機動戦士ガンダムU
富野由悠季
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PART 9
脱出
テキサス・コロニーは、いくつかの核爆発をひき起こして崩壊してゆく。コロニーの周辺に待機していた地球連邦軍の二隻の宇宙型巡洋艦サフランとシスコは、コロニー内に潜入した強襲揚陸戦艦ペガサスの乗組員と、ジオン公国・宇宙攻撃軍の機動巡洋艦ザンジバルの乗組員の脱出者の救出作業に狂奔していた。しかし、二十パーセントから三十パーセントの救出ができれば良しとしなければなるまい。
テキサス・コロニーの円筒の前後にある港区画が爆圧によって大きく突出していった時、連邦軍の二隻のコスモ・クルーザーは退避行動に移っていた。
コロニーの円筒外周にとりつけられていた、太陽光線をコロニーにとり入れる反射鏡はすでに宇宙に舞い、それさえもとりこむように巨大な光芒が一つの輪となって拡がってゆく。その輝きが、テキサス・ゾーン≠ニ総称される暗礁空域の岩やら、かつてのコロニーなどの残骸を浮きたたせる。
この光は、ジオン公国、キシリア少将麾下の宇宙攻撃軍にも、連邦軍の宇宙軍にもキャッチされたことだろう。
シャア・アズナブル中佐のモビルスーツザク≠葬り、ニュータイプの先兵、ララァ・スン少尉の新鋭もビルアーマーエルメス≠ニ、エルメスの指令によって稼動して任意に敵を捕捉して殲滅するビット≠フ攻撃をかわし、それを撃破した地球連邦軍の新鋭モビルスーツガンダム≠熄揩ツいた。
そして、そのガンダムの少年パイロット、アムロ・レイ少尉の脱出カプセルであるコア・ファイターは、狭いテキサス・コロニーを脱して、その時に得た慣性飛行のまま真一文字に宇宙の闇の中に流れていた。
「こ、このメンコ、ち、ちゃんと動いている……」
メ、ン、コ。計器盤なんぞ電源が切れてしまえば、メンコと同じだ、というのは、アムロ少尉の上司のラルフ中尉の口癖だった。
計器盤なぞは、コア・ファイターの前後を判らせるためのものなのだ。計器に頼るな、周囲の状況は、すべて目で確かめるんだ。そして、勘だ。パイロットが生き残る術はこれしかない。
電源が切れれば、計器盤なぞ、メンコ以下だろうが!
今となっては、あの中尉の物言いがなつかしく思える。
「ち、中尉……メンコ、動いています。コア・ファイターって良くできていますよ……」
テキサス・コロニーからコア・ファイターを脱出させる確認動作は、自分なりに行ったと思っている。ザンジバルとペガサスが、そのメイン・エンジンを爆発させ、エルメスも殲滅した。その爆圧の中、ガンダムの機体も溶解して、アムロ少尉は、脱出カプセルであるコア・ファイターの脱出操作をしたのは、本能の成せる業だと思っている。が、その瞬間、ララァの残存意識が、アムロの脳髄をうったかも知れぬ、と思いもする。
テキサス・コロニーを脱した瞬間、左右に、コロニーの外壁がすべり、後方に流れたのを認知はした。シスコだか、サフランだか知れぬ艦影を視認したとも思う。脱出行の、その視認は教えられた通りにしたのだ。だからこそ、メンコの話を思い出しもしている。が、そこまでだ……。
「ララァ……。お、お前は何だったのだ? たったの十分……いや、二十分かな? 一瞬の出会いだったのに……あ……あ、あなたって人は、僕に人生のすべてをみせてくれた……。
そうなんだろう? ララァ……。あなたは、きっとやさしい女性だったんだ。で、でもね、ララァ……気に入らないな。すごく気に入らない。……貴女は、僕にとって他人だ。絶対的に他人なのだ。僕にとっても、なんでもない人なのだ。その貴女と僕が、なぜ、判りあうんだ?
ニュータイプだからかい?
ニュータイプ? 人類の再生《ルネッサンス》!?
冗談じゃあない。僕は、少しだけ勘の良い人間かも知れない。それが、ニュータイプ! 人類全体が革新し得る新たな種の具現!?
笑っちゃうよな。ララァ。僕は、ララァに一瞬間の未来をみせてもらったかも知れない。けれど、僕は貴女の事を、幼なじみのフラウ・ボウや、あの金髪さん以上には知らないんだ。
疲れたよ。ララァ・スン……。
僕は疲れているんだ。何もいらない。僕は眠る。……眠りたいんだ。眠り……辛かったんだね。ララァ……貴女は……。悲しかったんだろうね。だのに……だのに、だ……」
アムロ・レイ少尉の混濁した……いや、まちがいなく眠りに入っている意識の中で、次第に覚醒する別の意識がとびはねていた。それは、深層心理の意識の覚醒であろう。一般には使うことを忘れている大脳皮質の活動が始まり、表層意識のレベルへ浮上しはじめたサインなのかも知れなかった。
「だのにだ!……なぜだ。ララァ、貴女はシャア[#「シャア」に傍点]に荷担するのだ!」
その怒りは、覚醒する認識――つまり、拡大する認識域へと跳躍する。
「……ぼ、ぼくと貴女の認識が複合して、共鳴した瞬間、ぼくと貴女は、人の未来をみたはずだ。あれは、人類の未来そのものであるかも知れない……そんなことをできた貴女とぼくが……い、いや、そうじゃない。こ、これは、貴女とぼくという二人だけのことじゃあないんだ。これは……これは、きっと人が目指している人類の覚醒! 再生なのだ!」
アムロは、目覚めていたのかも知れない。
「あの意識、シャア・アズナブルだったな。貴女と初めて出会った時、あのテキサス・コロニーのベイ・ブロックのデッキで入りこんできた別の意識!
あの、別の認識の入りこむ雑音、夾雑物! けど、あの時の意思の拡大、人の認識のつたわりあいかたの跳躍は、憎悪と危機意識に遮蔽されていたにもかかわらず強靭だった。
思惟の伝達! これは、貴女とぼくの二人だけのことでは、ない。ぼくはそう思う。
なのに、なのにだ!……なのにだよ。貴女は、シャアという男を愛してしまった。たったそれだけの理由で、貴女はシャアに荷担する。そ、それは、不見識だ。貴女の独善だ……り、理屈じゃあない。筋が……通らないこと……なんだ……」
むろんアムロの意識が、正確に言葉として思惟していることではなかった。幾重にもスライドする思考を、言葉にするとこうなるというのでしかない。すでに、アムロ・レイ少尉は昏睡していた。
コア・ファイターは、この昏睡する一人の少年パイロットを抱いたまま、行きつく目標空域もなく慣性飛行を続ける。月と地球を背にして、ただ真一文字に飛翔するだけだ。そのチリに等しい物体を迎えるかのように、銀河の巨万の星々は暗黒の宇宙に帯となって展開する。
いつしか、コア・ファイターは、テキサスの暗礁空域さえ脱していた。テキサス・コロニーの爆光は、地球光と月光の間の星の一つと識別することさえできなくなっていた。
全長八メートル余りのコア・ファイターは、テキサス・コロニー脱出時に、その内蔵する燃料のほとんどを使い果たしていた。バーニアの燃料も、数度の姿勢制御をこなすほどには残っていまい。ただ、昏睡するアムロ・レイ少尉の前の計器盤だけが、この小さなメカニズムが死に絶えていないことを示しているにすぎない。三百六十度レーザー・センサーが、間歇的に発振を繰り返すだけだ。
アムロ少尉のパイロット・スーツ(戦闘用軽量宇宙服)の生命維持装置にどれだけの寿命があるのか? それは知らない。
彼、アムロ少尉は、ペガサスを発進して以来、あまりに長く闘いすぎた。コア・ファイターは、すでに星々の中の一つの影でさえもない。
テキサス・コロニーが燃えおちる頃、ルナツーを発したレビル将軍麾下の地球連邦軍宇宙連合艦隊は、月の裏側のウラン山脈の南西に位置するジオン公国・宇宙攻撃軍の最前線基地グラナダ≠ノ対しての第三戦闘ライン上に位置していた。
テキサス・コロニーの沈んだペガサスを中心とした第十三独立艦隊以外にも数隊が陽動戦を展開した。これらは黄道面に対して左回りにグラナダへと接近した。それに対して地球連邦軍の主力艦隊は右回りに散開して、グラナダに対しての第三戦闘ライン上にとりついた。
レビル隊の旗艦ドラッグからレーザー発振と信号弾による暗号が各隊にとんだ。
『砂漠ニ蝶ガ飛ブ』
『砂漠ニ蝶ガ飛ブ』
すなわち、目標はグラナダ。強襲し、これを占拠する、である。連合艦隊といえども決して万全の物量ではなかった。
レビル麾下のマゼラン・タイプ宇宙戦艦ドラッグを中心とする部隊の中軸は、宇宙空母トラファルガであり、それに戦艦二、コーラル・タイプ重巡十七隻、サラミス・タイプ巡洋艦二十隻。
もう一支隊のカラル中将隊は、空母ガルバルディを中軸に、戦艦一、重巡七、巡洋艦八である。無論、パブリク突撃艇が、レビル隊に六十五機。カラル隊に三十機。
トラファルガ、ガルバルディに搭載の宇宙戦闘機各六十機。計百二十機。
この部隊の数を見れば一見脆弱な艦隊とは思えぬ。しかしだ。宇宙戦闘機はすでに旧時代の遺物なのだ。旧来の空中戦の時代ならいざ知らず、ミノフスキー粒子の存在する現在は白兵戦が主力である。一撃離脱戦なぞ、レーダーがあって初めて成立する戦法であった。モビルスーツ・ザクの出現は、ホーミング・ミサイルが無用の長物と化した今、宇宙戦闘機に対して圧倒的威力を発揮する。にもかかわらず、現在に至るも宇宙戦闘機の生産と実動採用をやめずにいるのが地球連邦軍であった。
とは言ってもモビルスーツ隊も参加していた。いわゆるモビルスーツの前期型ともいうべきVX―76、俗に|ボールさん《ミスター・ボール》≠ニ呼称された球型のモビルスーツの雛型が九十機。機体の頭部にハイパー・バズーカを装備して、まがりなりにも腕らしいものを持って、場合によっては殴り合いの一つもできる程度のものである。脚型らしきものはなく、三百六十度バーニアによって姿勢制御をする。が、これがビーム・ライフルを持つ姿はおよそ絵にはならなかった。他に、ガンダム、ガンキャノンのテスト期間に並行して生産されていた量産タイプのモビルスーツ|GM《ジム》≠ェ四十機
このGMは、頭部に双眼のデザインをやめて、フロント・ガラス状にシンプル化してモニターの視界を広くしつつ、装甲の強化策も施されていた。
『トラ、トラ、トラ』
レビル将軍の戦艦ドラッグから最後のレーザー発振の暗号が発せられた。かつて、第二次大戦で極東の辺境国家のニッポンが、こしゃくにも当時の大国アメリカの属領ハワイの真珠湾に奇襲をかけた時の暗号と同じである。付言するならば、奇襲によって始められた太平洋戦争に限っていえば、ニッポンは敗北した……。
レビル将軍が己の開戦の大義名分についての自信がなかったとはいえぬが、トラ、トラ、トラの暗号を使ったという事は、後世の戦史家の非難をうける事は明白である。せめて、同じ第二次大戦中の、ノルマンディー作戦で使われた矢を放て≠ノすべきであり、不見識であると指摘されてもやむを得まい。
レビル本隊が最大戦速に入る。続いて、本隊後方六十度上弦、距離八千五百キロに位置したカラル隊が月軌道へ進入しつつ、グラナダへ降下する。
テキサス・ゾーンと、かつてサイド1があった空域の進攻ルートはかなりの暗礁地帯である。連合艦隊は、ミノフスキー粒子(対レーダー攪乱粒子)とこの暗礁(コロニーの残骸)によって、グラナダを第三戦闘ライン上に捉らえるまでキャッチされずに接近し得た。が、以後は強行突破しかなかった。
グラナダも、月周辺に散開させていた艦艇を急速に終結させつつ、これに対抗しようとした。レーザー測量はそれなりに連合艦隊をキャッチし得たからだ。
が、グラナダの基地の総司令、キシリア・ザビ少将にとって、一つ気になることがあった。
「ギレン総帥からは、その後の回答はないのか」
「ハッ……」
彼女の直属の将官のなかには中将もいた。しかし、ザビ家の長女たるキシリアの地位は、あらゆる意味で最高の決定権を有していた。中将は答える。
「三日前から督促致しておりますが、レビルの進攻ルートが掴めぬ限り増援はまわせぬと、ア・バオア・クーの回答は同じでございます」
「ドズルのソロモンがある。今や、ソロモンは、レビルに黙殺されたと考えて良い。ドズルは、レビルを後方から撃つ事ができる。やらせろ!」
キシリアは、首に巻きつけてあったマスクを鼻までひきあげる。それはゴム状に肌にフィットしてくれて、戦場に出る時にはキシリアは必ずこれをするのだ。肌が荒れるというのは、女としての口実で、戦場の臭いを嫌うキシリアの癖であった。そして、不思議と彼女がマスクを使っていない時にかぎって不発弾の爆発が身近にあったり、兵が死んだりして、戦場特有の臭いがキシリアを襲った。
中将は、ドズル中将へ後方攪乱を願い出ておりますという嘘をついて、キシリアの前をひき退った。
その頃である。レビル将軍麾下のパブリク突撃艇六十五機は、ビーム拡散のための強電磁界を発生させるミサイルを撃ちこんでグラナダの空をおおった。レーダー攪乱のミノフスキー粒子の発展型ともいうべきこのビーム砲のビーム拡散幕は、数分間持続してくれる。百パーセント、ビームを拡散してしまうというものではないが、ビーム束を形成する強過電子を中和させる粒子と考えてもらえばいい。発射されたビーム束を拡大放散させてしまうのだ。
グラナダは、ビーム砲を捨てて通常火薬の対空砲火で対戦する。六十機のコスモ・ファイターが、それらの対空火戦をすりぬけて襲いかかる。同時に、パブリクも対地ミサイルによる強襲にうつる。前衛の宇宙巡洋艦、サラミス・タイプと、ムサイ・タイプのジオン軍の宇宙巡洋艦のこぜりあい。そして、ミスター・ボールのモビルスーツ九十機によるグラナダ南壁への突入。後続するGMモビルスーツによる支援。
さらには、カラル中将隊のグラナダ東壁からの進攻。
第一波の三十数分の攻防は、艦艇群を散開させすぎたグラナダにとっては、守勢一辺倒の展開であった。そして、グラナダの最高指揮官たるキシリア少将は即断した。
「撤退する。レビルの強襲に敗れたのではない。ギレンだ。兄の優柔不断にグラナダは陥ちた、と伝えろ。あと一個師団の増援があれば、レビルごときは蹴散らせてみせたものを……」
機動巡洋艦ザンジバル・タイプのズワメル≠ノ移乗した彼女は、恥じることなくグラナダを脱した。
戦略的に言えば、キシリアはグラナダを死守すべきであったろう。しかし、これについては、キシリアにしても、ジオン公国の総帥ギレン・ザビにも別の戦略論が用意されていたがために、こだわることがなかったといえる。しかし、その腹案を下敷きにキシリアがグラナダを捨てたのかどうかは怪しい。
かなり、時の感情でグラナダを捨てて、ギレンと対決することを欲した、と考えるのが彼女らしい……。
が、ともかく、このグラナダの攻略戦は、本論ではない。
グラナダは陥ちて、地球連邦軍は月の裏側に、ジオン進攻の橋頭堡《きょうとうほ》を得たのだった。連邦軍はここを|F・S《ファースト・ステップ》と名づけた。
透徹な音が闇をつらぬいてくる。それが拡大して、音が一瞬のきらめきとなって映像化する。閃光だ。しかし、その輝きは、核爆発にみる恐怖はない。おだやかな感光となって解放した精神域のすみずみにまで染みわたって、ふっと闇にかえるのだ。その闇も、はるかな悠久の地平線から発する音が輝くたびに、かすかだが明るくなるようだった。
なつかしいような輝きは、ひょっとしたら胎児が母親の胎内から出て初めてみる輝きと同じではないのだろうか、と思える。
きっと、そうさ……
アムロ・レイ少尉の意識が、覚醒の始まりをみる。
でも、かあさん……あ、な、た、は……あなたは、なんて悲しい方なのだ? とうさんがサイドの建設者として高名だったから、地球での居住権を得ることができた特権階級だったんだよ……それに甘えて……それに甘えて宇宙の生活がなじめないからって、それだけの理由でとうさんと一緒に暮らすことを拒んだ……いやだな。かあさん……。
そりゃ……ぼくは夫婦の生活とか、関係なんかは知らないよ。だけど、一つだけ判ることがあるんだ。夫婦は協力しあわなくっちゃあいけないんだろ? とうさんは、かあさんを愛さなくなっていたかも知れない。サイドの建設だけが生きがいのとうさんにとっては、かあさんは賄い婦以下だったかも知れない。で、も、ねぇ……かあさん……ぼくという子供がいたんだよ。
今でもよく憶えているよ! 五歳の時さ。秋だったよ。十月の二十八日! とうさんがぼくをかあさんのところから連れ出した日さ。かあさんは、ぼくの左の頬にキスしてくれたけどね、あの時、ぼくはかあさんを嫌いになったんだ。
ぼくは、男になろうと思ったんだ。
ぼくは、とうさんが嫌いさ。かあさんにやさしくないとうさんなんて大嫌いだったさ。でも、あのキスの時、あと一秒か二秒長いキスだったら、ぼくはかあさんを愛したろうな。だけど、あの時のおざなりのキスを憶えているんだ、ぼくは……。
だったら、とうさんの方がいいって、ぼくは、おもったんだ。宇宙……宇宙になじめないからって、ぼくについてきてくれなかったかあさん! あなたは、あの時、とうさん以外の男性を愛していたのですか?……愛していた、の、で、しょう……?
だから、ぼくは泣かずにとうさんについていったのです……
ずっと前の音の閃光の中には、ララァの声が輝いていたように憶えている……。が、また聞こえない……きこえなくなって、いた……。
PART 10
クスコ・アル
「フフ……」
含み笑いがアムロの耳をうった。その笑いは、ずっと続いていたようだった。
「ククク……。坊や……でしょう?」
なにがそんなにおかしいのだろうという思いが、アムロに確実な思考を回復させる糸口となっていった。それが女性の忍び笑いというめぐりあわせを感謝しなければならなかった。男の声より快い。
時折、男性の低い声が笑い声の間にはいるのだが、言葉が明瞭にはきこえない。遠い薄闇の中の忍び話がきこえてくるだけだった。
「……なぜ?……可愛い子じゃなくて?……クク」
最初に聞いた女性の声なのだろう。言葉と忍び笑いの音色がちがうように聞こえる。
「……規則ですから……」
男が、その女を制しているようだった。
アムロは瞳をひらいてみた。焦点の合わない輝きがゆったりと形をつくってくれる。見慣れたライトの輝きであった。その蛍光板には軍用の宇宙船タイプの防御網が施されているもので、この二年余り見慣れた輝きであった。
軍艦か?……
アムロ・レイ少尉の意識がたち上った。数度、まばたきをした。女性の前で目覚める抵抗感がかすかにあったものの、ここが何処か確かめたい衝動が、アムロを身じろぎさせた。
その時、輝きを遮るように一つの顔がアムロをのぞきこんだ。
「判って?」
はじけるような声がその唇からでた。それは、屈託のない明るい言葉であった。
「はい!」
アムロは答えてしまった。
なぜ、答えたのだ?……相手は、連邦の女なのかどうか?
瞬時、アムロの思考が走った。が、それも眼の前のその女性の微笑にうち消されてしまった。
「よく眠ったようね。これで、あなたの体は大丈夫のはずよ。大変なものね」
その女性は、そう言ってアムロの眼から視線を外すと、ドクターを! と叫んでいた。
素敵な顎の線だな……
アムロは思う。クスコ・アルは再びアムロを見つめた。
「判るかしら? 私、クスコ・アル……クスコ・アル」
「クスコ・アル?……救けて下さったのです、ね?」
「この輸送船で最初にあなたを見つけただけよ。少尉」
クスコ・アルは、ロングの栗毛色の髪をふわとゆすった。
「クスコ・アル……さん? ありがとう……ま、た……眠くなりました……」
「お休みになった方が、よろしいですよ、少尉」
アムロは再び眠りに入った。その直後に、入ってきた医師がクスコ・アルと言葉を交わすのをきいた。
「連邦軍の将校だから……」
その物言いにはかすかな不安が走った。しかし、基本的には危機を探知しない自分の六感を、アムロは信じた。
一度だけ目覚めの後でも憶えている夢をみた。母、カマリア・レイの夢だった。
夢の中の母は、地球の母の実家近くに住んでいた。やはり戦場とかかわりあいを持っているらしかった。
赤十字の腕章をした母が、見知らぬ男とベッドを共にしていた。
いやだな……母さん……。父さんにすまなくないの?……
パイロット・スーツを着たままのアムロは、さしたる嫌悪感も持たずに母と男を見つめていた。
それに、素肌に腕章は良くないよ。赤十字が怒ると思うよ
母親が唇に微笑を浮かべながらも、その瞳には怒りがあった。邪魔だといっているのだ。
息子の忠告はきくものだけどな。……それで、母さんが幸せならいいけど……
アムロは、母のベッドに背をむけて歩み出した。パイロット・スーツが重い。靴底に鉛が入っているのだ。それが、一歩あゆむごとに重くなってゆく。
五歩、六歩、七……十二歩、十三歩、十……、二十三歩目に両の脚を持ちあげることができなくなった。その時だった。母のベッドのあった方角の闇の中から、罵声がとんできた。
『なんて情けない子だろう! あたしは、あんたを、そんなふうに育てた憶えはないよ』
『なに言うんだ! あなたは僕を育てはしなかったよ! 僕は一人で大きくなった。父さんだって仕事一辺倒で僕の面倒なんてみてくれなかった。僕は一人で大きくなったんだよ!』
別に悲しくはなかったけれど、涙を流してみせた。何百キロメートル先にいるのだろう。全裸らしき母が髪をふり乱して走ってくる。
『不潔だ! 来ないでよ! 来ないでよ!』
アムロは叫び逃げようとした。が、脚の鉛はますます重くなってくる。パイロット・スーツのヘルメットをした。サンバイザーが母の姿を見えなくしてくれた。同時に、自分の息遣いが耳一杯に襲いかかってきた。
『助けて! 息がつまる!』
見えない周囲をアムロの両の手がさぐる。温かい手があった。
『金髪さん? セイラ伍長?』
アムロが乗っていたペガサスの新米通信兵、セイラ・マス――艦内での通称ドジ・セイラ……。
「少尉。少尉!」
その声にアムロは眼を開いた。
クスコ・アル!? 金髪さんではない! アムロの反射神経は瞬時にひらいていた。この船がどういうものか確認する間もなく再び眠りに入ってしまっていた自分を、アムロは恥じた。
「あ、ありがとう。クスコ・アル。大丈夫です」
アムロは笑ってみせた。そのアムロの明快な反応に、クスコ・アルは栗毛色の髪を大きくゆらせて微笑した。しかし、アムロはその表情の底に全く異なったゆらめく思惟の流れを感じてしまった!≠ニ思う。彼女の素早すぎる反応は、こちらのことを判りすぎているからだ!
なにものだ? この反射神経は?
アムロの瞬時の思考が、次の瞬間には閉じられていた。警戒した方がよい。そのためには鈍重に受ける方が、安全だ。
まだ、クスコ・アルの事は何一つ知っていないのだから……。
「ゆ、夢だったのです。怖い、不潔な……」
アムロはどもってみせた。
「不潔?」
クスコ・アルの灰色だが輝く瞳がアムロをのぞきこんだ。
成功だ!
不潔という生理的な言葉が、クスコ・アルの感性の足元をすくったのだ。勘から発生した感性が、女性の生理が求める興味へと流れこんだ。
「母が、男と寝ていたんです」
アムロは言った。
「…………」
まだ乳くささの残った少年が率直に使いすぎる言葉にクスコ・アルは戸惑った。二十歳になるかならぬかの少年が少尉であることに、ただ者ではなかろうと予測はしていた。それが、こうもあどけなく母の事を言えるのだろうか? 脆い少年と思える。が、果たしてそうなのだろうか?
「……ご苦労なさったのですね。夢はお忘れになった方が……」
「ありがとう。クスコ・アル。船長と話がしたいのですが、呼んでいただけますか?」
アムロは自分の頭から首筋、背中から尾てい[#「てい」、骨+氏+_]骨までをなぞってみた。痛みはない。次に自分の思考回路に途切れがないものか疑ってもみた。思い出したくないテキサス・コロニーでの一連の戦いの展開が順序通り記憶があった!……感情は、いい! 思い出せるようだ。ペガサスの連中は? と、疑問符もうってみることができる。それ以上に想像をめぐらせることはやめて、再び目の前のクスコ・アルを見た。
彼女は艦内通話器をおろしてアムロを振りむいた。
「船長はすぐにいらっしゃるそうです」
「すみません」
アムロは両肘を注意深くたてて上半身を起こしていった。三分の一の重力がかかっていることは幸いだった。身体を動かしてみると、やはり全身に疲労感がたまっているのが判った。殊に、長時間パイロット・スーツを着こんでいたための関節の疲れはぬけきっていない。
「この船はどこへ向かっているのですか?」
「サイド6.パルダ・ベイに入港予定。いいの? 身体を動かして?」
アムロの警戒心を解くためなのか、もともとがざっくばらんの性格なのだろうか? クスコ・アルは言葉遣いをかえてきた。
「大丈夫です。直撃をうけたわけではありませんし……。僕のカプセル、どうなりました?」
「カプセル? 軽飛行機みたいなのね? 甲板に係留してあるわ」
「…………」
アムロは黙った。彼は、大変なミスを犯しているのだ。コア・ファイターのことをあえてカプセルと呼んだのも、彼女がどのような種類の人間か判らぬからだった。
ガンダムのコクピット・ブロックは、基本的には脱出カプセルであるが、左右と上下に展開する翼状の部分に数十基のバーニアがあって、多少の機動性を有する。つまり、戦闘機として使えるためにコア・ファイターと呼んでいるのだ。
問題なのは、そのコア・ファイターの外装部分周辺には、モビルスーツガンダム≠フ操縦系に直結する各種のジョイント・コアがむき出しになっている。それは、専門家が見ればすぐに判ることだ。
気絶したまま、未知の艦に収容された
アムロにとっては、やってはならぬ失策であった。ジオン籍の船だったら、どうするのか?
部屋のドアが開いた。アムロの眼がはしった。眼光の鈍い初老の男だった。いかにも船長もベタ金のモールが似合う。その背後には、事務官だろうが、三十四、五の男。こいつが何者か、だな、とアムロは考えながらも、立ち上がって敬礼をした。右上腕に痛みがあった。
「地球連邦軍、宇宙総軍第十三独立部隊、アムロ・レイ少尉です。救助いただきましてありがとうございます」
「パミラ・アッシュールだ。このカセッタ|V《スリー》の船長だ。彼は事務長のイスファハーン」
「はい」
返答をしながらも、アムロは眼でクスコ・アルの退席を船長に尋ねた。敏感な船長だ。いや、世慣れている。
「クスコ・アルさん。ちょっと席を外してもらえまいか?」
クスコ・アルはアムロに微笑をなげると出ていってくれた。
「二つ質問があります」
「うむ」
「自分の乗っていた脱出カプセルを処分したいのですが、可能かどうか?……二つ目は、私の身柄はどうなるのか?」
「気分を楽に、少尉。この船は、サイド6籍です。ジオン、連邦との間に結ばれた中立条約にのっとって事を処理するだけです。少尉の身柄は、サイド6の連邦の領事館で引きとってもらえます。脱出カプセルは、すでにカセッタVの甲板に繋がれているために、少尉には処分できません。
パルダ・ベイで入国検査を受けて後に、領事館へ引き渡されることになる」
「それは困ります」
「が、曲げられませんな。少尉がカプセルから脱出して、本船に救助を求められたのなら、この時点で少尉が処分できたが、現在は本船の貨物扱いとなっている」
「…………。どんな状態で係留されていますか?」
「お見せしようか?」
「船長……」
事務長がパミラ船長に声をかけた。
「持ち主は少尉だったのだ。拒む理由はない」
船長は事務長を制し、アムロに歩けるのか? ときいた。
無重力の艦内で兵員を移動させるために、リフト・グリップというものがある。艦の壁に埋めこまれたガイド・レールによって誘導される握り(グリップ)である。それに掴まると秒速二メートルから七メートルで一人の人間を移動されてくれる。
アムロにとって、このグリップを使うのは数週間ぶりのように思えた。リフト・グリップの移動方向に水平に体を泳がせるようにして、右腕だけでひっぱられるのだ。レールが途切れている所で、別のグリップにとりつくのにはコツがあった。二、三メートル手前から減速をして体の慣性運動を殺しつつも、次にとりつくリフト・グリップの位置を確認しておいて、体を水平のまま泳がせて一直線に体を流さなければならない。膝を曲げたりして、別方向への運動ベクトルを発生させると次のグリップを掴まえられなくなる。
パミラ船長の後に従って、アムロは三番目のリフト・グリップにとりついた。そのすぐ後ろにイスファハーン事務長とクスコ・アルがついていた。
ジィンズのスラックスか?<Aムロは今になって彼女の姿に気づいた。そんなアムロにクスコ・アルが白い歯をみせた。
「あのハッチの窓から見ることができる。少尉」
パミラ船長の声にアムロは船長の大きな尻を見上げながら、グリップから手を離して、船長の左側へ位置するように体を泳がせた。
三十センチ角のハッチの窓から、この船の上甲板というべき面が見通せる。その右舷よりにコア・ファイターがワイヤーで固定されていた。キャノピーは歪み、右翼はほとんどなかった。機体に亀裂も入っているようだった。
アムロはその機体を確認すると同時に、狭い視界しか得られないハッチの窓から見渡せる限り甲板を左右に見た。
案の定だった。左のコンテナの陰に数人のノーマルスーツ(モビルスーツという概念が生まれた時に、通常の宇宙服はこう呼称されるようになっていた)が確認できた。無論、入港直前の輸送船の甲板にノーマルスーツ姿の作業員がいる事は不思議ではない。しかし、数人という数と、このコア・ファイターが繋がれた甲板にいるということに、アムロは案の定だ≠ニ思う。
ジオンの軍人か、それに類する人間だろう。ひょっとしたら、コクピットの中に一人ぐらい入りこんでいるかも知れない。が、アムロはいかにも安心をしたという微笑をうかべてパミラ船長に振りむいた。
「ありがとうございます。カプセルが自分自身の手に届くところにあるというだけで、軍に対しては弁解ができますから……」
「それは私だって同じだ。下船したら、連邦軍のどなたさんかが必ず尋問にいらっしゃるというのが、世の通例でな。そんな時に、少尉のような方を味方にしておいた方が、私は楽だ」
アムロは微笑を返してやった。
「連邦の領事館の要求があれば、サイド6としてもすぐにお返しするでしょう」
「通関にどのくらいかかりますか?」
「ま、早くて二日。下手をすると五日から一週間ですな。役人のやる事は、古今東西、同じと覚悟しなくちゃならん」
アムロは再びハッチの窓から前方を見た。この船の船首の前方に二つの輝きが見えていた。コロニーである。その一つがパルダ・ベイの名称を持つ港のあるコロニーだろう。
入港まで二時間(軍用船なら十五分とはかからないが……)といった距離だ。
サイド6.地球連邦、ジオンのどちらにも属さない中立サイドであるが故に、今次大戦を免れてはいるが、ここのランク政権はどちらかといえばジオン寄りである。大統領のランク・キプロードンはキシリア・ザビと内通しているというのがもっぱらの噂である。
「少尉。モニターをごらんになります? 少尉のカプセルが映ってます」
アムロは、パミラ船長の肩越しにクスコ・アルの方を見た。輸送船のみならず、大体の船が、ハッチに接続する外を監視するためにモニターを用意してある。それが、コア・ファイターを映しているというのだ。
「準備がいいのはありがたいな」
これは、アムロの精一杯の皮肉だった。
事務長のイスファハーンの眼が底意地悪く光った。アムロは、判った。
この船、カセッタVも、敵性艦なのだ。一人パミラ船長の好意によって、アムロは捕虜の扱いをうけないですんでいる。
では、クスコ・アルは何者なのだ?
アムロはモニターをのぞきこみながら思った。
成る程、モニターにはコア・ファイターが上から見下ろす角度で映っていた。画像は極めて明確で、太陽光線に対して全く影の部分であってもカメラがズーム・アップをかければ直ちに適正露出でモニター上に映像化してくれた。機体の装甲板の溶接のデテールまで判別がつく。無論、コクピットに調査員らしいノーマルスーツはいなかった。
「ありがとう。船長の配慮に感謝します」
アムロはそう言ってリフト・グリップに掴まった。イスファハーン事務長が笑ったようにみえた。それを、アムロは読みとりつつ、逆襲に出た。
「アルさん、よろしければ、コーヒーを飲む所を教えて下さい」
「お部屋でよろしければ、届けます」
「アルさんが?」
「いけませんか?」
この会話はアムロの事務長に対しての牽制策である。クスコ・アルに一目惚れしたアムロが、彼女にモーションをかけている、というパターンである。事務長が薄ら笑いを浮かべたようだ。
その笑いは、若僧め、といっているようだった。となれば、アムロの作戦は成功したのだ。クスコ・アルを隠れ蓑に使う!
しかし、クスコ・アルは、そのアムロの考えを知った上で誘いにのって、言葉尻を合わせているように思えた。
ニュータイプだからか? とも疑ってみたが、ララァ・スンとシャア・アズナブルの出会いのときのようなきらめく接触感はない。
あたり前にいけばいい
アムロは意識して精神と意志を怯えさせるようにして、クスコ・アルに対する事に決めた。
カセッタVの食堂の客船のそれというわけにはいかない。あくまでも貨物船タイプの食堂で、二十脚ほどのテーブルしかない。それにセルフ・サービスなのだろう。厨房との間には大きくカウンターが開かれていて、盆やら食器が重ねられていた。コーヒーは、そのカウンターの舷側寄りの壁に押しつけられたオート・マシンにコインを入れて取り出すしかなかった。
「なにになさる?」
「モカ・マタリとマンダリンのアメリカンというのは……無理です、ね?」
アムロは灰色に輝くクスコ・アルの瞳を見上げた。彼女はわずかにアムロより背丈が高い……。
「ぜいたくは敵よ」
クスコ・アルは手早く二つのコップにコーヒーをいれると、マシンの脇のテーブルに坐った。
「判りますか?……」
「判りはしないわ。けど、あなたの思いつめた顔をみていれば、そのくらいの見当はつくわね。少なくともスパイにはなれるタイプじゃない」
「フフ……」
アムロはコーヒーを一口飲んでみて、ひどいアメリカンだと思う。
「……自分のカプセルをカセッタVから切り離したいんです。サイド6で臨検を受けたら、立場がなくなります」
「そんなことだと思ったわ。でも、やるのなら今すぐでないとね。入港時刻が迫っている」
「すぐ?」
「ええ。手伝いましょうか、少尉?」
そう言ってアムロの眼をのぞきこむクスコ・アルの灰色の瞳がキラと輝いた。
彼女のパッと花が咲いたような第一印象に男たちが惑わされているきらいもある。が、彼女の男の生理に滑りこむような話術というのはなんだろう? 自分の女の部分に自信を持っているからか?
「散歩なのよね。船の外からサイド6のコロニーを見てみたいの。いけない?」
クスコ・アルは、何の前おきもなくノーマルスーツの管理員のデスクの前に立って言うのだ。
「三十分もしたら入港です。船外には十分と出ていられません」
「記念写真を撮るだけなんだけど、許可を下さいな」
これは真面目に言うのだ。で、若い管理員は、時間厳守ですよと二着のノーマルスーツを貸してくれる。
パルダ・ベイを中心にしたサイド6の第八番のコロニーは、円筒の周囲にとりつけた巨大なミラーを三方に展開して回転をする。その姿は、人類が創造した最大級の建築物である。その中には一千万の人々の住む大地があるのだから。
すでに、パルダ・ベイ周辺には、あたかも地球上にある都市を夜、俯瞰するような輝きの列を見る事ができた。一つ一つの輝きが、船の整備ブロックのものか、日常雑貨を製造する工場のものか、ともかく、港・ブロックを中心とした工業ブロックの輝きの列がある。
そんな光景も宇宙育ちのアムロにとっては珍しいものではなかった。現在の任務はコア・ファイターの処分である。
カセッタVの上甲板に並べられたコンテナの陰に体をしずめ、数歩すすむ。ブリッジから直視されることはないはずだが、コア・ファイターの情報を仕入れようという輩がひそんでいる可能性はまだあった。
「誰もいません」
クスコ・アルがヘルメットをくっつけてアムロに言う。ヘルメットの共振を利用した通話――お肌の触れ合い会話――でアムロに知らせてくれる。
そうだろう<Aムロも思った。そして、甲板を蹴って泳ぐ。むろん、重力にひかれるということがないから、アムロの体は蹴った方向の逆方向へ一直線に流れ、その行きつく先をコア・ファイターのキャノピーを目標にする。キャノピーにとりついたアムロは、キャノピーフレームの下にある非常用ハッチを開いて、握りをひいた。キャノピーがはじけるように開く。
案の定シートの下の自爆用の炸薬はなくなっていた。
ジオンのスパイめ!
アムロは舌うちをしながらも、シートの後ろの姿勢制御用コンピューターブロックのさらに後ろにあるフタを開いた。その外装はいかにもコンピューターの一部という体をなしてはいるものの、ダミーである。中には自爆、信号用とあらゆる非常用の火薬のセットがつめこまれてある。
アムロは三個の火薬をコア・ファイターを固定しているワイヤーにくくりつけて、引き抜き[#「引き抜き」に傍点]式の信管のコードを伸ばした。その時だった。パッとサーチライトの一条の光がアムロを襲った。
警報のサイレンも鳴ったかも知れないが、それは聞こえなかった。オール・レンジのノーマルスーツのヘッドフォンからいくつかの声が重なってとびこんできた。
「動くな! 誰かぁ!」
が、すでに遅い。アムロは信管のコードをひきぬく。キラッと閃光が走るや、ワイヤーが吹きとびコア・ファイターがゆらりと甲板を離れた。
アムロは甲板を蹴って、クスコ・アルが身をひそめるコンテナの陰へとびこんでいった。
ドウ!
コア・ファイターはキャノピーを中心にして機体をふくれあがらせていった。
その破片がカセッタVの甲板にもはね返り、ブリッジの下あたりからとび出していたノーマルスーツの船員たちが爆圧を避けようと右往左往していた。
「おめでとう。少尉」
サンバイザー越しのクスコ・アルの表情は見ることができなかったが、ヘルメットを接触させて響いてくるクスコ・アルの声は弾んでいた。
「あ、ありがとうございます。これで僕の面目がたちます」
「よかったわ。ちょっとしたスリルだったけど……これから面倒よ」
「でも、もともと僕のカプセルだったんですから」
そう言うアムロの肩に、クスコ・アルのノーマルスーツの左腕がのせられた。サンバイザー越しには顔は見ることはできない。しかし、アムロはクスコ・アルの底の方によどむものが何か判りはじめていた。
「なぜです? お手伝いいただいたの?」
アムロの探りの質問をクスコ・アルは、フフフ……というあの目覚めの時にきいたと同じ含み笑いで答えてから言った。
「君が、可愛いからよ」
それはアムロが予想した言葉と全く違うものだった。
ララァとは違うの、だ……
アムロはムッとしてクスコ・アルの手を払い、立ち上がった。カセッタVの船員たちが駆け寄ってくるのが見えた。
「中佐。どうぞ」
丸顔の愛くるしい唇の秘書官がシャアを招いた。二時間ほど前に届いた真新しい赤い軍服のシャアは立ち上がった。脇がややきついのをのぞけば合格点――いや、第一線基地の被服部が仕立てたのだ。満点の出来上がりといっていい。
「ン……」
襟の具合を見るために、シャアは首を振った。
「お似合いです」
秘書官はシャアの存在を十分に知っているようだった。一人の士官とすれちがった。その士官が若造が!≠ニ言ったのを、シャアは聞き逃さなかった。
憶えておこう≠ニシャアは思う。
シャアはマスク越しにキシリア・ザビの後ろ姿をみた。水槽をのぞいているのだ。縦が一メートル、横が三メートルはある水槽にはいわゆる熱帯魚といわれる数種の魚が泳ぎまわっていた。殊にレッドソードテールの赤い群れは、半ば水槽を埋めるようにして魚鱗を輝かせていた。
お疲れか?
シャアは真っ直ぐにキシリアのデスクの前の椅子のところまで歩んだ。額の醜い傷と弱い眼をかばうためという二つの理由から、シャアは平生でもマスクをしている。キシリアの前でもこの習慣は変えてはいない。
養父ジンバ・ラルからは、小さい頃にギレン、ドズル、キシリアらには遊んでもらったことがあると教えられていた。それへの警戒心がマスクをさせたのだが、今となってはその必要もないと思えた。が、一度、習慣化したものを変えるというのも怪しまれよう。
「エルメスの戦闘記録は読んだ。お前にしろザンジバルのクルーにしろ、よくもテキサスから脱出できたものだな」
「コロニーは丈夫にできています。コロニー建設者たちに礼をいいたいところです」
キシリアは水槽の前を離れて、パトロール網が完備していればお互いにもっと早く会えたろうにと愚痴を言った。
「グラナダがもう半日あれば、自分もお手伝いできたのではないかと残念であります」
シャアはテキサスを他のクルーたちと数隻の内火艇で脱出をして、パトロール中のムサイ・タイプの宇宙巡洋艦に拾われた。そのムサイもグラナダの攻防戦に参戦する途上であったのだが、あまりに早いグラナダの陥落を知るや、月を大きく迂回して前日の夜、このア・バオア・クーの宇宙要塞へたどりついたのだった。
ア・バオア・クーは、アステロイド・ベルトから運ばれた岩の塊を二つ繋ぎ合わせた宇宙要塞である。横からみると傘のような形にみえるところから、俗に、傘≠ニ呼ばれている。二つの巨塊を組み合わせて要塞化するとこうなるのではないかと思わせはするが、十字砲火を有効に生かすにはもう一つの岩が必要だと設計者にいわしめる。これは、月とジオン本国の直線上に浮かび、サイド1の空域にあるもう一つの宇宙要塞ソロモンとで、ジオンの最終防衛線を張るわけである。
「ジャアもそう思うのか?」
キシリアの言葉に刺があった。
「ハッ!」
シャアに彼女の口惜しさが判る。このア・バオア・クーに温存した兵力があれば、グラナダは陥ちないですんだという事。ギレン総帥がドズルをして軍を動かさなかったのではないかという邪推。
ギレンはキシリアを除け者にしようと画策していたが、キシリアがそれを知って早々にグラナダを脱出したのではないのかという噂、そして、それらのすべてが恐らく真実だろうというシャアのキシリアから得る感触は、すでに自分が手を下さずともザビ家は崩壊するのではないのかという予測さえ持つのだ。
「仕方がないか……」
あまりにもシャアが率直であったことが、キシリアを苦笑させた。
「ア・バオア・クーでは他所者扱いされて閉口している。ドズルめは顔に似ず神経質でな」
このア・バオア・クーこそギレン直轄の宇宙要塞であって、キシリアの管轄ではない。が、逃げこんできたキシリアの残存部隊にア・バオア・クーの一角を貸し与え、早急に部隊を再編成しつつあった。前日にドズルがその再編成会議にア・バオア・クーに来たのだという。
「で、キシリア閣下の編成は?」
「まあ、まあだ。敗戦の将は兄上……総帥は厳しいな……しかし、手はうってある。私はニュータイプ部隊を編成して、ギレン総帥の鼻をあかしてみせる」
「ニュータイプ部隊を?」
シャアは話がとぶものだと不安になった。
「眼の前の戦局の事を総帥は知らなさすぎる。戦後のことを考えすぎているのだよ」
「そうでありましょうか? ギレン総帥には、勝算がおありになるのでは?」
「…………」
「ア・バオア・クーとソロモンの線上に地球連邦軍を集結させて、一挙にこれを殲滅する事をお考えと、聞き伝えで承知しておりますが……」
「システムのことか?」
キシリアは、刺すように言った。シャアの身分で知り得るはずのないことである。
「……はい」
「ガルマがしゃべったか?」
士官学校時代にシャアと同期生であったザビ家の末弟のことである。戦死している。
「ご想像にお任せ致します。が、実現化しつつあるとは承知はしておりません」
「…………。私もそうは思う。……が、システム一つで戦争にピリオドがうてるとは考えにくいな。なぜならば、地球連邦軍にはすでにニュータイプの部隊が存在していると聞いた。となれば、大半の戦力をシステムで殲滅し得ても、時代の流れをザビ家のものにするわけにはいかん。
次の時代は、ニュータイプの時代だからな。シャアもそう考えよう?」
「…………」
シャアは返答に窮した。彼はララァを知り、ニュータイプの存在を確信した今は、ザビ家打倒という単純な考えでキシリアとは接していない。
真に今キシリアの言ったことこそ彼の目的、いや理念であった。
すでに凡俗は、戦争という手段でしか物事を解決させられないと歴史は証明している。
「ニュータイプの時代……。そう……。そのお考えには共鳴します」
キシリアの言う意味とシャアの思惑は全く違う。しかし、シャアにとってはそれは問題ではない。キシリアと彼女の傘下にあるフラナガン機関は利用する価値がある現在、キシリアの意志に従って行動する方が有利なのだ。
「そうであろう? そのためには、まずニュータイプの部隊を編成する事が急務である」
「はい……しかし、ララァ・スン少尉が最良のニュータイプと聞かされておりましたが……」
「フラナガン機関を無駄金は使わせていない。何人か実戦に耐えると思われる兵がいる。中佐がフラナガン機関に行った時点では、ララァしかいなかったというにすぎない」
キシリアはインターフォンに手をかけて、ガルシア中佐を呼べと言うや立ち上がった。
「いい仲だったそうだな。ララァ少尉とは……」
「ハ?……」
シャアは、キシリアも女だなと思った。つまらぬ事に口を出すものだ、と思うのだ。
「若気の至りと……」
「血気と優しさだ。シャア中佐の軍人としての不適格なところかも知れん」
「どうも……」
苦笑いを返すしかなかった。彼にとってララァは始めから兵士という存在ではなかった。
あらゆることが偶然の重なりあいとなって、ララァ・スンは遠方軍のモビルスーツ、ガンダムのパイロット、アムロ・レイと出会ってしまった。その二人の激闘の中で思惟の交感。ララァが悲しい少女でなければ、一瞬にしてアムロという少年パイロットの中にとびこんでいきかねなかった二人の認識力の拡大を、シャアも垣間見ることができた、と思う。
そして、シャアは嫉妬したのだった。
だから、ララァが死んでくれて良かったとさえ思っている。しかし、もしあれがニュータイプのあるべき姿であるとするならば、素晴らしいことだと判断するシャアでもあった。
男女の性愛の交感さえ超えて、認識という知そのものが拡大され強化してゆく姿。人の欲求と知性が純化してゆくプロセスのように思えるのだ。
もし、人類すべてがあのように高められるものならば、果たしてみたいものだ
ガルシア・ドワル中佐が説明をする。
「木星からヘリウム3を輸送する船団の指揮官シャリア・ブル大尉。二週間ほど前に帰国致しましてチェックしました。極めて有能です」
「それほどの男がなぜ戦線を離れていたのだ?」
シャアはオンザ・ロックのコップを振って尋ねた。
「ニュータイプ特有の予知能力ではないのでしょうか? 自分が前線に出たら危険だと考えたとか……」
ガルシア中佐はファイルをめくって、次のページを読もうとしたのをシャアは制した。
「妙じゃないか。そういう男がなぜフラナガン機関の……失礼、君のチェックを受けたのだ?」
「シャリア・ブルですか? ギレン総帥からの特命で、私の所へ参りましたが」
「…………!」
シャアは愕然とした。キシリアがニュータイプ部隊を彼女の独創のように思っているが、すでにギレンはその構想に釘を刺すべく最強の人間を送りこんでいるのではないか? シャアはガルシア中佐に何もいう気力がなくなっていた。
「クランブル・カルレア中尉。ザクのパイロット上がりですが……」
ガルシア中佐はファイルを再チェックしつつ、読みあげてゆく。
「全く同じレベルだというわけか?」
ガルシアの説明が終わったところでシャアは訊いた。ガルシア中佐は表情を固くして答えた。
「はい。先刻ご説明致した通りであります。クスコ・アル中尉。彼女の能力が突出していると思えるからこそ、機関としてはあらゆるテストを講ずる必要があると申しておりました。危険を犯してまでこの一週間、彼女を地球に下ろしたのも重力下でのニュータイプの脳力変値があらわれるか否かを調査するためでありまして……」
「アフリカだろう? それは判っているから聞くのだ。結果はどうなのだ?」
「未だ連絡はありません。が、今日中に結果が入電するはずです」
「どこにいるのだ、そのクスコ・アルは?」
「サイド6、パルダ・ベイに入っているはずです」
サイド6の人工的につくられた気候は、温暖である。春夏秋冬をはっきり分けるのは気に入られていない面もあるが、基本的には人間の生理を刺激するという理由でランク政権は強行した。ただ、梅雨とか雨季と台風は用意されていない。が、五年周期でアトランダムに豪雨、豪雪さえも設定されている。少しでも地球の自然に似せたいとする人間の浅知恵の成せる業かも知れない。
「洪水だってあったんだ。一昨年の六月かな。二十軒ばかりの家が床上浸水とかになっちまって、政治問題化したんだ」
「床上浸水?」
アムロ・レイ少尉は、そのきき慣れぬ言葉を口の中で繰り返してみた。
「地球でもなくなった現象だよな。河の水を家の床の上までくることさ」
「へえ……!」
このリスト・ハヤシダ大尉は、サイド6の地球連邦軍領事館の十二人の武官のうちの一
人で、情報収集を任務にしていた。
「俺は気軽なものさ。フラナガン機関に出入りする人間を調べるだけだからな。それも、日中の四時間ほど、フラナガン機関の出入り口を見張って写真を撮って、そのリストをジャブローの参謀本部に送りこむだけだからな」
リスト大尉は、アムロが領事館に来た目にそう言って教えてくれた。
「なんなんです。そのフラナガン機関……?」
「おやおや、坊やとお話をするのは気骨が折れること……。ニュータイプだよ。聞いたことあるだろう。ニュータイプ? ジオン軍のニュータイプの訓練機関だ」
「中立サイドにそんなものがあるんですか? 国際条約違反じゃないですか」
アムロは、ショート・ケーキのいちごを呑みこみながら言った。
「ククク……! まあ、いい。社会勉強をうんとするんだな。女の尻を追いかけないうちに戦争ごっこを教えられたんじゃ、判らんことだろうがな」
「上官に同じようなことを言われました。けど、女性のことと戦争のことを一緒にするなんていやですね。大人っぽくって……」
アムロ少尉はそう言って、ショート・ケーキにフォークを入れた。
「女は、お前みたいなのにしびれるのよね。まあ、いいさ」
リスト大尉は、アムロ少尉を朴念仁と断定しているのだ。コーヒーをすすると、領事館の窓の外に拡がる人工的な山肌と緑の連なりを見つめていたが、
「社会勉強だ。一つだけ教えてやろう。俺が領事館をでる時、変装して出るのだ。つけ髭をする事さえあるんだが、必ず、ジオンの尾行がついて、俺がホテルの窓から撮影したり、喫茶店から見張っているのを見張る奴がいるのだ。で、四時間の任務が終わるとその尾行者と一緒に俺は領事館に帰るというわけさ。奴の方が、勤務時間が長いと思うがな……。判るか? これが、スパイの仕事なんだ」
「うす汚いというか……不潔ですね」
「が、これが判らにゃ、大人の世界は判らん。スパイが拳銃を撃ち合うなんてことは、まず、これっぽっちもないのだよ。スパイ映画じゃないからな」
「はい」
アムロはうなずいてコーヒーをすすった。
サイド6籍の輸送船カセットV≠フ上でコア・ファイターを爆発させたのではないかという嫌疑は、アムロ少尉にとってサイド6への入港を困難なものにするように思えた。
サイド6の地球連邦領事館のリスト・ハヤシダ大尉が奔走してくれたという話はきいた。それに、アムロにとっての最大の味方は、あのクスコ・アルであった。
アムロのために弁護してくれたのだ。むしろ、アリバイ工作を自らしてくれたといってよかった。それについては、カセッタVのイスファハーン事務長が抗議したくらいである。
「地球連邦の士官が、彼女と寝るなどあり得んことです!」
と……。
クスコ・アルは、コア・ファイターが爆発した時、アムロを自分の部屋に招いたと証言したのだった。ひどい嘘なのだが、クスコ・アルの強弁が事を決定づけたところに、カセッタVのもう一つの姿があるようだった。
「事実なのか?」
入港査問官の問いに、
「事実です」
アムロは答えた。リスト・ハヤシダ大尉はその経過をすべて知っている。領事館の立場としては当然であった。が、数日のつきあいで、アムロ・レイ少尉がまるでネンネと判ったのだ。だから、リスト・ハヤシダ大尉としては、何が、こういう事態を生んだのか、という真の理由は判っていない。
あくまでも、月を占拠したレビル将軍からの特命で、アムロ・レイ少尉の身柄をひきとるのが彼の任務だったからだ。
「今日のお話は、僕が戻れるということなのですか?」
アムロはリスト大尉の髭あとの鮮やかな青さに感じつつ話題をかえた。
「ンにゃ……。これだ」
リスト大尉は胸ポケットから一枚の写真をとり出してテーブルの上に投げた。
「…………」
アムロは絶句した。
クスコ・アル!
かなり大きな石段(プラスチックのイミテーションだろうが)を駆け上がろうとしている姿だった。カメラを見ているようでもあった。あの、やや厚ぼったい唇が笑っていた。
「一度じゃないよ。三度確認した上で、お前に見せるんだ。前任者のデータも調べてみたんだ……俺は一か月前に着任したばかりだからな……半年前から出入りして、この十日ばかりはいなかったことになるが、フラナガン機関のスタッフだな。職員じゃない。ニュータイプだ」
「まさか」
アムロは写真を手にとって見入った。
「この建物がフラナガン機関の?」
「ああ。その写真やるよ。識別用にとっておけ」
「はい」
大尉がクスリと笑ったようだった。アムロは顔をあげた。
「いやね。……コア・ファイターって何なんだ?」
「モビルスーツの脱出カプセルです。コクピットがそのまま脱出できる……」
「GMのか?」
「はい」
「臭いな……」
「?」
「俺は、お前を坊やだと思ってんだ。ま、怒るなよ……けどな、臭いな。お前……」
「そうですか?」
「お前……」
「ニュータイプっていいたいんでしょうけれど、ちがいますよ。ことさらに訓練を受けたわけじゃありませんし……」
「じゃ、レビルの特命を受けるというのは、どういうわけだ? 入国管理事務所からお前の名前が伝えられた。ただの軍人なら、所属部隊に照会して、身柄を確認すりゃそれで終わりで、俺が迎えにいくだけだ。
ところが、レビルの特命だ。妙じゃないか?」
「僕の隊がテキサスで全滅したからでしょ?」
「なめちゃあいけないよ」
大尉がむかっ腹をたてた。
「本当のことです。自覚症状もない自分がニュータイプだなんて言われても、信じられません。が……」
アムロは、ふっと思いついたことがある。
「……が、僕がニュータイプだとしたら、何なんですか?」
「クスコ・アル。こっちの識別番号はJの6159……こいつもニュータイプってことだ」
リスト大尉は立ち上がり、明朝五時にパルダ・ベイを出る連邦の輸送船があるとアムロに言伝えると、
「Jの6159な。夕方の六時にフラナガン機関を出て、宿舎に戻るぜ」
ああ、罠を仕掛けたな
アムロはそう思いながらも微笑を返した。
「そうですか? ありがとう」
フラナガン機関とは言うが、表向き変哲のないビルにフラナガン研究所という小さなプレートがあるだけで、それさえ薄汚れていて気づく人もない。写真でみた石段がビルの正面に幅広く十数段ある。四車線道路に沿ったそのビルは、左右をヒマラヤ杉で区切られた一角にある。典型的なコロニーのオフィス区画である。
アムロは領事館から借りたエレカ(電気自動車)をそのビルの駐車場の出入り口の脇にとめていた。
リスト大尉が尾行しているだろうが、すでにニュータイプの疑いさえかけられたのだ。アムロの気づかれるような尾行はしていまい。だから、アムロは周囲を見回すことさえしなかった。
ひたすら、ビルの玄関を見入っていた。
一般の退社時間はとっくにすぎている。一人、二人と退出する人影もあり、駐車場に入る人もあったが、とりたてアムロに注意を払う人はいなかった。
「あ! スカートを……」
アムロは妙は感動をした。カセッタVではスラックスの彼女しか知らなかった。それが、スカート! 膝を隠すスカートが軽く揺れた。
クスコ・アルは栗毛をなびかせるように石段を真っ直ぐに下りてきた。
「待って?」
「さ、三十分は待ちませんでした」
アムロはキイを入れた。隣のシートに坐るクスコ・アルの身体から発散するヴォリュームが、ふっと温かい圧力となってアムロをうった。女らしい重さがあった。
「!」
バックの確認をしたつもりだが、何も見てはいなかった。隣の栗毛の眼前一杯に迫る熱い空気しか感じていない。
「来るわ」
そのクスコ・アルの声にアムロはアクセルを一度外し、そして、車線にエレカを出した。
「す、すみません」
アムロは言った。
「どうして?」
「……待ち伏せしてて……」
「玄関のガラス越しに見えていたわ。どうして?」
「ですから、待ち伏せしてて」
「来ると思ったわ。領事館にいれば、ここの事は知るでしょうし、三日目でしょ? 来ると思っていたわ。だから、スカートにしたの」
「女性の勘……ですか?」
「そんなものじゃなくって? もし、すぐに地球に下りるとか、どこかの戦線に移動しているのなら会えないと思ったわ。でも、まだこのコロニーにいるのなら、今日は来ると思ったもの」
そういうクスコ・アルの嬉しさがいっぱいの表情の中に、アムロは奇妙な侮蔑というか、彼女の遊び心のようなものを感じた。
錯覚か?
可愛いのよね……≠ニいう言葉にならないクスコ・アルの言葉がきこえてくる。アムロは緊張しながらも笑って言う。
「もう一つ、聞いていいですか?」
「ええ、どうそ」
「心理学ですか? そう順序だてて考えられるのは?」
「心理学なんて私は知らないわ。私もあなたもお互いに興味を持ったでしょう。だから、よ。それだけではいけなくって?」
そのあとでクスコ・アルは坊や≠ニつけくわえたりはしなかったのだが、アムロにはそうきこえた。幾つも年上ではないはずなのに、この人を見下すような言い方はなんなのだと、アムロは思った。
「そんなことありません。そんなことありませんけど……」
アムロは急速にクスコ・アルと接触する事に後悔を抱きはじめた。
「可愛いのよね」
クスコ・アルのあの含み笑いが漏れた時、アムロはエレカを停めた。
クスコ・アルは笑うのをやめてアムロを見た。アムロも、クスコ・アルの灰色の瞳を見返した。クスコ・アルのきめの細かい肌の色となだらかな線を見ることができた。
この女の肌が、男に間違いをさせる!<Aムロはそう思いつつ言った。
「降りて下さい」
「少尉……」
クスコ・アルは言葉をのんだ。
「どうせ僕は青二才です。あなたのお相手はつとまりませんから……降りて下さい」
「少尉……。そんなつもりはないのよ。嬉しかったから、つい……。気を悪くしたのなら誤るわ。少尉……」
「い、いいえ。フラウ・ボウが待ってますから!」
「そ、そう……。ごめんなさい。アムロ少尉」
クスコ・アルはエレカを降りた。
「す、すいません。クスコ・アル……」
アムロは力一杯アクセルを踏んだ。自分でもなぜこうも腹をたてているのか判らなかった。本当は、今夜、クスコ・アルと食事をしたい。できる事なら、ダンスの一つもしたかった。きっとそうなるだろうと思った。寝られるのなら、もっといいとも思っている。今から引き返せば、和解できるかも知れないと思う。
エレカを道路の脇に寄せればいいことなのだと思う。と、左側を二台のエレカがアムロのエレカを追い抜いていった。アムロはハンドルを戻してエレカを直進させた。
バック・ミラーに、佇んでいたクスコ・アルが踵を返すのが見えた。
ああ、戻らなくっちゃ……!
しかし、もう遅いのだろうと思う。
なぜ、フラウ・ボウの名前を口走ったのだろうかと、自分でも不思議だ。サイド7のお隣さん。今は、戦火を避けて、ルナツーの連邦軍の基地にいるはずだった。年下のくせにアムロの世話をやきたがった女の子。アムロにとっては、初恋の人以上に近しい娘なのだ。しかし、フラウ・ボウが待っています、という言葉は唐突である。
「でも、フラウ・ボウは本当に僕を待っているんだ」
ルナツーでの別れの時に、彼女はそう言ったと憶えている。
夜の時間となっていた。コロニー全体がぼんやりと暗くなってゆく。鮮やかに輝きを増すエレカのテール・ランプが尾をひき、幾何学模様を織りなす街灯が左右に走ってゆく。
「フラウ・ボウ!……もっと任務に忠実になって、僕はクスコ・アルと接触をしなければいけなかったのかも知れない」
アムロは必死に冷静になろうとして、考えもしないことを口走っていた。
なぜなんだ。興味を持ったのは事実だったんだろうに!<Aムロは己に叱咤して、アクセルを力一杯踏みこんだ。
PART 11
前夜
地球から見た場合の月の裏側、ソビエト山脈の南端に、かつてジオン公国の前進基地であったグラナダがあった。現在は地球連邦軍が手中に収め、名称も|F・S《ファースト・ステップ》と呼ばれている。
が、ここには橋頭堡《きょうとうほ》を確保する上での最大限の戦力しか展開していない。ア・バオア・クーを正面にみるこの地点はあまりにも危険であったからだ。主力はあくまでもF・Sの裏側にある。
地球の正面。F・Sの裏側のこの基地はフロント・バック(|F・B《エフ・ビー》)のコード・ネームで呼ばれている。
サラミス・タイプの巡洋艦トリチゲン≠ェ、第六デッキへ降下してくる。地球連邦の宇宙総軍が保有する極めて標準的な宇宙巡洋艦である。かつて地球の海で使われていた船≠フ型を踏襲《とうしゅう》している。端的に異なるところといえば、無重力帯で使われる事が基本であるために、左右の舷側にあたるところにも、サブ・ブリッジが設けられていて、舷側が共に上甲板の体を成していることぐらいだろう。艦底はある。ドック入り、接岸の時に必要なのだ。
アムロは、そのトリチゲン≠フブリッジにいた。
パルダ・ベイから地球連邦籍の民間輸送船で出港したアムロは、途中でこのトリチゲンに移乗したのだ。アムロ・レイ少尉一人のために一隻の輸送船と巡洋艦が接舷したのである。
トリチゲンでの十数時間、アムロは個室を与えられ、十歳は年上と思われる曹長が当番兵につけられた。佐官クラスの待遇である。が、考えようによっては、監視されていたのかも知れない。
昨夕、フラナガン機関の前で、クスコ・アルと出会った事は、リスト大尉から知らされていたであろうから……。まして、数分で別れたのだ。デートならいざ知らず、いかにも情報交換のための接触と思われても仕方のない出会いであった。
疑われても、弁明のしようがないことかも知れない
そんの不安があるものの、恐らく……恐らく不問に付されるかも知れないと予測できた。
レビル将軍の特命があるからこそ、今、こうしてF・Bに入港できるのだ。軍は、急いでいるらしい。クスコ・アルのことなどに構っていられないだろう。
しかし、いごこちが良いという待遇でもなかった。殊に歴戦の下士官というのは、実戦では極めて役立つ兵ではあるが、日常生活の中では油断のならない存在なのだ。
アムロはそういう意味での辛酸をなめた方ではない。しかしながら、影のように自分にとりつく当番兵への猜疑心というものはなかなかぬけない。現に、
「少尉殿は大切に扱えと命令されておりますから!」
と十歳年上の曹長に叫ばれると、その眼が、シャバに出たらブチのめしたやるぞ、と言っているのが読める。
ブリッジには、さすがにそういったふうの将兵はいないものの、艦長以下の士官がアムロに対して特別な隔たりをもっていることは判る。
が、それがどうだというのだ?
次のアムロの所属がトリチゲンになることは、まずあるまい。ならば、あえて御愛想の会話をしたところで、後で役に立つというわけでもない。
月面と地下のデッキの境のハッチが上昇してゆく。ブリッジでは入港の最後のかけあいが、管制塔と交わされていた。
サラミス・タイプなら八隻は係留できるほどの縦坑は一キロあまりあり、その間にある三重のハッチを降下してゆく。整備が充分にされていない最前線の港である。そこら中に備品が浮遊していた。ブリッジに当たってはね返る鉄材もある。
「月には引力ってものがないのかよ!」
誰かが怒鳴ったようだ。
あの人がニュータイプであれば、もう会えないだろうな。戦場にもでるだろうが、この広大な宇宙を背景にした戦場では、出会うことは、百万分の一以下の確立かもしれない
なぜ昨夕はクスコ・アルとゆっくりした時間をとろうとしなかったのだろう。なんで腹を立てたのだろうか?
会わない方がいい……ララァのような出会いは……ない方がいい
だから、昨夕はゆっくりしたかったのだと臍《ほぞ》を噛むのだ。
あの人がいけないのだ
アムロがそう思った時、彼は大きく眼を見開いて桟橋《さんばし》を見下ろしていた。
係留のポイントをとるために、トリチゲンは最終微速をかけていた。それを待ち受けるかのように平服の兵たちが桟橋を走り回っている。その間を縫うように走りこんできた数台の軍用のエレカがあったのだ。
「ヒステリ―のブライト中尉 お袋さんのミライ少尉……カイか! カイ・シデン少尉! あれは?……ハヤトじゃないか!……みんなが出迎えに来てくれているのか。マーカー曹長! オスカもいる! ドワイ機関少尉じゃないか……あのずう体の大きいのはスレッガー・ロウとかいったな。砲術士官だ……。…………! 金髪さん! 金髪さんのセイラ伍長もいる!」
アムロは歓声をあげていた。クスコ・アルのことなどは一瞬ふきとんでいた。
なかまたち!
この同族意識はなんという安堵感だろうか。テキサス・コロニーで別れて半月たっていないというのに、全身の皮膚が弛緩するような無防備感にとりこまれてゆく。が、これがいい。
「み、みんな、よく助かったものだ!」
アムロは感嘆して口の中で叫んだ。
ラム・ドワイ少尉が大口をあけて笑っている。
「…………!」
アムロは思い出していた。
「リュウ!……これにリュウ・ホセイがいれば全員そろった、というのにな」
アムロは同期生のパイロットで、モビルスーツの戦闘で散ったリュウの事に思いを馳せた。
「アムロ少尉、お疲れでした」
トリチゲンの艦長の声にアムロは振り向いた。
「期待しております。第百二十七独立戦隊の活躍を!」
「百二十七戦隊?」
アムロは思わず反問した。艦長はニヤリと笑って、
「噂ではありますがな……連邦軍の精鋭をあつめた戦闘部隊と聞いております。レビル将軍の特命たるアムロ少尉ならば、百二十七戦隊のパイロットでありましょう。期待致します」
「ありがとう……」
よく判ったと言いたい気持ちをおさえて、アムロは艦長と握手を交わした。そして、自分でもひどく大人っぽい挨拶だと思いながらも、キッパリと言ってみた。
「トリチゲンの御武運を祈ります」
「よう、よう。相変わらず優等生面しやがってよ! みなさん、ご無事でなにより、ってぐらい言ってみな」
カイ少尉だ。そのはやしにのって、アムロは言ったものだった。
「みなさん、ご無事でなによりです」
ウワッ! という爆笑が桟橋いっぱいに沸きあがった。アムロも声をたてて笑った。あまりにも芸のない外交辞令だが、これでいいのだ。この笑いはアムロにとって幸せ以外のなにものでもなかった。仲間! クルー! 運命を共有することのできるスタッフたちに囲まれている安堵感が、このように深いものとは想像もしていなかった。十年一緒に暮らしたというわけではないのだが……。
「よくやってくれた少尉。貴様がサイド6に流れついたという情報が届いた時は、歓声をあげたものだ。待っていた」
「あ、ありがとうございます。本当に、本当にみなさんご無事で!」
アムロは何度も一同を見回した。ハワド軍曹のうしろに金髪さんがいた。
「!」
アムロは微笑を送った。金髪さん、セイラ伍長も笑っておかえりなさい≠ニでも言ったようだった。しかし、他のクルーの声にかき消されて聞こえなかった。
「将軍がお待ちかねなのだ」
ブライト中尉の言葉に、アムロは急いでくれという意味を感じとった。
「話は宿舎に帰ればゆっくりできるわ」
そう言いながら一同を車にせきたてるミライ少尉の物腰に貫禄のようなものが感じられるのも、あのテキサスの激戦を通りぬけた自身がさせるのだろうか?
「へい、へい」
四台のエレカに散ってゆく仲間たちを追いながら、
「セイラ伍長」
ハヤト少尉が金髪さんを誘って同じ車にのりこんでいった。
「アムロ少尉」
ドワイ少尉がブライトの後ろのシートから声をかけてくる。
「はい!」
アムロはブライト中尉の隣に坐った。後ろのドワイ少尉の隣にミライ少尉が坐る。
「ヒャッホ―!」
カイ少尉が金髪さんを同乗させたエレカを急発進させる。ブライト中尉もアクセルを踏みこんだ。
傍らに横づけされたトリチゲンは、完全にエンジンを停止させたらしい。巨大なドーム状の地下軍港に一瞬の静寂がよぎる。
「我々の第十三独立部隊の陽動作戦は完全な成功裏に終わったことは知っているな。キシリアの艦隊をかなりひきずり出して、我軍の星一号作戦は完勝というわけだ。で、我々は、今この月にいることができるのだがな。ジオンがうまくいっていないらしい」
「内紛でもあったのですか?」
「ザビ家一党の結束の問題だな」
「へえ?」
「ギレン総帥とキシリア、ドズルね。三兄妹が覇権争いを演じているというのが、もっぱらの噂よ」
うしろからミライ少尉が解説をする。
「太ったんですか?」
「私が?」
ミライ少尉が、小さいけれどクルリとした瞳をこれ以上大きくできないというところまで見開いて、頬に手をあてた。
「一キロよ。この十日間で……」
「軍務がヒマだったのでしょ? 連邦軍だって横の連絡が良いところとはいえないから……」
「残念ながら、戦争をやっている方が楽と思えるくらい大忙しというのが、この|F・B《フロント・バック》でのありさま……」
「だから、みんなが貴様の出迎えに来たがってな」
ブライト中尉がいたずらっぽく白い歯をみせた。
アムロにとって、このブライト中尉の言動は意外であった。十年ぐらい年をとったのではないかと思えるほどさばけているのだ。これも生き延びた自信がなさしめる業なのだろうか?
「出迎えに来れば、その間は休めるって論法でな」
「……みなさん、ずい分雰囲気が違うんですね。驚きました」
「そう? 変わった?」
「はい。家族的というか……あのドジ・セイラさんまで、うまくいっているようで……」
「そうね。あのテキサスでみんな火に囲まれ、とにもかくにも脱出したわ。彼女……セイラ伍長の言動にはちょっと問題があったけど、でも、ここにいるメンバーがテキサスを脱出する時に彼女に助けられたのよ。彼女がクルーに脱出する退路を教えてくれたの。あの、声にならない声が聞こえてきて……」
「ニュータイプかも知れんて、な?」
ブライト中尉が口をはさむ。
「アムロほどじゃないけれどね。……カイ少尉とハヤト少尉とで伍長の争奪戦をやっているんじゃなくって?」
「もう、ドジ・セイラじゃないんですね」
「同郷なんだろ、アムロは?」
「はい、サイド7の……」
エレカは、F・Bの作戦本部のビルの前に着いた。先行していた他の三台が待ち受けていた。
「じゃあな。アムロ。ペガサスで待っているぜ」
「では、では!」
「グッド・ラックよ!」
金髪さんまで、チラッとアムロの方に手をあげてみせてくれた。それがアムロにとって、かすかな嬉しさだった。
カイにハヤトだと! よくやるよ
アムロは思いつつ、エレカを降りた。
運転席にミライ少尉が坐り、
「ではね。ペガサスで歓迎パーティをやらせてもらうわ。フフ……これも口実でね。みんなの慰労会をやるチャンスを待っていたのよ」
ブライト中尉とアムロはそのエレカが発進するのを見送り、作戦本部のロビーに向かった。
「ペガサス、ですか」
「ペガサス・Jだ。ホワイト・ベース・タイプの二番艦に我々の移乗が決定されている。第百二十七戦隊の中核となる」
「…………」
アムロは何も言わなかった。知らないのは自分だけなのだ。
「近いのですか? 次の作戦……」
「うむ。時間が経ちすぎているくらいだ。月の裏側での小ぜりあいだけではすまないなにかが、ジオンで進行しているらしい」
「少尉をニュータイプと判断した上で話すことなのだ。他人に漏らしてもらっては困る」
レビル将軍は葉巻をくゆらせながら、視線は、その漂う紫煙を追っていた。
「はい。将軍」
「この半年近くジオンが静かなのには理由がある。無論、グラナダを陥されたショックはあるだろうが、もう一つ、ジオンは、恐るべき兵器も準備をすすめているらしい。その時間は要るのだな」
「ニュータイプの実戦投入の準備でありましょうか?」
ブライト中尉が先走った発言をする。レビルは応じなかった。ブライトは腰をひいて、床に目を転じた。
「ジオン本国から月を直撃する兵器の開発だ」
アムロは思わず腰を浮かせた。
「直撃?」
これは、容易なことではない。数万キロを直撃し得るビーム砲が開発されたという話は、今昔きかされたことがない。長距離ミサイルならあり得ようが、たとえミノフスキー粒子を発振して、レーダーを殺そうとも、接触機雷をふくむ防衛線を長距離ミサイルが突破するということは、まずあり得ない。それ故に、現今でも宇宙戦艦なるものが必要とされるのだった。
レビルが笑った。
「冗談だ。少尉」
レビル将軍はブライト中尉を見すえていた。将軍は若すぎるブライトの発言を叱ったのだった。
「が、全くの冗談ともいえないがな。一戦隊を瞬時に消滅させ得る兵器の考え方は、二十世紀以来言われていたことだ。スペース・コロニーを利用したレーザー砲という奴だがな。ジオンなら本気で考えそうなことだ……」
「密閉型のコロニーの多いジオンならあり得ることだとおっしゃるのですか?」
「うむ」
「しかし、新たにコロニーを建設するわけにはゆかないかと思いますが?」
再びブライト中尉が問うた。
「ギレンだよ。独裁政権ならやり得るな。一つのコロニーの住民を疎開させればすむことだ。既存のコロニーを利用して、補強することは我々が思う以上に簡単なことだろう。あるコロニーの疎開もキャッチしている」
一口に一つのコロニーというが、小さなコロニーであっても五百万人。巨大なものとなると一千万から一千五百万が住むのが現在のコロニーなのだ。
「信じられませんが……」
アムロが将軍の鋭い瞳を見返した。
「政治を知るようになれば判る。夏季ヴァカンスのことを考えたまえ。かつて、テキサス・コロニーは一か月に五十万の観光客を受け入れたのだよ。これが、国家の動員令にかかれば、たかが十倍とか二十倍なのだ。不可能とはいえまい。……で、少尉……先刻、中尉の言ったジオンのニュータイプ部隊編成の動きのことだが……」
「はい」
「これもあり得る。それ故、少尉を中心としたニュータイプの部隊を我軍も編成した。それが第百二十七独立戦隊というわけだ。
少尉を中心として、先鋒として働いてもらいたい」
「自分が、でありますか?」
「驚くことはなかろう? 想像できないことではなかったはずだ。テキサスで君が撃墜したモビルアーマーとんがり帽子≠ヘ明らかにニュータイプ用に開発されたものだ。君がそれを仕とめたことは称賛に値する。一般には赤い彗星をおとしたという事での人気の方が大きいがな」
「はい……」
将軍は机から一枚の辞令をとり、アムロに示した。アムロは立ち上がってそれを受けた。
「昇進の方の手続きもしているが、どうも事務屋が遅くてな。とりあえず、これは……」
「第百二十七独立戦隊へ転属……」
「そういうことだ。ブライト中尉以下のペガサスの実績を信じて、諸君等がニュータイプである事をひたすら信じるだけなのだ。ジャブローの地下にこもっている連中には、宇宙の広大無辺の神秘さがみせる変化というのを永遠に判ってはくれんだろうからな」
将軍は葉巻をもみ消すと立ち上がった。
「君の元気な顔をみて嬉しく思う。期待するぞ」
「ありがとうございます。将軍。期待にそむかぬよう全力を尽くします」
握手をする将軍の手は骨太で力強かった。が、将軍は疲れているようだ。
「無理もない……」
アムロとブライトは将軍の部屋を辞した。
「ペガサス・Jに我々を放りこむのに、将軍は身体を張って参謀本部とやりあったということだ。ジャブローのモグラどもは、ジオン以上の敵だな」
ブライトの言葉に、そういうものだろうか、とアムロは思う。
ア・バオア・クーという宇宙要塞を遠望すると真に傘≠ニしかいいようがなかった。殊に太陽を背にしてそれを見ると不気味であった。
右足のアクセルは三段階のブロックに区切られ、その間も微調節が可能だ。シャア・アズナブル中佐はそのアクセルを一杯に踏みこんだ。が、コクピット全体が三百六十度ショック・アブソーバーによって守られ、なおかつシートとコンソールパネルもショック・アブソーバーによってパイロットに加わる加速を殺してくれる。つまり、ザク以上に楽にのりまわせる新型のモビルスーツリック・ドム=B
その機体は、ザクよりひとまわり大きく、装甲も倍ならば、小回りも効く。手に持つビーム・バズーカも、連動するドムの腕の中に仕込まれたビーム加速器が高能率であるために、ムサイ・タイプの巡洋艦の主砲に匹敵した。
「これならば、あの白い奴をやれるかも知れぬ」
シャアは密かに個人的な欲望が満たされるかも知れぬという嬉しさを感じていた。
「中佐! ターゲット、行きます」
ミノフスキー粒子の無線は、極度に不明瞭である。
「おう!」
シャアの叫びは、音声から無線とレーザー発振という二つの伝達系によって、ア・バオア・クーへ送信される。
数秒後にシャアは、ターゲットを眼でとらえて、右手に持つビーム・バズーカの照準と、リック・ドムの単眼《モノアイ》の照門に当たる部分とを合わせた。
操縦桿の引き金をひくと、レーザーによる擬似発射がターゲットに送られて、撃墜か否かがチェックされる。シャアは、ターゲットを撃墜したという確信を持ちつつも、彼の意識は左右に展開する僚機のリック・ドムの動きを観察していた。
左右に三機ずつ展開するリック・ドムは、未だにターゲットを目視していないようなのだ。
「右上十八度だ! 二番三番四番五番六番! 貴様らはすべて撃破されている! クランブル中尉! もう少しマシに願いたいな、もう一度だっ」
何度目だ!
シャアは無理だろうとは思ってはいたが、三挙動も四挙動も遅れる僚友の力に失望していた。しかし、今ここにいる六人のパイロットは新参者ではない。開戦以来の生き残りである。金的持ち(戦艦撃破組)が四人もいるのだ。それ以外の者でも、それに匹敵する実力の持ち主ばかりの精鋭である。
自分がニュータイプの素養があるからだろう≠ニは思う。が、チームを組めないといういらだたしさはいかんともし難かった。
何番目かのターゲットが太陽の光芒を背にして進入し、ジグザグにリック・ドムの編隊に襲いかかってきた。シャアは自分のドムを後退させて僚機の動きを観察した。そう急激にうまくなったり、ニュータイプになるわけのものでもあるまい。シャアは自分の焦りに苦笑をした。
「しょせん、一人か……」
その思いは、苦くララァの事を思い起こさせる。
「模擬戦にエルメスが入ります!」
「今日のプログラムにはないが?」
「キシリア閣下が見せてくれとのことです」
「よかろう。五分間余分の勤務となるがな」
シャアの言葉の終わらぬうちに、エルメスの航跡が宇宙の闇を切った。
「パイロットが来たというのか?」
この訓練に出る時は知らされていなかった。
「フォーメーションG!」
これは白い奴、ガンダムがニュータイプのパイロットだと想定した迎撃シフトである。六機のドムが、直径五百キロの球型包囲網に敵を捕捉するというのである。無論、目視ができるわけではない。コンピューターによる推定進路にのるだけのことで、オートマチックである。その上で、コンピューターの指示する予知コースへと輪を縮めてゆき、出来るだけ早く目で捕らえる。
しかし、理屈は理屈である。十数秒後にはエルメスは輪のレンジの一番長い所からすりぬけて、ドムを撃破していった。ビットを連動させぬ攻撃でだ。つまり、エルメスの二門のメガ粒子砲が無駄なく発射されたことになる。
四機目のドムが撃破された時、シャアは、知った。
「本物だ!」
その瞬間、エルメスの流れがシャアを己の射線上に捕らえたようだった。シャアは、感知してよけるや、反射的にビーム・バズーカの引き金をひいた。
無駄弾!?
第二撃!
狙った! その確認をしたはずだが、かわされたようだった。エルメスは急速に視界の下へまわりこんでくれた。
「ええい!」
リック・ドムの機体が軋んだ。何かが壁に当たる音がする。シャアの知覚がよそに翔んだ瞬間に、シャアは撃たれたかな? と反問していた。リック・ドムの左脚がふきとんだというサインが正面下のプログラム・パネルに映じた。シャアはリック・ドムを後退させた。
エルメスが残り二機のドムを撃破するのは、ついでみたいに一瞬であった。
「また女か!」
シャアは思わず唾棄した。触れた知覚が、女特有の臭いを感じさせたのだ。ララァとは違う。やや、ザラリとした気分は、シャアに対して対抗心を燃やしている。
これがクスコ・アル中尉 シャアはララァとの二の舞いを恐れたのだ。女はもういい。
エルメスの機体の後ろになめらかに流れる外装は、最後にピンとたって、正面からみると三角帽子のような愛嬌あるシルエットにみえる。が、その性能は外見とはうらはらに、強《こわ》らしい人型モビルスーツ以上であった。もっとも、当たり前のパイロットが扱えば、旧型の宇宙戦闘機と同じようなもので、たいして芸のある兵器とはいえないのだろうが……。
シャアのリック・ドムの正面に、ふわりとそのとんがり帽子が浮上して進路を変えてゆく。コクピットを明るくした中に、パイロットのノーマルスーツがみえた。どんな女性か判ろうはずがなかったが、そのニュータイプ用に開発されたというノーマルスーツ特有の大きなヘルメットにシャアは見入った。
ララァと同じだ……
シャアは口惜しく思い出す。
「帰投!」
シャアは短く叫んで、ドムを通常の飛行フォーメーションに戻す。正面にエルメスの尻がみえる。
笑わば笑え!
シャアは第二戦速でエルメスを追い抜く。僚機たる五機のドムは遅れまいとシャアのドムに随伴する。
と、シャアはエルメスのパイロットの含み笑いを聞いたような気がする。と、同時に、閃光が一条、シャアの正面モニターに映り、尾を曳いて、ア・バオア・クーの一角に消えていった。エルメスである。
「女め!」
シャアは口の中で叫んでいた。
「私の名前は、クスコ・アル! 女、ではなくってよ」
これは言葉ではなかった。シャアの認識域の中にすべりこんできたサインであった。
「プロト・タイプを流用したからといって、とりあえずの代物と思ってもらっては困る。新造の|GM《ジム》などとは、基礎が違うんだ」
新進気鋭の工学博士とはいうもののモスク・ハン博士は外見の男らしさとは、中身は大分違うようだ。すぐに激昂する。アムロは、知的なアプローチが強いからカッともするのだろうと善意に解釈をする。
「けど博士。プロト・タイプのモビルスーツをベースにしたら、マグネット・コーティングの素晴らしさが充分に発揮されずに終わるかも……」
「パイロットはコクピットで、大声をあげて敵につっこめばすむ職業だ。マグネット・コーティングが、動力伝達の機械的な干渉のすべてをうち消す緩衝の作用をすると言っても、判らんだろうな」
「要は、油でしょ? マグネット・コーティングは」
「いかんかっ、小僧!」
油という言い方が大時代的だったのだろう。ますますモスク・ハン博士の感情を逆撫でしたようだ。
「理解はできるつもりでありますが、このプロト・タイプのガンダムは三番機のはずです。テストでかなりいじめられた機体です。パイロットの立場では、不安な点は一つでも少なくしておきたいと……」
「あり得んよ。あらゆる駆動系の接点にプラス、マイナスの反撥しあう磁気を塗りこんでやったのだ。それで機械的な摩擦はすべてなくなった。これが理屈だ。お判りか? そうなりゃ無限大の加重に対して機械的干渉はなくなる」
では、ブレーキングはできませんね、と聞くのはやめにした。百パーセント以上のパワーにも機体が軋んだり破損したりすることがなくなったわけだ。が、動きのスムースさだけで、アムロの欲するスピードが得られるわけはない。
「パワーの問題は解決しておりませんが……?」
「当たり前だ。俺はエンジン屋じゃあない。しかしな、駆動系の抵抗が減っただけで、ガンダムの百二十パーセントから百三十パーセント機動性が良くなったと思っていい。こりゃ、倍のパワーのエンジンに換装したに等しい」
「はい」
「試してみろ。気持ちいいはずだ。むしろ、これ以上機体が性能アップしたら、貴様の身体が保たんよ。たえず加速(|G《ジー》)で身体がいためつけられて、ものの四、五分で内臓が破裂するのがオチだ。その対策ってのは根本的にやらにゃあならん。例えば、Gが発生しないコクピットを造るか、貴様の身体がGに対して抵抗力を持つかだな」
「はい」
「いい子だ。テストの結果は知らせてもらう。貴様のレポートは読ませてもらう立場にいるってことだ。心して書けよ」
「はい。博士《ドクター》」
おやおや。外見で人は判らぬものだと思う。純粋な人は気持ちが良いことは事実だ。従う形での応答にきりかえた途端に、モスク博士は気味が悪いくらい善良になる。
技術屋の特性かな?
アムロは反芻しつつもデッキの床を蹴って、ガンダムのコクピットのハッチにとりついた。
アムロは新たに愛機となるガンダムの頭部が、GMのように両眼のデザインを失していない人間≠ナあることに好感を抱いている。己の意志の発動が、このガンダムの機能によって成される時、表情のないGMは好きになれなかった。無論、ガンダムが眉をひそませたりするわけではない(ショールームの客寄せには中世のマリリン・モンローとかのそっくりロボットもある)が、両眼を持った顔は表情を持つ。
そのガンダムのコクピットはシンと鋼質でかこまれて、棺桶のようにあいかわらず冷たかった。正面のハッチを閉じてみる。どこか遠くでモーターが唸ったようだが、それさえも遠のいてゆく。真の闇がアムロをつつみ無≠呼びこむ。
パネル類はすべて死んでいる。先刻まで整備をしていただろう人の匂いがかすかに残ってはいたものの、真空掃除機で清掃されたコクピットは塵一つない。
シートのクッションが少しゴツゴツする。しかし、こんなものだ。なじんだ型にはなっている。左右のメイン・レバー。足元のペダル類。コンソール・パネルにならぶ二十八個のスイッチ類をすべて闇の中で確認できる。
アムロの四肢は、すべての物のあり場所を知覚し得る。
当面は、これでいいのだろう
安堵する。
当面は……? なんのための、当面なのだ?
真の闇が恐怖を憶えさせるというのは嘘だな、とアムロはあらためて頭をめぐらして、コクピットの四方を見回した。確実に何も見えなかった。
瞳孔を見開いてみた。が、やはり何も見えない。そして、正面に顔をむけて体をくつろげる。
自分の呼吸を数え、その息遣いの中に生命の一片を知覚する安息は、たとえようがなく静寂であった。自分の眼が開いているのか閉じているのかさえ判らなく感じる。
キン!
かすかであった。
アムロの脳髄の中央から、正面の闇、つまり、コクピットと月面の外郭をつきぬけてそれらをとり囲む宇宙へ向かって、細い細い光が走ったようだった。
シャープであるにもかかわらず、やわらかい輝きである。
「ラ、ラァ……?」
アムロの上体が動く。
その光の行きつく先を視認したかったが、すでに消えていた。闇のむこうの深淵な宇宙へ向かって確かに走っただろう光……。
アムロは戸惑った。
「ララァ・スン……」
いい知れぬ体のうずき、心のいらだちが、一瞬前の静寂を崩していった。尾てい[#「てい」、骨+氏+_]骨からかすかな悪寒が這いあがってきたのだ。それが肉の内側から四肢をゆする。
「ララァ・スン……。お前は、ララァ・スンなのか?」
その意識の中の叫びが、アムロをいらだたせていった。
「何を言いたかったのだ! ララァ……い、いや、ララァではないかも知れぬ。それでもいい。何だ……何を……!」
アムロは何かをしないではいられなかった。レバーに手を懸け握りしめてみた。エンジン始動のキイを入れてみる。点火前のモーターの響きが、コクピットの底から伝わってくる。コンソールパネルの中央の赤い表示灯がついた。ひどく明るい。
前方に拡がる宇宙がなくなったようだ。
表示灯は二段階に分けて輝度が増した。メイン・エンジンに火が入ったのだ。
ルルル……!
ガンダムに内臓された力が目覚めてゆく。
そう……このいらだたしだ……。
闇をつくるこれは、兵器なのだ。
「ニュータイプは、戦争の道具なのか?」
アムロは小さく言葉を吐いた。
「……俺は……、いや、ララァもだ。それは、赤い彗星だって……戦争の道具でないはずだ」
アムロはつぶやいていた。人の世に生まれた人であるかぎり、道具ではないと言いたかったのだが、そう直截《ちょくさい》に言いきれないものがアムロの体の中に渦まいていた。
「ニュータイプは、人なんだ」
アムロは右腕をコントロールするレバーを前方に倒していった。
グン!
ガンダムの右腕が動く。そのスピードは、前の型に比べて圧倒的であった。その動きの反動でガンダムの機体が大きくよろけた。
「!」
アムロの反射神経が目覚めた。アムロの四肢がガンダムの四肢のバランスをとるためにコクピットの空気をきった。
ガンダムの置かれている整備工場の一角はモスク・ハン・チームの作業が終わった後の静寂にあった。整備ベッドと称される作業台を背にして立っていたガンダムの機体は、ほの暗い整備工場の空気を震わせた。人がカラテなる武術で石を割るのに似ていた。
「お、おい! みろよ。マグネット・コーティングの威力だ!」
整備工場の隅に陣どって、アムロがコクピットに入ったのを目撃した若いメカマンたちが声をあげる。彼等は、動き出したガンダムの次の挙動に目を凝らした。
ガンダムの左腕がゆっくりと上がり、数秒間とまった後、振り下ろされた。
ビン!
その腕の質量から発する加重を、ガンダムの機体は軽く腰をめぐらすことでうちけして、よろめかなかった。
「ホ!」
メカマンたちは一斉に声を発した。次のガンダムの挙動があまりに早く鮮やかに、ボクシングのファイティング・ポーズになったからだ。ジャブが数回でた。さらに左のストレートが!
人間ではない。それゆえに、身のこなしは人間のようにしなやかであろうはずはなかったが、その素早さはかつてのガンダムの機体とか、現在正式採用されているGMの動きに比べたら比較にならなかった。
「三十六ハッチ開く。各員、エア・ホールド!」
整備工場のコントロール・ルームからの命令であった。ガンダムを見入っていたメカマンたちは傍らのエア・ブロックに駆け込んで、その窓にとりついた。その一メートル四方の耐圧ガラス越しにガンダムの機体が大股に歩んでいった。
前方の二重のハッチを通りこして、ガンダムの機体が真空の中にさらされた。前方に輪郭でほんのりと輝かせた地球が浮かんでいた。満天の星々が、正面と左右のモニターに乱舞した。
「アムロ・レイ少尉。G3! 慣熟飛行に入ります!」
「よし、慣れることだ。癖をな」
言わずもがなの上官の言葉がかえってくる。レーダーとレーザー・センサーをチェックする。ミノフスキー粒子下でたいした役にたつものではないが、敵味方の識別用にはなるし、気休めになるだけ、あるに越したことはない。
アムロはコンピューターが示す空域を確認するために、満天の宇宙《そら》を見上げた。今は見えないが、訓練空域を示す灯台がある。それは見えてくるはずだ。
「では!」
アムロ・レイ少尉は口の中で言った。言わずもがなの上官と、これで別れられるという意味であった。
ランドセルのメイン・ロケットを点火する。一気に一万メートルまで上昇する。
「早い!」
実感であった。
核融合炉のレーザー加速器を最新のものに替えたとはきいていた。二、三十パーセントはパワー・アップしているようだ。それに、マグネット・コーティングによる駆動系の動きのよさが複合して、この新しいガンダムは二倍近いパワーとスピードを手に入れたかも知れなかった。
これで装甲が強化されれば!
思わずそう考えるアムロは、自分のその考えに胸がつかれる思いがした。
これは矛盾だ! この考えは、兵士としての欲望だ。先刻のララァはこのことを言いたかったのか?
論理としてはそうなるだろう。しかし、人の欲望としては装甲を欲するというのもまた真理である。生死の境目に体をさらすのはアムロなのだから。
しかし、これはニュータイプたる者がたどるべき道筋を思考することとは根本的に異なる。本質的に相反するものなのだ。アムロに、それだけは判った。あのララァとの交感によって得た飛翔《リープ》は、単に二人だけの予知能力というようなものではなかった。人が交感しあって得る予知――すなわち知性五感の飛翔――は、根本的にコミュニケーションの拡大であり、ひいてはコミュニケーションによって生まれた複合知性《コンパウンド・ヴイジダム》であって、けっして崩壊への論理ではないはずだ。にもかかわらず、アムロは兵士であった。兵士は未来を生みはしない。破壊と自己保存だけだ。
そして、戦士としてのアムロの思考と欲求が本質的にニュータイプたる者のたどるべき道筋の思考と相反してはいても、ニュータイプとして生き残るためには超えなければならない壁が眼の前に拡がる。戦場のある宇宙である。
けど、残酷じゃないか、これは!
アムロの中でもう一人の醒めたアムロが批判する。
戦士にしても、ニュータイプにしても、同じ一人の人間の感性の中に根ざすものである。越えるべき順列にあるものなのか、そうではなく取捨選択をしなければならぬ並列的なものであるのかは、やってみなければ判らないのだ。
深いグレーのカラーに塗られた新しいガンダムの機体は、以前アムロが乗っていた機体に比べて宇宙空間でいよいよ識別がつきにくく、また対電波隠密性も増していた。そのために、訓練飛行中のガンダムの機体の肩と爪先には識別灯をつけている。
その輝きが、右に左にと大きく流れていった。かつての機体以上の小回り性能とスピードをもって星々のきらめきの間を流れた。
「ガンダム、キャッチ!」
マーカー・クラン曹長が、ブリッジの天井に拡がるモニターに表示されるモデル表示の中から、ガンダムのレーザー発振のマークを発見して叫んだ。レーダー以上に不自由な代物ではあるが、とにかく、レーザー発振をとらえて記号《コード》化してくれるこのモニターは使える。
「方位、左舷三度! 上角三十六度。距離百八十キロ!」
マーカーと隣り合わせにブリッジのクレーンに位置するオスカ・ダブリン軍曹が叫ぶ。そのクレーンのアーム中央に設置されたキャプテン・シートからブライト・ノア中尉がとび下りた。
「セイラ伍長、無線回線を開け! 第一デッキによるガンダムの着艦テスト!」
「ガンダム! G3! こちらペガサス・|J《ジュニア》。きこえますか」
セイラの声がブリッジの左の通信パネルの前で撥ねる。あの新米のドジ[#「ドジ」に傍点]・セイラの汚名を思い起こすのが難しいような自信のある声だった。
「G3! きこえます。ペガサス・Jを確認しました」
アムロの声が雑音《ノイズ》の中から涌き出るようにきこえてきた。ミノフスキー粒子下では、とにかく聞きわけるしかないのが無線士の仕事である。
「ペガサス、第一デッキ開きます。着艦よろし」
「了解! 第三戦速による着艦! 入ります!」
ブライト中尉は操舵輪を握るミライ少尉を振り向いた。ミライは操舵輪をオートマチックにセットすると正面の窓に駆けよって、ガンダムを見た。
「早いわね」
「うむ。やるな。アムロ……」
「第百二十七戦隊のエースってところね」
二人の短い会話の間にもガンダムの機体は急速にペガサス・Jに接近をして、ペガサスの右脚にあたる第一デッキ前方の接艦進入軸上にのった。
ホワイト・ベースの二番艦、ペガサス・Jは、スフィンクスのような形をした強襲揚陸艦タイプの宇宙戦艦である。スフィンクスと大きく異なるところは、胴体中央部から左右に張りだした二枚の翼だ。むろん、宇宙で翼の必要はない。が、放熱板であると同時に、太陽電池とバーニアの設置されたその翼は巨大で、そのまま大気圏を飛翔できるのではないかと思わせる。
頭部にあたるブリッジは、さすがスフィンクスの巨大な頭部というわけにはゆかず、どちらかというと馬の頭に似ている。それ故、ホワイト・ベースの一番艦はペガサスと命名された。そして、二番艦に再びペガサスのクルーが移乗したということと、レビル将軍の縁起かつぎが二番艦にペガサス・Jを名乗らせることとなった。
第一デッキのハッチが上下水平に展開されて、ガンダムはそのハッチの床面にあたる進入灯に向かって直進していった。ハッチ左右の進入灯が水平に緑色のランプを規則正しく点滅させて進入姿勢の良好さを示す。
ガンダムのコンソール・パネルの水平儀もそうだ。ペガサス・Jの機体に対しての姿勢、スピードを刻々と表示してくれる。距離二千メートルともなればミノフスキー粒子下であってもレーザー・センサーは的確で信頼性があった。が、左右に拡大してくるハッチは大きな的とはいえない。その中央部に猪突する。デッキの白線が流れる。逆噴射!
ズン!
一点着艦というやつである。膝を充分にまげてクッションをとりつつ、両脚をそろえて同時に着艦するのだ。
「おめでとう!」
カイ・シデン少尉の歓声がコクピット正面モニターの左上の三インチモニターから響いた。
「いい腕してるじゃないの、アムロ少尉!」
アムロははにかみ笑いをうかべて、その小型モニターを見やった。
「勘を忘れている。冷や汗ものだった」
アムロはシート・ベルトを外しながら応えた。
「G3! 二十秒待機! 第一デッキ、エア・インテイク終了後、コクピット開け!」
カイ少尉の隣のモニターに、デッキ監視兵が映り怒鳴る。新顔だ。
「アムロ・レイ少尉! 自分はキャラハン・スレイ軍曹であります! 以後、お見知りおき下さい」
若い兵が噛みつくように続ける。元気が良いのはいいことなのだが、この直情的なところは大丈夫なのかな?
「よろしく頼む!……二十秒経過!」
「二十秒! どうぞ」
アムロ・レイは正面のハッチを開いた。正面モニターがハッチのスペースなのだ。コンソール・パネルの右端の足かけを使って体をのり出す。右の壁面から伸びたフロアが、ガンダムのハッチと接続をする。
「調子はどうか?」
セキ技術大尉である。ルナツー以来のつきあいのある上官であった。
「大尉!……異常ありません。マグネット・コーティングの成果は万全といって差しつかえないと思います」
「再チェックさせてもらう。偉いさんと技術屋は急ぎすぎるんでな」
「コーティングに問題があるのですか?」
「程度問題だろ? 材質の強度が増えるわけはないからな。場所によっては、動きが鈍い方が安全ですらある」
「その妥協点が見当たらない?」
「そんな所だ。が、実戦優先でな。パイロットはすべてテスト・パイロットだと思っているんだろ、偉いさんはさ」
「ハハ……」
アムロは笑った。ペガサス・J自体がニュータイプの実験台なのだから仕方あるまい。
「死に急ぐなよ」
「ありがとうございます」
アムロは、ヘルメットを外しながらデッキの方へと足を向けた。
「イョ!」
レモン・イエローのパイロット・スーツに身をつつんだカイ・シデン少尉が、屈託のない笑顔を浮かべていた。
「あのガンキャノンか?」
アムロは第一デッキの奥に立つ赤いモビルスーツを指さした。ガンキャノンはガンダムと異なって両肩に二十八センチ砲を装備したタイプで、いわば長距離支援を主任務とする。とはいえ両腕もついていて、ビーム・ライフルも使える。が、ガンダムやGMほどに白兵戦向きではない。
「C108。まあ使えるってところだな」
カイはアムロにとって心底好きになれるタイプではない。しかし、パイロット候補生として同期である。すでに実戦もくぐりぬけた仲間は好き嫌いを抜きにした共感があった。
「みんなが待ってるぜ」
|F・B《フロント・バック》の桟橋から二日は経っているのだろう。ようやく落ち着いて(?)クルーと会える。
アムロは一人頬が暖かくなるのをおさえることができなかった。
しかし、訓練は続くのだ。ペガサス・Jにはガンダムを含めて五機のモビルスーツがある。この編成訓練に二、三時間は必要だ。これからブリッジに上がるのも、そのためのミーティングがあるのだ。
「ご苦労!」
ブライト中尉がキャプテン・シートから敬礼をしてくれてた。
「どう?」と、ミライ少尉。
「いいじゃない。うまいよ」ハヤト少尉だ。
他に新顔のパイロットのサーカス・マクガバン少尉とキリア・マハ少尉。
クレーンのマーカーとオスカがニヤリと笑ってくれる。セイラ伍長が振り返る。
「ああ!」
アムロは声を出しそうになっていた。あの金髪の背筋ののびたシャキッとした姿!
あれだったのか……欲しかったのは!
これは言葉ではなかった。一瞬の感情のほとばしりをあえて文字にするとこうなるということなのだ。
アムロはよろめいていた。
あの発進前にコクピットでララァを想い共感した瞬間のもうひとつ物足らないなにかがここにあったのだ。それはクスコ・アルとの別れ以来の欲求である。
金髪さんか……
これはアムロにとって驚嘆すべき認識であった。
「ご苦労さま。少尉」
セイラ伍長の透き通る声がアムロの耳朶をうった。
今夜、誘おう
アムロ・レイの率直な欲望であった。
PART 12
人たち
「明日は決戦かも知れぬという時に、本国に呼び戻す総帥の了見が知れんのだ」
ドズル中将は玉座につくデギン公王にまで聞こえるように言い放った。
それに対して、ギレン総帥はピクリとも応じることはない。総帥は、デギンに背を向ける位置、この最高作戦会議の座長として将兵を睥睨《へいげい》する。その左右にドズル中将、キシリア少将が居並び、以下、ザビ家にとって外様の大将以下が居流れるというのが、ジオン総軍とザビ家の関係を明瞭にしている。
そして、末席にはダルシア・バハロ首相以下の閣僚が居並ぶ。しかし、これはあからさまな言い方である。
上下の席順で言えば、デギン公王の席はあくまでオブザーバーであって、ダルシア首相の席こそ上座とされている。部屋のしつらえもその観を呈していないといえば嘘である。
たてまえと本音が厳然として存在しながらも、これを許容せざるを得ないのが現在のジオンである。
ザビ家一党がジオン総軍をおさえ、閣僚の三分の一がザビ家主流派で占められているからである。そして、ダルシア以下の数名が純然たる官僚出身者であった。
デギン公王はすでに傀儡。実権はギレン総帥が握っている。
ダルシア首相のかすかな反骨が、デギンをかつぎ出してギレン総帥を陥したいという思惑を生んでいる。が、その私的な動きでさえギレンは耳にしている。
余技としてはよかろう、というギレンの度量がさせることだ。おさえるばかりでは、人は欲求不満になる。
発散させてやらねばならぬ
その発想がギレンにある。それ故、以後、現実的な問題としてダルシアの動きが浮かび上がらぬ限り、処罰は考えぬだろう。周囲の状況を少しだけひきしめて、ダルシアの思惑通りにならぬと教えるだけで事がすませられるからである。
ギレンとはそういう男だ。
ドズルには吠えさせておけば良い。大局が動くことは毫《ごう》もないのだ。それに余分なことのおさえはキシリアがやってくれる。
「中将。連邦に我々の動きが察知されるような仕方をなさっているのならばいざ知らず、本日の議題は唯一つ。システムの進行状態を知ることにあります。冷静に!」
ギレンの予想通りキシリアがドズルを抑える。で、キシリアは、ギレンを見、ダルシアの方を振り返る。
「ギレン総帥から出た作業案システム≠フことについて概略の説明を!」
ダルシア首相は、手短にシステムについての議案の説明をする。出席する幕僚のうち、ここで始めて知る者が大半である。
密閉型コロニー内に太陽エネルギーを凝縮させて一方から放出する。原理はそれだけのことであるが、旧型のコロニーでさえ直径は六キロ。全長は三十キロ余りある。そのコロニー内をアルミ・コーティングをし、さらに電磁界でエネルギーをためる。そして、直径六キロある一方の外壁を瞬時にして開く。巨大であるが故にその工事は、たとえ既存のコロニーを使うにしても時間がかかる。
が、予想通りの威力を発揮するとすれば、直径六キロのレーザーを発する巨大兵器となろう。
うまく照準を得られれば、一戦闘大隊、いや、連邦軍の総兵力の半分を一瞬にして壊滅させることも夢ではない。このプランは、国力が疲弊してきたジオンにとって極めて魅力あるプランであった。その作戦コード・ネームがシステム=B
「内閣は国民の損失を最小限度に留め、かつ早期戦争終結を望むものであります。この観点からシステムの採用を閣議で決定致しました」
予算の問題、旧型コロニーに住む三百万人の疎開、産業界の協力を得ることを含め、この作業は国家的決議のもとに成さねばならなかった。
「フン。今さら決議だと!? 笑わせるな」
「それを言うな」
さすがにギレンはドズルを制した。
そう。システムのための疎開はすでに完了しているのだ。
ダルシア首相が一段と声をはりあげた。
「それ故に、右の議案の性格上、この席において各位にご審議願い、その上で、デギン公王の認可をいただきたく、システムの議案を上程する次第であります」
二、三の質疑が行われた。
勝算ありや? の一点の確認についてである。それ以上の質疑の何が必要であろう。現実はすでにすすみ、システムの何たるかは知らされずに第三号コロニーマハル≠フ疎開の業務についていた将官さえいるのだ。
何分かの静寂の時が流れた。
人は、ギレンの独裁が確実に己の身をとりこんでゆくのを感じたのではないのだろうか? 一つの作戦に目を奪われ、一艦の生死に狂奔している間に、国家は別の動きをはじめている。それは、当事者の思惑とは全く違う方向であったりするのは当たり前の事といえる。
ダルシア首相が議決案をジオン公国の紋章の入った黒革のファイルに収めて、デギン公王の前へ歩んでゆく。その間、寂として声がない。ギレンは正面の長テーブルを凝視するのみで、その顔色の変化を余人にうかがわしたりはしない。
ダルシア首相は三段の階段を上り、公王の傍らのテーブルにファイルを置き、そのテーブルを公王の前に移動させる。
「あやつは、儂の汚点だ。好きにやってよい」
ダルシアは一瞬間、我が耳を疑った。私室であってもデギン公王がこう言ったことはなかった。老いたな、とは思いつつも、ダルシアはさぐるように眼鏡の奥のデギンの瞳を見返した。が、その時、公王の手はサインのためにペンをとりにゆき、ダルシアにその瞳の奥をさぐらせはしなかった。
空耳であろうとダルシアは思いたかった。民政の立場にたつ彼には、軍のトップとの接触は皆無に近い。彼はあくまで国民のための顔という道具に使われているにすぎないのだ。
傀儡同士で何の陰謀か?
「キシリアだな……」
ペンを置いたデギンが微笑をうかべて、その表情とは全く裏腹の言葉を吐いた。
ギレンを潰すためにキシリアを使えという意味か? しかし、ダルシアにとってはキシリアもまた、ギレンと同じような強敵に思える。
「ありがとうございます。公王陛下」
ダルシアもまた微笑を返して応ずると、踵《きびす》を返して、ギレンの席へ歩みよってゆく。軍服の上にのるギレンの首はうしろからみると、ひどく太く、一刀両断にはできそうもないように思えた。
ファイルを示して、ギレンにデギン公王のサインを確認してもらう。
「ン。ご苦労」
やや振りあおいだギレンの瞳は、いつものことなのだが射るように冷たい。が、この時は唇がかすかにゆるみ上機嫌であることを示していた。
「はい」
ダルシアは左右のドズル、キシリアにもファイルを示してから末席の己の席へ戻っていった。
「総合的な作戦会議は、一時間後に統合参謀本部で行う。貴下らの賢明なる論議に対して、不当、ギレン・ザビ、心から感謝の意を表明する次第である。
地球連邦とて疲弊している事は、我軍と同じである。が、である。ここでシステムの運用を認可されたことにより我軍は五個師団! いや、十個師団の戦力を得たと断言してよい。
今や、彼我《ひが》の戦力バランスは我方に大きく傾いたと私は自負する。そして、またこれは諸君らの自負、ジオン国国民一人ひとりの自負として良い。すべからく、国民一人ひとりの勤労と汗の結晶の成せる業であるからだ。
システムを中心とした作戦が以後の基本である。貴下らは、この事を肝に銘じ、瞬時に地球連邦軍を叩き、我がジオン公国の名を高からしめることを望む。
貴下ら家族、貴下らの栄達を心から望み、いっそうの奮起を期待する」
デギン公王は、ギレンのこの演説の間に席をたった。
ペガサス・|J《ジュニア》隊五機のモビルスーツによる戦闘フォーメーション訓練が終わって|F・B《フロント・バック》に帰投したのは、標準時間の七時をとっくに過ぎていた。
そこは、アムロ・レイ少尉にとって始めてのドッキング・ベイである。そこには数隻のサラミス・タイプの巡洋艦が係留されて、作戦直後の準備の喧騒につつまれていた。
「いつなのです?」
アムロはパイロット・スーツの前をくつろげながら、キャプテン・シートのブライト中尉に尋ねた。
「そんなことが知らされるものか。こちらは、あと二十八時間以内にあらゆる整備を完了させにゃあならんだけさ」
「じゃあ、そのすぐ後?」
「まさかな。たてまえと本音というやつでな……しかし、繰り上がることもある。貴様は今夜ぐらいはよく休んでおけよ。ま、俺の勘では二晩は|F・B《フロント・バック》にいられると踏んでいる」
「了解です。荷物は宿舎についているでしょうか」
「貴様に?」
「はい。南京袋一つですがね」
「届いているだろ。伍長。少尉は何も知らん。案内してやってくれ」
「はい」
通信パネルに位置するセイラ・マス伍長が中腰のまま応じた。
「二、三分お待ち下さい」
南京袋というのは軍の陰語である。標準兵服一式が入る防水ジィンズの袋なのだ。今時ジィンズというのも笑い話なのだが、これが昔の海軍から流れた伝統というものなのだろう。今や誰一人としてジィンズが残っている真の理由は知らない。
ブライト中尉が艦内モニターを使って次々と整備確認と下命を行っている声を聞くと、時が経ったと思わずにはいられなかった。
この急速な変転は何なのだろうか? 真新しいペガサス・Jのブリッジの中はきらめくような活気にあふれているのだ。
ニュータイプの人々なのか?
そう感じられるような冴えた空気というものは感じられるが、ララァとの交感によって知った感情の流れというものではない。
俺が緊張していないからなのか?
とも思うが、そうでもなさそうだ。冴えた空気とふんわりとしたやさしさ。つまり、やすらぎといったものが漂うのを知るのである。
感知する部分の一つを拡大して洞察してゆく、というするどさではない。これは平和である。戦争という圧迫がなければ、このやさしさは人の眠りさえも誘うだろう。
「お待たせしました。少尉」
セイラ伍長のそのへりくだったような言い方に、アムロは振り返った。
「!?」
セイラ伍長、金髪さんが微笑をうかべて立っている。左手に厚いファイルを持っているのが、いかにもサイド7のゼラビ図書館で見知った時の金髪さんを思わせた。
が、セイラ伍長の身体からは疲れがみえた。ブリッジでの彼女の物腰は快活で、そんなものを微塵も感じさせなかった。だからこそ、その若い健康さに、アムロは異性を感じもしたのだった。
しかし、この間近に接してみると何か違う別の気の流れが発散していた。
ただの疲れではない?
なぜだ?
寂しい
そうとしかいいようのない索莫《さくばく》感がセイラ伍長の中にあった。しかし、アムロがその索莫感を感知したからといって、何をしてやれようか。ただ、本能的に、なぜだ≠ニは思ってみた。しかし、その原因が彼女自身の性格に根ざしていたとしても、他人にはどうしようもないことだろうと、考えることをやめた。
「こちらです」
セイラ伍長はアムロに背を向けて、ブリッジの後方にある二つのハッチの一つへと歩んでいった。背丈はセイラ伍長の方がアムロより気持ち低い。年齢は一つか二つ上のはずだがなと、ゆれる金髪に見入っているうちにエレベーターにたどりついてしまう。
「慣れましたか?」
「ええ。ありがとう。みんなの足手まといにならないようになりました。少尉もご無事でなにより……」
「や、やめて下さい。こんな所でそんな言い方されると、ぼく……」
アムロのひどく実直なうろたえ方に、セイラ伍長は、
「私は伍長。貴方は少尉です。これが軍隊でしょ?」
「それはそうですけど……。まいったな……困るんです。セイラさん」
「でも、二人だけだからといって、アムロ少尉を私にはどう呼べまして?」
「そ、そうですね」
答えながらアムロは、返事もできない自分に歯ぎしりをする。実戦をのり越えれば少しは大人になってセイラ伍長とは同等に話ができると、アムロは勝手に計算していたようだった。そんな甘い自分の予測が一瞬のうちに打ち砕かれてゆき、それに身を任せざるを得ない。
「…………」
二十秒ほどでエレベーターは上甲板に面するデッキで停まる。エレベーターのドアが開いた瞬間に耳をうつ騒音が躍り込んできた。整備補給をする時は、ハンガー全体の空気を抜いておけばいいのだ! とアムロは反射的に思う。
ブリッジの根元にあたる上甲板と、そこから見下ろせる左右の前脚部のハッチのすべてが開かれて、段違いとなったハンガーに係留され、輸送艦から武器弾薬の搬入が行われていた。他にも見慣れぬ部隊が上甲板にとりついていた。騒音の元凶はそれらの部隊の活躍に原因していた。
彼らはペガサス・Jの甲板を溶接し、あろうことか場合によっては装甲をひきはがしにかかってさえいた。
「正気なんですか」
アムロは桟橋へ渡ろうとタラップに足をかけたところだったが、傍らにいるトランシーバーを持った士官に怒鳴ってしまった。
「修理が気に入らなくって?」
左腕のトランシーバーを操っていた士官が振り向いた時、アムロは息をのんだ。
マチルダ・アジャン中尉!?
ルナツーで一度だけ会っている第補給部隊の士官だった。
「……少尉!」
マチルダ中尉も息をのんだようだ。
「ち、中尉、失礼致しました」
「いいのよ。少尉……アムロ・レイ少尉? 憶えています」
相変わらずのショート・カットの金髪をもったいないと思う。
「ありがとうございます。中尉」
「今のことだけど、ウッディ大尉の判断は信頼できますよ。ペガサス・Jの装甲が均一でないって言ってました」
「ウッディ大尉?」
「工廠《こうしょう》の士官です」
とマチルダが顎で示した大柄の技術士官がふりむいた。それは、偶然であったのだろうが、アムロには判った。
偶然ではない。マチルダの呼びかけに、ウッディ大尉が気づいたのだ。そう断定した。
「ウッディ?」
アムロは口の中で反問しながらも、その風貌をみて何もいう事ができなかった。快活そうな物腰と、男らしい太い眉と唇。輝く瞳のどれをとっても、マチルダ中尉の好みの男性だろうと直感したのだ。それに、接触しやすい所属でもあるようだった。
「何かね、中尉?」
月の重力をどうとも思わぬ大尉の歩み方は、歴然の勇士の風格があった。
「い、いえ。大尉。こちらのアムロ少尉が大尉のおやりになることが……」
そのマチルダ中尉のゆらめく言葉を耳にした時、アムロは中尉にも大尉にも背中を向けていた。
「中尉、何か」
ウッディ大尉の投げかけてくる言葉に、アムロは振り返りつつ言った。
「いえ! 自分の独断でありました。ペガサスを頼みます!」
敬礼を返すとアムロはタラップを蹴って桟橋の方へ大きくジャンプした。
「少尉!」
セイラ伍長の声だった。アムロはゆっくりと眼の前に迫る桟橋のコンクリート面を見つめていた。脚を伸ばして着地した。その傍らに流れるようにセイラ伍長がすべりこんできた。
「少尉! いけないわよ……」
そういうセイラ伍長が最後の言葉をのみこみながら、セイラが自分の言葉に狼狽しているのも、アムロには判っていた。しかし、今のアムロにとってそんなセイラ伍長の一瞬のよろめきなぞ問題ではなかった。
マチルダ中尉に好きな男がいる。
その認識はひどく現実的にアムロに迫るのだった。
あこがれの女性であったわけでもないのに! とアムロは断じようとするが、惚れていたことは事実なのだ。
惚れっぽいんだよな
アムロは自虐的に心の中で言ってみる。
あの大尉と自分とは比べようもないくらいに、人として男として格差があるのだろう。それはなぜだかは判るはずもないのだが、大人と子供の違いであることは判るのだ。
アムロは、セイラ伍長を前にするとすでにそれだけで圧倒される。女性を受け入れる余裕なぞはありはしないのだ。
あの大尉ならは、マチルダ中尉がかすかに赤味がかった金髪をふり乱してとびこんでゆくのを受けとめもしよう。
その想像はアムロにとって屈辱的に思える。
「少尉!」
セイラ伍長がアムロの左腕をとってひっぱったようだった。アムロは眼の前を流れる伍長の金髪に、マチルダ中尉とは違ったサラリとした躍動を感じた。
「はい?」
「あのビルです。宿舎」
伍長の事務的な言葉の中にかすかな嫉妬があらわれていた。
しかし、アムロが伍長のそんな気分を感じとれるものではなかった。伍長の案内で宿舎のチェックをすませたアムロは、個室を与えられた。
「セイラさん」
士官と下士官のフロアは違うのだ。アムロはエレベーターにのろうとして振り向いた。
「食事。構いませんか? ご一緒に」
「無理しなくていいけれど」
「い、いえ。おいやなら、いいです。けど……こんな機会はありません。つきあって下さい」
「!」
セイラ伍長がうなずいた。
「十五分後、いいですか?」
「ええ」
アムロは個室のシャワーを浴びると着替えをする。靴を磨いているヒマはなかった。
「いやなのかな?」
セイラ伍長のうなずき方が曖昧だったように思い返すのだった。
「すいません。遅れて」
セイラ伍長は唇にうすくルージュをひいていた。
「!」
アムロは感じた。
先刻の伍長とは違う。気持ちを変えてこのデートに応じてくれたセイラ伍長と眼が合った時に、アムロはセイラ伍長がララァと同質のものを持っていることに気がついたのだ。
「そうか……」
伍長こそニュータイプかも知れぬ。仲間とドジ・セイラと呼びあった新人という偏見、サイド7以来の片思いの人というイメージが、セイラ伍長を見えないものにしていた。テキサスで彼女がどのように他の乗組員を誘導して救助したかは知れないが、アムロにとって、初めてセイラ伍長に抱いていた偏見を捨てさせる時がきたのだった。
「なにか?」
「いえ。伍長。あなた……」
いいかけてやめた。とにかく席にとって落ち着こう。しかし、セルフ・サービスの手間をかけなければ席には坐れなかった。それがひどくわずらわしい儀式に思える。
なぜ、セイラ伍長にニュータイプを感じたのかの設問に、アムロは答えられないだろう。
が、一つ直感した理由があった。セイラ伍長と眼が合った時に、全く別の意思がセイラ伍長の中からみえたのである。
どうみえたか、となるとこれも説明しづらい。
セイラ伍長の意思がふっととんだ時、共振したように別の意思――猜疑心とか憎しみとかといったものではない、全く別の重い意志――がみえたのである。セイラ伍長のではない。
「テキサスからはよく脱出できましたね。ペガサスは撃沈したのでしょう?」
「ええ。でも、私、艦から離れてましたから……」
「離れていた?」
「ええ……」
アムロには全く想像のできないことだった。それでは敵前逃亡ではないのか? たとえ女性兵士《ウエーブ》であっても許されることではない。
「ニュータイプとして何か感じることがあったのですか?」
「敵を感じたわ。強圧的な力、といったものね。それで、ペガサスが危険になるかも知れないって感じて、クルーが脱出しやすい退路を探しに出たわけ……」
「成る程……」
半分は嘘であるが、アムロの知る所ではない。が、セイラが兄のシャア・アズナブルと別れた後、撃沈されたペガサスからクルーを救出するために狂奔した事は事実なのだ。そして、その時、他のクルーは何処から聞こえてくるか判らぬセイラの声を聞いたのいうのであった。
「その時、クルーが何処にいるか判ったんですか?」
「私には判らなかったけれど、皆は私のいる所が判ったといっているわ」
「ニュータイプじゃありませんか?」
「自分では信じられないけれど……。ニュータイプってこんな現れ方をするのかしらね」
「サイド6で僕も研究しましたよ。確かに、超常現象を起こす人たちとは違いますけれど、現にセイラさんのような人が現れてくればニュータイプは……」
「誤解されるわよ。ジオンのいうニュータイプは、もっと全人類的なもの……」
「はい……」
「私のような突発的なものじゃないわ……私ね、片思いなの」
突然、セイラはフォークを置いた。
「?」
片思い? 誰になのだろうとアムロは反射的に神経を研いだ。
「兄がいるの。生き別れみたいなんだけれど……それでね。時々発作が起こるのよ。コンプレックスね」
「ハァ?……兄さん……」
それが、ニュータイプの話と関係があるのか?
「でね、発作が起こると何か、パッと意識がとぶのよね。ワァーッて……。そんなことがみんなを救けることになったのかも知れない」
「発作ですか?……その、ニュータイプ同士が共に感じ合うというようなことで、意識が強化されて発振されてゆくというようなことではなくて?」
アムロはララァの事を注意深い言葉遣いで言ってみた。
「面白いことをいうのね。少尉は」
セイラはアムロの瞳をのぞきこみ、
「でも、当たっているかも知れない」
「当たっている?」
「ええ……」
「……発作といいましたね? それ、発作というのでなくて、元々あった能力が何かの刺戟を受けて目覚めるということでしょう?」
「そうね。例えば……」
ふと、アムロはひどく唐突に思いついたことがあった。まさかとは思うが、セイラの物言いはそう言っているように思える。
「例えば、セイラさんが兄さんに出会った? シャア・アズナブルがセイラさんの兄さん……」
セイラ伍長は肩をすくめてみせる。
「すみません。憶測……」
「本当よ……なぜ、アムロ少尉に判って?」
アムロはゾクッとした。なぜ当たったのか? およそ推理できる人間関係ではないはずだ。それが、判るとは、なぜなのだ?
「……なぜでしょう……判りません……判りませんが……」
アムロは頬に手をあてて冷や汗を拭う仕草をした。判るわけがない。推測がつくことでもない。その動揺するアムロはそれでもその謎を解こうとしてセイラを見つめた。手掛かりはセイラにしかないからだし、そのセイラの中に何かあるかも知れないと思うからだ。
言われてみれば、あのシャアのギラツクような意志の流れと、セイラの気分がどこか似ているように感じられないでもない。しかし、それは結果でいえることなのだ。
「…………」
「もっと教えましょうか? キャスバル・ダイクンというのが本名。私の本名はアルテイシア・ダイクン。ジオンから地球に逃亡してからセイラ・マスで通しているのだけれど……。面白いでしょ?」
「え、ええ……」
アムロの目は四方へ走り、全神経が三百六十度の空間に向かって放出された。これは、他人に聞かれてよい話ではない。
「そんな話、駄目ですよ。こんなところで」
「作り話かも知れなくってよ」
「セイラさん! 嘘か本当か判ります。少なくとも僕には……。でなければ、あなたとの、あなたとの、なんていうのかな……その……感じやしませんよ。その……」
「同類意識とでもいうのかしら?」
「そ、そうです。同類です。シャアも、ララァもクルコ・アルも、みんな……です」
「ララァ? それにクスコ・アルとかも、どなた?」
「ジオンのニュータイプです。ララァとはテキサスで闘いました。クスコ・アルは今度でてきます。サイド6の諜報機関で知ったニュータイプです」
「そう。ニュータイプが次々と実戦に配備されるのね。ジオンでは……」
「連邦は未だにニュータイプを神話ぐらいにしか思ってない」
アムロは愚痴った。
「ようよう、少尉、うまくやっているね」
またもやカイだ。メカマン数名と一角のテーブルを占領して、
「伍長、どうすか? 今夜、おヒマ?」
「残念ね。今夜、こちらの少尉とご一緒でね」
セイラ伍長の冴えた声が食堂をつきぬけた。アムロは眼を丸くして、その伍長の横顔を見つめて、顔を伏せるのも忘れた。
「ヒョオー!」
「キショーめ!」
ドッとテーブルが湧いた。
「色男! あとからきて手え出すなんて、汚ねえぞ。オトシマエつけてもらうからよ!」
そんなヒヤカシの中で、セイラはアムロを振り向いて笑った。
「私に恥かかせないでね。あとで、あの人たちにオトシマエをつけてやって」
「僕がですか?」
「当たり前でしょ。あなたは色男なのよ」
いやな言い方だ。クスコ・アルに似ている、と、アムロは思った時、アムロはフラウ・ボウの匂いをふっと思い出した。セイラは立ち上がっていった。
「狭量と決めつけるのは危険ではあります」
「ああ……」
シャアはポツリと言葉をもらしたシャリア・ブル大尉を見直した。
中肉中背のめだつような男ではない。ただ心持ち頬のこけたところがいかにも忍耐強い性格を思わせる。二十八歳と履歴にはあったが老けてみえる。
「覇権が成立している土壌を無視はせんよ」
「はい」
とまたシャリア・ブルは口を噤んだ。よほど用心深い性格なのだろう。またそれでなければ木星船団の任務もつとまらなかっただろうと推測される。
「器量が野望と一致しないところが総帥の不幸といえる、でしょう?」
クスコ・アル中尉である。彼女の軍服姿というのは眼がさめるようだ。着こなしが良い上に、ファッショナブルなジオン軍の士官の制服は彼女のためにあるのではないのかと思える。が、シャアは嫌いだった。この女には毒がある。男と女の区別はつけてもらいたいと思うのだが、階位さえも無視をする性癖が、クスコ・アルの自由奔放な気性からきているとも思えなかった。
どこか自棄的なのだ。両親はアルジェリアとかいう地の出であるという。離婚している。強制移民でサイド3に流れてきた口である。
「クスコ中尉。推量で物を言うのは良くない。確証とは物的なものだ」
シャアは釘を刺したつもりだったが、クスコ・アル中尉は反撥の目の色を示した。
「彼の行動を追ってデータを積み上げれば、推論も可能だが、やめておけ。味方に刺されるぞ」
つけ加えざるを得ないのは、クスコ・アルが軽率に自分たちの密談を他者に流して欲しくないと思うからだ。
クスコ・アルは黙った。
「だがな、今の我々はキシリア麾下の一軍でしかない。かといって、私が必ずしもキシリア少将に隷属するものでもない。これだけは判って欲しい」
「中佐が、野心を持たねば、という条件づきでありますか?」
再びシャリア・ブル大尉がおだやかに言った。
「はっきり言う。……そうだ。と言って信じてもらえるかな?」
「男の方って、どうしてそう権力を手に入れたいと考えるのです?」
「やめないか、クスコ・アル中尉。君をここに呼んだ憶えはない」
「けれど、追い出そうともしない。なぜです? ご自分にやましいところがおありになるから、追い出す力も振るえないのでしょう?」
クスコ・アルは笑った。
「君のニュータイプの素養を認めるからやむを得ず同席を許しているのだ。が、今ここで私は確認しておかなければならない重要なことがあるから、急がざるを得ないのだ」
「どうぞ。ここまで聞かせていただいたのですから、すでに私は共同謀議者です」
「中尉は正しいようですな。シャア中佐」
シャリア・ブルは笑った。
「!…………」
シャアも妥協せざるを得なかった。
大体この士官用のリスニング・ルームにシャアとシャリア・ブルだけでおち合う事を、クスコ・アルは先読みをしたらしいのだ。そして野次馬根性だけでやってきたのを、シャアは見抜いていた。
が、シャリア・ブルはそんなことに関係なくギレンの事を持ち出してきた。半日前にア・バオア・クーに着任してきたニュータイプである。そして、シャアが気にしていることは、彼がギレンの特命で来たという点である。ギレンの送りこんできたスパイかも知れぬのだ。
「だから、私は、大尉の保障が欲しいのだ。ギレン総帥からふくみを持たされただろうと思える大尉のどこを信じたらよいのか?」
「契約は信じるに足りませんか?」
「ああ……」
「しかし、自分がここに来た最大の理由は、ニュータイプが存在するか否か、自分の眼で確かめたかったからです。自分は、自分の中のニュータイプの適性なぞ信じていません」
「自分の眼で確かめたい?」
「はい。私は、ジオン・ダイクンの言うニュータイプ論には魅かれますから……」
「理想だな……」
ジオン・ダイクンのいう論とは、現実的な認識力の拡大と普遍化を目的とする人の革新である。宇宙を生活圏にとり入れはじめた人類が、必然的にたどる道であるのだろう。生活空間が拡大されればされるほど、人はその距離を越えた強固なつながりを持とうとする。それが、種としての必然であるかも知れぬ。
しかしながら、この平易な考えは、戦時下にあっては全く別の解釈を呼んでいた。すなわち、先読みするパイロット、真に戦争屋としての超能力者という考え方である。
それは、ジオン公国の戦争当時者の期待感がそう思わせたものなのだろうが、あまりにも皮相的である。
「私は、ジオン・ダイクンという方が好きでしてね。あの方がプロパガンダでなく、政治家であったならと悔やまれてなりません」
「人は万能でない。私だって思うのだ。野心家かも知れぬと不安になる」
「率直です。それが命とりにならぬように祈りますが、あまりにふくみの多い行動というのは人を疑わせます」
シャアは、シャリア・ブルの鋭さに背筋がゾクリとした。彼は、シャアの前身を知らぬだろうが匂いを感じるのだろう。それはかなり深いところをついてくる言葉となって現れる。あらゆる意味で洞察力を秘めた男と思える。
「あなたは、私より年上だ。今後とも、いろいろ教えてくれ」
シャアは率直に言った。この言葉をクスコ・アルのいる所で言うのは避けたかった。男子の面子である。このことを、シャアとシャリアは会う寸前に感じていたからクスコ・アルがこのリスニング・ルームにいることを嫌ったのだ。
「嫌っていただいて結構よ。でも、私こそ裏表はないつもりです。男の方たちのように、ふくみを持つなどということは、ちょっとね」
クスコ・アルは皮肉っぽく言ってみせる。あくまでも皮肉っぽくであって、皮肉にはなっていない。
「しかし、野次馬根性はやめてもらいたいな。それと、知らない方が楽な時もある。人はつながりすぎない方がいい時もあるということだ。現実的な人間として、このぐらいに考えて身を処する方が賢明だな」
「性分は直せない……いえ、直したくはないわね。私は自分が好きだから……」
「では、私たちのことも好いてくれて、場合によっては席を外すぐらいの配慮をしてくれたまえ。私はどちらかというと馬鹿な女の方が好きだ」
シャリア・ブルがそういって立ちあがった。意外と毒舌家である。シャアはクスリと笑った。
「大尉!」
「中尉の性分は、人を不愉快にさせる。そして、中尉を怒らせると私たちに反撥をして、ザビ家に私たちを売るだろうか?」
「そう思うのなら、なぜあんな話を私の前でしたのです?」
「君自身が言ったろ? 共同謀議者に君を仕立てた。シャア・アズナブルはギレン総帥のスパイ、シャリア・ブルを抱きこみ将来キシリア・ザビを刺して、総帥をも……」
「そんな夢物語を!」
「なら、男の話に首をつっこむな。すべて夢物語だ。シャリア・ブルがギレン総帥のスパイとしてキシリア閣下の言葉を探りにきたとしても、私の陰謀も、判るか?」
「男って……!」
「今は戦時下なのだ。やむを得んことだ」
クスコ・アルは床を蹴って出ていった。
「口直しに飲みますか? バーに女の子が入っているというし……」
シャリア・ブルが振り向いた。
「そうしよう。なぜ、中尉に対して偏見があるのか自分でも判らん」
「人はそういうものです。中佐がおっしゃったでしょう? 人は万能ではないのです」
二人の男はその部屋を出た。明かりの消えたリスニング・ルームに月の光が拡がった。地球は見えなくなっていた。
女性の肌が温かいのは幸せだとアムロは思う。セイラ伍長の……いや、金髪さんのゆるやかな山が、アムロの右手一杯にひろがっていた。
ふっと思った。胸に重みがあると悪い夢をみる、という話……。アムロは右手をさげて金髪さんの脇腹へと流した。ひどく惜しいことだと思うのだが、常夜灯の中に浮かび上がる金髪さんの胸元はなだらかにアムロの眼をうつ。
乳首って小さいのだな……
アムロの個室に金髪さんがいることは軍規違反である。が、日常的な慣習として罰せられることはまずなかった。三十パーセントの女性軍人《ウエーブ》がいる現在、最低限の規範さえ守れば同衾は許されている。
実戦中でないこと。就寝時と起床時に指定のベッドにいること。個室であること。予備役でないこと。以上の五か条を守れば処罰されることはなかった。だから、宿舎によっては就寝十分後に人の出入りが行われる。性に対しての考え方が、宇宙時代に入って極度に変わった事例である。
かといって、無差別に相手を選び、夜毎、異性のもとへ通う兵がいるかというと、それも違う。相手を選ぶという事について不節操は仲間の間で厳しい弾劾を受けた。遊び人∞プレイボーイ≠ヘ決して良い意味で使われてはいない。
「ミライ少尉に会っちゃってね」
金髪さんは入ってくるなり言った。
「オトシマエはつけてやってくださいね。みんなを振ってきたんだから……」
とも言った。
「すみません」
その後、アムロはあまり憶えていなかった。
金髪さんにあしらわれたようで、ひどく不服な気分が残っている。
「個室がもらえたら、少尉が来て下さい」
そんなことを言ったあとで、金髪さんがククッと笑ったのは十分ほど前だったろう。今は寝息をたてている。
アムロは、金髪さんが来る理由は、シャアのことを話すためだろうと勝手に予測していた。が、金髪さんは一語もシャアのことを持ちださなかった。ただ、ひたすら寝るためにおしかけてきた様子であった。
驚くほどしなやかな金髪さんの肢体にのまれたアムロは、ただあしらわれた。
女って怖いんだなというのが、実感である。フラウ・ボウもこうなのだろうか? 再び想い起こす夢であった。
アムロも、いつしか昼間の疲れと金髪さんのおだやかな体温の中で寝入っていった。
人には、裏がある、のだな……
アムロの目覚めつつある意識が、明確な言葉をつくってゆくのも、セイラ伍長……金髪さんの忍び泣く声の中でだった。
「セイラさん……」
枕に顔を埋めて金髪さんが肩をふるわせていた。
「ご、ごめんなさい……ア、アムロ……」
かすかにそう言ったらしかった。が、泣き声はやむことがなかった。アムロは恐るおそる金髪さんの背中に手を回した。その瞬間だった。パッと身をひるがえしたセイラはベッドから降りるや、全裸のままシャワールームへとびこんでいった。
風のような素早さ。薄闇の中を白い肢体が一瞬踊り、消えた。
「!」
アムロは起き上がっていた。
激しいシャワー音が続いた。きっと力一杯シャワーを浴びているのだろう。
所在ないアムロにはすることがなかった。今、金髪さんがとび出していったベッドの跡が温かかった。
この温かさが金髪さんの重さだ、と思う。
チッ!
アムロは右親指の爪を噛んでみた。
シャワーの音がやんで何十分が経ったろうか? シャワールームのドアが開いてバス・タオルで体を巻いた金髪さんが出てきた。真っ直ぐにアムロの前に立った。
「?」
「私、きれい?」
「はい。好きですよ」
「ありがとう。アムロ……。ね、全然違うことなんだけど、今夜のことと……」
言いよどんでセイラはアムロの傍らに坐った。その首筋から背中の流れるような肌の美しさに見惚れたアムロだったが、瞬間、判ったことがあった。
もう、抱けないかも知れない!……
と。
「シャアを……殺してくれて?」
「…………!」
「……いけない?」
「怨念《おんねん》で人は殺せません」
アムロは言った。
「それで僕と寝たんですか」
「関係ないって言ったでしょう」
金髪さんが低く呻いた。
「金髪さん、セイラさん、伍長。どう呼び方を変えても、セイラさんはセイラさんです。アルテイシアであろうが、ジオンの忘れ形見の方であろうが、セイラさんはセイラさんでしょう。根ざすところは一つです。嫌いになります。そんなセイラさん……」
「そう思われても仕方ないわ。でもね、アムロ。あなたと話ができるチャンスなんて少ないわ。だから、全部を話そうとすると、こう、なんでもかんでも一緒の時になるわ。そうしたら、あなたに誤解される。……違うのよ!」
「違いません。それに、戦場でまたシャアに会えるとも思えませんし……会う前に、僕がやられるかも知れません。口にしてはならないことをセイラさんは言ったのですよ」
「兄妹を持たないから判らないのよ。アムロには!」
「判りたくありませんね。そんな話……」
アムロは水が飲みたくなった。が、彼も体には何もつけていないのだ。構うものか、と思う。
アムロは立った。シャワールームのノブをひねる。出ていってくれと思った。その時間を与えるために、アムロもまたシャワーを浴びた。
十分以上は暗いシャワールームにいたろうか。しかし、金髪さんが出ていった気配はなかった。
案の定、金髪さんは毛布をぴっしりと体にまくようにしてベッドに仰臥していた。見開かれた瞳は動きもしない。
「すみません。寝ましょう」
アムロはその傍らにすべりこんだ。ソファで寝てもいいと思ったが、やはり、温かい肌に触れていられるのは悪くはない。その誘惑に負けたのだが、それだけではなかった。このベッドは自分のものだ、というアムロの主張もあった。
かすかにセイラの手が、アムロの腰に触れる気配を示した。
PART 13
接触
地球連邦軍はその前兆をキャッチした。
今までのジオン軍の艦艇の流れといえば、ア・バオア・クーへ流れこむキシリア麾下、グラナダの戦いの生き残り部隊か、ア・バオア・クーへの支援とみられる艦艇の集結であった。
しかし、それらの艦艇の流れとは全く異なる部隊が、船足をはやめてソロモンへと向かっているのを捉えたのだ。
「ドズル中将麾下の突撃起動軍です。ソロモンそのものに温存されている戦力と合わせて、|F・B《フロント・バック》狙いをするとみます」
「レビル将軍。いかが致しましょう? 我方の戦力は二つの拠点にふりむけるだけのものはありません」
「本気と思うか? ソロモンへの動き」
「ソロモンの戦力と合わせてF・B狙いとすれば、十分な戦力です。当然、陽動にア・バオア・クーも動きましょう。左右から挟撃を受けます」
「支えることはできそうだが……ルナツーからの支援が三戦団ある」
「はい……」
「苦しいな。確実とはいえん……が、ジオンとて同じだろう。ドズルとキシリアの双方の顔をたてるために戦力を分散させたと思えるザビ家の家庭の事情。面白いな」
レビル将軍は、他人事のように言ったが、敵の集中力が見えないのがなんとしても面白くなかった。散漫なのだ。
「核だな……。どこなのだ? ジオンの戦力の中核は……」
レビルは、二十メートル四方の立体パネルを見上げてつぶやく。三次元映像を投影できるその戦略図面には、敵味方の推定位置が赤緑を主体とするライトで映し出されていた。
殊に、月の立体映像は魅惑的である。
「ニュータイプの部隊はどこにいるのか?」
が、それが核≠ニは思えぬ。それほどの戦力として実働しているとも思えない。
ニュータイプ……。どうもデマというか、ジオン側が故意に流した情報と思える。
「ア・バオア・クーでしょうな。サイド6からかなりの船がア・バオア・クーに入ったようですから……」
それよりレビルにとってはジオンのコロニーマハル≠フ疎開騒ぎの情勢が、どのように進捗しているか気がかりだった。
「マハルの疎開が終わったのはいつなのだ?」
それが掴めていないのだった。
「アムロ少尉がニュータイプかも知れないっていうことは、私にとって夢の実現だったのかも知れない……」
セイラ伍長は起きぬけにそう言った。
「忘れてくれといっても、口にしてしまったことですものね。私を嫌って下さっていいわ」
アムロはベッドの上でセイラに対して背中を向けていた。
「僕には判らないんです。兄妹いませんから……。ただ、他人には言わない方がいいと思いますよ。あんなこと。本当に嫌われますよ」
「そうね。そうかも知れない……」
その言葉は寂しさがいっぱいだった。アムロは振りむいた。ちょうど、セイラ伍長はブラジャーをつけ終わったところだった。アムロはやはりその全部がきれいな人だと思う。
アムロの気配にセイラも振りむいて、白い歯をみせた。アムロは立ち、セイラの肩を抱いて、首筋にキスをしながら、そのかすかな体臭を感じて思うのだった。
この男と女のあいまいさが、いけないのだと……。セイラの本当の思いは、兄を自分に向けさせたいという願望でしかないのだろう。それを忘れさせるためには、ニュータイプである必要はないのだ。セイラという女をとりこんでしまえる男であればいいのだ。しかし、今のアムロにはまだそれだけの分別があるとは思えなかった。ニュータイプであればあるほどに、アムロは顔でっかちの男でしかない。
「!」
深い溜息をはきながら、セイラもアムロを抱きしめていった。アムロの腕に力強く抱きしめられるセイラの腰はひどくやわらかく、折れそうに思えた。
そう思いながらも、アムロは知っていた。
まだ、力が足らぬのだ、俺は、男ではない、やわなところがある少年なのだ、と。
「あ……」
セイラ伍長が、かすかに呻いた。強く抱きしめすぎたようだった。
「す、すまない……」
悔恨がアムロをつつむ。
敵が来た。
「方位百八十六度十分! 上下角三十三度二十六分! 第一警戒警報発令!」
十分後にはミサイル、ビーム砲の射程距離に入るのだ。アムロたちは昨日と同じ訓練の仕度が終わったところだった。
「発進デッキ開く! 総員ノーマルスーツ着用!」
警戒が発令されると同時に、発進用のデッキは開く。
アムロはデッキに直進した通路のグリップを最速にあげると、その慣性でガンダムのコクピットまで跳んだ。月の重力とはいえ、四、五メートルの空間を跳ぶことはできる。ペガサスの正面のハッチが開いてゆくが、その外の港の壁面が下に移動しているのは、ペガサスが上昇をしている証拠だ。
「G3! アムロ少尉! 発進スタンバイ!」
ガンダムの正面モニターの上にある通話用のモニターがひらいて、セイラ伍長の鋭い声がとぶ。
「了解! ペガサス、二十秒で港外に出ます! チェック終了後、直ちに発進」
「了解! G3発進する」
「え? 少尉!?」
セイラ伍長が反射的に私的《プライベート》な反応を示した。
アムロの坐るコクピットの正面には港の直立する内壁が下へ下へと移動していた。出港途上のモビルスーツの発進は厳禁であった。
「敵が来る! G3、発進する」
ルン!
アムロの背中の奥底の方でメイン・エンジンが力強くアムロをつきあげてくる。
「G3! アムロ少尉、発進します!」
セイラ伍長が叫んだ。が、これはブライト中尉に呼びかけた声だ。モニターの奥でブライトが何か言ったようだった。
構っていられるか!
アムロは発進用の中央のペダルを踏んだ。ドウ! 軽い加速感の中、ガンダムの十六メートル余の巨体がカタパルトを走った。が、ペガサスの前方八十メートルは港の内壁である。カタパルトをガンダムの脚が蹴った瞬間に、ランドセルのバーニアが最速で発火する。
ガンダムの機体が港の内壁スレスレに上昇を始める。アムロは天井のモニターをチラッと見上げてそのままの姿勢で港外へ出られる事を確認すると、ガンダムの右手に持つビーム・ライフルのチェックをした。
左右に、上下にガンダムの右腕が確実に稼動するチェック。エネルギー回路のチェック。そして、安全弁を抜く。数秒の間であった。アムロは正面のモニターに眼を転じて、ガンダムの機体が月面上に出たことを知った。
「少尉、あてにしています!」
セイラ伍長の声がした。チラッと見返す間に伍長の映っていたモニターにザッと走査線が入った。ミノフスキー粒子の干渉である。伍長は、次にも何か言ったようだが、聞こえなかったし、また、アムロも聞こうとしなかった。ミノフスキー粒子の干渉が雑音をひどくしてゆくので、アムロは三インチモニターを切った。
以後は、パイロット自身の眼だけが索敵のための道具である。アムロは、前、左右と八面のモニターを最大望遠に切りかえた。三百六十度全天の監視ができる。
なんだ!?
未だ対空砲火はミサイルを含めて一門も開いていないというのに、右後方にモビルスーツらしいものが月面に向かって降下していた。モビルスーツ一機だけを捕捉するのは至難の技であるとは、大昔からいい慣わされているのだ。誰一人気がつかないのか!
アムロはガンダムを急速に方向転換させると最速をかけた。ドウ! 確実に加速が体に伝わってくる!
背筋に走る興奮! 左右のレバーを握る手の力をゆるめて、急ぐなと自分に言いきかせる。正面に捉らえたモビルスーツはザク≠ナある。ザクがあんなにも早い
アムロはふと感じた。一直線に月面の|F・B《フロント・バック》の一角へ猪突するその姿は、ひどく虚しい感じがした。
ダミーだ!
アムロは直感した。ザクが大きく展開して仕掛ける事が皆無とはいえないが、本当に一機なのか!? なぜだ!?
ここまでの時間は数秒だろう。アムロはビーム・ライフルを一発だけ撃ってみた。直撃できる距離ではないが、味方にその存在を知らしめる事はできる。当然の事だが、そのザクはアムロの方に反撃の火線をひくが、アムロはそれを無視した。
九十度機体をひねって頭上に巨大に拡がる星々に眼を転じた。ようやくF・Bからの対空火線が上ってきた。
ミノフスキー粒子下の雑音を伴った交信音が耳をうつ。ひどく基地は混乱しているようだった。まさか、こんなにも早く、たとえさぐりの部隊だとしてもF・Bにしかけてくると想像していなかったからだろう。
カイ少尉、ハヤト少尉らのガンキャノンが上ってきた。
「さすがだな」
アムロは独りごちた。新参のサーカス少尉とキリア少尉のGMはおくれている。モビルスーツ戦は接敵までは編隊を組むが、以後は基本的には単独行動である。無論、基本作戦を遵守した上での事であるが。大体、モビルスーツ同士の戦闘はついこの間、始まったばかりでセオリーなどあるはずがなかった。戦闘機のドッグ・ファイトが基本ではあっても白兵戦にもつれこむこと数十回。教範はない。
アムロはペガサスが上ってくるのを左手にみた時、前進をするのをやめた。離れすぎて僚艦を沈めるようなことは、ご免こうむりたかったからだ。さらに、ペガサスの両翼にサラミスが上り、前方の一隻が真っ直ぐに前進をはじめた。
F・Bの守りのふところを深くするために前進する。
「出すぎるな!」
アムロは言い終わらぬうちに前方に光るものをとらえた。
加速する。
はねるようにして伸びる火線!
いや、あれは……あれだ! 何というのか……赤い彗星と闘った時、ララァ・スンと闘った時に感じた輝くようなものが、細く、素早く走るのを感じたのだ。
五、六条のロケット光を曳くものが、まわるように流れこんでくる。
「チッ!」
アムロは、ガンダムのビーム・ライフルを正面にすえた。走る輝きは早い!
あの共振!
あれ[#「あれ」に傍点]なのだ!
「チッ」
アムロは無駄弾と知ってライフルの引き金をひいた。ビームが宇宙の空間を切りさき、そのあれ[#「あれ」に傍点]がめぐるように飛翔して、突出するサラミスに向かう。
第三弾!
これは、数個の輝きの一つに直撃をする。パッと拡がる火球は白色光に宇宙空間を飾った。
その時になって狙われているサラミスは、己が主人公だと気づいたようだった。弧を描いてサラミスの火線をくぐりぬけたロケット光は、今や一直線にせまってゆく。
数というものは防御に対して有効である。二つめの火球がふくらむ。
が、それまでだった。数個のロケット光がサラミスの艦橋につっこみ、そして、つきぬける。そのあとほんの数秒の沈黙があって、紅蓮の炎がサラミスを飾る。それが白色光の火球に変じ、月面までその照り返しを投げかける。
ララァが使った兵器と同じものだ。あの踊るようなロケット光は、真に、ララァの操るとんがり帽子≠ニその付属の器機!
電波を介在させるリモート・コントロールではない器機。ビーム砲のみを搭載した器機、場合によっては爆薬(核弾頭)をも装備したそれはミノフスキー粒子下であっても確実にコントロールされる。
アムロは、それがとんがり帽子≠ノ乗るララァの脳波そのものによってコントロールされたものであることを知っていた。しかし、アムロら地球連邦軍側は脳波を拡大して発射するサイコミュ≠フ存在は知らない。
ララァの二番手!
このアムロの予感は、ジオンのニュータイプ部隊の成立を思わせた。
フラナガン機関の成果は、連邦で推測する以上のものなのだろう。
しかし、恐れるほどの数とは思えない
アムロは断定しつつ、ロケット光が来たと思われる空域に目をこらした。が、ララァの時のようなとんがり帽子≠フパイロットとの何か≠ヘ明確には感じられない。
距離があるからか?
そうだろうと、アムロは自分に言いきかせた。もう一つ、恐ろしい事を思いついたが、それは忘れるようにした。
左右にペガサス・Jの他の四機のモビルスーツが横隊に展開する。
「ニュータイプがくる! GM二四とGM二五を退がらせろ!」
アムロは精一杯怒鳴った。
「ニュータイプ!?」
カイが鸚鵡《おうむ》返しに訊いてきたが無視をした。右上方に数機のモビルスーツを視認したからである。
六機編隊である。いわゆる槍の陣という突撃隊形である事を認めた。とんがり帽子はいない、が、そのモビルスーツとて、アムロには知らないタイプであった。
「新型か!?」
思う間もなく、その六機編隊のモビルスーツは、ペガサス隊の右翼の艦隊にのしかかるように猪突していった。
早い!
その艦隊の下方に新鋭のホワイトベースの三番艦サラブレット≠ェ位置していた。六機のGMが上昇するが、その物腰はいかにも新参者だった。
ザクより早い!
「カイ! ハヤト! ペガサスを離れるな!」
アムロはガンダムの機体を右へひねると一直線に降下していった。サラミスは救えまい。サラブレットも怪しいものだったが、確かめる必要はあった。ガンダムのグレーの機体が空をきり、新型のモビルスーツの鼻づらを捉えようとする。
腰の大きく拡がったその新型モビルスーツは、まるでフレア・スカートをはいているような愛敬がある。が、そのスカートこそ、ザク以上のスピードを得るためのロケット・ノズルが隠されているのだろう。
バッ! 再び宙空に白色光の閃光が拡がる。サラミスが直撃を受けたのだ!
「やるな! スカートつきめ[#「スカートつきめ」に傍点]!」
アムロは吼えた。ビーム・ライフルの照星と正面モニターの照準スケールを合わせた。が、先頭のスカートつきモビルスーツが瞬時にゆれた。
「判ったのか」
アムロはかわされたと直感するや、その後続の一機に引き金をひいた。
ビームは短い光の帯となって、サラミスの爆光の中を泳ぐスカートつきを狙撃した。
また一つ、サラミスにおとらぬ大きさの爆光が拡がる。が、その時にはスカートつきの編隊は爆光のむこう側へ変針したのだろう。アムロからは見えなくなった。
サラブレットはよろりと爆光を逃れて、月面低く降下してゆく。
「遅いんだよ!」
アムロは叫んでいた。今の一撃がなければサラブレットが同じ運命に遭っていたはずだ。
あの調子ならスカートつきの編隊は月面を低く飛んでF・Bの対空防御網をかわして離脱するのだろう。
その間に、もう一、二隻の艦艇は沈められよう。
しかし、判っていても、アムロは追うわけにはゆかなかった。あのとんがり帽子≠フ方が強敵なのだ。アムロはガンダムを回頭させるとペガサス・Jの左翼へつく位置へ機体を固定した。
カイのガンキャノン、C108が接触をしてお肌の触れ合い会話≠やる。
「上空には敵の影が見えないぜ。どういうんだい、アムロ? ニュータイプってさ!」
「とにかく早いんだ。しかも、新型のモビルスーツを着こんでいる。ビーム・ライフルを持っているらしい」
「見たのか!?」
「見た!」
「参ったな。こっちは全く見えないんだ。ザクかな、ぐらいでいなくなっちまった」
「困るな。長距離支援となったら、ガンキャノンが主役だろう。手を抜かれちゃあかなわないぜ」
「おー、おー。よく言ってくれちゃってさ」
キューン!
「何だ!?」
耳から入る音ではなかった。脳の芯に直撃するような冴えた響きがアムロをうった。いや、アムロだけではない。カイにも、ハヤトにも、というより、その周辺部にいるすべての人々の脳をうつ冴えた共振音!
キューン!
高くはない。低くもない。が、人を怯えさせるのに充分なふるえをともなった音。
「あ!?」
セイラ伍長はその音源がどこからくるのかヘッドフォンで聞きわけられなかったために、思わずヘッドフォンを外して周囲を見回した。
キャプテン・シートのブライト中尉が振り返った。
「通信機の故障じゃないのか」
「判りません」
「聞こえるわ。私にも!」
操舵輪を握るミライ少尉がセイラ伍長の方を見る。
「外からね」
その言葉は、ミライとセイラの二人から同時に出た。
「外!?」
ブライトが二人の視線を確認するように前方の窓をのぞきこむ。変哲もない宇宙の星々が輝くだけである。
ペガサス・J所属の二機のGMがブリッジの前方二千メートルに移動してくれた。二機も怯えているようだ。
セイラ伍長は、いたたまれずに立ち上がった時、その音が尾を曳くようにしているその線を見たように思った。セイラは通信機の前のシートを蹴ると前方の窓にとりついた。
外を見上げる。
「少尉! 光が!」
その光が他の人に見える性質のものでないことは知っていた。セイラ自身、見たというより想像したもの[#「想像したもの」に傍点]、と思えたからだ。
「あ!?」
ブライト中尉が反問した。が、その時、セイラ伍長が叫んでいた。
「少尉、来ます! 一時!」
セイラ伍長の声にミライ少尉は俊敏に反応した。それは越権行為である。階級こそ低いがペガサス・Jを預かるのはブライト中尉であった。しかし、セイラ伍長の言葉は命令ではなかったものの、ミライ少尉はそれに応えて舵輪をまわしていた。
その瞬間、ブライトは左からガンダムとガンキャノンが飛び出して、あまつさえ二機のビーム・ライフルとガンキャノンの双肩の二十八センチ砲が火を噴くのを見た。
同時にセイラ伍長の指摘した空域に三つの爆光が拡がった。
「あれか!」
ブライトはその爆光によって正面の防弾気密ガラスにフィルターがかかって、光量を殺してくれたおかげで、ペガサス・Jを狙う何か≠ェ直進してくるのを見る事ができた。
「右舷! 弾幕!」
ブライトの命令が間に合うわけはなかったが、ペガサスに迫る三つの何か=\―ホーミング・ミサイルだろう――が、ガンダムのビーム・ライフルによって狙撃されるのを目視する事ができた。
ミサイル六基がペガサス・Jを狙っていた 爆圧がペガサス・Jのブリッジを揺るがしたが、その時は防御スクリーンがブリッジのすべての窓をふさいでくれていた。
正面の窓の上には横に長い菱形のモニターが前方の光景を映し出していた。間近に拡がった爆光が四方へ散り、残存粒子の輝きがチリチリと散ってゆく。
「ホーミング・ミサイルか」
ブライトはセイラに聞いていた。弾道が弧を描いていたように見えたからだった。
「判りません。でも、違うと思います」
セイラは再び下りてゆく防弾スクリーンの動きを待たずに、前方に展開する天空を用心深く見渡していた。
「ガンダムが突出するようです」
「やらせろ!」
ブライトは自分の判らぬ領域で何かが起こり、それによってアムロやセイラ、ミライらが動き出していることが判った。それは、ブライトにとって口惜しい事であろうが、この戦場でこうすることが自分たちが生き残ってゆくためには正しいことだと割り切り出していた。
「その代わり、ガンキャノンとGMにはペガサスのガードを固めるように伝えろ!」
そんなブライトに応答しながらも、セイラはブライトが見かけによらぬ大きな男性かも知れぬと思う。自分のような中途入隊の一伍長に対して少しの反感もみせず、軍規さえも言い出さない。今の事態の後先の結果から何が起こったのか洞察しているようである。
すぐれた指揮官の素養を持つのか、ニュータイプかも知れぬという可能性を有する人物なのか?
少なくともレビル将軍が内外の反対をおしきってペガサス・Jの艦長にした何かを持っている。
セイラ伍長は、四機のモビルスーツにブライトの命令を下令すると、十二面あるモビルスーツ用の小型モニターの一つ、ガンダムのアムロ少尉が映っているはずのものに見入った。それは走査線がいっぱいで映像はみえなかった。が二、三秒の間に一瞬、薄暗いコクピットのアムロ少尉が見えることがあった。彼は、今、自分の事なぞ毫《ごう》も考えていないだろうとセイラは思う。それが男たちの性癖だと理解しながらも、寂しく思う。
それはセイラ伍長の余裕が思わせるのとは違う。むしろ緊張感が成せる業といえる。今、モニターのアムロは急速にペガサスから離れているのだ。その見えない距離がこのモニターを通して感じられるというのは、セイラ伍長の感じすぎだろう。しかし、セイラはその感じすぎるかも知れぬ二人の事を一瞬考えていた。
アムロは確実に、今、ペガサス・Jを狙ったものへ猪突しているのだ。
何なのだ?
セイラは、確かに自分の額をつらぬくようにして見た光を思う。それは、あの高く低く共振する例えようもない音とともに、自分の脳裏に一条の残光となって見ることができたと思っている。その薄く残った光の源が見える。
そして、アムロはその光の筋をたどるように直進している、と、判ってもいる。
危険だけれど、やらなければならない
セイラは、アムロが物おじせずに猪突するのを好ましいと思う。これも、ブライト中尉に感じるのと同じ力強さだと思うからだ。
「伍長! レーザー・センサーをガンダムに集中するように、全センサーに伝えろ! 他はいい」
ブライト中尉だ。
ああ、この人は本当に判っている
「了解!」
「何かいると思えて!? ブライト中尉」
「真のニュータイプだ」
ミライ少尉の問いにブライト中尉は直截《ちょくさい》に答えた。
「見たのじゃないか? ミライ少尉もセイラ伍長も」
ブライト中尉は正面を凝視したまま言った。
セイラは、ペガサス・Jのクルーであることを僥倖《ぎょうこう》だと思う。
月の周辺空域もかなり汚染されている。コロニーの建設資材の破片、それに使われた土砂の浮遊物などが点在する。直径百メートルほどの石っころがなぜ浮遊するのか常識的には理解に苦しむ。が、現にある。殊に、今次大戦によって地球周辺の汚染は広まっている。
ガンダムは、それらの破片の一つをとび越えた瞬間に、見た!
ララァが乗っていたのと同じとんがり帽子=Aエルメスであった。
「チッ!」
アムロは汚く舌打ちをした。次には、それが何機でているのか、と考えてみたが、やめた。
ツン! と通るような流れが迫ったからだ。が、それはロケット光ではない。エルメスそのものがビーム・ライフルを撃ったのだ。
アムロは照準を確かめることもせずに、ビーム・ライフルを連射した。数条のビームが一点に向かって集中した。
とんがり帽子<Gルメスが撥ねたようだった。
アムロは相手の事を考えようとしなかった。なぜなら、とんがり帽子≠ゥら放射される思念波は極めて攻撃的で一方的であり、全く夾雑《きょうざつ》物を感じさせないからだった。強圧的な力の波が感じられるだけだった。
一撃必殺!
アムロはそれだけを念じて、引き金をひいた。初弾によってアムロはとんがり帽子≠フ性能を洞察したと信じたからであった。
しかし、二撃、三撃とアムロの攻撃をかわすとんがり帽子≠ヘ、潜在的に深い能力を秘めているかのようだった。
再び、二条のビームがガンダムを襲う。マグネット・コーティングの偉力はガンダムをよりスムースに稼動してくれる。にもかかわらず、ガンダムの動きはとんがり帽子≠ノ対してやや後手にまわるようだった。
アムロは怒りを感じた。
こんな奴がいるから、ニュータイプが戦争の道具にされるのだ!
ニュータイプは、あのララァとのようでなければならない。思惟の交流! 人の共感。武器ではない!
そのアムロの叫びが、ガンダムに急速な運動を要求してとんがり帽子≠ノ迫る。
一つ石っころをかすめ、急角度に左へ滑る。
いた!
アムロの左のモニターがとんがり帽子≠フ後ろを捕らえた。
射線を保つ。とんがり帽子≠ェ気づく。アムロが引き金をひく。
バッ!
ビームの直撃……!? いや、かすめたのだ。ビームの閃光の中とんがり帽子≠ェよろめくや、前方のコロニーの残骸の中に身を隠した。とんがり帽子≠フ一部を破壊しただけであった。
「!」
アムロは追撃を断念した。後ろだ!
奴が、来る!
そう! 奴だ!
シ、シャア。赤い彗星と異名をとる奴に違いない!
あのザワッとした圧迫感がアムロの脳をうつのだった。それは、アムロの思惟の深奥で憶えている感触だった。
「奴かァ!」
アムロは、ガンダムの後方を監視する左上のモニターをみた。相対距離、接触予測点などがそのモニターの左右に点灯するが、何の役にたつものか! これはゲームではないのだ。
百八十度の一点回頭というものをガンダムはする。
見えた!
赤いザクではなかった。スカートつきの宇宙の色にとけこむその機体の単眼がきらめいた。真一文字につっこんでくる。
「なめているのか、シャアめ」
アムロは照準をとりながらも、圧迫を感じはじめていた。
奴も怒っている。奴も必死なのか!?
アムロのその一瞬の驚きは共感であったのかも知れなかった。敵の気分に同調をする。それは敵に呑まれることを意味し、隙をみせることなのだ。
直進するスカートつきモビルスーツがビーム・ライフルを撃ったのは、そんなガンダムの隙をみとめたからだろう。ビームの束がコンマ何秒かの時間にたとえられる間もなく迫る。
ガンダムの機体はかすかに右に流れ、左腕に持つ楯を正面にもってくる。ビームをかすめながらも、ビームの束の周囲に散る輝く粒子が楯に見えない穴をあけてゆく。
ブルッとガンダムの機体が震えたのも、急速な動きで各部のメカニズムが軋むからだ。一撃離脱戦法しか考えぬシャアのリック・ドムは、一瞬後にガンダムの左側をすりぬける。
その刹那、ガンダムとリック・ドムは同時にビームをきらめかせ、左右に跳ぶ。二条のビームが激突するや、戦艦の爆発に劣らぬ白色の閃光をふくらませる。瞬時に消える閃光ではあるが、その輝きにとりこまれればガンダムの機体といえども安全ではない。
「早い!」
シャアは舌を巻いた。一瞬間、目視したガンダムではあるが、その回避運動を自分のリック・ドムを狙い撃ってきた身のこなしは、この間までの同型のガンダムと全く異なるように思えた。機体も白くはなかったようだ。ややすすけたグレーにみえた。その印象は強そうなのだ。シャアはその自分の感じ方に苦笑したかった。
「パイロットは」
あの少年か? と思ってもみたが、テキサスから脱出し得たとは考えたくなかった。
ララァが闘ってくれたのだ。テキサスそのものが沈んだことで、ララァのエルメスとガンダムの闘いの結果は知る術がなかった。が、シャアが一人テキサスから離脱する時、ララァが死にゆく瞬間を見たように感じたのだ。その思い出はシャアにはつらい。なぜなら、その時、ララァは自分を見ていなかったように思えたから……。
しかし、それはいい。が、少なくともララァが闘ったたった一機のモビルスーツが生き残ったり、そのパイロットが生きのびたというのでは、ララァが可哀想すぎる。
何のためにララァは戦い、死んでいったのだ!?
シャアは、そう思う。
しかし、あの少年パイロット以外にもニュータイプが実動しているなどという情報は皆無である。
「あのモビルスーツ、あのパイロット!?」
シャアは半ばそう確信しつつもリック・ドムを石っころの陰へもってゆき、石っころを楯にしつつ後方の動きもチェックした。
「シャリア・ブルがついて来れるのか?」
そう独りごちながらも、シャアはすでに彼を信頼していた。編隊飛行にしろ、先刻のビームの直撃の中での回避の仕方といい、ひょっとしたら実戦をくぐりぬけてきたシャア以上に優れているといえた。
「本物だ」
シャアはシャリア・ブル大尉をそう評価していた。案の定だった。後方四十キロと離れていない所に数条の航跡が認められた。
シャアはとび出していた。
「!」
敵のガンダムもそうだった。
二機はお互いにビーム・ライフルとビーム・バズーカを構える暇もなかった。機体がすれ合うように交叉する。
「チーッ!」
無駄と判っていながらビーム・バズーカを撃つシャア! ガンダムも同じだ。が、同じでないことがガンダムの方に起こった。
シャアの体位からみれば左上方からのビームの射線がガンダムに降りそそがれたのだ。シャアは振りむく。
ガンダムは真横へ機体を流して、そのビームの斉射をかわして石っころの陰にとびこむ。百メートルはあろう隕石のかたまりが瞬時に散った。が、それがまずかった。その爆発の中に隠れるようにしてガンダムの機体が、シャアの予測した空域から消えていた。
「チッ!」
再びシャアは舌うちをする。
「クスコ・アルめ。偉そうな顔をして、どうしたかっ」
シャアはクスコ・アルのエルメスが被弾したことを知らない。
アムロは焦った。二機もだ。しかし、二機が二機ともニュータイプらしい何か≠感じさせるスカートつきである。カイやハヤトを近づけさせるわけにはゆかない。彼等が戦闘圏内に入る前に駆逐したいと思う。
「都合よくはいかないんだよな」
アムロはすべての監視モニターを総ざらえしながら、月面を背にしてまた二つほどの爆光がふくらむのを確認した。
「四、五機のモビルスーツでこうも撃墜されるのか?」
アムロは自分がやらねばならぬのだ、と思う。それが、アムロには己の自負だということは判っていた。しかし、この程度の気負いがなければ、ジオンのニュータイプ部隊に対抗し得ないんだと自分を納得させる。
「!」
シャアのスカートつきを下方に見ながら、アムロは今、ビームの斉射を浴びせた三機のモビルスーツを見上げるようにして対した。
「三機!?」
二機かと思っていた。失敗……!?
再びビーム・ライフルが輝いた。先頭の一機を狙ったつもりだったが、見事によけられて後続のスカートつきを直撃した。
直撃したのはいい! かわした奴だ!
「誰だ!」
アムロは恐怖感を憶えつつ叫んでいた。先頭のリック・ドム! これはただ者ではない。シャア以上かも知れない。アムロの直感である。
二連射が追う。が、なんということだ! 狙撃をかわすスカートつき!
「やめろォ! 貴様、どういうつもりでェ!」
アムロは絶叫した。どういうつもりでニュータイプの能力を戦争で使い、ザビ家へ貸すのか、とアムロは見知らぬリック・ドムのパイロットに問いたかった。
ガンダムが飛ぶ。が、その時には、すでにカイやハヤトのガンキャノンの火線が、かろうじてではあるがスカートつきに向かって撃ち上げられていた。しかし、問題はその後である。
月面から発進した地球連邦軍艦艇や基地の火線が、ガンダムらの空域へ向かって狂気のように撃ち上げられてきた。
「味方がいるんだぞ!」
アムロは叫びながらも、無理ないことだと思う。ものの十数分のうちの十隻がところの軍艦が沈められたのだ。機銃なりミサイルなりにとりつく下士官兵らが敵のいそうな空域を目撃すれば、こうなるだろうと思う。
アムロは撃ち上がる火線の中で、リック・ドムの存在を知ろうとした。
「後退する!」
シャアは叫んでいた。今日の戦いはこれでいいのだ。エルメスとリック・ドムの実戦データはとれたわけだし、クスコ・アル、シャリア・ブルの慣熟飛行の訓練にはなったろう。これ以上、敵の制空圏内に留まることは自殺行為である。
シャアの航跡を追って、残存のモビルスーツがそれを追った。さらにそれを追うように地球連邦軍の火線が虚しく宇宙を彩った。
「我々がアムロにシンクロさせることが難しいとなれば、アムロが作戦参謀として指揮に当たるか?」
ブライト大尉が冗談めかして言った。
「資格、能力があればね」
アムロ中尉が応える。シャアたちのモビルスーツ隊が、|F・B《フロント・バック》に潜入してあっという間に引き揚げた後、帰投したペガサス・Jに待っていたものは、全員の一階級昇進だった。
レビルが個人的に元ペガサスの乗組員をニュータイプ部隊とするための昇進である。
ジャブローの参謀本部は、次の作戦でレビルは命を賭けるだろうと考えて、彼の最後のわがままをきいたのだ。ブライトらの二階級特進もよかろうとさえ言い出したものだったが、これはレビルの方がやめさせたと伝えられている。
「若者は増長させてはならぬ。彼等は、自分の立場を理解している。増長はいかん」
「しかし、他の艦艇とバランスがとれないのは面白くない。ブライト艦長がやりにくかろう?」
これがジャブローの意向であったという。
ブライト大尉が、作戦会議から帰艦したのが標準時間の午後十一時頃だった。それを合図のようにガンルームに旧ペガサスの乗組員が集まってきたのだが、誰が音頭をとったというのでもなかった。
「後発部隊の俺だけじゃないのか? ここで進級しなかったってえの」
スレッガー・ロウ中尉は砲科のスペシャリストである。
「めぐり合わせさ。俺がやりにくくならんように考えてくれたのだ」
ブライトが軽くいなしながらも、セイラ軍曹を振り向いた。
「軍曹も坐りたまえ。とにかく、今日の敵襲についてはレビル将軍も深い関心を示されていたのだが、周囲が周囲だ。細かい報告はできなかった……とにかく、ガンダムの出るのが早すぎたのが目立ってな」
コーヒーをすすりながらアムロ中尉の方を見返して、さらに言葉を続ける。
「無線が確実なら、ペガサスがアムロの指揮を受けることも可能なのだが……」と先刻の話へ戻ってゆく。
「どういうの、軍曹。その敵が判るって感じ?」
スレッガー中尉が身体を極度に傾斜させて、セイラ軍曹の肩に長い顎を触れんばかりにして尋ねる。セイラはかすかにそれを避ける仕草をするが、スレッガー中尉は全く意に介さなかった。
「どうって……見えるっていうんでしょうね。この額のむこうに、こう、キラリと赤っぽいような光……ね、中尉?」
セイラがミライ中尉を見やる。ミライ中尉はソファの上にひどくくつろいだポーズで坐っていた。長靴を脱ぎすてて……。
「軍曹のいう通りね。見えたように思えたの。でもね、いつもそうだったというわけではないわ。今日の敵がそうだった……というより、今日の敵が見せてくれた、という方が正しいような気がするけれど……」
「判らんね。ご婦人方のおっしゃること……」
「だからさ、殴られた時、花火を見るっていうでしょ、あんなのじゃないの?」
カイ中尉だ。それにつづけてハヤト中尉がませっかえした。
「でも、あれ白っぽい光ですよ。なっ、アムロ?」
「ラルフ中尉によく殴られたものな?」
アムロは軍服の襟をくつろげながらも、セイラの視線に手をとめた。
「…………?」
ミライ中尉はこの部屋に入る時からセイラの事が判っていた。無論、昨夜セイラがおでかけをしたのは知っていたが、まさか、アムロが相手とは、というのが第一印象であった。しかし、それはあり得ることなのだと今にして思う。確か、サイド7ではアムロの片想いの金髪さんがセイラなのだから。しかし、それだけが二人をつなげる要素ではないということが、この部屋での二人の物腰から知れるのだ。
ニュータイプらしい同類意識か?
「今日の相手が、我々に光をみさせたという中尉の発言には賛成です。テキサスのとんがり帽子のパイロットもニュータイプだと断言できるでしょう。けれど、今日とはちょっと違いました。来るという精神的なプレッシャーが流れこんではきましたが……」
アムロは嘘をついた。ララァのことは、根本的に違うということは、誰にも話そうとは思わなかった。たとえそれがセイラであっても……。
「なんだい? その精神的プレッシャーってのさ」
またスレッガー中尉だ。
「殺気ですよ。モビルアーマーを通りこして、まるで眼の前にいる人が感じさせるような殺気。それを感じるのです」
「殺気か……」
「そこまで具体的じゃあないがな」
カイが心細そうに言う。
「どうも、命が幾つあっても、生き残れそうもないなァ。ハヤト」
「全く……」
「だからだよ。こんな話、他のパイロットがいるところでしてみろ。みんな逃げ出してしまう」
ブライトが言った。だから、ニュータイプを認めたくもなければ、実戦に投入されつつあるという情報も公にされないのだろう、とアムロは思う。
「しかし、考えようによれば、戦争阻止につながる使い方もできるんですがね。ニュータイプの存在が本当なら」
アムロは言った。
「つっかかるなよ。ザビ家一統が覇権を握る現在では無理な話だ」
「それに、連邦だよ。連邦の偉いさんたち、地球派とか土着派っていわれている連中が地球からコロニー自治体制派をコントロールしているうちは駄目さ」
「禁句だぞ。カイ中尉!」
ブライトが立ち上がった。「聖なる大地を守る聖戦を旗印にする連邦軍軍人が言うことじゃあない」
「そうよ。ひょっとしたら俺は、ジャブローの密偵かも知れんぜや」
またもスレッガー中尉だ。が、この発言には信憑性があった。彼の経歴はひどく怪しいのだ。素行不良で各部隊を転々としている。が、戦務はAである。そう思われても仕方のないスレッガーをペガサスの中枢クルーは決してよくは言わない。女とみればすぐに手を出し、部下の粗暴さに対してもおよそ監督をしようとしないからだ。
「構わんね。こちとらがオダブツする確率はあんたなんかよりずっと高いんだからな。何しろ、今日とり逃がしたスカートつきモビルスーツっていうのは、今までのザクとは全く違うんだからな。それに、アムロの話によれば、こちとらの巡洋艦を沈めたのは、とんがり帽子≠フモビルアーマーだっていうじゃねえか、こりゃ、いけませんよ。スレッガー中尉」
スレッガーはセイラの方に体を傾けるのをやめて床を見つめていた。カイの言うことは、全員の危機感を代弁して正しい。
「ン……。なァ、アムロ。そのとんがり帽子の付録の兵器な。なんていうんだ?」
「知りません。本体を見ることができない」
「まあいいや。その付録を目視しておとせるのかな?」
「ミサイルを狙撃したことありますか?」
「ウンニャ……。弾幕を張るだけだ……」
「通常のホーミング・ミサイルってのがありますよね。あれだと思えばいいんですよ。ただ、もっと素早いっていうのか、人の死角にすべりこんでくるようなところがあります。ビーム・ライフル搭載のもあるし……」
「やれやれ。確率は同じだぜや」
とスレッガーはカイを見返した。カイはニタリッと笑うと「艦長、アルコールってのはないスかね」
「ニュータイプ候補生だろ? 自分で探せ。面倒みれるか。今夜が最後だと思ってくれ。明日、出撃をしたら、翌日はジオンだ」
「へいへい」
アムロはセイラをみた。が、セイラはアムロの視線をかわして真っ先に出てゆこうとした。なぜか、アムロは心もとなかった。セイラを追いかけるようにスレッガー中尉の脇を通り抜けようとした瞬間、
「この色男が!」
スレッガー中尉の手がアムロの尻を叩いた。
「いけませんか!?」
「いいですよ」
その二人の一瞬のやりとりでガンルームに爆笑が湧いた。思わずセイラも振り返り、何の笑いなのかを知った。
「中尉。悪ふざけがすぎるぞ。アムロは若いんだ」
「こりゃ、どうも……。で、ミライ中尉、お暇かな?」
「おかげさまで、多忙でございます」
そんな二人のやりとりをブライトは艦内モニターでブリッジを呼び出しながら聞いていた。
「三十分後に上がる。ガンルームにいる」
そのブライトの様子に、スレッガー中尉はガンルームを出ていった。
「休めて?」
「ン……。一時から寝かせてもらうことになっている」
「それは……」
ミライはソファから立とうとはしなかった。
二人だけでこうしてくつろげるのも最後かも知れないなと思いながら、ブライトはミライを見つめた。
「何か?」
「い、いや。……いいだろう? 少し、見るくらい……」
「気持ち悪いけど……。お話?」
「あるわけ、ない。うまくゆくのだろうかという不安はあるが、そりゃ、誰でもが持つ出撃前の不安だ。しかし、よく集まってくれたものだと感謝しているのだ。気が休まる」
「慣れてきたのよ」
二人は、別に一緒に寝ようという話をしているのではない。それは、ブライトの中にはそう言い出したいと思う部分があることを認めもするし、言ってもみたいと欲望もする。が、こんなドサクサの状況の中での気休めとしての関係は一つなじめないし、後ろめたい感じもするのだ。それはミライも同じだ。だから、二人には緊張感がなかったし、その後しばらくの間、交わす会話もなくただ、い合わせるだけで良かった。
一度だけ、ミライが言った。
「このガンルームね。作戦が終わったら絵を飾りましょうよ。私が買ってきてもいいわ」
「そりゃ、いい考えだ。殺風景すぎるからな……」
その静かさは、アムロとセイラにとっても同じようにあった。
言葉のない抱擁であっても若さは激しく異性を求めるものであろうが、セイラに一つの後悔があり、アムロもそれが判るからだ。
「兄を……」
という言葉は今の二人にはなかった。何がどう和解していったという性質のものでもない。が、今の二人の、相手の存在を認めるという広い包容力が判り合ったことなのだろう。
決して、ニュータイプ同士だから得られる静かさの抱擁ではない。
アムロの中にすでにフラウ・ボウは欠落していた。
自分の勘≠煖カうことがある……。なぜか、アムロは自分に安心をするのだった。
PART 14
予感
「よくやったものだな。中佐。たかが一分そこそこの滞空時間で、巡洋艦九隻をしとめるとはな……。エルメスのクスコ中尉か?」
キシリアは上機嫌であった。しかし、シャアは、ますますキシリアが悪くなると思う。
ジオン本国で何があったか知らされていないが、ギレン総帥との対立があったのだろう。
キシリアはニュータイプ部隊を己の傘下においてギレンに対抗しようと焦りだしたのかも知れなかった。
「ガルシア中佐。ニュータイプの素養のあるもののピックアップは急げよ。場合によっては、宇宙攻撃軍の中核たる……」
これだ。元来キシリアは洞察力に富む指揮官である。が、これはいけないとシャアは思う。彼にとっても|F・B《フロント・バック》強襲によるニュータイプ隊のテスト飛行は、将来の戦力を読んでゆく上で重要な意味を含んでいた。また、その実効がいかなるものか知る上でも、実戦のよるテストを強行したのだった。その結果、予定外の事といえば、あのモビルスーツ・ガンダムが再生したかのように出現したことである。が、シャアにとってはそれ以上に、シャリア・ブル大尉という男を得たことに感謝をしているのだ。それが、ギレン総帥の差し金であるのならば、率直にギレン総帥に感謝しよう、とまで思うのだった。
シャリア・ブルは大人なのだ。ひょっとするとすべてを洞察しているかも知れぬ、という恐ろしさを感じはするが、シャアの野望が良きものであるのならば、それこそ後見人的な立場に立って支援してくれよう。そんな確信さえ得たテスト飛行だった。
「クスコ・アルか……。フラナガンの遺産としては出来が良い」
「はい」
「目算は?」
「はい。我等、リック・ドム隊がエルメスの支援をしてエルメスを引き立たせる。これに尽きます。クスコ・アル中尉は有能であります」
「!……まあ、いい。中佐がそういうのならば任せよう。あてにしている。二十四時間以内に次の作戦が行われよう。本来的なたてまえは承知しているつもりだが、そうもゆかんのだ。判るな?」
「はい……」
シャアは、やや後悔をする。キシリアはキシリアなのだ。こちらの気分を見透かすだけの勘は持っている。この辺が、男と女の違いかも知れぬ、と思う。
「今夜は休め……以後の作戦は、貴下のニュータイプ部隊たる独立3百戦隊を柱とした編成を考える」
これはキシリアの皮肉である。ア・バオア・クーが囮部隊として地球連邦軍をひきずり出して、その隙にソロモンのドズル隊が連邦軍を叩く。そのあとの連邦軍の残存兵力をソーラ・レイ≠フ射軸上にもってくるためにキシリアは自ら戦艦ズワメル≠ナ連邦軍の艦艇をおびきよせてこれを殲滅する。
これがジオン総軍の最終的な作戦リヴォルT≠ナある。それに至るまでには、まだ幾つかの曲折があろうが、作戦は早急に行われるであろうことは、キシリアの苛立ちが証明していた。
しかし、ニュータイプ部隊と呼称されてはいるものの、その実体は未だなきに等しい
人ひとりの能力がうまく発揮されたらそれなりの戦果はあがろうが、三機目のエルメスはまだ届いていないのだ。
シャリア・ブル大尉をこそエルメスに乗せたかったが、サイコミュの調整をクスコ・アルに合わせてあるとメカマンたちが譲らない。
「現在、リック・ドムが自分を含めて六機。エルメスが一機。ガルシア中佐、どうなのだ増強策は!」
キシリアはシャアのニュータイプ部隊に自信を得たのだ。となれば、さらに増強したい欲にかられた。数はあるに越したことがないのだ。
「レベルの問題です。候補要員は二十名がところいるわけですが……」
「呼べばいい」
シャアは割って入った。
「閣下。お言葉を返すようでありますが、自ら墓穴を掘るの仕方は避けていただきたい。今、自分は数のことを申しましたが、数の問題ではありません。チームワークさえよければ、現有戦力で一戦闘大隊を殲滅するも容易であります。
錬度の高いパイロットが必要なのです。当面、急ぐ必要はありません」
「それは判るが、別働隊として実戦で訓練することは可能だ。これはお前にやれとは言わぬよ。シャア中佐」
「恐縮です。隊の整備を急ぎます」
言うや、シャアは敬礼して踵を返した。
キシリアが再びガルシア中佐に何か言うが、シャアは聞いてはいない。
彼女の部屋を出ると、先日来の秘書がパッと立ち上がってくれた。
「ご苦労様です。中佐」
「!…………」
ああ、そうかとシャアは思う。
「今夜、予定があるのかな?」
シャアのマスクがキラリと輝いた。しかし、約束をしたからといっても、シャアにはまだやることがあった。クスコ・アル中尉が興奮しているのを、なだめなければならないという仕事だ。
シャリア・ブル大尉を含めた六人のリック・ドムのパイロットたちはさすが金的持ちで、ザク以上に性能アップした機体の実戦フィーリングに安心感を抱いて帰投したのだった。
むしろ、この新編成のチームに信頼感を抱きさえしている。シャアをして若造と呼ぶ者は一人としていなかった。共感者であり、自分たちの先導者としての力量を評価したのだ。
|F・B《フロント・バック》への進攻ルートは危険なコースに思えたが、やってみると一撃離脱の範にのっとっているわけであるし、シャアの冷静な状況判断能力は彼等が予測する以上である。むしろ、ニュータイプ同士かも知れぬという共同体意識が結束を強固なものにしている。つまり、ともに共感し得る空域にある限り、必ず誰かが支援してくれるという安堵感がある。
このチームにいるかぎり死なないですむ。
シャリア・ブル大尉とて同じである。対敵監視網の眼が自分以外に六人分存在するこのチームは、各々糸をひくような意志の流れによってつながれているように感じられる。それは他者の眼を自分の眼とするというほど便利なものではない。が、六人が自分を中心にしてどこにシフトされているかが判るのだ。たとえば、敵発見という目撃者のショックを自分の認識として手に入れることができるのである。これは率直に第二、第三の眼を手に入れたと同じだと表現して良いだろう。
帰投したリック・ドムの群れを見上げる彼等パイロットたちは、その共通した認識の中にとりこまれている。気持ちの良いものだ。
ただし、一つ条件がつく。人として好きになれる奴かどうかは全く別なのだ。
「中佐!」
シャリア・ブル大尉がシャアをふり返って、
「だいぶ落ち着きました。気の強い女性兵士です。いけます」
シャリア・ブルはニヤリと笑うと、ブリーフィング・ルームの方へ歩み出した。
「クランブル中尉が?」
「はい」
クスコ・アルにクランブル中尉がついているということだ。
「似すぎる相手はよくないな。どう思う?」
「ウマが合う方が良いと思われます。クスコ中尉は神経質な点と気の強さが同居しすぎて、自分でもコントロールできない時があるようです」
「大丈夫なのか?」
「素質がありますから」
二人がブリーフィング・ルームに入った時、クランブル中尉が二杯目のコーヒーをクスコ・アルに入れてやっているところだった。
「……笑いにいらっしゃって?」
「そんな余裕もない。気分はいいのか?」
クランブル中尉は身をひいて、シャアとシャリア・ブルに席をあけるような形をとった。
「みなさん、やさしいのね」
そういうクスコ・アルの瞳は決してそうは言ってはいなかった。口惜しさで瞳孔がゆれているのはやんではいない。
「自分の事を考えるから、やさしくなるのだ。君にやさしいのは中尉だけかもしれん」
シャアはクランブル中尉を見やり、「チームのためだ……」とつけ加えた。
「今夜は眠れそうか? それが心配だが」
「申しわけありませんでした。やってみます。明日になれば出撃もできます」
「頭痛とか吐き気は残っていないか? サイコミュの強制は苦痛のようだが?」
「大丈夫です」
「チェックはすませましたから」
後ろからクランブル中尉が口をはさんだ。
生き残りのなかで、ガンダムの直撃を受けたのはクスコ・アルのエルメスだけであったのだ。軽傷ではあったのだが、至近弾のビームでは周辺部に拡散する粒子の直撃もうけて一部分の損傷というわけにはゆかない。そのショックも通常火薬の爆発を直接うけるに等しかった。クスコ・アルは一瞬失神をしたという。初めての戦場で初めての直撃。しかも、それがかなり長距離からの狙撃だったということが、クスコ・アルにとってショックだったのだ。
なぜなら、彼女には|F・B《フロント・バック》に展開する連邦軍の艦艇が認知できたという。しかもそれら敵艦艇に乗る敵兵たちが放射する恐怖波がゆらめくような渦となってみえるし、テスト・ターゲットの無機質のものより彼女には捕捉しやすかったという。
その彼女の感性が、戦場というものを侮ったのがいけなかったのだ。閃光のようにすべりこんだ別の意志の流れは細く遠かったにもかかわらず、クスコ・アルを捉らえ、狙撃をしたのだから。
連邦軍にニュータイプ部隊がいるというのは、半ばデマだとクスコ・アルは信じていた。だから、閃光のようにすべりこんだ意志の流れが、初めは何なのか判らなかった。彼女にとってニュータイプ同士の闘いという局面は全く知らされていなかった。
よしんば、その一つの型をシャアから教授されていたら、という仮定はあるものの、シャア自身がテキサスの闘いを明確なニュータイプ同士の戦闘として把握して教授できたかどうか怪しい。
すべてが、始まったばかりなのである。
その認識がクスコ・アルには欠けていたのも、彼女が己のニュータイプの素養に自信を持ちすぎていたからだろう。まして、感情が人の行動を支配し、認識がその後についてまわるという人の悲しい習性の一面をクスコ・アルは故意に忘れようとしていた。
「私は利口な女ではないのですね……」
彼女はコーヒーの容器をクランブル中尉に返しながら、シャアとシャリア・ブルを見やった。
そのやや唐突な言葉の中に、シャアとシャリア・ブルは確かな手応えを感じるのだった。
「人は鋭利には出来てはいない。クスコ・アル。だからチームが必要なのだ。一見、身勝手な発想から人へのやさしさを示すが、そのくらいでいいのではないのかな?」
「同感です。そのくらいひいて己を人に示して、その上で人の真の連携がとれ、理解しあえるのならば、まずは謙虚でありたいものです」
シャリア・ブルはつけ加えると「エルメスの最終的な整備は明け方になる。クスコ中尉は休みたまえ。睡眠薬をもらう手配をしてもいいが、いるかね?」
「いえ」
「そうだな」
シャアはやさしく笑ってやった。クスコ・アルは髪をアップにとめていたヘア・ピンを外したらしい。栗毛色の髪が大きくふくらんでクスコ・アルの顔をつつんだ。無重力のなせる業である。リフト・グリップの一つを掴んだ彼女の肢体が窓に流れてゆく。
「いい娘じゃないですか?」
クランブル中尉は満足そうに二人の上司に言う。
「戦力にはなる。が、連邦も確実に戦力を手に入れている。ガンダム……恐らく、アムロ・レイというパイロットが復帰したと考えていい。ララァを倒した男だ。彼は確実にリープしはじめている」
「それと、その周辺に展開したモビルスーツ隊。ガンキャノン・タイプとGMもあなどれません」
「エルメスがいなければ五分五分。キシリア閣下がお考えのほどには、我々は中核となり得るかどうか、だな……」
|F・B《フロント・バック》から発した艦隊は|F・S《ファースト・ステップ》の地球連邦総軍の橋頭堡《きょうとうほ》を中心にしてゆるやかに展開しつつあった。
その間にも、地球連邦軍のあらゆる補給部隊と工廠の船が支援を続けていた。ルナツーからの増援部隊というのも連邦の虎の子である。以後連邦軍には戦うべき力は何一つ残ってないといって良い。しかしながら、総軍に対しての最終目標は何一つ示されていなかった。
月の北点に位置するペガサス・Jにブライト・ノア大尉が帰艦するや、パイロット全員に召集がかかった。
「我が第百二十七独立戦隊は十八時間後に現ポイントを移動して、エリア三百六十五方面へ向かう。十八時間以内にすべての出撃準備を完了する。なお、宇宙戦闘機隊二戦隊が我隊の支援につく。到着は二〇〇〇。二一〇〇より戦闘機隊との合同作戦会議と行う。以上だ」
一同はやれやれと顔を見合わせた。
「どういうことなんですか? 今の時点でターゲットを教えてくれるわけないし、艦長も知っちゃあいないだろうけれど、ペガサス・Jって揚陸艦ですよ。空母じゃないんだ」
ハヤト・コバヤシ中尉が不服そうに一同の気分を代弁する。
「俺にも判るわけなかろう」
クレーンを登ってキャプテン・シートにおさまりつつ、ブライト大尉は言った。艦内通話のチェックをはじめながらも、
「だから、よしなにとお前らを呼んだんじゃないか。マクベリィ少佐麾下の二〇三戦隊だ。歴戦の勇士だよ。足手まといにはならん」
「傘にいくんじゃねえのか。こりゃあ」
「参謀本部は便利に使おうってんでしょ、我々をね」
「道具みたいにですか?」とアムロ。
「ああ」
「一週間に二つも三つも戦場を跳びまわるなんて事にはならんでしょうね」
GM三二五のキリア・マハ少尉が、カイの言葉尻にのって文句をいう。
「なりますね。こりゃあ」
カイはいなして床を蹴った。「つきあっちゃいられないよ」
「何、考えてんでしょう、将軍は?」
「先鋒、先鋒、それだけでしょうね。傘をとびこしてジオン本国へ突入するんじゃないんですか?」
アムロは天井のパネルに表示展開されている味方艦の数をかぞえながらいった。素人目にみれば凄い数の艦艇が展開しているのだ。ア・バオア・クーを抜いてジオン本国へ迫ることなぞ造作のないことのように思えた。
「コードネームは何でしょう?」
セイラ軍曹がブライトを見上げて訊く。
「チェンバロさ。大昔の楽器であったろ? ピアノみたいな奴……」
「意味があるんですか?」
「好みだろ。参謀本部かどっかのな。強いていえば、秋の日のヴィオロンのひたぶるにうら哀しいというベルレーヌの詩が、暗号に使われた事があるという故事にならったのかも知れんがな」
「いつの事なんです」
「旧ヨーロッパ大戦でだ」
「へえ……」
アムロはブライトの物識りに感心をした。
「でも、いやね。アムロの戦闘報告を読むと、まるで霊感者のような印象をうけるし、その能力を当てにしてペガサス・Jは便利屋的に使われる。
どう思う、アムロ? このまま戦争が終わってよ、私たちが生き延びてごらんなさい。ニュータイプって一般に受け入れられると思えて?」
ミライ中尉がアムロをのぞきこむように言った。
アムロはフロント・ガラスに背をもたせかけてブライトを見上げた。艦内チェックをすませたブライトが、コーヒーチューブ(無重力用のコップ)に口をつけたところだった。
「考えすぎですよ。ニュータイプですか、僕ら? そんなレッテル貼られるほどの超人じゃありません……」
「マスコミはそうは言わんだろ?」
「ニュータイプという概念さえ定まっていないんですよ。差別なんてあるわけないでしょう」
「でもね、アムロ中尉。ジオン・ダイクンて人は、ニュータイプという概念を提起したことによって地球連邦から差別された、ということは事実よ。
あの頃は、ジオン自身がニュータイプであるか否かなんて、今以上に不明確だったわ。一つのイズムとしてニュータイプを語っただけの人だったのよ」
セイラ軍曹の言うことは正しい。
「アムロや、ペガサスが生き残ってごらんなさい。これはエースよ。間違いなく。ニュータイプのエース。これがマスコミ受けしないなんてことはあり得ないし、良いにつけ悪いにつけてニュータイプは実体とは異なった形で宣伝されるでしょうね」
「超能力者。人の心を読む人間。君はアムロ少佐の前では何も隠すことができない、なんて身だしで騒がれるわけだ」
アムロはブライトの冗談が冗談でないことを知っていた。そうなるだろう。そうなった時、自分はそう対処してゆくのだろうかと思ってもみる。が、やめた。
ひどく虚しい想像だし、よし、ミライが懸念するような局面が訪れたとしても、その時はその時で、自分を含めてこのペガサスの人々は今以上に賢く強靭になっているだろう。
「きっと上手に対処できますよ。ミライ中尉はもっと楽天的な方かと思っていました。意外です」
「そ、そう? でも……なにかしら? セイラ軍曹、私……。そう思えてならない……」
「神経過敏すぎるかも知れません。お疲れなんでしょ?」
「会議のあと、すぐ休ませてもらうわ。ブライト大尉」
「いいだろ」
「ね。軍曹、今夜いらっしゃらない。二人で飲みましょう」
「おいおい、アルコールが艦内にあるのか?」
「あるわけないでしょ」
そのミライの言葉にアムロは笑った。
「僕もご一緒させていただきたいですね」
「アムロ中尉、いい加減でデッキへ下りろ! 軍務中の私語は厳罰だぞ」
そうなのだ。
が、ブリッジの一刻の気分の弛緩こそ、ここにいるクルーがニュータイプたる認識に支えられた人々であることの証左であろう。
許し合いとか甘えではないのだ。彼等が容易に認識しあえる言葉を交わすチャンスは少ない。そんな一瞬間の言葉のつみ重ねが、人としての彼等にも必要なのだ。
なぜならば、アムロとララァが成したような極限的な理解と調和を生む場を、日常的につくりあえるほどに人々はニュータイプではないからだ[#「極限的な理解と調和を生む場を、日常的につくりあえるほどに人々はニュータイプではないからだ」に傍点]。
シャア・アズナブルもそう思う瞬間があった。今がその時かも知れない。とはいえ、いま、シャアが具体的に何かを思考しているというわけではない。
もし、初めての女性と共にいる時に、己の行動の意味を考えてみたりする輩がいるとすれば、それは相手の女性に対して不遜のそしりを免れないだろう。キシリアの秘書は自分がマルガレーテ・リング・ブレアだと名乗り、
「決して偽名ではありませんよ」
そう言ったのだ。その時、シャアは本能的に人に対しての猜疑心の触覚を開いていたのだ。が、マルガレーテ・ブレアはそれを見抜いていた。
「ククク……!」
マルガレーテは豊かな髪に顔を埋めて、シャアを見上げながら笑った。
「怖いお顔……」
そう言いながらもマルガレーテは、そんな素振りは一切たりともみせなかった。心底、シャアの深刻な生き方を笑うかのように含み笑いを続けた。
いいものだ。人をこう感じ、かつ不愉快にさせぬ性癖というのは、人として貴重だ
シャアはマルガレーテの笑う仕草を可愛く思う。彼女ならば、ララァに対したような救い主的な気持ちを含むことなしに、愛し得ると思う。
しかし、シャアには根本的に思想があった。十全たる人への信頼と十全たる愛を成すことは、凡俗たる自分にできることではない。自分は、妹一人幸せにさせてやれない。
愛を成すということは高いことなのだ。愛は潔癖に愛でありたいと願う。
男として、牡としての行為は永遠に牡の行為以上のなにものでもないと信じていた。だから、ララァに対した時、彼女を救済するという名目があった事は、シャアにとってありがたかった。
「私……い、いや、俺のこの額の傷な、不愉快ではないか?」
シャアは自分でも可笑しいくらいしどろもどろにマルガレーテに訊くのだった。それは戦場のシャアにあっては想像のできないことだった。恐らく、ララァに対しても訊いたことのないことだろう。
「それは、不愉快です。気持ちのいいものではありません。でも、中佐にはお似合いだと思います」
マルガレーテ・リング・ブレアはそう言ってしまって、慌ててつけくわえるのだ。
「ご、ごめんなさい。……でも、本当にそう思ったから言ってしまったんですけど、私には気になりません。全然……」
「いいんだ。君はやさしい人だ。私の見こんだだけのことはある」
シャアは思いつつ、結局自分はこういう物の言い方しか出来ぬ男なのだと自責もする。
だから愛していたいとも思うが、私にはマルガレーテを知らなすぎるというこだわりが生まれる。シャアの悲しい習性であった。
しかし、マルガレーテの決してベトつかぬさわやかな肌合いというのはどうだ。これほどに温かく人を安心させるものがあるのだろうか? シャアの五感は開放されている。そうすることによる危惧感というものも、マルガレーテの肌に触れあっている限り感じることはないのではないかと期待する。
なにがニュータイプだ
シャアは傍らのマルガレーテの身体がかすかにゆらめいたので振りむいた。
彼女の頬にはやや赤味がさしていた。唇が微笑をもらす。
人生がすべてこの感触でゆくのならば、ニュータイプという概念を造り、デッチあげる必要は一切ないはずなのだ。シャアの左手がマルガレーテの豊かな腰の線を追っていた。
子を生んで欲しい。
何の脈絡もなくシャアはそう思った。ララァに対して毫も感じたことのない欲求であった。人間とは、ひょっとするとこういう突発的な衝動をつみ重ねて、その帳尻を一生かけて合わせようとする動物なのかも知れぬと思う。だから、面白いのではないのか? 味わいがあるのではないのか?
今にして思えば、ララァをひきとろうと決意した時に、何を考え、何の打算を抱いていたのか憶えていないような気がするシャアであった。
――今は眠るだけだ――
ペガサス・Jの脚部の上甲板に十二機の宇宙戦闘機トマホークが固定されていた。マクベリィ少佐麾下の第二〇三戦隊の一群である。
それにかかわる支援部隊も同乗してきたペガサス・Jは、ようやく軍艦らしい規律と喧噪をかかえこんだ。兵員不足と前代のペガサスから受け継がれたアットホームな気分が、これによって中和されたのだ。
マクベリィ少佐がまた生えぬきの戦闘機屋ときているから、なおのことである。ザックバランさと神経質なくらいの用心深さが同居している人柄というのは、一体どういうものなのだろうか? マクベリィ少佐をみれば判るというものだった。
「軍艦じゃあないじゃないか、ペガサスは! 規律は緩いし錬度は低い! 若僧ばかりでゴッコでもやるのかよ!」
と、これを所かまわず怒鳴り散らすのだ。
「他隊もンだろうが、でかい面して!」
スレッガー中尉なぞは、少佐に口応えをしたものだ。
すると、少佐はまあ他隊者の我々が従おうと前言をぺロリとひるがえすのである。かといって、モビルスーツ隊はあくまでもトマホーク隊の後続に位置するのだから、発進時の射線上に出たら遠慮なく後ろから叩き落とすというのだった。
「宇宙戦闘機に未だかじりついているおちこぼれのヒステリーな。あれだよ」
カイはそう言って笑った。
おちこぼれとまで断定するカイも自信過剰で、宇宙戦闘機の戦力を軽視しすぎている。艦隊支援の上で未だ有用な存在であることは間違いがないのだ。
ただ、今度の作戦は生き残れんぜ、という少佐の発言は、ペガサス・Jの全クルーを納得させるものがあった。
ペガサス・Jとキプロス、グレーデンの三艦が単独でエリア三百六十五方面に向かうという時、なぜ、宇宙戦闘機隊をつけさせられたのか?
その理由は明白であった。チェンバロ作戦実施の時の最終集結ポイント(今は不明だ)に至るまでの間、この第百二十七戦隊にはこれ以上の支援はつけられぬ、ということなのだ。またエリア三百六十五方面の性質上、他隊との接触も全くない。
マクベリィ少佐の言う通りなのだ。
エリア三百六十五方面こそ、ジオンの宇宙要塞ソロモンとア・バオア・クーを一辺とする三角形のちょうど一点にあたる。その空域に突入しろということは、捨て石であり囮であり、よく言って陽動である。
「まあ、参謀本部はお前さんたちニュータイプ部隊を信頼しているのだな。こちとらはその巻き添えだ。が、な、俺は死にはせんよ。ザクごときの十機や二十機、仕とめてもみせるがな……」
これがマクベリィ少佐の強弁である。
最終目的はブライトの手元に握られている作戦ファイルに記帳はされているのだろうが、それは指定された十二時間後でなければ開けられない自動ロックがかけられている。
第百二十七独立戦隊は順光の月の輝きを背にして、第一戦速でエリア三百六十五に発進した。その間にも、GM三二四と三二五のマクガバン少尉、キリア少尉を中心とした戦闘フォーメーションの訓練とモビルスーツの調整が行われた。
さらに随伴の二艦に搭載されたボールさん℃l機をも含めた訓練が行われた。
それは各パイロットがただただモビルスーツに慣れるための慣熟飛行なのだが、やらないよりはましというものだった。
そんなチームの中ではあっても、アムロにとって心強い要素を発見しないでもなかった。二機のガンキャノンのカイとハヤトである。二人の支援というものが確実に敏速になり、通じあうようになっている。
「これで背中をガラ空きにしないですむ」
|F・B《フロント・バック》へ強攻をかけてきたモビルスーツ隊のエルメスを目撃した兵は少ない。あれを、真のニュータイプの実動と見抜いた連邦軍の将兵が何人いたか?
確かに初弾が来る前から連邦軍の無線にとりついていた将兵は、正体不明の不共振音をきいている。それが脳髄につきささるような雑音ときいた者が大部分なのだが、セイラ軍曹のようにそれが何を意味するのか見抜いたものもいたろう。
しかし、アムロほどにニュータイプ部隊と洞察して、かつ、どれほどの戦力であるのか感じとったものはいまい。まして、ララァ以上かもしれぬという比較なぞは誰にもできることではないのだ。
アムロにとって悔やまれることは、その数が具体的に掴めなかったことだった。数を掴んだところで対処し得るような相手ではない。圧倒的に強敵であって方策はない。
勢力を分散させようとしても、そんな思惑にのってくるような相手ではあるまい。となればカイやハヤトに期待したいというのは誤りだろうか? 誤りではあるまいとは思いつつも、そんな期待感がアムロ自身の生き延びたいという欲望からでているとするならば、アムロは後ろめたさを感じる。
生き延びたいというアムロの欲望が、セイラを知ったことから出発しているように思えるからなのだ。
女と寝たいために、とか、女を守るために戦うという事は戦場での倫理感を大きく逸脱するようにアムロには思えるのだった。独裁を打倒する。連邦の絶対民主主義を守るという大義名分は将兵を鼓舞するし、若いアムロの納得するところである。
「しかしだ、ララァとの事は、もっと違うことを示唆しているように思えるんだ」
そのことは、セイラ軍曹と直結する何かがあるような気がする。セックス、というだけのことではないのだ。
男と女、女と男、が存在する人の世の事そのものにかかわりあう世界がみえるようなのだ。
「G3! 着艦します!」
「どうぞ、G3! 気をつけて!」
正面モニターのさらに上にある三インチモニターのセイラ軍曹が、ことさらに呼びかけているようにアムロには感じられた。
「水平軸二分! 右修正!」
第二デッキのキャラハン軍曹の張りのある指示が耳をうった。
「了解!」
アムロは正面に迫る第一デッキの甲板に視点をすえて応答する。キャラハン軍曹が目を一杯に見開いて、ガンダムの進入をチェックしているのだろうとアムロは想像した。きっと、俺が初めてガンダムをサイド7でコントロールした時のように、と。
「冗談をよくやるよな」
マクベリィ少佐の太い眉毛の下の眼が反感を持って輝く。モビルスーツの昇降用のタラップの前に、その巨体があった。
「実戦的訓練がありませんでしたからね」
アムロはわざと論旨をすりかえて、ヘルメットをとってその脇をすりぬける。
「玩具だと思いたいのよ。それがやれ着艦だ発艦だって真面目くさって、抵抗ないの?」
「もともとモビルスーツ・コースでしたから、別に」
アムロは無視した。二十世紀初頭だかに飛行機が実戦に加わるようになった時代、大鑑巨砲主義からぬけきれなかった人々がいたという。マクベリィ少佐の戦歴は古い。宇宙戦闘機の良き時代を忘れられない人なのだろう。モビルスーツの概念が生まれて五年とは経っていない。まして、実戦の成果はジオンのザク≠ノよって初めて示されたのだ。モビルスーツに、手足のついた玩具的ロボットの印象があってそれが払拭されないのは、無理のないことだと思う。
キャラハン軍曹を通じて全モビルスーツが着艦したことが知らされる寸前に、アムロは栄養剤を一本飲み、ブリーフィング・ルームへとんだ。
ブライト大尉以下、モビルスーツ隊のパイロットが次々と集まってきた。さらに、マクベリィ少佐が部下のパイロットをひきつれてのりこんでくる。
「関係あるんですか?」
アムロはブライトに低い声で尋ねた。
「共同作戦があるかも知れん。聞かせてやれ。小隊長殿」
アムロはむっとした。そういったレベルの話をしようというのではない。まだ学校なのだ。そのレベルでも講評やらをアムロが下さねばならぬのに、それをマクベリィ麾下のかなり戦争慣れした連中の前でやらねばならぬのだ。それは、真に父兄参観である。
「邪魔はせん」
マクベリィがニヤリと笑う。ガムを噛む音が癇に触った。
サーカスやキリア、それにボールさん≠フ四名の若いパイロットは明らかに怯えていた。
「今の訓練で戦場にでたら、貴様たちは全員死ぬぞ」
アムロは手のファイルを開きながら、その若いパイロットたちに言った。
「我々はニュータイプだと自信を持つことだ。オールドのプレッシャーは無視しろ」
そう言いながら、アムロは真正面に位置するマクベリィの眼を見返してやった。
「どういうことか判らんだろう? こういうことだ。既存の状況、環境を認知するのまではいいが、その後だ。認知、認識したものは知識として留めるのはいいが、それが条件だと思って監視の眼を狭くしてはならないということだ。知覚のすべてを四方へ開放しろということだ。そのために、コクピットの計器のあらゆる情報を最大限に活用することだ。しかし、それにこだわってはいけない。無視しろ!
敵はコンソール・パネルの裏からとび出してくるわけじゃあない。モビルスーツの外装の外から来るのだ。それを忘れた瞬間に敵は忍び寄ってくる。
矛盾していると思うなよ。この論理を矛盾だと思う奴はニュータイプ……いや、パイロットの資格がない。そうですね。マクベリィ少佐?」
アムロの飛躍した質問に、マクベリィがニッと白い歯をみせた。
「それじゃ判らんよ。こう、なに……概念的すぎてな。若い者が若い者に教えるには、こうもっと具体的でなけりゃいけないな。いいかい?」
「はい」
その時、セイラ軍曹も入ってきた。非番になったのだろう。
「チャンバラでいう気≠セな。こりゃ…読めるってもんだ。それを忘れちゃならんと中尉はおっしゃっている」
「少佐のご説明の通りだ。で、我々が対戦する相手が、俗に言われているニュータイプ部隊だとしたらどうなるのか? 少佐のおっしゃった気≠ェより明確に敵から来ると思えばいい。状況の持つプレッシャー、つまり、殺気となって具体的にせまってくるから、対戦しやすいと断定していい。が、問題は、通常の敵より手が早いのだ。圧倒的に……。
となったら方法は唯一つ、反射神経を磨いて敵との間合いをとるしかないのだ。だから、本日の貴様らのアクションではすべて撃墜されると考えていい」
「俺もかい?」
「残念だが……」
「俺も?」
「ちょっと……」
アムロはカイとハヤトに応じていた。
「冷たいのね?」
「やむを得ないな。だから、どうするか、という事を考えたいわけだし、今の判定は|F・B《フロント・バック》を強襲したニュータイプらしい部隊を想定した判定だ。
昨日も話に出たエルメスというモビルアーマーの今度のパイロットは、自分がテキサスで対したパイロット以上だと見るのは、F・Bの無線がミノフスキー粒子の干渉以上に乱れたということで判る。あれは、人の頭に響いた。電波とは全く違う干渉であることは誰にも判ることだ。あれを相手にするのが我々の任務と思って間違いないだろう」
そう講義調にしゃべりながらも、なんと型になっていない話し方だろうと思う。少しイライラする。が、その時だった。自分の言葉の中からアムロは忘れていたことを思い出していた。
あの人と再び対するのか、という疑問、いや予測だった。あの人は、明らかに研ぎ澄まされたニュータイプのきらめきがあった。
エルメスはクスコ・アル?
その予感が、今になって湧き上がってくるのはなぜだろう。F・B上空での追撃戦の直後に思いついてもよかったはずなのだ。
なぜだ?
あの時、アムロは殺気というものよりも、憎悪に似た黒いものを重く感じた。エゴ……なのかも知れぬ、男性的な圧力を感じたのだ。だからなのだろう。エルメスが再び女性パイロットによって操られるとは考えもしなかった。
我々は運命を背負っているのかも知れぬ
それはララァの時に知った感応の中に現れていたはずだった。しかし、時代という時の流れは運命ではない。事実なのだ。
以後、二時間あまり父兄参観が続いたが、白兵戦がいかに行われるのか、という点に論議がおよぶにいたって、マクベリィ少佐以下のパイロットはひき退らざるを得なかった。
「時代が違いすぎる。ニュータイプ部隊とはいっても、しょせんはロボットだ。ムザとやられはせんよ」
これがマクベリィ少佐の最後の言葉だった。生き残りの戦士たちは、自分たちの方法論にしがみついて生き残ったのだ。他の流儀を受け入れるほどうかつなことはしない。慣れぬ事をやって、死んでしまってからでは後悔はできないからだ。
「自信を持って闘いに臨む者が何人いるのか?」
アムロはパイロット・スーツの前をくつろげて坐った。完璧なノーマルスーツとかパイロット・スーツといわれるものは、いつになったら出来るのだろうか。汗で濡れた下着が冷え、さらに靴下は濡れてつま先は水につかっているようにさえ思える。
「アムロの力なら大丈夫よ」
その部屋は二人だけになっていた。セイラはただ見つめるだけだった。
セイラは深く後悔していた。兄のシャア・アズナブルに出会ったら殺してくれとアムロに言ってしまったことを……。あのアムロの部屋の中のやすらぎが、サイド7以来緊張しつづけのセイラの心を解放しすぎたのかも知れなかった。不用意だったと今では思うのだが、そのことが二人の間に越えることのできない溝をつくってしまったのだ。
アムロのニュータイプの資質の部分が自分の思いを洞察してくれれば、あの言葉の意味を理解してくれようと期待したのがうかつだったのであろう。甘えなのだ。
他人の歴史を読みとり、その情念の源をのぞくことができるとしたら、それは神とでもいうべき種類のものの中にしか現れることはないだろう。
ニュータイプの勘。これは、しょせんは勘≠ナあって他者の認識域へ深くすべりこむものではないのだろう。己の精神のすみずみまでも透徹してみえるだけのことかも知れないのだ。
しかし、己の精神のすみずみとは言うものの、その心へ至ることができるのか? それさえ手に入れれば、恐らくや己を普遍化したところに他者をよむことさえ容易にできるのではないのか?
しかし、その局面は、両者がニュータイプであってこそ至り得る道であるのかも知れないのだ。
セイラとアムロにあっては根本的に異なる。
「私はコンプレックスの中で育ったわ。それと人を疑うということで……」
そう言うセイラに対して、アムロはまだ若すぎる。ニュータイプとして開く精神域の力を得るために、すべてのものを受け入れて学習しているのがアムロではないのか?
だから、セイラはアムロを見つめるしかなかった。誤り、前言を撤回することさえ出来なかった。そんなことをすれば、またアムロは、セイラという女性の何たるかに心を奪われてしまうだろう。
「今すぐにでも戦いが行われるかも知れない時に、それはできない」
我慢は慣れているはずだ……。が、
「感じませんか、セイラさんは?」
アムロが疲れた顔をあげて訊いた。
「何を?」
「先刻、ここで話した事、思いつきでもなんでもないんです。シャアは来ます。クスコ・アルも……。その、なんていうのか、彼らの重さを感じるんです」
「重さ?」
「壁といってもいいんです。ペガサスの進む方向に間違いなく拡がっている……」
そういうことか、とセイラはようやく合点した。
広漠たる殺気とでもいうべき重さとは、いまアムロの言ったことなのか?
「ただの戦場の中で緊張感かと思っていたけれど……」
「いえ。それ以上に明瞭です。この作戦はとめなければいけないと思うんです。けれど、とめたからといって戦争は続きます。他の空域ではもっと多くの人が死ぬでしょう。僕には、戦争はとめられません。となれば、ともに最強の兵……いえ、戦士が集まって、戦争の元凶を叩きたいと思うんです」
「戦争の元凶を叩く?……そんな夢みたいなこと……」
「ええ、出来はしないでしょう。けれど、セイラさん。あなたのお兄様のキャルバル・ダイクンは本当に戦争を望んでいるのですか? 違うでしょう?」
「ち、違うわ。それは断言できる……違います」
「あの方には、野望があるのでしょう? 僕よりも大人です。きっとそうだと思うのです」
「え?……ええ……」
「ですから、殺してはならないんです。そして、もし、キャルバル・ダイクンの考えが独善的な考えでないのならば、協力すべきです」
「協力する?……兄に……?」
「仮定ですよ。仮定ですが、僕の考えるような方ならば、ニュータイプは協力すべきです」
「で、でも、アムロ、その戦争の元凶って、一口でいうほど簡単なものではなくてよ。ザビ家だけが元凶ではないし、連邦の政治だけが元凶でもない。すべての……」
「ええ。ですからです。この戦争を早急に終わらせる手段を見つけて、その後です。真の元凶を断つのは……」
セイラはアムロのいう通りの兄であろうと思う。そのためには、兄、キャルバルは私一人にむきあってはいられまい、と思う。けれど、
「……でも、私にはキャルバル兄さんであって欲しかった」
「セイラさん。僕はキャルバルという人は知らないのです。赤い彗星であるかぎり闘わなければならない。そして、僕が言ったような考えを持っているお兄さんではないかも知れない。でも、男って、お兄さんのようになりたいと思うのではないでしょうか?」
「アムロは独りっ子だから……」
「だから……僕は兄妹が欲しかったと思ってます。ずっと……」
そのアムロの言葉には、セイラに対しての怒りがあった。
セイラは息をのむ。そうなのだ。アムロのように兄妹を知らぬ人の欲望というものをセイラは全く忘れていた。
「けど、ないのなら、楽のはずよ。兄妹の味を知って忘れろ、というのより……」
セイラは我ながら女々しいと思いながらも、抗弁した。アムロは何も言わずに立ち上がった。
ダン! ドアが閉じられた。
寒々とした部屋。一方の壁面のモニターに各発進デッキの光景が映し出されていたが、今はそれらも一刻の静寂の中にあった。
「私には……何ができるのか?」
ニュータイプに過大の幻想を抱くのは危険だとは思いながらも、セイラはアムロやシャアを追いかけたい衝動に駆られていた。
PART 15
アタック
「アムロ・レイ?」
クスコ・アル中尉は全く予期しない所でその名前を聞き、声にしてしまった。
「エルメスを沈めたパイロットだそうだ」
シャリア・ブルが、なんだ?≠ニいう反問の眼をクスコ・アルに向けて続けた。
「会っています。サイド6で……。まだ少年です。それほどのパイロットとは……」
シャリア・ブルの無言の問いに答えつつ、クスコ・アルは自分の恥部を見られたような気恥ずかしさを感じていた。アムロの名前を聞いて反射的に思い出していたのは、フラナガン研究所の正面玄関で待っていた少年の姿であった。
エレカに坐っている姿が落ち着かず、いかにも下心があるようにみえた少年。そんなアムロ・レイに微苦笑を禁じ得なかった。ならば、いいか、という軽い納得がクスコ・アルにあった。
脱出カプセルだと称するものでカセッタVに流れついたアムロ・レイの救出劇から、そのカプセル(コア・ファイター)の爆破作業まで手伝ったクスコ・アルである。アムロの素性そのものの見当がついていなかったわけではない。
しかし、なじめる少年という共感がクスコ・アルにはあった。これは好みなのだ。サイド6に入港する前後でコア・ファイターの爆破作業に手を貸したなどということは、彼女の好みであり、次にニュータイプらしききらめく感性を持つアムロ・レイが、どれほどの少年かみきわめてもみたいと思ったからにすぎない。
確かにコア・ファイターが最終的にフラナガン機関で調査できなかったことはミスである。
が、サイコミュに相当するシステムが存在しないと判れば、新型もビルスーツの脱出カプセルはそれほど重要ではなかったし、まず何よりも、アムロ・レイという少年はクスコ・アルの好みなのであった。
「しかし、ニュータイプとしての能力をみることはありませんでしたが」
「いや、君のエルメスを狙撃したのは、アムロ・レイのガンダムと断定して間違いないな」
シャアはパイロット・スーツの首まわりを気にして言う。
すでに出撃の準備は整っていた。あとは一時間か二時間の待機後、何らかの敵と接触するだろう。そして、その時の敵が、ガンダムを中心とする部隊であることはほぼ間違いのない事実であった。
「ガンダム……アムロ……。困るな……」
さすがにクスコ・アルは独りごちた。クスコ・アルは偏見にかたまった女である。
連邦軍の将兵に好みの男性がいるなどと全く想像していなかったのが、クスコ・アルという女なのだ。赤毛の少年。それだけでクスコ・アルの嘲笑の種になる。しかし、カセッタVで眠りから醒めてきたアムロ・レイという少年の、本能的に張りめぐらす警戒心と、さらにそれをのりこえてカセッタVとか、そこにいあわせる人に対しての用心深い興味の示し方をみてゆくうちに、ひどくデリケートな少年の姿をみたのだった。これが、クスコ・アルにとって好みが始まる発端となってしまった。
しかも、デリケートでありながら、自分のやるべきことを全部やってしまおうというこざかしさに、少年の勇猛さというものまでみた時に、好みが頂点に達する。
この少年、アムロは少なくとも自分の両親を業火に焼いた連邦軍の兵ではないのだ。だから許そう。その単純な論理は、クスコ・アルという女性を物語るだろう。
「アムロにサイコミュを通じて、私という存在を知らせることができるのだろうか?」
これがクスコ・アルの至った結論であった。しかし、彼女のその淡い感傷は戦場という巨大な事実の累積の中では押しつぶされてゆくだろう。
第百二十七独立戦隊はエリア三百六十五の弧空にあった。ここはア・バオア・クーとソロモン双方の監視下にある。
しかし、月から発進した地球連邦軍は、大きく散開して、次の作戦ターゲットをア・バオア・クーに置くかソロモンにおくのか予測させない展開をみせていた。そのうちの第百二十七戦隊がやや突出しているようにみえるが、
「しょせんは陽動だ。無視しろ。レビルは先にソロモンを跳びこしてグラナダを陥した。今度は、ソロモンだ。のこのこ出ていって、兵力を分散されるわけにはゆかん」
ソロモンのドズルは動じなかった。
レビル将軍は、第百二十七戦隊の突出をア・バオア・クーのキシリアが過大評価してくれる事に期待をかけていたのだ。これによってうるさいキシリアのニュータイプ部隊をひきずり出すことができる。
「テキサスでの小さな闘いが、キシリアに我軍のニュータイプ部隊の存在を認識させていると私は信ずるな」
レビルはこの時になって、傍らの幕僚に胸中を明かした。
「ペガサス・Jがニュータイプであるか否かは問題ではない。キシリアが百二十七戦隊をニュータイプ部隊と信じればそれで良いのだ」
「信じましょうか?」
「百二十七戦隊の緒戦の戦果次第だが、いけるな」
レビルは旗艦ドラッグ=A空母トラファルガ≠中心とする主力艦隊を指揮していた。
さらにその艦隊を中心にして直径一万キロ径内に散開する艦艇は三百二十隻あまり。すでに月を背にしてア・バオア・クーを直撃するかと思われるが、これが必ずしもア・バオア・クーに集中するか否かはこの時点では敵味方ともの判らない。
平面に散開するのとは異なるわけだし、直径一万キロという空域は地球の直径に近いのだ。その三次元にたかが三百二十隻の艦艇が散開したとしても、それはゴミ以下といえる。しかし、この極小の戦力が、あるポイントに集中して、血みどろになって覇権争いをする人類とは悲しい。
「敵影キャッチ!」
マーカー・クラン少尉が叫んだ。ペガサス・Jのブリッジの天井のパネルに一つの赤点が灯った。
「トマホーク隊、発進!」
マクベリィ少佐麾下の十二機の宇宙戦闘機の係留索が解かれて、ペガサス・Jの上甲板から浮遊する。戦闘機といっても昔でいう重爆撃以上の火力を有する。四方にバーニアを装備した翼状のものを展開したそれは、槍のようである。
敵はソロモン所属のムサイ宇宙巡洋艦三隻。ザクを六機は搭載していよう。ペガサス・Jを基点に十二条のロケット光が伸びてゆく。
続いてモビルスーツ五機が散開する。
「第二戦闘ライン突破! 主砲開け! ミサイル上下左右角コンマ三度! 九つ! 二連射!」
ペガサス・Jの前脚にある十二門のミサイル発射口から、九発ずつミサイルが二連射された。
きらめく奇跡が星々の間へ走る。
「回避運動、Bフォーメーション」
「Bフォーメーション!」
ミライ中尉が応答しつつ、オートマチック・セットをする。が、これは便宜的なものである。以後、ミサイルなりモビルスーツなりの回避運動が操舵輪によって行われる時、自動的に解除、セットを繰り返すのだ。
後続のキプロス、グレーデンもペガサス・Jを軸にして交叉するように回避運動に入りつつ、接近するミサイルに対応するのだ。
「十二時二分! 来るぞ」
三条のミサイルのロケット光が迫る。その目視がされた瞬間に閃光が一つふくれあがった。モビルスーツが狙撃したのだろう。
「アムロだわ」
セイラ軍曹はそう思う。
「防御シャッター下ろせ!」
ブライトが叫ぶ。正面左右のブリッジの窓にすべてシャッターが下りるが、同時にそのフロント・ガラス面はテレビ・モニターに変わるので、視界が妨げられることはなかった。
「第二波!」マーカーの声が上ずった。
十数条のミサイルが襲いかかってくるようだった。
「機銃開け! 各個の判断に任せる。全部ミサイル、上下角コンマ六度! 十二発三連射!」
無駄に思えようが、ここは三次元の空域である。ペガサス・Jのミサイルが輝きの束だけをのこして見えない敵に向かってつきすすむ。ミサイル同士の接触があったようだ。数個の光芒が意外と間近で開いた。
「主砲! ターゲット・キャッチ!」
超望遠のモニターが三隻の艦艇を星々の間にとらえる。それは主砲の照準も同じようにとらえたはずだ。
二門のメガ粒子砲がロケット光よりかたい光の束を発射する。このビームは永遠に宇宙の闇を切り刻むのではないかと思えるほどに、いつまでも目視できる。
チッ、チッと輝くものの、隕石とかの石っころのたぐいに干渉されているのかも知れない。直撃の手応えはない。
敵の宇宙巡洋艦ムサイの足はフットワークが良いという噂通りである。容易にこちらの直撃を受けはしない。これらの主砲が開いて二十秒近くたって、敵のビーム砲が届きはじめる。
望遠レンズの性能の差ともいえた。
「ニッコル光器にすまないぞ! 当てろ!」
ブライトはモニターに怒鳴った。その瞬間であった。左翼のムサイに直撃があったらしい。パッとビーム直撃による独特の閃光が走った。しかし致命傷であるまい。
「左翼のみ二連射! 五秒後にマクベリィ隊がとりつく!」
以後、ミサイルも主砲も支援する事ができない。同時に、ザクもペガサス・Jに接触するはずである。その前に、こちらのモビルスーツ隊がそれを叩く必要があった。
チーン! 左翼に光芒が遠望される。
「ムサイ・タイプ撃沈! ザクらしい。十一時下弦三度。ザクだ!」
「アムロ! キャッチしてくれよ」
ブライトは祈った。ともにモビルスーツ隊が艦隊の下方からすべりこむのはセオリーなのだ。間違いなくアムロらはザクと接触はしよう。しかし、一秒後に何が起こるか判らないのも戦争なのだ。
マクベリィ隊がムサイに襲いかかったようだった。ペガサス・J以下の三隻はそのムサイ二隻に接触つづける。
「十二機ではな……」
マクベリィがいかに戦争巧者であっても、やや荷が重すぎよう。
アムロ隊のモビルスーツは、惑うことなく六機のザクと接触をした。
「ビビるな! 腕はこちらが上だと信じるんだ!」
アムロの最後の無線がミノフスキー粒子の干渉の中に聞こえた。サーカス少尉にしろキリア少尉にしても初めての戦場ではない。が、GMは宇宙戦闘機より重い全天モニターというのはなんだかんだといっても、キャノピー越しに目視するのより心もとないものなのだ。
ザクがくる! 不幸にしてサーカス少尉の前面に踊り出たザクに中隊長機のツノがあった。サーカスのGMのビーム・ライフルが閃光をのばした! そのザクはしなやかにそれを回避してサーカスに迫る。
「うわーッ!」
その瞬間、中隊長機のザクに閃光が貫通する。
ザクのふくれあがる機体が発する光芒を受けて、サーカスの右手にガンダムがすべりこんできた。
「慣性で飛ぶな! サーカス少尉!」
アムロの凛とした声が耳をうつ。
「はい! 中尉」
宇宙戦闘機以上に小回りがきくのだ。自信を持て! サーカスは自らに言いきかせて、想定戦闘ライン上をジグザグにとんだ。
「十時。上弦十五度!」
再びアムロ中尉の声に、サーカス少尉は振りあおいだ。ザクの単眼をみた!
ガンガン! GMの装甲に数発の直撃が響く! これまでならっ! サーカス少尉は一人喚くや、照準をとりビーム・ライフルを連射した。
バウウウーン!
そのザクの背中から粒子光を放出して両の手をあげた。天をつかむようにその指が動くのをみたように思えた。ビームの長い直撃が、ザクの四肢を散らして光芒を拡げてゆく。
「エネルギーを消耗させる気かっ!」
アムロの叱咤がとんだ。
カイ中尉とハヤト中尉が一機ずつ、アムロがさらに一機。残った一機のザクがムサイへ帰投するのを、五機のアムロ隊が追う。
「キリア少尉! 前へ出ろ!」
アムロは命じた。帰投中のザクの背中を狙わせる。にもかかわらずキリアは二射し損じた。
アムロ隊がマクベリィ隊に合流した時、最後のムサイが半壊しつつもなお抵抗を続けていた。マクベリィ隊も四機を失っていた。五機のモビルスーツは、そのムサイの鼻づらから数発のビームを叩きこんでとどめを刺した。
接触から十三分あまりである。
彼我の戦力比はペガサス・J隊がやや上といえたが、その戦い方が圧倒的であった。ザク隊がペガサス・Jの本隊に一指も触れられなかったという事は、この隊の力が恐るべきものであることを語っていた。
「来ますね。ドズルが来るかキシリアが来るかではありません。例の連中が来ます」
アムロは断定した。マクベリィ少佐はそんなアムロたちモビルスーツ隊に厭味を言った。
「もっと早ければ四機もやられなくってすんだのだぞ!」
しかしそれが本音でないことは判る。むしろ、あまりにも手の早いアムロたちモビルスーツの白兵戦に舌を巻いていたのだ。モビルスーツ戦は追いつ追われつを繰り返すらしいということは聞いていたし、大体、六機のザクが一隻の艦艇も沈められずに全滅をしたというのは、今次大戦で一度もなかったといってよかった。
大局的にみれば圧勝なのだが、人情として自分の部下だけがおとされたというのでは、生理的に我慢できないのもやむを得まい。
「中尉の後衛にまわるか?」
その後でマクベリィは言ったが、宇宙戦闘機隊の先鋒隊の面子を捨てるような彼ではない。
「次の闘いではそうなっても構いません。少佐さえよろしければ」
「おいおい、冗談はやめてくれ。俺はトマホークの人間だ。そういうのは悪い冗談だ」
生真面目に答えるアムロに、マクベリィは前言をひるがえす。
「しかし、F・Bを強襲した部隊がでてきます。死に急ぐ必要はありません。ベースのペガサス・Jを確保するのが基本ではないでしょうか?」
「なぜそう言える。赤い彗星といっても化け物ではなかろう。艦は沈められてもトマホーク隊は撃とせんよ」
「いえ、赤い彗星以上の敵です」
「とんがり帽子が来るって言いたいんだろうが、海のものとも山のものとも判らんようなモビルアーマーが何だというのだ? しょせん、プロト・タイプでご出勤なのだろう?」
「まあ、そうです。けれど、部下の命をお考えなら後衛にまわっていただきたい」
アムロは毅然と言った。
第百二十七独立戦隊は直進をした。
この戦いが契機となって、レビルの旗艦ドラッグから青色信号弾が放出された。それは|F・B《フロント・バック》から遠望され、さらにF・Bから各艦艇が視認できるようにレーザー発振が行われた。
第三戦速で直進!
作戦ファイルの開封である。
目標、ア・バオア・クー。
これによって第百二十七独立戦隊の役割は明白になってきた。ソロモンの増援を断つためにあらゆる手段を講じなければならないわけである。
しかし、以後の十時間あまりの間に、十数の戦隊がソロモンとア・バオア・クーの壁として終結する間に、ソロモンとて黙ってはいない。ア・バオア・クーを前面として後方からの攪乱戦を巧妙に仕掛けてくることは充分に考えられる。
しかし、黄道面に対して一番上にある第百二十七戦隊は、楯として頂点に位置する。狙われやすい。
「囮、捨て駒、なんとでもみられる位置にある。とすれば、ア・バオア・クーの主力部隊はレビルの本隊につきかかろう。こちらは、ソロモンを受けて立つのか?」
「じゃあ、赤い彗星は来ないな」
カイ中尉が嬉しそうに言う。
「そうでしょうか?」と、アムロ。
「緒戦を飾った我々は、ソロモン、ア・バオア・クーの両方からターゲットにされたとみるべきね。来るわ。大戦力を向けるほどの相手でないからこそ、赤い彗星の強襲部隊がくるわ」
ミライ中尉が考え深げに言った。セイラはそんなブリッジの会話にヘッドフォンを外して耳を傾けざるを得なかった。
シャアが来るのか?
ミライの言う事をセイラは運命的に受けとめていた。おそらく……あり得るだろう。
ドズル中将は旗艦ガンドウで地球連邦軍の動きが早くなったことをキャッチすると同時に、この動きが絞られてゆく気色を素早く読みとった。
「ソロモンは敵でないというのか?」
ドズルはレビルに侮辱させられたと思うと同時に、緒戦の小ぜりあいで三隻のムサイが一瞬にして撃破させられたという情報に色をなした。
「十分!? たったの十分だと!?」
「はっ! 会戦の閃光を目撃して、五百六十フィールドのパトロール艇が戦場へ向かいましたが、全滅であります」
「ザクをつけていたのだろうが」
「六機であります!」
「それで充分のはずだ! なぜ沈んだのかっ!?」
ブリッジに立つドズルの顔は赤く染まり、伝達の下士官を殴りとばさんばかりだった。
「ホワイト・ベース・タイプの戦艦が主力であります。ニュータイプ部隊の可能性があると伝えられております」
「誰の判断だ」
「パトロール艇、第六百……」
「艇長の推測は不要だ。そんなことで、作戦を考えるわけにはいかん」
ドズルはシートに腰を下ろすと、コーヒーをよこせ、と傍らの当番兵に言う。
「戦いはニュータイプなぞというあやふやなものとやるのではない。ア・バオア・クーに対してどのような進攻ルートをとるか、全艦隊の監視を強めろ。ソロモンには最小限度の戦力を残して、全艦艇を発進させる」
命令を喚くやドズルはコーヒーチューブに手を伸ばし、
「レビルめ、必ず、相対してくれる!」
キシリアは連邦軍の動きの変化にほくそ笑んだ。ア・バオア・クーは、ギレンの管轄下にあり、彼女は仮住まいである。基本的なア・バオア・クーの統治者ではない。
「ギレン自らが飛んできて、守りに立てば良い」
しかし、間に合うかどうか? システムは完成までもう数日はかかろう。
問題は、ア・バオア・クーのキシリア隊が陽動として討って出るか、否かである。
いかに少ない手勢で有効打を放つか?
「進攻しつつある地球連邦軍を各個に撃破している時間はありません。待つべきです」
シャアは言った。これは参謀本部の作戦とは異なる。
「論拠は?」
「地球連邦軍とて万全の戦力で戦いにのぞむわけではないからです。ひきつけて、ア・バオア・クーの前面で叩く。その先鋒をキシリア閣下が務めるのが上策と考えます。
各個撃破はいたずらに連邦の勢力を分散させて時を稼がせる結果となります。そうなれば、システムは完成して、総帥は……」
「システムは使わせない。それは使わせずにギレンに我方の立場を知らしめたい」
「欲が深いと考えるべきです。今は、戦争です。閣下」
シャアは、やや怒りを含んで言った。
「ドズル将軍の働きに期待をかけて、我方は受けてたちましょう」
シャアはそう言い残して、キシリアの執務室をあとにした。
政治的に生き残りたければ、ア・バオア・クーを捨てて逃げればいいのだ
シャアはそうも言いたかったが、やめた。キシリアは木馬のニュータイプ部隊を叩くことにこだわるだろうとシャアは予測した。
マルガレーテ・リング・ブレアが不安そうに立って彼を待っていた。
「ご出発ですか?」
「恐らくな。これが最後だと思う。体を大切にな……」
「ありがとうございます」
他にも数名の秘書官のいる部屋である。シャアはブレアの肘を軽く押して、ついて来いとサインを送った。彼女は素早くシャアの前に立つとドアを開けてくれた。
「ともかく、生き延びる事だ。うかつに行動をするな。おくびょうになっている方が、ブレアにとっては良いと思える。体を大切にな」
「中佐」
シャアはブレアの唇に唇を重ねた。
「私は、帰ってくる」
宇宙起動戦艦マダガスカル≠ヘその卵形の機体を薄暗いデッキに横たえていた。シャア中佐麾下のモビルスーツの搭載は終わり、すでに発進を待つばかりであった。
「どうなのです? 我々のデートコースは?」
シャリア・ブル大尉がシャアを振りむいた。
「六百六十フィールドに木馬がいるらしい。もう一隻がどこに出ているかは知らんが、我々は六百フィールド方面に出る」
「なぜでしょう?」
クスコ・アル中尉だ。
「ガンダムがムサイを沈めたらしい」
「ホウ。彼ですか? アムロ・レイとか?」
シャリア・ブル大尉が笑った。クスコ・アル中尉は結局、現実のものになってしまうのかという動揺を隠せなかった。
「なぜだ? なにをこだわるんだ?」
「よくは知りませんが、良い少年でしたからね。殺すのに忍びない」
「それは傲慢だな。シャア中佐の話では、優秀なパイロットだときいている。こちらがやられる公算の方が強いと考えて対処すべきだ」
シャリア・ブルはクスコ・アルの、ひどく女の感性にのった言葉を否定した。
「!」
クスコ・アルは口惜しかったが、そうかも知れぬと思う。彼女は男、女という、人の見方を極度に避けて育った。人は才能だと思う。だから、その才能が蹂躙される戦争というものを嫌悪した。
「クスコ中尉らしくない。もっとニュータイプの能力をみることだ。狙撃されたのは中尉自身ではないのか? アムロに……」
シャリア・ブルはそう言うと、シャアの後を追ってブリッジへ上っていった。クランブル中尉がなぐさめ顔でクスコ・アルに近づいてきたのを機会に、彼女はエルメスのコクピットに登った。そんな彼女の素振りも気にならぬかのように、クランブル中尉が声をかけた。
「偉ぶってるんだから、気にしないで、中尉。ニュータイプらしいって自分の才能ひけらかしているんだから。大尉は」
「ありがとう。クランブル。気にはしていないわ」
クスコ・アルはクランブルをいやな奴だと思う。プレイボーイだという才能を才能として自認する輩がいる事は判らぬのだ。あれは牡の臭い以外のなにものでもない。
では自分はどうなのか、とクスコ・アルは反問してみる。女としての美しさは、これは才能で磨く以外にはないと思っている。それは自分には多少なりともそなわっていると自負もしている。そして、アムロ・レイ。あの少年のナイーブさは、少年のままであった。その女性の感性をくすぐられる部分に、彼女は自分自身甘えたのかも知れないと思う。しかし、それがどうしていけないのか?
彼のあの感性は、ひょっとしたら自分のような女を受け入れてくれる幅の広さがあったのかも知れない。その想像は楽しかった。
だが、戦場の彼、アムロ・レイは異なろう。あのナイーブさ故に変わり身のすさまじさも生まれよう。とすれば、クスコ・アルの中でも、自分を狙撃したのはアムロ・レイであると断定できるのだった。
「可愛いことは可愛かったけれど、倒さねばならない」
クスコ・アルの鋭敏な才能の判定であった。
マダガスカルはガトル戦闘爆撃機二戦闘大戦の支援を受けて、ア・バオア・クーを発進した。
しかし、その頃、第百二十七独立戦隊は第二の敵と接触しつつあった。以後、ジオンの壁は厚くなる一方なのだ。
「六時間たったばかりじゃないか?」
アムロは舌打ちをした。右翼下弦二十五度の距離に六隻か七隻の艦影をキャッチしたのだ。
「殺し合いはここまでだろ。この作戦が終われば全部終わるよ」
マクベリィ少佐がニタリと笑って「今回も先鋒を司るぜや。中尉」ととび出していった。
「なんです? 少佐も哲学者ですか?」
アムロがブライトをふりあおいで言う。
「五十億死ねば人口増加に多少の歯どめがかけられたんだ。ともかくも、人類史上の危機は回避されたのだというのさ、少佐は」
「人減らしを、地球連邦とジオンのなれあい戦争でやったとでもいうんですか」
「一つの論法だがな」
ブライトはあまりに怒りの表情をあらわしたアムロに、苦笑しながら答えた。
「冗談じゃあありませんよ。そんなのが戦争なら……」
「やめるか?」
アムロは次の言葉が出ないまま、ブライトを睨みつけた。
「その間に、今から来る敵に殺されるわね」
ミライ中尉の言葉がひどく冷たいものにきこえた。
「ミライ中尉! でもね、冗談でもあんな論理があるなんて、戦争で死んでいった人たちに対して冒涜《ぼうとく》|[#表記は「さんずい偏+賣」]です。これはゲームですか!? ごっこじゃあないでしょう? エレクトロゲームで得点あげて、千点を超えるのを競争するゲームじゃあないんですよ! 一人が一点ですか、二点ですか!? ララァが可哀想ですよ!」
「アムロ中尉」
セイラ軍曹が立ち上がっていた。ブライトがなだめてやれと目で言ってきたのだ。
「何か飲むといいわ。中尉」
「でも……」
セイラはアムロの腕を掴むと引っぱった。よろめいて流れそうになる体を手すりに掴まってバランスをとると、アムロはその腕に力をこめて反動をつけた。セイラもそれにならって、二つの体が一方の出入り口に流れつく。
「そんな馬鹿なことで、人が殺し合うと思えて? コロニーの建設によって人間は何百億人分もの生活圏を確保したのよ。すでにコロニーは安定期に入っているのよ。歴史は逆戻りはしないわ」
「でも、セイラさん。あの話はそれなりに論理的です。人間が大地を捨てられないという発想は、あの考えを生みます」
「だから、ニュータイプでしょ? 旧い概念にとらわれて怒るのはおかしいわ」
デッキへ向かうというアムロに、セイラは従った。エレベーターは二人だけだった。セイラはいきなりアムロの唇を吸うと、
「戦争は終わらせなければ、ニュータイプは起てないわ。ともかく終わらせるために闘う。死んではオールドタイプに勝てない」
「オールドタイプに勝つ?」
「大地派。地球派。なんでもいい。少なくとも自分たちのやっていることが、人類にとってなれ合いの戦争だなんて気づいていない人々に勝つために、ニュータイプは闘わなければならないのよ。戦争のない世界でもね。いえ、むしろ、その方がこの大戦よりも大変なことでしょうけれどね」
「お、お父様の……主義ですか?」
「教えられたことはないし、教えてもらえるような年齢ではなかったわ。けれどね、変わるのよ。時代は」
「変えなければならない、のですね」
「ええ。ララァのことは知らないけれど、そういうことじゃなかったの? 人の共感、コミュニケーションということも判るけれど、それ以上に、ニュータイプは人なのよ。いい、アムロ?」
「判りますよ。ニュータイプはエスパーじゃない。僕は普通の人間です。ただ、違うとすれば、宇宙の星々の輝きを大地の人の空気と同じように感じているだけです。この広大な宇宙の中で人と人が判り合うためには、深い洞察力と忍耐が必要だと考えるだけです」
「いつの世の中でもそうだったんだけれど、宇宙生活者にはそれが具体的に要求されるのね」
「ええ、それがオールドタイプには判っていないんです」
「判らせなさい。アムロ・レイ中尉」
「セイラ・マス……いえ、金髪さん。ありがとう。今日は、とりあえず、金髪さんを守るためにペガサスを出撃します。……いいですね?」
「フフ……。女冥利に尽きるわね。くすぐったいけれど……いいわ。とりあえず、私のためで。その後でゆっくり考えましょう」
「ええ。……金髪さん。もう一度、キスさせて下さい」
言うアムロは金髪さんの唇に軽く唇を触れた。
チベ・タイプの重巡洋艦二隻。サラミス・タイプの巡洋艦四隻。ザクは三機。それに一戦隊のジッコ突撃艇(宇宙魚雷艇とでもいうべき小型艇)これらすべてを撃破するのに十五分とかからなかった。
優勢とみた敵をひきよせて戦闘空域を狭くしたところで、マクベリィとアムロの隊が包囲して殲滅をした。
神技に近い。
マクベリィ隊の二機のトマホークが大破したものの、ハヤトとキリアのモビルスーツがパイロットを救出したことが、マクベリィの感動をかった。
「手があるってことがこういう時に役立つとは知らなかったというものだ!」
マクベリィ少佐は呵々と笑い、
「アムロ中尉。お若いのに部下の教育が良い事に敬意を表する! 以後、昵懇《じっこん》に頼む」
ブリッジに上がった時、アムロはセイラ軍曹にウインクを投げて二人だけのVサインを上げたりもした。
が、これが敵を呼ぶ。
「ニュータイプだな。戦果を拡大しつつ進攻を早めている」
シャアはマダガスカルの戦速をあげる事を要求した。ミノフスキー粒子が極度に濃密になり、無線なぞ使える状態ではない。が、それなりに艦隊の動静が判るというのも、レーザー通信のかすかな通信が開いているからで、これはターゲットが前もって判っていない限りは使えないうらみがあった。
「まともに当たれない。あの戦隊の足をとめないと、全戦線に響く」
「確かですな」
艦長が呻いた。
「二つの闘いが一つの船隊の仕業なら……」
「疑う余地があるか? 無理に楽観的事態を期待しない方がいい。最悪の状況を想定して、のりきれたら酒でも飲もう。進路上に暗礁空域はあるかな?」
「コレヒドールという暗礁空域があります」
「長い奴か?」
「はい」
「よし。そこだ。待ち伏せる」
シャアはブリッジを降りた。
「本気になれる」
シャアは率直にこの局面に至って緊張をして、浮きたつ自分を知っている。本来なら、戦争を楽に切りぬけたいと思うのだが、そうもいかない。
「奴がいたから、ニュータイプを信じることになったのだ。時代は変わる。ニュータイプは人の変種ではない。まして、戦争の道具でもない!
だから、私は個人の出世欲を捨てたと白状しよう。フフ……。私がシャバで出世できるかどうかは知らんが、ま、出世欲を捨て、ニュータイプの時代を予見するのだ。だから、諸君らは死んではならん。いいか、連邦のニュータイプは部隊として編成された戦争の道具だ。これは殲滅する。が、後は無駄な人殺しはやめろ。兵器だけ破壊すれば足りる。戦局を終結させるという理念を忘れてはならんのだ。人は死にすぎているのだから……! 諸君らの勇猛で冷静な闘いに期待する」
クスコ・アルも、シャアの最後の言葉には共感した。しかし、己に力が与えられているのならば、それは最大限に利用しなければ気がすまないのも彼女なのだ。
パイロットたちは各々のモビルスーツに向かった。
「もし、アムロ君、君に出会ったら一気に殺してあげる」
クスコ・アルは口の中でいうと、ヘルメットをつけた。
「君が、私に気づいて闘うのをやめられるとは思えないものね。……悲しいね」
クスコ・アルは一人笑ってエルメスのコクピットに坐った。実戦への不安をそういった思いで騙しつつ、クスコ・アルの心は確固とした怒りにたかまってゆくのだった。
戦争がなければ、こんな思いをしなくてすんだのだ!
それは逆に、戦争がなければアムロに会えなかったことでもあるのだが、今の彼女に気づくことではなかった。
コレヒドール暗礁空域に入ったマダガスカルは、支援のガトル先頭爆撃機を石っころの陰にひそめさせ、続いてエルメスを先頭に七機の新型モビルスーツのリック・ドムを散開させていった。
シャアの赤いリック・ドムはエルメスの先頭に立つと、さらに暗礁空域を脱してゆく。その後衛にシャリア・ブル大尉。まず、エルメスのリモート・コントロールによるビット≠ェ木馬を含む本隊を殲滅させてくれれば仕事の半分がすむのだ。
「クスコ中尉、きこえるか?」
「きこえます。中佐」
「敵が視認できる前に砲撃とミサイルがくる。それを回避するのに自分の勘をたよるなよ。まずは私について回避しろ。体を慣らすのだ。
敵艦をキャッチしたら、後はまかせる。モビルスーツは私と他のドムに任せろ。気にするな」
「了解です。中佐」
PART 16
エルメス
月軌道上、月とは対極する位置に浮かぶ小惑星の残骸をベースとした地球連邦軍の宇宙基地がある。ルナツー。そこには戦災を受けた民間人が数千人といわず収容されている。その大半が動員を受けて、各補給部隊やら軍事工場に動員されていた。
フラウ・ボウ。サイド7でアムロのお隣さんだった少女だ。ハイティーンでありながら三人の子持ち。
カツ・ハウイン、レツ・コ・ファン、キッカ・キタモトという九歳を頭とした三人の戦災孤児を一手にひきうけて面倒をみているのだ。施設に絶対に入らぬと抵抗を続ける三人に、フラウ・ボウや周囲の関係者も根負けしたのだった。彼女は将来、整備士の免許でもとって生計をたてようと思っている。ファッション・デザイナーがすぐの職業にはならぬだろうと彼女なりに判断してのことなのだ。三人の子持ちのフラウ・ボウの将来を知った関係者は、彼女を軍の車輛整備工場の方にまわしてくれた。
そんなルナツーの生活は、フラウ・ボウにとって苦痛ではなかった。若い体は多少のオーバーワークにも耐えてくれたし、三人の子供たちは、そんなフラウ・ボウを第二の母と信じてなついてくれた。
「フラウ・ボウ! お昼持ってきたよ!」
キッカの弾けるような声に、整備工場の老人たちも仕事の手を休めた。
「やれやれ。待っていたよ。キッカちゃん」
フラウ・ボウと同じ所属の十数人の初老の人々が車輛の陰から這い出してくると、軍の監督者までがヘルメットを脱いで、
「キッカ! 貴様は三分早いんだよ」
「ベーッ! フラウ・ボウが働いているんだからいいの!」
それで一同の昼食となる。
「カツとレツは?」
「来るよ。インベーダー・ゲームをやってる」
「呼んでらっしゃい。お昼を食べさせないって!」
「了解!」
パッとひるがえるキッカをみて、フラウは思うのだ。あ、髪が長く伸びすぎている。切ってやらなければ、と。キッカの金髪こそ、羨ましいほどに輝く金髪なのだった。フラウはその弾むキッカの後ろ姿を見送りながら、ふっとコンパクトをとり出す。軍用のそまつなものなのだが、今のフラウ・ボウにとっては唯一の宝だった。
やっぱり
頬に油がついていた。それをハンカチで拭いながら、今度の給料で口紅を買っておこうと思う。笑われても、馬鹿にされてもいい。民間人が酒保から口紅を買うということは女性兵士《ウエーブ》の蔑視《べっし》を買うのは当たり前なのだ。まして、ハイティーンである。でも、とフラウ・ボウは決心する。アムロのためなら……!
そう思った瞬間だった。アムロのためならという具体的なボキャブラリーが発生した瞬間、フラウ・ボウは涙を流していた。
コンパクトの鏡の中の私が泣いている!
フラウ・ボウにはよく判ると思いながら、鏡の中の丸い自分の顔を見つめた。涙が、流れるようにこぼれているのだった。
アムロ!! どんなことがあってもいい! 手足がなくなっていてもいい。他に女の人ができていてもいい。生き残って!
フラウ・ボウはそう思っていたのだ。叫んでいたのだ。生きていれば、将来も泣けるだろう。怒れるだろう。けど、死んでしまったら、お終いなのだ。思い出でしかない。だとしたら、このルナツーで別れ際にモニターで交わした会話が最後ではないか!!
だとしたら、それはあまりにもひどいことだと思う。
口紅は買おう。アムロをつなげるために!
フラウ・ボウはコンパクトを閉じた。
「三千点を越えるところだったんだ」
レツがキッカに噛みつくように言いながら走ってきた。
「フラウ・ボウ! お食事―っ!」
「食事届けに来たのなら、ちゃんと揃っていらっしゃい!」
フラウは大きな声で三人をしかった。
「レツがさ……」
カツがブスッと言いながら、紙ナプキンをとり出して二人の手を拭かせる。
「フラウ・ボウ、泣いたろ」
レツがあおぐような眼つきでフラウ・ボウに言う。
「なんで泣くの? 私が」
フラウは子供たちの届けてくれた給食をひろげた。
「またハンバーガーだ! やんなっちゃうよォ!」
「兵隊さんはもっと苦しいのよ。贅沢は敵です!」
フラウ・ボウがまた叱った。
「ジオンがそんなに器用だと思うのか?」
ブライトがパイロットたちを見下ろして言った。
「予定より我々の脚は早いのだ。この空域に留まって時間合わせをする。コレヒドールならば身を隠すのに絶好の空域だ」
「それは敵も同じです。無事に越せると思いますか?」
「この機に臨んで待ち伏せもなかろう? なぜならば、この空域の戦隊は我々だけだ。ソロモンを発進した艦隊は我々を無視している。ジオンは連邦軍を正攻法で迎え撃つつもりだ。これは、作戦としては正しい。となれば、無駄な艦は一隻たりともまいはずだ」
「やや深読みだな。ニュータイプらしいといえるが、俺は反対だ。アムロ中尉の意見をとる。コレヒドールに敵はいるぜ」
アムロの肩を叩いたマクベリィ少佐は、アムロたちモビルスーツ隊の実績と勘を買い出したようだった。
「いるのかな。待ち伏せが?」
「艦長がご自分でいいました。我々の進攻は早すぎたと。これは敵を呼びこむことにならなくってなんでしょう。殊に、赤い彗星なら見落としはしないでしょう」
珍しくハヤト中尉が強い口調で言葉を浴びせた。「時間合わせは、コレヒドールを抜いてからでいい……」ともつけ加えた。
「判った。多数決とはいわんが、認めよう。そのかわり、マクベリィ少佐、シフトは私の言う通りで認めてもらうが、よろしいか?」
「あ?……いいだろう」
マクベリィはニヤリと白い歯をみせると、アムロをのぞきこんだ。アムロには判っていた。
「艦長はつきあいの長い我々を前面にたてますよ?」
「そう思う……」
「少佐への遠慮なのです。判ってやって下さい。少佐は四人の部下を……」
「判るよ。中尉。しかしな、遠慮とはきこえがいいが、要は我々を信頼しておらんのだろう?大尉はさ」
アムロは笑って「感じすぎではありませんか、少佐の?」
「当たり前だ。ラフな神経ではトマホークは務まらんよ」
「はい。けれど、自分にはエルメスと一度だけですが対決した実績があります。これは認めてください」
「了解だ。赤毛の坊や。俺は貴様の前で強がりは言わん」
マクベリィはアムロの尻を力強く叩くと、部下のたむろする一角へ歩み寄った。マグネットをつけた長靴が小気味よい音をたてた。
アムロは肩をすくめてマクベリィに応え、キャプテン・シートに坐るブライトを見上げる途中でセイラをみた。彼女はマクベリィとアムロのやりとりを見ていたらしい。白い歯を見せた。
「先鋒はアムロ中尉のG3を中心としたモビルスーツ隊。ペガサス・J、その後方に左右三機ずつマクベリィ隊がつき、続いてキプロス、グレーデン。最後尾にボール四機! 以下」
胸を張ってブライトが陣形を発表すると、マクベリィ少佐は口をあけて笑う仕草をしてブリッジから降りていった。それに従う部下たちも、抗議一つせずにマクベリィに従った。
そんなマクベリィをアムロはうらやましく思った。
ああいう芸が人をひくのだろうな。僕にはできない……
理念とか理想、もっと言えば個人のしたい事と、それを実践するための方法論、つまりマクベリィがみせる芸に相当することを全く知らないアムロにとって、この思いは直截でコンプレックスを産み出す。
若いから仕方がない
という理由づけは隠れ蓑でなろう。だが密やかな自負があるのもいまのアムロである。
金髪さんの手ほどきも受けているのに、さ……
このアムロの思いこそ、若さ故の発想であろう。しかし、笑うことはできない。若者のこの率直な経験が成長を促すということは何人も認めよう。ただそれを、安直に受けとめて己の自信にするのかそうでないのかで人は異なってゆく。
しかし、人はアムロが思うほどに簡単に大人にもなれぬし、ニュータイプにもなれぬ。
アムロはモビルスーツ隊の四人のパイロットの前で言ったものだ。
「コレヒドールを抜いておけば、補給も受けられる。一時間後に発進となる。各自成すべきことをすませておくように!」
アムロはかなり用心深く言葉を選んだつもりではあったが、カイもハヤトも薄笑いを浮かべていた。それがアムロを馬鹿にしているものでない事は承知していても、面白いものではない。
「解散!」
そう怒鳴っておいて、その前に言うべき何か質問はないのか!≠ニいう問いを発するのを忘れたことに気づいた。
「今さら格好つけなくたって、威厳はあるぜや」
さすがにカイは笑いをこらえきれずに言った。アムロはそれを無視して踵を返した。
この緊張は一体なんなのだろう。
予感というものがあるのなら、もっと明確な形で欲しいものだと思う。ただの気分の高揚、不安感を抑えようとする筋肉のつっぱった気分というのは、何の役にもたたないはずなのだ。
カイがいなければ、ハヤトたち部下がいなければ、軍務でないのならセイラ軍曹を呼び出していたと思う。
しかし、それもできない。実戦態勢に入ったペガサス・Jはコレヒドールの暗礁空域へ猪突する。
コンソール・パネルのチェック。三インチモニターにいつものようにセイラ軍曹が映り、各パイロットの最終チェックをする。
「G3、アムロ中尉。よろし?」
「異常なし。八艦ポイントに定位!」
それだけでセイラの姿はモニターから消えた。いつもより短いように思えた。
冷たいのか? 女性ってこんな時、何も感じないのだろうか
思う間もなく第一デッキのキャラハン軍曹の張りつめた声が響いた。
「G3! スタンバイ! たのみます! 三、二、一!」
「G3! 発進!」
ガンダムの足元のカタパルトが猛然と吼えたのだろう。Gがかかり、一瞬後、正面モニターから人工の造り物は一切消えて漆黒の宇宙にきらめく星々が展開する。
「C! C!……」
次々とよぶコールも、いつしか雑音の中にまぎれこんでゆく。ガンダムのオートマチック・システムが予定の距離をおいてペガサス・Jに先行して、それを中心に五機のモビルスーツの編隊が組まれた。
「第二戦速……」
アムロは正面に目をすえた。迫り、左後方に流れ去る石っころがあった。
コレヒドール暗礁空域だ。
エルメスのコクピットはザクなどのモビルスーツよりも広いのが、クスコ・アルにはありがたかった。計器盤がかすかに輝く以外は、星明かりだけであった。今は太陽のみえる位置ではないために、星がより一層、天にひしめいている。
シャアのやや赤味をおびたリック・ドムの機体が、かすかにだが流れているのがみえる。
「中佐は気がついているのかしら?」
と思うものの、別にそれを気にしようとも思わなかった。無重力の空域で相互の物を固定化しようなどということ自体、ナンセンスに近いことなのだ。
「それにしても、男たちの権勢欲がなければ、人は幸せなのに……」
クスコ・アルは独りごちた。シャアとシャリア・ブルがもっともらしい顔をしてザビ家がどうの、と語ることにクスコ・アルは嫌悪感を抱いているのだ。
だから、邪魔をしたくなる……。とクスコ・アルは一人で笑って、だから、あの坊やは良いのです……そう思う。
「ニュータイプ以前に可愛いのよ」
キン!
そのクスコ・アルの思考に応えるようにきらめくものを、みた!
クスコ・アルは右足の始動ペダルを軽く踏み、シャアのリック・ドムとエルメスの機体をならべた。シャアも気づいたようだった。正面左のモニターにシャアの映像が歪みながらも映ると、
「十二時! 上下角0!」
「了解!」
クスコ・アルは短く応えるや、左右のレバーをひきつつ、エルメスの機体を浮きあがらせた。
シャア麾下の七機のモビルスーツリック・ドム∞エルメス≠ェ一斉に身を隠していた石っころから出た。さらに後方に位置する起動戦艦マダガスカルも砲撃戦にそなえる。
クスコ・アルはエルメスを次第に加速してゆきながら、
「政権を語る前に、ニュータイプを語ればいいのよ!」
と男たちへのののしりをこめた言葉を発した瞬間に、十二基のビット≠エルメスから放出した。
そのタイミングに合わせるかのように、正面の空域の一点から数条のビームが矢のように迫ってきた。
シャアのリック・ドムがそのビームの一瞬のきらめきの中で鮮やかに浮きあがり、
「クスコ中尉はビットだけを操れ! エルメスは私が守ってみせる!」
「頼みます! 中佐!」
すでに、クスコ・アルの頭の中には、先行したビットの軌跡が描かれて、頭の中心にみえるように存在する敵へ突進していた。
ビットには一門のメガ粒子砲が、核弾頭が装備されていて、脳波でリモート・コントロールされる。無論、それもサイコミュ≠ニいう脳波の拡大、放射する増幅機器によってはじめて成されるものである。が、電波誘導のできない現在、唯一のリモコンによる攻撃兵器といえた。
敵、味方は急速に接近しつつあった。
クスコ・アルの思考の中に、アムロ・レイという少年が存在するかも知れぬという思いは消えていった。今は、中央に認められるターゲットに向かって十二基のビットの視覚(テレビ・カメラによる)が映し出され、それがビットに搭載されたサイコミュによって拡大され、クスコ・アルの視覚そのものとなってみえていた。そのコントロールは難しくはなかった。
我々が通常幾つかのものを視覚認識することが、即幾つかのものを判断するのと同じである。ただ異なることといえば、我々の判断というレベルで、クスコ・アルはビットをコントロールする。
十二基のビットの視覚情報にもおのずと順列がある。クスコ・アルの大脳中枢はそれらを反射的に識別してビットをコントロールすれば良いだけなのだ。
そして、クスコ・アルはみた。
ガンダム!
その瞬間に忘れていた思いが蘇る。
アムロ!?
その瞬間のクェッションが彼女に可愛い坊や≠ニいう単語を思い出させた。しかし、ガンダムというモビルスーツにアムロ・レイが搭乗しているという情報なぞは、一片たりともないのである。
間違いないと思う≠ニクスコ・アルは思った。
その一瞬間の隙が一基のビットを失うこととなる。
チカ! 大脳の奥を刺すように閃光が走ったように思えた。それが一基のビットの消失である。
ガンダムに狙撃された!
それがクスコ・アルに闘争の本能を呼びさましてくれる。ガンダムが相手ならば危険だと言う判断である。
「チッ!」
クスコ・アルは舌打ちをした。それがクスコ・アルを戦場へ駆りたてた初原的な欲望を噴き出させることになる。
憎悪! 連邦へ対する憎悪! ジオンへの憎悪! 戦争への! 男たちへの憎悪となって噴きあがり、クスコ・アルは自身の闘争心を煽りたてた。
エルメスのロケット光が巨大な尾をひき、ノイズから青白い傘状の光芒をふくらませて暗黒をよぎる。そのエルメスの急激な動きにシャアは不安を憶えた。
「クスコ・アル中尉! 急ぐな!」
シャアは叫ぶと、エルメスの航跡を迫って己の赤いモビルスーツ、リック・ドムを駆った。
シャリア・ブル以下のドムもまた宙空に踊りあがり、その機体のスカートから巨大なロケット光を輝かせる。そのロケットは優に宇宙巡洋艦《コスモ・クルーザー》クラスに匹敵するパワーを持つ。
シャアたちモビルスーツ隊のベース・シップたるマダガスカルも石っころから身を晒して、想定線上の敵艦隊に対して砲撃とミサイルによる攻撃を開始した。殊にその左右両舷に装備されている巨大な核ミサイルフィフ≠フ威力は絶大である。
艦艇同士が接触する以前にしか使えぬという代物ではあるが、時空次元をもゆるがすのではないかと噂されるほどの超核兵器である。マダガスカルは機体を震わせつつ、そのうちの一発のフィフを発射した。
フィフは巨大なロケット光を曳いて、シャアたちのモビルスーツ隊を下から追い抜いていった。
「付録か!? ミサイル!? ミサイル!」
アムロは正面線上に迫るものを直感した。とんがり帽子の付録のように蛇行はしない。しかし、その直線的な強圧を感じさせるミサイルより、跳ねるようにせまる付録の方が危険なのだ。
が、
強い!
直線的に迫るミサイルの気≠ニでもいうべきものにアムロは対した。
「任せたぞ!! カイ! ハヤト!」
アムロは聞こえないことを承知の上で叫び、ビーム・ライフルと正面モニターの照準スケールを合わせていった。右、コンマ三度上!
その瞬間、ガンダムの周辺に数個の光芒が拡がった。カイかハヤトのガンキャノンが付録をおとしてくれたのだろう。
すまない!
そう思いながらも、アムロは周囲の雑多なことへ思考と感性をふりむけることをやめて、照準に集中した。
フィフだ!
一発のビームがフィフを捉らえ、巨大な爆光が狂暴にふくれあがってゆく。フィフは、敵味方の中間で爆発をしたのだろうが、その爆圧は双方のモビルスーツをよろめかせるのに充分だった。
この輝きは遠く数エリアに展開する敵味方に視認されたことだろう。
「!」
怒りに燃えたアムロは、ガンダムを直進させた。と、左右からあの踊るようなロケット光――付録が迫る。
「やらせるかっ!」
アムロはガンダムの機体を左右に揺するようにして、右腕のビーム・ライフルを二射した。
ドウッ! 光が、滝のように流れる! その爆圧の流れに逆らうことなくアムロはガンダムを操ると、下へ機体をすべらせていった。
「早い! ララァの時より早い!」
アムロは直感していた。この付録のすべりこみ方、自分へ猪突してメガ粒子砲を発射するタイミングが直線的であることを知って、息をのんだ。
あれが迫る時、圧力を感じる
なぜだ。
アムロに判ろうはずがなかった。サイコミュによって拡大放射された思念は四方へとぶ。それが、クスコ・アルの闘争本能によって支えられた思念であることが、アムロに感知されるのだ。
アムロの大脳に黒い影のような走りとなってつきぬける。その気=c…真に気力≠ヘ強圧的な力となって壁をつくるように思える。
なんだ
アムロは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
一方、クスコ・アルは叫んでいた。
「どういうことかっ!」
フラナガン機関のガルシア・ドワル中佐はしたり顔で言ったものだ。
「地球連邦でのニュータイプの実用化なぞ全く夢物語なのです。気になさることはない。ララァ・スン少尉のエルメス?……テストでした。エルメスの……テスト飛行中で万全でなかった所に連邦の攻撃がありまして、ララァ少尉は戦死されました。ま、殉職ということで……」
これが、戦場という現場と後方との認識の違いなのだ。戦場は物事が進んでいるのだ。デスク・ワークで洞察するレベルと根本が異なっている。
クスコ・アルはついにガンダムの姿を明確に判別することができる距離に迫っていた。
「あれが」
そう思った瞬間に、ドウッと音をたてて流れる力がクスコ・アルの頭の中を駆けぬけた。
「あ!」
光ではない。
声ではない。
近くで爆発が起こったわけでもなかった。が、その力が吹きぬけた時、クスコ・アルの顔の皮膚と髪の毛が後ろへひっぱられるような風圧とでもいうべきものさえ感じたのだ。それは錯覚であったろう。しかし、強圧な風とでもいうべきものは、明らかに吹き抜けた。
しかし、その圧力を感じたから、次の事態を回避できたのだ。その圧力が来た方向に閃光を認め、クスコ・アルはエルメスを跳びあがらせたのである。数条のビームが下方をかすめてゆく。
七基のビットをそのビームを投げかけたガンダムへ集中させる。同時に、エルメスに装備されている二連のメガ粒子砲にも照準を与える。さらに、シャアの赤いドムが走った!
「完璧だ!」
クスコ・アルのその言葉が終わらぬうちに、すべてが終わったようにみえた。クスコ・アルはシャアのドムがビーム・バズーカのビームを絞って自分と同じターゲットへ集中してくれるのさえみたのだから……。
…………!
クスコ・アルの前のエルメスのモニターが、フィフが起こす以上の白色光の爆光をきらめかせるのをみた。
坊やかい!?=@
クスコ・アルはひどく大人的な気分でそう思った。ならばそれも良い。私にすげなくした坊や、可哀想だけれどお前が生意気で、臆病だからいけないのさ。むしろ、ガンダムのパイロットの坊やの方が良い。すべてのケリがつくし、それはそれで悪くない。
「縁がなかったんだね」
そのクスコ・アルの一人勝手な思いで終わるはずだった。
ドウッ!!
再び彼女の頭をつきぬける圧力が吹きぬける。
「あ」
クスコ・アルは今度は大きく口をあけて叫んでいた。
退れ! クスコ中尉!
シャア・アズナブル中佐の声をクスコ・アルは明瞭にきいた。それは、吹き抜ける流れの中にのった輝く舟のように鮮やかであった。
退れ!
クスコ・アルは何も考えず、反問せずにエルメスを後退させた。そのためのGは三重のショックアブソーバーによって守られているエルメスのコクピットであっても、彼女の身体を正面のコンソール・パネルにぶつけるだけの威力があった。が、すでに正規の訓練を受けているクスコ・アルである。正面のモニターから目を離すことはしなかった。
「あれが、ガンダム!?」
クスコ・アルは目を見張った。爆光を背にしたモビルスーツが直進してくるのがみえたのだ。その金色の双眼が怪しく輝いて、モニター越しに、ノーマルスーツのサンバイザー越しにクスコ・アルを見抜くようである。
「ガンダム!!」
クスコ・アルの中の恐怖が怒りによってうち消されてゆく。
「私が敵かっ! ならば、ガンダムも敵!」
そうは明確な断定ではないが、この論理がクスコ・アルをふるいたたせ、あの得体の知れない圧力は真に彼女の思考回路すべてをうったのだ。その無礼な圧力がガンダムから発しているとするならば、これは許せなかった。これは強姦ではないのか!?
エルメスの二連メガ粒子砲が、迫るガンダムに向かって連射される。しかし、不思議なことにガンダムはそのビームを右に左に肩を揺すり腰を振って回避するのだった。
「陥ちろっ!」
クスコ・アルは絶叫した。自分でも栗色の髪の毛が総毛だつのが判った。
アムロにも恐怖で全身から脂汗が噴き出すのが判っていた。また下着をベトベトに濡らすのだ。乾いた時はやられる時だと思う。
とんがり帽子が急速に視界一杯に迫る。そのメガ粒子砲が発射されるたびに散る高熱を発した粒子が、とんがり帽子の機体を飾るのは冗談のようだ。美しすぎるから……!
生死を決める物に美しさを想起するものがあるのは許せなく思えた。自分でなぜビームを回避できるのかアムロには判らなかった。が、自分をとりかこむようにして迫る気=\―サイコミュによって拡散されたクスコ・アルの意志――の流れから脱出するためには、とんがり帽子に迫るしかない。その断定が、アムロを猪突させる。そのガンダムの機能がとんがり帽子の狙撃を回避させるのだろう。
「付録は使えまい!」
アムロはガンダムのビーム・ライフルを使う。三射! ビームの重い光芒がとんがり帽子を襲う。
跳ねる!
その跳ねるとんがり帽子に貼りつくようにして、ガンダムの機体を左に捻った。左のモニターから正面のモニターへととんがり帽子のメタリック・グリーンの機体が流れる。
「横をとった!」
ビーム・ライフルの引き金を引く。とんがり帽子が下へ跳ねた。が、予測できた! ガンダムの左脚が振り上げられて、とんがり帽子の頭部を蹴とばす。客観的にみたら笑止の技だろう。少なくとも兵器たるものが蹴る行動をする。人型だからこそ許される表現とはいえ、少なくともモビルスーツは兵器である。
ゴッ! 接触感がガンダムのコクピットまで伝わる。とんがり帽子が機体をゆるがせる。その瞬間に強圧的な気≠ェアムロを前後から襲った。
「付録!?」
己の機体に貼りつくように攻撃を加える敵に対しても、ビットを使おうというのだ。強圧な気≠フ中にアムロは明瞭に一つの言葉をきいたように思えた。
死んじゃえ!
「女!?」
ガンダムの背後から数条のビームが襲いかかった。ギシッ!! ガンダムの機体が軋みガンダムの左手に持つ楯《シールド》に直撃が当たる。
ボホン!
コクピットを揺るがせる振動がアムロの脳髄をうった。アムロは目を閉じることをしなかった。が、モニターとかパネルも見ていなかった。
きらめくビームがみえる。そのビームを操るのであろう波の流れのとびかいをみる。
その波は宙空にうねるような弧を描いている。素早く、うねり、とりこむようにガンダムにからみつく。
「!」
声はない! 呼吸さえもアムロの器官はうけつけていないようだった。
「は[#口+婆]!!」
それは息でもない。気の発露だった。
ガンダムの頭部に仕込まれたヴァルカンが咆哮して、ビットを打ち砕いた。核弾頭の仕込まれたミサイル・タイプだったらしい。ガンダムととんがり帽子の機体がその爆圧の中で翻弄された。
「チーッ!」
アムロは眼を閉じない。あの流れがみえる。
「しぶといぞ!」
アムロのどこかで思いつつ、軌道が揺れる付録を直視するや、ビーム・ライフルが三連射された。
核爆発の光の中、さらに三つの爆発が重なる。ガンダムととんがり帽子、二機の機体は灼熱の空域の中でお互いに敵に肉薄しようとあがく。
数秒間での事象である。が、それは数条のビームが飛び交う通常の戦場の光景から一転したのだった。敵、味方の艦は相互のモビルスーツ隊が激突したと思えただろう。たかが二機のモビルスーツの対決とは信じられぬ火器が展開されているとみえた。
シャリア・ブルはその光景を後方から直視したのだが同じ思いであった。
「エルメスも凄いが、ガンダムも凄い……」
そしてその二機の飛び交う空域に第三者の介入を拒むような力があった。あたかも、剣技を極めた者同士の死闘の対決に、何人も介入することが許されぬ雰囲気、とでもいおうか。それを感じる。
が、他のパイロットたちは、ただ次々とふくらむ爆光の重なりあいのすさまじさを恐れた。あの中にとび込んだら、リック・ドムは一瞬に溶けてしまうのではないのか、という恐れである。それは、カイ、ハヤト以下のパイロットたちも同じである。
「眼を奪われるな! 後続のモビルスーツがくる! スカートつきだ!」
カイ・シデン中尉は果敢に猪突して四機のモビルスーツの先頭にたった。ハヤトもそうだ。二人には少なくとも、アムロがどのような闘い方をしているか知っていた。
ハヤトは恐れつつも、ガンダムととんがり帽子の二機の戦闘空域の下方へと滑りこもうとした。カイはそのハヤトのガンキャノンの動きの上方をとる。
「アムロはとんがり帽子を仕とめてくれよう。そのために邪魔は入れさせん!!」
ハヤトとカイの判断であった。
が、
その二人の判断はやや遅きに失していた。
そうなのだ。彼等より早く、ガンダムととんがり帽子の戦闘空域へとびこんでいた者があった。シャア・アズナブル。
しかし、シャアにしてみれば出遅れであった。ミサイル・タイプのビットが直撃を受けた時、あまりに近くでその爆圧をうけ、一瞬己の位置を読むのに時間がかかってしまった。
「生身の体は歯がゆい!」
シャアは己の生理を呪う。
クスコ・アルは自滅してでもガンダムを撃ちとろうとするかのように、接近戦の中にビットの介入をさせていた。そして、エルメスのメガ粒子砲はあたかもクスコ・アルの悲鳴のように叫びをあげている。
「クスコ・アル! 冷静になれっ!」
シャアは叫びつつ、ガンダムにビーム・バズーカの照準を合わせようとする。
「!?」
合わない!?
ガンダムも早いが、エルメスとからみ、ビット二基が未だからみつこうとしてビームを発射する、その曲芸のような二機の動きは、すでに他者の介入を強圧的に拒んでいた。
「!」
シャアには判った。
「ララァの時と同じなのか?」
いや、それ以上であった。ガンダムとエルメスの間に戦士の意志が飛びかい、他者を排除する力さえ発動しはじめているのかも知れなかった。
「サイコミュが?」
サイコミュが人の意志を拡大して力≠ニして一つの場を作りつつあったのかも知れない。
しかし、シャアは恐れなかった。
「やむを得ん!」
エルメスを陥すことになってもやむを得ないと思った。現に、ビットのビームがガンダムにかわされてエルメス自身の機体を撃った。
「!」
シャアはリック・ドムのビーム・バズーカの粒子を集束させつつ発射した。
「ガンダムをひきはなさねばならん!」
シャアのリック・ドムの進行軸上にエルメスがくる。ガンダムがくる。上に下へとめまぐるしく交叉してゆく。迫る!
ドコッン! 直撃!?
シャアはまばたきを一つした時、ガンダムの楯が砕けるのを見た。ガンダムの機体はエルメスの後ろへ沈む。
「ええーいっ!」
二射、三射! シャアはつづける。リック・ドムの強力なバーニアが軽々と機体を捻らせてくれる。ザン! 三つの機体がからむようにみえた。その刹那シャアは己のうかつさに唇を噛んでいた。楯を持つべきガンダムの左腕が、ランドセルにかかって、走った。
ビュルルン!
ガンダムのビーム・サーベルが鞘走った。
赤いモビルスーツリック・ドム≠フ左脚に直撃したサーベルの粒子が閃光をきらめかせる。皮を切り骨を砕くの例え通りである。少なくともその瞬間、コンマ五秒と長くはなかろうが、二つの機体がつながる。
「しゃ[#口+昔]ッ!!」
シャアの唇からかすれるような息がもれる。ビーム・バズーカを振り下ろしつつガンダムへ盲撃ちを加えるが、すでにガンダムはエルメスの陰へすべりこもうとしている。
やむなくシャアは引き金にかけた指の力を抜く。ドスッ! つきあげるような爆発にシャアは右上のパネルを見上げた。左の切断個所に誘発が起こっているようだ。リック・ドムを後退させざるを得ない。
「!」
シャアは不気味な耳鳴りを感じて正面モニターを見た。またも爆光がモニター一杯にひろがった。
「クスコ・アル中尉!!」
シャアは彼女が手の届かぬところにいってしまったと確信する。今のは単なる耳鳴りではない。
「奴だな!」
シャアはアムロの声をきいたのだった。
「引き退るわけにはゆかない!」
シャアはリック・ドムの左脚をつけ根から外す処理をした。
アムロの思念がクスコ・アルの中へとんだ。無限の空間へ放出されるクスコ・アルの憎悪はすでに一基のビットとエルメスの二連メガ粒子砲のコントロールに集中されるだけではすまなくなっていた。その半分以上のものが四方の空域へ放射され、ゆるやかな波紋となってきえてゆく。とはいえ、ガンダムに集中する三門のメガ粒子の狙いはますます正確の度を加えていた。
それを回避するために、マグネット・コーティングを施されたガンダムは良く耐えはするものの、しょせんはメカニズムである。機械であった。人間の本能的リアクションに応えるだけのスピードは持ち合わせていない。それは、エルメスとビットも同じだろう。
死にたくなければ退れ!!
アムロは拡散されるクスコ・アルの思念波の中へたたみこんでゆく。そして、それはアムロが想像する以上の力をもってクスコ・アルの脳をうった。サイコミュの増幅機能がアムロの思念を拡大しているのだ。
「!」
クスコ・アルの脳そのものへの痛みである。彼女の耳と眼と鼻腔から体液が噴き出るような悪寒が走った。
退れ!? 退れだとっ
クスコ・アルは必死で対抗をした。それはアムロの中に滑りこんだ。
知っている……!
その感応が一瞬にしてアムロにクスコ・アルの栗色の髪を思い出させた。あの笑った時の蠱惑的《こわくてき》な唇を思い出させた。
クスコ・アル! あなたかっ!
それはアムロの怒りであった。回想が生む羞恥心が裏返しとなった怒りである。なぜ、クスコ・アルがエルメスに乗っていなければならないのだ!! その怒りがアムロにもう一つ思わせる。
あの時、あなたと寝ようとは思っていなかった!√オ恥心を拭おうとするアムロの嘘であった。
寝たかった癖に! 私を欲しいなら、そうおっしゃい。寝てあげたのに、坊や!
ぼ、う、や?
アムロは逆上していた。坊やだと!?
これが坊やのすることかっ
アムロは叫んでいた。ガンダムのビーム・サーベルが最後のビットを割った。その閃光が、エルメスのコクピットの中のノーマルスーツの中のクスコ・アルを浮きあがらせて、アムロにみせてくれた。
滑らかな肌が汗まみれ、恐怖に震えている。そのクスコ・アルがみえたのだ。
アルが笑ったようだった。
死んじゃえ!
ガンダムのビーム・ライフルの照準がエルメスの正面に固定された。
ザザン!
ララァの時と同じだった。シャアの防御的な思念がアムロを直撃する。
やらせんぞ! ガンダム!
止めたら、シャア! あなたを殺す! 俺はアルテイシア・ソム・ダイクンに頼まれているんだ
アルテイシアにだと!
退れ! クスコ・アルは俺を、俺を侮辱するのだ!
クスコ・アルは決して笑ったわけではない。己の口から吐き出された汚物が、ヘルメットのサンバイザーを汚していた。すでに失禁状態だったのだ。だが一つだけ判っていることがあった。
坊やになら、いいわ……という妥協を知っていた。クスコ・アルの強度の思念の放出は、彼女自身を崩壊させる前兆を含んでいた。しかし、それ以上にアムロから投入される敵対パワーがクスコ・アルの平衡感覚をひきちぎっていったようだった。その揚げ句が、アムロという個体の認識であった。
やはり坊やだったのか!?
それは唯一、クスコ・アルにとって平和なことであったかも知れない。憎悪に固まった瞬間から、その闘争の本能のみでエルメスとビットを操って発狂して死んでゆくより、常人的といえよう。
少なくともアムロ・レイの操るガンダムのビーム・ライフルならば、直撃して即死させてくれよう。
さよなら、坊や!
その瞬間、アムロ・レイの強靭な思惟の流れが激流のように流れこんできた。続いてガンダムのビーム・ライフルの光芒が拡がってくるのが見えた。
それをクスコ・アルが視覚して、死へ旅立つ瞬間、アムロは逆流する光の流れをみたのだった。
それは輝いてはいなかった。あえていうなら銀色の光!……クスコ・アルが唄っている何の歌だ? ロ、ン、ド、ン…… ロンドン・ブリッジ…… ロンドン……
London Bridge is……
London Bridge is……
London Bridge is broken down
Broken down, broken down
London Bridge is Broken down
My fair lady.
My……fair……lady……
それに、やわらかく幼い声と声が重なって、
あれがクスコ・アルのお母さん?……
美しい人、マイ フェア レディ
あれがクスコ・アルのお父さん?……
マリアが聞こえる。たくましく繊細な父親の手が、ヴァイオリンの弦に触れて、
アル、違うよ。半音ずれている。小指の使い方が弱いのだ
クスコ・アルの指が弦に走る。G線上のマリアがなだらかなカーブをうって銀色の光芒の中にたゆたう。
Build it up with wood and clay
Wood and clay, wood and clay
Build it up with wood and clay wood and clay
My fair lady, My……fair……lady My……fair……
わたしはあい[#「あい」に傍点]にいきるのです。わたしは愛に生きるのです。クスコ・アルの白い指が日記にしたためる。その文字がアムロに見える。
その文字がゆがみ、銀色の光芒の中に溶けこんでゆく。他人の人生の信条を垣間見ることはいけないことなのかも知れない。
いやァ! いや! そんなこと、いやなのよ!
クスコ・アルの灰色の瞳が、軽蔑と恐れの中にひろがってゆく。
僕は愛しているのだよ。クスコ・アル。信じて欲しいのだ! アル! 僕のアル!
誰の声なのだ? 若い男の声がきこえる。
不潔よ! 不潔だわ! あなたなんか あなたなんか!
London Bridge is broken down
Broken down, broken down
London Bridge is broken down broken down
My fair lady, My fair lady.
やめて下さい! や、め、て!
クスコ・アルが見たものが、アムロに見える。クスコ・アルの美しい母の腹部に銃剣がつきたてられた。連邦軍の兵士のようだった。
へッ、へへへ!
兵士たちが笑っている。クスコ・アルの父親は撲殺されたらしい。頭を血の海の中に埋めている。
豚ァッ!!
クスコ・アルの絶叫が銀色の流れの中に拡がって散りぢりに消えてゆく。最後にアムロが見たものは、兵士の煙草やヤニで汚れた歯くきだった。それは、クスコ・アルの見たもの……。
Build it up with wood and clay
Wood and clay, wood and clay
Build it up with wood and clay wood and clay
My fair lady
My fair lady……
My……fair……lady……
アムロは、
罪を、
犯したと分かった。
が、
すでに、クスコ・アルの身体は焼かれていた。
「……マ、マイ フェア レディ……クスコ・アル……」
エルメスが巨大な光の輪をつくっていった時、双方のモビルスーツ隊が白兵戦に入っていった。同時にペガサス・Jとキプロス、グレーデンの三隻はガトル戦闘爆撃隊と交戦を開始した。火力比率は一対一。が、機動戦艦の渾名を持つマダガスカルとガトル隊は容易に陥ちることを知らない。
マクベリィ少佐麾下の六機のトマホーク隊は砲撃戦の中にわりこんで果敢に電撃を試みた。
ガンダムはシャアのリック・ドムの二連射をかいくぐると、ヴァルカンを撃ち散らして後退する。ドム隊がペガサス・Jへ肉薄をしているのだ。この足をとめなければならない。しかし、シャアは執拗であった。
なぜかっ!
石っころをとびこえて肉薄するシャアの攻撃に、アムロは冷静さをとり戻しつつあった。
「ペガサスを電撃するだけの戦力ではなかろう!」
アムロには、今やシャアを迎撃するだけの自信があるように思えたのだ。
しかし、リック・ドムはザクとは違う。そのスピードと火力は少なくともザクを超える。
シャアのドムから発する気は、鋭くアムロを狙撃してきた。
「サーカス! サーカス!」
どこかで女性の声が叫んでいた。サーカスのGMが陥されたのか!?
ザウン!! ン! ン!
ドムの使うビームは初速が遅いものの重く太い。それを至近でくらうと機体は大きく揺れて、一瞬間、照準をとれなくなる。
ドウン!
コレヒドールを背にして大きな核爆発が起こったようだ。
本当なのか、アムロ!
気易いと思う。敵味方で戦闘中のモビルスーツのパイロットが呼び合うとは、すでに、クスコ・アルの時にも私怨が含まれていた。戦場であるべきことではない、とアムロは思う。
嘘が、嘘が伝わるものかっ
アムロはシャアの動揺がどのようなものか想像がつかない。戦場で敵に投げかける言葉ではないからでもあるが、兄妹を知らぬアムロに想像は難しかった。
セイラに、アルテイシアに直接きけばいいんだ!
そのアムロの思念がシャアに伝わったのか、どうか。赤いリック・ドムの脚が上がり反転をした。
「ええいっ!」
アムロはライフルを撃った。一射目が外れて二射目をかけようとした時だった。ガンダムのビーム・ライフルが閃光の中に砕け散った。
「!」
右下方から別のリック・ドムが闇の中から涌き出るように浮上してくる。シャアの後方を絶とうとするのだ。
アムロは後退した。
マクベリィ少佐は未還の人となった。他にトマホークの三機が撃墜。サーカス・マクガバン少尉のGMが撃墜。グレーデンが撃墜。ミスター・ボールが四機ともに全滅。
「やられたものだな……」
ブライト大尉が眼前に展開するコレヒドールの石っころの群れをあおいで言った。
「とんがり帽子と三機のスカートつき撃墜です。ガトル隊全滅。戦艦は大破しました」
セイラ・マス軍曹がブライト大尉の背中に投げかけるように言った。
「五分五分。帳尻は合うと思っていいのではなくって?」
ミライ中尉が一同を振り返った。
「とんがり帽子のデータはかなりとれましたから」
クレーン上からマーカー・クラン少尉がいう。
「ニュータイプ部隊の半分を叩いたと考えていいんじゃないの? ね、ハヤト、中尉」
「ですけど、あの程度の部隊が二つ三つあったら、連邦軍としてはかなり苦しみますよ。アムロだからとんがり帽子の直接的な攻撃を阻止できたんです」
「言えるな……」
「……いませんね。大尉。ニュータイプ部隊はあれだけです」
アムロの怒気を含んだ言葉に、ブライトは眉をしかめてふり返った。
「休め。鎮静剤を飲んだ方がいい」
「はい!」
アムロは敬礼を返してから、軍曹、データをとセイラの方を振り返った。
セイラ・マスが手にしたフィルムを持ってアムロに近づいた。
カイたちに感傷はなかった。生き残っただけで充分なのだ。三々五々彼等はブリッジから各々の私室へ戻っていった。
アムロはファイルをみるでもなく、そんな仲間たちを眼の端で追ってからセイラを見た。
「知っているでしょ? 赤い彗星」
「ええ……みたわ」
「あなたの言ったことを、伝えた。……伝わったと思う」
その瞬間、セイラ・マスの平手打ちがアムロの頬にとんだ。
コレヒドール暗礁空域にペガサス・Jをキプロンが翼を休める。
地球連邦軍の全戦艦がア・バオア・クーへ突入するチェンバロを鳴らせ≠フコールはあと数時間で発信される。