浜田義一郎 編訳
にっぽん小咄大全
目 次
とかく人というものは
愚か村ケッ作集
てんやわんや
過ぎたるは及ばざるがごとし
愚か村紳士録
がめついやつ
小咄論理学
見たり聞いたり試したり
ずるいやつほどよく眠る
女ごころ
この親にしてこの子
そうは問屋が
しょうばい商売
笑話国綺譚
狂想曲
わが胸のそこのここには
物は言いよう
口は禍の門
あとがき
出典
[#改ページ]
とかく人というものは
ご託宣
「かくべつ望みもござりませぬが、なろうことなら、お金をたくさん、美しい妾を七八人、そして千年の寿命をお授け下され」と氏神に願をかけると、ある夜の霊夢に、
「もっともの願いなり、しかしその願いがかなうなら、おれも神にはなっていぬ」
[#地付き](軽口福ゑくぼ)
口まめ
人のうわさ話をしているところへ、口まめな男が来る。
「お手前は見たり聞いたりしたことを、胸にたたんでおけない人だが、きょうの話だけは他言して下さるな」
と銭を百文やれば、
「何で申しましょう」と、銭をふところに入れて帰る。
夜なかに門をたたく者がある。だれだと聞くと、例の男、
「何用で来られた?」
「イヤ、昼くだされた銭を返しに来ました。どう思案しても、聞いたことは話したくてならぬ」
[#地付き](軽口曲手鞠)
銭がほしい
小銭にくずそうと、夜、両替屋へ行き、門《かど》違いして隣をたたく。うちより、
「だれじゃ」
「チト銭がほしゅうござる」
と言えば、中から、
「おれも欲しい」
[#地付き](軽口片頬笑)
顔はみない
「聞いてくれ。今|はで《ヽヽ》な女が通った。まず腰帯が金襴、ふんどしが緋ぢりめんに金糸で立浪の縫取り、おりよく風が吹いて雪のような股《もも》が見えた」
「そりゃさだめし、きりょうもよかったろう」
「やぼめ、あお向く間なんかあるものか」
[#地付き](座笑産)
目がくらむ
僧の還俗《げんぞく》したのをたずね、昔話をしていると、おでこで出ッ歯で鼻ぺちゃの女がいる。下女かと思えば、あれが本妻だと聞き、
「何の因果であんな女を」といえば、
「何を言われる。還俗まぎわのせっぱつまったときは、目がくらむものだ」
[#地付き](醒睡笑)
花盗人
秘蔵の梅を隣からはさみで切るを見て、旦那大きに腹を立て、久三を呼び、
「アレをキッと叱れ」
「かしこまりました」と、はしごを掛け、塀の屋根へあがり見れば、十七、八の美しき娘が、はさみを持ち、梅の枝を折るていなれば、
「どの枝が欲しい」
[#地付き](噺雛形)
奈良の田舎を
奈良から京へのぼった人、三条の橋詰に宿をとる。宿の内義が、
「これ田舎衆、風呂がよい、入らっしゃれ」
と田舎者あつかいにしたのを無念がり、風呂の中で、謡曲をうなった。
※[#歌記号]奈良の田舎《ヽヽ》を立ちいでて……
[#地付き](軽口機嫌袋)
素人鍼《しろうとばり》
はり稽古のため、酒屋のご用聞きに、
「一升買うから、はりを打たせろ」と言えば、ご用聞き、主人思いで、承知する。おもむろに銀の針を出して一本打ち、サテ抜こうとするが、どうしても抜けない。迎え針をしようと、取っておきの金の針を打つと、これも抜けず、せんかた尽きて、
「この針は高いものだが、おまえにやる」[#地付き](楽牽頭)
敵は本能寺
釣に行って金を五十両釣って来たと聞き、そんならおれも行こうと品川沖へ出、大きな鯛を釣り上げ、針を抜いて海へ投げ、
「いまいましい、うぬじゃない」
[#地付き](茶の子餅)
遠隔操作
田舎もの遠めがねを見ながら、手を出してめがねのさきをいじる。そばから何をすると聞けば、
「向こうの橋の上にお金が落ちている」
[#地付き](新板落しはなし)
凧
息子が凧《たこ》をあげてもあがらず、親父出て、
「どれどれ、おれがあげてやろう、向こうの河岸へ持っておいで」と子をつれて行き、一走りすると、よくあがる。親父おもしろがって、引いたり、しゃくったり余念なし。
「父《とつ》さん、モウおれにくれよ」とせっつけば、
「エエやかましい、おまえを連れて来なけりゃよかった」
[#地付き](聞上手)
横柄《おうへい》
大尽のところへ出入りの者、年始に行き、座敷へ通り、はるか末座に平伏し、
「結構な春でござります」
大尽髭をなでながら、
「いい加減な春だ」
[#地付き](楽牽頭)
騎士道《ギヤラントリー》
朝、楊枝《ようじ》を使いながら井戸端へ来るところへ、隣の嫁が水汲みに来るを見て、
「どれどれ、わしが汲んで進ぜよう」と手桶へこぼれるほど汲んで、
「もっとかえ、何ばいでも汲んで上げますよ」
「ハイ、もうようございます。おかたじけのうございます」と、さげて行くあとへ、向こうのおばば、
「オオよいところへ来ました。わたしにも一杯汲んで下され」と、手桶を出せば、この男ふしょうぶしょうに井戸をのぞき、
「水があればよいが」
[#地付き](再成餅)
黙認
女が木へのぼるを見つけ、
「コリャ、首をくくることはならぬ」
と言えば、女とびおりて、
「どうぞ、お慈悲に見のがして下され」
と、ぴったり抱きつくと、番人ぐんにゃりとなり、
「そんなら早く、くくって帰れ」
[#地付き](近目貫)
右へならえ
きょうの花見には何ぞめずらしい趣向でゆこうと、いろいろ案じ、十人ばかりみんな脇差を右へ差し、しゃれた身なりで三囲《みめぐり》の茶屋で休んでいると、あとから医者のような坊さま*が来て、同じく腰をかけ、十人ばかりがみな右へ差しているゆえ、肝《きも》をつぶして右へ差しかえる。
[#地付き](福来すずめ)
[#ここから4字下げ、折り返して6字下げ]
* 僧が遊里へ行くとき、おなじ坊主頭の医者に変装し、そのときだけは脇差もさす。
[#ここで字下げ終わり]
斜陽
紙くず買い、裏だなの女ひとりの家にて、紙くずを買えば、籠の中から琴の爪が三ツ出る。
「琴の爪を持たれるからは、よい衆の果てであろう。世の移り変りでこんな暮らしをなさるとは、おいとしや」と同情すれば、
「わたしも以前は美々しい暮らしをしたもの、その琴の爪も近いころまで、五ツそろって持っていましたに……」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
欲
友だち仙人になり、二三十年ぶりで山中で逢い、昔話に時をうつし、別れるときに、
「貴様にみやげをやろう」と、小石を指さすと、仙術でたちまち黄金になる。
「わたしは、あれはいりません」
「それなら、もっと大きなのが欲しいか」と大きな石を指させば、またこがねになる。
「それも欲しくない」
「何が欲しい」
「その指がほしい」
[#地付き](気のくすり)
食い物の怨み
権兵衛、祝いによばれ、膳の上はうまい物ぞろい、だんだんたいらげて奈良漬の香の物を、かかアへのみやげにしようと残して置けば、隣の客がそしらぬ顔で権兵衛の奈良漬をはさんで食う。ムッとしたが胸をおさえ、亭主に、
「ぶしつけながら中座いたします。いかいご馳走になりました」と、あいさつして立つと、隣の客、
「モシ、お扇子が残っています」
権兵衛立ち戻り、
「コレ、わしが扇子を忘れようが、奈良漬を忘れようが、大きにお世話だ」
[#地付き](室の梅)
お国自慢
「太郎冠者あるかやい」
「御まえに」
「汝いとまを乞うて国へ行って来たが、国はどこじゃ」
「丹波でござります」
「ナニ丹波とや。そんなら鬼を見たであろう」
「イヤ鬼も故人になりまして、その怨念《おんねん》で大きないが栗ができます」
「どのくらいある」
「おおかたこのくらい」
「嘘をいうやつ。それでは擂鉢《すりばち》ほどある」
「いかさま。このくらい」
「イヤそれでもまだ嘘じゃ」
「このくらい」
「まだまだ」
「さよう仰せられては、いがで手をつきます」
[#地付き](口拍子)
一ぱいくう
寒夜に家来を使いにやるとて、
「今宵はいこう寒い。燗《かん》させて一杯呑んで行け」と、燗をさせる。
「もはやよかろう。もって来い」と、旦那ばかり呑み、
「よい心もちじゃ。このいきおいで行ってこい」
[#地付き](百登瓢箪)
戸じまり
盗人、貧しい家にはいり、見まわしても鍋一つなし。腹を立てて、こんな家もあったものかと、つぶやきながら出ようとすると、二階から、
「出て行くなら、戸をたてやれ」
[#地付き](かす市頓作)
通小町
お姫さまに、思いまいらせ候の文つけたれば、百夜過ぎなば必ず逢わんとの返事うれしく、雨のふる夜も風の夜も、通い通いて九十九夜目、車の榻《しじ》へ通うたしるしの疵をつけて帰ろうとするところへ、腰元出て袖をひかえ、
「お姫さまの仰せには、一夜ばかりはおまけにして、お寝間へお連れ申せとのこと」と言えば、男もじもじと尻ごみして、
「イヤハヤどうも」
「なぜそのように、おっしゃります」
「アイ、わたくしは日傭《ひよう》とりでござります」
[#地付き](鹿子餅)
男の意地
若い者ふたりけんかをはじめ、堪忍ならずば抜け、心得た、とスラリ抜こうとするとき、
「ここでは場所がわるい。河原へ行こう」
「もっともだ」とふたりうちつれ河原へ行く。川ばたへ来るとひとりが、
「もう堪忍してくれ」
「腰ぬけめ、何でわざわざここまで来た」
「さきほどの人なかでは、どうも堪忍せよとは言われぬわ」
[#地付き](軽口福ゑくぼ)
話術
「芝の切り通しに狼が百ほど出る」
「とんだ嘘をつくやつだ」
「イヤイヤ五十ほど出る」
「ナニうそを」
「四五匹はたしかに出る」
「とほうもない嘘をつくやつだ」
「イヤどうやら出そうな所だ」
[#地付き](流行咄安売)
大入道
「八よ。おれはゆうべ大入道に出会った。ぐっとおさえつけて、たぶさ*をつかんだ」
「入道にたぶさがあるもんか」
「サ、そこが咄《はなし》だ」
[#地付き](今歳花時)
* 髪を頭の上にたばねたもの。
同感
すみ田川のほとりにかすかなる庵《いおり》をむすび、窓のつくえにもたれ、書物など見ているていを見て、あのようにして暮らしたら、浮世のこともわすれ、さぞおもしろいことであろうと、うらやみて見ていけるに、閑居の人縁先へずっと出て、大あくびして、
「アア金がほしいナア」
[#地付き](うぐひす笛)
ぶしょうくらべ
ぶしょう者、風呂敷包みを背負い、ふところ手してあるくうち、腹がすいて包の中の握り飯を出して食いたいが、せっかくのふところ手を出すのもめんどうと思っていると、向こうから来た男、菅笠をかぶり、空腹と見えて大きく口をあけているので、
「モシ旅のお方、わしの包みをおろして、握り飯を出して、口へ入れてくださったら、お礼にあなたに二ツ三ツは上げましょう」と言えば、
「そんなめんどうをするくらいなら、この笠の紐をむすびます」
[#地付き](咄角力)
大仏のしびれ
大地震で皆々さわげど、大仏はいつものようにゆるりとしてござるゆえ、仁王かけつけ、
「こんな地震に、なぜ落ち着いてござる。早くそとへお出なされい」といえば、大仏、
「然らば藁《わら》*を二三|把《ば》くれい。久しく立たなんだので、しびれがきれて立たれぬ」
[#地付き](福禄寿)
* 藁をなめて額へ貼ると、足のしびれのまじないになる。
倹約選手権
神田に倹約指南所と表札をかけて、あまた門人のいる先生あり。浅草にも同じく指南所があったが、神田の先生がはやって、自分の方が次第にさびれるゆえ、奥儀があらば聞きたく思い、神田へ行き、初めてまいった手みやげにと、藁しべ十本を差し出し、「奥儀をお伝授下されたし」と言う。神田の先生これを見て、
「これはおびただしい調宝の品、いたみ入ります。わたくしもかくべつ伝授することはござらぬが、まずこれだけの品物があれば、五十軒ぶんの進物になります」
「それはどういたします」
「この藁しべを二三|分《ぶ》に切り、この紙も、こう切りまして、こう包みまして」
[#地付き](福来すずめ)
初音
「だれかほととぎすの初音を聞いたか」
「聞いたとも聞いたとも。きのうの朝きいた」
「それは遅い、おれは四五日前にきいた」
「四月に入って聞いたのでは遅い。おれは先月の末にきいた」
「ナニ先月だ? おれなんざ去年の夏きいて置いた」
[#地付き](鯛の味噌津)
無言の行
三人あつまり、夜中まで無言で月を拝もうと決める。ひとりがあくびして、
「ものは言わずにはいられぬものだ」というと、
「無言の約束にものをいうか」
残ったひとりが、
「まだ言わぬのはおればかり」
[#地付き](露新軽口ばなし)
下戸くらべ
酒屋の前を通ってもムカムカする大の下戸あり。隣町へ上方から大下戸が越して来たと聞き、くらべて見ようと尋ねて行き、
「お前さまの下戸はどのくらいでござる」
「サレバまあ聞いて下され。先日も樽柿をたべて酔っぱらい、前後忘却、醒めてから面目を失いました」と話すうち、聞いてる方の顔がまっ赤に。
[#地付き](聞上手、二)
反射作用
風呂にはいっていた男、にわかに顔色変り、
「アア苦しや。船酔いの心もちがする」と言って、嘔吐する。
「これは何事ぞ。海はなし、船はなし……」とふしぎがると、
「イヤ、今ここを通った大ひげの男が、さきごろ乗った船の船頭にそっくりだと思った途端に、酔ってしまった」
[#地付き](醒睡笑、広)
[#改ページ]
愚か村ケッ作集
三遊亭金馬(三代目)師匠の随筆『浮世断語』にこうある。
*
東京新聞の夕刊にスズメ酔払う≠ニいう見出しで、雀の手捕えの話が出ている。「五日早朝、鳥取市周辺の農協で、アルコールにひたした雑穀を餌に、酔わして退治する珍らしい方法で大成功をおさめた。写真は『雪の上へ酔って寝た雀』」とごていねいに写真入りででかでかと載っている。これは咄家《はなしか》の発明として専売特許でも取っておきたかったようなおもしろい話である。
*
金馬師匠が、専売特許でも、と言うのは、居候の咄で、若旦那がいろいろの発明をするくだりに、「雀を手づかまえにするほうとして、味醂の中へ米を漬けておいて、柔らかになったのを、雀の来そうな広場へまいてやると、それを雀が食べて酔った時分に南京豆をまいてやる。酔っぱらった雀が南京豆を枕に寝る。そこを手づかまえにする」とあるのをさす。
ところが、右図は美人画で有名な浮世絵師鳥居清長のかいたもので、一八〇年ほど前に出た本の挿絵だが、雀たちは南京豆でなくカヤの実やナツメの実を枕にして寝ている。人間の考える事は古今変らないとみえる。
(挿絵省略)
尻をかかえる
盗人ふたり宝蔵に入り、ひとりが二階に上って下の者に壺を渡すとき、
「尻をしっかり抱えろよ」
「心得た」
「ソラおろすぞ、しっかり抱えたか」
「ウンとしっかりかかえているから、だいじょうぶだよ」
と自分の尻を抱えていたからたまらない、手を放すと下へ落ち壺はさんざんに割れた。
[#地付き](多聞院日記)
千丈の堤も一穴より
芝のある寺を訪《たず》ねた客、思わず夜をふかし、泊まってゆく。勝手知らぬ客のため、十四五の小僧をそばに寝させたのを、客は勘違いして、小僧は脚気の薬と聞く、薬喰いをこころみようと、そろそろものすうち、小僧目をさまし、大きに腹を立ち、そのままはね起きて、縁がわに走り出、手水鉢《ちようずばち》の水を一杯、ドクドクと飲み、
「客人づら奴《め》、水が漏ったらきかないから」
[#地付き](正直咄大鑑)
遅かりし
「権助や、もう寝な。消し壺へよく水をかけたろうな」
「ハイ、水をかけました」
「さっき茶を一斤|焙《ほう》じたが、あれもよくさましてしまったか」
「ハイあれもよく水をかけて、しまいました」
[#地付き](猫に小判)
虎の字
「犬がおどすときに、小指に虎という文字を書けばおどさぬ」
「それでも、いつぞや書いて通ったけど、上の町の犬がおどした」
「イヤイヤ、それはいちがいには言われぬ、無筆の犬なれば、しょうこともない」
[#地付き](露新軽口ばなし)
論理
床の間の掛け物を見て、
「ハハァ探幽、書いたり書いたり。わたくしはこのあいだ富士へまいりましたが、とんとこのとおりでござります」
と言えば亭主、
「あの山の上から、わたしの家も見えましょうね」
「とんでもない、なんで見えるものか」
「ハテナ、見えるはずだが。わたしどもの物干《ものほし》から富士がよく見えるが」
[#地付き](福来すずめ)
雪の幅
大雪の降るとき、所用あって下男に使いに行けと言いつけると、
「雪が深くて行かれませぬ」
「何尺つもっている」
「厚さは七八寸でござりますが、幅は分りませぬ」
[#地付き](百物語)
頭に息出《いきだ》し
酒を買いに行く。番頭、呑口へ升《ます》をあてがっても酒が出ぬゆえ、樽のふたに錐《きり》で息出しの穴をあけると、呑口から滝のごとく出る。酒買いそれを見て涙を流すゆえ、
「お前はなぜ泣きなさる」と言えば、
「聞いてくだされ。拙者の親は三年前に、小便つまりで相果《あいは》てました。もし頭に息出し穴をあけたら、助かったであろうに」
[#地付き](売集御産寿)
強情
座頭《ざとう》に仙台浄るりをかたらせるに、
「九寸五分の大太刀《おおだち》を、スルリとぬいてさしかざし、バラリバラリとなぎたおす」とかたる。
聞く人、腹をかかえ、
「九寸五分の大太刀とはおかしい」
と言えば、座頭、扇をたたいて、
「幅《はば》が幅が」
[#地付き](聞上手、三)
むだ
ちょき舟に乗った客、命から二番目の銀ぎせるを川の中へおとし、
「南無三《なむさん》ッ」
船頭きもをつぶし、
「どこらへ落ちました」
「ここだ、ここだ」
船頭尻ひっからげ、ここかえ、と言いながら、指に唾をつけ、ふねの小べりへしるしをつける。
[#地付き](売集御産寿)
磁力利用
仙台の軽張りのきせるを持って、息子舟遊山に出る。友だちが、
「ナントそのきせるを川へ浮かべて見ぬか」
「ウム浮かべて見よう」と水の上へソッと置けばズブズブと沈む。皆々おしいことをしたのうと言えば、息子すこしもさわがず、
「ナニ近いうちに磁石を持って来て、浮かして取ろう」
[#地付き](聞上手、三)
手提金庫
抜けた男、かけ硯《すずり》を盗まれ、人が気の毒なと言っても、少しも驚かず、
「ようござる。やがて持って来て返しましょう」
「なぜに、まじないでもなされたか」
「イヤそうではござらぬが、鍵はこっちに有るから、あけることはなるまい」
[#地付き](軽口居合刀)
念入り
老人橋を通りかかり、橋板のすきまへ杖を突っ込んで、ハッと思うはずみに手をはなし、杖は川へ落ちる。老人しばらく思案して、腰より扇を出し、かの穴へ突っ込み、手をはなし、
「ハハア、このコツじゃな」
[#地付き](茶の子餅)
むかっ腹
「隣の又右衛門はおとなしい人と聞いていたが大違い、ひどいムカッ腹たちじゃ」
「イヤ、又右衛門は少々のことでは腹は立てない人じゃ。なんで腹を立てられた」
「きのう又右衛門が昼寝していたから、豆つぶほどの火を耳に入れた。そしたら、ことのほか腹を立てた。評判とは大違いじゃ」
[#地付き](百登瓢箪)
親同士夫婦
「コレ倅ども、おぬしらもそろそろ嫁をとらずばなるまいし、妹どもも年ごろになった。一人前百両ずつとして四百両かかる。商いを油断なくせい」といえば、二男が、
「よい分別がござります。兄貴のよめには妹のお百、わたしが嫁は末のおきん、ということにすれば、ひと婚礼五十両にしても、百両ですみます」
親父あきれはてて、
「そんなたわけとは知らずにいたが、言語にたえた畜生め、ものいうもけがらわしい」と、ついと立って奥へ入れば、あと見送って、
「親同士夫婦でいながら」
[#地付き](茶の子餅)
顔役の礼
いさみ肌の八兵衛、子供のかかった医者へ行って、
「おかげで息子めをひとり拾いました。わっちのことだから、お礼にあげる物とてござんせん。その代わり、どこででもけんかをなさったら、八兵衛の子分だとおっしゃりませ」
[#地付き](聞上手)
雷
いたって雷ぎらいのいさみ肌の男、ぶらぶら涼みに出て夕立にあい、いな光りすさまじくグヮラグヮラピシャリと今にも落ちかかるように鳴りわたれば、顔面蒼白、逃げたいにも逃げられず、大道へあおのけにふんぞり返り、天を睨んで、
「サアどうでもしゃァがれ」
[#地付き](寿々葉羅井)
啖呵《たんか》
いさみ肌の仕事師、祭り万燈《まんど》をかつぐとすぐけんかをはじめての言いぶん、
「きょうの祭に出るからは、生きて帰る気なんざねェや。けさうちでお袋と水盃して出て来たんでェ」
[#地付き](飛談語)
スケジュウル
「祭も首尾よく済んだ。池の端の料理茶屋で祝いをしよう」
「そりゃよかろう」と頼みに行くと、
「お料理はけんかの前に出しましょうか、後に出しましょうか」
[#地付き](近目貫)
火事場の火
火事場へ隣町の番太郎が十能を持ってやって来る。
「あんまり寒いから、これに一杯火を下され」と、取ろうとするのを、さんざんに叱ると、
「吝《しわ》いやつがあったものだ。これほどたくさん有る火を、どういうわけでよこさないのだ。オノレ、おらが方の火事にも火はやらぬぞ」
[#地付き](枝珊瑚珠)
風の通い路ふきとじよ
ばくちで裸になり、体裁《ていさい》が悪いから二階で寝ていこうと、上ったものの寒くて寝られず、
「亭主や、下から風が来て寒くてならねえ」と言えば、
「オット心得た」と梯子《はしご》を外す。
[#地付き](楽牽頭)
愚か村盗難事件
盗人、夜なかに忍び入り、見てまわると何もなく、米|櫃《びつ》に米なく、味噌桶に味噌がない。見かけと違ってひどい貧乏と、あまり気の毒さに夫婦をゆり起こし、
「おれは盗みにはいったが、あまりの貧しさ。気の毒だから助けてやろう」と金子《きんす》を二分出してやると、夫婦よろこんで厚く礼を言って別れ、一二丁も行くと、あとから亭主、
「泥坊、泥坊」と追ってくる。
「オノレ、恩を仇で返す人《にん》畜生め、まッ二ツにしてくれん」と立ちどまれば、
「アイ、おたばこ入れが落ちておりました」
[#地付き](気のくすり)
妙齢
なんぼ馬鹿でも、十七となれば袖を短くしてやろうと、袖とめの日、近所の若い男が、
「お娘《むす》、袖とめめでたい。ドリャ見せな」と言えば、娘右手をあげる。
「コリャアなんとも言えない」と言うと、左の手をあげて、
「こっちも」
[#地付き](鹿子餅)
下男の謎
旦那、謎がすきで、どんな入りくんだ謎でもといてしまう。手代をはじめ出入りの者、何とか困らせようと工夫をこらしても、かなわず。ある日、久三が、
「旦那さま、ちっとむずかしいのを、あげましょうかい」
「わいらの謎は聞くに及ばぬ」
「いやマアお聞きなされませ。ハイ、まず首が二ツ、足が十九本、手が四本、臍《へそ》が七十九、尾が三すじ、目が十七、羽がはえて飛べない、歩くことの早いものなアに」
さすがの旦那、どう考えてもとけず、
「口おしいが、とけない。あげよう。何と解くぞ」
「ばけ物」
[#地付き](軽口大黒柱)
落馬
仕事師がふたりづれ、弁当を腰につけて、花見に行き、
「なんだ、人をばかにしてやがる。おいらが来たと思って、八重ばっかりある」
「腹ア立ちゃんな。一重は落馬したんだろう」
「べらぼうを言うじゃねえか。落馬とは馬の死んだことだ」
[#地付き](座笑産)
来世
出家、狩人に出会い、
「そなたは物の命を取って渡世とする悪い了簡《りようけん》、この世でそのように獣を殺せば、来世で殺した獣となり、身を苦しめる。悪いことは言わぬ、殺生をやめられよ」と言えば、
「そんなら、この世で狐を殺せば、あの世で狐になりますか」
「いかにも狐に生まれます」
狩人涙をながして恐ろしがり、やがて鉄砲に口薬をこめ、出家を目がけて進み寄れば、出家色を変え、
「これは迷惑、何をしなさる」
「ご異見にまかせ、来世のために貴僧を殺し、坊主に生まれて助かります」
[#地付き](室の梅)
律義者《りちぎもの》
「権兵衛殿、よい春でござる。時に貴公さまはお好きだから、もうお初めになったろう」
「なにを」
「ハテれいの事を」
「れいの事とは何でござる」
「これはしたり、ひめ初めの事でござる」
「ひめ初めとは何の事」
「ハテそらぞらしい。一夜明けて亥の初春でござるから、あらためてかの事をおかみさまと……」
「今年は亥でござるか」
「さようさよう」と言えば、感心した顔で、
「道理で昨夜、鼻いきを荒くいたした」
[#地付き](軽口噺)
体験
「金を拾うとうれしいというが、おれも拾って見よう」
と、一分投げて拾って見ても、ねっからおもしろくない。
「チト遠くへ投げて見よう」とヒョイと投げると、どぶの中、落ちてから一日どぶをさらって、ようよう探し出し、
「わかった」
[#地付き](今歳噺二編)
経験者は語る
供の小者いうには、
「もし、旦那さま、ここは人ごみでござります。お腰廻りを気をつけられませ」
「よく気がついた。さっき持たせた風呂敷包みも気をつけい」
「それはさっき取られました」
[#地付き](軽口福おかし)
手がふさがる
値段を聞きに行くと、五十五両という。
「忘れると困るから、ちょっと書いて下さい」といえば、手代が、
「五十五両がおぼえにくければ、ソレ、指を折って五十両、こちらの指もこう折って五両、これで覚えて行けばよい」
「よしよし、のみこんだ」と、両手を握って出て行ったが、また立ちかえり、
「コレコレ、どうか五両負けてくれまいか」
「ナゼ」
「これでは戸があけられぬ」
[#地付き](聞上手)
死んだのは
「さてさてりっぱな弔《とむら》いだ」と、大勢立って見ていると、田舎者、
「モシこれはどなたが死にましたのでござります?」
「これかえ、病人が死にました」
[#地付き](室の梅)
空豆
「モシ大家さん、夜這いのことを豆泥坊というのは、どういう因縁でござりやす」
「ハテ、女のかくし所を豆というわサ」
「ヘエ、わっちらのかかァなんざ、何だろうね」
「素人《しろうと》だから白豆さ」
「ヘエ、芸者や女郎のは」
「くろうとだから黒豆サ」
「乳母《おんば》のは」
「大きいからナタ豆とでも言うようなものサ」
「十六七の娘のは」
「おしゃらく豆サ」
「こいつァいい、そんなら天女はどんなもんだね」
家主しばらく考えて、
「ハテ、空豆さ」
[#地付き](一口饅重)
小言指南所
小言指南所と看板をかけた家へ、すいきょう者これは珍らしい少し習おうと行く。玄関で、おたのみ申しますと言えば、弟子が出て、
「ハイ、どなたでござります」
「近所の者でござります。先生ご在宅ならきょうからお弟子になろうと存じます」
「コレハようおいで。先生はうちにでござる」と座敷へ通す。先生、出てくるとすぐ、
「貴様は何しに来た」
「きょうよりお弟子になろうと存じて」
「ナニ、弟子になりに来た? ぶしつけ千万、なぜ一年も二年も前に約束しないで、いきなりやって来た。その分《ぶん》には置かれぬ。慮外者、手打ちにいたす」と、刀をひねくるゆえ、男きもをつぶし、
「このベラボウめ、何で一年二年前に約束をするもんだ。教えるのがいやなら、教わらぬだけのこと、先生と言えば、いいかと思ってつけあがるべらぼう野郎め、うぬに手打ちになってたまるか。たわ言《ごと》つくと踏み殺すぞ」と立ちあがると、落ち着いた顔で、
「よほどお下地があります」
[#地付き](軽口噺)
道楽息子
道楽指南所へ米屋の息子来たり、お弟子になりたいと師匠に会う。師匠息子に向かい、
「当年はかんじんの時分、雨がいこう降りましたが、米の相場は何ほどでござる」
「ハイ、いっこうに存じませぬ」
「ハハァ、よほど下地がおありだ」
[#地付き](寿々葉羅井)
にくまれ口
用事で出かける向こうから友だちが来たので、ひとつからかってやろうと、
「貧乏神どこへ行く」
「おまえのうちへ行く」
いまいましいことを言うやつだと思いながら、用をたして帰る道で、またその友だちに出合い、こんどはめでたく、
「福の神どこへ行く」
「今おまえのうちから出て来た」
[#地付き](鳥の町)
鯛のおかわり
殿様の朝ごぜんに鯛がなくてはすまぬ。ひどいしけにやっと一枚ととのえて、ごぜんをあげると、
「焼き物のかわりを持て」
ご近習、南無三と思い殿様があちらを向いたすきに、皿の上の鯛を裏返しにした。するとまた、
「焼き物のかわりを持て」
ご近習がマゴマゴしていると、
「またあちら向こか」
[#地付き](口拍子)
東西
さる大名の若殿、初のお国入りで百姓町人どもまでお迎えに出る。
「ここもとでは、こちらが西に当るか」と若殿からお尋ねがあると、おもだった百姓すすみ出て、
「大殿さまの御代《みよ》には、こちらが東、こちらが西、こちらが南、こちらが北でござりました。お慈悲には先殿様のとおり、こちらを南になされくだされますれば、ありがたく存じ奉りまする」
[#地付き](露新軽口ばなし)
若君
ご家老いかさま惣太夫どの、若殿へ御目見得《おめみえ》、御守役《おもりやく》が抱き申しているところへまかり出て、キッと平伏して、
「さてもすこやかなる御若君、御成長のほど万万歳と恭悦に存じ奉ります」と言いながら顔をあげて、
「恐れながら、バアッ」
[#地付き](千里の翅)
天気予報のふんどし
「其方の天気のうらないは百発百中だが、どうしてわかる」と殿様おたずね、
「イヤこのうらないは御前《ごぜん》では申し上げられませぬ」
「言われぬとあればなお聞きたい。ぜひ教えよ」と仰せられる。しかたなく小姓衆の方を向き、
「雨ふり前には、わたくしのきんたまがしめります」
[#地付き](軽口大黒柱)
ひま人
はやらぬ俳諧点者、淋しさのあまり、格子より人の行き来を見ていると、盲坊主むかいのあき家《や》の前に立って鉦《かね》をたたくゆえ、
「コレコレそこはあき家じゃ」
「ハイ」と、隣のあき家へ行き、ナマイダナマイダ。
「コレそこもあき家じゃ」と言えば点者の門口へ来て鉦をたたく、
「オットそこで通らしゃれ」
[#地付き](噺雛形)
拝領の夢
殿様、小姓を召させられ、
「汝によい物をとらせる」と、ひそかに一間に招く。小姓、日ごろほしいと思う印籠か、ただしはお差料をちょうだいできるかと、心うれしく御前《ごぜん》へ出れば、
「昨夜すさまじく大きな富士の山を、夢に見た。おれはいらんから、汝にやるワ」
[#地付き](噺雛形)
根問い
「お師匠さま、鶴は千年と言いますが、千年も生きるものでござりますか」
「いかにも生きる。その証拠は、頼朝公のお放しなされた金の札のついた鶴を、近年取った者があるそうじゃ」
「そして千年過ぎるとどういたします」
「それから死ぬのさ」
「死んでどうします」
「極楽へ行く」
「極楽へ行ってどうします」
「しつこいな。極楽へ行って蝋燭立て*になる」
[#地付き](笑の友)
* 寺では多く鶴のデザインの蝋燭立てを使う。
写実的演技
田舎の祭に、近所の若い者ども集まり、芝居をするとて、忠臣蔵の狂言に七段目のお軽をつとめる男、二階でたばこをのむとて、手の平へ吸い殼をはたいて吸いつけると、見物の中から、
「ヨウヨウこまかいぞ」
[#地付き](噺の大寄)
アクセサリー
「われは生まれついた両眼のほかに、目を三ツほしい。一ツは背中につけ、闇討ちの用心かたがた後ろを自由に見たい、一ツは膝頭につけ、夜の歩行のあやまちをなくする、一ツは手の中指の先につけ、能など見物のとき、人の背たけにかまわず、高くのばして見たい」
[#地付き](醒睡笑)
狐つき
新参の丁稚《でつち》に狐付き、祈祷してようやく狐は落ちたが、まだ何やらぼんやりしている。旦那はらを立て、
「おのれは狐がついてから、いかい阿呆になりおった」
狐、窓から首を出し、
「ありゃ元からじゃ」
[#地付き](座狂ばなし)
深謀遠慮
人々、夕涼みするとき、ひとりだけ離れて、身動きひとつせず、人が話しかけても返事もせぬ男、ややあって言うには、
「かたがたは蚊がこんなに多いのに、よくワイワイしゃべりおる。われらは知らぬ顔していて、蚊めに木と思わせて涼んでいる。皆ももの言うなもの言うな」
[#地付き](百物語)
鳥の生どり
友だち寄り合い、縁先で物語りする折ふし、前栽に山雀《やまがら》来たり、小枝を飛びめぐるを捕えようと、鳥もちよ網よとひしめくなかに、若い者、皆だまれだまれ、鳥もちも網もいらぬ、おれがだまして取る、と言うて、鼻をつまみ、あおのいて鼻の穴を山雀に見せる。
「それは何をする。山雀はもはや飛んでいんだ」と言えば、
「サテサテ残り多い。山雀が鼻の穴を見なんだそうな。おれはあいつに胡桃《くるみ》と思わせて、食いにくるところをだまして捕えようと思うた」
[#地付き](当世軽口咄揃)
隣の竹の子
隣の竹の根が張って、竹の子が生えたので、取っていると、隣の亭主見つけて、
「その竹の子は、こっちの物だ。なぜ取る」
「イヤイヤ、おいらの畑へ生えたのだから、こっちの物だ」
「そっちの畑へ生えたから、そっちで取るというなら、おらも取る物がある」
「そりゃ何を取る」
「いつぞや貴様の牛が、おらの牛部屋で子を生んだ、あれをこっちへよこせ」
「そんなら、おいらもある」
「何がある」
「きのう雪隠《せつちん》を借りたが、そのときおいらのたれたのをよこせ」
[#地付き](廓寿賀書)
ふだん猫
「お前さまのところで、猫が子を生んだと聞きました。どうぞわたしにおくれな」
「オオ、お娘《むす》の頼みなら、すぐ持って来て進ぜよう」と、家から取ってくると、
「モシ、これはあんまり汚い。もっと奇麗なのがほしい」
と言えば、
「せっかく持って来たのだ、それを飼いなさい。おっつけよい猫をもらってあげるから、それはふだん猫にでもしな」
[#地付き](聞上手、二)
[#改ページ]
てんやわんや
他人《ひと》さまがバナナの皮ですべってころぶのがなぜおかしい。屁をひっておかしくもないのはひとり者だけとはこれいかに。マルセル・パニョルによれば――
*
運動・呼吸・消化・生殖、これらはわれわれの生命を維持する動物的な営みであり、われわれはこれらのものに強い執着をもっている。これらの機能のどれかが、一時的に抹殺され、不活溌になり、もしくは促進された人びとを見るのは、われわれにとってなんとなく快いものであり、健康に恵まれたわれわれはそれに満足して笑う。
[#地付き](笑いについて)
する気
疝気持ち、遊びに行ったが、あまり冷えるから股火鉢をしている。女郎見て、
「いけ好《す》かない。せん気でありんすの?」
「イイヤ、する気だ」
[#地付き](今歳花時)
鉄砲
道具屋の店先に鉄砲のあるのを見て、
「あの鉄砲の代は?」
「台は|けやき《ヽヽヽ》でござります」
「イヤ、金《かね》のことさ」
「真鍮《しんちゆう》でござります」
「そうじゃない。値だ」
「スポン」
[#地付き](茶の子餅)
箱まくら
会津塗りの箱売りが来たのを女房が出て呼び、まくらの箱を出させ、あれこれと選んでいるところへ亭主が帰り、
「コレ、人の女房に枕を|かわす《ヽヽヽ》ということがあるか」
「イエ、まだ値《ね》はいたしませぬ」
[#地付き](いかのぼり)
高く言え
歴々の侍、柳原を通り、露店にある鍔《つば》を見て、近習《きんじゆ》の侍に、値を聞けというので、
「この鍔はいくらじゃ」
「六十四文」
「御前《ごぜん》がお求めなさるのじゃ。もっと高く言え」と言うと、商人、声を大きくして、
「六十四文ッ」
[#地付き](聞上手)
紛失の師匠
「この手紙を牛込《うしごみ》の後藤平太兵衛どのへ届けろ、剣術の師匠だ」と言いつけられた男、
「このあたりに強盗|入《へえ》った兵衛と申すお方はござりませぬか」と聞いてあるく。
「それはとんだ名だが、所はどこと聞いてござった」
「押し込みと聞きました」
「シテ、その人は何だ」
「たしか紛失の師匠とやら」
[#地付き](気のくすり)
煮えてる
正月の来客用にと、塩漬松茸を水につけて塩出しする。それを見て女たちが、よく似ている、とクスクス笑うおりから不時のお客、山出しの下女に吸物を言いつけると、まもなく客へ出した。あまり早いのを内義ふしんに思い、ふたを取って見ると、丸のまま入れてある。
「おさん、松茸《まつたけ》を切りもせず、それに煮える間もあるまいに。不調法な」
「でも、皆がよく|に《ヽ》てると申しました」
[#地付き](男女畑)
上臈《じようろう》
さる長屋の女房同士、いろいろの世間咄のうちに、
「お前はごきょうだいはござりますか」
「わたくしはきょうだい五人ござります」
「ソレハソレハおたのしみなこと。みな上臈かえ」と言えば、
「イイエ女郎をいたしたのは、わたくしと姉ばかりさ」
[#地付き](いかのぼり)
ようなもの
手代、医者へ行き、聞き合わせる。
「手前どもの娘御《むすめご》もおかげで快方に向かい、食欲も出てまいりました。鱚《きす》・長芋のたぐいは、食べてもようござりますか」
「アアもうよろしい」
「松茸のようなものは?」
「いやいや、それは大禁物でござる。なりませぬなりませぬ」
「イエ松茸でござりまする」
「アアさようか。松茸ならばようござるが、松茸のようなものはなりませぬぞ」
[#地付き](豆だらけ)
耳
豆腐売りを呼んでも、聞こえないとみえて通り過ぎる。人を走らせて呼び返し、
「豆腐屋さん、耳がないか」といえば、
「一つだけあります」と、耳豆腐を一丁置いて行く。
[#地付き](露新軽口ばなし)
つき違い
「貴公のお世話で、せっかく結納《ゆいのう》までかわしましたが、聞けば屁をひる病があるそうな。それではどうももらわれません。どうか変更《へんがえ》を」
「なにをつまらぬことを、あれほどの美人だ、少しの疵《きず》は大目に見なさい。なるほど屁はひるが、ひと月にたった一度さ」
ひと月に一ツや二ツなら、かまうまいと、吉日をえらんで婚礼。床入に仲人、屏風のうしろで聞けば、ひとつきに一ツずつ、ブイブイ。
[#地付き](仕形咄)
密通
間男をしたとて大さわぎするのを、隣の亭主見かねて来て、
「何ごとでござる」
「イヤ、かかアめが密通しました」と言えば、隣の亭主、
「おれもこんなことになるだろうと思った。それでも、ここの亭主は大まかだ。おれが見たばかりでも三ツや四ツじゃない」
[#地付き](口拍子)
すれちがい
夜ふけるまであそび、酒に酔いブラブラと帰る途中、番太郎に、
「もはやいくつじゃ」
「六十二になります」
「サテいかいたわけの。鐘のことじゃ」
「金を持っていれば、番太郎になりませぬ」
「イヤそのことではない、時は」
「斎《とき》はあす、お寺でござります」
[#地付き](正直咄大鑑)
平行線
書きものするとき、竹縁という字を忘れて、しばし案じているところへ、近所の人来たり、
「物案じ顔で、何でござる」
「イヤ竹えんを忘れたので」
「竹縁は、から竹より女竹がようござる」
「イヤサ書きようのことでござる」
「それはワラビ繩で引きしめ引きしめかくがよい」
「イヤそれではござらぬ。字のことでござる」
「地は赤土がようござる」
[#地付き](正直咄大鑑)
仙人が百人
夜鷹、尻のわれめの辺まで裾をはしょって、投節をうたいながら柳原の堤を帰る。あとから見て、
「そう白い股《もも》を出したところを見ては、仙人もおちるだろう」
夜鷹ふり返って、
「今夜は百人」
[#地付き](出頬題)
股引《ももひき》
頭巾を買いに行き、値をきくと、
「六匁五分でござる」
「それは高い五匁にしろ」
「それなら負けて進ぜよう」と言うので、買い手、頭巾を手にとったが、
「イヤこれは値をつけそこねた。やめましょう」
亭主腹を立て、
「ここな人は一たん買うと言いながら、小便しやるか。ぜひとも買いなされ」
「しからば頭巾でなく、この股引きを買いましょう。これは何ほど」
「六百文でござる」
「三百に負けさしゃれ」というと亭主、前にこりて、
「負けてもよいが、小便することはならぬぞ」
「イヤイヤ、小便のしられぬ股引なら、いらぬいらぬ」
[#地付き](露休置土産)
ありゃこりゃ
おなじ町内ふたりの番人。ひとりの越前者、関東者のところへ来たり、
「町内に捨子メがある」
「捨て米とはよい物があるの」
「イヤさ、赤子メじゃ」
「赤米でもつけば白うなるわい」
「ハテ、人じゃ」
「四斗なら二斗ずつ分けよう」
[#地付き](いちのもり)
奇瑞《きずい》
今井なにがしという浪人、江戸へ下る途中、江州粟津の原へ来かかり、先祖今井兼平の石塔を心こめて祈れば、ふしぎや石塔ぶるぶるふるう。先祖の墓に奇瑞のあらわれたは出世の門出めでたし、祝酒のまんと、あたりの茶屋へ入れば、ばばが、
「ノウ、旅のおさむらい。今の地震には、どこであわしゃった」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
にわか比丘尼《びくに》
いやでいやでならぬが、流れの身なればぜひもなく、破戒の僧に身を売っても、宵から癪気と嘘ついて、寝てしまったのを、客の坊主は腹を立て、夜の明けぬうちに床をぬけ出し、棚にあった剃刀で、女郎の髪を剃り落して帰る。女郎あとで目をさまし、アアうれしや、客は去《い》なれたと、起きて顔を洗おうとすると、水にうつる影は坊主あたま、
「エエ、まだ去《い》なんせんか」
[#地付き](軽口機嫌袋)
推量
隣の夫婦の言い争うを壁ごしに聞けば、女房は下向きにしたがよいと言い、夫は上向きがよいと言う。
「イエ、上向きでは思うように入りませぬ。どうでも下向きがようござんす。わらわが申すようになされ」と女房の声して、あとは物をも言わず。さては昼ごとかと庭へ廻ってのぞき見れば、瓜の香のものを夫婦して漬けていた。
[#地付き](咄物語)
すね疵《きず》
久しく旦那寺へ行かぬと参る道にて、寺の小僧の重箱をふろしきに包みさげて行くのに会い、
「今お寺へ行くが、それはなんだ」
「これは大事のもの、お目にはかけられませぬ」
「ハテ、おれはかくべつ心安い檀家だ、大事ない」
「そんなら、黙っていて下さりませ」
見れば酢だこ、かまぼこ、魚の切身など、
「よしよし先へ行け」
さて墓参りしてから、精進物で酒が出る。
「和尚さま、これでは酒がのめませぬ、例のをお出し」
「寺にはこれよりほかにはござらぬ」
「ハテ、ちゃんと見てしまったのだから、おかくしには及ばぬ」
「それでは出しましょう。コレ、出てお近づきになりゃれ」
[#地付き](友だちばなし)
連想
堺に智永という尼あり。ある朝みごとな松茸を贈られたのを、勤行のあとで見て、めずらしやと喜ぶ。蠅がたかるゆえおしまいなされと下女がさし出せば、
「とんでもない、看経した手でそのような物にさわらりょうか」
[#地付き](醒睡笑、広)
千両蜜柑
分限者の息子、照りつづく暑さにあたり大患《わずら》い、食事すすまねば、打ち寄ってなにぞ望みはないかと言えば、ヒイヤリと蜜柑なら食いたいとの好み、安いことと買いにやれば、暑中のこととてどこにもなし。須田町にたった一つありしが一ツで千両、一文欠けても売らぬという。もとより大身代なれば、それでもよいと千両に買い、皮をむくと十袋あり、息子うれしがって七袋食い、残る三袋をお袋さまへあげてくれと手代に渡せば、手代その三ふくろを受け取って、逐電《ちくでん》。
[#地付き](鹿子餅)
長短
「きょうの談義はご婦人がたが多いによって、女人成仏のお話を申そう。ただし、ていねいに話せば長うなるし、あらましを申せば分りにくくなる。どちらにするか、皆さんの望み次第にいたそう」
といえど返事する人なし。
「ご婦人がたは長いが好きか、短かいがよいか……」
と聞くと女たち一度にどッと笑う。長老キッとにらみつけて、
「かたがたの気のやりようがよろしくない」
[#地付き](きのふは今日の物語)
タイミング
ある人の女房、腹を再々いたがり、そのたびに針立てをよぶ。ある時、女房をあおのけにねさせて、きょうはどこが痛うござると問えば、下腹という。心得申したと臍の下に針を立てんとそろそろ探るところへ、まだら猫が来たのを見て、
「さてもさてもよい毛や。これほどの毛はまたとあるまい」
というのを聞き、亭主その後この針師を寄せつけなんだ。
[#地付き](きのふは今日の物語)
せがれ
吉原大門の前で小便をしながら、
「ヤイ、うぬゆえ銭金をなくなし、いろいろ苦労をする」
など、口小言いってひねくると、番所の窓があいて、
「コレ、そこへ捨子はならぬ」
[#地付き](再成餅)
釜どろ
味噌屋へ盗人はいり、家財そっくり盗まれ、着て寝る夜着もなきゆえ、ぜひなく商売道具の大釜の中に寝る。盗人ゆうべの味をしめ、また入ったがなんにもない。金目なのはこの大釜と引ッかついでスタスタ逃げると、釜の中で大いびき、これは不思議と畑の中へ釜をおろせば、中で亭主が、
「南無三、うちを盗まれた」
[#地付き](近目貫)
小声
娘、格子から顔を出し、小声で、
「松茸やさん」
松茸売り、この娘内証で買うのだろうと推量し、おなじく小声で、
「一ツ三十二文でござります」といえば、
「そなたも風邪を引いているの」
[#地付き](近目貫)
田楽火事
旦那の留守に手代ども、田楽を食おうと相談きまってあつらえたが、田楽の届かぬうちに旦那が帰る。やがて門《かど》をたたく音に、旦那が出ると、
「辻からまいりました」
「何の用だ」
「焼けました」旦那肝をつぶして、
「どのくらい焼けた」
「二丁焼けました」
「そりゃ大火事だ」
[#地付き](けらけらわらひ)
自信
本町通りの筆屋に、六七尺の大筆の看板を出してあるのを見て、
「大きなものを出したの」と言えば、亭主、
「へへへ」と前を隠す。
「イヤサ、看板のことだ」
「へへへ」と、今度は鼻をかくす。
[#地付き](按古於当世)
トップモード
緋ぢりめんのふんどしを買い、これをしめて見せびらかしてやろうと、日和下駄で片尻まくり、賑やかな薬研堀《やげんぼり》の不動さまへぶらぶら行く。道々ひとが見て笑うので、
「ハテ笑われるはずはないが」と、ふんどしをのぞいて見たら、しめてなかった。
[#地付き](猫に小判)
磁石
相長屋の女房、隣のひとり者と通じ、壁に穴をあけておき、火打石の音を合図に、穴から出せばこちらからあてがい、いつも壁ごしのやり取り。ある時、女房の留守に亭主が帰り、茶でも飲もうと、火打箱を取り出し、カッチカッチ。間男ききつけ、例の穴からぐっと出せば、亭主びっくりして飛びのいて、火箸ではさめば、あとへスイと引く。亭主、
「ハテ、不思議、鉄をきらうらしい」
[#地付き](豆だらけ)
胸毛
鳶《とび》の者の女房のごねたを、ちっとも早くおっ片づけるがいいと、早桶*を買い、あんまり急いで仏をさかさまに入れ、これでよしと布をかぶせ、荒繩でからげ、寺へ持ち込めば、弟子坊主桶のふたをあけて見、驚いて和尚に何やら知らせる。和尚も桶の中をのぞいて、施主に向かい、
「あれはこの寺では葬れませぬ。胸に毛がまっ黒に生えて、肩がいかってふとって、どうしても首のない相撲取りの死骸らしゅうござる」
[#地付き](譚嚢)
* 坐棺の粗製品。
雷ぎらい
「また光った。こんどは大きいぞ」と、亭主戸棚へはいって呼吸を殺し、心の中で観音経を念じている。そのうち鳴りやんで、
「モウ出てもようございます」と女房が戸をあけると、亭主這い出し、
「アア窮屈だった。たかが知れてると知りながら、どうもこわくてならぬ」と言えば子供が、
「母《かか》さん、父《とつ》さんは雷にも借りがあるの?」
[#地付き](松魚風月)
死んでは大へん
新参のかぶろ、次の間に寝ていたが、むっくと起きて、遣手《やりて》部屋へ来てあわただしく遣手を起こす。遣手腹を立て、
「この子はなんだ。イケ騒々しい」
かぶろ涙ながらに、
「今おいらんが、死ぬる死ぬると言いなんすから」
[#地付き](巳入吉原井の種)
同類項
「あなたは小鳥ばかりでなく、この節は河鹿《かじか》もお飼いなされてござるげな。何とぞ拝見いたしとうござります」
「それはお安いこと。お目にかけましょう。これが河鹿でござります。拙は小鳥に限らず、鹿・虫・蛙のたぐい何でも鳴くものが、きつい好物でござる」と言えば、内義の顔をジロリと見て、
「なるほど、そうらしゅうござります」
[#地付き](滑稽即興噺)
滝のぼり
生鯉を釣台に担《にな》わせ、使者、馬にて両国橋を行く。鯉はねて川へとび込み、南無三宝、いかがせんと大騒ぎのところへ、水汲み、来かかり、その鯉取ってあげましょうと、担《にな》っていた水を橋の上からダブダブとあけながら、
「滝、滝」
[#地付き](寿々葉羅井)
大好物
長老、病あつく今を限りと見える。弟子檀家あつまり、
「さてもお気の毒、かくなるうえは毒断ちもいらぬ」と、枕もとに酒さかずきを置き、
「コレコレ、目を開きてご覧下され、いつものお好きの物に候」と言えば、長老目をあいて、
「|へへ《ヽヽ》か」
[#地付き](きのふは今日の物語)
色気より食い気
大寺のお稚児《ちご》に山寺の僧が頼みがあるという。さだめし契りの願いと思い、志にめでて、いつにても御身次第といえば、僧よろこび、法印さまのお留守のときに申そう、と言って帰る。さて、あるとき法印の不在をねらって稚児を訪れたが、大きな重箱を差し出し、
「お約束のごとく、味噌をこれに一杯おぬすみ下され」
[#地付き](きのふは今日の物語)
中は夜
元日の早朝、
「御慶申し入れます」と言っても返事なし。これは亭主が大晦日の疲れで、まだ寝ているかと思い、勝手の方をのぞいて、
「御慶申し入れます」と言えば、戸棚の中から亭主の声で、
「あとで払うから、一まわりして来てください」
[#地付き](鯛の味噌津)
非常体制
グヮラグヮラピカリと鳴ると、亭主は大の雷きらい、
「コレかかア、蚊帳は質に入れてしまったし、どうしようなア、アレまた鳴ってくる、モウたまらぬ」と、戸棚をあけて入るのを、子供が見て、
「母《かか》さんや、あすもまた節季かえ」
[#地付き](鹿子餅)
旦那にあらず
「ヤアラ旦那の御厄申さば、右の松が千歳、左の松が万歳、合わせて万千歳の齢を保ち、あまたのお女郎《めろ》へ恨みなく、御扶持方《おふちかた》をわたさるる。これも旦那の御充分、悪魔外道を打はらい、西の海へサラリサラリ」と厄払いするを、折助、台所で聞き、おれも二十五の厄を払おうと呼び戻す。厄はらい立ち帰り、
「ヤアラ旦那の……」と言いかければ、折助、
「コレ、おれのだよ」
[#地付き](春の駒)
買いかぶり
茶屋の内義、座敷へ挨拶に出、
「もしお客さま、よい義太夫がござりますが、お呼びなされませぬか」
「イヤ義太夫は聞きあきた」
「さようなら豊後節もあります」
「それも聞きあきた」
「ソウソウ、上手な声色《こわいろ》もござります」
「それも聞きあきた」
さては全盛のお客、さだめし家持ちの旦那であろうと思い、よくよく聞けば、湯屋の番頭。
[#地付き](座笑産)
高砂や
婚礼ぶるまいに招かれて行き、さだめて謡をうたわずばなるまいが、どんなときにうたい出そうかと隣の客に聞けば、
「うたってよいときは、そこもとの袖をひいて知らせよう」と言う。ほどなく膳が出たが、二の膳付きなり。これを見て、
「モシモシ、この小さい膳に箸がござらぬ」と言うゆえ、隣の客これこれと袖を引けば、膝へ手をつき、大声で、
※[#歌記号]たかさごやア。
[#地付き](春の駒)
特価提供
葉たばこ葉たばこ、と売って来る。
「コレたばこ見せろ」
「サアごろうじませ」
「いくらだ」
「一斤六十四文」
「とんだことだ。なぜそんなに安い」
「ハイこれは火事のときに蔵へ火がはいりまして、焼けのこったので、見切っての安売」
「そんな火つきのわるいのは、いやだいやだ」
[#地付き](口拍子)
うららか
犬が二匹寝ている。黒こいこいと呼ぶ声に、ぶちが首をあげて、
「黒よ、おのしを呼ぶワ。いって来い」
「ねむたい、おのし行って来や」
「それでも黒とよぶから、おのし行け」と言うゆえ、黒ムクムクと起きてかけ行きしが、ほどなく帰って、また寝ころぶ。
「どうだ、魚か、握り飯か。何をもらった」
「ナニサ、子供の小便《しし》だ」
[#地付き](聞上手、三)
屋尻切り
ぬす人の用心に親父蔵に寝る。ぬす人来て屋尻を切り、まずひとりが蔵の中へ入り、外のひとりは持ち出す品物を受けとる手はずで、しゃがんでいる。時におやじ目をさまし、壁に穴のあいたのは合点がいかないと、その穴から頭をさし出すと、外《そと》にいるのが、
「ウム、薬罐《やかん》が先きか」
[#地付き](鹿子餅)
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過ぎたるは及ばざるがごとし
藤沢市辻堂六三四四主婦横田慶子さんが十七日午後三時ごろ、買い物にいく途中、自宅から少し離れた住宅街で約千二百円はいったビニール製の買いもの袋を舞いおりた大きな鳥にさらわれたが、そのころ近くの同市辻堂六二二八関口充夫さん方でこの袋を拾い、十八日ひる藤沢署へ届けギャング鳥≠ヘトビとわかった。
[#地付き](昭和三六年九月一八日朝日新聞)
*
とんびに油揚さらわれる≠フは、とんび小僧=i後出)にもあるとおり、昔は珍らしくもなかったろうが、宇宙時代にとんだリバイバル・トンビがとび出したものだから、神奈川県は藤沢在の被害わずか千二百円の買物籠強奪事件が、東京の話題を賑わした。
慎重居士
田吾作が畠ではたらいていると、隣村の者が通りかかり、
「なにを蒔いてるだ」と話しかける。
「声が高い、しずかに、しずかに」
さては世に稀れな唐《から》物の種でも植えるかと、静かにそばへ行くと、声をひそめて、
「大豆を蒔いてる。鳩が聞くといけない」
[#地付き](醒睡笑)
安産
「これ三助、大儀《たいぎ》ながら本所へ使いに行ってくれ。口上は、昨日やすやすとお産がござりましたと承りまして、おめでとうござります、こう言え」
「それはご免こうむります」
「なぜ」
「さればでござります。やすやすとお産が有ってと申せば、さきのおかみさまの前のものが広いと言わんばかりでござります」
[#地付き](豆談語)
小言家主
この裏に貸だな有りとの張り札を見て、家主かたへ行き、
「貸だなを借り申したいが」
「御商売は」
「つき米屋でござります」
「それならば、なりませぬ。家がひずむやら、柱が下るやら、たまるものでない」とことわる。またあとからがんじょうな男来て、
「おたなを借り申したい」
「ご商売は」
「井戸掘り」
「もってのほか。なりませぬ。先ほど搗《つ》き米屋にさえ貸しませぬ。根太《ねだ》も何もたまらない」
「これは合点がまいらぬ。つき米屋と違い、さきざきへ行って掘りますれば、さしつかえは少しもござらぬ」と言われて、
「わたくしはここで掘って売るのかと思いました」
[#地付き](軽口福蔵主)
確認す
客、たばこの吸い殼を膝の上へ落し、知らずに咄すうち、着物の下まで焼けぬけ、コレハコレハとおどろけば、息子、
「おれはさっきから気がついていた」
「そんなら、なぜ早く知らせなんだ」
「それでも、日ごろものはよく見届けぬうちは言わぬものだと言わしゃるから、あの吸い殼も焼けぬけたら言おうと思いました」
[#地付き](初登)
安全泳法
水泳指南所へ行き、どうすれば泳げますかと問うと、臍《へそ》のあたりを繩で結び、
「これより深くは、はいらしゃるな」
[#地付き](福の神)
長口上
途中でふたり行きあう。ひとりは大のせっかち、ひとりはとんだ気長、
「さてさて久しぶりにてお目にかかりました。この正月年始にまいりましたときは、大きにお|ぞうさ《ヽヽヽ》になり、雛祭にも長座《ちようざ》いたし、五月節句には酩酊して帰りまして、花火見物にもいろいろご馳走になり、九月の菊見にはかく別のおもてなし、御礼の申し上げようもございません」
と、頭を土につけぬばかりに下げて述べ立てても、挨拶がないゆえ、頭を上げて見ればだれもいない。ハテふしぎと供につれた小僧に聞けば、
「ハイ、向こうの旦那は五月節句のときにお帰りになりましたから、もう半年もたちましょう」
[#地付き](わらひ初)
底抜け防止策
盗人釜を引っさげて出る。あとから亭主、見え隠れにつけて行けば、筋違《すじかい》の見附《みつけ》から日本橋へかかり、芝の田町の古道具屋へ寄り、
「ナントご亭主、この釜を……」と盗人が釜をおろしたところへ、泥坊、泥坊と声をかければ、雲をかすみと逃げる。あとへ行き、釜を取って帰ろうとすれば、道具屋わけを聞き、
「サテお前さまは気の長いお人だ。駒込からここまでつけておいでなされずと、取って逃げるとき、なぜ声をかけなさらぬ」
「イヤイヤ、持っているうちに声をかけると、この釜を投げられます」
[#地付き](気のくすり)
防衛用
座頭《ざとう》、夜提灯をとぼしてあるく。
「目も見えぬに提灯はいるまい」と言えば、
「いや、目あきが突きあたると思って」
[#地付き](軽口あられ酒)
もういくつ寝るとお正月
新妻が仲人にうったえて言う。
「わたしが嫁にまいって、もはや二十日ほどになりますに、一度もそばへ寝られませぬ。気に入らぬと見えます、お聞きなされて下さりませ」
「なるほどそれは聞いておきましょ」
と、さっそく亭主をよびつけて、
「なんと、よい女房を世話してやったろうが」
「ほんとに、とんだよい女房でござります」
「それでも、気に入らぬかして、そばへも寄らないと女房が言った」
「いえ、いえ、あまりよい女房で、もったいないから、取って置いて、正月から持ちまする」
[#地付き](道つれ噺)
半分垢
「貴公はよくふとっている。さりとはうらやましい」
「ナニサこう見えても、半分は垢さ」
[#地付き](春笑一刻)
富士の雪
駿河より客人来たる。国を褒めて喜ばそうと思い、
「あなたさまのお国は結構なお国で、竹細工などみごとなものでござります」
「イヤイヤ江戸の亀井町の方が上手でござります」
「駿河の茄子《なすび》は日本一でござります」
「イヤイヤ本所の砂村がようござる」
この客とかく卑下するのが癖、なんとか卑下させぬ褒めようがあろうと、つくづく考え、
「あなたは他国をお褒めなさるが、駿河の富士ときてはならびなき名山でござります」
「ナニあれも半分は雪でござる」
[#地付き](座笑産)
脈
めったに卑下する下女あり、内義風邪を引き医者をよんだついでに、下女を呼び、
「そなたも心もちがすぐれぬと言やる。脈を見ておもらい」
「なんのわたしらふぜいに脈がござりましょ」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
スプリンター
早足の達人、ある時盗人を追かける。向こうから友だち来て、
「なんだなんだ」
「泥坊を追かける」
「その泥坊はどこにいる」
「アレあとから来る」
[#地付き](座笑産)
近日
気の早い男、親父が傷寒《しようかん》*にかかると、表へ忌中札を出す。親類ども承知せず、
「とむらいの用意は内々《ないない》のこと、忌中札は表向き。近所からくやみに来たら困るから、引っこめるがいい。めっそうもないことだ」といえば、
「札《ふだ》の字をよく見さっしゃれ、肩に|近日より《ヽヽヽヽ》と書いてある」
[#地付き](茶の子餅)
* 傷寒は今の腸チフスの類。
頭脳の回転
「おかみさん、ゆうべはひどい地震だったね」
かみさん赤くなって、
「悪口を言いなさんな」
[#地付き](座笑産)
同じく
息子、青物町の辺へ行った帰りに、松茸を二三本買い、
「おやじさま、大松茸をみやげに買って来ました」
といえば、
「大だわけめが」
[#地付き](売言葉)
とんび小僧
「長吉よ、豆腐取って来い」
「アイ」と、盆と通い帳を持って豆腐二丁とり、上に通い帳を覆《おお》いて帰る。やがて、鳶舞い下り、通いをつかみ行く。長吉ぬからぬ者にて、豆腐屋へ戻り、
「鳶が通い持って来たとて、豆腐渡して下さるな」
[#地付き](軽口独機嫌)
即妙
「このごろ来た新参の小僧がそれはそれは利口もので、茶を飲みたいと思うと、チャンと茶を汲んで来る。肩がこると思えば揉む、何でも人の心をさとる早さ……」
「それはよい人を置きなされた。どのような小僧でござるぞ」
「幸い供につれてまいりました」と呼び出したとき、亭主がクシャミをすると、小僧とっさに、
「ちくしょうッ」
[#地付き](今歳噺)
機転
機転のきく家来を置き、サテもよく用のたりるやつ。朝おきるとすぐ手水を汲んで、歯磨に楊枝をそえておき、手水つかううちに煙管を掃除して、煙草盆に火をいけ、茶を汲んで、仏壇へ灯明をあげておく。手紙書こうと思うと、すぐに硯、墨すって紙を添えて出す。これほどの機転ものが、今朝は気色《きしよく》の悪いのにうちにいないと思うところへ帰ってくる。
「そちは朝からどこへ出たぞ」
「アイ夜前《やぜん》からお顔色が悪う見えますによって、お医者さま呼びにまいりました」
「これはでかした」とよろこび、四五日も薬をのんでも験《げん》が見えず、きょうはとりわけあんばいが悪い、用のたくさんあるに、家来がおらぬとつぶやくところへ、立ち帰る。
「そちはどこへ行ったぞ」
「アイきのうからご様子がだいぶ悪く見えますから、お寺へ知らせに」
[#地付き](茶の子餅)
サービス
ある所へ客ふたり招かれ、煙草盆のきせるを取り、のもうとすると掃除の悪いきせると見えて通らず、いまひとりが気の毒がり、
「マアこれでおあがりなされ、わたくしが通しましょう」
「イエイエわたくしが通します」
「イエわたくしが」とせり合うところへ亭主出て、このていを見て丁稚《でつち》を呼び、
「コリャ、つまったきせるを一本持って来い」
[#地付き](軽口五色紙)
ぶしょう
つまみ菜売り、呼び込まれて見れば仏頂づらの男、家《うち》じゅう諸道具を取りちらかしているゆえ、こわい男と思い、三文くれというのを、十文ほど置くと、
「そんなにいらぬ。すこし置け」
「ハテよその家《うち》とはきつい違い」
「そろえるのがめんどうだ」
[#地付き](茶の子餅)
煉獄篇
無類のやきもち女房、世間もはばからず夜昼夫をせめ、しだいに痩せ衰えて夫は遂に死ぬ。とむらいにも女客のお悔《くや》みには返事もせず、親類どもあきれて、
「もはやこの世にいぬ人のこと、ふっつり思い切るがいい」と言うと、
「そりゃ胴欲《どうよく》な、地獄極楽にも身持ちの悪い女がいないものでもない。賽《さい》の河原のおばばは年はいくつぐらいかしらん。ひょっと後家ではあるまいか」
[#地付き](初音草噺大鑑)
危険信号
遠方へ旅をする男、妻に留守中の身持ちをきびしく言い聞かせて出かけたが、しばらくして立ち帰り、
「さっきも言うとおり、身持ちをつつしめよ。それゆえ、大事の札《ふだ》を門口に貼って置く。帰るまでは、はがしてはならぬぞ」と言って、やっと出発する。あまりの念入りさに、女房、門口へ出て札を見ると、
〈この家に筒もたせあり〉
[#地付き](軽口東方朔)
風が吹くと箱屋が儲かる
箱屋の親父、風の吹くのを喜び、
「かか、商売がはやるぞ、酒買うて来い」
「どうして忙しくなります?」
「ハテ、この風で人の目へほこりが入ると、目をわずらうので三味線を習うによって、三味線の箱が売れる」
[#地付き](絵本軽口福笑)
恩返し
ばくち打ち、狐の子を助けたので、母狐が、
「何にてもこの恩返しをいたしましょう」
「そんなら采コロに化けて、おれが胴取りのおりに、ピンと言ったら六にばけろ。また、ニコニコ笑ったら五とばけろ」と言いふくめる。それから賭場へ行き、胴のとき、
「ピン」というと六が出たので、あまりのうれしさに、庭の梅をほめて、
「いい梅だなア」と言ったら、壺の中のサイコロが鶯に化けた。
[#地付き](近目貫)
秘訣
「見やれ、こんどあつらえた煙管《きせる》だ」
「ドレ、これはすごい。しかし、じきに落としなさんな。わしはこの正月つくって、すぐ落とした。吉ぼう、貴様はまだ落とさないか」
「おれは銀ぎせるは落とさない。あれには秘訣がある」
「どうすれば落とさない」
「しまって置く」
[#地付き](都鄙談語)
指で幸い
赤貝を水に入れ置いたところが、さも心地よげに貝を開いたのを見て、亭主何と思ったか中指をヌッと入れれば、赤貝腹を立て、指をしっかり挾み、いかにすれども放さず、見る間に指はすさまじく腫れ、痛さ堪えがたく、外科医者をよぶ。医者見てしかつめらしく、
「まだ指でおしあわせ」
[#地付き](寿々葉羅井)
趣味人
「貴様は何が好きだ」
「わしが好きは、いかいことある。まず謡、囃子《はやし》、茶の湯、鞠《まり》、俳諧、琴三味線、尺八、女郎買い、釣、芝居、角力、喰物なれば、餅、酒、さかな、麺類、そのほか何によらず嫌いなものはない」
「それでも、ちっとは嫌いがあろう」
「なるほど、たった一ツある」
「何がきらいだ」
「商売が」
[#地付き](滑稽即興噺)
碁がたき
金持ちの町人せがれに身代を譲り、同じ町内の相手と明け暮れ碁を打って楽しむ。ある日続けて二番まけ、三番目も負けいろに見える時、一手待ったと言っても相手が承知せず、ついに互に腹を立て、
「今後、一生そちとは打たぬ」
「こっちもいやなこと」
と相手もすぐ帰る。あとで口論を思い出し、さきほどの碁一番負けて打っていれば、今時分まで打って慰んだものをと両方とも後悔先に立たず。
あくる日は朝から相手が通るかと尻目づかいして待てば、案のごとく前を通る。
「朝ッぱらから碁の打ちたそうなつらだ」
とひとりが言えば、相手も、
「打ちたいが、おのれにかまうものか」
「打ちたくばここへうせおれ」
「サアサア打って見くされ」
あいさつ無しに仲直りした。
[#地付き](軽口露がはなし)
お手は?
将棋というもの、さしてさされぬことはないはず、さして見ようと、駒をむしょうにならべ、やたらにさし、しばらくして、
「お手は何」
「王が二枚」
「ホホオ、いやなものを」
[#地付き](鹿子餅)
鞠《まり》の墓
蹴鞠に夢中の息子へ、親父遠廻しの意見しても、いかなこと聞き入れず、ある時よっぴて油をとり、
「九損一徳、何の役にも立たぬ芸、今後ふっつりやめるべし、鞠が有れば蹴りたくなる、その鞠うっちゃってしまえ」
息子しおしおと鞠を出して手代を呼び、
「今まで使ったこの鞠、むげに捨てるのもあんまりだ。せめて庭の隅を掘って埋め、しるしに柳*を植えてくりゃ」
[#地付き](鹿子餅)
* 鞠場の隅には柳を植えるのが定法。
のど自慢
おもてを投節うたって歩くのを内義聞き、亭主と思って戸を明けると、唄は下の町へ行く。
「ハテよく似た声」と思って中へはいると、まもなく亭主帰って来る。
「今おもてを歌って通った人を、こなたかと思って迎いに出たが、下の町へ行きました」
「イヤそれがおれであったが、唄があまったから、下の町まで行って戻った」
[#地付き](軽口あられ酒)
釣指南
釣指南の看板を見て弟子入し、稽古にかかる。師匠釣竿に糸をつけ、弟子にもたせ、師匠は針さきをそろそろ引きながら、
「この引きを何とお考えなされた」
弟子しばらく案じて、
「はぜの針あんばいと覚えます」
「なるほど、よほど下地がござる。あすから鱚《きす》にいたそう」
[#地付き](鳥の町)
見舞
「八公がわずらってる、看病に行こう」と四五人つれ立ち、
「どうだ、ちっとはいいか。貴様はひとり者で看病のしてもあるまいと思って、皆で来た」
「それはありがたい、賑やかに話して下され」
「なにか用があったら呼んでくれ」と、やがてめくりカルタを始める。
病人おもき枕をあげて、
「モシ、湯を一ツ下され」とたのんでも、夢中で、くんでくれず、もどかしさにソロソロ這い出して行く。物音に気がつき、
「どこへ行く。あぶないぞ」
「湯をのみに起きました」
「オオそんなら、ついでにおれにも一杯くれ」
[#地付き](再成餅)
そばの賭
剃刀《かみそり》の腕自慢する髪結、客に、
「どのように動かれても、おれは切るということはない」
というと、客が、
「おれが思いっきり動いて剃らせるが、切らなかったら蕎麦《そば》をふるまおう」
「もし切ったらあっしが蕎麦を買いまさあ」
剃りはじめると、客がむしょうに動くのを、髪結たくみにはずしていたが、あんまり烈しく動いたので鼻をぞっぺりそぐ。客、鼻声になって、
「先《まう》ず、蕎麦《ほば》は食《ふ》ったぞ食《ふ》ったぞ」
[#地付き](気のくすり)
防禦兵器
将棋をさしているところで、勝つ方へ助言をすれば、負けの方の男腹を立てて、助言した人をしたたかにくらわすと、この人いっさんに家へ帰る。見物の者ども口をそろえて、
「あの人は武家方の浪人という話じゃが、大かた意趣返しがあろう」と言ううち、鎧かぶとにて押しかけて来る。たたいた男、
「ただ今は不調法、ご免下され」とあやまれば、
「イエ、これならぶたれても気づかいはござらぬ」
[#地付き](大神楽)
助言
若い衆あつまり将棋するところへ来た岡目屋の八兵衛は大の助言好き、
「ア、そこは桂馬だ……」
「ハテ助言するなと言うに、悪い癖だ。言っても言っても癖だから、助言しないと気がすまぬらしい。大事の勝負のじゃまになる。一分やるから、どこへなと遊びに行け」
八兵衛よろこび一分取ってかけ出したが、道で友だちにあう。
「どこへ行く」
「将棋さしに行く」
「じゃあ、ことづけしよう。六兵衛にそう言ってくれ、角先の歩を早くつけと」
[#地付き](口拍子)
あぶない石
碁を打っていると、横にいる男がソレあぶないあぶないという。
「どこがあぶのうござる」
「この隅の石が下へ落ちそうで、あぶのうござる」
[#地付き](軽口福徳利)
幽霊ばくち
「きょうは金平の一周忌、アア光陰矢の如しだ。友だちのよしみに墓参りしてやろうではないか」
衆議一決墓場へ行ったが、バクチ好きの金平追善のためチョボ一がはじまる。すると、志が通じたか、賽《さい》の音が通じたか、金平|忽然《こつねん》と現われ、
「オオみんな、よく来てくれた。おれは銭がないから、この経かたびらをなじみ甲斐《がい》に三百で買ってくれ」
と、それを元手にはりこんだが、取られてしまい、生前の元気もなく、はや消え支度をするゆえ、
「金平、なぜモットしない」
「イヤ、幽霊も三百はりこんだ*」
[#地付き](今歳花時)
* (ゆうべも三百はりこんだ)という俗謡の洒落。
義太夫隠居
さる隠居、義太夫の高慢を言う。居合わせた人々にすすめられ、
「さようならば一段かたりましょう」と砂糖湯など二三ばい引ッかけ、按摩の鶴市が三味線でそろそろうなり出すと、大の下手ゆえ聞き手も逃げ足になり、後にはたったひとり残る。
「貴公ばかりは義太夫がお好きと見えて、お残りなされ、拙者もかたる張り合いがござる」
「ナニ、お前に扇を貸したから」
[#地付き](近目貫)
寝どこ
浄るり好きな人が、近所へ遊びに行って、今晩は一段かたりましょうと、本を取り出し、おもしろくもない浄るりを一二段もかたれば、家内はもてあまし、聞きさして眠りけれども、声はりあげてかたっている。そばに丁稚《でつち》がただひとり聞き入っているのに、
「長吉よ、みな寝てしまったに、貴様ばかり聞いてくれて、かたるにも張り合いがある」と、めったむしょうにかたると、長吉ついに泣きだす。男、鼻高々と、
「ナントあわれか」
「イイエ、お前さまのいる所が、わたしの寝どころじゃ」
[#地付き](噺雛形)
中姿勢
いろ男下女をくどき、
「手まえはどうも可愛くてならぬ」と言えば、
「ナニうそばっかり、お前のようなよい男が、わたしのような中ぐらいな者に」
[#地付き](流行咄安売)
麗人
茶をもって来た女がちょっとイカス肉体美人、尻をポンとたたいて、
「イヨ、楊貴妃」
とおだてれば、振り返って、にっこり笑い、
「ちっと似ると、もうあんなことを」
[#地付き](再成餅)
天の配剤
娘たち集まっての話に、
「アノネ、わるい女は好い亭主を持って、いい女はわるい亭主を持つものだとサ」
「それじゃ、わたしはきっとわるい亭主をもつよ」
[#地付き](樽酒聞上手)
つらい
「からっ話では冴《さ》えないから、酒を一ぱいやりたいな」
「みんなで籤引きにしようか」
「イヤ、それもめんどうだ。この中の色男が買うことにしよう」
隣の息子あたまを掻いて、
「桑原、桑原」
[#地付き](鯛の味噌津)
久米仙人
つんとした女房、でっちを供につれて通るうしろへ、凧が落ちたのを知らぬふりで行く。
「今落ちたのは何だい」
「ハイ、凧でござります」
「あたしゃまた仙人かと思った」
[#地付き](笑の初)
関係ないの
きょうは彼岸の入り、寺へ参らんと朝からはでに身ごしらえして、召し連れる女も髪かたちずいぶんりっぱにこしらえさせ、主従出かけるに、見る者あれを見よ楊貴妃じゃと言いければ、奥方うしろを向いて供の女に聞く。
「何というた?」
「イエイエおまえさまのことじゃない」
[#地付き](按古於当世)
気取り過ぎ
美しい娘、乳母をつれて、四条通りを行けば、向こうから二十ばかりの若侍、草履取りをしたがえて来る。乳母、あのような殿御《とのご》をこちの婿殿にしたら嬉しかろう、ずい分あの殿御に見られるようにと、被《かず》きを上げさせ衣紋つくろわせなどするに、かの侍すれ違っても娘の顔に目もやらずして行き過ぎる。
「サテモサテモ愛想のない男、こちの娘御を目にもかけぬとは」と見返れば、侍、
「ヤイ角内」
「何でござります」
「今の娘は身どもが顔を見たか」
[#地付き](軽口蓬莱山)
支持者
通人《つうじん》ぶる男、茶坊主に向かい、
「さぞ世間の者どもが、おれにほれるであろうな」
「多くはござりませんが、たったひとりござります」
「シテそれはだれだ」
「あなたさまが」
[#地付き](春笑一刻)
善意の人
女郎屋のかか、何やら腹を立てて、女郎をさんざんにたたく。女郎、髪を乱して泣きさけぶところへ、女郎のなじみ客が来たゆえ、かかも折檻《せつかん》をやめる。女郎、泣き顔のまま客の前へ出ると、
「これはきつい愁歎。おれが国詰になって江戸を離れるのを、どうして知った」
[#地付き](稚獅子)
壁に耳あり
「あの仁《じん》ときたら、大へんなもので、まるっきり人ではない……」と言いさして、うしろにいるのに気づき、肝をけして、
「まったく生き仏じゃ」と言う。男、大きによろこび、両手で阿弥陀の印をむすんだ。
[#地付き](醒睡笑)
鼻下長族
十歳ばかりの娘の、容顔美麗なのを見て、
「これはこなたの御息女か、さてさて美しい。音に聞く楊貴妃もかくやとばかりでござる」とほめれば、親父、
「サレバ、この娘は母親そっくりでござる」
[#地付き](醒睡笑、広)
芸術家
大名の床《とこ》の間に鷺《さぎ》の絵をかけて、絵師に見せると、絵師あざ笑い、
「サテモ下手な絵じゃ。鷺の真の形はひとつもない。われらの鷺はこんなものではない」と自慢いうところへ、ほんとうの鷺、泉水へおりる。
「それなら、あのような鷺でござろう」と言えば、絵師、
「イヤイヤ、あのようなものではない」
[#地付き](かす市頓作)
大陸間ミサイル
殿様強弓の達人、ご近習が、
「何とぞ御前《ごぜん》の御弓を拝見いたしとう存じ奉る」と願えば、殿、髭をなでたまい、
「其のほうどもの願いとな。どりゃ一弓射て見しょう」と五人張り十五束《そく》をよっぴいてひょうと放し、弓を投げ捨てハラハラとご落涙、
「御前、いかが遊ばしました」
殿、南の方をながめたまい、
「かわいや、唐人ども」
[#地付き](近目貫)
名君
大名、お髭を剃らせるとき、舌で鼻の下や頬ッペタをふくらませ、
「ナントおれが舌を働かせてふくらませると、剃りよいであろう」
「ハイかくべついたしようござります」
「そうであろう。これはおれのくふうじゃ」
[#地付き](鹿子餅)
防寒設備
裏だなの浪人、世帯道具とては、へっついと土なべばかり、それでいてきつい自慢、
「武士たる者は衣類諸道具を持たぬものでござる。ふだんぜいたくすると、いざいくさのとき、物の役に立たぬから、われらは何も持たぬ」
「なるほどわかりましたが、この上り口の大石は、何でござります」
「それは、寒いときにもちあげるのじゃ」
[#地付き](鹿子餅)
エクスタシー
堅い侍が遊びに行き、よほど酒が過ぎたか祝儀の小謡二三番、皆々座をもちかね、
「サアお床入り」とすすめれば、
「しからば、いずれも」と寝間へはいる。あれでは、むつ言がさぞおかしかろうと聞き耳を立てるうち、女郎が、
「アレ、死にんす」と言えば、侍、
「ああ、身も相果てるようだ」
[#地付き](男女畑)
長い刀
侍、道具屋へ来て、むしょうに長い刀があらばほしいと言えば、
「アイずい分長いのがござりましたが、けさほかさまへ見せにつかわしました」
「エエ残念な」
「もチットさっきまで、鐺《こじり》が見えましたに」
[#地付き](聞上手、三)
[#改ページ]
愚か村紳士録
粗忽者《そこつもの》
田舎侍吉原へ行き、座敷でのあれこれも済み、床へ廻ったが、まだ宵のことゆえ女郎は来ず、あまり退屈さに見物に廻るうち連《つ》れにはぐれ、家《うち》が知れぬゆえ、一軒一軒、
「こんな顔の男を知らしゃらぬか、見てください」
[#地付き](独楽新話)
手がかり
通り町三丁目で年輩の男、あたりの人に、
「ちとものを尋ねたい」
「何ごとぞ」
「ここらに尋ねたき人あり」
「名は何」
「忘れました」
「屋号は」
「これも忘れました」
「サテとほうもないことを言う人じゃ。それではわからぬ」と言えば、
「わたくしははるばる水戸からまいった者でござる。教えて下さらぬと二日路の道を帰ります」となげく。気のどくに思い、
「せめて片はしでも覚えぬか」というと、
「名も家名もさすような」
男、しばらく考えて、
「すれば、松葉屋の有助であろう。松葉もありもさすから」
「いや、それではござらぬ」
「かがみ屋|はり《ヽヽ》まのかみか」
「それでもござらぬ。もっときつくさすものじゃ」
「ア思いついた。伊賀屋の八兵衛か」
「ソレソレ」と言って尋ね逢うた。
[#地付き](鹿の巻筆)
目じるし
田舎よりはじめて京へ上り、三条あたりに宿をとり、東山へ見物に出るとて、下人を呼び寄せ、
「京は家造り同じようにて、見知りにくいぞ。何にても心しるしをして、よく覚えよ」
「心得ました」
と受け合い、さて見物して帰れば、案のごとく忘れて、ここかしこを尋ね歩く。
「しるしは」
「どうしたやら、見えませぬ」
「何をしるしにしたぞ」
「イヤたしかに門の柱につばきで書きつけして置きました」
「沙汰の限り、それが役に立つものか」
「イエまだしるしがあります」
「なにぞ」
「屋根に鳶がとまっていたが、これもおりませぬ」
[#地付き](きのふは今日の物語)
面通し
「ヤイヤイ五兵衛はうちにいるか」
「きょうは頭痛がすると言って二階にふせっております」
「はて不思議なことかな」と言いながら、五兵衛の枕元へ行ってゆり起こし、
「さっき麹町を通ったら行き倒れがあって、人だかりしていたので、近寄って見たらお前じゃないか。これは大へん、何はともあれお前の家へ知らせようと、急いでかけつけた」というと五兵衛むっくと起き、ものも言わずに駈け出し、麹町で行き倒れを見て帰り、
「旦那さま、お気づかいありません、わたくしではござりませぬ」
[#地付き](新話笑眉)
壺の底
粗忽者、壺を買いに行き、うつむけてあるのを見て、
「こんなべらぼうな、口のない壺があるものか」と言いながら、ひっくり返して、
「底もぬけている」
[#地付き](新作落咄口拍子)
連鎖反応
越後屋から、縞の羽織ができて届けてくる。友だちいあわせ、
「その羽織を今夜貸したまえ」
「これは迷惑、まだ袖も通さない」
「ハテそこを貸すのが男だ」と無理無体に借りて行き、翌日来る。
「貴公のおかげで、ゆうべはもてた」
「そうだろうそうだろう」
「縞柄をほめるやら……」
「そうだろうそうだろう」
「胴裏をほめるやら……」
「そうだろうそうだろう」
「太鼓もちはもらいたがる……」
「そうだろうそうだろう」
「ひらりとぬいで、遣《や》って来た」
「そうだろうそうだろう」
[#地付き](座笑産)
惰性
兄弟三人ながら夜遊びに出る。母親気をもんで、どらどもが、早く帰ればよいに、親父殿がまた怒らっしゃろう、と案ずるところへ、弟が帰る。
「おのしはどこへ行った」
「謡の稽古にまいりました」
「なに、謡ではおじゃるまい」
つぎに次男、のろりと戻る。
「コレもう何どきだと思やる。九ツを打ちましたわ」
「ハイ、けんかの仲裁をして、手間をとりました」と、あちら向いて舌を出す。
「なに、けんかではおじゃるまい」
また惣領の甚六戻る。母、目をむき出し、
「おのしの身持ちが悪いから、弟がまねをする。今までどこにいやった。親父殿に知れても、もうかばってやらぬ」
「ごもっともでござりますが、友だちのつきあいで、今まで吉原におりました」
「ハテナ、そうではおじゃるまい」
[#地付き](楽牽頭)
先《せん》の仏今の仏
「けさもらった魚を煮てくれろ」と亭主が下女に言いつけるのを、女房きいて、
「モシエ、きょうは精進日でござります」
「マテヨ、何の精進だっけ」
「きょうは先の仏の日でござります」
「なんだ、先の仏の日だ? お前の先の亭主の日に精進するいわれがあるもんか」
「お前さまも、よく考えても御覧《ごろう》じませ。先のひとが稼いだおかげで、安楽に暮らせるんじゃありませんか」というと亭主腹を立て、
「おれがなんぼ入聟でも、ふみつけにするもほどがある。いまいましい。どうでも魚を食わにゃァならねえ」
「イエサ、なんでふみつけになどしましょう。しかしきょうはどうぞ精進して下さいませ」
「イヤイヤ食う」
「イヤお精進をして」と夫婦げんか止まず、仲間《ちゆうげん》八助、見るに見かねて、
「おく様も奥さま、だんなさまも旦那さま、何おっしゃります。……しかし奥さま、そのように先の仏先の仏とおっしゃっては、今の仏の障《さわ》りになります」
[#地付き](春笑一刻)
超特急
「八助やい、源左衛門殿へ使いに行ってこい」
「ハイ」と言ってかけてゆく。
「あいつは口上もきかずに使いに行って、何と言うであろう。そそっかしいやつ」というところへ帰る。
「八助、口上を何と言った」
「イヤ、さいわいお留守でござりました」
[#地付き](飛談語)
目的
雪の夜なか、小便つまりて目ざめ、起きて雨戸をあけようとすると、氷りついてあかず、仕方なく敷居ぎわへしゃがんで小便をたれかければ、氷とけてぐゎらりとあく。
「よしッ」と言って出たら、何も用なし。
[#地付き](鹿子餅)
灯台上くらし
大阪から京に上った粗忽男。馬につけたつづらもある、着た羽織もある、刀脇差しもしっかりさしている、供の久三郎も置きざりにしなかった、そしておれはここにいる、と念を入れて、まず安心と思ったとたん、横手を打って、
「さっきの茶屋に忘れ物をした」と馬よりとびおり、十町ばかり走り戻って、茶屋へはいり、
「おかか、編笠はここにないか」と聞けば、かか笑って、
「編笠はかぶってござらっしゃる」
男あたまを探って、
「サテモサテモ、思いがけない所にあった」
[#地付き](百物語)
医者の脇差
急病の家へ行くのに、摺子木《すりこぎ》をさして行き、診察すんでから、そうと知り、
「さても粗忽千万、取り違えるにことを欠いて、脇差と摺子木とは、にっくき女房」と、いとまもそこそこに、急いで戻り、わが家と思って隣へはいり、内義の縫い物をしているところを、
「おのれ憎いやつ、脇差を取り違えて差したのを知らぬ顔して、満座の中で恥をかかせ、言語道断の不届き者め」と叱れば、
「これはこれは、竹庵さま。何をおっしゃります」と言うのを見れば隣の内義、
「これは、そそう」とわが家へとんで帰り、女房の前に手をつき、
「ただ今のぶ調ほう、御免下されませ」
[#地付き](茶の子餅)
粗忽の医者
寝入りばなにトントントン、
「だれじゃ」
「伊勢屋からまいりました。ご新造が癪で目を廻しました。急いで願います」
「南無三ぼう」と羽織ひっかけ、紐もそこそこに伊勢屋へはいれば、家内は上を下への騒ぎ。医者どの寝おきのうろたえまなこで、いきなり下女の手をとって、脈を見る。
「イエ、わたしではございません」
「ハテ、こんなときは、だれかれの差別はないテ」
[#地付き](今歳噺)
のろいの釘
神主《かんぬし》、夜なかに小便に起き、神前の方をうかがい見るに、何やら明るく、四ツ這いにはっているを怪しみ、
「何ものだ」
「わたしは丑の刻参りでござんす」
「神木はそこにはない」
「イエ釘《くぎ》を落としたので、探しています」
[#地付き](楽牽頭)
吝いやの金槌
吝《しわ》い男、隣へ金槌を借りにやると、
「お安い御用なれど、あいにくうちにござりませぬ」という。
「サテサテ吝いやつかな。たしかにあそこにあると知って借りにやったのだが。コレ丁稚、仕方がないから、うちのを出して使え」
[#地付き](福禄寿)
茶臼と梯子
とんと吝《しわ》い人あり。ある男茶臼を借りたいと言いやれば、
「茶臼をよそへ貨すと、癖がついていけない。こっちへ来てひきゃれ」
男腹を立て、何がな仕返しをと思ううち、茶臼の主から、梯子を貸してくれと言ってくる。これ幸いと、
「梯子をよそへ貸すと狂いが来ていけない。あがる所があるなら、こっちへ来てあがらしゃれ」
[#地付き](初音草噺大鑑)
売声
吝《しわ》いやへ他国から客が来た。
「当地は魚の払底《ふつてい》な所で、ご馳走を差し上げられませぬ」
というところへ、鯛《たい》やア鯛、と売りに来る。息子、
「父《とと》さん、さかな売りが来たよ」と言えば、
「知りもしないで、何を言うか、あれは近所の若い衆が魚売りの稽古をしている」
[#地付き](当世手打笑)
遺言
親父、臨終の遺言に、かならず物入りするな、夜のうちに寺へやってくれ、という。親類集まり、
「そうはなるまい。きょうのうちにというわけにはいくまい」と言えば、親父起き直り、
「そんならモウ死なぬ、死なぬ」
[#地付き](茶の子餅)
ロハの薬
宗恵という金持ち、生涯のあいだいかなる病《わずらい》ありとも、ついに薬を一度ものまず。老衰していまわのとき、知人が牛黄円《ごおうえん》という名薬を与えんというに、少しも口をあかず、歯を食いしばりおるときに、
「この牛黄円は銭はいらぬ、ただじゃ」と言うて聞かせたれば、口をガバとあいてのんだ。
[#地付き](醒睡笑、広)
格安抜歯
歯を抜くことを稼業とする唐人が奈良にいた。一本抜くと銭二文がきまりなのを、ある男、一文にまけろという。わけのないことだから只でもいいが、根性が憎さに、一文ではいやだと言う、
「では、二本で三文にしておけ」
この男、虫も食わぬよい歯を二本抜かれて三文払った。
[#地付き](沙石集)
背なかの手紙
友だちのところへ手紙をやるのに、桐の葉に書きつけてやる。友だち読んでから、使いの者をよび、
「サテサテそちの旦那は世帯知らずじゃ。この葉は焚きつけになる。ソレ片肌ぬげ」と、使いの丁稚の背なかに返事を書き、終りに、
〈火中*〉
[#地付き](百登瓢箪)
* 用すみ次第、焼きすててくれという書簡用語。
オーヴァー
けちな親父、酒を買っておいたが、一度に飲むのは惜しいので、箸を酒の中へ入れては、箸をなめる。その子が箸を持って、二タ箸つづけてなめると、親父、目をむき出して、
「なぜそのように大酒をのむ」
[#地付き](太郎花)
蛇になれ
亭主、銭をそっと土の中へ埋めて隠すとき、
「人が見たら蛇になれ」
と唱える。その現場を見た者が、あとから行って銭を掘り出し、代わりに蛇を入れて置いた。
例の亭主、のちに銭を掘りに行くと、蛇が出て来たので、
「ヤレおれじゃ。見忘れたか、人違いするな、おれじゃ」
[#地付き](醒睡笑)
なげき
「あすは元日だから、何でもめでたいことばかり言え。縁起の悪いことはいうな」と下男に教えたが、元日の朝、
「餅を出してくだせえ。焼くから」という。亭主腹を立てて、いろりのそばの薪を投げつければ、
「旦那はマア、投げ木をしなさる」
[#地付き](醒睡笑、広)
めでたくさせぬ
「あすは元日だから、何でもめでたいめでたいと言え」と家内の者に言いつける。翌朝下女が薪を取りに行くと、高く積んであるので、中から抜こうとし、上から落ちかかる。下女、おどろいて、
「八助どん、めでたいことができそうだ。早く来てくんな」という声に、八助とんで行き、
「おれが来たら、めったにめでたくさせやァしない」
[#地付き](福来すずめ)
骨
元日、家内一同そろって、盃をめぐらすうち、十歳ばかりの惣領、ふと座を立ち、父親の椀に残った鯛の頭を持って、縁先に出て、
「シロ、シロ、これは父《とと》の頭《かしら》だよ、食え」
それを見た妹は、母の食い残した骨をもって出て、
「これは母《かか》の骨だよ、食え」
[#地付き](醒睡笑)
矢舞
全快祝の酒宴に、〈鶴の舞を見さいな〉などと舞ってヤンヤとはやされるのをうらやんだ男、床の間に立てた矢を取り、
「矢舞をば見さいな」
それから矢先と矢の根を重ねて、一本のように持ち、
「なが矢舞を見さいな」
[#地付き](醒睡笑)
しの字嫌い
かつぎ屋の旦那、丁稚を抱えるとき、
「うちでは四の字を言うたら三貫文罰金をとる。おれが言ったら罰金を出す。そのつもりでおれ」というと、丁稚、旦那に三貫文出させようと思い、使いから帰ると、
「もし、旦那さま、きょう変った物を見ました」
「何を見た」
「木の釜で飯《まま》をたいていました」
「それでは尻がこげよう」
「旦那、三貫いただきましょ」
[#地付き](絵本軽口福笑)
福の神去る
あるじ、与三郎という中間《ちゆうげん》に大晦日の晩いいつけ教えるには、
「今夜は早く家に帰って休め、あすは早く起きて来て門をたたけ、中から、たれぞ、と問うたら、福の神にて候、と答えよ、そしたら戸をあけて入れよう」と手はずをきめる。翌朝あるじ鶏の声に起きて門で待つと、案のごとく戸をたたく。
「たれぞ」
「与三郎」
あるじこれを聞いて機嫌を損じ、ようよう門をあけ、灯をともし、若水を汲みなどするあいだも物を言わず。中間ふしんに思い、つくづく思案し、酒をのむころになって、福の神のことを思い出し仰天して座敷を立ちざまに、
「福の神でござい。おいとま申しまする」
[#地付き](醒睡笑)
犬はなぜ片足あげるか
知ったふりが言う。
「神代には犬の足三本あり、いかにも不自由さに諏訪の明神に願えば、ふびんと思し召され、五徳や鍋の尻は三本でもよかろうと、その一本を下され、それより犬の足は四本になった」
一座の人聞いて、
「それはかつて聞かぬこと、何の書に見えます。証拠があるか」と言えば、
「その証拠には明神から下されし足ゆえ、大事がって、犬の小便するときは片足あげる」
[#地付き](初音草噺大鑑)
やかん
片田舎の者、やかんを見て、これは何にするものだろうと評議する。
「これは神代のとき、火の雨が降った、そのときかぶった頭巾じゃ」というと、ひとりが|つる《ヽヽ》をとらえて、
「これは何のためじゃ」
「これは抜けぬように緒《お》をつけた」
「では、この口は何のためじゃ」
「耳のきこゆるためじゃ」
「それならば両方にあるはずじゃが」
「知れたことよ、寝るときのため片方だけにした」
[#地付き](初音草噺大鑑)
晦日
「大家さんへ、|みそか《ヽヽヽ》のことを|つもごり《ヽヽヽヽ》というは、どうしたわけでござんすね」
「あれは|つも《ヽヽ》が|ごる《ヽヽ》からつもごりと言うのさ」
「ハアそんなら、|つも《ヽヽ》も|ごる《ヽヽ》ものですかね」
「ハテ、もちろん|ごる《ヽヽ》さ」
[#地付き](寿々葉羅井)
うわばみ
なぜ|うわばみ《ヽヽヽヽ》と言うのだろうと皆で首をひねっていると、物知り男エヘンエヘンと咳払いして、
「あれには故事がござる。むかし加賀の山の中で旅人が松の木の下で昼寝していると、醤油樽ほどの大蛇《だいじや》が松の枝からねらいすまして、ひと呑みに呑んだ。上から食《は》むから、うわばみさ」
[#地付き](独楽新話)
恵比寿さまの持ち物
「三味線は猫の皮だから膝の上に乗る、理屈に合ってる。だが、鼓は何の皮だな」
「ありゃ猿の皮だから、肩に乗るのさ」
「じゃあ、大鼓《おおつづみ》は」
「あれか、あれは脇の下へ挾むから、鯛の皮だろう」
[#地付き](今歳噺)
雷の鮨
「おれは世界に喰い残したものがない」
「おれも同じだ。シテ珍らしい物は何を食った」
「蛇《じや》の鮨をたべた。こなたは何を食うたぞ」
「おれは雷の鮨を食った」とふたりの話すのを、はたのものおかしがり、
「蛇の鮨の味は、どんなものか」
「風味のよいものだが、少し水臭い」
「雷の鮨は」
「大きにうまいが、少し雲くさくて困った」
[#地付き](軽口御前男)
食通
何でも食うと自慢する男に、腐った豆腐をたべさせると、
「これは腐ってる」
「イヤ腐っちゃいない、酢豆腐というもので、お前に馳走しようと思って作った」といえば四五はい食って、
「これは素人の食わぬもの」
[#地付き](軽口太平楽)
月とすっぽん
友だちと天王寺へ詣でての帰りに、近ごろこしらえた妾宅へ寄ってくれと誘われ、行って見ると、色の黒い尻の大きな下女とおぼしき女が出てくる。しまって置かずに出しなされと言えば、あれが妾だと聞かされ、
「貴様のお内義は町内きっての美人、それにくらべたら月とすっぽん、がてんがまいらぬ」
「サアそのすっぽんの味を、貴公はご存じないのじゃテ」
[#地付き](噺雛形)
西のはて
「紅毛人西のはてを見ようと船を出す。磁石を西の方へ向けて、風雨にかまわず三年ばかり行きやすと、もはや国も見えず、それでもかまわず無性に行くと、向こうに国が見えた。上って見れば、やっぱり紅毛」
[#地付き](万の宝)
さすが大尽
無筆の男、吉原へ手紙二通とどけるに、どちらがどちらか忘れ、向こうより大尽らしい男が来たのを、これ幸いと、
「ご無心ながら、この状、一つは大和屋ひとつは近江屋へまいりますが、無筆ゆえわかりませぬ。ちょっと御見わけ下され」と差し出すと、この大尽も無筆だが、
「これが大和屋、これが近江屋へだ」と教える。
「ありがとう存じます」と、行こうとするのを呼び戻して、
「もし違ったら、も一つのを出しゃれ」
[#地付き](かす市頓作)
比翼の鳥
「楊貴妃の謡にある〈比翼の鳥〉とは、いかような鳥じゃ」
「見たことはないが、雌雄《めおと》常に離れず二羽つばさをならべて、空をとぶそうな」と言えば、
「その鳥をいつか見たような気がするが、それそれ、鳥ではなかった、魚じゃ。以前、能登の国で見た。一疋の魚のあたまへ今一疋のあたまを差し込んで、二疋ならんで歩いた」
「それは刺し鯖《さば》のことじゃ。とほうもない」と笑えば、
「イヤ、あの刺し鯖が海の中で、群をなして泳ぐのを、見ぬ衆に見せたい」
[#地付き](初音草噺大鑑)
難字
「五郎兵衛はどんな字でも読めると言うが、作り字を書いて読ませてやろう」と、字を作って、読んで見やれと言えば、五郎兵衛しばらく見て言うよう、
「これはしゅうとめと言う字じゃ」
「なぜに」
「よめにくい」
[#地付き](軽口三杯機嫌)
カマトト
三浦屋の高尾太夫は代々うるわしく、位あり。道中八文字ふみて揚屋《あげや》へ来たり、二階へあがりしに、塵もなき畳の上に、銭の落ちてありしを見たまい、禿《かぶろ》に、
「それ、そこに何やら一文ある」
[#地付き](かす市頓作)
狐と狸
「モシ、お金は一両がたんとか、一|分《ぶ》がたんとか、どちらでおすかえ?」
「おいらも知らねえ、お前に聞きたい」
「ばからしい、主《ぬし》はお大名のようだ」
「お前はその奥さまのようだ」
[#地付き](巳入吉原井の種)
節穴の虫
尼さんたち寄り合い、物語りて遊ぶところへ、いたずら者行きて、戸の節穴よりみごとなる男の物をニョッと出す。あるじの尼これを見つけて、
「何やら知らぬ虫メが出た。そこの火ばしを焼いてよこしなさい。はさんで捨てよう」
火ばしの音を聞き、かの物を引っこめると、尼うろたえて、
「オヤ、ここにあったまらがない」
[#地付き](きのふは今日の物語)
符牒
浪人、鰹《かつお》売りを呼び、
「その鰹は値《あたい》なにほどじゃ」
「アイ、|そくがれん《ヽヽヽヽヽ》にしときましょう」
「何のことじゃ。通弁のいらぬように言え」
「そんなら百八十にしてあげましょう」
「ヤレヤレ、よくうそを言うやつじゃ。たった今百五十じゃと言うたではないか」
[#地付き](茶の子餅)
豆腐
下女出世して飯焚きを使うようになり、台所へ出て、
「コレおさんや、そこに何やら白いものが半丁のせてあるが、それは何という物だ」
[#地付き](福来すずめ)
鯉
きょうは彼岸の中日《ちゆうにち》。せめて寺参りをしようと旦那寺へ行き、庫裡《くり》へまわると、御坊はみごとなる鯉を庖丁してござったが、客に気がついてきもをつぶし、
「この鯉は何という魚でござる?」
[#地付き](きのふは今日の物語)
感謝
夜ふけて家のかど口を切り抜く音を聞きつけ、そっと起きてうちより盗人の手をしかととらえ、女房を呼び起こして三百文持って来させ、盗人に握らせて、
「この腕を引き抜くは易いが、思うところあってこの銭をとらせる。これに懲《こ》りて盗みはよせ」というと、盗人大きに喜び、
「命を助けて下さるうえ、銭までいただき、いたみ入ります。これでは再々まいりにくい」
[#地付き](初音草噺大鑑)
値ぶみ
ある若衆、姿も心も非のうちどころがないが、ただ一つのきずは、よそへ行っても人の刀脇差、鼓太鼓、何によらず値ぶみすることで、
「これからはチトたしなみたまえ」と言うと、
「さてさて過分なご意見、できるだけ慎しみ申そう。まことに、このようなご意見は、銭を百貫出しても買えませぬ」
[#地付き](きのふは今日の物語)
小言
家来をよく叱る者あり、今晩話しに来たまえと友だちをさそうと、
「それはかたじけないが、貴様は人が行くと家来をよく叱るから、行きにくい」
「おれも慎しんでいるのだが、叱りたくなる。われながら悪い癖だ。しかし今晩は叱らないから、来てくれたまえ」と約束したゆえ、話しに行ったが、案のじょうやたらに家来を叱る。
「そのように叱るなら、皆おいとましよう」と、客たちが帰りかけると、
「そんならもう、どんなことがあっても叱らぬ」と、むりにとめたが、しばらく過ぎて、亭主も家来も姿が見えず、コレハふしぎと裏口をのぞいて見たら、亭主、家来をとらえて肩先へ食いついていた。
[#地付き](聞上手)
もとの鞘
あらたまった酒宴の席で、いつもの癖で指を鼻の穴に入れ、鼻毛を二三本クッと抜いたが、膳の上には置かれず、左右の客もじろじろ見る。収めどころがなく困りきって、また元の鼻の穴へ差し込んだ。
[#地付き](新話笑眉)
都市計画
「ナント吉坊はよく火鉢の火をいじる男だなア」と話しているところへ、吉坊来て、すぐに火箸をとり火をいじる。ひとりが知らぬふりで火箸をとりあげ、うしろへ隠すと、吉坊まじめになって火を見つめ、口のうちで、
「あの火をこっちへ、この火をむこうへ」
[#地付き](打出の小槌)
盗癖
盗人を捕え、殺さんとする。
「しばらくお待ち下され、辞世の歌をよみたい」
「それは奇特なことじゃ。サアよめ」
「かかる時さこそ命の惜しからめ
かねてなき身と思ひ知らずは」
「それは太田道灌の歌じゃが」
「アイ、これが一生の盗みおさめでござります」
[#地付き](今歳噺)
ゴシップ
「貴様は見上げた人だ。うちへも大ぜい人が来るが、咄といえば人のうわさばかり言う」
「アイ、わたしも心がけて、人のうわさを言わぬようにしています。隣の五兵衛などは、よく人のうわさをいう人でござる」
[#地付き](聞上手、三)
壁土無筆
無筆の親父、よそから文が来ても、子の留守には返事ならず、
「よそへ行くときは、返事を二ツ三ツ書いて置け」
「なんと言って来るかわからないのに、返事の書き置きができるものか」
それもそうだと思い、以来、庭に壁土をこねて置き、よそから文がくると両手をつっこみ、使いの人に見せて、
「かくのとおりゆえ、お返事は口で申そう」
[#地付き](露新軽口ばなし)
好物の字
無筆の親父、息子が字をよく書くと自慢して、つれてあるく。ある所で大字をと望まれ、苦もなく書くと、
「これはみごと、しかも親父さまの好物の字だ」
とほめられ、親父赤面してうちへ帰り、
「ヤイ倅《せがれ》、人なかであんな字をかいて、親に恥をかかせおる」
「あれは酒という字です」
「おれはまた女房のことでも書いたかと思った」
[#地付き](聞童子)
無効票
「ものもうす」
「どうれ」
「北佐野左衛門、お見舞に参上しました」
「きょうは旦那留守でございます」
「しからば玄関帳へお書きつけ下され、お帰りの節よろしく仰せ下され」
「イヤわたしは無筆でございます。そこもとさまご自身で帳面へお書き下さりませ」
「拙者も無筆、ハテ困った。しからば、こういたしましょう」
「どうなされます」
「まいらぬぶんにして下され」
[#地付き](鹿子餅)
忘れる
夫婦ぐらしの豆腐屋、ふたりながら無筆だが、女房はおぼえがよい。
「モシ、お豆腐一ちょうおくれ、代《だい》はあとで」
と客がくれば、
「向こうの伊勢屋へ一ちょう」
「ハイヨ」と女房がおぼえる。
伊勢屋から代を持ってくると、
「伊勢屋の一ちょう代すみ」
「ハイヨ、わすれたよ」
[#地付き](聞上手)
けの字
「そこへ献立を書きな。まず、汁」
「汁という字はどうだっけ」
「さんずいに十の字さ」
「アア、おつけのけの字か」
[#地付き](今歳花時)
象形文字
無筆の医者、薬種の袋に絵を書いておく、心やすい人が来て、
「その侍のかいてある袋は、何でござる」
「これは附子《ぶし》でござる」
「えんまさまのは」
「大黄《だいおう》でござる」
「そちらの、犬が火にあたってるのは」
「これは陳皮《ちんぴ》でござる」
[#地付き](稚獅子)
粗葉
いなか客、たばこをきらし、一ぷく下されませと言えば、
「粗葉じゃが」と出された煙草が、ついぞのんだことのないうまさ、どうも忘れられず、煙草屋へ行き、
「そはという煙草をくだされ」
「それでは、これになされませ」
と出されたのを、一服のんでみて、
「これはよしましょう」と言うと、
「これより下はござりませぬ」
[#地付き](春笑一刻)
鳥の馬糞
文盲だのに、がらになく仔細らしい男のもとに客が来て、庭の手入れ、花壇のいろいろ、さてさて綺麗なとうらやめば、
「イヤもう、花前《かぜん》へ小鳥《しようちよう》どもが群集《くんじゆ》いたして、馬糞《ばふん》をつかまつるに困窮します」
[#地付き](初音草噺大鑑)
転用
手紙を拾い、
「晩の枕紙に好い」とよろこぶと、友だちが、
「その手紙をおれにくりゃ」
「なんにする」
「国へやる」
[#地付き](楽牽頭)
つめる文
こんど来た飯たき女、すっきりとして心だてよく、表の手代どもいろいろなぶるうちにも、久三が打ち込んで折もあらばと心がけしに、中戸口で行き合い、人目なければ、尻をフッツリつめる。下女、腹を立て、
「めっそうな、何をなさる」と興ざめ顔。久三めんぼくなく、顔あからめ、
「ハイ、わしは無筆でごんす」
[#地付き](噺雛形)
見果てぬ夢
猩々《しようじよう》と異名をとった大酒呑み、友達の家へ行き、
「ちょうどいいところへ来た。貴公のお好きな酒がある」
「それはありがたい」と、釜の下をもしつけると思ったら――夢。
「エエごうはらな。冷《ひや》で呑めばよかった」
[#地付き](口拍子)
水酒
「酒屋の女あるじは、このごろ酒に水をまぜて売る。和尚さんからさとして下され」と頼まれ、後生の障《さわ》りになるから、よしなされというと、そうとは知らなんだ、初めて教えられたと、お礼に桶に一ぱい酒を入れて持って来た。のんで見ると、いよいよ水くさいので、もう一度言って聞かせると、
「酒に水を入れると罪だというから、水に酒をまぜました」
[#地付き](沙石集)
酒の死
客に酒をふるまうと、ひと口呑んで泣き出す。亭主おどろいて問えば、
「これまで身にかえて酒を好きましたが、きょう、酒が死にました。もはや楽しみもありません」
「酒が死んだとは」
「きょうの酒には、少しも酒の気がありません。酒が死んだに相違ありませぬ」
[#地付き](わらひ初)
小便
酒に酔い、夜なかに寝床をぬけ出し、夜明けまで戻って来ないのを、女房ふしぎに思って出て見れば、縁先きで前をかかげて立っている。
「なにをしてござる」
「小便がとまらない」
女房そばへ寄って見て、
「なんですね。樋《とよ》から雨の落ちる音ですよッ」
[#地付き](軽口曲手鞠)
上に着ようか下に着ようか
冬の空さむき日、酒屋の前で下郎ひとり、着物の帯を手に持ち、
「上に着ようか、下に着ようか。下に着ようか、上に着ようか」とひとりごと、
「ままよ。下に着よう」と酒屋に入り、あつ燗にさせて腹一ぱいのみ、裸で出て行く。
[#地付き](醒睡笑、広)
小盃
酒宴によばれた男、盃を見るとたちまちむせび泣く。あるじ驚いて尋ねると、
「わたしの親父は、ちょうどきょうのように、よそのふるまいによばれ、このくらいの小さい盃を、ついそっくり呑んだため、呼吸《いき》が出来ないで死なれました。にわかにそれを思い出して、悲しゅうござる」
[#地付き](わらひ初)
ノックの音
正体なく酔って家に帰る途中、堀を渡るときころんで首までつかる。頃しも師走《しわす》寒の前、首筋に氷が張っても知らずにいる。帰りが遅いと家人が探しに出るとこのしまつ、まず氷を割って言葉をかけると、
「なんだ、夜も明けないのに門をたたくとは。怪しいやつだ」
[#地付き](醒睡笑、広)
ずっこけ
友達さそい合わせ三人づれで出かけ、ひとりが正体もなく酔ったのを、ふたりして引き立て、負うも負われるも千鳥足で帰り、生酔いの家の上り口へドッカとこける。
「ご亭主はきつい酔いよう、ふたりして背負って来た」といえば、女房、
「もし、もし、こちの人。オヤこれは着物ばかりだ。|うち《ヽヽ》の人はどうしました」
ふたりもびっくりして、
「これはどうじゃ。たしかにおぶって出たが、帯がゆるんでぬけ落ちたかな」
「おふたりとも、たいていになさるがよい。人を落として来るものがあるものか」
「マアちょっと探してきよう」と、もと来た道を戻れば、南の辻に丸裸でころがっている。ひっかかえてきて、女房に渡し、
「お前さまはしあわせなお人じゃ」
「なぜに」
「よく人が拾わなかった」
[#地付き](噺雛形)
介抱
夜ふけてヒョロヒョロ千鳥足の生酔い、ゲイというと道なかへ小間物みせを出す。夜なればかまう人もなく、すぐにのめって、たわいなく睡るところへ、犬が三四疋寄って、みせを大かたなめてしまい、生酔いの頭や顔をペロペロとなめれば、
「アア、どなたか知らぬが、ご親切に」
[#地付き](聞上手)
備前の土
大酒を好むが、存分に呑めないとなげく男、ふとした風邪がおもくなると、女房を枕もとに呼び、
「このまま死んだら、死骸は備前の国へ送って、土葬にしてくれ」
「なぜですか」
「今までついぞ腹一ぱい呑んだことがない。備前の土になったら、徳利に焼かれて、いつも腹に酒の絶えることがあるまい」
[#地付き](軽口ばなし)
二杯目にそっと出し
居候、膳へすわり、一膳めを食べ終ると、邪慳《じやけん》なかかア、
「お湯かえ」
「お湯でも、お飯《めし》でも」
[#地付き](座笑産)
満腹
ふるまいの帰りに、のっつそっつ腹を抱えて帰る途中で乞食に会う。
「一文くだされ、きのうから何も食べず、ひもじくてなりませぬ」
「それはうらやましい」
[#地付き](楽牽頭)
茗荷
ふるまいの菜《さい》に、茗荷《みようが》のあるを見て、小稚児《こちご》に、
「これは鈍根草《どこんそう》と名づけて、食べるともの忘れするというので、ものを読みまた覚えようというほどの人は食わぬものだ」と言えば、稚児聞いて、
「それなら食おう、食うてひもじさを忘れよう」
[#地付き](醒睡笑)
太鼓
大稚児、小稚児に向かい、
「きょうの腹はいかように候や」
「腹は太鼓《たいこ》じゃ」
「さてもよきことや。うらやましや」
「イヤ胴に皮が付いて候よ」
[#地付き](醒睡笑)
餅の木
大稚児と小稚児、額を寄せ合い、おかしき物語して遊ぶうちに、大稚児つぶやくよう、
「餅はたねがなくて、よい物じゃ」
「いや、われは餅にたねがあれかしと思う。植えて置いて、ならせて食いたい」
[#地付き](醒睡笑、広)
胃袋がかたき
信濃の者、冬奉公に江戸へ来たり、あんまり大飯を食うゆえ、どこへ住み込んでも二日三日で追い出され、しょうことなさに碑文谷《ひもんや》の仁王様へ願をかけ、どうぞいい口のありますようにと一心不乱に祈れば、仁王もふびんにおぼし召し、
「善哉《ぜんざい》善哉、願いのとおり叶えてやろうから、七日が間断食をしろ」
「ナニサお前、食わずにいられるなら国にいやす」
[#地付き](室の梅)
負け惜しみ
粗忽者、銭湯へ来て、頭巾と足袋をぬがずに流しへ出る。湯屋の亭主が、
「足袋をぬがしゃれ」
「イヤ滑るからはく」
「頭巾は」
「上から露が落ちる」
[#地付き](徒然御伽筆)
座頭
座頭、昼間銭湯へ来て、
「ハイご免なさい、冷え物です*と大声で言いながら湯ぶねにつかり、人ひとりいないに心づき、
「まず、こう言ったものさ」
[#地付き](鹿子餅)
* 銭湯の流し場へはいるときのきまり文句。
エチケット
親父、二階からおり、下にいた息子を客と思い、馬鹿ていねいにあいさつする。
「イエ、わたくしです」
「始めから知ってるわい。世間知らずに躾《しつけ》を教えておこうと思ったまでだ」
[#地付き](醒睡笑、広)
あずま男に京男
京男と関東者がけんかをはじめ、京男が、
「わごぜがような者でも、おれが|いで《ヽヽ》と思えば許さぬ」と言えば、関東者、片肌ぬいで、
「サアいでと思え」と身をすりつける。と、京者、
「イヤイヤ、いでと思わぬわい」
[#地付き](都鄙談語)
[#改ページ]
がめついやつ
鰻香
鰻屋の前を通るたびに、サテもうまい匂いじゃ、とかいで通る。大晦日に鰻屋から呼び込み、
「毎日の嗅《か》がせ代、六百文でござる」
「それは安いものでござる」
と、ふところより六百文、板の間に投げ出し、
「これ、この音を聞きたまえ」と言って、またふところへ。
[#地付き](座笑産)
備えあれば憂いなし
「ナント寄せ鍋をしよう」
「だが、長兵衛は割り前を出すまい」
「うまく帰してしまおう。――長兵衛ヤーイ」
「なんだア」
「このごろは追剥《おいはぎ》がはやるとよオ。早く帰りゃれエ」
「そんなら帰ろう」
と、出て行く。これでよしと一同おごるところへ長兵衛まっ裸で来る。
「おのしゃア剥《は》がれたか」
「イヤ支度をして食いに来た」
[#地付き](座笑産)
米の飯なら五里
時分どきの来客に、飯はあるが麦飯じゃほどに、いやであろうというと、
「麦飯はがんらい大好きで、麦飯なら三里も行くほどじゃ」
で、麦飯をふるまった。またその男が来たとき、
「そちは麦飯好きだから、米の飯はあるが出さない」というと、
「いや、米の飯なら五里でも行く」
[#地付き](醒睡笑)
ますますよし
「たばこをわすれたほど不自由なものはない。ドレ貴様のたばこ、やわらかくば二三ぷく下され」
「イイエ、きつうござります」
「そんなら五六ぷく下され」
[#地付き](茶の子餅)
酒の合作
「今年は豊年だから、酒をつくって飲もう。きさま米を出しゃれ、おれは水を出す」
「水はただだが、米は買わねばならぬ」
「だから、そのかわり出来たとき、おれは上水《うわみず》だけ取って、あとは全部きさまにやる」
[#地付き](うぐひす笛)
虎の皮
狩りうど息子をつれて山へ行く。大きな虎が出て来て、おやじを引ッくわえて走り出しければ、息子弓に矢をつがえて射ようとする。おやじ虎の口から見て、
「コレコレ足を射れ、皮にきずがつけば、値が落ちる」
[#地付き](わらひ初)
二刀流
娘に縁談二つあり。ひとりは大金持ちなれども大のぶ男、ひとりは貧乏なれども色男、どちらにしたらよかろうと両親が娘に語ると、
「両方へ嫁入りしましょう」
「とんだことを言う。両方へ嫁入ってどうしようというのじゃ」
「昼はお金持のうちで食って、日が暮れたら、よい男のうちで寝ます」
[#地付き](わらひ初)
ボーイハント
京都|清水《きよみず》の舞台から美しい娘が飛びおりると京じゅうのうわさで当日清水の下は大群衆。かかる所へ腰元あまたうちつれて美しい娘が参詣、あれだあれだと言うなかを本堂へ参詣し、舞台に出てほうぼう見廻し、
「きょうはよしにしよう」と立ち帰る。翌日もそのようにして帰りがけに、腰元にささやくを聞けば、
「殿がたをたんと集めても、よい男はいないものじゃ」
[#地付き](臍が茶)
減精剤
見るからに衰えきった男、名医を訪れ、気根《きこん》の落ちる薬を下され、という。
「さてさて、見かけとは違うたお望み、ふしぎふしぎ」
と言うと、
「いやいや、それがしが用いるのではない。女どもに与えたい」
[#地付き](きのふは今日の物語)
重点主義
浅草の観音を深く信心する者、ふしぎの霊夢を見て、馬になり、人になる法を得た。まことに奇妙の霊薬、金もうけせんと喜び、かの薬、調合してそろそろ塗ってみれば、顔馬になり、また手足馬になる。女房これを見て、
「さてさて何ゆえあって、生きながら畜生になりたまう」
と、とりつきて歎くと、
「少しも苦しからず、人になることも自由なり」とて、わが手に薬をぬりて、首も手も元のごとくになる。その手を女房、おさえて、
「さても不思議の薬かな。もはや薬をぬらずにおかしゃれ、腰より下は馬がよい」
[#地付き](正直はなし)
生産性
隠居、小僧を供につれて、恵方まいりに行き、さい銭《せん》をあげようと思い、巾着《きんちやく》をさがして見ても、四文銭ばかりで一文銭はなし。ぜひなく四文銭をあげてあとをふり向き、
「小僧、汝《われ》も拝め」
[#地付き](俗談口拍子)
鮓と蓼
「旦那さま、また隣から鮓につけるから蓼《たで》をくれと言ってまいりました」
「サテしつこい。きのうもおなじ口上でもらいに来て、きょうもくるとはあんまりだ。ちっとばかりやれ」
と、遣《や》ったあとで、
「コレ小僧、隣へ行って、蓼につけて食いますから鮓をちっと下さいと言ってもらってこい」
[#地付き](新作落咄口拍子)
蜜柑というもの
「さてまず御慶《ぎよけい》でござる。どなたもご機嫌よくご越年、めでとうござる」といううちに喰摘《くいつみ》を持って出るを、ふしぎそうに見て、
「ぶしつけながら、この赤い丸いものは何でござります」
「それは橙《だいだい》でござる」
「このちいさいのは」
「蜜柑でござる。なぜお聞きなされる」
「ヘエ、これが蜜柑というものでござるか。ハテめずらしい、一ツおふるまい下されぬか」
亭主きもをつぶして、
「蜜柑をご存じない? ご冗談を」
「イヤ決して偽りでござらぬ。話のたねに一ツだけいただきたい」
「それがほんとなら、いくらでもあがれ」
「それはかたじけない」と皮をむいて、たもとへ入れると、
「イヤ皮はお捨てなされ」
「イエイエこれは陳皮《ちんぴ》にいたす」
[#地付き](大きに御世話)
物納
「死んだあとは香花などいらぬ、仏前に前を手向けてくれよ」との夫の遺言にまかせて、若後家、寺へ参っては本尊の前で、
「南無幽霊出離生死、頓生菩提、よくよく享《う》け給え」
と唱えながら前を開く。
長老、物かげよりご覧じて、
「殊勝なるお志。こなたへおいでなされ」
と自室へ引き入れた。
「これは何ごとをなされる」と言えば、
「仏に捧げたものは菓子でも果物でも何でも、出家がおさがりをいただくのが習い」とあって、ぜひに及ばず、しばらくして室を出るとき、長老、
「ご遺言にしたがって、来月からは前の晩、お逮夜《たいや》に来られよ」と言えば、
「ハイ、これからはお布施も今のを差し上げます」
[#地付き](きのふは今日の物語)
雁の寺
寺へ参り、長老さまはと問えば、留守だという。せっかく来たのにとうらめしく、庭をそぞろ歩きして竹やぶまで来ると、長老さまがみごとな雁の毛をむしっている。そっとそばへ寄り、あいさつすれば長老|仰天《ぎようてん》して、
「イヤナニこの鳥のむく毛を枕に入れれば、痛風の薬になると聞きましてな。手なれぬことで、うまくまいらぬ」というと、
「それは易いことでござる。これへお出しなされ」と、くるくると引きむしり、毛だけ一まとめにして、
「お枕にお入れください。この肉《み》の方はお入り用のない物ゆえ、いただいて帰ります」
[#地付き](きのふは今日の物語)
化物使い
化物が出ると評判の所へ、豪気な若者、正体を見届けてくれんと出かける。大入道になったり、小坊主と変じたり、さまざまに化けても、若者ちっとも驚ろかず、あざ笑って立っていると、化物は小判と変じて地にころげたが、しばらくして消える。若者、
「四五日あのまま化けていてくれればいいのに、惜しいことをした」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
土性骨
金五両、手に持ってニコニコして見ているところへ、友達来かかり、ちらりと見つけ、
「何を見てニコニコしてる」
「何でもない」
「今ちらりと見えた。金らしい。それほどうれしいか」
「聞いてくれ、五両だまして借りたが、返すまいと思えばうれしい」
[#地付き](都鄙談語、三)
外交辞令
亭主は七十近いのに、内義は四十そこら、実子がないから養子をと、二十三になる息子をもらったが、養母のようすが、どうやら色気のある気味。息子なんとかしめてやりたいと思ううち、ある時亭主は留守なり、店は忙しく取り込んでいる。お袋は二階で仕立物しているので、よい折と抜き足で二階へ上り、うしろから物も言わず、ぬっと抱きつくと、おふくろ振り返り、
「畜生め」と叱られて、すごすごと梯子《はしご》の方へ行けば、
「下りると、なお畜生だぞ」
[#地付き](豆談語)
二番煎じ
嵯峨のほとり、不許葷酒*の石を立てた門の中に、桜の咲き乱れたを見て、いざと立ち入ると、門番が出て来て、
「その吸筒《すいづつ》は酒らしい、この禅寺の中へは入れぬ」と言う。供の者答えて、
「これは酒ではござらぬ。旦那病身ゆえ出あるくときも薬を持ちあるく」
「しからば飲んで見よう」と、大茶碗で飲み、
「この薬は、なるほどよく利く薬だ」と言って通す。してやったりと花の下でさしつさされつしていると、れいの門番が来て、
「さきほどの薬の二番は煎じませぬか」
[#地付き](初音草噺大鑑)
* 不[#レ]許[#三]葷酒入[#二]山門[#一]。葷酒は臭気のある野菜と酒。
狐の眉つば
山寺の小僧、入相の鐘つくころ、用事あって里へ下るのを、狐が見つけ、丁稚の三助に化けて小僧に向かい、
「お小僧のひとり歩きは心もとないから、ついて行けと和尚さまが仰せられたから、来ました」と言えば、小僧すぐに狐とさとり、道々話しながら行く。小僧、ちとなぶってみようと思い、
「コレ三助、このあいだ貸した三百文の銭、きょう返す約束だのに、なぜ返さぬ」と言われ、ふところから出して返す。小僧また、
「きのうかした金二朱、これも今返してくれ」と言えば、ぜひなく返す。小僧なおも、
「四年前に貸した緋ぢりめんの下帯も返せ」と言うと、狐もあきれて逃げうせる。
あくる日、小僧が里から帰るのを、狐見つけて、なかまに、
「あの小僧が通るから、眉毛につばきをしっかり塗れよ」
[#地付き](軽口福徳利)
度数制
女房たち二三人うち寄り、世間ばなし。
「源兵衛さんはお家さんを大事にかけて、物買うてあげなさるさかいきれいにしていなさる、わたしらの亭主はやかましゅうて、買物の銭さえもなかなか出してくれず、八九百文払いがたまって、きつう心配しているわな」
「わたしは前に勤めをして、多くの男に逢うて、あんばいをよう知っているが、男はやりよう次第で気前のよいもの、八百や九百のことは何の案じることがあろ。わたしゃ今このように女房になっても、寝間でのことを数えておいて、節季にまとめて取り立てるわいなア、おまえさんもそうしなされ」
「ホンニこれはよいことを教えておくれだ。それならもらいやすくてよい。今晩からこちの人に言うて置こわいなア。したが、それでは都合のわるいことがある。――ヒョット数がすくのうなりゃせまいか」
[#地付き](春興噺万歳)
長生き
姑婆《しゆうとばば》嫁を憎がり、どこぞで恥をかかせてやろうとねらっている。客四五人ある時、婆、ブイとひり、
「オヤここな人は、お客の前で、ちと慎しんだがいい」
嫁才発者にて、
「ナニサ音のするおならの出る人は、長生きすると申しますから、たのもしゅうございます」
と言えば、姑婆、
「音のしたのはおれだよ」
[#地付き](千里の翅)
[#改ページ]
小咄論理学
橋銭
新大橋へ三十ばかりの女、いそがしげに橋銭一文なげて通るを、番人呼び返して一文不足という。
「イエわたしは橋のまん中から身を投げます」
[#地付き](売言葉)
執念
井戸のふちへ刺身庖丁を立てて、魚を洗うときに、袖がさわって庖丁が井戸へ落ちると、料理人涙をながして、
「さてさて残念な。親代々の刺身庖丁を落とした」
と井戸の中を見つめている。そばから、
「思い切りの悪い人だ。井戸の中を見つめていれば、落ちた庖丁が出ますか」
「そんなら、見ずにいれば出ますか」
[#地付き](気のくすり)
ヌードの弁
物もらいの願人坊主がまっ裸で来るのへ、
「コレ、手前たちはこの寒いのに、裸で歩くとはとんだ気丈《きじよう》なことだ」
「ナアニそんなに寒かァありやせん。総身を顔だと思やァ済みます」
[#地付き](百鬼夜行)
お祭の実態
「あしたの祭礼に奥さまがお参りの節、どうぞお供がいたしとうござります」と腰元がいえば、
「あすは人ごみで、若いものは供につれられぬ。それでも行きたくば、ここへ来い」
と腰元のおいどを二ツ三ツつめり、
「それで行ったもおなじことじゃ」
[#地付き](うぐひす笛)
鑑定
「狼と山犬のめききが知れぬ」
「それはぞうさない。覚えていやれ。向こうから吠えてくるとき、脇ざしをぬいてズイと突きかける。山犬ならば逃げて行く。狼ならくらいつく」
[#地付き](茶の子餅)
鎖
夜ばなしの帰り、家来と話しながら戻る。
「モシ旦那、この提灯にはなぜ鎖をつけたのでござります」
「それはヒョット理不尽者《りふじんもの》が切りつけたとき、切り離れぬ用心じゃ」
「そのとき、その提灯はだれが持ちます?」
[#地付き](鹿子餅)
サイドチェンジ
神田川の出水に、筋違見附《すじかいみつけ》の薪屋の薪ことごとく流れるを、柳原の乞食川ばたへ出て鳶口《とびぐち》でひっかけ引きあげると、たちまち乞食が薪屋になり、薪屋が乞食になった。
[#地付き](鹿子餅)
反則
急に用をたしたくなったが、人がはいってる。隣へ行くとこれもふさがっていて、中で「エヘンエヘン」
もうこらえかねて雪隠《せつちん》の前へたれていると、中から出ようとするのを、戸を外からおさえて、
「エヘンエヘン」
[#地付き](猫に小判)
待避
友だち四五人話しているうちに、ひとりがすかしたので、これはくさい、だれかがひった、こりゃたまらぬと皆ふところへ顔を入れる。ひった男もおなじくふところへ顔をさし入れたが、
「ムウ、中より外がまだましだ」
と顔を出した。
[#地付き](再成餅)
万年
「亀は万年というが、うそだ。この亀は買ったばかりだが、ゆうべ死んだ。昔の人の言うことも、あてにはならぬ」
「イヤゆうべが万年目かも知れぬ」
[#地付き](再成餅)
三角
ひとり息子、こたつを三角にしなさいという。
「阿呆なやつ、三角なこたつがあるものか」
「でも四角の必要がない、むだです」というと母親、
「待て待て、近いうちに嫁をとってやろうぞ」
[#地付き](再成餅)
貸し雪隠
不忍弁財天の開帳に参詣|群衆《くんじゆ》、この島はおいそれと小便のならぬ不自由、そこを見込んで茶屋の裏を借りて貸し雪隠、わけて婦人がたの用が足り、一人前五文ずつでおびただしい銭もうけ。〈これはよい思いつき、おれも貸し雪隠〉と思い立った男、女房が、もはや一軒あるからはやるわけがないと、とめるのも聞かずに建てたが、その日から大入、今まではやった隣の雪隠へ行く人はひとりもなく、こっちばかりの繁昌、女房不審がり、
「どうして、こっちばかりへ人が来ます?」
「知れたことさ。隣の雪隠へは一日おれがはいってる」
[#地付き](鹿子餅)
禁酒
「禁酒をしたというが、ほんとか」
「オオ、五年が間禁酒だ」
「それは結構だが、同じことなら十年にして昼ばかり呑めばいい」といえば、すこし考えて、
「いっそ二十年にして夜昼呑もう」
[#地付き](廓寿賀書)
遺産分配
親父大病いよいよ重《おも》って、三人の子へ遺産を分けるに、惣領息子に金百両、次男に二百両、三男に三百両と聞き、
「ハテ変った譲り金。惣領こそ三百両で、次男三男は順に少なそうなものだが」と、よくよく聞けば、借金を譲るもの。
[#地付き](飛談語)
天引
息子、銭箱から二分《にぶ》くすねて遣《つか》う。親父呼びつけて、
「オノレ二分ぬすみおったな。よく聞けよ、のちには皆われに譲るものだわ」
息子まじめな顔で、
「そのとき、二分だけ差し引けば好い」
[#地付き](楽牽頭)
比例
大仏参詣の帰りに餅屋へ寄り、
「この餅はいくらだ」
「三文で」
「三文にしては小さいの」
「ハテ、大仏を御覧じた目では小さく見える」
「いかさま、そうでもあろう」と感心しながら行くと、道に捨子あり、これは大仏さまのお授け子だろうと拾って帰り、よくよく見ると、はっち坊主。
[#地付き](座笑産)
生みの悩み
大仏殿の柱の穴を、後生のためとて皆くぐるうちに、ふとったやつがくぐりかかって見たが、肩ばかり出て腰がつかえ、あとへも先へもいかず。大ぜい寄って押し出せば、ようよう抜け出て涙をながし、
「母の恩をはじめて知った」
[#地付き](聞上手、三)
性転換
信心家、娘がふたりあったが、ある時和尚に、せめてひとりは男ならと言う。和尚気の毒に思い、
「それほどまで思うなら、わが法力で男にして進ぜよう」という。それより姉娘を毎日寺へやっても男にならないので、
「これは仏縁がない、妹をよこせ」と妹を毎日かよわせたが、これも男にならず。両親が力を落すと、ふたりの娘言うには、
「あれはならぬはずでござります。和尚さんは毎日竹の子をさかさまに植えました」
[#地付き](はなしの種)
休業の体位
はやる女郎に、
「これおちよや、おぬしはあまりはやるから、ちっと引いて休みやれ」
「アイ、ちっと休みやしょう」と二階へ上がり昼寝、あんまり長いので、行って見れば、うつむけに寝ている。
[#地付き](廓寿賀書)
越後屋泥坊
泥坊ども相談して、小さい所はよい仕事にならないと、越後屋へ入るときめ、人にきずをつけては呉服がよごれるから、片ッぱしからしばって猿ぐつわをはめ、柱へくくしつけてから、思いのままに呉服物を持ち出すことにきめる。さて、はいったところ、ソリャコソと出てくる手代、判とり、下男、次々としばって、猿ぐつわをはめ、柱へくくしつけるが、あとからあとから出て来て、しばり尽くされず、そのうち夜があけて、烏がカアカア。
[#地付き](鹿子餅)
大黒の印《しるし》
絵をかいているところへ、近所の人来て、
「何の絵をかきなさる」
「イヤ、ちとお待ちなされい」と描くを見れば、くくり頭巾かぶりたるおやじ、据風呂に入る図なり。見る人、
「これは大黒らしい。道化《どうけ》た絵かな。おもしろい。しかし、いかな大黒でも湯に入るに頭巾は着ますまい」
「そうではござるが、頭巾がなければ、素人とまちがえます」
[#地付き](新話笑眉)
焼き豆腐
「節分の豆をあちこちでもらい、百石も集まった」
「フウン、その豆を何にしやる」
「豆腐屋をしようと思う」
「ハテめっそうな、煎《い》った豆が何で豆腐になるものか」
「イヤ、焼き豆腐にする」
[#地付き](噺雛形)
唄の文句
「たとえ火の中、水の底……」と地廻りが唄って行くうしろから、友だちが、
「コウ、熊」
「なんだ」
「焼豆腐じゃアあるめエし」
[#地付き](文武久茶釜)
人魂
人の歎きもかまわず、しこたま金銀をためて独《ひと》り暮らす男、ある夕ぐれ自分の耳から人魂《ひとだま》が抜け出て、飛び行くを見、横手を打って、もはや三年と生きぬ命、たくわえし金銀も何かせんと三年のうちにつかい捨てた。その後、人魂帰って夢のうちに現われ、
「ひょっと出まして、方々《ほうぼう》まわりましたれども、変ったこともござらぬ。なじみの所へ戻りました。今までのように置いて下され」
「イヤこちらでは帰らぬはずと分別をきめた」と言ったがぜひもなく、人魂のおかげで乞食になる。
[#地付き](初音草噺大鑑)
親の日
出家、うっかりして傾城町を通り、衣の袖をひかれて、ぜひもなくいたし、出るときに、
「これだけしかないが」と、もらった布施を出せば、
「イヤイヤきょうは親の日なればいただかずとも」と返す。出家、
「それは何よりのお心ざし、ありがたい。それなら、袈裟をかけていたせばよかった」
[#地付き](きのふは今日の物語)
虎の看板
「サアサ生きた虎じゃ、きのう阿蘭陀《おらんだ》よりのぼりました。偽ならば銭はとらぬ、はやいが勝ち、銭は見ての戻りじゃ。エイトウトウ」と言いわめく木戸にて、
「ナントこの看板のとおりに違いはないか」
「いかにも、看板に少しも違いはござらぬ。はいって、とくと見たまえ」と言えば、
「看板のとおりに偽りなくば、見るにおよばぬ」
[#地付き](百登瓢箪)
同情
銭湯で奉公する男のところへ、在所の医者がたずね来て、ゆるゆる話の最中、切り抜き穴をのぞけば、美しい女が大ぜい丸裸でざわざわするを見て、気の毒そうに、
「あの裸は毎日のことでござるか」
「アイサ、朝の五ツから夜の五ツまで、あきるほど拝みます」と、話し終って別れて帰り、まもなく国より一袋送りくる。あけて見ると、地黄丸*
[#地付き](軽口出頬題)
* 補精薬。
頬赤
今はむかし、隅田川辺へつみ草に行きしに、下女のまたぐらへ蛇が這い込み大騒ぎになり、江戸へ医者を呼びにやろうと言うところへ、武蔵屋の若い者来かかり、
「気づかいなされますな、蛇はじきに出ます」と言うと、はたして蛇は弱ったかたちでぬけて出る。
「こいつは奇妙、どうして知れる」
「それにはチット見どころがござります」
「それを伝授してくれろ」と旦那が金二分出して頼めば、
「大事のことだがおしえて上げましょう。あの女中の顔をごろうじろ」
「顔がどうした」
「頬が赤い」
[#地付き](無事志有意)
毎晩身投げ
「毎晩橋の上から身投げがあるそうだが、なぜ気をつけぬ。今夜から十分気をつけろ」
と、両国の橋番が役所へ呼びつけられて、小言を食う。その夜より蚤《のみ》取りまなこで油断なく見張るところへ、曲者が来て、欄干をくぐるところをムズと組みつき、
「毎晩の身投げはおのれであろう」
[#地付き](楽牽頭)
牛の爪
「総体けだものでも爪の割れたのは足が早い。犀などは爪が割れているから、波の上を走ることは大したものだ」
「しかし、馬は爪が割れてないけど、足が早い。あれはどうしたものだ」
「あれは、爪が割れてないから、まだしも人が乗れるが、爪が割れていて見ろ、飛ぶように早くて乗れやしない」
「牛はどうしたもんだ。爪が割れているのに、おそい」
「あれだって、爪が割れているから歩ける。割れていなかったら、テンデ動きゃァしない」
[#地付き](鹿子餅)
人のふんどし
竹の子をふるまうと約束した客くる。
「うちにもあるが、とてもの馳走に取り立てのにしよう。ちょっと待ちゃれ」と背戸へ行ったきり、待てど暮らせど帰らぬゆえ、待ち遠しがって背戸へ行き、そっとのぞくと、亭主は隣のやぶにしばられていた。
[#地付き](再成餅)
火事息子
ソリャ火事じゃと騒ぐ声に、出て見れば近火なり。コレハと驚き、うちの道具を片づけ、運び出すうち、近年勘当した息子が働いているを見つけ、
「ヤイわれは勘当した倅ではないか。めったに道具を持って出て、また不埒《ふらち》をするのじゃないか」と言えば、
「めっそうなことを言わっしゃる。勘当受けても親のうちの近火を見ていられるものか。片づけに来ました」
「ウム手伝いに来たのというのか。それなら勘当は許す。はたらけはたらけ」
そのうち、火もしずまれば、息子箪笥から袴と羽織を出して着ようとする。親父見つけて、
「何をしおる。うろたえるな」と叱れば、
「火元のところへチョット礼に行きます」
[#地付き](笑の友)
部分的忌中
りん気ぶかい女房を持つは、亭主も心づかい。谷中へ弔いに行き、帰りに根津でひと遊びして、家に帰る途中、
「これはまた、かかァが焼きもちやくであろう。どうしたものか」と思案の末、池の端でスッポンを買い、首を切って紙に包み、たもとへ入れて帰る。しきいをまたぐかまたがぬうちに、
「帰りが遅い」と雷声、亭主ちっとも騒がず
「コレやかましく言うな。きょうは道で気分悪くなり、知り合いの所へ寄って世話になって、おそくなった。大方、例の焼きもちと思い、うるさいから途中で大事なものを切ってしまった」と紙包みを投げ出せば、かかもコレハと仰天し、つっと立って飯びつのすだれを前だれにして〈忌中〉と書いた紙を貼る。
[#地付き](豆談語)
水いらず
船から金子百両海へおとし、どうして取ろうとあわて騒げば、才覚なる友だち、ここに幸いな物があると、ビイドロの壺を取り出し、かの金を落とした男を壺へはいらせ、壺の口をしめて綱をつけ、海底までおろし、
「ナント金子は見えぬか」と大声で叫べば、海の底より、
「ここに見えることは見えるが、取ろうにも手が出されぬ」
[#地付き](軽口花咲顔)
野宿
貧窮者、国もとへ無心に行かんと思い立ち、子供をつれ旅立ちしが、路銀なければ野宿して、子供には古下駄を枕にさせると、
「コレ父《とつ》さん、下駄であたまが痛いから、おれは|はだし《ヽヽヽ》でねよう」
[#地付き](いちのもり)
嵐の前
間男を引き込んでコッテリの最中、亭主が帰る。南無三ぼうとうろたえながら、幸いあいた風呂桶へ隠し、亭主はそしらぬ顔で座敷に入る。間男がひもじかろうと、女房が心づくしの握り飯を風呂の中へ投げ込むのを、亭主チラと見て、何くわぬようすで風呂のふたをあけると、中から、
「オット塩か」
[#地付き](俗談口拍子)
看板に偽り
鼻の大きさに惚れこみ、婚礼して新枕のむだ言のとき、聟の鼻を小指でたたきながら、
「嘘つき」
[#地付き](今歳咄、二)
危うきに近よらず
泥坊が道具屋の見世《みせ》へ来て、大小を盗んでさし、一さんに駈け出すを、隣の亭主見つけ知らせれば、道具屋追っかけて行き、しばらく過ぎてすごすごと帰る。隣の亭主、
「泥坊は逃げのびましたか」
「イエイエ、二三丁で追いつきました。先も侍、めったなことは言われませぬ」
[#地付き](室の梅)
期待
町人衆二三人、夜話しに行き、亭主ともども遊ぶうち、勝手から尋ねていうには、
「どなたもお精進《しようじん》はござりませぬか」
「イヤ、だれも精進はない」と答えたが、亭主はじめ皆々なんぞ夜食が出ると思っていると、四ツ時を過ぎても出るようすなし、亭主ふしぎに思い、勝手へ行き、
「何ぞこしらえたら、早く出せ」
「イヤ、何もこしらえはいたしませぬ」
「そんならなぜ、精進はないかと尋ねた」
「それは、茶|柄杓《ひしやく》の柄《え》が折れたので、貝杓子でお茶をくみました」
[#地付き](福禄寿)
風鳥
「駝鳥という鳥は、火を食う鳥でござる」
「それは奇妙な鳥じゃ、消炭でも糞《ふん》にひるだろう」
「また風鳥という鳥は、風ばかり食うています」
「それは何を糞にしますぞ」
「ハテ屁ばかりさ」
[#地付き](聞上手)
手足の論
膝の上へ手をのせると、足がうるさがるので、手がいう。
「おれは上にあるゆえ、兄弟にたとえれば、兄だ。おれがなければ商売もできない」
「手前勝手ばかり言うな。足がなければ、商売に出かけられまい」
「そう言えば五分五分よ。きょうの命をつなぐ食物も、足で口へは運ばれなかろう」
足もこのひと言にぐっとつまり、腹の中で、
「よおし、こんど糞をふんづけて、ふかせてやろう」
[#地付き](楽牽頭)
虚無僧問答
こむ僧が尺八を吹いて通るを見て、知り合いの若い者が、
「どこを滅法にあるく」
「風にまかせて」
「風がなくば」
「ふいて行く」
[#地付き](軽口福ゑくぼ)
枕とふんどし
枕とふんどし、互に、そっちがさわった、こっちがさわった、と争う。枕が、
「おれは旦那が頭をつける物、ふんどしの分際でおれにさわるのは、無礼千万」と言えば、
「なにを言いやる。旦那の金《きん》の出し入れはおれがする」
[#地付き](按古於当世)
猫の名
「猫をもらったから、強い名をつけようと思うが、何とつけたらよかろう」
「虎とつけやれ」
「虎より龍とつけやれ」
「そんなら龍をのせてあるくものだから、雲とつけよう」
「それより風とつけやれ」
「イヤ風をとめるものだから障子とつけよう」
「それより障子をかじる鼠とつけやれ」
「そんなら、いっそ猫のままで置こう」
[#地付き](新作落咄口拍子)
胎中気象学
ある家に生まれた子、生まれるとすぐ、おとなのようにものを言うので、珍らしがって人々あつまり、話をする。ひとりが、
「腹のうちにいたときのことも、おぼえがあろう。どんな心もちだった」と聞けば、
「腹のなかは秋の初めごろのようだ」
「そりゃどうして」
「暑くもなし寒くもなし、そしておりおり下から松茸が生える」
[#地付き](恵方棚)
変わり咲き
「貴公さまは珍らしい朝顔をお持ちと聞きました。拝見いたしとうござります」
「イヤ、さして珍らしくもござらぬ。言葉にしたがい、花を咲かせるばかりでござる。お目にかけましょう」と、ポンと手をたたいて、
「むらさきを頼む」と言えば、パッと紫の花が開く。また手をたたき、
「紺をたのむ」といえば紺の花が咲く。客、横手を打って、
「これは奇妙、とてものことにいま一|輪《りん》」とのぞむ。亭主また手をたたき、
「しぼりはどうじゃ」と言えば、
「明後日《あさつて》おいで」
[#地付き](芳野山)
朝の証拠
「長兵衛、起きいよ、夜が明けたぞ」と、しきりに起こせば、下男の長兵衛腹を立て、
「まだ夜は明けませぬ」
と、寝所から口答えする。旦那、
「おれが夜明けと言うは、自分のからだに覚えがあるからだ。起きろ」
「旦那、何が覚えじゃ」
「夜明けになると、おれの物が立つ」
と言えば、長兵衛大いに笑って、
「それで夜明けが知れるものなら、おれのは宵から夜が明けつづけだ」
[#地付き](軽口腹太鼓)
金づまり
暮れに押しつまり世間では餅つく音、寝てもいられず、夜も明けぬうちから出て行く。道で知る人に出合い、
「八兵衛どの、どこへ行く」
「イヤ、今から金を拾いに行きます」
「そんな|あて《ヽヽ》があるとは、うらやましい」
[#地付き](軽口大黒柱)
[#改ページ]
見たり聞いたり試したり
[#1字下げ]蚤《のみ》しらみ馬の尿《しと》する枕もと
[#地付き]芭蕉
このくらいむさ苦しい詩もすくない。旅の苦労は覚悟の前の『奥の細道』の芭蕉だが、風流とはつらいもの、ついこぼしたくもなろうというものだ。なにしろ三百年前の東北地方ときたら、飯坂温泉で借りた宿も、土間に莚を敷いてころがるしまつ、照明の灯《ともしび》なんてぜいたくなものはなく、イロリの火が唯一の光源であった。ここでも蚤と蚊に攻められて睡らず、消え入るばかりだったとある。もちろんフトンだの枕だののあるわけがない。そこで民話にこんなのがある。
馬鹿聟どのが妻の里へ招《よ》ばれて泊まり、初めて枕という物をして寝たが、どうも頭の具合が悪くて、よく寝つかれない。そばに寝ている嫁ッ子に、これは何というものだと尋ねると、嫁ッ子は自分の名前をきいていると思って、
「おれお駒シ」と答えた。翌朝おきて、家内いっしょに膳に向かったとき、馬鹿聟どのは、
「やあやあ、昨夜は一目も眠れない、お駒をするべえと思って、押しつければおぞりおぞり、やっと壁ぎわに押しつけてから寝た」
小糸の味
山家から初めて聟が訪ねて来たとて、いろいろ馳走する。うどんを出すと、山家の者とて見たこともなく、給仕する女に名を尋ねる。女、じぶんのことかと思い、〈こいと〉と答えると、後日の礼状に、
先日は初めて参り、いろいろのおもてなし、ことにこいとの味、忘れがたく候、あつかましきお願いながら|こいと《ヽヽヽ》をちと賜わり候はば、いよいよ満足に候
舅《しゆうと》これを見て、「言語道断、秘蔵の妾を盗みおったうえ、人を愚弄いたす」と、やがて娘をとり返した。
[#地付き](きのふは今日の物語)
洗足《せんそく》
山中の豪族に嫁入って、二三日たっても風呂へ入れと言わないので、奥方附きのお局《つぼね》が、おもだった家来に、
「チト洗足をお出しあれ」という。
家来、洗足というものを知らず、一同協議の末、
「洗足は先ごろの戦乱にうせ申した」
お局、これを聞いて、
「オホホ軽忽《きようこつ》なことを」といえば、軽忽が他愛ない意とも知らねば、
「イヤきょうこつも洗足と同じ乱に、うせ申した」
[#地付き](醒睡笑)
こたつ
村の金持ちこたつを作ると、村の者めずらしがり、
「隣の与次兵衛どんの所では、畳を四角に切って、四本柱を立てて組み、天井をつけた。あれは何じゃ」
と言って、見に来る。あとから行った者、帰ってから、
「残念な、遅かった。もう布団《ふとん》をかけて見せなんだ」
[#地付き](軽口春の山)
彼岸
「彼岸というのは何だ」
「おいら、今朝たなの上で見たよ」
「ハテナ、どんな物だ」
「鼠のようなものよ」
「ナニ、それが彼岸なものか」
「でも、おれがぶち殺そうとしたら、お袋が、彼岸だからよせ、と言った」
[#地付き](福の神)
買物違い
信濃から尾張へ生鯛《なまだい》を買いにやる。使いの者鯛というものを知らず、尾張に着いて、
「鯛買おう、鯛買おう」と呼ばわる。魚屋、さては鯛を知らぬ遠国者と察し、鯛と称して大きな螺《にし》を売る。使いの者、急ぎ帰って主に見せると、
「これは鯛ではない、マドヒキというものだ」と使いの者をさんざんに叱る。料理人は、これを見て、
「これはタイでもない、マドヒキでもない、オニノキコブシというものじゃ」と言う。またある侍が見て、
「みな違う。これはヘフグリじゃ」と各人各説、そこへ殿様がおいであって、
「みなみなは、さすが田舎者、こんな魚の名も知らぬか。これはマドヒキでなし、オニノキコブシでもなし、またヘフグリでもない。これはニカワトキというものじゃ」
[#地付き](きのふは今日の物語)
テーブルマナー
かた田舎へ都びとが行き、所の里人ににう麺をふるまうという。里人、食いようを知らず、さりとて知らぬと言うもはずかしいと、会所に寄り合って談合すれば、八十ばかりの老人、前に食ったことがあるから、皆まねをすればよいという。
さて当日、老人を先に立てて行き、にう麺が出て、皆々老人の手前を見まもるとき、老人、何としたことか汁に入れる胡椒を鼻へ入れ、くしゃみがむしょうに出て耐えられず、四ツ這いになって末座に出れば、一同もわざとくしゃみをし、顔をしかめ、四ツ這いになって帰る。
[#地付き](百物語)
寛大無比
いなかもの旦那に向かい、
「あの赤い看板に朔日丸《ついたちがん》とござるは、何の薬でござります」
「あれは女のはらまぬ薬じゃ。毎月ついたちにのませれば懐胎せぬ薬じゃ」と聞かせれば、その後、使いに出たついでに中条《ちゆうじよう》の門《かど》へ行き、
「朔日丸を一ぷく下さい」と言えば、田舎者と見て、
「これは女ののむ薬だが、合点か」
「アイ知っています。女のはらまぬ薬じゃげな」
「さようでござる。貴様たのまれさしゃったか」
「イエ、わしは去年から江戸へ奉公に出ていますが、在所の女房の方へやりとうござります」
[#地付き](富来話有智)
ゆで弥二郎
山深く住む貧乏人、里へ出て素麺をふるまわれ、食いようを知らねば、人まねして食いながら、給仕の者に、
「このお名は何と申す」と問えば、わが名を尋ねると思い、
「弥二郎」と答える。
貧乏人、のちに村人どもとつれ立ち、市に行き、そう麺を乾してあるを見つけ、
「アレアレ、なま弥二郎があるわ、ゆで弥二郎にしてそなたに食わせてやりたい」
[#地付き](醒睡笑、広)
鯨
「煤はきの日には鯨汁をするものだが、おれは嫌いだ。三助はどうだ」
「ハイたべます」
「そんなら、ちっとばかり買おう」
「アノわたしばかりなら、一匹でたくさんでござりましょう」
[#地付き](売言葉)
煙草
「お庭にたばこがありますが、お植えなさいましたか。苗でもお蒔きなされたか」
「イヤそうでもござらぬ。おおかた掃除のとき、吸いがらでも落としたのでござろう」
[#地付き](茶の子餅)
弓矢聟
聟、舅《しゆうと》の家へ行く途中、雁を買い、矢を通して持って行く。これはと問われ、道すがら射落しましたと言うと、舅大いに喜び、一族の人々に弓の達人と披露した。
聟、調子に乗ってもう一度面目をほどこそうと、家来としめし合わせ、先に舅の家へ行き、きょうは雁を仕留めたと吹聴《ふいちよう》するうち、家来の持って来たのは塩鯛、
「して、今の矢はあたらなんだか」と言えば、家来、
「されば、雁には外れて、塩鯛に当りました」
[#地付き](醒睡笑)
麻上下
「大家さん、きょう弔《ともら》いがあります。上下《かみしも》を貸して下さりやせ」
「オオやすいこと、貸して進ぜよう。コレかかアや、麻上下を貸してあげな」
「モシ、大家さん、夏じゃアあるまいし」
[#地付き](再成餅)
集音機
殿様、おやしきの物見から、遠めがねのおたのしみ。
「あれなる塔はいずこじゃ」
「ハイ浅草の観音でござります。こちらの鳥居がみめぐりの稲荷でござります」
殿、よくよくご覧の最中、美しい娘と業平《なりひら》のような若者が寄り添って、何やら話しのてい、殿たまりかね、遠めがねを耳へ。
[#地付き](売集御産寿)
干潮
「サテサテ暑い。こんな日には両国橋の橋柱へ舟をつなぎ、橋の下へ蚊帳を吊って寝たら、蚊は食わず、涼しく、どうも言えない」
「それは、いかさまよかろう」と、そのとおりにして、ひと寝入りするうち、手足を蚊に食われ目がさめて見たら、蚊帳が高アく吊ってあった。
[#地付き](再成餅)
波に鰹節
木曾の山家へ材木買い出しに行くとて、旅宿に泊まると、衝立《ついたて》のような風よけにかいた絵は、波の中に薪のようなものが浮かんでいる。
「ご亭主、あの絵はなんでござる」
「ハテ江戸衆があれを知らしゃらぬとは」
「それでもわかりませぬ」
「あれは鰹節という魚でござる」
[#地付き](高笑)
つぼ焼
田舎衆、参宮していろいろ馳走になったが、さざえのつぼ焼を出されると、庄屋殿をはじめ一同蓋をガリガリとかじる。亭主見て、
「モシモシ、それはさざえの蓋でござります。身は中にござる」と言えば、一同ハッとして、
「大事のお道具に疵をつけました」
[#地付き](露休置土産)
鬼の毛抜き
田舎者、江戸見物に来て燭台の芯切りを拾い、宿へ帰って主人にこれは何でござりますと問う。亭主おどけ者で、それは鬼の毛抜きだと言うと、それは珍らしい物と、国へ持ち帰る。
国へ帰って、鬼の毛抜きを人々に見せると、
「いかにもそうであるべい。家の宝にしなされ」と言ったが、名主が聞いて、
「なんぼ宝でも用に立たねば、あんにすべえ。ナントこれは村じゅうの馬の鼻毛抜きにしたがよかんべい」
[#地付き](初音草噺大鑑)
鬼の卵
山家の者、町に出て饅頭《まんじゆう》を拾い、何かわからず、庄屋殿に見せると、
「なんぞ卵であろう、あたためて見よ」
という。綿に包んであたため、二三日して見れば毛が生えた。庄屋おどろいて、
「卵から毛が生えたほどに、鬼の卵であろう」
[#地付き](軽口居合刀)
宿場女郎
座頭が新宿へ行き、白魚の吸物が出た。チョッと箸を入れてみると、何か小《ちい》さな魚、こっそり女郎に聞くと、
「それかえ、生《なま》の白すぼしさ」
[#地付き](春袋)
辛抱が要る
川上より据風呂桶が流れ来て、だんだん流れて行くほどに、蝦夷が島へ流れ着く。そこの者ども取りあげ、大王へ訴え申すよう、
「この桶は日本にてことのほか調法なるものにて、このうちへ水を入れ、はいれば至極薬になります」大王きこしめし、
「それは調法なる物、そのとおりにせん」と取り寄せ、水を入れてはいり給う。側から、いかが、心よきやと申せば、
「よさはよいが、初手は冷たい」
[#地付き](春袋)
キリシタン
ある在郷にダイウス*改めありて、ふしぎに思わるる者あらば、からめとれ、と触れありしかば、庄屋詮議したりしが、ほどなく、からめとりました、と注進する。代官殿、
「サラバ白洲へ引き出せ、ごう問せん」とありしかば、かしこまりたりと屈竟《くつきよう》の男二三人してかつぎ込んだり。見れば大きなる搗《つ》き臼をからめて、白洲に据え、
「何とせんぎいたしても、これより大臼《だいうす》はござりませぬ」
[#地付き](軽口曲手鞠)
* キリシタン用語で神の意。ここではキリスト教信者のこと。
松の大木
「竹の子をたくさんに抜くのは惜しい。三年目にはみごとな竹になるのに」
「仰せのごとく惜しいことじゃ」と皆が言うと、中のひとりが、
「いったい、松茸なども、むざと食べるのは、いらざることじゃ。二三十年置いたら、大木になるものを」
[#地付き](きのふは今日の物語)
槍を煮る鍋
えびを初めて食べた男、これは生まれつき赤いものか、朱で塗ったものかと問う。
もともと青いが、釜でうでれば赤くなる、と聞いたあとで、馬に乗った侍の前を、中間が長い柄《え》の朱槍をかついで走るのを見て、
「世の中は広い。たいしたものだ」と感心する。
何をそんなに感じたかときけば、
「あの槍の柄の色は、釜でゆでたものじゃ。あんな長い鍋が、よくあったものじゃ」
[#地付き](醒睡笑)
伊勢物語
母親、親父にむかい、
「お花もよほど手があがりました。百人一首はすっかりあげてしまったから、伊勢物語でも読ませたら、ようござんしょ」
親父うなずいて、
「それがよかろう。どうで伊勢まいり*はできないから」
[#地付き](聞上手)
* 女人禁制。
塔のふた
ふたりづれで浅草の観音へ参る。
「この塔は四重だの」
「ばかを言うな、塔は三重か五重にきまったもので、これは見やれ、一二三四五重だ」
「アアふたともにか」
[#地付き](茶の子餅)
濃茶
下男奉公する男、道で友だちに行き会うと、友だちが、
「ことしはどこに奉公している」
「上京《かみきよう》の室町にいる」
「ナント今度の主人もしわいやつか」
「サレバ、この四五日奉公をするが、いかさま前の主人に劣らぬしわい者とみえて、このあいだも客が五人あるのに、茶を一服たてた」
[#地付き](初音草噺大鑑)
茶の湯
四畳半の座敷出来、さっそく珍客を招き、主人茶をたてて出す。上座の客おしいただき呑むひょうしに、水ばなをたらしこみ、次の客へ渡す。次の客にがにがしい顔で、はなのある所を向こうへ吹き、一口のんでつぎへ渡す。それからだんだん順に廻り、末座にいる飲みしまいの客人、おしいただき、目をふさいで、
「なむあみだぶつ」
[#地付き](売集御産寿)
枕詞商い
御所がたに鳥をあきなう者が、〈霜枯の芦鴨、足引きの山鳥は〉と売り歩くのを、青物売り聞いて、負けるものかと〈沢辺の根芹は、あらがねの土|生姜《しようが》は〉と呼ばわる。さる御所がたから、中間《ちゆうげん》がひとり出て、はるかにふたりを呼べば、まず鳥売りが近づき、
「足引きの山鳥がいりまするか」ときくと、それではないという。青物売りが、
「あらがねの土生姜が御用か」と聞けば、
「いや、それでもない。おれは千早ぶる紙屑買いかと思うて呼んだ」
[#地付き](初音草噺大鑑)
茶人の銭湯
茶人銭湯へ行き、戸棚をあけて帯をとき、着物を折目ただしくたたみ、ふんどしをふくささばきの要領でしまい、手拭で前をおさえ、風呂への入口の彫り物をとくと見て、サテサテみごとな彫りですとほめ、湯をよくかき廻して、お湯もよくわきましたとほめ、湯にはいると、これはよい気持ですとほめ、しばらくあたたまってあがり、洗い終ると手拭いをしぼり、茶巾さばきでたたみ、念入りにふきしまうと、湯番、おか湯をくむ口からのぞいて、
「おしまいなら、お道具拝見つかまつりましょう」
[#地付き](再成餅)
鼓の段位
「御子息はよろず器用人の由、さぞ御満足でござろう。碁はどのくらいでござる」と言えば、息子自慢の親父、
「さよう。本因坊に二目でござる」
「して、将棋は」
「これも名人宗桂に片香車」
「サテサテ器用なことかな。鼓もなされましょう」
「いかにも打ちまする」
「どれほどの鼓でござる」
「これは名人新九郎に片皮でござる」
[#地付き](初音草噺大鑑)
階段のおり方
田舎衆、三条の宿屋に泊まる。二階座敷へあげければ、
「サテサテ天に近い」
「京は石の上の住居《すまい》というは悪口、屋根の上の住居じゃ」と感心するうち、風呂にはいれと下から声をかける。人々、あがるはあがったが、どうして降りるかと騒ぎ、中のひとりが梯子《はしご》をさかさまに下がるのを、宿の者が笑うと、
「イヤ猫がさっきこうしておりた」
[#地付き](露新軽口ばなし)
提灯の皺
旦那、丁稚をつれて話に行き、
「相談が手間どるだろう。提灯の火を消して休んでいよ」といえば、丁稚、
「火が消されませぬ」
「提灯を下に置いて消せ」
「下に置けば、大事の提灯に皺がよります」
[#地付き](軽口あられ酒)
赤げっとう
田舎者つれだって柳原を通り、蝋燭の芯切りを見て、
「アレ江戸には馬の毛抜きまでござる」とつれに話せば、金物屋の男、
「たいした唐変木《とうへんぼく》だ」とつぶやくのを聞き、
「何じゃ、唐変木とは何のことだ」
「イエ、お前がたのような田舎の大尽衆を唐変木と申すのが、江戸のはやり言葉でござる」
「ムムおれもよほどの唐変木と見えるか」
[#地付き](鳥の町)
奇木
「きょう、さる所で珍らしい木を見て来た」
「それはどのような木だ」
「幹が紫檀《したん》のようで、葉がまるく、花は藤色に咲いて、大きな実《み》がなる。その色が濃い紫だ」
「ハテサテそれは珍らしいもの。シテ何という唐木《からき》だな」
「なすびという木だ」
[#地付き](鯛の味噌津)
枯葉
葛飾《かつしか》から来る菜売りに、
「なんと、真間の紅葉《もみじ》はもうよいか」と聞けば、
「ナアニ、もみじはもう赤くなりました」
[#地付き](鹿子餅)
芝居
いなか者はじめて歌舞伎芝居を見物して宿に帰れば、宿の亭主、
「何とおもしろうござりましたか」
「いやはや、きょうはさんざんのことでござった。まず芝居へ入るとすぐ役者仲間で何とやらいう宝物が見えぬというて、一日じゅうまぜ返して、かんじんの芝居は見ずにもどりました」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
道化の名人
国家老が久々に江戸へ出府したのを、出入りの町人が芝居をふるまい、翌日ごきげん伺いに出れば、
「きのうはいかいお世話であった。珍らしい江戸芝居見物して、皆も喜び申す。さてあの工藤祐経になった役者は、何という役者でござる」
「あれは松本幸四郎で、世間で親玉と申します」
「親玉とはあれがことか。イヤよい人品|骨柄《こつがら》。あっぱれものの役にも立ちそうな。それに引きかえ、あの道化の音八とやらの|たわけ《ヽヽヽ》は」
[#地付き](鹿子餅)
能楽
「きのう能へ行ったそうだの、面白いものか、チト話して聞かせ」
「イイヤかさねて見るものじゃない。何やら頭巾きた者がダラリダラリと歩いて、なんのかのオと言うてすわると、女がダアラダアラと出て来て、なんのかのオと言うと、頭巾きた者が立って、なんのかのオと、ふたりがなんのかのオと言うてしまうと、うしろから大勢の人が頭を振って、何のかのオと言ったわ」
[#地付き](当流咄初笑)
おなじく
田舎ものはじめて能を見物して、
「サテサテ能というものは大きな嘘を言う。あの男はこの村の庄屋の息子五郎作というやつじゃが、これは平の宗盛なりとぬかしおった」
[#地付き](初音草噺大鑑)
朝顔
朝はやく起きて、井戸ばたで口をすすぎながら、垣のすきまから隣を見れば、寝みだれ姿の娘、縁側に腰かけ、朝顔の花をながめている。これは可愛らしいと息もせずにのぞいていると、庭におり立ち、るり色の一輪をちぎり、手のひらへのせる風情《ふぜい》、歌でも案ずるかといよいよゆかしく思ううち、今度は葉を一ツちぎる。何にするかと見ていたら、チンと鼻をかんで、捨てた。
[#地付き](鹿子餅)
銭湯
はやり唄浄るりなどかしましき風呂屋へ、田舎者はいって来たが、在所の据風呂と事かわり、どうして入るかわからず、よその人のするようにまず裸になり、あとからついて行けば、さきの男が、
「ハイご免なされませ、冷《ひ》え物《もの》でござります」と言うを聞き、
「ハイ伊右衛門でござります」
[#地付き](違ひなし)
外国語
ある儒者放蕩にてけしからぬ借銭、節季いっこうに済まねば、山出しの男に、
「きょうはだれが来ようと旦那は他行《たぎよう》と言え」
と言いつけ、その身は二階へあがり、かくれいる。しばらくするとおもての戸をグヮラグヮラ、
「どなた」
「ハイ、本屋でござります」
「旦那は他行《たぎよう》」
「さようならのちにさんじましょう」
また戸をグヮラグヮラ、
「どなた」
「肴屋でござります」
「旦那は他行」
しばらくして肴屋また来たり、モジモジして、
「もし、他行とは何のことでござりますえ」
「他行とは二階に寝ていることだ」
[#地付き](滑稽即興噺)
ばからしい
「この歳まで吉原を知らないのも口惜しい」と、年来の耳学問をたよりにひとりで行き、知ったふりしてくだらぬしゃれなど言えば、女郎、
「知りんせん、ばからしい」とツイと立つ。
男、腹を立てて、若い者を呼び、
「あの女郎、おれを馬鹿らしいとぬかした。引きずってこい、了簡《りようけん》がある」と大声、
「それはお考え違い、女郎衆がばからしいと言うのは、惚れたということでござります」とあやなされ、そうかと機嫌なおして遊び明かし、うちへ帰れば女房が、
「ばからしいよ、いい年をして。どこもここも酒くさくて、ホンにばからしい」と言うと、
「なんだ馬鹿らしい? コレ、近所の手前もある。そんなに惚れた惚れた言いやるな」
[#地付き](都鄙談語)
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ずるいやつほどよく眠る
仏縁を結ぶ
後家、娘と下女とをつれてたびたび寺へ参り、ふたりをお堂に待たせ、お住持の部屋に久しくいる。娘待ちくたびれ、
「今度から、わたしも座敷へ行く」といえば、後家、
「いやいや、そなたはまだ若いから、いらぬこと。わたしは年よって先《さき》が近いゆえ、お部屋へ行き、お住持さまと仏縁を結んでおく」
[#地付き](軽口大黒柱)
カンフル
客の悪ふざけに、女郎もいやになり、ふしょうぶしょうに癪が痛むと言ってうしろ向きになっている。客、小判の上に反魂丹をのせ、薬やろうと差し出す。女郎とっていただき、金をふところへしまい薬をのんで、
「よいお薬でありんす」と、こちら向けば、
「どうだ、ぐあいはよいか」
「アイ奇妙になおりんした」
「そんならお盆を返せ」
[#地付き](いちのもり)
コールガール
田舎衆久しく在京して、本国へ下るとて、山崎まで来て宿を取り、
「主命によって、このたび京に逗留のあいだ、珍らしいこともなく帰国するのは残念、せめてここで一あそびしよう」と一決、宿の亭主にたのむと、
「今は売春禁止で、遊女はないが、美人娘や人妻などを才覚いたしましょう」
「それは、なお好い、急いでたのむ」
亭主しばらくして戻って来て、
「さる人の後家で、このごろ尼になったのがまじってもよろしいか」
「それこそ日本一、大いに結構」
灯を消して、くじ引きで組み合わせを決めることになった。
一番の男、相手の頭をさぐると尼、
「さては一番目に尼を出したな」
二番の男も頭をなでて、
「さても無念、おれが当った」
三番目、四番目もみな同じことで、夜が明けるとそうそうに女を返し、宿へ過分の金を払って出てから、道々ざんげをすると、皆、歯のぬけた古比丘尼ばかり。
[#地付き](きのふは今日の物語)
証拠物件
「和尚さま、顔に白粉がついております」
「ハテ、これはさっきすりむいて薬をつけた」と拭く。
「それから、お口に紅のようなものが」
「ハテうるさい。これはすりむいた所をなめた血だ」
[#地付き](千里の翅)
時そば
中間、寒い夜使いに出ると、向こうから甘酒売りが来る。よし、一杯おごろうかと、銭を数えると五文しかない。一文の不足はなんとかちょろまかそうと、甘酒売りを呼び、一杯呑んで、
「サア銭を払う、手を出したまえ。ソレ一文、二文、三文、何時《なんどき》だろう」
「四ツでござります」
「五文、六文」
[#地付き](座笑産)
手帳
宿なしの行き倒れ、いろいろ言っても立ち去らず、町内の大家たち集まり相談するうち、ふところの中に帳面のあるのを見つけ、引き出して見れば、行き倒れ覚え帳とあって、〈甲町そば五ツ、乙町めし三ぜん、丙町|灸《きゆう》ばかり……〉
[#地付き](今歳花時)
尻からはいる
谷風に小野川、両大関の一番ときては近年にない大入、札を買ってもはいれぬ込み合い、仕方なく裏へ廻り、かこいを破り、犬のように這って入りかかると、うちにいる世話やきが見つけ、
「コリャコリャそこからはいってはいかぬ」
しばらく思案して、今度は尻からはいりかかると、また中の世話やきが見つけ、
「コリャ、そこは出るところじゃない」と帯をつかんで引きずり込んだ。
[#地付き](鹿子餅)
鵜のまねする烏
角力場へ行き葦簀《よしず》からのぞいて見ると、
「これこれ、そこからのぞくな」と引きのけられる。この男思案して、これは鹿子餅の咄の|でん《ヽヽ》がよいと、葦簀《よしず》の間から尻をすっと出している内、きせるを抜かれた。
[#地付き](芳野山)
こわい物
四五人集まっているところへ、瘠せた色の悪い男が片息になってがたがたふるえて来て、
「あとから饅頭売りがまいります。私はどうもあの饅頭がおそろしくてなりませぬ。どこぞへ隠して下され」というので物置へかくし、いたずらにその饅頭を買って盆へ山盛りにのせ、物置の中へ入れて、戸をぴっしゃりしめて押えていたが、久しく過ぎても物音ひとつしない。ことによると、こわがって死んだかと、戸をあけてのぞくと、饅頭は残らず食って舌なめずりしている。
「てめえが怖がったから、おどしに入れたが、いったい、どこが怖いのだ」
「アイ、こんどは茶が二三ばいこわうござる」
[#地付き](気のくすり)
構想
女郎、二度目のまだ気心も知れぬ客に出て、連れもないゆえ淋しいおりから、若いもの煎餅を台にのせて出す。女郎、煎餅に気があるが、客がとってくれぬから食うわけにもいかず、禿《かぶろ》を呼んで硯を取り寄せ、煎餅を取ってむだ書をする。
「何を書かれる。さだめし美しい筆跡《て》であろう。ちと拝見」と、近寄れば、
「はずかしゅうありんす」と、手で揉《も》んで口へ入れた。
[#地付き](室の梅)
猫の災難
初鰹で一杯やろうとするとたんに、急の用ができ、出がけに下男へ、
「コリャ六助、このまま置いて行くから、気をつけよ」と言い捨てて行く。六助そこらを片づけるうちに、三毛めが刺身を半分ほどしてやる。六助おどろいて猫を追い、どうせのことに、猫のせいにして食っちまえと、二箸三箸食うと、そばから猫が、フウフウ。
[#地付き](聞上手)
ハッタリ
「貴公は兵法兵法と自慢めされるが、この相撲取りの腕ッぷしにはかなうまい」
「イヤイヤ、相撲と兵法といっしょにはならない。勝負をして見ねば知れぬことじゃ」
はては言い争いになり、相撲取りも乗りかかった舟、双方立ち合うやいなや、相撲取り、兵法者をつかまえて目よりも高くさしあげ、
「サアどうだ」
「イカナイカナ、兵法はここじゃ。投げるなりどうなりなされ。手の離れるとたんに、コロリとやるのが兵法じゃ」と言えば、相撲取り投げもできず、おろしもできず、とほうにくれて、
「人ごろしイ」
[#地付き](軽口機嫌袋)
柿の木
足利義政公の時、洛中洛外で酒を禁じたのに、万阿弥という者、どこで飲んだか、赤漆を塗ったような顔で出仕したのを、将軍ごろうじて、
「おのれは酒をくろうたつらじゃ」
「イエあまりの寒さ、たき火にあたってござる」
「さらば、ここへうせよ。――隠れもない、熟柿くさいわ」と御諚《ごじよう》ある時、
「さよう。柿の木の焚火にあたり申した」
[#地付き](醒睡笑、広)
返電無用
近所から初鰹をもらい、うまそうだが、因果ときょうは親父の精進日、どうしたものだろうとしばらく考え、鰹を持って仏壇の障子をあけ、
「もし親父さま、よそからこの鰹をもらいましたが、あなたの精進日ゆえ食べられませぬ。それとも食べてかまわなければ、お返事には及びませぬ」
[#地付き](再成餅)
不信心
年ごろ六十あまりの男、年じゅう一日も精進しないので、
「ご両親や兄弟も亡くなられたのに」と言えば、
「そのはずでござる。親も兄弟も夜に入って死なれましたゆえ、夜寝てから精進をします」
[#地付き](百登瓢箪)
蛸薬師
京都の寺へ朝早くお参りして、茶堂のそばで一心に南無阿弥陀仏を唱えていると、炉にかけた釜がたぎって、蓋がパタパタ鳴る。中に何か見えるので、蓋を取ると蛸が茹《ゆ》だっている。
「これはなんだ、アッ蛸ではないか」と言うと、坊主が、
「そうかも知れませんよ。ゆうべ汲んで来た蛸薬師の水だから」
[#地付き](醒睡笑、広)
蟹の塩
蟹|びしお《ヽヽヽ》を作ろうと、塩を一二升用意して、ふりかけているところへ、檀家の客が来る。
「よくいらっしゃいました。じつは、心やすい檀家のかたが尼が崎におられますが、それがしが一生使う塩を送ろうと約束なされて、道のりがあるから人馬を使うと金がかかるからと、いつも蟹に背負わせて、送って下さる。これを御覧下されい」
[#地付き](醒睡笑、広)
打開策
「コレどうして下さる。きょうじゅうに払って下され」
「遅くなって気の毒ですが、もちっと待って下され。ちゃんとした当てが三ツござる」
「どんな当てだの」
「一ツは、拾うかも知れず、二ツは誰かがくれるかも知れぬ」
「とんでもない当《あ》てだ」
「イヤもう一ツは、もっとたしかだ」
「それは何だ」
「イヤそのうち貴公が死ぬかも知れぬ」
[#地付き](再成餅)
訓戒
娘が縁先で昼寝している足もとのしどけなさに、養父《おやじ》ついそばへ寄りかかったが、娘が目をさましたのに驚き、そのまま表へかけ出し、しばらくして何食わぬ顔でもどり、
「コリャ、そこらに昼寝していると、狐がおれに化けて来て、いたずらをするぞよ」
[#地付き](今歳花時)
下心
殿様、このごろ刀をもとめたが、切れ味が知れぬゆえ、ためして見たい、人間のほかに、よい試し物はないか、と言うとひとりが、
「饅頭を十ウかさねて、下まで切れば、人間の胴を切るのと、同じことでござります」
「それは何より」と、饅頭をととのえて切りたまえば、もののみごとに畳まで切る。かの男、
「さても、よう切れました。あっぱれのお道具でござります。さらば死骸を申し受けましょう」
[#地付き](かす市頓作)
免疫
新橋のへんから駕籠に乗せ、二三丁行くと、
「もうし旦那、裸になりなんせ」
「なぜだ」
「このごろは物騒でなりやせん、着物を下に敷きなされ」
十丁ばかり行くと、案にたがわず六尺ばかりの大男、棒鼻をつかまえれば、駕籠かき、
「これはもう済みました」
[#地付き](浮世はなし鳥)
切り札
借銭で年を越しかねるを、友だち気の毒がって、急場をしのいでやろうと、表入口の戸を閉じて、札《ふだ》を一枚張って置く。掛け取りどもこの札《ふだ》を見て、
「これはこれは」と帰るので、あるじ感服して札を見れば、
〈かしや〉
[#地付き](軽口東方朔)
大根売り
大根売りを呼び込み、大根を出させ、
「この大根は、おれの物より細い」というと、
「おまえの物が、どんな道具か知らないが、まさか、これより太くはあるまい」
「そんなら賭けましょう。もし太かったらどうする」
「酒を買いましょう。わしが勝ったら二百文もらう」
「合点だ」とくらべて見ると、亭主の勝。大根売りあきれていると、女房出て来て、
「大根屋さん、馬鹿者にかまわしゃるな。気の毒な。そのかわり、唐茄子でも持って来なされ」
「こんどはきん玉とくらべる気か」
[#地付き](楽牽頭)
毛なみ
塩売を呼び込み、塩はそっちのけで、
「そなたは、塩などを売りそうな人と見えない。人品がある」
とほめると、
「おそれ入った眼力、そこのざるを貸して下され」
と、塩を三升はかってよこす。
「これは、お代は?」
「イヤ、きょうは伯父頼朝の命日じゃ」
[#地付き](きのふは今日の物語)
紙入
亭主の留守に隣の息子を呼びにやり、今夜は帰りがおそいからと、ゆるゆる思うままによろしくの最中、亭主帰り表の戸をたたく。
南無三宝ッと二階から逃げて帰ったが、あまりあわてて紙入を落として来たゆえ、いろいろ思案の末、翌日なに食わぬ顔で隣へ行く。
「チト智恵を借りたい」と言えば、
「何事だ」と亭主。
「イヤ、じつはさる所の内義とねんごろにして、きのう行ったが、困ったことには紙入を置いて来た。亭主に見つからねばいいと思っているが……」と言うと、女房、
「ハテおまえも野暮なことを言いなさる。間男するほどの女が、亭主に勘づかせるものか」
亭主それを聞いて、
「まったくだ。間男されるような亭主なら、紙入がそばにあっても、ナアに気はつくまい」
[#地付き](豆談語)
からし
二三人寄り合い、
「ナントからし和《あ》えをして食おうではないか」
「オウよかろう。しかしからしは腹を立ってかかぬと利かないから、おのしムッとしてかきゃれ」
「ばかなことをいう。そうたやすく腹が立たれるものか」と言うところへ、鰹《かつお》、鰹、と呼んでくる。
「コレ鰹はいくらする」
「アイかけ値なしに一貫サ」
「高いから片身買おう」
「そんなら五百文だが、よしか」と半分におろす。
「イヤもう厭になった。買うまい買うまい」
「ナニ馬鹿馬鹿しい。一貫の鰹を半分におろさせて、買おうの買うまいのということがあるものか」
と、まっ黒になって腹を立てれば、
「オットからしをかいてくんねえ」
[#地付き](鯛の味噌津)
整形手術
とかく近年は娘のうちから浮気して、生娘は少ない。どうか手いらずの嫁がほしいと探すうち、新し屋の新左衛門の娘お初がよかろうと、仲立ちをたのんで縁組整い、近々に祝言ときまると、友だち、
「貴様は新し屋の娘を、まだ手入らずと思っているが、あれはもうさわったやつがいる」
「イヤ、手入らずだ。ふだんうちにばかりいて、出るときは親たちがついて歩くし、夜は乳母がいっしょに寝るそうだ」
「人のうわさでは手入らずでないというが、貴様がそう思うならよい」
祝言が近づき、手入らずを望みとのうわさを乳母が聞き、
「モシお初さま。乳母は存じておりますが、今度嫁に行っても、手入らずとは見えまい。外科の上手なお医者へ行って、少し縫ってもらいなされ」とすすめ、一針縫ってもらう。
婚礼の日となり、盃事もすみ床入もすんで、あくる日、かの友だちが来て、
「ゆうべはどうだった。手入らずではあるまいが」
「イヤイヤ新しい新しい。まだ、仕つけ糸がついていた」
[#地付き](按古於当世)
乱視
亭主が二階で仕事をしているとき、女房が下で密夫とよろしくやっていると、たまたま亭主二階から見つけ、
「ヤレ、間男」と声かける。下ではパッと飛びのき、知らぬ顔で、
「あなたは何を言いなさる」
「二階からチャンと見つけたぞ」
「めっそうな。昼日なかそんなことができますか。こうして炬燵にあたっていただけさ」と言う。亭主半信半疑の顔をしていると、この間夫《まぶ》ぬからぬやつで、
「サテサテ疑いぶかい。そんなら今一度二階へ上って見たまえ。こうして炬燵にあたっているのが、たぶんしていると見えるのだろう」
「よし」と、亭主が二階へあがるうちに、男いそいで女房にしがみつくと、亭主、二階からのぞいて、
「なるほど、ここから見ると、まるで致しているように見える」
[#地付き](軽口開談義)
寝ぼけるな
友だちの家に泊まり、夜なかに目がさめて見ると、亭主がよく寝入っているので、そっと女房の床にはいる。亭主目をさまして、大きに腹を立てると、
「もっともだ。重々《じゆうじゆう》わるかった。夢を見て寝ぼけたのだから、堪忍してくれ」と詫び、亭主もなっとくしてもう一度寝る。男、それにしてもあまり残念と、また起きて、今度は難《なん》なくはいり込み、はじめると、亭主目をさまし、
「コレ寝ぼけるな、目をさませ、目をさませ」
[#地付き](男女畑)
優勝劣敗
旦《だん》九郎という兄あり。鈍にして富めり。田《でん》九郎という弟あり、賢くて貧しく、ある時、弟釜をもとめ庭にて湯をわかす。沸《たぎ》ったところへ兄が来ると、釜を土間へおろして置く。旦九郎見つけて、
「火もなくてたぎるは如何《いか》に」
「このごろもとめた火もなくて湯のわく宝です」と、金十枚で兄に売りつける。後に兄が釜を洗ってかけたがわかず、腹を立ててねじ込むと、
「そのまま水を入れればわくものを、洗ったから、もうわくまい」という。
またある時、馬を一疋買うてつなぎ、馬屋に金を二枚入れておく。旦九郎が来ると、
「これこそ世にためしなき名馬、三日に一度はかならず金《こがね》を糞にひります」とだまし、金子五十枚で売りつける。
旦九郎つれ帰り、結構な馬屋を作り、今か今かと待つにその様子なし。田九郎をよんで叱れば、
「いやいや、厩《うまや》の床板の上につないだから、狂ってしまった。この後はもう奇蹟も起こるまい」
[#地付き](醒睡笑、広)
[#改ページ]
女ごころ
この章の貞操帯=i十三世紀、鎌倉時代の話)について南方熊楠博士がこう書いている。
紀州にあるこの話の作り替えには、夫、彼所に勒《くつわ》をつけた馬を画き、還り見れば勒無し、妻を責めると答えて、豆食う馬は勒を脱するを知らずや、と言ったと。英国のエー・コリングウッド・リー氏、予のためにこの種の諸話を調べられ、伊、仏、独、英などにあれど、沙石集より三百年後、十六世紀より古いのはない。たとえば十六世紀に刊行した書に、画工が旅するとて、若き妻の腹に羊を画き、己が帰り来るまで消えぬよう注意せよと命じ、出行きしあとに、好色未婚の若き商人来て、かの妻を姦し終って、前に無角の羊なりしが消え失せたゆえ、角ある羊を画いたという譚が見える。
沙石集の話、仏経より出たのだろうと精査したが、今に見つからぬ。ようやく近日、支那にこの類あるを知った。笑林広記巻一の拙荷花がそれである。
追加
笑林広記巻三にもある。〈換班〉
和歌山市に古く行われる笑話に他行する者出立に臨み、彼所の右の方に鶯を描き置き、帰って見れば左に描いてある。妻を詰ると鶯は谷渡りしたと答えた。次に他行のとき玄米と書いて出て、帰って見れば白米と書いてある。またなじると米屋に搗いて貰ったと答えた、と。つまりその妻は米屋の番頭を情夫に持っていたのだ。
[#地付き](続南方随筆)
浪花の蘆は伊勢の浜荻、日本では牛や馬、イタリーへいくと、羊の角の有る無しが問題になるところがおもしろい。鶯の谷渡りだの、玄米を搗いて白米になるだのと言うのは、末世のさかしらである。
架空の嫉妬
浄るりに凝って、朝に夕に、「花のような御姿、はだえは雪のごとくなる……」とかたるたびに、女房いやな顔をする。亭主、着ているかたびらが長すぎるのを、
「すこしつめてくれよ」というと、
「つねづね褒めている浄るり姫に縫ってもらうがいい」
[#地付き](戯言養気集)
なんの二百石
同役のお内義、焼もちを焼いてならぬ。家中の若侍ども、あの内義に気をもませてやろうと、亭主と申し合わせ、百石にひとりずつ妾を置けとのお触れ書が出たと、まことしやかに言えば、かの内義腹を立ち、
「お触れのおもむき、ご承諾なされますか」
「オオ承知とも承知とも。拙者は三百石とるから、妾をもうふたりかかえずばなるまい」
内義、髪を逆立ておもてへ出る。
「こりゃ、どこへ行く」
「お役所へまいります」
「何の用がある」
「二百石返してまいります」
[#地付き](売集御産寿)
二百石加増
化物屋敷拝領を殿に願い出、勇気りんりんと出かけると、丑三ツ過ぎからいろいろの化け物が出る。この男ちっとも騒がず、
「古い古い、芸づくしはそれぎりか」
化け物も困り、その後は出ず、夜も明けて朝日きらめくおりから、殿より御使者が来て、
「さてもみごと、ごほうびとして二百石ご加増なされる。ありがたく思われよ」と言えば、男うけたまわり、頭を地につけ、
「かたじけなく存じ奉る」と言って頭をあげると、人っ子ひとりなし。これはと驚けば天井から、
「これでも古いか」
[#地付き](かす市頓作)
類焼
夜半のころ、隣にいさかいの声する。何事かと夫婦ともに起きて聞けば、男の浮気から起こった焼もちげんか。聞いていた女房、やにわに夫の頭を続けさまにたたけば、夫、
「これは何という狂乱ぞ」
「あの隣のいたずら男のように浮気すると、こんな目に会いますぞ」
[#地付き](醒睡笑)
貞操帯
ある男、外出のとき、妻の浮気を封じるため隠れたる所に牛をかいた。入れ代わりに情人が来たので、そのことを語ると、ナアニ絵ぐらいおれにも書けるサと、よくも見なかったため、亭主のは臥《ふ》した牛だのに、情夫は立った牛をかいた。亭主が帰って、
「さては密夫のしわざだ。おれがかいた牛は臥した牛だのに、これは立った牛だ」
と妻を責めると、
「なに言ってんのよ。臥した牛も一生臥してるわけじゃないわよ」
「それもそうだ」と寝取られ亭主の負けになった。昔の物語である。
[#地付き](沙石集)
浮気鑑別法
遠州池田の代官なにがしの妻は名うての嫉妬《やきもち》やきで、亭主を手もとに引きつけておかないと承知できない。ところが鎌倉から地頭が池田の宿《しゆく》に来たので、見参《げんざん》に行かなくては義理が立たないと哀願すると、
「さらばしるしをつけん」
と言って亭主の隠れたる所にみがき粉を塗りつけた。
代官がやっと家を出て池田の宿へ行くと、地頭をはじめ皆々、恐妻家よく来たと歓迎し、このチャンスに遊女をよんで遊べとそそのかす。
「人なみはずれた女房だから、チトむずかしい。それに、|しるし《ヽヽヽ》をつけられてしまいました」
と事のてんまつを語ると、ナニそのくらいのこと、もとどおり塗ればいいさ、と激励され、事後にみがき粉を塗って、何食わぬ顔で家へ帰るとすぐ女房は、
「いでいで、見ん」
と点検し、みがき粉をヘラでこそげ落とし、なめて見て、
「案のじょう浮気して来た。粉に塩をまぜて塗ったのにこれには塩味がついてない」
[#地付き](沙石集)
新解釈
亭主、密夫をまッ二つに切ると、女房、
「わたしもともに切りなさい」
亭主かぶりをふり、
「そうはいかぬ」
「お慈悲に殺して下され」と手を合わせれば、
「あの世で添わせてはならぬ」
[#地付き](近目貫)
モデル
八十ばかりの婆、市に行くとひとりの若衆が婆のあとをつけ廻して、じっと顔を見つめるので、ハハア、サテハ……なんなら一夜なびこうと思い、
「お若衆さま、わたしにご用なら、何なりとかなえましょう」と言えば、
「われらは瓦屋の息子でござるが、鬼瓦の手本に見たのでござる」婆これを聞いて、
「あの役立たずめが」
[#地付き](わらひぐさ)
実父検出法
だれのとも知れぬ子をはらんだ下女、やがて産みおとしても、男の名を言わず。ある人、
「かような折は、盥に水をくみ、胞《えな》をひたせば、男の定紋が胞にあらわれると言い伝えます」と言い、ひたして見る。
「サアサアご覧なされ」
「どれ見ましょう」とのぞき、手を打って、
「これはしたり、紋|尽《づく》しじゃ」
[#地付き](新話笑眉)
欲しい物
ある人、他国より女房をよび、久しく連れ添ったが、心ならず別れることとなり、また縁があれば迎え入れようと言いながら、家のたから物をならべ、何でも欲しい物を持って行けと言うと、女房、
「このような成り行きゆえ、お恨みはいたしませぬ。また、この宝のうちに欲しいものはございませぬ。わらわが身にかえても欲しい物は、ほかにございます」
「何が望みか、言え」と誓文を立てれば、女房よろこび、
「わらわの欲しいものは、これ」と、男のものをひんにぎって離さず、これはと言えど聴かず。急所をにぎられてはぜひに及ばず、めでたく添いとげた。
[#地付き](きのふは今日の物語)
切実
恋はおなごの癪の種、娘ざかりのもの思い、ただではないと乳母が見てとり、しめやかに問うよう、
「お前さまの癪も、恋の病いと推量した。だれさんじゃ、言いなされ。隣の繁さまか」
「イイヤ」
「お向かいの文さまか」
「イイヤ」
「してまただれじゃえ」
娘まじめになり、
「だれでもよい」
[#地付き](鹿子餅)
恋わずらい
ひとり娘の恋わずらい、さきの人はもはや女房もあり、何ともせんかたなく、痩せ衰えければふた親の歎き言わんかたなし。山出しの下女これを聞き、それにはよいしかたがありますと言えば、ふた親大きに喜び、
「そなたは娘の命の親じゃ。どうすればよいか」
「その恋しいと思うお人を、忘れてしまえばよい」
[#地付き](軽口春の山)
しまりや
友遠方より来たり、一日話しくらし、もうおいとまと立ちかかると、
「くらやみだから、提灯をあげ申せ」
「イヤそれには及びませぬ」
と言ううちに、女房が提灯をとぼして持って出、
「そうおっしゃらずに、持っておいでなさいませ」
と差し出すのを見て、亭主、
「アアそれは、だいぶ古い」
「イエどんなに古いのでも結構です」
「それでもあんまりひどい」と言えば、女房そばから、
「ナアニ、夜だからご辛抱あそばせ」
[#地付き](聞上手)
意味深長
「おかみさん、この足袋はとほうもない大きな物だね、何もんでござんすエ」
「十三もん半さ」
「そしてだれのだエ」
「うちのさ」
「ぎょうさんなものだね」
「何さ、足ばかり大きくって」
[#地付き](大神楽)
天網恢々
芸者ふたり、夜ふけて座敷からもどる途中、
「おもんさん、わたしは後架《こうか》へ行きたい」
「ここらは後架がない。そのどぶのはたへしな。だれも見やしない。早くしな」
おふきは尻ひんまくって、たれてしまい、
「おもんさん、紙をくんな」
「これはしたり、さっき使ってしまった。いいからその唄の本の終りの、白い所を裂《さ》いてふきな」
「アイ」と引き裂き、用をすまし、連れ立って帰ったが、あくる日、溝のはたに、大糞の上の紙に書きつけがある。
〈この主ふき*〉
[#地付き](飛談語)
[#ここから4字下げ、折り返して6字下げ]
* 本の持ち主の名をこう書く。柳亭種彦などは「此ぬし種彦」という蔵書印を使っている。
[#ここで字下げ終わり]
恐妻組合
女房をこわがる者三人寄り合い、酒をのみながら、
「おれのうちの山の神は、やかましくてしょうがない」
「まったく山の神にはウンザリだなァ」
「これから山の神どもにのさばらせないようにしなくちゃア」
と言ってるところへ、三人の女房どやどやと押しかけて、
「何を言ってるのさ」と、つかみかかれば、男ども鼠のように逃げ出したが、あとにただひとり、でんと構えて動かない。ふたりの男そっとのぞいて、
「あの男はたいした度胸だ。男らしい男だ」
と感心しているうち、女房旋風も過ぎ去ったので、そっと中にはいり、われらのホープだと褒めながら、そばに寄って見たら――ショック死。
[#地付き](わらひ初)
夫婦げんか
夫婦げんかの果て、女房が棒をふりあげると、亭主庭にとびおりて山椒《さんしよ》の木の下に隠れる。女房、縁の上から見て、
「逃げ所もあろうのに、庭の山椒の木にかじりつくとは、何という情ない……」と言えば、男ふるえながら、
「イヤ山椒の木だけじゃない。まだ、山の芋のつるもある」
[#地付き](醒睡笑、広)
同病相憐れむ
おそば仕えの家来に、女房に敷かれている男あり。ある時女房にしたたかくらわされ、顔に大きな疵をつけられて出仕すれば、殿様ご覧じて、それと察し、
「その方が顔の疵は何じゃ」
「ハイ、イエその、お庭の葡萄棚が倒れかかりまして、それで出来た疵でござります」
「いつわりを申すな。大かた女房にたたかれたのであろう。女房を呼びにやれ」
と、ほかの家来へ仰せ付けられるを、奥方ふすまの向こうで聞きたまい、
「殿様のお声で女房を呼びにやれとは、嫉ましや。うらめしや」と言いながら奥から走り出たまえば、殿様きもをつぶし、
「コレコレ、おれが所の葡萄棚も大倒れだ。まずその方から早く逃げろ」
[#地付き](わらひ初)
さしの銭
子ども、そとから帰って、
「下の町の辻に銭が落ちていた。拾おうと思ううちに、人が拾ってしまった」と母親に言えば、
「何ぼほどあった」
「父《とと》のちんぽくらいだった」
「それは惜しいことをした。すくなくとも百四五十文はあろうに」
[#地付き](咄物語)
コケット
「お帰りならお送りしましょ」と、茶屋女、十二三の小女をつれて客を送る道で、
「アレ犬が、オオこわ」と客にしがみつく。小女これを見て、
「わたしゃひとりのときは犬がこわい。ねえさんはお客と連れだつと、大そう犬を怖がる」
[#地付き](噺雛形)
女も女
「コレだんな、もう起きさんせ」と、ゆりおこせば、目をあいて、
「エエ、いい夢を見ていたに、大事のところを起こしくさった」と舌打ちする。
「ソリャまたどんな夢を見なさった、話しなさい」
「オオ、上野のような所へ行って、それはそれはどうも言えぬいい女に逢うて、うかうかあとについて行ったら、茶屋の二階へあがったと思え。おれも茶屋へ寄ったら、その女がおれに話しかけおった。そのときのうれしさ。それから何のかのと誘い込み、その女も合点《がてん》したと思え」
「そうしてどうしました」
「それから、そばへ寄って、よい首尾じゃと抱きついたところを、手前に起こされた。アア惜しかった」と言えば、
「ホンニ見るお前もお前じゃが、あつかましいそのマア見られた女めも女めじゃ」
[#地付き](聞上手、三)
若返り滝
爺は山へ柴刈りに、婆はうちで洗濯も何もせずにいると、ほどなく爺が二十四五の男になって帰って来た。婆きもをつぶし、
「こなたどうしてそんなに若くならしゃった」
「サレバ、この山越えてあの山越えて、あちらの滝の水を、一口飲むとこのように若やいだ。こなたも行って飲んで来やれ」
婆も喜んで出て行ったが、とほうもなく暇どるので、爺があとから行って見ると、婆は欲張ってガブガブのんだとみえて、滝壺のはたで、
「オギャアオギャア」
[#地付き](今歳噺)
箪笥のこやし
娘が|銀むね《ヽヽヽ》の櫛をほしがって、母親にねだる。
「ナニサあれもやがてすたるから、よしにしや」
と言えど、なおもほしがるのを近所の若い者が聞いて、よいのを買ってやる。娘よろこんで、
「かかさんや、助さんがとんだいい櫛をくんなんした、これ見ておくれ」と言えば、
「オオそれはいい。シタがめったに差さず、大事にしなや」
[#地付き](聞上手、三)
反撃
遊び好きの亭主と、働き者の女房とが夫婦げんかする。
「いかに男だとて、そういつも遊び歩いて、何もかもわたしにさせてよいものか。朝から晩まで男のすることまでさせてサ」
「フウン、おのれは男のすることをやってのけるというのか」
「エエやりますとも、はばかりながらなんでもします」
「では、袴をはいたまま小便して見ろ」
[#地付き](露休置土産)
立候補
人夫がもっこで銭をかつぎ込む。女房おどろいて、
「何で銭をこんなに」
「まだご存じないか。ここの旦那が両国で一もつくらべの会に出て、第一番で五十貫の銭を取られたのでござる」と、出て行くのを呼び返し、
「いれ物くらべの会があったら、知らせて下され」
[#地付き](さし枕)
早業
盗人、さる所へ忍び入り、一ト間を明ければ蚊帳を吊って女が寝入りいる。これは思いがけぬ仕合わせと、寄り添えば、女目を開き、
「こりゃだれじゃ。何者じゃ」
「おれは盗人じゃ。声を立てたら抜くぞ」
[#地付き](軽口機嫌袋)
くわい
旦那、めかけとふたりで酒もりを始め、うまい物をならべて楽しんでいる。めかけ、酒の肴に玉子をはさむと、
「おれは玉子よりくわいがいい」
「くわいはおよし遊ばせ、毒でございます」
といえば、くわいが、
「おれより手めえがよっぽど毒だ」
[#地付き](廓寿賀書)
昔恋し
しごく仲のよい夫婦雀があった。亭主雀の言うには、
「いつまで雀でいてもおもしろくない。昔から雀海中に入って蛤《はまぐり》となるという、蛤は婚礼の席にも用いられて、めでたいものだから、蛤になろう」
女雀も不承知ながら亭主の言うままに、いっしょに海にとび込んで蛤になり、新枕に昆布のふとん、荒布《あらめ》の夜着引きかづき、いざ寝る段になって、女蛤、口をふさいで後向きになり、
「これだからやはり雀がいいと言ったものを、おもしろくもない」
「何をそう怒っている」
女蛤、腹立ち声で、
「おもしろくもない。キッスだけしかできやしない」
[#地付き](万の宝)
[#改ページ]
この親にしてこの子
先々代の羽左衛門、パリのめがね屋で老眼鏡を買うべく、あれこれと度のちがうのをかけて新聞を見せられたが、どれをかけても「読めねえ」の一点張り。首をかしげる同行者に「あッしには横文字は読めねえ」
[#地付き](昭和三七年四月四日朝日新聞季節風欄)
*
英語の強くなるメガネ! これはベストセラー疑いなし、百万部どころじゃない。人呼んでズボ羽、またの名を正月男、芸道一路の|たちばな《ヽヽヽヽ》屋の面目躍如たる話だが、それにしてもチョットできすぎた感じもある。この章の親のめがね≠ご覧ください。
三巨頭
「ナント兄貴、卯月というのが先か、弥生というのがさきか」
「ヤイそんな阿呆なことをいうて人に笑われるな。アノナ卯月が先なときもあり、また弥生が先な年もあるわい」と言うを、親父が聞いて、
「アアうちも兄貴がいなければ闇だ」
[#地付き](聞上手、三)
星取竿
さる息子、月夜に長竿をもって空をうつ。親父見て、
「何する」
「星をうつ」
親父ぬからぬかおで、
「下からは届くまい。屋根へあがれ」
[#地付き](軽口あられ酒)
独創性
世間にないことをしなければ、金儲けはできぬと言われた息子、あけくれ思案の末、親父に言う。
「伊勢海老のからをためて、小人島の鎧にして売ろう」
親父聞いて、
「そんなのは役に立たぬ。それよりも古い箸をためて、雛さまの巡礼の金剛杖にして売れ」
[#地付き](軽口福ゑくぼ)
老人向き
火事がある。遠い遠い火元を見に行こうと若者四五人走る。老人がひとり、おなじく火元を見に行くとて走る。
「ヤレヤレせつない。年寄りには近火の方がよいテ」
[#地付き](千年草)
老いてますます
見栄坊な隠居、自分の腕に食いつき、
「これ、見やれ、年は寄っても気にほれたと、馴染《なじみ》のやつめが焼餅で食いつきおった」
「この歯形は女にしては大きいね」
「そのはずさ、笑いながらよ」
[#地付き](売集御産寿)
おっぱい
器用でよくはたらく嫁、おやじの月代《さかやき》を剃ってやる。髭をそるときうつくしい肌の乳が、おやじの口びるへさわり、おやじわれを忘れてなめるところを、息子が見て腹を立て、
「さてさて親にはあるまじきなされ方、女房の乳をなめてのたわむれ、ご所存のほど承りたい」と、きめつければ、親父ひらき直って、
「おのれは、おれが女房の乳を、五年もくらったではないか」
[#地付き](口拍子)
物忘れ
「おいくつになられます」
「もう七十五になります」
「でもお達者なことでござります。お目や歯はどうでござります」
「ハイ、しあわせに、こまかい物も見え、堅い物もたべますが、どうしたことか、近ごろはもの覚えが悪くなりました。ゆうべも婆の寝所へ行ったら、今帰って、また来なさったかと言われました」
[#地付き](豆談語)
再婚
七十近い老婆、似合いの縁あって再婚する。孫が牛にのせて嫁入先へ行く途中、道にじゃまな物があるので、孫、牛に声をかけ、
「のいて通れ」という。婆これを聞いて、
「沿《そ》うて通れと言えばいいのに、|のいて《ヽヽヽ》は不吉だからきょうは行くまい」
[#地付き](醒睡笑)
隠居
隠居夜ばいに行こうとして、つい踏みはずして二階から落ちて、目をまわした。婆さんおどろくまいことか、手に汗にぎりながら、
「モシお死にかえ、お死にかえ」と呼べば、ようよう気がついて、
「フウフウ、イヤ仕にではない」
[#地付き](口拍子)
そりゃ無理
「あすは螢見にまいるが、ご子息もよこしなされ」
「いかさま、こなたとごいっしょなら、やりましょう。――ヤイ息子、あすは螢見につれて行ってくださる。かならず大酒のんでけんかなどするな。そして、日の暮れぬうちに戻れ」
[#地付き](軽口耳過宝)
親子酒
親父、酒に酔って帰り、
「コリャせがれ、おのれの頭は三ツに見える。そんな化け物に跡を譲ることはならぬ」
同じくせがれも酒に酔い、
「こんなグルグル廻る家が、何の役に立つ」
[#地付き](座笑産)
バクチはよせ
親父つくづく思案し、一《い》ッ時《とき》の栄花は千年の寿を延べるという言葉もある、ちとこの世の極楽へ行って見ようと、にわかに黒油を買わせて白髪頭へなすりつけ、夕がたから出て行く。吉原の大門をはいると向こうから息子の甚吉、女郎の肩にもたれながら、いいきげんで歩み来る。親父せんかたなく、
「コレ甚吉よ、ばくちはならぬぞ」
[#地付き](座笑産)
油はツケで
息子親父にたびたび叱られて、
「モシ親父さま、ふだんのべつにガミガミ言わないで、悪いことがあったら、ためて置いていっしょに叱ったらいい」
「たわけめ、おのれの阿呆をいちいちおぼえていられるものか」と言うと、息子が帳面を出して、
「これへつけておいて下さい」親父、手に取って見ると、表紙に〈油の通〉
[#地付き](聞上手)
低姿勢
息子が親父に油を取られているのを、友だちが見て、
「おのしは親父の前で、畳へ頭をこすりつけていたが、あんなに這いつくばらないでも、よさそうなもんだ」
「分っちゃいないんだな。アア頭を下げるとな、異見が上を通る」
[#地付き](座笑産)
高姿勢
親父、子に教訓して、
「母親が生み落してから、荒い風にも当てないようにして、十九二十まで育てて来たのに、親の言うことを聞かないとは何事じゃ」というと、
「ご教訓一つももっともと思えません。親が子を育てるのはあたりまえ、私だって子を持ったら、人にたのまれないでも育てましょう。また、ぜひ生んでくれと言った覚えもなく、親たちの楽しみのついでに出来ただけの話、べつに恩とは思いません。それを不届きだと言うなら、もとの所へ帰ります」と言って、母の内股へ手をかけた。
[#地付き](きのふは今日の物語)
十文字
惣領の倅、おし肌ぬぎ、腹へ墨で十文字をかく。母、見つけて、
「なにをしやる」
「二百両使い込みましたから、申し訳なさにこんな工合に腹を切ります」
お袋あわてて箪笥《たんす》から臍繰りを百両とり出し、
「まず、筋を一本消してたも」
[#地付き](座笑産)
蚤
二十四五になってまだ女房もたず、部屋住みの息子、ある夜、女をそっとつれこむと、夜中に母親が息子の部屋まで来て、
「ふしぎに今夜は物音がするが、気分でも悪いか」
「イヤ、気分はいいが、今夜は何としたか、蚤《のみ》がせせります」
夜の明ける前に、そっと女を帰したが、朝飯の時に親父が、
「せがれ、ゆうべの蚤にも朝飯を食わせてやればよかったに」
[#地付き](軽口あられ酒)
何が安心
息子つかい過ごし勘当となるべきところ、一家の詫びで助かったが、ある夜れいの病いが起こり、一夜だけなら知れまいと吉原へ行く。あくる朝もどり、わが家の様子をうかがうと、また一家ども集まっている。
「南無三、また勘当の相談だろう。まずようすを聞こう」と飯焚きを呼び出し、
「どうだ、うちの首尾《しゆび》は」
「ゆうべ旦那さまが頓死なされました」
「アア、それで安心した」
[#地付き](座笑産)
天を衝く
息子の小便するを、おやじが見て、
「さてさて今の若い者は弱い。おれらが若いときは、ひねくるようなことはなかった」と言えば、
「押さえてせねば、鼻へはいります」
[#地付き](さし枕)
適齢期
「ここの息子殿も成人じゃ。もう嫁をとって進ぜさっしゃれ」といえば、親父、
「なあに、せいばかりで、まだチンポでござるわ」
息子脇で聞いて、業《ごう》を煮《に》やし、
「ドリャ、杵《きね》ほどあるチンポから、小便して来よう」
[#地付き](さし枕)
薪と女郎
親父、息子を呼びつけ、
「おのれはゆうべも行きおったな。あの庭に積んである薪を見ろ。一分《いちぶ》で山ほどあるわ」と言うと、
「ナニ、おなじ一分でも、薪は抱いて寝られない」
[#地付き](近目貫)
異見
「若いから無理もないが、年寄った親たちに苦労させないようにしな。両親がそろってるのは大へんな幸せで、いくら金銀を積んでも、親は買われない」といえば、息子、
「また、売ろうと言っても売れない」
[#地付き](飛談語)
あまのじゃく
あまのじゃくな息子ゆえ、遺言は反対を言おうと、息子を呼び、
「もうおれの命もこれまで。死んだら物入りをするな。菰《こも》に包んで川へ捨てろ」と言って死ぬ。息子、
「これまで親の言葉にそむいたが、今度ばかりは一代一度のこと、用いずばなるまい」
[#地付き](茶の子餅)
親のめがね
愚か息子、訪ねて来た男に、
「父《とと》は今るすじゃ、そして、そなたは知らぬ人じゃ」という。男が、
「そなたとは始めてだが、親御とは近づきじゃ」というと、父親のめがねを持って来て目にあて、
「父《とと》の目で見ても、近づきではない」
[#地付き](こまざらひ)
メモの行くえ
愚か息子に留守番を言いつけ、
「おれが留守に、もし人が来て聞いたら、旅行しましたと言え」と親父がさしずする。息子、忘れてはならぬと紙に書きつけて、たもとに入れて置いたが、一日二日とたってもだれも来ぬゆえ、たもとから出して焼いてしまう。翌日客が来て、
「おやじさまは?」と問う。息子大きにあわて、しかたなしに、
「ゆうべなくなりました」客驚いて、
「それはお力落とし、どうしてでござるか」
「つい焼いてしまいました」
[#地付き](わらひ初)
親のすね
「両国へ奇妙な見世物が出た。釘、金物でも、きせるのつぶれでも、なんでもかじる途方《とほう》もないやつよ」
「なにそれが奇妙なものか。おらが隣の息子などは、もっと図ウ体も大きくて、歳も二十四五だが、親のすねをかじる」
[#地付き](茶の子餅)
昼間用
友だちに提灯を見せて、
「どうだ、当世は銀細工がはやり、おらは提灯を一ツこしらえた。これみんな銀金具だ」と自慢すれば、
「ドレ、なるほど思いつきはいいが、大のむだだ、夜《よる》とぼしても銀は見えない」
「インヤ、おらア昼持ってあるく」
[#地付き](売言葉)
痔のいろいろ
「コレ七兵衛、五六日まるきり会わぬ。手紙をやれど返事もなし。外へも出ないのか。どうしたぞ」と言えば、
「イヤこのごろはさんざんだ。じがおこってねてばかりいる」
「それは難儀であろう。早く知れば、こっちによい薬があったものを。シテその痔は出痔かイボ痔か、穴痔か」
「出痔でも穴痔でもない。親父が怒った」
[#地付き](かす市頓作)
親ばか
出先から家に帰れば、座敷の壁に墨くろぐろと、いろはにほへとのにじり書き、見るとひとしく大きに怒り、市助を呼び、
「おのれ、役に立たぬやつ。これ見よ、壁は墨だらけになった。何者のしわざか、まっすぐに申せ」
「お留守のうちに、与太郎さまがいたずらをなされました」と言えば、機嫌を直し、
「与太郎が書いたか。ハテ器用なことの」
[#地付き](軽口福徳利)
親父教育
息子、川ばたで耳を洗っているを、友だちが見つけて、
「何をするぞ」
「イヤ、うちの親父が、おれの病を案じて、色茶屋へ行けという。あまりに耳がけがれるゆえ洗うのじゃ」
と言うのを聞き、友だちものも言わずに立ち去り、まもなく土びんをさげて来て、少し川下へ廻り、水を汲む。
「コレその水くんで何にする」
「コレか、煎じておれの親父にのませる」
[#地付き](噺雛形)
二階ぞめき
息子、遊興にふけり、二階座敷に追い上げられる。長の日をつくねんとしてもいられず、ふすまや障子にのれんの形をこしらえ、万屋、松代屋、吉文字屋など書きつけ、過ぎしころの遊びを思い出し、花車や仲居を相手のひとりごと言って日を送りしが、小便したくなり、二階よりおりると丁稚に突きあたり、
「コリャ、おれにここで逢ったと言うなよ」
[#地付き](軽口花ゑくぼ)
お袋はもったいないがだましよい
お袋、息子のそばへ行き、
「そなたは、この日の短いのに、煙草ばかりのんでいて、いいのか」
「ナアニ、もうじき朝鮮人来朝のとき、煙草ののみっくらに召し出されようと思って、稽古しております」
「オオそうとは知らなんだ。あまり人には話さぬがよい」
[#地付き](楽牽頭)
親のいろは教え
親「何ごともそれがしが教えて言うように言え」
倅「親じゃ人の教えられるようにさえ言えば、手習になりまするか」
「なかなか。何ごとも言うように、教えるようにさえすればよいぞ」
「それはやすいことじゃ。こなたの教えらるるように言いましょう」
「いろはにほへと、と言え」
「いろはにほへと、と言え」
「そうではない、いろはにほへと、とばかり言え」
「そうではない、いろはにほへと、とばかり言え」
「まだ。走り智恵なやつの」
「まだ。走り智恵なやつの」
「憎いやつの、口まねをしおるか」
「憎いやつの、口まねをしおるか」
「ああ、腹立ちや」
「ああ、腹立ちや」
「おのれを何としょう知らぬ」
「おのれを何としょう知らぬ」
「腹の立つ、まず、こうしたがよい」
「腹の立つ、まず、こうしたがよい、お手*」
[#地付き](狂言、伊呂波)
* つかみ合いになる。
曰く言い難し
「これはお父《とつ》さん、隠居と腎虚*と同じことか」
「べらぼうめ、隠居というのは倅に世を渡して楽になること、腎虚というのは過ぎたことだ」
「何が過ぎたのでござります」
親父あたまをかきながら、
「腎虚がサ」
[#地付き](軽口噺)
* 精力欠乏によりからだが衰弱すること。
遺伝
左衛門次郎の息子が、雌牛を犯したというので、所の者ども寄り合い、
「このような者を、そのまま置けば、村が荒れ果《は》てると昔から言う。急いで在所から追い出してしまおう」と決めた。すると親がやって来て言うには、
「これは根も葉もないうわさでござろう。牛のは熱《あつ》くてしられたものではない」
さては親メも同じだとふたりとも追っ払われた。
[#地付き](きのふは今日の物語)
ランデヴー
石のような堅おやじ、娘をよび、
「さっきから庇合《ひあわ》いでゴソゴソする音、なんだか見てごらん」娘、窓からのぞいて、笑いながら、
「イエ、なんでもありません」
「それでもまだゴソゴソ音がやまぬのに、らちのあかない」と叱りながら、窓からのぞき、
「なるほど、なんでもない」
[#地付き](豆だらけ)
[#改ページ]
そうは問屋が
〈一つ覚え〉と呼ばれる笑話の型がある。
*
おろか息子が、人の集まる所がよく売れると親に教えられて、魚を売りに行くが、
一 葬式の所へ魚を売りに行ってたたかれる。親は、くやみを言うべきだと教える。
二 婚礼の所へ行ってくやみを言う。歌の一つもうたうべきだと教える。
三 火事場へ行って唄をうたい、たたかれる。水の一桶もかけるべきだと教える。
四 鍛冶屋へ行って水をかけ、金槌でたたかれる。向かい槌をひと打ち手伝うべきだと教える。
五 ふたりがけんかしている所へ行き、二人の頭をたたく。仲に入って仲裁すべきだと教える。
六 牛が角突き合いする所へ行って、仲に入ってとめようとし突き殺される。
愚か息子の物売りは、南瓜《かぼちや》を売りに行ってポカンと空をながめる〈とうなす屋〉の落語でおなじみだが、この〈一つ覚え〉は新石器時代にできたと推定する学者がある。つまり、繩文土器を作ったり、鳥けだものを追っかけたりしたわれらの先祖とおなじ笑いを、われわれはテレビやラジオの前で笑っているわけである。思えば人間というもの、あまり進歩しないとみえる。
進歩しないと言えば、この章の骨皮新発意≠ヘ、狂言からとって、十返舎一九――膝栗毛の作者がアレンジしたものである。最後に、「馬も和尚さんも同じです……世間で貧僧と申します」と地口落ちにしているが、これは狂言の方がずっと、辛辣な諷刺になっている。骨皮新発意≠よんで、もう一度ここを見ていただきたい。
*
「おれが駄狂いしたと言うことがあるものか」
「でも、言えとおっしゃったところで、申した」
「やいやい、おのれそのつれを言うか」
「そなたじゃとて、駄狂いしたこともあろうぞ」
「憎いやつの。愚僧が駄狂いしたことがあるとは」
「それそれ、いつやら門前のかかが来たれば、そなた、奥へつれて行って……。知ってるぞや」
「ヤイ、それは物を縫うてもろた。腹立ちや」
「物を縫うに、鳩のうめくようにフフウフフウと言うて、ふたりながら汗をかいて出たことを、よう知っているぞ」
「おのれ憎いやつじゃ。腹だちや。……やるまいぞやるまいぞ」
事のついでに和尚の女犯を皮肉るところ、ただの与太郎じゃない。
ばれたか
おもてをはっち坊主の通るのを見て、内義、
「さてさて、きたない坊主だ」という。亭主が、
「めったなことをいうな。弘法さまかも知れぬ」
といえば坊主立ちどまり、
「なむ三、バレたか」
「サテも太い坊主、弘法さまかも知れぬと言ったら、ばれたとぬかした」というと、
「またバレた」
[#地付き](福来すずめ)
霊宝
回向院《えこういん》に開帳あり、
「霊宝は左へ左へ、これは頼朝公のしゃれこうべでござい。近う寄って拝されましょう」
参詣の人聞いて、
「頼朝公の頭《こうべ》なら、もっと大きそうなものだが、これは小さいものだ」と言えば、
「これは頼朝公三歳のこうべ」
[#地付き](再成餅)
山の芋
心やすい檀家、寺の和尚を訪ねると、
「これはようこそ。きょうは納所《なつしよ》も下男も留守で、退屈していたところ。精進酒《しようじんざけ》を一つ進ぜましょう。この釜の下を焚いて下され、愚僧は裏の畠で菜を取って来よう」
「心得ました」と火を焚きながら、横にある桶の蓋を取ってみると、大鰻。和尚、裏口から見つけて、
「南無三、それは山の芋*のはずだが」
[#地付き](口拍子)
* 鰻年を経ると山の芋になり、雀は海中に入って蛤となる。
ほんものはさぞ
若衆とりはずし、なんとか臭気を散らしてしまおうと、
「山王祭をご覧でしたか」
「いや、まだ見ない」
「では、山王|囃《ばやし》の拍子をお聞かせ申そう」
大宮の囃は のんのや
山王祭 すこすこや
と歌って足拍子を踏み、臭気をふるいおとす。
「サテサテおもしろい。しかし、真似《まね》さえこれほど臭いのだから、ほんものは傍《そば》へも寄れまい」
[#地付き](きのふは今日の物語)
サイン漏洩
寺の住持、客に酒を出すときのサインを決めて、弟子に言い渡した。
「盃を出したときに、愚僧の手の置き所を見よ。額をなでれば上の酒、胸をさすれば中の酒、膝をたたいたら下の酒、よいか、まちがえるな」
一度や二度ならいいが、毎度のこととてサインが檀家に知れわたり、例によって参詣の客のとき、
「酒ひとつ差し上げよ」と弟子に言って、膝をトンとたたくと、客が、
「お酒をくださるなら、とてものことに、額をなでていただきたい」
[#地付き](醒睡笑、広)
関の名刀
坊主、新しい小刀の大型なやつで鰹節を削っているところへ、知人が訪ねて来たので、あわてて片手をうしろへ隠して、
「このあいだ、関《せき》ものの小刀を求めました。ご覧になって下さい」とさし出したら、とり違えて、小刀にはあらで、鰹節。
[#地付き](醒睡笑)
目ぐすり
あわびを料理する最中、檀家が来る。坊主|仰天《ぎようてん》して、
「この貝は目の薬と聞き申したが、目がしらにさせばよろしいか、目尻にさせばよろしいか」
と、ごまかそうとするのがつら憎いので、
「それは目によります。さして上げよう」
と、仰向けにねさせて、酢に漬けた腸《わた》をタップリ、目の上へのせてやれば、目の玉が抜けるほどの痛さ、五体をよじって唸っている間に、あわびの肉《み》をそっくりたいらげながら、
「わたしらの目には、口からさした方が、効《き》き目がある」
[#地付き](きのふは今日の物語)
鉄輪《かなわ》洗い
あるもの、ひる、一義をくわだてんと思えども、子どもふたりあり、何とかして子どもを使いにやろうと考え、
「この鉄輪《かなわ》を兄弟で荷《にな》って川まで行って、洗っておいで」
と出してやり、一義の最中に子どもらは帰ってくる。親どもうろたえて、
「何で川で洗って来ないのだ?」
「よそにもひるつびがはやるやら、川に鉄輪《かなわ》洗いがつかえて洗えなかった」
[#地付き](きのふは今日の物語)
ソッとぬける
ある女房十ばかりの娘をだいて寝、子が寝入ったと思い、夫のところへ行く。
「子どもが目をさますだろ。どうして来た」
「ソッと抜けて来た」
さて一義の最中に、娘がそばへ寄って来たので、母親が、
「お前、どうして来た」
「わたしもソッとぬけて来た」
[#地付き](きのふは今日の物語)
鬼の面
ある人、ひる事をくわだてたが、七ツばかりの息子がとかくそばへ来るゆえ、鬼の面をかけてする。名うてのわんぱく息子それを見るとおもてへとび出したが、友だちを呼び集め、鬼がするのを見せようと言って、皆つれて来た。
[#地付き](きのふは今日の物語)
くもの真似
坊主、みめよき奉公人に心を寄せ、若衆の寝入るのを見はからって忍んで行くと、若衆気づいてあとから行く。坊主足音に驚き、壁に大手をひろげて張りついているのを見て、
「何をなさる」と言えば、
「蜘蛛《くも》のまねして遊んでいる」
[#地付き](醒睡笑)
立ちいびき
若衆と寝て翌朝、雨の音をきき、
「南無三、朝飯を食わせて帰すところだが、そら寝入りしてすまそう」と思ううち、若衆そっと起き出て行く。もはや門の外へ出た時分と思い、起きて見ると、まだ門の中で雨やどりしている。あわてて立ったままで目をふさぎ、
「グーグー」
[#地付き](醒睡笑)
影ぼうし
留守をうかがい、盗人はいってそこら探しているところへ、そとより亭主帰り、これは暗いと火を打って付け木へとぼす。一方口《いつぽうぐち》で盗人逃げられず、せんかたなさに壁へ身をぴったりつけている。そのうちに亭主あかりをつけ、
「ヤイ、そこなやつは何じゃ」と言えば、
「アイこれはお前の影ぼうし」
[#地付き](聞上手、三)
干鮭《からざけ》
から鮭はからだを温ためて薬になると聞き、老尼、小者を買いにやる。買って帰り、折|悪《あ》しく客のある座敷へ、気の利かない小者がにょっと差し出すと、老尼赤面して、
「その干鮭をすぐに泉水へはなしなさい」
[#地付き](醒睡笑、広)
槍先
娘、隣の男と好い仲になり、ときどき涼みにことよせて垣根ごしのちぎりをむすぶ。母親見て、
「そこに何をしていやる」
「ここからよい風が来ますから、涼んでいます」と言えば、母親、
「じゃアわたしも涼もう」と、垣根のところへ行き、
「ホンニこれは槍のような風だ」
[#地付き](腹受想)
非情の鐘
女郎買いの帰りに何か盗んで来ようと心がけ、小さい金だらいを羽織の下へ入れて出る。女郎送って出て、
「お近いうちに」と、背中を一つたたくと、グヮンと鳴る。
「アア驚いた。何でありんすえ」
「逢うて別るる鐘の声だ」
[#地付き](福来すずめ)
山伏のうらない
参宮の山伏、関の宿《しゆく》まで来て、どちらへ行こうぞと迷うているところへ、百姓の来たのをうれしく、
「コリャコリャ百姓、伊勢道はどちらじゃ」
百姓、山伏が横柄《おうへい》にぬかすを腹立てて、
「そっちは山伏じゃないか、商売がらで占《うらな》って行けばよい」
「これはもっともじゃ」
と八掛を取り出し、さらさらと考えて、
「知れた知れた」
「どう知れた」
「百姓に問うて行けとある」
[#地付き](軽口機嫌袋)
逸物
ある長老、町を通ると、女が衣《ころも》の裾にとりついて泣きわめく、
「何ごとじゃ」
「何ごととはお情ない。食べ料もくれず、手切れ金もくれないで……」長老ゆめにも知らぬと引き離そうとする内、人立ちがして、
「これは長老様がむりだ」と、つい女に同情するので、いよいよつけあがり、出るとこへ出ようと、長老を奉行所へ引っ立てて行く。
先ず女が申し立ててから、長老いうには、
「それがし出家のこととて、さようのことはいたさぬ。そのうえ、若いころ瘡《かさ》を患って根もとから落ち、ようよう一寸ほど株が残るばかりでござる」
「その一寸ばかりの株でなされた」と女が言い張ると、奉行の裁きで実見しようと決まり、
「恥を隠せば、理がきこえぬ。女も見よ」と長老の出されたのを見れば、八寸ばかりの逸物。
[#地付き](きのふは今日の物語)
なま剃刀《かみそり》
坊主、鮎の白干を紙に包み、小坊主には剃刀と言って隠し食いする。
ある時、連れだって出かけ、川を渡るおり、鮎が見えると、
「和尚さま、なま剃刀が見えます。み足にけがをなされますな」
[#地付き](雑談集)
焼みその父親
坊主、日ごろ鶏卵を焼味噌と称し、弟子にかくして寝酒の肴にする。吉野へ花見に行く暁、弟子が酒や飯をととのえ、戸を叩いてもまだ夜が深いと言ってなかなか起きず、弟子こらえかねて、
「夜が深いか浅いかは知らないが、焼味噌の父親も、はや二番が鳴いた」
[#地付き](醒睡笑、広)
事後処理
山寺の坊主、いたって貪欲者で、飴桶を一つ持っていながら、ただひとり居る稚児には恐ろしい毒だと言って、少しも食わせず、自分ばかり食う。稚児なんとかして食ってやろうと、坊主他行のおり、高い棚にあげてあるのをおろすはずみに、髪にも小袖にもベタベタつけてしまう。何がさて、日ごろねらっていたこととて、三杯も食ってから、坊主秘蔵の水瓶を石の上に落として割り、坊主の帰ったとき、しくしく泣く。
「何ごとぞ、なぜ泣くぞ」
「大へんなあやまちをしでかしました。ご水瓶《すいびよう》を誤って割りまして、死んで申し訳しようと思い、大毒と仰せられた物を一杯たべたが、死なれませぬ。二杯三杯とたべても死なれませぬ。髪にも小袖にもつけてみたが、やはり死なれませなんだ」
[#地付き](沙石集)
替え玉
悪性《あくしよう》な友だち同士、途中で逢い、
「サテサテこのごろは見かけないが、どうした」
「おやじがきびしゅうてどうも出られぬ。それについて頼みがある、晩におれの寝床で寝てくれまいか。おやじがおれにものを言いかけたら、貴様の得手の声色《こわいろ》で、おれの返事をしてくれれば、ゆるりと遊べる。一生恩にきるから」
友だちきき届けて、息子といれ替って寝ていると、夜ふけて親父が声をかけ、
「あまり寒さに酒を燗させた。われも起きて一ツのめ」
「わたくしは風邪をひきました。許されませ」と声色で言えば、
「ハテ、そんなときこそ飲んだがよい」と、寝所へ来るようす、もはやたまらず、
「不調法」と言って逃げだした。
[#地付き](軽口花ゑくぼ)
盗作
馬子《まご》、侍をのせ品川の方へ行く。
「旦那、よいついででござります、海晏寺の紅葉が盛り、チョットご見物なされませぬか」
「それはよかろう」と行く。
「これはどうも言えぬ。よく気がついて案内してくれた。それについて一首よもうか」
「それはようござりましょう」
「こうもあろうか――奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の、声きく時ぞ秋はかなしき」
「コレハコレハ、近年の名歌でござります」
「それでは、案内した褒美に一杯のめ」と酒屋へ寄る。
馬子はしたたか呑み、まっ赤になっているところへ、ほかの馬子来て、
「ええ日よりだね。だいぶふところがあったかいな」
「何ばかなことをいう。自前で呑むものか」
「だれが呑ませた」
「あの猿丸が」
[#地付き](大神楽)
ねまき
大の見栄坊、客に向かい、
「わたしは生まれついて汚れた物をついに着たことなし、洗濯するとそれっきり人にやってしまう」と言うところへ仕立屋、
「ハイ上下の洗い張りができました」と持ってくる。
「今貴様は洗った物は着ぬと言ったが」
「これは寝間着だ」
[#地付き](廓寿賀書)
屏風の虎
ある男旦那寺へ参り、和尚を困らせんと、
「和尚様、あの屏風に書いてござる虎をとらえて、繩をかけてお渡しなされよ。ソレ繩」
と懐中より繩を出す。和尚これは難題と、しばらく考えて、
「なるほど虎に繩かけましょう。貴様あの虎を庭へ追い出されよ」
[#地付き](按古於当世)
紙帳
夏のころ、客にそう麺をふるまおうと、辛子の粉をさがしたが、紙袋に書きつけなく、あれこれと探してやっと見つける。あとで親父、息子に、
「紙袋には必らず入れた物の名を書きつけて置け、急ぎのときの用に立たぬ」
やがて親父が紙帳*へ入って昼寝すると、紙帳へ墨くろぐろと、
〈このうちにおやじあり〉
[#地付き](初音草噺大鑑)
* 紙製の蚊帳。
終始一貫
息子|二十歳《はたち》越えても古今のぬけ作、四月の始めから二階に引きこもって、何するか知れず。五月節句の前になって、
「ちっとばかり細工をしました。これを売って小遣銭になされ」と美しいきれで張り抜いた兜《かぶと》をさし出す。時節の物とて早速《さつそく》売れ、思いがけない銭もうけ、両親も親馬鹿の本性をあらわして、
「日ごろは足らぬやつと思っていたが、大きなまちがい」と驚く。
八月はじめから、また二階にこもり、今度は何ができるかと思っていると、九月節句*の前に、
「こしらえた物、お目にかけましょう」
「今度は何じゃ。早う見たい」
と言って出したのは、また、兜。
[#地付き](鹿子餅)
* 九月九日、重陽の節句。
火の用心
ぬけ作にて分限なる者、座敷を建てて後、天井を見れば、しかもまん中に節穴あり。たまたま才覚な友だちたずね来て、
「あそこへは火除《ひよけ》の札《ふだ》を貼りたまえ。わざとさえ貼るものじゃ」
ぬけ作よろこんで祈祷所へたのみ、節穴の上へ札を貼ったが、ある時心安い家へ行くと、亭主言うよう、
「婚礼前の娘の指に魚の目が出来て、魚の目は抜けたものの、跡の穴が見苦しくて困り入る。よい薬はなかろうか」
ぬけ作ここぞとばかり、
「穴の上に火よけの札を貼ったがよい」
[#地付き](初音草噺大鑑)
共同製作
新築の家へ近所の人を呼んでふるまい、酒なかばに内義出てあいさつをすれば、客、
「さぞお物入りでござろう。結構なふしんでござる」
「イエうちの力ばかりではござりませぬ。みな近所の衆のおかげで」
与茂作、家に帰り、あそこの内義は利発な人じゃとしきりにほめると、女房、
「それくらいのこと、わたしだって言えぬことがあるものか」と言ったが、まもなく女房子をうみ、七夜の祝に近所の衆をよぶ。
「おめでとう。お内義さまもおよろこびでござろう。やすやすとご安産、ことに男子とは」
といえば女房乗り出して、
「うちの亭主ばかりの力ではござりませぬ、みな近所の若い衆のおかげで」
[#地付き](枝珊瑚珠)
みやび
ある男、火事見舞に行くと、そこの女房言うには、
「何も惜しい物はありませぬが、古今《こきん》、万葉《まんよう》、伊勢物語、この三色を焼いたのが心残りで」
男、やさしいことかなと感じ入り、帰って褒めあげれば、女房つくづくと聞き、自分もほめられようと思い、家に火をつけて焼く。あくる日、親類知人集まったところで、
「何も惜しい物はないが、小杵《こぎね》、窓菰《まどこも》、伊勢|摺鉢《すりばち》、この三色が惜しい」
[#地付き](きのふは今日の物語)
屁の身がわり
女郎、客の前でブイとの仕損《しそこな》い、太鼓持ち気の毒がり、
「も一ツせい」と、ブイとする。
女郎よろこび太鼓持ちに返礼として羽織をやる。
太鼓持ちの一八それを聞いて、おれも屁の身代わりに立ちたいと、おりを待つうち、ある座敷で女郎しそこなう。一八ここぞ羽織のたねと、大きな声で、
「おいらもしよ」
[#地付き](座笑産)
文かいた
あやまって硯箱を踏み割ったとき、主人とがめもせず、
「やさしや、硯箱なればこそ、ふみかいたれ」という。
その場で見ていた男、家に帰って妻に語ると、
「そのくらいのことは……」と言う。
ある時、子が硯箱を踏み割ると、女房、
「やさしや、硯箱なりゃこそ、|ふんぎゃア《ヽヽヽヽヽ》たれ」
[#地付き](醒睡笑、広)
骨皮新発意《ほねかわしんぼち》
「コレ丸鉄《がんてつ》、今来られたはだれだ」
「万年屋どのでござります。夕立にあって傘を借りに見えられましたから、貸してやりました」
「たった一本しかない傘を貸してやるということがあるものか。今度からこう言うものだ。おやすいことでござるが、みな貸しうしないまして、たった一本のこったのを、和尚がさして出ましたら、つむじ風にあって、骨は骨、紙は紙とバラバラになりましたから、胴なかを繩でくくって物置へほうり上げてござる。あれではお役に立つまい、お気の毒でござる、と、こういうものだ」
と言いつけて奥へ行くと、門前の男が来て、
「丸鉄さん、ご無心ながら馬をちょっと貸して下さい。柴をとりに行きます」
「気の毒だが、馬は貸しなくして、たった一本のこったのを、和尚がさして出て、つむじ風にあって、骨は骨、紙は紙とバラバラになったから、胴なかを繩でくくって物置へほうり上げてある。あれではお役に立つまい。お気の毒でござる」と言えば、男肝をつぶしてそうそうに出て行く。和尚聞きつけ、
「コリャ丸鉄、今来たのはだれだ」
「門前の十兵衛が馬を借りにまいりましたから断りました」
「何といってやった」
「馬は貸しなくしてたった一本残ったのを、和尚がさして出られましたら……」
「ヤイヤイたわけめ、それは傘の断りだ。そんなときにはこういうものだ。馬はこの間まぐさをつけにやったら、女馬を見て駄狂いをして、谷へ落ちたから、今は厩へつないで豆ばかり食わせております。あのありさまでは役に立つまい、気の毒なことだと、こう言うものだ」と言って聞かせるうち、勝手元でお頼み申しますという声、丸鉄かけ出て見れば、
「作右衛門からまいりました。今晩は逮夜《たいや》をしますから、和尚さまにご苦労ながらお参り下さりませ」
「気の毒だが、和尚はこの間まぐさをつけに出したら、女馬を見て駄狂いして、谷へ落ちたから、今では厩へつないで豆ばかり食わしています。あのありさまではお役に立つまい、気の毒なことだ」男きもをつぶし、挨拶もせずに帰る。和尚ようすを聞いて、
「おのれ不届千万、おれがなんで女馬を見て駄狂いをする。馬も人もいっしょにしおる」と叱れば、
「馬も和尚さんも同じことです」
「なぜ」
「あなたのことを世間では貧《ヽ》僧と申します」
[#地付き](落咄臍繰金)
一目あがり
床の間の掛物を見て、
「モシあの画の上に書いてあるのは、なんでございます」と聞けば、亭主、
「あれは賛でございます」
またほかへ行って床《とこ》を見ると、文字を書いた掛物、
「モシ、あの字は三でございますか」
「イヤあれは詩でござる」
またほかで掛物を見て、
「あれは四でございますか」と言えば、
「イエ、沢庵和尚の語でござる」
さては一ツずつ違うものと思い、その後に掛物を見たとき、思い切って、
「モシ、あれは六でございますか」と言うと、
「イエ、これは質《しち》に取ったものでござる」
[#地付き](室の梅)
高声
大せつな客を迎えて馳走の最中、下男に酒を取って来いと言うと、大声で、
「おかみさま、五十文の酒をか、百文の酒をか」と問う。そっと呼び寄せて、人のいる所で今のようには言われぬものだと叱ったが、ある時、五ツ六ツの惣領が誤まって井戸にはまると、かの下男、しずかに歩み寄り、耳のそばへ口をよせて、
「若さまが、井戸へ落ちた」
[#地付き](醒睡笑、広)
廿四孝
四十いくつになっても親不孝する息子あり。近所の人意見して、
「もろこしの老莱子は、親が年を若く思うようにと、子供のきものを着てたわむれたという。ちとたしなまっしゃい」
不孝者、もっともじゃと思い、はでな大縞《おおじま》の布子《ぬのこ》をこしらえ、親の前にて飛んだりはねたり、とんぼがえりして見せれば、
「ヤレヤレ、長生きすればさまざまの悲しい目にあう。どうぞあいつが本の気違いにならぬ先に死にたい」
[#地付き](軽口大黒柱)
牛ほめ
阿呆な子を、人に賢いと言わせたいのが親の欲。
「東の叔父の所でよう普請がでけたさかい、今から行ってほめて来や。まず天井が薩摩の鶉《うずら》もく、座敷の床の間の掛物は探幽の山水、そのほかあちこち庭まわり、目につき次第ほめ廻り、台所へ出ると正面の柱に節穴が一ツあるわ、叔父貴がえろう気にかけているさかい、叔父様何も気にかけることはござりませぬ、座敷とちがって台所じゃ。あの節穴へお札を一枚はって置かんせ、あの穴は見えませんと言うて見い、賢いものじゃとほめられるわ」
「ヤ、ええことを聞いたなア、ドレいってこよ」とかけ出し、さっそく東の叔父の所へ行き、ことのほかほめられて立ち帰り、
「とっさん、お前の言うたとおりほめたら、叔父さんが賢いものじゃと言うた。まっとどこぞに普請はあるまいか。この裏の雪隠ぶしんがでけたが、行ってほめようか。雪隠のかけ物は探幽の山水……」
「何をぬかすぞ。まだまだほめさせるには、南の在の爺の所で牛を買うたわ、これから行って牛をほめてこい」
「牛の天井も薩摩の鶉もくか」
「だまって聞きいな。まず牛をほめるは、天角地眼一黒直頭耳小歯違《てんかくちがんいちこくろくとうじしようはちご》うとほめる。角は上に向かい目は下を見るのがよい。惣身はまっ黒がいちばん、かしらはまんろく耳は小さいがよい。そして歯は食い違うがよい。こう言うてほめて来い。賢いものじゃと爺がほめるわ」
言われてそのまま南をさして行き、門口から、
「爺さん爺さん、牛をほめに来ました」
「よう来たな、マアあがれあがれ」
「イエイエ、牛はどこじゃ」
「牛は背戸の小屋にいるわ、サアサア背戸へまわれ」と裏へ出て、牛を引き出し見せると、阿呆つくづくと見て、
「天かく地がん一こく六とう二しょう八ごうじゃ」
「そのわけ知ってほめるか」
「天かくとは角が上へ向いてる。地眼はまなこが下を見ている。一にまっ黒、頭がまんろく、耳の小さいが二しょう、歯は食い違っていますゆえじゃ。ナント爺さんえらいものであろうが」
「ヤアかしこいかしこい」とほめるうち、牛が糞をするゆえ、「なんぼ牛がようても、こないに糞をしくさる。これには困るわえ」
「爺さん、何の困ることはない、この穴へお札を一枚はっておかんせ」
[#地付き](笑ふ林)
声は聞けども姿は見えぬ
座頭、苦心の末美しい女房を持ったが、まもなく間男して駆け落ち、口惜しがって社へ日参し、この目のあきますようにと願ったのを、神も納受ましましたか、両眼とも明らかになり、サアこれからあいつの行方を尋ねて、見つけ次第、重ねて置いて四ツにせんと、めくらのふりして毎日尋ねる。かの女房、間男とふたりづれで思いがけなく座頭に行き合い、そうそうに横丁へ隠れるのを、座頭細目に見て、
「ハテ今のはいい女だ」
[#地付き](かたいはなし)
そら涙
江戸者、島原の女になじみ、急に江戸へくだるにつき涙をながして名残を惜しむ。女郎は折ふし茶わんに水を入れ、硯引きよせ文を書いていたが、あまり客に泣かれ、しかたなく顔をわきへ向けて茶わんの水を目へつけ、泣いたふりをする。男いよいよ泣くゆえ、女郎も泣き負けてはすまぬと、茶わんの水を取ってはつけ取ってはつけするうち、墨をべったりつけたのを見て、客、
「その顔はなんだ」
「これはしたり、目の玉を泣きつぶした」
[#地付き](当世新話はつ鰹)
[#改ページ]
しょうばい商売
易
在郷《ざいごう》へ易者くる。うせ物を見てくれとたのまれ、そこらを見廻し、牛部屋に牛が見えないのを、これだろうと思って、
「うせ物は黒い物であろう」
「いかにも黒い物でござる」
「耳があろうが」
「なるほど耳があります」
さては、いよいよ牛に違いないと思い、
「これは南の方の広い野で、草を食っている」といえば、亭主聞いて、
「鍋が見えないのだが、鍋も草を食いますか」
[#地付き](軽口福ゑくぼ)
易の効用
いなかもの江戸橋を通り、床みせの占いを見て、立ち寄ろうとすると、あたりに遊んでいる子供たちが、
「そこはへただよ、あっちのがじょうずだから、あっちでうらなってもらいな」という。易者腹を立てて、
「この餓鬼どもは憎いやつ、商売のじゃまをしおる。親たちに言ってやるぞ。うちはどこだ。ぬかせ」
「当ててごらん」
[#地付き](友だちばなし)
夜そば売り
よたかそば、夜中にじぶんのうちの戸をたたく。
「コレかかア、あけてくれ」
「こなたはもう帰らしゃったか」
「イヤひもじくてならぬから、飯をくいに戻った」
「ひもじくば荷のそばをなぜあがらぬ」
「きたなくて、なんでこれが食えるものか」
[#地付き](再成餅)
鍋売
「わたしの鍋は保証付き、ご覧のとおり」と、投げて見せても割れない。何回も投げて、
「これ、このとおり」と言ったとき、鍋まっ二ツになる。
「こういうのは売らない」
[#地付き](気のくすり)
指切り*
女郎、小指の先を切って客へやると、客ぐっとはまって、すぐ身受けの相談にかかる。そのうわさを朋輩女郎が聞いて、
「あの人、こんどは指を切りあてんした」
[#地付き](柳巷訛言)
* 指切りは愛情のしるしだが、にせや替え玉もある。
死活問題
客の前で、女郎ブウとひり、そのまま客の頬ぺたを両手でつめる。客あきれて、
「じぶんで屁をひっておいて、ひとをつめる法があるものか」
「よそへ行って言うか、言わないか」
[#地付き](飛談語)
侍商売
不景気なばくち打ちに意見する。
「ばくちは稼業にならないから、今ちっとでも金のあるうち、了簡《りようけん》をきめて悪いことをやめ、侍になりゃれ」
「貴様がそれほどに言ってくれるものを、むげにもなるまい。思い切って外聞《がいぶん》を捨てて、さむらいになろう」
[#地付き](廓寿賀書)
折助
神田へんを折助が酒に酔って、千鳥足で行くと、子供が、
「生酔いやい、べらぼうやい」とはやす。
「なんだ、生酔いだ。ウヌがいつ酒をのませた。おれがすきでおれが呑むのに、推参なやつだ」
「推参もすさまじいや。折助やい、のろまやい」
「何ぬかす。ま二ツにするぞ」と脇差しにそりをうつと、
「ヤアイ、切れるもんか。抜いて見ろ、抜いて見ろ」
折助、こらえかねてスラリと抜けば竹光。
「それ見やあがれ。それで切れるものか。アハハのハだ」と笑えば、
「ナニ、うぬらにトゲを立ててやるぞ」
[#地付き](無事志有意)
馬子
師走大根をつけた馬がたびたび小便するのを、馬子《まご》こころせき、
「コン畜生め、日の短いのに待たせおるわい、チットあるきながらしやアがれ」と言えば、馬、
「ばかな。馬子じゃあるまいし」
[#地付き](寿々葉羅井)
魚売り
「つかぬことを聞くが、つかさという字はどう書く」
「はて、おらの師匠は教えなかったが、アレアレ、向こうを通る魚売りが大の学者だ、呼んで聞こう」と魚売りを呼び込んで問えば、
「それは、こう言う字さ」
「どういう字だって」
「言葉では、ちと言いにくい。同じくという字を、片身おろして骨付きの方さ」
[#地付き](楽牽頭)
天才
たいこ持ちの女房、産気づいて取上げ婆をよんだが、逆子で、片手ばかり出てあとが出ず、亭主おどろいて婦人科医をよんで来て、いろいろしても出ない。この医者ことのほか名医で、
「わかった、みなみな騒ぎやるな」と言い、巾着から一分出して握らせると、なんなく生まれ、オギャアオギャアと嬉しそうなうぶ声をあげた。
[#地付き](初音草噺大鑑)
メンタルテスト
若後家、寺へ行き和尚にむかい、
「わたくしは尼になりとうございます。得度して下さいませ」と言えば、
「なるほど、今はつれ合いに別れて悲しみの最中ゆえ、ごもっともながら、日にまし月にそって了簡《りようけん》の変るもので、後になって後悔が出るものでござる。一二年後のことになされ」
「イエイエ、わたくしばかりは心変りいたしません」
「ハテそう言われても、コレ、こう手を握られたら、どうでござる」
「イエイエ乱れることではございません」
「では、こうでは」と、かのあたりに手を入れても、
「イエイエ乱れることではございません」
和尚たまりかねて、
「これではどうじゃ」と押しころばすと、
「イエイエ乱れません」
「そっちは乱れなくとも、こっちが乱れた」
[#地付き](豆談語)
のど自慢
「どうだ折助、いそがしいか」
「いそがしいとも、供をしたり使いに行ったり、いまいましいうちだ。おのしの方は」
「おらがうちはそんなに忙しくないが、おれの好きで忙しくてならぬ」
「内職でもするのか」
「イヤどうも|はやり《ヽヽヽ》唄に追われてならぬ」
[#地付き](鯛の味噌津)
水洗式以前
兵法の師匠の所へ大水の見舞に行くと、姿は見えず、雪隠の中で声あり。その声、はねるたびに尻をひねる様子で、
「トウ、トウ、どこへ打ち込む」と、かけ声。トドはずしそこね、ピシャリと尻へはねる音がすると、
「南無三、相打ちになった」
[#地付き](鹿子餅)
按摩
肩をもませるとへたゆえ、
「あんまさんよりも、うちの権助の方がはるかにじょうずだ」
やがて頭をもみ、耳のあたりをもみ、耳へ指を押しこみ、ここぞ意趣返しと、
「コノ大べらぼうめ」
[#地付き](楽牽頭)
辛子《からし》かき
高利貸、人を雇うに、男がよすぎると女房があぶない、お金もあぶない、湯へ行っても長かろうと、とんだところまで気をまわすので、なかなか決まらず。そこへ来た男の人相の悪いところが大きに気にいり、
「給金は望み次第にやろう。今までどこにいた?」
「ハイ辛子かきを勤めました」
[#地付き](楽牽頭)
役者の女房
下っ端役者の女房あつまり、夫の帰りを待ちながら世間話のところへ、おなじ仲間の役者が、役をしまって帰ってくる。女房のひとりが、
「お早いお帰りでござんす。うちのはどうしましたえ」
「たった今、首を切られなさった」
「ハアそんならお汁をあたためましょう」
[#地付き](寿々葉羅井)
火の見番
「あなたは火の見櫓《やぐら》の番をなさるくらいだから、詳しかろうが、ここから真崎稲荷へはどうまいるがよかろう」
「真ッ崎へおいでになるなら、先ずこの土蔵の角《かど》から、浅草見附の鯱鉾《しやちほこ》を右に見て、観音の五重の塔の九輪へつき当って、少し右の瓦を焼く煙のうしろサ」
[#地付き](気のくすり)
おなじく
盗人火の見櫓へ上り、半鐘を盗もうと手をかけるとき、番人目をさまし、
「だれだ」
盗人そしらぬ態《てい》で、
「ちとものを承りとうございます。本町通りへはどうまいります」
「本町へはの、このはしごをだらだらッとおりての……」
[#地付き](気のくすり)
しゃっくり
侍ひとりあるいて行くと、道ばたから非人がとび出し、刀を仕込んであるらしい竹杖を構えて、
「親のかたき」という。
「われらまったく覚えなし」
「八年前に身どもが親を討って立ち退《の》いたに、覚えなしとは卑怯なり。抜き合わせて勝負せよ」
「何ほどいうとも覚えなし」と言えば、
「しゃっくりが直ったら、一文下さりませ」
[#地付き](軽口片頬笑)
使いみち
茶わん廻しの男、大道芸人をやめて、奉公に出る。二階座敷へ来客のとき、主人、茶わん廻しに田楽豆腐を言いつけると、唐辛子味噌をすり、その摺《す》り鉢《ばち》を棕櫚箒《しゆろぼうき》の柄《え》でクルクル廻して、二階へさしあげ、
「旦那、加減はこれでようござるか」
[#地付き](かす市頓作)
商魂
息子を座敷牢へ入れ置きしに、女郎から来た文、親父の手に渡り、開き見るに、紙のいらぬように細字でしたため、切った小指を蛤貝に入れて送り来たを、親父感心して、息子の前へ持ち行き、
「これを見おれ、世間ではこのように商売に身を入れる」
[#地付き](楽牽頭)
嘘の復習
居続けの隣座敷で、もう堪忍がなりんせん、あんまりでありんす、と恨む声、ふすまのすきからのぞいて見れば、鏡にむかい、じぶんの胸ぐらをとっての独り言。居続け客、声をかけて、
「しげ山さん、何をしなさる」と言えば、
「アレ、かならず人に言ってくんなんすな、嘘をおさらいしていやす」
[#地付き](気のくすり)
逆行
旅商人、新宿で女郎を買う。
「ナントぬしゃアいくつになる」
「わっちかえ、十八になりやす」
来年かえりがけに、またこの女郎を買い、
「ぬしゃアいくつだ」
「わっちは十七でござりやす」
この商人だんだん元手をなくして、国元へ引っ込むとき、また来て、
「ぬしゃア、もういくつになる」
「十六でござりやす」と言うと、商人泣きだす。
女郎きもをつぶして、
「ぬしゃアなぜ泣きなんす」
「おれの元手は、ぬしの年とそっくり同じで、だんだん減ってくるから」
[#地付き](わらひ初)
寝る箪笥
おいらんいたって貧乏で、煙草の買い置きもできず、日ごろ禿《かむろ》に、
「中の引出しのたばこを出して来やと言ったら、お銭《あし》を出してたばこ屋へ行って買って来や」と言いつけておく。
ある時、客人|夜中過《ひけす》ぎに来て、たばこがないので、禿をよび、
「中の引出しのたばこを出してきや」というと、禿立って行き、やがて帰って、
「モシおいらんえ、中の引出しは、もう寝えした」
[#地付き](市川評判図会)
欲ふか
抜け目のない女郎、駒下駄鳴らしてお稲荷さまへまいり、ややしばらく欲心満々の祈願をこめると、内陣の戸帳がサッと開いて、稲荷のご神体が現われたもう。ありがたや、お聞き届けくださんしたと、見まもれば、ご神体は無言でジロリと顔を見やりたまい、社の前の賽銭箱をひっかかえておはいりになる。
[#地付き](聞上手)
心中未遂
若衆へ恋の三角関係、いっそふたりで身を投げようと川ばたへ行く。いざ、手を取り合って三途《さんず》の川、と若衆が言えば、
「まず飛び込みなされ、見届けてから追いつこう」と約束し、いたわしや、二八ばかりの花の姿も川の藻屑と消えてゆく。男、心しずかに念仏をとなえ、辞世の歌などよんだが、考えて見ればいらぬこと、生き残って後世をとむらうがましと、急いで駈け戻る。
かの若衆は水泳の達者で、水の底をくぐってわきへあがり、ふたりばったり行き合えば、男、幽霊かと思って肝をつぶし、
「いかに亡霊、あとをとぶらってやるから、それがしを恨んで迷うなよ。成仏してくれ」とあとも見ずに逃げた。
[#地付き](きのふは今日の物語)
女郎の幽霊
なじみの女郎から文が来て、二十両の金がなければ生きていられぬ、死んでしまっては、かねての夫婦約束もあだになるゆえ、二十両のくめん頼む、との文面。息子は惚れている女郎のこと、命《いのち》ずくと聞いてふびんに思い、なんとか才覚しようと思ったが、つごう悪くてそのままになり、さだめし死んだであろう、かわいそうにと思い続けていたところへ、ヒュウドロドロと幽霊現われ、
「金をよこしてくれぬゆえ、命を捨てた」とうらむ。息子、幽霊にかじりつき、
「なつかしかった。よく来てくれた。話がある、すわってくれ」といえば、
「イエ、そうしてはいられませぬ」
「なぜ」
「まだほかに出る所がたんとあります」
[#地付き](咄の蔵入)
むだ骨
ひとり者のうちへ盗人はいり、火をとぼしてそこらを見ると、何もなし、せっかく入ったのだから、せめて鍋でもと思うと、ほうろくがあるばかり、あきれはてているのを、紙の夜着をかぶって、寝たふりをしていたひとり者が見て、あまりのおかしさにクスクスと吹き出せば、
「クソッ笑いごとじゃない」
[#地付き](寿々葉羅井)
鰻の行き先
鰻屋、市より戻り、荷を軒下におろし置けば、中での大鰻、籠を食い破り抜け出る。
「南無三宝」とヤニワに押えれば向こうへヌルリ、また押えれば又ヌルリ、コリャたまらぬともろ肌ぬいで、押えても押えても、ヌルリヌルリと逃げ行けば、亭主、あと見かえり、
「かか、よく留守せい」
[#地付き](噺雛形)
首売り
本所割下水のほとりを〈首売ろう、首売ろう〉と歩くを、武家屋敷で呼び込み、
「首はいかほどじゃ」
「一両でございます」
「それは下直《げじき》なり」と、金を払い、正宗の刀を抜き、いよいよ切る段になって、首売り身をひねり、袂から張子《はりこ》の首を投出す。
「おのれの首を買ったのだぞ」
「わたしの首は見本でござる」
[#地付き](楽牽頭)
西瓜屋
西瓜屋のあんどんを見て、
「もしご亭主、西瓜屋のあんどんは赤い紙ときまったものだが、青い紙とはめずらしい。どういう思いつきだ」
「アイ、わたくしかたでは丸で売りますから」
[#地付き](気のくすり)
魔手
向こうから来るお医者に、酒屋の丁稚すれ違いざまにぶつかる、医者大きに腹を立て、手をあげてくらわせようとすると、
「手でぶつのはごかんべん、まだしも足で蹴られる方がいい」
「なぜそんなことをぬかす」
「足で蹴られても命に別条ないが、お手にかかりますと、助かりません」
[#地付き](わらひ初)
匙さまさま
へたな医者どの、病家から帰ると匙を拝む。女房ふしぎに思い、
「何ゆえ拝み給う」
「ハテ馬鹿なことを聞く。これがなければ、とうに下手人になる」
[#地付き](福来すずめ)
匙に覚え
「追いはぎがはやります。さっき横丁に出たから、追っつけ来るかも知れませぬ」
と番太がふれて歩くと、藪井龍竹むっくと起きあがり、薬箱から匙を出して斜《しや》にかまえる。弟子それを見て、
「脇差しをあげましょうか」
「ハテいらざる世話を。この匙には覚えがあるテ」
[#地付き](楽牽頭)
実績
銭湯で医者同士が会う。
「ナント貴老これまで人をいくたり殺しなされた」
「さよう、大かた七八十も殺したでござろう。シテ貴公は?」
「拙者は三十人ばかり」
「ハテ、それは少ないが、医者になってから何年ほど?」
「イヤ、去年から」
[#地付き](口拍子)
医者の門口《かどぐち》
えんま大王がご大病で、地獄の医者が手をつくしてもなおらない。娑婆《しやば》の医者を呼んでこようと一決して、青鬼を迎えにやることにする。
「しかし、どれが名医かわかりませぬ。どうしたら見分けられますか」と青鬼が言うと、
「かど口に幽霊のいない医者が名医だろう」
さっそく娑婆へ行き、医者の門口を見ると、どこもみな盛《も》り殺された恨みの幽霊がすさまじく詰めかけている。これではならぬと裏通りへ行くと、ちいさな家に新しい格子《こうし》戸、新しい表札のかかった医者には、幽霊がひとりもいない。これこそと入って見たら、きのうからなった医者。
[#地付き](わらひ初)
定評
下手村よく斎という藪医あり。世間に|はしか《ヽヽヽ》がはやるのに、ただひとりも頼みに来ず。ある時おもてに案内の声あれば、しめたとばかり自身で玄関に出ると、
「少々お頼み申したい儀が……」と言うを、あとまで聞かず、
「|はしか《ヽヽヽ》でござるか」
「イヤ私は裏の町の位牌屋でござります。以後よろしくお頼み申します」
[#地付き](軽口太平楽)
藪の由来
ある人、やぶ医者に藪という由来を尋ねければ、藪医者答えて、
「ハテ、少しの風にもさわぎまする」
[#地付き](軽口東方朔)
代診
はやり医者の所へ、夜ふけて来てくれと言ってくる。
「今夜は雨は降るし寒い、おれは不快だと言って、こなた名代に行ってくりゃれ」と、内弟子を駕籠《かご》に乗せてやる。師匠の言いつけぜひもなく、駕籠の中でふらふら眠りながら行き、駕籠かきが病家の門口で、
「頼みましょう」と言えば、ふっと目を覚まし、駕籠の中から、
「ドーレ」
[#地付き](聞上手、二)
忌避
医者の息子、遊里にうき身をやつし、わがままにくらすゆえ、心もとなしと、代脈に出す。息子、かしこまったと乗物に乗り、病家へ見舞えば、おかげできょうは大分よろしく隣へ行っただの、または親類へまいったのとて、脈見せる者なく、早く帰る。親父眉にしわ寄せ、
「それ見おれ、おのれがふだん落ちつかぬから、病家《びようか》どもが残らず本復をつかったのじゃ」
[#地付き](噺雛形)
無重力精米法
常陸《ひたち》の学僧が一本の杵で二つの臼をつく新発明をした。一つの臼はあたりまえの位置、もう一つはその真上に下に向けて吊《つる》して、杵を上げ下げすれば、両方ともつける理屈だという。弟子が、
「上の臼には米をどうして入れますか」と言えば、
「アア、それが難点だね」
[#地付き](沙石集)
心のふるさと
儒者、品川へ引っ越す。弟子新宅見舞に行き、
「先生、賑やかな日本橋から、こんな辺鄙《へんぴ》な所へ、どうして移転なされました」
「唐《から》へ二里近い」
[#地付き](楽牽頭)
昼寝のことづて
先生は昼寝をするが、小僧には許さないので、
「先生ばかり昼寝をなさるのは、どうしたわけです」
「おれは、夢で周公に逢う*さ」
翌日、小僧が昼寝したので、先生大いに怒り、杖で打ち、
「毎度ならぬと言うのに、なぜ昼寝した」
「わたしも周公を夢に見ます」
「オノレ口の達者なやつ、周公に逢ったら何と言われた」
「周公は、ついぞ先生に逢ったことがないと申されました」
[#ここから4字下げ、折り返して6字下げ]
* 周公は周の聖人、孔子は慕ってたびたび夢に見た。論語に、「子曰く、甚だしいかな、吾が衰えたるや。久しいかな、吾また夢に周公を見ず」とある。
[#ここで字下げ終わり]
衒学《げんがく》
堺の金持ち、大事な客に朝食の膳を出し、末座に手をつかえて言う。
「西宮《さいぐう》に人を遣《つか》わす。大風頻《たいふうしき》りに吹いて、新魚皆無《しんぎよかいむ》なり、塩魚買来《えんぎよばいらい》、不求力《ふきゆうりよく》」
なんのことはない、西の宮へ人をやったが、風のため鮮魚がないので仕方なしに干物《ひもの》を買ったというだけのこと。
[#地付き](醒睡笑、広)
儒者
「いわし、生いわし、大いわし」を売り歩くを儒者、
「コレ魚買人《ぎよばいにん》、ぎょばいにん」と呼ぶが、いわし売り知らずに行くを、追いかけて、
「コレぎょばいにん、何度も呼ぶになぜ返事をせぬ」
「ハイわたしのことでござりますか」
「ハテ、ぎょばいにんとは魚を売る人と書く。それを知らぬか小人め。このいわしは何ほどじゃ」
「ハイそくがれんでござります」
「それは何のことじゃ」と言えば、さかな売り口の中で、〈論語よみの論語知らずめ〉
[#地付き](再成餅)
しからば
長屋じゅうのもの寄って、井戸替えをするに、浪人も出ぬわけにゆくまいとまかり出て、
「身ども、お手伝い申そう」
長屋の者、けっきょくじゃまになるばかりと迷わくながら、
「そんなら、お前さまはこの綱の先をお持ち下され」とあてがって、
「ソレ引いたりよ」と声をかければ、浪人、
「しからば、お先へ」
[#地付き](聞上手)
大根売り
表をだいこだいこと呼ばわり、大根を売りけるに、あるもの知り顔する仁《じん》、
「コレコレ大根売り、だいこだいことは何のことじゃ。大こん大こんと呼ばれ」と言えば、
「イヤそうでござりましょうが、大根の|ん《ヽ》の字は、牛蒡《ごんぼう》に取られました」
[#地付き](正直噺大鑑)
月卿雲客
大内の紫宸殿《ししんでん》へげじげじ出たれば、公家《くげ》衆もってのほか騒ぎたもう。ひとりの公家衆、鼻紙にてそっとつまみて、築地《ついじ》のそとへ打ち捨て、
「おととい参内」
[#地付き](寿々葉羅井)
率直
浪人、雨の降る日は稼ぎに出られず、晴間を待ってかど口に四角ばっていれば、乞食が立って、
「おあまりを恵んで下さりませ」浪人にがり切って、
「余らぬ」
[#地付き](鹿子餅)
特権
女郎、侍客にいう。
「わっちゃア、侍になりとうありいす」
「うまく言ってるぜ」
「ばからしい、ほんとうに侍になりたくてなりいせん」
「なぜ」
「だって、侍はありもしないいくさを請け合って、知行《ちぎよう》とやらを取っていなんすからさ」
[#地付き](柳巷訛言)
大きすぎる
お屋敷の勘定方の武士、誕生日を祝うので、お出入の町人一同で進物をする。勘定奉行のとしは子《ね》の年と聞いて、銀で白鼠をこしらえ、進物にすると、奉行大きに喜び、皆に酒をふるまい、
「さてさて心入れ千万かたじけない。妻《さい》の誕生日も知っていやるか、近日|妻《さい》も祝います」
「それはおめでとうござります。ご新造さまは何のお年でござります」
「妻は身どもより一ツしたで、丑《うし》の年でござる」
[#地付き](わらひ初)
馬の行き先
遠乗りのお供をせよと、たびたびの御意。そうそう虚病《けびよう》も使えず、乗って出るとすぐ、馬が物に驚いて走り出す。夢中になって鞍つぼへかじりついていると、向こうから知り合いが来かかり、馬上へ声をかける。
「どちらへおいでなされます」
「このぶんでは、どこへ行くか知れませぬ」
[#地付き](気のくすり)
剣豪
「先生、このあいだ試合に来た者がござりましたそうで、さだめし手ひどい目にあわせてやりなされたであろう」
「いかにも、イヤモウ未熟至極な剣術、立ち合わねば卑怯など言おうかと思い、おとなげないが立ち合った。敵は竹刀《しない》をふり上げ、真一文字に打ってまいるところ、早速《さそく》の早わざはここじゃ」
「どうなされました」
「ひたいで受けた」
[#地付き](鹿子餅)
剣術指南所
諸流剣術指南所と筆太な看板、もっともらしき侍来て、
「何流なりともご指南下され。ご門弟になりとうござる」
「そこもとさまは、看板を見ておいでになりましたか」
「さようでござります」
「ハテ。あれは盗人の用心でござります」
[#地付き](鹿子餅)
安全運転
侍ふたり、両国橋を渡りかかると、橋の中ほどでけんか、ソリャ抜いたぞと大騒ぎ。されど、侍ともあろうものが、むげにあとへも戻られまい、まずしっかり身ごしらえをと、かいがいしく尻をはしょり、脇差を横たえ、刀をグイと落し差し、腕をまくり、
「サア貴様はよしか」
「ようござる」
「よくば新大橋を廻ろう」
[#地付き](鹿子餅)
ためし斬り
日蔭町で三両で新刀《あらみ》を買ったから、ためして見たいと、夜中じぶんに、橋の上にねている乞食を、薦《こも》の上からズッパリと切り、鞘へおさめ、切り口をあらためようと近寄ると、
「ソレもっとこっちへ寄れ、また叩《たた》きにうせた」
[#地付き](今歳噺)
かたき
尾羽うち枯らした浪人、毎月、晦日《みそか》のたな賃に追われ、大家を見ると武者ぶるい、大家も気の毒がり、
「あまりくよくよ思し召すな。金がかたきと申して、お金もあまりよいものではない」
と言えば、浪人涙をながして、
「よくせき武運に尽きたと見え、かたきに久しくめぐり会わぬ」
[#地付き](春笑一刻)
武装解除
侍、女郎を見立てて二階へ上るとき、
「お腰の物をお預かりいたします」
「武士が刀を渡してなるものか」
「イエイエ、所の掟《おきて》でどなたさまのもお預かり申します」
「所の掟とあらばぜひもない」と言って刀を渡すと、
「お脇差もお渡し下されませ」
「これも取り上げるのか」と渡してから、肩ひじ張って、
「サアこれからは柔術《やわら》だ」
[#地付き](気のくすり)
いなか侍
侍客の入ってくるのを、なじみの女郎ちらと見て隠れ、
「わっちゃアいやでありんす。このごろ休んでおりんすと言って、お帰し申して」と言ってきかぬゆえ、侍をかえす。
侍、たしかに相手はいるはずと不審がり、立ち聞きしていると、奥から女郎出て来て、
「あのお客は、どうもすきんせん」
「でもおまえ、あのかたは結構なお客だ、なぜ大事になされぬ」と亭主がたしなめると、
「どう意見しなんしても、しみじみ田舎のお侍衆はいやでありんす」
すると侍、ずっとはいり、血走った目に涙をうかべて、
「ヤイ、身も腹からの武士でもないわい」
[#地付き](口拍子)
塵もつもれば腹の|たし《ヽヽ》
浪人「ナント上等の白米はあるか」
米屋「アイ米は上等のがござります」
「相場は」
「一両で八斗でございます」
「それが極上か」
「最高級でございます」
「その米のひや飯を出して見やれ、チョット利《き》き米《ごめ》をして見よう」
[#地付き](気のくすり)
代用食
浪人夫婦、きのうまでは食ったが、今朝は食うものがない、飯の代わりにいちばんと相談きまり、さっそく済み、たとえのとおり楊枝《ようじ》つかいながら、隣の浪人の家の戸をあければ、今を盛り、
「これはこれは、お宅でも時分どきかな」
[#地付き](豆談語)
ひとり芸
隣のうちで昼日なか物音がする。見れば戸がしめてある。
「モシ昼なかに何をなされます」と言えば、隣の亭主、
「サレバ、貧すれば鈍するで、夜することを昼いたします」と、のぞくもかまわずサッササッサ。これはたまらぬと飛んで帰り、五人組の最中、隣の亭主が来て、
「お前は何をなされますぞ」
「ハイ貧すりゃ鈍するで、ふたりですることをひとりでいたします」
[#地付き](男女畑)
腹半分
浪人酒屋へ行き、借銭の言いわけしても得心せぬゆえ、ぜひなく押し肌ぬぎ、
「腹を切るが、どうだ」
酒屋の主人あざ笑って、
「お前がたのきまり文句だ」と言うと、浪人、脇差を横腹へ突き立て、臍《へそ》のきわまで切る。
「とてものことに、なぜ皆お切りなされぬ」
「あとの半分は、米屋で切る」
[#地付き](座笑産)
適格
裏だなのずっと奥の浪人の前までは、夜番が金棒《かなぼう》を引いて来ぬゆえ、浪人かねて不届と思い、ある夜一腰ぼっこみ、待っていると、案のじょう隣の前から引き返す。浪人大声で、
「オノレ不届もの。なぜおれが前を残す。おれだとて、火事を出すまいものか」
[#地付き](売言葉)
ボーダーライン
木落猿右衛門という浪人、あまりおうへいなので、大家が、
「貴公のもの言いは聞き苦しい。昔二百石取ったとて、今の何の役にも立たぬ。長屋相応に物を言うがよい。ちと慎みたまえ」というと、
「心入れかたじけない。さりながら、おうへいに言わねば乞食と間違えられる」
[#地付き](楽牽頭)
斜陽族
侍、露店の前を通りがかり、
「コレ亭主、その鍔はいかほどじゃ」と聞いても返事せぬゆえ、耳が遠いのかと思い、隣の露店へ行き、
「あの亭主は耳が遠いとみえて、返事をせぬ。おぬし値を聞いてくれぬか」
「イエあれはわけがあります。あの人はもと歴々の武家だそうで、おちぶれて私どもの仲間になられました。それゆえお客が横柄《おうへい》におっしゃると、返事をいたしませぬ。鍔がお望みなら、いんぎんにおっしゃりませ」
侍なるほどと立ち戻り、あらためて、
「何とぞその鍔をお売り下され。値段はいかほどでござります」というと、
「そう言えば、ただでもやる」
[#地付き](再成餅)
人造繊維
浪人、隣へよばれ、麦飯をふるまわれ、したたか食ったため、腹がパチンと鳴る。
「さてさて面目ない。ごちそうゆえ沢山たべて、腹がやぶれました」
「それは気の毒、何とか療治のしようもござろう。まず帯をおときなされ」と、無理にとかせて見れば、紙のふんどし。
[#地付き](売言葉)
悪因縁
浪人、町人衆の所へ行き、夕飯時になれば、内義、失礼ながらと雑炊《ぞうすい》を膳にのせて出す。浪人、椀の蓋をあけて、さんざんに腹を立て、刀にそりを打つ。亭主これを見て、
「ごもっとも、ご無礼をいたしました」と言えば、
「イヤイヤ亭主内義へ申し分すこしもない。この雑炊に言い分がある。ヤイおのれは何の意趣でおれの行くさきざきへついて廻る」
[#地付き](軽口あられ酒)
貧乏神
浪人さんざん尾羽うち枯らし、火吹く力もなくなったとき、貧乏神出現して言うよう、
「今までは随分影身にそっていたれど、もはや貧乏ぐらしさえ出来ぬゆえ、よそへ移る」と門口へ出て行けば、浪人喜んで女房に、
「この紙子羽織を質に置いて、酒買って来い。祝いの酒だ」と言いつけると、貧乏神また立ちかえり、
「イヤイヤそれを見てはきょうはまだ去《い》なれぬ」
[#地付き](初音草噺大鑑)
武士の嗜《たしな》み
ハイホウハイホウ脇へ寄れ脇へ寄れ、というところを、聞かぬふりで供を割る男を、若党が捕えて突き戻せば、悪口するゆえ、
「もう堪忍が……」と抜き放すと、刀が赤錆だらけ、旦那が見つけて、
「平生の嗜みが悪いから恥をかく、ドレ鎗を」と、取って抜いたところがおなじく赤錆、
「これ見ろ、たしなんでもこのとおりだ」
[#地付き](話句翁)
武士の面目
田舎侍、廓へ行き、仲居にとらえられる。
「大夫と言うはいくらだ」
「マア買ってみなんせ」
「始めから値を聞かなければ、買えぬ」
「六十九匁でござります」
「それではならぬ」と仲居をふりはなし、侍が女にうしろを見せるは卑怯と思いながらも、一さんに逃げ戻り、阿波座へ来かかれば、また、お遊びをと引きとめられる。
「放してくれ、六十九匁出してたまるものか」と言えば、
「ここは一匁*じゃわいなア」
「なんだ一匁で遊べるか。ヤレうれしや、その値段なら、身も武士が立つ」
[#地付き](噺雛形)
* 銀六十匁が約一両だから、一匁は銭七十文くらい。
朝鮮人参
「サテサテ人参の力はすさまじいもんだの」
「それを貴様今知ったか」
「サレバさ。先度《せんど》隣の浪人殿が瘧《おこり》をわずらって、久しく落ちこじれて弱りきっているところへ、医者殿が来て、これはもう人参を二分《にぶ》*ずつも用いずばなるまいと言われたを、病人が聞くとビックリして、じきにおこりが落ちた」
[#地付き](富来話有智)
* 二分は一両の半分のこと。
保険勧誘
剣術の師匠、門弟の誓詞がたまって置き所もなければ、古いのを皆焼いてしまうと、弟子の幽霊あらわれ出て恨みを言う。これはならぬと祈祷すれども消えず、せんかた尽きていると、裏だなの十六兵衛《とろくべえ》、わしが行ってまじなって見ようと、幽霊のならぶ中へズッと通り、そばへ行って何やらこそこそ言えば、幽霊まじめになり、ずっと立って消え失せる。その次へ行き、またこそこそ言えば、この幽霊も立って行く。見るまに大ぜいの幽霊ども残らず消え失せたゆえ、これは奇妙と皆々感じ入り、
「いかなる術にて、かかる奇特を見せ給う」と尋ねれば、
「イヤほかのことではない。無尽を頼んで見ました」
[#地付き](聞上手、三)
[#改ページ]
笑話国綺譚
子供におなじみの話に〈ほらふき男爵の冒険〉というのがある。〈ミュンヒハウゼン男爵の驚くべき旅行と水陸における愉快な冒険〉が元来の書名で、一七八六年にはじめて出版された。
鴨を数珠つなぎに捕えたり、それが飛び立って空中飛行をしたり、落した短刀に小便をひっかけてツララを作ったり、奇ばつな話がたくさんある中に、鹿の頭に桜の木が生える話がある。
男爵が狩猟に行った帰りに大鹿に出会い、鉄砲玉を使いはたしてないので、桜んぼのタネをこめてうったら、頭に命中したが、鹿は逃げてしまった。一年か二年後、男爵は森の中で頭に桜の木の生えた大鹿をみごとにしとめたが、その桜んぼのうまかったこと――という話で、ドイツ語版には次の挿絵がある。
(挿絵省略)
次の図は一七八|二《ヽ》年に江戸で出版された『浮世頭木』の挿絵で、これは人間の頭に桜の木が生えている。
(挿絵省略)
そこで第一話〈頭が池〉だが、これは一七八|一《ヽ》年の本にあり、同じく桜の木が生えている。地球の裏と表でほぼ同時に同じモティーフが語られたわけである。
頭が池
ある長屋にひとり住みの男、頭のてっぺんに大きな桜の木が生え、三月ともなれば花見の人々弁当をさげ、三味線|声色《こわいろ》で大騒ぎ、毎日毎日|群《むら》がり来れば、家主かの男を呼び、
「サテサテ貴様のあたまはラチもない頭だ。あのように賑やかでは近所めいわく、いっそ桜の木を抜いてしまわれよ」と言う。
「わたしもそう思いますが、抜きようがございません」と言えば、家主、頭へ足をかけて金剛力に引きぬき、あとへスポッと大きな池ができる。
はや五月末になれば、池の中へ屋根舟など涼みに来て、花火猿廻しなどで賑わうを見て、家主また男を呼び、
「サテサテ世話のやける人かな。もうこの長屋には置かれない」「この長屋を追い立てられては、行き所がございません。いっそ身を投げたいが、池はあたまの上、どうも身の投げようがござりませぬ」と言えば、家主、
「それほど思うなら、身の投げようがある」
「それはどういたします」
「ハテきせるの袋を縫うように、頭からクルリとひっくり返せばよい」
[#地付き](いかのぼり)
寒国
「お国は寒国だそうで」
「さようでございます。寒中なぞは、箸を膳へ置きますと凍りついて、もう食べることができません。ちょっと話をしても、壁へ凍りつきます。寒中の話は残らず壁へ凍りついております」
「春は、さぞやかましゅうございましょう」
[#地付き](座笑産)
おなじく
「加賀のあたりでは、酒など計り売りはできないので、繩でからげて売ります。小便も、すりこ木ほどな木を持って、打ち折りながらしないと、小便が棹《さお》になります」
[#地付き](軽口曲手鞠)
ふくろう
夜、目の見える薬はあるまいかと人に聞くと、ふくろうの目を黒焼にして、目へ塗れと言う。そのとおりにしたら、五六丁さきまで昼のように見えたが、夜が明けるとまっくら。
[#地付き](今歳花時)
とくさの草鞋
信濃の国で、旅人わらじを踏み切り、木賊《とくさ》でつくってはいたので、足の裏が磨《みが》かれて、足首ばかりになった。
[#地付き](きのふは今日の物語)
鼠とり
「このごろ鼠が多くて困る」
「それには方法がある」
「どうすればいい」
「まず、粉糠《こぬか》をよく煎《い》って糊にまぜ、わさび卸しのうら表へ塗って、棚へ上げておく」
「それは、まじないか」
「そうして置くと、鼠が来てはなめ、来てはなめして、ついには尻尾ばかりになる」
[#地付き](気のくすり)
食通
一人前百両の料理を食ってみたいと、所々の料理茶屋を聞いても、できぬと言うに、小さな茶屋の亭主、わたくしがいたしますと請け合う。では、献立を書いて見せろと言えば、
「ナニ、伽羅《きやら》で飯をたきまして、朝鮮|人参《にんじん》のひたし物でお茶づけ」
[#地付き](気のくすり)
合成譚
昔男業平卿、初冠《ういこうぶり》して七里が浜へ出て、〈汐みち来ればかたをなみ〉と詠じ給うとき、大勢来て敷皮をしき、首打ち落さんと抜き放せば、剣に恐れて巌にのぼるを、頼政きりきりと引きしぼり、一たびはなせば千の矢先、雨あられと降りかかれば、小町はずぶ濡れになって帰りけるが、大木の松、枝をたれ葉をならべ、上を見れば世の常の衣にあらず、取って見ると頼朝公の狩衣、景清刀をもって突けば、御衣より血がこぼれると覚えしが、雨漏りの音で目をさましたら、貸し本を枕にしていた。
[#地付き](いかのぼり)
効果てきめん
はたご屋へ旅人が泊まり、ふところから大枚のお金の入ってるらしい財布を出して預けると、亭主、
「今夜もあすも、汁やお菜《さい》にみょうがをたくさん入れろ」と女房に言う。
「それはなぜに」
「みょうがを食えばもの忘れする。旅人が財布を忘れるようにじゃ」
あくる朝、旅人立つとき、亭主に、
「過分のお世話になりました。預けて置いた財布をくだされ」と言って受け取り、出てゆく。宿屋あきれて、
「これほど食わせても、財布を忘れないからは、あれは嘘だ」と言えば、女房、
「いやみょうがのききめで、宿賃を払わずに行きました」
[#地付き](かす市頓作)
鼻きき
ある人の所へほう輩が訪ねて来て、話の最中、
「火のそばで、何かいぶっているせいか、いやな匂いがする」と客が言う。亭主、人を呼び、火のはたに何かあるか、わるい匂いがする、見て来いと言いつけたが、炉ばたを見ても何もなし。座敷へもどり、三つ指ついて、
「火のはたをよく見ても、そんなものはござりませぬ。奥さまが、火にあたってござるだけで」
[#地付き](きのふは今日の物語)
手垢の味
金物をなめる病いで、さまざまの金物をなめて楽しむ男、まだ塔の上の玉をなめたことがないのを残念がり、浅草寺の別当に手づるを求めてたのみ込み、五重の塔のてっぺんへ足場をかけさせ、擬宝珠《ぎぼし》をなめて、思いをとげる。
「どうだ、味は」
「思ったほどではなかった。橋の擬宝珠に塩けのないようなものさ」
[#地付き](聞上手)
二階の戸
角力《すもう》取り寄り合い、アミダくじを引いたところが、身のたけ七尺五寸の釈迦ヶ岳、使いの役に当り、ぜひなくくらやみを、四ツ過ぎに豆腐を買いに行き、力にまかせて戸をたたく。亭主目をさまし、
「二階をたたくやつはだれだ」
[#地付き](座笑産)
キッスマーク
釈迦ヶ岳に朝湯で会い、
「どうだ関取、ゆうべ遊びに行ったね」
「これは驚いた。どうしてご存じじゃ」
「ハテ、腹に紅《べに》がついている」
[#地付き](売集御産寿)
仁王
「おぬしはこのあいだ、角力取りの仁王を客に取ったな」
「勤めだもの」
「さぞ大きかろうな」
「なアに、このくらいさ」と、指を出す。
「嘘をつけ、あの大きなからだで」
「仁王さまの手でサ」
[#地付き](今歳噺、二)
大石
力をたのみに夜のひとり旅、向こうより十人ばかり、酒手を置けとぬっと出る。
「酒手があれば、夜は歩かぬ。取りだめがあろう。こっちへよこせ」
「イヤこいつ、太いやつ、たためたため」と口々に言う。
「うぬら憎いやつ」
と、あたりにあり合う大石を、何の苦もなく差し上げ、ぶちつけようと思ったが、イヤイヤ投げつけたら、当ったやつだけはかたづくが、のこりのやつが逃げるだろうと、かの大石を小脇にかいこみ、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ――。
[#地付き](茶の子餅)
金はわき物
さるお大名、大判小判蔵に満ち、毎夜金の精光りわたるは、金なき者の一念かとあさましく、
「急ぎ金の減るように工夫いたせ」と仰せつける。お出入の山師の言うには、
「長崎海道に広根の松と申すがござります。ここへ数万の人足を召し連れ、一鍬《ひとくわ》一両で掘らせて江戸へ移せば、いかなるお金も減りましょう」
「それはよかろう」と早々に申しつけ、かの松をだんだん掘って行くと、石の唐櫃《からうど》が出、コレはふしぎと蓋をあけると金銀が山のよう。このさまを山師見て、すぐに逐電。
[#地付き](楽牽頭)
寝ぼけ
三人いっしょに寝ている。ひとりむしょうに股《もも》がかゆくなって掻き、隣の男の股をやたらに掻きこわし、大きに血を出す。隣の男、股を探って見て、三人目の男が寝小便をして濡れたと思い、起こして小便に行かせる。三人めの男、起こされて小便に行くと、隣の家は酒屋で、粕から酒のしたたり落ちる音を自分の小便の音とあやまり、まだかまだかと思ううち、カラスがカアカアカア。
[#地付き](わらひ初)
奥方の儲け物
化物が出るとのうわさを聞き、さる殿様、家来を引き連れて退治に行くと、化物は出なかったが、気がついて見ると、殿をはじめ一同の大事なものがなくなっている。大いに驚いて、一七日のあいだ山伏に祈祷をさせると、ふしぎや満願の朝、殿の枕もとに白木の三宝にのって一同の物《ヽ》が帰ってきた。殿、ことのほか喜び、いちばん大きいのを取って付け、残りを家来たちに賜わる。何がさて奥方はきついお喜び、三日三夜おたのしみなされると、鎗持ちが腎虚《じんきよ》した。
[#地付き](豆談語)
テープレコーダー
大阪で義太夫の浄るりを聞き、これを国へ持参しようと思い、大きな徳利に浄るりをかたり込ませて口をしめ、奥方への土産とした。
徳利の口を切ると、
りけりかなはりかばすうもかなかな
から始まって、二タ時ばかりうなるように聞こえ、最後に〈ちののそもてさ*〉と言って終る。あいにくアベコベだった。
[#地付き](軽口花咲顔)
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* (さてもそののち)は浄るりの最初、(なかなか申すばかりはなかりけり)は最後のきまり文句。
[#ここで字下げ終わり]
山伏まかり通る
吉野の山中で若もの山芋を掘る。根が深いのでうつぶせになり、腰より上を穴の中に入れ、ほったて尻で掘っていると、通りがかった山伏、天の与えと、無理にもちいて通る。若もの、とんだ目にあい、ようやく穴から起きあがるところへ、友だちが来たゆえ、
「サテサテふしぎだ。たった今、おれの尻からあの山伏が出て行ったが、どうしたことか。出たあとが壊《こわ》れてないか、見てくれ」と言うと、友だち、しばらく見て、
「イヤイヤ、まだ小山伏が中にいると見えて、奥に法螺《ほら》貝の音がする」
[#地付き](きのふは今日の物語)
怪人
美しい廻国修業の尼を見て、馬方、腹に一もつ、
「今夜はおらがうちに泊まらっせえ。カカアが信心ものだから」というと、
「ありがとうござります」と、すぐに泊まる。
馬方は隣へ世間話をしに行き、カカアは尼にいろいろ馳走してから、納戸へ寝させ、娘に、
「あねエよ。ぼんさまがさむしかんべエ、いっしょにそべれ」と言いつける。娘は尼のふとんの中へはいったが、たちまち尼は娘をおさえつけて、ものにする。ほうほうのていで逃げて来ると、母親が、
「なぜそばにいねえ、どうかされたか」
「フンフン」
「エエ埒《らち》のあかねえ、若えもんは役に立たねえもんだ」
と、尼のふとんにはいると、たちまちビックリ、逃げようとしても押えられ、大汗になって戻ってくる。娘が、
「なぜ逃げてござった」
「フンフン」と言うところへ亭主帰り、
「なぜ坊さまをひとり寝かして置くだ」
「フンフン」
「ハテ埒のあかねえ」と内心ほくそ笑んで納戸へ行き、やにわにかかると、あべこべにエイとはね返され、何の苦もなく押えられ、尻をかかえて逃げて出る。女房と娘が、
「なぜ帰らしった」と、声をそろえて言えば、
「おれもフンフンな目にあった」
[#地付き](男女畑)
チンチンの化物
形の見えぬ薬という看板を見て、りんき深い男、これを買い求め、
「おれは旅商いがおもで、留守中の妻のことが心もとないから、出かけたふりで、様子を見よう」と、二三日旅をすると言って朝早く家を出、用事もそこそこにすまし、女郎屋へ入って薬をからだに塗り、せっかく女郎屋へ来たのだからと、一ちょうものにしてから出て、夜に入って家に帰る。もとより姿は見えぬゆえ、すっと二階へ上り、一晩じゅう様子をうかがい、夜明け近くに思わず寝入って朝寝をし、家内そろって朝めしの時分、そっと二階からおり表へ出ると、店番の小僧が、
「アレアレおかみさん、二階からチンチンが一本、宙をとんで出ていきました」
[#地付き](按古於当世)
電光石火
「据え切りという手のうちを見せてやろう」と剣術師匠が言えば、弟子ども、
「ぜひ拝見いたしたい」
「しからば、往来の者いずれにても、据え切りにして見せ申さん」
師弟そろって人通りのある所に待ち、来かかる男のそばへ行って、抜くぞと見えしが刀を鞘へ、何ごともなし。男七八間あるくと首が前へコロリ、うしろを歩いていた者が、
「モシ、首が落ちました」
[#地付き](聞上手)
首提灯
盗人のはいったのを、亭主気づいて、用意の一腰鯉口くつろげ待つとも知らず、盗人が居間へふみ入るや否や、丁と首を打ち落とすと、盗人、
「心得たり」と落ちた首を拾いあげ、ふところへねじ込んでこけつまろびつ門外へのがれたが、何がサテ真の闇、首はなし、一足も進まれねば、ふところより首を取り出し、たぶさをつかんでさし上げ、ハイハイハイハイ。
[#地付き](軽口五色紙)
胴切り
大阪高麗橋にけんかあって、ひとりが胴切りにされる。あたりの人肝をつぶし、外科を呼んで治療して、さっそくなおったが、切れ小口のつなぎ悪く、二つになり、腰から上は手で這い、腰から下は足であるく。まず腰から上は江戸へ奉公に下って、火の見櫓の遠見の役になり、腰から下は麩屋へ十年の年季で奉公し、今も麩をふんでいる。
[#地付き](軽口あられ酒)
惚れ薬
いもりの黒焼きを持って浅草へ行こうと思い、駒形へんを歩くうち、向こうから歴々の娘と見えて、女中|中間《ちゆうげん》なぞ大勢つれてくる。さらばあの娘にとふりかけると中間にかかり、むしょうに追って来るゆえ、たまりかねて舟に乗り向こう岸へ渡ろうとすると、中間あとから川へとび込み、中ほどまで泳ぎ、
「ハテおれは、ここへ何しに来たかな」
[#地付き](福の神)
千年も万年も
四海波もめでたく済み、色直しもとどこおりなく調《ととの》い、寝屋入りとなり、お定まりの一義はじまる。床の間の島台の尉《じよう》と姥《うば》たがいに顔見合わせ、
「コレ、あれを聞きゃ。お定まりとは言うものの、むかしを思い出しておかしい気になって来た」と姥の手を取れば、
「たしなみなんせ、しらが頭してそんなことを」とふりはなしたが、
「白髪になってせぬものなら、六十のむしろ破りとは何のたとえじゃ」と無理やりに松竹梅の蔭へ連れてはいる。
あとには鶴亀、またこれもソロソロ這い出し、
「お鶴、チッとおじゃ。こちらが仲間《なかま》の尉どのまであんなこと。モウモウこちらも辛抱ができん」と鶴の手を取ると、
「何を言わんす。あの衆たちは皆若いわいのう」
[#地付き](春興噺万歳)
福禄寿
福禄寿、寒い晩に出かけ、あまり寒さに木綿屋の戸をたたいて、
「手ぬぐいにするから、さらしを六尺ください」
「それは下帯の間違いではござりませぬか」と、くぐり戸をあけると、そとから首をグイと入れ、
「ほおかぶりにする」
[#地付き](葉留袋)
飛行中
釣りに行き、鰻がかかったのを、針をはなして片手でつかまえると、ヌッと上へ出る。また片手でつかまえるとヌッと出て、順ぐりにつかまえながら地を離れ、そろそろと鰻につられて天上する。月日のたつのは早いもの、妻子も去年のことを思い出し法要を営みいるところへ、天から短冊が落ちて来るのを、取り上げて見れば、
去年《こぞ》のきょう鰻とともにのぼりしが今に絶えせずのぼりこそすれ
裏書きがあって、
〈全く手すき御座無く候間、代筆を以て申し入れ候〉
[#地付き](軽口花咲顔)
狼
おおかみ道なかにいる。早飛脚来かかり、口へとび込み、それとも知らず腹のうちをエイサッサと走り、尻からぬけて急ぎ行く。狼、
「ふんどしをすればよかった」
[#地付き](茶の子餅)
狐ではないか
いなか道で美しい娘とつれになり、くどいて見たればついて来た。さいわい辻堂あるゆえ、そこへ入れ、抱いてねたところが、無類のよさ、あまり合点《がてん》がゆかぬゆえ、
「コレ、おぬしは狐じゃアないか」
「おまえは馬じゃアありませぬか」
[#地付き](売言葉)
百足《むかで》*
毘沙門《びしやもん》、百足を呼び、
「不忍池の弁天の所が風下だ。急いで火事見舞に行ってくれ」
百足かしこまって、台所にうずくまりいる。
「なぜ早く行かぬ」
「ハイ、わらじをはいております」
[#地付き](楽牽頭)
* 百足は毘沙門さまのお使いひめ。
格子《こうし》
天狗、吉原へ行く。どの店をのぞいても、格子に鼻がつかえて、ろくに見えず。ぜひなく格子の間へ鼻を入れると、禿《かむろ》が見つけ、
「モシ、そそっかしい、ここは小便所ではありんせん」
[#地付き](室の梅)
鼻ちがい
夢のうちに天狗がつかんで、ツイと虚空《こくう》へつれて行く。南無三、落ちてはならぬと天狗の鼻を、ここをせんどと両手で握り、あまり強くにぎりしめたので、目がさめて見れば、じぶんの物であった。
[#地付き](男女畑)
天狗の尺八
天狗空を飛ぶうち何としたか踏みはずし、人家の軒に落ち、高い鼻をしたたか打つ。あまり痛さに両手で鼻をかかえ、スウスウフウフウといいながら、門口に立っていれば、うちより、
「御無用」
[#地付き](話句翁)
革ジャンパー
蛸《たこ》、刀の柄《つか》袋を拾い、これはよい革たびだとはいているを、鰻が見つけて、
「八本の足に一本ばかり足袋をはいても、寒さふせぎになるまい。おれに下され」
「そうして貴様は、何にしやる」
「おれなら、火事羽織にする」
[#地付き](春笑一刻)
雷の重箱
ぐゎらぐゎらぴっしゃりと雷落ちて、庭の榎《えのき》にはさまり、あとへも先へも行かず、亭主無分別もので、薪割りを持ち出し、榎をま二ツに割ってやると、雷ようやくからだを動かし、お礼は明日いたしますと言って天上する。
翌日おなじ時刻に、またぐゎらぐゎらと落ち、見ると重箱が二かさねあり。上の一重をあけると、|ぼら《ヽヽ》の臍《へそ》がつめてある。さすが雷らしいつかい物だと、臍の下の重箱をあけると、松茸と赤貝。
[#地付き](うぐひす笛)
仁王キョロキョロ
仁王へ紙を噛んで吹きつけると、力が出ると聞き、若い者二三人連れで誘い合わせ、仁王へめったむしょうに吹きつけるうち、ひとり、ふところを探して、
「たった今、鼻紙を出すときに金を一分落とした」
と言えば、つれの者ウロウロあたりを尋ねる。仁王も首をふりながら、からだじゅうを見て、キョロキョロ。
[#地付き](新作落咄口拍子)
仁王の臍《へそ》の下
上野の仁王門に来る人、力紙と言って、あるいは眼力《がんりき》をねがい、あるいは腕の力をねがい、思う所を目あてに、紙を吹きつける。夫婦づれで見ていた人、われらも吹き当てようと、仁王の臍のあたり目がけて吹こうとすると、女房、夫の手をとらえ、
「役に立たない所を願わないで、もっと下のほうへ当てしゃんせ」
[#地付き](初音草噺大鑑)
蟹山伏
ある女房、川で洗濯していると、蟹がかしこをはさみ、どうしてもはなさず。青くなって家に帰り、亭主もさまざま工夫したが、むくつけき蟹がここをせんどと挾んで、少しもゆるめず、生霊がついたのであろうと、山伏をよぶと、錫杖を鳴らして祈る音に驚いて、蟹はいよいよ強くしめる。山伏、このうえは噛み割ろうと、大口あいて股ぐらへ首をいれ、噛みつこうとすると、片方のはさみで山伏の頬をしっかとはさみ、両方ともはなさず。女房、それではししをかけて見ようと、したたかにすれば、山伏の顔に滝のようにかかる。亭主ししを浴びたのを気の毒がり、女房のはさまれた所を切り取ってもかまわぬと言うと、山伏、
「ししのかかったも、蟹のはさんだも大事ないが、くさくて鼻がもげそうじゃ」
[#地付き](きのふは今日の物語)
女狸
狸が十匹連れ立って伊勢参り。宿屋で、
「同行十人だが、一人前二百文で泊まりたい」
と言えば、亭主、
「とんでもない、あなたがたは金玉ばかりも八畳敷だから、百畳もなければならない」
狸小声で、
「わしらは女子《おなご》ばかりです」
[#地付き](噺栗毛)
番か
辻番所で鴨を煮ている。屋敷のお廻りの侍、そとを通って声をかける。
「番(鷭*)か」
「イエ鴨でござります」
「よく葱《ねぎ》をいれろ」
[#地付き](茶の子餅)
* 鷭《ばん》=くいな科の鳥。渡り鳥で水辺にすむ。
鴨
鴨、水にあそぶうしろから、ねぎ一本流れて来、鴨の尻へあたる。鴨ふりむいて、
「オオ怖《こわ》」
[#地付き](売集御産寿)
生活向上
昔々の桃太郎は鬼が島へ渡り、元手いらずで宝物を取ってきた。こんな手っ取り早い仕事はないと、日本一のきび団子をこしらえて腰につけて行く。向こうの岩鼻に猿が出ているのを見て、まずシテヤッタリと喜び、例の団子をぶらさげて通ると、猿が、
「どこへ行きなさる」
「鬼が島へ宝を取りに」
「腰につけたは何でござる」
「日本一のきび団子」
猿、浮かぬ顔で、
「こいつ、うまくないやつだ」
心中
鯉《こい》、鮎の娘と密通して、水中の住居なりがたく、
「言いかわせしも水の泡、いっそ死ぬるがましじゃ」と、鰭《ひれ》と鰭とをからみ合い、網打ち船へヒラリとはね込む。
[#地付き](楽牽頭)
危険信号
虱《しらみ》ども申し合わせ、からだめぐりをしようと、背中より肩先、腕など歩き、親指の中ほどまで来て、
「これは大きな崖だ。皆早く来い」と言えば、年寄虱が、
「ヤレ、若い者ども、そこへ行くな。そこが親知らず子知らずだ」
[#地付き](咄の開帳)
廃物利用
土手の駕籠かき、
「コレ棒組、ゆうべ指を拾ったから、女郎に売って金もうけしようと、持って行ったら、小指なら買うが親指はいらぬとぬかした」と話せば、わきにいたお菰《こも》が、
「それをお慈悲に下されませ」
「何にする」
「柄《え》をすげて、しらみを殺しやす」
[#地付き](いちのもり)
水の月
猿の大将、水の月を取り来るべしと、数万の手下へ言いつければ、猿どもいろいろ心をつくせど、取り得ず。中の一匹、桶を持って水をすくい、桶の中に月の映っているのを見て、さっそく大将の所へ持ち行く。大将大きによろこび、
「アア手柄手柄、でかしおった」とほめると、
「モウシおかしら、これは何になりまする」
「サア、何になるかおれも知らぬ」
[#地付き](噺雛形)
大金魚
「船頭や、きょうはなぜこのように食わぬ」
「サレバ、合点がいきませぬ。オオそれそれ、きょうは龍宮のエビス講で、魚ども残らず呼ばれてまいりました。悪い日にお供して気の毒」といううち、何か掛ったと釣上げれば、大金魚。これを持って宿へ帰り、岡持ちの蓋《ふた》をあければ、ふぐがのびをしながら、
「アア大きに酔った」
[#地付き](いちのもり)
蟹の前進
若殿、縁側にてお庭をご覧あるに、池の端の蟹一匹、まっすぐにあゆむ、
「アレかわった蟹じゃ、皆見ろ」との仰せ、ご近習大勢立ちかかり見れば、蟹、気の毒そうに、
「ちと酔いました」
[#地付き](いちのもり)
なまこと蟹
なまこ、蟹に問う。
「行くが帰るか、帰るが行くか」
蟹、なまこに問う。
「尻が頭か、頭が尻か」
[#地付き](春笑一刻)
猿と蛸《たこ》
大きなたこが磯に上がり、昼寝しているを猿が見つけ、木からするすると降り、足一本ぷっつり噛み切り、もとの梢で食う。たこ大きに腹を立て、おのれだまして海へつれて行こうと、機嫌よきていで、手をあげて招くと、猿かぶりをふり、
「その手は食わぬ」
[#地付き](軽口機嫌袋)
蛸のくじ引き
大勢で潮干狩に行き、大きなたこを手づかみにした。
「これはとんだこと、よく料理して食おう。酢だこがよかろう」
「イヤ、甘煮がよい」
「ナニ、あっさり煮るのがよい」と、てんでに言ってきまらない。たこ、足をとんと投げ出して、
「くじ引き、くじ引き」
[#地付き](今歳噺二編)
午年生れ
侍、供ひとりつれて行くと死んだ鼠がある。
「角内《かくない》、この鼠を持ってまいれ」
「ヘエ、あれは死んでおります」
「知れたこと、身どもは子の年じゃから、見のがすことならぬ」
「ヘエ、旦那が午の年でなくって、われらは仕合わせ」
[#地付き](楽牽頭)
まねの仕損じ
洒落好きな人、犬に二十四と名をつけ、二十四と呼べば来る。わけを聞くと、
「白く候《そうら》えば」という。
これはおもしろいと感心した男、さっそく白犬を買い、二十四と呼ぶ。客がわけを聞くと、
「白|う《ヽ》候えば」
[#地付き](醒睡笑)
床屋と狐
両国橋のほとりに夜な夜な狐が化けて、行き来の人をおびやかすのを、髪結床の若い者ども憎いことに思い、ある夜二三人で、かの狐をとらえ、しばりからげて、打てよたたけよとさんざんに折檻し、唐犬びたいに剃って追い放す。それより四五日のちの夜、床屋の戸をたたく者がある。だれだと問えば、
「わたくしは先日の狐でござります。おかげで額《ひたい》は剃ってもらいましたが、今夜はおひまなら、襟《えり》元をあたって下さりませ」
[#地付き](軽口野鉄砲)
ろくろ首
「本所に美しいろくろ首が出るそうだ。嘘かほんとか見に行こう」
「こりゃおもしろい。今から行こう」
と酒をかついで本所へ行く。
ころは師走、寒さしのぎに樽をあけて、酒もりの最中、十七八の美しい娘が来て、
「ちとお相手をいたしましょう」と首をのばす。
「サアサア」と大盃へなみなみとつぐと、
「ああ好い気もち」と、のどをなでる。
「これはうらやましい。ひとしお楽しみが長い」
「アイ、そのかわり麦こがしを食べるときの、せつなさといったら」
[#地付き](楽牽頭)
隆鼻術
赤坂の鼻医者で鼻を入れてもらい、友達の所へ立ち寄れば、
「コレハコレハ、好い顔つきになった。どうしたのだ」
「赤坂で入鼻をして来た」
「そうか、うまくできるものだ、境い目もわからない」
と褒めると、袂から紙包みを出し、
「これを見やれ」
「なんだ、それは」ひろげて見れば、赤い鼻、
「オヤ、これは」
「これは酒に酔ったときの」
[#地付き](友だちばなし)
誤解
富貴を祈らんと、弁天に七日七夜|通夜《つや》をしけるが、何の奇特もなし、七夜目のあけ方、弁天が内陣の戸帳をあけ、白紙一枚くわえて出給う。ありがたく思い、
「これにおります」
とおすそをとらえれば、弁天、
「いやらしい、お手あらいへ行くのに」
[#地付き](飛談語)
[#改ページ]
狂想曲
東北の民話に、こんなのがある。
――ある造り酒屋に夫婦ものが雇われていた。女房は同じうちの酒造りといい仲になっていて、流しもとの壁板に穴をあけ、毎晩パンパンと板をたたくのを合図に、穴を利用してちぎりを結ぶのであった。夫は妻のそぶりに気がついて、ある夜、流しの壁板におかしなかっこうでへばりついている妻をつきとばすと、穴から男根が突き出ていたので、包丁でサッと切り落とした。その拍子に勢いあまって自分の鼻のさきも切り落としてしまった。夫はあわてて拾い上げて鼻の頭へくっつけたが、とりちがえて鼻でないもう一ツのものをつけてしまった。
みっともない物が鼻の先についているため、夫は外出もできず、ふさぎこんで暮らしたが、ある時、町に芝居がかかったので、気晴らしに見物したらよかろうと女房にすすめられ、フロシキで覆面をして出かけた。芝居小屋に近づくと、客寄せの太鼓の音がパンパンパンと聞こえてくる。するとどうだろう、悪い癖のついた鼻は、太鼓の音を聞くと急にギクギクとおやってむくめき出したので、そのまま逃げ帰ってしまった。
[#地付き](聴耳草紙より)
そこで、つぎの「恋の通い路」と「悪性な手」をご覧ねがいたい。
恋の通い路
ある娘壁隣りの息子と色事して、板かべの破れた下へ両方からおっつけておりおり逢う。ある夜娘の親父手水に起きると、となりの息子その音を聞きつけ、かの娘と思い、板壁の破れより一物を出し待っている。親父おりふし戸口を取り違え、あちこちさぐりあるき、かの一物をしっかと握り、
「コリャ娘、何か変った物がある」といえば娘それと感づいて、すりこ木を持って行き、
「ドレドレ見せな。オヤオヤこれはすりこ木だよ」
「ドレ」と親父また持って見れば、ほんにすりこ木、
「ハテ不思議なことだ。たった今までこのすりこ木には脈が打っていた」
[#地付き](千年草)
悪性な手
信心深い親父、四条河原の人ごみの中で、巾着《きんちやく》を切られたが、掏《す》った男を見つけ、のがさじと追かける。|すり《ヽヽ》しかたなさに脇差を抜けば、親父も抜いて切り結び、双方ともに片腕を切り落とされた。|すり《ヽヽ》は腕を捨てて逃げうせ、親父がとほうにくれてたたずむところへ、い合わせた外科が血の落ちぬうちに腕をつごうと、切られた腕をひろってつぎ、家に帰ってから、さまざま療治して元のごとくになおった。けれども、あわてて盗人の手をついだため、数珠など持てば脇へ投げ出し、巾着を見れば手がヌッと腰のあたりへしぜんにのびるので困り果てた。
[#地付き](当世はなしの本)
恋の片道切符
若い者、近所の家の腰元にほれて、文をつけたが何とも返事がない。友だちが、
「貴様のかねての色恋は、どうだ、はかどったか」
と言うと、
「半分は、はかどっている」
「それはどういうことだ」
「つまり、おれはいいのだが、先きがまだウンと言わない」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
あごにあかぎれ
ふとしたことより争い、互に抜き合い、ひとりはおとがいを落とされ、ひとりはきびすを切り落とされた折から、辻番衆がとび出して、両方をしずめ、おのおの切り落とされたのを持ち帰り、外科についでもらったが、いそがしまぎれにとり違えひとりのきびすに髭がはえ、ひとりのおとがいには冬になると赤ぎれがきれる。
[#地付き](福禄寿)
弱蔵
「わたしの亭主は、見かけと違って弱い生まれつきで月に一ツか二ツ、楽しみがござんせぬ」
「それにはよい薬がある。ごぼう、山の芋、卵を毎日進ぜなされ」
「これはよいことをうかがいました」と、心をこめた手料理、蒲焼までそろえて待つと、亭主夜になって帰り、夜食に残らず食い、飯も常より大食して寝る。夜中に女房をゆり起こせば、女房かねて期《ご》したことゆえ、くるりと向き合うと、
「行灯《あんどん》をとぼしてくれ」
「ばからしい。暗いほうがようござんす」
「そこに紙があるか」
「紙はあとで探してもすむ」
「そんな元気じゃない。急に雪隠へ行きたくなった」
[#地付き](さし枕)
ざこ寝
雪の夜、友だち五六人、咄に夢中になって夜をふかし、皆とまろうと言う。
「オオサ泊まりゃれ。しかし夜着もふとんもない」
「いいサ、こたつぶとんをみんなしてかぶって寝よう」と一ツふとんへ五六人いっしょに寝る。いちばんはずれの男、オオ寒いこっちへもよこせと引っぱる、反対がわの男、それではこっちがはみ出ると引っぱる、たがいに引き合ううち、中に寝た男、ヒョイと枕もとへ出る。
「なぜ出た」
「ちっと休んでから、また寝る」
[#地付き](再成餅)
湯かげん
「風呂のかげんを見てこい」と新参の下男に言いつけると、茶わんに一杯汲んで来て、
「よいかげんか見てくだされ」
「たわけ者、風呂の湯を茶わんで汲むものではない、その茶わん、砕いて捨てろ。今いうたは、入りかげんが好いか見て来いということじゃ」
下男また湯殿へ行き、濡れ鼠のようになって戻り、
「よいかげんでござります」旦那驚いて、
「おのれの|なり《ヽヽ》はどうしたのじゃ。湯からあがったような|なり《ヽヽ》じゃ」
「ハイ、はいり加減を見ました」
「さても慮外者」と叱れば、
「でも、はいって加減がよいか見て来いと言わしゃったから」
[#地付き](軽口利益咄)
値と熱
腰元、旦那に灸をすえ、たびたび落とすゆえ旦那に叱られ、次の間へ来て、
「お春どん、わたしの代わりに行ってくんな」
「なぜ?」
「吝《しわ》い旦那だねえ、たびたび落とすから、すえるなだって。もぐさを百本落としたって、たかが四文じゃないか」
[#地付き](楽牽頭)
後家好き
男が寄れば必ずはじまる話題。
「おらは、清純《おぼこ》な振袖娘がいい」
「イヤイヤ若いのより年増《としま》がおもしろい」
「イヤおらは素人は嫌いだ」など言ううち、
「イヤイヤ、女は後家にとどめをさす。後家のこと後家のこと」と言えば、皆も口をそろえて、
「そう言えばそうだ、後家後家」するとひとりが、
「アアおらがかかアも早く後家にしたい」
[#地付き](聞上手)
死んで何になる
酒ずきと色ごのみと魚好きとが寄り合い、
「おれは死んだら備前徳利になりたい、いつでも腹の中に酒が絶えない」
「おれは紅絹裏《もみうら》になりたい、いつも女の肌を離れない」
「おれは鯛になりたい。あの鯛というものは、煮ても焼いても、あんなうまいものはない」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
理想
大勢あつまっての話に、
「殿様に三日でいいからなって見たい」
「おれは早く隠居になりたい。おまえは?」
「おれか、おれは鴨になりたい」
座中どっと笑い、
「なぜだ」
「ハテ、うまいわサ」
[#地付き](座笑産)
追跡
「どろぼう、泥坊」と追いかけ、あまり息《いき》がはずむゆえ、豆腐屋へはいり、水をもらってのむと、泥坊も水を二口三口のみ、皆の者をふりかえって、
「さアまたひと駈けかけましょう」
[#地付き](うぐひす笛)
特配
寒風強き夜、番太郎が裏だなを、火の用心さっしゃりましょう、と鉄棒《かなぼう》の音。ある家から、
「コレ番太どの。ちょと寄って、一杯すすっていくと好い」
「ありがとうござります」と、はいって見れば|ねぎ《ヽヽ》雑炊《ぞうすい》、日ごろは好《す》きなり御意《ぎよい》はよし、寒さは寒し、二杯までお代わりして、
「おかたじけのうござります。火の用心はお勝手次第になさりませ」
[#地付き](再成餅)
見送り
旦那はじめての伊勢参宮だから、品川まで送ったら一分《いちぶ》にはなるだろうと、ついて行く。品川に着くと、
「きょうは見送り大儀であった。もはやここで帰ってくりゃれ。留守中は万事よろしくたのむ。そなたも随分まめでいやれ」と言ったばかりで、駕籠の戸をしめる。
男、あてがはずれ、口の中で、
「まめでなんかいるものか」
[#地付き](軽口笑布袋)
ひとり二役
さかさに振っても鼻血も出ない年の暮、米屋に逢ってはならぬと、亭主ぜひなく二階に籠城。
「ハイ米屋でござい」
「アイ、まだお屋敷から帰りませぬ」
「今じぶんまで帰られぬことはあるまいが」
「なんの嘘を申しましょう」と女房が言えば、米屋、財布を下において上へあがり、ひっそり声で、
「亭主は留守か」と背中をたたく。女房二階を指さしすると、
「そんなら、おいとま」
[#地付き](口拍子)
棚
「このあいだつった棚がもう落ちた」
「ハテナ、そんなはずはないが、ドレ吊り直してやろう」と、棚をつり、
「物をのせてはだめだよ」
[#地付き](臍繰金)
安心
おく病な盗人、ちと稼いで来ようと黒装束で出かけ、ある表店をうかがえば夫婦げんかの最中、こいつあァいつ寝るかわからねえと、その隣をうかがえば、ものしずかゆえ、戸をこじあけて入って見ればあきだな。泥坊ため息をついて、
「まず、首の気づかいはなしと」
[#地付き](室の梅)
貸家札
〈この裏に貸しだな有り〉と張紙をしておくと、いつの間にやらはがして取る。大家、こういつもはがされてはならぬと、木札に書きつけ、五寸釘で打ち付け、
「これで四五年はもつ」
[#地付き](市川評判図会)
年末対策
尾羽打ち枯らした浪人、隣の、これも負けず劣らずの浪人に、十二月三十日の夜、相談する。
「今年のふところぐあいはどうじゃ」
「いつものことながら、今年は別してどうにもならぬ。せんかたなく、腹を切ろうと思う」
「いかさま、この暮れはマアそうもして見やれ」
[#地付き](かす市頓作)
泥坊に追水
「モシモシ、勝手へ泥坊がはいりました」と女房がつっつくと、亭主はね起き、盗人につかみかかれば、手ごわいやつで、亭主と上になり下になり、半時ばかりもみ合った末、亭主の力やまさりけん、とうとう盗人を膝の下へ組み敷き、息をつきながら、
「かかア、水を一杯、のませてくれ」と言えば、泥坊、下から、
「ついでに私にも一つ」
[#地付き](文武久茶釜)
お礼参り
盗人の壁を切り破るを亭主気づき、やがて起き上って盗人の手をしっかと握り、女房に、
「そこの銭二百文よこせ」という。女房が渡すと、盗人の手に握らせ、
「おのれは憎いやつだが、おれも目をさましたおかげで助かったから、二百文つかわす。少ないが堪忍せよ」と、因果をふくめて手をはなせば、しばらくたって、また穴から手を出す。亭主、腹を立てて脇差を探せば、
「騒ぎたもうな」と、紙に包んだ菓子を差し出し、
「ほんの僅かながら、お子供衆に。これをご縁に心やすく願います」
[#地付き](かの子ばなし)
まじない
いたってみごとな物をもつ男、女房をもち、はじめてのときに、女が、
「もしもし、あたまにつばをつけしゃんせ」
男ぬからず頭からひたいぎわまでつばきをぬり、
「何かまじないになるのか知らん」
[#地付き](按古於当世)
掛値
「あきないをするには、万事にそら値を少しずつ言わねば、商売にならない。少しは嘘をつけ」と日ごろ倅に教えたが、あるとき、田舎から親父をたずねて来た人に、
「その家は、もっと下がった所にある」
親父うちにいてこれを聞き、
「今の人の尋ねるのは、うちのことだ」と言うと、息子追いかけて行き、
「コレコレ、つまるところはうちだが、親父がすこしは嘘をつけと言うから。だが、大まけにまけて、教えてあげます」
[#地付き](日待ばなしこまざらひ)
堅牢無比
娘をさる方へ縁づける約束して、長持ち、挾箱そのほか蒔絵の道具どもをあつらえんと思い、塗師《ぬし》を呼び、たとい値段は高くとも、万事念入りに頼むと言えば、
「少しもお気づかいなされますな。出来合いを買いなされば、たった一度ではげまする。わたくしがいたせば、五度や三度よめ入りなされてもはげぬように、堅地《かたじ》にいたします」
[#地付き](百登瓢箪)
長湯
田舎から泊まり客があって、据風呂をたてて入れたが、半時ばかりも音沙汰なし。亭主気づかいに思ったが、早くあがれとも言いにくく、湯殿の入口で、
「ごゆっくり」と言うと、返事する。まず安心したが、また音もなし、またまた、
「ごゆっくり」と言いに行くと、返事する。やや久しくたって、海老《えび》のように赤くなって風呂からあがって来たので、つれが、
「いかい長湯をされましたな」と言えば、
「ハテ、もてなしではあろうが、湯を強《し》いられるのもせつないものだ」
[#地付き](鯛の味噌津)
横着
車引き、米十俵車に積み、たったひとりで引いて行き、江戸橋へ来かかり、どう引いてもひとりでは動かず、
「だれか来たら押し上げてもらおう」と待つところへ、殿様のお通り、車引き、汗をぬぐい、
「ろくなやつは来ぬ」
[#地付き](座笑産)
初夢未遂
御前《ごぜん》さまから女中方へのこらず宝舟を下され、三日の朝みなみな御前へ出て、めいめいの夢ばなしをお聞きなさる。思い思いにめでたい夢を申し上げるうちに、下女のお亀の番になる。
「さアお亀どのはどんな夢を見なさった。話しなされ」
「アイサわたくしもいただいた宝舟を敷いて寝まして、よい夢を見よう見ようと思いましたについ寝入りました」
[#地付き](富来話有智)
精進のさざえ
一文銭《いちもんぜに》も百に割るほどのしわん坊、客をよぶに、客四人と亭主ひとりのつもりで、さざえを五つ買い壺焼にする。膳を出す前に、ふと客がひとり来たゆえ、勝手へ入り、
「さざえの壺焼が一ツたりないから、掃きだめにあるさざえ殼に、牛蒡《ごぼう》や大根を入れて、必らずおれの所へ出せ」と言いつけたが、忙しさにまぎれ取り違える。亭主ふたを取って見て肝をつぶし、
「モシ、みなさまのうちに精進《しようじん》のさざえはまいりませぬか」
[#地付き](鯛の味噌津)
なお悪い
駕籠の底がぬけ、駕籠かき思案してふんどしをはずし、二本をつなぎ、駕籠の胴中をゆわえつけてかついで行く。道ゆく人、死人と思い、
「なむあみだぶつ」
と唱えると、中の客、いまいましがって、
「エヘンエヘン」とせきばらいすれば、道ゆく人、
「アそうか。科人《とがにん》か」
[#地付き](再成餅)
あて外れ
「おらが親父はきつい酒好きで、骨をわざわざ備前へやって葬ったが、今ごろは徳利になっていられることやら。さいわい隣へ巫女《いちこ》が来ているから、口寄せして見よう」と、さっそく巫女に水を向けると、しゃべり出す。
「よくぞ尋ねてくれた。今は備前の国で徳利になっているが」
「それは本望でござんしょう」
「イヤ徳利になりはなったが、悲しいことに……」
「どうしました」
「醤油徳利になった」
[#地付き](廓寿賀書)
竹ぼうき
長話する客が来る。亭主うるさく思い、丁稚に箒を立てよと言いつける。丁稚、勝手へ行くと、客の草履取りが見ているので立てられず、しかたなく背戸に出て竹箒を見つけ、これ幸いと逆さに立ててうちへ入れば、
「今晩は何も用事がござらぬから、ゆるりとお話うけたまわりましょう。まず奴《やつこ》は帰しましょう」
[#地付き](再成餅)
背景
浪人、裏だなを借り引き移ったが、道具がなくて体裁が悪い、ふと思いついて壁を白紙で貼り、たんす長持ちの類を彩色絵にかく。盗人、そとを通り、本ものと思い、留守をうかがって忍び込み、暗やみの中で心当りの所を手探りしても、何もなし。これは合点ゆかぬと火をとぼし、絵と知って、どっかとすわり、
「サテモ太いやつだ」
[#地付き](芳野山)
出来心
ひとり者の家にぬす人はいり、押し入れ、つづらをあけ、家じゅうさがしても何もなし、こいつ癪だったと、小言いいながらガタピシするうち、めをさまし、
「どろぼう、泥坊」と叫ぶ間に、ぬす人片隅にかくれると、ひとり者、灯をともし、
「大家さんへ届けよう。着物やお金をそっくりとられましたと言って……」と出かけようとすると盗人現われ、首筋をぐいとつかみ、
「ヤイ、ふといやつだ。何も持ってないくせに、金をとられたの、着物をとられたのと、嘘八百をいう」とこづき廻せば、
「ごめんなさい、ああ言ったのはホンノ出来心です」
[#地付き](江戸前噺鰻)
昼の幽霊
久しい以前に死んだ女房、幽霊になってドロドロと現われる。
「コレかかア、死んで五六年になるのに、なぜ今ごろ来た」
「久しく逢わずなつかしさに、迷って来ましたわいなア」
「しかたのない間抜けだ。幽霊なら夜出そうなものを、昼ひなかばかな奴だ」と叱れば、幽霊涙ぐんで、
「夜は気味が悪いもの」
[#地付き](遊子珍学文)
朝まつりごと
豆腐屋の夫婦、毎朝早起きして名代《なだい》の共稼ぎ、しかるにだれいうとなく、毎朝かかさず朝まつりごとを行なうとの評判。ある朝、明け六ツごろ、朝まつりごと見物が大勢おち合い、路次へ入りかかると、同じ長屋の浪人、朱ざやの大小、編笠を手にして出てくる。
「おのおの方《がた》は大ぜいで、何用あってこの裏へはいらるるぞ」と、しさいらしく問われる、皆もじもじして、
「ナニちとこの裏に見る物がござりまして」
というと、浪人呑み込み、
「ムムそれか、それはもう済んだ」
[#地付き](鹿子餅)
手癖
巾着切り五六人より合い、ほうぼうで取った物をわけようとすると、中でも重い財布が見えず、
「これはふしぎ、この中に手癖のわるい者はないか」
[#地付き](軽口福蔵主)
被害者
泥坊、茶の間へ忍び入り、居間をのぞけば、亭主手鎗を持って待ち構える態《てい》、これはかなわぬと勝手へ廻れば、男どもが棒を持ってうかがう態《てい》。玄関へ出れば若党が抜き身でひかえる、納戸《なんど》を見れば女房がなぎなたを構えて、寄らば切るぞの勢い、盗人せんかたなく大声をあげて、
「どろぼう、どろぼう」
[#地付き](気のくすり)
盗人さま
盗人が金銀を盗んで逃げるのを、亭主目をさまして追いかけ、後からむずと組んで、上になり下になって争う。亭主、
「盗人をとらえたぞ、早く早く」とさけべば、番太郎走り寄り、ふたりとも町内の人なるに、番太当惑して、
「上が盗人さまか、下が盗人さまか」
[#地付き](初音草噺大鑑)
嘘いつわりは申さず候
まんまと屋尻を切り、はいって見れば弁天さまのような女が唯ひとり、襟元の美しさにゾッとして、たまらず後ろへ廻り、小声で、
「モシ、モシ」という、女振り向いて、
「だれ」
「盗人さ」
「嘘ばっかり」と言えば、盗人|額《ひたい》へ唾《つば》をつけて、
「大誓文」
[#地付き](咄の開帳)
人身売買業者
五百羅漢へ若い遊女たち参詣して、堂を廻り、中ほどでひとり、羅漢の顔を見てさめざめと泣く。引率の若い者が、
「お前は親御さんに似た仏様があるので、泣きなさるか、さてさて気の毒な」と言えば、
「イエイエ、父《とと》さんには似いせん」
「だれに似ました」
「わたしを売った女衒《ぜげん》に似ているから」
[#地付き](気のくすり)
ききそうもない
山伏、狐に化かされ、田のあぜで馬糞を食うところを、村人たち連れ帰って介抱し、ようやく正気がつく。山伏みなに向かい、
「ヤレヤレおかげで助かりました。お礼に魔よけのおふだを上げましょう」
[#地付き](うぐひす笛)
武士の妻
おく病な侍、ある夜雪隠へ行くに気味わるく思い、内義に手燭をもたせて行き、雪隠の中から、
「ナントそのほうはこわいことはないか」
「何のこわいことがござりましょ」といえば、
ぬからぬ顔で、
「ウムさすがは武士の妻」
[#地付き](軽口太平楽)
ダラ幹
裏口にて内義が行水しているところへ、にわかに空くもり、ピカピカと光りグヮラグヮラと雷が鳴りだしければ、内義はヤレおそろしやおそろしやと、逃げんとするところへ雷がどうと落ちければ、アッというて目を廻す。雷、内義のそばへ寄り、そろそろとまえのものを、これはやわらかでよいものじゃと、いろうていれば雲の中より雷の子が、
「父《とと》さん、目のわるい人じゃ。へそはもちっと上についてあるがの」
[#地付き](噺の大寄)
人間にしては
知らぬ山路に日を暮らし、ここかしこたどるうち、かすかなるともし火を見つけ、ようようと立ちより、一夜を明かさせてたべと言えば、あるじ心よくとめたが、よくよく見れば亭主は狼、南無三宝と思えど抜けて出ようもなく、片隅にかがみいると、外より訪れる者あり。心うれしくのぞいて見れば、これは狐で、かの男を見つけて、亭主に、
「あれはだれじゃ」
「あれは人だが、夕ぐれに来て宿を貸せというから泊めた」と言えば、かの狐ハタと手を打ち、
「ハテよくなついたノウ」
[#地付き](軽口花咲顔)
丁稚
おらが親方は人使いの悪い人だ。日がな一日供につれてあるき、帰ると使いにやる。大かた用をすましたと思えば、手ならいをしろとぬかしおる。
[#地付き](いちのもり)
あずき飯
初午《はつうま》とていずこもドンカラチャガと賑《にぎ》わしく、子狐どもも穴の口を出入して遊びたわむれるところへ、ある家より片木《へぎ》にあずき飯と油揚をのせて、穴の口へ置きて帰ると、子狐よろこび、
「おっかア、あのおまんま早く食べたい」
「イエイエ、おっとさんにそう言ってから食べさせます。人間がだますから」
[#地付き](新板落しはなし)
ないしょばなし
耳の遠い親父のところへ来て、
「モシ、朝めしがようございます」と言えど聞えず、
「朝ご飯がようござります」と高く言っても聞こえず、耳に口をあてて、
「朝ご飯がようござります」と大声で言えば、
「ナンノそれをないしょで言うことはない」
[#地付き](再成餅)
[#改ページ]
わが胸のそこのここには
名作の大黒
ある寺に名作の大黒があると聞き、檀家の男が和尚に会って、ひと目見たいと頼んだ。
「なかなか、われらは大黒は持ちませぬ」
「余の人とちがい檀家のわれら、ぜひとも拝見いたしたい」
「さてさて、よくご存じ。それでは、ほかならぬ檀家ゆえ」と、呼び出すを見れば、年のころ二十ばかりの、言語道断《ごんごどうだん》なよい女。男きもをつぶし、
「このことではござらぬ。正真《しようしん》のお大黒を見たいのじゃ」
「さてもさても、よくご存じかな。決して人に言わぬよう願います。深く隠していましたが、ご存じではいたしかたがない。コレ、ちとおいで」
と呼び出すを見れば、十六か十七ばかりの言わんかたなき美人であった。
[#地付き](きのふは今日の物語)
二番は
新参の権助休まずよくはたらく。旦那どの権助を呼び、
「でかした、でかした。朋輩どもへのよき手本、ほうびをやるが、おのし一番の好《す》きは何だ」
「ハイ」
「ハテ言えよ」
「ハイ」
「ハテ、言えというに」
「ハイ、二番に酒でござります」
[#地付き](座笑産)
宝の山に入りながら
「おさんどの、久しぶり。今年はどこにいる?」
「アイ、下谷の餅屋にいます」
「ナニ、餅屋? そんなら餅がたくさん食えていいな」
「なあに。去年は湯屋にいたけれども」
[#地付き](鹿子餅)
思いうちにあれば
夫婦ただふたりで餅を焼き食おうとするところへ、思いもよらぬ客くる。ようこそ、と呼び入れ、女房、
「サア、ちょうど餅が焼けましたから、召しあがれ。まただれか来るといけません」
[#地付き](醒睡笑)
色そとにあらわる
妻を里へやり留守なれば、友だちを呼んで酒くみかわし、一ぱいきげんのあまり下女の手をとり、
「コレおさん、おれの言うことを聞いてくれる気はないか」
とたわむれると、友だちも、なるほど今宵はお淋しかろうと笑う。さて、友だちが帰り、亭主も寝所に入って前後も知らず眠った夜中、そろそろと障子のあく音に目がさめ、
「だれだ。アアおさんか。今じぶん何ごとだ?」
「ハイ、アノさっきおっしゃった事を、いやと言いに来ました」
[#地付き](聞童子)
立てかけて置け
下女旦那に惚れ、ある夜かみさまの留守をさいわい、
「今晩はわたくしの願いをかなえて下さりませ」
「そんなら湯に行って洗って来い」
下女湯から帰って見れば、長話の客が来ていて、なかなか帰らず、待ち遠しがって、
「旦那さん、洗ってまいりました」と二三度言うと、旦那が、
「立てかけて、水をきって置け」
[#地付き](腹受想)
熊の皮
「ご隠居さま、当年はきびしい寒さですが、ごたっしゃで何よりでござります。ハアよいものをお敷きです。熊の皮でござりますか。さぞあたたかでござんしょう」と撫でて見て、
「アアそういえば、女房もよろしく申しました」
[#地付き](売言葉)
どじょう
つねづね魚鳥を食う住持、小僧に酒を取りにやるふりで徳利を持たせ、どじょうを買いにやる。道で子供が、
「やれ小僧よ、その徳利に何がはいってる」
「何だかあてて見な。あたったら一匹やるぞ」
[#地付き](うそ八百)
身分詐称
毎夜そっと買物にやる小僧がかぜを引いてねたので、住持しかたなく人の寝しずまった夜ふけ、頬かぶりして魚屋へ行き、戸をたたく。中から亭主の声で、
「だれじゃ」
「在家《ざいけ》から来たが、生蛸《なまだこ》はあるか」
[#地付き](初音草噺大鑑)
坊主ぞめき*
出家ふたり、羽織を着て頭巾をかぶり、俗に化けて、遊里をぞめきに行く。
「名を何と言おうぞ」
「貴様を六兵衛、わしを七兵衛と言え」
しからばとひやかしてあるくうち、つれにはぐれ、互いに尋ねたのち、向こうより来るを見つけ、
「それへ見えたは六さまではないか」と言えば、いまひとりがうろたえて、
「六さまとは愚僧がことか」
[#地付き](軽口大矢数)
* 遊里を騒ぎながら浮かれあるくこと。
粥
大家、自身番にいると、小女が来て、
「モシ、雑炊《ぞうすい》ができました」
大家帰りながら、
「ヤイ馬鹿め、雑炊なぞ言わずに、ご膳というもんだ」と叱る。
あくる朝、
「ごぜんがよろしゅうございます」
「オオそうか。では一ぱい啜《すす》って来ようか」
[#地付き](今歳噺)
菊
「今年はよい出来と聞いたが、拝見しようか」
「まずあのとおり、まだ土蔵のうしろに新花があるから、ご覧なされ。それ、お供してお目にかけよ」と腰元に言いつければ、腰元、庭下駄をなおし、客を案内してつれて行く。しばらくひまどって座敷へ帰り、
「サテサテみごとな。りっぱな出来じゃ」とほめると、亭主が、
「貴公のその膝の上は」
「コレハ」
と、客が縁がわへ出て土を払えば、腰元は顔あからめて尻をはたく。
[#地付き](さしまくら)
味つけ
山寺の僧、親しい檀家にいう。
「このほど久しく若衆に不自由して困り切って居ります」
「それはごもっとも。なんとか工夫《くふう》して、おかまの張形を作って進ぜよう」
「それは何よりの御志。ぜひ頼みます。ただし、とてものことに好《この》みがござる」
「どんなお好みかな」
「同じことなら、へへの味にして下され」
[#地付き](きのふは今日の物語)
オーソドックス
坊主、傾城町を通って女にひっぱられ、
「愚僧は五ツ六ツから仏に仕え、女人の手から物を受け取ったこともない身、放したまえ」というと、女郎が、
「無理は申しませぬ。ご出家は若衆をもちいるそうですから、わたしもその方をご用立て申します」
「それは耳より、して御布施《おふせ》はいかほどか」
「表門は好きの道ゆえ、いかほどでもよいが、搦《から》め手は無理にすることだから、ちと高直《こうじき》でございます」
「ご覧のごとくの貧僧、ことに老体なれば、搦《から》め手の難所より、大手に一槍つけ申そう」
[#地付き](きのふは今日の物語)
種あかし
身代《しんだい》限りをして、心安き友に相談すれば、
「貴様のお内義はさいわいきりょうよし、筒もたせをしたがよい。若い男をさそい、内義に色ごとをしかけさせ、貴様は戸棚にかくれ、見つけると五両*になる」
と教えられ、内義に言いふくめて、スワよいじぶんと、戸棚の中より出て、
「コリャ筒もたせ見つけた」
[#地付き](軽口春の山)
* 姦通の内済金は五両又は七両二分が相場。
棚へ上げる
旦那の硯箱に一分《いちぶ》が紙にひねってあるを、三助ひょっと出来心になって、ちょいとつまんだところへ旦那帰り、うろたえて紙くず籠へ投げ込む。折ふし紙屑買くれば、紙くずやろうと、旦那が手ずから籠を渡してやれば、
「アイ三十文あげましょう」と銭を出し、紙くずを籠へつかみ込みながら、かのひねりを見つけてたもとへ入れる。三助たまらず、
「コリャまて、その紙くずは売るまい、返せ」
「イヤ三十文で買いましたからは、私がものでござる。返すことはなりませぬ」
「ハテ、三十でも五十でも、盗み物を買ってはその方のためになるまい」
[#地付き](富来話有智)
逆療法
ある男、いちもつ立ってなえず、人前にも出られぬようになり、水をかけても、気を散らすようにしても、ますますいきり立って鉄砲のごとくになる。医者に相談してもなおらず、困却するうち、ある老医が聞きつけて思案をめぐらし、
「ぜひに及ばぬ。ごぼう、山の芋を精出して食べるがよい。そのうえ、卵、雀の焼鳥などもできるだけ続けて食べなされ」
「それではなお立ちましょう」
「ハテ、そこが思案のあるところ、いっそ腹へひっつけてしまうつもりじゃ」
[#地付き](さしまくら)
撃退法
「このほどは何としたやら精が落ちてならぬ」と長老が言えば、悪じゃれな檀家の衆、それにはどじょう汁がよいとすすめ、寺にて料理する最中、ズンとかたい檀家の参詣、長老めいわくするていを見て、
「気づかいしたまうな。帰らせるまじないがある」と、かの人の耳のはたへ口をよせると思えば、うなずいて帰る。
「さても不思議のまじない、われにも教えたまえ」
と言えば、
「あれは何のしさいもない。長老とふたり、どじょう汁をくう。こなたがいれば長老がいやがるから、いなしゃれ、というた」
[#地付き](かる口御前男)
リバイバルムード
台所で伊勢えびと赤貝が春の日の長いのに退屈している。赤貝口をあきあくびすると、えびも腰をのばしてせのびするはずみに赤貝の口へひげがちょいとさわれば、赤貝、
「たしなまんせ、おまえもよい年して」
[#地付き](大わらひ開の賑ひ)
委細面談
和尚、品川へかよい、葬式があっても弟子坊主の引導で間に合わせ、日々の女郎狂い、高輪《たかなわ》さしてすたすた行く道にて、地主の尼に出会うと、
「お前は出家に似合わぬ売女狂いか、道理でわたしが所へはおいでがない」
和尚、頭をかき、
「それでもお前が落髪して尼になられたから、前のようにたわむれもできまいと存じ、さし控えました」
「そんなら遠慮なくおっしゃったがよい、心まで尼にはなりませぬ」
[#地付き](楽牽頭)
[#改ページ]
物は言いよう
きにゅうみち、きゆみんせえか、けえしきに、つうかつあはん、おどどげしゆに
吉四六のかみさんが、負けん気を出して、「歌をよむぐれえは屁の屁じゃ」と、金釘流で書いた和歌である。吉四六がこれを侍に見せると、あまり豊後訛りがひどすぎて、よその人にわかるまいと言って、作りなおしてくれたのが、
昨日見て今日見ぬさへも恋しきに、十日を逢はぬ身をいかにせん
夫の旅立を送る歌だが、なるほど難解無類である。
ことのついでに『石中先生行状記』に収められた津軽方言の現代詩一篇を引くことを許されたい。
[#2字下げ]冬の月
嬶《かが》ごと殴《ぶた》らいで戸外《おもで》サ出ハれば
まんどろだお月様だ
吹雪《ふい》だ後《あど》の吹溜《やぶ》こいで
何処《どさ》エぐどもなぐ俺《わ》ア出ハて来たんだ
――ドしたてあたらネ憎《にぐ》くなるだべナ
憎《にぐ》がるのア愛《めご》がるより本気ネなるもんだネ
そして 今また愛《めご》いと思ふのアドしたごとだバ
みんな吹雪《ふぎ》と同《おんな》じせエ
過ぎでしまれば
まんどろだお月様だネ
[#地付き]――高木恭造作――
これもまた難解かつ興味しんしんたるものがある。昔、蜀山人は長崎へ行って、吉四六ばなしを聴いたと見えて、バッテン言葉の歌を作ったが、付け焼刃のかなしさ、生え抜きの傑作にはとてもかなわない。
この池は雨蛙《とんく》も鳴かぬばってんかし、小鮒《こまかぶな》ども出遊《でうき》ともする
声帯模写
女房はよく寝入ってると思い、亭主二階の下女の所へ忍んで行く。あとから女房火をとぼしてあがれば、亭主ふとんをかぶり、部屋の隅にうつぶしにかがんでいる。女房あまりのおかしさに、
「まるで鶉のよう」といえば、亭主ぬからず、
「チチクヮイ*」
[#地付き](醒睡笑)
* 鶉の鳴声。
ネコウ
亭主留守となれば、常にかよい来る男、かならず屋根から忍び込む。もし亭主帰りておれば、女房が〈屋根を歩くは猫であろう〉と言い、男は猫の鳴き声して戻ることに、かねて約束したり。ある時、物音を亭主聞きつけ、
「屋根を歩くは人のような」
「イエ、このごろ大きな猫が歩きます」と女房が言えば、男あわてて、
「ネコウ」
[#地付き](醒睡笑)
刀のこわいろ
おく病な浪人の家へ盗人が入ろうとするのを浪人聞きつけ、刀でおどそうとスラリと抜いたが、赤いわしで根っから光らず。しかたなしに、口で、
「ピカピカ」
連《つ》れの盗人あとから来て、
「なぜ早くはいらぬ」
「待ちゃれ。中で刀の声色《こわいろ》を使ってる」
[#地付き](寿々葉羅井)
つもり
盗人が戸をあけるを聞きつけ、手槍を持って構え、入って来たら突いてやろうと待つ。盗人なかなか入らず、しばらくして入る。あるじうろたえ、槍はそのままにして口で、
「グッサリ」
[#地付き](きのふは今日の物語)
ごみ
盗人、宵のうちにはいったを見つけられ、逃げだしたのを、きかぬ気の亭主、いずこまでもと追い駈け行き、川ばたまで追い詰めれば、橋の下へザブリとはまる。橋杭《ぐい》に取りつき隠れているのを、男上からすかし見て、
「橋杭にかかりいるは、ごみか人か」と声をかければ、
「ごみじゃ、ごみじゃ」
[#地付き](軽口花ゑくぼ)
仮想宴会
身代《しんだい》を呑みつぶした男、江戸へ出て|ほうろく《ヽヽヽヽ》を売り歩くうち、以前の酒友だち、これも呑みつぶした男に日本橋の橋詰で行き会い、たがいにときめいた昔を語り合う。やがてほうろく屋、ほうろくを三枚取ってハッシと地に打ちつけ、
「貴様に酒をふるまいたいが、あいにく売り溜めがない。このほうろく一枚十二文だから、三枚で三十六文の酒をふるまった心持ちだ」と言えば、
「昔忘れぬ志、かたじけない」とスラリと脇差を抜いて振り廻し、
「酔ってあばれてる心持ちじゃ」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
鼠はちゅう
桝落としで鼠をとらえ、尾が桝から出ているのを見て、
「この尾の太さでは大きかろう」
「イヤ、尾は太くても小さい鼠だ」と言えば桝の中で、
「中《ちゆう》」
[#地付き](打出の小槌)
飛脚のすれ違い
江戸の大火を知らせの飛脚、西国すじの大水を伝える飛脚。飛脚と飛脚が箱根山でばったり行き合い、両方とも、
「ジュウ」
[#地付き](口拍子)
夜道の心がけ
夜道で犬に取り巻かれたときは、四ツ這いになってワンワンと言えばいいと聞いた男、ある夜犬に取り巻かれ、四ツ這いになってワンワンと這い歩くうしろから、尻っぺたをかまれ、黄色な声を出して「キャンキャン」
[#地付き](再成餅)
飲んだつもり
夜ふけて外《そと》を〈あまアざけイ〉とよんでとおる。
「あま酒一パイくれろ」
「アイ今夜は売り切ってもうなし。あまり寒いによって呼んであるくのさ、あしたあげよう」
「オオそんならおらものんだ気でいよう。ゾロゾロゾロ、オオあったかい」
[#地付き](富来話有智)
垂れねど高楊枝
新宅へ引き移り、権助がはき掃除するところへ、侍来かかり、
「近ごろご無心ながら、雪隠をかしていただきたい」
「おやすいことながら、きょうはじめて引き移り、主人もまだはいらぬうちゆえ、お断り申します」
侍もしかたなく、尻もじもじして出て行く。旦那聞きつけ、権助を叱り、追いかけてお貸し申せと言われ、箒をすててようやく追いつき、
「旦那に叱られました。どうぞお戻りになって、御用をおたしなされませ」といえば、侍すこし腹を立て、
「帰ってそう申してくりゃれ、垂れたも同然でござる」
[#地付き](春笑一刻)
大晦日
「頼みます」
「だれだ」
「米屋でございます」
「留守だ」
さっきも留守と言ったが、たしかに主人の声と思い、障子に穴をあけてのぞくと、炬燵にあたっている。
「留守だと言っても、そこにいます」というと、あるじ腹を立て、
「障子になぜ穴をあけた。かりにもおれの城廓《じようかく》だ」
「すみません。穴をふさいであげます」と、よく直し、
「直りました」
「それなら見えないか」
「見えません」
「じゃ留守だ」
[#地付き](福来すずめ)
日傘
内義、小僧に日傘を持たせてあるくところに、にわかに雨が落ちてくる。髪床にいた若い衆が、
「あの日傘は借り物だから、させねえのだな」
と言えば、小僧日傘をパッとひらき、
「これでも借り物か」
[#地付き](市川評判図会)
女房災難
煙草を買いに来て、値切ってもまけぬゆえ、客、
「サテハそちはここの旦那ではあるまい」
「イヤ、旦那でござる」
「イヤイヤ旦那とは見えぬ」とさからえば、亭主もってのほか腹を立て、うちより女房をひきずり出し、さんざんに打ちたたき、
「ナントこれでも旦那でないか」
[#地付き](軽口新年袋)
たこ
畳屋りっぱにいでたち、吉原へ行き、床に入りての話なかばに、女郎、客のひじを見ればたこあり。女郎おかしく、
「モシぬしは畳屋さんだの」
「インニャ、腕押しの師匠だ」
[#地付き](新作落咄口拍子)
便乗
三人づれにて、さる所へ行きしに、床《とこ》の掛物に、すの字を赤く書きてあり。あるじ、これを判じて御覧じませ、と言えば、
「わたしは繻子《しゆす》(朱)と判じました」
「わたしは箪笥(丹)と解きました」という。あとのひとりが、
「サテサテ口惜しや。おれも長持ちとまでは、気がついたが」
[#地付き](かす市頓作)
しめ込み
町名主、近ごろ盗人がはやると聞き、門番を呼び寄せ、
「暮六ツで町の木戸をしめろ」と言えば、
「ハイ、お言葉を返すようですが、この町へ盗人がはいっても、取られる物のなさそうな家ばかりゆえ、お気づかいなされますな」
名主目をむき出し、
「憎いことを言うやつじゃ」と叱ってから、小声で、
「この町から、よその町へ盗みに行くわい」
[#地付き](軽口福ゑくぼ)
デンキ灯
隠居、夜ばなしに行き、帰るとき、
「モシモシお提灯をあげましょう」
隠居頭をなで、
「これにござります」
[#地付き](新作落咄口拍子)
ものは言いよう
「あなたはいくつになられます」
「五十ちかくサ」
「いつも五十近いと言わっしやるが、ほんとの年はいくつ」
「ほんとは五十三」
「それでは六十近い」
「ナニ五十の方へ近い」
[#地付き](茶の子餅)
出世
同じ在所の者に道で出合い、久しぶりの物語、
「どうだ、奉公は」
「イヤわしも中間《ちゆうげん》奉公にはいったが、ぐっと立身《りつしん》して家中の者を目の下に見るようになった」
「それはめでたい。御側《おそば》か御用人か」
「イヤイヤ、火の見の櫓《やぐら》番」
[#地付き](福の神)
橋の下
大晦日の晩、橋の下に乞食夫婦寝ていて聞けば、橋の上の人通りの足音引きも切らず、あまりやかましさにこじきの女房目をさまして、あれは何かと聞く。
「ハテ知れたこと、掛取りさ」
「なんぼ掛は取れても、この寒いよる夜中、外をあるくは大ていなことじゃない。それよりこうして寝ているのがましか」と言うと、亭主枕をもたげて、
「それはだれのおかげだ」
[#地付き](うぐひす笛)
歴戦の勇士
一夜の宿を貸し、よも山のことを語りて後、
「いかさま、ただの人とは見え申さぬ」と褒め、やがて、
「もはや休み給え、夜着をまいらせようか」と言えば、
「イヤ山野の戦陣をしつけたれば、少々の寒さは物の数でもない。無用でござる」と、そのまま寝たが、夜のふけるにしたがい、むしょうに寒くなり、
「ご亭主、ご亭主。この家の鼠の足は洗わせてござるか」
「イヤ、さようのことはしませぬ」
「それならば筵を一二枚借りて着ましょう。鼠にふまれては着物がよごれる」
[#地付き](醒睡笑)
心境の変化
夫婦のなか、ちょっとしたことから、一ツ言い二ツ言いけんかとなり、三くだり半を投げつけ、
「われがようなやつには飽きはてた、出て行け」と、あいそうづかしに、女房も腹立ちまぎれ、納戸へはいって髪化粧、路考茶ちりめんに牡丹の金糸紋、下には茶小紋、黒じゅすの帯をむな高にしめ、
「おさらば」と涙ぐんで言うを見れば、惜しくなったが、そうも言われず、
「早く出て行け」と言えば、女房しおしおと立って、店へ行こうとする、
「イヤイヤ、そこから出ることはならぬ」また裏口から出ようとすると、
「イヤ、そこからもならぬ」
「そうしてどこから出ます」と女房がきくと、
「出る所がなければ、出ぬがいい」
[#地付き](再成餅)
おふくろ
元服した当座に、言いはぐって、いまだに母《かか》さんかかさんと、髭づらで言うのを、見っともないと、友だちにからかわれているところを、お袋が通る。友だちわざと、
「あれはだれだ」
「あれは、おらが女房のしゅうとめだ」
[#地付き](口拍子)
標準以上
「そなたの足は片足がみじかいのか」
「イヤ、片足が人のよりも長い」
[#地付き](醒睡笑、広)
猿が似る
瘠せて色の黒い大名が、家来にいう。
「予の顔が猿に似たと人が言うそうだが、まことか」
「これはもったいなき仰せ。だれがさようのことを申し上げましたか。世間では、猿が殿様に似たと申すだけでござります」
「そうであろう」
[#地付き](醒睡笑、広)
猿旦那
旦那が猿にそっくりなので、家内、猿ということを遠慮する。新年に別家の番頭が年始に来て、
「まず未《ひつじ》の年も首尾よくすぎて、申《さる》の元日」と言うや否や、旦那目をむき出し、
「失礼千万、今後出入無用」と叱る。番頭びっくりして、
「さよう仰《おお》せられましてはわたくし、木から落ちた……」
と言いかけて旦那の顔を見、
「木から落ちた猫も同然でござります」
[#地付き](室の梅)
あつ湯
今うめたに羽目板をまた叩《たた》く、三助、
「たったいまうめました」
「それでも、うめろ」またうめる、また叩《たた》く。あんまりたびたびゆえ、亭主やがてはいったが、
「素人衆にはまだあつい」
[#地付き](高笑)
ぬれぎぬ
夫婦さし向かいの家へ盗人しのび入り、宵から縁の下に隠れいる。夜中に背戸の戸に風が当りブウと鳴ったを亭主聞き、
「今のはそなたのとりはずしか」
「とんでもない、わたしがいつそんなことをしました」
と腹を立てたので、亭主困って、
「じゃあ、どこかに盗人でもいて、こきおったのだろう」と言えば、盗人縁の下から出、
「これは迷惑でござる」
[#地付き](福禄寿)
水じまん
「きょうはあまり暑いゆえ、貴様がじまんの水を呑もうと思って、ちっと廻り道だが、寄った」
「オオよく来てくれた」と茶わんに汲んで来たのを、いきもつかずぐっと呑み、
「つめたくてよいが、惜しいことに少し塩けがあるの」
「サアその塩けがなけりゃ、この暑さにはもたぬ」
[#地付き](再成餅)
湯づけ
大名のところへ客があり、湯づけが出る。その席へ不意の客あり、それにも膳をすえる。するとまた客があって、膳を出せと言ったが出ない。役目の者を呼び出し、
「手間もかからぬことを、何とて遅いぞ。湯がわかないのか」というと、平伏して、
「湯はござるが、づけがござない」
[#地付き](醒睡笑)
湯屋のけんか
侍、風呂の中でけんかをはじめ、
「これ亭主、けんかの相手を出せ」
「もう風呂にはだれもおりませぬ」
「ナニおるはずだ」とまた風呂へとび込み、
「湯番ざるを貸しゃれ」
[#地付き](室の梅)
低感度
「おもしろい地口《じぐち》を申す者がござります」
と殿様にお目通りさせると、
「地口たっしゃの由、はや言え」
おりふしお庭へ蟹一ツ這い出る。
「早く言え」
「ハイにわかに申されませぬ」と言えば、殿様もってのほかのお腹立ち、
「憎きやつ、にわかに言われぬ口なら、自慢せぬがよい」
「ハア、お庭《ヽ》へ蟹《ヽ》が出ましたから、すぐにそれを申し上げたのでござります」
「アアそうか、知らなんだ。なるほどおもしろい。も一つ言え」
「殿様のご機嫌なおり、また仰せつけられ、ありがとう存じ奉ります」と言えば、殿様横手をハタと打ち、
「これはよい。なるほどおもしろい」
[#地付き](咄の開帳)
浪人ごたつ
雪のふる日、浪人の所へ友達話しに行き、
「コレ貴様はおごってるの」
「イヤ、おれが考えて、犬に羽織をかぶせ、腹へ足を押しつけている。あたたかでどうも言えぬ。チト貴様もあたって見やれ」
「これはおもしろい思いつきじゃ」と、かの男もあたらんと思い、足を入れると、犬は知らぬ足がはいったゆえ、ワンとくらいつけば、
「オオあつあつ」
[#地付き](再成餅)
そっくり買う
田舎者ふたりづれで浅草観音へ参り、境内の笛店へ寄るうち、笛の穴へ指を入れ、抜けぬゆえ、
「いくらでござる」
「八文でござる」
銭をはらい、笛をぶらさげて吉原見物に行き、女郎に見とれて格子の間へ首を入れ、抜けぬゆえ、
「この格子はいくらでござる」
[#地付き](稚獅子)
チップ
足軽、比丘尼《びくに》*になじみ、しげしげ通ったが、ある時、銭百文ふところから出し、
「これで髪油でも……」と言いかけて、頭を見、
「イヤ、灯明でもとぼしな」
[#地付き](廓寿賀書)
* 比丘尼の売春婦がいた。
ない袖は
侍、ご用の帰りに袴着ながら青楼《ちゃや》へ行き、
「きょうは御殿のご用で窮屈であった」と言いつつ袴をぬいで、投げやれば、内義、
「コレコレ仲居衆、その袴を袖だたみにして置かんせ」
[#地付き](笑の友)
時をかせぐ
もってのほかの難産に、医者よ人参よと大騒ぎ。亭主こらえかねて裸になり、井戸ばたへとんで出て、水をザンブリと浴び、
「南無金比羅大権現、なにとぞ安産いたすように、お礼には唐かねの大鳥居をさし上げます」と一心に祈る。
産婦聞きつけて、
「モシエ、わたしが安産したとて、どうマアかねの鳥居があげられよう。とんでもないことばっかり……」
「ハテやかましい。おれが金比羅をだますうち、早く産んでしまえ」
[#地付き](聞上手)
上戸の店
「下戸の建てたる蔵もなしと言う。上戸は楽しみが多いから、チト酒をのんだがよい」
「そんなら貴様は蔵を建てたか」
「オオ建てたとも、池田屋の蔵も伊丹屋の蔵もおいらが寄って建てた」
「エエ、へらず口ばかり、おいらは酒を呑まぬによって、大晦日がらくだ。そなたのうちのように掛取りが降るほど来るのとは違う」
「イヤ、蔵はじょう談だが、みせをほうぼうに出した」
「何のみせを」
「小間物みせ」
[#地付き](初登)
掌を指すごとし
「船頭、ここは根っから当りがない。去年のいつかここらへ釣りに来たときは、だいぶよくついたが」
「それはもっと先でござります」
「そんなら、そこへやらぬか」
と言えば、すこし漕いで、
「去年の所はここでござります」
「ここかなあ」
「きっとここでござります」
「そんなら棹を立てやれ」
「アイ」と立てると、棹がズブリとはいる。
「アリャ去年の穴」
[#地付き](気のくすり)
お作法
なじみの客来てシッポリとした酒ごとの最中、酌の禿がプイとの仕損ない、女郎尻目ににらみ、客が帰るとすぐ禿をよびつけ、
「ホンニ手めえもチットたしなみや。どこの国に客衆の前でおならをするということがあるものか。心安い方だからまだしも、初会の客であって見や、恥になるわナ。ぜんたい手めえのすわりようが悪いからだ」
「どうすわりんすエ」
「コレこう足をかさねての、おいどの穴へかかとをコウつけてコウ」というときにブウと取りはずし、
「見や、かかとがはずれると、あのとおりだ」
[#地付き](話句翁)
ほめればすぐ
床にて髪をゆい、ドレ見て行こう、鏡を貸してくれと言ったが、一ツしかない。これは困ったと、しばらく案じて、ひしゃくに水を汲んで片手に持ち、鏡をうしろへあげて合わせて見る。
「これは智恵がある」と皆が感心するうち、こっちの鬢《びん》を見るとて柄杓《ひしやく》をふりあげ、あたまからザップリ。
身分保証
「今年おいた久助は、まじめで辛抱《しんぼう》がよい、あんなのは少ない」と言うところへ、久助まかり出て、
「モシ旦那さま。わたくしが国から持って来た金子《きんす》が一分《いちぶ》ござります。これをお前さまに預けて置きとうござります」
「それは奇特じゃ。番頭に言って預けたがよい」
「イエイエわたくしはお前さまに預けとうござります」
「ソリャまたなぜ」
「アイお前さまの辛抱《しんぼう》を見とどけました」
[#地付き](聞上手)
糞とも思え
いさみ肌の若い者、侍につき当る。
「オノレ、目をあいて通れ」
「ナンダ目をあいて通れ? おれよりは手めえが目をあいて通りやがれ」
「オノレ侍に向かって過言なやつ」
「何だ、侍だ? 侍を糞とも思うものか」
侍カッとなって刀を抜きそうな顔つき、それを見ると自身番より大家ども走り出て、
「さてさて、あの者が何ぞお気にさわることを申し上げましたか」
「侍を糞とも思わぬと吐《ぬ》かしおった、そのぶんには置かれぬ」
「イヤこれはわたくしどもが代わってお詫び申し上げます。ご勘弁くださりませ。また、熊吉もどうしたことだ。お侍さまを糞とも思わぬなどととんでもない。以後、お侍さまを糞とも思ったがよい」
[#地付き](再成餅)
ばか貝
ばかア、ばかア、と売って来るのを、
「オイばか、オイばかヨ、コレばかヤイ」
売り手ようやく聞きつけ、
「ハイ、ばかはお前さんかえ」
「オオおれだ」
[#地付き](口拍子)
[#改ページ]
口は禍の門
家褒め
友を呼び、
「新宅だ。見せてくりゃれ」
「ウム、よく出来た。たる木を竹でしたところが何とも言えぬが、節《ふし》を抜いたか」
「イヤ抜かぬが、なぜだ」
「焼けるとき、はねていけない」
[#地付き](茶の子餅)
同
友だちといっしょに新宅見舞に行き、座敷を最初に、だんだん廻って中戸を見、友だちに言う。
「なんと狭い中戸だ。これでは葬礼などは出まいが」
「そんなことは言わないものだ」と友だちがたしなめると、
「ウム、出る出る」
[#地付き](軽口太平楽)
山椒のくやみ
生まれつきおかしがる男、くやみに行くときに、思いついて山椒を含んで行き、口上をのべる。なげきかなしむ後家への挨拶も、山椒のからみで唾《つばき》をうちへ引き、至極の出来。後家が泣き沈むのを前にして、舌打ちし、
「アア、スッとして好い気もちだ」
[#地付き](茶の子餅)
低声
「旦那、肩にしらみがおります」と小僧がつまみ取る、
「コレ馬鹿め、そんな大きな声でいうものじゃない」
と叱れば、小僧声を低くして、
「しらみと思ったら、綿くずでした」
[#地付き](聞上手二編)
言わぬがまし
舅《しゆうと》のかたへ始めて行く聟どのに、
「初対面にものを言わずは、うつけと思われるだろうから、なんとか世間話などせよ」
と、友が教えると、心得たと言ったが、その場におよぶとひと言の挨拶もせず、すでに座を立とうとする時分になって、聟どの言い出すよう、
「何と舅どの、一抱《ひとかか》えほどある鴫《しぎ》を御覧じたことはおりないか」
「いや、見たことはおりない」
「わたくしも見たことがおりない」
[#地付き](醒睡笑、広)
藁の夜具
「坊よ、かならず人の前で、父《とと》がこもを着て寝ると言うなよ。夜具を着て寝ると言いやれ」と言い含めたが、ある時亭主隣へ話しに行き、坊もついて行ったおりに、父《とと》の髪に|わら《ヽヽ》のついてるのを見て、
「とっさん、あたまに夜具がついてるよ」
[#地付き](うぐひす笛)
代用品
「大根を一本くだされ」
「大根はござりませぬ」と、八百屋の女房、切り口上で言う。亭主奥から出て、
「こなたは今まで屋敷づとめで、商《あきな》いの仕方を知らない。客の言う品がないときは、それは売り切れましたが、これではお間《ま》に合いますまいか、と言えばほかのものが売れる。挨拶が肝心だ」というところへ、
「長芋をください」
「長芋は切れました、つくね芋ではどうでござります」
「つくね芋で間に合わせましょう」と買って行く。
「モシ、わさびをください」
「わさびは切れましたが、しょうがではどうでしょう」
「しかたがない、間に合わせておこう」と買って行く。
「それ見やれ、ものの言いようで買って行くわ。いつでもそう気をきかせたがよい」と亭主が言うところへ、
「モシ、かみさん、たたみいわしをくんなさい」
「ハイ、たたみいわしは切れましたが、フノリ*ではどうでござります」
[#地付き](詞葉の花)
* 洗髪に使う海藻で、乾した形がたたみいわしに似ている。
しょうが
粗忽者、主人の言いつけで風邪薬をもらいに行く。医者、薬を渡すとき、しょうがを少しいれるように、と言ったが、もどってから、
「ハテ何だか忘れた。たしか辛いものだ」と、唐辛子を入れて煎じる。
主人、包紙の書きつけを見て、
「しょうがをいれたか」
「しょうがのかわりに、唐辛子を入れました」
[#地付き](初音草囃大鑑)
山は火事
下男を雇い、お客にはそれぞれにちゃんと挨拶をせよと言いつける。越前の客が来たとき、
「コレハコレハようお上《のぼ》りなされました。寒気の時分、ご苦労でござります。当年は京都も大雪でござります。お国元もさぞ大雪であろうと存じます」
主人聞いて、でかしたでかしたと褒めると、翌年の夏、
「コレハコレハ暑いときにようお上りなされました。当年はここもことのほかの暑さでござります、お国はさぞ大火事でござりましょう」
[#地付き](露休置土産)
男尊女卑時代
久しく会わぬ人を訪ね、話するところへ七ツばかりの子出てくるのを見て、
「これはご子息か、よいご器量で」と言うと、
「イヤイヤ娘でござる」つぎに六ツばかりの子出る。
「さて、よい子持ち、これがご子息で」
「これもめろうでござる」
客も言葉につまるところへ、四ツ三ツ乳呑み子と出て来たのが、みな女の子と聞き、
「ハテ、あなたさえ男なら、ようござる」
[#地付き](百登瓢箪)
忘れぬうちに
大家の惣領、年は二十ばかり、あだ名をぬく太郎とよばれ、どこのふるまいへ招かれても、まんぞくに挨拶できぬゆえ、心きいた手代が、つねづねつき添って教える。ある時、晴れがましい席で、ぬく太郎、床脇の上席にすわり、そろそろ膳の出るころ、ご亭主さまご亭主さまとあるじを呼んで、
「これは大そうなご馳走、お料理もまことによいあんばい」というに、手代、手に汗をにぎり、目で知らせれば、ぬく太郎うなずき、
「忘れぬさきに、言って置きます」
[#地付き](初音草囃大鑑)
蓮の穴
庄屋殿の惣領息子はじめて都へ上《のぼ》り、ふるまいの席へ行くと蓮根の輪切りが出る。ふしぎそうに見守りいると、つれだった男、気をもんで、小声で言う。
「あれは蓮というものじゃ」
「なるほど、蓮とは知っているが、穴をよくあけたものじゃ」
[#地付き](福禄寿)
柿と頭巾
医者ひもじさのあまり、人目もかまわず、柿の皮もむかず、かぶりつきながら行く。向こうから知り合いの来るを見つけ、あわててふところへ隠すと、
「かまいませぬ、おかぶりなさい」
[#地付き](楽牽頭)
お開き
仕事師、婚礼ふるまいに招かれ、支度をして出かけるところへ、友達来て、
「おのしゃア帰るときの言葉を知っているか」
「イヤ知らねえ、教えてくれ」
「必ず、おいとまするだの、帰りますなど言ってはならぬ」
「そして何と言う」
「ひらきましょう、と言いやれ」
「ヨシのみこんだ」と、出かけ、食うものを食ってしまうと、しびれを切らし、何と言えばいいか忘れてしまい、
「旦那、わっちゃア駈け落ちいたしやす」
[#地付き](室の梅)
どう見ても只
鈍な弟子、とかく三十の者を四十と見損じ、五十ばかりの者を六十あまりと見そこなうのを、和尚にがにがしく思い、
「だれでも若いと言われれば嬉しいもの、粗忽に人を年寄りというな」と叱る。
あくる日、弟子、使い僧に行き、女房が子を抱いているのを見て、
「お子さまはおいくつです」
「今年生まれの当歳です」
「サテサテ、一ツにしてはお若い」
[#地付き](醒睡笑、広)
忠実すぎる
田舎から来たばかりの者を雇い、
「よそへ使いに行った折は、わが主《あるじ》のことを、旦那さまの仰せられますなどと言わず、さきさまを敬まって、わが主のことはきたなく言うものじゃ」と教える。
正月の礼に旦那の供をして、さる方へ行き、案内を乞うと、うちより人が出て、
「どなたさま」と言えば、
「あいつめでござります」
[#地付き](福禄寿)
信濃者
亭主が向かいの家へ行っているとき、急用でき、内義、新参の信濃者を呼び、
「コレ、向こうのうちへ行って、手をついて、忠兵衛に用がござります、ちょっと帰りますように、と横柄《おうへい》に言うのだよ」と言いつける。折ふし忠兵衛、見世にいあわせて信濃者を見つけ、
「わりゃ何用で来た」
「われを呼びに来た。今帰りゃれ」
[#地付き](鳥の町)
低度成長
「人というものは変るもので、幼少のとき馬鹿な者は、成人して利口になり、また子どものとき利口な者は、大きくなると馬鹿になるものだ」と旦那がいえば、そばにいた男、
「さようならば、はばかりながら旦那さまは、御幼少のときはさぞお利口でござりましたろう」
[#地付き](落咄弥次郎口)
間接話法
田舎の客人が来て、
「どうぞ茶漬を一膳ふるまって下さい」
「かしこまりました」と言ったものの、折あしく飯がなく、おはちの底をかき集めて、一膳盛って出す。客、すぐにかっこんでしまい、お代わりをしろと言うだろうと待ったが、言ってくれないので、もじもじして茶碗をひねくりまわし、中を相手に見せながら、
「これはよいお茶碗だ。よっぽどしましたろう。いつお求めになりました」というと、かみさん飯びつの蓋をあけて、中を客の方へ向け、
「これといっしょに求めました」すると客が、
「では、お茶をくださりませ」
[#地付き](江戸前噺鰻)
苦界《くがい》
吉原の茶屋の亭主、傾城かたへ歳暮に行き、
「さきほどはお歳暮下されかたじけない、|幾久しく《ヽヽヽヽ》よろしく」と言えば、傾城聞いて、
「いやなこッた」
[#地付き](売言葉)
観音の足
ある貧寺の本尊、千手観音開帳ありて参詣|群集《くんじゆ》しけるに、ちと物知り顔の者、内陣へ入りてとくと拝み、役僧へ尋ねけるは、
「千手観音さまと申しまするは、お手は千本ござりますに、お足はたった二本、これはどうしたものでござります」
「さればさ、その|おあし《ヽヽヽ》がたらぬゆえに開帳さ」
[#地付き](按古於当世)
駄じゃれ
「モシ大家さま、わたくしの向かいの下駄屋が、ただ今死なれました」
「ハテさっきまで見かけましたに、どうして死なれました?」
「二階からゲタリと落ちて、鼻をつかれました」
「とぶらいはエ」
「足駄でござります」
[#地付き](俗談口拍子)
富士見西行
西行法師諸国修行のとき、三保の松原のあたりで、追剥二三人出て西行を取りまき、酒手を渡せ、さもなくば斬り殺さんと言うとき、西行少しも騒ぐ気色《けしき》なく、
「その方どもが刀にて愚僧が身は切れまじ」
「なぜに」
「汝ら、不死身西行を知らぬか」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
うちでの小槌
大黒天へ福を祈らんと参詣して、七日|通夜《つや》しけるに、満願の夜、大黒現われたまい、袋をひろげて底の方から金百両出し、与え給う。ありがたく頂だいして、
「ただ今見ますれば、紫檀《したん》に高|蒔絵《まきえ》、銀金物打った小槌が、袋の中に見えました。あれは結構な小槌でござります」
「あれはおれが遊びにでも行くときに、持って出るよそいきの小槌だ」
「そのお手にお持ちのは」
「これはうちでの小づち」
[#地付き](気のくすり)
借物の弁
お稚児さま、お実家《さと》が貧しく、晴れがましきときは、なにもかも借り物じゃ。借りぬものはちんぽばかりじゃ、と人の言えば、稚児聞いて、
「まことに口惜しや。そのちんぽもおれのではないげな」
「なぜに」
「人が見ては、馬の物じゃと言う」
[#地付き](きのふは今日の物語)
鯨頭牛肉
ある夕ぐれ、鯨ア鯨アと売り来るを、呼び込んだが、「これはだめじゃ。牛そうな」という。鯨売り腹を立てて、「いやならいやで済むことじゃ。それを牛じゃと言って、人の売り物にケチをつけおる、かんにんならぬ」と、大肌ぬぎになってつかみかかれば、隣の菓子屋立ち出で、
「おぬしの腹立ちもっともじゃ。さりながらよく聞きゃれ、先日おらが饅頭のむしたてを店へ出したら、通りがかったやつが、この饅頭は|うま《ヽヽ》そうなと言った。鯨を牛というのと、あまり違いはない」
そばより番太郎まかり出て、
「ご異見、もっともじゃ。わたくしはこのあいだ、夜ふけてウツラウツラ眠っていると、表へ若い者来たり、何時かと問うたが、あまりの睡さにあいさつせずにいたら、ここの番太めは、|いぬ《ヽヽ》そうな、と申して、行きおりました」
[#地付き](かす市頓作)
四ツ足
「きつう寒いな」
「ようおいでた。寒いにチャット炬燵へおいで」と、友同士炬燵へあたり、
「今夜は鰒《ふぐ》といこう。貴様も食うか」
「イヤイヤ鰒はおれは食わぬ」
「食べればよいに、貴様|怖《こわ》いか」
「イヤ怖いことはなけれど、食いつけぬによって。その代わり四ツ足なら何でも食う。犬猫狐狸は申すに及ばず、牛馬猿そのほか四ツ足とさえ言えば食う」
「そんならこの炬燵の櫓《やぐら》も四ツ足じゃ。これを食え」と差し出せば、
「サアそれも食わぬではないが、あたると知っては、どうも食いにくい」
[#地付き](夕涼新話集)
理の当然
津の国中川という所に、長さ十五丁の間、堤のふしんするとき、堤を築《つ》く所々の村役に飯や菜《さい》を接待させる。下村の名主は後家にて、諸事をとり行ないけるが、きょうの昼めし、後家の番に当り、煮〆《にしめ》などととのえて昼めしを出す。奉行、後家に向かい、
「結構な昼飯に、汁をなぜ出したまわぬ」と言えば、
「わたくしの前をついてくだされば、なるほど汁を出しましょうが、まだ上の村でござるゆえ、汁は出ませぬ」
奉行これを聞いて、
「それはもっともなり。こなたの|おえ《ヽヽ》次第に|かかろう《ヽヽヽヽ》」
[#地付き](正直咄大鑑)
正気
「福は内、鬼は外」と、豆打ちおさめて、酒のんでいるところへ、門《かど》の戸グヮラリと押し明ける。見れば赤鬼なるゆえ、豆をとって打たんとすれば、鬼いうよう、
「コレコレ、ちっとのうちじゃ。置いてくだされ。今そこへなま酔いが来ます」
「ハテらちもない。鬼とも言わるる者が、なま酔いを怖がってすむものか。出て行かっしゃい」
「イヤサそうでない。醒めるとしょうきになる」
[#地付き](俗談口拍子)
糠《ぬか》に釘
丑の刻参り、神木に灸をすえている。宮守り見つけ、
「なぜ釘を打たぬぞ」
「何を隠しましょう、私が呪《のろ》う男はぬか屋さ」
[#地付き](座笑産)
流罪《るざい》
宗匠、吉原へ通い初《そ》め、手あたり次第に質に入れる。狩野探幽の天神の絵、こればかりは大せつと残し置きしが、今ははや質草のたね尽き、せんかたなく天神に向かい、
「私儀、ふと吉原の女狐に招き込まれ、家のうちきれいさっぱりとあいなり、お淋しゅうござりましょうから、しばらく質屋の蔵へおいで下さるべし」と願いければ、天神お涙をはらはらとこぼしたもう。
「コレ何ゆえにご落涙あそばします」
「また流されるであろう」
[#地付き](近目貫)
女傑
「源平盛衰記とやらの講釈を聞いたが、木曽義仲の妾、巴御前という女は強いものだ。昔は女でさえあのような力がある」と言えば、
「昔とおっしゃるが、今もござります」
「それはどこに」
「吉原の女郎だそうだが、私の隣の角力取りが、その女郎を買いに行って、まわしを取られ*て、振られたと」
[#地付き](笑嘉登)
* 遊里語のまわしと力士のまわしをかけた。
かきにくい
駕籠かきから成り上った分限者《ぶげんじや》、歴々にまじって茶の湯の会へ行き、床《とこ》に探幽の富士の掛物のあるを見て、
「サテモサテモみごとな出来、山坂はとりわけかきにくいものだのに」
[#地付き](福禄寿)
鼻惜しい
人の妻に不義して、ほんの亭主に見つけられ、大さわぎの末、
「命さえ助かれば、どうなと心まかせに」と詫びると、亭主、かみそりを振り上げ、
「しからば、鼻をそいで許すぞ。心がらとは言いながら、口惜しかろ」
「イヤ口惜しくはないが、鼻が惜しい」
[#地付き](軽口機嫌袋)
蚊退治
「この夏は蚊が多くて難儀だ。紙燭《しそく》で焼こうとしても、思うように取れぬ」
「それは取りようがある。壁に酒を吹きかけると、たくさんとまる」
「なるほど、もっとも」と、やって見ると、おびただしくとまったゆえ、
「早く上から戸板でおさえろ」と言えば、蚊が、
「ことのほか、酔いました。このうえおさえられ*てはたまらぬ」
[#地付き](軽口片頬笑)
* 飲みほした盃をすぐに満たしてすすめるのを、おさえるという。
もめごと
風流はつ夢御まくら紙、この枕紙をあてて御寝《げし》なりますれば、めでたいことを夢に見ます、とあれば買いもとめたが、夜の夢に大神宮と荒神さまと大げんかをする。男、大きに腹を立て、枕紙をよく見たら、そのはず、紙がもめていた。
[#地付き](江戸自慢)
食わん食わん
さる寺の長老、ことのほか鮓好きにて、ふだん鮓をつけ置く。小僧、いつかは盗み食わんと思う折から、長老の留守になりしゆえ、盗み食い、長老さまお帰りのうえは、さだめて詮議があろうと思い、鮓の飯を仏様の口のはたにつけておく。さて、長老もどって見れば鮓一ツもなし、小僧を呼び調べれば、身に覚えがないという。それから仏前へ参って見ると、仏の口に鮓の飯がついているので、さては鮓盗人知れたりと、箒《ほうき》を持ち来たり、思うさまたたけば、金仏ゆえ、
「くわんくわん」と鳴る。
「まだ食わんと言うか」となおも烈しくたたけば、あたりの位牌までグヮラグヮラとこける。長老それを見て、
「ハテ、食わぬ衆は騒ぐまい騒ぐまい」
[#地付き](福禄寿)
釣鐘夫婦
釣鐘が言うよう、
「これ撞木《しゆもく》さん。お前とわしほど中のよい夫婦《めおと》はないわいな」撞木がいわく、
「なるほど、つかれ手もひとり、つき手もひとり、おれは鎖でつないであり、そなたは上の鉤《かぎ》にかけてあり、互いに悋気《りんき》もなくてよいわいの」釣鐘ニッコと笑って、
「それゆえお前がいとしゅうゴオンす」
[#地付き](軽口春の山)
百年目
三月花盛りのころ、さる商家の隠居、丁稚を供につれ祇園知恩院より高台寺辺を桜狩りして楽しみ、ゆるゆる廻られしに、うちの手代、遊女や仲居たいこを大勢つれて、大騒ぎにて花見に廻るに行き会いければ、かの手代大きに肝をつぶし、うろたえて、
「久しくお目にかかりませぬ」
という。隠居見ぬふりして行き過ぎ、あちこちの花見して廻られけり。
右の手代、隠居より先に帰りいたるを、休息の後よびよせ、
「さてさてそちは放埒者、沙汰の限りなれどこのたびは許す。以後きっとたしなめ」と言えば手代は恐れ入り、
「この後はかたくたしなみましょう」という。隠居さらに、
「それにしても、今朝うちを出るまでいっしょにいた者が、久しゅうお目にかからぬと言ったのは、どういうわけだ」
「そのときは、百年目と思いました」
[#地付き](軽口片頬笑)
馬の見立て
尼さんが三人つれ立って通る路ばたに、馬めが巨大なものをますます巨大にさせている。尼たち見て見ぬふりで通ったが、ひとりがこらえかねて、
「さてもみごとなもの。あれに皆で名をつけましょう。わたしは〈九こん〉とつけます」
「そのいわれは?」
「酒《くこん》は昼でも夜でも飲みさえすれば、心が勇んでうれしい。そのうえ、三々九度と言って、九はいのむのが本来、飲めば飲むほどおいしい。こんなよいものはまたとあるまい」と言うと、あとのふたりも口々に、
「わたしは〈梅ぼし〉とつけます。見るたびに食慾が起こって、つばきがたまる」
「わたしは〈鼻毛抜き〉、ぬくときは涙が出ます」
[#地付き](きのふは今日の物語)
猫足
「風呂があいている。今おれが出たあとだが、はいらんか」
「オオそれはよかろう」と裸になって、風呂へ片足いれて、
「あつい」と足をひく。
「エエいくじのない。そんなにあつくないから、こらえてはいりたまえ」
「イヤうめてくだされ、おれは大の猫足だ」
[#地付き](聞上手)
寝小便新療法
さる女郎が、器量もよくことのほかはやりっ子なれど、夜の泊まり客のないのは、寝小便のため。抱え主これを難儀に思い、医者に療治をたのむ。医者、女郎を二階へつれ上がり、前を開かせて手を三ツたたき、
「もはや今晩からは気づかいない」
「これは不思議な療治。どういうわけでござる」
「サレバ、代物《しろもの》を見て手を打ったから、小便はなるまい」
[#地付き](口合恵宝袋)
江戸ッ子
大仏さまの眼の玉抜け落ち、京大坂の者に値をつもらせけるに、千五百両とつもる。江戸の者は二百両と申して請け合う。
京大坂の者の見積りは、下にて大きな眼玉をこしらえ、大そうな足場をかけてはめる工夫。江戸者の考えは、コイツ抜け落ちた物ゆえ、中に落ちてあるはずと、うちへはいりて見れば、はたして眼の玉うちに落ちてあるゆえ、上へあげてまんまとはめける。
京の者見物して、
「あいつ眼玉をはめて、どこから出おる。出所はないはず」と見ているうちに、鼻の穴より抜け出たれば、
「テモさても、目から鼻へ抜けおった」
[#地付き](猫に小判)
木馬の看板
餅屋の看板に木馬を出してある。ある人、餅屋のあるじに、
「あれは、うまいと言う洒落だろう」と問えば、あるじ、かぶりを振って、
「イヤ、ひとのより大きいという心でござる」
[#地付き](軽口東方朔)
ちらし書き
「なじみの女郎に小袖をやろうと思うが、何ぞよい趣向はあるまいか」
「あるともあるとも。腰から下へ歌がるたを散らし書きにしたら、類があるまい」
「それはよかろう」と、さっそく頼み、染めができ上がって、急ぎ仕立て見たところが、ちょうど臀《いしき》の所に
〈はなぞ昔の香に匂ひける〉また、上前の帯の下に、
〈人こそ知らねかわくまもなし〉
[#地付き](さしまくら)
巧言令色スクナイカナ仁
儒者のところへ盗人来たり、壁の間より手を差し入れ、かけがねを外《はず》さんとするところを、弟子たち見つけて、その手をとらまえ、釘にて打ちつけんなどさわげば、儒者、奥より立ち出で、よしなきことをせらるるな、と言って銭百文を盗人の手に握らせ、
「重ねて来るな」と手をはなせば、盗人帰りさまに、
「すくないかなぜに」
[#地付き](軽口浮瓢箪)
毒断ち
ある人、病い重く、医者が来て薬を盛り、いろいろの毒だちを紙に書きつけたが、親類の手前をはばかり一儀のことはぬかしたのをいいことに、いっこう慎しまぬゆえ、病気再発。医者が叱ると一首の歌をよんだ。
毒断ちのうちならばこそ悪しからめ|そそ《ヽヽ》は何かは苦しかるべき
[#地付き](きのふは今日の物語)
貧乏幽霊
ばくちに負け丸裸になって帰り、女房の着ていた袷《あわせ》を引きほどき、裏を亭主、表を女房が着ながら、
「モウばくちをやめて下され。この寒いのにひとえ物一つで、なんで命が続きましょう。もし凍《こご》えて死んだら、幽霊になって出ます」
「なに着物もなくて出られまい」
「この引っときを着て出ます」
「ハテ貧乏な幽霊だ。そして何という」
「裏ほしやア」
[#地付き](福来すずめ)
後架《こうか》門院
ある人近所のちと小学問をした者の所へ行き、
「先生ちとお聞き申したいことがあってまいった。アノ屁をおならと申しますが、どういう訳でござります」
「それは知れたこと、百人一首の中にもござる。〈いにしへのならの都のやへざくら今日ここのへににほひぬるかな〉、そのならにおの字をつけて、おならと申す。しかし読人《よみびと》がわるい、伊勢の大輔じゃが、同じことなら、皇嘉門院の別当ならばなおよい」
[#地付き](按古於当世)
長き未来
さる歴々の奥方、後生願いにて長老さまからありがたいお説教を聞き、余念なきおりふし、おならをぶうとやられた。面目なさに畳を引っ掻いて鳴らすなど、まぎらそうとすると長老知らぬかおで、
「たとい此世はとりはずすとも、長き未来をお奈落の底へ取り外《はず》さぬよう、異香薫る極楽世界へ行くようにしめされよ。南無あみだんぶイ」
[#地付き](軽口大矢数)
謡い初め
「おれは、高砂やこの浦舟に帆をあげてだけおぼえた」と言えば、友だち、
「今夜の謡い初めにそれをうたえ。そのあとを皆でつけてうたうから」とすすめる。
さて、まっ先に高砂やと謡い初めたが、いずれもあきれてあとをつけず、うろたえてもう一度、帆をあげてエとやってもつけず、いっそううろたえて、
「助け舟」
[#地付き](軽口あられ酒)
三ツ子の人魂《ひとだま》
三ツになる子供が死んで、百万遍を繰っていると、二階から人魂がとんで出る。
「ヤレ人魂が出たわ」
「ほんにまた出る。これは珍らしい」
「ソレまた出たわ、これは驚いた。まだ出る、どうしたことじゃ」と評判すれば、脇から、
「何さ、まだいくらも出るものでござる」
「ソリャなぜ」
「ハテ、三ツ子の魂百まで」
[#地付き](初登)
掛《かか》り人《うど》
禿《かむろ》、布袋《ほてい》の掛け物をながめ、
「モシこの布袋さんは、大きなおなかでありんす。おめしをどれほど食べなんしょう」
「五升ほども、あがるであろう」
布袋、腹の中で、
「馬鹿を言うな。掛かって*いては食われぬ」
[#地付き](座笑産)
* 居候をすることを掛かるという。
味噌屋火事
奉公人寄り合い、今夜は旦那守じゃ、田楽を食うて遊ぼうと、大道の田楽屋へあつらえたが、出来ぬうちに旦那もどられ、手ずから門口をしめ、皆寝よ、火の用心はよいかと、奥へ入ろうとするところへ田楽持ち来り、表をたたく。
「何者じゃ」と旦那が言えば、
「辻からでござります。焼けました」
旦那きもをつぶして戸をあければ、田楽を差出す。旦那すかさず、
「南無三宝、これはしたり。味噌屋へ火がついたそうな」
[#地付き](軽口大矢数)
なぞ
「父《とと》さん、謎かけよう。面《めん》があるくナアニ」
「サレバなア、解けた解けた、貫之《つらゆき》であろ」
「まチット足らぬ。木のつらゆきサ」
[#地付き](当流咄初笑)
レジスタンス
また例の病みつきのばくちで裸になり、しょうことなしに二階へあがり、寝て見ても寝られず、
「かかアや、何ぞかける物はないか」
「アイそこらに折れ釘がありましょう」
[#地付き](いちのもり)
濁点
通り町の鏡屋に、かかみやと仮名に書き看板を出せし家あり。いたずら好きの男、店先へ来て、
「なぜ内義を出しておかぬ」
「それは何事でござる」
「看板にかか見やと書いてある」
「これはあやまりました。さりながら、わたくしがこのとおりかがみ*ますれば、堪忍あれ」
[#地付き](咄大全)
* へりくだることをかがむと言う。
思案
客十一人来たり、椀が一つ不足ゆえ、大家どのだけ黒椀で出すと、
「皆の衆へは赤い椀、ひとりだけ黒椀とは心得ぬ」と立腹。親類のもの見かねて台所へ行き、
「ほかに朱わんはないか」
[#地付き](軽口大黒柱)
優越感《スーペリオリテイ・コンプレクス》
上州館林のほとりで長雨に降り込められ、つれづれのあまり将棋の相手をさがす。所のもの二三人来てさしはじめたが、江戸者は何番さしても勝負にならず、宿の亭主に、
「あの人たちは土地での指折りであろうの」
と言えば、
「イヤ、初心者でござります」
「ハテ、もっと弱いのがいたら、呼んでくだされ」
「イエ、あれより弱いのはおりませぬ」
「ハテ、田舎は不自由だ」
[#地付き](楽牽頭)
[#改ページ]
あとがき
ダイヤルをひねりさえすれば、どこの局かの電波が笑いをのせてとび込んで来るという、娯楽はんらんの現代とちがって、遠い昔の人びとにとって、笑いはそう手軽く得られない貴重品であったに相違ない。先祖代々語りふるし聞きふるした話のほかには、たまに外来者が耳あたらしい話題をもちこむにすぎない。もちろん人間は日常生活のささやかなことにも笑いを見出すことができるし、また〈笑うかどに福きたる〉という諺は、そういう態度が人生の幸福につながることを教えているが、笑いの欲求不満の感じはまぬかれなかったと思われる。
笑いの欲求不満を裏返せば笑いへのあこがれである。そこで、財力のある貴族や領主は話し上手で笑いのレパトリーをたくさん持つ話術家を召抱える。いわゆるお伽衆・咄し衆で、必要なときに呼び出して能力を発揮させるのである。ずいぶん|高くつく《ヽヽヽヽ》笑いだが、彼自身の娯楽になるだけでなく、客へのご馳走にもなるから、減価償却できるというものだ。曽呂利新左衛門という男〈正体はあまりはっきりわからない〉が豊臣秀吉の側近にはべって、たわいない馬鹿っぱなしをしたり、時には頓智をもちいて太閤をやりこめたりしたことがよく知られているが、秀吉の身辺にはほかにもさまざまのタレントがお伽衆として仕えていた。他の大名たちもそれぞれお伽衆を抱えて、当意即妙の機智や笑話のストックを複雑な人間関係の潤滑油として役立てたのである。
お伽衆の咄の内容は『戯言養気集』『きのふは今日の物語』『醒睡笑』などからうかがうことができる。江戸時代に入って印刷技術がおこり、出版がはじまるとまもなく、他の実用書にまじってこれらの笑話集がいち早く刊行されたのは、それが娯楽書であるばかりでなく、実用的価値があったからだと思われる。おそらく上層の人びとの社交上の教養として要求されたのであろう。三つのうち、猥談の多いのが『きのふは今日の物語』、もっとも話数が多くもっとも整った構成をもつのは『醒睡笑』である。後者は当代一流の文化人でまた高僧である安楽庵策伝が、幕府の高官〈京都所司代〉板倉周防守重宗に依頼されて編さんしたもので、とくに策伝は重宗の子息が将来支配階級の一員として活動するための教養・参考にしようという意図をもっていたらしい。いわばユーモア読本だったのである。
『醒睡笑』は笑話を分類して、こじつけ・おだて・物知らず・かつぎ屋・しわい屋・知ったふり・愚か者・無筆・破戒・酒のみ・好色・嫉妬・あわて者・洒落など四十二にわける。ほぼ妥当な分類である。集めた咄も選択が適当で、日本の笑話のすぐれた集大成と言ってよい(刊本よりも写本の方が話数が多いので、醒睡笑、広と書いて区別した)。ここに取られた咄には、宇治拾遺物語・古今著聞集・沙石集などの中世説話集や狂言、支那の笑話集『笑府』、西洋のイソップ物語と一致するものがある。直接それらから採ったか、民話となって流布《るふ》していたのを採ったかは、知るべくもないが、ともかく同じ主題《モテイフ》の咄が東西古今に共通することは確かであり、策伝の分類は今この現代にも大体通用する。
『醒睡笑』の後に笑話本がつぎつぎと出たことは、出典を見ていただけばわかる(もち論ほかにまだたくさんある)。しだいに庶民向けの娯楽読物となって、軽口と題する笑話集が上方で数多く出たが、おおむね従来の笑話の庶民化で、創作笑話はごく少ない。このことは十八世紀後半から江戸で流行したいわゆる江戸小咄の場合も同様であった。小咄は緩慢な軽口咄とちがって、軽快簡潔な語り口を特色とする。そして蜀山人・馬琴・京伝・三馬・一九など文芸界の一流も小咄本を作っているが、じつは上方の軽口やそれ以前の咄を江戸風の表現になおしたものが大部分で、本質的には変ることがないので、わたしはそれらをひっくるめて――サンプル程度に入れた中世のものまでもひっくるめて分類をこころみた。読者の興味をそぐことを恐れて公式的分類を避けたので、ややごたごたしたきらいがあるが、類書にない特徴となりえたかと思う。なおまた、それらを小咄と総称することはちょっと不適当だが、既刊の≪ふらんす小咄大全≫におつき合いした次第である。
初期の笑話の素朴な土の香、軽口咄の上方らしい柔軟性、江戸小咄の歯切れのよさ、いずれも庶民の生活感情が溢れるばかりだが、それだけに言葉や習俗の難解さがつきまとうので、時に現代語訳したり、意訳したり、省略したりした。
なお、宮尾しげを氏、森銑三氏、武藤禎夫氏の著書論文の恩恵と、咄本の借覧を許された諸家のご好意とに感謝の意を表したい。
[#地付き](浜田義一郎)
[#改ページ]
出典
十三世紀ごろ 沙石集・雑談集
十五・六世紀 狂言 多聞院日記
十七世紀 〔元和〕戯言養気集・きのふは今日の物語・醒睡笑 〔万治〕百物語 〔寛文〕徒然御伽草 〔延宝〕軽口曲手鞠・咄物語・当世軽口咄揃・当世手打笑・軽口大わらひ 〔天和〕うそ八百 〔貞享〕当世はなしの本・鹿の巻筆・日待ばなしこまざらひ・咄大全・けらけらわらひ 〔元禄〕枝珊瑚珠・軽口露がはなし・かるくちばなし・正直咄大鑑・露新軽口ばなし・諸国落首咄・初音草噺大鑑・吉原大笑遠慮・軽口大矢数
十八世紀 〔元禄〕百登瓢箪・軽口御前男 〔宝永〕軽口居合刀・露休置土産・軽口あられ酒・かす市頓作・福禄寿・軽口利益咄・軽口野鉄砲・軽口三杯機嫌 〔正徳〕新話笑眉・軽口福蔵主・軽口蓬莱山 〔享保〕軽口福ゑくぼ・軽口機嫌袋・座狂ばなし・軽口独機嫌 〔元文〕軽口福おかし・軽口新年袋 〔寛保〕軽口耳過宝 〔延享〕軽口花咲顔・笑布袋 〔宝暦〕軽口浮瓢箪・軽口福徳利・口合恵宝袋・軽口東方朔・軽口太平楽・軽口腹太鼓 〔明和〕軽口片頬笑・軽口春の山・絵本軽口福笑・友だちばなし 〔安永〕鹿子餅・聞上手初編・楽牽頭・譚嚢・軽口大黒柱・座笑産・今歳花時・聞上手二編・俗談口拍子・近目貫・飛談語・千里の翅・再成餅・さしまくら・今歳噺二編・仕形咄・都鄙談語三編・芳野山・出頬題・茶の子餅・仕方噺口拍子・稚獅子・軽口五色紙・豆談語・いちのもり・聞童子・打出の小槌・軽口花咲顔・春遊機嫌袋・浮世はなし鳥・高笑・鳥の町・売言葉・葉留袋・咄献立・春笑一刻・気のくすり・はつゑがほ・寿々葉羅井・鯛の味噌津・大きにお世話・万の宝・福の神・笑ひぞめ・初登・夕涼新話集・軽口開談義・豆だらけ・道づれ噺・咄角力 〔天明〕いかのぼり・福寿草・売集御産寿・柳巷訛言・うぐひす笛・話句翁・猫に小判・独楽新語・千年草・百鬼夜行・男女畑 〔寛政〕室の梅・福来すずめ・樽酒聞上手・かたいはなし・太郎花・滑稽即興噺・廓寿賀書・巳入吉原井の種・詞葉の花・春の駒・臍が茶・違ひなし・無事志有意・松魚風月・市川評判図会・腹受想
十九世紀 〔享和〕文武久茶釜・笑の友・咄の開帳・軽口噺・遊子珍学文・笑嘉登・一口饅重・臍繰金 〔文化〕按古於当世・江戸前噺鰻・種が島 〔文政〕咄の歳入・春興噺万歳・江戸自慢・噺栗毛・咄の安売 〔天保〕笑ふ林・はなしの種 〔嘉永〕新板落しはなし
以上のほか、噺雛形・噺の大寄・大神楽・恵宝棚・かの子ばなし・軽口花ゑくぼ・大わらひ開の賑ひなど刊年不明のものからも選んだ。
浜田義一郎(はまだ・ぎいちろう)
一九〇七―一九八六。東京大学国文学科卒。江戸期の町の人々の風俗に造詣が深い。著書に『大田南畝』『風流たべもの誌』『川柳・狂歌』など多数。
本書は一九六二年七月、「世界ユーモア全集」の別巻として筑摩書房より刊行され、一九九二年七月、ちくま文庫に収録された。