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無思想の発見
養老孟司
目 次
第一章[#「第一章」はゴシック体] 私的な私、公的な私
第二章[#「第二章」はゴシック体] だれが自分を創るのか
第三章[#「第三章」はゴシック体] われわれに思想はあるのか
第四章[#「第四章」はゴシック体] 無思想という思想
第五章[#「第五章」はゴシック体] ゼロの発見
第六章[#「第六章」はゴシック体] 無思想の由来
第七章[#「第七章」はゴシック体] モノと思想
第八章[#「第八章」はゴシック体] 気持ちはじかに伝わる
第九章[#「第九章」はゴシック体] じゃあどうするのか
あとがき
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第一章[#「第一章」はゴシック体] 私的な私、公的な私
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†自分とは[#「†自分とは」はゴシック体]
現代社会は、自分というものが「あって当然」の社会である。妙な話だが、日本の世間に自分なんてものが、はたしてあるのだろうか。自分があって当然と思うのは、自分のほうから見ているからで、世間から見たら、自分なんて、なにほどのものか。ちょっと広げて、世界から見たら、たぶん六十億分の一以下、ほとんど点である。
でも、その小さな点のなかに、世界が入り、宇宙が入ってしまう。宇宙の果てからその起源まで、人間はともあれ考えてしまうからである。それならその点はじつは巨大なのかと思うと、そのくせこの世でわずかな時間を過ごして、やがてまもなく消えていく。だから禅では無常迅速といい、真宗では「朝《あした》には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」という。
「人生は歩いている影に過ぎない」
これは『マクベス』にある有名な台詞である。「ただの三文役者、舞台の上で飛んだり跳ねたり、定められた時間を過ごし、二度と現われることはない」と続く。諸行無常という思いは、なにも仏教世界に限らない。ヘラクレイトスは万物流転といった。
それになんとか抵抗しようとするのも、人間である。だから一神教の世界では、霊魂は不滅だとする。それでもやはり、最後の審判がくる。その後は天国で永遠の幸福か、地獄で永遠の責め苦かに分かれるが、そんな先のことは、どう考えても「知ったことではない」であろう。
そんな想いも、寝ている間は消える。人生という「飛んだり、跳ねたり」も、眠っている間はお休みである。想いのすべては意識がなす仕業である。意識のないときの「自分」は、他人が外から確認できるだけである。他人だけが確認する「自分」なんて、ずいぶん妙な自分だが、それを人は身体と呼ぶ。意識は途切れ途切れだが、身体はおそらく継続的である。その「途切れ途切れの点線をつなげて」、現代人はしばしば自分そのものだと思い込む。寝ている時間があるんだから、自叙伝の三分の一くらいは空白の頁でいいはずである。そんな自叙伝を私は見たことがない。それでは話が変になるはずで、だから現に変になっているのであろう。
そこでふたたび「自分」に戻って、現代の日本で、その自分が具体的にどんなことになっているのか、それをまず考えてみようというわけである。
†一人称の不思議[#「†一人称の不思議」はゴシック体]
自分を表現する日本語は数多い。ワタシ、ワタクシ、オレ、オイラ、ボク、小生、時代劇なら拙者、身共《みども》、それがし、などなど。英語にかぎらず、たいていの言語では、自分を表現する言葉は一つで済む。なぜ日本語には自分を示す言葉がたくさんあるのか。たくさんあるということは、じつは「定まった私」なんて、ないということではないのだろうか。
ジブンという言葉は、関西弁では相手を指すことがある。
「ジブン、ニンジン嫌いやろ」
などと、相手を指していう。関東で育った若者は、ひょっとすると、なんのことやら、意味がわからないであろう。むろんこれは、
「アンタ、ニンジンは嫌いだろ」
という意味である。それならジブンは同時にアンタという意味である。
これに類する使い方は、ほかにもある。「手前」という言葉がそうである。江戸の店屋の番頭が揉み手をして、
「手前どもでは」
という光景なら、テレビの時代劇でやっているであろう。ところが下町の喧嘩になると、
「テメー、この野郎」
ということになる。このテメーは当然「手前」に由来するわけで、それならここでも、俺とお前は同じ言葉なのである。「己れ自ら」というときの「おのれ」は自分だが、侍が怒り狂うと「おのれ、許さん」とかいって、刀を振り回したりする。後のほうの「おのれ」は、テメーこの野郎、のテメーと同じであろう。
あるいは小さい子に対して、
「ボクちゃん、ダメよ、そんなことしちゃ」
と叱っているオバさんがいる。ここでのボクも、アンタという意味である。これを外国人に説明しようと思うと、いささか頭痛がしてこないだろうか。
要するに日本語では、俺とお前はどんどん行き来する。こんな言語がほかにあるかというのは、ほとんど愚問であろう。少なくとも私は、探す気にもならない。
†ホンネとタテマエ[#「†ホンネとタテマエ」はゴシック体]
ある意味で似たような例は、日本の世間を探せば、じつはいくらでもあると思う。たとえば加藤典洋氏は、『日本の無思想』(平凡社新書)という著書のなかで、ホンネとタテマエについて論じている。本来の加藤氏の主題は、本の表題からもわかるように、日本に思想はないことについてである。それについては、また後で触れる。この本で加藤氏は、ホンネとタテマエについて、辞書の定義が百八十度違っていることを指摘する。
三省堂の『新明解国語辞典』では、
「本音=口に出していわない本心」
岩波書店の『広辞苑』では、
「本音=本心から出た言葉。たてまえを取り除いた本当の気持」
とあるという。
これでは、本音というものはいったい「いうものか、いわないものか」、はっきりしてくれ、と読者はいいたくなるであろう。でも両者に共通しているのは、「本心」であり、「本当の気持」である。その「本心」が存在することは、暗黙だとはいえ、しっかりと了解されている。つまり本心という「実体」がある。だからこそ、それに対する表現は、あってもなくても、あるいは逆さまになってもいい。「手前」だっておそらく同じで、自己と相手という「実体はそのまま」なのである。つまりホンネとタテマエの場合なら、口に出していってもいわなくてもいいし、ジブンの場合だったら、自分を指しても相手を指してもいい。それは単に「状況に依存する、その場の表現に過ぎない」からである。それが日本語であって、その根底にあるのは、右に「実体」と呼んだものに対する深い確信である。それがあるからこそ日本では以心伝心、腹芸だったのである。
†実体は揺るがない[#「†実体は揺るがない」はゴシック体]
私の母は、私に対して、たまに、
「あんたはバカだねえ」
と、しみじみいうことがあった。そもそも私が幼いときの母親の心配事は、私が知恵遅れに違いないということだった。しかも、母の職業は小児科の医師だった。最近知ったことだが、親戚の家に行って、私のことをコボしていたという。口は利かないし、なにしろイヌの糞をじっと見ていた、というのである。往診に出かけるときに、家の前でイヌの糞を見ていたのだが、往診から帰ってきたときも、まだイヌの糞を見ていた、あの子は絶対に変だ、というのである。
私にしてみりゃ、なんのことはない。口を利くのは面倒くさいし、イヌの糞に虫が来るから、それが面白くて見ていただけである。幼い子どもが、イヌの糞みたいに動かないものを、長時間ジッと見ているわけがないじゃないか。
おかげで小学校に入る前には、知能検査に連れて行かれてしまった。それで私のほうは、
「うちの母親はバッカだなあ」
と思っているわけである。おたがいにそう思いあっているわけだが、これを英語で書いたら、よほど上手に書かなければ、話が変になってしまうであろう。母子間の無理解の典型にされてしまうかもしれない。そんな「理解」は関係がない。母子は母子だからである。
いまのこの結論が通じないとしたら、あなたはまさに意識中心の現代人なのである。理解とは意識がするものだが、人間は意識だけではない。現代的な意味でおたがい理解しなくたって、母子関係は十二分に成り立つ。大脳新皮質の進化より、母子関係のほうがはるかに起源は古いんだから、それで当たり前であろう。そういう関係にとって、意識なんて、むしろ邪魔なだけかもしれない。右に「実体に対する確信」と呼んだものの一例がこれである。
†自分という主体はない[#「†自分という主体はない」はゴシック体]
英語では、
メI can speak Japanese.モ
という。こう述べたとたんに、アイという主体、アイという実体が、歴然としてこないだろうか。こういう言葉を毎日使っていれば、
「主体的自己の存在なんて当然だよナ」
という思いが湧いてくる。こういう言葉を使っている人たちに、
「日本語では俺とお前が同じ言葉で表わされる、ユーは本当はアイともいうんだよ」
などと講義したら、
「日本人はバカか」
と思うかもしれないのである。
そう思うかもしれない相手に対して、とりあえず私の言い分をいおう。
英語という言葉は、
「アイという主体的実存」
が存在するに至る以前からあった。要するに、
「アンタの生まれる前から、英語はあっただろうが」
ということである。
「それならアンタは、テメーの脳みそを、英語に適応させただけだろうが」
と、こういうことになる。
「日本に生まれてりゃ、日本語をしゃべることになったんだからね」
と続いて論旨を補強するのである。
なんでそんな厄介なことをするか。
「アイという主体なんか、どこにもないじゃないか」
といいたいからである。脳ミソが自分の都合で勝手に周囲の英語と馴れ合ってしまった。じつは、それだけのことじゃないか。
そんなこと、通じるわけがないよネ。でも考えてみると、そういう結論になるんだから仕方がない。
「要するに、日本語が変なんだろ」
日本人は謙虚だから、むしろそう結論する。それが日本語特殊論である。これは普遍性がない。なにかが特殊であることをきちんと説明したいなら、特殊でない基礎まで戻って、そこからの枝分かれとして、特殊性を説明しなくてはならない。日本語は特殊だと、ただいうなら、それは「日本語はほかの言語と違う」といっているだけで、そんなこと、いわれなくたってわかっている。日本語を知らない人は、日本語で話しかけられても、日本語の新聞を見せられても、皆目わからないからである。それならそういう人にとっては、日本語は変に決まっている。だから日本語の特殊性に関する議論は、いずれはかならず言語に共通の基礎まで戻らなくてはいけないのである。
†近代的自我の侵入[#「†近代的自我の侵入」はゴシック体]
俺もお前も一緒くたの世界に、ある日突然、実存的主体としての自己が侵入してきた。これを西欧近代的自我という。当時はなんでも欧米を見習えという時代だから、それはそれで仕方がなかった。
しかし、もともと世間にそういうものはなかったんだから、これがいかに厄介な問題を引き起こしたか、たいていの人はなにか気づいているのではなかろうか。「日本人には自我がない」「個の確立」「自分の意見をはっきりいえるように」「個性を伸ばせ」といった言葉を、どこかで聞いたはずである。日本独特といわれる「私小説」なるものも、近代的自我の導入によって生じたものに違いないと、かつて論じたことがある(『身体の文学史』新潮社)。なにしろいきなり「独立した自我」なんていわれても、フツーの人は、
「そりゃ、俺のことか」
と思うに違いなかったからである。それなら「俺ってなんだ」を具体的に吟味することになり、日本人は生真面目なところがあるから、自分が毎日することを懇切丁寧に記録し、それが私小説になった。だってそれ以外に、自分なんて、吟味の仕様がないではないか。
「近代的自我なんて、そんなもの、入れなきゃいいじゃないか」
だからしばらくはインテリを除いて、「そんなもの」は世間に入らなかった。たとえば英国に留学した夏目漱石は、さすがに近代的自我をよく知っていた。「私の個人主義」なんて講演をしているくらいである。しかし漱石は個人主義を推奨し、近代的自我を導入せよと主張したのではない。明治人として、世間というものを同時にたいへんよく知っていた。だから西洋風の個と、世間との対立を、身をもって感じ、どうすればいいか、どう考えればいいか、大いに悩んだ。胃潰瘍になったのも、それが原因の一つであろうと、私は思う。
そう思えば、漱石や鴎外の作品のなかには、その問題が見え隠れしている。しかしその漱石が、晩年にはなんと「則天去私」と述べた。この「私」は近代的自我を含んでいる、あるいは近代的自我そのものだと私は信じている。近代知識人としての漱石は、とどのつまりは「私を去った」のである。
どこでどう曲がったか、その無私が行き着いた先が滅私奉公、一億玉砕の世界である。
「滅私」ってつまり、
「私なんて、徹底的に滅ぼせ」
ってことですからね。その世界が敗戦で壊滅して、おかげで新憲法になった。そこでついに西欧近代的自我が大手を振って入ってきて、近代的自我こそが世間の公式のタテマエになった。それでめでたく近代的自我が成立したかというなら、それこそとんでもない話である。「そんなもの」を入れたら、世間が壊れてしまう。それでも徐々にそれが入ってきて、おかげさまで世間は壊れかけている。若者は個性とか個人を、
「あったりまえじゃないか」
と思っているからである。
べつに「あたりまえ」じゃない。後に述べるように、西欧の個にはそれなりの長い歴史があり、社会的必然がある。それがない日本の世間に、「自我」だけが入ってきても、根本から定着するはずがない。
†私の二重性[#「†私の二重性」はゴシック体]
たとえば、現在の憲法では「思想・信教の自由」が保障されている。これは「人権」の一つである。世間はそんなものを実質的には認めていない。私は子どもの頃から、それをよく知っている。なぜなら、
「お前のその考え方が悪い」
と、大人にいわれ続けてきたからである。いまだってそういわれる。考え方とはつまり私の思想で、憲法では「思想・信教は自由」なんだから、大人がいう「考え方が悪い」は、憲法違反じゃないのか。子ども心にそう思ったから、以来これに関する疑問が付きまとった。でもそれに文句をいおうと思うと、憲法問題は最高裁の扱い、などといわれる。そんな立派なところに、子どもが文句を持ち込むわけにいかない。だからそのままになった。そのかわり、古希に近くなってから、またこうしてブツブツいっている。還暦を過ぎたら、子どもに帰るからである。
「お前のその考え方が悪い」
というのは、憲法違反だといった。しかし、日本人なら、だれも憲法違反だとは思っていないであろう。思想・信教の自由は、いわゆる人権の一つである。それに「表現の自由」も伴っているはずである。人権とは、個人に与えられた権利で、なぜそんなものが与えられているかというと、社会を構成するのは「私としての個人」だからである。こう書くと、多くの人が、
「そんなこと、あたりまえじゃないか」
というかもしれない。とんでもない、あたりまえどころじゃない。
「私としての個人」
とは、
「個人は社会を構成する最小の公的単位であり、その内部が私である」
ということである。日本の世間では、じつはそれがそうではない。日本語においては、この「私」という言葉が、「自分」個人 self という意味と、「公私の別」というときの「私」private という、二重の意味を持つことに、ぜひとも御注意くださいませ。
ここでの議論が厄介になるのは、私という日本語のこの二重性である。というより、「私」という語は、西洋近代的自我の侵入から生じた、自己に対する新しい表現ではないかと思う。最初に述べたように、日本語における「自分」表現は、しばしばできたり消えたりするらしいからである。私自身もよく「私」を一人称として使う。それはたいてい「私見では」という意味である。言論は公だから、そこでいささか乱暴なことをいうには、私個人の意見であることを強調しなければならない。立派そうなことが書かれてあるからと、世間一般の人も私のように思っているなんて、うっかり誤解されては困るからである。
他方、政府は公である。公は公権力を持っている。その権力が及ばない範囲が「私」である。それが公私の別である。それなら日本の世間では、「私」とは、自分のことか。なんとそれが違う。違うというより、そこはいまでは完全な混乱状態に陥っている。そう私は見ている。そもそも「私」という重要な語が、二重の意味を持っていること自体が普通ではない。
†単位は家[#「†単位は家」はゴシック体]
結論を先にいおう。日本の世間における、私というものの最小の「公的」単位、それは個人ではなく、「家」だった。日本の世間は「家という公的な私的単位」が集まって構成されていたのである。そういえば、年配の人たちはたちどころに理解するであろう。新憲法はそこに「個人」を持ち込んだ。つまり「自分」が最小の私的単位だと、公に決めたのである。公権力は、放っておくと、どこまで入り込むかわからない。だから西洋では、その公権力に枠を嵌《は》めた。公が私に干渉してはならない範囲、それを「人権」として定めたのである。私=個人だから、人権つまり個人権でいいわけである。それならそれ以外は公である。
人権週間というものがあって、そこでときどき話をさせられることがある。たいていは自治体主催の集まりである。そんな週間があること自体、人権がいかにタテマエかを示している。この場合のタテマエとは、「言葉とその意味内容と思われるものだけがあるべきものとして存在していて、実体が不在である」ことを意味している。タテマエの裏はホンネだが、そのホンネがもともとない。だって、人権は輸入品なんだから。そもそも人権が世間の常識だったら、人権週間なんてものはない。憲法は個人を公の私的単位と規定したのだが、世間は慣習である。その慣習は、公の私的単位は家だということでやってきた。個人なんか、関係ない。
このために混乱が生じた典型が、靖国問題であろう。首相が靖国に参拝すると、ジャーナリストが、
「公人としてですか、私人としてですか」
と聞く。私が首相であったら、
「個人です」
と答えるであろう。なぜなら、憲法はその「個人」に、思想・信教の自由を与えているからである。そのかわり公用車を使ってはいけないし、お賽銭は自腹を切る。参拝の名簿に日本国総理大臣なんて書かない。
「俺個人が靖国に参拝しようが、オウムに入ろうが、それは俺の勝手だろうが」
ということを、憲法は許しているはずなのである。ところが、そんなこと、考えてないし、考えたこともない人が多い。あろうことか、公のために都合が悪いから、首相は参拝を我慢せよという論評まで出る。公のために都合がよかろうが悪かろうが、個人の思想・信教の自由を妨げてはいけない。妙な話に聞こえるかもしれないが、靖国に行かれては公が困るというのなら、むしろますます個人としての参拝を禁じてはいけない。それでなきゃ、信教の自由なんて憲法上の規定は、そもそも不要ではないか。もっとも首相だって、それがわかっているのかどうか、私は保証しない。
†塀で境する[#「†塀で境する」はゴシック体]
世間の私の最小単位が家だということから、簡単に説明できることがいくつかある。日本では相当にケチな家でも、たいてい塀がある。泥棒なら問題なく乗り越えられる塀が多いから、あれはなんだと、子どものころから疑問だった。外国に行くようになったら、この塀が探してもなかなかない。お手本の西洋では、場所にもよるが、たいてい家がいきなり裸で建っている。東南アジアで塀があると、じつに立派な塀で、塀の上に鉄の針だのガラスの破片などを植え込んで、塀の中にはドーベルマンがいたりする。つまり家の主人はお金持ちなのである。
他方、日本の世間では、泥棒が入ったとしても、
「気の毒だからなにか置いていこう」
と思いそうなアバラ屋にも、それに見合った塀があったりする。つまりあの塀こそが、私的空間を世間から境するものである。だからこそ「阿部一族」は塀のなかに籠城し、「公」と戦うことになる。さらには、
「男子ひとたび門を出ずれば、七人の敵あり」
ということになる。家のなかと同じように、フンドシ一丁で気を緩めているわけにいかない。いったん「門を出れば」、公的空間だからである。
そう思えば、嫁姑とはなんだったか、それもわかるであろう。ある私的規則を持った私的空間から、別の規則を持った、別な私的空間に移動する。それがお嫁さんである。新たに移った先は、自分が生まれ育ったのとは「別な私的空間」だから、当然規則が違ってしまう。それを教えるのが姑の役割だった。別に嫁さんをいじめるのが姑の本来の仕事だったわけじゃない。姑だって、さらに別な私的空間から、かつてその家に来た人だった。突然、日常のルールが変わるということが、どういうことか、それがよくわかっている人だったのである。
そんなことが、シロタ女史にわかるわけがないでしょうが。このベアテ・シロタという人が、新憲法の民法に関わる部分の草案を書いたという。女史のご両親は軽井沢に戦前住んでいた「外人」だった。女史が年頃になってアメリカに留学している間に戦争になった。戦争が終わってみると、日本のことを知っている人がそうはいない。仮にいても、アメリカに比較したら、当時は生活程度のとてつもなく低かった日本に、喜んで来るアメリカ人はあまりいなかったはずである。だから日本を知っているということで、民政を担当する占領軍の一部として、大学を卒業したばかり、まだうら若い女史が日本に帰ってきたのである。小さいときから、日本の女性は無権利状態で、気の毒だと思っていたから、思い切って民法の基礎となる憲法の部分を徹底的に変えた。それがそのまま、いまのいままで続いているのである。
オバサンたちがそれでハッピーだから済んでいるようなものの、大学出たてのガイジンの女の子が書いた憲法を拳拳服膺《けんけんふくよう》していると、日本の女性は思っているのだろうか。べつにそれでも「正しいことは正しい」んだから、いいと思えば、それでよろしい。しかしそれなら、日本の社会を構成する最小の私的単位とはなにか、それくらいは自分で考えて欲しいものである。
†襲名でいい[#「†襲名でいい」はゴシック体]
江戸の人が、「公私の別」をいかによく心得ていたか、それは襲名という慣習にもみごとに示されている。襲名といえば、ほとんどの人は歌舞伎役者の話だろうと理解するはずである。先代と同じ役柄を演じるようになれば、同じ名前にする。じつはこれは役者だけではない。古い問屋さん、大商人にも、同じ慣習があった。いまでもたまにそれを残す家がある。こうした職業では、お得意先がたくさんある。ある問屋で主人が替わる、代が替わるということは、じつは私的空間でのできごとである。お得意さんには、それは無関係である。いうなれば、問屋の家の私的な都合で、勝手に主人が替わっただけである。
「社長は変わりましたが、従来どおり、ご贔屓《ひいき》のほど、よろしくお願い申し上げます」
と挨拶状を出すところだが、そういう負担を世間にかける必要なんかない。どうすりゃいいかというなら、主人が襲名すればいいのである。先代と同じ名前になるんだから、世間はうっかりすると気がつかない。たまたまお得意さんがやってくることがあって、
「アレ、ずいぶん若くなったネ」
といわれたら、はじめて、
「じつは代替わりしまして」
と説明すりゃいいのである。
「そこまで世間様に気を遣っている商売が、いまじゃあどこにあるってんだヨ」
と啖呵《たんか》の一つも切りたくなりませんか。
じつは名刺の肩書きって、そのことでしょ。名刺を出して、
「私はこれこれこういうものです」
という。どういうものかというと、
「肩書きにあるようなもの」
なのである。「俺をそう見てくれ」といっているのである。それなら、肩書きを名刺の真ん中に印刷すればいいじゃないか。テメーの名前なんか、脇にゴム印で捺《お》しとけばいい。どうせ会社の人事が変わったら、別な人がやって来るんだから。
†「公の私」の縮小[#「†「公の私」の縮小」はゴシック体]
大家族の家単位だった私的空間が、憲法上つまりタテマエ上は、個人という実質的最小単位まで小さくなってしまったのが、戦後という時代である。そうなると、実質とタテマエをなんとか工夫してすり合わせるのが日本人だから、どうなったかというなら、「大きい」家族を、「小さい」個人のほうにできるだけ寄せるしか手がない。その折り合い点が「核家族」になったんでしょうが。
「ひとりでに核家族になったんだろ」
たいていの人はそう思っているはずである。冗談じゃない。そんな変化が「ひとりでに」起こるものか。「ひとりでに」というのは、
「俺のせいじゃない」
と皆が思っているというだけのことである。だって憲法のせいなんだから。
幼児虐待が起こるたびに、
「どうしてまわりが注意しなかったんだ」
という意見が出る。それは、
「他人の家のなかは、私的空間だ」
という伝統的な世間の規則を意識していないからである。だから日本の場合、ある程度大家族でないと、じつは子育ては危険である。二十歳やそこらの母親が、子育ての責任を一人で持てるわけがないでしょうが。未婚の母の問題は、未婚だからではない。子育ての問題に決まっているではないか。だから共同体がまだ生きている田舎、つまり沖永良部島がもっとも人間の再生産率が高く、都市つまり東京都目黒区がいちばん低い。
最近、福島県伊達町の諏訪野に行った。ここは共同体の再生を考慮に入れて、都市づくりを行っている。コモンと呼ばれる「小さな広場」を数軒の家が囲む形になっており、町全体は西欧の田園都市に近い、樹木を多く取り入れた設計になっている。そこでは「子どもが増えている」のである。外で遊んでいる子どもを、だれか大人が見ているからである。
†世間の変容[#「†世間の変容」はゴシック体]
西洋では家族の意味はおそらく逆で、近代的個人が集まって家族を作るんだから、家族が最小の公的共同体なのである。家族は私的単位ではない。だからイギリス人が遺書を書いたら、遺産だって奥さんに行くとはかぎらない。
「だれに財産を分けようが、俺の勝手だろ」
なのである。なにしろ「個人」が「私というものの公的最小単位」なんですからね。ここの「私」とは、private という意味ですからね、念のため。イギリスの推理小説を読むと、それで遺産がらみの殺人ばかり出てくるのであろう。近代の問題といえば世界中どこでも「家族」だが、問題は同じ家族でも、日本の世間と外国とではそのヴェクトルつまり「向き」が百八十度違うことである。世界中が家族という問題を、「同じ問題」として苦労しているのではない。話がややこしくなるわけであろう。
いまでは改憲論議がやかましくて、憲法について、あれこれ訊かれたりする。改憲といえば第九条だと思う人がほとんどであろう。乱暴にいうが、あんなもの、それこそ一旦緩急あれば、どこかにすっ飛んでしまうはずである。緩急がないから、ああでもない、こうでもないとゴタクを並べるので、法律に書いてなきゃ、自分を守ることもしないというのであれば、実質的に日本は滅びているのだから、そんなこと気にしたってしょうがない。
改憲をいうなら、根本は民法に関わる部分であろう。これは世間という「現実」に大きく関わる部分である。それを根本的に変えて、それで済んできたのは、じつは後で長々説明するように、「思想なんてない」世間だったからである。憲法とは法の思想みたいなものだから、できるだけ「現実」には干渉しなかった。しかし、思想に比べたら、憲法のほうが世間に対する影響が大きい。とくに民法の基礎となると、世間の慣習そのものとぶつかる。だから戦後六十年も経てば、世間も実質的に変質せざるをえなくなったのである。
「そんなこといっても、いまさら昔の家族制度に戻れるはずがないでしょうが」
もちろん私は、そんなところに戻れ、なんて思っていない。こちらはまもなく死んでいく身である。解説はすでにした。「皆さん、どうお考えですか」と、今度はこちらが訊く番であろう。仮に皆さんが「元に戻れない」と思っているとしたら、そういう人に訊きたいことがある。天皇家も、お茶の表千家も裏千家も、その他の宗家も、相変わらず続いている。歌舞伎役者はいうまでもない。それどころか、二代目、三代目の政治家も医者も、さまざまな職業もある。小泉首相は政治家として三代目である。それをどう思っているのだろうか。日本の世間が、最後は再びその辺に落ち着いたとして、なにか具合の悪いことでもありますかね。
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第二章[#「第二章」はゴシック体] だれが自分を創るのか
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†私という現実[#「†私という現実」はゴシック体]
実存的主体としての私なんてない。英語のアイという言葉を取り上げて、前章でそう述べた。「私なんてない」という表現を見れば、多くの人は奇を衒《てら》ったと判断するかもしれない。むろんそうではない。こう述べるしかないのである。意識的な私とはじつは「点」で、中身がない。まさに「我思う、ゆえに我あり」で、その「我」の内容は「思う」としか規定されていない。
「そんなことはない、生まれてこのかたの記憶もなにもかも、意識のなかにすべて含まれているじゃないか」
そう反論されるかもしれない。その記憶くらい、じつはアテにならないものはない。苦しかった思い出も、歳をとれば懐かしいものに変わる。それに伴って、記憶の中身すら変化する。十年前の記憶そのものを、われわれは記憶しておくことはできない。それが十年前と「同じ記憶だと思っている」だけである。「私」は日々変わっていくのに、意識はひたすら「同じ」を繰り返す。そのことはまた、後に述べよう。
「私」や「自己」という概念は、決まっているようで、じつはきわめて多義的である。たとえば私自身は、「実存的主体としての私」なんてないと思うと同時に、「身体という自分」については、実存そのものだと思っている。
むろん、意見が違う人もいるかもしれない。実存とは現実のことであり、
「現実=実存は人によって違う」
からである。お金を現実だと思う人もあれば、社会的地位を現実だと思う人もある。そう「思う」のは、それぞれの脳についている癖で、それをあれこれいっても仕方がない。なんであれ、それを現実だと思わせるためには、しばらくの間、脳をその現実漬けにしておけばいい。それが洗脳であり、北朝鮮であり、「軍国」日本である。数学者は数学の世界を現実だと思っている。それが数学者の定義である。数学者の脳は、いつでも数学漬けになっているからである。私が身体を徹底的に実存だと思うのは、三十年も解剖をやっていたせいであろう。サラリーマンは課長、部長、社長が現実だと思っている。
そう思えば、さらに「意識としての自分」が「実存」に至らざるをえないことは、イヤというほどわかるはずである。なぜなら意識はたえず「意識を意識している」、つまり意識漬けというしかないのだから、「意識が実存するに至る」のは、あまりにも当然なのである。だから「我思う、ゆえに我あり」なのである。ただし、その意識とは、実体としては点でしかない。それについては、また後に触れる機会があろう。
†身体としての自己[#「†身体としての自己」はゴシック体]
『人間知性論』のなかで、ジョン・ロックはいう。
「たとえ指を切り落としたとしても、自己が減ることはない。肉体は自己ではないからだ」、と。
指じゃあ、自己は減らないかもしれないが、首ならどうなんですかね。話をもう少し細かく具体化して、脳のほんの一部を「切り落とした」ら、どうなるか。ロックの意見それ自体が変化するか、切り落とす脳の部位によっては、全部の意見が消えてしまう。私はべつに、
「現代科学の立場からロックの意見を裁いている」
わけではない。ロックとたとえ同時代に生きていたとしても、私は、
「ロックさん、そりゃいい過ぎだよ」
というであろう。私は「自己は指とは違うもの」とは思っていないからである。それはおそらく私が日本人だからだと思う。以前に吟味したことがあるが、日本の哲学者は心身一元論なのである(『日本人の身体観の歴史』法蔵館)。ともあれ指は、その立場では、自己の一部である。
しかしロックは、自己は身体を含まないという。ロックはイギリス人で、だから西欧文明では、かなり前から、
「自分は身体ではない、身体は自分ではない」
と思っているらしいのである。西洋人って、よくこういう無茶なことを考える人たちなんですよ。
その理由は歴然としている。私はそう思う。なぜなら西洋はキリスト教世界で、キリスト教では霊魂不滅だからである。霊魂は身体ではなく、身体は霊魂ではない。だから臓器移植があんがい平気なのであろう。身体は霊魂の仮の住まいなのである。
しかもそこには最後の審判という、世界の終末が予定されている。霊魂が不滅でないと、神様は最後の審判ができない。同じ霊魂であっても、アルツハイマー病の霊魂が出てきたのでは、神様も困るはずである。それなら「永遠に変わらないものとしての魂」がなければならない。だから「変わらない私」「自己同一性」が暗黙のうちに当然とされるのである。日常使う言葉が、故意か偶然か、それに見合っていることも、すでに述べた。
そうした思考の枠組みは、キリスト教だけではなく、イスラム教、ユダヤ教にも共通している。旧約聖書は、これらの一神教に共通の聖書である。現代人が宗教なんてホンネでは信じていないとしても、こうした文化的な伝統は簡単には変えられない。西欧の「近代的自我」というのは、中世以来の「不滅の霊魂」を近代的・理性的にいいかえたものだろうと私は思っている。
†「同じ」という意識[#「†「同じ」という意識」はゴシック体]
日本人であっても、ロックと同じように、指が落ちようが落ちまいがそれは「同じ人」に決まっているじゃないか、とふつうは思うであろう。じゃあ訊くが、どこが「同じ」なのか。人体を構成する物質は、一年経ったらおそらく九割以上、入れ替わってしまう。一年経った人間は、去年とはその意味では「別な人」である。
「現代人は客観的で、唯物的なんでしょ。物体としての自分が、九割以上、材料を入れ替えてしまうなら、それは客観的かつ物質的には『別な人』じゃないの」
世界中のだれに訊かれたって、私はそういう。だってそうなんだから、仕方がないじゃないですか。
「それは身体の話だろ。心は違う」
いまの論点に気がついた人は、そういうであろう。ロックはだからそういったのである。身体を自分だとすると、自分は同じ自分ではなくなってしまう。歳をとれば、そんなことはイヤでもわかる。それなら「同じ自分」という観念を保持するためには、身体を勘定に入れるわけにいかない。念のためだが、「同じ」というのは、「変わらない」ということである。
じつは「同じ」というのが、意識の特徴なのである。意識は「同じ」という「強い機能=はたらき」である。目が覚める、つまり意識が戻ると、たちまち「同じ自分」が戻ってくる。一生のあいだに何回目を覚ますか、面倒だから計算はしない。しかしだれでも数万回は目を覚ますはずである。ところがそのつど、
「私はだれでしょう」
と思うことは、いささかもないはずである。つまりそのつど「同じ自分」が戻ってくる。それなら「同じ自分」なんて面倒な表現をせず、「自分」でいいということになり、いつの間にか「自分」という概念に「同じ=変わらない」が忍び込んでしまう。
西洋人はアイなんて言葉をたえず使っているから「自分」が戻るのだが、私の場合には単に「同じ」が戻ってきちゃうのである。正確にいうなら、戻ってくるのは「同じというはたらき」であり、言い換えれば、「同じというはたらき」に過ぎない。つまり意識が戻るとは「電灯がつく」ようなもので、そのときにだれも「電灯が戻ってきた」とはいうまい。この場合、電灯が脳で、「明かりがつく」のが意識である。意識は「はたらき」つまり機能で、機能はモノのような実体ではない。
†意識は後追いの機能に過ぎない[#「†意識は後追いの機能に過ぎない」はゴシック体]
意識が機能だということは、強調しておくべきであろう。意識はなにかの実体だという感じがふつうするからである。自我も意識だから、はたらきのはずだが、実体に近いものと感じている人が多いのではないか。というより、ふつうは実体だと信じられている。既述のように、「意識が実在する」という感覚は、きわめて強いからである。それが自我に強い実在感を与える。欧米では、社会がそれを増幅する。
念のためだが、あれだけ「個を主張する」アメリカ人でも、神経科学者のなかには、「自我なんてない」と考える人が増えてきている。その根拠は、脳機能が意識に先行する例が知られるようになったからである。たとえば、水を飲もうと「思って」、コップのほうに手を出すとする。じつはそう「思う」〇・五秒前に、「水を飲む」行動に対して、脳はすでに動き出している。いまではそうした測定が可能になった。それなら「水を飲もう」という意識は、「無意識である」脳機能の後追いなのである。意識は「自分が水を飲もうと思ったから」、「その思いがコップに向かって手を出させる」と「思っている」。それは逆である。心理学では、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」ということがある。常識的な意識は「そんなバカな」と思うだろうが、じつはその「常識的な意識」のほうが、たぶんウソなのである。
脳の状況から意識が生じるというのは、日常的な経験からも当然であろう。結婚を申し込むときに、ムードを考えて、さまざまな工夫を凝らす。ムードというのはつまり、脳の状態を上手に操ろうとする、経験的手段なのである。商談を成立させるには、一緒に酒を呑んだり、ゴルフをしたり、中華料理のように円卓を囲んで食事をしたりする。つまりなんとかして「自分にとって都合のよい意識状態を、相手の脳に生じさせようとする」わけである。
そういうわけで、自我を主体であり、実体であると考えるのは、所詮は無理である。ただし文化的伝統は抜きがたいもので、欧米人あるいは近代人がどこまでその点で意見を変えるか、私は楽観していない。
†「同じ」と「違う」は補完的[#「†「同じ」と「違う」は補完的」はゴシック体]
多くの人は、「同じ」と「違う」を単純に反対語だと思っている。でも、同じものを二つ、目の前に並べることはできない。目の前に二つ何かがあれば、それは「違う」ものに決まっている。そっくりで見た目に区別がつかないというなら、ペンキで番号をふればいい。以後はかならず区別がつく。それに対して、「同じ」については、じつは「昨日のと同じ机」という言い方しか、日常的にはできない。同時的に「同じもの」なんて存在しない。
あとでまた述べるように、感覚で吟味すれば、事物はすべて「違ったもの」である。それを概念化すれば、「同じもの」になる。要するに、あれもこれも「机」になってしまうのである。とはいえ、「昨日のと同じ机」というのも、よくよく吟味すると成り立たない。一日分、古くなっているからである。夜の間に宇宙線が衝突して、分子が一つ、構造を変えたかもしれない。それを確認するには、なんらかの「測定」をするしかない。測定は感覚の世界の話である。つまり「同じ」と「違う」は、反対語というより、補完的なのである。
†「と思っている」と思っている[#「†「と思っている」と思っている」はゴシック体]
だれだって、「自分はある」と思っている。それは、大地が平たいと思っていても、日常生活には差し支えがない、ということと同じである。でもじつは地球は丸い。
「皆がそう思っている」という例なら、いくらでもあるし、いくらでもあった。一億玉砕もそれである。
「隣の人は玉砕するつもりだナ」
と、その隣の人が思い、そのまた隣の人もまたそう思い、以下順送りで、
「だれだってそう思っている」
ということになっただけである。
さらにいうなら、お札と同じである。なぜかって、私が一万円札を持っていくと、一万円のものが買える。でも考えてみると、お札自身に「一万円の価値があるかどうか」、わからない。たぶんそんな価値はないであろう。一万円札には「札として使う」以外にほとんど使い道がない。ヴェトナムの山中で腹が空いて、一万円札を財布から出してみても、どうにも食えたものではない。のどが渇いているとしても、渇きは癒されない。じゃあ、どうしてお店ならそれが一万円で通用するかというなら、受け取ったお店の人が、別なところでも、その札を一万円として使える「と思っているから」である。だから「皆が思っている」というのは、たいへん大事なことなのである。
じつは皆が、
「一万円は一万円だろ」
と思っていることが、お札の根本的価値なのである。「と思っている」の順送りが、「一億玉砕のつもり」を成り立たせたのと同じように、「お金というつもり」を成り立たせている。この考えは、私の素人意見ではない。東大の経済学部長をやった岩井克人先生だって、そういってるんだから、間違いないと思う。明日からデノミになって旧札は一切使えない。そういうときに、旧札を持っていれば、そんなこと、イヤでもわかる。実際、戦後の新円切り替えの時には、そういうことが起こった。昭和二十年八月十五日に、一億玉砕に起こったことも同じである。
「と思っている」の連続がお金を成り立たせる。同時にそれと同じはたらきが、言葉を成り立たせる。だって、私が思っているリンゴと、あなたが思っているリンゴは、「同じリンゴだと、おたがいに思っている」からである。それこそが、ふたたび「同じという意識のはたらき」なのである。だって、私がリンゴといっているときに、あなたがそれを聞いて、クリを頭に浮かべたのでは、それこそ話にならないではないか。それなら私が思い浮かべているリンゴと、あなたが思っているリンゴが客観的に同じものかといったら、そんな保証はない。「同じ」というはたらきについては、そんな保証はそもそもいらない。だから「同じ」とは、いわばアプリオリである。みんなが「同じ」だと思ってくれさえすれば、お札と同じで、言葉は成り立つのである。
†フツーの自分[#「†フツーの自分」はゴシック体]
実存的主体としての自分なんか、ない。そう述べた。しかし、その意味での「自分がある」という文化は、世界の人々の三分の二を占める。すでに述べたように、一神教の世界、最後の審判がある世界では、自分があることが古くからの前提だからである。それに対して仏教の世界では、無我ということになる。とはいうものの、いまでは無我なんて本気で思っている人は、ほとんどあるまい。
多くの人が「と思っている」ということは、それが「真である」ことを保証しない。それもすでに述べた。しかし、そう思うについては、それなりの根拠があるのではないか。それはその通りであろう。だれであれ、やはりどこかで、「自分はある」「自分は自分」と思っているであろう。ではその自分とはなにか。
そうした自分とは、日本の社会では、「世間的に作られる自分」である。それを以前は「らしさ」といった。「男らしい」「女らしい」は、その一つである。そんなものは封建的な見方だ。かつてそういわれたのは、ある意味で正しい。「らしさ」とは、すなわち社会の産物だ、ということだからである。
男の本性、女の本性に由来する性質なら、「男らしい」「女らしい」とはいわない。お産をしても、べつに「女らしい」とはいわない。単に「女だから」といわれる。当たり前だが、お産は男にはできないのである。いわゆる「男らしさ」「女らしさ」のなかに、そうした自然の本性が含まれているなら、それは社会が変化しても変わらない。それならそれは、厳密な意味では、「男らしい」「女らしい」ではない。では自然の本性と「らしさ」を区別できるかといったら、無理であろう。区別する意味もない。
「作られた自分」だから、それはウソだ、「本当の自分」ではない。私はそんなことをいうつもりはない。「作られた」自分も、また自分である。むしろそれがいわゆる自分、「ふつうの自分」なのである。それは世間のなかに置かれた自分であり、
「家族がある以上、家族を食わせなきゃならない」
と思っている自分である。日本人はふつう世間にどっぷり漬かって暮らす。それなら「世間のなかの自分」こそが、ふつうは自分である。
システムはつねに安定性を持つ。そのシステムの安定性に、「同じ」という意識のはたらきを重ねると、「作られた同じ自分」ができる。それは実際にはたえず変化していくのだが、その変化はたいへん小さいと見なされる。われわれは、毎日別人になるわけではない。しかし年月を経ると、明らかに違いが見えてくる。実情は単にそれだけのことであろう。年月を経なくても、外部環境の変化があれば、「人は変わる」。「課長になったら、態度がデカくなった」りするのである。
「ふつうの自分」が世間的に作られたものだということは、年配のひとにはよくおわかりのはずである。天皇陛下はその意味では「作られる」。それならそれは陛下の本性ではない、作りものだといえるであろうか。社会的役割とは、多かれ少なかれ、その人そのものになってしまう。それを「強制し」、維持するのは、周囲の状況である。だから社長は社長らしく、平社員は平らしいのである。いわゆる自分、ふつうの自分は、自己の内部で閉じているのではない。世間に開いている。その世間が不安定化すれば、自分は不安定になる。それが現代日本で起こっていることであろう。いまではそれを「不安」などと呼ぶのである。
「他人が見る自分」なんて、「本当の自分」じゃない。いまの若者なら、そう思うかもしれない。だからフリーターが増える。「自分に合った仕事を探そう」などと思うからである。それなら「あらかじめ自分がある」わけだが、残念ながら、世間的な自分は「作られるもの」なんだから、これでは手順が前後逆転している。「後から自分ができてくる」のである。
人が世間のなかで生きるしかないことを考えたら、「他人が見る自分は本当の自分じゃない」で通るわけがないことは、すぐにわかるはずである。むしろ「他人が見る自分こそが自分だ」とすら、いえるかもしれない。無人島に住んで、
「俺はこういう個性的な人間だ」
と威張ってみても、べつに意味はない。「当人にとって意味がある」と思う人は思うだろうが、しばらくすれば、その自分に飽き飽きするに決まっている。他人の目と自分の目を、自分について「合わせていくこと」、それが完全にできるようになれば、「心の欲するところに従って、矩を踰《こ》えず」となるであろう。それがつまり「自分を作る」ことであり、世間ではじめて働くようになった若者なら、「自分を創る」ことである。
†軽い自分[#「†軽い自分」はゴシック体]
もっともいまの世間で、「自分」なんて真面目に考えても、若い世代は白けるだけかもしれない。岩村暢子『変わる家族 変わる食卓――真実に破壊されるマーケティング常識』(勁草書房)は、食の変質をていねいに調査した結果を述べている。もちろん食の変化はじつはきわめて多数の要因が絡まりあっていて、こうだからこうなったんだという単純な答えはない。でもたとえば朝食を調べてみると、家族それぞれがそれぞれのものを食べる家庭があるという。それがせいぜい「自分」なのであろう。いま自分はこれが食べたい、それは父親の食べたいものとは違う、というわけである。その食べたいものといえば、トーストのパンの厚さの違いとか、焼く時間の違いとか、つけるものがジャムかママレードかとか、娘ならピザトーストだとか、食糧難を通過した私から見れば、どうだっていいじゃないの、という違いに過ぎない。自分とは、そのていどに「軽い」ものになったともいえる。
こうした調査は基本的にはアンケートに基づくのだが、その答えですら、追求すると、
「世間一般でそう言われているので、それが意識の片隅にあって書いただけです」
「理想とはそういうことだろうと思ったのですが、本気でそうしたいと思っているわけじゃないんです」
といった答えが返ってくるという。
「お前の考えはどうなんだ」
と訊きたくなる人もいるであろうが、あったりまえだが、そんなものはあるはずがない。
昔のように、お姑さんが、
「この家では、こうするんです」
と理も非もなく教え込めば、嫁は反発するであろう。反発すれば、考えるようになる。しかし私の育った時代からすでに、
「子どもには個性がある、個性があるんだから、それにふさわしい教育をすべきだ」
という世界になった。だから子どもを「自由」にさせておくわけで、それで育った大人に明確な自分が「できている」はずがない。
科学教育を受けたくせに、私が宗教なんかについて考えるのは、中学・高校時代に「神の存在証明」なんて議論を、学校で教え込まれたせいに違いない。そんなことを教え込もうとすれば、生意気盛りはなんとか議論の穴を探そうとする。それをやっているうちに、しだいに宗教に引き込まれていく。脳が宗教漬けに近くなるから、そうでなければなくても済んだはずの現実感が、宗教に対して生じてしまうのである。
若者のいう「自分探し」の自分、「自分に合った仕事」の自分も、トーストの厚みの違いていどの、ごく「軽い」自分なのであろう。だとすれば、「自分は世間が作る」なんて述べても、「なんのこっちゃ」と思うであろう。
「自分とは自分の内部つまり意識である」
と堅く思い込んでいるから、
「名前が先代と同じなんて、とんでもない、そんなことをしたら本当の自分はどこに行くんだ」
などと思うに違いない。どこに行くも、ここに行くも、それこそ自分は自分で、どうにも仕様がない。そう思うことが、それこそ「自分を創る」第一歩である。
†経験が足りない[#「†経験が足りない」はゴシック体]
もともと世間とは、ジブンがアンタになっちゃう世界なんだから、親父の名前が息子の名前になるくらい、なんの不思議もありはしない。いおうがいうまいが、ホンネはホンネだろ、という世界なのである。それを論理的に変だとか、封建的だとか、いろいろに非難してきたが、それで立派な世界ができたかどうか、それこそもう一度、胸に手を当てて考えてみたらいかがなものか。そこでむしろ失われたものが、すでに述べた、「実体に対する確信」である。だからこそ若者の「自分探し」なので、「自分という実体」の確信に欠けるからこそ、「自分を探す」。
それに輪をかけているのが、「感覚世界」の不在つまり経験の不足である。実体とは、感覚の世界に基礎を置くものだからである。経験の不足は、右の食卓の例でもはっきり指摘されている。主婦の食材や料理に関して、岩村氏は、
「経験は量も質も、本当に下がっていると思う」
と書く。というより、嘆く、呆れるというべきであろう。経験とは、感覚世界に触れて覚えたことである。いつの時代でも、若者にはその不足がある。しかし現代ほど、そうした経験不足が極端な時代はあるまい。「感覚世界」については、後の章でさらに触れることにする。
†自分を創る[#「†自分を創る」はゴシック体]
「自分を創る」作業の典型を、以前は修行といった。比叡山の千日行というのがある。叡山の山中を千日、ただひたすら走り回る。それを終えると、大阿闍梨《だいあじやり》という称号がもらえる。マラソンの選手じゃないんだから、お坊さんが山を走り回ったところで、一文にもならない。だれに頼まれたわけでもなし、そんなことをしても、なんの意味もない。GDPも増えない。じゃあ、なんでそんなことをするのか。走り回った挙句の果てに、本人が変わる。つまり修行のあとに出来上がる唯一の作品が、大阿闍梨本人である。修行を無益だと思う人は、そこを忘れている。芸術家なら作品ができるし、大工なら家が建ち、農民なら米がとれる。しかし坊さんはそのどれでもない。それならなにをするのかといえば、「自分を創る」のである。
叡山を走り回ったら、自分ができるのか。そんなことは知らない。しかし伝統的にそうするのだから、できるのであろう。少なくとも、ふつうのお坊さんではなくなるはずである。それだけのことだが、人生とは「それだけのこと」に満ちている。私は三十年、解剖をやった。それだけのことである。そのあと十年、本を書いた。それだけのことである。自分とは「創る」ものであって、「探す」ものではない。それが大した作品にならなくたって、それはそれで仕方がない。そもそも大したものかどうか、そんなこと、神様にしかわかるはずがない。それがわかったら、もう個性とか、本当の自分とか、自分に合った仕事とか、アホなことは考えないほうがいい。どんな作品になるか、わかりゃしないのだが、ともかくできそうな自分を「創ってみる」しかない。そのために大切なことは、感覚の世界つまり具体的な世界を、身をもって知ることである。そこで怠けると、あとが続かない。
†意識の個性[#「†意識の個性」はゴシック体]
主題を自我に戻そう。近代的自我がもたらした問題は大きい。まず第一に、
「意識に個性はあるか」
を考えてみよう。素朴にいうなら、自分の考えと他人の考えは、
「違うに決まっている」
そこまではいいとしよう。では、どこまで違ったら、それは個性なのか。相手の言い分がわかってしまうということは、相手と自分の考えが、そこでは「同じ」だということである。相手の言い分が理解できないとき、そこにはなにか「違いがある」わけだが、その違いはどこにあるのか。
「まだ理解できていない」
これは教師と学生のあいだでは、年中起こる問題である。しかし生徒もいずれは理解するであろう。それでも理解しないことはある。しかしたとえば小学校の教科であれば、いずれ必ず理解するはずである。それも理解しないという人は、ふつうではない。だからデカルトは、
「良識は万人に与えられている」
といった。
そこでいちばん問題になるのは、言語である。「言葉がわからない」ということが、社会的不適応の最大の問題であることは当然であろう。だからいわゆる知的障害があって、施設に入っている人たちのなかに、サヴァン症候群が見られるのである。つまり脳の機能が全体に悪いのではない。言語機能がよくないのである。自閉症児も同じである。ただしこの場合には、かならずしも言語機能そのものがないわけではない。言語を使う動機づけが欠如することが多い。
ネアンデルタール人以降、現生人類の社会が成立したとき、もっとも強くかかった淘汰圧は言語使用ではないかと私は考えている。現にいまでも、言語が使えないことは、社会生活を徹底的に妨害するのである。いやな言い方をすれば、現代人は言語機能が欠ける人たちを徹底して排除してきたといえる。その言語と意識はほとんど並行したはたらきである。言語の機能はもちろん、たがいに了解することである。それなら「了解できない」人は排除されるはずである。それはいまの社会でもさまざまな形で問題になっている。
そこまで考えれば、意識内容の個性には、大きな問題があるとわかるはずである。意識内容に個性があると、たがいに了解はできない。違いがあるということは、「わからない」ということだからである。「違うということがわかるじゃないか」と思う人もあろう。しかしそれは、ともあれ些少な違いである。だって、
「まったく違うとわかった」
というのは、「わからない」と同じことではないか。
†個性なんてわからない[#「†個性なんてわからない」はゴシック体]
現代人は、自分の心と他人の心は違っていて当然だと思う人たちである。だから「心にこそ個性がある」と思い込む。そんなところに個性があったら、いかに大変か、それを理解していない。これも近代的自我の導入が生んだ徹底的な間違いである。
そもそも「個性的な心」というのは、どういう心か。文字通りに考えれば、「他人とは違った独自の心」、つまり「他人には理解できない心」ということであろう。そんな心なんて、あったってなくたって、私には関係がない。だって、定義により、わからないんだから。
「心に個性がある」という考え方は、世間に流布している。おかげで若者が妙なことを口走るようになった。「本当の自分」「自分探し」「ナンバー・ワンよりオンリー・ワン」「世界にたった一つの花」等々。自分は世界にたった一つに決まっている。だれも他人の人生を生きるわけにいかない。ところがその心=意識は、じつは「同じ」としかいわないのである。
純粋な意識は、「我思う、ゆえに我あり」である。デカルトがここで「同じ」を外しているのはなぜか、そこが興味深い。「同じ」というはたらきを外してしまえば、意識はデカルトの一言に尽きてしまう。そこでは「我」とはただ一つの点にしか過ぎない。点のどこに「個性」があるのか。
「同じ」というはたらきしか持たない意識の世界に、それぞれ違う「個性」を持ち込もうというのは、根本的に無理である。世間ではノーベル賞級の学者を、「特別なことを考えた人」と思っているらしい。それを個性とか、独創性とかいう。でもノーベル賞に値する研究とは、他の学者が、
「あいつのいうことは変だ」
と思いながら、論文をよくよく読んでみると、
「なんだ、あいつのいうとおりじゃないか」
とわかったということである。それでなけりゃ、賞がもらえるはずがない。本当に個性的かつ独創的であるなら、だれにも理解できないはずだからである。それなら独創的とか個性的ではなくて、
「だれにでもわかること」
を述べただけではないか。つまり「あたりまえ」ということであろう。「とうていあたりまえとは思えない」ことを、じつは「あたりまえなんだよ」と説くことができると、ノーベル賞なのである。それがそう思えないのは、ふつうの世間の人たちこそ、まさに「個性的で独創的」だからであろう。世間の人は「あまりにも個性的、独創的」であるために、ノーベル賞級の「あたりまえ」を自分で思いつくことができないのである。さもなければ、そもそも「まったくなにも考えたことがない」ということにならざるをえない。
よく使われる日本語で表現するなら、ほとんどの人は「我がまま」つまり「個性的である自分のまま」だから、普遍的な思想に到達しない。その個性とは、偶然である外的条件、家族、地域、友人、周囲の自然環境などに左右されて生じたものである。そうした条件は、人によって当然異なる。そこで通用する自分を自分だと信じているから、個性的で独創的になってしまう。世界中どこに行っても通用し、百年経っても通用する、そんなことを、考えることができないのである。
†論理は共通[#「†論理は共通」はゴシック体]
数学のような論理なら、「だれでもわかる」ということを、納得してもらえるかもしれない。論理はだれにとっても「同じ」だからである。それでも、
「数学なんて、俺にはわからない」
と思っている人は多いはずである。若い頃、私はさんざん家庭教師をやった。たいていは数学を教えることになる。なぜなら数学が苦手で、大学入試で困るという子が多かったからである。教えてみるとよくわかるのだが、こういう子はわかろうという気がない。もちろん、はじめから頭のなかで論理を組み立てるのが苦手だという脳があるかもしれない。それは認めざるをえない。しかしそれは例外であろう。わかろうという気がないのは、そんなこと、わかっても仕方がないと、どこかで信じているからに違いない。実際にそうなので、大人だって、微分積分なんてわからなくたって、世間で生きていくにはまったく困らない、とよくいう。つまり論理で世界を理解しようなどと、思っていない、必要を感じていない、というだけのことである。
ときどき例外的な子がいて、もっぱら論理で世界を理解しようとする。そうなると、自然に「数学ができる」ことになる。いったん「できる」ようになると、その世界に没入するようになって、ついにはそれが「現実に変わる」。そうなったら、数学者になるしかない。数学者ばかりいても、世の中は困ってしまうから、こういうことの善悪は、つねに程度問題である。
†感情は共感[#「†感情は共感」はゴシック体]
理屈ならともかく、
「感情には個性があるでしょうが」
そう思う人は多いはずである。残念ながらそれも違う。理由がわからないのに笑っている人がいれば、きわめて不気味である。以下同様で、泣いても変だし、怒っても変である。じつは喜怒哀楽は生得的、つまり生まれつき脳に備わったはたらきである。生まれつき目が見えない、耳が聞こえないという子どもであっても、適当な時期になると喜怒哀楽が発現するから、それがわかる。
「なにについて怒るか、笑うか、泣くか、それは人によって違うでしょうが」
それはその通りである。しかし「なにについて」というのは、外部の状況であって、本人の状況ではない。そこには違いがあって当然である。そうであっても、喜怒哀楽の理由が不明であれば、それはまさに「変だ」というしかない。感情は共感であり、共感されない感情ほど不気味なものはない。感情はおそらく通常の論理回路を経ないで相手に伝わる。私はそう思っている。怒りも悲しみも笑いも、あきらかに伝染するからである。それならそこにも個性はない。
私が教育を受けた時代は、まさに教育の個性尊重がはじまった時代だった。伝統的な日本の習い事は、「封建的」の一言で没にされた。なにしろ「黙って師匠のするとおりにやれ」だからである。子どもには皆、個性がある。その個性に従って教育するのが本当の教育なんだから、一律に「師匠のやるようにやれ」とは、メチャメチャではないか。そんな教育をしようとするのは、封建的だ。以上終わり、である。
その裏にあったのは、一億玉砕、欲しがりません勝つまでは、に対する恨みつらみであろう。いうなれば、道の右端を歩かされたら、大穴に落ちた。じゃあ今度は、穴に落ちないように、左端を歩け、というわけであろう。道は中央を歩くものである。近頃は車があるから、それはできないが。
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第三章[#「第三章」はゴシック体] われわれに思想はあるのか
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†「哲学なんて」という哲学[#「†「哲学なんて」という哲学」はゴシック体]
ここまでの二章で、
「自分とは、なんだろうか」
という疑問について考えてきた。
「自分探し」の若者ならともかく、この世間で働いて生きてきた人であれば、そんなことを考える暇があったら、もっと違うことを考える。考えると思う。いまの上役が気に入らないから、なんとかならないかとか、給料が安いじゃないかとか、女房と喧嘩したけど、どう始末をつけるかとか、これからなにをしたら儲かるか、とか。世間ではそれを「現実的」な態度という。そういう現実的な人に、
「自分とはなにか」
と尋ねたら、
「そんな哲学的なこと、俺は知らん」
というと思う。いうに違いない。
日本の世間を長年生きてきて不思議に思うのは、この「哲学的」という言葉である。だれかが、なにかを「哲学的だ」といえるということは、哲学とはどういうものか、それがその人には、はっきりわかっているということである。「そんな哲学的なこと」といえるんだから、
「哲学的なものとは、どういうものか」
それがその人にははっきりわかっているというしかない。しかし、哲学とはどういうものか、それがわかっている人ほど、右のように哲学を語らない。語ろうとしない。
なぜ哲学を語らないかというなら、察するに、そんなもの、語っても意味がない、と思っているのであろう。それなら「語っても意味がない」と納得するくらい、過去のあるときまで、哲学を語ったのだろうと思う。たとえ語らなかったとしても、「哲学的なもの」について考えたに違いない。さもなければ、「そんな哲学的なこと」なんて、当たり前のようには、いえないはずだからである。哲学にまるっきり縁がなければ、「哲学的」という言葉の意味自体が不明なはずではないか。いろいろ考えた挙句、そんなものには意味がないと結論したのであろう。
「いろいろ考えたりなんかしてない。面倒くさいから安直にそう結論したんだ」
じつはそうじゃないか、という気もしないではない。それでもともあれ、結論したことは間違いない。だから私は、それをその人の哲学だと見なす。安直だろうがなかろうが、哲学は哲学である。
「哲学なんか、語る意味はない」
という、その考えを持つに至ることこそ、じつは「哲学的であること」、そのものなのである。そういう哲学の持ち主は、世間にはずいぶん多い。私はそう感じている。これまで世間を生きてくる中で、この種の問答を何度もしなくてはならなかったし、いまでもしなくてはならないから、それがわかる。
その意味では十分に「哲学的」な人たちが、なぜ哲学そのものを避けようとするのか。
「哲学なんて空理空論だから、会社の状況に無関係だから、家庭生活に無関係だから、お金儲けに無関係だから、要するに現実と関係がないから」。
繰り返すが、じつはこのくらい立派な哲学はない。ここまで述べてきた「哲学」という言葉を、思想と置き換えてもいい。
†思想なんてない[#「†思想なんてない」はゴシック体]
「思想は現実とは無関係である」。
他方、「自分が生きているのは現実の世界である」。
ゆえに、「自分には思想なんてない。たとえそんなものがあったとしても、現実=世間で生きていくのに害こそあれ、意味も必要もない」。
これがふつうの日本人の思いであろう。これはきわめて逆説的な結論である。
「俺には思想なんてない」
これこそが、もっとも普遍的な日本人、つまり世間の人の思想となっているからである。
だから世間の人はいう。
「哲学や思想って、抽象的なものだろ。そんなもの、現実とは関係ない」
これがまさしく「日本の思想」そのものである。だって、この文章の中に、具体的な言葉なんか、一つも入っていないからである。具体的な言葉とは、リンゴとかミカンとか、痛いとか冷たいとか、そういう言葉である。右の文章はじつはきわめて明白な「抽象的断言」であって、それなら「それこそが哲学であり、思想である」というしかないではないか。
ここまで論じても、
「いくらいわれたって、哲学や思想は俺の実生活とは関係ない」
と思う人は多いはずである。「俺には思想なんてない」という思想、さらにはそれ以外の思想一般であっても、思想とはそこまで抜きがたいものなのである。それが思想のしたたかさであり、存在意味である。
†世間という思想[#「†世間という思想」はゴシック体]
もちろん、ここにはあるトリックがある。次のような疑問を発してみれば、わかる人にはわかるであろう。その疑問とは、
「あんたのいう現実とは、じつは一つの思想ではないか」
というものである。あとから述べるように、「日本人の現実」とは、要するに「世間」のことである。それならこの疑問は、
「世間とは思想か」
に置き換えられる。私はじつは世間ですら思想だと思っている。
「そんなめちゃくちゃな言葉遣いがあるか」
と叱られそうだが、意識的か無意識的かはともかく、世間にはたくさんのルールがある。ルールがあるということは、その基礎に決まった考え方、つまり思想があるということではないか。それなら仮にあなたが、
「思想は現実に関係ない」
と思ったとすれば、「あなたが思想だと判断した」思想つまり「思想」と、「思想ではないと判断した」思想、つまり現実=世間との衝突が起こっているわけで、そこで後者の思想しか認めていないあなたが、
「問答無用」
といっているだけではないのか。ひょっとすると、あなたは、
「自分に関係があれば現実だが、関係なければそれは思想だ」
などと暗黙に決めていないだろうか。というより、たいていはそう決めているのである。だから思想は人気がない。だって、関係ないんだもの。
†脳の中にしかない[#「†脳の中にしかない」はゴシック体]
いちばん基礎的にいうなら、思想だろうが世間だろうが、
「あなたが見聞きし、あなたが考えている」
ものである。それならそれはすべて脳のはたらきで、脳のはたらきはすべて思想だといってもいい。なぜならそれは、脳の中にしかないからである。そうでないというのなら、死ぬとはいわないまでも、熟睡しているときに、「あなたにとっての現実」「あなたにとっての思想」がどこにあるか、教えて欲しいものである。
文科系の人が、こうした言い方を嫌うことはわかっている。
「そもそもお前のいう脳の意味はなんだ」
と訊くからである。意味もクソもない。脳そのものを、われわれは直接に五感で捉えることができる。
「それとあんたの思想は深く関係しているよ」
私はそういっているだけである。それは身体があなたを成り立たせているというのと、同じことである。
†世間と思想は補完的[#「†世間と思想は補完的」はゴシック体]
「世間は思想だ」ということを、多くの人は認めないであろう。なぜなら、世間と思想は「次元が違う」と思っているからである。でも「どちらもじつは脳の中じゃないか」という考えをとるなら、両者は並列となる。頭の中では、並列しているからである。「次元の違い」も、頭の中での次元の違いに過ぎない。それを認めるなら、
「世間と思想は補完的だ」
という結論が得られる。それなら世間の役割が大きくなるほど、思想の役割は小さくなるはずである。同じ世間のなかでは、頭の中で世間が大きい人ほど「現実的」であり、思想が大きい人ほど、「思想的」なのである。ふつう「現実と思想は対立する」と思ってしまうのは、両者が補完的だと思っていないからである。これは思考には始終起こることである。
男女を対立概念と思うから、極端なフェミニズムが生まれる。男女は対立ではなく、両者を合わせて人間である。同じように、ウチとソトを合わせて世界であり、「ある」と「ない」を合わせて存在である。「ある」と「ない」については、『人間科学』(筑摩書房)でやや詳しく議論してある。ともあれ私は、「反対語」という、ありきたりの概念はよくないと思う。基本的な語彙で、一見反対の意味を持つものは、じつは補完的なのである。
異なる社会では、世間と思想の役割の大きさもそれぞれ異なる。世間が大きく、思想が小さいのが日本である。逆に偉大な思想が生まれる社会は、日本に比べて、よくいえば「世間の役割が小さい」、悪くいえば「世間の出来が悪い」のである。「自由、平等、博愛」などと大声でいわなければならないのは、そういうものが「その世間の日常になかった」からに決まっているではないか。それを「欧米には立派な思想があるが、日本にはない」と思うのは勝手だが、おかげで自虐的になってしまうのである。
†「ない」の合理性[#「†「ない」の合理性」はゴシック体]
なぜ日本人は「自分には思想はない」と思いたがるのか。
一つには、それが謙虚な態度に見えるからであろう。世間で生きていくには、謙虚に見えることは、処世術として大切なことである。
「思想なんて、そんなむずかしいもの、私に処理できるはずがないじゃないですか。そんな高級なソフトは、私の脳に入っていません」
人によっては、そんなことをいう。
もう一つは、「自分に思想はない」と思ったときから、それ以上、思想について考える必要がなくなるからであろう。考えるというのは億劫なもので、それこそあれこれ考えるくらいなら、「やってしまったほうが早い」。それだけではない。論理的にも、「自分には思想がない」という思想は、もっとも経済的な思想である。なぜなら、そう思ったときには、他の思想についても、自分の思想についても、もはやその内容を考える必要がなくなるからである。「ない」ものについて、考えることはできないではないか。
日本の場合、信仰もこれと同じである。世界にはさまざまな宗教がある。しかしほとんどの日本人は特定の宗教の信者ではない。なぜかというと、「困ったときの神頼み」で、都合によりどの神仏を信じてもいいからである。ということは、要するにどれも信じていないから、ということもできる。具体的にいうなら、「特定の宗教を信じない」という態度を採用する。そういう態度をとれば、どの宗教にも深入りしないで済む。「なにかを信じる」なら、
「なにも信じないことを信じる」
のがいちばん経済的であることは、すぐにわかるであろう。
第一に、自分がなにを信じている(いない)のか、それがきわめてわかりやすい。第二に、どういう教義内容を信じたらいいのか、それを考える必要がない。第三に、仮になにかを信じたときに起こりうる、「だまされた」という問題を避けることができる。信じなきゃ、だまされない。
宗教について尋ねられると、日本人はしばしば自分は「無宗教」だと述べる。相手が外国人でもなければ、ふだんそんなことを訊かれることはない。それを訊かれて、あらためて考えてみると、
「ハテ、俺の宗旨はなんだったっけ」
ということになる。そこでいわば正直に答えようとすると、つい、
「無宗教です」
と答えることになる。すると、相手は仰天したりするのである。これだけまじめそうで、悪いことなんてとうていやりそうもない人が、なんでアンチ・クリストなんだろう。アメリカのファンダメンタリストでなくても、ふつうのキリスト教の常識人なら、そう思うに違いない。外国の「無宗教」とは、確信犯としての無宗教、「思想としての無宗教」だからである。
†無宗教・無思想・無哲学[#「†無宗教・無思想・無哲学」はゴシック体]
そういうわけで、日本人はたいてい無宗教、無思想、無哲学だと主張する。それが日本の宗教、日本の思想、日本の哲学である。私はそう思う。すでに述べてきたように、これはなかなか合理的な考え方である。宗教、思想、哲学といった類のものを無理して持たなければ、とくに考える必要も、具合の悪いところをあえて訂正する必要もない。必要ならなにかの思想を借りておけばいい。その借り物がとことん具合が悪くなったら、「取り替えれば済む」。それが明治維新であり、戦後ではないか。
考えてみると、いろいろな人が、それぞれの表現で、「日本に思想はない」ということを述べてきた。そのはじまりは昭和三十年、大宅壮一の「無思想人宣言」という、「中央公論」に載せられた文章ではないかと思う。これについては後で述べる。
東大法学部の大先生だった丸山真男は、『日本の思想』(岩波書店)という著書のなかで、「日本に思想はない」と書いた。じつは私は、この本の中身について、これしか覚えていないのである。『日本の思想』という本なのに、この言い分は変じゃないか。若かった私は、素直にそう思った。いま思えば、この本は日本の思想そのものに立脚している、あるいはそれ自体が「日本の思想」そのものだったのである。世間と思想が補完的だという視点からいうなら、丸山先生は「日本に思想はないが、世間ならある」というべきだった。
さらに戦後を代表する思想家の一人、山本七平は、日本の中心には「真空がある」といった。最初にこれを読んだとき、私はなんのことやら、十分には理解できなかった。しかしいまでは、自分なりによくわかるような気がする。真空とはつまり「絶対的になにもない」ことである。山本七平の表現は、天皇制についての指摘だが、天皇制が日本そのものであることは、多くの人が認めるであろう。そこが「真空」なんだから、もはやいうことはない。哲学も思想もあるわけがない。そういうものは、すべて「吸い込まれて」、なくなってしまうのである。なにしろ「真空」なんだから。
最近では加藤典洋氏が前述した『日本の無思想』(前掲)という本を書いている。デス・マス調で書いてあるから、やさしい本みたいだが、きわめて読み応えがある。筋の通った内容で、反論すべきこともない。ただそこではっきりしていることがある。それは著者が、
「表現され、表に顕されなければ、思想の意味はない」
とおそらく考えていることである。こういう人に、あるいはこういう信念に対抗しようと思えば、言葉にすることができることは、おそらく一つしかない。その答えが、
「俺には思想なんかない」
という言葉なのである。さもなければ、ひたすら黙るしかない。
†ニヒリズム[#「†ニヒリズム」はゴシック体]
この本で最初に扱われるのは、大臣の失言問題である。多くの大臣が本音を吐いて、クビになった。政治家というのはマキアヴェリストで、
「いかに人を上手にだますかに長けた人だ」
と考えるなら、
「正直に本音をいうような政治家はクビだ」
というのは、私にはわからないではない。しかし加藤氏は、そんなことを論じたのではない。ホンネとタテマエがじつは「戦後に」分離したことを主張し、さらにこうした発言の「底にあるニヒリズム」を紹介している。このニヒリズムは、むろん「敗戦という断絶」、さらに遡って明治維新から結果したものである。ニヒリズムとは価値あるものはなにもないという意味の思想である。日本の思想について、ニヒリズムという言葉がよく登場する。禅はニヒリズムだといった西洋人もある。やっぱり「日本に思想はない」らしい。
ある人から私は、
「あんたはニヒリストだと思っていた」
といわれたことがある。いった人は文科系出身で、文科系の人は理科系がモノに対して持つ「物神論」的な態度がピンと来ないらしい。すでに「思想も現実も脳のなかじゃないか」と書いた。それをニヒリズムだと思うのは、単に文科系の人は脳を尊重していないからである。ただし自分の脳についてだと、ものすごく心配するんだから、はじめからもっと尊重すりゃいいのに、と理科系の私は思うのである。私にとって脳は重さも手触りも匂いもある物体だが、文科系の人にとっては、そうした感覚世界から離れた「頭のなかの概念」であろう。
「すべては脳のなかだろ」
というとき、べつにニヒリズム、つまり「価値あるものはない」といっているのではない。
「存在であれ、価値であれ、要するに脳のはたらきだ」
といっているだけである。あるいは、
「感覚世界=現実と、概念世界=思想とについて、どちらが高級という階層をつけていないだけだ」
といってもいい。
それを、
「存在するのは精神だ」
といえば、それでもほとんど同じことだが、それでは文科系的誤解が発生する。いわゆる文科系には、精神は物質より上位にあるという、ごく単純な偏見があるからである。だから私は、
「物質もまた、脳が定義したものだろ」
といっているだけである。
加藤氏の本がどこかに飛んでしまった。ともあれ中身は読んでいただけばわかる。他の内容については、折々触れる機会があろうと思う。
†無思想という思想[#「†無思想という思想」はゴシック体]
さらに最近の例を、北田暁大氏の『嗤《わら》う日本の「ナショナリズム」』(NHKブックス)から引用しよう。北田氏は三十代の若手の社会学者である。漫画家の小林よしのりについて北田氏は書く。
「小林がたどった道筋(転向?)は、戦前より連綿と続く「政治的ロマン主義」の常道ともいえるものだ。ここでいう政治的ロマン主義とは、特定の思想にもとづいて世界・社会を超越(非内在)的に捉える態度を拒絶し、自らの立ち位置の偶然性《コンテインジエンシー》をアイロニカルに見据える「反思想としての思想」のことをいう。戦前でいえば保田與重郎や横光利一、中井正一、戦後でいえば福田恆存や江藤淳、そして数知れぬ「敗れ去った闘士たち」。ロマン主義者たちは、けっして体制に迎合する「守旧主義者」なのではない。」
言葉はむずかしいが、「反思想としての思想」とは、「俺には思想なんてない」に通じる表現である。
この本には、さらに続いて、2ちゃんねるに参加する人たち、「2ちゃんねらー」についての、二階堂豹介氏からの引用がある。
「何かを信じるという価値観を2ちゃんねるでは攻撃していますが、2ちゃんねらーは何かを信じないという価値観を共有していることに気づいていないのです。」(『2ちゃんねる公式ガイドマガジン』vol.3より)
同時進行中の現代において、私から見れば若者である著者は、「反思想としての思想」「価値観を信じないという価値観」について述べている。これまた「無思想という思想」の一例であろう。現代日本の若者たちは、新しいように見えるが、「無思想としての思想」という日本古来の思想に、じつはどっぷり漬かっている。
たまたま読んでいる本からもう一例を挙げてみよう。菊池絵美『人間の中へ――中東』(文芸社)である。著者は一九八〇年生まれである。
「中東。それは、未知の世界。日本人であり無宗教である十九歳の私には尚更のことである。」
この本はいきなりこうはじまる。読んでいくと、イスラム世界に触れて、
「宗教は、信仰の教えであり、私生活の法である。」
ともある。十九歳なら無理もないと思う。しかし著者は、日本の私生活には「法がない」とはまさか思ってはいまい。「世間」とは、その「法」のことだからである。それならその法はどこから来たのか。それはこの文章を逆転してみればわかる。
「私生活には法があり、それは信仰の教えであり、すなわち宗教である。」
「私生活には法がある」ことは、現実として著者も知っているはずである。そこから先を逆転しても、十分に論理が通る。それならなぜ著者は自分を「日本人であり無宗教である」というのか。
「宗教とはこういうものだ」
とはじめから決めているからであろう。著者のいう「宗教」は、
「そんな哲学的なこと」
というときの「哲学」と、まさに同じ扱いなのである。
†無宗教という宗教[#「†無宗教という宗教」はゴシック体]
宗教については、阿満利麿氏の『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書)がある。阿満氏は日本人は信心深いという。初詣もそうだし、お盆に故郷に帰るのもそうである。要はそれを宗教だと思ってないだけだという。そして宗教を創唱宗教と自然宗教に分類して、日本人は自然宗教を信じているのだとする。「創唱」宗教とは、だれかが「創って」「はじめて唱え出した」宗教という意味で、つまりキリスト教やイスラム教のように、特定の教祖がいる宗教である。逆に「自然」宗教とは、大自然を神として拝む宗教というわけではなく、特定の教祖のいない宗教なのである。「人為があまり加わっていない」宗教といってもいい。つまりこの場合の「自然」宗教とは、「自然に発生した」宗教、つまり「ひとりでにそうなった」宗教の意味であろう。もちろん両者の境界は厳密なものではない。阿満氏はこの区分のあいまいな例として、神道を挙げる。歴史上、一部の人たちが神道を意識的に考え、変えようとしてきたことは明らかだからである。
「日本人はなぜ無宗教か」、それを問うのだから、阿満氏は「日本人は無宗教だ」と認めているようだが、結論はむろん違う。「宗教はあるが、それを宗教だと思っていない」というのである。それなら語の定義の問題だろう。そう思う人もあろう。言葉の定義という一般的な問題はともあれ、阿満氏は「日本に宗教はある」といわれたわけである。それで当然で、なぜなら宗教のない社会は、いまのところ知られていないからである。それなら思想も同じであろう。
†ひとりでにそうなる[#「†ひとりでにそうなる」はゴシック体]
「自然に生じた」宗教というのは、著者である私が勝手に作った表現だが、この表現に、いわば日本流の思想が、みごとに表れていることが興味深い。人間が考えたものであるのに、
「ひとりでにそうなった」
というのが、つまり日本の思想なのである。そのあとにさらに「俺のせいじゃない」というのが付くと思うのは、私だけの意地悪かもしれない。
この種のことを最初に述べたのは、不肖この私ではない。これも丸山先生である。「歴史意識の古層」という論文の中で、丸山先生は『古事記』『日本書紀』でいちばん頻繁に使われている語を調べ、それは「なる」だといわれたのである。どうして「なる」なのかというと、たぶん日本はものすごい勢いで草木が繁茂するからである。ここで丸山先生は法学どころか、文科系の約束事全体を飛び越えて、日本の自然条件つまり「理科的な事実」を、自説の論拠にしてしまったのである。でも私にとって、これはたいへん説得力のある説明だった。その証拠に、論文の詳細は忘れてしまったが、そこだけは明瞭に記憶している。
これがピンと来ない人は、大陸の自然条件に思いを致す必要がある。大陸は乾燥していて、しばしば地面が裸で出ている。日本の中に、そんな場所はない。あれば例外で、足尾銅山の跡がそうである。これが公害のためだというのは、小学生でも知っている。
以前私は、
「豊葦原瑞穂国《とよあしはらのみずほのくに》という表現は、大陸人じゃなきゃ、できないだろう」
と書いたことがある。それが日本の特徴だということは、そもそも外国つまり大陸を知らなければ、いえるはずがない。アキツシマだって、同じである。明治に日本に来たモースという動物学者が、中禅寺湖のほとりでトンボが顔にぶつかる、こんなにトンボの多い国を見たことがないと、日記に書いた。アメリカ人だからそれがわかる。昔から日本に住んでりゃ、トンボが多くて当たり前である。それが日本の特徴だと、わざわざいうはずがない。念のためだが、アキツというのはトンボの古語である。
自然のあり方が「なる」という表現を多用する基礎になったのだとすれば、「なる」はたしかに「意識の古層」ではあるが、思想そのものではない。思想とはもっと立派に構築されたものだ。丸山先生はそう思ったのであろう。人為を尽くしてせっかく更地にしたのに、春から梅雨どきに放置しておいたら、地面は草木だらけに「なってしまった」。それはつまり「現実」で、
「草木だらけになってしまったノウ」
というのは、どうしようもないその現実に対する「感想」に過ぎない。だから歴史意識もそう「なってしまった」ということに「なる」。戦争は人為だが、その戦争の結末すら、考えようによっては、「なるようにしか、ならない」。日本独自の進化論とされる今西進化論は、「なるべくしてなる」というものである。右の短い二つの文のなかに、「なる」がなんとそれぞれ二つもある。
というわけで、
「日本人というのは、どうもこうもなりませんワ」
と嘆くと、
「いや、なんとかなる」
とだれかが励ましてくれるのである。
それどころか、近世になると、
「なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも、ならぬは人のなさぬなりけり」
といった歌が詠まれるように「なる」。これは宮本武蔵だというが、大松博文監督じゃないの、という人もあろう。
もちろんこれは、
「そうなるんだから、しょうがないじゃないか、俺のせいじゃない」
という多数意見に対して、
「お前がやらないんじゃないか、お前のせいだろ」
と訂正が入ったのである。これは都会人に近づいた証拠である。都会の人はなにごとも人為だと考える人だからである。人為とは人間のすることだから、それなら、
「自分のつもりでどうにでもなるじゃないか」
と考えるようになったのであろう。面倒だから、もう「なる」に括弧はつけない。暇な人は、私がここまで「なる」を何回使ったか、数えてみてくださいませ。
†仕方がないという風土[#「†仕方がないという風土」はゴシック体]
日本人の思想が自然条件に強く制約されることを、西欧と比較して述べたのは、和辻哲郎の『風土』(岩波書店)である。日本の自然に比較すると、たとえば西欧の自然はおだやかで、コントロールしやすい。「ああすれば、こうなる」が成り立ちやすい。だから西欧では、合理的な思想が有力となる。それに比較して、厳しい自然条件を有する日本では、人間のつもりだけでは、思うような結果が得られる保証はない。その結果生じた思想が「なる」だとはいってなかったと思うが、ともあれ和辻、丸山と大先生をつないでみれば、日本の思想はその基礎がまず風土にあるということになろう。世間だけではなく、風土と思想も補完的なのである。
日本の自然災害が、どれほど大きいか。日本列島の面積は、地球上の陸地面積の四百分の一だという。ところが人類史上に記録されたマグニチュード6以上の地震の二割、噴火の一割が日本だという。そのうえ毎年、律儀に台風が来る。地震と噴火が多いのは、東日本が北米プレート、西日本がユーラシア・プレートに乗っており、その境が本州の中央を横切る糸魚川‐静岡構造線であること、その境界の南端には、あろうことかフィリッピン海プレートが指状に突っ込んできて、その指の先端に日本の象徴である富士山があるという、とんでもない立地条件にある。千万年ほど遡れば、本州なんて、五つ以上の島々に分かれていたのである。
それから生じる自然災害は、
「だれのせいだ」
と追及してみても、意味がない。いったん起きてしまったら、災害はもはや、
「仕方がない」
のである。起こったことは仕方がないから、前のことは「水に流して」、明日からはあらためて再出発、それがいちばんだ、ということになる。
こうした自然条件に制約される社会が、その内部に「自然条件に由来する思想がある」という思想を育てたとしても、不思議はないであろう。それが和辻から丸山へと続く思想の系譜である。
†思想がない社会はない[#「†思想がない社会はない」はゴシック体]
ともあれここまで紹介したのは、日本の無思想、無宗教という、これまでの世間の論議の一部である。それに対して、日本に宗教はある、あるいは「なる」という思想があるというのが、どのくらい説得力を持つかは知らない。
「阿満氏のいう、そんなものは宗教じゃない、『なる』なんて思想じゃない」
といわれてしまえば、それまでである。
しかし私の基本的な立場は、
「思想のない社会はない、宗教のない社会はない」
というものである。
「その根拠は」
と訊かれたら、
「思想も宗教もない社会を見せてくれ」
ということになる。
「それこそが日本だ」
と世界に向けて積極的に主張できる人がいるだろうか。
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第四章[#「第四章」はゴシック体] 無思想という思想
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†はじめから更地[#「†はじめから更地」はゴシック体]
明治維新以降の日本の変わり身の早さ、それは同時代のアジア、中国や朝鮮と比較すれば、なんとも特徴的であろう。それを基礎づけているのは、「思想がないという思想がある」という、この真空原理であるというしかない。
明治維新を行ったのは、四書五経という、中国の古典教育を受けてきた世代である。それどころか、三百年近く、並みの日本人は中国の古典教育しか受けていない。儒学は孔子さま以来の学問で、念のためだが、孔子は日本人ではない。仏教も古いが、これも日本の宗教ではない。神道は日本古来の宗教だが、神社のなかは要するに空である。神道の教義なんて私はとくに聞いたことがない。あるのかもしれないが、どのみち「あるがまま」とか「なるべくしてなる」とかいうに違いない。要するに「神ながらの道」なのである。これでよく明治維新ができたものだと思う。二千年以上も前に発する中国古典思想しか習っていないのに、「近代化」しようとしたんだから。
立派な家が建っているところに、新しい家を建てようとしたら、たいへんに決まっている。取り壊しの費用だけで、予算がなくなるかもしれない。そもそも取り壊すべきかどうか、それが問題になるであろう。いままで何千年か使ってきたんだから、これからも使えるんじゃないか。中国はそう思ったから、新しい家が建つのが遅れたのであろう。日本はもともと掘っ立て小屋で、取り壊しの費用がかからない。伊勢神宮だって、二十年に一度は建て替える。はじめから更地みたいな国なのである。明治維新であらたに洋館を建てただけのことであろう。
†思想は無視される[#「†思想は無視される」はゴシック体]
こういう文化のなかで、自前でなにか考えようとすると、厄介なことになる。考えるのはともかく自分でやればいいのだが、説明するのが厄介である。「表現されなきゃ、思想じゃない」といわれるからと、懸命に表現してみると、
「それは哲学だろ」
といわれてしまう。いったん「哲学だ」となったら、その先はもう聞いてはもらえない。聞いてくれる人がないではないが、そういう人は世間の変わり者である。それなら「まともな世間」に訴えようがない。
なぜそうなるかというなら、「日本に思想はない」、あるいはむしろ「世間に思想はない」という立派な思想が、その世間にすでに存在するからである。毛沢東思想は、いまでも中国の指導原理なのだろうか。ともあれその毛沢東思想は、古い話だが、赤い手帳に書いてあったらしい。キリスト教には新約、旧約聖書があり、イスラム教にはコーランがあり、仏教には多数の仏典があり、マルクス主義にはマルクス・エンゲルス全集がある。日本の思想にそういうものはない。だって「思想はない」という思想なんだから、文字にはならない。そのかわりに「真空」がある。
そういう世間で、ある考え方を主張すると、私が日本人であるかぎり、基本的には無視される。なぜなら、私が日本人だということは世間に属しているということで、世間に属しているということは、「世間という思想」を暗黙に保持するということだからである。その世間の思想とは「思想なんてない」というものだから、私の考えが思想に近ければ近いほど、無視されるという結論になる。世間の思想にいささかなりとも反する思想を持つことは許されないからである。ただし「借り物」なら許される。なぜならそれは本質的には「自分の思想ではない」からで、自分の思想でない以上は、自分の責任ではないからである。少なくとも日本人の責任でないことは明瞭である。だから日本の世間は、思想といえば、外来思想で埋め尽くされるのである。
「そりゃちょっと、大げさじゃないの」
そう思った人も多いかもしれない。でも私はそう感じるのである。それをみごとに表しているのが、「そりゃ哲学だよ」という表現なのである。「日本に哲学はない」んだから、それ以上の主張をすると、
「日本人じゃなくなるよ」
とじつは警告されているのである。この場合、日本人とは「世間の人」である。
†思想を持つのは容易ではない[#「†思想を持つのは容易ではない」はゴシック体]
どんな思想も万能ではない。そのなかで「俺は思想なんて持ってない」という思想は、欠点が見えにくい思想である。そもそもそれを「思想だなどと夢にも思っていない」んだから、訂正する必要もないし、それについての他人の批判を聞き入れる必要もない。じつになんとも手間が省ける思想なのである。日本の世間がその意味でいかに手間が省けているか、それはたいていの人が気づいていると思う。歴史的に日本の急速な、いわゆる近代化が可能だったについては、この省エネ思想が与《あずか》って力があった。そう私は思う。「思想なんかない」。そう思っていれば、臨機応変、必要なときに必要な手が打てる。たとえ昨日まで鬼畜米英、一億玉砕であっても、今日からは民主主義、反米なんか非国民、マッカーサー万歳で行ける。
下手に思想なんか持とうものなら、そうはいかない。まず自分の思想を改変しなくてはならない。かつての自分の思想はこれこれこうであり、いまはこれこれこうなった。それを意識化して、説明しなければならない。挙句の果てに、ヘーゲルだ弁証法だと、わけのわからないことをいわなければならなくなる。加藤典洋氏や阿満利麿氏が「思想を変える」のは容易ではないであろう。思想を持っても済むのは、維新や敗戦みたいな世間の地殻変動が起こらないときである。
「思想を持つ」ことについて思い出すのは、私が尊敬するソクラテスの話である。
ソクラテスにはむろん思想も哲学もあった。だから古代のアテネで人民裁判を受け、有罪を宣告されて牢屋に入る。裁判を受けた理由は「アテネの若者を惑わす」というものである。古代ギリシャも、日本の世間と同じで、「思想は現実に関与してはならなかった」らしい。判決は死刑だが、そもそも、死刑かアテネ追放かを、ソクラテスは選ぶことができた。でもソクラテスには「思想がある」から、死刑を選んだ。牢屋に入ったソクラテスに、奥さんのクサンティッペが面会に来る。奥さんが、
「あんたは悪いことなんか、なんにもしていないのに、こんなところに入れられて」
と泣くと、ソクラテスは、
「じゃあお前は、俺が本当に悪いことをして牢屋に入れられたほうがマシだというのか」という。人情を心得ない、こんなクソジジイなんか、死刑になって当然だと思う人もあるんじゃなかろうか。当時のアテネの牢屋は、牢番に金をつかませれば逃げられた。だから逆に、安易に死刑判決などを出したのである。ソクラテスを敬愛する友人がやって来て、牢から出してやるという。それをソクラテスは断る。そこで、
「悪法といえども法である」
という、かの有名な台詞が出る。
裁判のとき、ソクラテスは弁護人をつけず、自分で弁明する。それがプラトンの書いた『ソクラテスの弁明』である。そのなかに、
「長くもない辛抱が足りないために、アテネの市民は賢人ソクラテスを死刑に処したという汚名を後世から受けるであろう」
という言葉がある。ソクラテスはこのとき、すでに七十歳を超えていたといわれる。
「放っときゃ、どうせまもなく死ぬのに」
と自分でいっているのである。
なんでこんな古い話を持ち出したかというなら、「思想を持つ」のは、もともとどこの世界でも容易じゃないよ、というたとえである。世間と思想が補完的なら、思想を大きくすれば、当然ながら世間とぶつかる。それだけのことであろう。
†やむをえない[#「†やむをえない」はゴシック体]
思想的にいうなら、もっとすごいのは明治維新である。なにしろ徳川三百年、仁義礼智信忠孝悌でまっすぐ一筋に来たものを、今日からは鹿鳴館で西洋近代。考え方の筋がどこでどうつながるのか、日本人であるはずの私にも、いっこうにわからない。中国や韓国が歴史問題といって騒いでも、ふつうの日本人にはピンとくるはずがない。敗戦前と敗戦後では、思想をどう改変したのか。中国や韓国はそれを知りたいというのであろうが、「俺には思想なんかない」という人たちの集まりでは回答のしようがない。
そういうときには、日本ではただ「やむをえない」というのである。敗戦のときの陛下のお言葉にも、「やむなきに至り」という表現があったはずである。この転換の極端さには、自分の国の歴史ながら、ほとほと感心してしまう。思想をここまで「取り替えられる」のなら、これから日本がアメリカの一州になるくらい、なんでもないはずである。そうしておいて、もちろん「あれでやむをえなかった」というに違いない。大多数の人が「やむをえない」と思うまで、状況が悪化するのをひたすら待てばいいだけのことである。「やむをえない」という表現は、つまり「現実が思想を圧倒した」というときに使われるのである。借り物や手軽な思想は、しばしば現実に圧倒されるからである。そんな思想はいくら現実に圧倒されてもかまわない。その裏にこそ、真の不倒の思想があるからである。それが、
「思想なんてない」
という思想である。
「俺には思想なんてない」という思想は、ことほどさように強い。そもそも「ない」んだから、「説明の必要がない」。日本思想の解説がなくなってしまうのは、当然なのである。若いときに私は、「日本思想史」を素人ながら学んでみたいと思ったことがある。そんなものはほとんど「なかった」。どうしてないんだろうと疑問に思ったが、いまではよくわかるような気がする。それが「日本の思想」だったからである。
その利点を捨てることはない。とりあえず西欧近代思想を採り、「日本はアジアではない」と嘯《うそぶ》けばいい。その思想がいろいろ具合が悪くなれば、別な思想にまた「取り替えればいい」。これまであれだけ取り替えてきたんだから、いまさらどうということもないはずである。たまに「自前の思想」みたいなものを考えて、それでなにかをすると、戦争中みたいなことになる。八紘一宇なんて、いまでもよくわからない、一知半解の思想など持ってしまったら、自己批判もできない。それなら思想はレンタルで済ませたほうがいい。そういえば、「レンタルの思想」(松井孝典)という思想も日本にある。ただしこれは「思想をレンタルする」という意味ではない。不動産その他はレンタルでいいという話である。
†思想という問題[#「†思想という問題」はゴシック体]
いったい、著者であるはずの私は、なにを論じたいのか。「俺には思想なんかない」という思想を、なんとか維持するにはどうするか、じつはそれを考えているのである。「俺には思想なんかないという思想」を「どう維持するか」、それは思想ではなくて、具体的方策である。具体的方策なら、本なんか書かずに、別なことをすればいい。ふつうはそう考えるであろう。しかし、これはあくまでも「思想の問題」である。思想の問題にはいまでは思想的に対処するしかない。
かつては思想問題について、悪い思想を持った本人を「刑務所にぶち込む」、「村八分にする」といった、真の具体的方策が存在した。いまでも一部にそれがないことはない。オウム信者は俺の町から追い出せ、というていどのことは行われる。しかしこれも憲法上には疑義があるという時代になってしまった。
いまの憲法は、だれでも知っているようにアメリカから来たものである。つまり憲法はとうの昔にグローバリゼイションを行っている。それが実情に合わない、まったくダメだから変えちまえといっても、なにしろ国民は「俺には思想はない」という人たちである。どう変えるか、わからないに決まっている。「これこれこういう理由で、こう変えろ」という人には、ちゃんとした「自分の思想がある」わけで、「自分の思想がある」なら、すでに縷々《るる》述べてきたように、並みの世間の人ではない。並みの世間の人でないなら、それは首相とか陛下とか、そういう偉い人であるほかはない。それならそういう人が「こう変えろ」といえば、憲法をそう変えられるかというなら、いまでは「それは憲法違反だ」というわけのわからない議論が出るに決まっている。だから憲法も変えにくいのである。
†現実が危うい[#「†現実が危うい」はゴシック体]
日本の世間が「俺には思想なんかない」で、ここまでやってこられたについては、もちろん世間という「実状」があったからである。いわゆる「現実」が存在したのである。その現実がいまではヴァーチュアル・リアリティーという言葉が使われるまでになってしまった。テレビに報道されることがむしろ「現実」になり、おかげで日常生活、家族のあり方は、それこそほとんどヴァーチュアルになった。そう述べても過言ではないであろう。若者は多くが定職に就かず、あるいは結婚せず、当然子どもを作らない。これがまともな社会かといわれて、「そうだ」と元気よく答える人は少ないであろう。
明治の人たちは、思想は取り替えても、和魂洋才だといった。和魂があったわけだが、和魂とはなにか、いまではほとんど不明であろう。その実体はじつは世間の慣習だと私は思う。世間の慣習といっても、盆暮れの挨拶とか、正月の松飾とか、そんなものだけを指すわけではない。「無思想」という思想を含めて、世間というものを成り立たせているさまざまな装置、たとえば天皇制、さらには日本語そのもの、それらを一切含んだシステムを和魂と考えたほうがいい。西欧思想にいわば「対抗」して、和魂を「魂」や思想、あるいは学問といった狭い意味に取り違えたから、戦争中の大和魂、八紘一宇になってしまったのである。
その和魂、すなわち世間が危うい。明治にそうであったほどには、世間はもはやしっかりしてはいない。「思想というものがない」社会で「世間という現実」が危うくなれば、すべては崩壊に近づくしかない。
†現実に落とす[#「†現実に落とす」はゴシック体]
そんなことをいって脅かせば、
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
とかならず訊かれるであろう。それに対して、
「私はもう歳だから、そんなこと、知ったことか。世間の崩壊より、自分の崩壊のほうがはるかに早い」
といってしまえば、それまでである。いったいどうすればいいのか、といわれたって、いまさらどうしようもない。
じつはこの、
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
ということもまた、私がいつも反問されてきたことなのである。なぜこういう反問が出るかというなら、その理由もすでに述べてきたことから明白であろう。「俺には思想なんてない」という思想を支え、補完する重要な柱とは、「世間という現実」である。それなら私がある思想を説いたとき、世間の中でそれを「どう実現するか」というのが、「思想なんかないという思想」を持つ人が、まず考えることなのである。むしろ多くの人が、「それしか考えない」。つまり「思想なんかない」のだから、思想とはすなわち「ただちに世間において実現できるもの」でなければならない。それでなければ、世間の実状とは独立に、「思想なるものが存在する」ということになってしまう。それこそが「思想なんかない」という世間の思想に反することになるからである。
そう考えてみれば、「思想なんてない」という日本の思想は、ずいぶん世間的につじつまのあった思想である。つまりそれがまさしく思想なのだが、それを「思想じゃない」といい、「大切なのは現実だ」といい続けて来たから、その思想をちょっと考え直してみたら、という話が通じない。ないものを「考え直せ」といったところで、「無茶をいうな」という返答が返ってくるだけである。
†思想の敗北[#「†思想の敗北」はゴシック体]
こういう世間で、思想が危険視される理由もよくわかるであろう。なぜなら、「思想なんかないという思想」にまじめに対抗して、「思想というものがあるだろうが」と主張しようとするなら、現実を無視する、つまり世間をあえて無視するしか、具体的な表現手段がないからである。三島由紀夫も大塩平八郎も思想的に行動した人たちだが、早い話がテロになった。なぜそうなるかというなら、「思想なんかないという思想」に対して、「思想というものが存在する」という主張を根本的に示すためには、「世間的にはまったく意味のない行動」として、自己の思想を示すしか方法がないからである。「世間的に意味がない」のなら、そこには、世間から離れた、思想としての独自の意味しかない。逆にいうなら、「思想としての独自の意味がある」。ということは、つまり「思想が存在する」ということになるからである。
テロは流血という現実の極端な結果を引き起こす。いくらなんでもその「現実」は無視できない。だからそこで世間には、
「なぜあんな無茶苦茶なことをするんだ」
という疑問がわく。そういう疑問が起これば、
「ひょっとすると、この世に思想というものがあるんじゃないか、ひょっとするとあれが思想というものじゃないか」
という懸念が次に呼び起こされる。思想的な行動は、それを期待するのである。それなら行動は極端であればあるほど、有効だということになる。だから「思想なんかない」という世間では、思想はますます危険なのである。
だからこそ、
「じゃあ、どうしたらいいんですか、先生」
と尋ねる。そこで、
「これこれこうしたらいいんです」
と私が答えるなら、もはや私の思想は思想ではなく、まさしく現実化する。そうなれば「思想なんかない」という思想はふたたび安泰である。だって私の思想は、すでに現実なんだから。つまり、
「じゃあ、どうしたらいいんですか、先生」
という質問は、一種の踏み絵なのである。これに答えて、私の思想が右のように現実化すれば、それはそれでよろしい。それはすでに思想ではなくなったからである。私が具体的に答えなければ、私の話はやっぱり思想であり、それは現実とは無関係なんだから、安心して忘れていい。日本の思想は、つねにこうして敗北してきたのである。
「テロなんて、そんな乱暴なことをせず、諄々《じゆんじゆん》と説けばいいじゃないですか」
だからそう説いているつもりなのだが、三島も大塩も、それではほとんどの人に聞いてもらえないと感じていたのであろう。だって、
「そりゃ、哲学だよ」
から始まって、
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
に至るまで、世間は「思想というものが存在するという思想」に対して、徹底的な防御手段を開発してきているからである。体制思想というのは、いつでもどこでもそういうものであろう。
私はそれがダメだといっているのではない。
「あいつは、ああいうところはダメだなあ」
というのは、あいつの悪口ではない。それが的を射ているなら、それはむしろ真実なのである。「思想がないという思想」とは、どういう利点を持ち、どういう欠点を持つか、それを知ることが、本当に思想を知ることなのである。ところがそこで「思想というものはないという思想」を頭から信じ込まれたのでは、これまた話にならない。それはあくまでも「一つの思想」であって、「唯一の思想」ではない。それが「唯一の思想」になったとき、思想は死ぬ。
†戦後の大転換[#「†戦後の大転換」はゴシック体]
三島や大塩が「思想がある」という主張をしたことは、なにも彼らの専売ではない。日本自体がその種の主張をしたのが、神風特別攻撃隊であろう。敵国に対して、日本にも思想があることを、示そうとしたのである。なぜなら相手のアメリカ人は、
「戦争は現実だ」
と思っている人たちだったからである。それに対して、当時の日本人が、
「戦争とは思想だ」
という主張をしたのである。戦争が現実ではなく、思想だったからこそ、おびただしい餓死者を出し、特攻まで行ってしまった。戦後の日本人はそれにしみじみ懲りたらしい。だからすべてについて、「思想じゃない、現実だ」といい続けることになったのであろう。
私自身は、
「物量に負けた」
という言葉を、何度見たり聞いたりしたか、もはや覚えていない。物量とはこの場合、現実のことである。日本に伝統的にあった「思想なんてものはない」という思想と敗戦が共鳴して、「戦後の体制思想」が生じたのだと思う。そんなものに対しては、そろそろ客観的になれてもいい時期であろう。
戦前の思想には、明らかに無理があった。和魂である世間は、伝統的に「思想なんかない」という思想を持っており、それに対して、政府や軍はケチなものとはいえ、なにか思想らしいものを持たざるをえなかったのである。なぜなら世界中に「思想のない国はなかった」からであろう。でも思想を持った日本とは「じつは日本ではなかった」のである。
中国のように思想があった国は近代化に間に合わず、ほとんどの「思想のない」国は植民地化された。それなら急ごしらえでも、日本は小さな「思想」を持つしかなかった。「思想なんかない」という世間で、「なにか思想を持つ」という、そんな無理が通るわけがない。だから破綻したのだが、戦後はそれに懲りて、思想の不在状態になった。それどころか、「不在で当然」になってしまったのである。
†現代の和魂洋才[#「†現代の和魂洋才」はゴシック体]
戦後における最大の「日本的」常識人の一人である司馬遼太郎に、三島の死についての思想と現実を語ってもらうのが、このことについての「日本的常識」を知るには最適であろう。
「思想というものは、本来、大虚構であることをわれわれは知るべきである。思想は思想自体として存在し、思想自体にして高度の論理的結晶化を遂げるところに思想の栄光があり、現実とはなんのかかわりもなく、現実とかかわりがないというところに繰りかえしていう思想の栄光がある。」(「異常な三島事件に接して」、『司馬遼太郎が考えたこと 5』新潮文庫)。
つまりここでは、思想はまったくの「誉め殺し」状態である。これを補強して司馬遼太郎はさらにいう。
「いずれにせよ、新聞に報ぜられるところでは、われわれ大衆は自衛隊員をふくめて、きわめて健康であることに、われわれみずからに感謝したい。三島氏の演説をきいていた現場自衛隊員は、三島氏に憤慨してヤジをとばし、楯の会の人をこづきまわそうとしたといったように、この密室の政治論は大衆の政治感覚の前にはみごとに無力であった。このことはさまざまの不満がわれわれにあるとはいえ、日本社会の健康さと堅牢さをみごとにあらわすものであろう。」(同書)
世間の大常識人は右のようにいう。司馬氏は「われわれ大衆は」という。ご自分を大衆に含めるのである。それでも「われわれ」は、思想と縁を切ることはできない。それをまず素直に認めることから、すべてが始まる。大塩平八郎や三島由紀夫はいつでも出てくるからである。オウム真理教はいうまでもないであろう。日本という世間で、いわゆる現実を素直に認めろというのなら、話は通りやすい。それは「日本社会の健康さと堅牢さ」を認めることだからである。思想を認めろというのでは、話が逆だと、世間の多くの人は思うに違いない。「テロを認めろ」というのか。
そうではない。あるものはしょうがないだろうが、と私はいっているのである。それこそが「現実を認める」ことなのである。「ある思想を認める」ことと、「そういう思想が存在することを認める」ことは、「同じではない」。
じつは私は「思想なんかない」という伝統的な日本思想を信じ、それを生かし続けたいと思っている。それなら結論は明らかであろう。それは「思想なんかない」という思想を、どう深め、これからもどうやって上手に生かしていくか、である。それには思想というものをていねいに理解するしかない。「誉め殺し」ではおそらく済まない。同時に世間という思想、すなわち現実、司馬氏のいう「健康さと堅牢さ」を確立しなければならない。それが今日の和魂洋才であろう。
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第五章[#「第五章」はゴシック体] ゼロの発見
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†ゼロに等しい[#「†ゼロに等しい」はゴシック体]
数学でゼロを発見したのは、インド人だと習った。これはたいへんな発見だった。おかげで数の世界は大きく広がり、計算はずいぶん単純になった。ローマ数字や漢数字しかなかったら、いかに不便か、だれでもそれはわかると思う。
「思想なんてものはない」。これは思想におけるゼロの発見である。ゼロには、二つの意味がある。一つは、数字としてのゼロである。マイナス1、ゼロ、プラス1、プラス2と数字を並べていくとき、ゼロは「数字のなかの一つの数字」に過ぎない。他方、ゼロという数を一つ取り出し、その意味だけを考えるなら、それは「とりあえずそこには数がない」ことをも意味している。
「思想なんてものはない」つまり「無思想という思想」は、その意味でこのゼロに等しい。これ自体が一つの思想であるとともに、「とりあえずそこに思想はない」ということを、同時に意味しているからである。これが矛盾でもなんでもないことは、数字のゼロが証明している。それはむしろ数学をはるかに豊かにした。日本の無思想も無宗教も無哲学も、決してニヒリズムではない。数字のゼロだと思えばいい。そこから思想の大きな可能性が開けるはずである。
とりあえず思想がないと、それを補完するものとしての現実が発生する。それが世間という現実である。ここで、
「ハテ、話がわからん」
と思った人は、人は思想か現実か、どちらかに依存しないと生きられないという前提を忘れているだけである。すでに述べた「世間=思想」という定義でいうなら、その区別の必要すらない。
†現実とはなにか[#「†現実とはなにか」はゴシック体]
ここでさらに、
「お前のいう思想とはなんで、現実とはなにか、定義がされてないじゃないか」
という人もあるかもしれない。すでに私は、別のところで、
「現実とは、その人の出力=行動に影響を与えるもの」
と定義したことがある。その意味では、百円玉も、オウム真理教の教義も現実である。ただしこの定義では、現実は「人によって異なる」ことになる。それが「唯一客観的な現実のみがある」ことを信じる現代人に通用しにくいことは、はじめからわかっている。思想も世間も、それがその人の行動に影響する以上は、その人にとっては現実だ、と私は規定する。そこでは、世間で対立すると見なされている両者の間に、じつは違いがない。思想と現実を同じように脳の機能と見なし、
「だから同じだろ」
という考えを認めない考え方のほうが、おそらく世界中できわめて一般的であろう。それは単に脳の存在をいまだに認めたくないということに尽きる。だれだって、できることなら自分の身体、とくにその内部なんか、見たくないに決まっている。第一、そんな作業は面倒くさい。
中国の反日運動に触れて、法学の佐々木毅先生が、インターネット上の議論は現実から遊離する、現実を無視する傾向がある、と新聞に書かれた。これが「現実」という言葉の一般的な、いわば古典的な使い方であろう。しかしインターネットは新しく発生したメディアで、そのインターネット上の議論で若者が「動く」なら、インターネット上の議論も私のいう意味での「現実」である。ホリエモンだって、そこから発生したんだから。その「現実」が「現実離れしている」という議論は、インターネットしか「現実がない」若者には、わけのわからない議論になってしまうであろう。そう思えば、
「お前ら、インターネットばかり見てんじゃねえ、身体使って働け、下放だ」
という毛沢東主義の正しさがわかるであろう。佐々木先生も、そういってしまえばいいのに。私はそう思ったのである。
†人間の側から捉える[#「†人間の側から捉える」はゴシック体]
では思想と現実の違いはなにか。現実はふつう五感で捉えられるが、思想はそうではないということに尽きる。文科系の人はイヤがるかもしれないが、そう定義するしかない。
「五感のすべてで捉えられるもの」
を、世間では物体という。物体を客観的存在だとか、実在だとか、はてはただのモノだとか、さまざまに表現するのは、「五感から入力する」という脳の性質を、十分に考えに入れていないからである。物体について哲学的な定義はいらない。それを観察している「人間のほうから」定義すればいい。物体自体についての客観的定義なんか要求するから、ただの物体が「哲学」になってしまうのである。
風や光が物体かどうか、なんだか不明瞭な点があるのは、それが「五感のすべてにうったえる」わけではないからである。しかし風は肌で感じられるし、光は目で捉えられる。ただし「五感の一部でしか、捉えられない」。同じように思想は言葉で捉えられる。その意味では、言葉に表されたものは、すべて思想だといってもいい。言葉は音声か、文字か、点字、すなわち聴覚、視覚、触覚のいずれかで捉えられる。それが「物体ではない」のは、「五感のすべてで捉える」わけにいかないからである。
厳密に考えれば、右の定義でも、怪しい部分は出てきてしまう。本自体はまさしく物体だが、その上の文字はどうであろうか。文字の匂い、文字の味というものを、ふつうは考えない。その意味では文字は物体ではない。しかし、紙の上にインクが盛り上がっているような文字であれば、物体に近づく。そんなことを細かく議論してもムダだと思うから、これ以上は論じない。
†思想は隠せない[#「†思想は隠せない」はゴシック体]
あちこちですでに述べたことだが、もう一度、脳のはたらきを要約しよう。
脳には感覚から入力があって、運動や行動が出力する。その間に位置する情報処理装置が脳である。この処理装置のなかに、意識という妙なものが発生する。なぜそんなものが生じるか、物理学からは説明されていない。しかしともかく発生していることは事実だから、それは認めるしかない。
脳は情報に重みをつける。重みをゼロにすれば、それはその脳に生じる意識にとって、「現実ではない」。その重みがゼロでなければ、多かれ少なかれ、入力は出力に影響するはずである。出力は行動だから、これは外部的に観察できる。ゆえにその人にとっての現実は、多くの場合、観察可能である、つまり客観性を持つ。たいていの場合には、
「やることを見ていりゃ、なにを考えているかわかる」
のである。
脳がなぜ意識を持ち、その結果として思想を持つか、物理的にはわからない。しかし、右のような図式で説明することはできる。入出力のあいだに挟まった脳という情報処理装置は、やがて自分の内部で入出力を「回し」始めるのである。それが「考える」という作業である。脳は複数の、あるていど「独立した」部分に分けられる。その間で、外部との入出力と直接には無関係に、情報のやり取りが生じると思えばいい。
思想が「表現に顕されなければならない」というのは、思想が五感では捉えられないからである。言葉にするか、行動にするか、芸術作品にするか、表情か、なんであれ、ともかく筋肉の動きとして外に出さなければ、他人はそれを把握できない。人間は思想を隠し通すことができるかは、むずかしい問題である。私はじつはそれはできないという意見である。思想は所詮外に顕れてしまう。ただし、とりあえずそれを「ごまかす」のは、日常生活ではふつうである。それに長けた人を政治家という。どうごまかすかというと、まず自分の意識そのものをごまかす。自分をごまかしっぱなしで、一生が過ぎてしまう人も多いはずである。それを幸福な人という。
ここでもう一つ、解説しておかなければならないことがある。それは入力つまり感覚世界と、内部的な意識との関係である。五感で捉えられる世界をここでは感覚世界と呼び、それによって脳内に生じる世界を概念世界と呼ぶことにする。それとは別に、意識と出力つまり行動との関係があるが、これはいまの話の筋からは説明の必要がない。
†感覚世界と概念世界[#「†感覚世界と概念世界」はゴシック体]
感覚世界つまり物体の世界を一つの楕円で示し、概念の世界を、その上に位置する、もう一つの楕円で示す。両者の重なりが「言葉」である(図)。言葉という道具は、この二つの世界を結ぶ。感覚の世界は「違い」によって特徴づけられる。概念の世界は、他方、「同じ」という働きで特徴づけられる。説明はこれで終わりだが、いくらなんでも簡単すぎるかもしれない。ここで大切なことは、言葉自体は「同じであって、違うものだ」ということである。だから言葉は、「違う」という感覚世界と、「同じ」という概念世界を結びつけることができる。
私の声とあなたの声は違う。ゆえに私がネコといい、あなたがネコというとき、それは「違う音」である。にもかかわらず、言葉の上では、それは「同じネコという言葉」として把握される。文字についても、まったく事情は等しい。何度文字を書いても、「まったく同じ文字」なんか、書くことはできない。「英語の正しい発音」なんていっている人たちに、この話を理解してもらうのは、意外にむずかしい。英語の発音の「正しさ」は、発音する側にあるのではない。「聞く側」にある。聞く側が、
「あいつはネコといってるんだな」
と了解すれば、それで終わりである。それをイヌだと聞いたんでは、まさに「話にならない」のである。
概念の世界は「なぜ同じ」なのか。
「脳の中ではすべては神経細胞の興奮、つまり電気信号だから」
と答えるしかない。それに対して、
「感覚器だって電気信号を使うという意味では、同じじゃないか、感覚世界だけになぜ違いが生じるのか」
という反論がありうる。とはいえ、耳で光は捉えられないし、目で音は捉えられない。その「違い」を脳は区別している。そう述べるしかない。というより、脳にとって、そうした入力器官の違いこそが、もっとも基本的な「違い」なのである。そもそも大脳、中脳、後脳という脳の大区分自体が、進化的には嗅覚、視覚、平衡覚(後に聴覚が加わる)に関係している。そこから生じる「違いの」世界を、右に感覚世界と呼んだ。
概念世界にも「違い」はある。「白馬は馬にあらず」という古代中国の議論はそれである。ここでは「白馬」と「馬」という概念の違いが問題になっている。しかしこの「違い」は、「どちらも要するに馬だろ」と片付けることができる。両者の違いについては、「白い」以外の性質を考慮に入れる必要はない。ところが「あの馬」と「この馬」の違いは、そうはいかない。この場合には、違いも類似点も無限に列挙することが可能だからである。私なりの解答を与えるならば、この場合、「馬」と「白馬」は概念世界に属し、「あの馬」「この馬」は感覚世界に属する。それだけのことであろう。
中国人がこの区別を持ち出す理由は、中国語の特性にある。私はそう思っている。中国語には定冠詞、不定冠詞の区別がない。日本語でいうなら格助詞、「が」と「は」の区別もない。西欧語、日本語で暗黙のうちに区別されている、感覚世界と概念世界の別が、中国語では言語に表現されていない。中国的思考の特質に、これは大きな影響を与えているはずである。ただしこれ以上の議論は、本書の範囲を超える。
†思想は現実に介入しない[#「†思想は現実に介入しない」はゴシック体]
思想が現実に介入するのは、有思想の世界なら当然だが、無思想の世界では当然ではない。それはむしろ異常である。司馬遼太郎の文章を思い出して欲しい。思想が現実に介入できるなら、「思想がある」ことになってしまう。他方、有思想の世界では、逆に現実が思想に介入するのが容易ではない。有思想の人は、しばしば「現実が間違っている」という。だから中国では偉い人は原理原則にこだわる。「白猫であれ黒猫であれ、鼠をとる猫はいい猫だ」というのは、偉い人のいうことではない。そのために、むしろ評判になったのであろう。中国ではこれはオポチュニズムかもしれないが、日本では違う。むしろ「あたりまえ」である。
日本を除く他の世界に、無思想という思想があるのかどうか、私は知らない。アジアでいうなら、朝鮮やヴェトナムのように、中国思想の影響をもっぱら受けてきた国家なら、そういうことがあってもいいはずである。そういう国家では、どのみち思想は中国文明圏からの借り物にならざるをえないからである。しかし、実際にはおそらく有思想なので、それは日本と韓国の意見の違い、あるいはキリスト教信者の割合といった差から、推論できると思う。
そもそもキリスト教が広がるというのは、積極的に「思想がある」ことを意味する。南ヴェトナムに五十万の人々が「逃げた」のは、北が共産化したからである。これがヴェトナム戦争の遠因になったことは、よく知られていると思う。北が共産化すること自体が、「思想がある」からであろう。当然ながら、キリスト教は宗教であると同時に、一つの思想でもある。逃げなかった人たちを含めるなら、ヴェトナムにおけるキリスト教の影響は大きいといわざるをえない。
韓国にキリスト教徒の比率が高いことはよく知られている。四十パーセントという数字を聞いたことがある。ただし韓国でのキリスト教の普及は、「反日本政府としてのイデオロギー」だという解釈がある(マーク・R・マリンズ著『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』トランスビュー)。これは納得のいく説明である。日本による支配がいかに「ロクでもない思想を押しつけた」結果になったかを、数として示しているからである。それに反発する気持が、キリスト教への帰依として発現した。逆に日本にキリスト教が入りにくいのも、明治に西欧が入り、戦後に「アメリカが入ってきた」ことと無関係ではないであろう。
†思想の純粋さ[#「†思想の純粋さ」はゴシック体]
日本でのキリスト教徒の比率は人口の百分比でいつも一桁に止まっている。キリスト教が輸入された時代の信者数、歴史の古さ、さらには宣教の熱心さを考えるなら、日本にキリスト教徒は異常に少ないともいえるであろう。その理由の一つはゼロの発見であろう。
戦国時代にキリスト教徒が多かったことを思えば、ゼロ思想の社会化は、その時代からそれ以降、つまり戦国から江戸だというしかあるまい。その意味で、踏み絵というのは、いまだに興味深い。板切れに描かれた聖像を踏むか、踏まないか、私が命と引き換えにそれを迫られたら、遠慮なしに踏む。なぜなら板切れは板切れ、いうなれば偶像崇拝なんぞ、するつもりはないからである。自分のその気持ちを詰めてみると、
「思想は板切れより高度なものだ、板切れごときに影響されてはいけない、それが思想の純粋さというものだ」
ということであろう。
思想のこの「純粋さ」には、日本の近代史はつねに往生してきた。二・二六事件でも、年寄り連中は、「若者たちの純粋さ」を買って「寛大な処分」を願った。大学紛争のときの全共闘も同じだった。私の恩師は偉い人だったが、
「純粋とは、バカってことだよ」
といいつつ、バカに同情しておられた。
どうしてこういう面倒なことになるかというなら、
「思想は現実に干渉してはいけない」
という原理が世間にあるためである。現実に干渉さえしなければ、思想はいくらでも羽を伸ばしていい。前章の司馬遼太郎の言葉を思い出すまでもなかろう。世間は思想に対して
「勝手に羽を伸ばせ」
という。それが思想の純粋さである。
「そのかわり、現実=世間に干渉してはいけない」
と続ける。若者は世間に生きてまだ日が浅いから、後の部分に気づかない。だから「やりすぎる」のである。
†なぜ踏み絵を踏まないのか[#「†なぜ踏み絵を踏まないのか」はゴシック体]
「思想なんてない」はまさに抽象的、つまり思想である。思想が思想であるだけなら、力がまったくない。ゼロの世界では、それは望ましいことである。でもそれだけでは、思想は本当にゼロになってしまう。「思想のない社会はない」んだから、それは無理というものである。だから逆説的に、無思想を「現実化する」具体的手段が、「思想は現実に干渉してはいけない」という規則なのである。そうすれば思想はいくらでも羽を伸ばし、純粋であることができる。世間はその純粋さを評価すればいい。それが思想についての世間の基本原理となる。
他方、思想が現実に直接に干渉したら、「思想は現実にある」ということになってしまう。だからこの世間では、思想が「思想的に存在することは可」だが、「思想が現実的に存在することは不可」なのである。したがって「思想があるがために」、「踏もうと思えば簡単に踏める板切れを踏まない」ことは許されない。それこそが踏み絵の真の意味であろう。べつにキリスト教のどこがいけない、ここがいけないというものではない。いくら昔の役人でも、教義の内容をいちいち訊いている暇なんかない。殺されたくなかったら、キリスト者は「思想なんてない」を認めさえすればよかったのである。
「思想なんてない」「宗教なんてない」という無思想に反対するには、殉教はもっとも単純な表現である。これはネガティヴなテロである。なぜ命を捨ててまで、信仰に殉ずるか。それがまさに信仰だからである。それは信仰の存在証明である。信仰者がそれを選ぶのはわかる。逆に「宗教なんてない」という思想を基本原理化するために、当時の為政者はきわめて積極的な行動を起こした。「宗教(という思想)が存在する」という思想を潰すためには、皆殺しも辞さなかったのである。つまり無思想は、自分が殉教する代わりに他人を皆殺しにする。それは一向一揆の弾圧にもよく示されている。そこまでして出来上がったのが「思想なんかないという思想」であるなら、それが日本の世間で強力である理由はよく理解できる。
†理論信仰と実感信仰[#「†理論信仰と実感信仰」はゴシック体]
無思想という思想と、現実との緊張関係は、もちろん有思想の世界のそれとは異なってしまう。無思想の世界では、思想は現実に干渉しない。それが原則である。したがって、丸山真男が述べたように、日本人は理論信仰と実感信仰に分裂してしまう。理論信仰とはともあれ思想の主張なのだが、残念ながら「思想なんてない」。それなら「理論」の信仰にならざるをえない。繰り返し述べるように、思想は現実に干渉してはならないからである。それがいわば逆に思想の実存性となる。だから思想とは、「現実無視の空論」であるしかない。「現実に合う」思想なら、それはただちに「現実化してしまう」からである。たちまち思想じゃなくなってしまうのである。
世間でそれをやるのが自民党である。自民党があるかぎり、思想は思想であることを許されず、すぐさま現実に転化してしまう。自民党とは、その意味で、理論あるいは思想の現実への絶えざる転化機構である。それはたえず思想を「現実の方向から」突き崩そうとする。だから自民党には、思想なんかない。そんなものがあったら、自民党はそもそも成り立たない。たちまち「自民党じゃなくなる」。自民党の右翼は思想があるフリくらいはするが、それが政策に影響することはない。可能な部分は全部、すでに現実化してしまっているからである。
他方、社民党の「平和憲法を守れ」は、まさしく理論信仰である。だから「世間の大人」は、
「なにを馬鹿なことを、侵略があったらどうするんだ、自分の国を自分で守るのはあたりまえだろうが」
と思っている。それが憲法九条問題を引き起こす。これまでは法解釈で無理やりつじつまを合わせてきたが、さすがにもうダメだというので、憲法を改正しようということになる。それは「現実が変化したから」で、集団自衛権を考え、国連常任理事国になりたいなら、第九条は改正するしかないという、「やむをえない」状況が生まれていると見るべきであろう。それをどの程度「やむをえない」と思うか、それが改正の成否を決める。そこでは、
「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
ということの、思想的是非は決して問われることはない。思想に殉じようなんて気は、さらさらないのである。第九条が改正されたら、社民党員が腹を切るかといえば、おそらく切らないであろう。思想といっても、そもそもがレンタルじゃないか、ということが、だからここではきわめて重要なのである。レンタルでなければ、さすがの政治家も、自分の品位を考えるに違いないからである。特別とはいえ、国家公務員なら、昨日まで「憲法を守る」と誓ってきたはずだからである。
†無思想と有思想のズレ[#「†無思想と有思想のズレ」はゴシック体]
無思想の思想に依拠する以上は、「現実はこうだ」ということを、極限ではいわば神聖視するしかない。それが丸山先生のいう実感信仰であろう。思想なんかない以上は、残るのは現実で、それならそれは実感以外のなにものでもない。それはある種の徹底したオポチュニズムを導く。「やむをえない」以上は、昨日まで一億玉砕でも、今日からはマッカーサー万歳なのである。それを加藤典洋氏はニヒリズムと呼んだのであろう。
有思想の人から見れば、これははなはだ品位がない態度であろう。昨日までのあれはいったいなんだったんだ。だれだって、そう思うはずである。だから日本人は世界的に馬鹿にされるところがある。
「あいつら、いったい、なにを考えてるんだ」
そう思われているのであろう。だって、
「なにか考えているのなら、こんなこと、するはずがないじゃないか」
と思っているに違いないからである。まさか、
「そんなこと、考えないでいいんだ」
と本気で思っているとは思うまい。無思想とはそういうもので、有思想とはそういうものである。
†歴史は思想[#「†歴史は思想」はゴシック体]
日本人が馬鹿にされているというのは、外国の新聞を読むと、よくわかる。最近はもう読まないが、外国に行くと、その国の新聞をつい読んでしまう。たいてい日本についての記事があるから、それはどうしても読むことになる。そこで賞賛の記事を読んだ覚えがない。私が自虐的日本人だから、悪口しか覚えてないのだろう。そう思う人もあるかもしれない。そうかもしれないが、どうもそうとは思えない。なんでこんなに悪口ばかり書きやがる。そう思って注意して読んだ時期があったが、やはりもっぱら悪口しか、新聞に載っていなかった。きつい悪口ではない。軽い、しかしやや悪意のある、揶揄といってもいい。
学校のクラスでいうなら、いまの日本人とはおそらく、おとなしい、優等生なのである。おとなしいが、なにを考えているのか、よくわからない。成績はいいが、完全なトップではない。つまりいちばんいじめやすい生徒である。それをかさにかかっていじめてくるのが中国で、戦前もそれをやって、とうとう戦争になった。いじめたのは日本だろうという考えもあろうが、それは「侵略」という言葉ばかり聞かされるからで、日清戦争のときの欧米の観測は、日本のような小国が、清という大国に勝つはずがないというものだった。歴史問題というが、どちらも本気で過去の戦争を反省しているのだろうかと疑う。
その根本にあるのは、歴史は思想だということである。日中合同委員会ができて、両者で歴史問題を討論したと仮定しよう。そんな討論は成り立つわけがない。世間の人はひょっとすると、はじめからそう結論するであろう。
「なぜですか」
と訊いたら、
「あれだけ意見が対立しているんだから、そんなことができるわけがないだろうが」
というに違いない。
「それが現実だ」、と。
でも意見が徹底的に対立するときくらい、意見が整理しやすい時期はないはずである。両者の主張がまったく相反するなら、違いはどこなのか、対立点を明確にしてみればいい。私が学位論文を書くなら、それをテーマにするであろう。私は中国学者ではないから、それをやる気はない。しかし素人としてみるなら、このくらい明瞭なテーマはないだろうと思う。
根本的な対立がどこにあるか、それを明確にするには、まず基本的な一致点を探す必要がある。そこからどう枝分かれして対立するのか、議論を整理すればいい。
「対立してるんだから、一致点があるわけがないだろうが」
そう思ったら、もはや問答無用になってしまう。
無思想という思想を考えに入れるなら、日中の対立点はすでに明瞭である。私はそう思う。それならどこで一致するか。「歴史は思想だ」ということについては、両者おそらく一致するであろう。歴史は事実だと歴史「科学者」は反論するかもしれない。しかし「事実」つまりモノを扱うなら歴史は考古学で、考古学がどのくらい科学かというなら、「神の手」事件を考えたらだれだってわかるはずである。なにしろ当の本人を精神科の病院に入れてしまったというのだから、いつの話か、ほとんど時代を疑う。モノを扱う考古学ですらそうなら、いわんや歴史学においてをや。それならやっぱり、歴史は科学どころか、思想というしかない。
†歴史認識の誤解[#「†歴史認識の誤解」はゴシック体]
歴史が思想であるなら、日本側の学者は、暗黙のうちに、
「歴史は現実に介入してはいけない」
という原則をとるであろう。中国は有思想だから、
「歴史は現実に介入する」
ことを前提するであろう。そこをおたがいに気づかない、あるいは気づかないフリをしているから、議論の収拾がつかない。
首相が靖国に参拝すると、戦犯が祀られている神社に参拝することは、侵略戦争の反省をしてないからだといわれる。ところがいわれたほうの世間は、
「戦争はもう終わった。過去のことなんか関係ない」
「現実を見てご覧なさい、現実を。平和主義じゃないですか、日本は」
とどこかで思っている。有思想の国では、それは「とんでもないこと」であろう。ああいう侵略戦争を起こしたのは、「軍国主義という思想」があったからで、行かなけりゃ行かないでも済む靖国にわざわざ行くのは、いまだにその思想があるからだろうが、とこう思うのであろう。
歴史という思想が現実に介入する世界では、
「戦犯の墓に詣でる」
ことは、戦犯の思想が現実に介入することである。なにしろ「死せる孔明、生ける仲達《ちゆうたつ》を走らす」「墓を暴いて死者に鞭打つ」国である。それに対して、日本の世間では、そんなこととは夢にも思っていない。なにしろ死んだとたんにホトケになり、告別式なんかに出たら、「穢《けが》れを払う」ために「塩を撒く」んだから。現在に死者が介入することなんか、実質としてはありえない。死んだ人はもはや「仲間ではない」のだから、遺言よりは、生きている遺族の利害が優先する。それを「現実」というのである。世間では人は「死んだら最後、別なもの」である。だからこそ、戒名が必要なのである。「死んだら、名前を変えなければならない」んだから。ひょっとして死んだ人が恨みを残しているとすれば、それが祟っては困るから、それなら神社くらい建てておけばよろしい。小泉首相は、
「俺だって東條さんに恨まれたくないからね」
と一言いえばいい。そこでおたがいに誤解が生じている。私はそう思っている。あるいはその誤解ないし無理解を、北京の政府が利用しているだけのことであろう。
†有思想への反動[#「†有思想への反動」はゴシック体]
世間の人は、子どもが生まれたら神社にお宮参りに行き、育つにつれて七五三のお祝いをする。初詣にも神社に行く。結婚はハワイの教会で挙式し、死んだら坊さんを頼んでお葬式を出す。ここまで宗教に無原則な社会は、世界にほかにはあるまい。うっかり思想なんか認めると、それが壊れてしまう。それを暗黙に恐れるのであろう。
「お前、この前は神社に行っただろうが。あの神社は軍国の神を祀っとる。そんな神社に行く奴に結婚式は挙げてやらない。葬式は出してやらない」
なんて叱られかねない。そうなるかどうかはともかく、そんな気がしてしまうのであろう。しかも「どの神社に行くか、行かないか」、その適切性を決めるのが中国政府だという前例ができるんだから、そんなこと、朝日新聞ならともかく、世間が聞くはずがないでしょうが。
それなら、
「思想がどうであろうと」
「行こうと思えば簡単に行ける神社なんだから、とりあえずお参りしとこ」
というのは、べつに不思議なことではない。
逆に中国人なら、「いけない」なんて規則は、じつはどこ吹く風である。そもそも最近まで、法治国家じゃなかったんだから。国民が法律を守る癖がないから、政府は原理原則にこだわる。それでなきゃ、政府の存在意味すらない。中国人がいかに規則を守らないか、それは交通法規の試験をしてみればわかる。まずそんなものなんか、「覚えようとしない」のである。私はオーストラリアに留学しているとき、はじめて運転免許をとった。実地試験の最中に私の隣に座っていた教官と、後ろの席に座っていた警官との会話が忘れられない。
[#ここから1字下げ]
警官「法規の試験でいちばんいい成績をとるのは、どこの国民かわかるか」
教官「そんなこと、知らん」
警官「日本人だよ。試験はほとんど満点。じゃあ、いちばん成績が悪いのは、どこの国の人かわかるか」
教官「知らん」
警官「中国人さ」
[#ここで字下げ終わり]
中国の周辺諸国には、中国思想なんか、絶対に取り入れないという思想がある。それがモンゴルであり、チベットである。韓国は宙ぶらりんで、日本は妙に中国寄りであろう。つまり東夷である。東夷はまだマシで、西戎、南蛮、北狄とくれば、ほとんど獣か虫である。中国に絶対に同化しないからであろう。
世間の規則に徹底的に従わされている日本人に、外国政府が「正しい思想に従え、ああしちゃいけない、こうしちゃいけない」とさらに追い討ちをかけても、日本人が聞くはずがない。それを中国人から直接にいわれているわけではない「ただの日本人」は、「靖国なんか行かなくたっていいよ、オレは行かないヨ」と平気でいえるであろうが、それでもその種のことを自分が直接に指図されたら、おそらく気になるはずである。人によっては、怒り出すかもしれない。中国人自体が中国に住んでいて平気なのは、政府のいう原理原則に反しない限り、規則にルーズで暮らせるからである。税金だって、払わない。
†書かれなかった思想[#「†書かれなかった思想」はゴシック体]
中国はともかくとして、話を日本に戻す。同じアジアという主題に触れたものとして、中島岳志『中村屋のボース』(白水社)を例にとろう。中島氏はまだ三十歳、まさに新進気鋭の学者である。この本はボースの伝記としてたいへん優れたもので、私が中島氏の年齢だった時代に、こうした書物が書ける若い人はまずいなかったと思う。日本社会の「進歩発展」が、悪い面ばかりでなかったことは、こうした学問の面にもよく表れている。
中島氏は玄洋社について、つぎのように書く。
「このようなインドを含むアジアの解放に関心を寄せる玄洋社・黒龍会のメンバーの間では、西洋列強の植民地支配に苦しむアジア諸国の民に対する同情心と、彼らに何とか救済の手を差し伸べたいという義勇心が強く共有されていた。また、彼らはそれを実現するために、身を粉にして活動に従事する行動力と資金力も十分に有していた。
しかし、彼らには思想がなかった。
頭山満も内田良平も、時事評や戦略論、精神論は盛んに講じていても、後世に残るほどの思想を提示していない。いや、正確に言うならば、彼らは意図的に思想を構築することを放棄していた。彼らは「思想」というものに対して、積極的に無頓着たろうとしていた。
それは、彼らの人的交流にもはっきりと表れている。頭山は思想信条的には相容れない部分が多くあったであろう中江兆民と生涯の友人であり、アナーキストである大杉栄や伊藤野枝らにも資金提供をしている。彼らにとって重要なのは、思想やイデオロギー、知識の量などではなく、人間的力量やその人の精神性・行動力にこそあった。」
こうしてふたたび、私は「日本の無思想」を発見する。「彼らには思想がなかった」と若い中島氏は書く。それなら中島氏は、「有思想」なのであろうか。中島氏の真意が彼らに思想がなかったことを批判しているのであれば、まさに中島氏は有思想だというしかない。
しかし同時に、有思想であるなら、そもそも「彼らには思想がなかった」と書くであろうか。「思想のない社会はない」と私は書いた。「思想のない人間はいない」といってもいい。ここで私はふたたび想起する。『日本の思想』という書物に、「日本に思想はない」と書いた丸山真男を。
中島氏は注意深い。「彼らには思想がなかった」と書くが、同時に「彼らは「思想」というものに対して、積極的に無頓着たろうとしていた」と書く。ここには二つの思想がある。括弧のない思想と、括弧つきの思想である。括弧つきの思想は既成の思想、外部から与えられた思想である。では括弧のない思想とはなにか。著者はそれを明示しない。察するに自分の思想、独自の思想であろう。
引用部分に名前はないが、玄洋社に関係して、杉山茂丸が登場する。杉山夫妻の骨格標本は、東京大学医学部の標本室に収められている。それぞれの骨格に頭書が付されており、茂丸のものは頭山満、夫人は広田弘毅による。そんなものが、なぜそんなところにあるのか。頭書によれば、茂丸は死体国有論を持論としていたという。かつて私はその詳細を知りたいと思ったが、機会を得なかった。茂丸の子が夢野久作である。その作品はむしろ、思想に満ちているといってもいいであろう。
中村屋の女主人、中村黒光は、自分の娘を「亡命」中のボースに娶らせる。それを行わせたものは、ただひたすら「心情」なのか。そんなはずはない。黒光とその娘は、むしろ「思想に殉じた」ともいえるのではないか。中島氏のような俊英が、いわば気軽にその「彼らには思想がなかった」と表現するほど、この国は無思想が常識なのである。
「言葉に表現されなければ、思想ではない」。それはもっともだが、それをいうのは欧米社会である。日本の思想を考えるなら、「書かれない思想」について書くしかない。思想は思想だけで立つわけではない。思想は日本でいう世間、つまり社会の実情と補完し合う。書かれなかった思想をあえて書くこと、それこそが真の「思想としての歴史」ではないのか。
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第六章[#「第六章」はゴシック体] 無思想の由来
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†無思想の問題[#「†無思想の問題」はゴシック体]
どう考えたって、無思想という思想のほうが、世界的には少数派である。ひょっとするとそれなら、こちらに説明責任があるのかもしれない。相手が中国人なら、
「俺の考えていることが、世界の常識だ」
と思っているに違いない。そもそもが中華思想なんだから、自分の思想が普遍的だと信じて疑わない。それなら大声で自分の言い分をいい立てるはずである。そうでなくても、中国人は声が大きい。人数も日本人の十倍以上いる。六つ並んだ公衆電話を、四人の中国人が使っていたことがあるが、空いている電話がまだあるのに、結局私は電話を使うことができなかった。なにしろうるさくて、話がなにも聞こえないのである。だから国連でもアメリカでも、あるいはヨーロッパでも、中国人は堂々と自分の正当性を主張する。
ところがこちらは無思想な上に声が小さいんだから、その説明ができない。そもそも、
「主張しないことは謙虚な態度だ」
などと思っているんだから。たかだか、
「あの当時では、あれはやむをえなかった」
といい続けるだけであろう。つまり、
「現実を認めろ」
と主張するわけだが、「それなら」というので、相手の言い分は「南京大虐殺三十万人」となるのである。それに反論するとなると、
「三十万人殺せるわけがないじゃないか」
という、思想的にはケチな話になって、それなら二十万人殺したんだろうということになってしまう。三万人殺したって、たいへんな虐殺である。ともあれ中国人があれだけ大きな声でいうのだから、虐殺はあっただろうということになり、それなら三万人だって大事件だと、それが「国際世論」になってしまう。
†無思想の課題[#「†無思想の課題」はゴシック体]
それなら無思想という思想はダメかというなら、そんなことはない。私はそう思う。だって、有思想という思想がいかにはた迷惑か、それはたとえばアメリカの中東戦争が徹底的に示しているではないか。アメリカはそれを「正義」だという。相手のイスラム原理主義者は「聖戦」だという。中国の対日観もそうだし、例を挙げれば、際限がない。落ち着くところは、結局はイスラムもキリスト教もない、平和共存だということになるに決まっている。それならはじめからそうすればいいので、それがそうできないのは、有思想だからである。戦前の日本のケチな国家思想だって、神風特別攻撃隊まで行ってしまった。普遍を主張する思想なら、それ以上までいって当然であろう。
有思想の世界では、大虐殺なんてあたりまえで、なぜそれが問題にならないかというなら、有思想は主張する内容があるからである。後の人はその言い分を調べているうちに、具体的に何人死んだかなんて調べるのが、面倒くさくなるのに違いない。そもそも文化大革命で、中国人が何人殺されていると思うのか。そうした「有思想の手前勝手」を許してはならないと思うなら、無思想の思想を徹底して説くしかない。
ところが、それを妨害するのが、また同じ、
「思想なんてない」
という、当方の思想なのである。「ない」思想をどうやって説くか。だからゼロの発見なのである。ゼロはたしかに「ない」のだが、やっぱり数の一つである。それならゼロについて説明することは可能なはずである。ときどき英語でやってみようかと思うが、これまた寿命が足りない。そもそも有思想でできている言葉で、無思想を説くことができるか、それが日本人に与えられた世界的使命である。しかし、日本の思想とは、思想についてのゼロのことだよ、という説明は、あんがい通じるかもしれないという思いもある。
†かたちを論じる[#「†かたちを論じる」はゴシック体]
日本に思想はないということを考えていくと、さまざまな日本的特質の説明ができる。日本人が「形を重んじる」のは、思想がないからである。形に思想はいらない。しかし形は動かしがたい。同時に形は眼に見えるから、それは現実だと思われやすい。こうして司馬遼太郎の日本論は、『この国のかたち』(文春文庫)になった。司馬遼太郎は典型的日本人だから、日本思想を論じる代わりに「かたち」を論じた。繰り返すが、「ないもの」を論じることはできないからである。
茶道なり武道なり、あるいは神道・仏道・修験道なり、日本の伝統的な「道」を、思想として説明するのは困難である。世間ではそれをよく「理屈ではない」という。理屈ではないというより、「言葉ではない」のである。基本的にはそれらは所作、すなわち身体技法である。言葉で表現しない代わりに、こういうものが発生したのであろう。
「思想なんかない」という原理は、言葉による思想を抑圧する。それなら「思想」表現は、言語以外の、他のさまざまな形をとるしかない。日本にいまだに禅が広く残っているのも、そのためであろう。禅では、不立文字と「文字で書く」。禅が先なのか、「思想なんてない」という思想が先なのか、そんなことは知らない。しかし禅が元祖のインドや中国を外れて、もはや「日本らしい」ものになってしまったことは確かであろう。
現代において、この伝統的思想が問題になっているのは、当然として理解できる。現代は言葉の時代であって、日本の世間においてすら「言葉にならないものは、存在しない」という傾向が表れているからである。
「説明しなきゃ、わかんないじゃないか」
と叱られる時代なのである。だから私は、
「説明すりゃ、わかるのかよ」
という『バカの壁』(新潮新書)を書いた。それが「受けた」ということは、「実体に対する確信」、以心伝心という伝統思想も、まだそれなりに生きているということであろう。
言葉とは、その意味で、じつはむなしいものである。言葉の時代にいるかぎり、しみじみそう感じることは少ないであろう。それぞれの人が、息せききって、おしゃべりをしているからである。本を書きながら「言葉はむなしい」というのも変なものだが、なにしろ「思想なんかない」という文化の国だから、そのくらいは勘弁してもらえると思う。
†仏教由来[#「†仏教由来」はゴシック体]
いったい無思想という日本の思想は、どこから来たのだろうか。それが日本独自のものでないなら、世界に味方が見つかるはずである。
これについて、ちょっと考えてみると、だれでも思い当たることがあるのではなかろうか。日本語では「無」という言葉は、じつは頻用されるからである。たとえば諸行無常。諸行無常は立派な思想であろう。そう思えば、無思想という思想は、つまり仏教に由来したに違いない。ところが日本の思想、日本の無思想を論じる人たちは、お坊さん関係者ならともかく、仏教のブの字もいわないのが普通である。思想を論じる人たちに、できれば仏教には触れたくないという気分がある。そんな風にしか、私には思えない。それならそれがなぜか、そのほうに私は興味がある。ひょっとすると、仏教は間違いなく宗教で、すでに述べた、阿満氏の定義における創唱宗教だからではなかろうか。
日本人つまり世間の人であれば、
「自分は無宗教だ」
と思っているわけで、それなら、
「自分の考えがまさか仏教だとは思えない」
のが当然であろう。
般若心経といえば、ごく一般的なお経である。これを調べてみたら、全文二百六十六字のなかに、「無」という字が二十一あった。これこそ無思想の思想そのものである。以前、『唯脳論』(青土社/ちくま学芸文庫)を書いた後、自分の書きたかったことの要旨が、じつは原始仏教の経典といわれる『阿含経』に書いてあったと知って、一驚したことがある。そういう体験があるから、この本を書くために、般若心経をあらためて読み直してみた。おかげでいくつか気がついたことがある。
たとえば前章で感覚世界と概念世界の区分をしたが、この区分自体がすでに般若心経に出てくる。お経では、私のいう感覚世界を「色」あるいは「眼界」などと表現している。「色」はおそらく感覚を与えるもの、つまり「もの」を象徴する言葉であろう。「客観的事物」の象徴として「色」という言葉を使っているのである。ふつうに観察すれば、どんなものにも色がついているからである。他方、もう一つの世界である概念世界は、「想」「識」「意識」などと表現される。あの短いお経のなかに、こうした表現がいくつも見られる。この本の主題の一つである「意識」だって、もとは仏教用語で、般若心経にもちゃんと出てくる。
念のためだが、般若心経については、いくつも解説書がある。そのなかで、仏教関係者ではない人のものとして、柳澤桂子『生きて死ぬ智慧』(小学館)が近年の好著であろう。内容は一種の翻訳である。以下の記述はこれを参考にした。お経の読み方はいろいろあるはずだから、こうした翻訳はいくつあってもいい。どう読むのが「正しいか」ということになると、神学論争になる恐れがある。専門家にいわせれば、パーリ語だかサンスクリット語だかの原典を読まなくちゃ、ということになる。残念ながら、そんなことをしている暇はない。
†空と無[#「†空と無」はゴシック体]
すでに説明したように、脳には感覚入力があり、それを受けて計算を行い、行動という出力をする。この過程は般若心経では「受想行識」とまとめられている。「受」は感覚入力、「想」は右の計算、「行」は出力である。「識」は右の本では知識と訳されているが、「受想行を意識していること」と解釈しても問題ないであろう。それなら私の説明は、般若心経の用語を用いても十分だったのである。
乱暴にいうなら、仏教思想とは「脳から見た世界」である。だからこそ、私は自然科学を根拠にして『唯脳論』を書いているうちに、いつの間にかお釈迦様の手のひらに乗ってしまったのである。それはべつに私が仏教徒になったという意味ではない。「日本語で考える」思想には、仏教という立派な先達がある。考えて本を書くという作業を通じて、私という無学な人間が、それにはじめて気がついただけのことである。
有名な「色即是空」の「空」は、ゼロでいうなら、「数はないが、数字の一つ」と同じ意味であろう。「無」はゼロの「数がない」というほうの意味である。だからこそ、
「是故空中無色無受想行識(これゆえ空のなかには色なく受想行識もない)」
とあるので、「空のなかには」というのだから、「空」はある。しかしそこには、「色」つまり感覚も、「受」、つまり感覚入力も、概念も行動も意識も「無」、つまり「ない」。
このお経を読んでみると、まさにゼロの哲学であるというしかない。ゼロの発見はインドだと述べたが、歴史的に数学とお経のどちらが先か、そんなことは知らない。しかしともあれ、どちらもインド伝来なのであろう。
ここまで明瞭な例があるのに、日本の思想を、すべてとはいわないが、仏教思想だと、なぜいわないのだろうか。もちろん仏教の根本のところを、自分は理解していないという、謙虚さが人々にはあるのかもしれない。世間で生きていくには、とうてい一切空ではすまないからである。
般若心経によれば、
「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」
六根つまり「眼も耳も鼻も舌も身体も意思もなく」、六境つまり「色も音も香りも味も触覚も理屈もない」ということらしい。
「とてもそこまで悟ってられんワイ」
とほとんどの人が思っているのであろう。日本以外の仏教では、お坊さんはたいてい家族を持たず、専業である。それなら一切空でもなんでも大丈夫、生きていける(死んでもいい)かもしれないが、日常生活で色即是空では、いささか問題が生じよう。しかしキリスト教でもイスラム教でも、思想とはそもそもそういうものであろう。
ブッシュ大統領は敬虔なクリスチャンだということだが、テロに対してああいう戦争を起こすところを見れば、
「右の頬を打たれれば、左の頬を差し出せ」
どころか、
「目には目、歯には歯」を超えて、
「目には頭、歯には全身」
とでも思っているというしかない。ともあれ、だれでもキリストになれるというものではない。べつに一切空だと思えなくても、
「そういうものらしい」
くらいは思えるはずである。
†意識は「秩序」である[#「†意識は「秩序」である」はゴシック体]
突然のようだが、人はなぜ眠らなければならないか、それを考えたことがある。ふつうの人は、
「眠るとは休むことだ」
と考えているであろう。ところが奇妙なことに、寝ていても起きていても、脳が消費するエネルギーはさして違わないのである。休んでいるならエネルギー消費は減るはずで、じゃあなぜそんなことになるのか、私は長らく疑問に思っていた。
「下手の考え休むに似たり」
で、起きていても寝ていても、さして頭を使ってないせいか、と思ってもみたが、それではやはり納得がいかない。そこではじめて気がついた。起きているというのは、当たり前だが、意識があるということである。意識があるということは、秩序活動があるということで、秩序活動があるなら、それはエントロピーを増やすはずだ、ということである。増えたエントロピーはいわば脳に溜まるから、脳はそれを片付ける必要がある。そう思ったときに「なぜ人は眠らなければならないか」、やっとその納得がいったのである。
これでは説明不足だとわかっているから、もう少し話を付け加えよう。前提としてまず重要なことは、
「意識は秩序活動だ」
ということである。つまりまったく無秩序に意識活動をすることはできない。無秩序とはデタラメということだが、このデタラメはランダムという意味である。意識的にデタラメなウソをつくことはできる。しかしこの場合のデタラメとは、「事実とはまったく違う」という意味であって、話それ自体はデタラメつまり無秩序ではない。日本語の文法に即しているし、ともあれ話になっているからである。ランダムな話というものはない。ランダムなら五十音をまさにデタラメに並べなければならないが、意識的にはそれは不可能である。単語ですら、デタラメに並べることはできない。すぐに連想ゲームになって、じつは筋がつながってしまう。つまり意識活動それ自体が、どうしても秩序的活動になってしまうのである。
†意識と無意識は相互に補完する[#「†意識と無意識は相互に補完する」はゴシック体]
ところが熱力学によれば、どこかに秩序が生じるということは、その分の無秩序がどこかに生じたということなのである。部屋を掃除すれば、部屋からはゴミがなくなって、きれいになる、つまり秩序が生じる。ところが掃除機の中を調べると、掃除をする以前の数百倍、数千倍のゴミが溜まっている。ふつうは掃除機のなかの「秩序」までは考えないから、部屋がきれいになってメデタシ、メデタシで終わるのだが、世界全体を見れば、そうはいかないのである。その掃除機のなかをさらに「掃除する」と、今度は掃除機のなかのゴミが廃棄物処理場に移行して、処理場がゴミだらけになる。そこで仮にゴミを燃やしたとすると、ゴミを作っていた「高級な」分子が、炭酸ガスやら水やらという「下等な」分子に変わり、その過程で熱を発生して、周囲の空気の分子のランダムな運動を増やす、という結果になる。つまりゴミを燃やしてゴミが目には見えなくなった分だけ、全世界の無秩序量はふえたことになる。その無秩序をさらに秩序に戻すことはできない。これを「エントロピーは増大する」という。
説明が面倒だから、意識を図書館の業務と考えよう。
朝になると、図書館が開く。そうすると、お客が勝手に出入りして、勝手に本を出し、いろいろ調べごとや勉強をする。そして本を机の上に出しっぱなしで帰ってしまう。すなわちお客の頭の中は整理される、つまり秩序が生じるが、図書館の中の無秩序が増える。そこで夜になると、書庫は空、机の上はいっぱいということになる。そうすると図書館は「眠くなって」、寝てしまう。つまり閉館する、すなわち「意識がなくなる」。閉館したら、今度は司書たちが机の上の本を元に戻す作業を始める。すべての本がきちんと元に戻り、昨日の朝と同じ秩序状態になるまで、片づけを続ける。そうすれば、今朝からふたたび「業務がはじめられる」。つまり意識が再開する。司書がはたらいている間、図書館は閉まっているので、「意識がない」。ただし司書がはたらくのだから、その分だけ「寝ていても、エネルギーが要る」ことになる。ところが意識は司書のはたらきを勘定にいれていない。自分がその間、留守にしているものだから、「寝ている間は、すべてが休んでいる」と勝手に思っている。意識というのは、そういう風に勝手なものである。
†意識のワガママ[#「†意識のワガママ」はゴシック体]
現代社会は、
「意識こそすべて」
という社会である。都会というのは、そういう場所をいう。都会に住んで、自分の周囲を見れば、それがわかるはずである。都会に「自然のものはなにもない」のだが、なぜかというと、「自然のもの」とは、じつは、
「意識が創らなかったもの」
だからである。つまり都会には意識が創ったものしか「置いてはいけない」。そんなことは、それこそ「意識していない」といわれそうだが、「雑草」という言葉を考えればわかるであろう。雑草という草があるのではない。雑草とは、
「こんなものは植えたつもりがない」
と意識が思う草を指す。それを見ると、意識は気に入らないので、引っこ抜く。だから都会とは、もう少し極端に表現するなら、
「意識のワガママ勝手が許されるところ」
である。ところがその意識は、脳のはたらきで、意識がはたらけば、それは秩序活動だから、その分のゴミが脳の外にも脳の中にも溜まってしまう。
都市の中は確かに秩序があり、安全である。しかしそれは、見えないところにゴミを排出したおかげである。秩序としての都市はエネルギーを消費せざるをえないから、空気中にはいやというほど炭酸ガスが溜まる。さらに都市の外にゴミが溜まる。都市の中がきちんとすればするほど、それに見合ったゴミが外に発生する。これを公害とか環境問題とかいう。脳の中に溜まるゴミは、「寝ること」によって、ひとりでに片付けることができる。だから意識の世界に生きている現代人は「意識こそすべて」と思っていても、幸い問題が生じなかったのである。寝ている間に、脳が黙ってゴミを片付けてくれるからである。その代わり、意識は途切れ途切れにならざるをえない。
だから覚せい剤のどこが問題か、ただちに理解できるであろう。覚せい剤はいわば「脳をだまし」、「眠らないでも意識活動が可能」と思わせる。これを常用すれば、当然ながら脳は壊れる。要するに意識活動は「意識がないこと」、つまり睡眠と対になっている。それは意識活動が徹頭徹尾、秩序活動だからなのである。その秩序を基礎付けるのが、意識の持つ「同じ」という働きである。ただしそれは別の話になる。
†足したらゼロ[#「†足したらゼロ」はゴシック体]
これでやっと空の説明ができる。意識が立てるのは、根本的には秩序である。ところが秩序はかならずゴミを出す。だから全体としてみれば、「なにか起こったようでいて」、じつは「なにも起こっていない」。ゴミを含めた全世界のトータルは、つねにゼロだからである。色受想行識という五|蘊《うん》、つまり脳活動のトータルは「皆空」なのである。
「俺の考えが空のわけがないだろうが」
と思う人は多いはずである。「そう思う」のは意識だからである。「そう思う」人は、
「寝ているときには、どう思っているのだろうか」
を考える必要がある。
この場合、
「寝ているときは、なにも思っていない」
と答えるのは、正解であって、正解ではない。たしかに寝ている間は「なにも思っていない」、つまり意識は無なのだが、寝るまで意識があったためのマイナスは、脳が一生懸命に片付けてくれているのである。つまり、ふつうに考えられているように、
「意識がある」
という状態だけがそれとして独立に存在し、他方、
「意識がない」
という状態が、
「基底面にゼロ状態として」
存在しているのではない。いわば「意識と無意識を足して」、はじめてゼロになるのである。だから「五蘊は皆空」なので、「五蘊は皆無」なのではない。前に意識は「電灯がつく」ようなものだという比喩を書いたが、この意味ではそれは正しくない。寝ている間とは、ただ電灯が消えているのではない。そこでは「秩序の回復」という作業が行われているからである。
古代インドの人が、そんなことまで考えたわけがないだろうが。そうかもしれないが、そうでないかもしれない。昔の人は余計な情報がなかった分だけ、自分については詳しかったはずである。自分の意識つまり心と、身体の関係についてなら、現代人よりもよほどていねいに観察していたであろう。いまの人は忙しすぎて、そんなことを考えている暇なんかない。心身に問題があれば、適当に薬を飲んで、あとは医者に行けばいいと思っているに違いない。現代人は自分のことばかり考えているようで、じつは考えていない。人事のことやら、お金のことを考えるばかりではないか。古代インドに会社なんぞあるわけはなく、課長も部長も社長もいなかったはずである。貨幣経済だって、十分には成立していなかったであろう。それなら人事やお金で悩むこともなかったはずである。そういう人たちが「あんがいマトモなことを考えて」、むしろ当然なのである。
†あるようでない[#「†あるようでない」はゴシック体]
ともかくこの般若心経というのは、本当によくできている。お釈迦様がつくづく深く考えた、というところから始まる。そこで五蘊は皆空だと悟り、それですべての苦厄は除かれる、といわれたのである。その知恵が般若波羅蜜多である。それがどんなものか、それは訊かないこと。なにしろお経なんだから。
そこでお釈迦様は弟子の舎利子《しやりし》、つまりシャーリプトラに呼びかける。色は空に異ならず、空は色に異ならない、色は即ち空、空は即ち色、受想行識もまた是に同じだ、と。さらにいわれた。すべては空のありようを逃れられず、生じることも滅することも、穢れも清浄も、増えるも減るもない。これゆえ空のなかには、色も受想行識もない、と。
それどころか、眼も耳も鼻も舌も身体も意思もなく、色も音も香りも味も触覚も理屈もない。感覚で捉えられる世界もなく、意識で捉えられる世界もない。老いも死もなく、老いと死が尽きることもない。苦もなく、苦を免れる道というのもない。知ることもなく、悟ることもない。
こうして「ない」ばかりを繰り返すところが、いわば「ものすごい」。ほとんど文学的といってもいい。私が書いてきたことなんか、要するに「ない」。そりゃそうで、私という存在をプラスと見るから「ある」ことになるが、右の睡眠の説明のように、意識活動はべつにプラスではない。「睡眠というマイナスを足して」ゼロになる。物質としての私も、あるようでない。分子自体は、日々どんどん「入れ替わっている」からである。そう思えば、死んでホルマリン固定した私のほうが、いまの私よりも「物質的には確実な」存在である。
科学は唯物論的で、物質という確実なものを扱う。なんとなくそう信じている人が多いであろう。生きものというシステムを成り立たせているのは、物質の集合に存在する法則であって、物質そのものではない。同様にして、物質そのものも、追求していくと、光のような素粒子になってしまう。しかもその物質すら、「私の意識が考えているもの」に過ぎない。
†無と空という知恵[#「†無と空という知恵」はゴシック体]
無と空で、世界ができるか。できると私は思う。だって、コンピュータはまさにゼロと一だけでできているではないか。無にゼロを当て、空に一を当てれば、コンピュータの世界がたちまちできてしまう。
ふたたび世間の常識はいうであろう。現実はどうなる、と。だからそれは感覚世界のことでしょ、と私はいう。概念世界は、要するに無と空で作れてしまうのである。それだけのことですよ、とお釈迦様はいった。かどうか、じつは私は知らない。でも本当にそういったかもしれないと思う。そう思えば、「度一切苦厄」ではないか。それが一切の苦しみを救うというのである。少なくとも、爆弾を車に積んで、突っ込もうとは思わなくなるはずである。
途切れ途切れの意識ばかり、信用するんじゃない。そもそも意識が途切れている間の責任なんか、意識は取ってくれないんですからね。そのくせ「途切れている」間を全部すっ飛ばして、意識は自分が連続していると思い込んでいる。それが死ぬときに本当に切れてしまうと想像すると、怖がったり、慌てたりする。べつに毎日切れてるんだから、いまさらなにを怖がるのかと、私は思うが。
感覚世界、つまりいわゆる現実で、なにが起ころうが、それは「仕方がないでしょ」と述べたはずである。人生でいうなら、それが四苦八苦である。生まれて、年老いて、病を得て、死ぬ。それに八苦という感情が伴う。それはもともとそうなんだから、仕方がないじゃないですか。意識がしっかり考えて、人生は四苦八苦で行こうと、国会で相談して決めたわけじゃない。意識で四苦八苦をなくすことはできない。あとはお釈迦様に聞いてくれというしかない。
「日本の無思想」とは、じつは般若心経みたいなものだといえば、それはインドにも中国にもあるということになろう。元はといえば、インドのお経を中国語に翻訳したものなんだから。そう思えば、これも元はレンタルで、それならわれわれは、日本の世間がこうであるのは、
「俺のせいじゃない、元を正せば、お前らのせいだ」
といっていればいいのである。北京政府が、
「歴史を尊重せよ」
というのであれば、
「般若心経を尊重してます」
といえばいい。般若心経は中国語ですよ。
私はべつにヤケクソになっているわけではない。思想で政府が喧嘩するなんて、アホだろ、といっているだけである。思想なんて、議論だけしてりゃいいのである。情理を尽くして議論し、「それで生じた秩序によって生じた」無秩序は、寝ている間に脳が黙って片付けてくれる。その意味では、議論だけなら無公害なのである。
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第七章[#「第七章」はゴシック体] モノと思想
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†「大衆を信じる」[#「†「大衆を信じる」」はゴシック体]
日本に思想はないという話の戦後の先達は、おそらく大宅壮一である。この人も司馬遼太郎によく似ていて、大常識人というべきであろう。二人ともいわゆるジャーナリストだった。文筆の人である。大宅壮一は昭和三十年、「中央公論」に「無思想人宣言」を書いた。計算してみると、私はその頃、高校三年生だったことになる。あらためてこれを読んでみると、これから高度経済成長という、当時の時代が見えない。しかし見ようによっては、その「見えない」ところに、なにかが「見える」。
昭和十二年の私が生まれた日の新聞には、この年にはじまった、支那事変の記事しか載っていない。それが後世いうところの「軍国主義」である。そんな主義はたぶんどこにもなかった。新聞の紙面という枠が、すべて戦争の記事で占められていただけである。そうした「かたち」から伝えられてくるのは、「戦争がもっとも重大な社会的できごとだ」というメッセージであろう。それ自体を直接に「言葉に顕す」のは愚である。だれもそんなつまらない記事は読まない。だから戦争に負けて、当時の指導者たちを追及してみると、じつは俺は軍国主義者なんかじゃない、という人ばかりだったのであろう。主義主張があったわけではない。にもかかわらず、「かたち」があった。だから「この国のかたち」なのである。
大宅壮一は、自分は無思想、無宗教で行くことにする、と公言する。思想とは帽子のようなものであり、プラトンやカントというのは山高帽やシルクハット、デモクラシーは中折帽だという。いまではピンと来ないと思うが、ごくふつうに使われた帽子である。ミリタリズムは戦闘帽、マルクシズムはハンチングで、自由主義はベレー。大正末期には、舶来思想の氾濫があって、それぞれ紹介のエージェントが生まれたと書く。そこから思想なんてディオールのファッションだろ、という話が導かれる。自分は宗教と偽善が大嫌いだと書く。ただし最後の文章が、強く目に留まる。
「最終のそしてもっとも有力な審判者は、目に見えない大衆だと信じている。」
こうした書き方は、先に引用した司馬遼太郎のものと、ほとんど同じである。最後の審判は、神によるものではない。大衆すなわち世間を構成する人々である。大宅壮一はそれを「信じる」と書く。それが大宅壮一の宗教であろう。信仰こそが宗教を定義づけるからである。階層構造でいうなら、至高の神ではなく、最低の地面に位置する人間を信じる。それが世間教というものであろう。山本七平はそれを日本教と呼んだ。世間というその地面をさらに支えるもの、それが風土すなわち自然だと、すでに述べた。
†大衆のなにを信じるか[#「†大衆のなにを信じるか」はゴシック体]
ある雑誌の鼎談で、作家の阿川弘之氏と、半藤一利氏にお目にかかる機会があった。その折に、「大衆を信頼する」という右の話をした。しかし、お二人とも頭をかしげ、半藤氏がいわれた。「大衆なんか、信用しませんな」。
これもたいへんよくわかる。お二人ともに、私よりも年長、戦前、戦中から戦後の世間を生きてこられた人たちである。それなら世間のさまざまないい加減さを、つぶさに見てこられたはずである。人々のいうことなんか信用したら、エライことになる。私にもその気持ちがある。
ではなぜ、大宅壮一、司馬遼太郎は「大衆を信頼する」と述べたのか。まさにそういうしかないからであろう。あの戦争に入ったのも、戦後のすべても、現在のもろもろに至るまで、結局は大衆の世界である。それを一くくりにして、私は世間と表現した。世間は人を離れて成り立つものではない。あまりにも当たり前だが、人はさまざまな面を持つ。ましてそれが日本全体となれば、人間のありようは、ほとんど尽くされているであろう。南方熊楠は、
「日本にあるほどのものは世界にある、世界にあるほどのものは日本にある」
といった。それならその母体である大衆を信用するしかない。しかも自分もそのほんの一部なのである。村上春樹が『アンダーグラウンド』(講談社)を書いた結果も、それであろう。地下鉄サリン事件という異常事態のときに、その場に居合わせた「ただの人」はどう思い、どう行動したのか。村上氏は「ただの人」がみごとな行動をしたことを記録する。
特定の思想を信じないとしたら、その思想を生み出す元としての人間、それを信じるしかない。天の頂点を信じるか、地面を信じるか。天のほうが格好はいいが、人間は地面に張り付く。私が好んで引用するのは、モンテーニュの一言である。
「どんなに高い玉座の上に座るにしても、座っているのは自分の尻の上だ」
すべての人が本当にこう思っていれば、大過はないはずである。ところがなんとか頂点に向かって登ろうとするから、自分の尻のことを忘れる。
おそらく大衆は信ずべきものでも、信ずべからざるものでもない。問題はむしろ、大衆のなにを信じ、なにを信じないか、であろう。ここでふたたび感覚世界と概念世界に話が戻る。そもそも無思想で通してきた国で、大衆の思想つまり概念世界に関する感覚なんか信じても、ロクなことがあるはずがない。しかし感覚世界は、簡単には変えられない。だから具体的に生きる人たちを信じるのは、どこの世界でも当然であろう。身体を使って生きている人といってもいい。だから日本の軍隊では、兵と下士官はいいが、将校はダメだといわれたのであろう。将校は概念世界の生きものだからである。「兵隊の位」なんて、人工の典型ではないか。
†感覚世界と概念世界の逆転[#「†感覚世界と概念世界の逆転」はゴシック体]
ここで「大衆」という言葉を使ったのは、大宅壮一を引用したからである。この意味で使われる適切な日本語がないことに、お気づきであろうか。たえずさまざまな表現が出ては廃《すた》れる。いまや大衆なんて言葉を使う人はいないと思う。これをさらに強調して「一般大衆」といえばわかるであろうが、
「自分はエリートだから別だが、一般大衆は」
という感じになって、明らかに嫌味である。庶民という言葉もあった。これは「上から下を見た」言葉であって、やはり使われなくなった。市民は「市民運動」という語感を生じてしまい、それを避けて一般市民というと、山上たつひこのマンガになってしまう。要するにどれも日常感覚に合わない。仕方がないから、私は「世間の人」という。山本夏彦なら、それで了承してくれたのではなかろうか。
世間の人の多くはいまではサラリーマンになった。要はそこが信用できない。なぜならサラリーマンとは、どこかから月給を貰う人である。それならその「どこか」をいちばん大切に思うしかない存在である。そうなると、仕事はどうなる、という疑問が起こる。電車の運転手が一分半、時間が遅れたというので、極端なスピードを出す。理由は再教育という名のイジメを恐れたからだという。それが本当かどうかは別として、仕事とそうでないことの評価が、ここでは逆転している。運転手なら、運転がいちばん重要でなければならないのだが、周囲の人間たち、上役のほうが重要になっているのである。
この種の逆転現象は、いわゆる経済の世界では当然である。たとえば、その仕事になんの関係を持っていなくても、会社を乗っ取ることはできる。それが「悪い」というのではない。それをやっていれば、感覚世界よりは概念世界に深入りすることになる。そういう人は「信用できない」。会社という約束事を現実だと思っているのは、単にそう思っているだけのことだと、すでに述べた。
概念世界そのものが信用できないのではない。概念世界に入れ込むなら、つまり思想に殉ずるなら、それはそれで専業に近くなるしかない。月給を貰って、ものを考えろといわれても、私にはできない。私は自分で勝手に考えているだけである。そこに利害はないから、年中読者から文句をいわれる。脅迫状まで来る。それはそれで仕方がない。これが組織に属していたら、いいたくてもいえないことがあるはずである。周囲に迷惑をかけるからである。国立大学で給料を貰いながら考えていた時代が、私にはいちばん辛かった。月給を貰いながら、思想は説きにくい。なにかを「説く」とすれば、「大衆」に向かって説くしかない。大衆は組織とは関係がない。だからこそ、大宅壮一も司馬遼太郎も「大衆を信じる」というしかなかった。これを日本的普遍性とでもいうべきか。
†地面派[#「†地面派」はゴシック体]
その意味で世間が危うくなったのは、社会的にいうなら自営業が減ったからであろう。自営業とは、仕事のすべてが自己責任だということである。その代わり、「再教育」なんてプログラムはない。昔風の職人なら、たとえ月給を貰っていても、仕事が優先であろう。
大工に棚を吊らせ、モノを載せたら棚が落ちた。大工に文句をいったら、
「奥さん、なにか載せたでしょ」
といったという小話がある。でもこれなら立派な大工であろう。モノを載せたら落ちることがわかっているんだから。作れといわれりゃ、モノを載せても落ちない棚くらい、作れるはずである。
職人や農民は、感覚世界での仕事がほとんどである。それにさまざまな雑音が入ってきたのは、世の中が変わってきたからで、昔風にやってたんじゃあ、生きていけないという世界になりつつある。それでも変えられないことは、変えられない。少なくとも仕事が感覚世界に根付いているかぎり、「信用できない」ことは生じようがないのである。たとえ生じても、いずれはバレてしまう。有機栽培なんていっているが、考えてみれば、もともとはすべて有機栽培だった。それなら頑として昔風の有機栽培でやってきていれば、いまどきの流行の先端にいるわけである。
やがて儲かるはずだからといって、いたるところに杉を植えた時期もある。それにお国が一本いくらでお金を出したから、杉なんか育つはずもない山の上まで、杉を植えてしまった。信用できないのは、「杉を植えよう」という乱暴な概念である。山で一生、杉を見ていれば、
「こんなところで良い杉なんか、育つわけがないだろうが」
ということはわかるはずである。それを変えてしまうのが、「一本植えたらいくら」の補助金であろう。
補助金を出す人は「偉い」人で、実際に木を植える人は「偉くない」人である。偉い人は、立派な目的でお金を出したのかもしれない。しかし食うや食わずの時代に、「杉を植える」作業の倫理面は現場に任されたわけである。「こんなところまで、杉を植えていいんだろうか」と思いつつ、「食い扶持がいるもんなあ」と杉を植える。それなら「大衆を信頼する」しかないじゃないですか。植えてるほうは大衆で、偉い人はお金を配分しただけなんだから。新聞は政治家の倫理を云々するが、世間で倫理を実際に背負うのは、フツーの人である。世間においては、倫理はつねに下々の働く現場に「丸投げ」される。
一般論として、大衆が信用できるか、できないかではない。概念の世界は危ないが、感覚の世界は危なくない。それだけのことである。だから私は解剖で虫捕りなのである。仮に感覚世界が「危ない」としたって、それは「仕方がない」。人間とは無関係に「世界がそうなっている」だけのことだからである。
その意味で、天の頂点よりは地面のほうが信用が置ける。私はそこでは「地面派」であり、それを「大衆を信頼する」と表現するなら、その通りだという。建築家がいかに立派な図面を引いても、大工が手を抜けばそれまでである。それなら大工をそれなりに尊重すべきであろう。運転手と運転手を監督する人と、どちらが重要か。運転手を監督する人は、会社のなかでもっと偉くなろうという人に違いない。それなら運転そのものはさして大切にしないはずである。人事やお金儲けを考えなければならないからである。しかし私は偉い人の電車に乗るのではない。運転手が運転する電車に乗る。大衆の一人として、私は電車に乗る。それなら運転手を信用するしかないではないか。
†思想は「タダ」か[#「†思想は「タダ」か」はゴシック体]
お金といわゆる思想の違いは、お金はなんとかして手に入れなきゃならないが、思想は頭のなかで「ただで手に入る」ことである。しかしよく考えてみると、思想もただでは手に入らない。それを以前は「学者じゃ食えない」といった。戦後の食うや食わずの時代であれば、考えるためには、まずなにか食べねばならず、食べるためには労働とお金が必要だった。懸命に労働をしていれば、自分の思想を吟味している暇なんかない。まして他人の思想なんて関係ない。こういうときにこそ、「思想なんてない」という思想はきわめて有効である。
栄養失調は人を変える。それは当然で、栄養失調なら脳のはたらきが変化してしまうからである。そういう人に「思想に殉じろ」と説いてもムダである。そこでは思想と身体がバーターなのである。
「そりゃ極限状態の話だろうが」
と文科系の人はいうだろうが、極限だろうがなんだろうが、普遍的思想とは、そこでも成り立つものでなければならない。だからアウシュヴィッツのコルベ神父は聖人になった。あの状況でキリスト教の思想を貫き通したからである。しかしほとんどの人は聖人になれなかったので、なぜなら食事が不足だったからであろう。こういう思想をニヒリズムというなら、お好きなように思えばいいのである。
「それでも地球は回る」
のガリレオではないが、
「腹がへっては戦ができない」
だから本当に戦争をしようと思ったら、食料をまず確保する必要がある。食料がなくなったら、戦争なんか、やめるしかない。ただし食料の取り合いで、殺し合いが起こる。事実それは、旧日本軍で起こったことである。ノモンハンで友軍とはぐれ、一週間以上、原野を一人でさまよったという元兵士に出会ったことがある。食べ物はどうしてたんですかと訊くと、その辺にいくらでもあったと、ただ答えてくれた。
長尾五一著『戦争と栄養』(西田書店)という本がある。長尾氏はいわゆる支那事変に軍医として従軍した。その医師が昭和二十年、自分の記録をガリ版刷りで本にし、ほぼ全国の医科大学の図書館だけに配った。それが長崎大学医学部の図書館から見つかり、戦後五十年を記念して活版になった。それを読んで私がいちばん驚いたのは、日本の兵隊が飢餓に苦しんだのは、いわゆる太平洋戦争だけではなかったことだ。長尾氏が従軍してみると、前線から病兵が後送されてくる。元気がなく、ただブラブラしており、やがてかならず死亡する。はじめはどういう病気か、まったくわからない。それに栄養失調という診断名がやがてつくことになるのである。長尾氏がこの記録を医大の図書館だけに配ったのは、
「戦病死と信じている遺族に、餓死とは言うに忍びない」
という気持ちがあったからだという。私が驚いたわけがわかっていただけるであろう。世間はおそらくそれを「知らなかった」のである。
†人は変わる[#「†人は変わる」はゴシック体]
この前の戦争でフィリッピンに軍属として赴任した小松真一の『虜人日記』(ちくま学芸文庫)の内容を、山本七平が論じた『日本はなぜ敗れるのか――敗因21カ条』(角川書店)という本がある。ここにも戦争と食料の問題が書かれている。比島もまた、飢餓にあえいだ戦線だったからである。
「平地で生活していた頃は、荀子の人間性悪説等を聞いてもアマノジャク式の説と思っていた。ところが山の生活で各人が生きる為には性格も一変して他人の事等一切かまわず、戦友も殺しその肉まで食べるという様なところまで見せつけられた。そして殺人、強盗等あらゆる非人間的な行為を平気でやる様になり、良心の呵責さえないようになった。こんな現実を見るにつけ聞くにつけ、人間必ずしも性善にあらずという感を深めた。戦争も勝ち戦や、短期戦なら訓練された精兵が戦うので人間の弱点を余り暴露せずに済んだが、負け戦となり困難な生活が続けばどうしても人間本来の性格を出すようになるものか。支那の如く戦乱飢饉等に常に悩まされている国こそ老子《(ママ)》の性悪説が生れたのだという事が理解される。」
ここで小松氏は、飢餓下にある人が示す姿を、「人間本来の性格」と評している。それは当たらないと私は思う。状況によって「性格も一変」する。それが人間である。意識は「同じ私」というのだが、極限状況に置けば、それはウソだとすぐにわかる。人間は変わるので、そんなことは子どもから老人になることを思えば当然である。飢餓のように、外的条件を思い切って変えても、加齢の場合と同じように「ヒトは変わる」。衣食足りて礼節を知る。これは安易な印象批評ではない。だからこそ社会は平和で安定していて、食料は確保されていなければ「ならない」のである。「人間が楽をするために」、食料と平和があるのではない。しかもそれは「いつでも当然」の状態ではない。平和な日本の世間の人々が、どこまでこれを真剣に理解しているであろうか。
大岡昇平氏の作品のなかに、いつもガツガツしている、青白くむくんだ顔つきの、どうしても好きになれない性格の兵隊が出てくる。大岡氏はそれを批判の目で見ていることがわかるのだが、医者の目からすれば、その人には寄生虫がいたんじゃないの、という疑いが生じる。理科系はニヒルだ、冷たいといわれることがあるが、その点では文科系は無知で独断的なのである。
ここにも思想と現実の食い違いの一面が見えていることは、おわかりいただけるであろう。暗黙のうちに、身体をその人の性格や思想から外してしまう。意識を外的条件とは無関係だと決めてしまっているのである。つまりいわば無根拠に「同じ人」にしてしまっている。他方、私のような見方を延長すれば、ヒトの行動は脳の状況にも左右される、という結論になる。そう聞かされただけで、不快になるのは、どう考えても変なのだが、それをなんとなく不快に感じるのが常識だということを、私は知っているつもりである。右の「行動」を「犯罪」という言葉に置き換えたら、ただちにわかるであろう。私に脅迫電話をかけてくる人までいるんだから。
†基礎は感覚世界[#「†基礎は感覚世界」はゴシック体]
ここでいう「外的条件」とは、つまり感覚世界のことである。それを人々は単純に「現実」と呼んでしまう。しかし、そうしたふつうに使われる意味での現実は、たとえば世間の約束事のような概念世界を、すでに含んでしまっていることが多い。それがお金であり地位であり名誉であり、つまり人事である。しかし、いかなる「思想」つまり概念世界であろうと、それはつねに感覚世界と対照されて考えられなければならない。自然科学が教えるのは、そのことであろう。私があえて「脳」というのも、脳がまさしく感覚世界に属するものだからである。しかし、そのことを理解してもらうのが、なによりも困難なのである。脳も虫も、世間の人は見たくない。そういうものを「見ない」ことで、むしろ世間が成立する。世間を支えているのが「大衆」であり、それが地面すなわち世間の基底面だとするなら、その地面は自然という地面にさらに支えられている。その自然は、感覚によってしか、根本的には捉えられないのである。
自然科学を「抽象的」だと思っている人は、右の話はわかりにくいかもしれない。
「科学のどこが感覚世界なんだ。E = MC2 なんて、抽象の極みじゃないか」
数式自体はむろん抽象、つまり概念世界である。しかしその式は、実験的事実という感覚世界と整合していなければならない。つまり感覚世界と整合的であるかぎりにおいて、この「抽象」は科学の世界で「仮に認められている」のである。そこに不整合が発見されれば、抽象は捨てられる。概念世界に属する科学の結論を「正しい」という科学者は多い。そこでは科学が宗教と同じ信仰に変わっている。信仰とは宗教の持分であり、科学の持分ではない。
†確かなこと[#「†確かなこと」はゴシック体]
戦後の日本が物質的に徹底して豊かになったのは、「思想はない」ことにする代わりにモノを手に入れようという、無思想とモノとのバーター取り引きだったように見える。じつは私はそうではないという意見である。
戦後の日本を代表するのは、ソニー、ホンダ、松下だといわれる。戦後の経済発展はモノ作りだというのである。そのことと、思想とは、どういう関係があるのか。
「思想なんか関係ない。これからはモノ作りだ」
これらの会社を支えた技術者たちは、そう思ったのだろうか。ひょっとすると、多くの人が暗黙にそう想定していないだろうか。そう乱暴に考えてしまうと、
「これからはモノじゃない、心の時代だ」
などと、なんとなく思ってしまう。私自身の人生が、いまにして思えば、こうしたモノ作り、経済発展といわれたものと、根本的には同じ「思想」に基づいていた。それを『運のつき』(マガジンハウス)に書いたことがある。
「医学部を出たのに、なぜ解剖なんか、やったんですか」
という質問を、何度受けたか、覚えていない。理由は単純で、解剖がいちばん安心だったからである。なぜ安心かというと、まず、患者さんがそれ以上死ぬ心配はない。若い私にとって、患者さんに死なれるのが、最も怖かったのである。それが自分のせいだということになれば、一生その影響を受けるんじゃないか。それなら解剖がいいということになる。
しかしじつは、まだ患者さんなんか診ていない、学生の時の解剖実習で、すでに「解剖は安心」だった。なぜなら、解剖では、自分の目の前にあることがすべて「自分がしたこと」だったからである。商売であれ、臨床医であれ、お客や患者という、相手がある。相手は相手の都合で勝手に変化する。ところが解剖する相手は変わらない。変わったとすれば、私が手をつけたからであり、私が手をつけた分だけ、相手が変わる。私のしたことと、外に現れる結果とが、まったく一致している世界が解剖なのである。
「どうしてそれが安心なんだ」
と訊かれるであろう。すべてが自分のしたことであれば、すべては自分の責任である。そこでは他人のせいにする部分はなにもない。それが安心なのである。
†ウソがない[#「†ウソがない」はゴシック体]
なぜなら、昭和二十年八月十五日に、私は「だまされた」と思った世代だからである。本土決戦、一億玉砕で、さもなければ戦争は勝つと教えられており、なんとなくそう信じていた。それが、
「戦争に負けたらしいよ」
という叔母の一言でひっくり返った。小学校二年生の子どもだから、戦争に直接の関係はない。自分ができることはなにもないという状況で、信じていたことが百八十度違うと知ることくらい、
「なにを信じるか」
を考えさせる体験はない。それにダメを押したのは、先生にいわれて、教室でそれまで使っていた教科書に墨を塗った体験である。そこまでやれば、なにかを信じるどころの騒ぎではない。だから、
「すべては自分の所業だ」
という時点から、人生を始めるしかなかった。周囲にどう思われようと、すべてが自分のやったことであるなら、非難されても仕方がないし、誉められてもどうということはない。それこそが「ただの自分だ」ということだからである。そこになにか、他人のすることが混ざってくれば、私はまさに、
「どう考えたらいいか、それがわからない」
という状態になる。そう思うと、ソニー、ホンダ、松下の技術者たちにも、
「私と同じ気持ちがあったんじゃないか」
と疑うのである。機械を作るということは、そこにはウソがないということだからである。どこにも故障がないけど、動かない車というのは、怪談にしかならない。ここでちゃんと動く車は、どこでもかならず動く車なのである。ウソをつかないのは、インディアンだけではない。
†変わらないもの[#「†変わらないもの」はゴシック体]
この話はそう単純ではない。なぜなら、ウソではないということは、「いつでも、どこでも、成り立つ」ということだからである。むずかしくいうなら、不変かつ普遍だということである。それを古人は真理と呼んだ。その真理がいまでは死語であろう。大学案内のパンフレットには、情報とか国際とか環境とか、さまざまな新しい言葉が書かれているであろうが、真理とはもう書くまい。しかしまったく無意識に、敗戦を経過した戦後育ちのわれわれは、「真理を追った」のである。
そう思えば、同じ時代が過去にあったことがわかる。それが明治維新であろう。明治の元勲の話をしているのではない。仁義礼智信忠孝悌が鹿鳴館にいきなり変化した時代の子どもの話である。維新の元勲たちは、その頃にはもう大人である。そういう人たちには無関係の話である。ところが子どもであれば、それだけの社会的変化があれば、私たちと同じように、
「変わらないものはなにか」
を、暗黙のうちに追う気持ちが生じたに違いない。それが北里柴三郎、野口英世を生み、豊田佐吉を生んだ。そう私は思う。
「熊本だろうがベルリンだろうが、黴菌に変わりがあるわけじゃなし」
ということである。こうした理科系の技術者たちは、むろん文科系的な「思想」を書き残さない。だから私がそれを代弁しているだけである。
「思想は言葉にされ、形に顕されないかぎり、思想にならない」
という思想は、純粋に戦後育ちの最初の世代、いわゆる団塊の世代にはっきり見えるように思う。しかし、右の文章のなかの思想という言葉を、「真理」という言葉に置き換えることは、じつはできない。真理は自分の「手に入ったり」、言葉で「これだ」と示すことができるようなものではない。それはひたすら「追い求めるもの」である。暗黙のうちに真理を追う。ひょっとすると、それがもっとも真理に近づく道であるかもしれない。その態度こそが、真の「無思想という思想」なのかもしれないのである。
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第八章[#「第八章」はゴシック体] 気持ちはじかに伝わる
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†意識は独立か[#「†意識は独立か」はゴシック体]
「私」からはじまって、その私が持つ思想と、その私が生きる世間について、ここまで説明してきた。ここでもう一度、私と世間の関係について、別な面から考えてみたい。
意識はいわば「孤立している」。現代の「自分」主義者は、そう思っているはずである。なぜなら、他人の意識そのもの、つまり心を覗くことは、できないからである。だから「他人とは違った心を持つ自分」というのが、いわばほとんど現代の前提になってしまう。それが心に個性があるという誤った信念を導き出す。しかし、「他人に覗けないから、自分に独自」という論理は成り立たない。他人に覗けない場所に、どこにでもあるものが転がっていたとしても、なんの不思議もないではないか。むしろそれがふつうなのである。
「だって、私の心は、私だけのものでしょうが」
それはどこまで本当だろうか。いったい意識=心とは、自分だけのもので、しかもいつでも「同じ」ものなのだろうか。
†ミラーニューロン[#「†ミラーニューロン」はゴシック体]
近年、ミラーニューロンという大発見があった。サルで最初に見つかったのだが、ある動作を人間がやっているのを見ると、興奮する神経細胞である。同じ動作を同時にサル自身がやると、もっと興奮する。つまり一種のモノマネ細胞である。この細胞は、人でいえば、脳の運動性言語中枢に相当する部位で見つかったのである。
これを意識と組み合わせてみると、妙なことにならないだろうか。相手がなにかしているのを見て、自分が同じことをしていると、脳がいわば「錯覚する」ことになるからである。自分が特定の動きをするときに反応している細胞が、相手が同じことをしていても反応するからである。
「自分と他人の意識は違うに決まっているだろうが」
むろん意識はそういう。しかし、
「意識さん、アンタの基礎になっている脳ミソは、じつは直接に相手のやっていることに影響されてるんですよ」
ということなのである。具体例としては、ポルノグラフィーがいちばんわかりやすいかもしれない。自分はじつはただ見ているだけなのに、身体が勝手に反応する。それを身体と思っているのは意識で、じつは興奮しているのは脳である。
前に述べたように、意識とは要するに「点」である。意識に内容を与えてしまうと、どうしたって、その内容には、外部世界、感覚世界との関係が生じてしまう。だからそこにそれぞれの人の違いが出てくるだけのことで、それは意識自体が本質的に「違う」ことなんか、意味していない。
さらに進んだ議論は、ミラーニューロンの研究がもっと進んでからすべきだと、専門家は考えているであろう。しかし私は素人だから、つい先を考えてしまう。なにもミラーニューロンという神経細胞の存在に話は限らない。単なるニューロン、つまり細胞ではなく、同じようなはたらきを示す神経システムを想定することが、さまざまな機能について、論理的に可能である。現に、ミラーニューロンがあるのだから。
それなら、
「意識とは、本当に自分だけに留まっているのだろうか」
という疑問が生じる。
つまり人間の表現は、ひょっとすると相手に直達している可能性ができたといえる。いってみればそれは、一種のテレパシーではないか。外部に音として表出された言葉を聞き、その音を受け入れて、順次脳のなかで論理的な処理が進んで行く。こうして相手の言い分を理解し、次に自分の意見をいう。そうした順序にしたがって、言葉が使われていると、常識は見なしている。その常識は本当か、という疑いが生じる。いわば、
「聞いたとたんに、わかってんじゃないか」
といってもいい。途中にべつに論理回路を通らなくてもいいかもしれないのである。しかもそのほうが実感に合う。
むずかしい話はむろん別である。しかし世の中には、むずかしい話はほとんどない。むずかしかったら、書いたほうがいい。書いているときは、むろん目の前に相手はいない。読むほうも、文字を見ているのであって、相手の動作を見ているわけではないし、肉声を聞いているわけでもない。ケータイが普及するのは、じつはそのせいかもしれない。ケータイやテレビやパソコンの画面だけを見ていれば、生身の人間という、なにを伝えるか、意識では明白に把握できない、いわば「いかがわしいもの」を見る必要がなくなる。そうなれば「個性はより安泰」かもしれない。余分な情報が入らず、ミラーニューロンが働く余地は少ないはずだからである。
†意識は孤立しているか[#「†意識は孤立しているか」はゴシック体]
近代人が当然と見なしている、各個の意識の「完全な独立性」、それは錯覚であり願望ではないのか。意識は、
「自分は自分だ」
と「思いたがる」。そこで個々の意識は独立だと、暗黙に想定する。しかしあらためて考え直すと、怪しい例はいくつも見つかる。もちろん独居しているなら、相手がないんだから、意識は単独である。しかしヒトは社会生活を主とする動物である。それなら周囲に相手がいるほうが、ふつうの状態である。そうした「よりふつうの」状態こそが、ミラーニューロンの出番である。
閉鎖集団のなかでは、さまざまな異常事態が発生することがある。赤軍派の事件もそうだったし、オウム真理教もそうだった。それが国全体にすら、広がることがある。戦中の日本がそうで、ナチス治下のドイツもそうであろう。北朝鮮もそうかもしれない。これを「思想」で説明することはむずかしい。思想で説明するのが一般的であることは間違いないが、そうした説明は最終的に、
「あれは異常事態だったんだ」
で終わらざるをえない。そんなこと、いわれなくたって、はじめからわかっている。
「異常事態だから、異常に反応したんだ」
というのは、同語反復である。
その異常事態が過ぎてみると、説明がつかない。それならその事態は、説明外の出来事に違いない。説明外ということは、無意識のレベルだといってもいい。無意識ということは、脳科学の分野だということである。心理学の無意識は、しばしば抑圧された意識だからである。それは抑圧が除かれれば「正常に」戻る。つまり意識の話に戻ってしまう。
ある種の状況を作ると、みんなの脳が同じように反応しちゃうんだよ、という説明があるんじゃないか。ここで私はそう主張しているのである。そう考えるために、大きな障害になっているのは、個々人の意識が「まったく独立」であり、「独立であることが近代人の証拠だ」という前提である。
†「同じ」というはたらきしかない[#「†「同じ」というはたらきしかない」はゴシック体]
この前提こそが、日本では西洋近代的自我が導いたものである。だからインテリや学者は、
「自分の頭は他人と違っていて当然だ」
と、どこかで思っている。違っているのはいいとして、じゃあどこが「同じ」なのか。それを訊くと、すでに述べたような「人間本来の自分」みたいな回答が帰ってきてしまう。「自分は本来同じ」だという前提があるから、飢餓という極限状態が「人間本来」だという、妙な回答になるのである。極限状態でも成り立つものが「本当の自分」だと思わざるをえないからである。だって本当に「同じ自分」があるなら、極限状態でもそれは変わらないはずだからである。
私は逆に、そんなものはないと主張したい。べつにそんな極限状況をとらなくても、商売を変えたり、連れ合いを変えたり、つまり外的条件を変えれば、「人は変わる」。変わるに決まっているのである。それなら問題は「本来の自分」という前提にあるのではないか。つまり「同じ」というはたらきはあるが、「同じ本来の自分」なんてものはない。
「それじゃあ、個性はどうなる」
そんなもの、あるに決まっている。臓器移植をしてみれば、それはイヤというほど、わかるはずである。つまり個性は身体に刻印されているので、「同じ」だという意識にあるわけがない。意識は自分つまり意識自体については「同じ」を繰り返すのだが、外に対しては「違う」を繰り返す。外部を感知するのは感覚に決まっている。それなら外は差異の連続なのである。現に身体は差異の連続で、だから個性は身体にある。個性とは「他人と違う」ということだからである。自分の身体ですら、意識にとっては外部である。感覚で捉えられるからである。
†「同じ」も直達する[#「†「同じ」も直達する」はゴシック体]
どこで問題が生じるのか。他人の意識と自分の意識の間である。意識は感覚で捉えられない。それなら他人の意識自体は、差異の対象でもないし、同一性の対象でもない。それをふつうに言葉でいうなら、「相手の考えていることはわからない」のである。しかし、ここでミラーニューロンのような機構がはたらいているとすると、「同じ」が相手に直達してしまう。ここでも意識は「同じ」というはたらきなのである。だって、相手と自分に「同じ」神経活動が起こるのだから。
コンピュータが人間と対話するとき、人間によく似た応答をすると、「コンピュータに心がある」ように思えてしまうという例がある。右のように考えると、厳密にはこれは間違いであろう。コンピュータが対話可能になるためには、ミラーニューロンのようなシステムが組み込まれる必要がある。言葉や相手のすべての表現を介して、両者に同じような神経活動が生じなくてはならないのである。そう思えば、当たり前だが、コンピュータと人が会話可能になるためには、コンピュータは人の脳にそっくりなシステムにならなければならない。そんなものがあるとしての話だが、言語という体系だけをコンピュータに組み込んでも、「話にならない」のである。
現代人がコンピュータが対話をしていると思い込むとすれば、ふだん人間を相手にしているときに、それほどまでに相手と交感していないからだ、ということもできる。ミラーニューロンが働いていないことにすら、気づかないわけである。
†「同じ」と階層性[#「†「同じ」と階層性」はゴシック体]
「ほかの人はこう思っていると思っている」という思考は、意識の持つ「同じ」というはたらきから生じる。それがきわめて重要なのは、言葉がそれによって成立するからである。
「あそこの八百屋でリンゴを売っていた」
と私がいったとき、
「お前のいうリンゴって、ナシのことだろうが」
と思う人はいない。だれが考えるリンゴであれ、リンゴは「同じ」リンゴなのである。それには客観的根拠はないが、「ほかの人もリンゴだと思っている」と「皆が思えば」、お札と同じで、言葉が成り立つのである。
目の前にリンゴ二個とナシ二個があるとする。感覚世界では、それはただちに「違うものが四つ」として認識される。このリンゴとあのリンゴは違う。なにしろ置いてある場所が違うんだから。ところが「同じ」という世界、言葉=意識の世界では、それはナシ二つとリンゴ二つである。ここでは四つが二つになった。両者はともに果物である。そこで四つが一つになった。果物はさらに食物の一部である。さらに食物とは、と概念は順送りに大きくなる。つまり言葉の世界、意識の世界は、「同じ」「同じ」を繰り返して、その意味で世界を単純化していく。これをとことん繰り返すと、唯一絶対の神様に至る、ということは、想像できるであろう。というより、私は想像できるのである。
「俺にはそんな想像は浮かばねえ」
という人を説得する手段を、とりあえず私は持たない。ちょっと違うが、数学でいう、数学的帰納法だよといえば、わかる人もあるかもしれない。
つまりこの場合、「同じ」で括られる階層を、順次「上に登っていく」のである。「思想なんかない」といって、「思想をただちに現実に変換する」のは、この場合、「下に向かっていく」ことである。現実が下で、思想が上だからである。それもあって、日本人は階層を考えるのが苦手である。現実から思想へ、思想から現実へと、現実と思想の一段階を往復して、それで終わってしまう。だから思想に都合のいいところがあれば、自民党に頼んで、ただちに現実化してしまう。それなら思想はただちに不要になる。
†上からか、下からか[#「†上からか、下からか」はゴシック体]
日本人が階層を考えるのが苦手なのは、文章に関係節がないからだという意見もある。関係節があるということは、一つの文章のなかに階層があることを意味する。主文と副文という表現自体がそれを示している。かなり簡単な文章にもそれがあるということは、アイという語が「実存的主体としての私」を暗黙に導くのと同じように、階層をつぎつぎに積み重ねることが「当然だ」という暗黙の前提を生む。だから西欧ではよく階層構造を示す図を描く。
生物学の世界でもそれは当然で、リンネの分類体系は典型的な階層構造になっている。いちばん下の階層に下等な生物があり、つぎに植物があり、つぎに無脊椎動物があり、脊椎動物、なかでも哺乳類、それからヒト、その上に天使の階層があって、頂上に神様という図なら、リンネから来たというより、神父さんが描いてもおかしくない。実際にそういう絵が描かれている。
この図はじつは「同じ」で次々に括られる概念の世界を示しているわけで、つまり脳ミソのはたらきを示している。それを、
「世界がそうなっている」
といって「外に押し付ける」のが西洋なのである。自分の頭を外に押し付けて、客観的、論理的に世界はできている、それは神様の仕業だという。欧米ではそれを「思想がある」というのである。
†科学の概念化[#「†科学の概念化」はゴシック体]
この「同じ」世界の唯一の解毒剤は、感覚世界である。感覚世界は「同じなんてない、違いしかない」というからである。二つのリンゴは概念化すれば「リンゴとして同じ」だが、見て嗅いで触って、食べてみれば、違うとわかる。唯一絶対者が社会を支配した西欧中世の後に、自然科学が生じるのは、だからまことにもっともなのである。自然科学は感覚世界の復活だからである。なぜなら自然科学はモノを扱う。モノはすでに定義したように、「五感のすべてで捉えられるもの」である。いかに意識が、
「リンゴはリンゴ、みんな同じじゃねーか」
といっても、
「よく見てみろ、違うんだから」
と科学はいうのである。
その科学だって、時間が経てば、ふたたび「同じ」に戻る。意識的な作業ばかりになって、概念世界に入ってしまうからである。だから化学では、水の分子は H2O と記号化される。感覚の世界でいうなら、すべての水の分子には個性があるはずである。そんなもの見えないから、ふつうはだれもそんな主張はしない。しかし「見えない」ということは、五感という測定器にかからないというだけのことである。差異が測定器にかからないんだから「同じ」だ、と昔の化学は結論した。測定器にかかった瞬間から、だから差異がふたたび発生する。その測定器がウィルソンの霧箱とか、カミオカンデとかいうものなのである。だから「同じ」はずだった水の分子は、いまではさまざまな素粒子の集まりになってしまった。
科学が感覚世界から離れてしまうと、解毒剤としての科学のはたらきが消える。だから科学がイデオロギーになったり、信仰になったりするのである。個人的なことだが、若いときの私は、いちおう科学者の業界で生きようとしていた。ただどうしてもなじめなかったのは、科学のなかでの「同じ」という部分である。科学は感覚の世界を基礎とする。そこから「同じ」世界を見直すだけのことである。そう思えば、話は簡単だった。しかし客観的とか、独創的とか、モノに即すとか、理論的とか、とにかく当たらずといえども遠からずという表現ばかり周囲から与えられたから、実際には「科学の世界でなにをしたらいいか」、よく理解できていなかった。だから私は「科学者」になりそびれたのである。
†言葉より下へ[#「†言葉より下へ」はゴシック体]
解剖をやったのは、その意味では正解だった。若いころ、私の脳には抽象的な傾向があった。つまり放っておけば「思想がある」、つまり「同じ」世界しか存在しなくなったに違いない。ところが死体というのは、抽象とはもっとも遠い世界である。死体という言葉すら、私はじつは使いたくない。なぜならそれは既成の言葉であって、実際には死体とは死体という言葉で意味されるようなものではないからである。それは一人一人違っていて、「感覚の世界」と私がいう、それそのものなのである。
虫の世界も同じである。世間で暮らせば、虫は虫である。ところがその多様さは、ほとんど気も狂わんばかりである。日本のヒゲボソゾウムシは、ついこの間まで、たかだか十種ほどだったが、今年は新種に名前がつけられて、二十種ほどに増えるはずである。それで終わりかというなら、まだ種数が増えると私は確信している。それを生物多様性というのだが、この言葉が世間によく通じないのは、すでに世間では「同じ」世界が優越しているからである。お金がそうで、経済がそうである。商品にはじつは「同じもの」しかない。そうでないと、値段がつけられない。まったく独特のものには、値段がつけられないからである。
世間では、
「虫は要するに虫だろ」
という。つまりすべては「同じ」虫なのである。そこには生物多様性なんかない。ここには言葉が基底にあって、それ以下には潜ろうとしないという、いまの世間の態度がみごとに示されている。同様にして、
「死体は死体だろ」
で世間の話は終わる。しかし、言葉より以下に「降りなければ」、言葉を創ることはできない。だから現代人は「既成の言葉をただ運転している」と私はいう。それをコミュニケーションなどと称するのである。それで人生が済むと思っていられるのは、自分以外のだれかが感覚世界と格闘してくれているおかげである。そんなこととは、夢にも思っていないであろうが。
意識は「同じという強いはたらき」だと述べてきた。それが言葉を創りだす。それがヒトの意識だけのはたらきだということも、周知の事実であろう。動物も言葉が使えないわけではないが、それは不十分なものである。動物が言葉を使わない理由は、すでに述べた話からすれば、あるていど理解可能である。動物の脳では感覚世界、つまり差異の世界のほうが「強い」あるいは「大きい」からである。
†絶対音感[#「†絶対音感」はゴシック体]
動物はどうして「言葉を話さない」のだろうか。いちばん大きな理由は、動物は感覚の世界、差異の世界に住むからであろう。
私のうちの飼い猫が、仮に言葉を覚えようとしたとする。自分たちの種族のことを、人はなんと呼ぶのだろうか。男主人はネコといい、女主人もネコという。しかしその音程ははなはだしく違う。それを聞いたネコは、「同じ言葉であるはずがないじゃないか」と思ってしまう。
ヒトの場合でも、ネコに近いことが起こりうる。絶対音感があるなら、半音ずれた曲を聴かされると、なんの曲かわからないことがあるからである。音の高低がずれているなら、感覚の世界ではそれはそもそも「違うもの」である。絶対音感のないヒトが、それを「同じ曲」だと思うのは、メロディーが同じだからである。つまりそこではパタン認識をしている。音の高低、長短が同じように変化する、そのパタンを捉えて同じ曲だという。しかし「音そのもの」は違う。
ネコにとってのネコという音もそれと同じであろう。チンパンジーですら、ほとんど言葉が使えない。専門家の意見を引用しておこう。
「サルもメロディを聞き分けることができるが、特定の音高やテンポ――すなわち、相対的要素ではなく、絶対的要素――にもとづいている。ヒトの乳幼児は、同じ歌が違うテンポやキーで演奏されても、同じ歌だとわかるが、サルはそうではない。」(デイヴィッド・プレマック&アン・プレマック『心の発生と進化――チンパンジー、赤ちゃん、ヒト』鈴木光太郎訳、新曜社)。
もう少し具体的に説明するなら、耳で音を捉えるのは内耳である。カタツムリというのを習った覚えはないだろうか。カタツムリ状になっているのは哺乳類で、細長い円錐状の管が巻くことによって、カタツムリを作る。爬虫類以下では、ただの真っ直ぐな円錐状の管そのままである。なぜカタツムリになるかというと、長い管にしておくよりも、狭い立体空間のなかに全体をまとめる、つまり一極集中の利点があるに違いない。それはともかく、要するに一本の管なのだから、その管のどの部分が音波によって強く振動するかが決まっている。それなら内耳は絶対音感である。同じ波長の音では、つねに管の同じ部分が振動するからである。それが「絶対」でなくなってくるのは、脳のなかを順次、処理されていき、それに従ってズレが生じるからである。
じつは世界に純音はほとんどない。つまり一定波長の音だけが聞こえるということは、生物が実際に生きている世界では、ほとんどありえない。それなら生物が適応しなければならないのは、さまざまな波長つまり高低の音が聞こえるなかで、総合的な判断をすることである。とくに言語になると、音の高低をまず捉えてしまったら、先のネコの例と同じで、「同じ語」だということがわからなくなってしまう。言語漬けになった脳が、絶対音感を失っていくというのは、私にはわかりやすい話である。
文字についても、事情はまったく等しい。だれが書いたネコという文字であれ、すべては違った文字である。すでに述べたように、それを「ネコという文字だ」と判断しているのは、読んでいる人の意識である。意識はそれを「同じネコという文字だ」と認識する。そもそも文字がああいう形をしているのは、脳が「同じ」と認識しやすいようにしているはずなのである。その生理学的証拠が見つかるはずだし、ひょっとするとすでに見つかっているかもしれない。しかし感覚そのものにこだわるなら、あっちの棒が長いじゃないかとか、こっちの点が短いじゃないかということが気になって、「同じ文字」なんてふざけたことをいうな、という結果になるに違いない。「同じ」というところまで、たどり着かないのである。
†言葉という檻[#「†言葉という檻」はゴシック体]
普通の人から見れば極端な能力を持つ、いわゆるサヴァン症候群の人たちに、しばしば言語の十分な能力が欠けていることは、すでに述べた。言語能力はおそらくこうした「天才的」な能力が脳のなかで発達することと相反する。その理由も、右に述べてきたことに近いであろう。言葉というのは、きわめて乱暴なものである。赤かろうが青かろうが、酸っぱかろうが甘かろうが、大きかろうが小さかろうが、すべてはリンゴである。それじゃあ、絵を描けといわれたときに、乱暴な絵しか描けないに決まっているではないか。「どのリンゴでもありうるようなリンゴ」を描こうとするからである。
それに対して、特定のリンゴを思い浮かべようとすると、そんなものは覚えていないことに気づく。だから上手なデッサンができない。目の前にリンゴを置いて、それがどう見えるか、それを描こうとする。それでも上手に描けない。特定のリンゴを記憶していないのは、その種の具体的な記憶を溜め込んだら、言葉の世界が自由に操れないからである。上手に描けないのは、もはや具体的なリンゴを見る目が失われているからである。その特定のリンゴを見るのではなく、一般的なリンゴを見てしまうのである。
レオナルドは、自閉症児の目で馬を見ることができた。だからみごとな馬のデッサンを描くことができた。東京女子医大の岩田誠氏は、ピカソのキュービズム時代の絵は、脳の障害で空間認識の能力が失われた患者さんの絵に似ることを指摘する。そして天才は、いわば意図的に、その種の脳障害を起こすことができる人だという。こうした能力は思想ではない。なぜなら感覚世界と密接に関係しているからである。
思想は感覚とではなく、言語と密接に関係している。言い換えれば、脳の「内部」と密接に関係している。思想を説く人は、それをしっかり認識しておく必要がある。言葉を持つことが、おそらく意識を変化させてしまうからである。
†「同じ」と「違う」の関係[#「†「同じ」と「違う」の関係」はゴシック体]
「同じ」という機能こそが、秩序を生み出す。「同じ」と秩序とは、たがいに切っても切れない関係を持つ。それは階層構造のところで説明したとおりである。「同じ」という機能によって、階層という秩序が生み出される。感覚世界のように、「すべてが違ったもの」であるなら、そこにはいかなる秩序もない。
ところで秩序的活動である意識が、なぜ「まったくの無秩序」を考えることができるのか。「同じ」は「違う」を前提とし、「違う」は「同じ」を前提とする。色即是空、空即是色、秩序は無秩序、なのである。つまりは掃除機のなかのゴミで、それは部屋の秩序と同時に発生し、相互に補完している。
この説明で納得しなくても、べつに不思議ではない。そもそもこういうことを納得することが宗教の役目であって、学問の役目ではないのかもしれないのである。というよりも、宗教の役目だなあ、と思う。それをまさしく信仰というのである。なにかをまず前提しなければ、なにも考えられないことは間違いないからである。その前提、幾何学でいうなら公理は、証明する必要がない。いい方を変えれば、証明できない。そこから先は、あなたの脳の問題であって、私の脳の問題ではない。そこから個人に対する思想・信教の自由が生まれる。
日本の世間は、無思想の思想を長らく前提としてきたから、それが「思想である」ことすら、忘れてしまったのであろう。でもそれに従って暮しているとすれば、それは信仰というしかない。無意識の信仰なんて、それこそいくらでもある。信仰とは、むしろ本来は無意識なものというしかない。それを意識的な信仰としたものが、いわゆる宗教なのである。だから日本人は自分は無宗教だ、思想なんてないというのである。
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第九章[#「第九章」はゴシック体] じゃあどうするのか
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†意識は多様性を嫌う[#「†意識は多様性を嫌う」はゴシック体]
人間社会は「同じ」を繰り返すことで「進歩」してきた。「同じ」というはたらきの典型が言葉である。日本のなかに違う言葉を話す人たちがいると、やがて「同化」される。それが方言やアイヌ語に起こったことである。すでにおびただしい数の言語が滅びた。いまは英語が国際語だといわれている。インターネットの普及によって英語はさらに広がり、中国語はやがて北京語に統一されていくのではないかという予測もある。中国語の場合、ケータイへの入力はアルファベットつまり発音に依存し、それなら発音が「正しく」ないと、目的の漢字が出てこないからである。そのうち日本語はかつてのアイヌ語になるかもしれない。それが「進歩」なのである。そこでは皆が「同じ」言葉を話す。その反動で、個性、個性とわめきだすのであろう。挙句の果てに、心に個性があるなどと思ってしまう。
個性をいうなら、多様性というべきである。個々の独自性がいちばん大切なのではない。個々の独自性は、それ自体が滅びたら、それまでである。なにしろ諸行は無常なんだから。多様性とは、さまざまな「違ったもの」が調和的に存在する、存在できる、という状態である。それを私はシステムと呼ぶ。生態系=エコシステムは生物多様性を維持する。なぜ世界的にその「違ったもの」が危険に陥っているか、すでにおわかりだと思う。「同じ」「同じ」をひたすら繰り返すだけでなく、それを「当然として強制する」世界では、多様性は失われていく。
すでに十分に述べてきたように、「違い」は感覚世界に由来する。それなら感覚世界をたえず「脳裏に存在させなければならない」。それぞれ違ったものこそが、真の意味での「現実」である。現実は人によって違う。一言で表わすことができない。一言でいうためには「同じ」にしてしまうしかない。だからたとえば「なにごともアッラーの思し召し」ということになる。「同じ」を繰り返す意識が、その意味での多彩な現実を嫌うことは、むしろ当然であろう。現実=感覚世界を、意識はできるだけ「同じ」に変えていく。
「そのほうが便利だから、そのほうが楽だから」
と人々はいう。
†言葉がつなぐもの[#「†言葉がつなぐもの」はゴシック体]
環境省がいくら頑張っても、多様性の説明がむずかしいわけである。説明するほうだって、現代人であり、官僚である。そもそも言葉にすれば、五百万種は超えるという昆虫が「虫」の一言となり、十億を超える人たちがただの「中国人」になる。官僚なら言葉つまり情報を扱うしかなく、言葉や情報はひたすら同一性の上に成立する。だからこそ私は、
「言葉は感覚世界と概念世界をつなぐだろうが」
とわざわざいわなければならないのである。言葉こそが「同じ」と「違う」の間で、微妙な釣り合いを保つ。そこを「怠けたら」、世界はひたすら同一化する。
たとえばお役所なら、「数字なら扱うが、実体は扱わない」。数字にすれば、十人の人は要するに十である。個別の実体としてみれば、十人の人だけでも、やたらに面倒なものだというしかない。だから、
「そんなややこしいものなんか扱ったら、仕事にならない」
「規則は規則だろ」
「そんなことはできません」
お役所はたえずそう繰り返す。ついには、
「本日の交通事故、死者一名」
となる。感覚世界で、それこそ唯一無二の存在である、ある人が失われても、意識の世界はそれを「一名」で済ませる。それで「人命を尊重せよ」と、お題目をいう。人命一般というものが、この世にあるのか。
†自らを知る[#「†自らを知る」はゴシック体]
とはいえ、人はその二つの世界に住むしかない。現に住んでいるからである。感覚を消すことも、意識を消すこともできない。それなら「同じ」を繰り返して階層をつくる一神教的世界に対して、「違う」感覚世界と「同じ」概念世界を往復するだけで、「同じ」という世界を「上に上ろうとしない」日本人は、珍しい存在ではないのか。そうだからこそ、逆に多様性の維持に関して、利点を持ち、持って来たはずである。
すでに説明してきたように、「上に上らない」態度を「思想がない」と難じる、あるいは「ケチな思想だ」と否定するのがふつうだった。しかしそれは裏の利点を無視している。いざというときは柔軟に対応できる、安定した世間を維持できる、そういった利点はあまり指摘されない。すでに与えられてしまったものは、当然だと思ってしまうからであろう。
いまや日本の外国からの収入の一割は特許収入だという。外国のマネばかりしているという批評はどこに行ったのか。海外資産は英国を抜いて第一位になるのではないかといわれる。懸命に働いたのが、まったくムダだったわけでもない。この国も、立派だとはいえないかもしれないが、戦後の廃墟のなかから、それなりになんとかやってきた。ここまで「文明化」しても、山林面積が国土の七割に近い国家は世界にないということを思うべきであろう。
日本の思想が「自然という実体」を基礎としていることを、すでに述べた。それが「実体に対する暗黙の確信」を維持する。その自然をこれ以上破壊してはならないし、破壊すべきではない。
話は山林にかぎらない。近海の荒れ方は、おそらく想像を絶するであろう。しかし海の底は、日常目に見えない。見えない以上、感覚はなにもいわない。以前はどのように豊かだったか、それも見ていないからである。土壌の中の生態系がどう変化しているか、これも見えない。見えないから、平気ですべてをコンクリートで埋めてしまう。逆にそれを救うのは、見えないものを見る目、概念世界である。そう思えば、感覚の世界から概念の世界へ、概念の世界からふたたび感覚の世界へと、「健全な」往復を繰り返すしかない。それを真の「科学的な態度」という。私はそう思う。
「自然は大切だなんていわれたって、私は田舎に暮したくない」
だれも田舎に暮せなどといっていない。田舎風に暮せといっているだけである。それは自分の身体を十分に利用せよ、ということである。身体は感覚世界に属するからである。いわゆる「自分」を意識的に突き詰めても、それは「点」にしかならない。自分とは生物の一つであり、生物とは、まだ十分には知られていないルールによって、さまざまな「違った」物質が、分子としてはたえず入れ替わっているにもかかわらず、全体として当面安定した状態をとっている、みごとなシステムなのである。意識とはそのシステムの機能の一つに過ぎない。しかも「途切れ途切れ」でしかない。意識はそのシステム全体を理解しているとは、到底いえない。
月にロケットを飛ばしたところで、ハエ一匹、作れない。それどころか、目にも見えない大腸菌ですら、作るどころではない。工学では、作れるまでは「わかったとはいわない」という。生きものというシステムを知ることは、つまり「自分を知る」ことである。
「汝、自らを知れ」
とすでに古代の人はいった。
†二つの情報システム[#「†二つの情報システム」はゴシック体]
個人というシステムは、人生というある時間経過をたどり、いずれ崩壊する。そのかわりに子孫を残し、また社会生活をすることによって、文化や伝統と呼ばれるものを残す。物質的なシステムとしての生物、あるいはヒトは、遺伝子という情報を利用し、複製されていく。社会的なシステムは、言葉という情報を中心として利用し、やはり複製されていく。法律や規則を考えれば、それがわかるであろう。
細胞と遺伝子というシステムは、生物を作り出し、脳と情報というシステムは、ヒト社会を作り出す。それがヒトの特異性なのである。動物は言葉を使わないからである。細胞‐遺伝子と、脳‐言葉という、この二つの「情報システム」は、たがいによく似る。脳‐言葉というシステムは、細胞‐遺伝子というシステムをいわば「真似て」、創りだされたものであろう(『人間科学』前掲)。
遺伝子情報を解読するのは細胞であり、言葉という情報を解読するのは脳である。情報それ自体は変化しないから、「システム」の維持に関して中心的な役割を担う。「変わらないもの」がないと、システムの複製ができないはずだからである。だからといって、システムは情報ではない。日常考えられている「同じ」私とは、当面安定しているシステムを、いわば「乱暴に見て」、「同じ」と解釈しているのである。それは「同じ」ではなくて、「とりあえず安定している」だけである。したがって、たとえば外部条件を極端に変えれば、システムは変化してしまう。それは第七章ですでに述べたとおりである。現代では、脳‐言葉というシステムは、遺伝子を読むという行動を通じて、細胞‐遺伝子というシステムを支配しようとしている。ここでも相変わらず「同じ」という、脳の癖が見られる。
細胞‐遺伝子、脳‐言葉に続いて、第三の情報系が成立するだろうか。免疫系という奇妙なシステムがある。免疫のおかげで、移植医はたいへん苦労する。しかし、ある臓器がひとりでに他の個体に引っ越すなどということは、「自然には」生じない。それが自然には生じないにもかかわらず、免疫は徹底的に「個性を主張する」のである。いったいそれは、「なんのためか」。免疫が個体の特異性と「自然に」折り合いをつけている、唯一の例は哺乳類の妊娠である。母親と胎児の個性は、なんとか折り合いをつけなければならない。細胞‐遺伝子というシステムのなかで、免疫系は個体の遺伝的多様性をあくまでも主張する。遺伝子をすべてDNAだけに統一してしまったという、同一化への反動なのであろうか。
脳‐言葉というシステムのなかでも、免疫系のようなものが成立するのであろうか。そんなことを考える人はまずいないであろうが、グローバリゼイションの世界では、そろそろそんなことを考えたほうがいいのかもしれない。
†人が情報になった[#「†人が情報になった」はゴシック体]
「変わらない私」とは、「情報としての私」ということである。なぜなら、「変わらないもの」とは、情報のことだからである。意識が扱えるのは情報だけで、なぜなら「変わらない」とは、つまり「同じ」だということだからである。それなら意識の世界すなわち都市社会におかれたヒトが「情報に変わる」のは、無理もない。言葉はいったん発せられれば変わらず、テレビのニュースは報道されてしまえば変わらない。情報だからである。しかしシステムとしての人は、当面安定しているように見えるとしても、ひたすら変わり続ける。システムである人を「変わらないもの」と思い込んだ瞬間から、情報化社会が始まった。なぜなら、人が「変わらない自分」=情報になった以上、情報より重要なものはないからである。それなら社会は情報化するに決まっている。
多くの人は、それを他人のせいにしている。マスコミが発達し、パソコンが普及し、ケータイが普及し、だからIT社会になった。そう思っているに違いない。社会は人で構成されており、人が変わらなければ、社会そのものが変わるはずがない。人々が、
「自分は変わらない、同じ自分だ」
と信じたときから、情報化社会が始まったのである。
「現実を見ろ」
という人は、それに気づかない。情報化社会をインターネットやケータイのせいにしてしまうのである。
「まさか、自分がそんな思想を持っているとは思えない」
からであろう。そうではない。
「自分は自分、同じ自分だ」
というあなたの思想こそが、情報化社会をもたらした。その意味では、思想は社会を動かす。そして「思想のない社会はない」のである。
†無思想の自覚[#「†無思想の自覚」はゴシック体]
だからジャーナリズムの世界でよく使われる、いちばん私が気になる言葉は、「社会の流れ」「社会の傾向」「社会の動き」などなどである。社会の流れというときに、なにが、どこへ、流れているのか。そんなもの、ありはしない。社会は水ではない。そこにあるのは、人と人が構成してしまう世界、すなわち感覚世界と概念世界である。社会は傾いたり、動いたりしない。問題は人に決まっている。人とは、あなた自身のことである。社会なんて概念世界の産物は、その意味では無関係である。
般若心経は、それすら空、それすら無だという。そうした思想の問題は、具体的にどうするか、なにも書かれていないことである。出力の方向づけがない。だから無思想の世界では、状況によっては、極端な行動が勃発しうる。神風特別攻撃隊になったり、ポル・ポト派による大虐殺になったりする。無思想ということは、それを止めるべき思想もないということだからである。
世間すなわち和魂は、世間の範囲内ではそれを止める装置をいくつも備えている。それでも危ないのだから、問題は世間から外に出たときである。そこでは無思想の問題が深刻となる。それをよく示すのは、戦争中の日本人捕虜収容所の状況であろう。それはさまざまな書物に指摘されている。そこではもっとも単純な感覚世界の支配、すなわち身体的な暴力支配が生じてしまう。それはいわば状況の支配だから、「思想的に」糾《ただ》すことも、正すこともできない。日中、日韓、日朝問題、いわゆる侵略問題の基本も、これであろう。
それに対する単純な解答はない。その第一歩こそ、自分が無思想という思想を持つという認識である。自分がどう考えているか、それが明瞭にならなければ、説明すらできない。その思想が「正しい」などと思う必要はない。間違っていれば、訂正すれば済む。世間の人々は、そろそろ「自分がなにを考えているか」、自分に対してまずそれを明らかにすべきであろう。そうすれば、それは自然に世界に公となる。それを思想として言葉で公表する必要は、かならずしもない。黙って行動で表現するのも、思想のうちである。「無思想の思想」があるなら、「言葉で表現されない思想」も当然ある。ただしそれが、
「黙れ、非国民」
になってしまったのが、戦前である。
†感覚世界で対応する[#「†感覚世界で対応する」はゴシック体]
中国に対して、なにをするか。靖国参拝の是非なんか議論したって、そんなものは空である。それをめぐって喧嘩したところで、人類の未来に裨益《ひえき》するところは、なにもない。私が思いつくことは一つしかない。北京政府がなにをいおうと、ひたすら中国に木を植える。現にそれを行ってきた人たちがいる。そのていどの財政負担は、日本国にとって、なんでもないはずである。中国から黄砂が飛んでくるなら、日本は緑をお返しすればいい。無思想であるなら、有思想に対して、感覚世界で対応するしかないはずである。木は思想ではない。
経済は根本的には解決にならない。経済は概念で、人の約束事である。経済には経済の論理がある。人件費が安いということは、別な見方をすれば、中国人を搾取するということである。うっかりすると、五十年後にふたたび、日本の経済侵略で中国人がどれほど搾取されたかという、博物館ができるかもしれない。中国の人々が日本並みのエネルギー消費を行ったら、世界がもたないということは、すでに常識化しつつある。中国に対して、われわれは戦争責任を問われている。その責任は、鎖国で済むことではない。関わるしかない。それなら、われわれの思想で関わるしかない。議論はほとんど無意味である。有思想に対して、無思想なんだから。
日本人がひと月、参勤交代制で通い、中国に植樹する。植樹特攻隊である。太りすぎの人々には、たいへんいい運動になる。天皇陛下だって、あちこちに植樹をされているんだから、問題ないであろう。北京政府がなにをいおうと、じつは関係ない。
「木を植えなきゃ、地球が保たないんだよ」
議論はそれで十分であろう。京都議定書の精神に対して、われわれがどれだけ本気に対応しているか、世界がそれを認識するであろう。ゴチャゴチャ細かい計算なんかいらない。中国に木を植えた分で、炭酸ガス削減に関わる日本の分担くらい、あっという間に果たせる。環境問題、エネルギー問題は、もはやきれいごとでは済まない。妨害があるとしたらむしろ欧米からであろう。日中が仲良くするのは不気味だし、両「大国」が早期に脱石油を果たすと、石油資本の未来はどうなるか。しかし、木を手で植えているていどでは、大したことはあるまいとも思う。それなら無益かというなら、木は勝手に育つ。経済成長よりもはるかに確実に「成長する」のである。その確実さ、それが感覚世界のいいところである。共産主義だろうが、資本主義だろうが、木は育つ。
†正解はない[#「†正解はない」はゴシック体]
どのような思想であれ、完全な思想などというものはない。同様に、完全に正しいという思想などない。論理的に詰めていけば、ゲーデルの不完全性定理が出てきてしまう。完全な思想があると信じ、それを追求するのは結構だが、俺の思想が正しいというのは間違っている。原理主義者には、そう説くしかない。それでは説得力がない。そう思う人もあろう。でも、あまり説得力があると、ヒットラーになってしまうのである。
「宗教のない社会はない」。ヒトはなにかを信じる存在である。それならなにかを信じればいい。その意味で私は、「なにも信じないことを信じる」。「五蘊は皆空」だからである。それが無信心の信心であろう。信仰については、どこかを終点にするしかない。どこを終点とするのが「正しいか」、そんなことを私は知らない。
こうした立場について、多くの人が、
「それじゃあ心配だ」
という。
「だって、具体的な問題に答えが出ないじゃないか」
というのである。
感覚世界は差異の連続である。そこに正解なんて、あるわけがない。「正解らしい」答えがあるだけである。それは状況によって変わる。だからそのつど、正解をめぐって苦労すりゃいいのである。お釈迦様のいう四苦八苦とは、そのことであろう。
数学の世界に正解があるのは、それが概念世界に属すからである。概念世界と感覚世界が、一対一に対応するなんて保証はない。感覚世界では、あっちの問題と、こっちの問題は、すでに「違う」問題である。そんなこと、世間を長く生きてきた人は、たいてい知っているはずである。歴史を学ぶ人は、文明はそれが興隆した理由によって滅びる、という。人生は成功した事例の記憶で失敗する、ともいう。ある状況でうまくいった方法が、別な状況でうまく通用するとは限らない。通用しないほうがふつうであろう。
感覚世界で成立する一般則でいちばん信用が置けるのは自然科学の法則である。それですら、すでに述べたように「仮に正しいと認められる」だけである。そんなもの、いつひっくり返っても変ではない。それに、自然科学の法則に徹底して従ったつもりでも、ロケットが飛ばなかったり、爆発することはある。こうした具体的な局面では、人間の意識も、人間のすることも、もちろん万能ではない。
†求め続ける[#「†求め続ける」はゴシック体]
それでもより確実なものを人は求めようとする。それで「正しい」ので、それをやめれば、単に「怠けている」だけのことだからである。べつに怠けたっていいが、それならその結果は甘受しなければならない。怠けておいて、なぜ儲からないんだと文句をいわれても、私は知らない。じゃあ、働けばかならず儲かるかというなら、そんな保証はない。見当はずれにむやみに働く人は、いくらでもいる。それじゃあ困るといわれても、世の中がそうなっているのは、私のせいじゃない。
もう一つ、楽をする方法がある。「こうだ」と決めてしまうことである。決めてしまえば、それ以上、考えないで済む。それが原理主義である。実際にこれはかなり有効な方法だから、多くの人はこれを採用する。有思想が陥る大穴はこれである。
「あいつは悪い奴だ、ブッ殺せ」
以上終わり。それが現実に通用しないと、
「現実が悪い」
という。ついには爆弾を積んで、車で突っ込んでしまう。その結果、自分がいなくなるから、問題自体が消えてしまう。あるいは空から爆弾を落とし、相手を消してしまう。それで済んだら、世の中、どんなに楽か。
大学で長年教えたが、多くの学生がこの種の楽な「考え方」をまず採用する。
「教科書に書いてありました、間違いありません」
それならまだいい。
「先生、この死体、間違ってます」
と、とんでもないことをいう。教科書と違うといいたいのである。すべての死者はそれぞれであって、死者一般などというものはない。しかし一般を認めないと、
「なにも考えられない」
という。そりゃそうで、考えるのは概念世界のなかである。死体は感覚世界だから、学生が覚えなければならないのは、じつはこの二つの世界を往復することである。往復は面倒だから、
「解剖なんて、どんな意味がありますか」
とまた一般則を訊く。最後に私がいうことは、一つしかない。
「お前、怠けんじゃない」
それでおしまい。
†自分が変わるから面白い[#「†自分が変わるから面白い」はゴシック体]
どんな病にも効くという万病の薬もなければ、一切のエネルギーを加える必要がないという永久機関もない。それなら世の中はつまらないところかというなら、私はこの歳になって、こんな考え方をしていても、面白くてしょうがない。まだまだ珍しい虫に出会うに違いないと、どこかで思っている。珍しい虫とは、世界の果てにいるのか。そんなことはない。目の前にいるかもしれない。昨日までまったく同じだと思っていた虫が、気がついてみると、別な種類なのである。昨日まではよく見ていなかっただけである。見方が変われば、世界が変わる。人が変わっていくのは救いであって、自分が変わらない世界なんて、私はごめんこうむりたい。そんな世界は、クソ面白くもないのである。
若者によくある誤解がある。知らない世界を見ることが、未知との遭遇だと思っているのである。だから「自分探し」に、イラクまで行ってしまう。未知がイラクにあるのではない。「自分が同じ」だから、世界が同じに見えるのである。それで「退屈だ」なんて贅沢をいう。知らない環境に入れば、自分が変わらざるをえない。だから未知の世界は「面白い」のである。
「変わった」自分はいままでとは「違った」世界を見る。自分が変われば、世界全体が微妙にずれて見える。大げさにいうなら、世界全体が違ってしまう。それが「面白い」。つまり「未知との遭遇」とは、本質的には新しい自分との遭遇であって、未知の環境との遭遇ではない。そこを誤解するから、若者はえてして自分を変えず、周囲を変えようとする。
「東大解体」
なんて叫ぶのである。同じ人が卒業すれば、サラリーマンになり、やがて重役になり、社長になったりする。ホラ、「人は変わる」んですよ。
就職や知らない土地に行くことは「周囲から変えてもらっている」ことになりやすい。それだって、自分が変わったことには違いないから、それはそれで結構というしかない。しかしいつまでも未知を訪問しているわけにはいかない。働いて、家族を養い、食っていかなきゃならないのである。その必要がなければ、今度は退屈するであろう。俺もたまには退屈してみたい。そういう人もいるだろうが、それは別な話である。
†長くもない辛抱[#「†長くもない辛抱」はゴシック体]
「じゃあ、どうすればいいんですか」
自分で自分を変えればいい。そのノウハウを覚えたら、天下無敵ではないか。随所に主と作《な》り、行住坐臥、どこにいたって楽しむことができる。そもそも、
「なぜ私は私、同じ私」
でなきゃならないのか、私にはもはやさっぱりわからない。そんな「私」なんか、どっかに置いてくりゃいいのである。置いた所さえ覚えておけば、いつだって取りにいけるであろう。
「忘れちゃったら、どうするの」
それならそんな自分は「もはや必要がない」。忘れちゃう程度の自分なんて、「本当の自分じゃない」に決まっているではないか。
「そんなことしてたら、人格の完成はどうなる」
それならおうかがいするが、人格の完成した人って、だれですか。孔子様とか、お釈迦様とか、キリスト様とか。それならどうぞ、そうなってくださいませ。私はなる気はない。でも自分をいろいろ変えているうちに、ひょっとすると、「ひとりでに」そうなっているかもしれない。いってみれば、究竟涅槃《くきようねはん》であろう。少なくともいまの自分のままであるなら、つまり「我がまま」であるなら、涅槃でも菩薩でもないことは確かではないか。それなら自分で自分を変えていくしかない。
「私は私、個性のあるこの私」「本当の自分」を声高にいうのは、要するに「実体としての自分に確信がない」だけのことである。「本当の自分」が本当にあると思っていれば、いくら自分を変えたって、なんの心配もない。だって、どうやっても「変えようがない」のが、本当の自分なんだから。それを支えているのは、なにか。身体である。自分の身体はどう考えたって自分で、それ以外に自分なんてありゃしないのである。もう意識の話は繰り返さない。ここまでいっても「意識こそが自分だ」と思うなら、そう思えばいい。ほとんどの人はそう思っているんだから。それでなんだか具合が悪いとブツブツ文句をいわれても、私の知ったことではない。勝手にそう思ってりゃ、いいのである。
意識で考えて、考えを詰めていくのであれば、「同じ」ところに到達するはずである。それを私は「常識」と呼ぶ。それが「同じ」にならないのは、出発点の感覚世界がそれぞれ違ったからである。それだけのことであろう。それならそこまで「戻って」、おたがいに出直す、つまり考え直すしかない。それが面倒だから、
「ブッ殺せ」
になる。あるいは自分を殺す。それは単なる怠け者である。戻って出直す面倒を避けるからである。私だって、
「生きているのは、面倒くさいなあ」
とつくづく思う。人生は四苦八苦なのである。でもそれが生きているということである。幸い、いずれ生きていなくても済むようになっている。
ソクラテスではないが、
「長くもない辛抱」
ではないか。
[#改ページ]
あとがき
今年の夏にも、読売新聞社から意見を求められた。
「世論調査の結果、七割以上の日本人が自分は無宗教だと答えてるんですが」
たとえば、それに対する返答がこの本である。べつにその質問があったから、考えたのではない。そのときには、この本はもうほぼ書き終わっていた。
この本では、日本の世間で生きてきて、長年不思議だと思っていたこと、それについてこの歳までに考えたこと、それを書いた。たとえば日本人が自分は「無」宗教だという、その「無」って、仏教の無じゃないの。だって、仏教では盛んに無というんだから。それなら無宗教じゃなくて、じつは仏教徒じゃないの。というふうなことである。
そんなこと、書いたって、証拠がないと現代人はいうかもしれない。そう思う人は、ふだんはよほど根拠のあることだけを考えているのであろう。そんな気がする。
さすがにいまでは少なくなったと思うが、私のいうことが「正しい」かどうか、そんなことを考える人もいるかもしれない。しかし、「正しい」とはどういうことか。仏教はなにが正しいなどと、教えていないと思う。仏教では、正義と書くくらいなら、一切空と書くであろう。私は後のほうが本当だという気がするだけである。
科学では、「実験をする」。それを私は「やってみなけりゃ、わからない」と表現する。しかし後者の表現を「科学的態度だ」などと思ってくれる奇特な人はいない。無責任だといわれるだけである。でも現実に、科学者の世界では、実験を繰り返す。いくら理屈で正しいと思ったって、やってみなけりゃ、わからない。だから実験をするんじゃないんですか。
というふうに、いつもヘソの曲がったことを考えるから、どうも世間に受けいれられない。そう思っていたら、本が売れてしまった。しかしこの本は売れない。売れないと思う。ますますヘソが曲がってきたからである。でも素直に考えてるんだから、これはこれで仕方がないのである。
ぼちぼち七十歳に近くなってきた。そうなったら、意外にも日本が心配である。これまでそんな心配をするヒマはなかった。忙しかったからである。さすがに歳をとって、することがなくなったらしい。虫を捕っていればいいのに、余計なことばかりするから、虫捕りのヒマがない。そのヒマをさらに削って、この本を書いた。本人は大いに心配しているつもりだが、世間には通じないかもしれない。それは力及ばずで、仕方がない。もともと憂国なんて、ご縁がない生活だった。なにしろ解剖に虫捕りでは、憂国は無理である。だからこんな本になった。べつに言い訳ではない。素直な感想である。
二〇〇五年十月
[#地付き]養老孟司
養老孟司(ようろう・たけし)
一九三七年神奈川県鎌倉市生まれ。六二年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ入る。九五年同医学部教授を退官し、現在東京大学名誉教授。著書に『ヒトの見方』『からだの見方』(サントリー学芸賞受賞)『唯脳論』『人間科学』『からだを読む』『バカの壁』『死の壁』『運のつき』『私の脳はなぜ虫が好きか?』『まともな人』『こまった人』など多数がある。
本作品は二〇〇五年十二月、ちくま新書の一冊として刊行された。