TITLE : 世界昔ばなし(上) ヨーロッパ
講談社電子文庫
世界昔ばなし(上) ヨーロッパ
日本民話の会 編訳
目 次
『世界昔ばなし』によせて  木下順二
北欧・東欧
フィンランド
きつねとえもの
不思議なひきうす
ロシア
はえのお屋敷
どこか知らんとこの、
なんだかわからんもの
地下ぐらの娘
埋蔵金
二人の兄弟
キンダーソヴォ村の男たち、
ペテルブルグへ行く
キンダーソヴォ村での舟作り
ポーランド
橋の上の幸福(しあわせ)
シャーヌフの衆、
新しい教会を建てること
シャーヌフとコシャリンの町境は
どうして決めた?
ブルガリア
つばさをもらった月
娘と十二の月
金の鳥
森の悪魔と兄弟
お百姓と卵
中欧
ドイツ
ヘッセンにやぎがやってきたわけ
狼と七匹の子やぎ
小さな白猫
蛙の王様
ルンペルシュティルツヒェン
白雪姫
ふしぎなおじいさん
肝っ玉ヨハン
オーストリア
長い眠り
猫の水車小屋
小人の贈り物
魚よ、くっつけ
賭け
西欧
イギリス
ガラスの山
いぐさのコート
鍛冶屋の弟子
リビンとロビンと
茶色のリーヴァイ
おかみさんとベリーの木
フランス
猫と仲間たち
七つ頭の獣
ジャックじいさん
迷いっ子
ジャネットと悪魔
ドラックと美しいフロリーヌ
ディクトンさん
南欧
スペイン
熊のフワン
はなたれ小僧
ティルソ王の息子
イタリア
プレッツェモリーナ
べーネ・ミーオ
三つのオレンジ
うかれヴァイオリン
ものいう小鳥
解説
あとがき
執筆者紹介
出典
世界昔ばなし(上) ヨーロッパ
『世界昔ばなし』によせて
この本の何よりの特徴は、誰かが手を入れたいわゆる再話をではなく、口で語られた話そのままを活字にしていることだ。だがこの場合は、なにしろ外国語の話だから、翻訳の上で、さぞかし難事業だったろうと思われる。
ヨーロッパの話が五十、アジア・アフリカ・アメリカの話が五十。これはたぶん日本で初めての試みで、しかしそれだけ、各民族の発想や生活感情、生活様式などがじかに感じとられる点、まことに貴重な収穫であるといえる。
また例えばこういう問題がある。日本の民話と世界の民話に非常に似たものがあり、しかしなぜそうであるのかの理由は、未だに解明されていない。最も典型的なものは、日本の「味噌買い橋」とイギリスの「スウォファムの行商人」の相似性だが、今度の刊行は、そういう問題を考える手がかりも与えてくれるに違いない。
つけ加えれば、『ガイドブック日本の民話』と『ガイドブック世界の民話』という本が講談社から既刊されているが、この二冊をいわば概論書と考えれば、本書はその豊富な実例を与えてくれるわけで、これらの書物を組み合わせて活用することにより、まだ誰も気がついていなかった新しい問題点が与えられるかも知れないという期待をも、われわれは持つことができる。
そしてそれらの期待は、これらの本を漫然と読むことからではなく、われわれがいかに考えながら読むかということによって充たされるであろうということも、忘れてはならないだろう。
一九九一年 冬
木下順二
フィンランド
きつねとえもの
→解説
一人の漁師が魚の入った大かごを、引っぱって歩いていました。それを見たきつねは死んだふりをして道に倒れて待っていました。
きつねを見つけた漁師は大かごの上にポンとほうりあげて言いました。
「こりゃいいや。何もないよりましと言うもんだ」
漁師は家につくと、おかみさんに、魚がいっぱいとれたから、なべを火にかけるようにと言いました。ところが大かごの中はからっぽ、何もありませんでした。きつねが魚をぜんぶ森へほうりこみ、じぶんもさっさと逃げてしまったのです。おかげで、漁師とおかみさんはどうしようもなくなってしまいました。
狼はきつねがえものの魚を拾い集めているのを見てききました。
「これをどこでもらったんだい?」
「インモラ村の井戸(いど)から、しっぽで釣(つ)ってきたのさ。おまえさんも空に星が光っているころに行けば釣れるよ」
と教えました。それを聞いた狼は井戸で釣りをしようと、とても寒い夜に出かけて行きました。
井戸にしっぽを垂らした狼は、しばらく座りこんで待っていましたが、ピクッともこなければ、魚が寄ってもきませんでした。
一方、きつねはおかみさんの家を訪ね、「狼がおかみさんとこの井戸で、クソをしているよ!」と言いました。
おかみさんたちが棒を持って狼を追い払いに行くと、狼はしっぽが強く凍りついていて、抜くことも逃げることもできなくなっていました。そこで、おかみさんたちは狼を袋だたきにしてしまいました。
さて、きつねはおかみさんたちが狼をたたきのめしている間に母屋(おもや)に飛びこみました。かまどの乾燥台にバター作りの筒が温めてあるのを見つけると、飛びついてなめまわり、頭から耳からベタベタに汚してしまいました。狼の所へ戻ったきつねは、どんなにひどい目にあったかとぐちをこぼしている狼に向かって言いました。
「見てくれよ。おれだってひどくやられたんだよ。ほら、脳みそが耳まで垂れちゃってるだろう!」
「あれーっ。おれのほうがまだましだあ!」と狼はきつねを背負って歩きだしました。
きつねは狼の背中で歌を歌っていました。
「病人が元気な人を背負って歩くなんて、おかしな話!」
(荻原・金杉・米屋)
不思議なひきうす
→解説
昔むかしのお話です。大金持ちの兄と貧乏な弟がいました。大金持ちの兄は大きく立派な家に住み、貧乏な弟は小さな小屋に住んでいました。大金持ちの兄の家には、物があふれ、入りきれないほどでした。
そして、クリスマスがやってきました。貧乏な弟は大金持ちの兄を訪ね、クリスマス用の豚肉のかたまりを分けてくれるようたのみました。大金持ちの兄は言いました。
「もちろんあげよう。だけど、すぐ地獄へ走って行かなければだめだ」
貧乏な弟は、ほかに方法もなく、地獄へ走って行く約束をするしかありませんでした。こうして、弟は大きな肉のかたまりを手にしたのでした。
貧乏な弟が地獄へ向かって走っていると、薪(まき)を割(わ)っている男に会いました。
男は「地獄の鬼たちは肉に目がないのだよ。でも、ドアの奥にあるひきうすをもらうまでは、肉をあげる約束をしてはいけないよ」と言いました。弟は走るのにいそがしくて、家に肉を置いてくることもできずにいました。
まあそんなわけで、地獄についたとたん、鬼たちが肉をよこせと言ってきましたが、弟はあげませんでした。
「ドアの奥にあるひきうすをくれたら肉をあげよう」
と言い続けました。
鬼たちは肉が欲しくてたまらなかったので、しぶしぶ弟にひきうすをわたしました。ひきうすをもらった弟は、家に戻る途中で、また薪を割っている男に会いました。
男が言いました。
「そのひきうすは何でも言うとおりの物をひき出すのさ。難しいことはない、ただ言いさえすればいい」
そして、どうやったら止まるのかも教えてくれました。弟が家に帰ると、たった一人で家にいたおかみさんが言いました。
「どこに行っていたんだい? クリスマスがくるというのに、家には何もない。ろうそくも、食べ物も、洋服もさ……」
「何も心配いらないよ。これからはちゃんと暮らしていけるから」と弟は言って、ひきうすをテーブルの上に置きました。
「ろうそくよ、早く出てこい!」
ひきうすからろうそくが飛び出しました。すぐにろうそくがいっぱいになり、弟はおかみさんに言いました。
「ろうそくに火を灯しておくれ」
そしてまた、ひきうすに言いました。
「洋服よ、早く出てこい!」
服が、毛皮でも上着でも何でもとび出しました。
「寒くないように服を着たらいいよ」と弟はおかみさんに言い、またひきうすに向って叫びました。
「薪よ、早く出てこい!」
薪が出ると弟は言いました。
「お金よ、出て来い!」
キラキラと音をたてて金貨がひきうすからこぼれ落ちました。こうして、弟は貧乏ではなくなりました。
弟は、しばらくお金を出し続けて言いました。
「クリスマスのおかゆよ、出てこい!」
「ビールよ、出てこい!」
いろんな物を出して、何一つ不自由なことはなくなりました。
大金持ちの兄が、貧乏だった弟がうまくやっているのを見てききました。
「おまえはなぜ地獄からこんなに財産を持って帰れたんだね?」
弟はひきうすを見せて説明しました。大金持ちの兄は、ひきうすを見たとたん欲しくなり、弟にたのみこみました。
「このひきうすを売ってはくれまいか。おまえはこんなにたくさんの物に囲まれているんだから、もうひきうすはいらないだろう」
弟は草刈りのころまでは渡せないという約束で、ひきうすをあげることにしました。弟はそれまでの間、十分ひきうすを使いました。
草刈りのころになり、兄がひきうすを取りにきました。人々はみな、牧草地で働いています。兄は昼ごはんをふるまうことになっていました。昼のしたくで忙しくなり、大騒ぎの中、兄はひきうすをテーブルに置いて言いました。
「オートミールとニシンよ、早く出てこい!」
さあ、たいへん! ひきうすからオートミールとニシンがたくさんとび出してきました。
でも、貧乏な弟は――今ではもう貧乏ではありませんが――ひきうすを止める方法を教えなかったのです。オートミールは桶からあふれて止まりません。かわいそうな兄は、ひきうすを棒でつついたり、それこそ何でもやってみましたが、どうにも止まりません。オートミールはダラダラダラダラ床に流れて止まりません。
ついに、兄は逃げ出さなくてはならなくなりました。兄は貧乏な弟の家に向かって走り出しましたが、オートミールは川になって兄を追いかけました。みなは道ばたで、叫びながら走っている兄を見ていました。
「みんな逃げろーっ。百人分の腹があったって、オートミールに溺れることになるぞーっ!」
兄は弟の家にたどりつくと言いました。
「早くひきうすをひきとってくれ。そうしないとこの世はオートミールだらけになるぞ!」
弟はひきうすを返してもらいました。そして、金ピカのものすごく立派な家を建てました。家は海のそばにあったので、塩を運ぶ船が何そうも通るのが見えました。
船乗りたちは弟の家を見て「あの立派な家はいったい何だろう」と言いました。
ひきうすの話を聞いた船乗りの一人が、もらいたいとたのみに来ました。
弟はひきうすはもう十分と思っていたので、ひきうすで塩を出せば自分は世界のはてから塩を運ぶこともないという船乗りの話を聞いて、あげることにしました。でも、弟は止め方を教えずにひきうすを渡し、船乗りもきかずに行ってしまったのです。
船乗りはひきうすをもらい、沖に出て甲板に置いて言いました。
「塩よ、早く出て来い!」
すると、荒塩(あらしお)がザラリザラリと出てきました。船はすぐ塩でいっぱいになりましたが、相変わらず塩は出つづけます。船乗りは一生懸命止めようとしましたが、塩は出つづけました。とうとう船が沈みはじめました。ついに船が沈み、ひきうすもいっしょに海の底(そこ)に沈みました。
いまでも、ひきうすは海の底で塩を出しつづけています。それで、海の水は塩からいのですよ。
(荻原・金杉・米屋)
ロシア
はえのお屋敷
→解説
はえがお屋敷を建てた。そこへしらみのモゾモゾがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「わたしははえのブンブンよ。ところであなたはだあれ」
「わたしはしらみのモゾモゾよ」
そこへのみのピョンピョンがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ、りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾよ」
そこへ蚊の足長がやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンよ」
そこへねずみのチョロチョロがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンと、蚊の足長よ」
そこへとかげのシュルシュルがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンと、蚊の足長と、ねずみのチョロチョロよ」
そこへきつねのコンコンがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンと、蚊の足長と、ねずみのチョロチョロと、とかげのシュルシュルよ」
そこへうさぎのヤブカラピョンがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだあれ。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだあれ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンと、蚊の足長と、ねずみのチョロチョロと、とかげのシュルシュルと、きつねのコンコンよ」
そこへ狼の灰色尾っぽがやってきた。
「トン、トン、このお屋敷に住んでいるのはだれだい。りっぱなお屋敷に住んでいるのはだれだい」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンと、蚊の足長と、ねずみのチョロチョロと、とかげのシュルシュルと、きつねのコンコンと、うさぎのヤブカラピョンだよ」
そこへ熊のふとっちょ足がやってきた。
「トン、トン、この屋敷に住んでいるのはだれだ。りっぱな屋敷に住んでいるのはだれだ」
「はえのブンブンと、しらみのモゾモゾと、のみのピョンピョンと、蚊の足長と、ねずみのチョロチョロと、とかげのシュルシュルと、きつねのコンコンと、うさぎのヤブカラピョンと、狼の灰色尾っぽだよ。ところであなたはだあれ」
みんながお屋敷の中から聞いた。
「おれは森のつぶし屋チャプィシュ・ラプィシュだ」
熊はそういうと、お屋敷をぐしゃりと踏みつぶしてしまった。
(斎藤)
どこか知らんとこの、
なんだかわからんもの
→解説
ある国の、とある王国に、昔むかし旦那様がいて、お金持でおまけにけちで、その上根性が悪かった。いろんな使用人、下男がたくさんいた。イワンもそうで、どんな仕事もやったけれど、とりわけ狩にいっては旦那様の食卓に鵞鳥だの白鳥だのをとっていた。
ところがあるとき、狩に出てさんざん歩いたのになんにもとれなかった。その戻り、おや、鳥がとまっている。狙いをつけてバーン! 鳥はバサッと落ちた。イワンが首をねじろうとしたら、鳥が口をきいた。
「鉄砲打ちのイワン、よいお方、私を袋に入れて持ち帰り、窓においてよく見てて。私がうとうとしてきたら、バシッと叩いてみて」
イワンはびっくりしたけれども、鳥を袋に入れて持ち帰った。その家ときたら小さいし、薄っ暗いし。
鳥を窓において見ているわけだ。見ているうちに鳥が頭をたれてうとうとしはじめた。近よってバシッとやったとたん、鳥はどすんと床に落ち、この世で誰一人見たことないほどの美人の娘が現われた。イワンは目をそらすこともできない。
「名はなんというの?」
「マリア」
その顔が夕焼けにそまったみたいだ。
「私はあなたを裏切らず、よい奥さんになりましょう」
イワンは勿論、大喜び。マリアはすぐさま仕事にかかった。家を洗って白くして、香りのよい草をしきつめた。ごみは外へ捨て、箒は戸口だ。こうして二人は暮すことになった。イワンは狩にいくし、マリアは家事を片づけた。
あるときマリアが、
「ねえイワン、私たちやっていくのが大変だわ。じゅうたんを作るから売ってらっしゃい」
木の箱をあけると、針に刺しゅう台、それといろんな色の絹がある。マリアが、
「イワン、あなたはお休みなさい」
イワンが目をさましたときには、もうじゅうたんは出来ていた。
イワンはじゅうたんを持って定期市へと出かけていった。やってきて立っていると、わっと人だかり! 値をつける人がいればもっと高くいう人もいる。値をきかれてもイワンにもわからない。
「いくらするかなんて知るもんですか」
そのじゅうたんときたら、まったくもって素晴しい!
皇帝の顧問がやってきた。
「何事だ?」
「じゅうたん売りですよ」
そこでのぞいてみたら、
「おお、こりゃ美しいじゅうたんだ。いくらだね?」
「俺も知らないんです」
「これは私のものだ。一万受けとれ」
代金をもらうとイワンはいってしまった。
顧問は皇帝にじゅうたんを持っていって自慢した。ちらりと見た皇帝は、
「私にゆずれ。いくらした?」
「二万でございます」
代金をやり、自分のものにしてしまった。顧問の方は(二万でもっといいのを買うとしよう)ってね。
市場へやってきてずっと立ちん坊をしていたのにじゅうたん売りは見当らない。たずねてみたところ、
「イワンですよ、クレビャキン旦那の農奴で鉄砲打ちです。あそこに住んでますよ」
顧問は出かけていったわけだ。トントン。マリア・マレヴナ、美しい王女が出てくると、
「何のご用?」
顧問ときたら片足を中へふみこんだなり、何しにきたのか忘れてしまった。そのまんま突っ立っていたもので、しまいにはマリアに突き出された。
顧問は皇帝のもとにきて(朝から夜遅くまで突っ立っていたもので叱られたんだよ)、
「美人がおりまして目が放せなかったのです」
皇帝も見てみたくなった。その小屋へやってきたところ、マリア・マレヴナ、美しい王女が出てきた。皇帝も片足をふみこんだっきり、ぼうっとすくんでしまった。ずーっと立ち続けていたもので、しまいにマリアが胸をどん、とやって突き出し、戸をしめた。
そこで皇帝は考えこんだわけだ。
「どうやって取り上げたものか? 生きている夫がいるのに横取りともいかんし」
顧問を呼びつけた。
「何でもいいからイワンを片づける手を考えろ。駄目ならお前の首は肩からとぶぞ」
顧問はさんざっぱら考えた。でもどうにも思いうかばない。一晩中寝ないでいたけれど、何一つ思いつけなかった。そこで飲屋へ出かけていったら、飲みつぶれのすかんぴん、ひどいのんだくれ共がいる。そこへ腰をおろすとぐっとやってつまみをつまんだ。のんだくれの一人が、
「よう、金持の旦那、五カペイカおごってくれよ、お役にたつぜ」
顧問がおごってやると、のんだくれはぐいっとあおってから、
「なんでそんなにふさいでるんだい?」
「ある男の女房が美人でな、といって横取りはできん。それで皇帝が亭主をこの世から消す方法を考えろというのだ。駄目なら首が肩からとぶぞ、とな」
「そんなの簡単なこった。皇帝の手の指にぴったりあう郭公の涙の指輪をとりにいかせなよ。郭公がなくと涙が落ちてつたってくんだ。その涙からできる指輪が皇帝の結婚のにちょうどいいのさ」
顧問は皇帝に話し、皇帝は翌朝イワンに言った。
「郭公の涙の指輪をとりにいけ。見つからなければお前の首は肩からとぶ」
家へ戻っていくけどもイワンは悲しくなってしまった。マリアが、
「一体何を嘆いているの、私を悲しませるの?」
「皇帝が郭公の涙の指輪をとりにいけっていうのさ、でもそんなもの一体どこにあるんだ」
「それならたいしたことじゃないわ。不幸ってほどのことじゃないわ」
マリアは寝床をのべてやり、イワンは寝てしまった。マリアは箱をあけて糸玉をとり出した。
朝になると糸玉をイワンに渡して、
「さ、糸玉よ。これが転がる方へ歩いていらっしゃい。それから初糸(手仕事を習い始めのときの最初に縫った糸だよ)よ。これをしっかり握って誰にも渡さないようにしてね。糸玉が止まるところには木があって、この木の枝(木には枝があるんだけどね、枯れているんだよ)で郭公がなくと涙が枝をつたっていくの。郭公の涙のそばの枝をこの糸で縛るのよ」
さてと、イワンは糸を持った。マリアがぽんと蹴って、糸玉は転がっていった。果しない野っ原、ビロードのような草原、暗い森をイワンは歩いていった。糸玉は転がって、転がって、そうして止まった。立ち止まってみると、白樺にあと五歩というところで、白樺はすっかり枯れきって、花もないし葉もないし、さっぱりとなんにもない。ぐるっと眺め歩いてみたら、郭公の涙が見つかった。涙はころころつたって輪になっている。初糸で縛ってひっぱってみたら、きったみたいに枝が落ちた。
そこで枝を手にしてもっていったわけだ。皇帝が指輪をしてみたら、これがぴったりで、喜びはしたけれど、でもこれがいるわけじゃない。どんな指輪も望み次第だし、ほしいのはマリアなんだからね。
そこでまた顧問を呼びつけた。
「イワンを片づける手をみつけろ」
顧問もまた飲屋へ出かけていった。そしたらまたもやあの爺さんだ。
「おや、金持の旦那、五カペイカ分おごってくれよ、お役にたつぜ」
五カペイカ分ついでやると、爺さんはただ酒をぐいっとやって、
「どうしたんだい、毎度ふさぎこんでてさ?」
「それがな、イワンを片づけてその女房と結婚しなきゃならん、ってな。まったくいい女なのだ」
「簡単じゃないか。歌い猫をとりにいかせな」
顧問は皇帝に、歌い猫を探しにやるべきです、と言った。皇帝はイワンを連れてこさせると、
「歌い猫を連れてこねばならん。さもなくばお前の首は肩からとぶ」
イワンは家へ帰っていくけども、悲しくなってしまった。マリアが、
「一体何を嘆いているの。私を悲しませるの?」
「歌い猫をとりにいかなくちゃいけないんだが、一体どこでそんなの手に入るっていうんだ」
「お休みなさい、どこかで手に入るわ」
イワンが寝てしまうとマリアは網をあんだ。朝になると、
「さ、糸玉の転がる方に歩いていらっしゃい。黒い海、さらさらの砂に転がりつくわ。そこに柳の茂みがあります。そこへ海から歌い猫が不思議な魔法の石をとりにきて砂の上に石を転がすの。だから灰を少々まいておくのよ。石を見失うと猫は探すでしょうから、それに網を投げて言うことをきくまで笞でぶちなさい。それから網ごともっていらっしゃい」
マリアがぽん、と蹴ると糸玉は転がりだした。歩って歩っていくうちに、イワンはとろとろっとしてしまった。はっとすると糸玉がない。家へ戻ってみたら、ちゃんとそこにいる。そこでまた後をついて歩いていった。
糸玉は黒い海へ転がりついた。イワンは灰をふりまいた。この海ときたら終りもなければ果てもない。月のある夜で真昼のようだ。海から歌い猫が出てきたが、目は皿のようで足は象のよう。体ときたらばかでかい。石をとろうと掘りにかかったわけだ。イワンは忍びよると網を投げ、猫叩きだ。猫の方は唸るわ、暴れるわ、もがくわ。それでも網はおそろしく丈夫だった。で、歌い猫が頼みこんだ。
「イワン、心からつかえるよ。裏切ったりしないからぶつのはやめてくれ。助けてくれ」
イワンは網を持ち、歌い猫を皇帝に連れていった。皇帝は、
「なんというご面相だ、この尻尾! 待て、放すでない。こわいではないか」
「雄牛を連れてきて下さい」
生れて七年の雄牛がひかれてきた。猫がとびついたその瞬間、雄牛の爪まではがされている。皇帝はとびのいて逃げた。
「返せ、返せ、もうたくさんだ」
今度ばかりは皇帝も三日ぐらいおとなしくしていた。が、三日がすぎるとまたぞろ顧問を呼びつけた。
「イワンをなんとかしろ。どうでも結婚するのだ。あんなにきれいな女はこの世におらん。飲まず食わずでもよい。あれを見ていたい」
顧問はまたまた飲屋へ出かけていった。あの酔っ払い、へべれけののんだくれに飲ませてやると、飲み助けは、
「なんだってふさぎこんでるんだい?」
「えらい災難でなぁ。イワンを片づける手をみつけろ、首が肩からとぶぞって皇帝がいうのだよ」
「どこか知らんとこへやってなんだかわからんものを持ってこさせりゃいいのさ」
次の日、皇帝は言った。
「イワン、どこか知らんとこへいって、なんだかわからんものを持ってこい」
イワンが家へ戻ってくると、マリアが、
「一体何を嘆いているの、私を悲しませるの?」
「皇帝がどこか知らんとこへいってなんだかわからんものを持ってこい、だとさ」
「これまでのはたいしたことじゃなかったけど、これこそ災いってものだわ。でもいいわ、お休みなさいな」
イワンが寝てしまうと、マリアは夜中に裏口へ出て、青い縁どりの白いハンカチを振った。と、天につくような勇士が二人現われてマリアを運び、海のただ中におろした。ハンカチをさらっともう一振り。そうしたらばなんと、なんでもかんでも飛んでくるわ、泳いでくるわ、這ってくるわ。獣も魚も鳥も、どれもがうようよ、どれもがざわざわ、どれもがぐぉぐぉ。マリアがたずねた。
「なんだか知らんものって、どこにあるか、知らない?」
「いいえ、いいえ!」
そろって答えた。マリアはさっとハンカチを振った。勇士たちはマリアを家に運んできたけども、イワンは眠ったまんまだよ。
次の朝、マリアは言った。
「さぁイワン、糸玉とこれは私の手ふきよ。母さんは布巾と言ってたけれど、自分でつむいで自分で織って自分で縫いとりをしたものなの。どこへいっても顔を洗ったらこれでふくのよ」(他のはないんだけどね)
マリアが蹴って、イワンは歩きだした。
一日歩き、一と月歩き、丸一年歩いた。うっそうとした森までやってきたところそこに宮殿がある。その昔、ここには貧乏人ではないが金持でもないという旦那が住んでいたそうだ。貧乏ってわけではないけども豊かってわけでもない。それでいてやたら気前が良かったそうだ。今じゃお婆さんが住んでいるんだよ。
そこへいって、泊めてくれと頼んだわけだ。お婆さんが言うには、
「お泊りよ。でもここはおそろしく危いよ」
「大丈夫さ、こわくなんかないよ」
「じゃ風呂小屋へいっといで」
内心じゃ(こいつを食って、息子がきたらあれにも食わせてやろう)ってね。
イワンはきれいに洗って、ふこうとして手ふきを取り出した。と、お婆さんが、
「おや、どこでその手ふきを手に入れなさった?」
「妻がくれたんですよ」
「そりゃあたしの娘の手ふきだよ、それじゃお前さんは婿さんてわけかい」
「わからないけど、そうかもしれない」
「遠い旅かい?」
「遠くへいくんです。どこか知らんとこへいってなんだかわからんものを持ってこなきゃいかんのでね」
「じゃ、ちょっとばかり休んでいきな」
部屋をあけたわけだ。
「ここはね、昔あたしの可愛いマリアの部屋だったんだよ」
ご本人は出ていくと大声をあげた。すると獣に、鳥に、虫に、蚊に、ピンの頭より小さい油虫、なにからなにまで集まってきた。お婆さんはみんなにきいてみたけども、誰も知らない。そこへ不意に年のいった蛙が跳ねてきた。お婆さんが、
「これはこれは、蛙の婆様。お年を召したお婆さん」
「なんの用だい?」
「実はね、婿さんがやってきたんだが、どこか知らんとこのなんだかわからんものを探しているんだよ。そんな奇妙なもの、どこにあるのか知らんかねえ?」
「お前さんにじゃ言わんどくけど、婿になら言うよ。お前さんの家へいくとしよう」
お婆さんが歩いて蛙は跳ねる。そう遠くないとこだったんだよ。蛙が、
「婿をおこしな。しぼりたてのミルクのつぼにわしを入れて火の川まで運ばせるんだよ」という次第になったのさ。
イワンはてくてく歩いて火の川にたどりついた。
「婿どのや、わしを出しとくれ」
出してやると、蛙はふくらみ出した。むくっむくっとふくらんだ。
「わしゃ大きいかい?」
「干草の一山くらい」
蛙はまたふくらんで、
「イワン、わしゃ大きいかい?」
「脱穀ずみの麦わらの山ぐらい」
蛙はまたもやむくっ、むくっ。
「わしゃ、大きいかい、イワン?」
「すごく大きいよ。アララトの山みたいで目が届かない」
「じゃ、わしに乗りな」
イワンは乗った。蛙が一と跳ねしたら、もう川むこうだ。そこに大きくもない小屋がある。蛙が、
「お前さんはペチカの後に隠れてな、息をひそめてじっとしといで。後は自然とわかるから」
イワンは蛙に礼をいい、地につくほどにお辞儀した(うん、たいして歩きゃしなかったよ、一日もなかったよ!)。イワンはペチカの後に隠れた。そうしたらば男が一人やってきた。背丈は爪ほど、ひげは肘ほどもある。ご当人は長椅子に腰をおろすと、
「クム・ナウム、めしだ」
突然、食卓に焼いた雄牛があって、脇腹にはとぎすましたナイフだ。よくよく見ても誰もいない。爪丈男は食いつくしてしまうと骨ばっかり残し、ひげを脇にかかえこんでいってしまった。
イワンは出ていくと食卓についた。
「クム・ナウム、めしだ」
ひょこっとなんでもかんでも現われて、肉もどっさりだ。もうびっくりで、
「クム・ナウム、一緒に食えよ。俺の方につかないか」
「なんで嫌がありましょう、あの男にはそれこそ三十年間つかえてきたのに一度だって食べさせてくれなかった」
気がついたら、なんともわからん力につかまれて海辺にいた。
「クム・ナウム、いるかい?」
「あなたから離れてどこへいきましよう?! 私たちは今ここに宮殿を建てるのです」
二人は島にいたんだよ。そこになんという宮殿だろう! 水晶の小窓は銀でおおわれ、中では音楽がなっている。
二人は暮し始めたわけだ。と、不意に船が三隻やってきた。クム・ナウムが、
「商人たちを食事にまねき、私を売りなさい」
商人たちはあっと驚きだ。
「なんと、ここは何年もいききしていたが、こんなのは見たこともなかったぞ。なんの宮殿だろう? 誰が建てたんだ?」
イワンが出迎えた。
「ようこそ。おつかれでしょう。お困りのこともおありでしょう?」
商人たちは宮殿に入ると席についたわけだ。
「クム・ナウム、お客さん方にご馳走だ」
言ったとたん、食卓にはすごい食べ物、甘い飲み物だ。
「この給仕は一体何者です?」
「クム・ナウムですよ」
「売りませんかね?」
「いいでしょう。ただし高いですよ」
「いかほどで?」
「船三隻そろえて」
「一隻で」
「駄目ですね」
「二隻」
「駄目です、三隻だ」
「じゃあ私らは何に乗っていくんです?」
「あなた方にはほら、帆船がある」
商人たちは承知して、のっていってしまった。それでイワンの方も乗っていくけど、
「クム・ナウム」
と言ってみた。もし返事がなかったらと心臓がちぢむ思いだ。
「はい、ここですよ」
「いやあ、いないかと思った」
「あなたをおいてどこへいきます?! 商人共はけちで強欲ですからね。あなたと一緒にいますよ」
二人は上陸した。ところがなんと、二人の小屋は皇帝に焼き払われていた。力ずくでマリアをとろうとしたのに、マリアが鳥になって舞い上がり、飛んでいってしまったから。イワンは泣き出してしまった。
ふと気がつくと、鳥が飛んでいる。ぱたぱたっと飛んできて、ぶつかりそうになりながらイワンの足もとにおり、きれいな娘にかわった。
「イワン、私、飛んで逃げてたのよ。皇帝の家来たちが銃を持って犬を連れて追いかけてきたの。皇帝が私をとろうとしたのよ」
皇帝が馬車でやってきてイワンを呼びつけた。
「いってきたか? 持ってきたのか?」
「持ってきましたよ」
「どんなものだ?」
「自分で確めなさい」
「それに乗ってみたいぞ」
「クム・ナウム、皇帝を馬車につなげ、俺が乗り回すんだ」
クム・ナウムはそのとおりにしたわけだ。イワンはマリアと一緒に乗って走り出した。
こうしてイワンとマリアは結構に暮し始めた。きっと今でも不幸知らずで暮しているよ。イワンは大した若い衆、いい鉄砲打ちさ。まったくのとこ、皇帝を馬代りにしたなんて、悪くないよね。
(渡辺)
地下ぐらの娘
→解説
旦那さんとおかみさんがいてね。まず子だくさんだった。そこへもってきてまた双子ができたんさね。旦那のほうは子どもなんか、もううんざりだ。食べさしていけないもの。おまけに女の子でさ。旦那は女の子が嫌いときてるし、それがかみさんは子どもを渡すんで旦那を呼ぶときにね、こっそりと、
「一人だけでもいい。ポドポルニク(地下ぐらの霊)がつれてってくれたらねぇ」
言ったとたん、一人の子がいなくなった。消えちゃったんだよ! それをいいことに、かみさんは旦那になにも言わなかったんさ。
それからだいぶたってね。この子も大きくなった。十七になってね。ちょうど祭がきたもんで、父親と母親は隣村へ出かけていったんさね。隣といっても十二キロか十三キロか、まあ十五キロくらいかねぇ……。知らないけど。この娘はうちで窓ぎわに座って、縫いものをしてたんだよ。せっせと縫いものをしていたらね、ペチカのそばにある地下ぐらがぱかっとあいて、あの娘が出てきた。
「聞いてちょうだい。話があるの。母さんはあたしとあんたを同じ日に生んだ。あたしとあんたは双子ってことになるの。母さんは子どもがたくさんいるのに双子ができて、おまけに女の子だったものだから、父さんに言うのがこわかったのね。父さんを呼ぶときに、せめて一人でもいい、ポドポルニクがつれてってくれたらって言ったのよ。おかげであんたはこの世で、両親に育てられて大きくなったけど、あたしはポドポルニクのとこよ。でも、ここの地下ぐらにいるのももう長くないわ。今日お嫁入りしてよその地下ぐらへ行くの。だからあたしのお嫁入りを見てちょうだい。夜になったらね、地下ぐらをあけてのぞいてみて。婚礼が見えるから。恐がることなんかないわ。あんたには手を出させないし、なんにもされないからね。でも腰より先にのりださないこと。それに見るのは十二時までよ。真夜中すぎたら、あとは見ちゃいけない。そうしてね、朝になったら地下ぐらへおりてきてみて。小箱があって、ショールと前掛が入っているわ。これはあんたへの贈り物だからとっといて」
いいおわるとふっと消えてしまったんさ。
それでね、この娘はね、首をながくして夜を待ったんだよ。そして、あの娘の言ったとおりにしたんだ。地下ぐらをあけてのぞいてみたんだ。はじめはまっ暗なだけだったんだけど、そのうちぽっと火がともって、明るくなって、まあ! 人がぞろぞろいっぱい歩いてる。花嫁が手をひかれていて、一緒にいる立派な男が婿さんだ。でも、十二時になったらあたりはまた暗くなってきて。なんにも見えなくなってね。娘は地下ぐらをしめるとわーっと泣き出したって。朝になると弟に、この娘にはまだ小さい弟がいて、五つだったけど、
「地下ぐらへ行ってみようよ。ちょっと探しものがあるの」
二人しておりていってみたら、すっかりあの娘の言ったとおりだった。小箱をあけたら前掛もあるし、すてきなショールもあるし。それでね、父さん母さんがお呼ばれから戻ってきて、
「どうしたんだ、何を泣いてるんだ?」
そしたら小さい子が、
「知らない。なんだかわーわー二日も泣いているよ。ずっと涙ばっかりだよ」
娘はね、サモワールを熱くして父さん母さんに出してから、
「話があるの、聞いて。母さん、父さんにあやまってちょうだい」
でも母親はね、
「あたしは父さんにこれぽっちも悪いことなんかしてやしませんよ」
「嘘(うそ)、してるわ。あたしを生んだとき、何人だったの? 一人、それとも二人?」
そうして見たこと聞いたこと、嫁入りのこともすっかり話したんだって。前掛にショールも見せてね。そこでかみさんも旦那も娘にあやまったそうだ。
でもポドポルニクに育てられた娘は二度と姿を見せなかったそうだよ。
(渡辺)
埋蔵金
→解説
ある国に昔むかし、爺さん、婆さんがひどい貧乏暮しをしていた。どれほどか時がすぎて、婆さんが死んだ。外は冬のことで凍りつくほどの厳しさだ。爺さんはご近所やら知りあいをまわって墓掘りの手伝いを頼んだが、みんな爺さんの貧乏暮しを知っているから、きっぱりと断った。そこで坊さんのとこへ出かけたが、この村の坊さんときたら欲たかりの恥しらずだった。
「あいすみません、お坊さま、婆さんの葬式を」
「銭はあるのかな。葬式代はなんで払うのだ? 前払いだぞ」
「あなたの前にはどんな罪も隠せません、わしゃ一カペイカもございません! ほんのちょっと待って下さい、働いて、利子つけて払います。誓って払いますよ」
坊さんは爺さんの言うことをきこうともしなかった。
「銭がないならここへくることはならん!」
しようがないなぁ。墓地へいってなんとか穴掘って、自分で埋めるとしよう。爺さんはそう思って、斧とシャベルを持つと墓地へ出かけた。やってきて墓の用意だ。凍りついた地面を上から斧で割って、シャベルにかえて、掘って掘って、鍋を掘りあてて、のぞいたら金貨がぎっしり、火みたいにひかっている。爺さんは喜んだ。
「主に栄えあれ! これで婆さんの葬式も供養もできるってもんだ」
もう墓掘りなんかやめて、金貨の鍋を持ち帰った。
さて、お金があればしれたこと、どんなことでもうまくいく。たちまち親切な人たちがみつかった。墓は掘ってくれるし、柩も作ってくれるし。爺さんは嫁に、酒やら料理、つまみやら、供養にいるものそっくり買いにやり、自分は金貨を手に、またもや坊さんのとこへのっそり。戸口にきたとたん、坊さんは、
「言っといたはずだぞ、銭がないのにくるな、ぼけわさびめ。またはいずってきおって!」
「怒りなさるな。お坊さま。ほれ、金貨です。うちの婆さんの葬式をやって下さい。生涯恩にきますよ」
坊さんは銭を受けとったが、爺さんをどう扱ったものやら、どこにすわらせたらいいものやら。
「では望みのように、すべてとりおこなわれる!」
爺さんがお辞儀をして帰ってしまうと、坊さんは大黒さん(女房)とあれやこれや、
「なんだ、老いぼれ悪魔め! 貧乏だ貧乏だといわれとるのに。金貨を出してよこすとは。これまで随分えらい人の葬式もしてきたが、これだけ貰ったことなんてないわい」
坊さんは僧たち全員を引き連れ、婆さんの葬式をしかるべくおこなった。埋葬の後は供養の席にお招きだ。さて、家に入って席についたら、まったく、酒はあるわ、料理はあるわ、いろんなつまみになんでもたっぷり! お客というのは席につけば三人前の大ぐらい、他人の富で肥えるもの。食事がすむと客たちはそれぞれ帰っていって、坊さんも立ち上がった。爺さんが送っていくと、外へ出たとたん、あたりに誰もいないのをみすましてから、爺さんを問いつめた。
「よいか、懺悔するのだ。心に一つの罪もあってはならん。わしの前にいるも神の前にいるも同じ事じゃ。どうして急にもち直した? とるにたらん男だったのに、どうだ今は。どこで手に入れた! 懺悔するのだ。誰の魂を殺したのか。誰から奪ったのか?」
「何をおっしゃる。お坊さま。まっこと真実を言いますが、盗んでもいません。奪ってもいません。人を殺してなんぞいやしませんよ。お宝の方が手にとびこんできたんで」
そうしてありのままを話した。
これをきいた坊さんは欲のつっぱりで身振いがきたほど。家へ戻ってもなんにもしないで昼も夜も考えこんだ。
「あんなくずめがあれほどの財力を手に入れるとは。どうやって金貨の鍋をだましとったものかな?」
これを大黒さんに話した。二人して相談だ。
「なぁ母さんや、うちには山羊がいるかい?」
「いますよ」
「いいぞ! 夜になったらうまくやろう」
夜ふけに坊さんは山羊を家にひきずってきてきり裂き、くるっと皮を剥いだ。角もひげも丸ごとだ。すぐさま皮を身にまとい、
「母さん、針と糸だ。はずれないように、ぎちっと縫ってくれ」
大黒さんが太い針と丈夫な糸で坊さんを山羊皮に縫いくるんだ。
さて、真夜中、坊さんはそっと爺さんの家へいくと、窓を叩き、カリカリやった。爺さんは物音をききつけてとびおきた。
「誰だい?」
「悪魔だ!」
「うちはきよいとこだぞ!」
爺さんはわめいて十字をきり、お祈りをとなえはじめた。
「おいおい! 祈っても十字をきってもききやしないぞ。俺の鍋を返せ、でないとひどい目にあわしてやる! いいか、お前がかわいそうだから埋蔵金を見せてやったんだ。葬式代だけとるかと思ったら、全部横取りしおって!」
爺さんが窓の外を見ると、ひげがあって、山羊の角がつきでてる。本物だ。
「銭なんぞくそくらえ! これまで銭なしでもやってきたんだ。これからだって、なくても生きていくさ!」
金の詰まった鍋をとり出すと外へひき出し、投げ出して戸をばたんと閉めた。坊さんは鍋をつかむと急いで戻った。
「おい、手に入れたぞ! さ、母さんや、人目につかないとこへ隠すんだ。それからきれるナイフで糸をきって山羊皮をはいでくれ、人に見られんうちにな」
大黒さんがナイフで糸の縫目をきり始めたら、血がたらたらっとたれ、坊さんが呻いた。
「母さんや、痛いじゃないか! 母さん、痛い、きるな!」
別なところをきってもやっぱりおんなじ! 山羊皮は体にはえたみたいにぴったりついていた。ああやってもこうやっても、爺さんにお金を返してもなんの助けにならなかった。山羊皮は坊さんについたままだった。わかるだろ、主が欲のつっぱりをこらしめたのさ。
(渡辺)
二人の兄弟
→解説
この世に二人の兄弟がいて、弟はそれこそひどい貧乏なのに、兄さんは金持だった。貧乏人には十二人の子供。ところが金持には子供が一人もいない。
ひと山もの子を育てるのに、貧乏人は金持の兄さんのところで下男働きをした。でも兄さんは、一日食べていくのに足りる分しか払わなかった。
ある時、貧乏人はペチカに火をおこすマッチもなくなってしまった。それで家を出て、火を探しにいった。ずんずんいくと焚火が見えて、火のまわりには見たことのない男たちが十二人あたっている。
「今晩は、皆さん方!」
「ようこそ! どこへ行くんです。夜の散歩ですか?」
「火を探しているんです。ペチカをたきつけるものがなくて」
「で、子供はたくさんいるのかね?」
「そりゃもう。もう、山ほどですよ! 十二人なんですが、どれもこれも腹をすかして凍えてるもので」
焚火の回りにいた男たちの中で一番年かさのが、
「袖をおさえなさい」
貧乏人がなんの気なしに袖をおさえると、そこへ男たちがあつい炭をどさっと入れた。
「帰ったら家の中央にあけるとよい」
貧乏人は礼をいうとさよならをいい、家へ帰った。そうして家の真ん中であけたところ、炭は金貨にかわった。
それっきり弟は、兄さんの下男働きにはいかなくなった。もうマッチだって塩だって、灯油だって足りる。新しい家を建て、雌牛に馬も買った。
貧乏人がいきなりもちなおしたものだから、金持は驚いた。弟のところへやってくると、一体どうしたのかたずねた。弟の方は人がいいものでなんでも話してきかせた。
夜がくるのを金持の兄さんは待ちこがれた。暗くなってくるともう、着がえて火を探しにでかけていった。すると本当に道の辻に燃えさかる焚火を囲む人たちがいる。金持は、
「皆さん方、お願いしますよ。うちには火をおこすものもないし、マッチを買うこともできないんですよ」
「子供はいるのかね?」
「いますよ」
金持はうんと同情してもらおうと嘘をついた。
「そうか……」
年かさの男がつぶやいた。
「袖をおさえてろ!」
金持は大急ぎで両袖をささえ、おまけにもっとたくさん入れてくれ、と頼みさえした。
「帰ったら家の中央にあけろ」
金持には二度くり返す必要もない。走って戻ると家の真ん中にばっとあけた。とたんに、炭がいっせいに火をふいた。金持の兄さんの持ちものは残らず燃えつきて、自分が貧乏人になった。
(渡辺)
キンダーソヴォ村の男たち、
ペテルブルグへ行く
→解説
キンダーソヴォ村の男たちが馬そりに乗って、出かけていった。組を作ってペテルブルグへ出かけていった。冬のペテルブルグへ出稼ぎに。まる一日いったところで、ある村に泊まることになり、橋の上で話しあった。
「馬そりの轅(ながえ)をペテルブルグのほうへ向けておかなくっちゃな。あした、逆もどりして、家へ帰ってしまったりしないように」
ひとりがそういうと、「そいつはいい」ってことになった。そんなやりとりをひとりの男が聞いていた。脇で聞いていたのさ。みんなが寝たのをみとどけて、その男はそりの向きをさかさにした。キンダーソヴォ村のほうに向けておいたのさ。
さて、次の朝、馬をそりにつけると、ペテルプルグへ出発だ。ペテルブルグへと馬を走らせた。どれだけ行ったころか、ひとりの男が、
「おや、あれはおらたちの村の橋のようだ」
というと、だれかがいった。
「橋なんて、どれもこれも似たりよったりさ」
するとこんどはもうひとりの男がいった。
「あそこにあるのはどうもおらの家のようだ。とすると、これはおらたちの村ってことだ」
「村なんて、どこも似たようなもんさ。広い世間には村なんていっぱいあるんだから」
「おや、あそこにいるのはうちのかみさんのようだ。川でせんたくしてるわい」
「かみさんなんて、どこのうちのも似たようなもんさ」
それをおかみさんたちが聞きつけた。
「おまえさんたちときたら、なんてとんまなんだろう。うちへひきかえしてくるなんて!」
そんなわけで、男たちは家へ帰ってきてしまい、その先どっちを向いて進めばいいやら、わからなかった。道はとだえ、話はおしまい。
(斎藤)
キンダーソヴォ村での舟作り
→解説
キンダーソヴォ村の男たちが納屋の中で舟を作りはじめた。舟を作りおえると、いったい何人の人が乗れるか、ためしてみることにした。まず十人乗ったが、だいじょうぶ。二十人乗っても、だいじょうぶ。九十人乗っても、だいじょうぶ。九十九人乗っても、だいじょうぶ。もうひとり乗ると、納屋の床がメリメリッと音をたててぬけて、みんな落っこちてしまった。
するとひとりの男がこういった。
「この舟は九十九人まではだいじょうぶってことだ」
さて春になり、舟を水に浮かべると、みんなでいっせいに舟にとびのった。村じゅうの男がそろってだ。舟はブクブク沈んでしまい、だれひとり泳げず、おぼれてしまったとさ。
さて、これで愚か村の話はおしまい。
(斎藤)
ポーランド
橋の上の幸福(しあわせ)
→解説
スウープスクのそばの、スウーピア川のほとりの、スウォビニェッツの人々が、昔、苫屋(とまや)と呼んだ、ささやかな家があったという。貧しい農夫とその妻と三人の子どもが住んでいた。農夫はライ麦を少し蒔き、じゃがいもを植える小さな畑と、家族の第一の養い手、山羊を飼う川辺の草地を持っていた。
毎年春になると、種まき前には、この家は大変な貧乏になる。子どもらが一きれのパンも見ない日がそれこそ幾週間も続くのだ。その頃、家族の食べ物といえば、山羊の乳をかけた白いオートミールとじゃがいもの丸ごとがいくつか、それに塩を一つまみかけるだけだった。
ちょうどこんな春が、この年もまたやってきた。ヴォイチェフの――というのがこの百姓の名前だったが――その家は寒々とし、飢えに満ち、じゃがいもにかける数グロッシェの塩代もないのだった。
朝めしのあと、ヴォイチェフは釣り竿をとって川へ出かけた。
「魚が釣れるかもしれん。一匹でも釣れれば、子どもらの昼のかゆに添えられる」
ところが、その日は寒い、激しい海風(うみかぜ)が吹きつけ、魚はその風を恐れ、川岸の榛(はん)の根下に隠れたのだろう。餌を食おうともしなかった。ヴォイチェフはスウーピアの岸辺に、浮きを見つめて日の落ちるまで座りつづけ、それでも、あくまでこう思っていた。
「今日こそ運が向いてくれるにちがいない。ちっぽけなフナでもコイでも、きっとかかってくれるだろう。そうしたら家中が喜ぶぞ!」
しかし、陽が森に沈み、灰色の、冷たい霧がスウーピアを包みはじめても、魚は一匹も釣れなかった。
凍えたヴォイチェフは釣り竿をたたみ、重い足どりで引きあげた。家中が暗く、もう寝てしまっていたのが嬉しかった。せめても子どもらの飢えた目を見ないですむ。彼は自分の藁床にもぐりこむと、やがて眠りに落ちていった。
夜、だれかが話かける夢を見た。
「シチェチンにお行き。その大橋の上で幸福に出会うだろう!」
朝、ヴォイチェフはその夢を思い出し、ふふんと、手を振って打ち消した。
「夢なんだ。幻だ。そんなことがあるものか!」
そして、釣り竿を掴(つか)み、川に魚を釣りに行った。結果は昨日と同じだった。魚は一匹もかからない。夜はまた同じ夢を見、だれかが話かけてくる。
「シチェチンにお行き。その大橋の上で幸福に出会うだろう」
農夫は明け方、藁床からガバと起き上がった。
「ああ、おれは飢えて、頭がおかしくなったんだ」
彼はいまいましげにそう言って、外套(がいとう)をつけると、せめて半キロか、その半分でもじゃがいもをと、リチェーヴォの縁つづきに借りに行った。次の刈り入れできちんと返すと誓いを立てて。帰って来たときは陽気で、じゃがいもを一袋背負い、鍋には四分の一ほど菜種油をいれていた。この晩はみな、この一ヵ月で初めて油で揚げたじゃがいもを食べ、満腹して寝についた。
なのに、この晩もまったく同じ夢を見た。ヴォイチェフは朝、目がさめると、はたと首をかしげて考えた。
「三日もつづけて同じ夢だ。何かあるんだ!」
そして、女房に打ち明けた。
「なあ、おまえ。もう三日も同じ夢を見るんだ。だれかが〈シチェチンにお行き。その大橋の上で幸福に出会うだろう〉と言うんだよ」
ヴォイチェフの女房は亭主をまじまじと見つめて、こう言った。
「そりゃあ、神様のお告げかもしれないねえ。わたしらとことん貧乏を味わったもの。ちょうど日曜にシチェチンで市が開かれる。何か、手伝いなどで、パンの一斤も稼げるかも……。お告げどおりに行っておいでよ」
次の日の明け方、ヴォイチェフは、友だちのマチェイが牛を買いに行く馬車に一緒にのせてもらってシチェチンにでかけた。三日目の朝には目的の町に着いていた。
ヴォイチェフはシチェチンの橋の上で、乗せてもらった礼をいい、馬車を降りた。周りを見まわしても、人っ子ひとりいなかった。それでじっとがまんのよろいを着、右を見、左を見ながら、どこから彼の待ち望む幸福がやってくるかと待っていた。
シチェチンの教会の屋根で時計がボーンボーンと十二時を打ち出したが、橋はガランとして何も聞こえない。ときどき、市に急ぐ遅れた荷馬車がガラガラ通るだけだった。ヴォイチェフは腹(はら)がすき、気も遠くなりそうで、外套に手を伸ばすと、道中のために女房がポケットに入れてくれた冷たいじゃがいもにかぶりついた。
そのあとは橋の欄干(らんかん)にもたれかかり、泡立つオドラ川を筏(いかだ)が流れていく様子を肩ごしにぼんやりながめていた。
夕闇がせまり、川から吹き上げる冷気がヴォイチェフを骨の髄まで痛めつけた頃……、つかつかと見知らぬ旦那が近づいてきて言った。
「お百姓よ、どうして一日中、橋の上に立っていなさるのかね?」
「はあ、三日もつづけて、ここ、シチェチンの橋の上で幸福に出会う、っちゅう夢を見るもんで……、それでその幸福を探しにまいりやした」
旦那は大声で笑った。
「なんだね、わしだって似たような夢を、それも三日つづけて見たものさ。スウープスクを越えた、リチェーヴォへ向かう道の途中に、とても古い苫屋があるそうだ。その家の炉の下に金貨がつまった鍋が埋めてあるというんだが、だれがそんなこと信ずるものかね。道中の時間がもったいないよ!」
ヴォイチェフはすぐ、男の言うのは自分の家のことだ、と気づいたが、そんなことはおくびにも出さず、ていねいに忠告に感謝して頭を下げると、家にとって返した。
道中、友だちのマチェイが市からもどって来て追いついた。牛は買わないかわりに、上等の豚四頭を荷台に乗せ、それがキーキー鳴いている。酒屋の前も素通りしなかったと見え、上機嫌でよくしゃべる。ヴォイチェフを車にさそい、二、三日後の昼前には、もうスウープスクに着いていた。
子どもらと女房は家からかけだし、さあ、父さんは何を持ってきてくれたかと探そうとする。農夫はみなに一べつも与えず、入り口の前の切り株に食いこませた斧を引き抜くと、家にかけこんで、空っぽの鍋が置かれた炉にふりおろした。
斧の音に子どもらと女房がとんでくると、なんと炉が粉々だ。父さんが気が狂った、と悲鳴をあげた。
ヴォイチェフはそれにもかまわず、レンガをかきのけ、かきのけ、土台までのけると、もう、土を両手で掘り出した。と、見ると、穴から大きな土鍋を引き上げ、それを部屋のまん中に据え、素焼のふたを取りのぞいた。部屋は純金の金貨でまぶしくなった。さっきまでの子どもと女房の泣き声は、一瞬にして喜びに変わり、みなは互いに抱きあい、父親と金貨の入った鍋を囲んで、踊りだした。ヴォイチェフは両手を腰に当てると、みなを見まわし、誇らしげに言った。
「そうれ、三晩夢見た橋の上の幸福を見つけたぞ」
そのあと、金の入った鍋を樫の木の長持ちにしまい、妻と子どもに、家を出るな、誰も入れるな、と言い聞かせてスウープスクにとんで行った。
間もなく、バスケットに出来たてのパンと、大きな、まだ暖い、トショー入りの、良い匂いがするソーセージひと巻きを入れて帰った。五人は壊れた炉を囲み、食べたこと、食べたこと、それは耳が震えるほどだった。
ヴォイチェフは子どもたちに橋の上の出来ごとを語った。それから、いったいどうして金の入った鍋が、我が家の炉の下に埋っていたのかと考えた。そして思い出したのは、彼がまだ小さかった頃、家に伝わっていた話だった。
この家を建てたのは、彼がその名をもらったヴォイチェフじいさんだったが、そりゃあケチで、金を山ほど持っていたそうだ。
ある冬のこと、シチェチンに食べ物屋を開きたいと出かけて行ったが、森で山賊に襲われ、殺されてしまったのだ。遺骸は春になって、雪が溶けてから見つかった。周辺では、老ヴォイチェフは店を開く金をみな持って行って奪われたと噂した。ところが、彼はそれを大鍋に入れ、炉の下に隠していたのだ。
「父さん」一番上の息子が言った。
「その橋の上であった人は、きっと父さんのおじいさんの魂だね」
「そうだ、そうだよ。ぼくたちのひいおじいさんだよ」
みんなそろってそう言った。
そういうわけで、家族はシチェチンに引っ越し、そこで、ヴォイチェフが幸福に出会った橋のそばで、みんなのひいおじいさんが開こうとしていたような店を開こうと決めた。そう決めて、そのとおりの店を開いた。やがて、シチェチンのオドラ川にかかる橋のたもとに、美しい塗り壁の「黄金(おうごん)の鍋亭(なべてい)」が開かれた。シチェチンの筏(いかだ)乗りや舟乗りたちがみんな店にやってきた。ヴォイチェフの家はそれ以来、富と幸福に恵まれた。
(足達)
シャーヌフの衆、
新しい教会を建てること
→解説
シャーヌフの衆は教会が朽ちて、崩れ落ちたで、ひとつ新しいやつを広場のまん中に建てるべえと決めた。石工・左官も済んだあとでだ……。どうもこりゃあ、まん中に建っちゃあいないぞ、はじに寄っているんでないか、というわけで、教会をまん中まで押して行くって、町の会議で決まったわけだ。町の衆が全員集められ、町長が炎みたいな演説ぶって、それからみんなで歯をきっとくいしばり、仕事にとりかかったわけではあるが……、仕事のかしこいやり方ってもんは、力ばかり使うんじゃない、要は頭だ、っていうことで教会を連中の禿頭(はげあたま)で押して行ったと。
「待て、待て!」
町長さん、思いつくことがあって叫んだものだ。
「教会をどこまで押して行くか、はじめにそれを決めとかにゃあ!」
そしてフロック・コートを着てたの脱いで、広場のまん中に置いて言った。
「ここまでだ。わしのフロック・コートまで押すんだぞ!」
そしてもう一度そろってエーンヤコーラ。大きな声で掛け声掛けて、禿頭で教会を押して行ったさ。
どうもこうもない。そこに流れ者が通りかかって、町長のフロック・コートは落ちてるわ。あたりにはだあれもいないわだ……。そりゃあそうだ。みんな教会の向こう側に張りついているんだもの。流れ者はすばやくそれを拾い上げ、袋にしまい、スタコラサッサアーッ、と町の門を出て行ってしまった。町の長老たちはおでこに汗かいて、それでも教会を押していたんだ。
「止まれ、止まれ! もうこのくらいでいいはずだ!」
長老の一人がへたばって叫んで、町長が向こう側を調べに走ると……、ぎゃあ、っていう悲鳴(ひめい)がおこったわけだ。
「なんてえことだ! わしのフロック・コートはどこへ行ってしまったんだ?! おまえたち、教会を押しすぎたんだ!」
だけどシャーヌフの衆はもうたくさん。教会をうしろに引っぱりもどすだって?! とんでもない、ってむくれてしまった。
「もうこれでいいじゃないか。教会はフロック・コートの上に建ってりゃあいいじゃないか」
そう言うと、腫(は)れあがったおでこを拭い、ビールでも一杯やらにゃあと、“ガチョー亭(てい)”って名の居酒屋へみんなそろって行ってしまった。
町長はうらめしくってしかたがないが、しかたがない。あきらめて手を振り、足を引きずり、みんなを追って居酒屋へ行ったさ。
そういうわけでシャーヌフの教会は、今も町長のフロック・コートを踏んで建ってることになってるわけで……、広場のまん中からは、ずれている。
こんなことがあったことで、おでこの高く張った偉そうなやつにゃあ、「旦那、シャーヌフの教会を手伝って押しなすったね。その禿頭見りゃあ分りまさぁ」と、ポーランドではこう言うようになったってわけさ。
(足達)
シャーヌフとコシャリンの町境は
どうして決めた?
→解説
昔、シャーヌフはコシャリンまでの道のりのだいたいまん中あたりまで、広い畑と原っぱとを持っていた。ところがこの二つの町ときたひにゃあ、町の境は本当はどこかでしょっちゅうけんかだ。そっちの家畜がこっちの土地で草を食(は)んだのなんだのと、訴えるのなんだのかんだのっていうわけだ。けんかも裁判もこうも続くと、コシャリンのおえらがたも、シャーヌフのほうだってうんざりだ。考えのしっかりした連中が言い出した。
「藁の一致は黄金の裁判より貴い」と。
もういいかげん仲直りしようということだ。
だもんで、もめごとは平和裡(り)に終わらすべえと、コシャリンの町長とシャーヌフの町長と、まんず夜明けに自分の町を出るって決めた。そうして行き会った所に杭を打ちこみ、それを今後は境界線にしようってことだ。
シャーヌフのおえらがたは寄り集まって、境を町からなるたけ遠くにもっていくにゃあどうすりゃいいかと、長いこと知恵をしぼったもんだ。シャーヌフの町長はこんなふうにみんなに話して聞かせてやった。
「コシャリンは名馬を産するそうだ。コシャリンの町長め、馬で来ようって腹だろう。だけんど馬っていうやつはこらえ性のないもんさ。お馬さん、道の途中でへたばるだろう。シャーヌフてえと、牛の飼育で知られる町よ。こいつはたしかに馬よりのろい。だけんど強くてこらえ性のあるのが牛だで、コシャリンの壁の下まで行き着くには、まんず間違いはないはずだ」
というわけで、シャーヌフの町長は牛にまたがって行くことになった。
シャーヌフのおえらがたはかしこい方法を決めたもんだと嬉しくなって、あしたの勝ちの前祝いだと居酒屋へくり込んだ。家へ帰ったのはずいぶんと遅くよ。そしてもちろん寝すごした。番人に起こされたのは、もうお天道さんもとっくに昇っていたころのことで、町長を牛の背に逆さにくくりつけたは……、というのは頭を尻っぽに向けてのことだが、やっぱりまだワインが抜けなかったか。シャーヌフの町長がようやく町の壁の外へ出ると、――なあんだ、目の前にもう、コシャリンの町長が立っている。そしてシャーヌフの衆の間抜けさかげんを笑っていた。だから今、シャーヌフの土地の境界線は町の遮断棒のすぐむこうを通っている。
(足達)
ブルガリア
つばさをもらった月
→解説
むかし、年をとって、思うように体が動かせなくなってきた夫婦がいました。二人は子供がいないのを嘆き、どうか子供を授けてほしいと、毎晩、神様にお願いしていました。
ある晩、おばあさんがいいました。
「おじいさん、これからさき、どうやって暮らしていったらいいんだろうね。目も弱ってきて、だんだん見えなくなってきたし、このごろ手足も、めっきり衰えて、家の中のことをするにもくたびれるようになってきたし」
「困ったものだなあ。さきのことは、わしにもわからん。どうしようもない」
おじいさんは、つらそうに、ため息をつきました。
「せめて娘がいてくれたら、どんなにか心強かったことでしょうね」
おばあさんは、首をうなだれて嘆きました。
その時、月がちょうど二人の家の上を照らしており、その話を聞いていました。
「おじいさん、もう一度だけ運をためしてみましょうよ。もしかすると、川の水がなにか授けてくれるかもしれませんよ。さあ、川へ行って、魚捕りのかごをしかけてきておくれ」
とても月の明るい晩で、川はむこう岸まで銀色に輝やいていました。
「どうか、子供のいない私たちに、なんでもいいから、授けてください」
と、おじいさんは呟きながら、川幅の広い浅瀬に入って行って、川の底に魚捕りのかごをしかけました。
そして草むらに横になり、そのうちぐっすり寝こんでしまったのです。明け方、三番鶏の鳴く声で目をさまし、おじいさんは起きあがって、水の中に入って行きました。
かごを持ちあげると、中には小さな鴨が一羽、入っているではありませんか。子鴨は彩りの鮮やかなつばさと、金色のくちばしに銀色の足をもっていました。おじいさんは鴨をかかえ、急いで家に帰り、叫びました。
「ばあさんや、見ておくれ。こんなものが、かごに入っていたよ」
「まあ、かわいい鴨だこと! わたしたちの子供ってことにしましょうよ」
おばあさんは、嬉しくて鴨のつばさを撫でました。
「鴨では、お手伝いはできないだろうね。でも、家の中が賑(にぎ)やかになって、たいくつしませんよ。もう、二人だけの暮らしは、気が滅入ってしまうから。さあ、おまえもなにかご挨拶をしてごらん」
「があ!」
子鴨は、元気な声で鳴きました。おばあさんは、底の抜けた古いますを探しだし、その中に鴨を入れていいました。
「住み心地は、どうかね」
「があ!」
外が少し明るくなってきたので、おばあさんは、ふすまを湯でこね餌をこしらえ、おわんに水を汲んでいいました。
「いっぱい、お食べ。わたしはこれから、おじいさんと森へ行って、きのこを採ってくるからね。しっかり留守番をしているんだよ。物置の下に、いたちの親子がいるから、外にでちゃいけないよ。見つかったりすると、殺されてしまうからね」
二人は袋を肩に背負い、扉をしっかり閉めて森へでかけました。二人の足音が遠ざかって聞こえなくなると、子鴨はますからでて、つばさを三べんうちならしました。
そして、
があ! があ!
があ! があ!
と、四へん鳴いて体を震わせました。
すると、子鴨の体からつばさがすっぽりとれ、美しい娘の姿にかわりました。娘は刺繍のついた服に、きれいな前かけをしめ、長い金髪、それに銀の靴をはいていました。
「さあ、お仕事にかかりましょう」
娘は部屋の中を掃き、おじいさんとおばあさんの寝床をきれいに整え、天びん棒に鍋(なべ)をかけ、水を汲んできました。そして、庭に咲いている花に水をやり、薪を割って火をおこしました。娘は、黒くてすすけた古い鍋を見つけて暖炉にかけ、天井から糸に通してつるしてあったきのこをとって入れました。
きのこを煮ながら、娘は休みなく働き、白い布地を裁って、二人のためにシャツを二枚、手早く縫い上げました。新しいシャツの胸もとには、すてきな刺繍を飾りました。
こうして娘は、陽が西の空に傾くまで、明るいあいだ、ずっと働きました。陽が沈むと、娘はつばさを三べんうちならし、
があ! があ!
があ! があ!
と、四へん鳴いて、また鴨の姿に戻りました。
しばらくたって、おじいさんとおばあさんは、きのこをどっさり採って森から帰ってきました。そして、扉を開けると、なんと部屋はきちんとかたづけられていて、おいしそうなきのこの匂いがするではありませんか。二人のためにま新しいシャツまで縫ってあります。
しばらくのあいだ、二人はびっくりして口もきけないでいましたが、我にかえって子鴨にたずねました。
「だれが、きのこを煮てくれたんだね」
「だれが、掃除をしたり、シャツを縫ってくれたんだろうね」
子鴨は、じっとしたままなにもいいません。おじいさんとおばあさんは、森を歩きまわり疲れていたので、きのこの煮物を食べてぐっすり眠りました。
あくる日も、二人はみずきの実を採りに森へ行きました。夕方、家に帰ると、暖炉の火が赤々と燃えていて、こんどは豆のスープが煮えているではありませんか。部屋も、きのうよりもずっときれいになっていて、扉のそばの壁には、羊毛の布地に兎の毛皮のついた皮衣が二つ、並んでかかっています。
「舌がとろけそうだ。こんな、おいしい豆は、はじめてだよ!」
おじいさんは豆のスープを、ひとくち飲み、驚いて、いいました。
その晩、二人は、いつまでも寝つけませんでした。ひと晩中、寝返りをうちながら語りあっていました。
「留守のあいだに、だれか家にやってくるようだが」
「ほんとに。スープを煮たり、掃除をしたり、着物を縫ってくれるのは、どこのだれでしょうね。おじいさん、何とかして知りたいものですね」
「だが、どうすればわかるだろう」
おばあさんは、おじいさんの耳もとで、ひそひそ囁きました。
「あしたも、いつものように森へでかけることにしましょう。いえいえ、森へでかけるふりをして、様子を見てみましょう。家の裏手にまわり、屋根にのぼり、煙突から部屋の中を覗(のぞ)いているんですよ」
あくる朝も、二人は鴨に餌をやり、おわんの水をとりかえ、いつものように袋を背負ってでかけました。扉にかぎをかけると、森へは行かないで、こっそり裏手にまわり、はしごをかけて屋根にのぼりました。煙突から家の中の様子をうかがっていると、子鴨がますからでて、つばさを三べんうちならしました。そして、
があ! があ!
があ! があ!
と、四へん鳴いて体を震わせました。
すると、つばさがすっぽりとれてなくなり、美しい娘の姿にかわりました。
「さあ、お仕事にかかりましょう。粉をふるって、こねて、パンを焼いて。おじいさんには、あたたかい編みあげ靴をつくってあげましょう。おばあさんには、靴下カバーがいいわ」
娘は手早く、部屋をかたづけはじめました。屋根の上で見ていた、おじいさんとおばあさんは、驚いて、すぐには口がきけませんでしたが、事情がわかると、うれしくて手をとりあって喜びました。
「なんて運がいいんだ! これで、わたしたちも、大助かりだ」
娘が水を汲みに外に出たとき、おばあさんがいいました。
「ねえ、せっかく授かった娘が、また鴨になってしまうのは、いやだわ。このまま、ずっと娘の姿でおきましょうよ」
「だが、どうやって」
「鴨のつばさを焼いてしまうんですよ。そしたら、娘のまま、いつまでも、わたしたちと暮らせるってもんですよ」
「さあ、急ぐんだ!」
おじいさんは、急いではしごをつたい、屋根から降りて、部屋にとびこみました。
そして、鴨のつばさをつかみ、赤々と燃えている火の中にほうり投げてしまいました。
そのとき、娘が部屋の中に入ってきて叫びました。
「まあ! あなたがたは、なんということを、なさるのですか!」
娘は、つばさが燃えているのを見て、たいそう嘆き悲しみました。
「つばさがなくなっては、もう空を歩くこともできません」
「でも、どうして、空など歩かなくちゃいけないんだね。このままずっと、わたしたちの娘でいておくれ」
娘は、つらそうにため息をつきました。
「じつは、わたしは月なのです。夜、空に輝やいて、地上を照らす月なのです。ある晩、あなた方の家の上を通った時、お二人が嘆いているのを聞いて、気の毒でならなかったのです。そこで、魔法使いのおばあさんに頼み、鴨のつばさをつくってもらい、昼だけ、お手伝いに降りてきました。でも、つばさがなくては、もう空に戻れません。もう、夜になっても地上を照らすこともできません」
「おお、なんて、すまないことをしてしまったんだろう」
娘の話を聞いて、二人は、青ざめて、どうしたらよいのか途方にくれてしまいました。
「さあ、森へ行って、森じゅうの鳥の羽と首の綿毛をもらってください。一羽のこらず、この世のあらゆる鳥から一本ずつもらうのです。そして、チレリイの谷に住んでいる魔法使いのおばあさんを探してください。なんとか、もう一度、鴨のつばさをつくってくれるように、頼んでください」
そういうと、娘は身をひるがえして外にとびだし、山の洞窟の奥ふかくに姿をかくしてしまいました。
「いそいで! つばさができるまで、わたしは外にでられません」
二人は、鳥という鳥を探して森じゅうを歩きまわり、羽と綿毛を一本ずつもらいました。
夜になって、二人はくたびれて草むらに横になり、空を見あげましたが、空は黒い雲におおわれて、あたりは、なにひとつ見えません。
こうして、おじいさんとおばあさんは森じゅうの鳥に頼んで、羽をもらってまわりましたが、おしゃれなせきれいが、どうしても羽をぬいてくれません。二人は三日三晩、巣の下に行って頼みこみました。ようやく、せきれいが、首の綿毛を一本だけなら、ぬいてやってもいいといいました。でも、それには、真珠の首飾りをもってこいというのです。
真珠など、おばあさんは一粒だってありません。おばあさんは、せきれいが気難かしいことをいって、なかなか羽をくれないので、悲しくなって泣きだしました。
涙が草むらに落ちました。すると、涙のしずくが一粒ずつ真珠にかわったのです。おばあさんは真珠を拾って首飾りをつくりました。せきれいは、首飾りをかけてもらうと、首から小さい毛を一本ぬいて、わたそうとしました。
ところが、その時、小さな綿毛が風にとばされてしまいました。おじいさんとおばあさんは茨の中を探しまわり、やっとのことで綿毛をつかまえました。
二人は羽をもって、チレリイの谷へ急ぎました。そして魔法使いのおばあさんを探しだし、じぶんたちが、だいじな鴨のつばさを焼いてしまったことをわびて、もう一つ、つばさをつくってくれるように頼みました。
それを聞くと、魔法使いのおばあさんは顔をしかめましたが、それでも、その夜のうちに子鴨のつばさをつくってくれました。
おじいさんとおばあさんは、つばさを抱いて洞窟に急ぎました。やっと、たどりついたのは、もう、夜もずうっと更けた頃です。
「さあ、つばさができたよ。どうか、でてきておくれ!」
二人が洞窟の前で叫ぶと、娘がすばやくとびだしてきました。
そして、鴨のように両手を振って、
があ! があ!
があ! があ!
と鳴き、新しいつばさをつかみました。
すると、たちまち鴨の姿になり、暗い空に舞いあがり、明るく輝やきだしました。
「月がでたぞー」
人びとは喜んで外にとびだして、空を見あげました。
それは、今まで見たこともないような、美しい月だったということです。
(八百板)
娘と十二の月
→解説
むかし、二人の娘がいる母親がいました。ひとりは自分の娘で、もうひとりは継娘でした。母親は、じぶんの娘は可愛くてしかたがなく、継娘は顔を見るのもいやでした。もしも一滴の水でもあれば、溺れ死にさせたいほど憎んでいて、年がら年じゅういじめていました。
それでも、継娘は、はなみずきみたいに元気でいきいきとしていました。じぶんの娘のほうは、病気ばかりして頬(ほお)がこけていました。継母は、青白いじぶんの娘にくらべ、継娘がふっくらと赤い頬をしているのが、腹がたってたまりません。なにか、もっと継娘に意地悪する、いい手はないかと、いつも考えていました。
とうとう、ある冬の晩、うまいことを思いつきました。そして、暗い外に継娘をほうりだし、
「森の井戸に行って、水を汲んでおいで」
と、いいつけました。
その井戸のそばには古い木がありました。夜になると、まわりに悪魔があつまってくると村の人たちは恐れ、だれも近づこうとしませんでした。そこに水汲みにやれば、継娘はきっと悪魔たちに引き裂かれてしまうだろう、もう二度と家には戻ってこないだろうと、継母はせいせいしていました。
娘は町を通りぬけ、森の中の井戸に水を汲みに行きました。井戸のそばの木のまわりには、十一人の男と、ひとりのおばあさんが座っていました。若ものや、長い白いひげをはやした老人もいました。体が大きい男も、小さい痩(や)せた男もいましたが、ひとりだけ、ひどく小さい男がいました。二月の神のセチュコでした。セチュコの前で、ぶつぶついっているおばあさんは、三月のマルタばあさまです。みんな、一年の十二ヵ月の月をつかさどる神さまたちでした。
継娘は、みんなの姿を見ると、そばに寄って声をかけました。
「こんばんは、みなさん、寒くはないのですか」
「やあ、娘さん。神さまがおまえさんを守ってくれるように」
と、十二の月の神がこたえました。
「わしたちは、いたって元気だよ。だが、おまえさんはどうしたんだね。こんな吹雪の晩、それもこんな夜中に、どうして、こんな所まで水汲みにやってきたんだね。娘さん、おまえさんは、わしらがこわくないのかい」
「だっておじさん、こわいなんていってられないわ。おかあさんのいいつけには、逆らうことなんかできないもの。水汲みより、おかあさんに叱られるほうが、ずっと恐ろしいのよ」
十二の月は、みんなで顔を見合わせました。
「そのとおりだね。強いものが、いつだって弱いものをいじめて、無理をとおすもんだ。しんぼうするんだよ、娘さん」
と、三月のマルタばあさまがいいました。
「それで、おまえさんにたずねたいんだが、一年の十二の月のうち、どの月がよくて、どの月が、いやな、みんなの嫌われものだろう」
「まあ、おばあさん。いやな月なんてありませんよ。どの月も、みんな、すばらしいわ。春には新しい芽がふくし、夏がくると、一面に草木がしげって、小鳥たちも大喜びするんです。暑い夏のあとには、果物が実る秋がやってくるし、冬は、雪がふって、森も野原も、まっ白になってきれいだわ」
「そうかね。こんな吹雪の晩でも、おまえさんは好きなのかい。では、もう家にお帰り」
と、おばあさんがいいました。
「おまえさんに、わたしたち十二の月の祝福を贈ろう。これからさき、おまえさんが口をきくたびに、金貨がこぼれるようにしてあげよう。娘さん、じゃあ、元気で暮らすんだよ」
継娘は、かめに水をたっぷり汲んで、十二の月にお礼をいって家に帰りました。継母は、娘が生きて戻ってきたので、がっかりしてしまいました。
それに、娘が口をきくたびに、金貨がぱらぱらとこぼれ落ち、拾うのにいそがしいぐらい、いっぱいあふれるので、継母は、くやしくてまっ青になりました。
「なんてこった。だれが、おまえが話すたびに金貨がこぼれるようにしたんだい」
継母は、金きり声をあげました。
「さあ、いってごらん。わたしにつかまったら、もう、おまえはおしまいなんだ」
継娘はこわくなって、森の井戸に行って十二の月にで会ったことを、すっかり話しました。
継母は、さっそく次の日の晩、じぶんの娘を水汲みにやりました。十二の月の祝福で、口から金貨がこぼれるようになるように、よくいい聞かせて送りだしました。
「いいね。町はずれの、むこうの森の、あの井戸に水汲みに行っておいで。おまえも、神さまの祝福をうけて、金貨が授かるようにしてもらうんだよ」
娘が井戸に行くと、木のまわりに十一人の男と、おばあさんがひとり座っていました。娘は声もかけないで、ずんずんそばに行って、おばあさんを押しのけて座りました。
「娘さん、どうして水を汲みにきたんだね」
ひとりがたずねました。
「どうもこうもないわよ。こんな寒い晩に水汲みにこなくちゃならないのも、みんな、あんたたちのせいなのよ」
娘は、ぷりぷりして、ぶっきらぼうにこたえました。
「それじゃ、ひとつおまえさんにたずねたいんだが、一年のうちで、どの月がよくて、どの月が嫌いだね」
娘は、ちょっと考えてからいいました。
「そのぐらいのこと、子供だって、知っているわ! どうしようもない悪い月は、一月のコロジェクと二月のセチュコだわ。三月のマルタも、だめな月ね。この三つがいちばんやっかいだけど、ほかの月も、たいしてありがたくない、いやな月ばかりよ。冬は寒いし、夏はやたら暑くて、どうしようもないもの」
娘は、口をとんがらかしていいました。
「こんな寒い晩は、いちばんいやだわ。でも、あんたたちは、勝手にしたい放題で、ひとの迷惑なんて、どうでもいいんだから」
「やれやれ、娘さん。じゃあ、おまえさんにも、わたしたちの祝福を贈ろう」
と、十二の月がいいました。
娘は、十二の月に挨拶もしないで、帰りました。家に戻ると、母親が喜んで迎えました。
「どうだった」
「ろくなことないわよ」
娘が口をきいたとたん、口から蛇がとび出しました。
「ぎょえー! なんで蛇がでてくるんだい。金貨は、どうしたんだい」
母親は、びっくりして腰を抜かしてしまいました。娘も、わめき散らしましたが、なにしろ、これが神さまの贈りものでは、何とも、しかたありません。
「ああ、かわいそうに。なんてひどいことになっちまったんだい! おまえがこんな目にあうのも、みんな、あの憎らしい娘のせいなんだ」
継母は、その日をさかいに、ますます継娘がいまいましくなり、なんとかして、もっといじめてやろうとしました。
けれども、神さまの祝福をうけた娘には、なにひとつ手だしができません。
だから、昔からいうでしょう。
ひとを呪(のろ)わば穴ふたつって……。
(八百板)
金の鳥
→解説
むかし、あるところに三人の王子のいる王さまがいました。王さまは、みごとな庭を持っていて、その庭には冬でも珍しい木が茂り、花が咲いていました。
なかでも、王さまがたいそう気にいっていたのは、金のりんごがなるふしぎな木でした。りんごの木は、毎日お昼に花を咲かせ、夕方に実をつけ、夜の間に甘く熟れるのです。
ある朝、王さまが庭にでてみると、だいじな金のりんごが、一つもありませんでした。夜中になにものかがやってきて、りんごを一つ残らずもぎとってしまったのです。王さまは実のないりんごの木を見て、いったい、何ものがきたのだろうと考えました。
そこで、三人の王子を呼びよせて、夜のあいだ、りんごの見張りをするように命じました。まず上の王子が、弓と矢を王さまから受けとり、りんごの木を見張ることになりました。
その晩、王子は庭の小屋に隠れて番をしていましたが、夜が更けると、ひどい眠気に襲われ、弓を地面に落としてしまいました。そして、草の上にごろりと横になると、そのまま、ぐっすり眠ってしまいました。
朝になって、王子が気がついた時は、りんごは一つも残っていません。
つぎの晩は、二番目の王子が庭の見張りに立ちました。王子は眠くならないようにりんごの木の下を歩きまわっていましたが、くたびれて、木の下でぐっすり眠ってしまいました。
あくる日、末の王子が王さまに、りんごの木の見張りをさせてくださいといいました。
「上の二人の息子にできなかったことが、末の王子のおまえにできるはずがない」
王さまは、こういってとめましたが、それでも末の王子があまり熱心にたのむので、とうとう、おゆるしになりました。
その晩、末の王子は弓と矢をもって木に登り、茂った葉の陰にかくれ、暗くなるのを待っていました。末の王子は賢い若者でしたので、眠くならないようにと、短剣をぬいて小指を刺し、その傷ぐちに塩をすりこみました。傷ぐちが痛んで、少しも眠くなりません。
真夜中になると、急に光が差しこんで、あたりが昼のように明るくなりました。つばさが火のように燃えている金の鳥が、舞いおりてきたのです。
金の鳥は、すばやく木の枝にとまり、りんごの実を食べはじめました。王子は目がくらみましたが、ぐっと弓を引きしぼって、矢を放ちました。金の鳥は、ふわりと暗い闇の空に舞いあがり、とんで行ってしまいました。矢は羽根を一枚、射(い)おとしただけです。
朝になって、末の王子は金色の羽根を王さまに差しだしました。すると、部屋の中が目もくらむほど、眩(まぶ)しく輝きました。
「これが、ゆうべ金のりんごを食べにきた、金の鳥の落としたものです」
「おお、みごとだ。何と美しい羽根だろう。きっと、鳥はもっとすばらしいにちがいない」
王さまは、どうしても金の鳥が見たくなって、上の二人の王子たちも呼びよせていいました。
「わしは、ずうっと、おまえたちのだれにこの国を継がしたらいいものか、思案にくれていた。息子たちよ、これから、金の鳥を探しに旅にでるがいい。生けどりにしてきた勇気ある者に、国を譲ることにしよう」
「きっと、わたしこそ、金の鳥を捕えてまいります」
上の王子二人は、そう叫び、急いで旅の仕度をして金の鳥を探しにでかけました。末の王子も、あとから、ついて行きました。
ところが、勇んで城をでたものの、どこに行ったらいいのか、三人とも見当もつきません。あてもなく歩いているうちに、兄たちは、自分がこんな目にあうのは、みんな弟のせいだと腹がたってきました。
「ついてくるな! おまえは、一人で金の鳥を探すといい。ひと晩じゅう、眠らないでりんごの木の見張りをするほど賢いんだろう」
そういって、二人は弟を追いやって、自分たちだけ、どんどんさきに行きました。仕方がなく、末の王子は、ちょっと離れてあとからついて行きました。
しばらくすると、先を歩いていた二人は、背たけの小さなおじいさんにで会いました。
「やあ、お若いの! これから、どこへ行くんだね」
「ほっといてくれ」
二人の王子は、どんどん、歩いて行きました。
おじいさんは、今度は末の王子にで会いました。
「お若いの! これから、どこへ行くんだね」
「やあ、こんにちは! おじいさんも、ひと休みしませんか」
王子は、おじいさんと並んで木の下に座りました。そして、おじいさんにパンをちぎって分けてやり、一緒に食べながら、自分たちが旅に出たわけを話しました。おじいさんは、黙って聞いていました。
「もう少し行くと、道が上と下にわかれている所にでるが、兄さんたちとは別の道を行くがいい。わしが、あとから、金の鳥を探すのを手伝ってやろう」
まもなく道がふたつにわかれている所にさしかかり、兄さんたちは上の方の道を登って行きました。そこで、末の王子が下の道を歩いていると、おじいさんが追いついてきました。
「このあたりで、ひと休みしよう」
王子は草の上に横になると、すぐに眠ってしまいました。すると、おじいさんは若者の腕をかかえて、ものすごい早さで、どんどん歩きつづけました。若者が眠っている間も、おじいさんは昼も夜もすばやく歩きとおして、何日もかかって、ようやく金の鳥のいる町に着きました。
おじいさんは若者をつれて、町はずれの丘に登り、お城を指さしていいました。
「いいかね、よく聞くんだよ。あの大きな門を越えて中へ入りなさい。すると、小さな門が七十七もあって門番が一人ずつ立っている。だが、心配はいらない。ちょうど今、門番が眠っている頃だ。その奥に鉄の柵があって、その後ろに金の籠がつるしてある。だが、鳥だけを持ってくるんだよ。けっして、籠ごと持ってきてはならん。ひどい災難にあってしまうから」
王子は門番に見つからないように、大きな門をよじ登って庭に入りました。おじいさんがいったとおり、小さな門が七十七も並んでいましたが、運よく通りぬけ、やっとのことで金の鳥のいる所にでました。王子は鳥を抱いて帰ろうとしましたが、美しい金の籠が欲しくなって、とうとう、手に持ってしまいました。
とたんに、鈴をふったような音がお城じゅうに鳴り響きました。見張り番たちが目をさまし、駆け込んできて末の王子を捕え、王さまのところへつれて行きました。
王さまは、たいそう腹をたてて、どなりつけました。
「こら! なぜ金の鳥を盗もうとしたのだ。いったい、おまえは、なにものなのだ」
若者は、自分がある国の王子であることや、父王がだいじにしているお城の金のりんごを、金の鳥が毎晩やってきて食べてしまうことを話しました。
「おまえが金の鳥を探しに旅にでたわけは、よくわかった。だが、盗みだすのはよくないぞ! もし、どうしても金の鳥が欲しかったら、空とぶ馬をつかまえてくるのだ。おまえにその勇気があったら、その金の鳥をやろう。そして、わしの娘を嫁につかわそう。だが、つかまえられなかった時は、おまえの命はないものと思え」
王さまは、そういって若者をゆるしてやるように、家来に命じました。
若者は、空とぶ馬をつかまえてくることを約束したものの、こまったことになったと、がっかりしておじいさんのところに戻りました。そして、さっそくおじいさんに、お城であったことを、すっかり話しました。
「だから、あれほど、金の籠には手をだすなといったのに、どうして、いいつけを守らなかったんですか」
それでも、王子があやまると、おじいさんは、ぽんと、肩を叩いていいました。
「さあ、もう一度だけ、助けてあげよう。空とぶ馬を、いっしょに探してやるよ」
二人は、また旅にでました。途中で夜になりましたが、若者が眠っている間も、おじいさんは若者の腕をかかえて、ものすごい早さで、どんどん歩きつづけました。
こうして、おじいさんは昼も夜もすばやく歩きとおして、何日もかかって、ようやく空とぶ馬のいる町に着きました。
おじいさんは若者をつれて、町はずれの丘に登り、お城を指さしていいました。
「さあ、あの大きな門を越えて中へ入りなさい。すると、小さな門が九十九もあって門番が一人ずつ立っている。だが、心配はいらない。門番は眠っているから。その奥に鉄の柵があって、そのまた奥の馬小屋に探している馬がいる。だが、馬だけつれてくるんだよ。けっして、鞍(くら)や手綱まで持ってきてはならん。ひどい災難にあってしまうから」
王子は門番に見つからないように、大きな門をよじ登って庭に入りました。おじいさんがいったとおり、小さな門が九十九も並んでいましたが、運よく通りぬけ、やっとのことで空とぶ馬のいる所にでました。
馬は美しい金の鞍をつけていました。若者は鞍ごと欲しくなりましたが、おじいさんのいいつけを思いだし、たいへんなことにあうのは、もう、こりごりだと思いました。そこで、若者は鞍をはずすと、馬にとび乗って、おじいさんのところに戻りました。
二人は空とぶ馬に乗って、あっというまに金の鳥のいる町に着きました。馬が歩くたびに、石畳の道は蹄(ひづめ)でうち砕かれ、馬が息を吐くと、道端の塀(へい)や門の扉が吹きとばされる勢いです。
王さまは、若者が馬をつれてきたので、たいそう喜んで金の鳥を褒美(ほうび)にやりました。そして、約束どおり自分の娘をつれて帰るようにいいました。
お姫さまは、ひとめ見ただけで、勇気のある若者が好きになりました。王子も、美しい姫が、すっかり好きになったのです。
王さまは、二人のために、太陽のように輝やく指輪と、胡桃(くるみ)の殻(から)にたたんで入る、絹よりもうすい花嫁衣裳をくれました。王子は、ふしぎな胡桃の殻と指輪を身につけました。
こうして、末の王子は金の鳥と美しいお姫さまといっしょに、自分の国に帰ることになりました。
二人は町はずれまで馬車を走らせ、そこで待っていたおじいさんが、すばやくとび乗って、いっしょに王子の生まれた国にむかいました。
しばらくすると、道がわかれていました。
「ここからさきは、幸運を祈る!」
おじいさんはお城へ戻る道をおしえて、そこで別れました。二人は、おじいさんに礼をいって、どんどん、さきを急ぎました。
しばらく行くと、森の奥に、小さな宿屋がありました。王子は、ひと休みしようと馬車をとめ、花嫁の手をとって宿に入りました。
ところが、その宿屋は、王子といっしょに金の鳥を探しにでた、兄たちの宿屋だったのです。あれから二人は、坂道を登っているうちに、金の鳥を探すのがいやになってしまいました。
この世にいるかどうかわからない金の鳥を、命がけで探すよりは、しばらく遊んで暮らそうと考えたのです。そのうちに父王が死んだら、お城に戻って、二人で国を半分ずつ分けようじゃないか――と、こんなぐあいに、兄たちは話がまとまりました。そこで、二人は、旅人相手に宿屋をはじめたってわけです。
それからだいぶ歳月がたっていたので、二人の兄たちは、この立派な馬車に乗ってきた客が、末の弟だなんて、すぐには気がつきませんでした。それに美しい女の人までつれているのですから。
ところが、末の弟の方はすぐに、自分の兄たちだとわかりました。
「兄さん、まだ、わからないんですか」
右手の痣(あざ)を見せると、二人は、びっくりして顔を見あわせました。そんなかわった痣(あざ)があるのは、末の弟だけですもの。
そこで、三人の兄弟は、そろってお城に戻ることにしました。しばらく行くうちに、上の二人の王子は、お姫さまと金の鳥を奪って、手柄を横どりしようと考えました。二人は馬車をとめて、弟を森の奥へつれこみ、縄で木に縛りつけ、お城に戻りました。お姫さまは、兄たちに、このことをひとに喋(しやべ)ってはならないと脅(おど)かされ、ほんとうのことを話すことができませんでした。
王さまは、金の鳥を探しだしてきた二人に、約束どおり国を半分ずつ譲ることにしました。そして、お姫さまと上の王子の婚礼のしたくがはじめられました。
そのころ、末の王子は木に縛られたままで、三日のあいだ、何も食べていませんでした。ところが、運よく、道に迷ったやぎ飼いの若者が通りかかり、縄をほどいて、パンと飲みものをわけてくれました。王子はお礼をいって、自分が着ていたものを、やぎ飼いととりかえました。
みすぼらしい、やぎ飼いの身なりをした王子は、金の指輪と花嫁衣裳の入った胡桃の殻を持ってお城に行きました。お城じゅうが、上の王子の婚礼のしたくでせわしくしていたので、だれひとり、この若者が末の王子だとは気がつきません。王子は、調理場で働くことになりました。
夜になると、若者はお姫さまの部屋にむかって指輪をかざしました。あたりが、ぱっと明るくなりました。それを見て、お姫さまは、すぐに末の王子が生きていたことに気がつきました。
あくる日、お姫さまは、婚礼には胡桃の殻に入っている絹よりもうすい花嫁衣裳を着たいと、王さまにたのみました。王さまは姫のねがいをきいて、国じゅうにおふれをだしました。そのことは、末の王子の耳にも入ってきました。
そこで、末の王子は、国じゅうで一番腕がいいと評判の仕立屋をたずね、ひと晩でその花嫁衣裳をぬってみせると、いいました。
その晩、若者がなにをしたかですって。ひさしぶりに七面鳥の肉を腹いっぱい食べて、ぐっすり眠っただけですよ。
つぎの朝になると、ほんとうに胡桃の殻に花嫁衣裳が入っていたので、仕立屋はびっくりして、若者を王さまのところにつれて行きました。若者がお姫さまに胡桃を差しだすと、お姫さまはそこから衣裳をとりだしていいました。
「これは、わたしの父が、金の鳥を探しだした、勇気のある若者にあげたものです」
そこではじめて、王さまは、この若者が自分の末の息子だと気がついて、かけよって抱きしめました。そして、これはいったい、どうしたわけかとたずねました。
お姫さまは、今まであったことを、すっかり王さまに話しました。王子も、どんなふうにして、おじいさんの援助で金の鳥を手に入れたか、また、ずるい兄さんたちが、どのようにして自分の命を奪おうとしたかを、のこらず話しました。
その話を聞くと、王さまはひどく怒って、すぐに上の二人の王子を、国から追い払うようにいいつけました。
王さまは約束どおり、末の王子に国を譲りました。
若い王さまと、不思議な花嫁衣裳を着たお姫さまの婚礼は、国をあげて三日三晩、にぎやかにあげられました。それから二人は、いつまでも幸せに暮らしました。
(八百板)
森の悪魔と兄弟
→解説
ある森のはずれに、たいそう仲の良い木こりの兄弟が住んでいた。二人は、毎日いっしょに森へでかけ、あたりが暗くなるまで懸命に働いた。
兄は力が強く、森中の木を揺さぶるような勢いで、伐り倒した。弟はすばしっこく、あっという間に木を束ね、山のように積み上げた。
二人の様子を、いつも木の陰から覗(のぞ)いているものがいた。それは、森の小さな悪魔であった。この悪魔は、仲のいいものが嫌いなのだ。二人が、いつも力を合わせて働いているのを見て、腹がたってたまらない。
そこで悪魔は、なんとか喧嘩させるうまい手はないかと、毎日、腕を組んで考えていた。
さて、この木こりの兄弟はといえば、性格がまるで正反対なのである。弟が正直な優しい若者であるのに、兄の方は、妬み深い性格だった。そこで悪魔は、兄の心にそっと囁いた。
おまえの弟は、強い男
おまえの弟は、賢い男
弟は、おまえより、強く賢い男
そんなことを少しも知らない弟は、その日も、いつものようにいっしょに森へでかけ、兄のそばで木を束ねていた。すると、突然、兄が大きな木を持ち上げて襲いかかり、弟の目を打った。何度も叩こうとするので、弟は恐ろしくなって、森の奥へ逃げ込んだ。
目が見えなくなってしまった弟は、一日じゅうあてもなく森の中を歩きまわった。そのうちに日が沈んできたので、近くの木に登り、その上で休んでいた。
しばらくすると、木の下でにぎやかな声がするので、木こりの弟は耳を澄まして聞いていた。どうやら、森の悪魔たちが集って、話をしている様子である。
一人の悪魔が嬉しそうにいった。
「愉快だったなあ! 今日は、とっても気分がいい。森でいつも木を伐っている、ほら、あの仲のいい兄弟を喧嘩させてやったのさ。大きい方が木を振り上げ、小さい方の目を潰(つぶ)してしまったよ」
それを木の上で聞いていた弟は、すぐに、悪魔が自分のことをいっているのだと悟(さと)った。
二人目の悪魔も、得意そうにいっている。
「こっちは、村の水車小屋を壊してきたよ。大きな石を、十個もほうり投げてやったから、もう、あの水車は、どんなことをしても動かないよ」
「ふうん、みんなすごいなあ」
三人目の悪魔が、感心したような声でいった。
「でも、俺だって負けないよ。今日は面白かったよ。お城へ行って、お姫さまを思いっきりころばしてやったんだ。うまくいったぜ! お姫さまは足を怪我して歩けなくなったさ。もちろん、走ることなんか、とても無理さ」
森の悪魔たちは、親分を囲んで、今日の手柄を話している様子である。しばらくして、親分の右側に座っている、年をとった悪魔がいった。
「情ない奴らだ。おまえたちはそんな自慢をするためにやって来たのか。もっと何か、わしらがあっと驚くような、大きな仕事はできないのか」
そして、ため息をついてから話しだした。
「いいかな。そんなちっぽけなことは、一人まえの悪魔がやることじゃないんだぞ。そんな魔法は、だれにでもすぐとけてしまう。ほら、この木の下から水が湧(わ)いてくる……」
木の上にいた木こりの弟は、胸を躍(おど)らせながら聞き耳をたてた。
「これは、ふしぎな水でな。目が見えなくなった弟が、もしもこれで目を洗ったら、なおってしまうのじゃ。水車だって同じことよ。もし、だれかが水を汲んで行って、水車をとめている石に注いだら、もう、おしまいだ。水車は、また動きだしてしまうじゃろう。お姫さまの足も、この水でもとどおりじゃ」
木こりの弟は、木の間に隠れていて、悪魔たちの話すことを、すっかり聞いてしまった。朝になると、弟はさっそく木の下から湧いてくる水で目を洗った。目はたちどころにもとどおりになり、何でも見えるようになった。
それから、弟は村のはずれにある水車小屋に行き、森から汲んでいった水を石の上に注いだ。水車は、ゴトン、ゴトンと元気な音をたてて動きだした。
そこで、木こりの弟は、今度はお城に行き、門番に頼んでみた。
「王さまにお会いしたい。私が、お姫さまの足をなおしてみせます」
家来たちは、木こりの弟のいうことにびっくりした。その頃、お城では、お姫さまの足が、どんな医者にもなおせないので、たいへんな騒ぎになっていたのである。さっそく、家来たちは王さまの前に、木こりの弟を連れて行った。
「王さま、ご機嫌いかがですか。私が、お姫さまの足の怪我を、きっと、なおして差し上げます」
「それは、ほんとうか」
王さまは喜んで、体を前に乗りだした。
「はい、私には、だれにもないふしぎな力があります」
「よし、もし姫の足をなおせたら、褒美(ほうび)をどっさりとらせよう。だが、もしなおせなかったら、おまえの命はない。わかっているな」
木こりの弟は、お姫さまの前にひざまずき、森の木の根もとから汲んできた、ふしぎな水を差しだした。お姫さまがその水で足を洗うと、あっという間に、足はもとどおりになおってしまった。王さまは喜んで、たくさんの金貨と牛を褒美に与えた。
さて、こうして、弟が森のはずれの家に戻ってきたので、兄は驚いてしまった。すぐには、口もきけなかったが、ようやく、気をとりなおしてたずねた。
弟は、夕べ木の上で悪魔の話を聞いたことから、王さまに褒美をもらうようになったわけを、つつみ隠さず兄に話してきかせた。
「兄さん、ぼくの目をぶったのは、その悪魔のしわざだったんだ。兄さんじゃないんだ」
でも兄は、もう心の中に悪魔が棲(す)みついていて、弟のことが妬ましくてたまらない。
「よし、俺も木に登って、悪魔の話を聞くことにしよう。夜になって悪魔がやってきたら、お前が木の上ですっかり聞いてしまったことや、そのおかげで大金持になったこともぶちまけてやろう。きっと、奴らは怒って、またおまえの目を潰すにちがいない。もちろん、金貨も牛も取り上げられてしまうさ」
弟は、兄がひどく意地悪い調子で話すので、びっくりしてしまった。
「いけないよ、兄さん! 森へ行っては。きっと、よくないことが起きて危ないよ。金貨も牛も半分ずつに分けよう。だから、森へは行かないでくれ」
だけど、兄の耳には、もう弟の声は何ひとつ入らない。後ろを振り向きもしないで駆けて行ってしまった。森の奥へ入って、兄は弟のいっていた木をすぐに探し、その上に登って、夜になるのをじっと待っていた。
あたりが暗くなると、木の下に悪魔たちが次つぎと集まってきた。そして、親分を囲んで車座に座り、みんなで今日の出来事を話し始めた。
昨夜、得意そうに話していた三人の悪魔が、今夜はずいぶん気落ちした様子で、ため息ばかりついている。
「なあ、おい! 俺たちの魔法をといた、もっと強い奴がいる。だれかが木こりの弟の目を、すっかりなおしてしまったのだ。たったひと晩で、もとどおりなんだぜ」
二人めの悪魔が相づちをうった。
「ふう! まったくだぜ兄弟。それに、やっと壊した水車まで動きだしてしまうなんて、いったい、どうなっているんだ」
三人目の悪魔もいった。
「俺もやられたよ。お城に行ってみたら、お姫さまの足が、もう、すっかり、なおっちまっているんだからなあ」
三人の話を黙って聞いていた悪魔の親分は、
「よし、だれのしわざか、今、教えてやろう」
そういって、右側に座っている年をとった悪魔の方を見やった。
「みんなに、魔法のとけた理由(わ け)を教えてやってくれ」
年をとった悪魔は、コホンとひとつ咳(せき)払いをすると、大きな声で話しはじめた。
「みんな、よく聞け! わしは、今日は、じつに忙しい一日だったのだ。夕べ、だれか、わしらの話を聞いていたものがいる。わしは、そいつを探して、森じゅうを駆けまわっていたのだ。みんな、なにもふしぎがったり、こわがることはない。おまえたちの魔法をといた、おまえたちより強い男は、それ、あそこにいる! ほら、あの男だ!」
年をとった悪魔が木の上を指さすと、悪魔たちはいっせいに駆け登り、木の間に隠れていた木こりの兄を引きずり降ろし、みんなで森の外へほうりだした。
それっきり、木こりの兄の姿は森から消えてしまい、どこへ行ったものやら、だれも、姿を見たものも、噂を聞いたものもいないということだ。
悪魔たちも、この日を境に、ふっつりと、この森にはあらわれなくなったという。
(八百板)
お百姓と卵
→解説
あるところに、働いても働いても、楽な暮らしにならないお百姓がいてね。
ある日、かたい皮の靴をはいて、キュッキュッ音をさせて村の道を歩いていたんだって。肩には長い棒をかついで、えらい上機嫌だ。歩くたびに棒の先にぶらさげたかごが揺れ、中の卵がとびだしそうな勢いだ。
村のはずれにさしかかった時、お百姓は大きな声でひとりごとをいった。
「さあ、市場に行って卵を売ろう!
卵はぜんぶで百個ある。こいつをひとつ一レフで売るとして百レバになる。もしも、運よく二レバで売れたら二百レバだ。
おお、すごい金じゃないか!
二百レバもあれば、りっぱな雌の小豚が買える。そうだ、小豚を買って育てよう」
百姓は、立ちどまって考えた。
「なあに、すぐに大きくなるとも。そして、子豚を産むようになる。二十匹かな、いや、三十匹ぐらいは生まれるだろうよ。
まてよ、三十匹の子豚がみんな大きくなって、三十匹の豚が、三十匹ずつ子豚を産んで……すごいじゃないか。それがまた子豚を産んで、どんどん、ふえるじゃないか。
ああ、困った。小屋が豚であふれてしまう。
小屋に入りきれない豚は、そうだ市場に連れて行って売るとしよう。一匹、どのぐらいの値で売れるかな」
お百姓は嬉しくなって、じぶんがどこを、どう歩いているのか、得意になってふんぞり返っているので、もう、わからない。道で会った村の人が声をかけても、目にはいらない。
「さあ、市場に行って卵を売ろう!
卵を売って、小豚を買って、どんどん、ふやそう。そして、豚を売ってどっさり金が儲ったら、馬を買って、着物も買うことにしよう。着物はとびきり上等の、馬はよく肥えた、つやつや光るやつがいい。
ああ、身ぶるいしてくるな。
新しい着物を着て、さっそうと馬に乗った、わしの姿ときたら、なんて立派なんだろう。
村の娘は、みんな、わしに夢中になってしまう。
――あの、素敵な方は、だれかしら、
――どこから、きたのでしょう」
お百姓は、じぶんのいってることに、うっとりした。
「そして、わしは村一番の美人のガーナと結婚する。やがて、わしらの子供が生まれる。男の子かもしれんな。そうだ、きっと、かわいい男の子だ。名前はボグダンだ。どうだい、いい名前だろう」
お百姓は嬉しそうにつぶやいて、遠くの方を見つめた。
「そうだ! ボグダンにりんごを買ってやろう。市場に行って、りんごを買って、わしが家に戻ってくると、ボグダンが迎えに駆けだしてくる。おお、まるで、目に浮かぶようだ。ボグダンの、喜んでとび込んでくる顔が……。
わしは両手をひろげ、坊やをしっかり抱きあげ、頬ずりをする。
――とうさん、お帰り!
――ボグダン、ほら、りんごだよ」
お百姓は、すっかり夢中になり、坊やを抱きあげようとして、いきなり両手をひろげた。
手を放したから、たまらない。
肩にかついでいた棒がころがり、かごがふっとび、卵が道にほうりだされた。
「なんてこった!」
お百姓は、あわてて地面にはいつくばって卵を拾おうとしたが、もう、おしまい。
卵はひとつ残らず、ぜんぶ割れちまって、かごには、なにひとつ残らなかったんだって。
その時、旅の男がお百姓のそばを通った。
「おまえさん、いつから、わしの後にいたんだね」
「そうだな、おまえさんが儲ってから、すっかりなくなるまでさ」
(八百板)
ドイツ
ヘッセンにやぎがやってきたわけ
→解説
むかしね、ヘッセンの国には一匹もやぎがいなかったんだ。国境いに狼ががんばっていて、やぎを入れないようにしていたからね。
だけど、ヘッセンにはきれいでおいしそうな草があったから、やぎたちは何とかして入るいい方法はないものかと相談していた。
そして、まず子やぎを国境いに送りこんだ。
狼は子やぎを見るなり、走りよって、声をかけた。
「どこへ行くつもりだ」
「ヘッセンへ」
と子やぎはいった。
だけど、あらっぽい狼は、大声でおどした。
「おまえを食ってやる」
すると、子やぎは、今にも泣き出しそうにいったんだ。
「ぼくみたいに弱い子やぎを食べるつもりかい。後から母さんが来るよ。母さんは、ぼくなんかよりずっと大きいよ」
そいつぁ悪くない、と狼は子やぎを通してやった。
その後すぐ、年とった雌やぎがやってきて、やっぱりヘッセンに行こうとした。
「どこへ行くつもりだ」
狼は、雌やぎを呼びとめた。
「ヘッセンへさ」
雌やぎは答えた。
そこで、狼はまたいった。
「おまえを食ってやる」
ところが、雌やぎはいった。
「私みたいな、年とってやせたやぎを食べるつもりかい。後から夫が来るよ。私よりずっとおいしい肉が食べられるよ」
そこで、狼は雌やぎをまた通してやった。
その後やってきたのは、大きな角のある雄やぎだった。
狼は、こわごわ雄やぎを見つめてから、いった。
「その、頭の上にあるのは、何だ」
「これは、おれの二丁の拳銃だ」
「じゃあ、その、体にぶらさがっている袋は、何だ」
「これは、弾(たま)の入った袋だ」
雄やぎはそう答えてから、短いしっぽを上げて、黒くて小さな弾(たま)を二、三個落とした。
それを見た狼は、おそるおそるたずねた。
「一体、そいつは、何だ」
「これはな、おれの拳銃の弾(たま)だ」
こいつはまずい、と狼はいちもくさんに、近くの森に逃げこんだ。
それで、雄やぎもヘッセンにやって来たってわけだ。
(高津)
狼と七匹の子やぎ
→解説
昔、カイルス・ペーターが一匹の雌やぎを飼っていてね、その雌やぎには黄、赤、黒、そして白とさまざまな色をしている七匹の子やぎがあったって。
ある日、母さんやぎが言った。
「子やぎたちや、母ちゃんはちょっくら森へ行って草を取ってくるからね。おまえたちは狼が入って来ないように戸を閉めとくんだよ」
母さんやぎが森に出かけてしばらくすると、突然戸をたたく音がして、狼がしわがれ声で言った。
「子やぎちゃん、子やぎちゃんたちよ、戸を開けておくれ。母ちゃんは遠い森に行って、草や葉っぱを腹いっぱい食って、大きなおみやげを持って来たよ。おっぱいをいっぱいにしてきたんだよ」
子やぎたちは叫んだ。
「そんじゃあ、おまえの足を見せておくれ」
狼が足を差し入れると、真っ黒だった。
そんで子やぎたちは言った。
「あれ、おまえはおいらの母ちゃんじゃあないよ、狼だ。母ちゃんの足は白いんだよ」
狼は一目散に、ハッハボルン村のかどの仕立屋に走って行った。
「俺の足のここんところにいばらが刺さっちまってよぉ、そいつを引っこ抜いて布切れを巻いとくれよ」
かどの仕立屋が布切れを巻いてやると、狼はまた森の子やぎたちのところに走って行き、戸をたたいた。
「子やぎちゃん、子やぎちゃんたちよ、戸を開けておくれ。母ちゃんは遠い森に行って、草や葉っぱを腹いっぱい食って、大きなおみやげを持って来たよ。おっぱいをいっぱいにしてきたんだよ」
子やぎたちは叫んだ。
「そんじゃあ、おまえの足を見せておくれ」
狼が足を差し入れた。子やぎたちは白い足を見て、母ちゃんだと思ったんだねぇ。急いで戸を開けると、そこには真っ黒な狼がいたのさ。さあ、子やぎたちはあちこち跳ねて逃げ回った。ベッドの下や、テーブルの上や、洗面器の中や、ストーブの上や、柱時計の中に隠れた。そんでもね、狼はみーんな食っちまった。柱時計のなかに隠れていた一匹だけを残してね。
やがて母さんやぎが帰って来た。母さんやぎはもう遠くの方から入口の戸が開いているのに気がついた。入口の戸も部屋の戸も開いたままなんて、いったいなにが起こったのだろうと思った。家に入ってみると、子やぎたちはみんないなくなっちまってる。
母さんやぎは呼んだ。
「子やぎちゃんたちよ、どこにいるんだい」
すると一匹が叫んだ。
「ああ、母ちゃん、時計の中だよ。狼がほかのみんなを食っちゃったんだよ」
母さんやぎと子やぎは泣きに泣いた。
母さんやぎと子やぎが小川の土手の下まで下りて行くと、狼が横になって眠っていた。母さんやぎはカイルス・ペーターのところからはさみを持ってきて、狼の腹を切り開いた。すると子やぎたちが次々と飛び出して来た。そんでね。母さんやぎは狼の腹に石ころをいっぱい詰め込んで、縫いつけちまったのさ。
狼は目がさめると言った。
「俺は子やぎたちを食ったはずなのに腹の中はかたい石ころだらけだ」
そんで溝を跳び越したとたんに、腹が裂けて死んじまったって。
やぎたちは狼の後をつけて行き、いい気味だって笑ったさ。
(杉本)
小さな白猫
→解説
昔、後家になった一人の農婦がいた。その女には三人の息子があった。
さて、女はどの息子に農場を譲ったものかと迷っていた。そこで息子たちに言った。
「さあ、みんな三年間よその土地に行って働いておいで。一番金を稼いできた子がこの農場をもらうといいさ」
そこで息子たちは三人とも出かけた。
三人が森に来ると道が右に分かれていた。
すると二人の兄たちが「おれたちは右に行くぜ」って、末っ子に――ハンスって名前だよ――「おまえはまっすぐ森を抜けて行けよ」って言った。
そこでハンスは森の中をまっすぐ行った。
どんどんと歩いて行き、――夕方になったのさ――明かりを見つけた。
近づいて行くと、小さな家があった。戸口が開いていて、中に小さな白猫が座っていた。
「こんばんは、ハンス」と猫が言った。
「こんばんは、ニャン子ちゃん、おいらがハンスだってなんでわかったんだい」とハンスは言った。
「わたしはもっと知っているわ。お入りなさいよ。一年間ここで働いてもいいのよ。もちろんあんたが欲しがっているお金ももうけられるのよ」と猫は言った。
そこでハンスは小さな白猫のところにいることにした。
次の朝、猫が言った。
「さあ、薪を一抱えとってきて、かまどの火に三つの深なべをかけるのよ。かごの中に鳥が三羽いるから、この真っ黒な鳥たちに餌をやってね。お腹が空いたら、ほらここにあるテーブルに『テーブルよおぜんのしたくを!』と言えばあんたの欲しいものはなんだって、おいしい食べ物や飲み物が出てくるわよ。ひとつだけ言っとくけど、深なべの中を見てはだめよ!」
次の朝、小さな白猫は出て行き、ハンスは一人きりになった。
ハンスが三つのなべの下に火をつけると、パチパチと音をたてて燃えた。ハンスは鳥たちに餌をやった。
さて鳥かごをそうじしようとすると、一羽の鳥が飛んで行ってしまった。
次の朝ハンスが深なべを火にかけると、その中でものすごく大きな音がした。
そこでハンスが「一体何があるのかな? ちょっと見てやろう」って中をのぞくと、突然鼻づらにげんこつを一発くらい、壁に向かってほうり出された。
一年たつと、小さな白猫が戻って来た。
「ハンス、あんたの仕事はできたの」
「やったよ ニャン子ちゃん」とハンスは言った。
「でも深なべの中を見たでしょう!」
「ああ、だけどさ、鼻っつらに一発くらったのには腹が立ったね。それから鳥を一羽逃がしちまった」とハンスは言った。
「そりゃあ、困ったわね。でもあんたの望みはかなえてあげるわ」と猫は言った。
次の朝、猫は「ねえハンス、お金が欲しいんでしょう」って言うんだ。
「もちろんだよ、ニャン子ちゃん」とハンスは言った。
「ここに鍵が二つあるわ。これで錠のかかった二つの部屋を開けることができるわ。一つの部屋の中には本物の金貨が、そしてもうひとつには銀貨があるわ。欲しいだけ持って行くといいわ」と猫は言った。
ハンスは金貨を一山包み、母親のいる家へ持って帰った。
ハンスが帰るともう二人の兄たちがいて、テーブルの上に二、三枚のターラ金貨があった。それはハンスがもってきたものの一六分の一にもなっていなかった。
「そうだねぇ、ハンスはとてもたくさんのお金を持ってきた。ほかの二人はかなわないよ。だけど、この農場はまだハンスのものじゃないよ。三人とももう一度、一年間外で働いておいで。一番いい馬を持ってきた子がこの農場をもらうのさ」って母親は言った。
そこで、三人とも出かけた。そしてハンスはまた小さな白猫のところに行った。
猫は戸口に座っていた。
「まあ、ハンスね」
「そうだよ。ニャン子ちゃん」
「こんどは一番いい馬がいるのでしょう。そうでしょう」
「そうなんだ」とハンスは言った。
「あしたまた薪を割ってちょうだい。わたしは一日だけあんたといたら、出かけるわ。あんたは鳥に餌をやり、深なべで料理をしてね」
ハンスはまた仕事をした。そして、『テーブルよおぜんのしたくを!』のおかげでいつもなにか食べたり飲んだりできた。
さて、ハンスが二羽のとりかごをそうじしていると、一羽が飛んで行ってしまった。一羽だけが残った。
一年たつと、小さな白猫が戻って来た。
「ねえハンス、あんたはまた鳥を一羽逃がしちゃったのね」
「そうなんだよ。ニャン子ちゃん」とハンスは言った。
「困ったわね、でもあんたの望みはかなえてあげるわ」と猫は言った。
次の朝、猫は「ねえハンス、あんたはもちろん馬が欲しいでしょう」って言うんだ。
「もちろんさ」とハンスは言った。
「ここに納屋があるわ。あんたはまだ見てないだろうけど、その中には刀が一本ぶるさがっているのよ」と猫は言った。
「そいつぁまだ見てないよ」とハンスは言った。
「その刀を体にくくりつけてね。ほんの少し行くと、――森に小さな家があるけど――小さな山があるの。山に登ってこう言うのよ『開け、サムソン!』って、すると山が開くから中にはいるのよ。少し行くとたっぷりと水をたたえた大きな沼のそばに二匹の犬がいるわ。二匹とも一撃で殺すのよ。そして橋を渡ると、橋のたもとに馬小屋があるからそこに入るのよ。そしてね、そこにいる馬の中で一番いいのを捜して、それに乗って戻っていらっしゃい。山から出るときには『閉じろ、サムソン!』って言うの。そうすれば山が閉るから。その馬に乗って家へ帰るのよ」
さて、ハンスは出かけた。二匹の犬はハンスがやって来るのを見ると、ハンスを噛もうと先を争って襲いかかって来た。そこでハンスは刀を抜き、二匹とも一撃のもとに殺した。ハンスは橋を渡り、馬小屋のある橋の下に行き、中に入った。ハンスは一番良い馬を捜し出し、その馬で母親のいる家に帰った。
ハンスが家に帰ってみると二人の兄たちはすでに帰っていた。ハンスの馬に比べると兄たちの馬はまるでかなわなかった。
「そうだねぇ。こりゃあ、どうでもいいことさ。まだ家はやれないね。ここの百姓なら嫁がいなきゃね。おまえたちもう一度、一年間働いておいで。そして一番良い嫁を連れてきた子がこの農場をもらうのさ」って母親が言った。
そこで三人は出かけた。ハンスはまた小さな白猫のところに行った。
「またハンスね」
「そうだよ」
「一番良いお嫁さんを連れて行った者が農場をもらえるんでしょう。そうでしょう」
「そうなんだよ。ニャン子ちゃん」とハンスは言った。
「じゃあ、あしたまた薪を切って、あんたの仕事をしなさいね。やることはわかってるわね」
「わかっているさ、ニャン子ちゃん」とハンスは言った。
小さな白猫は一日ハンスと一緒にいたが、次の朝出かけて行った。ハンスはまた一人きりになった。
ある日ハンスがとりかごをきれいにしていると、――一羽だけ残っていたからね――最後の一羽も飛んで行ってしまった。
一年たつと、小さな白猫が戻って来た。
「さあハンス、今年も終わったわね。一番よいお嫁さんをもらわなきゃね」
「そうさ。ニャン子ちゃん」とハンスは言った。
「そう、でもあんたはわたしが言うことをみんなやってくれるかしら」と猫は言った。
「やるさ、もしおいらのできることなら」とハンスは言った。
「できるわよ。まず三つの深なべをかまどから下ろして、大きな火をおこしてちょうだい。そしてその火がよく燃えたら三つの深なべを全部その中に投げ入れるのよ。そのあとわたしをうしろからつかんで火の中に入れて」
「ニャン子ちゃん、そんなことできないよ」とハンスが言った。
「ハンス、やらなきゃ」
そこでハンスは深なべを火の中に入れて、小さな白猫を火の上に置いた。
するとものすごい騒ぎが起こった。わめいたり、どよめいたり、ありとあらゆる野性の動物が火の中からぞろぞろと出てきた。ハンスは手に一本の棒を持って壁ぎわに立って、自分の体になにか触ると持っている棒でその頭を殴りつけた。
ついにはすべてが静かになり、ハンスは自分の部屋に入って、――ハンスはお腹が空いたのさ――「テーブルよ、おぜんのしたくを!」と言った。でもなんにも出てこなかった。ハンスは二回、三回と繰り返して言ったが、何事も起こらなかった。
ハンスは「これですべてが終わったんだ!」と思った。そしてベッドに入ってすぐに寝てしまった。朝まで眠った。
次の朝、ハンスが目を覚ますと、一体なにがあったのだろうか、部屋の様子がまるで違うぞ、すてきになっているぞと思った。
すると七人の婦人たちが部屋に入って来た。
「ハンス、起きなさい」と一人の婦人が言った。
「わたしは小さな白猫です。わたしはあなたを夫とします。ほかの者はわたしに仕える侍女たちです。この三人は鳥でした。そしてこの三人は深なべの中にいたのです。あなたがわたしたちを救い出してくれました。ここはわたしたちの王国です。さあ、あなたのお母さんのところに行きましょう」
そこで馬車が用意され、ハンスの母親のところに出かけた。
ハンスの兄たちもそれぞれ妻を連れて来ていた。しかしハンスの妻にはかなわなかった。だってハンスの妻は王女だからね。
「さあて誰がこの農場をもらうのだろうね」
母親はハンスに言った。
「さあ、おまえのものだよ」
「いんや、おっ母」とハンスは言った。
「おいらはいらないよ。たっぷりあるから農場はいらないんだよ。兄さんたちにやっとくれ。おいら、嫁さんと家に帰るよ、王さまなんだ。おっ母も来ればわかるさ」
(杉本)
蛙の王様
→解説
三人の娘をもった王様がいた。けれども、王様は病気だった。遠くないところ、そうお城のちかくにね、井戸があった。あったにはあったけど、だれひとり水を汲めない井戸だった。なぜって、そこにはこんなに大きな蛙が住んでいて、一滴たりとも汲ませないのさ。あるとき、王様は夢を見た。あの井戸の水を手に入れれば病気がなおるっていう夢だ。
いちばん上のお姫様が井戸に出かけて行って水を汲もうとした。でも蛙はそうはさせずに、こういった。
「まずぼくにキスしておくれ。そしたら水をやるよ」
「まあ」とお姫様は言ったんだ。
「蛙にキスなんかするもんですか。なんでしなくっちゃならないの」
お姫様はぷいっと帰ってしまった。
つぎに、二ばん目のお姫様が井戸に出かけて行き、水を汲もうとした。でも蛙はそうはさせずに、こう言った。
「まずぼくにキスしておくれ。そしたら水をやろう」
「まあ」とお姫様。
「蛙にキスだなんて、いやだわよ。こわいことが起こりそうだもの」
お姫様はぷいっと帰ってしまった。水一滴持たずにね。
そこで一ばん下のお姫様が言った。
「さあ、今度はあたしの番よ。あたしならきっと水を持ってこれるわ」
そして井戸へ行って水を汲もうとすると、蛙がでてきてこう言った。
「まずぼくにキスしておくれ。そうしたら水をやるよ」
「ああら」とお姫様。
「びしょびしょ蛙にキスなんかできるもんじゃないわ」
水をもらって、お父さんの願いをかなえてあげたいけど、蛙にキスなんかとんでもない。お姫様は帰るようなそぶりを見せた。すると蛙は言った。
「もしぼくがびしょびしょでつめたいのがいやだっていうのなら、ハンカチをあててキスしておくれ」
お姫様はハンカチをあててキスをした。蛙は井戸の中へ降りて行って水を汲んできて、それをたかだかとさしだした。お姫様が水を病気の王様に持って行くと、王様はたちまち元気になった。
さて、その日の夕方になってのこと、だれかが扉をたたいて歌う声がした。
♪あけて
あけて
王様の一ばん下のお姫様
ぼくが井戸にいたときに
結婚するっていったじゃない
王様の一ばん下のお姫様
お姫様は扉をあける気なんかちっともない。とうとう王様がこう言った。
「どうした。早くあけなさい!」
お姫様が扉をあけてやると、蛙はツルーッといっきにすべってテーブルのま下にやってきた。
「さあ、いすにのせておくれ」
と言ったけど、お姫様はすましてた。恥ずかしいったらありゃしない。姉さんたちは大笑い。王様が言った。
「のせておやり!」
お姫様は蛙をつまみあげて、自分のいすにのせた。すると蛙はまた歌いだした。
♪食事のしたくを
食事のしたくを
王様の一ばん下のお姫様
ぼくが井戸にいたときに
結婚するっていったじゃない
王様の一ばん下のお姫様
王様が食事のしたくをしておやりっていったので、お姫様はしたくをしなくちゃならなかった。そう、王様の一ばん下のお姫様だよ。そのお姫様、食べ物を運んで、テーブルの上に置いたけどいすにのっかった蛙にはとどくもんじゃない。それで蛙をテーブルにのせてやったんだ。蛙はまた歌いだした。
♪おしょうばんを
おしょうばんを
王様の一ばん下のお姫様
ぼくが井戸にいたときに
結婚するっていったじゃない
王様の一ばん下のお姫様
なんてこと。いまここで、蛙とならんで食事だなんて、とんでもない。恥ずかしいったらありゃしない。お姫様は泣き出した。王様は言った。
「あいてが蛙だからって、なにが恥ずかしい! おしょうばんしてやりなさい!」
お姫様は蛙といっしょに食事した。食べおわって、ごちそうさまといってから、蛙はまた歌いだした。
♪寝床のしたくを
寝床のしたくを
王様の一ばん下のお姫様
ぼくが井戸にいたときに
結婚するっていったじゃない
王様の一ばん下のお姫様
なんてこと。お姫様は、寝床のしたくをしてやらなけりゃならなかった。そう、王様の一ばん下のお姫様だよ。そのお姫様、蛙を寝床につれてった。寝床で蛙はまた歌いだした。
♪いっしょに寝て
いっしょに寝て
王様の一ばん下のお姫様
ぼくが井戸にいたときに
結婚するっていったじゃない
王様の一ばん下のお姫様
なんてこと。ひんやり蛙と寝るなんてとんでもない。姉さんたちは大笑い。王様が言った。
「行かなきゃだめだ。行きなさい!」
お父さんの命令だもの、どうすることもできやしない。寝に行くしかないさ。お姫様は、ひんやり蛙のとなりに横になった。ところがすぐに起きあがり、蛙をつかんで部屋のすみへ投げつけた。
「おやおや、そういうことをするんだね。これがぼくへのお礼かい。もいちど寝床へ入れとくれ。それとも王様を呼ぶかい」
お姫様はすましてた。
「おまえには、そこのすみっこがおにあいよ」
「ぼくにとっちゃどっちでもいいけどね」
と蛙はいった。
「王様を呼ぶよ!」
しぶしぶとお姫様は蛙をひろいあげ、壁ぎわの寝床にぽいとのせた。そしてそのまま寝かせておいてやった。
よく朝、お姫様が目をさますと、それはそれは美しい王子さまが、自分のとなりに寝ていた。そしてあの井戸はお城に変わっていた。
二人はそれから結婚した。もし死んでいなければ、二人は今もまだ生きてるよ。
(星野)
ルンペルシュティルツヒェン
→解説
国中が飢饉に見舞われて、小麦は育たないし、だれもかれもが貧乏になったことがあった。
水車屋は仕事がないし、暮らしは貧乏のどん底、どうにかしてお金を稼ぐ方法はないものかと考えていた。
そこへ、王さまが通りかかって、
「おい、水車屋、ずいぶんしょげてるな」って。
「なんの、元気そのもの。わしには、藁を金に紡ぐことのできる娘がいるんでさあ。なんで、くよくよなんぞするものかね」
そう水車屋が答えると、王さまはいった。
「なんだと、藁を金に紡げる娘だと」
「そう、そうなんでさあ」
「その娘を、ちょっと呼んでこい」
そこで、娘は呼ばれた。
「さて、かわいい娘さん、父さんは、おまえが藁を金に紡ぐことができると言っているぞ」
父親は娘に、何もいうな、と目くばせした。で、王さまはつづけた。
「いっしょに来なさい。もし、おまえが藁を金に紡いだら、わしの妻にしよう」
そんなわけで、娘はいっしょに行くことになった。
王さまは娘をお城に連れていくと、夜は小さな部屋に入れた。そこには藁がいっぱい詰まっていた。
王さまはいった。
「ほら、糸車だ。そこに腰かけて、藁をみんな金に紡ぐのだ」
娘は、そんなことはできないわ、といいかけたけれど、王さまはもう部屋を出ていってしまった。
娘は藁でいっぱいの部屋にへたりこんで、もうどうしてよいか、わからなかった。
「いったい私は、なにをすればいいの。父さんはなぜこんなことを。ああ、藁を金に紡ぐなんて、どうやったらいいの」
娘は泣きだした。
その時、ドアにほんのちょっと裂け目ができて、小さな小人が入ってきた。ほんとうに小さな小人がね。
「ねえ、なにを泣いてるんだい」
娘は、はじめ小人なんか目に入らなかったけれど、やがて赤いとんがり帽子の小人に気がついて、いった。
「まあ、なにを泣いてるかですって。この部屋いっぱいの藁を金に紡がなくちゃならないのよ。どうすりゃいいんだかわからないっていうのに。そんなこと、私にはできない、できやしないの。でも、これをしないと、王さまに首を切られるのよ。いったからには、王さまはきっとそうするわ」
「なんだ、そんなことなら心配ないさ」
と小人はいった。
「なにをくれる? おいらがそれをしてやったら。こいつを金に紡いだら、なにをくれるんだい」
「そうね、私があんたにあげられるもの? ここに父さんからもらったネックレスがあるわ。これをあげるわ。これでいい?」
「よし、そいつをよこせ」
そういうと、小人は腰をかけて紡ぎはじめた。
ブンブン、ブンブン、ブンブンと糸車は回った。どんどん、どんどんと。
みるみる最初の糸巻きはいっぱいになって、二つ目を紡いで、三つ目も四つ目もつぎつぎ紡いで、とうとう藁はみんな紡ぎ上がって、純金になった。そして、小人は姿を消した。
つぎの朝、王さまは、水車屋の言ったことがほんとうかどうか確かめようとやってきた。
いった通りだった。ドアを開けると、糸車の前で娘がすることもなく座っていて、藁はすっかり紡がれて、部屋の隅には金を巻いた糸巻きがおいてあった。
「おお、でかしたぞ」
王さまは、どぎもを抜かれていった。
ところが、王さまはもっと金が欲しくなって、いった。
「わしはおまえを妻にするつもりだ。そうすればおまえは王妃だ。だがわしにはまだ藁でいっぱいの部屋がある。もう一度それを紡ぐのだ。それをやりとげたら、なにもかもめでたしだ。だが、できなかったら、まえにもいったように、首をはねさせる」
そして王さまはその部屋を閉めると、藁のいっぱいつまった別の部屋へと娘を連れていった。そこには、最初の部屋よりもっとたくさんの藁があった。
王さまはいった。
「さあ、座れ、紡ぐのだ」
そこで娘は、仕方なく糸車の前に座って、仕事にとりかかろうとしたけれど、
「こんなこと、人間わざじゃないわ。王さまはなにを思っているのかしら」
といいながら、座りこんで泣きじゃくった。
「ああ、首を切られるわ」
その時、ドアがまた開いて、あの小人が入ってきた。
「なにを泣いているの」って。
「見てちょうだい。この部屋のこんなにたくさんの藁、これを私はみんな金に紡がなくちゃならないの。それもあしたの朝までによ。もしできないと、首を切られるわ」
「なんだ、そんなことか。首を切られるだって。あんた、どうするつもりだね。だめ、だめ。できっこない。ごらん、おいらが、またみんな紡いでやるよ。その代わり、なにをくれる? くれなきゃ、やらないぜ」
「いいわ、私、まだ金の指輪を持ってるわ。これをあげるわ」そう娘はいった。
「よし、よこせ。大事にするぜ」
小人は指輪を受取ると、糸車の前に座って紡ぎはじめた。
糸車は回った。ブンブン、ブンブン、ブンブンと。糸巻きはどんどん巻きあがって、またひと巻き、またひと巻き。とうとう部屋が空っぽになった。
「さあ、これで、安心して眠れるな。おいらは帰るぜ」と小人はいった。
つぎの朝、王さまがやって来て、娘がまた藁をすっかり紡ぎ上げているのを見届けた。
(どうして、こんなことができるんだ、だが、この娘にもっと稼がせよう。娘をもっと大きな部屋に入れて、もう一度、紡がせてみよう)
と王さまは思った。
「さあ、こっちへ来い。おまえはほんとうに見事に紡いだ。だが、もっとたくさん藁の詰まった大きな部屋がある。これだけできたんだから、今度だってできるだろう」
王さまはそういうと、ドアを閉めた。娘はまたその場にへたりこんで泣きじゃくった。
「ああ、あの小人が来て、助けてくれないかしら。でももう小人にあげるものが、なにもない。ネックレスはもうやっちゃったし、指輪だって。もう小人にやるものが、なんにもないんだわ。なんにも」
そういって娘は泣いた。
すると、その時、小人がまたやってきて、
「娘さん、なにを泣いているんだい」って。
「この藁をみんな金に紡がなくちゃならないの。そんなこと、できないわ」
「なんだ、そんなことか。またおいらが紡いでやるさ」と小人はいった。
「ええ、あんたはよくやってくれるわ。でも、私にはもう……、あんたにあげるものがないの。だって、あんた、なにかあげなきゃ、やってくれないでしょ」
「そうさ。くれなきゃ、やらないさ。くれるなら、おいら喜んで手伝うけどさ」
「ええ、でも私には、もうなにもないのよ」
「なあ、ちょっと考えてみろよ。あんたがお妃になって子どもが生まれりゃ、その子をくれたっていいんだぜ」
不安のあまり、そう、娘はどうしようもなく不安だったものだから、いったのさ。
「ええ、いいわ。そうしましょう」
そして、娘は思った。
「これでなんとか私の首はつながるわ」
その通りだった。小人は娘のためにまた紡ぐと、
「子どもが生まれたら、来るからな」
といって姿を消した。
娘は考えたのさ。
「王妃になれるかどうかだって、わかりゃしないわ。それにずっと先の話だもの」
さて、王さまは娘の仕事ぶりを見にやって来た。ドアを開けて、また藁くず一本残さずに紡ぎ上げられているのを見ると、大喜びでいった。
「でかしたぞ。娘さん、おまえは私の妻だ。王妃になるのだ」
王さまは召使いを呼びつけると、三つの部屋の糸巻きをみんな宝物庫に運ばせた。そこには、王さまの宝物がみんなしまってあった。
華やかな結婚式が祝われた。お妃になった娘はとても幸せに楽しく暮らして、一年たつと赤ちゃんが生まれた。王さまもお妃もどれほど幸せだったことか。
ところが、赤ちゃんが生まれて四週間たった、なにもかもうまくいっていたある天気のいい日に、あの小人がやって来て、いった。
「お妃さま、おいらとの約束、覚えているね」
お妃はたまげてしまった。
「いったい、なにが望みなの」
「そうとも、あんたはおいらが藁を紡げば、子どもをくれると約束したね」
「まあ、ほんの冗談のつもりだったのよ」
とお妃はいった。
「だめだ。冗談じゃないぜ。おいらはあんたの子をもらう。約束だからな」
お妃は泣いた。――かわいい子、おまえを小人になんかやるもんですか。なにをされるかわからないもの――。
それからお妃はいった。
「ああ、そんなことはしないで! わかった? だめよ! この子を私から取りあげないで!」
そうやって、なんどもなんども頼んだ。すると、小人はいった。
「なんだって? 取り上げるなだと。なら、こうしよう。三日だけ待ってやろう。もしこの三日の間においらの名前がわかったら、子どもは許してやる」
「わかったわ。必ずさぐり出してみせるわ」
すると、小人はまた姿を消した。
お妃は国中に使いを出して、小人の名前を調べさせた。
小人は、次の日もやって来て、いった。
「おいらの名前がわかったかい」
「ええ、カスパールでしょう」
とお妃はいった。
「いや」
「バルツァー?」
「いいや」
「クリシャンでしょう?」
「ちがう」と小人がいった。
「ああ、いったい、おまえはなんて名前なの」
「さてと、またあした来る。おいらがなんて名前か、よく考えとけよ」
そう小人はいった。
お妃は、もう一度、けらいというけらいに命じて、国中くまなく小人の名前を探らせた。
小人は次の日、またやって来てたずねた。
「おいらの名前がわかったかい」
「ええと、コールでしょ。ヴィルヘルム? ヨッヒェン?」
「ちがう。そんな名前じゃない。みんなちがう。さあ、あと一日だ。よく考えな」
そこでお妃は、またけらいたちをつかわして、けらいたちはそこいら中、捜し回って、お妃はひたすら待っていた。
その晩も遅くなって、戻ってきた一人が小声でいった。
「お妃さま、耳よりな話を聞きました。夜になってのことです。この国の果ての森の入口あたりで、月明りに照らし出されたほんとうに小っちゃなやつに会いました。そいつは火の回りを片足ではね回り、だんだん興奮して何度も歌いました。やつは、なんて歌ったと思いますか」
♪きょうはパン焼き、あしたは酒づくり
あさって、妃の子どもはおれのもの
ああー、なんて、すばらしい
おいらは、ルンペルシュティルツヒェン!
「なんですって。なんて? ねえ、あいつの名前はなんなの?!」
とお妃は言った。
「ええ、やつは、“ルンペルシュティルツヒェン”といってました」
「それは、あの小人にちがいないわ。やっと、あいつのしっぽをつかんだわ」
つぎの日、小人はまたやって来て、いった。
「さあて、おいらの名前がわかったかな」
「いいえ、よくわからないわ。あんたは、ハインツでしょ」
「ちがう」と小人はいった。
「クルツね」
「ちがう」
「ハンスでしょ」
「ちがう」
「フランツ?」
「いいや」と小人はいった。
「ええと、ちょっと待ってね。思い出してみるわ。あんたは、あんたの名前は、ルンペルシュティルツヒェン!」
すると、小人は頭が火のように赤くなって、
「悪魔のやろうが、教えたな」
というなり、自分の片足を高くひっぱり上げ、もう一方の足をどんとけりつけた拍子、床を突き破って落ちて、自分で自分を引き裂いた。
そして、お妃は自分の子を手放さずにすんだし、小人は死んで、二度と姿を見せなかったんだって。
(高津)
白雪姫
→解説
むかし、雪がふっている冬の日のことでした。ひとりのお妃が黒檀の枠の窓辺にすわって、ぬいものをしていました。
お妃は赤ちゃんがほしくてたまらないのでした。そのことばかり考えているうちに、うっかりしてはりで指をさしてしまいました。三滴の血が雪の上に落ちました。お妃は思わずこう言いました。
「ああ、赤ちゃんがほしい、この雪のように白く、この赤い血のように赤いほっぺたをして、この窓枠のように黒い目をした子が」
そのあとまもなく、お妃はたいへん美しい女の子をさずかりました。雪のように白く、血のように赤く、黒檀のように黒いので、「白雪姫」と名づけられました。
お妃は、国で一番の美人でした。ところが白雪姫はもっと、十万倍も美しかったのです。お妃さまは自分の鏡にむかって、こうたずねました。
「鏡よ、壁の鏡よ。このエンゲルランド国中でだれがいちばんきれい?」
すると、鏡がこたえて言うのに、
「お妃さまが一番。でも白雪姫は、お妃さまの十万倍も美しい」
お妃は自分が国中で一番美人だと思っていましたので、このこたえにがまんできませんでした。
やがて王さまが戦争に出かけたときをみはからって、お妃はぎょしゃに命じて馬車に馬をつけさせ、深くて暗い森へ行くようにと言いました。そして白雪姫をいっしょにつれていったのです。
その森には、美しい赤いバラがたくさん咲いていました。馬車がそこにさしかかったとき、お妃さまが白雪姫に言いました。
「ねえ、白雪姫や。ちょっと降りて、私にあのきれいなバラを折ってきてちょうだい」
白雪姫がお妃の言いつけどおり馬車から降りたとたん、馬車はものすごい速さで走り去ってしまいました。でも、これは、みんな前もってお妃がぎょしゃにいいつけておいたことだったのです。お妃は、白雪姫がじきに野獣に食い殺されてしまうだろうと思ったのでした。
さていっぽう、大きな森の中でひとりぼっちになった白雪姫は、泣きじゃくりながら、森の奥へ奥へと入って行ってしまいました。そして、すっかりくたびれはてたころ、小さな家の前にたどりつきました。その家には七人の小人が住んでいましたが、そのときはちょうど鉱山へ行っていてるすでした。
白雪姫が家へ入ってみると、テーブルがあって、その上に、お皿が七枚ならんでいました。そのわきには七つのスプーン、七つのフォーク、七つのナイフ、七つのグラスがならんでいました。そのうえ、部屋の中には、小さいベッドが七つありました。
白雪姫はそれぞれのお皿から野菜とパンをちょっとずつ食べ、グラスから一滴ずつ飲んでいるうちに、とてもくたびれていたので横になって眠りたくなりました。
白雪姫はベッドをはしからひとつずつためしてみましたが、どれもこれも合いません。
やっと最後のベッドがちょうどいい大きさだったので、そこに横になりました。
やがて七人の小人が一日の仕事をおえて、もどってきました。そして口ぐちに言いました。
「ぼくのお皿から食べたのはだれだろう」
「ぼくのパンをかじったのはだれだろう」
「ぼくのフォークで食べたのはだれだろう」
「ぼくのナイフで切ったのはだれだろう」
「ぼくのさかずきから飲んだのはだれだろう」
そしてまた、最初の小人が言いました。
「ほんとにまあ。ぼくのベッドに寝たのはだれなんだろう」
二番目が言いました。
「あれれ、ぼくのベッドにもだれか寝たあとがある」
そして三番目、四番目の小人と、つぎつぎ同じことを言い言いして、最後に七番目のベッドで、白雪姫が眠っているのを見つけました。でも小人たちは白雪姫がたいへん気に入ったので、かわいそうに思ってそのままねかしておいてやりました。七番目の小人は六番目の小人のベッドでなんとかくふうして寝なければなりませんでした。
さてつぎの日、白雪姫がぐっすり眠って目をさますと、小人たちは、ここへきたわけをたずねました。白雪姫は、お母さんのお妃に森の中に置きざりにされたことなど、何もかも話してきかせました。
小人たちは白雪姫がかわいそうになって、このままここにいて、自分たちが鉱山に出かけているあいだに、食事のしたくをしてほしいとたのみました。それから、お妃には注意をして、だれも家の中へ入れてはいけないと言いきかせました。
いっぽうお妃は、白雪姫が七人の小人のところにいて、森の中で死んだのではなかったことを耳にしました。
それでさっそく物売りのおばあさんの服を着て、小人の家の前に行きました。そして戸をあけて品物を見てほしいとしつこく言いました。白雪姫はそのおばあさんがほんとうはだれなのか、全然わからず、窓のところで言いました。
「だれも家に入れてはだめだと言われているの」
物売りは言いました。
「あら、見てごらんなさいよ。かわいいおじょうさん。とってもきれいなひもなんだよ。たんとお安くしてあげるからさ」
白雪姫は考えこんでしまいました。ひもは今ちょうどほしかったところだし、このおばあさんを中に入れたところで、どうってことないわ。きっといい物が買えるわ。そして白雪姫は戸を開けてひもを買いました。白雪姫がひもを買ったあとで、物売りが言いました。
「あらら。なんてだらしがない結びかたをするんだい。きっとお似合いだろうに。おいで。わたしにもっときちっとむすばせておくれ」
そう言って、じつはお妃が変そうしたおばあさんは、ひもを受け取ると、力いっぱいきつくしめたので、白雪姫は死んだようになって倒れてしまいました。お妃はそれを見とどけると、立ち去りました。
小人たちが家へ帰ってくると、白雪姫が床に倒れていました。それを見たとたん、だれがきたのか、すぐにわかりました。そして急いでひもをといたので、白雪姫は息を吹きかえしました。
小人たちは、これからはもっと気をつけないといけないよと言いきかせました。
お妃は自分の娘が元気でいることを知ると、じっとしていられなくなって、また変そうをして、小人の家の前にやってきました。そして白雪姫に、すばらしい飾りのついたくしを売りつけようとしました。
白雪姫はそのくしがほしくてたまらなくなり、ついつい戸をあけてしまいました。
おばあさんは中へ入ってきて、白雪姫の黄色い髪をときはじめたのですが、そのうちくしをグイと頭につきさしたので、白雪姫は死んだようになって倒れてしまいました。
七人の小人が家に帰ってくると、入り口はあけっぱなしで、床には白雪姫が倒れていました。
小人たちは、今度もまた、だれがこんなひどいことをしたのか、すぐにわかりました。
それですぐに髪からくしを取ってやると、白雪姫は生き返りました。
小人たちは白雪姫に、今度だまされたときには、もう助けられないからと言いました。
白雪姫がまた息を吹きかえしたことを知ったお妃は、たいそうおこりました。そして、またまた百姓女にばけて、りんごをひとつ持ってでかけました。そのりんごは赤くなった半分のほうが毒でした。
百姓女がきても、白雪姫は用心して、けっして戸をあけませんでした。そこでお妃は、りんごを窓ごしに白雪姫にわたしました。お妃はじょうずにかくれたので、ぜんぜん気づかれませんでした。
白雪姫はおいしそうなりんごだと思って、赤くなったところをかじりました。そして死んで床にくずれてしまいました。
七人の小人たちが帰ってきましたが、どうすることもできません。小人たちはたいへん悲しんで、ねんごろに葬りました。
それから白雪姫をガラスのひつぎに入れましたが、白雪姫はまるで生きているように見えました。小人たちは、ひつぎの上に白雪姫の名前と家柄を書き、昼も夜も、熱心に番をしました。
ある日、白雪姫の父王が国に戻るとちゅう、七人の小人が住んでいる森を通りました。王さまは、ひつぎを見つけ、そこに書かれた文字に気づき、自分のかわいい娘の死を知ってたいへん悲しみました。
でも王さまは、お供の中にたいへんな名医たちを連れていました。医者たちは、小人たちにたのみこんで、なきがらをもらいうけて、部屋の四隅に一本のなわをしっかりと張りめぐらしました。すると、白雪姫は、また生き返ったのです。
そこで、みんなそろってお城へ帰りました。白雪姫は美しい王子と結婚しました。
結婚式では上靴が火でまっ赤に焼かれ、お妃はそれをはいて、死ぬまで踊りつづけなければなりませんでした。
(星野)
ふしぎなおじいさん
→解説
むかし、ある晩おそく、そこらじゃ見かけない小柄なおじいさんが村へやってきてね、百姓のおかみさんの家をたたいて、ひと晩泊めてくれ、とたのんだんだって。
だけど、おじいさんが訪ねたのは意地の悪い女のところで、小鍋に肉があるのに、おかみさんは、ひどいしみったれだった。
最初、このおかみさんは、ドアをたたく音なんかまるで聞こえないふりをした。
でも、その小柄なおじいさんが、立ち去るどころか、もっと強くドアをたたくもんで、おかみさん、窓辺に行って、
「そこにいるのは、だれだい」って聞いた。
「貧しい旅のもんだが、今晩、泊めてもらえないだろうか。寒くて外では寝られませんや」
そうおじいさんは答えた。
「場所がないんだよ。どこか、ほかに宿をおさがし」
おかみさんはそういうと、ぴしゃりと窓をしめて、しつこく頼み込むこのおじいさんの話には、もう耳をかさなかった。
とうとう、おじいさんは、その一軒先の貧乏なおかみさんの家に行った。
おじいさんがドアをたたくと、おかみさんが窓を開けて、
「おじいさん、何かご用?」って。
「今晩ひと晩、泊めてもらいたい。外はたいそう冷えるもんで」
すぐにおかみさんはドアをあけて、そのおじいさんを小さな暖かい部屋に案内した。牛乳と小麦のおかゆも作って、その中に戸だなにあった最後の小さなパンの固まりを砕いて入れた。そのあと、このおじいさんがなるべく気持ちよく休めるようにと、藁ぶとんを慣れた手つきでふるって、自分は土間で休んだ。
次の朝、おじいさんはずいぶん早く起きると、そろそろ出かけにゃならん、といった。
だけど、おかみさんはいやな顔ひとつしないで、朝ごはんにおかゆを煮てやった。
おじいさんはそれを食べ終えると、ありがとう、とうれしそうに礼をいって、お礼はどうしたものかと聞いた。
「まあ、そんなもの、とんでもない。またいつでも困ったら、ぜひ寄ってくださいな」
って、おかみさんは答えた。
「わしは、ほんとうに心からあんたに感謝しているんだ。そこで、あんたが今日、最初に始めたことがうまくいくように、きょう一日、ほかのことをすることのないようにしてやろう」
こういうと、おじいさんは立ち去った。
一方、おかみさんは大急ぎで家にもどると、仕事に取りかかった。そう、小柄なおじいさんの願いでもう止めることのできない仕事にね。
おかみさんは自分のぼろ家に入ると、シャツ用の亜麻布を測ろうとした。そして、一尺、二尺と測りはじめたんだけど、測っても測っても布はまだあって、昼どきになった。午後になってもまだ布は限りなくあって、部屋中、布でいっぱいになった。あたりが真っ暗になるころ、ようやく布はなくなった。
貧しいおかみさんがすごい贈り物をもらったという話は、まもなくお隣さんの耳に入った。
「まあ、なんてこった」
おかみさんはそう叫んで窓に首をつっこんでね、
「こんなたくさんの亜麻布を、どこから手にいれたんだい。今まで、こんなにたくさんの亜麻布、見たことないよ」
人のいいおかみさんは、隣のおかみさんに小柄なおじいさんのことを話した。すると、隣のおかみさんは、とたんに不機嫌になってね、ぶつぶついったんだって。
(幸運は、あのこじき袋に入っていたに違いない。わたしにだって、手に入れられるさ)って。
それから、あのおじいさんを探そうと、走りだした。だけど、おかみさんがいくらも行かないうちに、遠くからおじいさんがこっちにやって来るのが見えた。
すぐにおかみさんはかけ寄ると、ていねいにおじぎをしていった。
「ああ、だんなさま、私がきのうの晩、あなたさまをうちに入れもせず、お泊めしなかったのを悪く思わないでくださいよ。ほんとうにお手数ながら、今晩はうちへいらしてください。それが私にはこの上ない幸せなのです」
おじいさんは、なっとくして、おかみさんにしたがった。
おかみさんは、何もかもいちばん上等のもので食事の用意をして、王子さまみたいな豪華なベッドを整えた。
そして朝、おじいさんが羽根ぶとんから起きたとたん、おかみさんはもうコーヒーとビスケットを運んできたんだって。
おじいさんは、何もかも親切でいき届いたもてなしを喜んで、朝ごはんを食べ終わると、お礼になにをしたらいいだろうか、とたずねた。
「まあ、私がお泊めしたことで、なにか望んでいるとでもお思いですか。そんなこと、私がこれっぽっちも思っていないって、神さまはごぞんじですわ。それどころか、私のところにいつも立ち寄ってくださる友だちになっていただきたいのです」
「それは無理だな」
と、おじいさんはいった。
「だが、わしはおまえのやさしい気持ちがほんとうにうれしい。そこで、おまえがけさ最初に始めたことが一日中続いて、ほかのことができなくしてやろう」
そういうと、おじいさんは別れを告げて、おかみさんは、おじいさんの道中の無事を祈った。
客が出ていったとたん、おかみさんは部屋にかけこんだ。おかみさんはなにをしたらいいのか、とっくに承知していたからね。そう、お金をかぞえること!
ところが、金庫に行こうと思ったとき、小豚がブウブウ鳴きはじめたものだから、
「待てよ」
と、昔からのくせで思った。
「豚たちにまず手早く水をやらなくっちゃ」
ってね。
そこで、おかみさんは、一日中ひっきりなしに水をくんで、運んで、撒きつづけることになった。
あたりが真っ暗になったころには、豚も豚小屋も、家もおかみさんも、なにもかも流れてしまって、どこにいるのかわからないし、助けることもできなかったんだって。
別の話じゃ、百姓のおかみさんは、まず豚に水をやろうとしないで、すぐにお金を数えようとした。だけど、どうしてもがまんができなくなって、用をたすために家の裏庭にかけてった。
すると、もう止められなくてね。ずっと座っていなくちゃならなくなった。あたりが暗くなったころ、家の裏には大きな池ができていたんだって。その池は、今もあるらしい。
(高津)
肝っ玉ヨハン
→解説
むかし、もうこれっぽっちも家にいる気のしなくなった仕立屋がいてね、ある日、この仕立屋は母親にいったんだ。
「母さん、おいら世間へ出て行くぜ。もう家にいるのは、まっぴらごめんさ」
すると、母親はいった。
「だけど、持たせてやれるものはないんだよ。うちに何もないのは知っているだろう」
「いらないよ。母さんのカナリヤと、チーズの固まりさえ、くれりゃいい」
そういって、ヨハンは世間へ出て行った。
まもなく、百姓の家にやって来ると、ヨハンは、チーズをひと切れもらえないかと入って行った。――そのチーズってのは、昔はバタークリームのことをいったんだけどね――百姓のおかみさんはヨハンにチーズをくれた。
ヨハンはしばらく歩いていって木かげに来ると、腰を下ろして、このチーズを食べ始めたんだ。
ところが、そこにハエがやって来て、チーズに止まったものだから、ヨハンはなぐりつけた。そしたら、そのハエの大群は残らずチーズに張りついて、死んじまった。
数えてみると、ハエは百と七十五匹。そこでヨハンはポケットから細長い紙を取り出して、こう書いたのさ。
肝っ玉ヨハン
ひと打ちで、百と七十五匹
おまけに もっとやっつけた
ヨハンはこの紙を頭に巻きつけた。
しばらく行くと、かしの木を引っこ抜いている巨人がいたので、何をしているのかたずねた。
「薪を作ってるのさ」と巨人は答えた。
「ついて来い。おまえが必要になるかもしれん」
そうヨハンはいった。
しばらく行くと、こんどは石臼を投げている巨人がいたので、ヨハンは、何をしているのかと聞いてみた。
「おれは、石臼で、何とか遊びってのをしてるのさ」
聞き手の質問「その、何とか遊び、っていうのは、どういう遊びなの?」
話者の答「わしもわからん。そう言ってるんだが、どういう遊びか、よく知らんのだ」
話者大笑い!
そこで仕立て屋はいったんだ。
「ついて来い。おまえが必要になるかもしれん」って。
まもなく、また別の巨人に会った。この巨人は帽子を斜めにかぶっていてね、ヨハンはなぜきちんと帽子をかぶらないのか聞いてみた。
すると、巨人は、
「そんなことをしたら、ひどい寒さになっちまう」って。
「気に入った。ついて来い」
しばらく行くと、こんどは片足をはずしている巨人がいた。
「どうして、そんなことをしているんだ」
とヨハンは聞いた。
「もしおれが足をつけたら、弾(たま)よりずっと速くなっちまうからさ」
この巨人もヨハンの仲間になった。
まもなく山にさしかかると、そこに巨人が腰かけていた。こいつは片っ方の鼻の穴をふさいで、もう片方で風を送っていた。
「何をしている」
と仕立屋が聞くと、
「ああ、千マイル先の七つの風車に、風を送らなけりゃならないのさ」
っていうんだ。
「ついて来い」
ヨハンはそういった。
一行がまたしばらく行くと、空に銃を向けている巨人がいた。
ヨハンが何をしているのかと聞くと、千マイル向こうのハエの右目を撃つというんだ。
「ついて来い。ちょうどいいところにいた」
さて、ヨハンが六人の巨人を連れて二、三時間も歩いて行くと、みんな腹ぺこだ。だけど、うまいぐあいに見事なさくらんぼの木があった。
巨人たちはさくらんぼに手が届いたけど、ヨハンは背が低くて届かない。だから巨人たちが実を摘むときに下がってくる枝に食いついて、せっせと食べていたんだ。
ところが、巨人たちが食べ終わって枝を離したとたん、ヨハンは木を跳び越して、反対側まで跳んでしまった。
すると、巨人たちは、口々にいった。
「あんな弱っちい男に命令されるのは、もうこりごりだ」ってね。
これを聞いて、ヨハンはいったさ。
「おまえたちにおいらのまねができたら、どこへなりと行け」
そうして、ヨハンは小川に行って石を取るまねをした。でもほんとは、ポケットから母さんのチーズを出してね、それを握りつぶして、指の間から水をしたたり落としたんだ。
「おまえたちにこれがやれたら、おいらはひとりで行く」
巨人たちは、小川から石を取ってきては必死に握りつぶしたが、水は一滴も出ないさ。
「もうひとつ、問題を出そう。おまえたちにこれができたら、おいらは行こう」
そういって、ヨハンは石をひとつ取るふりをして、実はポケットからカナリヤを取り出して空高く投げたんだ。
「おまえたちが、落ちてこないくらい高く石を投げられたら、おいらはひとりで行こう」
ってね。
巨人たちはなんどもなんども石を投げたが、どれもやっぱり落ちてきた。
仕立屋が勝ったので、巨人たちはヨハンの行くところどこへでも、ついて行くことになった。
一行が王さまの城にやって来ると、「王女さまは難題をやってのけた男と結婚する」というお触れが出ていた。
そこで肝っ玉ヨハンは、
「ひとつ、やってみようじゃないか」
って、申し出たんだ。
王さまには、足の速い男がいて、その男と走り比べさ。百マイル先の泉まで行って壺にいっぱい水をくんで早く戻ってきた方が勝ちというわけだ。だが負けたら、命はなかった。
肝っ玉ヨハンは、足をはずすことのできる巨人にいった。
「おまえが、おいらの代わりにやれ」って。
巨人は壺をかかえて泉まで走って、水を入れるとすぐに戻ってきたはいいけれど、帰り道、転がっていた蹄鉄を枕に眠りこんでしまったんだ。
そこへ王さまの早足の男がやって来て、巨人が眠っているので、その壺の水をこぼして行っちまった。
千マイル先のハエの目を撃つことのできる巨人が、仲間が眠っているのに気がついて、頭の下の蹄鉄を撃ったので、眠っていた巨人は目を覚ました。
壺が空っぽなのに気がつくと、もう一度泉の水をくんで、早足よりも早く城に戻った。これで肝っ玉ヨハンはこの技比べに勝った。
その夜、ヨハンは王女とベッドに横になっているとき、突然、寝言をいった。
「おい職人! うまく作らなかったら、背中に物差しを見舞ってやるぞ」って。
王女が父親に告げ口してね、
「あいつはばかな仕立屋よ。あんな男と結婚するのはいやよ。どうにかしてちょうだい」
といった。
そこで王さまは、ヨハンを王女と馬車に乗せて繁みにやった。そこでは、こわい獣たちがヨハンをずたずたに引き裂こうと待ち受けていた。
ところが、獣たちがやって来ると、ヨハンは尻をめくって一発ぶっぱなしたのさあ。獣たちは、たまげて逃げちまった。
するとこんどは、六人の巨人とヨハンは熱い部屋に連れて行かれたのさ。そこには特上のワインが並んでいるし、おいしい食事が用意されていたんだけど、外からじゃんじゃん熱して七人を殺すつもりだったんだ。
さて、部屋がいいかげん熱くなると、巨人のひとりが、きちんと帽子をかぶり直した。すると、中はひどく寒くなって、みんな、
「寒すぎるぞ。もっと火をたけ!」
とドアをたたいたのさ。
ちっとも効き目のないのを知ると、王さまはその部屋から出させてみた。七人は寒さでふるえて、立ちすくんでいた。
王さまはヨハンに、王女はおまえの顔も見たくないというから、あきらめてほしい、といった。
そこでヨハンは、金の入った財布を七つもらいたいと言って、王さまも承知した。ヨハンは町へ行くと、布きれで家のように大きい財布を作らせて、王さまのところへ持っていった。
王さまは手持ちの金を残らず出させたが、袋はまだ半分にもならない。
「もう金はないのか」
と聞くと、「ない」と王さまは答えた。
それでヨハンは、
「袋はまだいっぱいにはならないが、袋を閉じるとしよう」
といって、それぞれの袋を持って行ってしまったんだ。
ところで、王さまはたくさんの兵隊を配して、ヨハンと巨人たちを殺そうとたくらんでいた。
そこで、巨人のひとりが鼻の右穴をふさいで左穴で息を吹かすと、鉄砲の弾は反対に兵隊に向かって飛んで、兵隊は全滅さ。
さて、一行は、しこたま金をせしめた。ヨハンは巨人たちを自由にしてやって、自分も母親のところに帰ったんだって。
死んでいなけりゃ、ヨハンは今もまだ生きているさ。
(高津)
オーストリア
長い眠り
→解説
金持ちで、しかもそれを鼻にかけている百姓にたった一人の子供がいた。百姓はその子をこの世のなによりも、神さまよりも大切にしていたんだって。だけど、金持ちのくせに貧しい人たちには冷たくてね、乞食にひとかけらのパンも恵んだことがなかったのさ。あるとき百姓は哀れなボロを着た乞食小僧を追っ払った。乞食小僧は百姓にこぶしを振り上げていった。
「みてろよ、田舎者め! おまえは自分の子供をミルクの風呂に入れ、柔らかいパンで磨きあげている。だがな、その子は糸巻き棒に刺されて、森の木が朽ち果てるまで眠るのさ。そのときは、家の者もみんな眠ってしまう。荒くれ牛がこの家には誰も入れまいと、家の回りを歩きまわるんだ。いくら用心したって無駄だよ」
乞食小僧は山道を上って行った。しばらくの間、近所の百姓家で家畜番をやった。
百姓ははじめのうちこそ呪いを笑っていたけど、だんだんと心配になって、紡ぎ車や糸巻き棒をすべて薪小屋に運び、粉々に打ち砕かせた。おかみさんが母親からもらった紡ぎ車が一つだけ壊されずに残った。
哀れな乞食小僧は、家畜番の手伝いをしている小百姓の息子と仲良くなった。その子は気だてのいい子で、とても親切だった。あるとき牧場で遊んでいると、息子はわずかなパンを乞食小僧に分けてやった。すると乞食小僧はこう言った。
「おまえはいいやつだから教えてやろう。この下手の金持ち百姓とその子供は、やつらのしみったれのせいで、たっぷりつけを払うのさ。何年も何年も眠ったまんまで、だれもやつらを起こす者はいないだろうよ」
「なんだって、青い目のかわいいあの子は、ちいちゃなお手々でおいらにパンをくれたんだよ。そりゃあ、あんまりじゃないか」って、気だてのいい息子は言い返した。
「それじゃあ、少し軽くしてやろう。山に住んでいる婆さんが、この魔法も教えてくれたのさ。でも、あそこの小さな木が、お日さまから牛の姿をすっぽり隠す陰をつくるまではだめだな。それに牡牛が自然にあの家を出て行くことはないのさ。魔法を解こうとする奴が牡牛をやっつけなきゃあいけない」と乞食小僧は恨みをこめていった。
それから乞食小僧は立ち上がると、小百姓の息子を残こして、どんどんと行ってしまい、二度と戻って来なかったよ。貧しい小百姓の息子はその百姓家で家畜番をつづけた。
それがちょうど魔法のかかるときだったのさ。おかみさんは台所でドーナツを揚げていた。百姓は家畜小屋で仕事をしていた。薪小屋では作男が最後の紡ぎ車をバラバラに砕いていた。
雇い人たちはみんな、紡ぎ車のことなどすっかり忘れていた。子守娘がおかみさんの紡ぎ車を向こうの薪小屋へ運ぼうと納屋から取り出し、戸口の外に腰を下ろした。娘がその足もとで遊んでいた。子守娘が紡ぎ車を回すと、ばねが糸わくと一緒に飛び散り、娘のひざの上に落ちた。娘が無心にそれをつかむと、糸巻き棒が刺さった。娘は悲鳴をあげてくずれこみ、そのまま眠り込んだ。
紡ぎ車のそばのまき毛の娘、ドーナツを揚げていたおかみさん、フライパンの脂、かまどの火、薪のそばの作男、家畜小屋の中の百姓もみんな、そして牡牛、牝牛、豚、鶏などの家畜も、屋根の上の雀でさえもみんな眠ってしまったのさ。
そうさ、乞食小僧が小百姓の息子を家畜のところに置いたまま、出て行ったときだよ。乞食小僧がにわとこのやぶに姿を消すと、そこから大きな荒くれ牡牛が飛び出し、大きな百姓家の方へかけ下りて行った。眠っていないものといえばこの牡牛だけだった。
牛はいつも家の回りを歩き、誰ひとり寄せつけなかった。しばらくするとその家の中になにひとつ動きがないことが近所の人たちの気にかかった。そこで誰かが中に入ろうとすると、牛は垣根の外にほうり出した。ナイフも鉄砲もなんの役にもたたなかった。そうこうするうちに時が過ぎていった。たい肥の上のいら草はすでに木々の高さまで伸びて、にわとこのやぶは屋根よりも高くなっていた。百姓は眠っているのに髭が長く伸びて、もう白くなっていた。おかみさんのお下げ髪も白くなっていた。家の外では夏も冬も緑の草の上にまき毛の娘が横たわっていて、すばらしい乙女に成長していた。長い金髪がマントのように娘を包んでいた。
牡牛はときどき道端にある木のところに行き、自分がすっぽり入るほど陰が大きく、濃くなっているかどうか試してみた。けれども太陽がしっ尾と頭を照らし、まだ魔法の解けるときではなかった。
貧しい小百姓の息子は、その間にたくましい若者になっていた。若者は紡ぎ車のことはほとんど覚えていなかったけど、優しい心を持ち、両のこぶしにはすごい力があった。若者はときどき退屈しのぎに子牛や、牛を相手に押し合いをやってみた。
あるとき、若者がいつものように仕事の後、暖炉の側の腰掛けに座ると、主人が話し始めた。
「下の魔法にかけられた百姓たちはもとにもどれねえのか? 牛をつかまえる奴はいねえのかなあ? それにゃあ、すげえ力がいるしなあ」
若者は黙って立ち上がり、眠ったままの百姓家をちょっと見に出かけた。若者が垣根の回りを歩いて行くと、牡牛が木の陰に寝そべり、ゆっくりと反すうしているのが見えた。若者は二十年ほど前に、よそ者の家畜番が言っていたことを思い出した。牛に太陽の光が当たっていなかった。
若者は垣根をひとっ飛びで越えると、牛に向かって行った。牛も立ち上がり、力いっぱい侵入者を垣根の外にほうり出そうとした。けれども、若者は牡牛の二本の角をつかんで重い頭を地面に押しつけた。牡牛は一歩一歩後ずさりして、ついにひざをガクガクと折った。貧しい気だてのいい若者は美しい娘のところへ行き、身をかがめてキスをした。娘はびっくりしてわれにかえり、目の前にいる若者が自分を目ざめさせてくれたことを知った。火がまた燃えて、フライパンの中では脂がパチパチと音をたてた。人間も動物もまた動き出した。けれども、牡牛の姿は消えてなくなり、にわとこのやぶから乞食が一人、びっこをひきながら去って行った。
さあて、この先どう言ったものかな、貧しい若者と美しい百姓娘は夫婦になり、嫁さんは夫の力持ちを自慢にしていたとさ。
ラスニッツ村の九十歳のおばあさんが、十年以上も前に、もうひとつこんな話をしてくれた。
そのおばあさんの話だと乞食は老人で、情け知らずの百姓の女房が子供を生むまえに、魔法をかけたそうだ。
乞食爺さんが、貧しい小百姓のおかみさんのところに泊まって、病んだ足の世話をしてもらったときに、おかみさんに魔法のことを打ち明けたのさ。その晩、おかみさんの孫が花束を持って家畜番から戻ってくると、乞食はその子に、花がどんなに大切なものか、とくに山苔のところで見つけた小さな花のことは、丁寧に教えてやったよ。その花はどんな魔法でも解く力があり、この花の匂いをかぐと、荒々しい動物もおとなしくなってしまう。それにこの小さい花を持っていれば、険しい魔法の山だってよじ登ることができるっていうのさ。
娘が(紡ぎ車に)刺されたとき、乞食は水を飲もうと泉のそばにいたんだがね、突然、水さしを落として、牡牛になって、眠りの家を見張るために駆け下りていったのさ。
それから時がすぎて、小百姓の少年はよその土地で大きくなり、たくましい若者になって、帰ってきた。若者はもうおばあさんに会うことはできなかった。山でおばあさんのお墓に供える花を摘んだ。そのとき、若者は乞食が話していた山苔の牧草地の花のことを思い出し、小さい花を見つけたのさ。
山から下りてくると名付け親の百姓のお爺さんに出会った。お爺さんは若者に、金持ちの農場は相変わらず、まだ大きな牡牛が見張っているさ、と教えてくれた。
「ようし、この小さな花で試してやれ」
若者は眠っている農場に入っていった。牡牛が向かってくると、その鼻先に小さな花を差し出した。とたんに牛はうれしそうなうなり声をあげて、眠りの家から出ていった。そのとき、一人の乞食爺さんが泉のところから立ち去った。
若者が眠っている娘にキスをすると、みんなが目をさました。若者は魔法の解けた娘と結婚した。それ以来、その家は情け知らずではなくなったとさ。
(杉本)
猫の水車小屋
→解説
昔、妻に先立たれた男がいた。男は娘にもう一度母親を迎えてやろうと二度目の結婚をしたとさ。今度の嫁さんは後家さんで、二人の娘があった。継母は自分の娘たちにはとてもやさしくしたけど、今度の亭主の娘にはもうガミガミ言ったり、ぶったたいたりするばかりだったよ。おまけに二人の連れ子までがこの娘をぶったり、罵ったりしたのさ。
七年の歳月が過ぎたある日、継母は継娘に言った。
「かまどの火が消えちまったよ、猫の水車小屋に火種を取りに行っとくれ」
娘は呪われた水車小屋がとっても怖かったけど、思い切って断ることもできずに、素焼きの蓋を二つ持って出かけた。水車小屋には人間の体に猫の頭をした化け物たちがいて、そのうちの一匹が皆の中の大将だってさ。
娘は水車小屋に行くと、こわごわと戸をたたいた。すると猫たちが、
「ニャゴ、ニャゴ、なにか用かい」と喉をゴロゴロと鳴らして言った。
「奥さま、うちのかまどの火が消えてしまったので、お母さんがわたしに火種をもらいによこしたんです」と娘は言った。
猫たちは娘を猫ばあさんのところへ連れて行った。
「ニャゴ、ニャゴ、おまえは火種が欲しいんだって。あげるとも。まずはわしの頭のシラミを取っておくれ」
大将の猫ばあさんはまるでバケツを六つも合わせたようなどでかい頭をしていて、もじゃもじゃの髪の毛の中にはヒキガエル、ヘビ、ネズミ、マムシがうようよしていたよ。けものたちは娘をしきりに噛んだけど、娘は怖がりもせず、猫ばあさんの頭をきれいにしてやった。
「ニャゴ、ニャゴ、なにかいたかい、おじょうちゃん」と猫ばあさんはたずねた。
「いいえ、シラミと卵が少しだけよ」と娘は言った。
「ニャゴ、ニャゴ、おまえはやさしい娘だね。贈り物をやろう」と最後に猫ばあさんは言って、金銀のいっぱい詰まった財布を持ってきた。そして召し使いに娘の持ってきた蓋の中に火種を入れてやるように言いつけ、娘に金貨を持たせて、家に帰したのさ。
継娘が無事に火種ばかりか、たっぷりと暮らしに十分な金銀をもらって帰ってくると、継母はすぐつぎの日、姉娘を猫ばあさんのところに火種を取りにやった。
娘は自信たっぷりに水車小屋に行き、戸をドンドンとたたいた。
「ニャゴ、ニャゴ、外にいるのは誰だね」と召し使いが言った。
「いまいましい猫どもめ、くだくだ言わずに中に入れてよ。火種が欲しいのよ」と娘は叫んだ。
扉が開いて、娘は猫ばあさんのところに連れて行かれた。
「ニャゴ、ニャゴ、火種が欲しいんだって。それじゃあ、わしの頭のシラミをとっておくれな。そうすれば火種をあげるよ」と猫ばあさんは言った。
「とんでもない、この老いぼれ猫頭め。わたしがあんたの頭のシラミをとるんだって」と娘は不きげんに叫んだ。近づいて見ると猫ばあさんの頭にはヤマカガシやヘビがうごめいていた。
「自分の虫けらは自分で取ればいいのよ。厭な奴だわ」と娘は叫んだ。
猫ばあさんは召し使いに、
「ニャゴ、ニャゴ、この娘を引き裂いておしまい!」と言った。
猫たちが娘に飛びかかり、あっという間に引き裂いてしまったのさ。
姉娘が家に帰って来ないので、母親は妹娘を迎えに出した。この娘も乱暴に戸をドンドンとたたいた。召し使いが扉を開け、娘を中に入れた。娘は姉が引き裂かれているのに気がつくと叫んだ。
「いまいましい猫どもめ、なんで姉さんを引き裂いてしまったのよ」
猫たちはたちまち妹娘にも飛びかかり、姉娘と同じように引き裂いてしまったのさ。
二人の娘が出たまま帰って来ないので、今度は継母が猫の水車小屋に出かけて行った。継母は戸をたたいて、早く中に入れてくれとわめいた。
「いまいましい猫どもめ、どうして娘たちを引き裂いてしまったんだね」と叫んだ。
けものたちは継母に飛びかかり、これも食い殺してしまったのさ。
それから父親と娘はまた二人きりになり、もとのように仲良くのどかに暮らした。あるとき旅の伯爵が通りかかり、娘を一目みると馬車から下りてきて、父親に言った。
「娘さんを私のお嫁さんにください。一緒に私の領地に行きましょう」
父親はすぐに承知して、二人の小さな家は売られた。間もなく結婚式が挙げられたとさ。
(杉本)
小人の贈り物
→解説
むかし、背中にでっかいこぶのあるお百姓がいた。お百姓は、そのこぶのことで村のみんなにからかわれるのがいやでたまらなかった。それなのに、悪魔のようにけちで、氷のように冷たい隣りの金持ちの百姓ときたら、なんだかんだといっては、こぶのあるこのかわいそうなお百姓をからかったもんさ。
ある晩、まん丸い月が昇るころ、こぶのあるお百姓が、森の縁に添った道を自分の畑へ向かって歩いていた。そのとき、教会の塔から夕べの祈りのときを告げる鐘の音が鳴り響きはじめた。お百姓はひざまずいてお祈りをした。
するとどうだろう、森の中から、ささやくように踊りの歌を歌う声が聞えてきた。お百姓が音のする方へそっとしのびよると、小人たちが森の中の草っ原に大ぜい集まっていた。そして、輪になって踊りながら、おんなじことをぐるぐる歌っているんだ。
♪月、火、水
月、火、水
思わず、こぶのあるお百姓はやぶの中からとび出して、小人たちに向かってさけんだ。
「なんだって、おまえさんたちはいつまでたっても『月、火、水』ばかりなんだい。『木と金』もくっつけて歌ってみなよ」
ところが、これが小人たちにはひどく気に入っちまって、ワイワイ喜んで、踊り、歌った。
♪月、火、水
月、火、水
木と金もだ
小人たちは、歌いながら、こぶのあるお百姓の手を取って、輪の中に引き入れた。こうなったらしかたがない。お百姓もいっしょにピョンピョンはねたり歌ったりしたさ。
やがて、小人たちはお百姓に、何かほしいものはないか、金や銀をどっさりやろうかい、ときいた。
「そうだなあ」
って、お百姓は言ったさ。
「金や銀なんておれにはなんの役にも立たねえ。そんなものいらねえよ。ただ、こぶがなくなるとどんなにいいかと思うけどよ」
それを聞いた小人たちは、お百姓をむんずとつかみ、プルンプザックというハンカチ遊びをするみたいに、順ぐりに投げてまわした。
まあ、考えてもみなよ。もういっぺんお百姓が地面の上に自分の足で立ったとき、こぶはなくなっちまって、頭のてっぺんからつま先までろうそくのようにまっすぐだったんだ。そうさ、こいつはなんたってうれしいさ。お百姓は小人たちの姿が見えなくなるまで、お礼を百ぺんも言ったもんさ。
お百姓が戻ると、村中がびっくりしたのなんのって。でもなんてったっていちばんびっくりしたのは、あの欲ばりのお隣りさんさ。お隣りさんは、知りたがりの虫がどうにもこうにもおさまらず、とうとうお百姓から何もかも聞きだしちまった。
欲ばりのお百姓は、月がまたまん丸になるのを毎日ジリジリして待っていた。やっとそのときが来たってわけで、こぶのあるお百姓と同じように森の縁にこっそりしのびより、祈りの鐘の音でひざまずいた。
思ったとおり、森の中から踊ったり歌ったりしているのが聞えてきたんだ。そうっと近づくと、今度は歌の文句もはっきり分かった。
♪月、火、水。月、火、水、木と金も。
月、火、水。月、火、水、木と金も。
月、火、水。月、火、水、
木と金もだ。
月、火、水。月、火、水、
木と金もだ。
待ってましたとばかり、欲ばりなお百姓は物かげからとび出して言った。
「だめだ。まるでだめだ。それじゃあ、しり切れとんぼじゃねえか。最後まで歌わなくちゃあ」
♪土も入れて
日は世界がお休みよ
へええ、こりゃいい。小人たちはそれがたいそう気に入っちまって、ワイワイ喜んで、踊り、歌った。
♪月、火、水。月、火、水、木と金も。
土も入れて、日は世界がお休みよ。
月、火、水。月、火、水。
木と金もだ。
土も入れて、日は世界がお休みよ。
ところが小人たちときたら、ちっともお百姓の願いごとを聞いてくれそうもないのさ。つまり、欲ばりなお百姓の目つきがなんとも悪かったので、小人たちは踊りにさそいもしなかったし、話しかけもしなかったわけなんだ。とうとう金持ちのお百姓は、しびれを切らしてどなった。
「まぬけな小人さんたちよ。おまえさんたちときたら、あのやろう、ほれ。あのおれの隣りのやつが考えた幼稚な文句のお礼に、金や銀をやろうとしたっていうじゃねえか。でも、あのとんまはそれをことわったらしいがね、このおれはどうなるんだね。おれのつくった美しい詩(うた)には、なんにもくださらねえとでもいうのかね」
「まあ、まあ、そんなに怒らないで。それじゃあ、いったい何がほしいっていうんだい」
お金持ちはちょっくら考えた。金とか銀とかはっきり言わないほうがってさ。そこで、ちょっと間をおいて、口ごもりながら言った。
「そうだな。とんまな隣りのやつがほしがらなかったものがいいな」
そのとたん、小人たちは男をむんずとつかむと、プルンプザックの遊びのように、順ぐりに投げてまわした。欲ばりのお百姓がまた自分の足で立ったとき、なんと背中にでっかいこぶがついていたんだ。
欲ばりなお百姓は、一生どこへ行くにもこぶをしょわなくちゃならなかった。なぜかっていうと、小人たちはあのあとすぐに消えちまって、それからこっち、二度と姿を見せやしなかったからさ。
(星野)
魚よ、くっつけ
→解説
むかし、母さんを亡くした三人の息子がいた。父さんは後妻をむかえたけど、それがなんとも意地の悪い女だった。この継母が来てからというもの、三人兄弟の思いどおりになることなどなにひとつなかった。朝のお祈りのかわりにおこごとを聞かされ、パンのかわりにびんたをちょうだいするっていうしまつさ。夜になって、疲れて、お腹がすいたなんてことを考える前に、まぶたが自然におりてきてしまうとき、幸せを感じるくらいだった。
そんなわけで、子どもたちは、ほんとうの母さんが生きていたらなあ、となにかにつけて思ったもんだ。とはいえ、けっしてそんなことを口に出しちゃあ言わなかったけどね。ただ、末っ子のハンスだけは、ときどきつぶやいてしまうことがあった。
だから継母は、ハンスのことがなおさら憎(にく)くてたまらず、二人の兄さんにはお祭の日におかしを二つずつやるのに、ハンスには一つだけだった。それに兄さんたちには、ほんとにたまにだけど愛想のよい顔をすることもあるのに、ハンスにはいつだって苦虫かみつぶしたような不機嫌な顔ばかり。ハンスはいつも一番やっかいな仕事をさせられ、それがきちんとできないもんなら、ばかにされ、ののしられ、ぶたれるのさ。
あるとき、春のまっさかりのころ、すみれが顔をのぞかせ、鳥がさえずっていた。
意地悪な継母は、ハンスにざるをわたして言った。
「泉に行って、これに水を汲(く)んでおいで」
ハンスは鞭(むち)とざると鬼のような継母をかわるがわる見つめていたけど、そのうち黒い目に涙があふれ出てきた。なぜって、言いつけどおりになんてとうていできっこないってわかっていたし、母さんがそれを百も承知だということだってわかっていたからさ。
「行くのかい、行かないのかい!」
母さんはおろおろしているハンスに向かってどなった。かわいそうなハンスはポプラの葉っぱのようにぶるぶるふるえた。
「それとも犬をけしかけようかね」
ハンスときたらこの世も終りのような気持になって、ざるを手に泣きながらくるみの木のほうへよろよろと歩いていった。その木かげに泉があって、音を立てて流れていたんだ。むだだと思ったけど、ざるを持ち上げ、流れ落ちる水を受けようとした。でも水はざるの底にあたってくだけ、とび散り、ザーザーと流れ落ちるばかりさ。それを見たハンスは、胸がはりさけんばかりにわーわー泣きだした。
そりゃどうやったってうまくいかないとわかっていたさ。でもハンスはまた気をとりなおして立ち上がった。なんとしても、家で待ちうけている継母の雷からのがれなくちゃあと思ったからさ。でもやっぱり水はとび散り、こぼれて一滴だって残りはしないのさ。
このあわれな少年が途方にくれていると、ふいに腰の曲がったばあさんが杖にすがってあらわれた。今までみたこともないぞっとするようなばあさんさ。顔はまるで五月のりんごみたいにしわしわ。コールタールのようにまっ黒な目は、キョロキョロ動いているけど、ときどき刺すように鋭く光るのさ。おまけに鼻は、歯のない口の上に鈎(かぎ)のようにたれさがってるんだ。
「なにをしてるんだい、ハンス」
ばあさんはキーキーした耳障りな声で言った。ハンスはまったく見たこともない人から自分の名前を呼ばれて、思わずビクッと体をふるわせた。
「こわがらなくていいよ。わたしはおまえが気に入っているんだから。ここでなにしてるんだい」
ばあさんはなれなれしく言った。ハンスは気をとり直して言った。この泉でざるに水を汲んで家へ持って帰らなくちゃならないんだけど、水はみんな流れ落ちてしまう。だからって水を持って帰らなければ、継母の前に出られない。ここまで言うと、ハンスはしゃべれなくなった。泣きじゃくり始めて声が出なくなってしまったのさ。涙が青白いやせこけたほほを伝わって、よれよれの毛のチョッキをぬらした。
「泣くのはおやめ」
ばあさんが言った。
「わたしが助けてあげよう。おまえがいつも良い子で勇気を失わないならば、きっといつか偉い人になれる。おまえの前ではだれもがあたまを下げるようなね。わたしはおまえが何度も涙を流すのを見てきたんだよ。だから今度は涙をかわかしてあげよう」
「魚よ、魚よ!」
突然いちだんと大きな、まるで命令するような声で言った。そしてざるにすばやく手をつっこむと、
「ほれ!」
ばあさんのしわだらけの手の中でピチピチはねていたのは、赤金色の花模様がついた小さな青い魚だ。
「さあ、この『魚よ、くっつけ』をおとり」
ばあさんは言った。ついさっきまでしゃくりあげていたのに、ハンスはあっけにとられて、涙をぬぐっていた両手をあげて、つっ立ったままさ。
「だいじにするんだよ。この魚は不思議な力を持っていて、おまえの思いのままになるんだからね。分別をもって、まともなことに使うんだよ。この魚に向かって『魚よ、くっつけ』と言えば、それにさわった者はみんなくっついたままになってしまうんだ。だれだって、そう、皇帝だって、離そうったって離せるもんじゃない。みんなおまえの後からくっついてくるのさ。でも離してやってもいいとおもったときはこのピンでさわればいい」
と、ばあさんは、ピカピカ光るえり留めピンをチョッキからぬきながら、
「そうすれば、そいつは自由になるのさ」と言った。
「でも、きょう水を持って帰らなかったりしたら、母さんがどんなにおこるだろう! だって家を出てから、もうこんなに時間がたっているんだし」
ハンスはまたため息をついた。
「そんなことかい」
ばあさんはそうこたえると、青いところに赤金色の花模様のついた魚をざるに放りこんだ。すると水がピチャピチャとわきでてきて、しかも一滴だってあみ目からもれやしない。すぐに水でいっぱいになり、あふれて縁からこぼれるほどさ。
「さあ、持ってお帰り」
ばあさんはやさしく言った。ハンスは、口を半分あけて、見ていたけど、我にかえってざるを受け取って、頭の上にのせた。それからお礼を言おうと思った。ところが、あの親切なばあさんも杖もどこにも見あたらない。ただ、薄赤い煙のようなものが、ばあさんがいた場所に立ちのぼったかと思うと、空中に消えていった。
さて、ハンスは家に向かって急ぎに急いだ。継母はびっくりしたのなんのって。でも、わけを説明しているハンスに向かって――といってあの魚についてだけはだまっていたけどね――怒ることはできなかったんだよ。継母はざるの中の水をすっかり使ってしまうと、今度はハンスに手おけをわたした。それはハンスのほんとうの母親が生きていたとき、いつもハンスが水を汲んでいたものさ。
ハンスは魚を袋に入れていつも手元から離さないでいたし、夜にはわらのまくらの下に入れて眠るっていうように、たいそうだいじにした。
それからしばらく時がたった。ハンスは魚をいつも肌身離さず持っていた。でも「くっつけ」と言ったことはなかったんだ。それに魚のほうだってピクとも動かず、何もくっつこうともしなかった。
また何年かが過ぎて、継母のぴちぴちしていたほっぺたはしなびてしまい、ハンスのほうは立派な若者に成長した。
ある時、ハンスはキャベツを家まで運ぼうと思って荷車に積みこんでいた。そこへとなりの家の鵞鳥たちが、お相手をしようとガーガーわめきながらやってきた。そしてキャベツを次々とつっつき始めたのさ。ハンスが荷物を積み終わって出発しようとすると、鵞鳥どもも荷車の後にくっついてきて、グワッ、グワッ、グワッとわめくんだ。そのうち一羽の雄の鵞鳥が積み荷に向かって赤いくちばしをのばした。とうとうハンスはこの道づれにうんざりしてしまい、心の中で言った。
「ばかな鵞鳥どもめ覚悟しろよ」
ってね。
「魚よ、くっつけ!」
ハンスがつぶやくと、雄の鵞鳥はキャベツにぶらさがり、その後一列にずらっとほかの鵞鳥たちが連なった。一羽の鷲鳥のしっぽに次の鵞鳥のくちばしがくっついて、といったぐあいにさ。グワッ、グワッ、グワッ。二十五羽の鵞鳥のわめくこと。
こんなふうにして、行列はおとなりの敷地内に入っていった。そこのお百姓のかみさんは、ガーガー鳴く声を聞いて、ほうきを持って飛び出してきた。そしてこの行列を見て、おったまげたのなんのって。どなりちらしながら、鵞鳥を追いたてて小屋に入れようとした。ところがハンスときたら、
「魚よ、くっつけ!」
ってつぶやいたもんだから、お百姓のかみさんは、ほうきを持ったまま一番後の鵞鳥にくっついてしまって、にっちもさっちもいきやしない。
グワッ、グワッ、グワッ。と行列は進んでいったさ。ハンスが先頭、続いて緑のキャベツがずらっと並んだあとに白い鵞鳥たち、そしてわめきちらしているお百姓のかみさんってわけだ。こんなふうに進んでいくと、やがてロバの端綱を引いた粉屋にであった。
「助けてよ」
ってお百姓のかみさんは叫んで、粉まみれの男に向かって手をのばした。気の毒に思った男はかみさんの手をとった。ところがそのとたん、
「魚よ、くっつけ!」
っていうことになった。それで粉屋もロバもくっついてしまった。
グワッ、グワッ、グワッ。行列は村へと進んでいったさ。ハンスが先頭、緑のキャベツがずらり、白い鵞鳥がぞろぞろ、わめきちらすお百姓のかみさん、どなりちらす粉屋、そして灰色のロバってわけだ。このロバときたら、鵞鳥の鳴き声にヒーン、ヒーンというあいの手を入れて、うまいこと調子をとったりしたもんだ。
行列はどんどん先へ進んでいったさ。やがて、黒板を指すときに使う棒を持って、ふんぞり返って歩いてくる学校の先生にであった。
「このロバのやつを引き離してくださらねえか。そうすりゃあ、おれの体も自由になるんだ」
粉屋は、モーニングを着た紳士に向かって必死で叫んだ。粉屋のねがいが先生の耳にとどかなかったわけじゃないらしい。先生はしゃちほこばった歩き方で近づいてくると、ロバを引き離しにかかった。ハンスはにやっと笑った。
「魚よ、くっつけ!」
これで指し棒も大先生もくっついた。
グワッ、グワッ、グワッ。行列は村に向かって進んでいったさ。先頭はハンス、それからキャベツ、鵞鳥、お百姓のかみさん、粉屋、ロバ、指し棒とモーニング姿の大先生ってわけだ。
村ではパン屋がちょうどかまどの前で、パン種を中に入れるところだった。そこへこのにぎやかな行列がやってきた。
「グワッ、グワッ! ヒーン、ヒーン! なんてこったい! くそくらえ!」
って、通りのほうからてんやわんやの騒ぎさ。パン屋ときたら、矢もたてもたまらずに、パン種をのせた長い柄のついたへらを持ったままとび出した。こりゃあ見ものだぞってわけでね。
「手を借してくれたまえ」
村のインテリさんが頼んだ。それで、
「魚よ、くっつけ!」
っていうことになり、パン屋も列にくっついた。
この長い長い行列は、ぞろぞろわいわいと通りを抜けていった。四方八方から窓がぱたんぱたんと開いて、街中笑いの大洪水さ。行列がゆっくり進んでいくと、とつぜん六頭立ての馬車があらわれた。中にはそれはそれは美しい娘がすわっていた。実はこの人はお姫さまなんだけどね、そのまじめなことときたら、お陽さまの光の下に生まれてきてから、赤い口びるに笑みが浮かんだことが一度もないというくらいなのさ。そのお姫さまが、なにやら騒がしい物音を不思議に思って窓から外を見た。そしたら、グワッ、ヒーンという鳴き声や、のろったり、頼んだりしている声がして、ハンス、キャベツ、お百姓のかみさん、ロバ、先生たちがぴったりくっついて大騒動だった。突然お姫さまは大きな声で笑い出した。なんだかうれしくてうれしくて、目なんかぴかぴか光ってんのさ。
「お姫さまが笑った!」
このことばが、ずらりと後につづいているお供の端から端まで稲妻のような早さで伝わった。でもハンスは、へら棒を持ったパン屋が、たまたま王さまの馬車のながえにさわったのを見逃がさずつぶやいた。
「魚よ、くっつけ!」
それで馬車もくっついた。
やがて行列は村にある王さまの別荘にやってきた。王さまは、そうぞうしい物音やら笑い声やらが聞こえてきたんで、窓に走り寄った。キャベツが先頭でしんがりが王さまの馬車という奇妙な行列、そして笑っている娘が見えたとたん、王さまも笑いだした。それから先頭の者を自分の前に呼ぶように命じた。ハンスからどうしてこうなったかを聞いた王さまは親しげに言った。
「おまえは、わしの娘を笑わせることができた。ほうびをとらせるぞ。なんでも望みのものを持って行くがよい」
ハンスは耳の後をかきかき言ったんだ。
「『魚よ、くっつけ』の一番後ろのものを」
でも、王さまはこの願いがちょっとばかしお気に召さないようだった。そこでハンスはまた行列を引きつれて先へ行ってしまうようなそぶりをみせた。おかげで王さまは、このずるいかけひきにいやな顔ひとつするわけにもいかず、お姫さまを行列から離してくれるだけでいいと思うよりしかたがなかったわけさ。ハンスは列の後へ走って行った。プツン、プツン。と、ピカピカのピンを刺した音がして、そのとたん、まるでもみ殻の山を風が吹き抜けたように、行列はとび散った。お姫さまは、またころころと笑いころげた。ハンスはお姫さまの手を取って、お姫さまのお父さん、つまり王さまのところへ歩み出た。『魚よ、くっつけ』にくっついた最後のもののなんてすばらしいこと!
王さまはハンスをいつもそばにおき、日ましにかわいがった。お姫さまはといえば、あのときの凜々(り り)しい先導者を見るたびにうれしくなって、自然に口もとがゆるんでしまうんだ。ハンスはとうとう公爵になり、陽気なお姫さまはその花嫁になった。そして、それは美しくて、楽しい結婚式が行われた。ハンス公爵と花嫁は顔を見合せてにこにこ笑っているばかりさ。そんなのを見たらだれだって、このお姫さまがむかしはたいへんきまじめで、一度も笑ったことがなかったなんて信じやしないよね。ハンスは赤金色の花模様のついた青い魚を家紋として残し、それは今でもなお子孫に伝わっているのさ。王さまが年をとって亡くなると、ハンスが王さまになった。国民を苦しめたりしない、いい王さまだった。だってハンス自身さんざんそんな目に会ってきたんだからね。
さて、あの意地悪な継母はどうなったかって? とうに死んでしまって、ほら、あそこの教会墓地のモミの木々の間にうまってるよ。あのばあさんは『魚よ、くっつけ』を持って二度とあらわれなかったかって? そうだよ、ばあさんはあれからまったく姿を見せなかったのさ。でもあの『魚よ、くっつけ』はまたどこかにあるんだよ。もしおまえさんが、勇気があってかしこい男になれば、まわりまわって『魚よ、くっつけ』はおまえさんのところにくるさ。そのときは、ハンス公爵のようにうまく使うんだよ。そしたら幸運はおまえのものさ。
(星野)
賭け
→解説
ぼうや、名前はなんていうのかい?
「ハンスだよ」
そうかい、おまえがハンスっていう名前なら、別のハンスのことを話して聞かせようね。
五つまでしか数が数えられないハンスっていう実にまぬけなお百姓がいたんだよ。あるとき、このハンスが牛を引いて市場にいったんだがね、その牛がまるでカタツムリのようにのろくさ歩くわ、もたもたした足どりでハネは上げられるわで、ハンスのがまんの緒もとうとう切れちまった。そこでハンスはぶつくさと毒づき、そこらのガチョウたちにガアガアとあざけり笑われるほどムチを振り回したんだよ。それでも市場のほんの少し手前で、やぎを売りに出している男のそばに来るまでは、どうやら辛抱していたんだがね。
ハンスはやぎ売りの値段を耳にすると、ただこのめんどうな牛を厄介ばらいするために、早いとこ商売をしてしまおうと決めたんだよ。
「やあ、だんな」とハンスは言った。
「取り換えっこっていこうじゃないか。わしゃ、この牛を市場に引いて行くとこだったけんど、もしあんたがそのやぎを代わりにくれるんなら、わしの手間もはぶけて家に帰れるってもんさ」
やぎ売りのおやじさん、始めは目を丸くしていたが、やぎの代わりに牛だって、そりゃあ結構なことだと思い、やぎをハンスに押しつけて、牛を引いて家に帰った。ハンスはやぎを引いて家に帰るのに明るい気持だったよ。だって手に負えない牛の代わりにすてきなやぎを手に入れたのだからね。
でも、ハンスの喜びは長く続かなかったね。やぎが震え声で鳴き始めて、ハンスの前に立ちはだかり、その角で突き倒そうとハンスめがけて突っかかってきたのさ。この悪ふざけがやぎには気に入ったようでハンスは二、三回頭突きをくらったものさ。これでじきにハンスは不愉快になり、かんしゃくを起こして、このやぎをどこかの奴に押し付けるといううまい手を思いついた。ちょうど道端の家から、まるで口から先に生まれてきたようなお百姓のかみさんが、杖をついて出てきたんだよ。
「おはよう、おかみさん、取り換えっこしないかね」とハンスは話しかけた。
「なんだね、こん畜生がわめいていたんじゃあ、ちっともわかりゃあしないよ!」とおかみさんは叫んだ。
ハンスはやぎを連れておかみさんのそばに行き、やぎがわめいたり、鳴いたり、跳んだりするのもかまわずに、
「わしのやぎっこの代わりに、このガチョウをくれないかね」とおかみさんの耳もとで怒鳴った。
「わかったかい?」
「ああ、わかったよ。けど本気じゃあないだろうね」とおかみさんは言った。
「本気だともさ」とハンスは言って、おかみさんの手をしっかりと握って商売成立さ。
「恨みっこなしだよ」とおかみさんは言って、やぎを受け取り、その代わりにハンスにガチョウを押しつけたのさ。ハンスはガチョウを縄でつないで家に向かった。そして今日の商売は上々だったと思ったんだ。だけどその喜びもつかの間のことだったね。というのはガチョウが跳び回り、右に行ったり、左に行ったり、ちっともまともに歩こうとしないんだよ。ハンスは、もどかしくなり、ついにかんしゃくを起こして叫んだ。
「こんな馬鹿なガチョウより、アンズダケのほうがましだ」
鶏飼い娘がこの言葉を聞いて、すぐに家から飛び出し、鶏のフンを紙に包んでハンスの後を追いかけて来た。
「おうい、アンズダケはこの包みの中よ」
「えっ、アンズダケだって。わしのガチョウで売ってくれないかね」
「いいわよ。ガチョウをちょうだい。さあ、アンズダケよ」
鶏飼い娘はガチョウをうけとり家に飛んで帰った。ハンスはアンズダケを持って、家へ向かった。ガチョウの代わりに、なんだか不思議なものを手に入れたと思い、上きげんだったよ。きれいで上品な居酒屋の前にさしかかると、ハンスは素通りできないで、居酒屋に入り、腰をおろした。
ハンスがビールを飲み始めると、男たちはハンスを頭のいかれた奴というようにジロジロ見たり、臭いをかいだりし始めたのさ。
「こりゃあ、わしのポケットの中にあるアンズダケのせいかな」とハンスは回りの男たちに言いながら、その不思議なものを引っ張り出した。男たちはそのアンズダケを見るとドッと笑い、この百姓は調子が狂っているんだとすぐに気がついた。男たちはこの哀れなやつをばか者あつかいにして、これまでの事を次々と全部ハンスから聞きだしたのさ。ハンスがひとつひとつ、なにもかも語り終えると、皆は口々にさけんだ。
「おかみさんがなんて言うかねぇ」
「ああ、うちのばあさんかい、ばあさんは商売には口を出さないよ」
「でも、わしらは今日のことについちゃあ無事におさまるなんて信じないね」
「信じるも信じないもないさ。わしは自分のかかあのことはよく分かっているからね」
「今日、あんたが家に帰ったら嵐になるかどうか、賭けをしようじゃないか」
「賭けるって、どのくらい賭けるのかね」
「そう、わしらは百グルデン賭けるよ。あんたが家に帰っておかみさんにどやされたら百グルデン払えよ。でなきゃわしらがあんたに払うさ」
「いいだろう、本気だな」とハンスは答えて、男たちに約束した。
ハンスは立ち上がって家に向かった。男たちの中から二人が、おかみさんがどうするか見るためについて来た。
ハンスが二人の男と家に帰って来ると戸は閉まっていて、おかみさんはもう寝ていた。けれどもハンスの最初の声でおかみさんはすぐに戸口に来て、かんぬきを開けた。
「やっと帰って来たね。どうだい、牛は売れたかい」
ハンスが牛をやぎに取り換えたことを話した。二人の男は、もうすぐにも嵐がおっ始まると思ったんだよ。
「そりゃ、いいことをしたよ」とおかみさんは言った。
「やぎならえさもたっぷりあるしね。どうも牛にはいつも難儀していたからね。やぎはもう小屋に入れたかい」
「いんや、わしは役にたたないやぎのやつをガチョウに取り換えたのさ」
「そりゃあ、もっとよかったよ、ハンス。うちの布団は空っぽだからね。やっとその羽根で布団をいっぱいにできるよ。で、ガチョウはどこだい」
「ガチョウなんてもちろんいないさ。でもその代わりにアンズダケを持ってきたよ」
「悪かあないね、ハンス。今日となりの家に行ったんだよ、少し塩を借りにね。わかるだろう、おまえさん。となりったらなんだかんだって文句を言うんだよ。『アンズダケが欲しくてきたんじゃあないか』なんてさ。もうそんなこたあ言わせないね。今度はうちにだって、ちゃんとあるんだからさ」
ハンスと一緒に来た二人の男は、百姓とおかみさんのこのやりとりに、始めから終わりまで目を丸くしていた。そして、賭けに負けてしまったことに気がついたんだよ。二人はハンスに百グルデン払って、こっそりと出て行ってしまったのさ。
どうだい、この話おもしろかったかい、ハンス。
「うん」
おまえもこんなハンスになりたいかね。
「まぬけにはなりたかないさ、でも百グルデンは欲しいなあ」
(杉本)
イギリス
ガラスの山
→解説
むかし、ひとりの若者がいたんだって。いい男前の若い人で、あるお嬢さんと結婚した。ところが、この男には魔法がかかっていた。それで、奥さんにこう言った。
「ぼくが夜のあいだ人間で、昼間は牛でいるのと、夜の間は牛で、昼間は人間でいるのと、どっちがいい?」
「夜は人間で、昼間は牛のほうがいいわ」奥さんはそう言った。
結婚して一年たつと、二人に男の子が生まれた。ご主人は奥さんに、
「子どもに何があっても、一粒だって涙をこぼしちゃいけないよ」と言いつけた。
そのうち、おおきな黒犬が煙突から降りてきて、子供を奥さんの手から取り上げて連れていってしまったんだ。でも、奥さんは一粒も涙をこぼさなかった。
次の年、また男の子が生まれた。ご主人は、二番目の子に何があっても、一粒でも涙をこぼしちゃいけない、と奥さんに言った。また黒い犬がやってきて、子供を連れていったけど、それでも奥さんは一粒も涙をこぼさなかった。
三年目には、女の子が生まれた。
「この子に何か起こって、きみが一粒でも涙をこぼしたら、二度とぼくと会えなくなってしまうからね」
ご主人はそう言った。
黒犬が煙突から降りてきて、娘を奥さんの手から取り上げて連れていった。奥さんは一粒だけ涙をこぼした。すると、ご主人は二度と帰ってこなかった。奥さんはとっても悲しんで、ご主人を捜しに行くことにした。
一日目、奥さんは長いこと歩いて、小さい家に着いた。家には、おじいさんとおばあさんと、小さい男の子しかいなかった。奥さんが一晩泊めてくださいと頼むと、三人は泊めてくれた。
朝になって、奥さんが出かけようとしたら、男の子が櫛をくれた。
「この櫛で髪をすくと、どんな人でも世界中で一番きれいになるんだよ」
次の日、夜遅くなって、奥さんは別の小さい家に着いた。その家にもおじいさんとおばあさんと、小さい男の子がいた。一晩泊めてくださいと言って、泊めてもらった。それから、朝になって出掛けようとしたら、男の子がはさみをくれてこう言った。
「いいかい、これで切ると、どんなぼろ布でも世界で一番きれいな布になるんだよ」
次の日、夜遅くなって、奥さんはガラスの山のふもとにある小さな家に着いた。家には、おじいさんとおばあさんとかわいい女の子がいた。女の子は、片方、目が見えなかった。奥さんは、一晩泊めてくださいと頼んだ。するとおじいさんは、
「七年間ここにいるなら、ガラスの靴を作ってあげよう。そうすれば、ガラスの山に登れるよ」
と言った。
「あんたのご主人はガラスの山をいくつも越えた向こう側に住んでいて、別の女の人と結婚している。でも、七年たてば魔法が解けるんだよ」
おじいさんはそう教えてくれた。
奥さんが出かけるときになると、女の子がたまごをひとつくれて、
「これを割ると、四頭立ての馬車が出てくるのよ」と言った。
そうして、奥さんはガラスの山に登っていった。山なみを越えると、きれいなお城があった。お城の並木道を歩いていくと、女の人が出てきて、「何の用ですか」ときいた。「おなかがへってるんです」と奥さんがいうと、女の人は奥さんを中へ入れて、朝ごはんをごちそうしてくれた。
奥さんは櫛を取り出した。
「これで髪をすくと世界一の美人になるんですよ。ご主人と一晩いっしょに寝させてくれたら、これをあげましょう」
女の人はいいと言った。
夜が来て、ご主人が寝床に入るとき、女の人は飲み物をご主人にあげた。そして、その中に眠り薬を入れておいた。それから、奥さんをベッドに入らせた。奥さんはこう言った。
あなたのこどもを三人生んで
たらいに三杯、涙を流し
七年がかりで
ガラスの山を登りました
だから、きれいなオレンジの牛さん
こっちを向いてくださいな
奥さんは一晩中、何度も何度もそう言っていたけど、ご主人はぐっすり眠っていたから、全然気がつかなかった。
奥さんは、ご主人が目をさます前に起きなけりゃならなかった。女の人はご主人が狩りにでかけてしまうまで奥さんを隠しておいた。
それから、奥さんははさみを取り出して、女の人に見せた。
「これで切ると何でも世界で一番きれいなものになるんです。ご主人ともう一晩いっしょに寝させてくれたら、これをあげましょう」
女の人はいいって言った。
そして、女の人はその晩も、眠り薬を入れた飲み物を御主人に飲ませて、奥さんを部屋に入れてやった。
あなたのこどもを三人生んで
たらいに三杯、涙を流し
七年がかりで
ガラスの山を登りました
だから、きれいなオレンジの牛さん
こっちを向いてくださいな
ご主人はぐっすり眠っていたから、全然気がつかなかった。また、ご主人が目をさます前に、奥さんは起きなけりゃならなかった。ご主人が見ないように、女の人は奥さんを隠しておいた。
ご主人は起きて狩りにでかけた。もう一人、若い男の人がいて、二人の部屋のとなりで眠っていたんだけど、その人が次の日、ご主人にこんなことをきいた。
「きみの部屋には幽霊が出るんだね。声を聞かなかったかい? ここのところ二日続けて、こんなことを言ってたよ。
あなたのこどもを三人生んで
たらいに三杯、涙を流し
七年がかりで
ガラスの山を登りました
だから、きれいなオレンジの牛さん
こっちを向いてくださいな
おかげで、二晩の間ちっとも眠れなかったよ」
「二晩とも女房が飲み物をくれたんだが、それを飲んだら気分が悪くなってしまってね」
「今日は飲まないで、起きていてごらんよ。そうすればわかるから」
友達はそういった。
さて、奥さんはたまごを取り出して割ってみせた。すると、中から四頭立ての馬車が出てきた。
「今夜もご主人と寝させてくれたらこれをあげますよ」
奥さんが女の人にそういうと、女の人は、いいって言った。そして、ご主人が寝床に入るとき、女の人は眠り薬を入れた飲み物を持っていった。
「パンを一切れ持ってきてくれなきゃ、飲みたくないな」
御主人はそう言って、女の人がパンを取りに行っている間に、だんろの中に飲み物を捨てて、ぐっすり眠ったふりをした。ベッドに入ると、奥さんはこう言った。
あなたのこどもを三人生んで
たらいに三杯、涙を流し
七年がかりで
ガラスの山を登りました
だから、きれいなオレンジの牛さん
こっちを向いてくださいな
ご主人は長い間だまっていたけど、とうとう奥さんのほうを向いた。
「きみはぼくの最初の奥さんだね」
「そうよ」
それから御主人は、三軒の小さい家にいたのは三人とも自分たちのこどもで、女の子の片方の目が見えなくなったのは奥さんがこぼした涙のせいだ、ということを話して聞かせた。
「朝になってご飯を食べたら、ガラスの山々のふもとへ行って待っておいで、ぼくも行くから」
ご主人は山のふもとへやってきた。二人はガラスの山々をこえて三人の子どもを自分たちの城へ連れて帰って、ずっと幸せに暮らした。
(岩倉)
いぐさのコート
→解説
昔、王さまとお妃さまがいて、他の王さまやお妃さまと同じように暮らしてたんだそうだよ。王さまやお妃なんて、なかなか見られるものじゃないから、みたこともないけどねえ。それで、お妃が死んで、かわいい娘があとに残った。お妃が娘に残してあげたのは、ちっちゃい赤い子牛が一頭だけだった。
「ほしいものはなんでも子牛がくれるからね」
お妃は娘にそう教えておいた。
そのうち、王さまは二度目の結婚をして、三人の娘を連れたいじわるな女をお妃にした。小さい娘はとってもかわいかったから、継母も姉さんたちもこの娘が気に入らなくてねえ。もとの母さんがこの娘に着せていたきれいな服をぜんぶ取り上げて、いぐさの服を着せて、台所のすみっこにすわらせたんだ。それで、みんな、この娘をラッシン・コーティ(いぐさのコート)って呼ぶようになったんだよ。
いぐさのコートは食べ物だって、みんなの食べ残ししかもらえなかったけど、そんなこと、ちっともかまわなかった。なぜって、赤い子牛のところへ行けば、なんでも欲しいものをもらえたんだから。子牛においしいご飯をもらっていたんだけど、そのうちいじわるな継母はその子牛を殺させてしまった。子牛がいぐさのコートにやさしくしていたからだよ。
いぐさのコートは子牛がかわいそうで、すわりこんで泣いていた。すると、死んだ子牛がこう言ったんだ。
一本、一本、骨を拾って
灰色の石の下に埋めておくれ
「ほしいものがあったら、ぼくのところへおいで。なんでもあげるからね」
クリスマスの季節になって、ほかのみんなはきれいな服を着て教会へでかけた。いぐさのコートは、
「わたしも教会へ行きたいわ」
って言ったけど、みんなは、
「あんたみたいな汚い娘が教会へ行ってどうするのさ。うちに残ってごちそうを作ってなさい」
って言ったんだ。
みんなが教会へ行くと、いぐさのコートはどうやってごちそうを作ったらいいかわからなくて、灰色の石のところへ行った。そして子牛に、ごちそうの作り方がわからないし、自分も教会へ行きたいって言った。子牛はきれいな服をくれて、「うちへ帰ってこう言いなさい」って教えてくれた。
ピート(泥炭)はどれも、よく燃えろ
焼きぐしはどれも、よく回れ
お鍋はどれも、よく煮えろ
良きクリスマスの一日に、わたしが教会からかえるまで
いぐさのコートが子牛にもらったきれいな服を着て教会へ出かけていくと、そこにいた女たちの誰よりもりっぱできれいだった。教会には若い王子が来ていて、一目でいぐさのコートが好きになった。
いぐさのコートはお祈りの前に教会を出て、みんなより先に家へ帰った。そして、きれいな服をぬいで、いぐさの服を着た。子牛はご飯の支度をしておいて、みんなが帰ってきたときには、ごちそうもできて、なにもかもきちんとしてあった。
三人の姉さんはいぐさのコートにこんなことを言うんだよ。
「あんたも、教会に来たきれいな人が見られるとよかったのにねえ。王子さまが一目見て、好きになってしまったんだよ」
「あしたはわたしも教会へ連れてってくださいな」
いぐさのコートはそう言った。昔は三日続けて教会へ行ったんだよ。でも姉さんたちは、
「あんたみたいに汚い娘が、教会へ行ってどうするのさ。あんたには台所仕事がお似合いだよ」って。
次の日、みんなはいぐさのコートをおいてきぼりにして出かけていった。いぐさのコートは子牛のところへ行った。すると、子牛は前と同じ言葉を言うように教えてくれて、それからきれいな服をくれた。
いぐさのコートが教会へいくと、まるで世界中がいぐさのコートを見て、このきれいな人はいったいどこから来たんだろうと思っているみたいだった。それで、王子はどうしたかっていうと、前よりもっといぐさのコートが好きになって、どこへ帰るか見張るように言いつけた。でも、いぐさのコートは誰にも見つからないで帰って来て、きれいな服をぬいで、いぐさの服を着ていた。子牛はごちそうをならべて、ご飯のしたくをしておいた。
その次の日、子牛はいぐさのコートに、前のよりきれいな服をくれた。いぐさのコートはそれを着て教会へ出かけていった。王子も来ていて、いぐさのコートを捕まえようと思って戸口に見張りをたてておいた。でも、いぐさのコートは見張りの頭の上を飛びこえた。その時きれいな繻子の上靴を落としてしまったんだ。それからみんなより先に帰って、いぐさの服を着た。子牛はなにもかも用意しておいた。
王子は、誰でも繻子の上靴を履けた人をお妃にするってお触れを出した。国中の女が履いてみた。三人の姉さんたちも試しにいったけど、誰も履けなかった。三人とも、みっともない大足だったんだ。鶏飼い女が娘のかかととつま先をちょんぎって、むりやり上靴を履かせたものだから、王子は娘と結婚することになった。約束は守らなければいけないからね。
娘を後ろに乗せて、馬で教会のところを通りかかると、鳥が歌を歌いだした。
切った足と、つめこんだ足が
王様のとなりに乗ってるよ
きれいな足と、かわいい足は
台所のすみっこにかくれてる
「あの鳥は何を歌ってるんだろう」
と王子が言うと、鶏飼い女は、
「でまかせを言ういやな鳥だこと。気にしちゃいけませんよ」
と言った。それでも、鳥は同じことをずっと歌っていた。
「きっと、上靴をまだ履いてみていない人がいるんだね」
「台所のすみっこにすわって、いぐさの服を着ているみっともない娘しかいませんよ」
みんなはそう言ったけど、王子はいぐさのコートに履かせてみることにした。
いぐさのコートが灰色の石のところへ走っていくと、赤い子牛は今までのよりもっともっときれいな服をくれた。そうして、いぐさのコートは王子の前に出ていった。すると、上靴が王子のポケットからとびだして、ぴったり足にはまったんだ。
王子といぐさのコートは結婚して、ずっと幸せに暮らしたんだよ。
(岩倉)
鍛冶屋の弟子
→解説
二人の泥棒があるとき絞首台のところへやってきた。一人がもう一人にこう言った。
「こいつのことはよく話に聞いてるが、どんな感じがするものか試してみようや。おれが首に縄をまいてみるから、おまえ、おれをぶらさげてくれよ。もういいと思ったら、にやっと笑って合図するからな、そしたら降ろしてくれ」
そういうわけで、片方がしばり首になってみた。縄がきつくなると、すごい顔で歯をむきだしたから、相棒は約束通り降ろしてくれた。
「どうだったね」
「思ったほど悪くなかったぞ。今度はおまえをしばり首にしてやるから、もういいと思ったら、口笛をふけよ」
それで、今度はもう片方がしばり首になって、やっぱり歯をむきだした。でも、口笛をふかなかったから、そのままにしておいた。相棒はそのうち待ちくたびれて、ぶらさがっているやつのポケットの中身を取って、さっさと行ってしまった。
キャンベル(聞き手)「……この話の続きを知ってますか」
マクロー(語り手)「いいや。でも鍛冶屋の弟子の話なら知ってるよ」
昔、エリンに一人の鍛冶屋がいた。鍛冶屋には弟子が一人いたが、こいつが泥棒の名人で、何だって盗むんだそうだ。鍛冶屋のお客にあるだんながいて、あるとき、そのだんなが馬に蹄鉄をつけに鍛冶屋のところにやってきた。鍛冶屋とだんなは仲がよかったから、いろいろ話を始めて、そのうち鍛冶屋が弟子の泥棒の腕前を自慢した。とうとう、弟子がそのだんなの馬を盗めるかどうか、賭けようといいだして、だんなは盗めないほうに五ポンド賭けた。
さて、だんなは帰って、下男たちに馬を見張らせた。鍛冶屋の弟子はウイスキーをびんで三本買って、夜になると、例のだんなの農場へ出かけていった。そして、ごみの中に大の字になって、があがあといびきをかいてよっぱらったふりをした。
見張りの一人が聞きつけて、様子を見に外へ出てきた。よっぱらいの体をさぐっているうちに、ポケットに入ったウイスキーのびんを見つけて、そいつを抜き取って仲間に知らせて、みんなですっかり空にした。
「別のポケットにもう一本入ってないか、調べてみようぜ」
そう言って、みんなで出ていって、よっぱらいをひっくり返して調べてみたが、弟子はあいかわらずの大いびきだ。見張りの男たちは二本目を見つけて、厩へ入っていった。
しばらくすると、中がずいぶん賑やかになってきた。そのうちまた外へ出てきて、弟子をひっくり返して、三本目のウイスキーをみつけた。そいつを飲んで、みんなすっかりよっぱらって寝てしまった。
弟子は起き上がって、馬を盗みだして、鍛冶屋へ帰って寝た。
朝になって、だんなが鍛冶屋へやってきた。すると馬が目の前にいるもんで、賭けた金は払わなければならなかった。すると弟子はこう言った。
「こんなのはたいしたことじゃないですよ。今度はだんなの娘さんを盗み出します。二十ポンド賭けましょう」
「よろしい。賭けよう」
「親方、おいらの代わりに二十ポンド出してください」
それで、鍛冶屋は二十ポンド出して、だんなも二十ポンド出して、賭けをすることになった。
娘を盗むのに期限はつけなかったから、だんなは帰って娘の部屋に見張りをつけて、一晩中出たり入ったりさせることにした。
弟子はいろんなところに旅をして、反対側の港町に行った。エリンでのことだからね。そこにしばらくいて、ある船の船長と友だちになった。そして、いろいろ話をしたあとで(語り手はそれも語った)、船長は鍛冶屋の弟子を助けてやることにした。弟子は女のかっこうをした。すると、船長はこう言った。
「妹を乗せているって言ってやるよ。船が着いて、そのだんなの家に呼ばれたら、せいぜいうまくやるんだな」
船は出発して、エリンを回ってだんなの家の方へやってきた。船長はだんなのところへ行って、インドから長い旅をしてきたことを話してきかせた。
他に誰か船に乗ってるのかとだんなが聞いたので、船長はこう言った。
「妹が一人乗っているんですが、具合がよくないんですよ」
「妹さんをこっちに呼びなさい。うちの娘の部屋で寝るといいでしょう」
それで船長の妹はやってきて、みんなで楽しく過ごして、それから床についた。
でも、船長の妹は眠れなくて、だんなの娘にこう言った。
「あの人たちはいったい何なの? 部屋の中を歩き回ったり、窓の前を行ったり来たりして」
「わたしを盗み出すって賭けをした悪者がいるの。その人がいつ来るかと思って、お父さんが心配しているのよ。あの人たちはわたしを守る見張りなの。お金が気になるんじゃないんだけど、その悪者は前に一度お父さんを負かしたから、お父さんはすごく怒ってるの」
「まあ。わたし、ずっと海の旅をしてきて、気分が悪いのよ。何だかいらいらして眠れそうもないわ。これじゃあ、全然眠れないわ。あの人たちを外に出してくれたら、本当にうれしいんだけど」
それで、とうとう、見張りの人たちを外に出したんだけど、それでも船長の妹は眠れなかった。そしてこう言った。
「インドで、暑くて困ったときは、夜、外を歩くことにしていたの。今夜もすこし散歩すれば眠れると思うんだけど。散歩につきあってもらえないかしら」
それで、だんなの娘も起きて、二人で散歩に出ていったんだ。そして、少し歩いたところで、鍛冶屋の弟子は娘を抱えて、鍛冶屋へ連れていってしまった。
次の朝、だんながやってきて、賭け金を払った。それから弟子はその娘と結婚したそうだよ。
キャンベル(聞き手)「弟子が盗んだものはそれで全部ですか」
マクロー(語り手)「とにかく、おれが聞いたのはこれで全部だね」
(岩倉)
リビンとロビンと
茶色のリーヴァイ
→解説
昔、三人の男が一つの農場に住んでいた。リビンとロビンと茶色のリーヴァイだ。三人は、三人とも仲がいいわけじゃあなかった。二人がリーヴァイを嫌っていたんでな。
ある時、リーヴァイの留守に、あとの二人は日ごろの恨みをはらそうと思って、リーヴァイの牛を一頭殺したんだ。リーヴァイは帰ってくると、死んだ牛の皮をはいで乾かした。それからポケットをふたつ作って縫いつけて、中にいろんな種類のお金を入れておいた。そして、その皮を持って、市の立つ町へ行った。誰か買う人がいないか、のんびりためしてみようと思ったのさ。
見ると、ひとりの男が、見たところ金持ちらしい様子をしているんだが、リーヴァイの方へやって来て、皮を買おうと値段をいった。でも、リーヴァイはそれじゃ安すぎると思った。で、「一緒に飲み屋へ入って、一杯やりましょうや」と言った。だんなも承知して、二人で飲み屋に入った。
リーヴァイが酒をたのんで、二人でそれを飲んだ。飲み代を払う時になると、リーヴァイは皮をステッキでポンとたたいて「払え、皮」と言った。すると、飲み代を払えるだけの金がとび出して床に落ちた。
「その皮はいつもそうやって金を払うのかい」と、だんなはきいた。
「そうですよ。飲み屋で何を飲んでも、皮が金を出すんです」
「私が買ってもそうするかな」
「もちろんですとも。おんなじですよ」
「それじゃ、百マークで買おう」
「それだけいただけるなら、だんなに売りましょう」
だんなは金を払って皮をもらった。そして、自分でもう一杯注文して二人で飲んだ。
「さっきみたいに皮をたたいてごらんなさい。そうすりゃ、さっきと同じに皮が金を払ってくれまさあ」
だんなが皮をたたいてみると、皮は本当に金を出した。
リーヴァイは皮をおいて帰った。だんなはいい買い物をしたと思って喜んで、もっと酒を注文した。そして、皮をたたいて、金を払えと言いつけたが、皮からはなにも出てこなかった。もう払わなくなったんだ。
リーヴァイは家へ帰った。次の日、リビンとロビンが家へやって来た。リーヴァイが皮を売ってもらった金を数えているところへ、二人が入ってきた。
「おい、リーヴァイ、その金どこでもうけたんだい」
「牛が一頭死んだんでな。皮をはいで町へ持っていったんだ。そいつを売って、この金をもうけたというわけさ。生皮は高い値段で売れるんだ」
二人は家へ帰って、めいめい牛を一頭殺して皮をはいで乾かした。それを持って町へ行って「生皮はいかがかね」って言いながら、行ったり来たりしていた。すると、何人か寄って来て、一枚で半クラウンとか一クラウンとか値をつけた。二人は、リーヴァイがもらったのと同じ値段でなけりゃ売らないことに決めていた。でも、そうはいかないってことがわかって、二人はしかたなく皮を持って帰った。
二人はリーヴァイの家へ行った。リーヴァイは二人と顔を合わせないように外へ出かけていた。だから、家には、ばあさん、ていうのはおふくろさんなんだけど、その他には誰もいなかった。二人はこうしたんだ。仕返しに、リーヴァイのおふくろさんを殺しちまったんだ。
リーヴァイが帰って来てみると、ばあさんが死んでいる。それで、経かたびらの代わりに普段着を着せて、死んだおふくろさんを連れて町へ出かけた。
町へ着くと、井戸をさがして、大きくて深いのをみつけた。それから、棒を二本持ってきて、それをつっかい棒にして、おふくろさんを井戸のそばに立たせておいた。
見ていると、ちょうど近くにある学校から、立派な様子の生徒が何人も出てくるところだった。リーヴァイは、いかにも偉い人の息子みたいな男の子に声をかけて、「井戸のところに立っているおばあさんに、もうそろそろ帰りたいから、こっちへ来るように言ってきてくれないか」と頼んだ。その子は、「いいよ」って、ばあさんのところへ行った。だけど、ばあさんは見向きもしない。それで、リーヴァイのところへもどって来て、「おばあさんは返事をしないよ」と言った。
「じゃあ、もう一回、大きい声ではっきり言ってやっておくれよ。息子が呼んでるからって言うんだよ」
子どもはもういっぺん、ばあさんのところへ行った。このおばあさん耳が遠いんだな、と思ったもんだから、大声でどなったのさ。それでも返事をしないから、ぐいっと押してみた。とたんにばあさんは井戸の中へまっさかさまだ。
リーヴァイは大声で番人を呼んだ。
「おふくろをおぼれ死にさせた子どもを捕まえてくれ」
すぐに役人がやってきて子どもを捕まえて牢屋に入れた。鐘を鳴らして、知らせが町じゅうに広がった。こういう子どもが、おばあさんを井戸でおぼれ死にさせて牢屋へ入れられた、とね。
その子どもというのが、なんと、市長の息子だったんだ。市長は、リーヴァイのところに来て、おふくろさんの命の代わりに、何をあげたら息子を許してもらえるか、ときいた。リーヴァイは、「大事なおふくろだから、とてもじゃないが、そんなことは」と返事した。
「お母さんがちゃんとしたお葬式をしてもらえるようにとりはかろう。それに、こんなふうに溺れ死になさったんだから、そのほかに五百マークさしあげよう」
「まあいいでしょう。だんなは立派な人なんだし、それで結構ですよ」
それで、リーヴァイは家へ帰った。
次の日、ふと見ると、あの二人が家のほうへやってくる。リーヴァイは、おふくろのかわりにもらった金を数えはじめた。
「おい、その金、どこでもらったんだい」
「おふくろが死んだんでね、町へ持って行って売ったんだ。死んだばあさんは高く売れるぞ。骨で粉を作るんだとさ」
「それじゃあ、おれたちもやってみよう」
ひとりは自分のおふくろはいなかったんだが、姑がいた。だから、めいめい、ばあさんを殺したってわけだ。
次の日、二人はばあさんを肩にかついで町へ行った。「死んだばあさんはいかが」って、大声でふれながら行ったり来たりしていると、町中のやくざ者やら犬やらが集まってきた。二人ともばあさんの足を肩にかついでいたんで、死体は背中にぶらんと下がっていた。大勢に取り囲まれそうになって、二人は一目散に逃げ出した。町の反対側へ抜けた時には、ばあさんの死体はあとかたもなくて、肩にかついだ足が残ってるだけだった。二人はそれを追ってきたやつらに投げつけて、命からがら逃げていった。
リーヴァイは、あの二人がまた痛い目にあわせに来るんだろうと思って、二人が帰ってくる頃に、女房と一緒に大宴会をやってやることにした。それで、ほんとにそうしたわけだ。テーブルいっぱいに食べ物や飲み物を広げて大盤振る舞いだ。それから、羊の腸に血を入れて、女房の首に巻きつけた。
「さてと。あの二人が来たら、もっと食い物を出せっておまえに言いつける。で、出し方が少なくなってきたら、おれは立ち上がってナイフを取って、おまえの首のとこの袋を突き刺して、床にそっと倒してやる。少ししたら角笛を吹く。そうすると、おまえは起き上がって体を洗って、もとのまんま、ぴんぴんしてるというわけさ」
さて、リビンとロビンがやってきた。
「やあ、入れよ。町へ行った帰りで腹がへってるだろう」
三人の前には、食べ物も飲み物も十二人前ぐらいあった。リーヴァイは、しょっちゅう、もっと出せ、もっと出せ、と女房に言いつけた。そのうち、立ち上がって、女房の首に巻いた袋にナイフを突き刺した。
「おい、リーヴァイ、おまえもばかなやつだが、なんでおかみさんを殺したりしたんだ」
「あんたたちは食事をしててくれ。おれは好きな時に女房を生き返らせるんだから」
二人はびっくりするやらこわくなるやら、食べ物がのどをとおらない。リーヴァイは立って角笛を取って吹いた。女房は起き上がって、ぶるんと身ぶるいした。
「さあ、これからはおとなしくして、おれが言うことに逆らうんじゃないぞ」
リビンとロビンは帰っていった。リーヴァイがやった不思議なことを見たら、とても一緒にいられなくなっちまったんだ。
「おれたちの女房だって、リーヴァイが食わせてくれたぐらいのごちそうを出してくれて当たり前っていうもんだ。そうしないんなら、リーヴァイがやったのと同じ目に合わせてやろう」
家へ帰るとすぐさま、二人は自分の女房に、「ごちそうを出せ、リーヴァイが出してくれたのよりも立派なのを作れ」と言いつけた。女房は二人とも言われたとおりにしたが、二人はおさまらない。もっとだ、もっとだ、とさいそくし続けた。
「まあ、リーヴァイに飲まされて、酔っぱらっちまったんだね。おまえさんたら、自分が何を言ってるかわかってないんだよ」
と、女房は言った。二人の男はすぐさま立ち上がって女房ののどをかき切った。女房はひっくりかえって、のどからどくどく血を出した。
それから、女房を生き返らせようと思って角笛を吹いた。今までずうっと吹いてたとしても、女房は生き返るわけないよな。生き返らないとわかると、二人は何がなんでもリーヴァイを捕まえようと思った。
二人が来るのを見て、リーヴァイはあわてて逃げ出した。二人は他のものはなんにも目に入らない。何がなんでもリーヴァイを殺してやろうと、追いかけた。
しばらく走っていくと、リーヴァイは、羊の群れを連れた男に出会った。
「あんたのプレードをとっておれの服を着るんだ。男が二人、あんたを殺しにこっちへ来るぞ。早く逃げろ。でないと、すぐにおだぶつだ」
男は言われた通りに逃げていった。二人はその後を追いかけていった。休みもしないで追いかけて、とうとうそいつをティ・アン・ロバンの黒くて深い沼に突き落とした。男は落ちて、二度と姿を見せなかった。二人は家へ帰っていった。
次の日、二人が外を見ると、リーヴァイがみごとな羊の群れの番をしている。二人は近くへ寄っていった。
「リーヴァイ、おまえには何をしてやっても、じゅうぶんってことがないんだな。おれたちはゆうべ、おまえをティ・アン・ロバンの沼にぶちこんでやったと思ったが」
「そこで羊を見つけたのさ。わからないかい」
「おれたちも沼へ入ったら、羊が見つかるかな」
「もちろんさ。おれがあんたたちを沼へ入れてやればだが」
リビンとロビンはすぐさま出かけ、リーヴァイはあとからついていった。沼のところにくると、二人は立ち止まった。リーヴァイは後ろから来て、二人を沼に突き落とした。
「羊がほしけりゃ、そこで釣りな」
リーヴァイは家へ帰って、農場を全部自分のものにした。
私はそこでみんなと別れた。
(岩倉)
おかみさんとベリーの木
→解説
昔、おかみさんが小さい家に一人きりで住んでいた。
ある日、家のなかを掃いていて、十二ペニーみつけた。この十二ペニーをどうしよう。おかみさんは考えて、市場で子やぎを買うことにした。それで市場へ行って、りっぱな子やぎを買ってきた。家に帰ってくる途中、橋の近くですてきなベリーの木をみつけた。おかみさんは子やぎにいった。
「子やぎよ、子やぎ。おうちで留守番しておくれ。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と子やぎはいった。
「おうちで留守番なんかしない。あんたがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
それで、おかみさんは犬のところへ行った。
「犬よ、犬。子やぎをかんどくれ。子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と犬は言った。
「子やぎをかんだりなんかしない。子やぎはぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは棒のところへいった。
「棒よ、棒。犬をぶっとくれ。犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と棒はいった。
「犬をぶったりなんかしない。犬はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは火のところへいった。
「火よ、火。棒をもやしとくれ。棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と火はいった。
「棒をもやしたりなんかしない。棒はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは水のところへいった。
「水よ、水。火を消しとくれ。火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と水はいった。
「火を消したりなんかしない。火はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは牛のところへいった。
「牛よ、牛。水をのんどくれ。水は火を消さないし、火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と牛はいった。
「水をのんだりなんかしない。水はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは斧のところへいった。
「斧よ、斧。牛を殺しとくれ。牛は水を飲まないし、水は火を消さないし、火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と斧はいった。
「牛を殺したりなんかしない。牛はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは鍛冶屋のところへいった。
「鍛冶屋よ、鍛冶屋。斧をといどくれ。斧は牛を殺さないし、牛は水を飲まないし、水は火を消さないし、火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と鍛冶屋はいった。
「斧をといだりなんかしない。斧はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは縄のところへいった。
「縄よ、縄。鍛冶屋を縛り首にしておくれ。鍛冶屋は斧をとがないし、斧は牛を殺さないし、牛は水を飲まないし、水は火を消さないし、火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と縄はいった。
「鍛冶屋を縛り首になんかしない。鍛冶屋はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんはねずみのところへいった。
「ねずみよ、ねずみ。縄を切っとくれ。縄は鍛冶屋を縛り首にしないし、鍛冶屋は斧をとがないし、斧は牛を殺さないし、牛は水を飲まないし、水は火を消さないし、火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」とねずみはいった。
「縄を切ったりなんかしない。縄はぼくをいじめないもの」
それで、おかみさんは猫のところへいった。
「猫よ、猫。ねずみを殺しとくれ。ねずみは縄を切らないし、縄は鍛冶屋を縛り首にしないし、鍛冶屋は斧をとがないし、斧は牛を殺さないし、牛は水を飲まないし、水は火を消さないし、火は棒をもやさないし、棒は犬をぶたないし、犬は子やぎをかまないし、子やぎはおうちで留守番しない。あたしがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで」
「いやだよ」と猫はいった。
「ねずみを殺したりなんかしない。ねずみはぼくをいじめないもの」
「殺しておくれよ。ミルクとパンをあげるから」
それで、猫はねずみにとびかかり、ねずみは縄にとびかかり、縄は鍛冶屋にとびかかり、鍛冶屋は斧にとびかかり、斧は牛にとびかかり、牛は水にとびかかり、水は火にとびかかり、火は棒にとびかかり、棒は犬にとびかかり、犬は子やぎにとびかかり、子やぎはおうちで留守番をした。おかみさんがすてきなベリーの実を全部つんでかえるまで。
(岩倉)
フランス
猫と仲間たち
→解説
ある日のことだよ。一人の男が、五匹の猫をみつけて家につれて帰ったんだけど、一匹逃げられちゃってね。つかまえられなかったんだ。
逃げた猫はしばらく走って、一羽のオンドリにあった。
「一緒にこないか」って猫がいうと、
「いいとも」ってオンドリが答えた。そして、仲よく旅をつづけたのさ。
しばらく行くと、犬にあったから、
「一緒にこないか」っていうと、
「いいとも」って答えた。
もっと行くと、道端にヒツジがいた。
「一緒にこないか」って誘うと、ヒツジも承知した。
それから、ヤギが一匹とロバが一頭仲間になって、みんなで旅をつづけたのさ。
ずんずん歩いていくと森について、日が暮れた。
「さて」と猫がいった。
「誰が一番はやく、あの大木にのぼれるかな」
みんなは競争したけど、もちろん猫が勝った。たちまち、てっぺんによじのぼると、あたりを見回していった。
「あっちのほうに明かりが見えるぞ。ちょっと遠いから、いそいで歩こう」
六匹の動物たちはまた歩いて、一軒の家をみつけた。そいつは、泥棒たちの棲家だったのさ。
「それじゃあ、こうしよう」と猫がいった。
「ロバは、この窓のちかくに立ってくれ。ヤギは、ロバの背にのって、ヒツジはヤギの背にのってくれ。犬はヒツジの背にのって、オンドリは犬の背にのって、みんなでこの窓から跳びこもう」
そこで、まず猫が窓から跳びこんで、つづいて五匹が跳びこんだから凄い音がした。
寝ていた泥棒たちは跳び起きて、
「なんだ、なんだ。どうしたんだ。様子をみて来ようじゃないか」
こういって一人の泥棒が偵察にやってくると、猫は暖炉の灰のなかに隠れている。オンドリは桶のなか、犬はパンの櫃(ひつ)のなか、ヒツジは扉のかげ、ヤギはベッドのなか、ロバは扉のむこうの堆肥のなかに隠れていた。
泥棒がやってきて、明かりをつけようとして暖炉に近づくと、猫が鋭い爪でひっかく。あわてて水を飲もうとして桶に手をつっこむと、オンドリが嘴でつっつく。扉のうしろに箒をさがしにいくと、ヒツジが蹴とばす。こわくなってベッドにもぐりこむと、ヤギの角が腹をつつく。パン櫃をあけると、犬がかみつく。やっとこさ、扉のむこうにはいだすと、背中をロバに蹴とばされる。
動物たちは、そうしておいて家の外に出た。
さて、その翌日。さんざんひどい目にあった泥棒は家をすてて、仲間といっしょに命からがら森を逃げ出した。
「おれが暖炉に近づくと、炭屋のやつが手鈎でおれの手をひっかいたのさ。そこで、水を飲もうとすると、靴屋がいて縫針でつっつく。扉のうしろに行くと、大工のやつが金槌でひっぱたく。ベッドにころがりこむと、こんどは悪魔が腹に頭突きをくれる。パン櫃をあけると、パン屋が釜つかみ手袋で手をねじりあげる。やっとこさ扉をはいだすと、大きな熊がいて背中をおもいきりどやされた」
というのが、泥棒が仲間にした話さ。わたし(語り手)は、泥棒のうしろを歩きながら話を聞いてたんだけど、いそいで家に逃げて帰ったのさ。
(樋口)
七つ頭の獣
→解説
語り手……クリック!
聞き手……クラック!
語り手……語れば語るほど
嘘をつくことになるかもしれん
本当のことをいうために
お金をもらってるわけじゃなし
昔、ひとりの男とひとりの女が夫婦になって暮していた。そんなにらくではなかったが、男が魚をとり、女がそれを売って暮らしてたとさ。ある日のこと、釣りに出た男は、池に網をはった。しばらくしてひきあげてみると、みごとな魚がかかっているではないか。
「こりゃでっかい獲物だわい」
すると魚が口をきいてこういった。
「このまま生かしといてくれれば、ひと財産みつかるところを教えよう。なんでもほしいものを手に入れるがいい。だけど秘密だからな、だれにもいってはいけない。おかみさんにもね」
よし、というわけで、つぎの日、魚に教わった家へいってみた。するとあるわあるわ、金銀に、洋服、この世のお宝がなんでもあった。かつげるだけかついでわが家にもどると、荷物をおいて、またひきかえす。もう何日でも、たとえ千日でも暮らしていける物があったし、そいつをみんな運ぶにゃ、いったい何日かかることやら。男はもうどうしたらいいのかわからなくなった。
「お前さん、こんなお宝を、いったいぜんたいどこからもってくるんだい。わたしにゃさっぱりわからないよ」とかみさんはいった。
じゅうぶん財産がたまったころ、男はかみさんにすっかりうちあけた。そして宝のあった場所にもどったら、もうなんにもない。しかたがないな。ショックをうけて、アメリカヘいくことにしたんだと。大きな海外旅行をして、えらく費用がかかったそうな。二週間か一月の旅に出るんで、馬と犬の世話に使用人をひとり残していったそうな。ほかに家畜はいなかったからね。
旅行で、すっかりお金を使っちまって、また漁にいくことになった。網をもって、男は、あの魚のいた池へとでかけた。またあの大きな魚が網にかかった。男は魚にいった。
「お前を釣りあげたりはしないぜ。あんなによくしてくれたからな」
すると魚が答えた。
「いや、わたしを持ちかえって食べなくてはいけない。食べかたを教えよう」
頭は雌犬にくれてやり
はらわたは雌馬にくれてやり
残りはよぉく洗い
おかみさんと二人で食べるんだ
そこで魚を持ちかえり、教わったとおりにした。一年たつと、
雌馬は二頭のよく似た子馬を産み
雌犬は二ひきのよく似た子犬を産み
夫婦のあいだにはよく似た双子が生まれた
家のそばにはよく似た様子の井戸が二つあり
なかに二本の剣があった
ほらみんな揃ったよ! (聞き手のあいだで笑い声が起こった)
双子はどんどん大きくなった。
一日たつとふたりは一歳になったようで
二日たつと二歳になり
三日たつと三歳になったようだった
すぐに学校へいくようになった。もの覚えがよくて、ほかの子が十年かかるところを、一日で覚えてしまった。一週間もすると、先生よりものしりになった。父親は一月分の月謝を払ってあった。でも先生はいったそうだ。もう学校へくることはない、ってね、先生とおなじだけ知ってるから、もう教えることはないって。双子は、学校へいくかわりに、石切り場へいって剣術ごっこをしていた。子どもらがいったいどこへいくのかと、いぶかった父親は、先生に会いにいった。
「先生、月謝を払いにきました」
「おたくのお子さんたちは、もうだいぶ前から学校にきてはいませんよ」
「そりゃまたどういうわけで、いったいあいつらはどこへいってるんでしょう」
すると先生はいった。
「お父さん、あの子たちの邪魔をしてはいけません。なにもいわないでください。いいですか、やりかたを教えましょう。気づかれぬようにして、朝でかけるところをつけてみるのです」
つぎの朝、二人兄弟は学校へ向かった。父親は、姿をみられないように、遠くから二人のあとをつけていった。とつぜん二人がみえなくなる。二人の消えた場所へいってみると、そこは長さ五十メートルもある大きな石切り場だった。子どもたちはと見れば、裸になって、剣をふりまわして戦っているではないか。
父親は先生のところへいった。
「子どもたちを見にきてくださいよ。情けないことになっちまって、石切り場で剣をふりまわしてるんですからね」
しかし先生はいった。
「お父さん、いく必要はありませんな。どうすることもできんのですわ。この世のだれも、あの子たちを止められはしません。二人はだれよりも強い勝利者になるでしょう」
兄弟が家にもどると、父親はいった。
「お前たち、もう学校へいってないそうじゃないか。毎朝でかけるのはどういうわけだ。いったいどこへでかけてるんだ」
兄弟のひとりは、これは厄介なことになったと思った。それである日、もうひとりに向かっていった。
「ぼくはこれからフランス一周の旅に出る。手紙を書くことはないが、ぼくの便りを知る方法を教えとこう」
弟よ、それがきみの井戸で、これがぼくのだ
ぼくの井戸の水をよく見るんだ
毎朝見るんだ
お昼にも見るんだ
毎晩見るんだ
見たくなればいつでも見るんだ
水が澄んでりゃぼくは元気だ
水が濁りゃぼくは病気だ
水が赤くなりゃぼくは死んでる
こうして馬に乗り、犬を連れ、剣をもって兄はフランス一周に旅立っていった。途中でライオンにあうと、
「あんたと一緒にいく方法はないかね」と頼まれた。
「お前をどうすりゃいいんだ、そんなにでっかい図体してさ。馬がつぶれちゃうよ」
「そんなこといわずに連れてっておくれ、きっといつか役にたつから」
「じゃあうしろに乗りな、さあいこう」
しばらくいくと、めんどりを食ってる狐にあった。狐も一緒に連れてってくれと頼んだ。
「お前もか、小さいの、どうしろっていうんだ。なんの役にもたちそうにないなあ」
「きっとお役にたちますから、どうか連れてってください」
「じゃあうしろに乗りな、さあいこう」
きょう歩いて
あした歩いて
げんこつにぎって歩いて
しまいにゃたくさんの道のりをいった
日暮れどきに大きな町についたと。そしたら町じゅうが通夜みたいでな、戸口にも、窓にも、いたるところ黒い布がたれていたそうな。若者は宿の戸をたたいていった。
「今夜ぼくと連れの動物たちを泊めてもらえませんか」
「ああいいとも、あんたのほうはね、部屋を用意しますよ。でも、動物たちは、馬小屋に入れとくれ」
動物たちは離れた馬小屋に連れていかれ、若者は部屋に案内された。夕食のとき、ここはなんという町かと聞くと、
「お客さんは、パリにいなさるんですよ」という返事だった。
「おかしいな、学校では、パリはフランスで一番美しい町だと教わったのに、いままで見たなかで一番悲しい町じゃないか。どこもかしこも黒幕だらけだ。いったいどうなってるの、なぜみんな悲しんでいるんですか」
「それじゃご存じないんですね。パリでは毎年フランスの王さまが、若い娘にくじをひかせるんです。七つ頭の獣に、だれが食われるかをきめるのにね。あした食われるくじをひいたのは、王女さまなんですよ。王さまは王女さまの死をいたんで、町じゅうに喪中のお触れを出されたんです」
若者はかさねて聞いた。
「王女さまは、どこで七つ頭の獣に食われることになっているのか、どうかぼくにその場所を教えてくれませんか」
「いいでしょう、教えましょう、ブーローニュの森だそうです」
若者はなにもいわず寝にいった。
つぎの朝、食事がすむと若者は馬に乗り、動物たちをひきつれて、ブーローニュの森へと向かった。森の手前で王女にあった。
「失礼ですが、ぼくのうしろに乗りませんか」
「いいえ、これから七つ頭の獣に食われにいくところですから」
「とにかくお乗りなさい」
王女はためらっていた。若者は、王女を抱えて馬に乗せ、ライオンや狐のそばにすわらせた。
そして七つ頭の獣のいる森の奥へとすすんでいった。若者が馬の背にたくさん乗せてやってくるのを見ると、獣は叫んだ。
「軽い食事のつもりが、こりゃ大宴会だわい」
動物たち全部と王女だもの、食べものがいっぱいなわけだ。一、二、三、四、五、獣が数えていると若者は答えた。
「さあどうかな、いまにわかるぞ。それまではひと仕事だ」
そこで戦いが始まった。若者は、馬にまたがったまま、剣をふりまわした。ほらこんなぐあいにね。そして打って打って打ちまくった。頭を一つ切り落とし、二つめも落とした。しかし、獣には、特別の成分のようなものがあってよ、なんちゅうか、糊の入ったたらいみたいなもんがそばにあってな、そん中に身をかがめると、まるでなにもなかったごとく、すぐに頭がもとどおりについてしまう。
けれども、戦いを続ければ続けるほど、獣はだんだんと衰えて、とうとう停戦を申し込んだのさ。若者はすこしも疲れてなかったから、
「停戦なんてだめだ。命のあるかぎり戦え!」と叫んだのさ。
また戦いがはじまった。打った、打った。いくつも獣の頭を投げだしたがな、すぐにもとどおりにくっついちまうんだ。獣がまた休みたい、改めてやり直したいといったとき、さすがに若者も弱っていたので、こういった。
「よかろう、停戦だ、だがあしたもういちど戦うからな。こんどは容赦しないぞ。お前がぼくを殺すか、ぼくがお前を殺すか二つに一つだ」
「わかった、あすだな」
そういうわけで、みんなはもどった。森から出るまえに、王女は馬をおりた。若者を宮殿に連れていこうとしたが、若者は応じないで、こういった。
「王女さま、だれにもいわないでください、きょうあったことは、決してだれにもしゃべってはいけません。あすの朝、きょうとおなじ森の小道でお会いしましょう」
その晩若者は、前の晩とおなじ宿にもどった。動物たちを馬小屋にいれて鍵をかけ、部屋にはいって寝た。
つぎの朝、食事を終えると、馬に乗り、動物たちを連れて、またブーローニュの森へでかけた。森へ入ると、年とった魔女に出会いこう聞かれた。
「どこへいくのかね」
「王さまの娘を救うためにいくんですよ。きのう、七つ頭の獣に食われるはずだったが、ぼくが獣をやっつけたんだ。戦いは途中までで、まだ終わっていないんです」
すると魔女がいった。
「お前さんには、とても獣は殺せやしないよ。秘密があるのさ、それを知らなきゃ、けっしてうまくはいかない。まんなかの頭だよ、四番めのを打たなけりゃ、なにしてもだめだ。四番めの頭を落としたら、すぐ動物たちに、『主人を守れ』というんだ。動物たちが獣より先に、その頭をくわえて噛みつけば、獣を殺すことができるのさ」
さて、森の道に王女がいた。こんどは二度くりかえしお乗りなさいというまでもなく、王女はすぐ馬に乗った。たちまち、獣が激(はげ)しい勢いで、あたりの木をみんなへし折りながら、近づいてきた。若者は剣をふりまわし、打って打って、さんざん打ちまくった。戦いに戦って、三番めの頭をきり落とし、二番めの頭を落とし、一番めも五番めも落としたが、どうしても四番めの頭に剣がとどかない。
力をふりしぼってふたたび攻撃をくわえる。とうとう獣がいった。
「停戦にしてくれ」
「きのういったはずだ。きょうは停戦しないぞ。そのままくたばれ」
さらに攻撃を続けた。四番めの頭は、なかなかうまくいかない。
「なんててごわいんだ、あいつめ」
もう一度反撃をくわえる。いままでよりいっそう激しく剣をふりまわし、何度もくりかえすうちに、とうとうすべての頭を打ちおとすことができた。でかしたぞ。ただちに動物たちにいった。
「主人を守れ!」
動物たちは獣の頭にとびついて、口ぐちに噛みついた。若者は、とうとう七つ頭の獣を退治した。
獣が死ぬと、若者は、王女にハンカチはないかとたずねた。王女がポケットからとりだしたハンカチで、若者は獣の七枚の舌を包んだ。ひとつの頭に一枚ずつの舌があったからね。王女は若者に結婚の誓いをしてあった。
「わたしを救ってくださったのですから、結婚の誓いをはたさなくてはなりません」
王女はそういって、若者をすぐに宮殿に連れていこうとした。しかし若者はいった。
「いますぐに結婚はできません。ぼくはフランス一周の旅に出ます。一年と一日たったら、パリにもどってあなたと結婚します。でも、だれにもそのことをいってはいけません、いま見たこともなにもいってはいけません」
「わかったわ」
そこで若者と動物たちは、フランス一周に出かけることになり、出発した。
王女は帰り道で、炭の袋を肩にかついだ炭焼きに出会った。王女を見てびっくりした炭焼きはいった。
「あんれ、まだこんなとこにおいでたのか。二日まえに七つ頭の獣に食われちまったんではなかったんかね」
「馬に乗った人が救ってくれたのよ。その人が七つ頭の獣を殺したのよ」
「獣を殺したって。それなら、どこに獣がいるのかわしにいうんだ。いわなきゃ、すぐにお前を殺しちまうぞ」
恐ろしくなった王女は、炭焼きを獣の横たわっている場所へ案内した。炭焼きは七つの頭をひろいあつめると、炭の袋へしまって王女にいった。
「さあ、一緒にお城へいくんだ」
フランス王の宮殿につくと、炭焼きは王さまにいった。
「もうパリの町では、若い娘が殺されることはありません。陛下、王女さまをお救いしたのはわたしです。わたしが七つ頭の獣をやっつけました。それは本当のことです。ごらんください。ここに七つの頭があります」
王さまはいった。
「お前がわたしの娘を救ってくれたのなら、お前は娘と結婚する資格があるな」
しかし、王女はいった。
「一年と一日たつまでは、結婚したくありません」
そこで王さまは炭焼きにいった。
「いまから一年間、城に住むがいい。なにもしなくてよい。結婚式は、一年と一日後におこなうとしよう」
「承知しました」
さて、話のなかでは、一年と一日はすぐに過ぎるからね。ほら、もうじき一年と一日がたつころになった。
若者は「パリへいかなけりゃ」と考えた。
そして若者はパリの町へ現れた。パリはもう喪中ではなかった。通りという通りは、どの窓も、リボンやレースや旗で飾られていた。王女の結婚式のため、できるだけパリの町を飾るよう、王さまが命じたのだった。
若者はまっすぐ前とおなじ宿にいくと、戸をたたいた。
「ぼくと動物たちを泊めてくれませんか」
「いいですよ」
動物たちは離れた馬小屋へ連れていった。夕食のあとで、若者はたずねた。
「ちょうど一年まえにここへ来たことがあるんです。ずいぶん変わりましたね。いったいどういうわけなんです。一年まえ、あんなに悲しそうだったパリの町が、きょうはまたやけに陽気で、あっちでもこっちでも入り口や窓にのぼりや旗が飾ってあるというのは」
「ご存じないんですか。あすは王女さまの結婚式ですよ。炭焼きの男が王女さまを救ったので、あした王女さまと結婚するんです」
「そうですか、それじゃ資格があるわけだ。王女さまを救ったのは炭焼きの男ですか」
王さまは、婚礼のご馳走のために、子牛や羊や牛など、いろいろな種類の動物をたくさん殺させてあった。若者はライオンに命じた。
「いけ、大きなライオンよ、いって一頭でも二頭でもすきなだけの牛を背中にかついでこい」
ライオンは走っていき、四頭の牛をもちかえった。
「さらに別の四頭もかついでこい。そのあとでもういっぺん四頭運んできてけりをつけてしまえ」
とうとうライオンは牛をすっかり運んできてしまった。
こんどは狐にいった。
「さあお前は行ってぶどう酒をとってこい、十樽ほどな」
つぎに若者は犬に向かっていった。
「お前は王女さまに会いにいくんだ、首にとびつくんだぞ。すばらしいシャンペンを一びんくださるからな」王女は犬をおぼえていたものね。
犬はとんでいった。王女は犬をおぼえていて、シャンペンを一びんもたせてくれた。
宴会に用意したものが、みんなどこかへ運ばれてしまうので、王さまは軍隊を動員することにした。竜騎兵の連隊長が町じゅうの宿屋にあたり、旅籠にあたって聞きまわった。
「恐ろしい動物をつれた泊まり客はおらんかな。王さまの食糧をみんな運んでしまったやつらだ」
「いいえ、おりません、わたしどもには」
若者が泊まっている宿へくると、連隊長はたずねた。
「恐ろしい動物を連れた泊まり客はおらんかな。王さまの宮殿を荒らしまわって、食糧をみんなかっぱらったやつらだ」
「はい、そのような人ならうちに泊まっています」
「呼んできてくれんか」
「はい、はい」
宿の主人は若者にいった。
「竜騎兵の連隊長さんが下にきて、王さまの命令だからすぐおりてくるように、といってますよ」
「自分のほうからあがってこい、そういってくれ」
連隊長は部屋まであがってきて、ノックしないでなかへはいった。
「恐ろしい動物を連れているのはお前か」
「そうだ、わたしだ」
そういうなり若者は剣をとって連隊長を殺した。
つぎに隊長が部屋にはいってきた。これもおなじようにやっつけた。そしてつぎつぎにやってくる兵隊をみんな殺した。それから部屋のドアをあけると若者は叫んだ。
「おい指揮官、もどって王さまにいうんだ。話があれば自分で会いにおいで、とね。軍隊をよこしたりしたら、みな殺しにするぞ」
王さまも怖かったのさ、ほかの者たちのように殺されるのをね。部屋のまえへくると、ノックした。
「お入り」
「わたしの宮殿に動物たちをよこしてかっぱらいをさせたのはあんたかな」
「そのとおり、わたしがやったんだ。わたしの動物たちが損害をかけたといっても、それはあいつらがかせぎとったのだ」
「なんと、かせぎとったといわれるのか」
「そうだ、かせぎとったのさ。七つ頭の獣は、あの動物たちのたすけをかりて殺したのだからな。あなたの娘を救ったのはこのわたしなんだ」
すると王さまはいった。
「いや炭焼きだ。一年まえから城にいる炭焼きの男だ。獣の七つの頭を袋にいれてもっているからな。たしかな証拠があるぞ」
「たしかに頭はもっているかもしれないが、七枚の舌はないはずだ。七つの頭に舌がついているかどうか調べて、すぐに返事をいただこう」
城へひきかえした王さまは、獣の頭を運ばせ、一番め、二番め、三番め、と全部の頭を調べてみたが、どれにも舌はついていなかった。
「七つの頭をぜんぶ調べてみたが、舌はなかった」
「それじゃ、お見せしよう」
ハンカチを開くと舌がでてきた。ハンカチには王さまの名と王女の名の縫い取りがあった。
「こういうことなら、悪い奴はこらしめねばならない。さあ、一緒に城へきなさい。娘と結婚するのはあんたのほうだ」
二人は城へもどった。王さまは兵隊を集めると命じた。
「たきぎを山積みにしろ。その上に炭焼きをのせて四すみに火をつけるんだ」
たきぎが燃え、炭焼きは火あぶりになった。婚礼の支度がととのえられ、つぎの日に結婚式がおこなわれた。
ところで、若者の弟はどうしているかというと、結婚式の日に井戸の水を見にいったんだって。その日は、いままでになく水がきれいに澄んでいたそうな。それで弟はこう思ったんだと。
「きょうは兄きの一番いい日にちがいない。きっときょう結婚したんだ」
婚礼は無事おわった。それから何日かたって、若者が狩りにでかけようとすると、妻がいった。
「けっしてお父さまの森へ狩りにいってはだめよ、あそこへいった人はみんな死んでしまうのだから」
王さまの森には、もう一頭べつの怪獣がいたんだ。
婚礼のあと、ライオンも狐もどこかへいってしまった。
だからつぎの日の朝、若者は黙って馬と犬だけを連れて、王さまの森へ狩りにいった。森の道のなかほどまでいくと、たちまち大きな怪獣が現れて、あっというまに若者を殺し、馬を殺し、犬を殺し、みんな細切れにしてそばの車置き場に吊してしまった。
若者が死ぬと、井戸の水はたちまち真っ赤になった。弟はそれを見て思った。
「きのうはあんなにきれいな水だったのに。兄きの最良の日だったんだな。そしてきょうは死んでる。死んだにせよ、生きているにせよ、探しにいかなくては」
兄さんの馬によく似た馬に乗り、兄さんの犬によく似た犬を連れ、兄さんのによく似た剣をもって、兄さんの服とおなじように仕立てられた服を着たので、どっちがどっちか見わけがつかなくなった。そして出発した。
きょう歩き
あしたも歩き
いけばいくほど
道がはかどる
王さまの城につくと、王女が門の前にいて、こういった。
「まあ、お帰りなさい、いま帰られたの」
「ああ、帰ったよ」
弟は馬を小屋につなぐと、兄になりすまして夕食をとり、寝室にはいった。寝るときになると、義理の姉の王女と自分との間に剣を置いた。王女は機嫌が悪く、こういった。
「森へいっては駄目といったのに。殺されるからって」
「そうか、兄きは森で殺されたにちがいないな。あすいってみよう」弟は思った。
つぎの朝、食事をおえると、馬に乗り、犬を連れて兄さんの義理の父の森へとでかけた。
森の小道で年とった魔女に出会った。
「どこへいくのかね」
「兄きを探しにいくんですよ。死んでるにせよ、生きてるにせよね」
「お前の兄さんは、ここから遠くない場所で死んでるよ、お前もおなじようにして殺されるよ。いいかい、獣を殺すにはだね、いまからやりかたを教えるからその通りにするんだ。獣は切り落とされた頭を、もとどおりにくっつける力をもっている。でも、もしお前が、五メートル離れたところの犬に頭を投げてやり、犬が獣より先に頭をくわえてしまえばしめたもんさ」
「はい、わかりました」
そこで弟はさきへすすんだ。獣に出会うと、獣はいった。
「どこへいくんだ、うじ虫め、食ってやるぞ」
「いまにみてろ」
弟はそう答えると、剣をとって獣の頭を切り落とした。そしてすぐ、犬にいった。
「主人を守れ」
犬がとびついて頭をくわえたので、獣は死んだ。馬からおりて車置き場へいってみると、いったいなにがあったとおもう?
「人間の肉だ。兄きのだ。獣のするようにやってみたらどうかな。きれはしを集めてくっつけてみよう」
兄のからだのきれはしをくっつけて、弟はいった。
「さあ、立ち上がれ」
兄さんは目をこすりはじめ、目をあけるとさけんだ。
「やあ、お前か」
「そうだよ、兄さんの馬や犬がどんな様子かみてごらんよ。兄さんもあんなふうに細切れだったんだ。兄さんを生きかえらせたように、馬や犬も生きかえらせよう」
弟は、馬をくっつけ、犬をくっつけた。みんなもとのようになった。すると兄はたずねた。
「どうやってぼくを救うことができたのかい」
「兄さんにいわれたとおり、井戸をのぞいたのさ。水が赤くなったので、兄さんが死んだと思ったんだ」
「どうやって、ぼくのいるところがわかったのかい」
「兄さんの嫁さんと寝たんだよ」
「ぼくの妻と寝たのか」
剣をとりあげると、兄は弟をまっぷたつに切り、弟の馬と犬もおなじようにした。それから自分の馬と犬を連れ、兄はいってしまった。
その晩のことだ、ベッドにはいったとき、兄は自分の妻との間に剣を置かなかったんだ。自分の嫁さんだもの。すると朝起きるときに、
「前の晩のあなたはとっても怖かったわ」と妻がいった。
「どうして」
「どうしてって、わたしたちの間に剣を置いたでしょ、ふつうじゃないんですもの」
それで兄は思った。「弟は、妻に触れたくなかったのだ。だからふたりの間に剣を置いたんだ。あいつを殺したのは間違いだった。行って生きかえらせてみよう。あいつがぼくを生きかえらせてくれたように」
食事がすむと、馬に乗り、犬を連れてまっすぐ森へむかった。
弟を殺した場所へつく。馬をおり、そこにあった糊をとって弟を生きかえらせる。ほら、弟は生きかえった。
馬にもおなじようにする、ほら、馬は生きかえった。
犬にもおなじようにする、ほら、犬は生きかえった。
二人してまったくおなじような馬に乗り、おなじような犬を連れ、城へもどった。まったく似た二人だった。
城へつくと、兄がいった。
「弟よ、ぼくらと一緒に死ぬまでここにいたらどうだ」
話はおしまい
もし死んでなきゃ
二人はいまでも生きてるよ
(新倉)
ジャックじいさん
→解説
むかしむかし六人の妻を持ち、その六人とも殺してしまった男がいました。男は七人目の妻をもらうと旅に出て、お城のいろんな鍵を妻にわたして行きました。
「いいかいお前、この小さな鍵があるだろう。これはこの部屋の鍵だよ。けれども決してここに入ってはいけない。入ったらおしまいだよ」
夫が出発すると、妻は扉をあけました。するとそこにはあの六人の妻たちが花嫁衣裳をつけてぶらさがっていたのです。妻はとてもおどろいて、夫が首を切った血だまりへ鍵を落してしまいました。
扉をとじると何度も鍵を拭きましたが、その血はとれません。
けれどもあちこちお城の部屋を見ているうちに、塔のてっぺんにつきました。そしてそこには青ひげに閉じこめられた一人のおじいさんがいたのです。
「ここで何をしているの、おじいさん」
「わたしは、ジャックじいさんだ。青ひげが、ずうっと前からわたしをここに閉じこめているんだよ」
(ほかの妻たちは、いままで一度も塔にのぼらなかったのです)
青ひげの妻は、おじいさんに自分の食べ物をはこんできてあげました。ジャックじいさんは、青ひげがおじいさんをこの塔に閉じこめたのは、お城にだれかやって来たとき、それを知らせるためだとおしえてくれました。妻は、自分に何がおこったか話しました。
「夫は、わたしに小さな部屋に入ってはいけないよと言ったんです……」
そして鍵をぬぐいました。
「ああかわいそうに! なんてことをしたんだ! あの女(ひと)たちとおんなじことになっちまう……」
「ああ」
「青ひげは、六人の奥さんを殺しちまった」とおじいさんは言いました。「殺すまえに足のしたになんか通して、笑わせて、それから痛いめにあわせたんだ」
その女の人には、いつも家族と行き来している一匹の小さな犬がいました。そこでその犬の口へ手紙を一ついれて、兄さんたちのところへ走らせました。手紙にはこう書いてありました。
「お兄さん方、すぐ来てください。夫がわたしを殺そうとしているのです」
青ひげは、旅から帰ると妻にこう言いました。
「わたしのあげた鍵をもっておいで」
そして小さな鍵が血にそまっているのをみると、
「お前はわたしにそむいたね。お前は、お前のみたあの連中と同じようになるんだ。さあ部屋にのぼって着ておいで、お前の花嫁衣裳を。そしておりてくるんだよ!」
小さな犬は風のように走りました。そのあいだお化粧をして、夫をまたせておいたのです。
「もう用意はできたかい、奥さん」
「いまレースのペチコートをきて、きれいな靴をはいているところよ」
「ジャックじいさん、まだなんにもこないの」
「いいや、なんにも見えないよ」
そのあいだに、青ひげは刀をとぎました。
「とんがれ刀、ピンといけ、きれいな娘の首をきるために」
「もう用意はできたかい、奥さん」
「まだよ、コルセットとオレンジの冠をつけているのよ」
「ジャックじいさん、まだなんにもこないの」
「来たとも、兄さんたちが馬にのって風のように走ってくるよ」
「もう待ちきれないよ、奥さん」と青ひげは言いました。「早くしておくれ!」
「あとは帽子をかぶって、レースのハンカチを持つだけよ」
「ジャックじいさん、まだなんにも来ないの」
「兄さんたちが着きましたよ、奥さん」
「はあい、用意ができました」
青ひげは刀をもって、妻の首を切りにやってきました。でもちょうどその時、兄さんたちがやってきて、青ひげの首をきりました。
そこで女の人は兄さんたちに、塔の上にジャックじいさんが閉じこめられていると言いました。兄さんたちは、ジャックじいさんを助け出し、一緒にお城にすむことになりましたとさ。
(樋口)
迷いっ子
→解説
昔むかし、ガルジャックという村に、夫婦もんがいたんだって。旦那はジャック、女房はトワノンという名前だった。二人とも、欲が深かったって。特に女房は、欲深くって、欲深くって、たまごだって刈り込もうってほどだったんだよ。
そこには二人、子どもがいたって。男の子と女の子で、親たちの欲深で、うんと苦労していたって。だけど、気立てのよい仲良し兄妹で、ちっとも不平を言うこともなかったそうだよ。
男の子は十二歳で、ジャンという名だった。女の子は兄ちゃんより少しだけ小さい妹で、ジャネットという名だったって。
親のジャックとトワノンは、子どもに金がかかるって思って、森の中に迷(まよ)い子にしてしまおうって、決めた。おっ母さんは、旦那に言った。
「森の中に連れて行って、枯れ枝を集めなって、言ってやるよ。子どもたちが仕事に夢中になってるすきに、二人を置き去りにしちゃう。夜になれば、狼が出て食べるから、私らは子どもがいなくなって、せいせいするよ」
次の日、夜が明けだすと、おっ母さんはジャンとジャネットに、起きなって言った。そして森に連れて行って、枯れ枝を集めなって言いつけた。子どもが一心に集めてると、すきを見て、こっそり逃げた。ジャンとジャネットは、二人きりなのに気づくと、「おっ母さん!」って、大声で呼んだ。だけど答えがあるはずもない。そこで、シクンシクン、泣いた。でも、そうしてばかりもいられない。帰り道を探した。だけど、どうしても森から出ていけなかったって。
ジャネットは兄ちゃんに言った。
「兄ちゃん、ひとつ、木のてっぺんに登ってみたらどうだろう。もしかしたら、家が見えるかしれない」
そう言うもんで、ジャンは、木にとりついて、登りはじめた。まん中まできたら、妹が叫ぶんだ。
「兄ちゃん、おうい、何か見えるかよう」
「いや、だめだ、森の枝がじゃまして、なんにも見えない」
「もう少し、高く登ってみろ。そしたら家が見えるかしれない」
そう言うんで、ズンズン登って、最後の枝の所まできちゃった。
「兄ちゃん、何か見えるかよう」
「おおい、見えたぞ。遠くに、二軒の家が見える。ひとつは白くて、もうひとつは赤い家だ。どっちのほうに行ってみようか」
「赤いほうにしよう。そっちのほうがきれいだから」
そこでジャンは木からおりて、子どもたちは赤い家のほうに行ったって。戸をトントンたたくと、大きくてがっちりした、男みたいな女の人が出てきた。
「だれだい」って聞くんで、
「森の中に迷った子どもたちだよ。狼がこわいんだよ」って答えた。
そしたら、「お入り」って女の人は言うんだ。
「だけど、音をたてちゃいけないよ。うちの亭主は悪党だから、お前たちを食べちゃうかもしれないんだよ」
そして、なんとかうまく隠してくれた。だけど、亭主は悪魔で、キリスト信者の臭いがするって、子どもたちを見つけちゃった。子どもを拾ったと言わなかったから、女房のことまでぶった。それからジャンをむんずとつかんだが、よく見ると、か細くてやせた子どもじゃないか。そこで、太らせてから食おうって決めた。
ジャンは、小さい豚小屋に閉じ込められた。ジャネットのほうは、家の召し使いにされて、ジャンに食べ物を運んだ。悪魔は太ってて、小さい豚小屋には入れない。
何日かたつと、ジャンはもう太ったか、小指を切ってきて見せろって、悪魔がジャネットに言う。ジャネットはねずみをつかまえて、しっぽの先をちょんと切って、これが兄ちゃんの指だって、悪魔に見せた。
「ちぇっ、まだまだやせっぽちだ」と悪魔は言った。
何日かたつと、ジャンにたっぷり脂がのったかどうか、小指を切って見せろって、また言う。ジャネットは、この前みたいに、ねずみをつかまえて、しっぽの先をちょんと切って見せた。そしたら、まだまだやせっぽちだって。
三度めに、悪魔はまた指の先を見せろって言いだした。ジャネットはねずみのしっぽを見せたけど、今度は見つかっちゃった。悪魔は豚小屋に手の先を入れて、ジャンをつまみ出した。見ると、もう十分に太っているんだと。そこで、ジャンの血を抜いて殺そうと、木馬を用意した。そうしておいて、ジャンを見張ってろ、特にジャネットは油断がならない。気をつけろって、女房に言いつけて、散歩に出かけたって。
悪魔の女房は酒を飲んで、よっぱらって、グーグー寝ちゃった。そのすきに、ジャネットは豚小屋の戸を開けて、ジャンを出してやった。それから、どうやって木馬にジャンを縛りつけるのか、わからないふりをした。
「お前は馬鹿かい?」と女房は言って、「ほうれ、こうするのさ」と、自分で木馬に乗ってみせた。すかさず、ジャンは女房を縛りつけ、頭を切り落としてしまった。それから、悪魔の金と銀を取って、悪魔の馬と馬車に積んで、逃げだしたのさ。
悪魔が家に帰ってみると、自分の女房が木馬に縛りつけられて、頭がそばに落っこちてる。豚小屋に行ってみると、ジャンもいなけりゃ、ジャネットもいない、おまけに、金も銀も、馬も馬車も、すっかりなくなっているじゃあないか。
悪魔は二人の子どもを追いかけた。しばらく行くと、畑に百姓がいたので、聞いてみた。
「おうい。
ジャンとジャネットを見なかったかね。
赤い馬と白い馬で
金と銀をたっぷり積んで
馬車をひかせていくのを、さあ」
「へ、何ですけえ、旦那、
わっしは畑を、うまく耕しちゃあいねえですかい」
「ちぇっ、馬鹿(ば か)もの。
ジャンとジャネットを見なかったかっ。
赤い馬と白い馬で
金と銀をたっぷり積んで
馬車をひかせていったんだっ」
「いいや、旦那」
また、少し行くと、羊の番をしている羊飼いがいた。
「おうい。
ジャンとジャネットを見なかったか。
赤い馬と白い馬に
金と銀をたっぷり積んだ
馬車をひかせていったのさあ」
「へ、何ですけえ、旦那。
わっしの犬は、あんまし吠えねえですかい。吠えろ、ラブリ(犬の名)、吠えろ」
犬はかみつくみたいに、悪魔に吠えかかった。
「ちぇっ、馬鹿もの。お前の犬の話をしてるんじゃない。
ジャンとジャネットを見なかったかっ。
赤い馬と白い馬
金と銀をたっぷりのせて
馬車をひかせていったんだっ」
「いいや、旦那」
悪魔が村に入ると、お告げの鐘をついたばかりの、教会の堂守(どうもり)に行きあった。
「ジャンとジャネットを見なかったかね。
金と銀をたっぷり積んで
赤い馬と白い馬で
馬車をひかせていくのを、さあ」
「へ、何ですけえ、旦那。
わっしは、たっぷり、鐘をつきませんでしたかい」
堂守は、教会の中に戻っていって、力まかせに鐘をつきだした。
「ちぇっ、馬鹿もの、お前の鐘の話をしているんじゃあない。
ジャンとジャネットを見なかったかっ。
金と銀をたっぷり積んで
赤い馬と白い馬で
馬車をひかせていったんだっ」
「いいや、旦那」
悪魔が、もっと遠くまで行くと、川があって、女たちが洗たくしているのに行きあった。
「おうい。
ジャンとジャネットを見なかったか。
赤い馬と白い馬で
金と銀がたっぷりの
馬車をひかせていったのさあ」
すると一人の洗たく女が答えた。
「へ、何ですかあ、旦那。
おらたちは、しっかり、洗たく物をたたいていませんかね」
そう言うと、力まかせに、洗たく物を石に打ちつけはじめた。
「ちぇっ、馬鹿もの。
わしが聞いているのは、だな。
ジャンとジャネットを見なかったかっ。
赤い馬と白い馬に
馬車をひかせて
金と銀までたっぷり運び出したんだっ」
「見ましたともさ。
立派な若者と、きれいな娘っこが、二頭立てのみごとな馬車で、川を渡っていきましたよ」
「どっちに向かって」
「川に向かって」
だけど、そこには橋がなかったんで、悪魔は川が渡れなくて、悔やしがった。洗たく女は仲間に耳うちした。
「ねえ、ねえ、
あれは悪魔だよ。
ひとつ、いたずらをしかけてやろうじゃあない」
洗たく女は、自分の髪を切って、それで、川を渡す橋を作りましょうと悪魔に申し出た。悪魔が言うがままになってると、髪の毛は川に渡されて、橋みたいになった。そこを通って、悪魔が川のまん中まで来た時に、洗たく女は髪の毛をはなしちゃった。悪魔はブクブクとおぼれてしまったとさ。
本当にあったことだよ。だから今でも、川の中に、悪魔の二本の角が見えるし、川べりで遊ぶ子どもに、皆が言うんだ。
「悪魔の角に気をつけろ!」
ジャンとジャネットは、そのあと、親の家に戻ったって。悪魔の宝を持って帰ったから、やさしく迎えられたって。たとえ意地悪されたって、おとっつぁん、おっかさんには、孝行(こうこう)しなくちゃいけないっていうことだ。
夜が来て
おんどり 鳴いて
話はこれでおしまい
(野村)
ジャネットと悪魔
→解説
むかし、田舎に働きに出てる娘っこが一人いて、婆ちゃんが病気だって噂を聞いたんだって。そんで、つぎの日、会いに行くって、家を出たんだ。ところが、あんまり行かねえうちに、わかれ道に出ちまって、どっちに行ったらいいかわからねえ。すると、一匹の牡豚を連れたおっかない男がやってきたって。
娘っこは、婆ちゃんが病気なんだが、どっちの道に行ったらいいかって聞いたんだ。男は「左に行きな。それが一番いい道だし、近いよ。すぐに着くから」って、おせえたって。
娘っこが、そっちへ行くと、そりゃあ一番遠回りの悪い道だったから、婆ちゃんとこへ行くのに、すっかり時間くっちまった。さんざん苦労して、遅くなってやっと着いたって。
ジャネットってのが娘っこの名前なんだが、その子が悪い道をあっち行ったりこっち行ったりしてるうちに、嘘つきの悪党は、近い良い道を通って、娘っこよりずっと早く婆ちゃんの家に着いたって。そうして、かわいそうに婆ちゃんを食っちゃって、血を戸棚にしまって、ベッドに入ってた。それから娘っこがやってきて、戸を叩いて、戸を開いて入って、言ったって。
「婆ちゃん、具合はどう」
「あんまり、よかないよ」って、その悪党は作り声で、つらそうに返事して、
「おなかは、すかないかい」って聞いたって。
「ええ、婆ちゃん、なにか食べるものない」
「戸棚に血があるから、なべで煮て食べな」
娘っこは、いうとおりにしたって。
ところが、血を煮てると、煙突のほうから天使さまの声みたいのが聞こえて、言ったって。
「ああ、婆ちゃんの血なんか煮て、ばちが当たるよ」
「婆ちゃん、煙突の上でなにか言ってるよ」
「そりゃ、なんでもないよ、おまえ。小鳥がうたを歌ってるのさ」
それで、娘っこは、また血を煮てたって。そしたら、声がまた歌いはじめたんだ。
「ああ、婆ちゃんの血なんか煮て、ばちあたりの娘が」
それで、ジャネットは言ったんだ。
「婆ちゃん、おなかいっぱいになっちゃった。この血はいらないわ」
「それじゃあ、ベッドにおいで。ベッドに」
ジャネットは、ベッドに行って、そいつの横に寝ると、びっくりして叫んだって。
「まあ、婆ちゃん、なんて大きな手なの」
「おまえを、しっかり抱(だ)きしめるためだよ、抱きしめる」
「まあ、婆ちゃん、なんて大きな足なの」
「そりゃあ、おまえ、上手に歩くためだよ、上手に歩く」
「まあ、婆ちゃん、なんて大きな目なの」
「おまえを、しっかり見るためだよ、見る」
「まあ、婆ちゃん、なんて大きなお口なの」
「そりゃあ、おまえ、上手に食べるためだよ、上手に食べる」
ジャネットは、こわくなって、言ったって。
「まあ、婆ちゃん、用たしに行きたくなったわ、とっても行きたいわ」
「ベッドで、しちまいな、ベッドで」
「そりゃ、きたないわ、婆ちゃん。あたしが、行っちまうのが嫌だったら、あたしの足に毛糸の紐を縛りつけときゃいいじゃない。あたしが外にいるのが、つまんなくなったら、引っ張ればいいのよ。あたしのいる所がすぐにわかって、安心よ」
「おまえの言うとおりだよ、おまえの」
それで、その怪物は、毛糸の紐をジャネットの足に縛りつけたんだ。そしてそのはしっこを持ってたって。娘っこは、おもてに出ると、紐を切って逃げ出した。すると、すぐににせの婆ちゃんは、言ったって。
「もう出たかい、ジャネット、もう出たかい」
そしたら、あの天使の声がまた煙突の上から返事したんだ。
「まだだよ、婆ちゃん、まだだよ」
でも、すっかり時間がたつと、
「おわったよ」って言ったんだって。
怪物は、毛糸の紐を引っ張ったけど、そのはじっこにゃあ、なんにもついてない。
その悪魔は、カンカンに怒って起き上がると、豚小屋においといたでっかい牡豚に乗って娘っこを捕まえようと走りだした。そうして洗たく女たちが洗いものしてる川までくると、こう言ったって。
「娘っこひとり、見なかったかい、バルベット犬をつれた、娘っこひとり」
「見たとも」って洗たく女たちは、答えたって。
「あたしたちが、川の水にシーツ広げたら、その上を渡ってった」
「そんなら、おれも渡るから、ひとつ広げてくれないか」って、悪党が言ったって。
洗たく女たちが、水の上にシーツ一枚広げると、悪魔の奴は牡豚にのって渡りはじめたって。ところが、たちまち沈んじまって、大声あげて叫んだって。
「飲み込め、飲み込め、でっかい牡豚! おまえがぜんぶ飲みほさなけりゃ、おれたち二人はおぼれ死ぬ」
ところが、牡豚も全部は飲み込めなかったから、悪魔は牡豚と一緒におぼれちまって、娘っこは、助かったんだって。
(樋口)
ドラックと
美しいフロリーヌ
→解説
昔、ひとりの王さまがいて子どもが三人あった。息子が二人に娘がひとり、娘はフロリーヌとよばれ、たいそう美しい娘だった。
王さまはお妃に死なれ、後添をもらったが、新しいお妃には、トリトンヌという名のひじょうに醜い娘がいた。継母は、自分の娘よりフロリーヌのほうがみんなに好かれるのでくやしくて、フロリーヌにつらくあたるようになった。
フロリーヌの兄弟は、ある若い王さまにつかえていた。兄弟の口から美しい妹の噂を聞いた王さまは、フロリーヌに会いたいものだ、会って妻にしたいものだと思うようになった。二人の兄弟は父親の王さまのところへもどり、フロリーヌを連れて行く許しを求めた。許しはでたものの継母とその娘も一緒に行くことになった。
やがて出発の日となり、みんなは大きな船に乗りこんだ。
海岸から少し離れたころ、船のへさきにいた兄弟が叫んだ。
「フロリーヌ、鯨をしずめる人魚の歌を聞いたかい?」
フロリーヌは継母にたずねた。
「兄さんたちなんていったの?」
「お前の目玉をひとつくりぬけ、ってさ」
継母はそう答え、先の尖ったナイフをさしだした。
フロリーヌが目玉をくりぬくと、継母はそれを受けとってポケットにしまった。
またしばらく行くと兄弟が叫んだ。
「フロリーヌ、鯨をしずめる人魚の歌を聞いたかい?」
フロリーヌは継母にたずねた。
「兄さんたちなんていったの?」
すると意地悪な継母は答えた。
「お前のもうひとつの目玉をくりぬけ、ってさ」
フロリーヌはもうひとつの目玉をくりぬいて継母にわたした。三度目に兄弟が叫んだ。
「フロリーヌ、鯨をしずめる人魚の歌を聞いたかい?」
フロリーヌはまた継母に、兄弟がどうしろといっているのかたずねた。
「海のなかに飛び込め、ってさ」
そういいながら継母がトンと押したので、フロリーヌは波間にきえてしまった。
船が岸に着いたとき、フロリーヌが海に落ちたと聞かされた兄弟の驚きようといったらなかった。とても王さまのところには行かれない。美しい娘を連れてくると約束したのに、みっともないトリトンヌしかいないのだから。
けれども、王さまに呼びだされると、トリトンヌを連れていかないわけにはいかなかった。怒った王さまは、二人の若者をただちに捕えて牢屋にぶちこむように命じた。そして、連れてきた娘と結婚するのが約束だったから、王さまはトリトンヌを妻にした。
一方、フロリーヌは死んでしまいはしなかった。海の底でドラックに助けられたのだった。ドラックが、自分といつまでも一緒にいてくれるなら、不幸なめにはあわせない、といったので、フロリーヌはドラックと暮すことを承知した。
それから大分たってからのこと、ある日、フロリーヌは、目が見えないので、海の底の素晴らしい景色を眺めることができなくて悲しい、とドラックにいった。するとドラックは、いつまでも一緒にいてくれるなら、目の見えるようにしてあげようと約束した。
ドラックはとても手先が器用だったので、金で美しい糸巻棒を作り、町の広場へ売りにいった。二人の着飾った貴婦人が立ち止まって値段をたずねた。
「その糸巻棒はおいくらですの」
「目玉ひとつです」
「まあ、なんておかしな、目玉ひとつですって。どこからもってくればいいんでしょう。好きなだけのお金をいってくださいな。さしあげますから」
「いいえ、ほしいのは目玉ひとつです」
すると、若い女が母親にいった。
「フロリーヌの目玉をあげたらどう?」
母親のほうは気がすすまない様子だったが、しまいには折れて承知した。
ドラックは大喜びでまっすぐ海の底にもどった。
目玉をうけとったフロリーヌが、どうやって手に入れたかとたずねると、ドラックは二人のきれいな貴婦人がくれたのだと話した。
しばらくすると、フロリーヌはもう片方の目玉も欲しくなり、ドラックにそういった。ドラックは金で紡錘(つ む)をつくり、つぎの日曜日に、もういちど町の広場へ売りにいった。
まえとおなじ貴婦人があらわれて、紡錘の値段をたずねた。紡錘がなくては、糸巻棒がやくにたたないからね。ドラックはおなじ値段を要求した。
「まあ、目玉をほしがるなんて、なんとおかしなおもいつきでしょう」
貴婦人たちはそういった。
ドラックがどうしてもとがんばったので、二人はとうとう、フロリーヌのもう片方の目玉を、わたさないわけにはいかなかった。
フロリーヌは、すっかり目がみえるようになって、とてもよろこんだ。それからなんにちかたつと、フロリーヌはドラックにいった。
「海の上へでて、浜辺までいってみたいけれど、きっとむりでしょうね」
「おまえの目がみえるようにと、できることはなんでもしてあげたのに、こんどはいってしまおうというのかい?」
「いいえ、あなたのもとをはなれたりはしないわ、約束します」フロリーヌは答えた。
そこでドラックは丈夫な鎖をつくり、フロリーヌはそれをおなかにまきつけて浜辺へでていった。もしだれかがやってきたら、「鎖をひいてちょうだい、ドラック、鯨だわ」と叫ぶようにとりきめて。
毎日、フロリーヌは浜辺へいってはお化粧をした。顔を洗うと、ほおからふすまがこぼれおち、髪をとかすと髪の毛のあいだから小麦がこぼれおちた。
このあたりに住む王さまが、たくさんの豚を飼っていて、その豚が、フロリーヌの頭から落ちるふすまや小麦をみんな食べるようになった。夕方になってもどった豚が、なにも餌を食べようとしないので、豚番の召し使いは、王さまにそのことを報告した。やがて、豚が浜辺にいくことはつきとめられたが、どこから餌がわいてくるのかはわからなかった。だれもフロリーヌの姿をみなかったから。
ある日のこと、王さまは、一日じゅう家来たちに見張らせることにした。家来たちはフロリーヌを見つけ、美しい若い娘の頭から、ふすまや小麦が落ちてくることを王さまに報告した。王さまは、その娘に会いたいものだとおもい、浜辺へでかけた。
王さまを見かけたフロリーヌは、おもわず逃げだそうとした。すると王さまは、
「鎖につながれた奴隷のような状態からあなたを救いだしてあげたい、どうかいかないでください」とたのんだ。
「ドラックを見捨てるわけにはいかないので、それはできません」フロリーヌは答えた。
しかし、自分の身に起こったことをいちぶしじゅう王さまに語り終えたとき、フロリーヌも、どうすればこの奴隷のような状態からぬけだせるか、探ってみようとおもうようになった。その晩、フロリーヌはドラックにきいた。
「ちょっとききたいことがあるんだけど、わたしにくっついているこの鎖を切るのはどうすればいいのかしら」
こんなことをきかれたドラックは、かんかんに怒っていった。
「いっちまおうっていうんだな、いまおまえがなにを考えているのか、おれにはわかったぞ」
フロリーヌがいかないからと約束して、お願いだから答えてちょうだいとたのんだので、とうとうドラックは答えた。
「金でできた斧百丁を使って、一度に打たなければだめだ」
「どうして一人の人間にそんなことができるの、無理にきまってるじゃない」
つぎの日、王さまは、返事をききに浜辺へやってきた。フロリーヌは、ドラックにきいたとおりを答えた。すると王さまは、国じゅうの金細工師を呼び集め、金の斧をつくらせた。仕事はどんどん進んだ。
ついに、フロリーヌを迎えにいく日がきた。朝はやくから、王さまは、職人たちをつれ、美しい馬車に乗って浜辺へでかけた。
「一、二の三!」百丁の斧が一度にふり下ろされ、鎖は海の底へと落ちていった。フロリーヌは美しい馬車でいってしまった。鎖だけが、フロリーヌなしで沈んできたのをみて、ドラックはいそいで海の上にあがってみたが、どうすることもできない、もう馬車は遠ざかったあとだった。
お城へもどった王さまは、意地悪な継母と、すこしも愛していなかったトリトンヌを呼びよせ、フロリーヌの兄弟も呼んで、フロリーヌを知っているかどうかとたずねた。妹に会えた兄弟がどんなに喜んだことか、フロリーヌを知らないと答えた継母とトリトンヌが、どんなにがっかりしたかは、いうまでもない。
兄弟の無実がわかった王さまは、兄弟を牢屋からださせ、かわりにトリトンヌとその母親を牢屋にいれた。
それから数日して、フロリーヌは王さまと結婚した。
素晴らしい婚礼の宴が開かれ、わたしも招待(しようたい)されていて、そこでこの話を聞いたんだよ。帰りには、歩くのがいやだったので、四匹のねずみのひく、きれいなガラスの馬車を用意してもらったのさ。ところが、途中で猫(ねこ)にあって、ねずみを食われてしまってね、それで歩いて帰ってくるはめになったのさ。
(新倉)
ディクトンさん
→解説
むかし、大きな栗の木が影をおとすヒースの茂みの中に、すばらしく立派な宮殿があった。宮殿の持ち主は、この世で最も美しい宮殿だと信じていたが、それにはもっともなわけがあった。なにしろ宮殿は自分のものだし、そこでは気持ちよく眠れたし、建てたのはほかならぬ自分だったのだから。
宮殿の持ち主である幸せな人物はディクトンさんという名だった。ディクトンさんにとって、木の枝やしだの葉でつくったこの小さな小屋はじゅうぶん宮殿に匹敵したのだった。ディクトンさんはなんの気がかりもなく、まるで物ぐさ太郎みたいに、のらくらとなにもせず静かに暮らしていた。三人の家族、すなわちディクトンさんを卵で養ってくれる三羽のめんどりといっしょに。
ディクトンさんには、めんどりの肉が大好物という友達がいた。とくに長い道のりを走ったあとでお腹がぺこぺこになったとき、この友達はめんどりをとても食べたがった。友達はキツネくんだった。
ところで、ある日のこと、キツネが足はくたくた、お腹はぺしゃんこ、舌(した)はだらりとたれさがったようすで、しだの宮殿にやってきたかと思うと、猫なで声で、めんどりを一羽くださいとディクトンさんにたのんだ。ディクトンさんは大声でさけんだ。
「めんどりを一羽だって! それじゃわしは永久にひもじい思いをしなけりゃならんじゃないか!」
いくら理くつで説明しても、議論ずきの女みたいに議論をたたかわせてもむだだった。キツネはなんとしてもめんどりをほしがったので、ディクトンさんはどん欲な相棒のいうことを聞き入れないわけにはいかなかった。キツネは、この恩はきっと忘れないよ、といって帰っていった。
長いこと歩いたあとで、キツネは、シャコの飛びたつのがよくみえる場所にやってきた。シャコの群れは、キツネが近づくととても不安そうになった。フル、ル、ル、もう飛びたとうとしているシャコの群れに、遠くからキツネが叫んだ。
「こわがることなんかこれっぽっちもないよ。ぼくはお使いとして送られてきたんで、きみたちに悪さする気なんてぜんぜんないんだ。王さまは、きみたちがもっと美しくなるように、しっぽを金いろにしてあげようとおっしゃっておいでだ。さあ、パリへ行こう、そしてしっぽを金いろにしてもらうんだ。ぼくが案内するよ」
この言葉を信じたシャコたちは、あとにしたがった。城のバルコニーに出てみた王さまは、降ってわいた雲のような鳥の群れが、空いちめんにあらわれるのを見た。まるで五百本のから竿(さお)の鳴るような騒ぎだった。
「王さま、あなたの忠実な臣下であるディクトン氏からの贈り物でございます」キツネがいった。
城の大門が開かれ、鳥籠の扉という扉が開かれると、金いろのしっぽにしてもらえるものとおもいこんだシャコの群れは、喜びいさんでとびこんでいった。しかし、大鳥籠にはいったシャコたちは、うむをいわさず閉じ込められてしまった。
キツネはふたたびしだの宮殿へとひきかえした。長い道のりだったがどうにかたどりついた。最初のときとおなじように、足は棒のようにくたくた、お腹はぺこぺこできゅうきゅう鳴っていた。そこで友達にこうたのんだ。
「めんどりを一羽くれないかい?」
こんどは、前よりずっと強く、ディクトンさんはきっぱりと、不愉快そうに叫んだ。
「なんてこった! キツネくん、わしはどうやって生きていけばいいのだ。神さまおたすけくださいといいたいよ、まったく」
しかし、かわいそうなディクトンさんは、またも無理なたのみを聞き入れて、めんどりをあたえることになってしまった。
キツネはまた旅にでた。長いこと旅をつづけたのち、とうとうある日のこと、ひろい野原を横ぎって走っていると、地面をおおいつくすかとおもわれるほどのヤマシギの大群にでっくわした。キツネがあらわれたので、ヤマシギはあわてて逃げだそうとしたが、ずるがしこく、口も達者なキツネは、上手にヤマシギをなだめすかし、パリへ行けばしっぽを金いろにしてあげるという約束をちらつかせたあげく、とうとうヤマシギにそう思いこませてしまった。
物見高いヤマシギをあとにしたがえ、キツネはふたたび王さまのバルコニーの前にあらわれた。そして、ディクトン氏からの二度めの贈り物をお納めくださいといった。王さまが扉を開かせたとたん、まだこのころはだまされやすいという噂どおりだったヤマシギは、仕掛けられた網にまんまとかかってしまった。
キツネは、王さまのお礼の言葉をおみやげに、腹の底まで飢えきってディクトンさんのところへもどってきた。友達の持っている最後のめんどりを食べたところで、とうていこのすきっ腹をまんぞくさせるにはほどとおかった。二羽のめんどりをうしなって、すっかりやせてしまったディクトンさんは、最後のめんどりもキツネにやってしまった。それで、もはやどうしようもなく、いっしょに行こうというキツネの誘いにのることにしたのだった。
「なんとか稼いでいくさ、もうけは兄弟のように分けあうことにしよう」とキツネがいった。
しだの宮殿に別れをつげることになったディクトンさんは、つらくて名残りおしくて、さめざめと泣いた。道みちふりかえって、だんだん遠のいていくなつかしい小屋の栗の木を、肩ごしに眺めようとしては立ちどまるのだった。
なん日かのあいだ、危険がいっぱいの暮らしをおくったのち、二人の仲間は、大草原のなかを走る雌鹿の大群に出会った。悪巧みを発揮するチャンスがきたとばかり、キツネはディクトンさんを残して雌鹿の群れに近づいた。キツネに気づいた雌鹿たちは、角(〈ママ〉)を立てて身を守ろうとかまえた。しかしずるがしこいキツネは、こんども、パリへ行けばしっぽを金いろにしてやるという話でまんまと雌鹿を説きふせてしまった。
目の前に連れてこられた雌鹿の群れをみて、あまりの気前よすぎるディクトンさんの贈り物に目をみはった王さまは、キツネに向かってこういってきかせた。これ以上、お金持ちの殿からの豪華な贈り物を受けとるわけにはいかない。心からの感謝の気持ちをじかにおつたえしたいので、ディクトンさんに会えればたいへんうれしい、と。キツネは、すぐ案内してお連れします、と約束した。そして、さっそくディクトンさんを迎えにいき、王さまの願いをつたえ、いっしょにパリへとんでかえった。
都に近づくにつれ、ディクトンさんのやせた、みすぼらしいようすが、王さまにお目通りするにはふさわしくないと思われてきた。キツネはむだにキツネをやっていたわけではないので、たちまち知恵袋から悪巧みをとりだした。つまり、ディクトンさんは、生け垣のうしろにかくれる。一方、キツネは王さまのところへいき、旅のとちゅう、強盗につかまって身ぐるみはがれ、盗まれたうえにひどい仕打ちを受けたディクトンさんの身のうえに、王さまの関心をひくような話をする。だから、王さまがなにをお聞きになっても、「はい、そうです、そうです」と答えていればよい、という計画だった。
ディクトンさんはすばらしいもてなしで歓迎され、本物の宮殿に泊まることになった。つぎの日、キツネは、王さまをディクトンさんのお城へ招待した。宮廷じゅうの人びとがいっしょにでかけることになった。道順を説明したあとで、キツネは先触れをするためにひとあしさきにでかけた。とちゅうで、羊飼いや百姓やぶどう摘み、森の枝下ろし人たちに会うたびにキツネは叫んだ。
「お前たちに命令だ、いうとおりにしないと殺してやるぞ。お前たちも、お前たちの家畜も、畑も、ぶどうの木も、森も、なにもかもみんなディクトンさんというお名前の領主さまのものだ、いいか、そう答えるんだぞ」
キツネはとうとう美しいお城についた。お城では立派な婚礼の宴が開かれていた。
「かわいそうなみなさん! あなたがたはおしまいです。王さまが軍隊を率いてやってきます。すぐにそこに積んである大きな藁の山にかくれないと、やっつけられてしまいますよ」
まもなく、王さまと宮廷の人びとが到着した。だれもかれもがディクトンさんの裕福ぶりにお世辞をいった。宮廷の浮かれ者たちにかこまれ、すっかりどぎまぎして、生きた心地もないディクトンさんは、ただ、「はい、そうです、そうです」と答えるばかりだった。みんなが満足して食事が終わると、キツネは、お祝いのしるしに藁の山に火をつけようといった。
「わたしの主人はこの十倍も持っていますし、こんなのは役にたたない屑のようなものです」と、無駄づかいをやめさせようとする王さまにキツネはいった。
大きな火が燃えて領地を照らし、その領地を持ち主の手からディクトンさんの手へと渡すことになった。
こうしてキツネは友達の三羽のめんどりの価をしはらい、恩返しをしたのだった。
(新倉)
スペイン
熊のフワン
→解説
むかし、ある村にたいそう古い館があって、夜になると、鎖をひきずる音がしたって。あそこに住もうなんて者はだれもなかった。それに、だれが鎖をひきずっているのか調べに行った者は、みなおそろしくて死んでしまったんだ。
ある日、すごく大きなこん棒を持った男が、村にやってきて、一晩宿を頼んだ。すると、村人はいった。
「むこうにだれも住んでいない館があるから、そこに泊まって、屋根裏部屋でだれが鎖をひきずっているのか調べてくれたら、千レアルやろう」って。
男はいった。
「あの館で一晩過ごせたらなんてよく聞けたもんだ。おれが熊のフワンってもんで、この世にもあの世にもこわいものなしってこと知らないのか。千レアルのためにいけってのか。だったら、その前に、豚の腸詰めとベーコンのうまいところと卵を一ダースとフライパンをくれ。焼いては食って一晩過ごしたいんだ」
村人が、それを渡すと、熊のフワンは館へと向かい、かまどのたきぎに火をつけ、豚の腸詰めをいためはじめた。すると、そのとき、屋根裏部屋で鎖の音がして、こんな声がした。
「あー、落ちる!」
熊のフワンは答えた。
「落ちろ、落ちろ、だがフライパンの中には落ちるな」
すると、男の足が一本落ちてきた。落ちるとすぐに、また声がした。
「あー、落ちる!」
「落ちろ、落ちろ、だがフライパンの中には落ちるな」
もう一本足が落ちて、最初の足とくっついた。また、続いて声がした。
「あー、落ちるぞ!」
「頭から足の先までいっぺんに落ちてしまえ。だが、フライパンの中には落ちるな」
胴体が落っこちると、足とくっついた。それで、また、いった。
「あー、落ちる!」
「ちょっと待て。ベーコンのいためたのをかきまぜているから。さあいいぞ。落ちてこい。だが、フライパンの中には落ちるなよ」
腕が一本落ちて、胴体にくっついた。だが、声は続いた。
「あー、落ちる!」
「こんなふうじゃ、いつまでたっても終わらない。一度に落ちてこいっていっただろ。だが、フライパンの中には落ちるな」
もう一本の腕が落ちて、またからだにくっついた。それで、たくさんの鎖の音がして、ものすごい叫び声がした。
「あー、落ちる!」
「落ちろ、落ちろ、だがフライパンの中には落ちるな」
ばらばらにくっついてできたからだの肩の上に、頭が落ちて、そのあとから、からだをおおっていた服が落ちてきた。
からだは歩き出して、熊のフワンの前に現われると、その男は口をきいた。
「わしといっしょに来い!」
「静かにしろ、静かに!」と、こん棒をつかんで、熊のフワンはいった。
「静かにして、おれがフライパンのものを食うのを待ってろ、そうでないと、このこん棒で前みたいにばらばらにしちまうぞ!」
フライパンの中のものを食べ終わると、男にいった。
「さあ、おまえの行きたい所に行こうじゃないか」
「この館の地下室へいこう。先に行ってくれ」と、男は答えた。
「いや、だめだ! おまえが先に行かなくちゃ。おれよりよく道を知っているだろう。さあ、行け、行け!」
男は先に歩き出して、地下室に着くと、
「ここを掘れ!」と、熊のフワンにいった。
「どこをさ」
「ここだ!」
「そうしたいなら、おまえがすればいい!」
「ことわって命拾いしたな。そうじゃなければ、死ぬところだった。わしが掘ろう」
男は大急ぎで掘りはじめると、お金がいっぱいつまった三つの箱を掘り出した。そうして、熊のフワンにいった。
「むかし、悪いことをして手に入れた金だが、使う暇がなかったので、ここに埋めておいた。お金をいくらか返さないと、天国に行けないんだ。この箱に、銅貨が入っている。この村の坊さんに渡して、霊魂をとむらうのに使ってくれ。この箱には、銀貨が入っている。貧しい人に分けてやってくれ。それと、もうひとつの箱には、金貨が入っている。取っておけ、おまえにやる。おまえはわしを成仏させる力を持っている。
さあ、この服を上から下へ裂いてくれ!」
こん棒の柄で服をひき裂いてやると、男は空中に消えたのだった。
夜が明けると、村人たちは熊のフワンが死んでしまったかどうか見に、館にやって来た。ところが、金貨の箱の上に座って、フライパンを持って、オムレツを食べている熊のフワンに出くわしたって。
「ほんとに、生きているのかい」と、村人はたずねた。
「腹はへってるよ」
「見たことを教えてくれよ。ここで何が起きたんだ」
「何にも。たいしたことはないさ!」
熊のフワンは、起こったことを話してやり、千レアルは取らなかった。
そのあとで、男がいい残したようにお金を分けた。そうして、あくる日、熊のフワンは金貨をかついで、上機嫌で家に帰ったってさ。
(浅香)
はなたれ小僧
→解説
むかし、七人の小さな息子と父さんがいたって。末っ子は、たいそうよい子だった。兄さんたちは、この子をいじめて、ねたんで、「はなたれ小僧」というあだ名をつけたりした。
そんなある日、六人の兄さんは家を飛び出したが、はなたれ小僧は、兄さんたちがどこに行くのかと、あとをつけていった。日がくれる頃、はなたれ小僧が兄さんたちに追いつくと、兄さんたちは巨人の王様の城で宿を頼んでいるところだった。すると、巨人の王様はいった。
「二つしか寝台がないんだ。一つの寝台にはわしの七人の娘が寝るし、もう一つの寝台には妻とわしが寝る。だが今晩は、おまえたちが寝るように寝台を一つ空けてやろう」
二つの寝台は、同じ部屋においてあり、巨人の王様は、男の子たちに帽子をかぶって寝るように命令した。それで、はなたれ小僧は兄さんたちにいったって。
「これには何かわけがあるぞ。ぼくたちの帽子を巨人の王様の娘たちにかぶせて、すぐに窓から逃げよう。ぼくたちを殺して食べようとしてるみたいだから」
夜中の十二時になると、巨人の王様は七本のナイフを持って部屋に入ってきた。手探りで、帽子にさわるまで歩いていった。そうして、自分の娘ひとりひとりののどをナイフで刺したのさ。ところが、朝になり、娘たちが死んでいるのを見ると、巨人はたいそうはげしく叫びはじめ、たいへんな遠くからでも叫び声が聞こえたんだって。
「性悪な子どもたちめ、わしよりも賢かった。ああ、だまされた」って、巨人はいっていた。
子どもたちは震え上がって、家にたどり着いたんだ。はなたれ小僧がとっさにうまくやらなかったら、みな、巨人の王様の手にかかって死んでいただろうと、父さんは、はなたれ小僧をほめてくれた。
はなたれ小僧はますます兄さんたちに嫌われていった。ある日、この兄さんたちは、こんなふうに父さんに告げ口した。
「お望みなら、持ってくるって弟がいばってる。おしゃべり鳥、それも巨人の鳥、今すぐにでも取りに行くって」
それで、はなたれ小僧は知恵をしぼって、うまく巨人の王様の家に下男として入り込んだ。すると、夜、巨人は、はなたれ小僧を殺そうとした。だが、部屋は空っぽだった。はなたれ小僧がおしゃべり鳥を盗んで逃げたあとだったんだ。
兄さんたちは、はなたれ小僧が家に戻ってこないだろうと思っていたのさ。ところが、鳥をもった弟が家に帰ったのを見て、びっくりした。なん日かして、兄さんたちは父さんを呼んでいったって。
「お望みなら、巨人の王様の馬を持ってくるって弟がいばってる」って。
はなたれ小僧がいうには、
「そんなこといってません。お父さん。巨人の馬を持ってくるなんて考えたこともありません。でも、持ってきましょう」ってね。
はなたれ小僧は、帽子を積み重ねて四つかぶると、だれにもわからないように化けて、それから、巨人の王様の城で馬の世話をするように雇ってもらった。ところが、夜、巨人の女房が巨人にたずねているのをはなたれ小僧は耳にした。はなたれ小僧を釜ゆでにするために釜に水を沸かそうか、それとも、ナイフで殺そうかって。
そのとき、はなたれ小僧は蹄鉄の音がしないように、馬の足に帽子をかぶせると、馬に乗り、父さんの家へと、一目散に逃げ出した。兄さんたちは、弟が家に着いたのを見るとがっかりして、部屋に引きこもって、はなたれ小僧をまた危ない目に会わせてやろうと策を練った。それからしばらくして、父さんにいった。
「弟はこのあたりで一番勇気のある者です。お望みなら、巨人の王様を捕まえて連れてこようと弟がいばってる」って。
で、はなたれ小僧はいった。
「ぼくは、そんなことを決していっていません。お父さん。兄さんたちはぼくをひどく憎んでいるのです。でも、兄さんたちがしつこくやるなら、ぼくは巨人の王様を捕まえましょう。それには、二頭の牛でひく荷車と、大工が二人と、道具がいります」
こうして、はなたれ小僧は巨人の王様の城の近くの森へと向かって行った。それから、大工に松を切るように命じ、大工は松で棺を作りはじめた。巨人の王様は斧の音を聞くと、何のために松を切ったのかと大工に聞きにいった。
はなたれ小僧はわけを話した。
「わたしたちの土地でたいへん背の高い男が死にました。あちらには、男に棺を作ってやれるような寸法の材木がありませんので、棺を作りにこの松を切りに来たのです」
そうして、はなたれ小僧は巨人にこうたずねた。
「この近くにお住いですか」
「ああ、あの城に住んでいる」
「お寂しそうですね」
「そうだとも。七人の娘がいたんだが、がきどものせいで、一晩でみな死んだんだ」
そこで、はなたれ小僧は、
「それじゃあ、これからは、こっちにおいでなさい。わたしたちといれば、気がまぎれるでしょう」って、いった。
「きっと来よう」
あくる日、巨人の王様がまたやって来ると、はなたれ小僧が大工とけんかしているのに出くわしたって。
「これじゃあ死人が箱に入らない。いった寸法どおりに作らなかったのか」
そうして、はなたれ小僧は巨人の王様を上から下まで見ていった。
「死人は、こんな背の高さなんだけど……あなたくらいの。箱に入っていただけませんか。あなたの寸法に合っているのなら、死人の寸法にも合うでしょうから」
巨人が箱に入ると、大工たちはふたをして、大急ぎで釘を打ったのさ。それで、こんなふうに捕まったとわかると、巨人は力をふりしぼって叫びはじめた。
「巨人さん、落ち着いてください」と、はなたれ小僧はいった。
「落ち着いてください。何もしませんから」と。
箱を荷車にのせるように大工に命じると、はなたれ小僧は牛を追いたてて、巨人の王様を連れて、家に帰ってきた。ところが、遠くで父さんを呼ぶといったって。
「今まで兄さんたちが仕組んだ悪だくみをぼくは許します。ですから、巨人の王様を決して痛めつけないよう、お父さん、お願いします。もう十分に懲らしめたんですから」
棺から巨人の王様を出すと、城へ帰してやった。はなたれ小僧は、父さんやみなにやさしいので、その地方で評判になったのに、兄さんたちは、だれにも好かれなかったって。似たような者たちと悪さをしたからね。
(浅香)
ティルソ王の息子
→解説
ティルソ王の息子は、あの頃一番の男前な王子だったのさ。ある伯爵の姫様と結婚することになっていた。ところが、ある日、姫とおやつを食べていると、マントの上にミザクラの実が落っこちた。王子は指でつまむと、食べてしまった。
娘には、これがとても悪いことに思われて、「絶対に結婚しない、帰るわ」といって、出ていってしまった。
だが、王子と結婚しないなら、宮殿に物乞いにやって来る最初の貧乏な男のところへ嫁にいけと伯爵はいったさ。それで、王子はこれを知ると、乞食に化けて、伯爵の宮殿に物乞いにいった。すると、伯爵は、お恵みの代わりに女房にしろといって娘をくれてやった。
王子は女房といっしょに、戸口から戸口へと物乞いをして歩いた。ある宮殿で、召使いたちから食事を少しもらうと、中庭にある腰掛け石に座って食べた。食べ終わると、女房は夫にたずねたって。
「この宮殿はどなたのものでしょう」
「ティルソ王の息子のものさ」
「王子を愛さなかったばちあたり娘」と、姫はいった。
歩き続けて、実がいっぱいなった野原を通ると、女房はたずねたって。
「このとても美しい野原はどなたのものでしょう」
「ティルソ王の息子のものさ」
「王子を愛さなかったばちあたり娘」
もっと進んでいくと、たくさんの人たちがもみすりをしているところに出くわし、女房はたずねたさ。
「ここには、なんてたくさんの小麦があるんでしょう! どなたのものでしょうか」
「ティルソ王の息子のものさ」
「王子を愛さなかったばちあたり娘」
岩場にある粉ひき小屋に着くと、王子は女房にいった。
「この粉ひき小屋は私のもの。両親がくれたたったひとつの財産さ。粉ひき代はほんのわずかだけど、この粉ひき代と、私たちのもらってくる施しで、なんとか生活できる。さあ、食べよう。神様がなんとかしてくださるだろう」
女房がもらってきた物の中から卵を取り出すと、卵は地面のわらの上に落ちて割れてしまった。そこで、女房はひざまずくと卵に口びるを近づけ、卵を吸った。このとき、王子は女房の手を取っていったんだ。
「姫よ、立ちなさい!」
それで、姫が立ち上がるといったって。
どっちが悪いだろう。
マントの上のミザクラの実か
わらの上の卵か
姫は、夫がティルソ王の息子だと気がついた。その日、姫と王子は粉ひき小屋を出ると宮殿に行って暮らした。ふたりは、しあわせになったって。
(浅香)
イタリア
プレッツェモリーナ
→解説
昔あるところにだんなさんとおかみさんがいた。二人の住んでいる家の窓は妖精たちの野菜畑に面していた。おかみさんは子どもを身ごもっていた。
ある日、おかみさんが窓からのぞくとパセリが生えているのが見えた。なんてすてきなパセリだろう。おかみさんは妖精たちが出かけるのを待って、絹の縄ばしごをもってくると、それをおろして畑におりていき、せっせとパセリを食べはじめた。食べたこと、食べたこと。それからまたはしごをのぼって窓をしめてしらんぷり。こんなことを毎日やっていた。
ある日、妖精たちは庭を散歩していた。
「ちょっとみんな。パセリが減ってると思わない」といちばんきれいな妖精がいった。
「少し減ってるみたいだねぇ。そうだ。みんな出かけたように見せかけて、ひとりだけ残ってかくれていようよ。だれか食べにくるものがいるわけだもの」
妖精たちはみんなが出かけたように見せかけた。するとあのおかみさんがパセリを食べにおりてきた。おかみさんが帰りかけると、うしろから妖精があらわれた。
「ひどい女だ、さあ、見つけたぞ」
「かんにんしてください。おなかに子どもがいるんです。そのせいでパセリが食べたくなって……」
「それじゃあ、許してやろう。でも、いいかい。生まれた子が男の子だったらプレッツェモリーノって名をつけるんだ。女の子だったらプレッツェモリーナだよ。そして、大きくなったらその子をもらおう。その子はこっちのもので、もうおまえのものじゃないってわけだ、いいね」
なんてことだ。おかみさんはわっと泣きだした。そして、泣きながらいった。
「ああ、わたしはなんていじきたない女なんだろう。おかげでずいぶん高くつくことになっちまった」
「それみたことか、いやしいやつめ」とだんなにも文句をいわれてしまった。
おかみさんは女の子を生んだ。そして、プレッツェモリーナと名まえをつけた。
プレッツェモリーナは大きくなると学校に入った。妖精たちはプレッツェモリーナが毎日通ると、そのたびにいった。
「おじょうちゃん。あれのことを思い出すようにって、かあさんにいうんだよ」
プレッツェモリーナはそのたびにかあさんにいった。
「かあさん、あれのことを思い出すようにって、妖精たちがいってたよ」
ところがある日、かあさんが考えごとをしているところへ娘が帰ってきていった。
「かあさん、あれのことを思い出すようにって妖精たちがいってたよ」
かあさんはうっかりこたえた。
「そうかい、いいよ、持ってっておくれって、そうおいい」
プレッツェモリーナが学校へ行くのを見ると妖精たちがいった。
「かあさんは、ゆうべおまえになんていった」
「あれを持ってっていいって。どうぞ持ってっておくれって、そういえっていったわ」
「それじゃおいで。持ってけっていうのはおまえのことなんだよ」
プレッツェモリーナは泣いた。いつまでもいつまでも泣き叫んでいた。
そりゃそうだよねぇ。でも、この子のことはちょっとほっといて、かあさんのほうを見てみよう。
いつまでたっても娘は帰ってこなかった。それでかあさんは思い出した。あれを持ってっておくれっていってしまったことをね。
「ああ、とんでもないことをしちまった。もうとりかえしがつかないわ」
さて、妖精たちはプレッツェモリーナにいった。
「プレッツェモリーナ、このまっ黒けの部屋を見てごらん」
妖精たちはその部屋に炭や消炭をしまっていたのだった。
「わしらが帰ってきたとき、この部屋がミルクみたいにまっ白になってなくちゃいけない。それに、一面に鳥がとんでいるところを描いておくんだよ。それができなきゃ、おまえを食べちゃうよ」
こんな女の子にそんなことができるかねぇ。
妖精たちがでかけるとプレッツェモリーナは泣きだした。泣いて泣いて、しゃくりあげて、どうにも止まらなくなってしまった。
するとそのとき、だれかが戸をたたいた。
プレッツェモリーナは見にいった。てっきり妖精たちだと思ってね。
でも開けてみると、それはメメだった。妖精たちのいとこだ。
「どうした、プレッツェモリーナ。なんで泣いてるんだ」
「あなただって泣くと思うわ。この部屋を見て。妖精たちが帰ってくるまでにこんなまっ黒な部屋を白くして、一面にとんでる鳥を描いておかなくちゃいけないのよ。そうしないとわたしは食べられてしまうの」
「もし、きみがぼくにキスしてくれたら、あっというまにこの部屋をそんなふうにしてあげるよ」
「男の人にキスされるくらいなら、妖精たちに食べられたほうがましよ」とプレッツェモリーナがいった。
「とってもおりこうな答えだから、きみのためにやってあげよう」
そういってメメが小さな棒(ぼう)をふると、部屋はすっかりまっ白になった。一面の鳥も妖精たちがいったとおり。そこでメメは帰っていき、妖精たちが戻ってきた。
「やったかい、プレッツェモリーナ」
「はい、見にきてください」
妖精たちは顔を見あわせた。
「おやまあ、プレッツェモリーナ、ここへメメが来たんだね」
「メメなんて知らないわ。わたしを生んでくれたやさしいかあさんだって、知らないわ」
さて、朝になると妖精たちは相談した。
「どうしたものかね。これじゃ、あの子を食べられやしない」
「プレッツェモリーナ!」妖精たちが呼んだ。
「何かご用でしょうか」
「明日の朝、妖精モルガンのところへ行って、すてきな楽隊の箱をくださいっていっといで」
「はい、おくさま」
そんなわけで、朝になるとプレッツェモリーナは旅に出た。旅をしたんだよ。どこまでもどこまでも歩いていくと女の人に出会った。
「どこへ行くの。かわいいおじょうちゃん」
「妖精モルガンのところへすてきな楽隊の箱をとりに行くの」
「おまえは食べられちゃうんだよ。知ってるのかい。かわいそうに」
「そのほうがましよ。そうなりゃ、おわりだもの」
「これを持ってお行き。ラードの入ったお鍋が二つだよ。ぶつかりあってる扉が二枚あるから、両方に塗っておやり、そうしたら通してくれるから」
そのとおり、プレッツェモリーナは扉のところにやってきた。扉のてっぺんから下までラードを塗ってやったら、ちゃんと通してくれたよ、やれやれ。
それからまたたっぷり歩いていくと、もう一人の女の人に出会った。その人も同じことをいった。
「どこへ行くの。おじょうちゃん」
「妖精モルガンのところへすてきな楽隊の箱をとりに行くの」
「かわいそうに、おまえは食べられちゃうんだよ」
「そのほうがましよ。そうなりゃ、おわりだもの」
「このパンを二つ持ってお行き。二匹で噛みあってる犬に会うから、一つずつ投げておやり。そうすりゃ通してくれるよ」
そのとおり、プレッツェモリーナは二匹の犬に会った。パンを一つずつ投げてやると、犬は通してくれた。
またたっぷり歩いて行くと、別の女の人に出会った。
「どこへ行くの」
「妖精モルガンのところへすてきな楽隊の箱をとりに行くの」
「かわいそうに、おまえは食べられちゃうんだよ」
「そのほうがましよ。そうなりゃ、おわりだもの」
「ひげや髪の毛をひっこぬいて、それで靴を縫ってる靴直しに出会うから、これを持ってお行き。これは糸、これは千枚通し。これだけあればじゅうぶん。あげてごらん。通してくれるよ」
そのとおり、プレッツェモリーナは靴直しに会った。靴直しは糸と千枚通しをもらうとお礼をいって通してくれた。
またまたたっぷり歩いたころ、また別の女の人に会った。その人も同じことをいった。
「気をつけるんだよ。おまえは食べられてしまうんだよ」
「そのほうがましよ。そうなりゃ、おわりだもの」
「手でかまどを掃き出してるパン焼き女に会うだろう。やけどだらけになってるよ。これを持ってお行き。これはぞうきん、これはブラシ。これだけあればじゅうぶん。きっと通してくれるよ。そのあとすぐ広場に出る。そこにある立派なお邸、それが妖精モルガンのものさ。おまえは戸をたたく。すてきな楽隊の箱は、階段を二つ上ったところにある。妖精モルガンはおまえが戸をたたくとこういうだろう。『お待ち、ちょっとお待ち』ってね。おまえは上っていって、箱をとったらさっさと逃げるんだよ」
そのとおり、プレッツェモリーナはパン焼き女に会った。持ってきたものをあげると、お礼をいって通してくれた。
プレッツェモリーナは戸をたたいて、階段を上っていって、箱をとるとさっさと逃げだした。
妖精モルガンは戸がしまる音をきいて窓から顔を出し、女の子が逃げていくのを見つけた。
「おーい、手でかまどを掃いてるパン焼き、その子をつかまえておくれ、つかまえておくれ!」
「わたしが考えなしだったらそうするだろうね! 何年も苦労してきたけど、あの子はぞうきんとブラシをくれたんだよ。さあ、お通り、おじょうちゃん」
「おーい、靴直し、ひげで縫ってるの、髪の毛をひっこぬいてるの。その子をつかまえておくれ、つかまえておくれ!」
「ああ、おれが考えなしだったらそうするだろうね! 何年も苦労してきたけど、その子は要(い)るものをぜんぶ持ってきてくれたんだよ。さあ、お通り、おじょうちゃん」
「おーい、噛みあってばかりいる犬たち、その子をつかまえておくれ、つかまえておくれ!」
「ああ、おれたちが考えなしだったらそうするだろうね。その子はおれたちにパンを一つずつくれたんだよ。さあ、お通り、おじょうちゃん」
「おーい、ぶつかりあってる扉たち、その子をつかまえておくれ、つかまえておくれ!」
「ああ、わたしたちが考えなしだったらそうするだろうね。その子は頭のてっぺんから足の先までラードを塗ってくれたんだよ。さあ、お通り、おじょうちゃん」
そうやってみんながプレッツェモリーナを通してくれた。
プレッツェモリーナはいった。
「この箱の中に何が入ってるのかしら」
広場を見つけるとそこに腰(こし)をおろして箱を開けて見た。すると中から出るわ、出るわ、何人も何人も何人も何人も。ぞくぞく箱の中から出てきて、歌うやら楽器をならすやら、大さわぎ。プレッツェモリーナが困ったのなんのって、もうどうしていいやらさっぱりわからなくなってしまった。なんとかしてもとどおり箱の中に入れようとしても、一人つかまえたと思ったら十人が逃げ出すしまつ。とうとう泣きだしてしまった。わかるよね。
そこへあらわれたのがメメだ。
「しようがない子だ。自分のしたことがどんなことだか、よくわかっただろう」
「わたしはただ見たかっただけなのに……」
「まったく、どうしようもなくなっちゃってるじゃないか。もしきみがぼくにキスしてくれたら助けてあげるよ」
「男の人にキスされるくらいなら、妖精たちに食べられたほうがましよ」
「とってもおりこうな答えだねぇ。それじゃ助けてあげたくなっちゃうよ」
メメが棒をふると、箱はすっかりもとどおり。もとのとおりにぴったり閉まった。
プレッツェモリーナは家へ帰った。そして戸をたたいた。
「なんてこった! プレッツェモリーナじゃないか。どうしてこの子を食べなかったんだろう、妖精モルガンは」と妖精たちはいった。
「おはようございます。ほら、これが箱よ」
とプレッツェモリーナがいった。
「妖精モルガンはおまえになんていったんだい」
「あの方(かた)はこれをくださって、みなさんによろしくっておっしゃったわ」
「なんてこった。こんどこそわかったよ。この子はわしらが食べなきゃならないんだ。今夜メメが来たら、この子を食べるんだっていおう」
というわけで、夕方メメが来た。妖精たちはメメにいった。
「妖精モルガンはプレッツェモリーナを食べなかったんだよ。だからわしらが食べなくちゃいけないのさ」
「ああ、そりゃいいですね。そりゃけっこうだ」とメメはいった。
「あした、あの子の仕事がすんだら大釜を火にかけさせよう。洗たく用のあの大きいのをね。それから、よーく煮たったら、四人がかりであの子をほうりこんで煮ちまうのさ」
「いいね、いいね、そりゃいいね。そうすることにきめましょう」とメメがいった。
そんなわけで、朝になると妖精たちはみんな出かけた。なんにもいわずに、いつものとおり出かけた。
みんないってしまうと、さあ、メメがプレッツェモリーナのところにやってきた。
「いいかい、今日、一時になったらあの人たちはきみに大釜を火にかけろっていいつける。洗たく用のあの大きいのをね。そして、よーく煮立ったら呼んでくれっていうだろう。煮たったっておしえるんだよってね。あの人たちはきみをその中にほうりこんで煮るつもりなんだ。でも、そうはさせないで、ぼくらのほうがあの人たちをどうやってほうりこむか考えなくちゃ」
そういってメメは行ってしまった。そのあとすぐ妖精たちが帰ってきた。
「いいかい、プレッツェモリーナ。今日ごはんを食べて、おまえの仕事がぜんぶすんだら大釜をかけとくれ。洗たく用のあの大釜だよ。それで、よーく煮立ったら呼んどくれ」
プレッツェモリーナは仕事をすっかりかたづけると、大釜を火にかけた。すると妖精たちがいった。
「火をどんどんたけ」
プレッツェモリーナは火をたいた。たいたとも。妖精たちがいったより、もっとがんがんたいたとも。
メメがきた。
「やあ、いよいよ食べられるんだね」
そういって手をすりあわせた。
「ああ、そうとも」と妖精たちはいった。
さあ、お湯が沸くとプレッツェモリーナが呼んだ。
「おっかさんたち、見にきてちょうだい。お湯が沸いたわ」
妖精たちはお湯が沸いたかどうか見に、お釜のそばにやってきた。
「しっかり!」
プレッツェモリーナにそういったのはメメだ。
メメは妖精を二人つかんでお湯の中に投げこんだ。残りの二人をプレッツェモリーナがつかんでほうりこんだ。そして、ぼんぼんぼんぼん沸かした、沸かした。首がちぎれてしまうまで、とり出したりはしなかった。これでもか、これでもかと沸かした。
「さあ、これで何もかもぼくたちのものだ。かわいい子、ぼくといっしょにおいで」
メメはプレッツェモリーナをつれて地下室におりた。そこにはあかりがかぞえきれないほどあった。妖精モルガンの、でっかいあかりもあった。ほかのどれよりも大きいあかりだ。モルガンは妖精の中の女王なのさ。モルガンのたましいはあかりだったのだ。あかりが消えれば妖精たちも死ぬんだよ。
「きみはそっちのを消すんだ。ぼくはこっち側のを消すから」
こうして、二人はあかりをぜんぶ消した。これで何もかも自分たちのものになった。それから妖精モルガンのいた所にのぼっていった。靴直しを旦那衆にとりたて、パン焼き女も同じ身分にとりたてた。犬は二人の邸につれて行き、扉にはときどき油を塗りに行った。
「きみは、ぼくのお嫁さんになるんだ。それがぴったりさ」とメメがいった。
こうして二人はいつまでも仲よく、幸せに暮らした。でも、わたしには何もくれなかったよ。
(剣持)
べーネ・ミーオ
→解説
昔あるところにおとっつぁんとおっかさんがいて、息子がひとりあった。おとっつぁんは息子を町へつれていって魔法をならわせたいと思うようになった。おっかさんも、それはいいことだとは思ったが、なにしろ息子がかわいくてしようがなかったので、手ばなすのは一年かぎりという条件つきだった。きっとそうすると約束して、おとっつぁんは息子をつれて家を出た。
町にやってくると泉が目についたので、二人は水を飲もうと近づいた。おとっつぁんはおそろしくのどが渇いてたもんだから、水を飲むと生きかえったような気分になって、思わず、「おお、べーネ・ミーオ」といった。(べーネ・ミーオというのは、ああ、ありがたいっていうような意味なんだよ)
おとっつぁんがそういったとたん、そこに、ひげをひざまでたらした男があらわれた。
「なにかご用ですか。なんだか、わたしをお呼びになったようだが」
「だれも呼んだりなんかしませんよ」
「これはなんと! あんたはべーネ・ミーオって呼びませんでしたかね」
若者のおとっつぁんは笑いだした。その男は偶然べーネ・ミーオって名前だったんだ。おまけにべーネ・ミーオは魔法使いだったから、どんな遠くで呼んでも魔法の力で聞こえるし、あっというまに行きたいところへ行けるというわけだった。
そういうことがわかると、おとっつぁんは魔法使いに百ドゥカート出して、これで息子に一年間、魔法を教えてもらいたいとたのんだ。魔法使いがたのみをひきうけてくれたので、おとっつぁんは息子をあずけて家へ帰った。
一年たった。おっかさんは、だんなに息子をひきとりに行ってくれとたのんだ。
そこでおとっつぁんは出かけた。このまえ魔法使いがあらわれた泉のところまでくると、あたりに風が起こって、こういう声が聞こえた。
「わたしは風、人間に変身」
そして、目の前に息子が立っていた。
「こんなにうまく魔法を覚えたんだよ。だからお師匠はおいらを手元に置いときたいんだ。おとっつぁんを試してからでないと家へ帰してくれないよ。おいらがカラスになって、おとっつぁんは何百羽ものカラスの中からおいらを見分けなくちゃならないんだ。どうすればいいか教えてあげるよ。いいかい、ほんのちょっとだけ羽ばたくカラスに気をつけるんだ。それがおいらなんだからね」
おとっつぁんはいわれたとおりにして、息子をとりかえした。息子は師匠より魔法がうまくなっていたんだ。
息子はおとっつぁんにいった。
「さあ、金をもうけることを考えなくちゃ。まず、おいらが二度と拝めないような猟犬になる。そうしたらおとっつぁんはその犬を千ピアストラで売れる。おいらは売られてから人間に戻って帰ってくるよ。そのつぎに、よく肥えた牛になるから、おとっつぁんは二千ピアストラで売るんだ。そしてさいごに、どんな王さまだって乗ったこともないようなすごい馬になる。大金持ちが何人も買いによってくるだろうし、おいらのお師匠の魔法使いもきっとくる。おとっつぁんはその馬を一万ピアストラで売るんだ。でもよーく気をつけておくれ。犬になったおいらを売るときは首輪をちゃんと持ってなくちゃいけない。牛を売るときは首の鈴をとる。そして、馬のときは手綱だよ。もしおとっつぁんがとるのを忘れると、おいらは長い間つらい思いをすることになるんだからね」
おとっつぁんははじめの二回はいわれたとおりにしてうまくいった。ところが馬になった息子を売るとき、手綱をはずすことを忘れてしまった。その馬を買ったのはあの魔法使いだったんだ。馬は脚をふみならしたり、いなないたりして思い出させようとしたのに、おとっつぁんには通じなくて、手綱をつけたまま馬をわたしてしまった。これじゃ、馬はもう人間に戻れなくなってしまう。息子はすっかり腹を立てて脚で砂をけりあげ、砂をおとっつぁんの顔や目にかけたので、おとっつぁんは目が見えなくなってしまった。
師匠の魔法使いは、自分を見捨てた弟子(でし)を買って大いに満足だった。仕返しに、一日に何時間も召使いに鞭でたたかせ、ほんの少しのわらと水だけで養った。
けれど馬にとって幸いなことに、手綱をはずしてはいけないということを魔法使いは召使いたちにいうのを忘れていた。
さて、かわいそうに馬はつらい毎日を送っていたが、三年たったある日、召使いのひとりが馬に水を飲ませに泉につれていった。召使いは馬が主人のひどい仕打ちですっかりやせてしまって、具合が悪くなっているのをみてかわいそうになった。それで、もっとらくに、自由に飲ませてやろうと思って手綱をはずしてやった。
馬はそれまで失くしていた魔法の力をすぐにとり戻した。そして、
「わたしは馬、うなぎに変身」
というと、泉の水盤(すいばん)の中にとびこんだ。
師匠の魔法使いはそのとき遠くにいたけれど、すぐに気がついていった。
「わたしは人間、大うなぎに変身」
大うなぎはすぐに水の中にあらわれると、うなぎに変身した弟子を追いかけはじめた。
そこで弟子は、
「わたしはうなぎ、ハトに変身」
といってとんで逃げた。すると魔法使いは、
「わたしは大うなぎ、タカに変身」
といって、とんでハトを追いかけた。
ハトが前になりタカがあとになって三日の間とびつづけ、とうとう王さまのご殿までやってきた。タカがもう少しでハトをつかまえようとしたとき、王さまの娘がバルコニーに顔を出した。王さまの娘は国じゅうでいちばん美しいひとだった。
ハトは、
「わたしはハト、ルビーに変身」といった。
ルビーは王さまの娘がはめていた指輪にすっぽりとはまりこんだ。
かんかんに怒った魔法使いは、王さまを腰ぬけにして動けないようにしてしまった。
そこでおふれが出た。
「王さまをなおした者には王さまの娘と結婚させよう」というおふれだ。
魔法使いは王さまの前にやってきて、なおしてみせましょうと約束した。でも、王さまの娘と結婚する代わりに、娘の右手の指輪をもらいたいといった。
王さまは大よろこびだったが、娘はそうはいかなかった。なぜかといえば、指輪のルビーはもうそのときにはもとの美しい姿を娘に見せていて、二人は愛しあうようになっていたからだった。そして若者はそのとき娘にこういったんだ。
「もしわたしを愛していてくださるのでしたら、指輪を魔法使いにわたさないでください。おとうさまがどうしてもわたせとおっしゃったら、指輪をあなたの手で直接わたさずに床に投げてください」
娘はそのとおりにした。
指輪は床に投げられた。するとすぐこんな声がした。
「わたしはルビー、ザクロに変身」
そのとおりのことが起こった。そのとき師匠がいった。
「わたしは人間、雄鶏に変身」
雄鶏はザクロの実をついばみはじめた。でもその中の一粒が雄鶏の口を逃れて、王女の手の中のハンカチの上にとびのった。
さあ、これが最後だ。もう一声。
「わたしはザクロ、狐に変身」
こうして、腕のいい弟子の魔法使いは師匠だった雄鶏を食べてしまった。
そのあと、若者は王さまの病気をなおし、王さまの娘と結婚した。そして、国もとから年とったおっかさんと目の見えないおとっつぁんを呼びよせた。おとっつぁんの目ももとに戻した。
そしてとうとう王さまは若者に王冠をゆずった。若者はお金もあり、兵力にも恵まれ、魔法にも強い王さまになり、花嫁といっしょに幸せに暮らした。
(剣持)
三つのオレンジ
→解説
むかしあるところに王さまがいました。王さまには息子が一人ありましたが、その息子はいつも暗い顔をしていて、だれにも笑わせることはできませんでした。王さまはなんとか息子を元気づけようといろいろなことを試してみてから、とうとう泉に油の壺を三つ置いてみることにしました。そうすれば町の人たちが油を汲みにくるでしょう。
三日目になって油が残り少なくなったとき、ひとりのおばあさんが小さなびんをもってやってきました。おばあさんはやっとのことで油をびんにいっぱいにして、帰りかけました。そのとき、窓から王子がおばあさんのびんをめがけてボールを投げたのです。びんは粉々になってしまいました。びんが割れて油がこぼれると、王子ははじめて笑いました。
おばあさんは顔をあげていいました。
「おまえさんは三つのオレンジの娘をみつけるまでは、けっして幸せにはなれないよ」
それをきくと王子はまた沈みこんでしまいました。
ある朝、王さまが起きて息子を探すと、置き手紙が見つかりました。手紙には三つのオレンジの娘を探しに行くと書いてありました。
王子はどこまでもどこまでも歩いていって、いくつも国を通りすぎ、とうとう、とある小さな家にやってきました。ここで、三つのオレンジの娘をどこでみつけることができるかたずねました。すると、そんなに遠くないところにあるけれど、鬼が見張っているよと教えてくれました。その鬼は目をつぶっているときは起きていて、目があいているときは眠っているというのです。鬼のいる所に着くと、いわれたとおり、よく気をつけたので、王子は鬼に邪魔されもせず、気づかれもしないで三つのオレンジをとることができました。
王子はオレンジを一つ割りました。すると、とても美しい娘があらわれて、着るものをくださいといいました。けれど王子はそんなものは用意してなかったので、娘は消えてしまいました。王子は豪華な服を買ってきて、もう一つのオレンジを割りました。すると前よりもっときれいな娘があらわれて、着るものをくださいといいました。娘は服を着ると、こんどは櫛(くし)がないといいました。王子が櫛をもってなかったので娘は消えてしまいました。さいごに王子は三つ目のオレンジを割りました。するとまた娘があらわれました。今までよりもっと美しい娘でした。娘は着る物をほしがりました。服を着ると櫛をほしがりました。王子は櫛もわたしました。これでもう足りないものはありませんでした。王子はこの娘を自分の邸(やしき)につれて帰ることにしました。でも、歩いてつれていくのはこの娘にふさわしくないと思いました。
「馬車をとりに行ってきます。その間あなたにどこで待っていてもらったらいいでしょう」
そういって王子が目をあげると、びっしり葉のしげった木が目につきました。
「そうね、あの木に登っていましょう。その間に髪をとかしていますわ」
娘は木に登り、髪をとかしはじめました。王子はお供(とも)の人をつれに行きました。
木の下には井戸がありました。井戸からあまり遠くないところに小さな家があって、娘が三人住んでいました。三人ともみにくい娘でした。
いちばん上の娘が水がめをもって井戸に水汲みにやってきました。井戸の水に木の上のお姫さまの姿が映っていました。水がめをひきあげてしまうと、水に映った美しい姿がみにくい娘にも見えました。娘はてっきり自分が映っているのだと思って、水がめを投げ出して帰ってしまいました。そして家に帰ると、こういいました。
「みんながわたしのことをみっともないっていうけど、ほんとはとってもきれいなんだわ。もう水汲みなんかする気になれないわ」
二ばん目の娘も同じことをしました。
でも、いちばん下の娘のセラフィーナはほかのだれよりもかしこかったので、顔をあげて上を見てみました。それで木の上に美しい娘がいるのがわかりました。
「おじょうさん、髪をとかしにいってあげましょう」
セラフィーナはそういって木に登っていき、美しい娘の髪をとかしはじめました。そして、とかし終えると娘の頭にピンをつきさしました。娘は美しいハトになってとんでいってしまいました。みにくい娘は美しい娘の服を着こみました。
王子はお供の人たちをつれて戻ってきて娘を見ました。このみにくい娘があの美しかった娘だとはとても思えません。お供の人たちは顔を見あわせて笑いました。王子があんなに美しいといっていた娘があっというまにこんなに変わってしまったとは信じられなくて、お供の人たちはその娘にわけをききました。娘は、木の上でお日さまにさらされていたからこんなに黒くなってしまったのだとこたえました。
邸に戻って、つぎの日、豪勢なごちそうが用意されました。焼き肉が出る番になりましたが、いつまで待っても出てきませんでした。そのときコックがやってきて、肉がこげてしまったといいました。ハトが一羽窓にきて、「こんにちは、コックさん」と話しかけたというのです。
「こんにちは、ハトさん」とコックが答えると、
「肉がこげてしまいますように。セラフィーナが肉を食べられませんように」とハトがいったと、コックは王子に報告しました。
「わたしは三回も肉を焼きなおしましたが、三回ともこげてしまいました」
王子は、そのハトをつかまえてここにつれてくるようにいいました。
花嫁はそんなことはしてほしくありませんでしたが、コックは王子のいうとおり、ハトをつかまえてきてテーブルに置きました。ハトはすぐに花嫁のお皿に入って中の料理を花嫁の衣装にひっくりかえしました。花嫁は怒って、こんなハトは追いはらえとわめきましたが、王子はハトをつかまえてなでました。するとハトの頭に小さなふくらみがあることがわかりました。王子はそれがピンだということに気がついたのでぬいてやりました。すると、ハトは王子のほんとうの花嫁のあの三つのオレンジの美しい娘に戻りました。
みにくい娘はピッチのシャツを着せられて広場で焼かれました。そして、美しい娘は王子としあわせに暮しました。
二人はたのしく暮したけれどわたしには何もくれなかった。
わたしは小さなお菓子をもらったけれど、小さな穴に入れといた。
いまでもあるかどうか見にいってごらん。
(剣持)
うかれヴァイオリン
→解説
昔、お百姓に息子が一人あった。これがなんともばかな息子で、お百姓にいわせれば、まるきり使いものにならないというしろものだった。そんなわけで継母はひどくこの子を嫌い、なんとかしてやっかいばらいしてやろうと考えた。
ある日、継母は近くの修道士を呼んでこういった。
「どうか私に力を貸してくださいな。親切な修道士さん。うちの子ったら世界じゅうで一ばんのばか息子でなにひとつまともにできやしないんですよ。私の目の届かないところへやっちまってもらえないかしら」
「よろしいですとも。わたしが息子さんをつれていって、あなたのご満足のいくように仕事をさせておきましょう」と修道士はこたえた。
男の子は修道士についていった。修道士はこの子を自分の修道院につれていくと、羊たちとパンの入ったかごをわたしていった。
「そのあたりの原っぱへ行ってこの羊の世話をしておくれ。パンは二日分たっぷりある。二日たったら見にいくからね」
新米の羊飼いは出かけた。そして原っぱにつくと木かげに腰をおろし、羊たちが草を食べている間、パンをかじったり、たのしそうに歌をうたったりしていた。そこにひとりのおじいさんがやってきた。ぼろをまとって、やつれはてたようすをしていた。
「どうかおめぐみを。親切な羊飼いさん。パンをひときれくださらんか。わしは腹がへって死にそうだ。神様がきっとおまえさんをお守りくださるだろう」
「好きなだけおとりよ、おじいさん」
男の子はそういっておじいさんにかごをわたした。
おじいさんはパンをひとつとった。そして、そのパンを食べながら羊飼いにいった。
「ありがとうよ。やさしい子だね。ああ、これでおなかがいっぱいになった。さて、わしはおまえさんの親切にお礼をしようと思う。ほしいものをいってごらん。そいつをあげよう。わしは神様なんだからな」
男の子はこたえた。
「おいらはどんな鳥だってとれる鉄砲がほしいんだけど」
「さあ、これがその鉄砲だ」とおじいさんはいって鉄砲をわたした。
男の子は大よろこびで鉄砲を試してみた。あのおじいさんがいったことはうそじゃなかった。あれはたしかに神様だった。そんなものをくれるのは神様のほかにいるわけがないからね。鳥は男の子がねらったらねらっただけ、一羽のこらず落ちて死んだ。
二日目もまたあのおじいさんがやってきて、パンをめぐんでくれといった。若者はおじいさんが自分で好きなだけとれるようにパンのかごをさし出した。おじいさんはパンをひとつとり、それから羊飼いにきいた。
「さあ、こんどはなにがほしいかな」
「やさしい神様、おいらはヴァイオリンがほしいんだけど、おいらがそいつをひくとそばにいる者はだれでも踊っちまうってのがいいな」
「ほら、これがそのヴァイオリンだ。わしはもうこれで行くとしよう。さらばじゃ」
神様は羊飼いにヴァイオリンをわたして立ち去った。
神様が行ってしまうとすぐに男の子はヴァイオリンをひいた。すると、そこらじゅうのものが、なにもかも、木も羊も踊った。
「今、あの修道士がくればいいのにな。あんなふとっちょが踊るのを見たいもんだ」と羊飼いはいった。
そこへ修道士がやってきた。修道士は鉄砲を見るとすぐにきいた。
「その鉄砲、だれにもらったんだ」
「神様がくれたのさ。だけどこいつはすごい鉄砲なんだぜ。こいつでおいらが撃(う)つ鳥はぜったい逃げられないんだ」
「おまえはそいつを盗んだんだな。だがいい、まあやってみろ、とにかくおまえのいうことがほんとかどうか見てやろう」
「そいじゃ見ててよ。おいらが撃つから落ちたところへいって鳥を拾ってきておくれよ」
話がそうきまると、羊飼いは一羽の鳥をねらい撃ちした。鳥はすぐいばらのしげみの中に落ちた。修道士はさっとかけていった。その間に男の子はヴァイオリンを手にとって陽気にひきはじめた。気のどくに、修道士は踊って踊って踊りまくった。いばらのとげがちくちく刺す。
「やめてくれ、もうたくさんだ」どんなに叫んでもむだだった。
男の子にとっちゃ、こんなにふとった太鼓腹の男が踊るのはなんともこたえられない眺めだったからね。
気がすむまで楽しむと、男の子はヴァイオリンをひくのをやめた。修道士は汗びっしょりになり、顔をひっかき傷だらけにしてもどってくると、
「このしかえしはしてやるからな」とおどした。それから自分の仕事をしに行った。そしてあの継母に会うと、男の子のひどい仕打ちのことを話した。継母はいった。
「まあ、私たちはあんなちんぴらにしてやられたっていうわけね。それじゃ私がなんとかしましょう。さあ、あの子のところへいこうじゃありませんか。でも、やさしくしてやらなくちゃね。でないと、ついてこないかもしれないわ。あの子を裁判官のところへつれていって、しばり首にしてもらうんですよ」
「そりゃいい。さすがですね、奥さん。それじゃ行きましょう」
二人が行くと、羊飼い君は木かげでうたいながら修道士のあの踊りを思い出してわらっていた。継母がいった。
「さあ、ぼうや、かあさんとおいで」
「行くよ」と男の子はこたえ、鉄砲とヴァイオリンをもって二人についていった。
途中でひとりの男に会った。この男は荷車に土鍋を積み、ロバにひかせて町へ行くところだった。男は継母や修道士と顔見知りだったので挨拶した。それから男の子がヴァイオリンをもっているのを見ていった。
「やあ、ぼうや、おまえのヴァイオリンをちょっとひいてみてくれんかね。もしひけたらの話だがね。そしたらわしはちょっくら踊ってみよう」
「ああ、いいよ」と男の子はこたえた。
修道士はまずいことになったと思った。いばらの中で踊ったことを思い出したからね。それでまた同じことが起って踊りたくもないのに踊らされるなんてことにならないようにと、自分のからだを木にしっかりしばりつけた。しばり終わったとたん、若者はひきはじめた。最初の音が鳴ったと思うともう、そこらじゅうのものが踊りだした。ロバも踊れば荷車も踊った。土鍋という土鍋がぶつかりあってこなごなに割れた。継母も踊った。荷車の男はのろ鹿のようにとびはねた。修道士もせっかくしばったのに、しばられたままあがったりさがったりしたから、哀れなおなかはえらく苦しい思いをするはめになってしまった。
「やめてくれぇ、殺さないでくれぇ」
とみんなはわめいた。ヴァイオリンはやっと鳴りやんだ。継母と修道士はそれまでだってこの男の子をひどく憎んではいたが、こうなったら十回でもしばり首にしかねなかっただろうね。
二人は裁判官の前に男の子をひっぱっていって、あることないことぜんぶこの子のせいにして訴えた。裁判官はしばり首の刑を申しわたした。絞首台につれていかれ、おおぜいの人を前にすると、男の子はあわてずに、どうか死ぬ前にせめてヴァイオリンをほんの少しひかせてほしいとたのんだ。その願いはききとどけられた。男の子は力いっぱいひきはじめた。すると、広場じゅうのものが踊りだした。死刑執行人は首も折れんばかりにとびあがった。その間に男の子はヴァイオリンをもって、大さわぎしている人びとの中を無事ぬけだした。だから、いまでもみんなはその子をしばり首にしようと待っているんだよ。
(剣持)
ものいう小鳥
→解説
昔あるところにとうさんもかあさんもいない三人の貧しい姉妹がいた。三人はそれぞれが自分の仕事をしてなんとか暮らしていた。
ある日の夕方、仕事をしながらいちばん上の姉さんがいった。
「王さまのコックとならよろこんで結婚するんだけどねぇ。そうすりゃ、おいしいごちそうを持ってきてくれるわ」
すると二ばんめの娘がいった。
「わたしは王さまのお菓子の職人と結婚するほうがいいわ。わたしはお菓子が大好きなんだもの」
けれど末の娘は姉さんたちの望みをきくといった。
「わたしの望みはもっと高いの。わたしは使用人なんかじゃなく、ずばり王さまと結婚したいもんだわ」
ちょうどそのとき、王さまが窓の下を通りかかって、娘たちの話をきいてしまった。
あくる日、王さまはあの娘たちを呼びにいかせた。娘たちはふるえあがったが、びくびくしながらも出かけた。
娘たちが来ると、王さまは三人にたずねた。
「ゆうべ、これこれの時刻におまえたちが何を話していたか知りたい。だが本当のことをいわぬとおまえたちのためにならんぞ」
娘たちは、あんな話をここでまたどんなふうにくりかえせばいいかわからなかったが、それでもやっと勇気をだして、許しを乞い、それからひとりずつ、ゆうべしゃべっていたことを話した。
「よかろう」と王さまは話を聞き終ってからいった。
「喜ぶがいい。いちばん上のおまえはコックを夫にしてやろう。もう一人のおまえは菓子職人だな。そしていちばん若いの、おまえはわたしの妻になるのだ。さあ、もうさがってもいいぞ」
娘たちは喜んで家に帰った。王さまはおきさき用の衣装をひとそろい作らせた。すっかり準備がととのったところで結婚式があげられ、三人が三人、自分の望みどおりの夫をもつことができたというわけだった。
姉さんたちは王さまの花嫁になった妹を見ると、うらやましくなり、だんだん妹が憎らしくなってきた。王さまのお母さんも、息子のおきさきが卑(いや)しい身分の女だということががまんできなかった。
そのうちおきさきには子どもが生まれることになった。王さまがとても大切にしてくれたので、おきさきは金の髪をして、額に星のある子を、男と女とひとりずつ生みましょうと約束した。ところが、まだ子どもが生まれないうちに、王さまに一通の手紙が届いた。王さまは手紙を読むとすっかりふさぎこみ、戦争に行かなければならなくなったといった。そして、すぐに、準備をととのえるようにと命令を下した。
あくる日、王さまはお母さんとおきさきの姉さんたちに、留守中おきさきの世話をしてくれるように、そして、子どもが生まれたらすぐに知らせてくれるようにとたのみ、おきさきを抱きしめて、それから出発した。
さて、時がきて、おきさきは男の子と女の子をひとりずつ生んだ。子どもたちは二人ともたいへん美しく、髪は金でできていて、額には星がついていた。
王さまのお母さんは、子どもが生まれると、母親に見せもしないですぐにとりあげてしまい、子どもたちの代わりに子犬を二匹置かせた。おきさきが子どもを見せてほしいとたのむと、
「とんでもない赤ん坊だよ! 恥かしいとお思い。おまえは子犬を二匹生んだんだよ。ほら」といって、子犬を見せた。それから子どもたちをこっそり箱に詰めて海に投げた。息子には、おまえのきさきは犬を二匹生んだと手紙で知らせた。
王さまは、たとえ犬であっても大事にして、自分が帰るまでとっておくようにと返事した。けれど、お母さんはこの手紙をだれにも見せないで、その代わりに偽の手紙を作り、金の髪と額の星をもった子どもたちでなく、子犬を生んだからには、きさきを台所の水捨場に首だけ出して埋(う)め、きさきの顔につばを吐きかけるようにと書いた。そして、かわいそうなおきさきをつかまえて埋めさせてしまった。王さまのおかあさんとおきさきの姉さんたちは、おきさきの顔につばを吐き、さんざん悪口を浴(あ)びせた。
でも、わたしたちは海に捨てられた子どもたちのほうに戻ってみよう。
箱はぷかぷか浮いていって、とある浜辺に流れついた。そこには羊飼いがいて、波打際に浮かんでいる箱を見ると長い棒でひき寄せ、自分の小屋に持って帰った。おかみさんにその箱をみせ、二人で中に宝物でも入っているかと期待して開けてみた。ところが、中に入っていたのは赤ちゃんが二人だとわかって、羊飼いの夫婦はびっくりしてしまった。おかみさんは少し前に自分の子どもを亡くしたばかりだったので、そのかわいい赤ちゃんを見るとすっかり夢中になって抱きあげ、自分のおっぱいをのませた。そして、だれにも見られないようにいつも家の中にかくしておいた。
戦争が終わって、王さまは家に帰ってきた。そして、おきさきが埋められているのを知った。お母さんは、息子に犬を見せて、そんな女にはこうするのがふさわしいと思ったからこうしたのですよ、といった。
「いいでしょう。母上がなさったことだから、そうしておきましょう」
けれども王さまはすっかり悲しくなり、あきらめることはできなかった。ある日、ちょっと気晴しをしようと思って、王さまは狩りの仕度をして出かけた。そして、ちょうど、あの羊飼いの住んでいる海辺にやってきた。王さまは羊飼いの小屋までくると中に入って水を一杯いただきたいといった。子どもたちはそこにいたが、金の髪や額の星は見えないように包んであった。
「この子たちはだれの子かね」
と王さまはきいた。
「わたくしどもの子でございますよ」
「かわいい子たちだねぇ」
そういって王さまは子どもたちに何度も口づけした。子どもたちと別れるのがつらくなってしまったのだった。
すっかり遅くなってしまったので、王さまは羊飼いにお金をいくらか置いて、やっと帰った。
お邸に帰ると、王さまは見てきた子どもたちのことをすぐにお母さんに話した。何ともいいようのないほどかわいい子どもたちだったといった。お母さんはこれはあやしいと思った。
「おやおや、おまえは羊飼いの子どもたちのおかげで頭がおかしくなったんだよ。もうそんなところへ行くんじゃありませんよ」
お母さんはこっそり知りあいの妖精を呼びにやった。そして、妖精にあの子どもたちのことを話し、もしあの子たちを死なせる方法をみつけたら、すばらしい贈り物をしようと約束した。
「約束はできません。どうしてかと申しますと、私より力のある者がいるからでございます。でも、できるかどうか、できるだけのことはやってみましょう」
妖精は貧しい女の格好をして、羊飼いの小屋に行き、何かお恵みを、といって戸をたたいた。
小屋には子どもたちしかいなかった。女の子が顔を出して、その女に施しをした。妖精は女の子をみつめていった。
「なんてかわいいおじょうちゃんだろう。一つ足りないものがあるなんて、ほんとに残念だねぇ」
中から兄さんがいった。
「何が足りないのかきいてごらんよ」
そこで女の子はいった。
「あの、わたしに何が足りないのでしょう」
「踊る水が足りないんだよ。もしあんたがそれを手に入れたら、もっときれいになるんだけどねぇ」
「ぼくがそれを探しにいってあげるよ」
と兄さんがいった。ほんとに、どうしても行きたかったのだ。それで、びんをもって出かけた。
どこまでも、どこまでも歩いて行くと途中でおじいさんに会った。
「ぼうや、どこへ行くのかね」とおじいさんがきいた。
「気をつけるんだね。だれかがおまえを殺させようと思ってよこしたんだからね。だが、今回はわしが踊る水をみつける方法を教えてやろう」
おじいさんは小さな棒をくれた。
「そっちのほうへ行ってごらん。その道のつきあたりに鉄の格子戸がある。その戸はこの棒でさわると開く。そこにはトラやライオンやヘビやそのほかのありとあらゆる種類の動物がいる。ここにパンがあるからこのパンをもっていって、ひときれずつ動物たちにおやり。そうすれば通してくれるよ。そうやって庭園の中に入ると、水槽があってそばにライオンが二頭いる。その水槽の中に踊る水が噴き出しているのだ。その水をビンに入れてさっさと帰っておいで、けっしてあたりを眺めたりうしろをふりむいたりしてはいけないよ」
男の子はおじいさんにお礼をいって、いわれたとおりのことをした。鉄の格子戸の中に入ると、そこにあの妖精がいた。
「ライオンたち、あの子を食べておしまい。トラたち、あの子を殺しておやり」
けれど動物たちはだれも妖精のいうことをきかなかった。男の子は水を汲んで妹のところに持って帰った。その水をほんの少しとって洗うと、妹はまえよりずっと美しくなった。
あの女がまた施しを乞いに来た。女の子はすぐに、
「踊る水を手に入れたわ」
とうれしそうにいった。
「そりゃよかった。でもあんたにはまだ一つ足りないものがある。ダイヤモンドや宝石がいっぱいついた金のリンゴがないね」
兄さんはその金のリンゴも探しに行くといった。妹は兄さんのことが心配だったがどうしようもなかった。兄さんはどうしても行くといい、そしてほんとに出かけた。
途中であのおじいさんにまた会った。金のリンゴを探しに行くというと、おじいさんは「ぼうや、ほんとうにおまえが死ぬのを待っている者がいるのだよ。まあいい、今度もやってみよう。だがうまくいくかどうかわからんぞ。この棒と、動物にやるパンを持ってお行き。このまえ行ったあのご殿に行くんだ。ご殿の下に妖精がすわっているだろう。そして、ひざに金のリンゴをのせていて、おまえに『おいで、おいで』っていうだろう。そういいながら石を拾っているだろう。歯を研いでおまえを食べるためだよ。よく気をつけていて、妖精が目をそらしたらすぐ、リンゴをひったくって逃げるんだ」
男の子はご殿に行き、おじいさんのいったとおりにした。男の子がリンゴをとると、妖精が大きな声でいった。
「ライオンたち、その子を食べておしまい。トラたち、その子をひきさいておやり」
けれどライオンもトラも動こうとしなかった。
男の子は妹のところに帰り、リンゴを渡した。妹がリンゴを胸に抱くと、またまえよりもっと美しくなった。でもリンゴはかくしておいた。あの水もね。
そのあいだも、王さまは狩りに行くたびにあの小屋へ子どもたちを見に行っていた。あきもせず子どもたちをみつめ、口づけをしていた。そして、いつもそのことをお母さんに話していた。
「あの子たちがどんなにかわいいか、母上がごらんになったらねぇ」
お母さんは心の中でいった。
「ああ、なんてことだろう。まだ殺してなかったんだわ」
そして、妖精を呼びにやった。妖精は言いわけをした。
「私より力のある者がいると申し上げたでしょう。よろしい、もう一度やってみましょう」
王さまのお母さんはもう一つ贈り物をしようと約束した。もう一度、妖精は貧しい女のなりをしてあの小屋へ施しを乞いに行った。女の子は金のリンゴを見せた。
「そりゃよかった。どれも手に入れたんだね。もう、ものいう小鳥のほかには何も足りないものはないよ」
「ぼくが探しに行ってあげるよ」
と兄さんがいった。そして出かけた。あのおじいさんを探したが、おじいさんはいなかった。おじいさんがみつからないとわかると、男の子ががっかりして泣きだした。
「ああ困った、どうしよう」
さんざん泣いたあとで、やっとおじいさんが目の前にあらわれた。
「どうしておまえに、またそんなことを吹きこんだりしたのだろう。それで、何を探しているのかね」
「ものいう小鳥を探しているんです」
と男の子はこたえた。
「ふむ、こんどはうまくいくかどうかわからんぞ。まあいい、やってみるか。わしが助けてやろう。だがいいか、わしに会うのはこれが最後だぞ」
おじいさんはこれまでのように、棒とパンを男の子に渡していった。
「いつものあのご殿へ行くがいい。妖精が十五歳くらいの女の子の姿で窓のところにいて、おまえに『おいで、おいで、開けてほしいんでしょ』っていうだろう。そうしたらおまえは『ひとりであがります』といって、あがって行くふりをするのだ。入り口に鳥籠がいっぱいある部屋がある。最初に目についた籠をとってさっさと逃げてくるのだ」
男の子はそのとおりにした。男の子が鳥籠を持っていくと妖精が大声でどなった。
「ライオンたち、その子を食べておしまい。トラたち、その子をひきさいておしまい」
ライオンやトラはぜんぜん耳をかさなかった。
男の子がご殿を出たとき、魔法は終わった。ご殿は消え、妖精のうわさはそれきり聞くことはなくなった。男の子はおじいさんのところに戻り、棒を返してお礼をいった。それから、ものいう小鳥を妹のところへ持っていった。
そのあいだも王さまはあの小屋から離れられなかった。毎日出かけていっては子どもたちといっしょに過ごした。けれど、星のことも、踊る水のことも、そのほかのこともなにひとつ知らずにいた。なにもかも包んで、かくしてあったからね。
ある日のこと、王さまは子どもたちと羊飼いの夫婦を王さまの宮殿によんでいっしょに食事をしたいと思って、そのことをお母さんにいった。お母さんはそんなことはしたくなかった。
「ああ、おまえはあの人たちのことで頭がおかしくなってるんだね」
けれど王さまはそんな言葉には耳をかさず、羊飼いのところに行って、宮殿に食事にくるようにと招待した。
女の子が出かけるために着がえていると、ものいう小鳥がいった。
「おや、どこへおでかけですか」
「王さまのところへお食事に行くのよ」
「おやおや、それでわたしをつれていってはくださらないのですか」
「どこへおまえを入れていけばいいの」
「ふところへ入れていくのです。でもうまくやってくださいよ。手荒なことはしないでくださいよ。いいですか、あなたが食堂に入ったら、『子どもたち、おかけなさい』っていわれるでしょう。でもあなたたちは腰をかけてはいけません。二人がいっしょに『一人足りない』っていわなければなりません。そうするとみんなは家じゅうの人を会わせるでしょう。それでもあなたたちは『ここにはいない』っていうのです。『それじゃ、だれ。あの水捨て場に埋められている人しかいないわ』と人々はいうでしょう。そうしたらこういいなさい。『そうです。その人です』ってね。そうすれば王さまはその人を掘り出してくれるでしょう。あなたはその人をおふろに入れて兄さんがもってきてくれたあの水ですっかり洗っておあげなさい。それからおきさきさまの衣装をお着せして、テーブルにおつれするのです。食事がすんだらあなたたちは『おや、子どもたち、どうして何もお話しないの』といわれるでしょう。そうしたら『わたしたちは何も知りません。でもよろしかったら小鳥に話させましょう』と答えるのです。そして手のひらに私をのせてあとは私におまかせください」
女の子は小鳥のいうことをよくきいていた。そして、小鳥をふところに入れ、宮殿に着くと小鳥がいったことをちゃんとそのとおりにした。
おきさきは掘り出された。まるで死んだ人のようになっていたが、女の子があの水をかけるとすぐに、昔、見る人を幸せな気分にしてくれたあの生き生きとした美しさが戻ってきた。
こうして全員がテーブルについた。食事が終わると王さまは子どもたちにきいた。
「おや、きみたちどうして何も話をしないのかね」
「わたしたちは何をお話したらよいかわかりません。でもわたしはここにものいう小鳥をもっています。陛下がもしお望みでしたら、この小鳥に話させましょう」と女の子は答えた。
王さまは「よし、よし。ものいう小鳥の話をきこう」といった。
そこで女の子はふところから小鳥をとり出して手のひらにのせた。小鳥は手のひらからテーブルにとびおりて王さまの前に行き、おじぎをして、それから話しはじめた。
「王さま、この子どもたちはあなたのお子さまでございます」
小鳥はこれまでのことをことこまかに話した。そして話終えると、子どもたちに頭を見せるようにといった。子どもたちは頭の覆(おお)いをとった。子どもたちの髪が金でできていて、額に星がついているのを見て、みんなはびっくりした。
こうして王さまはこの子どもたちが自分の子どもであること、それに妻が無実であることを知った。王さまはおきさきと子どもたちを抱き、お母さんや姉さんたちのせいであるとはいえ、ひどいしうちをしたことを許してほしいとたのんだ。
ところがそのとき、小鳥がみんなの間にとびおりていった。
「罪はすべてこの女たちにあります。こらしめなければなりません」
「よろしい、どんな罪にすればいいかいってくれ」と王さまがいった。
「ピッチのシャツを着せて、三人とも広場で焼かせなければなりません」
王さまはそのとおり、あの女たちを広場のまん中で焼かせた。そして、妻と子どもたちと羊飼いの夫婦といっしょに仲よく暮らした。
(剣持)
解 説
本書で採用した話の題名の下に、AT番号(昔話の型の番号。あとがき参照。)の確認できる話にはAT番号を補い、さらにグリム童話などでよく知られている話には、一般に親しまれている題名を「」で補った。 目 次
きつねとえもの
不思議なひきうす
はえのお屋敷
どこか知らんとこの、なんだかわからんもの
地下ぐらの娘
埋蔵金
二人の兄弟
キンダーソヴォ村の男たち、ペテルブルグへ行く
キンダーソヴォ村での舟作り
橋の上の幸福(しあわせ)
シャーヌフの衆、新しい教会を建てること
シャーヌフとコシャリンの町境はどうして決めた?
つばさをもらった月
娘と十二の月
金の鳥
森の悪魔と兄弟
お百姓と卵
ヘッセンにやぎがやってきたわけ
狼と七匹の子やぎ
小さな白猫
蛙の王様
ルンペルシュティルツヒェン
白雪姫
ふしぎなおじいさん
肝っ玉ヨハン
長い眠り
猫の水車小屋
小人の贈り物
魚よ、くっつけ
賭け
ガラスの山
いぐさのコート
鍛冶屋の弟子
リビンとロビンと茶色のリーヴァイ
おかみさんとベリーの木
猫と仲間たち
七つ頭の獣
ジャックじいさん
迷いっ子
ジャネットと悪魔
ドラックと美しいフロリーヌ
ディクトンさん
熊のフワン
はなたれ小僧
ティルソ王の息子
プレッツェモリーナ
ベーネ・ミーオ
三つのオレンジ
うかれヴァイオリン
ものいう小鳥
●きつねとえもの(AT2「尻尾の釣り」)
民俗学者として活動をはじめたばかりのカールレ・クローンが北フィンランドのヒュルンサルミ村で、一八八二年に記録した話です。クローンは、昔話の歴史地理学的研究法を生み出した人で、わが国でも「フィンランド学派」の研究者として知られています。語り手は、アート・ケンッパイネンという当時七〇歳の男性です。
この話は一般に「尻尾の釣り」と呼ばれて、国際的に広く分布しています。水に入れた尻尾が凍りついてしまう「凍結型」と、尻尾に籠をくくりつけ水中をひかせる「籠ひき型」の二つの型があります。クローンは「凍結型」の方を古いと考えて、この型がまず北欧に生まれ、世界中に伝えられていったと推測しました。日本でも「凍結型」の話が各地に多く語り継がれていますが、きつねとかわうその葛藤譚になっていることが多いようです。
→本文
●不思議なひきうす(AT565「塩吹き臼」)
アントン・カリオニエミが、パルカノ地方のクイバスヤルビ村で一九〇六年に記録した話です。語り手は、ビッレ・ハード・アールトネンという当時二九歳の男性でした。
この話は、「魔法の石うす」「海の水のからいわけ」などとも呼ばれ、国際的に広く分布しています。グリムの昔話集にみえる「うまい粥」も類話のひとつです。
この話はクリスマスの出来事として語られています。日本にも正月の餅を借りにいくところから始まる話があり、この型の話は特別な祝祭日に語られてきた話ではないかと考えられます。また、結末に登場する「船乗り」や「海水の塩辛さの由来」などから、船乗りや塩作り・塩売りなどによって伝承された話であるとも言えそうです。
→本文
●はえのお屋敷(AT283B)
これはA・ハリトーノフが一九世紀中頃にアルハンゲリスク県で記録したもので、東スラブに多い話です。ここでははえが建てたお屋敷が舞台になっていますが、捨てられていた壺や馬の頭蓋骨が動物たちのすみかになる話もあります。ラチョフの絵で親しまれている「てぶくろ」もこれと同じタイプの話です。
この話は登場人物の配列に大きな意味があり、動物は小さいものから大きいものの順に登場します。はえの家ですから、そんなにたくさんの動物がはいれるはずもなく、きつねが登場するあたりから聞き手は、この先どうなるのかと不安になってきます。うさぎや狼の登場によって徐々に高まった緊張は熊の出現によって最高潮に達し、最後にお屋敷がつぶれ、それまでの緊張が一挙に解消して終るという仕掛けです。このような組み立てはこのタイプの話に共通するもので、屋敷の中の動物の数がだんだんに増えていくところから、累積譚に分類されます。
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●どこか知らんとこの、なんだかわからんもの(AT465「生きているカンテレ」)
ヴォロネシ生れの有名な語り手アンナ・H・コロリコーワ(一八九三年生)の語った話です。アンナの祖父は六歳で孤児となり、盲目の宗教詩歌いの手引き(案内役)となって各地をまわりながら歌を覚えました。祖母もすぐれた歌い手で、この二人からアンナは多くの話と歌を受け継いだといいます。
若いうちから婚礼などに呼ばれて歌ったり語ったりしたアンナは、やがて語り手として人々に知られるようになりました。子供の頃から働きづめだったアンナの語りには、社会の不正にたいする風刺や怒りがこめられているように思われます。この話の語りはじめや結末にも、その思いが表れています。
→本文
●地下ぐらの娘(AT813A「カンテレ姫」)
一九六三年に白海沿岸のレスノイという村で六八歳のアウドチャ・アニシモヴナ・モシニコワが語った話です。かつてこの地の人々は、森や川、家や風呂小屋、穀物乾燥小屋や地下ぐらなどにおそろしい霊がいると信じて、恐れ、敬ってきました。そして、うっかり「悪魔にさらわれてしまえ」といった悪い言葉や呪いを口にすると、そのとおりになってしまうと信じていたのです。たいがいの昔話の場合は、さらわれた娘が何かのきっかけで人間の男性と結婚して、闇の世界から救われることになるのですが、ここにあげた話では、人間の世界へ戻ることができず、実話のように語られています。話の中の婿も不注意な言葉によってさらわれてきた若者と想像されます。
→本文
●埋蔵金(AT831)
山羊の皮をかぶり悪魔をよそおって貧乏人をおどす強欲な僧の話は、東スラヴに圧倒的に多く、バルト諸国でもよく知られています。ロシアでは昔話としてばかりではなく、実際にあったことのように噂が広まったこともあります。一八二五年に当時の首都ペテルブルグのカザン寺院のまえに本物の「角つきの僧がつれてこられる」という噂がたち、庶民ばかりでなく身分の高い人たちまでがその見物におしかけ、大群集がネフスキー修道院を壊しそうな勢いだったという記録まであります。
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●二人の兄弟
ウクライナの話で、ルーマニア国境に近いザカルパチアのヴォニコヴォ村で記録されました。この地方では、火種はとても大切にされてきました。むかしは、「火をわけることは富をわけること」「火種を貸すならすみやかに返してもらうこと」ともいわれ、「一年の特定の日には、火をわけてやらない」という習慣もありました。
焚き火を囲む十二の月が援助者として登場し、逆境にある者を助けるのは「娘と十二の月」を思わせますが、炭が金にかわるのがこの話の特徴です。炭が金にかわるモチーフは、ロシアにも多くみられます。ウクライナには十二の月をあらわす十二人の男たちが祭りの服装をしている例もあり、日本の「大歳の火」を思わせる話もあります。
→本文
●キンダーソヴォ村の男たち、ペテルブルグへ行く
●キンダーソヴォ村での舟作り「愚か村話」
二話ともA・トゥピーツィナが一九六四年にカレリアのプリャージャ地方で採録した話です。語り手は前者が六六歳の男性M・A・イワーノフ、後者が二八歳の男性N・P・フィラートフです。
カレリアはソ連の北西、フィンランドと国境を接するあたりをいい、言語はフィン語と同系です。
キンダーソヴォ村は南カレリアに実在する村で、「愚か村」として近郷にその名を知られています。川と湖の多いカレリアは交通の便が悪く、とくに春の雪どけのころは馬車も船も通わず、村は孤立してしまいます。ここに紹介した二話の他にも、キンダーソヴォ村の人たちが何をするにも十二露里(約十三キロメートル)先の隣村のプリャージャまででかけていって、隣村の人たちがやっていることを見てきてはまねをし、失敗するこっけいな話が数多く記録されています。
→本文(キンダーソヴォ村の男たち、ペテルブルグへ行く)
→本文(キンダーソヴォ村での舟作り)
●橋の上の幸福(しあわせ)(AT1645)
これは日本各地に伝わる「味噌買い橋」と同じパターンのポーランドの話です。シチェチンは北の海、バルト海に面する、現在の国境線ではポーランドの最西端、すぐ西がもう東ドイツ(現・統一ドイツ)との国境になる大都市です。スウープスクはやはりこの海に面した、ソ連まで続く海岸線のほぼまん中にある小都市です。
実はスウープスクの東方にはシチェチンよりもっと近い、もっと大きい、もっと美しい町、グダニスクがありますが、国境が幾度となく変わったこの国では、この町がロシア領だった時代があり、この話はおそらく、スウープスク近在の小村から見て、幸福を呼びそうな豊かな町がシチェチンに限られていた頃の話でしょう。
日本の話が大木の下などで大判小判を見つけ、掘り出すと終わってしまうのに対し、ここではそこに金貨があったことの理由づけをし、更にその後の金貨の使い道まで明らかにします。いわば多少理屈っぽいのが特徴で、「味噌買い橋」を語る日本人との国民性の違いが出ています。
このタイプの話は、ヨーロッパ全域から中近東にも分布しています。
→本文
●シャーヌフの衆、新しい教会を建てること
●シャーヌフとコシャリンの町境はどうして決めた?「愚か村話」
ポーランドでは各地方に「愚か村」「愚か町」があります。マゾフシェ(首都圏)地方であれば、それはワルシャワ近郊のグルエッツ、ルブリン(東部)地方なら、ヤギに蹄鉄をはかせるパツァヌフ、ヴェルコ・ポールスカ(西部)地方ではモシーナで、西部沿岸地方ではシャーヌフです。これらの町・村を舞台とし、たくさんの物語が生まれていますが、その笑いは、ここに住む人々を軽蔑し、さげすむことが目的ではなく、民族の持つ笑いとユーモアの心の発露であるでしょう。
最初の話では幾重にもなった笑いの層のうち、一見気づかれにくい点、――たとえば広場のまん中のコートまで教会を押してきても、教会は広場のまん中にはならぬことに、みなさんはお気づきになったでしようか? また、次の話では、昔のヨーロッパの町々が城壁に囲まれていたこと、町が始まる地点に、その印として、ちょうど踏切の遮断機のような境界棒があったことなどを思い描いてみてください。
→本文(シャーヌフの衆、新しい教会を建てること)
→本文(シャーヌフとコシャリンの町境はどうして決めた?)
●つばさをもらった月
アンゲル・カラリーティフの『ブルガリア民話集』におさめられた話です。カラリーティフは、民話の研究者であると同時にすぐれた文学者で、民話を素材とした多くの作品や童話を残しました。
この話の類話はロシア、ウクライナなどスラブ圏や、ヴォルガ沿岸のマリにも分布していますが話の数は多くありません。ブルガリアでは、一般に「お爺さんとお婆さんと月」という話名で、いまも各地に語り継がれている話です。いずれも、子供のいないお爺さんとお婆さんを助けようとして、月が鳥の姿をかりて、地上におりてくる話ですが、老夫婦が月をひきとめようとして翼を焼いてしまい、人間との共存関係が崩れてゆきます。「月が天上にもどることができず、闇夜がつづく」という神話的なモチーフをふくんだスケールの大きな話です。
→本文
●娘と十二の月(AT480「十二の月の贈り物」)
ブルガリアに住むマケドニア系の人々の間で語られている話です。マケドニアは、現在では、西はセルビア(ユーゴ・スラヴィア)、南はギリシャ、残りはブルガリアに分かれていますから、それらの国にもよく似た話が伝えられています。
ここに紹介した話では、娘は井戸に水汲みにいきますが、アルバニアの話では冬の森に苺つみに出かけます。ロシアの作家マルシャークの「森は生きている」のもとになったスロヴァキアの話では、娘は三度難題をいいつけられ、冬の森にいくのですが、十二の月の援助で雪の森が、春・夏・秋と変わる彩りあざやかな話になっています。
グリムの「ホレおばさん」やペローの「妖精たち」の類話です。
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●金の鳥(AT550)
バルカン山脈の山間にあるベルコーヴィッツァの町で、一九八○年に八二歳になるベリカ・トドロヴァお婆さんから訳者(八百板洋子)自身が聞いた話です。
『グリム童話集』の「金の鳥」やロシア民話の「イワン王子と火の鳥と灰色の狼」の類話ですが、ブルガリアでは一般に「金のりんご」とよばれています。それらの話では、聖ペテロ祭の晩(七月十二日)に毎年一つだけ実る金のりんごをとるのは竜で、末の弟が竜退治をします。その時、鷲が援助者として現れ、主人公が地下の国から脱出するのを助けてくれるのです。
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●森の悪魔と兄弟(AT613)
A・カラリーティフの『ブルガリア民話集』におさめられています。ロシア、白ロシア、ウクライナなど東スラヴの民族や、バルカン半島の国々に類話が多い話ですが、ブルガリアでは地方によって「正直と不正直」という話名で知られています。
インドにも「正直者と悪者」という話があります。二人の商人が土の中から銀貨を掘りあて、ずるい男のほうが一人占めしようとして、結局、欲がたたって何もかも失うという話です。
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●お百姓と卵(AT1430)
これもバルカン山脈の山間のヤゴドボ村で、一九七八年にツベタナ・トドロヴァお婆さんから訳者(八百板洋子)自身が聞いた話です。ツベタナさんはベリカさんのご主人の妹で、七〇歳すぎても畑仕事にいそがしい元気なお婆さんでした。
まだ現実には手に入れていないものを、すっかり手にいれた気分になって、次々と空想にふける話ですが、イスラエルの「羊の群れ」、マケドニアの「小麦粉もヘッドも使わないでケーキを焼こうとしたかみさん」など愉快な類話が各地にあります。
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●ヘッセンにやぎがやってきたわけ(AT122E「三匹のやぎ」)
ドイツの中央に位置するヘッセン州、アレンドルフ・アン・デア・ランツブルク村で、一九四一年に記録された話です。
話者は第二次世界大戦で戦死したヤコブ・ハイデという銀行員で、ハイデはみずから民俗学に興味をもち、民話や民謡の記録を行っていました。この話は、ハイデが祖母のマリーから聞いたもののようですが、マリーの父親のクラウス・ハインリヒ・メラー(一八二五〜一八九八)は大変な語り手で、自分の子供ばかりでなく、奉公先の主人の子供たちにも請われてたくさんの昔話を語ったようです。
メラーの生まれる少しまえのことですが、この村の牧師の娘フリードリケ・マンネルが『グリム童話集』に協力して、この村の話を提供したことがわかっています。
「三匹のやぎ」の話は、ノルウェーの話を絵本化した「三びきのやぎのがらがらどん」が日本でも幼児に人気があります。
→本文
●狼と七匹の子やぎ(AT123)
ヘッセン州のエプスドルフにすむ五九歳のローウェー夫人が方言で語り、そのまま記録された話です。エプスドルフは、グリム兄弟が学生時代をすごしたマールブルグのすぐ近くの村です。世界中で親しまれている話ですが、ここに紹介した話は方言語りの素朴さに加えて、村の住人であるカイルス・ペーターや、となりのハッハボルン村などが登場して、一層身近な語りになっています。
→本文
●小さな白猫(AT402「蛙の王女」)
一九〇四年に当時八○歳の左官職、ヨハン・ヒュニケが語った話です。
聞き手のヴィルヘルム・ヴィッサーは、母方の祖父からたくさんの話を聞いて育ち、語りの収集に興味を持ちました。一八九八年から一九〇九年にかけて、故郷北ドイツの東ホルシュタインの村々を訪ね、昔話や笑い話の語りを記録しました。
ヒュニケはすぐれた語り手で、この話を語った半年後になくなりましたが、ヴィッサーは短い期間に多くの話を記録しています。それらの話は土地の方言で語られ、素朴で活気に満ちています。
類話はヨーロッパを中心に広く分布し、『グリム童話集』にも「三まいの羽」と「かわいそうな粉屋の若者と小猫」がおさめられています。
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●蛙の王様(AT440)
ドイツ系のポンメルン人の移住地である中部ポーランドで、アルフレート・カラセック=ランゲルスが記録した話です。
『グリム童話集』の第一話として有名な話ですが、類話は多くありません。グリムの話でも、主人公は一番下のお姫様で、お姉さんたちは話に登場しません。しかしここでは、三人のお姫様たちと蛙のやりとりがきちんと語られています。
日本の「猿婿入り」でも、動物が人間の娘を嫁に欲しいといって訪れます。しかし、日本の話では末の娘が父親のためにけなげに嫁入りを承知するのに、この話の主人公はなんとか約束を果たさずにすむように逃げまわります。
蛙が姫に訴えることばは歌うように語られたらしく、この話の記録者は楽譜を記しています。
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●ルンペルシュティルツヒェン(AT500)
バルト海沿岸のメクレンブルク州にすむ一八九二年生まれのベルタ・ぺータースが語った話です。ベルタは、ヴァリンの町の教会堂に住む牧師夫妻の三番目の子として生まれ、幼い頃から昔話を聞いて育ちました。ことに母方の祖母は貧しい仕立屋の生まれでしたが、ベルタの母や孫のベルタにたくさんの話を残しました。しかし、ベルタの話には、母の話してくれたグリム童話の影響も見られます。ベルタ自身も認めるとおり、祖母から聞いた話はグリム童話によってより鮮明なイメージを与えられたようです。
イギリスでは「トム・ティット・トット」として知られた話ですが、ヨーロッパ各地で大変人気のある話です。伝説として「実在の教会やドームを建立する際、巨人や小人、悪魔、トロルなどに助けてもらった」という話も多く、そこにも超自然的な援助者の名を当てるモチーフが登場します。日本の「大工と鬼六」もこのタイプの話です。
なお、原話には小人が一人で歌い踊るところが楽譜つきで採録されています。
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●白雪姫(AT709)
グリム兄弟が一八一〇年に友人のブレンターノに依頼されて書き送った四九話の昔話の一つです。ブレンターノは民謡集『少年の魔法の角笛』の編者として知られるドイツロマン派の詩人です。
当時ドイツでは、民族の宝である昔話や民謡を書き残しておこうという気運が高まり、グリム兄弟も昔話を集めていました。しかしまだ本にしようとは考えていなかったようで、聞いた話を書きとめただけの簡単なものでした。この四十九話は一番もとのグリム童話という意味で「初稿」とよばれグリム童話研究の貴重な資料ともなっています。
この話は、グリム兄弟と家族ぐるみのつきあいのあったハッセンプフルーク家の長女マリーから聞いた話です。私たちが現在親しんでいる「白雪姫」と比べて、意地悪な継母が実母だったり、王子ではなく父親が救出者だったりという違いがあります。グリム兄弟は、この初稿にあとから知った他の類話を結合したり、部分的に差しかえたりしながら、全体の表現を豊かにしていったのです。
なお、本文中の「エンゲルランド」というのは「天使の住む国」という意味で、古くはドイツにとって「彼岸の国」であるイギリスを意味しました。
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●ふしぎなおじいさん(AT750「イエスとペトロのお礼」)
世界中に広く分布する話です。この話のお礼は「朝、最初に始めたことが一日中続く」ということでしたが、「三つの願いをかなえてもらう」という話もたくさんあります。その場合、貧乏人はつつましく「死んで天国に行けるように」などと願って幸せになりますが、金持ちは考えをめぐらせたあげく、結局くだらないことを願ってしまい、元の状態にするのが精いっぱいだったり、おかみさんが動物になってしまったりして罰をうけます。
『風土記』にある富士山と筑波山の話や昔話の「猿長者」などもこの型の話です。訪れるのは、ヨーロッパではキリストと聖ペテロ、日本では弘法大師、中国では仏の場合が多いようです。
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●肝っ玉ヨハン(AT1640「勇敢な仕立て屋」+AT513「世界を旅する六人組」)
この話を語ったハインリヒ・ボンラートは、一八五五年にボンからそう遠くないジーク地方に生まれました。ボンラートは、この話を収めたディトマイヤー編『ジーク山麓の伝説と笑話』の中でも傑出した語り手です。ある日ボンラートは、ディトマイヤーが居酒屋で主人と村のよもやま話をしているのに興味をもち、「自分にも話させてくれ」といって村の伝説などを語ったあと、「昔話には興味がないのかね」といってこの話を語ってくれたそうです。ボンラートは遍歴大工の仕事をしていた関係で、この近郊の村々を歩き回り、仕事先でたくさんの話を仕入れたようです。
グリム童話でよく知られた「勇敢な仕立屋」と「世界を旅する六人組」の結合した形になっていますが、話のなかに編者と話者のやりとりも入った、たいへん忠実な記録です。
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●長い眠り(AT410「ねむり姫」)
「シュタイアマルクのグリム」とよばれたロームアルド・プラムベルガーが、二人の語り手から時期も場所も別々に聞いた話です。最初の話はシュタイアマルク州の農場「シュタイナーの谷」に働く年老いた労働者が、次の話はそれよりも十年以上前の一九二一年にラスニッツに住む九〇歳の老婆が語っています。プラムベルガーは、最初これらの話をメモ形式で記録し、後で整理し文章化しました。いずれも農村の力強さにあふれた素朴な「眠り姫」です。
シュタイナー農場はラスニッツに近く、ラスニッツの人たちも農場にたくさん働きにきていましたから、二人の語り手は同じ地域の出身だったのかもしれません。
類話はヨーロッパ中に広く分布し、ペローの「眠り姫」やグリムの「いばら姫」がよく知られています。『ペンタメローネ』でイタリアにも数多く伝えられています。
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●猫の水車小屋(AT480「ホレおばさん」)
語り手のトビアス・ケルンは、一八三一年にエーデンブルグ(当時のオーストリア・ハンガリア帝国、現在のハンガリー)で生まれ、三〇歳から市の道路清掃人として働いていました。方言による民衆詩を採録していたビュンカーが、ケルンに出会ったのは一八九四年のことです。ケルンは年齢や厳しい労働にもかかわらず、明るく畏敬の念をいだかせる人物だったようです。
ケルンはビュンカーの家で、祖父や親しい老人や、若い頃働きに出ていたニーダー・オーストリアの仕事仲間から聞いた話を喜んで語りました。ビュンカーはケルンの口からあざやかに流れ出る百話以上の昔話、笑い話、伝説を方言のまま記録しました。ここに紹介した「猫の水車小屋」は、後にカール・ハイディングが標準語に改め、文章を整理したものです。
グリムの「ホレおばさん」やペローの「妖精たち」などによって、世界中に広く知られた話です。
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●小人の贈り物(AT503)
シュタイアマルク地方に伝えられた小人の伝説です。日本の「こぶとり爺」とよく似た話ですが、類話は世界中に広く分布しています。
日本では、上手に踊って鬼にこぶをとってもらう話が知られていますが、ヨーロッパでは、この話のように「曜日の歌」にうまく歌詞を続けることができるかどうかが、運命の分かれ目になります。
この話では、小人たちはお百姓を持ち上げて投げまわしますが、小人は一般に大変な力持ちとして知られています。
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●魚よ、くっつけ(AT571「金の鵞鳥」)
チロル地方の話ですが、ヨーロッパに広く分布し中近東でも知られた話です。主人公はたいてい三人兄弟の末っ子で、ドイツ語圏では「ハンス」と呼ばれることが多いようです。
話の興味の中心は、やはり奇妙な行列にあるといえるでしょう。身分や職業、男女の別なく、時には動物や野菜まで登場して、みんなピッタリとくっついてしまいます。
この話の結末には、語り手から聞き手への興味深い語りかけがあります。しかし、語りの状況や話者については、残念ながら全く記録されていません。
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●賭け(AT1541「幸運なハンス」)
『グリム童話集』の「運のいいハンス」の類話です。チンゲルレ兄弟の口伝えによる昔話集にチロル地方のラッテンベルクの話として紹介されています。まぬけな主人公が、大きなものから小さなものへと交換していき、その無欲さのおかげで、最後に高価な代償を手に入れる笑話ですが、同じモチーフが『アンデルセン童話』の「父さんのすることはすべてよし」にもみられます。
アンズダケは南ドイツからオーストリア地方にできるごく一般的な食用きのこです。アンズダケという言葉は俗に「とるに足らないもの」という意味にも使われます。そんな意味から、鶏飼いの娘がハンスに鶏のフンを包んでわたしたのかも知れません。
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●ガラスの山(AT425C「美女と野獣」)
ヨーロッパを中心に広く語られている異類婿の話です。ギリシャ・ローマ神話の中の「アモールとプシュケ」も同じタイプの話で、古くから語られていたことがわかります。
この話は、現在のアイルランド共和国リートリム県で一八九三年ころ記録されました。語り手は十四歳の少年で、この話を母親から聞いたといいます。母親は自分の父ジョン・ティーグから聞いて覚えたということです。ジョンとその父は語りの名人として評判が高く、アイルランド語(アイルランドのケルト語)で語っていたそうです。この話は語り手が自分で書きとめたものですが、話の中の「オレンジの牛」という言葉は語り手も意味がわからないと言うことです。
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●いぐさのコート(AT510「シンデレラ」)
スコットランドのエルギンに住んでいたマーガレット・クレーグが語り、一八九〇年にアンドルー・ラングが発表した話です。『続イギリス民話集』におさめられたジェイコブズの再話「ラッシェン・コーティー(いぐさのコート)」の原話の一つにもなりました。
スコットランドの「シンデレラ」には、子羊や子牛などの動物が主人公を助ける話が多いようです。話の最後にとつぜん登場する鶏飼い女も、スコットランドの民話によく現れる人物です。不思議な力で主人公を助けてくれることもありますが、いじわるな魔女や継母のような役割をはたすこともあります。この話の鶏飼いは、いぐさのコートの継母と同一人物のように思われます。
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●鍛冶屋の弟子(AT1523「泥棒の名人」)
この話の語り手は、牛や羊などを市場に追っていくことを仕事とするドナルド・マクローです。一八五九年の九月、J・F・キャンベルがスコットランドの北ユーイスト島で、マクローと一緒に歩きながら聞いた話です。マクローは子供のころ、北ユーイスト島に住んでいた一人のおばあさんから昔話を聞いたそうです。そのおばあさんは語りの名人で、家には何マイルも先から子供たちがやってきて集まり、黙って身動きもせずに話を聞いていたということです。マクローも雪の中を六、七マイル歩いて話を聞きにいきました。子供たちが大人から煙草をすこしもらっていってプレゼントすると、おばあさんはそのお返しに一つ話をしてくれたそうです。
スコットランドには、英語とは全く異なるゲール語(スコットランドのケルト語)を話す人たちが住んでいます。語りが盛んな地域で、J・F・キャンベルは一八六〇年ごろゲール語の民話を記録し英語訳をつけて、スコットランドで最初の本格的な民話集を作りました。この話はその中の一話です。
エリンとはアイルランドのことです。
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●リビンとロビンと茶色のリーヴァイ(AT1535「ウニボス」)
スコットランドのエディンバラで、一八五九年ころドナルド・マクリーン(当時六九歳)がマクローラン師に語った話です。
主人公が何度も金持ちや隣人をだまして財産を手にいれる、日本の「俵薬師」と同じタイプの話です。ほかの話では主人公が池に投げ込まれる前に、袋に入れられることが多いのですが、ここでは服を交換するだけになっています。プレードと言うのはスコットランド高原地方の民族衣装の一部で、男性が着用するタータンの肩掛けです。
最後の「そこでみんなと別れた」というのはスコットランドの昔話に多い結末句です。
なお、マーク、クラウンは昔使われたお金の名前で、一マークは一クラウンの約二・七倍に相当します。
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●おかみさんとベリーの木(AT2030「おばあさんと豚」)
繰り返しや積み重ねなどを楽しむ形式譚のひとつです。これは、ジェイコブズの『イギリス民話集』の中にある「おばあさんと豚」と同じ形式で、累積譚とよばれるものです。語りのほかに詩の形のものもあり、マザーグースの「これはジャックが建てた家」などもその一つです。
ベリーはブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、ストロベリーなどの総称です。
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●猫と仲間たち(AT130「ブレーメンの音楽隊」)
一九世紀のフランスの代表的な民話集『ロレーヌの民話』に収められた話です。この民話集には、エマニュエル・コスカンがモンティエ=シュール=ソーというロレーヌ地方の小さな村で集めた百話ほどの話が収められています。テープ・レコーダーもなかった当時の記録方法は、現在とずいぶん違いますが、「できるだけ文学的修辞をさけ、夜なべ仕事の合間に語られた話を忠実に記録することにつとめた」と序文に記されています。
グリムの「ブレーメンの音楽隊」の類話ですが、動物たちが泥棒をやっつける件が日本の「猿蟹合戦」にとてもよく似ています。コスカンもすでにその事には気づいていて、民話集の解説のなかで一八七一年にロンドンで刊行された『日本昔話』に収められた「猿蟹」を詳しく紹介しています。
語り収めの言葉は、語り手が話にリアリティーをもたせるために用いるヨーロッパ昔話の常套手段です。
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●七つ頭の獣(AT300「二人兄弟」)
ブルターニュ地方のラ・シャペル=デ=マレ村のマイヤンという集落で、一九四七年十月に籠編みの職人ピエール・ルリエーヴル(当時七三歳)が語った話です。ルリエーヴルは、語り終わったあとで「昔から伝わっていた話で、一二か一三の年に聞き覚えた」といい、さらに「昔の人たちは、これ以上長い話を語る者はいないだろうといって自慢していたもんだ」とつけくわえています。籠編み職人には、代々伝わる昔話のレパートリーがあり、なかでもこの七つ頭の獣と戦う話は、ひじょうに人気があったようです。フランスに多く伝わるこのタイプの話は、しばしば「竜退治」や「二人兄弟(または魚の王様)」の話と結びつき長い語りとなります。本書に収めた話は、クリック! クラック! という語りはじめの合図や、語りおさめの定形にもみられるように、口伝えの味わいがあちこちに残っていて魅力ある語りになっています。
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●ジャックじいさん(AT312「青ひげ」)
フランスのすぐれた民族学者ジュヌヴィエーヴ・マシニョンが、一九五一年の五月にヴァンデ地方のフォントネイにあるヴリュイールのルネ・シェーニュ夫人から聞いた話です。シェーニュ夫人は、この話をお母さんから聞いたのだそうです。
ペローの『童話集』でよく知られた「青ひげ」の類話ですが、再話の名人だったペローには見られないいくつかの面白い特徴をもっています。たとえば、主人公の娘がピンチに陥ったとき、それを兄たちに知らせに走る小犬とか、青ひげと娘とジャックじいさんの間に交わされる問答の三度の繰り返しとかは、昔話の大切なきまりです。死を宣告された娘が花嫁衣裳をつけることも、この話に奥行を与えているように思われます。
青ひげは、フランスでは、よくジル・ド・レと言う実在の人物の伝説と重ね合わせて考えられていますが、これは伝説と昔話が結びついた興味深い例の一つです。
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●迷いっ子(AT327A「ヘンゼルとグレーテル」)
オーベルニュ地方で、アントワネット・ボンが一八八六年頃に記録した話です。
子どもが人食いから逃走する話で、グリムの「ヘンゼルとグレーテル」やペローの「親指小僧」は、この話の類話です。「親に捨てられた子どもたちが、森の中をさまよって、人食いの家に辿り着く。そこで、正に危機一髪というところで、機知を働かせて難を逃れる。そのあと、人食いの宝をとって親の家に戻り、今度は歓迎される」という筋が両者に共通しています。
この話は、「ヘンゼルとグレーテル」により近いのですが、印象的な森の中のおかしの家は登場しません。人食いが住むのは赤い家ですが、フランスやドイツの他の類話では、メンドリの糞の家や、ピンのいっぱいささった家、オムレツとソーセージでできた家だったりします。
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●ジャネットと悪魔(AT333「赤ずきん」)
トゥレーヌ地方で一八八五年頃にM・レゴが記録した話です。
「赤ずきん」はペローの話とグリムの話がよく知られています。どちらが口承に近いかは意見の分かれるところですが、ここに紹介した話は、ちょうど二つの話の中間を行くような展開を示しています。日本の「天道さん金鎖」や「三枚のお札」によく似た結末に驚かれた方も多いでしょう。
主人公が「赤ずきん」という名前を持たず、狼の代わりに悪魔が登場するのも、興味深い点です。また「カチカチ山」のように、娘がだまされてお婆さんを食べようとすると、ふしぎな声が聞こえてきます。ここでは「天使の声」ということになっていますが、たいていの話では「小鳥の声」が娘を正しく導きます。最後に、娘を助けて川を渡してやる洗たく女も、フランスの昔話によく登場する援助者です。
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●ドラックと美しいフロリーヌ(AT403「白い嫁・黒い嫁」)
ガスコーニュ地方で一九〇八年に、アントナン・ペルボスクがマチルド・エイブラール夫人から聞いた話です。ペルボスクは、ラングドックの詩人です。フランス南西部モントーバン近郊の小さな村で小学校の先生をしながら、たくさんの昔話を記録しました。
この話に登場するドラックというのは、時には馬、羊、猫などにも姿を変えて現れる超自然の生きもので、人食いをさすこともあり、ガスコーニュの話によく登場します。
「すりかえられた婚約者(または花嫁)」のエピソードは、ずいぶん古くからの文献にもみられます。フランス中世の文学では、シャルルマーニュ王の母と伝えられる「大足のベルト」の物語が有名ですが、さらに古くは、インドの説話集『カター・サリット・サーガラ』にも入っています。
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●ディクトンさん(AT545「長靴をはいた猫」)
リモージュ地方、コレーズ県のブリーヴ付近で今世紀のはじめに語られたものです。採話したのはピエール=アンリ・ダルスで、語り手に関する記録は残っていません。
ペローの「長靴をはいた猫」でよく知られた話ですが、猫に長靴をはかせたのはペローの独創で、長靴が登場するのはペローから派生した話だけにみられる特徴です。
イタリアやフランスでは主人公が猫である類話もみられますが、そのほかのヨーロッパ諸国では狐が一般的主人公です。インドやアフリカではジャッカル、猿、カモシカが登場するなど、主人公の動物は土地によって変化します。
「しっぽを金色にしてやる」といって動物たちをだますのは、話に鮮やかな彩りを与えるエピソードですが、フランスではこれまでに記録された十二話のうち五話にとりいれられ、好んで語られています。
最後の「城の持ち主が隠れ場で焼かれる」というモチーフは、遠く離れた国のあいだでしばしば共通して語られていることから、古くから伝わる語り方だとされています。
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●熊のフワン(AT326「こわがることを習いに旅に出た若者」)
この話が収録されたのは、スペイン北西部にあるアストゥリアス地方です。ここは、雨の多い緑豊かな所です。隣のガリシア地方にあるカトリックの巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ行く通り道になっています。そのために、この地方には、外国からの巡礼者が語ったと思われる話が残されています。貧しい旅人は、ただで宿を与えてもらったお礼に、かまどを囲んで話を聞かせるのです。この話を記録したデ・ジャノも幼い頃からこうした話をいつも聞いて育ちました。きっと、この「熊のフワン」もそんな時に語られた話でしょう。語り手は、五六歳の農夫です。
この話は、『グリム童話集』では「こわがることを習いに旅に出た若者」としてよく知られていますが、スペインにはもう一つ別の「熊のフワン」という話があります。その話では牛飼いの娘が熊にさらわれ、洞窟の中に閉じ込められて熊との間に男の赤ちゃんをもうけます。この男の子は、力持ちで、母親を洞窟から助け出し、最後には幸せになります。ここに紹介した主人公の熊のフワンもこのような「熊と人間との間にできた力持ちの若者」ではなかったかと考えられます。
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●はなたれ小僧(AT328「ジャックと豆の木」)
ジェイコブズの『イギリス民話集』などでよく知られている「ジャックと豆の木」の話では、主人公が豆のつるを登って天上に行き、巨人の宝を盗み、追いかけてくる巨人を豆の木を切って殺しますが、この話には天上の国がでてきません。巨人の宝を盗んだ後、巨人は捕まりますが、小僧の願いで父に許されます。
ジェイコブズの話では、ジャックは母ひとり子ひとりで、たいへんな怠け者という設定になっていますが、「はなたれ小僧」では、父と七人の兄弟という家族構成で、主人公は賢くやさしい男の子であるということになっています。語り手は、四六歳の農婦です。
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●ティルソ王の息子(AT900「つぐみのひげの王様」)
グリムの「つぐみのひげの王様」は、美人で気位の高いお姫様が、求婚者を次々にけなし、乞食のところに嫁がされる話です。旅の途中、みごとな森や草原が、ことわった求婚者の所有とわかり、姫は後悔します。アストゥリアス地方で記録されたこの話も、乞食に変装した王子と結婚し、後悔した姫が幸せになるという基本的な展開がグリムと共通しています。しかし、おやつを食べるスペインの習慣が話に織り込まれたり、アストゥリアス地方でよく食べられるミザクラの実が登場するなど地方色が豊かです。
語り手は、五〇歳の女性の羊飼いです。
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●プレッツェモリーナ(AT310「ラプンツェル」)
イタリアでは一九世紀の末に民族学者や文学者によって多くの資料集が編纂されました。
カルヴィーノがグリムにならって『イタリア民話集』(一九五六年)を出版した時も、ほとんどをそれらの資料集から再話しています。「プレッツェモリーナ」もカルヴィーノが資料として使った話の一つで、インブリアーニ編の『フィレンツェの昔話』に収められているものです。その頃の多くの編者と同様、語り手の名を記録していませんが、語り手の口調を生かしてていねいに記録しています。
カルヴィーノはこの話の再話にあたって、くどいと思われる原文をすっきりと整理してしまいました。くらべてみると面白いでしょう。「プレッツェモリーナ」はグリムの「ラプンツェル」と同じ型の話ですが、口伝えの話としては魔女から逃げ出すことに重点を置いたこの話のほうが一般的です。
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●ベーネ・ミーオ(AT325「魔法使いとその弟子」)
イタリア南部のバジリカータで、一九世紀の末にラファエッロ・ボナーリに記録され、コンパレッティの『イタリア民話集』に収められた話です。インド起源ともいわれる「魔法使いとその弟子」の類話で、ヨーロッパを中心に広く分布しています。
魔法の力で助けられたり、魔法の呪いをかけられたりする、多くの魔法昔話の主人公と違って、この話の主人公は自分が努力して魔法を習得します。
魔法は人間にとってたいへん魅力的なものでしたが、同時に生命にかかわる危険なものでもありました。弟子のほうが力を持つようになれば、師は危険な弟子を生かしてはおけないのです。主人公は、魔法を金もうけの手段に使い成功したかにみえますが、師の報復にあい窮地に陥ります。そして生死をかけた魔法くらべののち、やっと幸せを手に入れることができます。
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●三つのオレンジ(AT408)
「三つのオレンジ」はイタリアの代表的な昔話ですが、カルロ・ゴッツィの仮面劇を経て、ソビエトのプロコーフィエフの歌劇「三つのオレンジへの恋」となったことでも広く知られています。
一七世紀にバジーレが『ペンタローネ』に収めた「三つのシトロン」が有名ですが、その他に口伝えの話としてたくさん記録されています。中から娘が出てくる果物はさまざまですが、やはりオレンジがいちばん人気があるようです。
長い語りが多いのですが、ここに紹介した話は、三つのオレンジから生まれた娘がにせものにとってかわられる主要部分を中心に、こぢんまりとまとまった話になっています。
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●うかれヴァイオリン(AT592)
昔話では援助者の贈り物は三つというのが普通です。「うかれヴァイオリン」でも、他の多くの話では三つ目に「だれもが自分のいうことをきく力」を贈られたり、「死後天国に行ける」ようにしてもらうことになっていますが、この話には三つ目がありません。
しかしこの三つ目の贈り物は、一つ目の「かならず当たる鉄砲」や、二つ目の「みんな踊り出すヴァイオリン」という贈り物と違って、話の筋にそれほど影響を与えるとは思えません。このように筋に影響を与えないモチーフが語り手に忘れられることは十分考えられることです。この話の面白さはあくまでも二つめの贈り物であるヴァイオリンの力にあるのです。
この話は一八七九年にイザイア・ヴィゼンティーニによって、北イタリアのマントヴァで集められた『マントヴァの昔話』に収められています。
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●ものいう小鳥(AT707「みどりの小鳥」)
話の中で重要な役割を果たしているものいう小鳥が、類話によっては美しいみどり色をしていることから、イタリアでは「美しいみどりの小鳥」としても知られる話です。
『千一夜物語』や、ストラパローラの『たのしい夜』などの文献にみられる話も、口伝えの話も、どれもたいへん長い語りになっています。ここに収めた話は、中では短いほうでしょう。全体として大きな違いがあるわけではありませんが、三つの呪宝探しの部分が他の話と少し違っていて、それがこの話の特徴といえるでしょうか。ほかの多くの話では、子どもたちは三人で、先に出かけた兄二人が石になり、最後に妹が成功して兄たちを助け出すことになっています。
ドメニコ・コンパレッティは他の研究者たちから資料の提供をうけて一八七五年に『イタリア民話集』を編みましたが、その中にみずから聞きとった話をいくつか収めています。この話はその一つで、語り手の名はあきらかにしていませんが、庶民の老女よりとしるしています。
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あとがき
剣持弘子・樋口淳
『世界昔ばなし(上)ヨーロッパ』をおとどけします。ヨーロッパの代表的な昔話が五十話おさめられていますから、『ヨーロッパ昔話五十選』といってもよいでしょう。このあとにアジア・アフリカ・アメリカの話をおさめた下巻がつづきます。
この本の第一の特色は、再話によらない、語りのままの記録から直接に翻訳してあるということです。国の事情による多少の例外はあるにしても、語り手あるいは記録者のはっきりしている話を選び、資料名も含めて明示してあります。
第二の特色は、全世界的、全ヨーロッパ的な視野で代表的な話を選んであるということです。私たちは北国フィンランドから南国イタリアにいたるまで、十の国を選んで昔話の旅を続けました。そこには、それぞれの人々の暮らしがあり、語りの息づかいがあります。その個性を尊重しながら、なおかつヨーロッパを代表する話を選びとることは至難の業でした。
日本には、これまでこのような形でヨーロッパの昔話を集めた本はなかったように思います。世界の昔話集は、たくさん出版されていますが、その多くは英語やドイツ語などからの重訳であり、再話資料からの翻訳ではなかったでしょうか。また、語られた資料から直接訳した場合でも、かならずしも全世界的、全ヨーロッパ的な基準で話が選ばれたわけではなかったように思われます。
昔話は、いまでこそ子供たちの独壇場ですが、すこし前まではむしろ大人たちのものでした。たとえば日本の場合、庚申講などの村や町の寄り合いや、年の暮れや正月などの祭りやその準備の日が昔話の語りの機会となりました。秋に稲刈りを終わったあとの長い冬の間、囲炉裏をかこんでの藁仕事や糸紡ぎ、煙草の葉のしなどの労働が語りの場となったことは、よく知られています。
もちろん、ヨーロッパの場合にもさまざまの語りの場がありました。少し前の農村では、イギリスでも、フランスでも、ドイツでも、秋の麦刈りや葡萄の収穫などが終わり、冬の暮らしの準備が一通りすむと、娘たちが糸紡ぎの道具をもって一軒の家に「夜なべ仕事」のために集まります。そこへ村の若者たちもやってきて、話に花を咲かせたのです。麻の皮をむいたり、柳の枝で籠をあんだりする季節ごとの共同労働も語りの場となりました。北海沿岸の港や漁村では、汐をまつ漁師たちのあいだで盛んに話が語られました。
こうしたヨーロッパの語り手や語りの場については、いままで日本の読者にはあまり知られることはありませんでした。本書では、伝承の現場の雰囲気をできるだけ伝えるようにつとめました。たとえば、語りのなかに語り始め・語り納めの言葉や合槌のはいる話を選んだり、「解説」の中に語り手についての情報をできるだけ詳しく書き添えたのも、そのためです。
けれども残念なことに、こうした伝統的な語りの場は日本でもヨーロッパでも姿を消しつつあります。訳者である私たちの世代でさえ、よほどの幸運に恵まれぬかぎり昔話のなまの語りに接することはありません。昔話といえば、爺さ婆さの語りよりもディズニーの「シンデレラ」や「白雪姫」や「眠れる森の美女」を見て大きくなった人の方が圧倒的に多いのです。
この本にも、もちろん「シンデレラ」「白雪姫」「眠れる森の美女」のほかに、「赤ずきん」「長靴をはいた猫」「ヘンゼルとグレーテル」など、誰でも知っているヨーロッパの代表的な昔話がおさめられています。ラチョフの『てぶくろ』やマーシャ・ブラウンの『三びきのやぎのがらがらどん』など有名な絵本と同じタイプの話もあります。でも、私たちがよく知っている話とはちょっと違います。
たとえば、フランスの「ジャネットと悪魔」という話は「赤ずきん」の類話ですが、主人公は赤い頭巾をかぶっていません。ごくふつうのジャネットという名前の女の子です。ドイツの「白雪姫」の場合は、主人公の命をねらい、つぎつぎと罠をしかけるのは意地悪な継母ではなくて、娘の美しさに嫉妬した実母です。そして、「青ひげ」も「金のがちょう」も「美女と野獣」も登場しますが、みんな少しずつ変わった話になっていて、話の題名も違っているものが多いのです。しかし注意して読んでみれば、「やはり同じ話の変形なのだ」ということに気づくでしょう。ペローやグリムの「シンデレラ」や「赤ずきん」や「眠り姫」そのものではありませんが、同じようなモチーフをもち、同じような構造をもっていますから、同じタイプの話だということがわかるのです。
こうした同じモチーフ構成と展開をもった話のグループのことを「話型」といいます。この「話型」という視点から眺めてみると、ヨーロッパの昔話はとても均質な一つの体系を構成しています。
フィンランドの昔話研究者アンティ・アアルネはこの点に着目して、話型にそって昔話をあつめ、カタログを作ることを思いつきました。二十世紀の初頭のことです。彼は昔話を大きく「動物昔話」「本格昔話」「笑い話」「形式譚」の四つのグループにわけて、全部で二千五百の話型を用意しました。
アアルネのこの壮大な試みは、彼の死後、アメリカのスティス・トンプソンによって継承され、一九二七年に『昔話の型』として完成し、昔話の国際比較研究にとってはなくてはならない文献資料となりました。本書の「解説」にもアアルネとトンプソンの頭文字をとったATという話型の番号が参考のために付されています。
この『世界昔ばなし』に先立ち、私たちは同じ講談社から『ガイドブック世界の民話』を刊行しました。その「話のかずかず」という章には、このAT番号にそって世界の代表的な昔話が並んでいます。ヨーロッパに限っていえば、その数は八十を越えます。『世界昔ばなし』で紹介した話は、ほぼ『ガイドブック』と重なりますから、本書の解説とあわせて読んでみると、話の全体像がもっとはっきり理解できるはずです。昔話は、けして専門家だけの難しいものではありません。誰もがあと一歩ふみこめば、その深さや広がりが見えてくるのです。
その意味で私たちは、本書を子供たちにも読んでもらいたいと考えました。ここに紹介した話は、けっして子供向きに再話してあるわけではありません。むしろ、語られたままの昔話の深層が、ぽっかりと口をあけているといってもよいでしょう。いきなり近づくのは、怖いような世界もあります。
けれども、子供たちがいつでも安全無害な作品や、児童文学者や画家の美しく整った作品を愛していると考えるのは、多分大人たちの誤解です。本当の語り手の語る昔話は、文学作品や絵本のように目にみえるストレートなメッセージをもっていませんが、その奥に人生の真実を隠していることが多いのです。昔話の語りに触れる子供たちは、きっと自分にあった、話の隠された意味を見つけてくれるはずです。そして大人になった私たちも、そんな経験を子供たちと共有しているのではないでしょうか。
私たちはそんな昔話の贈り物を、耳のよい子供たちに届けてあげたいと考えて、何度も原稿の検討を重ねました。語り手と聞き手のあいだに立って、なんとかなまの語りを分かりやすく読者に届けられないものかと努力しました。
ですから、まだ難しい漢字の読めない小学校の低学年や幼稚園の子供たちにも、この本を読み聞かせたり、語ってあげてほしいと思います。幼稚園の先生や保母さんや図書館・公民館などで昔話の語りや読み聞かせをしているグループの方々にも、利用していただければ幸いです。
昔話の語りには「これが最良の語りだ」という統一的な答はありません。語り手が百人いれば百のよい語りがあるのです。本書の翻訳にあたって、私たちは一人ひとりの語り手のリズムを生かすことができるよう努力しました。しかし、語り手の話を受け止める聞き手も十人十色であるように、語りに対する訳者の思いもさまざまです。そのために、あえて訳文の統一をしなかったこともお断りしておこうと思います。
本書の話の選択と編集には、執筆者全員があたりましたが、最終的な原稿の取りまとめと編集の責任は上巻は樋口淳、下巻は斎藤君子にあります。
最後に、いつも貴重な御助言をくださった吉沢和夫氏をはじめ、佐東一、大平洋、平石元明、根岸勲、山下由起子の諸氏、出版をこころよく引き受けてくださった講談社文庫出版局の宍戸芳夫氏、佐藤瓔子氏に心からお礼を申しあげます。
一九九一年十二月
執筆者紹介
浅香幸枝(あさか・さちえ)
一九五七年生まれ。国際関係論専攻。共著に『ラテンアメリカ都市と社会』(新評論)、論文に「エルミロ・アブレウ・ゴメスとメキシコ児童文学の誕生」(日本・スペイン・ラテンアメリカ学会)など。
足達和子(あだち・かずこ)
一九四五年生まれ。ポーランド文学研究。著書に『日ポ・ポ日小辞典』(ヴェーザ・ポフシェフナ社)、翻訳に『贋作ショパンの手紙』『ものがたりショパン・コンクール』(音楽之友社)、『ぼくはナチにさらわれた』(共同通信社)など。
岩倉千春(いわくら・ちはる)
一九五九年生まれ。イギリス民話研究。編訳に『妖精の国のふしぎなお話』『夢と民話』(民話の手帖)、論文に「イギリスの海の民話」(民話の手帖)など。
荻原・カイヤ・レーナ(おぎはら・かいや・れーな)
一九五二年生まれ。一九七四年にフィンクラブを創立、フィンランド文化の紹介につとめる。絵本に『ようこそコルパトゥントゥリへ』(星雲社)など。
金杉さつき(かなすぎ・さつき)
一九五二年生まれ。フィンクラブ会員。絵本に『ようこそコルパトゥントゥリへ』(星雲社)など。
剣持弘子(けんもち・ひろこ)
一九三三年生まれ。イタリア民話・児童文学研究。翻訳に『クリン王・イタリアの昔話』(小峰書店)、『ピノキオ』(講談社)、『ほうきぼしのおくりもの』(ブックローン出版)など。
斎藤君子(さいとう・きみこ)
一九四四年生まれ。ソビエト諸民族の民話研究。訳書にプロップ著『魔法昔話の起源』『ロシア昔話』(せりか書房)、『カムチャトカにトナカイを追う』(平凡社)、編訳書に『シベリア民話集』(岩波文庫)など。
杉本栄子(すぎもと・えいこ)
一九四七年生まれ。ドイツ・オーストリアおよび日本の民話研究。著書に『ガイドブック・日本の民話』(講談社)、論文・翻訳に「ドイツ昔語りの一端」(民話の手帖)など。
高津美保子(たかつ・みほこ)
一九四九年生まれ。ドイツおよび日本の民話研究。編著に『檜原の民話』『紫波の民話』(国土社)、翻訳に『ドイツの昔話』、論文に「グリム童話」(民話の手帖)など。
新倉朗子(にいくら・あきこ)
一九三一年生まれ。フランス民話・児童文学研究。訳書に『完訳ペロー童話集』(岩波文庫)、『美しいユーラリ・フランスの昔話』(小峰書店)、『フランス昔話』(大修館)など。
野村訓子(のむら・のりこ)
一九五一年生まれ。児童学・心理学研究。翻訳に『フランスの民俗学』(白水社)、『心理劇』(関係学研究会)など。
樋口淳(ひぐち・あつし)
一九四六年生まれ。フランスおよび日本の民俗学研究。編著書、翻訳に『フランス民話の世界』『フランスの民話』(白水社)、『フランスの祭りと暦』(原書房)、『越後・松代の民話』(国土社)など。
星野瑞子(ほしの・みずこ)
一九四七年生まれ。ドイツ・オーストリア民話研究。論文・翻訳に「ドイツの小人たち」(民話の手帖)など。
八百板洋子(やおいた・ようこ)
一九四六年生まれ。ブルガリア・マケドニア文学研究。著書・翻訳に『ふたつの情念』(新読書社・第十三回、日本翻訳文化賞特別賞)、『世界のメルヘン』『おはなし絵本館』(講談社)、『十二の月のおくりもの』(学研)など。
米屋陽一(よねや・よういち)
一九四五年生まれ。日本およびフィンランドの民話研究。著書に『フィンランドの旅から』(樹と匠社)、編著に『ガイドブック日本の民話』(講談社)、『日本むかしばなし・全23巻』(ポプラ社)、『日本昔ばなし一〇〇話』(国土社)など。
渡辺節子(わたなべ・せつこ)
一九四九年生まれ。ロシア民話研究。編訳書に『ロシアの民話』(恒文社)、『ロシア民衆の口承文芸』『ロシアの昔話を伝えた人々』(ワークショップ80)、編著に『学校の怪談』(ポプラ社)など。
出 典
●きつねとえもの
Iivo Ha¨rko¨sen Kertomia Ela¨insatuja,“Satuja Matista ja peikosta ja Metsa¨la¨n va¨esta”, Helsinki, 1912.
●不思議なひきうす
Pirkko-Liisa Rausmaa,“Suomalaiset Kansansadut”, Helsinki, 1972.
●はえのお屋敷
А.Н.Афанасьев,Народные русские
сказки.М., 1855-64.
●どこか知らんとこの、なんだかわからんもの
Э.В.Померанцева,Русские народные
сказки.М., 1855-64. ●地下ぐらの娘
Д.И.Еалашов,Сказки Терского берега
Белого моря,А., 1970.
●埋蔵金
А.Н.Афанасьев,Народные русские
сказки.М., 1957.
●二人の兄弟
Сказки Верховины.Ужгород, 1970.
●キンダーソヴォ村の男たち、ペテルブルグへ行く
Карельские народные сказки.Южная
Карелия.Л., 1967. ●キンダーソヴォ村での舟作り
Карельские народные сказки.Южная
Карелия.Л., 1967.
●橋の上の幸福(しあわせ)
Stanisl´aw S´wirko,“W Krainie gryfito´w - Podania, legendy i bas´nie Pomorza zachodniego”, Poznan´, 1986.
●シャーヌフの衆、新しい教会を建てること
Stanisl´aw S´wirko,“W Krainie gryfito´w - Podania, legendy i bas´nie Pomorza zachodniego”, Poznan´, 1986.
●シャーヌフとコシャリンの町境はどうして決めた?
Stanisl´aw S´wirko,“W Krainie gryfito´w - Podania, legendy i bas´nie Pomorza zachodniego”, Poznan´, 1986. ●つばさをもらった月
А.Каралийчев,Български народни
приказки.София,1960.
●娘と十二の月
С.Кънев,Български народни приказки.
София,1970.
●森の悪魔と兄弟
А.Каралийчев,Български народни
приказки.София,1960.
●ヘッセンにやぎがやってきたわけ
Charlotte Oberfeld,“Volksma¨rchen aus Hessen”, Marburg, 1962. ●狼と七匹の子やぎ
Charlotte Oberfeld,“Volksma¨rchen aus Hessen”, Marburg, 1962.
●小さな白猫
Wilhelm Wisser,“Plattdeutsche Volksma¨rchen”, Hamburg, 1979.
●蛙の王様
Alfred Karasek-Langers,“Deutsche Monatsheft in Polen 2”, Polen, 1935.
●ルンペルシュティルツヒェン
Siegfried Neumann,“Eine Mecklenburgische Ma¨rchenfrau,”Berlin, 1976.
●白雪姫
Bru¨der Grimm,“Grimms Ma¨rchen in urspru¨nglicher Gestalt”, Frankfurt am Main, 1964. ●ふしぎなおじいさん
Johann Wilhelm Wolf,“Deutsche Hausma¨rchen.”Go¨ttingen, 1851.
●肝っ玉ヨハン
Heinrich Dittmaier,“Sagen Ma¨rchen und Schwa¨nke von der unteren Sieg,”Bonn, 1950.
●長い眠り
Romuald Pramberger,“Ma¨rchen aus Steiermark”, Oberstiermark, 1946.
(Reprint: Georg Olms Verlag, Heidesheim,1975)
●猫の水車小屋
Karl Heiding,“O¨sterreichs Ma¨rchenschatz”, Wien, 1953.
●小人の贈り物
Victor von Geramb,“Kinder und Hausma¨rchen aus der Steiermark”, Graz, Wien, 1948.
●魚よ、くっつけ
Bru¨der Zingerle,“Kinder und Hausma¨rchen aus Tirol”, Innsbruck, 1852.
●賭け
Bru¨der Zingerle,“Kinder- und Haus-Ma¨rchen aus Su¨ddeutschland”, Regensburg, 1854.
●ガラスの山
Leland L. Duncan, in“Folk-Lore”, vol. IV, 1893.
●いぐさのコート
Andrew Lang, in“Folk-Lore”, vol. I, 1890. ●鍛冶屋の弟子
J. F. Campbell,“Popular Tales of the West Highlands”, Paisley and London, 1890-3.
●リビンとロビンと茶色のリーヴァイ
J. F. Campbell,“Popular Tales of the West Highlands”, Paisley and London, 1890-3.
●おかみさんとベリーの木
R. Chambers,“Popular Rhymes of Scotland”, Edinburgh, 1890.
●猫と仲間たち
Emmanuel Cosquin,“Contes populaires de Lorraine”, Paris, 1886. ●七つ頭の獣
Ariane de Fe´lice,“Contes de Haute-Bretagne”, Paris, 1954.
●ジャックじいさん
Genevie`ve Massignon,“Contes de l'Ouest”, Paris, 1954.
●迷いっ子
Antoinette Bon, in“Revue des Traditions Populaires II”, Paris, 1886.
●ジャネットと悪魔
M. Le´got, in“Revue de l'Avranchin”, Avranches, 1885.
●ドラックと美しいフロリーヌ
Antonin Perbosc,“Contes de Gascogne”, 1954. ●ディクトンさん
Pierre-Henri Dars, in“Lemouzi”, Limoges, 1911.
●熊のフワン
Aurelio de Llano Roza de Ampudia,“Cuentos Asturianos Recogidos de La
Tradicio´n Oral”, Madrid, 1925.
●はなたれ小僧
Aurelio de Llano Roza de Ampudia,“Cuentos Asturianos Recogidos de La
Tradicio´n Oral”, Madrid, 1925.
●ティルソ王の息子
Aurelio de Llano Roza de Ampudia,“Cuentos Asturianos Recogidos de La
Tradicio´n Oral”, Madrid, 1925. ●プレッツェモリーナ
Vittorio Imbriani,“La Novellaja Fiorentina”, Livorno, 1877.
●ベーネ・ミーオ
Domenico Comparetti,“Novelline Popolari Italiane”, Roma-Torino-Firenze, 1875.
●三つのオレンジ
Vittorio Imbriani,“La Novellaja Fiorentina”, Livorno, 1877.
●うかれヴァイオリン
Isaia Visentini,“Fiabe Mantovane”, Torino-Roma, 1879.
●ものいう小鳥
Domenico Comparetti,“Novelline Popolari Italiane”, Roma-Torino-Firenze, 1875.
本電子文庫は、講談社文庫版(一九九一年一二月刊)を底本としました。
世界(せかい)昔(むかし)ばなし(上)ヨーロッパ
電子文庫パブリ版
日本(にほん)民話(みんわ)の会(かい) 編訳
(C)Nihon Minwa No Kai 2001
二〇〇一年三月九日発行(デコ)
発行者 中沢義彦
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