TITLE : 風流滑稽譚(第一輯)
風流滑稽譚(第一輯) バルザック
小西 茂也 訳
目 次
前口上
美姫インペリア
仮初の咎
王の愛妾
悪魔の後嗣
路易十一世飄逸記
大元帥夫人
箱入娘
金鉄の友
衣手の風流
当意即妙
後口上
風流滑稽譚(第一輯)
これはド・バルザックの
大人、トゥレーヌの諸寺
より蒐めて開板せるもの
世のパンタグリュエルの
徒の慰み草に供すべく、
余人の為にはあらず焉。
前口上
この草紙は、おらが国さトゥレーヌ不朽の粋士、フランソワ・ラブレエが献酬めされた名うての酒仙や座ぬけの呑助どもの髭口に合わそうとて、吟醸いたした洒脱芳醇なる詩酒でござって、作者の念願は同じくよきトゥレーヌ人たるの実を示し、めぐわしきわが郷土のお歴々の御酒興を添えんが為に他意ござらぬ。五穀はもとより寝取られ男、伊達男、おどけ男に至るまで遍ねく穣ったわが郷土より、簇出いたした法朗西屈指の名士には、追悼の涙も未だ乾かぬクーリエ《〈1〉》あり、『立身の途』の著者ヴェルヴィル《〈2〉》あって、多士済々とは申せ、デカルト大人のみは願い下げといたしたい。その仔細はと申すに、大人はいたって気重な隠士で、美酒佳肴より空虚な夢想の方を讃えられた仁ゆえ、トゥールの町の料亭や喫茶の旦那衆からは貶しまれ見誤まられ、偶々人の噂話に上っても、何処のお人じゃと訊ね返されるほどに、かいもくの野暮太郎でござったからじゃ。
さてこの書冊の種を申そうならば、グルナディエール・レ・サン・シール、サシェ・レ・アゼエ・ル・リデル、マルムウチェ、ヴェレエツ、ロシュ・コルボンなんど、わが郷土のそんじょうそこらにおいであった、めでたい沙門の翁たちの鬱散養気の風流談義、さては昔覚えの説教僧やしただるい老嫗が口伝たる浮世咄などからでござる。
総じて古人は笑った途端にお腹のなかから、馬が飛び出ようが、駒が跳ね出そうが、お構いめされずにただ腹の底から、しんから笑いこけられたものじゃが、今時の若い女子衆ときては、澄まし顔にて可笑しがろうとめされてござるわ。したが王妃の頭上に油壺が似合わぬよう、華やかな法朗西国にはさような仕草は、なによりふさわしからぬ限りじゃて。
されば抱腹絶倒は男子にのみ賦与せられた特権でごあって、人は浮世の波風に曝され放題ゆえ、今更に物の本で読む要もないくらい涙の種を知っとる筈じゃから、ここに些か寛闊の譫言を印行することも、時節柄この上もない御奉公と存ずるわ。
まこと今の御時世たるや、憂いことばかり糠雨さながらに降りしきって身を濡らし、はては身内に滲み透って、女郎衆の縦線《レイ・ピユブリツク》をもって、諸万人《レピユブリツク》の諸々の気のつきを晴らさんとしておった往時の風儀も、まさに消融せんといたしておる。剰え分際はずれた手出しもいたさせず、じっと大人しく神や王のなすが儘に任せて、よろず笑いにまぎらせ得心しおった、いにしえ老パンタグリュエルの儕輩《ともがら》も、今や残り尠なになった許りか、日に日に身まかってゆく現状ゆえ、名だたるこれら古雅なる浮世草紙の断簡零墨が、唾は引っ掛けられ、塵芥にはまぶれ、大小便を垂れ流され、さらに咎め立てられ、はじしめられゆくごとき、憂慮すべき成行を目の前にしては、雅趣あるゴオロワの残肴に、ひそかに舌鼓を打つ吾儕など、夜の目も合わぬ何ともじゅつない思いじゃて。
また僻々しい批評家《あらさがしや》連や、言葉の屑ひろいどもや、人の趣向や心組に難癖つける世の天邪鬼たちに、ひとつ想起して戴きたいことは、笑いは童心からひり出され、歳月の旅枕を重ねるにつれ、ランプの油よろしく薄れ消えゆくものなのでごある。詮ずるところ笑わんが為には、心の無邪気さと浄らかさこそ必須不可欠、その不可欠の持ち合せもない口敲きの下卑蔵《げびぞう》には、汝《うぬ》が持前の不徳や不醇をひた隠すべく、あれあのように、頬桁をすぼめ、口をゆがめ、眉をしかめて御座るのでごある。
この草紙の有様《ありよう》は、抜差ならぬ群図《グループ》であり、布置正しき彫像であるゆえ、いかなる美術家と雖も、その姿容を変改すること叶わぬは明々白々、まして談義の若干、乃至はこの戯作全般が、尼寺に向くように仕立てられてごあらぬからとて、無花果《いちじく》の葉なんどをあてがおうずる道学先生こそ、出頭第一の愚か者となり申そう。さはさりながら吾儕とて、心進まぬながらも尻軽貞女やお転婆娘たちの、耳朶を叩き、明眸を眩ませ、豊頬を赧らめ、紅唇を膨らませかねぬていの、昔言葉の艶々しすぎる文言は、はや心して稿本より剪除いたしておき申した。当代のなり下れる風儀が性に合わぬとばかりぜい言ってはおれぬし、婉曲の語法の方が、なまのよりずんと風雅のこともあるからじゃい。
まこと吾儕も年をとったかして、束の間の若気の痴れわざより、長々しい莫迦ごとの方が、ゆるゆると賞翫出来るによって、好もしくなり申した。じゃによって拙者に悪口は、平に御容赦を願いたい。昼日中よりも、夜分にこの笑い本を読んで戴けばまことに幸甚。また極めて情を燃やさせ易い冊子ゆえ、いまどき生娘が残りおったとしても、それら熱高い乙女っ子には覗かせぬよう、いっち気を遣われたいものじゃ。――なんどと忠告一番、筆を擱き申すが、この経籍そのものに関しては、顧みて心中晏如たるものがごある。とぬけぬけ申すいわれは、これが生れ故郷は心構の高い雅びな土地柄で、そこに発したるものこれ悉く、何れも大いなる成功を博しおること、金羊皮章、聖霊章、靴下留章、沐浴章なんどの勲記標章や、その他幾多の天下に冠たる文物に照らしても明らかな通りで、それらの加護に身を任せたれば、作者としても先ずは大安心。
『いでや心の朋友たち、楽しみめされ。悠々と体を寛ぎ腰を伸ばして、残る隈なく読み興ぜられよ。さりながら読んだ揚句に、はて一向に下らぬわいなど仰有る御仁は、疳瘡に罹ってお果てめさるがよい。』
かく申されたるは智慧の公子、道化の王侯、われらが崇めるラブレエの宗師にて御座る。方々には帽を脱し膝を正して謹しんで清聴と云爾。
(1) クーリエ・ド・メレ(一七七二―一八二五)フランス文人、政治的パンフレットを著す。『ダフニスとクロエ』の飜訳あり。
(2) ベロアルド・ド・ヴェルヴィル(一五五八―一六一二)フランス十六世紀の作家。ラブレエ調の好色小咄集『立身の途』の著あり。
美姫インペリア
コンスタンスの宗門会に赴かれるためボルドオの大司教は、供廻りにトゥレーヌ生れの眉目うるわしい雛僧を加えられたが、その若僧の言動の世にも雅びなさまと申したら、ラ・ソルデ《〈1〉》と総督との間に成した愛の結晶との取沙汰まで専らなくらいであった。ボルドオの大司教がトゥールの町を過ぎられた折、トゥールの大司教には進んでこの雛僧を御提供遊ばされたが、大司教たちがお互にかくお稚児をやりとりめされたのは、衆道の神学的むず痒さが如何に烈しいものか、身に沁みて覚えがござったからであろう。この雛僧もかくてはるばる宗門会に参り合い、学徳世にすぐれた大司教どのの館に宿を取られた。フィリップ・ド・マラというこの雛僧は、師の君に見習って行を慎しみ、いとも殊勝に法燈につかえようと発心いたしたが、神秘な宗門会につどった多くの沙門のうち、なかには随分と身をもち崩しながらも、徳行高い僧都にも劣らず、いな、それ以上に、免罪符にあれ、金貨にあれ、僧禄にあれ、たんまりと稼いでおる御仁を、尠からず彼は眼の毒にいたしておった。
夜としいえばとかく悟道の遮げになるものだが、さてそのある晩のこと、悪魔めがフィリップの耳元に囁き申した。《聖母《エクレジ》寺の豊かな乳房を、僧の誰もが吸っても涸れぬのは、神の存在を立証する何よりの御奇蹟じゃ。されば和僧もいっそ後生楽な暮しをした方が栄耀では御座らぬか。》と教外口伝を受けた折角の好意を、無にするほどの新発意でも彼はなかったので、呆れるくらい素寒貧だったゆえ、金を払わずに済むことなら、旨い御馳走を鱈腹にたべ、独逸の炙肉やソースに食傷するまでに満喫いたそうと、早速《さそく》に思い立ったのであった。大司教を見習い奉り日頃もっぱら克欲に是れつとめてはいたものの、老法師が最早でけぬから戒も犯さず、聖《ひじり》として通っていたに引換え、貧者に冷やかな艶っぽい遊女どもが、はなやかにわんさとのさばっているのを、若い身空の彼は見るにつけて、堪え難い煩悩熱に苦しんだ揚句は、ふさぎの虫にとっつかれるのが屡々でごあった。そもそもコンスタンスにかかる遊び女があまた屯したのは、宗門会の高僧衆の悟道の一助たらんとするに他ならず、意気なこれら鵲《かささぎ》どもは、枢機官、法印、法務僧、法王使、別当、僧正なんどをはじめ、公侯伯などのお歴々をまで、とんと乞食坊主をでもあしらうように、剣突をくらわしめされておったのである。フィリップはこれら生菩薩に、どう言い寄ってよいやら、その手立てを存ぜぬ儘に、いたくもどかしがっておった。毎夜のお祈りの済んだ後で、しさいらしく恋の経文を押し揉んで彼は、ああ言われたらこうも答えようと、いろいろさまざまの場合を予想して、女人衆との問答の独り稽古に励んでいたが、そのくせ翌日の晩祷の折に、装い美美しい姫御前の一人が、太刀佩いた小姓衆に轎脇《かごわき》を守られて、傲然と渡ってゆくのに出逢うと、蠅を捕えようとする犬そこのけに大口をあけたまんま、彼の身心を燃やすあでやかな芳顔を、ぽかんと見送ってしまうのを常といたした。
宗門会のお歴々の庇護を受けて暮している、これら甘ったれの牝猫どもの上つ方の分際《き わ》と、阿闍梨や律師や法眼の面々が、慇懃を通ずる光栄に浴しておるのは、ひとえに贈物の功徳のお蔭であって、但し贈物と申しても、聖舎利や免罪符などのたぐいではなく、専ら宝石や黄金の功力《くりき》を以てしてじゃと、猊下の祐筆でペリゴール出の御仁が、歯切れのよい調子で、フィリップに開眼してのけられたもので、うぶで世間知らずの彼は、それからというもの、写字の酬いとして大司教から恵まれた鳥目を、他日上人衆の寵姫を一目拝み、その余は神様におまかせする際の元手にいたそうと、せっせとお銭《あし》を藁床の下に蓄え出した。彼は頭の天頂《てつぺん》から爪先まで底抜けの態で、夜会服を纏った牝山羊が、貴婦人に似ている程度には、どうやら殿御らしくもあったが、無性の欲望に鬩《せめ》がれて、夜分、コンスタンスの町々を彷徨し、いのちなど屁とも思わず、衛兵の戟先で串刺しにされる危険を冒してまで、遊君の許に出入する高僧衆の姿をのぞき見して歩いていた。ありようは彼の見たものといえば、館にすぐ点《とも》された蝋燭の明りに輝く戸や窓であり、耳にしたものといえば行い澄した僧官やその他の、歌舞音曲のざんざめき、杯盤狼藉のどんちき騒ぎ、酒池肉林の大法会、真言秘密の和讃《ハレルヤ》の色読なんどでごあった。ああら不思議や、そこでは膳部までが御奇蹟を現じて、祭式はすなわち脂ぎったおいしい鍋料理、朝の勤行は豚の脛肉、夜の勤行は腹一杯の生臭物、唱える頌歌は舌ったるい砂糖漬といった塩梅に、物みなあらたかに変性いたしおった矣。ひとしきりかく酒盛が果てるや、これら勇ましい和尚たちも、欣求菩薩でひっそりかんと静まり返り、小姓は階段の上で骰子遊びに夢中になり、鼻息荒い騾馬どもは街頭で大喧嘩、ものなべて上々吉の首尾と相成って、夜もふけて行くのが常でごあった。なれどまた信仰や宗旨もそこになお厳として残ってはおった。だからして善人フス《〈2〉》が火刑せられたのじゃ。が、その訳はというにこの御仁は、招かれずして皿に手を出したからで、借問す、しからば何故フス殿は余人に先立って、異端の新教徒《ユグノオ》になられたので御座ろう?
さるほどに優しい小坊主フィリップは、懈怠の咎から折檻されて、屡々打擲まで受けたが、悪魔がその度毎に雛僧を力づけて、早晩姫御前の許で上人となる番が、彼にも来るものと思い込ませておった。情欲おさえ難いこの雛僧は秋口の牡鹿のように胆太くなって、或晩のこと、コンスタンス第一等の美館へ忍び込んで行った。その館の階段には、いつも侍や家令や下僕や小姓が手に松明をかざし、銘々の主人、王侯僧都の御帰りを待ちあぐんでいるさまを、何度も見て、この館の姫君こそ、必ずや素晴しい天下一の傾城に違いないと考えめされたからである。
いましがたこの館を立去ったババリヤ侯の文使いと、勘違いされたものか、武装いかめしい見張りの者にも、見咎められずに罷り通ったフィリップ・ド・マラは、さかりのついた猟犬よろしく、素早く階段を駆け上り、えならぬ香料の匂いに惹かれて、とある部屋に入ったが、そこでは丁度この館の女あるじが侍女にかしずかれて、お召替のまっ最中だったので、捕吏に出会った偸盗のように、彼は茫然と其場に立竦んでしまった。寵姫は下着も頭巾もつけぬ、いともあじゃらなていたらくで、腰元や侍女は甲斐甲斐しく沓を脱がせるやら、衣裳を剥ぐやらしておった。うるわしくさわやかな玉の肌、あまりにもあらわなそのあですがたに、敏捷な雛僧もただただ「ああ!」と艶っぽい嘆声を洩らすばかり。
『坊は何しに参ったのじゃ?』と寵姫には訊ねられた。
『魂を御身に捧げんとて。』と眼で美女をむさぼりながら答えた。
『では明日来てたもれ。』雛僧を思いきり嬲ろうとしてか、彼女はそう言った。
顔いっぱい真赧になったフィリップは、優しく答えた。
『必ず参上仕りましょう。』
寵姫は狂女のように笑い出した。うじうじしてフィリップはぼんやり突っ立っているほどに、次第に心くつろいで、えもいわれぬ恋情に燃えたキューピッドの眼で、じっと彼女を眺め、象牙のように滑らかな背に垂れかかった美しい髪や、波形に縮れた無数の捲毛のひまにちらつく、白いすべすべ光るやわ肌など、飽くこともなく歎賞しつづけた。雪の額に戴いた紅玉は、可笑し涙にうるんだ寵姫の黒い瞳よりも、輝きは褪せていたし、聖櫃のように金泥を塗った反り長の上沓は、ふしだらに身をくねらせたはずみに投げ飛ばされて、白鳥の嘴より小さな足があらわに露出《むきだ》されていた。ひどくこの晩の彼女は機嫌がよかった。そうでもなかったらこの小坊主ごとき、その師たる一の僧正への斟酌もいたさず、情容赦もなく窓から外へと、抛り出されていたに違いはあるまい。
『この御坊の眼の美しいこと!』と侍女の一人が言った。
『どこからやって参ったのじゃやら。』と他の侍女も申した。
『可哀想に、母者人がさぞかし探してござるじゃろう。正道に立戻らせて進ぜましょう。』と奥方には仰せられた。
悩ましいこの女体が、やがて臥せにゆく金襴の寝床に眼を走らせ、雛僧は五感もいまだ慥かだっただけに、この上ない法悦から胴ぶるいをいたした。恋ごころと甘い悟りに満ちた若僧の眼の色から、寵姫は浮気心を目ざませられて、半ば笑いながら、半ば惚れこみながら、重ねて明日を約して引取らせた。彼女のその追いやりかたに遭っては、法王ジャン《〈3〉》でさえこれに従いめされたであろう。況んや宗門会の決定で法王の職を解かれ、殻を失った蝸牛同然の今日この頃のジャン猊下の身であってみれば、猶更のことである。
『これはしたりマダム、またしても自性清浄の誓願が、色界への欲念にと化けましたぞえ。』と腰元の一人が云ったので、雹のように旺んな大笑いが起った。水も滴る水精よりもあじな上臈を、ちらり見ただけで茫となったフィリップは、まるで冠頂鴉のように、頭を板壁や腰張に打ちつけ打ちつけ出て行った。館の門の上に獣物の像が刻んであるのを横目にして、大司教の許に戻って参ったものの、心はすっかりもろもろの悪魔の眷属に巣くわれ、五臓六腑は妖しくすれからされてしまっていた。早速に己が部屋で一晩中フィリップは金勘定に夜を明かしたが、どう数え直してもただの四枚しかなく、そしてそれが尊き臍繰りの全部だったので、彼はこの世で身一つに持ち合せているものすべてを彼女に捧げて、その歓心を得ようと、深く心に期したのであった。
フィリップがそわそわして溜息ばかりついているのを見てとったやさしい大司教には、いたく御心配遊ばされて、どうしたのじゃと訊ねられた。
『ああ、和尚様、あんな軽いやさしい手弱女が、どうしてこんなに重く私の胸にのしかかるものか、われとわが身に呆れておる次第なので。』
『してそれはいずくの女人衆じゃ?』と阿闍梨は世の衆生のためにと誦しておられた祈祷書を下において向き直られた。
『ああ、さだめし和尚様からはきついお叱りを受けることで御座いましょうが、実は私、どう踏んでみても上人様級の思いものを、拝んで参ったのでございます。が、かの女人を善心に立返らすようとのお許しを、よしんば和尚様から頂きましたにしても、黄金一緡《ひとさし》あまりも足らぬもので、いかんともするすべなく、かく打嘆いているのでございます。』
大司教は鼻の上の抑揚音符《や ま が た》をしかめられたきり、何とも仰せられなかった。畏った雛僧は、目上の長老にかく懺悔に及んでしまったことを、肌身の下では慄え上っていた。が、すぐと聖《ひじり》は申された。
『さればさだめし高価な女子衆じゃな?』
『左様で、沢山の司教帽をかすめ、多くの笏杖を噛ったげにござりまする。』
『どうじゃフィリップ、その女人を思い切るなら、慈善箱より金貨三十枚取らせようではないか。』
『とんでもございませぬ、和尚様、それでは私がえらく損をいたしまする。』彼は心中かたく期していた饗応に夢中になっていたので、そう答えた。
『おおフィリップ、其方もかの上人衆と同じく、悪魔に誘われて神に叛こうとするのか。』とボルドオの大司教には嘆息せられた。
いたく悲しまれた大司教は、己が下僕を救うべく、童貞男の守り神、聖ガチアンにお祈りを上げ、フィリップを跪かせて、聖フィリップに御加護を願うよう戒告めされた。しかし悪魔にとりつかれていた雛僧は、明日という日に、かの生弁天が彼に大慈大悲の済度をおさずけ下さった際、わが身がとちらぬようにと、声低く祈り出した。熱心げに唱えるその祈誓を聞かれて、お人好しの大司教には、こう叫ばれた。
『そうじゃ、フィリップ。勇気を持て。神様は必ずやお前のお祈りを、お聞き届けなされて下さるぞ。』
その翌日、大司教は宗門会に参られて、宗門の使徒たちの放縦な振舞いを難ぜられている折から、フィリップ・ド・マラは粒々辛苦の結晶たるその蓄財を散じて、香料やら沐浴やら蒸風呂やらその他の下らぬものに費消し、めかしこんであっぱれ色男を気取ったので、どこぞの上臈衆の御稚児衆とも見えたくらいであった。彼は心の女王の棲家を今一度たしかめるべく、町へ出掛けて通りがかりの人に、誰方様のお屋敷かと尋ねると、その人は彼の鼻先であざ笑って、
『美姫インペリア《〈4〉》の名を知らぬとは、さてさて貴殿は何処から参じた疥癬《ひ つ》かきどのじゃ。』
名を聞いた許りで、如何に怖ろしい罠に、われから陥ったかを悟ったフィリップは、悪魔のために大事なお宝をあだに費したことを思い、わだわだと身慄いいたした。
世にも稀な容体振った気儘女インペリアの美しさは、そも生菩薩の来迎にも劣らず、上人衆を手玉にとり、荒くれ武者を誑かし、世の暴君を尻の下に敷くに、かねて妙を得ていた麗人でごあった。それに何ごとにもあれ、寵姫の御用ならと、お声懸りを待ち構えている腕自慢の隊長、射手、貴族の面々を、私兵としてあまた彼女は配下に擁していたので、鶴の一声、ちょっとでも気に逆らう者をあの世に送りこめたし、一度優しくほほえんでみせれば、忽ち怖ろしい血の雨が、俄かに降ったくらいである。だから仏蘭西王の隊長ボオドリクール殿などは、坊主どもにあてつけて、今日はばらして欲しい御仁は御座らぬかと、毎度彼女に訊ねておった。インペリアが婉然とその笑みを与えていた権勢並びない上つ方の高僧衆を除けば、爾余の衆生は彼女の恋の口説手管に乗ぜられて、てもなくその意の儘に牛耳られ、いかな有徳な、また冷厳な御人であろうと、鳥黐に捕えられたていたらくに、なんなく絡められてしまうのでごあった。さればこそ彼女は正真正銘の上臈の奥方や大公妃もただならず、世間から敬し愛され、奥方《マダム》とまで呼ばれる有様であったので、さる権だかいまことの上臈が御憤慨あそばされて、シギスモンド皇帝《〈5〉》に直訴に及ばれたるところ、御仁慈な帝にはかく勅諚あらせられた。
『御辺たち善女は浄い婦徳の天晴れな習わしをあくまで守られるがよく、またマダム・インペリアは女神ヴィーナスのあでな仕来りをこれまた守るがよい。』
帝のあまりにも柔和なこのキリスト教的な勅答に、なんと怪しからなくも善女たちには、柳眉を逆立てられたということである。
フィリップは前夜の無賃《ろ は》の眼保養を思い出し、所詮あれで全部だったかと危惧いたして、心浮かぬまま飲み食いもせずに、町をぶらついて時の来るのを待ったが、インペリアほど御しがたからぬ女人なら、いくらでも上に跨がれそうな、それはそれは伊達な男振りでござった。
無明の夜となった。トゥレーヌ生れの美僧は増上慢に胸ふくらかし、欲望で鎧われ、いきづまるほどの嘆声で鞭打たれて、まこと宗門会の女王の館に鰻のようにすべり込んだ。女王と申したは、彼女の前に、宗門のあらゆる碩学、権威、大徳がひれ伏していたからじゃが、館の執事はこの小坊主を不審がって、外に追い出そうとしたのを腰元が見つけて、階段の上から、これアンベエル殿、奥方の大切なお稚児で御座るぞと注意をいたした。
身の冥加と果報に上気したフィリップは、婚礼の晩のように真赧になって足も躓きがちに螺旋階段を昇った。腰元は彼の手をとって、一間へ案内すると、既に奥方は力くらべの相手を待ちかね顔に、なまめいた薄衣裳でわくわく控えてござった。傍らの金繍の毳だった卓布の上には、素晴しく結構な酒盛の支度が豪勢に並べられてあった。酒の瓶、凝った盃、ヒポクラスの酒壺、サイプラス酒の甕、薬味の容器、孔雀の丸焼、緑色の掛け汁、小豚の塩漬など、もしもフィリップがインペリアにかほど目がくらんでいなかったら、さだめしたんまりと彼の眼を喜ばせたに違いはあるまい。雛僧の眼がすっかりおのれに吸いついているのを見たインペリアは、法燈の御連中の無常迅速な敬虔振りには慣れきっていたのに、今度ばかりは大満悦であった。そのゆえはこの雛僧に昨夜から彼女は夢中となり、今日も一日彼のことが、心臓のなかを駈け廻っていたからである。窓も鎖された。奥方は羅馬帝国の皇太子をでも迎えるように、身支度を整え、よろずよそおいも済んでいた。さればインペリアの聖なる美しさに宣福されたフィリップは、皇帝も藩侯も、いな法王に選出された枢機官とても、今宵いまその頭陀袋の中に、悪魔(鐚銭)と愛執をのみひそませた一介のこの沙弥には及ぶまいと、われと思い定めた程だった。彼は大公を気取って、いとも慇懃雅びやかに奥方に会釈した。奥方はじっと彼に炎の眼を注いで、
『もっと妾のそばへのう。昨日以来変ったかどうか、とくと見たいほどに。』
『いかさまずんと変って御座ろう。』
『はてさてどこが変られたのじゃ。』
『されば昨日は片思い、今宵は相愛の仲じゃほどに、貧しい素寒貧より、一躍して王者を凌ぐ富裕な身の上となり申した。』
『まこと御身は変られたのう。若い雛僧から老獪な悪魔に、一躍にしてなられてじゃ。』と快活に彼女も言った。
二人は赤々とした火の前に寄り添ったが、その温かみは満身に法悦を漲りわたらせた。すぐにも御馳走にくらいつくことも出来たが、彼と彼女は眼で鳩のように見交すより他の考えはなく、皿にお箸をつけるどころではなかった。嬉しそうに二人が楽々と腰を落着けたと思った途端に、奥方の門先を大声でがなりながら叩く只ならぬ物音がいたした。
『奥方さま、邪魔者が入りました。』と息せききってはせつけて来た腰元が言った。
清興を遮られたことをいきどおる暴君のような権柄な調子で、奥方は何事じゃと叫ばれた。
『コワレの司教がお目にかかりたいそうにございます。』
『あんな奴は悪魔に攫われたがよい。』とインペリアは云って、婉然と雛僧の方を見た。
『隙間から明りが見えたと申し、是が非にもとお取次を願っておりまする。』
『今宵はちと熱気味じゃと伝えてたもれ。正真まったくの話じゃ。妾はこの雛僧にぞっこんと熱を上げ、心身ともにあつあつじゃもの。』
そう云って身体じゅう沸立っているフィリップの手を、恭々しく握りしめたとき、コワレの司教が、息弾ませながら怒り立ったでっぷり姿を現わした。後に続いた家隷が、ラインでとれたばかりの鱒を、坊主料理で調じて金の皿に盛り、ついでさまざまの薬味箱だの、くさぐさの珍肴、さては彼の僧院の浄い尼さんが作ったジャムだの、醸し酒だのを、運び入れた。
『は、はあ、悪魔に攫わそうとお切匙なされずとも、どうせ悪魔の許に赴く筈のこの身でござるわ。』と司教は野太い声で言った。
『あなたのお腹も何時かは見事な剣の鞘となり申そう。』と柳眉をひそめながら奥方には答えたが、今迄の美しく楽しげな容子もどこへやら、人を慄え上らせるほどそれは邪悪な相と変った。
『してこの合唱隊の小童《こわつぱ》は、奉納物でござるか!』と幅広い赭ら顔を優しいフィリップの方に向けて、司教は不遜げに申した。
『猊下、やつがれはマダムの懺悔聴聞に参り合いました。』
『はてさて、其方は宗法を存ぜぬのか。上臈衆の夜半の懺悔は、司教にのみ遺された権利じゃぞ。……早々と退散いたせ、並の坊主の仲間へ戻りおろう。二度と此処へ来るな。さもなくば破門をいたすぞ。』
『戻るには及ばぬぞや。』とインペリアは吼えるように叫んだ。恋に燃える艶姿より、憤怒に燃える形相の方が、遥かに美しく濃艶なくらいだった。彼女の裡には恋と怒がともどもに宿っておったからである。
『フィリップ、帰ってはならぬ。ここはそなたの家も同然じゃ。』
そう云われてフィリップは、奥方から真底愛されていることを悟った。
『ジョザアファトの谷における最後の審判の折は、神の御前にて人は上下平等であると、祈祷書にも福音書にも申しては御座らぬか?』と彼女は司教に向って申した。
『それはバイブルをまぜっかえした悪魔の作りごとで、たださように書かれてあるだけじゃ。』早く食卓に就こうとあせっていた巨大愚鈍のコワレ司教はさよう答えた。
『ならば下界に於ける御辺らの女神である妾の前では、何とぞ四海平等に振舞ってほしいものじゃ。さもなくばいつの日か、御身の頭と肩の間を、やんわり人に絞めさせましょうぞ。法王の剃髪《さかやき》にもたくらぶべき妾の神通力ある剃髪にかけて、そのことは誓いまするぞ。』そうは言ったものの鱒や薬味や珍肴を、夕餉の品数に加えたく思って、彼女は抜かりなく附け加えた。
『まあそれより坐って、ちくと一献いかがじゃ。』
こすい紅鶸インペリアは、かかる羽目に陥ったことは毎々なので、いとしい情人に目はじきをして、葡萄酒が即決を下してくれるゆえ、こんな独逸坊主なぞすぐ盛り潰そうほどに気にかけるには当らぬ旨を知らせた。腰元は司教を食卓につなぎつけ、しかと縛めたが、フィリップは待望久しかった果報が、煙と消えたのにむしゃくしゃして、しぜん口も噤みがちになり、この世の坊主の数よりも多い悪魔の眷属に、この司教めを引渡してやりたいと内心では思っておった。食事もはや半ばに及んだが、インペリアにしか飢えていなかったフィリップは、卓上にも手をつけず、物も云わず奥方にひしと寄り添って、ピリオドもコンマもアクセントも綴りも字体も字づらもなくとも、上臈衆にのみは通ずるあの楽しい心言葉を語り聞かせていた。亡き母が彼を縫いこんでくれた坊主肌の上っ張りを、後生大事にいたしていた色好みの肥大漢コワレは、嫋やかな手でマダムがお酌するヒポクラスの酒を、陶然としてあおり続けておったが、そろそろ曖気《おくび》も出かかった頃おい、俄かに通りの方で騎馬行列の騒がしい物音が聞えた。幾頭もの馬や、「ほう、ほう」という侍童の掛け声で、恋路を急ぐ貴人の着御ということが解った。げにその通り、インペリアの下人には、玄関払いをくらわしかねたラグーザ枢機官が、間もなく彼女の部屋に姿を現わした。悲しい羽目に陥った奥方と雛僧とは、昨日からの癩病やみのように恥じ入って、ちいさくなってしまわれた。この枢機官を追い出そうと計るのは、悪魔を誘惑するも同じい難事だったし、それに丁度、法王の三人の候補者が宗門のためと称して辞退した後で、この枢機官が法王になるかも解らなかった時であった。ラグーザ枢機官はこすからい伊太利人で、髯むじゃらの大の詭弁家、かねて宗門会の一方の旗頭であったが、この場の一から十までを、彼の悟性の最も弱い働きでもって、すぐと察して、その腹の虫をいやすには如何にすべきかなんど、長く思案に及ぶまでもなかった。彼は坊主の食い気に駆られて着到いたしたが、おのれが飽食せんが為には、なんと非道にも、坊主二人を刺殺し、真正の十字架の切れ端をも、売却しかねまじい性分でごあった。それで彼は《ちょっと》と云って、フィリップを小脇へ呼んだ。可哀想にフィリップは悪魔の手がいよいよわが身に及んだことを観念して、生きた心地もおりなかったが、立上っていとも険相の枢機官に、《なに御用で?》と訊ねた。ラグーザは彼の腕をむずと掴んで階段の方へ連れて行き、フィリップの白眼をきっと見ながら、ずけずけと申した。
『やいやい、見れば不憫な若僧のようだが、お前の臓腑が何匁あったかをお前の親方に、告げ知らせるのは、いたわしくてならぬわい。貴様を眠らせて気晴しを遂げたがために、晩年になって仏心を起し、菩提を弔う仕儀に到るのは真平じゃい。されば其方は寺領の主となって余命を永らうるか、はたまた今夜、この館の姫の主となって、明日という日に息の根を絶たれるか、二つに一つを選ぶがよいぞ。』
不憫なフィリップは絶望しながら言った。
『猊下の御執心がさめた後ならば、また戻って来て差支えありませんでしょうか。』
怒る気勢も挫けた枢機官は、けれど厳かにこう言った。
『さあ選べ。絞り首か寺領か。』
『ああ、そんならいっそ大きな寺領にして下され。』とフィリップはこすからく答えた。
と聞くや枢機官は部屋に戻り、インキ壺をとり寄せ、フランスの法王使節にあてた指令書を、特許状の端に書きなぐった。寺領という文字を書きかけた時、フィリップは口をはさんだ。
『猊下、コワレの司教は、兵隊が入り浸る町の居酒屋の数ほども、あまたの寺領を持っておりますし、神様の思召しも浅からぬ御仁ですから、私のように易々と、追い立てる訳にも参りますまい。立派な寺領を頂戴する御礼に、素晴しい智恵をお貸し申しましょう。いま巴里では凄じいくらいコレラが蔓延して、住民いたく難渋に及んでいることは御存じでございましょう。ですから猊下の古馴染のボルドオの大司教が、コレラでころりと御陀仏の引導を渡しての帰り途だと、あの司教に御披露なされませ。すればコワレ殿は大風の前の藁屑のように、大急ぎで退散いたすに相違ござりませぬ。』
『ほ、ほう、お前の入智恵は寺領一つでは惜しいくらいじゃ。よし、これ、ここに黄金百枚ある。昨日カルタで勝って手に入れたテュルプネイ僧院を、其方へ棚牡丹《たなぼた》式につかわすゆえ、そこへ赴く路用にいたせ。』
こうした言葉の遣り取りを聞き、またフィリップがこちらの望む、愛の真髄の籠ったむずがゆい眼差を、彼女に投げもせずにのめのめ退散するのを見て、牝獅子のインペリアは若僧の卑劣さを見破り、海豚のように頬を膨らませた。己れの執心に一命を捧げることも出来ずに、恋人をあざむくような男を赦すことは、信仰篤い女人でもなかったので、彼女にはなおと不可能であった。されば蝮蛇の眼差でフィリップを蔑み見たインペリアの眼には、雛僧の死がありあり彫まれてあったが、それは枢機官をいたく喜ばせるものであった。呉れてやった寺領もすぐまた元に戻るわいと、好色な伊太利人は看て取ったからである。しかしフィリップは嵐の迫ったのにも毫も気にかけず、人に夕方追っ払われる濡犬そっくり、耳を垂れ、口を噤んだまま、すごすご逃げ出して行ったので、奥方は腹の底からの溜息を洩らされた。人間という性の悪いものの本体を、そのちょっとでも掴めたら、早速に火あぶりにでもしてやりたいくらいに彼女は思った。というのは彼女を領じていた体内の火が、あたまに上りきって、インペリアの周囲一帯に、焔の火箭となってむらむら燃え上っていたからである。それも御道理様で、坊主にだまされたのは、これが彼女には最初のことだった。そのさまを見てとった枢機官は、もうこれからはこっちの天下とばかり北叟笑んでおったとは、なんと狡い御仁では御座らぬか。いや、それも尤もじゃ、赤帽かぶった枢機官どのじゃもの。
ラグーザ枢機官はコワレに申した。
『これはこれは御僧、おぬしと同席は近頃光栄至極でござる。ましてや奥方に、ても似つかわしからぬあの小坊主を、首尾よく追い出したれば、なおさらのことじゃ。と申す訳は美しくあでやかなわが牝鹿どのに、かやつ近づこうものなら、平僧の分際でいて、立ち処に無慙な死神を呼び出す仕儀にいたるは必定じゃからのう。』
『ほう、それはまた何故でござる?』
『さればさ、彼奴はボルドオの大司教の書記めじゃが、その大司教どのには今朝がた怖ろしい疫病に取りつかれたからじゃ。』
司教はチーズでもまるごと嚥下しようとする時のような大口を開けた。
『へえ、どうして猊下にはそれを御存じで?』
『さればさ、儂はいましがた、かの和尚に末期の聖餐礼を執行して、慰めて参ったばかりのところなのじゃ。今時分は大方、あの聖《ひじり》も紫の雲にのって、天国へ急いでおることじゃろう。』とコワレの手を握りながら枢機官には申された。
コワレの司教は肥満した御仁が如何に身軽いかを実演いたしてみせられた。何故なら便腹の御仁は神のお恵みに依り起居も難渋であろうと、その代りには風船のような弾性ある内部の管を授けられているからで、さればコワレもわだわだと汗ばみながら、一跳びうしろにとびしざって、飼葉と一緒に羽根でも口に入った牛のように、烈しく鼻鳴らすとともに、さっと蒼ざめて、奥方に別れの言葉さえ告げずに、階段をころがり落ちて行った。やがて表の扉もしまり、司教が街なかをころげ去ってゆく様子に、ラグーザどのは腹をかかえて面白がっておられたが、
『なんと身共は法王の位に適うはもとより、御身が今宵の情人としてもふさわしくは御座らぬか喃。』と言った。
しかしインペリアがいたく懸念げなのを見た枢機官は、彼女の傍らに寄って両手であやなし、枢機官式にゆすぶり、ちょうらかそうとした。そもそも枢機官といったれば、兵隊はおろか他の何人にも増して、釣鐘打ちの上手、ゆすぶりの名人でごあるが、そのいわれは根が閑人で、人性を損うまいとする天晴れ殊勝なる心掛によるものでもござろうか。
『まあ滅相もない。気が違われたか枢機官どの、御身は妾を殺そうとなされるのか。ここな意地わるの極道坊主め、御身にとって大事なは、ただ快楽をむさぼることのみじゃ。妾の美しい一物なぞ、その小道具なのでござろう。妾を御身の快楽の犠牲に供し、あとで妾を聖者の列に加えようと思召さるるか。ああ、御身はコレラに罹り、妾にもそれを移そうとめさる。能無し御坊、廻れ右して早く立去られるがよい。ゆめ妾に触れてたもるな。』と彼女は身を退けながら云ったが、猶も枢機官が迫って来るのを見て、『さもなくばこの短刀でぐさりと一つ御見舞申しまするぞえ。』
そういって素早く彼女は腰袋から小さな短剣を取出した。これなん、時に応じ機に乗じ、彼女が巧みに使いわけしておった代物である。
『したがわが小さな天国よ、いとしの姫御よ、儂がコワレの老牛を追い払う算段にいたした調略を、何故にそなたはさとらぬのじゃ。』と笑いながら枢機官は云った。
『されば妾がいとしいとなら、即刻その実証を見せてたもれ。さ、すぐに立帰って欲しいのじゃ。御身が病気に罹ったとしたら、妾の死ぬることも、さだめし平気なので御座ろう。いまわの折の饗宴を、あの一瞬の歓楽を、どんなに御身が常日頃より大事がっているかは、御身の人柄を知る妾にはよくと解るのじゃ。あとは野となれ山となれと、御身が酔った砌り、ぬかしおったは妾の耳底にこびり残っておる。妾とても愛するのはこの身ばかり、妾の財宝、妾の健康ばかりじゃ。さればお帰りめされ、もし疫病に五臓も凍りついておらなんだなら、明日妾に会いにおじゃれ。今日のみは御身と雖も真平じゃ。』と彼女は微笑を含みながら言った。
『インペリア、わが浄きインペリア、わしをなぶらんでくれい。』と枢機官は跪いて叫んだ。
『これはしたり、浄いあらたかなものを、どうして妾がなぶりましょう。』
『おお、この性わる遊女め、儂は御身を破門するぞ。明日こそはのう。』
『まあ、枢機官さまには枢機官の分別を失われたと見ゆる。』
『インペリア、悪魔の穢らわしい阿魔め、あ、ああ、さりながら美しい生菩薩、わがいとしの姫御前。』
『体面をお考えめされ。跪くのはお止め下され。さてもあさましい。』
『のう、インペリア、臨終《いまわ》の際の特赦状をそちに授けようではないか。儂の財宝残らずを取らそう。いや、もっと大事なもの、わしの持っている本物の十字架の切れ端を、そなたにとらすとしよう、如何じゃ。』
『たとえ天地の財宝悉くを以てしても、今宵の妾の心は購えませぬ。』と彼女はにっこと笑いながら言った。『万一、妾にこの我儘がなかったなら、それこそ御主イエス・キリストの聖礼拝受の資格のない罪人の、その最後の者となりはてましょう。』
『この館に火をかけるぞ。妖女め、儂をすっかり惑わしおったな。そなたを火あぶりにしてくれよう。……じゃがのう。インペリア、いとしのお人、儂はそなたに天国で極上の場席を予約して進ぜよう。どうじゃ。なに、いやか。じゃ死ね、魔法使の妖女め。くたばりおろう。』
『おお、そんなら妾はそなたをとり殺しまするぞ。』
枢機官はたけだけしい忿怒のあまり、口から泡を出された。
『さては気が狂われましたか、早くお立退きめされ。さぞお疲れじゃろうに。』
『儂は法王になるのじゃ。この恨みは存分に晴らすぞ。』
『ではもう妾に従われぬほぞを固められてか。』
『今宵そなたの気に入るには、一体どうすればよいのじゃ。』
『さればお戻り下され。』
彼女は鶺鴒のように軽く身を飜して部屋に駈け込み、なかから錠をさしたので、枢機官は怒り猛られたが詮方なく、遂に退散にと及ばれた。
インペリアは一人ぼっちで炉の前に腰を卸したが、もうお稚児の僧もいないので、忿怒のあまり金の小鎖を打ちちぎって、こう叫んだ。
『悪魔の二重三重の角にかけて申すが、あの雛僧の為に枢機官どのと妾は大悶着を起し、思い切りあの人を懐柔でもしておかぬと、明日が日は毒殺の憂目を見ねばならぬ羽目に立到った。ええい、眼の前であの小僧が生きながら皮を剥がれるのでも見ねば、到底に死にきれぬわ。ああ――と彼女は今度こそ本当の涙を流しながら云った。――ああ、妾はまことに不幸な目に陥ってじゃ。時折おこぼれほどの果報にありつく報いに、後生の怖ろしさは別として、犬のような稼業をせねばならぬとはのう。』
一くさりインペリアの愁嘆の場が済んだ時分、巧みに身を今迄かくしていた雛僧の赤い顔が、そっと彼女のうしろからさしのぞいて、ヴェネチアの大鏡に映っているのを彼女は見かけた。
『おお、このコンスタンスの浄い恋の町に、坊主沙門はあまたあれど、おぬしほど申し分のない道心、美しい可愛い沙弥、雛僧、新発意は他にないぞや。さあ、こちらへ来やれ。やさしい騎士、可愛い息子、妾のお腹、わが歓喜のパラダイスよ。御身の眼をのみたい。御身の肉むらを食いたい。恋責めに御身を殺してみたい。おお、わが栄えある青春の永遠の神よ、さあこちらへ参りや。しがない僧都から、御身を王に、皇帝に、法王に、万人の中でのいっち果報者にしてくれましょうぞ。ここな部屋うちのすべてを、火に血に投じても苦しゅうはない。妾は御身のものじゃ、その証拠をとくと示し参らそう。御身はすぐに枢機官となるのじゃ。御身の帽子を枢機官帽のように赤くするためなら、妾の心臓の血悉くを注いで進ぜよう。』
慄える手で嬉しげに彼女は太っちょのコワレ司教の持参いたした金の杯に、ギリシャの酒をなみなみと注いで、跪いてフィリップに捧げた。法王のスリッパーより彼女のスリッパーを、公侯のお歴々が珍重ただならぬそのインペリア姫が、跪いたのである。しかしフィリップは恋ほしやの目で、黙って彼女を見つめるばかり。インペリアはついに喜悦に身ぶるいしながら申した。
『さあ、和子、何も云わずともよい、先ずは夜食をまいらしょう。』
(1) ラ・ソルデはブウルゲイユ(シノンより四里の在所)のバター作りの女で、浮気で別嬪で陽気な田舎小町。
(2) ジャン・フス(一三六九―一四一五)ボヘミアの宗教改革家、コンスタンスの宗教会議にて異端者として火刑に処せらる。
(3) ジャン法王(ジャン二三代)(一三六〇―一四一九)一四一〇年法王となり一四一五年に廃黜さる。
(4) インペリア(一四五五―一五一一)ローマの遊君、ミューズ・ルネッサンスと称せらる。その美貌と才気を以て当時に冠たり。
(5) シギスモンド皇帝(一三六八―一四三七)一三八七年ハンガリヤ王、一四一一年より三七年までドイツ皇帝。
仮初の咎
ブリュアン老人嫁取りのこと
ロワール川に臨むロシュ・コルボン・レ・ヴウヴレイのお城を竣工めされたブリュアン殿と申すは、若かりし頃はいたって荒々しい武弁でござった。幼にして早くも娘っ子の尻を追い廻し、金銭は湯水の如くに遣い、鬼神を凌ぐほどのあらけない振舞が多かったが、父親ロシュ・コルボンどのの逝去以来、当主に直られてこのかたは、日毎しどもない美遊に耽り、びらしゃら自堕落な歓楽に身を持ち崩しておられた。が、何はさてお銭には嚔をさせ、下帯には咳をさせ、酒樽には鼻血を出させ、地所は空堀に、遊女は総揚げに、といった御乱行が祟って、遂にはまっとうな方々からも義絶を受け、交遊相手は債鬼と獄道者よりほかなくなってしまわれたが、その高利貸とても、抵当としてロシュ・コルボンの封土権しか残っておらぬのを見て、――もともとこのRupes Carbonis(燃える岩)、すなわちロシュ・コルボンは国王の直轄所領地であったが、――隔心を生じて栗の毬よりとげとげしく相成った。されば自暴自棄からブリュアンどのは縦横無尽に暴れ廻って、人の鎖骨をへし挫いたり、詰まらぬことで誰にでも喧嘩を吹っかけたり、とんと始末におえなくなったので、隣りに住んでおった口達者のマルムウチェの和尚は、《御辺がしかく正道を踏み行わるるは、あっぱれ藩侯の分として、至極尤もの儀ながら、いっそ神の栄光のため、聖地エルサレムに大便をいたす憎きマホメットの外道どもを、征伐に御渡海遊ばされたら、猶一段と天晴れでは御座るまいか。さる上は金銀財宝と免罪符を、しこたま抱えて、この故郷へなり、乃至は悉皆のさむらい衆の嘗ての生国たる天国の故里へなりと、凱旋めされること必定でがな御座ろう。》と仔細顔にて告げたので、尤もなる分別に感じ入ったるブリュアンは、隣人知己の歓喜の下に、僧院で出陣の身支度をば整え、和尚の祝福を受けて故郷を後にいたしたのであった。
爾来ブリュアンはアジアやアフリカの多くの町々を劫掠に及び、御用心とも云わずに邪教徒どもを薙ぎ倒し、サラセン人やギリシャ人やイギリス人その他の生皮を剥ぎ、敵味方もわきまえず、何処の国の傭兵かも見境いなしに、ぎょうに梟勇を振り廻されたのは、じたい詮索ごとが生れつきの大嫌いで、糾問は殺したあとの後廻しという、いと堅実な了簡深い資性があったからである。天帝の御意や国王の思召や、また己れの意にも叶った荒仕事を、かく励むうちブリュアンは、よき信徒であり、忠義な侍であるという名声を天下にあげて、海の彼方の国々で、散々に面白可笑しい月日を送られた。貧しい女に一文めぐむより、阿魔っ子に小判一枚とらせる方を、殿は好まれ、それもなるべく数すくなの美しい阿魔っ子に仁慈を垂れ、数多い醜い老婆などは避けるようにしておったのは、さすがにトゥレーヌ人の血を受けただけあって、転んでも只は起きぬ律儀まったい性分からと見えた。
さるほどにブリュアンもトルコ女や聖骨や聖地などから、数々の恵沢に満喫してやや心倦んだものか、金銀財宝を山の如くに積んで、十字の軍から凱旋して参ったが、通例だれでも出陣の折のふくらんだ財布を、凱旋には軽くして、癩病ばかり重々しげに負って戻って来るのと逆だったもので、ヴウヴレイの里の人も、ひどく喫驚いたした趣きでごある。
チュニスより戻るや、ブリュアンは国王フィリップから伯爵に叙せられ、トゥレーヌ及びポワトゥの奉行職にと取立てられた。有徳な殿には、天性すぐられた上に、若き日の無分別の天への償いとして、エグリニョルの教域に、カルム・デシオの天主堂を建立までいたされたので、近郷近在からも愛され敬われ、もっぱら教会と天主の御恩寵のうちに、安心立命の日々を送っておられた。この在りし日の放埒な若衆、無鉄砲な壮漢も、髪が薄くなるに従い図外れた道楽気も失せて、今は極めて古文真宝なる好々爺となり、涜神の言辞を面前で耳にでもせぬ限りは、滅多に怒られたこともなかった。若年血気の折に余人に代って、かかる雑言を吐き尽した覚えがあるので、堪忍しきれぬためである。さしもまた喧嘩好きだったのが、絶えて人と争わなくなられた。奉行なのですぐと相手が譲ってくれたからである。けっく今はかなわぬ望みとてないまま、頭のぎりぎりから爪先まで、いちえんなどやかに落着いてしまわれたが、小悪魔だとて同じ境遇にありつけば、やはりそうなろうではないか。
殿の居城はスペインの胴着のように、ぎざぎざした縫い目で裁たれたシルエットを、岡の上に聳やかし、ロワール川にその姿をば水鏡しておったが、広間には見事な綴れ錦の壁掛を張りめぐらし、サラセン渡りの家什調度が、室内を狭しとばかり飾り立てられ、トゥールの市民はもとより、サン・マルタンの大司教や役僧たちの目をも奪った。サン・マルタン寺院には、純金で縁飾りした旗印一旒を、信心のしるしとして寄進つかまつった。お城の周囲には肥沃な田畑、風車場、喬林など打続いて、くさぐさの収穫物が上納せられたので、あたりでも屈指の分限者と目され、いざ鎌倉といえば、手勢一千騎を具して国王の御馬前に馳せ参ずるを辞さぬ豪の者と謳われておった。
齢も傾いてからは、絞り首に精励な下役が、咎人の貧しい百姓などを引立てて来る毎に、奉行ブリュアンは莞爾として、《ブレディフ、宥してやれ。儂が海外で無分別に命をあやめた罪滅しとしよう。》と申されたが、敢然として罪人を樫の木に引吊したり、絞首台にぶらんこ吊りさせることも屡々とあったるは、偏に正邪を糺し、古来の慣行を領内に失わざらんがためと見えた。されば領民の従順謹直なること、昨日尼寺に入ったばかりの新発意もただならず、それに夜盗追剥どもの所行が兇悪の理は、御自分の経験で十分に御存じだったもので、呪わしいこれら猛獣どもに対しては、寸毫も容赦めされず良民の保護にと当られたので、領民いずれも枕を高く出来た次第でごある。奉行にはまた信心の篤いことも格別で、祈祷であれ、酒事であれ、万事が万事はやばやと片附けられる性分でござったので、裁判沙汰もトルコ式に捌き、敗訴人には軽口を云って慰め、食事など共にして、なにがさて力づけて進ぜることも度々とあった。生きる妨げをすれば罰は十分と申し、絞り首の罪人の亡骸も、信心衆と同じ聖土に埋葬を許し、猶太人に対してさえ、よくせき彼等が暴利や高利で身を肥さぬ限りは、きつい糾明に及ぶこともなく、奴等こそ有難い多額納税者じゃと申して、蜂が蜜を掻き込むように、普段は彼等にせっせと分捕勝手に任しておいて、宗門や国王や領内の、乃至は己が身の、利益得分を計る時のほかは、ついぞその蜜を奪ったこともおりなかった。
かかる寛仁なる振舞から、ブリュアンは老若貴賤すべての愛着と畏敬を蒐めるにいたった。お白洲から微笑を湛えて戻る殿に、これも寄る年波のマルムウチェの和尚が、《さっても殿がそのように笑ませられるは、必定、吊し首がでけるによってじゃな。》とちょがらかすこともあったし、ロシュ・コルボンからトゥールへ馬上豊かに罷る雄姿を見て、サン・サンフォリアン新町の乙女などは、《今日はお裁きの日じゃ。ブリュアン老殿様が、あれお通りになる。》と、東方から引いて戻った逞しい白馬に跨った奉行の偉容を仰いで、とんと怖じ恐れる様子もなかったし、橋の上で少年達も石弾きの手を止めて、《お奉行様、御機嫌よろしゅう!》と叫ぶと、《おお、よい子じゃ。鞭を喰うまでは、せっせと遊んだがよいぞ。》と、戯れるのに対し、《おっと承知の介、お奉行様。》といった情景が常に領内には見られた。かく殿のお蔭で、領内も泰平に、盗賊も跡を絶ち、ロワール川大洪水の年も、冬季ただの二十二名の兇漢が、絞り首の大往生をとげたに止まり、その他に一名シャトオヌフの村で焚刑された猶太人があったが、これは聖パンを盗んだ科とも、またありあまる裕福にまかせて、それを買い取った罪とも云われておる。
ちょうど翌年、乾草聖人祭の頃のこと、――トゥレーヌでは、サン・ジャン聖人刈取祭とこれを云っているが、――エジプト人やボヘミア人なんどの流浪《ジプシー》の掻払いどもがさすらって参って、サン・マルタン寺院から聖宝を盗み、剰え場所もあろうに、聖母マリア様の御座のところへ、老耄犬ほどの年恰好の、仲間の賤しいモール生れの軽業の美少女を、丸裸のまま置去りにして逃げた。これぞ町びとの揺ぎなき信仰に対する、侮蔑嘲弄のしるしとも申すべく、さっても図ないかかる涜神の贖罪といたして、早速にくだんのモール娘を、草市が立つサン・マルタン広場に引き出して、噴水のほとりで生きながら火炙りの刑に処そうと、検察当局も法門もずんと裁断いたしたるところ、ブリュアン奉行はこれに首を振って、明快に陳じ申されるには、《これはいかなこと、件のアフリカ娘の魂を、まことの宗門に帰依せしめてこそ、奇特にもなり、また上天の思召にも相叶うものとそれがしは存ずる。と申すは一朝、悪魔が女体に潜んで業を張るに於ては、断決どおりに薪を山と積もうと、悪魔を焚殺することは能わぬではござらぬか。》と、不承されたので、げに寺法にも適い、慈悲福音の御教えにも添うた順義ある言として、大司教もこれに同心めされたが、町の上臈衆はじめ貴紳の面々には、《それでは見事な儀式もお流れじゃ。牢屋のなかで目を泣きはらし、縛られた山羊さながらに喚き叫んでおる、あのモール娘の所存に任せるとなれば、鴉のように長命をば望んで、ちょろり改宗してしまうで御座ろう。》と、高声で不合点したので、奉行は、《いや、異邦の娘が心底から改宗いたすとならば、一段と雅致ある儀式を、それがし執行するといたそう。躬が親しく洗礼の代父を勤め、諸事万端、盛大に挙式いたしてもよいが、生憎とまだ稚児《コクバン》衆(チョンガー)のそれがしゆえ、どこぞの息女に代母の役を頼まば、なおと神意にも叶うことと存ずる。》と申された。チョンガーとはトゥレーヌの土地言葉で、まだ嫁取りも済まぬか、或は童貞と見做されている若衆を、女房持ちや鰥夫から区別いたす際の言葉じゃが、総じてチョンガーと申せば夫婦ぐらしで埃臭くなった殿方より、気も軽く浮々してござるから、そんじょうそれと名はつけずとも、娘子衆ならば、ちょろくこれを見立てるすべを心得ていよう。
モールの娘は、火刑の積木と、洗礼の聖水と、どちらを選ぶべきかをうじうじするまでもなく、エジプト産の邪宗門として焚き殺されるより、切支丹にころんで生きながらえる方を、もとより好んだので、一瞬にいのちを燃やす代りに、一生涯心臓を燃やす身とは相成った。というのは信仰心に躓きのないようにと、シャルドンヌレに近い尼寺にこもって、不犯の誓を立てることに定まったからじゃ。さて洗礼の儀式は大司教のお館にて挙げられた。トゥレーヌの衆ほど、舞や踊や飲み食いに熱中して、大盤振舞や無礼講に、羽目を外す連中は、ついぞ全世界にその比を見ないほどで、救世主の栄光を祝して、早速にトゥールの町の貴顕淑女はここを先途と踊り狂われた。老奉行職が代母の役に選んだは、後のアゼエ・ル・ブリュレ、当時のアゼエ・ル・リデルの領主の御息女で、父領主は十字軍に加わって、アクルという遠い遥かな町で、サラセン人の捕虜となり、生憎と押出しが立派すぎたため、莫大もない身代金を要求せられておった。アゼエの奥方はその金子調達のため、強慾な金貸《ロンバール》に領地まで抵当に入れ、一文なしに身をはたいて殿の帰りを待ち侘びつつ、町の陋屋に起臥しておられたが、坐る敷物はなくとも気位だけはシバの女王よりも高く、主人の襤褸切れを護る忠犬のように、頼もしずくなところがごあった。斯様な窮乏のどん底に陥ったアゼエの奥方を見るに忍びず、奉行は救済の一助として、エジプト娘の代母になることを、アゼエの息女に体よく頼みこんで、金品贈与の口実を得られた。さて奉行にはサイプラスの町で劫掠いたした重い金鎖を所蔵しておったのを、贈物として臈たけた代母の頸に掛けようと、殊勝にも考えついたが百年目、図らずもそれと一緒に、己が封土も白髪も金銀も軍馬も、総ざらい掛けてしまう結果とは相成った。と申すはトゥールの上臈衆に交って、アゼエのブランシュ姫が孔雀の舞をみやびやかに踊る妙な姿を、一目見るに及んで首ったけ、ふならふならと入れ揚げてしまわれたからである。
モールの娘もこれが娑婆見納めの日というので、芸尽しに綱渡り、軽業、曲芸、輪舞、跳躍と、あらゆる妙技を出しきって、座の衆目を奪ったが、ブランシュ姫の舞いざまの清艶都雅に比しては遥かに及ばず、ずんと一籌を輸したとは世間の取沙汰でござった。玉敷の床板《ゆ か》にも恥じらう踝《くるぶし》をした芳紀十七の姫御前が、年が年ゆえあどけなげに、踊り興ずるそのさまは、さながら初の一節を奏でそめる蝉の風情と申そうか、眺めるブリュアンはけなるい老いの煩悩に取憑かれてしまわれた。まことそれは猛々しい脳溢血的な弱味さかんな修羅燃やしで、積む白髪の雪に恋の炎も消え尽す頭部は別として、足の底から頸筋のあたりまで、奉行の身体は燃え焦げたのである。その機に及んで初めて己が居城に足らぬのは、奥方ばかりということに奉行は気附き、実際以上の淋しさをば覚えられた。なにがさてお城に奥方のないは、釣鐘のない撞木と同じという訳で、奉行がこの世に望むものがあったとしたら、奥方を迎えるという一事のほかにはなく、もしもアゼエの奥方が兎や角、返事を渋ったなら、自分にはこの世からあの世に移るばかりしかないと、立ち所に嫁取りの儀を切望いたされた。しかしこの洗礼祭の騒ぎの間は奉行も並々ならぬ恋の痛手を痛感することも僅かだったし、ましてや頭の毛を薄くしたおのが八十路の不祥に思い及ぶことも尠く、うら若い代母の容姿が、あまりにはっきりと眼の底に灼きついたので、おのが霞まなこのことも打忘れてしまわれた。それにまたブランシュ姫も御母堂の下知のまま奉行を下にもおかず目差しや身振りで款待いたされたが、代父の年が年ゆえ昵懇に及んでも何の仔細もないと、思い定めたからでもあろうか。春の朝のように目ざめているトゥレーヌの悉皆の娘っ子とはうって変って、生来初心《う ぶ》でおぼこなブランシュ姫は、されば手に接吻することを老人に先ずは許した。――それからしてちょっと下の頸っこ、いや、ずんと窪っこのところに。と、こう申したるは祭から一週間後、この二人の婚礼を司った大司教猊下でごあるが、嫁取りも立派だったが、さっても花嫁御寮ときたら、更に立派でござりや申した。
ここなブランシュ姫はまこと類いなく華奢で優雅であられたが、なかでもそのおぼこ振りと申したら、古来その例しも聞かぬほどのかいもくの野暮娘で、色恋の道も心得ねばその仔細も手段もわきまえず、人は臥床の内で何もせぬものと思い、赤子は縮緬甘藍《キヤベツ》の中から出るものと合点めされていた。そがい母者人が何一つ知らせずにこの懐ろ娘を育て上げたからで、スープを歯のあわいから何として吸うたものやら、弁えさせないで大きくしたほどの丹精の甲斐には、清い華やかな純な乙女が花咲いて、天国へ飛翔する翼を欠いた天使そっくりと申したらよろしかろう。
泣き沈んだ母御前の賤居を後にいたして、サン・ガチアン大聖堂にしつらえられた晴れの祝儀の庭に、ブランシュ姫が赴こうと立出でて、セルリの街筋に敷きつらねられた錦の毛氈を渡るそのあでやかな姿に、目の放楽をいたそうと、近郷近在からこぞって物見にと老若男女が集まって参られたが、トゥレーヌの土を、こうまで可愛げな足が踏んだことはないとか、こうまで涼しい碧い眸が空を仰いだこともおりないとか、こうまで見事な敷物や花吹雪が街を飾った祝言もないとか、いやはやもっぱらの取沙汰でごあった。町の娘子衆や郊外のサン・マルタンや、シャトオヌフの当世娘たちは、めでたく伯爵夫人の玉の輿を釣ってのけたブランシュ姫の丈長の鹿子色の編髪を羨まぬとてはなかったが、それとともに、いやそれ以上に、姫の金糸の衣裳、海彼の宝玉、白ダイヤ、或は奉行に身を永遠に結びつけた縁《えにし》の糸とも知らずに、姫が無心にまさぐっておった黄金の鎖を、所望すること切なるものがござった。
この花嫁と並んで立った老奉行の有卦に入ったるその浮かれ振りと申したら、皺や眼差や仕草の悉くから諸果報がこぼれ出んばかりで、老いの腰を鎌ほどに伸して、花嫁の傍に倚り添ったるさまは、晴れの調練にまかり出る野武士よろしくで、手を脇腹にあてがっておったは、はや歓喜に喘ぎ困《こう》じ過ぎたためでごあろう。妙なる祝鐘の音や、眼も綾な練り行列や、華麗を尽した盛儀のさまは、《大司教直々の御婚儀》と後世に語り伝えられたほどで、モール娘の雨霰も結構、老奉行の洪水も結構、改宗の洗礼の大溢れも結構と、町の娘子衆は自分等もあやかりたくて願うたが、もとよりエジプトにもボヘミアにも程遠いトゥレーヌの里のことゆえ、こうしたお目出度もその後はついぞ起ったためしとておりなかった。
祝儀が済んでのちアゼエの奥方は、奉行から莫大な金子を賜わったので、早速にアクルへ下ってその金で良人の身を買い戻そうと、息女のことは呉々も花婿どのに頼んで、万端の準備を整えくれた奉行の麾下や組頭や士卒を供といたして、その日のうちに出立せられた。ずっと後になって、アゼエの領主ともども奥方には戻って参られたが、癩を患っていた良人を、伝染の危険をも顧みずに甲斐甲斐しく看護いたして、全治せしめたその献身ぶりこそは、いたく世上の歎称をば受けられた。
さて婚儀もとどこおりなく済み、三日にわたった披露の宴も賀客の大満悦裡に果てて、ブリュアン殿は供廻りも美々しく新婦をおのが居城にと伴って、マルムウチェ和尚がお祓いをした新床へ、世の常の良人の形儀に従って厳かに案内いたし、ロシュ・コルボンの領主にふさわしい緑の金襴金糸を張りめぐらせた大きな閨房にて床入りの式を行われた。身体じゅう香水を浴びたブリュアン老人が、新婦の傍らに添臥し、いざ肉と肉になると、やおら新郎は新婦の額ぎわに先ず以て接吻し、次いで花嫁の金鎖の環の止金の胸に触れるあたり、白いふくよかな乳房の上に接吻をいたした。……が、これをもって、それなりけりの終りとは相成った。
階下の広間では、なおもはずむ舞の手拍手、華燭の祝歌、陽気な戯事《ざれごと》、それらを耳にしながらも老武弁の伊達者には、己れを信ずること篤きあまりに、余の儀に及ぶことを控えて愛のしこなしは沙汰止みにといたしたのでごある。嘉例にしたがって、金の杯に浄めた床入りの酒が、傍らにおかれてあったのを目口かわきの新郎はぐっとあおって気力をつけめされたが、腹うちこそその薬力で暖ったものの、だらりとした下紐の中心は、むなしく何の験気もおりなかった。しかし新婦は新郎のかかる叛逆不逞を、いささかも訝る模様もなかった。心底からのいや堅気な未通女で、婚儀に就いて心得ておったことは、僅かに懐ろ娘の眼にありありと見えるもの、――衣裳だとか、酒盛だとか、馬匹だとか、奥方になり女主人となること、伯爵夫人として領地を統べること、遊行や下知をほしいままにすることだけと合点なされているだけで、とんとうんつくな子供も同じこと、褥のあたりに垂れた金の総や瓔珞を爪繰り、おのが初花を埋むべき廟所とも知らずに、ただその壮麗さに驚嘆の眼を瞠っておったのであった。おのが罪科に気づくに、遅過ぎた気味のある不念な奉行は、それでもなお後日に儚ない望みをかけ、今宵がほどは仕業の補いを、言葉をもって埒明けんずと心構えられた。したが後日に期すといっても、妻に振舞おうと彼が大事にしている当の代物は、くやしや毎日、少しがほどずつ虧耗してゆくをなんとしょう。そこで奉行は新妻に四方八方《よ も や ま》話を仕掛けてもてなされた。衣裳櫃はおろか、蔵や長持の鍵まで、悉皆奥方に預ける話、屋敷田畠の宰領を一任して、一切の口出しを慎しむ話、――つまりトゥレーヌ人の言い草に従えば、麺麭の片きれを相手の頸に掛けてやる話を、仔細らしくしだしたのであった。聞いて花嫁は乾草の山に踏み込んだ若い軍馬さながら満悦して、三国一の気前よい殿御と奉行をあがめ奉り、褥の上に身を起して婉然とし、われこそ爾今は天下晴れての夜毎のあるじと、緑錦の臥床を今更のように眺めて、一段となまめいた面持で床上を撫でさすられた。花嫁が次第にかく美色を呈してもやついて参るのを見た老獪な殿には、乙女子にこそ余り接せられなかったが、好きものの女人を常に手玉にとられた幾多のむかしの御体験からして、羽根蒲団の上では女人がいかにしどもなく牝猿になるものかを、身に沁みて御存じだったもので、昔なら辞退尻込みどころでない例の女子のすなる手玩びやあじゃらなキッスといった、濡事のけなるいたわれ遊びのからくみを、こっちに仕掛けられて、法王の御入滅のようないまの己れが身の冷灰を見破られることを心配いたし、われと果報を忌み怖れるもののように、新床の片端にと身をしざって、仮粧《けそう》ばんだ新妻に向って申された。
『のう、そなたももはや奉行が奥方《お く》じゃ。まこと大名の御内室じゃて。』
『まだで御座りましょう。』
『はて聞えぬことじゃ。なんでおみが家刀自でないぞ。』ひどくうろたえて奉行は申した。
『されば子を生みまいらせぬほどは、嫡室とは申されますまい。』
『なんと道すがら牧場を見つろうが。』老翁は話題を転じた。
『いかにも。』
『されば、あれもわこぜがものじゃ。』
『はあ嬉しや。されば蝶を捕まいて随分と遊び申そう。』と笑いながら答えた。
『さてこそ聞き分けのよい。途中、森も見つろうがの。』
『はあ、あの森は殿《おのし》と御一緒でなくば淋しゅう御座りましょう。お伴い下さりませ。したがラ・ポヌウズが心を籠めて、われらが為にと醸しおかれた床入の御酒《み き》を、少しわらわにも賜わりませ。』
『これはいかなこと。あれを飲うだなら体内に炎を発するわ。』
『さればこそ所望いたすのじゃ。妾は一刻も早う子を生みまいらしょうと存ずれば、それに験のあると聞き及ぶかの飲料《のみりよう》を下さりませ。』とさも怨めしげに申されたが、この言葉に姫が頭の先から足の裏まで、おぼこ娘のことを察知めされた奉行には、
『そのことならば先ず以て、天主の御意がのうては叶い申さぬ。且つは女体の刈入れ時にならねば、能わぬことじゃて。』
『妾《み》が刈入れ時は何時でござりましょう!』嫣然としてブランシュは訊ねた。
『造化の神の思召す時じゃ。』と強い笑いを作って申した。
『してそれは、どのように仕るもので御座る?』
『されば神秘の学、錬金の業、危険極まる隠事であるわ。』
『さてこそ躬がしのびごとを憂えて、母者人には、いたく打泣かれたのも尤もじゃ。したがベルト・ド・プリュイリが嫁入りの手柄話に鼻高々と申したは、これほど易い業も天下に御座りやないとじゃが……』と夢みる面持で新婦は云った。
『それは年によりけりじゃ。』と老城主は答えた。『時にわごりょは儂が厩舎で、トゥレーヌにその名も高い白駒を見たか喃。』
『あい。天晴れ温和な駒にて御座りまする。』
『さればあれもそなたに進ずるほどに、気が向く儘に乗り廻すがよいぞ。』
『噂に違わぬ親切な殿、有難う御座やりまおす。』
『なおその上に、余の大膳職、礼拝堂番、主計役、主馬頭、料理方、代官なんどを始めとして、呼名をゴオチェと云う躬が旗持の若小姓モンソロオ殿に、麾下の侍、武士、足軽、軍馬を引具せしめて、わぬしの膝下に跪坐させようぞ。万一そなたの下知に怱々従わなんだ者あれば、立ちどころに絞り首じゃ。』
『してかの神秘錬金の術と申されたを、今ここで行うわけには参らぬかや?』
『なかなか。まず余の儀に立ちこえて肝要なは、そなたも儂も、天主の御恩寵に屹度適うた身に相成ることじゃ。さなくば罪業沢山の悪しき子を生むを以て、重く寺法にも禁ぜられておるわい。世に済度も叶わぬ無道の者夥しいは、何れも両親が魂の清らに澄む折を待たず、無分別にも子孫に邪念を伝えたからなのじゃ。美《ほ》しき有徳な子は無垢な父母のみが生む定めなれば、新床にお祓いをなすのもそが為じゃ。さるに依りマルムウチェの和尚もこの床に魔除けをいたしたる筈。時に其方は教会の掟に背いた覚えはござないか。』
『されば弥撒の前に罪障悉皆赦免の御沙汰を拝しましたれば、其後は何一つの罪咎もつゆ覚え御座りませぬ。』と口早やにブランシュは申した。
『おもとほどの天晴れな者を北の方にいたして、儂は双びもない果報者じゃて。したが躬は邪宗門のごと、はや涜神の振舞を犯しおったわ。』と狡い奉行は思い出したように叫ばれた。
『まあ、何故にて御座りまする?』
『されば舞が一向に果てず、わごぜと水入らずに一室に引籠って、かく接吻をなすの期が、かいしき参らぬによって、先刻はつい神を呪い申したわ。』
そう申して慇懃に姫の手をとり、接吻を雨霰として、空言睦言かきまぜてさまざまに述べ立てられたので、姫はすっかり悦に入り満足気であったが、昼の踊やさまざまの儀式に疲れを覚えたものか、《明日こそはさような呪いを発せずと床に籠れるよう、妾が十分こころしまする。》と言いつつ夢路にこそは入りめされた。残された老人は新妻の白い美しさに、げしゅう心奪われ、優しい姫の心根に接してその恋心も弥募ったが、この天真爛漫さを保たせる術を心得るのは、何故に牛が反芻するかを説き明らめるのと同じ難渋ごとと考えて、少からずに困却いたした。前途にさらに何の光明とてなかったが、無心にすやすやと寝入っているブランシュの妙なる麗質をしげしげと見るにつけ、翁の胸中の焔は燃え上って、飽く迄この恋の寵珠を守り防がんずと、堅く心に決心めされた。老いの目に涙を浮かべつつ彼は姫の美しい金髪や、可愛らしい瞼や、赤い爽かな口許に、眼の覚めぬようそっと接吻をいたした。……そしてそれが彼の享有のすべてでごあった。してそれはブランシュの心に通うことのない沈黙の快楽であっただけに、うわずった彼の心は一段と燃え燻ぶるばかりで、落葉した老路の雪を、いたく嘆いた憐れなこの老奉行は、歯の落ち尽した時分に胡桃をお授けになられた神様のお戯れに、しんぞじゅつない思いをいたされたのであった。
妻の素女点と奉行たたかうのこと
結婚したての初めが程は、若妻の珍重すべきあどけなさに乗じて、奉行は御大層な魂胆ばなしをつどつどとならべ、或は公事繁多を名目に、妻を孤閨の臥房に残し、或は野山の遊行に妻の心を紛わすべく、ヴウヴレイの荘園の葡萄摘みなどに誘い、遂には飛拍子もない嘘八百を構えて、妻の懐柔に努めたりいたした。
即ち或時はこう申された。――太守たる以上、百姓下民とは自ずと別の仕儀がある。されば伯爵の胤を身籠ろうとならば、天文占星の泰斗が演繹したしかじかの星宿合朔の宵を措いては他にない云々。又或時は、子をなすわざごとはずんと大仕事ゆえ、祭日には身を慎しまねばならぬと申し、祭日物日を潔斎して守ること、業支障なしに天国の門に入らんとする御仁の精進ぶりの如く、また或時は万一両親に神の恩寵がおりていぬ場合、サント・クレールの日に孕んだ子は盲目となり、サン・ジュヌウの日は痛風、サン・エニヤンの日は白癬、サン・ロックの日はペストを患う云々。さらに説くには、二月に生れた子は寒がりや、三月のは暴れん坊、四月子は碌でなし、たのもしずくなは五月生れなどとあっけもないことを云々。されば詮ずる処、奉行の望みめされるのは五体満足、しかも二色の毛を持った怪顛《けでん》な赤ん坊で、その上あらゆる小蒼蠅い条件を完備しておらねばならぬというさっても無理な註文でごあった。また或時はこうも申した。――総じて子宝を妻に授くることは、殿方ひとりの意一つに存する良人の権利なれば、妻女たるもの、貞節な家刀自たらんとならば、つとめて亭主の意に同心せねばなるまじい云々。とうとう最後には、アゼエの奥方の帰国を待って、産所の介抱を受けねば叶うまじいとまで言い逃れめされた。
そうした訳で、奉行が妻の切願に辟易たるのは、世故にたけたるお年寄ゆえ、或はそれ相応の了簡あってのことならんと、終いには若妻も推断いたして、爾後はぞんのほかに承順して、ほしい子宝のことなぞ、心の奥での他、絶えて考えめされなかった。――と申すは、常始終そのこと許り考え続けたという謂いじゃが、いったい女子衆はあたまに一つの粋興を起したとなると、快楽のあとを追う婬〓売女にも等しい所行に及んでも、決して自覚めされぬ御性分でごある。
或晩のこと、重い罪科でその朝、処刑された若衆を、奉行が憐んだことからたまたま話が移って、普段は猫が水を忌むように奉行が避けておった子供の話題に触れ、両親の仮初ならぬ咎を、まさしく身に負った報いと、奉行がこれを評したのを聞いてブランシュは申した。
『よしや、万一、殿が天主の赦罪も受けぬ先に、わらわを身籠らせたとしましても、妾は躾けよう育てて、天晴れ殿の御子として恥かしゅうのう成人いたさせまする。』
こころまめしいその言葉に、奉行は妻が生温かきファンテジアに五体をさいなまれおることを看取めされて、今こそ妻の素女点《しよじよせい》と一戦を交えて、一打ちに打取って首級を挙ぐるか、または雁字搦みに押えつけるか、さなくば素直に鎮めて消散せしめるか、ここが大事の瀬戸際、一期の浮沈と心得て、
『なんじゃ、わごぜは母になりたいと申すか。然らば先ず奥方の作法を心得ねばならぬが、武張ったこの館の家刀自たる修業が、そもそも肝要じゃて……』
『はてさて、天晴れ大名の奥方となり、世嗣の子を胎に宿そうとならば、女子の武芸百般をわきまえねばなりませぬか。心得ました。精一杯に習練いたしまする。』
世嗣を儲けたい直心《ひたごころ》からブランシュは、かの白馬に鞭をあげ、濠を越え谿をわたり、ひたがけりに野山を馳駆して鹿狩に身を鍛え、または鷹狩を催し、可愛い拳にとまらせた鷹を、大空高く舞上らせて打興ずるなぞ、ことは奉行の思いの壺に嵌まったと相見えたが、かような練武に出精するに伴い、比丘尼や坊主のような欲望を覚え、狩から戻って歯滓を落す時なぞ、食放題に食べていやが上にも精力を補強し、一朝の産時に備えめされた。また途上に見る鶺鴒のまぐわいの古譚《レジエンド》や、射伏せられた禽獣のつれあいの哀慕に接しては、頬を染めつつ、天然錬金術の秘法にあこがれ、懐胎の思慕を萌すこと切且つ急なるものがあって、好戦《くみうち》欲は和らぐどころか、子供ほしやの欲望は、いやが上にも募り擽られ、旺々勃々と末広がるのであった。
されば山野の駆走に依って、妻の謀叛気な素女点《はるごころ》をそらせようとした奉行の調略も、ここにあだとなり果て、ブランシュの血管のなかをかけめぐる奇体《けつたい》な懐春の情は、一段とこの誘掖に依って肥え太りし、騎士に昇進した扈従のように、槍試合や組打を挑まんとの鼻息は、益々烈しいものとなり終った。この様を見て奉行は始めて、方途を誤ったことを悟りめさり、肉あぶりの炮烙に載ったら、熱くないところなぞない理を沁々と痛感いたされたが、疲れさせればいよいよ鎌首をもたげて、元気づいてくる、このずんと肥え太ったおぼこ気を、どう政道すべきかに、とんと奉行は窮したのでごあった。斯様な合戦から一方は敗北を喫して、瘤をつくるのが世間一般の仕儀ではあったが、神様の御加護により己が存命中は、額の角瘤をつけられずに済むようにとは、なにより奉行の切なる悲願であった。それにまた溌剌とした若妻が、ひたすら生の歓喜を趁う狩猟行のしりえから、馬飾りの重さに苦渋の汗をしぼりつつ、息絶え絶えとお供めさるは、一方、落馬の惧れもさることながら、老奉行にとってはしんぞ何よりの苦行でごあった。さるをまた、夜は夜とてブランシュは、踊の所望をいたすこと屡々で、モール娘に見習った跳びはね踊りに打興ずる折なぞは、奉行も手をかさねばならず、炎の舞に耽る時には、燃える松明を親しく捧げねばならず、介添役たる殿はたださえ重い装束に鎧われたのみか、踊の後見に右往左往という難行に、とんと全身の精根もすり尽すかと見えた。もとより奥方がわれと徒然を慰むる手立ての雅遊逸楽であれば、その一番が果つる毎に、奉行は己れが坐骨神経痛、膿瘍、リウマチスもよそに、やんやとしただるいお世辞や御愛想の一言を申して、強い笑いを作らねば座は済まなかった。それほど奉行は若妻に首ったけだったゆえ、神旗《オリフラム》であろうとなんと、彼女の所望とあらば、即刻に探しに赴いたに違いはござるまい。
したが或日のこと、奥方の精力旺盛さと太刀打するには、あまりにも己れの腰骨が軟弱なのを、奉行は遂に観念に及んで、とうとう妻の素女点どのに兜を脱ぎ、このうえはブランシュの浄い宗教心と節操の念に、幾分かの頼みをかけて、その余は運次第に委そうとの決心をいたした。とはいうものの相変らず片眼はあけて、両の眼でおちおち眠ったこともなかったのは、神様が鷓鴣《しやこ》をお造りになったは、炙串にさされて焼かれる為と同じく、処女膜をお造りになったのは、何時の日にか破られるためという邪念が、奉行の心を去らなかったからである。
蝸牛がのそのそ漫歩しだした季候の、雨に煙ったとある朝のこと、夢想に相応しいメランコリックな時候のせいか、ブランシュは室内の愛椅子の上で、うらうら夢み心地であった。いったい椅子の羽根蒲団と、暫時の間その上に腰を卸した乙女子の身のぬくもりとの間に、輻射される微妙な温かみほど、体現的な越仙佚亜《えつせんす》を烈しく〓し出すものはなく、またどんな淫薬媚薬の調合を以てしても、これほど心に滲み透り、身を刺し貫き、五臓六腑をたぎらかし、遍身をつんざくものはござない。さればそれと知らずにブランシュは、あたまを燃焼させ、五臓五体を咬むところの素女点に、けもなくその折り悩まされておったのであった。
ブランシュの物倦げな面持を見て、尠からず心痛めされた奉行は、ぎょうに夫婦愛的な色の道に基くところの妻の底心を、何とかして退治てくれようと、
『なんでそのように打案ずるぞ。』と訊ねた。
『恥かしゅうて。』
『何者がそもじを恥かしめたと申す?』
『さればわらわに子がなく、殿に世嗣も欠けたれば、一人前の奥方とは申されぬゆえ、慚愧の念に堪えぬのじゃ。世上近隣のさまを見渡いても、後嗣のない奥方とては一人も御座ない。わらわが嫁入りしたは子を生まんがため、殿にはまた子を授けんがためと心得たに、トゥレーヌの殿方、奥方ことごとく大の子福者で、わんさとあるに引きかえ、わが殿ひとり子が無うて、やがては世の笑いものともなり、家名の程も心許なく、封土の行末も案ぜられるに依ってじゃ。子はわれらが自然《じねん》の伴侶《ともがら》ゆえ、女子にとって愛子《まなご》の襁褓あて、脱ぎ着せ、抱きあやし、おどしすかし、揺りねかし、眼ざませ、寝せつけ、添乳などに勝る喜びは御座ない。せめてわらわに半人なりと子があったれば、世上の奥方のすなる頬ずり、おむつくるみ、おべべの着せ脱がせ、膝ぐるま、あばばばなどして、日がな一日、楽しもうものをのう。』
『したが子を産みつつ死ぬる女子もあるわ。それにそなたはまだ骨細にて、蕾も固いなれば、母となる途を他に求めてはどうじゃ。』――いきぜいはっての妻の言葉に、うっかり口を滑らせて慌てて奉行は、『それそれ、他でもない。出来合いを貰うことじゃ。それならば腹を痛めずに済もうぞ。』
『腹を痛めいで、なんでおのれが子と呼ばりょうぞ。お寺の説教にもイエス様は聖母の子袋に宿った種と申せば、わが胎内より出ずるのでのうてはきつう嫌《いや》じゃ。』
『さすれば神に申し子をいたせ。エグリニョルのマリア様に、調儀を頼うだがよい。九日九夜の満願の後に身籠った奥方も、世上に多くあることじゃて。そなたも一定、外れはあるまい。』
そこでその日のうちにブランシュは、エグリニョルの聖母寺へ参籠いたすことと相成った。ブランシュその日のいでたちは、白馬に打乗り、金糸の縁取りに真紅の袖のついた緑の天鵞絨の衣裳の胸ぐりも深く、宝石で飾られた高頭巾、あいくるしい小沓、竿のようにほっそりした胴廻りをくっきり示す金の帯など、さながら女王様にもまごう豪勢な着飾り方で、しかもその衣裳万端は産後のお礼詣りの日に、聖母マリア様へ寄進の志とやら聞えた。また先駆にはモンソロオ殿が、熊鷹より炯々たる眼光で、馬上豊かに手勢を引具して、警固人払いの役を相勤めた。
マルムウチェ近くで、八月の暑気に睡気を催した奉行が、居睡りつつ鞍上に揺られゆくさまは、牛の頭に載せた王冠そっくりと相見えた。斯くこむさい年寄りの翁が、あでやかでうるわしい上臈衆の傍らに、倚り添っているのを眺めて、木蔭にかがんで水甕の水を飲んでいた田舎娘が、落穂拾いの貧しい歯抜けの婆に、あの上臈は死神を水葬礼に連れ行くのじゃろうかと訊ねると、
『どうしてどうして、あれはポワトゥ・トゥレーヌ兼領の奉行ロシュ・コルボンの奥方が、授かり子の願掛けに参るところだで。』と老婆は答えた。
度を失った蠅のように、田舎娘は大口で笑いながら、行列の先頭を切っている颯爽たるモンソロオ殿を指さして言った。
『あの先駆を勤める仁に縋ればよいに。すれば御蝋燭も御祈誓もけっくはぶけるではないか。』
『さればそのことじゃ。エグリニョルの聖母寺には、見目よき色坊主もおらぬに、なんで御座らっしゃるのやら。マルムウチェの釣鐘堂なら、たんと逞しい精力御坊が御座るべいから、ちょっくらその蔭に滞在めされば、大願成就は疑いなしじゃろうに。』
というところへ、のそのそ起き上った織匠の女が、
『なんの坊主なんか糞くらえじゃ、モンソロオ殿こそ奥方の心を開くに、もってこいのあつあつの色男だで。あの馬上のひらいた腰ぶりを見ても知れようが。』
その言葉に一同は声をあわせて笑い立てた。モンソロオ殿は憎き雑言の見せしめに、街道の菩提樹にこの三人を引吊そうといきまかれたが、ブランシュは、急いでこれを引止めて、
『吊し上げるは後刻にしやれ。まだ申し足りぬ趣に見ゆれば、戻りにまた聞こうずる。』
とて面を赧らめた風情に、モンソロオ殿もさながら恋の神秘な了解《りようげ》を、御主たる女人の裡に打込まずんばやまぬ勢いで、じいと奥方を見つめられたが、この時はや百姓女の雑言に依って、世心づけられたブランシュは、処女脱皮的なあの方の悟りを、とうに開きだしておったが、まこと素女点は燧艾もただならず、燃え立たせるには、ほんの一言で足りると相見えた。
されば今は老い朽ちた良人と、件《くだん》の色男モンソロオとの間にある色身の著しい差異は、奥方の眼に映らずには済まなかった。モンソロオ殿は、二十三の齢を苦にもせず、九柱戯の柱よろしく真直に鞍上に突立ち、暁鐘の初鳴りのように目ざましいその男振りたるに引換え、奉行はしきりに馬眠りをする。騎士のこの颯爽たる勇ましさに比し、翁の身にはその影かたちだにない。まことモンソロオ殿こそ夜の被衣《かずぎ》以上に、世の浮気娘どもが寝床で愛用めさるのも、なにせよさようなきびきびした殿御には蚤の心配がないだけでも尤も至極な訳合で、当世娘のそうした嗜好をあしざまに云う者も世間にはあるが、しかし寝よう寝ざまは各人の好き勝手ゆえ、咎め立ては御無用千万。
ブランシュはあれこれと考え出し、考えれば考える程、腑に落ちて参るので、トゥールの橋にさしかかった頃は、恋とは何かつゆ知らぬながらも、娘っ子が惚れるように、モンソロオを秘かに熱愛し、人の持物《も の》、男子の最上のたからを物羨みしだした物持の女となられてしもうた。最初の垂涎と最後の欲望との間、なにもかも一面に焔となり、ずんと恋煩いに陥ったブランシュは、一跳びに惨めなどん底へと、まっかいさまに突き落された。これはまたいかな微妙なエッセンスを、眼差に依って注入せられた所為か、とんと合点は参らなんだが、現にブランシュの総身の血管、心臓の各襞《ひだ》、肢体の神経、毛髪の根、筋肉組織の発汗点、脳の各葉、表皮の各孔、臓腑の螺回、上腹の管、其他ありとあるところに烈しい腐蝕作用がとみに覚えられて、五体たちまちに脹れ、熱っぽく、くすぐったく、さては毒気を帯び、掻きむしられ、突張りだし、暴れ出すといったそのさまは、千もの針の籠を体内でぶちまけたと同じい騒ぎでごあった。色娘の嗜欲、しかもぴんぴんしたあじゃらな欲望が、ブランシュの眼を掻き乱したために、年寄の良人なぞはもう目に入らず、和尚の福々しい頤のように、豊かな自然の恩沢に浴した若いモンソロオ殿しか、ブランシュの眼中にはなくなったのであった。
トゥールの町に入ると群集がざわめき出したので、漸くに奉行は目をさまし、お供も賑わしく、エグリニョルの聖母寺にと繰り込んだ。この寺は、霊験いやちこな処という意味で、ラ・グレイニュールとむかしは呼ばれておった。神様やマリア様に子授けの願掛けをする会堂へブランシュは向われ、風習通りひとりでそこへ入られたので、奉行や従者や物見の群集は、鉄格子のそとに犇めいた。申し子や授かり子の相談にあずかり祈祷を司る僧侶に、ブランシュはまず以て訊ねた。
『石女《うまずめ》は世に沢山とあるもので御座るか。』
『なんの、嘆くがものはない。子授けは教会の弗箱でござる。』
『わが奉行殿のような翁とつれそう若い奥方は、世上にあまたござろうか。』
『されば稀有のことでござる。』
『稀有のことにもせよ、子宝を授かってござるか。』
『まこと授からぬものとてはおりない。』と笑いを含んで答えた。
『しからば、もそっと年をめされぬ連合いを良人《た く》にした方々は如何じゃ。』
『その分は時たまに授かる者もあるげじゃ。』
『されば奉行のような連合いを持ってこそ、確実に子が授かれるわけじゃな。』
『いかにも。』
『してその次第を説き聞かせられい。』
僧侶は厳粛に答えた。
『さればさ、子の授く授からぬは、かの齢以前は、天の御子の御旨にのみ依るものじゃ。したがかの齢以後は、もっぱら人の子で埒の明くものでござる。』
この時代は沙門の善智識こそ、あらゆる智慧才覚の元締であったことは、隠れもない事実ではあるが、この一言からしても、正にそれが御想察めされよう。さてブランシュは子授けの願掛けをいたしたが、その礼物の夥しさは黄金二千エキュにもあたる綺羅衣裳からも、推し量られい。
帰り途、ブランシュがひどくはしゃいで、鞍上を躍りつ跳ねつしてゆくさまに、奉行は訊ね申した。
『何とてそう嬉しげなのじゃ。』
『されば人の子で埒の明くことと、かの僧が申するゆえ、わらわに子の授かることは必定疑いなしじゃ。モンソロオ殿に埒を明けさしょうと存ずる。』
奉行は坊主を叩っ殺しに取って返そうと思われたが、出家殺生は冥罰の程も怖ろしいゆえ、大司教の才覚をかりて、巧みな返報を行おうずると心に期し、ロシュ・コルボンの城甍が見えそめる前に、モンソロオ殿に郷国に帰って退隠いたすようにと申しつけられた。奉行の早々の手口を存じておったモンソロオは、一も二もなくその言附けに従われた。モンソロオの後釜には、ロシュ・コルボンの支藩であるジャランジュの殿の子息で、ルネという漸く十四になる少年を据えられた。楯持になる年頃まで、小姓として仕立てておった童である。また侍大将には、むかし一緒にパレスチナや其他で、暴れ廻った片輪の老人を任用して、先ずはこれにて寝取られ男になる気遣いもなく、綱でからまった騾馬のように、じたばたする謀叛気な妻の素女点も、この分なら肚帯、手綱、轡がけで、とって押えたにも等しいと、ブリュアン老人はちゃっと安堵の吐息をついたのであった。
仮初の咎に過ぎざること
ルネがロシュ・コルボンのお城に勤仕したさてその初の日曜日のこと、ブランシュは良人を残して狩にと出た。カルノオの近くの森に達した時、必要以上に娘を押し伏しているかに見える坊主を目にしたので、馬に鞭をあてて続く家の子に《者共まいれ。何であの娘を見殺しにはするぞ。》と下知して一散に走り寄られたが、忽に奥方には馬首を返してしまわれた。坊主の持物の扱いざまを目にした奥方には、俄かに狩も沙汰止みといたされ、思い深げに帰城の途にと就かれた。ブランシュの世心《ち え》の薄暗い燈室もここにやっとひらかれて、ぱっと一条の光明が投ぜられ、万事が万事明らかとなり申し、教会の掛絵や、吟行詩人の寓話や小唄、鳥禽のいとなみなどのもじゃくじゃまでが、成程と大きく彼女にはうなずけたのである。忽然としてブランシュにはあらゆる言葉で――物言わぬ鯉の言葉にしてからが――あらわされた愛の甘美な秘密を合点めされた。されば斯様な知識を娘っ子から隠そうとするは、そがいうつけな沙汰ではある。……で、ブランシュは早々と床に就くや奉行につんふんと申した。
『殿にはわらわを欺かれたな。カルノオの出家が娘に振舞ったようなわざを、何故にわらわに行われぬのじゃ。』
ブリュアン老人は変事を感づき、大厄日が遂にやって参ったと観念いたして、常人ならば下腹に下ろうとする燃える思いを、ぐっと双眼に引上げて、焼きつく思いでブランシュを眺めつつ、物静かに答えめされた。
『嗚呼、思えば御身を奥と迎えし際、躬には体力より恋慕の念の方がいっち強かったのじゃ。さればそちの慈悲の心と婦徳の念に、儂はなによりも信頼を繋いだ。老いの身の悲しさは、心の臓のほかには力の宿る場処の皆無なことじゃ。その口惜しさ悲しさに、儂は死に急ぎをいたしおるゆえ、ほどのう御身も自由な身となり申そう。じゃによって儂がこの世をおさらばする迄、どうぞ待ってはたもらぬか。躬はそなたの嫡々の御主で、下知をいたすも苦しからぬ身じゃが、御身の宰相とも下僕とも欣んでなろうほどに、どうかこの願い一つは聞いてたも。躬が白髪の誉れは、傷つけずに済まさせてはくれまいか。……古来大名がその妻妾を手討にいたすも、かかる折のためしが多いとやら聞き及ぶが……』
『すりゃ、わらわを御成敗にとの御所存か?』
『なんの、なんの。躬は御身を溺愛しすぎるほどじゃもの。嗟乎、そなたはわが老いらくの花、躬が魂の喜びじゃ。そちこそ最愛のわが娘、其許の姿は儂が眼玉《まなこ》の力づけじゃ。そなたの為とならば、儂はなんでも堪え忍ぼう。悲しみであれ、喜びであろうとじゃ。……躬は悉皆のものにつき、そなたの申し条を聴き届けつかわそう。ただその代りには、そなたを富貴な国上臈に引上げたこの憐れなブリュアンを、もそっといじめずにおいてくりゃれ。躬が他界の後は、そなたは素晴しい後室となれるのじゃ。すればめぐる果報に喪の悲しみも償われようぞ。』
ひからびた眼にもなお一滴の泪が宿って、松毬色の顔を生暖かく伝わり、ブランシュの手の甲にとそれが落ちた。身を塚穴に埋めてまで、彼女の御意に適おうとする年老いた良人の、大いなる愛のしるしを見て感動いたしたブランシュは、笑いながらに、
『ああいや、お泣きめさるな。仰せの如くに待ち申しましょうぞ。』
それを聞くより奉行は妻の手に接吻し、軽い鳩ぽっぽ式の愛撫を用いてブランシュを慰めながら、感極まった声音で、
『おお、ブランシュ。そなたの眠っておる間、いかに儂はこう御身をあちこち掻撫でいつくしんだことぞ。』そう言ってこの老猿は、骨ばかりの諸手で妻をあやなしつつ、『まこと心の臓を以てする他には、いつくしむ術とて知らぬ身なれば、わが名誉を引掻こうずる猫の眼を覚ましてはと、いかい苦労であったるわ。』
『わらわには何の刺戟も覚えませぬゆえ、目覚めておる間も、さようあやなされて苦しゅうは御座りませぬ。』
そうブランシュは言ってのけたので、憐れな翁は枕辺の懐剣を取上げて妻に渡し、昂奮したせぐるし声で、
『いざ躬をこれで殺してたもれ。さなくばいささかなりと躬を愛しているごと、儂に信じ込ましてたもれ。』
その剣幕にびっくりしてブランシュは、
『いかにも承知つかまつった。かまえて殿を愛すべく大いにつとめましょうぞ。』
かような次第でこの若い素女点は、とうとう老いた良人を組み伏せ、すっかり居敷の下に敷いてしまわれた。鋤の入らぬ未墾のヴィーナスの美しい園の名に於て、ブランシュは女人特有の底意地を以て、それからというもの良人の翁を粉挽きの騾馬のように、右へ左へ追い遣って、《のうブリュアン殿、これをしてたもれ。ブリュアン殿、あれをしてたもれ。さあブリュアン殿、ブリュアン殿。》と甘えつづけられたので、若妻の悪意地による以上に、その寛厚さゆえに、老奉行はいたく老いの身の苦患を味わわされた。
すなわち妻から無理難題を持ちかけられて、悩乱させられたばかりか、妻の眉一筋の動きが、奉行を周章狼狽の右往左往に陥れ、ブランシュの御機嫌斜めの折には、白洲の席に出ても狂乱奉行には上の空で、何の罪咎にも絞り首じゃと裁いてのけた。これが余人であったなら、色娘の素女点との戦いに、蠅の如くに奉行は御落命いたしたことだろうが、生来錆止《さびどめ》ならぬくろがね鍛えであったれば、なかなか容易にはくたばりめされなかった。とある晩のこと、例によって駄々をこねはじめた奥方に、館は上を下への大騒動で、人畜ともに困憊萎頓の極にと達したが、われわれ人間どもを御辛抱遊ばされているほど、気長にわたらせられる神様でも、かかるブランシュの我儘ぶりには、さだめし堪忍袋の緒を切られるだろうと思われるほどで、しかし漸くに鎮まって床に就きながら、ブランシュは奉行に向ってこう申された。
『のう殿、わらわの五体を咬んだり唆ったりするファンテジアが、下腹からこみ上げまいって心臓にと達し、あろうことかあたま一面を炎にして、曲事《まがごと》にと妾を誘ってかなわぬのじゃ。さらにかのカルノオの坊主の持物も、躬が夜毎の夢に現われ来おってならぬのじゃ。』
『まさしくそれこそ悪魔の誘惑じゃ。煩悩解脱の術を心得たは、沙門尼僧の他には御座らぬゆえ、そなたも救わりょう志ならば、われらが隣人マルムウチェ和向の許に参って懺悔をなすがよい。かの阿闍梨ならばそちによき助言を授けて、浄き正道へと導きくれるであろう。』
『されば明日にも参りましょうず。』
夜が明けるや早速にブランシュは、行いいや高き衆僧の屯ろなす、くだんの寺に馬をば乗り入れられた。花をあざむく上臈の姿に一山の所化ことごとく讃歎いたして、その夜の咎もただならぬ有様とは聞いたが、先ずは欣喜雀躍と出迎えて、和尚の許へと案内つかまつった。ひそまった奥庭の清々しい拱廊の下、巌の近くに和尚は座をば構えておったが、白髪なぞ常日頃から物の数とも思わぬくらい、慣れきっていた奥方も、重々しい聖人の所体に接し、思わず畏敬の念に打たれて立止ってしまわれた。
『奥方にはようこそ御座った。したが臨命終のこの老耄に、わことの若さで何をがな求めに参られましたぞ。』
恭しく会釈をしてブランシュは答えた。
『御僧の有難い訓戒を伺いに参って御座りまする。何卒この不柔順な門徒をお導き下されませ。御許のような尊い懺悔僧を得ますれば、大安心にてござりまする。』
かねてブリュアンと気脈を通じていた和尚は、さりげなくこれに答えた。
『愚僧が百載の霜をかくは白頭に戴いておらなんだなら、御辺の懺悔を聴く分ではござらぬが、先ずは語られるがよい。天国へ召されんとの御志なら、儂が導きをいたそうほどに。』
そこで奥方は胸の裡なる邪念妄想を吐露いたして、細かな罪障ことごとくを浄拭してのち、懺悔の結びにこう申された。
『何を隠しましょう。わらわは子を授かりたい欲望に責め立てられぬ日とて御座りませぬが、これは禍事でおじゃるかいの。』
『決してさようなことはない。』
『なれど路傍の嫗の申し条では、わがつまは自然の定めにて、もはや女人とのまぐわいをなすよしも御座ないとのこと。』
『なれば御辺も行いすまして、埒もないそのたぐいの考えは慎しまれたがよい。』
『したが得分《もうけ》も快楽《けらく》も得るのでなければ、なにしてもつゆ聊かも罪咎はないと、ジャランジュの奥方が申されるを聞き申した。』
『いや、必ず快楽が伴うものじゃ。それに子を得分とは以ての他じゃ。耳をかっぽじいてよくお聞きめされ。総じて宗門の掟に叶うた婚礼によらずに身ごもる業は、常に神に対しては致命の咎であり、世間に対しても罪過無双で御座る。されば婚姻の聖典に背いた女人は、あの世に於て大いなる責苦を受け、鋭い爪のある怖ろしい化物にわしづかみになり、この世で道ならぬ煩悩の炎をもやした罰に、紅蓮地獄にと突き落されるのじゃ。』
そう言われてブランシュは耳を掻いたが、ややしばし考えこんでからまた、
『ではマリア様は如何遊ばしたのじゃ。』
『はて、それは神秘じゃわい。』
『神秘とは何でおじゃる。』
『総じて言い説き難いもの、何の穿鑿にも及ばずに信ずべきもの、これを即ち神秘と申す。』
『わらわも神秘をつかってはどうじゃ。』
『これはいかなこと。古来ただの一度、しかも神の御子の場合と限られてござるわ。』
『さあれば所詮わらわのさだめは、此儘死ぬるか、又はすこやかな分別を持ちながら、ただ一筋にあたま狂うか、二つに一つの危難の庭じゃ。のう、のう、聴かせられい。この日頃は身内に何物か頻りにうごめき、ほてり蒸して、もはやわれとわが正体もなければ、わきまえもござない。男恋しやの一念から、恥ものう墻を飛びこえ野山をかけめぐって、いずこまでももとめゆきたい心地じゃ。カルノオの坊主をさしも修羅燃やさせおったものの実体を見んためには、この五体悉くをばらばらにしても厭い申さぬ。躬が魂や身体を責め燻ぶるこの荒れ狂いの間というもの、もう神もなければ悪魔もなく、良人もない。地団駄は踏む。狂奔はする。甕を割り壺を砕き鳥舎《とや》を破り、農具を蹴り、家財調度を投げ、何もかも見境いなく壊す。その狼藉ぶりは一々に懺悔しきれぬくらいじゃ。躬の乱行を白状いたすだけでも、はやこう口中に羨望の涎が流れ出て、神のお呪いになる例のことが、わらわをむずむずさせて堪り申さぬ。いっそ正真の物狂いになりたいくらいじゃ。すれば操の観念なぞのうて気はいかく楽じゃに。嗟乎、わらわの身裡に外方滅法もない愛執の念をお授けになられた神様が、わらわを地獄に堕さんと計るなぞとは、まこと聞えぬことではおじゃるまいか。』
こうした言葉に今度は和尚が耳を掻き出した。素女点の髄から泌み出た愁嘆、慧智、諍論、分別に、二の句がつげなかったからである。
『されど神様は人間を万物の霊長として創られ、天国を努力して、達すべきものとせられてござる。ために人間に理性をお授けになられ、煩悩の嵐の海を乗り切って、進む舵ともお定めに相成ったのじゃ。且つはまた、あたまの邪念の切換えを計る手立てとしては、断食苦行その他様々な解脱知見もごあるわ。されば手に負えぬ餓鬼よろしく有頂天に跳ね廻る代りには、御辺もマリア様を祈り、堅い床に起き臥しめされて、内証の手廻しにあたまをつかい、無為の閑居をば避けるがよいわさ。』
『したがわらわは教会に詣る折節にも、僧も須弥壇も眼には入らいで、赤子のイエス様のみ眼にとまって、あのことばかり唆かされてならぬのじゃ。はてさて、こうもあたまに一つ事ばかり浮び、分別も何も無くなるというは、ひっきょう恋の黐竿にからまれた所為かいのう。』
『されば御辺のような無意識の立場に陥ったのが、リドワール聖女の場合じゃて。厳しい暑さの折、薄物を着て、足を大の字にしてぐっすり聖女が寝込んでおられると、胡乱な若者が忍び寄ってこっそり素意を達して赤子を仕込まれたのじゃが、もとよりそんなけしからぬ仕業はつゆ知らぬ身じゃ。巾着の膨れるは由々しい病のせいと思っておったゆえ、お産の時には大騒ぎじゃった。したが断頭台上の露と消えたその若者の証言通り、聖女にはことの際に何の身じろぎもせなんだし、また犯されてもつゆいささかの快楽も覚えなんだゆえ、仮初の咎の贖いをして事は済んで御座るとやら。』と和尚はうっかり口をすべらせた。
『さあれば妾も負けずに身じろぎだけは致すまい。』
そうやさしく言って奥方は、いそいそとくだんの寺を辞去せられ、内心で自分もいかにかして仮初の咎を犯そうと考え、おのずからなる微笑をば洩らされたのであった。
お寺から戻るとお城の中庭で、ルネが馬術の老師匠の指導で乗馬の調練をしておったが、馬の動きにつれ身をくねり、ゆすり、あがり、さがりし、股立高く乗り廻し乗り戻す風情の凜々しさ、愛くるしさ、けなげさ、かぐわしさは凡そ喩うるに言葉もないくらいで、心ならずも犯されて自決した節婦の亀鑑リュクレチア女王じゃとて、あだし心が萌したであろう。
『嗟乎、せめてあの小姓が十五にでもなっておったら、彼を傍らにしてぐっすりと睡り込もうものをのう。』とブランシュは考えた。
それからというもの、寵童ルネが年まだきにも拘らず、ブランシュは食事やお八つの間じゅう、この童《わらべ》の緑の黒髪、雪の柔膚、物腰の優雅、生の炎と澄んだ温かさを湛えた彼の眼眸など、凝と見詰め出したが、相手はなにしろ子供なので、すぐと伏眼になってしもうた。
さてある宵の炉端の偶坐《むかいい》に、妻が物案じ顔で椅子にいるのを見て、何の心配があるのかと奉行には訊ねられた。
『殿のかく埒もなく潰れ崩《く》ゆたる今日びのていたらくを見るにつけ、はやばやの色合戦が初陣のほどが、思い偲ばれてなり申さぬ。』
恋の想い出を訊ねられた時、なべての老人がするような会心のしたり顔で、奉行は大きくうなずかれながら、
『うむ、儂は十三歳六ケ月にして母の腰元を姙ませたこともある。その他……』
それ以上聴く必要はもうブランシュになかった。小姓ルネにもはや十二分備わっているに違いないと合点したので、急に心も晴々とし、翁にふざけかかったりして、粉まぶしにされるお菓子のように、奥方はその暗黙の欲望のなかを、転々ところげ廻って行ったのでごある。
首尾よく身ごもりのこと
小姓の春情をおよずけて目覚まそうとの調略に、ブランシュは長いこと心を砕くまでもなく、いかな強突張りでも必ずや陥るに違いない自然の陥穽を、やがて案出いたすことが出来た。という仔細は次の通りじゃ。暑い日盛りの刻限、サラセン式に午睡をとられるのは、奉行が聖地より凱旋以来、ついぞ怠ったことのない習慣でござったが、その間ブランシュは孤りで庭に出たり、乃至はこまごました刺繍や編物などの女わざに耽ったり、また大抵の場合は館うちにいて、洗濯火熨斗あての指図をしたり、気の向く儘に、部屋部屋を巡り歩いたりされていた。この静かな時刻を小姓ルネの薫育の時にあて、誦経や密祷を行わせようと奥方には分別めされたのである。さてその翌日の昼下り、ロシュ・コルボンの丘をきらきらと灼く真昼の太陽に、奉行は無性に睡気を催され、妻の素女点のいたずらで煩わされ、いびられ、責め立てられる怖れも、ちょっと沙汰止みなのをこれ幸いと、御老体は華胥の国にと遊ばれたが、その隙にブランシュは、良人の藩侯大椅子にちょこなんとあがり込んで、巣におさまった燕のように、見えと座なりをとりつくろって、眠る赤子の式に小賢しい頸を腕に靠して、深々とまた身を埋められた。腰高の大椅子だったが、偶然の垣間見《パースペクチヴ》に物を云わせる積りだったので、すこしも高過ぎる嫌いはなかった。あれこれと準備をしながら、好きそうな眼を奥方にはパッチリと〓いて、老蚤の一跳びほどの距りをおいて、足下に跪坐する小姓のひそかに覚えるささやかな放楽、喉ならし、ぬすみ目、恍惚ぶり、うじうじなどを予想めされて、はやもう北叟笑んだり悦に入ったりされておられた。小姓の魂も生命も、今はもうブランシュのほしいままな玩びものであったので、ルネの跪くべきビロードの小褥をほどよく前に出して、よしんば石で出来た上人様であろうと、奥方の白い沓下に被われた華車な足の美しさ、申分なさを、ためつすがめつ眺めるうち、裳裾の雲波の蜿々たるが儘に、その眼差を遥か奥深く移さざるを得ないような居場所に作られたので、いかな英雄豪傑と雖も進んで兜を脱ぐような陥穽に、孱弱な小姓が陥るのも、また無理からぬところと見えた。ブランシュはおのが身体の置き場を吟味して、向いたり向き直ったり、かがんだりのぞきあげたりして、罠に手もなくルネがころりと引掛りそうな穿鑿を工夫いたしてから、衛士部屋にいる筈のルネをやさしく呼ばわれた。小姓はすぐとはせつけて参り、扉の錦の帷《とばり》のあいだから、鳶色の頭をのぞかして何御用と訊ね申した。恭しげに赤いフランテンの小頭巾を手にしておったが、笑窪のある爽やかなその頬の赤さに較べれば、さすがの緋頭巾も色褪せて見えたほどでごあった。近う参れと奥方には低く申されたが、小姓にすっかり悩殺されておっただけに、奥方の声もはやもう喘んでおった。
まったくのところルネの眼ほど輝いている宝玉もなければ、彼の肌膚ほど白い犢革もなく、その姿ほど優雅な容儀の女人もおりない。そればかりか、欲望を真近にしただけに、ひとしおブランシュにはルネがお誂向きに思われ、愛の楽しいあじまやかさは、溌剌たる若さ、赫々たる真昼日、あたりの沈黙、その他何もかもから、より一段と輝きを増したることは、容易に御推もじに相成られよう。
経机の上に開いてあった一巻を押しやり、奥方は小姓に申された。
『聖母マリア様の連祷を誦んでたもれ。師の君の訓えをよく学ばれたかどうか、判じて進ぜようほどに。』
瑠璃黄金を鏤めた極彩の祈祷書をルネが手にいたした時、奥方はさらに笑いながら訊ねられた。
『マリア様をお綺麗とは思わぬかや?』
『なれど絵姿にすぎませぬ。』そうおずおずと答えて、奥方の雅びな姿をちらり振り仰いだ。
『さあ、読んでたもれ。』
そこでルネはかの妙なる神秘の連祷を熱心に誦し出したが、ブランシュの「おら・ぷろ・のびす」(我等の為に祈れ)と和せられる声音は、山野の角笛の音のように次第次第に幽けくなって行って、やがて小姓が「あわれ神秘の薔薇の花」のくだりを、一際高く誦しだした頃には、奥方は耳にはしかと聞きながら、応えはただ微かな吐息を以てせられるばかりでごあった。そこでルネは奥方が睡ったものと心得て、心ゆくままにしげしげとその姿をむさぼり眺めて、愛の祈祷の他は絶えて唱えようともいたさなかった。思わぬ果報から彼の心の臓は咽喉元までも飛び跳った。一対の可愛い素女点と童心とが、かく燃えくらべを始めたのも無理からぬところで、その様を見んか、二つ一緒にでもしたら大ごとになると用心もされよう。
ルネは美しい愛の実をたんまりとちろちろ目で楽しみながら、心の内では数々の享楽法を思い描き、口に涎するうち、無我恍惚の境に入って、思わず祈祷書を取落し、陣痛の場面に行きあわした坊主のようにどぎまぎいたしたが、奥方はびっくりともなさらず、ぐっすり寝込んでいることを、それで確かめ得た結果と相成った。おぞい奥方には祈祷書よりほかのものが落ちるのを心構えしていた折りからとて、よしんばもっと大きな危難に瀕しようとも、眼をあける気遣いはおりなかった。子を孕みたいという欲望より邪悪なものはないことが、ここからしてもお解りになれよう。波斯《ペルシヤ》青の可愛い半長靴を、ちんまり穿いた奥方の足を、ルネは今度はまじまじと眺め出した。ブランシュは、奉行の腰高椅子に身を高く構えていたので、足は脚台の上に珍妙な具合に派手に載せられてあった。ほっそりして、やんわりと反り、指二つほどの幅、尾まで含めた籬雀ぐらいの長さで、先端が小さくなっておったが、まことにそれは甘美で無垢で、泥棒が絞首縄に値するように接吻に値し、妖精のようにじゃれずきの足で、首天使も下界へ落ちそうな艶っぽい足、前知らせ沢山の足、滅法に気を唆る足だったが、神の栄あるわざを下界に於ても不朽に伝えるべく、すっかりこれと同じい二つの新規な足をつくりたい欲望を、人に起させるに充分な足恰好であった。口説《くどき》上手のこの足から、靴を脱がせたいような欲望にかられ、それをしようと、青春の炎を悉く点じた焔々たる眼を、この歓喜の足から奥方の睡顔まで、鐘の舌のように、すばやくあちこちルネは眼移しをして、その寝息を窺い、彼女の呼吸を同じく呑んだが、さてこっそり接吻をいたすのに、奥方のあざやかな紅唇にしようか、それとも物言う足にしようか、どちらが 妙適かとはたと迷った様子であった。結局、遂に尊敬の念、或いは不安の怖れから、いや、きっと愛の激情のあまりからであろう、足の方を選んで、敢然たる度胸のない乙女っ子のように、あわただしくブランシュの足に接吻いたした。そしてすぐまた本を取り上げ、頬の紅潮がなおと赧むのを覚えつつ、今しがたの楽しい思いにわくわくしながら、盲人のように、《ジャヌワ・ケリ、天国の門》と彼は叫んだ。ブランシュは小姓が足から膝へ、そこからさらに天国へと到るものと心頼みしておったので、ついぞ目をば覚まさなかった。だから他にこれという悪戯《わるさ》もなしに連祷が済んだのを見て、ひどく彼女が残念がったのもまた尤もであろう。しかしルネは初日にしては果報まけするくらいの大収穫と考え、慈善箱をくすねたこそ泥より、この大胆な接吻で、遥かに富み且つ豊かになったような気で、得々として部屋をば出て行った。
小姓に朝祷のマニフィカを誦させたなら、もっと長くかかって細工もたっぷり出来ようかと、ひとりになってブランシュは思案した。そこでその翌日は、足をもそっと持ち上げて、風にもあたらせぬくせに何時も爽かな――トゥレーヌでは「あなかしこ《パ ル フ エ イ》」とこれをば云っているが、――例の美しい鼻を拝ませようと工夫めされた。皆様お察しにたがわず、ルネの方でも欲望に燃え立ち、前日の想像であつあつになって、風流密祷書の誦経の時間が来るのをもどかしげに待っておったので、呼ばれるや否や連祷の策謀は再開され、案の定また奥方は熟睡にと陥られた。今度はルネは美しい脚部を軽く手で触り、膝がすべっこいか、其他のところが繻子かどうかを、たしかめるなど思い切って敢行いたしてみたが、見まじきものを見てひどく怖気づき、欲望を制して、簡単な礼拝と粗略な愛撫の他は、敢えて何も冒そうとはいたさなかった。ただ見事なこの外面にそっと接吻をして、彼は堅く鯱張ってしもうた。魂の感覚と肉体の叡智でそれと感じたブランシュは動くまいと必死に努めながらも、遂には堪え切れずに、《嗟乎、ルネ、眠っているからもっと大丈夫よ。》と思わず叫んでしまわれた。
その言葉を由々しい非難の声ととってびっくりしたルネは本も仕業も何もかも打棄てて、逃げ出してしまったので、奥方は連祷に次のお祈り文句を附加いたしたほどだった。《ああ、マリア様、子供つくりは何てむずかしいことなのでしょう!》
食事の時、殿や奥方に給仕しながら、ルネは背中に汗びっしょりであったが、古今東西の女人が、嘗て投げたこともないようなひどく色っぽい娼婦的流眄を、奥方から送られて喫驚いたした。その秋波の妙やかさ、たけだけしさは、一躍してこの童を驍勇の士に変じさせたほどで、その結果、早速にその晩奉行が、いつもより遅く公事の席に残っているのを見計い、奥方の在処をたずね、ちょうど睡っておられるのを幸いに、巫山の夢を結ばせて進ぜた。さしも煩悩の炎でいたく 悩ましおったものを、奥方から見事とりのけて進ぜ、たっぷりと子種を授け申したが、その盛り沢山さは余分に二人分もの子種が優にあったくらいで、ために当世奥方もついには堪え切れずに、小姓の首にすがりつき、ぐっと引寄せて《ああ、ルネ、お蔭で目がさめたわよ。》と叫ばれるにいたった。
まったくどんな睡りでも、これには逆らえっこがあるまい。例のリドワール聖女はおそらく握りこぶしで眠っておったに違いないと、二人の見解全く相一致したくらいであった。この立合の結果、何の神秘も別になく、世の亭主のお手伝い根性というお目出度い性分と相俟って、寝取られ男にふさわしい雅致ある羽毛が、知らぬは亭主ばかりなりで、それとはつゆ知らぬお人好しのブリュアンのあたまに、飾られることとなったのである。
この美の祭典以来、ブランシュは大欣びでフランス式昼寝に耽られたが、その間ブリュアン殿はサラセン式昼寝を遊ばされておった。奥方はこの愛の昼寝によって、一人の小姓の溌剌たる青春が、数人の老奉行のいじくりに較べて、いかに味がよいかを御体験なされたので、夜になっても、シーツの片隅に身を避けて、むさくおぞましい良人から、なるべく身を離れようと算段するのであった。かくて昼間の空寝入や誦経に精を出したお蔭で、ブランシュはその愛くるしい胎内に、年来の宿願であった子種が花咲いてゆくのを感ずるようになったが、しかもその頃は、作られたものより、作りかたの方を、はるかに彼女は好むようにあいなっておった。
ルネの方でもまた祈祷書のみでなく、奥方の眼のうちをも読むすべに練達して、ブランシュの所望とあれば、火中に身を投ずるをも辞さぬ心意気と相成った。尠くも百度以上も甘美な連祷を二人はたっぷり心ゆくまま行ううちに、奥方には次第にルネの魂や後生のことが、心懸りとなって参った。ある雨の朝のこと、あたまから足裏まで純真無垢な両わらべのように、二人で鬼ごっこなぞしておった時、何時も掴まる方に廻っていたブランシュがルネに申した。
『のうルネ、妾は寝入っておったゆえ仮初《ヴエニアル》の咎を犯したに過ぎぬが、そちは致命《モルタル》の咎を犯したのじゃぞえ。』
『したが奥方様、これが咎目と仰せられるならば、あまたの世の咎人どもを、神様はいずくへ押し込める御所存で御座りましょうか。』
この言葉にブランシュは吹き出し、ルネの額際に接吻してこう申した。
『おきやれ、性悪《しようわる》め、肝要なは天国へ行ってからのことじゃ。そなたが生々世々わらわと共におろうとならば、天国へ参ってのさきの思案もせずばならぬわ。』
『しかし私にはここが天国に御座りまする。』
『いや、そうではない。そなたは神を畏れぬか。躬の愛するものを、そなたは毛頭気にかけぬとは意地悪者じゃ。妾の愛するもの、すなわち、そなたじゃ。そちは妾が身ごもったを知らぬかや。やがては妾の鼻ほどに、包み隠しのかなわぬことじゃ。その節、和尚は何と申すか。殿はどうお云いやるか。お怒りのあまり、そちを成敗なさるやらも計られぬ。妾の考えはこうじゃ。そなたはマルムウチェの和尚の許に参って、今迄の罪を懺悔し、奉行に対し如何なる手段を執るべきか、相談して参られたがよい。』
『仰せ御尤もながら、われらの快楽の秘密を明したなら、二人の仲は裂かれましょうぞ。』とこざかしくルネは言った。
『所詮、致し方もあるまい。来世のそちの果報が、躬には何よりも大切なのじゃ。』
『奥方にはたって参れとお命じあるか。』
『いかにも。』ただし消え入るような声音であった。
『すれば参りましょう。なれど別れのお祈りを誦したいと存じまするゆえ、いま一度お睡りの程を。』
かくて優しい両人は相共に別れの連祷を誦したが、卯月の恋の散りやすいさだめを、かたみに観念したげに見えた。その翌日、奥方が言附けの趣き畏んで、己れが身より奥方の憂悶を救おうずと、ルネ・ド・ジャランジュはマルムウチェの僧院へと出で立った。
恋の贖罪哀喪に終るのこと
小姓が、甘美なしかし罪障にみちた連祷の段々を告解に及んだ時、マルムウチェの和尚は大喝一番、
『はてさて其方は主人を裏切る不忠叛逆の極道者じゃわい。されば承れ、不届な侍童め、其方が身は未来永劫、地獄の猛火に焼かりょうぞ。夢幻泡影の世のためしも違却し、束の間の快楽のため、浄土と永久におさらばとなったを知らいでか。度し難い奴じゃ、この世にあるうち、汝の業障の贖いを早速にせん限り、あの世で無間奈落の底に久遠に突き落さりょうぞ。』
なにさまトゥレーヌの地で大いなる権力を揮っておった自性清浄の座主であられたので、数々の談義、教誨、訓蒙、法語と、千もの雄渾な弁舌を吐いて、若者の胆を奪ったるさまは、悪魔が乙女を誑かそうとて、六週間にわたって綿々とまくしたてるにも似て、生来純真な熱情家のルネをすっかり承服せしめてしまった。且つは和尚も邪道に入りかけたこの若者を、久遠に清く有徳の士たらしめようと思案して、先ず往きて殿の前に身をひれ伏し、不行跡の段々を白状に及び、万一その懺悔ののち身を助かることを得たなら、時を移さず十字の軍に加わり、すぐと聖地に渡って、指定期間の十五年が間、邪教徒どもと戦って参れと命ぜられた。
『僅か十五年で、かほどの快楽の帳消しが能うとは摩訶不思議、たとえ千年の償いでも及び難いあの結構さを和尚様には御存じないのか。』とルネは息せき切って申した。
『神様はしかく寛仁であらせられるのじゃ。さあ、心して行いて、ふたたび咎を犯すまいぞ。儂の条件にかなわば、其方の罪障は消滅したも同じじゃ。』
可哀想にルネはすっかり悔悟の泪にくれて、ロシュ・コルボンのお城に戻り、先ずは奉行にお目通りを願った。庭先で、大理石の巨きな腰掛にいて、奉行は具足、兜、手甲などの物具《もののぐ》研ぎを指図あそばし、日にきらきら輝く美しいこれら武具を見て、過ぎにし昔、エルサレムでの数々の遊興逸楽、手玉にとった女子衆などの想い出に、陶然たる面持であった。折りしもあれルネが矢庭に目前に平伏いたしたので、奉行は喫驚して如何なる次第かと訊ねられた。
『殿、先ずお人払いを。』とルネは申した。
近侍の者が退出いたしてから、ルネは奥方のお休み中を劫略に及び、昔語りの聖女のように、まさしく身籠らせるに到った次第を述べ、懺悔聴聞僧の下知によって、かくは殿の成敗の庭に罷り出た旨を懺悔まおした。そして悉皆の禍の因たる涼やかな眼を伏せて、何の怖じる気色もなく、畏まってひれ伏し、両手をつき素首さしのべ、一切を神に任せて、殿の成敗をば待った。奉行はこれ以上蒼白くなれぬくらい蒼白となり、川水に晒し立ての白布さながらに白く見えたが、怒りに舌の根も引き攣ってしまわれた。はや脈管に人っ子を生《な》す精力もない老翁ながらも、人っ子を殺すには余りある暴力を、かっとなった一瞬にあらわされ、毛深な右手に重い鉄棍をむずと引掴んで、九柱戯の円盤さながら宙にかるがると振り廻して、ルネの蒼ざめた額めがけて発止と振り下そうとせられた。主人に対する軽からぬ己が罪科を悟り、今生来世かけての恋の罪障も、これにてはや悉皆消滅と観念の首をさし伸べていたルネは、平然と身動きもいたさなかった。
その美しい若さ、かぐわしい罪独得の色香に、さしも頑なな奉行の心根にも、慈悲の影がさしたのであろうか、遠くにいた犬に、えいとばかり鉄棍を投げつけてぐしゃりと潰し、奉行はかく罵られた。
『ああ、ここな不届者め。貴様の不義の椅子の木材となった樫を、植えくさった奴の阿母の腰骨なんぞ、未来永劫、千万の爪で引掻かれるがよい。汝を生みつけた両親の身も同断じゃ。行って悪魔の古巣へうせおろう。躬が面前、躬が居城、躬が所領から一刻も早く立退いてしまえ。さもなくば貴様を遅火《とろび》の刑にかけて、一時《いつとき》に二十度も貴様の色女を呪い出すような仕儀にしてくりょうぞ。』
呪いの言葉だけは若返りを見せた老奉行の、散々の罵倒文句のドレミファを聞いて、小姓は何もかも打棄てて賢くも姿を消すにいたったが、腹に据えかねた奉行は瞋恚のあまり、じたばた足で庭うちをかけめぐり、通りすがりの一切に罵り文句を浴びせ、撲つやら蹴るやら、はては下僕が手から、犬の餌を盛った大碗を三つまで叩き落す始末で、とんと我を忘れて見えたさまは、小間物屋が櫛を売ったからとて殺しかねぬほどのありやこりやの物狂いぶりでござった。と、ルネと再会出来ぬこともつゆ知らず、その帰りを待ち侘びて、マルムウチェへ通ずる道の方を眺めておった非処女のブランシュの姿を、庭前の一角に奉行は認めて、
『嗟乎。奥よ。悪魔の赤い三尖叉《みつまた》にかけて申すが、小姓が這入りこんでも目のさめぬほど大きな穴竅を、御身が持合せおったと信ずるほど、儂は阿呆で頓間じゃと、そなたは心得おったのか。ああら口惜しや、残念無念。』
『殿、わらわもくしくは覚えたなれど、殿の御伝授も御座らなんだゆえ、夢じゃとばかり心得申したのじゃ。』と一件が暴露に及んだことを奥方には観念めされて申された。
そう申して莞爾とほほえんだ気色は、神の大いなる震怒さえ解けんばかりの風情で、されば奉行の赫怒も日にあたった泡雪と融けて、
『鬼っ子は鬼に浚わりょうぞ。されば誓言しょう。』
『ああいや、その誓言はなりませぬ。よしんば殿の赤子でのうても、躬のものなことは実正じゃ。いつぞやの夜、わらわから出でたるものは、何にてもあれ、愛する旨を、お誓い遊ばしたでは御座りませぬか。』
そう云って尤もらしい道理づけや、甘い言葉や、愚痴不平や、喧嘩仕掛や、泣き落しなど、女人十八番《おはこ》の弁舌手だれ智慧才覚を弄して、ブランシュはその場を糊塗せられたのであった。言ってみれば、これで領地は国王の手に戻らなくて済むだの、これほど罪穢れもなく女体の鋳型に投ぜられた子供はないだの、ああだの、こうだのと、あまたの言辞を用いてまくし立てられたので、人柄のよい寝取られ翁も、やや心鎮まったその折を見計らって、ぬかりなく奥方には訊ねられた。
『してかの小姓は何処にじゃ。』『されば悪魔の許へ参りおったわ。』『なんと、成敗めされたか。』
そう云って奥方は真蒼となってよろめいた。
老いの日の果報のすべてが、かく頽れふらめくのを目にして、奉行には事の次第もなにも解らなくなってしまわれた。おのが身の後生を投げうってでも、奥方にルネを会わせたく存じ、即刻連れ戻すよう殿は下知なされた。しかしルネは身の成敗を怖れて、国遠へ急遽退散つかまつり、和尚への誓約通りに蛮夷の地へ渡海いたしたあとでござった。
ルネに課せられた贖罪の委細を、和尚から聞き知ったブランシュは、深い憂愁に陥って、《わらわへの恋のため、危難のもなかに身を投ぜられたあの薄倖のお方は、今ごろどこに御座るやら。》と呟かれることも時折だったとか。
欲しいものが充てがわれるまで、母親にねだり通して止まぬ子供と同じく、ブランシュは絶えずルネのことを尋ねせがんだ。今は前非を悔いた奉行も、かかる怨みつらみを慰め、若妻を仕合せにいたそうと、ただ一つのことは除いて、百方手をつくしてブランシュを慰撫いたしたが、しかしルネのあの甘美な心づくしに代り得るものは、何一つとしてなかったのでごある。
そのうち、望みに望んだ子供を産む日が、ブランシュについにやって参った。結構人の寝取られ亭主にとっては、あまりお目出度くもおりなかった。というのは美しい愛の果実たる赤ん坊の顔に、父親生写しのさまが、ありありと偲ばれたからである。ブランシュもいたく心慰みを覚え、あの晴れやかな快活さと、花咲く乙女ごころを、僅かながらもまた取戻すことが出来、ひいては奉行の晩年もあかるいものとなった。老翁も赤子の這い廻りを見たり、おのれや妻に赤子が声をあわせて笑うさまに接したりするうち、目に入れても痛くないほどになってしまって、遂にはおのれを父御と信じ込めぬような不所存者に対しては、烈しく腹立するまでにあいなった。
それに奥方と小姓の不義の醜聞は、お城から外には洩れなかったので、ブリュアン殿にはさてはまだ子を生《な》す力が御座ったと、トゥレーヌ国じゅう取沙汰せられた。もちろんブランシュの操守に対し後指一本さすものもなく、それに女人生得の分別と、婦教の精華とに依って、後嗣の出世にまつわる仮初の咎を秘し隠す必要を、奥方には認識してもおられた。それで飽くまで貞淑をよそおい、謹直に身を持したので、あっぱれ貞女として国じゅうに謳われた。
かかる所行を続けるうち、良人の善良さが彼女の心にもしみじみと通じたので、心中ルネに捧げたあたり、頤より下の部分のほかは、老翁が献ずる老いらくの花のお返しとして奉行に授けとらせ、寝取られ亭主をやさしくあやなす御内儀の流儀を用いて、奉行をさまざまに賺し慰め楽しませたので、すっかり好い気持になられた奉行は、死ぬのがとんと嫌になり、安楽椅子にのうのうとおさまり、長生きすればするほど、人生に愛着しだしたが、とうとうある夕方のこと、《はあ、やれ、奥よ。儂にはもうそなたの顔が見えぬわ。はてさて夜になったのか知らん》と云った儘、何処へ行くのかも知らずに大往生を遂げられたが、まこと実体《じつてい》な正義の士にふさわしい死にざまと申すべく、これというのも、聖地での数々の偉勲の仏果でがな御座ろう。
ブランシュは、父を喪った子供のように烈しく愁嘆して、盛大な葬儀を執行し、心から悼喪に服した。それからの奥方は鬱々と日を送って、再婚の楽の音にも耳をかそうとはせられなかったので、心の良人があり、待望の未来が彼女にあることを、つゆ知らぬお歴々方の称讃をなおのこと博した。しかし実際はその時間の大部分、彼女は現行上の、また精神上の寡婦でもあった。というのは十字軍に加わったルネからは何一つ音沙汰もなく、遂に死んだものと彼女は思い諦め、夜の夢に遠国で手負いの彼が、断末魔のさまをみて、涙もしとどの眼覚めをすることが度々あったからである。こうしてブランシュは幸福の僅か一日の思い出に生きて、十四年の歳月を閲した。
或日のこと、トゥレーヌの奥方衆をお城に招いて、食後の閑談に耽っている折しも、子が父にこれ以上似られぬくらいに似つくし、ブリュアン殿に似たは姓名ばかりという十三歳半の若殿が、母親にも劣らない愛くるしい一本気な調子で、汗ぐっしょりと息を喘ませ、子供の例にまげず、道すがらのものを引っ繰り返しつつ、上気した顔で馳せ戻り、母御の膝に飛びついて、折節の談話を遮って申すには《のうのう母上、聴かせられい。中庭で出会った巡礼から、いたく抱きつかれて御座る。》
それを聞くや、若殿の大事な年頃のお守役をつとめる近侍の方に、ブランシュは向き直り、
『こはいかなこと。たとえ世に無双の聖者じゃとて、見知らぬ者の手に吾子を渡すまじい由、しかと申しつけてある筈、即刻そちには暇をとらす……』
と柳眉を逆立てられたので、畏れ平伏した守役の老人は、
『したが彼の者は満面滂沱として、若殿にきつく接吻いたしたのみで御座れば、なかなか害心はおじゃるまい。』
『なに、泣いておじゃったと。さればこの子の父御じゃわい。』
そう云いざま奥方は坐っていた椅子の上に、がっくり頭を投じてしまわれた。その椅子こそくしくも仮初の咎をむかし犯したかの腰高椅子ではあった。
ブランシュの謎めいた一言に、並いる奥方衆はいたく不審がられたので、初めがほどは奥方の息の絶えたのに、気づくものとておりなかった。奥方の急逝が、始めの誓いを堅く守って、二度と会おうともせずに、ルネが立去って行ったための痛恨のあまりの死か、それともルネが戻ったので、マルムウチェの和尚に禁断された二人の恋も、許されるという期待の念からの喜び死にか、誰ひとりとして知るものもなかった。此処に哀喪深く漂ったと申すは、奥方の野辺送りのさまを見たルネが気を落して、やがて、マルムウチェで剃髪せられたことである。この寺は当時の名をマイムウチェ、つまりマイウス・モナステリウム(最大の僧院)という意味じゃが、その名の通りフランスでも最も壮麗な僧院でござった。
王の愛妾
今は昔、巴里両替橋の鍛冶場に居住するさる宝石師の娘に、飛切りの別嬪がおって、そのあでやかさは巴里じゅうにも鳴り響いておった。さるに依り恋の仕組のいつもごとを以て、言い寄る殿方も数知れず、妻に娶るべく莫大な金品を醵出しようとまでする篤志家も現われ、父御はすっかり有卦に入って恵比須顔でおられたとか。
その隣人の一人に最高法院の弁護士がおったが、世間様にお喋りを売ったお蔭で、犬に蚤めがいるように沢山と地所を買い込み、たまたま見染めた隣りの娘に、結婚事をおっぱめようとして、件の父親に立派な家屋を進呈して、うんと言わせようと計られた。ひげむじゃらのこの三百代言が猿面をしていようが、下顎に歯が僅かしかなく、それもみなぐらぐらしていようが、一向に父親はお構いなく、また育ちが育ちで、――いったい裁判所で、羊皮紙や判例集や真黒な訴訟書類などの、堆肥くずの残骸の蔭に起居する司法畑の連中は、みんな嫌な臭いを身に沁みこませているものだが、――そうしたむさい悪臭を婿どんが放とうが、些かも嗅いでみることもせず、二つ返事で娘をやることを合点してしまわれた。小町娘は未来の婿どんを見るや否や、《まあ神様、お助けを。あたし真平御免だわ。》と、真向から反対めされた。しかし家屋敷がすっかりお気に召していた父親は、《それは儂の知ったことか。結構人の良人を其方に選んでとらせたのだ。あとはお前から気に入られるようにするのが、あいつの才覚というものじゃ。お前はただ跋を合わせればいいのだ。》
『そんなものでしょうか。いいわ、お父さんの言附に従う前に、あの人にうんと将来を思い知らせてやるから。』
その晩、夕食後に弁護士が、彼女に燃えるような彼の訴訟事実を申し立てて、いかにぞっこんあつあつであるかを陳述いたし、生涯彼女に大御馳走を予約し出した時、彼女はあっさりとこう言った。
『父はあなたに妾の身体を売りました。それを貴方が受けるなら妾は不仕鱈女になってお目にかけます。妾はあなたに身を許すくらいなら、行きすがりの人にこの身を任せた方がいいですわ。終世渝らぬまことを誓うのとは反対に、渝らぬまおとこ沙汰を、あたしはあなたに誓います。あなたかあたしか、どっちかの死ぬまでずっと。』
そう云ってまだおっぺされたことのない娘っ子がみんなするように、彼女もまた泣きじゃくり出した。知った後では、阿魔っ子は決して眼では泣かぬものである。人の好い弁護士は彼女のこの変手古な仕打を、からかいかおびき寄せの手と考えた。そういえば娘っ子は相手の情炎をさらに煽って、その愛溺に乗じ、寡婦財産設定や未亡人先取権獲得や、其他くさぐさの妻の権利を、泰山の安きにおこうとして、斯様な手立てをお用いめさることが屡々である。で、弁護士も老獪なだけに、ちっともそれらを真に受けず、愁歎の美女を嗤ってこう訊ねただけだった。
『祝言はいつにしよう?』
『明日でも結構よ。早ければ早いほど、好き勝手に色男がもて、選び放題に色恋のできる快楽生活を送れるわけですもの。』
童児の鳥黐にかかった河原ひわのように、恋の虜となったこの恋やみの弁護士は、早速に家に戻って嫁取り支度に取掛り、思いをただ彼女の方にばかり馳し、裁判所であたふたと婚姻手続を済ませ、司教代理判事の許で結婚の特免状を購い、彼の引受けたこれまでの訴訟事のなかで、ついぞ示したこともないようなあっぱれ迅速さで、手早く事を運んだのであった。
ちょうどこの時分、御遠征さきから戻られた国王には、宮廷じゅうが例の小町娘の噂で、持切りなのを御覧になられた。誰それどのの提供した一千エキュの金を、彼女が蹴ったとか、何がしどのに肱鉄をくらわせたとか、はては誰にも靡こうとせぬ操正しいこの堅気娘と、たった一日でも楽しい思いが出来たら、後生の一部を割いても惜しゅうないという意気込みの貴公子がたを、みんな彼女は袖にしたなどという評判を、王にはお耳にせられ、こうした獲物がりにはかねて目のない御尊貴方のこととて、早速に町へお忍びであらせられ、鍛冶屋敷に赴いて宝石師の許にお立寄りになって、その心の想い人の為に若干の宝石を購い、且つはその店の一番貴重な宝石を、お取引あそばそうとなされた。が、王にはなみの宝石がお気に召さなかった。或は言うならば、なみの宝石が王の御趣味には合わなんだ。それで店の主人が、隠し金庫の中を掻き探し、巨きな白ダイヤをお目にかけようとして、金庫に鼻を突込んでいる隙に、王様には小町娘にこう申された。
『そなたは宝石を売る柄ではなくて、受ける方がいっそ適していよう。この店の指環《はめもの》のうち、儂にその一つを選べとなら、余人も惚れ、この儂にも気に叶う一品を、もう疾うに選出ずみじゃ。儂は永久にその臣下か下僕となろう。フランス王国を捧げても、そのあたいを払い切ることはかなわぬと見たぞ。』
『陛下、明日妾は祝言事をいたさねばなりません。けれどもし妾に、陛下のお腰にしておいでの短剣を、一振り頂戴出来ますならば、誓ってわらわの花を守護し、「シーザーのものはシーザーへ」の福音書の訓え通り、その花を陛下の為に、取って置くといたしましょう。』
即座に王は短剣を御下賜あそばされた。彼女の雄々しい言葉から、王は御食慾を爾今うしなわれるまで御恋慕遊ばされ、イロンデル街の御別邸に、この新規な愛妾を囲おうと思召されながら、立去られたのであった。
さて弁護士は結婚でおのれを縛ろうと急ぎ、鐘の音と音楽の流れるなかを花嫁を祭壇に導き、お客を下痢させるほどの盛大な酒盛を開いたが、恋敵たちの無念の思いは、そも如何ばかりであったろう。その晩、舞踏もおひらきになってから美しい花嫁御のやすんでいる筈の翠帳紅閨に婿殿は赴いた。したが相手はもう麗しい花嫁どころの騒ぎでなく、いえば訴訟ずきの小悪魔、いかりたった妖魔であった。花嫁は安楽椅子に陣取ったきりで、婿どんの床に入ろうともせず、炉の前でその忿怒や前のものを焙っているばかり。喫驚いたした花婿は、花嫁御寮の前で膝を七重に折って、初太刀とっての心楽しい打物わざに、彼女を招聘いたしたが、フンともこれに彼女は答えなかった。ひどく彼に高いものについた彼処を、ちょっと眺めるためペチコートをまくろうと して、骨も挫けよとばかりピシャリとなぐられた。しかも花嫁は頑強に口を噤んだきりだった。このお茶番はしかしかえって弁護士のお気に召した。そこで、みなさん御存じのあのことを以て、この場のけりをつけたいと思った彼は、本気でこのお茶番に乗り出し、根性わるの嫁が君から、さかんな反撃を蒙ったが、組みついたり押しつけたり、ひっ繰り返したり、くんずほぐれつのその結果は、彼女の袖を片っ方ちぎり、スカートを綻ばせたりしてのち、すべらした彼の手は、あわや愛くるしい狙いの的に達しかけた折、あまりといえば不軌蔑しろなこの異図に、柳眉を逆立てた彼女はすっくとその場に立上って、王の短剣をやおら引抜き、
『あたしから何が欲しいんです!』と叫んだ。
『何もかも欲しいんだ。』
『不承不承にからだを提供《おつとめ》するのは、売女同然の仕打です。妾の素女点が武装されてないと思ったら、大間違いですよ。さあ、これは王様から賜わった短剣です。妾に近づくようなことをなされば、これで殺してしまいますよ。』
そう言って彼女は、弁護士の方に眼を配りながら、消炭を取上げ、床の上に線を引いてこう附け加えた。
『これから内側は王様の御領分ですから入らないで下さい。もし越境などしたら、お命は頂戴してよ。』
打物を執ってといっても、短剣でなんぞ色恋をする積りはなかったので、花婿はすっかりしょげてしまわれた。しかしむごい彼女の宣告を聞いている間、仰山の金を費して敗訴となった弁護士の彼は、彼女のスカートの破れ目から白いむっちりしたあでやかな太腿のけなるい一部や、ローブの綻びを塞いでいる輝かしい主婦むきの裏地や、其他の隠しどころをまじまじと眺めて、ちょっとでもそれが味わえたら、死んでもよいとまで思い込み、《死のうがどうしようが!》と叫んで猛然と王領のなかに殺到いたした。
その勢いの凄じさといったら、どすんと彼女も寝床の上に押し倒されたくらいだったが、しかし気を鎮めて花嫁は、健気にもこれに応戦し、手足をばたつかせて逆らったので、突貫花婿にせいぜい出来たことは、金色の毛皮に手を触れ得たことだけだった。それも背中の脂肉を、短剣でいささか切り取られた奮戦の賜物とはいえ、それくらいの手傷で、王の持物のなかへ突入できたとすれば、彼にとってそう大して高いものでもなかった。この僅かな勝利に酔った彼は、《この綺麗なからだ、この愛の驚異を、おのが物にせねば生きる甲斐がない。どうか俺を殺してくれ!》と叫んで、またもや王の禁猟地へ肉弾攻撃にと移った。王様のことがあたまにある花嫁は、こうした花婿の偉大なる恋情にも、べつに感動もせずに重々しげに云った。
『そんなにしつこく妾を追い廻すのでしたら、あなたを殺すかわりに、あたしは自分を殺します。』
そう言った眼差のたけだけしさに、弁護士はあっけらかんとして、べったりそこに腰をおとし、今宵の不首尾を打歎いてその夜を送った。世間の相愛の男女にとっては、楽しくもめでたい初夜を、彼は悲嘆と哀願と号叫と約束――何でも浪費してよい、黄金の茶碗で食べさす、領地や城館を購って、町娘から一廉の立派な上臈にする、八方いたらぬなき親切を尽す云々――のお世辞文 句の裡にその一夜をあかし、仕舞にはもし妻が、愛の誉れの出会の槍を、良人に一回だけ折ることを許すならば、すっぱりと妻から離れて、その望む通りに、この生命を棄てても苦しゅうはないとまで申した。
しかし相変らず頑なな彼女は、朝方になって死ぬことなら許すと云い、彼女が与え得る果報は、ただそのことのみと申した。
『妾が先日申したことは、金輪際本当です。ただあの折の約束とは違って、王様にこの身を任せるつもりですわ。ですから先に威したように、行きずり人や人足や車挽きなどには、許しませんから有難く思って頂戴。』
暁方になるや、彼女はスカートをつけ、婚礼衣裳をまた着て、望まざる花婿が依頼人の許に、しょうこと無しの用事で出掛けるのを、根気よく待った。そして弁護士が外出するや、大急ぎで彼女は王様を探しに町へ出た。が、弩《おおゆみ》の射程ほども行かぬうち、館のまわりを王の言附で見張っていた侍従に呼びとめられた。まだ貞操に南京錠をかけていた花嫁に、侍従はいきなりこう云った。
『そこ許は国王を探しておられるのではありませんか?』
『そうですわ。』
『じゃ安心して私に何でも打明けて下さい。これからは互に助け合い、庇い合おうじゃありませんか。』とこの機敏な廷臣は肝煎り顔で、王の人となりや、王の心の掴み方や、今日は熱中し明日は冷却するそのむら気なことや、なにやかやを語り聞かせてくれた。金もふんだんに貰え、待遇も此上なしだが、ただ王を尻の下に敷くことを忘れぬようにとも、彼女に忠告してくれた。道々そんなためになる訓えをさかんにしてくれたので、イロンデル街のお屋敷に――ここは後にデタンプ夫人のお館になった――着いた時は、彼女はもうすっかり一廉の淫奔女《それしや》に、教育されてしまっていた。
花嫁の姿が家に見えぬもので、可哀想な良人は、犬に吠え立てられた鹿のように泣き悲しんで、それからというもの、めっきり陰鬱な男になってしまわれた。コンポステル寺で本尊のサン・ジャックさまが讃仰される数ほども、彼は同僚から嘲りや恥じしめを受け、あれこれ悲観してすっかり憔悴し乾からびてしまったので、却って仲間うちの同情を惹くくらいになった。これら髯むじゃらの状師どもは、三百代言的根性から詭弁を弄して、こう判定いたした。すなわち弁護士どのは御内儀から、騎馬槍試合を拒まれておったゆえ、決してまだ寝取られ亭主とは申されぬ。また間男が国王以外の仁であったら、結婚解消に就いて訴訟を提起出来るに残念な次第だなどと抜かした。けれど弁護士は死ぬほど彼女にぞっこん惚れ込んでいたので、何時かは彼女を自分のものにしようというあてなし頼みから、王様に預けっぱなしにしておき、あとで一晩でも一緒に巫山の夢を結べたら、終生の長っ恥も物の数ではないとまで考えめされていた。なんと深くも愛したものでは御座らぬか。それなのに、かかる偉大なる恋愛を、嘲弄めさる殿方衆が世に多いとは、嗟乎! かくて彼は相変らず彼女のことしか念頭になく、おのが訴訟や依頼人やちょろまかしごとや何やかやを、すっかり等閑に附してしまっていた。落し物を探し歩く吝嗇漢のような恰好で、彼は裁判所に出入し、うなだれ、放心し、気遣わしげで、遂にはある日なんど、弁護士連中がよく用を足す壁に向って、小便をしている積りで、評定官の法服に小便を引掛けてしまったことさえあった。
その間、彼の御内室は朝に晩に国王の御寵愛をかたじけなくし、また王様にも彼女に飽満あらせられたためしがおりなかった。それほど彼女は恋の道にかけて、縦横にあじな特技を発揮し、恋の火を燃やすのも消すのも巧みな、豪の手だれとなっておったのである。今日は王様を邪慳にあしらうかと思えば、明日は猫っ可愛がりに可愛がるという風で、変幻自在に手立てを尽し、深閨の座が賑やかで、粋で艶っぽく、陽気でさかしく、達者で、色の諸わけを皆式わきまえ、他の女子衆には到底出来ぬような、いびり方やじゃらつき方まで心得ておられた。
ブリドレ殿と申す仁は、トゥレーヌにあるブリドレの領地を彼女に捧げたが、恋の情を掛けて貰えぬ恨みから、自裁して果てられた。艶なる槍一突きのために、かく領地をも捧げて惜しまぬといったトゥレーヌの昔の伊達衆は、もう向後はござりゃまおすまい。さればこの殿の死は彼女をいたく悲しませた。それに懺悔聴聞僧も、この落命を彼女の咎目に帰したので、身は王の愛妾にありながらも、爾今はおのが魂を救済のため、領地もどんどん受領して、こっそり快楽を八方に頒とうと、内心誓った次第である。かくてこの時以来、町の尊信を彼女にあつめさせたあの大身代を、築き始めることと相成り、それと共に多くの縉紳を破滅から救ったが、なにせよその琵琶の調子を合わせることが巧く、またぬけぬけしい嘘が上手でもあったので、王様には臣下の者に福祉を授けるのに、彼女の力が大いに与っておったとは、ちっとも御存じにならなかった。いたくそのお気に召した彼女は、天井板を床板と、王に信じ込ませることもいと容易に出来たと申すのは、イロンデル街の下屋敷におられる時間の大部分を、王様にはもっぱら横臥の姿勢をお執りになっていたため、板のお見分けも覚束なくなってしまわれた故であった。王はたえず嵌物をあそばし、かの美しいしろものを擦り減らせるかどうかとお試みになったが、擦り切れたのは結局御自分で、後に好漢ついに色の病で果て給うたのである。それにまた彼女は心して宮廷でも一番に貫禄のある美貌な公達にしか肌身を許さず、従ってその御眷顧は、奇蹟のように稀れだったに拘らず、岡焼連中や競争相手は、一万エキュ出せば、しがない一介の貴族でも王者の快楽をほしいままに出来ると、蔭口いたしておったが、これはまったく跡方もない赤嘘であることは、いよいよ王と別れるという際、このことで王のお咎めを蒙った折り、彼女は王に傲然とこう答えた言辞に徴しても明らかであろう。
『そんな出鱈目をわが君に申した奴を、あたしは唾棄します、呪います、三万遍も憎みます。あたしとの肉炙りに、三万エキュ以上出さぬようなしみったれなんか、ついぞ相手にしたことはございませんもの。』
すっかり震怒あそばされていたが、王にはこの返事を聞かれて御微笑を禁じ得なかった。そして世間の徒口《あだぐち》を鎮めるため、一ケ月近くもなおお手許にとめおかれた。到頭デタンプ夫人が競争相手の彼女を失脚させ、代って出頭第一の寵姫とも女御ともなられたのであるが、その失脚ぶりがまた羨しい限りと申そうか、お婿さんとして若い殿御をあてがわれ、その殿御もまた彼女に添って至極幸福を味わられた。というのは、あまり事を知らなさすぎて、罪作りとなっているような冷たい女人衆に、転売のできるくらい彼女にはぎょうに恋情と情火が豊かだったからである。
閑話休題《あだしごとはさておき》、ある日のこと、王の愛妾は、飾紐やレースや小沓や襟飾などの恋の軍需品をもとめに、輿に乗って町に出られた。その形艶なことといい、綺羅を飾ったよそおいといい、彼女を見たもの誰もが、天国が眼前にひらけたのを見るような思いをいたした。別して若い坊主どもにはそうだった。ところがトラオワールの十字路の近くで、彼女は良人の弁護士にはたと出逢ってしまった。輿の外にその美しい片足を出し、ぶらぶら揺すっていた彼女は、蝮蛇でも見たように、慌てて顔をひっこめた。婚姻の宗主権を軽蔑して、亭主を辱しめつつ傲然と通り過ぎる御内儀が多いこの世に、なんと殊勝な志ではおりないか。
『どうなさいました?』と尊崇やみがたく彼女に同伴していたド・ランノワ殿には訊ねられた。
『なんでもないの。』と彼女は低い声で答えた。『あそこを通るのは、妾の良人ですが、可哀想に随分変ったこと。むかしは猿に似てましたが、今はジオブそっくり。』
哀れにも弁護士は、大口あけたままそこに立竦んでいた。熱愛の妻とその華車な足を目にして、心の張り裂けるのを覚えたあまりである。
聞いてランノワ殿は、大宮人の嘲弄口調でこう弁護士に言った。
『あの方の良人というのに、お通り《パ ツ セ》を邪魔するって法があるかい?《〈1〉》』
この洒落を聞いて彼女は大笑いをした。が、人の好い良人は、勇ましく荊妻を手にかける代りに、彼のあたまや心臓や肝玉や何やかやを断ち割る、その笑い声を聞くと、そのまま泣き出し、王の愛妾を見ながら、因果骨に活を入れようとしていた傍らの年寄の町人の上に、危く倒れかかった。蕾の時に我が物とした美しい花が、今は匂やかに咲きみちたのを見て、その白いむっちりした肌色、妖女のようなあじまやかな肢体に接し、一段と恋煩いを覚え、言葉では到底につくせぬほど、首ったけになってしまわれた。そうした恋慕地獄を知ろうとならば、べっかんこする情婦に、先ずは狂おしい恋をしての上でなければ、何とも思案に落ち申さずだが、それにしても当時の彼ほどの溺れ方は、たぐい稀れと申さねばなるまい。いのちでも財産でも名誉でも何でも、たった一度、肉と肉であえたら、すっかり犠牲にしてもいいし、その愛の大御馳走には彼の臓腑も腰も、置き去りにして参ろうと、堅く誓ったほどだったからで、その晩は夜もすがら、
『おお、そうだ。必ず彼女をものにしてみせる。神様、私は彼女の亭主ではございませんか。なんたる不愍な身の上でしょう。』など云いながら額を叩き、かつかつ座にいたたまれぬうつけなていたらくであった。
さてこの世の中には偶然というものが幅を利かしておる。それを料簡の狭い連中は、超自然の遭遇だなんどと申し、信じようとはめさらぬが、しかし高遠な想像力をお持ちの仁は、まこととして真をおかれている。何故ならそう易々とは偶然を案出することがかなわぬからだ。で、左様な訳で弁護士が彼の愛の空頼みに望みをかけて、重苦しい徹夜に耽ったちょうどその翌日のこと偶然が彼に訪れたのである。即ち彼の依頼人のひとりで、常々王の御前に伺候していたさる知名の廷臣が、朝方、弁護士の許に参って、一万二千エキュほど即座に用立てる周旋をして貰えぬかと頼みに来た。この髯むじゃらの猫はそれに答えて、そんな大金は造作なく街角にころがっている代物ではござらぬと申し、担保や利子の保証が要るばかりか、腕組して一万二千エキュの金をぽんぽに擁しているほどの人は、この広い巴里にもたんとはいる筈がないから、それを見附けることが先ずは難事だなどと、屁理窟屋の言うような文句を並べた。
『閣下、あなたさまは慳貪《けんどん》きわまる債権者をお持ちのようですな?』
『そうなんだ。なにしろ相手は王の愛妾の一物ときている。が、このことは内緒だ。今夜二万エキュと俺のブリの地所を提供して、その味を試みるという寸法になっているのだから。』
聞いて弁護士は蒼くなった。弁護士の泣きどころに触れたように延臣は思ったが、凱旋したばかりとて、王の愛妾に良人があることなぞ、彼は一向に知らなかった。
『顔色がお悪いようじゃが……』
『ちょっと熱があるんでごあす。で、あなたさまが契約したり金を渡したりのお相手は、しんじつ王様のあれでございますか。』
『そうだよ。』
『誰が取持ちに入るんです? それとも直々のお取引で?』
『いや、そんな細かいとりきめやなんかは、小間使がやっている。これがまた凄い腕達者で芥子よりぴりっとしている女だ。王の目を掠めての夜の周旋ごとで、たんまり甘い汁を吸っているらしい。』
『私の友人の高利貸《ロンバード》なら、或いは御用立ていたすかも知れません。したが血を黄金に変ずるという大錬金術師そこのけの逸物の代価を、小間使がここに来て受取らぬ限り、何とも出来ぬし、また一万二千エキュも鐚銭一文の値打もないというわけですな、フーン。』
『そうなんだ。小間使に処方《アキツト》を書かせれば、占めたものなんだが《〈2〉》。』
と笑いながら延臣は答えた。
小間使を寄越すようにと廷臣に頼んだので、案の定、金を受取りに、弁護士の処へ小間使はやって参った。晩祷に行く尼さんの行列のように、ずらりテーブルの上に、並べられたぴかぴかした金貨の美しさ輝かしさ気高さ頼もしさ若々しさと申したら、けだし無類千万。おそらく折檻最中の驢馬でさえ、にこりといたすに違いあるまい。が、弁護士は何も驢馬に見せつける為に、拡げた訳ではおりなかった。金の山を見た小間使はぺろぺろ唇をなめ、黄金に対して拝み文句を仰山に並べ立てた。折もよしと弁護士は彼女の耳の中に金臭芬々たる次の言葉を吹き込んだ。
『これはお前さんにやるよ。』
『まあ、あたしこんなにお代を頂いたことありませんが……』
『おっと、と、お前の上に載せろというんじゃないよ。』そう云ってちょっと彼女を引寄せて続けた。
『俺の名前をあの殿から聞かなかったかい? なに、知らぬ! そうか。何を隠そうお前がいまつかえているあの王様の堕落させたマダムの本当の良人は、この俺様なんだ。この金をあれに届けたら、またここへ戻って来てくれ。きっとお前の好みにもあうような条件で、お前にやる分の同額の金は、ちゃんと耳を揃えておくから。』
初め不審を起した小間使は、気が鎮まると同時に、弁護士に触れずに一万二千エキュ稼げるというのは、どうした訳かと知りたがって、すぐと間違いなく戻って来た。
『さあ此処に一万二千エキュある。この金で領地も買えれば、男も女も買えるし、尠くも坊主三人ぐらいの良心は買収出来よう。だからこの金でお前の心も身体も上腹も何もかも、こっちのものに出来る寸法だ。で、俺はお前を信頼する。《与える者に与えよ。》の弁護士道の建前からだ。だからすぐこれからあの廷臣の処へ行って、今晩お楽しみの予定のところ、俄かに王様が夜分お成り遊ばされることになったから、今晩だけは他へ行って、その方の埒は明けるようにと、申して来てくれ、すれば俺にあの幸運児や国王の代理が勤められる訳だ。』
『まあ、どうやってですの?』
『俺はお前を買収したんだ。お前もお前の細工も、俺には頤使出来る筈なんだ。俺の女房と楽しめる手筈をつけるのは、お前にすればこの金を見る瞬き二つぐらいの造作もないことだろう。だがそうしたからとて、お前は決して神様に対し、罪を犯したことにはならないんだぜ。司祭の前でちゃんと式を挙げ、手と手を握りあった夫婦を結ばすことは、いったい敬虔な信心わざじゃなかろうか。』
『わかりました。どうぞお出で下さい。夕食後明りを消して、真暗にしておきますから、たんと御堪能あそばせ。但し一言も口を利いてはいけませんよ。幸いあのお方は歓喜の絶頂には、口を利かずに叫ぶばかりですし、物腰でだけ用を弁ずる習いです。根が極めて内気なたちですから、宮廷の上臈衆のように、いやらしいことばをあの最中に弄することを、何よりもお嫌いあそばしているのです。』
『おお、そうか。占め占め。じゃこの金はお前のものだ。もし俺が当然この拙者に属しているあの逸物を、ペテンにかけてでもこっちのものに出来たら、お前にこの倍の金は改めてくれてやろう。』
そこで時刻や入口や合図など、すべての打合せを済ませ、小間使は驢馬に金を積んで、しっかり宰領して戻って行った。寡婦や孤児や其他から、僅かずつ弁護士が搾って貯めた金も、万物が――もともとそこから出て来たわれわれの生命さえも、――溶かされてしまうあの小さな坩堝の中へ、運ばれて行ったわけだった。
さて弁護士は髯を剃ったり、香料を帯びたり、最上のシャツを着たり、息の臭くならぬように、玉葱を食べるのを控えたり、精力のつく物を食べ込んだり、髪に鏝をあてたり、裁判所の下卑助が、伊達な貴公子に身をやつそうとするいろいろな秘術と芸当を尽し、若い瀟洒な紳士を気取り、軽快闊達なところを見せようと、なんとかその醜い御面相を隠すべく心を挫いたが、所詮すべては無駄であった。何処までも三百代言の匂いが、ついて廻ったからである。美しいのと好きなので有名なポルチョンの洗濯小町が、ある日曜日、色男の一人に逢おうとおめかしして御秘蔵を洗い、薬指を御存じのところへ、ちょっと滑らせて嗅いでみて、《あら、いやだ。まだ臭いわ。青い川水で滌いでみよう。》と浅瀬でいきなり鄙育ちの貝母をごしごしやったような才覚は、この弁護士にはとんとなかったのである。べたべたとありとある化粧品を塗りたくったので、彼は世にも醜悪なつらになったが、自分では世界一の色男気取りでいた。
さて手短かに申し上げるといたそう。寒気は麻の輪が首吊りの頸を締めるように肌を引締めたが、彼は軽装して家を出て、大急ぎでイロンデル街にはせつけ、かなりの時間待ちぼけを食い、さては愚弄せられたかと思いついた頃、漸く真夜中になったもので、小間使が門を開けに来てくれた。弁護士は得々として王のお館へすべり込んだ。愛妾が休む寝床の傍らの忍び戸棚へ、小間使は弁護士を大事に閉じこめたが、その隙間から弁護士は、愛妾の美しいあらわなくまぐまを残りなく拝むことが出来た。ちょうど彼女は炉の前でお召換の最中で、何もかも透いて見える戦闘着に着換えつつあったからである。小間使と二人きりと思ってか、衣裳をつけながら、女子衆が申すなるあの埒もない事どもを彼女は口走っていた。
『今夜のあたし、一万エキュぐらいの値打がなくって? それにブリのお城がつくのだけれど頃合のお値段じゃないかしら?』
そう言いながら、稜堡のようにかたい二つの白い前哨を、彼女は軽く手で持ち上げてみせた。それは猛烈に攻撃されてもぐんにゃりいたさなかった代物ゆえ、今後幾多の強襲をも優に凌げるかに見えた。
『あたしの肩だけだって、王国一つぐらいの値打はあるでしょう。王様だってこれに及ぶものは作れませんもの。けれど本当の話、あたしもこの稼業がそろそろいやになったわ。何時も骨折れるばっかりで、快楽なんかちっともありゃしない。』
小間使はにこりとしたので、愛妾はさらに申した。
『お前に代って貰いたいくらい。』
小間使はさらに高く笑ってこう答えた。
『黙って。あの人がいます。』
『あの人って?』
『御亭主さんです。』
『どっちの?』
『本当の。』
『しッ、静かに。』
そこで小間使は一伍一什《いちぶしじゆう》を打明けた。愛妾の御愛顧をつなぎたいのと、一万二千エキュが欲しかったからである。
『じゃ折角だからお金だけのことはしてやりましょう。けれどうんと凍えさせてやるがいいわ。あんな奴になんか触れられたら、肌のこの輝きも消え、妾までとんでもない醜い御面相になってしまう。だから妾の代りにお前が寝床に入って、お前の分の一万二千エキュを稼ぐがいいよ。彼奴には妾に計略がばれるといけないからと云って、明日の朝は早く帰ってお貰い。夜明けのちょっと前、妾は入替りに、彼奴の傍に行くことにするから。』
可哀想に良人は寒さでぶるぶる慄え、歯をガタガタいわせていた。小間使はシーツを探す口実で、忍び戸棚のところへ行って彼に言った。
『もうじき暖かい思いが出来ますよ。マダムは今夜ははり切っておめかしをしていますから、さだめし結構なお相伴にあずかれるでしょう。けれど声を立てずに猛威を揮って下さいね。さもないと妾の身の破滅になりますから。』
到頭お人好しがすっかり凍え上った頃あい、やっと明りが消され紅閨のなかで、小間使はマダムに、殿方がお出でになっていますと囁き、そう云って自分が寝床に就き、マダムは小間使のふりをして出て行ってしまった。冷たい隠れ場から出た弁護士は、暖かいシーツの中に、得たり賢しともぐり込んで、『おお、なんて極楽じゃろう』と呟いた。
その通り小間使は、彼にまったくのところ十万エキュ以上のものを施しめされた。弁護士は王室の濫費と、町家のけちな支出との相違を、とっくり堪能をいたした。小間使はスリッパーのように笑いながら、その役割を上首尾に果してのけ、やさしい叫び声や、身の捩りや、藁の上の鯉のような跳躍や、痙攣的なとび上りで、弁護士をさかんに饗応して、言葉の代りにはア、アアで済ませた。彼女の数重なる要求に、弁護士も逐一これに充分なる回答に及んで、遂にはからっぽのポケットのようになって睡り込んでしまわれたが、終る前にこのあじな恋の一夜の記念物を手土産にしたいと思って、彼女の一跳躍に乗じて、毛を引抜いた。してそれはどこの毛か、吾儕はその場に居合せたのではないゆえ存ぜぬが、彼はこれを王の愛妾の生温かい貞操の貴重なる証拠品として、手の中にしっかと握りしめたのである。
朝方、鶏も啼き出したので、愛妾は良人の傍らに忍び込んで、睡った振りをいたした。小間使はやって来て、この果報者の額を軽く叩きながら耳許に囁いた。
『お時間ですよ。早く股引をはいてお帰りなさい。夜が明けましたから。』
おのが宝物を残して立去るのを、ひどく悲しんだ弁護士は、消え失せた彼の幸福の源を見ようとした。と、証拠物件の検真の手続にと及んだ彼は、喫驚して言った。
『おや、見たのは慥に金色だったが、これは黒いぞ。』
『どうしたんです、数が足りないと、マダムが気附くじゃありませんか。』
『うん、だが一寸見て御覧。』
『まあ、何でも弁えていられる筈のあなたが、御存じないのですか。摘まれたものはすべて萎びて色が変るのは習いじゃありませんか。』とさげすむように云って、彼を追い出し、後で小間使と愛妾は大笑いをいたした。
この話は世間一般の評判となって、フェロンというこの哀れな弁護士は、おのが女房をものに出来なかった唯一人というわけで、とうとう口惜し死を遂げた。この一件から別嬪フェロニエルと、呼ばれるにいたったこの愛妾は、王と別れてのち、ブザンソワ伯爵という若い縉紳と結婚いたしたが、晩年よくこの佳話を人に語り聞かせて、三百代言の匂いを嗅がずに済んだと、笑いながら申しておったとか。
夫婦の軛をつけられるのをいやがる妻女には、あまり執着せぬがよろしいという、これはその訓え草である。
(1)「パッセ」には「経験する」「殺す」の意味もあって、ここでは三重の洒落になっている。
(一) 本文通り。(二) ……良人なのに女房の味を知らぬ奴があるか。(三) ……不義した妻を生かしておく法があるか。
(2)「アキット」には錬金術の「処方」という意味と、「領収証」という意味と二つあり、ここではその両方に掛けて洒落ている。
悪魔の後嗣
むかしサン〓ピエール・オ・ブー近くの寺通りに、豪勢な屋敷を構えていた巴里ノートル・ダム寺院の司教会員たる一老僧があった。もとこの長老は、鞘のない短刀のように裸一つで、はるばる巴里に出て来た一介の司祭であったが、円顱の美僧でいちえん欠くるところなく、旺盛潤沢な体躯にも恵まれ、いざという時には、何ら憔悴するところなく男数人前の役割を果すことが出来たので、専ら女人衆の懺悔聴聞に精を出して、鬱々としている女子にはやさしい赦罪符を与え、病める善女にはおのが鎮痛剤の一片を親しくとらせるという風に、あらゆる女人に、あらたかな密祷を施して参られたので、彼の情篤い善根や、口の堅いという陰徳や、その他、沙門としてのかずかずの功力がものを云って、遂には宮廷社会へ御修法に招かれるほどの高僧になった。が、宗門当局や良人などに嫉まれぬよう、またこうした儲けもあれば楽しくもある御加持に、神護の箔をつけられるよう、デケルド元帥夫人からヴィクトル聖人の御遺骨を拝戴に及び、その冥護でいろいろの奇蹟を示顕するのじゃという触れ込みを利かせたため、談たまたま彼のことに及ぶと、人はみなこう穿鑿屋に言ったものである。
『あの御坊はなんでも、もろもろの煩いを、立ちどころに根絶するあらたかな御聖骨をお持ちなのじゃそうな。』こと御聖骨に関するとなると、とやかく口も出せないので相手もそのまま黙ってしまう。しかし槍一筋の業前にかけては、この和尚は無双の剛の者でがなあろうという蔭口が、その緇衣の蔭ではもっぱらであった。
こうして長老はありがたい自前の灌水器で、金をどんどん灌ぎ出し聖水を名酒に変性させて、さながら王者のような豪奢な暮しをしておったし、それにどこの公証役場に行っても、遺言状や、お裾分け帳の――誤ってこれをCodicileと書く人があるが、もともとは遺産の尻尾という意味のCaudaから出た言葉なのである――其他云々《エトセトラ》というなかに、ちゃっかり長老の名も並んで記されてあったほどで、だから後には『円顱《おつむ》がすこし寒い気がするが、頭巾がわりに僧正帽でも冠ろうかな。』と長老が冗談まじりに云いさえしたら、たちまち大僧正にでもなれたに違いなかった。かく万事が万事、思いの儘の御身分でありながら、なおも一介の司教会員で甘んじていた訳は、女人懺悔聴聞役としての結構な役得の方が、いっちお望みだったからである。
しかしある日のこと、この頑健な長老も、己が腰骨の衰えを、かこたねばならなくなり申した。年も六十八歳になっておったし、まったく女人済度で身の精根をすりへらして来たからで、今更のように過ぎ来し方の善根功徳を振返って、身体の汗で十万エキュ近くも溜め込んだことを思い、使徒としての勤行もここらあたりで御免蒙ろうと、以後は如才なく上流の御婦人方の懺悔ばかり聴聞することにいたした。若い名僧智識は躍起となって、彼に張り合おうとめされたが、しかし宮廷のあいだでは、身分ある上臈衆の魂の浄めにかけては、このサン〓ピエール・オ・ブーの司教会員にしくはないとの折紙づきだったもので、如何とも能わなかった次第である。
時の歩みで長老もいつしか九十あまりの美しい老僧となり、頭は雪を戴いたように白く、手こそ慄えたが、体躯は塔のように四角く岩乗で、もとは咳払いもせずに痰を吐いていたのが、今では痰も吐けずに咳ばかり出るといった塩梅で、さしも仁愛のために、身軽く持ち上げていたお臀も、遂には床榻からさえたたなくなってしまわれた。言葉数は寡くなったかわりに、よく啖い、よく飲み、さながらノートル・ダムの生仏といった概があった。
こうして長老が梃子でも動かなくなったのを見て、また多情仏心の昔の行状に鑑みて、――これは漸く近頃になって、例の蒙昧な素町人どもの間で、専らの取沙汰となっていた。――乃至押黙ったその蟄居ぶりを見て、彼の回春の溌剌さを看取して、まった瑞々しいその老齢を眺めて、その他いいつくせぬほどの数々の事由からして、わが聖く尊き宗門を傷つけ、鬼面人を喝せんとするの徒輩は、――実は本物の長老はもうとっくに死んで、ここ五十年以上というもの、悪魔の奴があの和尚の身体に巣くっておるのだなどと、蔭口を叩くものすらあった。またこの行い澄した懺悔僧から、望みの儘の御加持を受けた御婦人方のなかにも、――悪魔の高い熱気でも借りぬことには、あのような魔性の蒸溜液のお布施など、そうふんだんに出来るものではないゆえ、きっとあの長老には、魔性が憑いていたに違いないなどと、むかしを思い出し顔に囁くものもあった。
しかし悪魔がこうして女人衆のために、すっかり牛耳られ骨抜きにされて、今はもうよしんば二十歳の王妃のお召しに預っても、応じられなくなったさまを見るにつけ、お目出度い衆をはじめ、物の道理の分った連中、何事にも一理窟こねだす町人共、禿頭に虱をみつける穿鑿屋などは、ひどく訝しんで、悪魔が緇衣をまとって高僧智識の面々と、ノートル・ダム教会に勤行して、図図しく抹香の匂いを嗅いだり、聖水をおし戴いたりなんどの所行に、ただただ驚嘆の眼を〓るのであった。
こうした異端の邪説に対して、――いや、悪魔が一念発起して、改悛したがっているのだと唱えるものもあれば、裕福な長老の風態《な り》を悪魔がしているのは、きっと猊下の後嗣たる三人の甥たちをからかって、後の烏がさきになるまで生き残って、彼等を便々と待たせて面白がっているのだなどと、言い出すものさえあった。この後嗣たちというのは、金持の伯父さんの跡式を空頼みして、毎日のように伯父さんが目を開けているかどうかを見に参ったが、何時も長老は怪龍《パジリツグ》の眼玉のように炯々たる眼を鋭くぎょろつかせていたので、――伯父さんを深く慕えばこそ、安堵の胸を撫で下しておった。(もちろんこれは口先だけの話だが。)
長老が悪魔に違いないという説を、頻りに言い張る一老女の話によると、ある晩のこと聴懺悔僧のところで、御馳走になった長老が、提灯も松明も持たずに、二人の甥〈代訴人と軍人〉に送られて出たところ、クリストフ上人の彫像を建てるために積み重ねてあった石材に、長老はひょんなはずみに躓かされ、目から火を出して転んでしまわれた。叫び声をあげた甥たちが、老女の許から借りて来た松明の光で照らしてみると、長老はまるで九柱戯のようにしゃんと突立ち、熊鷹のようにぴんぴんして、――なあに、頂いた般若湯の霊験で、何の障りもなかったわい、儂の骨組は根が岩乗じゃから、なんのこれしきとばかり、平然とうそぶいておったという。お陀仏したと思いきや、かかる石仕掛にもめげるところがなかったので、甥たちはこの分では伯父の寿命も、なかなかに先きがあると驚いて、日頃から岩乗と感心していたのも、尤も千万と思ったそうである。――しかし長老は度重なるこうした道すがらの石攻めを用心しだして、ひどく石を怖れ出し、はるか最悪の場合を予想して、家にばかり閉じ籠っているのだと、まことしやかに言い触らす手合もあった。
こうした蔭口や噂話を綜合するに、悪魔かどうかは判らないが、この老司教会員は屋敷に籠りきりになって、ちっとやそっとでは極楽往生もせずに、三人の甥と、坐骨神経痛と、腰の病と、その他、人生のくさぐさの煩いを持ち合せておったことが、いっぱしお解りになったであろう。
さて三人の甥っ子のうち、一人は女人腹から生れたとは思えぬほどの性悪な武弁で、殻を破って生れ出た時から、もう歯を生やし剛毛《あらげ》を逆立てていたというから、さぞかし母の胎内を痛めたことに違いあるまい。物を啖うことといったら、現在と未来の二つの動詞の「時」の両股かけて詰め込むし、素性の悪い女を囲って、あたまの物まで面倒をみていたし、屡々御用をつとめる例のものといえば、その持久力といい精力といい作法の心得といい、こればかりはまこと伯父の名を恥かしめぬものがごあった。戦場に出でては、敵に一太刀も蒙らぬさきに、彼は相手を浴びせ倒して、決して容赦はしなかった。――尤もこれは戦いに於て決着すべき唯一の問題であることは、未来永劫渝らぬ真理であろう。――だが、こうした蛮勇を除けば、何一つの取得もなかったので、どうやら槍騎兵の隊長となり、ブルゴオニュ公の御愛顧も浅くなかった。公は戦場以外の方面で、部下が何をしでかそうと、極めて暢気なお方であられたからである。この悪魔の甥は牝豚《コシユ》鶴太《グリユ》隊長といったが、力が強い上にいたって根性が悪かったので、彼に散々と懐ろをいためられた借金取りや、高利貸や、素町人などは、悪猿《モーサンジユ》と呼んでいた。生れつき背中には傴僂の隆肉《こ ぶ》が盛り上っていたが、うっかりその上にでも乗って、あたりを睥睨したいような思い入れでもして見せたが最後、立ち所にぶん擲られるものと、覚悟しなくてはなるまい。
もう一人の甥は法律をかじっていたが、伯父さんのお蔭でどうやら一人前の代訴人になり、長老がもと懺悔を承って、お加持を施して廻った御婦人方の御用を、もっぱら引受けて、裁判所でこそこそ暗躍をしておったが、兄貴の隊長と同じく牝豚《コシユ》鶴次《グリユ》という名であったが、それをもじって人呼んで盗鶴《ピルグリユ》と云っていた。
盗鶴は脆弱な体躯で、蒼白い顔色に貂のような面つきをし、氷のように冷たい小便をするに違いない冷血漢に見えたが、しかし隊長よりは一厘ほどましな人間で、伯父に対しても一勺ほど余計に愛情を持っていたが、ここ二年ばかりというもの、その心底にも少々罅が入って、一滴一滴と感謝の念も薄らいで行き、たまたま懐ろ寒い雨催いの折なぞは、伯父さんの股引の中に足を突込んで、沢山な遺産の果汁を搾る日の来るのを、あらかじめ思い描くことなどもあった。
二人の甥は遺産の分け前が軽すぎると、頻りにこぼしていた。というのは法律通り、額面通り、権利通り、正確に、必然に、現実に、全額の三分の一を、長老のもう一人の妹の伜で、ナンテール近くの田舎にくすぶって羊飼をやっている、あまり伯父からも可愛がられていない従兄にも、分けてやらねばならなかったからである。
この羊飼は平々凡々の田吾作で、今度ふたりの従兄によばれて都に上り、伯父の家に居候していたが、莫迦で頓馬で抜作の薄野呂ときているので、多分伯父も愛想をつかして、遺言状からも名を削るだろうとの魂胆から、わざわざ従兄たちは呼び寄せたのであった。
そんなわけでこのシコン(萵苣《ちさ》)という羊飼は、かれこれ一月あまり、年老いた伯父さんと一緒に暮していたが、羊を見張っているより、和尚さんに附添っていた方が、得もゆくし、気晴しにもなるというので、長老のまめまめしい犬となり、下僕となり、老いの杖ともなって、長老が屁をすると、「桑原くわばら」と唱え、嚔をすると、「南無阿弥陀なんまいだ」と云い、曖気《げつぷ》をすると、「寿限無じゅげむ」と呟くのであったが、長老はシコンに空模様を見せにやったり、猫を探しに行かせたりしていた。シコンは老僧の咳唾を顔一面に浴びながら、おとなしくその長談義に耳をすましたり、阿房律儀に応答したり、黙ってお相手をしたりして伯父をこの世で一番傑れた生仏と、心底から信じきっているもののように敬いあがめて、まるで子犬を舐める親犬のように、嘗めんばかりに老人にはんべっていたので、長老はパンのどっち側にバターがついているか、親しく手にとって見る必要もないくらい、シコンにまめまめしくかしずかれていた。しかし不思議なくらいシコンを邪慳にして、骰子のようにきりきり舞いをさせ、事毎にシコンの名をがなり立て、二人の甥に向っては、うっそり者のシコンの莫迦さ加減に腹が立って、死期を早めそうだなどと、常始終こぼしておった。
こうした愚痴をしょっちゅう耳にしていたシコンは、なんとかして長老のお気に入るように尽そうと、頻りに無い脳味噌を絞っていた。このシコンのお臀といったら、南瓜を二つ並べ立てたようだったし、肩幅も広く、手足も太く、敏捷というにはあまりに縁遠いところから、軽やかな西風の神《ゼフイルス》というよりは、鈍重な森林の神《シ レ ヌ ス》といった趣があった。が、可哀想に、この単純な羊飼には、どう身の変えようも、智恵づきようもなかった。伯父の遺産でも入ったら、すこしは痩せるだろうと、先ずそれまではでかい図体をして、むくむく肥っていたのであった。
ある晩のこと、長老がシコンに悪魔のことや、神様が堕獄者に対して課したもう無間地獄の責苦や苦患のこと、あの世での阿鼻叫喚のさまなどを話してきかせると、竈の口のような大きな目玉を〓って、シコンはこれを聞いていたが、伯父のいうことを少しも真に受けようとしないので、
『なんだ、シコン、お前は神様を信じないのか?』と長老には訊ねた。
『とんでもねえ、おらは大の門徒であんすよ。』
『だろう、――そんならこの世で功徳を積んだ人のために、天国というものがあるように、悪人ばらのために、地獄があるのも当然じゃろう。』
『はあ、そりゃそうでがすが、いったい悪魔なんどというもんは、余計者じゃねえでがしょうか。仮にこのお屋形に悪党がいて、ごたごたにぶっちらかすとしたら、あんたさまは其奴を追い出すでがしょうが?』
『きまっているさ、シコン。』
『ほれ御覧なせえ、伯父御。えら骨折っておつくりにならっしゃったこの世界を、片っぱしから打ち壊して歩く悪魔なんて野郎を、黙って放っておくほど、神様はぼけちゃいめえと思いやすがねえ。だから神様が本当にござらっしゃるなら、悪魔なんて金輪際おりっこはねえと信じていやすだ。お前さまも大船に乗っかった気でいなさるがいいだ。まったく悪魔のつらが見てえ。奴の爪牙《つ め》なんぞ、わしは屁とも思いましねえだよ。』
『なるほど、お前のようにそう信じていられたら、わしは毎日十度も懺悔を聞いて廻った若い日の過ちを、苦にするにも当らぬのう。』
『いいや、そうでねえでがす。せっせと今も懺悔なさるがいいだ。天国へ昇らっしゃってから、きっといい報いがありますだに。』
『そうかのう!』
『ほんとでがすとも、長老さま。』
『じゃシコン、お前は悪魔を否定して怖くないのじゃな?』
『悪魔だなんて麦束ほどにも気にかけましねえだ。』
『そんなことを抜かしおると、いつか非道い目に遭わされるぞ。』
『大丈夫でさあ。神様があっしを悪魔からお護り下せえますだ。――お偉い学者衆が考えて御座らっしゃるより、神様はもっと賢くて物の判ったお方にちげえねえと、わしは思っとりますだに。』
ちょうどその時、二人の甥たちが入って来たが、長老の優しげな声音を耳にして、――伯父はシコンをそう憎んでもいず、口癖のように彼のことをこぼしていたのは、シコンに対して抱いている愛情を隠すための芸当だったと悟って、喫驚して互に顔を見合せた。
二人は伯父が上機嫌なのを見て、
『遺言をお書きになる時、この家は誰にお譲りになるお心算です?』
『シコンにな。』
『ではサン・ドニ街の地所は?』
『やはりシコンにじゃ。』
『ヴィルパリジスの領地は?』
『それもシコンにくれてやろう。』
『へえ、じゃみんなシコンのものになるのですかい?』と持前の野太い声で隊長は云った。
伯父は薄笑いを泛べて言った。
『いや、初めからそういう心算でもなかったが、ただお前方三人のうちで、一番賢いものに遺産をみんな譲るように、正式に遺言状を拵えておいたからじゃ。さきゆきの短いこの儂には、なんだかお前方三人のさきゆきが、ありあり判るような気がするのじゃよ。』
そう云って、ねぐらに嫖客《か も》を連れ込む夜鷹のようなこすからい薄目を使って、じっと老獪な長老にはシコンの方を凝視めされた。爛々たるその眼光の炎が、羊飼を灼いたかと思うと、その瞬間からシコンは頭も耳も何もかも忽ち晴れ晴れといたして、さながら婚礼の翌る日の花嫁御のように、世事を解して来たのである。
代訴人と隊長には、伯父の言葉がまるで福音書の謎の予言のようにしか思えなかったが、挨拶もそこそこにしてその場を切上げて行った。途轍もない伯父の意嚮を計りかねて、すっかり二人は困惑の態であった。
『シコンの奴をどう思うね?』と盗鶴は悪猿に云った。
『畜生、しゃつ、俺はイェリュザレム街に待ち伏せして、素っ首を地面に叩き落してくれる! さぞ後生大事に手前の首を拾い上げることだろうぜ。』と語気も荒く隊長は言い放った。
『はっはっは、兄貴のばらしかたじゃ、すぐと尻が割れて、コシュグリユの仕業に違いないと感附かれるにきまってる。――俺だったら彼奴を御馳走に招いて、鱈腹くらわせてから、御殿で流行っている遊戯だといって、袋に入って、誰が一ばん早く走れるか競走しようと、奴さんをうまく袋のなかに縫いくるめて、泳げや泳げとばかり、セーヌ河に叩き込んでやる。……』
『なかなか趣向がかってるな。』
『なあに、細工は流々さ。彼奴を悪魔の手に引渡して、遺産は二人で山分けという寸法はどうだい。』と代訴人は云った。
『いいとも。俺達二人は一心同体だ。お前は絹のように、やんわりと運ぶが、俺は鋼のように強引にやるんだ。剣だって決して罠には後れはとらんぞ。なあ弟。』と剣客は腕を撫して言った。
『もちろんだ、仲好く共同しなくっちゃ……したが彼奴を片附けるに、さしあたりどうするかだ。剣で行くか罠でやるかだが……』
『なにを大袈裟な。――まるで王様をやっつけるみたいに云う……たかが薄野呂の羊飼風情を眠らせるに、えらく業々しい。――よし、こうしよう。どちらでも先に彼奴をやっつけた方が、遺産から二万フラン多く頂戴することにしよう。俺は誓って彼奴に言いきかしてやる。「首を拾えよ」とな。』
『じゃ俺はシコンに「泳げや泳げ」と罵ってみせるよ。』そう代訴人は言って、胴着の綻びのように高笑いをした。そして二人は袂を分って、隊長は愛妾のところへ、代訴人は情婦である餝《かざり》職の女房の許へと、それぞれ晩餐をしたために行った。
聞いて喫驚したのは、誰あろうシコンである。――天主堂でお祈りの最中ささやきあう時のような低い声音で、二人の従兄は寺町をぶらぶら行きながら密談したのであったが、なんと当のシコンの耳に、その怖ろしい己が殺人計画が、筒抜けに聞えて来たのである。声が上って来たのか、それとも耳が下って行ったのかと、シコンはひどく訝んだ。
『長老様、お聞きになりやしたか?』
『う、うん。炉で粗朶がはぜている音じゃな。』
『ほ、ほう。地獄耳だの悪魔だのって、わしにはさっぱり縁がねえが、おらの守り神のサン・ミカエル様の御冥加でもあろうかい。免に角その仰せどおりに従いますべえ。』
『そうじゃ、シコン、しっかりいたせよ。水にはまったり、首を切られたりせぬように、くれぐれも用心いたしたがよいぞ。どうやら荒れ模様じゃな。街の破落戸《ごろつき》に輪をかけた性悪ものが、どこぞその辺に沢山とおるからのう。』と長老には呟かれた。
意外な伯父の言葉に、シコンは驚いて思わず顔を見たが、例の通りの快活な顔つきと、生々した眼と、弓のような足をした伯父の所体には、常日頃と変った様子はすこしも見えなかった。しかし差迫ったいのちの危険を、何とかシコンは善処せねばならず、長老の傍でぽかんとしたり、爪を切ってやったりは、何時でも出来ると考えて、悦楽のクライマックスに向って小走りに急ぐ女人のように、彼は急ぎ足で町へ出て行った。
往々にして羊飼たちに閃くことのある天来の卜見に就いて、何の臆断もなし得なかった二人の従兄は、常々シコンを阿呆《うつけ》扱いにしていたので、憚るところなく彼の前で、幾度かおのれらが私行上の秘密を洩らしたことがあった。それで或晩のこと、長老の御機嫌を取結ぼうとして盗鶴は伯父に向って、餝屋の金銀細工師の女房をものにして、王者の豊額を飾るにふさわしいほど、金銀を鏤め、鏤刻を彫んだ、由緒深い一対の角細工を、燦然と莫迦亭主の額際に、寝取られ男の看板として取りつけてやった経緯《いきさつ》を、面白可笑しく話したことがあった。相手の女房というのは、裾貧乏の蓮葉女で、いたって密会度胸がよく、亭主の跫音が階段でしても、なおも平気で抱きついているし、莓を啖うように好きなものが好きで、いつも浮気沙汰しかあたまにはなく、溌剌とした跳ねっ返りやで、香水のように粋筋で、心咎めのせぬ貞女さながらに快活そのものであった。ずっと良人を凄腕で操って来たので、人の好い亭主は、まるで己が喉仏よろしく、女房殿を大事にしておった。それにもうここ五年も、天晴れ世帯のやりくりや、邪恋の道行を巧みに捌いて来ていたので、世間からは堅い御新造と云われ、良人からも信用を博して、家の鍵も財布もなにもかも、預かるほどの声望を持ったじゃじゃ馬になっていた。
『それで何時その優しい笛をしらべるのだね?』と長老は代訴人に訊ねた。
『毎晩ですよ。夜通し泊りこみのことさえあります。』
『へえ、どうやってだい?』と驚いて長老には訊ねられた。
『納戸に大きな衣裳長持がありまして、そこへ入り込むのです。お人好しの亭主は、毎晩仲間の羅紗屋の主婦《か み》さんのところへ張りに出掛けて、飯を御馳走になって来るのですが、帰ってくると早々に女房のやつは、頭痛がするとかなんとか云って、亭主を一人で寝かせて、長持のおいてある納戸へ、頭痛なおしにいそいそとやって来るという寸法です。翌朝、餝屋が仕事場に入った隙に、こっちはこっそり納戸からずらかるのですが、家の入口が橋の方と通りの方からと二つあるので、亭主のいない方から、訴訟事件の用で来たとつくろって、何時でも勝手に入り込めるのです。なに、その訴訟といったって、うまく仲に入って操っていますから、金輪際おわりっこありません。まるで間男としてのお手当金を頂いているみたいです。なにしろ裁判ときた日には、馬を厩舎に飼っておくのも同じで、いろいろと細かい無駄銭がかかって来るのを、そいつをのこらず亭主莫迦が、払っていてくれるのですよ。総じて寝取られ亭主と言えば、ヴィーナスの天然庭園を、共に手を貸し耕やかし、鋤き、灌ぎ、植え附けしてくれる間男を、みな有難がっているものですが、御多分に洩れずあの二本棒も、私に非常に感謝して、私がいなくては何一つ出来ない有様です。……』
代訴人のこうした遣り口が、ありありとシコンの記憶に浮んだ。身に迫る危難の闇から、きらめいた一道の光芒に接して、シコンはにわかに明敏となり、わが身を護る本能から、たちどころに慧智が湧いて出たのである。どんな動物にも、きめられた生命の苧玉《おだま》を完うするだけの才覚は、ひとしく備わっているものである。
シコンは急ぎ足でカランドル街に行き、羅紗屋の主婦《か み》さんと差向いちゅうの餝職に逢おうとした。戸を叩いて、小さな鉄格子の間から、お上の御用でこっそり来た者だとシコンは佯わって入り、ちょうど食卓に就いていた陽気な餝職を、羅紗屋の一隅に招いて、これにいきなり告げた。
『お宅で知り合いの男が間男をして、あなたを嬲っているとしたら、両手両足を縛されて引渡されたそいつを、川の中へ投げこんでやる気はありませんか?』
『勿論のことだ。――したがそんな法螺を吹いて、この俺を担ぐ気なら、うんと痛い目をみるが承知か?』
『結構ですとも。あたしはあなたの味方だから申すのですよ。あなたがここで羅紗屋のお主婦さんと楽しい差向いの隙に、お宅ではあの三百代言の鶴公と、いつもお上さんが、乳繰り合っているんですぜ。早く帰って細工場の鞴《ふいご》を御覧なさい、火事ぼうぼうでさあ。あなたのお帰りと同時に、あのここな丹田の煤払いの不埒者は、早速に衣裳長持に、どろんをきめこむ寸法になっているのです。どうです、ひとつ私がその長持を買い取ることにしようじゃありませんか。――車を持って橋の上で、万事あなたのお指図を、お待ちしていますぜ。』
餝職はマントや帽子を手に取るや、羅紗屋に挨拶もせず、目の色かえてそこを飛び出して、毒を呑んだ鼠が巣に走り帰るように、まっしぐらに家に帰って、割れるように戸を叩き、つかつかと入って、いきなり二階に馳け上ると、二人前の御馳走が座に並べられ、隣りで長持の締まる音が聞え、何くわぬさまで不義の部屋から女房が戻って来た。
『おい、どうして二人前ならべたんだ!』と彼は妻に叫んだ。
『なに仰有ってるの。あたしとあなたの分じゃありませんか。』
『嘘も好い加減にしろ。俺達は三人の筈だ。』
『あら。羅紗屋さんも御一緒なの?』とわるびれもせず女房は言ってのけて、階段の方を振り返った。
『いや、俺は長持の中においでの御仁のことを云っているんだ!』
『まあ、長持ってどの長持? あなた気は確かなの? どこにそんな長持があるの? 長持の中にひとを入れるだなんて! あたしがそんなことをする女と、思っていらっしゃるの? いつから人間の長持なんて出来たの? 長持と人をごっちゃにするなんて、あんたったら、どうかしていらっしゃるんじゃない? 相伴のお相手といったって、羅紗屋のコルネイユさんしか、あたし存じませんし、長持といったって、うちのおんぼろ着物を入れとく長持しか、他にないじゃありませんか?』
『うん、だがなあ、お前がうちの代訴人の奴に跨られている、お前の長持に彼奴が隠れている、そう云ってわざわざこの俺に、告口に来た性悪《しようわる》がいたんでなあ――』
『まあ、このあたしがですって? あんな横車押しの三百代言となんか、胸糞わるくって堪らないじゃないの。――』
『いや、解った、解った。お前が貞節そのもののことは、俺だって、ちゃんと承知している。あんなぼろ長持のことで、可愛いお前と口喧嘩しても、今更始まらないじゃないか。――見たばかりで気色の悪いあの長持を、ここへおいとくのもいまいましいから、早速にそのおせっかいな家具屋の野郎に、綺麗さっぱり売り払うことにしよう。そのかわりには、子供さえ忍び込めぬような小綺麗な長持を、二つ買うことにした。そうすればこれからは、お前の貞淑なのをやっかんで、告口したり、けちをつけたりした野郎も、ぐうの音も出まいさ。』
『まあ嬉しい! あたしだって、あんな長持に、なんの未練なんかあるものですか。それにちょうど幸い、着物もみんな洗濯に出してあって、いまのところ何も入っていませんわ。明日の朝早くあの悪戯長持を、運び出させることにしましょう。ねえ、それよりか御飯を召上りません?』
『沢山だ!』と亭主は答えた。『あの長持を片附けぬうちは、ろくろく飯も咽喉に通らん位だよ。』
『まあ、長持を外に運び出すより、あなたの頭から追い出す方が、余計に手間がかかりそうね。』
『なんだって? よし、――おうい!』と餝職は大声で鍛冶屋や徒弟たちを呼び集めた。
『みんなやって来い!』
忽ちに徒弟たちが集まって来た。長持を運び出せと親方は手短かに命じたので、恋の家具は俄かに納戸から運び出されたが、なかに忍んだ代訴人は、いきなり足が宙に浮いたために、普段あまり覚えもないことゆえ、ちょっと身体がよろめいて、バタリ音を立てた。
『さあさあ、早くして。――あれ、何の音でもありゃあしないよ。台木がちょっと揺らいだだけさ。』と女房は口早に徒弟たちに言った。
『いや、お前、あれは棹《シユヴイル》がぶつかったのだよ。』
そう言って餝職は四の五の言わせず長持を階段からすべり下させながら、『おい、車の支度はどうだ!』と叫んだ。
シコンは口笛を吹きながら騾馬を引っ張って来ていた。徒弟たちは力を協せて、荷車の上に代言箱を担ぎ上げた。
『ひい、ひい、ひい。』と代訴人は悲鳴をあげた。
『親方、長持が口を利いてますぜ。』と徒弟の一人が言った。
『篦棒め、どこの言葉でだ?』と餝職は言いながら、徒弟の二つの泣きどころのあいだあたりを、したたか足で蹴飛ばしたが、そこが硝子細工でなかったことは、まこと不幸中の幸いであった。長持がどこの言葉を喋ったのか、石段の上に倒れたので、徒弟には究めつづける余裕もなかった。
シコンは餝職と一緒に、川端に大荷物を運び出したが、物言う長持がいくら泣こうと喚こうと頓着なく、いくつか大石を長持に結びつけ、セーヌ河めがけてどんぶりこ、餝職は投げ込んだ。家鴨が水くぐりをするように、長持が沈み出した時、「泳げや泳げ……」とシコンはあらわな嘲りの口調で叫んだ。
それからシコンは河岸通りを伝って、ノートル・ダム寺院の傍らのポール・サン・ランドリ街に行き、とある立派な家の門を手荒く叩いて、『おい、開けてくれ! 国王の御用だ!』と喚いた。それを聞いて門口に馳せつけて来た老人は、当時名代の高利貸、ヴェルソリに他ならなかった。
『何の御用で?』と彼は訊ねた。
『今晩お宅へ押入りが這入る気配があるので、よく用心するよう、奉行所から注意に参ったのです。勿論、お上としても、ぬかりなく警吏たちの手配はしておきますが、曲者というのが、いつぞや貴老に偸盗を働いたあの兇暴な傴僂《あくざる》で、ひとの生命《いのち》なんか屁とも思わぬ奴ですから、くれぐれも邸の内外は厳しくお堅めになっていて下さい。』
そう云ってシコンは、踵を廻らしてマルムウゼ街の方へ走り去った。コシュグリュ隊長がラ・パクレットを相手に、晩酌をきこしめしている場に、赴こうと思ってである。
ラ・パクレットというのは、数ある娼婦のなかでも飛切りの上玉《おしよく》で、同じ朋輩の蔭口では、当代きっての凄腕の白首だそうで、生々したその眼は、匕首のように人を刺し、艶笑たっぷりの彼女の物腰に接しては、天国じゅうが春情《さかり》を萌そうし、取得といったら、横紙破りのところしかない厚顔無恥なしたたか女だった。
マルムウゼ街に行く途中、シコンは相手の女の家を知らぬことと、うまくその家を探し当てても、恋の鳩どもが翼交して寝てしまったあとかも知れないという懸念から、ひどく気掛りだったが、上天の御使の有難いお導きか、万事シコンの思う壺にはまった。というのはマルムウゼ街に入ってみると、窓々に沢山明りが見えていて、寝帽子を冠ったあたまが、それぞれ戸外に突き出ていた。娼婦や女中や女房や亭主や娘子など、いずれも起きぬけのところらしく、松明の明りで刑場に牽かれてゆく盗人を眺めてでもいるように、顔を向きあわしていた。まさかり槍を片手に持って、慌てて戸口に顔を出した男に、シコンは聞いた。
『もし旦那、なんの騒ぎで?』
『なあに、なんでもありませんや。アルマニヤック党の手兵が町に押寄せて来たのかと思ったら、あれは悪猿がパクレットを引叩いているのでさあ。』とお人好しは答えた。
『どこで騒いでいるんです?』
『あすこに見えるあの家ですよ。標柱の上部に蚊母鳥が美しく彫ってある家でさあ。あれ、あの叫びは下男や下女どもですよ。』
なるほど「人殺し!」「助けて!」「誰か来てくれ!」「大変だ!」というような叫びが聞えたかと思うと、家のなかで烈しい打擲の音がし、悪猿の太い声音《こわね》で、「この地獄め、くたばってしまえ!」「まだ泣きやがるのか、こいつ!」「なに、金が欲しいと、へん、これでもくらえだ!」などという悪態とともに、「あーん、あんあん、人殺し、いたい、助けて! 死ぬよう!」というラ・パクレットの呻き声が、しばし聞えていたが、やがて剣の音がちゃりんとして、ついで妖婦の華車な身体が倒れる鈍い物音がして、それから深い深い沈黙が続いた。――あちこちの燈火も次々に消え、下女や下男や客人たちも、どやどや各自の部屋に戻り始めた。シコンは折よくそれらの人たちにまぎれて、屋敷に入り込んで二階に上ってみると、酒壜は壊れ、壁掛は裂かれ、床にはナプキンや皿小鉢が散乱していて、弥次馬どももみな立竦んで、一歩も近寄ろうとはしない。一念凝った男のように勇敢なシコンは、パクレットの立派な寝室の扉を押し破って入ると、女は髪はざんばらになり、胸許もあらわに、血に塗れた絨毯の上に、ぐったり倒れていた。その傍らに悪猿が茫然として、最前からの讃歌《あくたれ》の続きを、どう唱えつづけたものやらと、術《すべ》なさそうに見えたが、低い声音で、
『おい、可愛いの。死んだ真似なんぞ止せよ。こっちへ来い。仲直りしたいんだろう。この悪性女め、おい、死んでるのか、生きてるのか、血みどろの眺めなんて、偶にはちょっとおつだぜ。よし抱いて寝て可愛がってつかわそう。』
そう言いながらコシュグリュは、女を抱き上げて、寝床に抛り出したが、まるで首吊りの屍骸の如く、硬ばってどさりと落ちたので、ギョッとして、いちはやく高飛びの肚をきめたが、なお も図々しく立去る前に、
『おお、可哀想なパクレットさまよだ。お前のようなやさしい色女を、どうしてこの俺の手にかけられようか。――とはいうもののお陀仏か。可愛らしい乳房が、だらりとそんなに下るとこなんて、ついぞ生前はお目にかかれなかったな。まるで頭陀袋のなかの金貨みたいだぜ。』
その言葉に、パクレットは薄く片目を開けて、首をそっと伸ばして、白いむっちりした己が胸許を眺めた。と、いきなり起き上って、隊長の頬にピシャリと平手打ちをくらわせて、ピンピン生き返ったところを見せた。
『死んだ仏の悪口を叩くなんて、覚えてらっしゃい!』と微笑しながら云った。
『あんたったら、まあなぜ、殺されはぐるような目に遭ったんだね?』とシコンは訊ねた。
『なぜもこうもありゃしない。明日は執達吏が来て、ここの家のものをのこらず差押えようという矢先に、この人ったら持ってるものは気位ばかりの一文なしときてるの。それであたしがいい鴨を掴えて、うまく金を絞り、このお手詰りを切り抜けようと言ったら、このひと滅茶苦茶に怒り出したのよ。』
『おい、パクレット、好い加減にしろ!』
『へえ、それんばかりのことで、おっぱじまったんですかい。』とシコンは云った。この時初めて隊長は、シコンの存在に気づいた。
『コシュグリュさん。あたしは豪勢な金蔓を握って来たんですがね。……』とシコンは言った。
『へえ、で、それはどこにあるんだ?』隊長は喫驚して訊ねた。
『ちょっくら耳をおかしなすって、内緒話で。……いいですかい、三万エキュばかりの金が、梨の木の下で、夜分ひとの来るのを待っているとしたら、誰だって勿体ながって拾うでしょうが?』
『おい、シコン、俺をからかいに来たんだったら、犬のように叩っ殺すがいいか。――したが、この俺様の為に三万エキュの金を拝ましてくれるというなら、川ぶちで三人ほど素町人を手にかけるような荒仕事であろうと、喜んで俺はお礼に貴様の好きなところを舐め廻ってやるぜ。』
『なんの女っ子ひとり殺すがものはありませんや。まあ聞いて下せえ。伯父さんの家のすぐ近くの中《シ》の島《テ》に住んでいる高利貸のところの女中と、わしはかねて好い仲なんでして、へ、へ、へ、で、ちょうど昨晩のこと、歯が痛んで堪らないもんで彼女は、天窗《てんまど》に顔を出して風に吹かれていたところが、その高利貸の先生が天使さましか御存じあるめえと、屋敷の梨の木の根元に、千両箱を埋めているところを、見るともなしに見てしまったもので、恋の口説の合の手に、あっしにべらべら喋ったんでがす。なんでも慥かな筋の話だと、今朝方高利貸は田舎の方へ、旅立って行ったそうな。で、物は相談です、私にもたんまり分け前をくれるんなら、そこの塀に攀じ登れるよう、この肩を踏台にお貸し申そうじゃありませんか。梨の木は塀のすぐ傍ですから、造作なく飛び移れるっていう寸法でさあ。どうです、これでもわしを馬鹿で間抜けだと仰有れますかい?』
『なるほど、でかしたぞシコン、お前なかなかの利口者だ。いや、天晴れな男前だ。今後もしお前に、眠らせたい奴でもあったら、何時でも俺にそう言って来てくれ。よしんば俺の友だちであろうと、きっとそいつをばらして進ぜるから。なあ、シコン、お前は俺にとって従兄どころじゃない。兄弟だ、兄弟分以上だ! さあ、パクレット、――(悪猿はラ・パクレットに向って)早く御馳走の支度をやり直せ。血なぞさっさと拭いてしまえ。お前の血は俺のもの。いましがたの百倍もの血(腎水)を、いざといえばこの俺の身体から償って返してやらあ。一番いい精血を引き出すさ。俺らの怖《おじ》け鳥を猛《たけ》らせようぜ。ほら、スカートがまくれてるぞ。おい、笑えよ、笑ってみせるんだ! いいか、腕によりをかけておいしいシチウをつくるんだぞ! さっきしかけた食前の晩祷に、またかかるんだから。なあ、明日になったら、お前を女王様よか豪勢にしてやるぜ。何はさて措いても、ここな従兄どんに大散財せにゃならんのだ。その代り明日という日には、しこたまぽんぽへお金が転がり込んでくるからな。さあ、いざや攻めなん、ハム公をだ!』
「主が爾曹と共にあらんことを《ド ミ ニ ス ・ ヴ オ ビ ス コ ム》」と司祭が唱える暇もないくらいのうちに、この愛鳩の巣は、いましがた笑いから泪に移ったように、たちまち今度は、泪から笑いへと早変りしてしまった。淫佚の嵐が猛り狂っているこうした淫猥な屋形うちでは、色恋にはえてして抜身がつきものであるが、何分にも高襟の上臈方《わ ご せ》とは別天地のこととて、とんと御納得にも参りますまい。
コシュグリュ隊長は授業を終った生徒百人ほどの陽気さで、さかんにシコンに酒を振舞ったので、田舎者流に遠慮なくきこしめした羊飼は、したたか酔った風を装い、くだくだと迷弁を弄し始めた。――いえば、明日になったら巴里を買い取ろうだの、十万エキュばかり王様に貸してやるだの、黄金のなかで黄金《うんち》を垂れようだのと、あじゃらな法螺を吹き立てたので、悪猿はとんだ内緒事でも、素破抜かれてはと危ぶみ、且つはシコンの頭がはぐれだしたものと考え屋外に誘い出した。――いよいよ山分けという時には、シコンの土手ッ腹に風穴を開けて、こんなに鱈腹とシュレーヌの豪酒を腹中におさめ得たのは、どこぞに海綿でも入っているせいではないか、調べてやろうとの殊勝な魂胆もあった。二人は冥茫その極に達した神学上の論議に、口角泡を飛ばせながら、高利貸が金を埋めた庭の塀際まで、忍び足で辿りついた。
コシュグリュはシコンの幅広の肩を足場にして、城砦攻略はお手の物の武弁よろしく、ひらり梨の木に飛び移ったが、かねて待ち伏せていたヴェルソリが、隊長の頸筋に三太刀ほど続けざまにしたたか浴びせかけたので、悪猿の首は宙にと飛んだが、「首を拾えよ」と叫んだシコンの晴れやかな声音を、空中で耳にしたのに違いはあるまい。
こうして寛厚なシコンは、日頃の善根の功徳を受けたのであったが、長老の屋敷に急ぎ戻るのが賢明と思って、サン〓ピエール・オ・ブー街に勇み足で帰り、従兄弟という言葉はどんな意味か、もう知る必要もなく、生れたての赤ん坊のように、すぐすやすやと寝入ってしまった。――神のお恵みで遺産もここに、秩序立って単一化したからである。
翌朝、羊飼の常として、シコンは日と共に起き出し、伯父の部屋に行って、白い痰を吐いたか、咳が出たか、熟睡出来たかと、お伺いを立てようとすると、――長老はノートル・ダムの最高守護神であるサン・モーリスの朝祷の鐘の音を聞かれ、今日はその祭日なので、例の信心深いところから、寺院に勤行に行き、司教会員たちと一緒に、巴里大司教の許へ朝の御斎《おとき》をよばれに廻ったと、老女中のビュイレットがシコンに言うので、
『こんな寒い朝っぱらからお出掛けになったりして、風邪を引くか、僂麻質斯に罹るかほかはねえのに、なんだって酔興に出て行かっしゃったか。早くおっ死にたいのかしらん。戻って来て温まれるよう、お部屋にどんどん火を起しておこう。』
そう呟いてシコンは、長老のいつもの居間に入ってみると、驚いたことに、伯父がもうちゃんとそこに端坐していた。
『おや、あのビュイレットの気違い婆め、とんだ嘘を吐かしやがる。――こんな時刻に内陣の僧座で厳修をなさるほど、無鉄砲な伯父さんじゃないと思っていましただよ。』
しかし長老は一言も返事をしなかった。およそ世の碩老が霊感によって、超自然界の精霊と、時おり神変不可思議の交媒を心内で行う通力を有していることは、内に慧敏を秘めたシコンも、冥想家の慣いとして、さすがに弁えていたので、伯父の霊怪な沈想を尊重いたして、その傍らをそっと離れて、交感の終るのをしばし恭しく待っているうち、ふと長老の足許に眼をやると、スリッパーを突き通すほどの勢いで足の爪が長く伸びているので、よくよく見てみると、足の肉が真赤で、ズボン下も赤く染まるくらい、布地を越して〓々としているので、「おや、死んでいるのかな?」とシコンは思った。
と、ちょうどその時、部屋の戸が開いて、鼻を凍らかした当の伯父が、またひとり勤行から戻って来たので、シコンは思わず叫んだ。
『おや、伯父さん……こりゃ妙だ! いまのいままで火の傍に坐っていたと思ったら、……もう戸口から戻って来るなんて、どうもはあ、訳がわかんねえなあ。伯父さんがこの世に二人あるわけはなしと……』
『なんだ、シコン、同時に二たところにおられたら、随分ひとも重宝だろうと、儂はずっと前には望んだこともあるが、人間業じゃかなわんことさ。あんまり話がうますぎる。――お前なにか見間違えしたのだろう。わしはここに一人しかおらんよ。』
そう言われて、シコンは椅子の方を振り向くと、もうそこには伯父の影もかたちもないので、全くの話、驚いて傍へ近寄ってみると、床の上に僅かばかりの灰がちんまり残っていて、そこから硫黄の匂いが強く彼の鼻を衝いた。
『ああ、悪魔がわしを助けてくれたのだ! 御恩になった悪魔のために、神様にお祈りを唱えて上げよう。』とシコンは息勢《いきぜい》張って言った。
そしてシコンは長老に、悪魔が、或いはもしかするとやさしい神様が、性悪の従兄たちをまんまと片附ける手助けをしてくれた顛末を、ありのままに物語った。伯父は物のよく分った方だったし、それに悪魔の好いところも、時おりは認めていただけに、シコンの話に感服して、ともどもに喜んでくれた。かつまたこの高僧は、善のなかにも悪があるように、悪のなかにも善があることを、かねて気づいていたので、未来や来世のことなぞ、そう気にせぬがよろしいとまで、放言めされたこともあったくらいである。ただしこの由々しい邪説に対しては、幾多の宗教会議が催され、糾弾を受けたとのことではあるが。――
さてシコン家が巨万の富を擅にするようになった経緯は以上の通りで、最近、シコン家が先祖代々の財貨の一部を投じて、サン・ミカエル橋の構築に寄進いたしたが、その橋に悪魔が天使の足下に麗々しい顔をして彫られてある因縁は、正史にも記されたこの奇譚を、実に記念してなのである。
路易十一世飄逸記
ルイ十一世は悪巫山戯をいたく好まれた磊落なお為人で、王としての宝位《くらい》や宗教上の倫常《み ち》に関しての御叡慮はともかく、その他の諸点では極めて酒池肉林ごのみに振舞わせられ、鷹狩や兎猟に劣らず女漁りにもいと御余念がござなかった。王をもって陰険なお人柄と解く浅学腐儒どもは、その無識をさらけ出すも同然、まことに王は並びないほど愉快な、寛闊な、太っ腹の茶目者であらせられたのである。
この世の中では《暖かく泄らすこと、冷たく飲むこと、堅く立つこと、軟く嚥むこと》の四つが、なによりも結構だし、時宜にも叶うとは、王が上機嫌の折にお洩らしなされた綸言だそうである。王が下素女ばかりをお漁りになったと誣うるものもあるが、これはあっけもない嘘八百で、王の御寵愛になった方々は――なかの御一方は王妃にお直りになられたが――何れも名門の出で、のちにはそれぞれしかるべきところに縁づかれておる。王は大盤振舞や大尽遊びをお慎しみになり、万事手堅く遊ばされたので、従っておこぼれ頂戴というわけには参らなかったゆえ、膏血搾りの賄賂役人で王をあしざまに云いなしているものもあるが、丹誠な真実蒐集家なら、この王が私的生活に於ても、極めて洒脱にましまし、しかも愛すべきお人柄であったことを、必ずや存じておるだろう。王はその友人の首をちょん切ったり厳罰に処したりするのを、決して御容赦なさらない方であったが、それもよくせき王が相手の奸計に腹をお立てになった場合にのみ限られ、王の復讐は常に正義の味方であった。この英邁な王がついぞ誤またれたのは、われらの友人ヴェルヴィルの語った話柄の一つに於てしか、吾儕は思い当らぬほどであるが、一度は物の数ならずだし、それにその失敗の咎も、王よりはむしろ、寵臣のトリスタン《〈1〉》にあったと言えよう。恐らくヴェルヴィルも笑い噺として書いたものであろうが、わが優れたる同郷人のいみじき著作を知る者とて、今はもうあるまいから、以下にそれを転載することにいたそう。但しかいつまんでの筋だけを語ることにするが、これにはいろいろと入組んだ綾のあること、識者のよく知るとおりである。
――ルイ十一世はテュルプネイの僧院(これに就ては『美姫インペリア』で言及いたした)を一貴族に与えられたが、この貴族はその収得《あがり》を享有して、自らムシウ・ド・テュルプネイと名乗っていた。さて王がプレシス・レ・トゥールに行在のころ、テュルプネイの貫主であった本物の方丈が、王の許へ足繁く参って、寺社法規によっても、僧院律令にてらしても、愚衲《わそう》こそ該僧院の正当権利者であって、あの貴族は純理を滅却した簒奪者である旨を、しきりに諫諍して、王にその明断を仰いだので、王は御鬘を振りながら方丈によろしく満足を与える趣の御諚を賜わったが、蛸頭巾のうるさがたの例《ためし》に違わず、蒼蠅くこの坊主は王の御餐の済んだ時分に屡々押し掛けて参ったので、口角泡の僧院の聖水に、うんざりなされたルイ十一世には、腹心のトリスタンをお招きになって、
『あのテュルプネイの奴さんには、全く腹が据えかねた。ひとつ彼奴をこの世から葬り去って参れ。』とお命じになったので、トリスタンは僧袍《フロツク》を坊主ととったのか、それとも坊主を礼服《フロツク》ととったか、御殿じゅうムシウ・ド・テュルプネイで通っている例の貴族のところへ参って、名を呼び小脇につれこんで、矢庭にその場に押えつけ、王が彼の御陀仏を望んでいられる旨を呑み込ませたので、テュルプネイ殿は哀願しながら抵抗し、抵抗しながら哀願したが、聞き入れればこそ、とうとう首と肩のあいだをやんわりと絞られて、大往生をとげられてしまった。
その三時間ほど後、トリスタンは王の許へ参って、上意のごとく折伏してまいったる旨を奏上いたした。
それから五日ほど経ち、幽霊があの世からちょうど戻って来る時分になって、例の方丈が王の御座所近くに現われたので、王はいたくお驚き遊ばされて、傍らに居合せたトリスタンをお招きになり、小声でその耳許に囁かれた。
『余の命じたことを其方は行わなかったな?』
『どう仕りまして。慥かに片附けました。テュルプネイはまさしく落命いたして御座る。』
『なんじゃと、儂はあの坊主のことを言ったのじゃが……』
『小官は貴族の方と聞きました。』
『ふむ、ではもう後の祭か?』
『はい、どうやら左様で。』
『そんなら致し方もない。』
そう云って王は方丈の方に向き直られて、
『これ、坊主、近う参れ。』
方丈は王の御前に近づいた。
『そこへ跪け。』と王は方丈に申された。
可哀想に方丈は烈しい恐怖に襲われたが、しかし王にはこう仰せられただけであった。
『余の命ぜし如く其方が成敗に逢わなんだことは、ひとえにこれ神の思召しと心得て、篤く上天に謝するがよい。其方の寺領を奪った者が、冥罰で身代りに立ったのじゃ。これまさに神の其許への正しいお裁きでがなあろう。さあ戻って余のために神に祈ってくりゃれ。したが二度と再び僧院から、のこのこ遣って参るではないぞ。』――
この話はルイ十一世の結構人たることをよく物語っている。テュルプネイ卿は兎も角も王の為に一命を捧げたのであるから、間違いのもととなったこの方丈を、なんなら絞首の刑に処しても、毫も差支えはないのであったが、それを御助命遊ばされたからである。
ルイ十一世がプレシス・レ・トゥールに行在遊ばされた初めっかた、王は至尊の身のほどに御遠慮遊ばされて、さすがに御殿のなかでは酒事や春態もなされなかった。――こうしたやんごとない御心遣いは、其後の王の御継嗣の方々いずれにも、御覚えのないところである。――王はニコル・ボオペルテュイという御婦人に馴染まれて、頻りに御殿から忍び通いを遊ばされたが、何を隠そうこの愛妾はトゥールの町家の人妻で、王はその良人をローマ法王庁におつかわしになり、奥方の方だけを、現在カンカングローニュ街になっているシャルドンヌレに程近い御別宅に、お囲い遊ばされていた。そこは町の喧噪を離れた淋しい場所柄だったので、ひときわ王の御目金にもかなったわけで、こうして亭主も女房もくしき忠勤を二人して、王に励んだ次第であるが、王はこのマダムとの間に一女まで儲けられたが、この姫宮はのちに修道院に入って、そこで入寂遊ばしたという。
このニコルというのは鸚鵡のように嬌口《おきやん》で舌賢く、むっちりとした太り肉《じし》で、二つの大きな美しい豊満な尻敷《しりたぶら》の羽根蒲団をそなえ、堅く締ったあじまやかな肉感美があり、天使の翼のように真白で、それに恋の理学の妙なる解式や、ポワシィの橄欖油《オリーヴ》の調合法、官能の鞣し方、さては色道書の密儀などに到るまで、その蘊奥を極めていたので、彼女とともにあっては同じ式の巫山の夢を、二度と結ぶことがないとまで云われているくらい、逍遥学《よ た か》派の技法に造詣のあついことで、艶名を天下に轟かしていたが、王もいたくこれらの諸技に御感斜めならずでござったのである。ニコルは河原鶸のように陽気で、何時も唄ったり笑ったりして、ついぞ人の気を暗くしたことがなかった。もっともこれはこうした派手な快活な、何時もオキュパーション《〈2〉》という一つ事が――これには尻熱と勤めとの二義がありますぞ。――頭にこびりついている性分の女人の特質でもあるが。
王はよく遊び相手の寵臣を従えられて、そこへお渡りになったが、人目を憚られて、多くは夜分、御伴《おとも》もなしでお忍びになり、それに普段から邪推深い御性分とて、待ち伏せを怖れられ、御殿の犬小舎の犬で、御免とも云わず、いきなり人にくらいつこうとする獰猛なのばかりを御下賜になって、ニコルに飼わせておかれたが、この王室犬どもは王とニコルのほかは人馴れしないので、王が御出での節は、庭の中に犬どもを放って、屋形の門はよく締めて厳しく鍵を掛け、その鍵も王御自身が保管遊ばされ、さてこうしてすっかり安泰になったところで、仲間の連中とさまざまなお遊びに耽られるのであったが、何の漏洩の怖れもなく、精一杯に遊興や放佚に羽目を外して、王をはじめここを先途と騒ぎ廻られたのであった。
そういった晩には、トリスタンがお目附となって、あたり界隈を哨戒し、シャルドンヌレの並木道あたりを、ぶらぶらやって来る者は、誰によらず忽ち引くくられて吊し上げられ、両足で通行人に祝祷を与えるような恰好にされるのであったが、但し王からの通行許可証を持っている者だけは、大手を振って罷り通ることができた。王はニコルや客人たちから智慧づけられて、お気晴らしに客人のお相手として、よく遊び女を召されたり、トゥールの町人共を招いてお慰みになられたが、秘密にというお達しを賜わっていたので、こうした御遊興のくさぐさも、王の崩御遊ばすまでは絶えて世上に洩れることもなかったのである。
巷間伝うるところの「俺の臀を舐めろ!」のファルスは、このルイ十一世が御発案遊ばされたということである。このコントの本題からいささか脇道にはそれるが、飄逸な国王の道化《おどけ》た茶気満々たるお人柄を、よく現わしておるゆえ、次にすこしくそれを書き記してみたい。
当時トゥールの町に、聞えた三人の慾深どもがあった。その第一がコルネリウス殿で、その話は嘗て述べたことがあるゆえ、かなりと知れわたっておろう。その第二はペカールという数珠や袈裟や珍宝を商う商人、残る一人はマルシャンドオという物持の葡萄作りであった。このあとの二人のトゥール人は吝嗇坊ではあったが、歴乎とした家名を後世に残した御先祖となっている。
ある晩のこと、ルイ十一世はボオペルテュイの許で、すこぶる上機嫌に大盃を傾けられたり、諧謔を弄せられたり、夜祷の刻限にもならぬさきに、マダムの祈祷所で密祷をお加持なされたりしておったが、相棒のル・ダン《〈3〉》やラ・バリュ僧正《〈4〉》や、老いてますます旺んなデュノワ老人《〈5〉》などを顧みられて、
『どうじゃ、人生には須く笑いが肝心だ。……ひとつ慾深共が金の袋を前にして、触りも出来ぬていたらくを見るのも、時にとっての一興じゃと思うが。……これ、誰かあるか!』
お召しに応じて従僕が現われた。
『其方は先ず余の金蔵番のところへ参って、すぐここへ六千エキュの黄金を持参するよう申し附けい。それからコルネリウスと、シイニュ街の飾珠商と、マルシャンドオ老人の三名を、余のお召しじゃと申して、即刻ここに引立てて参れ。』
そしてまた酒盛が始まって、強烈な体臭の女が好いか、シャボンの芳香の濃い女が増しか、すらりとした女が好いか、むっちりした女があじかと、座は懸命な品定めに移ったが、さすがに色の諸分《しよわけ》をわきまえられた英秀の方々の席上とて、殿方が女子衆に天来の妙想をお通じになろうとするちょうどその瞬間、さながらあたたかい胎貝の玉盤をひとりじめに抱えたような思いのする姫御前に、まさるものはあるまいということに相定まったのであった。女子衆にとって味のよいのは、ことの初めの接吻か、終りの接吻かと僧正には訊ねめさると、ラ・ボオペルテュイはそれに答えて、失ったものを既に知った後の接吻の方が趣は深く、これが初手の接吻だと、何が得られるものやら見当もつかぬゆえ、従って風韻も薄いようだと申されたというが、惜しくも散佚して後世に伝わらぬこうした卓見雅懐が、かずかずと取交されているうち、六千エキュの黄金が運ばれて参った。今日びの三十万法にもあたろうという額面《た か》であったが、末世の慣わしとはいえ、いまはよろず品下れるものかなである。王の御〓咐で卓上に黄金が盛り上げられ、煌々と燭火も点じられたので、我知らず輝き出した客人たちの眼光のように、黄金は燦爛と山吹色に輝いたので、一座の連中はひとりでにいやいや笑いを泛べてしまった。
待つ程もなく、三人の吝嗇漢は、従僕に伴われて参ったが、国王の気まぐれな御気象を呑み込んでいたコルネリウスを別として、後の二人は真蒼に打喘いでいた。
『やあやあ御苦労、』と王は彼等に云った。『ここなテーブルの上なる黄金に、先ずはお目をとめられい。』
三市民は噛りつくような眼附で、黄金を見据えたが、その小さな白っぽいまなこだまは、ラ・ボオペルテュイのダイヤにも勝ってそれぞれに燦めいたと申す。
『これをひとつ諸君に進呈しようと思うのじゃが。』と王は言葉を継がれた。
こう云われて三人は黄金に吸いついていた目を離して、互いに相手を窺いはじめた。これら老猿たちは、他の誰にも増して、面妖なつくり顔が巧いことを、一座の者たちはつくづくと見極めた。三人の御面相は、仰山に珍妙なものとなり、まるで牛乳を舐めている猫か、嫁入咄でこそばゆい思いをしている娘子のようになったからである。
『よいか、御身らのなかで、黄金を手掴みしながら、他の二人に向って「俺の臀を舐めろ!」と、三度繰返して云えた者に、これをみんな進上するとしよう。したが、番《つが》いつつある蠅のような、糞真面目な顔の出来ぬものや、戯言《ざれごと》を云いながら、にこりとでもしたものは、罰としてマダムに十エキュずつ払うのだぞ。ただし各自三回まで試みてよろしい。』
『有難い。ただ儲けだ!』とコルネリウスは言った。和蘭人の常として、いつも固くひん結んだおごそかな口もとを彼がしていたことは、マダムの下の口が常ににこやかに開かれていたのと好一対であった。
コルネリウスは、勇敢に手を金貨の山に突込んで、まことの山吹かどうか験めるべく、ぎゅっと掴み上げた。しかし彼が二人の同僚に、『俺の臀を舐めろ!』と慇懃に言ってのけてその方を打眺めた時、二人の吝ん坊は彼の和蘭式の厳粛さについ怖気づいて、まるで彼が嚔でもした時のように、『御意のままに!』と思わず答えてしまったので、一座はもとより、当のコルネリウスまでもが吹き出してしまった。
マルシャンドオ老人が金貨を掴もうとすると、妙に唇のあたりがむずがゆくなって来て、菊石《あばた》面《づら》の皺顔の罅という罅から、笑いが滲み出すさまは、さながら煖炉の裂目《ひびめ》から煙が洩れ出るようで、とうとう彼は一言も口が利けない始末だった。最後に現われたペカールはちょっと茶目気のある男だったが、縊死人の頸のように堅く唇を結んで、金貨を一握りするや、王をはじめ一座の者を見渡して、嘲弄たっぷりの口調で『俺の臀を舐めろ!』と言い放った。
『うんこだらけだろう?』と葡萄作り。
『綺麗つるつる、拝ませたいくらいだ。』とペカールは重々しげに答えた。
それで国王も、ちょっと金貨のことが気になりだした。ペカールは笑いもせで二度繰返し、三度目にまさに誓言を発せんとした時、ラ・ボオペルテュイは応諾のしるしに、愛くるしくにっこり頷いてみせたので、これにすっかり度を失ったペカールの口は、素女点《しよじよまく》が破れたように張り裂けてしまった。
『六千エキュを前にして、よくもまあお前は、しかつべらしい顔を、二度もしつづけられたのう?』とデュノワはあとで訊ねた。
『はあ、閣下、私は先ず明日お裁きが下る私の訴訟のことを頭に泛べ、それからつぎに、始末のわるいうちの山の神のことを考え続けていました。』
この莫大な御宝《おたから》をわがものとしたい慾目から、なおも三人は交る交ると試みたので、王は一時間あまりというもの、彼等がなすさまざまな手筈や御面相や、澄し顔や閻魔面や、また猿芝居の願文もどきを、さんざ堪能するまで楽しむことが出来たが、当の三人にとっては、さながら笊で水を掬むようなもので、しかも腕より袖が可愛いという、これらあこぎな慾深亡者連にとっては、マダムに銘々百エキュずつ払って戻らねばならぬことは、しんぞ身を切られるような苦しみであった。
三人が退出してから、ニコルは勇敢に王に向って云った。
『陛下、あたしがやっておみせしましょうか?』
『どうしてどうして。そなたのなら金なんどそんなに貰わんでも、儂は喜んで舐めるよ』と王には勅答あらせられた。
まるで吝臭い男の言い分だが、本当のところ、王は常にしかくあらせられたのである。
ある晩、肥大漢のラ・バリュ僧正が宗教法規を聊か逸脱した観のある、猥らな言辞と物腰を弄して、ボオペルテュイに迫ったことがあったが、マダムは根がおきゃんな御新造で、己が阿母の肌着に穴がいくつ開いているか、なんどとあけすけに人に訊かれて、うずうず引下るような性分でなかったことは、彼女にとって仕合せのいたりだった。
『したが僧正様、王様の大好きなものに聖油を授けようというのは、ちと越権にすぎましょう。』と早速に彼女は言い返した。
と、入れ替りに理髪師のオリヴィエ・ル・ダンが口説きに来たが、同じくマダムは耳を藉そうともせず、その縷々たる贅弁に対して、彼女が髯をあたらせるのは、王様の御意に召すかどうかを、先ず訊ねてからにいたしましょうと答えた。
ところがこのル・ダンは、マダムの肱鉄をくらったことを、王様に内密にするよう泣きを入れもしなかったので、さてはこうした相ついでの色仕掛は、マダムに男友達が多いのを御猜疑なされた、王様が仕組まれた謀計《トリツク》に違いないと感づいたが、国王に仕返しをするわけにも参らないので、手先となったこの両人をなぶり、まんまと、一杯くらわせて閉口頓首させ、かつは国王の笑い草にもしようと思いつかれた。
そこで或晩のこと、両人が晩餐の陪食を仰せつかった折、ちょうどマダムの許に、王のお目通りを願いに参った町の貴婦人が座におった。このお方はさる権門の奥方で、良人の特赦をお願いに参られたが、はからずも次なる綺譚に協力した結果、王もこれを御嘉納遊ばされたのである。
ニコル・ボオペルテュイは国王を暫時別室に招いて、――客人たちに鱈腹詰め込ませ、牛飲馬食いたさせたいと存じますれば、卓上ではてもなく作り機嫌に、陽気にお振舞いになり、卓布を撤したら今度はひどく御機嫌わるく八つ当り遊ばし、彼等の申すところに一々逆鱗し、十把一紮げにおやっつけなされるならば、王の御前で彼等をきりきり舞いの手痛い目に遭わせて、御座興に供しましょうと申し上げ、それにはあれなる御婦人も、この面白い御笑草に、快く一役買っておりますので、何卒王様にも御如才なく遊ばして、いかさま御寵愛も一方でないよう、優しく御相手下さいますことが、何よりも肝要で御座いますると、こっそり王に言上いたしたのであった。
『さあ諸君、食卓に就こう。きょう終日の狩猟は大収穫だったな。』と戻って来るなり王には仰せられた。
それで理髪師と、僧正と、肥満した司教と、スコット軍近衛隊長と、高等法院から参った王の寵臣の法曹家等は、二婦人に続いて食堂に入り、歯糞を落すことに相成った。
そして彼等は銘々の胴着の型裁《かたたち》に裏打ちをし、うんとこさ填めこむことになった。といってお解りがなければ、胃袋を鋪装し、天然化学を実験し、器皿を吟味し、臓腑に大盤振舞をし、歯牙でわれとわが墓掘りをし、カインの剣を玩び、ソースを腹中に葬り、寝取られ男の摂養をとることを、或はさらに形而上学的に申せば、歯をもって糞を製造するわざをやらかしたのである。で、漸く合点が参られたか? はてさて、貴公等の活眼をあけるには、なんと言葉数のかかることではある。――
大掛りなこの饗応を、客人がたに蒸溜させるのに、王もいたれりつくせりの款待ぶりを示された。青豆を無理強いしたり、ごった煮の皿を掻きまぜたり、杏を褒め上げたり、魚をすすめたり、一人には『なぜ其方は食わんのか?』と仰せられ、他の一人には『マダムのために乾盃してくれ。』と告げ、一同に向って『諸君、この蝦を賞味してくれ。この酒壜を平げてしまおう! ここな豚腸詰の旨さを御存じないのか? どうだ、この八目鰻の結構さは! 頬が落ちるぞ。さあ、これこそロワール川飛切りの鯉だ。この搗肉をつついてみてくれ。これなるはかく申す我輩の猟土産じゃ。これを賞翫せぬものは、我輩を蔑しろにしたも同然じゃぞ。』それからまた『さあさあ、どしどし飲んだり飲んだり。王の御前じゃとて遠慮はすまいぞ。このジャムの味はいかがじゃな? マダムの御手づくりだぞ。この葡萄を食ってみてくれ。儂の葡萄畑からとれたものじゃ。さあさあ、この山〓子《さんざし》を味わわんか!』
こうしてみんなの太鼓腹を便々と膨ませ、王は相共に頤を解かれて哄笑なされたので、一座は無礼講に恰も眼中王なきが如くに打興じて、戯談を飛ばし合ったり、議論を闘わせたり、唾を吐いたり、鼻をかんだりして乱痴気騒ぎに相成った。さてこそ鱈腹とくらいぬけ、酒壜を数知れず倒し、健啖にシチウを満喫めされたので、客人たちの顔は、僧正帽のように赤くなり、口の漏斗の突先きから、お腹の下の栓まで、ちょうどトロワのソーセージよろしく、ぎゅうぎゅうに押込んだので、ために胴着も張り裂けんばかりでごあった。
食堂を出てサロンに戻った一同は、もうたらたらの汗みずくで、息遣いもあらあらしく、ロハの御馳走を内心のろい出すていたらくであった。と、王は急に不機嫌に押黙ってしまわれた。一同もえたり賢しとこれに倣った。というのはひどくごろごろ鳴り出し突張りかえるお腹のなかの臓物《ごてもの》の煎じ出しに、全力を注がねばならなかったからである。『あのソースを平げたのが無鉄砲だったわい。』と内心呟くものもあれば、鯉と鰻に掛け汁をした皿を啖い尽したのをこぼすものもあり、『あの豚肉腸詰のせいで、妙に腹ぐあいがおかしいぞ。』と呪い出すものもあった。一座のなかでもっとも便々たる腹をしていた僧正は、脅えた馬のような鼻呼吸をさかんにしておったが、やがて途轍もない大きな〓気《おくび》を、先ず発せずにはいられなかった。〓気をすると喜んで囃し立てるという独逸にいたらと、この時ばかりは、沁々と僧正は思ったことである。というのはこの胃の腑の言葉を耳にせられた王には、苦々しげに眉を顰めて、僧正を打見やりながら、
『なんたる不始末じゃ。余をただの坊主とでも心得おるのか?』と申されたからである。
これを聞いて一座はひどく怖れ戦いた。何故なら普段は国王は、腹の底からの〓気にいたく打興じておられたからで。そこで他の客人たちは膵臓のレトルトのなかで、もはや煮えくり返って蛙啼きしている瓦斯を、別な仕方で処分するのに肝胆を砕かなくてはならなかった。先ずちょっとの間だけでも腸間膜の襞のあわいに、腹中瓦斯を保っておこうと、さまざまに苦心をしだした。収歛者《みつぎとり》のように客人たちが膨れ上った頃合を見計ったラ・ボオペルテュイは、ちょうどその時、国王を小脇に呼んでこう申した。
『実を申しますと、あたしペカールに命じて、妾とあの婦人そっくりの二つの等身人形を造らせておきました。酒盞のなかへ忍ばせておいた下り薬の効目が出て、あの連中が初審裁判所席《べ ん じ よ》へかけつけても、あたしたちがそこへ先廻りをして、身代りの人形で場所を塞げてしまっておきますから、彼等がきりきり舞いする身もだえを、とくと御覧じ遊ばしませ。』
そう云ってラ・ボオペルテュイは、婦人と一緒に、女人衆のならわせに従って「糸車廻し」に行こうとして姿を消したが、この言葉の起りに就いては、何れ筆硯を新たにして物語りたい。
それ相応な落水《せせらぎ》の時間をおいて、ラ・ボオペルテュイは「天然錬金術の実験室」に婦人を残して、ひとり先きに戻って来たような振りをした。そこで王は僧正をわざわざ傍らに召されて、相手の袈裟頭巾の総をまさぐり遊ばされながら、重々しく御用談に移られたが、起立した僧正は水が穴窖に充ち満ち、後ろ門の鍵も外れそうになっている矢先のこととて、王の仰有る度毎に『はい、陛下』と上の空だけで答えて、一刻も早くかかる御愛顧から逃れて、尻に帆をかけたいとむずむずしていた。
客人たちのすべても、うんこの運行を如何にして食い止むべきか、から施すすべもなく、はたと当惑しておった。それというのも自然のくすしきわざから、小便にも遥にまして大便というやつは、ある種の水準に烈しく達しようとする力を持つものだからで、例の中身もぐにゃぐにゃになり、さながら繭を破らんとする蛹のように、むずむずと蠢き出し、めったむじんに暴れ始め、王の威厳も憚らず、とんだ責苦に彼等をさいなんだ。この糞忌々しい一物ほど聞分けのない無礼者もなければ、是が非でも抜け出そうとする牢破りのしつこさをもったものもあるまい。まるで鰻が網目から滑り出すように、一挙一動にもうんこは脱れ出ようとするので、王の御前でくそたわけでもしてはと、銘々あらん限りの糞力と糞ぼねおりの限りをつくした。
ルイ十一世におかせられては、ことさら客人たち一人一人にお言葉を賜わって興がられ、のたうつ糞腸《くそわた》を尻目にいたした糞落着きの顰め面や、その怪顛《けでん》な四苦八苦の変相に、いたく御堪能遊ばされていた。
高等法院評議官はオリヴィエに言った。
『ものの数分ほどブリュノオの囲地にしゃがめたら、拙者の官職など投げうってもいい。』
『まったく、快い便通に勝る快楽はございませんとも。もうこれからは、蠅がしょっちゅう大うんこをしても、わしはたまげる気遣いはありませんよ。』と理髪師は答えた。
例の婦人が会計院で受取を貰った時分と、頃合を見定めた僧正は、王の御手に頭巾の総を残した儘、祈祷を唱え忘れたような慌てた恰好で、身をのけぞらせながら、素早くドアーの方へ走り出した。
『これこれ、僧正には何といたした?』と王はお訊ねになった。
『はあ、その、実は……こ、このお邸は滅法界万ず大掛りで御座いまするな。』
そう言って、突嗟の頓智に喫驚している連中を後にして、ラ・バリュは座を抜け出し、下帯《さいふ》の紐をすこしずつゆるめながら、厠へ目指して得々として歩を運んだ。したが随喜の門を慌しく開けると、聖別式を受けられる法皇のように、例の婦人がうてなの上に鎮座ましまし、お勤めを遊ばしていた最中なので、僧正はあたふたと後退りし、熟した果物をまた鞘納めして、今度は階段を走り下って庭に出ようとしたが、最後の踏段のところで、猛犬どもに吼え立てられ、大事なお臀の半球の片方を、齧りとられかねまじいので、ひどく恐怖にかられ、化学的産物をどこへ引導を渡してよいやら解らず、詮方なくすごすごともとのサロンへ引帰して来たが、まるで寒い戸外にいた人のようにぶるぶる胴慄いをしておった。
ほかの連中は僧正が戻って来たのを見て、くそぶくろを空にし、坊主腹を軽くして来たものと思って、ひどく羨望いたした。それで理髪師も急いで立ち上って、壁掛を眺め梁材《うつばり》を数えるような物腰で、誰よりも先に扉のところへ達し、あらかじめ肛門括約筋《し た の せ ん》をゆるめながら、鼻唄まじりで雪隠へかけつけた。しかしそこへ辿り着いた彼は、ラ・バリュと同じように、扉を開けるのも早かったが、締めるのも早く、やはり長糞尻の女人に、お詫びの言葉を呟かなくてはならなかった。そして彼はくそわたぶくろのなかをごったがえす、凝集分子の後腹《あとばら》をかかえたまま、くそぼね折って戻って来た。こうして客人たちは次々と行列を作ったが、体内のソースを排泄出来ずに、すぐまたルイ十一世の御前に戻って、さきにも増して困じ果てて、互いにそれと顔を見合せておったのは、総じて口より臀の口の方が通じが早いせいでもあろうか。――一体に生理器官の用達しには、毫も曖昧なところがなく、みな道理にかない、すぐと悟りがつくのであるが、それというのも生れ落ちて直ちに覚えた才覚なればこそであろう。
『あの女は明日までかかって、くそをひる気らしい。それにしても何だってマダムはあんな腹下しを、ここへ招いたのだろう?』と僧正は理髪師に云った。
『私ならほんのちょっくらの間に出来ることを、あの女はもう一時間近くもかかっている。力みすぎて熱でも出すがいいや!』とオリヴィエ・ル・ダンは叫んだ。
疝気やみの廷臣たちがしつこい物体をこらえさせようと、地団駄ふんでいるところへ、例の婦人が戻って来た。その時の彼女がげに美しく神々しくも見えたることといったら、むずむずするお臀のあたりを、この女のなら舐めてもいいと思ったくらいであったし、惨めな浅間しい下り腹にとっては、地獄に仏ともいうべきこの菩薩の御来迎ほど、熱烈に迎えられたお日様もまたあるまい。ラ・バリュは立上った。他の連中は法燈に対する名誉と尊重と恭敬とから、後架に於ける蹲踞《つくばり》を恭しく彼に譲って、なおも糞辛抱しながら、顰め面をしつづけているそのさまを、王は内心でお笑い遊ばされ、王をけしかけてこれら腹下し連中を、青息吐息にさせた当のニコルも、ひそかに忍び笑いを洩らすのであった。
利目あらたかな下痢剤を、大膳職がしこたま入れた料理を近衛隊長は、人一倍に平げたもので、軽い屁をちょっとしたつもりで、夥しく股引を糞だらけにし、消えも入りたい風情で一隅に引込んで、この不始末な臭いが王のお鼻にとまらずに済むようにと、頻りに神仏に念じていた。と、この時、僧正がひどく気を取乱してはせ戻って来た。ラ・ボオペルテュイが悠然と禅榻《せんちん》にましましたのを見たからである。なにしろ七転八倒の苦しみだったもので、マダムがサロンにいたのだったかどうかも知らず、戻って来て始めて、王の傍らに彼女がいるのを見て、まるで悪魔にでも鉢合せしたように『おお!』と叫び声をあげた。
『何事じゃ?』と王は屹となって僧正を睨まれたが、その一睨みにあったら、とんと熱も上るであろう。
『悪魔の調伏は愚僧の管轄にござりまする。畏れながらこの御館には、魔物がおりまするぞ。』とラ・バリュは傲然と答えた。
『なんじゃと、この糞坊主。其方は余を嘲弄いたす気か。』と王は憤られた。
この大喝に一座は股引も裏地も見境いがなくなり、恐怖のあまり思わず肛門をうち開いて、反吐するようにうんこをしてしまった。
『おお、そちたちは何という尾籠な、――この不埒者奴らが!』
王の獅子吼に一座の面々は真蒼になった。『おい、トリスタン、トリスタンはあるか!』と王は俄かに窓を開けて叫ばれた。『ここへ上って参れ!』
トリスタンはすぐ姿を現わした。座にいた者たちは、何れも王の御愛顧で成上った数ならぬ連中のこととて、癇癪持のルイ十一世の御気色一つで、一蓮托生、首の台の飛ぶ者共ばかりだったので、法衣を笠に着ていた僧正を除く一同の者が、みな鯱張って恐怖に喘いでいるさまを、トリスタンは物珍しげに見廻した。
『こやつらを並木道《マ イ エ》の裁判所《か ま や》へ拘引いたせ。啖い過ぎてうんこを洩らされたのじゃ。』
あとでニコルは王に向って、
『あたしのお茶番は結構でしたでしょう?』と云った。
『面白いファルスじゃが、ひどくむさくるしいのう。』と王には哄笑あそばしながら答えられたという。
この御言葉によって、このたびは、一命につつがないことが、うんこひりの廷臣たちにも解り、一同は上天に篤く感謝いたしたのであった。
ルイ十一世はこうしたげびた御座興を、ひどく好まれていた。しかしトリスタンに伴われて、並木道のへりに蹲り、漸くのうのうしながら連中が悪態づいたような根生悪ではあらせられなかったのである。トリスタンも流石は物の分った仏蘭西人だけあって、彼等の用が済むまでおとなしく待って、それぞれの家へと送り届けたのであった。
それからというもの、トゥールの町人どもは御殿の人たちもそこでやったというので、大威張りでシャルドンヌレの並木道で埒を明けるようになったが、これがそもそもの起りなのである。
この偉大な国王の膝下《ももひき》を離れる前に、ラ・ゴドグランに対して王がなされた抱腹絶倒譚を記さずにはいられない。ラ・ゴドグランというのは、臍の緒切ってここに四十年、いまだにその破鍋にとじ蓋のみつからぬのをしんどがり、騾馬《〈6〉》のように万年処女であることを、渋色の肌の下で、痛憤やるかたなく思っていた老嬢であったが、その棲家というのがいまのイェリュザレム街の片隅、ちょうどラ・ボオペルテュイの家の真向いにあって、寵姫の張出しバルコニーから塀越しに、向うの一階の部屋のなかで、老嬢がなにをしているか、何と云っているか、手に取るようにわかったので、国王も屡々この老嬢を御遠望遊ばしては、会心の笑みをお洩しになっておったが、ルイ十一世のかかる長砲の射程内にあろうとは、もとより当人はつゆ知らぬのであった。
自由市場の開かれたある日のこと、王はトゥールの町の若者をひとり、絞首の刑に処せられた。これは若い娘っ子と感違いして、やや年のいった良家の婦女を犯した罪咎によるものであったが、単にこれだけならさほどのこともなく、また当の御婦人にしても、娘御と見間違われたことを感佩すべきでさえあったが、若者の方は感違いに気づいて、ありとある雑言を浴びせ、あまつさえよくも化けおったなと逆恨みまでし、彼のしてやった奉仕料《サーヴイス》のかわりとして、立派な朱銀の大盃を一つ失敬するという出来心を起したがためである。
この若者は髪を房々となびかせた美しい青年だったので、一種の哀惜の念とまた好奇の心とから、町じゅうの人が、絞首場に集まって参ったが、殿方より女子衆の方が数多かったことは、敢て異とするに足るまい。
それにこの若者のぶら下りぶりも、なかなか凜々しかったし、なによりも縊死人のむかしからの慣わせ通り、突兀と槍を構えたまま風流男《ギヤラント》として立往生いたしたので、それが町でのえらい評判となった。あのような丹田の据わった槍ざむらいの寿命を縮めるとは、人殺しも同然だとばかり、町の御婦人方はしきりに云い合ったほどである。
『ラ・ゴドグランの寝床の中に、絞り首の若者の死骸を入れてみたら、きっと面白いでしょうね?』とラ・ボオペルテュイは王に言った。
『したがびっくりして目を廻すだろう。』とルイ十一世は仰言った。
『ところが、陛下、あの女はピンピンした殿御に目のないひとですから、いやしくも男でさえあれば、死人だって喜んで迎えるに違いはありません。現に昨日なども男の帽子を椅子の背に冠せて、随喜の涙にくれているさまを見たくらいですもの。いざ何を言い出すか、どんな仕振りをするか、さだめし観物だと思いますわ。』
そこで四十の老嬢が夜祷に詣った隙に、王は悲劇的ファルスの最後の幕を閉じたばかりの若者の死骸を取り寄せ、それに白いシャツを着せて、二人の従僕に命じて、ラ・ゴドグランの庭の塀伝いに運び上げ、寝床のなか、ちょうど壁傍に面した方へその死骸を寝かせておいた。そしてバルコニーの間に出て、ラ・ボオペルテュイと談笑なさりながら、王は老嬢が臥床する時の来るのを遅しとお待ちになられた。
程もなくラ・ゴドグランはぴょこぴょこと、(これはトゥレーヌ言葉の形容であるが)――サン・マルタン教会から戻って来た。イェリュザレム街はこの教会の塀に接しているくらいで、つい目と鼻のさきだった。老嬢は部屋に戻るや、祈祷書や、念珠や数珠玉や、その他老嬢のたずさえるくさぐさの弾倉を小脇において、火を掻き起し、吹き立てて、身を暖め、椅子の上にどっかと腰を卸し、他に撫でるものがないので、猫などを撫でていたが、やがて立上って食器棚の方へ行き、溜息しながら食べ、食べながら溜息をつき、壁掛なんぞ眺めてひとりでぱくついておったが、最後に水を呑み、それから王にまで聞えるくらいの大きなとりはずしをした。
『まあ、「見事なおならですなあ。」と首吊りが云ったらどうでしょう!』と、ラ・ボオペルテュイは言ったので、王と彼女はくすくす忍び笑いをもらし合った。
さて老嬢すっぱだかのお召替の段に移ると、いとも敬虔にまします国王には、熱心にこれを御覧じあそばされた。老嬢はわれとわが肢体を、惚れ惚れと眺めながら着物を脱いだり、髪を梳ったり、鼻の上に意地わるく吹き出た面皰をむしったり、歯をみがいたり、さては生娘であろうとなんであろうと、悲しい哉、女のすなるさまざまな些事――さぞまあ御当人にとっても、こうるさいことであろうが、こうした生来の業障がなければ、女人ばらは高慢ちきになりすぎて、ともにおつきあい致し兼ねる次第である。――それからじゃあじゃあという音楽的な水《いばり》の音など聞かせてから、男ひでりの老嬢はシーツの中に入ったが、忽ちけたたましい、癇高い、鋭い、奇声を揚げた。絞死人のぞっとするような冷たさと、青春の香ばしい薫りとを、ラ・ゴドグランは見もし、感じもしたからである。科《しな》をつくって遠く彼女は飛び退いたが、相手が本当の死人ということを知らなかったので、死んだ真似をしてからかっているのだろうと思い、その傍らに近寄って、
『さあお帰りよ、悪戯者!』
いともつつましいしとやかな口調で、この言葉を口にしたことは勿論である。それでも彼が動こうとしないので彼女は猶も近くに寄って、しげしげと男性の美しい肉塊を眺め、惚れ惚れとその局部現象に見入っておったが、絞死人に対して篤志を寄せて、純然たる科学的実験を試みてみたいという気が、むらむらと彼女に起って参った。
『あの女は何をしているのでしょう?』とラ・ボオペルテュイは王に言った。
『蘇らそうと試みているのだ。基督教徒の仁愛のなせるところじゃ。……』
エジプトのマリア聖女様の御加護に祈願をこめながら、老嬢は天から授かったこのいとしの殿御を蘇らそうと、身体を撫でたり、摩ったり、抱いたりしているうち、ふと見ると情深く暖めていた死人の眼が軽く動くようなので、心臓のあたりに手をあてると、そこは微かに鼓動し始めていた。寝床の暖かみと、温かい情愛と、老嬢の熱慕――アフリカの熱砂を吹くシロッコの如く、燃えんばかりのその熱気の力で、たまたま縊り方の拙かったこの美しい色男をよみ返らし得たことに、彼女はすっかり狂喜乱舞いたした。
『儂のとこの絞首執行人の腕前といったら、あれだからなあ。』とルイ十一世は笑いながら仰有った。
『でも、もう一度お絞りになるお心算はないでしょうね。ちょっといきな若者では御座いませんか。』とラ・ボオペルテュイは言った。
『二度絞らるべしとは判決にも述べてない。したがあの若者は、老嬢と結婚すべきことを宣する。……』
いそいそとして、老嬢は、同じ管区《アペイ》に住む医師を呼びに行った。外科医はすぐにはせつけて、披針《ランセツト》を手にして、若者の血を出そうとしたが、すこしも充血が溢れ出ないので、
『ああ、もう遅過ぎたかな。肺のなかに血が転位してしまったらしいぞ。』と云った。
と、俄かに若者の鮮血は滴りだし、やがてどっとって、ほんの始まったばかりの縊り縄の卒中も、かくて恙なくとまった。若者は身動きし、次第に生気づいて来た。それと共に自然の悲願で、烈しい憔悴と深い衰弱のうちに、肉塊の萎縮と万物の軟弱とが、彼をげっそりさせてしまった。最前から眼を皿のようにして老嬢は、この縊れそこないの身体のうちに起る顕著甚大な変化を打見やっていたが、やがて外科医の袖を引いて、物珍しそうな眼附で、若者のあえなくなった局所《さ ま》を指しながら訊ねた。
『これからはいつもこんな風なのでしょうか?』
『多くの場合はね。』と謹厳な外科医は答えた。
『おお、それなら絞られた時の方が、ずっと意気ですのね。』
この一言につい王は腹を抱えてお笑いになってしまった。窓越しに王のお姿を拝して、老嬢と外科医には、この哄笑が、哀れな絞死人に対する再度の死刑宣告のように響いたので、ひどく怖れ戦いた。しかし王はお言葉通りに二人に結婚を命じ給うた。なおその上、方正なる国王には、花婿にモルソーフ卿(死にはぐり)の名と領地とを与えられた。それはいつぞや断頭台上の露と消えた仁のものを、そっくりその儘下しおかれたのである。花嫁ラ・ゴドグランはたっぷり一叺あまりの黄金を持っていたので、二人してトゥレーヌの良家の基を築いたが、この家は今でも赫赫と栄えている。これはモルソーフがルイ十一世に対して、其後なにくれとなく忠義を尽した余栄にもよる。ただし彼は絞首台と老女を見るのが、それからはひどく嫌いで、それに夜の密会の呼出しには、ついぞ応じたことがなかったという。
この物語は女人をよく見定め認識して、老女と乙女との間にある部分的差違などに欺かれぬよう、くれぐれも注意が肝要であることを訓えるものである。というのは恋の間違いから、首を絞められる惧れは尠いにしても、ほかの数々の大いなる危険を冒すことは、えてしてありがちだからである。
(1) トリスタン――シャルル六世、七世、ルイ十一世に歴任、殊にルイ十一世の信任篤く、その奉行職に取立てられた。
(2) OccupationとはAu Cul Passionと洒落のめしたもの。なおボオペルテュイ夫人の名にも、Beau Pertuisで、「美しい穴」(坪内美子)の意味である。ゴドグランにしてもGade gravd(大張形)で、女性の自慰の器具に暗喩している。
(3) オリヴィエ・ル・ダン――ルイ十一世の理髪師にして腹心、王の死後一四八四年絞首刑となる。
(4) ラ・バリュ(一四二一―九一)枢機卿、ルイ十一世の大臣、陰謀をたくらんで一四六九年から八〇年まで投獄された。のち伊太利に亡命す。
(5) デュノワ(一四〇三―六八)オルレアン公の私生児、「一夜妻」(〓)に再出。勇武の豪将でジャンヌ・ダークに続いて英軍を撃退して大功あり。のちルイ十一世の股肱となる。
(6) ここの騾馬(Mulet)は馬と驢馬の合いの子の雑種を指す。バルザックの言う通り動物学上でも、万年処女だそうである。
大元帥夫人
アルマニヤック大元帥は権勢欲から、ボンヌ伯爵夫人と結婚あそばされたが、夫人はシャルル六世侍従長の御曹子サヴォワジイと、かねて熱烈なる恋仲でござった。いったいが元帥は荒々しい武弁で、お気の毒な御面相であり、肌もざらざらし、ひどく毛むくじゃらで、何時も悪態ぐちをつかれ、人を縊るのに常住熱心、されば戦さの汗を掻きつづけるか、愛の手立て以外の手立てに没頭めされるほか、とんと余念がござらっしゃらなかった。従って武辺者の殿には結婚のシチウ料理に香味を添えることなど、てんで御念頭になく、もっと高遠な狙いをつけておられる御仁のように、その優しい妻をお用いめされておったが、女子衆はこうした使われ方に、総じて賢なる嫌悪を覚えるものでごある。それは彼女たちの愛撫の芸当やいそしみの鑑定役が、ただ物言わぬ寝台の根太ばかりというのでは、あまりにも曲がなさすぎるからじゃ。
それで美しい伯爵夫人は大元帥夫人に納まるや、サヴォワジイに対する満腔の愛に、いっそうと縋りつきだしたので、想いは情人にもよく通じ、二人で同じ音楽を調べようと気が合って、すぐと銘々の楽器を和合させて、なんじゃもんじゃの愛の曲譜を判じあったのであった。二人の仲はイザベル女王も、とくと御存じで、サヴォワジイの馬が侍従長のサン・ポオルのお屋形にいるよりは、女王の従兄アルマニヤックの厩舎にいる時の方が多いのを、みそなわしておられた。(誰方も知っているように、侍従長のお屋敷は、大学の命令で毀たれたので、サン・ポオルに当時移り住んでおったのである。)
かねて元帥にはその殺人剣を振り廻されること、祝福を与える坊主の如くに見境いなしだったので、思慮に富んだ聡明なる女王には、ボンヌ夫人の身に不祥事の起るのを、早くも御憂慮になって、ある日、晩祷式の戻りがけ、サヴォワジイと一緒に聖水を頂いている従姉のボンヌ夫人に、言葉に衣を冠せて(鉛の短剣に見事に金メッキいたして)、こう仰有られた。
『お水のなかに血が見えませんでしたこと?』
『憚りながら、マダム。愛は血を愛しまする。』とサヴォワジイは代ってこれに答えた。
この返りごとを天晴れ名答と思召した女王は、あたまにしかとお書きとめになり、ずっと後になってそれを実行に移され、その結果、王には姦夫をあやめられることと相成ったが、以下の物語はその寵愛のなれそめをも記したものである。
さて幾多の御体験に依って皆々様とくと御存じのことと思うが、愛の初めの春さきにあたっては、恋人たちはそれぞれ心の秘密を、余人に洩らさぬよう常に心しておる。それは慎重の花からであり、また艶事の甘美なたばかりから与えられる秘楽ゆえでもあるが、浮名の立たぬように、男女ともかく初めは競い合っていても、そうした越し方の慎重さも、ひょっと一日、気を弛めただけで、すべてが水泡に帰してしまうことがよくある。たとえば罠の中に捕えられたように、快楽の裡に女人が搦められた折りだとか、情人が致命的な偶然に依って、下帯か懸章か拍車などを置き忘れ、それが彼の存在、或いは時とすると永別の、しるしともなったりする。さてそうなると折角二人が、金色の悦喜に依って、いきっぽく織りなした織物も、不粋な短剣の一閃で、ぶつり両断されてしまう。だが、生が燦々と輝いているおり、死を喞って顔をしかめるべきではない。もし美しい死とも云うべきものがあるとしたら、良人の刃を受けるのこそ、美しい粋筋の死の尤たるものではあるまいか。しかり、しこうしてわが大元帥夫人の美しい恋も、その終焉をしかく告げることになるのである。
ブルゴオニュ公がラニイを撤して退散いたしてしまわれたので、アルマニヤック大元帥にも、いささか小閑を得られたある朝のこと、元帥は奥方にお早うと申そうと思いつかれて、奥方がお忿りめされぬような、ごくやさしい御趣向で、お起しなされようとした。ところが泥のように暁方の熟睡に陥っておられた奥方には、背の君の仕草《てんごう》に対して、目蓋もあけずにこう申された。
『シャルル、寝かしといてよ。』
おのが守り神の上人様方の名でもない名前を聞かれて大元帥は、
『お、おう、さてはシャルルと姦通いたしおったな。』
そう申して元帥は夫人から身をひかれて、そのまま寝床から飛び出され、顔を炎にし、抜身の剣を握りしめて、夫人の腰元の寝ている部屋へ闖入遊ばした。みそかごとに腰元が手をかしているに違いないと、お考えめされたからである。
『ああ、ここな地獄の売女め。』と元帥は憤怒の余り、開口一番こう叫ばれた。『こらやい、念仏でも称えくされ。よくもシャルルを我が家に引入れて、たばかりおったな、即座に貴様は手討ちだぞ。』
『はれまあ御前様、誰方からお聞きにござりました?』
『貴様が手を貸した奥のこそこそ契りの詳細を、逐一白状せぬに於ては、四の五の言わせぬぞ。こいつ舌をもつれさせたり躓いたりしくさったら、壁へ短刀ではりつけてくれよう。神妙に申し立ててしまえ。』
『はりつけにして頂きましょう。妾からは何事もお探り出しにはなれますまいから。』
この健気な言葉をごく悪くとった元帥には、憤怒にのぼせ上って、腰元をその場にはりつけにして、奥方の部屋にとって返されたが、腰元の悲鳴に目を覚ましてかけつけた楯持に、元帥は階段で出会われてこう申された。
『上へ行ってみろ。ピレットをしたたかに折檻して参ったぞ。』
元帥は奥方の許に再び赴く前に、御子息を引張って参ろうとした。折ふし赤子のように寝入っていたところを、手荒く引摺り出されたもので、御令息はひどく泣き叫んだが、その声に奥方は目を開けられた。もちろん大きくにである。赤く血走った眼で妻子を睨んだ閣下の左手には、愛児が鷲掴みされ、右手は血みどろであった。
奥方はひどく喫驚あそばされ、
『どうしたのです?』
『おい、この餓鬼は俺の腰の果《み》か、それともお前の情人サヴォワジイのか、どっちなのだ?』と短気な果断家には訊ねられた。
その言葉に夫人は真蒼となり、喫驚して水にとびこむ蛙のように、子供にとびつかれた。
『まあ、何を仰有るの。慥かにあたしたちのですわ。』
『子供の首がお前の足下に転がるのを見たくないなら、俺に懺悔してありていに答えろ。貴様は俺の代将をつくりおったな。』
『あらまあ……』
『相手は何奴だ?』
『サヴォワジイではありませんとも、存ぜぬ相手の名など、申しようがありませんわ。』
立上った元帥は奥方の腕を掴み、刃の威光で何もかも白状させようといたされたが、奥方はいかめしい眼差で良人を見返して、こう叫ばれた。
『さあ殺して頂戴。けれど嫌だからあたしに触らないで。』
『いや、貴様は生かしといてやる。死ぬより辛い罰を授けてやるためにな。』
こういった思わぬ難場に直面しての、女人お手のものの策略、手立て、遁辞、たくらみなど、昼夜にわたってそれらの変化《ヴアリヤント》を、ひとりであるいはお互同士の間で、彼女達は研鑽しておられるものゆえ、その点を御警戒めされた元帥は、如上のむごい厳しい台詞を残したまま、立去って行かれた。元帥はすぐと家隷を呼び集められ、神様のように恐ろしい顔をして、訊問を開始いたした。人類総決算の最後の審判の日に、父なる神さまの御前に出た時の如く、畏る畏る彼等は返答を言上した。しかしこの略式訊問、狡い御吟味の奥の奥に潜んでいる由々しい禍根を知っているものは、誰一人とてなかった。されば召使どもの言うところを綜合して、元帥は次なる結論にと達せられた。すなわち館の男衆のなかで、ソースの中に指を突込んだ連累者は一人もなく、ただ番犬の中で、庭の見張りを仰せつかったにも拘らず、押黙っている唖畜生があるのをおみとめになり、両手でその犬を元帥は鷲掴みにして、憤怒のあまり扼殺にと及ばれたが、いったい庭の出入口といったら、川べりにのぞむ裏門があるだけだったので、代理元帥はそこから館に闖入いたしたものと、元帥は逍遥学派風に御推断遊ばされた。
アルマニヤックの館の位置を御存じない方々のため、ここで一言須いる必要があろう。この居館はサン・ポオルの王宮近く形勝の地を占めておった。後に此処にロングヴィルの館が建てられたが、其頃のアルマニヤックの館の正面玄関は、サン〓タントワーヌ街に面し、見事な石で畳み、館の四方は堅固にかこまれ、ヴァシュ島に面した川端、――現在のグレエヴ河岸のあたり――にも高い塀が聳え、小塔までもついていた。(この館の見取図は、王の尚璽デュブラ枢機卿の手許に、その後長いこと所蔵されてあった。)
元帥にはあたまを搾って、幾多の素晴しい陥穽を編まれた挙句、もっとも見事な、また万一の場合にも適った、すぐれた手立てを一つ、その中からお選みになったので、罠にかかった兎同然に、かの情人も引捕えられること、げに必定と相見えた。
『畜生、俺に間男されの角をつけた野郎め、もうこっちのものだ。逃しはせんぞ。一つどう料じてくれようか、とっくり舌なめずりするといたそう。』と大元帥には考えられた。
ジャン・サン〓プゥル大公を向うに廻して華々しい合戦に及ばれた豪勇毛むくじゃらの雄将が、隠れた敵を奇襲すべく、巧智の軍略を廻らした作戦計画とは、およそ次の如くである。――先ず元帥は腹心の屈竟の射手をあまた選んで、河岸の小塔の上に配置し、庭口から出ようとするものは、元帥夫人を除いて、館の何奴でもこれを射殺すること、及び昼夜を問わず、館に入って来ようとする殿方は、構わずこれを入れさせることを厳達、この命令の違背者は重刑に処すると威された。サン〓タントワーヌ街の玄関口の方にも、同じような配置と威令が行われた。従って館の人たちは、礼拝堂附の司祭と雖も、一歩の外出も禁ぜられ、違背者は極命と布令された。館の両脇の監視は、近侍の士卒に命ぜられ、横道までもよく見張らせたので、元帥に寝取られ亭主の面看板をかけた未知の情人が、のこのこといつものお忍びの刻限に、伯爵大元帥閣下の正当な所属物の核心に、不遜にもその旗をおっ立てにやって参ったら、たちどころに引捕えられること、世にも間違いなしと見えたのである。海が牛小舎の床のように、堅固かどうかをためそうという気を起したピエール上人は、海の底にはまるのを救世主に助けられたが、そうした真剣な神様の御加護でもない限り、どんな抜目のない男でも、大元帥の罠に陥ること否応なしと思われた。
さて元帥はポワシイの叛徒鎮圧のために、昼食後すぐ馬を駆って該地に赴かねばならぬ仕儀となっていたが、かねてこのことを知った元帥夫人は、只の一度も彼女が先に屈したためしのない楽しい色試合に、サヴォワジイを前夜から招きめされておった。大元帥がその館を、目と死の帯でぐるりと包囲し、何処から現われるか知らぬ情人を、その帰りぎわに引捕えるべく、裏門の近くに手兵をひそませていたそのあいだ、奥方も豌豆を糸に通したり、燠火《お き》のなかに黒牛を探したりして、何もせずに安閑と過していた訳でもおりなかった。
先ず例の腰元は、磔柱から身をふりもぎって、奥方の許へ這い寄り、寝取られ殿には何も御存じない由を伝えて、息を引取る前に虫の息で奥方を力づけ、同じくお館に洗濯女をつとめている彼女の妹なら、奥方の為とあらばソーセージの肉より細かに、賽の目に切り刻まれてもいとわぬという大の忠義者ゆえ、信頼なされて大丈夫と請合い、とにかく妹は界隈きっての如才ない遣り手で、退引ならぬ情事の折りの相談役として、トゥールネルからクロワ・デュ・トラオワールまで、下々のあいだに聞えた取持ち女だからと奥方に推挙してのち、亡きひとと相成った。
忠義な腰元の死を悼みながらも元帥夫人は、早速にその妹の洗濯女を呼び寄せ、今は洗濯などは二の次として、元帥夫人の後生を取りはずしてでも、何とかしてサヴォワジイを救いたいと、両人は鳩首凝議に移って智恵袋をひっくり返し出した。何よりも先ず情人に、この殿の嫌疑のかかったことを知らせて、暫くは神妙にするように伝言する方法を密議に及んだ。
その結果、驢馬のように洗濯物を担いで洗濯女は館から出ようとした。ところが玄関で番兵に制止され、いくら彼女が抗弁しても、番兵は耳を藉そうともしなかった。そこで彼女は世にも稀な忠義心を発揮して、番兵の弱点を衝こうと考え、色仕掛でしなだれかかったので、戦いに行く時のように、脚絆を足につけてはいたが、番兵は彼女と折ふしの鬱を散じめされた。しかしその戯れ一番相済むと、依然として彼女を街に出すのを番兵は峻拒するのだった。それでもっと美男の番兵を、いくたりか彼女は物色して、美男ゆえ必ずや女子に甘かろうと、通行証に捺印させるべく、ここを先途と試みたが、当の射手も番兵も誰一人として、館のほんの狭いあなのちょっぴりをだに、彼女に敢えて開こうとする者もなかった。
『あたしに同じようなことをして返さないとは、なんてあなたがたはいけすかない恩知らずでしょう。』
と彼女は彼等を罵ったほどである。
が、幸いにしてこの生業のお蔭で、彼女は悉皆の模様を探ったので、大急ぎで奥方の許に戻り、殿のけったいなからくりの顛末を御注進にと及んだ。二人は再び額を鳩めて協議した。このいくさ仕立ての陣構え、待伏せ、守備、命令、配置などの、怪しくも陰険、御大層な悪魔的手立てにつき、ハレルヤを二度唱えるほどの短い時間、相談しあっただけで、あらゆる女人に具備している第六感からして、哀れな情人の身にふりかかった並々ならぬ危険のほどを、二人の女人は沁々と悟った。
ひとり奥方だけが、館から出入随意たるべしと相知れたので、急いでその権利を行使すべく、危険を冒してみられたが、ものの矢頃《やごろ》ほども行かぬうちに、元帥が小姓四名旗手二名に、何処迄も奥方に随伴して、見失わぬようにと、堅く言附けておかれたことが解った。それで奥方は教会の絵に見られる泣き女マグダレナを、全部あわせたくらいに大泣きしながら、おのが部屋に引返してきた。
『ああ、あの人はきっと殺される。もう二度と会えないのだ。あんな優しい言葉のひと、あんなわざ上手の伊達者が、もう見られなくなる。妾の膝の上に幾度となく休めてあげたあの人の美しいおつむが、刎ねられてしまう。ああ、あんな魅力にみちた値打のあるあたまの代りに、何の価値もない空っぽあたまを、良人に投げつけてやることは出来ぬものだろうか。香ばしいあたまの代りに、むさいあたまを! 愛のあたまの代りに、憎たらしいあたまを!……』
『いかがなものでしょう奥方様、妾に夢中になって、うるさく言い寄って来る料理番の息子に、貴紳の身なりをさせて裏門から外へ突き出してみては?』
その言葉に、二人は刺客のような目で互に顔を探り合った。
『あの飯炊きが一旦くたばってさえしまえば、番兵たちも鶴のように、飛び散るだろうと思いますが。』
『でも殿様はあの碌でなしを、御存じじゃないかしら。』胸を叩き、首を振りながら、大元帥夫人は叫んで、『やっぱり駄目だわ。この場合、何の容赦もなく高貴な血を流さねば、おさまりがつかないわ。』
そう云ってちょっと彼女は考えていたが、急に喜びに躍り上って、洗濯娘に抱きつきながらこう言った。
『そうだわ、お前の言葉から好い事を思いついた。お蔭であの人を救えるわ。お前の生きている限り決してお金に困らせはしないよ。』
妙案が浮んだのだろう、彼女は泪を乾かして、許嫁のような嬉しげな顔をつくり、布施袋や祈祷書を携えて、最終の弥撒の始まりを告げる鐘が聞える、サン・ポオル教会へと出掛けて行った。宮廷の上臈衆はみんなそうだが、彼女も見栄坊だけに、こうした美々しい儀式を、欠かしたことがなかった。当時この弥撒は、着飾り弥撒と云われていた。集うは何れも伊達な公達やうら若い貴公子、瀟洒たる若殿、濃粧嬋娟のあでやかな上臈衆などばかりで、紋章の入ってない衣裳も、金箔塗りでない拍車も、一つとしてその席には見当らぬほどだった。
呆然と奥方を見送る洗濯女に、後の見張りはよく頼んで、元帥夫人は館を後に、綺羅を飾って教会にと赴かれた。もちろん小姓や二名の旗手や郎党などが、お供廻りに従っての上である。
教会で上臈や貴婦人たちの周囲を、跳ね廻っている若い貴公子たちの一隊の中には、元帥夫人ゆえに生甲斐を感じ、真心を捧げつくしていたものも、一人ならずあったことを、此処で申し添えておく必要がある。ただし血気に逸った齢頃の慣いで、沢山の女人に目星をつけて、そのうちの一人をでも、ものにできればよいという心掛けの仁も、なかにはないでもなかった。これらこざかしい猛禽どもは、何時も嘴をあけて、祭壇や司祭の方を見るよりも、婦人席や女人の携える数珠玉を眺める方に忙しかったが、それら若殿のなかで一人、元帥夫人が時折り一瞥の情を施していたものがあった。というのは他の連中より浮っ調子でなく、遥かに深く彼女に打ち込んでいる風が、その貴公子には見えたからである。
この若殿は何時も同じ柱のところに、じっとへばりついて、動いたことがなく、心におのが想い人と決した奥方を眺めるだけで、すっかり肝魂を奪われておった。彼の蒼白い顔はやさしい憂色を湛え、その顔つきはすぐれた心の持主であること、烈しい熱情を懐き、望みなき恋の絶望の裡に、恍惚と身を沈めている雅懐のあるじであることを明らかに物語っていた。こうした風流人は極めて数寡いものである。というのは普通の場合、魂のごく奥にひそみ花咲いている未知の至福などよりも、みなさん御存じのあのことの方を、人は遥かに好んでいるからである。
この貴公子は身なりもさして賤しからず、質朴で小ざっぱりとして、何処となしによい趣味がその着こなしにも漂っていたが、けれど後にも先にも一張羅の外套と、一振りの剣としかなく、遠くから一旗挙げに、都にはるばる上って来た貧しい騎士だということが、元帥夫人にはよく解った。だから秘してはいるものの、貧窮の若者に違いないという推測や、彼から深く慕われているといういわくが主となって、また彼が美男であり、その漆黒の髪は長く美しく、身丈もすらりとして、万ずにつけて慎しみ深く、従順そうなのも少しは手伝って、彼がどこかの上臈衆の御愛顧を受け、運が開けてゆくようにと、衷心から彼女は望んでおった次第である。それで彼をぼんやり手持無沙汰にさせぬよう、また優しいマダム的な心づくしとして、奥方にはその気まぐれに従って、時折り彼の元気づけに、ちょっとした眷顧を与えたり、人を噛む蝮蛇さながら、彼の方に蛇行する眼差を、こっそり送ったりして、一介の騎士などより、もっと貴重なものを玩ぶに慣れ切った上つ方の妃嬪の遊ばすように、彼の青春の果報をなぶりものにしておったのである。全くのところ、彼女の良人の大元帥閣下にしてからが、カルタの勝負に小銭を賭けるように、王国や何やかを、同じような仕儀で賭しておられたのではあるまいか。
つい三日ほど前も、晩祷からの戻りがけ、彼女は女王に彼を目で示して、笑いながらこう申したほどだった。
『質のよさそうな若者《オ ム ・ ド ・ カ リ テ》じゃございませんか。』
彼女のこの言葉は、雅言の一つとして残った。ずっと後になって、宮廷の人たちを指す一種の言葉として、これが使われるようになったくらいである。かかる美しい表現が仏蘭西語に齎らされたのは、わがアルマニヤック大元帥夫人の造語に由来するものであって、他の出処からでは断じてないのである。
偶然にも元帥夫人の言葉が当って、てきはジュリアン・ド・ボワ・ブゥルドンという、旗指物すら持たぬ一介の誠忠無比のさむらいであった。ボワ(森)、ブゥルドン(巡礼杖)、と、木に縁のある名前ながら、歯楊枝を造るほどの木も、譲られた彼の藩領にはなかったし、今は亡き母がゆくりなく授けてくれた豊かな資質以外、これぞという美しい持物も有してはおらなかったが、これを元手にして、宮廷に於て、儲けや利得をあげようと彼は計ったのである。というのは、こういった結構な所得を、上臈衆には何よりも好まれ、夕日と朝日のあいだ、即ち夜分にそれらの収得をたんまりと徴収ができたなら、極めてこれを珍重し渇仰めさるるもののことを、彼は先刻存じておったからである。出世街道を行くべく、かく女人道の狭い道筋をとった彼の同類は、世に沢山とごある。然し彼はその愛をちゃんと計量して小刻みに消費する代りに、着飾り弥撒でボンヌ伯爵夫人の赫々たる美しさを見るや否や、元も子もすっかりこれに注ぎ込んでしまわれた。しんじつの愛に陥ったからで、ために食い気も飲み気もすっかり失ってしまい、彼の乏しい在金《ありがね》にとっては、極めて結構な仕儀とは相成った。一体こういった愛は、一番に始末の悪いものである。というのは愛の節食のあいだ、節食に対する愛を御当人に押しつけるからで、そのどちらか一つだって人を消耗させるのに十分なところを、二つ重なったときては、猶更のことだからだ。さて、やさしい元帥夫人の念頭に先ず浮び、死に誘うべく彼女が急遽赴いた当の相手たる若殿とは、おおよそ上述のごとき人柄であった。
教会に入って行った奥方は、哀れな騎士が彼の快楽に忠実に、柱に身を凭せて、太陽や春や夜明を待望する病人のように、彼女を待っているさまを見た。そぞろ憐憫に駆られて、奥方はつい視線を逸《そら》し、いっそ女王の許へ行って、この急場のお助けを乞おうと思った。が、お附きの組頭の一人が、恭しく彼女を遮って申すには、
『奥方様、たとえ相手が女王様であろうと懺悔僧であろうと、男女を問わず余人にあなたさまを、接見せしめてはならぬというきついお達しを、我々は蒙っておりまする。それこそ我々のこの首に拘わる一大事なので。』
『でもあなたがたの職分は、生命を投げ出すことではありませんか?』
『はい、そしてまた命に従うことでもありまする。』
そう組頭に答えられて、已むなく奥方は何時もの席に戻って祈祷を始めめされたが、かの若殿を見直したところ、嘗てないくらいにやせ衰え、頬もこけてすっかり憔悴してしまっていたので、《まあ、あの人はもう半ば死人も同然なのだから、お陀仏させたって、そう心咎めもありはすまい。》と彼女は心に思った。こういった考えを敷衍して、熱い秋波を彼に送ったが、これぞ上臈衆や遊女には、お手のものの目はじきである。
奥方の美しい眼が表明する佯りの恋に、柱の伊達男は快い苦悩を覚えた。心臓のまわりをへめぐり、そこの何もかもを膨らますほどのいのちの熱ぼったい攻撃を、好まぬ者がいったいあるだろうか? 騎士が何も言わずにこれに答えた返事を看取して、彼女は己が流眄の素晴しい神通力を悟って、女人の魂には不断にあらたなる一種の快楽を感じた。つまり返事として彼の頬は、さっと紅潮を来したが、それはギリシャ、ローマの雄弁家の霊妙なる言葉などより、遥かによく物を言ったし、またよく聞きとれもしたのである。してその快適な観物《みもの》が、気まぐれな自然の戯れではないことを、飽く迄も確かめめさろうと、奥方にはその目の効験がどこまで及ぶものかを実験するのに、涯しない興趣をば覚えられた。それで三十遍以上も彼を上気せしめてのち、雄々しく彼女の為に死んでくれる気性の仁だという信念を、奥方には鞏固にせられるにいたった。
この想念は奥方をすっかり感動させ、ために祈祷中三度も、男性としての悉皆の果報をひっくるめて与え、後日この騎士のいのちのみならず、幸福をも台無しにしたとの咎めを受けぬよう、愛のウインクの一つ一つの裡に、そうした喜びを溶解して、授けたいという欲望に唆られたほどである。華かな金ピカのこれら信徒たちを、「帰りめされ」の歌で祭司が追い出そうとして身を飜した時、おぞい大元帥夫人には素早く彼のいる柱の傍からついと出て、その前を通りざま、後について来るようとの合図の目くばせを、たんまりとして、軽いこの招致の意味深い解釈や悟りを、とっくり彼に合点せしむるべく、彼の前を過ぎられてからも、ちらっと後を振り返り、改めてまた同行を促がしたのであった。
彼はややその座から乗り出したようだったが、根が控目の性だったので、敢えて進もうとはしなかった。けれどこの最後の合図で、まんざら自惚れでないと確信したらしく、行列に交って、小股な物静かな足取りで歩み出したが、それは悪所といういいところへ、足を踏み入れるのを怖れる、堅気息子のような趣があった。あとさきや右左になろうがお構いなしに、絶えず奥方にはきらきらしい眼差を送って、さらに彼を誘引し、もっとこっちへ惹きつけようと試みられたが、それはまるで河沙魚を釣るべく、糸をちょっちょっとたぐってみる釣人よろしくの塩梅式でごあった。手短かに申そうなら、浮川竹の女が、その水車に洗礼水を呼びこもうと精を出すようなわざを、大元帥夫人には巧みにやってのけられたのである。まったくのところ遊女に似たるもの、高貴な御身分の女子衆に若くはないと申してよい。
お館の玄関先まで達すると奥方には、しばし這入るのをためらわれて、またもや騎士の方へ顔を振りむけ、家うちへの同行を要請する悪魔的な眼差を送られたので、まさしく呼び込まれたと思った彼は、その心の女王の許へ馳せ寄り、奥方の手に縋って屋敷うちにと入ったが、理由こそ異なれ二人とも、それぞれに身体じゅうが湧き立ち胴顫いをいたしておった。この禍々しい瞬間、彼女は死のために、かくも売女のごとき所行を数々と犯し、サヴォワジイを救わんと、却って彼を裏切るような行為を敢えてしたことを、内心には恥じられていた。しかし軽いこの後悔も、重い後悔と同じに、やはり跛で、遅まきに現われたに過ぎなかった。既に賽は投ぜられたことに気づいて、彼の腕を強く掴んで奥方にはこう言われた。
『妾の部屋へ早く来て頂戴。お話しなくてはならないことがありますの。』
おのが一命に関した話とは知るよしもなく、彼はこれに答うべき声も出なかった。間近い幸福の希望に、胸が詰まってしまったからである。造作もなく釣り上げられた美しい貴公子を見て、洗濯女は《まあ、こんな早業なんて宮廷の上臈衆でもなければ、とても駄目だわ。》と思ったほどだった。そしていと鄭重な挨拶を以て、この若殿を迎えたが、ちっちゃな一物のために死ぬ、大いなる勇気の持主への、しかるべき皮肉な尊敬が、その挨拶の裡には籠められていた。洗濯娘のスカートをとらえて引寄せながら、奥方には申された。
『ピカルドや、あたしは、女人の誠実さに、あんな美しい信念で応えようとしているあの方の寡黙の愛に、払わせようというこっちの算段のあれやこれやを、どうしても打明けるには忍びないのだけれど。』
『まあ奥方様、仰有ることなんか要りませんよ。裏門からあの人をほくほくさせて帰せばいいじゃありませんか。戦さでは詰らぬことのために、あんなに仰山もの人が死んでいます。あの人だって死ねばすこしは死花も咲かせられる訳でしょう。これから淋しくって叶わないと仰有るのでしたら、奥様に代りの人を、妾が見つけて差上げますよ。』
『いやだわ、妾、何もかもあの人に言ってしまおう。すればせめてもの罪の贖いになるわけだから。』と彼女は叫んだ。
彼に約した談合の最中に、邪魔が入らぬようにと、ちょっとした手筈や内緒事を、奥方には腰元と打合せておられるのだろうと考え、つつましく彼は遠くへ引下って、蠅の飛ぶのを眺めながら、ても勇敢な奥方だと思う一方、彼女の大胆さを弁明するに足るいろんな理窟をそれにつけて、そうした無茶を彼女にさせるようにしたおのれというものを、満更ではないとお高く買い被った。傴僂でさえ時としてこうした錯覚に陥るものである。かく虫の好い考えに耽っていた時、奥方はその部屋の戸を開けて、彼を招き入れた。そしてこの権高い上臈は、その高い身分の属性《よそおい》を悉くかなぐり捨て、只の女人となって彼の足許に身を投げ出し、こう申した。
『ああ、あたくし、貴方に対して、まことに以て申訳のないことを致してしまいました。どうぞ聞いて下さいまし。あなたはこの館からの帰るさにお殺されになりますわ。さるお方に恋をしたあたしは、前後のわきまえもなくなってしまい、恋人の代役を演じもさせずに、死ぬ役だけを、あなたにあてがったのでございます。妾のお誘いした快楽とは、何を隠しましょう死の快楽だったのです。』
『おお!』と心の底に暗い絶望を押し隠しながらボワ・ブゥルドンは云った。『私をあなた様のお持物のように考え存分にお使い下すって、一向に差支えは御座いません。私はあなた様を熱愛申しておりますゆえに、生娘と同様に、一度しか与えられないものを、毎日でも私は、喜んであなた様に捧げましょう。どうか私の生命をお取りになって下さい。』
そう言って殊勝な彼は、あの世での長い月日のあいだ、彼女のすがたを心眼に思い浮べられるようにと、食い入る如くに彼女をみつめた。凜々しいこの愛の言葉を聞くなり、彼女はすっくと立上って言った。
『ああ、サヴォワジイがいなかったら、さぞかし妾はあなたを愛したでしょうに。』
『奥方様、すべては私の宿命のままです。上流の御婦人の恋ゆえに生命を喪うと、私は占星家から予言されたことがあります。南無八幡――そう云って彼はその剣をしっかと握った。――私はいさぎよく戦い、このいのちを高く売りつけてやりましょう。が、この死がわが愛する人の幸福に役立つことを考えながら、満足して死んで参りましょう。私は現世に生き長らえるより、その女人の回想の裡に生き長らえる方に、はるか生甲斐を覚えるのです。』
この沈勇の士の挙措と、その輝ける顔つきを見て、彼女は心臓の只中を刺し貫かれる思いがした。いささかの愛顧をも彼女に求めようとせず、彼が立去って行こうとしたので、まもなく奥方には尠からず心を傷つけられた。
『待って、あたしにあなたを抱擁させて頂戴。』と彼女は言うなり、彼に抱きつこうとした。
『ああ、マダム。あなたは私に、生命を大事がって、死ぬのが嫌やになるようにさせるお積りなのですか。』そう言って眼の炎を軽い泪でしめらせた。
『まあ、そんなこと仰有らないで頂戴。どんな結末になるか、妾にもさっぱり解りませんけど、構わないわ。ねえ、こっちへいらっしゃらない。事済んでから二人揃って、裏門でさっぱりと死んでみせましょうよ。』と彼の烈しい情熱に圧倒されて、思わずそう叫んだ。
同じような情欲の炎が、二人の心を燃やし、同じような諧音が二人のために睦じく鳴り響きあい、二人はげに楽しく結びあったのである。皆様方御存じの、――そうあれかしと吾儕も願うが、あの狂わしくも熱っぽい甘美な恍惚の裡に、二人はもうサヴォワジイの危険も、自分達の危険も、大元帥も、死も、生命も、一切合切忘れきってしまったのであった。
一方、そのあいだ、正面玄関見張りの連中は、情夫が入りこんだことを元帥の許へ御注進に及び、弥撒のあいだや来る道々、伯爵夫人がその生命を助けようと、何度か合図の目くばせをしたが聞き入れればこそ、恋に目くらんだ色男は遂に館に闖入いたしたる経緯を、元帥に申し上げようとしたが、時あたかも元帥にはあたふたと、裏門の方へ赴かれる途中でござった。というのは裏門河岸の射手たちから元帥の許へ、《いまサヴォワジイ殿が裏門から入られた。》と、合図の呼子で知らせて来たからである。
案の定、世のあらゆる情人の例《ためし》に洩れず、相手の女人しかあたまにないサヴォワジイは約束の時刻に参って、元帥の仕掛けた罠にも一向に気づかず、裏門から忍び込みめされた。情人同士のこうした行き違いがあったもので、元帥には玄関口の報告を途中で遮られ、抗弁も出来ぬおごそかな口調で、『いや、もう獲物はかかったのじゃ。』と御一蹴あそばされた。それで一同はどやどやと裏門に殺到して、《やっつけろ、叩っ殺せ!》とがなり喚いて、郎党、射手、元帥、組頭が一団となって、王の名附け子シャルル・サヴォワジイの上に襲いかかり、大元帥夫人の窓辺ちかくで彼を襲撃いたしたが、奇しくもサヴォワジイの瀕死の呻き声は、士卒たちの叫喚に打交り、さらに二人の恋人の揚げる愛の鼻息と歎声とがそれに加わった。恋人同士は大きな恐怖の裡に、事を急いだ。怖ろしさのあまり蒼くなって、大元帥夫人は云った。
『ああ、サヴォワジイは妾の為に死んでゆく。』
『しかし僕はあなたさまの為に生きますよ。サヴォワジイが支払った代償を、僕もこの今の幸福の代償として払うのだったら、嬉しいと思います。』
『早くこの長持の中に隠れて頂戴。元帥の来る跫音がします。』と彼女は叫んだ。
その通り、アルマニヤック殿は、首を手にひっさげて直ぐと現われた。煖炉の棚に血塗れの生首を据えて、彼は言った。
『良人に対する妻のつとめを、この画面はよく教えてくれる筈じゃ。』
『まあ、あなたは罪咎もない人をあやめられたのです。サヴォワジイは妾の情人ではありません。』と彼女は蒼ざめもせず答えた。
そう言って奥方は空惚けて、女人特有のあの図太さを以て、傲然と良人を見返されたので、元帥は、大勢の前でとりはずしてしまった娘っ子のように、ぽかんとなった。これはこれ、とんだ感違いをいたしたかと、彼はびくつき出したのである。
『ならば今朝がたは誰のことを考えておったのじゃ?』
『王様の夢を見ていたのですわ。』
『なぜそうと儂に告げなかったのか?』
『けもののように怒り猛っていたあなたに、事のお聞き分けが叶ったでしょうか?』
元帥は耳を振ってこう申された。
『では何ゆえにサヴォワジイは我が家の裏門の鍵を所持しておったのじゃ。』
『そんなこと存じませんわ。妾の申し上げることを、お信じ下さる雅量が、よしんばあなたさまに御座いましてもね、知らないものは知らないのですから。』
あっさりとそう答えて、彼女は風に吹かれた風見のように、くるりと廻れ右をして、家政の采配を振りに、出て行ってしまった。さて元帥にはサヴォワジイの首の始末に、いたく困ぜられたことは、皆々様にも御推察がつこうし、また元帥がお独りでさんざと悪態文句をつかれるのを立聞いて、ボワ・ブゥルドンが咳一つしようとせられなかったことも、御想像に難く御座るまい。ついに元帥はテーブルの上を、二つばかりドシンと叩いてこう申された。
『この腹癒せにポワシイの叛徒め、皆殺しじゃ。』
そう言って出掛けてしまわれた。夜になってからボワ・ブゥルドンは、変装して館を抜け出した。
情人を助けんとて、女人として成し得る以上の人事をつくされたかの上臈から、サヴォワジイはいたく哀悼せられた。が、ずっと後になると、哀悼せられたどころではなく、いなくて沁々と淋しがられた。というのはこの出来事を、元帥夫人がイザベル女王のお耳に達したところ、女王にはボワ・ブゥルドンの沈勇と美質に御感動あそばされて、大元帥夫人の御用達から彼を御徴用に相成り、おのが重宝とせられたからである。
ボワ・ブゥルドンこそ死神に依って上臈衆に推挙せられた殿御でござった。女王のお蔭で栄達した彼は、万ずにつけいささか驕るところがあり、たまたま正気に戻られた折りのシャルル国王をすら、ないがしろにいたしたので、その恩寵を嫉んだ廷臣どもが、彼の姦通沙汰を王に密告に及んだため、忽ち袋に縫いこまれて、セーヌ川はシャラントン渡船場近くへと投ぜられた事の仔細は、いずれさま方も御存じのところであろう。さて別に事あらためて附記する迄もないが、大元帥が軽率にもダンビラを振り廻す気を起されたあの日以来、やさしい彼の奥方は、元帥があやめられた二人の死を屈竟の口実にいたして、何かというと元帥の鼻先にそのことを持ち出されたので、元帥も猫の毛のように柔順になられ、亭主大明神の正しい道へと踏み入るを余儀なくされたのである。かつ元帥としても、妻を身持正しい貞女と御認定あそばされたが、事実その通りの御人柄で御座った。
むかしのお偉い文人の御手本どおり、この本も貴公等のなさる哄笑の合間に、教訓事を附け加えて、趣味よき戒めをそこに含ませねばならぬゆえ、この物語の真髄は何かと申せば、次の通りとお答えいたしたい。――すなわち女人はどんな由々しい窮地に陥っても、呆然とされるには当らぬということが一つ。つまり愛の神は決して女人を見棄て給わず、殊にその女人が美しくて若くて家柄がよければ、なおさらのこと。それともう一つは逢引に赴かれる殿御は、軽々しい若者のように、うかうかと参ってはならぬということだ。いえばよく注意して、巣のまわりは綿密に調べ、罠なぞに陥らぬよう自戒が肝心でごある。というのは美人についで、この世で最も貴重なものといえば、まさしく凜々しい殿御だからである。
箱入娘
ティルーズの町から程遠からぬ美しいお館に、安穏にお過しであったヴァランヌの御領主は、このほど孱弱な奥方を迎えられたが、塩梅がうまいのかまずいのか、それとも妙適とまではまいらぬのか、さてはお身体の加減からでもあろうか、とんと婚姻の約定に取定められてある快趣や風味を、奥方には背の君におもてなしなく、この善良なお殿様をいたくお預けの目にばかり逢わせられておった。
ありていに申すと、この御領主はいつも鳥獣の迹ばかり追っているむさく汗臭いしどもない御仁で、部屋に立罩めた煙のようないぶせい無粋者であったるうえに、あまつさえはや六十の坂を越しておられたが、絞死人の後家が絶えて縄紐のことを口にせぬように、お齢のことは御領主も、ついぞ口外せられたためしがなかった。
綴錦《つづれにしき》の織匠ども同様、おのがしていることを、それとご存じあられぬ造化の神は、世の美男美女に比して格別の御愛顧ということもなく、傴僂や躄や盲人や癩者《かつたい》どもを、この下界に大叺で運び込まれたが、生きとし生けるものに、一律にみなあじゃらな色ごころを、お授けになったこととて、どんな獣物にも連合いがみつかって、「われ鍋にとじ蓋」という諺までも生れているくらいであるが、何はさてこのヴァランヌの御領主も、処々方々と美しい鍋を探し求め、禽獣のほかに白い可愛い雌っ子までも、根気よく追い掛け廻しておられたが、この種の眉目うるわしい狩物は、あたり近在にもいたって稀れで、なかなか生娘狩りも安金《やすがね》で出来るわざではなく、四方八方ご探索の結果、漸くティルーズの町に、玉のようなる美しい十六の娘を持った織匠の寡婦が住んでいることを、お突きとめになられた。
さってもその母親が娘を大事がることといったら、絶えて膝許から一歩も離したことがなく、親心からわざわざお小用にまでついてゆき、夜はまた夜とて同じ寝床に添寝をし、朝ともなれば一緒に起して共稼ぎに出て、二人で一日八スウがほど稼ぎ、お祭には親しく教会まで附添って、若い男などと猥りに冗談口を交さぬよう、またちょっかいや手出しなどをされぬようにと、鵜の目鷹の目でこの箱入娘を見張るほどの用心ぶりでごあった。
したが何といっても世智辛い御時世だったので、母娘二人の稼ぎぐらいでは、餓死をかつがつ免れるくらいで、貧しい親類の許に同居していたこの二人に、冬は焚くものが不足し、夏はまた夏で下に着るものがないといった有様のうえ、さらに、いくら人が借財を仕出かそうとびくともしない執達吏もたまげるほど、間代を溜めてしまっていた。それで娘が美しくなればなるほど、母親の貧窮はつのる一方で、万物を鑠かす坩堝のために、錬金術師が借財を重ねてゆくように、むすめの素女点のために、母親の借銭はいやがうえにも嵩んでゆくのであった。
こうした事情を洩れなく探り出したヴァランヌの御領主は、とある雨の日に、ひょっこりこの母娘の陋屋に雨宿りを求め、近くの森に薪を取りにやって、身を乾かそうとし、それまでの間、貧しい母子のあいだに腰を据えて、小舎の灰色の蔭翳《か げ》と薄くらがりを幸いに、ティルーズ乙女の臈たげな紅顔やら、赤いむっちりした二の腕やら、やさしい心臓を寒気から護っている稜堡のようにはりきった胸許やら、若樫のように円い胴廻りなどを、とろけるばかりに眺め入った。
このティルーズ乙女は、初霜のように爽快凜烈で、ぴちぴちといきづいていたうえに、春さきの若芽のようにあざやかでやさしく、この世のありとある可憐なものの風情をかね備えていた。つつましやかで賢しげなその青い目許は、聖母マリアさまよりおぼこげな殊勝さを湛えていたのは、まだ父無し子を身ごもったことがないほどうぶだったゆえであろうか。誰かあって内気な彼女に、「さあ、好いことをして遊ぼうよ?」などと誘っても、「好いことってなあに?」と聞き返すようなあどけなさで、からきり世事にうといおぼこ娘であった。
さて老領主が腰掛から乗り出して、頻りに身を捩じくらかしながら、とつおいつ娘を眺めているさまは、猿が胡桃を取ろうとして、頸を長くするのにそっくりであったが、母親もその埒もないさまに気づいてはいたものの、なにせよ相手は近在きっての御領主様のこととて、その御威光に怖れをなし、一言も文句をつけるわけにはゆかなかった。
囲炉裏にくべられた粗朶が、ひとしきり燃えさかった頃おい、狩の殿様にはようやくのこと口を切られた。
『ほ、ほう、まるでお娘御の眼差のように、身内がほかほかしてくるわい。』
『したがお殿様、娘の眼の火では、まさか煮炊も出来ません。』と老母が云った。
『なに、出来るとも!』と御領主には呟かれた。
『はれまあ、どうやってで御座います?』
『何の造作もないこと。お娘御をわしの奥方《お く》の小間使に、差出してはどうじゃ。いま探しておる最中じゃから。すれば毎日、薪束を二つずつお前の許に遣わそう。』
『でもお殿様、そんな結構な火種を毎日頂戴しても、いったい何を煮炊したらよろしいので御座いましょう!』
『なあに、おいしいスープでも煮るがいいさ。これから季節毎に、お前さんに麦を一叺《ミノ》ずつやることにいたすわい。』と老漁色家は言った。
『思召しは有難う御座いますが、それにしても容れものが……?』
『槽《おけ》でいいじゃないか、槽で……』とこの生娘狩出し人は叫んだ。
『ところがうちにはその槽も、お櫃も、なにもかもございませんので。』
『そんなら槽や櫃や鍋や壜や天蓋附きの寝台や、そのほか一切合切取揃えて、其方に遣わすとしよう。』
『まあ、本当でございますか。――でも折角の品々も雨露で台無しになったら、どう致しましょう。何分おのが家屋敷もない身ですから。』と人の好い寡婦は言った。
『このあいだ可哀想に、猪にお腹を裂かれた、儂の猟番のピルグランが住んでいた、ラ・トゥールベリエールの小舎が、ほら、あそこに見えるじゃろう。』と領主は言った。
『はい。』
『あそこに死ぬまで住うがいい。』
『まあ、お殿様、お担ぎになっては嫌で御座いますよ!』と驚いて紡錘竿《つむざお》を取落しながら老母は叫んだ。
『これこれ、何を申すか。』
『それで娘のお給金の方は、いかほど頂けますので?』
『いくらでも好きなだけとらせるわ。』
『まあ、お殿様、嘘では御座いますまいね。』
『くどい奴じゃなあ。』
『本気で仰有っておいでなのかしら。』
『聖ガチアンにかけて、聖エリュテールにかけて、天にうじゃうじゃして御座らっしゃる一億万の聖人方にかけて、儂は誓って……』
『はいはい、もうようく解りまして御座います。では虚言《そらごと》でない証拠に、いま伺いました数々を、公証人の前でしっかと書附にして頂きたいのでございますが……』と老母は言った。
『御主キリストの御血にかけ、其方の娘の最も愛くるしいもちものにかけての証言じゃ。躬は貴族ではないか。その儂の言葉が怪しいとでも申すのか?』
『いいえ、滅相もない、御領主様。貧乏な機織こそしておりますなれど、娘を手離すのが辛くて辛くて叶わないからで御座います。なんせよまだ年歯もゆかず、それに生れつきの骨細《ほねぼそ》ときておりますから、勤めに出して、もしものことでもありましてはと、そればかりを気にしておりますような訳で、現に昨日なぞもお説教の席で、子供たちは神様からの預り物と思えと、和尚さんからもさとされましたような次第で、それに……』
『よし、よし、解った。では早速に公証人を呼んで参るがよい。』と殿様には仰有られた。
そこで老樵夫を使いにやって、公証人を呼び寄せ、書式通りに一切を認めることとなったが、ヴァランヌの御領主は無筆だったもので、十字架のしるしだけを、署名代りに書いた。
契約が滞りなく済んで捺印も終るや、領主は老母に向って、
『さあさあ婆さん、これでもうお前さんも神様の手前、娘の純潔《おぼこ》を守る責任が解けたというものじゃのう。』
『まったくで御座いますよ、お殿様、「物心のつく年頃まで」と和尚さんは仰有いましたが、うちの娘ももう年頃で御座いますからね。』そう老母は言いながら、改って娘の方に向き直って、
『さあ、マリ・フィケや、ようくお聞き。お前にとって一番大事なものは、なによりも女の操というものだよ。これからお前の行くところは、ここに居られるお殿様は別として、みんなお前から操を奪おうとする連中ばかりのところだから、くれぐれも気をつけておくれよ。いいかい、相手をよく見定めて、いよいよという時でなければ、決して肌身を委せるのじゃない。筋道の適った訳合ならいざしらず、神様や世間のひとたちから、尻軽女などと後指をさされぬように、ちゃんと前以て結婚の約定が整うまでは、金輪際ゆるしちゃいけないよ。さもないととんだ目に遭うからね。』
『ええ、わかりましたわ、お母さん。』
こうして箱入娘は貧しい親許を離れて、ヴァランヌのお館に参り、奥方につかえることになったが、生来の美貌から、すぐと奥方のお気にも召すようになった。
ヴァランヌやサッシェや、ヴィレーヌや、その他の近傍の村々では、ティルーズ乙女に下しおかれた莫大もない身代《みのしろ》のことを耳にいたして、村の良妻賢母たちは、操より得分《と く》なものはないとばかり、それぞれ娘っ子たちを虫のつかぬように育て上げようとしたが、いかさまこれは蚕を飼うも同じい危な事で、脆さも脆し、素女点といったら、すぐと藁の上で、山〓子《さんざし》の実のように熟れ割れてしまうので、ひとかたならぬ難事ではあった。その結果、堅いで評判の生娘がそれでもトゥレーヌでは、いくたりか現われて、どこの修道院でもおぼこで通ったくらいだったが、ただし吾儕はヴェルヴィルの説くなる純潔無垢の処女鑑別法を用いて、それらの淑女がたを親しく験べてみたわけでもないから、その辺のところは、あまりしかとは請合いかねる次第である。
しかしこのマリ・フィケは母の庭訓をよく守って、御主人のいかな甘言や、優しい要求や、目にあまる猿真似なんどに対しても、盃事の誠意がないうちはと申して、毅然として靡こうともしなかった。躍起となった老城主が、手込めにでもしようとすると、犬に迫られた猫のように、彼女はいきり立って、『奥方様に言い附けますわ!』と叫ぶのであった。
それで半年経ってもまだ御領主には、薪束一つの償いも得られず、手出しをする度毎に、フィケはますます素気なく手厳しくなって、或時なぞは老人の切なる懇望に対して、『妾からお奪いになって、何時になったらお戻し下さるお心算ですの?』と言いこめたり、またある時は『あたしに篩ほどの穴があったって、その一つをだって殿様なぞにかすのは真平ですわ。行って鏡に相談していらっしゃい。』などと、あけすけに撃退することもあった。
しかしこの好々爺は、こうした不躾な鄙言葉をも、操の花とお思いになって、性懲りもなく溜息をついてみせたり、ながながと掻き口説いたり、百千もの誓言を口にしたりすることを止めなかった。ティルーズ乙女のふっくらとした胸許やら、どうかするとスカート越しに、盛り上って見えるむっちりした太股やら、いかな聖人の悟性といえども、擾れんばかりの得もいわれぬ眺めなどを、まのあたり嘆賞いたすにつけ、無性にけなるい思いの御領主には、ますます老いの恋慕を唆られて、ただもうのぼせ上るばかりであった。――こうした老年の愛執たるや、青春の恋路とは反対に、幾何比例をもって増大するもので、老人は増える一方の軟弱さで愛するのに対し、若人は減退する一方の勁健さで愛着するものである。
そこで領主はこの強情な乙女に、肱鉄砲の口実を与えぬようにと、齢七十あまりの家隷を説いて、湯婆《ゆたんぽ》がわりに屈竟なマリ・フィケを娶ることを、極力すすめられたが、お館で長いこといろいろとつとめて、年に三百リーヴルあまりも今では恩給のあった老家扶は、この年になって、また事新しく前の門を開くより、老の後生楽な独りぐらしの方を望んでいたので、なかなかに承知しなかったが、御領主への忠義と聞かされ、また妻といっても名義上だけで、何の気苦労も要らぬと頻りに口説かれて、余儀なく納得したのであった。
もはや逃げ口上も肱鉄も利かなくなってしまったので、マリ・フィケは結婚の当日、莫大な嫁資と身代金を、落花の料として御領主からせびり取り、この老漁色漢が彼女の母親に贈与する麦の枡数だけ、肌を許すことを約束いたしたが、何分にも御老体だけに、枡で量るほどもなかったであろう。
さて祝言のざんざめきも果ててのち、奥方の寝静まるのも遅しと御領主には、早速と新婦の部屋に駈けつけてまいられた。小娘の身代金や年金や薪代や小舎代や麦代や家隷への口留料などと、えらく金を注ぎ込んだこの晴の閨房は、畳敷きで、壁に形紙《かたがみ》を貼り、見るからに素晴しかった。
あた面倒ゆえ手短かに申し上げるとするが、やんわりと寝具にくるまって戦いを挑み顔に、むっとするほどの生娘の香を、あたり一面に漂わせながら待っていたティルーズ乙女の姿態を、煖炉にはぜる粗朶のなごやかな光りの下に見出した御領主は、この世で一番美しい、またとない愛くるしい花嫁御とまで思い做して、この宝石に払った莫大なついえを、すこしも惜しいとは思われなかった。やんごとない香ばしい果実を、先ずは初ちぎりと逸る心を、殿にはいたく押えかね、百戦錬磨の豪の者を気取って、初心な新発意に箔をつけるべく一儀にと及ばれたが、あまりがつがつとせられたので、果報な殿にはすべったり、どじったり、小出しなけち遊びに興ぜられるばかりで、あの愛の甘美な営みの方は、とんと振舞われなかった。その様を見てとった純な乙女子は老騎士に、やがてあどけなくもこう申した。
『殿様だって男なのでしょう。男ならもっと釣鐘を強くお撞ち遊ばしてよ。』
この言葉はいつしらず国中にひろまって、マリ・フィケは一躍有名となったが、今日でもわがトゥレーヌでは、「すきもの《フリツクネル》」の嫁御をからかって、『あれはティルーズ乙女だよ。』と申しているくらいである。――フリックネルというのは、ストイック哲学に傾倒して、どんな振舞《まがごと》に接しても、びくともせぬという不退転の心境に諸君が悟入せぬ限りは、新婦として初夜を倶に送ることを、おすすめいたしかねるわけ知りの娘子たちを言うのである。世間にも往々にしてその例をみるが、男子として不面目な滑稽極まる羽目に立ち到って、なおも寒厳枯木《ストイツク》を気取らねばならぬ輩も、沢山にあることであろう。何故なら大自然は流転こそすれ、変革はせぬし、またひとりトゥレーヌばかりでなく、他にもこうした箱入娘は数多くあるであろうから。
それで若し諸賢が、このコントの訓えは何処にあり、その謂れはなにかと、お訊ねになるのであったら、――『この「コント・ドロラティク」は訓えを説く楽しみから記されたものでなく、楽しみの訓えを御教示いたすために筆を執ったものである。』と、淑女方に対してならお答えいたそうし、またもしそれが腰衰えた色好みの翁からのお訊ねであったなら、御老体の黄色か灰色の仮髪《かつら》に、しかるべき敬意を払いつつ、――『与えられるためにつくられた代物を、金にあかして求めようとしたヴァランヌの御領主を、神は罰せんとなされたのだ。』と、謹んでお答えいたしたいと存ずるのである。
金鉄の友
美姫ディアーヌ《〈1〉》を一方ならず御寵愛めされたアンリ二世の御代の初めつかた、栄えておった一風習だが、後にはすたれて、遂には数多の昔ながらの醇風美俗もろとも、すっかり消失してしまったものがある。気高く立派なその風習とは、当時の騎士悉くがなした金鉄の友の選択であって、すなわち騎士ふたり、互いに相手を忠勇のつわものと見定めたあかつき、終生渝らぬ義兄弟の契りをこれと結んで、出でては戦の庭に仇敵を防ぎ、入っては廷臣の蔭口など防ぎあう盟約であった。されば偶座にいない莫逆の友の悪口が出て、その背信や奸悪や没義道を誹るものがあったら、友の名誉を信ずること篤き念友は直ちに、《貴殿の申条はあっけもない中傷じゃ。》と反駁して、これに決闘を申込まねばならなかった。善悪何事にまれ、互いに相手の介添役となり、幸も不幸もすべて頒ち合う断金の契りであることは、舌だるく附け加えるまでもござるまい。自然のでたらめに依って結ばれたに過ぎぬ骨肉の兄弟の縁《えにし》に比べ、特殊な存じがけない辱交の相互感情のきずなに依って、刎頸の交を結んだ遥かに美しいこれは相縁奇縁ゆえ、この戦友愛は、いにしえの希臘羅馬などの諸勇士のそれにも劣らぬ、天晴れな益荒男振《ますらおぶり》を数々と生んだが、それらはわが邦の物語作家も仰山に書き著わし、また誰もがあまねく知るところなれば、吾儕がことさら取上げるにも当らぬであろう。
さてその頃トゥレーヌの出たるマイエの弟君、及びラヴァリエル殿という二人のうら若い貴公子は、初陣に武勲を顕わした日を機として、金鉄の友の堅い盟いを立てられた。二人とも豪将モンモランシイ殿の麾下にあって士道を鍛錬し、名だたる武辺の家中にあっては、勇猛の気が如何に伝播し易いものであるかの実を示された。と申すは、ラヴェンナの戦いで天晴れ古強者にも劣らぬ功名を、それぞれに立てられたからで、その日の戦いまさに酣の折り、マイエは常日頃犬猿の仲だったラヴァリエルが、身を挺して彼の危急を救ってくれたので、その床しい心根に感じ入り、互いに受けた胴衣の傷口から吹き出る血潮を啜りあって、その場に義兄弟の契りを結び、主君モンモランシイ殿の陣屋へ両名引取られて、同じ一つ床で介抱をば受けた。
ここで申添えておきたいのは、マイエ家は代々美貌の家系にも拘らず、この弟君だけは何とも不細工な顔つきで、悪魔の美しさを備えた御仁であったという点である。なれど背丈は猟犬のようにすらりとして、肩はばも広く、豪勇の誉れ高いペパン王《〈2〉》のように、筋骨あくまでに逞しかった。それに引換えシャトオ・ラヴァリエルどのは、麗しい薄紗《レース》や、華車な半股引や、網目の半靴などのよく似合う雅び男の公達で、長い灰色の髪は上臈衆の捲髪のように美しく、一言にして申せば、どんな女子衆でも一緒に遊びたくなるようなお稚児さんであった。さればある日、法王の姪君にわたらせ給う皇太子妃《〈3〉》には、転業《てんごう》な諧謔を好ませられるナヴァール女王《〈4〉》に向って、《この扈従は万病をなおす膏薬じゃ。》と笑みを含まれながら仰せられたが、このトゥレーヌの可愛い少年は、当時十六歳の年若だったので、この粋語をお咎めごとと取って、さっと顔をば赧らめたと申すことである。
伊太利より凱旋いたしたマイエは、結構きわまる結婚の下準備《くつぺら》が、母者人の手に依って整えられているのを見た。相手はアンヌボオといううるわしい姫君で、顔もゆたかに何一つ欠くる持物とてなく、バルベット街の、見事な伊太利の調度や絵画をそなえた大邸宅をはじめ、莫大な相続領地まで、数々と持参して輿入にと及ばれた。折しもフランソワ国王には、ナポリの病いで崩御あらせられ、この分では今後はいかな上つ方の姫君であろうと、花柳《ナポリ》の病いに関しては、ゆめゆめ油断がならぬと、よもの臍下いたく穏かでなかったが、その数日後マイエはさる重大な用務を帯びて宮廷をあとに、ピエモンテに赴かねばならぬ仕儀となった。宮廷には、鷲のように臆面なく、驕りたかぶった眼差の伊達男が沢山といて、復活祭に塩豚《ハ ム》を下人ががつがつするように、人の御内儀を狙う者が多い時世だったので、そうした危難や誘惑や、陥穽や奇襲の只中に、若くて妙適で溌剌とした愛妻をのこしゆくことが、どんなにマイエに辛かったかは、容易に御想像になられよう。果てもない嫉妬の念にさいなまれ、すべてが彼には不安の種となったが、考えあぐねた末に、次のような手立てで、妻に南京錠を卸すことにいたした。
すなわち出立の朝まだき、マイエは無二の親友に檄を飛ばせた。急遽、馳せ参じたラヴァリエルの馬蹄の響を、中庭に聞いたマイエは、怠け者からいとも珍重せられている、あの暁方の熟睡《うまい》をほのぼのとねくたれていた白いたおやかな妻を、ひとり床に残してそっと跳ね起き、ラヴァリエルを迎えて、相共に窓辺に身を倚せ、信義の籠った堅い堅い握手を交わした。ラヴァリエルはマイエに先ず申した。
『大兄の招きだから昨夜にも飛んで来ようと思ったが、生憎と恋人から呼び出しがあり、退っ引きならずそっちへ行ったが、白々あけに別れを告げ、かく急いで馳せつけてきた次第だ。多分同行してくれという頼みだと思ったから、彼女にも君との発足の趣を述べたところ、身を慎しんで僕の帰りを待つと、誓文かけて約束してくれた。なあに万一裏切られたって、色女より親友の方が大切だもの、一向に構わぬよ。』
友の言葉に感動したマイエは云った。
『おお、忝い、実は君の健気な心意気の、一段と高い証拠を見せて貰おうと考えていたのだ。他でもない。僕の家内の見張り役をひとつ引受けては貰えまいか。守護役とも番人ともなって、妻の傍らに附添い、悪い虫のつかぬように、十分な監督を頼みたい。僕の留守中、どうか緑の間に寝泊りをして、妻の騎士となっていてくれ給え。』
しかしラヴァリエルは眉をひそめて言った。
『僕の怖れるのは、君でも、また君の奥さんでも、乃至はこの僕自身でもなく、今度のことを好い潮にして、僕達の仲を絹束のように、こぐらかそうとする肚黒い世人の口先だ。』
マイエはラヴァリエルを抱き寄せながら、
『僕のことだったら案ずるには及ばぬよ。僕が間男されとなる非運が、もしも上帝の思召しならば、いっそ君に出し抜かれた方が、愁嘆も軽いというものさ。……そうは言うけれど、あの優しい淑やかな愛妻に、首ったけのこの僕のことだから、きっと歎き死にするに違いないけれど。』
そう云って湧き来る泪を、友に見せまいとして、マイエは面をそむけたが、親友の泪の種子を見た美男の廷臣は、友の手を握りしめて、
『ねえ君、僕は騎士の信義にかけて誓おう。何奴であれ君の奥さんに触れようとするものがあったら、その前に僕の短剣がそやつの体内深く、必ずお見舞申していることを、僕は八幡誓約する。この僕が生きている限り、君の奥さんの身体は、きっと手入らずに守って見せる。ただし心のうちは請け合えないぜ。料簡の方は武士の埒外だからな。』
『有難う、君の御恩は一生忘れぬ。では頼むぞ。』
マイエは叫んだ。そして、別離に際して婦女子のばらまく、あの愁嘆の感嘆詞や泪やソオスなぞに、心弱りを覚えまいとして、其儘すぐと出立した。
ラヴァリエルは町の門まで友を見送ってのち、館に戻って奥方の起床を待ち、良人の出立を告げて、爾今は何事にまれ、彼女の命に従う存念のことを申出たが、その際のもの優しい彼の物腰といったら、どんな貞淑な女子であろうと、この騎士を一人じめに引きつけたい欲望に、擽られざるを得ないほどであった。しかもこの奥方を教化いたすのに、そうした立派な説教文句も必要ではおりなかった。既に先刻奥方には二人の対話を立聞かれて、良人の悋気にすっかりお冠りだったからである。ああ、惟うにこの世では神様お一方のみが十全であらせられて、人間の考えなどには、きまって悪い一面があるものだ。だから何事を取上げるにしても、(よしんばステッキでもだ。)ほど好い端緒《は じ》からするということは、人生に於ける天晴れなしかし不可能にも近い、才覚ではなかろうか。いったい女人の御意に適うことが、いっちむずかしいと申す訳は、女人の裡には女人を立超えた何やらの女相《によそう》があるからであって、換言すれば……と、そこ迄申すとしかるべき敬意を、女人がたに失する惧れがあるゆえ、差控えるといたそう。が、この邪気ある女相のファンテジアを目覚まさぬよう、われわれは深く心せねばならない。まこと女人を完全に牛耳ることは、なかなかに傷心のわざであって、それには、殿方が女子衆に汲々として恭順しなくてはならないのである。世上の夫婦仲のあの苦渋きわまる問題を解く鍵は、これを措いては他に方途がないと、深く吾儕は確信いたすものじゃ。
さてマリ・アンヌボオは、小意気なラヴァリエルの提言と物腰に、すっかり有卦に入り申した。彼女の微笑には邪気ある翳がさしたのである。もっと平たく申せば、彼女のまるまるのお目附役の若人を、面目と悦楽の板ばさみにしようという下心、彼を恋ごころで挑発し、手管でまるめ、熱い眼差で追求し、その結果なさけの道を立てさせ、朋友の道に叛かせようという謀叛気が、そこにあったのでごあった。それにまた彼女の調略を運ぶのに、万事は好都合であった。というのはラヴァリエル殿は、お館に逗留して、奥方と昵懇を重ねなくてはならぬ羽目に陥っていたからで、まったくのところ女人が一度、目をつけた狙いをそらすすべは、三千世界に絶えてなく、折りにつけ節につけ、牝猿はその目指すものを、陥穽に陥れて凱歌をあげようと、計っておるものなのでごある。
時とすると夜半の十二時過ぎまで、炉のほとりにお守役を身近く引きとめ、彼女はその歌文句をやさしく歌って聞かせ、何かにつけてその美しい肩や、胴着にむっちりと張った白い誘惑を垣間見させ、燃えるような眼差を艶然と送り、そのくせ頭のなかに蔵ってある考えは、気ぶりも外に現わさなかった。また時とするとお館の庭を、朝方一緒に散策しては、彼の腕にしっかりととりすがって、熱い吐息をついたり、しがみついたり、頃合のところできまって解ける小沓の緒を、ことさら彼に結ばせなどした。
それからまた御婦人方お手の物の、例の優しい言い廻しや仕草、客人への心やりなど、何くれとなく連発された。例えば居心地を訊ねに参ったり、床の敷きざま、室内の清掃工合などを見に来たり、風通しはどうだの、夜は隙間風が洩らぬかだの、昼間は日が当り過ぎぬかだの、何かお望みのものはないかだの、入用のものは遠慮なく申し出るようにだの、くさぐさのやさしい見舞いごとを、時となく奥方は申しに参ったが、云ってみればそれはまずこんな調子であった。
『朝方、お床の中で糖蜜とか牛乳とか薬味とかいった軽いものを、召上るお慣わしだったのでは御座いません? 御食事の時間は、今の儘で差支えありませんかしら。何でもお望み通りに、こちらでは按配いたしますから、そう仰有って下さいな。遠慮していらっしゃるのじゃなくって。ねえ、仰有って頂戴よ。』
こういった至れり尽せりの親切ごとに添えて、嬌かしい勿体振りを、彼女はふんだんに発揮めされた。たとえば彼の部屋に入りしなに、
『あら、お邪魔で御座いません? だったら遠慮なく追い返して頂戴。お一人でお寛ぎになりたいのじゃなくって。すぐ失礼いたしますから。』
そう言えば慇懃に引きとめられるのが慣いだったし、それにおもんぱかりある彼女は、何時も軽装して、美の数々の見本をあらわにして入って参られたが、そのあでやかさには、百六十の齢を重ねた、メトセラ《〈5〉》の翁ほどの「時」にひしがれた長老とても、思わず嘶《いば》えごえをあげるに違いないくらいであった。
絹のように繊巧なお相伴役のラヴァリエルは、奥方から大事がられるのも、お役目上首尾の一つと心得て欣び、彼女が調略を用いる儘に任したが、親友のよしみとして、不在の良人の噂を絶えず奥方の前に持ち出すことを忘れなかった。
炎暑の日ざしも衰えたある夕刻、奥方のじゃらつきぶりを、物騒千万に思った彼は、どんなにマイエが妻を熱愛しぞっこんであるか、また彼女の添った当の良人は、名誉を重んずるさむらいで、如何にその紋章の汚れを気にかけているかを物語って見せた。
『そんなに気にしている程なら、どうしてあなたを、ここに残してなんか行ったのでしょう?』
『それこそ深い分別からじゃありませんか。操を防いでくれる御仁に、あなたを託することの必要はお解りでしょう。もちろんあなたのお堅いことは、百も承知ですが、悪い奴が世間にはざらですからねえ。』
『じゃあなたは、妾の番人なのね。』
『そうです、それを光栄と思っています。』
『まあ、飛んでもない人を選んだものね。』
そう言いながらあだっぽい艶な眼差を、奥方には遣ってみせられたので、義につよい金鉄の友は、咎めるような冷然たる面持をして、奥方をその場に残したまま退出めされた。愛の鏑矢を放ったのに、にべもない無言の拒絶を受け、奥方は尠からず気を悪くせられた。彼女は深い思案に沈み、打ちあたった障碍の真の正体を探索しだした。あんなにも高い値打の恋の風流事を、美しい殿御が軽んぜられようとは、いかな女人のあたまにも思い及ばぬところだったからで、こうした思案の糸が交錯し打違って、やがていみじき一幅の織物が織り上ったところで、さてこそアンヌボオは恋の深間に陥ってしまっていたおのれを、そこに見出したのであった。このことは、いたずらに殿方の物の具にたわむれてはならぬことを、世の御婦人方に教うる何よりの教訓だが、鳥もちを手にいじれば、きまって指に粘りついて残ることを、思ってみるがよろしい。
こうした手段によって、彼女は一つの断案にと達したが、なんのことはない、初めにちゃんと心得おくべき帰結であったのだ。すなわち、彼が奥方の陥穽にかからずにいるのは、どこぞの上臈衆の罠に、既に陥っているからに違いないと、考えついたのであった。そしてこの若い公達の好みにあった鞘はいずれかと、周囲を物色してみたところ、先ずカトリーヌ女王の側仕え、美女リムイユあり、ヌヴェル夫人あり、デストレ夫人あり、ジャック夫人あり、いずれも彼と一度は浮名の立った御昵懇同士ゆえ、なかの一人に白羽の矢を立ててみたのであった。
こうしておのが見張役《アルギユース》のとのを籠絡しようと、彼女を唆ったあまたの訳合に、さらに妬み心という訳合も附加された次第だが、しかし誘惑して、本物のアルギュース《〈6〉》の場合のように、首を打落そうという考えがあったのではなく、先ずは彼に香油を灌ぎ、首に接吻をしてやるくらいのもので、なまなか痛い思いを見させるどころではおりなかった。
けれど恋敵たちの上臈衆に較べて、慥かに彼女の方が美しくもあり、若くもあり、味よさそうでもあり、愛くるしくもあった。すくなくもそうあたまのなかで、虫のよい裁決を彼女は自ら下した。かく胸の琴線や心の発条を妖しく掻き立てられ、また女人をゆすぶる肉体的なゆえよしもあって、ひとしお心唆られた奥方には、騎士の心に新たな攻撃を加うべく、ここに猛襲にと移られたが、えてして女人というものは、堅陣を破るのを好むのが常だ。
さればとんと小猫のように、奥方は彼の傍らにすりよって、優しくこそぐったり、愛想よくなついたり、甘えてじゃれついたりしだしたが、ある宵のこと、心底の陽気さは隠して、うわべはひどくふさいでいる様子を、して見せられたので、看守の若殿には、不審げにその仔細をば訊ねられた。それに対する奥方の夢みる如き答えの条々は、彼には妙なる音楽の調べとも聞きなされた。曰くマイエに嫁いだは心ならずものこと、ために不仕合せ限りないこと、また愛のめでたさを一向にわきまえぬこと、斯道に対する良人の野暮天から、泪に満ちた日々を送りしこと、ありていに申せば、いまだに道の果報を存じたこともないゆえ、心をはじめ何もかも一切、うぶの生娘同然であること、云々。さらに言葉を継いで奥方は、こうも申された。――恋の調教に世の女子衆が、いそいそと先きを争って赴き、せりあう相手を憎んだり妬いたりするところから見ると、まさしくそこには、いみじい海山の愛の珍味佳肴があるに相違なく、随分そのために、高い犠牲を払っている女子もあるらしいゆえ、自分も是非にそれを味わってみたく、せめて一日でも一晩でも、愛のしこなしを満喫ができたなら、一命をなげうっても惜しくはないし、不平を鳴らさずに情人に一生つかえる心準備は、何時なりと出来ておること、それなのにこちらが一儀のはからいを望む殿御には、自分の思いのたけが一向に通ぜぬらしいこと、良人の信頼の篤い相手なれば、共臥をしたことは、永遠に秘密を守る積りのこと、それをまだ拒まれるに於ては、はや自分は焦れ死をするばかりのこと。云々……
女人が生得にして覚えたかかる雅歌の敷衍として、胸の底からの嘆息を交えたり、手を揉み身をくねらしたり、眼を空にして天を仰いだり、面を赧らめ髪を掻きむしったりの形容沢山で、途切れ途切れもだしがちに、奥方は如上の歌文句を吐かれ、ありったけの手立てをこの珍羞《シチウ》につくし、しかもそれらの言葉の奥には、醜女をさえ美人に変えるきびしい欲情がひそんでおった。
美男の騎士は堪えかねて、ついに奥方の膝下に跪き、涙にくれながら奥方の足をかき抱いて、接吻をいたした。もちろん奥方も、大満悦で彼に接吻を許したし、彼がしようとしていることを、たって眺めもせずに、裳裾をうち任していたが、彼女をものにするには、下からこれを揚げさえすればよいことを、ちゃんと奥方には弁えめされておった。しかし、その夜の程は、貞淑でいるようにとの天の定めであったろうか、美男のラヴァリエルは絶望の面持でこう申した。
『ああ、マダム。僕は不仕合せな能なしなのです。』
『そんなことないわ。勇気を出してみて頂戴。』
『ところが果報つたなくして僕は、あなたのものになれないのです。』
『まあ、なぜでしょう?』
『それを白状する勇気さえありません。』
『じゃ何かとても悪いことでもあるの?』
『きっとあなたに、恥かしい思いをおさせ申すでしょう。』
『言って頂戴、あたし手で顔を隠していますから。』
そう言って狡い奥方は、指のあいだから彼がよく見えるような風に、顔を隠された。
『いまさら申すも詮ないことですが、さきの夜、あなたのお優しい言葉に、したたか僕は仇しごころを掻き立てられ、もとより果報がこれほど間近なものとも知らねば、またあなたに思いのたけを打明ける勇気も出ず、あなたへの懸想と、僕にあなたを託して行った友の名誉を思う念との板ばさみの辛さのあまり、つい縉紳の行く遊里に足を踏み入れて、いまわしい業病を移され、今は伊太利亜病で、この生命も危い身なのです。』
一途に恐怖に駆られた奥方は、産婦のような叫び声をあげ、前後も覚えずやさしい手振で、ラヴァリエルを押しのけられたので、惨めなざまに陥って立場を失した彼は、すごすご其場を外したのであった。扉口の綴錦のところへ、引下ってゆく彼の後姿を見るなり俄かに奥方は、《なんて無慚なこと!》と呟かれ、衷心彼を憐れんで、深い憂愁にと陥られたが、三段に禁断された果実と思えばなおと彼女の愛慕の念は、いやが上にも高まり行った。
それでいつもより彼が美男に見えたある晩のこと、奥方はラヴァリエルに申した。
『マイエというものさえおらなかったら、欣んであなたの病いに感染したいのですけれど。すれば同じ苦患を共に出来ますのにねえ。』
『僕はあなたを熱愛いたすゆえに、そんな無茶は許せません。』
そう答えて彼はそこを辞去して、美女リムイユの許に赴いた。
もとより奥方の炎の眼差を受けとめる手立てとてないまま、食事の時とか夜の宿直《とのい》の折りなど、二人を燃やす情火は、刻々に募ったが、奥方には眼眸で彼を掻い撫でるより他には、よう触れることもせで、空しく過さねばならなかった。こうした家仕事に奥方は夢中になり、ために宮廷の伊達男に対して、堅固な要塞を築く結果と相成った。まこと愛ほど越え難い障壁もなければ、またこれほど結構な守護役もない。悪魔と同じに、愛はその掌中にしたものを、焔でぐるりと取囲んでしまうからである。
ある晩ラヴァリエルは、カトリーヌ女王お催しの舞踏会に、奥方ともども列席して、彼が思い焦れるリムイユ姫を相手にして踊った。騎士たちは恋人を同時に二人、乃至はそれ以上もつくってこれに慇懃をつくすのが、当時の慣わしであった。美丈夫ラヴァリエルに身を許そうという風情のリムイユは、上臈衆悉くから嫉妬を受けた。カドリルの踊りにかかる前、リムイユはラヴァリエルに、明日の狩倉に逢瀬の約束をいたした。菓子屋が竈の火を掻き立てて燃やしつけるように、カトリーヌ女王には貴顕男女の情火を、頻りと煽りつけておられたが、それは政略上の高遠なお考えからであって、さればカドリルに抱きあった美男美女に目をやりながら、女王には背の君にこう申された。
『斯様な色合戦に各自心を砕いているうちは、殿に謀叛の下心も消え失せましょう。』
『それもそうじゃが宗旨違いの者はどうじゃな?』
『外道のやからとて、妾の罠は洩れられませぬ。いつぞや新教徒《ユグノオ》の不審をかけられたラヴァリエルを御覧あそばせ。わらわのリムイユに転向いたしたる模様。二八の乙女にしては、見事な腕前にはござりませぬか。程のう彼もリムイユを接木に迎え取ることにて御座りましょう。』とカトリーヌ女王には笑みを含んで申された。
『畏れながら女王様、先王の御宝算を縮めまいらせたナポリの病いに、ラヴァリエルどのは罹っておるげに御座りますれば、その儀は相叶わぬものと存ぜられまする。』と傍にいたマリ・アンヌボオはつい口をはさんだ。
満座の中でのこのしどもない素破抜きに、その場にあられた国王をはじめ、寵姫ディアーヌもカトリーヌ女王も、どっとばかり哄笑に及ばれ、その次第は忽ちに一座の耳に伝わった。ためにラヴァリエルには涯もない名折れとなり、嘲罵を満身に浴び、後指を人にさされ、座にいたたまれなくなってしまった。彼の恋敵は早速とリムイユ姫に、その身の危険のほどをにやにやと告口いたしたので、感染も早く、人も忌み嫌う瘡毒のこととて、姫の驚愕もただならず、ただちに恋人への仕打も手の裏を返したような仕儀となられた。ラヴァリエルは癩病やみも同じく、人々から見放された上、国王からも御不興げなお言葉を賜わったので、晴れの場をすごすごと退出し、そのお沙汰にいたく悄然とした奥方マリも、その後に続いた。
花柳の病いで伊太利亜化された殿御は、人生最大の得分を喪うはおろか、子孫繁殖のちからを失し、骨髄くろみ朽ちはつるとは、医師刀圭の定説ゆえ、奥方の一言から騎士の面目もここに丸潰れになって、あたら一生も台無しとなり、どの点からしてもラヴァリエルは、日蔭の疵物となってしまった。巨匠ラブレエ大人が言葉の、《お偉い痂かき殿衆》(醗酵したパン皮先生)の疑いが、すこしでもある以上、いかな宮廷府きっての美男であろうと、これにとついで参るような女子衆は、もとより当時一人もなかったのである。
舞踏会の開かれたエルキユルの館の戻り途、ラヴァリエルは石のように押黙って、いとも憂鬱そうに打沈んでいたので、奥方には申された。
『何たる御迷惑をおかけしてしまったのでしょう。』
『いや奥様、私の傷手は癒る時もありますが、あなたのお受けになった心の傷手は、そうは参りますまい。私との恋の危険をお知りになって、さぞかし呆れられたことでしょう。』
『ああ、今にして妾はあなたを、永遠に妾のものになしえたことが、はっきりと解りましたわ。今宵の不首尾や蔭言の償いに、妾は何時何時までもあなたの情人とも、女あるじとも、想いびととも、いや、それどころか腰元ともなって、お仕えいたしますわ。あなたにこの身を捧げ、あの汚辱の痕を雪ぎ、介抱と看護の手をつくして、あなたを快癒させて進ぜたいのです。あの悪疾は極めて性が悪く、亡くなられた先王と同じく、生命が危険と、その道の人が申しましょうと、妾はどこ迄もあなたの伴侶となって、あなたの病いを倶に患い、華々しく死んで参りたいのです。――(そう云って彼女はひとしきり泣いた。)――それだってあなたに蒙らせたお気の毒な目は、帳消しにはなりませんでしょうけれど。』
大粒の泪がこの言葉に伴った。貞淑な彼女の心臓は機能を弱め、息たえだえに倒れかかった。喫驚してラヴァリエルは、彼女を抱き上げ、たぐいなく美しいその乳房の下なる心臓の上に、手をおいた。愛する人の手の温みに、奥方は我に返られたが、甘美ないみじい悦楽を身に覚えて、またもやぼうと気が遠くなるのだった。
『まあ、このうわつらばかりの意地悪い愛撫が、今後は妾達の恋の唯一の快楽となるのですわね。でもマイエが、妾に与えた積りでいる快楽に較べれば、千倍も万倍も優れていますわ。あなたの手をどけないで頂戴。ちょうどそこは、妾のハートの上ですし、心臓にじかにタッチしておりますもの。』
この言葉に、騎士は世にも切なげな顔をして、彼またこうして触れていることに、無上の快楽を覚え、ために病いの痛みも一段と疼き出し、こんな苦患を受けるより、いっそ死んでしまった方がましだと、われにもあらず告白してしまった。
『じゃ一緒に死にましょう。』
が、ちょうどその時、二人の乗った轎は、館の中庭に着いた。死ぬ手立てのない儘に二人は、それぞれ離れて床に就いたが、ラヴァリエルはリムイユに恋を失い、アンヌボオは比類ない恋の快楽を得て、その夜は共に、恋の悩みにねむりを二人は妨げられたのであった。
測らざるこの躓きから、ラヴァリエルは恋と結婚からふたつながらに追放の憂目に遭って、もう公けの席へ出ることも憚られる身となった。女の持物の守護が如何に高くついたかを、沁々とラヴァリエルは悟った。然し名誉や方正に彼がその身を従属するにつけ、友情に捧げたこの気高い犠牲のいやます快楽を、彼は覚えた。けれど見張役も終ろうとする頃になって、彼の勤めはいよいよと辛く厳しく堪え難くなって来た。
その次第はこうである。
思いのたけを打明けて、片恋ならぬと合点いたし、粗忽の一言から彼に及ぼした迷惑を思い、さらに未知の快楽をも味わい知って、一段と勇を鼓したマリ・アンヌボオは、ここにプラトニック・ラヴにと陥ったが、それは何の危険もない、ささやかな美快で調合され、「鵞鳥っ子の色事遊び」という悪魔的な掻撫でわざで、ひとしお風韻を帯びることと相成った。この遊びはフランソワ一世の崩御このかた、上臈衆が御工夫遊ばされたもので、病毒の移る怖れなくして、情人に心意気を見せることの出来る手段である。
ラヴァリエルもおのが役割を、忠実に演ぜんが為には、こうした触れごと遊びのむごい快美を、拒むことはよう出来なかった。それで悲愁の奥方には、大切な客人を裳裾の近くに侍らせ、手をとり頬を寄せ、燃える眸の接吻を注ぐのが、その夜毎の慣わしとなった。悪魔が聖水盤に捕われたように、貞淑な抱擁に囚われた騎士は、奥方からその大いなる恋情を掻き口説かれ、満たされぬ欲情の無限の空間をはせ廻るその恋には、もはや限界とておりなかった。明りといっては、眼の光りしかない烏羽玉の夜に、女人がその実質的な色恋に於てらせる情熱の焔の悉くを、奥方はその頭脳の神秘的放射に、魂の昂揚に、心の法悦にと、情熱転移を行ったのであった。智分のみで交わり合った、二人の天使のような静謐な欣びもて、彼と彼女は、当時の恋人たちが愛の礼讃に繰返しあった、あの優雅な連祷を、声を揃えて誦しあったのもまた当然であろう。この頌歌の幾節かが、湮滅せずに残ったのは、テレームの和尚がその寺の壁に彫り刻んでおかれたお蔭で、アルコフリバス《〈 ラ ブ レ エ 〉》大人の言に依れば、その寺の所在は、わしが国さのシノンに御座る由だが、羅甸語で書かれたその歌垣を、信者の為に茲に飜訳して示すことにいたそう。
『ああ、御身はわが力、わがいのち、わが幸福、わが宝じゃ!』とマリ・アンヌボオは申される。
『してそなたは真珠じゃ、天使じゃ。』と騎士は答える。
『御身はわが熾天使じゃ。』
『そなたは躬がたましいじゃ。』
『御身はわらわが神じゃ。』
『そなたは躬が暁星じゃ、宵星じゃ。躬が誉れ、躬が美、躬が宇宙じゃ。』
『御身はわが至大至聖なあるじじゃ。』
『そなたは躬が栄光、躬が信仰、躬が宗旨じゃ。』
『御身はわが優しい美しい勇ましい気高い懐しい騎士じゃ、守護役じゃ、王じゃ、愛じゃ。』
『そなたは躬が仙女、わが昼の花、夜の夢じゃ。』
『御身は常住不断のわらわが思念じゃ。』
『そなたは躬が眼のよろこびじゃ。』
『御身はわが魂の声じゃ。』
『そなたは真昼の光じゃ。』
『御身はわが夜をつんざく閃光じゃ。』
『そなたは女人のなかで最も愛せられたものじゃ。』
『御身は殿方のうち、もっとも崇められてじゃ。』
『そなたは躬が血潮じゃ、躬よりもすぐれた躬じゃ。』
『御身はわが心の臓じゃ、光明じゃ。』
『そなたは躬が聖女、躬が無二の悦びじゃ。』
『御身に恋の栄冠を捧げまいらそう。わらわの恋が如何に深くとも、御身の恋には及び申さぬ。何故なら御身は神じゃもの。』
『いな、その栄冠はそなたのものじゃ。そなたは躬が女神、躬が聖母マリアじゃ。』
『さにあらず、わらわは御身の腰元じゃ。しもべじゃ。御身の意の儘の下婢じゃ。』
『いなとよ、躬こそそなたの奴隷じゃ。忠義な小姓じゃ。息の出入のように、そなたの心の儘になり、敷物のようにそなたに踏まれる、しがないものじゃ。躬の心臓はそなたの王座じゃ。』
『御身の声は妾をこごらせるゆえ、それは虚事《そらごと》じゃ。』
『そなたの眼差は躬を燃しつくすのじゃ。』
『わらわは御身に依りてのみ、見ることがかなうのじゃ。』
『躬はそなたにより、感ずることを能うのじゃ。』
『されば御身が手を、わらわの心臓においてたもれ。御身の手一つで、わらわの血潮に、その温みが伝わり、面もかく蒼ざめて参るのじゃ。』
既に燃えるようだった二人の眼は、こうした歌かがいのうちに、なおと燃えしきるのであった。心臓に手をおかれて感ずる奥方の幸福感に、騎士もいささかお裾分けにあずかり、この仮りのうわつらな契りに全力を注ぎ、欲情のすべてを傾け、ために一儀に関する彼の想念悉くは解凝して、彼また気の遠くなるような恍惚境に入ることも屡々でごあった。二人の眼からは熱い泪がたぎり落ち、火が家に燃えつくように、しっかと二人は抱きあうのであったが、しかしそれでお仕舞いであった。心はいざ知らず、身体だけは手入らずで返す約束を、彼は親友にしたからである。
マイエから帰国の報を受けたのは、ちょうどこの危い瀬戸際のことであった。どんなに道心堅固でも、こうした肉炙りのわざに耐えきれるものではないし、二人はしかと禁断されればされる程、その幻しの快楽は、さらに甘美を加えて行ったのである。
ラヴァリエルは奥方を後に残して、ボンヂイの地まで友の出迎えにと赴いた。途中に物騒な森があったので、友の身を気遣ったためである。むかしの仕来り通り両友は、ボンヂイの里で床を一つにして、肝胆を相照らした。一人が旅の四方山話を語れば、一方は宮廷の噂や情話などを話した。然しマイエがいの一番に訊ねたのは、妻のことだったが、良人の名誉の宿る大事なほとりを、訪れたものはないとのラヴァリエルの誓言に、妻野呂のマイエは至極満悦めされた。
翌日、三人は一処に落ち合ったが、奥方はたいそううとましげであった。しかし女人のあの高遠な法学に基いて、奥方は人の好い良人をちやほやと下にも置かず迎えられたが、艶っぽい愛くるしさで心臓のあたりを、こっそり指さしてはラヴァリエルに、《これはあなたの持物よ》と、云うような素振をしてみせられた。
晩餐の折り、ラヴァリエルは戦いに出陣の決意を披瀝した。マイエは友の重大な決意の程をひどく悲しんで、同行の申入れをしたが、きっぱり断わられた。
『マダム、私はあなたをいのちより愛しておりますが、名誉ほどは愛しておりませぬ。』と奥方にこっそり囁くラヴァリエルの顔色は蒼かった。奥方もそれを聞いて、さっと蒼白になった。二人の掻撫で遊びの折りでも、この度の言葉ほどに真剣な愛のこもった文句は、嘗て口にせられたためしがなかったからである。
マイエはモオまで友の出征を見送った。戻って来た彼は、ラヴァリエルの唐突な出立の謎めく訳合や未知の理由を、妻といろいろ穿鑿した。ラヴァリエルの悲痛な心事をつゆ知らぬ奥方は申した。
『解りましたわ。恥かしくてこの地にいたたまれぬからです。花柳病に罹ったことが、あまりにも有名になり過ぎたのですもの。』
『彼奴がかい? 冗談じゃない、先夜もボンヂイで、また昨夜もモオで、僕は一緒に寝て知っているが、ちっともそんな気配なんかなかった。お前の眼の玉のように、ぴんぴんしていたよ。』と喫驚してマイエは言った。
彼の大いなる信義と約定たがえぬ気高い諦念と、内なる情熱の烈しい苦悩に感じ入った奥方は滝津瀬の泪を流した。然し奥方もやはりその恋を心の底に秘め、メッツでラヴァリエルが戦死した砌、後を追って身罷った経緯は、ブウルディユ・ド・ブラントーム《〈7〉》大人も、どこかそのお喋りの中で述べておられる通りである。
(1) ディアーヌ・ド・ポワチエ(一四九九―一五六六)ヴァランチノワ公妃。アンリ二世愛妾。
(2) ペパン王――シャルル・マルテルの世子、シャアルマアニュの父、カロラン・ジャンヌ王朝の初代、七五一年フランス国王となり七六八年崩御。
(3) 皇太子妃――後のカトリーヌ・ド・メディシス(一五一九―八九)、アンリ二世妃、法王クレマン七世の姪君。
(4) ナヴァール女王(一四九二―一五四九)フランソワ一世の姉、アンリ二世の伯母、「エプタメロン」の著者。
(5) メトセラ――ユダヤの長老、九六九歳まで長寿、ノアの祖父。
(6) アルギュース――ギリシャ神話、百眼の巨人。見張役。メルキュールのため首を刎ねらる。
(7) ブラントーム(一五四〇―一六一四)フランス十六世紀文人、「艶婦伝」(ダーム・ギャラント)の著あり。
衣手の風流
当時は浮れ坊主に晴れて御内儀を娶ることがかなわず、入手し得る限りの麗質の梵妻をせしめて、よろしくやっておったが、その後御存じのような訳合いで、これも宗門会の堅く禁ずるところと相成った。全くのところ人の極内の懺悔咄が、大黒などとの笑いの種になるのは、あまり愉快なことでなく、それに羅馬加特力教の高等政策の一部をなす種々《くさぐさ》の深遠な主義や厳達が、女人ばらに筒抜けになるとすれば、慥かに褒めた話ではない。大黒を庫裏において、スコラ哲学的愛情で神学的にいたわっておったトゥレーヌ最後の法師は、アゼエ・ル・リデルの和尚であったが、この地は後にアゼエ・ル・ブリューレ、今はアゼエ・ル・リドオと呼ばれた結構な土地柄で、そのお城はトゥレーヌの名所の一つとなっておる。
坊主臭いのを女子衆が、さまで厭わなかった頃といっても、そう古い昔のことではなく、現にこの和尚の子息ドルジュモン殿は、いま巴里で僧正になっているし、アルマニヤックの大騒動も、当時まだ終焉を告げていなかった。げに和尚はまことに好い時代に生れ合せたともいうべく、なんせよ骨組岩乗で色艶もよく、肥満していて恰幅もあり、力もあって、病み上りのように盛んに飲み食いをめされ、病み上りも道理、ぐんにゃり萎靡銷沈せられることも毎々なら、必ずすぐ雄勁勃々と恢復めされておったから、これが女犯禁止令以後のお人だったら、克欲を旨とする宗規の遵奉を余儀なくされて、命取りとあいなったに違いはなかろう。あまつさえこの和尚は生粋のトゥレーヌ人ときておった。すなわち焚かれたり消されたりしたがっている家刀自の竈を、御意の儘に燃やす焔を眼中にたくわえ、灌ぎ消す水を体内に擁してもいた褐色あたまの御仁であった。その後アゼエはこの和尚と肩を並べられるような傑僧を一人も出しておらぬが、この花和尚といったれば、角肩の艶々しい美丈夫で、常に天恩を説き、豪傑笑いをばし、葬い事より婚礼や洗礼式が好きで、大の諧謔家でもあったし、お寺でこそ神妙だったが、一歩外へ出ればなみの凡夫といささかも変りめされなかった。飲み食いに雷名をはせた腥坊主は、昔から何人もいるし、天恩を説くに巧みな法師も、古来その数をとぼしとせず、豪傑笑いの大入道も、ゆらいトゥレーヌにはざらだが、しかしそれらの沙門快僧悉くを束にいたしても、この和尚の足下にも及ばぬであろう。と申すは、この和尚さまは唯ひとりで檀家衆にあまねく祝福を垂れ、老若男女に喜びを蒔き、悩める者には慰みを与え、ものの見事にその天職を果しておったからで、一切衆生から愛されていたことは、和尚と胸襟を開いて語り合った者悉くが、和尚の骨髄に入ることを願ったくらいであった。
悪魔は人が思っているほど真黒な奴ではないと、お説教ではじめてお談義せられたのも、またアンドル川の鱸《すずき》は川隠れの鷓鴣《しやこ》で、逆にまた鷓鴣は、空にとまる鱸《〈1〉》であると、カンデの奥方を云いくるめて、鷓鴣を魚に変じてしまったのも、この和尚でごあった。和尚は仏性《モラル》の名を藉りて、こっそり甘い汁を吸うことなぞ、潔しとはしない御性分であった。だから人の遺言状に名をつらねてお裾分に預かるよりは、安逸な芳褥のお裾に入った方が望ましいと、冗談まじりに屡々申していたし、神様はよろず満ち足りておられるから、何一つ必要とはせられておらぬなどと申されてもおった。何時も和尚は手をポケットに入れていたので、貧しい人や困っている者で、和尚の許に無心に参って、空手ですごすご帰されることも絶えてなかった。堅くて評判の和尚だったが、悩める者や弱き人には柔かで情脆くなり、あらゆる疵穴を塞ぐべく懸命とあいなった。この和尚大王に対して、長いこといろいろの美談佳話が伝えられたのも、また尤もな次第ではあるまいか。
サッシエ近傍の、ヴァランヌの御領主の祝言の際のお笑い咄も、その一つである。花婿殿の母御前は、婚礼の大振舞として、美味珍肴を山のようにお支度遊ばされたが、優に町一つ賄えるほどの豪勢さで、それも道理、この華燭の宴には、モンバゾン、トゥール、シノン、ランジエ、その他あたり近在からお歴々の賀客が雲集し、御披露は一週間も続けられたほどだった。さて賑かな宴会の座に戻ろうとして、和尚は厨番の小僧に出会われた。花嫁方の縁者への饗膳として、お館の母刀自ご自慢の名代腸詰が出る段になり、その調理・塩梅・詰込みぶりは、かねて御母堂極意の奥義だったので、必要な材料、シロップ、ソース、脂分など、用意の万端が整ったことを、その小僧は母御前に伝えに参る途中であった。和尚は味噌嘗め小僧の耳を軽く叩いて、お歴々の前へそのなりで出るのは、あまりにむさくるしく失礼じゃによって、代って儂が申し伝えてやろうと引受け、おのが席に戻りしなに腕白者の和尚には、左手の指を丸めて鞘のかたちを作り、その穴の中へ右手の中指を入れ、何遍も軽く動かしつつ、意味ありげにヴァランヌの御母堂の方を見て、《さあさあお出でめされ。準備はよしじゃ。》と申された。御母堂には和尚の合図するものがソーセージ詰めのことで、決して座の連中の思うような淫らなことでないのを御存じだったもので、立ち上って和尚の方にいそいそ赴かれたが、その様子に事のわけを一向に知らぬ満座の連中は、ただどっとばかり哄笑に及んだのであった。
だが咄のうちでももっとも傑作なのは、この高邁な和向が梵妻を喪われた顛末で、本山の役僧より後添えの梵妻は爾来禁ぜられたが、和尚はそんな家財道具は、なくても平気なほどの艶福家であった。檀家の女子衆悉くが、その持物を和尚にお貸し申すのを名誉と心得ていたし、それに好漢の彼とて大事の品物をいためる気遣いもおりなく、よく濯いでから返す丹念家だという評判まで立っておったためである。さてその咄というのはこうである。
今でもアゼエの衆が、時たま噂の種としているけったいな死にざまをしたさるお百姓の引導を渡して、晩方、夕飯に戻って来た和尚は、ひどく浮かぬ顔をしてござった。大食漢の彼が、その晩は歯のさきでしか突つかず、その眼前で特別腕によりをかけて調理した和尚大好物の牛の臓腑のお皿も、苦そうに押しのけるだけなので、不審に思って梵妻は訊ねた。
『ひどく元気がないようですが、強欲爺《ロンバール》(拙著「コルネリウス殿」随所参照《〈2〉》。)の前でも通られたのですか。(縁起の悪い目にあわしゃったか。)二匹の烏を御覧にでもなったか、死人が塚の中で動くのでもを、目にせられて来たのですか?』
『ああ、ああ』
『誰かに欺かれなすったか?』
『うんにゃ違う。』
『一体、どうなさったのです。』
『哀れなコシュグリユの往生ぶりで、まだこの胸が一杯なのじゃい。アゼエ二十里四方、当世女房の舌や、寝取られ亭主の唇は、いまその話で持ち切りじゃろうて。』
『お聞かせになって下さいな。』
『聞いてくりゃれ。』と和尚は語り出した。
――麦と、脂太りの豚二匹を、市場へ売りに行っての戻り途、コシュグリユどんは儲けを胸算用しながら、自慢の牝馬を駆って、ランド・ド・シャアルマアニュの旧道の曲り道まで、とことこやって参った。ところがアゼエを過ぎて牝馬のやつ、べつだん何の臭跡もないのに発情しだした折りも折り、そこにド・ラ・カルト殿が囲地に飼って、さかんに精をつけてござらしゃっていた種馬がおった。そやつは競馬用の逸物で、坊さまのように立派で、丈けもあり力もあり、わざわざ見に御座った提督閣下のお話では、今がめきめき成熟しきった絶頂とのことだったが、その鬼鹿毛がめんこい牝馬の来るのを嗅ぎつけ何くわぬ様子で、嘶きもせねば、遠廻しな呼びかけもせず、澄ましきっておりくさったが、いよいよ近づいた段になって、いきなり四十列ほどの葡萄を跳び越え、鉄蹄で地を蹴って突進し、交合に飢えたさかり馬の例の小銃一斉射撃《エスコペツデリ》をおっぱじめ、鳴鐘装置の歯車止めを外したような音を出し始めおったが、その烈しさったら如何な沈勇の士の歯の根も浮いてしまうほどで、遠くシャンピイの衆にまでそれが響いて、身の毛弥立たした程だったげな。コシュグリユどんは組打ちが始まったら事だと、ランド街道を色っぽい牝馬に拍車をかけて、その駿足に身を託されたが、牝馬の奴も主人の意を呑み込んで、鳥のように宙を飛んで一目散に突っ走った。が、石弩の矢頃ほど隔てて、大きな図体の種馬が、鍛冶屋が鉄を打つ塩梅式に足で土を打ちとどろかし、全力を張りしきり鬣を乱して、一散に追い迫って参った。牝馬はすたこらと一散走り、牡馬は例のパタパン、パタパンと怖ろしい怪音をさせての韋駄天走り、乗ってる旦那はけものの色情と一緒に死神に追われるような思いで、無我夢中に拍車をくれ、牝馬もここを先途のひたばしり。真蒼になった上の旦那は、半死半生で漸くにわが家の中庭まで逃げのびられたが、厩舎の戸が閉っていたので、《助けてくれ、女房どん、早く早く!》と怒鳴りながら、池のまわりをぐるぐる逃げ廻られた。種馬の方では十分にきざしているところを逃げられ、追わされたもので猶とさかりづいて恋慕にあれ狂って、これを追い廻す始末。物音に驚いて飛び出して来た家人も、鉄蹄の痴漢の抱きつかれと足蹴に怖れをなし、誰一人厩舎の戸口を開けに行く勇気の者もない。遂にコシュグリユの御内儀が開けに参られたが、牝馬が半分ほど入りかけたところを、戸口で攻撃されて押っぺされ、野蛮な挨拶を受けて、両脚で抱かれ締められ挟まれ搾られ、それとともにコシュグリユどんも、手ひどく揉まれこねられ潰され押されて、まるで油を搾った後の胡桃の塊のように、ぐにゃぐにゃばらばらの断片が、コシュグリユどんの形身に残されただけであったわい、と和尚には語られた。
『馬の交尾の際のあのでかい鼻唸りに、息絶え絶えの悲しげな人声を交えつつ、生きながらひしぎ潰されなすったかと思うと、儂は胸が詰まってならぬわい。』と慈悲深い和尚は結びに申された。
『まあ、牝馬はいいわね!』と大黒には長嘆息せられた。
『何じゃと?』喫驚して和尚は訊ね返された。
『だってあなたがた殿方衆には、梅の実一つ押っ潰すほどの勢いもないじゃありませんか。』
『吐かしたな、こいつ。俺の腕前を知らんのか。』
そう言いざま和尚は憤然として大黒を寝床の上に押し倒し、尖った彼の刻印捺し《え て も の》で、力まかせに押しつけたので、梵妻は立ちどころにその場で肉醤《ししびしお》になり、ばらばらにくだけて、竪裂け口の蝶番も外れ、朱門の正中の仕切も潰え、外科医も内科医も手の下しようがないほどの御牝《コ ン》の挫傷骨折ぶりで、ついに南無お陀仏様におっ死んでしまわれた。まこと和尚は先にも申したごとく、男性の名を恥かしめぬ天晴れな偉丈夫でござった。
実法な土地の衆はもとより、女子衆まで、和尚には何の不都合もなく、従ってこれは極めて正当なる権利行使であると認容いたされた。当時さかんに用いられた「Que l'aze le saille!」の文句は、恐らくこの一件に由来するものであろう。これは今の言葉に直すと、一層けしからぬ意味合いのものになるゆえ、御婦人方に御遠慮申して、吾儕はその敷衍は差控えることにいたす《〈3〉》。
なれどこの大和尚が、冠たる豪傑ぶりを発揮めされたのは、ひとりこの方面のみにとどまらない。この災難の前、既にわれらが和尚は勇名を馳せておったので、二十数名が一団となった泥棒組であろうと、和尚を襲ってポケットの金貨拝見を願い出るような非礼を、敢えてするものとておりなかった。という次第はこうである。
ある晩のこと、まだ梵妻が健在だった頃だが、鵞鳥や大黒や酒や何やかやを、満喫し堪能めされた夕食後のこと、和尚は椅子にくつろいで、十分一教区税物を納める新しい納屋をどこに作ろうかと、思案して御座ると、サッシエの殿様が御臨終に際して、神様と和解したがっておられるに就いては、行って聖餐物を授けたり、例の儀式を悉皆とり行ったりして貰いたいと、使の者がやって参ったので、《好いお方だったし立派な御領主でもあったから、行かずばなるまいな。》と和尚は云って、本堂に行き聖餅の入っている銀の箱を取出し、番僧を起すも面倒と、自分で小鐘を鳴らしてから、足取も、また気も軽く出掛けられた。ところが沃野を横切って、アンドル川に注ぐゲ・ドロワの近くで、和尚は泥的《マランドラン》に出会われた。然らば泥的とは何ぞや。サン・ニコラスの書生である。さらば該書生とは何者か。他でもない、真暗闇でも目の利く御仁である。財布を調査し裏返す学問をする雅兄である。街道で学位をとる先生である。で、お解りになられたろう。さてその泥的が和尚の銀の箱を、ひどく金目のものと早合点して、道にこれを邀したのである。和尚にはハハンとうなずかれて橋石の上に聖体箱を置き、《ちょっと動かずに御座りませや。》と云って泥的に近寄り、足搦みで押し倒して鉛入りの杖を奪えば、泥的も立上って手向おうとする鼻を、和尚にお腹のど真中を見事一発どやされて、臓腑を出して伸びてしまったので、和尚は聖体箱を担ぎ上げ勇敢にこう申された。《へん、お前の神様になんぞ縋ったら共倒れじゃわい。》
けれどこの雑言は神様に申したのでなく、トゥールの法主に対してあてつけに云ったのだが、サッシエの大道で、かかる涜神の言を吐くのは、蝉に蹄鉄をつけるようなもので、あったらことである。では何故トゥールの法主にあてつけられたかというに、いつぞや和尚がお説教の席で、弛んだのらくら者の在の衆に向って、収穫は神のお恵みに依るものでなく、勤労と骨折の賜物であると喝破めされ、やや異端の言の嫌いがこれにあったので、法主からいたく叱責を受け、破門を以て脅かされ、僧会で散々に油を搾られたことがあったからである。しかし全くのところ地上の果実には、天恩も労働も両つながらに必要ゆえ、和尚もいささか料簡違いだったと申さねばならぬが、この邪説に陥ったまま遂に入寂してしまわれた。神の思召しさえあれば鋤働きはせずとも、刈入れに及ぶことが出来る仔細を、和尚には決して納得しようとはめされなかったが、この説の正真であることは、人の力をかりずとも、むかしは麦が生えていたではないかと、学者先生が夙に立証ずみのところである《〈4〉》。
沙門の亀鑑たるこの和尚と袂を分つにあたり、彼の生態の一面が躍如としている一つの奇行を述べずに済ます訳には参らぬ。むかしの聖者が貧しい人や通りがかりの者に、おのが持物やマントを頒つ善行に、如何に熱烈に和尚が倣わんとしておられたか、その話に依って明らかになり申そう。
あの日、トゥールの宗門判事に敬意を表しに行って、アゼエへ驢馬で戻りすがら、和尚はバランへ入ろうという手前で、同じ道をとぼとぼと行く綺麗な娘っ子に出逢われた。ありありと疲れ、大儀そうに尻を押っ立てて、犬のように歩み続けている娘のさまを見て、憫然とせられた和尚にはやさしく声を掛けられたので、娘は立止って振返った。野禽、とりわけ雌鳥をおじさせぬすべをよく心得ていた和尚は、驢馬の臀に相乗りするように、柔かに如才なくすすめられた。いったい女子衆は心の内では望みながらも、人から表てだってしたり食べたりするように勧められると妙に体裁をつくるものだが、その娘も初めは遠慮したり、科をつくったりしたが、とうとう承知して、信徒の羊は羊飼の牧師と一緒に乗り込んだので、驢馬も驢馬の歩みをゆすらゆすらとあゆみ始めた。と、娘はあっちへ滑り、こっちへ滑りして乗り煩らっている様子なので、バランを出外れてから和尚は、しっかり自分に掴まった方が、鞍ごころがよろしかろうと勧めた。娘はおずおずしながらぽってりした両腕で、和尚の胸のあたりをかかえめされた。
『どうかね、まだ揺れますかい。工合は?』と和尚は訊ねられた。
『至極結構ですわ。和尚様の方は?』
『儂かね、儂の乗り心地は満点じゃよ。』
まったくその通りで、和尚の乗り心地たるや格別でござった。なにせよ二つの円弧《タンジエント》が、和尚の背中に擦れあって、得もいわれぬ暖か味が伝わりだし、終いにはそれが和尚の肩胛骨の間に、印刻を捺したがっているような悩ましさを覚えて来た。白い素晴しい売物のめざす場所としては、いささか処を得ておらぬゆえ、全く惜しい次第ではある。この屈竟な両乗り手の身の内の熱気は、次第次第に驢馬のゆすり動きにつれ、結び合わさりだし、驢馬のぶらぶら動きに御当人たちの切ない動きも加わって、二人の血潮はますます迅いコースを辿りだした。かくして遂には和尚殿も別嬪さんも、(驢馬のはいざしらず)、互いの考えを読みあうにいたったが、和尚は娘に、また娘は和尚に、お隣り同士すっかり狎れあってしまった時、二人はうじうじした気分を一様に感じ、変じてそれは秘密の欲望にとかたちをかえたのである。
『こんもり繁った絶好な草叢があそこに見えますな。』と和尚は振返って娘に申された。
『でも道に近過ぎてよ。悪童が通りかかって枝を折ったり、牛が若芽を摘みにくる心配がありますもの。』
『あなたはまだお独りかね?』和尚は驢馬を再び走らせながら訊ねられた。
『ええ。』
『経験もないのかね?』
『まあ、勿論よ。』
『恥しいじゃないか、あんたのお年で。』
『だって嫁入前に子供をつくるなんて、畜生根性じゃありませんか。』
それを聞いてやさしい和尚は、娘の無智に愍然とせられ、且つは僧たるものは、その信徒を教化し、現世における人としての義務と任務を、よく指南すべきであるという宗規のみをいちはやく想起いたし、この娘に他日、彼女が担うであろう重荷の味を覚えさすことが、僧としての己が天職であると考えるに到った。そこで和尚はやさしく娘に物怖じをせぬようにと乞い、且つは沙門の誠実に満腔の信頼を寄すべきことを説き、今の今すすめる結婚の靴篦の試みは、余人には決して知れぬように計らうことを約された。そのことはバランを出て以来、くしくも娘のひたすら考えて来たところでもあり、また驢馬の生温かい動きに依って、娘の欲情は念入に保持され増大され来たったところでもあるので、娘は和尚に《そんなことを仰有るのでしたら、ここで降して戴きますわ。》とつんとしてみせた。
しかし和尚はなおもその甘たるい要求を続けて、アゼエの森まで口説き通したので、娘は降りようといたした。そして和尚も娘を下した。こうした議論の鳧をつけるには、馬をべつに乗り替える必要があったからで、そこで操正しい娘は和尚から逃れようと、森の一番繁ったなかへ身を隠し、《いやな人、掴まえられるものなら掴まえてごらんなさい。》と叫んだ。
美しい芝生の生えた林間の小空地に、驢馬は達した。娘は一本の草に躓き、顔を赧めた。和尚は走り寄られた。そして弥撒の鐘を鳴らしつけていた和尚は、そこで娘の為に弥撒供養を行って、天国の楽しみを前以てたっぷりと二人は味わいめされた。信徒を十分に教化しようと心掛けられた和尚は、洗礼志願者が極めて温順で、魂もまた肌も柔かく、まことの宝玉であると歎賞あそばし、アゼエのすぐ近くへ来てから教戒を授け出したので、生徒に屡々同じことを繰返し教える世の先生方のように、二度繰返すにはちと都合が悪いので、しぜん教誨をはしょらねばならぬことを、ひどく残念がられた。
『ああ、娘さん、何故あんたはあんなにもずもず腰を使ってばかりいて、やっとアゼエの近くへきてから、降参なんかするのだい。』と口惜しそうに和尚は申された。
『だってあたしバランの者ですもの《〈5〉》。』
さて話を掻撮んで申すとしよう。この和尚が庫裏で大往生を遂げられた砌り、子供を始め集い寄った老若男女大勢の会葬者は、歎き悲しみ惜しみ悔んで、異口同音に申すには《ああ、わしらは我等が父を喪った。》しかし娘たちや、寡婦がたや、御内儀連や阿魔っ子らは、情人の死以上に和尚を惜しみ、互に顔見合せて申すには、《まったく坊さん以上のお方だった。一個の男性さながらだった。》と嘆息をせられた。こうした不世出の和尚の種子は、今はもう風に吹き散らされてしまったから、いくら神学校が沢山にできても、今後は二度と再び生えることもあるまい。
和尚の遺産は貧者に贈られたが、にも拘らず和尚の死に依って、貧者の失ったところはより大なるものがあった。和尚が面倒を見ていた手足片輪の一老人は、お寺の中庭に来て、泣きわめいて申すには、《俺は死んでないぞ、俺は!》ゆえをいかにというに、《何故死神は和尚さんの代りに、この俺を連れて行かなかったのだろう?》といった訳合なのだろうが、この言葉に並みいる一同は、どっと爆笑に及ばれた。さりながら草葉の蔭の和尚さんも、みんなが不謹慎に笑ったからといって、腹立ちもなさらなかったに違いごあるまい。
(1) この洒落はうまく邦訳が出来ぬが、鷓鴣(Perdrix)に(隠れる)"Perdre"という意味を暗喩し、鱸(Perche)に(棲まる)"Percher"という意味の関聯があり、「川に隠れる」、「空に棲まる」がそれぞれ「川の鷓鴣」「空の鱸」という駄洒落に用いられた。精進日には魚なら食えるが鳥は肉食となるゆえ食えぬことになっている。
(2) コルネリウス殿はロンバールの別名で当時名代の強慾な高利貸、バルザックの短篇「コルネリウス殿」及び「路易十一世飄逸記」参照。「ロンバールの前を通ると災いが起る。」という言い伝えがトゥールに十五世紀からあり、俄かな災難、思いがけぬ悲しみ、運のわるいことが起るとされていた。
(3) Que l'aze le saille!はQue l'aze le quille!(悪魔に浚われろ。)という当時流行の罵倒語をもじったものでl'azeとは驢馬の謂いであり、sailleとは交尾のことである。
(4) 聖母マリアの伝説を否定し、行わねば(鋤働き)子ができぬ(収穫)というのが、和尚の邪説だったとも解することが出来よう。
(5) このバランという返事に、話の落ちが二つ出来る。一つはバランに行く娘が和尚に惹かれて、のこのこそこを通り越して、アゼエ近くまで行ってしまったという滑稽と、もう一つはバラン(Ballan)という語に、地名の他にballant(ぶらぶら揺れる)という意味を含めて、「妾は揺られて来たわいな。」の洒落や「妾は揺するのが名人よ。」の隠喩が使ってある。
当意即妙
ポルチョン・レ・トゥールの洗濯小町が風流な言草については既述いたしたが(「王の愛妾」)、彼女は坊主六人、或は尠くも女三人を合わせたくらいの奸智に長けておった。従って色男に御不自由めされた覚えがなく、うじゃうじゃその数があることといったら、もしも周囲に集めるとなれば、晩方、巣に戻ろうと群がる蜂のようなそれは壮観であった。
モンフュミエ街に外聞がわるいくらい宏壮な屋敷を構えておった絹地染物業の老人が、サン・シールの美しい丘にあるグルナディエールの別荘からの戻りがけ、馬でポルチョンを通ってトゥールの橋にさしかかろうとした折、門の閾に腰掛けていたこの美しい洗濯娘を見て、あつい夕方のことだったが、老人は狂おしい欲情に燃え上ってしまわれた。ずっと以前からこの小町娘に目をつけていたこととて、妻に娶ろうとの彼の決心は、すぐさまその場で決った。で、彼女は間もなく洗濯娘から紺屋のお内儀に納まり、レースや美しいリンネルや沢山の調度を擁した世話女房として、トゥールで幅を利かすにいたった。年寄の亭主にこそ添ったが、巧く牛耳るすべを心得ていたので、至極彼女は幸福であった。ところが亭主の相棒に絹織機械製造人がいて、こやついたって背丈が低く、一生涯にわたって傴僂《せむし》で、ひどく根性までひねくれていたので、祝言の日、紺屋に彼はこう言ったくらいである。『結婚して君はいいことをしてくれた。これからは我々も、美しい女房を持てるわけだね。』そうしたあくどい悪洒落を、さかんに彼は口にしたが、花婿にこんな冷かしを云うのは、ところ慣わしでもある。
案の定この傴僂は、紺屋の御内儀に言い寄って参ったが、身体の造作の悪い男を、生れつきあまり彼女は好かず、その横恋慕を鼻であしらい、彼の店先を堆《うずたか》く占めているバネや、エンジンや、糸巻きなどのことを持出して笑いものにしておった。が、傴僂の深情《なさけ》が性懲りもなくうるさいので、とうとう彼女も業を煮やし、骨身に応えるようないたずらをやらかして、その横恋慕をば冷やそうと決心をした。で、ある晩、さんざん口説かれた末に、真夜中頃木戸に忍んで来れば、ありとあらゆる門をあけて迎え入れようと彼女は約束いたした。ここで言っておかねばならぬが、それは厳冬の夜のことであって、モンフュミエ街はロワール川に接し、町のこの窪んだ界隈は、夏でも百本の針を刺すような、冷たい風の吹き込んでくるところであった。傴僂はマントにしっかりくるまって、約束通り姿を現わし、時刻の来るまで身を温めようと、やたらにそこらを歩き廻っていた。真夜中近く、半ば凍りかかって、袈裟の中に捕えられた三十二匹の小悪魔のように彼はもぞもぞし、すんでのことにおのが果報を断念しかけた。と、そのとき微かな明りが窓の割目から洩れ、裏木戸のところまで灯は降りて来た。
『やれやれ、漸く来たな。』
この希望が彼を温めた。戸に聞耳をおしあてた彼は囁き声を聞いた。
『そこにいて?』と御内儀。
『いるともさ。』
『咳をしてみて頂戴。慥かにあなたかどうか……』
傴僂は咳をした。
『あら、人違いのようだわ。』
必死になった傴僂はついに大声で云った。
『何だって、儂じゃないって! この声が解らんのですかい? さあ開けて下さいよ。』
『誰だ〓』と窓を開けて紺屋は怒鳴った。
『あら、良人を起してしまったじゃないの。今夜不意にアンボワズから戻って来たのよ。』
おのが戸口に不審な男が立っているのを月明りで見た紺屋は、便器の冷たい小便水を頭からざんぶりひっかけて、『泥棒!』と叫んだので、傴僂はいやでも逃げ出さざるを得なくなった。が、恐怖のあまり道端に張られた鎖を跳びそこねて、彼は下水溜へおっこちてしまった。(ロワール川へ落す排水渠の算段が、まだ町役人につかなかった頃のことである。)思わぬ沐浴に死ぬ思いをした彼は、艶婦タシュレットを呪いに呪った。良人の紺屋がタシュロオという名だったので、トゥールの人達はその女房を、そう愛称していたのである。
絹物を織ったり紡いだり、繰ったり巻きつけたりする機械の製造人であったこの傴僂のカランダスは、今宵の不首尾は紺屋の御内儀の差金だということぐらいちゃんと感づけた。それほど参ってもいなかったからで、たちまちに彼は彼女に対して、悪魔の憎しみを抱き出した。
紺屋の溜水へ落ちた身体も乾いたその数日後、彼は紺屋の夕飯にお相伴をした。その席上、御内儀はカランダスを巧く説得し、口車に蜜をたっぷりと塗り、上首尾な約束ですっかりたらしこんだので、どうやら彼の猜疑も氷解したかたちだった。すかさず彼はまたの逢引を迫ったところ、そんなことはお手のものといった顔で彼女は答えた。
『じゃ、明晩いらしってね。良人はシュノンソォに三日ほどゆく予定よ。女王様が古い布地を染め直すのに、色合いのことで良人に御相談なさるんで、きっと長くかかるでしょう。』
カランダスは寸分の隙もない極上の着物をきこんで、約束の刻限に現われ、結構な御馳走にとありついた。曰く八目鰻、ヴウヴレイの葡萄酒、純白のナプキン。――洗濯物の色地に就いて、洗濯娘上りの紺屋の御内儀に、誰が文句をつけられようぞ。こうして席上の悉くが万遺漏なしで、快い部屋の内にピカピカした錫の皿を見たり、おいしい御馳走の匂いを嗅いだり、軽捷で小意気で夏の日の林檎のように啖いつきたくなる御内儀を座にみて、言いようのない千もの愉楽を味わったりするのは、何とも言えず彼には娯しかった。熱っぽい予想に熱しすぎて彼は、いきなり彼女に挑みかかろうとした。と、街に面した戸を亭主のタシュロオが激しく叩く音が響いた。
『あら、どうしたというのでしょう。さあ早く衣裳箪笥に隠れて下さい。あなたの事で、大変な濡衣をもう着せられているんです。もし良人に見附かったら、怒り出すと見境いのなくなる気象の人だから、あなたを殺しかねなくてよ。』
すぐ傴僂を衣裳箪笥に押込んで鍵をかけて後、彼女は良人の許にと急いだ。シュノンソォから夕食に良人が戻ってくることは百も承知の彼女だった。紺屋は両眼や両耳の上に、御内儀から熱ぽったい接吻を浴びたので、お返しとして乳母のするようなでかい接吻をば、家中にひびかせた。夫婦は早速に食卓について、いちゃつきながら食事をすまし、遂には床に引取ったが、その間カランダスは、咳も出来なければ身動きもならず、立ち通しのまま何から何まで、否応なしに聞かされてしまった。下着類のあいだに彼は、大樽の中の鰯のように押し込められ、水の底のにごいに日の光が欠けているように、彼は空気に欠乏をつげた。しかも彼の気晴しになったものは、聞えてくる愛の楽の音であり、紺屋の歎息であり、御内儀の嬌声だけだった。漸く御亭主の寝静まったのを見計って、彼は箪笥をこじあけて出ようとした。
『だれだあ!』と紺屋は言った。
『あんた、どうしたの?』と掛蒲団から鼻をあげて妻女は訊ねた。
『何か引掻いているような物音がした。』
『じゃ、明日はきっと雨よ。猫の仕業ですもの。』
ていよく御内儀にまるめられて、良人は再び枕に首を落ちつけた。
『まあ、あんたは割に目敏いのね。苦労性な方。誰があんたの目なんか盗むものですか。おとなにしていらっしゃい。あら、あんた、ナイト・キャップが曲っているわよ。きちんと冠り直したらどう。ねえ、寝ている時だって男振りをよくした方がいいじゃないの。わかって?』
『よしよし。』
『まあ、もうお睡みになるの?』と接吻しながら御内儀は言った。
『うん。』
明け方、彼女は忍び足で箪笥をあけに来た。カランダスは死人より蒼ざめていた。
『おお、空気だ、空気をくれ!』と彼は叫んだ。
すっかり恋慕の念もさめはてて、ポケットに黒麦が詰りきれぬくらい、心に憎悪の念を宿して彼はそこを逃げ去って行った。やがて彼はトゥールを去ってブリュジュに赴いた。鏈帷子《くさりかたびら》を製造する機械の設計のことで、白耳義の商人から招かれたからである。彼はバランの出であった。『衣手の風流』でお馴染のこの地には、何一つ生えないのでシャアルマアニュの荒野《ランド》といわれた、むかしモール人とフランス人との間の古戦場がある。呪われた者や邪教の徒がその際、同地に葬られたため、草一本生えず、牛でさえバランの草を食うと、地獄に堕ちるといわれている。その戦闘の折り重傷のため遺棄されたサラセン人の血をひいているカランダスは、血管内にモール人の血が流れていただけに、長いこと故郷をあとに異国に滞在していたその間も、寝ても醒めてもおのが復讐慾に餌料を与えることしか念頭になく、常に紺屋の御内儀のお陀仏を熱望し、復仇の一念に燃えては屡々こう思った。
《そうだ、あの女の肉を啖ってくれるぞ。乳首を炙ってソースもつけずに、がりがりと噛ってやるんだ。》
まったくそれは真紅のあざやかな憎悪であり、どえらい瞋恚であり、蜂か老嬢のような憎しみ方であった。あらゆる名ある憎しみという憎しみが、たった一つの憎しみに融けあって、煮えくり返り沸き騰って、怨恨と邪念と悪意の興奮剤《エリキシル》に変じ、地獄の〓々たる業火にあぶられたといってよかった。いやもうそれは、由々しい憎悪の尤たるものでごあった。
ところがある日、フランドルの国から沢山のお金を握って、カランダスはトゥレーヌに戻って来た。機械の秘密を売ってしこたま儲けた彼は、モンフュミエ街に立派な邸宅を購った。この屋敷はいまなお現存して道行く人の驚異の的となっている。石垣の上に妙な背瘤状の浮彫があるので、人の目を欹たすためである。
さて憎しみ深いカランダスは、相棒の紺屋の家庭に、顕著なる変化が起っているのを見た。二人の愛くるしい子供の父親に、紺屋が納まり返っていたからである。それがまたどうした風の吹廻しか、ちっとも両親に似ぬ鬼っ子たちであった。しかし子供たる以上は、誰かに似ていなければならぬ道理ゆえ、祖父母が美しいとすると、孫の顔にその面影を探ねようとする抜目ない連中が世間にはある。小癪なおべっか使いどもだ。で、その代りに紺屋は二人の愛児が、もとエグリニョル聖母寺の和尚をしていた彼の伯父に、そっくりその儘だと思い込んでいた。しかし口さがない連中に云わせると、なんと二人の子供はトゥールとプレシスの中間にある、聞えた巨刹ノートルダム・ラ・リシュにつかえる剃髪の美僧に、小さいながらも生写しだとの評判でごあった。
で、一つ大切なことを教えて進ぜよう。しかと貴殿の肝心肝門に銘ぜられるがよい。永劫の真理たる次なる一事を、この書中から掬み、咀嚼し、搾り出し、しかと貴殿の腹中におさめ得たならば、それだけで天下無類の果報者と自らを思召して結構であろう。左様然らばそは何かと申すに、人間は鼻なしには済ませぬ存在であること、つまり人間は常に鼻たらしであるということ、更に言えば人間は何処まで行っても人間であること、従ってどんな御時世になっても、また未来が来ても、人間は相変らず笑ったり飲んだりで、人間の皮を依然として冠って、別によくもならなければ悪くもならず、同じようなわざを続けるであろうということだ。
さてこうした緒論的概念は貴殿のあたまに、次なる真理を注入するに、蓋し最適なるものがあるであろう。そもそも両趾を持った霊魂たる人間と称するものは、常にその情慾をくすぐり諂うものをまことと心得、その憎悪心をみずからに醸成し、彼の愛執の念を助長いたすものであって、論理などと称するものも、畢竟はここからこじつけられておるに過ぎぬのである。
さればカランダスが最初の日、食卓に就いた友人の子供たちを見、やさ男の色坊主を見、美しい御内儀を見、お人好しの亭主どのを見、しかも八目鰻の極上の部分が、彼をないがしろにして坊主の皿に、御内儀が勿体ぶってよそうのを見て、傴僂は腹の中でこう辻褄《ロジツク》を合わせたのである。《紺屋の親父め間男されているな。女房はあの懺悔聴聞僧と相床しているに違いない。子供たちは坊主の聖水でつくられたものだろう。よし、傴僂は並の男より根性のあることを、きゃつらに実証してみせてやるぞ。》
そしてそれは本当のことであった。〓々として波に戯れ水にゆあみし、波のおもてをその白い手でぱちゃぱちゃと打つ美しい乙女っ子のように、トゥールの町はロワール川にその足を浸し、今後もその川波に洗われることが慥かのように、それは真実まことのことであった。美しいトゥールの町、世界じゅうの町に較べて、トゥールほどにおやかで華やかでさわやかで、香ばしく笑ましく娯しくあでやかな町はなく、この世のどんな町でも、トゥールの髪を櫛るほどの柄もなく、その帯を結ぶほどの資格もない。まったくのところ、もしも貴殿がトゥールに赴かれたなら、町の真中に愛くるしい縦線を見出されるだろう。その縦線は万人がそぞろ歩きをする甘美な通り、常に微風や日蔭や日向や雨や愛がゆたかな通りだ。は、はあ、笑われたな。まあ一つ行ってごろうじ。それは常に新しい、常に立派な、常におごそかな通り、愛郷心ゆたかなる通り、両側鋪道の通り、両端がひらき見事に穿たれた通り、広いので《下へ寄れ》と怒鳴られることのない通り、磨り減ることのない通り、大山院へ通ずる通り、橋梁をもって巧みに柄をつけた掘割へ通ずる通り、そしてその外れに、市場の立つ美しい原《はら》のある通り、よく鋪装され築かれ洗われ、鏡のようにこざっぱりとした綺麗な通り、時刻に依っては人っ気の増えたり減ったりする通り、艶っぽいコケットな通り、美しい青い屋根で寝帽のように冠された通り。つづめて申せばそれはこの吾儕が生れた通りだ。数ある通りのなかの女王で、常に天と地の間にある通り、噴水のある通り、多くの通りのなかで、右に並ぶものとてなく、何一つ欠けるところのない通り、全くのところこれこそ本当の通りで、トゥールでの唯一の通りだ。もしも他にもあるとしたら、そんな通りは何れも黒くくねっていて、狭くじめじめしていて、世の常の通りを下風にするこの気高い通りの前に、恭しく叩頭しに来るしかない。さて吾儕は何処におるのかしらん。この通りに一度、足を踏み入れたとなると、あまりに快適なので、誰もがそこから出たがらない。吾儕のこうした孝心、心の臓からるこの叙事詩的な讃歌は、吾儕の生れた通りに当然つくさねばならぬ義務であって、その街角に見当らぬ顔は、土地の衆に馴染の薄いわが師ラブレエ大人やデカルトどのなどの、律儀な御面相のみである。
さてカランダスはフランドルから戻って、紺屋をはじめ、彼の地口や駄洒落や滑稽咄がお気に召していた連中から、やんやの歓迎を受けた。彼はむかしの恋慕から解脱したかに見え、御内儀や坊主にも愛想をふりまき、子供達には接吻をした。が、御内儀と二人きりになった時、彼は箪笥の一夜や下水溜りの一件を、話に持出してこう言った。
『まったくあなたには体のいい嬲り者にされましたな。』
『当然の憂目じゃありませんか。』と彼女は笑いながら答えた。『でももしあなたがもうすこし辛抱して、恋路ゆえに嬲られたり、嘲られたり、玩具にされたりするのに甘んじていたら、他の人同様にあたしをものに出来たかも知れなかったのよ。』
そう言われてカランダスは、内心慍りながらも哄笑してみせた。危く一命を堕すところだった箪笥を見て、彼の憤怒はいや増しにつのった。それに彼女が以前にも増して美しくなっているのに接し、一段と腹を据えかねた。愛の泉そのものに他ならぬ青春《ジウヴアンス》の噴水に浴した女人は、何れもみな若返るのが常だからである。
カランダスは復讐を志して、紺屋の家庭での姦通の形態を研究しはじめた。家風によってこの種のありようは、それぞれ変化しているものである。男がみんな互いに似ているように、あらゆる情事も同巧異曲だが、それでも女人にとって仕合せなことに、各々の恋愛にはそれ独得の形相があって、男同士ほど似ているものはないにせよ、また男同士ほど違ったものはないことが、実相観入の仁の目には立証せられているのである。事が混乱するのはその為であり、女人のさまざまな気まぐれの因は、またここにある。さればこそ女人はその気まぐれに従って、多くの苦悩と多くの快楽をもって、恐らくは快楽より苦痛の方がより多いだろうが、男性のうちの最も気にかなったものを探し求めている。だから女人衆の試しぶりや気変りや変節を罵倒めさるのは、決して至当なことではない。そもそも自然でさえ常に跳ね返り旋回し回転を事としている世の中に、どうして女子をのみじっと控えさせておくように望むことが出来ようぞ! 氷を本当に冷たいものと断言が出来られるか。出来ますまい。それと同じく密通が、頭脳優秀で他より傑出した人物を産む好機でないとも、断ずる訳には参りますまい。されば天の下に「おなら」よりもっと実のあるものを、お探しめさる工夫が肝心であろう。さすれば同一中心に向って《コン・サントリツク》いる(CON《あ そ こ》を中心とする)本書の、哲学的名声を天下にとどろかすこと必定でごあろう。お励みめされ。お努めめされ。自然の尻を捲ろうとして精出している連中より、《猫いらずは要りませんか!》と呼び歩く行商人の方が、実は遥かに進んでおるのである。いったい自然などというものは、権式高い淫婦であって、ひどく移り気で自分勝手な時間にしか、その正体を露わそうとはせぬ。のう、そんなものでは御座らぬか。さればこそどこの国の言葉でも、自然は女性名詞となっておるが、それは由来その本質上、いたって変り易くぺてんや誤魔化し沢山だからなのじゃ。
で、カランダスはさまざまな密通のなかでも、坊主の密通が一番手際よく、また最も隠密に運ばれているのをすぐと看取した。御内儀のたくらんだその巧みな段取りとは、次のようなる手筈をもってしてである。――日曜の前夜、きまって彼女はグルナディエール・レ・サン〓シールにあるその別荘に赴く。後に残った良人は仕事を片附けたり、勘定を払ったり、清算をしたり、職人の手間を支払ったりしたのち、翌朝必ず坊さんを誘って別荘に行き、華かな御内儀と落合い、結構な昼食にくつろぐ。が、実のところは前の晩、堕落坊主は小舟でロワール川を渡り、御内儀を温めてそのファンテジアを鎮め、彼女に安眠を授けおったのである。女人の催眠剤としては、けだし若い殿御に若くものはない。夜が明けて御亭主が別荘に清遊を誘いに来る時刻までには、ちゃんと坊主は家に戻って熟睡をむさぼっている。なにしろ小舟の船頭にはうんと御祝儀がはずんであるし、往きは夜暗くなってから、帰りは朝まだきゆえ、誰一人として気づいたものもなかったのであった。――で、カランダスはこの艶っぽい段取りの手配や首尾を、しかと見届けてのち、二人の恋人がたまたまの潔斎のあとで、互いに相手に飢え切って落合う日を待ちに待ったが、それは長く待つまでもおりなかった。
アリオスト大人の筆に依ってつとに有名となった意気地なしの優さ型の色男タイプ、金髪のほっそりした姿のおとなしやかの坊主が、逢引から戻るのを、サント・アンヌ運河の近くの河岸で、船頭が船をもやいながら待っているのを見たカランダスは、紺屋の御老躰の許に御注進にはせつけた。御内儀に首ったけの老人は、妻の可愛らしい洗礼盤に指をつけているのは、天下におのれ一人と思い込んでいたのである。
『今晩は、タシュロオさん』と言う傴僂の声に、老人は寝帽を脱いだ。秘密の愛の饗宴のことが、口を酸っぱくして語られ、八方からけしかけられたので、遂に姦夫姦婦を重ねて四つにという剣幕を、亭主がしだしたのを見るやカランダスは、
『フランドルから私は毒剣を持ち帰っております。これで引掻き傷でも受けたが最後、立ちどころに往生という極め付のこれは代物です。ですからやつらにちょっとでも触れれば、お陀仏すること疑いなしですよ。』
『じゃそれを借りて行こう。』
二人は大急ぎで傴僂の家にその刀を取りに行き、グルナディエールへ走った。
『したが二人は巧く寝ておるかしらん。』とタシュロオは言った。
『まあお待ちなさい。果報は寝て待っていますよ。』と傴僂は寝取られ亭主をからかった。
二人の恋人の歓喜のさまを見るのに、亭主は長く待つ苦しみを味わうまでもなかった。みなさん御存じのあの楽しい湖水で、何時も逃れ勝ちの可愛い小鳥を捕えようと、恋人同士は一心不乱になっておった。笑いながら、そして相変らず試みながら、相変らず笑いながらに。
『ああ、あなた。』とタシュレットは言って、自分のお腹の上に情人を彫り入れでもするように、しっかりと抱き締めた。『可愛くってあなたを食べてしまいたいくらい。それよりあなたが妾から永久に離れられないように、妾の肌の中にあなたを蔵い込みたいくらい。』
『儂だって同じ思いさ。けれどすっかりお前の中に入る訳にはゆかないから、儂の切れっぱしで我慢しておくれよ。』
こういった二人の甘美な絶頂に、良人は抜き身の剣を振り上げて闖入いたした。良人の御面相をよく心得ていた御内儀は、大事な坊さんの生命が危いことを看取した。彼女は半裸で髪を振り乱した儘、いきなり良人の前に立ちふさがった。羞恥で美しかった。いや、それより遥かに愛慾で美しかった。彼女は亭主を遮ってこう言った。
『まあ、止して。情しらずね、あんたは。あんたの子供たちの父親を殺そうとなさるの。』
それを聞いて人の好い紺屋さんは、姦通の父性的荘厳さと、また恐らくは妻の眼の〓々とした炎に眩惑されて、後から続いて入って来た傴僂の足の上に、思わず毒剣を取り落したので、カランダスはその場にお陀仏となってしまったのであった。
この話はわれわれに怨恨深くあってはならぬことを訓えるものである。
後口上
わしが国さトゥレーヌに、むかし生れたおどけミューズのてんごうがき『コント・ドロラティク』の第一輯も、先ずはこれにて目出度し目出度しじゃ。ミューズの辱知ヴェルヴィル大人が『立身の途』に止められた名言、「歓心を得んとならば臆面なくあれ。」を肝に銘ぜられている浮かれミューズも、こしかた十篇の歩みに息切れしてござるゆえ再《また》のお床入りじゃが、当世に先ばしった気味も、文中さだめしあったやも計られぬわ。さればミューズどのもうるわしい裸足を拭い耳に栓をかって、好きなお方の許へお戻りやったが、笑いを織りまぜた風流譚をさらにこの道化咄に続いて、ものせられようお志なら、ゴオルの陽気な河原ひわのぺちゃくちゃを聞かれて、ここな醜鳥《しこどり》と罵りある方々の、あたかしましい嘲りには、ゆめ耳をかさぬがようござりゃまおす。
解 説
美姫インペリア LA BELLE IMP?RIA
一八三一年六月七日「巴里評論」に発表された。但しその前年十一月、「カリカテュール」誌にアルフレ・クウドルウなる筆名で、バルザックは「大司教」という本篇のエスキスとも見るべきコントを発表している。訳出して新樹社版「風流滑稽譚拾遺」にのせたから参照せられたい。バルザックはインペリア物を他に二編書いている。「節婦インペリア」(〓)「慈婦インペリア」(拾遺)がそれである。インペリアは実在人物で、ジョアシヤン・デュ・ベレエ、フィリップ・ベロアルド、アレチノ、バンデルロ、ヴェルヴィルなど十六世紀文人がそれぞれ取上げているが、ミューズ・ルネッサンスと称せられた。バルザックが本篇のヒントを得たのはヴェルヴィルの「立身の途」(第七章)からであろう。但しコンスタンスの宗門会(一四一四―一四一八年)の折は、まだインペリアは生れてなかったが、宗門会に集まった外国人は十万名、娼婦遊女で上玉の部類に属するもの千五百名が同地の風儀を紊したという。なお巴里のコレラ流行は一四一六、七年で、人口は十分の一に減じたとのことである。またこの作品は脚色上演されたことがある。
仮初の咎 LE P?CH?V?NIEL
この小説は力作の一つで、後半を書くのに三ケ月も費したといわれ、バルザックもこれを「ナイーヴテのダイヤモンド」と自評している。アンドレ・モーロワもお城の描写あたりを激賞しているが、ロシュ・コルボンはトゥールの北東七粁、ロワール沿岸にある。ブリュアンの出征した第三次十字軍は一一九〇年だから、この物語は十三世紀初頭と見るべきであろう。なおモールの軽業娘は「妖魔伝」(〓)の主人公として再出する。
老人の嫁取り話は、「デカメロン」第二日第十話、「新百話」第八十六話、ラ・フォンテーヌの「老人暦」などからヒントを得たもので、また眠った振りして上臈が小姓に犯させる原話はヴェルヴィルの「立身の途」第二巻にあり、本篇の前半にはまたラブレエ調が著しい。いったい好色譚にこれほどパセチックな哀愁を帯びさせたものは他に類例が見当らない。「コント・ドロラティク」の近代性のなによりの証左であろう。
王の愛妾 LA MYE DU ROY
王とは「禁欲王」(〓)のフランソワ一世である。王がデタンプ公妃(一五〇八―一五八〇)と情交を重ねたのは一五二六年以降であるから、丁度その頃の物語であろう。愛妾フェロニエルは実在人物で、一五四〇年頃逝去しているが、レオナルド・ダ・ヴィンチの筆と誤り伝えられている彼女の肖像画が、今なおルーヴルにある。王に寝取られた弁護士がわざと花柳病に罹って、妻を通じて国王に感染させ、宝算を縮め参らせたという説もある。王が悪疾で御他界になったことは「金鉄の友」に見える。
この小説は種々の好色咄から材料を仰いだ模様で、例えば姦通宣言のくだりはブラントーム「艶婦伝」にあり、床に線を引く話は「新百話」の第二十三話、違う女性と添寝の話は「エプタメロン」、それが下婢だったという話は「デカメロン」の第四日第八話といった工合である。なお篇中のポルチョンの洗濯小町の娘は「当意即妙」「あなめど綺譚」(〓)に再出している。
悪魔の後嗣 L'H?RITIER DU DIABLE
アルマニヤック党云々とあるから、この物語は時代を十四世紀末、乃至は十五世紀初頭と考うべきであろう。場所は巴里である。悪魔が実在視されているのは「コント・ドロラティク」のなかでは本篇一つで、あとは「妖魔伝」でも「婬魔伝」でも、悪魔は非実在として描かれている。篇中出て来るヴェルソリは実在人物である。なお姦夫を箪笥長持に入れて川に投げ込むという趣向は、各国各時代の物語にあり、ファブリオや東洋のコントにもある。姦夫として坊主が川に投げ込まれる話がとりわけ多い。
路易十一世飄逸記 LES IOYEULSETEZ DU ROY LOYS LE UNZIESME
舞台のプレシス・レ・トゥールはトゥールから西南西三粁の地点にある。ルイ十一世がこの地に御別墅を設けられた一四六三年から、ラ・バリュが投獄された一四六九年までの間の出来事であろう。トリスタンの人違いした咄は、ヴェルヴィルの「立身の途」第八十九章にあって、バルザックの引用文句はほぼ原文と同じである。また「臀をなめろ」のファルスも、下り薬の滑稽譚も、同じようなのが「立身の途」にある。一八三〇年十一月十一日「カリカテュール」誌にバルザックはウージェーヌ・モリソオの筆名で「腹痛」という短篇を発表したが、これはこの下り薬の話の原型である。この短篇は「拾遺」に訳出しておいた。
篇中に現われるコルネリウスを主人公として、「コルネリウス殿」を「人間喜劇」にバルザックは書いているし、モルソーフは「谷間の百合」の主人公の先祖で、家名の由来も、バルザックはそこで説明している。なお「アマドール和尚」(〓)にルイ十一世もテュルプネイの和尚も再出している。
大元帥夫人 LA CONNESTABLE
アルマニヤック大元帥とは伯爵ベルナール七代(一三六一―一四一八)で、オルレアン公(「一夜妻」)の寵臣、後にシャルル六世の宰相、元帥になったのは一四一五年、その横死したのが一四一八年であるから、この物語はその三年間に起ったわけである。元帥はシャロレイ伯として「一夜妻」(〓)に再出し、サヴォワジイと共にオルレアン公の腹心であった。シャルル王とはシャルル六世であり、その后たるイザベル女王の名も「一夜妻」に再出している。この物語はドロラティクというよりトラジックで、何より作者の饒舌な語り振りと、枝葉にわたる脱線が娯しい。「滑稽譚」の面白さは好色趣味もあるが、バルザックの筆致の面白さが、人を魅了する点にある。
箱入娘 LA PUCELLE DE THILHOUZE
ティルーズはトゥールの南南西二〇粁の地点にあり、ヴァランヌの城館は今なお旧観を存している筈である。似而非処女の咄は古来この種の好色譚にはつきもので、アリエンチの第三十話、「サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル」第八話、ポッヂヨのものなどに、同巧異曲なのがある。なお篇中に説いているヴェルヴィルの処女鑑別法は「立身の途」第二十二章に出ている面白い方法だが、ちと紹介は憚らざるを得ない。
金鉄の友 LE FR?RE D'ARMES
ラヴェンナの戦いは一五一二年、カトリーヌが女王となったのは一五四七年以降だから、ラヴァリエルが十六歳の初陣としても、カトリーヌの舞踏会の頃は五十歳を越していなくてはならない。バルザックの年代錯誤の一例である。ヴェルヴィルの「立身の途」第二巻に、妻の情人をレプラと妻に信じさせて、寝取られ亭主にならずに済んだという話があるが、恐らく本篇はこれからヒントを得たものであろう。ブラントームが書いていると言うのは、バルザックのカムフラージュらしく、ブラントームの何処にも、寡聞にして未だ見当らない。リムイユ嬢は「恋の闇夜」(〓)にも出てくるが、実在人物で、ブラントームも「艶婦伝」のなかで語っている。バルザックは「人間喜劇」でこの「金鉄の友」と同じテーマを「架空の情人」の題名で書いているが、「金鉄の友」に比すると、遥に劣る凡作である。「金鉄の友」はオペラ・コミックとして脚色上演されたことがある。
衣手の風流 LE CUR? D'AZAY-LE-RIDEAU
アゼエはトゥールとシノンの中間にあり、有名なそのお城は一九〇五年四万ドルで売りに出たことがある。時代はアルマニヤック党内乱が終焉の以前というから、一四三五年以前の話としてよろしかろう。アゼエの花和尚は「アマドル和尚実伝」(〓)と同じく、何れもラブレエのジャン・デ・ザントムール師(フランス弁慶)の流れを掬むものである。なお篇中の「しゃこ」を「すずき」に変える挿話は、ポッヂヨにもあるし、「サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル」の第八十九話、九十九話にもそれがある。またQue l'aze le saille!の罵倒はヴェルヴィルの「立身の途」に二三出て来る。
当意即妙 L'APOSTROPHE
シュノンソォの女王とはカトリーヌ・ド・メディシスで、彼女がこの城を構えたのが一五五九年だから、その崩御する一五八九年までの三十年間の間の出来事と見てよい。ポルチョン小町の姉妹篇に、「あなめど綺譚」(〓)がある。なお篇中でトゥールの通りの讃美がいきなり始まって、ちょっと奇異に思われるかも知れぬが、これはラブレエ独得の描写法を、バルザックが真似たまでである。バルザックは一八三四年二月十九日、「キャビネ・ド・レクテュール」誌上に、「トゥール」と云う題名でこの一部分を発表している。本書の初版より後だから、この部分は或いは初版には見当らぬものかも知れない。またこの描写は、トゥールの通りとは表向きの話で、女体の一部の暗喩かとも思われるが、今なお何れとも訳者には解しかねる。
小 西 茂 也
本作品中、今日の観点からみると差別的ととられかねない表現が散見しますが、作品自体のもつ文学性ならびに芸術性、また訳者がすでに故人であるという事情に鑑み、原文どおりとしました。
〈編集部〉
この作品は昭和二十六年一月新潮文庫版が刊行された。
表記は新字新かな遣いに改めた。
Shincho Online Books for T-Time
風流滑稽譚 第一輯
発行 2001年9月7日
著者 バルザック(小西 茂也 訳)
発行者 佐藤隆信
発行所 株式会社新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
e-mail: old-info@shinchosha.co.jp
URL: http://www.webshincho.com
ISBN4-10-861123-3 C0897
(C)Kikuyo Konishi 1951, Coded in Japan