アンブローズ・ビアス
ビアス怪異譚2「幽霊」
目 次
ありえない話(続)
壁の向こう
心理的遭難
右足の中指
ジョン・モートンソンの葬式
非現実の世界
ジョン・バータインの懐中時計
怪物
羊飼いのハイータ
カーコサのある住人
得体の知れぬ男
幽霊さまざま
つるし首に立ち会う
そっけないあいさつ
電報
逮捕
兵士たち
二つの生命《いのち》を持った男
三たす一は一
阻止された伏兵
二つの銃殺刑
幽霊屋敷
パインズ島
むだな任務
家のつる
エカート爺さんの家
お化け屋敷
相客
ノーランに現われたもの
謎の失踪
野原を横切る難しさ
競走の途中
チャールズ・アシュモアの足跡
あとがき
[#改ページ]
ありえない話(続)
壁の向こう
もう何年も前のことだが、香港からニューヨークへいく途中、私はサンフランシスコで一週間を過ごした。かつてその市には住んでいたことがあったのだが、それももうずいぶん昔のことだ。その間、東洋での私の事業は期待以上に繁昌して、私は金持ちになり、故国を再訪し、わが青春時代の仲間のうち、未だ健在で、昔変わらぬ友情をもって私をおぼえていてくれる連中と旧交を温めようという余裕もできた。
この連中のうち特に会いたいと思ったのはモーアン・ダンピアーだった。昔の学友で、たまに思い出したように文通はあったのだが、男同士の文通の習いとでもいうか、それも途絶えてずいぶんになっていた。先刻ご承知の向きもあろうかとは思うが、ただの社交儀礼めいた手紙を書くのがおっくうになるのは、文通する者同士の距離の二乗に比例するものである。これは一つの法則といってもよい。
私の記憶にあるダンピアーは、ハンサムでたくましい、学究肌の若者、働くことが大嫌い、富をも含めて世間の人々が求める多くのものにはひどく無関心であったが、それでも財産については、格別不自由しないだけのものを相続していた。彼の一家というのは、この国でももっとも古く、もっとも貴族的な家柄の一つだっただけに、一家のだれ一人として実業界にも政界にも入らず、またどんな栄誉をも受けなかったのは、おそらく誇りが許さなかったのだと思う。
モーアンはいささか感傷的であり、また、一風変わった迷信深い性質があって、それがもとであらゆる種類の超自然的な神秘学の問題を研究するようになっていたが、それでも彼の健全な精神が、怪異にして危険な信仰に陥るのを防止する役目を果たしていた。彼はわれわれがいい気になっていわゆる絶対確実などと称してはいるが、そのじつ一部しか測量も地図作成もなされていないこの地上での居住を放棄することなく、大胆にも非現実の領域への侵入をしたのである。
私が彼を訪ねた夜は嵐が吹きあれていた。カリフォルニアの冬に入っていて、小止みない雨が人気のない通りにたたきつけるように降りしきり、あるいは不規則な突風に舞い上げられ、信じられぬほどのはげしさで家並にぶつかっていた。かなり難儀をして、私の乗った辻馬車の御者は、太平洋岸の浜辺の方へ出た、人家もまばらな郊外の住所をまちがいなく見つけ出してくれた。住居は見たところいささかどうもぶかっこうな建物で、敷地の真ん中に立っていた。敷地には、薄暗がりの中で確かめ得た限り、草花も芝生もなかった。三、四本の樹木が、嵐にいためつけられてのたうちうめき声を立て、この陰気な環境からのがれ、いっそ運を天にまかせて広い海に出て、もっとましなところを見つけようとしているかのように見えた。家は煉瓦造りの二階建てで、一隅にはもう一階高い塔があった。塔の窓には、ぽつんと一つ明りが見えるだけだった。何ともいいようのないこの家のようすに、私は思わずぞっと身ぶるいした。そんな身ぶるいをしたのも、雨をさけて戸口へあわててかけこんだ時に、背中に雨がしたたり落ちたせいもあったのかも知れない。
私が訪問したい旨を知らせた手紙の返事に、ダンピアーは「呼鈴は鳴らさないでほしい――ドアを開けて上がって来給え」と書いてよこした。私はそのとおりにした。階段は、二つめの階段のてっぺんにあるたった一つのガス灯でぼんやりと照らし出されていた。私はどうやら無事に階上の踊り場にたどりつくと、ドアが開けたままにしてある戸口から、明りのついている塔の四角い部屋の中に入った。
ガウンに室内ばきといった姿のダンピアーが進み出てきて私を迎え、願っていたとおりの温い歓迎の言葉をかけてくれた。これが玄関でしてくれたのだったら、もっとしっくりした気持ちがしたろうになどと、仮りにそんなことを私が考えたとしても、彼を一目見るなり、もてなしの悪いやつだなどという感じは一ぺんに吹き飛んでしまった。
彼は昔と同じではなくなっていた。中年を過ぎたか過ぎないというのに、頭髪はすっかり半白になってしまい、腰もはっきりとわかるほど曲っていた。からだつきはやせて骨ばり、顔には深いしわがきざみこまれ、顔色は死人のように青ざめ、血の気はまったくなかった。目は、異様なほど大きく、ほとんど不気味ともいえるはげしい光をおびて輝いていた。
彼は私をいすにつかせ、葉巻をすすめてから、間違いようのない誠実さをこめて、私と会えてどんなに喜んでいるかを確信させてくれた。そのあと、ありきたりの会話がしばし続いたが、その間終始、彼のひどい変わりかたに、私はなんともやりきれぬ憂鬱感に胸をしめつけられる思いでいた。これに彼は気づいたらしい。というのは、いきなり彼はひどく明かるい笑顔を見せて、こういったからだ。「きみはぼくにがっかりしてるんだね――|われは昔のわれならず《ノン・スム・クオリス・エラム》〔ローマの詩人ホラティウスのことば〕」
私は何と答えていいかわからず、かろうじてこういった。「いやあ、まったくのとこ、わからんなあ、ぼくには。だけど、きみのラテン語は昔と変わらんようだねえ」
彼はまた明かるい笑顔を見せた。「いいや、ラテン語は死語だから、ますます適切になっているよ。だけど、どうか一つ辛棒強く待っていてくれ給え。ぼくがこれから行こうとしているあの世には、おそらくもっとりっぱな言葉があるだろうな。きみはその言葉で伝えてほしいことでもあるかい?」
そう話しているうちに彼の微笑は消え、話しおわっても、彼は苦しくなるほどの真剣さでじっと私の目をのぞきこんでいた。それでも私は相手の気分に引きこまれまいと努め、また彼の死の予告がどんなに深く私を動揺させたかを気づかせまいと努めた。
「おそらく人間の言葉が」と私はいった。「われわれの必要を満たさなくなるには、まだまだずいぶん先のことだろうね。しかもそうなった時には、満たすという可能性と同時に、必要もまたなくなってしまうのじゃないだろうか」
彼は何も答えなかったし、私も黙りこんでしまった。話題がすっかり気のめいるような方にいってしまったからだ。しかも、どうすれば話題をもっと陽気にできるか、私にはわからなかった。突然、嵐がちょっとおさまって、それまでの騒がしい嵐の音とは対照的にぞっとするような死の静寂が訪れた時、静かにこつこつとたたくもの音が聞こえた。それは私のいすのうしろの壁から聞こえてくるようだった。その音は人間の手がたたいた時の音のようにも思えたが、しかし入室の許しを求めてドアをたたくのではなく、示し合わせた合図、隣りの部屋に誰かがまちがいなくいるのを知らせる合図のような音だった。われわれの多くは、余り話したがらないものだが、案外にそんな意思伝達の方法をたいてい経験しているのではないかと思う。私はちらりとダンピアーの顔を見やった。私の目つきには、もし仮に何となくおもしろがっているようなところがあったとしても、彼はそれに気づかなかった。私がいることなどすっかり忘れ去っているようすで、私の背後の壁をじっとみつめていた。その目に浮かんでいる表情は何とも名状しがたく、私の記憶はその時の感じそのままに、こんにちもありありと残っている。どうも間の悪い立場になって、私はいとまごいをしようと立ち上がった。すると、はっとわれに返ったらしく彼はこういった。
「どうか坐っていてくれ給え。別に何でもないんだよ――誰もいやしないんだから」
だが、またもたたく音がくり返された。前と同様、静かに、ゆっくりとだが、耳にはっきりと聞き取れた。
「失礼するよ」と私はいった。「もうおそいからね。また明日うかがってもいいだろうか」
彼は微笑を浮かべた――いささか取ってつけたようだと思った。「きみはとてもよく気がまわるんだね」と彼はいった。「だけど、それはまったく余計な無用の心づかいだよ。実際のとこ、塔にはこの部屋しかないんだし、あすこには誰もいやしないよ。少くとも――」彼はおわりまでいわずに、立ち上って、窓をさっと押し上げて開けた。壁の開口部といえばそこだけで、しかもそこから音が聞こえてくるようでもあった。「ほら、見給え」
ほかにどうするというはっきりした考えもなく、私は彼のあとについて窓際にいき、外を眺めた。やや離れたところにある街灯が、再び車軸を流すように降り出している雨の暗闇の中に、「そこには誰もいやしない」ことがはっきりと確かめられるくらいの光を投げかけていた。なるほど確かに何もなく、塔の、隙間一つない、のっぺりした壁があるだけだった。
ダンピアーは窓を閉めると、私に坐るように身振りで示し、自分もまたいすに戻った。この出来事それ自体には格別神秘めいたところは少しもなかった。一ダースほどの説明で、どうにでも解釈はつけられた(とはいっても、私には一つも思いつかないままなのだが)。それでも、どうもこの友人が私を安心させようと努めるせいか、それだけ却ってこの出来事が異様に私の心をとらえ、友人の努めぶりが、いかにもこの出来事にもったいをつけ、意味深長な、重大なことにしているかのように思えるのだった。友人は、誰も向こうにはいないと、わざわざ証明してみせたが、そのことにこそ却って興味があった。しかも彼は一言も説明しようとしなかった。彼が口を閉ざして何も語らないのにいらいらして、私はいささか腹立たしくなってきた。
「ねえ、きみ」と、私は何となく皮肉るような調子でいった。「ぼくとしてはね、きみが自分の趣味に合致し、友情という自分の思想にぴったり一致していると思うなら、いくらおおぜいのお化けをかくまおうと、そのきみの権利にとやかくいう気はないよ。そんなことはぼくの知ったことじゃないからね。だけど、ぼくはただの平凡な実務家、ほとんど俗事ばかりを相手の実務家だから、お化けなんて、ぼくの平安無事にとっちゃ、まったく何の用もないね。それじゃ、そろそろホテルに引き上げるとするか。ホテルなら、相客たちはまだ生身の人間でいてくれるからねえ」
それほどていねいな言葉づかいでもなかったのだが、彼はそれには何の感情も示さなかった。「どうか帰らずにいてほしいよ」と彼はいった。「きみがここにいてくれるのを、ぼくはとてもありがたく思っているんだよ。きみが今夜聞いた音は、たしかぼく自身も前に二度ほど聞いたと思っている。いまこそ、それが幻覚ではなかったことがわかったよ。これはぼくにとって重大なことなんだ――きみにはわからないほど重大なことなのだ。まあ、新しい葉巻でもすって、きみにその話をして上げる間、じっくり辛棒して聞いてもらいたいんだ」
雨はますます間断なく降りしきっていた。低い単調な、ささやくような雨の音は、長い間をおいて、風が強まってきては衰えていくたびに木々の枝が不意にぶつかり合う音のため、かき消されていた。夜はかなり更けていたが、同情と好奇心から、友人の独白に私は進んで熱心な聞き役になっていた。その独白の始めからしまいまで、私は一語も口をさしはさまなかった。
「十年前のことだが」と、彼はいった。「この町のずっと向こう端の、リンコン・ヒルと呼んでいるところに、どれも同じような低い家並が続いている一軒の家の一階に、ぼくは部屋を借りて暮らしていた。そこは、かつてはサンフランシスコでも最高級の屋敷町だったんだが、いつとはなく手入れもされず、朽ちていくままになり下がっていったんだね。その理由は、一つには、住宅建築の素朴な様式がこの町の富裕な市民の向上してきた趣味にもはや合わなくなったためと、また一つには、公共施設の改良工事があったりして、その地区をめちゃくちゃにしてしまったためなんだ。ぼくが住んでいた家のならびは、通りからちょっと奥まっていて、どの家にも小さな庭があり、隣りとは低い鉄柵でしきられ、門から玄関まではツゲの木を両側に植えた砂利道が通って数学的な正確さで庭をきちんと二分していた。
ある朝、ぼくが下宿を出かけようとしていた時、左隣りの庭に若い娘がはいってくるのに気がついたんだ。六月の暑い日だったので、彼女は白いガウンを軽くふわりとはおっていた。肩からは、当時流行の花飾りをいっぱいつけ、すてきなリボンをつけた、つばの広い麦わら帽をたらしていた。ぼくの注意は、この彼女の衣裳の得もいわれぬ、あっさりとした美しさに、いつまでも引きつけられてはいなかった。その人の顔を見たら、誰しもこの世のものとはとても思えなかったろうからね。いや、気にしなくていいよ。あれこれと説明して、その美しさを冒涜する気はない。とにかく、この上もなく美しい人だったよ。ぼくがそれまで見てきた、あるいは夢見てきた美のすべてが、神なる芸術家の手になる、その類いまれな生ける絵の中にあったというわけだ。心底から感動したあまり、ぼくは礼を失したふるまいだという考えも浮かばずに、思わず知らず帽子をぬいでしまった。ちょうど、敬虔なカトリック教徒か、育ちのいい新教徒が聖母マリア像の前で帽子を取るようにね。その女性は何の不快な表情も見せず、ただそのすばらしい黒い瞳をぼくに向けたが、それは思わずはっと息をのむようなまなざしだった。ぼくのふるまいについては、それ以外に何のしるしも示さずに家の中へはいっていった。ぼくはしばしの間、帽子を手にしたままじっと立ちつくし、自分のやった不作法なふるまいを痛いほど意識していたのだが、そのくせ、この比類ない美しい姿に、天の啓示を受けたかのように湧き上がった感動に圧倒されたため、後悔の念は意外なくらいにはげしくなかった。やがて、ぼくは心残りではあったが、そのまま出かけていった。普通だったら、きっと夜になるまで下宿に戻らなかったとこなのだろうが、その日は午後の半ばごろには小さな庭に戻っていて、それまでは目にもとめなかった、たあいもない二、三の花に興味があるようなふりをしていた。ぼくの希望は空しかった。彼女は姿を見せなかった。
不安の一夜のあとに、期待と、そして失望の一日が続いた。だが、その次の日、あてもなく近所をぶらついていると、また彼女に会った。むろんぼくはもう二度と帽子を取るなどというばかなまねはしなかったし、また、むやみと彼女を長いこと眺めて気があることを示すというふとどきなまねもしなかった。それでも、心臓は早鐘のように高鳴った。彼女が大きな黒い瞳をぼくの方に向けて、大胆さとか、なまめかしさなど少しもなかったが、明らかにぼくだとわかっているといったまなざしで眺めてくれた時、ぼくががくがくふるえ、顔が赤らむのがわかった。
こまかいことをのべて、きみをたいくつさせるのはよすが、それから何度もぼくはその女性と会ったけど、決して話しかけたり、注意を引きつけたりしたことはない。また、近づきになろうという行動を取ったこともない。極度の自己否定の努力を必要とするぼくのこうした我慢は、おそらくきみには全然わからないだろうね。なるほどぼくが恋に夢中になっていたのはたしかだけど、しかし、自分のくせともいうべきものの考え方に打ち勝って、自分の性格を造りなおせる人が果たしているだろうか。
ぼくは、愚かな連中が好んで称し、さらに愚かな他の連中が呼ばれてうれしがるもの、つまり貴族の一員だった。そんなにも美しく、魅力の富み、優雅であるにもかかわらず、その女性はぼくと同じ階級ではなかった。ぼくはその人の名は聞いていたし――それはいう必要もないが――また、その家族についても少しばかり聞いていた。彼女は孤児で、とてもがまんのならぬ中年過ぎの肥った婦人の姪《めい》にあたり、その婦人の下宿屋で暮らして世話になっていた。ぼくの収入はわずかだったし、結婚するなんて才覚も持ち合せてはいなかった。おそらくそれは持って生まれた性《さが》なのだろう。その一家と縁組すれば、ぼくはそれなりの生活様式に否応なしに落ちぶれ、ぼくの書物や研究から引きはなされ、社会的な意味では下層階級に落ちこむことになるだろう。そういった思慮を非難するのはいと易いことだし、ぼくもあえて自己弁護をしてきたおぼえはないよ。ぼくに対して審判を申立てるなら立て給え。しかし、厳密に裁くのだったら、代々のぼくの祖先をすべて共同被告にして裁くべきだし、ぼくとしては遺伝という否応なしの至上命令の事実を申し立てて、刑の軽減をみとめられるべきだと思うね。そのような身分卑しき者との結婚に対しては、ぼくの先祖の血の一滴一滴が反対を唱えたのだ。
要するに、ぼくの趣味も、習慣も、本能も、ぼくの恋によってわずかしか残されていない理性までもが反対していた――すべてが反対して闘っていたのだ。そればかりか、ぼくは度しがたい感傷家だった。知ってしまえば俗悪なものとなり、結婚すればまちがいなく消えてなくなるにちがいない、人間臭のない霊的な関係というものに、微妙な魅力をおぼえていたのだ。どんな女も、うわべはこういう美人に見えるだけのことだと、ぼくは強弁した。恋は甘美な夢である。何をすき好んでその夢から覚める必要があろうか。
こういう観念と感傷にあやつられていれば、もはや取るべき方針は明白だった。名誉、誇り、思慮分別、おのれの理想を守りぬくこと――それらすべてがぼくに立ち去れと厳命していたが、そうするにはぼくは余りにも弱かった。精一杯に意志の力をふりしぼっても、せいぜいできることは彼女と会うのをやめることぐらいだった。そのとおりにぼくはやった。庭で偶然に出会うことさえ避けた。彼女が音楽のけいこに出かけてしまったとわかった時だけ下宿を出て、日が暮れてから帰ってくることにした。そのくせ終始、ぼくは恍惚状態にある人さながらに、この上もない魅惑的な空想に耽り、ぼくの知的生活はすべて、ぼくが抱いている夢を破るまいと統御されていた。ああ、何事も理性の道からふみ外すことのない行動を取るきみのような人には、ぼくが住んでいた愚者の楽園などとてもわかってもらえんだろうな。
ある晩、魔がさしたとでもいおうか、ぼくはじつに言語道断なばかなことを思いついたんだ。一見いかにものんきな、目的もない質問をしているうちに、ぼくはおしゃべりの下宿のおかみさんから、その若い女性の寝室が、仕切り壁をあいだにはさんで、ぼくの寝室と隣り合っているのを知ったんだ。不意にわき起こった、しかも下劣な衝動に負けて、ぼくはそっと壁をたたいたんだ。当然、なんの応答もなかったが、ぼくは非難を受け入れる気分など少しもなかった。狂気に取りつかれたようになって、その愚かしい行為を、不作法きわまる行為をくり返したが、やはりむだだった。そこで、やっとそれを思いとどまるだけの節度はまだ持ち合せていた。
それから一時間ほどして、その間いまわしい研究に没頭していたのだが、さっきの合図に応答があったのが聞こえた。いや、聞こえたと思ったのだ。ぼくは書物をほうり出すと、壁のそばにとんでいくなり、高鳴る心臓をおさえ、できるだけ落ちついて、ゆっくりと三度壁をたたいた。今度は応答は明瞭で、まぎれもなかった。一つ、二つ、三つ――ぼくの合図を正確にくり返していたのだ。ぼくの合図に対して返ってきた応答はそれだけだったが、しかしそれで十分だった――いや、十分すぎるくらいだった。
そのつぎの夜も、その後も幾夜となく、この愚かしい行為は続けられ、そのたびに別れのあいさつを送るのはいつもぼくの方からだった。その間ずっと、ぼくはまるで熱にうかされたみた「に幸福だったが、生来の依怙地《いこじ》な性質から、彼女に会うまいとするぼくの決意だけは頑として守り続けていた。やがて、当然予期しているべきだったのだが、ぷっつり返事がなくなってしまったのだ。『もっとはっきりした態度を進んで見せないぼくを臆病だと思って、彼女はいや気がさしたんだ』とぼくは心ひそかに考えた。そこで彼女と会う機会を求め、近づきになろうと決心した。だが、そのあとはどうするのか、その結果どうなるのか、自分でもわからなかった。いまでもわからないのだ。わかっていることは、彼女に会おうとして幾日も幾日も過ごし、すべて徒労におわったということだけだ。彼女の姿も見えなければ、声もしなかった。彼女と出会った街に足しげく通ったが、彼女は姿を見せなかった。部屋の窓から、彼女の家の前庭を見張っていたが、彼女が出入りするようすもなかった。彼女はどこかへ立ち去ってしまったのだと信じこんで、ぼくは失意のどん底に落ちこんだ。しかも、ぼくは下宿のおかみさんにたずねて、疑いを解く手段さえ取らなかった。じつをいうと、ぼくはおかみさんに対して、どうにも抑えがたい嫌悪感を抱いていたのだ。というのは、不当と思えるほどないがしろにした口調で、彼女について話したことがあるからだ。
こうして、ついに運命の夜がきた。はげしい感情の起伏、優柔不断、失意落胆のために疲れ果てていたぼくは、早くから寝床にはいり、そんなぼくにもまだ許される浅い眠りに落ちこんでいた。真夜中に、何かに――絶えずぼくの平和を破壊しようとしていた不吉な力だと思うが――ふとぼくは目をさまされて起き直り、目を大きく見開いて、何かわからぬものに一心に耳をすませた。すると、壁をかすかにたたく音がしたと思った――あの聞きおぼえのある合図の、ただの空耳にすぎなかった。だが、しばらくしてから、また音がした。一つ、二つ、三つ――前と同じくかすかな音だったが、聞きのがすまいと緊張し、聞き取ろうと懸命になっている感覚に訴えかけているのだった。ぼくはすぐに答えようとした。その時、またもや悪魔のやつが卑劣にもしっぺ返しをしてやれと余計な干渉をしてきたのだ。彼女は長いこと薄情にもお前を無視してきたのだから、今度はお前が無視しろというわけだ。まさに信じられないようなばかな話だ――神よ、どうかお許し下さい! その夜は一晩じゅうまんじりともせず、恥知らずなそういう詭弁でもって依怙地な性質をいっそうかたくなにして、しかもじっと耳をすませていた。
あくる朝おそく、下宿を出しなに、入ってくるおかみさんとぱったり出喰わした。
『お早うございます、ダンピアーさん。あのことお聞きになりました?』と彼女はいった。
ぼくは口では何も聞いていないと答えたが、態度では何も聞きたくないと答えた。ところが、おかみはそんなことにはまるで気づかなかった。
『お隣りの病気の娘のことですよ』と、おかみはまくし立てた。『何ですって! ご存知なかったの。まあ、あの娘はもう何週間も病気だったんですよ。そして今しがた――』
ぼくはおかみにとびかかりそうになった。『そして今しがた』とぼくは叫んだ。『どうしたんです?』
『亡くなりました』
話はそれだけではない。あとでわかったのだが、真夜中に、一週間もうわごとをいう状態が続いたあと、長い昏睡状態からさめた患者は、ベッドを部屋の反対側に移してくれとたのんだ――それが彼女のこの世での最後のことばだった。つきそっていた人たちは、その願いを病人のうわごとの気まぐれだとは思ったが、その通りにしてやった。こうして、哀れにも、いまわの際の魂は、衰えゆく気力をふりしぼって途切れていた連絡を再びつけようとしたのだ――清純無垢なるものと、自我の掟に対する盲目的、非道なる忠誠心に縛られた下劣な人非人とのあいだをむすぶ心情の貴重な糸だったのだ。
このぼくに、今さらどんな償いができようか。このような夜にさまよい出てくる霊魂――『見えざる風に吹き散らされる』霊魂――さまざまの印しや不吉な前兆、思い出の暗示や運命の予知を伴って、嵐と闇にまぎれて忍びよる霊魂の安らかないこいを求めて唱えられるミサがあり得ようか。
これは三度目の訪れなのだ。最初の時は、余りにも懐疑的であったため、ぼくは自然な方法で事の性質を証明しようとしたにすぎなかった。二度目の時は、何度か音がくり返されてから、その合図に応答したのだが、なんの結果も得られなかった。今夜の三度目の訪れは、パラペリウス・ネクロマンティウスが詳細に述べている『運命予知の三回説』を完結することになるわけだ。これでもう語ることは何もないよ」
ダンピアーが話しおわった時、私は適切なことばも思い浮かばず、どういっていいかわからずにいた。また、問いただしたりすれば、無遠慮きわまる結果になりかねなかったろう。私は立ち上がると、ただ同情の意を伝える態度で別れのあいさつをのべた。彼にもその気持ちが通じ、黙って私の手をかたくにぎりしめた。その夜、彼は悲哀と悔恨の思いを抱きつつ、ただ一人、永遠の未知の国へ旅立っていったのである。
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心理的遭難
一八七四年の夏、私はリバプールにいた。その市には、ニューヨークのブロンソン・エンド・ジャレット商会の商用で出かけていたのである。私はウイリアム・ジャレットといい、私の共同経営者はジナス・ブロンソンだった。商会は昨年倒産し、彼は富裕な生活から貧困の身に転落するのに耐えかねて死んだのである。
商用をすますと、こういうあわただしい出張につきものの心身ともに疲労をおぼえ、時間のかかる航海の方が快適でもあれば、健康にもよかろうと思った。そこで、帰りはあまたある優秀な汽船のどれかに乗船するのはやめて、モロー号という帆船のニューヨーク行の切符を買った。この船には、私の買いこんだ大量の、しかも値のかさむ商品が積みこんであった。
モロー号はイギリス船で、むろん旅客用の設備はととのっていたが、収容力はわずかだった。船客は、私と、一人の若い婦人と、その召使いである中年の黒人女だけだった。旅行をしているイギリスの若い女性が、こんなお伴をつれているのは珍しいことだと思ったが、あとになって、彼女は私にそのわけをこう説明した。この召使いは、米国サウス・カロライナ州出身のある男とその細君とによって、彼女の家族のもとに残された。というのはこの夫婦者が二人とも、デボンシャーにある婦人の父親の家で、同じ日に死んでしまったからである――何ともひどく妙な事情なので、あとになって、この若い婦人と言葉を交しているうちに、その男の名が私と同姓同名のウイリアム・ジャレットだったということを知らなかったとしても、あざやかに私の記憶に残っていたくらいである。私は自分の一家の縁筋に当る者が、サウス・カロライナに住みついていたということぐらいは承知していたが、彼らのことや、その来歴については無知も同然だった。
モロー号は六月十五日に、マージー河口〔リバプール港のこと〕を船出して、数週間は順風と雲一つない晴天に恵まれた。船長は、船乗りとしては素晴しい腕をしていたが、ただそれだけの人物で、食卓を共にする時以外は、ほとんどわれわれ旅客とはつき合ってくれなかった。だから、この若きご婦人のジャネット・ハーフォード嬢と私とは大変に親しくなった。ありていにいうと、私たちはほとんど始終いっしょにいたのである。どうも私は内省的なたちなものだから、彼女が私の胸の内に呼びさました、かつて味わったことのない感情を自分でしばしば分析し、定義づけようと努めたものだ――ひめやかで、微妙な、だが強い魅力、それが絶えず彼女を追い求めようと私を駆り立てるのだ。しかし、追い求めようとしても望みはなかった。少くともそれは恋ではないと、思いこむよりほかなかったからだ。このことをわが身にしっかといい聞かせ、そして、彼女は心から誠実な人だと確信して、ある夕方(それは七月の三日だとおぼえているが)一緒に甲板に腰をかけていた時、私は思いきって、笑いながら、私の心理的な疑念を解くのに力を貸してもらえないかと彼女にたのみこんだ。
しばらく彼女は黙ったまま、顔をそむけていた。そこで私はひどくぶしつけな、つつしみのないことをしたのではなかろうかと心配になってきた。すると、彼女の目が真剣に私の目に注がれた。たちまち私の心は、人間の意識の中にこんなことがあり得るだろうかというような奇妙な幻想によって占められた。何だかまるで彼女が、その目で私を見ているのではなくて、その目の奥からすかして――その目の奥の無限の遠くから――見ているかのようだった。そして、大勢の他の人物たち、その彼らの顔に私には奇妙なほどになつかしく、うつろいやすい表情が見て取れたのだが、その男や、女や、子供たちが彼女のまわりにむらがり寄って、おだやかながらも熱心に、その同じ眼球から私をのぞこうともがいているように思えたのだ。船も、大洋も、空も――何もかもが消え去っていた。私には、こんな途方もない幻想的な場面の中にいる人物たちの他、何の意識もなかった。ついで、突然、暗闇が私に落ちかかってきた。やがてすぐに、その闇の中から、しだいに薄暗い光になれてくる者のように、甲板やマストや帆の索具などといったさっきまで見えていた周囲の光景が徐々にはっきりと現われてきた。
ハーフォード嬢は目を閉じていて、いすの背にもたれかかり、眠っているようだった。さっきまで読んでいた本が開いたままひざの上におかれていた。自分でもどんな動機だかしかとはわからないのだが、私は思わずそのページの上の部分をちらと見やった。それは「デニカー瞑想録」という、あのめったにない、珍らしい著書だった。彼女の人差し指が、ちょうどこんな一節のところにおかれていた。
「ある人々には、ある理由によって引き離され、肉体から別れる運命が与えられている。なぜなら、互いに交叉して流れる小川のばあい、弱い方の流れが強い方の流れに引きつけられていくように、ある血縁の者たちが、その人生行路の交叉するばあい、彼らの魂は必ず同行するが、それに反し彼らの肉体は、あらかじめ定められた道を、知らずして進むのである」
ハーフォード嬢は思わず身ぶるいをして目をさました。太陽は水平線下に沈んでしまっていたが、寒くはなかった。そよ吹く風もなく、空には雲一つなかったが、それでも星は一つも見えなかった。あわただしい足音が甲板に起こった。下から呼ばれて、船長が一等航海士のそばにきた。一等航海士は晴雨計を見やりながら立っていた。「大変だ!」と、彼が叫ぶのが、私に聞こえた。
その一時間後、闇と波のしぶきのために見えなかったが、ジャネット・ハーフォードの姿が、沈みゆく船の残酷な渦《うず》のために、しっかとつかんでいた私の手から引き離された。私は浮かんでいたマストにたたきつけられ、マストの索具の中で気を失ってしまった。
ランプの光で、私は目をさました。汽船の特等室の見なれた周囲にかこまれて寝台に寝ていたのだ。向かい側の長いすに、寝ようとして半ば服をぬいだかっこうで、一人の男が本を読んでいた。私の友人のゴードン・ドイルの顔だと気がついた。彼とは、私の乗船当日、リバプールで会ったのだが、その時、彼自身はプラーグ市号という汽船に乗ることになっていて、その船に一緒に乗ろうとしきりに私にすすめていたのだった。
しばらくして、私はやっと彼の名を口にした。「うん」と、彼はいっただけで、本から目を離さずにページをめくった。
「ドイル」と私はもう一度呼んだ。「彼女も助かったのか」
やっと彼はもったいぶって私の方を向き、さもおかしそうに笑顔を見せた。明らかに私がまだねぼけていると思ったらしい。
「彼女? 誰のことだい」
「ジャネット・ハーフォードだよ」
彼のおもしろがっている顔が驚きに変った。じっと私を見つめてはいたが、何もいわなかった。
「も少ししてから話してくれたまえ」私は続けた。「も少ししてから話してくれるだろうね」
ちょっと間をおいて、私はきいた。「この船は何ていう船だ?」
ドイルはまた私をみつめた。「あの汽船のプラーグ市号だよ、リバプールからニューヨーク行きの。シャフトが折れたまま、三週間航海してるんだ。主要船客、ゴードン・ドイル氏、同じく、気のふれたウイリアム・ジャレット氏というわけさ。この二人の著名な船客は一緒に乗船はしたのだが、しかしこの両名はいずれ別れることになっている。というのは、ウイリアム・ジャレット氏を船から放り出すというのが、ゴードン・ドイル氏の確固たる意志になっているんだからね」
私は思わず寝台の上に棒をのんだように起き直った。「というと、ぼくはもう三週間も、この汽船の客として乗っていたというのかね」
「そうだよ、三週間近いな、今日は七月の三日だから」
「それじゃ、ぼくは病気にかかっていたんだろうか」
「とんでもない。ずっと健康そのものだったよ。三度の食事にはいつもきちんと出ていたし」
「冗談じゃないよ、ドイル。これには何だか不可解なものがあるよ。どうかたのむから真面目に教えてもらいたい。モロー号という船が遭難して、ぼくは救助されたのじゃないのか」
ドイルはさっと顔色を変えると、私に近づいてきて、私の手首に指をおいた。そしてすぐそのあと「きみは、ジャネット・ハーフォードについて、どういうことを知っているんだ」と、きわめておだやかにきいた。
「それより、まずきみの方こそ、彼女について知っていることを聞かせてくれないか」
ドイル君はしばらく、どうしようかと考えているかのように、ぼくをじっと見ていたが、やがてまた長いすに腰を下ろして、こういった。
「そりゃあね、彼女のことなら、ぼくは知ってるわけさ。ジャネット・ハーフォードとぼくは結婚の約束を交している仲だから。彼女とは一年前に、ロンドンで知り合ったのだ。彼女の家は、デボンシャーでも指折りの大金持なのだが、この婚約にえらくご立腹だった。そこで、ぼくたちは駈け落ちをしたんだ――というより、駈け落ちをしてるとこなんだよ。つまり、きみとぼくとがこの汽船に乗ろうとして桟橋へ向かって歩いていたあの日、彼女と、忠実な召使いの黒人の女とは馬車でぼくたちを追い越して、モロー号の方へいったのだ。彼女はぼくと一緒の船で行くのは、どうしても承知しなかった。人目をさけて、見つけられる危険を少くするためには、彼女は帆船に乗るのが最善と思われたのだ。この船のいまいましい機関の故障のおかげでだいぶおくれるらしいから、モロー号の方が先にニューヨークに着くんじゃないかと、ぼくはやきもきしてるんだよ。もしそうなると、可哀そうにジャネットはどこへ行っていいかわからず、途方に暮れるからねえ」
私はただもうじっと寝台に横になっていた――息もつけないくらい、ひっそりとしていた。だが、考えてみれば、話題は明らかにドイルにとっては少しも不愉快なことではなかった。しばらく間をおいてから、彼はまた続けた。
「ところで、じつは、彼女は単にハーフォード家の養女にすぎないのだよ。実のお母さんは、猟をしていた時に馬から放り出されて、同家の屋敷で亡くなったのだ。そして、お父さんも、気違いのように悲しんで、同じ日のうちに自殺したんだ。子供を引き取る権利のある人は誰もいなかった。そこで適当な期間がたってから、ハーフォード家が彼女を養子にしたんだ。そして、自分はその家の娘とばかり信じこんで、彼女は育ってきたんだよ」
「ドイル、何の本を読んでいるんだ」
「ああ、これかい。これは『デニカー瞑想録』という本だけどね。おかしな本だよ。ジャネットがくれたんだ。たまたま二冊持っているというんでね。見たいかい」
彼はその本を投げてよこした。落ちた拍子に、ぱっとページが開いた。その開いたページの一節に印しがつけてあった。
「ある人々には、ある理由によって引き離され、肉体から別れる運命が与えられている。なぜなら、互いに交叉して流れる小川のばあい、弱い方の流れが強い方の流れに引きつけられていくように、ある血縁の者たちが、その人生行路の交叉するばあい、彼らの魂は必ず同行するが、それに反し彼らの肉体は、あらかじめ定められた道を、知らずして進むのである」
「彼女は、変わった読書の好みを持っていた――いや、いるんだね」と、私は心の動揺をおさえながら、やっとのことでいいつくろった。
「そうだな。ところで今度は、きみの方もどうして彼女の名前を知ったのか、彼女が乗船した船の名をどうして知ったのか、一つ話してくれないか」
「彼女のことは、きみが寝ごとでいってたからだよ」と、私はいった。
一週間後に、われわれの船は引き船に引かれてニューヨーク港に入った。だが、モロー号の消息はまったく聞かれなかった。
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右足の中指
一
古いマントン屋敷に幽霊が出るという話は、広く世間に知れわたっている。近在の農村地区はあまねく、一マイル離れたマーシャルの町でさえ、偏見にとらわれない者は一人として、この話に疑いを抱いていない。この効果的なニュースが、もしマーシャルの「アドバンス」紙の知的な購読者層に浸透してしまえばたちまち、これを信じない者は、「つむじ曲り」と称される、あの頑固者だけに限られるはずだ。
その屋敷に幽霊が出ると証拠だてるものは、二種類ある。実際に目で見た証拠を持っているという公平無私な目撃者の証言と、その屋敷自体の証拠である。前者、すなわち、目撃者の証言のごときは無視もできるし、また頭のいい連中から反撃をくいそうな、さまざまな根拠のある異議のどの一つに基づいても、たちまちその証言はしりぞけられてしまうだろう。だが、衆目の見るところの事実というものは、具体性があり、影響力も大きい。
まず第一に、マントン屋敷はもう十年以上にわたって、人が住んだことがないのである。そして、母屋の付属の建物ともども徐々に朽ち果てようとしているのだ――思慮分別のある人なら、このこと自体、とうてい放置してはおけない状態なのである。
屋敷は、マーシャルとハリソンとを結ぶ街道のもっとも寂しい地域からちょっとそれた所に建っているが、そこは木もまばらな空地で、かつては農場だったが、今でも腐りかけた柵が醜い残骸をさらし、長いこと鋤《すき》を入れたことのない、石ころだらけのやせ土にはびこっているいばらが、半ば覆っているというありさまだ。
屋敷そのものは、まだそれほどいたんではいなかった。そうはいっても、風雨にさらされてひどくよごれ、窓ガラスは惨憺たるありさまを呈していた。というのも、土地のちびっこ住民どもが、彼ららしいやりかたで、住む人なき住居を攻撃の矢面に立てたからである。屋敷は二階建てで、ほとんど真四角の形をしており、正面にはたった一つ戸口があるだけで、その両側には一つずつ窓があるが、それもてっぺんまで板を打ちつけてふさいであった。二階にも、階下と対応する位置に窓があり、これは板でふさいでないため、部屋の中まで日光も雨も注ぎこむままになっている。
家のまわり一面に、芝や雑草が見事なほどにぼうぼうと伸び、数本の日よけの木々が、いささか風にいためつけられ、どの木もすべて一つの方向にかしぎ、まるで一斉に力を合せて逃げ出そうとしているかのように見えた。要するに、マーシャル町のユーモア作家が「アドバンス」紙のコラムで説明したように、「マントン屋敷には恐ろしいたたりがあるという主張は、この屋敷という前提から推理されたただの論理的結論にすぎない」ということになるのである。およそ十年前のある夜中、マントン氏はそれが都合のいい策とでも思ったのか、起き出して、妻と二人の幼い子供ののどをかき切るや、すぐさま自分はよその土地へ移っていってしまった事実が、この屋敷こそ超自然現象にうってつけの場所として世間の注目を引くのに、大きな役割を果たしたことは疑う余地もない。
ある夏の晩、この屋敷に、四人の男が大型荷馬車に乗ってやってきた。三人はただちに馬車を降りると、手綱を取っていた者が、昔は柵だったものの、今はたった一本しか残っていない棒ぐいに馬をつないだ。四人目の男だけが、馬車に腰かけたまま残っていた。「さあ、ここがその屋敷だ」と、仲間の一人が彼に近づいてきていった。一方、他の連中は家の方角へ立ち去っていった。
そういわれても男は動かなかった。「畜生!」彼はあらあらしくいった。「これは卑劣なやり方だ。しかも、どうやらきみも加担してるようだな」
「そうかも知れん」と、相手はまっすぐ男の顔をみつめ、どことなく軽蔑したような調子でいった。「だが、まさか忘れてるのじゃあるまいな、場所の選択は、あんたの同意をえて、相手側にまかされているということを。むろん、あんたがお化けがこわいというんなら――」
「このおれに、こわいものなどあるもんか」と、男はまた悪態をついて相手のことばをさえぎると、地面にとび降りた。それから、二人は戸口で先の二人といっしょになった。扉は、先の一人の手で、錠や蝶番《ちょうつがい》がさびついていたためいささか難儀して、すでに開けられていた。一同は中に入った。
屋敷の中は暗かったが、扉の錠を外して開けた男がろうそくとマッチを取り出して、明かりをつけた。それから彼は、みんなが玄関に立つと、右手のドアの錠を開けた。そこで一同は、ろうそくの光がぼんやりと照らし出した、大きな四角い部屋に入った。床にはほこりが厚くつもっていたので、彼らの足音もいくらか消された。壁のすみずみはくもの巣だらけで、まるでぼろぼろになったレースの切れっぱしのように天上からたれさがり、かき乱された空気の中でゆらゆらと動いていた。部屋の隣接している側面には窓が二つあったがどっちの窓からも外は何も見えず、ただ窓ガラスから二、三インチのところに打ちつけてある板のざらざらした内側の面が見えるだけだった。暖炉もなければ、家具もなかった。何一つなかった。くもの巣とほこりとを別にすれば、そこに存在するものといえば、建物の部分とは何の関係もない、この四人の男だけだった。
ろうそくの黄色い光に照し出されているこの連中は、すこぶる異様に見えた。馬車からひどく不承不承に降りた男が、とりわけ見ものであった――いや、人目を驚かすといった方がいいかも知れない。中年の、どっしりとした体躯、胸は厚く、肩幅は広い。その姿はと見れば、さながら巨人のような力持ちともいえそうだし、その容貌はと見れば、これまた巨人にふさわしく、怪力をふるいそうでもあった。顔はきれいにかみそりを当て、頭髪はかなり短くかりこんで、しらがまじりであった。低い額には、目の上のあたりに幾本ものしわがよっており、みけんには立てじわができていた。濃い真っ黒な眉毛も同じようにたてに生えていたが、左右の眉がちょうどくっつきそうな接点のあたりで、ぴんと上にはね上がっているおかげで、あやうくくっつくのをまぬがれていた。この眉の下にある目は深く落ちくぼみ、うす暗い光の中で定かならぬ色をして、ぎらぎら光ってはいたが、どう見ても小さすぎた。その目つきには、何ともぞっとするような不気味なところがあった。おまけに残忍な口元には、大きなあごときているから、何とも兇悪な目つきになっていた。鼻だけは、世間さまなみにいえば、まあ、まともであったが、鼻などに大して期待する向きもいないだろう。この男の顔の凄みはすべて、異常なほどの青白さで、いっそう強められているかのようだった――つまり、彼には一滴の血もないように見えたのだ。
他の三人の外見は、まったく平凡そのものだった。彼らと会っても、すぐに会ったことなど忘れてしまいそうな連中だった。三人とも、いま説明した男より年が若く、この男と、三人の中ではいちばん年かさの、離れた所に立っている者とは互いに、好感情などみじんも持っていないようだった。二人は互いに目を合せるのを避けていた。
「さあ、諸君」と、ろうそくと鍵を持っている男がいった。「万事手落ちはないと確信する。用意はいいかね、ロッサー君」
一人だけ離れて立っていた男がうなずいて、にっこり笑った。
「グロースミスさん、あなたの方は?」
どっしりとした体躯の男はうなずき、眉をしかめた。
「二人とも、どうか上着類をぬいでいただきたい」
すぐに二人は、帽子、上着、チョッキ、ネクタイなどをぬぐと、ドアの外の廊下に放りやった。こんどは、ろうそくを持った男がうなずくと、四番目の男――グロースミスを荷馬車から降りるようにうながした男――が、オーバーのポケットから二本の長い、いかにも人殺しに向いていそうな猟刀を取り出すと、革のさやから抜き取った。
「二本とも、そっくり同じだ」と、彼はいって、決闘の本人であるこの二人にそれぞれ猟刀を渡した――もし見物人がいたら、どんなに鈍い人でも、もうこの時には、この会合の性質がわかろうというものだ。いまや死を賭しての決闘が行われようとしていたのである。
決闘者はそれぞれ猟刀を受け取ると、ろうそくの近くで仔細に調べ、片ひざを上げると猟刀をおしつけて刀と柄の強さをためしてみた。つぎに、二人のからだは、それぞれ相手の介添人によってかわるがわる検査された。
「よろしければ、グロースミスさん」と、ろうそくをかかげている男がいった。「あなたはあそこの隅に位置して頂きましょう」
彼はドアから一番遠い隅を指さした。グロースミスはそこへ引きさがった。彼の介添人は彼と軽く握手して離れたが、それには少しも誠意がこもっていなかった。
ドアに一番近い隅に、ロッサー君が位置を占めた。彼の介添人は何かひそひそ声で打合せをしてから彼のそばを離れると、ドア近くにいるもう一人と一緒になった。その瞬間、ろうそくが不意に消え、すべては深い闇の中にのみこまれた。これは、開いていたドアから吹きこんだすき間風のせいだったのかも知れない。原因が何であれ、結果はぎょっとさせた。
「諸君」と、いった声は、五感の連関作用に影響を及ぼした。この一変した状況の中で異様なほどに冷たく響いた――「二人とも、表の玄関のドアの閉まる音が聞こえるまでは、どうかそのまま動かずにいて下さい」
床をふみ鳴らす音が続き、ついで部屋のドアを閉める音がして、最後に、まるで建物全体をゆり動かすような震動と共に、玄関の扉が閉まった。
その数分後に、いつもより帰りのおくれたある農家の若者が、マーシャルの町へ向かって猛烈な勢いでとばしている、積荷のない荷馬車に出会った。若者の言明によると、前の座席に二人の人物が坐り、そのうしろにもう一人が立っていて、両手で前の二人のこごめた肩をつかんでいたが、その二人はつかんでいる手からのがれようとして、ただいたずらにもがいていたようだった。この人物は、他の二人と違って、白いものを着ていたから、幽霊屋敷のそばを通りかかった際にきっとその馬車に乗りこんだにまちがいない、というのである。
若者は以前にもそのあたりで超自然的現象を見たという、注目に値する経験を自慢できたから、彼のことばは専門家の証言にも当然匹敵するだけの重みを持っていた。彼の話は(つぎの日の事件と関連して)結局、「アドバンス」紙に出たが、ほんの少しばかり文学的な潤色が加えられていたし、また、話に出ている紳士諸君には、その夜の冒険について諸君自身の意見をのべるため紙面を提供してもさしつかえない旨をほのめかして、記事は結んであった。だが、その特権は請求者が現われないため、そのままになってしまった。
二
この「闇の中の決闘」にいたるまでの出来事は、いとも単純だった。ある晩、マーシャル町の三人の青年が、村のホテルのポーチの静かな一角に腰を下ろして、たばこをふかしながら、南部の村の教育のある青年が三人集まれば、おのずと興味を抱きそうなことを議論していた。彼らの名は、キング、サンチャー、ロッサーといった。
少し離れたところに、容易に話し声は聞こえる距離だが、別に話の仲間に加わるわけでもなく、もう一人の男が腰をかけていた。この男は、三人にはまったく見知らぬ他人だった。三人が知っていることといえば、その日の午後、この男が駅馬車で到着して、ホテルの宿帳にロバート・グロースミスという名を書きこんだということだけである。ホテルの番頭以外に、誰とも口をきいたようすはなかった。実際、異常とも思えるくらいに人とつき合わずにいるのが好きらしかった――あるいは、「アドバンス」紙の人事消息欄担当の記者が述べたように、「邪《よこ》しまな連想にどっぷりひたっている」ようでもあった。だが、このよそ者の男に公平を期するため、ここに一言しておくべきだろう。この記者自身が余りにも陽気なたちの男だったから、違った性質を持った人を正しく判断できかねたのであり、おまけに、「インタビュー」を取ろうと努めたのに軽くひじ鉄を食らわされるという目に会っていたからだ。
「ぼくは、女の不具というものはどんなものでもいやだね」と、キングがいった。「生まれつきだろうと、後天的であろうとだ。いかなる肉体上の欠陥も、精神的、道徳的欠陥につながりを持つ、というのがぼくの見解だよ」
「そうすると、鼻の道徳的利点を欠いている婦人は、キング夫人になるための努力たるや、まさに一大難事ということになるだろうと、推論できるね」と、ロッサーがまじめにいった。
「むろん、そんなふうにいいたけりゃ、いってもかまわないさ」と、キングは応じた。「しかし、まじめな話、ぼくは一度、すごくチャーミングな女の子を振ったことがあるんだよ。彼女が足の指を一本切断して、なくしているのをまったく偶然に知ったとたんにだ。ぼくの行為は残酷だといえるかも知れないが、しかしもし彼女と結婚していたら、ぼくは一生みじめな思いをしただろうし、彼女もきっと不幸にしていただろうなあ」
「しかるに」と、サンチャーは屈託なく笑いながらいった。「もっと寛容な意見の紳士と結婚をしたために、彼女は不幸をまぬかれたが、のどをかき切られる運命に会った」
「ああ、ぼくが誰のことをいったかきみは知ってるんだね。そうなんだ、彼女はマントンと結婚したが、しかし、彼が寛容かどうかは、ぼくは知らんよ。確かなことはわからんけど、あいつが彼女ののどをかき切ったのは、彼女には、女におけるあのすてきなもの、右足の中指がないのを知ったからだろう」
「あの野郎を見ろよ!」ロッサーが低い声でいった。その目は見知らぬよそ者に注がれていた。
その男は明らかに、この三人の交している話にじっと聞き耳を立てていたのだ。
「畜生、無礼なまねをしやがって!」キングがこっそりいった。「どうしてくれようか」
「なあに、あんなやつ、わけないさ」ロッサーが答えて、立ち上がった。「失礼だが」と、彼はよそ者に話しかけて続けた。「あんたはベランダの向う端へ席を移した方がよくはないかと思うんですがね。紳士たちのいる所は、どう見てもあんたには場違いだからね」
男はさっと立ち上がるなり、両のこぶしを握りしめ、怒りで顔を真っ青にして、大またに近よってきた。いまや総立ちになった。サンチャーが、あわや一戦を交えそうな二人の間にわって出た。
「きみは軽率で、まちがってるよ」と、彼はロッサーにいった。「この方は、そんなひどいことをいわれるようなことは、何もしてなかったよ」
だが、ロッサーは一言も撤回しようとはしなかった。この地方の当時の慣習によれば、この喧嘩の成行はただ一つしかありえなかった。
「わたしは紳士の体面をけがされた以上、決闘を申しこみますぞ」と、よそ者はいった。もうかなり冷静になっていた。「わたしは、この土地に知り合いがない。それで、多分あなたに」と、彼はサンチャーに会釈して、「この件の介添人をお引き受け頂ければありがたいのですが」
サンチャーはこの依頼された任務を引き受けた――正直いって、いささか気が進まなかったのである。この男の外見や態度がまったく気に入らなかったからだ。
キングの方は、この会談の行われている間、よそ者の顔からほとんど目を離さず、一言も口をきかずにいたが、こくりと一つうなずいて、ロッサーの介添人になることを承知した。かくてその結果、決闘の本人たちが退席してから、決闘はあすの晩行うことに取りきめられた。その取りきめがいかなるものであったかは、すでに明らかにされた通りである。暗い部屋の中でナイフを用いて行う決闘は、今ではもうありそうもないが、当時の南西部の生活では日常茶飯事ともいってもよいものだった。「騎士道」という、何ともうすっぺらなうわべだけの虚飾が、掟の持つ本質的な残酷さをかくしているのだが、その掟に従って、このような果たし合いがありえたのだということは、わかって頂けると思う。
三
真夏の真昼の、ぎらぎら燃えるような日盛りでは、古いマントン屋敷もその伝説にふさわしい真実味はうすらいで見えた。いかにも地上的、世俗的だった。日光はここにまつわるいまわしいうわさなど全く無視して、温く、やさしく愛撫するように屋敷をつつんでいた。屋敷の前庭を一面みどり色にしている芝生は、ぼうぼうとはびこるのではなくて、自然な、うれしそうな活気にみちあふれて伸びているように見え、雑草は、雑草らしからぬ草花のように花を咲かせていた。魅惑的な光と影にみちあふれ、快い声をした鳥たちもいっぱいいて、手入れもされないままの日よけの木々ももはや逃げ出そうともがくことなく、いっぱいの日光と鳥の歌声のもとにうやうやしく頭《こうべ》をたれていた。ガラスのない二階の窓の中にさえ、さしこむ光のおかげで、平和な満ちたりた表情があった。石だらけの野原一面に、超自然の怪異にはつきものの重苦しさとはおよそ反対に、熱気が目に見えて活撥にゆらめいて踊っていた。
アダムズ保安官と他の二人の男がこの屋敷を見にマーシャルから出向いてやってきた時、屋敷はいまのべたような光景を呈していたのである。他の二人のうち、一人は保安官代理のキング氏であり、も一人は名前をブルアーといって、故マントン夫人の兄であった。不動産に関する州のありがたい法律によって、現住所が確かめようのない持主が一定期間放棄したばあい、保安官がマントン農場とそれに付随する付属物の法定管理人になっていた。保安官がここにやってきたのは、ブルアー氏が死んだ妹の相続人として、この不動産を手に入れるため訴訟中の法廷の命令があったので、役目がらそれに従っただけのことである。この訪問が、あのキング保安官代理がまったく違う別の目的でこの屋敷の扉の鍵をあけた夜のつぎの日に行なわれたというのは、ただの偶然にすぎない。キング保安官代理がいままたここにきたのは、自分から進んでやったことではない。上司についてくるように命令されたからであり、いかにも機敏に命令に従うように見せかけるのが、何にもまして賢明だということ以外、他には即座に思いつかなかったからである。
保安官が無造作に玄関の扉を開けると、驚いたことに鍵がかかっていなかったし、扉が開いたその廊下の床に、男の服が乱暴につみかさねられているのを見て、あっけに取られた。調べてみると、二個の帽子、同じ数の上衣、チョッキ、ネクタイなどから成っていて、どれもすべて驚くほど良好な状態に保存されていることがわかったが、そうはいっても、ほこりの中におかれていたのでいささかよごれてはいた。ブルアー氏も同様に仰天した。しかし、キング氏の感情については不明である。
保安官としてのおのれの活動に新たな興味をかきたてられて、彼は右手のドアの掛け金をはずして押し開けると、三人は中に入った。部屋の中は見たところ空っぽだった――いや、違う。目がうす明かりになれるにつれ、一番おくの壁のすみに何かが見えてきた。それは人の姿だった――すみっこにぴったりとうずくまっている人の姿だ。その姿勢の何かただならぬ気配が、この部屋の敷居をまたぐとほとんど同時に三人の侵入者の足をひき止めた。人の姿はしだいにはっきりと見えてきた。その男は片ひざをつき、背は壁のすみにおしこむようにして、両肩は耳のあたりまでいからせ、両手は顔の前に出し、手のひらを外に向け、指を開いて、かぎのようにまげていた。首をすくめて、上を向いている青白い顔には、名状しがたい恐怖の表情が現われ、口はなかば開き、信じられないほど大きく目をむいていた。彼は完全に死んでいた。しかも、明らかに彼の手から落ちたと思える猟刀の他は、部屋の中には何一つなかった。
床につもった厚いほこりには、ドアの近くと、ドアのある壁ぎわとに入り乱れたいくつかの足跡がついていた。隣接している側面の壁の一方に沿って、板を打ちつけた窓ぎわを通って、部屋のすみにたどりつこうとして、この男自身がつけた引きずった足跡がついていた。本能的に死体に近づきながら、三人はその引きずった足跡をたどった。保安官は突き出している腕の片方をつかんだ。それはまるで鉄のように硬直していた。そっと力を加えると、手足の位置を少しも変えずに全身がぐらりと動いた。興奮で真っ青になっていたブルアーは、死人の引きつった顔をじっと見つめた。「なんてことだ!」彼は突然叫んだ。「これはマントンだぞ!」
「その通りです」と、キングは明らかに冷静になろうとしながらいった。「わたしはマントンを知ってました。当時はあごひげをいっぱい生やして、髪も長くしてたですが、これはあいつですよ」
彼はこうつけ加えることもできたろう。「こいつがロッサーに決闘を申しこんだ時、わたしにはマントンだとわかったんです。われわれがあのひどいいたずらをこいつにしかける前に、わたしはロッサーとサンチャーに、そいつが何者か話してやったんです。ロッサーがわれわれのすぐあとから、この暗い部屋を出た時に、興奮していたもんで上衣などを忘れてきて、シャツ姿のままで一緒に馬車に乗って逃げ出したんですよ――どうも不評をこうむるようなふるまいをやりながら、じつは初めから何者か承知の上で相手にしてたんですよ、そいつが人殺しで、卑怯者だとね!」
だが、こんなことは一言も、キング氏はいわなかった。二人よりも事情を知っているだけに、彼はこの男の死の謎を見抜こうと試みた。この男が定められた位置のすみから一度も動いていなかったこと。この男の姿勢は攻撃でもなければ、防御でもないそれであること。この男が武器を取り落としていること。この男は明らかに何かを見て、その完全な恐怖のために絶命していること――こういうことは、キング氏の取り乱している知性では正しく理解できない情況であった。
迷路のように思い迷う疑念に手がかりをつかもうと、知性の暗中模索をやりながら、重大事に思いなやむ人がやるように思わず知らず視線が下に落ちた時、そこに、昼間の光の中に、生きている人間仲間が一緒にいるというのに、恐怖でぞっとなるようなものが目にとまった。床に厚くつもった何年間ものほこりの中に――三人が入ってきた戸口から、まっすぐに部屋を横切って、うずくまっているマントンの死体の一ヤードたらずのところまで続いて――三つの平行した足跡の線があったのだ。素足の軽いが、はっきりとした足跡だった。外側の二つの線は小さな子供たちの足跡で、真ん中は女のものだ。それらの足跡が終っているところから引き返したようすはなかった。それらは全部一つの方向だけをさしていた。ブルアーも同時にその足跡に気づくと、恐ろしいほど青ざめ、無我夢中といった恰好で前かがみになっていた。
「あれを見給え!」と、彼は叫んで、両手で一番近くの女の右足の跡をさし示した。その場所で、女は明らかに立ちどまり、突っ立っていたらしい。「中指がない――これはガートルードだ!」
ガートルードというのは、ブルアー氏の妹、つまり故マントン夫人であった。
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ジョン・モートンソンの葬式
この物語の草稿は、故リー・ビアスの書類の中から発見された。書き写す際にこの作者自身がしたであろうと思われる訂正だけを加えて、ここに印刷したものである。
ジョン・モートンソンは死んだ。「『人間』という悲劇」〔エドガー・アラン・ポーの詩句〕における彼の科白《せりふ》はすべて語りおわって、彼は舞台を去ったのである。
遺体は一枚のガラスをはめこんだ、見事なマホガニー材の棺に安置されていた。葬儀は用意万端手ぬかりなく配慮されていたから、もし故人がこのことを知れば、疑いもなく満足の意を示したことであろう。その顔は、ガラスの下に見えていたのであるが、眺めやっても少しも不快ではなかった。かすかな笑みを浮かべていたし、臨終は少しも苦痛をともなわなかったので、葬儀屋が直せないほどにゆがんでもいなかった。
午後の二時に、友人たちが、もう友人も敬意も必要としなくなった故人へ、最後の敬意をささげるために集まることになっていた。遺族の者たちがめいめい数分おきに棺にあゆみより、ガラスの下にあるおだやかな顔の上でむせび泣いた。このようなことは、彼らに無益でもあれば、ジョン・モートンソンにとっても何の甲斐もないことだった。しかし、死を前にすると、理性も哲学も沈黙してしまうのである。
二時が近づくにつれ、友人たちが到着し始めて、このような場合の礼儀作法に従って、悲しみに打ちひしがれた親族の者たちに型通りの慰めのことばをのべてから、葬儀の式次第における自分の重要さをいやが上にも意識して、厳粛なおももちで部屋のあちこちに腰を下ろした。
やがて、牧師がやってきた。すると、この威風あたりを払う牧師を前にすると、友人たちも影がうすくなってしまった。牧師の入場に続いて、未亡人が入ってくると、その悲嘆の情は部屋にみちあふれた。彼女は棺にあゆみより、その顔をつめたいガラスにつとおしあててから、静かに娘の近くの席にみちびかれていった。哀悼の情をこめ、しめやかに、牧師は死者の頌徳《しょうとく》の辞を始めた。その悲しみにみちた声は、陰気な海の波の音のように、あるいは高く、あるいは低く、来たりては、また去るかのように嗚咽とまじり、嗚咽はさらに嗚咽をさそっていつまでも続けていくのをその目的としていた。
牧師のことばが続いているあいだ、陰鬱な日はいっそう暗くなってきた。幕《とば》りのごとき雲は低く空にたれこめ、ぽつりぽつりと雨の降り出す音が聞こえてきた。天地さえもがジョン・モートンソンのために泣き悲しんでいるかのように思えた。
牧師が祈りをもって頌徳をおえると、讃美歌が歌われ、棺につきそっていく人々が棺台のわきにそれぞれ立った。賛美歌の最後のひびきが消え去っていくと、未亡人が棺のそばにかけよるなり、身を投げかけて、ヒステリックに嗚咽した。しかし、説得に負けて、しだいに落ちつきを取り戻した。そして、牧師につれられて立ち去りながら、彼女の目はガラスの下にある故人の顔に引きつけられた。彼女は両腕を上げたかと思うと、悲鳴を上げ、あお向けに倒れた。
会葬者が棺にかけより、友人たちがそれに続いた。と、炉棚の上の時計が壮重に三時を打つと、みなは今は亡きジョン・モートンソンの顔をじっと見つめた。
彼らは吐き気をもよおし、気が遠くなりそうになって顔をそむけた。一人の男が恐怖にかられ、恐ろしい光景から逃げ出そうとして、よろけた拍子にどすんと棺にぶつかったため、華奢な棺台の足が一本外れた。棺が床に落ち、その衝撃でガラスがこなごなに割れた。
ガラスがなくなった棺のあなから、ジョン・モートンソンの飼っていた猫がはい出してきて、ものうげに床に跳び下りると、そこに坐って、血のように真っ赤な鼻づらを前足でゆうゆうとぬぐい、やおら威厳をつくろって部屋から出ていった。
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非現実の世界
一
オーバーンとニューカースル間の道のりの一部は、道路が――はじめは川の一方の側を、やがて反対側を走っているのだが――ある個所はけわしい山腹を切り開き、またある個所は金鉱探しが川床から取りのけた丸石で築き上げたといったぐあいで、谷底の全長に及んでいる。山々は森におおわれ、谷川はまがりくねっている。闇夜などは、谷川に落ちこまぬよう、気をつけて馬車を駆らなければならない。
忘れもしないその夜は暗く、ついさきごろの嵐のために増水し、谷川は激流になっていた。私はニューカースルから馬車を駆って、オーバーンから一マイルたらずの、峡谷のもっとも暗く、もっとも狭いところにさしかかると、道筋を見失うまいとして、馬の前方を一心に見やっていた。突然、一人の男が馬の鼻先近くに見えたので、ぐいと力まかせに手綱を引いたため、あやうく馬にしりもちをつかせるところだった。
「すみません。見えなかったもんですから」と、私はいった。
「まさかこんなところで人間に出食わすとは思われなかったでしょうからね」と、男はていねいに答え、馬車の横に近よってきた。「それに、わたしの方も、この川の騒々しい音で馬車の近づいてくるのが聞こえなかったもんですから」
その声で、私にはすぐに誰だかわかった。といっても、五年ぶりにその声を耳にしたのである。その声にいま接したからといって、格別うれしかったわけではない。
「ドリモア博士じゃありませんか」と、私はいった。
「そうです。そして、あなたはわが親友のマンリッチ君ですね。いやあ、あんたに会えて、こんなうれしいことはない――この上なくうれしい」彼はちょっと笑って、いいそえた。「というのも、じつはわたしもあんたと同じ方向にいくところなもんでね。で、当然、一緒に乗っていかないかと、おさそい頂けるでしょうな」
「それはもう心から喜んでいたしますとも」
これはいささかうそだった。
ドリモア博士は私の横に腰をかけると、礼をいった。私は相変わらず用心しながら、馬車を進めた。もちろん、これは気のせいだが、残りの道のりは冷たい霧の中を進んでいったこと、私はどうにも不愉快なくらい寒かったこと、道がかつてないほど遠かったこと、そして、着いてみると、町が陰気くさく、不気味で、荒涼としていたこと、今になってみると、そのように思えてならないのだ。たしか夕暮れ早くだったと思うのだが、どの家にも明り一つなく、通りには生きものの影一つなかったと記憶する。
ドリモアは、どうして自分があんな所にいたのか、私と前に会って以来すぎ去った数年間どこにいたのか、かなり長々と説明した。そんな話を聞いたことはおぼえているが、話の内容は何一つおぼえていない。彼はあちこち外国で暮らしていて、帰ってきた――ということしか、私の記憶には残っていないし、そんなことなら、すでに私は知っていたのである。
では、私自身はどうだったかといえば、むろん、口を利いたのだろうが、一言でもしゃべったとは思い出せないのだ。たった一つだけ、はっきりとわかっていることがある。自分の横にその男がいるということが、異様なくらいにいやでたまらず、不安だったということだ――とてもがまんできないくらいだったから、やっと、パトナム館の明りの下に馬車を止めた時には、一種異様な不気味さをおびた精神的危難からやっとぬけ出せたという感じを味わった。この助かったという安心感も、ドリモア博士が同じホテルに泊っているとわかって、いささか薄らいでしまった。
二
ドリモア博士についての私の感情を多少とも説明しておくために、数年前に彼と会った時の事情を手短かにのべておこう。ある晩のこと、私はサンフランシスコのボヘミアン・クラブの読書室で五、六人の人と一緒にいた。手品師の奇術や芸当のことが話題に上っていたのだが、ちょうどそのころ、土地の劇場である手品師が公演をしていたからである。
「ああいう連中は、二重の意味でいかさま師だよ」と、一座の一人がいった。「こいつはまんまとだまされたといえるようなことは何一つできないんだからね。どんなつまらないインドの大道手品師だって、気が変になったんじゃないかと思うほど、あいつらを煙にまくくらいのことはやれるだろうな」
「たとえば、どんな風にだね」別の男が葉巻に火をつけながらきいた。
「たとえば、彼らのごく平凡な、ありふれた芸を使ってだよ――大きな物を宙に放り上げて、それっきり落ちてこないとか、見物人に選ばせた何もない地面に、植物が芽を出し、みるみるうちに伸びて、花を咲かせるとか、やなぎ細工のかごに人間を入れて、剣でなんども突きさすと、中の人間は悲鳴を上げて血を出す。ところがだ――かごを開けると、中には何もない。絹のなわばしごのとめてない方の端を宙に放り上げて、それを昇っていって、姿が消えてしまうとかだよ」
「ばかな!」いささか無作法だったかも知れないが、私はいった。「そんなことを本気で信じてるんじゃないだろうね」
「むろん、信じてやしないさ。いやというほど何回も見てきたからね」
「しかし、ぼくは信じるよ」と、独創的な文章を書く報道家として、地元ではかなりな名声のあるジャーナリストがいった。「ぼくはもう何度となく彼らのことを書いてきたから、この目で見る以外何ものもぼくの確信をゆるがすことはできないね。そうさ、諸君、ぼくは保証してもいいよ」
誰も笑わなかった――みんな、私のうしろの何かを見やっていたからだ。坐ったままふり向くと、ちょうど部屋にはいってきた夜会服の男が目についた。浅黒いといってもいいほどばかに黒く、やせこけた顔に、唇まで真っ黒いあごひげを生やし、やや乱れてはいるが真っ黒な、あらい頭髪をし、鼻は高く、目はコブラの目そっくりの冷血な表情を浮かべてきらきら輝いていた。一座の一人が立ち上がって、カルカッタのドリモア博士だと紹介した。われわれの一人一人が順に紹介されると、彼は東洋風に、といっても、東洋風の重々しさは少しもなかったが、ふかぶかとおじぎをして、一々あいさつした。彼の微笑はどうも冷笑的で、いささか軽蔑的という印象を受けた。全体の物腰は、気味がわるいほど愛想がいいとしかいいようがないのだ。
彼が加わったので、話題は他の方へ移っていった。彼はほとんど口を利かなかった――何をいったか、まるっきり記憶がないのだ。ただその声は異様なほど豊かで、快い響きをもっていると思ったが、その目は微笑と同じような印象を与えた。数分して、私は帰ろうとして立ち上がった。彼も立ち上がって、オーバーを着た。
「マンリッチさん」彼はいった。「わたしもあなたと同じ方にまいります」
「こん畜生め! ぼくがどっちへいくか、どうしてわかるんだ」と、私は思ったが、口ではこういった。「そりゃどうも、ご一緒できて、うれしいです」
私たちは一緒に建物を出た。辻馬車は一台も見当らず、市電はもうおわってしまっていた。空には満月がかかり、つめたい夜気が快かった。私たちはカリフォルニア通りの高台を上っていった。私はこの男が当然別の方角に、ホテルの建ちならんでいる方へいきたいのだろうと思って、私はその方角へいった。
「あなたは、インド人の手品師についての話は信じておいでじゃないですな」
「どうしてそれがわかるのですか」
それには答えず、彼は片手を軽く私の腕にかけると、もう一方の手で、すぐ前方の石の歩道を指さした。そこに、ほとんど私たちのすぐ足もとに、男の死体がころがっていた。顔はあお向けに、月光をあびて青白かった! 宝石できらきら光るつかをした剣が、胸にまっすぐ突きささっていた。歩道の石だたみには、血だまりができていた。
私は仰天し、ぞっとふるえ上がった――目の前に見えているもののためだけではなくて、それを見た時の情況のせいもあった。坂道を登っているあいだ、幾度となくわたしの目は、通りをつぎつぎに、その歩道は端から端までずっと見通していたと思った。だから、明かるい月光をあびて、こんなにも目立つこの恐ろしいものに気づかなかったことなど、どうしてありえようか。
気が遠くなったようにぼんやりとなっていた頭がやっとはっきりした時、その死体が夜会服を着ているのに気がついた。オーバーの前が大きく開けられて、燕尾服、白のちょうネクタイ、剣が突きささっているワイシャツの|いか《ヽヽ》胸が見えていた。そして――なんという恐ろしいことだ!――青白い点だけは違っていたが、その顔は、私のつれの顔ではないか! それは服装から容貌にいたるまで寸分たがわずドリモア博士その人だった。
きつねにつままれたような思いで、こわくもなって、私はふり返って、生きている本人を探した。どこにも姿が見えないのだ。ますます恐しくなって、その場所から離れて、もときた方角へ坂道を下りかけた。ほんの五、六歩もいった時、肩をむんずとつかまれて押し止められた。私は恐怖であやうく叫び声を上げそうになった。あの死人が、剣を胸に突きさしたまま、私の横に立っているではないか! 彼はもう一方の手で剣をぬき取ると、投げ飛ばした。月光が、そのつかの宝石や、血のしみ一つない鋼鉄の刃に当ってきらめいた。剣は前方の歩道に音を立てて落ちた。と、思うと、消えてなくなった!
前と同じに浅黒い色をした男は、私の肩をつかんでいた手をゆるめると、最初会った時に気づいたのとまったく同じ、あの冷笑的な目で私を見ていた。死人なら、そんな目つきはしないものだ――それでいくらか元気を取り戻した。そして、頭をめぐらしてうしろを見やると、通りの端から端まで何ものもなく、坦々と白い歩道が続いているのが見えた。
「この野郎め、このふざけたまねは何だ!」と、私はえらい剣幕でつめよった。といっても、手足の力はぬけ、ふるえてはいたが。
「これがつまり、一部の人々がおもしろがって奇術と呼んでいるものですよ」と、彼は答えて、耳ざわりな声でちょっと笑った。
彼は横のデュポン通りの方へそれていった。それきり、オーバーン峡谷で出会うまで、彼を見かけなかったのだ。
三
ドリモア博士と二度目に会ったつぎの日は、彼を見かけなかった。パトナム館のフロント係は、博士は少し体具合が悪くて、部屋に閉じこもっていると話してくれた。その日の午後、駅にまったく思いもかけず、マーガレット・コーレイ嬢と、そのお母さんとがオークランドから到着したのに、私は驚くと同時に、すっかりうれしくなった。
これは恋物語ではないし、私は物語作家でもない。それにまた、人間を卑しめる暴論に支配され、奴隷化されている文学などでは、あるがままの恋など描き出せるわけがない。若き子女の夢もしぼむ圧政の下では――というより、子女の幸福の保護監督にみずからを任じてきた、あのまやかしの非難譴責の長官の支配下では――恋は
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乙女の清らな炎を覆いかくし
知らぬ間に、操正しき行いも失せる〔イギリスの詩人ポープの詩句〕
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しとやかなふりをした当てがいぶちの厳選した食事と蒸溜水ばかりを食べて、餓死してしまうのが落ちである。
ここでは、コーレイ嬢と私とは婚約しているとだけいっておこう。彼女とお母さんとは私が泊っているホテルへ投宿した。それから二週間、私は毎日のように彼女と会っていた。私がどんなに楽しかったか、いうまでもなかろう。その素晴しい日々を申し分なく楽しむただ一つの障害は、ドリモア博士の存在であった。二人のご婦人にいやでも紹介せざるをえないと感じていたからだ。
二人は明らかに博士に好感を抱いたらしい。さりとて、この私に何がいえようか。彼の不名誉になるようなことは、まったく何一つ知らなかった。彼の態度は、教養もあり、思いやりもある紳士の態度であった。女にとっては、男の示す態度一つで、人間の評価がきまるのである。一、二度、コーレイ嬢が彼と一緒に歩いているのを見た時、私は猛烈に腹が立ち、一度は無分別にもなじりさえした。理由をきかれたが、これという理由もなかったので、嫉妬にかられて、とりとめもない妄想を考えたのだといわんばかりに、彼女の表情にちらりと軽蔑のかげが浮かんだのを見たような気がした。やがて、私はしだいにふさぎこんで、自分でもわかるほど不愉快になってきた。あげく、狂気の沙汰というか、つぎの日にサンフランシスコに帰ろうと決心した。だが、このことについては、一言も口には出さなかった。
四
オーバーンには、捨てて顧みられない古い共同墓地があった。それは町のほぼ中心にあったが、それでも夜には、どんなに陰鬱な気分になっても訪れてみたくなるとも思えないほど不気味な場所だった。墓地の各区画のまわりにめぐらした手すりは落ちて腐るか、まったくなくなってしまっていた。墓地の多くは落ちくぼんでいた。また、中には、松の木がたくましく伸び、その根は遺体を傷つけるという、口にするのも恐ろしい罪を犯しているのもあった。墓石は横だおしに倒れ、こわれていた。いばらが地面いっぱいにはびこり、柵はほとんどなくなっていた。そして、牛や豚が勝手気ままにうろつきまわっていた。まさにここは、生者にとっては不名誉、死者に対する誹謗、神に対する冒涜の場所だったのである。
腹立ちまぎれに、私にとってはすべてがいとおしかったこの町から去ろうという気違いじみた決心をした。その日の晩、私は自分の気分にぴったりしたその場所にいつの間にかきていた。半月が朦朧と木々の葉むらごしに点々とまだらに光を投げかけ、みにくい多くのもののすがたをさらけ出していた。そして、黒々とした影は、適当な時がくるまで、いっそう暗い重大事をあばき出すのをさしひかえる陰謀をたくらんでいるかのように見えた。かつては砂利道だったところを通っていると、暗い影からドリモア博士の姿が出てくるのが見えた。私自身は影の中にいたので、じっと突っ立ったまま、両のこぶしをにぎりしめ、歯を食いしばって、彼にとびかかり、首をしめ上げてやりたい衝動を抑えようとしていた。一瞬後、もう一つの人影が彼のそばにいき、その腕に取りすがった。それは、マーガレット・コーレイだったのだ!
何が起こったか、私は正確に語れない。殺してやろうと決心し、自分が跳び出していったのは知っている。夜の明けそめるころ、打撲傷を負い、血まみれになり、のどには指の跡をつけられたありさまで自分が発見されたのも知っている。パトナム館にかつぎこまれ、何日間だか、うわごとを口走って寝こんでいた。それだけのことは知っている。そう聞かされたからだ。それから自分でわかっていることは、徐々に快方に向かって意識を取り戻した時、ホテルのフロント係りを呼んでもらった時のことだ。
「コーレイ夫人とお嬢さんは、まだ泊っていらっしゃるかい?」
「お名前は、なんておっしゃいました」
「コーレイだよ」
「そういうお名前の方は、どなたもお泊りになったことはございません」
「たのむから、ぼくをからかわんでくれよ」と、私はむしゃくしゃしていった。「この通り、ぼくはもう大丈夫なんだから。本当のことを教えてもらいたいね」
「誓って申し上げますが」と、彼は明らかに誠意をもって答えていた。「そういうお名前のお客さまは、どなたもお泊りになったことはございません」
その言葉に、私は呆然となった。しばらくは口もきけずにいたが、やがてきいた。「ドリモア博士は、いまどこにいる?」
「あの方は、あなたとの争いがありました朝に、お立ちになりまして、それっきり何の消息もございません。あなたにずいぶんひどいことをされたものでございますね」
五
この事件の事実は、こうである。マーガレット・コーレイは、今は私の妻になっている。彼女はオーバーンの町など一度も見たことさえないのだ。そして、私の脳裡に浮かぶままに物語ろうと努めてきた経過の数週間のあいだ、彼女はオークランドのわが家にいて、自分の恋人はどこにいるのだろう、どうして便りをくれないのだろうと思っていたというのだ。つい先日、私はボルチモア「サン」新聞で、つぎのような記事を見た。
「催眠術師ヴァレンタイン・ドリモア教授は、昨夜、大勢の聴衆を集めた。生涯の大部分をインドで過ごしてきたこの講師は、みずから進んで実験に供した人をことごとく、ただその人をみつめるだけで催眠術にかけるという、まことに驚嘆すべき力を披露してみせた。事実、彼は二度にわたって全聴衆(新聞記者たちは除いて)に催眠術をかけ、全員にこの上もない突飛な幻想を抱かせた。講演の中でもっとも貴重な点は、旅行者たちの話ではすでにおなじみの、あのインド人の奇術師たちの有名な芸の方法の公開であった。
教授の言明によると、これらの魔術師たちは――博士は彼らに師事してその術を学んだのである――ただ単に観客を催眠状態に投げこみ、何を見、何を聞くかを観客に告げるだけで奇跡を演じて見せるだけの技を習得しているのだという。特に催眠術にかかりやすい被術者は、術者がときどき暗示する、どんな幻想、幻覚にも支配されて、非現実の世界に、何週間でも、何か月間でも、いな、何年間でもとどまらせておけると、博士は断言しているが、これはいささかおだやかでない話である」
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ジョン・バータインの懐中時計
――ある医師の話
「正確な時間かね? やれやれ! なあ、きみ、どうしてそうしつこくきくんだね。人が思うかも知れんぞ――いや、ま、そんなことはどうだっていい。まあ、寝床に入るころじゃないのかな――その辺のとこでも、まだ不服かね。まあ、いいさ。どうしても時計を合せなくちゃならんというなら、ぼくのを取って、自分でたしかめるがいい」
そういいながら、彼は自分の懐中時計――もの凄く重い、古風な時計だった――を鎖から外すと、わたしに渡した。それから背を向けると、部屋の向こうの書棚のそばへあゆみよって、書物の背を一々調べるように眺めはじめた。彼の動揺と、ありありとわかる困惑ぶりに、わたしは驚いた。そんなことになる理由など何もないように思えたからだ。私は自分の時計をきちんと彼のに合せると、彼が立っているところまであゆみよって「ありがとう」といった。
彼がその時計を受け取って、ふたたび鎖につけている時、わたしはその手元がふるえているのに気がついた。わたしは自分でも大いに誇りにしているとっさの気転を働かせ、さりげなく食器棚のそばへぶらりと近よると、水割のブランデーを少しばかり飲んだ。それから、自分のうかつさをわびてから、彼にも飲まないかとすすめて、われわれのいつもの習慣どおりに、彼に自分でつがせることにして、わたしは暖炉にそばのいすに戻った。彼は自分でつぐと、いつものように落ち着いて、炉端のわたしと一緒になった。
この奇妙な、ささいな出来事は、ジョン・バータインが一夕を過ごしにきていたわたしのアパートメントで起こったのである。われわれはクラブで夕食を共にしてから、辻馬車で帰ってきた――要するに、万事平凡至極にすましてきたというわけだ。だから、ごく自然な、このきまりきった物事の順序を、なぜジョン・バータインが急に押し破るようにして、感情もあらわに自分を人目にさらしているのか、どうやら自分だけで考えごとに耽っているためらしくもあったが、わたしにはとんと合点がいかなかった。そのことについて考えれば考えるほど、彼の素晴らしい話術の才が、上の空のわたしの気も引かずに発揮されているうちに、ますますわたしの好奇心はつのる一方であった。この好奇心も友人としての気づかいからだと、自分自身にいいきかせるには何の造作もなかったのはいうまでもない。好奇心というやつは、恨みを避けるために、いつもこんな偽装をするものである。そこで、わたしはろくに聞いてもいなかった彼の独白の、いともりっぱな名文句をいきなり途中でさえぎってぶちこわした。
「なあ、ジョン・バータイン、もしぼくが間違っていたら、許してもらわねばならんが、しかし、目下ぼくが抱いている見解からいうと、夜の時刻をきかれたからといって、そんないらいらする権利はどうもみとめるわけにはいかんなあ。自分で自分の時計をまともに見るのをしぶっているというその不可解さ、ぼくが目の前にいながら、何の説明もなしに、いかにも苦しげな感情を自分の胸にだけたたんで、ぼくに打ち明けようともせずに、ぼくには何のかかわりもないというのは、どう考えたって正しいとは思えないね」
このいささか筋の通らぬ長広舌に対して、バータインはすぐには返事をせず、ひどく気難しい顔をして暖炉の火をじっと眺めやっていた。もしや彼の気持を傷つけたのではないかと恐れ、彼にあやまって、もうそんなことは考えないでほしいとたのもうかとしかけた時、彼はおだやかにわたしの目をみつめるようにして、こういった。
「ねえ、きみ。きみがいくらそんな軽薄な言いかたをしたからって、きみの要求のひどい厚かましさをはぐらかすことには必ずしもならないよ。だけど、幸いにも、きみが知りたがっていることを打ち明けようと、ぼくはすでに決心をしたからね。だから、自分はそんな話を聞くに価しない人間だと、いまさらきみが表明したって、もうぼくの決心を変えるわけにはいかんよ。どうか一つ身を入れて聞いてほしいんだ。そしたら事情をすべて話してあげよう。
この時計はね、ぼくの手に渡るまでには三代にわたって、わが家に伝わってきたんだ。この最初の持ち主は、その人のためにこの時計は作られたのだが、ぼくの曾祖父にあたるブラムウェル・オルコット・バータインという人で、植民地時代のバージニアの裕福な農園主だった。そして、夜の目も寝ずにワシントン氏〔米国初代大統領ジョージ・ワシントンのこと〕の首をねらって、新手《あらて》の呪いを考え出そうと頭をしぼっていたというほどの忠誠なイギリス王党派だったし、国王ジョージを援助し、支持する新たな方法に知恵をしぼっていたんだ。
ある日、このりっぱな紳士は、おのれの大義名分のために、ある極めて重要な任務を果たすという甚だ不運なことになったのだが、その任務によって不利益をこうむる連中から見れば、それは不当とは考えられない任務だった。それが何であったか、いまはどうでもいいことだが、しかし、その任務がもたらしたささいな結果の中に、この優れたぼくの先祖が、ある夜、ワシントン氏の指揮下にある反逆者どもの一味によって自宅で逮捕されるという事件もあったのだ。泣き悲しむ家族の者に別れのことばを告げることだけは許されて、やがて彼は闇の中に引き立てられていき、それきり彼の姿は永久に闇の中にのみこまれてしまった。彼の運命については、どんなささいな手がかりも見つからなかった。独立戦争がおわった後も、どんなに根気よく調べても、多額の賞金を出しても、彼を逮捕した一味の誰ひとりもわからなければ、失踪に関するどんな事実も明らかにできなかった。彼は姿を消してしまった、ということしかわからないのだ」
バータインのことばには何のおかしなふしもなかったが、彼の態度には何かしらおかしなとこが――それが何だか、わたしにもよくわからなかったが――あったので、わたしはこらえきれずにきいた。
「そのことについての、きみの見解はどうなのだ――つまり、ことの正しさについての見解だが」
「そのことについてのぼくの見解は」と、彼は真っ赤になって怒り出し、にぎりこぶしをかためて、さながら居酒屋でごろつき相手にさいころばくちでもやっていたかのように、テーブルをがんとひっぱたいた。「それについてのぼくの見解はこうだ。それこそまさに、あのくそいまいましい裏切者のワシントンと、やつの部下のろくでなしの反逆者どもがいかにもやりそうな卑劣きわまる暗殺にきまっているさ!」
しばらく言葉は続かなかった。バータインは平静を取り戻そうとしていた。わたしはじっと待ってから、こういった。
「それだけかね」
「いいや――話はまだある。曾祖父が逮捕されてから数週間して、自宅の玄関のポーチに、彼の時計がおいてあるのが見つかったんだ。時計は、ルパート・バータインという名前が書いてある一枚の便箋につつんであったが、その名前は曾祖父の一人息子、つまり、ぼくの祖父のだよ。その時計を、いま、ぼくが身につけているのさ」
バータインは一呼吸入れた。彼のいつも不安そうな目は、じっと暖炉を見つめていた。真赤に燃えている石炭の火が、その両の目に赤い光の点になって映っていた。彼はわたしのことなど、まるっきり忘れてしまっているかのように見えた。窓の外で、突然、木の枝がぶつかり合う音がしたと思うと、ほとんど同時に窓ガラスをぱたぱたと打ちたたく雨の音が起こり、彼もはっとわれに返って、周囲のようすに気がついた。一陣の突風を先ぶれにして、嵐が起こったのだ。たちまちのうちに舗道をたたくはげしい雨足のしぶきが、はっきりと聞こえてきた。なぜこんなことを話しているのか、自分でもわけがわからない。何となくある深い意味と、いかにもこの場にふさわしい関連があるように思えたのだが、今となってはそれを確かめるすべもない。だが、少くとも嵐は真剣さ、いや、むしろ厳粛な要素をつけ加えたことだけはまちがいない。バータインは再び続けた。
「ぼくは、この時計に対して一種独特の感情を抱いているんだ――いわば愛着といってもいいね。これをいつも身につけていたいと思うんだが、一つには重いため、いま一つは、これから説明する理由のために、めったに持ち歩かないのだよ。その理由というのはこうだ。この時計を身につけていると毎晩、時間を知りたい理由など何も考えられないのに、時計の蓋をあけて時間を確かめてみたいという、わけのわからぬ気持ちになってくるのだ。だが、もしその気持ちに負ければ、文字盤に目を落としたとたんに、何とも得体の知れぬ不安感――災難がさし迫っているという感じでいっぱいになるのだ。そして、この感じは、十一時に近づくにつれて、ますます耐えがたくなってくるのだ――実際の時間がどうであろうと、とにかくこの時計で十一時という時刻だよ。時計の針が十一時をさしてから後は、見たいという気持ちは消えてしまって、まったく関心がなくなってしまうんだよ。そうなると、何度でも好きなだけこの時計で時間を確かめられるんだ、ちょうど、きみが自分の時計を見ても別に何の感情も抱かないのと同じさ。自然と、ぼくは夜の十一時前にはこの時計を見ないように、自分を訓練してしまった。だから、どんなことがあっても、時計を見る気にはならないね。だけど、今晩のきみのしつこさには、いささか調子が狂ったね。まるでアヘン吸飲者が、ふとしたはずみや忠告で、かえってあの一種独特のアヘンの魔窟へいってみたい願望がぶり返したら、そんな気持ちがするのじゃないかという思いに大いに駆られたな。
さあ、以上がぼくの話のすべてだ。ぼくがこんな話をしたのも、きみのくだらない科学のためになるかと思ってやったんだ。しかし今後、いついかなる晩でも、もしぼくがこのいまいましい時計を身につけているのを見て、時間をきいてやろうという思いやりを働かせでもしたら、きみはなぐり倒される不都合な目に会うかも知れないよ。あらかじめそのお許しを願っておこうかな」
彼の冗談は、少しもおかしくなかった。こういう妄想を話しているうちにも、またもや彼が何となくそわそわしてきたのに私は気がついた。語りおわった時に浮かべた彼の微笑はどう見ても不気味だったし、目にはいつものあの不安以上のただならぬ気配が再び現われていた。視線はこれという理由もないのに、部屋の中をあちこち見まわすように落ちつきがなかった。私の気のせいか、痴呆症患者に時おり見られるような、気違いじみた表情さえおびていた。おそらくこれは私だけの想像かも知れないが、とにかくこの友人は、ひどく変わった興味ぶかい偏執狂にかかっている、という確信を今は抱かざるをえなかった。友人としての彼の身を気づかう私の情には少しも変わりはなかったと信じるのだが、有益な研究の可能性に富む患者として、彼を眺めるようになった。
そう見ても当然ではあるまいか。科学のためだといって、彼は自分の妄想を説明したのではないか。ああ、何とも気の毒なことだが、彼の想像以上にそれは科学のために役立っていたのである。してくれた話だけではなく、彼自身も、そのよき証拠になっていたのだ。むろん、できれば、彼を治療してやるべきなのだが、まずちょっとした心理上の実験をしてみる必要があった――いや、その実験そのものが、彼の回復への一歩になるかも知れなかったのだ。
「バータイン、じつに率直に話してくれたね。やっぱり友達だよ」と、私は心からいった。「きみの信頼に、ぼくとしてはむしろ誇らしいくらいだよ。たしかに、ひどく変な話だな。すまないけど、その時計をよく見せてもらえないだろうか」
彼は時計を鎖ごとチョッキから外すと、一言もいわずに私に渡した。側《がわ》は金で、ひどくぶあつく頑丈で、一風変わった彫刻がしてあった。つぶさに文字盤を調べ、かれこれ十二時近いのを見てから、私は裏蓋を開け、その象牙の中側を興味ぶかく眺めやった。そこには十八世紀に流行したあの絶妙、精巧な技法による細密画の肖像が描かれていた。
「いやあ、これは凄い!」私は鋭い芸術的喜びをおぼえて、思わず叫んだ。「一体全体、これはどうやって描かせたんだ。象牙に描く細密画は、もう失われた芸術だとばかり思ってたんだが」
「その肖像は」と、彼はゆったりと微笑みながら答えた。「ぼくじゃないよ。あの傑出したぼくの曾祖父、バージニアの紳士、故ブラムウェル・オルコット・バータイン氏だ。それは、後のあの事件の時よりずっと若かった時だよ――つまり、ぼくぐらいの年だ。ぼくに似ているといわれるんだが、きみもそう思うかね」
「似ているかだって。そりゃそうだろうさ! この服装を別にすれば。いや、この服装も芸術に対する敬意から――あるいは、いわば、もっともらしく見せるために――きみが着たのかとじつは想像したんだが、この服装と口ひげのない点とを別にすれば、この肖像は輪郭といい、表情といい、目鼻立ちの何から何まで、きみそのものだよ」
その時は、話はそれきりでおわった。バータインはテーブルから一冊の本を取って、読みはじめた。私は外の舗道を絶えまなく打ちたたく雨のしぶきを聞いていた。時々、歩道を急ぎ足にいく足音がした。一度、ゆっくりした重々しい足音が、わが家の玄関の前で止まったような気がした――きっと警官が戸口で雨宿りでもしているんだろうと思った。木々の枝がさも意味ありげに、まるで中に入れてくれと乞うているかのように、窓ガラスをこつこつと打ちたたいた。私は分別と重みを加えてきた人生の、この長い長い歳月を経て、今もそのことをはっきりと思い出すのだ。
私は自分が見られていないとわかると、鎖からぶらさがっていた古風な鍵を取って、素早くその懐中時計の針をたっぷり一時間もどした。それから、裏蓋を閉じると、バータインにこの大切な物を手渡し、ちゃんと元どおり身につけるのを見とどけた。
「さっき、きみは」私はさりげない風を装いながら切り出した。「十一時を過ぎると、文字盤を見ても、もう平気だといったと思うんだが。今はもうそろそろ十二時になるから」――と、私は自分の時計を見て――「その証拠が見たいとぼくが追求するのを不快に思わなければ、いま、その時計を見てくれないだろうかね」
彼はきげんよく笑顔を見せて、再び時計を引っぱり出すと、蓋を開けた。と、たちまち悲鳴を上げて跳び上がった。それは、神のお慈悲も今にいたるまで私に忘れることを許し給わぬほどのすさまじい悲鳴だった! 彼の目は、血の気のひいた青い顔のため、その黒さが一層きわ立ち、両手にしっかとにぎった時計にじっと注がれていた。しばらく、そのままの姿勢で、続く言葉もなく立ちつくしていた。やがて、到底彼の声とは思えぬような声で、こういった。
「この野郎! 十一時二分前じゃないか!」
私はこういう怒りの爆発を覚悟していなかったわけでもないので、立ち上がらずに、至極おだやかに返事をした。
「すまない、かんべんしてくれたまえ。さっき、きみの時計でぼくのを合せた時、きみの時計をきっと読み違えたんだ」
彼は大きな音を立てて、ぱちんと蓋を閉じると、ポケットにしまった。そして、私を見て、微笑を見せようとしていたが、下唇がふるえ、口を閉じることもできないようだった。両手もわなないていた。その両手をにぎりしめたまま、背広のポケットにぐいと突っこんだ。勇気に富む精神が、臆病な肉体をおさえつけようと努めているのがありありとわかった。その努力は余りにも大きかった。まるで目まいでも起こしたように、彼は左右にゆらゆらしはじめたかと思うと、私がいすから跳び出していって支えてやるいとまもないうちに、彼のひざががっくりと崩れ、ぶざまに前のめりに倒れ、うつぶせにころがった。私は彼を助け起こそうとしてかけよった。だが、ジョン・バータイン甦《よみが》えりて立つなら、われらすべて甦えるべし、だったのである。
検死によっても、何一つわからなかった。器官はすべて正常で健全だった。だが、遺体を埋葬する準備をしていた時に、首のまわりに、うっすらと黒い輪ができているのが見られた。少くとも私は、それを見たという数人の人々から確かにまちがいないと聞かされた。しかし、私が知っているといっても、それが果たして本当だったかどうか、何ともいえないのである。
それにまた、私は遺伝の法則に限界を加えることもできない。霊界において、情念なり激情が、それを抱いていた心よりも生き永らえて、数代をへだてた血族の生命に表現を求めることがありえないとは、私にはいえないのだ。左様、もしブラムウェル・オルコット・バータインの運命を推測するのを許されるとしたら、私はこう推測したい。彼は夜の十一時にしばり首になり、かつまた、おのが運命の変化に備えるために数時間の余裕を与えられたのであると。
わが友人であり、五分間のわが患者であり、そして――神よ、私をゆるしたまえ!――永遠のわが犠牲者ともなったジョン・バータインについては、もはやいうべきことはない。彼は埋葬され、あの時計も彼のそばにある――私がそう取りはからったのだ。どうか神よ、天国において彼の霊を安らかに憩わせたまえ。そして、彼のバージニアの先祖の霊をも。もし本当に、彼らが二つの霊であるならば。
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怪物
一 テーブルにあるもの必ずしも食べものにあらず
荒けずりのテーブルの端に置いた獣脂ろうそくの光で、一人の男が何やら本に書きこんであるものを読んでいた。本というのは、ひどくいたんでいる古ぼけた会計簿だった。書きこんであるものは、どうやらひどく読みにくいらしい。男はときどき、ページをろうそくの光の近くによせて、もっと明かるく照らそうとしていたからだ。そうすると、会計簿の影で部屋の半分が暗くなり、おおぜいの人の顔や姿も暗くなった。
会計簿を読んでいる男のほかに、八人の男がいた。そのうちの七人は、荒けずりの丸太の壁にもたれて腰をかけ、黙りこくり、身じろぎもしなかった。部屋がせまいので、テーブルからはそう離れてはいない。この七人の誰かが腕をのばせば、八人目の男に手がとどきそうだった。その八人目の男はテーブルの上に横たわっていた。あおむけになり、一部はシーツでおおわれ、腕は両わきにのばされていた。男は死んでいたのである。
会計簿を持った男は声をたてずに読んでいた。誰一人、口をきかない。みんな何事か起こるのを待ちかまえているようすだ。何も期待していないのは死人だけだった。窓の代りをしている壁のあなを通して、外の真っ暗闇から、荒野の夜の耳なれぬさまざまな音が忍びこんできた――遠くにいるコヨーテのなんとも名づけようのない遠吠え、木々にとまっている疲れを知らぬ虫たちの静かに脈打つようなふるえ声、昼間の鳥の鳴き声とはまるっきり違う夜鳥の奇怪な叫び、まごついている大きなかぶと虫のにぶい羽音、それからまた、聞こえてくるなと思うと、いつも途中で、はっと軽率さに気がついたかのごとく急にぴたりとやんでしまうような、あの神秘的な小さな鳴き声の合唱などだった。だが、この連中は、そんなものはいっさい気にも止めていなかった。実際的にはどうでもいいようなことに対して、むやみに愚にもつかぬ興味を抱く連中ではなかったのである。それは彼らのいかつい顔に深くきざみこまれたしわの一本一本にもはっきりと現われていた――たとえたった一本のろうそくのうす暗い光の中でも、はっきりと見て取れた。この連中は、明らかにこの近在の男たち――農夫や木こりたちだった。
会計簿を読んでいる人物だけが、いささか違っていた。この人のことを世なれたというか、俗気の強い男だという人もいるだろうが、それでもその服装には、環境の生物たることをまぬかれぬ同類性をある程度は証拠立てるものがあった。着ている上衣は、サンフランシスコでは到底上衣としては通りそうもない代物ときていたし、足にはいている物も都会できのものではなかった。かたわらの床に置いてある帽子(帽子をぬいでいるのは、この男だけだった)ときたら、もし帽子をただの身につける飾りものと考える人がいたとすれば、その人は帽子の持つ意味を取り違えているのだろう。顔つきには、どこか好感の持てるとこもあったが、同時にちょっぴりいかめしさも加わっていた。もっとも、そのいかめしさも、権力を持つ者にはふさわしいと思って、そうみせかけているか、あるいはつちかってきたのかも知れない。つまり、彼は検死官だったからである。彼は職務上、いま読んでいる会計簿を入手したというわけだ。それはこの死んだ男の家財の中――彼の小屋の中にあったのだが、いまその小屋で検死が行なわれていた。
検死官は読みおわると、会計簿を内ポケットにしまいこんだ。その瞬間、ドアがおしあけられて、若い男がはいってきた。明らかに彼は山家生まれでもなければ、山家育ちでもなかった。都会人らしい服装をしていたからだ。だが、長旅をしてきたらしく、服はほこりだらけだった。事実、検死に立ち会うために、懸命に馬をとばしてきたのである。
検死官は軽くえしゃくしたが、他の者は誰もあいさつしなかった。
「あなたを待ってたとこです」と、検死官はいった。「今夜のうちに、この仕事をすませてしまう必要がありますんでね」
若い男は微笑した。
「お待たせしてすみません」と、彼はいった。「わたしが出かけたのは、あなたの召喚をのがれるためじゃなくて、事件の記事をわたしの新聞社に送るためだったんです。おそらくその事件をお話しするために、こうして呼び戻されたんでしょうが」
検死官は微笑して、いった。
「新聞社に送ったという記事は、たぶん、あなたがここでこれから宣誓して証言されることとは違うでしょう」
すると相手はいささかかっとなり、顔を真っ赤にして答えた。「そうおっしゃるのは、あなたのご随意ですがね。わたしは複写用紙を使ったので、送った記事のコピーは持っていますよ。わたしはニュースとして書いたんじゃない。とても信じられないことだったからです。だから、フィクションとして書いたんです。まあ、部分的にはわたしの宣誓証言になるかも知れないけど」
「だが、とても信じられないことだといったじゃないですかね」
「そんなことは、あなたには問題じゃないですよ、もしわたしまでが事実だと誓えば」
検死官は床に目を落として、しばらく、黙りこんでいた。小屋の壁ぎわの男たちはひそひそ声で話していたが、視線は死体の顔からほとんどはなさなかった。やがて、検死官は目を上げると、いった。「それでは尋問を再び始めましょう」
男たちは帽子をぬいだ。証人は宣誓した。
「あなたの名前は?」検死官がたずねた。
「ウイリアム・ハーカーです」
「年は?」
「二十七歳」
「故人のヒュー・モーガンとは知り合いでしたね」
「ええ」
「モーガンが死んだ時、あなたはいっしょにいたんですね」
「近くにいました」
「どうしてですか――つまり、あなたが居合せたというのは」
「わたしは猟や釣りをしようと思って、この家にこの人を訪ねてきていたんです。しかし、わたしの目的の一部は、この人と、この人の一風変わった孤独な暮らしかたを研究するためでした。この人が小説の人物にうってつけのモデルになりそうだと思えたんです。わたしは時々、小説を書くものですから」
「わたしも時には読みますよ」
「それはどうも有難うございます」
「小説一般のことです――あなたのじゃありませんよ」
陪審員の何人かが笑った。ユーモアというものは、背景が陰気くさいと、それだけ余計におかしくなるものだ。戦闘の合間の兵士たちは何にでもすぐに笑い出すし、また、死者のある部屋での冗談は、不意をつくから満座の笑いをさそうものだ。
「この人の死んだ時の状況を話してください」と、検死官はいった。「ノートでもメモでも、使いたければ使ってもかまいません」
証人は了解した。内ポケットから原稿を引っぱり出すと、ろうそくの近くにかざし、ページをくって必要な個所をみつけると、読み出した。
二 からす麦の野原の出来事
「……日が昇るとすぐに、われわれは家を出た。ウズラ狩りに出かけたのだが、めいめい散弾銃は持っていたものの、猟犬は一頭しかいなかった。モーガンがいうには、一番いい猟場は何とかいう尾根の向こうだと、彼は指さしてみせた。そこで、われわれは踏み分け道をたどって低い灌木のやぶをぬけ、その尾根をこえた。尾根の向こう側は比較的平坦な土地で、びっしりと野生のからす麦が生えていた。われわれがやぶを出た時、モーガンはほんの数ヤード先に立って進んでいた。突然、右手やや前方の少し離れたところで、何やら動物がやぶの中でのた打ちまわる音がして、やぶが猛烈にゆれ動くのが見えた。
『鹿を狩り出したぞ』と、わたしはいった。『ライフルを持ってくるんだったなあ』
モーガンは立ち止って、ゆれ動くやぶをじっと見守っていたが、何もいわずに、銃の両方の銃身の撃鉄を起こすと、いつでも狙いをつけられるようにかまえていた。少し興奮しているようだった。それでわたしはびっくりした。不意に危険がさし迫っても、めったにいないほど冷静な男だという評判を取っていたからだ。わたしはいった。
『おいおい、まさかあんた、ウズラ撃ちの散弾を鹿にぶちかまそうっていうんじゃないだろうね』
それでも彼は返事しなかった。わずかにわたしの方をふり向いた時、その顔を見て、その真剣な表情にわたしは驚いた。それで、こいつは大変なことになったのだとわかった。まっ先に頭に浮かんだのは、きっと大熊を狩り出したのじゃないかということだった。わたしはモーガンの側に近づき、動きながら撃鉄を起こした。
やぶはもう静まり、物音もやんでいたが、モーガンは相変らず、やぶの方を警戒していた。
『なんだ。一体なんだね』と、わたしはきいた。
『あの怪物だよ!』彼はふり向きもせずに返事した。その声はかすれ、ふつうでなかった。からだははっきりとわかるほどふるえていた。
わたしがさらにたずねようとした時、ざわざわゆれ動いているあたりのからす麦が、何ともいいようもないありさまで動き出すのに気がついた。何とも説明のしようがないのだ。一陣の風でさあっと動いているとでもいおうか。しかも、からす麦は単にしなうだけではなく、おさえつけられている――ふみつぶされたように、二度と起き上がらないのだ。そういう動きがゆっくりと、まっすぐわれわれの方に向かってのびてくるのだった。
この未知の、説明不可能な現象のように異様な印象を与えたものは、かつて見たこともなかったが、そのくせ今でも、なんの恐怖感も思い出せないのだ。おぼえているのは――それをここでのべるのは、何ともおかしな話だが、その時に思い出したからであるが――いつだったか開けてある窓からふと外を見た時、すぐそばにある一本の小さい木を、少し離れたところの大きな木々の一群れと一瞬見まちがえたことがあった。その小さい木が、大きな方の木々と同じ大きさに見えたのだが、全体のひろがりと細部の輪郭がより明瞭であざやかに見えたから、何となく大きな木々の群れから浮き出しているようだった。それは濃淡遠近法の錯覚にしかすぎなかったのだが、わたしはびっくりした。いや、恐怖さえおぼえたものである。われわれ人間は、なじんでいる自然の法則の秩序ある働きに大いにたよっているため、その法則がふっと停止したかのように見えると、われわれの安全をおびやかすもの、考えられない危難に襲われる警告だと受け取るものだ。そんなわけで、明らかに何の原因もなくからす麦がゆれ動き、一本の線のようにゆれ動くものが、まっしぐらに近づいてくるのを見ると、どうしても胸騒ぎをおぼえた。つれはと見ると、真実おびえきっていた。と、彼はいきなり肩に銃をあて、ゆれ動いているからす麦めがけて、二発とも発射するのを見た時、わたしは自分が正気をなくしてしまったのではないかと疑ったほどだ。硝煙が晴れないうちに、大きな、すさまじい叫び声――野獣のそれを思わせる悲鳴――がしたと思うと、モーガンは銃を地面に放り出すなり、その場から一目散にかけ出した。それと同時に、硝煙の中の何か目には見えないものの衝撃で、わたしは地面に猛烈にたたきつけられた――何だかやわらかくて重い物で、そいつが凄い力でわたしにぶち当ったように思えた。
わたしが立ち上がって、手からたたき落されたらしい銃を取り戻せないうちに、モーガンがまるで断末魔の苦悶のような叫びを上げるのが聞こえ、その叫び声にまじって、犬が噛み合いをやっている時とそっくりのしゃがれた、凶暴な声が聞こえた。名状しがたい恐怖に襲われ、わたしは必死になって立ち上がると、モーガンが逃げていった方角を見た。どうか神よ、お慈悲によってもう二度とあんな光景を見ることのありませんように! 三十ヤードたらずの前方で、わたしの友人は片ひざをつき、頭を恐ろしいほどのけぞらせ、帽子はなく、長い髪をふり乱し、全身を前後左右に猛烈な勢いで動かしていた。右腕をふり上げていたが、手首がなくなっているようだった――少くともわたしには何も見えなかった。左の腕は見えなかった。記憶している通りに、今この異常な光景を報告しているのだが、時には彼のからだの一部しか見えなかった。それはまるで彼のからだの一部が何かにじゃまされて見えなくなっているかのようだった――そうとしか、他にいいようがないのだ――だから、彼がからだの位置を変えれば、また全部が見えそうに思えた。
以上のことは数秒たらずの出来事だったに違いないが、それでも、そのわずかの間《かん》に、モーガンは、体重、力ともにまさった相手に打ち負かされているレスラーさながら、必死になってありとあらゆる姿勢を取っていた。わたしには彼しか見えなかった。その彼も終始はっきりと見えたわけではない。この出来事の間じゅう、彼のどなり声や罵り声がしていた。しかもその声は、人間や獣ののどから出てきたものとはとても思えないような、すさまじい猛り狂った圧倒的な絶叫をぬって、聞えてくるかのようだった。
ほんの一瞬、わたしはためらい、棒立ちになっていたが、すぐに銃を放り出すなり、友人を助けにかけ出した。漠然とだが、彼は発作か、ある種の痙攣に苦しんでいるのだとわたしは信じていた。だが、そばに行きつかないうちに、彼は倒れ、静かになってしまった。あのすさまじい声はすっかりやんでしまっていた。だが、恐ろしい出来事によってさえかきたてられなかった恐怖感を抱いて、またも野生のからす麦の不可解な動きが、倒れている男のまわりのふみつぶされた所から伸びていき、森の端へ向かって動いていくのを見ていた。その動きが森の端に達してやっと、わたしは視線を戻し、この友人を眺めやった。すでに彼は死んでいたのである」
三 人ははだかであっても、ぼろを着ているかも知れない
検死官はいすから立ち上がると、死人のそばに立った。シーツの端をめくり、死人から引きはがした。全身がさらけ出された。すっぱだかで、ろうそくの光をあびて粘土のように黄色く見えた。しかし、からだじゅうに青黒い大きなあざができていた。これは明らかに打撲による内出血が原因であった。胸や脇腹はまるで棍棒でなぐりつけられたようになっていた。ひどい裂傷があちこちにあり、皮膚はずたずたに裂けていた。
検死官はテーブルの端へまわっていくと、あごの下からまわして頭のてっぺんで結んである絹のハンカチをほどいた。ハンカチが取りのぞかれると、のど首だった部分がさらけ出された。陪審員の何人かがもっとよく見ようとして立ち上がったが、好奇心を悔いて、顔をそむけてしまった。証人のハーカーは開けてある窓ぎわへいくなり、窓敷居からからだを突き出した。気が遠くなりそうで、はき気をもよおしたからだ。検死官は死人の首にふわりとハンカチをかけると、部屋の一隅にいった。そして、つみ上げてある衣類から一つ一つ取り出しては、ちょっと目の前にかざしては点検した。どれもすべて引きちぎれ、血のりでこわばっていた。陪審員たちは、それ以上綿密な点検もしなかった。むしろ何の関心もないようだった。実をいうと、それらはもう前に見ていたからである。彼らにとって目新しいことといえば、ハーカーの証言だけだった。
「みなさん」と、検死官はいった。「この他に証拠はもうないと思います。みなさんの任務はすでに説明した通りです。もし何も質問したいことがなければ、外に出て審議の上、評決を出して下さい」
陪審長が立ち上がった――六十がらみの背の高い、あごひげを生やした男で、粗末な服を着ていた。
「検死官さん、一つだけ質問さしてもらいたいんですが」と、彼はいった。「あのさっきの証人は、どこの精神病院から逃げ出してきなさったんですかね」
「ハーカーさん」検死官は重々しく、おだやかにいった。「あなたは最近どこの精神病院から逃げ出してきたのですか」
ハーカーはまたもや顔を真っ赤に紅潮させたが、何もいわなかった。そこで、七人の陪審員は立ち上がると、厳粛な面持ちで小屋からぞろぞろ出ていった。
ハーカーは、死人といっしょに自分と役人だけにされると、すぐさまいった。「わたしを侮辱することがおすみのようでしたら、わたしは自由に帰ってもよろしいでしょうな」
「ええ」
ハーカーは出ていこうとしたが、ドアの掛け金に手をかけて、ためらった。彼の内にある職業上の習慣が強く働いた――個人の尊厳という観念よりも強かった。彼はくるりと向きなおって、いった。
「あなたがそこに持っているノートのことですが――あれはモーガンの日記だと、ぼくはにらんでいますがね。非常に興味をお持ちのようでしたね。ぼくが証言しているあいだも読んでらしたんでね。見せてもらえんでしょうか。世間の人はきっと知りたがる――」
「いや、これはこの問題には別に役に立たんでしょうな」と、検死官は答えて、それをするりと上衣のポケットに入れた。「書いてあることは全部、この男の死ぬ前のことばかりでね」
ハーカーが家を出ると、陪審員たちがもどってきて、テーブルのまわりに立った。テーブルの上の死体はすでにシーツをかけられ、はっきりと輪郭を浮き上がらせていた。陪審長がろうそくの近くに腰をおろして、胸ポケットから鉛筆と紙切れを取り出すと、かなり苦労して次のような評決を書いた。それに一同がそれぞれに骨を折って署名をした。
「われわれ陪審員一同は、死亡者はピューマの手にかかって死にいたったとみとめる。しかし陪審員の中には、それでも、発作を起こしたと考えた者もいる」
四 墓場からの説明
故人ヒュー・モーガンの日記には、暗示的ながら科学的価値のありそうな興味深い記入がいくつかある。死体の検死陪審員の決定の際に、そのノートは証拠として提出されなかった。たぶん検死官が陪審を困惑させるにも価しないと考えたのだろう。日記の記入が何日から始まっているかは確かめようがない。ページの上の部分がちぎり取られているからだ。残っている書きこみのある部分は、以下の通りである。
「……あいつはいつも頭を中心の方へ向け、半円をえがいてかけまわっていた。かと思うと、じっと立ち止まって、狂ったようにほえていた。しまいには懸命になってやぶの中に逃げこんだ。初めおれは、あいつが気が狂ったのかと思ったが、しかし家に戻ってくると、どう見ても罰を食らうのがこわいのでようすがおかしいという以外、別段変わったところもなかった。
犬というやつは、鼻でものを見ることができるのか。においというものは、そのにおいを放つ物の形を脳の中枢に伝えるものだろうか?……
九月二日――昨夜、星をながめていたら、家の東の尾根の頂きに星が昇ってくるのにつれ、星が左から右へと順々に見えなくなるのに気がついた。それぞれほんの一瞬消えたにすぎないし、それも一時にほんの二つか三つさっと消えるだけだったが、長い尾根の全体に沿って、頂きからほんのちょっと上に出ていた星が一つ残らずかき消されてしまった。まるで何ものかが、おれと星との間を通っていったとでもいうか。だが、その何ものかは見えなかったし、その輪郭をはっきり浮き上がらせるほどたくさんの星も出ていなかった。うっ! どうにもいやな感じだ」……
そのあと数週間分の記入がない。ページが三枚ちぎり取られていたからだ。
「九月二十七日――またこの辺に出てきやがったのだ――毎日のように、そいつが出てきた証拠がいくつもあるのだ。ゆうべも同じかくれ場所にひそんで、一晩じゅう、鹿玉をこめた二連装銃を持って見張った。朝になると、前と同じに、新しい足跡がそこについているじゃないか。いや、誓ってもいいが、おれは眠ってはいなかった――本当にほとんど一睡もしなかったのだ。恐ろしくてたまらない。とてもがまんできない! こんなぞっとするような経験がもし現実なら、おれはきっと気が狂ってしまうだろう。もしこれが気のせいだというのなら、おれはすでに気が狂っているのだ。
十月三日――おれは出ていくもんか――こいつのために追い出されるもんか。いいや、ここはおれの家、おれの土地だからな。神さまは臆病者が大きらいのはずだ……
十月五日――もうとてもがまんできん。二、三週間いっしょにいてもらおうと思って、ハーカーをよんだ――彼は冷静な頭をしている男だ。おれが狂っていると彼が思ったら、そのそぶりで判断がつくはずだ。
十月七日――あの不可解な謎がとけた。ゆうべ突然、まるで神さまのお告げみたいにぱっと頭に浮かんだのだ。なんという簡単なことだ――なんと恐ろしいほど簡単なことだ!
おれたち人間の耳には聞こえない音があるものだ。音階の両端には、不完全な楽器の弦、すなわち人間の耳を振動させない音があるのだ。それは非常に高すぎる音か、または低すぎる音だ、一群のムクドリモドキが木のてっぺんにびっしり――数本の木のてっぺんだったが――とまって、それが全部いっせいに鳴き出したのを見たことがある。突然――一瞬のうちに――まったく同時に――全部がいっせいにぱっと舞い上がったと思うと、飛んでいってしまった。どうしてだ? たくさんのあの鳥たちが一羽残らず、おたがいに見えるはずはなかった――それぞれの木のてっぺんが邪魔していたからだ。リーダー格の鳥はどこにいようと、みんなに見えるはずがなかった。だからきっと、その騒々しい鳴き声をうわまわる甲高くて鋭い警告か命令の合図があったに違いないと思うのだが、おれの耳には聞こえなかった。また、ムクドリモドキだけでなく、他の鳥――たとえば、いくつもの灌木のやぶのため遠くに離ればなれになっているウズラ――いや、丘の向こう側にいるウズラまでが、みんな鳴りをひそめている時、いっせいにぱっと飛び立つのを見たことがある。
これは船乗りたちには知られていることだが、海面で日向ぼっこをしたり、ふざけたりしているクジラの仲間は、何マイル離れていようと、あいだに隆起した陸地があろうと、時々、いっせいに水中にもぐってしまうそうだ――一瞬のうちに、みんな姿を消してしまうのだ。合図の音がしたのである――その音が余りにも低いために、マストの上にいる水夫の耳にも、甲板にいる仲間たちにも聞こえない――それでも、この甲板の連中には、大寺院の石造りの壁がパイプオルガンの低音部によって震動するように、その合図の低音で船内がぶるぶる震動するのが感じられるのだ。
色彩についても、音のばあいと同じだ。太陽スペクトルの両端に、「化学」線と称されているものの存在を化学者は検出している。それらは色を表わしている――光の構成には欠くことのできない色だが――しかし、それはわれわれには識別できない。人間の目というものは、不完全な楽器である。その音域は、実際の「色の音階」のほんの数オクターブにすぎないのだ。おれは気が狂っていたのじゃない。われわれ人間には見えない色があるものなのだ。
そして、どうか神よ、助け給え! あの恐ろしい怪物は、そういう色をしているのだ!」
[#改ページ]
羊飼いのハイータ
ハイータの心の中では、青春の幻想が老年や経験のそれに押しのけられたことなどまだ一度もなかった。彼の考えは純粋で快かった。というのも、その生活は質素で、その心には野心などまったくなかったからだ。彼は朝日と共に起きると、羊飼いたちの神ハスターの祭壇へいって祈りをささげた。神はその祈りを聞き、喜んだ。この敬虔な儀式をすませてから、ハイータは囲いの門のかんぬきを外して開け、晴れやかな心で羊の群を野原へ追いやり、歩きながら凝乳とオートミールの堅焼きビスケットの朝めしを食べ、時おり、足をとめては、まだ朝露にぬれてつめたいイチゴを朝めしにそえたり、あるいは川の水を飲んだりした。それは山々から流れ出てきて、谷の真ん中で川に合流し、いずことも彼の知らないところへと流れ去っていた。
長い夏の日には、彼の羊たちは神々がその羊たちのために生育させた豊かな草を食《は》み、あるいは前脚を胸の下に折りまげて休み、反芻《はんすう》している時、ハイータは木陰に体を横にしたり、あるいは岩の上に腰を下ろして、あし笛でいとも妙なる調べをかなでたりした。すると、雑木林から身をのり出して聞きほれている、森に住む小さな神々を偶然にちらりと横目使いにかいま見ることがあった。だが、彼がまっすぐにその方を見やると、ぱっと姿を消した。このことから――なぜなら、彼は自分の飼っている羊の一匹に自分が変わることはないのだろうかと考えていたにちがいないので――幸福はそれを求めなければくるかも知れないが、さがし求めれば決して姿を見せないのだという厳粛な結論を引き出した。というのも、決して姿を現わさぬハスターの恩恵に次いで、ハイータは自分の隣人である、森や小川に住む恥ずかしがりやの神々の親しみにあふれた関心を大いにありがたいと思っていたからだ。日暮れになると、彼は羊の群をまた囲いに追いこみ、注意ぶかく門をしっかりと閉めてから、自分の洞窟にもどり、疲れをいやし、夢路をたどった。
このようにして彼の生活はくる日もくる日も同じように過ぎていった。ただし、嵐が神の怒りを発する時は別だった。その時は、ハイータは洞窟の中で小さくなり、顔を両手で覆い、わたしの罪のせいならわたしだけを罰して、どうかこの世を破壊からお救い下さるようにと祈るのだった。ときどき大雨が降って、川が土手から氾濫し、おびえている羊の群を高台に追いやらなければならなくなると、谷の関門をなしている二つの青い山の彼方の平野にあると聞いていた都会の人々のために、彼は取りなしてやるのだった。
「おお、ハスターさま、あなたのやさしいお情けで」と、彼は祈った。「わたしの住み家と囲いのすぐ近くに山を与えてくださいましたおかげで、わたしも羊たちも、怒り狂う流れからのがれることができます。でも、この世の他の人たちも、わたしには思いつきませんが何とかして、お救い下さらなければいけません。でなければ、わたしはもうあなたを拝みません」
すると、このハイータが自分の口にした言葉通りに約束を守る若者だと知っているハスターは、都会の人々を救い、大水を海へ注いでやった。
こうして、ハイータは思い出せる限りの小さな時から暮してきたのだった。彼には他のどんな生活の仕方も的確に考えつくことなどできなかった。
たっぷり一時間の道のりはある谷の奥に、聖なる隠者が住んでいた。ハイータはその隠者から、羊など一匹も飼っていないという――かわいそうな――人々が住んでいる大きな都会の話を聞かされていた。だが、自分が小さな子供だったころ、たぶん子羊のように小さくて無力だったにちがいないとハイータにも想像のつく頃のことを、隠者はハイータに少しも話してやっていなかった。
こういうさまざまな謎や不可思議について考えているうちに、また、自分の飼っている羊たちの多くにも訪れてきたのを見たことがあるように――鳥を除いてあらゆる生きものに訪れてくるように――自分にもいつかはきっと訪れるに違いないと思われる沈黙と腐敗へいたるあの恐ろしい変化について考えているうちに、ハイータは初めて、自分の運命がどんなにみじめで希望がないかを知るようになった。
「自分がいつ、どうしてこの世に生まれてきたかを知る必要がある」と、彼はいった。
「誰だって自分がどんな風に務めを委されているか、それが判断できない限り、自分の務めを果たせるわけがないじゃないか。それに、これから先いつまで続くかわからなければ、どんな心の満足も得られないじゃないか。もしかしたら、また太陽が昇らないうちに、自分に変化が訪れるかも知れない。そしたら、あの羊たちはどうなるだろう。ほんとに、自分は何になってしまうのだろうか」
こんなことを考えているうちに、ハイータは憂鬱になり、ふきげんになってきた。彼はもう羊たちに陽気に話しかけることもなくなり、活溌にハスターの祭壇へ走っていくこともしなくなった。そよ風の吹くたびに、いまにして初めてその存在を知った悪意の神々のささやきを、風の中に聞きつけた。雲もすべて災難を示す前兆となり、闇は恐怖にみちていた。彼のあし笛も、唇にあてると、美しい音色は出てこないで、陰気な悲しい音を立てるだけだった。森や水辺の小さな神々たちも、彼のあし笛を聞こうとして茂みの端にもはや集まることはなく、その音から逃げ出していった。それがハイータには、木の葉がゆらぎ、花がしなうのでわかった。
用心ぶかく見張るのも怠ったので、多くの羊たちは山中にさまよい出ていって、行方がわからなくなった。あとに残った羊たちは、おいしい牧草がなくなってきたのでやせ衰え、病気になった。というのも、ハイータが羊たちのためにそれを探してやらず、くる日もくる日も同じ場所に羊をつれていくだけで、生と死について――彼にはわからぬ不滅ということについて――思いわずらってばかりいたからだ。
ある日、いとも陰鬱な黙想にふけっているうちに、彼は腰を下ろしていた岩からいきなりはじけるように身を起こすと、右手で決然とした身ぶりをし、叫ぶようにいった。「おれはもう、神々が与えてくれない知識を与えて下さいなどと嘆願するのはやめよう。神々こそ、おれをひどい目にあわせぬように気をつけるべきだ。おれはできる限り自分の務めを果たすぞ。だからもしおれがあやまちを犯せば、その科《とが》は神々がかぶればいいんだ!」
そういっている時、突然、大きな輝きが彼の周囲にさっとさした。雲間から急に日光がさしたのだと思って、思わず上を見上げたが、雲など一つもなかった。腕をのばせばすぐにも届くようなところに、美しい乙女が立っていた。乙女のあまりの美しさに、その足下にある花々はあきらめて花びらを閉じ、服従のしるしに頭《こうべ》をたれた。乙女の顔のあまりの甘美さに、はちどりたちはその目にむらがり、乾《かわ》いているくちばしを目に突っこみそうにし、蜜蜂たちは唇にむらがりよろうとした。乙女の輝きのあまりの明かるさのため、あらゆるものの影が彼女の足もとから離れ、彼女が動くと、影も向きを変えた。
ハイータは恍惚となった。立ち上がると、崇めるように彼女の前にひざまずいた。すると、彼女は片手を彼の頭においた。
「さあ」彼女は羊たちのつけている鈴が一斉に鳴るような声でいった。「さあ、あなたはあたしを拝んではいけません。あたしは女神ではないのですから。でも、あなたが誠実で、務めを忠実に守れば、あたしはあなたのそばにいてあげましょう」
ハイータは彼女の手をにぎり、喜びと感謝を口ごもるようにしていって、立ち上がった。こうして二人は手に手を取って立ったまま、たがいに目を見交してにっこりと微笑んだ。彼は尊敬と歓喜の思いをこめて彼女をじっと見つめていたが、やがていった。「どうかお願いですから、あなたの名前を、そしてどこから、なぜきたかを教えて下さい」
これを聞くと、彼女は警告するように指を唇にあてて、引きさがりはじめた。彼女の美しさにありありと変化が現われ、彼はそれに身ぶるいしたが、なぜかそのわけは自分でもわからなかった。というのも、彼女は依然として美しかったからだ。あたりの風景は、はげたかのような速さで谷をかすめる巨大な影のため暗くなった。この暗がりの中で、彼女の姿がぼやけ、はっきりと見えなくなり、悲哀にみちた恨めしげな調子で、遠くからその声が聞こえてくるように、彼女はいった。「何て無遠慮な、恩知らずの若者でしょう! それでは、こうも速くあなたとお別れしなければならないじゃありませんか。あなたには永遠のちぎりをすぐに破ることしかできないのですか」
言い知れぬ悲しみに打たれて、ハイータはがっくりとひざまずくと、彼女にとどまってくれるように哀願した――立ち上がって、深まりゆく闇の中に彼女をさがし求めた――何度もぐるぐる走り回って、大声で彼女に呼びかけたが、すべては空しかった。彼女の姿はもはや見えず、闇の中から彼女の告げる声が聞こえるだけだった。「いいえ、あたしを探しても見つかるもんですか。不実な羊飼いよ、自分の務めにおもどり。さもなければ、もう二度とあたしたちは会えませんよ」
夜になってしまった。おおかみが山々でほえていた。おびえた羊たちはハイータの足もとに寄り集っていた。時間にせかれて、彼は失望も忘れ、羊の群を囲いの中に追いこむと、礼拝の場所へおもむき、羊たちを救ってやることができたのをハスターに心から感謝をささげ、それから洞窟にもどって寝た。
ハイータが目をさました時、日は高く昇り、洞窟の中にまで日光がさしこみ、まばゆいほどに明かるく照し出していた。すると、そこに、すぐそばに、あの乙女が坐っていた。彼女はさながらあし笛の妙なる調べが目に見えるものになったかのような微笑をたたえ、彼にほほえみかけていた。ハイータはこの前のように彼女を怒らせるのを恐れて口をきこうとしなかった。自分の方から何と言葉をかけていいか、わからなかったからだ。
「あなたはちゃんと羊たちへの務めを果あしましたね。そして、夜のおおかみが近づけなかったので、ハスターに感謝するのを忘れませんでしたね。それで、あたしはまたここにきてあげたのですよ。あたしを仲間に入れてくれますね」と、彼女はいった。
「あなたとなら、どんな人だっていつまでもいたいと思うでしょう」と、ハイータは答えた。「ああ! どうかもう二度とわたしを見すてないで下さい、いつか――いつかわたしの身に変化が訪れて、口がきけなくなり、じっと動かなくなるまでは」
ハイータは死という意味の言葉を知らなかったのだ。
「本当は、あなたがわたしと同じに男だったらと思います。そしたら、わたしたちはすもうを取ったり、かけっこをしたりして、一緒にいても決してあきることがないでしょうにね」
この言葉を聞くと、乙女は立ち上がって、洞窟から出ていった。かぐわしい木の枝で作った寝床からハイータは跳び出すなり、追いついて引きとめようとかけ出してみると、雨が降っているのを見て驚いた。しかも、谷の真ん中を流れている川は岸から水があふれていた。水かさのました川がすっかり囲いの中まで水びたしにして、羊たちはおびえ、しきりに鳴いていた。さらに、遠い彼方の平野にある見知らぬ都会にまで危険が及びそうだった。
それから何日もたった後、ハイータは再び乙女に会った。ある日、谷の奥から帰る途中のことだった。その谷の奥へ、あの聖なる隠者にあげようと思って、羊の乳と、オートミールの堅焼きビスケットと、イチゴとを持って行ってきたところだった。隠者は自分で食事の用意ができないほど年老い、弱っていた。
「かわいそうなおじいさんだ!」と、ハイータは家路をさして、とぼとぼ歩きながら声に出してつぶやいた。「あしたまたいって、背中におぶって、おれの家につれてきてあげよう。家でなら面倒をみてあげられるから。ハスターが今まで何年も育てて下さり、おれに健康と力とを与えて下さったのも、きっとそのためなのだろう」
彼がそういった時、きらきら光る衣裳をまとった乙女が、思わず息をのむほどに美しい微笑を浮かべ、彼を迎えるように道にいた。
「あたしはまた来ました」と、彼女はいった。「今度こそあたしを欲しければ、一緒に暮らしてあげようと思って。だって、他には誰もいないのですから。あなたももう知恵を身につけたことでしょう。ですから、わたしが誰だか知ろうなどという考えを起こさずに、今のままのあたしを喜んで迎え入れてくれるでしょうね」
ハイータは彼女の足下に身を投げ出した。「美しい方よ」彼は叫ぶようにいった。「わたしの全心全霊をこめた献身をお受け下さりさえすれば――ハスターを礼拝したあとで――それは永遠にあなたのものでございます。でも、残念なことに、あなたは気まぐれで、わがままです。あすのお日さまが昇る前に、わたしはまたあなたを失うかも知れません。どうかお願いですから、わたしが何も知らずにあなたを怒らせるようなことがあっても、どうか許して、いつまでも一緒にいると約束して下さい」
彼がいいおわるか、おわらないうちに、熊の群が山から出てくると、真っ赤な口を開け、爛々たる目をして、彼の方に突進してきた。乙女はまたも姿を消していた。彼は身をひるがえすと、必死になって逃げた。そして、一度も立ち止まらずに、さっき出て来たばかりの隠者のいおりにやっと入りこんだ。熊がおし入らぬように、手早く戸にかんぬきをかけると、床に身を投げ出して、さまざめと泣いた。
「わしの息子よ」と、隠者は、その朝、ハイータの手で新たに集めたわらの寝床からいった。「熊が恐ろしくて泣くなどとは、お前らしくもないぞ――どんな悲しい目に会ったのか話してごらん。そうすれば、老人には老人なりに持っている知恵の乳香で、若者の心の傷をいやす力になってやれるかも知れんからのう」
ハイータはいっさいを語った。どうやって光りまばゆい乙女に三度会い、そして三度、彼女に寂しく見すてられたかを。二人のあいだに起こったことのすべてを、交された言葉を一語残らず、くわしく語った。
語りおわると、隠者はしばし黙していたが、やがて口を開いた。「わしの息子よ、いまの話は篤《とく》と聞いたぞ、その娘ならわしも知っておる。多くの人同様に、わしも会うたことがある。そこで、よく心得ておくがよい。その娘がお前にたずねるのを許そうとしなかった、そのものの名は『幸福』というのだよ。お前はその娘に本当のことを言うたのじゃ。つまり、その娘が気まぐれだとな。なぜかというに、その娘は人間に守れそうもない条件をおしつける。そして守らないと、その罰として人を見すててしまうのだからな。その娘は探し求めない時だけやってきて、しかも問いただすのを許そうともしない。少しでも好奇心を見せると、少しでも疑いを示すと、少しでも不安を現わすと、その娘は行ってしまうのじゃ! お前は、その娘が逃げ出す前に、いつもどれくらい一緒にいたのかな」
「ほんの一瞬間です」と、ハイータは答え、この告白に恥ずかしくなり顔を赤らめた。「三度とも、あっという間に、あの人を追いやってしまいました」
「不運な若者よ!」聖なる隠者はいった。「お前のその軽率さがなかったら、もうちょっとばかりその娘と一緒にいられたかも知れぬのう」
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カーコサのある住人
死にはいくつかの種類がある――あるものはそこに肉体を残していくものもあり、またあるものは霊魂とともに肉体も消え去るものもある。これは普通、孤独にある時のみに(それが神の御旨《みむね》なので)起こるものであって、その最後を見た者は一人もいないので、その人は行方知れずとか、長い旅に出たとか世人はいう――確かにその人は長い旅に出たのである。
だが、時には豊富な証拠の示す通り、多くの人の目の前で起こる死もあった。ある種の死では、霊魂もまた死ぬことがあり、これは、まだ肉体が何年もの間活力にあふれているうちに起こることは、人の知るところである。また時には、現に証言されている通り、霊魂は肉体とともに死んでも、ある期間がたつと、肉体が朽ちたその場所に、霊魂のよみがえることがある。
このようなハーリ(神よ、彼の霊を安らかにいこわせ給え)の言葉をつらつらと考え、それとなくわかりはするものの、ハーリが認識したのとは違う別の何ものかが背後にあるのではないかと疑う人があるように、その言葉の十分な意味を問いただしながら、私はどことも知れぬ方《かた》へさまよっているうちに、ふと冷たい風が顔を打つのにわれに返り、あたりのようすに気がついた。何もかもが見おぼえのないのに気づいて、私は愕然とした。まわり一帯には吹きさらしの荒涼とした広い原がのびひろがり、丈高い枯草が蓬々《ぼうぼう》とおおいつくして、秋風にかさかさと鳴り、ひゅうひゅううなって、何とも得体の知れぬ神秘と不安を思わせた。長い間隔をおいて野原の上に突き出たように、異様な形をし、暗澹《あんたん》たる色をした岩がいくつもそそり立っていたが、それは互いに気脈を通じ合い、さながら予知していた事件の成行きを見守ろうとして頭をもたげているかのように、不気味な意味ありげな目つきで見交しているようだった。点在している数本の立ち枯れの木々は、この悪意にみちた陰謀をたくらんでいる指導者たちが、鳴りをひそめて待ちかまえているかのように見えた。
太陽は見えなかったが、その日は時刻もずいぶんたっていたに違いないと思った。空気がじめじめして冷たいと感じはしたが、そう感じる意識は肉体的というよりも、むしろ精神的なものだった――不快感は少しもなかったのだ。この陰気な風景の上には、空一面に鉛色の雲が、目に見える呪いのように低くたれこめていた。このような世界には、威嚇と不吉なきざし――凶事を暗示し、運命を予感させるもの――があった。鳥も、けものも、虫一匹すらいなかった。枯木の葉の落ちた枝で風は悲しげにため息をつき、灰色の草はうなだれ、地面に恐るべき秘密をひそやかにささやいていた。だが、それ以外に、何の物音も動きも、この陰気な場所の厳粛な静けさを破るものはなかった。
私は草の中に、風雨にいたんだたくさんの石があるのに気づいたが、それらは明らかに道具を使って削ったものだった。それらの石はこわれて、一面に苔むし、半ば地面にめりこんでいた。あるものは横倒しになり、あるものはいろんな角度に傾いていたりして、まっすぐに立っている石は一つもなかった。それはまぎれもなく墓石だったが、といって墓地そのものは塚の形としても、落ちくぼんだ形としても、もはやまったく存在していなかった。年月がすべてを平らにしてしまっていたのだ。あちこちにちらばっているきわ立って大きな石塊は、豪勢な墓石か野心的な記念碑がその場にあって、忘却に対してかつて果敢《はか》ない挑戦をいどんだ跡を示していた。これらの遺跡、これらの虚栄の名残りや、愛着や敬虔の記念碑はあまりにも古い様相を呈し、あまりにも打ちこわされ、摩滅し、よごれきっているため――あまりにも無視され、見すてられ、忘れ去られた場所になっているため、その名さえとうの昔に消滅した有史以前の人間の種族の墓場を、この私自身が発見したのだと思わずにはいられなかったくらいだ。
こういう感慨に深く思いふけっているうちに、しばし私はわが身の経験してきた筋道をうかつにも失念していたのだが、すぐに「自分がどうしてここに来たのか」と考えてみた。少し思い返すと、すべてが明らかになり、と同時に、心おだやかではなかったが、私の目に見え、耳に聞こえたものすべてに、自分の気のせいでこんな異様な性質を押しつけていたわけも説明つきそうに思えてきた。
そうだ、私は病気だったのだ。突然の高熱にすっかり弱りはてていたこと、錯乱状態にあった時には、私は絶えず自由にしてくれ、外に出してくれと大声でわめき続け、戸外に逃げ出すのを防ぐため寝台におさえつけられていたのだと家族の者が語ってくれたことを、私はいま思い出した。そして、つきそいの者たちの寝ずの番の目を脱れて、ここまでさまよってきたのだ――どこへ来たのか? 私には見当もつかなかった。自分が住んでいた都会――カーコサという、きわめて古い有名な都会――から相当はなれたところに来ていることだけは明らかだった。
人の住んでいる気配はどこにも見えず、何も聞こえなかった。立ち昇る煙も、番犬のほえる声も、牛の鳴き声も、遊んでいる子供の叫ぶ声もしない――何一つなく、ただ陰気な墓場だけで、秘密と恐怖の墓場の空気が立ちこめているが、それもおそらく病気にかかっている頭のせいだろう。救いの手も届かぬこんなところで、自分はまたも錯乱状態に落ちいりかけているのではあるまいか。本当にこれは、狂気からくる幻覚ではないのか。私は大きな声で、私の妻たちや息子たちの名を呼び、両手をさしのべて彼らの手を探し求めた。くずれかけた石の間を、しおれた草の中を歩きながら叫び続けた。
背後の物音に、思わずふり返った。一匹の動物――オオヤマネコ――が近づいていた。ふと考えが浮かんだ。もしこんな砂漠でへたばったら――もし熱がぶり返して力つきたら、このけものがおれののどに食らいつくぞ。私は大声でどなりながら、そいつに向かって跳びかかっていった。そいつは手の幅ぐらいもないそばを平然とかけ去って、岩のうしろに姿を消した。
その一瞬後、一人の男の頭が少し離れた地面から出てくるのが見えた。その男は、ずっと先の低い丘の斜面を登っているところだったのだが、丘の頂はその辺一帯の土地の高さとほとんど区別がつかなかった。やがて彼の全身が、灰色の雲を背景にして見えてきた。彼は半ばはだか、半ば毛皮をまとっていた。髪の毛はもじゃもじゃで、あごひげは蓬々と長くのびていた。片手には弓と矢を持ち、もう一方の手には、黒い煙が長く尾をひいて燃えさかるたいまつをかかげていた。歩き方はのろく用心ぶかく、まるで深い草むらにかくれて見えない、口を開けた墓穴に落ちこむのを怖れているかのようだった。この異形《いぎょう》のものの出現に驚いたが、恐れは感じなかった。そこで、ちょうど彼の正面に立ちふさがるような方向に進んでいき、顔をつき合さんばかりにして出会うと、親しげにあいさつのことばをかけた。「神さまのお守りがありますように」
男は目もくれず、立ち止まろうともしなかった。
「どなたか知りませんが」と、私は続けた。「私は病気で、それに道に迷っています。どうかお願いですから、カーコサへ行く道を教えて下さい」
男は急に私の知らない言葉で、野蛮人の単調な歌をうたい出し、そのまま通りすぎていってしまった。
朽ち木の枝にとまっていたふくろうが陰気に鳴き出したと思うと、遠くで別のふくろうがそれに答えた。上を見上げると、急に雲の切れ間から、雄牛座の一等星とヒヤデス星団が見えるではないか! こうしたものすべてが、夜を思わせるものばかりだった――オオヤマネコにしても、たいまつを持った男にしても、ふくろうにしてもだ。しかも、私には見えたのだ――真っ暗な闇ではないというのに、星までが見えたのだ。私には見えたのだが、しかしどうやら私の姿は見えず、私の声は聞こえないらしかった。自分は一体どういう呪文にかけられているのか。
私は大きな木の根元に腰を下ろして、どうすれば最もいいのか、真剣に考えてみた。自分の頭が狂っていることは、もはや疑う余地はなかったが、それでも、そう信じこむにはまだ疑ってみるだけの根拠があると思えた。熱は少しもなかった。そればかりか、かつてまったく味わったことのない浮き浮きした陽気な気分と活気にあふれた感じがした――精神的にも肉体的にも高揚した感じだった。感覚はすべて敏感になっているようだった。空気までがずっしりと重い物質のように感じられたし、静寂さえも聞き取れた。
私が坐って、その幹にもたれかかっている巨大な木の大きな根は、一枚の厚い石板をつかんでつつみこみ、その一部は別の根が作ったくぼみに押しこまれていた。このために石の一部は風雨にいためつけられていなかったが、それでもひどくぼろぼろになっていた。とがった部分は摩滅してまるくなっていたし、角《かど》はぼろぼろになっており、表面は深いみぞや、うろこをつけたようにざらざらになっていた。石のまわりの地面には、雲母のかけらがきらきら光って見えた――石が朽ちた名残りであった。この石はどうやら墓地を示していたものだったらしく、その墓地から、遠い遠いむかしに、この木が生えてきたものらしい。その木の勝手気ままな根が墓地をうばい取り、墓石を虜《とりこ》にしてしまったのだ。
不意に風が吹いてきて、墓石の一番上の表面から、枯葉や小枝を吹きはらった。浅い浮き彫りの墓碑の文字が見えたので、私はかがみこんでそれを読んだ。何ということだ! この私の姓と名!――私の生年月日!――私の死亡年月日ではないか!
恐ろしさのあまり思わず跳び上がった時、水平にさしてくる一条の光が、その木の側面全体を照らし出した。太陽がばら色の東の空に昇ろうとしていたのだ。私は、その木と真っ赤な円盤のような太陽との間に立っていた――木の幹に黒い影がうつっていないのだ!
一斉におおかみが吠えて、夜明けのあいさつを送っていた。そのおおかみたちが一匹ずつ、あるいは群をなして、この砂漠の眺望の半ばを埋めつくし、さらに地平線にまで及んでいる不規則な塚や古墳のいただきに腰を落として坐りこんでいるのが見えた。この時、私にはやっと、それらがあの古くて有名なカーコサ市の廃墟だとわかったのである。
――
以上が、ホセイブ・アラー・ロバーディンの霊によって、霊媒ベイロールズに告げられた事実である。
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得体の知れぬ男
一人の男が闇の中から出てくると、われわれの消えそうになっているたき火の周囲の明かるい小さな輪の中にあゆみこんできて、岩の上に腰をおろした。
「この地方を探検するのは、あんたたちが初めてじゃありませんぞ」と彼は重々しくいった。
誰も彼の言葉には反駁しなかった。彼自身がその事実を証明していたからだ。なぜなら、その男はわれわれの隊の者ではなかったし、また、われわれが野営した時には、どこかこの近くにいたはずだから。そればかりか、ほど遠からぬところに仲間もいたに違いない。
この辺は、一人で暮らしたり旅をしたりするような場所ではなかった。われわれはもう一週間以上も、われわれ自身とわれわれの馬以外に見かけた生きものといえば、ガラガラ蛇やツノトカゲくらいにすぎなかった。アリゾナの砂漠では、人間はこんな動物どもだけを相手にして、とても長く暮らせるものではない。荷物を運ぶ駄獣、糧食、武器――つまり「装備一式」がなければだめだ。これだけのものが必要だということは、つまり同僚がいるということになる。このあつかましい見知らぬ男の仲間がどんなたちのやつらかという疑いのせいもあったろうが、それと同時に、彼の言葉には何かしら挑戦的とも取れるものがあったので、われわれ六人ばかりの「紳士的な冒険家たち」は一人残らず起きなおって、武器に手をかけた――時が時だけに、しかも場所が場所だけに、これは相手の出方次第ということを示す行動だった。
得体の知れぬ男はそんなことには一向頓着せず、最初の文句を発した時と同じゆっくりとした、抑揚のない一本調子で再びしゃべり出した。
「三十年前、ラモン・ガレゴスと、ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントと、ベリー・デーヴィスとは、みんなツーソンの連中だが、サンタ・カタリーナ山脈を越えて、ほぼ地形の許す限り、真西へ向かって旅をしていった。おれたちは金鉱探しをやっていたんだが、もし何もみつからなかったら、ヒーラ河を目ざしてビッグ・ベンドの近辺まで押入っていくつもりでいた。そこまでいけば開拓部落があると知っていたからだ。おれたちは装備はよかったが、ガイドがいなかった――ただラモン・ガレゴスと、ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントと、ベリー・デーヴィスだけさ」
男はその四人の名前をゆっくりと、しかもはっきりとくり返した。まるでその名前を聞き手の記憶にしっかり植えつけておこうとでもいうかのようだった。聞き手のわれわれは、今は全員注意深くその男を見守っていたが、黒い壁さながらにわれわれを取り囲んでいるような闇のどこかにかくれていそうな、こいつの仲間に対する恐れはうすらいでいた。頼まれもしないのに勝手に自分の昔話をやり出したこの男の態度には、けしからぬ下心を思わせるものはなかった。
この男のふるまいは、敵というよりはむしろ、危害を加えぬ狂人のそれを思わせた。多くの曠野の住人の孤独な生活が、常に精神異常と容易に区別しがたい行動や性格の奇矯さをもたらす傾向があることを知らぬほど、この地方に無知なわれわれではなかった。人間は木のようなものだ。仲間の森の中では、同族特有の、同時に個人特有の性質の許す限りまっすぐにのびていく。ところが、広い野原にぽつんと孤独でいると、形をゆがめ、ねじまげる周囲の圧力に負けるものだ。たき火の光をさえぎるために目深にかぶった帽子のかげから、この男を観察していた時、ふっといまいったような考えが私の心に浮かんだのである。てっきりこいつは正気をなくしている奴だ。それにしても、こんな砂漠のどまん中で何をしているのだろう?
この話を始めた以上、できればこの男の外見を説明したいと思うし、またそれが当然のことでもあろう。だが生憎と、しかもいささか奇妙なことに、少しも自信をもってやれないのだ。彼がどんな服装をしていたか、どんな顔つきをしていたかという点について、われわれの意見はそれぞれみんな違っていた。それなら、私自身の印象を書きとめようとすると、印象がするりと逃げてしまうのだ。誰でもなんらかの物語はできる。話をすることは人間の本来的な能力の一つである。だが、描写をするという才能は天与のものだ。
みんな黙りこくっているので、この訪問者は話を続けた。
「この地方は、当時はいまのようじゃなかったよ。ヒーラ河とメキシコ湾との間には、牧場なんか一つもなかった。山の中のあちこちに、ちっとは狩猟の獲物もいたし、たまにある水たまりの近くには、おれたちの馬を餓死させないだけの草が生えていた。おれたちは、インディアンに出っくわさないだけの幸運にめぐまれていたら、しまいまでやり通せたかも知れん。ところが、一週間とたたないうちに、遠征の目的は金鉱の発見どころでなくなって、いのちを守ることに一変してしまった。いまさら引き返すこともできんほど遠くへ来てしまっておった。というのは、前へ進んでも、うしろへ退いても、ひどいことにかけちゃ、どっちも変わりないと思えたからだ。そこで、おれたちはしゃにむに押し進んだ。インディアンと、ひどい暑さをさけるため、夜になってから馬を進め、昼間はできるだけ何とか身をかくしていた。野生の肉の貯えも底をつき、樽の水もからっけつになったため、時には何日間も飲まず食わずのこともあった。時には水たまり、がれ谷の底の浅いたまり水のおかげで、体力と正気を取りもどし、やはり水を求めてきた野生の動物を少しは仕止めることもできた。熊の時もあれば、カモシカだの、コヨーテだの、ピューマだのだった――つまり、神様の思召しのままってわけで、みんな食料になったよ。
ある朝、通りぬけられそうな山道を探して山脈のすそを進んでいた時、おれたちの通ったあとをつけてきて峡谷を上ってきたアパッチの一団に襲われた。やつらは十対一と数の上では優勢なのを知ってやがったんで、いつもの臆病なくらいに用心深いやり方はせずに、銃をうちまくり、わめき声を上げながら全速力でおれたちに襲いかかってきた。闘うなんてできるもんじゃない。おれたちは弱りこんでいる馬をせき立てて、ひずめをかける足場のある限り峡谷を登っていって、ついに鞍からとびおりると、斜面の一か所に生えていた低い灌木のやぶにかくれた。装備はいっさい敵に放り出してしまった。それでも銃はまだ持っていた。一人残らずな――ラモン・ガレゴスと、ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントと、ベリー・デーヴィスだよ」
「また同じ連中だ」と、われわれの隊のひょうきん者がいった。彼は東部の男で、慎しみをわきまえるべき社交上のしきたりをよく知らないやつだった。隊長がとがめるような身ぶりをしたので彼は黙りこんだ。得体の知れぬ男はまた話を続けた。
「野蛮人どもは馬をおりた。そして、そのうちの何人かが、おれたちが峡谷をすてた地点の先で峡谷をかけ上っていって、その方角へのおれたちの退路をたち切り、山の上へとおれたちをしゃにむに追い上げようとした。運悪く灌木のやぶは斜面の少し上までしか続いていなかった。おれたちはその上の、身をかくすものの何もない所にくると、十二丁の銃をうちまくった。ところが、アパッチのやつらは、あわてている時は銃はへたくそだ。それに神さまの思召しで、おれたちは一人もやられなかった。斜面の二十ヤード上方の、やぶの端の向こうに、まっすぐに切り立った絶壁があり、その絶壁のちょうどおれたちの前方に、せまい穴があいていた。その中にかけこむと、洞窟の中はふつうの家の一部屋ぐらいの大きさになっていた。ここでしばらくは安全だった。連発銃が一丁あれば、たった一人の人間でも、この土地のアパッチ全部を相手にしたって、入口を守ることはできた。だけど、飢えとのどの渇きだけは、どうにもふせぎようがなかった。勇気はまだあったが、希望はもう遠い過去の記憶でしかなかった。
その後、インディアンの姿は一人も見かけなかったが、峡谷でたいているたき火の煙や炎のあかりで、やつらが昼も夜もやぶの端で銃をかまえて見張っているのがわかった――もしおれたちが反撃に出れば、身をかくすものの何もない所へ三歩と出ないうちに、おれたちは皆殺しになるだろうということもわかっていた。三日間、交替で見張りをしてがんばったが、もうどうにも苦しみに耐えられなくなった。それから――四日目の朝のことだったが――ラモン・ガレゴスがいった。
『なあ、|みんな《セニョーレス》、おれは神さまのことも、どうすれば神さまのお気に入るかもよく知らねえ。おれは信心なしに暮らしてきた。それに、あんたたちの宗教も知らねえ。なあ、みんな、もしあんたたちをびっくりさせたらかんべんしてもらいてえが、このおれには、アパッチのやつらの勝負にかたをつけてやる時がきたんだ』
そいつは洞窟の岩のゆかにひざまずくと、こめかみに拳銃をおしあてた。『|聖母マリアさま《マードレ・デ・デイオス》、ラモン・ガレゴスの魂がいま参ります』と、そいつはいった。
こうして、そいつはおれたちと別れていったよ――ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントと、ベリー・デーヴィスとな。
おれは隊長だった。そこで一言いわねばならなかった。
『あいつは勇敢な男だった。死ぬべき時と死に方を心得ていた。のどの渇きのために気が狂って、アパッチの弾丸にあたってたおれたり、頭の生皮をはがれたりするなんて愚の骨頂だ――品が悪いよ。ラモン・ガレゴスに続こうじゃないか』
『そうだとも』と、ウイリアム・ショーがいった。
『そうだとも』と、ジョージ・W・ケントもいった。
おれはラモン・ガレゴスの手足をきちんとそろえてやると、顔にハンカチをかけてやった。すると、ウイリアム・ショーがいった。『おれもそんなふうになってみたいよ――ちょっとのあいだでも』
すると、ジョージ・W・ケントもそんな気がするといった。
『いずれはそうなるにきまっているさ』と、おれはいった。『あの赤い悪魔のやつらは一週間でも待ちかまえているんだからな。ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントよ、拳銃をぬいて、ひざまずくんだ』
二人はその通りにした。そこで、おれは二人の前に立って、いった。
『全能の神、われらが父よ』
『全能の神、われらが父よ』と、ウイリアム・ショーがいった。
『全能の神、われらが父よ』と、ジョージ・W・ケントもいった。
『われらが罪をゆるし給え』と、おれはいった。
『われらが罪をゆるし給え』と、二人はいった。
『またわれらが霊魂《たましい》を受け入れ給え』
『またわれらが霊魂を受け入れ給え』
『アーメン!』
『アーメン!』
おれはこの二人をラモン・ガレゴスとならべてねかせると、顔をおおってやったよ」
たき火の反対側が急にざわついた。隊員の一人が拳銃を手にして、さっと立ち上がったのだ。
「そしてお前は!」と彼がどなった――「よくもお前は逃げたな――よくも図々しく生きておれるな。この卑怯者め、このおれがお前を仲間のそばに送ってやるぞ。おれがしばり首になろうとかまうもんか!」
だが、豹のように身をおどらせて隊長がとびかかり、彼の手首をつかんだ。「やめろ、サム・ヤンツィ、やめるんだ!」
われわれはもう総立ちになっていた――得体の知れぬ男だけは別で、そいつはじっと坐ったまま、知らぬふりをしていた。
「隊長」と私はいった。「この話はなんだかおかしなところがあります。こいつは気違いか、でなければただのうそつきですよ――ただのありふれたうそつきですよ。何もわざわざヤンツィが殺すほどのこともないやつですよ。もしこの男がその隊の者だったら、隊員は五人いたわけで、その中の一人――おそらくこの男自身でしょうが――そいつの名前を、この男はいってないのですよ」
「そうだ」と隊長はいって、乱暴しようとした隊員を放した。隊員は坐りこんだ。「どうも合点のいかぬことがあるんだ。何年も前のことだが、頭の皮をはがれ、無惨に手足を切り取られた四人の白人の死体が、その洞窟の入口のあたりで見つかった。死体はそこに埋葬されているよ。おれはその墓を見たことがあるんだがね――あした、みんなでその墓を見にいこう」
得体の知れぬ男は立ち上がったが、いまにも消えそうなたき火の火明りの中で、いやに背が高く見えた。たき火は、われわれが息を殺してその男の話を聞き入っていたため、燃え上がらせておくのをうっかり忘れてしまっていたのだ。
「四人だったよ」と、その男はいった。「ラモン・ガレゴスと、ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントと、ベリー・デーヴィスとだよ」
こうして、またも死者の名を読み上げるように口にして、彼は闇の中へ歩み去っていき、われわれにはもう見えなくなった。
その瞬間、見張りに立っていた隊員の一人が、銃を手に、いささか興奮して、急ぎ足でやってきた。
「隊長」と、彼はいった。「この三十分ほどのあいだ、三人の男が向こうの、あのテーブル岩の上に立っていました」彼は得体の知れぬ男が去っていった方角を指さした。「月が出ていたんで、そいつらがはっきり見えましたよ。だけど、そいつらは銃を持っていなかったし、こっちは銃で狙いをつけて待っていたんで、あとはやつらの出方次第だと思ったのです。やつらはとうとう何もしなかったけど、畜生め! まったくいらいらさせるやつらだったですよ」
「自分の持ち場にもどって、またそいつらが見えるまでとどまってるんだ」と、隊長はいった。「他の者はみんな、も一度、寝てろ。さもないと、たき火の中に蹴とばしてやるぞ」
歩哨は悪態をつきながらおとなしく引き下がり、戻ってこなかった。われわれが毛布をならべていると、激しやすいヤンツィがいった。「どうもすみません、隊長。だけど、一体あの三人は何ものなんですか」
「ラモン・ガレゴスと、ウイリアム・ショーと、ジョージ・W・ケントさ」
「じゃあ、ベリー・デーヴィスはどうなったんです。やっぱり、あの野郎を撃ち殺してやりゃあよかった」
「そいつはまったく余計なことだよ。死んでる者をまた殺そうなんて、できない相談だ。さあ、寝ろよ」
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幽霊さまざま
以下にかかげる数篇の話の筆者本人と私とは特別の関係にあるため、その原稿を私が入手したいきさつの説明ははぶかせて頂く。その点、まず読者のご寛容を願っておかなければなるまい。かつまた、この本人についての私の知識は、はなはだ乏しく、従って本人自身が、みずから語っている話の真実性を果たして信じていたのかどうか、私の口からとやかくいう筋合ではなかろう。その点について検討してみるだけの価値があると思ったところで、それが必ずしもあらゆるばあいを通じて、語られている話の確証に資するものとは限らない。また、この人の文体は、その大部分が技巧的にも芸術的にも欠ける点があり、拙劣ともいえるほど単純率直であって、全くの文学的意図による天邪鬼を発揮しているともいい難いように思われる。この点はむしろ、表現の華やかさよりも、調査の結実の方に重きをおいた人の態度と呼べるのではあるまいか。本人の草稿を書きうつし、体裁上いささか筆を加えて、この草稿が当然受けるべき世の注目を大いに引くよう心がけたつもりであるが、その際、ごくささいな言葉遣いの装飾などをもって本来の話を飾り立てるがごとき、そのようなことは良心的に極力さしひかえた。私自身そのようなことが仮にできるとしても、そういう行為は、たとえ望ましくとも、さしでがましいばかりでなく、初めに言明したとおり、実際以上にいささか立ち入りすぎたかかわり合いを本来の作品と持つことになりかねないからである。――A・B
つるし首に立ち会う
アイオワ州のレバノン近辺に住むダニエル・ベーカーという老人は、ある行商人を殺したのではないかと、近所の人々から疑われていた。行商人は老人の家に一夜の宿をかしてもらう許しを得ていたのである。これは一八五三年のことで、当時、開拓時代の西部では、今から見れば行商はごくふつうだったし、また、かなりな危険が伴いがちであった。
行商人は荷物を持って、いろんな寂しい道を通って西部を横断し、田舎の人の親切なもてなしを当てにせざるをえなかった。このためにどうしてもうさんくさい奴とかかわり合いを持つことになった。そんな連中の中には、どうにも暮しの立て方がまっとうでない奴がいた。暮しを立てるために、人殺しを気に入った手段にしていたからである。荷物はしだいに小さくなる代りに、財布はたっぷりふくらんでいた行商人の足どりをたどると、あらくれ者の寂しい一軒家にいき当るが、それから先はぷっつり絶えているということが、よくあったものだ。「ベーカーおやじ」の事件も、このとおりだった。ベーカーはいつもそう呼ばれていた(西部の開拓部落では、尊敬されていない年配の者に限って、こういう名前がつけられている。社会的な無価値なものに対する世間一般の不評に加えて、老人への特別の非難がこめられているのである)。彼の家に、行商人がやってきて、それきり誰も立ち去っていない――皆が知っていることは、それだけだった。
七年後に、その地方ではよく知られているバプテスト派の牧師カミングズ氏が、ある夜、馬車でベーカーの農場のそばを通りかかった。そう暗くはなかった。地面をただよう淡い霧の上のどこかに、かけらのような月が出ていたからだ。いつも陽気な人柄のカミングズ氏は口笛で何かの曲を吹き鳴らしていたが、時々、吹くのをやめては、やさしく馬にはげましの言葉をかけていた。
水のかれた谷にかかっている小さな橋にさしかかった時、橋上に立つ人影が、霧にかすむ森の灰色を背景にくっきりと輪郭を浮き上がらせているのが見えた。その男はなにやら革ひもでくくったものを背にかつぎ、ふとい杖をたずさえていた――明らかに旅回りの行商人だった。その男の姿勢には、まるで夢遊病者に似た、何となく放心状態を思わせるものがあった。カミングズ氏は、男の前までくると馬の手綱を引いて、愛想よくあいさつのことばをかけ、馬車に乗らないかとすすめた――「もしわたしと同じ方角でしたら」と、いいそえて。
男は頭を上げて、真正面から牧師を見たが、返事もしなければ、それ以上何の動作もしなかった。牧師は人のいいしつこさで、もう一度さそってみた。すると、男は横にたらしていた右手を突き出して、自分が立っている橋のぎりぎり縁《へり》のところから下の方をさし示した。カミングズ氏は彼の上からのぞきこむように谷の中を見やったが、何も変わったものは見えなかったので、再び男に話しかけようとして視線を戻した。男の姿は消えてしまっていた。始めからただならぬほど落ちつきをなくしていた馬は、その瞬間、恐怖の鼻あらしを吹いたと思うと、やにわに駈け出した。牧師がやっとのことで馬をおさえることができた時には、百ヤードばかり先の丘の頂に達していた。ふり返って眺めると、またも男の姿が、始め見た時と同じ場所に、同じ姿勢で立っているのが見えた。その時になって始めて、超自然なるものの気配を感じ、逃げ出そうとはやり立つ馬にまかせて急ぎに急いで、わが家へ突っ走った。
わが家に帰りつくなり、この不思議な出来事を家族の者に語った。そして、つぎの朝早く、二人の隣人、ジョン・ホワイト・コーウェルとアブナー・レイザーとを伴って、現場に戻ってみた。彼らは橋げたの一つから首をつって下がっているベーカーおやじの死体を発見したが、そこはあの亡霊が立っていた場所の真下であった。厚くつもったほこりが、霧のためにちょっぴりしめって、橋一面を覆っていたが、足跡といえば、カミングズ氏の馬の足跡しかなかった。
三人で死体を下ろしていた時、すぐその下の斜面のぼろぼろした、もろい土をふみ荒らしている内に、水や霜の作用のためにすでにあらわれかけていた死骸をさらけ出してしまった。それは、あの行方不明だった行商人のものだと判明した。この二つの死体の検死で、検死陪審員は、ダニエル・ベーカーは一時的な精神異状を来たしているうちに自らの手で死に、また、サミュエル・モリッツは陪審員にも不明の、一人又は複数の人物によって殺害されたものであるという判定を下した。
そっけないあいさつ
これは、サンフランシスコの故ベンソン・ファウリーが語った話である。
「一八八一年の夏、私はテネシー州フランクリンの住人ジェームズ・H・コンウェイという男と会いました。この思い違いをしていた男コンウェイは、保養のためにサンフランシスコを訪れていたのですが、ロレンス・バーティング氏からの紹介状を私に持ってきました。私は南北戦争中に北軍の大尉だったバーティングと知り合いになっていたのです。戦争が終ると、彼はフランクリンに落ちつき、そのうちに、当然のことと思うのですが、弁護士としていささか重きをなす人物になったのです。バーティングは私から見れば、常に尊敬すべき誠実な人に思えましたし、それだけに、コンウェイ氏の紹介状に示されている温い友情は、コンウェイがあらゆる点で私の信頼と尊敬に価するということの十分な証拠に思えたのです。ある日、晩餐の席で、彼とバーティングとの間に厳粛に取りきめられた約束というものを語ってくれたのです。もし可能であるなら、どっちか先に死んだ方があの世から、誤解の余地のない方法で、自分の考えを相手に伝える――境遇の変化によって生じるかも知れない機会に応じて、どうすべきかは死者の決定にゆだねる(賢明なやり方だと、私には思えたのですが)というのです。
こういう約束についてコンウェイ氏が語ってくれた話をしてから二、三週間たったある日、モンゴメリ通りをゆっくりと歩いている彼に出会いました。放心状態といったようすから見て、どうやら深い考えごとにふけっていたようでした。彼はほんのちょっと頭を動かして、私にそっけないあいさつをしただけで、いってしまいました。取り残された私は歩道に突っ立って、手をさし出しかけたまま、びっくりもしましたし、当然のことながら、いささか腹も立ちました。
つぎの日、パレスホテルの事務室で、また彼に会いました。きのう同様にまたも無愛想なふるまいをしそうになったので、戸口で彼をさえぎり、あいそよく一礼してから、彼が態度を変えたわけを説明してくれと端的に求めました。彼は一瞬ためらっていましたが、率直に私の目をまともに見て、こういったのです。
『ファウリーさん、わたしはもはやあなたの友情を求める資格がないと思っているのです。というのも、バーティングさんが私に与えていた友人関係を打ち切ってしまったらしいからですよ――どういう理由によるものか、私にもわからないとだけは断言しておきます。今までにあなたに知らせてなかったとすれば、おそらくそのうち知らせてくるでしょう』
『ですが、バーティングさんからは何の便りももらってませんよ』と、私は答えました。
『何の便りももらってないですと!』と、彼は驚いたようすで、おうむ返しにいいました。『だって、あの人はこっちにきてるんですよ。きのう、あなたと会った十分前に、あの人に会ったんですからね。わたしは、あの人がわたしにしたとそっくり同じに、あなたにあいさつをしたんですよ。きょうも、十五分とたたぬ前に、またあの人に会ったんです。きのうとそっくり同じ態度でしたよ。ちょっとえしゃくしただけで、どんどん行ってしまったのです。わたしに示された、あなたのご丁重なおもてなしは容易に忘れはいたしません。では失礼、いや――こう申し上げた方がお気に召しますでしょうな――では、さようなら』
以上のことは、コンウェイ氏としては異様なくらい慎重熟慮した行動のように見えました。
劇的な場面だとか文学的な効果などといったことは、私の目的とは無縁のものですから、さっそくはっきり申し上げましょう。バーティングさんは亡くなっていたのです。私たちがこんな話を交していた四日前に、ナッシュビルで亡くなっていたのです。私はコンウェイ氏を訪ねて、わたしたちの友人の死を伝え、死を知らせてきた手紙を見せてやりました。彼はありありと動揺の色を見せましたが、そのようすには、彼の誠実さに疑念をさしはさむ余地は少しもありませんでした。
『とても信じられないくらいです』彼はしばらく考えこんでからいいました。『どうやらわたしは他人をバーティングだと思い違いしていたらしいですね。そして、その男のそっけないあいさつは、わたしのあいさつに気づいて、見知らぬ他人が儀礼上あいさつを返しただけのことだったんですね。そういえば思い出しましたよ、その男にはバーティングの口ひげがなかったですな』
『むろん、そりゃあ別人ですとも』と、私も同意した。その後二度とこの話題は、私たちの間には出ませんでした。しかし、私はポケットにバーティングの写真を持っていたのです。未亡人からの手紙に同封されていたものです。それは彼が亡くなる一週間前に写したもので、口ひげなどありませんでした」
電報
一八九六年の夏、シカゴの裕福な工場主のウイリアム・ホルト氏は、ニューヨーク州中央部の小さな町に仮住いをしていた。その町の名は、筆者の記憶に残っていない。ホルト氏は「妻といざこざ」があって、一年前から別居していた。そのいざこざが単なる「性格の不一致」より以上に深刻なものであったかどうか、それを知っている現存者はおそらく本人だけであろう。彼は内緒事をもらすという悪癖にふける人ではないからだ。それでも、彼は、ここに記した出来事を少くとも一人にだけ、秘密を守る誓いを強要もせずに語ったことがある。彼はいま、ヨーロッパで暮している。
ある日の夕暮れ、泊っていた弟の家を出て、ぶらりと田園の散策に出かけた。おそらく――と、こう推測しても、起こったという事件と関連して、それがどんな価値を持つのかわからぬが――彼の心はおのが家庭の不幸について、またそれが自分の人生にもたらしたつらい変化について、しきりと思い悩んでいたのであろう。ともあれ、彼の考えごとが何であったにせよ、ひどく心を奪われてしまっていたため、時間の経過も、自分の足がどこへ向かっているかも気づかなかった。いつの間にか町外れからはるか遠くに出てしまって、町を出た時の道とは似ても似つかぬ道をたどって、寂しい土地にはいりこんでいるのにやっと気がついた。
とんだ不運に気がつくと、彼は微苦笑した。ニューヨーク州の真中といっても、別に危険な土地でもないし、いつまでも道に迷いこんでいるはずもない。そこで彼はくるりと向き直って、もときた道を引き返していった。遠くまでいかないうちに、風景がしだいにはっきりしてくるのに――明かるくなってくるのに――気がついた。あたり一面にやわらかな赤い光がみなぎり、その光の中で目の前に自分の影が映っているのが見えた。「月が昇っているんだな」と、彼は独りごちた。その時、いまは新月のころだったのを思い出した。あのいたずらもののお月さんが、三日月に見える時期にきているとすれば、とっくに沈んでいるはずだ。彼は立ち止まると、急速にひろがってくる明かりのもとをたしかめようとして、くるりと向き直った。彼が向き直ると、彼の影もいっしょにまわって、前と同様、目の前の道に長くのびていた。光はやはり背後からさしていた。これは驚くべきことだった。合点がいかなかった。彼は何度も向きを変え、地平線のあらゆる方角につぎつぎに向かってみた。そのたびに、必ず影は前方にあった――必ず光は背後にあり、「静かな、恐ろしく赤い色」をしていた。
ホルトは仰天した――「口もきけないほど唖然とした」というのが、彼が語った時に使った言葉である――それでも、まだいくらか知的な好奇心は失っていなかったらしい。光の性質や原因が何であるかは確かめようもなかったが、その強さをためしてみようと思って、懐中時計を取り出すと、文字盤の数字が読めるかどうか見やった。はっきりと見えて、針は十一時二十五分をさしていた。その瞬間、神秘的な輝きは、突然、強烈に、目もくらむような光芒となって閃き、全天を照らし、星の光を消し去り、彼自身の途方もなく巨大な影を斜めに風景を突き切るように投げかけた。その不可思議な光輝の中に、近くではあるが、どうやらかなり高い空中に、寝卷き姿の妻が、わが子を胸に抱きしめているのが見えた。彼女の目はじっと彼の目に注がれていたが、到底「この世のものとはいえない」何とも名づけようも、言い現わしようもない表情をしていたと、彼は後になって言明した。
強烈な閃きは一瞬のことで、その後は真っ暗闇になったが、それでも、闇の中にその出現物は白くじっと動かずに見えていたが、やがて、目に見えぬほど徐々にうすれていき、ついに消え去った。まるでそれは、目を閉じた後、網膜に残る明かるい映像を思わせた。その出現物の異様さは、その時にはほとんど気づかず、後で思い出すと、女の姿の上半身しか見せていないということだった。腰から下は何も見えなかった。
その突然の暗黒は比較的というのであって、絶対的ではなかった。なぜなら、周囲のあらゆるものが、しだいにまた見えてきたからである。
夜の明けそめるころ、ホルトは、町を出た地点とは正反対の地点から、いつの間にか町に入っているのに気がついた。やがて弟の家に帰りついたが、弟にもほとんど彼だとは見分けがつかぬありさまだった。目はすわり、やつれ果て、どぶねずみのように土気色になっていた。ほとんど支離滅裂なありさまで、彼は一夜の経験を語った。
「可哀そうに、寝た方がいいよ」弟はいった。「そして――待ってみようよ。また後で聞かせてもらうから」
それから一時間して、運命予定を告げる電報が届いた。シカゴの郊外にあるホルトの住居が火災で全焼してしまったのだ。炎のために逃げ道を絶たれて、彼の妻は上の階の窓に姿を見せた。両の腕に子供をしっかりと抱きかかえていた。その窓際に立ったまま動かず、どうやらただ茫然となっているらしかった。消防士たちがはしごを持って到着したちょうどその時、床が崩れ落ち、彼女の姿はそれきり見えなくなった。
この最後の恐怖の瞬間が、標準時で十一時二十五分だったのである。
逮捕
自分の義理の兄弟を殺したケンタッキー州のオーリン・ブラウアーは逃亡犯人だった。裁判を待つために入れられていた郡の留置場から、看守を鉄の棒でなぐりたおし、鍵を奪って逃げ、外の扉を開けて夜の闇の中に出ていったのである。看守は武装していなかったので、ブラウアーは取り戻した自由を守るための武器は持っていなかった。彼は町の外に出るとすぐに森の中へ逃げこむというへまをやった。これはもう何年も昔の事件なのだが、当時、その地方は今と違ってはるかに未開の地だったからである。
月も星も出ていなかったので、夜はかなり暗かった。しかも、ブラウアーはこのあたりに住んだことがなく、地形も皆目知らなかったので、当然のことだが、すぐに迷ってしまった。自分が町から遠ざかっているのやら、町へまた戻っているのやら――オーリン・ブラウアーにとっては何よりも重大事だったのだが――さっぱりわからなかった。いずれの場合にしろ、追跡犬の群れをつれた市民の武装隊が、すぐに自分の跡をつけてくるのはわかっていたし、そうなれば逃げきれる見込みは心細い限りである。だが、自分の追跡に手を貸してやりたいとは思わなかった。自由の身が一時間でも長びけば、それだけでもありがたかった。
不意に森から旧道に出ると、行く手に、ぼんやりとだが、暗がりの中にじっと動かぬ人影が見えた。引きさがるにはもうおそかった。逃亡犯人は、うしろに背を向けて一歩でも動いたが最後、と彼はあとで説明したが、「鹿狩りの散弾が体じゅうにぶちこまれるだろう」と感じた。そこで、二人は樹木のようにそこに突っ立っていた。ブラウアーは心臓のはげしい動悸でほとんど息がつまりそうになっていた。相手は――相手の感情については何の記録もない。
その一瞬後――いや、一時間後だったかも知れない――月がわずかな雲の切れ間にすべりこんできた。と、追われている男には、その「法」の化身が手を上げて、彼方の前方を意味ありげにさし示すのが見えた。追われている男は了解した。自分の逮捕者にくるりと背を向けると、おとなしく示された方角へ右も左も見ずに歩いていった。ほとんど息もつけず、頭や背中は、今にも散弾をうちこまれそうで、実際にうずきを感じていた。
ブラウアーは、しばり首の運命にあった犯罪者のいずれにも劣らぬほど勇気があった。そのことは、わが身を恐ろしい危険にさらす状態にありながら、義理の兄弟を冷然と殺したことを見てもわかる。ここでは、そのありさまを語る必要はない。それは裁判で明らかになったことだし、法廷で真相を突きつけられた時でさえ、平静そのものの態度を見せていたため、いま一歩のところでしばり首をまぬかれそうになったくらいである。だが、それにしても、どうすればいいのか――勇気ある者は負けたとなれば、いさぎよく降服するものだ。
そこで二人は森をぬけて旧道沿いに、留置場へ向かって旅を続けていった。一度だけ、ブラウアーは思いきってうしろをふり向いてみた。たった一度だけだ。自分が深い影の中にあって、相手が月光の中にいるとわかった時に、うしろをふり返ってみた。自分を逮捕したやつは、看守のバートン・ダフだった。死人のように青白く、ひたいには鉄の棒でなぐられた青黒いあとがついていた。オーリン・ブラウアーはもうそれきり好奇心を抱かなかった。
ついに二人は町に入った。町にはことごとく明かりがついていたが、人気はなかった。女と子供だけが残っていたが、通りには姿を見せていなかった。牢屋に向かってまっすぐに、犯人は進んでいった。表の戸口にまっすぐに歩みより、重い鉄の扉の把手に手をかけ、命令もされずにぐいと扉をおし開けて中に入ると、五、六人の武装した男たちがいた。そこで、彼は向きを変えた。他には誰も入ってこなかった。
廊下のテーブルの上に、バートン・ダフの死体が横たえられていた。
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兵士たち
二つの 生命《いのち》を持った男
これはデビッド・ウイリアム・ダックについての、本人自身が語った、何とも奇妙な話である。ダックは、イリノイ州のオーローラに住んでいる老人で、この町では全部の人から尊敬を受けている。ところが、彼は通称「デッド・ダック」で通っている。
「一八六六年の秋、わしは第十八歩兵連隊の一兵卒だった。わしの中隊は、カーリントン大佐指揮下の、フィル・カーニー砦に駐屯していた部隊の一つだったよ。この地方の者なら、多かれ少なかれその守備隊の昔話については聞きおぼえがあるはずだ。ことに八十一人の分遣隊の将兵全員がスー族に皆殺しにあった話はな――一人も逃げられなかったよ――事の起こりは、分遣隊の指揮官で、勇敢だったが無鉄砲なフェターマン大尉が命令に違反したためだ。その事件があった時、わしは急を要する重要書類を持って、ビッグ・ホーン河沿いのC・F・スミス砦へ向かっていこうとしておった。その地方は敵意をもってるインディアンがうようよしていたから、わしは夜に旅をして、夜の明けない内にできるだけかくれるようにしておった。そうするには都合よく、わしは徒歩でいったのだが、武器といえばヘンリー式連発銃一丁で、雑嚢には三日分の食糧をつめこんであった。
二度目のかくれ場所として、暗がりの中で見ると、岩山の低い連山の中にはいりこんでいる細い峡谷とおぼしいところを選んだ。その峡谷には、山肌からころがり落ちてきた大きな石がごろごろしておった。そんな石の一つのかげの、山よもぎの茂みの中に、その日の寝床を作ると、たちまち眠りこんでしまった。自分では目を閉じるか閉じないうちのように思えたのだが、じつはもう正午近かった時のこと、小銃の銃声で目をさまされたと思ったら、弾丸がわしの体のすぐ上の石にぶち当った。インディアンの一隊がわしの後をつけてきて、まわりをほとんど包囲していたんだよ。発砲したのは、上の方の丘腹からわしを見つけたやつなんだが、何ともへたくそな狙いだったね。そいつの銃の硝煙で、やっこさんの居場所がわかった。そこで、わしが立ち上がったとたんに、やっこさんは足をふみ外して、坂をころがり落ちよった。わしは前かがみの姿勢で走って、姿の見えぬ敵から雨あられと飛んでくる弾丸の中を山よもぎの茂みの間に入ってかわしていった。悪党どもは立ち上がって、追ってこない。これはどう考えても変だったね。なぜかというと、わしの通ってきた跡を見れば、相手はただの一人だぐらいわかってるはずだからなあ。だが、やつらが行動を起こさぬわけは、やがてすぐにはっきりした。百ヤードもいかぬうちに、それから先は逃げられぬ所にぶつかったのさ――つまり峡谷のどんづまりだったんだよ。それをわしは峡谷とまちがえておったんだ。その峡谷のどんづまりというのは、まん中あたりがへこんだ、垂直に近い、まるで胸壁のような一枚岩になっておって、草一本生えていなかった。そんな行止まりに、おりの中の熊みたいに、わしははまりこんでしまった。追ってくる必要なんかなかったわけだ。やつらはただ待っておればよかったのさ。
やつらは、じっと待っておった。わしは二日二晩、てっぺんにメスキートの灌木が生えておる岩かげに、絶壁を背にしてうずくまり、のどのかわきに苦しみ、絶対に救いの手がくる望みもなくて、遠距離にいるやつらと戦ったよ。やつらの銃の煙を狙って時々銃をうってな。やつらも、わしの煙をねらって発砲してきたのさ。むろん、夜になっても、うっかり目を閉じるわけにいかなかった。睡眠不足はまさにひどい拷問の責め苦だった。
三日目の朝だったとおぼえておるが、これでいよいよおれも最後かと観念した。どうもここんとこの記憶がぼやけておるんだが、わしはもうやけくそになり、頭もおかしくなって、いきなり見通しのきく所へ飛び出すと、狙いをつけるまとなど見もせずに、ただもう連発銃をうちまくった。その戦いのことは、それきりしか記憶にない。
その次に記憶にあるのは、ちょうど日暮れに、自分がしゃにむに河から出ようとしていたことだ。ぼろ切れ一枚身につけておらんすっぱだかで、どの辺にいるかも皆目わからなかったが、その晩、夜通し、寒くて、痛む足を引きずりながら、北へ北へと旅を続けた。夜明けごろに、いつの間にか目的地のC・F・スミス砦についていたんだが、重要書類は持っていなかった。最初に出会った男が、わしのよく知っておるウイリアム・ブリスコーという軍曹だった。そんな風態《ふうてい》のわしを見て、軍曹はぶったまげたなんてもんじゃないよ。ところが、お前は一体何者だときかれて、こっちもぶったまげたねえ。
『デイブ・ダックだよ』わしは答えた。『ほら、おれにきまってるじゃないか』
軍曹はまるでふくろうみたいにじろじろ見ておった。
『たしかにそうも見えるな』と、軍曹はいった。それから、軍曹がちょっとばかりわしから離れたのに気がついた。『どうしたんだ』と、軍曹はいいそえた。
わしは前日に起こったことを逐一語って聞かせた。軍曹はなおもじろじろ見ながら、しまいまで聞いていたが、それからこういった。
『なあおい、お前がデイブ・ダックなら、お前に教えといてやらなくちゃならんな。じつは、おれは二か月前に、お前を埋葬したんだよ。おれが小人数の斥候隊をつれて出かけた時に、お前の死体を発見したんだ。蜂の巣みたいに弾丸の穴だらけで、頭の皮ははぎ取られたばかりだった――それに、いうのも気の毒だが、他にもちょいとばかり切り取られていたがね――死体を見つけた場所は、お前がその戦闘をやったという、まさにそこだったよ。おれのテントにきてみろ。お前の身につけていた服と何通かの手紙をおれが取ってあるのを見せてやるから。お前の重要書類は司令官がお持ちだ』
軍曹はちゃんとその約束を果たしてくれた。服を見せてくれた。わしは断乎としてその服を着こんださ。手紙も見せてくれた。そいつはポケットにしまいこんでやったよ。軍曹は何も文句はいわなかった。それから、わしを司令官のところへつれていった。司令官は、わしの話を聞いてから、わしを営倉につれていけと、冷ややかにブリスコーに命令した。途中で、わしはいった。
『ビル・ブリスコー、あんた本当に、嘘いつわりなく、この服を着ているのを見つけたという死体を埋葬したのかね』
『確かだよ』と、軍曹は答えた。『さっき言った通りだ。あれはまちがいなくデイブ・ダックだったよ。おれたちのたいがいの奴は彼を知ってたからな。ところで、やい、他人を詐称する、このかたり野郎め、貴様が何者だか、もう本当のとこしゃべった方がいいぞ』
『こっちの方が知りたいくらいだね』と、わしはいった。
それから一週間後に、わしは営倉から脱走し、できるだけ急いでその土地から逃げ出したよ。今までに二度ばかり戻ってみて、山の中の、あの縁起でもない場所を探してまわったけど、どうしても見つからなかったなあ」
三たす一は一
一八六一年、バー・ラシターという二十二になる青年が、テネシー州カーシッジ近くに、両親と一人の姉と共に暮していた。一家はそう肥沃でもない小さな農場を耕して生活を立てているので、いささかつましい境遇にあった。奴隷を所有していないために、その近隣の「一流の人々」の中には数えられなかった。しかし、りっぱな教育を受けた正直な人たちで、礼儀正しかったし、世間のどの一家にも劣らぬほど尊敬すべき一家だったろう。
父親のラシターは、いささかも妥協を許さぬ義務への献身を口癖のように始終主張して、温い人情もろい性質をかくすという、よくあるあの厳格な態度を持していた。彼こそは殉教者を作り上げる鉄の意志の人であったが、しかし、母岩ともいうべき心の中には、鉄にまさる貴金属がかくされており、それは温和な熱にさえも溶けるのだが、それでも絶対に堅い外側の色が変わったり、軟らかになったりすることはなかった。遺伝と環境の両者によって、父親の剛直な性格の何がしかが、家族の他の者たちにも伝わっていた。従ってラシターの家庭は、家庭的な愛情が全く欠けているわけではなかったが、まさしく金城鉄壁の義務の要塞だった。そして、義務とは――ああ、義務こそは死に優るとも劣らぬ残酷なものである。
戦争が始まると、この州の他の多くの家族と同様、この一家においても心情は真っ二つに分裂した。若い息子は合衆国連邦に対して忠誠であったが、他の者たちは猛烈に敵意を燃やした。この不幸な分裂は耐えがたいほどの家庭内の苦痛を生み出すにいたった。激昂する息子が、連邦軍に参加する決意を公言してわが家を出た時、誰一人ひき止める者もなく、別れの言葉を口にすることもなく、いかなる運命が待ちもうけていようと、勇躍して立ち向かっていく世界へ、はなむけの言葉をもって彼を送り出すこともなかった。
すでにビューアル将軍の軍隊によって占領されていたナッシュビルへ向かっていく途中、彼はまっさきに出会った部隊、ケンタッキー騎兵連隊に入隊した。やがて時がたつにつれ、彼はずぶの新兵から軍隊のあらゆる進化の段階を経て、古参の騎兵になっていた。彼はまさに天晴れな騎兵でもあったが、そんなことが彼の口から語られた話――この物語は彼の話によったものだが――の中に出てきたわけではなく、生き残った彼の戦友たちからわかったのである。というのは、バー・ラシターは、死神という名の軍曹に対して、「おれはここにいるぞ」と、いつも答えていたというからだ。
軍隊に入ってから二年して、彼の連隊が出身地の故郷を通り過ぎた。この地方一帯は戦争の破壊をもろにかぶっていた。交戦した双方の部隊によって交互に(時には同時に)占領され、血みどろの戦闘がラシターの農場のすぐ近くであったからだ。しかし、この若い騎兵は、そのことを知らなかった。
野営地がわが家の近くだと知ると、自然の情として両親と姉に会いたい思いにかられ、一時期のあの不自然な憎しみが、自分のばあいと同様に家族たちの胸中にも、時と別離によってやわらげられているだろうという望みを抱いた。休暇をもらうと、夏の午後おそくに出かけた。満月が昇ってから間もなく、自分が生まれた、なつかしのわが家へ通じる砂利道を歩いていた。
戦争中の兵士たちは早くふけるものだ。ましてや、青年のばあい、二年という歳月は長いものだ。バー・ラシターは自分がもう老人になったように感じ、きっとわが家は廃墟と化し荒廃しているものと予期していた。どうやら何一つ変ってないようすだった。なつかしい見おぼえのあるものが目にうつるごとに、彼は深い感動をおぼえた。心臓のはげしい鼓動が聞こえるほどだった。興奮のため息がつまりそうだった。のどが痛いほどしめつけられた。思わず知らず足が速くなり、ついには駈け出さんばかりになった。彼の長い影がそばから離れまいとして、奇怪な努力をしていた。
家には明かりがついてなく、ドアは開け放たれていた。近づいていって、心を静めようと立ち止まった時、父が出てきて、月光の中に帽子をかぶらず突っ立っていた。
「お父さん!」若者は叫ぶなり、手をさしのべてかけ出した――「お父さん!」
父親は若者の顔をきびしく見やり、じっと動かずに一瞬立っていたが、一言も口をきかずに家の中へ引き下がった。切ないほどに落胆し、屈辱を味わわされ、言いようもないほど心を傷つけられ、全く気落ちし、深い失意に襲われて、丸木造りの腰かけにがっくり腰を落とすと、わなわなふるえる手で頭をささえた。だが、このまま引き下がるような彼ではなかった。天晴れな兵士である以上、撃退されて、おめおめと敗北をみとめる気にはなれなかった。彼は立ち上がると、家の中に入り、まっすぐに「居間」へ通っていった。
カーテンのない東の窓からさしこむ光で、ぼんやりと明かるかった。そこの唯一つの家具である炉端の腰かけに、黒くなった燃えさしと冷たい灰のちらばっている暖炉をじっとみつめて、母が坐っていた。彼は母に声をかけた――やさしく、たずねるように、ためらいがちに。だが、彼女は返事もしなければ、動こうともせず、驚いた風すら見せなかった。確かに、彼女の夫が罪深い息子の帰ってきたのを彼女に知らせるだけの時間はあったはずだ。彼はさらに近よって、母の腕にさわろうとしかけた時、隣の部屋から姉が入ってきて、真正面から彼を見やると、弟だとわかった気配すら見せず、彼のややうしろになっている戸口から出ていった。彼はふり返って姉のようすをじっと見守っていたが、姉が立ち去ってしまうと、再び視線を母に戻した。母もまた部屋を去ってしまっていた。
バー・ラシターは、自分が入ってきた戸口へ急いで歩みよった。芝生に降り注ぐ月光がふるえていた。まるで芝生が、さざ波立つ海のようだった。木々と、その黒々とした影は、まるでそよ風にゆらいでいるように、ゆれていた。芝生との境目が溶け合って、砂利道がぼやけ、その上を歩くのもおぼつかなげに見えた。それが涙による目の錯覚だということぐらいは、この若い兵士にもわかった。涙を頬に感じ、騎兵の軍服の胸に涙がきらめくのが見えた。彼は家を去ると、野営地へと引き返した。
つぎの日、別にそれほどはっきりした意図もなく、はっきりと名づけようもない強力な感情に動かされたわけでもないのだが、彼は再びその場所へ行った。半マイルたらずのところまできた時、昔の遊び仲間で学校友達だったブシロッド・オールブロに出会った。友達は心から喜んであいさつした。
「家へちょっと寄ってみようと思ってね」と、兵士はいった。
相手は鋭くさぐるような目で見やったが、何もいわなかった。
「わかってるよ」と、ラシターは続けた。「家の連中は全然変わってないけどね、でも――」
「いろんな変化があったよ」オールブロがさえぎって、いった。「何もかもが変わるんだよ。かまわなかったら、ぼくも一緒にいこう。歩きながら話ができるから」
だが、オールブロはしゃべらなかった。
家はなかった。そこにあったものは真っ黒こげになった土台石だけで、その石に囲みこまれるようにして、固まった灰が雨に打たれて、あばたのような跡がついていた。
ラシターの驚きはいいようもなかった。
「どうきみに話していいかわからなかったんだよ」オールブロはいった。「一年前にあった戦闘で、きみの家は北軍の砲弾で焼けてしまったんだ」
「それで、家の者は――いまどこにいるんだ」
「天国、だと思うよ。その砲弾で、みんな亡くなったのだ」
阻止された伏兵
レディビルとウッドベリとの間をつないで、九ないし十マイルに及ぶりっぱな、硬く舗装した有料道路ができていた。レディビルは、マーフリーズボロにいる北軍の前哨地点になっていた。同様に、ウッドベリは、タラホーマにいる南軍にとっての前哨地点になっていた。ストーン河での大戦闘があってから数か月にわたり、これら二つの前哨地点では絶えず小ぜり合いが続いていたが、その大部分は、当然のことだが、いまのべた有料道路上で、両軍の騎兵の分遣隊のあいだで起こっていた。
ある夜、歴戦の古強者サイドル少佐の率いる北軍の騎兵一個大隊が、機密、慎重、沈黙を要する甚だ危険の伴う作戦行動につくため、レディビルから出動した。
歩兵の小哨を通過すると、それから間もなく分遣隊は、前方の暗闇をしっかりとみつめている二名の騎馬哨兵に近づいた。騎馬哨兵は三名いなければならないはずだった。
「もう一人はどこにいるんだ」と、少佐はいった。「ダニングに今夜はここにいろと、おれが命令しといたんだが」
「ダニングは前方にいきました」と、兵士が答えた。「そのあとで銃声がちょっとばかりしました。しかし、それは前線のずっと手前でありました」
「ダニングがそんなことするとは命令違反だし、それに非常識だぞ」と、将校は明らかに腹立たしげにいった。「なぜ前方へ出ていったんだ」
「わかりませんです、少佐殿。ダニングはやけにそわそわしてるようでした。おじけづいたのじゃないでしょうか」
この驚くべき推理家と相棒の騎馬哨兵とが分遣隊に加えられると、再び前進が始まった。会話は禁止され、武器や装具をがたがた音をたてることさえ許されなかった。聞こえるものは馬のひずめの音だけだったが、それさえもできるだけ小さくするために、行動はのろかった。深夜をすぎて、あたりはひどく暗かった。といっても、むら雲のかげのどこかに、小さな月が出ているはずだった。
二、三マイル進むと、縦隊の先頭は道路の両側に接している杉の密林に近づいてきた。少佐は止まれの命令を下した。といっても、少佐自身が馬を止めただけだった。それから、明らかに彼自身もちょっぴり「おじけづいて」偵察のため一人で馬を進めた。しかし、そのあとから副官と三人の騎兵がついていった。彼らは常にやや距離をおいて従っていたので、少佐には気づかれなかったが、出来事はすべて見えた。
森へ向かって百ヤードばかり進んだころ、少佐は突然はげしく手綱を引きしぼって馬を止めると、鞍の上でじっと動かずにいた。道端近くの、十歩とはなれていない小さな空地に、一人の人影がぼんやりと、少佐と同様にじっと動かずに立っているのが見えた。真っ先に少佐の胸に浮かんだのは、部下の大隊を後に残してきてよかったという満足感だった。もしあれが敵だったら、逃げていっても、報告することは何もない。この作戦行動はまだかぎつけられずにすむわけだ。
その男の足もとに、何やら黒い物体がぼんやりと目についた。だが、それが何であるか、少佐にはわからなかった。真の騎兵が持つ直感から、また、特に銃を発射したくなかったので、少佐は剣をぬいた。立っている男は、この挑戦に応じる何の動作もしなかった。情況は緊迫した、いささか劇的な様相をおびてきた。突然、雲の切れ間から月の光がさっとさしてきた。少佐自身は大きなかしの木立のかげにいたが、青白い月光のさす一画の中に、立っている男の顔がはっきりと見えた。それは、武器も持たず、帽子もかぶっていない騎兵のダニングだった。その足もとにある物体は死んでいる馬だとわかった。そして、馬のくびと直角に交叉して、顔をあお向けに月光を浴びて、死体が一つころがっていた。
「ダニングはいのちがけの闘いをやったんだな」と、少佐は思って、馬を進めようとしかけた。その時、ダニングが片手を上げて、少佐に引き返せという警告の身ぶりをした。それから、腕を下げ、杉の密林の真っ暗闇の中に道が消えている場所をさし示した。
少佐にはわかった。そこで、馬をあと返りさせると、後ろからついてきた小さな群れの方へ向かったが、その時すでに彼らは少佐の不興を買うのを恐れて後方に下がっていた。そこで、少佐は何も気づかずに部隊の先頭に戻った。
「ダニングがすぐあの前方にいるぞ」と、少佐は指揮下の中隊の大尉にいった。「あいつは敵を一人倒していた。それに何か報告することがあるらしい」
彼らは剣をぬいて、じつに辛棒強く待ったが、ダニングはやってこなかった。一時間して夜が明けると、全部隊は用心深く前進していった。指揮官の少佐が必ずしも一兵卒ダニングを信用しきってはいなかったからだ。この作戦行動は失敗におわってしまったが、しかしまだ少しばかりすることが残っていた。
道路からちょっとそれた小さな空地に、彼らは倒れている馬を発見した。その馬のくびと直角に交叉して、顔をあお向けに、頭を銃弾にぶちぬかれ、騎兵のダニングの死体が、何時間も前に死んだため、彫像のように硬くなってころがっていた。
調べてみると、三十分とたたないさっきまで、杉の密林の中に南軍の優勢な歩兵部隊がひそんでいたという、たくさんの証拠が出てきた――つまり伏兵がいたのだ。
二つの銃殺刑
一八六二年の春、ビューアル将軍|摩下《きか》の大軍は野営をし、結果的にはシャイロで勝利を収めた会戦に備え、一人前の軍隊になろうとして訓練にはげんでいた。何しろ新米の、訓練も受けていない軍隊だったからだ。といっても、少数ではあるが、バージニア州西部の山中やケンタッキー州で多数の戦闘をやって、きびしい実戦の場数をふんできた連中もいるにはいた。戦争が始まってまだ日も浅く、兵隊になることは未知の労働でもあり、当時のアメリカの若者たちには不完全にしか理解されていなかったが、そのいくつかの特徴は、必ずしも自分たちの好みには合わないと思っていた。その最たるものは、規律、服従という兵隊生活には欠くべからざる重要な部分であった。
人は皆生まれながらにして平等であるなどという、甘ったるい偽瞞を幼いころから吹きこまれた者にとって、権威に対する絶対服従など、そう易々と身につけられるものではない。しかも「なまっちろい青二才」のアメリカ志願兵ときては、最悪の見本みたいなものである。ビューアル将軍の部下の一兵卒、ベネット・ストーリ・グリーンが上官をなぐるという無分別を仕出かしたのも、いまのべたようなありさまだったからだ。戦争もずっと後になっていれば、グリーンもそんなことは仕出かさなかったろう。アンドルー・エイギュチーク卿〔シェイクスピアの喜劇「十二夜」に登場する臆病な田舎紳士〕のように、「畜生、誰がそんなことするもんか」と、独りごとですましていただろう。だが、彼の軍人としての作法を矯正する余裕は与えられなかった。上官の訴えで、彼は直ちに逮捕され、軍法会議にかけられ、銃殺刑を宣告された。
「ぼくをむちでひっぱたいて、それですませてくれてもよかったんじゃないか」と、死刑囚は告訴した証人にいった。「学校でよくやってたことじゃないか。あのころのきみは、ただのウイル・ダドリーだったし、ぼくも、きみも楽しくやってたじゃないか。ぼくがきみをなぐるのは、誰も見てないんだからさ。たかが規律でこんなひどい目に会うこともないじゃないか」
「ベン・グリーン、恐らくきみの言い分は正しいだろう」と、中尉はいった。「ぼくを許してくれないか。きみに会いにきたのも、そのためなんだよ」
何の返事もなかった。こんな言葉が交されていた営倉の戸口から、一人の士官が顔を出して、面会に許されている時間がきれたと告げた。つぎの朝、旅団全員の目の前で、グリーン兵卒は戦友の一分隊によって銃殺された。ダドリー中尉は、この気の毒な見世物に対して背中を向け、慈悲を乞う祈りをつぶやいていたが、その祈りの文句の中には自分自身も含まれていた。
それから数週間して、ビューアル将軍の率いる師団は、グラント将軍の敗北を喫した軍の救援にかけつけるべく、テネシー河を渡し舟で越えているころに、真っ暗な嵐の夜が襲ってきた。戦闘の残骸の中をぬけながら、師団は一寸きざみに敵の方角へじりじりと進んでいた。敵は戦列を立てなおすために少しばかり後退していた。稲妻がなければ、全くの闇だった。一瞬たりと、稲妻はやまなかった。すさまじい雷鳴の合間をぬって、絶えず負傷者のうめき声が聞えてきた。その負傷者たちの中を、兵士たちは足でさぐりながら進み、暗闇の中で彼らは負傷者たちの上につまずいて倒れた。戦死者もそこにころがっていた。おびただしい死者だった。
夜が白々と明けそめるころ、むらがっていた前進部隊が多少とも戦列らしい隊形を立て直すため、小休止を取り、斥候隊が前方へ放たれた。点呼を取るという命令が、つぎつぎに伝えられた。ダドリー中尉の率いる中隊の古参軍曹が前に進み出て、アルファベット順に兵士たちの名を呼び始めた。彼は兵員名簿は持っていなかったが、すぐれた記憶力を持っていた。兵士たちが各自の名前に答えているうちに、アルファベットのGのところまできた。
「ゴーラム」
「はいっ!」
「グレイロック」
「はいっ!」
古参軍曹のすばらしい記憶力も、つい日頃の習慣が出た。
「グリーン」
「はいっ!」
返事ははっきりとし、明瞭で、聞き違えようはなかった。
中隊の前列のすべてが、まるで電撃に打たれたように突然ざわつき、動揺したことは、この出来事の驚くべき性質を裏書きしていた。古参軍曹は青くなり、黙りこんだ。大尉が急いで軍曹のわきに歩みより、鋭くいった。
「その名前をもう一度呼んでみろ」
どうやら「心霊研究会」というものは、最初は「未知なるもの」への好奇心の分野から始まったものでもないらしい。
「ベネット・グリーン」
「はいっ!」
全員の顔が、聞きなれた声のする方へ向けられた。二人の兵の間に、いつもは背の高さの順でグリーンが整列していたわけだが、その二人の兵が向きを変え、たがいにまともに向かい合った。
「もう一度呼べ」と、容赦なく調査しようとする大尉は命令した。そこで、もう一度、その死人の名前が――ややふるえ声で――呼ばれた。
「ベネット・ストーリ・グリーン」
「はいっ!」
その瞬間、一発の銃声が、はるか最前線の方、散兵線を越えたあたりで聞こえたと思うと、それに続いて、ほとんど同時くらいに、飛んでくる弾丸がはげしく風を切ってくる音がした。弾丸は隊列の間を飛んで、「これはいったいどういうことだ」という大尉の叫びにぷつんと終止符を打つように、はっきりぶち当る音がした。
ダドリー中尉が後方の自分の位置から、横隊にならんだ兵士たちを押し分けるようにして出てきた。
「それは、この通りです」と、彼はいって、上着をぱっと開くと、胸を染めた鮮血が見る見るひろがっていくのを示した。中尉のひざががっくり崩れた。彼はぶざまに倒れて、死んだ。
そのあと間もなく連隊は、混乱した最前線を救援するため散開の命令を受けた。こうして、戦闘のゲームで下手《へた》な手を打ったために、この部隊は二度とふたたび砲火を浴びることはなかった。そしてまた、銃殺刑では名人ともいうべきベネット・グリーンも、もはや刑の執行で自分の存在を示すこともなくなった。
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幽霊屋敷
パインズ島
オハイオ州ガリポリースの町近くに、ハーマン・ディルーズという老人が長年住んでいた。この老人の経歴についてはほとんどわかっていない。自分の口から語ろうともしなかったし、他人にも語らせようとしなかったからだ。近所の人々の間では、彼がもと海賊だったというのが一般に信じられていた――それが、彼の収集品である海戦用の槍、船乗り用のそり身の短剣、旧式の火打ち石式ピストルなどよりもっと確かな証拠にもとづいていたのかどうか、誰も知らなかった。
老人は四部屋の小さな家にまったく一人で暮していた。家はどんどん荒れ果てていったが、風雨をふせぐ必要のある個所以外は決して手入れもされなかった。家は石ころだらけの大きな野原の真ん中の小高い所に建っていたが、野原にはいばらが生い茂り、ところどころ点々と、それもただ、いとも原始的なやり方で耕されていた。見た限りでは、それだけが彼の財産だったが、いくら老人の日常に必要なものが簡素で、わずかであろうと、それだけではとても暮しは立ちそうにもなかった。彼はいつも現金を持っているらしく、そこらの村の店屋でする買物にはすべて現金で払っていた。相当な時間がたってからでなければ、同じ店で二、三度以上買物をすることはめったになかった。
ところが、こんな風に彼がひいきの公平な配分をやっても、それで誉められたことはなかった。世間の人はこれを、彼が大金を所持しているのをかくすための無駄な手だと見なし勝ちだったからだ。今にもぶっこわれそうな家のまわりのどこかに、悪事で得た金貨を大量に埋めているということは、土地のさまざまな言伝えに精通し、何事であれ物事の似つかわしさをかぎつける勘《かん》を持った正直な人なら、理窟から考えて疑う余地はなかったろう。
一八六七年十一月の九日に、老人は死んだ。少くともその死体が十日に発見されたのである。医者たちは、死亡したのはほぼ二十四時間前だと証言した――どうして死んだか正確なところわからないといった。というのは、検死によって、器官はすべて全く健康であり、異状とか暴行を示すものは何一つないことが明らかになったからだ。医師の言によると、死亡したのは正午頃に違いないというのだが、死体はベッドの中で発見された。検死陪審員の評決は「神の怒りにふれて死に到った」というのであった。遺体は埋葬され、老人の財産は公的な遺産管理人があずかった。
厳重な捜索によっても、故人についてすでにわかっている以上のことは何一つ明らかにならなかった。思慮深い倹約家の近所の者たちが、故人の土地のあちこちを根気よくさんざん掘り返したが、何も報われなかった。遺産管理人は、動産、不動産ともに法律によって売却処分されるばあいに備え、売立ての費用をいくらかでも出す考えもあって、家を閉じてしまった。
十一月二十日の夜はひどい嵐になった。すさまじい強風がこの地方を吹きまくり、風に伴って荒れ狂うみぞれのつぶてが打ちまくった。大木が地面から根こそぎになり、吹き倒されて道路をふさいだ。こんなはげしい嵐の夜は、この地方ではかつてないことだったが、明け方にかけて暴風はさんざん吹きまくって、ついに息切れがしたらしく、一夜明けると、美しく晴れ上がった日になった。
その朝の八時ごろ、高い尊敬を受けている有名なルーテル派の牧師ヘンリー・ガルブレイス師は、ディルーズの家から一マイル半ほど離れた所にあるわが家に歩いて帰りついた。ガルブレイス氏は一か月ほど、シンシナチに滞在していたのである。汽船で河をさかのぼり、前日の夕方、ガリポリースに上陸するとすぐさま、一頭立ての軽四輪馬車を手に入れて、家路についた。猛烈な嵐のために一晩おくれてしまい、朝になると、吹き倒された木々のために馬車をあきらめ、歩いて旅を続けなければならなかった。
「でも、夜はどこでお過ごしになったの」手短かに冒険話を牧師が語りおえると、彼の妻がきいた。
「あの『パインズ島』〔パインズ島はかつては海賊たちの有名な集合場所だった〕のディルーズ爺さんのところに泊ったよ」と、彼は笑いながら答えた。「いやはや、全くもって陰気な一晩だったね。爺さんは、わたしが泊るのには何の反対もしなかったが、ついぞ一言も爺さんの口から聞き出せなかったなあ」
真実を明らかにするためには、ちょうど折よくこの話の席に、コランバス市の弁護士で文筆家であるロバート・モズリー・マーレン氏が居合せた。氏はあの愉快な「メロークラフトの記録」を書いた御本人である。ガルブレイス氏の返事が引き起こした夫人の驚愕に気づいたが、この気転のきく人物は、自分は驚いた風も見せず、当然その驚愕のあとに続くはずの叫び声を身ぶりでおさえ、やおらおだやかにきいた。「どうしてあの家へ入ることになったのですか」
ガルブレイス氏の返事は、マーレン氏の文章によると、つぎの通りである。
「あの家で明かりが動いているのが見えたんでね。こっちは、みぞれのためにめくらも同然になっていたし、おまけにこごえそうになっていたから、門から馬車を乗りつけると、古い柵囲いの馬小屋に馬を入れてやった。馬は今もそこにいるよ。それから玄関の戸をたたいた。何の答えもないから、かまわず中に入った。部屋の中は真っ暗だったが、マッチを持っていたんで、ろうそくを見つけると、それに火をつけた。隣の部屋に入ってみようとしたが、ドアがしっかりしまっておる。その部屋で爺さんの重い足音がしているのが聞こえるんだが、わたしがいくら呼んでも返事がないんだよ。炉には火が入ってなかった。そこで自分で火を起こしてから、オーバーをまくら代りに、炉の前に横たわって、眠ろうとした。いくらもたたぬころに、さっき開けようとしたドアが音もなく開いたと思ったら、爺さんがろうそくをたずさえて入ってきた。わたしは愛想よく声をかけて、勝手に入りこんだ無礼をわびたが、爺さんはわたしには目もくれなかった。何かをさがしまわっているらしかったが、爺さんの目玉はまるで動いていなかったな。あの人は夢遊病みたいにねぼけて歩きまわるくせでもあるのかなあ。部屋の中を中途まで回ってから、入ってきたと同じように出ていった。わたしが眠りこむまでに二度も部屋に入りこんできて、そっくり同じことをやって、最初の時と同じように出ていった。その合間には、家中をどすんどすん歩き回っているのが聞こえていたね。嵐の音がちょっとやむたびに、爺さんの足音がはっきりと聞き取れた。朝になって目がさめた時には、もう爺さんは出かけてしまっていたよ」
マーレン氏はさらにいくつか質問しようとしたのだが、家族の者の口をもうおさえきれなかった。ディルーズの死と埋葬の話が出ると、この人のいい牧師は大いにたまげた。
「あなたの奇妙な出来事は、いとも簡単に説明がつきますよ」と、マーレン氏はいった。
「ディルーズ爺さんがねぼけて歩き回るなんて信じられませんよ――ことに永遠の眠りについている現在じゃ、なおのことですよ。しかし、あなたならはっきり夢を見るということはありますからね」
この問題のこうした見方に、ガルブレイス氏はいやいやながらも同意せざるをえなかった。
にもかかわらず、そのつぎの日の夜もふけたころ、この二人の紳士は、牧師の息子を伴って、ディルーズ老人の家の前の道にいた。家の中には明かりが見えた。明かりは窓から窓へとつぎつぎに現われた。三人は戸口へ近づいていった。戸口に達したとたん、内部からいともすさまじい入り乱れた物音が聞こえてきた――武器の相打つ音、鋼鉄のぶつかり合う音、銃声のような鋭い爆発音、女たちの悲鳴、うめき声、格闘する男たちの罵り! 調べにやってきた三人はためらい、おじけづいて一瞬立ちすくんだ。やがて、ガルブレイス氏が戸を開けようとした。戸はびくともしない。だが、牧師は勇敢な士であり、おまけに、怪力の持ち主だった。一、二歩うしろへ下がると、戸に向かって突進し、右肩でぶち当った。戸は大きな音を立てて、枠から外れて押し破られた。すぐさま三人は中に入った。中は真っ暗で静まり返っていた。聞こえる物音といえば、三人の心臓の音だけだった。
マーレン氏はマッチとろうそくを用意してきていた。興奮のためにいささか手間取ったが、明かりをつけると、三人は探索にとりかかり、部屋から部屋へと歩きまわった。何もかもが、保安官が残していった時のまま、きちんとしていた。何一つかき乱されていなかった。いたるところに、うっすらとほこりがつもっていた。裏の戸が、まるで閉め忘れたかのように少し開いていた。そこで、三人が最初に考えたことは、あのひどい乱痴気さわぎをやっていた連中はそこから逃げたのかも知れないということだった。戸を開けると、ろうそくの光が地面を照し出した。昨夜の嵐が息をひき取る最後の一頑張りにうっすら雪を降らせていたのに、足跡は一つもなかった。白い地面は少しもふみあらされていなかった。
三人は戸を閉めると、この家にある四部屋の内の最後の部屋に入った――道から一番はなれて、建物の角《かど》になっている部屋だった。ここにきて、マーレン氏の手にしたろうそくが、まるで隙間風に吹かれたように、いきなりすっと消えた。と思うと、すぐそれに続いて、どさりと重いものの倒れる音がした。手早くろうそくが再びつけられると、ガルブレイス氏の息子が少し離れた床に、うつぶせになって倒れているのが見えた。彼は死んでいた。死体の片手は、貨幣の入ったずっしりと重い袋をにぎっていた。後で調べてみると、それは全部、古いスペイン貨幣だとわかった。ころがっている死体のすぐ向こう側に、壁にしっかり留めつけてあった一枚の板が引きはがされていた。そこに現われている穴から、袋が取り出されたのは明白だった。
またも審理がおこなわれた。またも検死は確実と思われる死因を明らかにできなかった。またも「神の怒り」という評決が、陪審員全員、各自の結論を自由に下すようにゆだねられた結果出た。マーレン氏は、若者は興奮のために死んだのだと主張した。
むだな任務
ヘンリー・セイラーは、コビントンの町でアントニオ・フィンチと喧嘩をして殺されたのだが、シンシナチ「コマーシャル」紙の記者をしていた。
一八五九年のこと、シンシナチ市のバイン通りにある一軒の空家が、地元の大騒ぎの中心になった。夜な夜な、その家で不思議な姿が見えたり、物音が聞こえたりするというのだった。付近の多くの尊敬すべき住民の証言によると、それらはまさしく幽霊が出る家という仮説とぴったり一致した。何となく異常なほどに変わったところのある人物たちが、歩道にいる大勢の者によって、出たり入ったりするのが見られた。だが、その人物たちが、彼らの入った玄関までの途中にある広い芝生のどこから現われたのか、玄関から出てきた時に、正確にどの地点で姿を消したのか、それについては誰一人いえなかった。というよりも、見物人たちの一人一人はこの問題についてすこぶる積極的に意見をのべたが、二者の意見が一致することなどまったくなかったのである。
人物そのものの説明についても、これまた同様に全員が違うことをのべた。やじ馬どもの中でも大胆不敵な何人かが、その不思議な人物どもを取りおさえてやろうと、幾晩も戸口の石段に立つという挙に出た。取りおさえるのがだめなら、せめて近くで見てやろうというわけだった。この勇ましい人々も、話によると、一同、力を合せて扉を押しあけようとしたが、それもかなわず、何か目に見えない働きによって、毎度、石段から投げ飛ばされて、ひどいけがをしたという。しかも、その直後、扉はまるでそれ自身の意志によるかのように開いて、幽霊のような客を入れてやる、いや、自由に出入りさせた。その住居はロスコー屋敷として通っていた。その名の一家が何年間だか住んでいたのだが、やがて、一人また一人と姿を消して、最後に去ったのは老婆だった。いかがわしい行為だの、次々に殺人があったのなどという話が絶えず流れていたが、確証は全くなかった。
大騒ぎがひろまっていたある日のこと、セイラーは指令を受けに、「コマーシャル」紙の社に顔を出した。社会部長からの指令を記した書付けを受け取ったが、それにはこう書いてあった。「バイン通りの幽霊屋敷へ一人でいって、一晩そこで過ごせ。もし記事になりそうな事が起こったら、二段分にまとめろ」セイラーは上役の命令に従った。新聞記者の職を失うだけの余裕はなかったからだ。
自分の目的を警察に伝えておいて、彼は暗くなる前に裏窓からまんまと入りおおせると、家具の一つもない、ほこりっぽい、荒れはてた、がらんとした部屋をいくつか通りぬけた。そして、最後にやっと客間の古ソファに腰を下ろした。それは別の部屋から引きずってきたのだが、夜が近づくにつれ濃くなってくる夕闇をじっと見守っていた。
まだすっかり暗くなりきらぬ内から、やじ馬どもがすでに通りに集まっていた。概しておとなしく、事あれかしと待ちかまえていたが、それでも、中にはあちこちに空威張りする者がいて、ばかにした言葉や、下卑た叫びをはきながら、自分の不信ぶりや豪胆ぶりをしゃべっていた。家の中に熱心な見張り役がいることは、誰も知らなかった。彼は明かりをつけなかった。窓にはカーテンがないので、自分のいることがばれて、侮辱されたり、へたすればけがを負わされるかも知れないからだった。それだけではない。セイラーは非常に良心的だったから、自分の印象を弱めるようなことは一切したくなかったし、幽霊が出現するといういつもの状態を少しでも変えるのは気が進まなかった。
外はもう暗くなっていたが、通りからさす光が、彼のいる部屋の一部をぼんやりと照し出していた。彼は上も下も家中のドアは一つ残らず開けておいたが、外へ出るドアは全部しっかりと閉めて鍵をかけておいた。やじ馬から突然わっと上がった叫び声で、思わず窓ぎわに駆けよって外を見た。一人の男の姿がすばやく芝生を越えて建物に近づいてくるのが見えた――それが玄関前の石段を上がってくるのが見えた。それから、壁の出っ張りのかげにはいって見えなくなった。玄関の扉が開いて、また閉まるような音がした。廊下を急いでいく重い足音が聞こえた――それが階段を上がっていくのが聞こえた――それが、すぐ頭上の部屋の、絨緞をしいてない床を歩くのが聞こえた。
セイラーはとっさにピストルをぬくと、手さぐりしながら階段を昇り、その部屋に入った。通りからの光でぼんやりと明かるかった。誰もいなかった。隣りの部屋で足音がしたので、そこに入ってみた。暗くて、ひっそりしていた。片足が床の上にある何物かにぶつかった。側にひざまずいて、片手でさっとなでてみた。それは人間の首だった――女のそれだった。髪毛をつかんで持ち上げると、この豪胆な男は階下のうす暗い部屋に戻り、窓際に持っていって、注意深くそれを調べてみた。調べているうちに、外の扉があわただしく開いたり閉まったりして、足音が自分のまわりでするのに半ば気づいていた。注意を向けていたこの不気味な物から目を上げると、ぼんやりと見える大勢の男や女にすっかり自分が取りかこまれているのがわかった。部屋の中はこの連中でいっぱいだった。やじ馬どもが押し入ってきたのだと思った。
「みなさん」彼は落ちついていった。「情況から見てぼくをあやしい奴と見てらっしゃるが、しかし――」彼の声はけたたましい笑いの中に消されてしまった――まるで気違い病院で聞くような笑いだった。まわりの連中は、彼が手にしている物を指さしていた。彼がそれを取り落とし、それがごろごろ彼らの足の間にころがっていくと、みんなはますます面白がった。彼らはグロテスクな身ぶりや、卑猥な、何ともいいようのない姿勢をしながら、そのまわりを踊りまわった。それを足でけとばし、部屋じゅう端から端までそれを追いまわした。先を争ってそれを蹴ろうともみ合いながら互いに押し合いへし合いして、ひっくり返った。悪態をつき、金切り声を上げ、下卑た歌をきれぎれに歌ったりした。一方、しごかれている首は、まるで恐怖にかられ、逃げ出そうとするかのように、部屋中をはねまわっていた。ついに首は鉄砲玉のように部屋から玄関へ飛び出していった。皆もどやどやとあわててその後に続いた。その瞬間、玄関の扉がはげしい震動音を立てて閉まった。セイラーは、死んだような静けさの中に一人とり残された。
終始手にしていたピストルを注意深くしまうと、彼は窓際へいって外を眺めた。通りは人気もなく静まり返っていた。街灯はすでに消えていた。家々の屋根や煙突が、東の夜明けの光を背景にくっきりと輪郭を描き出していた。彼は家を出た。扉は片手で難なく開いた。歩いて「コマーシャル」新聞社へいった。社会部長はまだ部長室にいた――眠りこけてはいたが。セイラーは部長を起こして、いった。「あの幽霊屋敷にいってきました」
社会部長は、まだすっかりさめきらぬかのように、ぼんやりと見つめていた。「やっ、こりゃあ!」と、彼は叫んだ。「きみはセイラーか」
「そうですよ――きまってるじゃないですか」
部長は何も答えず、じろじろ眺め続けていた。
「あすこで一晩過ごしました――どうやら」セイラーはいった。
「あすこは、いつになくばかに静かだったそうだな」と、部長は視線を落としていた文鎮をいじりながらいった。「何かあったかね」
「全然何も」
家のつる
ミズーリ州のノートンという小さな町からおよそ三マイル離れて、メイズビルへ通じる道路沿いに、一軒の古家が建っている。その最後の住人はハーディングという一家だった。一八八六年以来、そこに住んだ者は一人もなく、誰かが再びそこに住むという見込みもない。長い年月と、付近に住む人々の毛嫌いのために、その家はいささかまるで絵に描いたような廃墟になりかけていた。
この家の曰《いわ》く因縁を知らない人が見たら、これを「幽霊屋敷」の部類に入れることはまずありそうもない。ところが、この地方一帯では、そういう悪名をちょうだいしているのである。家の窓という窓にはガラスはなく、戸口には戸がはまっていない。板ぶきの屋根には大きな破れ目が口をあけ、ペンキははげ落ちているため、下見板はどす黒い土色によごれている。しかし、こういうまぎれもない妖怪変化の出そうな徴候も、家全体にはびこっている大きなつるのおびただしい葉むらのためにいくらかかくされ、大いに和らげられている。このつるが――いかなる植物学者も未だかつて命名できない種類なのだが――この家にまつわる話で重要な役割を持っているのだ。
ハーディング一家というのは、ロバート・ハーディング、その細君のマチルダ、細君の妹のジュリア・ウエント嬢、それに二人の小さな子供たちから成っていた。ロバート・ハーディングは無口で、態度は冷たく、近所とは少しも友達づき合いをせず、友達をつくる気もないらしかった。年のころは四十くらい、しまり屋で勤勉、今は灌木やいばらが蓬々と伸びている小さな農園の作物で暮しを立てていた。彼と義理の妹とは近所の者から忌み嫌われていた。近所の者は二人がやたらと一緒にいるのを見かけることが多いと思っていたらしい――これは必ずしも二人が悪いとばかりはいえない。その当時、二人が明らかにわざと人目につくようふるまっていたわけではないからだ。ミズーリ州あたりの田舎の道徳律というものは、おそろしく厳格で一方的なのである。
ハーディングの細君の方はおとなしく悲しそうな目つきをした女で、左足がなかった。
一八八四年のいつ頃だか、細君がアイオワ州の母親のところへ泊りに出かけたということがわかった。それは夫が人からきかれて、そう返事したのであって、その口ぶりから、それ以上きかれるのは迷惑そうだった。細君はついに戻ってこなかった。それから二年して、農園や、その他の持ち物を売却もせず、かといって、自分の財産の管理をする代理人を立てるでもなく、家財道具を引き払うこともせずに、ハーディングは残った家族の者たちをつれてこの土地を出ていった。どこへいったのか誰も知らず、その時は誰も気にしなかった。当然ながら、その家の持ち運びできる家財はことごとく、たちまちどこかに消えてなくなり、この空家は、空家によくあり勝ちに幽霊が出るということになった。
それから四、五年後のある夏の夕方、ノートンのJ・グルーバー師と、ハイアットという名のメイズビルの弁護士とが馬でハーディング屋敷の前を通りかかって出会った。話し合う用件があったので、二人は馬をつなぐと、話をしようと屋敷のポーチにいって腰を下ろした。冗談まじりにこの家の陰気なうわさについてちょっとばかりしゃべり、しゃべるとすぐに忘れてしまい、用談をしているうちに、ほとんど暗くなっていた。妙に重苦しいほど暑い晩で、空気はよどんでいた。
やがて、二人が、どっちもびっくりして跳び上がった。家の正面を半ば覆って、ポーチの端の二人の頭の上から枝のたれ下がった長いつるが、はっきりと目にも見え、耳にも聞き取れるほどざわめき、どの茎も葉も猛烈にゆらぎ始めたからだ。
「こりゃあ、嵐になりますぞ」と、ハイアットが驚いていった。
グルーバーは何もいわずに、無言のまま、相手の注意をすぐ側の木立の葉むらへ向けた。それは何の動きも見せていなかった。澄みきった空にはくっきりと影絵のように見える枝の細い先端さえも、動いていなかった。二人はあわててポーチの段々を下りて、かつて芝生の庭だった所へいって、上のつるを眺めやった。そこからだと、つるの全体が見えた。相変らず猛烈にざわめいていたが、なぜざわめくのか、二人にはその原因がつかめなかった。
「引き上げよう」と、牧師はいった。
そこで二人は引き上げた。二人はそれぞれ反対の方角へ旅をしていたのを忘れ、一緒に馬を進めていった。ノートンにくると、いま見た奇妙な経験談を何人かの思慮深い友人に語った。
つぎの日の夕暮れ、ほぼ同時刻に、もう一度、二人は、他に二名の男――その名前は思い出せないというが――を伴って、ハーディング屋敷のポーチに上がりこんでいた。すると、またも、あの不可解な現象が起こった。つるは、根元から先端までこの上もなく入念に調べられている間も、猛烈にざわめいていた。皆で力を合せて幹をおさえつけてみたが、ゆれ動くのを静められなかった。一時間ほど観察してから一同は引き返したが、結局、来た時と少しも変わらぬ知識のままだったようである。
この異様な事実が近在一帯の好奇心をかきたてるには、大した時間はいらなかった。昼も夜も、大勢のやじ馬どもが「奇跡を求めて」ハーディング屋敷に集まってきた。誰かがその奇跡を見たというようすもない。それでも、前述の目撃者たちがはなはだ信用のおける人物たちであったから、彼らの証言した「怪異」の真実性を誰一人疑う者はなかった。
ところが、名案のひらめきによったのか、それとも破壊的なたくらみによったのかはわからぬが、ある日、つるを掘り返してみたらという提案があった――一体、何者の口からとび出してきたのか、誰もわからなかったらしい――そこで、さんざん議論したあげく、それがおこなわれた。根のほかは何も見つからなかったが、しかも、これほど奇々怪々なことがありえようか!
地表の部分で直径数インチほどの幹が、地下に真っ直ぐに一本、やわらかな、くずれやすい土の中に五、六フィートばかりもぐっていた。そこから、小根に分かれ、さらに、ひげ根、纎条にと細分して、それらがいとも奇妙な風にからみ合っていた。注意深く土から掘り出してみると、それらが一種異様な形を成していることがわかった。分枝状をなし、折り重なり合って、それらは目の詰んだ網細工をなしていたのだが、太さといい、格好といい、驚くほど人間の姿に酷似していたのである。頭も、胴体も、手足もあった。手の指から足の指まで、はっきりと分かれていた。頭の格好をしている球状のかたまりの部分には、ひげ根のひろがりかたや、ならびかたから、奇怪にも顔を思わせるものが見えると、大勢の人が言明した。人の姿は水平に寝た格好をしており、胸のところで、二本のやや細い根が結び合わさろうとしかけていた。
人間の形にそっくりといっても、この姿には欠けているところがあった。片方のひざから十インチほど下がった部分で、脚の格好を成している纎毛は、その伸びていく途中で急にうしろへ、内側へ折り返していた。つまり、この人の姿には、左足がないのだった。
推理はただ一つしかなかった――明白な推理だった。ところが、たちまち起こった興奮さわぎの中で、これをどうすべきかという方針については、そこにいた何もできない助言者と同数にも上るという提案があった。この問題は郡の保安官が結着をつけた。保安官は、この見棄てられた家屋敷の法的管理人として、根は元通りのもどし、掘り起こした穴は、掘り出した土で埋めろと命令した。
その後の調査で、一つだけ関連のある、しかも重要な事実が明かるみに出た。ハーディングの細君はアイオワ州の親類を訪ねてもいなければ、また、親類の者たちも彼女が訪ねてくるはずだったということさえ知らなかったのである。
ロバート・ハーディングと他の家族の者については何もわからない。その家は依然として悪名をとどめてはいるが、植え直されたつるは、いともおとなしく行儀よくしているから、臆病な人でも気持ちのよい晩などには、その下に坐ってみたい気分になるだろう。そんな晩には、きりぎりすが大昔からのお告げをうるさくかき鳴らし、遠くのよたかが、そのお告げに対してどうすべきかという考えを教えてくれる。
エカート爺さんの家
フィリップ・エカートは、バーモント州のマリアンという小さな町から三マイルほど離れた、古い、風雨でよごれた木造家に長年住んでいた。現存の人で、彼のことをきっとなつかしく思い出し、またこれから私が物語る話を多少ともおぼえている人は大勢いるに違いない。
「エカート爺さん」彼はいつもそう呼ばれていたのだが、人づき合いのいい質《たち》ではなく、独り暮しをしていた。彼が自分のことについて話すのをついぞ聞いたためしがないから、付近の人は誰も爺さんの過去については何も知らず、親戚がいたとしても、それについても知らなかった。態度や言葉づかいが特にあらっぽいとか、いやな感じを与えるということもなかったから、お節介な好奇心を招くということも何となくうまくのがれていたし、そんな好奇心の出鼻をくじかれると、よくあるあの意趣晴しの悪評というのも招かずにすんだ。私の知る限りでは、改心した暗殺者だとか、「スペイン航路」〔カリブ海の昔のスペイン船航路で、よく海賊が出た〕の引退した海賊だとかいうエカート氏の令名は、マリアンの人々の耳には達していなかったと思う。彼は大して肥沃でもない小さな農園を耕して、暮しを立てていた。
ある日、彼が失踪した。長いことかかって近所の人々が探したが、見つけ出すこともできなければ、どこにいったのか、なぜ姿をくらましたのかも、明らかにすることができなかった。家出をする支度をした形跡も全くなかった。すべてはただ、まるでバケツ一杯の水をくみに泉へいくため家を出たとでもいうようなままになっていた。数週間というもの、地元ではその話で持ちきりだった。やがて、「エカート爺さん」はよそから来た者が必ず聞かされる、お定まりの村の話になった。彼の財産についてはどうなったのか、私は知らない――むろん、正しい合法的なものだったろう。約二十年後に私が最後に聞いた時も、家はちゃんと建っていて、相変らず空家のままだったが、どう見ても人の住めるような代物ではなかった。
その家に幽霊が出ると思われるようになったのはいうまでもあるまい。明かりがふらふら動きまわるとか、すすり泣く声がするとか、ぎょっとする怪しいものが出るとか、お定まりの話が出てきた。ひところ、失踪があって五年ぐらいたったころだが、こういった怪異な話がひどく盛んになった、というより、いくつかの証拠を示す情況などからただごとでない様相を呈してきたので、マリアンのごく真面目な住民の何人かが、これは調査してみるにしかずと考えた。そこで、調査のために、その屋敷で夜の会合をする手筈をととのえた。この企てに乗り出した当事者は、薬剤師のジョン・ホルカム、弁護士のウイルソン・マール、公立学校の先生のアンドラス・C・パーマーといった面々で、いずれも重きをなしている世評の高い人物たちだった。一同は取りきめた日の晩の八時にホルカムの家で落ち合い、一同そろって寝ずの見張りをする現場に出かける予定だった。現場には、冬の季節であったから、燃料だとかそういった類いの用意の、一同がくつろいで過ごせる準備がすでにととのえられていた。
パーマーは約束を守らなかった。半時ほど待ってから、他の者たちはパーマーのいないまま、エカートの家へおもむいた。彼らは一番大きな部屋の、燃えさかる炉の前に腰を落ちつけた。そして、炉の火明《ほあか》りの他にはいっさい明かりをつけずに事件を待った。できる限り口はきかないという約束になっていた。だから、パーマーがこなかったことについて、改めて意見を交換するということもしなかった。道々それが気になっていたのではあるが。
何事もなく一時間もたったろうか。家の裏手のドアが開く音を二人は聞きつけた(むろん、思わず顔色が変った)。続いて、二人が坐っている隣の部屋で足音がした。二人の見張り役は立ち上がったが、そのまま断乎として、次に起こる不測の事態に備えて立っていた。長い静寂が続いた――どれくらいだったかは、後になって二人とも語ろうとしなかった。やがて、二つの部屋の間のドアが開いて、一人の男が入ってきた。
それはパーマーだった。興奮のためか、顔が青ざめていた――自分たちも同様に青ざめているだろうと、二人は思った。パーマーのようすも異常なほど放心の態《てい》だった。二人のあいさつに答えもしなければ、ふり向きもせず、消えかけた火明りの中をゆっくりと部屋を横切ってゆき、玄関のドアを開けると、闇の中へ出ていった。
二人とも最初に浮かんだ考えは、パーマーはおびえているのだ、ということだったらしい――裏の部屋で何かを見るか、聞くか、あるいは想像するかしたために、正気をなくしたのだと考えた。二人とも友人としての同じ衝動にかられて、開いているドアから飛び出して後を追った。だが、二人とも、いや、他の誰もがそれきりアンドラス・パーマーの姿を見かけず、ついに消息を聞いたことすらないのだ!
つぎの朝、確かめられたのは、次のことくらいである。ホルカムとマールの両氏が幽霊屋敷で会合をやっている間に、新雪が降り出して、根雪の上に数インチほどつもった。この雪の中に、村の下宿を出てエカートの家の裏口まで、パーマーの足跡がはっきりとついていた。だが、足跡はそこで終っていた。表戸からは、確かに彼の後を追ったという二人の足跡の他は、何もついていなかった。パーマーの失踪は「エカート爺さん」のそれと同様に完全なものだった――まったく、地元新聞の主筆が、爺さんが「手をさし伸べて、彼を引きずりこんだ」と、いささか見てきたように非難がましく書いたほどだった。
お化け屋敷
ケンタッキー州東部のマンチェスターから北へ、二十マイル離れたブーンビルへ通じる道に、その地方の大部分の住居よりもいくらか上等の木造建て農園住宅が、一八六二年当時に建っていた。この家は、つぎの年に火事で焼失した。――火事の原因は、ジョージ・W・モーガン将軍の退却する縦隊から落後した兵士たちがやったものらしい。モーガン将軍が、カービー・スミス将軍のためにカンバーランド・ギャップから、オハイオ河へ追いつめられていた時のことである。
焼失した時には、家は四、五年前から空家になったままだった。家の周囲の畑にはいばらが蓬々と生い茂り、柵はなくなり、数軒の黒人住居までが、納屋のすべてをひっくるめて、見すてられていたり、略奪に会ったりして、一部はもう廃墟になってしまっていた。というのは、近在の黒人や貧乏白人たちが、建物の中や柵の中に、燃料の補給になるものがたっぷりあるのを知って、何の躊躇もなく、白昼、公然と、それをちょうだいしていたからである。昼間に限っていた。日が暮れてからは、通りかかる旅人以外には、誰もそこに近づかなかった。
その家は「お化け屋敷」として知れ渡っていた。姿も見えれば音も聞こえる悪霊どもがその家に住みついて、あばれまわっているという、そういうことを地元一帯の誰一人として信じて疑わなかったのだが、それはまさに、日曜日ごとに回ってくる巡回説教師が語ってきかせる説教を信じて疑わないのと、少しも変わるところがなかった。
この件について、その家の持主がどう思っていたのか、それはわからない。なぜなら、彼とその家族の者は、ある夜、行方知れずになってしまったからだ。彼らの足どりはついにわからずじまいであった。彼らは一切合財を残していた――世帯道具、衣類、食料、馬屋にいた馬、野原にいた牡牛、農園の住居にいた黒人たち――何もかもがそのままだったのである。何一つなくなってはいなかった――いなくなったのは、男一人、女一人、女の子が三人、若者が一人、それに一人の赤ん坊だった。七人もの人間が同時に姿を消してしまって、しかも誰一人それを知らない。そんなありそうもないことがあった農園なら、多少の疑いをかけられても、そう驚くにはあたるまい。
一八五九年六月のある夜、フランクフォート市の二人の市民、すなわち弁護士のJ・C・マッカードル少佐とマイロン・ヴィー判事が、いずれも州市民軍の人だったが、ブーンビルからマンチェスターへ馬車で向かっていた。二人の用件は甚だ重要だったから、とっぷりと日は暮れ、おまけに、低い雷鳴までが近づいていたのもかまわず、強引に旅を続けようという腹でいた。ちょうど二人が「お化け屋敷」の向かい側まできた時、ついに嵐が襲いかかってきた。稲妻は間断なくひらめき、おかげで二人は門をぬけて小屋へ通じる道を難なく見つけ、小屋に入ると馬をつなぎ、馬具を外した。それから雨の中を走って家にいき、ドアをあちこちノックして回ったが、何の応答もなかった。きっと絶え間なしにとどろく雷鳴のせいだと思い、かまわずドアの一つを押してみると、開いた。二人はもう遠慮なく入ることにして、ドアを閉めた。 ドアを閉めたとたんに、二人は闇と静寂の中にいた。絶え間ない稲妻の閃光が、窓からも破れ目からも、全くさしこんでこないのだ。家の外でとどろいていたすさまじい雷鳴も、かすかにさえ届いてこないのである。いうなれば、二人は不意にめくらになり、つんぼにでもなったような具合だった。後になってマッカードルはその時のことを語ったが、家の敷居をまたぐと、一瞬、自分は雷に打たれて死んだとばかり思ったという。この恐ろしい経験のその他のことは、一八七六年八月六日のフランクフォート「アドヴォケート」紙にのった彼自身の言葉で語ってもらう方がよかろう。
「すさまじい雷鳴から、ひっそりとした静寂の世界へ入りこんだ時の茫然自失の状態から、どうやら立ち直った時、まっ先に私は、いま閉めたばかりのドアをまた開けたい衝動にかられた。そのドアの把手から、自分が手を離したという意識は全くなかった。まだちゃんと指でにぎっていて、はっきりと把手を感じていたからだ。私の頭にあったのは、もう一度嵐の中に出てみて、果たして自分の視覚も聴覚もなくなってしまったのかどうか確かめようという考えだった。私は把手をまわして、ドアを引いて開けた。と、そのドアは別の部屋に通じていたのだ!
その部屋には、かすかな緑がかった光がみなぎっていた。光がどこからくるのか確かめられなかったが、その光で、ぼんやりとだが、一つ残らず見て取れた。といっても、輪郭がはっきりとしていたわけではない。一つ残らずといったが、実は、その部屋の窓も飾りもない、のっぺりした壁に囲まれた中にあるものは、人間の死体だけだったのである。死体の数は、八つか十ぐらいだったろう――正直のとこ、数えるどころでなかったことは、十分にご理解頂けると思う。死体は年齢、というよりも大きさはさまざまで、小は幼児からあり、男女ともにあった。すべて床に倒れていたが、一つだけ、若い女の死体らしいのは、壁のすみに背をもたせて上半身を起こしていた。もう一人の、年上の女の腕には、赤ん坊がしっかと抱かれていた。半ば大人ともいえそうな一人の若者が、大きなあごひげのある男の脚に折り重なるようにして、うつぶせに倒れていた。一、二の死体は全裸に近く、一人の少女の手は、自分で引きちぎって胸元を開けたガウンの切れっぱしをにぎっていた。死体の腐敗の程度はさまざまだったが、顔と体はどれもひどくしぼんでいた。いくつかは、ただの白骨同然になっていた。
このぞっとするような光景に、私はただもう恐怖のため、うつけたようになって、それでもまだドアを開けたまま突っ立っている内に、何かしらわけのわからぬ依怙地《いこぢ》な気持に突き動かされ、この衝撃的な光景から注意をそらし、ごくささいな細かいことに注意を向けた。おそらく私の心は、自衛の本能から、この危険な緊張をほぐしてくれそうなものに救いを求めたのであろう。何よりもまず、手をかけて開けたままにしているドアが、何枚もの鉄板をリベット留めにした重い鉄製だということに気がついた。三個の頑丈な錠前の|ベロ《ヽヽ》が、相互にも、またドアの上下からも等間隔に、その突出部の個所からとび出していた。ドアの把手をまわしてみると、その三つのベロが引っこんだ。把手を放すと、それは勢いよく飛び出した。つまり、バネ仕掛けの錠だったのだ。ドアの内側には把手がついていない。把手どころか、突き出たものは何一つなかった――のっぺりした鉄の表面だけだった。
いま思い返してみると、ただもうたまげるばかりなのだが、そういった仕掛けを興味をもって注意深く見ていた時、私はわきへ押しやられるのを感じた。ヴィー判事――私は強烈な、しかもはげしく変化する自分の感情に引きこまれていた余り、この人のことをすっかり忘れていたのだ――が、わたしを押しのけて、その部屋に入りこんだ。『どうか頼むから、この中には入らんでくれ!』と、私は叫ぶようにいった。『こんな恐ろしいところは出よう!』
私が必死になってたのんでも、彼は気にもとめずに(南部じゅうのいかなる豪胆な士にも負けぬほど、いささかも臆せず)部屋の真ん中にさっさと進み、一つの死体の側にひざをついて綿密に調べ、どす黒くしなびた首を両手でそっとかかえ上げた。強烈な悪臭が戸口まで襲ってきて、私はどうにもこらえきれなくなった。ふらふらしてきたと思うと、自分でも体が倒れていくのがわかった。思わず身をささえようとして、ドアのふちをつかんだ拍子に、鋭いかちっという音を立ててドアが閉ったのである!
それきり私は何の記憶もない。六週間後に、私はマンチェスターのあるホテルで正気を取り戻した。このホテルには、見知らぬ人たちのおかげで、あの次の日につれてこられたのである。六週間ぶっ通しに、私は神経症の熱病にかかり、絶えず錯乱状態にあった。あの家から数マイル離れた路上に倒れていたのを見つけられたというのだが、どうやってあの家から逃げ出して、そこまでたどりついたのか、私にはまったくおぼえがない。回復するとすぐに、というより、話をしてもかまわないと医師の許可が出るとまっ先に、私はヴィー判事の安否をたずねた。判事は私同様ぶじで、家にいると、医師たちは話してくれた。(今にして思うと、それは私を安心させるためだったのだ)
誰も私の話の一言も信じてくれなかった。人が驚かないのも無理からぬことだ。それから、二か月後にフランクフォートのわが家に戻って、ヴィー判事の消息があの夜以来まったくわからないということを知った時の私の悲しみは、誰にわかってもらえようか。その時、自尊心というものを、どんなにつらい思いで悔いたことか。正気を取り戻してから最初の数日は、誰も信じてくれぬ話を何度もくり返し、その真実を主張していたのだが、それきり、自尊心からぷっつりと語るのをやめてしまっていたからだ。
その後にあったこと――あの家の調査、私が説明したのとぴったり一致する部屋など一つも見つからなかったこと、私を狂人だという判定をさせようとしたこと、私を非難告発する人々に対して、ついに私が勝利を収めたこと――などについては、『アドヴォケート』紙の読者の方々はすでにご承知の通りである、爾来こんにちまでもう何年にもなるが、私には発掘する法的権利もなく財力もないが、もしそれをおこなえば、悲運のわが友人の失踪の謎や、またあの死体が、放棄され、今は焼失してしまった家の元の居住者でもあり持ち主でもあったという可能性の謎を明らかにできると、私は今も固く信じている。そういう捜索がまだできるものと、あきらめてはいない。それだけに、今は亡きヴィー判事の遺族の方々や友人諸氏の不当な敵意や愚かしい疑いのために、その遂行のおくれてしまっていることが、私にとっては深い悲しみのたねなのである」
マッカードル大佐は、一八七九年の十二月十三日に、フランクフォートで死去した。
相客
「あの汽車に乗るためには」と、レバリング大佐は、ウォルドーフ・アストリアホテルで腰を落ちつけるといった。「アトランタで一晩近く待ってなくちゃならんだろうな。アトランタは感じのいい町だが、これだけは忠告しとくよ、ブレシット館にだけは泊るなってな。一流ホテルには数えられているんだが。なんしろ緊急修理の必要があるほど、古い木造の建物なんだよ。壁には破れ穴ができていて、そこから猫をぽんとほうり出せそうなくらいだからなあ。寝室のドアには錠もないし、家具といえば、どの部屋も、いすがたったの一つに、敷ぶとんのない寝台ときている――ただマットレスだけなんだよ。こんなお寒い宿泊設備のくせに、部屋が専用できるかというと、それも当てにならんのだよ。へたすると、大勢の他人さまと一緒につめこまれんとも限らんのだからね。いやはや、じつにとんでもないホテルだよ。
おれがそこに泊った夜は、気持の悪い夜だったね。おそくホテルに入ると、言いわけたらたらの夜勤の番頭が獣脂ろうそくを持って、一階の部屋に案内してくれた。ろうそくは番頭が気をきかせて、おいていってくれた。二日一晩のきつい汽車の旅で、おれはもう疲れきっていたし、それに、頭に受けた銃の傷がまだ直りきってもいなかったしね。なに、激論をやっているうちに食らったのさ。もっとましな宿を探すどころじゃなかったのさ。服もぬがずにマットレスに横になるが早いか眠りこんでしまった。
夜明け近くに、ふっと目がさめた。月が昇っていて、カーテンのない窓からさしこんで、やわらかな、青みがかった光で部屋を照し出していた。その光が、どういうわけか、お化けでも出そうに見えたんだ。いや、別に何も変わったところのない、普通の光だったんだろうがね。月の光というものは、よくよく眺めていると、そんなふうに見えるもんだよ。ところで、その部屋の床に少くとも十二、三人の相客がいるのに気がついた時の、おれの驚きようと憤慨ぶりを想像してくれよ! おれはベッドの上に起き直ると、この言語道断なホテルの経営ぶりが心底からしゃくにさわって、すぐにベッドを跳び出して、番頭の奴に文句をねじこんでやろうとしかけたんだ――ぺこぺこ言いわけばかりして、あの獣脂ろうそくを置いていった奴さ――その時、何だかわからんが、あたりの気配を感じて妙に動く気になれなかった。きっと文士なら、それを『恐怖で凍りついた』とでもいうんだろうがね。何とその相客たちがみんな、明らかに死んでいたからだよ!
そいつらは、あお向けに横たわっていた。部屋の三方の壁に沿ってきちんとならんで、足は壁の方に向けていた――ドアから一番遠い、もう一つの壁際に、おれの寝ていたベッドと、いすがあった。死体の顔には、みんな白い布がかけてあった。だが、その白い布の下から、窓に近い、月光が四角くさしこんでいる所にある二つの死体の顔だけが、鼻やあごなど、はっきりと横顔を見せていた。
おれはてっきり、これは悪夢でも見ているんだと思って、よく悪夢にうなされた人がやるみたいに、大きな声で叫ぼうとしてみたんだが、声が立てられないのだ。やっとのことで、必死の努力をして床に足をぶつけるようにして立つと、布をかぶせた顔が二列にならんでいる間を通り、ドアに一番近い二つの死体のわきをすりぬけて、この地獄のような恐ろしい場所からとび出し、ホテルの帳場にかけつけた。あの夜勤の番頭が、帳場の机の向こう側にいた。これも獣脂ろうそくだが、そのうす暗い光の中にじっとしていた――ただじっと坐って、見つめているんだよ。立ち上がりもしないんだ。おれがいきなり入りこんでも、何の変ったようすも見せないんだ。このおれ自身が死人そっくりの顔色になってたと思うんだがね。その時、ふと頭に浮かんだのは、こいつは前に実際に見た奴とは違うんじゃないかということだった。そいつは小男で、顔には血の気がなく、これほど真っ白い白目で、うつろな目つきは見たことがないという奴だったよ。おれの手の甲同様にまったくの無表情だった。着ている服も、きたなくよごれた灰色だった。
『この野郎、どういうつもりなんだ』と、おれはどなりつけてやった。
そのくせ、やはりおれは木の葉のようにぶるぶるふるえ、自分で自分の声がわからぬありさまだった。
番頭は立ち上がって、おじぎをした(わびをしたつもりだったんだろう)。ところが――どうだ、もうそいつは、いないじゃないか。と、その瞬間、うしろから、おれの肩に手がかけられるのを感じた。ちょっと想像してみろよ、わかるかね! おれは何ともいいようのないほどぞっとなって、くるりと向き直った。すると、そこに、でっぷりとした、親切そうな顔をした紳士がいるじゃないか。その人がいった。
『どうしたんですか、あなた』
その男に話して聞かせるには手間がかからなかったが、まだ話しおわらぬ内に、その人自身が青くなって、いった。『まあ、ちょっと。本当のことを話しておいでなんですか』
その時、ようやく我に返っていたおれは、恐怖と入れ代りに今度は怒りにかられて、こういった。『これでもまだ疑うというんなら、あんたをたたき殺してやるぞ!』
『いやあ、よして下さいよ、そんなこと』その男は答えた。『まあ、お坐んなさい。わたしからお話ししましょう。ここはホテルじゃないんですよ。かつてはそうだったんだが、その後、病院になったんです。今はもう使われていなくて、借り手を待ってるんですよ。あなたがお話しになった部屋というのは、死体置場だったんです――いつもたくさんの死体が置いてありましてな。あなたが夜勤の番頭だといわれた男は、もとは確かに番頭をしていたんですが、その後、病院にかつぎこまれてくる患者の記録係になってたんです。その男がここにいるなんて、解《げ》せませんなあ。二、三週間前に死んでるんですから』
『で、あなたは、どういう人ですか』と、おれはだしぬけにきいた。
『ああ、いや、わたしはこの建物を管理してる者でしてね。つい今しがた、たまたま通りかかったら、中に明かりが見えたんで調べに入ったんですよ。一つ、その部屋をのぞいてみましょうか』と、その人はいいそえて、机からぱちぱちはぜているろうそくを取り上げた。
『それだけはもうまっぴらご免だ!』と、おれはいうなり、表の通りへ一目散に跳び出していった。
ねえ、きみ、アトランタのあのブレシット館は、ありゃあ、じつにひどいところだよ! あんなところに泊っちゃいかんよ」
「断じて泊るもんか! 確かに、きみの話じゃ気持ちのよさそうなとこじゃないね。ところで、大佐、一体その話はいつあったことなんだね」
「一八六四年の九月だ――アトランタ包囲戦のすぐあとだよ」
ノーランに現われたもの
リーズビルとハーディ間の道路が、ミズーリ州で、メイ・クリークの東の支流を横切る地点の南方に、一軒の廃屋が建っている。一八七九年の夏以来、誰も住むものがなく、家は急速に崩れかけている。いまのべた年の前の三年ばかりの間、この家にはチャールズ・メイという一家が住んでいた。家の近くを流れているクリークは、この一家の先祖の名を取ってつけられたものだ。メイ氏の一家というのは、細君と、成人した一人の息子と、二人のまだ若い娘から成っていた。息子の名はジョンといった――娘たちの名は、筆者にはわかっていない。
ジョン・メイは陰気で、無愛想なたちであったが、すぐにかっとなって怒り出すというのではなく、ねっちりした執念深い憎しみをいつまでも抱いているという並外れた天性を持っていた。父親の方は、それとは全く反対だった。明かるくて陽気なたちではあったのだが、ひどく短気で、さながら一束のわらが突然ぱっと燃え上がり、一瞬にして燃えきってしまうというように、後はもうきれいさっぱりだった。いつまでも恨みを胸にしまっておくことがない。怒りがおさまると、すぐに仲直りの申し出をするのだった。彼には近所に住む弟が一人いた。弟の方はあらゆる点で彼とは違っていた。だから、ジョンはその気質を叔父さんから受けついでいるというのが、冗談半分に近在の人々のかげ口になっていた。
ある日、この父子の間で誤解が生じ、はげしい言葉の応酬が続いたあげく、父親は息子の顔に思いきり鉄拳を食らわせた。一撃を食って流れ出た血を、ジョンは静かにぬぐうと、もうすでに後悔しているこの乱暴を加えた者をじっとみつめ、冷やかに落ち着きはらっていった。「今にこのことで死ぬような目に会うぞ」
この言葉を、ジャクソンという名の二人の兄弟がつい聞いてしまった。兄弟はちょうど二人のところに近づいていたのだが、親子喧嘩をしているのを見て、どうやら二人には気づかれずにこっそり立ち去った。チャールズ・メイはそのあと、このいやな出来事を妻に話し、軽率になぐったことで息子にあやまったが、聞き入れてもらえなかったし、息子は仲直りの申し出をはねつけたばかりか、恐ろしい脅しを撤回しようともしなかったと説明した。にもかかわらず、この親子の関係に公然とした断絶も生ぜず、ジョンは相変わらず家族と共に暮らしていた。こうして、それまでと大して変わったこともなく過ぎていった。
一八七九年六月のある日曜日の朝、いま述べたようなことがあってから二週間ぐらいたっていたが、父親のメイは、朝食をすませるとすぐに、鋤を持って家を出た。一マイルほど離れた森で、どこか泉を掘り出してみるつもりだ、そしたら家畜にも水がやれるからというのだった。ジョンは何時間だか家に残って、ひげをそったり、手紙を書いたり、新聞を読んだり、いろんなことをやっていた。ようすも普段とさして変わっていなかった。まあ、ちょっとばかりいつもより不きげんで、むっつりしていたかも知れない。
二時になると、ジョンは家を出た。五時には戻ってきた。どういうわけだか、ジョンの行動に特に何か関心を持っていたわけでもなく、今となってはその関心を思い起こすすべもないのだが、彼の出かけた時間と戻ってきた時間を、母親と妹たちが気付いていた。これは彼の殺人容疑の裁判で証言があった通りだ。彼の衣類があちこちぬれていたことにも気付いたという。まるで(後で検事がそう指摘したのだが)血のよごれを洗い落としたとでもいうようだった。ジョンのようすが変だったし、目つきも険しかった。彼は体の具合が悪いと訴えて、自分の部屋にひっこんで床についた。
父親のメイは戻ってこなかった。その晩おそく、もよりの家の人たちがたたき起こされた。その夜と、次の日一日かかって、泉があるという森の捜索がおこなわれた。結果は空しく、ただ泉のまわりの粘土に両人の足跡が発見されたにすぎなかった。一方、ジョン・メイは、地元の医者が脳脊髄膜炎だという病気にかかって、容態が急速に悪化していた。錯乱状態になって、うわごとで殺人のことをわめき立てたが、誰が殺されたと思っているのか、あるいは、誰がやったと想像しているのか、それをいわないのである。ところが、ジョンが口にしたあの脅し文句をジャクソン兄弟が思い出した。そこで、ジョンは殺人容疑で逮捕され、身柄は保安官代理の自宅にあずけられた。世論は彼に対して甚だしく不利だった。病気でなかったら、まず間違いなく暴徒の手にかかってしばり首になっていたろう。だが、そんなことにはならずに、近所の者たちが火曜日に会合を開き、この病人を看視して、いついかなる時でも、情況次第で正当なりと認められるような実力行使に出る自警団が任命された。
水曜日になって、がらりと事情が一変した。八マイル離れたノーランの町から、この事件の見方を一変させるような話が届いた。ノーランという町は、学校と、鍛冶屋と「店」が一軒ずつ、それに五、六軒の人家から成っていた。店は、チャールズ・メイのいとこに当るヘンリー・オーデルという男がやっていた。メイが失踪した日曜日の午後、オーデル氏と四人の近所の者――いずれも信用のおける男たち――が店に腰をすえて、たばこをふかしながら、おしゃべりをやっていた。その日は暑かった。表の戸も裏の戸も開け放してあった。三時ごろに、彼らのうちの三人とも知りすぎるほど知っているチャールズ・メイが、表の戸口から入ってきて、店の中を通りぬけ、裏口から出ていった。帽子も上着も身につけていなかった。店にいた連中を見やりもしなければ、彼らのあいさつに答えもしなかった。といっても、みんな、あっけに取られたわけではない。彼がひどいけがをしていることが、一目でわかったからだ。左の眉毛の上に傷があった――深い傷で、そこからふき出した血が顔から首にかけ左側全体にかかっていて、うすいねずみ色のシャツにまでしみ通っていた。まことに妙な話だが、一同の心に真っ先に浮かんだ考えは、彼が喧嘩をやって、血を洗い落とすために店の裏の小川にまっすぐいくつもりなんだな、ということだった。
恐らく、こまやかな心づかいの気持ちが働いたのだろう――つまり、辺鄙な未開拓地の作法ともいうもので、そのため、手伝ってやろうといって彼についていくのを、連中は遠慮したのである。このことについてはいっさい、法廷の記録――この話は主として、その記録から取ったものだが――は沈黙しているのだ。一同は彼が戻ってくるのを待っていたが、ついに戻ってこなかった。
店の裏の小川に接して、六マイルほど奥のメディシン・ロッジ丘陵まで、森林が伸びひろがっている。チャールズ・メイがノーランで見かけられたということが、この失踪した男の家の近所に知れ渡るとすぐに、世間の見方と感情にいちじるしい変化が起こった。自警団は、改まって解散の決議もせずに自然消滅した。メイ・クリーク沿いの森林の低地一帯の捜索はやめて、地元のほとんど男子全員が、ノーラン周辺から、メディシン・ロッジ丘陵まで、せっせと茂みをたたいてまわった。だが、行方不明の男の足どりは見つからなかった。
この奇妙な事件の中でも最も奇妙な事情の一つは、誰一人その死体を見たと言明する者もいないのに――つまり、死んだとはわからないというのに――その殺人の容疑で一人の男が正式に起訴され、裁判にかけられたことである。開拓時代辺境地の法の常軌を逸した突飛さについては、われわれ誰もが多かれ少なかれ知ってはいる。だが、こんな例はまさに特異であろう。とにかくどうであれ、記録によると、ジョン・メイは病気から回復するとただちに、行方不明の父親を殺害したかどで起訴された。被告側弁護士が抗弁したようすも見えず、事件は理非曲直によって審理が進められた。検事側も活気がなく、おざなりだった。被告側は容易に――死亡者についてであるが――アリバイを実証した。ジョン・メイがチャールズ・メイを殺害したに相違ないと思われる時間には、よしんば殺害がおこなわれたとしても、チャールズ・メイは、ジョン・メイがいたはずの場所から数マイル離れた場所にいたのである。従って、故人は何者か別人の手にかかって死に致ったにちがいない、というのである。
ジョン・メイは無罪を言い渡されるとすぐにこの土地から去った。その日以来、ついに彼の消息はまったくわからない。その後間もなく、彼の母親と妹たちは、セントルイスへ移転した。農場は、隣の土地の所有者で、自分の住居も持っている人の手に移った。爾来、メイの屋敷は空家になったままで、幽霊が出るという陰気なうわさが立った。
メイ一家がこの土地を去ってからのある日、数人の少年がメイ・クリーク沿いの森の中で遊んでいた時、枯葉の山の下にかくされてはいたが、豚がほじくり返したために一部顔をのぞかせていた鋤を発見した。真新らしいほどぴかぴかしていたが、刃先の一個所だけは違っていて、血でさびつき、よごれていた。この農具の柄に、C・Mという頭文字がきざみこまれていた。
この発見が、あらためて数か月前の世間のさわぎを、いささか呼びさました。鋤が発見された現場近くの地面が、念入りに調べられた。その結果、一人の男の死体が見つかった。死体は地面から二、三フィート下に埋められていて、しかも埋めた個所は、枯葉や小枝をつみ上げてかくしてあった。死体はほとんど腐敗していなかった。これは無機物を含む土壌の中に、いくらか防腐性があるためだと見られた。
左の眉毛の上に傷があった――深い傷で、そこからふき出した血が顔から首にかけ左側全体にかかっていて、うすいねずみ色のシャツにまでしみ通っていた。頭蓋骨には、一撃で切りつけられたあとが食いこんでいた。死体はチャールズ・メイのものだった。
となれば、ノーランのオーデル氏の店の中を通りぬけたものは、一体何ものだったのか。
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謎の失踪
野原を横切る難しさ
一八五四年七月のある朝、アラバマ州のセルマから六マイルのところに住んでいるウイリアムソンという農園主が、妻と一人の子供と共に、わが家のベランダに腰を下ろしていた。家のすぐ前は芝生になっていた。この家と、いわゆる「有料道路《パイク》」と称する街道との距離は五十ヤードもあろうか。この街道の向こう側には、短く刈りこんだ十エーカーほどの牧草地がひろがっていた。その上には一本の木も岩もなく、天然にしろ人工にしろ一物もない坦々とした牧草地だった。
その時、この野原には家畜一匹いなかった。牧草地の向こうの、もう一つの野原には、十二、三人の奴隷が一人の監督の下で働いていた。
葉卷のすいさしを投げすてると、農園主は「あの馬のことで、アンドリューに話すのを忘れてたよ」といいながら、立ち上がった。アンドリューというのは、いまいった監督だった。
ウイリアムソンは、いかにものんきそうにぶらぶら砂利道を歩いていき、途中で花をつんだりして、街道を横切ると、牧草地に入りこんだ。牧草地の入り口にある門を閉めた時、ちょっと立ち止まって、通りかかった隣人アーマー・レンにあいさつした。この人は隣の農園に住んでいた。レン氏は、十三になる息子のジェームズと一緒にオープンの馬車に乗っていた。あいさつを交した地点から二百ヤードばかりいった時、レン氏は息子にいった。「あの馬のことで、ウイリアムソンさんに話すのを忘れてたよ」
じつは、レン氏はウイリアムソン氏に数頭の馬を売って、その日に引き渡すことになっていた。ところが、今は記憶にないのだが何かの理由で、馬を引き渡すのはあすまで都合がわるかった。御者は引き返すように命じられた。馬車がぐるりとまわっている時、ウイリアムソンの姿が三人には見えた。のんきそうに牧草地を歩いていた。その瞬間、馬車を引いている馬の一頭がけつまずいて、あやうく倒れそうになった。馬がちゃんと立ち直ったと思ったとたんに、ジェームズ・レンが叫んだ。「おやっ、お父さん。ウイリアムソンさんはどうなっちゃったの」
その疑問に答えるのは、この話の意図ではない。
ウイリアムソン家の財産に関し法的手続きを取っていた際に、レン氏が宣誓をしておこなったこの件についての奇妙な陳述は、つぎの通りである。
「息子が叫んだものですから、ついいましがた故人《ヽヽ》を見かけたばかりの所に目をやったのですが、そこにはいませんでした。いや、そればかりかどこにも見当りませんでした。その時、私が大変にびっくりしたとか、これは大変なことが起きたと思ったとは言えません。もっとも、異様だとは思いましたが。ところが、息子の方はひどく仰天して、言い方こそ違っていましたが、同じ質問をくり返しているうちに、私たちは門に着きました。私の黒人の若者サムもやはり、息子以上にたまげておりましたが、それはサムがその目で何かを見たためというより、息子のようすに影響されたためじゃないかと思います。(証言の中で、この部分の文句は削除されていた)野原の門の前で、私たちが馬車を降りて、サムが馬を柵に|しばって《ヽヽヽヽ》いた時、ウイリアムソンの奥さんがお子さんを抱いて、召使いたちを何人かつれて、大変に興奮してかけつけてこられました。『主人がいなくなったんです、消えたんです! 大変です! 何て恐ろしいこと!』と叫んでおいででした。その他、何かしきりと叫んでらしたが、いま、はっきりとは思い出せません。奥さんが叫んでらしたことから、たとえ奥さんの目の前で起こったにせよ、これは何かわからんが、ただ単にご主人が失踪しただけのことじゃないという印象を、私は受けました。奥さんはすっかり取り乱していましたが、あの場合、それは当然すぎるほど当然だろうと思います。あの時、奥さんは気がふれていたと思う理由など、私には一つもありません。あれっきり、私はウイリアムソン氏の姿を見かけたこともありませんし、消息も知りません」
この証言を、当然のことかも知れないが、ほとんどすべての点で確証したのは、唯一の他の目撃者(これが妥当な用語だとすれば)であるジェームズ少年だった。ウイリアムソン夫人は発狂してしまっていたし、召使いたちは、いうまでもなく、証言する法的資格がなかった。最初、ジェームズ・レン少年は、確かに消えたのを見たと言明していたが、法廷でおこなった彼の証言の中には、この文句がまったく見当らない。ウイリアムソンがいこうとしていた野原で働いていた奴隷は、誰一人、彼に全然気づいていなかった。農園も、隣接している土地もくまなく、いとも厳重な捜索がおこなわれたが、手がかりは何もなかった。黒人たちから始った奇怪きわまるばかげた作り話がいろいろと、何年もの間、アラバマ州のこの地方にひろまっていた。恐らく今日にいたるも同じであろう。しかし、ここにお話ししたことはすべて、この事件について確実にわかっていることだけである。法廷は、ウイリアムソンは死亡したと決定し、その財産は、法に従って分配された。
競走の途中
ジェームズ・バーン・ワーソンは、イギリスのウォリック州レミントンに住む靴屋だった。小さな店で、ウォリックへ通じる街道からそれた路地にあった。彼のつき合うしがない仲間内では、誠実な人だと尊敬されていた。もっとも、イギリスの田舎町では、この男の階級の者にはよくあることだが、彼もいささか酒におぼれるきらいがあった。酒が入ると、愚にもつかぬ賭けをやる癖があった。
こういうやりすぎるほど度かさなる賭けをやっていたある時、例によって、おれは徒歩競走の選手だなどと勇ましい自慢をやり出した。あげく、不自然きわまるひどい競走ということになった。一ポンド金貨一枚をかけて、コベントリーまでの道を往復突っ走るというのである。距離にして、四十マイルちょっとはある。これは、一八七三年九月三日のことだった。彼はすぐさま出かけた。賭けの相手の男は――その名前は記憶されていないのだが――生地商人のバラム・ワイズと、写真屋のハマソン・バーンズを伴い、おそらく軽い二輪の荷馬車か、四輪の大型荷馬車にでも乗ってだろうが、後からついていった。
数マイルまでは、ワーソンも大いに調子よくやっていた。足つきも楽そうで、つかれたようすもなかった。実際にすばらしい耐久力の持ち主だったし、その耐久力が弱るほど大して酔ってもいなかったからだ。荷馬車の三人の男たちはうしろから絶えず少し離れてついてきて、大いに調子づくまま、さも親しげにひやかしだか、はげましの声を時々かけていた。突然――道のどまん中で、三人からは十二ヤードと離れていず、しかも三人がまともに見ている目の前で――ワーソンが蹴つまずいたように見えたと思うと、まっさかさまにつんのめり、凄い叫び声を上げると同時に消えてなくなった! 地面に倒れたのではない――地面に触れる前に消えたのである。彼の痕跡は全然見つからなかった。
三人は消えた現場や、そのあたりに、何の当てもなくただぐずぐずと、しばらくとどまっていたが、結局、レミントンに引き返し、この驚くべき話をして聞かせたが、その後、警察に引っぱられた。だが、三人は身分もかなりのものだし、常々正直者だと思われていたし、事件当時はしらふでもあった。この異常な事件について、三人が誓っておこなった申し開きでは、怪しい点は、一つも出てこなかった。にもかかわらず、事件の真実性については、イギリス中で世論が真っ二つにわれた。もし三人が何事かをかくしているとすれば、連中が取った手段こそまさに、正気の人間が未だかつてなしえなかったような驚嘆すべきものというべきである。
チャールズ・アシュモアの足跡
クリスチャン・アシュモアの家族は、その細君と母親、成人した二人の娘と、十六歳になる一人の息子とがいた。一家はニューヨーク州のトロイに住んでいて、暮しは裕福で、りっぱな人たちだったし、友人も多かった。その友人たちの中には、この文章を読んで、若者の異常な運命を初めて知る方もきっとおられることと思う。
アシュモア家は、一八七一年か一八七二年に、インディアナ州のリッチモンドへ移転した。その一、二年後に、イリノイ州のクインシー近辺に移った。その土地に、アシュモア氏は農場を買って、そこで暮らしていた。農場の家から少し離れたところに泉があった。絶えず清らかな冷たい水がわき出し、一家は四季を通じて、その泉から家庭で使う水の供給を受けていた。
一八七八年十一月九日の晩、九時ごろに、若いチャールズ・アシュモアは炉端をかこむ家族の側を離れ、ブリキのバケツを下げて泉へ向かっていった。彼が戻ってこないので、一家の者は不安になった。そこで、父親は、息子が出ていった戸口までいくと、息子の名を呼んだが、何の返事もなかった。父親はランタンをともし、どうしても一緒についていくといってきかない長女のマーサと共に探しに出かけた。
うっすらと雪がつもって小道をかくしていたが、若者の足跡はかえってはっきりと目についた。一歩一歩、足跡はくっきりと輪郭を描いていた。道の半分より少し先までいった時――七十五ヤードもあったろうか――先に立っていた父親が立ち止まると、ランタンを高くかざし、先方の闇をすかすように一心にのぞきこんだ。
「どうなさったの、お父さま」と、娘はきいた。
それは、こうだったのである。若者の足跡がぷっつりと、そこで切れていて、そこから先は、何の乱れもない平らな雪が続いていた。最後の足跡は、それまでのと全く同じにはっきりとしていた。アシュモア氏は目に入るランタンの光を帽子でさえぎるようにして、空を見上げた。星が輝いていた。空には雲一つなかった。まさかとは思ったが、ふと思いついた解釈をしりぞけた――こんなにもはっきりとわかるほど、ごく限られた範囲にだけ、雪が新たに降ったのではないかと思ったのだ。あとで更にくわしく調べるため、残っている足跡をふみ荒さぬよう、最後の足跡から大きく迂回して、泉の方へ進んでいった。気力をなくし、おびえながら娘も後に続いた。二人とも、いま見たことについて一言も口にしなかった。泉は、もう何時間も前に張った氷が一面に覆っていた。
家へ戻りながら、足跡のついている両側の雪のようすに、終始、気をつけていた。そこからそれて出ている足跡は一つもなかった。
夜が明けてあかるくなっても、新たな手がかりは何一つ見つからなかった。雪が、しみ一つなく、乱れたところ一つなく、坦々として、どこにもかしこにもふんわりとつもっていた。
それから四日後のこと、悲しみに打ちひしがれた母親が、みずから水をくみに泉へいった。戻ってくると、こう話した。足跡がきれてしまっていた個所を通りかかった時、息子の声が聞こえてきた。一生懸命に息子の名を呼び続けながら、今こっちから聞こえてくるかと思えば、今度はあっちから声が聞こえてくるような気がするので、そのあたりをうろうろしているうちに、疲れと興奮のためにくたくたになってしまったという。その声が何といっていたかときかれると、母親には答えられなかったが、それでも言葉はとてもはっきりしていたと断言した。すぐさま、家中でその場所にいってみたが、何も聞こえてこなかった。そこで、声だと思ったのは、母親の大変な心痛と神経の調子がおかしくなっていたために起きた幻覚に違いないということになった。
ところが、それから数か月にわたって、不規則ながら数日の間隔をおいて、家族の他の者たちにも、他人にも、その声が聞こえたのである。全員が、まちがいなくチャールズ・アシュモアの声だと、きっぱり言い切った。全員が、非常に遠くから聞こえてくるらしく、弱々しいが、それでいて、一語一語の発音は完全にはっきりしているという点では一致していた。だが、その方角は誰にもはっきりわからず、聞いた通りの言葉を伝えることもできなかった。声が沈黙している間隔はしだいに間遠くなる一方で、聞こえてくる時でも、声はしだいに弱くなり、遠くなっていった。こうして、真夏には、もうすっかり聞こえなくなってしまった。
チャールズ・アシュモアの運命を、もし誰か知っている人がいるとすれば、それは恐らく母親であろう。母親は亡くなっている。 (完)
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あとがき
イギリスのある文学辞典によると、文学的に見た幽霊を次の五つに分類している。
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1 浮かばれぬ霊魂ともいうべきもので、これは、おのれに加えられた、またはおのれがなした非道の行為が正されるまでは墓場の中で安らかに眠れず、殺人という報復の形をとる。例、『ハムレット』の父王の幽霊。
2 いわゆる夢まくらに立つというもので、死者が、眠っている人間に何かを伝える、または警告のために現われる。例、チョーサーの『カンタベリ物語』の「尼僧の話」とか、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』
3 十六世紀ごろの新教徒は、幽霊を悪魔の使者が化けたものとも考えていた。王子ハムレットが父の幽霊を見て、果たしてわが父の幽霊か、悪魔かと迷うのがその例。
4 罪を犯した良心の苛責が生み出す幻覚も、多くは幽霊の形をとる。例、『マクベス』
5 第一のタイプのメロドラマ調の幽霊は、十八世紀後半のゴシック小説によく見られる。さらに、ビクトリア朝に入ると、コミックな幽霊(とばかりは限らないが)が見られる。例、ディケンズの『クリスマス・キャロル』。しかし、過去二百年間、本格的な文学作品に幽霊が出てくるのは、ブロンテの『嵐が丘』や、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』くらいで、珍しい例であるという。
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近代から現代に入るにつれ本格的文学作品に幽霊の出るのがまれになるのは当然だろうが、全くないわけでもない。D・H・ロレンスの作品にも幽霊の出るのがあるし、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』(一九二二年)にも、幻覚ではあるが亡霊を見る場面がある。
ここに『ビアス怪異譚1および2』として訳出したビアスの短篇は、ことごとく超自然的怪異現象を主題に扱った奇々怪々な作品の世界である。
アンブローズ・ビアス(一八四二〜一九一四?)は、アメリカ、オハイオ州の貧農の子として生まれた。ビアス家は植民地時代初期にイギリスから移住してきた。アンブローズは少年時代から働き、南北戦争(一八六一〜六五)が始まると北軍に加わって戦場におもむき、重傷を負うが、終戦まで在籍した。彼の文筆生活はそのあとサンフランシスコに移ってから始まる。新聞・雑誌の編集・発行・寄稿という生活の中から、やがて秀れた短篇集『生のさなかにも』などが著わされてくる。革命動乱のメキシコへ旅立った一九一三年末に、消息を伝える書簡を最後に、ビアスが謎の失踪をとげてしまったという事実は、『怪異譚』の最後にある「謎の失踪」と符号して何か不気味である。
「ありえない話」Can Such Things Be? は、一八九三年に刊行された短篇集である。「ありえない話」と訳したが、原題は「まさかそんなことがありえようか、とても信じられない」といった意味合いである。平凡な環境の中で、ありきたりの平凡な人間に起こる異常な、超自然的事件を語っているので、それだけに対照の妙を発揮し、読者の胸にすきま風のようなうすら寒い恐怖、神秘感をざわつかせる。何よりもこれらの作品群がもつ不気味さは、作者であるアンブローズ・ビアスという人自身の中にひそむものとしかいいようのないリアリティを感じさせる。
芥川竜之介の「藪の中」(大正十一年〔一九二二年〕正月号の「新潮」に発表)の粉本が、ビアスの「月明かりの道」にあったとしばしば言われているが、その発見者は吉田精一氏である。同氏著の『現代文学と古典』(昭和三六年・至文堂)や、同じ問題を取り上げてある長野甞一氏の『古典と近代作家』(昭和四二年・有朋堂)に、比較文学的に詳細な論考がある。
最後に、『ビアス怪異譚』にふさわしい話を一つご紹介しておこう。先にあげたイギリスの作家、『チャタレー夫人の恋人』の作者ロレンス(一八八五〜一九三〇)にまつわる話である。彼の有名な自伝的長篇『息子たちと恋人たち』の主人公ポールの恋人ミリアムは、実名をジェシー・チェインバーズ(一八八七〜一九四四)といい、ロレンスの初恋の人であった。二人の恋は小説に描かれている通り、永すぎた春のすえ、袂別に終った。以後、ロレンスの死まで、二人の間には一片の便りさえ交されなかった。ロレンスの死後、ジェシーは親しい女友達(ロレンスの友達でもあった)に送った長い手紙の中で、次のような不思議な経験を打ち明けた。
「彼(ロレンス)が亡くなる一年半ほど前から、あたしは時々、彼に心引かれる思いを痛いほど感じることがありました。すぐにでも連絡をとらなければという切迫した感じでしたが、どう連絡をしたものか迷いました。ただ手紙を書くだけですむことではなさそうだったんです。そんな気持ちが片時もあたしから去りませんでした(ジェシーがいう一年半ほど前というのは一九二八年秋ごろに当り、ロレンスは例によってフランス・スペイン・イタリア・ドイツといったぐあいに転々と移り、健康状態(肺結核)が悪化していた時である)。一度、ほんとにだしぬけに、まるで彼が話しかけたみたいに、こんな言葉がふっと頭に浮かびました。『ぼくたちはまだおんなじ惑星にいるんだね』こういったようなことが、ほかにもいろいろとありました。あなた、おぼえてるでしょう、D・H・Lが病気だったこと、あたしはちっとも知らなかったんです。彼が亡くなった日の朝のことですが、突然、彼はあたしにこういったんです。それがまるでこのあたしの部屋に一緒にいるように、はっきりと聞こえたのです。『ただ苦痛ばかりで、喜びなんか少しもなかったことを、きみはおぼえているかい』そういった彼の声があまりにも恨めしそうでしたから、あたしは思わず、いいえ、喜びもおぼえているわといって安心させて上げました。すると、妙に途方にくれたような調子で『すべては一体何だったんだろうね』と、彼はいいました。
つぎの日の朝、せっせと家事をしておりました時、不意に部屋じゅうに彼がいる気配がみなぎったと思うと、ほんの一瞬、彼の姿が見えたのです。昔知ってたころとそっくりに、頭のうしろにちょこんと小さな帽子をのせていました。ほんの一瞬、現われたその姿はほんとにうれしそうでしたから、これはきっと近い内にほんとに会える虫の知らせなのだと思ったくらいです。
その翌日、彼の死が新聞に報道され(ロレンスは一九三〇年三月二日の夜十時に、南仏のニースに近いヴァンスで死去。ジェシーはイギリスで暮していた)あたしは恐ろしいショックを受けました。あたしはただありのままに、あなたにお伝えしているだけです。笑ってお聞きすて下さってもかまいません。でも、この経験は、あたしがいまこうしてペンを持っているという事実とおんなじに本当のことだったのです。それが自己暗示だったとは思っていません。なぜって、彼が病気だったことを、あたしは少しも知らなかったのですから」
『ビアス怪異譚』はその作品のほとんど全部の訳が、芹川・奥田・猪狩、他数氏により、「ビアス選集」中の二卷本『幽霊1、2』として数年前に刊行されている。参考にさせて頂いたことを記し感謝を申し上げたい。
この翻訳の底本には、中村能三氏訳『生のさなかにも』と同じく、先にふれたゴージァン・プレス社の一九六六年刊の復刻版ビアス著作集第三卷を用いた。
[#地付き](訳者)