TITLE : 世界昔ばなし(下) アジア・アフリカ・アメリカ
講談社電子文庫
世界昔ばなし(下)
アジア・アフリカ・アメリカ
日本民話の会 編訳
目 次
『世界昔ばなし』によせて  木下順二
シベリア
カラスとフクロウ(アジア・エスキモー)
シャチの国へいった男(アジア・エスキモー)
手まりをもった女(チュクチャ)
縫いものをするクトフ(イテリメン)
キツネとカワメンタイ(エヴェンキ)
小さい男と魔物のマンギ(エヴェンキ)
貧乏じさまと物持ちじさま(ウリチ)
アイヌ
この世にセミの生まれたわけ
キツネ神とカワウソ神
石狩の少年と悪おじ
キリギリス
ものぐさぼうず
韓 国
ひきがえる聟
ムカデと青大将の闘い
三番目のいたずら息子
藁縄一本で長者になる
トケビの話
中 国
ブタの化け物 猪八戒(ちよはつかい)(漢)
ヘビのだんな(漢)
ふしぎな十人兄弟(漢)
チャンさんと龍宮女房(漢)
ふみだんちゃん、しきいちゃん、ささらちゃん(漢)
ガマ息子(ハニ)
ガチョウ飼いの娘とヤマンバ(トン)
チンバオ(トン)
兄と弟(リス)
もの言う敷居(リス)
インドネシア
月の女神をほしがった巨人
亀さんの笛
モクセルさんの女房
インド
バラモンとライオン
暗愚国の話
塩の味
半分小僧
三つの魔法の品とふしぎな薬草
中央アジア
王様の名前(ウズベク)
貧しい男の運(トルコ)
木こりとテーブル(トルコ)
アフリカ
カメレオンとトカゲ(マルギ)
亀とウサギ(バフト)
千四百個の宝貝(ヨルバ)
エシュ神の悪戯(ヨルバ)
悪童サンバ(フルベ)
アメリカ
まじない師とバッファロー(クリー・インディアン)
ビーバーとミンク(コーストセリッシュ・インディアン)
空飛ぶ奴隷たち(黒人)
タール・ベイビィ(黒人)
木こりの巨人、ポール・バニヤン(白人移民)
天上の結婚式(アルゼンチンのケチュア)
マテ茶(アルゼンチンのグアラニー)
その一 マテ茶の木の起源
その二 カア・シ〈マテ茶の木の母さん〉
解説
あとがき
執筆者紹介
出典
世界昔ばなし(下) アジア・アフリカ・アメリカ
『世界昔ばなし』によせて
この本の何よりの特徴は、誰かが手を入れたいわゆる再話をではなく、口で語られた話そのままを活字にしていることだ。だがこの場合は、なにしろ外国語の話だから、翻訳の上で、さぞかし難事業だったろうと思われる。
ヨーロッパの話が五十、アジア・アフリカ・アメリカの話が五十。これはたぶん日本で初めての試みで、しかしそれだけ、各民族の発想や生活感情、生活様式などがじかに感じとられる点、まことに貴重な収穫であるといえる。
また例えばこういう問題がある。日本の民話と世界の民話に非常に似たものがあり、しかしなぜそうであるのかの理由は、未だに解明されていない。最も典型的なのは、日本の「味噌買い橋」とイギリスの「スウォファムの行商人」の相似性だが、今度の刊行は、そういう問題を考える手がかりも与えてくれるに違いない。
つけ加えれば、『ガイドブック日本の民話』と『ガイドブック世界の民話』という本が講談社から既刊されているが、この二冊をいわば概論書と考えれば、本書はその豊富な実例を与えてくれるわけで、これらの書物を組み合わせて活用することにより、まだ誰も気がついていなかった新しい問題点が与えられるかも知れないという期待をも、われわれは持つことができる。
そしてそれらの期待は、これらの本を漫然と読むことからではなく、われわれがいかに考えながら読むかということによって充たされるであろうということも、忘れてはならないだろう。
一九九一年 冬
木下順二
シベリア
カラスとフクロウ
→解説
むかし、カラスとフクロウがひとつの家にいっしょに住んでいた。けんかもせず、仲よく暮らし、獲物もいつもふたりで分けあって食べていた。カラスもフクロウも女で、そのころはふたりともまだ体じゅうまっ白だった。
こうしてふたりはいっしょに暮らし、年をとっていった。あるときのこと、フクロウがカラスにこういった。
「わたしたち、年をとって死んでいくんだけど、このままでは子どもも孫もわたしたちに似て、まっ白いのばかりできるわね」
そんなわけでフクロウはカラスにたのんで羽をきれいに染めてもらうことにした。カラスもそれはいいというので、じぶんの尾羽を一本抜いて、明り皿の古い油をつけてフクロウの羽に塗りはじめた。フクロウは身じろぎひとつしないで、じっとしていた。まる一日フクロウの羽を染めていたカラスはすっかり染めおわると、
「あんたがかわいたらすぐに、こんどはわたしの羽を染めてちょうだい」
といった。
フクロウはうなずいて、じぶんの羽がかわくと、カラスにいった。
「さあ、こんどはわたしがあんたを染めてあげるわ。いいこと、目をつむって、じっとしてるのよ。動かないでね」
カラスは目をつむってじっとしていた。するとフクロウは明り皿の油をとってカラスの体にたらたらっとかけて、体じゅうまっ黒にしてしまった。
カラスはかんかんになっておこった。
「なんてひどいことをするの。わたしはあんなにせっせとあんたの羽を染めてやったじゃないの。見てよ、あんたひとり、こんなにきれいになって。このうらみはけっして忘れないわ。孫の代、ひ孫の代になっても、わたしたちカラスはあんたを許さない。こんなにまっ黒にされちゃって、人目につくったらありゃあしない。わたしとあんたとはこんりんざいあかの他人、敵と味方よ」
このときからさ。カラスの羽がまっ黒になり、フクロウの羽にきれいな模様ができたのは。
(斎藤)
シャチの国へいった男
→解説
ナパクタクの男がカヤックに乗って崖のあたりに漁に出たときのことだ。なん艘(そう)かのバイダーラがしとめた鯨をひいていくのを見た。男はバイダーラに近寄って、バイダーラの人たちの目につくようにしたが、すぐそばまでいってもだれも気づかないのさ。
「このバイダーラは鯨をひいて、いったいどこの岸に着くんだろう。あとをつけてみよう」
男はそう思って鯨打ちたちのあとからカヤックをこいでいった。岸に着いたが、そこはまったく知らない村で、見おぼえのない土地だった。岸にあがって、カヤックを引きあげたところへ、何人かの人たちが岸におりてきた。一度も見たことのない人たちだった。その人たちが鯨をさばきはじめたので、男はそれをじっとながめていた。ところがこの男がみんなの間をあるきまわったり、肘でこづいたりしても、だれも気づかないのさ。
そのとき、子どもをつれた女が亭主の名を呼んで、
「この子に鯨の皮を切ってやって」
といった。
亭主がいちばんうまそうなところを切って、女の足もとに投げてやった。男は女がそれを拾うまえにそばにいって、鯨の皮を足でけとばした。
食べ物が消えてしまったので、女はあたりをさがしまわったが、それがどこにもないんだ。男は女が背を向けたすきに鯨の皮の切れっぱしをさっとつかんで、女の背にはりつけた。すると、なんとふしぎなことに、鯨の皮がすっと消えて、女の皮膚の中にはいってしまったじゃないか。女はさけび声をあげて、背中がちくちく痛いといってさわぎだした。すると亭主がかけてきて女をそりに乗せて、家にひいて帰った。
男はそのあとをつけていくうち、別の女が鯨の脂身を積んだ荷ぞりをひいていくのに追いついた。男は近寄って、ひょいと荷ぞりにとび乗った。女は立ち往生してしまい、先に進めなくなってしまった。女はつっ立って、
「どうして荷が急にこんなに重くなったのかしら。きっとくたびれて力が出ないんだわ」と思って、一休みすることにした。姿の見えない男はそりからおりると、そこから先はあるいていった。家が立ち並んでいるところへやってくると、男は一軒の家にはいっていった。この家では女が肉を煮ていた。女のよこにはたったいま煮たばかりの肉が皿にのっていた。
「ねえ、その肉をおれにくれ。腹ぺこなんだ」
と男がいうと、女は振り返ったが、だれもいやしない。
「おや、耳鳴りがするわ。そら耳かしら。肉をほしいってだれかがいったのに、だれもいないわ」
と女がさけんだ。
「今度はもっとびっくりさせてやるぞ」
男はそういって皿の肉をつかむと、じぶんの口にほうりこんだ。女は肉の切れ端が皿から飛び出して、宙に消えてしまったのを見て、
「おや、また耳の中で人の声がしたわ。煮た肉がどこかへ消えてしまった。なんてことなの。きっとわたし、死ぬんだわ」
こうして男は煮た肉をみんなよこ取りし、土小屋を出て肉をたいらげてしまうと、もう一軒の土小屋へいった。そして土小屋の敷居のはしに座りこんだ。そこへ娘がふたり、岸から鯨の肉を運んで、こっちへやってきた。そばまできて、敷居をまたいで中にはいろうとしたが、どうしたことだ。入り口は広いのに、中にはいれないじゃないか。
「どうしてうちの入り口は急にせまくなってしまったのかしら」
と娘たちがいった。
こんなふうに男はあちこちあるきまわって、みんなのじゃまをしてあるいたが、だれもこの男に気づかなかった。姿が見えないんだよ。そこでこんどは病気になった女の家にいって、聞き耳をたてると、女がうんうん、うなっているのがきこえた。シャーマンにも、呪術師にも手のほどこしようがなかった。土小屋の中でだれかが、
「あの男を呼んでこい。病気をなおしてくれさえすれば、望みのものはなんでもやるといってくれ」
といった。
土小屋の前に立っている男のそばを使いの男が通りかかったが、なんにもいわなかった。姿が見えなかったのさ。それからしばらくして、下着一枚しか着ていない男が土小屋にやってきた。この家の主人が呼びにやった男だ。この男は姿の見えない男のそばにくると、こういった。
「おまえは何者だ。どこからきたんだ。どうして土小屋にはいらないんだ」
「わたしは鯨打ちたちが鯨をひっぱっていくあとをつけてカヤックをこぐうち、ここへきてしまいました。わたしはナパクタクの者です。ここがいったいどこなのか、わたしにはわかりません。みんながわたしに気づいてくれるように、あれこれやってみましたが、だめでした。わたしの姿はだれにも見えないのです。見えたのはあなただけです。脂身の付いた、鯨の皮をあの女の背中にはりつけたのもわたしです。あの人の背中が痛むのはそのためです」
それをきいた男は、
「おれのあとについて、土小屋の中にはいれ」
といった。
ふたりが中にはいると、カヤックに乗ってよその土地からきたこの男の姿が、今度はその場にいる人みんなに見えた。呼ばれてやってきた男がこういった。
「カヤックに乗ってやってきたこの男は病気をなおすことができる。おまえがこの男をナパクタクまで送りとどけてやればの話だが」
すると、わずらっている女の亭主がいった。
「おれの女房の病気をなおしてくれさえすれば、もちろん、送りとどけてやるとも。女房があんなに苦しんでいるんだ」
鯨をしとめた男がこの土小屋の主(あるじ)だった。鯨の皮を背中にはられた女がその女房というわけだ。男は病気の女のそばにいって、女の皮膚の下から鯨の皮の切れ端を取り出すと、明り皿の前に置いた。すると女がふうっとひとつ、大きな息をした。この家の主が見ると、昼間じぶんが子どものために切ってやった鯨の皮がそこにあった。
次の日の朝、この家の主は舟乗りたちを呼び集めて、バイダーラに鯨の皮を積むようにいいつけた。バイダーラに荷を積んで海に出し、バイダーラにカヤックをしばりつけた。そして男にみんなといっしょにバイダーラに乗るようにいった。それから男をナパクタクへ送っていった。ナパクタクに着くと、男は岸におりた。舟乗りたちは積み荷を下ろすとカヤックをといて、すぐに岸を離れた。
男が陸(おか)の方を見ると、じぶんの村が見えた。もう一度海の方を見ると、もうバイダーラも舟乗りたちの姿もなかった。沖をシャチの群が泳いでいくのが見えるだけだった。男はシャチの国へいっていたってわけなのさ。家に送りとどけてくれたのはシャチだったのさ。おしまい。
(斎藤)
手まりをもった女
→解説
ひとり暮らしの女がいたってことだ。女は大きな、りっぱな家に住んでいて、仕事はなにもしていなかった。仕事といえば、手まりで遊ぶことぐらいだった。寝て目をさまし、ごはんを食べると、
「さあ、いいわ。いきましょう。わたしにはすばらしい、大きな手まりがあるんだもの」
といって外に出て、手まりで遊んだ。一日じゅう手まりで遊んでくたびれると、家にはいって休んだ。
あるときのこと、女は考えた。
「困ったわ。新しい手まりをなにで作ろうかしら。でもきっと、わたしには作れないわ。いいえ、そんなことない。きっとできる。だって、わたしはここの女じゃないんだもの。美しい、月の女なんだもの」
女は空の月を取り、太陽を取って手まりを作った。手まりの片がわは太陽、片がわは月だった。ところが手まりはできたものの、中はからっぽだ。
「こんなに大きくて美しい、わたしの手まりになにをつめればいいのかしら」
女はそういうと、外に出て空を見あげて、こういった。
「わたしの手まりになにをつめればいいのかしら。そうだわ、これを全部つめることにしましょう。空の星をひとつ残らず取ってつめましょう」
女は空の星をひとつ残らず取ると、家の中にはいり、手まりの中に星をちりばめた。そして手まりを縫い合わせると、外へ出た。
ところが空には星ひとつなく、月も、太陽もなかった。どっちをむいてもまっくら闇だ。
「そうだわ、わたしの手まりを空にあげてみようかしら」
女が手まりを投げると、あたりがぱっと明るくなり、手まりが落ちるとまた暗闇になった。手まりを空にあげると明るくなり、手に取ると暗くなる。しばらくして女は遊ぶのをやめて、手まりをもって家にはいった。するとあたりは目をえぐりとられてもわからないほどの暗闇になってしまった。人びとは怖くなった。
「なんとしたことだ。太陽はどこだ。月や星はどこへ消えてしまったんだ」
と男たちがいった。するとインチュヴィン村のひとりの男が考えぬいたすえ、
「おれが犬ぞりを走らせて、見てこよう」
といった。男は油をいっぱいいれた、ワモンアザラシの毛皮でできた袋をふたつ、そりに積みこんで、そりに犬をつけた。そして長くて太いたいまつを一本つかんで、こういった。
「なんてことだ。太陽も、月も、星もなくて、みんながなんぎをしている。おれがルレン村へいこう。あそこに住んでいる妹を訪ねてみよう」
たいまつを油にひたして火をともすと、明りが道を照らした。風は少しもなく、そよとも吹かなかった。男はたいまつを油にひたして、旅を続けた。そしていつしか旅の中ほどまでやってきた。手まりをもった女がそれを見つけた。
「おや、男の人がやってくるわ。なんて賢い人なんでしょう。明りをともしてくるわ。ちょっと外へ出てみましょう。あの人が気の毒だもの」
女は手まりをもって外に出ると、手まりを空へ投げあげた。するとあたりがぱっと明るくなった。
ルレン村へ向かって旅をしていた男はおどろいた。
「これはたまげた。太陽はどこに隠れていたんだろう。月や星はどこに隠れていたんだろう。どうしたことだ。それにあの女、いったいどこから現れたんだろう。きっとみんなを殺すつもりなんだ。あの女をどうしたものだろう。あの女から手まりを取りあげられればいいんだが」
男がそう思って女の方にいくと、女はまた家の中にはいってしまった。するとあたりがまた暗闇になってしまった。男が女の家のそばにいって、
「さあ、出てくるんだ」
というと、女は、
「いやよ」
といった。
「だめだ、出てくるんだ」
と男がいうと、女はまた、
「いやよ」
といった。
そこで男は石のナイフを手ににぎって家の中にはいると、女をつかんでこういった。
「おまえを殺してやる。なんて悪い女だ。おまえのためにみんなが苦しんでいるんだ。殺してやる!」
「やめて!」
「殺してやる!」
女がおどろいて、
「わかったわ。この手まりはあきらめる」
というと、
「それじゃあ命は助けてやろう。さあ、いこう」
と男がいった。
ふたりは外に出た。女が手まりを地面にぽいと投げると、男が、
「そうじゃない。空に投げるんだ。おまえは太陽や、月や、星にいったいなんてことをしたんだ。その手まりをほどいて、空に投げるんだ」
といった。すると女が、
「どうしよう。わたしの手まりがなくなってしまう」
といって、泣きだした。
男はえいとばかり手まりを空高く投げあげた。するとあたり一面ぱっと明るくなった。
「もう二度とこんなことをするんじゃない」
と男がいうと、女は、
「わかったわ。もう二度としないわ」
と答えた。
インチュヴィン村の男が家に帰りつくと、みんながよろこんだ。そんなことがあってから、あの女はいつも縫いものをしているんだよ。手まりを縫っては、その上に太陽と月と星を縫いとって、いくつもいくつも手まりを作っているんだよ。
(斎藤)
縫いものをするクトフ
→解説
クトフは家に住んでいて、いつも縫いものをしていた。あるときのこと、クトフが窓辺に座って毛皮のズボンを縫っていると、なにかがふっと明りをさえぎった。クトフは窓の外も見ないで、こう思った。
「なにやら明りをさえぎっているぞ。きっとおれの鼻にちがいない。えい、切り落としてやれ」
クトフはじぶんの鼻をちょんと切って、また縫いものにとりかかった。ところがまた明りをさえぎるやつがいる。
「また外が暗くなったわい。もしかすると、明りをさえぎっているのはおれの頬じゃないか? よし、頬を切り落としてやれ」
クトフはじぶんの頬を切り落とすと、また座って縫いものをはじめた。こうしてクトフはじぶんの顔じゅうをずたずたに切ってしまった。鼻に、頬に、唇に、眉毛に、まつ毛まで切り落としてしまった。そんなわけでクトフは顔じゅうひりひり、ずきずき、痛んだ。あんまり痛いのでうんうんうなりながら、ふと窓のほうを見ると、子ネズミたちがそりに乗って滑っているじゃないか。
「おまえたちだな、明りをさえぎるやつは。おまえたちのためにおれの顔はずたずただ」
クトフはそういうと、縫いかけのズボンを手にもって外に出た。そしてネズミたちのそばにいって、こういった。
「おれの家の窓の下で滑っているのはおまえたちだな」
ネズミたちが窓がまちの上によじのぼると、クトフはズボンを下に置いて、いった。
「ちびども、さあ、このズボンの中にとびおりな。この中にはいって滑ると、そりゃあいいあんばいなんだ」
するとネズミたちがいった。
「おまえのズボンの中になんか、とびおりるもんか。おいらたちをつかまえるつもりなんだろう」
クトフはそれでもあきらめずにやさしい声でなんどもネズミたちにとびおりるようにいって、とうとうネズミたちを説きふせた。ネズミたちはクトフのズボンの中にすっとん、すっとんととびおりた。ネズミたちがズボンの中にはいると、クトフはズボンをひもでしばって森へいった。森でちょうどいいあんばいの木をさがしまわってやっと見つけると、クトフはその木にむかって、こういった。
「木よ、木よ、頭をたれよ! 木よ、木よ、頭をたれよ! 木よ、木よ、頭をたれよ!」
すると木が頭をぴょこんとさげた。クトフは木のてっぺんにズボンをひっかけると、もう一度木にいった。
「木よ、木よ、頭をあげよ! 木よ、木よ、頭をあげよ! 木よ、木よ、頭をあげよ!」
木が頭をすっくともちあげると、クトフは家へ帰っていった。
ズボンの中のネズミたちは大きな声をはりあげてさわいだ。その声があんまり大きいものだから、狐が聞きつけて、声のするほうへやってきた。狐は木のそばにくると、
「ネズミさんたち、そんなところでなにをしているの」
ときいた。
「クトフがおいらたちをこんなところに吊るしたんだよ」
「そんな木のてっぺんなんかに、いったいどうやって吊るしたの」
「クトフが木よ、木よ、頭をたれよ、木よ、木よ、頭をたれよっていうとね、木がじぶんで頭をさげたんだよ」
狐がそのとおりにいうと、木が頭をぴょこんとさげた。狐はズボンをおろしてひもをとき、ネズミたちを外にひっぱりだしてやった。いちばん小さなネズミだけはくたばっていたが、他のネズミたちはみんな外にでてきた。
狐はネズミたちに、白樺の皮をはいできてズボンの中につめるようにいいつけた。ネズミたちは白樺の皮をはいできて、ズボンにつめた。そしてその上に死んだネズミをのせると、ズボンをもう一度木のてっぺんにかけた。
「クトフがなんていったら、木は頭をもちあげたの」
と狐がきくと、
「クトフは、木よ、木よ、頭をあげよ、木よ、木よ、頭をあげよ、木よ、木よ、頭をあげよっていったよ」
とネズミたちが教えた。
狐がそのとおりにいうと、木がすっくと頭をもちあげた。それからネズミたちは狐といっしょに狐の家にいった。狐はネズミたちに、木の実をとってきて、血のようにまっかな水をつくるようにいいつけた。
それから三日して、クトフはすっぱくなったネズミたちを木からおろしにやってきた。やってきて木に頭をさげるようにいうと、木はすぐにぴょこんと頭をさげた。
クトフはひもをとくと、脇にいって腰をおろした。そして目を細め、袖をまくりあげ、歯を研ぐと、おもむろにズボンの中に手をつっこんだ。そして手さぐりで子ネズミをつかむと、口の中にほうりこんで、食べてしまった。
「おお、なんてうまいんだろう! ふう!」
クトフはそういうと、またズボンの中に手をつっこんで、他のネズミをさがした。だけどネズミはもう一匹もいなくて、ズボンの中は白樺の皮ばかり。クトフはかんかんに怒って、考えた。
「こいつは盗人狐のしわざにちがいない。やつのところにいって、殺してやる」
クトフは狐の家へでかけていった。いってみると狐はわずらっていて、うんうん、うなっていた。
「おまえだろう、おれのすっぱいごちそうを盗んだやつは」
クトフがきくと、狐がいった。
「とんでもない、ぬれぎぬだわ。わたしはもう何日も寝こんでいるのよ。ごらんなさいな。まるで血のおしっこでしょう。なのにおまえさんったら、わたしが食べ物を盗んだなんて。おまえさん、いい人でしょう。この桶をもっていって、中のものを川に捨ててきてちょうだいな」
クトフは狐があわれになって、桶をもって捨てにいった。すると狐がうしろから声をかけた。
「うしろをふりかえらないようにね。ふりかえると困ったことになるんだから」
クトフはあるきながら考えた。
「どうして狐はおれにうしろをふりかえるなっていったんだろう。よし、ふりかえってやれ」
クトフがうしろをふりかえると、赤いナナカマドの実がみえた。
「帰りに狐にあのナナカマドの実をとっていってやろう」
クトフはそう思って、またあるきだした。川のそばまでいって、桶の水を川に捨てようとしたときだ。狐がうしろからそっと忍びよって、クトフを水の中につきおとした。
こうしてクトフはおぼれ死んだのさ。
(斎藤)
キツネとカワメンタイ
→解説
川岸のキツネがカワメンタイを見つけた。カワメンタイは身動きひとつしないで、石にへばりついていた。
「カワメンタイ、おまえさんったらスイスイ泳げないんだってね。そんなところでねそべっているの? それとも眠っているの?」
ってキツネがいうと、
「とんでもない。おれのほうがおまえより速いくらいだよ」
ってカワメンタイがいったんだ。
「そんなほらをふいて。それじゃあ、川上までかけっこしようじゃないの。そうすればわたしのほうが速いってことがわかるわ」
カワメンタイがうなずくと、キツネが、
「いいこと、わたしは川の曲り角に着くたびに立ちどまっておまえさんを呼ぶから、そしたらおまえさんはじぶんがどこにいるかわかるように返事をするのよ」
っていった。カワメンタイは、
「いいとも、競走だ!」
っていったんだ。
そうときまって、ふたりはかけだした。キツネは岸を走り、カワメンタイは川の浅瀬をいった。ザワザワいう音があたりの森にした。
キツネはずるをきめこんだ。キツネはこの川がうねうねうねって流れているのを知っていた。ところがこの川には河口から川上までほとんどカワメンタイしか住んでいないってことは知らなかったのさ。カワメンタイの先を越そうというので、キツネはうねうねうねっている川にそって走らずに、まっすぐに川の曲り角めざしてかけだした。カワメンタイにひとあわふかせてやれってわけ。
カワメンタイのほうはというと、川上に向かってすこし泳いで隣のカワメンタイのそばにいくと、キツネとのいきさつを川上の仲間にはやく伝えてくれるようにたのんだのさ。キツネが、
「カワメンタイ、おまえさんどこにいるの」
って声をかけたら、
「ここだよ」
って答えるように、仲間みんなに伝えてほしいってたのんだのさ。
キツネはまだどこか遠くのほうをかけていたが、カワメンタイのほうは仲間うちですっかり打合わせができて、それぞれじぶんの持場でじっとキツネを待っていた。いつもアナグマをだまし、オオカミをだまし、獣という獣をだましているキツネのほうでは、こんどは「カワメンタイをだましてやりましょう」って思っていた。それで川の曲り角にくると声をはりあげて、
「カワメンタイ、おまえさん、どこにいるの」
って呼んだわけ。するとすこし川上にいたカワメンタイが、
「ここだよ」
ってこたえた。
キツネはまた森をまっすぐつっきってかけだすと、次の曲り角まできて、
「カワメンタイ、おまえさん、どこにいるの」
って声かけた。
「ここだよ」
やっぱりカワメンタイのほうが川上にいるじゃないか。あわてたキツネはますます速くかけだした。ところがいくら速く走り、いくつめの曲り角にきても、キツネが、
「カワメンタイ、おまえさん、どこにいるの」
って声をかけると、きまって川上でカワメンタイが返事をするんだよ。
それでもキツネはへこたれなかった。もっと近い道をえらんで、川上めざしてひた走りに走った。川がザワザワ音をたてていた。キツネは岸におりると、
「こんどこそわたしのほうが先だわ」
と思って、
「カワメンタイ、おまえさん、どこにいるの」
って、声かけた。
ところがカワメンタイは川底にねそべって、
「キツネやい、ここだよ! おそかったじゃないか」
ってこたえたんだ。
このときからさ。キツネがみんなからずると呼ばれ、この川がカワメンタイの川と呼ばれるようになったのは。キツネはどんな獣でもだますが、カワメンタイだけはだませなかったって話。
(斎藤)
小さい男と魔物のマンギ
→解説
テヘルチケンという名の小さな男がひとりで住んでいて、これが牛を一頭もっていた。
あるときのこと、テヘルチケンはその牛を殺した。これがまるまるとよく太った牛なものだから、テヘルチケンは肉を煮て親指ほど食うと、こういった。
「おれひとりでこの肉を食っていたんじゃあ、食いおわるのはいったいいつのことやら。だれかにきてもらって、この肉を食ってもらわないことにゃあ」
テヘルチケンはそういうと、食い手をさがしに出かけた。とことこいくと、ふたりの娘さんに出会った。ふたりは一本しかない針をとりっこしているのさ。
「テヘルチケン、テヘルチケン、一本の針をふたりで分けるにはどうすればいいの」
と娘たちがきいた。するとテヘルチケンは針を手にとってポキンとふたつに折ると、ふたりの娘に半分ずつやって、こういったのさ。
「娘さんたち、うちで牛を殺したんだが、肉を食べてくれないかい」
「いいわ、もちろんいただくわ」
娘たちがそう答えると、テヘルチケンがきいた。
「ところでたくさん食べてくれるのかい、それともちょっぴりかい?」
「リブ二枚よ」
するとテヘルチケンがいった。
「そいつはこまった。それじゃあ食いおわるのに長いことかかっちまう。ほかに食い手をさがすことにしよう」
テヘルチケンはまたとことこあるいていくと、ふたりの若者に出会った。ふたりはひとつしかない弓をとりっこしているところだった。
若者たちはテヘルチケンを見ると、こういった。
「テヘルチケン、テヘルチケン、ひとつの弓をふたりで分けるにはどうしたらいいか、おしえてくれ」
テヘルチケンは弓を手にとると、まんなかでポキンと折ってしまい、弦もまんなかでプツンと切った。こうしてふたりの若者に仲よく分けてやってから、テヘルチケンはきいた。
「おまえたち、肉を食べてくれるかい。牛を一頭殺したんで、食い手をさがしているんだが」
「そいつはいいや、食べるとも」
若者たちはそう答えると、テヘルチケンが、
「たくさん食べるかい」
ときいた。
「スープ一皿いただこう」
「そんなちょっぴりかい。それじゃあ、いつまでかかっても食いおわらないや。ほかの食い手をさがすことにしよう」
テヘルチケンはまたあるきだした。とことこいくうち、大きなずうたいをした魔物のマンギに出くわした。
「マンギ、マンギ、うちで牛を殺したんだが、肉を食べるかい?」
すると魔物のマンギが答えていった。
「願ってもないことだ、食ってやるとも! おまえもろとも、食ってやる!」
マンギはテヘルチケンを肩にのせて、テヘルチケンの家へいった。ところが家に着いたはいいが、マンギは大きすぎてテヘルチケンの家にはいれないのさ。
「どうしよう」
とマンギがいうと、
「戸口に立って口を開けてな。おれが肉をほうりこんでやる」
テヘルチケンはそういうと、家の中に入った。そして魔物の口の中へ肉をポイポイほうりこんだ。ポイポイほうりこむと、マンギがパクパク食った。たちまち肉は一きれ残らずなくなってしまい、頭だけが残った。
「さてと、頭はどうしたものか」
テヘルチケンがそういうと、
「投げた、投げた! きれいにたいらげてやる」
とマンギがいった。
テヘルチケンが頭を投げてやると、マンギはそれもぺろりと食ってしまい、
「牛の肉はたいらげた。こんどはおまえを食ってやる」
といった。そしてテヘルチケンを袋に入れて、かついでいった。しばらくいくとマンギは、川のほとりの石がごろごろしているところで一休みすることにした。
するとテヘルチケンがいった。
「マンギ、マンギ、頭のしらみを取りっこしようよ」
「取ってくれ、取ってくれ。あれはいい気持ちだからな」
テヘルチケンはマンギの頭のしらみを取りだした。テヘルチケンがしらみを取っているうちに、マンギはいい気持ちになって、こっくり、こっくり、はじめた。テヘルチケンはそっとたちあがって袋の中に石をいっぱいつめこむと、自分は石の下に隠れた。
マンギは目をさますと、袋を見て、いった。
「テヘルチケンめ! まったくもって、いいあんばいだわい。おれのしらみを取って、そいつを食ってまるまる太りやがって、じぶんから袋の中にもぐりこむとはな」
マンギはそういって起きあがると、袋を肩にかついであるきだした。袋があんまり重いので、やっとの思いでかついでいった。
「テヘルチケンめ、しらみを食って太りおって、重くなったわい。これでうちのがきどもが喜ぶってもんだ」
マンギは重い荷物をかついでやっとじぶんのすみかにたどり着いた。するとこどもたちとばあさんが迎えに出てきた。
「さあ、この荷物を受け取ってくれ。テヘルチケンをかついできたぞ。煮て食おうじゃないか」
マンギがそういって袋を逆さにしてふると、石ばかりがごろごろ出てきたじゃないか。
それを見て、こどもたちがいった。
「石ばかりじゃないか。テヘルチケンはどこなのさ?」
「しまった。いっぱいくわされた!」
マンギはそういうと、今きた道をとって返した。休んだところまでくると、大きな声をはりあげて、
「テヘルチケン、テヘルチケン、どこにいるんだ」
とわめいた。
するとテヘルチケンが、
「ここだよ、石の下だよ」
と答えた。
マンギは声のするほうへいってテヘルチケンをつまみ出すと、うちへつれて帰った。うちに帰ると、
「さあ、こんどこそテヘルチケンを煮て食おう」
といった。
「待ってくれ。おまえたちの皿もお椀(わん)もそんなにきたないじゃないか。おれを食うのはきれいな皿じゃないとだめなんだ。川を十越え、山を十越えたところにはえている木を伐って、皿と椀を作るんだ」
「そんなことをいって、おれたちが出かけた留守に逃げるつもりだろう」
「逃げられないように、おれを家の柱に縛っておけばいいじゃないか」
マンギはテヘルチケンを柱に縛りつけると、ばあさんをつれて木を伐りに出かけていった。あとに残ったのはテヘルチケンとマンギのこどもたちだけだ。テヘルチケンが柱に縛られてうとうとしはじめると、魔物のこどもたちは家の中をかけまわり、なにやら食いだした。そしていった。
「粥(かゆ)だぞ、粥だ!」
粥を食べてしまうと、こんどは、
「チレ、チレ!」
といった。それまでじっと座っていたテヘルチケンが魔物のこどもたちにいった。
「縄をといてくれ。そしたらおまえたちみんなに弓を作ってやるぞ」
「縄をといてやったら、逃げるだろう」
「逃げないから、といてくれ」
テヘルチケンがそういうと、魔物のこどもたちは縄をといた。テヘルチケンは柱から離れると、
「さあ、おまえたちに弓を作ってやるぞ。だがそれにはナイフがいる。マンギの大きなナイフをかしてくれ」
魔物のこどもたちがマンギの大きなナイフを渡してやると、テヘルチケンは弓を作りはじめた。木をけずって、みんなに弓を作ってやった。上の子には大きいの、下の子には小さいの。作りおわると、子供たちにいった。
「さあ、一列に並ぶんだ。おまえたちに弓をやるぞ」
魔物のこどもたちが一列に並ぶと、テヘルチケンはこどもたちの後ろに立って、マンギのナイフで子供たちの頭を切り落としてしまった。
ちょうどそのときマンギ夫婦が帰ってくる足音が聞こえた。テヘルチケンは大鍋を炉の鉤に掛けると、その中に魔物のこどもたちをほうりこんで、水を入れて煮た。そして頭は寝床に入れて毛布を掛けて、ほんの少しだけ見えるようにした。そうしておいてじぶんは杭の下に隠れた。
そこへ魔物の夫婦が帰ってきて、炉の鉤に鍋が掛かっているのを見つけたわけだ。
「おや、まあ、なんてよくできたこどもたちなんだろう。テヘルチケンを殺して、鍋を火にかけてごちそうを煮ておくとはな。親が腹ぺこで、疲れて帰ってくるのがちゃんとわかっているんだ。さあ、食おう、こどもたちは寝ちまったようだ」
そういって食べはじめた。しばらく食って、マンギがいった。
「ばあさん、ばあさん、腕を食ったらおれの腕が痛み、足を食ったらおれの足が痛み、心臓を食ったらおれの心臓が痛むわい」
するとばあさんもいった。
「足を食い、腕を食い、心臓を食い、腎臓を食ったら、わしの足が痛み、腕が痛み、心臓が痛み、腎臓が痛むわい」
ふたりは食べるのをやめた。
「おい、ばあさん、こどもたちを起こすんだ」
とマンギがいうので、ばあさんが毛布をめくってみると、そこにあるのは頭だけじゃないか。
「ありゃ、頭しかない。テヘルチケンめがうちのこどもたちを殺したんだよ」
ばあさんがそういって泣きだすと、マンギがわめきだした。
「テヘルチケン、テヘルチケン、どこにいるんだ。どうしてうちのこどもたちを殺したんだ」
するとテヘルチケンがいった。
「ここだよ、杭の下さ」
マンギはテヘルチケンをさがしはじめた。杭を一本ずつ引っこぬいていったが、テヘルチケンはいやしない。マンギが最後に小さな杭を動かすと、そこにテヘルチケンがいた。
テヘルチケンはマンギの大きなナイフをつかんで逃げだした。逃げると、マンギ夫婦が追いかけてきた。テヘルチケンは氷の張っている上を走った。魔物たちも走った。そのうちマンギがすぐうしろに追いついてきた。テヘルチケンは腸を取りだして切り裂いた。すると氷の上に血が流れた。それを見て、マンギがいった。
「ほっておくのはもったいない。なめてやれ」
マンギが血をなめると、舌が氷にくっついてしまった。テヘルチケンは引きかえして、マンギの頭をナイフで切り落とした。
うしろをふり返ると、ばあさんが追ってくる。テヘルチケンはもう一本の腸を切った。血が氷の上に流れると、ばあさんがそれをなめたので、舌が氷にくっついてしまった。その頭をテヘルチケンが切り落とした。
こうしてテヘルチケンは魔物をやっつけると、いってしまった。テヘルチケンは今も生きているんだよ。あちこちあるきまわっているんだよ。
(斎藤)
貧乏じさまと物持ちじさま
→解説
ダ、ハジラチ……
貧乏じさまと物持ちじさまが住んでいた。貧乏じさまも、ばさまとふたり暮らし、物持ちじさまも、ばさまとふたり暮らしだった。貧乏じさまは食べるものも見つけられんのに、もうひとりの物持ちじさまのほうはなんでも手にはいった。魚も捕るわ、毛皮用の獣もしとめるわで、なんでもそろっていた。そんなわけで貧乏じさまはときどき物持ちじさまのところへ物乞いにいくありさまだったのさ。
あるとき貧乏じさまがばさまにいった。
「干した魚の卵をようくかんでくろ」
「また、また、どうして魚の卵なんかかむんだい」
とばさまがきくと、
「つべこべいわずにかめったら、かみな。このままでは腹がへって死んでしまうわい」
ばさまはいわれたとおり魚の卵をかんで、かんで、いくどもかんだ。
するとじさまが、
「うちには魚を捕る網ひとつない。これでは冬の間なにひとつ捕れはせぬ」
そういって、ばさまをつれて川岸へ下りると、氷に穴をあけたのさ。
ダ、ハジラチ……。
それからばさまはようくかんだ魚の卵を餌にして、魚を呼び寄せた。
「チョウザメやあい、こっちゃこい! カルーガやあい、こっちゃこい!」
すぐにカルーガ一匹、チョウザメ一匹、やってきた。ばさまはそれをバッツ、バッツ、たたいて、やっつけた。マスに、チョウザメ、それにカワカマス、いろんな魚をどっさり捕って、家にはこんだ。物持ちじさまはなんにも知らずよ。貧乏じさまはまたもや、なにやら考えて、出かけていった。こんどはじさま、どうするかって? こんどは遠くへいった。とことこあるくうち、がらくたを見つけた。どれだけ見つけたって? 雪の上だもの、どっさり見つかりっこないさね。じさまは雪の上でハマナスの赤い実ばっかり、いくつも取った。ハマナスの実は上のほうにあるもの。それからじさまは雪の上にごろりと寝ころんだ。がらくたと鍋をもって、寝ころんだ。ハマナスの実を口にも、目にも、鼻にも、耳の穴にもつっこんだ。そうしておいて、よこになって凍えそうになっていると、一匹のうさぎがやってきた。
うさぎはそばにやってくると、仲間を呼んだ。
「野っ原の仲間やあい! 森の仲間やあい!」
すると狐が一匹やってきた。狐がいうには、
「おや、まあ、凍えてるというのに、まだあんながらくたを持って、かわいそうなじさまだこと、あわれなじさまだこと。どうして死んだの? きっとハマナスの実ばかり食べて、死んだのね」
狐は仲間を呼んだ。
「野っ原の仲間やあい! 森の仲間やあい!」
するとたくさんのうさぎがやってきた。たくさんの狐がやってきた。黒てんも、りすも、いたちもやってきた。そして狐やら、いたちやら、いろんな獣たちがじさまの足やら手やらくわえて、じさまの家へ引っぱっていった。そしてうさぎも、黒てんも、りすも、みんなじさまの家の中にはいったのさ。
するとばさまがこういった。
「待っておくれ、まだ帰らないでおくれ。うちのじさまを助けてくれて、ここまで引っぱってきてくれて、ありがとうよ」
ばさまはそういいながら通気口も、窓も、煙出しも、すっかりふさいで、外に出られないようにしてしまった。そしてばさまが、
「これですっかり終わったよ」
というと、じさまがむっくり起きあがり、獣たちを一匹残らずポンポコたたいて殺してしまった。家じゅう閉めきってあるもの、逃げ場なんぞありゃあしない。じさまは一匹残らずやっつけた。
それからじさまはたいへんな物持ちになった。納屋には魚がどっさりあるし、毛皮はみんな加工して、ところせましとぶらさがっている。
するとそこへ物持ちじさまが隣のじさまをばかにしながらやってきた。貧乏じさまが物乞いにこないのをふしぎに思って、見にきたのさ。あやや、ここのじさま、えらい物持ちになったもんだ。毛皮もどっさりかかっているし、魚だってえらくたくさんある。
「ふうむ、いったいどうやって手に入れたんだ」
貧乏じさまはつつみ隠さず話した。
「こういうわけよ。まずばさまに魚の卵をかませて川へいき、ばさまとふたりして魚を捕った。それから今度はひとりで森へ出掛けていって、凍えたふりして、狐やら獣やらに家まで引っぱってきてもらったってわけ」
「よし、わしもやってみるべ」
と物持ちじさまがいった。
「そうとも、やってみるさ」
貧乏じさまはそういって、教えてやったのさ。
物持ちじさまは自分の家に帰ると、さっそく教わったとおり、ばさまに魚の卵をかませて、氷穴のあるところへいかせた。
「チョウザメやあい、こっちゃこい! カルーガやあい、こっちゃこい!」
するとカルーガがのぼってきた。じさまは欲かいて、あわてて自分のばさまをしこたまなぐって殺してしまった。カルーガもなにも、ただの一匹も捕れなかったとさ。
(斎藤)
アイヌ
この世にセミの生まれたわけ
→解説
ランペシカ村とリペシカ村があったとさ。ランペシカには六代生きてるばあさんがいて、夜も昼もこんな歌を、のどをふりしぼって歌っていた。
「ランペシカのものどもよ、リペシカのものどもよ、高いところへ家を移せ。海から津波が、山から津波がやってきて、ひとつに合わさりゃ村はおしまい」
夜も昼もこんな歌を、のどをふりしぼって歌っていた。
ランペシカ村の人たちは腹を抱えて大笑い。
「うそっぱちの占い、あきれた予言をするもんだ」
といって。
でも、リペシカ村の人たちは高いところへと家を移した。すると本当にものすごい高波が沖から押し寄せ、ものすごい山津波が山から押し寄せ、ひとつに合わさってランペシカ村をめちゃくちゃにしてしまった。
六代生きてるばあさんは、相変わらずのどをふりしぼって歌い続け、海原の上を村人と一緒に屋根に乗ったまま、ふたつの海の果て、みっつの海の果てへ流されていった。それでもばあさんはいつまでも歌をうたい続け、しまいにこういった。
「村人たちとわしが死んだら、海のじいさん神よ、死んだわしらのいやな匂いが、いつまでもおまえさまにまとわりつきますぞ。それが嫌なら、早くわしらを助けにきてくだされ」
六代生きてるばあさんはそういったのだ。それをきいた海のじいさん神は腹を立て、六代生きてるばあさんをむんずとつかむと、手のひらでもんで丸めて、六層下の地下の国に踏み落とした。
ところがある日国造り神の妹が、糸よりをするために糸掛け棒を地面に突き立てたら、その先が六層下の地下の国まで突き抜けた。なのに、その穴をふさぐのを忘れてしまったのだ。六代生きてるばあさんは、そこを通って抜け出して、またまた地上の国に顔を出した。
こうしてこの世に生まれたのが、セミというものなのだよ。
(中川)
キツネ神とカワウソ神
→解説
ヌタプソというところを、私は守って暮らしていました。ある日のこと川に下りると、カワウソの神様が仕掛けた、魚とりのワナを見つけました。これはしめたと魚をいっぴきちょうだいし、妹とふたりで食べてしまいました。
するとある日、カワウソ神がやってきて、
「ちょっとこないか。いいものを見つけたんだ。一緒に見にいこう」
というので、ついていきました。川のところまでやってくると、カワウソ神は私を小脇に抱きかかえ、川の中へと飛び込んで、川上に六回、川下に六回、私を水の中に突っ込みました。
短い息も切れそうになり、長い息も切れそうになって、私はいいました。
「カワウソ神よ。あんたの魚を盗んで、食べたのは確かにおれだ。仕返しするつもりだろうけれど、おれの妹はこの世にまたとない美人なんだ。おわびのしるしにあんたにあげるから、どうか離してくれないか」
そういったのだけれど、カワウソ神は、死にそうになるまで、さんざん水の中をくぐらせ、やっと土手の上に私を引き上げました。もう死にそうになり、凍えてしまいそうな気分でしばらくいましたが、妹をおわびにあげるという話が気に入ったのでしょう。カワウソ神は私を殺さず、そこまでで離してくれました。
そこで私は、野原をすたこらすたこらかけ出し、走って逃げました。カワウソ神がうしろから怒ってわめきましたが、すたこらすたこら、ヌタプソまで走っていきました。そして家に戻って妹と一緒に暮らしていました。
ある日のこと家の表で音がして、女の人がやってきました。山のクマ神の妹が、私たちを宴会に招待するため、やってきたのです。クマ神の妹は、いいつかってきたことづてを、端から端までのべたてました。
「お酒を作りましたので、キツネ神さま、妹さんとご一緒に、お酒を汲みかわしにきてください」
そんなことを伝えにきたのです。そこで私は妹と一緒に、宴会へいくことにしました。
山のクマ神の家のそばまでやってくると、神様たちの飲み食いする声が、がやがやときこえてきます。家の表までいって、中にいれてもらうと、神様たちがずらりと並んでいます。フクロウ神は酒樽の後ろに陣取り、カラスの神は酒樽のわきに座っています。そんな風に神様たちがずらりとそろって、宴会の席に居並んでいました。
山のクマ神はいろりのそばに座り、そのわきに私たちは座らされました。
山のクマ神の妹は、柄杓を下げて客の間をしずしずと、お酒をついで回っていました。ちょうどそんなときに、私たちははいっていったのです。
しばらくそうやって、二度三度お酒をやりとりしていると、山のクマ神が、
「ああ、カワウソ神のことを忘れていたわい。妹よ、いって呼んで来なさい」
といいました。
それをきくと、クマ神の妹は表へでていき、しばらくするとカワウソ神が妹を連れてやってきました。山のクマ神はカワウソ神を自分と私たちとの間に座らせました。
二度、三度お酒をやりとりするうちに、カワウソ神はすごい目で私をにらみつけ、大きなタバコ入れをさっとふり上げました。でも、もう少しでなぐられそうなところを、山のクマ神がひきとめてくれました。すると、神様たちは、みんなしてカワウソ神のことを怒り出しました。
「なんてことをするんだ。神様のいわれ話を知っていて、そんなことをするのか?」
神様たちが口々にそういって怒っていると、じっと目をつむったまま黙っていたフクロウ神がやがてこういいました。
「神様のいわれ話をお前は知っているのか? キツネ神に魚をいっぴき食べられたのを惜しく思って、殺そうなどとしたのだな? 私のいうことをよくききなさい。
高い天の国から、ヌタプソを守るために下ろされたのがキツネ神であるのだが、それをお前はもう少しで殺すところだったのだ。
高い天の国では、太陽の神様が世界のはしから顔を出そうとすると、大魔神が大きな口を開けてのみ込もうとする。そこで、キツネの神ほど一族の多いものはいないから、魔神の口の中に投げ込んで、それをふせぐのだ。だから、魚を盗ったからといって、誰も怒るものなどいないのだが、それをお前は殺そうとしたのだ。
カラスの神も一族がたくさんいるので、世界のはしに太陽の神様が沈んで休もうとすると、大魔神がそれをのみ込もうと大きな口を開ける。その口の中へカラス神の仲間を放り込むのだ。
こういうわけだから、キツネ神やカラス神がどんな悪いことをしても、文句をいうものなどひとりもいないのだ。さてさてお前はどういうつもりなのだ? 神様のいわれ話を知ってのことなのか?」
そういってカワウソ神を責めました。カワウソ神は、みんなにぶんなぐられ、手ひどくやっつけられて、家まで逃げて帰りました。
その後私は、おいしいお酒をみんなと一緒に飲みほして、妹と一緒に家に戻りました。そして、毎日何事もなく暮らしています。
というわけだから、これからはカワウソ神の魚のワナからけっして魚を盗むのではありませんよ。
とキツネの神様がいったとさ。
(中川)
石狩の少年と悪おじ
→解説
どういうわけかは知らないが、私には父親がなく、にいさんとふたり母親に育てられて暮らしていた。私の家は大きな家で、父親はたいそう狩りのうまい人だったのだろう。裕福だったらしくて、家財道具も山のようにある。そんなところに私たちは暮らしていた。
いつもかあさんは、
「誰かがきて、何か食べ物をくれるといっても、絶対に相手をするんじゃないよ。食べるんじゃないよ」
といっていた。
ある日のことにいさんと遊んでいると、人の声がする。見ると、黒髪と白髪が同じくらい混じった男の人が小さな鹿の片足を一本持って入ってくると、
「もうこんなに大きくなったんだから、明日は海の漁を見せてあげよう。沖漁に連れていってあげよう。夜があけたら、おかあさんにこれを煮てもらって、それを食べたら一緒にいこう」
といって、その肉を置いた。それから、ゆでた肉をふた切れ出して、
「さあ、これを食べてごらん」
といったけれど、かあさんのいいつけだからと思って、ふたりとも食べなかった。
「さあ、さあ、なんで食べないんだ」
といわれても黙っていると、
「明日の朝早く、おかあさんにご飯を作って食べさせてもらうんだぞ」
といって、出ていってしまった。しばらくすると、かあさんが帰ってきたので、その話をすると、
「親戚といったって、私がこうやって泣きながら子どもたちを育てているのに、いままで食べるものなど何ひとつ持ってきたことがなかったのだもの、よい了見のはずがないわ。うちの亭主をあれほど嫌って、亭主がなくなったら村を丸ごとよそへ移してしまった人間のいうことだもの」
といって、ひどく腹を立てた。
かあさんは夕食の支度をしたけれど、男の人のくれたゆで肉を見ると、
「食べてもいいよ」
といってくれた。口にしてみると、よい肉というものなど食べたことがなかったものだから、そのおいしいこと。
かあさんは食事の支度はしたものの、鹿の足は煮ようともせずに寝てしまった。するとまだ夜も明けないうちに、例の男がやってきて、
「なんてねぼすけな女なんだ。あれほどいっておいたのに。息子たちに漁の仕方を見せてやろうと思っていっておいたのに、起きてきもしないなんて」
とかあさんにさんざん悪口を浴びせたけれど、かあさんも黙ってはいない。
「親戚の者だからといって、いままでそれらしいことをしてくれたこともないじゃないか。うちの息子たちに何かよからぬことを考えているんじゃないのかい」
というと、おじととっくみあいをはじめた。そして私とにいさんの手をふたりで引っ張りあったあげく、おじは私たちの手を引っ張って船着場まで走っていき、船の中へと引きずり込んだ。
「おかあさん、おかあさん」
と私たちは泣き叫んだ。かあさんは船のへさきをつかんだけれど、おじがさおで手を殴りつけたので、船着場の砂の上に倒れ込み、わあわあと泣き叫んだ。船はどこへとも知れず私たちを乗せて出ていってしまった。私たちが泣いて泣いて泣きつかれる様子もないので、おじは背負ってきた食べ物をくれた。それを食べていると、何というものなのだろう。何という魚なのだろう。大きな魚が何匹も波の上に頭を出したり沈めたりしている。
「ほら、あそこあそこ」
というと、
「近くの海にいる魚は、土の匂い、草の匂いがしてまずいものだ。遠くにいかなくてはだめだ」
とおじはいい、どこへとも知れず船をこいでいく。どのくらいこいだかわからないほど、海の上をこいでこいでこぎ続けると、見知らぬ土地にやってきた。ちょうどいいところがあったので船をつけると、若者がふたりやってきて船を陸の上に引き上げてくれた。
「息子たちを連れてきたぞ」
とおじがいうと、若者たちはとても喜んで私たちの手をとった。おじも船から降りたので、一緒にくるのだと思って振り向くと、船は遠く沖へとこぎ出ていく。
「おじさん、忘れていっちゃいやだよォ。忘れていかないでよォ」
と泣きわめいたけれど、
「おまえたちのためを思って連れてきてやったんだぞ」
といって、おじは行ってしまった。そこで泣くのをやめて、若者たちについて行った。浜を上がると大きな村があり、村のまん中に島のように大きな家がある。そこに連れられてはいると、年輩の男の人と女の人がいた。
「子供たちにおいしいごちそうを作って、たくさんくわせるんだぞ。さもないとやせちまって、えさにならないからな。たくさんおいしいごちそうを作ってくわせるんだぞ」
とその家の主人がいう。おじが私たちをここに売りとばしたらしい話がきこえてくる。そのうちにおいしい料理が出てきた。
そこには若い女の人がひとりいて、そのふところに抱かれて、やさしくなでられながら眠りについた。その女の人は私のことを「弟」と呼んでくれ、私はその家の人たちを「小さいにいさん、大きいにいさん、おじさん」と呼んで暮らしていた。
「ねえさんは弟ばかり抱いて寝ているな」
と小さいにいさんはいう。その小さいにいさんは、本当のにいさんと一緒に外で遊んで暮らしていた。でも、おじが私たちを船で連れてきて、ここに売りとばしたのだというような話はきこえてくるし、
「子供たちにたくさんくわせないと、えさにできなくなるぞ」
とその家のあるじがいっているので、私たちは殺されることになっているのだな、と思って暮らしていた。
それからだいぶたったある日のこと、この家の兄たちが、本当のにいさんを連れて外へ出て行った。夕方になるとこの家の兄たちだけが戻ってきて、にいさんの姿が見あたらない。そこでみんなが寝静まるのを待って、船着場におりていき、この家の兄たちの船の中に乗り込んだ。ゴザが掛けてあるので、それをめくってみると、にいさんは骨だけになっていた。ところが、そんな風に死骸になっているのに、にいさんは口を開いてこういった。
「弟よ、よくきいてくれ。おまえだけでもなんとかして生きのびてくれ。おれたちの悪いおじは、まだとうさんが生きていたときにいそうろうしていた人間なのだが、とうさんの羽振りのよいのを憎んでいた。それで、おれたちがこのまま生きていると、自分の子供たちが肩身の狭い思いをするだろうと、レプンクルのところにおれたちを売りとばして、ここまで船で連れてきたんだ。死んでから初めてそのことがわかったんだ。おれは生きているわけではなくて、死んでいるのだけれど、おまえがきたらこのことを話そうと思っていたんだ。そこにおまえがうまいこときてくれた。ねえさんはよい心の持ち主なので、おまえを逃がしてくれるだろうから、なんとかして生きておれたちの村に戻って、人間らしい生活をしてくれ。
おれは生きながらにして骨だけにされたんだ。肉をむしりとられてそれを釣りのえさにされたんだ。人間の肉ほど釣りのえさによいものはないというので、買い取られて、えさにされたのだけれど、おまえだけでも何とか逃げてくれ。おまえはまだ幼いので、ねえさんが逃がしてくれるだろうから、死ぬんじゃないぞ」
とにいさんはいった。
私は泣きながら骨だけになったにいさんの上にゴザをかけて家に戻り、ねえさんのふところに潜り込むと、ねえさんは私をなでながらいった。
「泣くんじゃないのよ。逃がしてあげるからね。まだ子どもだけれど、男の子というのは頭のよいものなのだから、逃げられるでしょう。おまえのにいさんは釣りのえさにされてしまった。おまえのおじさんがおまえたちを売りとばしたから、にいさんはえさにされてしまったけれど、おまえはえさにされる前に、何とか逃がして生きのびさせてあげるからね。二度と会えないだろうけれど、逃がしてあげるから泣くんじゃないのよ」
とねえさんはいってくれた。
ねえさんはそれから、小さくてきれいな着物や、身のまわりの物を作っては着せてくれていたが、ある夜横になっていると、兄たちが疲れたものだからいびきをかいて寝てしまった。そこで、ねえさんはいった。
「今夜、おまえを逃がしてあげるわ。私たちは『遠くのレプンクル』というもので、空の星にも化けられ、海の泡にも化けられるものなのよ。『近くのレプンクル』には、ふたりの息子とふたりの娘がいて、心のよい人たちだと思うから、そこへおまえを逃がしてあげるわ。なんとかして逃げのびて、人間らしい生活をするのよ。そして仕返しをしておやり」
とねえさんはいって、私を立ち上がらせ、身支度をさせた。
外に出ると、ねえさんは歩きながらでも食べられるように、火を通した食べ物を袋にいれて背負い、その上に私を乗せると、どこへとも知れず歩き始めた。浜づたいに歩いて、ある時は沢を渡り、ある時は山の尾根を越えて、おぼろな月の光の中をどこへとも知れず歩いていった。連れてこられたときよりもずっと長いことかかって、もう夜明けも近くなってきたころ、
「私はここで引き返すからね。なんとか生きのびて、じぶんの村に帰るのよ」
とねえさんは涙をぽろぽろこぼしながらいった。
「ねえさん!」
といって抱きつくと、ねえさんはまた泣きながら私の背をなでてくれていたが、そのうちに心をきめて、こういいのこして去っていった。
「沢や川端で水を汲むときには、悪い虫がいておそろしいから、よい沢をえらんで野宿しなさい。野宿するときには持ってきた食べ物をすこしずつでもおそなえして、沢の神様にお守りくださるようにいうのよ。山菜があるようなところで二、三日過ごすときには、何とかして人を見つけるようにしなさい。そして、誰か人に出会うまで間に合うように食べ物を集めるのよ。沢を渡るときにも、よい沢筋で野宿するときにも、時間が早かろうと遅かろうと、食べるものをおそなえするのを忘れてはいけません。山菜のあるようなところを歩くときにもそうするのよ」
ねえさんがそういったので、その日はねえさんが私を置いていったところに野宿した。
「この沢はよい沢なので、ここで野宿して水を飲んでもいいのよ」
とねえさんがいったので、夜が明けると水を飲み、ご飯を食べて出発した。あるときにはよつんばいになりながら山の尾根を越え、よい沢を見つけると、
「沢の神様、水の神様、これこれこういうわけで、ぼくは北海道からレプンクルの国へ連れてこられ、こうしてここまできたのです」
とねえさんに教わったとおりとなえて食べ物を捧げて、何事もおこらずにすんでいたが、そのうちに食べるものがなくなってきた。
そうやって野宿しながら歩いていると、にぎやかな村、大きな村の前に出た。村のまん中には島ほどもある大きな家がある。その家の前に立つと、年輩の女の人が出てきて、
「どこからきた男の子だろう。かわいらしい子がいるよ。どこからきたんだか、家の前に立っているよ」
といって、私を家の中に上げてくれた。手を引かれて家の中に入ると、年輩の男の人がいて、
「これは神様のお引き合わせだ」
ととても喜んでくれた。女の人はご飯を作って食べさせてくれた。するとそこへ、二人の娘がたきぎをしょって帰ってきた。
「どこからきた子なの?」
とおねえさんのほうがきくと、
「表に出たらいたんだよ」
とそのふたりの母親である女の人が答えた。ふたりの娘はそれこそなんともいいようのないほど、私をかわいがってくれた。夕方になると、今度はふたりの若者が鹿を背負って帰ってきた。ふたりは、
「これは神様のおはからいで、神様の兄弟をさずけられたんだ」
といって、「神様の弟、神様の弟」と私を呼んでくれる。そして自分たちを「小さいにいさん、大きいにいさん」、娘たちを「大きいねえさん、小さいねえさん」、親たちを「とうさん、かあさん」と呼びなさいといってくれた。
私はみんなにたいそうかわいがられて過ごし、そのうち少し大きくなってくると、にいさんたちと一緒に狩りにいくようになった。にいさんたちの狩りのじょうずなことといったら、たとえようもない。私はただ獲物の皮をはぐだけでいいからついてくるようにいわれていたのだが、にいさんたちは私をとてもだいじに扱ってくれる。そうこうしているうちに大きくなると、父親がこういった。
「神様の息子殿をいつまでもわしたちと同居させておくのも恐れ多いから、下の娘と夫婦にして、別棟を立てて住んでもらい、わしらは息子殿の捕ってきた獲物を食べさせてもらおうじゃないか」
そこで、にいさんたちが立派な家を作ってくれ、小さいねえさんと一緒に暮らすことになった。かあさんも私を下にも置かぬ扱いぶりで暮らしていたが、ある日家に戻ってみると、妻が泣いている。
「何を泣いているんだい?」
ときくと
「あなたの評判があまりによいので、『息子たちの影が薄くなってしまったから、板を割って割木で家を建て、そこに押し込めて殺してしまおう』と悪い父がいうのです。にいさんも反対し、かあさんもねえさんも反対したのですが、きき入れようとせず、『それなら、おまえたちも一緒に殺してしまうぞ』というので、泣いているのです」
という。
「ぼくは死ぬことなどなんでもない。死ぬのなら死んでもかまわないのだから、泣くことなんてないよ」
といってやると、妻がいった。
「小さい頃から、『女というものは朝早くから起きて、いろりのまわりをそうじして、庭をはいて、水汲みにいって、川で顔を洗うものだ。そうすると神様が目を掛けてくださる』と母にいわれて育ったものですから、私のほうが妹なのですけれど、朝早く起きて家のまわりをはき、いろりのまわりもそうじして、川へ水汲みにいって顔を洗っていました。すると、何かピカピカ光るものがお盆に乗って流れてきます。そばに引き寄せて見てみると、鋼鉄(か ね)の肌着でしたので、喜んで引き上げて着てみると、肌の中に沈んで見えなくなってしまいました。ところが、今になってそれが肌の中から浮かび上がってきたのです。あなたに着てもらうために神様が肌の中から浮かび上がらせたのだと思いますので、この鋼鉄の肌着を着て下さい」
といって渡してくれた。そこで、それを着てみると肌の中に沈んで見えなくなってしまった。妻はそのころお腹に子供を宿していた。
翌日、食事を終えると迎えがきたので、その割木で作った家に連れられていった。村の人たちも反対したのだろうけれど、話にきいたとおりのありさまで、よくもまあ木を割って割木などで家を作ったものだと思うが、私はそこに押し込められた。すると、ぶどうづるで戸がしばりつけられ、槍を持ったものは槍で、刀を持ったものは刀で、割木の間から次々に突いたり切ったりしてきた。それを片っ端から倒しているうち、大きいにいさんまで一番あとから姿を現わしたので、にいさんも殺してしまった。すると、小さいにいさんは逃げていってしまった。
割木の間から突かれたり切られたりしたのでとても苦しく、戸をしばっているつるを切りはずして外に出、浜づたいに歩いていった。あるときは尾根に沿って海を越え、どこやら場所もわからぬところに野宿を続けながら、腹も減り、傷も苦しく、あてもなく歩いていった。野宿を続けながらそうやってどこへともなく歩いていると、家があった。細々と煙が上がっている。もう日も暮れてきたので、傷のせいでていねいに腰をかがめることもできなくて、頭を下げもせずに家に入り、
「これこれこういうわけで、なんぎをしております。誰かいらっしゃるのでしたら、哀れに思って、私を泊めてください」
というと、いろりの左、火のそばに女の人らしい姿が横になっている。けれど、頭から夜具の着物をかぶって、何も返事をしない。そこで、苦しい思いをしながらそこにいると、夜明けごろ誰かが走って家に入ってきた。私の姿を見ると、
「まったくこういう始末だから、おちおち寝てもいられない。妹の馬鹿め。こんな神様みたいな若者が苦しんでいるというのに、火もたかない、火にあたらせもしないで、こういうざまだ」
というと、私の体を起こし、肩にかついで表に出ていった。
すぐ近くに大きな家があり、そこに入ると、その若者は上座の火のそばに高いまくらを置いてくれ、気の毒にといいながら私を寝かせてくれた。大きな鍋を掛けてお湯をわかし、私の着ているものをお湯で柔らかくして裂いている様子だけれど、そうしてもらうとなおさら苦しく感じられた。若者は着物を裂いて脱がせると、浅い傷、深い傷を洗ってくれた。苦しくて、心の端で泣いたりよじれたりするような思いでいるうちに、傷口を洗い終わると、今度は自分の着物を出して着せてくれ、食事を作って食べさせてくれた。お腹が空いていたので食べることは食べたけれど、手を持ち上げることもできないので、口に入れてもらった。それからわけをたずねられたので、これこれこういうわけでなんぎしてここまできたのだと話すと、
「それはお気の毒に。じつは私たちも人にうとまれて、妹とふたりここにやってきて、別々に家を建てて暮らしていたのですが、妹の夫もけんかして出ていってしまい、ろくでなしの妹はひとり者になって、ふてくされて夜具を引きかぶって寝ていたのです。それで、あなたが困っているというのに、起きて火をたきもせず、何も食べさせもしなかったというわけです」
とその若者はいった。
日が暮れるたび、夜が明けるたびに、若者は私の傷口を洗い、食事を作って食べさせてくれる。そのうち自分で食べられるようになり、起きあがって座っていると、にいさん(若者)は山にいって鹿だの熊だのをとって、妹のところにも持っていってやっている様子だ。
二月(ふたつき)か三月(みつき)か、そうやって「にいさん、にいさん」と呼んで暮らしていたが、そのうち歩くことができるようになると山へ狩りにいくようになった。私は狩りが上手なものだから、鹿でも熊でもとると、にいさんがついてきて皮をはぎ、家に運ぶ。ついでに妹の家にも持っていってやっているらしい。そうやってにいさんと食事をし、何不自由ない暮らしを続けていた。
ある日のこと山にいくと、狩りじょうずの私でもいままで見たことのないような、それこそ熊の中の熊というような体つきの熊神に出会ったので、矢を射ると、すぐに獲物となってくれた。そこで皮をはいでいると、顔の半分が黒く、顔の半分が白い男がどこからかやってきて、私をののしった。
「どこのどいつだ。おれが追っかけていた熊を先に殺して、皮をはいでいやがる」
といって、私をののしったが、きこえないふりをして皮をはぎ、荷を作っていると、革紐を持ってそばへやってくるので、その革紐をひっつかんだ。根の短い木に縛りつけるとよくない、ヤチダモや桂の木であれば根が遠くまで張っていてよいのだがと思うと、ちょうどヤチダモがあったので、その木にぐるぐる巻きにしてしばりつけ、熊神の頭と毛皮を背負って家に戻った。そして、にいさんを連れて残りの肉をとりに戻ってみると、例のヤチダモは根っこごと引き抜かれて、男は木をしょったままいなくなっていた。
私は、しとめた熊神の肉を全部にいさんの家に運ぶと、イナウ(柳などの木でこしらえた神様への捧げもの)にする木を自分で切り、にいさんに手伝ってもらいもせず、熊の神様の魂を神の国に丁重に送り返した。その晩夢の中に、黒い着物をうち羽織った見るからに神様という風貌の人物が現れ、こういった。
「若者よ、よくききなさい。私は山の神の中でも、一番奥に住んでいる神で、今は石狩川中流の村長に祭られる神なのだが、その村の村長が狩りにいったとき、キムンアイヌという化物に出くわして、殺されてしまった。そしてそのキムンアイヌが今度は山をおりて、ふたりの息子を持つ、その石狩川中流の村長の奥さんと一緒に暮らしている。そして、毎年熊の子供を養っては、雄の仔熊を育てると人間の女と一緒に神の国に送り、雌の仔熊を育てると人間の男と一緒に神の国に送るので、それで村が滅びかかっている。
その村に妹と二人で暮らしている若者がいるのだが、またキムンアイヌが雄の仔熊を育てて、その妹が一緒に送られることになり、村ではその準備で酒を作ったり米をついたりしている様子だ。
そこで私は、頼りになる若者を捜していたのだが、見つからないでいた。だが、おまえなら頼りになると思ったので、おまえの前に姿を見せて獲物になり、おまえに力を貸してキムンアイヌを木に縛りつけてやったのだが、悪い神なので、木を根元からひっこ抜いて、今、村に向かっておりているところだ。明日になったらおまえの兄と一緒にいって村に泊まり、私も手を貸すから、キムンアイヌをうんとこらしめてやってくれ」
私はおどろいて、何もいわずににいさんを連れてその村にいくことにした。
食べ物を背負って出かけたところ、夢でみたとおり、キムンアイヌがあのとても大きなヤチダモの木をひっこ抜いて、背中に背負ったままぴょんぴょん跳ねていった跡があった。その跡を追っていくうちに、魔物の近くまで追いついたので、他の路を通って村にいくと、村のまん中で米をつくものは米をつき、酒を絞るものは酒を絞っているところに出た。そして、例の仔熊を見つけたのでこっそりささやいた。
「偉大なる神よ、あなたは父神様の力で何事もなく神の国までいけるのですから、明日になったら、私がやって来て神の国に送ってあげますので、誰にも縄をつけさせるんじゃありませんよ。私は一晩泊まって朝になったら来ますから、神様、よくご承知置きください」
と仔熊の神様に耳打ちした。檻のそばで、静かに、誰にもきかれぬようにひそひそ声で仔熊にそういうと、私はそこを離れた。
例の兄妹の家は村の下のはずれだときいていたので、村の下手にいくと、小さな家ではあるけれど、本当にこぢんまりとしたきれいな家があった。家の前にいって咳払いをするととても美しい娘が出てきたが、何か泣いてでもいた様子で、表に出て私たちを見ると、
「表に若い立派な方ばかり、ふたりいらっしゃいました」
と告げた。
「どなたであろうと、はいりたくてきた人はお入れしたらどうだ」
家の中から声がすると、娘は敷きゴザを敷き、床をはいて私たちを入れてくれたので、ひざずりをしながら奥に進んだ。にいさんに先にあがるようにいったが、もじもじしているので、先に私があがり、いろりのそばに座った。にいさんはいろりの右に座り、上座にその家の若者が座った。若く立派なその人物が挨拶し、私たちも挨拶に答えた。
「何かお困りのことがあるのではありませんか」
とたずねると、
「何も困ったことといってないのですが、昔この村にはそれこそ心のよい、人望のある村長がいたのです。それが山にいったきり戻ってくる様子がありません。代わりに顔の半分が黒く、顔の半分が白い男がどこからかやってきて、村長の奥さんと夫婦になっています。その男が毎年仔熊を育てて、雌の仔熊を育てては人間の男と一緒に送り、雄の仔熊を育てては人間の女と一緒に送るので、それで村がさびれ、働きざかりのものはいなくなってしまったのです。私にはたったひとりの妹がいるのですが、その妹が明日、仔熊と一緒に送られるという話なので、泣いているところなのです」
とその若者がいうので、
「泣かなくても大丈夫です。恐れなくても大丈夫です」
と私はいった。そんなことをしていて、しばらくして家の外に立っていると、例のキムンアイヌが木を背負ったまま跳ねてきて、
「村のものどもォ、助けてくれえ」
といっているので、走っていって目の前に立ち、
「どっからかきたへんなやつがいったとおり、大神様が木にしばりつけられているぞ」
といったが、私のことを覚えていない様子なので、その革紐を山刀で切ってほどいてやった。家の中にはいるのを見とどけて、若者の家に戻り、一夜をそこで過ごした。翌日、その家の娘がおいしい料理を作って食べさせてくれた。
「何も泣くことはありませんよ」
といいおいて外に出て、村長の家までやってくると、例の仔熊に縄をつけようとして檻のところにみんな集まっているが、仔熊は縄をつけられるのをいやがってうなり声をあげている。みんなで仔熊を見守っている神様にお祈りをあげていると、顔半分が黒く、顔半分が白い男が大きな窓から、仔熊を殴り殺すための棍棒を手に持って外に出てきたので、
「大神様、どうやってあの仔熊に縄をつけるおつもりですか? あんなに嫌がっている様子ですが、私が縄をつけにいってはいけませんか?」
というと、夢に現われた熊の神様に術をかけられているので、男は、
「よろしい」
と返事をした。そこで仔熊のところにいって縄を掛けると、声もあげずに縄をつけさせたので、檻の柵を外してそこから外に出した。祭場の柱には笹の葉がたばになってくくりつけられている。その柱に仔熊を結びつけると、顔の半分黒い男のところにいって、
「私が棍棒で殺してもいいですか? どうでしょう?」
ときくと、
「おれはとどめの矢を射る役でもいい」
というので、棍棒を貸してくれるようにいった。握り心地のよさそうな、血が一面についてかわいている、そんな棍棒を持っていたので、
「その棍棒を貸してください」
といって受け取ると、その半分黒い男の顔をそれで殴りつけた。男が倒れたのでその首を切り落とすと、そこにあの村長の奥さんが出てきて、
「どこかの馬の骨が、私の夫を殺してしまった」
といって、私をなじった。
「どこの馬の骨だかわからない悪神を夫にしていたのはあんただ。これが昔のままの夫だと思っているのか」
といってどなりつけると、そこで初めて術が解けて気がついたらしく、わあわあと泣きながら家の中にはいってしまった。それから今度は、
「さあ早く、村の衆。腐った木だのゴミだのを女便所の前に集めて、私に手を貸してくれ」
といった。キムンアイヌが首だけになっても私を追いかけてくるので、刀を抜いてさんざんに切りつけ、細かく刻むと女便所の前に運んでいって、ゴミだの腐った木だのと一緒に燃やした。燃えつきるとその白い灰は、西の空へと舞いあがって飛んでいってしまった。
私は顔を洗い、手を洗って仔熊神を矢で射とめた。そして、
「村の衆も手を洗い、顔を洗いなさい」
というと、自分でイナウを削り、仔熊神を神の国に送った。父神の力で無事に父親たち母親たちのもとへいくことができるよう、お祈りして送ったあと、仔熊神が気の毒なものだから、お酒があったのでそれで酒宴を催し、女たちが輪になって踊ったり、ハララキという踊りをしたりした。女たちも男たちも泣きながら私を伏し拝んだ。そのうち、例の仔熊と一緒に送られることになっていた娘が引っ張ってこられたので、
「何だってつれてくるんだ。みんな家に戻りなさい」
といい、私も悪神を倒したことを報告しに、あの若者たちのところに向かった。
「あなた様のおかげで妹の命は助かりました。さあ、貧乏人は貧乏なように、裕福なものは裕福なように、この方にお礼を差し上げなさい」
と若者がいうので、
「いま何をいただいても、持っていくこともできません。来年になったらまた船できますので、その時まで待っていてください」
と私はいって、その日はそこに泊まり、ふた晩をその村で過ごしてにいさんの家に戻った。にいさんはおどろきあきれて、
「いやあ、弟殿はなんとまあたいしたもんだ」
といった。
それからしばらくして、ある日のこと山に狩りにもいかず家の外で仕事をしていると、後ろから「あなた」と呼んで抱きついてきたものがある。振り向くと、「近くのレプンクル」の村に残してきた妻が子供をおぶって私に抱きついてきたのだった。私はびっくりして家に入れ、息子をおろして腕の中に抱きかかえた。そしてその子をなでさすった。にいさんもその子をとてもかわいがってくれた。それから妻の料理をみんなで味わった。
そして海を渡ろうということになり、丸木船をほることになった。すばらしく大きな桂の木、村の守り神の大きな木を背負ってきて船を作った。にいさんが船作りの道具を何でも持っていたので、それで丸木船をほり、その船にたくさんの食料を積み込んだ。にいさんは自分の妹を置いていくわけにもいかないので船に乗せ、出発した。船は誰かがあやつっているかのように、水面の上をすべっていく。
私のふるさと、石狩川の河口の見おぼえのあるところに船は着いた。幼い頃のことではあるが、わが家の水汲み道には覚えがあったので、そこに船をあげると、
「まず先に、かあさんが生きてるかどうか確かめにいくから、にいさんたち荷物を持ってあとからきてくれないか」
といって、私は妻を連れ、息子もかあさんにみせて慰めてやりたいので一緒に連れていった。わが家にはいると、いろりには燃えさしがうずたかく積みあがり、ほんのわずか火が起こっているだけで、かあさんはいろりの左に夜具の着物を頭から引きかぶって寝ていた。
「かあさん、かあさん。帰ってきたよ。帰ってきたよ」
と呼びかけても、かあさんは、
「昼間っから毎日毎日、魔物たちがうるさいなあ」
と答えるので、私は頭からかぶっている夜具をはいだ。するとかあさんは、
「息子よ!」
と叫び、私に抱きつこうとしたが、食べるものも食べずにふせっていたので、頭をあげることもできない。かあさんを起こして座らせ、ことの次第を話すと、かあさんは、
「息子よ」
といいながら、ぽろぽろ涙をこぼした。そのあいだに妻が息子を背中からおろして私に渡したので、かあさんの腕の中に抱かせてやると、泣きながら息子の体をなでていた。そのうち、にいさんが妹を連れ、大きな荷物をしょってやってきた。
わが家いっぱいにあった品物は何もなくなって、床の土がむき出しになっている。かあさんの持ち物が大きなゴザにくるまれて棚の上にあったはずなのに、何も見あたらない。ただ、地面の上のかあさんが寝ているところ、座っているところだけ、ゴザが切りとられないままになっていた。いったいどうしたのかと尋ねると、
「おまえたちが連れていかれたあとであの男がやってきて、私を妾に欲しいという。いやだというと、家の中にあったものを表に運び出して、床の敷物まで切りとって持っていってしまったんだよ。もともとうちのいそうろうだったものが、そんなまねをしたんだけれど、神様の心にかなわないことだったから、おまえがこうして生きて戻ってきてくれたんだろう。だから今度はあの男が並の死に方ではない死に方をすることになるだろうよ」
とかあさんはいう。
それからにいさんと妻が料理をして、食事をすることになった。おいしい食べ物を運んできたのでそれを煮て、家中に敷物を敷き、木の皮でもなんでもかまわず集めては敷物にして、そこに船で運んできたものを運び込んだ。それこそ山のように食べ物を運んできたので、それを運び入れ、その晩を過ごした。翌朝になって、でかけるというと、
「どういうわけかわからないのだけど、槍一本、刀一本の刃が私の寝ている下にあったんだよ」
とかあさんがいう。それを受け取って、槍の柄を作り、刀の柄を作ると、
「にいさん、一緒にきてぼくのやることを見てくれ」
とにいさんにいって、連れだって出かけた。そしておじの家の入口に掛けてあるゴザをまん中からばっさり切り落とすと、中にとび込んでいった。悪いおじには六人の娘六人の息子がいるとかあさんがいっていたが、なるほどそれがずらりとそろっている。悪おじは上座に立て膝して座り、おばは下座に立て膝して座っていた。そこに私がとび込んだものだからみんなびっくりしてこちらをふり向いた。私が髪の毛をつかむと、悪おじは、
「甥っこ殿よ、わしが悪かった。あんたのものは何ひとつ無くしていない。全部とっておいてあるから、どうかひとつ助けてくれないか」
などといったが、そんな言葉をきくつもりもない。その髪の毛をひっつかみ、おばの髪の毛をもひっつかむと頭を打ち合わせて殺してしまった。いとこの兄たちもみんな殺してしまった。いとこの兄たち、姉たちは、
「くされ親父の悪い根性、悪い性根のおかげでとんでもない死に方をすることになった。くされ親父、くされおっかあのせいで、悪い心根、悪い根性に育てられたので、死んでもおれたちは魂のないものになっちまう」
といって泣きわめいたが、きく耳を持たず、みなごろしにして表に出た。すると、村人たちがわんわん泣きながらこっちに走ってきて、
「こいつらには泣かされていたんです。何も仕事もしないで、私たちが何か作るというと半分取りあげてしまうので、食べるにもことかいていたのです。坊ちゃんのおかげでこれからは暮らしに困ることもなくなります。それこそ神様のお心にかなわなかったので、坊ちゃんが復讐をとげられたのでしょう」
というので、
「ぼくの家はわかっているはずだから、ここにいる人たちの半分はぼくの家に家財道具を運んでくれ。それからここで死んでいる連中は、村の上のはずれに運んで、ゴミだの腐った木だのを集めて燃やしてくれ」
というと、みんなは私が恐ろしいものだから、いいつけどおり私の家にあったかあさんの宝物やら、敷物やら、いろいろな着物やら、もともとかあさんのだったものをすべて運んでいった。悪おじの持ち物もたいしたものではないがいくつかあったのを、村人たちでひとつずつ分けるように命じ、
「ぼくの家の中も昔どおりに、家のまわりも雑草など生えていない、かあさんが元気だったころのようにしなさい」
というと、みんなは私が恐ろしいものだから、家の中も昔どおりに、家のまわりもきれいにしてくれた。それから、村人たちに家に集まってもらった。
「奥様のことはお気の毒に思っていたのですが、お助けする事もできなくて」
といいながら、みんなは涙をぽろぽろこぼして、かあさんと抱き合っている。両親は、鍋にしても、それこそ大きな鍋をたくさん持っていた。それを運んできたので、すぐに料理を作り、私たちが船で運んできた食べ物を村人たちに食べさせた。かあさんは、
「弟息子だけでも戻ってきてくれてよかった」
と泣きながらいう。そのあと、私の家にあるものをひとつずつ、村人たちに分け与えた。
さてそれから、今度は石狩川中流の村に船でいくことにした。私もにいさんもめいめいに船をしたてて、石狩川中流の、あの若者たちのところまでいくと、若者たちはたいそう喜んでくれ、翌日になると、ゆとりのあるものはそれなりに、ゆとりのないものはそれなりに、
「あなた様のおかげで、私たちの命は助かりました」
といって、お礼をしてくれた。
村長の家にいくと、村長の息子たちも、
「あなた様のおかげで命が助かりました。父の家財道具がたくさんありますので、お礼にこれをさしあげます」
といって私たちにくれたので、それぞれの船に運びこんだ。それこそ私のおかげで命が助かったということで、お礼をくれるというのだから、置いていくのもつまらないので船に積み込むと、例の若者とその妹が一緒についていきたいという。
「ついてきてもいいよ」
というと、若者はわずかばかりの自分の持ち物をにいさんの船に運び込んだ。
「船でくるにせよ、歩いてくるにせよ、私は村をちょくちょく訪ねにくるから、安心して暮らしなさい」
と村人たちにいうと、村人は、
「あなた様のおかげです」
と私に拝礼をした。村長の奥さんは泣きながら夜具を引きかぶって寝ているという話だったが、けっきょく会いもせずに帰ることになった。
村に戻ると、村人たちの家が何軒も建てられた。にいさんはあの石狩川中流からきた若者の妹と夫婦になり、にいさんの妹は石狩川中流の若者と夫婦になって、それぞれに家を建て、私の家にあるものを分かちあった。私が一番年下なので、「大きいにいさん、小さいにいさん」と呼ぶことにした。
海の向こうからきた私の妻は、私をとてもうやまい、口答えひとつしない。石狩川中流から連れてきた娘は、
「旦那様のおかげで命が助かり、こんな立派な方と夫婦になれました」
といって、とても私をうやまってくれる。私のところにはまた子供ができたので、かあさんはその子をとてもかわいがる。妻もかあさんをとてもだいじにしてくれ、髪の手入れをしてくれたり、顔の手入れをしてくれたりする。
「近くのレプンクル」の義父たちには、あれ以来あったこともないが、妻がいうには、
「大きいにいさんが殺されたので、みんなで父をなじり、父を追い出して、かあさんとねえさんと小さいにいさんと一緒にくらしていたのですが、ねえさんがどうにか嫁にいっていたならば、かあさんとにいさんが家を守って暮らしていると思います」
ということだ。あんなに私のことを思ってくれた義母だったけれど、レプンクルの村にはいくこともない。再び会うこともない。妻も故郷に帰りもしないでいるうちに子供がたくさんできたので、かあさんはその世話にいそがしい。そのうち、泣いてばかりいたあの日々のせいで寿命が縮んだために、かあさんは早くにこの世を去った。
あのレプンクルのところから一緒にきたにいさんにも子供がたくさんでき、石狩川中流から一緒にきたにいさんにも子供がたくさんできた。妻は私をうやまい、よそへ泊まろうなどという気も起こさせない。口答えもしない。あまり私におしゃべりをすることもなかった。石狩川中流のにいさんも私をうやまい、女たちも私をうやまった。村人たちもふたり三人と私の村に移り、みんな私をひじょうにあがめたてまつった。その様子を大きいにいさんが見て、ふるえあがり、私に敬意を払ってくれるようになった。
かあさんが亡くなったあと、息子たちも大きくなり、何を食べたいとも欲しいとも思わぬ暮らしをしていた。浜に住んでいたので海漁をし、海の獲物の脂身だのをたくさんとってきて干物にし、どんなときにも食料に困ることなく暮らしているうちに、海の向こうから連れてきたにいさんは、年長であったので先にこの世を去った。そのあと、石狩川中流からきたにいさんも先に亡くなって、私がひとり残った。ねえさんたち、妻たちはとても仲がよく、なにをするのも三人で、それこそたきぎとりでも縫いものでも一緒にやって暮らしていた。
そのうち、私も年をとり、妻は私より年上だったので先にこの世を去り、それから何年か過ぎて私ももう年老いたのだが、レプンクルの村にはとうとういかなかった。私を逃がしてくれたねえさんもどうなったものやらわからない。石狩川の中流にはたびたび訪れ、村人たちにたいそう歓迎された。むこうで酒宴があるというと、遠く離れた地ではあるが、招かれていって酒をくみかわし、こちらで酒宴を開けば招待して酒をくみかわして、われわれ石狩河口の民と石狩中流の民が、同じ一族、同じ親戚のようにして、暮らしているうちに、もはや私もこのように年老いてこの世を去るときがきた。それで、この話をしておくのだ。
と、本当の長者が語った。
(中川)
キリギリス
→解説
♪コーワキチー 人間の村に ♪コーワキチー 遊びに行こうと思いたち ♪コーワキチー(リフレインの言葉は以下♪で示す)神の国から ♪人間の村 ♪ある村に ♪やって来ました。 ♪ある男の ♪住む家に ♪行って ♪窓のところに ♪来ると ♪その家の女房が ♪稗(ひえ)をついていました。 ♪わたしが近づくと ♪その女は稗つきをやめて ♪ジロリとわたしを見て ♪こう言いました。 ♪こんなひどいことを言ったのです。
「♪村をけがす化物め ♪国を荒らす化物め ♪いったいどこから ♪来やがった」
♪そうどなると ♪わたしを追いかけたのです。 ♪稗つきの杵で ♪たたいて ♪追いかけるので ♪逃げて逃げて ♪別の村にたどり着きました。♪命からがら逃げてホッとしていると ♪一軒の家があったので ♪またおじゃますることにしました。 ♪ここでは若い娘が ♪稗をついています。 ♪そして、わたしを見た娘は ♪こう言いました。 ♪こんなことを言ったのです。
「♪まあ、こんなになって ♪かわいそうに。 ♪キリギリスさん ♪あなたは神さまなのに ♪いったいどこから ♪いらしたの」
♪そう言って ♪わたしを手のひらにのせて ♪神の窓 ♪東の窓のところに ♪おろしました。
「♪あなたは神さまなのですから ♪ここに ♪いらしてくださいね」
♪と言いました。 ♪そうして娘は稗をつき ♪そのあいだ ♪わたしはいろりに住む火の神ばさまと ♪楽しくおしゃべりします。 ♪やがて ♪娘は稗をつきおわり ♪ごちそうをこしらえました。 ♪おいしいごはんを ♪わたしのためにつくってくれて ♪火の神ばさまとわたしに ♪うやうやしくさしだしました。
「♪キリギリスさん、この村に遊びにいらしてくださって、どうもありがとう。感謝のしるしにごちそうをつくりました。火の神ばさまとあなたにさしあげます。どうぞ、めしあがれ。そして、キリギリスさん、あなたは神さまとしていらしたのですからどうか村人をお守りください。この村では女も男も、食べることだけはできますように、そして運がむいて、なにをしてもうまくいきますように、お守りください。わたしはずっとあなたを大事にするつもりなのですよ」
キリギリスであるわたしは火の神ばさまと楽しく語りあっていたのですが、娘がそう言って、わたしにうやうやしくごちそうをさしだすので、たっぷり食べて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
それからというもの、わたしは毎年その村を守って、どんな食べものもたくさん食べられるようにしました。それにひきかえ、さきにわたしが行った村の女は、杵でわたしを追いかけていじめました。村をけがす化物、国を荒らす化物と言って、追いかけてたたき、わたしは殺されそうになりました。ですからその村では、食べものを、穀物からなにから、満足に食べることができなくて、困るようになったのです。
だから、キリギリスの神さまをばかにしていじめれば、困ったことになるし、反対になんでも大事にして敬えば、豊かになるものなのですよ。
こんなふうにキリギリスが言ったとさ。
(志賀)
ものぐさぼうず
→解説
おばあさんに育てられた、おかあさんも身寄りもない小さな男の子が、たったひとりでくらしていました。おばあさんに育てられた、なまけもの。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
「ぼうや、ばあちゃんは動けないから
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
水をくんできておくれ。ぼうや、おねがいだから、はやく水をもってきて、飲ませておくれ」
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
おいらのばさまは、ぐあいが悪くなってからというもの、寝たっきりで、頭をあげることもできなくなった。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
だけど、おいら、動くのはめんどうだから、黙ってしらんぷりしていたんだ。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
ばさまが寝こんでからは、火をたく薪もないから、
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
炉ぶちをガリガリけずって、火にくべた。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
「ああ、なんてばちあたりなことするんだい」
「いい子だから、水をくんできて、飲ませておくれ。ああ、水が飲みたいなあ」
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
ばさまは目をさますとおいらに腹を立てる。それでも、水くみなんか、めんどうで、おいらは体が動かない。体を動かすなんて、まっぴらだ。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
めんどうがって、
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
何日も、何ヵ月もそうしてくらしていると、
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
ばさまは、とうとう死んでしまった。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
それでも、水くみはめんどうだし、薪ひろいなんかめんどうだ。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
すわったまま、うしろにズリズリ動いて、
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
萱ぶきの家の壁の、萱をおさえている木をけずって、いろりにくべた。おさえ木を切ると、萱がバラバラッと散らばった。
♪マーナイター サンケー タラパンケー タラコチュプー
そして、さいごには、柱までガリガリけずって、いろりにくべた。
「このものぐさぼうずめ。おまえは孝行するどころか、年寄りをよくもひどい目にあわせたな。水をほしがっているのに飲ませもしないとは、とんでもないやつだ。おまえのようなものぐさは、座っているところが裂けて、生き埋めになるんだぞ。こらしめてやるから思いしれ」
なんの神さまなのかもわからない。突然、おいらをどなりつけたとたん、どうしたことか地面が裂けた。座っているところが裂けて、まっさかさま。とうとう生き埋めにされてしまったんだ。そこではじめて目がさめた。ひどいものぐさで、動くのも、薪ひろいも、水くみも、めんどうがったばっかりに、ばさまを死なせて、それで神さまにこらしめられたんだ。
これからの者は親不孝なんかするなよ。水をほしがる人がいたら、くみたての水を飲ませるんだよ。おいらは、自分が悪かったからばちがあたったんだ。地面が裂けて、生き埋めになるなんて、とてもみじめな死にかただったんだ。神さまにこらしめられたんだよ。
ま、こんなふうに男の子は後悔したんだと。
トランネしたら(怠けたら)、こういうふうに、おっかないんだていうこと、フチ(おばあさん)よくゆうんだわ。ま、おっかない。だから、も、使(ちか)われるよになってから、もうチュプエトク(おひさまが出る)まえに、すぐ、ワッカタ(水くみ)した。フチ寝ているあいだに。「フチ、フチ、いまワッカタしてきたから、冷(さつこ)いワッカ(水)飲め、飲め」てゆうから、「フーム、クコロ オペレ(ありがたいねえ、おまえ)」ゆってあたまあげて、こやって水飲んで。それ楽しみで朝はやく起きるくせ、小さいときから。
だからトランネせば(怠ければ)、座(ねま)ったとこトイペレケして(地割れして)、そっからこうパカシヌされる(こらしめられる)ていうことフチよくゆって、ちっちゃいとき、おどかしにだか、ゆっていた。
(志賀)
韓 国
ひきがえる聟
→解説
たいした話じゃあないが、どれ、ひとつ話そうか。
むかし、ひとりのおじいさんが魚を釣って暮らしていた。ある日のこと、家を出て一日じゅう釣りをしていたが、ちっとも魚がかからないうちに、日が暮れてしまった。二日目も、やっぱりだめだった。
おじいさんは三日目も同じように出かけていって、釣り糸をたれて、じっと座っていた。しばらくして釣り糸を引きあげてみると、ひきがえるがかかっていた。
「なんてことだ。三日も飯をぬいたあげく、やっとかかったのがひきがえるとは……ついてないわい」
おじいさんはそういうと、ひきがえるを家に持ち帰った。おばあさんがおじいさんに、
「きょうはちいとは釣れましたか」
と聞くと、おじいさんは、
「きょうもだめだったわい。日が暮れかかって、ひきがえるがかかったんで、しょうがないから持って帰ってきた。そこいらにほっぽっておくさ」
といった。
そんなわけで、ひきがえるを家で飼うことになった。
それからどれだけたったか、ひきがえるがおじいさんにこういった。
「長者の家の末娘と一緒にさせてください」
おじいさんははじめはとんでもない話だと思ってとりあわなかったが、ひきがえるがあんまりふしぎな力をあらわすので、しかたなく長者を訪ねて、
「うちのひきがえるをおたくの三番目の娘さんの聟にしてください」
とたのみこんだ。
それをきいた長者は腹を立て、下男に命じておじいさんをしばってしまった。するとおじいさんは、
「うちのひきがえるを娘聟にしないと、この家は滅びますぞ」
と大きな声でわめきたてた。
長者はおどろいて、あわてておじいさんの縄をほどいてやった。ひきがえるを聟にするなどまっぴらだったが、ひきがえるがしょっちゅう、ふしぎな力をあらわすものだから、やっと末娘の聟にすることを承知した。この家には娘が三人いて、上の二人は嫁にいき、三番目の娘だけが残っていたわけだ。
長者が三番目の娘にひきがえると一緒になれというと、
「お父さまは気がふれておしまいになったんだわ。お父さまが結婚しろとおっしゃるのなら、そうしよう。初夜の晩にひきがえるを殺して、わたしも死のう」
娘はそう覚悟を決めて、承知した。
ひきがえるは上機嫌で婚礼にやってきた。式がおわり、初夜が訪れると、娘は短刀を抜いて、いった。
「おまえもわたしもこれまでの命!」
するとひきがえるは、
「はやまるな。わたしがここに横になるから、おまえはわたしの皮をじょうずにはぎとるんだ」
といった。
娘がいわれたとおりにすると、どうだろう、ひきがえるの皮の中から花嫁よりももっと美しい花聟が現れた。花聟が、
「わたしはもう一度皮の中にはいるから、もとどおりにしておくれ」
というので、娘はいわれるままにした。母屋にいた長者夫婦は娘たちが初夜をすごしている部屋の方をながめながら、
「朝になっても娘が出てこなければ、娘はきっと死んでしまったにちがいない」
と話しあっていた。
ところが、やがて夜が明けると、部屋の扉が開いて、中から三番目の娘がいままでにもまして、いちだんと美しくなって出てきた。長者が娘に、
「おまえの花聟はひきがえるではなかったのか」
とたずねると、
「そうです。ひきがえるです、お父さま」
と娘が答えた。
「娘や、わしはひきがえるの聟など見たくもない。いますぐにふたりで聟の家にいくがいい」
長者がそういうと、娘は「はい」と答えて、ふたりして聟の家へいった。
それからしばらくして、長者の還暦を祝う日になり、ひきがえると花嫁は妻の実家にもどった。長者はおおぜいの祝い客が座っている広間の入り口にひきがえるがいるのを見ると、
「なんの用できたんだ」
ときいた。
「お父さんの還暦のお祝いに、聟のわたしがかけつけないわけにはいかないでしょう」
ひきがえるがそう答えると、お客たちはげらげら笑った。長者は顔から火が出るほどはずかしかった。お客たちがおもしろがってひきがえるをかわるがわるけると、長者が、
「あちらの部屋にさがっていなさい」
といった。するとひきがえる聟が長者にこういった。
「これからわたしが狩りにいって、還暦の宴のために、なにか獲物を捕らえてきましょうか」
「いったいどんな獲物を捕らえてくるというんだ」
「雉(きじ)か、兎か、猪か、それともひひでも捕ってきましょう」
「ほんとうに捕ってこれるのか」
「はい。捕ってきますから、お父さんの馬を貸してください。それに、馬子と下男もお願いします」
「よかろう」
そんなわけで、長者は下男と馬子を呼んで狩りのしたくをさせた。ひきがえる聟は長者の馬の背に乗って、山奥にはいっていった。
しばらくいくと、庭ほどもある大きな岩があった。そこでひきがえる聟は魔除け札のようなものを一枚かいて下男に渡すと、
「この便りを持ってあの峠を越えていくと、お坊さんがひとりでシラミをとっているはずだ。そのお坊さんにこれを渡してくれ」
といった。
下男が峠を越えていくと、たしかにひとりのお坊さんが上衣をぬいで、シラミをとっていたので、お札を渡した。お坊さんはそれを読んで、
「わかった。お前さんは先にいきなさい。わたしは衣をきて、あとからいきましょう」
と答えた。
それで下男は先に帰った。するとまもなく雉が飛んできて止まり、それから兎がぴょんぴょん跳んできて止まり、猪やひひもたくさんやってきた。ひきがえる聟は下男たちに命じて、それを全部いけどりにすると、馬につんで家へ帰っていった。
とちゅうで一番目の娘の聟と二番目の娘の聟に出会った。ふたりは狩りにきたものの、なにも捕れずに帰るところだった。ふたりはひきがえる聟を見ると、
「おまえが捕った獲物をおれたちにゆずれ」
といった。するとひきがえる聟がこういった。
「ゆずってもいいが、わたしのいうことを聞いてくれますね」
「いいとも」
「それでは上衣をぬいで、わたしに背中を向けてください」
ひきがえる聟はふたりの肩の端をおもいっきりかんで歯形をつけると、獲物をそっくりふたりにやった。ふたりは獲物をみんな殺すと、自分たちが捕ったように見せかけて、妻の家に引き返していった。
ひきがえる聟が手ぶらで帰ってくると、
「見てみろよ。ひきがえるの聟殿のお帰りだ。いったいどんな獲物を捕ってきたやら」
といってからかった。長者が、
「おまえはもう家に帰れ」
というと、ひきがえる聟は、
「わたしだってお父さんの還暦を祝うつもりできたのですから、お祝いの宴がおわるまでは帰りません」
と答えた。
還暦の宴がおわると、ひきがえる聟は花嫁を先にたてて、家にもどった。家に帰ってくると、ひきがえる聟はおじいさんにこういった。
「わたしはもう帰らなければなりません。じつはわたしはひきがえるではなく、玉皇上帝の息子なのです。あまり暑いので海に降りてきて水浴びをしていたところをお父さんの釣針にかかったのです。わたしがふたりに捕まったのは、ふたりに富を授けるためだったのです。わたしはこれからちょっと妻の実家にいってきます」
ひきがえる聟は長者の家につくと、長者に上の二人の娘聟を呼ぶようにいった。長者はふたりの聟を呼んだ。
ひきがえる聟はふたりの聟を見ると、長者の見ている前で、上衣を脱ぐようにいった。ふたりがしかたなく上衣を脱ぐと、肩に傷跡があった。
「この傷跡はわたしがかんだ跡です。このふたりはもともとわたしの部下でした。還暦のお祝いの獲物はこのふたりが捕ったものではありません。わたしの獲物を取りあげたのです」
ひきがえる聟はそういい、
「おまえたちはもうここで暮らそうなどと思うな」
といってふたりを罰すると、ふたりはあたふたとその場から逃げだした。
それからひきがえる聟はもう一度家に帰り、おじいさんに、
「わたしは天に帰ります。お父さん、お母さん、わたしがここの野原をそっくりたんぼにしていきますから、お米を何万石も作って暮らしてください」
ひきがえるはそういって皮を脱いだ。それから東西南北に四拝して鎮座すると、それまで晴れていた空がにわかにかき曇り、雷が鳴り、濃い霧があらわれて、ふたりをそのまま天に持ちあげた。はげしい雨が降り続き、二日後に雨がやむと、荒れていた土地がたんぼになっていた。
そこで、漁師夫婦は石を積んで境をつくり、たいした長者になって幸せに暮らしたということだ。こんな話があったんだよ。
(崔)
ムカデと青大将の闘い
→解説
むかし、貧しい若者がさすらいの旅に出た。旅費もあるはずがなく、乞食になって物乞いをしながら旅を続けた。
ある日、若者は山奥まできて、ふと、
「こんな暮らしをするよりは死んだほうがましだ」
という気になり、命を断つ覚悟をした。
ところが、死に場所をさがしているうちに日が暮れ、山の中は暗くなってしまった。ふと遠くに目をやると、むこうに明りが見えた。若者は、
「こんな山奥に人が住んでいるはずがないが」
と思いながら、明りの方にいってみた。すると瓦ぶきの、大きな、りっぱな家が立っていた。
「旅の者ですが、一晩泊めていただけませんか」
若者は大きな声でたずねた。
すると家の中から美しい女が出てきて、若者を迎えいれてくれた。いつしか若者はこの美しい女と夫婦になった。貧しかった若者はこの女とめぐりあえたおかげで長者になり、なにひとつ不自由なく、幸せに暮らすようになった。
それからどれだけたったか、ある日のこと、若者は故郷に残してきた家族のことを思い出し、気がかりになった。それで女に、
「一度故郷に帰ってみたい」
ときりだした。女は若者を帰したくなかったが、若者がしきりに帰りたがるので、しかたなく承知した。
「でも、ひとつだけ、覚えておいてください。帰ってくるときに、だれがあなたに話しかけても、けっしてそれに答えてはなりません。どんな人とも関わり合いにならないでください」
女はそういった。若者はそのとおりにすると誓って、旅に出た。
何日かかかってやっと故郷に着いて、自分の家にいってみると、前の家はなくなっていて、そこに新しいりっぱな家が立っていた。若者は女房に、
「これはいったいどうしたことだ」
とたずねた。すると女房がいうには、
「ある人がきて、だんなさんが働いて儲けたお金だといって、大金を置いていきました。それで家も新しく建て、田畑も買い入れ、いまでは長者のような暮らしをしています」
という。若者は、
「これはきっと、山奥の、あの女がしてくれたにちがいない」
と思った。この家で何日か過ごした若者は、また山奥の家に帰ることにした。ちょうど半分ほどきて、峠にさしかかったところに白髪のおじいさんがいた。
「少しだけ、休んでいってはどうだ」
そのおじいさんがしきりに誘うし、若者は疲れてもいたので、おじいさんのそばに座って、休んだ。おじいさんはしばらく話をしたあとで、タバコとキセルを若者に差し出し、
「これを家に持ち帰って、吸うがいい。じつは、おまえがいま一緒に暮らしている女は人間ではない。ムカデなんだ」
といった。
「まさか、そんなことがあるはずがない」
若者はそう思ったが、念のためにタバコとキセルをもらって、また旅を続けた。
やっと家に帰り着いたときはもう夜だった。若者はおじいさんがいった言葉をたしかめようと、外からそっと部屋の中をのぞいてみた。するとほんとうに人間ではなく、ムカデがいるじゃないか。若者はびっくりしたが、すぐに気を落ち着けて、女房を呼んだ。するといつの間にかムカデは美しい女の姿になって出てきて、いそいそと若者を迎えいれた。
若者は部屋にはいると、すぐにタバコを吸いはじめた。部屋の中がタバコの煙でいっぱいになると、女は顔色がみるみる土気色になり、いまにも死にそうになった。
それを見て、若者は、
「この女がたとえムカデだとしても、これまでおれはずいぶん世話になったじゃないか。このキセルにはきっとこの女を殺すような毒があるにちがいない」
と思い、すぐに門を開けて、キセルを外に投げ捨てた。
ところが外ではあの白髪のおじいさんが家の中の様子をうかがっていて、若者が投げたキセルがちょうどそのおじいさんの顔にあたった。その途端、おじいさんは青大将の姿になって、死んでしまった。
女のほうはやっと元気を取り戻し、若者にこれまでのことを話して聞かせた。
「あのおじいさんは青大将で、龍になるための闘いをわたしとしていたのです。龍になって天に昇るのがわたしの望みでした。おじいさんがあなたに渡したタバコのために、わたしはあやうく死ぬところでした。でもおかげで助かり、これで龍になることができます。このお礼にあなたに田んぼをあげましょう。夜が明けたら、どこそこにいきなさい。水がなくて使っていない荒れ地があるはずです。あなたの好きなだけ、じぶんの土地にしてください。早くいって杭を立てて、自分の土地だというしるしにするのです」
夜が明けて若者が目を覚ますと、女の姿はなく、家も部屋も消えていて、大きな岩の下に寝ていた。若者は女が教えてくれた場所にいき、杭を立てて自分の土地だというしるしにすると、故郷に帰った。
それから何日かしたある日のこと、にわかに空がかき曇り、雷がゴロゴロ鳴りだし、嵐になった。若者が空をあおぐと、大きな龍が天に昇っていくのが見えた。
嵐は何日か続いて、やっと止んだ。若者が荒れ地にいってみると、あたりはすっかり変わり、米を作るのにいい、りっぱな田んぼになっていた。若者はにわかに何万石もの大金持ちになり、幸せに暮らしたということだ。
(崔)
三番目のいたずら息子
→解説
むかし、三人兄弟がいて、上のふたりは性格もおとなしいうえ、勉強にも励み、科挙試験を受ける準備をしていた。ところが三番目の末っ子はいたずら好きで、勉強なんぞそっちのけで毎日遊んでばかりいて、親に心配をかけていた。そんなぐあいだから、父親は上のふたりばかりかわいがり、末っ子のことはきらっていた。
ある日、父親は上の二人の息子を連れて都にのぼり、科挙試験を受けさせることにした。三番目のいたずら息子がついてくるとぐあいが悪いと思い、なんとかして気づかれずにこっそり出かける方法はないか、考えた。そこで父親は上のふたりの息子にこっそり旅の支度をさせ、夜明けに三人で家を出た。
ところが、しばらくあるいてうしろを振り返ると、末っ子が追いかけてくるじゃないか。三人はいそいであるいたが、それでも末っ子はしつこく追ってきた。こっちがゆっくりあるけば、むこうもゆっくりあるき、こっちが急げば、むこうも急ぎ足で追ってきた。
父親はしようがないやつだとあきらめて、末っ子のことは忘れて、足を運んだ。そして、木陰で一休みしようと思って立ち止まり、腰をおろした。すると末っ子もそばにきて腰をおろした。このとき父親は問題をひとつ思いついて、上の息子たちにきいた。
「日なたの松の木はからからにかわいてちぢれているのに、日陰の松の木はなぜよく伸びているのか」
という問題だった。上の息子ふたりは、
「おとうさん、それはもちろん、日なたは太陽に照らされるので、からからにかわいてちぢれ、日陰は湿り気がたっぷりあるので、生い茂っているのです」
と答えた。それを聞いた父親は、
「なるほど」
とうなずいて、正しい答えに満足した。ところがそれまで黙っていた末っ子が兄さんたちの答えを聞いて、横槍をいれた。
「とんでもない。そんなでたらめな答えがあるもんか。それならなぜ、日にあたる頭の髪がまっすぐ伸びているのに、日のあたらない陰毛がちぢれているんだ」
といった。父親は末っ子のいい分ももっともだと思ったが、いまさら末っ子のいい分が正しいともいえず、知らんぷりをしたまま旅を続けた。
やがて都に着き、しばらくいくと立て札が立っていて、おおぜいの人がそれを取り囲んで、読んでいた。三人の親子もそばにいって、立て札を読んだ。
「この度、科挙に応じる者はすべて、どこそこの、なになに宿に泊まるべし。その宿の主人と謎を三つ出し合って、正しい答えをしたものに限り、科挙に応ずる資格を与える」
と書いてあった。三人の親子はしかたがないので指示された宿を訪ねることにした。ところが末っ子はお金がないので宿の中にははいれず、門の外に座りこんだ。
しばらくすると、宿の主人が現れて、
「おまえさんはなに者だ」
とたずねた。すると末っ子は即座に宿の主人に、
「わたしはいまこの門を通って中にはいるか、はいらないか」
ときいた。あわてた宿の主人は、
「これは並大抵の子ではない。はいるといえば、はいらない。はいらないといえば、はいるだろう。いずれに答えても、間違いになることははっきりしている」
と考えた。それで、
「はいってこい」
とだけ答えた。おかげで末っ子はお金もないのに部屋にあがることができた。末っ子は喉が乾いたので、水を一杯頼んだ。末っ子は水のはいった器を手にすると、また宿の主人に向かって、
「わたしはこの水を飲むか、飲まないか」
と尋ねた。これも前の問いと同じで、いずれに答えても、相手次第で間違いになる。宿の主人はあきれて、それには答えず、
「よし、おれの負けだ。今度はおれから問いを出す。この家の裏に石仏が立っているが、その石仏の耳からうみが出て困っている。なにをつければ治るだろう」
といい、二度にわたって負けた分を取り戻そうというので、難題を出した。これまでだれもこの難題を解いた者はなかった。末っ子はしばらく考えるふりをしていたが、ふと思いついた様子で、
「そんなの、わけないさ。五、六月に藁の先に凍りついたつららを取ってきて、その耳につければ治るよ」
と、すまして答えた。あきれた宿の主人が、
「五月や六月に凍るつららなど、あるものか」
というと、末っ子はその答えを待ち構えていたように、
「そうとも。石仏の耳からうみが出るなんて、そんなむちゃな話があるもんか」
といった。けっきょく今度も宿の主人の負けになり、科挙に応じる資格を与えた。
ところで、兄さんたちの方もさかんに討論をしているさなかだった。末っ子は隣の部屋に泊まっている兄さんたちの問題に聞き耳を立てた。兄さんたちは宿の主人にこんな問題を出した。
「われわれの家には先祖代々伝わる品があります。それは鉄の敷物ですが、ちょうどその縁がはずれてしまいました。なにでそれをつないだらいいでしょう」
宿の主人はまた負けそうになった。宿の主人が答えられそうにないことがわかると、末っ子はすたすたと部屋にはいって、
「あなたはこの宿の主人としての資格がありません。わたしに権利を譲りなさい。わたしがあなたに代わって答えてやろう」
といい、宿の主人になり代わって、兄さんたちが出した難題に答えた。
「それはね、大きな砂でつなげばいいのさ」
すると兄さんたちは、
「でたらめいうな。大きな砂なんてものがあるか。たとえあったとしても、そんなもので鉄の敷物をつなげるわけがない」
といった。すると末っ子はその答えを待ち構えていたかのように、
「そうとも。この世に鉄の敷物などあるはずがない。そんなでたらめな問いは問題にはならないよ」
と答え、兄さんたちを黙らせてしまった。
こうして科挙の試験には末っ子だけが応ずることになり、合格して、末長く幸せに暮らしたという話だ。
(崔)
藁縄一本で長者になる
→解説
むかし、ひとりの貧しい女が怠け者の息子といっしょに暮らしていた。その息子の怠けぶりといったら、外の便所へ行くのが面倒だというから、下座で飯を食べさせれば、上座にいって糞をすますというほどだった。
お母さんは毎日、
「仕事をしなさい。仕事をすれば体のためにもいいよ」
「母さんの手伝いをしておくれ」
などと口をすっぱくしていったが、息子は腰をあげようとはしなかった。あれこれ知恵をしぼって、なんとか仕事をさせようとしてはみたが、怠け者はあいもかわらず、のんべんだらり。
そうこうするうちに時が過ぎ、怠け者は二十歳になった。お母さんはとうとうがまんの緒が切れて、
「おまえなんか家にいてもいなくても同じだ。とっとと出ておいき」
といった。すると怠け者はやっと口を開いて、
「それじゃあ、藁をもってきてくれ」
といった。お母さんはいったい何をするつもりだろうと思ったが、とにかく藁を一束もってきて、息子にやった。すると息子はその藁で縄をなったが、まる一日かかってやっと三尺なっただけだった。
あきれはてたお母さんは、
「それをもって出ておいき」
といった。
怠け者は自分でなった三尺の縄をもって家を出た。歩き続けてしばらくいくと、ひとりの甕(かめ)商人が、甕(かめ)を結わえてあった縄が切れて、立ち往生していた。怠け者はこれを見て、
「おいらに甕をひとつくれれば、この縄をやろう」
といった。商人はべらぼうな取り引きだとは思ったが、なにしろ甕を結わえぬことには動きがとれぬ。それでしかたなく、甕をひとつ怠け者にやった。
怠け者は藁縄のかわりにもらった甕をもって、また旅を続けた。ある村の入り口にさしかかると、井戸のところで女がひとり、水を汲んでいた。ところが女は手をすべらせて、水甕を割ってしまった。女はたいせつな水甕を割ってしまって、泣きそうな顔でおろおろしていた。
これを見た怠け者は女のそばにいって、
「おいらに米を三斗くれ。そしたらこの甕をやる」
といった。
女は甕ひとつに米三斗の値打ちがあるとは思わなかったが、とにかく姑に見つかる前になんとかしなければと思って、しかたなく怠け者に米三斗やって、甕と取り替えた。
怠け者は米三斗かついで、また旅を続けた。しばらくいくと居酒屋が一軒あって、ロバが一頭、その前に倒れて死んでいた。怠け者は、
「この死んだロバはだれのだい」
と聞いた。
するとじいさんが、
「わしのだが、それがどうした」
ときいた。
「米を三斗やるから、そのロバをおいらに譲ってくれ」
じいさんははじめは冗談だと思ったが、やがて本気だとわかると、よろこんで米三斗と引き替えに、怠け者に死んだロバを渡した。
ところが怠け者がロバを手に入れたとたん、ロバが息を吹き返した。怠け者がロバの背にまたがると、ロバはチョブン(草墳・仮の墓)のある方にむかって歩きだした。ロバがちょうどチョブンの前までくると、急に雨が降りだしたので、怠け者はチョブンの中にはいって、雨宿りをすることにした。するとそこに美しい娘のなきがらが安置されていた。娘はたいそう美しい着物を着せられていた。
ところがそのなきがらがむっくり動いて、息を吹き返した。怠け者が娘に水を飲ませてやると、娘が、
「わたしを生き返らせてくださって、ありがとうございます」
とお礼をいった。
「あなたはどこの娘さんですか」
「わたしはこの村の長の娘です」
怠け者は娘をロバに乗せて、村の長の家につれて帰った。村の長の家では死んだはずの娘が生きて帰ったものだから、おお喜びでふたりを迎えいれた。
村の長は怠け者にこういった。
「わしの娘を生き返らせてくれたお礼に、おまえに娘を嫁にやろう。これも天の定めというものだ」
こうしてすぐに婚礼の式が挙げられた。
それから数日して、怠け者は娘をロバにのせて、故郷にむかった。
とちゅうでふたりは三人の絹商人に出会った。絹商人たちはわが目を疑うほど美しい娘と、りっぱなロバにすっかりほれこんでしまった。どうにかして怠け者の手から娘とロバを奪い取る方法はないものかと考えたあげく、
「若い衆、ひとつ賭をしないか」
ともちかけた。
「なにを賭けるんだい」
「わしらが負けたら、ここにもっている絹をおまえに全部やろう。そのかわりおまえが負けたら、そのロバと娘をよこすんだ」
「いいとも」
こうして賭けをすることになった。賭けは謎解きだった。
「まずおまえから問題を出せ」
と商人たちがいった。
「いや、そっちから先に問題を出せ」
そんなわけで、けっきょく怠け者が先に問題を出すことになった。怠け者はろくすっぽ考えもしないで、
「いいだろう。それじゃあいくぞ。藁縄三尺に甕、甕に米三斗、死んだロバに死んだ娘、さあなんだ」
と謎をかけた。
三人の商人はたがいに顔を見合わせるばかりで、答えられるはずがない。そんなわけで怠け者の勝ちと決まった。
「それじゃあ約束どおり、おまえたちの絹織物をそっくりいただこう」
怠け者がそういうと、商人たちは絹を持って逃げ出そうとした。
「それじゃあ約束が違うじゃないか。さっさと持っている絹をこっちへ渡せ」
怠け者がいった。ところが商人たちは約束を守らずに、逃げだした。
そこで怠け者はこのことをすぐに地方の長に訴えた。長は家来に命じて、三人の商人を捕らえさせた。三人の商人が長の前に引き立てられてきた。怠け者が商人たちと賭をしたいきさつを話すと、長は三人の商人に、
「約束は守らねばならぬ。持っている絹を残らず若者にやりなさい」
と判決をくだした。
こうして怠け者は立派なロバと、村の長の美しい娘と、すばらしい絹織物を手に入れて、お母さんのいる村に帰ってきた。
それから怠け者はずっと幸福に暮らしたということだ。
(崔)
トケビの話
→解説
その一
数年前のことだ。ある人が市にいって、夜中に家に帰るところだった。ちょうど橋にさしかかったとき、電信柱のように背の高い人が現れて、
「やあ、よくきてくれた。きょうは月の明るい晩だから、一緒に相撲をとろうじゃないか」
といって、いきなりかかってきた。
「何者だ。いやだ、知りもしないおまえなんかと相撲をとるつもりはない」
男はそういって断ったが、大男は大きな腕をぐいと伸ばして、男を引き寄せた。男は酒に酔っていたが、相手がただの人間ではないということがわかったので、なんとかして逃げようとがんばった。だが、いくら逃げ出そうともがいても、だめだった。
「よし、こうなったらもう勝負するしかない」
と思って相手を見ると、むこうはもうしこを踏んでいた。
とうとうふたりは橋の上で相撲をとりはじめた。その男は力持ちで、相撲の技にも優れたつわものだということは、村のだれもが認めていた。ところが、相手が大男ではそうかんたんにはいかぬ。長いこと取っ組みあったあげく、それでもやっと大男を倒すことができた。大男を倒すと、男は夢中で大男の首を締めたものだから、大男は死んでしまった。
男はおお喜びで村にとんで帰り、仲間たちを呼び起こした。
ところが、村の若い衆が松明(たいまつ)をかざして、男のあとから橋のところまでいってみると、大男を倒したはずの場所に大男の姿がなく、そのかわり、古ぼけた、使えそうもない殻竿(からざお)がころがっていた。そしてその殻竿の穴には小さな棒が一本差し込まれていた。
トケビに化かされたんだ。
その二
わたしのおじが四十歳ごろのときにあった話だが、ノルボというところにきたとき、天まで届くほどの大男がふいに現れた。
「おまえさん、市にいってきたのかい。久しぶりだから、相撲でもとろうじゃないか」
「いやだ。おまえは何者だ」
「今夜は明るい晩だ。相撲をとるにはもってこいの晩だ」
大男は相撲をとる格好をして、放してくれそうにもない。おじは、
「いくらトケビに化かされても、気をたしかにもっていれば生きるすべはある」
と思っていた。
それでふたりは相撲をとった。おじが大男の左の足を折ると、大男は左膝をついてどっと倒れた。
おじはいまのうちだと思って、そばにあったおおばこの茎で大男を縛りつけておいて、おお急ぎで家に帰った。
ところが、夜が明けてからおおぜいで現場にいってみると、大男の姿はなかった。ただ箒が一本しばりつけられていただけだった。
おじはトケビに化かされたんだって、みんながいうんだ。
その三
わたしが十八歳のときの話だ。雨が降り出すと、海辺には蟹がわさわさ集まってくる。
ある晩のこと、おじと一緒に海辺に蟹を捕りに出かけた。蟹を拾っては籠にいれた。そのうちどこからともなく「チチチ」という音が聞こえてきた。
「これはトケビにちがいない」
おじはそういった。案の定、やがてトケビが暴れだし、海辺を荒らしてまわった。そのうえトケビは灯の明りまで消してしまったので、あたりは真っ暗になって、なにひとつ見えなくなってしまった。
そのときおじが大声で、
「水底の金さん、明日は鱧(はも)とそば粉でこしらえたところてんをごちそうするから、もういたずらはやめてくれ」
とどなった。するとぱたっと騒ぎが止んだ。しばらくしてどこからやってきたのか、蟹がわさわさ集まってきたので、どっさり拾ってきた。
次の日には約束どおりごちそうをお供えした。そんなことがあってから、いつも蟹がたくさん捕れるようになったんだ。
その四
これはわたし自身がトケビに化かされた話だ。
ある日、鎮川の市に用事ができて、出かけた。久しぶりに友達にも会い、酒を飲み、夜遅くなって家に帰るとちゅうだった。
わたしが鎮川弥勒仏の共同墓地付近にきたとき、大きな火の玉が目の前からふわっと飛びたったんだ。わたしはあやうく気を失うところだった。あたりがぱっと明るくなって、火の玉は前の方にすうっと動きだした。
わたしはその光をどんどん追いかけた。たんぼを抜け、野原をつっきり、山奥に分け入り、夜明けごろまで追いかけた。火の玉を追いかけている間はアスファルトのようないい道をかけているような感じだった。だけど、ほんとうはそうじゃなかった。アスファルトどころか、小川あり、野原あり、たんぼあり、山あり、険しい谷ありだった。
夜明けの四時頃だったか、わたしはとうとうばったり倒れて、いまにも死にそうだった。
そのとき、
「おじさん、おじさん」
という声がかすかに聞こえてきた。やっと我に返ると、水車小屋の前に倒れていた。着物は破れ、靴はなくなっていて、はだしだった。
わたしを起こしてくれたのは姪で、わたしがゆうべ家に帰らないので、みんなしてさがしに出たところだったんだ。
わたしは立ちあがることもできなかった。それで姪は家に引き返して、親類をつれてきて、わたしを家まで運んでくれた。
村の人たちがいうには、旧の六月や七月だったから命拾いしたが、これが冬だったら、きっと凍死していたはずだ。
その五
忠清南道青陽の長谷里にかつての朴進士宅がある。ある晩、夜中にいきなり台所から器がこわれる音がしたと思うと、土間の板をカンカンたたく音がした。
それから馬が走る音がし、壺がこなごなに割れる音も耳が痛いほど聞こえてきた。ところが外に出て確かめてみても、なにごともない。そんな恐ろしい音が何日も続いたんだ。
ある晩のこと、その日もあいかわらずものすごい音がするので、この家のおかみさん(朴進士の妻)が前もって用意しておいた、火のはいった青銅の火鉢を持って外に出ると、それを庭のまん中に置いた。そしてあらかじめ覚えておいた呪文を唱えながら祈った。するとふしぎなことに、物音はぴたりと止んだ。それからはもうなんの音も聞こえてはこなかった。
ところが、このことがあって間もなくのこと、この家のおかみさんが気の毒に病気になり、名前もわからない病気でとうとうなくなってしまった。おまけに娘まで、しばらくして原因不明の病にかかって死んでしまったんだ。
それ以来、朴進士宅は廃屋になっている。村人はこれはきっとトケビかジトキの仕業に違いないといっている。
その六
慶尚北道青松郡府南面花場洞にトケビ橋と呼ばれるふしぎな石橋が、村の前を流れる川の上手(かみて)にかかっている。十二個の石がつながってできている橋で、全体に二十度から三十度ぐらい傾いている。川の水が少しでも増えればすぐに流されそうな橋なのに、いくら大雨や台風で洪水になっても、この橋だけはふしぎとその場所から動かない。
だが、ほんとうのところは動かないのではなく、洪水になると激流で八メートルも下(しも)に流されるのに、翌日になるとちゃんともとの場所にもどっているんだ。村の人たちが自分たちの目でしっかり見ているんだ。
そんなわけだから、村人たちは洪水で橋が流されると、夜のうちに共同墓地からトケビたちがおりてきて、もとの場所にもどしておくんだと信じている。だからこの橋をトケビ橋って呼ぶんだよ。
(崔)
中 国
ブタの化け物 猪八戒(ちよはつかい)
→解説
おばあさんが竹の皮を拾っていると、糞をたれていた猪八戒の化け物が、
「ばあさん、尻をふくから一枚くれよ」
といった。おばあさんは一枚やったが、猪八戒の化け物は、
「足りないよ、もう一枚」といった。
「こいつは娘が刺子をするのにいるんだよ」
おばあさんが断ると猪八戒の化け物は怒って、
「今晩、かたをつけに行くからな」
というなり、行っちまった。
猪八戒の化け物がかたをつけに来ると聞いて、おばあさんは泣き出した。戸口に座って泣いていた。
そこへ小間物屋が振り太鼓ならしてやって来た。おばあさんが泣いているのを見て、たずねた。
「どうしたんだい」
「猪八戒の化け物が尻をふくのに竹の皮をくれといったんだよ。娘が刺子に使うのにいるんだって断ったら、今夜、あたしのところにかたをつけに来るっていうのさ」
「おばあさん、泣くなよ。ぬい針をあげるから、戸にさしときなよ。今夜、猪八戒の化け物がかたをつけに来て、戸を押したら、とたんに針が手に突きささるってわけだ」
おばあさんが喜んだので、小間物屋は針を戸に突きさしてやった。
小間物屋が行っちまうと、おばあさんはまた泣きだした。すると、
「ブタの糞ー」
と呼び声あげてブタの糞買いがやって来て、おばあさんが泣いてるのを見ると、聞いた。
「おばあさん、どうしたのさ」
「猪八戒の化け物が今夜、あたしのところにかたをつけにくるんだよ」
「だいじょうぶだよ。このブタの糞を戸に塗りつけといてやるから。猪八戒のやつが来て戸を押したら、たちまち手は糞だらけさ。どうだい」
「そりゃ、ありがたい」
そこでブタの糞買いはブタの糞を戸に塗りつけた。
ブタの糞買いが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
「ヘビはいらんかねー」
と呼び声あげて、今度はヘビ売りがやって来た。ヘビ売りはおばあさんが泣いてるのを見ると、聞いた。
「おばあさん、どうしたんだい」
「猪八戒の化け物が今夜あたしのところにかたをつけに来るんだよ」
「心配いらないよ。ヘビをあんたの水がめに放しといてやるよ。今夜、猪八戒の化け物が来て戸を押す。手がよごれて水がめに洗いに行く。そこをヘビがかみつくってわけさ」
「そりゃあいい」
そこでヘビ売りはヘビを水がめにいれた。
ヘビ売りが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
「スッポンだよー」
今度はスッポン売りが通りかかった。
「おばあさん、どうしたのさ」
「今夜、猪八戒の化け物がかたをつけにくるっていうんだよ」
「おれのスッポンを手水(ちようず)鉢(ばち)の中に入れといてやるよ。水がめで、ヘビにかまれる。あわてて手水鉢に手をつっこんだら、今度はスッポンに食いつかれるってわけさ」
そういってスッポンを手水鉢に放した。
スッポン売りが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
「カニだよー」
呼び声あげて今度はカニ売りがやって来た。
「おばあさん、どうしたのさ」
「猪八戒の化け物が、今夜、かたをつけに来るって言うんだよ」
「おれのカニを、かまどの湯だめの中に入れといてやるよ。手を洗おうとしたら、カニにはさまれるようにな」
こういってカニ売りはカニを湯だめに入れた。
カニ売りが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
「卵だよー」
今度は卵売りがやってきた。
「おばあさん、どうしたのさ」
「今夜、猪八戒の化け物がかたをつけに来るっていうんだよ」
「こわがらなくっていいよ。卵をかまどの中に入れといてやるよ。あいつがタバコを吸おうとしたら、とたんにはじけて目がつぶれるようにな」
そういうと卵売りは卵をかまどに置いた。
卵売りが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
今度は井戸掘りがやってきた。
「おばあさん、どうしたのさ」
「猪八戒が今夜、かたをつけにくるっていうんだよ」
「安心しなよ。おれが井戸を掘ってやるよ」
井戸掘りはおばあさんの部屋の中に井戸を掘った。
井戸掘りが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
今度は経師(きようじ)屋がやってきた。
「おばあさん、どうしたのさ」
「猪八戒が今夜、かたをつけにくるんだよ」
「だいじょうぶ、おれが井戸の上に紙を貼って寝台みたいにしといてやるよ」
経師屋は紙で井戸をおおった。
経師屋が行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
今度は牛売りがやってきた。
「おばあさん、どうしたのさ」
「猪八戒が今夜、かたをつけにくるんだよ」
「心配ないよ。おれが牛を寝台の頭の方につないどいてやるよ」
牛売りは、牛をつないだ。
牛売りが行っちまうと、おばあさんはまた泣いていた。
今度は馬売りがやってきた。
「おばあさん、どうしたのさ」
「今夜、猪八戒の化け物がかたをつけに来るんだよ」
「この馬を寝台の足元につないどいてやるからだいじょうぶだよ」
馬売りは、馬をしっかりつないだ。
おばあさんはもう泣かなかった。
日が暮れた。おばあさんは戸をしめたが、かんぬきはそのままにしておいた。それからこっそり、家を出た。
真夜中に、猪八戒の化け物がやって来た。戸を押したとたん、
「いてッ」
針がつきささった。手をひっこめたら、
「ムッ、くせえ」
ブタの糞がべっとりついてる。あわてて家の中に入って水がめに手をつっこんだら、
「いてッ」
ヘビにかまれた。たまらず手水鉢に手をつっこんだら、スッポンに食いつかれ、湯だめに手をつっこんだらカニにはさまれた。あっちで食いつかれ、こっちでかみつかれ、もうたまらない。どれ一服とかまどの前に座ったとたん、
「パン」
卵がはじけて、
「あちッ」
目がつぶれた。猪八戒の化け物は、目も見えず、へとへとになって、手探りで部屋の中に入って行った。おばあさんをかたづけてやろうと枕元をさぐると、牛の角でひと突きにされた。
「いてッ」
足元をさぐったら今度は馬に蹴られた。
「いてッ」
もうかなわん、まずひと眠りと寝床に入ったらドブン、井戸に落ちちまった。
夜が明けて、おばあさんが井戸をのぞくと猪八戒の化け物が死んでいた。おばあさんは猪八戒を引きあげて、その肉を売りはらった。
(馬場)
ヘビのだんな
→解説
あるところにひとりのじいさんがいた。かみさんは亡くなって、娘が二人いるだけだった。ある日のこと、じいさんは煮炊きに使う柴を刈りに山に行き、運悪くマダラヘビに見られちまった。マダラヘビは皮を脱ぐと、網に化け、じいさんを捕まえた。巣にもって帰って、朝飯にしようとすると、じいさんが涙ながらに訴えた。
「わしは殺されてもいいが、うちで待つ二人の娘がふびんでならねえ」
ヘビはじいさんに娘がいると聞くと、すぐにいった。
「娘をひとり嫁によこすなら、おまえは許してやろう」
じいさんは承知するよりほかなかった。家に帰ると、まず姉娘にきょうのことを話した。しかし姉娘はいった。
「ヘビが父さん食ったって、ヘビの嫁になるのはいや」
じいさんはため息ついて、頭を振るばかり。今度は妹娘にきいた。妹娘はいった。
「父さん、ヘビに食われちゃいや。わたしがヘビの嫁になる」
そこでじいさんは妹娘をマダラヘビのところに連れて行った。
ヘビの嫁となった妹娘は、食べるもの、着るもの、みな豪勢で、楽しく毎日を過した。二年あまりの年月が過ぎ、妹娘は父さんに会いに里帰りしたくなった。ヘビは妻を送って行く道すがら、ずっと豆をまいて、
「わたしは先に帰るから、おまえは豆が芽を出したら、豆をたどって帰っておいで」
といった。
妹が立派なみなりで里帰りしたのを見ると、姉娘はねたましくてたまらず、どちらがきれいか比べてみようと妹を井戸端に誘った。ところが水にうつった姿は、妹のほうがずっときれいだ。姉は気持が納まらず、今度は川辺に妹を誘ったが、やはり妹のほうがずっときれいだ。とうとう姉はねたましさから恐ろしいことを思いついて、妹にいった。
「あんたはいっぱい飾りをつけてるからきれいに見えるのよ。ちょっとわたしにつけさせて。それでどっちがきれいか、もう一度水にうつしてみよう」
妹は飾りを姉につけさせた。ところが姉は姿なんかうつさず、いきなり妹を水に突き落した。それから、わざとびっくりあわてたふりをして、父さんに知らせに帰った。
やがて豆が芽を出すと、姉は豆をたどって、ヘビのところに行った。ヘビは、姉娘を見ても、自分の妻のような気がせず、たずねた。
「どうしておまえはそんなあばた面(づら)になったんだい」
姉娘は、きづかれないように、いそいで答えた。
「天然痘にかかって、あばた面になっちゃったのよ」
ヘビは、姉娘が身につけているものは、自分の妻のものだし、里帰りしている間にほんとうに天然痘にかかって醜い顔になったのかと、それ以上たずねなかった。
ある日、姉が髪をとかしていると、一羽の小鳥が窓にとまってさえずった。
「ひと櫛、ひと櫛、あばたやろうが髪とかす、尻までとかす」
姉はカッとして、鳥をたたき殺すと、鍋で煮て、ヘビとふたりで食べた。ところがヘビが食べるとうまいのに、姉が食べると犬の糞(くそ)。姉は怒って、残りを土間にぶちまけた。翌日そこから一本のオリーブがはえてきた。姉は採ってヘビとふたりで食べた。ヘビが食べるのは、みな甘いが、姉が食べるのは、みな辛くて苦い。姉は怒ってオリーブの木を切倒し、かまどで燃やして、灰はゴミために捨ててしまった。
隣りのばあさんがゴミためを見ると、金の菩薩(ぼさつ)像がある。拾って帰ってお祀りした。それからというもの、ばあさんが出かけて帰ると、布は織りあがっているし、ご飯のしたくもできている。ばあさんはふしぎに思った。こんなことがなん日も続くので、ある日、ばあさんはこっそり帰って、家の中をのぞいて見た。するとじいさんのところの妹娘、ヘビの嫁が機を織ったりご飯を作ったりしているじゃないか。ばあさんは急いでヘビに知らせに行った。ヘビが来て見ると、これこそ自分の妻だ。二人は手に手をとって帰り、ヘビは姉娘をひと呑みにしちまった。
(馬場)
ふしぎな十人兄弟
→解説
十人息子のいるおばあさんがいた。一番目の息子は腕きき、二番目は早足、三番目は鉄首、四番目はたるみ皮、五番目は大足、六番目は大頭、七番目は長足、八番目は大鼻、九番目は涙目、十番目はとがり口といった。
その頃、皇帝は五鳳凰楼(ごほうおうろう)というものを建てようとして、三年かけてもできないでいた。皇帝はおふれを出した。
「三ヵ月以内に完成させたものには、位階を授ける」
長男の腕ききが馳せ参じると、三日とたたないうちに、五鳳凰楼は天空にそびえたっていた。まるで五羽の鳳凰が楼上を舞うかのようだ。皇帝はいった。
「こいつの腕はすごいぞ。生かしておいたらきっと謀反(むほん)を起すにちがいない」
腕ききが刑場に引きたてられたちょうどその時、次男の早足が数里の道をひとっ飛び、鉄首を背負ってかけつけた。鉄首がいった。
「おれを殺せ、おれを殺せ。おれみたいなヤセッポチはなんの役にも立たないが、ちっとは力のある兄貴には、なんとか母さんを養ってもらわにゃならんからな」
腕ききは許され、二人の首斬り役人は、鉄首めがけて刀を振りかざした。ところが鉄首の首に切りつけたとたん、一方の刀からは火花が飛び散って、刃が峰の方にぐにゃりと曲ってしまい、もう一方は、カチャッというなり、ちょうど首の形に刃が欠けてしまった。左からかかっても右からかかっても首を落せない。皇帝はいった。
「刀がだめなら五頭の牛で車裂きだ!」
早足は鉄首が車裂きになると聞くと、あわててかけ戻り、四男のたるみ皮を背負ってきた。たるみ皮がいった。
「裂くならおれを裂いてくれ。役たたずのおれだが、皮ならたっぷりある」
鉄首は許され、たるみ皮の頭と両手両足が五頭の牛にそれぞれ縛りつけられた。五本の鞭がいっせいにうなりをあげると、五頭の牛は、ぐいぐい別の方向に前進を始めた。たるみ皮の頭の皮も手の皮も足の皮も引っ張られてなん里も伸びた。が、両の目はあいかわらず天を仰いでクルクル動き、いっこう、くたばりそうもない。皇帝はいった。
「車裂きがだめなら、やつら一家全員ひっとらえて殺せ」
早足は、一家全員皆殺しときくと、たるみ皮を背負って家にかけ戻りながら、遠くからどなった。
「皇帝が皆殺しに来るぞー。急いで逃げろ」
皇帝の軍隊が到着した時には、兄弟たちはとっくに逃げちまっていた。
さて、兄弟たちは、逃げて逃げて、白波が天までとどくような大河(おおかわ)のほとりまでやってきた。七男の長足がいった。
「おれが水に入って深さをみてこよう」
長足が試してみると、百メートルほどの深さもやっとふくらはぎをぬらすだけだ。みなは長足に背負われて、大河を渡った。
今度は腹がへった。どうしようと考えていると、長足がいった。
「ちょっと川に行って魚を捕って来るよ」
すぐに大きな魚を二匹捕ってきて、母さんに渡した。母さんが一匹の腹をさくと、中から十三本のマストを立てた大きな船が現れ、もう一匹からも同じく十三本のマストの大きな船が出てきた。二艘の船にはおおぜい人が乗っていて、口々に母さんに礼を述べた。
「おばあさんが魚の腹をさいてくれなかったら、いつ、お天道さまを拝めたかわかりません」
人々は、二艘の船を川におろして帆を張ると、母さんに着物にして下さいと言って、赤い緞子(どんす)を二反くれた。
さて二匹の魚は、持ってきた鍋に入れた。が、たきぎがない。どうしよう。すると五男の大足がいった。
「足にとげが二本刺さったままになっているから、そいつを抜けばいい」
大足から二本のとげを抜いて、切ったり割ったりしたら、たっぷり二把のたきぎができた。
兄弟たちは座ってひと休み。八男の大鼻がひとりで料理していた。やがてうまそうな魚のにおいが漂ってくると、大鼻はがまんできず、生つばを呑みこむと鍋の蓋をあけた。ところがひとかぎしたとたん、二匹の魚はみんな大鼻の鼻の穴に吸いこまれて、大鼻の腹の中におさまっちまった。六男の大頭が眉をしかめて大鼻をなぐろうとしたら、母さんがいった。
「六坊や、怒らないで。母さんは着物はいらないから、あの二反の布でおまえに帽子を作ってあげるよ」
母さんは急いで二反の緞子で帽子を作った。ところが、大頭がかぶってみると、頭のてっぺんをおおうにも足りない。大頭は怒って帽子を地面にたたきつけた。帽子はちょうど地面で眠っていた九男の涙目の目に当たった。たたかれて涙目の両の目から、どっと涙があふれ出た。たちまち一面、大水で、水に沈んだは、わずかに九州と十二県、つまり国中、水びたし。
十男のとがり口が四方を見渡していった。
「これはたまげた、たいへんだ」
口をとがらした拍子に天の南天門をつきあけちまった。
(馬場)
チャンさんと龍宮女房
→解説
ウズラ打ちのチャンさんと漁師のリーさんは、義兄弟のちぎりを結んだ仲だった。日がな一日、チャンさんはウズラをとり、リーさんは魚を釣った。
ある日のこと、チャンさんはウズラを売って米を買い、たきぎをかついで帰ると、母さんのご飯を用意して、リー兄貴のところに出かけた。
リーさんは釣りに行って留守だったが、やがて金色のひれをした戸板ほどもあるでっかい鯉をかついで帰ってくると、
「いつ来たんだ、兄弟。おれはまたちょっと出てくるから、この鯉を料理しといてくれよ」
といった。
包丁をとぎながらチャンさんは考えた。
「こんなでかい魚を殺せっていうのか……」
見ると魚がふた筋の涙を流している。
「やっ、たいへんだ、魚が泣いている。おまえ、神さまだったら、しっぽでピシャリピシャリ、三回たたいてみせろ」
ピシャリ、ピシャリ、ピシャリ。魚はすぐさま三回しっぽでたたいた。
リーさんは帰ってくるといった。
「兄弟、まだこいつを殺してなかったのか。お菜もなしに飯を食う気か。さあ、おれがやってやろう」
「兄貴、お願いだ、義兄弟の名に免じて、こいつを殺さないでくれ」
「あきれたな。ひさしぶりだから、きょうはごちそうして、義理の母さんにも少しみやげに持って帰ってもらおうと思ったのにな。食わないんならそっくりかついで行きなよ」
チャンさんは聞くなり、さっそく魚をしょって帰ろうとした。
「兄弟、まあゆっくりしていきなよ」
「いや、帰るよ」
川っぷちまで来ると、チャンさんは魚を水に放した。魚はしっぽで三回バシャバシャやって、チャンさんにあいさつを送ると、ザブッと川の中にもぐってしまった。この魚は、五つの海を治める龍王の五番目の王子だったのだ。龍の王子が帰ってみると、父さん母さんは身も世もあらず泣きくれていた。
「漁師のリーに釣り上げられたんだけど、ウズラ打ちのチャンに助けられたんだ」
と王子がいった。父の龍王があわててたずねた。
「おまえを救って下さったお方はどこだ」
「川っぷちの土手にいるよ」
「やれやれ。さっそく見回り夜叉を迎えにいかせよう。ご親切にもおまえを救って下さった方だ」
ウズラ打ちのチャンさんが川っぷちを歩いていると、ふいに水の中から化け物が現れた。
緑の顔に赤い髪
ギザギザの歯に牙むきだし
腰にたばさむ餓鬼は二十四匹
歩みにつれてケタケタケッ
びっくり仰天、チャンさんはぬき足さし足逃げ出した。見回り夜叉は通せんぼ。
「とまれ、とまれ」
呼びかけたが、チャンさんはふり向きもしない。
夜叉は、おどかしちまったと気づくや、砂にもぐって一回転、色白の美少年となり、声色を作って呼びかけた。
「もうしもし、お待ち下され。話がござる」
ふり返ると、人のよさそうな若者だ。チャンさんは立ちどまった。
「なにをそんなに逃げなさる」
「いやもう、こわかったのなんの」
チャンさんが答えると、夜叉がいった。
「龍王の五番目の王子をお救い下さったので、龍王様のご招待です。お迎えにきました」
「でも行けるかい」
「だいじょうぶ。わたしの背にまたがって、目をとじて下さい」
チャンさんが夜叉の背にまたがると、すぐに水の音が聞こえてきた。
「着きました」
夜叉の声に目をあけると、青い霧に包まれた大きな御殿の前だ。目をこらして見れば龍宮城の御門に立っているのだった。
「おまえさん、お望みのものはなんですね」
夜叉がきいた。
欲しいもの、そうだな、おふくろはおれにかみさんがいないのをずっと気にしていたっけと思いついて、チャンさんはいった。
「かみさんが欲しい」
「それなら簡単だ。龍王がみやげをやろうといったら、ほかのものはみんな断って、ただ目の前の三匹のチンのうち、一番チビのやつをもらいなさい。そうすりゃ、帰ってから欲しいものはなんでも手に入ります」
「わかった」
話しているうち、はや宮殿に着いた。五番目の王子が、
「兄さん、ようこそ」
と出迎えれば、
「よく来られた、さあさあ」
と龍王もあいさつをする。
さっそくお茶にお酒に料理のもてなしだ。
たらふくごちそうになり、さて帰ろうとすると、龍王も王子も引き留める。
「帰らないとおふくろが家で待っています。出がけに半升の米を置いてきたきりなんです」
チャンさんの言葉に、地上では、はやなん年もたって、母さんはとっくに死んでしまったろうと思ったけれど、龍王は王子にいった。
「これからはウズラ打ちをしなくてよいように、金を一斗と銀を一斗もってきて兄さんにさしあげなさい」
「金も銀も宝石もいりません」
チャンさんが断わると、龍王がいった。
「それでは、わしの気持がおさまらぬ。よし、宮殿にあるものなら、なんなりと欲しいものをもっていきなさい」
「では龍王さまの前にいるあのチビのチンがかわいいので、あれを番犬に下さい」
なんでこいつを欲しがるのかと、龍王は目に涙を浮かべて声もない。
「兄さんにあげましょう」
王子の口添えに、龍王は、
「約束だ、あげよう」
というと、見回り夜叉にチャンさんを送らせた。
チャンさんは水からあがるや、わが家に急いだ。遠くからながめると、戸口のたきぎの山は、まだ半分ほども残っている。家が近づくと、なん度も母さんと呼んだが返事がない。家に入ってみると、母さんは〓(かん)の上でとっくに冷たくなっていた。チャンさんは大泣きに泣いたが、母さんのとむらいをすますと、チンを家に残して、またウズラ打ちと柴刈りに出かけた。
柴刈りから帰ると、隣りのワンおばさんが揚げパンを二つ届けてくれた。チャンさんはチンにもやったが食おうとしないので、
「あすは、きっとウズラをとるからな。粉を買って、一緒にたんと揚げパン食おうな」
といった。
次の日、チャンさんが猟から帰って、鍋のふたをとると、揚げパンとあつあつの肉のスープがあった。チャンさんは腹いっぱい食べて、ワンおばさんにも持っていった。
その次の日はワンおばさんが肉まんを二つ届けてくれた。チンにもやったが食おうとしないので、チャンさんはいった。
「明日は、きっとウズラをとって、柴も刈って、おまえと一緒に肉まんを食おうな」
次の日、猟から帰ってチャンさんが鍋をあけると、肉まんが湯気を立て、上等のスープがぐつぐつ煮えていた。チャンさんは、たらふく食べると、またワンおばさんにも持っていった。
「柴刈りじゃ、米を買うのもたいへんだろうに。いったいまあ、どうしてごちそうばかり食べているんだい」
「おばさんに揚げパンをもらったら、翌日は揚げパンが、肉まんを食べたいと思っていたら、その次の日には肉まんができていたんだ」
「じゃあ帰ったら、わたしんとこでギョウザを食べたって言ってごらんよ。どういうことになるか、しっかり見ているんだよ」
その翌日、朝起きるとチャンさんはチンにいった。
「きょうは、きっとウズラをとって柴も刈って、たっぷり脂(あぶら)ののった肉を五百も買ってくるぞ。きのうはワンおばさんのところでギョウザをごちそうになったから、きょうはおまえとギョウザを食おうな」
いうなりチャンさんは出ていった。ギーと戸は閉めたが、かんぬきはおろさず、裏に隠れていた。まもなく煙出しから青い煙が上ってきた。隙間から中をのぞくと、あれまあ、花のような娘が調理台に肉とねり粉のどんぶりを置いて、ギョウザを一つ包んじゃ鍋に放りこみ、一つ包んじゃ放りこみしている。その手つきの早いこと。チャンさんは裸足になってそっと戻ると、グイッと戸を押しあけた。見ると、かんぬきに犬の毛皮がかかっている。チャンさんはパッとつかむなり毛皮をかまどに投げこんで、燃やしてしまった。
「わたしの服を返して、返して」
ご飯を作るのもやめて、娘はかまどの前で泣き続けた。
「さあ、いい子だから泣くのはやめな。どうして人が犬になっているのさ」
チャンさんはご飯を作って娘を呼んだが、娘は頭を振るばかり、食べようともしない。
だが、いくら食わない、飲まないとがんばってみても、ほんとうの気持は隠せやしない。娘と若者はかみさんと亭主におさまるものさ。
さて夫婦になってみると、なんともきれいなかみさんだ。亭主は一日、かみさんにみとれて、ウズラもとらなければ柴刈りにも行かない。
「一日中、わたしの守りじゃ、暮しが立たないわ。ウズラ打ちも柴刈りもいやなら、裏の砂地でも耕していらっしゃい」
かみさんがいうと、
「土地はあっても牛がない。悩むだけむだってものさ。いったいなんで耕しゃいいのさ」
「牛なら簡単よ」
かみさんは、黒い紙を貼りあわせて黒牛を、茶色の紙であめ牛を作った。息を吹きかけると、たちまち二頭の本物の牛になった。
翌日、チャンさんはすきをかつぎ、牛をおって畑に行ったが、三回すいては家に戻り、二回すいては家に戻った。
「なにをちょくちょく戻って来るの」
かみさんがたずねると、
「どうもおまえのことが気になってな」
という。
「あんたったら」
かみさんは笑って、きれいな色紙を貼り合せると、美しい女の人形を四つ作った。息を吹きかけたら、どれもかみさんに生き写しで、これっぽっちも違やしない。これをみんな持っていって、しっかり耕してくるようにとかみさんは言った。
チャンさんは人形を畑の四隅にたてると、耕し始めた。西から耕せば東の端でかみさんが笑顔で待っている。東から耕せば西の端で、南に向えば南の端で、北に向えば北の端で、かみさんが笑っている。チャンさんは時のたつのも忘れて、ずんずん耕していった。
「あの人ったら、とっくに昼も過ぎたのに、まだやめない」
かみさんが考えていると、突然、あたり一面黄砂(こうさ)が荒れ狂い、人形は四つとも吹き飛ばされてしまった。チャンさんはなんだか急に疲れて、おなかもすいたので家に帰った。
「なんでお昼にも戻ってこなかったの」
かみさんがきくと、
「おまえのことも忘れて、ただもう一生懸命に耕していたんだが、突然、黄砂が舞い上がり、人形をみんな吹き飛ばしちまったよ」
「人形は、三つは海に落ちたけど、一つはワン大尽の庭に落ちて、あそこの悪太郎に拾われちゃったわ」
「かってに拾わせとくさ」
「拾ったら、人形の女を自分の妻にしようとして、捜しに来るわ」
まもなくして、ほんとうに悪太郎がたずねて来た。
「ウズラ打ちのチャンはいるか。おお、いるな。うちにはかわいい人形があるんだが、そいつがおまえの女房そっくりだって話だ。おまえの女房が作ったのか」
「そうだ」
「器用な女房だな。おい、女房のとりかえっこをしようぜ」
「ふん、女房のとりかえっこなんて、そんなばかなことがあるか」
「とりかえないなら競争だ。おまえは卵で、おれは石臼だ。卵が石臼を粉々にすればよし、さもなきゃおまえの女房はおれのものだ」
チャンさんはやむなく承知した。
「心配ないわ。あすの朝、わたしの父さんのところに行って、見回り夜叉に母さんのやせ鶏が生んだまっ白い卵を一つみつけてもらえばいいわ」
とかみさんがいった。
翌日、夜が明けるや、チャンさんは川っぷちに行ってどなった。
「見回り夜叉、見回り夜叉、三番目の嬢さまのおいいつけだ。母上のやせ鶏が生んだまっ白い卵をひとつみつけてくれ」
目をこらして見ると、はやまっ白い卵が水の中から浮かびあがってきた。チャンさんは、すぐにしっかりとつかまえたが、こんな卵で石臼とやりあえるんだろうかと思った。
さて、ぶつけあいの始まりだ。悪太郎が、
「おれの石臼が坂の上、おまえの卵は坂下だ」
というと、
「よし」
チャンさんが応じた。
一回目は石臼が卵をひいてペシャンコにしたが、二回目には石臼が卵にまっ二つにされ、三回目、石臼はバリンと音をたてて粉々になってしまった。
「これでしまいだな」
とチャンさんがいうと、
「しまいだと。あすは馬の競争だ。おまえの馬がおれの馬に五十歩勝てばよし、さもなきゃおまえの女房はおれのものだからな」
チャンさんは帰るとかみさんにいった。
「あすは馬の競争だとさ。馬もない貧乏人にいったいなにに乗れってんだ」
「心配ないわ。見回り夜叉を呼んで、父さんのやせ馬を一頭用意してもらえばいいわ。肥(ふと)った馬じゃ、あんたには扱いきれないから」
翌日、夜が明けるや、チャンさんは川っぷちに行ってどなった。
「見回り夜叉、見回り夜叉、三番目の嬢さまのいいつけだ。父上のやせ馬を一頭用意してくれ」
目をこらすと、はや一頭の白馬が水の中から浮かびあがってきたが、やせこけて今にも倒れそうだ。チャンさんは心配になった。
「こんなやせっぽちが、あいつの肥えてがっしりした馬にたちうちできるだろうか」
ところが、またがってみたら、いや、馬の速いこと。目を回しそうになって、チャンさんはあわてて目を閉じた。
さて試合開始。百歩の競争だ。
悪太郎の馬がひと声いななくや、やせ馬はびっくりして腰をぬかした。いや、これはちょっとからかってみたのさ。
「ふん、死にぞこないめが」
悪太郎の言葉にも、チャンさんはじっと黙っていた。さて、悪太郎の馬が五十歩行くと、チャンさんはおもむろに馬にまたがった。ピシリとむちをひと打ちする間もなく、はや百歩を走りぬけ、悪太郎の馬は九十歩も行かないうちに、あわ食って倒れて死んじまった。悪太郎は鞍をかついでとぼとぼ戻ってきた。
「しまいにしようと言ったのに、あんたがやろうやろうと言うから、つまらんことになったじゃないか」
チャンさんがいうと、悪太郎がいった。
「つまらんだと。よし、それならつまらんを持ってこい。あすまでに持ってこられなかったら、おまえの女房はおれのものだからな」
チャンさんが帰って話すと、かみさんはいった。
「だいじょうぶ。つまらんならいくらでもあるわ。あなた、見回り夜叉に母さんのたんすの中の赤い小箱がいるといってちょうだい」
翌朝、チャンさんは川っぷちでどなった。
「見回り夜叉、見回り夜叉、三番目の嬢さまのいいつけだ。母上のたんすの中の赤い小箱がほしい」
目をこらすと、はや赤い小箱が水の中から浮かびあがってきた。
「これがつまらんか」
チャンさんは、しっかり小箱をつかんだ。
家に帰るとかみさんが、
「一緒に行きましょう」
といった。
悪太郎はすぐに、
「手に持っているその赤いのがつまらんだな」
といった。
「そうです。大きくしますか、小さくしますか」
かみさんがきいた。
「ほう、こいつは大きくも小さくもなるのか。じゃあ、エンドウ豆の大きさにしてくれ」
悪太郎が見ると、赤い小箱は、はや豆つぶみたいに小さい。悪太郎が、
「消えろ」
というと、つまらんはもう見えない。
ワン大尽の家の者はみな面白がって庭に集まっている。悪太郎は得意になって叫んだ。
「大きくなれ! おまえを嫁に迎える家になれ」
「つまらん、大きくなれ」
叫ぶと同時に、かみさんはチャンさんと一緒に外にとびだした。とたんにドッドーンと音をたててワン大尽の家は燃え上がり、空までこがす炎に焼かれて、悪党一家はひとり残らず死んでしまった。
チャンさんとかみさんは家に帰って幸せに暮らしたとさ。
(馬場)
ふみだんちゃん、しきいちゃん、ささらちゃん
→解説
むかしむかし、年とった母さんと三人の娘がいた。上の娘はふみだんちゃん、中の娘はしきいちゃん、末の娘はささらちゃんといった。
母さんがいった。
「ふみだんちゃん、しきいちゃん、今晩は留守番を頼んだよ。母さんはおばあちゃんの誕生祝いに出かけるからね」
ふみだんちゃんがいった。
「母さん、街道を行ってね、細道にはおっかないきつねのお化けが出るよ」
「おや、ばかをいうんじゃないよ。おっかないきつねのお化けなんているもんかい」
しきいちゃんがいった。
「母さん、街道を行ってね。細道にはおっかないきつねのお化けが出るから」
「おや、ばかをいうんじゃないよ。おっかないきつねのお化けなんているもんかい」
ささらちゃんがいった。
「母さん、細道を行きなよ。街道にはおっかないきつねのお化けがいるし、細道は近道だ」
「そうかい、母さんはささらちゃんのいうとおりにしよう」
母さんは出かけた。途中まで行くと、うしろで呼びとめる声がする。
「おばさん、おばさん、ちょっと休んでいきなよ」
「疲れちゃいないよ、休まないよ」
「休んでいかないと、あんたをガブリと食っちまうぞ」
ふり返ると赤目ぎつねだ。母さんは足をとめた。
「おばさん、手に持ってるのはなんだい」
「こっちはカステラ、こっちは飴さ」
「ちょっと味見をさせとくれ」
母さんはカステラをふたきれやった。
「もうちょっとくれよ」
母さんはまたふたきれやった。
「おばさん、全部くれるだろ」
「勝手にとりな」
きつねはカステラをわしづかみにするなりひと口に呑みこんじまった。
「あれ、おばさん、あんたの頭にゃ馬みたいにでっかいシラミと、牛みたいにでっかいシラミの卵があるぜ」
「うん。うちの役たたずの三人娘ときたら、シラミもとってくれないのさ」
「上の娘はなんて名だい」
「ふみだんさ」
「次は」
「しきいだよ」
「末の娘は」
「ささらだよ」
「さあ、おれが、シラミも卵もつぶしてやろう、とってやろう」
きつねは母さんをおさえつけるなり、ひねり殺しちまった。
お日さまが沈んでまっ暗になると、赤目ぎつねは、三人の娘が待つ家に行った。
三人の娘は戸締まりして眠っていた。
「ふみだんちゃん、ふみだんちゃん、母さんだよ。あけとくれ」
「あんたは母さんじゃないわ」
「どうしてさ」
「母さんの左目にはイボがあり、右目にはコブがある」
ヒュルルールー
東の風よ エンドウ豆の皮を吹いてこい
西の風よ ソバの皮を吹いてこい
赤目ぎつねはエンドウ豆の皮とソバの皮をまぶたに貼ると、いった。
「しきいちゃん、しきいちゃん、母さんだよ。あけとくれ」
「あんたは母さんじゃないわ」
「どうしてさ」
「母さんなら赤い上着に緑のズボン」
ヒュルルールー
東の風よ 緑の菜っ葉を吹いてこい
西の風よ 赤い菜っ葉を吹いてこい
赤目ぎつねは菜っ葉をからだに貼りつけると、いった。
「ささらちゃん、ささらちゃん、母さんだよ。あけとくれ」
「はーい、今あけるわ」
「母さんじゃないよ。よく見てごらん」
と上の娘がいった。
「母さんじゃないよ。あけちゃだめ」
と中の娘がいった。
「母さんだってば。あけるよ」
末娘が戸をあけたとたん、きつねが入ってきた。
「ふみだんちゃん、母さんはご飯の用意をするからね、妹たちを連れて遊びに行っといで」
「きつねのお化けだよ」
上のふたりはひそひそいいあった。
「母さんよ。ぜったい、母さんだ」
下の娘がいった。
きつねはご飯ができると、戸口で大声で呼んだ。
「ふみだんちゃん、ご飯だよ。しきいちゃん、ご飯だよ。ささらちゃん、ご飯だよ」
三人が帰って来た。
上の娘は茶碗を持つなりいった。
「母さん、きつねくさい」
「いやならよしな」
中の娘は茶碗を持つなりいった。
「母さん、血のにおいがする」
「じゃあ、やめときな」
末娘がいった。
「母さん、けさの揚げパンの味がする」
「よしよし、たんと食べな」
末娘が食べおわったら、寝る時間だ。きつねがいった。
「母さんの隣りで寝るのはデブちゃん
壁ぎわで寝るのはやせっぽち」
上の娘がいった。
「母さん、わたしはやせっぽち」
「やせっぽちは、壁ぎわだ」
中の娘がいった。
「母さん、わたしもやせっぽち」
「やせっぽちなら、おまえも壁ぎわ」
末娘がいった。
「母さん、わたしはおデブだよ。母さんの隣りで寝るよ」
真夜中、きつねがボリボリ末娘を食っていると、上の娘がきいた。
「母さん、なにを食べてるの」
「里のばあちゃんが炒りソラ豆をふた粒くれたのさ」
中の娘がいった。
「母さん、ひと粒ちょうだい」
「もう半粒きりない」
「じゃあ半粒ちょうだい」
「半粒もない」
「じゃあ、ひとかけちょうだい」
「ひとっかけらも、もうないない。さあ、おとなしく寝な」
きつねはかじっていた骨を床に投げた。コトッと音がした。
上の娘がきいた。
「母さん、なにを落としたの」
「銀のかんざしだよ」
「拾ってあげよう」
「いらないよ」
中の娘がいった。
「母さん、わたしが拾ってあげる」
「いらないよ。どうせ髪は赤いひもで結わえてあるんだ。落ちてきやしない」
上の娘がふとんの外に手を出したら、毛むくじゃらの太いしっぽにさわった。
「母さん、これはなに」
きつねはパッと身をよじると、カンカンになっていった。
「こっちにお寄こし。おばあちゃんに麻をひとかせもらったのをふとんの脇に置いたまま忘れていたんだよ」
外は大風になって、庭の古エンジュがザワザワうなっていた。
上の娘がいった。
「母さん、服がだしっぱなしだった。風にとばされちゃう」
中の娘がいった。
「母さん、せっかく拾ってきたたきぎをちゃんと積んどかなかった。風にとばされちゃうよ」
「じゃあ、見てきな。だけどすぐ戻ってくるんだよ」
上の娘はニワトリを、中の娘はチンを抱いて、一緒に木に登った。
きつねはしばらく待った。だいぶ待った。でもふたりは戻って来ない。夜も明けるころになって、きつねは寝床の中からどなった。
「ふみだんちゃん、戻っといで、ご飯だよ。しきいちゃん、戻っといで、ご飯だよ」
木の上で上の娘がニワトリをたたくと、
「コッコッコッコ」
中の娘がチンをたたくと、
「ワンワンワン」
きつねは出てきてキョロキョロながめたが、ふたりの姿は見えない。ところが木の下の鉢をのぞくと、水にふたりの姿がはっきり映っている。きつねはどなった。
「ろくでなし、どうやってのぼったのさ」
上の娘がいった。
「あそこに油壺があるわ」
中の娘がいった。
「こっちにお酢の壺があるわ」
ふたりしていった。
「油とお酢をすりこんじゃあ、のぼったの」
きつねは油をすりこみ、酢をすりこんで、のぼりだしたらズルッとすべり、も一度のぼったらドスンとまっ逆さまに落っこちた。きつねはあわてた。
ビューッ ビューッ
東の風よ 小さな斧を吹いてこい
西の風よ 小さな斧を吹いてこい
段々つけてのぼっていくぞ
きつねは斧を振り振り、一段一段踏みしめて、今にものぼってきそうだ。
ふたりは空を飛んできたマダラカササギに大声で呼びかけた。
「カササギさん、カササギさん、
鉄の綱をちょうだい。
鉄の綱がないなら、わら縄ちょうだい。
きつねがのぼってきたら、
わたしたち、食われちまう」
カササギは鉄の綱をおろした。ふたりがグッと綱をつかむと、もうふたりは梢の上だ。
あわててきつねもどなった。
「カササギさん、カササギさん、
鉄の綱を投げとくれ。
鉄の綱がないなら、わら縄投げとくれ」
カササギがわら縄をおろすと、きつねもわら縄につかまって梢の上まで来た。
ふたりは、ガタガタ震えていった。
「カササギさん、カササギさん、
枯れ枝くわえてきて、火をつけて、
わら縄燃やしてよ」
カササギが火のついたたきぎをくわえてきて、わら縄にさしこんだからたまらない。きつねはドスンと地面に落っこちてペシャンコになっちまった。
ふたりは手をたたいて喜んだ。
「カササギさん、カササギさん、
枯れ枝くわえてきて、巣をかけて、
ずーっとここにいてちょうだい」
カーカーカー、カササギは円を描いてひとしきり鳴くと、ほんとうにこの大きなエンジュの木に巣をかけた。
ふたりは木からおりて、急いできつねの死体を外に運びだした。
(馬場)
ガマ息子
→解説
昔、ターヘイ山の山奥に、ウリや豆を作って暮らしている年老いた夫婦がいた。二人とも六十過ぎだというのに、まだ子どもがなく、あじけない毎日を送っていた。花のない野原はチョウも寄りつかない、子のない夫婦は人に見くびられる。かわいそうに老夫婦はいつも、畑のガマに、こういってこぼしていた。
「きれいでなくたっていい。ガマみたいな子でいいから、息子か娘がひとりいたらいいんだがねえ」
ある年、老夫婦のウリ畑にとてもとても大きなカボチャがなった。二人はカボチャをだきかかえて家に帰ると、包丁でまっ二つに割った。すると中からピョンと茶碗ほどの大きさのガマが跳びだした。ガマは「グワッ」とも鳴かず、出てきたとたん、「父さん」「母さん」となつかしそうに呼んだ。そして、
「わたしは父さん母さんの息子です。父さん母さんの子どもです」
といった。
夫婦はガマがみにくいのもいやがらず、ぶさいくだとも思わず、二人して胸にだいてはあちこち連れて回った。
トジマイ(ツツジ)の花が十八回咲いて、ガマは十八歳になった。ガマは世の中のことはなんでも知っていたし、畑仕事はなんでもこなした。夫婦はといえば、じいさんはうま酒に酔いしれているよう、ばあさんは蜜をなめているようで、二人ともしあわせで口元はゆるみっぱなしだった。
ところがある日、ガマが二人にいった。
「父さん、母さん、わたしは嫁さんをもらってきます。嫁さんにご飯を運ばせたり、水を汲んでこさせれば、父さん母さんにも、少しはらくをしていただけるでしょう」
二人はあわてていった。
「おまえ、それだけはあきらめておくれ。わしらの家に嫁に来るような娘さんがどこにある」
ガマは笑っていった。
「王さまの娘がたいそうきれいだという話ですから、王女さまをもらってきましょう」
二人はあわてた。
「あれまあ、おまえバカをいうんじゃないよ。王さまのお耳にでも入ってごらん、首を切られちまうよ」
「だいじょうぶ、殺されたりしませんよ。わたしが自分で行きさえすれば、王さまは王女さまをくれますよ」
ガマは自信満々、こう言うと、ピョーンピョーンと出かけた。
宮殿に着くと、ガマは王さまにいった。
「尊敬する国王さま、どうか王女さまをわたしの嫁に下さい」
王さまは聞くなり、雷みたいに怒り狂った。
「ガマのぶんざいで白鳥を食おうとは、なんという身のほど知らず。こいつを引きずって行け。切り刻んでたたきつぶしてしまえ」
「尊敬する国王さま、では、御家族全員、太陽で焼き殺されないよう気をつけるんですね」
ガマがこういうと、王さまはまた衛兵たちに大声でどなった。
「こいつのデタラメをきくな。すぐに引きずり出せ」
衛兵たちがかけつけるより早く、ガマは天に向かってひと声「グワッ」と鳴いた。たちまち太陽は巨大な火の玉となり、宮殿中をジリジリと焼いた。王さまも王妃さまも王子さまも王女さまも、滝のように流れおちる汗に、口をパクパクしてあえぐばかり。王さまは王女さまをガマの嫁にやると承知しないわけにいかず、あえぎあえぎいった。
「うわあ、たまらん、たまらん。許してくれ。王女はおまえの嫁にやる。三日たったら迎えに来い」
ガマが天に向かってまたひと声「グワッ」と鳴くと、太陽はもとの姿に戻った。
三日たつと、ガマは立派な馬にまたがって宮殿に嫁を迎えに行った。王さまはすぐに行列を整え、前後を護衛して花嫁をガマの家まで送り届けた。ところが黒いベールをあけて見ると、花嫁は王女ではなく片目の召使い女だった。ガマは怒って馬に打ち乗り、まっすぐ宮殿に向かうと、王さまを責めていった。
「召使い女を王女さまの身代わりによこすとは、ふん、一国の王ともあろう方がよくも民をだましたな」
王さまはガマをだませないとわかると、いった。
「ガマよ、考えてもみろ。からだ中、水ぶくれの化け物どうぜんの姿で、どうしてわしの娘とつりあおう。どうだ、持参金として金も銀もやるから、あの娘を嫁にしろ」
ガマは冷ややかに笑っていった。
「子ども扱いはやめてくれ。わたしは王女さまを嫁にもらいたいのだ。それでもやらぬというのなら、大水を出して、一家全員、溺れ死にさせてやるからな」
王さまは腹をたてていった。
「やらんといったらやらん」
ガマは天に向かって「グワッグワッ」とふた声鳴いた。
たちまち盆をひっくり返したような大雨だ。宮殿はすっかり水につかってしまった。王さまはびっくりあわてて、あやまった。
「わかった、わかった。王女を嫁にやろう。三日たったら迎えに来い」
三日たつと、ガマはまた立派な馬にまたがり、嫁を迎えに行った。王さまはまた行列を整え花嫁をガマの家まで送らせた。途中まで来ると、ガマはまた王さまがだましたのではないかと疑って、花嫁の黒いべールをあけて見た。花嫁は色黒でやせこけた物乞いばあさんだった。ガマはカンカンになった。すぐに馬の向きを変えて引き返し、宮殿に入っていくと、王さまを責めた。
「よろしい。信頼を裏切るなら、今度は大地震を起して宮殿をガラガラと崩して、一家全員、下敷きにしてしまうからな」
王さまは聞いて息が止まるほど驚き、あわてていった。
「どうか待ってくれ、待ってくれ。もう二度とだまさない。三日たったら迎えに来てくれ」
三日たつと、ガマはまた立派な馬にまたがって宮殿に行き、今度こそ王女さまを嫁にして帰って来た。年寄り夫婦の喜びようといったら、まるで三十歳も若返ったようだった。二人は王女さまを実の娘のようにかわいがり、ガマも王女さまをいたわった。はじめのうち、王女さまは家の中をうろうろするばかり。家にこもったきり外に出ようともせず、人に会おうともしないで、毎日、眉をしかめて泣き暮らしていた。けれど、しばらくするうち、ガマは姿はみにくいが心は美しく、家は貧しいが居心地よいと思うようになり、年寄り夫婦を大切にしてよく世話をし、ガマのことにも気を配るようになった。
ある日、ガマは王女さまの気持が本物かどうか試そうと、王女さまにお金を渡して、町に買物に行かせた。王女さまが出かけるや、ガマは皮を脱いで、美しい若者の姿になり、先回りして待ち受けた。王女さまが来ると、恋歌をうたいかけたが、王女さまは見向きもしない。
「あんたは王さまの娘だというのに、御亭主はチビデブで、からだ中水ぶくれの化け物だっていうじゃないか。こんなにきれいな王女さまが、なんであんなやつと一緒にいるんだい」
ガマが若者の姿で、こういうと、王女さまは怒って、ペッとつばを吐きかけた。
「たとえ、夫がもっとみにくくても、あんたみたいな恥知らずよりましです」
王女さまはすたすた行ってしまった。
翌朝、夜が白みかけたころ、王女さまがふと目をさますと、隣りにきのう道で出あった若者が寝ている。王女さまはとほうにくれた。とにかく逃げ出そうと起きあがったら、ベッドの隅にガマの皮がある。この美しい若者は自分の夫だったのだ。王女さまは夫が二度とみにくい姿にならないように、こっそりガマの皮をいろりにくべた。この時、若者も目をさました。若者は、ガマの皮が王女に燃やされてしまったのを見ると、自分はもともと天上の犁底星だが、年寄り夫婦に同情してこの世にやって来たのだと話した。
それからは、若い夫婦は愛しあい、ともに年寄り夫婦を敬い、幸せな日々を送った。
(馬場)
ガチョウ飼いの娘とヤマンバ
→解説
昔、ガチョウ飼いの娘がいた。ある日、ガチョウを山のふもとで遊ばせていたが、夕方集めて数えたら一羽たりない。あちこち捜しても見つからない。娘は、しかたなく残りのガチョウを追って帰り、囲いに入れると、また山に捜しに戻った。
娘が捜しながら歩いていると、山の上で鳴声がするようだ。声を頼りに捜したが、どうしても見つからない。こうしてどんどん捜していくうちに、大きな洞穴(ほらあな)の前に出た。
中をのぞくと、小さな女の子がガチョウの生肉をむしゃむしゃ食べている。その子は、ガチョウ飼いの娘にも、血の滴るガチョウの足を一本、投げてよこしたが、娘にはとても食べられなかった。
その子はガチョウを食べてしまうと、
「遊んでいってよ」
とせがんだ。
まつわりつかれて、しかたなく、ガチョウ飼いの娘は、しばらく一緒に遊んだ。その子は竹の腕輪をしていたが、ガチョウ飼いの娘の銀の腕輪が、キラキラ光って、自分のよりずっときれいなのを見て、
「とり換えて」
といった。ガチョウ飼いの娘は、断わった。
「わたしのは銀なのに、あんたのは竹だからとり換えない」
すると、その子はいった。
「換えてくれないと、母ちゃんを呼んで、おまえを食べちゃうよ」
ガチョウ飼いの娘はびっくりした。
「たいへん! ここは、おばあちゃんがいってたヤマンバの洞穴だ。ガチョウの生肉を食べてたこの子は、ヤマンバの娘だったんだ」
ガチョウ飼いの娘は、そこで考えなおして腕輪を交換し、今度は自分の方からいった。
「上着とひだのスカートもとり換えようよ」
こうして服をとり換えてしまうと、ガチョウ飼いの娘は、またヤマンバの娘と遊んだが、遊びながらも、洞穴の入り口から目を離さなかった。
ヤマンバは、食べものを捜しに出かけていたが、なんにも見つけられず、腹ぺこで帰ってきた。洞穴に銀の腕輪をした娘がひとりふえているのに気づくや、ヤマンバは、すぐさまおそいかかって食べてしまい、食べおわると、また出ていった。
ガチョウ飼いの娘はいよいよこわくなり、とにかく逃げ出そう、と考えた。おばあちゃんがヤマンバは足はえらく速いけど、ひどくまぬけだといっていたのを思い出して、娘は洞穴中の箸をみんな持った。逃げながら娘はしばらく行くごとに箸を一本ずつ落としていった。
ヤマンバが洞穴に戻ると、竹の腕輪をした娘の姿がない。ヤマンバは銀の腕輪を拾ってにおいをかいで、やっと誤って自分の娘を食ってしまったことに気づき、すぐにガチョウ飼いの娘のあとを追った。
ところが洞穴を出たとたん、自分の箸が一本、落ちている。ヤマンバは拾って洞穴に持って帰ると、また追いかけた。しばらく行くと、また一本箸が落ちている。また拾って洞穴に持って帰った。ヤマンバはこうしてなん度も行ったり来たりしたが、その足の速いこと。娘の手元の箸がなくなるとヤマンバはすぐ後ろに迫ってきた。娘はあわてて叫んだ。
「大きな岩山さん、助けて。ヤマンバに追われてるの」
たちまち岩山が崩れてきて、ヤマンバの行く手をさえぎった。
「ふん、岩山め、わざとあたしのじゃまをするんだね。よし、洞穴から鉄棒を持ってきて、おまえをどけてやる」
ヤマンバは急いで洞穴に戻ると鉄棒を持ってきた。岩山をどかすと、また鉄棒を置きに帰り、それからまた追いかけたが、娘はもうだいぶ先まで逃げていた。
ヤマンバの足は速い。どんどん追ううちにまた娘のすぐ後ろに迫った。娘はまたあわてて叫んだ。
「大きな木さん、倒れてよ。ヤマンバに追われてるの」
たちまち大きな木が倒れてきて、道をふさいだ。ヤマンバは洞穴にとってかえし、ナタを持ってきた。木を伐り、運びだして、道を開いた。ナタを洞穴に持って帰って、また追いかけた時には、娘はもう川のほとりまで逃げていた。
ガチョウ飼いの娘は、川に一艘(そう)の舟が浮かんでいて、二人の男がのっているのを見ると呼びかけた。
「おにいさん、助けて。ヤマンバに追われてるの」
二人は娘を船倉に隠してやった。たちまちヤマンバが追ってきて、川のほとりから二人にきいた。
「にいさん、娘が川を渡るのを見なかったかね」
「見なかったよ」
二人は答えた。
ヤマンバは川の中をのぞいて、水にぼんやり映る自分の姿を見ると、娘だと思っていった。
「水の中にいるんじゃないかい」
「そうだ、そうだ。早くもぐってつかまえなよ」
二人はわざと答えた。ヤマンバはもぐろうとしたが、からだがあんまり軽いもんで、どうしても沈まない。
「もぐれないよ」
というと、二人の男がいった。
「太い藤づるを捜してきて、大きな石を首にしばりつけたら、すぐにもぐれるよ」
ヤマンバはいわれたとおりにしてもぐり、それっきり水の中で死んじまった。二人の男は叫んだ。
「娘さん出ておいで。ヤマンバは川の中で死んじまったよ」
娘は二人に礼をいうと、喜んで家に帰って行った。
(馬場)
チンバオ
→解説
昔、下(しも)の部落ではどの家もたいへん貧しかったが、中でもチンバオの家が一番の貧乏だった。幼い時に父さん母さんをなくしたチンバオは、目の見えないおばあちゃんと二人、頼りあって暮らしていた。
ある日、チンバオが川で水浴びしたり、もぐったり、逆立(さかだ)ちしたりして遊んでいると、突然、川上からなにか流れてきた。泳いでいってみると、茶色の小犬が哀れな声で鳴いている。チンバオは急いで救いあげた。岸に上がると小犬はしっぽを振って、チンバオのまわりをうれしそうにとび回った。
チンバオはこの小犬がとても気に入り、家につれて帰っておばあちゃんの前に置いた。おばあちゃんは小犬をなでてにっこり笑ったが、やがて悲しそうにいった。
「チンバオや、やっぱり犬は放しておやり。うちには満足にご飯もないのに、どうやってこの犬にえさをやるんだい」
チンバオはこの小犬を放したくなかったが、枯れ枝みたいに痩せ細ったおばあちゃんを目の前にしては、あきらめるほかなかった。
ところが小犬はどうしても出て行こうとしない。追い出しても、目に涙を浮かべ、鼻をならして、すぐにかけ戻ってくる。チンバオは小犬がかわいそうで泣きだした。おばあちゃんもつらくて涙を流し、こうして小犬はこの家に住みついた。
毎日、チンバオは小さな茶碗一杯きりの自分のぬかと菜っ葉のご飯を半分残しては小犬にやった。小犬はどんどん大きくなったが、チンバオはだんだんやせ細っていった。
ある日のこと、チンバオがご飯をやろうとしたが、小犬は口をとじたまま、じっと動かない。
チンバオはあわてた。おばあちゃんは小犬のからだをあちこちさすっていたが、
「ゆうべ寝冷えをしたのかね」
とつぶやいて、
「すぐにショウガ湯を煎じて飲ませておやり」
とチンバオにいった。
チンバオがあつあつのショウガ湯を煎じてやると、小犬はすぐに飲みほした。まもなく小犬のおなかがふくれて波打ってきたかと思うと、小犬は急にしっぽをぴんと立て、まばゆく金色に輝くものをぽとぽと落とした。チンバオがよくみると、金の粒の山だ。チンバオとおばあちゃんは大喜びした。
金を手に入れて、二人の暮らしも楽になった。このうわさはたちまちひろまり、とうとう上(かみ)の村の金持ちのチンバイワンの耳にも入った。
この欲深じいさんが黙っているわけがない。さっそく役人たちとぐるになり、手下を引きつれて下の部落にやってくると、チンバオが彼の家の金の犬を盗んだと言いがかりをつけて、なぐるけるの乱暴のあげく、小犬を奪っていった。
チンバイワンは、宝を手にいれてうちょうてんになり、おおぜいの客を招いた。大テーブルを特別に用意し、深紅の緞子(どんす)を敷き、金を受ける皿を置くと、小犬をテーブルの上にのせた。
すっかり用意が整(ととの)い、客も次々にやってきた。テーブルの上にきれいな布で飾り立てた犬がいるのを見ると、主人はなにをたくらんでいるのだろうと、客はいぶかり、にぎやかにテーブルを囲んだ。けれど、いくら待っても、小犬は金はおろか屁ひとつひらない。
と、その時、チンバイワンがいった。
「ほれ、腹がふくれてきたぞ、金を錬(ね)ってるぞ」
とたんに小犬はしっぽをぴんと立て、どろどろのものを皿いっぱいにたれた。チンバイワンはこぼしてはならじと、あわてて両手をひろげて受けた。小犬はブーというと、屁と糞の混ざった臭いやつをチンバイワンの顔にかけた。
ガヤガヤととり囲んでいた客たちは、みな鼻を押さえて笑いこけた。チンバイワンはサルの尻みたいにまっ赤になった。みんなの前で面子をつぶされたチンバイワンは、手や顔を洗うのもそっちのけで、棍棒をふりかざすなり、小犬になぐりかかった。小犬は身をひるがえすやチンバイワンにかみついた。
チンバイワンが、わめいた。
「助けてくれ、さっさとこいつをぶち殺せ」
召使いたちはチンバイワンを助けだすと、小犬を棍棒でなぐり殺して、川べに捨てた。
チンバオはこの知らせを聞くと、悲しくて大泣きに泣いた。チンバオは小犬の亡きがらを背負ってくると、家のわきの桃の木の根元に埋めた。
チンバイワンはというと、傷口がいっこうにいえず、そのうち化膿して腐り、これがからだ中にひろがって、まもなく死んでしまった。
翌年、チンバオの家のわきの桃の木には、大きな桃がことのほかたくさん実った。
ある朝、チンバオが戸をあけると、たわわに実った桃が金色に輝いて、ボトボト地面いっぱいに落ちてきた。拾ってみると、これがみんな金だ。チンバオとおばあちゃんは、この桃を近所の貧しい人たちに配り、それからはみんな幸せに暮らした。
(馬場)
兄と弟
→解説
昔、へんぴな山村に二人の兄弟が住んでいた。兄はらくをして、うまい汁を吸うことしか頭にない怠け者だったが、弟は勇敢で善良な働き者だった。父さん母さんがあいついで亡くなったあと、半年一年と日がたつうちに、兄は、年端もいかず力もない弟と一緒では自分が損をするばかりだと考えるようになった。兄は弟にいった。
「ネズミにはネズミの道があり、鳥には鳥の道がある。ネズミはネズミの道を通り、鳥は鳥の道を通る。おれたちも分家して、それぞれ暮らしをたてよう」
兄弟は、箸が二膳あれば、兄が一膳、弟が一膳、茶碗が二つあれば、兄が一つ、弟が一つと分けた。最後に牛が一頭残った。兄は、この牛を独り占めしようとして、ずるい手を考えて、いった。
「父さん母さんは、おれたちに牛を一頭しか残してくれなかった。だが、二つに切って半分ずつというわけにもいかない。刀をぬいて天地に誓いをたて、運を天にまかそう。おれは牛の頭をとって前に引くから、おまえはしっぽをつかんで後ろに引け。牛がおれについて来ればおれのもの、おまえについて行けばおまえのものだ」
弟は考えた。流れる水がくるりと向きを変えて山をのぼったりするもんか。でも兄さんと争ってもむださ。弟は計略と知りながら、したがうほかなかった。
はたして、牛は兄が引いていってしまい、弟の手には、牛のシラミが一匹残っただけだった。がっかりして、弟が地面でシラミと遊んでいると、ふいに大きなオンドリが一羽やって来て、シラミをついばんでしまった。弟はカッとなり、石を拾ってオンドリを追いかけた。これを見て、オンドリの飼い主がたずねた。
「おいおい、みなし子、どうしてうちのオンドリを追っかけるんだね」
弟は、財産分けした時、兄さんがズルをして牛をとってしまい、自分にはシラミ一匹しか残らなかったのに、そのシラミをオンドリに食われてしまったのだと話した。オンドリの飼い主は、弟にたいそう同情して、そのオンドリをくれた。
弟は、オンドリを父さん母さんの形見として大切に育てた。ところがある日、一匹の犬がとびこんで来るなり、オンドリの首にガブリとかみついて、そのまま逃げていった。弟が棒をつかんで追いかけていくと、犬の飼い主が見とがめてきいた。
「おいおい、みなし子、なんでわけもなくうちの犬を追いかけるんだ」
弟がひととおりわけを話すと、犬の飼い主もたいそう同情して、その犬をくれた。
弟は犬を手に入れると、毎日、犬に牛のように鋤をつけては、畑を耕すことを教えた。やがて犬は畑をすいたりならしたりできるようになり、一人前の助手になった。
ある日、弟が犬に鋤をつけて畑を耕していると、お昼になった。ちょうど犬と弁当をひと口ずつ分けあって食べているところへ、金を取引する商人の一行が通りかかった。商人たちはこの光景を見ると、ふしぎに思ってたずねた。
「お若いの、われわれはこんなとしになるまで生きてきて、ずい分いろんな場所にも行ったものさ。だが、どこでも犬は家の番をするもの。食べ残しの冷や飯をもらえば上等なのに、なんでこいつは御主人と一緒に食べてるのさ」
「広い世の中には、皆さんがまだご存じないことだって、たくさんあるんですよ。たとえばこいつは珍しい犬で、家の番をするだけでなく、畑も耕すんです」
弟がこう言っても、商人たちは信じようとせず、賭けをして、弟のいうとおりだったら、ざる一杯の金と銀を、全部弟にやろうといった。
弟はおもむろに犬に鋤をつけると、握り飯を前の方に投げた。すると犬は鋤を引いて前に進んだ。こうして行ったり来たりするうちに広い畑をすっかり耕してしまった。びっくりしてながめていた商人たちは、約束どおり弟に金と銀をくれた。
弟が金銀を手に入れたことは、すぐに兄の耳にも入った。兄は自分もひとつもうけてやろうと、弟のところに行った。泣き言をいって、犬を貸してくれるよう頼むと、もともと気のいい弟は、すぐに承知した。
翌日、兄は鋤をかつぎ、犬を引いて出かけ、畑の隅で商人たちが通りかかるのをじっと待っていた。昼になると、金銀を馬の背に積んだ一行がやって来た。兄はあわてて弁当を出すと、ひと口食べては、わざと犬にもひと口やった。商人たちはふしぎがってたずねた。
「世間では、収穫した穀物を最初に食べる時と新年には、まず犬に食わせる。これは犬が五穀の種を天から盗んで来たからだ。ふだんはご主人の残飯にありつけば、ありがたいというものだ。なのに、あんたはどうしてこの犬をこんなに大事にするんだい」
兄は弟に教えられたとおり話した。それからご飯を握って小さな握り飯をたくさんこしらえると、犬が畑を耕すのを、商人たちに見せようとした。兄は握り飯を一つまた一つと犬の前に置いていった。ところが犬は、握り飯に目もくれず、一歩も動こうとしない。商人たちは大笑いして行ってしまった。
兄はカンカンになって、犬を棍棒でめった打ちにし、まもなく犬は死んでしまった。弟は涙を流して犬を家の裏に埋めた。
するとふしぎなことに、三日目に犬の墓から一本の金の竹が生えてきて、やがて一面の竹やぶになった。弟は竹を切って巣箱を作ったり、編んで鳥かごにしたりして軒にぶら下げた。すると、雁やキジなどさまざまな鳥が飛んできて、弟のために卵を産んでいった。
兄はこの話を耳にすると、またずうずうしく竹をもらいに行った。弟は兄さんに、かってに竹を切ってくださいと言うよりなかった。
兄が竹やぶに入っていくと、無数の竹の葉が突然、毒虫に変わった。兄は驚いて赤くなったり青くなったり、全身あわ立った。腹立ちまぎれに、兄は一面の竹やぶを全部切りはらってしまった。
弟は涙ながらに竹をひと所に集めて焼くと、灰を畑に埋めた。取入れが近づくと、弟は山の上の自分の畑に行って、あわの番をした。そのうち腹が減って、のどが渇き、眠くなってきた。弟はあわをしごいて生のまま食べたが、食べているうちに両のまぶたが重くなって、岩の上に横になるなり眠ってしまった。
そこへサルの群れがやって来たが、弟の口元のあわ粒を見ると、ハエの卵が産みつけられているのだと思った。岩に横たわったままじっと動かないのは、死んでいるのに違いない。お供えにしようと、サルたちは弟をエッサカホイと、サル山にかついで行った。
弟がガヤガヤいう声にびっくりして目をさまし、そっと目をあけて見ると、サルにかつがれている。どうするつもりかと弟はじっと様子をうかがった。断崖まで来ると、サルたちは疲れてゼイゼイいって、弟を岩の上に置いて休んだ。弟がこっそりおならをすると、サルたちはにおいをかぎつけて、この死体は臭(くさ)いから崖から投げ捨てようといいだした。しかし頭(かしら)のサルが、とにかくサル山までかついで行こうといったので、皆はまた登り続けて、とうとうサルの洞穴に着いた。
弟がまたそっと目をあけて見ると、石のテーブルいっぱいに、金の茶碗、銀の皿が並んでいる。サルたちは、イノシシや黒クマを呼びに行くもの、ウサギやネズミを呼びに行くもの、ガマを呼びに行くものと、皆忙しそうにしている。やがてお客が次々にやって来て、祭りが始まった。ガマが祭司をかってでて、祭文を唱えた。
「我のものは我のもの、なんじのものも我のもの……」
弟は思わずふきだしそうになり、そっと目をあけたところをウサギに見られてしまった。するとウサギがガマに続けて祭文を唱え始めた。
「やがて死人はよみがえらん。イノシシと黒クマを無事に森に帰したまえ、ガナハー。ウサギを無事に山越えさせたまえ、ガナハー。サルの兄貴たちを無事に木に登らせたまえ、ガナハー。弟ネズミたちを無事に岩穴にもぐりこませたまえ、ガナハー。食いしんぼうガマを無事に……」
ウサギの祭文がおわらないうちに弟はガバとはね起きるや、長い刀をひき抜いて、切りかかった。イノシシと黒クマは森に逃げ込み、ネズミは岩穴にもぐりこみ、ガマは井戸に跳びこみ、ウサギは山を越え、サルは木にかけ登った。
弟は刀をひと振り、サルどもの尻を切り落とした。弟はサルの洞穴にあった金の碗や銀の皿をもち帰り、幸せに暮した。
兄は弟の暮しぶりを知ると、また弟のところに出かけていって、わけを聞いた。弟はすっかり話してやった。翌日、兄はどうしても弟のかわりに畑の番に行くと言いはった。畑で兄が弟と同じかっこうをしていると、弟がいったとおり、サルが現れて兄をかついで行った。
断崖に着いて、サルたちが休んでいるすきに、兄はこっそりおならをした。サルたちはまたけんかを始めたが、
「死体はくさいぞ、すてちまおう」
というのを聞くと、兄はたまげて思わず大声をあげた。
「やめろ!」
サルたちはびっくりして、いっせいに手を放すと逃げ出した。兄は万丈の断崖をころがり落ちていった。
(馬場)
もの言う敷居
→解説
あるところに狩りをして暮しをたてているみなし子がいた。毎日、山に行ってわなをしかけて獲物をとっていたが、ある朝早く見に行くと、キツネをつかまえるわなにおばあさんが足をはさまれていた。おばあさんはみなし子がやって来るのを見て、いった。
「ぼうや、ゆうべ出かけたら、ろくでなしがしかけたわなに足を挟まれちまったんだよ。急いで来てはずしておくれ」
やさしいみなし子は近づいて、わなをはずしてやった。ヒュッ、おばあさんはたちまちキツネに変わって、ピョコピョコ逃げていった。しまったと思ったが、もうおそい。みなし子はまたわなをしっかりしかけた。
次の日、夜が明けるや、みなし子はきねを握って出かけた。わなに若い娘がはさまれているのが、遠くから見えた。娘はみなし子が来るのを見て、いった。
「お兄さん、わなをはずして下さい」
またキツネだと思ったみなし子は、いった。
「なにがはずして下さいだ、キツネめ」
手に持ったきねで、娘をバンバンなぐりつけた。死んだとたん、ヒュッ、娘はキツネに変わった。みなし子がキツネの死骸をかついで帰っていくと、途中で、腰に貝がらのベルト、首には真珠の飾りの盛装で、刀を背おい、弓矢をかついだ若者に出会った。若者は、
「おまえだな、うちの女房を殺したのは」
こういうなり、サッとキツネを奪った。
「女房なもんか! キツネだ」
みなし子がいった。若者は承知せず、豪勢な身なりをかさに着て、皇帝のところに白黒つけてもらいに行こうという。みなし子がいやだと断ると、一人でどんどん訴えに行ってしまった。
みなし子は、こいつもキツネにちがいないと思った。だが、こんなボロを着ていたのでは、皇帝のところに行って申し開きをしても、まともに聞いてもらえない。みなし子は困って、飯もろくにのどを通らず、ぐっすり眠ることもできなかった。七日たつと、皇帝のもとから人が来た。
「なぜ人殺しをしたのだ」といって、皇帝の御前に引きたてていこうとする。
「皇帝陛下にお目通りするにはしたくがいります。きょうすぐにというわけにもまいりません」
みなし子は役人どもひとりひとりに心付けを包んでひとまず帰した。が、こうなってしまっては行かないわけにいかない。その晩、みなし子はまんじりともしなかった。翌朝、夜が明けるとすぐに出発し、日暮れまで歩いて、ある村についた。一軒の家の前で足を止めると、宿を求めた。この家は金持ちだったが、主人はみなし子の貧しいなりを見ると、どなりつけた。
「この親なし子め。宿賃も持たぬくせに。とっとと出ていけ」
門がしまり、みなし子はしめ出された。みなし子は疲れはて、宿もなく、そのまま門口でからだをまるめると、敷居を枕にぐっすり眠った。夜中にみなし子は敷居が話をするのを聞いたような気がした。
「かわいそうなみなし子、なげくことはないよ。金持ちにはひとり娘があるんだが、七年も病の床にふせったままだ。手の施しようもないというありさまだが、じつは治すのは簡単なんだ。あさっての朝、青い服を着たやつが最初の太陽の光と一緒に門を入って行く。そいつが娘に取り付いている魔物で、金持ちの庭の池のほとりに住んでいる。糸を通した針をそいつの服の胸元に刺しさえすれば、娘の病気はすぐによくなり、おまえが困っていることも解決するさ」
みなし子が目をさますと、白糸を通した針を一本手に握っていた。夜中に聞いた敷居の話を思い出して、門を入って行くと、金持ちにいった。
「おたくのお嬢さんは七年も寝たきりだそうですね。ひとつ、わたしが治してさしあげましょう」
金持ちはみなし子を見ると、またどなりちらした。
「おまえみたいな乞食野郎になんで病気が治せるか。とっとと失せろ」
みなし子は落ち着きはらっていった。
「旦那様、まあ気を沈めて下さい。お嬢さんの病気はわたしが必ず治してみせますから、安心なさって下さい」
みなし子が自信満々の様子なので、金持ちは半信半疑でいった。
「よし、それなら試してみろ。だが、もし治らなかったらおまえの首を切ってやるからな」
「明日の朝には必ず治ります」とみなし子はいった。
その晩も、みなし子はまた門のところで寝た。翌朝、青い服を着た男が、最初の太陽の光とともに入って行くのを見ると、みなし子はすかさず針をその男の胸元に刺した。とたんに男はすっと消えた。みなし子は大いばりで、金持ちに会いに行った。
「旦那様、お宅の貯水池のほとりから魔物を掘り出して来て下さい。そいつの息の根を止めてやりましょう」
金持ちはカエルを掘り出して来たが、そいつは心臓の真ん中を白糸を通した針で貫かれていた。金持ちがふしぎに思っていると、突然、「父さん、父さん」と呼び声がする。ふり返って見ると、娘なので、あわてていった。
「おまえ、どうして起きて来たんだい」
「すっかり元気になったのよ。父さん、わたしの病気を治して下さった方に、さっそくお礼をしてね」
金持ちは喜んで、金や銀をみなし子の前に並べると、好きなだけ持って行くようにいった。ところがみなし子は、
「金も銀もいりません。わたしが欲しいのはただ一つです」
「望みのものを、なんなりとやろう。さあ、いってくれ」
みなし子は敷居を指すと、「これを下さい」といった。金持ちは金銀をしまうと、敷居を掘起こして、みなし子にやった。みなし子は敷居を背負い、出発した。
途中、敷居はまたみなし子の耳元でいった。
「かわいそうなみなし子、あすの昼、道でつがいのタカを売っているおじいさんに会うから、買っておきな。あとで役に立つよ」
翌日の昼、なるほどタカを売っているおじいさんに出会ったので、タカを買って先に進んだ。
さて、みなし子が宮殿に着いてみると、ちょうど若者が御前でワアワア申し立てをしている最中だった。皇帝はみなし子が殺人を犯したものと決めてかかっていた。みなし子は進み出て申し開きをした。
「わたくしは狩りをして暮しを立てている者です。わたくしが殴り殺したのはキツネで、人ではありません」
しかし若者の言葉を信じこんでいる皇帝は、みなし子を有罪にして、「首を切れ」と命令した。
みなし子は無実の罪を着せられて、思わず叫んだ。
「陛下、待って下さい。こいつもキツネです」
皇帝は大笑いしていった。
「じゃあ、キツネだという証拠を見せてみろ、ハハハ」
みなし子は、隠し持っていたタカを放した。つがいのタカはバタバタと飛んで行って若者の頭をつっついた。ヒュッ、たちまち若者はキツネに変った。皇帝があっけにとられている間に、兵士たちの刀がふりおろされて、キツネはたちどころに殺されてしまった。
皇帝はみなし子の優れた才知をめでて、罪を取消したばかりか、役人に取立てた。みなし子は七年間、役人を勤めたが、ふるさとがなつかしくなり、帰りたくなった。敷居は、
「かわいそうなみなし子、帰らないで役人を続けな」
といったけれど、みなし子は聞かず、敷居をかついで出発した。途中で敷居がまたいった。
「かわいそうなみなし子、じきに雨になるよ。やっぱり引き返そう」
みなし子はそれでも聞かなかった。突然、大風が吹き荒れ、黒雲が大地をおおい、大粒の雨がバラバラ落ちてきた。あっというまに山崩れが起き、敷居も押流されて、ゆくえ知れずになってしまった。みなし子は相棒を失くしてたいへん悲しんだ。さんざん苦労のすえ、ふるさとに帰ると、もう役人にはならず、昔どおり狩りをして、自由な毎日を過ごした。
(馬場)
インドネシア
月の女神をほしがった巨人
→解説
天界の神がみの生活は、のどかで何もかもきちんとうまくいっていた。とはいってもたまには思いがけないこともおこった。
あるとき、巨人の神が夢をみたと。その夢の中で、巨人はなみはずれた神通力を持っているので、いつか他の神がみをたおしてしまうだろうという声をきいた。巨人の神の名まえはカララウ。夢の中の声は、月をのむことができれば不自由なく暮らせるともいった。月は地上の作物の女神、デウィ・スリの化身だからな。そして、太陽がのめたら、すべてを支配できるぞ、太陽の力より強いものはないからな。地球と空と星ものんでみな、才能の神になって思いのままさ。そんなささやきも聞こえたと。
カララウは夢からさめて、自分はどうやら他の神がみにはない力を持っているらしいと考えた。なんせ巨人の神さまだ。
そこでカララウは神がみのひとりにけんかをしかけてみた。するとかんたんに相手をたおせてしまったので、つぎつぎとほかの神がみにもいどんだ。そしてやっぱり負かしてしまった。
すっかり得意になったカララウは、とうとう大神のバタラ・グルのところへ行って、
「月の女神、デウィ・スリをよこせ、まるのみにしてたいらげるんだ」
とさけんだ。
さあたいへん。バタラ・グルも偉い神がみたちも驚いてどうしていいかわからない。
おおさわぎのあと、ナラダという神がカララウにむかっていった。
「ともかく満月になるまで待て」とな。
そのときのお月さんはまだ半分しか輝いてなかった。神がみは満月になるまでカララウを天界にいれないことにし、女神を守るためにそりゃもうしんけんに相談した。問題はだれが恐ろしい巨人カララウと戦えるかだ。最後にウィスヌ神こそもっともふさわしいということになった。
しかしこの重大な仕事をやりとげるには、とくべつの術を身につけなければならない。試験を受ける子供が必死になって勉強するようにな。
さて、神がみのたのみを引き受けたウィスヌ神は、さっそく静かな所で黙想にふけった。なんにんもの神がみを倒したあの巨人の神と戦わなければならないんだから、いろいろな術にもとりくんだ。
女神デウィ・スリは、もうすぐ巨人のえじきになるかもしれないと、満月になる日がちかづくにつれて不安になった。
一方、巨人カララウはいちにちもはやく月をたいらげたくて、満月の日が待ちきれないほどだった。
ついにやくそくの夜がきて、雲のかげからまんまるいお月さんがあらわれた。美しいデウィ・スリの姿もあった。神がみたちはみな雲のうえにたった。
カララウは約束どおりデウィ・スリがあらわれたので上きげんだった。
「おれにさからう者はいない。このとおり、おれの思いのままよ」
デウィ・スリは目をぎらぎらさせた巨人がどんどんちかづいてくるのを見て、生きたここちがしなかった。神がみもはらはらしてみまもった。
とそのとき、ウィスヌ神が弓を持って巨人カララウの前にたちはだかった。カララウはむっとして相手をにらんだ。ウィスヌ神もにらみかえした。
「どけ、ウィスヌ神」
カララウはせせらわらっていった。
「おれの邪魔をするな。おまえを相手にする気はない。おれはデウィ・スリとあのまるい月をたいらげりゃいいんだ」
するとウィスヌ神はおちついた声でいった。
「わたしもおまえと争いたくはない。だがわたしは、稲を守る神と地上のやみ夜をてらす月をどんなことをしても守らなければならない」
「そこをどけ! 言うことをきけば、ほうびをやるぞ」
カララウはそういってにやりとわらった。もちろん正義に燃えていたウィスヌ神は、顔いろもかえずびくとも動かなかった。
息をつめて見ていた神がみは、ウィスヌ神をほんとうにたのもしく思った。
「おれさまにさからう気だな。もうようしゃはせん」
カララウは本気で怒ってデウィ・スリとウィスヌ神めがけて飛びかかった。しかしウィスヌ神はさっと身をかわしてしまった。あらゆる戦いの術を知っていたからね。デウィ・スリもするりと逃げてしまった。
ますます怒った巨人は、こんどはけむりをはきだしながらおそいかかった。雲をけちらして二人の神の戦いがはじまった。カララウが女神をつかまえようとすると、ウィスヌ神がひとっとびして邪魔をする。巨人ははじきとばされる……。
こうして戦いがながびいていくうちに、カララウの動きはにぶり、手足に力がはいらなくなってきた。
ウィスヌ神はこのときを待っていたかのように弓矢でねらいをさだめた。カララウが雲のかげにかくれた女神を探そうと首をのばしたとき、ウィスヌ神は弓の矢をはなった。不思議な力を持つ矢は巨人の首に命中した。
すると、胴体から離れた巨人の首は、怒り狂いながらまた満月を追いかけた。胴体のほうはというと、どんどんおちていって地上でこなごなに砕けちった。やがてその破片(はへん)は作物の害虫や雑草になったと。
神がみは口ぐちにウィスヌ神のてがらをほめたたえた。
胴体のないカララウの頭はまえよりもすいすいと天界を動きまわり、とうとうお月さんをぱくりとのみこんだ。カララウの顔は満足そうだった。ところがだ、お月さんはカララウの首ねっこからぽろりと出てきてしまった。胴体のない頭なんてそういうもんなんだな。だからデウィ・スリは巨人カララウのえじきにならなくてすんだ。
ウィスヌ神は頭だけの巨人とそれいじょう戦う気になれなかった。放っておいても害にならないと思った。
夢の中のささやきが忘れられないカララウは、それからもずっとお月さんを追いかけてはぱくりとやった。太陽も地球も星もせいふくして宇宙をおもいのままにしようとねらいつづけた。
巨人カララウの願いはかなわなかった。頭だけではねえ。それに今ではウィスヌ神の姿を見るとこそこそ逃げるようになったと。あの恐いものなしだった巨人の神がよ。
そうそう、カララウにはもひとつ恐いもんがある。にぎやかな鳴りものの音だ。
人間はいまでも満月のとき、板木を打ち鳴らしたり、船形の臼(うす)を杵(きね)でついたりしてカララウを追いはらうんだ。
(渡辺)
亀さんの笛
→解説
一匹の亀が川原でひなたぼっこをしていた。大きな川の両側には森がどこまでも続いていた。亀は川原でこうらぼしをするのが大好きだった。
そこへ一匹の黒ひょうがやってきて、亀を見るなりいった。
「こりゃいい。ちょうど腹がへっているところだ。おれさまはついてるぜ。どれ、朝めしに亀を食うとするか」
亀は声のする方を見てびっくりしたが、逃(に)げるひまがない。じっとしていると、ひょうがちかづいてきてとびかかろうとした。そのとき、
「黒ひょうさん、あなたはおいしいたべものをまだごぞんじないようね。ごぞんじならわたしの肉を生で食べないはずだわ」
と亀はいった。
「おれはしょっちゅう生肉を食っているが、いつだってうまいぜ」
「あなたはお料理した肉を食べたことないの」
「あるもんか、どんな味だ」
「そりゃあ、とてもおいしいわ。肉は焼くとずっとおいしくなるのよ。だからわたしを食べるまえに焼いたほうがいいと思うわ」
「おれをだまそうたってだめだ。おまえのこんたんはわかっている。おれがたきぎを取りに行ってるあいだに逃げようってわけだ」
「ご心配無用よ。なんならわたしを木にくくりつけておけばいいじゃないの」
黒ひょうは、どうやら亀のいうことを信じたらしく、ひもを探すと川から離れたところにあった丸太に亀をしばった。川に近いと亀が流れにとびこんでどろんしてしまうと思った。それからひょうはたきぎを探しに森へはいっていった。亀はそのあいだに穴をほった。
まもなくひょうはたきぎをかかえて戻ってきた。
「じゃあ、わたしの体の上にそのたきぎを置いてください」
黒ひょうはいわれたとおりにしてから、火だねをつくり、たきぎに火をつけた。亀はすぐに穴の中にうずくまった。ひょうは穴のことには気がつかなかった。
「おい、亀よ」
としばらくして黒ひょうが声をかけた。
「はい、なんでしょう」
「まだ死なねえのか」
「まだよ。なんだか寒くて」
ひょうはたきぎをくべた。火はだんだん大きくなっていった。
「おい、亀よ」
「はい、なんでしょう」
「おまえ、まだ生きてんのか」
「はい、やっとすこし体がほかほかしてきたところ」
亀がいっこうに死なないので、黒ひょうはへんだなあと思いながらも、またたきぎをくべた。炎がぱあっとひろがった。
「おい、亀よ」
「はい、なんでしょう」
「あれ、まだ死なねえのか」
「まだよ。でもとても気持よくなってきたわ。もう寒くもないし」
そのうちたきぎがなくなって、火がきえた。やがて残り火も消えて、白い灰になった。その灰の中から、亀がのそのそと出てきた。灰をかぶった亀の背中は、なぜかきれいに見えた。
「おい、亀よ。おまえの背中すごくきれいだよ。おしろいつけたようだ。どうしたんだ」
「焼くとこうなるのよ」
「熱くなかったか」
「ちっとも……」
「おれを焼いたらどうなるかな。そんなふうに白くきれいになるか」
「もちろんよ。あなたはもともと美しい体をさずかっているんだもの。もっとすばらしくなるはずよ」
「じゃあ、おれを焼いてみてくれ」
「それじゃあ、まずたきぎを取ってきてくださいな。わたしにはできませんから」
「わかった。たきぎを探してくる」
ひょうが森にいっているあいだ、亀はひょうがすっぽりはいるくらいの大きくて深い穴をほった。
さて、ひょうはたきぎを五たばもかかえてもどってきた。
黒ひょうが穴の中にはいると、亀はたきぎをうずたかくつんで火をつけた。火はめらめらと燃えひろがり、空までとどくほどだった。
「黒ひょうさん」
「なんだ」
亀はたきぎをくべた。炎は高く高く舞(ま)いあがった。
「黒ひょうさん」
「な・ん・だ……」
亀はたきぎをくべながら、
「声がだいぶかすれてきたわ」
とつぶやいた。しばらくしてまた亀は声をかけた。
「黒ひょうさん」
「…………」
返事がない。炎はまだ空に燃えひろがっていた。もう死んだはずだわ、と亀は思った。
やがて火が消え、残り火も消えてしまうと、亀は灰の中からひょうの骨を探しだした。大きくて長い脚の骨だった。
「これで笛(ふえ)を作ったらきれいでしょうね。でも、わたしは自分で作れないし、だれにたのめばいいかしら」
亀はしばらく考えていたが、ふとカブト虫を思いだして探しに出かけた。
「亀さん、どこへいくんだい」
声をかけてきたのはカブト虫だった。
「あなたのところへいくところだったの」
「おれに用があるのかい」
「ひょうの骨で笛を作りたいの。でもわたし穴があけられないの。お願い、カブト虫さん、あけてくれない」
「きれいだね、それ。よし、穴をあけてやろう」
骨に穴があくと、笛らしくなった。亀は笛をふいてみた。
テオッ テトロ、テオッ テトロ
わたしの笛はひょうの骨
カブト虫さんがあけた穴
テオッ テトロ、テオッ テトロ
わたしの笛はひょうの骨
テレテッ ハウン。
「わあ、亀さんは笛がうまいじゃないか。その笛もいいけど、模様を彫るときれいになるね。白アリにたのむといいよ」
カブト虫がそういったので、亀は白アリを探しにいった。白アリは笛の音をきいてちかづいてきた。
「いい音色だなあ。亀さんは笛をふくのがうまいよ」
「ちょうどよかった。白アリさんにお願いがあるの。カブト虫さんにひょうの骨に穴をあけてもらって、笛にしたんだけれど、この笛にきれいな模様をいれてくれない」
「よし、わかった」
白アリは、笛にそれはきれいな模様を彫った。亀はおおよろこびで、できあがった笛をふいてみた。
テオッ テトロ、テオッ テトロ
わたしの笛はひょうの骨
カブト虫さんがあけた穴
白アリさんの彫った模様
テオッ テトロ、テオッ テトロ
わたしの笛はひょうの骨
テレテッ ハウン。
こんなわけで、森のなかに、亀のふくきれいな笛の音がまいにち聞こえるようになった。
(渡辺)
モクセルさんの女房
→解説
あるところにモクセルという名の男がいて、女房と暮らしていた。この夫婦、その日の食べるものにもこと欠く貧乏暮らしで、毎日けんかがたえなかった。
ある日のこと、たいそう派手なけんかのあげく、女房はつい、
「こんな暮らしもういやだ。わたしを実家にかえしておくれ」
といってしまった。売り言葉に買い言葉で、
「おまえがそうしたいなら勝手にしろ」
と亭主のモクセルもいった。
こうして夫婦は離婚の手続きをするために、イスラム教の長老のところへでかけていった。
モクセルの女房は、村では美人のほうで、まだ若かった。もちろんモクセルも若い。まだ子どももなかった。
さて長老はやってきた二人に、
「おまえさんたちどうしたんじゃ」
ときいた。
「このひとと別れたいので手続きにまいりました」
美人の女房にみとれていた長老は、それをきくとにこにこして離婚の書類をつくった。
手続きがすむと、モクセルはさっさと帰っていった。長老は女房を引きとめ、二人きりになると二十リンギットのお金を女房の手に握らせながら、
「夜のお祈りがすんだら会いにいきたい。あんた今晩はどこにいるんじゃ」
といった。
女房はちょっと考えてからこたえた。
「今まで住んでいた家ですよ。モクセルの……」
「モクセルはもうあんたの亭主じゃあるまいに」
「はい、もう別れたわけですから。でもあのひと、今晩は兄さんの家にいって泊まるそうです」
そういうとモクセルの女房はいとまごいして帰っていった。
途中までくると、むこうから偉いお役人がやってきた。お役人はモクセルの女房が美人なので、おもわず声をかけた。
「どこへいってきたんです、奥さん」
「長老のところまで」
「おや、どうして」
「離婚の届けをしてきました」
それをきくと、お役人はにんまりして、
「今夜はどこにもいかないでくださいよ。お祈りが終わったらお訪ねしますからね」
というと、二十リンギットさしだした。女房はそのお金をうれしそうに受け取って歩きだした。
しばらくすると、軍人さんがやってきた。軍人さんはモクセルの女房をひとめ見ると、たちまち心を奪(うば)われてしまった。
「どこへいってきたんだね」
「長老の家まで」
「どんな用事でだい」
「離婚の届けをしてきたんです」
「それはそれは。ところで今夜九時ごろあんたの家にいくから留守(る す)にしないでくれ」
そういって軍人さんは二十リンギットをとりだした。モクセルの女房はにこにこしてそのお金をもらうと歩きだした。手には六十リンギットのお金があった。すっかり金持ちの気分になった女房は、歩きながらふと考えた。
「そうだ、あのひととよりをもどそうかしら。お金があったときは、けっこうたのしかったもの。貧乏になったから出ていくなんてどうかしてたわ。別れてくれなんていわなきゃよかった。夫婦はどんな時もいっしょじゃなくちゃ」
家に帰り着くと、夫のそばにいって話があるときりだした。
「いまさら何を話しあおうというんだ。おれたちのことはけりがついたじゃないか」
「ちょっと待って。なにもそうむきにならなくてもいいじゃないの。あのね、わたし六十リンギット持ってるのよ」
女房は夫の前にお金をおくと、
「さっき別れるなんていったこと後悔してんのよ。もういちど仲直りしましょうよ」
「こんな大金、どこで手にいれたんだい」
けんか別れしたばかりなのにモクセルは目を輝かせて話にのってきた。
女房は何もかもはなした。長老とお役人と軍人さんが夜訪ねてくるということも。
「そりゃ、たいへんだ。おれは消えちまったほうがいいな」
「びくびくすることないわ」
と女房は落ちついていった。
「いい考えがあるの。あんたはわたしのいう通りにしてくれればいいわ」
モクセルは承知(しようち)した。
やがて女房は市場へ出かけ、おしろいや香水(こうすい)、それに鈴や杖(つえ)も買いこんできた。
その日の夕方、モクセルの女房は夫の服を脱がせ、体じゅうにすすをぬった。まっくろになった体にさらにおしろいで線をひき、おまけに手くびと足くびには鈴までつけた。それから、モクセルに部屋にかくれているようにいった。
「さあ、この杖を持って。今夜三人めの客がきて、しばらくしたらわたしの部屋にゆっくり歩いてくるのよ。いいわね。足を一歩出すごとに杖で床をならすの。そうすれば手と足の鈴も鳴るわ。つまり歩くたびに、クトック ゲンジリン クトック ゲンジリンという音がするわけよ」
モクセルはなんのことやらさっぱりわからなかったが、とにかく女房のいうとおりにすることにした。
女房はいそいで水あびをすると、いっちょうらをきた。髪をとかし、化粧して香水もつけた。もともと顔だちがいいから、たちまちきれいになった。
さて、長老は、夕方になると寺院で働く者たちを集めて、しっかり戸じまりをしておくようにいった。
「わしゃこれから村を見まわってくる。今夜あやしい者がきたら、捕まえてなぐっておけ。こりるようにな。わしゃ馬車で出かけるぞ」
そのころお役人もおなじように家の者を集めてからいった。
「今夜あやしい者がきたら、ようしゃなく捕まえて、痛いめにあわせなさい。わたしはこれから馬車で出かけなければならないから、たのんだよ」
軍人さんもやっぱり部下の兵士(へいし)たちを呼ぶと、
「今夜あやしい者がきたら、ひっとらえてうむをいわさずたたきのめせ。さて、わしはこれから馬車で出かけるからな」
といった。
八時ごろ、まず長老が馬車でやってきた。モクセルの女房はあいそよく客を迎えると、
「さあさあ、着ているものを脱いで、長老さま」
といいながら寝室につれていった。それからなんやかやしゃべりながら、長老の体にすすを塗りはじめた。長老はされるままにしているうちに、黒猿のようになってしまった。
八時半になった。馬車のちかづく音がして、すぐに人声とドアをたたく音がきこえた。長老はびっくりしていった。
「あれは誰じゃ」
「あの声はお役人さまじゃないかしら」
モクセルの女房が落ちついてこたえると、長老はひどくうろたえた。
「つごうが悪いなら、このランプを持ちあげて、あのすみに隠(かく)れていてください。見つからないと思いますよ」
長老はすばやくいわれたとおりにした。すすを塗られたせいで長老の姿はどうみても人間には見えない。ランプを置く飾り台のようだった。
モクセルの女房は戸を開けて、お役人を中にいれた。それから長老のときと同じように寝室につれこむと服をぬがせ、体じゅうにすすを塗りはじめた。
やがて九時半になるころ、馬車がとまって、
「奥さん、奥さん」
という声といっしょに戸をたたく音。
びっくりしたお役人、
「だれですか、あれは」
「軍人さんのようですよ」
モクセルの女房がまたまた落ちついてこたえると、お役人は困りきった顔になった。
「つごうが悪ければ、隠れていたら……」
そういいながら女房はお役人の手をとって、部屋のすみのランプのところへつれていった。そしてお役人の頭の上に小机をのせた。お役人は自分を隠してくれると思ったから、黙ってそれを両手でささえた。
モクセルの女房は戸を開けた。軍人さんだ。長老やお役人のときと同じように、女房はこんども客を寝室にさそい、あいそよく服を脱がせて体にすすを塗った。客はされるままになっていた。やがて三人めの黒猿のできあがり……。
そのとき、モクセルが杖と鈴をならして現れた。
「クトック ゲンジリン、クトック ゲンジリン……」
怪しげな音に、長老もお役人も軍人さんもぞっとした。おまけに白と黒のえたいのしれないいきものがちかづいてくる。
「ああああ……」
と長老は声をあげ、ランプをかかげたままあとずさりした。驚いたのはお役人、さっきまでランプ台と思っていたものが動きだしたのだ。驚いたのと恐いのとで、持ちあげていた小机を放りだした。それが長老の足にあたったからたまらない。うめき声をあげて転んだ。ランプが消えた。
この恐ろしい騒ぎに、軍人さんはあわてふためいて逃げだした。服のことも馬車のことも目にはいらず、裸で、それもすすでまっ黒なまま、いちもくさんに逃げかえった。
長老もお役人もおなじように、黒い裸のままつぎつぎにとび出していった。
三人は家に帰るなり、それぞれ、部下や兵士たちにふくろだたきにされた。
こうして、モクセル夫婦はもとのさやにおさまり、おまけにたいそう金持ちになった。まんまと三台の馬車を手にいれ、三人ぶんの服をせしめたんだから。それだけじゃない、服のポケットにはたんまりお金もはいっていたんだと。
長老もお役人も軍人さんも、おいてきたものをのこのこ取りに戻るわけにはいかなかったのさ。恥ずかしいからね。
(渡辺)
インド
バラモンとライオン
→解説
ある村にたいへん貧乏なバラモンの夫婦が住んでいた。何も食べる物がなくなったので、バラモンは友達のライオンを訪ねて森に行った。ライオンは、自分が殺した人間から奪った装身具や貴重品をバラモンに分けてやった。おかげでバラモン夫婦はしばらく無事に暮らすことができた。
そこでバラモンは、友達のライオンを自分の家に招いた。ライオンが訪ねてくると、バラモンの妻は、
「あんたの友達っていうのは、なんていやな奴なの! 臭くて臭くて、とても一緒に坐ってなんかいられないわ!」
と言った。それはライオンにも聞こえた。
ライオンは、外に出てバラモンと二人きりになると、バラモンに向かって、
「刀でおれの首に傷をつけてくれ」
と頼んだ。バラモンは、
「友達の首に傷などつけられるものか」
と断ったが、ライオンは、
「よし、それならお前を喰ってやる」
とおどかした。バラモンがしぶしぶライオンの首に傷をつけると、ライオンは黙って森へ帰って行った。
しばらくして、バラモンはまたライオンを訪ねた。ライオンはバラモンに自分の首を見せて、
「どうだい、傷はなおったかい?」
とたずねた。バラモンは、傷を調べて、
「ああ、すっかりなおっているよ」
と答えた。するとライオンが言った。
「たとえ首の傷はなおっても、お前のおかみさんの意地悪な言葉で受けた心の傷は、決してなおることはないだろうね」
(前田)
暗愚国の話
→解説
師匠と弟子がいた。旅の途中で羊飼いの女に会った。師匠がたずねた。
「この先の国はなんと申す?」
「国の名は暗愚国。王様の名はあんぽんたん」
「それはいったい、どういうことじゃ?」
「あの国では、なんでもかんでも一キロ二パイサ。バラの花も果物も、ラッドゥーやバルフィーのようなおいしいお菓子も、ただのピーナッツも、なんでもかんでも一キロ二パイサ」
師匠はそんな国には行くまいと決めた。しかし弟子の方は、
「なに、バルフィーも一キロ二パイサだって! それはまた、なんと素晴らしい!」
と舌なめずりをして、どうしても、その国へ行くと言い張った。そこで二人は言い争いになった。しまいに師匠は、
「そんなに行きたければ勝手に行くがよい」
と言い捨てて、一人でどこかへ行ってしまった。
弟子がその国へ行って見ると、なるほど、ラッドゥーもバルフィーも一キロ二パイサだ。弟子はたらふく食べて、二年の間にすっかり太り、毎日のらりくらりと暮らしていた。
ある雨の季節に、この暗愚国のあんぽんたんな王様の邸の壁が崩れた。知らせを聞いて、王様は崩れたわけをたずねた。
「しっかり作ってなかったので、崩れたのでございます」
さっそく左官が呼ばれた。
「どうしてそんなに崩れ易い壁を作ったのだ?」
「粘土のこね方が悪かったのでございます。だから煉瓦がしっかり積めなかったのでございます」
そこで、粘土をこねた男が呼ばれた。
「水運びの男が水を入れ過ぎたのでございます。だから粘土がうまくできなかったのでございます」
水運びの男が呼ばれて、縛り首にされることになった。しかし男は、縛り首にされる前に、どうしても言い分を聞いてもらいたいと申し出た。
「大臣が悪いのでございます。大臣がひどく大きな皮袋をくれたので、いつもより余計に水が入ってしまったのでございます。あっしにはなんの落度もございません」
大臣が呼ばれて、水運びの男にひどく大きな皮袋を渡したかどで、縛り首にされることになった。大臣はうまく言い逃れをすることができなかったので、本当に縛り首になりそうになった。
ところが、大臣の首は細すぎて、縛り首の縄に合わなかった。そこで王は家来に命じ、縛り首の縄に合いそうな太った男を探しに行かせた。
家来たちは、バルフィーだのなんだのをたらふく食って、すっかり太ってしまった例の弟子をたまたま見つけると、これ幸いとばかりに引っ捕え、王の前へ連れて行った。
弟子はすぐさま縛り首にされそうになったが、その前に一つだけ最後の望みをかなえてもらえることになった。
「死ぬ前にぜひとも一目お師匠さまに会わせてください」
師匠が呼ばれた。弟子が今にも縛り首にされそうになっているのを見ると、師匠は弟子のそばに駆け寄り、その耳に何事か囁いた。するとたちまち、師匠と弟子とは激しく言い争いを始めた。
「おまえたちは一体全体何をそんなに言い争っているのじゃ?」
「王様、今日という日は、死ぬには、誠にまたとない吉日なのでございます。だれであろうと、今日ただいま縛り首にされるものは、必ず天国に行って、帝王になれるのでございます。だから、二人で言い争っているのでございます」
「なんと申す。余はただの国王に過ぎぬというのに、そちたちは天国の帝王になれると申すのか」
王は羨ましくなって、
「よろしい、余が縛り首になろう」
と申し出て、本当に縛り首になってしまった。暗愚国の人々は、やっと愚かな王様がいなくなって、みんな、おお喜びをしたということだ。
(前田)
塩の味
→解説
一人の王がいた。娘が七人いた。
王はある時、娘たちを呼んで、
「おまえたちは、わたしをどんなふうに大切に思っているか?」
とたずねた。
「お砂糖のように大切に思っていますわ」
と一人が答えると、
「わたしはお菓子のように」
「わたしは果物のように」
といった具合に、娘たちは次々に答えていったが、七番目の娘は、
「わたしはお父さまをお塩のように大切に思っていますわ」
と答えた。王は七番目の娘の答にたいへん腹を立てた。王にとって、塩などというものはごくありふれた、つまらないものだったのだ。
「宝石のようにとか、飾りのようにとでも言えばよいものを」
怒った王は、お抱えの司祭に、
「七番目の娘の婿に、一番貧乏な男を見つけてこい」
と命じた。司祭は森へ行って、みすぼらしい小屋に二人の兄弟が住んでいるのを見つけた。たいへん貧乏で、食べる物もろくになかった。たきぎを売って、それだけでなんとか暮らしをたてていたが、たいしたかせぎにはならなかった。その兄弟のうちの一人を婿と決め、司祭は王宮に帰って、王に報告した。
「王女の婿になる男はひどい貧乏で、家もろくにございません。それはそれは小さな小屋に住んでいるのでございます」
王は司祭の労をねぎらい、何日かして、七番目の娘をその貧しい若者に嫁がせた。嫁入り道具に、着物三枚すら持たせてやらなかった。
娘は夫とその兄弟といっしょに、みすぼらしい小屋で、ひどい暮らしを始めた。兄弟二人合わせても、一日にたったの四アンナしかかせげなかった。妻は夫に、
「三アンナ半で食べ物を、残りのうちの二パイサで何かほかの物を買ってきてくださいな。でもその二パイサで買ってきた物は、必ず小屋の屋根の上にほうり投げておいてくださいね」
と頼み、さらにわずかに残ったお金をためて、夫に針や糸や布切れを買ってきてもらった。毎日、それを縫って、かがって、スカーフを作り、夫に頼んで、町で売ってもらった。こうして、貧しい家の毎日のかせぎが少しは増えていった。
ある日、夫は二パイサの物を見つけることができなかった。しかし、帰る途中で、道端に一匹の蛇が死んでいるのを見かけたので、それを拾って帰って、妻の言いつけ通り、小屋の屋根の上にほうり投げておいた。
それからまもなく、一羽のとんびが空を飛んでいて、王のおきさきが、小さな池で水浴びをしているのを見かけた。おきさきは高価な金の首飾りをはずして、木の枝に掛けた。とんびはさっと舞いおりて、その首飾りをくわえると、再び舞いあがり、森の中の例の貧しい小屋の上にさしかかった。屋根の上の蛇に気付くと、くわえていた金の首飾りを屋根の上に投げ落として、代わりに蛇をくわえて飛び去った。
思いがけず高価な首飾りを見つけて、一家はおお喜び。さっそくそれを市場で売って大金を手に入れ、宮殿のような家を建て、召使も何人かやとって、幸せに暮らし始めた。
ある日、妻は父の王様を食事に招くことにした。かねがね娘の暮らしぶりを一度見てみたいと思っていたので、王はさっそくその招きに応じた。娘は王のためにいろいろな御馳走を作ってもてなした。王は娘がたいそう裕福なのに驚いたが、どの料理に手をつけてみても、甘味のあるものはあっても、塩気のあるものがなかった。結局、どれ一つとして気に入る料理はなかった。どれもこれも全く塩気がなかったからだ。
「どうして塩を入れた料理を作らないのだ? 塩気がはいってこそ、料理はおいしくなるものなのに」
と王は怒って娘をどなりつけた。娘は奥へ行って、あらかじめ用意しておいた、塩の入った料理を王の前に差し出した。王はおおいに満足した。
「お父さま、だから、わたしは、お父さまをお塩のように大切に思っておりますと申しあげたのですわ。塩はだれにとってもとても大切なものですわ。塩がなかったら、だれも生きてはいけませんもの」
「そうだ。そうだ。もっともだ。わしが間違っていた」
王はそう言って、娘をいったん王宮に連れて帰り、あらためて、莫大な持参金をつけて、同じ男のもとに嫁にやり、婿にも高い位と名誉とを授けてやることにした。
(前田)
半分小僧
→解説
一人の王がいた。子供がいなかった。いろいろ手をつくして、よいと言われることはなんでもためしてみたが、いっこうに効き目がなかった。
たいへん賢いという評判の修行者がこの国にやってきた。王は、
「余は七人も妻をめとったが、いまだに子供に恵まれぬ。なにかよいてだてを知ってはおらぬか?」
とたずねた。修行者は王に棒を一本渡して言った。
「この棒であの木をたたけ。七つのマンゴーが落ちてくるだろう。欲張ってはならぬぞ。欲張ると、七つのマンゴーも、棒も、木の上にくっついてしまうから」
王が木のところに行って、棒でたたくと、七つのマンゴーが落ちてきた。しかし、つい欲張って、もう一度、たたいてしまった。すると、マンゴーも棒も、するするとあがって木の先にくっついてしまった。王は困って、後悔しながら部屋に戻り、修行者のところに行って、
「つい欲張って、いいつけにそむいてしまったが、どうかもう一度だけ、なんとかしてもらえないか」
と頼んでみた。修行者は棒をもう一本くれた。王がその棒で木を打つと、七つのマンゴーと、さっきの棒とが落ちてきた。二本の棒は修行者に返し、七つのマンゴーを持って家に帰り、七人のお妃に渡した。六人のお妃は、なにもしないで座っていたので、すぐにそのマンゴーを食べたが、七人目のお妃は食器を洗っていたので、
「これを済ませてから食べますから、わたしのマンゴーはとっておいて下さいな」
と王に頼んだ。ところが、ねずみがそのマンゴーを半分かじってしまった。そこで、六人のお妃は六人の男の子を生んだが、七番目のお妃からは、半分小僧(アダー・バーイー)が生まれた。片目、片腕、片足で、鼻も半分しかなく、背丈も人並みの半分という男の子だった。七人が若者になると、父王は、
「もうおまえたちのためにするべきことはしてやった。世の中に出て自分で仕事をみつけてこい」
と命じた。七人は揃って職を探しに出かけたが、兄たちは六人とも半分小僧をきらっていた。そこで、ある庭に着くと、
「マンゴーをとってこい」
と半分小僧にいいつけた。半分小僧は自分で木に登って取ってこようとしたが、うまく走れないので、庭の持主につかまってしまった。
「どうか許しておくれ。ごらんの通り、おれは半分小僧だ。兄さんたちはあることないこと言いたてて、いろいろと難くせをつけては、いつもおれにいやなことを押しつけるんだ。かわいそうだと思って、かんにんしておくれ」
半分小僧は許されて戻ってきた。半分小僧とはいっても、兄さんたちの誰よりもよっぽど頭が良かったのだ。兄さんたちは面白くない。なんとかして半分小僧を追い払おうと、知恵をしぼった。
「どうだい。みんないっしょにあてもなく歩いていたってはじまらない。ひとつ、みんなで矢を放って、それぞれ、その矢の落ちたところへいって、職を探すことにしようじゃないか」
半分小僧の矢は壺を作って売っている店の近くに落ちた。裕福な壺作りだったので、半分小僧をやとってくれた。しばらくして、壺作りの家族は結婚式に出席することになり、幼い息子一人を残して、全員出かけて行った。息子はお腹をこわしていた。夜になると、
「便所に行きたいから、ついてきてよ」
と半分小僧に頼んだ。
「おれはおまえの召使じゃあない。こんな夜中にいやなこった。どうしてもと言うのなら、お金のありかを教えておくれ」
「いやだよ。そんなことをしたら、しかられちゃうよ」
そこで、半分小僧は息子を強引に連れ出して、黒蟻の穴の上に座らせた。黒蟻が刺し始めると、息子は悲鳴をあげて叫んだ。
「用足しをしたら、力が抜けちゃった。立たせてよ。痛いよ、痛いよ」
「助けてもらいたかったら、鍵を渡せ」
息子はまだ子供だったので、死ぬかもしれないと思うと恐くなって、鍵のありかを教えた。半分小僧は男の子を助け起こして、寝かせつけ、眠ったのをみすますと、お金をごっそり盗み出して、ロバに食べさせた。ロバはお金をすっかり食べてしまった。
壺作りの家族が戻ってくると、半分小僧はひまをとりたいと申し出た。壺作りが、
「お礼に何でも好きなものをあげよう」
と言うと、半分小僧は例のロバを指さした。
「そんな老いぼれたロバよりも、もっと高価なものを持ってお行き。長い間、働いてくれたんだから」
「いやいや、このロバで十分。ほかにはなんにもいらないよ」
半分小僧はそう言って、ロバを連れていとまを告げた。
さて、七人の兄弟が再び会う時と所とはあらかじめ決めてあった。半分小僧がその場所に行くと、兄さんたちは、
「いったい、何を持ってきたんだい?」
とたずねた。半分小僧はロバを見せたが、兄さんたちはそれぞれ二千ルピーから一万ルピーにも及ぶお金を見せ合って、家に帰った。
半分小僧のお母さんは、
「いったいおまえは何をしていたの、たったのロバ一頭しか持ち帰らないなんて! 兄さんたちはしこたま稼いできたというのに」
と文句を言った。半分小僧は、
「心配しなくてもいいよ。棒を一本見つけてきておくれ。それから屋根に穴を一つ開けて、ロバをその上にのせてくれ。あとはすべておれにまかせとけ」
と言って、準備ができると、屋根の上のロバを棒で打ち始めた。ロバは食べたお金を次から次へと出して、とうとう家中がお金で一杯になった。
「一体、半分小僧はどれだけ稼いできたんだい」
と兄さんたちにきかれると、母親は、
「さあ、わからないねえ」
と言って、倉を開けてみせた。倉はルピー貨で一杯で、息をすることもできないほどだった。
「これはみんなロバのお腹からでてきたのさ」
と母親が言うと、みんなは、
「いったいいくら出せば、そのロバを売ってくれるのかい」
とたずねた。
「さあ、百ルピーでどうかね」
兄さんたちは百ルピー払ってロバを買い取ると、さんざん打ちのめして、とうとう殺してしまったが、出てきたのはにせの一ルピー貨一枚だけだった。
「あのロバはにせものだったにちがいない。百ルピーは返せ」
と兄さんたちは半分小僧にどなりこんだが、半分小僧は、
「先にロバを返してもらおうじゃないか」
と開き直った。兄さんたちは死んだロバの代わりにほかのロバを次々と連れてきたが、半分小僧は、
「どうしても、あのロバでなければだめだ」
と突っぱねて、たくさんのお金を手に入れた上に、百ルピーも返さなかったということだ。
(前田)
三つの魔法の品とふしぎな薬草
→解説
一人の王がいた。この王には息子が一人いたが、占い師は、
「残念ながら、十二歳で世を去るだろう」
と予言した。やがて、息子はそのことを知ると、遠い森に苦行に出かけた。森にはほかにもたくさんの修行者がいて、師匠のもとで苦行をしていた。
ある時、その師匠が三つの品をのこして世を去った。三つの品というのは、物乞い袋と木靴と一本の杖だった。弟子たちはその三つの品をめぐって奪い合いを始めた。
「どうしてみんなそんなものを欲しがるのか?」
と例の少年がふしぎに思ってたずねると、弟子たちは、
「この物乞い袋は望みの食べ物をいくらでも出してくれる。この木靴はどこへでも好きなところへ連れていってくれる。この杖は死んだ人を生き返らせてくれるんだ」
と言って、なおも争いを続けた。
「おれに任せてくれ。いい考えがある」
と少年が言うと、弟子たちはたずねた。
「いったいどんな考えだ?」
「おれがこれから一本の矢を放つから、どこに落ちるか知らないが、だれでもいい、それを一番早く拾ってきたものに、師匠がのこした品をやることにしようじゃないか」
弟子たちはあまりよく考えもしないで、
「よかろう」
と賛成し、少年が矢を放つと、みんな夢中になって探しに行った。その間に少年は物乞い袋と杖を手に、木靴をはいて飛び立った。
少年はある国に飛んで行き、一人のおばあさんの家へ行って、
「どうかこの家に置いてくれ」
と頼んだ。
「わたしは貧乏で食べるものにも困っている。とても置いてなんかあげられないよ」
おばあさんが断ると、少年は、
「心配しなくてもいい」
と言って、例の物乞い袋から食べ物をいくらでも出してみせた。おばあさんは喜んで、
「わたしには子供がない。息子になっておくれ」
と、その日から少年を家に置いてくれた。
この国に一人の王女がいた。男には目もくれないというもっぱらの評判で、宮殿の外は兵士たちが、中は侍女たちが固く守っていた。少年はその話を聞くと、例の木靴をはいて、ある夜こっそり王女の部屋に忍び込んだ。王女は驚いて、
「どうやってここに忍び込んできたの? 見つかったら殺されてしまう。早くお逃げ」
と叱ったが、少年は聞き入れず、毎日こっそり通ってくるようになった。
ある日、二人の笑い声を耳にした侍女たちは、
「王女さまは男などには目もくれないといいながら、毎日、見知らぬ少年とお会いになっています」
と王に言いつけた。王が問いただすと、
「だって、見知らぬ少年が空を飛べる木靴をはいて忍び込み、だれかを呼ぼうとすると、さっと飛んでいってしまうんですもの」
と王女は答えた。
そこで王はよそでは手に入らない、特別な匂いのする香水を王女に渡して、
「少年がきたら、そっとふりかけておけ」
と命じた。
なにも知らない少年は、匂いのついた衣服を洗濯屋に渡した。洗濯屋はたまたま結婚式に出なければならなかったので、ちょうどよいとばかりに、よい匂いのする少年の衣服を着て出かけ、王の家来に捕まり、死刑の宣告を受けた。王があらかじめ、
「よい匂いのする衣服を着ている男を死刑にせよ」
と命じておいたからだ。
洗濯屋が死刑になるという噂を聞いて、少年はおばあさんに、
「わたしの代わりに洗濯屋を死なせるわけにはいかない。王さまのところへ行ってすべてをお話ししてこよう。もともとわたしが死ななければならない時がきているのだから」
と今までのことを打ち明け、
「わたしが死んだら、わたしの死体を引き取って、枕許にこの杖を立ててくれ」
と頼んで、例の魔法の杖を渡し、王のところへ出かけた。
少年が処刑されると、おばあさんは、約束通りその死体を引き取って、泣きながら家に連れ帰り、言われた通り枕許に杖を立てた。すると少年は生き返り、
「ラーム、ラーム」
と呟きながら起き上がった。
こうして生き返った少年は、また王女のところへ飛んで行って、
「どうかわたしといっしょに逃げておくれ」
と頼んだ。王女は最初は断ったが、とうとう断り切れなくなった。そこで二人は、一足ずつ木靴をはいて飛び立ち、少年がもといた森に着いた。そこで少年が疲れて眠っているすきに、王女は物乞い袋と杖を持ち、木靴をはいて、宮殿へ飛んで帰ってしまった。
取り残された少年は、たまたま、もとの仲間の修行者たちが、ふしぎな薬草を食べて猿に姿を変え、しばらくしてまた別のふしぎな薬草を食べて、人間の姿に戻るのを見てしまった。そこで少年もその薬草を食べて猿に姿を変え、九ラックもするすごく高価な首飾りをして、王女のいる宮殿の近くをうろつき始めた。九ラックもする首飾りをした猿の噂は王の耳に入り、王はさっそくその猿を連れてこさせて、王女に与えた。王女は猿を自分の部屋に連れていって可愛がった。王女と二人だけになると、猿は隠し持ったふしぎな薬草を食べてもとの少年の姿に戻り、
「もう一度いっしょに逃げておくれ」
と王女に頼んだが、王女はいうことをきかなかった。そこで少年は王女に薬草を食べさせて猿の姿に変え、自分は木靴をはいて王宮から抜け出した。
王は王女が猿に変わってしまったのを見てたいそう驚き、
「だれでもよい、王女をもとの人間の姿に戻したものには、莫大な褒美をとらせよう」
とおふれを出した。少年は王のところへ行き、
「わたしが王女をもとの人間の姿に戻しましょう」
と申し出た。王は、
「今までにもたくさんの人たちが失敗した。いったいおまえはどうやって王女をもとの姿に戻すつもりか?」
とたずねた。
「二十日の間、王女と二人だけにしてくれれば、きっともとの姿に戻して見せます」
と少年は答えて、王女と二人だけになると、王女に薬草を食べさせて人間の姿に戻し、
「どうしてもわたしといっしょに逃げてほしい」
と迫った。
「いやです。声をあげて人を呼びますよ」
と王女が断ると、また薬草を食べさせて、猿の姿に変え、こんなことが何回か続いた。とうとう王女も根負けして、
「いっしょに逃げてもいいわ」
と同意したので、少年は王女を連れて自分のほんとうの国に帰り、息子は十二歳で死んだものとばかり思って悲しんでいた父王を喜ばせた。
(前田)
中央アジア
王様の名前
→解説
ナスレッディン・アファンディが宮殿にやってきて、城壁の上を散歩している王様のチムールに、遠くからめんどりを見せた。賢者アファンディの奇妙な行動を見て、なにごとだろうと思ったチムールは、アファンディを呼び寄せるように命じた。
「なぜおまえはそのめんどりをわしに見せているのだ」
とチムールがたずねた。
「王様、わたしは賭けごとをいたしました。王様のお名前を使って賭けをして、このめんどりを手にいれました。これでおいしいスープができましょう。王様に差しあげたいと思いまして、もってまいりました」
チムールはアファンディの贈り物に気をよくして、礼をいった。
それから一週間して、チムールがまた城壁の上から見ると、アファンディがよく太った羊を引いてうろうろしている。
「アファンディをここへ呼んでまいれ」
さっそくアファンディがやってきた。
「この羊を王様に差しあげることをお許しください」
「おまえはわしの名前を使って、またも賭けに勝ったというのか」
「そのとおりでございます。王様のお名前は幸運をもたらします。この羊ですばらしくおいしい焼き肉ができましょう」
チムールはこの羊を台所へとどけるようにいいつけた。
ところが三度目、アファンディは賭博師をふたりつれて、やってきた。
「どうしたのだ」
とチムールがたずねると、
「それが、王様、この男たちと賭けをいたしまして、わたしはまた例によって王様のお名前をお借りして、賭けました。ところがです。わたしは幸運に裏切られて、金貨五百枚負けてしまったのです。どうすればいいのでしょう。ほとほととほうにくれております。わたしには金はなく、二人は払えといってききません」
チムールは笑って、アファンディに金貨五百枚渡してやるように命じると、
「以後わしの名前で賭けをしてはならぬ」
といいわたした。
(斎藤)
貧しい男の運
→解説
むかし、うちの村にひとりの貧しい男がいた。男は、くる日もくる日も、木を伐(き)りに森にでかけては、それを売って暮らしをたてていた。
ある日、木を伐っていると、むこうの方から羊の群れがやってくるのが見えた。ところが羊飼いの姿が、どこを探しても見えない。なあに、ずっとうしろの方にいて、おくれた羊でも追いかけているのだろうと、男は手を休めてながめていた。
とつぜん、一匹の羊が群からはなれ、穴に落ちて、わなにはまってしまった。男が穴のそばに行って中をのぞきこむと、年をとった片眼の狼がうずくまっていて、そのとなりで、羊が、おびえてないていた。それを見て、男は、ぽんとひざをたたいていった。
「なんということだ! あの狼の運ときたら、ひとりで足もとにころがってきた。それにひきかえ、このわしときたら、ちょっとばかりの食べもののために、一日じゅう、あくせくと働いている。
だが、もう骨をおるのはごめんだ。運がころがりこむのをじっと待つことにしよう」
男は仕事をやめて、斧を肩にかついで家に帰った。おかみさんは、亭主がなにも持たないで戻ってきたのを見て、たずねた。
「おまえさん、木を売らないのかい。これから先、どうやって食ってくつもり」
「なあ、おまえ、働くのはやめよう。わしは、きょう森の中で、狼の足もとに運がころがりこむのを見たんだよ。わしたちも、じっとがまんして、運がむこうからやってくるのを待つことにしよう。なにもしないで待つのが、いちばんだよ」
男はそういって、ごろんとベッドに横になった。
昼がすぎ、夜がすぎ、一日がすぎた。つぎの日も、男はなにもしないで寝ていたがなにも起こらなかった。
三日目の晩、夜中に男がおかみさんをゆり動かして、いった。
「おまえ、起きるんだ。今、夢の中に坊さまがあらわれて、神さまのお告げを伝えてくださった。わしにこういった」
「おやまあ、なんていったの」
「ほら、運は、すぐそこまでやってきている。家のむこうの古い木の下を掘りなさい。土の中に、金貨のぎっしりつまったつぼが埋まっている。これが、おまえが待っていた運というものだ。と、こんなぐあいだ」
おかみさんはよろこんだ。
「まあ、わたしたちにも運がむいてきたようね。さあ、おまえさん、はやく行って宝物をもってきておくれよ」
「まてまて、わざわざこっちからいくことはない。あの狼の野郎の運は、むこうから足もとにころがりこんできたんだ。わしのところにも、むこうからやってくるよ」
「じゃあ、なにもしないで待ちましょう」
この二人の話を、となりの家のおかみさんが、すっかり聞いてしまい、さっそく亭主をたたき起こして、話した。
「そいつはたいへんだ」
となりのだんなは、先に行ってよこどりしようと思った。まだあたりはまっ暗なのに、だんなはつるはしとスコップを持って、木の下にいった。あちこち掘っているうちに、探していたつぼが土の中からやっとでてきた。となりのだんなはつぼをぬすんで、抱きかかえて、走って家に帰った。
おかみさんは、扉(とびら)のところに立って、亭主が帰るのを、いまかいまかと待っていた。
二人は、だれにも見られないよう、家の鍵をしめると、つぼをあけた。
すると、大きなへびがかま首をもたげて、しゅるしゅるはいだしてきた。へびは、カッと目をあけて、あかい舌(した)をちろちろさせている。
「ひえー!」
夫婦は腰をぬかした。
二人は、へびのはいったつぼを男の家にほうり投げようと思い、急いで屋根の上によじのぼり、煙突の中に投げこんだ。
つぼはチャリン、チャリリンと音をたてて男の家の暖炉にころがりこんだ。
おかみさんは、とび起きて、亭主をひっぱり起こした。
「起きてよ! なにか、うちの暖炉に落っこちてきたのよ。行ってみてよ。もしかすると、あんたのところに運がころがりこんできたのかもしれないから」
「まてまて、わざわざ起きることはない。もしも、わしに運がころがりこんできたなら、あの狼のように、わしの足もとにころがってくるよ」
木こりは、またベッドにもぐりこんでしまい、ちっとも動かない。だけどおかみさんは、いったいなにが起こったのか、見たくてたまらない。おかみさんは、とうとうしんぼうできなくなって、あかりをつけて、暖炉のそばに行って、中をのぞきこんだ。暖炉の中には、どうしたことか、金貨がいっぱいあふれている。
おかみさんは、亭主のところにかけよって足をひっぱった。
「起きてよ、あんた! おまえさんにもとうとう運がむいてきたよ。うちの暖炉が、金貨でいっぱいになってるよ」
男は、おかみさんの手をはらって、またベッドにもぐりこんだ。
「ほっといてくれないか! わしは起きないよ。あの狼の野郎の運は、ひとりで足もとにころがってきた。わしのところにも、むこうからやってくるよ」
男は、ちっとも動かない。おかみさんは気がもめて、暖炉のそばに行った。そして、金貨を手のひらですくって、亭主の足もとにばらまいた。
「ああ! とうとう、やってきたぞ」
男はベッドから起きだして、おかみさんと二人で、金貨をテーブルかけに拾い集めた。二人は、使うときにいつでもとりだせるように、金貨を戸棚にしまった。
そのようすを窓からのぞいていたとなりの夫婦は、ねたましくてたまらなかった。あんまりくやしくて、夜も眠れなくなって、病気になってしまった。
こんなぐあいに、貧しい男はじっとしていて運をつかんだ。でも、アッラーの神は、だれにでも、いつでも、福をさずけるわけじゃあない。
(八百板)
木こりとテーブル
→解説
むかし、ある村にひとりの年とった男がいた。男はいつも森にでかけて木を伐り、背中にしょって帰り、たきぎを売っては、その日の暮らしをたてていた。
ある日、木こりはいつものように、たきぎをしばる縄をかついで、森へでかけた。森の中の古い泉のところにさしかかったとき、木こりは、くたびれて、水の湧いているそばに腰をおろした。そして、おおきなため息をついた。
「おーふ!」
すると、泉の中から、白いひげをひざまでたらしたおじいさんが出てきた。
「オーフとは、わしのことかい」
おじいさんはたずねた。
「わたしはだれも呼んだおぼえはないが」
木こりはびっくりして、こたえた。
「なに、呼んだおぼえはないだと。おまえは、たった今、ここに座って、オーフ! といったじゃないか。『オーフ』というのはわしの名前だ」
「あんまり、暮らしがたいへんなもんで、つい、ため息がでちまって」
と木こりはあやまった。
「それにしても、やせているな。どこか、からだのぐあいでも悪いのか」
白いひげのおじいさんがきいた。
「どこも悪くはないんだが、たきぎがさっぱり売れなくて、うちのものがみんな腹をすかせている」
それをきくとおじいさんは、
「ちょっと、待っておいで」
といって、泉の中に入っていった。そして、すぐに、小さな木のテーブルをかかえて、あらわれた。
「おい、兄弟!
おまえにこれをあげよう。これは、ただのテーブルじゃあない。『テーブルよ、仕事にとりかかっておくれ!』というと、ひとりでにごちそうがでてくる。では、元気でな!」
そういうと、ひげのおじいさんは、また泉の中に消えてしまった。
木こりはテーブルをいったん袋にしまったが、ひと休みしてから、またテーブルをとりだして、小さい声でいってみた。
「テーブルよ、仕事にとりかかっておくれ!」
すると、ふしぎなことが起きた。テーブルの上にほかほかのパンや、鶏のまる焼き、それにぶどう酒がたっぷり入った水差しがあらわれた。
「うわー!」
木こりはおおよろこびで、腹いっぱい食べて、たらふく飲んだ。食べても食べても、つぎからつぎへと、ごちそうがでてきて、食べきれない。
「ありがとう、テーブル! もう、いいよ」
木こりがそういうと、食べものはみんな地面に消えていった。
木こりはテーブルを袋にしまいこんで、よろこんで家に帰った。扉のところでは、おかみさんが、お腹をすかせて待っていた。
「どうしたのよ、たきぎは」
「もっといいものを持ってきたんだよ」
木こりは家の中にはいると、袋からテーブルをとりだした。
「おい、すごいだろう。これはただのテーブルじゃあない。『テーブルよ、仕事にとりかかっておくれ!』というと、ごちそうがでてくるんだ。『もう、いいよ!』というまで、どんどんでてくるんだ。さあ、はやく、子どもたちを食事に呼んでおいで」
貧しい木こりの家族は、テーブルを部屋の真ん中において、みんなでそのまわりに集まった。
「テーブルよ、仕事にとりかかっておくれ!」
と父親がいうと、テーブルの上にパッとごちそうがあらわれた。パンや、鶏のまる焼き、それにぶどう酒がたっぷり入った水差しがでてきた。
「うわー!」
みんなはおおよろこびで、腹いっぱい食べて、たらふく飲んだ。食べても食べても、つぎからつぎへと、ごちそうが出てきて食べきれない。
どっさり食べると、木こりは、
「もう、いいよ」
とテーブルにいった。それから棚の上にしまって、おかみさんにいった。
「今晩、村のお大尽(だいじん)やえらい人を、みんな食事に呼ぼう。ひとつ、このテーブルで、みんなをびっくりさせてやろう」
その日の夕方、欲ばりのお大尽が、いちばんさきに木こりの家にやってきた。そして、きょろきょろ家の中をみまわした。ところが、火も、かまどもない。なにひとつ、料理もない。
「あれ、なんでこの男はわしらを呼んだのだ」
と、お大尽がぼやいた。
そのとき、木こりが入ってきて、お客の前にテーブルをおいて、また、部屋をでていった。ははーん、これは、ただのテーブルじゃないようだな、と思ったお大尽は、じぶんの召し使いに、そっと耳うちした。
「いいか、市場にひとっ走りして、これと同じようなテーブルをみつけてこい」
召し使いが部屋をでたとき、木こりがもどってきて、小さい声でいった。
「テーブルよ、仕事にとりかかっておくれ!」
すると、テーブルの上にごちそうが、どっさりあらわれた。ほかほかのパンや、鶏のまる焼き、おおきな魚や、果物、それに上等のぶどう酒もでてきた。
「おう!」
みんなはおおよろこびで、腹いっぱい食べて、たらふく飲んだ。食べても食べても、つぎからつぎへと、ごちそうがでてきて食べきれない。
お客は、おいしいごちそうを食べて、まんぞくして、長いすにごろりと横になった。
「ありがとう、テーブル! もう、いいよ」
木こりはテーブルを、もとの棚の上にかたづけた。みんなは、長いすの上で、のんびりとコーヒーを飲みだした。
そのとき、お大尽の召し使いが、市場で買ったテーブルをかかえて部屋にはいってきた。木こりの家の中は、あかりがうす暗くて、みんなは、男がなにをもってきたのか見えなかった。お大尽は、すばやくテーブルをうけとり、棚の上のテーブルとすりかえてしまった。
「やあ、今夜はすっかりごちそうになった。もう遅いから帰るとしよう」
お大尽が立ちあがると、お坊さまも、金持ちの商人(あきんど)も、みんな、われさきにと帰って行った。
あくる日、お昼どきになったので、木こりは家族を呼んで、テーブルのまわりに座った。
「お腹がぺこぺこだ!
テーブルよ、仕事にとりかかっておくれ!」
ところが、なにひとつ、ごちそうがあらわれない。木こりは、だいじなテーブルをすりかえられたことに、気がついた。
木こりとおかみさんは、もう、話をする力もなくなって、ぺたりと坐りこんだ。
あくる日、木こりは斧と縄を持って、また森にでかけた。木を伐り、背中にしょって、あの泉のところにやってきた。木こりは木を肩からおろして、泉のそばに腰をおろした。
「おーふ!」
また、ため息がでた。
すると泉の中から、また白いひげのおじいさんがでてきた。
「どうして、わしを呼んだのだ」
木こりは、ゆうべのことを、おじいさんに話した。おじいさんは、だまってきいていたが、
「ちょっと、待っておくれ」
といって、泉の中に入っていった。そして、すぐにろばをひいてあらわれた。
「おい、兄弟! おまえにこれをあげよう。これは、ただのろばじゃあない。『ろばよ、仕事にとりかかっておくれ!』というと、ひとりで畑を耕してくれる。おまえは、ろばの後から歩いて、ろばがばらまく金貨を拾うがよかろう。さあ、ろばをひいて帰るといい。では、元気でな!」
おじいさんは、ろばの手綱(たづな)を木こりにわたすと、また泉の中に消えてしまった。
木こりはろばをひいて歩きだした。家に帰る途中に丘があったので、さっそくろばをためしてみた。白いひげのおじいさんのいうとおり、ろばは金貨をまきながら地面を耕しはじめた。木こりは金貨を拾い集め、ひと風呂あびようと浴場にいった。浴場の主(あるじ)が、ろばを見ていった。
「やあ、えらく立派なろばじゃないか」
「これは、ただのろばじゃあない。『ろばよ、仕事にとりかかっておくれ!』というと、ふしぎなことが起きるんだ。だが、わたしが風呂からでてくるまで、このろばに手を触れないでくれ」
木こりは、そういって風呂に入った。
浴場の主は、ろばがどんなことをするのか、ためしてみたくなった。それで、
「ろばよ、仕事にとりかかっておくれ!」
と、いってみた。すると、ろばは金貨をまきながら地面を耕しはじめた。金貨は、すぐに、バケツにいっぱいになった。
浴場の主は、すばやく、じぶんのろばをつれてきて、ふしぎなろばとすりかえてしまった。
木こりは風呂からでてくると、ろばをひいて歩きだした。
しばらくすると、木こりは、市場にまわって、何か買って帰ろうと思いついた。そこで、ろばに金貨をだしてもらうことにした。
「ろばよ、仕事にとりかかっておくれ!」
ところが、ろばはじっとしたままで一歩もうごかない。一枚も金貨がでてこない。木こりが何回くりかえしても、ろばはじっとしているばかり。木こりはだいじなろばが、また、すりかえられたのに気づいて、急いで森の中の泉にもどった。
「おーふ! おーふ! おーふ!」
泉から、白いひげのおじいさんがあらわれた。
「どうして、わしを呼んだのだ」
木こりは、たった今、市場でおきたことをおじいさんに話した。おじいさんは、また泉の中に入って、こんどは重い鉄の棒をかかえてあらわれた。
「どうやら、おまえは少し考えがたりないようだ。いいか、これは、ただのこん棒じゃあない。『こん棒よ、仕事にとりかかっておくれ!』というと、こん棒がひとりで動きだす。おまえが『やめろ!』というまで、とまらない。では、元気でな!」
おじいさんは、それだけいうと、水の中に消えてしまった。
木こりは、こんどは寄り道をしないで、急いで家に帰り、おかみさんにいった。
「今からお大尽のところにいって、しかえしをしてくる」
木こりはこん棒をかかえて、まっすぐ、お大尽の家に行った。
「また、なにかいいものをもってきたようだな」
と、お大尽がよろこんでたずねた。
「こんどは、こん棒ですよ。でも、気をつけてくださいよ。ぜったいにいっちゃいけませんよ。『こん棒よ、仕事にとりかかっておくれ!』なんてことは……」
木こりが、ちょっと部屋をでたすきに、お大尽は、さっそく、こん棒にいいつけた。
「こん棒よ、さっさと仕事にとりかかれ!」
すると、こん棒がかってに動きだし、ぽかぽか、お大尽をなぐった。
「た、たすけてくれ! こん棒がわしを殺す!」
お大尽のさけび声を聞いて、木こりがやってきた。
「おい、なんとかしてくれ」
木こりは、こん棒に、
「やめろ!」
といった。
「テーブルは返すから、このこん棒を持って、さっさとわしの目の前から消えてくれ!」
木こりは、白いひげのおじいさんからもらった、だいじな贈りものをかかえて、こんどは浴場に行った。浴場の主は、ちょうど、お湯をわかしていた。木こりは、こん棒を壁にたてかけて声をかけた。
「やあ、だんな」
主(あるじ)は木こりの顔をみてぎくっとしたが、知らんふりをした。すると木こりがいった。
「これはただのこん棒じゃないんで、ぜったいにいっちゃいけませんよ。『こん棒よ、仕事にとりかかっておくれ!』なんてことは……」
浴場の主は、木こりがいなくなるとこん棒を使ってみたくなり、
「こん棒よ、さっさと仕事にとりかかれ!」
といった。とたんに、こん棒がかってに動きだして、ぽかぽか、主をなぐった。
「あれえ……!」
主は、こん棒のいきおいがあんまりすごいので、こわくなって逃げまわっているうちに、熱い湯が入っている風呂釜の上によじのぼってしまった。
「あちち、ち、ち! た、たすけてくれ! こん棒に殺される!」
さけび声を聞いて、木こりがやってきた。
「おい、なんとかしてくれ」
木こりは、こん棒に、
「やめろ!」
といった。
浴場の主は、やっとのことで風呂釜の上からはいだしてきた。
「ろばは返すから、このこん棒を持って、さっさと、わしの目の前から消えてくれ!」
こうして、木こりは、白いひげのおじいさんからもらった贈りものを、みんなとり戻した。
木こりがそれからどんな暮らしをしたかっていうと……。
毎日、ふしぎなテーブルで家族そろって食事はできるし、ろばが畑を耕して金貨をだしてくれるから、なにも不足のない暮らしだって。
それに、欲の深い人が、世の中にはけっこういるんで、オーフじいさんにもらった鉄のこん棒も、ずいぶん役にたっているって話だよ。
(八百板)
アフリカ
カメレオンとトカゲ
→解説
この世に初めて死が訪れたとき、人々はなんとか死を避ける方法はないものかと、神様に尋ねることにして、カメレオンを使いに出しました。
神様はやって来たカメレオンに教えました。
「人間に言いなさい。モロコシの餅を焼いて死体の上にのせれば、死んだ者ももう一度生き返るからとな」
カメレオンは人間のもとに向かいましたが、足がのろいので、その間にも人はどんどん死んでいきます。人間たちはカメレオンの帰りを待てず、もう一度、今度はトカゲを使いに出しました。トカゲは足が早いので、すぐに神様のもとにつきました。
ところが神様は、二度も使いを寄越したというのですっかり怒ってしまい、トカゲに言いました。
「死んだ者は地面に穴を掘って埋めるがいい」
足の早いトカゲは、途中でカメレオンを追い越し、自分が聞いた話を先に人間たちに伝えました。カメレオンが着いたときには、死体はみんな穴の中に埋められ、もう生き返らせることはできなくなっていました。
こうして人間は、辛抱ということを知らなかったために、生き返ることができなくなったのです。
(渡部)
亀とウサギ
→解説
昔のこと、亀がウサギのところを訪ねていって、こう話しかけた。
「ねえ、ウサギさん、わたしと一度競走してみないかい?」
ウサギは馬鹿にした顔で笑った。
「おいおい、亀くん、ぼくと駆けっこをしようだなんて、正気かい?」
亀は答えた。
「もちろん正気さ。本当に競走をしてみたいんだよ。さあ、その気があるのかないのか、はっきり答えてもらいたいな。その気がないなら、嫌だと言ってくれてかまわないけれど、ぼくは真剣なんだ。そこをようく考えてくれないかい」
ウサギは迷った。困ったものだな。亀みたいに足ののろいやつと競走するなんて、こけんにかかわる。どうしたらいいだろう……。だがウサギは心を決めた。まあ、いいか、こいつの頼みをきいてやったところで、大して害にもなるまいし、かけっこをしてみたいというのなら、相手をしてやろうか。
こうして亀とウサギは競走することになり、二人は日取りを決めた。ウサギのほうは、競走のことなどまるで気にもかけないで、仕事にでかけた。けれども亀は、親類中にその話をしてまわり、競走の日には走れるように用意しておいてほしいと、みんなに頼みこんだ。
さてかけっこの当日、亀は朝早くに起き出して親類の亀たちを呼び集めると、走る道筋に、一定の間隔で隠れているように頼んでおいた。
さて出発の時間がきた。ウサギは全力を出して走ることもないかと考えた。亀がどんなに頑張ったところで、ウサギにかなうはずがないからだ。
競走が始まった。ウサギはのんびり気楽に走った。しばらくして、もう十分に引き離しただろうと思い、立ち止まると後ろを向いて声をかけてみた。
「亀くん、まだついて来ているかい?」
するとその近くに隠れていた親類の亀の一匹が「ええ、すぐ後ろに居ますよ」と答えるではないか。
ウサギはびっくりした。ぼくの耳はどうかしてしまったんだろうか。亀がここまでついてこれるはずはないんだが……。
ウサギは気を取りなおして、今度はもっと早く走り始めた。それからしばらくたって、ひと休みしたくなり、また呼びかけてみた。
「亀くん?」
ところがどうだろう、またその近くに隠れていた亀が出てきて、
「ぼくはここに居るよ、ウサギさん」と答えるではないか。
ウサギはすっかりあわててしまって、今度という今度は力一杯の速さで走りだした。こんなに速く走ったことは今まで一度もなかったほどの速さで、足がほとんど地面に着かないほどだった。こうしてウサギはゴールまで半分のところにきた。
「亀くん?」
ウサギははあはあとあえぎながら声をかけた。
ところが、その近くに隠れていた亀が、
「なんだい、ウサギさん」と、また答える。
こいつは一体どうなってるんだ! ウサギはわけがわからないまま、また走り始めた。それからは途中で立ちどまって声をかけることもせず、ただひたすらゴール目指して走り続けた。やがてウサギはゴールにとび込んだが、その時は「亀くん?」と尋ねる力さえなくなっていて、ばったりと倒れるとそのまま死んでしまった。こうして競走は、亀の勝ちということになったのだそうな。
(渡部)
千四百個の宝貝
→解説
昔、結婚したいと思っているこおろぎがいた。けれども不幸なことに、このこおろぎはお金がなくて、相手の父親に払う結納金を用意できなかった。そこで彼は、ヤシ酒売りと金貸しをやっている男のところに行き、千四百個の宝貝(ヨルバの昔のお金)を借りることにした。ところがこおろぎは、そのお金を結婚相手の父親のところに持っていくまえに、ヤシ酒を飲んですっかりつかい果たしてしまった。とうぜんのことながら、こおろぎはぐでんぐでんに酔っぱらう。ふらふらになったこおろぎは、コットンツリーに背中をあずけて少し休もうとしたが、その背中を木のとげがちくりと刺した。そこでこおろぎは歌いはじめた。
「おお、コットンツリー、おお、コットンツリー、困ったもんだね。
見てのとおりで、あんたのとげがわたしを刺したよ。
このこおろぎはあんたの兄弟。その兄弟はヤシ酒売りに借りがある。
あんたはわたしに、宝貝千四百個の借りがある。
そいつを払わなけりゃ、神様がお怒りだ――」
コットンツリーは風に若葉をさわさわと鳴らした。そこにかもしかが通りかかって、若葉をむしゃりと噛み取った。そこでコットンツリーは歌いだした。
「おお、きれいなしかさん、きれいなしかさん、困ったもんだね。
あんたはわたしの葉っぱを食べてしまった。
こおろぎはわたしのとげで怪我をした。
そのこおろぎは、ヤシ酒売りに借りがある。
あんたはわたしのために、宝貝千四百個を払わにゃならぬ。
そいつを払わなけりゃ、神様がお怒りだ――」
かもしかは、木の葉を食べる口をとめた。そこに猟師の矢が飛んできて、かもしかのからだに突き刺さった。かもしかが歌い始めた。
「猟師さん、猟師さん、わたしを撃ったおかげで、大変な災難に巻きこまれたよ。
あんたは、かもしかを傷つけた。
かもしかはコットンツリーの葉っぱを食べた。
そのコットンツリーは、とげでこおろぎを傷つけた。
ところが、酔っぱらいのこおろぎは、ヤシ酒売りに借りがある。
千四百個の宝貝だよ、千四百個の宝貝だよ。
そいつを払わなけりゃ、神様がお怒りだ――」
猟師は、かもしかをうったときに、大きな木の切り株につまずいたのだった。そこで猟師は歌いはじめた。
「切り株さん、切り株さん、あんたは困ったことになったよ。
あんたのおかげでわたしはよろけた。
よろけたせいで、かもしかに矢が当たった。
そのかもしかは、コットンツリーの葉を食べた。
コットンツリーは、とげでこおろぎを傷つけた。
そのこおろぎは、ヤシ酒売りに借りがある。
宝貝を借りて、ぜんぶ酒にして飲んでしまったのさ。
さあさあ、その借金はあんたのもんだよ。
千四百個の宝貝、そいつがあんたの借金だ。
払わなけりゃ、神様がお怒りだ――」
切り株にはきのこが生えていたが、お婆さんが通りかかってそれを取った。切り株が歌いだした。
「お婆さん、お婆さん、あんたは困ったことになったよ。
あんたは、わたしのすてきなきのこを取ったね。
このわたしは猟師をよろめかせ、
猟師はかもしかに怪我をさせた。
かもしかは、コットンツリーの葉っぱを食べて、
コットンツリーはこおろぎにとげを刺した。
そもそもの始まりはこのこおろぎさ。
こいつはヤシ酒売りから宝貝を借りて、
ぜんぶ飲んでしまった。
こおろぎの借金はあんたのもんだよ。
千四百個の宝貝、そいつをあんたが払わにゃならん。
払わなけりゃ、神様がお怒りだ――」
お婆さんは、きのこを持って家に帰った。門を入ると、鶏が一羽近づいてきて、きのこを欲しがってお婆さんの足をつついた。お婆さんは大きな声で歌いはじめた。
「ああ、鶏や、鶏や、あんたは困ったことになったよ。
人の足をつついて挨拶しろと、誰が教えたい?
あたしは切り株のきのこを取ったせいで災難に巻き込まれた。
その切り株は猟師をよろめかせ、
猟師はかもしかに怪我をさせた。
かもしかは、コットンツリーの葉っぱを食べて、
コットンツリーはこおろぎにとげを刺した。
もっと困ったことには、このこおろぎ
ヤシ酒売りから宝貝を借りて、
そいつをぜんぶ飲んでしまった。
こおろぎの借金はあんたのもんだよ。
千四百個の宝貝、そいつをあんたが払うんだよ。
払わなければ、神様がお怒りだ――」
鶏がお婆さんの足をつついたちょうどその時、鷹がさっと舞い降りてきて、ひよこを一羽ぐいとつかむとそのまま飛び去ろうとした。鶏はけたたましく鳴き叫んだ。
「ああ、鷹さん、鷹さん、あんたはとんだ災難を背負いこんだよ。
あんたはわたしのひよこをさらおうとした。
そのわたしはお婆さんの足をつついて、怒らせた。
お婆さんは切り株のきのこを取った。
その切り株は猟師をよろめかせ、
猟師はかもしかに怪我をさせた。
かもしかはコットンツリーの葉っぱを食べて、
コットンツリーはこおろぎにとげを刺した。
もっと困ったことには、このこおろぎ
ヤシ酒売りから宝貝を借りて、そいつをぜんぶ飲んでしまった。
結婚相手の父親にやるはずの金だったのに――。
千四百個の宝貝、そいつを払うのはあんただよ。
払わなければ、神様がお怒りだ――」
飛んでいた鷹の尾から羽根が一本抜けて、地面にはらりと落ちた。通りかかった子連れの女がそれを見つけて、ひょいと拾った。見ていた鷹は歌いだした。
「ほらほら、そこの子連れの女、あんたは困ったことになったよ。
あんたはわたしの尾羽根を盗もうとしたね。
わたしはひよこをさらってきたんだが、
そのひよこの親鳥は、お婆さんの足をつついて怒らせた。
ところがこのお婆さん、切り株からきのこを取った。
その切り株のせいで猟師がよろめく。
猟師の矢はかもしかに当たってしまった。
葉っぱを食べてコットンツリーを怒らせたかもしかだ。
ところがコットンツリーはこおろぎに怪我をさせていた。
借金持ちで飲んだくれのこおろぎさ。
さあさあ、千四百個の宝貝、そいつを払うのはあんただよ。
払わなければ、神様がお怒りだ――」
子連れの女は、羽根を拾おうとかがんだ時、うっかり手の力をゆるめて子供を背中から落としてしまった。子供は大声で泣きだした。通りかかった王様の太鼓たたきがそれを見つけ、怒って女をたたきだした。女は叫んだ。
「王様の太鼓たたきさん、王様の太鼓たたきさん、あんたは困ったことになったよ。
どうしてわたしをたたくんだい? どうしてわたしを痛い目にあわせるんだい?
わたしが拾ったこの鷹の羽根、
この羽根を落とした鷹は、ひよこをさらったんだよ。
ところがそのひよこの親鳥は、お婆さんの足をつついて怒らせた。
木の切り株からきのこを取ったお婆さんの足だよ。
その古い切り株は、猟師をよろめかせて、
猟師の矢は、若葉を食べているかもしかに当たってしまった。
葉っぱを食べられたコットンツリーは、とげでこおろぎに怪我をさせた。
そもそもの始まりは、このこおろぎだよ。
結納金を借金したのに、ぜんぶ飲んでしまったのさ。
宝貝千四百個。めぐりめぐって、あんたが払う番だよ。
払わなければ、神様がお怒りだ――」
太鼓たたきが子連れの女をたたき始めた時、通りかかった王さまの息子がそれを見つけた。王様の息子は怒って、太鼓たたきをなぐりだした。太鼓たたきは泣きながら訴えた。
「ああ、王子様、そんなことをなさると、神様のばちが当たりますよ。
どうかお願いです。わたしをお助けください。そうしたら一生お仕えいたしますから。
この女は子供を粗末にあつかったのです。
その元をつくった性悪の鷹は、ひよこをさらいました。
ところがひよこの親も意地悪で、あわれな老婆の足をつついたのです。
もっともそのあわれな老婆も木の切り株からきのこを盗み、
切り株は切り株で、猟師の手もとを狂わせたのでございます。
猟師の矢で傷ついたしかは、コットンツリーの若葉を盗み喰いし、
コットンツリーはとげでこおろぎを突き刺したという次第なのでございます。
そもそもの元凶は、この飲んだくれのこおろぎで、
結納金をぜんぶヤシ酒にして飲んでしまったのでございます。
ああ、王子様、千四百個の宝貝など、あなた様にとってははした金。
お払いくださらなければ、神様がお怒りです――」
王子はそれを聞いて、すぐに父の王様のところに行き、つぎのように歌いだした。
「ああ、父上、父上、大変なことが起こっています。
あなたの臣下がたくさん、借金で困っています。
まず第一はこのわたし。父上の太鼓たたきに宝貝千四百個の借りがある。
その太鼓たたきも、子連れの女にやっぱり宝貝千四百個の借りがある。
子連れの女は、鷹に同じく千四百個の借金で、
鷹は鶏に千四百個。
鶏は鶏で、老婆に千四百個の宝貝を要求され、
老婆は木の切り株に同額の借りがある。
切り株は猟師に借金があり、猟師はかもしかに借りがある。
かもしかはコットンツリーに借りがあり、
コットンツリーはこおろぎに借りがある。
そしてこおろぎは、ヤシ酒売りから借金したという次第。
どれもこれも、宝貝千四百個なのです。
借金に次ぐ借金、これをすべて払いきらなかったら、
神様のお怒りがくだることは目に見えています」
王様は一言も口をはさまずに、息子の話を聞いていた。そしてすべてを聞き終えると、宝物の蔵に行って宝貝千四百個を取り出した。王様は戻ってきてそれを息子に手渡し、震える声で歌った。
「おお、息子よ、おまえのいったとおり、これは大変な災難だ。
われわれの金庫をからにしてでも、これはかたをつけなければなるまい。
これほど多くの臣下が借金に苦しむとは、なんたることだ。
まずおまえが太鼓たたきに、宝貝千四百個を払うがいい。
太鼓たたきはそれを子連れの女に払い、
子連れの女は鷹に払うのだ。
鷹は鶏に、鶏は老婆に払う。
老婆は木の切り株に払い、切り株は猟師に払う。
猟師が傷ついたかもしかに払ったら、かもしかはコットンツリーに払わなければならない。
そしてコットンツリーはこおろぎに払うのだ。
もう酔いがさめていたら、こおろぎはその金をヤシ酒売りに返すだろう。
千四百個の宝貝、それをわたしの宝物庫から出さなければ、
神様がお怒りになるに違いない」
すべてのものが王の言葉に従った。そしてコットンツリーがこおろぎにお金を渡すころには、こおろぎもすっかり酔いがさめていて、ヤシ酒売りに酒の代金として宝貝千四百個を返し、改めて同じ額の宝貝を借りると、まっすぐ結婚相手の父親のところに行ったとさ。
(渡部)
エシュ神の悪戯
→解説
世界ができてまだ間もないころのこと、海の神オロクン、太陽の神オールン、月の神オシュは、それぞれの住まいを持っていた。海の神オロクンは川に住み、月の神オシュは夜毎に家を出てあちこち歩いてまわった。太陽の神オールンの住まいは天の高いところにあって、彼は毎日夕方になるとそこに帰るのが日課だった。
ある日、神々の一人エシュがオロクンのところを訪ねてきていった。
「この家はいかにも住み心地が悪そうだな。もっといいところを教えてやろうじゃないか」
オロクンは答えた。
「それはありがたい。ぜひ教えてほしいね」
エシュは次にオシュのところを訪ねて、オロクンのときと同じことをいった。相手はオロクンと同じに、
「ぜひ教えてほしい」
と答えた。
エシュはさらにオールンのところにも行き、まえの二人と同じように新しい住まいを見つけてやろうかと申し出た。オールンもそうしてほしいと答えた。そこでエシュは、海の神オロクンを月の神の家に、太陽の神オールンを海の神の家に、月の神オシュを太陽の神の家に連れていって、それぞれの家をとりかえさせた。
さて、神々の長オシャーラは道の交わるところに家を構え、昼は太陽の神オールンが行きすぎるのを、夜は月の神オシュが通るのを、見守るのを日課にしていた。
ところが今日は、真昼だというのにオシュが目の前を通っていくではないか。オシャーラはオシュを呼びとめた。
「これはどうしたことだ? おまえがこの時間に出てくるとは、いったいどういうつもりなのだ」
オシュは答えた。
「エシュがそうしろといったのです」
オシャーラは怒っていった。
「オシュよ、すぐにわたしが与えた場所に戻るのだ。そしてエシュに、ここに来るよう伝えなさい」
オシュはおとなしく去っていった。
やがて夜になり、オールンが現れた。オシャーラはまたびっくりして、オールンに訪ねた。
「これはどうしたことだ? 夜だというのに、どうしておまえが現れるのだ」
オールンは答えた。
「こうしなかったら殺すと、エシュがいったのです」
オシャーラがまだオールンと話しているところに、今度は海の神オロクンが通りかかった。オシャーラは驚いて尋ねた。
「おまえはどうしてこんなところをうろついているのだ。なぜ水界に留まっていない?」
オロクンは答えた。
「エシュがこうしろといったのです」
オシャーラはいった。
「もういい。今すぐわたしの与えた場所に戻るんだ。オールン、おまえもだ。そして、わたしが命じたことだけをするのだ」
オールンとオロクンは、命令に従っておとなしくそれぞれの家に帰っていった。
さて次の日、エシュはオシュのところを訪ねて、いった。
「おい、オシュ、今日も俺がいったとおりにしなかったら、おまえを殺すぞ。さあ、オールンの家に行くんだ。オシャーラを怒らせないように、彼の家はぐるっと遠巻きにして避けるんだぞ」
オシュは、
「あんたがそうしろといい張るのなら、いうとおりにするよ」
と答えて、家を出た。彼はエシュにいわれたとおり、オシャーラの家はぐるっと遠巻きにし、オールンのところに着いた。
オールンはオシュの姿を見ていった。
「どうしてここに来たんだ? ここはおまえの家じゃないだろう」
オシュも負けずに、
「つべこべ言うな。おまえは黙ってここをあけ渡せばいいんだ」
と言い返し、二人は激しく争い始めた。そこにエシュが顔を出した。彼はオシュには、
「そうだ、こいつに大きな顔をさせておくことはない」
といい、オールンには、
「こいつのわがままを許すことはない」
といって両方をたきつけたので、二人はいっそう激しく争い、ついには取っ組み合いの喧嘩になってしまった。
オシャーラはその物音を耳にして、何事がおこったのか確かめようと家を出た。だがエシュは、オシャーラの足音を耳ざとく聞きつけ、さっと喧嘩の場を離れると途中でオシャーラを出迎えていった。
「もうご心配にはおよびません。喧嘩はわたしがおさめましたから、どうかお帰り下さい」
その後、エシュは水に潜ってオロクンのところを訪ねた。
「さあ、ここから出るんだ。言うとおりにしないと、殺してやるぞ」
オロクンは、
「俺を生んでくれたのはあんたじゃないよ」
といって、抵抗した。だがエシュは、水から出なければ殺すという脅迫を繰り返し、オロクンはしぶしぶ陸に上がった。エシュは藪のほうに続く道を指さして、それを進むように命令した。
オロクンが水から出て藪に入っていったという話は、すぐにオシャーラの耳に届いた。彼は配下の神々の一人ショポナを呼び、草の葉を渡しながらいった。
「オロクンのもとへ行って、こう伝えよ。わたしが支配を命じた水界を許可なく離れたからには、二度と戻ることは許さんとな」
ショポナはオロクンのところに行き、草の葉を手渡していった。
「これはオシャーラからです。あなたは彼の許しなしで、水界を離れてしまった。その罰として、これからは丘の姿でいなければなりません」
オロクンは言われたとおり丘になった。
オロクンにはたくさんの子供があったが、その子供たちも父親の姿を探して、水界からぞろぞろと上がってきた。エシュは彼らのまえに現れていった。
「父親に会いたいのなら、あの藪に行くがいい。ただしオシャーラに見つからないように、彼のところは避けて行くんだぞ」
だが、オシャーラはエシュの言葉を聞いていた。彼が窓から外を見ると、オロクンの子供たちが遠くをこそこそと歩いていく。オシャーラは彼らを猿に変えてしまった。それ以来、オロクンの子供たちはみんな、猿みたいに跳ね回るようになったのだ。
オシャーラはまたショポナを呼んでいった。
「エシュをここに連れてこい!」
ショポナはエシュを探しまわった。いくつめかの十字路に来て、そこにいあわせた人たちに、
「エシュはどこにいる?」
と尋ねてみると、そこの人たちは、
「エシュなら市場にいるよ」
と答えた。ショポナは儀式用のほうきをしっかりと持ち直して、市場に向かった。
エシュは市場にいた。
「オシャーラの命令でおまえを迎えにきたが、連れていく前におまえを罰してやる」
ショポナはそう言うやいなや、ほうきを振りかざしてエシュに打ちかかった。しかしエシュのほうも、自分の杖でそれをはっしと受けとめ、逆に打ち返した。
二人の打ち合う音とののしり合う声は、太陽の神オールンのところまで聞こえてきた。彼は思った。ショポナがエシュと戦っているらしい。できることなら助けてやりたいものだ。オールンは市場に出かけていって、ショポナにささやきかけた。
「わたしが目を開いたら、エシュはまぶしさに目がくらんでものが見えなくなるはずだ。あんたはそのあとで打ちかかればいい」
ショポナは答えた。
「それはいい考えだ。さっそくやってくれ」
オールンはエシュのまえに進み出て、ぱっと目を開いた。太陽の神の光をまともに浴びたエシュは、あたりのものが何も見えなくなってしまった。そこにショポナが打ちかかった。
ずうっと戦いの様子を見守っていたオシャーラがいった。
「おさな子たちは、皆ショポナとオールンのところに行け。そしてエシュを打ち負かしたショポナを祝ってやれ」
子供たちは、その言葉どおり、どっとショポナのそばに駆け寄り、
「ショポナ、この世で一番の戦士」
と大声で叫んだ。
ショポナはエシュを打ち続け、エシュのからだはあざだらけになった。エシュは傷を冷やすために川に飛び込み、水の中からこう唱えた。
「ショポナがわたしに与えた傷は、今日からのち、この川で水を浴びた者のからだに移れ。そしてその傷は火のように燃えろ」
こうして、エシュの悪戯に対する罰は人間に引き継がれ、ショポナの懲らしめは天然痘として、今日でも人々に恐れられている。
(渡部)
悪童サンバ
→解説
昔、ここにあった話。
悪童サンバは土曜日に生まれ、日曜日に大きくなった。木曜日には牛の仲買いをしていた。
ある日、サンバの兄が旅に出ることになった。彼らの父はすでに死んでいた。彼らの母は妊娠していた。彼らがもっていた雌馬も妊娠していた。彼らの犬も妊娠していた。
さて、サンバの兄は旅にでようとしていた。兄はサンバにいった。
「あそこに雄ヤギがいる。お母さんが子供を生んだら、あの雄ヤギを殺して、お母さんに食べさせなさい」
兄はまたいった。「納屋には落花生の殻がいっぱいはいっている。もし、雌馬が子供を生んだら、子馬が草を食えるようになるまで母馬に落花生の殻を与えなさい」兄はまたいった。「犬が子を生んだら、ヌカを食べさせなさい」
さて、悪童サンバ。
母親が子を生んだ。サンバは母親にヌカを持っていった。母親は、
「私はヌカなんか食べないよ」といった。
サンバは母親をつかまえると、殺した。
雌馬が子を生むと、サンバは雄ヤギをつかまえ、殺して、肉を雌馬に与えた。雌馬は唇をそりかえらせて、肉を食べようとはしなかった。サンバは雌馬を殺した。
雌犬が子を生んだ。サンバは雌犬に落花生の殻を与えた。犬は食べようとしなかった。サンバは雌犬を殺した。
さて、その後。
サンバは赤ん坊に水を汲んでこいといった。赤ん坊はまだ目も見えなければ、耳も聞こえない状態だったので、水を汲みにいこうとはしなかった。サンバは、赤ん坊を殺した。
サンバは子犬たちを呼んだ。サンバは子犬たちを集めると、これから狩りにいくといった。そして走りだし、子犬たちを呼んだ。しかし、生まれたばかりの子犬たちは走ろうとはしなかった。サンバは子犬たちを殺した。
サンバは子馬に鞍をのせた。子馬は鞍の重みに耐えられず、地面に倒れた。サンバは子馬を殺した。
サンバの兄、スーナが帰ってきた。兄は尋ねた。
「お母さんはどこだ」
サンバは答えた。
「僕が殺したよ」
スーナ「雌馬はどこだ」
サンバ「僕が殺したよ」
スーナ「雌犬はどこだ」
サンバ「僕が殺したよ」
スーナはいった。「この家は全滅だ。旅に出よう」
こうして二人は旅に出た。長い間歩いた。サンバとスーナはライオンが眠っているところに出くわした。二人はそこにしばらくいた。どうすればそんなところにキセルを置き忘れてくるのか知らないが、とにかく事実は、サンバはライオンのすぐそばに自分のキセルを置き忘れてきた。サンバとスーナは長い間あるいていたが、サンバがいった。
「僕はキセルを忘れてきた」
スーナはいった。
「放っとけ。もうひとつ買ってやるよ」
サンバは答えた。
「これでキセルが二本になった」
スーナはいった。
「もうひとつ買ってやるよ」
サンバは答えた。
「あっ、これでキセルが三本になった」
スーナはいった。
「(そんなことをいうのなら)ライオンのところにもどって、自分のキセルを取ってこい」
サンバはいった。
「ふん! スーナ、もし草や砂ぼこりが舞い上がるのを見たら、尻に帆かけて逃げるがいいぜ」
サンバはライオンのところにもどっていった。しばらくすると、スーナは砂ぼこりが空に舞い上がり、それがだんだんこちらに近づいてくるのが見えた。
サンバはライオンのところにもどったが、ライオンはまだ眠っていた。それを見ると、サンバは大きな平手打ちを一発くらわせた。そしてキセルを取り戻した。ライオンはとびあがるとサンバを追いかけた。ライオンは長い間サンバを追いかけた。
スーナは砂ぼこりがだんだん近づいてくるのが見えた。
ライオンがまさに二人にとびかかろうとしたとき、鷹が一羽舞い降りてきて、二人を背に乗せて舞いあがった。知ってのとおり、鷹の尻は少し赤い。サンバは鷹の尻が赤いのを見ると、スーナにいった。
「この尻に針を一本さしてやろう」
スーナはいった。
「それはいかん。してはだめだ」
サンバはいった。
「いや、僕はさすよ」
サンバは針をさした。サンバが針をさすやいなや、鷹は二人を放り出した。二人とも背中から落ちた。そして死んだ。
しかし、すぐに二人とも生き返った。
スーナはサンバにいった。
「もうこうなったら別れよう。いっしょに生きることなんかとてもできない」
二人は別れた。
スーナはある村に行くと、そこで牛飼いになった。スーナは朝起きると、老人を背に負い、野原に行って野鳥の卵を集めたり、ホロホロ鳥を取ったりして、それらをすべて袋の中に入れては村に帰るのだった。
一方、サンバは日の昇らない村に着いた。この村は、なぜ日が昇らないかというと、鳥が太陽を隠してしまうからだった。雄鶏が時を告げようとしたとたん、再び夜になってしまうのだった。(これがつくり話というものだ。)
サンバは太陽を隠していた鳥たちを一羽残らず皆殺しにした。それで、その村は再び日が昇りはじめた。村人たちはサンバにいった。
「何でも欲しいものをいってください。あなたがほしいとおっしゃるものは何でもさしあげます。あなたはわたしたちにとって、じつにありがたいことをして下さったのですから」
サンバはハエで作った料理が欲しいといった。村人たちは右往左往してハエを集めた。
さてその後、サンバは兄のスーナに会いにいくといった。会いにいくと、スーナはある老人の牛飼いになっていた。サンバはスーナにいった。
「今日は兄さんに代わってやる」
そして、サンバは老人を背に負い、野原に出た。サンバは蛇を見つけると袋に入れた。毒の強いソホレという蛇を見つけると袋に入れた。サソリを見つけるとこれも袋に入れた。サンバは老人を背負っていたが、あるところに来ると、
「あんた、いいかげんにおりたらどうなんだ」
といって、老人を放り出した。
サンバは村にもどった。村人はサンバに尋ねた。
「老人はどこにいったの」
サンバは答えた。
「老人? あの人は夕方のお祈りをしているよ」
サンバは村に着くと、袋を地面に置いた。知ってのとおり、子供というものは好奇心が強いものだ。それに、袋の中にはホロホロ鳥や卵が入っているものと思い込んでいるものだから、子供たちは袋の中に手を入れた。子供たちは、
「痛い!」
と叫んだ。
しばらくして、村人たちはサンバに尋ねた。
「老人はどこにいるんだ」
サンバはいらいらして答えた。
「いい加減にほっといてくれ。老人なんて、見たことも聞いたこともないね」
村の人達は袋の紐をといて中のものを出した。すると蛇がたくさん村の中をはいまわり、村の人は一人残らず野原に向かって逃げ出してしまった。
(小川)
アメリカ
まじない師とバッファロー
→解説
昔、大平原にインディアンの村があった。村人は猟に鉄砲を使っていたが、同時に弓矢も使っていた頃の話だ。大変暑い夏の日のこと、いつもだったらバッファロー(アメリカ野牛)の大群がやってくるのに、その年はこなかった。やっと数頭が見つかったが、それだけでは村人の食糧を満たすことができず、村は餓死の危険にさらされた。村人たちは心配になり、まじない師を訪ね、
「このままでは食べ物がなくなってしまう。大平原に霜がおり、雪も降ってくる。そうなったら、おしまいだ。どうか仲間たちを助けてくれないか」
とお願いした。すると、まじない師は、しばらく考えこんでから、こう答えた。
「南のほうに入り口を向けて、柵をつくりなさい。私は明日の朝早く、バッファローを呼びに出かけるので、八人の男たちをお供につけてくれ」
翌朝早く、まじない師は、「偉大なる精霊」に祈るためのパイプを持って、ティピィ(バッファローの皮でつくった円錐形のテント小屋)から出てきた。彼は八人の男たちを連れて、南に向かって出発した。しばらくして太陽がかなり昇ったころ、彼らはバッファローの足跡を見つけた。
まじない師はパイプを取り出して、「偉大なる精霊」に熱心にお祈りを捧げた。パイプをふかしながら唱えごとをし、それが終わると、男たちに言った。
「さあ、村に戻ろう。だが、絶対にうしろをふり向いてはいけない。うしろで物音がしても、柵に着くまでは、ふり向いてはいけない」
男たちはまじない師のいったことを守り、歩いて帰っていった。
やがて、うしろのほうで何か大きな動物の動く音がきこえてきたが、彼らは歩き続けた。途中、バッファローの糞がたくさんある所を通り過ぎた。やっと柵囲いの入り口に着いたので、彼らはうしろをふり向いた。なんと、バッファローの群れが、まじない師たちを追うようにやってきたのだ。駆けてきたのではなく、堂々と歩いてきたのだ。しかも、ふしぎなことに、先頭にいるバッファローが地面に落ちている糞を通り過ぎるたびに、それが新たにバッファローになった。乾いていた糞が、また一頭、また一頭、バッファローの命となって蘇ったのだ。こうして、バッファローの群れが、囲いの中に入った。
すると、まじない師は、
「囲いの中だから、バッファローは簡単にしとめられるはずだ。弓矢とナイフだけで十分だ。鉄砲は絶対使ってはならんぞ」
といって、あとは黙ってティピィの中に入ってしまった。
囲いの中には、たいへんりっぱな牡のバッファローがいた。これが、群れのリーダーだった。村人が矢を射ても、このバッファローにはなかなか当たらなかった。それどころか、柵を飛び越えようとした。これを見た一人の男が、なんとかして射止めようと、鉄砲を取り出してしまった。まじない師がいったことを、すっかり忘れてしまったのだ。ついに、男が一発撃った。すると、どうだ。そのバッファローが倒れると同時に、ティピィの中にいたまじない師もバタッと倒れて、死んでしまった。
まじない師は、創造主の使いである「偉大なる精霊」と、約束をかわしていたのだった。人間が、決してバッファローより強くなるようにはさせないということを。弓矢を使う限り、バッファローと人間は対等だが、鉄砲を使ったために、この関係はくずれてしまったのだ。そのために、人間は「偉大なる精霊」のめぐみであるバッファローを大量に殺してしまった。その結果が、どうなったか、おわかりだろうか……。
(阿彦)
ビーバーとミンク
→解説
これは、創造主があらゆる生き物をお造りになった大昔の話だ。そのころ、生き物たちはたがいに話し合うことができ、みな兄弟のように仲良く暮らしていた。長い間すべてがうまくいっていたため創造主も安心していたが、いつしか獣や鳥や魚たちが喧嘩を始めるようになった。みながわがままになり、創造主が与えた物を分け合うこともしなくなった。事の成り行きを心配した創造主は息子のガハルスを呼んで、こう命令した。
「わしは地上で起こっていることが、心配でならない。お前が行って、様子を見てくれないか。お前に霊力をさずけるから、わしの意にそぐわぬ者がいたら、姿を変えてやれ」
そこで、ガハルスは弓矢をたずさえ、地上に降り、カヌーに乗って海に漕ぎ出した。
ある日のこと、ビーバーとミンクが漁をしていた。一日中漁をして、春鮭をたくさん捕まえた。日が暮れたので二人が岸に戻ろうとすると、舟は砂洲に乗りあげてしまった。彼らは疲れていて、お腹もすいていたので、捕った鮭を砂洲の上で焼いて食べることにした。火を起こし、鮭を串刺しにして焼けるのを待つ間、二人は火のそばに寝転び、うとうとした。
そこをガハルスが通りかかった。彼は長旅のために疲れ、お腹もすいていた。見れば、脂ののった鮭があぶってあり、火のそばでビーバーとミンクが眠っている。ガハルスは、
「鮭が焼けてるようだが、分けてくれないか」
と、二人に声をかけた。すると、ビーバーとミンクはすぐ目を覚まして、驚いた様子で彼を見つめた。だが、彼が誰かも知らず、食事を分けてやろうとはしなかった。
ビーバーは鮭をちらっと見てから、
「いや、まだ焼けてないから、だめだよ」
といった。さらに、ガハルスが火のそばに腰をおろして待っている間も、ビーバーとミンクは回りで火をつっついたり、薪を集めたりして、知らんぷりをした。二人は、このよそ者が待ちくたびれて、早くいなくなればいいと思っていた。
しばらくして、ガハルスは、
「今度は焼けたようだが……」
と教えてやると、ミンクがこう答えた。
「いや、まだだよ。もう少し焼けてからにしよう」
これにはガハルスも怒ってしまい、わがままなビーバーとミンクの姿を変えてしまう決心をした。彼は、霊力で二人をぐっすり眠らせた。その間、ガハルスは鮭を少し食べ、脂ののった鮭の皮を二人の口の回りに張りつけて固いほっぺたを作り、口の中には骨を差し込んで歯にした。さらに、鮭のとげを二人の顔にくっつけてほお髭にした。また、鮭の皮で平らな尻尾を作り、歯を長くして、今のようなビーバーにしてから、こういった。
「おまえは、これからずっと木をかじって生きるのだ。木を食糧にし、家も木で作るのだ。そして、一生、木で作った家の周りで暮らすがいい」
それから、ガハルスはミンクの体を引っ張って細長くすると、こういった。
「おまえは、これからずっと小さいままでおり、敵から身を隠して生きるのだ」
ビーバーとミンクは、ガハルスにこれまでの非礼を詫びようとしたが、言葉が出ないで、声にもならない小さな音を出しただけだった。
今でも池や小川のあたりにいけば、ビーバーやミンクがいる。ガハルスが命じたように、陸と水の境で暮らしているよ。
(阿彦)
空飛ぶ奴隷たち
→解説
アフリカの黒人たちは、もともと小鳥のように空を飛べたそうだ。それが、何か不都合なことをしたため、神様が怒って翼をもぎ取ってしまったのだ。でも、カリブ海の島々やアメリカの辺ぴな田舎には、今でも飛ぶ能力を持った人がいる。ただ、そういう人は、見かけが普通の人と変わらないので、誰も気がつかないだけだ。
さて、昔、カリブ海のある島に、黒人奴隷を死ぬまでこき使う鬼のような主人がいた。奴隷が死ねば、代わりの奴隷を連れてくるだけだった。法律で禁じられていたのに、焼けつくような夏の日盛りにも働かせすぎで、奴隷を死なせてしまうことも度々だった。
ある時など、奴隷全員が過労で死んでしまったことがあった。それでも、主人は町へいって、アフリカから連れてこられたばかりの黒人たちを奴隷商人から買い取り、すぐに綿畑に引っ張っていった。
主人は、相変わらず黒人たちをこき使った。奴隷たちは、夜明けと共に働きに出て、暗くなるまで休めなかった。男も女も、子供たちまで、一日中虫けらのようにこき使われたのだ。たとえ、近くに木があったとしても、その下で休むことも許さず、真っ昼間も働かせた。まともな頭だったら、きつい時間帯には休みを与えるはずなのに、この主人はちょっとした息抜きさえ与えなかった。それどころか、奴隷監督に命じて仕事をせかすので、黒人たちは全員が暑さでのどが渇き、すっかり弱ってしまった。
その中に、つい最近赤ん坊を生んだばかりの若い女がいた。女は初めて赤ん坊を生んだばかりで、回復が十分ではなかった。決して畑に出られる状態ではなかったのに、この女は他の女と同じように、赤ん坊をおんぶして働かなければならなかった。
赤ん坊が泣くと女は話しかけてあやしたが、奴隷監督には女の言葉がわからなかった。女が乳を与えると、赤ん坊は泣きやんだ。それで、女はまたミチヤナギを切る仕事に戻った。だが、女は体が弱っており、暑さにもまいっていたので、足がもつれてつまずき、倒れてしまった。
すると、監督が飛んできて、ムチで女を打った。女はやっと立ちあがったものの、まだよろめいていた。
それから、女は近くの老人に話しかけた。この老人は、奴隷たちの中では一番の年寄りだったが、背も高く頑丈で、たくわえたあご髭は二つにわかれていた。老人は女になにか答えたが、監督には二人の言葉がわからなかった。彼には、奇妙な音にしか聞こえなかった。
女は仕事に戻ったが、まもなく倒れてしまった。すると、またもや監督がムチをふるい、女を立ちあがらせた。女は再び老人に話しかけた。老人は、こういった。
「もうすぐだよ。もうすぐだからな」
そういわれると、女はふらふらしながら仕事を続けた。
しばらくして、女はまたよろめき、倒れてしまった。そこへ監督がムチを持ってとんできて、立ちあがらせようとした。すると、女は老人にたずねた。
「おじいさん、まだですか」
老人は、答えた。
「よろしい、娘よ。その時がきた。さあ、いくがいい。無事でな」
そういって、老人は女のほうに両手を広げた。
すると、どうだろうか。女はパッと空中に舞いあがり、畑や森をとび越えて、まるで小鳥のように飛んでいってしまったのだ。
監督や見張りが畑の外れまで追いかけたが、女はみんなの頭の上高く飛んで、柵を越え、森を越え、いってしまった。赤ん坊を抱き、乳を飲ませながら飛んでいった。
監督は残った者たちをせきたてて、いなくなった女の分まで働かせようとした。相変わらずカンカン照りだった。あまり暑かったので、今度は男が一人倒れてしまった。監督が男の足にムチをふりおろした。男が立ちあがると、あの老人が意味のわからない言葉で、男に呼びかけた。
私のおじいさんがこの言葉を教えてくれたのだが、ずっと昔のことなので、すっかり忘れてしまった。
ところが、老人が話し終わると、男は監督のほうを向いてあざ笑い、パッと空中に舞いあがり、まるでカモメのように畑や森を越えて、飛んでいってしまった。
しばらくして、また一人の男が倒れた。監督は男をムチで打った。その男も老人のほうを向いた。すると、老人は男に叫び、まえの二人にしたのと同じように、両手を広げた。男はパッと舞いあがり、小鳥のように畑や森を越えて飛んでいき、空のかなたに消えてしまった。
監督が見張りの男に大声で知らせると同時に、主人も怒鳴った。
「あのじじいをぶんなぐれ! あいつのしわざにちがいないぞ!」
監督と見張りは、ムチを持って老人の方にすっとんでいった。主人も柵からクイを抜いて駆けつけ、老人をたたき殺そうとした。
ところが、老人はそいつらをあざ笑い、畑にいる黒人たち全員に響きわたる声でなにか叫んだ。
老人が叫ぶと、みんなは今まで忘れかけていたことを思い出し、自分たちにそなわっていた力を呼びさましたのだ。黒人たちは、老いも若きもみな立ちあがった。老人が両手を広げると、みんな一斉に大声をあげて空に舞いあがり、あっという間に畑や森を越えて、一群のカラスのように飛んでいってしまった。最後に、あの老人も飛びたった。
男たちは手をたたきながら飛び、女たちは歌をうたいながら飛んでいった。赤ん坊がいる女は、乳を飲ませながら飛び、子供たちは笑ったり母親の乳を飲んだりして、飛んでいる間も怖がることはなかった。
主人と監督と見張りは、黒人たちが飛んでいくのを見送るばかりだった。森を越え、川を越え、何マイルも何マイルも飛び続け、とうとう彼らはこの世の果てを越えて、一握りの葉っぱのように空に消えてしまった。彼らの姿はもう二度と見られなかった。
その人たちがどこへいってしまったのか、私は知らないし、きいたこともない。あの老人が何といったのか、それも忘れてしまった。だが、最後に飛びたったとき、主人に、
「クリバ! クリバ!」
と叫んだという。だが、それがどういう意味か、私にはわからない。
でも、あの木こりの老人を探すことができたら、わかるかもしれない。なぜなら、その老人は、あの時その場に居合わせて、アフリカの人たちが飛んでいくのを実際に見たのだから。その老人はもうかなりの年寄りで、九十歳は越えているはずだが、いろいろとふしぎなことを覚えているよ。
(阿彦)
タール・ベイビィ
→解説
ある日のこと、ウサギどんは、ひとりごとをいった。
「ちぇっ、暑くなるばかりだ。もう水が無くなってしまった。朝飲んだだけでは足りないや」
そこで、ウサギどんはキツネどんに仲間を集めて井戸を掘ろうと、もちかけた。キツネどんは、クマどんやフクロネズミやアライグマなど、仲間をかき集めた。そして、みんなで井戸を掘り始めた。
ところが、みんながウサギどんの周りに集まって、一緒に仕事をしようとすると、ウサギどんは井戸掘りに飽きてしまった。
「ウサギどん、井戸を掘ろうよ。みんな、水が欲しいんだから」
すると、ウサギどんは、
「とんでもない。僕は、水なんか欲しくないね。僕は、夜露だけで間に合うさ」
と答えて、働かなかった。それなのに、井戸ができると、ウサギどんは、真っ先に水をちょうだいした。つまり、ウサギどんは、夜になると井戸にいき、桶で水をぬすんだのだ。
翌朝、動物たちはウサギどんをどうしたらいいか、相談した。クマどんが、
「ここで見はって、ウサギどんを捕まえようぜ」
と口火を切った。そこで、みんなすわって、計画を立てた。そして、タール・ベイビィというタールの人形を作り、井戸のそばに置いた。
さて、ウサギどんは、またも水をぬすみにやってきた。タール・ベイビィを見つけて、
「クマどんが僕を待ち伏せしてるぞ。今夜は水をぬすめないや」
と思った。だけど、よく見ると、どうもおかしい。
「いや、クマどんじゃないぞ。クマどんにしては、小さすぎるぞ」
といって、タール・ベイビィに近づき、
「おーい」
と声をかけた。だが、タール・ベイビィは身動きひとつしない。ウサギどんは用心深くだんだん近づき、
「やー」
といったが、タール・ベイビィはやはり動かない。次にウサギどんはタール・ベイビィの周りをかけずり回ってから、立ち止まってじっと様子を見た。相変わらずタール・ベイビィは、身動きひとつしない。ウサギどん、今度は爪で引っかいてやろうと手を出したが、それでもタール・ベイビィは動かない。ウサギどん、
「こいつは、でくの坊に違いない」
といって、さらに近寄り、人間かどうか確かめようと思い、
「やあ、こんにちは。ここで何をしてるんだい」
といった。相手はやっぱり答えなかった。ウサギどんはもう一度いった。
「やあ、こんにちは。ここで何をしてるんだい」
今度も相手は黙ったまんまだ。ウサギどんは、いった。
「僕が話しかけてるのが、きこえないのかい。それなら、顔をひっぱたいてやるぞ」
それでもやっぱり相手は黙ったまんま。そこでウサギどんは、思いっきりひっぱたくと、片手がタール・ベイビィの顔にくっついてしまった。ウサギどんは、いった。
「こら、はなせ。はなさないと、もう一発おみまいするぞ」
相手は黙ったまんま。そこで、ウサギどん、またもや思いっきりひっぱたくと、もうひとつの手もくっついてしまった。ウサギどんは、大声で叫んだ。
「こいつめ、はなさんと、けっとばすぞ」
それでもやっぱりタール・ベイビィは、黙ったまんまだ。ウサギどんはタール・ベイビィを思いっきりけとばした。すると、バムっといって片方の足がくっついてしまった。ウサギどんがもう片方の足でけとばすと、それもくっついてしまった。ウサギどんは、いった。
「僕は本気でおこったぞ。おまえなんか頭突きでやっつけてやるぞ」
草かげに隠れて一部始終を見ていた動物たちは飛び出してきて、ウサギどんをはやしたてて、こういった。
「ついに水泥棒を捕まえたぞ。しんみょうにしろ」
ウサギどんは、一言、
「まいった」
といっただけ。そこで、動物たちは、
「こいつをどう始末しようか」
ということで会合を開き、話し合った。
「こいつを水に投げ込もう」
と誰かがいった。すると、もうひとりが、
「いや、そんなてぬるいやり方じゃ、だめだ」
といった。それをきいたウサギどんは、
「どうぞ、どうぞ、水に投げ込んでくれよ」
というではないか。次に、
「つるし首にしようぜ」
という声があがった。すると、ほかの連中が、
「いや、こいつは軽すぎて、つるし首にはむかないから、だめだ」
と反対した。結局、ウサギどんを火あぶりにすることにした。みんなはウサギどんに向かって、
「いいか、君とも今日でおさらばだ。君は火あぶりだぞ」
といった。すると、ウサギどんは、
「あー、どうぞ、どうぞ、そうしたまえ」
というではないか。それで、動物たちが、
「イバラのやぶに投げ込んだほうがいいかな」
というと、ウサギどんは、
「あー、お願いだから、それだけはやめてくれよ。そんなことしたら、足も裂けるし、背中も切れてしまう。目もつぶれちゃうよ」
といって、泣き出した。
それをきいて、動物たちはウサギどんをかつぎ上げ、イバラのやぶにほうり投げてやった。すると、ウサギどんは、
「わーい、ばかめー。イバラの居心地は、いいもんだぜ。僕の生まれは、イバラのやぶだもの」
とさけんで、逃げていってしまった。
(阿彦)
木こりの巨人、ポール・バニヤン
→解説
その年、巨人のポールは、アストリアあたりで木こりをしていたそうだ。そこでの仕事を切り上げようとしていたある土曜の晩、丸太を組んだ二つの筏が、コロンビア川の浅瀬で行方不明になってしまった。それは、確か八月の始めだった。レイニアーという男が訪ねてきたのも、その頃だった。ポールとレイニアーが知り合ったのは、レイニアーが初めて西部へきた時だった。レイニアーは、その時自分の土地を登記しようとしていた。ポールのほうは彼のことをほとんど忘れていたが、レイニアーのほうはポールとの出会いをしっかりと覚えていた。今度はポールにお願いすることがあったものだから、レイニアーがわざわざ足を運んでやってきた。そして、レイニアーは、こういった。
「わしら、入江を掘ってるんだが、どうか手を貸してくれないか」
すると、ポールは答えた。
「よかろう。毎年今頃は木こりの仕事もひまになるからな。だけど、わしの本業じゃないが、いいかい」
実は、「ピュージェット建設会社」というのがあって、ピュージェットとレイニアー、それにフッドじいさんとエリオットという男たちが共同経営で、シアトル市と工事の契約を結んでいたのだ。市のために入江を掘って、港を作る計画だった。市とは二年間で工事を終える話になっていたが、すでに二十二ヵ月がたってしまっていた。だが、仕上げられる見通しもなかったので、ポールのところに助けを求めにきたのだった。というのも、レイニアーが以前ポールとポールの相棒である青いデカ牛に会ったことを話したので、ピュージェットが、
「社長のわしとしても、この際ポールに頼みたいもんだ」
といったからだった。
ところが、ポールが現場にきてみると、作業道具はみんないかれてしまって、使いものにならなかった。彼らがこんなもので土を掘ろうとしていたのがわかって、ポールはまったく不愉快になってしまった。そこでポールは、いつものようにしばらく考えこんだ。すると、いい知恵がわいてきた。そこで、彼は、こういった。
「そうだ。なぜもっと早く思いつかなかったんだろ。アラスカの氷山なら、湖だって、川だって、入江だって、谷だって、なんでも思いのままに造れるじゃないか。ひとっ走りいって、氷山を持ってこよう」
彼は青牛のベイブを連れてアラスカへいき、氷山の中から一番でかいやつを一つ引きずりあげて、こっちへ運んできた。そして、氷山で大地を切り開いて、入江を造り始めた。氷山の一角が溶けると、アラスカで何千年もの間にそうなったように、入江がひとりでにできていった。こうして、ポールはたいして時間をかけずに、「ピュージェット湾」を掘ってしまった。
それに、ある日のこと、ポールが大地を切り開いていると、デカ牛のベイブのやつが、学校の先生がさしていたピンクの傘に興奮してしまい、駆け出した。ポールはこの雄牛を止めようと必死にかかとに力を入れて、ふんばった。それでできたのが、「フッド運河」だ。ベイブは、何も興奮したり怖がることはなかったのだ。なぜなら、フッドじいさんの娘が教師で、学校から帰宅する途中だったのだ。だが、ベイブにとっては、初めて見た傘がピンクだったので、もう我慢できなくて走ってしまったのだ。
(阿彦)
天上の結婚式
→解説
天上に結婚式があったんだって。翼のある動物が招かれた。だけど、狐は行きたかった。兄弟分のコンドルがいたんで、そこへ行って頼んだ。
「兄弟、おれは天上の結婚式に行こうと思っているんだが、翼がない。兄弟よ、連れてってくれ。大きな翼があるじゃないか、おれをおぶって、連れてってくれよ」
コンドルは結婚式に出かけようと、黒い礼服を着て、ひげを剃っていたって。いい男っ振りだ。だが、狐に言った。
「だめだ。兄弟。おまえはわしに恥をかかせるにきまってる。大食いで、ずうずうしいからさ」
狐は行儀よくすると約束した。そこで、おれのビクーニャのポンチョを見ろよと言って、狐もいい男っ振りになったさ。で、コンドルは言った。
「兄弟、連れてってやるよ。だけど、お客が骨を捨てても、捨てられた骨なんか食べようとしてあわてて席を立っちゃいけないぞ」
狐は行儀よくすると約束した。コンドルは狐をおぶって連れて行った。狐は兄弟の二つの翼にしっかりつかまった。こうして、高く飛んで天上の結婚式に着いた。そこには、地上にはない食べ物や果物で食卓はいっぱいだった。狐は、残らず、ムシャムシャとたいらげてしまった。ところが、骨が捨てられると、狐は骨にむさぼりついた。コンドルは腹をたてた、狐が恥ずかしいことをしたからね。その上、狐はチチャ酒を飲んで、酔っぱらって寝てしまった。それで、コンドルはおこって帰ってしまい、天上に狐だけを残した。ほかの鳥たちも先に帰っちまったさ。
あくる日、狐は正気に戻るとどうしたらいいのかわからなかった。だけど、チャグアルを捜すと、長い長い縄をつくり、ずらかったんだ。腹には食べ物をいっぱい詰め込んで、重たそうに帰った。途中で、インコたちがいたんで、狐は叫んだ。
「舌たらずのインコ、うそつきインコ」
インコはばかにするなと言ったが、狐は大声で言った。
「がに股のインコ、舌たらずのインコ」
すると、インコたちが縄を噛み切ったので、狐はまっさかさまに落ちていった。そうして、狐は叫んだのさ。
「マットを敷いてくれ。天の神が降りるからマットを敷け」とね。
だけど、狐は石の上に落ちて、はじけてしまった。天上から狐が持ってきた種からは、そら豆、とうもろこし、じゃがいも、キノアやら果物やらありとあらゆる食べ物ができたんだって。
(浅香)
マテ茶
→解説
その一 マテ茶の木の起源
一番の年寄りが話してくれたんだけど、これは人里はなれて、女房とひとり娘と住んでいた男の話さ。女房が死んで、男はこの娘と二人だけになった。こうして、農場で寂しく暮らしていた。
ところが、その頃、イエス様が聖パヴロやほかの聖人たちといっしょに説教して歩いておいでになった。この男の家に着くと宿を頼まれた。その時、男は、神様だとは知らずに、泊めてあげた。
持っている食べ物を残らず分け与えた。それで、
「年を取ったので働いて娘のめんどうをみるのがたいへんだ」
と、神様に語ったって。
そこで、聖パヴロが言うには、
「明日、わしとほかの聖人たちがいとまごいする時に、ほうびをやろう」
って。男が死んでしまうと、かわいい娘がひとり残されるので、娘をたいそう役に立つ木に変えてやろうって言うんだ。
でね、あくる日、聖パヴロがおいとますると、男はもう死にそうに具合が悪くなって、
「娘よ」
と叫んだけれど、家の前に美しい木が見えるばかりだった。娘は「カア」と呼ばれるマテ茶の木に変わっていたんだ。その木は神様に祝福されたから、今では、宝物と言われているよ。
(浅香)
その二 カア・シ(マテ茶の木の母さん)
聖ペドロや聖フワンといっしょに、神様がおいでになったって。ひとり娘のいる男の家へ行ったんだ。施しを求めると、二人は持っている食べ物を残らず分け与えたって。
そこで、神様はほうびをやろうと思った。娘をたいそう役に立つ木に変えたんだ。それがマテ茶の木さ。じゃあ、おれがよく聞いた話をしてやろう。
マテ茶の木の精は、カア・シという。聖なるものだ。暗くなりかけると、突然、出てくるんだ。この間、見た。きれいな娘の姿で、マテ茶の木の上にすわっていた。あれは月の晩だった。栗色の髪で、背が高くて、きれいな娘だった。マテ茶の木の精だ。カア・シは、働く者に幸運をもたらしに現われるのさ。時々、悪い奴には不運をもたらすがね。何回も、アルト・パラナで見たんだが、見ると、いつもおれにはいいことがある。信じない人もいるがね。そういう奴は何も知らないで、おれたちのことをあざ笑う。おれたちはそんなことしない。カア・シは、人を助けてやろうと思って、働く者の前に姿を現わす。時々、おこると、不運をもたらす。カア・シを見ると胸がどきどきするよ。でも、カア・シを見るのはすばらしい。
ここでは、二晩前に、カア・シを見た。マテ茶の葉の乾燥台が焼けたあとにね。悲しそうに、焼けた乾燥台をさわって歩いていた。マテ茶の葉の入っている乾燥台をまるでいたわるように、さわっていた。悲しそうにして、まるで、飛んでるみたいにつま先で歩きまわっていた。
月夜に、カア・シが歩いているのはなんとも美しい眺めだ。二十七年前、マテ茶畑で働いていた時、何度もおれはカア・シを見たんだ。
(浅香)
解 説
目次
カラスとフクロウ
シャチの国へいった男
手まりをもった女
縫いものをするクトフ
キツネとカワメンタイ
小さい男と魔物のマンギ
貧乏じさまと物持ちじさま
この世にセミの生まれたわけ
キツネ神とカワウソ神
石狩の少年と悪おじ
キリギリス
ものぐさぼうず
ひきがえる聟
ムカデと青大将の闘い
三番目のいたずら息子
藁縄一本で長者になる
トケビの話
ブタの化け物 猪八戒(ちよはつかい)
ヘビのだんな
ふしぎな十人兄弟
チャンさんと龍宮女房
ふみだんちゃん、しきいちゃん、ささらちゃん
ガマ息子
ガチョウ飼いの娘とヤマンバ
チンバオ
兄と弟
もの言う敷居
月の女神をほしがった巨人
亀さんの笛
モクセルさんの女房
バラモンとライオン
暗愚国の話
塩の味
半分小僧
三つの魔法の品とふしぎな薬草
王様の名前
貧しい男の運
木こりとテーブル
カメレオンとトカゲ
亀とウサギ
千四百個の宝貝
エシュ神の悪戯
悪童サンバ
まじない師とバッファロー
ビーバーとミンク
空飛ぶ奴隷たち
タール・ベイビィ
木こりの巨人、ポール・バニヤン
天上の結婚式
マテ茶
●カラスとフクロウ
アジア・エスキモーは人口わずか千五百人(一九七九年の統計)の少数民族で、ソ連邦の東北端に位置するチュコトカ半島に住み、ベーリング海でアザラシや鯨などの海獣を捕って暮らしてきました。カラスが黒いわけを語る、日本でもおなじみのこの話は太平洋沿岸に沿った広い地域に分布しています。羽を染める染料が日本の話では藍なのに対し、ここでは明り用の古い油になっています。アジア・エスキモーは沼地の苔を乾燥させて粉にしたものを明り皿の油にひたし、それを明り皿の縁にうすく塗って燃やし、この火で明りと暖を取り、煮炊きもしました。油が新しいときれいに燃えて、たいへん明るいのですが、油が古いとくすぶってすすがでます。このカラスはすすで真っ黒になった古い油を体に塗られたわけです。
この話はG・A・メノフシチコーフが一九四八年にナウカンのコルホーズ議長ウトユクから記録したものです。
→本文
●シャチの国へいった男
同じくG・A・メノフシチコーフがベーリング海に面したチャプリノ村で一九六〇年にアリガリクという四十歳の男性から記録した話です。
カヤックはエスキモー式のひとり乗りの舟、バイダーラは数人乗りの舟で、両者とも木の骨組みの上に海獣の皮を張ったものです。
アジア・エスキモーの神話ではシャチは人間を守護する強力な神として登場します。シャチはじぶんの国にいるときは人間の姿をし、人間と同じ生活を営んでいますが、人間の前に姿を見せるときには、舟乗りを乗せた舟の姿になるとされています。
シャチが群をなし、自分より体の大きい鯨に襲いかかることはよく知られています。傷ついた鯨がシャチからのがれ、浅瀬に打ちあげられて息絶えるといったできごとも、そうめずらしいことではありません。岸に打ちあげられた鯨は沿岸の住民にとって、まさに神からの贈物でした。鯨が一頭捕れると、一つの集落の住民が長い冬を越せるだけの食糧が確保できるのです。だから鯨を人間のもとに送りとどけてくれるシャチがありがたい神さまとしてあがめられたことはいうまでもありません。
→本文
●手まりをもった女
チュクチャはアジア大陸の東北端に位置するチュコトカ半島に住む民族で、海でクジラやアザラシなどの海獣を捕ったり、ツンドラで野生トナカイを捕ったりして暮らしてきました。
この話は一九四八年にウエレン村の六十二歳の男性ウヴァタグィンがP・Ja・スコーリクに語った話です。
ここでは人びとに光を取り戻す文化英雄として登場するのは人間ですが、他の類話ではワタリガラス、セキレイ、ウサギなどの動物がこの役割を担うことが多いようです。この話の主人公である女性をエスキモーの海神セドナとする話もあります。北アメリカのインディアンに伝わるワタリガラス神話の中にも類話があります。
チュクチャの女性は今でも手まりに太陽や、月や、星のししゅうをしますが、その風習はこの神話に由来するといわれます。
美しく厳しい極北の大自然を背景に生まれたこの話がめでたし、めでたしで終わりながら、どこかもの悲しく哀調をおびているのは、冬至の前後しばらくまったく太陽が姿を見せず闇に包まれる、この地方らしい特色だといっていいでしょう。
→本文
●縫いものをするクトフ
この話はE・P・オルロワがM・ザーエフからティギリスク区ウトホロク村で記録したものです。
イテリメンは人口約千四百人(一九七九年)の少数民族で、ソ連邦最東端のカムチャトカ半島に居住し、川沿いに集落を作り、魚を取って暮らしてきました。
体の大きな魔物のケレや人食いに子ネズミや女の子たちがさらわれる昔話はチュコトカ半島やカムチャトカ半島ではよく知られています。イテリメンでは昔話の主人公はつねにワタリガラスのクトフで、この話でもやはりクトフが悪役をつとめています。木の枝を曲げたり、伸ばしたりできる、ふしぎな力をもちながら、狐の知恵にかんたんにひっかかってしまうクトフのこっけいさがこの話の魅力だといえましょう。
いつも縫いものをしているクトフの姿に、人間にはじめて服の縫いかたを教えた文化英雄としてのワタリガラスの一面をかいま見ることができるように思います。
→本文
●キツネとカワメンタイ
語り手はエゴール・アレクセーエヴィチ・ドコレフという五十二歳の男性で、M・G・ヴォスコボイニコフがブリャート自治共和国バウント区において一九四七年に記録した話です。
エヴェンキは東シベリアの広大な地域に居住し、狩猟、あるいはトナカイ飼育を中心とした生活を営みつつ、その合間に川や海で漁撈をして暮らしてきた民族です。
エヴェンキの猟師は森の小屋の中で焚き火を囲んで、動物昔話を語りあいました。動物も人間と同じように昔話が大好きで、話を聞きに小屋のまわりに集まってくると考えたのです。猟銃がなく、弓や槍で獲物を捕っていた時代の狩りというのは人間と動物の知恵比べでした。動きの鈍いカワメンタイが、すばしっこくて、ずる賢いキツネをまんまとだましてやっつけるこの話も、狩猟の前夜に猟師たちに好んで語られた話のひとつだったにちがいありません。
アフリカの「亀とウサギ」もこれと同じタイプの話です。
→本文
●小さい男と魔物のマンギ
M・G・ヴォスコボイニコフがブリャート自治共和国カチューグ区ヴェルシノ=トゥトゥラ村でA・I・シチャーポフという二十六歳の男性から一九六〇年に記録したものです。
肉を親指ほど食べただけでおなかいっぱいになってしまうほど体の小さいテへルチケンと、ずうたいが大きく、牛一頭たいらげてもまだ足りないほど大食いのマンギとの組合わせがおもしろい話です。テヘルチケンは魔物を少しもこわがっていず、むしろ魔物につかまるのを楽しんでいるようにさえ見えます。家の中をかけまわったり、お粥を食べてさわぎまわる魔物のこどもたちのあどけなさ、そのかわいいこどもたちの肉を食べさせられて、「腕を食ったら腕が痛み、足を食ったら足が痛む」というマンギ夫婦の人間くささもこの話にふしぎな魅力を添えています。
マンギの子どもたちをまんまとだまして縄を解かせ、反対に彼らを殺して煮て、マンギ夫婦に食べさせる部分は日本の「かちかち山」を想い出させます。これとよく似た話はアイヌにもあります。
→本文
●貧乏じさまと物持ちじさま
語り手はイミンチャ・パシャといい、一九〇五年にブラワ村で生れたホルゴイ氏族の女性です。読み書きはあまりできません。この話はO・P・スーニクが一九六八年七月にドゥディ村で記録したものです。
ダ、ハジラチというのはウリチの昔話の語りはじめと段落のはじめに挿入される決り文句です。現在ではすでに確かな意味はわからなくなっていますが、「これから昔話がはじまりますよ。よくきいてください」、あるいは「昔話はまだ続いていますよ。よくきいてください」といった意味がこめられているといわれます。
カルーガというのはチョウザメの一種です。
ウリチはソ連邦の極東を流れるアムール河の下流域に住み、漁業と狩猟によって暮らしてきた民族で、一九七九年の調査によれば人口はわずか二千六百人です。ウリチ語を母語とするのはその中の三八・八パーセントで、七〇年の六〇・八パーセントを大きく下まわっており、ウリチの民族としての存続が危惧されます。
日本の「隣の爺」型と呼ばれる「雁取り爺」やアイヌの「パナンペ・ペナンペ」と共通点が多いこのタイプの話はウリチ以外のツングース系民族においても伝承されています。
→本文
●この世にセミの生まれたわけ
これは大正時代から昭和の初めにかけて日本に滞在し、日本の民俗や言語を研究したロシア人学者、ニコライ・ネフスキーが採録したアイヌのカムイユカラです。カムイユカラというのは、一定のリフレインを繰り返しながらその間に言葉を挟みこんでストーリーをつづっていく歌のような形式の話で、本編もヘエーエーイノーというリフレインをつけて、歌われたものです。
語り手は、北海道沙流地方に住む、タネサンノ、コポアヌ、鍋沢ユキという三人の女性のうちのひとりですが、そのうちの誰かまではわかりません。
このセミの由来を説く話は、屋根に乗って流されたおばあさんが泣きわめいて、その泣き声があまりにうるさいので、神々がセミの姿に変えてしまったという話がよく知られているのですが、ここに登場するおばあさんはそんなあわれな人物ではなく、強靱な生命力と底知れぬたくましさを感じさせ、思わずクスリとさせられてしまいます。
→本文
●キツネ神とカワウソ神
これは「この世にセミの生まれたわけ」と同じく、ネフスキー『アイヌのフォークロア』に収録されているカムイユカラです。語り手も同じです。
このお話には、大魔神に太陽の神様がのみ込まれそうになるのを、キツネとカラスを口の中に放り込んで防いでいるという「神様のいわれ話」が出てきます。オキクルミという文化英雄の活躍する数々の話の中でもとくに有名な「ポロオイナ」も、魔神の口の中にキツネとカラスを放り込む、このエピソードが出てきます。しかし、それでも太陽の神様が魔神に捕らわれてしまい、オキクルミがそれを助けだしにいくというストーリーです。
このお話のカワウソはちょっと気の毒な感じがしますが、アイヌの人たちにとって、カワウソというのは忘れっぽいまぬけな動物ということになっており、「カワウソ頭」というと、ひどい悪口になってしまうほどです。だから物語の中ではいつでもやられ役です。
キツネ神の守っているヌタプソというのは、川が大きく蛇行しているところの内側の土地を指します。ひとことでいい表わす言葉がないので、ヌタプソのままにしました。
→本文
●石狩の少年と悪おじ
この話は、一九八八年四月に八十七歳で亡くなられた北海道平取町の木村きみさんからうかがった、一編四十分以上にもおよぶウエペケレ(散文説話)です。キムンアイヌを倒した少年が、年月を経て、生き別れになっていた妻や、命の恩人の兄妹とともに、最大の仇であるおじを倒しに故郷へと戻るところなど、この物語が単なるエピソードの羅列ではなく、実にたくみな構成の上に成り立っていることがわかります。
このお話には「熊送り」という儀礼が登場します。これは仔熊を育てて、その魂を親である熊の神様の元へ送り返す儀式で、アイヌの人たちにとっては、とても大切な儀礼です。魂を送り返すということは、実際には仔熊を殺すことになるわけですので、キムンアイヌを倒した少年は、そのあと仔熊を矢で射殺します。しかし、キムンアイヌのほうは死体をゴミと一緒に焼きつくして、二度と生き返ることができないようにするのに対し、仔熊のほうは踊りを見せて楽しませたりして、丁重に神の国へと旅立たせてあげるのです。
また、レプンクルというのは、文字どおりに訳すと「沖の人」ということですが、ヤウンクル「陸の人=北海道人」に対する言葉で、海の向こうに住む外国人といった意味合いです。物語の中では敵だったり交易相手だったり、いろいろな形で登場しますが、とくに「遠くのレプンクル」というのは、変幻自在で、ときによると人をも食う、恐ろしい存在として描かれることが多いようです。有名なアイヌのユカラでも、主人公ポイヤウンペとレプンクルの戦いが描かれた話がよく知られています。
語り手 木村きみ
採録地 北海道沙流郡平取町ペナコリ
採録年月日 一九八三年七月二十八日
採録者 中川裕
→本文
●キリギリス
これもカムイユカラ(神謡)とよばれるもので、これの本来のリフレインの言葉はハンチキキ・ハンチキキです。でも、これを謡(うた)ってくれたおばあちゃんが昔をなつかしんでコーワキチ(小さいわきちさん)と謡ったので、そのままのかたちで載せました。若いころ、「わきち」さんという人がいて、それにちなんで、リフレインの言葉をかえたのです。
なお、沙流地方では、同じハンチキキというリフレインの言葉で、雀の酒造りの話が伝承されています。
もともとアイヌの人々は野や山の幸、川や海の幸をとって生活していたのですから、飢饉といえば魚が川にあがらなくなったり、鹿や熊がとれなくなったりすることでした。ところが、キリギリスや雀の酒造りの話は穀物にまつわるものです。これらの話は、すこしずつ穀物をつくりはじめた、そのころに生まれたものかもしれません。
ところで、神の窓というのは、上座のところの、ふだんは閉められている小さな窓のことです。この窓はアイヌの人々にとっての神様、つまり熊などがとれたときに開けられ、神様の頭がここから家の中に入れられるため、神の窓といいます。神様が人間のところを訪れるときは、この窓を通って家の中に入り、上座で火の神とよもやま話をするのだと考えられているのです。
語り手 虎尾ハル
採録地 北海道静内郡静内町
採録年月日 一九八四年九月二十六日
採録者 志賀雪湖
→本文
●ものぐさぼうず
この話をしてくれた織田ステさんは、九十すぎとは思えないくらい元気で働き者で物知りのおばあちゃんです。ちょこんと座って小柄な体をゆらし、リズムをとりながら謡ってくれました。これもカムイユカラ(神謡)とよばれるものです。リフレインの部分を採譜してもらいましたので、謡ってみてください。
この話をしたあとの、おばあちゃんの言葉からもわかるように、小さい子どもでも、それなりに家の仕事をして孝行するもので、怠ければ、ばちがあたると教え諭す話になっています。
ところで、ものぐさなために神さまにこらしめられる子どもの話は、北海道全域に、また旧樺太にも伝承されています。なかでも水くみをいやがったために、手桶をもったまま月の中にとじこめられた話は世界に広く分布しています。そう思って満月を見ると、手桶をもった子どもの姿が見えてきます。
語り手 織田ステ
採録地 北海道静内郡静内町
採録年月日 一九八六年八月二日
採録者 志賀雪湖
採譜 奥田統己
→本文
●ひきがえる聟
この話は、韓国の江原道の山村、原城で一九七二年の夏に聞いた話です。語り手の金錫〓さんはまるで講釈師のように話しじょうずな、たのしい語り手でした。年齢のせいで記憶力が少し衰え、多くの昔話を語ってもらうことはできませんでしたが、語ってくれた話はどれも内容豊かで、語りもみごとでした。
「ひきがえる聟」は、韓国各地で聞かれる話で、「伝来童話」として子どもたちにも広く読まれてきました。日本の「博徒聟入」「鳩提灯」「蛙息子」などと同じ系統の話ですが、中国の「かえるの騎手」などとの関係も注目されます。
韓国では、花嫁の父親のことを「丈人」といいます。これは、その丈人の還暦という韓国の人々にとってたいせつなお祝いを背景とした、華やかな話です。ひきがえるがじつは玉皇上帝という天の王の息子であったというエピソードは、天の王の息子が罰を受けてこの世へ送られ、斎戒の期間を終え、再び天上に戻るといったモチーフとともに民間信仰に深く浸透している道教の影響でしょう。
語り手 金錫〓(男)七十七歳・農業
採録者 崔仁鶴
採録地 江原道原城郡金垈里
採録年月日 一九七二年八月十一日
→本文
●ムカデと青大将の闘い
この話も、江原道の原城で聞いた話です。語り手の李鎬泰さんは、村の語り手であったお父さんから百話以上の話を聴いて育ちましたが、お父さんがなくなって、その伝承は絶えてしまったということです。李さんはまだ若い語り手ですが、それでも四十話ほどのレパートリーがあります。
この話は日本やヨーロッパには類話のない話ですが、中国や朝鮮には化物譚として数多く伝承されています。ムカデと青大将が龍になる競争をするエピソードが中心に置かれていますが、本来は山の神と外来神との葛藤譚であると考えられます。
韓国では古くから各地で山の神が深く信仰されています。山の神は田畑や人々の生活を守る神ですが、男であるとも、女であるともいいます。この話は、女でありムカデである山の神と結ばれた男が彼女を助け、青大将の姿をした、男の外来神の挑戦を退け、そのお礼に田や富を手にいれる話と考えていいでしょう。
水を支配する神としての龍に対する信仰は中国や朝鮮に多くみられます。日本でも信濃の小泉小太郎の話をはじめ、多くの話が伝承されています。
語り手 李鎬泰、三十八歳の農業を営む男性
採録者 崔仁鶴
採録地 江原道原城郡
採録年月日 一九七二年八月
→本文
●三番目のいたずら息子
この話は、韓国南部の全羅南道の莞島邑で崔采心さんから聞いた話です。崔さんは優れた記憶力の持ち主ですが、控え目な人で、自分一人が続けて何話も語るようなことはせず、隣の人が語り終わるのを待って、その話と関連する話を思い出しては語りだすというタイプの人です。ゆっくり時間をかけて聴けば、おそらく百話以上語れる語り手です。
三人兄弟譚は世界的に広く見られる形式で、韓国でも兄弟の交情や葛藤をテーマとした数多くの話が語られています。これには親族組織や財産分与制度などが影響しているものと思われます。長子相続の父系社会においては末子は財産をもらえず、時には兄たちに養われるという、従属的な地位に置かれていました。昔話の世界で末子が財産や、権力や、りっぱな嫁を手にいれるのは、そうした現実に対する末っ子の反逆なのかもしれません。
この話では謎掛けが前半では親子間で、後半では宿屋の主人との間でおこなわれているのが特徴です。前半は導入部にすぎませんが、これは宋時代の中国の古い文献『太平広記』の影響であろうと思われます。『太平広記』は高麗時代にすでに韓国に持ち込まれ、広く読まれていました。そこに見られる類話は、岳父と婿同士の問答形式をとっていて、姉の婿が勝つ話になっています。
語り手 崔采心、五十五歳の女性
採録者 崔仁鶴
採録地 全羅南道莞島邑
採録年月日 一九七三年九月
→本文
●藁縄一本で長者になる
この話は、韓国中部の忠清南道の青陽郡で聞いた話です。語り手の黄ハルモニ(ばあさん)は当時九十三歳という高齢でしたが、記憶力もよく、かつては見事な語り手だったに相違ありません。黄ハルモニには名前がありません。むかし韓国の庶民の娘には正式な名前がなく、イプニ(きれいな子)などというように、愛称で呼ばれることが多かったのです。
これは日本の「わらしべ長者」と同型の話で、韓国ではたいへん広い分布をもち、おとなにも、子どもにも親しまれている話です。韓国にはこれとよく似た話で「粟一粒で」という話があります。一人の若者が、一粒の粟を宿屋の主に預けると、鼠に食べられてしまいます。粟のかわりに鼠をもらいますが、今度はつぎの宿屋で鼠を猫に食われてしまい、かわりに猫をもらいます。こうして粟→鼠→猫→馬→牛というように次々に交換して、最後に娘を手にいれる話です。この二つの話は叙述の形式は似ていますが、内容はかなり違います。
ことに「藁縄一本で長者になる」の主人公が怠け者であること、旅立ちの前に縄をなうこと、娘の死と再生に関与することなどから考えると、この話が農耕文化を背景としたイニシエーションの儀礼と深く関わっているとも推測されます。
語り手 黄ハルモニ、九十三歳の女性
採録者 崔仁鶴
採録地 忠清南道青陽郡
採録年月日 一九七三年五月
→本文
●トケビの話
トケビは日本の化け物や妖怪にあたる存在で、地方によってはトッケビ、トッカビ、トッチャビなどと呼ばれることもあります。
韓国にはトケビが登場する昔話がたくさんあります。「瘤取り爺」「何が怖い」「金の砧・銀の砧」などがその代表格です。トケビは世間話にもよく登場します。
昔話に登場するトケビはきわめて両義的な存在です。つまり、金銀のような財宝や幸せを人にもたらす神のような存在である一方、ごく簡単に人にだまされる愚かな存在でもあります。ちょうど神と人間との中間のようなもので、うまくトケビの機嫌をとりむすべば財産が手に入りますし、失敗すればひどい目にあいます。
しかしそのトケビも、世間話になると恐怖の対象となることが多いようです。火の玉(トケビ火)があがるとその家から死人が出る、トケビと相撲をとって負けたら死ぬなどといわれています。しかしトケビにも弱点があって、たとえば相撲をとるとき足をかけられると倒れるともいわれ、トケビに人間が負けることはまずありません。
ここに挙げた六つの話のうち、最初の二つはトケビと相撲をとる話です。その特徴は、トケビがきまった場所に現れること、酒を飲んだ人に現れること、相撲を挑んで負けること、その正体が古い箒や瓢箪であることなどです。おおばこの茎は農村では縄の代わりに用いられます。
その三は、いわゆる水のトケビの話で、沖縄のキジムナー話によく似ています。韓国では金という姓が一番多いので、相手の名前がわからない場合、金さんと呼べば当る確率が高いのです。また、扶安地方では昔から海辺のトケビは鱧(はも)とそば粉でこしらえたところてんが大好物だといわれています。
その四は火の玉の話で、これも日本の狐や火の玉の話にそっくりです。
その五のふしぎな音も、やはり日本の「あずきとぎ」や「やかんころばし」が出す奇怪な音や、天狗の仕業とされる、ふしぎな音とも共通しています。
その六は伝説として伝えられているトケビ話です。トケビが橋をつくる話は古くから文献(『三国遺事』など)にも伝えられており、そこには神的存在としてのトケビにたいする信仰の名残がみられます。トケビが村を守り、しかも共同墓地に関わることは注目すべき点でしょう。
その一
語り手 金東洙、五十二歳の男性
採録地 忠清南道青陽
採録年月日 一九七三年五月
採録者 崔仁鶴
その二
語り手 鄭丙午、男性
採録地 全羅北道扶安
採録年 一九七八年
採録者 崔仁鶴
その三
語り手 柳炳泰、男性
採録地 全羅北道扶安
採録年 一九七八年
採録者 崔仁鶴
その四
語り手 朴鳳龍、七十一歳の男性
採録地 京畿道富川
採録年月日 一九八六年十二月
採録者 崔仁鶴
その五
語り手 金東洙、五十二歳の男性
採録地 忠清南道青陽
採録年月日 一九七三年五月
採録者 崔仁鶴
その六
柳増善『嶺南の伝説』、螢雪出版社、一九七一年
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●ブタの化け物 猪八戒(ちよはつかい)
これは、若水(ルオシユイ)がまとめた広東省潮州の話で、針、糞、カニ、卵などが登場して化け物を退治する、日本の「猿蟹」とよく似た話です。
「猿蟹」に似た話は、中国西南の諸民族にも広く語られています。それらは、たとえばミャオ族の「母さんのかたきをうつ」が、山猫に母親を殺されたヒヨコが、針や糞などの援助でかたきうちする話となっているように、さまざまな「もの」が協同して「かたきうち」をする話です。この潮州の話にも、同じようなものが登場していますが、「もの」たちは自ら名乗り出るのではなく、それぞれ行商人によって提供されています。人の活躍で話が展開している点、漢族らしい話といえましょう。
なお、ここにブタの化け物として登場する猪八戒は、孫悟空と並ぶ『西遊記』の人気者ですが、『西遊記』を離れて単にブタの化け物としても、広く中国の子どもたちに親しまれていました。
この話には、潮州の風俗を反映したものが、いろいろ登場します。たとえば、話の冒頭に出てくる竹の皮は、靴の甲に弾力を持たせるために使われたもので、裏打ちして、刺繍をしました。またカニが隠れる場所を「湯だめ」と訳しましたが、これは円筒形の陶器で、かまどのけむだしに、専用の口があり、そこに差し込んで湯をわかすものです。また「経師屋」と訳したのは、広東で、木のわくに紙を貼って寝台とする、その紙を貼る職人のことです。
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●ヘビのだんな
これは、葉恭偉(イエコンウエイ)が聞き知っていた話をまとめたもののようで、広州の各村で語られているという注があります。
人間の娘がヘビに嫁入りするこの話は、中国では「蛇郎」(ヘビむこ)と呼ばれ、もっともよく知られた話のひとつです。姉妹のうち、だれがヘビの嫁になるか、という時の姉妹たちの言いぐさ、妹になりすました姉が櫛を使っていると、妹の仮身である鳥が来てうたう歌などは、各地の類話にも共通して見られるものです。
ヘビを水の神として信仰したり、ヘビに人身御供をささげたりという話は、古来あり、この話も本来そのような信仰を反映したものだったのでしょう。しかし、話としては、後半の幸せな結婚をめぐる姉妹の葛藤に、より興味がもたれていたようで、この話でも、鳥、植物、金の像などへの妹の転生の過程がくり返し述べられています。この部分はまた、中国に古くから伝わるシンデレラ型の話の後半部としても、よく知られています。
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●ふしぎな十人兄弟
孫佳迅(スンチアシユン)が、江蘇省灌雲で採集した話です。一九三〇年代に林蘭(リンラン)編として北新書局から、次々にだされた民話集の一つ『怪兄弟』に収められています。この話は、中国各地で広く語られており、雲南省に住むイ族の話は「王さまと九人の兄弟」という題で、日本でも絵本になっています。「陸でも海でも進む船」のように、ヨーロッパにも、千里眼、大食い、寒がりやなどが登場する話はありますが、中国の話は、特別の能力を分け持って活躍するのが実の兄弟である点に特色があります。
またこの江蘇省の話もそうですが、山西省で新中国成立後に採集された「万里の長城を洪水で押し流す」という、十人兄弟が秦の始皇帝と争う話も、簡潔でリズミカルな語り口で語られています。この軽快な語り口も、特に漢族におけるこの話の特徴と言えましょう。
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●チャンさんと龍宮女房
これは、龍王の息子を救った返礼に龍宮に招かれ、龍王の娘を嫁にもらってくるという中国の典型的な龍宮女房譚です。龍宮女房譚は、中国では、早く六朝、唐の文献に見え、また現在も各地で広く語られています。この話の後半部は、類話によってさまざまな変化が見られますが、横恋慕した男が、主人公の言葉尻をとらえてわけのわからないものを要求し、それが火をふいて悪者どもを焼きつくすという結末は、時代場所を問わず多くの話に共通しており、興味がもたれます。
ここにとりあげたのは、孫剣冰(スンチエンビン)が一九五四年に中国の内モンゴルの漢民族居住地、傅家〓堵村で記録した話です。話者の秦地女(チンデイニユ)は一八九〇年生まれで、当時六十四歳。孫剣冰は、この時の調査で、秦地女から九篇の話を聞いたそうです。孫剣冰が記録した話を集めた『天牛郎配夫妻』(一九八三)には、このうちの四篇が彼女の単独の語りで載せられていますが、どれも途中に口調のよいくり返しの言葉や、方言による歯切れのいい会話がふんだんに織り込まれていて、たいへん楽しい話です。中国の民話集では珍しいことですが、孫剣冰の記録は、ストーリーの小さな破綻を繕ったりせず、語りの生の調子をよく伝えています。
秦地女は、これらの話を十二、三歳の頃、眠れない夜にお母さんから聞き、お母さんはまたそのお母さんから聞いたのだそうです。お母さんは内モンゴルの人というだけで、漢族なのかモンゴル族なのか不明です。一方、父方の祖母は山東出身で、もとはどさ回りの劇団の人気俳優だったそうですから、彼女の巧みな語りには、このおばあさんの影響もあるのではないでしょうか。
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●ふみだんちゃん、しきいちゃん、ささらちゃん
これも、孫剣冰(スンチエンビン)が一九五四年秋に内モンゴル傅家〓堵村で秦地女(チンデイニユ)の話を記録したものです。この話は、中国でもっともポピュラーな話のひとつで、ここでは悪ぎつねが登場しますが、出てくる魔物によって、ふつう「トラばあさん」「オオカミばあさん」などと呼ばれています。
魔物から逃げ出した子どもたちが、木の上など高いところに逃げるのは、中国の話のほとんどに共通しています。しかし、その後に、日本の「天道さん金の鎖」や朝鮮の類話のように、天から綱を降ろしてもらって助かる話が続くこの話のような例は、中国にはほとんどありません。この話では、天の神さまではなくカササギに助けを求めていますが、七夕の晩に天の川に橋をかけて牽牛織女を会わせるという言い伝えがあることからわかるように、カササギは、身近で親しい鳥でした。カササギが火のついた小枝をくわえてきてきつねを墜死させるというのも、小枝を集めるというカササギの性質からの連想でしょう。
またこの話は、きつねの死体を運びだして終っていますが、死体から魔物の子が生れたり、蚊やハエが出てきたり、地面に埋めると白菜が生えて中から七人娘が生れたりというのもあります。
なお、三人の娘のうち、上の二人の名は、正確には、門の両脇に置いてある石の台と扉の回転軸ですが、日本語で読みやすいようにかえました。身近な道具などから名付けたこのような名前は、仮のもので、子どもが成長すると正式の名をつけましたが、女の子などは、この幼名だけですまされてしまいました。
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●ガマ息子
これは、雲南省建水県で水滴(シユイデイ)と熊興祥(シヨンシンシヤン)が記録して整理した話です。
ハニ族は、雲南省南部の山岳地帯に住むイ語系の民族で、主に棚田での稲作や茶の栽培に従事しています。動物息子の話は世界中に見られますが、チベット、イ語系の諸民族では、神の仮身であるカエルが生まれる話が多いようです。このハニの話でも、ガマは最後に犁底星(どの星に相当するのかは不明)だと名のっており、笑うだけで太陽を火の球に変えるなど、特別の能力を存分に発揮しています。
なお、初めのところでトジマイ(ツツジ)の花で年を数えるいいかたをしていますが、鳥の鳴声や植物の芽ぶきなどで季節を判断したハニの人々には、山一面に真っ赤に咲くトジマイは初夏の到来を告げるたいせつな花だったのです。ハニにはこのトジマイをうたった歌がたくさんあります。また終りのところではガマが王女の心を試そうと、恋のかけ合い歌をうたいかけていますが、ハニの若者はもっぱらこのかけ合い歌で恋人を見つけました。
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●ガチョウ飼いの娘とヤマンバ
これは、一九七九年に広西省三江良口で滾三妹(グンサンメイ)、石以林(シーイーリン)が記録したトン族の話を整理したものです。
トン族は、広西、貴州、湖南の省境の山岳地帯に住むタイ系農耕民です。しかし文化の面では居住地が近いミャオからの影響も多く、この話に登場するヤマンバもトンとミャオに共通の登場人物です。このヤマンバは病死した女が変わったものとも言われ、子どもをとって食う恐ろしい化け物ですが、またたいへんなまぬけとも考えられていたようです。
この話で、女の子がヤマンバの子と交換する銀の腕輪も短いひだのスカートも、トンに特有の服装ですし、ガチョウ飼いは、トンの子どもが最初に任される仕事です。このように、この話は、トンの人々の暮しをよく反映したものになっていますが、一方また、人食いの住家に迷いこんだ子どもが、人食いの子と服などを交換して逃走するというのは、ペローの「親指小僧」などとも共通します。世界的な類話の分布にも興味がもたれる話です。なお、ミャオには人食いトラが登場するそっくりな話があります。
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●チンバオ
これは、一九七九年に広西省三江沙宜で、梁志剛(リヤンジーガン)と削啓中(シヤオチージヨン)が記録したトン族の話です。次のリス族の話と同じく、犬が幸運をもたらす話ですが、この話には、中国のほとんどの類話に共通の兄弟分家や、犬が畑を耕すということはでてきません。逆に日本の「雁取り爺」のように犬が川上から流れてくるところから始まっていて、興味がもたれます。また、犬の死骸を桃の木の下に埋めると金の桃がなるというのも、桃に特別な霊力を見た民間信仰の影響がうかがえるようです。
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●兄と弟
これは、李中功(リーチヨンコン)と胡貴(フークイ)が採集、翻訳したリス族の話で、前半は、中国で普通「犬が畑を耕す」と呼ばれている話です。日本の「花咲爺」に似ていますが、登場するのは隣りの爺ではなく兄と弟です。後半は、中国で「大きなトウガン」などとよばれる話で、やはり隣りの爺ではなく兄弟の話になっていますが、それ以外は、日本の「猿地蔵」によく似ています。前半と後半は、漢族などでは、別の話として語られていますが、西南少数民族、ミャオ、ヤオなどでは、このリスの話のようにつなげて語られることが多いようです。
リス族は、主に怒江(サルウィン川)に沿って、雲南省西北からビルマ奥地に住むイ語系の山地民で、以前は狩りと焼畑耕作で暮らしていました。これは、リス特有の話ではありませんが、細部には、リスの暮しがよく反映されています。たとえば、兄弟が刀を抜いて天地に誓いをたてるというのはリス固有の習俗ですし、「ガナハー」という祈りの言葉も、リス特有のものです。山間部に住む彼らの畑がサルに荒らされることはしょっちゅうで、後半部はそういう状況の反映でもあるのでしょう。ここにクマ、イノシシ、ガマなどの山の動物が登場したり、ウサギが活躍するのも独特の展開です。
なお商人が、新嘗(にいなめ)祭と新年には犬に最初に穀物を食べさせる、といっている言葉の背景には、中国の西南少数民族の間で広く信じられている、犬が穀物をこの世にもたらしたとする言い伝えがあります。
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●もの言う敷居
これもリス族の話で、木春富(ムーチユンフ)が採録整理したものを段伶(ドウアンリン)が中国語に翻訳したものです。獲物のキツネにひどいめにあわされそうになった狩人の話で、狩りをなりわいとするリス族らしい話です。キツネが化けた若者が身に着けている真珠のネックレスや[シャコ]貝のベルトは、遠くビルマ沿海から運ばれた貴重品で、リス族の盛装です。
この話では、家の入口の敷居がふしぎな予知能力を持つものとして、主人公の命を救っていますが、貴州省のスイ族には門が同じような活躍をする話があります。
なお、この話にリスの社会にいたことのない皇帝が出てくるのは、漢族をはじめ周辺民族からの影響でしょう。
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●月の女神をほしがった巨人
インドネシアは、大小一万三千の島じまに、一億数千万の人びとが住み、約三百の民族集団が、言語、習慣を異にする文化を営んでいます。したがって独立以来、「多様性の中の統一」、すなわちひとつの国、ひとつの民族、ひとつの言語(インドネシア語)を建国のスローガンにしています。
もっとも人口の多いのは、ジャワ人(四十五パーセント)、つぎにジャワ島西部のスンダ人で、それぞれ高い伝統文化を保持しています。
月食は、巨人が月をのみこんだとき起こると語り伝えられ、ウィスヌ神の矢に射られて地上に落ちた胴体は、作物の害虫と雑草になりますが、日食の話では、船形の木臼と杵になっています。一九八三年の皆既日食のときも、ジャワの農村では、木臼をついて、天界の巨人に胴体のありかを知らせる風景が見られたそうです。
月食と日食については、世界中にさまざまな言い伝えがあり、中国では竜、朝鮮では犬が太陽と月に挑む話になっています。インドネシアの話は、インドのものと類似しています。
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●亀さんの笛
亀が黒ひょうを焼き殺すという話は残酷なようですが、生か死の厳しい世界を語っているのです。この話では美しい笛の音に余韻を残して終わっているのが印象的です。
インドネシアには動物の民話が豊富にあります。それは人びとがあからさまな言葉より、比喩を通して表現することを好むからだといわれています。
亀はスンダ地方の民話によく登場しますが、もっとも広く親しまれている動物は、カンチル(まめ鹿)、つぎに猿で、トリックスターとして数多くの話があります。
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●モクセルさんの女房
情人が笑い草になる話は、狡猾譚の中でもたくさんあります。女が複数の求愛者たちを一人ずつ家にこさせ、着ものを脱いだところに次の客というようにくり返し、最後に夫が登場してあわてた求愛者たちを追い出す。この種の話は、オリエントやルネッサンスの説話集にもみられます。
モクセルさんの女房のお相手は、いずれも社会的身分が高く、女房にまんまと金品を取られても恥を恐れて泣きねいりするしかありませんでした。
インドネシアには、一連の「カバヤンさん」話があり、日本の「吉ちょむさん」のように怠惰で愚かな一面と庶民のしたたかさが、おおらかに語られています。
この話が収められている民話集『チュリタ・ラッヤット』は文化教育省下の研究所の職員によって採集、翻訳(地方語から共通語)されたもので、現在第五巻まで出版されています。しかし、採集の際の詳細な記録、すなわち話者、採話地、採話年などが明らかにされていません。このことは個人による民話紹介の場合も同じです。
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●バラモンとライオン
語り手のシャンカル・ダスは、当時、インド最北端ジャンム・カシミール州の冬の州都ジャンム市から更に西北に車で一時間近く入った山間の町ウダンプルの高校生でした。この話は、お祖母さんのラニ(六十歳)から聞いたということです。この話から「三つの魔法の品とふしぎな薬草」までの五話はすべてドーグリー語で採録されました。ドーグリー語というのは、ジャンム市を中心に、現在、約百三十万の人たちが使っている、インド・ヨーロッパ語系統の方言で、極く少数の例外を除けば、印刷に付されるようになったのは、一九四七年のインド独立以後のことです。この話の類話は同州にも北インドの他の州にもあります。主人公のバラモンというのは、インドのカースト制度中で最高位の、本来祭祀を司る僧侶階級のことですが、今ではいろいろな職業についています。類話の中には主人公を木こりとしたり、主人公とライオンが知り合う経過を詳しく説明したり、ライオンの家来に白鳥やカラスを登場させたりしている複雑な例もあります。それらに較べると、ここに紹介した話は簡にして要を得ていると言えるでしょう。
語り手 シャンカル・ダス
採録地 ウダンプル
採録年月日 一九六三年二月六日
採録者 前田式子
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●暗愚国の話
語り手のシン・チャラクは、パキスタンとの国境に程近い西北インドのアクヌールという小さな町の高校の校庭で、当時はまだ珍しかったテープ・レコーダーの前に長い列を作った高校生の一人です。インド全土に広く流布しているお話(AT1534A)で、大別して二つの型があり、北インド型では、この話のように、師匠と弟子(たち)とが登場し、なんでもかんでも同一価格で売られている国で、いかがわしい甘言に乗せられて自ら処刑される為政者の暗愚に力点が置かれていますが、南インド型では、通常、師匠と弟子とは登場せず、壊れた建築物をめぐる数々の責任転嫁と、無実であるにもかかわらず縛り首の縄に首が合うばかりに処刑される、大食いで怠け者の太った男――コーマティという商人階級の男のことが多いのですが――への嘲笑とに重点が置かれ、どちらの型でも、しばしば、いろいろな諺と結びついて語られています。なお、文中に「一キロ二パイサ」とありますが、一パイサは、現在、インドの最小貨幣単位です。
語り手 シン・チャラク
採録地 アクヌール
採録年月日 一九六二年十二月三十一日
採録者 前田式子
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●塩の味
語り手ケーム・ラージは、「暗愚国の話」の語り手と同じアクヌールの高校一年生で、母のシター(四十歳)から聞いたということです。シェークスピアの「リア王」を思わせる話(AT923)ですが、インド各地に類話が多く、この地方でも同じ時期に八つの類話が採録されています。七番目の末娘(一話のみ四番目)が「父王を塩のように大切に思う」と答えて父王の怒りを買い、この話のように貧乏な男と結婚させられるか(六話)、森に捨てられます(二話)が、結局は裕福となり、父王を招いて塩気のない料理を出し、その非を悟らせるという大筋は八話に共通しています。しかしその経緯はまちまちで、この地方の定型といったものはないようです。日本ではよく「とんびに油揚をさらわれる」と言いますが、インドではとんびがなにか光ったものをさらう例が多く、ここに紹介した「とんびが蛇の代わりに高価な首飾りを落としていく」というモチーフは、いろいろな型の物語の中に見られます。実際、晴れた日に、遠くヒマラヤの山々を背景に、真青な空の下を、たくさんのとんびが大きく輪を描いて、悠々と舞っているのを見ると、こんなモチーフがこの地方の民話に頻繁に見られるのも、なるほどと頷けるような気がします。なお、王女たちの代わりに王子たちを主人公とする類話(AT923B)も二話ほど採録されました。
前話の解説でも触れたように、一パイサは現在インドの最小貨幣単位ですが、一アンナは、今では正式には使われなくなったインドのやや古い、小額の貨幣単位です。民話などにはまだ時々出てきますが、一アンナは二十五パイサにあたり、四アンナは百パイサ、すなわち、インドの標準通貨である一ルピーにあたります。
語り手 ケーム・ラージ
採録地 アクヌール
採録年月日 一九六二年十二月三十一日
採録者 前田式子
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●半分小僧
語り手シャルダーは、当時十二歳。インド最北端のジャンム・カシミール州の冬の州都ジャンム市の女学生でした。この時の採集で、八つの類話が収録され、同地ではよく知られた話です。(1)子供のない王が苦労して七人の子供を授かりますが、七人目は半分小僧(またはイタチに似た息子)であるという導入部、(2)七人が成人して職を求めに出かける展開部、(3)半分小僧が壺屋につとめてそこの子供をおどかし、大金をロバに食べさせ、そのロバを貰って帰り、棒でたたいて食べた大金を吐きださせる中核部、(4)兄たちがそのロバを高値で買い取ってたたきますが、徒労に終わる終結部の四部から成り、中核部はどの類話でもほぼ一定しています。展開部では、七人兄弟が鬼の家に泊まり、半分小僧が機転をきかせて鬼の七人の子供と寝床を取りかえて難を逃れるという有名な挿話(AT1119)が入っていることが多いのですが、この話では抜けています。終結部のあとに、インドだけでなく世界に広く流布している兄たちの再三にわたる復讐と失敗(AT1653D・1535)が続くこともありますが、この物語の語り手シャルダーは、その部分を別に独立した話として語っています。「塩の味」の解説でも触れたように、一ルピーはインドの通貨の標準的な単位です。
語り手 シャルダー
採録地 ジャンム
採録年月日 一九六三年一月二十一日
採録者 前田式子
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●三つの魔法の品とふしぎな薬草
「半分小僧」と同じシャルダーの語りです。魔法の品物の入手・紛失・回復という大きな主題に、変身の効力のある食物(ここでは薬草)のモチーフが結びついた物語(AT566)で、インドだけでなく世界的に流布している型ですが、ジャンムでもこの時期に、この話を含めて六つの類話が採録されました。そのうちの五話までが、この話と同じように、早死にする宿命の少年を主人公とし、その後の展開でも類話間の異同は比較的少なく、ジャンムに特徴的な地方型をもつ複合説話の好例の一つです。ここに紹介した話は、最後のところが、少し先を急いで素っ気なくなってしまっているきらいはありますが、六話の中では一番よく纒まっていて標準的な例と言えるでしょう。文中で、生き返った少年がつぶやく「ラーム、ラーム」というのは、インドで神様のように崇められている王様の名前で、日本の「なむあみだぶつ」とか「なむまいだ」のように、神仏への敬虔な思いを込めて、インド人がよく口にする言葉です。また、「九ラックもする首飾り」が出てきますが、一ラックは十万ルピーで、インドの大金の単位です。「十ラック」と言わないで、「九ラック」というところが面白いですね。
語り手 シャルダー
採録地 ジャンム
採録年月日 一九六三年一月十九日
採録者 前田式子
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●王様の名前
ナスレッディンのとんち話はトルコ、ペルシャ、アゼルバイジャン、ウズベクなど、西アジアと中央アジアを中心に、二三の民族の間で伝承されており、話の数も豊富です。
『二三人のナスレッディン』(モスクワ、一九七八年刊)という本には千百話を越える話が収められています。話の主人公はトルコではホジャ・ナスレッディン、アゼルバイジャンではモルラ・ナスレッディン、ウズベクではナスレッディン・アファンディと呼ばれます。
ナスレッディンの職業は裁判官や大蔵大臣になっている話があるかと思うと、盗人になっている話もあって、さまざまです。ここに紹介したウズベクのナスレッディンは策略を用いて王様をペテンにかけ、まんまと金貨をせしめる、なかなか抜け目のない男ですが、コーカサスには間の抜けたナスレッディンがいます。広場でいちじくをただで配っているといって町の人たちをかつぎ、町じゅうの人がナスレッディンのいたずらにひっかかって、広場へかけつけるのを見ているうち、じぶんもじっとしていられなくなって、器をもって広場へかけつけるのです。自分の仕組んだいたずらに自分でひっかかるという天性の道化者です。人々の心に笑いの種を配って歩くこのコーカサスのナスレッディンも、ほんとうはウズベクのナスレッディンに劣らぬ知恵者といえるのかも知れません。
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●貧しい男の運
なまけものが主人公の話はたくさんありますが、じっと動かないでいて果報者になるというのはあまり例のない話です。
これは、人びとの八割ちかくが回教徒のトルコの話ですが、黒海をへだてた隣のブルガリアにも、似たようななまけものの農夫の話があります。しかし、そちらの結末は悲劇的で、農夫は手痛いめにあうという教訓的要素をふくんでいます。一般にトルコの民話が求めるものは愛や財宝などが多く、ほとんどの場合、主人公はそれらを得て幸せになります。
この話は、バルカン諸国の民話研究家のニコライ・トドロフが、ブルガリアに住むトルコ人から採話したものです。
男は木を売ってその日のくらしをたてており、金貨はのどから手がでるほど欲しいのですが、それでも、自分の足もとにころがってくるまで待っています。他の神をみとめない、戒律のきびしいアッラーの神も、時には気まぐれに、なまけものにも幸運をもたらしますが、いつもそうとは限らないのが、また愉快です。
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●木こりとテーブル
うばわれた二つの魔法の品をこん棒でとり戻すお話で、多くの国で語り継がれています。魔法の品は、テーブルとろばとこん棒の話が一般的ですが、それぞれの国にゆかりの深いものとして、雄鶏や粉ひき臼(うす)や羊などが登場することもあり、農業国アルバニアの話では、大きなかぼちゃがごちそうをだします。
トルコは、歴史的にも地理的にも東西文化の接点で、アラビアの「千一夜物語」や、ペルシャの「トゥーティーナーメ」などの影響のうえにヨーロッパ民話が重なっていて、東西の要素がまじりあっています。
この話は、トルコとブルガリアの国境近くに住む人びとのあいだで語られている話を、一九六〇年頃、アノゲル・カラリーティフが採集したものです。
主人公が「おーふ!」とため息をつくと、井戸や泉から老人があらわれる話は、東欧やロシアの「悪魔とその弟子」にもみられます。
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●カメレオンとトカゲ
この話は中央アフリカ共和国に住むマルギ人の話です。
死の起源を語る話は、ここにあげたように、本来いつまでも生きられるはずだったのに、ちょっとした間違いやいきちがいで、死ななければならなくなるというものが多く、似たような話は世界中に分布しています。同じアフリカの例をひとつ挙げると、ナイジェリア東部のイボ人の話では、犬を使いに送りますが道草をくい、その間に意地悪なヒキガエルが神様のところにいって、人は生き返りたいとは思っていないと、うそを伝えてしまいます。その結果、人は生き返ることができなくなります。
このように使いに選ばれる動物は地域や民族によってさまざまですが、マルギのカメレオンとトカゲの例などは、彼らの自然観察のするどさをうかがわせます。日本のトカゲ同様、アフリカのトカゲも実にすばしっこく、壁でも天井でもところかまわず走り回ります。それに対してカメレオンのほうは極端に動作がのろく、まるで一歩一歩足もとを確かめながら歩くようだといいます。ナイジェリア南西部のヨルバ人は、そうしたカメレオンの歩き方に注目し、大地創造の神話の中で、出来たばかりの大地が十分に固まったかどうか確かめる役目を、カメレオンに与えているほどです。マルギの話は、このように対照的な二つの動物をうまく使ったものと言えましょう。
→本文
●亀とウサギ
この話はカメルーンに住むバフト人に伝わる話です。
ウサギと亀の競走は、日本でも有名な話のひとつですが、このアフリカの話ではウサギが油断したからではなく、亀が知恵を働かせたおかげで勝ったことになっています。
この話の亀のように、人一倍知恵の働く主人公が、その頭を使っていたずらを仕掛けたり、うぬぼれ者の相手をこらしめたりという話は世界の各地に見られます。そうした話の主人公は、ひとまとめにしてトリックスター(いたずら者)と呼びますが、トリックスターとして登場する動物の姿形はいろいろで、たとえばアフリカの場合、地域によって蜘蛛(クモ)やウサギのこともあります。この話の中ではやり込められる側のウサギも、別の地方にいけばトリックスターとして、ライオンや象、人間などを手玉にとり、人々を楽しませているのです。
→本文
●千四百個の宝貝
この話の面白さは、ほんのささいな出来事から思いもかけない方向に、どんどんストーリーが広がっていく点にあるといえましょう。一つ一つのエピソードは歌の形で表され、話が進むにつれてどんどん長くなっていきますが、その歌は同じ言葉の繰り返しのようでいながら、一つ一つに微妙な違いが見られるのが面白いですね。
これと同様の話には、ロシアの「大きなかぶ」やヨーロッパに広がっている「おばあさんと豚」などがあり、累積昔話と呼ばれています。ストーリーが途中で折り返し、同じ筋道を辿ってもう一度出発点に戻るところなどは、「おばあさんと豚」の話とほとんど変わりません。
ただ、この「宝貝」の話で特徴的なのは、折り返し点として王様が大きな役割を果たしていることでしょう。このような王様の役割は、ヨルバの伝統的な社会のあり方を反映したものと見られます。
ヨルバはナイジェリア南西部に住み、総人口は千五百万人(一九七三年推定)に達する大民族ですが、その社会はいくつもの王国に分かれ、王様は全知全能の神に等しい存在と見なされてきました。土地争いでも、夫婦げんかでも、物事がこじれてどうしようもなくなった時には、王様のところにいきさえすればいい、そうすれば、誰もが満足する形で解決してもらえる。ヨルバの人たちは、そんなふうに考えて何百年も生きてきたのです。そうした彼らの考え方が、この話にも表れているといえましょう。
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●エシュ神の悪戯
これは、ナイジェリア南西部のヨルバ人に伝わる神話の一部分です。本文中にも出てくるように、ヨルバは太陽の神や月の神など数百にのぼる神々を信仰しており、その点では日本人に似ているのですが、それらの神々の中でもエシュという神様はちょっと変わっています。この神様は、大の悪戯好きで、トリックスターのようにいろいろな悪さをして、ほかの神様や人間たちを困らせると考えられているのです。
ここに取り上げた話は、エシュのそうしたトリックスター的な側面をよく表したもので、彼のせいで太陽と月の動きが狂い、昼と夜が逆転してしまうというのですから、その悪戯ぶりも徹底しています。エシュの悪戯については、ほかにも面白い話がたくさんあるのですが、この神様はいつもいつも悪戯ばかりやっているわけではありません。
エシュの本来の仕事は、人々が神様に捧げた供物を運んだり、人々の願い事を神様に伝えたりすることで、彼がいなければ神様たちはみんな飢えてしまい、人間も神様の御利益にあずかれないというくらい、大切な存在なのです。それほど重要な位置にある神様が、悪戯好きでみんなを困らせては喜んでいるというのは、いかにも冗談好きのヨルバらしいという気がします。
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●悪童サンバ
自称をフルベという人々は、西アフリカ、サハラ砂漠の南縁部にひろがるサヘル地域一帯を生活域にしています。その総数は七百万人をこすとみられ、多くは雨季の天水を利用した農耕も行いますが、牛を中心にした牧畜を生活の基盤にしています。
フルベ族の最大の特質は、いわゆる黒人アフリカに住みながら、黒人諸族とは系統を異にすることです。肌色は赤褐色で、鼻や唇の形も黒人とは異なり、言葉も違います。
この話を採録したのは、アフリカ大陸の最西端に位置する国セネガルに住むフルベ族社会ですが、そこでも、人々は、自分たちは黒人とは違うという意識を強く持っています。その意識は、たとえばフルベ族が自分たちに独自のものとする行動規範にもあらわれています。つまり、日々の行動においてもほかの黒人諸族との差異を強調するのです。彼らの社会は全体にある種の緊張が感じられるのですが、そういった中でこの種の話が語られるということは、興味深いといえましょう。
この話自体は一九七四年、初めてフルベ社会を訪れた時、セネガル中央部のジョロフとよばれる地域内のある村で採録したものです。夜の語りの席で、子供や青年たちが動物を主人公にした話を多く語ってくれた後、三十歳くらいの男が声を低めて、マイクに語りかけるようにして、話しました。その後、老人たちがこの種の話を子供たちのいる前でするべきではないといっていたのが、印象に残っています。(小川了)
採録地 セネガル
採録年 一九七四年
採録者 小川了
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●まじない師とバッファロー
この話は、北米先住民の中でも大平原地帯でバッファロー(アメリカ野牛)を追って生活していた部族に広く伝わっているもので、ティピィ(移動式テント小屋)による生活や、「メディシンマン」と呼ばれるまじない師が創造主と交信していたことなど、彼らの様子や風習を教えてくれます。また、生活の糧となる生き物に対する畏敬の念を失うとどうなるかという警告も、胸を打ちます。類話では、バッファローの精霊が娘となって現れ、村の若者と結婚するという異類婚姻話や、精霊の使いである見知らぬ若者が飢えに苦しむ村を救うという話が一般的です。この話は、先住民の地位向上を目指して活躍中の語り手(クリー族)から聞いたものを、アレンジしました。
語り手 リチャード・シマガニス
採録地 カナダ カルガリー
採録年月日 一九八五年六月十三日
採録者 阿彦周宜
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●ビーバーとミンク
これは、バンクーバー(カナダ)周辺のコーストセリッシュ族に伝わる話ですが、ビーバーとミンクの由来話は、北西海岸や湖沼地帯の部族にもよく見られます。また、この話は、創造主がこの世を造った頃は、生き物同士が話し合うこともでき、兄弟として仲良く暮らしていたのに、創造主の教えに背いたため、精霊によって現在のような姿に変えられたという北米先住民の民話に共通するパターンを持っています。また、神や聖者がこの世を遊行し、歓迎すれば幸福を授けられるが、ひどい仕打ちをしたために現在の状態にされたという類話が世界各地にあるのは、興味深いことです。また、この話の語り口には、次世代たちに伝えようとする教訓がにじみ出ています。
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●空飛ぶ奴隷たち
これは、今から三百年前フランス人によって奴隷として船でアフリカからカリブ諸島に連れてこられた人々が、全員空を飛んで故郷に帰ったという話です。類話には、上陸を前にした黒人たちが盲目になって島の奥に逃げて消えてしまったという話や、上陸後に海を歩いてアフリカに戻ってしまう話が、カリブ諸島やアメリカ合衆国の大西洋岸に伝えられています。アメリカ黒人の民話には、アフリカから伝えられた話だけではなく、奴隷の過酷な境遇から解放されたいという悲壮な思いから生まれたものもあることがわかります。
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●タール・ベイビィ
これは、アメリカ合衆国の大変有名な話です。ウサギがトリックスターとして登場する話はアフリカに多いため、この話も奴隷として連れてこられた黒人たちが、故郷を思い出しながら語ったものと考えられます。類話には、ウサギどんの相手が悪役のキツネどんだったり非情な農場主の場合もあり、白人社会の抑圧をはねのけようとする黒人の思いがうかがえます。この話が世界的に知られるようになったのは、白人作家のジョエル・チャンドラー・ハリスがまとめた『リーマスじいやの物語』(一八八○年)によります。最近では、黒人女流作家のトニ・モリソンが『タール・ベイビィ』という小説を発表したり、語り部のジャッキー・トレンスが一連のウサギどんの話を語り続けているように、黒人たちがこの話に寄せる思いには、大変深いものがあります。
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●木こりの巨人、ポール・バニヤン
北米大陸の民話には、先住民(インディアン)の話やアフリカから連れてこられた黒人たちが持ち込んだものや、白人移民たちがヨーロッパから伝えた話などがあります。さらには、開拓民たちが苦しい生活体験の中から生み出した愉快なトール・テール(ほら話)があり、その代表がポール・バニヤンの話です。大西洋の大筏のベビー・ベッドで育ったポールは大巨人となり、大きな雄牛や仲間を連れて、アメリカ全土で木こりをします。斧でグランド・キャニオンを造ったり、シャベルで五大湖やミシシッピ川や、ピュージェット湾を掘ったりします。ポールの話は、スカンジナビア方面からやってきた移民たちが伝えた木こりの話が起源になっているともいわれています。しかし、現在入手できる資料は、製材会社の宣伝物語を始め創作されたものが多く、純粋に口承によるものはなくなりつつあります。それでも、野放図で屈託のないポール・バニヤンの話は、いかにもアメリカ的で、広い大地にふさわしいスケールを感じさせます。
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●天上の結婚式
この「天上の宴会」の話は南米のアンデス地域に住む原住民ケチュア族に広く伝えられているものです。地方色豊かな話で、ラクダ科の草食動物ビクーニャや、とうもろこしを発酵させてつくるチチャ酒や、この繊維から縄をつくるチャグアルや、水洗いした小さな粒をスープやかゆにして食べるキノアなど、めずらしいものが登場します。
ビダルがアルゼンチンで集めた二十六話のうち、二十話はこの話のような食物の起源の話で、そのうちの六話は主人公が狐ではなく虫になっています。虫の場合は天上から落ちたために皮膚にしみができたというように、しみの由来を説明する話になっています。
語り手は、アンデス高地に住む当時六十四歳の読み書きのできない原住民女性レウカリア・チョコロバル・デ・フローレスです。この語り手は現在、ケチュア語は話しませんが、ところどころにケチュア語がまじる、かなりなまりのあるスペイン語で語っています。屈託なく世間話をしているような口調です。
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●マテ茶
南米のアルゼンチンのミシオネス地方はブラジル南部とパラグアイの国境に接している所で、モチノキ科の常緑樹、マテ茶の木が自生する所です。この地方に住む原住民グアラニー族は、マテ茶を薬として使っていました。また、この地域はスペイン人によるキリスト教の布教が行なわれた所でもあるため、マテ茶の木の起源がキリスト教の神と結びついて語られています。
「マテ茶の木の起源」の話は、神様を手厚くもてなしたお礼に、娘を役に立つマテ茶の木に変身させてもらったというテーマが中心となっています。娘の変身の理由の一つは、このお話のように、父親が年をとって娘を養うことができないからというものの他に、娘を美しいままにしておきたいからというものがあります。アルゼンチンでは、「マテ茶の木の起源」に加えて、この乙女がマテ茶の木の精となってマテ茶畑に出没すると信じられています。
ここでとり上げた「マテ茶の木の起源」は、当時三十八歳の原住民で、グアラニー語とスペイン語の両方を話すドミンゴ・ダニエル・メジェルという一九一三年生まれの男の人が語ったものです。「カア・シ(マテ茶の木の母さん)」は、同じミシオネス地方に住む四十五歳のマテ茶摘みの男性キンティン・アクーニャが語った話です。カア・シが実在するものとして生き生きと語られています。
→本文
あとがき
斎藤君子
本書は世界の民話に関する案内書である『ガイドブック世界の民話』(講談社)の、いわば姉妹編にあたり、世界の昔話を上下各五十話ずつ、あわせて百話収めたものです。
本書の企画は、「日本民話の会」で外国の民話を研究する仲間が月に一度、弁当持参で集まり、たがいの知識を分かちあい、勉強を続けるなかで、「ガイドブックに取りあげた話を語り手が語ったままの形で伝えたい」という声があがって実現したものです。話の選択からはじまり、ときには口角泡を飛ばして議論を闘わせ、にぎやかな共同作業を重ねました。仲間の中には途中で海外留学をした人も何人かありました。
話の選択にあたっては、文学者による手の加わっていない、無名の語り手が語ったままを忠実に記録した、いわば昔話の原資料集から選ぶことを原則としました。中にはアイヌ、韓国、インド、アフリカのように、訳者自身が直接、語り手を訪ねて書き留めた、貴重な話も含まれています。しかし、国によって民話研究の現状は一様ではなく、インドネシアのように原資料集といえるものがないために、編纂者が文学的改作を加えたものを使わざるをえない場合もありました。その点をあらかじめお断りしておきます。
巻末の解説には、話の背景にある生活や、その民族特有の観念、語り手、およびその話を記録した人に関する情報などをできるだけ詳しくいれるよう、工夫したつもりです。しかし、頁数の関係で割愛せざるをえなかった部分も少なくありません。さらに一歩、昔話の世界に足を踏みいれてみたいという方には、『ガイドブック世界の民話』をあわせてお読みいただきたいと思います。ガイドブックには話の粗筋(あらすじ)の他に、どんな場で民話が語られ、それが生活の中でどのような役割を果たしてきたかといった問題や、年中行事と民話の関係など、民話をとりまくさまざまな問題が取りあげられています。
ヨーロッパという共通の文化の中で育った昔話を収めた上巻の場合と違い、下巻には歴史も文化も異なるさまざまな民族の昔話が収められています。本書を一読された方は、中国やインドのように早くから文明が開けた国の話と、シベリアやアフリカのように比較的最近まで狩猟採集によって暮らしてきた民族の話とでは、かなりおもむきが異なることにすでにお気づきでしょう。中国やインドの話がヨーロッパの話と同様、早くから娯楽として発達してきたのに対し、狩猟採集民の話は娯楽である以前に、生産活動を助ける呪力をもつものとして、たいせつな役割を担ってきました。人の口から発せられた言葉は文字どおり生きていて、人びとをとりまく自然や森の動物たち、あるいはそれらを司っている神に働きかけ、人間に幸福をもたらしたり、魔物を追い払ったりする力をもっていたのです。
しかし、近年、世界的な文明化の波に洗われ、伝統的な生活様式が崩壊する中で、語りの場も急速に姿を消しつつあるのが現状です。他方、マスコミの発達により、「白雪姫」や「シンデレラ」など、主としてヨーロッパの華麗な昔話が世界中に伝わり、各地に根を下ろしています。
そうした現実のなかで、わたしたちは今こそ人びとの血と汗のにじんだ、荒削りでもエネルギーに満ちた話を伝えたいと考えました。ここに紹介した話はいずれも文学作品としてはけっしてスマートではなく、完成されたものとはいえないかもしれません。しかし、それだからこそ、高度に「文明化」した時代に生きるわたしたちがすでに忘れかけているたいせつなものを再び心によみがえらせてくれる力を秘めているのだと思うのです。自然破壊が地球規模で深刻化している現在、昔話は自然や物とのかかわり方についても、わたしたちにさまざまな問いかけをしてくれています。
昔話というものは、たとえ同じ筋の話でも、語り手が百人いれば、百通りの語りがあるものです。本書の翻訳にあたって、わたしたちはひとりひとりの語り手のリズムや息づかいが伝わるように努めたつもりです。文体や漢字の使い方などについては、話の性質がひとつひとつ異なりますし、訳者の好みもありますので、あえて統一しませんでした。
なお、『(上)ヨーロッパ』の解説に付けたAT番号は、『(下)アジア、アフリカ、アメリカ』には付けませんでした。AT番号自体がヨーロッパの昔話を中心に作られているため、ここにおさめた話の多くがこれに該当しないからです。
最後に、いつも貴重な助言をしてわたしたちを励まし続けてくださっている吉沢和夫さんをはじめ、松谷みよ子さん、佐東一さん、出版をこころよく引き受けてくださった文庫出版局の宍戸芳夫さん、佐藤瓔子さんに心からお礼を申し上げます。
一九九一年十二月
執筆者紹介
浅香幸枝(あさか・さちえ)
一九五七年生まれ。国際関係論専攻。共著に『ラテンアメリカ都市と社会』(新評論)、論文に「エルミロ・アブレウ・ゴメスとメキシコ児童文学の誕生」(日本・スペイン・ラテンアメリカ学会)など。
阿彦周宜(あひこ・しゅうぎ)
一九四八年生まれ。東京都立大学大学院修士課程(米文学)修了。横浜市立大学助教授。日本アメリカ文学会、日本民話の会会員。著書に『遊芸の世間師』(一声社)、論文に「現代アメリカの語り手たち」など。
斎藤君子(さいとう・きみこ)
一九四四年生まれ。ソビエト諸民族の民話研究。訳書にプロップ著『魔法昔話の起源』『ロシア昔話』(せりか書房)、『カムチャトカにトナカイを追う』(平凡社)、編訳書に『シベリア民話集』(岩波文庫)など。
志賀雪湖(しが・せつこ)
一九五八年生まれ。アイヌ語専攻。大学書林国際語学アカデミー講師。
崔 仁鶴(チェ・インハク)
一九三四年韓国慶尚北道金泉市に生まれる。比較民俗学専攻。仁荷大学教授。著書・編書に『韓国昔話の研究』(弘文堂)、『韓国の昔話』(三弥井書店)、『朝鮮昔話百選』(日本放送出版協会)、『韓国説話論』(螢雪社)など。
中川 裕(なかがわ・ひろし)
一九五五年生まれ。アイヌ語学、アイヌ文学研究。共著に『アイヌ文化の基礎知識』(アイヌ民族博物館)、『民族接触 北の視点から』(六興出版)。
馬場英子(ばば・えいこ)
一九五〇年生まれ。中国の民話、わらべ唄を研究。共編訳書に『北京のわらべうた』(研文出版)、共訳書に『苗族民話集』(平凡社)など。新潟大学教員。
前田式子(まえだ・のりこ)
一九三三年生まれ。サンスクリット、パーリ、ヒンディー語などを学ぶ。翻訳に『マハーバーラタ ― サーヴィトリー物語』、共著に『身代わり花むこ』『インドの昔話』(春秋社)など。
八百板洋子(やおいた・ようこ)
一九四六年生まれ。ブルガリア・マケドニア文学研究。著書・翻訳に『ふたつの情念』(新読書社・第十三回、日本翻訳文化賞特別賞)、『世界のメルヘン』『おはなし絵本館』(講談社)、『十二の月のおくりもの』(学研)など。
渡部重行(わたべ・しげゆき)
一九五二年生まれ。東京都立大学大学院で社会人類学を専攻。一九八一年から八三年までナイジェリアでヨルバ人の調査を行う。専修大学助教授。論文「力と権威 ヨルバのaseをめぐって」(「民族学研究」四九―一)など。
渡辺紀子(わたなべ・のりこ)
一九四一年生まれ。インドネシア語専攻。
出典
●カラスとフクロウ
Г.А.Меновщиков,Эскимосские сказки.
Магадан,1958.
●シャチの国へいった男
Г.А.Меновщиков,Эскимосские сказки
и легенды.Магадан,1969.
●手まりをもった女
Сказки и мифы народов Чукотки и
Камчатки.М., 1974. ●縫いものをするクトフ
Сказки и мифы народов Чукотки
и Камчатки.М., 1974.
●キツネとカワメンタイ
Эвенкийские народные сказки.
Якутск,1960.
●小さい男と魔物のマンギ
Фольклор эвенков Прибайкалья.
Улан−Удэ,1967.
●貧乏じさまと物持ちじさま
О.П.Суник,Ульчский язык.Л., 1985.
●この世にセミの生まれたわけ
Н.А.Невский,Айнский Фольклор.
М., 1972. ●キツネ神とカワウソ神
Н.А.Невский,Айнский Фольклор.
М., 1972.
●ブタの化け物 猪八戒(ちよはつかい)
雑誌『民俗』二期、広東、1928年。
●ヘビのだんな
雑誌『民俗』三一期、広東、1938年。
●ふしぎな十人兄弟
林蘭編『怪兄弟』上海、1930年。
●チャンさんと龍宮女房
孫剣冰『天牛郎配夫妻』上海、1983年。
●ふみだんちゃん、しきいちゃん、ささらちゃん
孫剣冰『天牛郎配夫妻』上海、1983年。 ●ガマ息子
劉輝豪、阿羅編『哈尼族民間故事選』上海、1989年。
●ガチョウ飼いの娘とヤマンバ
楊通山他編『〓族民間故事選』上海、1982年。
●チンバオ
楊通山他編『〓族民間故事選』上海、1982年。
●兄と弟
怒江族自治州『族民間故事選』編輯組編『族民間故事選』雲南、1984年。
●もの言う敷居
怒江族自治州『族民間故事選』編輯組編『族民間故事選』雲南、1984年。
●月の女神をほしがった巨人
E. Siswojo, Kumpulan dongeng kita, Jakarta, 1983. ●亀さんの笛
Ajip Rosidi, Si Kabayan dan beberapa dongeng Sunda lainnya, Jakarta, 1961.
●モクセルさんの女房
Urusan Adat-Istiadat Dan Cerita Rakyat Jawatan Kebudayaan P. D & K., Cerita rakyat III, Jakarta, 1963.
●王様の名前
Проделки хитрецов.М., 1972.
●貧しい男の運
Н.П.Тодоров,Приказки на
балканските Народи.Т.1,София,1979.
●木こりとテーブル
А.Каралийчев,Приказки на
балканските народи.Т.1,София,1979. ●カメレオンとトカゲ
U. Beier (ed), The Origin of Life & Death. London, 1966.
●千四百個の宝貝
Abayomi Fuja, Fourteen Hundred Cowries. Ibadan, 1967.
●エシュ神の悪戯
Lee Frobenius, The Voice of Africa. New York, 1980.
●ビーバーとミンク
Carol Batdorf, The Talking Stick. Bellingham, 1985.
●空飛ぶ奴隷たち
Langston Hughes & Arna Bontemps (ed.), Book of Negro Folklore. New York, 1958.
●タール・ベイビィ
Langston Hughes & Arna Bontemps (ed.), Book of Negro Folklore. New York, 1958. ●木こりの巨人、ポール・バニヤン
Esther Shephard, Paul Bunyan. New York, 1924.
●天上の結婚式
Berta Elena Vidal de Battini, Cuentos y Leyendas Populares de la Argentina, Tomo II, Ediciones Cultulares Argentinas, Secretaria de Estado de Cultura, Ministerio de Cultura y Educacio´n, 1980. pp. 605-606.
●マテ茶
Berta Elena Vidal de Battini, Cuentos y Leyendas Populares de la Argentina, Tomo VII, Ediciones Cultulares Argentinas, Secretaria de Estado de Cultura, Ministerio de Educacio´n y Justicia, 1984, Argentinas. pp. 474-475, pp. 466-467.
本電子文庫は、講談社文庫版(一九九一年一二月刊)を底本としました。
世界(せかい)昔(むかし)ばなし(下)アジア・アフリカ・アメリカ
電子文庫パブリ版
日本(にほん)民話(みんわ)の会(かい) 編訳
(C)Nihon Minwa No Kai 2001
二〇〇一年四月一三日発行(デコ)
発行者 中沢義彦
発行所 株式会社 講談社
東京都文京区音羽二‐一二‐二一
〒112-8001
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