもう結婚ずみながら、三人はまだ匂やかな若殿がたとて、しょっちゅう新規に洗いたての着物を召して、舞い踊りへも出掛けたいとお望みなのです。そうしたことのすべてに気を配るのが私の役でございますゆえ」
このようにいったのは、華やいだ結婚のことを、父親に向け口に出していうのは、うら恥ずかしく感じたためであった。しかし父王のほうでは、もう万事を察していらして、答えられるよう、
「いやけして、そなたのために騾馬《らば》どもをおしみもせねば、姫よ、他の何ものにもせよ、けして物おしみをするわけはない。さあ出かけなさい、それで侍女たちが荷馬車にしても、丈高くよい車輪のを用意してあげることだろう、上へ荷物台をとり付けたのをな」
こういわれて、侍女たちに命令すると、人々はこれに従い、戸外《おもて》へと車輪もたしかな、騾馬用の車を出す用意にかかり、騾馬をそれへつれてゆき、軛《くびき》へつないでおいた。すると少女は奥殿からきらきらしい衣類を運んでいって、よく磨きあげた荷馬車の上に載せこんだ。母君が筐《かご》の中に、あらゆる種類のおいしそうな食料品を納めていれ、副食の類もとり混ぜたうえ、ぶどう酒を山羊皮のふくろにそそぎ入れると、少女は荷馬車の上に乗りこむ、(その手へと)黄金の細口瓶《レキュトス》にいれた、しっとりとしたオリーブ油をお渡しなさった、王女が侍女たちともどもに、肌に油を塗られるようにと。そこで少女は鞭と光沢《つや》よく光る皮の手綱を手に取って、鞭をあて馬を走らせると、騾馬どもからは乾いた響きがわいておこり、せっせと道を走ってから、衣類と王女を運んでいったが、ひとりではなく、ほかにもいっしょに侍女たちが従って来た。
さて一同がとうとう河の、とりわけてきれいな流れのところに到着すると、そこには始終水をためている洗い場があって、きれいな水がどっさり、底からあふれて流れ出て来るので、ひどく汚れたものでも清浄になってしまう。その場所で騾馬を、車の軛から取りはずして、馬のほうは渦を巻く河のほとりへ、蜜のように甘い野路草を食《は》むようにと放してやり、自分たちは荷車から着物を手に手に取り出して、黒い水へと浸けこんだ。おたがいに早さを競争しあって、(河床の)窪みに衣をいれて踏みつけて浸《ひた》すのである。それから洗いそそいで、汚れもすっかり浄められたとき、次第よろしく(その衣類を)海の渚《なぎさ》にくりひろげた。そこはとりわけ、海が礫石《こいし》を陸地に向け(打ち寄せては)洗い浄めておいてある場所になっていた。それから皆して水にはいって体を洗い、ゆたかなオリーブ油を体に塗ると、今度は河の堤のところで、食事にとりかかった。その間にも衣類が太陽のきらめく光に乾くのを待っているのであった。
さて侍女たちも王女自身も、十分食事を楽しんだとき、今度は球投げの遊びにかかった。頭上から投げあう遊びである。その連中の歌の音頭を、白い腕のナウシカアが取るありさまは、さながら弓の名手のアルテミス女神が山々を行きかいなさるようでもあった、とりわけて高く《そびえる》タユゲトス〔スパルテ西方の連峯。エリュマントスはアルカディアの山岳地、その猪をヘラクレスが退治した〕の峯かあるいはエリュマントスの山脈を、猪どもや脚の速い牡鹿どもにうち興じられて。女神にはニンフたち、山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウス神の、おん娘らがつき従い、野山をわたってごいっしょにお遊びなさる。(それを見て母神の)レトさまもお心にお喜びである。ニンフたちみなの上に、女神だけが頭を、また顔を高くおかかげなので、もとよりみなみな美しいニンフとはいえ、容易にそれと識り別けられる、そのようにこのまだ夫を識らぬ処女(の王女)は、侍女たちの間にも抜きんでて見えた。
ところでいよいよ王女が再び家路につこうと、騾馬どもを車につなぎ、美しい衣をたたみ終わって、まさに出かけようとしたとき、またもや耳寄りなことを、きらめく眼の女神アテネは思いつかれた。すなわちオデュッセウスの目を覚まして、眉目《みめ》美しい乙女を見させる、それで王女に彼をパイエケスの人々の都へ案内させよう、との目論見である。そこで王女が球を(一人の)侍女めがけてほうったところ、その侍女にはあたらないで、狙いがはずれ深く渦巻く(河中へ)投げこんでしまった。侍女たちはいっせいに高く叫び声を立てた。その音に尊いオデュッセウスは目を覚まし、身を起こして坐ったまま、心の底、胸の中でとやこうと思案しつづけた。
「やれやれなんということ、またしてもどんな人間どもの住む土地へやって来たのか。きっとこの人々も乱暴なうえにも野蛮な者どもで、正道をわきまえないのだろう、それとも客にたいして親切で、神を畏れる心を持っていようか。少女たちのような、女性の声音があたりから聞こえてくるが、ニンフたちの叫びだろうか、山々の峻《けわ》しい峯や、河々の源の泉や、牧草のしげる沢の牧野を領しておいでの。いやもしかすると、言葉を話す人間のすぐと間近に来てるのかも知れぬ。ともかくもさあ、私が自身で実際にさぐって見るとしよう」
こういって、尊いオデュッセウスは、木立の下から出ていった、びっしり茂った森の中から、葉のよくついた枝を頑丈な手でへし折って、肌のあたりに(あてがって)男性のかくしどころを蔽うようにし出かけていったその様子は、さながら山中に生い立った獅子の、武勇に自信をもって雨が降ろうと風が吹こうと出てゆくのに似ていた。その両眼は爛々《らんらん》と燃え、牝牛どもや羊の群に、あるいは野性の鹿に襲いかかるのは、胃の腑が彼に、家畜らに手を出せとか、人間の丈夫な家を襲えとか、命ずるためである。そのようにオデュッセウスは、裸身ではあったけれど、結髪の美しい乙女たちの間にまじろうとした、というのも、必要に迫られてのことで。だが海水のためにすっかりいためつけられたその姿は、乙女たちの眼にとほうもなく恐ろしいものに写ったので、みなみな浜辺の方へと、肝《きも》をひやしてちりぢりに逃げのびていった。
ただひとりアルキノオスの王女だけは、そこに立ちどまっていた、というのもアテネ女神が、その胸中に大胆さを吹きこまれて、四肢から恐怖を取り去ったからであった。そこでしっかり踏みとどまって、彼に向かって立っていた。一方オデュッセウスは思い惑うのだった、あるいは膝にとりすがって、眉目《みめ》の美しい乙女に懇願したものだろうか、それともこのまま離れて立ちながら、優しい言葉で都へ行く道を教え、着る物も与えてくれるように頼むのがよいことかと。このように思案するうち、離れて立ったまま優しい言葉で懇願するのが得策であると思いきめた。うっかり膝へとりすがったら、少女の胸に憤りをわき立たせないとも限るまい。そこですなわち、もの柔かで周到な言葉をもちいて話しかけるよう、
「お膝にすがってお願いいたします、貴女《あなた》は女神でおいでになりますか、それとも人間なので。もし広大な天をおおさめのどの神様かでおいでなら、ゼウス大神のおん娘の、アルテミスさまに、お姿といいお丈といい、いちばんお近いように存じますものの、もしまた人間界のどなたかならば、この地上にお住まいなさる、おん父上も母上さまも三倍も幸福なかたがたにちがいありませぬ、ご兄弟とて三倍にも幸福な方々でしょう。きっとそのかたがたのご機嫌は、あなたさまのおかげでもって、始終楽しく晴れやかに和《なご》みわたっておいでになります、このような若さの華が歌舞《うたまい》の群に加わるところを、いつもご覧でおいでになるので。さらにはまた、その婿君も諸人に超えて幸運に恵まれた方となりましょう、いっぱいに結納の品を積み上げて、あなたを家《うち》へお迎えなさるその若殿は。と申すのも、これまでかつて人間としてこれほどの方には、まだお目にかかったことがありません、殿方にしろ女性《じょせい》にしろ。それでこういまお目どおりをしますにも、畏敬のこころが私の胸をせめるのです。
いかにもいつかデロス島で、アポロン神の祭壇のかたわらにいて、このような棕櫚《しゅろ》の木の若い芽ざしが、(土中から)生い出てくるのを見たことがありました、その土地へも、私は多くの兵士たちを従えてゆきましたので。あの後々で私がひどい苦難をうけることにもなったその遠征の途中でした。それでかの若木をながめ、長いこと胸をうたれて呆然と、そのまま立ちつくしたことでした、というのも、これまでこんなに素晴らしい樹木が、大地から萌え出たことはありませんので。それと同じに、あなたさまのお姿に胸をうたれ、呆然となった末は、お膝に手をふれるのも心から畏《かしこ》く存ずるのです。しかし私はいましも辛い憂《う》き目に襲われております、やっと昨日、二十日《はっか》目に、ぶどう酒色の海原をのがれて来たところなのです。そのあいだいつも私を、波浪と急な疾風《はやて》とが、オギュギエの島からずっと運んでまいったのです。それでいまこのところへ、神さまがほうり出された次第ですが、おそらくここでも何かの災難に、またもや私が出会うようにとのことでございましょうか。と申しますのも、まだ災難がやむわけではありますまいし、それ以前にまだたくさんな禍いを神さまがたはもうけさせなさるつもりでしょうから。
さればなにとぞあなたさまにはお憐れみを。というのも、私はお手もとに、たくさんな災禍《わざわい》に苦しめられてのち最初(におすがりする)方として、まいりましたものであるうえ、他には一人も、この都にも郷《さと》中にも、お住まいの方は存じませんので。それで町への道をぜひお教えいただきたく、またぼろ布なりと身にまとうものをくださいますよう、もし何か衣類を包む布なりを、ここへおいでのおりにお持ちになったのでしたら。それであなたへは、お心にお望みなさる限りをすべて、神さまがたが、婿君にしろお館《やかた》にしろ、あるいは心の和合一致にしろ、お授けくださいますように。結構な、と申すのも、夫と妻とが心を合わせ、一致して家を保ってゆくときよりも立派な、また役に立つしろものはありませぬから。それはまったく、意地悪な敵にとっては、たいへん苦々《にがにが》しいこと、味方にしてはうれしい慶事《めでたさ》、それをいちばんよく御存知なされるのは、御自身たちでございましょうが」
それに向かって、白い腕《かいな》のナウシカアが答えていうよう、
「見しらぬ方ながら、あなたは悪い方でも愚か者でもないとお見受けします。またオリュンポスにおいでのゼウスさまがご自身で人間たちに、よい者へなり悪人へなり、思いのままにそれぞれ幸福というものをお分ち与えなさいますこと、おそらくあなたにたいしても、そうしてお授けなさったものゆえ、何はともあれ、あなたも辛抱なさっておいでにならずばなりますまい。ところで、私どもの国へまた都へおいでがあったからには、もちろん着る物にしろ、また何か他の物にしろ、不自由はなさりませんでしょう、幸いの薄い願い人《びと》が(私どもに)出会ってから当然に求めるはずのものでしたら。また町への路は、私が教えてさしあげましょうし、住民たちの名も申し上げましょう。この都、またこの国土によっているのはパイエケスと申す人々、また私は度量のひろいアルキノオスの娘でして、その方にみなパイエケスの人々の権勢も威力も懸《か》かっているものです」
こういうと、結髪《ゆいがみ》の美しい侍女《こしもと》たちに言いつけるよう、
「お停まりなさい、侍女たち、どこへ逃げていくのです、男の方を見かけたといって。まさかこの方が敵国人の誰かだというのではないでしょう。このパイエケスの人々が住む土地へ敵意を持って来るような、そういう者は生きている人間にはおりませんし、また将来とも生まれますまい。私たちは不死である神さま方と親密なのですから。また私らは人界を離れて、波のとどろく大海に、世界の涯《はて》に住まっているので、死ぬべき人間じゅうに一人として、私たちと関係《かかわり》をもつ者は他にありません。でも、ここにおいでのかたは不運な方で、流浪をつづけてこの里へお着きなさったのです。それでいま、この方をお世話せねばなりません。というのも、他国から渡って来たお客さまとか物乞いとかいうのはすべて、ゼウスさまから遣《つか》わされたかたがたゆえ、その人々への贈りものは、わずかにしろ、心のこもったものであるはず、それゆえさあ、侍女たち、このお客人にさし上げなさい、食べ物や飲み物やを、そして河で沐浴させてあげなさい、風|避《よ》けのある場所へお連れして」
こういうと、侍女たちはみな立ちどまって、おたがいに励ましあい、いわれたとおり風避けの場所にオデュッセウスを坐らせた、器量のひろいアルキノオスのおん娘ナウシカアのいいつけたとおりに。そしてかたわらに広い上衣や肌着だのを並べておいて、黄金の細口瓶《レキュトス》にしっとりしたオリーブ油のはいったのを渡し、河の流れに沐浴《ゆあみ》してくるようにと勧めた。まさしくそのとき、尊いオデュッセウスは侍女たちの間でいうよう、
「侍女さんがた、ではそのようにあちらへ去ってください、そのあいだに私が自分で、汐気を肩から洗い落として来ましょうから。そして体へすっかりオリーブ油を塗りましょう。まったくもう長いこと、肌にも油を塗らずにいました。しかし(皆さんの)面前では、私にしろ沐浴もなりかねます。というのは、結髪の美しい乙女たちのあいだにあって、裸身を見せることはつつしむべきだと思いますので」
こういうと、女たちは隔たったところへいって、(その次第を)王女に話した。一方尊いオデュッセウスは、河の水をくんで汐気を洗い落とした。それは彼の背中から幅の広い両肩まで、一面にとりついていたものだった。また頭部からも荒涼とした海のうしおのこびりついたのを拭い取った。
こうしてすっかり体を洗い浄め油を塗り、まだ生娘である少女がくれた衣を身にまとったとき、ゼウス大神の御子であるアテネ女神は、彼をいっそう丈も高く体つきもたくましげな姿に仕上げ、頭に垂れる頭髪《かみのけ》もヒアシンスの花そっくりの、いっぱいなみごとなようすにお変えなさった。ちょうどへパイストス神とパラス・アテネ(の両神《おふたり》)とから、百般の技術を教えこまれた名工が、黄金を銀の器《うつわ》の口ベりにぐるりとかけわたすときみたいに、そしてその出来上がりが、いかにも巧緻《こうち》をきわめる、そのように御神はオデュッセウスの頭や両肩に優雅な趣《おもむき》をお加えなさった。それから彼はみなから離れて、海の波打ちぎわに出かけてゆき、美と優雅さに輝いて坐りこんだ。そのようすを乙女は驚嘆してながめていた、そのあげくとうとう結髪の美しい侍女たちの間でいうよう、
「私のいうことをお聞きなさい、白い腕《かいな》の侍女たち、ちょっと話がありますから。この方が神々にもたぐえられるパイエケスの者どもに立ち交わるのは、けしてあのオリュンポスにおいでの神々たち全体の、御意に逆らうことではないようです。というのも、まったく卑賎な者みたいに見えたのが、いまではあの広い大空を御支配になる神さまがたにそっくりです。ほんにもしこのような方が私の夫と呼ばれ、この土地にお住まいなさるようならば(嬉しいことでしょうに)、そしてこのままここにあの方が喜んでお留まりなさるようだったらねえ。ともかくもさあ、侍女たち、お客さまに飲む物や食べ物をさしあげなさい」
こういうと、侍女たちはむろんのこと、命令にすぐ聞き従って、オデュッセウスのかたわらに食べ物や飲み物をもって来て供えた。そこで辛抱づよく尊いオデュッセウスは、いかにもがつがつとして飲みつづけ、また食いつづけた、というのももう長いこといっさいの食物から遠ざかっていたからだった。
ところで、白い腕《かいな》のナウシカアは、また他のことを考えついた。すなわち衣類をたたみ上げて、きれいな車の上にのせ、頑丈なひづめをした騾馬《らば》どもを軛《くびき》につけて、その車に自身も乗りこみ、さてオデュッセウスをうながし、その名を呼んでいうようには、
「ではさあ、お客さま、起き上がって町へゆくことにいたしましょう、これから聡明な私の父の館へ向けてあなたをお送りしましょうから。そこでは多分、すべてのパイエケスの族《やから》のうちで、優れているというほどの人々にはみなお会いになれましょう。ところでこうするのが、きっとよろしいでしょう、あなたがけっしてさとりの悪い方ではないとお見受けするので(申しましょうが)、私どもが田舎の土地を、人々の畑作のあるところをゆくあいだ、そのあいだは侍女たちといっしょに、騾馬や車をもちい速く進んでまいりましょう、それで私が道をご案内いたします。しかし都城へさしかかりましたら、その周辺には高い囲壁の塔が立っていて、都づくりの両側にはきれいな港が見え、その入口はごく狭いのです、そして両端のそり反っている船がいくつも路へ引き上げられています。つまり市民のめいめいに場所が割りあてられているので。またそこには、立派なポセイドンの社地のわきに、市民たちの集会場所《アゴレ》がありまして、引っ張って来た巨《おお》きな石がいくつも地を掘って埋めこんで置かれています。そのあたりでまた人々が、黒い船の鋼索だとか帆布だとか、いろんな道具の手当てをしたり、櫂の手入れもしております。
というのもパイエケスの人々は、弓矢とか箙《えびら》といったものは用いず、もっぱら帆柱とか船の櫂《かい》とか、釣合いのよい船を用いる仕事に従い、船に乗るのを喜びとして、灰色の海を渡ってゆくものですが、その人たちの心ない風評を私は避けたく思うのです、つまり誰かが後々で悪い噂をひろめてはなりませんから。市民の中にはずいぶんと軽薄な者も多いこと、ひょっとして中でも意地の悪い男が私どもに出くわして、こんなことをいわないとも限りません。『誰だ、あのナウシカアについていく、男振りがよく、丈の高い見知らぬ客は。どこであの男を見つけたのか。あるいは王女の婿になるのかも知れん。それとも誰かひょっとしてうろついてるのを、船から連れて来たのかも知れぬぞ、遠国の男の一人をな、どうも近隣の者とは見えぬから。あるいはまた王女の祈りによって、しきりに祈願をこめられた神様でもが、天|降《くだ》りしておいでになったのか、それでこれから末永く連れ添われるというのかな。王女が自身出かけていって、どこかよそから婿君を見つけて来たなら、いっそう結構なことだ。まったく王女はここらにいる国中のパイエケスの族の者らを尻目にかけておいでだからな、ずいぶんと多勢しかもよい若者らが求婚しているのだけれど』こんなことを皆いうでしょう、そしてこれは私の落度《おちど》になりかねません。それに、私だって他《ほか》の女がこんなことを致したら、けしからぬことと思いましょう、もしその女《ひと》が、大切な父上と母上とがおいでなのに、その承諾も得ないまま、公然と結婚式も挙げないうちに、殿御たちと交際するというのでしたら。
でもお客様、あなたはすぐと私の話をお解《わか》りになってくださいましょう、さっそくにも私の父から帰国のための旅の用意をおもとめができますように。行く道ばたに近接して、(いまに)アテネさまの立派な社《やしろ》の森をごらんなさいましょう、川楊の木が何本も茂っていて、そこには泉が流れていて、一帯が草の牧原をなす、そこに私の父の荘園があり、豊かに栄える苑生《そのう》をひかえています。町の人が叫ぶときその声が聞こえるくらい隔たったところです。その場所に腰をおろして、私どもが町へ着き、父の館に到着しようと思われる時分まで、しばらく待っていてください。しかしもう私どもが屋敷に着いたころと推量される時分になったら、その時にパイエケスの都へ出かけて、私の父の、度量のひろいアルキノオスの屋敷はどこかとたずねるのです。でもそれはすぐにも人眼にそれと識《し》られるもので、頑是ない子供にさえも道案内ができるでしょう。それというのも、パイエケスの人々の住居にしても、アルキノオスの殿様の館のような、そんな具合につくられた屋敷というのはありませんので。そこでもしあなたがその建物や庭のかこいにはいったならば、さっそくにも館の中をどんどん通り抜けて、母上の手もとまでおいでなさるのです。母上は炉のほとりに、火の光の輝くところにお坐りなさって、大柱によりかかり、潮紫の色の毛糸を巻き取っておいでのはず、目をおどろかす(立派な品です)。その後ろには侍女たちが坐っております。そこにはまた私の父のための台座が、母のに寄せてすえてあり、その上に父上がお坐りなさって、ぶどう酒をお召しのようすは、さながら不死の神さまにも似ておいでになる、その側を通り抜けて、あなたは私どもの母上の膝のまわりに手を投げかけるのですよ、さっそくにも帰国のときをお迎えなさって喜びたいとお望みならばね、たとえずいぶん遠い国からおいでだったにしても。≪もしも母上があなたにたいして、よい感情を胸にお持ちなされたならば、身内のかたがたに再会もし、こしらえのよい館に帰り、あなたの祖国にお戻りなさろうとのお望みもかなえられるわけですから≫」
こう声をあげていうと、きらきらしい鞭をあげて、騾馬どもを馳《はし》らせた。すると騾馬はすみやかに河の流れをあとにして、みごとに馳けてゆき、両足をみごとに運んでいった。また王女はたくみに手綱をあやつり、徒歩《かち》立ちの侍女たちやオデュッセウスがついて来られるように、心を使って革鞭をあてていったのであった。やがて太陽は沈み、一同はアテネの世に名高い聖い社地に到着した。そこへ尊いオデュッセウスは腰をすえて、すぐさまゼウス大神のおん娘神(アテネ)に祈祷を捧げた。
「どうか私の祈りをお聞き入れくださいませ、山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウスの御子の、アトリュトネさま、今度こそほんとうに私の願いをお聞きのほどを。先《せん》だって私の船がうち砕かれたおりには、けしてお聞き入れがなかったのですから。あの名も高い大地を揺すぶる大神さまが、私の船を木っ葉微塵におこわしだった、その時です。どうか私が、パイエケスの人々のところへいって、親愛と同情とをかちえますよう」
このように祈っていった。それをパラス・アテネはお聞きなさったが、あの神さま(ポセイドン)自身にたいしては、けして反対なさるご様子は、お見せでなかった。というのも、父神の兄弟(ポセイドン)には遠慮なさっていたからである。すなわちあの神さまは、神とも見まがうオデュッセウスに向かっては、(彼が)自分の故郷に帰り着くまで、たいそうひどく立腹なさっていたものである。
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第七巻
アルキノオス王の館《やかた》での物語
【王女に別れたオデュッセウスは単独で王宮をさして出かける。アテネ女神が現われて彼を励まし、他人に妨害されぬよう、靄《もや》をかけて姿を隠させる。彼は王宮にはいり、大広間でにわかに王妃アレテの前に姿を現わし、助けを求める。王と王妃はねんごろに彼をもてなし、送還を約束、またいろいろな贈物を与える。オデュッセウスはカリュプソの島を出てから暴風にあい、かろうじてこの島に泳ぎついた次第を話す】
このように辛抱づよく尊いオデュッセウスはこの場所で祈りつづけていた。その間にも頑丈なつがいの騾馬《らば》は、王女を町へと運んでいった。そして彼女はいよいよ父王のたいそう立派なお館《やかた》に到着すると、車を玄関の前に止めたが、不死の神々にも見まがうほどの兄弟たちが寄って来てそのまわりに立ち、轅《ながえ》のもとから馬どもを解き放ったり、衣類を奥へ運んでいったりした。それで王女ご自身はご自分の奥の間へと向かってゆくと、アペイレ生まれの老女で、寝間のおつきのエウリュメドゥサが、王女のために火を燃やし立てた。この女は、そのむかしアペイレから、両端の反りかえっている船どもが運んで来たのを、人々が選び出して、アルキノオスヘの誉れある分け前としたものであった。それは王がすべてのパイエケスの人々を統治して、国民一般から神のごとくに仰がれていたからであった。この老女は白い腕のナウシカアを屋敷の中で育て上げた、それがいま王女のために火を燃やしつけ、晩餐を運びこんだのである。
ちょうどその頃、オデュッセウスは都城へ行こうと立ちあがった。その身の周囲にアテネ女神がおびただしい靄《もや》の気をそそぎかけたのは、オデュッセウスのためによかれとお慮《はか》りのゆえであった、もしかして意気のさかんなパイエケスの族《やから》の誰かが道で出会って、言葉をかけてとがめたり、何者かなど問い質《ただ》しなどしないようにというので。しかしいよいよ美しい都へいましもはいろうというとき、その場所できらめく眼《まなこ》の女神アテネが、水瓶《みずがめ》をたずさえた若い娘の姿を借りて、彼に向かっておいでなさった。そして彼のすぐ前に立ちどまったので、尊いオデュッセウスは問いただした。
「ちょっと娘さん、アルキノオスという方のお邸へ道案内をしてくださいませんか、このあたりの人々を統治しておいでということだが。というのもつまり私は他国の者で、苦労を重ねてこのところへ着いたばかりなのだ。遠方の、遠くはなれた国から来たので、それゆえこの町にしろ国にしろ、住んでいる人間には、一人も知りあいがないものでな」
それに向かって、今度はきらめく眼《まなこ》の女神アテネがいわれるよう、
「それならば私が、他国の小父《おじ》さま、あなたのおおせのお邸をお教えしましょう、その方は私の立派な父親の家の近くにお住まいですから。ですが、どうかすっかり黙りこくっておいでください、私が道案内をつとめましょうから。そしてどんな人へも眼を向けたり、問いたずねたりしてはなりません。というのも、この国の人たちは、他国の者をてんで受けつけないで、よそから来た人間となりますと、けして愛想よくもてなすということがないのですから。つまり彼らは進みの速い船々を頼みとして、大海原もどんどん渡ってゆくのです。これも大地を揺《ゆ》すぶる大神(ポセイドン)の賜物というわけですが。まったくこの国人の船というのは、鳥の翼、あるいは人の思いつきほどにも速いものなのです」
こう声をあげていうと、パラス・アテネはさっそく先に立って案内された。そこでオデュッセウスも、おん神の跡につづいて歩をすすめたが、その姿をパイエケスの、船に名高い族《やから》の誰一人として、町中を人々の間をわけて行くにもかかわらず、認めるものはなかった。というのも、結髪も美しいアテネ神がそうおさせにならなかったからで、お力もあらたかなこの神さまが、恐ろしいほどいっぱいな靄《もや》の気をふりそそがれたわけであった、御心によかれとお慮《はか》りなさって。さてオデュッセウスは(ゆくほどに)港だの、釣合いのよい船々だの、町の人々自体の集合場所や長い囲壁やを感心してながめていった、それは高くそびえて杭《くい》がいっぱい植えつけてあり、見るも驚くばかりであった。しかしとうとう国王のたいそう立派なお館に到着したとき、二人のうちでまずきらめく眼のアテネ女神が話しをはじめ、
「これがその、よそからおいでの小父さま、教えてくれとおっしゃいましたお屋敷です、ゼウスさまがご養育なさる領主《とのさま》がたが、ご馳走にあずかっておいでになるのをご覧でしょう。ではあなたは内へおはいりなさいませ、何も気おくれなさることはありません。気象のしっかりした人間なら、すべての事をやるにつけ、いっそ首尾よくいくものですから、たとえまあどこかよそから来た方《かた》にしろ。それでまず初めに、お屋敷ではお妃《きさき》さまにお出会いなさいませ、アレテという呼び名でおいでで、アルキノオス王をお産みになった親御たちと、同じご両親のお血筋でした。すなわちまず最初には、大地を揺すぶるポセイドンとぺリボイアさまとが、ナウシトオスをお設《もう》けでした。この方は、女性《にょしょう》のうちでもとりわけ姿が美しく、度量のひろいエウリュメドンの末娘で、この王さまはそのむかし心|倣《おご》った巨人《ギガンテス》〔この巨人族はいわゆるギガンテスとは異なり、ポセイドンと縁があるものらしい〕どもを統治しておいでだったのを、乱暴非道な民どもをお滅ぼしなさって、ご自分もまたおなくなりでした。その娘とポセイドンさまがお逢いなさって、器量のすぐれたナウシトオスを子にお設けなさいました。この方がパイエケスの族をずっと治めておいででしたが、このナウシトオスがレクセノルとアルキノオスと二人のお子をお持ちでしたところ、そのレクセノルがまだ結婚したてで、男のお子もないうちに、銀弓を持つアポロン神が矢を射てお殪《たお》しなさったのです。お屋敷にはただ一人のお嬢さま、アレテだけがお残りでした、その姫をアルキノオスが妃とされ、大切になさることといったら、この地上にある他のどの女もこう大切にはされないほど、世の妻としていま夫にかしずき家を持つ、どの女とておよばないほどなのです。それほどにも王妃は、ご自分のお子さまがたからまたアルキノオス王ご自身からも、市民のみなからも大切にされ、また現に尊敬されておいででして、町中をお通りのおりには、まったく皆が神さまのように王妃を仰いで、挨拶の言葉をおかけ申し上げる。というのも、まったく王妃ご自身にしても、優れた知恵分別をけして欠かさずお持ちのうえに、よかれとお思いなされば、婦人ばかりか殿方にたいしてさえも、諍《いさか》いを取り鎮めてくださるくらい。それゆえもし王妃さまがあなたにたいしお心に好意を持ってくださいましたら、身内のかたがたに再会し、高くそびえるお家に帰り、あなたの故郷《くに》にお戻りなさることも、きっと期待できるというものでしょう」
こう声をあげていうと、きらめく眼のアテネは、荒涼とした海の上をおたち去りになり、美しいスケリエの島を後にして、マラトンや通路のひろいアテナイ(の都)へ着くと、エレクテウスの堅固なお宮〔アテナイ・アクロポリス丘上の宮殿、社殿であろう。エレクテウスは伝説の古王であるが、エリクトニオスの短称らしく、やはりポセイドンと同一、少なくも同系の神格(大いなる大地神)とみられる〕へおはいりなさった。
一方、オデュッセウスはアルキノオスの音に聞こえた宮殿へと出かけていった。ところでずいぶんと、その青銅の閾《しきい》に着くまでには、立ちどまっていろいろ心を動揺させた。というのも、さながら太陽か月かのようにきらめく光が、度量のひろいアルキノオス王の高くそびえる宮居じゅうに満ちわたっていたからで、まわりの壁もほうぼうが、入口の敷居から奥まで、青銅で張られていて、その上端は青エナメルで飾られている。また純金の二枚扉が堅固な屋敷を内へと仕切り、銀づくりの柱が青銅の敷居の上に立っていた。それにまた扉の上の|まぐさ《ヽヽヽ》が銀に、掛け金《がね》は黄金づくりで、両側にはそれぞれ金と銀との犬どもがずらりとひかえていたが、これはへパイストス神が技巧を凝らして、度量のひろいアルキノオス王の御殿《ごてん》を番するようにとこしらえた、いつの日までも不老不死の犬どもだった。また屋敷の内には肘掛け椅子がほうぼうに、壁へ向かって寄せかけてあり、入口から奥の間まで引きつづいて置かれた上には、女たちがこしらえ上げた、織りのよい、しなやかな布がかけてあった。
この場所にパイエケスの長者たちが、いつも坐って酒を飲んだり食事をしたりするならわしだったが、(そうした物は)いつも不足をさせぬくらいにいっぱい蓄えがあった。また立派なつくりの祭壇には、黄金づくりの若者が、両手の間に燃える松明をささげて立っていて、饗宴に集まる人々のために館じゅうの夜を明るくしていた。屋敷にはまた五十人の侍女《こしもと》がいたが、あるいはりんご色をした穀物を臼で粉にひいたり、あるいは機《はた》を織り糸を紡いだりする、それが坐って仕事をすすめるそのようすは、丈の高い川楊《かわやなぎ》の葉の(ざわめき立つ)ようで、きっちりと織りつけられた麻布からは、しっとりした油がしたたりおちていた。
ちょうどパイエケスの男たちが、他国の者どもに優って海上に速い船を造ることに熟達しているように、女たちはまた機《はた》織りのわざに習熟していた。それはアテネ女神が彼らにたいして、とりわけて美しい手仕事の技術とすぐれた知恵とをお授けだったからである。中庭の外側には、門の扉に近接して、四|畝《グイア》もあるくらいの広い果樹園がつづき、そこには野梨やざくろ、実の輝くほどな林檎だの、甘いいちじくだの、繁ったオリーブ樹だの、いろんな果樹が丈高く繁りあい、花を開いていた。そうした木々の実は、けっして腐らず、冬も夏も年じゅう絶えるということがなかった。それで始終柔らかな西風が吹き寄せて、木の実をみのらせたり、熟させたりするので、梨の実は梨の実の上に、林檎は林檎の上に古びてゆき、一方ではぶどうの房が他の房の上に、いちじくはいちじくの上に年を重ねてゆくのであった。
またそこでは実りの多い平らな苑生《そのう》に(ぶどう樹が)根を張っていて、その一部分の日向《ひなた》の平地は暖かいところを占めて太陽に乾かされてい、他のところはいましも収穫の最中《さいちゅう》、また他の場所では実を踏みつけて汁を絞っているところである。また前のほうのはまだ実も未熟で花が咲きのこっているのに、すぐそばではもう黒く色づいて来たというふうで、そのまたいちばん下の畝のかたわらには野菜がきれいに列をつくって植え付けられ、あらゆる種類の莱類が一年じゅうにぎやかに生い繁る。その間を二本の泉が流れている、その一方は果樹園の全体にわたって水を散じ、もう一方は反対側から、中庭の敷居口をくぐって、高くそびえる館に水を送っていた。そこから市民たちは水を汲んでくるならわしだった。つまりアルキノオスの御殿には、これほど立派な、神々の贈り物があったのだった。
その場所に立ちどまって、辛抱づよく尊いオデュッセウスは感心しきってながめていたが、いよいよすっかり自分の胸に得心ゆくまでながめつくすと、おお急ぎで敷居をまたぎ、館の内へはいっていった。そしてパイエケスの長老たちや殿さまがた(将軍たちや相談役たち)が杯をとって、よい見張り役のアルゴスの殺し手の神(ヘルメス)に御酒《みき》をそそいでいるのに出会った。この神へはいつも最後に、もう寝ることを心に願う時分になると、御酒をささげるならわしだったが、そのところへ、辛抱づよく尊いオデュッセウスは、屋敷の中をおびただしい靄《もや》の気につつまれたまま進んでいった。この靄の気はアテネが彼のまわりにそそぎかけてくださったものだが、こうしてついにアレテとアルキノオス王とのお手もとへ着くまでいくと、王妃の膝へオデュッセウスは両手をかけて取りすがった。するとそのときまさしく、例の不思議な靄の気が、オデュッセウスその人の体から、すっかり消え失せてなくなったので、並居る人々はみな、館の中に人が現われ出たのを見て、肝《きも》をつぶしてながめるばかり、物もいえずにひかえていた。さてオデュッセウスが祈りをこめていうようには、
「アレテさま、神さまにもたぐえられるレクセノル王の息女の、あなたの夫君とあなたさまのお膝にすがろうと、さまざまな苦難をへて、私はここへまいったものです、またこの宴会においでのお客さま方へも。そのかたがたに神々が存生中は福徳をお授けのよう、まためいめいがお子さまがたに、お屋敷中の財産を栄位とともにお譲り渡しがかないますよう、すべて国民じゅうからお受けの徳を。ところでまた私へは、少しも早く祖国《くに》へ帰れますよう、旅の用意をしてくださいませ、まったくもう長いこと身内の者どもから引き離され、苦労を重ねておりますので」
こういうと、炉の上の火のかたわら、灰の中へ坐りこんだので、人々はすっかりものもいえずに、ひっそりと静まり返った。そのときやっとしばらくしてから、皆の中で老人のエケネオスが口を開いた。この人は、パイエケスの男たちの中でもいちばんの年長者で、話がたいへん上手なうえに、むかしのことをいろいろと弁《わきま》えていたが、いま一同のためを慮《おも》んぱかって、口を開いて談ずるようには、
「アルキノオス王よ、いやけしてこのような仕打ちはけっこうなことでもなければ、正当とも申せません、客人を地面へ、しかも炉の灰の中に坐らせて置くなどというのは。ここにいるかたがたは、あなたのお言葉を待ち受け、さしひかえているばかりです、ともかくもさあ、客人を立ち上がらせ、銀細工をした肘掛け椅子へ坐ってもらうがよろしいでしょう。その間に王は伝令使たちに命じて、ぶどう酒をいっぱいつがせ、雷を転じたまうゼウス神に、御酒をそそいでまつるとしましょう、この神さまが、つつましい祈願者たちにはついておいでなのですから。夕餉《ゆうげ》を客人に、家事取締りの老女に命じて出させなさるがよろしかろう、またうちに蔵《しま》ってあるものからでも」
そこで、尊く畏《かし》こいアルキノオス王はこの(言葉)を聞かれると、心の慧《さか》しく、さまざまな機略に富むオデュッセウスの手を取って、炉から引きあげ、立派な肘掛け椅子に坐らせた、自分のすぐそばに腰かけていた愛嬌のよい息子ラオメドンを立ち上がらせて。――この息子はとりわけて王が愛していた者だったが。そのうちに侍女が手洗いの水を、美しい黄金の水差しに入れて運んで来て、銀盤の上に手を洗うようにそそぎかけた。そしてかたわらに磨いた四脚の卓《つくえ》をひろげておくと、うやうやしい取締りの老女が食物を持って来て、つけ加えて、それへ並べた、料理の品をいっぱい、居合わす客人たちへの心づくしに。そこで辛抱づよく尊いオデュッセウスは、それを飲んだり食べたりしたが、その時にアルキノオス王は、伝令に向かって命じられるよう、
「ポントノオスよ、混酒器《クラーテル》に上酒(と水と)を混ぜあわせて、この広間じゅうのかたがた皆へのこらず酒をついでまわれ、これから雷を転じたまうゼウス神に御酒をまつれるように。この御神は、いつも大切な願い人には庇護を与えておいでなのだから」
こういわれると、ポントノオスは心をとろかすぶどう酒を混ぜ合わせた。そして一同へと、まず台杯で最初のしずくを(おん神に)献げてから、酌《つ》いでまわった。さて神々への灌奠《かんてん》もすみ、思う存分に酒をみなみな飲んだ頃に、人々に向かってアルキノオスは談をはじめていうようには、
「聞いてくれ、パイエケスの族の将軍たちや相談役たち、私が心にいいたいと思うところを述べようから。いまのところは宴を終わりにして、めいめい家へ帰って臥《ね》てもらいたい。それで朝になったら、長老たちをもっと大勢呼び集めて(会議を開き)、客人を館のうちでもてなすことにし、神々へも立派な供物をたてまつろう。それから客人を送り返す仕度を相談するとしよう。この客人が苦労だの煩《わずら》いごとだのをもう受けずに、私らの送り返しの手段によって楽しくすぐにも、自分の郷里《くに》へ戻れるように。たとえずいぶん遠方から来られた者にもせよ、また自分の国の土を踏む前に、何かの災難とか禍いとかを途中でお受けなどせぬように。だがそれから先は、定命《じょうみょう》と重々しい|運勢の紡ぎ女《クロテス》たちが、客人を母御が生んだそのおり、生み落とされた彼のために糸をつむいでわたしたところを、いちいちあまさずその身にお受けなさるであろう。しかしながら、もしこれが天から降りておいでになった不死である神々のおひとりだったら、まったく今度はいつもと変わった工夫を、神さまがたがこらしておいでということになる。というのも前には始終神さまがたがはっきりとお姿をわれわれには、お示しなさるのが例《ため》しであった。それでたいそう立派な百牛の大贄《おおにえ》を私らがたてまつる際には、いつも私らのところでお坐りなさって、まさしく我々も居合わすところで、食事の卓におつきであった。もしも誰かが旅をしていて、ただ一人で歩いているおり、(神さまがたに)出会ったとしても、けして姿をお隠しにはならないのだ、われわれは彼らに近い者なのだから、ちょうど単眼鬼《キュクロプス》たちや、巨人《ギガンテス》らの粗暴な族《やから》と同じように」
それに向かって、知謀に富んでいるオデュッセウスが答えていうようには、
「アルキノオスさま、どうかそんなふうにはお考えにならないでください、なぜというと、私はともかく、あの広い大空をお保ちの神さま方とは背丈にしろ体つきにしろ、似ても似つかぬ者ですから。まったく死ぬはずの人間どおりなのです。世間の人のうちでも、いちばんひどい艱難辛苦を背負っているとご承知の、そういう人たちと、いま苦難を嘗《な》めているこの私は似かよっておりましょう。まったくそのうえもっといろんな禍《わざわ》いを(受けた次第を)お話しもできることです、ほんとうに神々の思し召しによって私が苦しみ悩んできたその始終を、すっかりお聞かせするのでしたら。ですが、いまのところは晩の食事を取ることをお許しください、いろいろ悩んではおりますけれど。というのも、まったくおぞましい胃の腑以上に、(犬みたいに)卑しいものはまたとありません。たとえこちらがどのように苦しんでいて、胸に悩みを抱えていようと、是が非でも自分のことを思い出すよう命ずるのですから、ちょうど現在私が胸に悩みを抱いていますような場合でさえも。そしていつでも食ったり飲んだりしろとしきりに命じて、これまでのあらゆる苦難もすっかり忘れ、ただ十分に満腹させろとばかり督励します。ではどうか、あなた方は、夜が明けて朝になり次第に、この不幸な私が祖国の土を踏めるように、仕度を急がせてくださいませ。たとえ(これから)どんなに苦労をつんだあとでも、国へ帰ったうえでなら、すぐもう死のうとかまいませんが」
こういうと、折目正しい物言いぶりだったもので、人々はみなそれに賛成して、この客人を送りつけるよううながしたのだった。さて神々への灌酒もすみ、心に望むだけ十分に酒も飲んでから、一同はてんでに家へと床につくため帰っていった。それで広間には尊いオデュッセウスがとり残され、そのかたわらにはアレテと、神のような姿のアルキノオス(だけ)が腰かけていた。そして侍女たちは饗宴の器具のたぐいを片づけに運んでいった。そのおり白い腕のアレテはみなに向かってまず先に口を開いて話をはじめた。というのも、(オデュッセウスが着ている)薄い衣だの肌着だの、きれいな衣服を見て、それらは王妃がみずから、召使いの女たちといっしょにこしらえあげたものだと覚っていたからだった。そこで彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうよう、
「お客さま、まず最初に私がおたずねいたそうと申すのはこのことなのです。あなたはいったいどういう方で、どこからおいでなさいましたの。いったい誰がその衣類をあなたにさしあげたのですか。さっきはほんとに、海上をさまよったあげくに、ここへお着きだとおっしゃったではありませんか」
それに向かって、知恵に富んでいるオデュッセウスが答えていうようには、
「厄介なことで、王妃さま、いっさいをくわしくお話しするというのは。天においでの神々は、たくさんな艱難辛苦を私にお与えでしたので。でもお問い質《ただ》しがあるうえは、それをこれから申しあげるといたしましょう。オギュギエという島が、ずっと遠くの海中にございます、そこにアトラスの娘で、狡《ずる》いたくみを心得たカリュプソが住まっております、髪結《ゆいがみ》の美しい怖ろしい女神でして。神さまがたにも死ぬはずの人間にも、一人として彼女と交わるものはいません。ところが、この不幸な私ひとりだけを、神霊が彼女の手もとに連れこんだのでした。私の速い船を、白く輝く雷火をもってゼウス神がおうちになり、ぶどう酒色の海原のまっただ中で、お砕きなさったときのことです。≪そのおりに他のすぐれた仲間の者どもは、みな残らず死んでしまいましたが、私だけは両端の反《そ》りかえった船の龍骨に両腕でしがみつき、九日のあいだ漂《ただよ》っていきました。そして十日目の暗い夜に、オギュギエの島へと神さまがたが私をお寄せなさったのです。そこは結髪の美しいカリュプソが住まっている島ですが、そのおそろしい女神が受け入れ、ねんごろにもてなしてくれ大切に養い、またいつの日までも不老不死にしてくれようといったのでした。しかし、けして心底まで私を説得することはできませんでした≫
その場所に七年間もずっと居すわり逗留しつづけていましたが、いつも衣は涙で濡れておりました。その衣もまたカリュプソがくれた神仙の着るものでした。しかしいよいよ八年目の月日がめぐって来ましたとき、まさにそのとき女神は私をうながして、帰るようにと命じたのです。これもゼウスさまのお指図によったのか、それとも彼女自身の気持が変わったのでしょうか。ともかくそれでたくさんの木を結《ゆわ》えてつくった筏《いかだ》にのせて私を送り出し、食糧だの甘い蜜酒だの、いろんな物をどっさりとくれ、神仙の衣も着せてくれました。そして憂《うれ》いをしずめる温かな順風を吹きおこしてよこしたので、十七日のあいだ帆を走らせ海上を進んでいったものでした。それで十八日目には私どもの国の、影をさす山の姿が見えましたので、かなしい心に私が喜んだのも情けないこと、まだまだそれから山ほどなつらい嘆きを身に受けなければならないのでした。それは大地を揺るがすポセイドン神が私にたいして仕向けたことで、御神は諸々《もろもろ》の風を吹き起こさせて行く方《て》を鎖《と》ざし、とほうもなく海原をわき立たせたばかりか、切なく嘆息している私が筏に乗っていくのを、波がてんで見のがしてはくれないのでした。その筏もそれから疾風《はやて》のためばらばらにこわされたので、私はともかく泳ぐほかなく、とうとう風と波とに運ばれて、皆さまがたのお国の近くまで、ひろいこの海面を渡ってまいった次第です。
このおり私が陸へ上がるところを、波がむりやり大きな厳《いわお》に打ちつけたり、危い場所に投げ出したりして、取り挫《ひし》ぎもしかねませんでしたのを、私は退いてまたもとへ泳ぎかえり、とうとう河口を探しあてたのでした、そこがいちばん適当な場所に見えましたので――岩などがなく平らかで、風のあたりも避けられるところでしたから。やっと気を取りなおして海から脱出するうちに、かぐわしい夜がやって来ました。それから私は天から降った(水を集めた)河を離れて陸《おか》へ上がり、木立の茂みでうたたねをし、まわりに木の葉を寄せ集めておいたところ、そのままそこに神さまは深い眠りをそそぎかけてくださったので、この場所で木の葉に埋もれ、胸にはいろいろ悩みながらも一晩じゅう、その上に朝も日中までも眠りつづけておりました。そのうち太陽も沈んでゆこうとするとき、やっと快い眠りが私を離れました。するとそのとき波打ちぎわに、王女の侍女たちが遊び戯れているのが目についたというわけですが、その間に王女ご自身が女神がたにも似かよう姿でおいでになりました。それで私が願い人《びと》としてお助けを求めましたところ、王女さまは優れた思慮をいささかもお欠きどころか、お若い方が(人に)出会ったおりの振舞いとしては、予期も期待もなさるまいというほど(に立派な思慮をお示し)でした。年若な者というのは、いつでも思慮を欠いたおこないをしがちですのに。それで王女は、十分な糧食やきらめくぶどう酒をくださったばかりか、河で私に沐浴をさせ、この着衣までくださったのでした。以上をまず本当のことと、胸に悩みはもちながら、お話し申しあげた次第であります」
それに向かって、今度はアルキノオス王が返答をしていうようには、
「客人よ、まったくそれでは私の娘として法にかなった処置をとったとは申せません、つまりあなたを侍女たちといっしょに、私どもの屋敷までお連れして来なかったということです。あなたは最初に娘に向かって庇護をお求めだったというのに」
それに向かって、知謀に富んでいるオデュッセウスが答えていうよう、
「王さま、どうかそのことで、非の打ちようもないご息女をおとがめはなさらないよう、というのも王女は私に、侍女たちといっしょについて来るようおいいつけでしたが、私のほうからお断りしたのです、恐れ入って。非難を受けてはなるまいと存じましたので。万一にもそのようすをご覧になって、ご機嫌を損じることがありましてはと。それというのも、この地上にある人間の族《やから》というのは、とかく意地悪で妬《ねた》みぶかいものですから」
それに向かって、今度はアルキノオスが答えていうには、
「客人よ、けしてそのようなことで、私の胸にある心は、ただわけもなくむやみやたらと立腹するものではありません。すべてにつけて程を得るのが、いちばんよいこと。まったく、ゼウス父神やアテネ女神やアポロンにかけ、あなたのようなそうした人物、私とまったく同じご思慮をお持ちの方、そうした方がそのままここに留って、私の娘をもらってくれ、私の婿と呼ばれるようなら(ありがたいのだが)。もしもあなたが喜んでここに残ってくれるとしたら、屋敷もまた家財もさしあげようが、よしまた不承知とあっても、パイエケスの一人として、あなたをしいて引きとどめはしますまい。そうしたことが、ゼウス父神の御意にかなうものではけしてないことを(信じましょう)。それであなたを送り返す時期を私はちゃんと定めておきましょう、あなたが十分おわかりのように、すなわち明日と。その時あなたはぐっすり眠りに落ちこんで、横に臥《ふ》せっておいでだろう、そのあいだ舟子《かこ》たちは風なぎの日和《ひよ》りに櫂をすすめて、あなたの故国《くに》とお家《うち》まで送り届けよう、もしまたお望みとあるなら、どこへなりとな。たとえそれがエウボイア島〔エウボイアはアテナイのあるアッティケ州の東につらなる大島〕よりずっと遠方にしてもだ。その島へは、私らの国人のうちの者たちがいったのだが、その話ではいちばん遠いところにあるということでした。そのおりには、金髪のラダマンテュスが、大地ガイアの息子のティテュオス〔巨人の一。ゼウスの愛人である女神レトに暴行を加えようとして、ゼウスの雷火に、あるいは女神の子であるアポロンとアルテミスの矢で射られ、地下タルタロスで責苦を受けた〕に会いたいというので、それを彼らが乗せていったのであった。それで皆はここへ戻つて来たが、それもいっこう疲れもせずに無事目的地へ着いてから、同じ日にまたこちらへと引き返して来たものでした。さればあなた自身も十分お心に諒解してくださろう、どれほど私の船隊や(舟子の)若者どもが、海上を航行するのに卓越しているかを」
こういうと、辛抱づよく、尊いオデュッセウスはうれしく思って、その名を呼んで言葉をつらね、祈りをこめていうのであった。
「ゼウス父神よ、どうかアルキノオス王が、いましがたおいいのことを、そっくりそのまま実行してくださるように。この方へは、禾穀《いね》をみのらす地の上で、不滅の誉れが授けられますよう、そして私には、故郷に帰ることが許されますよう」
このように、二人はこうしたことをあいたがいに語りあっていた。いっぽう白い腕《かいな》のアレテは、侍女たちに命じて臥床を柱廊下に設けさせ、それに美しい紫いろの毛布を入れこみ、またその上に厚地の覆いや毛織りの外被をかけて、着るように置いておかせた。そこで侍女らは広間から松明を手に持って出かけてゆき、せっせといそいでしっかりした臥床をととのえあげてから、オデュッセウスのわきへ来て立ち、言葉をもってうながすよう、
「ではお客さま、おやすみのようお起ちください、臥床の用意ができておりますから」
こう侍女らがいうのに、オデュッセウスにも身を横たえてやすむのが、ありがたいことと思われた。こうして辛抱づよく尊いオデュッセウスは、その場所で眠りについた、高く鳴りひびく柱廊下のもとに置かれた穴のあいている臥床にはいって。またアルキノオス王は、高くそびえる館の奥殿で寝につかれた、そのかたわらに王妃が臥床と寝具の仕度をなさった。
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第八巻
スケリエ島での物語、競技と饗宴
【アルキノオスは島人パイエケスの一族を集め、オデュッセウスのために船を仕立てて送ることを相談、まためいめいが彼へと贈り物を運んでくるよう依頼する。それから競技会を催したが、オデュッセウスは身をつつしんで深くはこれに立ち入らない。やがて夕べとなり饗宴が催され、伶人《うたびと》デモドコスが琴を演じてトロイア落城の段を吟誦するのに、オデュッセウスはむかしを思い涙をとどめえない。その様子を王は見とがめ、彼の素性、祖国や経歴をたずねる】
さて早く生まれて、ばらの指をもつ暁(の女神)が立ち現われたとき、寝床から聖《とおと》いアルキノオス王が起き出でると、ゼウスの裔《すえ》である、城町を攻め落とすオデュッセウスも起き上がった。そして一同の先頭に立って、聖いアルキノオスは、パイエケスの人々の集会場へと出かけていった。船置場のかたわらに設けられてある、その処へ来ると、磨かれた石の座席に並びあって腰をおろした。一方パラス・アテネは町中をずっと歩いてゆかれたが、その姿は聡明なアルキノオス王の伝令使と見られた、それも度量のひろいオデュッセウスが帰国のことをとり図らおうというので、(市民)一人一人のわきへ寄って話しかけるのであった。
「さあこれから集会場へおいでなさい、パイエケスの族の指揮をとり、あるいはまた国政にあずかる方々、他国から来たあの客人の話を聞かれるように。その人は新しく聡明なアルキノオス王さまのお屋敷に着いたので、海上をずっとさ迷って来たというものの、不死の神さま方にその丈《たけ》かたちがそっくりです」
こういって、女神はめいめいの人間の心を動かし気勢を励まそうとなさった。それでたちまちのあいだに集会場の座席もすっかり、集まって来た人間でいっぱいになった。それで多勢が、心のさかしいラエルテスの息子(オデュッセウス)を見て感心しあった。それはいうまでもなくアテネ女神が、彼の頭や両肩に、尋常でないようすのよさをそそぎかけ、またいっそう丈も高く、体つきもたくましくしたからで、それもパイエケスの人々みなから、彼が好ましく思われるよう(とのお心づかいからだった)。
さて人々が集まって来て、一つところに寄り集まったとき、一同にたいしてアルキノオスが話をはじめていわれるようには、
「さあよく聞いてくれ、パイエケスの族の指揮をとり、あるいはまた国政にあずかる人たちよ、私のこれからいうことを。それは私の胸中の心が言えと命ずるものなのだから。ここにいられる客人は、まだどういう方か存ぜぬが、さ迷い歩いて私の館へ来られた者だ、あるいは東の方の国からか、西の方の国からみえたか、(故郷へ)送り返してくれと請求され、しかも確かにするようとお頼みである。さればわれわれとしても、以前と同様に、早く送ってあげるようにしようではないか、というのも、絶対にいままでとても一人として、私の屋敷へ願って出た者でもって、この土地に嘆きかこちながら、送ってもらえないために、長らく逗留していた者はないからだ。さればさあ、黒塗りの船を、輝く海へ引き下ろそうではないか、新造の、はじめて航海へ出るやつを。それから若者を五十二人、国中から選り出すように、前から腕利きといわれている連中をすぐって。
そしてみんなで、櫂《かい》掛けに櫂をよくしばりつけてから、(また)船から降りて上がって来い。それから今度は、私らのところへ来て、速い(簡単な)食事の用意をするがいい。私がみなに、十分なものを提供しようから。若者どもには、以上のことを指図しておくが、いっぽう他の笏杖《しゃくじょう》をたもつ領主がたには、私の立派な館のほうへおいでを願おう。客人を屋敷の中で歓待しようと思っているので。どうかことわる者などないようにしてくれ。またあの尊い歌うたいデモドコスを招《よ》んで来い。というのも、ひとに超えた歌のわざを、おん神はこの男にお授けになったからだ、どのような条《くだ》りをでも気のおもむくままに歌って、人を楽しませる術を」
こう声をあげていわれると、先に立って進むあとから、笏杖をもつ領主たちが従ってゆくと、伝令使は神々しい歌唱《うたうたい》人を招きつれに出かけた。一方五十二人の若者たちが選び出されて、命令どおりに、荒涼とした海の渚に出かけていった。そして船のあるところ、海の傍に到着すると、黒い色の船のほうは皆して海の深みへ引きおろし、帆柱と帆とを黒く塗った船の中へおき、櫂を皮の櫂留めへとしっかりとりつけて、≪すべて定法どおりに、そして白い帆をあげてひろげ≫ずっと浜をはずれた海上に浮かべて碇泊させておき、それから聡明なアルキノオスの大宮へと出かけていった。それで両側の柱廊下も、囲いうち内も、集まって来た人でいっぱいになった。その人々のためにアルキノオスは十二匹の羊と、八匹の白い牙をした豚と、二匹の足をくねらせる牛とを犠牲にささげた。それらを皆で皮をはぎ、よろしくこしらえ、うまそうな料理を調えた。
そこへ伝令使が近くへ、優れた歌唱者《うたうたい》を連れてやって来た。この伶人《うたびと》をとりわけて|詩歌の女神《チウサ》がいつくしみ、善福と禍いとを二つながら与えたのであった、すなわち両眼を盲にした代わりに、たのしい歌のわざを与えたのである。その人にいまポントノオスが、銀の金具を打ちつけた腰掛け椅子を、宴についている人々のまん中において坐らせ、大柱へとよりかけさせた。そして(柱の)釘《くぎ》から、高く鳴る大竪琴をかけてつるした、その人自身の頭の上に、そして手で取るようにと伝令が告げていった。またかたわらにみごとな四つ脚卓とパンの籠と、またぶどう酒を満たした杯を、気の向いたときに飲むようにと置いていった。
そこで人々はみな、調理されてさし出された料理の皿へ、てんでに腕をさしのべたが、やがて飲む物にも食べる物にも十分に飽きたりたとき、詩歌の女神が歌唱者をして武士《ものもふ》たちの誉れを伝える歌巻《うたまき》の一くさりを歌うようにうながしたが、その頃もとよりこの歌巻の評判は広大な空にも届いた(ほど高かったのだ)、すなわちオデュッセウスとペレウスの子アキレウスとのいさかいの段〔この争論というのは、今のトロイア圏叙事詩には残っていず、その趣向もはっきりしない。ともかく種々な趣向があったことが、これでも理解されよう〕であって、あるときこの二人が、神々のにぎやかな饗宴において争いをはじめ、はげしい言葉を交わしたもので、兵士《つわもの》どもの君アガメムノンは内心喜んだ、アカイア勢の大将たちが争いあうのに。というのも、つまりこのようにポイボス・アポロンがお告げなさったからであった、彼がその神託をうかがったおり、神さびるピュトの里(デルポイ)において、この王が神託を求めようとて石の敷居を越えて(社の内へ)はいったときに。すなわちこの時に、ゼウス大神のおん謀りごとによって、トロイア人らとダナオスの裔《すえ》(ギリシア勢)とにたいして、禍いの発端が降りかかったのであった。
その次第をいま、このとりわけて高名な歌唱者が歌っていった。しかしオデュッセウスはというと、紫紅《しこう》の大きな布を頑丈な両手につかんで、頭の上からひっかぶり、立派なその面《おもて》をつつみ隠した。というのは、眉のもとから涙を流すところをパイエケスの人々(に見られること)を恥ずかしく思ったからで、それで、いつも神々しい歌唱い手が(一くさりを)歌い終わるときごとに、涙をふき取って頭から布を引いて取り去り、両耳のついた台杯を取りあげて、神々へと御酒をそそぐのであった。それでまた歌い手が歌をはじめ、パイエケスの主《おも》だった人たちが歌のことばにうち興じて、歌いつぐよううながし立てると、またもやオデュッセウスは頭から布をかぶって顔を隠し、涕泣《ていきゅう》をつづけるのだった。このおりに、他の人たちはみな、彼が涙を流すのにも気がつかないでいたが、アルキノオスだけは、ただ一人それに心づき、そのようすを見てとったのは、すぐその人のわきに坐っていて、はげしく嘆息《ためいき》つくのを聞きとめたからであった。そこでただちに、櫂《かい》に馴染《なじみ》のふかいパイエケスの人々に向かって、いうようには、
「よく聞いてくれ、パイエケスの指揮をとる人々、あるいは国政にあずかる方々、もはや十分われわれは申し分ない馳走にも、竪琴にも心を満ち飽きさせた、この音楽はにぎやかな馳走の場には付き物となっているが、今度はさあ外《そと》へ出ていって、あらゆる種類の競技をやるとしようではないか、客人が故郷へお帰りのうえで、身内の人たちに告げられるようにな、どのくらいわれわれが、拳闘にまた角力に、あるいはまた幅跳びや競走において、他国の人たちに立ち優っているかということを」
こう声をあげていうと、先頭に立ってゆく、その後から一同がついていった。一方、伝令使は柱の掛け釘から、音高く鳴る竪琴をつるし下げると、デモドコスの手を取って、広間から連れ出した。そしていましがたパイエケスの主だった人々が、競技をながめようと出かけていった、その同じ道を案内していった。さて一同は集まりの場所へでかけていくと、それに従っておびただしい群集がついていった、数え切れないほどである。そして多勢の有能な若者が(競技にと)立ち上がった。アクロネオスにオキュアロスにエラトレウスに、ナウテウスにプリュムネウスに、またアンキアロスとエレトメウスと、ポンテウスやプロレウスや、トオンにアナベシネオスとテクトンの裔《すえ》のポリュネオスの息子、アンピアロスなど。またナウボロスの裔《すえ》の、人類の禍いであるアレスにもひとしいエウリュアロスも立ち上がった、この者は姿と背丈《せたけ》とにかけてはパイエケス族じゅうで、人品すぐれたラオダマスのほかおよぶものがない武士《つわもの》だった。また人品すぐれたアルキノオスの三人の息子たちも立ち上がった、ラオダマスにハリオスに、神々にもひとしいクリュトネオスの三人である。
さて人々はまず最初に、競走で技くらべをやった。そして出発点からして、はげしい馳けくらべがおこなわれた。人々はみないっしょになって、平原に埃を立てながら、飛ぶように馳けっていった。その中でも、馳けるのにとりわけ卓越していたのは、人品のすぐれたクリュトネオスで、騾馬どもが休み畑を一息で鋤き返してゆけるほどの、それくらいの距離を他の人たちより先に馳け抜けて決勝点に到着し、他の者どもはおくれて来た。それからまた一同は骨の折れる角力をやってみたが、これには今度はエウリュアロスが、みなのうちでいちばんに優れていた。つぎにやった円盤投げでは、エラトレウスがみなのうちで、はるかに卓越した技を示し、拳闘では、今度はアルキノオスの雄々しい息子ラオダマスが(勝利を獲た)。
さていよいよ一同がみな競技によって十分心を慰めたとき、人々に向かってアルキノオスの息子ラオダマスが提議するよう、
「ではさあ皆さん方、客人にうかがおうではないか、どの競技を心得て、熟達しておいでかを。体つきではけして脾弱《ひよわ》らしくはない、両腿といい脛《すね》といい、上の方の両腕といい、また首筋もがっしりしてい、膂力《りょりょく》もつよい(ことであろう)。それにまた若さの華を欠くには至らず、ただ数多い苦難のために取り挫《ひし》がれているだけである。というのも、私としてはこう思っているからだ、たとえどんなに頑健だったにしても、丈夫《ますらお》を痛ぶりつけるのに、海より以上にはなはだしいものはないと」
それに向かって今度はエウリュアロスが返答をして、いうようには、
「ラオダマスよ、いかにもいましがた君のいったことは、機宜《きぎ》にかなっている。自身でいますぐいって呼び出し、君の話を聞かせて来なさい」
そこでアルキノオスの雄々しい息子(ラオダマス)は、その言葉を聞くとすぐにいって中央に立ちどまり、オデュッセウスに向かっていうよう、
「ここへさあ出て、お客の小父さん、競技をやってみませんか。もしどれかの心得がおありでしたら。それにあなたがいろんな競技を知っているというのは、良いことです。というのも、まったく男の誉れとして、生きてこの世にある間は、自分の脚や腕やによって成しとげた功名にまさるものはないのですから。さればさあ、ひとつやってごらんなさい、そして胸から心配など追い散らしておしまいなさい。もうはやあなたの(帰国の)旅程も長いものではないでしょうから、とっくに船も引き下ろしてあり、舟子たちも仕度がすんでいるのです」
それに向かって、知謀に富んでいるオデュッセウスが返答をしていうには、
「ラオダマスよ、どうしてそんなことを、私をとがめるようにして、勧めなさるのですか。心配ごとはずっとよけいに私の心を占めているのに、まさしく競技などいうものよりも。これまでにもずいぶんいろいろ災難にあい、いろいろな苦労を経てきたのですから。そしていまではあなた方が集まっておいでのまっただ中で、帰郷を焦《こが》れ求めて坐っているところです、国王と全市民とに懇願しまして」
それに向かって今度はエウリュアロスが返答をし、面と向かって非難するには、
「でも、お客人よ、けしてあなたは、とうてい競技の心得がある方らしくは見えません、それにも世間の人のうちには、いろいろ種類がありますけれど。それより、櫂掛《かいが》けをたくさんつけた船にのってたびたび往来する、船乗りたちの首領《かしら》みたいで、商売をする人間のですね、そして積荷のことが念頭にあり、帰りの荷物や儲《もう》けをうんと掻きこむことを目論《もくろん》でいる人間のたぐいに見えます。どうしても競技をやる方らしくは見えませんよ」
それを上目づかいににらんで、知謀に富んでいるオデュッセウスがいうようには、
「ご主人よ、いまおっしゃったことは、あたっていません、乱暴な人間みたいなお話しぶりですね。このように神さまがたは、結構なことを、みなの人間にいっぱい与えはなさらぬものなのです、姿かたちとか、分別とか、弁舌だとかを。つまりある人間は、見たところはあまり立派といえない代わりに、神さまが彼の話しを飾るのに、みごとな巧みをもってされる、それで人々は喜んで彼をながめるのです。そして彼は物言い振りは魅力のあるつつましさで堂々と進んでゆき、集会のあいだにおいて光彩を放ち、町中を通ってゆけば神のようにも仰がれることになります。また他の者は姿が清らかで不死の神にもたぐえられるが、その話しぶりには美しい趣が伴なわない、ちょうどあなたの容姿はいかにも人に超えすぐれておいでで、それ以上には神さまとても造れまいというくらいだが、分別という点では不足なところがある、というようなものです。あなたは私の胸をわき立てなさる、筋のとおらぬ話をおっしゃるもので。私はけっして、あなたがお話しなさるような、競技のことに心得のない者ではありません、それどころか、私が若くて自分の腕に自信のあった時分には、一流の中に数えられていたと信じています。いまではむろん、禍いや苦難のために抑えられています、というのも、ずいぶんとたびたび武士《つわもの》どもの戦いだの、つらく苦しい波浪だのに、もまれて来たことですから。だが、そういうものの、ずいぶんひどい目にあった後ではあるが、競技に加わってやって見ましょう。つまりあなたのお言葉は、私の胸に衝撃を与えたものだが、それによって私をうながし立てたのですから」
こういうと、上衣をかむったまま、とび立っていって、円盤のいっそう大きく厚くてどっしりしたのを手に取った、それはパイエケスの人々がたがいに円盤を投げあうときに用いるのより、ずっとがっしりしたものだった。それをぐるぐる振りまわして、頑丈な腕からほうると、その石(の円盤)はうなりを立てて飛んでいった。長い櫂を使うパイエケスの族の者ども、船に名を得た人々も、投げられた石の下で、ずっと大地へ身をかがめた。円盤は、腕からすごい速さで馳けってゆき、(これまでなげた者)全体の標識を越えて飛んだ。するとアテネ女神が、一人の男に姿を似せて(立ち現われ)、落ちた地点にしるしを設け、名を呼んでいわれるよう、
「たとえあなたが盲目だって、客人よ、このしるしを手さぐりで知り分けることができましょうよ、それはけして他の多くのしるしといっしょにまざっていないで、ずっと先に出ているのですから。それゆえ、この腕だめしについては、安心しておいでなさい。バイエケスの族の誰一人として、この地点までは届くものも、なおさらのこと、投げ越す者はいないでしょう」
こういわれたので、辛抱づよく、尊いオデュッセウスは喜びを覚え、かつまた(自分に)好意をもっている僚友をこの競技の場に見つけたのでうれしく思った。それでこの時、いっそう心も気軽になってパイエケスの人たちの間にあっていうようには、
「ではさあ、あの円盤に届かせてごらんなさい、若殿がた、じきにまた後からほかのを投げようと思っているのだから、あれくらいのか、あるいはもっと大きいのを。他の人たちで、誰にしろ進んでしようという気のある者は、さあここへ来て、試すがいい、私をたいそう発憤させたからには、拳闘なり角力なり、あるいはまた競走でも、けっしてぐずぐずいいはしまいから、ラオダマスのお方以外の、すべてのパイエケスの方々の中からでも。というのは、この方は私のたのむ宿のご主人なのだからな。誰が親愛するものと闘うことを望むだろうか。わきまえのない、ろくでなしの男にちがいない、誰にせよ、世話になっている主人側と、競技において諍《いさか》いを持ち出そうなどという人間は、しかも他所の国においてだ。つまり彼自身の(利益)が、万事につけて損われるわけだから。それ以外の者とならば、誰にしろ、拒みはしないし、相手にとって不足とはせぬ、相対《あいたい》勝負でけりをつけ、腕前くらべをしようと思う。何事につけても、私はけっして心得のない者ではない、男どものする競技のすべてに。よく磨かれた弓をあつかう術もわきまえたれば、敵の群中にある武士《つわもの》を狙って矢を放ち、うちあてるにも、先頭に立つのだ。たとえいかほど多勢の味方があって眼近にひかえ、矢をつがえて敵を狙っていようと。まったくただ一人、ピロクテテスだけが、弓矢を取って私に優った、トロイア人らの国において、われらアカイアの者どもが弓を射るような場合には。その他の人々のうちでは、私がはるかに立ち優っていた、とあえていおう、現在この地上にあって、禾穀《いね》を食う者らのうちでは。
だがそれ以前の、むかしの武士《つわもの》どもとは、技を競《きそ》おうとはあえてすまい、たとえばヘラクレスとも、またオイカリアの人、エウリュトスとも。これらの人々は、不死の神々とさえ、弓術を競いあったものといわれる。さればこそ、偉大なエウリュトス〔オイカリアの王で、イピトスやイオレの父。弓の達人で、その争いからヘラクレスの攻撃を受け戦死する。イオレはヘラクレスに帰し、その死後彼の息子ヒュロスと結婚し、スパルタ王家の祖となる。いろいろな伝があり、結局イピトスもヘラクレスのために死ぬ〕すら、たちまちにして命が絶え、館のうちで老齢に達することがなかった。というのも、アポロン神が怒りを発せられて、彼を殺したのだった、おん神にたいして、弓の術くらべをしようと挑戦したからである。また槍をとって投げるについても、他の何人《なんぴと》も、矢でもってしてもおよばぬくらい。ただおそらくは脚をもちいて馳けるのだけは、パイエケスのうちの誰かが、私を凌駕しようかも知れぬ。というのも、あまりひどくあさましいほど、おびただしい波風で私は痛めつけられたものだからな。つまり船には、いつもたっぷり生活《くらし》の物資《かて》があるとは限らなかったので。それゆえに、私の手足はすっかりのびて、まいってしまっているわけなのだ」
こういうと、居あわす人々はみな声をしずめてひっそりとなった。その中にただ一人《ひとり》、アルキノオスだけが、彼に向かって答えていうよう、
「お客人よ、いましもかようにおっしゃったことは、けして私らにたいして好意を欠いたものではない、ただあなたがお持ちの力や腕前を見せようとお思いなのだろう、この男が群集のさ中でそばにひかえながら、咎《とが》め立てしたのに立腹なさったために。それであなたの腕前を、いやしくも自分の胸に、宜《ぎ》に適《かな》った物言いを心得ている者ならば、けして軽視はせぬようにとのお考えか。だが、今度はさあ私のいうことをお聞きなさい、ほかの殿がたにも将来お話しなされるようにな。ご自分の屋敷へ帰って、奥方やご子息がたといっしょに食事をなさるおりに、またわれわれの優れた腕前を追憶なさってだ、われわれにもゼウス神が、父祖の代からずっと引きつづき不断に、いろんな技能をお授けなさっておいでということを。というのも、われわれは格別申し分ない拳闘士とか角力取りというのではない、だが脚で速く馳けるのと、船にかけては並びない強者である、また不断からわれわれは饗宴や琴や歌舞やを愛する、また衣類を取り替えること、温かい沐浴や臥床のことに愛着をもっているのだ。さればさあ、パイエケスの族の、とりわけて踊りの足にすぐれる方々、あそびを始めなさい、この客人が故郷《くに》に帰ってから、身内の人々に話せるように、どのくらいわれわれが他国の者どもに優っているかを、航海の業にかけ、また馳け足や舞踊や歌をうたうについても。またデモドコスに、誰か大急ぎでいって、背高く鳴る大竪琴を持って来てあげろ、おそらくわしらの屋敷の中に置いてあろうから」
こう神にもひとしい姿のアルキノオスがいうと伝令使が、国王の館から、中のうつろな大竪琴を持って来ようと立ち上がった。また軍備を整《ととの》え、国事を裁く九人の長者方も立ち上がった、競技のおり一々のことをよろしく処置するのがならいの人々であった。そこで地面を平らかにし、技くらべの場所をきれいにひろげていった。そこへ伝令使が音高く鳴る大竪琴を持って来て、デモドコスの近くへ寄ると、それから彼はまん中へ進み出た、その両側には、まだ年頃になったばかりの青年が二人、立ちそい、浄めた地面を足の拍子で踏みつつ踊りのわざをくりひろげた。そのあいだオデュッセウスは、いろいろ足のきらめくさまにながめ入っては、心中に感じ入っていた。
それからして歌唱者《うたうたい》は竪琴を取りなおすと、ばらばらと掻き鳴らして、美《きよ》らかに歌いはじめた、アレスと、美しい冠をつけたアプロディテとの恋について。すなわちはじめに二人がこっそりと、ヘパイストスのお屋敷で密通したことから、ヘパイストスの臥床《ふしど》と褥《しとね》を汚した次第を。それからすぐと、両神が恋しい思いに交わりあったようすを見つけた太陽《ヘリオス》が、そのようすを彼に伝え知らせた。ヘパイストスは、この胸を痛めつける話を聞くと、鍛冶場へと出かけていった、禍いを胸底ふかく秘めながら。そして鉄敷《かなしき》の上に大きな|かなどこ《ヽヽヽヽ》をすえると、けして破れず、解けることのない鎖の網《あみ》を打ちにかかった。それからこの謀計《たくらみ》の網《あみ》を造り上げると、自分の寝台の置いてある、奥殿へと出かけていった。そして寝台の柱のまわりに、ぐるりと、縛《いまし》めの網をひろげてかけた。まるで蜘蛛の巣みたいにこまかく、おそらく誰の目にもはいらぬほどで、祝福された神々さえ(お見えにはなるまいくらいの)。それでいよいよそっくり寝台のまわりに謀計《たくらみ》の網をかけまわすと、あらゆる土地のうちでいちばん御神のお気に入りの場所であるレムノス島へと出かけるふりをした。さて黄金の手綱を取るアレス神は、名高い工匠《たくみ》であるへパイストスが、あちらへいってしまうのを見てとると、へパイストスのお屋敷へと出かけていった、美しい冠をつけたキュテラの女神(アプロディテ)の愛情をしきりに求めて。ところで女神は、いましがた力づよい威権をたもつクロノスの御子であるゼウス父神のお手もとからおいでになったばかりで、そこへお坐りなされる。とそこヘアレス神もお屋敷の中へはいって来て、女神の手にとりすがり、名を呼び上げて、いうようには、『さあ、いとしい方、これから臥床へまいりましょう、そして寝床について楽しみあおうではありませんか、もはやへパイストスはこの屋敷《やしき》中にはいませんで、おそらくもはやレムノス島へ、野蛮な言葉をあやつるシンティエス族の間へいってしまったのですから』
こういうと、女神には横になるのがうれしいことに思えたので、二神は寝台のところへいって、臥込《ねこ》んだものだった。するとそのまわりに、謀計《たくらみ》を仕込んだ縛《いまし》めの網《あみ》が、なだれかかった。例の知恵企みのあるヘパイストスの仕掛けたもので、手足を動かすことも、挙げることも、まったくできなかった。そのときやっと、ほんとうにもはやとうてい逃げられないのだ、ということがわかったのであった。するとそのすぐわきに、たいそう名高い、両脚の曲がった神(ヘパイストス)がやって来た、レムノス島へ行き着かぬうち、またもや立ち戻って来たので。というのは、例の太陽が見張りの役をつとめていて、知らせたからだった。それで玄関先に突っ立って、はげしい憤怒に胸を燃やし、恐ろしい音声《おんじょう》で叫んだもので、どの神さま方にも残らず聞こえてしまった。『ゼウス父神もその他の、永遠《とわ》においでの祝福された神々も、さあ出ておいでなさい、笑うに堪えた、しかもはなはだみっともよくない所業をご覧になるよう、すなわち私が跛足《びっこ》なのを、ゼウスの娘のアプロディテがいつも馬鹿にして侮《あなど》り、勢いのはげしいアレス神を愛しているのです、あの男が姿《なり》美しく脚が速いというわけですが、しかし私のほうは脚が弱いというだけで、その他にはけして他の落度はありません。むしろ二人《ふたり》の両親が悪いのです、それゆえ、私を設けなければよかったのです。しかしご覧のように、その二神《ふたり》は私の寝台に上がりこんで、眠っていました、それを私は見て胸を痛めるばかりです。つまりほんとうにまだちょっとの間でも、またたとえどれほど愛していようとも、こんなふうに臥《ね》ようなどとは、思いもよりませんでした。だがこれで彼らを、この謀計《たくらみ》の縛《いまし》めの網が引きとめるでしょうよ、父親の神さまが、結納の品々をそっくり私に返してくださるまでは。私がこの犬面をした恥知らずな女のために渡してさしあげたものをすっかり。その娘御は姿《なり》はきれいだが心の浮わついた者なのです』
こういうと、神さま方は、青銅の敷居をもった館へと集まって来られた。大地をささえるポセイドンも来れば、大儲けの神ヘルメスも来る、遠矢を射たもうアポロンも来た、だが女らしい女神たちは、恥じらいからそれぞれ家に残っておいでだった。その神さま方、善福の授け手である神々は玄関先にお立ちどまりで、消えることのない大きな笑い声が、至福の神々の間にわき上がった、この企《たく》らみに富むへパイストスの巧妙な仕掛けをながめたおりに。そしてたがいにとなりの方と顔を見合わせながら、こんなふうにお話しだった。『悪い所業というのは、栄えないものですな、のろい者が脚の速い者に追いつく。ちょうどいまだって、ヘパイストスはのろまだけれど、アレスをとっつかまえた、オリュンポスをお支配の神々じゅうでもいちばん脚の早い男神《おがみ》だけれどもな、一方は跛足《びっこ》だが、巧妙な術策《てだて》を用いて。それに密通をした罰金も払わなければなるまいて』
こんなふうに神さま方は、たがいに話しあうのであった。またへルメスに向かってゼウスの御子のアポロン神がいわれるよう、『ヘルメス君、ゼウスの息子で、お使い神で、善福の授《さず》け手の君は、いったいそれを望むだろうかね、がっしりとした鎖に縛りつけられて、窮屈な思いをしても、寝台に納まって黄金のアプロディテのかたわらで寝ることを』
すると、それにたいしてお使い神の、アルゴスの殺し手(ヘルメス)が返答するよう、
『どうかそうありたいものだね。遠矢を射るアポロンのみことよ、縛めなんかこの三倍も、際限なしにぐるりと巻きついてても構わないし、あなたがた男神たちや、それから全部の女神たちがご覧になっていてもいいから、私としては黄金のアプロディテに添寝して見たいと思うよ』
こういわれると、不死の神さま方の間には大笑いがわき起こった。しかしポセイドンだけは笑いに取りつかれずに、始終仕事で有名なヘパイストスに、アレス神を解いてゆるしてやるようと、頼みつづけた、そして彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうよう、
『解いてやりなさい、私が君に約束するから。君が要求するだけを、あの男が、不死の神々たちのおいでのところで、正当な罰金をそっくり残らず、君にたいして支払うことを』
すると今度は、それに向かって、とりわけ名高い両脚の曲がった神がいわれるよう、
『どうか私に、大地をささえるポセイドンよ、そんなことを要求しないでください。くだらない奴らの保証というのは、保証としてもくだらないものになります。どうして私が、不死の神々のあいだで、あなたに請求できましょうか、もしアレスが、負債《おいめ》も縛《いまし》めも回避して、逃げていってしまった場合には』
それに向かって、今度は大地を揺さぶるポセイドンがいわれるよう、
『ヘパイストスよ、たとえアレスが負債を払わずに逃げていってしまうことがあっても、私が自分でこの負い目をあなたに支払うとしよう』
これに向かって、今度はとりわけ有名な、両脚の曲がった(御神が)答えられるよう、
『どうにもあなたのお言葉は、拒絶のしようがないらしく思えます』
こういうと、力づよいヘパイストスは、例の縛めを取り去ってやった。そこで両神は、いかにも頑丈にできていたその縛めから解き放たれると、すぐさま飛びあがって、男神のほうはトラキア指して馳けってゆき、女神のほう、すなわち微笑の好きなアプロディテはキュプロス島のパボスヘとおもむいた。そこには女神のために神域と、香の薫ずる祭壇とがあるので、そこへ来られた女神を|典雅の女神《カリテス》たちが沐浴させ、神仙の油を塗ってさしあげた、永遠《とわ》においでの神々のお肌に輝くようなのを。それからいかにも好ましい美々しい着物をお着せした、眼を驚かすような衣を。
こうした歌を、いまこの世に名の聞こえた歌唱者《うたうたい》が、歌っていった。そこでオデュッセウスはこれを聞き、胸の中に楽しい思いをしたが、他の長い櫂をあやつるパイエケスの族とても、同様であった、船に名を得た人々だったが。
それからアルキノオス王は、ハリオスとラオダマスに向かって二人きりで踊るようにと命令した、この二人と競《せ》りあう者は他にいないので。そこで二人は美しい環《わ》を両手に取り上げた。赤紫色のその環こそあの賢明なポリュボスが彼らのために造ったものだった。それを一方の踊り手が、後ろのほうへ反《そ》りかえって蔭をさす雲間へ向かいほうり投げると、他方が地面から高くとび上がって、らくらくとつかまえた、足で地面へ降り立つ以前に。さてもう環を上へ投げる仕業をやり終えると、それから今度は、ゆたかな稔《みの》りをもたらす大地に、たびたび代わりあいながら、二人して踊りつづけた。その間、ほかの若者たちは、この競演の場に立って、拍子を打ちつづけたので、おびただしい物音が湧き起こった。まさにそのとき、アルキノオスに向かって、尊いオデュッセウスが声をかけた。
「アルキノオス王よ、あらゆる人々のうちでもとりわけ卓越するあなたは、いかにも先刻ご自慢でした、われわれはとりわけ優れた踊り手であると。それが実際いましがた証明されたのです。こう拝見していても、深い感銘にうたれます」
こういうと、尊いアルキノオス王はたいそう喜んで、すぐさま櫂に馴染のふかいパイエケスの人々に向かっていうよう、
「よく聞いてくれ、パイエケスの族の指揮をとり、また政事にあずかる方々、この客人は、たいそう物のよくわかるお方のようだ、さればさあ、この方に恥ずかしくないだけの、客人への土産物を贈ることにしようではないか。すなわち立派な領主が長《おさ》として支配をしておいでなさる十二の地区ごとに、私自身はそれで十三人目になるわけだ。そのめいめいが客人に、よく浄めた衣と肌着と、それから価の尊い黄金の錘《おも》りを寄進してくれるよう、それですぐにも皆ひとまとめに持って来ようではないか、客人がそれらを手にたずさえて、心中に喜びながら晩餐につかれるように。またエウリュアロスとしては、客人にたいして親しく言葉と贈り物とをもって、宥和《ゆうわ》を求めたがよかろう、いささか言葉に礼を失するところがあったのだから」
こういわれると、人々みなそれに賛成してそうしろと勧めるのであった。そこでめいめい、贈り物を持って来させに、使いの者を家へ派遣した。こちらではエウリュアロスが、王に向かって返答をしていうには、
「アルキノオス王よ、あらゆる人々のうちでもとりわけ卓越するあなたがお命じなさるとおりに、いかにも私は、この客人に宥和を求めるといたしましょう。その贈り物としてはこの剣の、(身は)すっかり青銅で、それに銀のつかがついているもの、鞘はまた新規に切った象牙でもってぐるりを囲んだのを、さし上げましょう。相当な値打ちのものと申されましょうが」
こういって、その手に銀の飾りをつけた短剣を渡してやり、彼に向かって声をかけ、翼をもった言葉を述べるよう、
「ご機嫌よう、よそからおいでの小父さま、もしたとえ何か失礼なことを申したならば、すぐにも疾風《はやて》がそれをかっさらって、持ってゆきますように。そして願わくは神さま方があなたに、奥方と再会して、故国へ帰ることをお許しになるよう。ほんとうに長らくのあいだ、身内の方々と離れていろんな災難をお受けだったのですから」
それに向かって、知恵に富んでいるオデュッセウスが答えていうよう、
「あなたもまた、親しい方よ、たいそうご機嫌よろしいように、そして神々が福徳をお授けのように。だが後々でまた剣が惜しくなったりすることがないよう願います、仲直りの言葉とともに、いましも贈ってくださったこの短剣がね」
こういって、両肩のあたりへ、銀の鋲をちりばめた短剣をかけまわした。そのうち太陽も沈んで、彼の手もとに立派な数々の贈り物も到着した。それをアルキノオスの御殿へと、すぐれた伝令使たちが運び入れた。そして気高いアルキノオスの息子がたが、ことに立派な贈り物の数々を恭々しい母御のお手もとに置いた。その連中の先頭に立って、尊いアルキノオス王が進んでゆき、着くと丈の高い御座席に一同腰をおろした。まさにそのとき、アレテ王妃に向かってアルキノオス王がいわれるよう、
「ではここへ、王妃よ、とりわけ立派な櫃《ひつ》を持って来なさい、中でもいちばん優れたのを。その中へ王妃自身でよく浄めた衣や肌着やを納めるがいい。それから客人のため青銅の鍋を火にかけて湯を沸かしなさい、客人が身をそそぎ浄めて、土産の品々がみなよろしく納めてあるのをご覧なされるように。それらは優れたパイエケスの方々がここへ運んで来られたものだが。また馳走の料理や朗詠の節を聞かれておたのしみなさるように、さらにまた私も、これ、この杯をさし上げよう、このとてもみごとな私の所有《もちもの》で、黄金製のを。これから先々いつまでも私のことを思い出して、お館内でゼウスや他の神々たちへ御酒をおそそぎなさるようにと」
こういわれて、アレテは、大きな三つ足の鼎《かなえ》を、早々にも火にかけるようにと、侍女たちにいいつけた。そこで侍女たちは、沐浴《ゆあみ》につかう湯をわかす三つ足の鼎を、燃えたつ火にすえておき、中へ水をそそぎ入れ、下には薪《まき》をおいて燃やした。鼎のふくれた腹を火がとり巻き、水は熱くなっていった。その間にアレテは客人のためにたいそうみごとな櫃《ひつ》を奥の間から運び出して来て、その中へとりわけ立派な土産の品々を納めこんだ、衣類だの黄金だのを。それはパイエケスの人々が彼にたいして送ったものであった。またみずからも、その中へ美しい衣と肌着を納め入れた、そして彼に向かって声をかけ、翼をもった言葉を述べるよう、
「ではさあ、ご自分で蓋《ふた》をよくご覧ください、そしてさっそくそれを結《ゆ》わえて結び目をおつけなさいませ、途中で損害など受けませんように。黒塗りの船で帰国の途中、またもやあなたが快い眠りを眠っておいでのおりに」
そこで、辛抱づよい、尊いオデュッセウスはこの言葉を聞くと、すぐさま蓋をしっかりとかぶせ、さっそくそれに結び目をつけて結わえた、ややこしく巧妙なその結び方は、以前にキルケ女神が心をこめて彼に教えたものであった。それからすぐと老女が彼に、風呂《ふろ》へ入って沐浴をするように勧めたので、彼は心からいそいそとして熱い湯をながめた、というのも、髪の美しいカリュプソの館を立ち出てからというもの、彼はけっしていつも手厚いもてなしにあずかっていたというわけではなかったので。それまでは、まるで神さまでもあるかのように、始終手厚い待遇を受けていたのだが。
さて侍女たちは、彼に湯を使わせ、オリーブ油を体に塗らせると、美しい外衣と肌着とを着せかけてやった。そこで風呂からあがると、彼は酒宴をしている人々のところへ出かけていった。ナウシカアは、神々から美しさを授けられた姿で、しつかりと造られている屋根の垣のかたわらへいって立った、そしてオデュッセウスを眼の前に見て、驚嘆して、彼に向かって声をかけ、翼をもった言葉を述べるよう、
「ご機嫌よろしく、お客さま、いつか故郷にお帰りのうえ、私のことを思い出してくださるように。いちばん先に、まず私に生命《いのち》を取り戻した負債《おいめ》を負っておいでなのですから」
それに向かって、辛抱づよく、尊いオデュッセウスがいうようには、
「ナウシカア、心の寛《ひろ》いアルキノオスの御娘よ、そのようにいまはゼウスがしてくださいますように、ヘレ女神の配偶《つれあい》の、高らかに雷鳴をとどろかす御神が、家郷に戻って帰国の秋《とき》にあえますよう。さればいかにもあそこ(故郷)に帰ってからも、あなたにたいして、神さまへと同様に、お祈りを捧げるでありましょう、始終、いつの日までも。あなたは私の命の恩人ですから、王女よ」
こういって、アルキノオス王のそばにゆき、肘掛け椅子に腰をかけた。さて人々はもはや(切りわけた肉を)めいめいに分け前を配ってゆき、ぶどう酒を混ぜあわせているところだった。また伝令使が近くから、選り抜きの歌唱者をつれて来た。国民たちから大切に尊ばれているデモドコスである。そして彼自身を、饗宴についている人々のまん中に坐らせ、高い柱に寄せかけて椅子を置いた。まさしくそのとき、伝令使に向かって、知謀に富んでいるオデュッセウスがいった、(分け前にある)背の肉を一部分切り取りながら。それは尖った歯をした豚の切り肉で、両側にはゆたかな脂がくっついていた。
「伝令使よ、さあこの肉を持っていって、デモドコスにあげてくれ、食《あ》がるようにと。難儀にあってはいるが、あの方に挨拶をおくりたく思うのだから。すなわちこの地上に住まうあらゆる人間のうちでも、歌唱者というのは、当然名誉と尊敬とを受くべきものなのだ、そのわけは、芸神《ムーサ》が彼らに歌の道をお教えなされ、歌唱者の族をひいきなされるからである」
こういったので、伝令使はそれを持っていって、デモドコスの手中に置いた、それで彼は受け取って、心に喜んだのであった。それから人々は、そこに料理してさし出されていたご馳走に、めいめい手をさしのべた。それから飲む物にも、食べ物にも十分に飽き足りたとき、まさにそのときデモドコスに向かって、知謀に富んでいるオデュッセウスがいうようには、
「デモドコスよ、ほんとうにありとある人間のうち、とりわけてあなたを私は賞讃するのです、あなたを教えたのは、ゼウスのおん娘である芸神《ムーサ》か、それともアポロン神か。というのも、ことさらに筋目正しくアカイア人《びと》らの身の上を謳《うた》いなされる、彼らの所業、彼らの負い目、またアカイアの者どもの艱苦のすべてを、まるでその場にあなた自身が居合わせたか、それとも他人《ひと》から聞き伝えでもしたかのように。それにしても、今のところは他の段へと曲《ふし》を移して、木馬仕立ての段を歌ってくれ、エペイオス〔パノペウスの息子でトロイア遠征に加わり、一伝では木馬の計の立案者とされる。のちイタリアヘ渡り、ピサ市を建てたともいう〕がアテネ女神の助けのもとに造ったという、その馬へ武夫《もののふ》をいっぱい入れて、尊いオデュッセウスの策謀によって(トロイアの)城塞《アクロポリス》へと連れこませた、その人々がイリオスを攻略したのであった。もしも実際にこの話をきちんと正しく物語りしてくれたら、すぐさまにもありとある人間たちへ話してやることだろうよ、いかにも、神さまが心をこめてあなたに神聖な歌の力をお授けなさったのだ、ということを」
こういうと、デモドコスはおん神に励まし立てられ、とりかかって、吟詠をうたい上げていった。すなわちアルゴス勢の大方は陣屋に火を投じてから櫂座《かいざ》のよろしくそろった船々にうち乗って、出帆していったという、その箇所から歌をはじめて。一方ではもうはやオデュッセウスをとり巻く手の武士たちは、その木馬の中に隠れこんで、トロイア方《かた》の公共広場《アゴレ》に鎮《しず》もっていた。というのも、トロイア人らが、自分たちでその馬を城塞の中へと引きこんだからであった。このように馬が立ちつくしていた一方では、トロイア人らが馬を囲んで坐りこみ、何やかやとがやがやわやわやしゃべりつづけた。つまり論議のおもむくところは三つに分かれていた。まず第一はうつろな木馬を、無慈悲な青銅の刃で切り裂くか、それとも塞《とりで》の高みへ牽いていって、岩の上から投げおろすか、それともこのまま巨大な奉納物として神々のお心を慰めまいらすことにするか、というので、この第三の方法に、そのとき正しく落着するよう運命づけられていた。すなわちこの城町が木造の大きな馬を城内に宿らせたらば、滅びるという定運《さだめ》をもっていたので。そこにアルゴス勢の勇士たちがみなそろって、トロイア人に向け殺戮と死の運命をもたらして坐りこんでいたのであった。それから吟誦者は、アカイア人の息子たちが、ぞくぞくと木馬から出て来て、(イリオスの)都を攻め落とした次第を歌っていった、うつろな待ち伏せ所を立ち去って。めいめい思うところへ出かけ、高峻な域町を荒掠していったが、その間にオデュッセウスは、デイポボスの屋敷へ向かって歩みを進めるその様子は軍神アレスのよう、しかも神にもたぐえられるメネラオスといっしょで、まさしくそこでこのうえもなくはげしい戦いをしたうえ、それから心の大いなアテネのお力により勝利を獲たということであった。
こうした条《くだ》りを世に名も高い歌唱者《うたうたい》は歌っていったが、オデュッセウスはというとすっかりうち挫《ひし》がれて、涙がしとどに瞼《まぶた》のもとの双頬を濡らしていた。あたかも妻がいとしい夫に取りすがって泣くときのように。その人が自分の町と子供たちのために、無慚《むざん》な日をふせごうとて、城塞の前、また衆兵の前で打ち倒されたのに、その婦人は死んでゆく夫が喘いでいるのを見て、その身のそばにくずおれかかり、声高く泣き叫ぶのである、すると敵の者どもが、後ろから木の槍でその肩や背中を小突いて、隷従へと引っぱっていった、苦労やら悲嘆やらに耐えさせようと。このうえもなく憐れな嘆きに、女の頬はやつれてゆく。それと同様に、オデュッセウスは、睫毛のもとに痛ましい涙を流していた。このおりに、他の人々はみな彼が涙をこぼしているのにも気づかずにいたが、アルキノオス一人だけは、すぐとその人のそばに坐っていたので、それに気づいて、その様子を見てとった。また重々しく呻吟するのを聞きとめたのであった。そこですぐさま、櫂と馴染のふかいパイエケスの人々に向かっていうよう、
「よく聞いてくれ、パイエケスの族の指揮を取り、政事にあずかる方々よ、デモドコスにはもはや音高く鳴る大竪琴をさしひかえさせるとしよう、というのも、すべての者にその歌うことがありがたいとも限るまいから。
われわれが晩餐にかかり、神聖な歌唱者が歌いはじめてからこのかた、それ以来ずっとお客人は、いたましい悲嘆をいっこうやめなさらぬ。どうやら大層ひどい悲嘆がお胸を取りこめている様子である。さればさあ、歌はやめるとさせよう、みながいっしょに楽しく過ごせるように。主人側の者どもも客人も、そうしたほうが、ずっと結構なことであるから。それというのも、こうしたことはみな畏《かしこ》い客人のために催されているものなのだから。旅の用意も土産の贈り物も、好意をもってさし上げた物なのである。他国から来た客人とか、懇願者とかいうものは、士人にとっては、兄弟も同様のはず、たとえば分別をほんのわずかしか用いない人間にとっても然りである。それゆえに、いまとなっては貴方も、巧みを構えた思いなしからお隠しはなされぬように、わたしがおたずねすることどもについては。真《まこと》をいっておしまいなさるのが、いっそよい事だ。(されば)名をおおせられよ、何とあなたをお故国《くに》では、母上や父上や他の人々がお呼びだったか、その町に、また近在に住みならわす方々が。というのも、誰にもせよこの世界に、まるっきり名前のない者というのはないことだから。卑しい者でも、尊い者でも、生まれた以上は、すべての人に、両親から生まれたときに、名がつけられるのだ。またあなたの国や、郷里や町の名もいってください、そこを心にめがけて、船どもがあなたをお連れできるように。というのも、パイエケスの族は、楫取りというものを持っていない、また他の船が持ってるような、舵というものもついていない、ただ船そのものが(乗っている)人々の意向だとか思案とかを識《し》りわけるのだ、またすべての人の都とか、ゆたかな畑地を心得て、たいそう速く、雲や霧にすっかり包まれ、広々とした海の面《おもて》を渡ってゆくのだ。それでけっしてその船どもが災いを受けたり、失われたりする心配はすこしもない。
いつか私は父親のナウシトオスが、このようにいうのを聞いたことがある、すなわち父のいうようでは、ポセイドンがわれわれにたいして快《こころよ》からず思っておいでだ。というわけは、われわれがあらゆる者を、煩《わずらわ》されず確実に送り届けるというので。いわれたようでは、(ポセイドンは)いつかパイエケスの人々の、よく造られた船が、送りの旅から戻ってくるところを、おぼろに霞む沖合いでもって打ち砕いて、また大きな山をわれわれの都のまわりに覆いかぶせてしまうとか。そう老王はお話しだったが、そうしたことは、神さまが成しとげられようと、また実現されずにおかれようと、いずれとも御意のままであろう。ともかくもさあ、私にそれをいってくれ、はっきりと話して聞かせてくれるように。どちらへあなたは漂流されたか、この世界のどういう土地に辿《たど》り着いたか、その人々のこと、またよろしく構えを設けた町々のこと、あるいは敵意を抱き、粗暴で正法を守らぬ人々や、他国の者に優しく、神を畏れ敬う心を持つ人々のことなどすべてを。さらにはまた何をあなたは泣くのか、また心中に悼《いた》み嘆くのか、アルゴス勢やダナオスの裔《すえ》のこと、またはイリオスの成りゆきを聞きながら。その城を造《つく》られたのは神々である。そしてまた人間どもに、破滅の運命を紡ぎかけられたのだ、後の世の人々のため歌い謡《うた》をつくられようとて。誰かあなたの姻戚が、イリオス城下で討ち死《じに》されたか、武勇であった、娘の婿とか舅父《しゅうと》とかいう方でも。その人々がとりわけて、自身の血筋や氏族についでは、近しく大切なものなのだが。それともあるいは誰か朋友として馴れ親しみ、懇意にした方でもあろうか、有能な人物で。そういう人は朋友として思慮分別を持つならば、けっして兄弟にもおさおさ劣らないものであるから」
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第九巻
オデュッセウスの漂流評、キュクロプスの岩屋での物語
【求めに応じてオデュッセウスは、イタケ島の王である身の上を告げ、トロイア落城後の次第を話す。十二隻の僚船をひきつれ、トロイア海岸を船出してから、彼らは西ヘ、イスマロスのキコネス族の地へ上陸し、その辺を劫掠した。そこを出帆したのち三日目から暴風がつのり、マレアの岬を越してから九日九夜、暴風にもてあそばれた末、彼らが着いたのは「|蓮の実《ロートス》喰い」人の国だった。これは阿片のようなもので、食う人を幻覚状態に陥れ、友も祖国も忘れて茫然と日を過ごさせる。オデュッセウスは驚いてほうほうの態で出発、つぎに単眼巨人キュクロプスの国に着く。彼らは山の中腹の洞窟に住み、巨大で羊を飼い暮らしていた。その留守に洞へはいりこんだ一行はキュクロプスのポリュぺモスのとりこになり、二人ずつ食膳に供される。かろうじて彼を乱酔させ、その単《ひと》つ眼を焼きつぶし、羊の腹につかまって洞窟を逃げ出したが、船出ぎわに彼を嘲罵し、オデュッセウスの名を明かしたので、巨人は父である海神ポセイドンに復讐を祈願、以後海神の怒りと憎しみを受け、長い苦難にさらされることとなった】
それにたいして、知謀に富んでいるオデュッセウスが、答えていうようには、
「アルキノオス王よ、あらゆる人々の間にもとりわけ卓越しておいでの。いかにもこのように優れた歌唱者《うたうたい》の(朗誦)を聴くというのは、結構なこと、その音声は神々にも劣らぬかと思われます。私にしても、歓楽が全国にみちわたって、饗宴にあずかる人々が屋敷中ことごとく、歌人の声に聴きほれながら、次第よろしく坐についているとき、そうした状態より以上に、心ゆかしくありがたいことはないと考えます。座のそばには麺類や肉だのの皿がいっぱい置かれ、給仕人らは上酒を混酒器《クラーテル》から酌み出しては、持って来て盃にそそいでまわる、こうした楽しみは、このうえなく結構なことと胸にもふかく心得ております。しかしあなたは、私の嘆きにみちた災厄を問い質《ただ》そうという御意向をお持ちになった、そのためになお一段と痛みを増して嘆息を吐《つ》くという次第ですが。ところで何を最初に、また何を終いにお話ししたらよろしいでしょうか、というのも、災難にしてもずいぶんたんと、天においでの神さま方は私にお下《くだ》しだったものですから。
ではこれから名前をまず第一にお告げ申しましょう、あなた方もそれをご承知なさるように。また私のほうにしても、それから絶体絶命の日を逃れおおせ、遠いところに家を構えているにもせよ、あなた方の客としてお世話に預かることができますように。ラエルテスの子、オデュッセウスが私の名前で、ありとある狡智の計りごとでは人間世界に評判をとったもの、私の名は天にも達していることです。人目によくつくイタケ島に住まっていますが、そこには森の葉影を揺するネリトス山がことさらに際立《きわだ》って見え、あたりには多くの島々が、ずいぶんたがいに間近く構えております、ドゥリキオンやサメや、森の多いザキュントスなど。それでイタケ島そのものは、地勢が低く、西の方にあたって海上のいちばん先に位置し、先刻に述べた島々を東の、日の昇る方に離れて置き、岩多く嵯峨《さが》とはしておりますが、すぐれた若者たちの育ての親とて、私にすれば、この里以上に快くたのしい土地は他に見出しがたく思われるのです。
いかにも実際私を、女神のうちでも尊いカリュプソが、自分のところに引きとどめたのでした、≪うつろに広い洞窟の中に、私を夫にしようと願って。またそれとまったく同様にキルケも館の中に、あのアイアイエの狡《ずる》い企らみに満ちた女が、夫にしようと願ってのことでした≫が、けして私の胸の中にある気持を説得することはとうていできなかったものです。そのように、自分の祖国やまた両親を超えて、もっと有り難いうれしいものはありません、たとえその人が両親のもとを離れて、よその国に住み、富みかつ栄えた家を構えていましょうとも、ちがいはないのです。ではこれから、私の災厄に満ちた帰国の旅についてお話いたすことにしましょう、それはトロイアをたち出たときから、ゼウスが私におつかわしだったものなのですが。
イリオスから風は私を運んでいって、キコネスの国〔トラキアの東部海岸。イスマロスはぶどう酒で知られる〕へ近づけました、イスマロスの町へです。そこで私は城町を攻め落とし、市民たちを滅ぼしてから、その町から女どもや資財をたくさん奪い取り、仲間で分配したものです、誰も美事な分け前をもらえないで去ることがないようにして。そこで実際に私は、すばやくそこをわれわれが逃げ出していくよう命じたのですが、人々はまったく愚かにもいうことを聞こうとしないのでした。そしてその場でしたたか酒を飲みつづけ、何匹もの羊を屠殺したり、脚をくねらす曲がった角の牝牛をどんどん殺したりやりつづけていました。そのうちにキコネス人が出かけていって、近隣に住んでいるキコネス族に呼びかけたものです、それが数も多く武勇もすぐれていた、内地に住まっている連中で、馬上から(敵軍の)武士と闘う技を心得てい、また必要に応じて徒歩でも戦えるというのですが、それが今度はやってきました。その数といったら、春の季節に花や葉が出そろうほどのおびただしさで、朝早くに、まったくゼウス神がその時にお定めの凶運が、われわれみじめな運命《さだめ》の者どもに取りついたのでした、さまざまな苦艱《くかん》をたくさん味わうようにと。そこでわれわれは速い船々のそばに陣取って戦《いくさ》を闘いつづけました。たがいに青銅を取りつけた槍を投げあいながら。こうして朝がたのうち、聖《きよ》い日差しが高くなってゆく間、その間は敵軍のほうが優勢ながら、持ちこたえて防戦したものです、ところが太陽が西へと傾き出した頃、その時分にまさしくキコネス族はアカイア人ら(ギリシア勢)を打ち破って勝負をつけたのです。それで各々《おのおの》の船から六人ずつの、脛当てをよろしくつけた戦友が討死したわけで、他の連中は死の運命を免れたものです。
そこからさらにわれわれは船を進めてゆきました、親しい戦友たちを殺されたので胸をしきりに痛めながらも、死を免れたのをうれしく思って。しかし、両端の反《そ》りかえったわれらの船々は、憐れな戦友のめいめいの名を、三回大声で呼んでみないうちにはそれから先へ進んでゆきはしませんでした。その人々は、キコネス族のため斬り殺されて、そこの野原で死んだ者どもでした。ところが、今度は(われわれの)船隊にたいして、叢雲《むらくも》を寄せるゼウス神が、はげしい北風を吹き起こさせたのでした。おそろしい突風ともろともに、大地も大海原もひとしく雲で蔽いかくすほどに、大空から夜が沸き立って来ました。それから船隊は、船首を波に突っこんで運ばれてゆき、帆は風の力のために、三つに裂け、四つに裂け、ちりぢりに引き裂かれる、それでわれわれは破滅を恐れて、帆をみな下ろして船中に置きました。そして大急ぎで櫂にかかり、船自体を陸へと漕ぎ寄せていったのでした。その場所に、二晩と二日、引き続いてずっとわれわれは同じところに臥込《ねこ》んでいました。疲れと苦悩とに命を摺《す》り減らしながら。しかしいよいよ三日目の日を、美しい結髪の暁の女神がもたらしたとき、また帆柱を立て、白い帆を引き上げて坐り込みました。船はというと、風と舵取りどもとが正しく導いてくれたわけです。それであるいは恙《つつが》なく故郷の土を踏むこともできたでしょうが、波と汐の流れとが、北風と力をあわせ、マレイア岬〔ぺロポネソス半島の南端〕を回って折れようとしたおり、遠くへ船を押しやって、キュテラ島の傍《わき》を漂っていかせたのでした。
そこから九日のあいだ、呪われた風に運ばれ、魚類に富む海原の上を渡ってゆきましたが、十日目に、|蓮の実喰い《ロトパゴイ》の国へ上陸しました。その人々は花のような食物を喰いならわす者どもでした。そこで私どもは陸へ上がって、水を汲んで積みこみました、それから仲間の者らは速い船のわきでさっそく晩食にかかったのでした。そして食事をすませ飲み物もとると、いよいよそのとき仲間の者らを私は派遣して、どういう種類の人間がこの土地に穀物を食って暮らしているか、いって調べてくるように命じました、≪二人の男を選り出し、三人目として伝令をつけてやったものでしたが≫。その人々はさっそく出かけて、蓮の実喰いの人たちの間にはいりこんだのでした。蓮の実喰いどもは、われわれの僚友たちにたいして、破滅を図《はか》るという策略を用いようとしたのではありません、ただ彼らに|蓮の実《ロートス》を喰えといってくれたのでした。ところでこの蜜のように甘い蓮の実を食べる者はみな、もはや帰って来ようとも、知らせを持って戻ろうとも、思わなくなり、ただそのままそこに、蓮の実喰いの人々といっしょになって、蓮の実を貪《むさぼ》り喰っては、い続けることのみ願い、帰郷のことなど念頭になくなってしまうのでした。そうした連中を私は船へと、むりやりに泣き叫ぶのを引っ張っていったのでした、そして中のうつろな船中に、漕座の下へ引きずりこんで縛りつけたものでした。その一方、他の忠実な僚友たちを督励して、大急ぎで速い船へ乗りこませました、またひょっとして誰かが蓮の実を喰って、帰郷のことを忘れては大変なので。そこで一同は大急ぎで船へ乗り組み、櫂掛けへと坐りこんで、秩序正しく座につくと灰色をした潮を櫂で撃っていったのでした。
さてそこからさらに先へと、心を痛め悩ませながらも航行してゆき着いたのが、傲《おご》りたかぶり、掟《おきて》を無視する単眼巨人《キュクロプス》どもの国なのでした。この者どもは、不死の神々(のお助け)を恃《たの》んで、植物を手で植えることもせず、耕作もしないのですが、何でも播《ま》かれず耕されずに生い茂るので、小麦も大麦も、ぶどう酒になるぶどうの房をつけるぶどう樹も、ゼウスの雨が大きく育てるのです。この連中は、相談をする公けの集会というものも法規も持っていないで、高く聳える山々の頂きに住居を構え、中のうつろな洞穴に住んでいて、めいめいが自分の子どもや妻たちを監視するだけで、あいたがいは何の関係もなしに暮らしているのです。
それから低まる島が、入江の外側にそって長くのびています。キュクロプスの住むところに近くもあまり遠くもなく、森に蔽われていますが、そこには山羊が数知れぬほど野生に棲まっておりました、というのも、そこでは人間の往来が妨げをすることもなく、猟師たちがたびたび来るわけもないので。つまり彼ら(猟師というもの)は森林中で、あるいは山々の峯をたずね巡っては、苦労をしているものですが、この島はというと、牧畜にもまた農耕にも制御されるということがなく、種も播かれず、耕しもされずに年がら年じゅう人気《ひとけ》なしの状態で、ただめえめえ鳴く山羊どもの生育地になっていました。というわけは、この単眼巨人《キュクロプス》たちは、朱ぬりの頬《ほお》(へさき)の船を持っていず、漕席の整った船々を建造する船大工の連中もいないもので。もし船がありましたら、人間どもはおたがいに船で海を渡ってゆくのですから、世界中の町々を往来するうち何事によらず(望みのことを)成しとげもできましょうし、たとえばこの島を荒れたままにほうっておきはしませんでしょう。というのも、これはけして悪い島ではないので、季節のものを何によらず実らせも十分できましょう。すなわちそこには、灰色の海の岸辺に軟らかな湿地の多い牧場がひろがり、ぶどう樹はいつも枯れずに実を結びますし、耕作にも適しております、それでいかにもよく生育した麦作を始終その季節ごとに刈り取ることも適《かな》いましょう、土地がたいそう肥沃ですから。
また碇泊に恰好な入江があって、しかも太綱《ふとつな》でつないでおく必要はないというので、碇石《いかりいし》を投げこむことも、舳《へさき》から綱でゆわえることもせずに、ただ浜辺へ押し上げて、何日間でも、水夫たちの気がそちらへ向き、順風が吹くまで、待っていようというわけです。それからまた入江のとっ先に、清らかな水が流れているのは洞窟の下からの噴泉でして、そのまわりに白楊《はくよう》の木が群生しております、そこへわれわれは船を着けたものでしたが、これはどなたか神さまが案内をしてくださったのです、というのも夜の闇を通しては、一寸先も見えませんでしたので。船々をとり巻いて深い霧がただよい、天には月影も雲に遮《さえぎ》りこめられていて姿をあらわさず、そのときに誰一人として、その島自体を眼に見た者はいませんでした。また漕席のよく整った船々を陸に着けるまでは、高い浪が陸地にころがり寄せるのも知らなかったのです。それでわれわれは船を陸へあげると、帆をすっかり取り片付け、われわれ自身は船を出て、大海の波打ちぎわへ上がってゆき、そこで一時寝こんで輝く暁《あけがた》を待つことにしました。
さて早く生まれて、ばらの指をもつ暁(の女神)が立ち現われたとき、わたしらは島じゅうを物珍しく思いながら、まわって歩いたものでした。すると山羊皮楯《アイギス》をお持ちのゼウス神のおん娘たちの女精《ニンフ》らが、仲間の者どもが食事のできるようにと、丘に臥す山羊どもを狩り出してくださいました。そこでわたしたちは、さっそく船へいって曲がった弓や長い管の形をした山羊狩の槍をとって、三つの部隊によろしく別れ、討ちにかかったところ、またたく間に神さまは、心ゆくほどの獲物をくださったのでした。つまり私に従って来た船の数は十二隻だったのですが、そのめいめいに九匹ずつの山羊が割りあてられたというわけで、しかも私一人だけに十匹を選び取ってくれましたので。こんなふうでその時は一日じゅう日の沈むまで、食いつくせないほどの肉や甘い酒の馳走にあずかり坐っていました、というのもけして紅《あか》い酒が船からすっかり切れるということがなく、十分にあったからです。つまりどっさりめいめいがいくつもの両耳の酒瓶に入れ、キコネス族の聖い町を攻め取ったとき、(船ヘ)積みこんだものでして。それでわたしらは、近所に棲まっている単眼巨人《キュクロプス》の土地をながめておりました、(その持ち物の)羊や山羊の啼《な》き声も聞こえ、彼ら自身の立てる烟《けむり》も見えますので。それから太陽がいよいよ沈み暗闇が迫って来たとき、まさしくそのときわたしらは海の波打ちぎわに身を横たえたものです。それで早く生まれて、ばらの指をもつ暁(の女神)が立ち現われたとき、そのとき私は集会を開いて、一同にこう申し出たのでした。
『ほかの人たちはいまのところ残っていてくれ、わたしの優れた僚友たちよ。ところで私は、船と私の仲間とをつれ、出かけていって、あの者どもを検分して来ようと思うのだ、どういう人たちか、はたして無法な乱暴者で、また粗暴な法掟《のりおきて》をわきまえない者どもか、それとも外来者に親切で、神を畏《おそ》れる心を持つ者どもかを』
こういってわたしは船へ上がり、仲間たちにも、めいめい船に上がって、纜《ともづな》を解くように命令しました。そこで連中もすぐさま船に乗りこんで、漕ぎ席に坐りこむと、秩序正しく座について、灰色の海を櫂で打ってゆきました。だがいよいよすぐと間近にあるその場所に着きますと、海にすぐ接近していちばん端っこに、丈の高い洞窟に月桂樹が蔽いかぶさってるのが見えました、そこには家畜がいっぱい、羊も山羊も、囲《かこ》いこまれています。そのぐるりには高い庭囲《にわがこ》いが、深く掘って埋められた石や、丈の高い松の木や梢《こずえ》の聳《そび》えたつ樫《かし》の木のならびで、こしらえられている、そこにとてつもない巨人が寝泊《ねとま》りしているのでした。もちろん羊や山羊を(皆から)離れて一人きりで世話をしているので、他の巨人たちとは往来せず、一人でくらしながら、掟に反《そむ》いた振舞いにふけっているのでした。驚くばかりの巨大な姿は、五穀を喰う人間とは似ても似つかず、高い山の、それも他から隔絶してひとつだけ突き出て見える、森の茂った頂《いただ》きともいうべきところでした。
それでその時には他の僚友たちには、そのまま船のあるところに踏みとどまって、船を護っているようと命じておき、とりわけ腕利きの十二人を中から選《え》りすぐって出かけましたが、山羊皮袋に黒く甘いぶどう酒を充《み》たしたのを持っていきました。これは先にアポロン神の神官である、エウアンテスの息子のマロンがくれたもので、この神さまはイスマロスの町一帯を御領としておいででしたが、その神官に、子供や配偶《つれあい》ともどもに、神を畏《かし》こみ、われらは保護を加えておいたのでした。というのも、ポイボス・アポロン神の、樹木の多い社地内に住まっていたからです。マロンはいろいろと立派な品を贈ってくれました。まず、精錬した黄金を七タランタ、さらに純銀の酒|和《あ》え瓶《がめ》、それからさらにぶどう酒を両耳瓶に入れて十二個、それもみないっぱいに混じり気のない甘いのを満たして。しかし家屋敷にいる僕《しもべ》や侍女《こしもと》の誰一人として、この酒のことは知っていず、ただ彼自身と配偶《つれあい》と、ごく内輪の取締りの老女それも一人だけが心得ていたのです。この蜜の甘さの真紅の酒を飲むときには、ただ一つの盃をこの酒で満たし、二十杯分の水とつぎあわせるのがならい、それでほれぼれとする甘美な芳香が酒和え瓶から薫《かお》って立つということを。こうした酒をいっぱい満たした大きな袋と、それに穀類も頭陀《づだ》袋に入れて持って来ました。というのもすぐと私の雄々しい心にはこんな予想がしたものですから。つまりわれわれが出くわすのは、大変な強力を身につけた男なうえに、乱暴で法も掟もよくわきまえぬ奴《やつ》だろうと。
程もなく私らはその洞穴に到着しましたが、おりから例の巨人はうちにいず、そとの牧場で肥えた羊や山羊を草飼いに出かけていたのでした。そこで私どもは洞穴の中にはいってゆき、一々を隈《くま》なく査察しました。いくつもある籠にはいっぱいチーズがはいっており、いくつもの檻《おり》は仔羊や仔山羊でぎっしりつまっていまして、それが種別にわけて囲みに入れてあるので、すなわち春さきに生まれた仔は別になってい、夏に生まれた仔は別のところへ、生まれたてのはまた別の檻にはいっているというわけです。それからいくつもの器《うつわ》はみな生ミルクが溢れるほど、乳桶もたらいも、乳をしぼるのに使っている丈夫な出来のが、いっぱいになっています。この時に仲間の者どもは、まず第一に私に向かい言葉をつらねて頼みこんだものでした、チーズをいかほどか取って船へ戻ろうと。それからさらに、さっそくにも仔山羊どもや仔羊どもを檻から出して速い船へ追ってゆき、みづく潮路を渡ってゆこうと、しきりに説き勧めたのです。私はそうすればずっとよかったものを、いっこう聞き入れないで、例の男を見たい一念で、もしか土産に何かくれよう、とも考えて、はやり立ったのでした。でもまったく、やって来て見れば、その男は私の仲間にとって、ありがたくないものになると定《きま》っていたのですが。
そこで私たちは火を燃やしつけて(神々に)焼き物のお供えをし、また自分たちもチーズをとって食べ、洞の中に坐って、とうとう彼が羊をつれて帰って来るまで待っていたのでした。その男はたいそう重たい荷物を運んで来ましたが、それはすっかり枯れた森の木で、夕餉《ゆうげ》をつくる薪《まき》にしようというわけでしたが、それを洞の中にほうりこんでひどい音を立てました。それで私どもは恐れをなして、洞穴の奥へとあわてて逃げこんだものでした。それから彼はひろい洞窟の中へ肥った羊どもをすっかりうまく追いこみましたが、それはみな乳をいつも搾る牝だけで、牡の羊や山羊どもは外へ残しておいたのでした、高く囲った土間のところへです。それから今度は大きな門がわりの石を、高く持ち上げすえつけましたが、その重たそうなことといったら、二十二輌のしっかりした四つ車輪の荷車がかかっても、とても地面から梃子《てこ》でも上げられまいと思われるほど、それほど大きな、巍峩《ぎが》とした巌《いわお》を戸口ヘすえつけたのでした。それから坐って羊だの、めえめえ鳴く山羊だのの乳|搾《しぼ》りを、すっかり定式どおりにやりすますと、羊や山羊のめいめいへ嬰児の羊をあてがいました。そしてすぐさま白い乳の半分を凝《こ》り固《かた》まらせると、それをかき集めて、編んだ籠の中へしまいこみ、あとの半分を桶の中へそのまま置いておいたのは、これは夕餉のために備えて、取って飲むつもりなのでした。それからいよいよ急《せ》わしくこれらの仕事をなし終えると、そのとき火を燃しつけて私どもを認め、たずねるようには、
『おい見知らぬ奴らだが、おまえたちはどういう者どもだ、どこから海路をはるばる船で来たのか。何か用事があってのことか、それとも何のあてもなくうろつきまわっているのかな、海賊どものようにな。海の上を、命を賭《か》けて他国の人々に禍《わざわい》いをもたらしては彷徨《うろつ》きまわる連中のことだが』
こういったので、私どものほうではまったく心も萎《な》えつぶれる思いでした。太い声や山のような巨人の姿に恐れをなしたものですが、それでもどうにか彼に向かって言葉をかけ、返事として私は申したのでした。
『私らはトロイアから道に迷って来たアカイア勢の者どもです、あらゆる方角からの風に大海のひろい渡りを押し流されまして、故郷へ帰ろうと願いながら、違った道を、違った方へとやって来たのです。おそらくこのようにゼウスさまがおはからいなさろうとお思いだったのでしょう。私どもは憚《はばか》りながらアトレウスの子アガメムノンの手の者どもですが、その方の名は現在まったく天《あめ》の下《した》に隠れもないものであります。というのも、それほどたいした城町《まち》を攻め陥《おと》しなさり、たくさんな兵どもを討ち取ったからでして。ところで私どもが、ここへ来ましてあなたのお膝にすがってお願いいたす筋と申すのは、何なりともてなしてもらえるのではないか、さもなくば施物《せもつ》なりくださるまいかと申すので、それは他国から来た客人の定まったならわしになっていること。さればどうか、立派なご主人さまにしても、神々を畏こみまつってくだされ。私どもはあなたさまへの祈願者ですし、ゼウス神が、祈願者や他国者《よそもの》らにくわえられる悪事に報復をしてくださることはご存知でしょうな』
こう申しましたが、巨人はすぐさま、情け容赦もない悪心から、返事をするよう、
『たわけ者だなおまえは、ええ、他国の奴めが、遠国からやって来たのだな、私に向かって神々を恐れろとか憚《はばか》れ、とか命じようとは。なぜというと、単眼巨人《キュクロプス》どもは、山羊皮楯《アイギス》を持つゼウスなどはいっこう気にもかけないのだ、祝福された神々たちもだぞ、ずっとわれわれのほうが強いのだからな。それゆえ私にしても、ゼウスの憎しみを避けようといって、おまえにしろ仲間の奴らにしろ、少しの容赦《ようしゃ》もしてやりはせぬ、もしも私の気が向かないならばだ。ともかくもいって聞かせろ、どこへ、おまえらが来たとき、出来のよい船を泊《と》めておいたのか、あるいは陸《おか》のいちばん端のところか、それともこの近くへか、知りたいのだが』
こういって罠《わな》にかけようとしましたが、万事を心得ている私を欺《だま》しはできませんでした。そこで逆にまた狡《ずる》い言葉を並べて返事をしてやったので。
『その船は大地を揺すぶるポセイドン神が、あなたがたのお国の地境《くにざかい》の辺でしたが、岬へずっと近寄らせ、岩にぶつけて壊してしまったのです。それでも私はここにいる仲間の者どもといっしょに、恐ろしい破滅をやっと逃れおおせたのでした』
こういいますと、巨人は情け容赦もない心から、何も私に返事はしないで、つと立ち上がると仲間のほうに手をさしのばして、二人をとっつかまえると、仔犬みたいに地面へたたきつけました。そこで脳味噌が地べたに流れて、土をぬらしたものですが、それをまた手足をばらばらに切り離して、夕餉の仕度にしたわけです。それから山間に育った獅子のようにそれを食って、内臓《はらわた》も肉も骨までそっくり髄《ずい》ぐるみに食べ何一つ残しませんでした。私どもは泣きながらゼウス神に向かって両手をさしあげて祈るばかりで、無漸な所業を目にながめても、施《ほどこ》すすべもなさに心をしめつけられていました。ところでキュクロプスは、人間の肉を喰らい、混じり気のない乳を飲んで、大きな腹をいっぱいにすると、洞窟の中で、羊どもの間に体を長くのばしたまま、横になりました。そこで私は意気のさかんな心中に思うよう、そいつのそばに近寄って、鋭い剣を腰のわきから抜き放ち、胸をめがけて突き刺してやろう、横隔膜が肝臓をささえているところを、手でまさぐって、と思いましたが、また別な心がその手を引きとめたのです。というのは、それでは私たちもそのままそこであえない最期をとげることになろうからでした。なぜならば、丈の高い扉口から、彼があてがっておいた重たい大岩を手で押しのけることなどは、私どもにはとてもできなかろうからです。
そんなわけで、そのおりはただ溜め息を吐《つ》くばかり、輝く朝がたの来るのを待ったのでしたが、いよいよ早く生まれる、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われますと、そのとき巨人はまた火を燃やしつけ、羊どもの乳を搾り、万事を定式どおりにすますと、めいめいの母羊や山羊に嬰児の羊をあてがいました。それからいよいよ急がしくこれらの仕事をなし終えると、またもや巨人は(われわれの)二人をとっつかまえて、食事にあてたのでした。そして食事をすますと、洞窟から肥った羊や山羊を追い出したのは、らくらくと大きな門石を取りのけてのうえでした。それから今度は、またもとどおりに、まるで箙《えびら》に蓋でもするかのように(らくらくと、穴の口に)あてがっておきました。そしてずいぶんとシーシーいう声を立てながら、キュクロプスは肥った羊どもを山の方へと向かわせたのです。一方私はというと取り残されて、胸の奥に禍《わざわ》いを思いめぐらしていたのでした。どうかして復讐はできないものか、そしたらアテネ神が誉れを授けてくださるだろうになどと。
ところで、これが最上策だと心中に思われたのは、キュクロプスの持って来た大きな棍棒が羊の檻のかたわらに落ちていましたが、まだ緑のオリーブの木で、それを枯らして持ち歩こうと、伐《き》り出して来たものでした。それを私どもは先に見たとき、二十|挺櫓《ちょうろ》の黒塗りの船、大海のわたりを越えて航行する、広々とした商船の帆柱にも比《たぐ》えたことでしたが、それほど長く、それほど太く丈夫なものでした。その木を一間ばかりの長さに、私はそばに立ち寄って切り取ると、仲間の者たちに渡して、滑っこく磨くようにといいつけました。そこでみながそれを滑らかに仕上げると、私はその尖端《せんたん》を鋭くとがらせたのでした、そしてすぐそれを手に取ると、燃えさかる火に突っこんで焼きあげました。それからはそいつを汚泥《おでい》の下に隠しこんで、ていねいにしまっておいたものです、この汚泥というのは、洞窟のおくに、とてもどっさり溜っていたのです。そのつぎには他の連中に籤《くじ》を引かせて、誰が私と力をあわせ勇を鼓《こ》して、例の棒を持ち上げ、巨人を快い眠りが襲ったときに、一つ眼球《めだま》へ押しこむ役を引き受けるかをきめさせました。そこでみんなが籤をひくと、私自身でも選びたいと願ったろうという者たち四人がその選にあたったのです。
夕方になって巨人はまた、美しい毛の羊や山羊を引き連れて帰って来ました。そしてすぐ広い洞窟へと肥った羊どもをすっかりじょうずに追いこみ、一匹も高い囲みの土間には残しておかないのでした、何かの思惑があってのことか、それとも神さまがそのようにお仕向けだったかはわかりませんが。それから、今度は例の大きな門石を持ち上げてあてがうと、腰を下ろして羊だのめえめえ鳴く山羊だのの乳を搾っていきました。万事定式どおりにそれがすむと、それぞれ母羊の下に幼い仔羊をあてがっておくのでした。そしていよいよ大急ぎでそれらの仕事をなし終わりますと、またもや巨人は(私どもの)二人をとっつかまえて、夕餉《ゆうげ》の仕度をととのえるのでした。ちょうどそのおり、私はキュクロプスのすぐと眼近《まじか》に寄り添って、声をかけていったのでした、黒いぶどう酒を入れた蔦模様《つたもよう》の椀《わん》を両手で捧げながら、
『キュクロプスさん、さあ、ぶどう酒をお飲みなさい、人間の肉をくったあとには、これこのとおりの、何という甘い酒を私どもの船が蔵《かく》しているか、お悟りなさるように。それにまたお供えする御酒《みき》も持ってまいりました、私を不憫に思《おぼ》し召して故郷へ送り返してくださいますまいかと。でもあなたの狂気のお振舞《ふるまい》は、もう辛抱のできないほどです。非道なことをなさるのでは、どうして今後、誰にしろほかの人間がまたとあなたのところへ来ることでしょうか、まあどんなに大勢いるにしてもです、そのなさりようがこう道に外れていますのでは』
こういいますと、彼は(その椀を)受け取って飲み干しました。ところがその甘い酒を飲みますと、とてもたいそう気に入ったので、もう一杯くれと要求するのでした。
『もっとくれ、もう一杯な、気前よく、それからおまえの名前を教えてくれ、いますぐにだぞ、おまえに土産をやろうと思うのだから、おまえが悦ぶようにな。いやもちろん、キュクロプスどものためにも、この五穀を実らす大地は、大きな房からとったぶどう酒をつくってくれる、それをゼウスの雨は成長させる、だがこの酒は、まったく神食《アンブロシア》や神仙酒《ネクタル》のお流れにちがいない』
こういうので、私のほうでもまたもう一度、燃える火のようにきらきらするぶどう酒をくれてやったのです。こうして三度もって来て渡すと、三度彼は考えもなしに飲み干したのでした。するとキュクロプスの体内にぶどう酒がまわって来たのですが、そのときいよいよ私は猫なで声を出して、こう大声でいってやりました。
『キュクロプスさん、私の世間に知られた名前をおたずねなさるからには、私にしても申しあげましょうが、ではどうかあなたのほうでも、お土産の引出物を、約束なさったとおりにくださいまし。ウティス(誰もしない)というのが私の名で、私のことを、母も父も、他の仲間の者どももみな、そう呼びならわしております』
こういうと、巨人がすぐと、情け容赦もない心で私に返事をしてよこすには、
『ではウティスを私はいちばん後で食うことにしよう、おまえの仲間たちの後でな。他の奴らは先にしてやる、これがおまえへの引出物だぞ』
こういうと、引っくりかえって、あお向けに倒れまして、それから今度は部厚い頸《くび》を斜《なな》めにまげるとそのまま、あらゆるものをうち負かす眠りに捉えられましたが、咽喉からはぶどう酒やら人間の肉の片やらが噴き出されて来たのは、ひどく酒に酔いくらったので吐き出したものです。さてそのとき、私は例の材木を山ほどの焼け灰のもとへ突っこみました。そして熱くなるまで置いてから、言葉をつらねて仲間の者どもを激励したのでした、誰にしろ怖気《おじけ》づいて引きさがってはなりませんので。それでいよいよ間もなくそのオリーブの棒が、まだ緑ではあっても点火しようという間際におっそろしくすっかり赤くなって来たとき、そのとき私は火から出しすぐそばに持ってゆくと、両側に仲間の者どもが立ち並びましたが、たいそうな勇気を神さまがみなに吹きこんでくださったので、一同はオリーブの棒を取りなおすと、その尖った先を(巨人の)ひとつ眼にぶちこんだものでした。そこで私は上からのしかかって、それをぐるぐるまわしてやりました、ちょうど船材に人が錐《きり》を使って穴を開けるときみたいに。すると他の者たちが下から皮紐で、両側にとりついてから、それを右へ左へとまわして動かす、それで錐は始終しっかりとどんどんねじこまれていく。めりこんでいく棒のまわりに熱い血が流れ出ました。またそのまわりの睫毛《まつげ》も眉も眼球の焼ける熱気で焦げてしまい、その根も火のためにじいじい焼けただれたものです。ちょうど鍛冶屋の男が、大きな斧か手斧かを(鍛えてから)大きな音をたてさせて焼きを入れようというので、冷たい水の中へつっこんだ時のよう。そのように巨人の単《ひと》つ眼は、オリーブの棒のまわりでじいじい音をたてたのでした。そこで彼はおっそろしい声で喚《わめ》き出し、あたりの岩も谺《こだま》して叫びたてたので、私どもは恐気《おじけ》をふるって逃げ出しました。そこで巨人は棒を眼から引き抜きましたが、おびただしい血にすっかり濡れているのを、気狂いのように手を振りまわして、今度は自分から遠くへほうりつけたのでした。それからほかの単眼巨人《キュクロプス》どもへ大声で叫びかけたのです。この連中はそのあたりの風の吹き巻く高い峯にある洞窟中に住まっているので、叫び声を聞きつけて、四方八方からてんでに集まって来、洞窟のまわりに立ち並んで、いったいどんな事件が起こったのかとたずねたのでした。
『ポリュペモスよ、いったいどんな酷《ひど》い目にあったというので、こんなに叫びたてるんだ、しかも聖い夜中にだよ、そしてわれわれを眠られないようにするんだ。まさかどこかの人間が、おまえが承知しないのに、山羊や羊を追っていくのではあるまい、それとも誰かがおまえを打ち殺すとでもいうのか、欺《だま》してとか暴力でとか』
すると今度は、こちらの洞窟内から、強力《ごうりき》なポリュペモスがいうのでした、『おい兄弟たち、ウティス(誰もしない)が私を殺そうてんだ。暴力ではなく、欺《だま》してだが』
そこで皆は返事をして、翼をもった言葉を述べたてたのでした、
『もしほんとうにおまえがひとりでいるところを、暴力行為など誰もしないというならば、それは何かの病気で、ゼウス大神がくださるものなのだから、どうにも避けようがない。だからおまえも、親父のポセイドン神にでも祈ったがよいよ』
こうみなが、立ち去りながらいったので、私はひそかに心中で大笑いしたことでした。私の名前、それも人並みすぐれた知恵の働きがうまうま欺しおおせたことをです。そこでキュクロプスは呻吟しながら、かつは痛みにさんざ苦しみながら、手さぐりでほうぼう探しまわって、扉口の石を取りのぞきましたが、代わりに自分が扉口のところへ坐りこんで両手をひろげ、もし誰か羊たちといっしょに外へ出ようとしたら、つかまえようと構えていました。つまりまあそんなに私が愚か者だと心の中でみくびったわけなのですが、こちらのほうでは私が、どうしたらいちばんうまく、仲間の者どもに、また私自身に、死を免れる道を見つけ出せようかというので、いろいろ策を練っていたものでした。それでありとある狡猾な企らみ、また賢明な方策を、生死にも関《かか》わることですから、しきりに工夫したわけです。大きな災禍が、いまにも身におよぼうというところなので。そのうちこうするのが最善の策だろう、と心中にも思われたのでした。つまり牡羊《おひつじ》どもはよく肥って、毛の房がびっしりと厚く生えそろってい、しかも立派で形《なり》も大きく、濃い紫に黒ずんだ毛を持っていました。それを、音をたてないようにして、よくねじた蔓《つる》でゆわえつけたものです、この蔓は、この法も掟もわきまえない巨人のキュクロプスが寝る、寝台から奪って来たものでしたが、それで三匹をひとまとめにして、まん中の羊(の腹)に人間を運ばせ、他の二匹がその両側に仲間の者を無事に護っていく、という工合で。つまり三匹の羊が、一人の男をそれぞれ運んでゆくわけになります。そこで私はというと一匹の牡羊の、羊や山羊の全体の群中でもとび抜けて立派なやつの、そいつの背中をとっつかまえ、長い毛のいっぱい生えた腹にかがみこんで、横になりました。それで手でもって毛房につかまり、しっかりと体をねじって、辛抱づよい心でもってつかまっていたものです。
このようにしてそのおりは、呻吟しながらも輝く朝のくるのを待ったのでした。やがて早く生まれる、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われますと、そのおりに牧場へと例のごとくに牡羊たちは、急いで馳け出ていきましたが、牝羊どもは檻のあたりに、乳をまだ搾られないので、めえめえと鳴いていました。というのも、乳房がいっぱいに張ってたからです。いっぽう主人(のキュクロプス)はというと、ひどい苦痛に悩まされつつも、居合わす羊全部の背中を手でさわってみるのでした、まっすぐに立ってる羊のです。それで愚かにも悟らないのでした、私の仲間の者どもが、羊どもの胸のところに、しつかりへばりついていたのにも。羊たちのいちばん後ろから例の牡羊が外へ出てゆきました、私を、したたかな企らみぐるみ抱きこみまして。その牡羊の背をまさぐりながら、力の強いポリュペモスはいうのでした、
『おい牡羊よ、どうしてこのように洞窟を、羊どものいちばん後から出てゆくのだ、前にはけして羊どもに立ち遅れてゆくことはなかったのに。それどころか、ずっと先に立って、大股に歩きながら、芝草のやさしい花を食ったものだった、そしてまっ先に河の流れに行き着いたのにな。また夕方は、まっ先に小屋に帰りたがっていたのに、今ではうって変わって、いちばん後から行くとは。おまえは主人の眼球《めだま》を悼《いた》み嘆くのかね。悪者が来て盲《めくら》にしたのだ、くだらん仲間と力をあわせ、わたしの心を酒でたらしこんでな、ウティスという奴だが、そいつはけっして、まだ破滅をまぬがれおおせてはいないにちがいない。もしほんとうにおまえが私と心を合わせ、ものをいう能力があって、どこにその男が私の怒りを避けて逃げこんでるか、いえたらなあ。そしたらあいつを殺して、その脳味噌を洞窟じゅう、あちらこちらに地面へまきちらしてやろうに、それで私の心も、あの碌でなしのウティスがおっ被《かぶ》せた禍《わざわ》いから回復ができように』
こういって、その牡羊を手もとから外へと送り出したのでした。私どもは洞穴からまた内囲いからしばらく行ったところで、まず最初に私が牡羊から離れ、それから仲間の者たちを解き放してやりました。それでさっそくにもその脚の細長い羊どもを、たびたび後ろを振り返りながら、船のところへ行き着くまで、追っていったのでした。なつかしい仲間の舟子たちは、われわれを見て大喜びをしました。われわれ死を免れた者らをですが、他の死んだ者たちにたいしては泣き悲しんで嘆いたのでした。
しかし私は、眉をあげ首を振って、めいめいに泣きつづけるのを許さずに、早々に毛の美しい羊や山羊をたくさん船へ追いこみ、潮づく海上に船を駆《や》るよう命令したのでした。それで皆もすぐさま船へ乗りこみ、櫂席へと坐りこんで、順序正しく座につくと、灰色の波を櫂で打ってゆきました。しかし人が叫んでその声がようやく届くほど岸から離れたとき、そのとき私はキュクロプスに呼びかけて、こう非難の言葉を浴びせてやりました。
『おいキュクロプス、おまえは臆病な人間の仲間のこのおれを、あの洞窟にいて、喰うはずではなかったのか、たいそうな暴力を揮って。それに十分おまえは悪業の報いを受けるはずだったよ、非道な奴だ、おまえの家《うち》へ来た客人を憚りもなく食ったりして、神々を恐れないとは。それゆえに、ゼウスさまや他の神々がたが、おまえに罰を与えたのだ』
こういってやると、巨人はいっそう憤慨して立ち、大きな山の頂きをひきちぎっては投げつけました。それが青黒い色の舳《へさき》をした船の前の辺におちて来るので、落下する岩のために海には大きな波が立ち、寄せ返る波のために、船はまた陸の方へと運ばれてゆきました。そこで私は両手にとりわけて長い竿を取り、横ざまに離れていくように押してやる一方、仲間の者どもを激励して、この禍いをうまく逃れおおせるよう、首を振り動かして合図しながら、櫂でしっかり漕いでゆくよう、命じました。それに応じて一同も体を前に屈《ま》げてはしきりに漕ぎすすめたのでしたが、いよいよ先の二倍ほど波を切って進み(陸から)離れたところで、またそのときにキュクロプスに向かって声高く叫びかけたのでした。もっとも仲間たちはてんでに、両側から私にとりつき、宥《なだ》めすかす言葉をつらねて制止しようとつとめたのですが。
『ひどい人ですねあなたは、なぜあの乱暴な男を怒らせようとなさるのです。いまでさえも海へ石を投げこんで、船をまたもとの陸地へと引き返させたものですのに、まったくそのままここで死ぬかと思ったばかりです。もしも誰かが声を出したりものをいったりするのを聞きつけたら、角《かど》の鋭い石塊を投げて、きっと私らの頭も、船の材木も打ち毀《こわ》しちまったことでしょう、あんなにひどく投げつけるのですから』
こう皆はいうのでしたが、どうにも私の高ぶった心を説得はしかねたので、またもう一度重なる怨み心からいい放つには、
『キュクロプスよ、もし万一にも、死ぬはずの人間のうちの誰なりかが、みっともなく眼がつぶれた次第をたずねたなら、城町《まち》を攻め陥《おと》すあのオデュッセウス、ラエルテスの息子で、イタケ島に屋敷を構えるその人が盲目《めくら》にしたというがいいぞ』
こう私がいうと、彼は嘆息してから、答えていうようには、
『ああ、ほんとか、いよいよ実際にむかしいわれた予言があたったのだ。以前一人の占い師がこの土地にいた、立派な丈の高い男だったが、エウリュモスの子のテレモスという名で、陰陽道に通暁して、単眼の巨人どもに占いをして年を過ごした。その男が私にいったものだ、こうしたことが将来かならず私の身に起こるだろうと。つまりオデュッセウスという者の手で、視力を失《なく》すことであろうというのだ。だが私はいつも丈《せ》の高い立派な男が、ここへ来ることだろうと期待していた、たいそうな武勇を身に着けている丈夫《ますらお》が。ところが現在、ちっぽけな碌でなしの、非力《ひりき》な奴が私の眼を盲にしおった、私を酒で骨抜きにしておいてから。だが、まあここへ来い、オデュッセウスよ、おまえに土産《みやげ》の品をやろうから、それに世に名高い、大地を揺する大神におまえを護り送り届けるよう頼んでやろうからな。その神さまの私は息子なのだ、いやしくも私の親父と名乗っている、その御神だけが、もしもそうお望みなら、自身で療《なお》してくだされよう、他の者には、祝福された神々にも、死ぬべき人間にも、誰一人そんなことはできはしないのだ』
こういいましたが、しかし私は彼に向かって返答にいってやりました。
『まったくもしも私がおまえを、命も魂もない者にして、冥途へ送りつけることができたら、ありがたかろうに。もはや大地を揺する神だって、その眼を癒せないようにな』
こう私がいってやると、そのとき彼は両手を星のいっぱい輝く大空にさしのべて、ポセイドンの御神に祈っていうよう、
『お聞き入れを、大地をささえる、か黒い髪のポセイドンよ、もし本当に私があなたの息子で、私の父といやしくもおおせになるなら、どうか城町を攻め陥《おと》すオデュッセウスが故国《くに》に帰り着けないようにしてくださいまし。だが万一にも、定業《じょうごう》によって身内の者に再会し、構えもよろしい自分の屋敷に、また故郷《ふるさと》の地に帰り着くようきめられているなら、せめて遅く、ひどいめにあってから帰りますよう、仲間の者らもすっかり失い、他国の船に乗って帰れば、家にも厄介|事《ごと》がもち上がっていますように』
こう彼が祈っていうのを、か黒い髪の御神はお聞き取りでした。ところで巨人は、またもやずっと巨きな岩を取り上げて、ぐるぐるぶんまわしてから放りつけ、測り切れないほど大きな力をこめたもので、その石は青黒い舳《へさき》をした船の後ろに落下し、もうすこしで舵の先に届くばかりのところでした。そこで海は落ちて来る巨岩のために大波が立ち、その波が船を前へと運んだもので、(向う岸の)陸へと着く仕儀になりました。
ところで、いよいよ例の山羊の島へ帰り着きますと、そこには他の櫂席のよい船々がひとまとめになり待っていたわけですが、仲間の者たちが嘆き悲しみながらそこら辺に坐って、始終われわれを待ち受けていたのでした。それでそこへ着くと、まず船を砂浜へ引き上げ、われわれ自身も海の波打ちぎわへと降り立ちました。それから単眼巨人《キュクロプス》の羊や山羊を、中のうつろな船から連れて来て、誰一人として平等な分け前をもらわないで去る者がないよう、公平に分配してやりました。しかし例の牡羊は、脛当てをよろしくつけた仲間たちが、羊どもを分けるに際して、私だけ特別に分配してくれたのでした。その羊を浜辺でもって私はあらゆる者を統《す》べ治められるゼウス神、黒雲を駆るクロノスの御子の神に犠牲にささげ、腿の骨肉《ほねみ》を焼いてまつりましたが、その神さまは御供物は意に介されず、ただどのようにしてすべてのわれらの船々と私の忠実な仲間の者どもを滅ぼそうかと、いろいろ思案しておいでだったのでした。
こうして、その時はまる一日じゅう、太陽の沈むまで、どっさりある肉や甘い酒を飲み食いしながら坐っていまして、いよいよ太陽が沈んで闇が迫って来たとき、われわれは海の波打ちぎわに身を横たえて寝たのでした。そして早く生まれる、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われたとき、そのときまさに私は仲間の者どもをうながし立てて、自分たちも船に乗りこみ、纜《ともづな》も解くようにと、命じたのでした。そこで皆はすぐと船へ乗りこんで、櫂架《かいか》けのところに坐り、順序よく坐ってから、灰色の海を櫂で打ちすすめてゆきました。それからしてさらに先へと船を走らせつつも胸を苦しめたのは、死を免れたのはありがたいながら、親しい仲間の者どもを失《なく》したことでした」
[#改ページ]
第十巻
漂流譚のつづき――アイオロス、ライストリュゴネス、キルケ
【ポリュペモスの手を脱した一行は、つぎに風神アイオロスの島へ着く。そこで手厚くもてなされたが、やがて出帆して後、風神が贈ってくれた皮袋の、けして開けてはならぬと禁じられたのを、オデュッセウスが疲れて眠ったあいだに部下に開けられ、悪風が出て押し戻される。荒天で十一隻は沈没、彼の乗船だけ逃れてキルケの島へつく。探索に出した一隊は、魔女キルケの館にいったが、誘われて魔法にかかり、豚にされる。探しにいったオデュッセウスはへルメスの教えで魔法を免れ、キルケを懲らして迎えとられ、僚友ともども一年をそこに過ごす。のち帰国の途につく、その前にキルケの勧めで、冥界におもむき、予言者テイレシアスの幽魂に将来をきくこととする】
「それからわれわれは(風の神)アイオロスの島へ到着しました。ここには、ヒッポテスの子アイオロスが住まっているので、不死の神々と親しい者です。それがまた浮き島なので、ぐるりと周囲を青銅の、けして壊れぬ城壁がとり巻き、それへ(岸から)滑っこい岩の崖が切り立っているのでした。この神には十二人の子供たちが屋敷のうちにおりまして、六人は娘、六人はいま年頃の息子でした。そこで彼は娘たちを、息子にたいし妻としてめあわせたので、彼らはしょっちゅう親しい父や親しい母の手もとにいて饗宴に日を送っていました。つまり数限りなくたくさんなご馳走が彼らのもとに置かれていて、焼肉の煙に館《やかた》は満ちわたって、中庭までも一帯に宴《うたげ》の物音《ものおと》が伝わってくる。夜ともなればまたうやうやしい奥方のかたえに、穴をあけた臥床に厚地の布に包まれて眠るのでした。まことに、そういう方々の住まう城町《まち》、また立派な屋敷に私らは着いたのでした。
それでまるひと月じゅう、アイオロスは私を大切にもてなし、一々のことをくわしくたずねるのでした、イリオスのこと、アルゴス勢の船々のこと、またアカイア方の人々の帰国の話など。それでまったく私も、すべて残りなく、順序に従い話してあげたわけです。それでいよいよ私としても旅立ちをもとめ、送り出してくれるよう頼んだときも、何一つ拒絶せずに、送る仕度にかかってくれたのでした。そして私に、九歳の牝牛の皮をはいで皮袋にしたのを贈り、そこへ吹きまくるいろんな風の道を封じこんでくれたのでした。というのは、クロノスの御子(ゼウス神)が、彼を諸々の風の取締りに任じてあったからでした。それを中のうつろな船のうちに、よく光る銀の紐で縛りつけてくれたのは、ちょっとでも間違って風が吹かないよう、との心づかいからでした。そして私へは、西風の息吹を吹き寄せてくれまして、船々も乗組員自体も、正しく風が運ぶようにしたものですが、そう実際にいくはずにはなっていなかったのでした。というのは、彼ら自身の無分別のため、私どもは破滅に陥ったからです。
それでも、ともかく九日間は、夜となく昼となく、われわれは船を馳せてゆきまして、もう十日目には祖国の土地が見え渡ったのでした。そしてまったく間近になったもので、合図《あいず》の火を焚いている連中が見えるくらいでしたが、おりからすっかり疲れ切った私を、快い眠りが襲って来たのでした。というのも、始終私は船の帆足を自分で取り仕切り、けっしてほかの船員に渡さなかったのですが、それも少しも早く故郷の国へゆき着きたいばかりだったのに、連中はたがいに話しあうにも事を欠き、私が金や銀を、あの器量の大いなヒッポテスの息子アイオロスのところから土産にもらって、家へ持ち帰るところだ、などいっていました。それでこんなふうに誰彼となく、間近の者と目を見交わしていうのでした。
『やれやれ、何とまあこの人はどんな人間にでも好かれ、大切にされることか、その都なり国へなり行き着くごとに。ずいぶんとトロイアからも、分捕った宝物など立派なのをこの人は持ってきたのに、われわれときたら同じ旅をしたうえで、いま故郷へ帰るにも、まったく手ぶらで土産もなしなのだ。いまがいまだって、アイオロスはこの人に友誼を示してこれらの品を贈ってくれた。ともかくもさあ、さっそくにもひとつ見てやろうではないか、これがどんなものだか、どんなにたくさん、黄金や銀やが袋の中にはいっているかを』
こういいあうのに、性悪《しょうわる》な意見が仲間うちを支配して、皮袋を解いて開けると、あらゆる方角の風がそこから吹き起こって、立ちどころに皆を疾風《はやて》が、泣き叫ぶのもかまわず、故国の土から遠く、沖の方へとさらっていったのでした。一方、私はというと、目を覚まして心中に、とやこうと思案し、まどうのでした、船から身を投げて、大海原で死んでしまおうか、それとも黙って堪え忍ぶとするか、そしてあい変わらず生きている連中に立ち交わるかと。でも結局辛抱してゆくことにし、衣をひっかぶって船の中に臥《ね》ていました。それで船隊は逆風の嵐に送られて、またもやアイオロスの島へ来たので、仲間の者どもは溜息《ためいき》を吐《つ》くばかりです。
そこでともかく私らは陸へ上がり、水を汲み入れ、早々に速い船のかたえで仲間の者らは食事を取るのでした。それからパンを食べ飲料を取り終えますと、そのとき私は伝令使と仲間の一人をともなって、アイオロスの世に聞こえた館へと出かけていきました。おりからちょうど彼は奥方や子供たちといっしょに食事をしているところでしたので、私どもは館へ着くと、扉口《とぐち》の柱のわきの敷居《しきい》の上に、坐りこみました。すると皆は心底びっくりした様子で、たずねるのでした、
『どうしてまたやって来たのです、オデュッセウスさん。いったいどんな悪霊があなたを襲ったのですか。ほんとにわれわれはあなたを万事疎漏なく送り出してあげたのに、あなたの故郷やお屋敷へ、またどこなりとお望みのところへ無事着けるようにして』
こう彼らがいいますので、私にしても心には苦悩しながらも、皆に向かって申したわけです、
『不埒《ふらち》な仲間の者どもと、それに意地悪な眠りが加勢をして、私を不幸に陥れたのでした。ともかく皆さん、どうか何とか取りつくろってくださいまし、その力をお待ちなのですから』
こう私は、やさしい言葉で話しかけて頼みましたが、一同はただ黙っているばかりで、そのうち父の王が答えていうようには、
『早々この島から立ち去るがよい、生きとし生けるものの中でも、いちばんにけしからん奴だ。つまりは私としたところで、祝福された神々の憎しみを受けているような男を世話し、送り出すなどということは、許されぬことなのだ。出てゆけ、もちろん神々の憎しみを受けて、こんなふうな来かたをするのだから』こういって、ひどく嘆息している私を屋敷から追い払ったのでした。
それでそこからまた先へと、胸を苦しめながらも、船を馳せてゆきましたが、人々の気力も、われわれの愚かさのため余儀なくされたつらい櫂漕ぎのため、消耗したわけでした、もはや追手《おいて》の風も吹いて来ないので。こうして七日のあいだ、ともかくも夜となく昼となく船を走らせてゆきますと、七日目に着いたのは、ラモスの険峻な城市で、ライストリュゴネス人の住むテレピュロスという町でした。この土地では牧人が夕暮れに(家畜を追って)帰ってくるとき、もう一方の朝に出かけるほうの牧人に挨拶の声をかける。それほど夜と昼との進行が近接しているのでした。その土地で、われわれが世に聞こえたその港に着きますと、ぐるりにはずっと切り立った崖が、絶《た》え間《ま》なしに両側ともつづいており、その入口に、両方から向かいあって、岬が突き出ているのでした。それで港へはいる通路はごく狭められておりましたが、そこを通過して一同は両側のそりかえった船々を中へ導き、うつろになった入江の中に、みなくっついて結《ゆ》わえつけておいたのでした。というのも、港の内側では、けして波が高くなることがなく、いつも一体が明るい凪《なぎ》の穏やかさだったからです。ところで私はひとりだけ黒い船を外へひかえさせておいたのです。つまり港のいちばん端のところへ、岩に太綱をゆわえつけて留めておいたのでした。そして険しくそびえ立つ丘の、見晴らしのよいところへ上がって立ちますと、あたりには牛の働く畠地も、人間の作ったものもいっこう見えず、ただ一筋の煙だけ立ち昇るのが目にはいったばかりでした。
そこで私は仲間の者らを、出かけていって調べてくるよう派遣したのでした。どういう人間が、この地の上に五穀を食う者として、住んでいるかをたずねに、二人の者を選び出し、伝令を三人目として付き添わせて。彼らは出かけていって、平らな道を進んでゆきましたが、それは森の木を車に積んで、高い山々を越えて都へと運ぶために造られていた道なのでした。そして彼らは都の手前で、ちょうど水を汲んでいる乙女に出会ったところ、その娘はライストリュゴネスの(王)アンティパテスのたくましい娘でもって、きよらかに流れるアルタキエの泉へ降りたところだったのです。つまりこの泉からみな都へと水を汲んでゆくならわしになっていたのです。
そこで彼らは乙女のそばへ立ち寄って声をかけ、この土地の人々の王者として、国民を統治しているのは、何という方かと問い質《ただ》したものです。すると娘はすぐさま、父親の高く屋根のそびえたつ館《やかた》をさし示したのでした。それで三人がその立派な館へはいってゆくと、王妃に出会ったのですが、それが山の峯ほどもある大きな体躯の持ち主でした。みなが驚きあきれるうちに、王妃は集まりの広場から、自分の夫のアンティパテス王を呼び戻させましたが、王は私の仲間の忌わしい破滅をはかったのでした。つまりいきなり仲間の一人をつかまえ、食膳の用にあててしまったのです。他の二人はとび上がって、船のところまで逃げ帰って来たという次第です。すると王は、都じゅうに声高く呼びかけさせ、それを聞きつけ、四方八方から力の強いライストリュゴネス人がわれもわれもと集まって来ました。その数もわからぬほど、その姿も人間とは見えず、巨人のようでした。
それが人間のやっとかつげるほどの石塊を岩山からとってほうりつけるので、すぐさまひどい物音が船じゅうからわき起こりました。それにうたれて死ぬ人たちの、またはともども船の打ち壊される物音など。そして彼らは魚みたいに(仲間の者らを)突き刺して、無漸な食事にと持ってゆくのでした。彼らが深い港の内側で連中を殺しにかかっていたあいだ、私は鋭い剣を腰のわきから引き抜いて、それで青黒い舳《へさき》をした船の纜《ともずな》を断ち切りました、そしてさっそく仲間たちをうながし立て、この災難を何とか免れおおせるため、力をこめて櫂を漕ぐよう命じました。それでみなみな、破滅がこわさに、一所懸命漕ぎすすめたので、私の船がやっとのことで上から蔽いかぶさって来る岩をのがれて沖へ出たときには、やれうれしやと思ったことです。しかし他の船はみな、そのままそこで滅んでしまったのでした。
そこからさらに先へと、死を免れたのはともかくも仕合わせというので、つらい思いに胸を苦しめながらも、船を馳《は》せていくうち、ようやくアイアイエの島へ到着しました。このところには結髪《ゆいがみ》の美しいキルケ〔太陽神の娘で、兄のアイエテスはのちコルキス王とされた〕が棲《す》まっていましたが、これは人の声を話す恐ろしい女神で、悪心を胸に抱くアイエテスの実の妹ということで、二人とも人間に光を与える太陽神と、大洋神オケアノスの娘ペルセを父母として生まれたものです。この島の渚のところ、船をかくしておく入江の中に、こっそりとわれわれは船を乗りつけたのですが、それもどの神さまかのお導きにちがいありません。この場所に上陸して、二日二晩、疲れと苦悩とにともども胸をさいなみながらも、臥していましたが、いよいよ三日目の昼の光を結髪の美しい暁(の女神)がすっかり照りわたらせたとき、私は槍と鋭い短剣とを手に取ると、間もあらせず船のそばから見晴らしの利く高みへと登っていきました、ひょっとして人間の作った田畑を見、声を聞くこともできようかと思いまして。
そこで険しく聳え立つ見晴らしへと上がっていって立ちますと、道の広い陸から、煙のあがるのが目につきました。それはキルケの館のところで、生い茂った木立や林のあいだからでしたが、そのとき私が心中に胸の底でいろいろと思案したのは、燃えて光る煙と認めたからには、出かけていってきいてみよう、ということでした。そこで思案をすると、まず、こうするのが得なことと思われました。最初に速い船が海の波打ちぎわに泊まっているところへいって、仲間の者どもに食事をさせ、それから情報を求めに派遣するのです。しかしいよいよ船の近くまでいって見ますと、そのとき神々のうちのどなたかが、ただ一人きりでいる私を憐れとお思いだったか、高く角をふり立てる大鹿を、ちょうど私のとおる道筋へ送ってくださったのでした。まずは森の中の凄《す》まいから河へと水を飲みに降りてゆくところだったので、というのも、まったく太陽の炎熱にまいっていたわけですが、その鹿が出てくるところを、私は背のまん中の、脊椎のある箇所をめがけて打ったのでした。すると青銅の槍はずっぷりと貫きとおって、鹿は鳴きながら倒れ伏し、命はたちまち絶えました。そこで私は、その鹿を足でふまえ、青銅の槍を傷口から引き抜きまして、獣はそのままそこへ地の上へ臥《ね》かしたままにしておいたのです。それから今度は小枝や柳の枝を引きちぎって来て、一間ほどの縄を、よく両方からねじって織りかさね、それでその恐ろしく大きい獣の四つ脚をしばりました。そして肩にかついで黒い船のところへ戻ったのでした、それも槍にもたれかかりながら。というのも、肩へのせて一方の手で運んでゆくのは、どうにもむずかしかったからですが、それほどこの獣は大きかったのでした。そこで(船のところへ着くと)船の前方に荷物を投げおろし、いちいち側に立ち添って、優しい言葉で話しかけ、仲間の連中に元気をとり戻させたのでした。
『おい、みんな、まだわれわれは冥途へはいけないだろうじゃないか、よしどんなにつらい思いをしていようともだ、最期ときまったその日が来るまではな。だからさあ、速い船のところに食べる物や飲む物があるあいだは、食事のほうに気を向けようよ、飢渇のためにさいなまれるのはやめにして』
こう私がいいますと、一同はさっそく私のいうことを聞いてくれまして、被《かぶ》っていた布をかなぐり捨て、荒涼とした海の渚に横たわる大鹿を見てたまげるのでした、それはまったく大きな獣でしたので。さて思いきり十分めいめい自分の眼でこれを見て慰んでから、手を洗い浄めてたいそう立派な馳走の仕度にかかりました。
このようにして、そのおりは一日じゅう、太陽の沈む時まで坐りこんで、山ほどな肉や甘い酒に食事をつづけていましたが、いよいよ日も沈み暗闇が襲ってきたとき、いよいよ私どもは海の波打ちぎわに身を横たえて眠りにつきました。そして早く生まれる、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われたとき、私は一同を呼び集めて、みなに向かってこういったのでした。
『おい、みなの衆、つまるところ、われわれはまるでわからないのだ、どちらが西でどちらが東か、またどの方角で人間に光を与える太陽が地の下へはいるか、またどの方角に昇るかも。だからさっそくにも思案しようではないか、何かよい工夫はないものか。私はどうもないと考えるのだが、というのも、さきほど険しくそびえる見晴らしの丘へ登って、この島を見たのだが、周囲は涯しのない大海にすっかり取り巻かれているのだ。島自身はずっと下に横たわっているのだが。そのまん中にこの眼で煙を見かけたのだ、立木や森の茂みを抜けて立ち昇るのを』
こういいますと、一同はすっかり胸のつぶれる思いをしました。というのも前に、ライストリュゴネスの王アンティパテスや、あの傲《おご》り高ぶった人喰いのキュクロプスの暴力を思い起こしたからで、みな大粒な涙を流して泣き悲しむのでした。しかしもちろん泣いていたところで何の役にも立ちませんので、私は脛当てをよろしく着けた仲間の者らをすっかり数えて二つに分け、二つの隊のそれぞれに隊長をつくりました。一方の手の隊長には私がなり、もう一方は神にも類《たぐ》えられる姿のエウリュロコスに指揮をさせました。それからさっそく青銅をはめた皮の兜《かぶと》に籤《くじ》を入れて振ってみると、器量のすぐれたエウリュロコスの籤がとび出ましたので、彼が出かけると、いっしょについて二十二人の僚友が泣きながら、哀しみ嘆く私どもを後に残して、出てゆきました。
さてゆくほどに一同は森の開けたところに、磨いた石でこしらえたキルケの屋敷を見つけました。まわりの空《す》いた見通しのきく場所でしたが、そのあたりに山に棲む狼や獅子などが何匹もいたのは(キルケが)あやしい薬草を食べさせて、魔法にかけて姿を変えたものなのでした。それでその野獣たちも人間に向かって跳びかかるようなことはせず、かえって長い尾を振っては、立ち上がるのでした。それはちょうど主人が食卓から戻ってくるのへ、犬どもが尾をふって迎える、というのも主人がいつでも何か(犬どもの)気に入るような好物を持って来てくれるからですが、そのように来る人たちのまわりへ来て、たくましい爪をした狼どもや獅子どもが尾を振るのでした。
それで一同は、この恐ろしい獣たちを見て、恐れおののきました。一同が結髪の美しい女神の扉《と》口にいって立っていると、内でキルケが綺麗な声で歌をうたうのが聞こえて来ました。ちょうど機《はた》を織っていたのです。それは女神たちが織るような、大幅の、神々しい織物で、上品で何とも立派な出来ばえでした。一同のうち、まず初めに話しかけたのは、ポリテスという武士たちの一手の頭《かしら》で、仲間のうちでも私がとくに親愛していた、物の役にも立つ男でした。
『おい皆、ともかく中には誰か大きな布を職りながら、いい声で歌をうたっている、それがこの床全体にひびき渡って聞こえてくるが、神さまかそれとも人間の女かしらぬが、ともかくさっそくにも声をかけてみようではないか』
こう彼がいいますと、一同は声をあげて呼ばわりました。するとその女はすぐと出て来て、輝かしい両扉を押し開け、呼び入れたので、それといっしょにみなみな、何のわきまえもなしについてゆきました。ただエクリュロコスだけは、これは何やら臭いようだと思ったもので、後に残っていたのでした。するとキルケはみなを館の中へ連れこむと、ソファだの肘掛け椅子だのに坐らせ、一同にチーズや割り麦や黄色い蜂蜜やらを、プラムノス産の赤ぶどう酒に混ぜ合わせたのを出しましたが、その食べ物にはあやしく恐ろしい魔法の薬が混ぜられていたのです。それはすっかり故郷のことを忘れてしまわせるためでした。それからこれをみなに与え、一同が飲み干すと、今度はさっそく杖をふるってうちたたき、豚小屋へと閉じこめたのでした。すると一同は、豚と同じ顔つきに、声も膚《はだ》も体躯まですっかり豚になりましたが、しかし精神だけは、前と同様、依然としてまだ人間のままでした。それでみなみなこのように囲いに入れられて泣くばかりなのへ、キルケは椎《しい》の実や樫《かし》の実や、さんざしの木の実を食べ物にと投げてよこすのでした、土のうえに臥《ふせ》る豚どもが、いつも食べなれているようなものを。
一方、エウリュロコスは早々に黒塗りの速い船のところへ戻って来ました、仲間の者どもがとんでもないひどい目にあったのを知らせにです。まったく心は逸《はや》っても、てんで一言もものをいうのもできないほど、そんなにはげしい悲嘆に胸をうたれていたので、その両眼は涙でいっぱいになり、哀号の叫びをあげたい気持でしたが、とうとう私らがみなそれを訝《いぶか》しんで、口々に問い質《ただ》しますと、ようやっと口を開いて、他の者どものやられた次第を話したのでした。
『私どもは、お言いつけのとおりに、森の中を進んでゆきました、誉れも高いオデュッセウスさま、それで森の中に、立派な構えの館を見つけたのでした。そこでは誰か大きな布を織りながら、声高《こわだか》に歌をうたっていましたが、神さまか人間の女かわからぬまま、みんなで声をあげて呼ばわりました。すると女はさっそくに出て来まして、輝くばかりの両扉を押し開いて呼び入れたのです。それでみなみないっしょに何のわきまえもなく、その後についてはいりましたが、私だけは何やら臭い気がしたもので、後に残っておりました。するとみんなはそのままことごとく姿を消してしまいまして、誰一人としてもう外へ出て来ないのです。長いこと私は腰をおろして、見張りをつづけていたのですが』
こういいましたので、そこで私は両肩のまわりに、銀の鋲をうった、青銅づくりの大きい剣を投げかけ、また弓矢を掛けまわし、エウリュロコスに同じ道を案内するよう申し渡しました。ところが彼は両手で、私の膝にとりすがって懇願するのでした。
『どうか私をそこへ連れていかないでください、どうも気が進まないので。ゼウスがお護り立ての(オデュッセウスさま)、ここへこのまま置いておいでを。というのも、私にはもうわかっているので、(もし行ったら)あなたご自身もまたと出ておいでにはなれますまいし、他の仲間のひとりとしても、連れてお帰りはできますまいから。それよりもこの連中を引きつれて早々にも逃げ出しましょう、まだ禍《わざわ》いな日を免れることもかないましょうから』
こう彼がいいますのへ、私は返事をしていうには、『エウリュロコスよ、それでは君はこのままこの場所に残っていて、黒塗りの船のところで食事をしたり飲んだりしているがいい。だが私は出かけて行くよ、どうしても行く必要があるのだ』
こういって、船のかたわら、海辺から島の奥へと向かいました。ところが、いよいよ進んでいって、神聖な森の中の、魔法の薬をいっぱい持ったキルケの大きな館に到着しようというところで、そこへ黄金の杖を持つへルメス神が、ちょうどその館へ赴《ゆ》こうと私がするところへ、向うからやって来られた。その姿は、ようやっと柔かい髯《ひげ》が生えはじめた頃の青年に見えました、その青春がとりわけて惚れぼれとあえかな年ごろのです。そして私の手を握りしめると、私の名を呼んで話をしかけるのでした。
『やあ今度はまたどちらへ、丘あいをおいでなのです、運のわるいあなたが、しかもたった一人で、この土地に不案内だというのに。あなたの部下の者たちはそこにあるキルケの屋敷に閉じこめられているのですよ、まるで豚みたいに、隙間のない小屋に閉じ込められて。その連中を救い出しに、ここへおいでなのですね。だがあなた自身にしても帰って来られようとは思いませんね、あなたも、まさしく他の者同様、このところへ居残ることになりましょうよ。だがね、いいですか、災難からあなたを救い出し、無事に護ってさしあげましょう。さあ、この効験《ききめ》の高い薬草を持って、キルケの屋敷へおいでなさい、その力が禍《わざわ》いの日を防ぎ護ってくれましょうから。それですっかりキルケの妖術についてお話してさしあげましょう、まずいろんな物を混ぜた液汁をつくってくれるでしょう、その食物へは呪《まじな》い薬も投げこみましょうよ。でも、そうやってもあなたを魔法にかけることはできますまい、というのも、この効験《ききめ》の高い薬草がそうさせないでしょうから。これをあげましょう、そしてくわしく一々やり方をお教えしましょう。キルケがあなたに向かって、長い杖《つえ》をかまえてかかって来たら、そのときを逃がさずに、あなたは鋭い剣を腰わきから引き抜いて、キルケに跳びかかるのです。殺してしまおうと意気ごんでいるふうをしてですよ。すると彼女はあなたに恐れをなして、いっしょに臥《ね》ようと持ちかけましょう。そのときにあなたはけして女神といっしょに臥《ね》るのを拒むのではありませんよ、彼女が仲間の者たちを(魔法から)解放して、あなた自身へもよく世話をさせるためにです。しかしそれには、彼女に神々の重大な誓いを誓うようにまず要求するのですね、けしてあなた自身にたいして、まだ何か悪いことを企らまないこと、あなたをすっかり(身の護りも取り去って)裸にしたうえ、腑抜けの、男らしさもない者にしてしまおうなど(考えない)ことをです』
こう話しおえると、アルゴスの殺し手の神(ヘルメス)は地面からその薬草を引き抜いて私に渡し、その性質を教えてくれたのでした。それは黒い根をもち、乳のような(白い)花を咲かせている草で、神々はこれをモーリュとお呼びになるもの、死ぬべき人間にとっては、掘り出すこともむずかしいのですが、神さまがたはどんなことでもおできなさいます。
ヘルメス神はそれから高いオリュンポス山へと、森のしげった島の空をおいでなさったのに、私のほうはキルケの屋敷へ向かいましたが、その道々も心はあれやこれやと騒ぎ立っていたのでした。さて結髪も美しい女神の扉口にいって立ち、そこに立ちどまって叫びますと、女神は私の声を聞きつけて、さっそく出て来て、輝くばかりの両扉を開け、呼び入れるのでした。そのおりに私は、心をたいそう痛めながらも、後ろについてゆきますと、私を中へ案内して、銀のかざりをつけた肘掛け椅子に坐らせました。それから黄金の杯に、飲み物を私に飲ませようとしてこしらえてくれ、その中へ、悪い企らみをめぐらしながら、呪《まじな》い薬を入れたものです。しかし、いよいよそれをくれて、私が飲み干したけれども、魔法はすこしもかかりません。キルケは杖で私を打ち叩きながら、私を呼んで話しかけるよう、
『さあこんどは豚小屋へいくのだよ、他の仲間といっしょに臥《ね》ておいで』こういったのに、私は鋭い短剣を腰のわきから引き抜いて、キルケめがけて跳《おど》りかかりました、殺してしまおうと意気ごんでいるふうにです。すると女神は大きな叫び声をあげ、その下をくぐり抜けて、私の膝にとりすがりました、そしておろおろ声で、翼をもった言葉を話しかけるようには、
『あなたは何という方で、どこからおいでなのですか。あなたのお故国《くに》はどこ、両親はどこにおいでで。私はすっかり魂消《しょげ》てしまいました、この薬草を飲んだのに少しも魔法におかかりでないのですもの。いえもうけして他の方は、この妖薬の働きを受けないですませはできなかったはずです、誰にしろいったん、歯の根の垣《かき》を通り越させて、飲みこんだ以上は。きっとあなたはオデュッセウスさまですね、あのいろいろな術策《てだて》を心得ておいでの。その方のことをあの黄金の杖をもつ、アルゴスの殺し手の神さまが始終私に、そのうちきっと来るとお話でしたが、トロイアから、黒塗りの速い船に乗って、帰国の途中(お寄りだろうと)。ともかくもさあ、ほんとうに鞘へ剣をお納めください、それから二人でうちの寝台に上がりましょう。まず交わりをし、臥床《ふしど》といとしい思いとに、たがいの固い契りをかわしますよう』
こういいましたが、私は彼女に向かって、返答にこういってやったのでした。
『ああ、キルケさん、どうしていまさらあなたにたいして優しくしろなど、要求なさるのです、私の仲間の者どもを、お屋敷うちで、豚に変じさせておいたうえでもって。そのうえ私自身もここへ連れこみ、あやしい企らみを心に持って勧めるのですからね、奥の間へいって、あなたの寝床に上がれなどと。それも私をすっかり何の護りもない裸にしたうえ、腑抜けの、男らしさもなくした者にしてしまおうというつもりで。どうしてどうして、私はけしてあなたの寝床になど上がる気は持ちますまいよ、もしもあなたが思い切って、女神さま、けっして私自身にたいして今後はけしからぬ禍いなど企らまないという、大きな誓いを誓ってくださらない限りは』
こう私がいいますと、女神はすぐさま、私が要求したとおりに、誓いを立てたのでした。さてそれから誓約をして、その誓いをちゃんと立て終わったところで、そのとき私はキルケのたいそう立派な臥床《ふしど》に上がったのでした。その間じゅう館《やかた》うちでは侍女《こしもと》が四人、立ち働いておりました。つまり泉だの、神苑だの、または海へと流れてそそぐ聖い河から生まれた者たちです。その一人が椅子へと美しい紫色の覆布《おおい》を上からかけ、その下に麻布《あさぬの》を敷きますと、別な女が椅子の前に、銀づくりの四脚|卓《つくえ》をひろげておき、その上に黄金の籠を置くのでした。すると三番目の女は、銀の混酒瓶《クラーテル》に心を和《なご》ます甘味《おいし》い酒を混ぜあわせ、黄金の杯を配ってゆきまして、そこへ四番目のが水を運んで来て、大きな鼎《かなえ》の下に火をいっぱい燃やし立てると、やがて水が温かになりました。そしていよいよ水がそのよく光る青銅のうつわの中で沸騰しますと、(キルケは)私を湯槽《ゆぶね》に坐らせて、大きな鼎《かなえ》から(湯をかけ)洗いにかかりました。快い温かさに水を混ぜて、私の四肢から気力をそぐ疲労をすっかり取り去るまで、頭や両肩からかけてくれたのでした。さて沐浴もすませ、オリーブ油を塗りこみおえると、私の体に美しい上衣と肌着とをかけてくれ、私をなかへ案内して、銀の金具《かなぐ》をつけた肘掛け椅子の、美しい、細工を凝らしたのへ坐らせてから、足もとには足台を置かせました。≪すると侍女が手洗い水を持って来て、美しい黄金づくりの水差しから、銀の盆へと手を洗うようについでくれ、そのわきに磨き上げた四脚卓をひろげました。それへ食糧をうやうやしい家事取締りの女が持って来ましたが、なおもそのうえ、手もとにあるさまざまな馳走の品を、心づくしに取りそろえてくれたのでした≫。それで食事をしろと勧めるのでしたが、どうにも私は気がすすまないので、他のことを考えて坐っていました、それは心中に禍《わざわ》いを待ち設けていたからでした。
しかしキルケは、私がただ坐ったきりで食べ物に手を出さずい、いまわしい暗い思いに責められているのを見てとると、すぐと身近に立ち寄って、翼をもった言葉をかけていうようには、
『なぜいったいこのように、オデュッセウスさま、ものもいえない者みたいに坐っておいでなのです、心を苦しめ、食べ物にも飲む物にもいっこう手をつけようとなさらないで。何かまた他のあやしい企らみをでも気づかっておいでなのですか、けして何の心配もなさる必要はありません、私はたいへん堅い誓いを誓ってあげたのですから』
こういい出すので、私のほうでもそれに答えていってやりますには、
『ああキルケさま、まっとうな人間である限り、どんな男が、自分の仲間の者どもを自由にしてもらって、それを眼で確かめて見ないうちに、食べ物や飲み物をあえて味わおうとするでしょうか。ですから、もしほんとうに衷心《ちゅうしん》から、(私が)飲んだり食べたりするのを望んでお勧めならば、どうか(彼らを)自由にしてください、忠実な仲間の者どもを、しかとこの眼で見られるように』
こういいますと、キルケは広間をよぎって出かけてゆき、手には杖をとり、豚小屋の扉を押し開けて、九年を経た牡豚の姿をしてる者どもを、外へ追い出しました。それから皆が、おたがいに向きあって立っていますと、キルケは一同の間へはいっていって、何かちがった呪《まじな》い薬《ぐすり》をめいめいに塗りつけました。すると、みなの手足から、以前にキルケがみなに飲ませたあのいまわしい薬で生えた、粗毛《あらげ》がすっかり脱けおちました。そしてまた、今度は以前よりもいっそう若々しい男たちに立ち返ったのでした。しかもうち見たところ、ずっと立派で体も大きくなったようでした。そして彼らは私をそれと認めると、みなてんでに私の手にすがりつくのでした。それでみながみな、懐かしさに耐えきれず泣き叫んだので、館じゅうが恐ろしい音の響きに鳴りわたりました。それは女神その人さえもが憐れを催すほどでしたので、私のすぐと身近に寄り添って、女神のうちにも神々しいそのひとがいいますよう、
『ゼウス神からお生まれの、ラエルテスの子の、たくさんな術策《てだて》をお待ちのオデュッセウスさま、ではまずいちばん初めに船を陸へとお引き上げなさいませ、そして財宝を、船具もそっくりみないっしょに、洞穴の中へおいれなさい。それからあなたご自身はまた、忠実な仲間の方々をつれて、戻っておいでなさいませ』
こういって、それでともかく私の雄々しい心を説得したのでした。そこで私は速い船のある、海の渚に出かけていって、船のところで忠実な仲間の者どもが、いっぱい涙を流しながら悼み嘆いているのに出くわしました。ちょうど田舎の牧場がこいの群をなす仔牛どもが、母牛が草を飽きるほど食べてから囲いに戻って来たとき、みなそれに向かって跳びはねまわってよろこぶよう、もはや垣根の仕切りもおさえきれず、しきりに唸《うな》り声をたてては、母牛のわきを駈けてまわる、そのように私をその連中が実際に眼で見たときには、みな涙ぐんで押しかけて来たのです。つまり彼らは、まるで故国に帰り、そこで生まれ育った、岩の多いイタケ島の町そのものへ辿り着いたときと、同じような気持ちになったのでした。それで私に向かって、おろおろと泣き声ながら翼をもった言葉にいうよう、
『あなたが戻っていらしったのを、ゼウスがお育ての(オデュッセウスさま)、まったく私らは喜んだのでした、まるで故郷のイタケに帰り着いたときみたいにです。ともかくもさあ、ほかの仲間の人たちの最期について、一部始終を話してください』
こういいますので、私のほうでも優しい言葉で申しますには、
『では何よりもいちばんさきに船を陸へと引き上げよう、そして財宝と、船具《ふなぐ》をすっかり洞穴に納めておこうではないか。それから、みな急いで私といっしょについて来るのだ。仲間の者たちと、キルケの尊い館《やかた》で会うように、みな飲んだり食ったりしているので、いくらでも(馳走が)あるのだ』
こういいますと、一同はすぐ私の言葉に従いましたが、ただひとりエウリュロコスだけは、仲間の者たちをみな引きとめようとして、
『ああ、気の毒に、どこへ行こうというのだ、どうして君らは、このような災《わざわ》いにあこがれて出ていくのだ。キルケの家へ降りて行こうなんて、あの女は君たちを一人残らず、豚か狼か、それでなければ獅子にでもしてしまおうというのに。そうしたらわれわれは、彼女の大きな屋敷を、ぜがひでも護衛することになろうよ。ちょうどあのキュクロプスが閉じこめたようにだ、われわれの仲間が中庭に行ったときにさ。この向こう見ずなオデュッセウスもついていったが、その連中もこの男の思い上がった乱暴な振舞いのために身を滅ぼしたのだ』
こういいましたので、私としては心中にとやかくと思案しました、細長く鋭い刀を、がっしりとした腰のわきから引き抜いて、それでこいつの頭を打ち落とし、地に濡れさせてやろうかなど。ずいぶんと近い血縁ではありましたが。しかし(他の)仲間の者どもは、てんでに私を穏やかな言葉でもって制止しようとかかるのでした。
『ゼウスからお生まれの(オデュッセウスさま)、この男はそのままここへ置いてゆきましょう、もしもあなたがそうお勧めなら、船のそばにふみとどまって、船の番をしているように。それで私たちの案内をしてください、キルケの尊い館へ向かってゆくのに』
こういって、船のところから、また海辺から、(島の)奥へとのぼってゆきましたが、エウリュロコスとても、うつろな船のわきに居残ってはいませんで、ついて来ました。というのも、私がひどく腹を立てたのに、怖《お》じ気を振るったからでした。
そのあいだに、キルケは館の中にいるほかの連中にちゃんと沐浴をさせ、オリーブ油を体に塗らせて、またやわらかい毛の外衣と下着とを体に着せかけてやりました。それでわれわれは、一同が屋敷の中で馳走になっているところへ戻って来たのでした。それでみなみなあいたがいに出会いまして、面と向かってそれと見わけがつきますと、みな痛ましげに泣くのでしたが、それで家じゅう、嘆き声でいっぱいになったのでした。そこで女神のうちでも気高い(キルケ)が、私のすぐそばに来て、いうようには、
『いまはもうみなさん、そうひどく悲しい声を立てるのはおやめなさい、私自身にしろほんとうによく知っているのです、どれほど魚のいっぱいいる海原であなた方が苦難を受けたか、またどんなに性悪な人たちが、陸の上で(あなた方に)損害を加えたかも。それゆえ、さあまずご馳走を食べ、ぶどう酒をお飲みなさい。またもう一度胸の中に元気を取り戻すまで、そもそもの初めに、岩の多いイタケ島を、故郷の土地を出発なさった時ぐらいにです。いまあなたがたは、消耗しきって元気がなく、いつも苦しい流浪ばかりを気にしておいでで、いっこうに陽気なほうには気が向かないのですね、それはまったくずいぶんいろいろ苦労もお積みだったのだから』
こういって、またもや私たちの雄々しい心を説得しました。それでこのところに一日じゅう坐りこんでは、たくさんな肉や美味しい酒に饗宴をつづけ、まる一年がすっかり経過するまでいましたが、いよいよ一年たったとき、季節が一|回《まわ》りをすましたときに、そのとき私を呼び出して、忠実な仲間の者たちはいうのでした。
『どうしたことです、もうはや今は故郷のことを思い出すのがいいでしょう、もし神託によってあなたが無事に身を全《まっと》うして、立派に建てられた館へ、またあなたの故国へ帰り着くことになっているのでしたら』
≪こういったのに、私の雄々しい心も説得されまして、そのおりはいつもどおり一日じゅう、太陽の沈むまで坐っていて、たくさんの肉、美味しい酒に饗宴をつづけましたが、いよいよ太陽が沈み暗闇が襲ってくると、一同は蔭のくらい広間で横になり、寝たのでしたが≫、私のほうは、キルケのたいそう立派な寝台に上がると、その膝にとりすがって懇願したのに、女神も私のいうことに耳を貸してくれました。≪そこで彼女に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけ≫
『キルケさま、以前私に向かって誓った、故郷へ送ってくださろうという、その約束を遂行してください。もはや私はとても気が気ではありません、ほかの仲間の者たちとて同様、私のまわりに寄っては嘆き悲しんで、いとしい命を縮めている有様です、まああなたがいつも席をお立ちになるとですけれど』
こういうと、すぐに女神のうちでも神々しいそのひとが答えるようには、
『ゼウスの裔《すえ》のラエルテスの子で、工夫に富んだオデュッセウスさま、今はもうけっして、あなたがたが心にもなく私の家に逗留なさるには及びません。しかしそれには、まず他のところヘ旅をしてくる必要があるのです。つまり冥王《アイデス》と恐ろしいペルセポネイアのお館へ出かけて、テバイの人で盲目の予言者であるテイレシアスの魂から託宣をもらうのです、その人の心は死んでもまだしっかりとしているからです。他の者らは死んでしまってただ影のよう飛び交うだけですのに、彼一人はまだ知の働きを持っているからなのです』
こういいますのに、私のほうでは心も潰《つぶ》れる思いに、臥床《ふしど》にはいって坐ったきり泣きつづけていました、まったくこのうえ生きながらえて、太陽の光を仰ぐ気もなくなってしまったのでした。しかし思う存分身をまろばせて泣き叫んでから、とうとうそのときに彼女に向かって言葉をつらね答えて申しました。
『キルケさま、ではいったい誰がこの旅の案内人になってくれるのです。冥王《アイデス》のところへは、けっして誰も黒塗りの船でおもむいた人はありませんのに』
こういいますと、女神たちのうちでも神々しいそのひとがすぐ答えていうよう、
『≪ゼウスの裔の、ラエルテスの子で、工夫に富んでいるオデュッセウスさま≫けっして船のわきに案内人がいないといって、気遣いなさるにはおよびませぬ、帆柱を立て、それへ白い帆をひろげて上げ、坐っていらっしゃい、その船を北風の息吹が運んでいってくれましょう。しかしいよいよ船で(世界の涯の大河)オケアノスを渡り切りましたら、そこが草もまばらなペルセポネイアの岸辺と苑《その》のあるところで、丈の高い川楊《かわやなぎ》や実を投げ落とす柳の木が生い茂っています。その、深い渦を巻くオケアノスのほとりに船を引き上げるのです。そして自身は冥王《アイデス》の昏《くら》く湿《しめ》っぼい館へとおいでなさい。そこにはアケロオスの沼へと|燃える火の河《ピュリプレゲトン》や|号泣の河《コキュトス》〔冥界をとり巻く大河とも、湖沼ともいう。冥府入りをする亡者はここを渡るのに渡し守カロンの助けを要した〕が流れこんでいて、この河はまったく憎悪《ステュクス》の河の分流ですが、岩のところで二つの河がひどい轟きを立てながら合流しております。それからつぎにその場所へ、私が申しますように、ずっと間近につめ寄ってから、穴を掘るのです、長さも幅も一|尋《ひろ》ほどの大きさにして。そしてそのまわりに、あらゆる亡者のための供養の灌奠《そそぎ》をそそぎかけるのです。まず最初には蜜を混ぜたもの、つぎには甘いぶどう酒、三番目には今度は水といった具合で、その上へ白い挽き割り麦を振りかけまして。それでしきりに亡者たちの力の抜けた頭《こうべ》へと祈願をこめるのです、イタケ島に帰れたならば、仔を産まない牝牛の中でもいちばん立派なのを、館のうちで犠牲におささげし、その焼いた火をさまぎまな結構なものでいっぱいにいたしましょうといって。それからテイレシアスのためには、また別なところでまっ黒な羊を、彼ひとりだけに捧げましょうとね、あなたがたの羊の中で、とりわけ立派と見えるものを。さて《このように》誓願や祈祷《きとう》によって、亡者たちの世に聞こえた族《やから》に十分お祈りし終えたならば、そのとき牝の仔羊の黒いのを暗闇へと(その首を)ねじり向けて贄《にえ》に祭るのです、その間も自身は河の流れのほうをもとめて、できるだけ離れた方角に(顔を)向けながらですよ。そうすると、もうこの世を去った亡者たちの亡霊が、多勢やって来ることでしょう。そうしたらば、時を違《たが》えず仲間の人たちをうながし立てていいつけるのです、憐れみを知らぬ青銅の刃に咽喉《のど》を切られて横たわっている羊どもを、皮をはいでから焼き御供《ごくう》としてささげまつり、神々に祈願をこめるようにと――あらたかな冥王《アイデス》と恐ろしい(その妃の)ペルセポネイアとに。一方あなた自身は、鋭い剣を腰のわきから引き抜いて坐っていて、亡者たちの気力の抜けた頭などに、(犠牲の)血の間近へ寄りつかしてはなりませんよ、テイレシアスから話を聞かないうちはね。その場へじきに占い師がやってきましょうから。衆人たちの頭領《かしら》であるその方は、旅のこと、道中のこと、帰国の次第などについて教えてくれましょう。どのようにして、魚類のいっぱい群れる海原の上をあなたが渡っておいでになろうかと』
こういううちにも、間もなく黄金の椅子に坐って暁(の女神)が現われ出ますと、キルケは私の肩に上衣と下着の衣を着せかけ、神女《ニンフ》自身は白く輝く大|幅《はば》の布を身につけました、薄い地の美しいのを。それから腰のまわりに、きらやかな黄金づくりの帯を投げかけ、頭にはヴェールをかぶって。また私のほうは屋敷の中を通りぬけ、仲間の者ども(のところへいって)、そのめいめいのわきに立ちそい、こころを和《なご》ます言葉でもってうながしたのでした。
『さあ、いまはもうはやのん気に快い眠りを貪《むさぼ》って、いびきをかいて寝てる時ではない、それよりも出かけようではないか。まったくあるじのキルケさまが、指図をしてくださったのだから』
こう私がいいますと、みなみなの雄々しい心もそれに聞き従ったのでした。しかしとうてい、この所からでさえも、けして仲間の者たちを無事安泰に連れてゆくことはできなかったのです。その中にいちばん年の若いのに、エルペノルという男がおりました。戦いに出てさほど勇敢というのでも、また十分に分別があるというわけでもなかったのが、このおりに他の仲間から離れて、酒を飲み過ぎ、涼を求めて、キルケの館の(屋根の)上で臥《ね》ていたのでした。それが仲間の者たちが立ち騒いでがやがやという物音や響きの湧き立つのを聞き、突然にとび起きて、すっかり動転したあげくに、長い梯子《はしご》にさしかかったとき、まっさかさまに屋根から落っこちたのでした。それで首の骨が打ち砕かれ、その魂は冥途へと降りていったというわけです。
それで一同がやって来ますと、それに向かって私は話をして聞かせますよう、
『多分あなたがたは、故国《くに》へと、いとしい故郷の土地へ向かって出かけるのだとお思いだろうが、キルケさまが私たちに指し示したのはちがった道だ。冥王と恐ろしいペルセポネイアとの館へまずゆかねばならぬ、テバイの人テイレシアスに占いをしてもらうためにだ』
こういいますと、一同はいとしい心も潰《つぶ》れる思いで、そのままそこヘどっと腰をすえ、悲しみ嘆いて頭髪《かみのけ》を引きむしるのでした。しかしどんなに嘆き悲しんでも、何の役にも立つわけではありませんでした。しかしいよいよ速い船のところへ、海の渚にやって来ますと、われわれが胸を苦しめ涙をこぼしていたその間にキルケは黒塗りの船の傍へ出かけて、黒色をした牝の仔羊を縛りつけておいてくれました。らくらくとわれわれのわきを追い越していってでしたが、そもそも誰が神さまの、あちらへまたこちらへと往来なさるお姿を、その意志に反して、眼にまざまざと見ることができましょう」
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第十一巻
オデュッセウスの冥界訪問
【キルケの委細の教示を受けたオデュッセウスは、世界の涯にある大洋の流れに浮かび、これを北航してキルケの指図した幽冥《ゆうめい》の境に到達する。そこで穴を掘って酒水をそそぎ、供物をささげて死者の幽魂を招き寄せる。テイレシアスのためには、別にまっ黒な牡羊を犠牲にした。生血を穴にそそぐにつれ、亡者の幽魂が群らがってくる。テイレシアスの霊も現われ、彼の将来を告げる。また彼の亡母をはじめ、世を去った多くの名高い婦人たちがつぎつぎと現われる。またアガメムノンの霊も来て、暗殺の次第を語ると、アキレウスやアイアスらも出てくる。さらにミノスやら奥深いタルタロスの住人の姿も見え、ヘラクレスも来て話をした】
「ところで船のところ、海ばたへと降りて来まして、まずいちばんの手始めに船を輝く潮の中へと引きおろし、帆柱と帆とを黒塗りの船にすえ置き、羊や山羊を連れて来て乗せこんでから、われわれ自身も乗りました。そのあいだも心は悩み、涙を流していました。しかしキルケは私らにたいして青黒い舳《へさき》の船の後ろから、ありがたい追い手の風を、帆をいっぱいに送ってくれたのでした、結髪の美しい、人間の声を出す、恐ろしい女神ですが。そこで私どもは、帆綱を船じゅうへよろしく整備してから、腰を下ろしていましたが、その船を風が、舵取り人の役をつとめて、正しく運んでいったのでした。
さて船が朝から晩まで一日じゅう海原を馳せてゆくあいだ、帆は張りつめておりました。やがて太陽が沈み、どの方角もみな蔭をさすようになった頃おい、私らの船は、流れの深いオケアノスの涯《はて》へ到達したのでした。そこはキンメリオイ〔冬に昼の短い北方諸国〕の族の国と都とのあるところで、いつも霧や雲に蔽われていて、炎々と輝く太陽が、その光りの矢で彼ら(下界の人々)を見ることはけしてないのです。それで星のたくさん輝く大空に昇ってゆくときも、またふたたび大空から地上へまわってくるときでも同じこと、みじめな人間どもにとっては、おぞましい夜が一帯にひろがっているだけです。そこへわれわれは到着すると船を陸へ寄せて、羊どもを取り出し、さらにわれわれ自身はまたもやオケアノスの流れに沿って、例のキルケが指示を与えた、その地点へゆき着くまで、進んでいったのでした。この場所でペリメデスとエウリュロコスとが、犠牲の獣を引き止めますと、私は鋭い剣を腰脇から引き抜いて、深い穴を掘りました。長さも幅も一|尋《ひろ》ほどの大きさで、その穴に沿い、供養の灌奠《そそぎ》をすべての亡者たちにたいして捧げたわけです。
まず最初には蜜を混ぜたもの、そのつぎには甘いぶどう酒、三番目には水といった具合で、その上へ白い挽き割り麦の粒を振りかけまして、しきりに力の抜けた亡者らの頭《こうべ》へと祈願をこめたものでした、もしイタケ島に帰ったならば、仔を産まない牝牛の、中でもいちばん立派なのを館のうちで犠牲にささげ、その焼いた火を、いろいろな結構なものでいっぱいにいたしましょうと。それからテイレシアスのためには、また別なところでまっ黒な羊を、彼ひとりだけに捧げることも、私たちの羊のうちでとりわけ立派に見えるものをです。さてこのように誓願や祈祷によって、亡者たちの世に聞こえた族《やから》に十分お祈りをし終えてから、羊どもをとらえてその首を、掘った穴へと切り落としますと、黒々とした血が流れたのへ、この世を去った亡者たちの亡霊が、幽冥界の底から集まって来たものです。≪花嫁たちや未婚の若者や、ずいぶんと苦労を積んだ老人や、やさしい乙女でまだ新しい悲しみを胸に抱くのや、また青銅をはめた槍で突き殺された多勢の者ども、あるいは戦さに討たれて、血まみれな武具を身に着けた武士たちなど、多勢が穴のまわりへ四方八方から群らがり寄って来、たいそうな叫び声をたてるのに、私は顔も蒼ざめる恐怖にとらわれたのでした≫まさにそのとき、私は仲間の者たちを激励していいつけたのです、無慈悲な青銅の刃に咽喉《のど》を切られて横たわっている羊どもを、皮をはいでから焼き御供《ごくう》として捧げまつり、神々に祈願をこめるようにと――あらたかなアイデスと恐ろしいペルセポネイアとに。一方、私自身は鋭い剣を腰のわきから抜き放って坐り、亡者たちの気力の抜けた頭などに、血のすぐそばへは寄りつくことを許しませんでした、テイレシアスから話を聞くまではです。
まずいちばん初めに来たのは、仲間だったエルペノルの亡霊でした、というのもまだ、ひろい大地の下へ埋葬されていなかったからです。つまりその屍を私たちはキルケの屋敷に、泣き嘆きも葬式もしてやらないで、おいてきぼりにしたからですが、それも他の急ぎの仕事が押しかけてきたためでした。その姿を見て私は涙をこぼし、心に憐れを覚えて、彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけるよう、
『エルペノルよ、どうして君はこの濛々《もうもう》とかすむ冥界へやって来たのか。君は徒歩で歩いてきたのに、黒塗りの船に乗ってきた私よりも先に着くとは』
こう私がいいますと、彼は嘆息して返答に申しますよう、
『私にこんな誤ちを犯させたのは、神霊のつかわした運の凶《わる》いさだめと、おそろしいぶどう酒でした。キルケの館《やかた》の上に寝こんでいて、高い梯子へかかったとき、下へ降りてゆくとは気がつかないで、まっさかさまに屋根からおっこちたのです。それで首の椎骨《ついこつ》がうち砕けて、魂は冥途へと降っていったものでした。それでいまは、後に残された人々の名において、この場にいない人々の名において、あなたにお願いいたします、また(あなたの)奥さまや、あなたの小さい時に養育された父上や、またお屋敷に一人きりでおいて来られたテレマコスさまにかけても。というのも私は知っていますので、この冥王の館をあなたは発《た》って、アイアイエの島へまた、造作のよい船をお泊めになろうということを。それゆえ、そこで、殿さま、あなたに私のことを思い出してくださることを要求するのです。どうか私を、悲嘆もされず葬式にもあずかれずにほうっておいたまま、後に残してお出かけなさり、神々のお怒りの種《たね》にしてくださいますな。それよりも、なお私の身に残された物の具ぐるみに私を焼いて、灰色の海の渚に私のための墳《つか》を築いてください、後の世の人々も、不運な男のことを伝え聞くように。以上のことを仕終えたならば墓の上には櫂《かい》を刺してくださるように。私が生きていたとき、仲間の人たちといっしょにいて、いつも漕ぐのに使っていたその櫂をです』
こういうので、私のほうでもそれに答えて申しますよう、
『それらのことはきっと、不仕合わせな友よ、実際にやって見せるよ』
こんなふうに、わたしら二人は陰惨な言葉を交わしながら坐っていました、私のほうは引き離れて、血の上に短刀をさし付けながら。また幻《まぼろし》の霊は友だちのいる向う側からいろいろと話をつづけました。そのうちに(私の)歿《なくな》った母親の魂がやって来ました、度量の大きなアウトリュコスの娘であるアンティクレイアで、私が聖いイリオスへ向けて出征したおり、まだ存世のまま別れてきたのでした。その姿を見て私は涙を催し、心に憐れを覚えましたが、それでもなお、きびしい悲嘆にくれながらも、テイレシアスから話を聞かないうちには、先に血潮に近づくことを許そうとしませんでした。
すると、テバイの人テイレシアスの亡霊がやって来ました、黄金の杖をたずさえ、私を見わけて話しかけるには、
『≪ゼウスの裔《すえ》の、ラエルテスの息子で、工夫に豊かなオデュッセウスよ≫なぜにまた、おお不運な男よ、太陽の光を捨ててやって来たのだ、亡者たちやこの楽しみのない場所を見ようとして。だがともかくもその穴から退くがいい、また鋭い剣も取りのけ、血潮を飲んで、間違いのない託宣を私が述べられるように』
こういいますので、私は銀の鋲をちりばめた剣を引き退けて、鞘へとしっかり納めました。すると彼は黒々とした血潮を飲み、そのときいよいよ私に言葉をかけ、その立派な予言者がいったのでした。
『甘くたのしい帰国をそなたはお求めだな、誉れも高いオデュッセウスよ。ある神がそれを苦しくつらいものにされるであろう、というのも、大地を揺する御神(ポセイドン)が忘れようとは思えぬからだ。愛しい息子(単眼《ひとつめ》のキュクロプス)をそなたが盲目にしたのに立腹されて、そなたに対しふかい怨《うら》みを胸にお抱きなされたゆえだが。それにしてもなお、さまざまな災難を蒙りながらも、ついには帰り着けよう、もしもそなたが自分と仲間の者らとの心をおさえ引き締めるならばだ。まずは黄色をした大海原を無事に免《まぬが》れて、造作のよい船をトリナキエの島へ寄せつけることになろうが、そこでは、太陽神の牝牛どもや、立派な羊の群が草を食んでいるのを見つけるであろう、万物を見そなわし、万象に耳を傾ける御神のである。その牛どもや羊らをもしもそなたが損《そこな》わずに、無事のままほうっておき、帰国のことのみを念じるなら、まあ災難は蒙ろうとも、イタケ島に帰り着けよう。だがもし牛らに害を加えるなら、その時にはそなたの船も仲間の者どもも、かならず破滅を免れぬであろうぞ。そなた自身はたとえ難を避けられようにしても、時もおくれ、さんざんの態《てい》で帰国することとなろう、仲間の者らも一人残らず失ってから、他国の船に乗せられてな。さらには家に帰っても、そこには難儀が待ち構えていよう、すなわち傲慢な男どもがいて、そなたの神にもたぐえられる配偶《つれあい》に求婚し、結納の品を運んで来てはそなたの身代を食い潰していよう。だが、そなたが戻って、彼らに屈伏の償《つぐな》いをさせることだろう。
ところで、求婚者どもをそなたの屋敷うちで殺したうえは、あるいは謀計《はかりごと》によりあるいはあからさまに、鋭い青銅の刃《やいば》によってであろうと、そのおりこそはぴったりとして扱いよい櫂《かい》をとり、海というものを知らぬ人間どものもとへと出かけるのだ。その連中は塩つぶを加えぬ食物を常食とし、もちろんのこと、真紅な頬の船というものも、船にとっては翼にひとしい扱いよい櫂も知らない。さてそれを見分けるはっきりしたしるしを教えてつかわそう、けして見逃がすことはあるまいから。すなわちもしも旅人に出くわしたとき、その男が、籾《もみ》をふるう箕《みの》をそなたが肩の上にかついでいると言ったなら、そのときこそ間違いなしに扱いよい櫂を大地に突き刺して、立派な供物《くもつ》の犠牲《いけにえ》をポセイドンの尊《みこと》にささげるのだ、仔羊と牡牛と、牝豚らの配偶《つれあい》である牡豚とをな。それから故郷に帰って尊い大贅《おおにえ》を不死の神々たちにささげまつれ、広大な空をつかさどる神々のすべてに、次第もきわめて正しくな。そなた自身へは海から死がやって来よう、穏やかなまったく優しい死がな。それがそなたの老齢のもとに弱りきったところを死なすであろう。まわりをみな幸福な者どもに取り巻かれてな。以上を間違いなしのこととしてそなたに告げるのだ』
こういいましたが、私のほうでもそれに答えて申しますには、
『テイレシアスよ、そうしたことごとを、おそらく神々ご自身がおはかりきめなさったのでしょう。ですが、ひとつ確かなところを話してくださいませ。そこに、もうこの世を去った母親の亡霊が見えるのですが、血潮のすぐ間近に、ものもいわないで坐っています、それに自分の息子を、まともに見ようとも、話しかけようともせずに。教えてください、どうしたら母が私が息子だということを識《し》りわけるでしょうか』
こういいますと、彼はすぐさま私に向かって答えていうようには、
『やさしいことだ、その話をしてあげるのは。よくよく心に留めておくがよい、この世を去った亡者のうちで、そなたが血潮のすぐ間近に寄るのを許した者は、確かな話をしてくれよう。だが、そなたが近くに寄らせぬ者は、後ろへと引きさがってしまうのだ』
こういい終えると、テイレシアスの亡霊は、神託をすっかり述べ終えたので、冥王の館のうちへ去ってしまいました。しかし私はそのままそこへ、しっかりと踏みとどまっていました、母親が来て黒々とした血を飲んだときまでです。するとすぐに私を識りわけて、おろおろと悲嘆しながら、翼をもった言葉を私にかけていいますには、
『息子よ、どうしてそなたは濛々とかすむ幽冥界へ、生きていながら、やって来たのです。生きている者どもが、ここの様子を見るというのは、難《むず》かしいことなのに。≪というのも、その間には大きな河や恐ろしい流れがいくつもあるのだから。まず第一にオケアノスがあります、その流れは徒歩であるいては、とうてい渡れないものです、もしこしらえのよい船を持っていなければね≫ほんとうにいまトロイアからさ迷いつづけて、ここに着いたのですか、船や仲間の人たちといっしょに、長いことかかって。イタケには行かなかったのかね、また屋敷うちで夫人《おく》にもお会いではなかったのか』
こういいましたので、私のほうでもそれに返事をしていいますには、
『母上、よんどころない事情があって、テバイの人テイレシアスの亡霊から託宣を受けに、この冥界へ降りて来たのです。というのもまだ、アカイアの地の間近へは行くことができず、私らの国へも上陸できず、いつも悲嘆にくれながら放浪をつづけているからです。そもそも初《はじ》めて尊いアガメムノンに従って、トロイア人たちと戦さをするため、若駒のよいイリオスヘ出かけて以来からこのかた。それにしてもさあ、このことをはっきりと話してください、いったいどういう死の運命が、あなたの命を奪ったのですか。長い間の病気でしょうか、それとも矢を射かけるアルテミス女神が、そのおやさしい矢をお遣わしなされて死なせたものか。また父上のこと、息子のことも聞かせてください、故郷《くに》へ置いて来ましたが。また故郷の民のあいだに、まだ私の栄位が保たれているか、それとももう誰か他の男がその王権を手に入れたか、それで私がもう帰って来まいと思っているのかどうかも。それから折目正しい妻の意向なり思惑なりも教えていただきたいのです。息子のところにいまでもなお留っていて、すべてをしっかりと護っているのか、それとももはやアカイア人中でいちばん優れている人間へ嫁《とつ》いでいったか、などということを』
こういいますと、母上がすぐと答えていわれるには、
『ええ、もちろんのこと、あの女《ひと》は自分の屋敷に、辛抱づよい心をもってふみとどまっているにはいるがねえ、始終夜ごとにまた日ごとに涙を流しては、つらい恋しい日を過ごしているのですよ。またそなたの立派な栄位はね、まだ誰にもけして奪われてはいません。テレマコスは(誰にも邪魔されずに)王位についた領田を支配して、欠けるところのない生活をつづけています、法や掟《おきて》を取りしきる人物が享受するのにふさわしくね。またお父さまも以前どおり田舎にお住まいで、町へは降《お》りておいでになりません。もっともね、おやすみになるのに、立派なつくりの寝台や毛の外被だの光沢《つや》のよい敷布だのはお持ちでないけれど。冬のあいだは家で僕《しもべ》たちが寝るところでおやすみになる、火のそばの灰の中にです、肌には悪い着物をお着なさってね。それでまた夏が来、(木の実の)熟れる秋が来れば、ぶどう畑の傾斜地の角《かど》に、落ちて積もった木の葉の重《かさ》ねが、地の上に敷かれてある臥床《ふしど》になるというわけですの。そこへ嘆息しながら横におなりなさると、そなたの帰国を待ち焦れてお胸の悲嘆がいちだんと増し、どうしようもなくつらい老いの境にお到りでした。それと同様にして、私とても最期の時を迎えて死に果てたもの。けして私を館のうちで、よくお見張りの矢をかける女神さまが、お優しい矢を浴《あ》びせて殺したのでも、さりとて何かの病《やまい》に襲われたのでもありません、それはおぞましく身をやつれさせ、五体から生命《いのち》を奪い去るものですが。それよりも帰って来ないそなたに焦れ、そなたの分別、そなたの優しい心づかい、そうしたものが、たのしい命《いのち》を奪い去ったのでした』
こういいましたので、私は心に思い惑うままに、あの世へ去った母親の亡霊をつかまえようと三度も跳びかかりました。しかし三度とも私の手から、影のようにあるいは夢みたいに、ふわりと飛んで逃げてしまい、胸の中にはいっそ鋭い悲嘆がそのたびごとに生ずるのでした。それで私は母に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけて、
『母上、どうしていったい、こう一心につかまえようと私がするのに、お待ちになってくれないのです。冥途でさえも、いとしい腕をかけまわして、二人でもって胸を突き刺す愁嘆に心をやろうと思いますのに。それともこの幻像を、尊いペルセポネイアさまがおよこしなさったのは、なおもいっそう私を悲嘆にくれさせようとのおつもりでしょうか』
こう申しますと、母上はすぐさま返事にいわれるよう、
『まあとんでもない、息子よ、すべての人間のうちでも、とりわけそなたは不運な人だこと、けしてゼウスのお娘のペルセポネイアさまがそなたにつらくなさるのではなく、これが死ぬべき人間の、どんな人でも死んだならば、こうときまった、掟、定めというものなのです。つまりはもはや腱《けん》が肉と骨とをつけておかずに、燃える火のはげしい力がそれを壊してしまうのでね、いったん生気が白い骨を離れては、魂が夢と同じに、飛んでいってしまうのですよ。それゆえそなたは一刻も早く光明界を求めてゆきなさい、こうしたことをよくよくわきまえておくのですよ、あとあとでそなたが家内に聞かせることができるように』
私ら二人がこんな工合に話を交わしておりますうちに、貴《とおと》い身分の人々の奥方とか息女とかいわれた女性たち(の亡霊)がやって来ました。その者どもは黒々とした血潮のまわりに、一団をなして集《つど》い寄ってまいりましたが、私としては、どうしたらそのめいめいに質問できようかと工夫を思いめぐらしたのでした。それでいちばんによい策と思われたのは、長い刃の剣を腰から抜き放って、みんなに黒い血をいっしょには飲ませないでおくという方法でした。それで彼らは、一人ずつ順々にやって来まして、めいめい自分の生まれ素性を述べ立てていったのでした。こうして私は亡霊の全部に質問していけたのでした。
そのおりに、いちばん初めに会ったのは、立派な父親をもった娘テュロでして、その話では、気高いサルモネウスの娘だということ、またアイオロスの子のクレテウスの妻であったと申します。テュロは神さびるエニペウスの河神に恋をしました、この河は地上を流れる河のどれよりもずっと美しい河でしたので。それでこの美しい流れのほとりをテュロがしげしげと訪れるうち、大地をささえ大地を揺すぶる御神(ポセイドン)がその河神の姿をお仮りなされて、渦を巻くその河の川口でテュロと添い臥しなさったのです。湧き立つ波はそのまわりに、山みたいに弓形をしてとり囲み、おん神と死ぬはずの人間の乙女を隠したということです。さておん神は愛恋のいとなみをすべてお果たしなさると、その手をしっかりと握りしめて、名を呼んで言葉をおかけなされるよう、
『よろこぶがよい、妻よ愛のこころを。年月のめぐりによってそなたは輝く嬰児《みどりご》らを儲《もう》けるであろう、不死である神々の契りはけして空《むな》しいものではないのだから。そなたはその子供らを養育してみとるがよい。いまのところは家に帰ってひとにもらさず、名も告げずにおけ。さりながらわれこそは大地を揺するポセイドンであるぞ』こういわれると、波の沸き立つ海原へとおはいりなされました。娘のほうは身ごもってから、ペリアスとネレウスとを生んだ、それが二人ともゼウス大神のたくましい随身に生《お》いたったのでした。ペリアスのほうは、広々とした場所のイアオルコスに、たくさんな羊を保って、いま一人(ネレウス)は砂浜のつづくピュロスに住まいしておりました。また女性たちの間にも女王(として君臨するテュロ)は、クレテウスにほかの子供たちを儲けました、すなわちアイソンとペレスと、馬車を(駆って)喜ぶアミュタオンとであります。
そのつぎにはアソポス(の河神)の娘のアンティオペに会いましたが、この女はなんと、ゼウスの腕に抱かれて夜を過ごしたことを自慢していました。それで生まれた二人の子がアンピオンとゼトスで、彼らがはじめて七つの門あるテバイの座を建設し、城壁をめぐらしたのです。囲壁なしでは、どんなつわものであったにもせよ、広々とした土地のテバイに居を構えることはできなかったからでした。
そのつぎには、アンピトリュオンの妻のアルクメネに会いました。この女はゼウス大神の腕に抱かれて、はげしい気象の、獅子の気概をもっていたヘラクレスをもうけたひとです。それから高邁《こうまい》な気象をもつクレイオンの娘のメガレにも会いました。これはアンピトリュオンの息子で、けっして力の弱らない(ヘラクレス)が妻としていた者でした。
またオイディプス〔オイディポデス(腫れ足)とも。ホメロスの伝は悲劇の筋と違い、母との結婚があらわれた後も王位に留まる。また母の名もイオカステでなく、エピカステである〕の母親の、美しいエピカステにも会いました。この婦人はなにも知らない心から、自分の息子を夫にするというだいそれた振舞いにおよんだもので、この息子(オイディプス)は自分の父を殺害してから母と結婚したものでしたが、(そのことを)程もなく神々は人々のあいだに知れわたらせた。しかし彼はたいそう愛《いつく》しまれたテバイに苦しい思いをしながらも、カドメイアの人々(テバイ市民たち)を神々の呪《のろ》われたおん謀《はか》りごとによって治めつづけたものでした。でもエピカステのほうは、高い天井からまっすぐに縄を垂らして、力づよい門の閉め手の冥王《アイデス》のところへおもむいたのです、自分の悲嘆のとりことなって。そして息子にとても大きな苦悩を残していったものでした、母親の怨みのエリニュエス(復讐の女神たち)が成しとげるほどの(苦悩は一つもあまさずに)。
またとりわけて美しいクロリスにも会いました。この女性はそのむかし、ネレウスがその美しさのゆえに妻とした者で、イアソスの子アンピオンの末娘でしたのを、数しれぬ結納のものを贈って妻としたのです。彼女はピュロスの王妃として君臨し、立派な子供をもうけました、ネストルにクロミオスに、戦さに強いペリクリュメノスを。またそのうえにも気品の高いペロをもうけたのです。(この王女《ひめ》の)人々の目をみはらせる美しさはあたりに住まうすべての(若殿ばらを)求婚者にさせました。ところが(父親の)ネレウスがいっかな嫁にやるのを承知しませんでした。脚をくねらせる額のひろい牝牛どもを、豪勇のイピクレスから奪い、その所領のピュラケから追って来てくれる者でなければ、という条件です。その牛どもをただ一人、優れた占い師(メランプス)だけが追って来ようと受け合ったのです。ところが(彼を)神さまの苛酷なさだめがとらえたのです。つまり粗野な牛飼いどもの、つらく苦しい囚《とら》われの身となりはてたのでした。しかしいよいよ月がたち日がたち、一年がめぐっていって季節が到来すると、まさにその時、イピクレスの殿が彼を釈放したのでした。神託を彼がのこりなく説きあかしたので。こうしてゼウスの御謀りごとは、成就されていったのでした。
それからまたレデにも会いました、あのテュンダレオスの奥方です。彼女は剛勇の心をもったテュンダレオスによって、二人の子供をもうけました、馬を馴らすカストルと、拳闘に強いポリュデウケスです。この二人は、生き物を産みなす大地の地下にあってゼウスから授けられた尊い役目を保ちながら、一日交代でこの世に出て来ては、またあの世へ去《ゆ》くのです。しかしともども、神々にひとしい栄誉を分ち与えられているのです。
つぎにはアロエウスの妻のイピメデイアに会いましたが、この女性はほんとうにポセイドンといっしょに臥たということです。それで短い間に産まれて出たのが、神にもひとしいオトスと遠近に名の聞こえたエピアルテスでした。この二人をまったくとてつもない背の高さに、麦を産出する大地が養育したのでした。つまりまだ九歳だというのに、もう身幅が九尺ほどもあり、背の高さは九間ほどになったのでした。また群を抜く美しさは、ただ有名なオリオンだけが上、というほどでした。ご存知のように、この者どもがオリュンポスにおいでの神々にたいし、はげしい戦さの大騒動をもち上がらせようとしたのです。オッサの山をオリュンポスの上に積み上げ、さらにそのオッサの上に森影ゆらぐペリオン山を載せ、大空へ登れるようにしようと画策したのです。もし彼らが十分|大人《おとな》になり切れていたならば、これも成就したかもしれません。しかしゼウスの息子の、髪の美しいレトがお産みの方、(アポロン神)が二人ともども、まだこめかみの下に柔毛が生い茂ったり、あごにいっぱい髯が生い出て来ないうちに、うち滅ぼしたのでした。
またパイドレやプロクリス〔ミノス王の娘で、アテナイの王テセウスの妃〕や、美しいアリアドネにも会いました。このアリアドネはあやしい術を知っているミノスの娘で、むかしテセウスがクレテ島から、尊いアテナイの町の丘へ連れて来ようとしたのですが、思いを遂げられませんでした。その前にアルテミス女神が、海にとり囲まれたディオス島でディオニュソスの証言のもとに、殺しておしまいだったのです。
またマイラやクリュメネやおぞましいエリピュレも見かけました、エリピュレはいとしい夫にかえて、高価な黄金(の首飾り)を受け取った女です。しかし私としても、出会ったすべての、むかしの名だたる人々の妻だの娘たちだのを、すっかりいちいち名を挙げてお話はいたしますまい。その前に尊い夜が過ぎ去ってしまいましょうから。ところでまったくもう眠る時刻です、速い船のかたわらへ仲間の者たちのところへいってなり、そのままここでなり。それで送りつけてくださる仕事は、神さま方やあなた方に配慮なさっていただけましょう」
こういうと、人々はみななりをしずめて、ひっそりとなり、蔭くらい広間をあげて魔法にかかった(ごとく)であった。さて一同に向かって白い腕《かいな》のアレテが、まず話の端緒《いとぐち》をひらいて、
「パイエケスの人たち、どういうふうにあなたらは、このお方をごらんですか、お姿や丈《せい》恰好や、またお胸のうちの程を得たご分別なりを。それはまた私のもとにおいでの客人なのです、もとより(あなた方の)めいめいが、この栄誉には分け前をお持ちですけれど。それゆえ、けして(島から)送り出すのに急ぐことはありません、それでお土産の品をこのように必要となさる方にたいしておしみなどなさらぬようにね。もちろんたくさんお宝物が、あなた方のお家には、神さま方の思し召しで、蓄えてあることですから」
また一同のあいだで、長老のエケネオスの殿もいうよう、≪この人はパイエケスの人士のうちでもいちばんの年長者であったので≫
「いや皆さん方、けしてわれわれの目ざすところや思惑《おもわく》から外《はず》れたことを、思慮ふかい王妃はお話なさるのではない。さればおおせのようになされるがよかろう。だがそれから先の実行と決断とは、アルキノオス王にかかっているのだ」
それに向かって、今度はアルキノオスが声をあげて答えていうよう、
「いかにも、いまの話はそのままでよしとされよう、もしも私が生きながらえて、櫂に親しいパイエケスの人々の王であるならば。また客人にしても、たいへんに帰国をいそいでおいででもあろうが、それにしても我慢をされて明朝まで待たれるように、土産《みやげ》の物をすっかり私がそろえきるまで。さて送り返す仕事は一同が、とりわけてこの私が、配慮するであろう、この国じゅうの権力は私の手にある次第だから」
それに向かって、知恵にゆたかなオデュッセウスが答えていうよう、
「アルキノオス王よ、あらゆる人々のうちにもとりわけ卓越するあなたが、もう一年間そのままここに逗留しろ、そうすれば送還のことを進め、立派な土産の品々をくださろうといわれるならば、そのほうをむしろ選ぶことでしょう。いっそう手をいっぱいにして愛する祖国に帰ったほうが、ずっと得《とく》というものでしょうから。そして私がイタケヘ帰って来たのを見る人たちみなにとっても、いっそう尊敬と愛情とに値いする者となりましょうから」
それに向かって、今度はアルキノオスが声をあげ、返事をしていうには、
「いやオデュッセウスよ、けしてわれわれは、あなたの姿をながめるときに、いい加減な出たらめをしゃべって人を欺す詐欺師だと思う者ではありません。この黒い大地が養い育てる多勢の、いっぱいまき散らされた人間どもの、ことの次第もわからぬような偽りをでっち上げる連中とは思わないのです。あなたのちゃんと整った話しぶり、しっかりとしたご分別はみごとです。いまはアルゴス勢の人々の、またあなたご自身の、いたましい艱難苦労の物語りを、誦歌者《うたうたい》が歌うみたいに、一部始終を手にとるように話してくだされた。さればさあ、この話のたしかなところをすっかりと聞かせてください、(冥界で)神々にもひとしい仲間の方々のうち、どういう人たちにお会いだったか、あなたご自身といっしょにイリオスヘ従軍して、そこで最期をお遂げだった方々です。ただいま夜はずいぶんと長く、それにまだけっして広間のうちで眠る時刻ではありません。それゆえどうか、それらの不思議な事件を話してください、いやまったく輝くあけがたまでも持ちこたえましょうよ、もしもあなたのほうで、そうしたあなたのご苦労を、お話くださるというのでしたら」
それに向かって、知恵に富んでいるオデュッセウスが返答していうようには、
「アルキノオス王よ、あらゆる衆人のうちにも卓越する方、たくさん話をするのがよい時もあれば、眠るのがよい時もあります。しかしもしもあなたがともかくも話を聞くのをお望みとあるからには、私とてもそうすることをけっして否《いな》みはいたしますまい、そして御意に従い、さらにいっそう痛ましい他の話を申し上げるとしましょう、私の戦友たちの受難のことです。その人たちはトロイア人らとの嘆きにみちた戦闘からようやく逃れ出たにもかかわらず、悪い女の心ばせから、帰国の際に最期を遂げた人々です。
さても畏《かし》こい(冥府の王妃)ペルセポネイアが、優しい婦人たちの亡霊をてんでんばらばらに散って帰らせますと、アトレウスの子、アガメムノンの魂が苦悩の様子でやって来ました。そのまわりに何人か集まり寄っていた他の亡霊は、彼といっしょに、アイギストスの館で死に、最期を遂げた人たちです。それですぐさま彼は眼に見とめるなり私を識別して、高い声をたてて泣き、涙をいっぱいこぼしながら手をさしのべようとしきりに願って、私の腕に倒れかかろうとするのでした。しかしもはや彼は体の力がしっかりしていず、以前に四肢の関節にあったような気力もすっかり失せていたのです。その様子を見て私は涙を催し、心中に憐れを覚えたのでした。それで彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけていうよう、
『いと誉れあるアトレウスの子よ、どういう長い苦悩をもたらす死の運命が、あなたを滅亡させたのですか。あるいはあなたを船中でポセイドン神が滅ぼしたのか、厄介ないろんな風を、好ましからず吹きつのらせて。それとも陸上であなたを心よからぬ者どもが亡き者にしたものか、牛どもや羊の好もしい群を奪《と》ろうしておいでだとか、または城市《まち》のためや女どものため戦っておいでの最中のあなたを』
こう私がいいますと、彼はすぐさま返答にいいますよう、
『ゼウスの裔《すえ》の、ラエルテスの子の、謀りごとに富んでいるオデュッセウスよ、いやけして私を船中でポセイドン神が滅ぼしたのでも、陸上で心よからぬ者どもが亡き者にしたのでもない。そうではなくアイギストスが殺害の企らみをめぐらし、呪われた(私の)妻と協力して私を殺したのだ、(自分の)家へ私を呼び寄せ、饗宴を張り、飼料《かいば》についてる牛をでもどこかの人が殺すときのように。そのようにしてこのうえもなくみじめな死にざまを遂げたのだ。まわりでは他の仲間(部下)の者らが、容赦なしに、白い牙をむく豕《いのこ》みたいに、みな殺しにあったものだ、たいそう威勢のよい分限者の、婚礼祝いや招宴やにぎやかな持ち寄り会やのおりに殺される豕《いのこ》さながら。もとより君もこれまでに多勢の武士たちが命を失う場に出あったことがあるだろう――一騎打ちなり、またははげしい戦闘でなり。だがあのときの有様には、とりわけ強い哀悼を心に感じたことであろう、つまり食卓にはいっぱい混酒器《クラーテル》やら馳走やらが並べてあるなかに、床はどこもかしこも血まみれという状態でわれわれは広間へ倒れ伏していたのだ。
またそのとき、この上もなく痛ましい、プリアモスの娘カッサンドレの声を聞いた。その女は、奸計をめぐらしたクリュタイムネストレ〔アガメムノンの妃で、ヘレネの姉妹にあたる〕が、私の傍らで殺したのだ。私は剣によって息が絶えながらも、手をあげて地面を打とうとした。だがその犬面をした女は(私を)置き去りにしてゆき、冥途へ私がゆくにもかかわらず、眼を手で閉ざしも、口をつぐませもあえてしてくれなかったのだ。こんな次第で、まったくこんな所業を心に抱くような女以上に恐ろしい、また恥知らずなものはない。そのような非道な業をあの女は、正式の夫にたいして殺害の用意をしておき、企らんだのであった。まったく私としては、家へ帰っていったなら、子供らや家の者らがそろって、喜び迎えてくれると思っていた。ところが、彼女は、思いもかけず非道なことを心にかけて、自分自身にたいし、また後の世に生まれる優しい女性たちにたいして、恥辱をもたらしたというものだ』
こういいますのに、私のほうでも返事をして彼に向かっていいますよう、
『やれやれ、まったく広い空を鳴りとどろかすゼウス神はアトレウスの後胤に、ひどいお憎しみをおかけでした、そもそもの発端から女性の企らみによってです。すなわちヘレネのためにわれわれ多勢の者が討ち死しました、今度はクリュタイムネストレが、遠方にいたあなたにたいして、奸計をめぐらしたのでした』
こう私がいいますと、すぐさま彼も私に応えていうようには、
『そんなわけだから今後はあなたもけっして女性にたいして優しくしてはならない、またよく心得ていることも、すべてみな話してしまってはなるまい。つまりあることはいい、あることは隠しておくべきだ。だがけっしてあなたの場合は、オデュッセウスよ、妻の手にかかって殺されるようなことはなかろう。というのも、イカリオスの娘の思慮に富んだペネロペイアは、大変に賢くて、十分な分別を胸にお持ちだ。いかにもわれわれが戦さに出立したおりには、彼女はまだ若い花嫁御だった。そして稚い嬰児《みどりご》がひとり、乳房にすがりついていたが、それも今では多分、大人の数に加わって会議の席に列していよう。仕合わせな息子だ、なぜならば、愛する父親が帰って来れば会えようし、それで息子も父親を抱擁できようからだ、それが親子のならいというもの。ところが私の妻ときたら、息子をこの眼に心ゆくまで見させてもくれないで、その前にまさしく私自身を殺害してのけた。ところでだが、確かなところをすっかり話してくれ、もしや私の息子がまだ生きながらえていると聞いていようか、あるいはどこかオルコメノスなり、または砂浜のつづくピュロスなり、あるいは、広やかなスパルテの、メネラオスの手もとなりに。というのも、尊いオレステスは、地上界にけして死んでしまっていないのだ』
こう彼がいいましたので、私のほうでもそれに向かって、答えていうようには、
『アトレウスの子よ、どうして私にそんなことをくわしくきこうとなさるのです。てんで何も知りはしません、生きているのか、それとも死んでしまったかを。やくたいもないことをしゃべるのは、悪いことです』
私たち二人はこのようにおぞましい言葉を交わして立っていました、胸を苦しめ、さんざんに涙を流しながら。するとそこヘペレウスの子アキレウスの亡霊や、パトロクレスや誉れも高いアンティロコスやアイアスらの亡霊もやって来ました。アイアスは姿でも体格でも、他のダナオイ勢(ギリシア軍)のうちで、誉れも高いペレウスの子(アキレウス)についで優れていた者でした。脚の速いアイアコスの裔《すえ》(アキレウス)の亡霊は私を識別《みわ》けて、痛ましく嘆きながら、翼をもった言葉をかけるよう、
『ゼウスの子孫の、ラエルテスの子、謀りごとに富んでいるオデュッセウスよ、ひどい男だな、君は。なぜそもそもいまさら、たいした企《くわだ》てを胸中に思案し出そうというのか。どうして君は大胆にも、冥府へ降りて来ようなどしたのか、ここは思慮分別ももたぬ亡者の住居であり、務めを終えた死人らの幻像の住む(ところだ)』
こういいましたが、私のほうではそれに答えて申しますよう、
『アキレウスよ、ぺレウスの息子で、アカイア族のうちでもとくに優れた者、私はテイレシアスに用事があって来たのだ、険峻なイタケ島に帰り着くにはどうしたらよいか、何かの策を授けてもくれようかというのでな。というのも、まだアカイアの地の近くへもたどりつけず、私らの故国《くに》へもけして上陸せずに、いつも災難にばかり会いつづけているのだ。どんな人間も、アキレウスよ、君より幸福な者は、これまでも、また今後にしろ、けしてあるまい。なぜなら、われわれアルゴス勢は、以前に君が生きているうちに、神々にもひとしく君を尊敬した、それが今度はまたこの国(冥界)にいて、亡者どもにたいした威権を揮《ふる》っているのだから。それゆえ、死んだといって、けっしてとやかく嘆くのではないぞ』
こう私がいいますと、彼はすぐと私に答えていうようには、
『どうかけして私の死を宥《なだ》めすかそうとはしてくれるな、誉れも高いオデュッセウスよ。田畑に働く小作人として他人に仕えようとも、むしろそのほうが私には望ましい、たとえそれが公田を持たぬ男で、生計《くらし》も豊かでない者のところにしても。死んでしまった亡者ども全体を君主として治めるよりもだ。だがどうか、私の立派な息子についての話を聞かせてくれ、大将になろうというので戦争に参加したか、それとも参加しなかったか。また誉れも高い父ぺレウスのことを話してくれ、もし何か君が聞いているなら、あるいはまだ多勢のミュルミドンらの間に尊敬されているものか、それともへラスじゅう、プティエじゅうで、ないがしろにされてもいようか、もう手も足も老年のため利かなくなっているというので。もしも私がこの太陽の光のもとで(親父の)助勢ができたらば(ありがたかろうに)。かつては広いトロイアの里で、アルゴス勢を防ぎ護ると、このうえもなく勇敢な兵士どもを討ち取った、それほどの勇士として、もしも私がそんな勇士として、ちょっとの間でも、父上の館へゆけたならば。その場合には誰彼に私の威勢や無敵の腕を恐ろしがらせてやるものを、私の父を強迫したり、尊敬される(地位)からおし退《の》けようとする者どもに』
こういいましたが、私のほうでは彼に向かって答えて申しますよう、
『いやまったく誉れあるペレウスについては、何も知らせをもっていない。だが君の息子の、親しいネオプトレモスのことなら、隠し立てのない真実をすっかりお話しよう、君の求めるとおりに。というのも、私が自身で、うつろになった釣合いのよい船の上へ乗せこんだのだから、スキュロス島から、脛当てをよろしく着けたアカイア勢といっしょにだが。われわれがトロイアの城市について謀議を凝らしたおりには、彼はいつも、いちばん先に口を開いて、しかもいうことに誤ちがなかったものだ。ただ神にもひとしいネストルと私と二人だけが、彼に優っているのを通例とした。一方で、トロイアの原野で武器を取って戦いを交えたおりには、武勇にかけては誰にも引けを取らずに先駆けをしたものだった。そして恐ろしい戦闘のあいだに多勢の武士《もののふ》を倒したのだが、何という豪の者を(彼ネオプトレモスは)剣を取って打ち取ったことか。テレポス王の子のエウリュピュロスを倒したことだけでも大きな誉れだ。彼のまわりではその部下のケテイオイ人らが多く討ち死にしたが、これもみな一人の婦人への贈り物のせいだった。まったく彼は見たところ、尊いメムノン(エチオピア王)についで、美男の士《さむらい》だったが。またわれわれが、エペイオスの労作である木の馬に乗りこんだときには、アルゴス勢の勇士たちがだ、万事が私の指揮に任《まか》されていたのであったが、そのおり他のダナオスの裔《すえ》である将軍たちはみな涙をこぼし誰も彼《か》も脚がふるえたものだったのに、彼ばかりはけっして、美しい肌色が青ざめることも、頬の涙を拭くこともなかった。それどころか、しきりに馬から外へ出してくれと私に頼みこみ、剣《つるぎ》の鞘《さや》と青銅の重みが加わる槍とをつかみ、トロイア方に禍《わざわ》いを与えんものと逸《はや》っていた。それでとうとうプリアモスの険阻な城市《まち》を攻め落としたときには、立派な褒賞と分け前をもって船に乗ったのだった――何の傷害も受けずに、鋭い青銅(の投げ槍)にもあたらず、一騎打ちで斬られもしないで、アレス(戦さの神)が狂うという戦さのおりには、ずいぶんとそうしたことも起こるものなのに』
こう私がいいますと、脚の速いアイアコスの裔《すえ》(アキレウス)は大股に歩きながら、アスポデロスの茂る牧原をふらふらと去ってゆきました。私が息子のことを、抜群の勇士だといったので、喜びに満ちた様子でもって。そのうちに他の、この世を去った亡者たちの魂が、憂《うれ》わしげの様子で立ち添い、てんでに(自分たちの)身内の者らのことをたずねたのでした。ただひとり、テラモンの子アイアスの亡霊だけは、皆から離れたところにたたずんで、例の勝負の件のゆえに、いまでも怒りがやまない様子でした。その勝負というのはアキレウスの武具を誰にやるかということで、船陣で審判のおり、私が彼に勝った件です。(その武具を賞品として)提供したのは(アキレウスの)母御(テティス女神)でした、≪判定を下したのは、トロイア人の乙女たちとパラス・アテネ女神でした≫。まったくこのような勝負には勝利を得なければよかったのですが。それというのも、そのためにこんな(立派な)武士《さむらい》が死を遂げるに至ったからです〔ソポクレスの悲劇「アイアス」の主題。アキレウスの武具を争い、敗れて憤慨、狂気の末自殺する〕――その容姿でも、その武功でも、他のどのダナオスの裔たちよりも、ただ誉れも高いペレウスの子をのぞいては、卓越していた武士がです。それで、彼に向かって私は宥和《ゆうわ》をもとめる優しい言葉で話しかけてやったのでした。
『アイアスよ、誉れも高いテラモンの子の、君はまさか死んでからもなお、あの呪わしい武具のせいでもって、憤りを忘れてくれないわけではなかろうね。そうした禍《わざわ》いは、神さま方がアルゴス勢にかけられたものだ。だってそれほど大切な護りの塔を彼らは失《なく》したのだからな。君が死んでしまったのを、われわれアカイアの者どもは、ペレウスの子アキレウスどのと同じくらいに、しょっちゅう痛嘆しているのだ。それも他の誰のせいというのでもない、ゼウス神がダナオスの裔である武士たちの軍勢を大そうひどくお憎しみで、君の上に死の運命をもたらされたからだ。だがともかくも、さあここへ来たまえ、われわれの話や言葉を聞いてくれるように。そして、そのいきり立ちや勢いこんだ憤激はしずめてくれ』
こう私がいいましたのに、彼はいっこう返事もしないで、他のこの世を去った亡者たちの魂といっしょに、暗闇へといってしまったのでした。このおりに、彼が立腹していたにもせよ、それでもまだ私に話しかけ、あるいは私が彼に話しかけもできたことでしょうが、私の心はしきりに、それよりもっと他のこの世を去った亡霊たちに会うことを願い望んでいたのでした。ミノス〔クレテ島の王で、ゼウスとエウロペとの子〕の姿を見かけたのはそのおりでした。ゼウスの立派な息子ですが、黄金の笏杖《しゃくじょう》を手にして坐り、亡者たちの裁判をしているところでした。亡者たちは門の広い冥王の館《やかた》じゅうに(溢れて)、立ったまま、あるいは腰をおろして、判決を待っているのでした。
つぎには巨人のオリオンを目撃しました。けして壊れぬ、青銅製の棍棒を手にたずさえて、|極楽ゆり《アスフォデル》の原っぱじゅうを、かつて彼が山中で殺した野獣を一つところに追い集めていたのです。
それから会ったのはティテュオスで、たいそう誉れの高い大地《ガイア》女神の息子です。彼は地上に寝そべっていましたが、身体の長さが一キロ近くもあり、その両側に禿鷹が坐りこんで、腹膜の中へくちばしをつっこんで肝臓を啄《ついば》んでいるのでした。ところが彼は手でもってそれを防ぐのもできないのでした。というのも彼がレト女神にたいしてけしからぬ所業におよんだからで、このゼウス神の誉れも高いお妃さまが、風景のよいパノペウスを経てピュト(デルポイ)へとお出かけになる途中を(襲った)というのです。
それから実にあのタンタロス〔息子を殺して食卓にだした罰で、タルタロスで飢渇の刑に処せられた〕がひどい責め苦にあってるところも見ました。彼が溜まった水の中につっ立っていると、水があごに近づいて来ます。彼は水に渇《かつ》えてしきりに努力するのですが、どうしても(水に)届いてのむことはできません。というのも、しきりに飲もうと焦って体をかがめるたびごとに、水が吸いこまれてなくなり、足のまわりに黒い大地が現れるからでした、つまり神さまがいつも干上《ひあ》がらせておしまいなのです。また高い梢に花を咲かせる木々が頭上に、野生の梨やざくろや、赤い実のりんごや甘い無花果《いちじく》や茂ったオリーブなど、木の実を降らせるのでしたが、ところがそれを取ろうと彼が手をさしのべると、風が来て、くらい雲の方へといつも吹き飛ばしてしまうのでした。
それからシシュポスも見かけました、はげしい責め苦を受けているのを。両手でもって巨大な岩を運んでゆこうとする、ところが彼が両手や両脚をふんばって、大石を坂の上へと押しあげてゆくそのたびごとに、いましも頂上を越そうというとき、ひどい重みがかかって、その恥知らずな大石はもとの平地へころがり落ちてしまうのです。一所懸命に何度も大石を押し上げていく彼の手足からは汗が流れ落ち、頭からは芥埃《ちりほこり》が立ち昇るという有様でした。
そのつぎには、剛力《ごうりき》のへラクレスを見かけました、その幻の姿ではありますが。本物のほうは(天上に)不死の神々たちといっしょに饗宴をたのしみ、踝《くるぶし》の美しいへベ(青春の女神)を妻としております≪ゼウス大神と黄金の短鞋をはいたへレ女神との御娘の≫。それでこの幻影のまわりには、亡者たちの喚声が、脅かされて四方八方へ逃げていく大鳥の叫びのように、起こっていました。彼のほうは、暗い夜みたいに、裸の弓を手に持って、弦《つる》には矢をつがえたまま、しょっちゅう矢を放とうとするかのように、恐ろしい限つきで八方に眼を配っていました。その胸には恐ろしい(楯の)提《さ》げ緒があり、吊し革は黄金《きん》でできていて、まったく神技《かみわざ》といえる仕事が施してありました。熊だとか野猪《やと》だとか、眼が燃え輝く獅子だとかが何匹も、それに合戦や戦争や殺戮やまた修羅場などが描かれていたのです。それは、二度とこんなのをつくり出しはできまいと思われるくらいの絶品でした。さて両眼に私をみとめますと、呻吟しながら私に向かって翼をもった言葉をかけ、
『ゼウスの裔《すえ》の、ラエルテスの子で、謀計《たくみ》に富んでいるオデュッセウスよ、ああ気の毒な男だな、どうやら君も意地の悪い運命に引きずりまわされているらしい、まさしく私が太陽の光の下《もと》でいつも背負ってたようなやつにだ。私はクロノスの子のゼウス(大神)の息子だったが、際限のない苦難を味わされていた、というのもずっと自分より卑しい人間に屈従させられていたからだ。しかもそいつが厄介な難業をいくつも私に命じた。あるとき私をこの冥界によこしたのは、犬(地獄の犬ケルベロス)を連れてこさせるためだった、というのもそれ以上に困難な仕事は他にあるまいと思案したからだ。その犬は私が冥途から引っぱって上の世界へ連れていったが、ヘルメスときらめく眼《まなこ》のアテネとが私について来てくれたものだった』
こう言い終えると、彼はまたもとの冥府の奥へとはいってゆきましたが、私のほうはそのままそこに、じつとして立っていました、もしやまだ誰か以前に歿《なくな》った英雄でも来はしまいかと思いまして。それでおそらくまだもっと、私が会いたいと望んでいた人たち、テセウス〔アテナイの伝説の英雄〕とかペイリトオスとかいう、神々の誉れも高い子息たちにも会えたことだったでしょうが、その前に、数知れぬ亡者たちの群が集まって来て、おそろしい物音を立てますので、私はまっ青な恐怖にとらえられたものです。恐ろしい怪物のゴルゴー〔ペルセウスに退治される女怪〕の首をでも、冥界から畏《かし》こいペルセポネイア(冥王の妃)が遣《つか》わしはしまいかと(思いまして)。それからすぐに船のところに立ち戻り、仲間の者どもを督励して、自身らも乗りこませ、纜《ともづな》も解かせた次第でした。それで彼らもさっそく船に乗り組み、櫂架《かいかせ》の坐につきました。その船を大洋河《オケアノス》の流れに沿って河浪が運んでいったのです、はじめのうちは櫂《かい》で漕いで、その後ではこのうえない順風が(船を進めてくれたのでした)」
[#改ページ]
第十二巻
漂流譚のつづき――セイレネス、スキュレ、トリナキエ
【やがてまたキルケの島に帰ったオデュッセウスは、彼女から種々な食糧や贈り物を受け、出帆する。彼女は途中の難所とその対処法をくわしく教えた。歌う女怪のセイレネス、海峡を扼《やく》する深い渦巻きカリュブディスと向かい側の岩穴に住む、これも犬のような首を長くのばして水夫をとらえるスキュレなどである。そこをからくも免れた一行は、やがて太陽神が牧牛を置くトリナキエの島へ着くが、無風のため一月を抑留され、食糧に困り、禁を破ってオデュッセウスの留守のあいだに、部下が太陽神の牛を屠《ほふ》って喰ってしまう。それからはつぎつぎと牛を殺して神の怒りを招いたあげく、出帆すると暴風に遭い、船はまもなく沈没、オデュッセウスだけ命を助かり、十日目の夜かろうじてカリュプソの島へ泳ぎつく】
「さても大洋河《オケアノス》の流れを船が離れてから、航《ゆ》く路も広やかな大海の波へ、またアイアイエの島へと着きましたが、このところは早く生まれる暁(の女神)の住居と踊り場、また太陽の昇り場所となっていました。そこへ来て船を砂浜へ引き上げ、私ども自身も海の波打ちぎわに降り立ったのでした。そこで一同ぐっすり寝こんで、輝く暁を待ったわけです。それで早く生まれ、ばらの指を持つ暁の女神が立ち現われたとき、私は仲間の者らをキルケの館《やかた》へと、この世を去ったエルペノルの屍を運んで来させに、遣《つか》わしたのでした。そしてさっそく材木を伐《き》り出し、いちばん先へ海岸が突き出たところで、さめざめと涙をこぼしながら、胸をいためつつ葬儀をとりおこなったのでした。それで屍が焼け、死人の武具も焼けたところで、墳《つか》を盛りあげ、その上に墓標として手なれた櫂《かい》を引っばって来て、頂上に突き立てました。
それから私たちは、これまでの一部始終をくわしく話して聞かせましたが、もちろんキルケはわれわれが冥途から帰って来たのを知って、すぐに仕度をしてやって来たのでした。侍女たちがそれに付添って糧食やたくさんの肉や真っ赤にきらめくぶどう酒を運んで来ました。そして一同のまん中に立って、女神たちのうちにも気高いその女《ひと》はいうのでした。
『ひどい人たちだわね、あなた方は、生きていながら冥王の館へ降りていったなんて。他の人たちは一度きりしか死なないというのに、二度も死んで見せようってわけね。まあともかくも、さあ食物をたべて、ぶどう酒をお飲みなさい、このままここで一日じゅうでも。それで明日《あす》の朝が明けると同時に、船出をしたらいいでしょう。私がその道筋を教えてあげましょう、それにいちいちのこともくわしく指図してあげようからね、海上か陸の上かで何か厄介な悪だくみや災難に遭って苦しまないように』
こういって、またもや私たちの勇みたつ心を説得したのでした。こんなふうで、そのおりはまる一日じゅう、太陽の沈むまで、私たちは坐りこんで食べきれないほどの肉や甘い上酒に饗宴をつづけたのでしたが、やがて太陽も没し暗闇がおそって来ますと、連中が船のともづなのわきに身を横たえてやすんだのに、キルケは私の手を取って、親しい仲間の者どもから離れたところに連れていって坐らせますと、そばに身を臥せて一々のことを問い質《ただ》すのでした。そこで私のほうでも彼女に、すっかり順序正しく話して聞かせました。するとそのとき私に向かって言葉をつらねキルケ女神がいいますには、
『それでは、そちらのほうはすっかり片付いたのですね。ではよく聞いてください、私がこれからいうことをね、(もし忘れたら)神さまご自身があなたに思い出さしてくださいましょうよ。まず最初にあなたはセイレネスのところに着くでしょう、この女どもはすべての人を魔法でもってあやかすのですよ、誰にしろ自分たちのところへ来た人たちをね。それでもし誰にしろ何も知らずにそばへ近づいてセイレネスの声を聞こうものなら、もうその人は故郷に帰って妻や幼い子供らにまわりをかこまれ、よろこびあうなどいうことはできなくなって、ただセイレネスの高く聞こえる歌のため心をすっかり奪われてしまうのです。彼女らは草原に坐っていて、あたりには腐っていく人間の骨がうず高くいっぱい積もっています。それゆえわきを漕ぎ抜けるのですよ、あなた以外の誰も(その歌を)聞けないように、仲間の人たちの耳へは甘い蜂蜜の蝋《ろう》を軟かくこねて塗りたくってね。でもあなた自身は、もし聞きたいならば、聞いてもいいでしょう、ただ(その場合は)皆に命じて船の中にあなたの手も足も帆柱の根元に、縛っておかせなさい。あなたがセイレネスたちの歌を聞いて、楽しめるようにね。そしてもし万一あなたが仲間たちに、綱をほどいてくれと頼んだときには、皆になおいっそうあなたをきつく縛《いまし》めさせるのです。
それから今度は、仲間の者たちがその(セイレネスたちの)ところを無事に通りぬけましたら、そこから先はもはやあなたに、どちらの路を取ったらいいかなど、委細にお話はいたしますまい、自分でよく心に思案なさるがいいでしょう。つまり二つの進路があるのです。その一つはそこから高く聳《そび》える岩礁《いわせ》へとかかる進路です。その岩に向かって、青く黒ずんだ眼のアンピトリテ〔濃いブルーの海色をたとえたもの。アンピトリテはポセイドンの妃とされる。波の擬人化〕の大浪が鳴りとどろいて寄せています。その岩どもを幸福にお暮らしの神さま方は|浮き巌《プランクテ》とお呼びですが、そこは鳥さえも通り抜けることができません、あの神餞《アンブロシア》をゼウス父神へ運んでゆく、ほろほろ鳴く鳩さえもね。その鳩でさえいつでも一羽は滑っこい岩に捕えられてしまうので、ゼウスさまは、数を補うため、さらに一羽をお遣《つか》わしになるほどなのです。ですから、人間の乗る船も、そこへ来れば、もうけしてのがれおおせないで、船の板木も人間の屍体もいっしょくたに、海の波と呪わしい火の嵐とにもてあそばれてしまうのです。これまでにここを越えることができた船はただ一隻しかありません。アイエテスのところから帰って来た、あの(巨船)アルゴです〔英雄イアソンが金羊毛皮を取り返しに黒海の奥コルキスへおもむいたときの巨船〕。それも、ここですぐさま巨岩にぶつかるところだったのを、ヘレ女神が通過を許してやったのでした、イアソンをひいきにしておいでだったもので。
さてまた(もう一方の進路には)二つの岩の崖がそびえています。その一つは尖った頂上が天にも届くくらい高く、雲がまっ黒に頂きをとり囲み、けしてそこから立ち退くことがないのです。ですから、夏の間も初秋とてもけして澄んだ青空がその岩の天辺に見えるときはありません。また死ぬべき人間の身では、その岩をよじ登ることはむろん、乗ることさえもできないのです、たとえ二十本の手や足を持っていたにしてもですよ。というのもその岩が、まるで磨きあげたみたいに、つるつるしているからです。その岩のまん中には靄《もや》にかすんだ洞窟があって、口は西の闇のほうへ向かって開いています。誉れの高いオデュッセウスさま、あなた方はそのわきを船で通り抜けなさい。船から元気な若者が矢を射かけたにしても、その洞穴へ届かせることはできないでしょう。その中にスキュレ(という怪物)が住んでいるのです、恐ろしい声で吠え立てる怪物が。≪その声は生まれたての仔犬みたいなのに、その者自体は邪悪な怪物で、その姿を見て喜ぶ人は一人もありますまい≫その怪物は十二本の足を持ち、それが皆みっともない醜悪な形をしていて、そのうえにとても長い首が六本、その一つ一つに恐ろしい頭がつき、それにまた三列の歯がびっしりと生え並んでいて、それが黒い死の恐怖をまき散らしているのです。この怪物は半身をうつろな洞の中へ入れこませ、首だけを恐ろしい穴の深みから外へさし出し、そのままいながらに、海豚《いるか》だの海犬《あしか》だの、またはもっと大きな海獣を取って食おうとしているのです。高い唸《うな》りをたてるアンピトリテ(海神ポセイドンの妃)さまは、そうしたものを数知れず養っておいでですから。そこを船へ乗って、生命をなくさず無事に通り抜けた船乗りはまだ一人もないのです。いつでも(スキュレの首が待ち構えていて)青黒い舳《へさき》をした船から一人ずつ船乗りをさらってゆくものですから。
もう一方の岩の崖は、見たところずっと低いでしょう。オデュッセウスさま、もう一方の高い岩とは、矢を射れば届くくらいしか離れていません。その岩には大きな野いちじくの木が、枝葉をいっぱい繁らせて生えています。そしてその下に、黒い水を吸いこむ恐るべきカリュブディス〔大渦〕があるのです。日ごとに三度水を吐《は》き出し、三度また恐ろしい勢いで吸いこむ渦です。それが水を吸いこみ出したときには、けしてあなたは、その場所へ行きあわせてはなりません。というのも(そうなったら)、とうてい大地を揺すぶる神さまでさえ、あなたを禍いから救い出すことはできないでしょうから。それよりむしろスキュレの岩へ船を近づけ、そのわきを馳せ抜けるのです。船の中で六人の仲間を失《なく》すことを嘆くほうが、一どきにみな全部を失すよりはまったくずっとましですからね』
こういいますのに、私のほうでもそれにこたえていうようには、
『ではどうかこのことを、女神よ、はっきり教えてくださいませんか、どうにかしてその呪わしいカリュブディスを、うまく免れる道はないものか、それからまたスキュレのほうには、私の仲間を害したときに、何とか仇を討ってやれないものか』
こういいますと、女神のうちでも尊いその女《ひと》はすぐと答えていうようには、
『まあやりきれない人だわね、またもや戦さの仕事だの骨折りなどですっかり心がいっばいなのだから。不死である神さま方にさえ譲歩しないというのですか。スキュレはけして人間ではなく、不死の害悪なのですよ、恐ろしく厄介で荒々しく、しかも闘っても勝ち目はない。まったくどうにも仕様のない者で、その手もとから逃げ出すのが、最上策なのです。なぜというと、もしもあなたが岩のそばで武具でもつけてぐずぐずしていたら、スキュレはもう一度とび出して来て、そのたくさんの頭で、あなたを狙い、また同じ数の仲間をつかまえていきかねません。それよりも大急ぎで突破するのです、そしてスキュレの母親のクラタイイスに助けを求めるのです、そいつを人の世の禍いにと産んだ女に。そしたら(スキュレが)もう一度とび出してくるのをとめてくれましょう。
それからあなたはトリナキエの島へ着くことでしょう。そこには太陽神の牛たちや立派な羊の群などが、たくさん放牧されています。牛の群が七つと、同じ数のみごとな毛房の羊の群です。そのめいめいが五十匹から成っていますが、それが仔を産むこともなければ、さりとて死んで数のへることもないのです。またその飼養にあたるのは女神たち、結髪《ゆいがみ》もみごとなニンフらの、パエトゥサとランペティエとで、どちらも尊いネアイラが上空をゆくへリオス(太陽神)へと産んだ子供です。このニンフたちを母神は産み育ててから、遠方に住まうようにと、トリナキエの島へと、送り遣《つか》わしたのです、父親の財産である羊の群や角の曲がった牛どもの護り番をするようにと。その家畜らにもしもあなたが害を加えずに、帰国のことを慮《おもんばか》るならば、いろんな災難には遭っても、まだイタケに帰り着くことができましょう。けれども、もし害を加えたなら、その時はきっとあなたの船も仲間の人たちも、破滅を免れないことでしょう。またあなた自身にしろ、よしんば破滅を逃れたにせよ、遅れて、さんざんな態《てい》で仲間の者も全部なくして、帰国することになるでしょう』
こう(キルケは)いいましたが、程もなく黄金の椅子につく暁(の女神)がやって来ました。それから女神のうちにも尊い彼女(キルケ)は、島の奥へと向かってゆきましたが、私のほうは船のところへ出かけて仲間の者どもをせき立て、彼ら自身も船へ乗りこみ、ともづなを解《と》くようにいいつけましたので、一同もさっそく船へ乗り、櫂座《かいざ》へと坐りこんだのでした。今度もまたキルケは私らにたいして、青黒い舳の船の後方から、ありがたい仲間である追い手の風を、帆いっぱいに送ってくれたのでした、結髪の美しい、人間の声を出す、恐ろしい女神でしたが。そこでさっそく帆綱を船中へよろしく整備してから、腰をおろしていたのですが、その船を風が、舵取りの役をつとめて、正しく運んでいってくれたのでした。さてその時になってとうとう私は仲間の者どもに向かい、心を苦しめながらも、こういったのでした。
『おい皆の者たち、キルケが私に話してくれた託宣を、一人や二人の者しか知らないということは、よろしくない、それゆえ私はみなに言い聞かせよう(と思うのだ)、われわれが死ぬにしろ、または身を護って死の運《さだ》めをのがれるにしろ、それを知ってのうえのほうがよいからな。まず最初には不思議なセイレネスたちの歌声と、花咲く牧原とに注意して身を護れといいつけられた、その声を聞くのは、ただ私一人だけにしろとの指図だ。そのかわり、私をきびしく縛《しば》りつけてくれ、私がしっかり動けずにそのままじっとしているようにな、まっすぐに、帆柱の根元へ、手足を結わえつけておくのだ。それでもしも私がおまえたちにほどいてくれと頼んだり命じたりしたら、そのおりはおまえたちがなお何重にも綱をきびしく縛りつけるのだぞ』
私は一々のことをくわしく仲間の者どもに話して聞かせたのでしたが、その間にもたちまちのうちに、こしらえのよい船はセイレネスたちの住む島に着いたのでした。というのも、順風が船足を進めたからでしたが、そのときたちまちに風がやんで、無風状態の凪《なぎ》となったのは、神さまが波をすっかり鎮めてくださったわけでした。そこでみな立ち上がって船の帆を巻き上げ、それを広い船の中へ投げ入れ、今度は一同|櫂《かい》にとりついて坐り、磨いた櫂で白い波を立てて(漕ぎすすめて)いったのでした。そこで私は、蝋《ろう》の大きな輪をするどい青銅の刀で小さい粒に切り刻んで、頑丈な手でおしつけました。するとまもなく強い力の圧迫とヒュペリオンの子の太陽神の輝きのため、蝋は温まって軟らかになったので、つぎつぎと全部の舟子《かこ》たちの耳へ塗りつけました。彼らのほうも、私をまっすぐに手も足もいっしょに帆柱の下へ縛って、そこから帆綱の端を結わえつけたものです。そして彼ら自身はまた座について、灰色の波を櫂で打ってゆきました。
しかしすみやかに漕ぎ進めて、人が叫んでその声が届くくらいの距離まで来ますと、セイレネスどもは、船がすぐ間近へやってきたのにさっそく気づき、声高《こわだか》い歌の調べを合わせだしたのでした。
『さあさあこちらへいらっしゃい、評判の高いオデュッセウスさん、アカイア勢のたいそうな誉れであるあなたのお船をお寄せください、私どもの歌声を聞いていただけるようにね。だってこれまで誰一人としてここを黒い船に乗って通過した方はないのですもの、私たちの口からひびく甘くたのしい歌声を聞かずにすませて。いえ皆さんが心を慰め、一段と物|識《し》りになってお帰りでしたわ。なぜならば私たちは何でもみな知っていますから、広いトロイアでアルゴス勢やトロイア方が、神々の御意《みこころ》により辛苦をかさねた次第も、またこの多くのものを養い育てる大地の上に起こった事件も、みな知ってるのですよ』
このようにとてもきれいな歌声に乗せていいますので、私にしても何とかもっと聞きたいものと心を動かされ、眉で合図を送っては仲間たちに(縄を)解くよう命じたのですが、彼らはただ身をかがめて漕ぎすすめるばかりでした。そしてすぐとペリメデスとエウリュロコスとが立ち上がり、なお幾重にも私を縛り、いっそうきつくおさえつけました。とうとうセイレネスたちのそばを通りすぎると、そのときはもはやその声も聞こえなくなりましたので、さっそくにも、忠実な仲間の者たちは彼らの耳に私が塗りつけた蝋を取り去り、私を縛めから解き放してくれました。
ところがいよいよこの島を後にして進んでいくとまもなく、煙と大波とが眼にはいり、また轟音を耳にしました。それで一同恐怖にうたれて、思わず手から櫂《かい》を放したため、そのままそこへ船が止まってしまいました。それを見て私は船中をまわり、めいめいの人のそばに寄っては、一同を優しい言葉でなだめかつ激励してゆきました、
『おい仲間たち、私らはけっしてこれまで、いろんな災難《わざわい》を知らない者ではないのだ。実際にこれからやってくる災難が、あのキュクロプスのときよりも、大きいものとは限らない。あのときは、あの巨人が広い洞穴に、たいそうな剛力でむりやり私らを閉じこめたものだが、それでも私の働きと思慮分別でもって、免れおおせて来た。今度だってまたおそらく後で思い出すことになろう。だからさあこれからは、私がいうとおりにみなで、やってみようではないか。お前たちは漕ぎ席にめいめい坐って、ゼウス神がこの破滅の難をうまく免れさせてくださるだろうと念じて、櫂の柄で砕ける大波を打ってゆくのだ。一方おまえ、舵取りには、とくにこういいつけておくから、よく肝に銘じて覚えておけ。あそこに見える煙と波との外へ船をしっかり向けておくようにな、そして突き出た岩に向かって行くのだ。うっかりする間にそこ(岩ぞいの航路)から船がとび出し、われわれを破滅に落とし入れては大変だからな』
こう私がいいますと、一同はさっそく私の命令に従ったのでしたが、スキュレのことは何も話さずにおきました。それはどうにもならない災厄ですから、舟子《かこ》たちが恐ろしさから漕ぐのを止めてはいけませんので。しかもそのときまったくキルケの指図《さしず》を私は忘れていたのでした、というのは彼女はけして武装してはならないと私に命じたのでしたから。ところが私は立派な鎧《よろい》を着こんで二本の長い槍を手につかみ、船の舳《へさき》に歩いていったのです。というのはまずそこにスキュレが現われようと期待していたからでした。しかし私の仲間の者たちに禍害を加えることになっていたその怪物は、どこにも認めることができませんでした、おぼろに霞む岩に向かって、せっせと八方へ眼を配ったのでしたが。
さて私らは、悲嘆にくれながらも海の狭いところへさしかかったのでした、一方にはスキュレが、他の側にはカリュブディスが≪大海の塩からい水を吸いこみはじめているのでした。その渦巻きは、水を吐き出すときには、たくさんな火にかけられた鍋のように、全体が湧き立ってぶつぶつ泡をふき上げ、両方の岩の頂上まで高く飛沫を浴びせるのでした。しかし海の水を吸いこむ段になると、ずっと奥底まで水の渦巻きが見えわたり、あたりは岩がおそろしく鳴りとどろくのでした、ずっと下には底土が砂でどす黒く見えていたので、一同はまっ青《さお》な恐怖に捉《とら》われたのでした≫われわれはそのカリュブディスのほうを、破滅にびくつきながら見やっていたのでしたが、そのあいだにスキュレは腕力でもいちばん優れた六人の仲間を船からさらっていったのです。仲間の者どもに眼を走らせますと、空高く引き揚げられていく仲間の足や手が宙に見えるのでした。それが口々に、私の名を呼んで叫んでいるのです、その時が最後というわけで、胸もつぶれる思いに。ちょうど突き出た岩で漁師がとても長い釣竿をもち、ちっぽけな魚どもをだまそうとして、野に臥す牛の角(をつけたの)を餌に放りこみ、それから(釣り上げた魚の)ぱくばく喘《あえ》いでいるのを捕えて、陸へと放り出す。その魚のように六人の者どもは喘ぎながら、岩のほうへと揚げられていくのでした。そして穴の口のところで、その者たちが喚き叫びながら恐ろしい断末魔に私のほうに手をさしのべているのを、スキュレは食らってしまったのでした。まったく何ともそれは、これまで海の上を道をたずねまわるにつけ、味わったさまぎまな苦難にみちた経験の中でも、私の眼で見たいちばん憐れにも嘆かわしい光景でした。
さてその岩々も通過し、恐ろしいカリュブディスやスキュレも逃げおおせますと、今度は程もなく神さまの名高い島へ到着しました、天をゆく太陽神のみごとな、額のひろい牛どもや、立派な羊の群がたくさんいるというところです。その時は、まだ私が黒塗りの船に乗って海上にあるというのに、いましも小舎に帰ってゆく牛たちの啼き声や羊どものめえめえ鳴く声が聞こえて来ました。それで私も突然、あの盲目の占い師、テバイの人テイレシアスやアイアイエ島にいるキルケの戒《いまし》めの言葉を思い浮かべたのでした。そのとき私は心を悩ませつつも仲間の者たちに向かって、こういったのでした。
『よく聞いてくれ、私のいう話を、おまえたちはいろんな災禍《わざわい》を受けているところだから。おまえたちに私がいおうというのは、テイレシアスやアイアイエの島にいたキルケの予言なのだぞ、彼女は私をいろいろと強く戒めてくれた、人間に喜びを与える太陽神の島は避けたほうがよいと。それというのも、この島にはわれわれにとって、このうえもなく恐ろしい禍いが存在するということなのだ。それゆえ、島へは寄らずに、わきを抜けて黒い船を進めていけ』
こう私がいいますと、みなみないとしい心も潰れる気持で(がっかりしたので)さっそくエウリュロコスが、おぞましい文句を並べて私に向かっていいますには、
『意地悪い方ですねあなたは、オデュッセウスさん。あなたは力もひとに優れ、手足のつかれもご存知なしで、いかにも体がすっかり鉄で出来ておいでかも知れません、それで仲間の者どもが、もう疲れと眠たさでやり切れないでいるのに、陸へも上がらせてくれないのですね。あそこは、海に囲まれた島で、美味《うま》い夕餉も造れようというのに、(上陸もせず)そのままこうして、夜じゅう、島からも追い斥《しりぞ》けられ、おぼろにかすむ海上を彷徨《うろうろ》してろと命じなさるとは。この夜な夜なからは船を害《そこ》なう諸方の風がはげしくなります、いったいどちらへ、峻《けわ》しい破滅を免れるのには、逃げていったらいいのです、もし突然に南風なりひどく吹きつける西風なりのはやての風が襲って来たら。神さまがたの御意とはかかわりなしに、とりわけて船をうち壊すものなのです。それよりもいまは黒い夜のすすめに従って、(上陸して)船のわきに晩餐の仕度もし、そのまま一夜を過ごしてから、朝早く船へ乗りこみ、広い海原へ船を出しましょう』
こうエウリュロコスがいうと、他の仲間の者どももそれに賛成するのでした。まったくこの時には、私もはっきり悟ったのでした、いかにも神さまが禍《わざわ》いを企らんでおいでだということを。そこで彼に向かって声をあげ、翼をもった言葉をかけて申しました。
『エウリュロコスよ、まったく君はほんとうにひどく私を脅迫するんだね、私が一人きりなもので。それなくばさあ、みな私に堅い誓いを約束してくれ。もしも牛の群や羊の大きな群をわれわれが見つけたにしても、けっして邪悪な思い上がった勝手な沙汰から、牛にしろ羊にしろ、けして殺すまいということを。その代わり、キルケ女神がくれた糧食は、思う存分気がねをせずに食べるがいい』
こう私がいいますと、連中は私の命じたとおりにさっそく誓いをしました。さて、このように誓いをして誓約もちゃんと終えますと、われわれは中のひろびろとした入江に、造りのよい船を、甘美な泉に近いところに碇泊させ、みなみな船から降りて出まして、それから晩餐を上手にこしらえ上げたのでした。さてそれからして飲むものにも食べ物にも十分にもう飽きたりたとき、それから本当に愛する僚友たち(の死)を思い起こして涙を流したのでした、スキュレが船からとらえて食ってしまった仲間たちのことです。こうして一同が泣いているうちにも快い眠りが訪れて来たのでした。ところが夜も三分の二を終え、空の星々もおおかたは沈みかけたころ、おそろしい突風をともなう強く吹きまくる風を、雲を寄せるゼウス神は起こさせたのでした。そしてすっかり陸も海も濃い雲で蔽いつつみ、天上から闇の夜が降りて来ました。それで、早く生まれ、ばらの指をした暁(の女神)が立ち現われますと、われわれは、うつろな洞穴の中へ船を引っ張っていって泊らせたのでした。そこにはニンフたちの美しい踊り場と座所がありましたが、そのとき、私は一同を呼び集めて、その間に立ち、話し聞かすよう、
『おい仲間の者ども、船にはまだ食物や飲料があるのだから、牛どもには手を出さずにおこう、何かの災難にあってはなるまいから。というのも、たいそう偉い神様の持ち物なのだから。その牛どもや立派な羊の群などは、万物をみそなわし、万事に耳をお傾けの太陽神のものということだ』
こう私はいいまして、みなの荒々しくはやる心を説得したのでした。ところが、それからひと月じゅう南風が吹き止まず、以後というもの、東と南の風のほかは、いっさい他方《よそ》からの風は吹いて来ません。一同も、食糧や赤ぶどう酒のつづいたあいだは食糧の保持をもとめながらも、牛には手をつけないでいたのですが、いよいよ船にあった穀物もすっかり尽きてしまいました。もはや拠《よ》んどころなく(野山を)彷徨して狩猟をするほかなくなりました、魚だの鳥だの、何でも手あたり次第のものをつかまえるほかは。ちょうどそのおりのこと、私は神々に祈祷を捧げれば、何か帰国の途をお示しくださるまいかと思いまして、島の奥へ上がっていったのでした。ところがです、いよいよ島の内へと別け入って、仲間の者どもから離れたところへゆき、手を洗いきよめて、風のあたらぬ蔭へはいってオリュンポスにおいでのあらゆる神々にお祈りを捧げていましたところ、その神々は私の瞼《まぶた》の上に快い甘い眠りを、そそぎかけなさったのでした。そのとき、エウリュロコスが仲間の者どもに向かって、邪《よこ》しまな企《たく》らみを提議したのです。
『よく聞いてくれ私のいうことを。君たちはまったくひどい目にあっているのだから。死というものは、どんなのにしろみじめな人間にとっておぞましいには違いないが、なかでも飢えのために最期《さいご》をとげるというのが、いちばんつらく、嘆かわしいことだ。だからさあ、これから太陽神の牛どものなかでもいちばん良い牛を選《え》りぬいて追って来て、広大な空をご支配の神々へ供物にささげることにしようよ。それでもしわれわれが祖国の土であるイタケに帰り着けたら、さっそく高空をゆくへリオス神に立派な社《やしろ》をお建てしよう、それで中へはたくさんの立派な献げ物を納めるとしようよ。もしまた牛どものゆえにこの神が立腹なさって、船を沈めてしまおうとお考えになり、他の神々もそのあとにお付きなら、ひと思いに波に向かって口を開け(大口に水をのみこみ)、命を失《なく》したほうが、長いこと遠くさびれた島にいて次第に死へと追いやられるよりは、ましではないか』
このようにエウリュロコスがいいますと、他の仲間の者どももこれに賛成しまして、すぐさま太陽神の牛群のうちでも立派なのを、手近なところから追って来ました。というのも青黒い舳をした船から遠くないところに、曲がった角の、広い額をした立派な牛どもが草を食んでいたからでした。その牛どものまわりに立ち並んで神々に祈りをささげ、梢《こずえ》を高くかかげる樫の木の柔かい若葉を摘《つ》んでは(ふりかけたのです)。というのは、船にはもう白い麦粒がなかったからでした。それで祈祷もすみ、犠牲の首を切り皮をはぎおえると、腿のところを切り出し、脂肉《あぶらみ》でおおい二重にかさね、その上に生肉を並べました。また燃えている贄《にえ》の供物《くもつ》にそそぎかける酒も持ち合わせがないので、水を代わりにそそぎかけて、臓物をみな焼き上げたのでした。それからして腿肉が焼け臓腑も賞味しますと、今度は残りのところを細かく刻んで、焼串に刺し貫いて火にかけ並べたのでした。
ちょうどその時になって、私の瞼《まぶた》を快い眠りが立ち離れていったので、船をめざし海の渚へと進んで来ますと、あるまいことか、両端のそりかえっている船の近くへやって来るなり、肉の焼ける匂いの熱い気配が、あたりをこめてなびきよせるのでした。そこで私は思わず高く嘆息をもらし、不死の神々に向かって叫んだことでした。
『ゼウス父神やその他の永遠にまし、幸福にお暮らしの神々たち、私を、無漸《むざん》な眠りに誘いこんで、とんでもない破滅に陥《おとしい》れなさったのですね、また私の仲間たちは待ってる間に、だいそれたことを企らんだものです』
一方、高空を行く太陽神へは、長い衣を着たランペティエ〔太陽神の娘の一人で、この牛群の監督者〕が、報告にいったのでした、私たちが彼の牛どもを殺したといって。そこですぐさま彼は心から立腹して、不死の神々たちの間でこういいました、
『ゼウス父神やその他の永遠にまし、幸福に暮らしておいでの神々たち、どうかラエルテスの子オデュッセウスの仲間たちを処罰してください、彼らは不埒《ふらち》にも傲《おご》りたかぶり、私の牛どもを殺したのです、いつも星のきらめく大空へ登るときにも、または大空から地上へ向かって立ち戻る際もながめて喜びとしていたものですのに。もしも彼らがその牛どもにふさわしい返報を罰として償《つぐな》わないなら、私はもう冥界へ沈み入って、亡者たちの間に輝くことにしますから』
それに向かって、叢雲《むらくも》を寄せるゼウスは返答としていわれるよう、
『太陽神よ、いやどうか君、不死の神々の問で輝きつづけてくれ、それから死ぬべき人間どものためにも、麦をみのらす田畠の上をな。あいつらの速い船は、私がすぐにも白光を放つ雷電で撃って、こなごなに打ち壊してやるから、ぶどう酒色の海原のまん中でだ』
かような次第を私は、結髪の美しいカリュプソから聞いたのですが、その話では、お使い神のへルメスから、彼女自身が聞いたということでした。ところで私は船のところ、海ばたへ降りて来まして、もちろん八方へゆき、めいめいのかたわらへ立ち寄って叱責したものですが、もはや何のほどこす術《すべ》も見出せませんでした、牛はもうすでに殺されてしまっていたからです。それからすぐと、彼らにたいして神さまがたは不吉な異象をお示しになったのでした。すなわち牛の皮が這《は》い出して動き、串にさし貫いた肉は唸り声を発して、焼けたのも生《なま》の肉も、牛みたいな声をたてるのでした。
それから六日の間というもの、私の忠実な仲間の者どもは、太陽神の牛の群からよりぬきのを追って来ては(殺して)食糧にしつづけたのでしたが、いよいよクロノスの御子のゼウス神が七日目をもたらせなさったとき、まさにそのとき突風と共に荒れ狂っていた風がやみましたので、われわれはすぐさま船へ乗って広い海原へと繰り出し、帆柱を立てて白い帆を上へ張り拡げたのでした。ところがいよいよ島をすっかりあとにしまして、陸地はほかに全然見えなくなり、ただ大空と海ばかりというとき、まさにそのときまっ黒な雲をクロノスの御子は、中のうつろな船の上におとどめなさると、その雲のため下の海が急に昏《くら》くなってしまったのです。それから船はたいして長いこと馳《はし》ってゆきませんでした、というのは突然に叫び声をたて西風が襲って来て、しかもひどい突風をさえ伴ってきたので、帆柱の前綱が二本とも風のはげしい煽《あお》りのためにちぎれてしまったのです、それで帆柱は後ろのほうに倒れかかり、綱具もみな船鎗になだれ入ってしまいました、またその帆柱が船の舳にいた舵取りの頭にあたって、頭蓋骨を打ち砕いてしまいました。彼は軽業師みたいに、船板から(海へ)落ちこみ、勇ましいその魂は骨を離れていったのでした。ゼウス神は雷を轟かせると同時に、船へ落雷させましたので、ゼウスの雷電にうたれた船はすっかりきりきり舞いをして、硫黄の匂いでいっぱいになりました。仲間の者どもは船から落ち、鵜《う》みたいに、黒塗りの船のぐるりに波にただよい運ばれてゆくのでした。神さまは(彼らの)帰国の望みを断ち切ってしまわれたのです。
ところで私はというと、船の上を前後になんども往来していました、それも大波が龍骨から側壁をもぎ取ってしまうまでのことです。何もなくなった龍骨を波が運んでいるうちに、帆柱が折れて龍骨へ倒れかかりました。それには牛の皮でできている後ろ綱がかかっていましたので、その綱で私は、帆柱と龍骨とを、離れぬようにくくりつけたのです。そしてその上に坐りこんで、呪わしい風の吹くまま運ばれていったのでした。
そうすると、西の風の、突風をなして荒れ狂うのがやみ、今度はさっそく南風に変わって、私の胸に苦悩をもたらしながら、またもやあの呪わしいカリュブディスヘと導いていったのです。一晩中、運ばれてゆき、太陽の昇るのと同時に、またもとのスキュレの岩と恐ろしいカリュブディスの淵へ着いたのです。おりからカリュブディスは大海の塩からい水を吸いこみ出したところでしたので、私は(そこに生えている)丈の高い野生のいちじくの木に向かって高く跳び上がり、ちょうど蝙蝠《こうもり》みたいに、しがみつきました。長い大枝は、カリュブディスに影を落としていました。私はカリュブディスがもう一度、帆柱と龍骨とを吐き出してくれるのを辛抱強く待ちました。するとやがてそれらが期待どおりに、また出て来たのです。さっそく私はその上へ音をたてて落ちこんだのでした、とても長い材木のわきに。そしてその上に坐りこんで、手を櫂の代わりにして必死に漕いでいったのです。さいわい、スキュレには、人間と神々とのおん父神が、今度はもう私を見つけるのを、お許しなさいませんでした、さもなければ、即座の破滅を免れはできなかったでしょう。
それから九日のあいだ、私は波に運ばれてゆき、十日目の夜になって、神さま方はオギュギエの島へと私を近寄らせになりました。そこは結髪《ゆいがみ》の美しいカリュプソが住んでいる島で、人語を話す恐ろしい女神ですが、その方が私を愛《いと》しく思い、世話をしてくれたのでした。だが、なぜこうしたことをお話する必要がありましょう。もはや昨日、お館《やかた》で話をお聞かせしたのですから、あなたにも、尊くかしこい奥方さまにも。それに私だとて、はっきりと申し上げたのをもう一度繰り返して語るのは、好ましくない事柄です」(下巻へつづく)