スターウルフ・シリーズ1
さすらいのスターウルフ
エドモンド・ハミルトン
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1
満天の星が彼をじっと見守り、そしてささやきかけているかのように思える。
− 死ね、スターウルフ(星の狼)よ。お前の一生は終ったのだ……。
彼は操縦席のシートに横たわっていた。意識は今にも真っ黒なヴェールに包みこまれそうになり、脇腹の傷は焼けつくようにうずきつづける。しかし彼は意識を完全になくしていたわけではなく、この小さな船が高次空間航行《オーバー・ドライブ》から通常空間《ノーマル・スペース》へ戻ったのも、したがって、今、やらなければならないことがあるということもちゃんとわかってはいた。だが、もうだめだ、まったくだめなのだ。
− そのまま死んでしまえ、スターウルフよ。
心のどこかすみっこのあたりで、モーガン・ケインは語りかけてくるその声が、あのつめたい星の声ではないことをちゃんと感じとっていた。そしてその、彼の体のその部分は、依然として生きのびたいと願い、なんとかして立ち上ろうと執拗に彼を促しっづけているのだ。だが、その働きかけを無視して、ここに横たわっていることのほうがはるかに楽だった。
はるかに楽 − そうだ、その通りである。そして彼の死は、彼の親しい友人やなつかしい仲間たちをどれほどよろこばせることであろう。ケインのうすれかかった心にそのことがふとひっかかった。そしてそれが鈍い怒りから決意へと変わった。彼らをよろこばせてたまるか。おれは生きぬき、そしていつの日か、おれをこうして追いつづけるやつらを十分にがっかりさせてやらなければ。
その荒々しい決意が、意識の中にしのびよる黒い闇をすこしは払いのけてくれたようだった。彼は眼をひらき、ゆっくりと、苦痛をこらえながらシートの上に身を起そうとした。その動きは傷口をひどくひきつらせたらしく、しばらくは、くらくらするようなその痛みをやっとのことで耐えた。そしてふるえる手を管制卓へ伸ばした。まず最初に、今、自分がどこにいるのか、死にもの狂いでセットしたあのコースでどこまできたのかを見出さなければならない。
赤く小さい眼玉のような形をした波形が表示板《ビュー・プレート》にあらわれ、コンピューターが彼の質問に応答した。まだ、それを解読できるほどにはすっきりしていない頭で、彼はその波形を読もうと試みた。そして酔いをさまそうとでもするように首をふりながら、その螢光表示板《ビュー・プレート》に見いった。
彼の正面には、まばゆい星の塊りが、まるで壁のようにそそり立っている。それは無数の太陽である − くすんだ赤、まじりけなしの白、青白味をおびた録、そして鮮やかな黄金色、孔雀のような青など、さまざまな光を放ちながら彼をじっと見つめている。その星の塊の内部には、巨大な暗黒の谷が無気味に走っており、鬼火のように青白く光る宇宙塵の河がひえびえと流れ出していた。彼は今、星団の外側にいるのだ。そのとたん、ケインのぼやけた記憶はあのとき盗んだ船で遮二無二、高次空間航行《オーバー・ドライブ》へつっ込んで|なにも見えなくなる《ブラックアウト》その直前に、自分が烏座星団に目的地の座標を設定したことを思い出した。
暗黒と、そして虚無、永遠に静まりかえったこの宇宙の淵に浮かぶ船は、無数の太陽のさしかけてくるまばゆい光に、まるで小さな一本の針のように輝いているにちがいない。そのとき突然彼の記憶はよみがえり、なぜ、自分が今ここにやってきたかをはっ軒りと思い出した。無数の星がこまかく入りくんだこの巨大な星団の中に彼のよく知っている星があるのだ。そこに行きつけさえすれば、彼はそこにねぐら、そしてかくれがを見つけることができるのだ。事実、今彼はかなりせっぱつまっていた。この船にはほんの救急用程度の薬品しかのっていなかったし、傷が自然治癒するにはかなりの時間を必要とするにちがいない。なんとかあそこにたどりつかなければならないぞと彼は思った。
おぼつかぬ手付きでケインがコースをセットすると、この小さな宇宙船は星団の縁のほうへ向かって、通常空間航行《ノーマル・ドライブ》における最高速度で航進を開始した。
再び彼の記憶は黒い霧の中にかすみはじめ、その中で彼はぼんやりと考えた。 − いかん、おれは起きていなければならん。明日、おれたちはヒヤデス星団を襲撃するのだ。
しかし、そんなはずはなかった。彼らがヒヤデス星団を襲ったのはもう数カ月も前のことなのだ。記憶がどうにかなってしまったらしい。あらゆる出来事が前後の連関もなしに、それこそごちゃまぜになって次から次へとあらわれてくるのである。
あのとき、ヴァルナ星系から一気に進発した高速宇宙艇の小ぢんまりした梯団は、そのまま、通称射手座街道″を一気にくだり、近道をするために梟星雲をつきぬけて、あの肥沃な惑星へだしぬけに襲いかかったのだ。彼とその一味が、豊かに発展したその町へ突入すると、住民であるずんぐりむっくりの小人どもはかん高い恐怖の悲鳴をあげながら逃げまどったものだ……。
しかしそれは昔のことだ。もっとも最近の、つまり彼がこの傷をうける破目になったその襲撃の目標はシャンドール星系第五惑星であった。その途中でどんなふうに宇宙軍の重装備宇宙艦《ヘビー・クルーザー》に勘づかれ、あとをつけられたか、そして星系のド真ん中を全速の通常空間航行《ノーマル・ドライブ》でスッ飛んで逃げたかなどを次々と思い出した。彼は、あのときスサンダーが笑いながらこんなことを言ったのを思い出した。
「やつらにゃ、おれたちヴァルナ人がやらかすような一か八かの大勝負なんぞやれるわけァないがだからいつまで経ったところでおれたちをとっつかまえられるわけァねェんだ」
だがスサンダーは死んだ。おれが殺した。それでおれは、今、こうして素っ飛ばなけりやならん破目になった。
その事実がさっとケインの心の中をかすめた。そして彼は、シャンドール星系第五惑星の戦利品をめぐってスサンダーとひきおこした口喧嘩のこと、殺してやるとおそいかかってきたスサンダーをあべこべに殺してしまったときのことなどを思い出した。そしてまた、彼自身も重傷を負わされながらきわどいところで追手をまいたことも……。
黒い霧はさっと晴れた。今、おれは依然として自由な身のまま、小型宇宙船を駆って目的の星団へと全速力で飛びつつある。彼は正面にひろがる星雲をじっと見据えた。浅黒い顔には汗がにじみ、その眼は荒々しく燃えていた。
彼は、なんとか意識をなくさないようにしなければ、そう長くは生きられないことになるぞと思った。なにしろ追手はかかっているし、傷ついたスターウルフに救いの手をさしのべるような物好きは、銀河中をさがしたところで一人たりともいるはずはないのだ。
ケインは、その星団の渦流の腕と腕の問の黒々とした暗黒の河のひとつを進入コースの目標に設定していたが、すでにその一番外側にあたるいくつかの太陽系を通過した。それから間もなく、彼は船体の外殻に微小な挨があたるひそやかな音がしはじめたのを聞いた。彼は船がそれ以上濃密な宇宙塵流の中には突入しないようにと気を配っていた。今、衝突している粒子はほんの原子ほどのものである。この速度で、もしもそれより大きな粒子が衝突すればたちまち外鋲を貫通してしまうだろう。
ケインは宇宙服とヘルメットをつけることにした。ひどく時間がかかり、体をうごかすたびにおこる激しい痛みにうめき声を立てぬためには、それこそ必死の思いで歯を食いしばっていなければならなかった。どうやら傷はさっきより悪化しているようだったが、それをたしかめているひまはなかった。とりあえずあててある傷薬にたよる他ない。
ぱっくりと真砂のような星の白い渦流の腕と腕に開く巨大な暗黒の谷間の中へ宇宙船が進入して行くにつれ、ケインは何度か意識を失いかけた。しかし彼はコースを保ちつづけた。微小な宇宙塵は彼の死を意味している。しかし、追手たちがここまでは深追いできぬ事実を考えれば、それはまた生にも通じていた。
映像スクリーンはぼんやりとぼやけてしまっている。いわばそれは船外を見る窓であり、光よりも速い特殊な探索ビームを使った複雑な機構からできているが、ここではもうほとんどその用をなさないのだ。ケインはすべての注意力を正面の虚空に注いではいたが、うずきつづける脇腹の傷は、ともするとまたもや彼の意識を闇の中へひきこもうとする。やがて微小な宇宙塵流の向うに星がぼんやりとあらわれ、赤や黄に怒り狂ったような焔を吹きあげる太陽のそばを小さな宇宙船はゆっくりと通過していった。天頂近く、星空の中に真っ黒な点となって見える、冷えきった太陽の死骸は不吉な前兆のようにゆっくりと彼の方へ迫ってくるように見えてくる……。
星の海の中の暗い谷間はちょっとカーブしはじめた。ケインはすばやくコースを変えた。長い時間が過ぎ、やがて彼は星団内部への進入に成功した。だが、先はまだ長い……。
ケインは夢を見た。
たのしい毎日だった。一日でいえば、それはまるで朝のような光に満ちていた。それがある日のこと突然消えてしまったのである。ヴァルナの小型宇宙艇の船隊は、それこそあらゆる星系の住民たちからおそれられていた。高次空間からだしぬけに三次空間へあらわれ、目指す惑星の都市へ侵入すると同時に、そこはもう手もつけられぬような混乱状態におちいり、周辺のすべての星系には悲鳴にも似た警報がとぶ−−スターウルフが侵入した!
そして、彼やその仲間たちは世にもたのしそうな笑い声をたてながら、ひどく要領のわるい相手の抵抗ぶりをあざ笑ったものである。すばやく着地して片っ端から掠奪を働き、抵抗するやつはあっさりと片づけ、あっという間に船に舞い戻ったとみるや急速発進、そして山のような戦利品と、心もはじけんばかりの勝利感と、それからいくぱくかのけが人とともにヴァルナへ帰投したものである。たのしい毎日だった……あの日々がもう帰ってこないなど、そんなことがあり得るのだろうか?
そう考えたとたん、ケインは心の中にめらめらと怒りの炎が燃え上るのを感じた。やつらは彼を裏切り、彼を殺そうと企て、そして今も彼を追いつづけている。だが、やつらが何といおうとも、彼は依然としてやつらの誰よりも狡猾ですばしこく、そして強い、やつらの一味の一人であることに変わりはないし、やがてはそれを証明する時がかならずやってくるのだ。しかしとにかく今は隠れなければならない。傷が全治するまではじっとそこに潜んで待ち、それから、その世界へ猛然と打って出るのだ。
黒い河は再び大きく屈曲し、宇宙塵は一段と密集して流れている。いくつもの無気味な太陽の近くを通りすぎるうちにも、塵が船体にぶつかるときに立てる奇妙なささやきが一段と高くなった。船首の前方はるか彼方に、宇宙船が接近して行くのをじっと見守っているオレンジ味を帯びた血のような星がぼんやりとうかび上ってきた。そしてほどなくケインは、その、死に絶えんとする太陽のまわりをまわっている惑星のひとつへと船のコースをとることに成功したのだった。そこに行けば隠れ家のあることはわかっていた。
もうここまでくれば成功も同然であった。
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2
彼のつかんでいた幸運は、航路警戒スクリーンに一隻の宇宙船の船影をとらえたと同時に逃げはじめたようだった。船は宇宙塵の外側、星屑の河の縁に沿っそ近づいてくる。すぐに相手は、こっちが宇宙塵の中にいても位置を十分に標定できるところまで近づくだろう。
どっちにしろ絶体絶命である。もしもその宇宙船が彼を追ってくるヴァルナの宇宙船だとすれば、みつけられたと同時にこっちはやられてしまう。もしもそれがヴァルナ以外の宇宙船だとしても、この宇宙船がスターウルフの宇宙船であることを識別した瞬間に敵となるにちがいない。
しかも、やつらは、ひと目この船の姿を見ただけで、そうと識別するにちがいない。宇宙ひろしといえども、あらゆる星系からきらわれているこのヴァルナの宇宙船に似た船など他にあるわけはないのだから。
姿をくらますには、ただひとつの手段があるに過ぎない。より密度の高い宇宙塵流の中へ進入するのだ。彼はすぐさまコースを変えて宇宙塵流の深みへと船をのり入れた。
船体の外で誰かがささやくような、そして誰かが船体を軽くたたくような騒音が高まった。厚みを増した宇宙塵流のために彼の船の警戒スクリーンのビームはぼやけ、流れの外にいるその宇宙船の位置ほわからなくなった。同時に向うからも彼の船がとらえられなくなったはずだ。ケインは動力を切り、そのままじっと動かなかった。待つ以外、ほかにすることはなにもないのだ。
だが、彼はそんなに長く待つ必要はなかった。
ほとんど体には感じられないほどのかすかな振動が起きただけであった。しかし、それと同時にすべての計器は作動しなくなったのだ。
ケインはちょっと振り向いた。ひと目見ただけで十分だった。ほんの小石のかけらほどの漂流隕石が船腹を貫通して駆動ユニットとエネルギー転換機を破壊したのだ。今、彼は、回復不能の宇宙船の中にぽつんと置き去りにされてしまったわけだ。彼には救助船を呼ぶことさえできない。
彼は、なにもうつっていないスクリーンをじっと見つめた。そこにはもう星の姿はなかったが、あの星の海のよせてくる嘲笑の声を彼ははっきりと聞いたような気がした。
− そのまま死んでしまえ、スターウルフよ……
ケインはがっくりと肩をおとした。もはやそうなるしかないようだ。銀河中の人間すべてが彼の敵となった今、彼の未来には他にどんな運命が待っているというのだ?
ぼんやりと席についたまま、なかば放心状態の中で、彼は、自分の最後が予想していたものとあまりにも違いすぎることになかば呆れていた。これまで彼は、死というものが幾千の星の海を越えておこなわれる襲撃の最中に、突如として炸裂する紫電の一閃とともに彼をおそうはずだと考えていたのだ。ヴァルナからあまりにも余計に出撃しすぎたスターウルフどもの大部分の末期がまさにそれであった。
よもやこんな形で死ぬことになるなどとは夢にも考えたことはなかった。ゆっくりと、ひどく退屈で重苦しい最後、動けなくなった宇宙船の中にじっとすわって、ただ酸素がなくなるのを待つだけ − などという死にかたをしなければならぬとは。
打ちのめされたようなケインの心の中に、ひとつの考えがゆっくりと形をととのえはじめた。最後の力をしぼり出せば、どんなに絶望的だとしても、すくなくともこれよりはましな死にかたがあるはずだ。 ′
彼はなんとか考えてみょうと努力した。ただひとつ救いの手があるとすれば、たった今、宇宙塵流の外側にいたあの宇宙船だ。もしも今彼が信号を出して、あの船が救助にやってくるとしたならば二つのうちどちらかの結果となるだろう。その船が彼を追うヴァルナの船だったとすれば、たちどころに彼は殺されてしまうことになるだろう。もしも他の星系の船だとしても、彼の船がスターウルフの船であることを発見した途端にてごわい敵と化すことはまちがいない。
だが、もしもこの船がなかったとしたらどうだろう? そうしたら、おそらく彼らはケインを地球人としてうけいれてくれるにちがいない。なにしろ彼は、地球を訪れたことこそなかったが、純粋の地球人の血をひいているのだから。
ケインは振り返って破壊された駆動装置《パワー・ユニット》とエネルギー転換装置《コンバーター》の方をしげしげと見た。完全にやられてはいる。しかし、転換装置へエネルギーを供給する出力装置《パワー・チェンバー》は無痛である。彼はうまい手がみつかったと思った……。
それはまさに大バクチだったし、彼は自分の命をそれにかけるのはいやだと思った。だが、ここにじっと坐ったまま死ぬよりはましである。やるとすれば、とにかく早いところやらなければならない。さもないとその一か八かのチャンスさえも、とり逃がしてしまうことになりかねないのだ。
彼は、ひどく要領の悪い手つきで、しかもひどくのろのろと計器の分解にとりかかった。手袋をしたままではどうにもやりにくいのだ。しかもその部品を組み合わせて、彼の必要とする形へ仕上げて行くことはもっとむつかしかった。しかしやっとのことでその作業がおわったとき、そこには小型の時限装置がひとつできあがっていた。彼は、なんとかうまく働いてほしいものだと思った。
次にケインは出力装置ととり組み、今、つくりあげた時限装置をそれに組み込んだ。いそがなければならなかった。しかし、今度の作業は限られた空間の中で何度も体をねじ曲げたり、うずくまったりしなければならず、そのたびに彼は、傷口を禿鷹の鋭い嘴についばまれるようなはげしい痛みにおそわれた。耐えきれずにあふれる涙のために、視野がぼんやりと薄れてしまう。
泣け! 彼は自分に言いきかせた。きさまが泣きながら死んだと聞いたら、やつらほさぞかしょろこぶことだろうて!
視覚がよみがえり、彼は苦痛を無視して、なかば感覚をうしなった指先で無理に作業をつづけた。
その仕事がやっと終ると、彼はエアロックを開放し、宇宙服棚から手持ちの推進ロケットを四本とり出した。それから今度は出力装置のところへ戻り、にわかづくりの時限装置をスタートさせた。
そしてケインは、両手に二本ずつロケットを持ったまま、まるで石をぶっつけられた猫のような勢いで、船内から星の海のただなかへと躍り出た。
宇宙船から遠ざかる間、彼をせりまく星は狂ったようにはげしく揺れ動いた。ロケットのために彼の体がスピンをはじめたのだが、修正する余裕はない。ただひとつ、目下のところ重要なのは、彼の時限装置が出力装置をショートさせて、宇宙船を粉々にしてしまう前にできるだけ遠くまで逃げることだけだ。ケインは、ぐるぐると星が彼のまわりをはげしくまわりつづけるなかで、秒を数えつづけた。
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まるで超新星のような白い閃光が彼の目を射た瞬間、すべての星の光がだしぬけに弱まったかのように見えた。光はすぐに消え、にわかめくらになった彼は、闇の中にとりのこされた。しかし彼は生きている。出力装置が破裂して船が大爆発を起こす前に、十分な距離まで逃げのびることができたのだ。
彼は手持ち推進ロケットのスイッチを切り、そのまま漂流をつづけた。宇宙塵流の外にいるはずのあの船の乗員も、あの閃光は眼に入ったにちがいない。彼らはその正体をつき止めるために、宇宙塵流の中にまで入ってくるかもしれないし、入ってこないかもしれない。そしてかりに入ってきたとして、そいつらは彼の命を狙っているヴァルナ人かもしれないし、そうでないかもしれない。
彼は四方を星の海にかこまれたなかで、ただ一人、泳ぎつづけた。
これほど孤独な立場におかれた人間がほかにあるだろうかと彼は考えた。彼の両親は、ヴァルナの大きな重力に耐えきれずに、もうずっと昔に死んでしまっている。ヴァルナにいる彼の友人はすべて、今や、彼を殺すことのみ願う友人たちである。これまでいつも自分をヴァルナ人だとおもって生きてきたのだが、彼はそれが今、大きな間違いだったことに気がついた。
家族も、友だちも、国も、惑星もない……そして今や宇宙船すらも。ただ一着の宇宙服、数時間分の酸素、そして彼をとりまくのは敵意に満ちた星の海。
だが彼が今もなおスターウルフであることに変わりはない。もしも今死なねばならぬとすれば、彼はスターウルフらしい死にざまをえらばねは……。
眼もくらむほどの星の海は、彼のまわりをゆっくりとまわりつづける。体の回転を止めるためには貴重な手動推進ロケットの燃料を浪費することになるのだ。しかしこうしていればあらゆる方向に眼をくばっていることができる。
しかし、星の海の中にはなにも変化はあらわれなかった。なにひとつとして。
時間が過ぎた。太古から勝ち誇ったように輝きつづける星たちにとって、今さら人間が一人死ぬからとて、それをいそいで見ようなどとは考えもしないらしい。一千万回もまわりつづけたように思えたころ、なにかが彼の眼にとまった。星がひとつまたたいたのだ。
彼は眼をこらしたが、その星はじっと静かに輝いているだけである。眼がおかしくなったのか? ケインもそうは思ったが、それでも望みは捨てなかった。彼はすぐにロケットを噴射させて体をその方角へと向けた。
数分とたたぬうち、彼は自分の眼が狂っていないことをたしかめた。べつの星がひとつなにかにおおわれて一瞬間またたいたのだ。彼は眼をこらそうとしたがなにも見えなかった。ふたたびあの黒いヴェールが彼の眼をとざしたのだ。長時間にわたってつづいた無理のために、脇腹の傷が再び口を開いたのだ。このまま死んでしまうのではないかとおもうほどの苦痛がおそいかかってきた。
彼が再び視覚をとり戻したとき、星の海の中に黒いしみのようなものがふくれ上ってくるのを見た。そのしみは宇宙船の形をしていた。ヴァルナの船ではない。ヴァルナの船は小さく、そして針のようにとがっている。今見えている宇宙船のシルエットは、16級か20級の大ききであり、まゆ毛のように二つ並んだ船橋の窓の具合は、あきらかに昔の地球でつくられた船の特徴を示していた。それは動きつづけており、彼の方へと近づいてくる。
ケインは、自分の正体を見破られぬようにするため、どんなふうに事情を説明しょうかと心の中でその話を組み立てはじめた。彼は何度も目の前が真っ暗になりかけるのと必死で戦いながら、信号がわりに推進ロケットを点滅しつづけた。
船がすぐそばまで接近してきて、エアロックが黒々とロを開いたのに気がついたのが、それからどのくらいあとのことだったのかわからない。彼は最後の力をふりしぼってその中へと這い込み、それと同時に精根つき果てて意識を失ってしまったのだった。
目がさめたとき、彼は、おどろくほど快適な気分なのに気がついた。自分がなぜここにこうして、脇腹に手当てを受けたまま船の寝棚《バンク》に横になっているのかはすぐに思い出せた。すでに傷は乾いており、なかばなおりかけている。
ケインはあたりを見まわした。寝室はさしてひろくない。金属板のはられた天井には小さな電球がひとつぽつんとついており、伝わってくる振動と轟音に、今船が通常空間を航行中だなと彼は思った。ほとんど同時に、彼は、一人の男が向う側の寝棚の縁に腰をかけて彼をじっと見守っているのに気がついた。
男は立ち上って、彼のところへやってきた。ケインよりもかなり年長で、顔つきや手足がひどく荒削り、そう、なにか下手な彫刻家がざっと彫った石像のような感じなのだ。短い髪はすこし灰色をおびており、馬のように長い顔に光る眼はべつにこれといった色をしていない。
「運がよかったな」
と彼は言った。
「ついてた」
ケインが答えた。
「いったいなんだって怪我をした地球人が烏座星団のまわりに浮かんでいたのか、説明してくれるだろうな?」
と男は言った。そして、ちょっと考えたのか、すぐにつけ加えた。
「おれはジョン・ディルロだ」
ケインはその地球人が上着の上につけている麻痺銃のベルトに眼をやった。
「あんたたちは外人部隊だね、そうだろ?」
ディルロはうなずいた。
「そうだ。しかしお前はおれの質問にまだ答えておらんぞ」
ケインは心の中であせりを覚えた。用心しなければならない。外人部隊となればその荒っぽさは銀河中に知れ渡っている。その大部分は地球人であるが、それにはわけがあった。
ずっと昔、地球は星間航法を他にさきがけて開発し、銀河への途を開いた。だがそうだからといっても、地球は依然としてまずしい惑星であった。太陽系内にある他の惑星はきびしい環境のため人間は住めず、ごくわずかの鉱物資源がとれる以外、まったくなんのとり得もないことからくるまずしさである。人の棲めるたくさんの肥沃な惑星を持つ他の巨大な恒星系にくらべれば、地球はドン底のまずしい惑星にすぎなかった。
そんなわけで、地球の主なる輸出品といえばそれは男たちであった。腕っこきの宇宙船のり、技術者、戦士たちは古い地球をあとにして銀河の諸々方々へと散っていった。そのなかでも地球人で編成された外人部隊は、もっとも手ごわいものとされていた。
「おれの名はモーガン・ケイン」
と彼は言った。
「隕石ヤマ師でアルト星系第二惑星の出さ。バチ当りの流れにあんまり探くつっ込みすぎて穴をあけられちまったんだ。破片のひとかけに横っ腹をやられてね、もうひとかけらはエンジンをぶっこわしやがってね。動力系が爆発しかけてるのに気がついて、やっとこさ宇宙服を着て外に逃げ出すのに間に合ったというわけさ」
そして彼はつけ加えた。
「あんたが爆発をみつけて、こっちへやってきてくれたときは本当にうれしかったぜ」
ディルロはうなずいた。
「なるほど……聞きたいことがもうひとつだけある……」
言いながら彼はちょっと体をひねった。そしてだしぬけにばっと跳ね退くとともに、手が腰のベルトから麻痺銃をひっこぬいた。 .
まるで影でも走るような素速さで、ケインの体は寝棚からとび出した。虎でも思わせる、まったく信じられぬほどの敏捷さで、横っとびに走った彼の左手が光線銃にかかったと同時に、右手はディルロの顔面に炸裂した。ディルロの体は床の上にぶっ倒れた。
ケインは銃口を彼に向けた。
「こいつをあんたに向けてぶっ放しちゃいかんという法はあるまい?」
ディルロは血のにじんだ唇に指をあてながら彼を見上げると言った。
「とくにそんな法はあるまいが、エネルギーは入っておらんぞ」
ケインは歪んだ笑いをうかべた。しかしその指先が銃の台尻をまさぐったとたん、その笑いは消えた。入っているはずのエネルギー・カートリッジがない。
「テストをしてみたわけだ」
いいながらディルロは立ち上った。
「意識をとり戻す前にお前の傷の手当をしてやったとき、おれはお前の体の筋肉が異常に発達していることを発見したのだ。おれは、ヴァルナの宇宙船がこちらの星団めがけて押しよせてきてることは聞いていた。お前がヴァルナ人でないことはたしかだ……やつら特有のきれいな毛を剃《そ》りとることはできても、頭の形を変えるわけにはいかんからなあ。しかし、それと同時に、お前の筋肉のぐあいはスターウルフそのものだ。 その時 − 」
とディルロはつづけた。
「おれは以前に他の星系で聞いた噂話を思い出したのだ。
その星にヴァルナ人が掠奪に押しょせたとき、中に地球人がひとりまじっていたという噂だ。おれはあのときその話を信用しなかった。おれに限らず信用した人間など一人もありはしない。重力の大きなヴァルナに育った連中だからこそ、あの素早さと馬鹿力に、地球人がくっついていけるわけはないからだ。しかしお前はたったいま、そいつをやって見せた。お前はスターウルフだな」
ケインは何もいわなかった。そして相手が入口のドアをしめる動作を見守っていた。
「おれがここにくるからには」
とディルロが言った。
「今、お前がやろうとしたことなど、やろうとしてもできないように手を打つぐらいはちゃんとやれる人間だということを考えておけ」
ケインはその無表情な眼を見て、それはきっとそうだろうと思った。
「わかったよ」
と彼は言った。
「それで?」
「おれは好奇心が強い」
ディルロは寝棚に腰をおろしながら言った。
「いろいろなことにな。特にお前についてもだ」
彼はケインが返事をするのを待った。
ケインは、そのエネルギーの入っていない銃を彼に戻し、それから腰をおろした。そしてちょっと考えをまとめていると、ディルロがしずかにいった。
「本当のところを言ってみろ」
「おれは本当のことを知ってるつもりでいたんだ」
ケインは言った。
「おれは自分がヴァルナ人だと思っていた。おれはヴァルナで生まれたんだ……親は宣教師で、ヴァルナ人の間違った生き方を改めさせようとして地球からやってきたんだ。もちろんヴァルナの重力が大きすぎて二人とも死んだ。おれもあやうく死にかけたらしいが、なんとか助かって、ヴァルナ人どもと一緒に育てられたから、おれもてっきりヴァルナ人だと思っていたんだ」
彼は、その声が苦々しい響きを帯びるのを止めようがなかった。ディルロはじっと彼を見守っていたが、何も言わなかった。
「ヴァルナ人がシャンドール星系第五惑星を襲ったとき、おれはその一味だった。しかしそのあとで戦利品のわけかたでもめごとが起り、スサンダーがおれをばらそうとしたもので、一発ぶっ放したんだ。あべこべにおれがやつを殺したとたん、他のやつらは寝返った。それで命からがら逃げ出したわけさ」
しばらくしてから彼はつけ加えた。
「おれはヴァルナに戻るわけにいかない。スサンダーは(流れもんの地球人の畜生め!)とぬかしやがった。血筋以外は、やつとおなじヴァルナ人のおれをだぜ。しかしもう戻るわけにはいかないんだ」
彼は腰をかけたまま、じっと考えこんだ。
ティルロは言った。
「お前は仲間といっしょに掠奪をやり、盗みを働き、それに人もさんざん殺したにちがいない、だというのに、お前は心にやましさをちっとも感じていないな。まったく感じていない。すこしでも心にひっかかっていることがあるとすれば、自分が仲間たちからおっぽり出されたということだけだ。まったく − お前は本物のスターウルフだて!」
ケインはべつに何も言わなかった。しばらくしてディルロはつづけた。
「おれたち − おれとおれの部下 − はある仕事をたのまれて、この烏座星団にやってきたところだ。かなり危険な仕事をたのまれてな」
「それで?」
ディルロは彼の表情をさぐるようにみつめた。
「自分でも言うように、お前は血筋を除けばまったくのスターウルフだ。お前はスターウルフの手口を全部知っている、それで十分だ。今度の仕事にお前がいると役に立つ」
ケインはにやりと笑った。
「うまい話のようだが……いやだね」
「よく考えてから返事をしたほうがいいぞ」
ディルロが言った。
「お前がスターウルフだということをおれがしゃべったとたん、お前はあっという間もなしにおれの部下に殺されてしまう破目になることも − な」
ケインは言った。
「そして、おれが話にのらないかぎり、あんたはそれをしゃべるというわけだね」
ディルロはにやりと笑いかえした。
「どんな連中だろうと、ヴァルナ人に情けをかけるようなことはありえない」
そしてつけくわえた。
「いずれにしろ、どこも行くあてはないのだろう? あるのか?」
「ない」
ケインは言った。暗い表情である。
「どこにもない」
しばらくして彼は聞いた。
「なんであんたはおれを信用する気になったんだ?」
ディルロは立ちあがった。
「スターウルフを信用する? おれを気違いだとでも思っているのか? おれはな、おれが正体をばらしたとたんに、自分が死ぬ破目になることをお前が自分でもちゃんと知ってるという事実を信じているだけだ」
ケインは彼を見上げて言った。
「あんたが正体をばらせないような破目になっちまうことだってあるとは思わないかね」
「それは」
とディルロは言った。
「お前にとってまことに不幸な事態になるだけさ。おれがそんな目に会ったと同時に、お前のささやかな秘密は自動的に明るみに出る段取りになっている」
しばらく二人は黙っていた。そしてケインがロを切った。
「仕事はなんだね」
「危険な仕事だ」
ディルロが言った。
「事前に他へ知られれば知られるほど、いっそう危険になる仕事だ。勝ち味がほとんどない賭けに自分の首をかけるようなものだ」
「そんなことになってもべつにあんたは悲しくなんかはないだろう。それとも悲しいかね?」
ケインが言った。
ディルロは肩をすくめた。
「どのくらい悲しいかおしえてやるとしよう、ケイン。スターウルフが一人殺されたとなると、かたぎの惑星はひとつのこらず、お祝いに一日の休みをとるくらいだ」
ケインはにやりと笑った。
「すくなくとも、これでお互いが理解しえたわけだ」
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3
夜空からは、今にも銀色のしずくがしたたりおちてきそうに見えた。カラルというこの惑星は星団の中心部にあり、その星団自体が烏座星雲のすぐ近くに位置していた。光を放つその巨大な雲は各星団に属する星々をしたがえて天空一杯にひろがり、その惑星の夜へやわらかな光と漆黒の影とをつねに投げかけているのである。
ケインは宇宙船の蔭につっ立ったまま、静まりかえったこの小さな宇宙港の彼方に輝いている街の灯を見るともなしに見ていた。赤味をおびたその灯は、巨大なピラミッド状に天空へとせり上っている。そちらのほうからやわらかな風にのって伝わってくるいい匂いの裏には、その町の素姓がそこはかとなく感じられ、どうかすると町のさんざめきまでがかすかにきこえてきたりするのである。
数時間ほどまえ、ディルロともう一人、地球人の部下とが闇にまざれてカラル人の車で市街のほうへひそかに消えた。
「お前たちはここに残っていろ」
そのときディルロはみんなに申し渡した。
「ボラードだけをつれて、おれたちをやといたいという相手に会ってくる」
ケインは、その言葉を思い出してちょっと笑った。他の連中は船の中でばくちをやっている。なんでここにおれがじっとしていなけりやならんわけがある?
ぼんやりとした光を放つ夜空の下を、彼は町のほうへ向かってあるきだした。宇宙港にはずんぐりした貨物船が二隻と、カラルの惑星を。パトロールする武装巡視船がいるだけで、黒々としずまりかえっている。歩いているものは誰もいない。ただ、一度だけカラル人の三輪車が捻りをたてて通りすぎただけだった。にぎやかな町が好きな住民たちである。鉱山などで働いている連中も、夜は町で金を使うらしい。銀色の光を放ちながら静まりかえっている夜空の下に、何の変哲もないのっぺりとした平野がどこまでもつづいている。
ケインは胸がわくわくしていた。もちろん彼はこれまで他の惑星へ降り立ったことは何度もある。しかし、それはいつもスターウルフの一員としてであって、その周囲にはいつも敵意と危険が充満していることを意味していたのである。だが今はちがう。たった一人であるいている地球人の彼を、だれが怪しいと思ったりするというのだ?
カラルはちょうど地球くらいの大きさの惑星だったので、ヴァルナの大きな重力に慣れているケインは、なにか体がうかびあがりそうな気がしてならなかった。しかしそれも、街の近くにまでやってきた頃にはどうやら順応できるようになっていた。
街は大昔にひとつの巨大な岩山をけずってつくられたらしい。したがってその都市という名の山は赤い灯にいろどられた窓やテラスや通廊が奇怪な樋嘴の突起とともに無数に積み重なり、おそろしく大きな動物の巣のように、ぼんやりと白く輝く夜空へそびえ立っていた。上へ上へと眼をやるケインの耳に、街のざんざめきがまるで鈍いとどろきのように入ってきた。
彼は、この山状をした都市へ通じる大きなアーチを通りすぎた。その巨大な金属製の扉は外敵の攻撃にそなえたものだが、もうかなり永いこと閉じられたことはないらしく、表面に刻まれた王や戦士や踊り子や奇怪な動物などのレリーフも腐蝕してぼやけてしまっている。
ケインはそばを走る自走路をわざと無視して、幅広い石だたみの坂道をのんびりとのぼりはじめた。彼はたちまち、街の喧騒のただ中へまきこまれてしまった。人間型、非人間型、カラルに籍を持つ人間、|人間の型《ヒューマノイド》をしたカラルの原住民、カン高い声、たのしげな声、喉からしぼり出すような声、笛のような声。赤々とした灯火の一角では、毛むくじゃらのヒューマノイドがつれ込んだグロテスクでよたよたした獣をひと目見ようと、野次馬が押しあいへしあいの騒ぎをくりひろげている。見なれぬ食べ物を売る食い物星から立ち昇る煙と強い匂いは通廊いっぱいに充満し、露天商たちが売りたてるわめき声にまじって、まるで笛を何本もまとめたようなカラル人の歌声があたりにわんわんと反響する。
カラルの人間はみんなすらりと背が高く、七フィート以下のものはひとりも見あたらないくらいである。彼らは一様に青白い顔に軽蔑の表情をうかべて、ケインを見下ろすのであった。女たちはまるでなにか汚ないものでも見るようにふり返り、男たちはなにかころころと指さしたりしながら馬鹿にしたような笑い声をたてる。すこしばかり汚れた不格好な服をつけた子供が彼にぴったりとくっついて、おれだって地球人なんかよりゃ何インチも背が高いや、とでもいった身ぶりを示すと、軽蔑の笑い声は一段と高くなった。他の子供がその悪ふざけに加わると、まるで彼は嘲笑をつづける従者を何人もしたがえたような形のまま坂道をのぼっていった。
ケインがそいつらをいっさい無視してどんどん登っていくと、やがてからかいつかれたのか、悪童どもはいつの間にかいなくなってしまった。
彼は心の中でこんなことを考えていた。
この町で掠奪をやるのは非常に危険だ。この横丁にひとつ迷いこんだが最後、もうおしまいだ。
そしてふと、自分がもうヴァルナ人ではなく、スターウルフどもと一緒に他の惑星を襲撃したりすることは、二度とないことに気がつくのだった。
彼は、とある露天に立ち止り、ひどく酸っぱい刺すような酒を一杯飲んだ。店のカラル人は、彼が飲んだとたんにさっとコップをひったくり、わざと大げさに拭くふりをしてみせた。笑い声がまた高まった。
ケインは、船が着くまえに、ディルロがカラル人について言ったことばを思い出した。
カラル人は、他のたくさんの惑星世界の住人同様に、もちろん正真正銘の人間であった。地球人たちは、星間航法を開発して、この連中とはじめて出会わしたとき、大変なショックをうけた。人間が住んでいるのは太陽系だけではなかったという事実に − である。この出会いは、あちこちの太陽系に人間の町をつくってきたのは地球人がはじめてではなく、もはやおぼろげな言い伝えしか残っていないがはるかの昔に星から星へと渡りあるいた人間《ヽヽ》がべつに存在したという事実を明らかにしたのであった。しかしこの人間たちは、それぞれの惑星上で異なった進化の途を進んで今日に至っており、カラル人とてその例外ではなかった。
「彼らは他の人問を、自分の惑星の原住民同様にひくく見くだす習慣がある」
とディルロは言った。
「彼らはよそ者を徹底的に軽蔑していみ嫌う。だから礼儀正しく行動しろ」
そんなわけで、ケインは礼儀正しくふるまっていた。彼は、嘲侮の視線を無視し、軽蔑にみちたきこえよがしのひそひそ話 − ごていねいにも、わざわざ彼にわかるよう銀河系内の共通語である銀河標準語《ガラクト》を使ってしゃべり立てるカラル人の悪口雑言−−を相手にしなかった。彼はもう一杯、酒をひっかけると、わざと女たちの視線を無視して坂や石段をのぼりつづけながら、あちこちを物珍しげにのぞきこんだりした。ヴァルナ人が掠奪をかけるとき、あたりの風景をたのしむ余裕などあるわけがなく、したがってケインはこのはじめての体験を大いにたのしんでいた。
やがて彼は、一方が星空へ開けた広い通りに出た。赤っぽい灯火の下にカラル人たちの人だかりがしていて、ここからはなんだかわからないが、ときどき笑い声があがったり、奇妙な、シューシューというような音がしたりしている。彼はあたりの人間を押しのけたり、つきのけたりしないように用心しながら、彼らがなにを見ているのかその人ごみの中をのぞきこんだ。
人だかりの中央には、毛むくじゃらでやたらに腕が多く、やさしいが間抜けな眼つきをした人間型《ヒューマノイド》の原住民が数人立っていた。そのうちの二、三人は、一端が妙な輪になった皮のロープを手にしている。そして他の二人が手にもったロープの先は、翼の生えた獣の両足につながれていた。それは人間の半分ほどの大きさがある爬虫類らしいやつで、その体はびっしりとウロコに掩われており、また、肉垂をもっている。牙のような嘴は馬鹿のように怒りにまかせて空しく。バク。バクやっている。そしてそいつがどちらかに突進しようとすると、反対側の足にまかれたロープがぐいとひっぱられて空しくひき戻される。そのたびに、そいつの肉垂は怒りに鮮やかな赤と変り、はげしい鼻息を立てるのだった。
ひょろ長いカラル人たちはそれを見ておもしろがっているのだ。そいつの肉垂が赤くなったり、荒々しい声をあげたりするたびに、彼らは大声で笑い合った。ケインはこれまであちこちの惑星で、野獣同士を噛み合わせるあそびを何度も見たことがあったし、つねづねひどく子供じみたことだと思っていた。それで人だかりから離れはじめた。
そのとき、ヒュッという音とともにロープがとんできて、彼の両腕にからみついた。彼はとっさに振りむいた。カラル人が二人、現住民からとりあげたロープの端をにぎって、じわりじわりとひきよせようとしている。悪意にみちた笑いがどっと起った。
ケインはつっ立ったまま、わざと微笑をうかべた。そしてぐるりととりかこんだ嘲笑と悪意にみちた青い顔を見わたした。
「そうかい、そうかい」
彼は銀河標準語《ガラクト》で言った。
「わかったよ。お前さんたちにしてみりゃ、地球人ってやつはへんな獣に見えるだろうさ。さあ、はなしてくれ」
だが、彼らはそうやすやすとはなしてくれそうにはなかった。左の腕にからみついているロープがぐいと、彼の体を鋭くひきよせようとした。彼がバランスをくずすまいとして抵抗すると、とたんに今度は右腕がぐいとひっぱられてあやうくひっくり返りそうになる。
笑い声は高まり、笛のようなカン高いさんざめきを消してしまうほどだった。彼らは肉垂のある例の生物のことなど忘れてしまっている。
「わかったよ」
ケインは言った。
「悪ふざけが好きな連中だね」
彼は怒りをじっと押えていた。ここにやってきていること自体、ディルロの命令を破っているのだし、ここでなにか面倒なことをひきおこせば厄介なことになるばかりなのだ。
彼の両腕がだしぬけに水平にひきあげられた。両方のカラル人がいっせいにひっぱったのだ。人間型《ヒューマノイド》の原住民がひとりとび出してきたと思うとピョンピョンとケインの前を跳ねまわりながら、あの獣とケインとをかわりばんこに指さした。それは、このいとも単純な智能の持主でさえも理解できるジョークであり、彼の仕草は青い顔をしたカラル人どもにあたらしい笑いをひきおこした。彼らは原住民とケインの姿を一心に見入った。
ケインは首をねじまげるようにして、右腕のロープをひっぱっているカラル人へ眼をやった。そしてしずかに頼んだ。
「すまないが行かせてくれよ。もういいだろう?」
しかしその答のかわりに、彼の右腕ははげしくひっぱられた。そのカラル人は、悪意にみちた笑いをうかべて彼をみつめている。
そこでケインは、ヴァルナ育ちの筋肉に物を言わせ、あらん限りの力をふるってすばやく行動をおこした。彼が右手のロープをとらえているカラル人のほうへばっととびかかると、左手のロープをにぎっていたほうのやつは足もとにひっくり返った。
ケインは、ぎょっとなったひょろ長いカラル人の腕の下から、自分の両腕を力いっぱい上へ伸ばした。そしてそいつの両腕を肩すれすれのところでぐいとばかりにつかむと、あらん限りの力をこめて締めあげた。まるで水に濡れた棒が折れるような鈍い音が二度起り、ケインは身をしりぞいた。
そのカラル人は恐怖の表情でそこにつっ立っていた。すらりとした長いその腕は両方とも肩のあたりでへシ折られ、ぶらりとたれ下っている。
ちょっとの間、そのカラル人は、ただじっと彼をみつめるだけだった。とても信じられぬという面持ちである。雑種の野良犬だとおもっていたやつがだしぬけに猛虎と変じて襲いかかってきたのだ。
ケインはそのすきを衝いて、そいつらの間をすり抜け狭い階段の方へと通廊をつっ走った。と同時に、どっと怒りの声が彼のうしろであがった。彼は三段ずつ階段を駈けのぼった。
駈けのぼりながら彼は笑い声を立てた。弱いものいじめをやってたあのカラル人の顔、そしてその悪意に満ちた表情が、だしぬけに口をアングリ開けたまんまの恐怖に変わったときのことを、彼は当分忘れないだろうと思った。
階段はおわって、岩の中につくられた暗いトンネルがあらわれた。彼はその脇に階段があるのをすばやくみつけると、遮二無二それにとりついた。この山状の都市は、その全体がひとつの迷路を形造っているといってよかった。
彼は、だしぬけに市場のようなところに走り出た。赤い光に照らされ、ひょろ長いカラル人たちが露店を中心にむらがっている。その露店のうしろには、蛇の腕をもった無気味な彫像が立っていたが、ケインはそのそばにせまい階段が下のほうへつづいているのに目をつけた。彼が人ごみの中をそのほうへ急ぐと、青い顔をしたカラル人たちはびっくりしたように彼を見おろした。
上のほうへ逃げてはまずい。逃げ口はこの山状の都市の基部にしかないのだ。しかし彼は、これまでにもっと切羽つまった状況におかれたことが何度もあったから、それほどあせっているわけではなかった。
せまいその石段の道は突然、岩をきりぬいてつくられた大きな部屋へ出た。ピンクのほのかな光に照らし出されたそこは小さな円型劇場で、中央のこぢんまりした舞台を見下ろすようにカラル人がぐるりと腰をおろしている。
カラル人の娘が三人、ほとんど裸も同然の姿でむせびなくようなかん高い声をあげながら踊っていた。彼女たちは、舞台から十五インチおきに立てられた六インチはどの、きらきら光る鋭い刀の刃の間で踊るのだ。青い肌をしたしなやかな体はひらりと跳んだり、くるくるとまわったり、そのたびにはだしの足が無気味なその刃にあやうく触れそうになるが、娘たちは長いその黒い髪をひるがえすようにして笑いながら踊りつづけるのである。
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ケインはひきつけられるようにじっとその姿を見守った。おそろしく剣呑《けんのん》な踊りをおどりながら、平然と笑うことのできる三人の娘の姿に、彼はなにか愛情にも近いような讃嘆の思いをかきたてられたのだ。
そのとき彼は、遠くのほうで鐘が打ちならされる音を聞き、入り乱れた足音が背後の階段の上から迫ってくるのに気がついた。追手にちがいない。彼は再び駈け降りはじめた。
彼は、その追手の中に、武器を持っているものが加わっているなどとは、本当に夢にも思っていなかったのである。彼の背後で麻痺銃を発射する音がしたその瞬間まで − である。
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4
ディルロは、その山状の都市のかなり高いところにある岩をくりぬいてつくった薄暗いホールの中に腰をおろしたまま、いらだちと怒りが高まってくるのを感じていた。
彼はそこにもう何時間も坐ったまま、カラルの執政官がやってくるのを待っているのである。テーブルの向う側にはたった一人、数週間前にアケルナー(エリダヌス座の星)で彼と連絡をとり、今晩、宇宙船からここまで秘密の通路を通って彼を案内してきたカラル人のオデンジャアだけが坐っている。
「もうすぐ」
とオデンジャアは言った。
「ほんとにもうすぐ、ここへカラルの貴族たちがやってきます」
「二時間前にもお前はおんなじことを言ったぜ」
ディルロが言った。
彼はひどくつかれを感じはじめていた。彼が腰をおろしている椅子は、もっと背の高い人間のためにつくられているからおそろしくすわり心地がわるく、ディルロは両足をまるで子供みたいにプラブラさせているのだ。
相手がわざと彼を待たせていることは間違いのないところだが、彼としては表情を変えずに落ち着きはらっているふりをする以外にやることはない。彼のそばにすわっているボラードも何食わぬ表情をしてはいるものの、元来、この、地球人のやとわれ兵士きってのタフな男とされている彼のまんまるな顔に変わった表情が浮かぶことは、まず絶えてないことなのである。
部屋の壁にぐるりとともされている赤い灯が彼の眼を射るが、黒々とした岩の壁面はその光を照り返しもしないほど沈んでいる。開けはなたれた窓からは夜のつめたい空気とともに、かん高い笛のような声をまじえた町のさんざめきがかすかに伝わってくる。
そのときだしぬけにディルロは、今、自分がこの奇妙な惑星上にこうしていることがひどく味気ないことに思えた。彼はあまりにも多くの惑星を訪れすぎた。いや、彼があまりにも長く生きすぎたのかもしれない。彼はもう四十歳であった。一体全体、この烏座星雲でどんな仕事が待っているというのやら……。
彼は苦々しい思いをかみしめた。勝手にぼやくがよい。まとまった金が欲しいばかりにここへ来ているのだし、他にやれることなどなにがあるというのだ……″
そのとき、やっとのことでカラルの貴族たちがあらわれた。全部で六人、いずれも背が高く豪勢な衣《ローブ》をつけていて、一人だけがちょっとばかり年長らしい。彼らは儀式めいた仕草でそれぞれの席につくと、ディルロとボラードのほうにひどく人を見下したような視線を向けた。
これまでにディルロは何回も惑星の住民と取引きをしてきたが、こんなにも相手を小馬鹿にした態度を見せられたことはなかった。心の中で彼は、取引きでそんな真似をされてたまるかと思った。
彼は銀河標準語《ガラクト》を使い、はっきりと大声で言った。
「あんたがたが私を呼んだのだ」
そして彼は押しだまり、カラル人の貴族のほうにじっと眼をやったまま、相手の返事を待った。
かなりしてから、いちばん若いカラル人が怒りに顔を青黒くさせながら荒っぽく答えた。
「私はお前たちを呼びよせた覚えはないぞ、地球人よ」
「それでは何故ここに私がいる?」
ディルロが迫った。手でオデンジャアのほうをさしながら彼はつづけた。
「もう何週間も前に、この男が私と会いにアケルナー太陽系へやってきた。そして彼がいうには、カラルは目下、系内のいちばん外側に位置する惑星、ヴォホルと敵対関係にあると言った。そしてあなたがたがヴォホルの持っている強力な新兵器を壊滅させたいと考えているという。彼は私に、もしも私が部下をつれて手助けにのりこんだなら、あなたがたが十分な礼をしてくれると保証したのだ」
恩着せがましい彼の言い分に、相手は一様に嘲笑の表情をみせたが、年長の一人だけは額にしわを寄せたまま、相手をつめたく観察していた。
彼に答えたのは、その一番としをとった男である。
「結果的にいえば、われわれがお前を呼んだことになる。われわれのうちの一人が反対をとなえはしたのだが。なにしろお前は使いものになりそうだという話だからな、地球人よ」
軽蔑の切り返しかとディルロは思った。いずれにしろこれでお互いに侮蔑の交換は終ったのだし、そろそろ取引きにかかりたいものだと考えた。
「なぜヴォホルの連中があなたがたの敵なのだ?」
彼は質問した。
年長のカラル人が答えた。
「それは単純だ。彼らはこの惑星の鉱物資源をほしがっている。彼らのほうが人口は多いし、われわれよりもすこしばかり進歩した技術を持っている」
彼は(技術)という言葉を、まるで汚いもののような言い方をした。
「そして彼らはここに強行着陸をやって、われわれを征服しょうと試みた。しかしわれわれはその着陸を食いとめたのだ」
ディルロはうなずいた。どこにでもある話だ。ひとつの星系の中で宇宙旅行がはじまると、どこかその惑星のひとつが他を征服して帝国を建設しょうと考える。
「しかし、そのあたらしい兵器とはどんなものなのだ? どこから聞きこんできた?」
「うわさが流れた」
年長のカラル人が答えた。
「それから数カ月前に、われわれのパトロール船がヴォホルの巡航偵察艇を撃破した。士官が一人生きのこっていたので生捕りにして訊問した。彼は知っていることをあらいざらい話した」
「あらいざらいか?」
オデンジャアがにやにや笑いながら説明した。
「われわれは、人間を完全に無意識にしてしまうある薬をもっています。それを使えば、相手は無意識のうちにこちらのあらゆる質問に素直に答え、意識をとり戻してからはそのことをまったくおぼえていないのです」
「彼はなんと言った?」
「彼は、間もなくヴォホルがわれわれを完全に破壊しつくすだろうと言った。烏座星雲の外から、われわれを絶滅させるような兵器を持ちこんでくるというのだ」
「星雲の外から?」
ディルロはおどろいた。
「しかし、あのあたりは漂流物の迷路だし、チャートもないし、危険だし……」
彼はそこではっと気がつき、苦笑しながらつづけた。
「あんたたちが、なんでこの仕事におれたちのような外人部隊を使うのかそのわけがよくわかったよ」
いちばん若いカラル貴族がディルロをにらみつけながら、カラル語かなにか口早に荒々しくまくし立てた。
オデンジャアが通訳した。
「星雲の中へ進入しょうと試みて死んだカラル人はたくさんいるが − それは、われわれの船がお前たち地球人やヴォホル人の持っているような精密な航法計器を持っていないためなのを忘れるな」
たぶんそれはその通りだろうと、ディルロは思った。カラル人が宇宙旅行をはじめたのはそう古いことではないし、島国根性と古い因習にしばられた民族性のために大した発展は見せていない。それに彼らはまだ星間航法を開発していない。ただ、他の星系の船が、持ちこんだ商品をカラルの珍しい高価な宝石や金属と交換していくだけである。それに気がついたとき彼は、おそらくおれだってあの惑星間航行用につくられた宇宙船であの星雲の中へつっ込むような真似はしないだろうと思った。
彼はきっぱりと言った。
「もしも私の言い分が、勇気あるカラル人の体面を傷つけるようにとれるのなら謝罪する」
相手のカラル貴族は、ほんのすこしばかり怒りをやわらげただけのようだった。
「しかし」
ディルロはつけ加えた。
「これについてもっと知る必要がある。捕虜になったというヴォホル人は、その兵器の性質についてなにか話したのか?」
年長のカラル人は両手をひろげていった。
「いいや。われわれはその薬を使って何度もそのことを質問した。つい二、三日前にもやったばかりだが、それ以上、彼はなにも知らないようだ」
「そのヴォホル人の捕虜と話すわけにはいかないか?」
ディルロが聞いた。
その瞬間、彼らはいっせいに疑惑の眼をむけた。
「われわれの敵となんのために話す必要がある。お前はわれわれのために働くのではないのか。だめだ」
はじめてボラードが口を切った。やわらかな舌のもつれるような話しぶりは、まんまるな彼の顔とひどく不釣合である。
「あんまり話が漠然としすぎているな、ジョン」
「漠然としている」
ディルロも言った。
「しかし、なんとかなるだろう」
彼はちょっとの間考えると、テーブル越しにカラル人の顔をみつめながら言った。
「|光る石《ライト・ストーン》を三十個」
彼らは狐につままれたような顔でじっとディルロを見たが、彼は辛抱強くくり返した。
「|光る石《ライト・ストーン》を三十個。もしもこの仕事にお望み通り成功したら、それだけ支払ってもらいたい」
はじめのうち、とても信じられぬという面持だった彼らはついに怒り出した。
「|光る石《ライト・ストーン》を三十個だと?」
ロを切ったのは若い貴族である。
「われわれが地球人風情に対して皇帝一人の身代金を支払うとでも思っているのか?」
「惑星ひとつの身代金はいくらだ?」
ディルロは言った。
「カラルという名の惑星のだぞ、もしもあなたがたの敵とやらがこの惑星を征服したとしたら、いったいいくつぐらい|光る石《ライト・ストーン》を持っていくと思う?」
彼らの表情がほんのすこし変化した。しかし、それを見守っていたボラードはつぶやくように言った。
「みなさんはちゃんと払ってくれるよ」
ディルロは、その要求を値切らせるすきを与えなかった。
「それは、われわれがあんたたちの敵の兵器とやらをちゃんと発見して破壊できたときの代金だ。しかし、まずそれがやれるかどうかをしらべてみなけりゃならんし、それ自体がきわめて危険なことなのだ。|光る石《ライト・ストーン》三個を先払いしてもらいたい」
今度は、ついに彼らも口々に怒りをぶちまけはじめた。
「おまえたち地球人どもは、その宝石三個を受けとって姿をくらますつもりではないのか?」
ディルロはオデンジャアのほうを見た。
「お前はこれまでにも外人部隊が仕事をひきうけるのを見てきたろう。言ってみろ、外人部隊が相手を裏切った話を聞いたことがあるか?」
「あります」
オデンジャアが言った。
「二度起ったことがあります」
「それをやったやつはどうなった?」
ディルロが食い下った。
「その結果も聞いているはずだ。言ってみてくれ」
ちょっと言いよどみながら、オデンジャアは答えた。
「他の隊員たちがつかまえて、仕事を頼まれた惑星へ囚人としてひきわたしたといわれています」
「それは本当のことだ」
ディルロは、テーブルの向うの貴族たちに向って言った。
「われわれ外人部隊の隊員は、ひとつの職能組合を形成している。もしも信義を守らなかったら最後、銀河中どこへ行っても仕事はできなくなる。さあ、|光る石《ライト・ストーン》三個を前払いしてもらおう」
それでも貴族たちは、彼をにらみつけたまま何も言わない。ただ、いちばん年長の貴族だけはべつだった。彼は無表情な声で言った。
「宝石を支払ってやれ」
一人が出ていったとおもうと、すぐに戻ってきて怒りの表情をこめてその光り輝く小さな石を三個、テーブル越しにころがしてよこした。小さいな、とディルロは思った。しかしうつくしい。本当にうつくしい。その石の放つ踊るようなまばゆい光で部屋中がいっぱいになったような感じがする。彼はポラードの溜息を聞きながら、まるで神にでもなった気持で手を伸ばし、その三つの宝石をとりあげると、しずかにポケットへおさめた。
そのときドアの向うで物音がしてオデンジャアが出て行ったとおもうと、あわてて戻ってきてディルロを見つめた。
「あなたに関係のあることです」
彼は口早に言った。
「あなたの部下の一人が市内へ侵入して人を殺そうと − 」
ひょろ長い二人のカラル人が、ぐにゃぐにゃになった酔払いのような人間をかかえるようにして入ってきた。
「おどろいたかね?」
ケインはそういうなり、がっくりと首をおとしてしまった。
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5
はっきりと眼がさめるまで、彼に語りかけてくるディルロの声はひどく遠いもののように思えた。彼には、そんな馬鹿なことがあり得ないのがよくわかっていた。彼はどんなふうに麻痺銃にやられたか、迫手の二人が彼の体を放したとき、どんなふうにぶっ倒れたかを完全に思い出していた。
彼は床に伸びたまま、あのとき、カラル人がこんなことを言っていたのを思い出した。
「この男はいっしょに帰すわけにいかんぞ。こいつは処罰するために投獄する」
そして、
「つかまえておくがいい。そして処罰するなら勝手にやるがいい」
というディルロの声がしたと思うと、彼は両手をつかんでひったてられ、何層にもわたっている牢獄の通路を上ったり降りたりして、この独房に放りこまれたのだった。
ケインは眼を開いた。そうだ、今彼は岩を削ってつくられた牢獄の中にいる。鉄格子の扉の向うには赤い灯の洩れる廊下がつづき、扉の反対側の壁には九インチほどの大きさののぞき穴があって、その向うにはぼんやりと白く光るカラル特有の夜空が見えている。
彼は、湿気をおびたむき出しの岩の床に伸びていた。脇腹がひどく痛む。そのとたん、彼は、この牢屋の中へ放り込まれたとき、追手が彼をさんざんに踏んだり蹴ったりしたことを思い出した。
ケインは、まだ体のどこかがしびれているのを感じながらやっとのことで身を起し、背中を壁にもたせかけた。意識がしゃんとなった。彼は独房の中を見まわすと同時に、むらむらとファイトがわき起ってくるのを感じた。
これまでに彼は、ただの一度も投獄されたことはない。スターウルフでぶち込まれたことのあるものなど一人もいない。もしもスターウルフが掠奪かなにかをやって捕ったとしたら、そいつは情容赦もなくその場ですぐに処刑されてしまうからだ。もちろん、彼を放りこんだ連中は、外見からして彼を正真正銘のスターウルフだなどとは考えてもいないのだ。だがそれはそれとして、今、自分がこんなところへ閉じこめられていることへの怒りは消えようがない。
彼が立ちあがり、あらん限りの力をこめて鉄格子をぶちやぶろうとしたそのとき、またもや|それ《ヽヽ》が起ったのである。彼は、はるか彼方から呼びかけてくるディルロの声を聞いたのだ。
「ケイン、きこえるか?」
ケインは首を振ってみた。麻痺銃にやられると、こんな後遺症が起きるのかもしれない。
「ケイン、きこえるか?」
ケインは身を固くした。その声は、ひとつの方向からきこえてくるような気がするのだ。自分の左の肩の下あたりからきこえてくるようだ。
彼はその方に眼をおとした。上着の左胸のポケットのふたを止めているボタンがあるだけである。
彼は首をちょっと曲げて、ポケットの部分を耳へ近づけた。
「ケイン!」
彼はその声をはっきりと聞いた。それはボタンからきこえてくる。
ケインはそのボタンを顔のほうへひきよせると、小さな声でささやいた。
「この立派な上着をくれるとき、なんでボタンが送受信機《トランシーバー》になってることを教えてくれなかったんだ?」
ディルロの声が無表情に答えた。
「われわれ外人部隊は独得の装備をもっているのだ。ケイン。しかし他に知られることはまずい。いずれおしえてやるつもりだった。お前がわれわれを裏切らないことがはっきりしたときにな」
「ありがとうよ」
ケインが言った。
「それから、おれをカラル人どものところへ残したまま行っちまったことにもお礼を言うぜ」
「おれに礼を言うことはない」
と乾いた声である。
「自分でやったことだ」
ケインはにやりと笑った。
「まあそんなところにゃちがいないな」
「馬鹿なことをやるにもほどがある」
とディルロは答えた。
「明日の朝、お前はひきずり出されて、報復措置として両腕をたたき折られるぞ。それからどんな方法を使ってゆっくりなぶり殺しにされるのかは、おれも知らん」
ケインはボタンを唇にくっつけるようにしてささやいた。
「あんたはわざわざおれを呼び出して、お悔みを言うためにトランシーバーの仕掛けをおしえてくれたのかい?」
「ちがう」
ディルロの声が答えた。
「他に用事がある」
「そうだろうと思った。なんだ、それは?」
「注意してよく聞け、ケイン。たぶん、お前が放り込まれているのとおなじ牢に、ヴォホル人の士官がいるはずだ。その男が必要だ。おれたちはヴォホルへ行くことになるが、そいつをたすけ出してつれていけば、やつらに怪しまれずにすむ」
ケインはうなずいた。
「そんなら、なぜカラル人にじかにかけあわないんだ?」
「やつらは、おれがそいつと話してみたいと言っただけで、怪しみ出したぐらいだ! そいつを連れて行きたいなどと言ってみろ、おれたちがヴォホル側に寝返ると思い込むだろう」
「おれがそのヴォホル人を掻払ったら、怪しまれるんじゃないのか?」
ケインが聞いた。
ディルロは鋭く答えた。
「うまい具合に、おれたちがカラルから出発できさえすれば、やつらが怪しもうとどうしようとかまいはしない。余計なことは言わずによく聞け。なぜお前がそいつをたすけ出すのか、その理由をそいつに知られるとまずい。だからそいつには、お前が気絶しているうちにここへぶち込まれたもので、道案内が必要なのだと言え」
「了解した」
ケインは言った。
「ひとつ言い忘れてるぜ。この独房からはどうやって出りやいいんだ?」
「お前の上着の右側のポケットのボタンは超小型の原子火薬《アトム・フラッシュ》だ。強度は六、持続時間は四十秒。点火栓は裏についている」
とディルロが言った。
ケインはそのボタンの方に眼をやりながら言った。
「そんな結構な仕掛けはあといくつぐらいついているのかね」
「ほんのすこしだ、ケイン。しかし今はだめだ。その二つを使わせてやれるぐらいにしかおれはお前を信用していない」
「そのヴォホル人がここじゃなくて、他のところへ放り込まれているとしたらどうする?」
ケインが聞いた。
ディルロの声はこともなげに答えた。
「そのときは、なんとかしてさがし出したほうが身のためだな。そいつをつれずに脱走してきてみろ、船に乗り込めるなどとは考えるなよ。おれたちはお前を残したままで出発する」
「あんただって」
とケインほ愉快そうに言った。
「スターウルフの本性についちゃ、まだ本当にわかっちゃいないね」
「もうひとつ言っておくことがある、ケイン。もし仕事がうまく成功すれば、おれたちは報酬を受けとりにもういちどカラルに戻ってくる必要がある。だから人を殺したりするな。いいか、もういちどくりかえす。人を殺すな。以上だ」
ケインは立ち上ると、のこっている麻痺感が消えるまで両手両足をしずかに動かしっづけた。それからつま先だって鉄格子へ近づくと、顔をぴたりと押しあてた。
向い側にはおなじような鉄格子の扉がつづき、その通廊の一番向うには椅子にすわった見張りの投げ出した足が見えた。彼はひき退り、そして考えた。
しばらく経ってから、彼は上着のそのボタンを二つとも用心深くとり外した。送受信機《トランシーバー》の方はシャツのポケットに入れた。そして上着をぬぐと、それを鉄格子の床の上へ置いた。
彼はその上着で格子の一本をぐるりと包みこみ、一カ所だけを外に露出させた。そして、ていねいに原子火薬《アトム・フラッシュ》のボタンをその部分に押しあて、一方の手で上着をその上に押しかぶせた。そこで彼はボタンの裏の点火栓を押した。
小さな炎は上着によって掩いかくされ、シューシューというその音は、立てつづけに空咳をたててごまかした。二十秒間押しっづけると彼は点火栓から指をはなした。
細い煙の柱が上着のすきまから立ち昇る。ケインは煙が房間へ流れるように手をばたばたさせた。そうすれば煙は空気抜きから外へと流れ出て、廊下のほうへは伝わらずにすむ。
彼は包みこんでいる上着をとりあげた。格子は灼け切れている。
ケインほ考えた。もう一カ所を灼き切れば完全に格子の一部をとりはずすことはできるが、なろうことなら、それをやりたくなかった。原子火薬《アトム・フラッシュ》はあとでもっと必要になるはずだ。
彼は小さな計器をポケットからとり出すと、それを格子に押しあてながらなにやら測定した。その感じからして、ヴァルナ人としての彼なら十分にその格子を素手でねじ曲げられるにちがいないと判断した。しかし、それをやれば音を立てることになるのも事実である。
あんまり考えすぎないようにしないと、決心がつく前に死ぬような破目になるぞ。ケインはその格子に手をかけると、ここに放りこまれた怒りを一心にこめて、あらん限りの力をかけた。
格子は、金属的な音を立てながら内側へとねじ曲った。
ちょうど人間一人がもぐれるほどのすきまができると、すぐさま彼は外へとび出した。早くしないとすべてが水の泡だ。
カラル人の警備員は、その地球人が信じられぬほどのすばやさ、黒豹のような勢いでおそいかかってきたとき、おもわず椅子から跳ねあがった。
そしてケインに撲り倒されたとき、壁にある非常ベルへ無意識に手を伸ばそうとした。ケインは床にころがった彼の体をさぐってみたが、彼はなんの武器も持っておらず、鍵もない。彼はさっと振り返ると、用心深く眼を廊下の壁へと走らせた。|かくしカメラ《スパイ・アイ》のレンズらしいものは見当らない。おそらく、カラル人たちはそこまでは気を回さず、非常ベルで十分だと考えたのだろう。
そしてまた、おそらくカラル人たちはそんなに多くの住民を牢に放り込んだりしないらしく、大部分の牢は空いたままである。ケインはべつにおどろかなかった。これまで観察してきたことからしても、カラル人みたいなタイプの種族は、罪人を牢屋に放り込むよりは、公衆の中にひき出して処罰や死刑を執行するほうに、より大きな喜びを覚えるのにちがいない。
ひとつの牢には人間型《ヒューマノイド》の原住民がぶっ倒れて、なにやらぶつぶつ言いながら、毛むくじゃらの手を無意識にうごかしていた。体中はコブだらけで、すえたような鼻もちならぬ酒の臭気を放っている。
つづく二つの牢は空だったが、その次の牢には男が一人眠りこんでいた。ちょうどケインとおなじくらいの年格好で肌は白い。黒ずんだ白さではなく、地球人の肌の白さでもない、白子《しらこ》の白さである。髪もうつくしい白をしている。しかしそっとケインに声をかけられて、はっと大きく見開いたその眼は白子ではなく、青く澄んでいた。
彼ははじかれたように立ちあがった。その短い上着はカラル人のものとまったく違っており、その上に士官を示すらしい装具をつけている。
「町の外に出る道を知っているか?」
ケインは銀河標準語《ガラクト》を使って聞いた。
ヴォホル人は眼を大きく見開いた。
「あなたはさっき放りこまれた地球人だな。一体、どうして」
「聞け」
ケインがロをはさんだ。
「牢をぬけ出したんだ。おれはこの罰あたりの町から脱出したい。しかし、おれは意識をなくしている間にここへはこびこまれたもので、ここがどこなのやらさっぱりわからない。もし、お前をそこから出してやったら、おれの道案内ができるか? 道を知っているのか?」
ヴォホル人は口早にまくしたてはじめた。
「わかる、わかる。知っている。やつらは訊問するたびに何度もここから出したり、入れたりした。おれが答えようとしないもので、一服薬を盛っては、あとでここにはこびこんだものだ。しかし道はわかってる。知ってる……」
「それではすこしさがっていろ」
ケインはかがみ込むと、残りの原子火薬《アトム・フラッシュ》を使って格子の根元を灼きにかかった。しかし、完全に灼き切るまでにはいかなかった。
格子の九割が切断されている。ケインは腰をおろすと、両足を他の格子にかけてふんばり、切れかけている格子をぐいとにぎりしめた。そして思わず悪態をつきながら手を離した。格子はまだひどく熱い。
彼はしばらく待って、もういちどさわってみた。もう十分に冷めている。彼は両足をふんばり、あらん限りの力をかけた。惑星ヴァルナできたえられた彼の筋肉ははげしくひきつり、やがてポキッという音とともに、灼け切れかけていた格子の切り口がすっぱりと折れた。しかし彼は、そのまま力を抜かずに引っぱりつづけた。やがて格子はゆっくりと外側に曲りはじめた。ヴォホル人はすばやく外へしのび出た。
「すごい力持ちだな」
彼はまじまじと見つめながら声をあげた。
「そう見えるだけだ」
ケインほとぼけた。
「お前が眼をさます前に、上のほうも一カ所、切っておいたんだ」
ヴォホル人は、さっき警備員がいたのと反対の方向を指さした。
「出口はあっちしかない」
彼はささやいた。
「いつも外側から鍵がかかっている」
「その向うはどうなっている?」
ケインが聞いた。
「カラル人の警備員が二人いる。武装している。内側の一人が出るときは、ドア越しに声をかけるんだ」
男は手早く要点だけを話したがケインは、彼が昂奮に身をふるわせているのに気づいた。
ケインは考えこんだ。外へ出るにはあのドアを開けさせるしかないし、そうなれば何が起きたかを警備員どもが勘づくことになる。
彼はそのヴォホル人の腕をとって、音を立てぬようにさっきの警備員が倒れているほうへつっ走った。そしてヴォホル人を、非常ベルの下へ壁を背にして直立させた。それから今度は意識をうしなっている警備員を抱きあげ、ヴォホル人と向かいあわせに立たせた。
「こいつを支えていろ」
ケインが言った。
あまりもっともらしくは見えないなと彼は思った。意識をうしなっている警備員は背が高かったし、制服をつけたその体は、まるで酔払いでもしたような不自然な形でぐったりしている。しかしその体は壁を背に支えているヴォホル人の姿をかくしているし、ほんの数秒間も相手の眼をくらませさえすればそれで十分なのだ。
「おれが合図をしたら、非常ベルを押してじっと立っていろ」
ケインはそう命じると、ドアのそばへと駈け寄った。
彼は合図を送った。一方の端で非常ベルが鋭く鳴りわたった。一瞬あとに扉が開き、ひそんでいたケインは開いた扉の蔭になった。
それからちょっと間をおいて、二人分の足音が扉を走りぬけた。二人のカラル人警備兵は麻痺銃をかまえて駈け込んではきたものの、さしてあわてはしなかった。扉から中に入ったと同時に内部の見張りについていた警備兵がうしろ向きにつっ立っているのが見えたし、べつに囚人が牢から暴れ出た気配もなかったからである。
ケインは、あらん限りの素早さでその二人にうしろから襲いかかり、手刀で首筋をなぐりつけると、たちまち二人とも動かなくなってしまった。彼はそのうちの一人から麻痺銃をとりあげると、それぞれに一撃をあびせて、しばらくは動けないように手早く処置をした。
廊下を走りながら、立っている例のヴォホル人の姿に彼は思わず笑い出してしまった。ヴォホル人は意識を失った大きなカラル人の体に組みしかれそうになりながら、なんとか抜け出そうとしてじたばたもがいている。ケインはそいつにも麻痺銃を一発発射した。
彼はヴォホル人に向って鋭く言った。
「行くぞ。もう一人のやつの麻痺銃を持って行け」
さっき眠っていたヒューマノイドは、その牢の前を彼が走りすぎたとき、赤い眼をして鉄格子越しにぼんやりとのぞいていたが、ひどい二日酔らしいその様子では、かりにそいつに知性があったとしても、一体なにがおきたのかはさっぱり理解できないにちがいなかった。
「眠ってろよ、毛むくじゃらの兄ィさん」
ケインはそいつに声をかけた。
「おれたちゃこの町に向いていないんだよ」
彼らは、さっき警備兵が駈け込んできた入口から外へ出た。そこには誰もいず、ただ、さらに外へとつづく扉があるだけである。その向うには広い柱廊がつづいていたが、そこにも誰もいない。
みんな寝てしまったのか、市内は静まりかえっている。ケインはどこか下のほうからかすかな笛のような声と、はるか遠くで誰かがわめいている声を聞いただけだった。
「こっちだ」
ヴォホル人がせきたてた。
「中央自走路《メイン・モトウェイ》はこっちだ」
「そいつは使うまい」
ケインが言った。
「そっちにはまだ人がたくさんいるだろうし、体の格好からおれたちはすぐに見破られてしまう」
彼は柱廊をつっ切り、低い柵越しに身をのりだして暗闇の中をすかし見た。
中央にかかる星雲の形はさっきと大きく変わり、惑星カラルは夜明けを迎えつつある。銀色の輝きは薄れ去り、石でできたグロテスクな樋縁の怪物の彫刻が、急峡な崖となったこの都市の斜面へ、黒々とした影のようにつき出している。
各層から水平につき出している樋縁の数は、地上からかぞえて十個ばかりもあるだろうか。彼はすぐに決断をくだした。
「外壁をつたってくだるんだ」
と彼はいった。
「岩の表面は荒れてるし、かなり朽ちている。それにつき出してる樋縁が手がかりになる」
ヴォホル人は、身をのり出して下を見下ろした。そしてこれ以上は無理なほどまるで死人みたいに真っ青になった。
「ついてくるか残るか、好きなようにしろ」
ケインが言った。
「おれにとっちゃたいして変わりはない」
言いながら彼は考えた。こいつを連れて行くか行かないかで変わるのは、おれが生きるか、それとも死ぬかの、たったそれだけのちがいさ……。
ヴォホル人は、ごくりとつばをのみ、ぎごちなくうなずいた。二人は低い柵をのりこえて下りにかかった。
しかしそれは、ケインがはじめに予測したほど簡単なことではなかった。壁面は、ぼんやりした星雲の光で見たほどには朽ちていなかったのだ。彼はへばりつき、つめをひっかけて、やっとのことで最初の樋縁へたどりついた。
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ヴォホル人は、岩壁にべったりとはりつくようにして下りてくる。やっとのことでケインのところへたどりついたとき、彼はもう息もたえだえである。
二人は次から次へと樋緑をつたって、下へとくだりつづけた。次々とあらわれる樋縁の怪物の表情は、ますます奇怪至極なものに思えてくる。五つめにまでたどりついたところで、二人はちょっとひといき入れた。ほのかな白い光の中で、こうして街の壁面にへばりついている二人の姿は、この無気味な怪物の眼に、どんなふうにうつっていることだろうなどと彼は考えたりした。
彼がくすりと笑うと、ヴォホル人はぎょっとなって、恐怖の面持で彼をじっと見つめた。下のほうへ近づくとともに、二人はますます用心をしなければならなくなった。すぐ近くにある市外へと通じる大門のそばには、何人かの住民たちがぶらぶらしているのだ。二人はうす暗いところをえらんで、まるで親友同士のように抱きあいながら、わざと宇宙港へ通じる道は避けて、ただ、そちらの方角へとあるきだした。誰も途中で怪しんだものはなく、二人がたどりつくと同時に宇宙船は出発した。
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6
ヨローリンとなのるその男はディルロのせまい船室の中で必死になって抗議をしつづけた。
「ヴォホルに私をつれ戻すことが不可能な理由など、なにもないではありませんか」
と彼は言った。
「よく考えてみてくれ」
とディルロは言った。
「すでにこの星系で、われわれは悶着をひきおこしている。このあたりで戦争がはじまりかけているというので、われわれは武器を売りつけにやってきた。しかしカラルに着地したとたんに、部下の一人が喧嘩をはじめて逃げ出さねばならない破目になった。しかしこうなるともう、ヴォホルを敵に回したも同然ということだ。だからおれたちはこれから第三の惑星であるジャルナスへ行くつもりだ」
「あそこは半分未開の惑星です」
ヨローリンが言った。
「あそこにはほんの僅かしかヒューマノイドはいません」
「そうか、それならなおのこと、近代兵器を手に入れて喜ぶことだろうぜ、それになにか貴重な交易品があるかもしれん」
ディルロが言った。
ケインは部屋の片隅に腰をおろしたまま、ディルロのおとぼけぶりに感心していた。実に巧妙だ……ヨローリンは絶望に追い込まれている。
「私はヴォホルの旧家の家系のひとつに属していますし、なにがしかの影響力もあります」
と彼は言った。
「あなたがたに迷惑をおかけするようなことはしません。私が保証します」
ディルロはわざと疑わしそうなふりをした。
「そうかねえ、おれはただ、もしなろうことならヴォホルですこしばかり商売がしたいだけなんだよ。そんなら考えてみるか」
そして彼はつけ加えた。
「まあとにかく、ひと寝入りしたほうがよくはないかね。今にもぶっ倒れそうに見えるぜ」
ヨローリンは、体をふるわせながらうなずいた。
「そうします」
ディルロは彼をせまい通路へとつれだした。
「むこうのドゥドのキャビンを使うといい、彼は今船橋勤務についている」
ディルロが戻ってきて腰をおろしたとき、ケインはどなりつけられるものと腹をきめていた。しかしディルロはロッカーのほうへ行き、酒びんを出してきただけだった。
「一杯やるか?」
ケインはちょっとおどろいたが、それを表には出さぬようにうなずき、グラスをうけとった。彼は酒が嫌いだった。
「地球産のウィスキーだ」
ディルロが言った。
「おれはもっぱらこれだ」
彼は腰をおろすと、きびしい眼つきでケインをじっと見つめた。
「ヴァルナという惑星はどんなところだ?」
彼は予想に反してそんなことを聞いた。
ケインはちょっと考えた。
「大きな惑星さ。そんなに豊かな惑星じゃない……すくなくとも彼らが宇宙飛行をはじめるまではそうだった」
ディルロはうなずいた。
「地球人がやってきて、恒星船のつくり方をおしえてくれて、みんな銀河へと解放してくれるまでは ー だな」
ケインは微笑した。
「そいつはずっと昔のことだけど、おれも聞いたことがある。ヴァルナ人たちは、まるで子供でもだますみたいに地球人をひっかけたんだ。やつらは地球人に向って、自分たちが望んでいるのは、地球人同様、他の惑星との平和な交易だけですとな」
「それ以来、スターウルフなんぞというやっかいものを背負いこむ破目になったわけだ」
とディルロが言った。
「ただの一回でいいから、各星系同士がお互いの間のもめごとをすっぱり解消できさえすりゃ、みんなで手を組んでヴァルナ人どもを一人のこらず退治できるんだがなぁ」
ケインは首をふった。
「そいつは、そうあっさりとはいかないと思うぜ。早い話が加速のgひとつだって、どこをさがしたところでヴァルナ人くらい頑張りのきく種族はないそうだからな」
「しかし銀河連合の宇宙艦隊がのりこみさえすりゃ……」
「それにしたってらくじやあるまい。あのあたりにゃ、強力な星系がたくさんある。われわれヴァルナ人はそこを襲撃したりはしない。そして、われわれの戦利品と向うの産物との交易をやってるんだ。連中はおれたちに感謝してるし、もしも外敵がやってくりや黙っちゃいないだろう」
「恥しらずなやり口だが、そんなことはヴァルナ人にとってなんでもないんだろうな」
ディルロがうなるように言った。
「連中はぜんぜん宗教を持っていないと聞いたことがある」
「宗教かね?」
ケインは首をふった。
「ぜんぜんないね。おれの両親がヴァルナへ行ったのはそのためだが、布教をする余地なんかぜんぜんなかった」
「宗教もなく、倫理もなく、か」
とディルロは言った。
「しかしお前たちにもなにか法らしいものや、規則みたいなものはあるようだな、とくに掠奪に出かける時などは」
ケインはディルロの腹が読めてきたが、ただうなずいて、こう答えた。
「ああ、あるとも」
ディルロは自分のグラスに酒を注いだ。
「お前に言っときたいことがある。ケイン。地球もまずしい惑星だ。それで住民の大部分は、生きるために宇宙へ出て行かねばならん。おれたちは掠奪こそやらんが、あちこちの星系の人間が自分たちではやりたがらないような汚い仕事や手荒な仕事を全部ひきうける。
おれたちはやとわれ者だ。しかしおれたちは独立している……おれたちはひとまとめになって動いたりはせん。誰かが、外人部隊に仕事をたのみたいと思い立つと、そいつは外人部隊のリーダーとして知られているやつ−−たとえばおれのところへ話をもちこんでくる。リーダーは持ちこまれた仕事にいちばんふさわしいやつをえらび出して、宇宙船一隻分の乗組員を編成する。仕事がおわって報酬が分配されると、そのグループは解散だ。おそらく次の仕事にかかるとき、その顔触れはまったく別のものだろう。
おれが言いたいのはこういうことだ」
と、彼はケインの顔をじっと見つめながらつづけた。
「仕事をいっしょにやっている間、それぞれの隊員の命は命令に服従することにかかっているということだ」
ケインは肩をすくめた。
「よく考えてみてくれよ。仕事のことについちゃなんにもおれは聞かされてないんだぜ」
「聞かされていなくても、一丁噛んでいることに違いはあるまい」
ディルロは鋭い口調で言った。
「お前は、自分がスターウルフだということでのぼせあがっているな。はっきり言っておく。お前がおれと行動をともにする限り、お前は飼い馴らされたおとなしい狼でいなければならん。おれが待てと命令したらいつまでも待つんだ。おれが攻め! と命令したときだけ噛みつくのだ。いいか、わかったな?」
「あんたの言うことの意味はわかったよ」
ケインは用心深く答えた。しばらく経ってから彼は聞いた。
「ヴォホルに着いてから、どんな段取りで仕事をするのか、おれにも教えてもらえるかね?」
「教えてやれる」
とディルロが言った。
「向こうについてからこのことについてしゃべったりしたら、命はないものと思え。ヴォホルには寄港するだけだ、ケイン。おれたちが向かう先は星雲の中のどこかだ。ヴォホルの連中は、星雲のどこかで兵器だかエネルギー源だかを手に入れたらしい。カラル人どもはそいつにおびえ、破壊したがっているんだ。おれたちがやとわれたのはそのためだ」
彼はちょっとひといきいれて、それから言葉をつづけた。
「もちろん星雲へ直行して、何年がかりで遮二無二さがしまわってみることもできる。しかしまずヴォホルへのりこんで、ヴォホル人を使ってその場所へ案内させるのが得策だ。しかしかなり用心が必要だ。それに、もしもこっちの手の裏を知られたひには、こっちの首根っ子をとらえられたも同然だ」
ケインはその話に聞きいった。彼はそこに危険の香りを嗅いだ。それは、彼が物心ついて以来、はじめてヴァルナ人たちの掠奪に加えてもらったあの時から、彼の生活にいつもつきまとっていたものなのである。危険こそは彼の好敵手、そいつを打ちまかせば、たんまりと掠奪晶が彼のものとなり、もしもそいつに負ければ死が待っているのだ。しかしその好敵手と出会わぬ限り、彼はただ、倦怠にとりつかれるだけのこと、そう、彼はこの船に拾われて以来、その倦怠になやまされつづけていたのである。
「なにがきっかけでカラル人どもは、ヴォホルの兵器に勘づいたんだろう?」
と彼は聞いた。
「ヨローリンか?」
ディルロはうなずいた。
「ヨローリンは彼らにむかって、ヴォホル人が大変なものを手に入れたとしゃべりはしたが、それがどんなものなのか、やつも知らなかった。しかもヨローリンは、自分でそれをしゃべったこともぜんぜん知らない……やつは一服盛られて、意識をなくしているうちに聞き出されたんだ」
ケインはうなずいた。
「それであんたは、間もなくヨローリンに、ヴォホルへ向かうように説得されてしまうという段取りになってるわけだな」
「そうだ」
とディルロが言った。
「やつはそんなに苦労せずに、おれをくどきおとせるはずだ。願わくば、そこを出発するときもあっさりいってほしいもんだ!」
ケインが乗員室に戻ってみると、そこには男が四人いるだけだった。宇宙空間を航行中、外人部隊の隊員たちは、乗組員としての当直勤務につくのである。四人は寝棚《バンク》に腰をおろしてなにやらしゃべりあっていたが、彼が入って行ったとたんにぴたりと話をやめた。
ボラードはまんまるなその顔を彼の方へ向けると、独得の舌っ足らずの口調で話しかけてきた。
「よう、ケイン……町じゃたのしかったか?」
ケインはうなずいた。
「ああ、面白かったぜ」
「そいつはよかった」
とボラードは言った。
「なあ、そう思わねえか、みんな?」
ラトレッジはケインをにらみつけただけで、何も言わなかったが、ピクセルはとりくんでいる小型計器から眼もあげずに、本当によかったとものうげな声を出した。
生皮《ローハイド》の服を着たのっぽのセッキネンは、陰気な眼つきで彼を見たが、とぼける気はなさそうだった。彼は大声でケインに言った。
「お前は船に残れと言われてたんじゃねえのか。命令を聞いたろう」
「いやあ、ケインは別よ、やつはちょいと別扱いなんだ」
とボラードがとりなした。
「やつはなんか特別の腕があるらしい。さもなきゃ、浮遊隕石の間をとびあるいてる隕石ヤマ師なんぞを、一人前の外人部隊の隊員に入れるわけァない」
ケインははじめから、自分が仲間に入ったことを彼らが憤慨していることに、ちゃんと気づいていた。しかし、もしも連中が彼の正体を本当に知ったとしたら、いったいどんな騒ぎになることだろう……。
「いっときたいのはこのことだけだ」
ボラードが彼に言った。
「お前がいい気になって暴れたりすると、カラル人が逆上して、おれたちまで命が狙われるような破目になりかねねえということだ。なにをしでかしたのか、くわしいことは知らんが……」
「わるかったと思ってるよ」
ケインは微笑をつくりながら言った。
ボラードは彼をにらみつけた。
「そのほうが身のためだぞ。はっきり言っておく。もう一度あんな騒ぎをひきおこしてみやがれ、わるかったなんぞと考えるひまもねえうちにプチ殺してくれるから覚悟しておけ」
ケインはなにもいわなかった。彼は、外人部隊の隊員の互命がお互いの行動に依存しているというディルロの言葉を思い出していたので、この、舌っ足らずの口調でまくしたてる警告は、真面目なものであることがよくわかっていた。
これらの地球人の連中はヴァルナ人とまったく違うが、別の意味できわめて危険なものになり得るのに、そのことはまったく知られていないと思った。しかし今は何も言わないほうが身のためだと考えたケインは、そのままベッドに入って寝てしまった。
彼が目をさましたとき、宇宙船は惑星ヴォホルへの進入経路に入っていた。彼は何人かの隊員たちといっしょに船首へ行き、舷窓から眼下の惑星表面の光景に見入った。表面にただよう雲の間から濃紺をした大洋や、線色の大陸の海岸線をくっきりと見ることができた。
「地球によく似ているな」
とラトレッジが言った。
ケインは「そうかい?」と言おうとしたのだが、相手にからむようにとられたのではつまらないと思って黙っていた。
進入経路にそって船の高度がぐんぐん下って行ったとき、ピクセルが言った。
「あの都市は地球のどの都市とも似てないな。まあ、せいぜいヴェニスくらいか。あそこを五十倍も大きくしたくらいのところだな」
船が降下して行くにつれ、のっぺりと見えていた海岸線に、無数の島が散らばっているのが見えはじめた。海は、その島々の間に無数の水路となって食い込んでおり、島の上にはさして高くはないが、真っ白な建物がびっしりとひしめきあって都市を形づくっている。そんな海岸線からすこし内陸へ入ったあたりの、小高いところへ中ぐらいの大きさの宇宙港があり、そのまわりに見える白い建物の列は倉庫か工場地帯らしい。
「カラルよりは発達してる惑星だ」
ラトレッジが言った。
「見ろ、すくなくとも自前の恒星船を六隻は持ってる。惑星間用の宇宙船はごろごろしているぜ」
船が接地してエアロックが開くと、さっそく入ってきたヴォホル人の係官へむかって、ヨローリンがヴォホル語でまくし立てた。
ヴォホル人の係官たちは、うたがわしそうなそぶりを見せた。そのうちの一人は、ヨローリンがリーダーだと指さしたディルロへ向かって、銀河標準語《ガラクト》で話しかけてきた。
「武器を持っているのか?」
「武器の見本を持っている」
とディルロが訂正した。
「なんでそんなものをヴォホルへ持ちこんできた?」
ディルロは怒りの表情を見せた。
「おれたちは、あんたたちの友だちのヨローリンをここへつれてきてやっただけのことだ! もしもそのついでに商売ができればと思っただけのことだ」
係官はうやうやしい態度ながら、ぜんぜん信じようとはしないので、ディルロは辛抱強く説明をくりかえした。
「われわれは外人部隊で、ただ、生計を立てることしか考えちゃいないよ。なんでもこの星系で戦争が起りかけてると聞いたもんで、最新型の武器の見本をもってきただけだよ。こんなことなら来るんじゃなかったよ! カラルにも行ったんだが取引きの話をはじめる前に、こっちの若いのが現地人と悶着をおこしたのを理由に追っばらわれる始末さ。あんたがたが、おれたちの提供しようってものを見たくないというんなら、それはそれでいいさ、とにかくべつに警戒することはないよ」
ヨローリンが、またもやなにか早口のヴォホル語で係官へまくし立てると、やっとのことで係官がうなずいた。
「よくわかった。着地は許可する。しかし船のまわりには警備兵を配置する。積荷の兵器はいっさい下ろしてはならん」
ディルロはうなずいた。
「よろしい、了解した」
それから彼はヨローリンへ向かって言った。
「新兵器の買入れに関係している政府筋の人間と連絡をとりたい。誰かいるか?」
ヨローリンはちょっと考えた。
「スランダリンがいいでしょう……私がすぐに連絡をとります」
ディルロは言った。
「ここで待っているから、もしも先方がおれと会いたがったら連絡してくれ」
彼は隊員たちのほうをぐるりと見まわした。
「ここに停泊している間、自由に外出してよろしい。お前は別だぞ、ケイン……おまえは外出禁止だ」
ケインはそのことを予想していたが、他の連中はその申し渡しに満足げな笑いをうかべた。しかし、その言葉を聞いたとたん、ヨローリンはさっそく長ったらしい抗議をはじめた。
「ケインは私を助けてくれた人です」
とヨローリソはがんばった。
「私は家族や友だちに彼を紹介したいのです。私はそれを断固主張します!」
ケインはディルロの顔にいらだちと困惑の表情があらわれたのを見た。そして心の中で苦笑したように感じたが、それは彼の顔にまではあらわれなかった。
「よし」
ディルロは苦々しげに言った。
「そんな希望があるのならしかたがない」
警備兵が到着するまでは下船を許可しないと係官が言うので、それを待つ間に、ディルロはケインとひそかに話しあうきっかけをとらえた。
「なんのためにここへ来たかはわかっているな、星雲のどこで、なにが起きかけているのかをつきとめるためだ。聞き耳をたてておけ、こっちから積極的に聞いたりはするなよ。それから、ケイン」
「……?」
「おれは、ヨローリンが心から感謝しているとは限らないと思っている。お前のロから、おれたちのことを聞き出そうと企てることも十分に考えられる。油断をするなよ」
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みんなかなり飲んで陽気に騒いでいたが、ひどく酔っ払っているのも二人ほどいた。三人の娘と四人の男とそしてケイン、いともたのしげに打ち騒ぐ彼らをのせた|水上ソリ《スキムマー》は、星雲の白々とした光をうけて、混み合う水路をゆっくりと進んで行った。
ヨローリンがうたう陽気な歌の意味は、ケインのとなりにすわったラニアとかいうような発音の名を持った娘が、いちいち訳して説明してくれた。それは恋とか花とかなんとかいった、およそケインなどが考えもしないような事柄を歌ったものらしかった。惑星ヴァルナで歌といえば、それは掠奪か合戦の歌であり、銀河全体に待ちうける危険を衝いて財宝を故郷へもちかえる歌である。しかし彼は、このヴォホル人や、この赤色巨星の一番外側に位置する惑星が気に入っていた。ここは快適な熱帯の風土であり、カラルのようにからからに乾ききっていないのだ。
やがて水路の船影はまばらとなり、かすかなそよ風は両岸に植えられた木々に咲く花の香りをやさしく運んでくる。この島々は、ヴォホルの都市のレジャー地区である。びっくりするほど気取った別宅でヨローリンの親や友人たちと会ったあとに開かれたパーティのつづきでここにやってきたため、ケインは他の場所がどんなふうになっているのかはぜんぜん知らなかった。
彼はディルロの命令通りに耳をすましてはいたが、これまでのところ役に立ちそうなことは、なにひとつとして拾えなかった。
「ここには、あまり地球人の方はおいでになりませんのよ」
ラニアが言った。彼女は銀河標準語《ガラクト》を上手に話す。
「ほんのときどき、交易商人がやってくるだけ」
「おれたちはどうだね。ご感想は?」
ケインは、自分が地球人に見なされたことにほろにがさとおかしさを感じながら彼女に聞いた。
「みにくいわ」
彼女は答えた。
「髪に色がついてるんですもの。あなたみたいな黒い髪だって。顔の色だって赤いか、赤茶けてるかでしょ、白じゃないんですもの」
彼女はちょっとためいきをついてみせたが、その微笑は、彼をみにくいなどとはこれっぱかしも考えていないように見えた。
彼はとつぜん、ヴァルナやグラアルのことを思い出した。そしてそこで会った何人ものとびきりうつくしい娘たちは、うつくしい黄金色の体毛に包まれている自分にくらべて、彼の体に毛が生えていないといって馬鹿にしたものだった。
やがて|水上ソリ《スキムマー》は陸に近づき、彼らはまばゆい灯火とはなやかな音楽に包まれながら上陸した。
ここは、いってみれば娯楽機関の市場みたいなもので、こぢんまりとした建物や、花がいっぱいに開いた木々などが七色の光に照らし出され、人々は三々五々、いともたのしげにあるきまわっている。ヴォホル人たちは、その真っ白な体や髪をほこらしげに、さまざまな色をしたひざまでの衣をつけてめかしこんでいた。
炎のような色の巨大な花をつけた木々の下に席をとった彼らが、ふたたびいい香りを放つヴォホルの酒を飲みはじめると、ヨローリンは拳骨でテーブルをひっぱたきながら、昂奮の面持でケインへ話しかけてきた。
「いつの日か、おれも、あんたみたいに星の海へととび出すんだ。あんなヨタヨタのケチな惑星船じゃなくって、本格的なやつで、ね!」
彼の顔はまっかである。そのとたんケインは自分もこんなに赤いのかと気になって、用心しなければならないぞと思った。
「そいつは結構。なぜすぐやらないんだ?」
彼はヨローリンに聞いた。
「ヴォホルには恒星船があるだろう。宇宙港で見たぞ」
「たくさんはない」
とヨローリンは言った。
「それに乗り組むには、優先順位があるんだ。しかし、いつかおれも乗るぞ、いつか……」
「ねえ、そんな星のお話なんかやめて、もっとおもしろいことしましょうよ」
ラニアが言った。
「さもないとあたし、ケインと二人でどこかへ行っちゃうわよ」
彼らは立ちあがり、あたりのみせもの小屋をひとつひとつのぞいてみたりした。万華鏡のようなはなやかさだ。手品師の.ハッと投げた種がみるみるうちに芽を出し、葉が伸び花が咲くのに見とれたり、酒を飲んだり、踊りを見たり、また酒を飲んだり……
最後の酒場に入ったときである。天井の低いその店は、真録の器の中で燃える火が細長い室内を赤々と照らし出していたが、部屋の奥のほうを見たとたん、ヨローリンがだしぬけに大声をあげた。
「ピャムだ! 何年ぶりかで見たぞ! 行ってみょう、ケイン。こいつはあんたも見ておいたがいいと思うぜ」
彼がケインをつれて歩き出すと、他の仲間もガヤガヤ騒ぎながらついてきた。
ずんぐりと太ったヴォホル人が、テーブルのそばに坐っていたが、そのテーブルの上には彼の腕とはそい鎖でつながれた生物がのっていた。それは黄色の蕪のようで、二本の小さな足が生えており、体の上部は首がないままに先のとがった頭となって、まばたきする二つの小さな眼と、赤ん坊のような小さな口がついていた。
「こいつは銀河標準語《ガラクト》をしゃべるかい?」
とヨローリンが聞くと、鎖をにぎっているそばの男はうなずいた。
「しゃべりまさァ、お蔭さんでこいつァ他の惑星でもがっぽりかせいでくれましたぜ」
「なんだ、この化け物は?」
ケインが聞いた。
ヨローリンがくすりと笑った。
「こいつは人間には属していないんだが、なんとなく形が似ているだろう。この惑星の森の中にごくわずかばかり住んでいるんだ……こいつは知能を持ってるが、それといっしょに大変な能力を持ち合わせてるんだよ」
彼はヴォホル人にむかって言った。
「ピャムの能力をおれの友だちに見せてやってくれよ」
ヴォホル人が、その生物に向ってなにやら話しかけた。するとそいつはくるりとケインのほうを向き、なにかびっくりしたように眼をぱちぱちとしばたたかせた。
「おお、そうとも」
そいつはまるでオームのような無表情な声で言った。
「おお、そうとも、あたし、おぼえていること見ることできる。あたし見える、金色の髪した男たち。小さな宇宙船。見なれない惑星のほうへとばして行く。みんな笑ってる。おお、そうだ、あたし見える……」
ケインはギョッとなった。この、ピャムとかいうやつが持っているという奇怪な能力の正体に気がついたからだ。こいつは人の心や記憶を読みとっては、そのキイキイ声でしゃべり立てるのだ。こいつはすぐに、おれの首が吹っ飛ぶ秘密をあらいざらいぶちまけてしまうぞ!
「こいつはどんな仕掛けになってるんだね?」
ケインはわざと大声で割って入った。彼はヴォホル人に向って話しかけた。
「こいつはテレパシーを使ってるのかい? もしそうなら、ひとつ、今おれが考えてることを読んでみてほしいもんだな」
彼はピャムのほうに向き直るとその顔を見つめながら、心の中で、あらん限りの激しさをこめて考えた。
これ以上おれの心を読んでみろ! すぐに殺してやるぞ! たった今、殺してやるぞ!″
彼は全身全霊をこめて、その考えに神経を集中した。
ピャムは眼をパチつかせた。
「ああ、そうか、よくわかる」
そいつはキイキイ声を立てた。
「ああ、そうか……」
「わかるか?」
とヨローリンが言った。
彼は眼をパチつかせながら、ケインの顔をじっと見た。
「ああ、そうか、なにも……なにも、なにもわからない。なにも」
ピャムの持ち主は、ひどくおどろいたようだった。
「こいつがやりそこなったのははじめてですぜ」
「たぶんそいつの能力は地球人にきかないんだろう」
言いながら、ヨローリンは笑い声を立てた。
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彼がその男に金を渡すと、みんなはいっしょに歩きはじめた。
「ごめんよ、ケイン、あんたが面白がるだろうと思ったんだが……」
本当か? ケインは心の中でつぶやいた。それとも、お前があの化け物を用意しておいて、おれをそこへ連れこんで、こっちの腹をさぐるつもりではなかったのか?
彼は疑惑に身を固くした。そしてディルロの警告を思い出した。そのことをすっかり忘れていたのである。
しかし彼はそのことをまったく顔には出さずに、ヨローリンとテーブルに戻り、また、他の連中といっしょに飲んだり騒いだりした。彼はしばらく考え、それから、さりげなく部屋の中を見回すと、すばやく決心した。彼はぐいぐいとピッチをあげて飲みはじめ、それをわざと人目につくようにやってのけた。
「飲みすぎよ、あなた」
ラニアが言った。
「さもないとつぶれてしまってよ」
ケインは彼女に笑いかけた。
「星と星のスキ間には酒の気がぜんぜんなくってね、人間はすっからかんに乾いてるのさ」
彼は飲みつづけ、やがて、ひどく酔っ払ったふりをしてみせた。ちょっと頭痛はするが、ぜんぜん酔ってはいなかった。そして店の向うの隅に坐っているヴォホル人とピャムから眼をはなさなかった。何人かの客がやってきてはまわりをとりかこみ、ビャムはなにやらキイキイ声を立てていたが、やがて彼らは銀貨を渡して行ってしまった。
ずんぐりしたその男はピャムを抱きあげると、まるで太りすぎの赤ン坊でも運ぶように小脇にかかえて店から出て行った。彼はケインが期待したとおりに裏口のほうから出て行ったのだ。
ケインは数秒間だけ待つと、よろよろと椅子から立ち上った。
「すぐに戻る」
彼はもごもごとそういうと、あぶなっかしい足取りで、トイレにでも行くようなふりをして歩きだした。
ヨローリンが笑いながらしゃべっているのがきこえた。
「お客さんは、ヴォホルの酒を軽くお考えだったようだな」
ケインは部屋の隅まで行くと、さっと振り返って、誰も自分のほうを見ていないことをたしかめた。そしてすばやく裏口から真っ暗な通りへとしのび出た。
うすくらがりの中に、彼はあのずんぐりとしたヴォホル人が歩いて行くうしろ姿をみつけた。彼は足音を立てぬように爪先で立つようにしながら、大またで彼のあとを迫った。だが、ピャムがすぐに彼の気配を感じとったらしく、カン高いキイキイ声をあげた。男はさっと振り向いた。
ケインの拳骨が、男のあごにぴたりと炸裂した。彼は力に手加減を加えておいた。つまらないことかもしれないが、ディルロのところへ戻って人を殺してきたなどと言いたくなかったからである。
男は鎖につないだままのピャムもろともにぶッ倒れ、ピャムはキイキイと恐怖の叫び声をあげた。
しずかにしろ。声を立てるな、そうすればなにもしないから″
ケインは心の中で言った。
その生物は声を立てなくなり、すくみ上った。小さなその足までがちぢみ上っている。
ケインは、ぶッ倒れている男の手から鎖の端をとりはずした。そして彼は、その男の体を建物と建物との問のうす暗がりの中へひきずり込んだ。
ピャムは、すすり泣くような小さな声をたてた。ケインは、とんがったその頭をやさしくたたきながら思った。
なにもしないから安心しろ。おしえてくれ、お前の主人は、誰かにたのまれてこの酒場にお前をつれて行ったのか?″
「はい、そうです」
ピャムは言った。
「金のかけらもらって、はい、そうです」
ケインはちょっとの間考えてから、心の中で聞いた。
お前はすこしはなれたところから人の心を読めるか? たとえば、部屋のすみからすみなどはどうだ?″
ピャムのキイキイ声は、自信にみちたしゃべり出しだったが、ちょっとあぶなっかしそうな感じだった。
「はい、できます。顔、見さえすれば」
小さい声でしゃべれ″
ケインは心の中で言った。
ささやけ、大きな声は出すな″
ピャムを小脇にかかえて、さきほどの酒場の裏口へ戻ると、こっそりとドアをほそめに開いた。
むこうの部屋の奥のテーブルにすわっている男だ″
と彼は心の中で言った。
おれが今見ている男だ″
そして彼はヨローリンをじっと見つめた。
ピャムは、チューチューいうような小さな声でさえずりはじめた。
「そうです……ケイン、計略勘づいたかな? しかし……なぜいったい……そんな素振りぜんぜん……計画、しくじったこと、スランディリンに報告しないと……こちらの正体つきとめられなかったことを……チャンスがつかめない……ケインなにをやってるのだろう…………気分わるいのかな?……ちょっと見に行ったほうが……」
ケインはそっとまた暗がりの中へ戻った。ピャムは不安そうに眼をしばたかせながら、彼を見つめている。
お前は森からきたとみんなが言っていたな″
ケインは思った。
森へ帰りたいか?″
「はい、はい、その通り!」
ここで逃がしてやったら、一人で帰れるか?″
「はい! はい! はい! はい! はい!……」
よしわかった″
ケインは心の中で言った。そして細い鎖をはずすと、ピャムを地面にそっと置いた。
よし、さあ、行っていいぞ、ちび公″
ピャムは、よちよちと小走りに暗がりの中へ姿を消した。なにかケチがつきそうになったら、テレパシーですぐに勘づくから、うまく帰りつけるだろうとケインは考えた。
彼はふりかえり、扉のほうへ戻った。ヨローリンは、彼のことをひどく心配しているし、彼としても、そのすてきな友人を待たせつづけるべきではないのだ。
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8
その大型恒星船は、宇宙港をめがけて堂々たる威容を見せつけるように降下してきた。そして、星雲の放つ白い光に船体を輝かせながら、ちょっとの間、宙空に静止したようにみえた。
それからふたたび降下をはじめ、ヴォホル宇宙軍専用の離着区域へ進入していった。
外人部隊たちの小さな宇宙船の航法室の中では、ディルロとレーダー手のピクセルとがお互いにおどろきの顔を見合せていた。
「ありや軍用船じゃない。普通の貨物宇宙船だ。軍用区域ん中で、なにをやってやがるんだろ?」
「ドック入りだな」
とディルロはいいながら、ピクセルの肩越しに走査機《レーダーグラフ》と表示面のほうへかがみこんだ。
「五十度のコースで入ってきましたぜ」
ピクセルが言った。
ディルロはうなずいた。計器板のほのぐらい照り返しに、彫りの深い彼の顔がやつれてみえる。
「ということは、星雲からきたのではないということだな……」
「やつがまわり道をせずに進入してきたとすりやあね」
「おれもそれを今言おうと思っていた。おそらく行きも帰りもコースを変えて、あとをつけられないような手を打っているにちがいないな」
「たぶんね」
ピクセルが言った。
「それはそれで手掛りにならあ……しかし、あんまり考えすぎるのもまずいかもしれねえ。とにかく、やつらがすんなり入ってきたと仮定してかかったほうがいいんじゃないですか? おれはそう思うな」
「同感だ。普通の貨物宇宙船が警戒厳重な軍用区域へ大ッぴらに舞い下りたってんだから、なにかあることは間違いない。もちろん、ぜんぜん見当違いな用件かもしれないが……しかしもしも本当に星雲のどこかから、なにかを持ち込んできたのだとしたら、当然、軍用区域に入るだろうからな」
彼は立ちあがった。
「船の出入りのコースをぜんぶ|追ってみて《トラッキング》おいてくれ、なにか。パターンがはっきりするかもしれない」
身動きもできぬような航法室から出た彼は、書類倉庫へおりて行った。もっとせまい部屋である。彼はそこから、船に積んである見本の兵器の仕様書や価格表や在庫表などをとり出した。この惑星にやってきて新兵器のことをいくら切り出しても、誰ひとり積極的な興味を示すものはいない。もしも本当に彼らが、なにかその物凄い|もの《ヽヽ》を星雲のどこかでみつけ出したとすれば、ディルロたちの提供しようとする兵器など無用のものにすぎなくなるわけだ。だがそれはそれとして、もしも相手に求められたとき、いつでも応じられる態勢にだけはしておく必要がある。
それからしばらくしてのことである。ラトレッジがきてくれというので、ディルロはそのマイクロフィルムのスプールをポケットにいれたまま、エアロックへ昇って行った。ラトレッジが外を指さした。大型のソリ − 地上走行用の車も持っている水陸両用車 − が宇宙港を横切って、こちらへと接近してくる。
ヴォホル人の士官が一人と私服が一人、そして武装兵が数人ソリからとび降りると、彼らの宇宙船へ近づいてきた。私服の男は中年のずんぐりした男で、そのしぐさからしてかなりの権力者らしい。彼はディルロのところへやってくると、つめたい目つきで彼をじろじろと見た。
「おれはスランディリンだ。政府のものだ」
と彼は言った。
「宇宙港の管制塔は、君たちがレーダーを使用中だと報告してきた」
ディルロはぎょっとなったが、表情は変えず、何食わぬ口調で答えた。
「もちろん使ってる。ドック入りしている間にはいつもレーダーの調整をやるんだ」
「まことに残念ながら」
とスランディリンは言った。
「ここに停泊中、君たちには下船してもらい、必要な場合のみ警備兵つきで船に戻ってもらうことになる」
「ちょっと待ってくれよ」
ディルロは腹だたしげに言った。
「そんな無茶な話があるか……こっちはただ、レーダーの調整をやっただけなのに」
「それで、われわれの軍用宇宙船の動きを追尾《トラッキング》することもできるわけだ」
スランディリンがきめつけた。
「われわれは、目下カラル星系と戦闘状態にあるから、わが国の宇宙船の動向はいっさい秘密なのだ」
「カラル星系との戦争なんて知っちゃいない」
とディルロが言った。
「おれは金のことしか眼がないんだよ」
それはまさにそのとおりであった。彼はポケットからマイクロフィルムのスプールをとり出すと、それを相手に見せた。
「おれはここに兵器を売りきたんだ。そいつを誰がどの相手に使おうと、そんなことはおれの知ったことじゃない。カラルの連中はあっさりノーと言って、おれたちを追い出しやがった。とにかくあんたがたヴォホル人も、あっさりしてほしいんだよ。兵器を買うつもりなのか、買わないつもりなのかをね」
「その問題は、目下検討中だ」
スランディリンは答えた。
「官僚的だなあ。ときどき他の星系でもお目にかかることがある。どのくらい待てばいいのかね?」
相手のヴォホル人は肩をすくめた。
「決定がおこなわれるまでだ。とにかく、君たちは一時間以内にこの船から退船してもらう。宇宙港業務区画には宿屋がいくらもある」
「そんな馬鹿な!」
ディルロが大声で言った。
「おれは退船しないぞ。すぐに乗組員を呼び戻して離陸する。遠くなって行くヴォホルの全景だけは、かなり素敵な思い出になるだろうて」
スランディリンの声は、一段とひややかさを加えた。
「目下のところ、離陸許可を出すわけにはいかない……すくなくとも数日間は、な」
ディルロは、あたりにひしひしと張りめぐらされている網を感じないではいられなかった。
「戦時下であろうとなかろうと、あなたがたには、この星系を離脱しょうと望んでいるわれわれをひきとめる法的な根拠はないほずだ」
「それは君のほうの理屈にすぎん」
スランディリンは言った。
「われわれのほうには、この星団に侵入したスターウルフの一団がわが星系の近くに接近しているという情報も入っている」
ディルロは本当におどろいた。彼は、ケインの仲間たちがなまなかなことではケインを追うことをあきらめないだろうという彼自身の言葉を、すっかり忘れてしまっていたのである。
しかし一方で、明らかにスランディリンは彼らをここにひきとめる表向きの口実として、スターウルフのことを利用している。しかし彼はヴォホル人の冷酷な顔を見ながら、ひとつまちがうとこの計画全体を危険におとしいれることになりかねないなと感じた。
彼はとっさに考えた。相手の命令を撤回させる可能性はない。無理に抵抗すれば、最悪の事態をひきおこすことになりかねない。そしてそれは、彼らの疑惑を深めることにしかならない。
「よし、わかったよ」
彼は苦々しげに言った。
「まったく不合理なことだと思うがね、自分たちの船を見張りも残さずに置き放しにするというんだからな……」
「それは保証する」
スランディリンはすかさず言った。
「この船には四六時中警備兵をつける」
その言葉には逆に警告も含んでいる、とディルロは思ったが、べつに何も言わなかった。彼は船内に戻ると、居残っていた連中を呼びあつめて事情を説明した。
「身の回りのものを持って行ったほうがいい」
と彼はつけ加えた。
「二、三日、(|お星様通り《スター・ストリート》)ですごすことになりそうだ」
(|お星様通り《スター・ストリート》)という正式の地名があるわけではない。宇宙船のりたちが、面自半分にどこでも宇宙港のまわりの通りをそう呼ぶのである。ヴォホルの(|お星様通り《スター・ストリート》)も、これまでディルロが歩いてきたあちこちの惑星のそれと大した変わりはなかった。
そこには、まばゆい灯りと音楽と酒と食べものと女たちがあふれている。いわば騒々しいばかりの盛り場なのだが、べつに悪徳めいたやましさはない。というのも、たいていの惑星の住民たちは、ユダヤ−キリスト教的倫理などというものを聞いたことがなく、したがってこの喧騒の巷が罪深いものだなどとは、最初からこれっぱかしも考えていないのである。しかしディルロは、他の連中をひきつれたまま宿さがしに忙しく、のんびりとそんな雰囲気をたのしむ余裕はない。
白っぽい緑色の肌をしたかわいい娘が、眼をきらきらさせながら店先から呼びかけた。店の奥にいる女たちには、さまざまな肌色、そしてすくなくとも三種の異なった形をしたのがいる。
「よってらっしゃいな、地球のお兄イさんたち! たのしいわよ、ここには九十九のたのしみがあってよ! よってらっして!」
ディルロは首をふった。
「おれはだめだよ、おかみさん、おれは百番めのたのしみをさがしてるもんでね」
「なんなのよォ、百番めのたのしみって?」
ディルロは重々しい口調でわざと言った。
「静かな部屋にゆっくりと腰をおろし、ためになる本を読むことさ」
そばをあるいていたラトレッジがげらげら笑いだすと、女は銀河標準語《ガラクト》で悪態をたたきはじめた。
「このクソ爺い!」
彼女は金切り声をたてた。
「死にそこないの、しなびたクソ爺いめ! とっとと棺桶にとび込みやれ! このおいぼれが!」
ディルロは騒々しい大通りのうしろから、なおも追いかけてくる女のわめき声を聞きながしながら、肩をひょいとすくめた。
「よくはわからんが、あの女の言ってるのは本当だな。おれは自分でもとしをとったと思うよ。世の中がたのしくなくなってきた」
間もなく彼は清潔そうで値段も手頃な宿屋をみつけた。大部屋はうすぐらく、誰もいない。泊り客たちは、ディルロがさっき断ったたのしみとやらを実地に体験しにでかけたらしい。彼は他の連中といっしょにひといきつくと、ヴォホル産のブランデーをとりよせ、それからラトレッジに向かって言った。
「お前は船に戻れ。船の中には入れてくれんだろうが、近くで待って、上陸した連中が戻ってきたら、ここにいることを知らせてやってくれ」
ラトレッジがうなずいて出ていくと、ディルロたちはしばらくの間、何も言わずにブランデーを飲んだ。
やがてピクセルが言った。
「どういうことなんです、ジョン! 仕事はアウトってことですかね?」
「まだ大丈夫だ」
ディルロが答えた。
「おれたちゃヴォホルにくるべきじゃなかったんだ」
ディルロは、その批判に腹を立てはしなかった。外人部隊というのは、わりと民主的にできていて、リーダーの命令には服従するが、もしもリーダーが間違っていると感じたときは、平気でそれをロにするのである。そして、失敗をしすぎたり、収穫ゼロの仕事ばかりがおお過ぎたりすると、そのリーダーは有能な部下をあつめるのに苦労することになる。
「これがいちばんいい手だと思ったんだ」
と彼は言った。
「やみくもに星雲の奥へ直行して、ワラ小屋の中でピン一本をさがしまわるような真似はしたくないからな。星雲のさしわたしが、何バーセクあるかは知っているだろう?」
「まあ、そりゃそうだな」
軽く十年以上はかかることに気がつくと、ピクセルはそれ以上何も言わなかった。
しばらくして、他の連中もやってきた。みんな不景気な顔をしている。セッキネンは宇宙港で待っているラトレッジからのことづけをもってきた。
「ラトレッジから、貨物船が軍用区域でなにかをおろしているということづけでした。柵越しに見たそうです。なんか木枠に入ったもんで、さっさと軍用倉庫の中にはこびこんだそうです」
「はこびこんだのか? はこびこんだのだな?」
ディルロは言った。そしてつけ加えた。
「こいつは面白くなってきたぞ」
ボラードがやってきたとき、彼はうれしそうな表情をみせていた。ずんぐりと太って間尺にあわぬ感じだが、仲間のうちではずばぬけた腕っこきで、一度ならずリーダーをつとめたことがあるくらいである。
ボラードは彼の話を聞きおわると、ちょっとの間考え込み、それからロを開いた。
「おれが思うにゃ、これで十分じゃないか。おれにいわせてもらや、許可がおり次第ヴォホルをはなれて、今回は(|光る石《ライト・ストーン》)三個で手を打って、次のチャンスを狙うんだな」
しごく妥当な意見だといえた。ヴォホル側の疑惑が深いだけに、これ以上仕事をすすめることはおそろしく困難なことになる。ボラードがそう言うのも無理はない。
問題は、仕事を途中であきらめるのをディルロが好まないという事実である。というよりも、ここで仕事をあきらめるわけにはいかない立場にディルロはおかれていた。もしも、今ここでこの仕事にしくじれば、それは外人部隊のリーダーとしての生命がおわることを意味していたからである。彼はもうとしをとった。これまでの彼の経歴からして、誰もそんなことは考えないが、彼自身はちゃんと考えていた。十分に、おそらく十分すぎるほどに。そして彼はこうも考えていた。ここでひとつ大きな失敗をしでかしたが最後、彼自身がもう完全な過去の存在と見なされてしまうのは、まちがいのないことなのである。みんなは残念がるに違いない。そして過去における彼の偉大さを大いにほめたたえるにちがいない。だが、とにかく彼らがそう見なすことはまずまちがいのないところだろう。
「しかし考えてみろ」
彼はボラードに言った。
「こっちはまだ損害ゼロだ。まだ、なにひとつなくしていない。すべてOKだ。レーダーを使って、その本拠をつきとめることもできる。しかも、まだ手がかりがある。船が進入してきて軍用区画に着地しているんだ。貨物船だ、軍用宇宙船ではない。よほどのことがなければ、そんなことはあり得ないはずだ」
ボラードは眉根をよせた。
「星雲のどこかでやってるなんかの仕事の補給かもしれねえ。そうだろ。しかし、それがどうだというんだい?」
「もしも船がそこで補給品を積み込んで出て行くというんなら、べつにどうということはない……べつにあとを追うこともなかろう。しかし、なにかを運び込んでいるんだ。ラトレッジは、その船からなにか木枠に入ったものをおろして、大急ぎで軍用倉庫へ運び込んだのを見ているんだ」
「それで」
とボラードは大して関心もなさそうな目つきで言った。
「もしもその木枠の中身が見れれば……見なくても分析機《アナライザー》で走査《スキャン》できれば……そいつをこっちの記録スプールと照合できれば……たぶん、やつらがどこでなにをやっているのかをつきとめることができると思う」
「あるいは − な」
とポラードが言った。
「あるいはだめかもしれねえ、しかし、問題はどうやってその警戒厳重な倉庫に入りこんで、正体をつきとめて、無事にぬけ出してくるか、よ。まずできない相談だろう」
「まず − な」
とディルロが言った。
「しかし絶対に不可能というわけでもない。だれかやってみる気のある者はいないか?」
小馬鹿にしたような声と、憂うつそうな素振りで、彼らは自分たちの意志をディルロへ示した。
「それでは、外人部隊の伝統に従わせてもらうぞ」
ディルロが言った。
「軽い仕事に誰も志願者がいないときは、もっとも最近に規則を犯したものがやる」
ボラードの満月みたいな顔にたのしげな笑いがうかんだ。
「となれば、だ」
と彼は言った。
「いうまでもない。モーガン・ケインだな」
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9
|水上ソリ《スキムマー》が音もなく水路をぬけて行く間、ケインは寝ころんで、手を舷側から水につけたまま、ぼんやりと空いっぱいにひろがる星雲を見ていた。
「眠るつもりなの?」
ラニアが聞いた。
「いいや」
「すごく飲んだわね」
「もう大丈夫さ」
と彼は言った。
酔いのほうはなんともなかったが、彼の神経はいぜんとしてはりつめたままだった。あれからのヨローリンはさらに酒を飲み、ますますあけっぴろげな親しさを見せはしたが、彼の心をのぞいたピャムの一瞥は十分すぎるほどの意味をもっていた。
みんなで遊園地の中をあるきまわったあと、ヨローリンは彼に、(黄金色のやつ)と呼ばれているものに餌をやるところを見せたいといいだした。どうやらそれは海中に住む生物らしく、それに餌をやるのはひとつの行事になっているようだった。魚に餌をやるなんぞというのは大しておもしろいことでもあるまいと思いながら、彼はうまいぐあいに、他の連中をまいて、ラニアと二人きりで水上ソリにのりこんだのだった。ヨローリンはべつに何の反対も示さず、ケインはそれがまた怪しいなと思った。
「ヴォホルには、どのくらいご滞在の予定なの、ケイン?」
「わからないなあ」
「だけど」
とラニアが言った。
「ここで兵器を売るのがお仕事なら、そんなに長くはかからないでしょ?」
「それじゃ白状するとしよう」
とケインはおもむろに言った。
「実は、おれたちがヴォホルにやってきたについちゃ、べつの目的があるんだよ。君は知らないほうがいいと思うがな」
彼女は、興味ぶかげにケインのほうへと身をよせた。彼女の横顔が星雲の白い光にくっきりとうかびあがった。
「べつの目的ってなんなの」
彼女は聞いた。
「おしえてちょうだいよ」
「よろしい」
と彼は言った。
「おしえてやろう。われわれがここへやってきた目的は、だ……この惑星に住むうつくしい女を、てあたりしだいにとっつかまえることだ!」
いいながら彼は、ラニアをつかまえて手許へ抱き寄せた。
ラニアは悲鳴をあげた。
「背骨が折れちゃうわ!」
彼がちょっと手をゆるめると、笑いながらラニアは身を退いた。
「地球人ってみんなあなたみたいに力持ちなの?」
「いいや」
とケインは答えた。
「おれは特別だろうな」
「特別?」
彼女は嘲るように言った。そうして彼の顔を軽くたたいた。
「あなたは他の地球人とおんなじよ。いやらしいわ。ものすごくいやらしいわ」
「今に馴れるさ」
彼はそういいながらも、ラニアにかけた手をゆるめなかった。
やがて水上ソリはいちばん外側の島を通りすぎ、星雲の白い光の中に、ヒダがある一枚の銀の板をひろげたような外海へとのり出していった。ふりかえってみると、遊園地のあかりが遠く、音楽がかすかに伝わってくる。
そのとき、どこか遠くのほうでヒュッという音がきこえ、間もなく、今度はソリのすぐ近くで押し殺したような水音がした。それは何度もくり返されたが、ラニアは突然、恐怖の表情をうかべて立ちあがった。
「(黄金色のやつ)に餌をやりはじめたわ!」
と彼女はさけんだ。
「こっちは見そこなったっていうわけか?」
とケイン。
「あなたは知らないのよ……あたしたち、餌場のまんなかに流されたのよ! ほら、ごらんなさい……!」
再びヒュッという音がしたと同時に、なにか黒いかたまりのようなものが、遊園地のある島から打ち出されたのがみえた。そのかたまりは、二人ののっている水上ソリからさほど遠くないところに落下した。ぷかぷか浮いているそのかたまりは、どうやら、セイン質の飼料みたいなものらしかった。
「あいつがもろにぶつかると、ちょっと危険だな……」
と彼がしゃべりはじめたとき、ラニアの悲鳴が割って入った。
水上ソリのまわりは、まるで沸きたったようにはげしく水面が波打ちはじめた。軽い水上ソリは、そのあおりを食って木の葉のようにもてあそばれ、水面は凄まじい音を立ててわきかえっている。
黄色をした巨大な頭が水面にあらわれた。さしわたしが十フィートもあろうか、まんまるいその頭はギラギラと光を反射している。そいつは巨大な口をぱっくり開くと、水上に浮いている飼料を丸ごと呑みこんだ。そして騒々しい音を立てて飼料を噛みながら、二人をみつめるその大きな丸い眼はひどく愚鈍な感じである。
ケインは次々とあたらしい頭が水上にあらわれるのを見た。奇妙な腕をおもわせる胸びれをもった黄金色の巨大な鯨のようなそのばけものは、次々と島のほうから打ちこまれてくる餌を待ちかまえて、水中にうごめき、ばっと水上へ跳ねあがる。
ラニアは悲鳴をあげつづけていた。そのときケインはすぐ近くにいる怪物の一匹が、餌と勘違いしたのか。二人の水上ソリをめがけて、おそろしい勢いでつっ込んでくるのに気づいた。智能などろくに持ち合せのないそいつにしてみれば、この水上ソリをすばらしく大きな餌だと思い込むのは無理もないことである。
ケインは、水上ソリに備えてある非常用の櫂をかまえて立ちあがると、あらん限りの力をこめてその大きな頭をなぐりつけた。
「エンジンを始動して逃げ出せ」
彼はふりかえるひまもなしにラニアへ叫んだ。
彼は、櫂をふりあげて近づいてきたやつをもう一発ぶん撲った。しかしその(黄金色のやつ)はたじろぐどころか、あんぐりとばかりにその大きな口を開いて、雷鳴のようなうなりをあげた。
ケインはげらげら笑いだした。この化けものは、生まれてこのかた、他人からブン撲られた経験などとんと持ち合せがないのだ。だから、一発かまされたそのおどろきに、まるでお尻をぶたれた赤ン坊みたいな泣き声をあげているのにちがいない。
彼は笑いつづけながら振り返り、ラニアへ大声で言った。
「泣きわめくのは、止めにして早くスタートするんだ」
怪物のわめき声に打ち消されてケインの声は聞えなかったが、笑っている彼の姿にラニアはヒステリーから我に帰った。彼女がエンジンを始動すると、水上ソリはゆっくりと進み始めた。
軽い水上ソリは、(黄金色のやつ)のひきおこす激しい波にめちゃくちゃにゆさぶられる。それから二度ばかりも、食いものとまちがえた化け物におそいかかられ、そのたびにケインは櫂をふりかざしてそいつを追い払った。人間だろうとなんだろうと、おそらくこれまでこの化け物に立ちむかったやつなどは、ただの一人もいなかったにちがいない。櫂でブン撲られたくらいでは大して痛くもないが、とにかく相手がひどくおどろいて混乱したことだけは間違いない。
二人の水上ソリが島に帰りついて、ヨローリンや仲間たちが駈けつけると、ラニアはまだ涙をいっぱいうかべたままケインをとっちめた。
「あの人ったら、私のことをゲラゲラ笑ったのよ!」
ヨローリンは驚きの声をあげた。
「あやうく食い殺されるところだぞ! いい按配に抜け出せたからいいようなものの……」
ケインは、その話にはあまり立ちいらなかった。そして、ラニアへ言った。
「ごめんよ。あの化け物のあわてかたがおかしかったんだ」
ヨローリンは首をかしげた。
「あんたは、これまでに会った地球人とはぜんぜん違うなあ。すごく野性的だ」
ケインはその点に深入りされるのはあぶないと考え、あわてて言った。
「酒を飲んでたもので、すこし破目をはずしたらしいな」
それからもうすこし飲んで、それからさらにすこし飲んで、ケインを宇宙港まで送ってくれた頃には、みんなすっかりできあがっていて、ラニアのほうも、完全にとはいえないまでも、まあ、彼のことを許してくれたように見えた。
彼は、宇宙船のほうへ歩いて行く途中でラトレッジと出会った。
「いいところで会った」
と彼は言った。
「ここ二、三時間、お前を待ってあたりをぶらついていたんだ。まあ、そんなこたあどうでもいいが」
「なにかあったのかね?」
ケインが聞いた。
相変わらず騒々しく、昼のようにあかるい(|お星様通り《スター・ストリート》)を歩きながら、ラトレッジは彼に一部始終を説明した。そしてちょいとそこらで一杯ひっかけて行くからというラトレッジと別れて、ケインは一人で宿屋へ行った。
ディルロは半分ほど空になったブランデーのびんを前に、一人でぽつんとすわっていた。
彼はケインを見るなり言った。
「スターウルフのお仲間たちは、相変わらずお前を追っ駈けとるらしいな、ケイン」
ケインは黙って聞き、うなずいた。
「べつにおどろかないよ。あの一味にゃ、スサンダーの兄弟が二人いるからな。やつらはおれの死体を見るまで、ヴァルナにゃ戻らないだろうよ」
ディルロは、そんな彼に思いをこめて言った。
「べつに気にしてもいないのか?」
ケインは微笑した。
「ヴァルナ人というやつは、心配をしないものなのさ。もしも敵と出会わしたらそいつを殺そうとして、なんとか成功させようと必死になる。しかし出会わす前に、いろいろ気に病むのは意味がないものな」
「いい度胸だな」
ディルロが言った。
「しかしおれは気になるんだ。ヴァルナ人と出会わさないかと気になる。それにヴォホル人のことが気になるし、どんなふうに出てくるかも気になる。明らかにやつらは、おれたちを疑いはじめているからな」
ケインはうなずき、ヨローリンとピャムの一件を彼に報告した。そして肩をすくめながらつけ加えた。
「うまく行かなけりゃ、うまく行かないでいいだろう。そう考えてみると、カラル人よりやヴォホル人のほうがおれは好きだな」
ディルロは彼をじっと見つめた。
「おれも同感だ。しかしそれ以上の問題があるんだ」
「なんだい?」
「二つある。おれたち外人部隊が仕事をひきうけると、頼まれた相手に対して信義を守る。それからもうひとつは、この気のいいヴォホル人たちがカラルを征服する戦争をはじめかけている」
「そう、連中はカラルを征服するつもりである……しかし、それがどうしたというんだ?」
ケインは笑いながら聞いた。
「たぶん、スターウルフにとっちゃ、どうということもあるまい。しかし、地球人であるおれはべつの見方をしている」
とディルロは言った。彼はブランデーをロにはこぶと、ゆっくりと話をつづけた。
「話してやろう。お前たちヴァルナ人は、掠奪とか征服とかをたのしみだと考えている。他の星系 − その大部分 − も他を征服することを正当な、そして良いことだと考える。しかしたったひとつの惑星だけは、他を征服することをまったく嫌い平和を願う。その惑星とは地球のことだ」
彼は、ブランデーのグラスをテーブルに置いた。
「その理由はわかるな、ケイン? 地球は過去数千年にわたって、戦争や征服をくりかえしてきたからだ。われわれ地球人が戦うということを捨てきっていること、これはもうお前たちの想像以上のものだ。もうずっとずっと昔から、われわれは征服というものにひたりきっており、そのために、二度とそれを利用しようなどとは考えないのだ」
ケインは何も言わなかった。ディルロはつづけた。
「まあこんなことを、お前に言ってもべつに為にはなるまい、お前は若いし、べつの育ちかたをしてきている。おれはもう若くない。できるものならブリンディシへ帰りたいと思うよ」
「それは地球にあるのかい」
ケインが聞いた。
ディルロは、思いをこめながらうなずいた。
「海の上にある。朝は太陽がアドリア海の朝霧の中から昇ってくるんだ。うつくしいし、あそここそは|住む場所《ホーム》にふさわしいところだ。ただ、唯一の問題は、そこに住むと飢え死にしてしまうということだ」
ケインは、しばらく考えてから言った。
「おれの親が地球で住んでいたという地名を思い出したよ。ウェールズというところだった」
「おれは行ったことがある」
ディルロが言った。
「黒々とした山、黒々とした谷間、人々は天使みいにうたい、心のあつい連中で徹底的に飲んで、そして喧嘩をおっぱじめる。たぶんお前はヴァルナ同様、ウェールズからもなにかをうけついでいるのだろう」
しばらくしてケインは言った。
「さて、そこでそれはそれとして、こっちはなにも手がかりをつかめなかったし、やつらのほうも、こっちのしっぽをつかめなかった。そこで次はどうなる?」
「明日」
とディルロが言った。
「おれはここの連中を相手にして、兵器売りこみの大がかりなデモンストレーションをやる」
「それでおれのやることは?」
「お前か?」
とディルロは言った。
「お前はな、不可能なことを、すばやく、誰にも見られずに、もちろんつかまったりしないで、さらりとやってのける方法をさがし出すのだ」
「ふうむ」
とケインが言った。
「一、二時間はいそがしいな。それでそのつぎは?」
「おちつけ、あまり調子にのるな」
彼は最後のブランデーをグラスにあけた。
「よく聞け。いまから話してやる。その不可能なことというのをな」
ディルロが話しおわったとき、ケインはほとんど恐怖に近い面持で彼の顔を見つめた。
「そいつをやってのけるには、三時間ばかりかかるな。しかしおれを信じてくれよ。ディルロ」
ディルロは、ちらりと歯を見せながら笑った。
「お前が殺されずにいるのはその証拠だよ」
と 彼はつづけた。
「もしもおれの期待を裏切るような破目になったら、他の連中もろとも、お前さんもひどい目にあうことになるわけだ」
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10
次の夜、ケインは宇宙港の軍用区画の外の草原に伏せたまま、警戒灯のぐあいをじっと見守っていた。片手に、六フィートほどの灰色の布を巻いたものを抱えている。そして一方の手は、一匹のスノックの首輪のくさりをしっかりと持っていた。
そのスノックはひどくおびえ、そして荒れ狂っていた。ちょっと小さなカンガルーに似た小動物である。しかし性質はむしろ犬に似ていて、町の中などを群をなして走りまわったりしている。しかしここにいる一匹は、あまりしあわせだとは申しかねた。そいつの首には、すっぽりと皮製のフードがかぶせられているからである。そして必死になって前足で地面をひっかきながら、なんとかして逃げようとあせっているが、ケインは首輪をはなそうとしない。
「すぐだ」
彼はなだめすかすようにささやいた。
「もうすぐだ」
スノックは、ぴったりとかぶせられたフードの中で、うなり声をあげて彼に答えた。
ケインは、宿題をちゃんとすませてあった。彼は、中央の建物から上へと伸びた円錐形の塔に目をやった。そこには回転放射装置がとりつけてあり、今は暗くて見えないが、そのまわりにはサーチライトがついているのを昼間のうちにたしかめてある。
彼は抵抗するスノックをひきずるようにして、前へと這い進んだ。ケインは全身の筋肉をこわばらせた。いまにも彼は、この軍用区画の周囲にはりめぐらされている、特殊な警戒放射線の放射区域の中に踏み込むことになるのだ。そこに踏み込んだとたんに、事態は急転直下の変化を起こすはずである。
彼は進みつづけた。ゆっくりと進んではいるが、いつなりともすばやい行動に移れる態勢である。スノックはひどくじたばたしたが、彼はぐいぐいと容赦なくひきずった。やがて灯火の下に巨大な恒星船や、船腹の砲口をぴたりととざした巡航宇宙艦の姿がうかびあがった。彼は、倉庫になっている低い建物の位置を見きわめた。
変化は、ケインの予想した通りの瞬間にぴたりとおこった。鋭い警報ベルが宇宙港中に鳴りわたり、サーチライトがいっせいに点灯したのである。そのビームは地上をめまぐるしく交錯した。
回転放射装置と連動しているコンピューターによって、自動的に操作されるそのライトのビームは、すばらしいスピードで動きまわることができるのだ。しかし、ヴァルナできたえられた彼の感覚は、そのライトの到達区域すれすれのところをちゃんと見きわめていた。警報のベルが鳴り出したとたんに、あらん限りのスピードで彼は行動を起こした。
彼の右手は、スノックのフードと首輪の鎖をさっととりはずした。そしてほとんど同時に自分は地面によこたわり、持っていた灰色の布をぱっとひっかぶったのである。
突然自由になったそのスノックは、狂ったような咆え声を立てつづけながら、宇宙港の中へとおそろしい速さで跳び込んだ。その瞬間に三本のサーチライトがさっとそいつの姿をとらえると同時に、他のビームは複雑な数学的パターンを描きながら、宇宙港の他の部分をぴたりと照らし出した。
ケインは地上にぴたりと伏せたまま、まるでそれが地上にできた突起物であるかのように、ぴくりとも動かなかった。
彼は高速ソリがすっ飛んできて、かなりはなれたあたりで止った気配を感じた。
まだ逃げながら吠えつづけるスノックの声がきこえてくる。
ソリにのっている一人が腹立たしそうにわめき、べつの一人は笑い声をたてた。そしてまた、自分たちがやってきたほうへと引返して行った。
サーチライトは、それからちょっとの間あたりを照らしていたが、やがてぴたりと消えた。
ケインはまだ布の下でじっとしていた。三分ほど経ってから、だしぬけにサーチライトがまた点灯して全区域を照射した。そしてふたたび消えた。
それから、ケインはおもむろに、布をまきながらにやりと笑った。
スターウルフなら子供だって入れるぜ″
と彼は偵察から引き揚げてきて、ディルロへ言ったものだ。しかし、それは、ちょっとばかり言いすぎであった。とにかくやっと第一段階にさしかかったばかりである。そしてこれからの段取りは、子供ではとても無理だろう。
彼は物蔭から物蔭へと、忍耐強く倉庫のほうへ進みつづけた。そして、例の布を頭からひっかぶっては、じっとあたりの気配をうかがった。その倉庫は低い平らな屋根をもった金属製の建物だが、べつに見張りが立っている様子はない。しかし、もしも本当にそこへなにか重要なものが入っているとすれば、侵入者をキャッチするなんらかの巧妙な装置がしかけてあることは、まず間違いのないところだろう。
ケインがその倉庫の中の暗がりに立ったのは、それから一時間ほどあとのことであった。彼は屋根からの侵入に成功した。まず小型の探知機を使って警戒放射線の死角をさがし出し、フードをかぶせたなかで原子火薬《アトム・フラッシュ》を使い、巧妙に穴を切ったのである。あとで脱出するときに、切り抜いた穴を元通りに熔接しておけば、かなりの期間はそこから侵入したことに気づかれずにすむはずである。
彼はポケット・ランプをとり出し、小さなビームに絞って点灯した。最初に彼の眼に入ったのは、貸物宇宙船から積みおろされた木枠が開かれてそこに置いてあることだった。
三つの物体が、木枠のそばの架台の上に並んでいた。ケインはそれをじっとみつめた。それからの架台のまわりをゆっくりと歩きまわって、いろいろな角度からつぶさに調べてみた。そしてまた正面からじっとそれをみつめ、首をふった。
これまでに彼は、|見馴れぬ《エキゾチック》惑星での掠奪品をたくさん手にしていた。だが、たとえそれがどこでつくられたものであろうとも、せめて、その用途の推測ぐらいはかならずできる自信をもっていたのである。
しかし、この三つの物体は彼をまごつかせた。
それは三つとも同じ物質、ちょっと白味を帯びた金のようなものでできているようだったが、とにかくこれまでに彼が見たどんなものともちがっていた。ひとつは、みぞのある帯状のものが三フィートの高さにまで、まるで蛇のようにとぐろを巻いている。もうひとつは、九個の小さな球体が短いすらりとした棒で、がっちりとつながれた集合体である。そして三つめは、大きながっちりとした円錐台で、穴やかざりのたぐいはなにひとつとしてついていない。それは装飾品を思わせるようにうつくしく磨きあげられているが、彼はそれがそんな目的に使われるものではないと本能的に感じた。しかし、それが一体なんに使われるものなのかとなると、見当さえつかなかった。
しばらくの間、彼は首をかしげたままだったが、こんなことを一晩中しているわけにはいかないことにはっと気がついて、ベルトのポケットから超小型カメラと、ディルロから渡された小さいがきわめて精密に組み立てられた装置をとり出した。それは携帯型の物体分析機《アナライザー》で、そこから放射される特殊なビームは相手の物体を構成している分子や原子の組合せをとらえて、その精密な構造図をつくりあげることができるのである。もちろんそれは、極度に小型化されているために性能にもかなりの制約が加えられてはいたが、その範囲内においてはきわめて便利なものであった。ケインは探知ユニットを黄金色した渦巻きの基部に向けると、スイッチを入れた。そして同時にカメラを使って、その形を記録しはじめた。
円錐台は、九つの球の集合体とかさなり合っている。彼は身をのり出してそれを動かした……その表面はビロードのようになめらかでつめたく、そしてびっくりするほど軽かった。彼ほうしろへさがり、カメラの小さなフラッシ・ランプを、その球の集合体へと向けた。そのとたんである。彼はぎょっとなって身を固くした。
真っ暗なこの倉庫のどこから、ささやくような声がきこえてきたのである。
彼はさっと身をひそめ、ポケットの中の麻痺銃に手をかけた。そして、倉庫のすみずみまでポケット・ランプのビームで走査した。しかし倉庫の中には、その謎めいた黄金色の機械類と宇宙船へ積まれる貨物の山以外にはなにもない。
それ以外にはなにもない。もちろん誰もいない。
つぶやくようなその声はちょっと高くなった。それは誰かが、あるいはなにかが、なにかを訴えようとしてつぶやいているように思えた。ケインは、それがどこから聞こえてくるかをつきとめた。あの円錐台から聞こえてくるのである。
彼はその物体から二、三歩しりぞいた。物体は、彼のポケット・ランプのビームの中で、きらきら光りながらしずかに横たわっている。しかし、そのつぶやくような声だけは一段と大きくなった。
と − その円錐が、まるで燃え出しでもするように、奇妙な光を放ちはじめたのである。それは普通の光ではなかった。うねうねと触手のようにくねる光の束が渦のように彼の頭上数フィートの高さにまであふれ出てくるのだ。
そしていきなり、その光の渦はぱッと炸裂して無数の星に変わったのである。
つぶやくようなその声は一段と大きくなった。小さな星は、あたり一面にまばゆく浮かんでいる。単なる閃光や光点はない。ひとつひとつが違った色をもつ、無数の微小な星なのである。
それはケインのまわりで渦のようにめくるめき、揺れ動きつづけるが、手で触れることはできない。赤色巨星、白色度星、ぼんやりとオレンジ色の光を放つ太陽、奇怪な光を見せる準星《クエーサー》、その完壁さにケインは、とっさにその遠近の感覚をうしなったほどである。彼にはそれが本当の星に見え、自分の体が無数にうかぶ星の海のただ中に立つ巨人であるかのような錯覚を覚えたのである。
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つぶやく声は依然として大きくなりつづけ、彼はそこに奇妙で異様なリズムを聞きとることができるようになった。
だれかが、あるいはなにかが歌でもうたっているのだろうか?
突然、ケインは身の危険を感じた。もしも音で作動する警報装置でもしかけてあれば、このつぶやきはその装置にひっかかることになる。
彼は、なにかスイッチでもあるのではないかと、とっさにその円錐台に手を伸ばした。しかし、その手が触れないうちに、渦巻くようなその星は突然消え失せ、つぶやくような声はとだえた。
彼は昂奮に身をふるわせながら、そこに立ちつくしていた。正体はわかった。一見、単体のようにみえるこの円錐台は、映像と音声の記録再生装置であり、手を近づけることでスイッチが入ったり切れたりするのだ。
しかしいったい誰が、あるいは何が、こんな記録をつくったのだろうか?
気持がおちつくと、ケインは用心深く他の二つの装置をもしらべてみた。しかし、こっちのは手を触れてみても何の反応も示さない。
彼は立ったまま考えつづけた。これをつくったのは、ここへこれを運びこんだヴォホル人でないことは、まず間違いないところだろう。しからばいったい誰がつくったのか?
星雲の中に住む人間たちか? 他にはまったく知られていない技術を手にしたどこかの人間たちがつくったのだろうか? もしもそうだとしたら……。
そのとき彼はドアのところで、カチャリという軽い音がしたのを聞いた。
ケインははっと身を固くした。やはり音をキャッチする警報装置がしかけられていたのだ。警備兵がやってきて、ドアの錠前をはずしつつある。
ケインはとっさに考えた。そして、あの黄金色の円錐台のところへ駈け寄った。そして手をその上にかざすと同時に、つぶやくような声がまたもや聞こえはじめ、触手のような光が渦巻くように立ちのぼった。ケインは分析機《アナライザー》をポケットに入れ、カメラをベルトにおさめながら、そこからすばやく離れた。
ドアがふたたびカチャカチャと音をたてた。ケインは倉庫の隅に走り、積荷の蔭に身をひそめた。
暗闇の中に光の柱は円錐台からめらめらと立ちのぼり、無数の星となって炸裂し、つぶやくような声は高くなってきた。
ドアが開いた。
ヘルメットをかぶったヴォホル人の警備兵が、レーザー銃をかまえたまま入ってきた。そしてたちまち彼らは、その奇妙な星の洪水に釘づけになった。
ケインの麻痺銃が捻り、二人はぶっ倒れた。
彼はとっさに考えた。警備兵のやられたことが発覚するまでには、ほんの数分しかかかるまい。天井の穴から出るという彼の脱出計画を実行するには、もっと時間がかかる。
彼は薄笑いをうかべながら、心の中で考えた。こうなったら、用意周到な計画なんてくそくらえだ。よしスターウルフの手口でいこう。
倉庫の外に警備兵たちがのってきた小型のソリが置いてある。ケインはぶっ倒れている警備兵のところへ駈け寄り、ヘルメットをとりあげて自分の頭へかぶった。こうすれば、髪の毛がかくれ、彼の肌が、ヴォホル人独特の白子のような肌でないのをかくすことができるし、同時に彼の顔もかくすことになる。警備兵の上着を着れば、彼の服がヴォホル人のものでないことを気づかれずにすむ。
彼はそのいでたちでソリの操縦席へとびのると、エンジンを全開させ、軍用宇宙港の門へつづく通路をつっ走った、塔の上のサーチライトがさっと点灯して、彼をぴたりととらえた。彼は片方の手を荒々しく振って正門へ合図を送りながら、そこに立っている警備兵へ大声で叫んだ。もちろん彼はヴォホルの言葉をほとんど知らなかったから、わざとまるでサイレンのような、わけのわからぬわめき声を立てただけである。そして狂ったように前方を指さしながら、ソリのスピードを一段と高めた。
なにがなにやらわけもわからず、ひどく面喰らってとび過った警備兵のそばを凄まじいスピードですり抜けたケインは、ゲラゲラ笑いながら暗闇の中へ姿を消した。ヴァルナ人が使い古した手口である。もちろん、巧妙かつ知的にものを盗み出すのも悪くないが、そのかしこさだけでは 間に合わなくなったときは、相手が勘づくすきを与えずに、正面から体当りをくらわせてつっ走るのだ。彼とスサンダーは、何度もその手口で成功をおさめたものである。
ほっとした思いとともに、彼は、スサンダーが死んでしまって残念だな、などと考えたりした。
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11
「おれはやつらに顔を見られていない」
とケインは言った。
「おれがヴォホル人じゃないことも、勘づいていないはずだ。これは保証するよ。やつらにはぜんぜん見られていない」
ディルロの顔は、ほのかなランプの光の中で、鋭いナイフで彫られた木像のようにきびしかった。
「そのソリはどうした?」
「さびしい海岸をさがして、水の中へ乗り入れて沈めてしまった」
ケインはディルロの表情をさぐりながら、突然、自分が言いわけをしていることに気がついてひどくおどろいた。
「ありゃ大変なしろものだ、記録装置みたいなものらしい、おれにはさっぱり正体はわからないが、手を近づけただけで、ひとりでに動きはじめるんだ」
彼はディルロがじっと奇妙な目つきで見つめているのに気がつくと、あわててつづけた。
「心配しなくても大丈夫だ。屋根つたいに戻ってきた。誰も見たやつはいない。なんでやつらがおれたちを怪しむと思う? ヴォホル人というやつは、せんさくずきすぎるんだよ。だからこそ警戒厳重なんだ。もしもヴォホルに泥棒が一人もいないとなれば、これはもう銀河きっての珍事というところだからな」
彼はベルトについた小袋をディルロへわたした。
「とにかく、あんたが欲しがってたものを撮ってきた。全部入っている」
彼はそういうと腰をおろし、ディルロのブランデーの瓶をとりあげた。彼は自分のその手がぶるぶるとふるえているのに気がついたが、ディルロは石のようにじっと押し黙ったままである。
「おなじことだ」
とディルロは言った。
「ヴォホルを出発する潮時だ」
彼は小袋をわきへと押しやった。
「船の試験室へ持ち込むまで、この結果は待たねばならん」
彼は身をのり出すようにして、ケインへ聞いた。
「そいつはどんふうに変わっているんだ?」
「金属性なんだ。これははっきりしているが、問題は、いったい何に使うものなのかがわからないことだ。とくに、それがはこび出されたところ−−つまり星雲の中−−には、Bクラスの技術をもった惑星しかないはずなんだ」
デォルロはうなずいた。
「お前がそれに気づいているのかなと、おれも考えていた。おれたちはカラルからここへやってくる間に、マイクロ・ファイルの星図で徹底的にしらべて見た」
「星図が間違っているのでなければ、なにかいわくがあるぜ。なぜって、その機械らしいやつは、おそろしく高度の技術でつくられているらしいが、それよりも、おれたちがこれまでに見てきた|もの《ヽヽ》とはぜんぜんかけはなれたものだという感じがするんだ」
ディルロは、口のなかでなにかぶつぶつ言った。そして立ちあがると、部屋の隅に歩みよってカーテンを開いた。もう夜は明けかけている。ケインがランプのスイッチを切ると、この(|お星様通り《スター・ストリート》)の小さな宿屋の一室は、ピンク色をした朝の光でいっぱいになった。
「そいつが兵器だという可能性は考えられるのか、ケイン? あるいは兵器の部分品だという………」
ケインは首を振った。
「記録機らしいやつはあきらかにちがう。他の二つについちゃ、もちろん、ぜんぜんわからないわけだが、どうも違うような感じだったなあ」
場数を踏んでいる戦士は危険な兵器に出会ったとたん、すぐ本能的な勘のようなものが働くものである。
「ということは、興味のある問題だな」
とディルロが言った。
「お前には話してあったかな。スランディリンが明日、おれたちの商品を見たいといってきた。買うつもりらしい。さあ、早く寝ろ、ケイン。おれが声をかけたらすぐに起きるんだぞ」
しかし、彼を起こしたのはディルロではなかった。ボラードである。彼の表情はたった今眼をさましたのか、それとも、今にも眠りにつこうというのか、とにかく眠そうである。
「ここにのこしていきたくないものがあったら、今、全部、もって行くんだ。ポケットにでも入れろ」
ボラードは胸をポリポリ掻きながら大あくびをした。
「もし入りきらねェんなら、あきらめるんだな」
「おれは身軽さ」
ケインは、長靴《ブーツ》に足をつっ込んだ。寝るときに脱いだものといえばそれだけだ。
「ディルロはどこに行った?」
「船にのってら。スランディリンと、ほかにお偉方が、何人かいっしょだ。すぐに全員、船へもどれと言ってきた」
ケインは、長靴をはきながら、ふとボラードと視線がぶつかった。まん丸な顔に光る小さな眼には、眠け以外のなにかがある。
「行こうぜ」
彼はかかとを軽く蹴りながら立ちあがった。そしてボラードのほうへ微笑した。
「あんまり待たせちゃわるいもんな」
「お前は下に降りて行って、警備兵にわけを説明するつもりじゃねえだろうな?」
彼はケインへにやりと笑い返した。ずんぐりとした大男はけろりとしてつづけた。
「昨夜から、玄関と裏口には警備兵がつっ立ちっぱなしだ。スランディリンのやつに言わせると、万一のときのおれたちの安全をまもるためなんだとよ。昨夜なにか事件があったらしくて、やつらはみんな舞いあがっている。なにがおきたんだかは言わなかった。やつは、兵器のエキスパートのマクリスともう一人だけに許可を出して、ディルロといっしょに船へつれて行った。だからここにゃ乗組の大部分がいるわけだ。しかし警備兵どもはレーザー銃をもっていやがる。そこで、ちょっくら事は面倒になってくるわけだ」
ボラードはちょいと考えこんだ。
「ジョンは、お前が屋根伝いに帰ってきたとかなんとかいっていた。そいつは他の連中にもやれるのか。おれみたいなデブにでも?」
「絶対にとは保証できないが」
とケインは言った。
「下へころげ落ちないように気をつけりゃ、べつに問題はないだろ。どっちにしろ、音を立てないようにやらないとだめだ。ここの建物はあんまり高くないし、音で勘づかれると、やつらの頭の上におっこちるよりももっと危険だからな」
「やってみようじゃねえか」
とボラードはそう言いながら出て行った。のこされたケインは、これが夜ならいいのにと思った。
しかし残念なことに今は夜ではない。真っ昼間である。ケインが天窓を開くと、ヴォホルの太陽は白々とまばゆい光をもろに射しかけてきた。
下には誰も見えない。ケインは天窓から外に出ると、他の連中についてこいと合図を送った。彼らは一人ずつ梯子をつたって静かにあらわれ、足音をしのばせながら、屋根を横切りケインの指さすほうへと進んだ。
その間、ケインとボラードは宿の表と裏の通りを、上からそっと見張りつづけた。ボラードが指揮をとっている以上、彼に花をもたせて、ケインは裏通りのほうへまわった。まるで、カラルの建物についていた樋縁の飾りの彫像みたいにぴくりとも動かず、炊事場からつき出た煙突の蔭にひそんで、下の様子をうかがった。ヴォホルの警備兵たちは、かなりきびしい規律を保っているようだった。ぎらぎらと照りつける陽ざしもお構いなしに、わあわあ騒ぎたてる腕白小僧どもや、つめたいものでもいかが? と甘ったるい声をかける女たちのさそいには目もくれずに、きちんと姿勢をくずさすにただ、じっと戸口に立ちつづけている。ケインは、まったく小僧いやつらだと思わずにはいられなかった。彼の好みとしては、制服のボタンでもはずし、木蔭でくつろぎながら女の子をからかうような連中のほうがよい。
外人部隊の連中には、誰ひとりとしてヴァルナ人ほどの身軽なやつはいなかったが、それでも、地上からの注意をひくほどのひどさではなかった。ボラードが、表側には異常ないという合図をよこした。そこでケインは、彼とともに宇宙港のほうへ向かった。
(|お星様通り《スター・ストリート》)に面した建物の屋根はみんな機能本位で、見てくれなどおかまいなしのぶざまなものだったが、うまいことにみんな平らであった。一行は屋根から屋根へと一列になって、建物の住民が勘づくような音を立てない限度でいそぎながら先へと進んで行った。建物の列は宇宙港の柵のところで、倉庫へ通じる取付道路によって切られていた。宇宙港のゲートまではほんのあと三十ヤードしかなく、彼らの宇宙船は四分の一マイルほど向うに何事もなかったように止っている。
しかし彼の目には、それがもうはるか遠いところででもあるかのように思えるのだった。
ケインがひと息つく間にも、ボラードは最後の建物の屋根にたどりついた隊員たちへむかって、小声で指示を出した。
「よし、今度行動を開始したなら絶対に止っちゃならねえ」
そしてケインがこの建物の天窓を開くと、一人一人、順ぐりにその窓を伝って建物の中へ入って行った。こうなったらもう音を立てようが、彼らの行先を勘づかれようが、そんなことにかまうことはない。建物は三階建てであった。廊下には、香水をぶちまけたような甘ったるい匂いが重苦しくよどんでいる。ドアがずらりと並んでいるが、その大部分はぴたりととざされていた。下のほうからはなにやら音楽がつたわってくる。
彼らは一階まで一気に駈け下りると、真っ昼間だというのに、蛾の食ったカーテンにとざされ、そのすきまからさし込む淡い光に、けばけばしい飾りが浮き出ている部屋をいくつも突きぬけた。それらの部屋にはいろいろな大きさ、いろいろな形、いろいろな肌をした連中がいて、なかにはとりわけ珍妙なのもまじっていたが、ケインは、そいつらがいったいなにをやっているのか、とくとたしかめるひまもなかった。ただ彼は、そいつらが一様にけだるげな眼でキョトンと彼を見つめていたのをおぼえているだけである。廊下のまんなかにおそろしく背の高い緑色の肌をした女が、彼らの前にだしぬけに立ちふさがって、まるで巨大なオウムのようなカン高い声をはりあげて悪口雑言をわめき散らした。
しかし彼らはおかまいなしに突進し、玄関のドアをガチャンと大きな音とともに押し開き、ドアについている鐘がけたたましく鳴り立てる中を大通りへとび出した。
そしてゲートのほうへと突進した。ケインは、あのずんぐりしたボラードという男が、必要となると、信じられぬほどのすばやさで歩くのにひどくおどろいた。
ゲートのそばには、守衛が立っている詰所がある。彼は一行が近づいてくるのに気がついた。一体なにごとが起きたのかとでもいいたげな表情で、一行が接近して行くのをぽかんと見つめているその男へむかって、ケインはニコリと笑いかけた。まったくとんまでのろまなその種族への軽蔑をこめた笑いである。彼、あるいはスターウルフなら誰でも、その守衛があやしいと感じて非常ベルへ手を伸ばそうとするまえに、ゲートをちゃんとしめ終ったろうし、外人部隊の連中だって、その半数ぐらいは悠々と彼を撃ち倒せたにちがいない。現実に守衛が異常に気がつき、それから行動を起こすまえに経過したのは、ほんの数秒にすぎなかった。しかしそれは、ケインが麻痺銃の射程距離にまで近づくには十分な時間だった。守衛はぶっ倒れた。外人部隊はゲートを駈け抜けた。ボラードは一番うしろからゲートを通過したが、そのとき、彼がひどく妙な目つきで見つめているのにケインは気がついた。最後の三十ヤードを突っ走ったときに、彼は用心することをすっかり忘れ果てて、とてもなみの地球人では考えられぬスピードを出してしまったのだ。
彼は心の中でつぶやいた。そんなことに気を使っているひまなんぞあるものか、もうずっと前からそんなことは無視してしまってる。
だれかが叫んだ。
「やってきやがったぞ!」
ヴォホルの警備兵がついに気づいたのだ。彼らは(|お星様通り《スター・ストリート》)を二列になって素っ飛んでくるが、もうすぐ、あの針のように鋭いレーザー・ガンの閃火がひらめき始めるに違いないとケインは思った。そしてそのとき、散れ、といういとものんびりしたボラードが命令する声を聞いた。彼はスイッチを蹴飛ばし、しまりはじめたゲートの間をかいくぐって中へ駈け込んだ。ボラードが、ベルトについている小袋からなにかをとり出した。プラスティックのケースに入った電磁式熔接弾である。彼はそれを、しまりつつあるゲートの錠前の上部へたたきつけた。そしてふたりとも宇宙船のほうへ向かって走りだした。
間もなくうしろで、ボンという晋とともにパッと閃光がひらめき、ゲートがぴしゃりとしまった。ポラードはにやりと笑った。
「あれで錠前と柱は熔接完了よ。いずれ、やつらはぶちこわすだろうが、二、三分はかかる。おい、ところでお前は、どこでそんな走り方を覚えこんだんだ?」
「浮遊隕石の探鉱で岩から岩へ跳びまわってたときさ」
とケインはとぼけた。
「トレーニングのためにみんなやるんだ。あんたもやるといいぜ」
ボラードは、なにかつぶやきながら呼吸をととのえた。宇宙船は百万マイルも彼方にあるように思える。ケインは、他の連中と走るペースをあわせようとつとめ、なんとかやりおおせた。やがてボラードは激しく喘ぎはじめた。
「なんで、さっきみたいに突っ走らねえんだ?」
「とんでもない」
とケインは、わざと喘ぐふりをしながら言った。
「あんなスピードで走れるのは、ほんのちょっとの間だけよ。さもないと死んじまわァ」
彼は、うしろからもそれとわかるように、わざと肩をはげしく動かしながら喘ぐふりをした。
警備兵たちはゲートのところにまで追いついた。一人が守衛の詰所にとびこんだ。ケインはそいつがゲートのスイッチを入れたなと思ったが、ゲートは動かなかった。しまったままである。警備兵の何人かは、ゲートの金網越しに撃ってきた。シュッというような音と閃光が彼らの背後で作製したが、やつら手持ちのレーザー・ガンに付属しているエネルギー・パックでは、射程が小さすぎてここまでは届かない。警備兵たちが、そんな重火器を必要とするほどの事件がおきるなどと考えもしなかったのは、きっと、スターウルフはいつもついているというジンクスのお蔭にちがいない、とケインは思った。
宇宙船のまわりに人の気配はない。おそらく、船内にいるヴォホル人たちが、乗組員は宿屋に缶詰めになっているから、絶対安心だと思いこんでいるせいだろうし、ディルロのやっている兵器のデモンストレーションは、外からの雑音が気にならぬところでやっているにちがいないとケインは思った。しかし、それでも見張りの一人ぐらいはいるはずだ…… いた。制服を着たヴォホル人が二人、何事がおきたのかとエアロックへ姿を見せた。そして、彼らは気がついた。しかし、おそすぎた。連中は、あっさりと麻痺銃でその二人を片づけてしまった。
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ディルロとヴォホルの高官がのってきたソリは、昇降口のところに置いてある。ボラードは男たちへ早く乗船しろと命じ、それからケインへちょっと合図をした。二人は力を合わせて、伸びているその二人の兵隊をソリへつみ込むと、エンジンを始動させ、運転者もないままに、そのソリを柵のほうへとつっ走らせた。ちょうどそのとき、宿屋の戸口から追っ駈けてきた警備はやっとこさゲートの突破に成功した。
ボラードはうなずいた。
「万事うまく行った」
と彼は言った。
二人は昇降口を駈け昇り、エアロックへとびこんだ。警報《ワーニング》ブザーは鳴りつづけており、「エアロック閉鎖」の標示灯が赤く点灯した。ディルロは時間を空費しなかった。エアロックの内側扉《インナー・ドア》は、あやうくケインの上着のすそを喰らえ込みそうなきわどさで、ぴたりと閉じられた。
乗組員のうち、航行配備の任務をもっているものは、すばやくそれぞれの部署についた。ケインはボラードとともに船橋へ行った。
そこはもう、隊員たちともう一人で身動きならず、その一人を除いて他の連中は歓声をあげている。その一人とはスランディリンである。ディルロは映像監視装置《ビデオ・ピックアップ》の前に彼とともに立っていた。送り出されるメッセージに、ミスを生じさせないためである。
ピクセルは通信機に向ってしゃべっていた。
「攻撃を中止せよ」
彼は命令した。
「われわれはただ今より離昇する。妨害はやめよ。追撃行動はいっさい中止せよ。当方の命令に従えば、スランディリン他二名の高官の身柄は無事に送還する。もし石ころひとつでも、投げつけるような敵対行動があれば、三名は即座に射殺する」
ケインは、ろくろくその言葉を聞いてはいなかった。そしてスランディリンのひどくもったいぶった重苦しい表情をじっと見つめているうちに、なにか純粋な喜びの感情があふれてくるのだった。
動力部が突然生き返ったかのように轟きはじめ、やがてそれは咆哮に変わり、船はつんざくような音を立てて舞いあがった。地上からは、石ころひとつぶっつけてきたやつは、いなかった。
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12
外人部隊の宇宙船は星雲の縁の部分に、すっぽりと光の渦に包み込まれるように浮いていた。
士官室ではさっきからディルロがポラードと二人で、あの倉庫にあった物体の写真や分析機《アナライザー》の記録板を何度も何度もしらべていた。
「そんなに見つめると穴があくぜ」
ボラードが言った。
「なにも、うつってること以上になにか秘密がかくれてるわけじゃねえ」
「ということになればまったく無意味か − 」
とディルロが言った。
「さもなけりや、無意味よりももっとわるい。写真のほうははっきりよく写っている。物体が見えるから、それが存在していたことはよくわかる。しかし分析機の記録から考えりや、そんなものは存在していないということになる」
彼は、小さなプラスティックの円盤をテーブルの上へぽんと置いた。それは、製造された時そのままに、記録ゼロの状態にある。
「ケインが正しく操作をしなかったんだろ。感知部《センサー》を間違ってとりつけたか、スイッチを入れ忘れたか」
「お前は、本当にそんなことを信じてるのか?」
「扱ってたのがケインだとなりゃ、ノーだね。しかし、とにかく事実はひとつだ。しかも分析機にはなんの故障もないときた。チェック済みだ」
「今も、もういちどチェックしてみた」
「とすりや、原因はケインしかないぜ」
ディルロは肩をすくめた。
「もっとも理にかなった考えかただな、それが」
「他にもあるか?」
「もちろん、あるとも。そいつが、分析機でつきとめられる以外の特殊な物質でつくられていたとすればどうだ。つまり、われわれの原子周期律表によっていないような物質だとすればだ。しかしまあ、そんなことはあり得ることじゃない。そう思うだろ?」
「もちろんそう思う」
ボラードはゆっくり言った。
ディルロは立ちあがり、酒瓶をとってくるとまた腰をおろした。
「他に手はない」
彼は言った
「スランディリンと他の将軍二人をここへ呼べ。それからケインも」
「なんであいつを?」
「やつはその物体を見てる。そしてさわってる。そのうちのひとつを操作してる。うた……とかいうのを聞いている」
ボラードは嘲笑した。
「ケインというやつはすばしっこいし、なかなかやるやつさ。しかしおれァ、やつがおれたちを裏切りかねねえ玉だということしか信用しないぜ」
「おれもおなじだ」
とディルロは言った。
「だから、あいつを呼んでこい」
ボラードは出て行った。ディルロは頬杖をついて、その円盤《ディスク》と写真を見つめつづけた。船の外には、星雲の青白くぼんやりとした光が果てしもなく……三次元空間の果てまでもひろがっているように見える。上部の航法室の中では、ピクセルが、船内書庫から借り出しもう三回も読みつくしたマイクロ・ブックを読みつつ、数えきれぬほどコーヒーのお代りを飲みながら、徹夜でレーダーの警戒当直についていた。スクリーンには、まるでその分析機の円盤《ディスク》みたいになにひとつうつっていない。
ボラードは、ケインとスランディリンと、それから二人の将軍、マルコリンとタティチンを連れてもどってきた。名前のうしろに − ンがつくのは、ヴォホル人の間で大変に重要な意味をもつらしく、ずっと昔から、非常に大きな権力を持った一族に属していることを示すもののようだった。彼らは行政、軍事、宇宙飛行などの分野に勢力を伸ばし、ほとんどそのすべてを支配しているらしかった。それが今や、彼らを囚人の地位へ追い込む破目になったのだ。
スランディリンは例によって(一体 − イツマデ − コンナ − 馬鹿ゲタコトヲ − ヤリツヅケル − ツモリカ)という意志表示で交渉をはじめようとした。ディルロはそれをうけて(オレガ − 欲シイト − オモッテイルモノヲ − 手ニ − イレルマデダ)という手で切り返した。すると三人は、いっせいにそんなことは不可能だと言い、すぐに送還してもらいたいと要求するのだった。
ディルロはうなずいてにやりと笑った。
「さて、それではその間題はそこまでとして、一杯やりながらお天気の話でもするとしよう」
彼は、酒瓶とグラスをテーブルの上へ並べた。ヴォホル人たちは固苦しげに酒をうけ、まるでけばけばしい服をつけた大理石の彫像のように坐りつづけた。
スランディリンの眼が、ディルロの前にある写真をちらりととらえ、すぐにそらした。
「待て」
ディルロが言った。
「見ろ。じっとよく見ろ」
彼は写真を押しやった。
「これも見ろ」
彼は円盤も押しやった。
「お前たちはこれを前に見たことがあるはずだ。今さらあわてることはあるまい」
スランディリンは首を振った。
「前にも言った通りだ。もしもわれわれがこの物体について君たち以上になにか知っていたとしてもおれは何も言わん。しかし、本当におれは何も知らんのだ。倉庫の中で、これを見たことはある。それだけだ。おれは科学者ではないし、技術者でもない。
そして、この作業そのものに、直接にはなんの関係もしていない」
「しかしお前は政府の役人ではないか」
とディルロは言った。
「しかもかなりの高官だ。兵器の買入れをとりしきるほどのな」
スランディリンは何も言わなかった。
「おれはな、この物体がどこからきたかを、お前たちが知らないとは、どうしても信じられないんだよ」
ディルロはしずかに言った。
スランディリンは肩をすくめた。
「なぜ信じられないのか、おれにはわからない。君たちはわれわれを最新型の嘘発見機《ライ・デテクター》にかけたではないか、その結果はわれわれがなにも知らないことを証明したはずだ」
タティチンは、まるでそれが古傷ででもあるかのようにぶっきらぼうに言った。
「この物体については、たった六人の人間が知っているだけだ。われわれの統治者、首相、国防長官、そして実際に星雲の中へのりいれた宇宙船の航法士だ。船長でさえもそのコースは知らないし、その航法士も、ヴォホルではもちろん宇宙航行中もきびしい監視つきで、事実上の囚人だ」
「ということは、これが途方もなく重要なものにちがいないということだな」
ディルロが言った。
大理石の彫像のように身を固くしている三人は、青い眼をじっと注いだまま何も言わない。
「カラル人はヨローリンに無理に薬をのませて訊問した。彼は、惑星ヴォホルは星雲の中で兵器を手に入れたが、それはカラルの全都市を一掃してしまうほど強力なものだと答えている」
青い眼はほんのちょっと動いたが、べつに大しておどろきはしていない。
「それはおそらくそのとおりだと思う」
スランディリンは言った。
「しかしヨローリンは、カラル人が薬を使ってひきだした以上のことは知らない。薬をのまされた状態で人間は嘘をつけない。これは事実だ。だから彼は、心の中にあるもの全部出したわけで、それ以上はなにも知らないはずだ。ヨローリンは、自分の言ったことをすべて信じている。べつにどうということはないではないか」
ディルロの眼はけわしさを帯び、あごは、まるで虎わなのように固くとじられた。
「お前自身の正直な心は、このことをお前も知っており、カラルの征服計画にも参加していると言っているぞ。だとすれば、お前たちがおれたちから兵器を買うというのもおかしな話だな。そりゃ、お前たちが持ってるやつよりゃましかもしれんが、大して変わりばえもしないケチな兵器を買う必要がどこにある。星雲のどこかにものすごい超兵器があるのをつきとめたお前たちがだ」
「その質問には、前に答えたではないか?」
とスランディリンが言った。
「そうだ、星雲の安全を守るために兵器が必要だとお前は言ったな。しかしそれで完全な答にはなっていないぞ」
「おれはもうこれ以上君の理屈にはついて行けないし、これ以上、君とおつきあいはいたしかねる」
スランディリンが立ちあがると、将軍たちも立ちあがった。
「かえすがえすも悔まれるのは、君がヴォホルに着陸したあのとき、なぜすぐに君を投獄しなかったのかということだ。おれは過小評価−−−」
「図々しさをか?」
とディルロが言った。
「それとも、神経の図太さをか? 見さかいもない乱暴さをか?」
スランディリンは肩をすくめた。
「おれには、君たちがカラル人どもと接触したのなら、そのままカラルからヴォホルへ大っぴらにやってくるとは信じられなかった。しかし君たちはヨローリンをつれてきた……カラル人が彼を釈放するはずのないことはわかっていたし、君たちが彼の脱走を助けたということは、君の話を裏づけることになる。それで、われわれは手控えていたのだ。対カラル政策に使うために君をやとうについては−−」
彼はそこで、マルコリンのほうをちょっとつめたく見つめた。
「いろいろと討論もあったのだ。君は巧妙だよ、ディルロ船長。君はその勝利をたのしむがよい。しかし、もういちど言っておく。君たちがいくら、君たちの求めているものをさがし回ろうとも、それはヴォホルから発射されている亜スペクトル放射線によってつねに警戒されているのだ。彼らは待ち構えているだろう」
「彼ら? 重装備の宇宙艦か、スランディリン。何隻だ?一隻か? 二隻か? 三隻か?」
マルコリンが言った。
「そんなことを彼は言うわけにいかないし、私も同様だ。ただ、その勢力はわれわれの……装備を守るのに十分なだけの強さだとしかいえない」
そして、次の言葉を、彼はほとんど口ごもらずにつづけた。
「そして、そこでの君たちの安全を保証するのに、われわれの生命は大した価値をもっていないことも断言できる」
「そのとおりだ」
スランディリンが言った。
「もしよければ、もう、部屋へ帰らせてもらいたいものだな」
「もちろん」
とディルロは言った。
「いや、お前はそこにいろ。ボラード」
彼は船の通話機《インターコム》へ声をかけた。すぐに乗組員が一人あらわれ、ヴォホル人たちを連れて出て行った。ディルロは、椅子の背にもたれてケインとボラードを見た。
「やつらは本当に兵器を欲しがった。そして、カラル対策に使いたいといっておれたちをやとうつもりでいたらしい」
「今、聞いたよ」
ボラードが言った。
「そいつぁべつに不思議でもなんでもあるめェ、やつらの超兵器とかいうやつがまだ使えるまでにはいっていなくて、しばらく時間がかかるから、その間のつなぎにしたかったのだろ」
ディルロはうなずいた。
「それもひとつの考えだな。お前の意見は、ケイン?」
「おれはボラードの考えが正しいとおもう、ただ − 」
「ただ、なんだ?」
「つまり」
とケインが言った。
「あの倉庫の中にあった記録装置みたいなものさ。もしもやつらが星雲の中でその兵器とやらを組み立てているのだとしたら、なにもそんな記録装置をくみたてたりするのに首をつっ込んだりはしないだろう。それに、どっちにしても、ありゃヴォホル人がつくったものじゃない」
ケインがちょっと言葉を切った。心の中にもやもやとまとまらぬしこりができている。彼はそれがはっきりするまでじっと待った。
「なによりもだ、この秘密保持はどういうことだろう? 厳重に保護しょうとするのはわかる。それから、自分たちのやったみたいに、カラルが星雲の中へ入って行って、兵器を奪ったり、破壊したりするのをおそれるというのもわかる。しかしヴォホルの政府はスランディリンや将軍連みたいな連中まで信用せず、それがどこからきたのか、あるいはそれがどこにあるのかを知らせないんだ」
ケインは写真の中の黄金色をした三つの物体を指さした。
「このうちのひとつは、奇妙な音楽を鳴らして星を吹き出す。しかし単なる映像 − 音声記録装置にすぎない。だとすれば、その途方もない秘密とはいったい何か? おれにはぜんぜんわからない」
ディルロはボラードのほうを見た。彼も首をかしげている。
「おれはその星を吹き出すという記録装置を見ていないから、なんとも言えん。あんたはなんで考えてることを言わねえんだ、ジョン?」
ディルロは、なにも記録されていないそのプラスティックの円盤《ディスク》をとりあげた。
「おれはちょっと気のついたことがある」
と彼は言った。
「こいつは、ヴォホルがカラルへ戦争をしかけたり、逆に反撃したりのいざさごなんかよりも、もっと重要なことかも知れん。おれは思うんだが、ヴォホル人どもはなにかとんでもないもの……そうだ、なにか、腰をぬかすほど大変なものを手に入れたんじゃないか。それも−−」
彼はゆっくりとつけ加えた。
「やつらは、それが一体なんなのか、とにかくその正体や使いみちを、まだぜんぜんわからないでいるんじゃないだろうか。おれたち同様にな」
長い沈黙があった。かなり経ってからボラードが言った。
「もうすこしくわしく説明してくれ − ジョン」
ディルロは首を振った。
「いや、おれもただそう推測してるだけだし、とんでもない見込みちがいかもしれん。とにかく今やるべきことは、そいつがどこからきたのかをつきとめることだ。そしておれは今、ヴォホル人たちがおれたちにさがし出すことは絶対不可能だといったのが、本当なんではないかと思いはじめている」
彼は船法室を通話機で呼び出した。
「掃引航法《スィープパターン》をとれ、フィニィ。星雲の縁の部分の全域、|入りくんだ《ギャップ》区域もできるだけ洩らすな。ヴォホルからの補給船が通過するはずだ。もちろんそいつを捕捉するには、すこしばかり運を必要とはするがな」
返ってきた航法士のフィニイの声は苦々しかった。
「まったくでさあ、運をほんのちょっぴりね」
間もなく宇宙船は、微小な一匹の蜘蛛が白々と渦巻く巨大な星雲の淵にすきまだらけの小さな巣をかけるにも似た、いともささやかな行動を開始したが、乗りあわせている者は皆、その巣を使ってたった一匹の小さな蝿を追っかけまわすほどの確率しかないことがよくわかっていた。しかも、その蝿たるや、十分な警戒おさおさ怠りない蝿なのである。
ケインが時間の進行していく感覚をなくし、ディルロがあまりにも早く時間の経過することにいらいらしはじめたとき、ピクセルはレーダー・スクリーンからふと顔をあげて、とても信じられぬといいたげな口調で言った。
「船影《ブリップ》をキャッチしました」
一瞬、ディルロは勝ち誇った喜びの表情をうかべた。しかし、それも長くはつづかなかった。
「もう一隻いる。べつにもう一隻だ。畜生、やつらは編隊をくんでる」
ディルロは背筋につめたいものが走るのを感じながら、レーダー・スクリーンのほうへ身をかがめた。
「やつらはコースを変えやがった」
ピクセルが言った。
「もろにこっちへ向ってる。スピードをあげやがった。ものすごいスピードですぜ」
ボラードは窮屈そうに身をよじらせて、背後を見上げた。
「補給船じゃありませんぜ。ヴォホルの宇宙艦隊かもしれねえ……乗ってるやつの命を考えずにブッとばしゃ、あのくらいのスピードは出せる」
ディルロは憂うつそうに首を振った。
「この大ききで、こんな編隊をくんで、こんな速度で運動できる船はひとつしかない。スランディリンが言っていたのは嘘ではなかったらしい。あれはスターウルフだ」
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13
ケインがそのことを知ったのは、船内高声機が非常配備のベルを伝えると同時に、船体がきしむほどの加速が加えられ、体が船体の壁へ激しく押しっけられたときであった。彼はそのとき借りものの寝棚《バンク》に横になって、半分うつらうつらしてはいたが、あとの半分はさめており、そのほうの半分が彼そのものだった。どんなときでも彼は|待つ《ヽヽ》ということが嫌いだった。絶対真空の中にうかんだままの自分以外の誰かがなにかの判断をくだすまで待つのはやりきれないことだったのだ。生存本能と知恵のふたつは、他にえらぶ途はないのだから、我慢していたほうがいいと告げる。しかし彼の肉体はそれに従うことができないのだ。活動しないでじっとしているなどという状況に、彼の体は馴れていないのだ。そんな状況は、自分の死んだあとに訪れるか、さもなくば、他に侵略さるべき運命にある劣等種族にふさわしい状況なのだと、生まれてこのかた彼はつねに自分の体へたたき込んできたのである。ヴァルナ人は猛烈に闘う、そして、その戦いを闘いぬいた彼らは、次の戦いがはじまるまでの束の間に、その勝利の果実をしみじみと味わうのである。ケインの代謝機構そのものが、待つという行動に対して抵抗するのだ。
非常警報と狂ったような緊急回避行動は、彼を牢獄からだしぬけに解放したようなものであった。
彼は跳ね起きると、中央通路へとび出した。すっとんで行く男たちの姿は、一瞬にして船内が混乱状態におちいったかのように見えるが、実はそうでないことをケインはよく知っていた。ほんの数秒後には全員が配置につきおわり、船内は息をひそめて待ち構える男たちの期待をはらんで、しーんとしずまり返ったのである。その静けさは、あの、|待つ《ヽヽ》という状況下の静けさとはまったく異質のものであった。
ケインは、べつに緊急配備の位置をきめられていなかった。そこで彼は船橋のほうへと歩き出した。
船内通話機《インターコム》を通じてディルロの声が船内へくまなく伝えられたのはちょうどそのときであった。
「わるいニュースだ」
と彼は言った。
「本船はスターウルフの編隊に追尾されている」
ケインは通路で棒立ちになった。
ディルロの声は、話が進むとともに、個人的な、警告的な含みを持ちはじめた。
「くりかえす。われわれはスターウルフの編隊につけられた」
おれに向かって言っているな″
ケインはそう思った。
この船がとっつかまれば、スサンダーの兄弟やその一味は、他の連中もろとも、おれをつかまえることになる″
ディルロの声はつづいた。
「船は緊急回避行動に入っている。もしも必要なら戦闘にもちこむが、なんとか相手をふりきってみるつもりだ。過大加速に対応する用意をしろ」
だしぬけにコースや速度を変える場合に、いちいち警報を出すひまはないだろう。あらかじめ覚悟しておいてくれ、船体が保ってくれればいいのだが″
という意味である。
通路に立ちつくしたまま、彼の体はこわばり、心はあせった。
彼は、これまでに、もっとぎりぎりまで追いつめられた経験があったかもしれないが、今すぐには思い出すことができなかった。もしも外人部隊の連中が彼の素姓を疑う理由でも発見していれば、彼らはスサンダーの兄弟たちの手が及ぶまえに彼を殺しているだろう。そしてもしも彼らが怪しんでいないとしても、スターウルフの手におちると同時に、彼は死ぬことになる。
スターウルフは、彼らをかならず捕えるだろう。これまでに誰一人として、スターウルフの手から逃れることに成功したものはいない。誰もそんなスピードを出すことができないのだ。誰ひとり、スターウルフたちがけろりとしてその小型宇宙船を加速するときの猛烈な加速度に対して、肉体的に耐え得る人間は彼ら以外いないからである。だからこそスターウルフは不敗なのだ。
宇宙船は船体をはげしくきしませながら、直角に転針した。ケインのつかまっている隔壁そのものがはげしくしなうのが感じられるほどのはげしさである。体内の血液がなみうち、沸騰したような感じにおそわれる。船が針路を立てなおしたと同時に彼は立ちあがり、船橋へと歩き出した。
船橋は暗く、計器板を照らすほの暗いランプだけがぼんやりとともっている。赤味を帯びた黄金色に燃えあがる星雲そのものが、正面の窓から船橋いっぱいに流れこんでくるのかと思えるほど、あたりは薄暗い。しかしもちろん、それは錯覚である。窓と見えるものは監視《ビュー》スクリーンであり、したがって正面にひろがる星雲はFTL(超光速)刺激による幻像にすぎない。しかしその幻像はよくできていた。ディルロの頭や背は、燃えあがる炎のような星雲の前にくっきりとうかびあがり、船は雲魂そのものをめがけてはげしく揺れながら突進して行くように見えるのだ。星雲を形成するガス体のもとである無数の太陽は、まるで襖のように赤い炎をめらめらと吹きあげている。
ディルロはふと眼をあげ、暗がりの中にいるケインに気がつくと言った。
「そこで、なにをやっているんだ?」
「じっとしていられなくなったんだ」
ケインは、無表情な声で静かに言った。
「手助けができるだろうと思ってね」
副操縦士席についているのは、生皮の服を着た浅黒い小男のゴメスという男だが、ケインの言葉を聞くなりいらだたしげに言った。
「ここからやつを追い出してくれよ、ジョン。隕石ヤマ師なんぞに、うろちょろしてもらう必要なんぞありゃしねえ。あとにしな」
しかしディルロはいった。
「しっかりつかまっていろ!」
ケインは手摺りをにぎりしめた。ふたたび船体は激しくきしり、エンジンが咆哮した。手摺の金具がケインの手に食い込み、それが木のようにたわむのがふたたび感じられた。監視《ビュー》スクリーンの映像は、めちゃめちゃに乱れる閃光に打ち消されて、たちまち何も見えなくなった。針路をたて直したとおもう間もなく、今度は壁のようにそそり立つ炎と炎の間を縫うように船首が一気にその谷間へ突っ込んだとき、ゴメスが言った。
「あと一回だぞ、ジョン、さもないと船の肋材が折れてしまう」
「よし、わかった」
とディルロが言った。
「あと一回、いくぞ」
ケインは、宇宙船の船体の各部分が絶叫したかのように感じた。乗っている人間たちは、鉄槌のようなその力に押しひしがれる寸前であった。ゴメスは操縦席へ沈み込んでいる。鼻からどっと鮮血が吹き出し、ロからあごにかけて赤黒いしまができた。ディルロはひと息、ひと息を肺からしぼり出すようにはげしく喘いでいる。彼はもう今にも制御盤へ倒れそうになり、ケインはとっさに身をのり出して船をたてなおして、ディルロの体がひきおこされるように操作した。彼は口をくわっとひらき、そして荒々しく歯ぎしりをした。船橋の反対側の一角には男が一人、手摺につかまったままびくりとも動かない。無意識にケインは皮肉な笑いをうかべ、手摺につかまって、彼をつぶそうと試みるがつぶせない慣性の見えない手に抗して呼吸をととのえた。
そのとき彼は、ふと、なぜ自分が今笑っているのだろうと考えた。彼が今、こうして誇りに感じているそのタフさは、そのまま、彼の破滅につながっているのである。外人部隊の連中にはとても耐えきれぬ加速度の重圧だ、だからこそスターウルフどもは思うままに彼らをとらえるだろう。
スターウルフたちは、この船に彼がのっていることを知っているのだろうかなどと考えた。彼がのっていることを知る方法があるのかどうか、はっきりは知らなかった。しかし彼らが烏座星団まで追ってきたのは、まちがいのない事実だし、それで十分だろう。やつらは彼を発見するか、彼の死をたしかめるまですべての星団を徹底的に洗うにちがいないのだ。
知恵を働かせたつもりで、悪名高いスターウルフを一人生かしておいたことを、ディルロは今頃きっと後悔しているだろうと考えて、ケインは苦笑した。しかしそれについて、ケインはべつに責任を感じなかった。なにしろそれは、ディルロ自身の考えだったのだから、ケインとしては、目下おかれた状況に対し残酷なたのしみをおぼえることさえできるのだ。
ケインはディルロのほうも、今、それを考えているにちがいないと見抜いていた。たった一度だけ、ディルロの視線が彼と出会ったが、そのとき、ケインはこんなことを考えたのだ。
− 彼は、もしも部下の命を救うことになるのなら、おれの身柄を今すぐにでもやつらへひきわたすに違いない。だがしかし、かりにそれをやったところで、部下の命を救うことにはならないのを彼はよく知っているのだ。ヴァルナ人たちが彼らを生かしておくことなどあり得ないのだ。その理由を彼らに説明してやったかどうかおぼえていない。しかし、たとえどんな理由があろうとも、ヴァルナ人どもはおれの命を救った人間たちを生かしたままにしておくわけにはいかないのだ。
船ははげしく傾き、よたよたと揺れながら速度をおとした。監視《ビュー》スクリーンがちらつき、空白となり、そしてふたたび通常空間《ノーマル・スペース》をうつし出した。船は今、霧のような光にぼんやり包まれたオレンジ色の巨大な太陽の直下に浮いている。
しばらくしてディルロが言った。
「ピクセル、きこえるか?」
そしてもういちどくり返した。
「ピクセル!」
ピクセルのひどく弱々しげな声が航法室からきこえてきた。まるで鼻血でも啜りあげるような声である。
「ぜんぜん見えない」
と彼は言った。
「どうやら−−」
彼はむせかえり、はげしくあえぎながらつづけた。
「どうやら、まいたようですぜ」
「きわどいところよ」
ゴメスはつぶやきながら額の汗を拭いた。
「もういっぺんこれをやられたら、体中の骨が粉々になるところだった」
ケインがいった。
「やつらはあきらめちゃいないぜ」
ゴメスへ向かっていったその言葉に、他の連中はぎょっとなって彼らをみつめた。
彼は、わざと弱々しく手摺につかまったまま、ディルロの脇の床に。へたんと腰をおろした。
「やつらは、こっちがやつらなみの激しい運動をつづけられないことはよく知ってるよ。いずれは、こっちが運動を中止しなきゃならなくなるのを知ってるんだ」
「ばかにスターウルフどもの手口にくわしいじゃねえか?」
とゴメスが聞いた。べつに彼をあやしんでいるわけではない。いまいましそうに大きな舌打ちをしただけである。ケインはわざと手摺にぐったり寄りかかって眼をとじた。
「そんなことは」
と彼は言った。
「べつにくわしいことのなかにゃ入らねえ」
− おれ自身が何度それをやってきたことか、と彼は心の中でつぶやいた。
− 狂ったようにコースを変え、船体をひねり、突っ込み、乗組員の大半が死ぬような無理な加速減速をくり返してなんとか逃げのびょうとのたうつその宇宙船を、おれたちはただ、じっと見守っていればよい。そしてただ、あとをつけて、彼らが精根つき果てるまでじっと待つのだ。
そして今が、その時なのだ……
通報機からピクセルの声がとび出してきた。
「やつらだ!」
通常空間《ノーマル・スペース》にあらわれたスターウルフの宇宙船団の反射波《ブリップ》は、レーダー・スクリーンいっぱいに、まるでだしぬけにあらわれた閃光のようにひらめきわたった。距離はある。眼に見えるには遠すぎる。だが、ぐんぐん接近してくる。
ディルロから操縦をひきついだとき、ケインの両手はひどく痛んだが、べつに行動は起さなかった。なにをやっても無駄だ。この宇宙船自体に、それをつくった人間の体以上の強度はないのだ。
「座標はどのへんだ!」
ディルロの声に、つかれきったピクセルの声が答えた。
「今、送る」
副操縦士席のそばにあるコンピューターがカタカタと音を立てはじめた。ゴメスは出てくるテープの数値を読んだ。ケインには、彼がなにを言うかわかっていたし、それを言いだすのをただ、黙って待った。
「やつらは包囲にかかったぞ」
− そうだ。彼らは編隊を解き、疲れ果てた獲物を中心にして、まるで光の矢のように四方へ散るのだ。そしてひしひしととり囲み、身動きならぬほどに追いつめ、それから、おもむろに止めを刺す。
「やつらは、おれたちをどうしようってんだろう?」
機関室からボラードのわめくような声が伝わってきた。
ディルロが答える前に、ほんのちょっと間があった。
「たぶん、皆殺しにするつもりだろう。それが野獣の本性ってもんだ」
「おれはそうじゃないと思う」
ケインはそう言って心の中でつぶやいた。
− おれはよく知っている。
「もしその気なら、もうとっくにこっちは船ごと木ッ端みじんになってるぜ。やつらはこっちに乗り込んでくるつもりだと思う。たぶん、やつらは……なにか、星雲の中にあるのを聞き込んだんだ。それをおれたちが知ってるとにらんでるにちがいない」
「防御遮蔽《シールド》をかけろ」
ディルロが言った。
ボラードの声がすぐに返ってきた。
「遮蔽《シールド》完了、ジョン。しかし破られるぜ。相手が多すぎらあ」
「わかってる」
ディルロはゴメスのほうをふりむいた。
「包囲陣にどこかすき間はないか?」
「そこに行く前にぴったり包み込まれちまう」
ピクセルの声は緊張にうわずっている。
「ジョン。やつら、すごいスピードで接近してきますぜ」
ディルロは静かに言った。
「誰か考えはあるか?」
ケインが答えた。
「奇襲だ」
「くわしいお方の名案だね」
とゴメス。
「それでいこうぜ、ジョン。奇襲で」
ディルロは言った。
「くわしく説明してみろ、ケイン」
「やつらは、もうこっちが完全にやられたと思いこんでる。そんなことは、べつに、やつらについてくわしくなくてもわかることだ。やつらは並の人間より体が頑丈にできてる。それをちゃんと計算に入れて、並の人間なら、もう手も足も出なくなってると読んでいるんだ。もしも今、だしぬけにやつらめがけて突っ込んだら、たぶん、やつらの包囲を突破できる、やるんなら、やつらがこっちの船尾をぶっこわして動けなくしないうちだ。早いはうがいい」
ディルロは考えた。その手は、制御レバーをさぐっている。
「防御遮蔽《シールド》がそう長くもたんことはお前もわかるだろう。そんな厚いものじゃないからな」
「早いところ行動を起しゃ、そんなに長くもつ必要はない」
「しかしそれをやったら、こっちの乗組員が何人かは死ぬことになるな」
「船長はあんただぜ」
ケインが言った。
「おれはあんたが聞いたから意見を言ったまでのことよ。しかし、スターウルフにとっつかまったとなりや、どっちにしたって死人は出るんだぜ。しかも、あんまりぞッとしない死に態《ざま》でね」
「わかった」
ディルロが言った。
「たしかに、やつらにくわしくなくてもそういうことになるな。全速だ、ボラード。みんな、幸運を祈るぞ」
彼は手を操縦レバーに伸ばした。
手摺にはげしく押しっけられながら、ケインは加速度がかかり始めたのを感じた。背骨が鋼板の内壁へ押さえつけられる。彼をとりかこむ船体の構造材はすべてきしみ、うめき、震え、揺れた。彼は心の中でつぶやいた。
− 船体が破壊しかけている!
そして、船体のねじれのために継ぎ目部分がゆるみ、今にも空気が音を立てて洩れ出すのではあるまいか、ぱっくりと割れた船体から外へ放り出されて悶死するまでの一瞬間に、きっと見えるに違いない星雲の光景を思いうかべると、彼の体は緊張にこわばるのであった。監視《ビュー》スクリーンには幕状のものがはげしく揺れうごき、霧のようなものが、ときおりさっと走りすぎるのが見えるだけである。なにかが衝突したようなショックがあった。船体は激しく揺れ、左右にかしいだ。船体に青い稲妻が走り、オゾンの匂いが漂った。しかし、防御遮蔽《シールド》は破れていない。依然として船はぐんぐんスピードをあげながら突進する。苦痛に耐えかねた男たちの野獣のようなうめき声があがった。ケインはじっとディルロを見守った。またもや衝撃。ポラードの苦しげな低い声がした。
「保証しないぞ、ジョン。今度きたらおしまいだ」
「二度もったんだから、なんとか三度目ももってほしいもんだ」
とディルロが答えた。
彼らの前方に、黒く光る塊のようなものがあらわれた。スターウルフが宇宙船の行手をはばもうとして突っ込んでくるのだ。
「やつらの反応はおれたちよりもずっと早い」
ディルロは半分笑ったようなへんな声で言った。
ケインは、前かがみになって腹部を緊張させながら立っていた。血潮は誇りに脈打っている。彼はこうさけびたかった。
− つっこめ! スターウルフの手を使うんだ! 突進しろ! やつらは、あんたにそんな肝っ玉や体力があるなんて思ってもいやしないんだ! やつらを吹っとはせ! やつらをお手あげにさせるんだ!
つづいておこった二発の衝撃は、正面からもろに襲いかかってきたものだった。ケインはその飛跡を見ることができた。スターウルフどもがこちらの船の防御遮蔽《シールド》を打ち破ろうとして撃ち込んできた火の玉なのだ。彼は相手の船を操縦している男の姿を心のなかに想いうかべることができた……男 − そう、男。人間 − そう、人間。しかし、野蛮な惑星ヴァルナに育った彼らは全身をしなやかな毛皮に被われ、すばらしい力と敏捷さに恵まれた人間なのだ。彫りが深く、頬の平らなその顔は、獲物を追う昂奮に、きれの長い眼をまるで猫のように輝かせながら笑っているにちがいない。そして考えているにちがいない。
「やつらはただの人間だ、ヴァルナ人ではない。今に避退するぞ、今に避退するぞ」
誰かがディルロへ向かってさけんだ。
「コースを変えろ! 衝突するぞ!」
おなじようなことを、何人もがわめいていた。相手の小型宇宙艇は真正面から、監視スクリーンと船橋めがけて突進してくるように見えた。二秒と経たぬうちに衝突するだろう。ヒステリカルな絶叫がピークに達すると、まるで催眠術にでもかかったかのような静寂があたりを支配した。速度とコースをこれっぱかしも変えようとせずに、凍りついたように操縦しつづけるディルロの姿に、ケインは、彼がその姿勢で死んでいるのではないかと、一瞬考えた。球型の窓の向こうにスターウルフの宇宙艇が。パイロットの姿も見えるほどの距離に接近したとき、ケインはロの中に鉄くさい塩味を感じたが、彼には、それが自分の抱く恐怖そのものであることがよくわかっていた。
彼は、相手の宇宙艇の。パイロットがうかべている信じられぬとでもいいたげな、そして、手おくれだとでも叫ぶその表情をまざまざと肉眼で見たような気がした……。
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何人もの人間を死に至らしめたに違いない猛烈な避退行動によって、相手の宇宙艇はきわどいところですれちがった。ケインは、船体の側腹同士がぶつかりあう猛烈な衝撃がおそうのをじっと待ったが、なにもおこらなかった。
彼らは包囲陣を突破したのだ。
船の速度が跳躍《ジャンプ》速度を突破したので窓はなにも見えなくなり、すぐに窓自体が監視《ビュー》スクリーンに変わった。ディルロは、操縦席の背にぐったりともたれてケインのほうを見た。こわばったような彼の顔は、スクリーンから入ってくる星雲の光の中に、まるで真っ白な骸骨のように見えた。
「執行猶予だ」
と彼は言った。
「やつらはまたやってくるぞ」
彼の声は弱々しく途切れ途切れで、はげしく喘ぎつづけている。
「しかしあんたはまだ死んじゃいない」
ケインは言った。
「あんたが死んだときに、はじめておれたちゃ絶体絶命になるのさ」
彼はディルロを見つめたまま大きくうなずいた。
「こんなにうまくやってのけたのを、おれほ見たことがないぜ」
「これからもないだろうよ」
ディルロが言った。
「おれがお前を殺っちまうまで、な」
彼は体をおこすようにしてゴメスのほうを見て、ちょいと体を揺さぶってみてから、操縦レバーをいくつか手早く操作した。
「損傷《ダメージ》をチェックしてくるあいだかわってくれ」
ケインは操縦席についた。彼にとってこの船はおそく、操縦性がひどく鈍重に感じられたが、どんな船だろうと、宇宙船を操縦するのはいいものであった。彼は、ちょっとむつかしそうな厚い雲の部分を避けるように、船を星雲の中心部へと向けて深くつっこんだ。
ディルロは戻ってくると、ゴメスが交替できるようになるまで、また操縦をつづけた。一人が死亡し、四人が寝込んでいたが、その中にはマーコリン将軍も含まれていた。しかし、誰もモーガン・ケインほどしゃんとしているものはなかった。
間もなく彼らは、いくつもの太陽を包み、二パーセクほどの長さにわたってまるで蛇のようにくねくねとよじ曲っている星雲の肢の一本の中央部で通常空間《ノーマル・スペース》へ戻った。
ピクセルは、しばらく休養をとって鼻血をとめると、ふたたびレーダー・スクリーンと差し向かいになった。他の男たちは死んだように眠りこけている。ディルロさえも、船橋のベンチに横になったまま眠っていた。ケインも、うとうととまどろんだ。重苦しく流れる時間−−ひょっとすると追手はもうあきらめたのではあるまいか、とケインが希望をもちはじめるくらいの時間が経った。
しかしそれはあくまでも単なる希望にしかすぎず、ピクセルが非常警報ブザーを鳴らし、こうわめいたとたんに、あっさり消え失せてしまったのだ。
「またきたぞ!」
− さて
ケインは心の中でつぶやいた。
− どっちにとってもいい勝負だ。まったくいい勝負だ。
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レーダー・スクリーンの上を小さな輝点の群が、まるで恐れも知らぬげに素速く走る。ディルロはそれをじっと見つめながら、胃の部分がつめたく痛むのを感じていた。やつらに呪いあれ、モーガン・ケインと、そして彼を生かしておいた自分自身の深謀に呪いあれ。もしも彼を生かさないでおきさえすれば……。
おなじことだ、とディルロは自分に言い聞かせた。飢えた狼の群れは、今まさに彼らがその兇悪な顎にくわえこもうとしている獲物がはたしてなんなのか、それを知っているわけではないのだ。ただ外人部隊の宇宙船ならなにか積んでいるだろう……たとえば、そうだ、たとえば報償としての|光る石《ライト・ストーン》のいくつか−−など……ぐらいのことなのだ。
しかし、それでも……。
彼は通路越しにケインのほうに目をやった。船橋にじっとすわっているそのうしろ姿を見ながら、彼は、もしもケインを宇宙服の中につっ込み、信号炎管をくっつけてエアロックから外におっぽり出したらどういうことになるだろう……などと考えた。
ふたたび閃光がきらめき、それがこちらをめがけて飛んでくるのを見たとたん、突然彼ははげしい怒りにおそわれた。その衝撃にゆさぶられるとともに、その怒りは高まって、今の今まで胃の中に巣喰っていた重い痛みはたちまちにして消え去った。この生意気なスターウルフの小僧っ子どもめ! 彼はなにひとつあきらめようと考えていたわけではない。どうしたところで、やつらを食いとめることができないことを知っているからではなく、まるで大きな小僧っ子によってたかって手も足も出ないほど、ぶんなぐられるような立場に追い込まれるつもりは、ぜんぜんなかったからである。それではあまりにも屈辱的ではないか。
彼はつかつかと操縦席に戻るとシートベルトをかけた。彼の全身の筋肉がそれに抵抗しょうとする。彼はじたばたするなと心の中で言いきかせた。
ゴメスも反対したが、やはり黙っていろと言った。
「しかしジョン、のってるやつらはこれ以上もたねえ、船体だってそうだ」
「オーケイ」
ディルロは言った。
「となったら、あの狼どもが喰らおうにも、骨のひとかけ、肉のひときれのこらぬようにしてくれるぞ」
彼はザフードへ向かって通話機《インター・コム》でわめいた。
「全速航進、遮蔽《シールド》の必要なし」
ひしひしとせまってくるやつらの船影を、はっきりと見ることができた。肩越しに彼はケインに声をかけた。
「こっちに来い。よく見えるぞ」
ケインは手摺につかまったまま彼のうしろに立った。
「どうしようというんだ?」
「やつらにおれたちを破壊させてしまうんだ」
ディルロはそういうと、レバーを入れた。
宇宙船は、接近してくる編隊めがけてぐいとスピードを加えた。
そのとき、ピクセルの声が通話装置《インター・コム》からとび出してきた。
「ジョン、もう一隻いるぞ。でっかいやつだ。でっかいやつだぞ! うしろからやってくる!」
行動を起したのが一瞬間先であった。ディルロは怒りに燃えて自爆を決意し、その全神経はスターウルフの宇宙船団へぴたりと集中されていた。彼はたしかにピクセルの声を聞いたし、他の誰かが彼に向かってわめいているのを聞いたけれど、それは、なにか遠い壁の向うでのできごとにしかすぎなかったのだ。
そのとき、肩をにぎるモーガン・ケインの手があまり痛いので無視しきれなくなり、はっと気がつくとケインが言っていた。
「大型宇宙船だ! ヴォホルの宇宙艦にちがいない……スランディリンが言ってた警備艦隊だ。やつらは、おれたちをさがしてたにちがいない − 知らないうちにおれたちがやつらの警戒区域の中に入ってたんだ」
ディルロの心は、凍りついたような怒りから突然躍り出ると、すばらしい早さで活動を開始した。
「標定しろ!」
彼はピクセルに命じた。
「予測進路と速度だ」
彼はちらりとスターウルフの宇宙船の編隊に目をやった。彼の表情には猛々しいほどの喜びがあふれている。
「遮蔽《シールド》しろ、ボラード! 遮蔽するんだ! スターウルフのお兄さんたちにすてきなプレゼントをするんだ。ゴメス……船尾モニターを入れろ」
彼は、スターウルフの宇宙船の編隊は、はっきりと眼前に見ることができた。編隊の隊型はU字型をとっており、その両端はすっぽりと彼をやさしく包みこむべく大きく開いている。
正面の窓の下のスクリーンにスイッチが入り、ちかちかきらめいたかとおもうと、うしろからつけてくるやつらの姿をはっきりとうつし出した。大型の宇宙艦の姿が星雲を背後にしてうかびあがっている。彼は、あの宇宙艦の艦長がスターウルフの大編隊を発見したとたん、いったいどんなことを考えただろうと思った。おそらく、かなりなショックだったにちがいない。ヴォホルの秘密を狙うたった一隻のちっぽけな外人部隊のあとをつけてきたところが、もっと危険な敵の大編隊にでくわしたのだから。
それはまた、スターウルフどもにとっても、かなりのショックだったにちがいない……。なにしろ、つかれ果てた獲物一匹だとおもっていたら、その背後から重装備の宇宙艦があらわれたのである。
船間通信用波長帯のチャンネルにスイッチが入った。と同時に、銀河標準語《ガラクト》でわめきたてる男の声がとびこんできた。
「外人部隊宇宙船! こちらヴォホルの宇宙艦。ただちにエンジンを停止せよ。さもないと実力を行使する」
ディルロは送信機のキイを入れると言った。
「こちらディルロ、スターウルフどもの処置は?」
「こちらで面倒を見てやる」
「そいつは結構」
とディルロが答えた。
「どうもありがとう。しかし、こちらの船にはスランディリン他二名の高官が乗船しておられることをどうぞお忘れなく願いたい。彼らの安全は保証しがたいのでね」
「こちらも同様だ」
相手のヴォホル人は陰気な声で答えた。
「こちらの命令はまず停船すること。乗客についての心配は第二だ。了解したか?」
「完全に了解」
とディルロが言った。そして出力レバーを二段ほどあげた。船がはじかれたように運動をおこしたと同時に、彼は船首をスターウルフの編隊の方向へ立て直し、うしろからの追撃をかわすために上下左右のめちゃめちゃなコースで突ッ走った。船体にとっても、乗組員にとってもその運動は大変にきついものであったが、うしろから狙う大型宇宙艦のビーム砲の射手ほどきつい目にあったわけではない。
スターウルフどもは編隊を解いていっせいに四散した。隊形をつめているとそれだけ、宇宙艦のビームの標的になりやすいからだ。そのビームが外人部隊の宇宙船へ向けられたものだと気がついたのは、ずっとあとになってからのこと。そのすきをついて、あっという間もなくディルロたちは全速で包囲線を突破した。そして間もなく、背後でヴォホルの宇宙艦とスターウルフとが戦闘を開始したのを監視《ビュー》スクリーンで見ることができた。おそろしくすばしこい小型宇宙艇が、わっとばかりにその巨大な宇宙艦に迫る光景は、まるで大きな熊一匹におそいかかる猛犬の群をおもわせる。
ディルロがふと眼をあげると、ケインが、吸いつけられたようにその監視《ビュー》スクリーンを見つめていた。その表情には安堵の思いと、口惜しさとがいりまじっている。
ディルロはいった。
「すまんな。どっちが勝つかを見届けられなくて」
言う間もなく、戦闘の光景はたちまちにしてぼんやりと霧のような光の中に消え、その霧もやがて船が跳躍航行《オーバー・ドライブ》に入ると同時に見えなくなってしまった。
ケインは、誇らしげなひびきをかくそうともしないで答えた。
「やつらがかなりあの宇宙艦をてこずらせるのはまちがいないから構わないさ。図体は宇宙艦のほうが大きいが、スターウルフはスピードがある。やつらは宇宙艦をつぶす気はないだろう……しかし、他の誰かが横槍でもいれたら、そいつを徹底的にやるのは間違いない」
「まあ、やつらが楽しんでくれりやいいとおもうよ」
ディルロはぴしゃりとそういうと、通話機《インター・コム》へむかって呼びかけた。
「ピクセル、ECV(推測航路及び推定速度)は出たか?」
「今、コンピューターに食わせているところでさあ。一分以内へそっちへ送り込みます」
二人は黙って待った。ディルロは、ケインがこれまでとは違った表情……なんといったらいいのか、尊敬? 讃嘆? − をもって自分を見守っているのに気がついた。
「あんたは本気でそいつをやらかすところだったね」
とケインは言った。
「やつらにこっちの船を木っ端みじんにさせて、なにひとつ、やつらにひきわたすまいとした」
「スターウルフというやつは」
と、ディルロが言った。
「自分たちの力に自信を持ちすぎとるな。いつか、誰かがだしぬけにやつらの前に立ちはだかって、やつらの命をおびやかすことになるぞ」
ケインは答えた。
「おれはそんなこと、ぜんぜん信用していなかったんだが、どうも、すこしあやしくなってきたよ」
「ほらきた」
ゴメスはコンピューターが吐き出すテープをとりあげながら言った。
ゴメスはそのテープをたんねんにしらべ、その結果を星図板《スカイ・ボード》へ表示した。
「推測コースと推定速度から考えると、あの宇宙艦はこのあたりからやってきたな」
彼は座標にマークを入れながら、マイクロ・チャートのその部分を拡大レンズの下へ移動させた。ディルロは身をかがめて、チャートを調べた。
位置はその星雲肢を蛇のとぐろにたとえたとき、ちょうど頭になる部分である。一パーセクはあるその点の蛇の眼のあたりに、恒星がひとつ光っていた。緑色の恒星である。惑星を五つ伴ってはいるが、実際に惑星といえるほどの大きさのものはたったひとつしかない。
ディルロはふと、だれかが肩越しにのぞきこんでいる気配に気がついた。ボラードである。打身をつくったのか血管が破れたのか、大きなみにくいアザをつくりながら、そのまんまるな顔はいつものようにおだやかである。
「エンジン系統はぜんぜん異常なしか?」
ディルロが聞いた。
「オールオーケイだ。べつにチェックしちゃいないけれどな」
「それなら、あれを調べに行こうかと思うんだが」
ボラードは、炎でできた蛇の眼がぽつんと緑色の光をはなっているのに眼をやると、ちょっと眉をよせた。
「あれかもしれねえし、そうじゃないかもしれねえな」
「とにかく行ってみる他あるまい。他になにか手はあるか?」
「そいつさえわからねえ。あの宇宙艦がスターウルフとすったもんだ忙しがってるすきに、あそこにもぐり込めるかね?」
「やれると思う」
「あんたなら、もちろんやれるだろうな。しかし言っとくが、スターウルフどもを力づくで追っぱらえたからって、あんまり強気にゃならんほうがいいぜ。おれたちをみつけたのは宇宙艦一隻だが、もしも一隻しか宇宙艦を配置していないとすりや、あんなとこまでパトロールに出てくるはずぁない。べつの宇宙艦が惑星の近くにはいりこんで、遠出してるほうをまいて、もぐりこんでくるやつをつかまえにかかってるのはまちがいねェからな。しかもそいつは、きっともう、遠出したほうをこっちがまいちまったのを知ってるだろうしな」
「ありがとよ、忠告してくれて」
ディルロが言った。
「早いとこエンジン室へ行って、お前のかわいいエネルギー・ユニットの面倒をみてやってくれ」
彼はコースをその緑色した太陽のほうへ向けた。
宇宙船は、その恒星の内側から二つ目にあたる小惑星ベルトに危険なほどすれすれの位置で、通常空間《ノーマル・スペース》へ戻った。そして、まるでのんびり運行する小惑星のひとつでもあるかのように動きをひそめた。厚いガス状星雲は、ここでは黄色や黄金色に代って、すべてが凍りつくような緑色に光っている。ディルロは、その光に包まれたとたんにぞっと寒気におそわれ、閉所恐怖症にとりつかれたような気になった。そして、自分が激しく喘いでいるのに気がつき、一体どうしたのだろうかと考えたとたん、彼は子供のころ溺れかかって、こんな緑色をしたプールの底に沈んでしまったことがあるのにはっと思いついた。
そこで彼は、あのとき父親が助けあげてくれたのだということをあわてて思い出し、その悪夢をいそいで打ち消した。しかし父親は今はなく、彼はたった一人で浮かびあがるはかないのだ。
彼はコースをチェックするために、航法室のピクセルのところに下りて行った。遠距離索敵警戒機《ロングレンジ・プローブ・スキャナー》のスクリーンには、たくさんの反射波《ブリップ》が入り乱れていた。そのひとつひとつを選別するのにちょっと時間はかかったが、結果は疑いようがなかった。
「でっかいやつがもう一隻いますぜ」ピクセルが言った。「迎撃警戒航行方式《インターセプト・パトロール・フライト・パターン》で配置についてますな。あれをまいて侵入するのは不可能だ」
「だとすれば」
とディルロが言った。
「すくなくとも、こっちの狙い目ははずれてなかったということだな」
彼が船橋に戻る途中、通路でボラードとすれちがった。
ボラードは言った。
「どうする?」
「名案を考えつくまでに五分間くれ」
ディルロは答えた。
ケインがディルロを手招きした。彼は通信席のラトレッジのそばに立っている。ラトレッジは、航間通信用のチャンネルに合わせているらしく、なにやらヴォホル語のせきこんだやりとりがディルロの耳に入ってきた。
「宇宙艦同士だ−−−スターウルフと交戦してる艦と、こっちが向かってる惑星にいる艦とが通信してる」
ケインが言った。
「やたらとしゃべりまくってるんだ」
彼は微笑しながら、またもや半分誇らしげな調子でつけ加えた。
「どうやら、かなり舞いあがってるらしいぜ」
「そうらしいな」
ディルロが言った。
「強引に入りこんできたのはおれたちばかりか、スターウルフの一団もだというんだから無理もない。行ってスランディリンをつれてこい。彼なら通訳できる」
ケインは出て行った。ディルロはその声に聞き入った。彼らはひどく狼狽しており、しかもだんだんとその激しさを増していく感じなのである。ディルロたちの船は高次空間航法《オーバー・ドライブ》で比較的みじかい跳躍航行《ジャンプ》をおこなっただけだから、戦場から姿をくらまして以来実時間がさほど経過しているわけではない。どうやらまだ戦闘はつづいているらしい……二隻の宇宙艦の艦長たちがどなり合っているのを聞きながら、ディルロはにやりと笑った。
「どうも、片方が助けにきてくれとわめき立てて、もう一方が助けには行けないと言ってるようだな」
ケインがスランディリンをつれてやってきたので、彼は口をつぐんだ。そして、通信機からとびだしてくるせっぱっまった声を聞いたとたんにヴォホル人の表情が変わったのを彼はじっと見つめた。
「スターウルフどもは、あんたたちの宇宙艦をかなりてこずらせているようだな、そうだろう?」
彼は聞いた。
スランディリンはうなずいた。
「惑星の近くにいる方は応援に行くのか?」
「いや。命令ははっきりしている。どんな事態が発生しょうとも、一隻はかならず惑星周辺の配置から動いてはならんことになっている」
両方がわめきたてるのを止めたとおもうと、一方がなにかひどく事務的なつめたい調子でなにか言った。そしてシーンとなった。ディルロはスランディリンの表情をうかがった。ケインが彼のうしろでなかば笑いをうかべながら、耳をそばだてている。
もう一方の声が、よくわかったとでもいうようになにかみじかく答えた。ディルロは、その重大な決心をしたらしい男の表情が眼がみえるような気がした。そのとき、スランディリンが腹立たしげに言った。
「そんな馬鹿な!」
「やつらは何と言ったんだ?」
ディルロは聞いた。
スランディリンは首を振った。そこでディルロは言った。
「そうか、言いたくないというなら、ひとつ、なり行きを待ってみるとするか」
彼らはただ、じっと待った。通信幾からは、それ以上何の声も聞こえてこない。船橋はしんと静まりかえった。いったい何を待っているのかもはっきりしないまま、立ったりすわったりそれぞれの姿勢で、彼らは彫像のように身動きもせずにじっと待った。しばらくして連絡通報機からピクセルの声がとび出してきた。
「ジョン! 惑星のまわりを飛んでたやつが、コースを変えましたぜ」
「こっちに向ってるのか?」
「いや、十四度ばかりそれてます。方位角はその倍くらい。速度をあげています」
そしてピクセルが叫んだ。
「あっ、高次空間航行《オーバー・ドライブ》に入りやがった。もう見えません」
「こうなれば」
とティルロはスランディリンへ向かって言った。
「やつらが何と言ったのか教えてもらえるだろうな」
スランディリンは、物憂げな憎しみの眼を向けた。
「あの艦は、スターウルフと戦闘中のもう一隻を救援に行った。艦長は二者択一をせまられたのだ……そして、諸君たちよりもスターウルフのほうがより大きな脅威だと判断したのだ」
「お愛想なしの言い草だな」
ディルロが言った。
「しかしべつに文句をつける気はない。その惑星がからっぽになったのだからな」
「そうだ。そのとおりだ」
とスランディリンが言った。
「惑星に接近して着陸するがいい。今なら誰も邪魔をするものはいない。しかし、いずれはあの宇宙艦がスターウルフどもを片づけ次第に帰投して、諸君を粉々にしてくれることだろう」
ボラードは言った。
「これに限っておれはこいつの考えが正しいと思うね、ジョン」
「そうだな」
ディルロが言った。
「おれもだ。となると、われわれは安全のためにここから引き返すべきかな?」
「なんだって?」
ボラードが言った。
「これまでの苦労をみんな捨てるというのか?」
彼は、動力ユニットのほうへ素っとんでいった。ケインは、腹の中で大声で笑いながらスランディリンを連れ出した。
ディルロは遊式航行を打ち切り、全速で惑星への接近コースをとった。
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今、自分たちが一体なにをさがし求めているのかはっきりしてれば、とディルロは思った。ことはずっと簡単になるのだが……。しかし、わかっていることなどなにひとつないのだ。しかも、そいつをつきとめるのにどれくらいの時間がかかるのか、わかっているのはそれに十分な時間のもちあわせがないということだけだ。ディルロは、ケインと二人だけで話しあえる機会をやっとつかまえた。
「どう思う? お前はやつらのことをよく知っている。あれに似た撃ち合いも、やったことがあるだろう。勝負はどうつくと思う?」
ケインは言った。
「スターウルフってやつには恐いものなしよ。しかし脳味噌なしってわけじゃない。重装備の宇宙艦一隻が一か八かで立ち向かって、あんたも聞いたとおりさ。艦長が救援を求めて、金切り声をたてたぐあいからみりゃ、かなりてこずっているのはまちがいない、しかし、二隻となりゃ……話はべつだ。ぜんぜん損害なしに、やつらは二隻ともやっつけるこたぁできるにしても、獲物としちゃあんまり大きすぎる。やつらは手をひくだろうぜ」
「その戦闘からか? それともこの星域からか?」
ケインは肩をすくめた。
「もしもスサンダーの連中がまだ仇をとりたがってるのなら、星域から − ということだろう。あのグループはヴァルナをずいぶんながいことはなれたままだ。予定以上にな。そして予想もしてなかったいざこざにまきこまれた。手にあまるようなやつ………重装備の宇宙艦二隻だ。スサンダーの子分どもはいろいろ考えてると思う……一か八か、その獲物は命を張るほどのことがあるかどうか……そして、今回は命を大切にして仇討ちのためにそなえるほうが利口だということになる。おれは、やつらがそうすると思うね」
彼は微笑した。
「そしてやつらがそうすると同時に、宇宙艦二隻は大急ぎでここへ戻ってきて、それほど重大ではないほうの問題を片づけにかかるわけだ」
「お前も、その問題の一部なのを忘れないはうがいいぜ」
とディルロが言った。
すでに宇宙船は、惑星の表面すれすれをかすめるようにして飛んでいる − ディルロの好みの高度よりはるかに低い。しかし、大気の層は異常に厚く、まるで突破不能なカーテンのように、ぼってりと惑星本体を包みこんでいるのだ。かなり思い切って高度をさげたあとで、彼はやっとのことで地表を見ることができた。この惑星は暴風が、吹き荒れる巨大な砂丘によってつくられているかのように思える。見えるものといえば、もりあがる砂丘と岩塊。ところどころで砂は高高と尖峰のようにもりあがり、また一方で、岩峰はその砂丘をくいとめるかのようにそそり立ち、それらのグロテスクに浸触された谷間はなめらかな平地となって、砂よりもうすこし暗い色を見せている。ディルロには、それが正確に何色というのかはよくわからなかった。砂、あるいは埃というものは、どんなものでも地球上でいうならば明るい茶褐色から赤までの間に入るのだろうが、緑色の光を放つこの太陽の下では、まるでこどもがごちゃまぜに塗りたくったような、なんとも得体の知れぬ色になって見えるのだ。
「見たくなるという景色じゃないな」
とディルロが言った。
ゴメスはなにやらスペイン語でぷつぷつ言った。船橋に戻って、二人の肩越しに外をのぞいていたケインは笑いながら言った。
「だれかが、どいつもさがしにこない場所になにかをかくしたいと考えたとすりや、ここほど手頃な場所はないぜ」
ボラードの声が、連絡通報機《インター・コム》からきこえてきた。
「なにか見えたか!」
ディルロが何も見えないと答えると、彼はつづけた。
「つきが回ってるのもあとちょいとだろうぜ。もうすぐ宇宙艦が戻ってくらあ」
「お祈りをやっているところだ」
ディルロは言った。
「今できるのはそれしかないからな」
彼らは、なにか光でもみえないものかと惑星の夜の部分へとまわり込んだ。しかしなにひとつとして、それらしいものも見えないので、コースをふたたび夜明けのほうへととった。バラ色の代りに、この惑星のあけぼのはブドー酒から硫酸銅のような色の光にみちている。朝の地帯をぬけて、高々と太陽が昇りきったあたりへさしかかったとき、眼の前に、まるで押しよせる砂の波を押し返すように砂丘の中から黒々とそそり立つ一連の山脈があらわれた。その山脈の向う側 − 山脈そのものによって風が食いとめられているために、まるで娘の頬のようなやわらかな平地が扇状に展開している風下側に−−−彼らは、これまで自分たちがさがし求めてきたそのものを発見したのであった。
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ひと目見た瞬間、ディルロはこれこそそれ以外の何物でもないと思った。まったくの話、それはケインがヴォホルの倉庫にもぐり込んで写真をとり、分析機に記録をとりそこなったあのとき以来、無意識に彼がこんなものにちがいないと考えついたもの、そのものずばりだったのである。
それは宇宙船であった。もちろん彼の理性は、それが宇宙船である筈はないとさけんでいた。あまりにも大きすぎるのだ。しかし彼の眼の前にあるものは、まざれもなく宇宙船そのものなのだ。
その宇宙船は、彼がかつて見たどんな|もの《ヽヽ》にも似ていないし、それどころか、想像さえしたこともない奇怪な形をしていた。いかなる惑星といえども、そんな巨大な宇宙船を、その惑星の表から進発させることは不可能にちがいない。その船は、宇宙空間のどこか、名状しょうもない虚面空の闇のどこかで、われわれの知るよしもない奇怪な生物の手によって徐々につくられていったひとつの天体 − 属すべき太陽も、仲間となる惑星も持たずに、ただ、虚無の空間をあてどもなくさまよう天体そのものなのである。それはほそ長く、そして暗くとざされた空間を包含し、さだめられた軌道などなく、ただむなしく漂流をつづけてきたのにちがいない。長い長い旅。そして今、ついにこの荒涼たる惑星に漂着し、その巨大な船体は破壊され、動力は失われ、乗員は死に果て、どことも知らぬこの惑星の砂になかば埋もれてしまったのである。
ケインはしずかに言った。
「やつらが隠してたのはこれだな」
「どこからやってきたんだろう?」
ゴメスが言った。
「おれの知っている惑星のもんじゃない」
「あんな大きな船は、おれたちが往来している星系の問で使われるわけがない」
ディルロが言った。
「あんなものをつくるような技術は、この銀河系のどこをさがしたってないぞ。どこか外からやってきたな。たぶん、アンドロメダか……もっと遠くからか」
「おれが考えるに、あいつはどこか惑星の上に着地するなんてことを、まったく考えに入れずにつくられているぞ《》…………その惑星の重力だけであっさり破壊してしまうぜ」
ケインが言った。
「みろ!」
ディルロが口をはさんだ。
「やつらはこっちを見ている」
崖の基部に、金属とプラスティックでつくられた小さなドーム群が見える。こちらの船が高度をさげると同時に、男が何人かその中から駈けだした。他の一群は、怪物のようなその宇宙船の破れた部分に姿をみせた。それは、島宇宙と島宇宙の間の断崖をとび渡ろうとして死んだ、巨人の死体の上を這いまわる蟻をおもわせる。
ディルロは、連絡通報機《インター・コム》を通して鋭く全員へ命令をくだした。
「着地と同時に行動を開始する。あの連中は民間人の専門家だろうが、抵抗するものもあると思われるし、警備兵かもしれない。麻痺銃を使って、止むを得ぬ場合を除いて相手を殺すな。ボラード……」
「はいよ、ジョン!」
「砲座に人員を配置してこっちを掩護しろ。拠点を押えたら、できるだけ早く両方の船のまわりに防御線を確保する。あの大きな船のできるだけ近くに接地するつもりだ。そうすれば、宇宙艦が戻ってきてもやつらの重火器じゃ、あの大きな船をまきぞえにしない限り、こっちの船を攻撃することはできない。そいつをあえてやるとは考えられん。必要な人間をあつめろ、ボラード。
いくぞ!」
そして彼らの宇宙船は、赤味を帯びた緑色の平地に着地した。すぐそばに横たわる巨大な宇宙船は、そそり立つ金属製の山脈でもあるかのよう。エアロックをひらくとともに、ディルロは外人部隊の先頭に立って船外へ走り出た。ケインは、忠実な猛犬のように彼と肩をならべて走る。
ヴォホル人の技術者たちはひどくおどろいて、なにやらさけび声をあげながら逃げまどうが、べつに抵抗する様子はない。やつらはあまり邪魔にならんな、ディルロがそう思ったとき、彼はべつの一団に気がついた。
二十人ばかりのヴォホル人である。ヴォホル人独得の、白髪で制服をつけたその姿は緑色の光の中でひどく醜悪に見える。彼らは巨大なその宇宙船の中から出てきたらしい。おそらくその内部に住み込んで、彼らの社会の無法者がやってきて、勝手に内部のものを持ち出したりしないように見張っているにちがいない。彼らは光線銃《レーザー》を手にしており、プロじみた正確さで一気にこちらへ突進してくる。
ボラードが船内からガス弾を一発発射した。彼らの船は、それほど重装備の火器をもってはいない。なにしろ、戦場への人間を送り込むことを主目的とした船なのである。しかし、敵地の真ん中へ離着陸をすることを余儀なくされる場合もあるので、防御用の火器をすこし持っているだけなのだ。非致死性のガス弾は、攻撃してくる集団を乱すのには、非常に効果的な兵器であった。
ヴォホル人の兵士たちは激しくせき込み、眼をおさえながら、のたうちまわった。一発目で、大部分の連中は光線銃《レーザー》を放り出していた。なにしろ眼をやられて目標も見ることができないのに、へたに発射すれば同士射ちをやるだけのことなのだ。二発目は、すこしおくれてやってきた一団をあっさり片づけた。マスクをつけた外人部隊は、たちまち彼らの武装を解除し、ぐるりととりかこんだ。他の連中は民間人たちをとり押さえ、ドームの中にかくれているのではないかと、内部を捜索しはじめた。
「さて」
ケインが言った。
「わりと簡単に片づいた」
ディルロがなにかつぶやいていた。
「あまりたのしくはないように見えるぜ」
「これからの仕事は、そんなになまさやしくはないぞ」
ディルロが言った。
「もしもうまく行けば報償は欲しいだけやる」
彼は空を見あげた。
「あの宇宙艦がいつごろ戻ってくるかをつきとめただけでも、たんまりはずんでやりたいくらいだ」
ケインはべつに答えもせず、空を見上げもしなかった。ディルロはボラードと手早く連絡をとり、乗組員たちを防御陣地に配置し、船に積んでいる武器はひとつのこらず、商売用のサンプルも含めてすべて搬出し配給した。そして、土木工具を持った連中はそれらの兵器の砲座を組み、砂中に暫壕用の大穴を掘った。他の一団は、これまであちこちの戦場で大いに役立てた硬質軽合金製の防護柵をかつぎ出し、要所要所に組み立てた。彼らがてきぱきと汗を流しながら立ち働いている間、ディルロはただ、じっと空を見あげたままであった。
陰うつで無気味にどんよりとした空である。太陽は、まるで溺死体の顔をおもわせる−−また溺れたときの記憶だ − 星雲を形成するガスや、こまかい挨が螢火のようなぼんやりした光を放つのだ。宇宙艦の姿はない。風がはげしく吹きすさぶ。彼らのいるあたりは、そそり立つ崖によって完全に遮断されてはいるが、崖の上部の尖峰を吹きすぎる烈風がひきさくようにかん高い悲鳴を立てつづける。そしてこまかい砂挨が舞いおりてきて眼や耳、ロ、それから服の中、べたつく肌にまでまつわりついてくる。
ディルロは、あたりの空気の味や感触、足元の大地の感じなどから、その異星の状況を察知することに通暁していた。この惑星は冷たく、砂っぼく、刺すような敵意にみち、大気は呼吸可能だがいやな匂いがする。ディルロはこの惑星が好きになれなかった。ここは、すべての生命の存在を拒否し、未来永却、ただ、自分だけの荒涼さを保つことを好んでいるように思われる。
ここに住むものはなにもない。だが、ある日、あるとき、なにか、だれかが、なにかの理由でここにやってきてそして死に絶えたのだ。
ボラードは、やっとこさ防御陣地を完成し、配備を完了したと知らせてきた。ディルロはふと振りかえって、そそり立つその山肌に眼をやった。防御態勢をつくるのに忙殺されながらも、彼ははやり立つその心の奥によどむ異様な、謎めいたつめたきを意識していた。
「ピクセルはレーダーについているのか?」
「ああ、まだなにも捕捉していない」
「やつと連絡を絶やさないようにして、眠けにとりつかれないようにしろ。ケイン……」
「え!」
「民間人どもの中から計画の責任者をみつけ出して、おれのところへつれてきてくれ」
「あんたはどこにいる?」
ディルロは、深く息を吸ってから言った。
「あそこの中だ」
ヴォホル人たちは、その巨大な宇宙船の船腹の破れた部分のひとつに、にわかづくりの桟橋をかけていた。他の裂け目には厚いプラスチックのシートがかけてあって、風や砂埃が吹きこむのを防いでいる。 ディルロは、入口へつづく砂でざらざらした階段をのぼり、そして、|他の《ヽヽ》世界へ入っていった。
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無気味におおいかぶさるような船体の下を、ケインは、ヴォホル人があつめられているドームのほうへ歩いていった。彼はそのときべつのことを考えていた。あの、凝固したような空のはるか奥深いところにいる二隻の重装備宇宙艦とスターウルフの宇宙船の編隊……戦闘はどうなったか、誰が死んだか。
彼らが船内で全部やられたなどと考えるのはいやだった。彼はスターウルフたちを憎んでいる。彼はやつらが死ぬといいと思う。出会わしたが最後、やつらほ情容赦もなしに被を殺しにかかることもわかっている。だが、しかし……。
外人部隊の宇宙船ですごしたこの日々は、考えようによっては、彼にとってもっとも苦い日々であった。お前が自分とおなじ種族と戦うことになり、彼らに戦法を伝授し、激励し、そして戦闘をいどむなどというのはすべて間違ったことなのだぞ……。ケインにとってすべての物事が自分にとってすっきりと、なんのかかわりもなく進行したことなど、これまでただの一瞬たりともなかったのである。 − 彼はスターウルフである。彼はたくましく、そしてその事実に誇りをもち、血縁で結ばれた仲間を持っていた。彼にとって、銀河そのものは昂奮と獲物にみちあふれたすばらしい場所であり、そのなかで彼らは縦横無尽に暴れることができたのである。
そして今、彼は兄弟たちに裏切られたのが原因で、羊の群に投じることを余儀なくされ、それだけでも悪いというのに、さらにそのうえ、彼はその羊たちの一人に好意を抱きはじめる破目におちいっているのである。ディルロはなみの人間のくせに、根性《ガッツ》を持っているただ一人の存在だと彼は思った。あそこまでやれるやつは、スターウルフのなかにだっていないだろう。心の中でそうつぶやくことさえ、ケインはいやだったが、しかし、それは事実なのだ。
くそったれ。やつらは今頃どうしているだろう。あの小回りのきく高速宇宙艇は、ヴォホルの宇宙艦に噛みつき、そして食いちぎりつくしただろうか? かなりこっぴどい眼にはあわせたのはたしからしい。これは間違いのないところだ。さもなければ、もう一隻の宇宙艦が救援に急行するわけはない。ケインは心中にわきおこる罪深く、そして誇らしいその思いに苦笑した。ヴォホル人たちは、スターウルフに侵入された危機を食いとめるのとひきかえに、この惑星をそっくりそのまま外人部隊にさし出したのである。
重装備の宇宙艦一隻なら、スターウルフたちも料理できるだろう。しかし二隻は無理だ。
− おれはあそこにもどるべきだったのだ……。
と彼は思った。
− お前たちを助けるために……。宇宙艦がお前たちを捕捉したことをよろこび、二隻目がお前たちを原子にまでばらばらにしてくれることを祈る代りに……。
もしも彼らが戻ったとすれば、スターウルフたちは、彼とディルロと、そして他の連中をみんなひとまとめにして、たちまち粉々にしてしまうにちがいない。
そう、いずれにしろその事実が、彼の直面している問題に対するひとつの解決になっていることはまちがいなかった。彼は自分の心中をあれこれ、せんさくするという作業を軽蔑し、これまでになったこともないこの気分を拭い去ろうと試みた。
気がつくと彼は、ドームの前に立っており、そのまま中へ入って行った。ヴォホル人たちは広間か、あるいは普通の部屋らしいところへひとまとめにして集合させられ、セッキネンとその部下三人が麻痺銃をかまえて看視していた。なかばヒステリー状態でわけのわからぬことをわめきたてる連中をかきわけ、セッキネンに対してディルロの趣旨を伝え、それを銀河標準語《ガラクト》で全員に言うにはしばらく時間がかかった。やがて、しわくちゃな青い服を着て、やせこけた一人の学者風のヴォホル人が進み出てきた。そして、彼らを見下すような横柄さと、それからだしぬけに腕づくで物事を解決しようとする男たちの一群にぶつかった学者のおどろきとが、ちょうど半分半分に入りまじった表情で、彼はじっと二人をみつめた。そして自分の名がラブティプディンだとなのり、この調査計画の責任者だといった。
「しかし」
彼はつけ加えた。
「このことははっきりさせておきたい。私はいかなる形においても、あなたがたに協力する意志はない」
ケインは肩をすくめた。
「そのことはディルロに直接いうんだな」
「逃がすなよ」
セッキネンが言った。
「逃がさない」
ケインはラブディプディンの腕をとると、そのヴォホル人が痛みに顔を歪めるほど、ぐいと力をこめて握りしめた。人間とは信じられぬほどの力に、彼はひどくおどろいている。ケインは彼に微笑をしながら言った。
「いざこざはおこしたくないんだ。おとなしくおれについてこいよ」
ヴォホル人はついてきた。ドームの外に出ると、おおいかぶさるような船体の下のつめたい砂の上を、彼は体をかちかちにこわばらせたまま、ケインのすぐ前を歩いた。こいつは長さ一マイルあるな、とケインは思った。そして高さは四分の一マイル……これが、どこかに着地することなど、まったく考えに入れずにつくられているのは、ここから見るとはっきりわかった。
彼は心が昂ぶってくるのを感じた。この船はなにものなのだ? どこからやってきたのか? なんのために、そして、中には何を積んでいるのか? スターウルフの鋭い嗅覚は、そこに獲物の匂いをかぎつけた。
しかしそのとき、この仕事の采配《さいはい》をふるっているのがディルロであることに気がついて、彼の意気ごみは急に消えうせた。ディルロは所有権とか倫理とかいうやつについて、妙な考えを抱いているのだ……。
彼は階段を昇るヴォホル人の体を支えるように力を貸してやりながら、ハッチへ近づいていった。その行きどまりで、ハッチとの間には二十フィートほどのすき間がある。下は一気に砂の面までなにもない。そのすき間の渡り板をわたりきって船内に入ると、船首から船尾へと、ケインの眼が届く限り連絡通路が走っている。そしてヴォホル人の手によって、作業灯がそこここにとりつけられていた。つめたく、ほそぼそとしたその光はひどく場違いな感じで、まるで鯨の体の中でヨナ(旧約聖書にある鯨にのみこまれた男の話)がマッチでもすったような気分である。通路の壁面をおおっている板は、彼がヴォホルの倉庫のなかでみたものとおなじ、あの白っぽい黄金色の金属である。かなり高張力の材質らしく、あちこちがへこんだり曲ったりはしているものの、他の場所にくらべてその損傷はすくなく、破壊しているところはまったくない、廊下全体はすこし昇り気味になっているが、床は上ったり下ったりしている。ここもおなじようにまったく破損していない。
船の内側にあたる壁面は、五十フィートごとくらいに入口がついている。ケインは手近かなひとつから中に入ってみた。
そのとたん彼は、宇宙博物館とでもいうべき大部屋の中空から、まるで鳥のように止り木にとまって下を見下ろしている自分に気がついた。
彼はそこが一体どのくらいの広さなのか、見当をつけることはできなかった。上ははるか上部まで、下はおそらく地表の砂の面とおなじ高さまで、そして左右は、はるか向うがぼんやりかすむところまで、そのそこここに不釣合な作業灯がぽつんぽつんと光っている。
彼が立っているのは狭い通廊である。上にも下にもたくさんの通廊があり、その間をまるで蜘蛛の巣のように連絡通路が走り、垂直にはカゴ型の昇降機によってつながれている。それらの昇降機と通路は、まるで異様な都市のビルでも連想するように、整然と上下にしわけられた各層にぎっしりとつめられている品物へと近づけるように設計されている。その白っぽい黄金色の金属でつくられている通路は、ここでもその材質の強さを物語っていた。もともと完全な対称形につくられている通路は、外力をうけて曲り、ねじれているものの、どこか下部の見えないところに破壊したところがあるかもしれないのを別とすれば、とにかく全体として完全にもちこたえているのだ。
そしてそこにつめられている収集品の量たるや、スターウルフの四世代分ぐらいをもまとめて驚喜させるほどのものであった。
ケインは圧倒された思いで声をひそめ、ラブディプディンへ言った。
「こいつらは宇宙最大の掠奪者だな」
ラブディプディンは、軽蔑の極みといった表情で彼を見返した。
「掠奪者ではない。科学者だ。知識の蒐集者《コレクター》だ」
「なるほど」
とケインは言った。
「わかったよ。誰がやったかによって、言いかたは変わってくるわけだ」
彼はかしいだ通路を手摺につかまって、ラブディプディンをせき立てながら前へと進んだ。もっとも手近かな棚の透明な窓からのぞいてみると、中はぼんやりとしていて何も見えない。厚いプラスチックが割れて散乱している。通路のかなり先である。彼は急ぎ足でそこへ近づき、衝撃防止用らしいクッションがついた箱がぎっしりとつめこまれている部屋の中に入った。
宝石の箱 − ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、銀河系に産するありとあらゆる宝石や宝石に類するものがすべて入っている。それらにまじって他の岩石、花崗岩、玄武岩、砂岩、大理石、その他もろもろ、彼の見たこともない岩塊までが入っている。あらゆる石が、全部ひとまとめに。 工芸品の箱 − ヘラクレス星系の市場によく出ている白色鋼《シルバー・スチール》の刃と、ていねいな彫刻を施した柄をもつ曲刀、どこか未開人の手になる無細工な斧、針、ピン、ポット、バケツ、精巧な浮き彫りと宝石のかざりがついた黄金製の兜、革帯の金具や輪、ハンマー、鋸……ごちゃごちゃだ。
「これはほんの一部の標本にすぎない」
ラブディプディンが言った。
「あきらかに、彼らはあとで整理するつもりだったのだ。時間ができてから……たぷん、帰りの航海の途中で」
「帰り − どこへ帰るんだ?」
ケインが聞いた。
妙に不安なようすで、ラブディプディンは答えた。
「われわれにはまだわからない」
ケインは手を伸ばし、宝石の入っているケースに触れてみた。プラスティックの蓋は指先につめたく感じられるが、赤や線やさまざまな光を放つその宝石にはまるで生きもののようなぬくもりがあるのだ。
ラブディプディンは苦々しい教笑を洩らした。
「これらのケースは自動装置《パワー・オペレイテッド》がついている。あなたが手を伸ばしてこの小さなレンズの上にくると、蓋がひとりでに開くのだ。今はもう動力がきれている。開けるならこわすしかない」
「今はそれをやってるひまがない」
ケインはそういって溜息をついた。
「ディルロをさがし出さなけりゃ」
二人は、わりと簡単に、すこし先でゴミの箱の山に見入っているディルロと出会うことができた。
「土壌の標本だ」
ラブディプディンが言った。
「他にもたくさんある。植物、水、鉱物、そしてガス……たぶん、彼らが訪れた惑星の大気の標本だろうと思われる。あらゆる種類の工芸品がそれこそうんざりするほど……」
「兵器はどうだ?」
ディルロが聞いた。
「あつめられた工芸品の中に、いくらか武器がまじっているが、進歩した種族は永久的に武器を放棄しているから……」
ディルロが言った。
「おれの質問をはぐらかすな。なにをあつめていようと、そんなことはおれの知ったことではない。おれはこの連中の兵器、この船に積まれている兵器に用があるだけだ」
ラブディプディンは唇をじっと噛み、それからまるで憎しみにあふれているかのように、一気にしゃべりまくった。
「われわれはこの船の中で木箱の中にある使用不能のものを除いて、いかなる兵器も発見していない」
「お前がうそを言ったからといって、おれは責める気はない」
ディルロが言った。
「お前たちの同胞に向って使われる兵器のことを知らせる気にはなるまい。しかし星団の半ば以上では、お前たちがここで何を確保しているかでもちきりなんだぞ……カラル星系を征服するための超兵器とやらのことでな」
ラブディプディンの頬に、かすかな桃色があらわれた。この大理石のような肌をした連中にとって、それが赤面とおなじ意味をもつことをケインは知っていた。絶望を示すように、彼はにぎりしめたこぶしをはげしく上下に振った。
「兵器」
彼は言った。
「兵器」
その声はちょっとつまった。
「わたしたちの政府は、彼らの兵器をみつけ出そうとして、何度も何度も何度もせきたてた。しかし、なにもないのだ! 兵器に関するどんな記録ひとつ、まったくみつかっていない。クリイ人は兵器を使わんのだ! わたしは何度もそう説明するのだが、ぜんぜん信用しょうともしない……」
「クリイ人?」
「この船をつくった……種族だ」
彼は両手を荒々しく払って、蒐集品の山をさし示した。
「このすべて、ここにあるすべての中には、ひとつたりとも生物は入っていないのだぞ。鳥一羽、動物一匹、魚もいなければ虫けらもいない。彼らは生命を奪ったりしないのだ。あなたがたに見せたいものがある」
彼は二人からはなれると、なかば走るように出て行った。ディルロはケインをちらりと見た。二人はその男の荒々しさにあっけにとられ、そして、その言い分については半信半疑で思わず肩をすくめあった。
「やつから眼をはなすな」
ディルロがつぶやくと同時に、二人はヴォホル人のあとを追った。すこしゆっくり歩くディルロをのこして、ケインは金属の通路 − かなり長くつづいている − をラディプディンのかかとすれすれにくっついて歩いて行った。
彼は、二人を作業用昇降機のところへつれて行った。ヴォホル人によってとりつけられたものらしく携帯用の発電機によって運転されている。三人をのせたその昇降機は、ぐんぐん下へ下へと降りつづける。銀河系内のすべてのガラクタが層をなして彼らの眼前を通りすぎて行く。やがて昇降機がとまると、ラブディプディンは二人を長方形のひろい部屋へ案内した。あきらかにこの船の司令所だったらしく、今はヴォホル人の技術者によって同じ目的に使われているらしい。
もとから使われていた家具のいくつかはそのまま置かれているが、ヴォホル人はそれを仕事がしやすいように片づけていた。ケインは、その家具をひと目見たとたん理由がすぐわかった。そのテーブルは、自分が巨人の国へまよいこんだ子供ではないかと錯覚をおこすほど高いし、椅子のほうは細い彼の腰でさえ入りきれないほど細い。ヴォホル人が自分たちの体にあうものを持ちこんでいるのも無理はない。
その椅子とテーブルは、長い期間にわたって使われたらしく、そのあちらこちらがつるつるに擦れて光っているのに彼は気がついた。誰か − あるいは|なにか《ヽヽヽ》がここにすわって、どうみても人間の指向きではないたくさんのキーをあれこれと操作したのにちがいない。そのキーのつまみの部分もまた、擦りへってぴかぴかになっているし、椅子の尻があたるところも深くくぼんでいる。
「どのくらいの期間だったんだろう?」
ケインが聞いた。
「おれが言うのは、この連中はどのくらいの期間にわたって、この船で旅をしてきたのかという意味だ」
「馬鹿げた質問だ」
ラブディプディンは辛らつな口調で言った。
「期間とはどんな期間の意味だ? 彼らの尺度でか、それともわれわれのでか? 何年、何十年、ひょっとしたら数カ月。それは私が知りたいよ。私が知りたいのだ! ここを見たまえ」
彼は、例の白味をおびた黄金色の金属でつくられた、かなり高い台座のようなものの前に立った。その正面には複雑なキーがずらりと並んでいる。
「これは独自のエネルギー源を、船そのものとはべつに持っている」
彼はそういいながら手をそのほうへと伸ばした。
ケインはとっさに、ラブディプディンの首をうしろからとらえてしずかに言った。
「いいか。こうやって指先でしめるだけで首根っこがへし折れるのだぞ。気をつけろよ」
「いいかげんにしてくれ」
ラブディプディンがわめいた。
「兵器、兵器! お前たちはヴォホルの連中とおんなじだ。兵器のことしか考えられないのか!」
台座の上の空間になにかきらきらした光があらわれた。ラブディプディンはディルロのほうへ向かって言った。
「つづけさせてくれるかね?」
ディルロは、あたりの気配をうかがっているところだった。ヴォホル人たち、室内、ケイン、無気味な通廓とここに並ぶわけのわからぬ装置やあの標本類。彼は船外のようすをもうかがっているように見えた。心の中にあの気味のわるい緑色の空を思いうかべ、宇宙艦はいつ頃あらわれるのだろうか − と。そして船内を包み込むおそろしいばかりの静けさにも耳をすませた。
彼がうなずいてみせると、ケインは一歩うしろへさがった。ラブディプディンはなにやらロの中でつぶやきながら、奇妙に細くて長い棒が指のようについた手袋をとりあげた。彼は両手にそれをはめると、ずらりと並ぶキーをその棒の先でこまかく操作しはじめた。
やがて台座の上の輝きが三次元映像の形をととのえた。ケインはそれをみつめながら言った。
「なんだ! あれは?」
「地球人のくせに知らないのか?」
ラブディプディンが言った。
「あれは地球で記録したものだ」
ディルロが言った。
「あれは地球の鳥の一種だ。しかし、お前はなんのためにそんなものをおれたちに見せるんだ?」
ラブディプディンは憎らしそうに言った。
「私の言ったことを証明するためだ。クリイ人たちは生命を奪ったりしなかった。なにひとつとしてだ。彼らは映像だけを蒐集したのだ」
彼は何本かのレバーを乱暴に操作した。と同時に次々と、あたらしい映像があらわれては消えた……昆虫、魚、みみず、蜘蛛。ラブディプディンは装置を切ると、手袋をはずしながら二人のほうをふりむいた。彼はケインとディルロの顔をじっと見つめた。その学者らしい倣岸さの蔭には、苦悩とやつれが見える。
「私は、だれかにこのことを信じてもらいたいのだ。ある種の自衛のための装置はもっていたように思われる。船そのものを包む強力なスクリーンだ。しかしわれわれは、それを作動させてみることができない」
ディルロは首を振った。
「ここでは作動しないんだろう。かりにお前たちが動力源を用意したとしてもな。宇宙空間では作動しても、着陸したときはだめなのだ……力場《フォース》は一瞬で接地して消えてしまうのだ」
ラブディプディンが言った。
「われわれの技術者もそう言っている。しかし、いずれにしてもこのことだけははっきりしている……クリイ人たちは攻撃用兵器を使わないのだ!」
ケインは首を振った。
「そんなことは考えられん」
「おれは、この男のいうことを信じはじめてるんだ」
ディルロが言った。
「クリイ人 − とお前は言ったな? お前は彼らの記録を解読したのだな」
「いくらかは」
ラブディプディンが認めた。
「われわれは、ヴォホルきっての言語学者をここへ連れてきて、解読にとりくませている。はっきり言うが、政府は、われわれをへとへとになるまで、つつきにつついて、彼らの欲しているもの、惑星そのものをまっ二つにできるような兵器をさがし出してこいと要求する。この宇宙船のこと……あるいはわれわれがここから手に入れることができるかもしれない知識のことなど、その半分にも考えていはしない」
彼はその手をいとしげにテーブルの縁へ伸ばした。
「これは他の銀河系、他の宇宙からやってきた物質だ。まったく違った原子構造だ……まったく異質の生命形態だ……それを調べるチャンスなのだ! だというのに、われわれは存在しもしない兵器をさがし出す作業のために、空しく時を浪費しなければならないのだ。あまりにも失うものは大きい……」
「他の銀河系か」
ディルロが言った。
「まったく違った原子構造……すこしわかってきたぞ。この……クリイ人とかについて、どのくらいのことが判明したんだ?」
「彼らは学問にすべてを捧げている。彼らがあらゆるものを調べあげるという計画のもとに出港したことは明らかだ……ある研究員は他の船もおなじ目的 − つまり標本を蒐集するために、他の銀河系へと向かっているのではないかと推論している。彼らの技術水準は信じられぬくらいに高度なものだ」
「それでも遭難した」
「厳密にいえばそうではない。むしろ強行着陸というべきだろう……それにもちろん、この船自体がどこかへ着陸するようにはできていない。なにかが起ったのだ。船の主要部分の損傷はわずかだったらしく、事故に関する記録はごく簡単なものにすぎないが、その際に動力槽《パワー・セル》の一個が爆発したらしく、そのために彼らの生命環境維持系統が破壊され、母星にまで帰りつくことが不可能になってしまったらしい。もちろん、この銀河系内にその部分を修理する設備や交換する部品などあるわけがない。そこで彼らはこの惑星をえらんだらしい。誰も住まず、孤立しており、星雲の中にかくれているからだろう……そしてヴォホルの探鉱者が貴金属をさがしているうちに、この船を発見したのはまったくの偶然だったのだ」
「墓場にはふさわしい場所だからな」
ディルロが言った。
「この残骸の中でクリイ人の死体は発見したのか?」
「発見した」
ラブディプディンが言った。
「たしかに、何体も発見した」
彼はディルロを無気味な眼つきでみつめると、こうつけ加えた。
「ただ………私には彼らが死んでいるようには思えないのだ」
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三人は、船の奥深いところを長い通路に沿って下って行った。足音が周囲の金属壁に遠くまで反響して、死んだような静寂をやぶる。このあたりまでくると作業灯はまばらで、かなりの距離をおいてぽつんぽつんと光っているだけである。
「このあたりには、ほんの時たましかやってこないのだ」
ラブディプディンが言った。彼は声をひそめている。まるで二人以外の誰かに盗み聞きをされるのがおそろしいかのようである。はじめの敵意むき出しの態度にくらべると、おどろくほどの変わりようである。
− 彼は気の進まぬ仕事を強制されているのだ。
ディルロはそんなことを考えた。
− がんじがらめの秘密作業に追いまくられている身にとって、誰かと話をするということは、たとえ相手がおれたちだとしても心のやすらぎになるのだろう。彼はあまりにも長いこと、この船の中に幽閉されてきたのだ。いや幽閉というよりも、埋葬といったほうがいいのかもしれないそれもなにかといっしょに − だ。|なにか《ヽヽヽ》−−なんだかわからぬが、今から見に行くその|なにか《ヽヽヽ》こそは、こうしてこの男の肩をがっくりとおとさせ、階段を下る一歩一歩を重くひきずらせる|なにか《ヽヽヽ》なのだ。彼がいま狂いだしたとしても、べつに不思議はない。
足音はディルロの耳に異様なほど大きく響き、そして、なにか危機を含んでいるようにさえ感じられる。彼は、あたりをすっぽりと包みこんでいる巨大な船腹の暗闇にひそむ静けさの中に、じっと耳をすましていた。彼は自分の小ささを見せつけられる思いがした。名も知らぬ巨大な山塊の内部に忍び入った虫けらのような思いである。それも害虫、不敵にも他の所有に属するだれか、あるいはなにかを解放しようとたくらむ害虫なのである。
ディルロはケインが今何を考えているのだろうと思った。彼があたりに圧倒されている気配はまったくない。黒い眼はいつもとおなじように輝いており、周囲のすべてに全神経を走らせ、そして周囲のすべてに興味を示してはいるが、なにかものを深く考えているようすはぜんぜんない。だが人間たるもの人生を生き抜くためには、そんな生活態度までのぞむほうがよいのかもしれない。毎日毎日、時々刻々、自分の前にあらわれるものを、なにも心配せず、その裏をせんさくなどしないままに、静かにうけとめるほうがよいのかもしれない。おれはいつも余計なことまで考えるから、物事がこんがらがってしまうのかもしれないのだ。
それとも、このケインというやつは、いつも見掛けそのままの単純な男なのだろうか? ディルロは、突然それが気にかかりはじめた。
ラブディプディンは手をあげて二人を制止した。
「もうすぐだ」
彼はささやくように言った。
「どうぞ慎重に進んでほしい」
なめらかな床と三方をとりかこむ壁面とは、つぎめが重ねあわさったみじかい円筒の連続となった。
「衝撃を吸収するためにこうなっている」
ラブディプディンは、両手でバネの状態を説明してみせた。
「この部分は可橈性《フレキシブル》のある構造材によって支えられているから、船体そのものが破壊してしまうような事態となっても、この部分にはなんの被害もうけないですむのだ」
ディルロはつまずかぬように、一歩一歩、足を高くあげながら用心深く前に進んだ。
彼らは戸口の前に立った。扉はひらかれているが、ヴォホル人のとりつけた作業灯はますます少なく、あたりは一段とほの暗い。入口はひどく高く、そして幅はせまい。ディルロが中へ足を踏み入れたとき、両肩が戸口の枠にひっかかった。
彼は彼なりに、これから眼に入るものがおよそこんなものかもしれぬという、いくつかの予想を持ち合せてはいた。だが、そこで彼が現実に見たものは、そのどんな予想ともはるかにかけはなれたものであった。
彼のそばでケインがヴァルナ語のさけびをあげ、彼は無意識に手を麻痺銃へと伸ばした。
− もしもやつが本物の狼《ウルフ》だったら。
ディルロは心の中でつぶやいた。
− きっとやつは耳を立て、毛を逆立て、そして尻尾を腹の下に巻き込みながら唸りをあげたにちがいない。おれ自身の感じもまさにそのものずばり……いや、もっと正確にいえば、夜間のただなかでしのびよる恐怖におびえる小猿の気持 − とでもいうべきか……。
とにかく、そこにあるのは恐怖そのものであった。理性的な恐怖 − つまり生き延びようとするメカニズムではない。断じて違う。このおそろしさは理屈もなにもなく、肉体が萎縮してしまうようなおそろしさ、まったく異質で異様なものに直面した原形質そのものが、排他的に収縮してしまう − そのおそろしさなのである。
彼には、ヴォホル人がクリイ人のいるこの場所へきたがらぬわけがよくわかった。 そこには、大ざっぱに見積って百ほどの個体がいた。彼らはずらりと列をつくり、高くて幅の狭い椅子に腰かけており、その姿はなにか古代のファラオ(古代エジプトの諸王)を思わせる。下肢はきちんと揃え、指の役目をする細くて長い分肢をもつ上肢は、椅子の肘にかけられている。体にはごく単純な布をまとっているだけで、肌は暗い赤褐色をしているが、その色のみならず、その肉体を構成している物質、そしてその肉体の形そのものさえ、いったい動物なのか植物なのか、その二者の混合したものなのか、それともこの銀河系で使われる手法をもってしては分類不可能なものなのか、とにかくそのどれだとでも考えられるのである。彼らは背が高くすらりとしており、関節や筋肉らしきものはなにもなく、まるで干潟の水中に揺れ動く細い海草の一本一本をおもわせる。
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彼らの顔は、細長い頭についている二つの大きな蛋白色の眼だけによって構成されているようなものであった。呼吸孔は頭の側面にあり、ひだのある小さな口は永遠の黙想にふけっているように見える。
彼らは、みんな眼を大きく見開いて、じっとなにかをみつめているかのようである。百対の眼がまっすぐにディルロの心を熟視しているのだ。
彼はその視線を逃れてラブディプディンのほうへ向き直り、そして言った。
「なぜあんたは彼らが死んでいないと思うんだ? まるで化石みたいに見えるじゃないか」
しかし心の中で、彼はラブディプディンが正しいことを知っていた。
「理由は」
ラブディプディンが答えた。
「われわれの解読した記録のひとつが、ここに非常着陸したあとに彼らが送った通信文だったからだ。それにはこの星系の座標が示されてあり、そして」
彼は神経質に舌で唇をしめしながら横眼で、ずらりと並ぶ彼らの眼をちらりと見た。
「ここで待っていると書いてあるのだ」
「ということは − 彼らが救援を求めたと解釈するわけだな?」
「そのように考えられる」
「それで、助けがくるまでここで待っているというわけか?」
ケインが聞いた。
「おれには救援がついにこないまま、ここに空しく並んでいるように思えるんだがな」
彼ははじめにうけたショックから立ち直り、彼らが危険ではないと判断した。そこでさらにくわしく調べるために、彼は身をのり出した。
「あんたたちは、それをたしかめるのに一人ぐらい解剖するか、テストをするかしてみたか?」
「さわってみるがいい」
ラブディプディンがいった。
「やってごらん、さあ」
ケインは手をそっと伸ばしてみた。手の先は、クリイ人の体から十八インチほどの宙空でなにか眼にみえぬものにぶつかった。ケインはそれに掌をあててみた。
「つめたい!」
と彼は言った。
「いや、ただつめたいんじゃない……氷みたいだ。手がひりひりする。なんだ、こりゃいったい?」
「停滞空間《ステイシス》だ」
ラブディプディンが答えた。
「椅子には、それぞれ動力源がとりつけられている。すわっている人間は、力場《フォース・フィールド》によって時空が凍結された状態に包みこまれている……ちょうど、絶対にこわれないマユのような、泡状の時空歪曲場にすっぽり包まれているわけだ……」
「そいつを、解除する方法はないのか」
「ない。その機構自体が場の中に入っているのだ。これは非常に慎重に計画され、製作された救急システムだ。停滞空間の内部では大気も、食料も必要ない。なぜなら、その空間内では時間が止っているから、彼らの代謝機構も同時に停止しているのだ。もし必要なら、彼らは完全に安全な状態のまま、永久にでも待つことができるわけだ。どんな方法をもってしてもその中に侵入したり、害を与えたりすることは、できないのだ。もちろん、われわれは害を与えたいなどと考えたりしない」
ラブディプディンは、クリイ人の姿を飢えた目つきでじっとみつめた。
「彼らと話す、彼らから学ぶ、彼らがどんなふうに考えるのかその機構を知る − われわれはそれだけを望んでいるのだ。そして希望が−−−」
彼はそこで言いよどんだので、ディルロが言った。
「どんな希望だ?」
「われわれの惑星社会最高の数学者や天文学者たちが、時間の問題のいとロをみつけようとして努力した。つまり、彼らが救助を求める通信を発信したのがいつのことだったのかを解釈し、救助船がやってくるまでに、どのくらいの期間が必要だと彼らが考えていたのかをつきとめようというわけだ。それはなまやさしい仕事ではない、しかし、学者たちは、救助船が到着する時期について、四つの可能性があるという結論に達したのだ。そのうちのひとつは……ほぼ、今頃にあたるのだ」
ディルロは首を振った。
「おれにはとてもついていけたもんじゃない。銀河間宇宙船の中に入って、その乗組員全員がおれをみつめているのに出会わして、今度は銀河間宇宙船がもう一隻こっちへ向かっていて、おまけにそいつが間もなくここへ到着するというんだな?」
「どうだかわからない」
ラブディプディンは絶望的な面持ちで言った。
「可能性があると推測されている四つの場合のひとつにすぎないし、今″といったところで、それは昨日かもしれないし明日かも、あるいは来年かもしれないのだ。しかし、ヴォホルの政府がわれわれをせき立てる理由はそれなのだ。もしも……だが私自身に限っていえば、われわれがここにいる間にやってきてほしい。そうすれば、彼らと話をすることができるのだ」
ケインは微笑した。
「やつらがやってきたとき、持ち船の中をかきまわしたといって、やつらが腹を立てるかもしれないとお前さんは思わないかね?」
「そうかもしれない」
ラブディプディンが言った。
「しかし、彼らの中には科学者がいるにちがいない。彼らは理解してくれると思う……われわれが武器以外のことについて知りたがっていることを。おそらく彼らは、われわれがかきまわさずにはいられなかった気持をわかってくれると思う」
彼はまたじっと黙りこくり、それから悲しそうに言った。
「すべては大変な浪費だと思う」
そしてつづけた。
「見当遣いの目標にむかってがむしゃらに突進する。ほんの僅かなことでも他の銀河系について知ることができるという貴重な機会だというのに、ヴォホルの馬鹿な官僚たちは、カラル星系とのけちくさい戦争のことしか考えようとはしないのだ」
ケインは肩をすくめた。
「人間それぞれに考えがあるさ。カラル人だって、他の銀河系五十個分の知識よりゃ、ここに超兵器なんてものはなにもないという知識にとびつくだろうしね」
「カラル人というのは」
ラブディプディンが言った。
「無知で偏狭な連中だ」
「あいつらは本当にそうだな」
ケインはそう言って、ディルロのほうへ振り向いた。
「クリイ人ってのがどっちの味方にもならないのがはっきりしたからにゃ、外へ戻ったほうがいいんじゃないのか?」
ディルロはうなずいた。そしてもういちど振り返り、その、生きているのでもなければ死んでいるのでもない状態のままで、ただじっと再生の時を待っているその生物たちに眼をやった。彼はそのとき、なにか異様な、その生物の姿かたちなどよりもはるかに異様な、奇怪とでもいうような感慨におそわれた。それが一体なんなのか、彼は分析することができなかった。しかし、そのとき彼は気がついた。その異様さは彼らの顔が原因だ。顔かたちではない。彼らの顔にうかぶ表情だ。静けさの極致とでもいうべきか。その表情のなかには、感情とでもいうものがこれっぱかしもないという事実だ。
「あなたもそう思うか?」
ラブディプディンが言った。
「私は考えるのだが、この種族はまったく静穏な環境の中で進化してきたことに間違いない。敵というものも、そして生存競争もない世界。彼らはなにひとつ征服したりしなかった……私のいうのは種族の内部でのことだ。彼らは、暴力を用いることによってよりよい途を開くなどということは知りもしなかったし、経験したこともなかったし、そんな方法から別の方法へと転進したわけでもない。最初からなかったのだ。と同時に、彼らの記録から類推するに、彼らの世界にはまた、愛というものも存在しなかった。私が考えるに、この種族のなかには、情緒とか感情とかいうものはまったく存在せず、したがってその種の問題にわずらわされることはまったくなかったようだ。私は、彼らの銀河系世界というものが、一体どんなものなのだろうと考えずにはいられないのだ。われわれの全惑星を支配する自然的暴力 − 異常気候、干魃、洪水、飢餓 − と原始のときから戦い、それに打ち勝った者のみが生存することの可能なわれわれの世界にくらべて、その暴力の存在しない銀河系とは……もちろん、それがクリイ人の星系だけのことだとしても」
「人類として、おれはやはり情緒というやつに執着したいな。そいつのお蔭でいろいろと厄介なこともたくさんあるが、一方じゃ、生きることに意味が出てくるのも、そいつが原因なのだからな。おれはべつにこのクリイ人をうらやましいとは思わん」
ディルロが言った。
ケインは笑いながら言った。
「べつにどっちの肩をもつわけじゃないが、この連中にくらべりゃ、おれたち人間の死体のほうがもっと表情ゆたかだろうぜ。さあ、行こう。あんまりじっと見詰められてこっちがつかれた」
三人は、がらんとした通路を戻りはじめた。そのときディルロは、このうす暗い灯火や金属壁を透して、あの幾百人ものクリイ人の視線が背後から彼を追ってくる無気味な思いに冷水をあびたような気がした。
彼らはどう考えただろうか。この星のジャングルの中に巣喰う、奇妙で野蛮な原住民のことを。恋人たち、人殺したち、聖者たち、虐げられる人間たち、呪われた栄光に溺れる人間たちの姿を……。」
「|なにか《ヽヽヽ》をやらないということは」
と彼はいきなり言った。
「べつに大したことだとは思わないな。そいつが、それをどうしてもやりたいと願っていない限りは、な」
「それはあなたが人間だからですよ」
ラブディプディンが言った。
「人間にとって完全に平穏な状態というのは、死とおなじことだからね。種族は退化しはじめるだろう」
「そうだ」
ケインがあまり力をこめてそういったので、ディルロは面喰らったように微笑をうかべた。
「彼のいうのが、戦争の意味じゃないのはわかっているだろう。べつの意味での戦いだ」
「そのとおり。しかしそれは花や、それからたとえば木にとって − 」
そのとき、ディルロのポケットの蓋《フラップ》についている小型の送受信機《トランシーバー》からボラードの声がした。
「ジョン」
と彼は言った。
「ピクセルのレーダーが輝点《ブリップ》を二つキャッチした」
「きたか」
ディルロはそういって、ちょっと溜息をついた。
「われわれにとって、完全に平穏な状態はほど遠いな」
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ラブディプディンは、他の乗組員の手によってドームへと送り返され、ケインは船橋にすわったまま、なぜディルロが彼を防御線に配置せず、ここに呼びよせたのだろうと考えていた。開け放しのドア越しに、ピクセルがレーダーのスクリーンにかがみ込むようにして、接近してくる宇宙艇二隻を追っているのが見える。ラトレッジは船間通信用の無線機にとりくんでいた。ディルロがヴォホルのどちらかの宇宙艦の艦長と交信中なのだ。
ヴォホル人の声は大きく明瞭にとびこんでくる。上級指揮官だな、とケインは思った。ひどい銀河標準語《ガラクト》だが、その一語一語をはっきりと切って、いかにも軍人らしく発音している。
「貴下に対して本官は、降伏の機会をもういちどだけ与える。これを拒否した場合、貴下をはじめ全員の死以外、なんの手段も残されていないことは了承のことと考える。貴下が二隻の重装備宇宙艦と一戦まじえることの無意味さは、本官がわざわざ指摘するまでのこともなかろう」
「それなら、なんで降伏勧告などやるんだ」
ディルロはそっけなく言った。
「おれたちが降伏したとする。そうすると、どういうことになるのかね?」
「取調べのためにヴォホルへ連行する」
「ふふん」
ディルロが言った。
「ここで一斉攻撃をかけたほうが簡単だろう……てっとり早いし、あとぐされもないし。念のために聞くが、われわれがヴォホルへ連行されたとすれば、次の二つのケースがあるわけだな。A・軍事機密に介入したかどで死刑。それともB・ヴォホルの監獄の中で朽ち果てる」
彼は、ケインのほうをちらりと見た。ケインはうなずいた。ラトレッジも。連絡通話機《インター・コム》で聞いていたピクセルは言った。
「やつに言ってやれ − 」
「しかし、すくなくとも生き延びる可能性はある」
ヴォホルの艦長の声。
「さもなければ可能性はまったくないのだ」
「おれの船の連中は、べつの考えをもっている」
ディルロが答えた。
「みんなは降伏しないと言っている」
艦長の声はいらだたしげである。
「するときさまたちは、馬鹿者だということだ。われわれの強力ビームが命中すれば、きさまたちの船はいっぺんで木っ端みじんだぞ」
「そのとおり」
とディルロは言った。
「ただ、あんたは、そんなことはやらないだろう。もしもやろうもんなら、あんたたちが警備を命じられてるこの途方もない獲物を、いっしょに木っ端みじんにしてしまうことになるからな。おれたちがなんで、ぴったりとこの化けものにくっついてるかわかるかい? おれたちがこの船を好きだってわけじゃないぜ。お気の毒だな、艦長さん。あんたがどうするか、こいつはちょっとしたみものだぜ」
相手はなにも答えない。なにか低い声でヴォホル語をつぶやいている。
「あんたの名前を呼んでるようですぜ」
ラトレッジが言った。
「そうらしいな」
ディルロはマイクに口を寄せた。
「それはとにかくとして艦長さん。スターウルフどもはどうした?」
「撃退した」
ヴォホルの艦長はそっけなく答えた。
「いうまでもない」
「そりゃいうまでもなかろうが」
とディルロが言った。
「そっちも無傷というわけじゃあるまい。もうひとりの旦那はどうした。助けてくれと、金切り声をあげてたほうの旦那は?」
「やつの船も快調とは言えないようですぜ、ジョン」
ピクセルが言った。
「かなり船体がふらついてます。駆動管《ドライブ・チューブ》が不調らしい」
ケインは考えた。もしも二隻目の宇宙艦が救援にかけつけなかったら、スターウルフどもは、そいつを手に入れてしまっただろう。かなり激しい戦闘があったにちがいない……。
スサンダーの兄弟たちは、生きのびただろうか、と彼は考えた。もしも生きのびたとすれば、またいつの日か、必ず彼らと出会うことになるだろう。そのときまで彼らがあきらめることは決してあるまい。おそかれ早かれ……
だがケインは、彼らに誇りをおぼえずにはいられなかった。
ふと気がつくと、ヴォホルの艦長は依然として降伏をすすめており、ディルロはそれを拒否しつづけていた。
「生け捕ろうというのならやってみるがいい、艦長。しかしそのためには一戦まじえる必要があるぜ」
「よかろう」
と艦長は答えた。そのつめたく無表情な声は、まるで鋼鉄の刃をおもわせる。
「一戦まじえよう。情容赦はせんぞ、ディルロ。情容赦はせんからそう思え」
彼はスイッチを切った。ケインは思わず立ちあがった。不安な思いに、まるで石でも呑みこんだように胃のあたりが重苦しい。ラトレッジがディルロを見あげた。
「みんなに知らせます、ジョン。しかし、ここから脱出する名案でもあるんですかい?」
「なんとかなるだろう」
ディルロがいった。
「コースは|追っている《トラッキング》か、ピクセル?」
「追ってます。もうすぐそこです……」
「方位は?」
ピクセルの返事を聞くと、ディルロはのぞき窓のほうへ歩み寄った。ケインは彼のあとへつづいた。最初、窓外のうす暗い緑色をした闇の中にはなにも見えなかったが、やがてそこへ二つの黒いものがあらわれた。はるか彼方にぽつんと小さい。しかしそれは、おそろしい速さで大きくなってきた。絶え間なくはりあげる風の絶叫の間に、雷鳴のような轟音がとどろきはじめた。そのとどろきに船体は一度、二度と揺らいだ。二隻の宇宙艦は降着装置をおろしながら、崖の上のかなり高いところを飛びすぎ、進入姿勢のまま崖の向うに姿を消した。
ディルロは溜息をついた。まるでそのときまで、息をとめていたかのようである。
「こっちの期待どおりにやってくれた」
ケインは、驚きのおももちで彼をまじまじと見つめた。
「やつらが馬鹿じゃなけりや、ああする以外にゃ方法はないさ。やつらはおれたちをビーム砲で攻撃するわけにゃいかないんだ……あんたがいったとおりさ……しかし、こっちは手出しができねえわけじゃない。おれたちゃ、移動型のミサイル発射機《ランチャー》で二、三発お見舞いすることだってできたんだ。やつらが、こっちの射程内におりる程度のとんまであってくれりゃいいと思ってたんだが」
「たぶん、そうだと思うぞ」
とディルロはいった。そして砂の中から、そそり立つ岩峰のぎざぎざした稜線を指さした。
「あそこまで登りつけると思うかい?」
− 彼は、おれがそれをやれるのを知ってて聞いている……ケインはそう思った。そして言った。
「あそこまで、何をかつぎあげなきゃならないかにかかってるね」
「もしも男を二人つけたら、移動用のミサイル発射機《ランチャー》を一基あのてっぺんまでかつぎあげられるか?」
「なるほど」
ケインが言った。
「それでわかった。あの岩壁のおかげで、低いコースで離陸すれば、やつらのビーム砲にやられずにすむことはすむ。しかし、あとから追っかけられたらもうおしまいだからな。こっちがやつらを……」
「そのとおりだ」
とディルロが言った。
「こっちが、やつらを手出しできないようにしておかないと」
ケインは言った。
「おれがやろう」
ディルロはうなずくと送受信機《トランシーバー》のキーをおした。
「ボラード、聞こえるか?」
ボラードの返事がかすかに返ってきた。
「はいよ、ジョン」
「お前のところで、いちばん力のありそうな男を二人えらんでくれ。それから高規格電線のコイルをばらして、前哨線に配置してあるミサイル発射機《ランチャー》を一基とりはずせ。弾薬《アンモ》を忘れるな。十発ばかりだ」
ケインが口をはさんだ。
「二十発にしてくれ」
「そんなには時間がないぞ」
ディルロが言った。
「二十発も撃ちおわらんうちに、向うはレーザー・ビームを撃ちかえしてきて、稜線を破壊してしまうだろう」
彼はそこで言葉をきりケインをじっと見つめた。そして、送受信機《トランシーバー》にむかって言った。
「二十発用意しろ」
「人間じゃむりだぜ」
とボラードの声。
「ロバでも無理だ。あんたは……わかったよ、ジョン。早いとこ用意するよ」
ディルロは航法室の入口まで歩いていって、声をかけた。
「そのまま待機していてくれ、ピクセル」
ピクセルは眼を丸くして彼をみつめた。
「だけど、なんでです? 宇宙艦は着地しちまったし、スターウルフはいなくなったってのに……」
「そのまま待機していろ」
ピクセルは腰かけたまま大きく伸びをした。
「あんたがいうんなら、待機してまさ、ジョン。撃ち合いをやるよりや楽でいい」
「あたしも無線機に待機してるんですか?」
ラトレッジが聞いた。
「いや」
ラトレッジは肩をすくめた。
「気をわるくしねえでください。知りたかっただけのことで。あんたはきつい人だから、ジョン」
ディルロは厳しい表情でいった。
「どれくらいきついか見にこいよ」
彼はケインに手まねきをした。彼らは船橋からエアロックへおり、つめたい風と砂が吹き荒れる船外へおり立った。
乗組員たちは、前哨線に沿って掘られた壕の中や砲座に展開していた。ケインの眼に彼らはただ、静かにそのときをじっと待ちうけているようにうつった。たくましいプロたちだ。宇宙艦からおり立ったヴォホル人の大軍が隊伍をくんで、あの岩壁の突端をまわって姿をみせたと同時に、彼らはその命をかけて戦いをいどむにちがいない。しかしいまのところまだそんなきざしはなく、彼らは楽な気分で、ただ、砂がまいこむのをふせぐために上衣のえりを立て、屈託もなく兵器を点検したり、なにか声をかけ合ったりしている。ここには彼とまったく違った世界がある − とケインは心の中でつぶやいた。しかしこれもまた生活としてわるくはない。もちろんそれは、スターウルフの生活とは異質のものである。彼らにとってこれは単なる仕事にすぎず、ゲームではないのだ。ここには誇りや小粋さが欠けている。彼らは単なるやとわれものにすぎず、誰に気がねをするでもなく、星の海を縦横に駈けめぐる海賊貴族とは本質的に異なっている。だが、片時とはいえ、その世界からしめだされてしまった彼にしてみれば、その代りの世界としてこの生き方は決して悪くない。
「やれると思うか?」
ディルロは言った。彼らがおりて行く先では、移動用|発射台《ランチャー》が一基、砲座からとりはずされ、そのためにできたすきまを埋めるべく、ボラードが大声で命令をくだして隊形をととのえている最中である。
「やれる」
彼は言った。
「途中でいやにはなるだろうがね」
「それじゃ、ほかになにを考えているんだ?」
ディルロが聞いた。
「駆動管《ドライブ・チューブ》を狙うんだ。宇宙艦を両方とも動けなくするんだ。しかし、損害をうけてないほうをはじめにやっつけろ。敵の反撃に注意していろよ。もし、向うが撃ちはじめたら、すっとんで逃げてこいよ。おれたちはまってはいるが、……そう長くまつわけにいかんのだ」
「あんたは、やつらが地上からまわり込んでくるやつを撃退してくれればいい」
ケインが言った。
「もしもやつらに前哨線を突破されたひにゃ、おれたちはもう逃げるあてがなくなってしまう」
高規格電線の束《たば》が到着した。強度は非常に大きいが、径は細く、しかも軽量である。ケインはそのひとつを肩にかけ、ミサイル発射台《ランチャー》の枠の片端をかつぎあげた。ボラードはディルロの命令にしたがって、いちばん力の強い男を二人選んであった。一人はセッキネン、そしてもう一人の大男はオシャナイグという名前である。セッキネンは、ケインのかつぎあげた枠のもう一方の端へとりついた。オシャナイグが体につけた弾帯に入っているミサイル……不気味な、その小型弾頭は核爆薬ではないが、十分すぎるくらいの威力を持っている。もちろん、これで重装甲の宇宙艦そのものを撃破することはできない。しかし命中個所によってはかなりの損害をあたえることができるのだ。
ケインが言った。
「出発だ」
三人はやわらかな砂の上を駈けだした。巨大な船体の下を抜け、ぱっくりと折れている船首をすぎ、ヴォホル人が軟禁されているドームの横を走りぬける。そのときケインは突然のスランディリンと他の二人の高官のことを思いだし、ディルロは彼らをどうするつもりなのだろうと考えた。
セッキネンははげしくあえぎ、その足元がひょろつき始めたので、ケインはすぐにスピードをおとした。いまみたいに彼が自分のペースで走りつづけたならば、二人はたちまちにして参ってしまう。オシャナイグのほうは、両手が自由になるので比較的らくなようすである。しかしそれでも彼はもう汗をだらだら流しており、その足どりは始めのように軽くはない。砂の上を走るのは特に疲労するのだ。かついでいる荷のために足は砂にめりこみ、そのために砂を押しわけるようにして進まねはならず、足元は不安定で滑りやすく、しかも砂がしつこくまつわりついてくるのだ。やっとのことで彼らは、そそり立つ崖の基部へとたどりついた。
「オーケイ」
ケインは言った。
「おれが偵察してくるまで、ここで休んでいてくれ」
彼は、ひどく喘いでいる他の二人にあわせて、わざと喘ぐふりをしながら、いかにも苦しそうにゆっくりと黒い断崖のほうへ歩きはじめた。
それはまったくの一枚岩でできており、びゅうびゅうと風が吹きすさんでいる岩峰のところまで、一気にそそり立っている。
オシャナイグは低い、はっきりしない声でつぶやくように言った。
「ジョンは気が狂ったに違いねえ。とても登れやしねえぞ。首折っぺしょるくらいがおちだ」
「折っぺしょろうと折っぺしょるまいと」
セッキネンが言った。彼はケインの姿を冷やかに見つめている。
「とにかく、奇蹟とやらが必要なこたぁたしかだて」
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19
ケインは、奇蹟とやらいうものを知りはしなかったが、自分の体力と目前に横たわる障害物の状況をはっきりととらえていたし、それに、もしも必要となったときに、人間がどこまでこれをやり抜けるものなのかをわきまえていた。いや、人間が − ではない。スターウルフがである。ヴァルナ人というやつが − である。
彼は断崖の基部にそって歩きながら、時間をかせいだ。ヴォホルの宇宙艦の乗組員たちは、おそらくもう行動を開始していることだろうし、もしも彼が断崖の頂上へとたどりつかぬうちに敵の大軍があらわれて、その姿を発見したとなれば、彼はミサイル発射台《ランチャー》か、ミサイルそのものか − あるいはほかの二人のうちの一人といっしょに、岩壁の中途にへばりついたままやられることになる。しかし、それでも彼は急がなかった。
上へ行くにつれて、風は無視できぬほどの強さになっていく。断崖の基部の死んだような静けさの中だが、雲のように吹きすぎる砂嵐のはげしさをみただけで、その風がどれほどのものだかはよくわかる。おそらくあの風は、人間でもミサイル発射台《ランチャー》でも、おかまいなしにあっさりと吹きとはすだろうし、そうなれば、いずれ地上にたたきつけられる破目になるのは間違いない。
彼は、どんよりとしたあの太陽がもうすこし強く照りつけてくれないものかと思った。崖がのっぺりとなめらかに見えるのも、ひとつはそれが原因だった。弱々しく単調な光のために、岩の表面のこまかい状況がよく見えないのだ。黒い岩面に緑色の光……これではどうしようもない。ケインはこの惑星に憎悪を抱きはじめていた。向うも彼を嫌っていた。彼のみならず、生命をもつもののすべてを嫌っていた。この惑星が好意を抱くのは、砂と岩と風なのだ。
口のなかによどむ埃と苦い空気をペッと吐き出しながらすこし進んだとき、彼はそこにさがし求めていたものを発見したのである。
彼はこの発見をよくたしかめると、トランシーバー付きのボタンを持ちあげながら言った。
「どうやら、奇蹟の役に立ちそうなものが見つかったらしい。機械をもってあがってこい」
彼はワイヤを使って発射台《ランチャー》を縛りつけると、たったいまみつけた岩の裂け目の中を上へと登りはじめた。
このあたりまでは、べつになんの困難もなかった。問題はこの裂け目がつき、頂上までのあと半分がほとんど垂直にそそり立っていることであった。彼は、その表面には手掛りになるほどの凸凹がなんとかあるだろうと考え、それに賭けたのだ。しかしここまでたどりついてみると、その確率はかなりすくないようであった。
彼は、先日やってのけた岩登りのことを思いだした。カラルの山状都市の外壁をくだったときである。ここにもあの樋端のような手掛りがあってくれ − と彼は心の中で祈った。一インチ、そしてまた一インチ、彼はほとんど指先だけの力で上へ上へとよじ登った。
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そしてまもなく彼は、自分が催眠術にでもかかったかのように、ただ、ただ、目前の岩壁の手がかりや凸起だけしか眼に入らなくなっていることに気がついた。両手はひどく痛んだ。なにしろ腕の筋肉は、いまにもぶち切れそうなロープのようにぎりぎりまで緊張しきっているのだ。彼は心の中でスターウルフ、スターウルフ≠ニ、何度も何度もつぶやいている声を聞いていた。そして彼には、その声が、なみの人間ならとっくにへこたれ、手をはなして墜落し、そして死んでいるにしても、スターウルフであり、ヴァルナ人である彼にとって、なみの人間の死にかたをするのは、あまりにも大きな屈辱なのだと言い聞かせていることをよく理解していた。
吹きすさぶ風の咆哮に、彼の耳は破れそうな思いである。体ごと岩からひきはがそうにかかるその凄まじい風の力に、彼の髪は逆立ち、いまにもちぎれてしまうのではないかと思った。もう絶体絶命だという叫びが心の中をさっと走りすぎた。吹きつける砂粒が、散弾のように肌に.めり込んでくる。彼は体を岩壁にぴたりと身をよせたまま絶望の思いで上を見上げた。そしてそのとき、自分が頂上にたどりついていることに気がついたのだった。
だが、まだそれで終ったというわけではない。あとすこし、今度は水平に岩の上を這《は》って、岩峯の蔭にまでたどりつかねばならない。彼は、浸蝕によって鳥の巣のようになった凹みのなかにやっとこさ這いこむと、はげしく喘ぎ、ぶるぶる震えながらしばらくじっとしていた。激しい風のために岩がぐらぐらと揺れる。彼はげらげら笑いながらディルロの悪態をついた。……こんなことはもうやめなけりゃ……と彼は思った。−−おれは自分の能力を見せつけてやろうとして、次から次へとことが起きるたんびに、わざとやつが頼みこんでくるように仕組んだんだ。やつはそれを知ってておれを利用した。できるか?″とやつが聞く。できる″とおれが答える……
そしておれはやってのける−−−。
風の音の蔭で、小さな声が聞こえてきた。
「ケイン! ケイン!」
彼は、その声がすこし前からずっと聞こえていたことに気がついた。彼は送受信機《トランシーバー》のマイクである服のボタンをひきよせた。
「セッキネン、いま、ワイヤを下へおろす。銭投げかなにかできめてくれ。そしてきまったどっちか一人が、ワイヤをもう一巻持って上ってくるんだ、あとの一人は、ワイヤの端を発射台《ランチャー》に縛りつけるためにのこるんだ。全部を上にひきあげなけりやならん」
彼は、ワイヤの端を締りつけるのにぐあいのいい岩の突起をさがしだした。どうやら、オシャナイグのほうが銭投げに勝ったらしく − あるいは負けたのかもしれないが、そのひょろ長い体が岩壁にはりつき、やがて赤味をおびた金髪、そしてこわばった表情の顔が断崖のへりにあらわれた。ケインは笑いかけた。芝居ぬきで彼はあえいでいた。
「この次のときにゃ、もっと小柄なやつを選んでもらうことにするぜ。かなりな重さだったからな」
「そうだろうよ」
オシャナイグが言った。
「無理もない」
彼は両腕を曲げながら言った。
「なにしろ、ワイヤにぶらさがってたようなものだから」
二人は、もう一本のワイヤも下へ垂らした。下にいるセッキネンが二本のワイヤの先を発射台《ランチャー》に縛りつけると、二人はそれを上へとひきあげ、くぼみのなかにひきずり込み、つづいてミサイルの弾帯をひきあげた。
「オーケイ、セッキネン」
ケインが送受信機《トランシーバー》に向かって言った。
「あんたの番だ」
今度は二人がかりなので、かなり手早く彼をひきあげることができた。たくましい大男の彼は凹みへと這い込みながら、猿廻しの猿みたいな真似はもう御免だと、ぶつくさつぶやいていた。凹みの中は、もう身動きもできぬほどである。ケインはワイヤの一本を腰に、そしてもう一本を肩へかけた。肩のほうのワイヤのさきは発射台《ランチャー》へつながっている。
「こいつが頼りだ」
と彼は言った。
「もしもおれが風で吹きとばされたら、とっつかまえてくれよ」
オシャナイグが岩角にかたく巻きつけているワイヤのさきを、セッキネンが徐々に繰りだすのにつれて、ケインはゆっくりと凹みを這いだして、吹きすさぶ風のど真ン中へでた。
このぶんではとても無理だと、彼は思った。風は、彼を凧みたいに吹きあげようと決意したようであった。風は彼を撲りつけ、蹴飛ばし、息をとめ、吹きつける風は目つぶしを食わせ、窒息させようとかかっている。彼は岩峯のひとつにしがみついた。あらん限りの風に吹きさらされつづけているせいか、浸蝕が進んでいるので手掛りはらくにつかめ、彼はそれを頼りに風上へとじわじわ進んだ。彼はいま巨大な砂丘の上の岩峯のいちばん高いところにいた。それは、惑星ヴァルナの熔岩原に、まるで波のように眼がくらむほどの高さにもりあがっている、その高みによく似ていた。岩にくっついたまま這い進む彼の体を、風はべたりと押え込む形となり、そのとき眼下の砂丘のふもとに、二隻の宇宙艦がいるのを見ることができる位置にきた。
そしてまた、彼は、武装した兵士が砂丘をまわり込むように進む、その長い列の最後尾を見た。
岩峯のこの部分にも、風で侵蝕された凹みがいくつかある。吹きつける風のため、彼の体はその凹みのひとつの中へ押しこまれる破目となったが、それについてはもう抵抗しないことにした。這いでたところでおなじことだ。彼は送受信機《トランシーバー》に向かって語りかけた。
「よし」
と彼は言った。
「たどりついた。そっちの番だ。気をつけろよ」
彼は凹みの中で肩を一方の壁にくっつけ、両足を力いっぱいふんばった。そして二本目のワイヤをゆっくりと引きよせはじめた。
発射ランチャー台が仲間の手をはずれて、下へ墜落しないようにと彼は祈りつづけた。もしそんなことになったら、彼もいっしょにひきずり落されることになるのだ。
まるで、岩峯そのものをひきあげているのではないかという感じである。びくとも動かないので、彼はセッキネンとオシャナイグが、この最後の数フィートを押しあげきれずにいるのではなかろうかと思った。そのとき、まったくだしぬけにワイヤの緊張がゆるみ、はじかれたように発射台《ランチャー》が吹きつける砂といっしょにあがってきたので、彼はワイヤをしめろと二人に向かって叫んだ。発射台《ランチャー》は横に滑ってゆっくりと止った。ミサイルの弾帯はべつのワイヤで縛りつけてある。
ケインはおもわず安堵の吐息を洩らした。
「ご苦労!」
と彼は言った。
「さあ、急いで船へ戻ってくれ。ヴォホル人どもが攻めてくるぞ」
彼は凹みの前へ発射台《ランチャー》を据えようと苦闘した。二人がかりでなければむつかしい。やっとのことで据えおわったとき、うんざりするほどまの抜けた口調でオシャナイグの声が返ってきた。
「お前を残して行くなァ、あんまりよくねェと思うなァ」
絶望の思いでケインは送受信機《トランシーバー》に向かって叫んだ。
「ボラード!」
「なんだ?」
「発射台を据えおわった。すまんが、この間抜け野郎二人に降りるように言ってくれないか? おれは連中より早く動ける。おれ一人のほうがチャンスは大きいんだ。やつらがレーザーを撃ち返してきたら、他のことなんかかまっていられなくなるんだ」
ボラードは言った。
「ケインの言うとおりだ。二人ともすぐ降りてこい」
そのあとの交信からして、二人は命令を守って登ってくるときよりはるかに早くワイヤを伝って降りて行ったようだった。彼は弾帯をひろげ、一発目を発射台《ランチャー》へ装填した。
「ケイン」
ボラードが叫んできた。
「やつらの隊列が見えはじめたぞ」
「そうか、もしもおれがもうそこへ戻れなかったら、ディルロへ……」
そのときディルロの声が割って入ってきた。
「おれも聞いているぞ」
「あとにしよう」
ケインが言った。
「今は忙しすぎる。宇宙艦はおれの真下にいる。風は物凄く吹きつけるが、この型のミサイルは大して影響されないはずだ。……一隻はかなりやられてる。はっきりわかる」
彼は大声で笑った。スターウルフに栄光あれ! だ。彼は、発射台《ランチャー》の照準を、損傷をうけていないほうの宇宙艦の束になった駆動管《ドライブ・チューブ》へぴたりと合わせた。ディルロの声が聞こえてきた。
「おれは、十発以上は発射できないほうに半ユニット(貨幣単位)賭けるぜ」
しかしディルロはその賭けに負けた。最初のレーザーが反撃してきたのは、彼がつるべ撃ちに十発を発射しおわって、煙を吹きあげるその駆動管から、損傷を受けているほうの宇宙艦へと狙いを変えてからであった。猛烈なレーザー・ビームが断崖のへりに沿って炸裂しはじめた……。
まだ彼を捉えてはいないが、ものの一分とたたぬうちにやられることになるだろう。閃光がきらめき煤煙があがるたびに、岩片と砂が舞い散った。ケインがさらに四発を反射しおわったとき、もう一隻の宇宙艦のレーザー・ビームも反撃を開始して、彼の足もとのわずか三十フィートほど下に凄まじい火花を散らした。そのときである。まったくだしぬけにレーザーの閃光がとまり、それと同時にこちらのミサイル発射台も作動しなくなり、あたりはしんと静まり返った。
そして頭上の雲の上を巨大な影のようなものが通りすぎ、太陽を掩ってしまったのである。
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20
奇怪な静寂、無気味な黄昏であった。ケインは凹みのなかにうずくまっていた。首筋の毛がちかちかと肌を刺した。彼はなんとかして発射台の故障を直そうとあせったが、いくら引き金をひいても作動しない。どうやら撃発装置《トリガー》の動力《パワー》パックが駄目になったらしい。
宇宙艦のレーザー砲塔も、なんの閃光も見せずに静まりかえっている。
「ボラード!」
彼は送受信機へむかって呼びかけた。
「ディルロ! 誰か聞こえないか、応答しろ!」
なんの返事もない。
彼は麻痺銃をとり出してみたが、これもぜんぜん作動しない。
彼を空を見上げてみたが、べつになにも変わったものは見えない、ただ、ぼんやりと雲の上でなにやら影のようなものが太陽をおおっているだけ。
彼は必死の思いで凹みから抜け出すと登ってきたほうの崖から命綱にしがみついて下へとおりはじめた。どっと吹きよせる風に、彼は体をぶらぶらと揺さぶられながら、やっとのことで崖の基部にまでおりてきた。宇宙船が見え、前哨線が見え、左のほうにはヴォホルの宇宙艦から押し寄せてきた兵士が武器を手に戦闘体形に散開しているのが見える。外人部隊のほうから撃ち出したガス弾が二発ほど両者の間でたったいま炸裂したらしく、両軍ともそれを避けるように陣形を開いており、吹きだすガスが風にのって流れて行く。なによりも、両軍とも全員が総立ちとなっていて、空をぼんやりと見上げていないものは一人のこらず、作動しなくなった兵器を必死で調べている。
断崖の基部に降り立ったケインは、すでに宇宙船目指して走りはじめた。
巨大なその影によってだしぬけにつくられた無気味なたそがれに、平野を接近しつつあったヴォホル人たちは浮足立ち、一カ所へかたまろうとしはじめた。そして隊列の先頭がどっと後退してひとかたまりによりあつまった。よりぬきの兵士たちは、たちまちにして恐怖にかられたただの群衆と化した。なにものとも知れぬ敵から、自らを守る手段のすべてを奪われ残された武器は両手とポケットナイフという状態で攻撃に備えなければならないのだ。風にのって、彼らの叫びあう声がかすかにケインのところにまで伝わってきた。
彼には、あの兵士たちの気持が理解できた。手も足もだせなくされて、その上に……なにものとも知れぬおそろしく強いやつの意のままになるしかない……。それは小さな子供が紙の刀をふりかざして、数万の大軍に立ち向かうようなものであった。彼は、そんな状況に追いこまれることがやりきれなかった。その事実が彼をおびえさせた。それは、これまでの彼がおよそ抱いたことのない感情なのである。
外人部隊の陣地へ号令がかかったのが聞こえた。彼らは、宇宙船へ向かって撤退しはじめた。まったく威力を失った兵器も撤収している。しかしドームのそばを過ぎたところで、ケインはディルロが部下を二人したがえてやってくるのに出会った。
「クリイ人の救助船か?」
ケインが聞いた。
「そうだろう」
ディルロが答えた。
「他には考えられん……」
彼はそういって空を見上げた。異様なたそがれの中で、彼の顔は無気味な色に見える。
「レーダーは働かない。機械類はまったく働かないんだ。|手持ちバーナー《ハンド・トーチ》さえだ。俺はラブディプディンの意見を聞きにきた」
ケインは、彼らについてドームに入って行った。内部は真暗で、混乱状態におちいった人々の声が聞こえる。ラトレッジがセッキネンの代りに見張りをしていたが、ディルロの姿を見るなり駈けよってきて、いったいなにごとが起きたのかと聞いた。
「あたしの麻痺銃が働かなくなったんです。送受信機《トランシーバー》も……さんざん呼んでたんですが」
「わかっている」
ディルロが言った。そして入口のほうを指さした。
「みんなを外へ出してやれ」
ラトレッジはびっくりして、彼をまじまじと見つめた。
「ヴォホル人どもはどうしました?攻撃のほうはどうなったんです?」
「今、向こうが攻撃をかけてくることはあるまい」
ディルロは言った。そして溜息をつきながらつぶやいた。
「すくなくとも、そう願いたいものだ」
ラトレッジは戻って行き、扉の錠前を開いた。ヴォホル人たちは、どっとばかりにわれがちに外へ走り出ると、ほっと息をついた。そしてすぐに空を見上げ、なにやら口々に騒ぎはじめた。そしてその声はたちまち静まり、異様な沈黙があたりを支配した。
ディルロが大声でラブディプディンの名を呼ぶと、彼は人ごみをかきわけるようにしてやってきた。数人の科学者を連れている。
「船だ」
ラブディプディンは言った。
「そうに違いない。この力場はあらゆる動力と……それから武器を作動させなくしてしまう。そうだろう?」
「そうだ」
「……これは純然たる防御の手段なのだ。クリイ人は、暴力を使わない自衛手段をもっているのだ。われわれはいまここで武器を使っていた。そうだろう? 岩壁のほうで、レーザー・ビームの炸裂音がしていた。それで彼らがストップをかけたのだ」
「うむ」
ディルロが言った。
「あんたはクリイ人に関する専門家だ。いま、われわれはなにをすべきだと思う?」
ラブディプディンは、空中にぼんやりと浮かぶ影に目をやり、それから、砂地の上に横たわるその巨大な残骸へと目をうつした。
「彼らは人を殺したりはしない」
「たしかにそうか? それとも、希望的な推測なのか?」
「すべての状況から考えて……」
ラブディプディンは、そこまで言って言葉をのんだ。彼はまのあたりに迫るクリイ人の宇宙船の巨大きに圧倒されたのだ。
ケインは言った。
「どっちにしたところで、大した変わりはあるまい? 刃向おうにもこっちには爪と歯ぐらいしかないんだ。生かすも殺すも向こうしだいさ」
「それはそのとおりだ」
ディルロが言った。
「どう思う、ラブディプディン?」
「彼らが人を殺したりしないことは断言できる」
ラブディプディンが言った。
「私は自分の生命を賭けてもいい。われわれが反抗したり、相手を刺激したりすることなく、船に戻って……」
彼は、お手あげだ、といいたげな仕草をしたので、ディルロはうなずきながら言った。
「そして、なにが起きるのかを観察するわけだ。よし、わかった。あんたのところの宇宙艦の艦長へ伝えてくれるか? つまり、おれたちのやろうとしていることを説明して、彼らにも、おなじようにするのが利口だということを説得するのだ。どうなるにしろ、とにかく、おれたちの手にあまることだけはたしかなようだ」
「そうだ」
ラブディプディンは言った。
「ただ……」
「ただ、なんだ?」
「われわれのうち何人かは、ここに戻ってこよう。……観察するために」
彼はふたたびその巨大な残骸へと眼をやった。暗い船腹の中には、幾百のクリイ人が坐ったまま、じっと待ちつづけているのだ。
「観察するだけだ。しかも、ずっと遠くから」
ヴォホル人たちは列をつくって、砂原の上にひとかたまりになっている宇宙艦の乗員たちのほうへと歩きだした。ケインとディルロと他の乗組員たちは、自分の船へと急いで戻った。
「崖の上では、どんなふうにやったんだ?」
歩きながらディルロが聞いた。
「うまくいった」
ケインは答えた。
「あの宇宙艦を修理するには、すこしひまがかかるだろうぜ……格好だけじゃなく、飛べるようになるにはな」
彼は皮肉な笑いをうかべた。
「あんたの計画どおりさ。いつ離陸しても大丈夫だ」
「そいつは好都合だな」
ディルロが言った。
「問題は、動力がぜんぜんないということだけだ」
二人は空を見上げた。
「ネズミになったような気分だ」
ディルロが言った。
ラトレッジは体をすくめた。
「あたしもでさあ。あのヴォホル人の言いぷんが正しくて、その猫とやらが肉食性じゃないことをお祈りするしかないってわけだ」
ディルロはケインのほうを振り向いた。
「心細いか?」
ケインには、その言葉の意味が理解できた。
− スターウルフというやつは、心細がったりはしないものなのだ。
彼は、ちらりと白い歯を見せて笑いながら言った。
「心細いな」
− スターウルフは強い。だから、心細がったりはしないのだ。弱いやつは心細がる。そしていま、おれは弱い。そしてそのことはおれ自身、よくわかっているのだ。生まれてはじめての経験だ。あの馬鹿でかい宇宙船を素手でひっとらえて、ぶち壊してやりたいもんだ。なにせおれたちを手も足もだせなくしてしまうから、こっちがどうにかなりそうな気分になってしまうのだ…
しかし、こっちがそんな気を起したところで、彼らはべつになんでもないのだ。彼らがどこかにあるボタンをひとつ押すだけのことで、あのヒョロヒョロした細長い指先をちょいと動かすだけで、こっちは手だしもできなくなってしまうという始末。
彼はクリイ人の無表情な顔を思いだし、いやなやつらだと思った。
ディルロはやさしく言った。
「世の中に、お前も心細くなるようなものがあるとはおもわなかったよ。ところで疲れたか、ケイン?」
「いや、べつに」
「お前は足が早い。ひと走り先に行って、スランディリンや他の将軍を下船させてくれ。やつらには、他のヴォホル人どもと合流しろと言え。クリイ人がいずれこっちの動力を使えるように戻したら、すぐに出発したいし、お客をわざわざヴォホルに送り届けるために時間を使いたくない。絶対安全だとは言い切れないし」
「おれは安全だと思わないな」
ケインはそう言うと走り出した。
走りながら、彼は考えた。
− またおれはやってる。なんでおれは今、疲れていると言わなかったのだろう。誇りというやつか。おれが子供の時分、親父がよく言ったものだ。誇りを持つ − ということがいかに人間の堕落を食いとめるか。
− 親父の言ったことは正しかったと思う。あの掠奪のとき、手に入れた戦利品のわけ前にちょっかいを入れたスサンダーと決闘をすることになった原因は誇りだ。
− そしてその結果、おれは今、ここにいるわけだ。もはやスターウルフではなく、さりとて外人部隊というわけでもない……彼らの世話になっているだけだ……しかもいま、おれは一人の男でさえない。クリイ人に手も足も出なくされているものにすぎない。そしてもしもそれが堕落でないとすれば……。
彼は、兵器やもろもろの機械を船内に撤収する作業をすすめている乗組員たちの問をかきわけるようにして、やっとのことで船のところへたどりついた。中はまっくらである。ただ、開いたまま動かなくなったエアロックから射し込む外光だけである。彼は手さぐりでヴォホル人の監禁されている船室へ行くと、錠前を開きながら彼らを連れ出し、船外へと案内した。彼らが船外に立ったとき、ケインは一人一人の表情をうかがいながら、にやりと笑った。
「わけがわからん」
スランディリンが言った。
「どういうことだ? 窓から見ていると、われわれの兵士は戦闘もおこなわぬうちに撤退をはじめたし、空の色は無気味だし……」
「そのとおり」
ケインは言いながら、巨大な、そのクリイ人の宇宙船の残骸を指さした。
「どこかの誰かがあれをさがしにきたのさ。おれたちとは桁の違う連中がな、お前さんたちのお大事な機密だろうが、もうお別れということだぜ」
彼は空を身振りで示した。
「ほら、あちこちにもう一隻やってきてるんだ」
ヴォホル人たちは、まるでたそがれの中におっぽり出された三羽の梟みたいな目つきで、彼の姿をまじまじと見た。
「もしもおれがあんたたちなら」
とケインが言った。
「すぐに行くね。ラブディプディンに聞けば、くわしいことはみんなわかる……おれたちはこのまま待つことになるからな」
彼らは行ってしまった。ケインはすぐに撤収作業にくわあった。なにしろ、動力は全部だめだから、すべて力仕事なのだ。
彼らは重要な機材を優先して、おどろくほどの素早さで作業をすすめたが、およそ形がついたころ、空から耳なれぬ轟音が聞こえはじめた。ケインが見上げると、まるで影のように空中に立ちははだかっている巨大な船から、黄金色の卵形をした物体が降下を開始したところである。
ディルロが静かに言った。
「船へ戻れ。積み残しの機材は、そのままにして船内へ戻れ」
三分の一ほどの乗組員が外に出て、ずらりと船槽まで列をつくり、順送りに機材や兵器を運び込んでいるところであった。彼らは、ディルロの命令どおりに行動をおこした。これだけの地域の撤収作業が、こんなにも手早く行なわれた例は見たことがない、とケインは思った。彼はディルロやボラードとともに、エアロックへつづく階段を昇った。できるだけ貫禄をつけて悠々《ゆうゆう》と進んだつもりだが、あまりたいしたことはなかったにちがいない。ケインは、子供のころに悪夢におびえてとび起きたとき以来、こんなに不安な気持を経験したことはなかった。つめたく、不快なしこりが重苦しく心をとらえているのだ。
開いたまま、しまらなくなっているエアロックの入口が無残である。
「エアロックが開きっぱなしときやがった」
ボラードがつぶやいた。満月のようにまんまるな彼の顔は汗まみれだが、どうやらそれは冷汗のようであった。
「やつらは歩いてはいってくるぞ…。」
「なんか他に手の打ちようがあるのか?」
ディルロが聞いた。
「わかってるよ」
ボラードが言った。
「わかってるよ」
彼らはそこに立ったまま、巨大な黄金色の卵が砂の上に静かに着地するのをじっと見守った。
その宇宙船は、砂の上に横たわったまま、なんの動きも見せなかったが、彼らはじっと見守りつづけた。そのときケインは、自分たちが向うから見守られているのを感じた。三人の表情は誰がみても平静そのものだったが、それは必死になってそう装っているからであった。あの宇宙船は十分に危険性をもっており、彼らはもっと遠くへ避退すべきなのだろう。しかしエアロックを閉めることひとつできぬ始末で防御のしようはなく、ただ、成り行きを見守るしかないのだ。いずれにしろクリイ人のほうは、彼らがここで見ていることを完全に知っているのだ。
やっとのことで姿をあらわしたクリイ人は、あたりにまったく無関心のようだった。
全部で六人いる。彼らは、卵形をした船体側面の下部が開いてあらわれた狭い階段を伝わって、一人ずつ降りてきた。最後の二人は、なにか用途はわからぬが、黒い布に包まれた細くて長い物体の両端を持っていた。
非常に背が高くほっそりとしており、どうやら関節らしいものがないその体を優雅に揺らせながら、彼らは一列となって例の巨大な残骸のほうへと進んだ。彼らの肌は、船の中に凍ったようにじっとすわっているクリイ人たちほど、赤黒くはないようだとケインは思った。その四肢は信じられぬほどしなやかで、長く指のように幾本にもわかれた腕は風に吹かれて、まるでシュロの葉のようにヒラヒラしている。
− やつらは堂々とあるいている。
ケインは思った。
−やつらがおれたちをおそれていない証拠だ。やつらがおそれていないのは、おれたちが手出しできないのを知っているからにちがいない。手出しをしないのではなくて、手出しができないことを。
彼らは、こちらの宇宙船のほうを見ようともしなかった。左右に高々とそそり立つ岩峰のほうを振り向こうともしない。彼らはただ、静かに残骸の入口のほうへ進み、階段をのぼって、その内部へと姿を消した。
彼らは、そのまま長いこと出てこなかった。エアロックに立って見守っていた三人は、ついに疲れ果て、暗闇のなかを手探りで船橋へ行った。ここのほうがすこしはましな状態で観察をつづけることができる。
ボラードはいった。
「いまのところ、やつらは危険ではないようだな」
「そうだな」
とディルロが言った。
「今のところはな」
砂の上にじっと横たわっているその黄金色をした卵形の宇宙船の船腹には、一列に並んだ窓があって、薄暗がりの中にぼんやりと光を放っている。ケインがよく観察してみても、噴射管らしいものはなにも見えず、動力源がいったいなんなのかを推測する手掛りはまったくなかった。しかしそれがどんなものであれ、とにかく、他の動力がいっさい無力となるこの力場の中でも、作動する性質のものにまちがいがなかった。これは間違いのないところである。敵を無力にすると同時に、こっちの動力もアウトになってしまうのでは、防御兵器としての意味はない。
ケインは、残骸の入口になにか動くものがあらわれたのに気づいた。
「やつらが戻ってきた」
六人が出てきた。そしてそのあとから、ぞろぞろと百人ばかり……。
長い一本の列となって、彼らはふらふらと揺らぐように暗黒の墓場の中から姿をあらわした。それにしても、彼らは一体どのくらいの間、あの中でじっと待ちつづけたことであろう。身につけている衣は風にはためき、薄暗がりの中でその大きな眼を見開いたまま、吹きつける風をうけて一列にならんだまま黙々と行進し、空中に待つ巨大な救助船へ彼らを運んでくれるその卵色の連絡艇へと乗り込んで行く。彼らは故郷へと帰路につくのだ。ケインは、彼らの表情にじっと見守った。
「たしかにやつらは人間じゃない」
彼は言った。
「誰ひとりとして、笑っているやつも、泣いてるやつも、踊っているやつも、誰かと抱き合っているやつもいやしない。船の中にじっとしていたときと、まったくおんなじだ……あのときもおれは死んだみたいだと言いたかったが、わかるだろう。おれの言う意味が」
「なんの感動もないということだな」
ディルロが言った。
「やつらを救助するために、おそろしく遠いところからわざわざやってきたのにというわけだ。普通なら、なにか感情らしいものも出ようというもんだ」
「ひょっとするとやつらは、ここにいるクリイ人どもを救助するよりも、あつめたままになっている資料のほうに興味があるのかもしれないな」
とケインが言った。
「そんなこたあどっちだっていいや」
ボラードが言った。
「おれが知りたいのは、いったいやつらはおれたちをどう料理するつもりなのかってことよ」
三人は黙って見守った。開きっぱなしのエアロックや船槽のハッチからは、他の乗組員たちが、同じょうな重苦しい恐怖の思いでじっと見守っているのだろうとケインは思った。
− 死ぬということ自体が、それほど心にのしかかっているわけではなかった。それをたのしみにするわけもない。心にのしかかっているのは、死ぬとなったら、いったいどんな死にかたをすることになるのか、ということなのだ。
ケインは思った。
− もしも、このひょろひょろした蜜のような色の肌をした|野菜《ヽヽ》どもがその気になったとしたら、やつらは、それこそおれたちが思いもよらないような方法で、おそろしく能率的にかつ冷静にやってのけるにちがいない。ちょうど、巣にかくれている害虫を毒ガスで退治するみたいに。
クリイ人たちが連絡艇に乗りおわると、ハッチは閉じられた。そして低い捻りとともに、黄金色の卵は地上をはなれ、砂嵐をついて上昇し姿を消した。
「さて、これでおれたちは釈放というわけかな?」
ボラードが言った。
「そうでもないらしいな」
ディルロが言った。
「まだのようだぞ」
ケインは、おもわずヴァルナ語で悪態を口走った。はじめての|どじ《ヽヽ》だが、ボラードはそれに気がつかなかった。
彼はちょうどそのときあらわれた、黄金色の卵の編隊にすっかり気をとられていたのである。連絡艇はつごう九隻、次々と砂の上に着地した。
ディルロは言った。
「このままで、なんとかすこしでも居心地をよくする工夫をはじめたほうがよさそうだな。かなり長く待たされることになるのではないかと思う」
まったく長かった。ケインはこれまでに、これほど長く待たされたことは一度もないと思った。なにしろ宇宙船という鋼鉄の牢獄に幽閉されたままである。闇の中でつめたい糧食を食べ、まるで彼らを嘲笑するかのように開けっぱなしの出入口から、焦燥の思いをこめて、外を見守るしかないのだ。乗組員たちを船内に留まらせようとするディルロの説得は、実力行使を含めて、そろそろ限界へきていた。
おそらくヴォホル人の宇宙艦の指揮官も、おなじ問題に悩んだにちがいない。そしてどうやら、あちらのほうはなんとか成功したらしい。その証拠にヴォホル人たちが姿をあらわす気配は、なにも感じられなかった。一度か二度、ケインは砂嵐の向うの崖のあたりで、人影が動いたような気がした。おそらく、ラブディプディンか、その部下たちだったのだろう。おそらく、それにまちがいないと思われた。となれば、彼らはかなりはなれたところから観察をつづけているらしい。
ひとつだけ愉快なことがあった。身動きもならず、えんえんとただ、情勢が変化するのを待つほかはないこの間に、ヴォホル人たちは動力装置に受けた損傷を修理するわけにはいかないのである。もちろん、素手と小さなハンマーで、それをやるというのならべつだが。
はじめのうちケインは、やたらとあたりを歩きまわったりしていたが、ついに、ふてくされてじっと床にうずくまってしまった。まるで檻に入れられた虎みたいな心境である。
船外ではクリイ人たちが、べつにいそぐでもなく、のんびりかまえるでもなく、ただ、着実に、見ているものの神経をいらだたせるような単調さで作業をつづけていた。彼らはただの一度も、こちらの宇宙船へ近づこうとはしなかった。まるで知らぬげに、ここに宇宙船などは存在していないとでも思っているかのようである。
「お世辞はぬきにして」
とディルロが言った。
「こっちも、あの働きぶりを見習いたいもんだな。たぶん、ラブディプディンの意見は、完全に正しいのかもしれん。やつらは、他人の生命を奪ったりすることをぜんぜん考えていないようだ。群衆を鎮圧したり、機械類を動かなくしたりする、きわめて効率の良いこの手段は、彼ら自身にはなんの影響もないらしいし、生体に与える損害という意味では、われわれとまったく違う考えを持っているにちがいない。やつらの代謝機構や神経系統がどうなっているのかは、神のみぞ知る、だ。人間でも体がかなりひどく損傷しても、そのまま生きつづけることができるからな。やつらは、自分たちのやっていることの意味がわからないだけなのではないかな」
ケインも彼の意見に賛成だった。しかし、あの得体の知れぬ連中が毎日毎日、べつに急ぎもせず、単調さをこわすこともなく、いらいらするような作業をつづけているのを、じっと見ていなければならないというのは辛いことであった。
連絡艇は頻繁に往復して、さまざまな機材をおろしたり、クリイ人の技術者らしい連中を運んでいったりしていた。残骸の中で、かなりの作業が進んでいることにはまちがいなかったが、もちろん、それがいったいどんなものなのかを知るよしもない。クリイ人たちは船外に複雑な透明の棒を組み合わせて、徐々にトンネルのような形のものを完成しつつあった。それは残骸の入口から約三十フィートほど延びており、その末端にはエアロックとおぼしき突起がある。反対側の端は、トンネルの側壁にあたる部分がぴったりとカバーされていて、技術者たちが出入りするための、わずかなすき間だけがのこされている。
ある日のこと、突然、宇宙船の船腹の裂け目から光りが洩れはじめた。
「やつら、動力系統を修理したな」
ディルロが言った。
「それとも応急動力を持ち込んだか」
「こっちの動力はぜんぜんだめなのに、どうやらやつらは動力系統《ジェネレーター》を動かしているんだろう?」
ケインが言った。
「やつらも、おなじ場《フィールド》の中にいるというのに」
「やつらはなにか特殊な方法で、その場《フィールド》を遮蔽《シールド》しているんだろう。それとも、われわれとはまったく違う原理の動力《パワーシステム》を持っているかだろう……おれは思うんだが、やつらの世界は元素の周期律表からして違うのだろうと思う」
ケインは言った。
「どんなやりかたにしろ、とにかくやつらはやってるんだ。動力が回復したとなると、あのケースの蓋はみんな開くというわけだ……」
宝石や貴金属のおさめられたあのケースがみんな − である。それは、銀河中の財宝をひとつのこらすかきあつめたように見えたものだ。彼はよだれの出る思いである。スターウルフといえども、かつて、あれだけの獲物を手にしたものはあるまい。
黄金色の卵は、トンネルの末端にあるエアロックにぴたりと位置した。
ケインは思わず顔を窓に押しあてた。ディルロとボラードも、彼のそばからじっと外を見ている。誰も口ひとつきかない。三人は、なにか決定的なことが起りつつあるという期待をこめて、ただ、じっと待った。
透明なトンネルのような構造物は、突然キラキラと光りはじめ、その輝きのために全体がぼんやりとかすみ、揺れ動いた。輝きが強まり、炎のように燃えあがり、それからぴたりと規則的な脈動に変った。
そして、トンネルの中が見えはじめた。残骸から黄金色の卵へと、すばらしいスピードで、しかもなめらかに物体が流れて行く。
「|搬送用の力場《キャリア・フィールド》だな」
ディルロが言った。
「重量をゼロにして、手軽に動かそうというわけだ…」
ケインは唸った。
「科学の講釈はごめんだ。見てくれ、あれを。よく見てくれよ!」
銀河系の隅々からあつめられた財宝は、クリイ人の宇宙船の船槽から黄金色の卵型連絡艇へとなめらかに流れつづけている。連絡艇は一連のベルトコンベアのように、次々とその財宝を積み込み、離昇し、そして戻ってきてというふうに絶え間なく動きつづけている。
この銀河系の隅々からあつめてきた収穫である。
「やつらはあれを、使う気はないんだぜ」
ケインは言った。
「あれ全部をただの研究用にするんだから……」
「罰があたると言いたいわけだ」
ディルロはそういって、ケインに笑いかけた。
「そう嘆くな」
「なんの話だい?」
ボラードが聞いた。
「なんでもない。あのひょろひょろ指の連中のやりくちに、この旦那ががっくりきてるだけだ」
ボラードは首を振った。
「あいつらときたら、見ろよ、積んであった標本を全部運び出そうというわけだ。そいつがおわったら、どうするつもりだろう」
べつに答えを期待しての問いではない、誰も何も言わなかった。
しかし、間もなくその答えはあらわれた。
最後の品物が|搬送用の力場《キャリア・フィールド》を流れおわると同時に、トンネル全体を包んでいた光は消えた。クリイ人たちは整然とそのトンネルを解体し、雲の上を影のように遊焉している母船へ部分品を次々と運んで行った。地上に横たわる巨大な船体は積荷をぬきとられたまま、ガランとした口をぱっくりと開いている。
ついに、そしてそれが最後だったのだが、クリイ人の一人がこちらへと歩み寄ってきた。ひょろ長い体を風にちょっとふらつかせながら、彼はちょっとの間そこに立ち上り、大きなその無表情の眼でじっとこちらを見つめた。
それから、細い一本の腕をあげて、まざれもない身振りで空のほうを指さした。
それからくるりと振り返り、たった一隻残っていた例の黄金色の卵のほうへと歩み去った。やがてハッチが閉じられ、たちまち砂原にはなにも見えなくなった。
まったくだしぬけに船内のランプがいっせいにばっと点り、動き出した動力系統の轟音で船体が揺れ動いた。
「あいつは、おれたちにここを立ち去れと言ったんだ。その理由はわかるような気がする」
ディルロが言った。彼は連絡通話機《インター・コム》に向かって大声で命令を下した。
「エアロック閉鎖せよ! 総員、航行配置につけ! 離昇用意!」
そして彼らは離昇した。まるで離昇補助ロケットのようにごく小さな角度をとり、低空のためヴォホルの宇宙艦のレーザー・ビームは崖にさえぎられ、到達できないコースである。
ディルロは旋回コースに入るよう命じると、ラトレッジに言った。
「カメラを始動させろ。これからはじまる一件で、うまいことを思いついた。とにかく記録が必要だ」
ラトレッジは、船外にとりつけてあるカメラのケースの窓を開くスイッチを入れ、つづいて監視《モニター》スクリーンのスイッチを入れた。ケインは居合わせた連中といっしょに、カメラが捉えた船外の景色にじっと見入った。
「砂埃が強すぎる」
ラトレッジがそう言いながら、制御盤のノブを操作すると、映像はたちまち別物のように鮮明になった。カメラの捉える被写体に特殊な放射線をあてて、その反射波によって映像をつくらせるのである。
それは、砂上に横たわる例の巨大な宇宙船の残骸である。その向こうには、あの絶壁と、そしてヴォホルの宇宙艦二隻が小さくまるで糸に吊るされた子供のおもちゃのように、船首をつきあわせているのがみえる。
なんのことやらわからぬラトレッジが、ディルロの表情をうかがっていると、ディルロが言った。
「フィルムをまわしつづけろ。大損をしたくなけりやまわしっづけろ」
「あんたは、クリイ人があの船を破壊すると思ってるわけかね?」
ケインが聞いた。
「そう思わんのか、お前は? 自分たちよりも技術水準がずっと低くて、しかも戦争はずっと好きだという種族がいて、そいつらがあの宇宙船にかかりあったとしたら……お前なら、そいつを研究用として置きっぱなしにしたりするつもりか? クリイ人たちは全部を運び出したわけじゃない。動力系統はそっくり残っているようだし、防御装備も全部残っているにちがいない。時間さえかければ、ヴォホル人どもはわれわれの世界の原子周期律表をもとにして、それをちゃんと複製する技術を完成するだろう。とにかく、あのクリイ人が、われわれにここから立ち去れと合図した理由がなにか他に考えられるか? やつらにとって、おれたちとヴォホルとの一戦なんてなんの関係もない、うまく逃げようと逃げそこなおうと、な。あの合図の意味は、やつらの行動によってわれわれを死ぬような破目におとしいれたくないということだとおれは思う」
[#(img/SF001_237.png)]
砂の上に横たわる宇宙船の巨大な姿は、スクリーンの上にぴたりと静止して見える。
だしぬけに小さな閃光が走り、その船腹をなめた。それはまったく信じられぬほどの速さで、眼もくらむような埃となって船全体をすっぽりと包み込み、巨大な構造材の一本一本を残さず呑みつくし、たちまちにしてすべてを灰と変え、砂の上にはただ、一マイルほどにわたってかすかに痕跡らしきものが残るだけとなった。それはまさに、消え失せたとしかいいようのないものであった。
崖にさえぎられて、ヴォホルの宇宙艦は無事である。
ディルロが言った。
「カメラを止めていい。今の一件で、こっちは仕事を完了したようなもんだ」
「こっちが?」
「カラル人がおれたちをやとったのは、星雲のどこかにヴォホル人がかくしているという超兵器とやらをみつけ出して、破壊して、カラルに対する脅威をのぞいてくれということだった。おれたちはそいつをみつけ出し、たったいまそいつが破壊された。これで完了だ」
彼は、眼下のヴォホルの宇宙船を見下ろした。
「やつらはいまごろ、応急修理に大忙しというわけだ。これ以上、このあたりをうろついてる必要はなにもない」
乗組員で異議をとなえるものは一人もいなかった。
彼らが大気圏外へ出ると、ちょうどそこに、幾日もにわたって、彼らを重苦しい気分にさせた例の巨大な宇宙船が太陽を掩いかくすように浮いていた。
偶然かそれとも意図があってか、ディルロはコースをその船のほうへととった。遠からず、そして近からずのあたりを通過するコースである……。
巨大なその船体とすれちがうと、彼らはやがてまたこの島宇宙のなぎさをかすめる暗黒の大洋を横断する、長い旅路についたのだった。
「感情の持ち合せはなかったとしても」
ディルロは静かに言った。
「あのときはやつらとて、なにか感じはしただろうとおれは思うぜ」
ケインも、これには賛成せざるを得なかった。
乗組員たちの間で、お祝いにひと騒ぎやろうという話がもちあがったとき、ディルロは好きなようにさせてなり行きを見守った。そして彼の予想していたとおり、乗組員たちはあまりにも疲労しすぎており、交替した連中は寝棚《バンク》のところにまで這って行くのがやっとというていたらくで何十日ぶりなのか思い出せないほどひさしぶりの眠りをとことんまでむさぼったのだった。
ケインはそれほど疲労していなかったので、ディルロと二人、船室で一杯やりはじめた。みんな寝てしまい、二人だけである。
「カラルに着いたら、船の中にじっとひそんで、そんな男は存在しなかったように見せるんだ」
ケインはにやりと笑った。
「そんなことは、わざわざ言わなくてもわかってるよ。それより聞きたいんだが、やつらは|光る石《ライト・ストーン》を支払ってくれるとあんたは思うかね?」
ディルロはうなずいた。
「払うだろう。カラル人はいろいろな意味で油断のならんやつらだが、約束はちゃんと守る連中だ。それから、あの化け物みたいな宇宙船が破壊されるシーンのフィルムは、いやでも支払わずにいられなくなるほど迫力満点だ」
「あれを破壊したのが本当はなにものだったのか、言わずにおくわけだな?」
ケインが聞いた。
「いいか、よく聞け」
ディルロが言った。
「おれは一般的な意味で公明正大《フェアー》に行動するし、正直でもあるが、馬鹿ではない。やつらは仕事のためにおれたちをやとった。そして仕事はおわった。こっちは当然の報酬を要求する。それだけだ」
そしてつけくわえた。
「ところで|光る石《ライト・ストーン》を売り払って、金を山分けにするとき、お前は自分のとり前を何に使うつもりだ?」
ケインは肩をすくめた。
「それは考えたことがなかった。おれは掠奪するのには馴れてるが、物を買ったことがあんまりないもんでね」
「そいつは、もしもお前がこれからもおれたちといっしょにいるつもりなら、早いところ馴れておいたほうがいい習慣だぞ。ところでいっしょにいるつもりなのか?」
ケインは、答えるまえにちょっと考えた。
「いるつもりだ。いずれにしろ、とりあえずのところはな。あんたも前に言ったことがあるが、おれには他に行くところがない……おれに言わせりゃ、あんたたちはヴァルナ人ほどじゃないが、まずまず、わるくはない連中だし、な」
ディルロは素っ気なく言った。
「おれはお前が最高の外人部隊の隊員になれるとは思っていないが、なかなかの能力はもっているようだと思う」
「カラルに寄ってそれから、どこへ行く予定かね?」
ケインは聞いた。
「地球かい?」
ディルロがうなずいた。
「あんたも知ってるとおり」
ケインが言った。
「おれは地球ってところにちょいと興味があってね」
ディルロは、首をふりながらむっつりと言った。
「おれは、お前を地球に連れて行くのはあまり気が進まん。おれは、町をあるいている連中がお前を見ても、虎が地球人の姿形であるいてることに気がつかないんだと思うと気が重いのだ。しかし、お前の爪をひっこ抜くことはできるだろうとおれはおもう」
ケインは笑った。
「たぶん、な」
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新しいハミルトン
エドモンド・ハミルトンといえば、もういまさら何も言う必要のないSF界最長老の一人。くわしいことをまだご存知でないむきは、ハヤカワ・SF・シリーズに入っているいくつかの彼の作品の巻末解説を読んでいただくことにしようとおもう。
そこで、この『さすらいのスターウルフ』は、彼の最新のシリーズ(スターウルフ)ものの第一作で一九六七年にエース・ブックスから刊行されたものであり、現在、すでに第三作までが出ており、いずれもこのハヤカワSF文庫に入る予定になっている。乞う御期待!
高速宇宙船を駆って銀河系せましとばかりに掠奪を働くことを生業とし、スターウルフとおそれられ忌み嫌われているヴァルナ人。凶悪無比といわれる彼らを改心させようとその惑星ヴァルナに乗り込みはしたものの、おそるべきg(重力)のために死んでしまった宣教師夫妻の忘れ形見こそこのシリーズの主人公ケイン。自分はヴァルナ人だとばかり思い込んでいたそのケインがふとしたことから知った出生の秘密、仲間の裏切り、そして絶対真空、絶対零度の宇宙空間に漂流する彼を拾いあげたのが、地球人の外人部隊のリーダー、ディルロ。自分の素性を知られたが最後、そくざに命を失う運命にあるスターウルフのケインと、秋霜烈日《しゅうそうれつじつ》、めっきりと老いの目立ってきたディルロとの奇妙な心の触れ合い……。これは、(キャプテン・フューチャー)や(天界の王)、そして(時果つるところ)など彼の代表作のどれとも違う、いってみればあたらしい味のするハミルトンだと言ってよい。ケインがスティーヴ・マックィーンかリチャード・ウィドマークだとすれば、ディルロの方はジョン・ウェイン、いや、リー・マービンの役どころという感じであろうか。登場人物の女性といえばヴォホル人の娘ラニアに行きずりの娼婦くらいのもの。あとはすべて男ばかりとなれば、これはもうジョン・フォードそのものである。
ディルロに対するケインの言葉づかいを、日本語としてどんな風にあてはめるべきなのかに苦労した。「です、ます」ではないし、さりとて、「おれ、お前」ともちがう。相手の腹をさぐりながらもふっと、この初老の男へケインが見せる心の傾斜、そんなニュアンスが原文にはたしかに見てとれるのだが、はたしてそれが訳文のなかに移されているのかどうか、自信はぜんぜんない。
私は、ディルロをリーダーとするこの地球人の一団を外人部隊″と訳したが、これがどうにも不満でしかたがない。原文はMercsとあって Mercenary の短縮形、研究社の辞書によれば、金めあての − という形容詞、外国人傭兵 − という名詞だから決して誤訳ではないのだが、本文中にもある通り、彼らは戦争をするばかりではなくて、他星人たちがやりたがらない仕事はなんでもやってしまう、いわば便利屋 − それも、かなり手荒な − とでもいうべき存在なのである。外人部隊″といえば、食いつめた外国人をかきあつめて編成し、アルジェリアやアフリカ奥地で虫ケラのよう消耗させられてしまったあの哀れな連中のことが、名画(外人部隊)と共に思い出されてうらさびしくてやりきれない。適訳さえあれば今からでも変えたいくらいである。とくにこの『さすらいのスターウルフ』 につづく第二巻 "The Closed Worlds"のはじめに、ニューヨークにあるというこの Mercenary 組合のオフィスがかなりくわしく出てきて、他星からお座敷がかかって、いわばタスク・フォースとでもいうべきものの編成されるところが出てくるとなるとなおさらである。
昔、手塚治虫氏のところで(鉄腕アトム)の英語吹き替え版を見せてもらったとき、その台詞の快適なテンポに思わずうならされ、日本語というやつは、どうやら、大宇宙活劇向きの言語ではないんじゃあるまいかと思ったことがあるけれど、ご多分に洩れず、今回も大いに苦しんだ。たとえば、レーダー士が敵の宇宙船を発見したとき、"Get-a-brip!"、とわめくところが何回かある。ブリップというのは、レーダー・スクリーンにあらわれた宇宙船の反射波の白い輝点のことだが、ゲッタブリップ!″という短いセンテンスのもつその緊迫感とパンチを日本語に移すとなるとこれは容易なことではない。船影捕捉!″などではとても追っつかない。昔、『眼下の敵』というアメリカ映画の中のおなじようなシーンで釣れた!″というスーパー・インポーズが入って上手ェなあと感心したことがあるけれど、これとてもいまひとつしっくりこない気がする。
しかし、これを言っていたらそれこそきりがない。"Starways" "Alien Outer Space" など、それぞれケースバイケースで処理してはいるものの、考えれば考えるほど困ってしまう場合がすくなくない。"Darling!"とか、"Honey!"なんてのは、彼我風俗習慣の相違だけで割りきれるのだが、SFとなると、なまじインータナショナルであるだけにいっそう苦労するのである。
[#地付き](訳 者)
[#改ページ]
[#(img/SF001_247.png)]