ひぐらしのなく頃に 「暇つぶし編」TIPS&お疲れ様会
■雪絵との電話
「…そうですか。急な出張は大変ですね…。どうぞお気をつけて。出張はどちらへですか? もう出張先なんですか?」
「………………………。」
私が出張へ出るなら、それはどこへか。
…雪絵ならずとも、聞こうとする当り前な問い掛けだった。
寒い地方へなら、厚めの上着を用意した方がいいとか。
遠い地方へなら、道中をお気をつけてとか。
……そんなごくごく当り前の気遣いへと繋ぐ、当り前の問い掛け。
そんな当り前の問い掛けに答えられない自分が、少し悲しい。
「…ごめんなさい。言ってはいけない規則でしたね…。どうかお気をつけて。」
「………すまん、雪絵。」
「…あなたはいつの頃から、すぐに謝られるようになったんでしょう。今のお仕事に就かれた最初は、あれだけ溌剌と充実しておられたのに。…くすくす。」
何かを見透かしたように雪絵が笑い出す。
こういう時の雪絵には、私の胸の内を何でも見通してしまう魔法の力があった。
「…私が入院してもうずいぶんになりますものね。あなたもそろそろ寂しくなってきましたか…?」
「か、からかうなよ。寂しがるような歳じゃないさ…。」
「…くすくす、さてさていかがでしょう? あなたは本当に甘えん坊さんですからね…。私と一緒でないと、だんだん弱気になってきてしまうのでしょう…? くすくすくす。」
「……あぁ、もぅ…。今、雪絵の頭に小悪魔の角がにょっきりと生えているのが目に浮かぶよ…。君は昔から、」
「…はぐらかさない、はぐらかさない。私にかまってもらえなくて、寂しい寂しい〜って。あなたがシッポを振っている音が、受話器を通しても聞こえてきますよ。くすくすくす……。」
雪絵のこんな一面は、普段の貞淑な姿からはなかなか想像がつかなし、また絶対に私にしか見せない。
普段なら照れ隠しに小突いて、話を無理やり終わらせるのだが、電話越しではそれもままならない。
……もちろん雪絵は賢い。それを承知でからかっているのだ。
「…くすくすくす。あなたを困らせるのが、こんなに楽しいと気付いたのはいつからだったでしょうねぇ…。」
「そろそろ許してくれよ…。…とにかく、君の元気な声が聞けてよかった。」
「…そうでしょう? …元気になれましたか?」
ひとり病院に残してきた雪絵が寂しがらないように電話を。
……そんなのは恥ずかしがり屋の私の口実に過ぎなかったわけで。雪絵にはとっくにお見通しのようだった。
「……………うん。」
「また、電話をしてくださいな…。私がだめな時はお父さんが相手をしてくれるでしょう。…もっとも、お父さんが相手では、あなたのことだから、電話先でも直立不動でしゃべっていそう。くすくすくす…。」
雪絵はしばらくの間、電話を切るタイミングを与えずに私をからかい続けるのだった……。
■来賓挨拶用原稿
××会長さん、××会の皆さん、この度は××会創立二十五周年、誠におめでとうございます。
この二十五年は、そのまま××県発展の歴史そのものでありました。
かつては閑静で一面の田畑だった景色も、念願であった新幹線停車駅の開業、そして高速道路の整備により、今や若い活気の溢れる近代的都市に生まれ変わりました。
新しい良いものを次々と取り入れて発展する経済と産業。
そして古き良き伝統を大切にする××県民特有の郷土愛により、伝統と文化、経済と産業の全てを両立した日本有数の素晴らしい都市へと成長を遂げました。
そして、この××県発展の歴史はそのまま、××会の発展の歴史そのものと言えるのであります。
私共には、一度決めて掲げた公約、施策はどこまでも貫き掲げとおす、文字通り矢のような鋭い実行力が求められています。
この矢を会章にあしらった××会の皆さんは、まさにこの矢のごとき実行力を以て、××県民の恒久的幸せのために、あらゆる障害を貫く矢であると思っています。
ですが皆さんはただの矢ではありません。
矢のように剛直でまっすぐであると同時に、時代に即したやり方を常に模索して研究を怠らず、常に時代の先を見通す目も持っております。
放たれた矢は、一度決められた目標に向かってただただ飛ぶことしかできません。
しかし皆さんは、ただの矢ではない。
一度、弓から放たれながらも、常に勉強を怠らず、新しいやり方、より効果的な施策を見つけ出すや、その矢の軌道を直ちに変えるという柔軟な姿勢も持つ、魔法の矢なのでもあります。
時代は常に進歩しています。
時に、施策から実行に至る過程よりもさらに早く時代が進んでしまうこともありえます。
(以下は原稿にない部分。大臣のアドリブと思われる)
例えば、県内で近年、いろいろと問題になっている雛見沢村電源基本計画についても、お上が決めたからこうと貫くのではなく、次代と郷土と県民の変わり続ける要望と常に照らし合わせて見直す柔軟さが必要なのです。
雛見沢ダムを巡る住民運動もまた、××県民の意思なのであり、すでに決まった施策であるからこれに耳を貸す必要がないとなれば、これは戦後日本の民主政治に悪い影を落とすことになりかねません。
(以下から原稿のとおり)
私も日本国民の、そして××県民の皆さんの恒久的幸せのために、これと決めた施策は徹底的に。
だけれども常に時代の先を見据えながら、そのやり方を模索できる××会の皆さんの柔軟性を学ばなければならないなと常日頃思わされるわけであります。
長くなりましたが、以上を持ちまして××会二十五周年のお祝いの言葉とかえさせていただきます。
××会長さん、並びに××会の皆さん。本日は本当におめでとうございました。
××県議連、議員勉強会××会発足二十五周年記念祝賀会での、建設大臣の来賓挨拶より。
■歯車と火事と蜜の味
人と人のつながりで営まれている人の世の生活だけど。
全部の人が必ずしもつながっているわけじゃない。
地球の裏側で名前も知らない誰かが泣いたって笑ったって、自分に何の影響も及ぼさないことなんて、誰もが当然のように理解している。
だけれども、ご近所という極めて限定された小さなコミュニティに限ってなら、なるほどと頷けないこともない。
小さなコミュニティの中でのひとりの印象深い行ないが、全体のその後に大きな影響を及ぼすことはありえるだろう。
その規模が極めて大きくなれば、……まぁ、地球の裏側の名前も知らない誰かの英雄的演説が、私の生活に影響を及ぼすことがあるかもしれない。
でも、万事が全てそうなるわけじゃない。
最初に言ったように、基本的には人と人とのつながりは、世間でとかく言うほど顕著じゃない。
お向かいの家の晩御飯のおかずが、ハンバーグだろうとコロッケだろうと、私に何の影響も与えないし。
私が靴を履くときに、右足から履こうが左足から履こうが、誰にも何の影響も与えない。
……ここまでは凡人でも理解できよう。
でも、現実の実際の本当のところ。人と人のつながりというやつは、もっともっと白黒がはっきりしているのだ。
地球の裏側にいるから無関係とか、身近にいるから影響しあうとか、そういう距離の問題じゃなく。
例えば、Aという人物の行ないが、私に影響することがあるとする。
だからと言って、Bという人物の行ないが、必ずしも私に影響を及ぼすことにはならない。
逆もまた然り。私の行ないがAに影響を及ぼすからといって、Bに必ず影響を及ぼすとは限らない。
突き放した言い方をしよう。
人と人のつながりや運命が歯車に例えられるなら。
私という歯車に噛み合っている人もいれば、いない人もいる、ということだ。
これを詭弁だと反論したい人もいるだろう。
そういう人は、やはり時計の歯車の話を引き合いに出す。
時計の中にある歯車は確かに、せいぜいひとつかふたつの歯車としか噛み合っていない。
だけれども、ひとつの歯車を回せば、隣の歯車を動かし、それらが脈々とつながって、最後には全ての歯車を動かすことになると。
………確かに理屈はあるし、凡人を納得させるに足る説得力もある。
では、どうして説得力があるのか?
…答えは簡単。
人と人のつながりなんてあやふやなものを、観念的にしか説明ができないからだ。
どの歯車がどうつながって、どう連動してどう関係しあってるかなんて、具体的に説明できないから、そんな論法で煙に巻くほかないのだ。
では、そんな説明を好む人のために、私もまた時計を引き合いに出して反論しよう。
そもそもこの世界を、ひとつの時計に見立てることがまず間違っているのだ。
時計はひとつじゃない。
この世界にはたくさんの時計が存在し、個々に時を刻んでいる。
考えてもごらんなさい、この世に時計はひとつだって決め付けること自体がとても傲慢なこと。
そうやって考えれば、歯車の話で人のつながりを説明しつつも、私という歯車とまったく関係のない、他の時計の歯車もたくさんこの世にいることを説明できるだろう。
ご近所のAとB。
Aは私と同じ時計の歯車だから、いろいろと気を遣ったほうがいい。
Bは私と違う時計の歯車だから、別にどうでもいい存在。
そういう、はっきりとした区別。
詭弁だと言いたい?
じゃあ理解できるように、時計よりももっと身近な生活の話に置き換えるわね。
『対岸の火事』って言葉くらい、あなただって聞いたことがあるでしょう。
例えば、お隣で火事があったら、もちろん消火作業を手伝うでしょう? 延焼して自分の家にまで火が付いたら困るものね。
でもその火事が川向こうの対岸の町だったらどう?
わざわざ重い腰を上げてまで手伝いに行く? 行かないわよね? 間違っても、自分の家まで延焼するわけないものね。
火事になっても、自分の家に燃え移る家と、燃え移らない全然関係のない家があるってこと。
このぐらい具体的な例ならば、自分に関係のある歯車と関係ない歯車の話、少しは理解できるんじゃない?
……そういったことが、何も川を隔てなくても世の中にはたくさんあるってこと。
近所とか川向こうとか、そういう距離の問題じゃなくて、ね?
■トランクの雛
車が止まった。
だがそれ以上のことはわからなかった。
なぜなら、彼は目隠しをされただけでなく、車のトランクに閉じ込められていたからだ。
視覚を奪われた人間がこんなにも無力だとは。…彼も実際に経験するまで知らなかったに違いなかった。
戒めを解こうとする努力が無駄であることはすぐにわかり、トランクの中の息苦しさにいつしかめまいを感じ、…彼はこの緩慢な拷問に意識を朦朧とさせる他なかった。
だから彼は、車が止まってエンジンが切られて不愉快な振動がなくなった時、事態は何も解決していないにも関わらず、自分は解放されたのだ…と錯覚せずにはいられなかった。
無論、その錯覚はすぐに覚める。
自分をさらった男の一人と、初めて声を聞く年配の男の会話が聞こえ、身を硬くして耳を澄ませた…。
「…………お疲れさんです。雛はトランクに。騒ぎすぎで多少衰弱してるようですが、ご命令通り傷一つ付けちゃいません。」
「…おぅおぅ、手間ぁかけましたんの。」
トランクが開かれ、ぶわっと涼しい冷気と新鮮な空気が自分を包む。
さっきまであれほど、この息苦しいトランクを出られたらと思っていたのに、いざこうしてトランクが開け放たれると、今度は急に自分の身が不安になった。
…あんなに嫌だったトランクの蓋をもう一度閉じ、彼らから遮断してくれと願ってしまうくらいに。
突然、自分の頭を誰かが撫でた。
もちろん目隠しをされているから、頭を触れた手が、自分を撫でているのか、頭の皮を剥ぐ為に品定めをしているものなのか、区別することができず、彼は最悪の可能性を想像して身を硬くするほかなかった…。
「……すったらん、ぁあいそうにの…。震えとんね…。大人しくしばらく過すがよかろ…。」
年配の男はそうやさしく言いながら、彼の頭をやさしく撫でた。
「ほんに辛い思いしちゃろなぁ…。だんがな、おんめのお祖父ちゃんは優しい人だんね。すんぐに助けてくれるだろの…。」
平均的な標準語でしか生活したことのない彼にとって、この年配の男の発する独特のイントネーションのなまりは非常に印象深かった。
だが、何を言っているのかはさっぱり理解できない。
「おんめのお祖父ちゃん」というのが、自分のお祖父ちゃんのことを指しているのだと気付くには、その言葉を頭の中で何度も反復する必要があった…。
やがて、頭を撫でた手が、今度は彼の目隠しに触れた。
「……目隠しはまずいっすよ…。面が割れると後々まずいです。」
「ん、…そうかの。なんら、せめて猿ぐつわくらい外したらんな。これぎゃあ、息もできんね…。」
「……叫ばれたらまずいです…。こいつのことは俺たちに任せて下さい…。」
「ったく、気の効かんやっちゃらな!! …本家に惨い仕打ちはせんぎゃあちゅわっとる。そこんとこ、肝に刻むんよ…。」
「わかってます。手荒な真似はしませんよ。…小僧が大人しくしててくれる分にはね。」
男の手が彼の頭を何度か、小突くように叩いた。
自分の頭を撫でてくれた慈しみのある手とは違う、ごつごつした手。
大人しくしていれば良し。
騒ぎ立てたら、どうなるかは保証できないぞ、…という在り来たりな脅迫が、その手からじわりじわりと、…叩かれる頭に染み込まされていくのだった。
■順調
車の音が近付き、緩いブレーキと音と共にエンジン音を止める。
その途端、それまでだらしなさそうに足を投げ出していた男は、ガバッと起き上がって窓の脇の壁に張り付き、用心深く表の様子を伺った…。
……………仲間の車だ。
だが、警戒はまだ解かない。
やがて、足音は扉に近付き、…ドン、ドドドン、と決められた合図のノックをした。
「……帰ってきたんね。開けちょくれな、俺だ。」
「あぁ、お疲れ。今、開ける。」
鍵を外し、扉を開けると、大きく膨らんだスーパーのビニール袋を両手いっぱいに持った男が姿を現す。
両手のビニール袋には「セブンスマート」と書かれていて、菓子パンや牛乳パックなどが顔をのぞかせていた。
それらの袋の中身を、床に敷かれた毛布の上に広げた。
「カップラーメン買ってきちょん、お湯沸かせな。…小僧はどうしてるん。」
「ん? ずっと寝てる。手が掛からなくて助かるよ。ウンコ垂れる時は騒ぐけどな。」
「漏らさせんなぁ。便臭は万一の時、ヤぁバいって。」
「……わかってるよ。」
「猿ぐつわは定期的にチェックんな。外れてもまずいん、きつくも締め付けちゃあぁん。窒息させたら意味がなん。」
「わかってるって…。あれ、携帯コンロのガス缶頼まなかった? もうガスねえよ。」
「聞いてねん、だぁほ。」
「…かーー…、マジかよ、付いてくれよ…。くそくそ!!」
携帯コンロを、ガチャガチャといじり、火が付かないかと悪戦苦闘している。
…それを見て、買出しに行っていた男は深くため息をつくのだった。
そして、その様子を尻目に、……部屋の隅へ歩み寄る。
…誘拐された少年は、床に敷かれた毛布の上に転がされていた。
「…………………小僧、……元気かいね?」
もちろん、その問い掛けが少年の耳に入るとは、男も思ってはいない。
なぜなら、少年の両耳には栓が詰められ、目と耳を丸ごとぐるぐるにガムテープで塞がれていたからだ。
そして口には、ねじった薄手のタオルのようなもので猿ぐつわがされていた。
……そのせいで顎を閉じることができず、少年の頬はよだれでべとべとになっていた。
もちろん、それだけではない。
両腕は後で組まされ、皮のベルトのようなもので厳重に締め付けられている。
「今ん所、順調らし。命の心配はないん。…お前の祖父さんが渋りよったん、耳たぶのひとつも切り落とさなきゃならんかったんけー、…やらんくて済んで助かりよんよ…。本家はこうと決めたら…鬼やんね。…どんな残酷なこと命令するかも想像つかん。……その本家が、小僧に傷一つ付けるな言うてんから、とにかく順調なんだろんな…。」
「大臣はダム計画を撤回で水面下工作。雛見沢ダム計画は無期凍結へ。…小僧の解放はいつ頃になるんだろうな。…早く一服したいもんだぜ。」
「本家が決着のタイミング、計ってるらし。いつになるかわぁらんが、近い内やんなぁ…。」
「良かったな小僧。もうじき解放されるぞ、へへへ…。」
そんな男たちの声が、少年の耳に届いているかはわからない。
…少年は、無惨な現実から、少しでも魂を守るために…こんこんと眠り続けるしか自衛の方法がなかった…。
「それよん、ガスをどうするんね! ラーメン食えんよぅ!! ガス切れたなら言ぅてえなぁもう!!」
■雨雲に恋して
天気予報が、今週一週間、雨がまったく降らないことを予告した。
晴れの日が嫌いなわけじゃない。
だけれども、連日代わり映えのない晴れ続きだったなら、誰だって雨雲が恋しくなるに違いない。
一週間一月一年と、いつまでも単調な晴れ空が続いたら、誰だって雨雲が恋しくなるに違いない。
お天気の専門家が、過去のデータをいくつも並べ、それらを充分に吟味した上でそうだと発表するのだから、その予報は簡単に外れるものじゃない。そんなのはわかってる。
……でも、だからこそ、たまの一日くらいその天気予報が外れやしないかと期待して、晴れ空を見上げるのだ。
そんな私は天邪鬼だろうか?
待てども待てども、雨雲の訪れぬ晴天の空の退屈さに、時に窒息しそうにもなる。
もしもそれで窒息して死ねたなら。…きっと地球の人間はこんなには増えないだろう。
それはつまり、…こういうことで窒息できるのは、私だけなのだということなのだ。
だからこそ。
……天気予報にすらも予見できない夏の夕暮れの突然の夕立に、私は歓喜する。
こういう風に説明すれば、あなたたちにも私の気持ちが少しは伝わるのだろうか?
例えば、今夜の晩御飯がカレーライスだと決まってるとする。
でも、実際に食卓に呼ばれてみたら、実はナスとピーマンの炒め物になっていたとする。
これは母の気まぐれなわけだけど。
私にはその気まぐれがとても嬉しい。ナスとピーマンは確かに好きじゃないけれど、それでも嬉しい。
今夜はカレーライスということになっていた、予定調和が崩れたのが楽しいのだ。
今夜という日が仮に百回繰り返されたとして、百回食べなければならないと決まっていたカレーライス。
…それが、今夜はナスとピーマンの炒め物に変わったのだ。この偶然を楽しめないわけがない。
私は予定調和が嫌い。
決められた予定が大嫌い。
私は退屈を愛さない。
どんな些細なことであれ、昨日までと違う何かが起こることに期待を寄せてしまうのだ。
今日から一週間、ずっと晴れであることは決まっている。
天気予報がそうだと決めているし、お天気の神さまもきっとそのつもりだ。
でも、…何かの気まぐれで、…その内の一日くらいは雨雲がやって来ないなんて、誰にも言い切れない。
……誰にも言いきれない要素が、常にこの世界には残されているからこそ、私のような生き物は窒息しないでいられるのだ。
明日も多分、快晴でかなり暑い日になるだろう。
でも、私だけはそんな予定調和が、1%を切るくらいの微細な確率で…たまには変わってしまうことを知っている。
その1%の何かを期待して、晴れの軒先に逆さにしたてるてる坊主を吊るすのだ。
私は結局、森羅万象にそういう意外性を期待して生きている。
どうして期待しているのか、…ふと考えた。
どうして私は雨雲を待っているのか?
…それは簡単。晴れの空に飽食しているから。
じゃあ、私はどうして雨雲を待っているのか?
…それは簡単。晴れと決まった明日が退屈だから。
だから、私はどうして雨雲を待っているのか?
結局、明日が晴れたって雨になったって、どうでもいい。
結局は、そんな雨だって、私の心を荒涼とさせる退屈をしばらくの間、濡らして潤してくれるだけなのだ。
だから、私はあらすじの決まったテレビドラマを見るよりも。
…空を見上げている方が好き。
■麦茶と紅茶と石臼と
「だいぶ血圧もよくなってきましたよ。そのお年でこれだけの回復力があるのは…いやいや、感服するばかりです。
お魎さんなら、百でも二百でも元気にお過ごしになれますね。」
若い白衣の医者は、そう微笑みかけながら、布団に入った老婆の腕に付けていた血圧測定器具のマジックテープをベリリと剥がした。
「入江の先生はほんにお上手でぇ…。ワシんたいな死に損ないは早ぅ死なんと、若者の邪魔んなっていけんね…。…ほっほっほっほ…。」
老婆は、…お魎はニヤリと笑うと、か細くそう笑って見せる。
そしてふすまの方を向くと、大きな声を張り上げた。
「沁子さんか妙子さんはおらんね? 入江先生に麦茶でも入れてやりゃあなぁ!」
廊下をぱたぱたと足音が近付き、ふすまがソロリを開く。
そこには、若い少女の姿があった。…老婆の孫のように見えた。
「沁子さんは今日はもうあがっちゃったよ。…何か用?」
「魅音、入江の先生に麦茶を入れたってんな。」
「うん、了解。婆っちゃも飲む? 紅茶の方がいい? 砂糖もミルクもたっぷり?」
「ワシが加減するから、入れんでえんね。砂糖壷とミルクも一緒に持って来てんな。」
「はいはい。」
魅音と呼ばれた少女は、相変わらず人使いの荒い祖母に、適当な返事を返すと、廊下を戻っていった。
「先生の麦茶は来客用のガラス茶碗に入れるんよー!! ちゃんとお座布団も付けてぇなぁ! 水滴もちゃんと拭き取っとくんねー?!」
「わーってるーって。うっさいな〜〜〜。」
廊下の向こうから、へこたれない声が帰ってくる。
真摯な態度の声でないのはいつものこと。老婆は仕方ないヤツと漏らし、苦笑した。
「かー、しょんがないやっちゃなぁ。叱られる内が花んね、なったく。」
「お魎さん、お魎さん、ままままま…、そこまでは言わなくても。魅音ちゃんも若いなりに頑張ってますから。」
「あれの母親もな、…しょんがないやっちゃったんね。よう似とる!」
「あっはっはっはっは。で、その母親の母親もまた、そっくりなんじゃあないですか?」
ぷーーっと、老婆は吹き出し、げらげらと大笑いする。まんざらでもない顔だった。
「入江先生。申し訳ない、障子を開っけてもらえんけんね。風が涼しそうだわ。」
気付けば、障子の隙間からは涼しそうなひぐらしの声が漏れ入っていた。
入江は腰を上げ、障子を少し開けた。
…清々した風が、室内のしけった空気を追い出していく。
「日中はだいぶ暑くなったように思うんですが、…まだ、朝夕は涼しいですね。昨夜は少し肌寒いくらいでした。」
「ん。……そんな朝夕もまた、雛見沢のいいところんな。」
入江はにっこりと微笑み返すと、再び老婆の脇の座布団に戻った。
そして二人して、しばらくの間、ひぐらしの声に身を浸すのだった…。
「ワシゃあ、百まで生きんにせぇ、もうしばらくは死ねんよ。……ダムの件、きっちりケリ付けるまでゃあ、棺の蓋かて収まらんわ。」
「………国が一度決めたことを撤回するのは、なかなか難しいでしょうねぇ…。」
「国のやることはな、いつの世も石臼回すみたいなもんね。そんれもだいぶ重いやっちゃ。」
「…石臼、ですか?」
「知らんねか? 石臼。」
いえいえいえ、もちろん知ってますよと入江は取繕った。
こういう感じで話の腰を折られることをお魎が嫌うことを知っていたからだ。
「国の石臼はな、…なぁんでもゴリゴリ挽いちまうん。大したもんよ。でもな、簡単には回らない、重ぉい石臼なんねな。たっくさんの人間が、せーのってやって、ようやくじりじりと動き出す、そんな石臼なんよ。」
入江は口を挟まず、その話に大人しく耳を傾けていた。
やがて魅音がお茶を乗せたお盆を持って帰ってきた。
お魎が上機嫌そうに話しているのにすぐに気付き、話の腰を折らないように静かに腰を下ろして、麦茶と紅茶の器を配った。
「だから一度回り始めたら、簡単には止められんね。……回し始める一番初めが一番重い。それが嫌だから、みんな手を休めんと、ごりごり回し続けるんね。」
「摩擦係数の話でしょ。確かに婆っちゃの話、理屈はあるね。」
「ちゅーことはだ。何かの間違いで、突然石臼が止まっちまったら、…まぁた回すにはどえらい力が掛かる、っちゅうこったな。」
「…………確かに、一度中断した計画をもう一度動かすのに必要なエネルギーは、かなりのものでしょうね。」
「簡単には止められん石臼だけんどな。……一度止めれば二度とは回らん。そういう石臼よ。」
「石臼を止める、いい手があればいいんですがね…。」
入江がそう応えると、老婆と魅音は突然、沈黙する…。
直感的に入江は失言したと思い、少し慌てながら取繕いの言葉を捜そうとした。
だが、それは失言による沈黙ではなかった。
……なぜなら、老婆と魅音の表情に浮かんでいたのは、冷笑だったから。
「……………………………。」
「………………………。」
突然、自分の身を包む空気が凍りつき、入江には何が何やらわからない。
…二人の浮かべる冷笑が、自分の落ち度による何らかの不快感の表れではないのか、それを恐れることしかできなかった。
「……………………。」
「…………………………………。」
「……………………はは、ははははははは、」
大して長い時間、沈黙に縛られたいたわけでもない。
…でも、入江はその沈黙に耐えることができず、曖昧に笑って誤魔化すことしかできなかった。
…その入江の笑いは、やがて老婆と魅音にも移り、…一座は何を対象にしたのかもわからない、少し肌寒い笑い声に満たされるのだった。
………ひぐらしたちだけは笑わず、ただ淡々と同じ声で合唱を続けていた…。
■調査は暗礁
「……うん。昨日、銀座の料亭でお会いしてね。そういう話が出たんだよ。」
「別室の越権でしょ。連中、公安に干渉し過ぎですよ。あまり迎合すると悪い先例を残しますね。」
「犬飼大臣は公安の動きに不快感を顕わにしているらしい。多分、月曜の庁議で次官からその旨の話が出るんじゃないかと思う。…まいったなぁ…。」
「次官へは局長級に話し付けてもらうしかないですよ。給料を多くもらってる人の当然の仕事ってことで。」
「まぁ、そうなると局長からは絶対に、大臣脅迫の物証を求められるよな。」
「あの人、たまにどっちの味方かわかんなくなりますね。うちらの味方しなくてどうすんの、っての!」
「ま、多分、大臣を経由しての圧力だと思ってるけどね。俺が次官室で脂汗かいて時間稼ぐ間に調査進めてもらうしかないよな。…全身の汗、搾られて絞りカスになっちゃうかもしれないけどなぁ。…で、どうなの? 調査の進行は。」
「期待してた濃厚なラインがことごとく外れて、正直、途方に暮れてます。」
「最近の大臣発言をまとめると、雛見沢ダムの計画の話が目立つっていう報告を聞いたけど、それはどうなの?」
「…………ん〜〜〜〜…。目立つって言うか、…本当に微細な程度の違和感ですね。たまたま××県の県議連でのスピーチだったから、時事ネタを話しただけかもしれないし。」
「確か地元団体が過激に抵抗してるってヤツだっけ? 鬼ヶ淵死守同盟。確か、赤坂くんに調べてもらってたよね。」
「僕は連中には、今回の事件は起こせないと踏んでます。ですが、疑わしいところのほとんどが真っ白な以上、疑いの枠から外すわけにはいかないかもですね…。赤坂くんからは、その可能性は否定できないとの軽い報告は受けてます。」
「…なら、調べて見る価値はあるんじゃないの? しらみ潰しなんだから、残る疑わしい団体がそこひとつなら、やるしかないでしょ。」
「まぁ、調べる団体はそこだけじゃないんですがね? あははは! 鬼ヶ淵と同じ程度のレベルで疑わしい団体になると、もう相当の数になりますよ。人手も時間も残業代も全然足りません。」
「赤坂くんからさ、もうちょっと詳しく聞いてみてよ。…俺はちょっと要注意に感じるけどなぁ、その死守同盟。」
「彼、村人とうまく接触できたって連絡してきました。現地の警察とも連携できてるみたいですね。」
「赤坂くんとの連絡、密にしてください。それで、彼からの情報が引っ掛かるようであれば、増援を送ることもありということで。」
「わっかりました。」
「………あ、すみません、片岡室長〜! 局長からお電話です。こっちに回しますか?」
「あ、いい、いい! そっち行きます。…もしもし! 片岡です…………。」
■箱選びゲーム
人生に選択肢なんて、あると思う?
よく嘆く人がいる。
人生の節々で、明確な選択肢が設けられていたならば、それを吟味し、よりよい未来へ自分を誘えるのに、と。
…私はそういう嘆きを漏れ聞く度に、下らない悩みだな、と思うのだ。
選択肢を与えられたって、どうせ何の意味もないし、よりよい未来へ自分を誘えることなんて何もない。
……話がわかりにくい?
じゃあ仮に、あなたの目の前に2つの怪しげな箱を置いてあげよう。
そして、そこに2つだけの選択肢を与えてやるとする。
曰く、赤い箱を開けるか、青い箱を開けるか。
あなたはいろいろと迷うだろう。
開けなくてはならないなら、赤か青か、自分にとってよりよい方を開けたいと願うのは自然な欲求だ。
そして、箱の形状や気配、諸々を勘案し、やがて苦慮の末、赤か青か、どちらかを選択するに違いない。
………あなたなら、どっちの箱を選ぶ?
赤と青。
…刷り込まれた信号機の法則に従うなら、赤は危険を意味する色。
でも、だからといって、青という色が安全を保証するものでもない。
むしろ、赤を警戒させて、青を開けさせようという罠かもしれない。
罠?
…この中身には得をするものでなく、損をさせるものが入っているかもしれない…?
さぁさぁ…あなたは迷ってきた。
赤か青かの選択に葛藤し、…箱を開けずにここから立ち去るという選択肢も欲しくなって来たに違いない。
でもだめ。赤か青のどちらかを開けなくてはならない。
あ、言い忘れたけれども、あなたが片方を選ぶと、もう片方の箱は消えてしまう。
だから、選ばなかった方の箱の中身は知ることができない。そういうルールがあることを、最後に付け加えておくね?
さぁ。選んでごらん?
赤い箱か、青い箱。
…大丈夫、どっちも損なものは入っていないから。…ほら。
<選択肢>
赤い箱を開ける
青い箱を開ける
※開けた箱のフラグを立てること
両方の箱のフラグが立つか立たないかで分岐あり。
よく考えた?
その結果、この色を選んだのね?
…あなたが選んだ時点で、もう片方の色の箱はパッ消えてしまった。
そっちの箱の中身はもう諦めてね?
そういうルールなんだから。
さ、あなたの選んだ箱を開けてみよう。
■赤い箱を開ける、の場合
箱の中からは、……キャラメルが1つぶ。
■青い箱を開ける、の場合
箱の中からは、……チューイングガムが1枚。
■■片方の箱しか開けていない場合
※すでに両方の箱のフラグが立っていても、初めて開けた箱と同じ箱を選んだ場合もコレで。
……あなたが少しがっかりしてるのが分かる。
そりゃそうよね。
どう見ても、ハズレっぽいものね。
正解の箱には、ひょっとすると、板チョコが1枚くらいは入ってたかもしれないものね。
いや、ひょっとすると、ハワイにペアでご招待なんていう、もっともっとすごいものが入っていたかもしれない。
でも、それを確かめたくても、もうひとつの箱はもう消えてしまっている。
それを確かめる術はない。
だからあなたはプラス思考で考えてみることにするの。
ひょっとすると…もう片方の箱は空っぽで、むしろこの箱はアタリだったのかもしれない、と。
そしてその安っぽい賞品に満足して(あるいは不満でもいい)、それをポイ!と口に放り込んで、もぐもぐとやって満足してしまうのだ。
で、最後にあなたは思うのかしら?
次に同じ選択肢が与えられたら、反対の箱を開けてみようって?
……でも、お気の毒だけど、赤い箱と青い箱を選ぶなんてゲームは二度とあなたには訪れない。
だから、選択肢を選びなおす機会など、一生訪れない。
人生の選択は一度しかないから、慎重にって、よく親に言われるでしょう?
くすくすくすくす……。
ね? 選択肢なんて、大したものじゃない。…ちょっと幻滅した? あっはははははは……。
■■再挑戦で、両方の箱を開けた場合
※二つ目に選んだ箱を開けた場合ということ
……あなたは今、なぁんだと思ってる。
そう、赤と青の箱の中身は、キャラメル1つぶと、チューイングガム1枚。
さっきはハズレだと思ってたかもしれないけど、こうして並べると、どっちがハズレとも言い難いのがわかるでしょ。
まぁ、でも、人の好みもあるもんね。
キャラメルの方が好きだとか、ガムの方が好きだとか。
…あなたの好みによって、あなたはきっと開ける箱を選びなおそうと思うに違いない。
…あなたが欲しがっている選択肢ってのは、つまりそういうもの。
両方の箱の中身を見比べて、良い方を選びたいっていうわがままのこと。
でもね? 現実の世の中は今のゲームと同じ。
片方を選んだら、選ばなかった方は消えてしまう。だから確かめられない。
もしもあの時、××をしていたら、もしくはしていなかったら、…きっと今よりも幸福に(もしくは不幸に)なっていたはずだ、なんて、わかりようもない。
結局、選んだ選択肢に納得し、あるいはがっかりし、一応の満足をする他ないのだ。
でもいいじゃない。
選択肢というスリルは、一応、楽しめたでしょ?
こうして、2つの箱の中身を知ってしまったなら。赤か青かの選択なんて、暇潰しにもなりゃしない。
こんなつまらない箱遊びよりも、変わりやすい夏の夕暮れの空を見上げて、遠雷に耳を澄ませながら、夕立が降るか降らないかを迷う方が、ずっと楽しいんだから。
■鬼の目にも何とか
「…えぇ、ハイ。…それでお通夜が明日の午後6時からになりまして、告別式が明後日のお昼、12時から13時までになりまして。会場は興宮セレモニホールになります…。」
「…すっかぁ。池澤助役のお孫さんの葬式じゃあ、何にも挨拶なしってわけにもいかんね。魅音、代わりに出てぇな。」
「うん、了解。喪服で行く? 香典はいくらくらい?」
「学校の服でえんね。前のボタンはちゃあんと止めてくんねよ。香典は、5万、……ん〜、10万包んだれな。世話になったかんなぁ。」
魅音は奮発した香典の額に、小さく口笛を吹いて感嘆する。
「…池澤さんはなぁ、興宮の事務所長だった頃からしっかりした人だったんね。…役人は挨拶って言っても、絶対に玄関までしか来ん。でもな、池澤さんはワシがお茶を勧めると、いっつも上がってくれて、ちゃあんと話を聞いてくれたん。…人の話を最後まで聞く、本当に鑑みたいな人だったんね。」
客人であるはずの二人は、お魎の昔話に、大仰に頷いたり相槌を打ったりしている。
お魎の機嫌を損ねまいとしている様子が傍目にはとても滑稽で、時に魅音はその様子を小さく笑っていた。
「で、池澤助役のお孫さんは、いくつで亡くなったんね。」
「…えぇと、……11歳だそうで…。」
お魎は目を伏せると、小さく首を横に振りながら、若い命が没したことを悔やむ。
「確か、孫はひとりだ言うてんなぁ……。…かぁわいそうになぁ…。親より先に死ぬほどの親不孝はあるんめな。」
「あははははは。婆っちゃも他人にゃやさしいね。私や詩音が死んだら、同じ様に悲しんでくれる?」
「あほン抜かすでね。縁起でもねすったらんと、しゃあらわんわったく!」
魅音は予想通りの反応だったのことが面白いらしく、けたけたと笑っていた。
客人二人は、一緒になって笑ってもいいものか分かりかね、苦しい笑顔をしていた。
「それでは本日は失礼いたします…。では、明日の夕方5時にお迎えに参りますんで。よろしくお願いいたします…。では、ごめんくださいませ……。」
客人たちはぺこぺこと何度も頭を下げると、玄関を出て行った。
魅音はそれにヒラヒラと手を振って送り出す。
「……帰ったよ。…お役人も婆っちゃのご機嫌伺いに大変だねぇ。訃報なんか電話でいいと思うのにねぇ。くっくっく…。」
まぁ、確かに園崎お魎は、雛見沢村の住民、親族を全てまとめている。
票に直せば数千票。
市長が、ゴマをすりたくなるのも分からなくはない。
だが、お魎は魅音とは違い、寂しそうな表情で縁側で空を見上げていた。
「どしたの? もうろくした? あははははは!」
「……誰のお孫さんであろうと、…気の毒だんの、思ったんよ…。」
そう言い、深いため息を吐いた。
普段なら小馬鹿にする魅音に叱り付けるような口調で返すはずなので、魅音も拍子抜けする…。
「魅音。……ほれ、……例の大臣の孫。さらわれてからどのくらいになるん?」
「ん。……………4日、…かな?」
お魎はもう一度、深いため息を吐き出した。
「仇敵の孫とは言え、………気の毒だんなぁ。」
「…………………………そう?」
「充分、灸は据えたんろ。…………そろそろ終わりにしちゃれな。」
「…………………………。」
魅音の表情からは、ふざけた雰囲気は一切抜け、…いつの間にか冷え切ったものになっていた。
そして、お魎の真意を測るように、その目を覗き込む。
……お魎もまた、自分の意思を目だけで語ろうと、魅音の目を覗き返していた。
「…………………………お茶が欲しんて頼んでぇな。さっきのチョコレートも食べといね。」
魅音は小さく頷くと踵を返した。
「沁子さん、いますか〜〜? 婆っちゃに紅茶、入れてあげて下さい〜〜!」
遠くでお手伝いさんの、は〜〜い…という声が応える。
魅音は、自分の声が届いたことを確認すると、受話器を取りダイヤルする。
「……………………あ、もしもし。魅音だけど。…うん。…うちのお父さん、います?」
■とてもやさしい人なの
入院患者に電話が取り次がれる時間は決まっている。
…だから、今日はもうあの人からの電話は来ない。
昨日、寂しがり屋だとからかったから、ひょっとすると電話をかけるかかけまいか、さんざん迷った末に我慢したのかもしれない。
忙しくて電話できなかったと言うより、そっちの方がはるかに説得力のある想像だった。
…あの人はそういう人だから。雪絵はそう呟き、ひとり笑った。
面会時間の終わりを告げる院内放送と音楽が流れ始める。
見知った顔の、同室の患者を見舞う家族たちとの挨拶。母の退院を心待ちにしているのだろう、小さな子の笑顔が眩しい。
その子の母親は、私の隣のベッドで、その子の弟、もしくは妹になる子を身篭っていた。
新しい兄弟に寄せる期待や不安、夢に、その子の想像ははちきれんばかりになっているのだろう。
家族が増えていく喜び。
………そんな温かな気持ちに満たされながら、私はだいぶ大きくなった自分のお腹を撫でた。
子どもを何人もうけるか、あの人と話したことはある。
3人もいたら、きっと賑やかだろうねと、話したことはある。
…でも、目を背けられない現実として、私がそれだけの出産に耐えられるかの不安はある。
「でも、そんなことを不安に思って出産を嫌う母なんて、いないですものねぇ…。」
雪絵はそう独り言を言って笑いながら、自分のお腹をやさしくさするのだった。
警視庁公安部。
あの人の正義心がたどり着いた先。
……あの人は本当はとてもやさしくて、傷つきやすい人。
あまり詳しくは聞かせてくれないけれど、…今の仕事はあまりあの人には向いていないと思っている。
でも、…あの人が頑張ると言い続けている内は、私も温かく見守るつもりだ。
「あなたのお父さんはね、…とっても頑張り屋さんなのよ? こちょこちょこちょこちょ……☆」
雪絵は自分のお腹に話しかけながら、とても楽しそうだった。
…その時、雪絵はなぜかふと気になり、窓を見た。
刻限は夕方。
……昔。小さかった頃、祖母の田舎ではこんな時間には、ひぐらしの合唱でいっぱいに満たされていたのを思い出す。
ここは東京のど真ん中。
田舎と違い、ひぐらしの合唱は聞くことができない。
……なのになぜか、…その時の行雪絵は、ひぐらしの声が聞きたい…と思った。
■母の日記
私はあの子がどこか好かない。
こうして文字に書き出してみて、初めて自覚する。
育児書に諭されるまでもなく、子どもは親の人形ではない。
親の思い通りにならなくなったら愛情を感じなくなるようでは親の資格などない。
そういうのではないのだ。
何と言えばいいのか…。…むしろ文字での方が表現しにくい。
私は自分の子どもに、平均しか求めていないつもりだ。
劣ってさえいなければ、秀でる必要もないと思っている。年令相応の感性があれば十分と思っている。
でも、あの子は、幼稚園の頃から変わっていた。
同じ組の子たちが、明日の遠足に興奮を隠せずにはしゃぎ回っている時も、あの子は退屈そうな顔をして、ひとり輪の外にいた。
運動会で使うお遊戯の道具を壊してしまった時も、他の子たちは懸命に誤っていたのに、あの子だけは退屈そうな顔をして、ひとり輪の外にいた。
先生が楽しい絵本を読んでも、あの子だけは笑わない。
おいしいお弁当が出ても、あの子だけは喜ばない。
…これだけなら、まだ理解はできなくもない。
でも、あの子がわからないのは、…上記とまったく同じようなことがあっても、今度は歳相応に喜んでみせたりするからだ。
その基準が、親である私にはまったくわからない。
なぜあの遠足は無関心で、今度の遠足は喜ぶのか。
なぜあの絵本は無関心で、今度の絵本は喜ぶのか。
なぜあの弁当は無関心で、今度の弁当は喜ぶのか…。
前者と後者は、私の目にはまったく変わらないように見える。
…時には、前者の方が優れているように見えることすらある。
あの子の感性が、わからない。
保護者面談でも、先生はまったく同じ胸中を打ち明けた。
私もまた、我が子のことがわからないと応え、二人して俯き合った。
主人は幼い子の感性は大人と違うから、少しくらい理解できなくても気にしなくていいと楽観的だ。……危機感に欠けていることを嘆く。
私の機嫌が良かったある日。
あの子を喜ばそうと、あの子の喜びそうなメニューに腕を振るった。
…なのにあの子は、曖昧な表情で、退屈そうに笑うだけだった。
私はその様子に直情的に頭に来て、あの子の頭を叩いた。
お天気の良かったある日。
干したばかりの洗濯物が強い風にあおられて、竿台ごとひっくりかえって大変なことになった。
…なのにあの子は、慌てて洗濯物を拾う私を見て、けたけたと大笑いしていた。
私はその様子に直情的に頭に来て、あの子の頭を叩いた。
そんなことが、何度かあったと思う。
いつしか、あの子は私に退屈そうな表情しか向けなくなっていった。
……私は悪い母だったことを反省した。
我が子との信頼を取り戻すべく、小さなコミュニケーションから少しずつ取り戻していこうと思った。
縁側で、何かの工作をしているあの子に会い、私は声をかける。
「ここ数日、気持ちのいい晴れの日が続いて、気分がいいわね。」
「…………………。」
あの子は、…私の大嫌いな、あの退屈そうな表情で私を見上げ、何も応えずに目線を再び手元に戻し、工作に没頭した。
……今までの私なら、この仕草だけで頭を叩いている。…ぐっと堪える。
「何を作ってるの? お人形さん?」
「………てるてる坊主。」
あの子は、新聞の折込広告をうまく使って、てるてる坊主を作っていたのだ。
雨が降るという予報はない。
でも、あの子なりに、この清々しい晴れの日が続くことを祈ってのてるてる坊主に違いない。
私は、我が子の考えが久しぶりに理解できて、嬉しさを隠せなかった。
毛糸球を持ってきて、我が子の可愛らしいてるてる坊主を軒に吊るしてやった。
「あははは…。駄目よ梨花。頭が重すぎるから、ほら。逆さてるてる坊主になっちゃったわ。これじゃあ晴れじゃなくて雨になっちゃうわよ。」
私がてるてる坊主を外そうとすると、あの子は私に制止を求めるように、裾を引っ張った。
「………逆さになるように作ったのだから、それでいいの。」
「……………でも梨花。てるてる坊主が逆さじゃ、晴れのおまじないにならないわよ?」
「雨が降るようにおまじないをしているから、それでいいの。」
…私はこみ上げてくる感情を必死に押さえる。あの子を理解しようと必死に努力する。
「…あ、……そっか。お庭の朝顔が晴れ続きで元気がなくなっちゃったから、雨が欲しいのね?」
あの子は、……私の一番嫌いな、あの表情を向けた。
「晴れにね、…飽きたの。」
……わからない、わからない。…私にはあの子が、わからない……。
■母の日記U
あの子が親類会議の時に、またお魎さんの布団に潜り込もうとする。
…お魎さんはあの子のことを、目に入れても痛くないくらいに可愛がる。
あの子がどんな無礼を働いても何も気にしない。
まるで、あの子が猫の子か何かのように。…文字通りの猫可愛がりだ。
私は母としての立場上、それを叱る。
お魎さんが良い良いと三度言うまでは、形式的に叱る。
もちろんあの子は私の叱りなどに耳は貸さない。
……私よりもお魎さんの方が立場がずっと上であることを知っていて、そう振舞っているのだ。
そんな年令不相応な狡猾さも、私は好かない。
そもそも、お魎さんに止まらず、村の老人たちはあの子を甘やかし過ぎている。
ある日、私は驚いた。
私は偶然、買い物の帰り、とある駄菓子屋の軒先にひとりいるあの子を見つけた。
あの子は、おもむろにお菓子を一掴みすると、そのまま包装を剥いて口にし始めたのだ。
お金を払おうという素振りなどなかったし、周りを伺うような仕草すらなかった。
万引きどころか、…まるで差し出されたお茶菓子でも食べるかのように、平然と口にしたのだ。
私があの子を叱り付ける声に、駄菓子屋の老主人が現れ、あの子をかばった。
老主人は、あの子には好きに店頭のお菓子を食べてもいいと言ってあるからいいのだ、ととんでもない言い訳をした。
私はあの子が食べた分だけでも代金を払おうとしたが、老主人は頑として受け取らない。
そんなやり取りをしている内に、いつの間にか年寄り連中が集まり、何だか私が悪いような感じになっていた。
年寄りたちは、あの子にうやうやしく手を合わせて拝み、ありがたやありがたや…と何度も唱えた。
……私も古手家に生まれた人間だから、あの子がどうしてこうも特別扱いされているのかを知らないわけではない。
私がまだ小さかった頃。祖母によく聞かされたものだ。
…もしもお前が生む赤ん坊が女の子だったなら。
…その子はオヤシロさまの生まれ変わりなんだよ、と。
年寄り連中は、あの子をオヤシロさまの生まれ変わりだと信じ、ちやほやと甘やかす。
そして甘やかすのみならず、…あの子に、オヤシロさまの生まれ変わりであるとか、神通力が使えるだとか、他にもいろいろ怪しげな昔話などを吹き込んでいる。
だから、自分が特別な存在だとでも思い込んでしまっているのかもしれない。
あの子の教育に良くないから、変なことを吹き込まないでくださいと回りに言っているのだが、……年寄り連中に根付いた迷信は払拭しようがない。
あの子にも、年寄り連中には耳を貸さないように言っているのだが、耳を貸さないのはむしろ私に対してだ。
甘やかす村中の年寄りたちと、小言しか言わない私では、どちらに耳を貸すかは誰にもわかること。
……あの子がおかしくなってしまったのは、年寄り連中のせいに違いないのだ。
妙な昔話や迷信を幼い頃から吹き込んできたに違いないのだ。
それさえなかったなら、あの子も、ごく普通の可愛い子だったに違いないのに!
■母の日記V
ある晴れた学校の参観日。
自炊の授業があり、あの子は慣れた手つきでカレーライスを作って見せた。
同じ歳の子たちが、包丁を扱うのもたどたどしいのに比べると、あの子の包丁さばきは立派なものだった。
先生が私に寄り添い、普段の家での学習のたまものですねと微笑んでくれた。
私は曖昧に笑いながら頷き返して誤魔化しておいた。
……なぜなら、私はあの子に、カレーライスの作り方など教えたことがないからだ。
にも関わらず、あの子は慣れた手つきで野菜の皮を剥き、煮えにくい順に野菜を鍋に入れて見せたのだ。
普通の親なら、思わぬ我が子の活躍に手を打って喜ぶのかもしれない。
でも私の場合は違った。
…そのカレーライスの作り方もまた、私の預かり知れないところで誰かに吹き込まれたものに違いない。
…そう思い、口には出さなかったが不愉快な気分だった。
聞けば、あの子は裁縫もできるし、洗濯もやってのけると言う。
私はそれらを教えたことはないし、また、家でやっているところを見たこともない。
料理にしろ裁縫にしろ洗濯にしろ。
…きっとまた、私の知らない所で、年寄り連中があの子にいろいろと吹き込んでいるのだ。
そして、それだけに留まらず、あやしい迷信を吹き込んで、あの子をオヤシロさまの生まれ変わりに仕立て上げようとしているのだ。
私はそれを主人に打ち明け、あの子と年寄りたちを隔離すべきだと訴えた。
だが、古手神社の神主の立場である主人は、檀家でもある年寄りたちには弱い。
…あの子が可愛がられているならそれでいいじゃないか、と日和見なのだ。
私は反論した。
あの子は私たちの子どもで、ごくごく平均的な女の子であるべきなのだ。
年寄りたちが期待するような、オヤシロさまの生まれ変わりなどと言うあやしいものではないのだ、と。
年寄り連中は、あの子に神通力があると信じている。
明日の天気を当ててみせると話すが、私は傘を持たずに出掛けてずぶ濡れになるところを何度も見ている。
異郷の出来事を知る千里眼があるというが、あの子が熱心に見るニュースの受け売りでしかない。
知らないはずのことを知っているというが、そんなのは影で吹き込んだ人間と、そうだと吹聴する人間のふたつが村内に揃っているからに過ぎない。
でも……確かに、誰もが一日晴れると信じる日に、あの子は頑なに傘を手放そうとしなかったことはある。
たまたま雨は降り、私たちは結果的に助けられた。
……梨花がニュースで知るより早く、外国の大きな事故を知っていたことは、あったかもしれない。
私は、きっとラジオの速報か何かで漏れ聞いたのだろうと思った。
……知らないはずのことを知っている、というのは…、……今、目の前にあるじゃないか。
あの子は誰に教えられたわけでもなく、カレーライスを作って見せている。
いやいや…そんなはずはない。
誰かが教えたのだ、吹き込んだのだ。
私の預かり知れぬところで、誰かが梨花に何かを吹き込んでいるのだ。
「古手さんのカレーは大変、見事です。先生、花マルをあげちゃいます!」
「……にぱ〜☆」
「古手さんはお料理を誰に習いましたか? やっぱりお家で?」
「……はい。お家なのですよ。」
参観の父兄たちは感心していた。
嘘だ嘘だ。…私は何も教えていない。
誰なの誰なの。…あの子に物事を吹き込んでるのは誰。
あの子はオヤシロさまの生まれ変わりなんかじゃない、私の平凡な娘なのに!
■お疲れ様会4(暇潰し編)
「この度は『ひぐらしのなく頃に〜暇潰し編〜』をプレイして下さり、誠にありがとうございます。むっふっふっふ!」
<大石
「……むっふっふ〜。」
<梨花
「いやいやぁ、何だかんだと言いましても、今回のシナリオは私の独壇場でしたからねぇ。しかも渋いジャズ調なテーマ曲まで追加! これで笑えなきゃどこで笑えってんですかね、なっはっはっはっは!!」
「……というわけで。大石はそろそろ出過ぎなのですよ?」
「ふぇ? そりゃどういう意味ですかね、梨花さ、」
■ズガドガバシバシバシ、ドッギャーーーン!!!
「言葉通りの意味じゃああぁああぁいい!!!」
<魅音
「あれだけ出番があって、ここでまで出張ろうとは、身の程をわきまえないにも程がございましてよーー!!!」
<沙都子
「あ、…あははは。今回はメインヒロインは梨花ちゃん以外、みんな出番ほとんどなかったからね…☆」
<レナ
「今回は外伝的なシナリオだからとは聞いてたけど、ここまでメイン勢が蔑ろにされるとは思わなかったよー!」
<魅音
「魅音さんはまだいい方ではございませんの。多少は登場していましてよ? 私とレナさんなんか、気配も出てきませんですわ。」
<沙都子
「……レナはジャケットとかによく登場してますですから、まだマシなのですよ。」
<梨花
「…ということは、つまりなんですの? ……私だけが、ひとり除け者で出番なし…ということなんでございますの?」
<沙都子
「………………………にぱ〜☆」
<梨花
「ふわぁああぁああぁあん!! 私だけこの扱いはひどいですわぁ〜!! わああぁあん!!」
<沙都子
「……かわいそかわいそですよ。きっとだんだん扱いが悪くなって、最後には脇役に転落しているに違いないのですよ。」
<梨花
「わあああぁあああああん!! そんなのあんまりですわああぁあ〜!!」
<沙都子
「そそ、そんなことないよ…。沙都子ちゃんの好きな人だって、大勢いるんだもん。そんなひどい扱いになんかならないよ? ね?」
<レナ
「こんな扱い嫌ですのぉぉ〜〜!!! わはあぁあぁあぁん!!」
<沙都子
「あ、あはははは…。きっと次こそ出番がいっぱいあると思うな。思うな! 元気出してこ、ね☆」
<レナ
「しっかし……。今回のシナリオはオマケ的なシナリオとは聞いてたけど…。…実際どうよ? 何だか、ずいぶん話がややこしくなったように思うんだけど。」
<魅音
「……ボクには難しくて、よくわかんないお話だったのですよ。」
<梨花
「うーん…。何しろ信じられなかったのが、…連続怪死事件が起こる前の年に、もう梨花ちゃんがそれを知っていたなんて…。」
<レナ
「…ってことはつまり。…全ての事件は最初から予定されたシナリオ、ってことになるんだよねぇ…。…これは…かなり大きい情報だよ…。」
<魅音
「……ボクがきっと巫女なので、オヤシロさまのお告げで未来が分かったに違いないのですよ。」
<梨花
「ん〜〜〜…。人間犯人説の私としては、それは真っ先に否定したいところだなぁ。」
<魅音
「私は祟り派なんで、…雛見沢を見守るオヤシロさまの生まれ変わりである梨花ちゃんに、そういう神通力も、ひょっとするとあったんじゃないかなって思うな。」
<レナ
「あー、ダメダメ! 人間派はそういう得体の知れないファンタジーは一切認めないのー! 事件は全て人間の仕業! 祟りも魔法もBOTもチートも一切なし!」
<魅音
「……ボクは魔法とか使えたら素敵だと思いますのですよ?」
<梨花
「あははははは☆ 梨花ちゃんなら何となく、そういうのが使えてもいいかな〜って思うな。はぅ!」
<レナ
「まぁ、人間派にとっては、最後の最後でとにかくこれはデカい情報だね!
最初の事件から梨花ちゃんが殺され、大災害に至るまでが全てシナリオ。つまり丸々1つの事件だったってことがわかるだけで、推理材料は格段に増えるんだから!」
<魅音
「私は…、この予言こそつまり梨花ちゃんが神通力が使える証拠。
つまり、雛見沢村には、「不思議な力」が存在するんだってことの証拠になると思ってる。人間だけに起こせる事件じゃないことの証明になると思ってるよ。」
<レナ
「……ボクは頭がこんがらかってわかんないです。」
<梨花
「そうだそうだ、それよりもさ!! 今回、梨花ちゃんが見せたあの表情! 何だかコワかったなぁー!」
<魅音
「……みー。」
<梨花
「うん、私も驚いたな…。可愛らしい梨花ちゃんが、あんな笑い方をするとは思わなかったよ…。」
<レナ
「ね、ちょっとさちょっとさ! もっかいあの顔、して見せてよー!」
<魅音
「……やなこったなのですよ。」
<梨花
「わ、私も劇中以外ではしてほしくないな…。はぅ…。」
<レナ
■その時、灯りが消えて真っ暗に。真っ暗だから立ち絵は見えないよ。
「わ?! 何、何?! 停電かな?!」
<レナ
「全員動くなでございましてよーッ!! ヘンな動きをしますと、ペンデュラムから地雷、バズソーで電気椅子行きのトラップコンボをお見舞いしましてよ〜!!」
<沙都子
「…さ、沙都子?! これは何の真似?!」
<魅音
■パッと灯りがつくと、沙都子、富竹、鷹野の姿。
「ほーっほっほっほっほ!! 出番なし軍団、これよりお疲れ様会を占領させていただきましてよ? をーっほっほっほ!!」
<沙都子
「くすくすくす…。何だか素敵な登場をありがとう。改めまして皆さん、こんにちは。」
<鷹野
「いやまさか、こんなところで出番があるとはなぁ。思わぬ出番が嬉しいよ。沙都子ちゃん、ありがとう。」
<富竹
「わ、皆さん、こんにちは〜! ………………きゃ?!」
■バイン、ボヨン、ドカン、ガンガラガッシャーン!!
「あらあら、身動きなさらない方がいいと警告しましてよ〜?」
<沙都子
「…竜宮さん、大丈夫ですか? 北条さん、ここまでやらなくても…。」
<知恵先生
「をーっほっほっほ!! 出番がなかった恨みは恐ろしいんですのよ!」
<沙都子
「……本編の分まで沙都子が大活躍なのです。」
<梨花
「出番なしの恨みってわけか…。くっそ、いつの間にこれだけのトラップを…!」
<魅音
「ここがお疲れ様会の会場に選ばれた、その時点ですでに私のトラップに掛かっていた、ということになるんではありませんの? をっほっほっほ…!」
<沙都子
「……そうか…、わかった…!! あんたの後ろで糸を引いてるヤツがいるね…?! いるんでしょ?! 出てきなさい!!」
<魅音
「…くっくっくっくっく! はろろ〜ん、マイシスター。ごきげんよぅ。」
<詩音
「わ、詩ぃちゃんだ、こんにちは〜! ………ふぎゃ?!」
<レナ
■バイン、ボヨン、ドカン、ガンガラガッシャーン!!
「……同じワナに二度もかかってかわいそかわいそです。」
<梨花
「やっぱり詩音かぁあぁ!! 次のシナリオで主役が内定してる上にこの狼藉! あんた、やってくれるじゃないのぉおおぉ!!」
<魅音
「くっくっく…。解答編前の折り返しオマケシナリオとは言え、お姉だけに出番を許すほど、私も寛大じゃないってことです。ま☆ そんなわけで、ちょっと沙都子を焚きつけさせてもらいました。」
<詩音
「…くぅううぅ…!! 詩音、…あんた、何が望みなの…!!」
<魅音
「安全圏の確保、とでも言いますか。昨今ですね、どういうわけかお姉がジリジリと票を伸ばしてるんですよね?」
<詩音
「うん。綿流し編の前半部の魅ぃちゃん、萌え!ってお便り、結構多いんだよ。」
<レナ
「くっくっく! 小意地の悪いあんたのボロが出て、プレイヤー諸兄はやっと私の魅力に気付いてきたってことだねぇ。沙都子も祟殺し編で好評価らしいし。レナや梨花ちゃんには根強い固定票があるし。あんたの人気もとっくに陰ってるってことだねぇ!」
<魅音
「そういうわけで。
不穏に票を伸ばすお姉や沙都子をここいらでひとつ叩き落しておこうと思いまして。こういう大仕掛けを打たせてもらったというわけです。」
<詩音
「……?! 詩音さん、今なんと言いまして?! 私も叩き落すですって?!」
<沙都子
「…おチビちゃんは気付くのが遅いようで!! そぉらッ!!」
<詩音
「にゃにゃ、にゃ〜〜〜〜ッ!!!!!」
<沙都子
■バイン、ボヨン、ドカン、ガンガラガッシャーン!!
「くっくっくっく! さよならレギュラーの皆さん、こんにちはイレギュラーの皆さん。あんたたちメインヒロインはこれでおしまいです!」
<詩音
「…し、詩音ちゃん。そこまでやらなくても、いいんじゃあないかなぁ…。」
<富竹
「まぁまぁジロウさん。面白いから放っときましょうよ。
私たち二人の出番がいっぱい増えるのよ? ……ジロウさんは私と一緒、…いや?」
<鷹野
「あ……あははははははは! そそ、そんなことないよ! あはは!」
<富竹
「知恵先生〜〜! 先生まで詩ぃちゃんに買収されちゃったんですかぁ?!」
<レナ
「ご…ごめんね、竜宮さん。……詩音さんが、次回のシナリオからは、『教えて! 知恵先生』のコーナーを作ってくれるっていうから…つい…。」
<知恵
「さぁて、っと。誰から恥ずかしい〜処刑をしてあげましょうかねぇ? 大仕掛けを手伝ってくれたお礼に、沙都子からかな?」
<詩音
「それは許しませんよ!!!!
とお!!!」
<入江
「か、監督!!」
<レナ
「何だか珍しく頼もしく見えますわ〜〜!!」
<沙都子
「沙都子ちゃんに対する狼藉は、私、入江京介が許すわけには行きません。私も脇役一派ではありますが…懐柔できると思わないことですよ?!」
<入江
「ありゃ。この後に収録予定の、『生本番!! 沙都子メイド調教、着せ替え編』
<詩音
「…詩音さま。
この入江、一生どこまでも付いて参りますううぅううぅ!!!」
<入江
「懐柔、早ッ!!!!!」
<魅音
「さぁて…。これで全て私の手中ですね! これからはお疲れ様会もシナリオも! 全て私の思うままに進めさせてもらいますね。…………………あれ? 一人足りない?」
「……詩音さま! レナさんがいません! いつの間に抜け出したのか…!」
<入江
「いた。竜宮さん! さっき身動きしてはいけませんって言ったはずですよ!」
<知恵
「レナちゃん! 悪いことは言わない、抵抗しない方が無難だよ…!」
<富竹
「私……悪いけど、こんなやり方おかしいと思います!」
<レナ
「…それは何の真似? ……照明のスイッチ?
なるほど、部屋を真っ暗にした隙にどうにかしようという魂胆ね? くすくすくす…無駄な抵抗を。」
<鷹野
「レナさん。無駄な抵抗はよして大人しくした方がいいと思います。私をあんまり怒らせると、あなただけでなく、お姉たちの処遇も変わってくることになりますよ?」
<詩音
「……灯りを消したくらいじゃ…何もできないよ…。…レナ、ここは悔しいけど言うとおりにした方が……。」
<魅音
「大丈夫、安心して。照明を切ることで、……私たちはこの状況を逆転できるの!」
<レナ
「…逆転…?! …一体、…どんな秘策があると言うんですの…?!」
<沙都子
「……あっはっはっはっは!! レナさんは結構、笑わせるのがうまいですね。なら試してみたらどうです? その逆転ってヤツを試しに見せて下さい。」
<詩音
「……詩ぃちゃんは甘えてる。…本編にいくら出番がなかったからって、こうしてお疲れ様会でこれだけの出番を得ているのに、…甘えてるよ。」
<レナ
「私がいつ甘えたって言うんです…?」
<詩音
「詩ぃちゃんはわかってない。…例えお疲れ様会だけと言えども出演し、過去のシナリオにもあれだけ登場しておいてこの狼藉。……そんな詩ぃちゃんをね、…許すことができない、地獄の怨嗟が…、ほら、聞こえてこない…?」
<レナ
「……そ、そうか! わかりましたわ!!」
<沙都子
「そうか!! 圭ちゃんか!!!
そうだよねぇ、お疲れ様会はいつも出番なし! その圭ちゃんを差し置いてお疲れ様会占領なんて、圭ちゃんが許すはずがない!」
<魅音
「なるほど。で? その立ち絵のない圭ちゃんがどうやってここへ現れると? ……まさか、圭ちゃんに立ち絵が実装されたわけでもあるまいに。くっくっく…!!」
<詩音
「そう思うのが詩ぃちゃんの慢心だよ…!!」
<レナ
「……ッ!! いけない!! 照明を消されたら!!! 知恵先生、レナちゃんを取り押さえて!!」
<鷹野
「え? え?」
<知恵
「もう遅いよ!!!!」
<レナ
■照明オフ。真っ暗。立ち絵は見えないよw
「……助けてぇえぇえ!! 圭一くぅうううぅうん!!!!!」
「…くっくっくっく…。うはーっはっはっはっはっは!!!!」
「そ、その声は……圭ちゃん?!?!」
「レナ、感謝するぜぃ!! 月にすら見放され真の闇が地上を覆いし時、
漆黒の魔王、前原圭一、降ッ臨ッ!!!!」
「なるほど、これなら立ち絵がなくても大丈夫ですわね。」
「……立ち絵も背景もないから、実に製作スタッフに優しいのです。」
「ふっはっははははははははははははは!!! 詩音んんん!!
まるで自分が悲劇の主人公みたいな振る舞いだったが、俺から見れば実に滑稽千万!!! 少しいい気になり過ぎたみたいだなぁああぁ!!
お疲れ様会の度に! 立ち絵がなく、慰労の一杯にすらありつけなかった俺の
怒りを、
恨みを、
悲しみを!!!
今こそ教えてくれるぜえええぇえぇ!!!」
「…な、何だか圭一くん、悪の化身みたいだなぁ。」
「化身じゃない、魔王と言ってもらいたいぜ!! そして今、真の闇に包まれたこの世界はまさに俺の手の平に等しい!! この闇の世界では俺に逆らうことは何人にもかなわぬのだー!!!!」
「……圭一くん、…なんだか怖いな、はぅ…。」
「怖い? わっはっはっはっは!!!
怖いひぐらしの時間はもぅ終わりだぜ!!
ここからはポップでHで萌え萌えなひぐらしが始まるのだぁあぁあぁあ!!!!」
「……なな、何ですってぇえぇ?!
前原さま!
ぜひ私もお供にぃいいぃ!!」
「がっはっはっは!! 監督はわかってるじゃねえかぁあ!! じゃ、お医者な監督を僕に迎えた第一弾として我が魔力を見せよう。ム〜〜ンッ…カアッ!!!」
■変身的な音w
「…きゃ?! な、何なのこれ?!」
「たた、…鷹野さんが……ミニスカな看護婦…ナース服にぃいいぃ!!
しかもピンクとかのエロゲー的な色じゃない!
わかってる!!
ちゃんと清楚な純白だああぁあ!!」
「看護婦の分際で本編で一度もナース服を着ないとは笑止千万!! さぁてっと。…次の標的は、っと…☆」
「…レ、…レナぁあぁ!! これじゃあ全然形勢は逆転してないよ! 新しいピンチを迎えちゃってるよ〜〜!!!」
「はぅ〜!! こんな真っ暗じゃ、私にもどうしようもないよ〜〜!」
「さぁて、次は誰にどんな衣装を着せようかねぇ〜? 手堅く、
制服、
体操服、
スク水の三段コンボでも決めとくかぁ〜?!?!」
「前原さま、最高っす〜〜!!!!! その後はバニーさんにバドガールに、いえいえ、ランジェリー姿もいいですねぇ!! いやいや!!
いっそ、みんな全裸にしちゃうってのはどうでしょう〜〜!!! も、もちろん、靴下は残すのでありまっす!!!」
「わおおぉおぉ!! それいい!! わかってるじゃねえか!! か、…監督…!!
俺、やっとあんたと打ち解けれた気がするぜ!!!」
「いえいえ、前原さん。…いえ、K。
私のことはこれからはイリーと。
Drイリーとお呼びを〜〜!!!」
「Kぇええぇい!! 僕たちのことも忘れちゃ困るよ!!」
「むっふっふ! トミーとクラウドも、常にKの側にありますよぅ!! んっふっふっふ!!」
「トミー!! クラウド!! …ついに揃ったぜ…。
四天王、ここに見参だあああぁあ!!!」
ついに。
…Kを筆頭に、悪の四天王が揃い踏む。
暗黒を得て、ついに地上に降臨を果たした漆黒の魔王、前原圭一。
その魔力は絶大にして無比!!
この闇では…誰にも立ち向かえない!!
屈する他ない!!!
あぁ、ヒロインたちはこの闇を抜け出せず、魔王たちの思うがままに、恥ずかしい衣装を次々と強要され、
永遠に等身大着せ替え人形の扱いをされてしまうのかッ?!?!
っていうか、スク水はちゃんと旧タイプだろうな?!
競泳型だったら許さんぞおぉおおおぉお!!!
「……ったく〜!! 詩音!! あんたのせいでこうなったんだから、あんた何とかしなさいよ〜!!!」
「大丈夫ですお姉。暗闇の中で真の力を得るのは圭ちゃんだけじゃないです。」
「……え? そんな都合のいい味方、…ここに居ましたっけ?」
「がっはっはっはっは!! ちょこざいな、園崎詩音!! ちなみに校長先生を期待してるなら残念だな!! 『男子本懐ここに極まれり!
漢たるもの最善を尽くすべし!』とお墨付きがちゃんとあるのだ〜〜!!!
もちろん、新登場の赤坂さんに頼ろうとしても無駄だぜ!
昨日からお嬢さんを親類に預けて夫婦水入らずで温泉旅行だそうだからなー!!
つまり!
八方塞がりってわけさぁ!!」
「…甘いですね圭ちゃん。…立ち絵があるキャラにだって、闇でこそ真の姿を晒せるキャラだっているってことです。
………知恵先生!!!」
「………そういうわけです、前原くん。」
「……真っ暗でよく見えませんけど、何だか知恵先生の服装が変わってますわね。…なんですの? あの両手にいっぱいの剣は。……ま、まさかそんな!! 黒…むが…!!!」
「……それ以上はナイショなのですよ。にぱ〜☆」
「…前原くん? …少しオイタが過ぎたようです。これ以上は教会も見逃せません。」
「ちょちょ、ちょっと待てよ、ここ、これはないだろ、ズルだろ、反則だって!!!! おい、こんなのナシだろ?!?! わわ、ちょ、そのデカイのはまずいって!!! えぇえ?! ゲージ技って、出掛かり無敵かよッ?! 第七聖てッてッッて!!! ぎゃぎゃぎゃああぁああぁああ!!!!」
■ドドドドドド、ドーーーーーーン!!!!!(多段ヒットw)
■アイキャッチ
「あははは…。改めましてこんにちは。この度は『ひぐらしのなく頃に〜暇潰し編〜』をお楽しみ下さり、誠にありがとうございました。」
「もうすでにご存知と思いますが、『ひぐらしのなく頃に』は選択肢のないタイプのサウンドノベルです。ですので、選択肢を選ぶADV的なサウンドノベルに比べると、小説や映画に近いセンスだったと思います。…その意味において、ゲームと呼ぶべきではないのではないか、というご意見を頂戴することもあります。」
「小説や映画のように、観劇するだけならば『ひぐらしのなく頃に』は、ゲームとはなりません。……ですが、ご存知の通り、劇中にはたくさんの謎が提示されています。それらに挑もうとした時、…この作品は初めてゲームとなるのです。」
「プレイヤーの皆さんには、この謎に満ちた物語を様々な角度から捉え、吟味する権利があります。…例えば、劇中に散りばめられた謎について、推理をし、それを発表して反響を得たりすることもまた、楽しいかと思います。」
「当サークルでは、その推理やご意見を発表する場として、サークルのHPに、ネタバレOKの専用掲示板『魅ぃ掲示板』を設けさせていただきました。この掲示板で、『ひぐらしのなく頃に』をご縁に、様々な方とのコミュニケーションをされるのも、また楽しいことだと思います。」
「当サークル、『07th Expansion』のHPへは、<オマケ>内の<ホームページ>をクリックすると飛ぶことができます。アドレスを申し上げますと、
http://07th−expansion.net/
になります。」
「また、作品のご感想等、お送り下されば、送り手としてこれほどうれしいことはありません。ぜひどうか、竜騎士7(fujix@mcn.ne.jp)までご感想をお聞かせ下さいね…☆ もちろん、HPのBBSへの書き込みも大歓迎です。」
(アドレスはジャケットにも記載されています。ご確認ください)
「いよいよ…、次回のシナリオから解答編。
『目明し編(仮称)』となります。
……でも、解答というのは寂しいもので、明かすことによって、これまで許されていたあらゆる可能性への想像が、急激に狭められてしまうという悲しい力があります。」
「その意味において、解答編直前の、今ここにおられる皆さんは、…多分、『ひぐらしのなく頃に』という作品を、一番楽しむことができる場所におられると思います。」
「もしも、ここをお読みの時点で、すでに『目明し編』のシナリオがお手元にあるならば。どうかそのシナリオに入られる前に、存分に推理や仮説、空想をお楽しみいただきたいのです。…その余地こそが、一番の醍醐味なのですから。」
「………あはは。厚かましいことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。『ひぐらしのなく頃に』をお楽しみいただけたなら、それに勝る喜びはありません。」
「さて。では恒例の最後の贈り物、ミニゲーム! 今回もスタッフのBTさんが腕によりをかけて、最高に楽しい作品を仕上げて下さいました。あはは、すっごく楽しいですよ☆ レナの登場とかにはかなり笑わされます。ぜひ遊んでみて下さいね。」
「それでは、素敵な夜長を…! 雛見沢村で、皆さんをお待ちしていますね…!
レナと遊んでくれるなら…一緒に宝探しに行きたいな! はぅ☆」