機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
富野 由悠季
目次
[#目次1] 第一章 隕石のあとさき
[#目次2] 第二章 大人たち
[#目次3] 第三章 騙し討ち
[#目次4] 第四章 律動
[#目次5] 第五章 宇宙の虹
[#改頁]
[#目次1]
第一章 隕石のあとさき
「……スウィート・ウォーターの艦隊の動きが見えないというのは、ウソなんだよな」
アムロは、ベッドサイドのコンピューターのキーを叩いて、ロンド・ベルのデーターを呼び出した。
アムロは、ガバッと上体を起こして、ディスプレーに見入った。
「……シャアの動きが変った……?」
ディスプレーは、アムロの勤務する艦ラー・カイラムの機密データーで、アムロ・クラスだけが呼び出せるバージョンである。
「……発進は近いか……これでは、今夜には出なくちゃならない」
にもかかわらず、部隊から正式の呼び出しがないのは、アムロがしなければならない仕事は、おおむね済んでいるからである。とはいえ、完全ではない。できる範囲でのこと、という付帯条件がつく。
シャアの艦隊に対処するための準備に狂奔する毎日が続いても、もともと準備が十分でなかったロンド・ベル部隊では、やることにも限界があった。
しかも、地球連邦政府、宇宙軍参謀本部からは一向に出撃命令が出ないのである。
しかし、目の前のシャアは、昨夜、艦隊をスウィート・ウォーターから出したのである。
だから、これが最後の休暇になるだろうと、アムロは覚悟していた。
アムロは、シャワー・ルームに入る前に、ニュースのインデックスと数点の記事を呼び出して、印刷させるようにした。
「……昨夜の情報が、全て洩れているな。シャアの艦隊がスウィート・ウォーターを出たこと、スウィート・ウォーター政庁が、独自にネオ・ジオンの政権を認めると発言したこと……」
アムロはニュースペーパーを放りだすと、ようやくテレビをつけた。
「どうなんだ?」
「面白くないな。5thルナに向っている。アムロの推測した作戦を、シャアはやるつもりだな……」
「万一にも、地球に下りるなんて、馬鹿なことはしないな?」
「そりゃない。地球連邦政府の参謀本部からの出撃許可がようやく出る。連中は、戦争が終ってから出動をかけるんだよな!」
ブライト・ノア、ラー・カイラムの艦長は、ようやくアムロ・レイと一緒に、胸を撫で下したところだった。
ラサからの指令がなければ、艦隊が出動できないから嫌なのではない。やる時は、勝手にやる彼等である。しかし、それでは、終身刑をくらうだけで、なによりも、地球連邦政府が見ていない戦争などをやって、怪我でもしたらつまらないという思いがあるのだ。
しかし、これから敵対しようとしている相手は、シャア・アズナブルであり、彼が指揮している艦隊が、ネオ・ジオン軍なのである。
その彼は、アムロとブライトにとって、個人的にも無視できない特別な存在なのだ。
「艦長、あと三時間で補給は終る。下は順調だ」
アムロは、モビルスーツ部隊の積み込み作業をブリッジのディスプレーでチェックして、大尉らしく報告をした。
「了解! 大尉。あの裏切り者の息の根は、俺たちでとめにゃな!?」
ブライトは、ようやく言葉が見つかったように、言い捨てた。
「燃えるなよ。艦長……?」
そう言うアムロも、ブライトと同じ気持ちだったのだ。
むしろ、生殺し状態で地球連邦軍に飼われている身にしてみれば、この作戦は、鬱憤《うっぷん》晴しになる。もちろん、戦争をそう考えてはいけないのは十分に承知しているが、しかし、である。
シャアは、許せる男ではなかった。今になって、地球圈にもどってはならない男なのだ。
「了解、落ちつくよ……アストナージは、予定通りに月に行けるな?」
「ああ……。|ν《ニュー》ガンダムの仕事が遅れているようだ」
「明日にも必要になるぞ。ロンド・ベルでリ・ガズィを改装したが、ありゃ、どうもな。大丈夫か?」
「俺が使うんだぞ。ブライトこそいいのか?」
「いいさ。軍人年金がつけば、女房子供は食っていける。ま、それだけが、地球連邦政府のいいところさ。ホワイト・べース以来、アーガマ、ネェル・アーガマの艦長を歴任すれば、ラサの連中には、俺だってニュータイプに見えるらしい。俺を宇宙に出して、反乱を起こされるのを警戒して、地球に縛りつけていたんだぜ」
ブライト・ノアが、一か月前に急遽、ロンド・ベルに上って来たのは、実戦経験が豊富なことを買われたからであり、シャアがスペース・コロニーのひとつスウィート・ウォーターに進駐してこなければ、一生、地球暮しをしなければならない軍人だった。
「発進! カウント・ダウン!」
「了解っ!」
ブリッジにそのコールが飛び、メラン副艦長が出港チック作業に入ったので、アムロは、モビルスーツ・デッキに降りていった。
「大尉! リ・ガズィ一機で前に出るのはやめて下さい!」
パイロットのケーラ・スゥ中尉が、モビルスーツ、リ・ガズィの下から流れ出て、最上部のキャット・デッキに上がって来た。
ビーッ! ビューッ!
艦内に真空装甲完備の号笛《ホイッスル》が鳴った。ラー・カイラムが、宇宙に出たのである。
「……ケーラ、何が問題なんだ? リ・ガズィ?」
「だって、バック・パックを装備したままでは、機動性が落ちすぎですよ」
「分ってるさ。無理はしない」
「ですけどねぇ……」
リ・ガズィは、以前の|Z《ゼータ》ガンダム・タイプのフレームをベースに、可変機構を廃して、量産化を目指した機体である。良い機体ではあるが、とび抜けた性能は得られず火力不足の感が拭《ぬぐ》えない。可変機構を代替するバック・パックを装備すれば、巡洋艦クラスのメガ粒子砲を使用可能だが、動きが直線的になる問題があった。主力モビルスーツとしては使いにくいのである。
ロンド・ベルの主力モビルスーツ、ジェガンの非力をおぎなうために、アムロが強引に建造させた機体であった。が、この努力は、ブライトの赴任で半分無駄になりそうだった。
アムロの基本設計を元に、地球連邦軍が前々からアナハイム・エレクトロニクスに開発させていた新しいモビルスーツを、ブライトは赴任の手土産にロンド・ベルに廻《まわ》してもらうように手配してくれたのである。
それで、アムロはサイコミュを搭載させた上で、ロンド・ベルの制式採用にしようとした。それがνガンダムである。
戦力が不足している上に、地球連邦軍は、ニュータイプにガンダム系のモビルスーツを使うことを嫌って、かつてのガンダム系のモビルスーツを核兵器と同じように秘匿していた。
それが、手狭な仕事を多くしていた。
ラー・カイラムに随伴する艦は、ラー・タイプ三隻で、一路5thルナに直進するコースに入った。
その間に、5thルナの宙域に向っているシャアの艦隊の目的を探り、ラサの命令を受領しなければならない。そのために、艦隊は、たえず天測と地球のチベット地区、ラサに光学観測を続けなければならなかった。
これは原始的な仕事である。
コンピューターの発達は、対電子兵器のミノフスキー粒子下でレーダーが使えなくても、艦隊を航行させたが、この粒子の出現は、無線を殺して、レーザー発振を正面から捕える通信方法を使わなければならないようにした。それでも高度のパルス信号では、ミノフスキー粒子の影響による歪みが生じるので、モールスに頼っているのである。
その神経の疲れる監視仕事が艦隊の主要任務になっている状況でなければ、宇宙戦争などミサイルの応酬で、アッという間にケリがついていただろう。
それができず、宇宙での白兵戦が現実のものとなり、モビルスーツが宇宙を跳梁跋扈《ちょうりょうばっこ》する戦争が行なわれるようになった。
アムロの立つモビルスーツ・デッキには、その人型のマシーン、ジェガンが九機|佇立《ちょりつ》していた。元々はティターンズが開発したモビルスーツであったが、コストと性能のバランスから、連邦軍の制式採用となった機体である。しかし、今となってはその性能も心もとない。
身長と言うべきか、全長と言うべきかは知らないが、十八メートルほどのその機体は、巨大ロボットと言うに相応《ふさわ》しいものであった。その胸に当る部分に狭いハッチがあって、そこから潜り込めば、球体のコックピットがあった。そこには、シートが鎮座し、その球面の周囲は三百六十度ディスプレーがあり、それに写し出される光景は、パイロットが実際に見るのと同じ光景が写るようになっていた。三百六十度を撮影する数台のカメラの映像を、コンピューターで制御して、それを三百六十度の画像に再生しているのである。
その画像は、実際に見た画角に再現されるために、『全視モニター』『オール・ビュー』『リアル・ディスプレー』などと呼ばれていた。
しかし、その再現画像は、コンピューター・ゲームのようにアレンジされていた。見た通りの光景に転換することは簡単なのだが、そんな光景を三百六十度のディスプレーに再現したらパイロットがパニックに襲われるケースがあるからだ。
それで、全視ディスプレーは、コンピューター・ゲームのような玩具っぽい画像になっていた。
この逆がコンピューター・ゲームで、そちらはより現実的な光景のものが流行しているというのが、世間であった。
このことは、実際の戦場局面に、パイロットを投入しても、パイロットが必要以上に恐怖を感じることがないという重要な要素でもあった。
地球の夜の側、静止衛星軌道近くの宙域には、隕石らしいものを中心にして、いくつもの閃光が開いていた。
それがやむと、左右の宙域から接近したモビルスーツ部隊のテール・ノズルの光が長い尾になって見え、それが、曲り始めると、モビルスーツの白兵戦が開始されるのである。
5thルナの隕石を背にしたモビルスーツは、多少ズングリとしたシルエットを持つギラ・ドーガで、シャア・アズナブルの指揮する五隻の艦隊から発したものである。
ラー・カイラムから発したモビルスーツ、ジェガン部隊は、ベースジャバーを捨てて、ギラ・ドーガの火線を回避しながらも、5thルナに接近しようとした。
「目標は、5thルナだけだ! ほかは無視しろっ!」
それがラー・カイラムのパイロットたちの合言葉であった。
「しかしっ!」
応答する間もなくそのパイロットのジェガンが、後方から来たギラ・ドーガに撃破された。
ギラ・ドーガの攻撃はよく訓練されていると分る。地球連邦軍のパイロットたちのやや直線的な攻撃を、容易に阻止しているようにみえた。
「アムロ大尉っ!」
その声に呼応するように、ジェガン三機が直進して、今しがた撃破されたジェガンの宙域をかすめていった。
「5thルナだっ!」
三機のジェガンの小隊長、ケーラ・スゥ中尉は、前方の地球の闇のなかにあるように見える隕石に突進をかけていった。
しかし、迫る5thルナが、突然、輝きを発した。5thルナの四基の核パルス・エンジンが稼動したのだ。
「火がついたっ!」
ケーラは、その凄まじい光の帯にゾッとした。5thルナが地球に向って、降下を開始したのである。
ラー・カイラムの艦隊とジェガン部隊は、その降下を阻止しなければならないのだ。そうしなければ、あの巨大な隕石の落下は、地球に壊滅的な寒冷化現象を引き起こすのである。
しかも、5thルナは、地球連邦政府の中枢が置かれているチベット地区ラサを直撃すると分っていた。
それは、シャアがスウィート・ウォーターに進駐した時から、宣言していたことである。
が、そんなことができると信じていなかった地球連邦政府は、ロンド・ベルの出動さえも遅らせてしまったのである。
『まさか、一人の男の私設軍隊が、ラサを壊滅させる力などあるわけがない』
隕石落し作戦を、想像しなかったのである。
それは、アムロたちロンド・ベルも同じであった。
「地球連邦政府に対してのスウィート・ウォーターの主権を認めさせなければ、ラサに直接的な攻撃をする用意がある」
そのシャアの宣言を、モビルスーツ戦か核の攻撃と信じ切っていたところがあった。
それが、シャアの三分の一の艦艇が、5thルナの宙域に進むに至って、ようやく、少ない戦力で可能なその作戦をロンド・ベルは知ったのである。
5thルナに駐留する部隊などないのは、もともと5thルナがコロニー開発資源用の鉱物資源を採集するために、火星と木星の間にあるアステロイド・ベルドから運ばれてきた小さい隕石であるからだ。
が、シャアに狙われたのは、その大きさが直径十数キロとほど良く、5thルナを移動するための核パルス・エンジンが装備されていたからである。
その5thルナの核パルス独特のテール・ノズルの光の一角から、猛烈なビームの火線が走って、ケーラたち三機のジェガンを包んだ。
「アムロ大尉、敵の5thルナは、地球に降下を始めました! 阻止は失敗です!」
ケーラは絶叫しながらも、そのビームの火線を回避したのは、思い切りがよかったからだ。
しかし、後続の二機は被弾し、大破した。
その核パルス・エンジンの巨大な閃光の中に、レウルーラ型の宇宙戦艦が、その赤い三角のシルエットを浮かび上がらせていた。
「5thルナの進入角度、良好! 速度、良好っ!」
「滅速用核爆発、テスト!」
「良好! 速度はマイナス23、確認!」
レウルーラの狭い戦闘ブリッジの左側が、5thルナのコントロール・センターになっていた。
隕石を地球に投入するのは易しく、むしろ、大気圏に突入して、摩擦熱で消滅させないように速度を維持する方がむずかしい。さらに、それを狙っている場所に落下させるのは困難である。しかし、その作業は、順調のようであった。
艦長の右脇のシートにすわるナナイ・ミゲルは、5thルナの管制を確認すると、右肘掛けのキーボードを叩きながら、呼びかけていた。
「シャア大佐!」
戦術指揮士官のシートに座る彼女は、やや細面でありながらも、その厚い唇と頬骨のあたりのふっくらとした感じが、やさしい女性らしさを感じさせた。
「……なんだ?」
ナナイの右前の小さなディスプレーに、レウルーラのモビルスーツ・デッキが写った。ナナイは、そのディスプレー上のカーソルを赤いモビルスーツに合わせて、拡大した。
それは、ややドッポリとしたシルエットを持つ機体だが、いかにも精悍であった。
その頭部のコックピットに黄色のノーマルスーツが流れて、それが、コックピットに滑り込むと、ナナイのディスプレーに黄色いヘルメットをした白人の顔が写った。
「ギュネイ・ガスの宙域が膠着状態です。援護の必要を認めます」
ナナイは、艦長と自分の間にある立体全宙域ディスプレーをチラッと見やった。そこには、5thルナを中心とした敵味方の艦艇、主要なモビルスーツの動きがコンピューター・グラフィクスによって表示されていた。
「撃破される可能性は?」
「5thルナの前方宙域に、ロンド・ベルの強力なモビルスーツがいるようです」
「フィフスの投入は終ったのだろう? 総員引き上げのサインを出せ」
ディスプレーのシャアは、なにが手元に気になることがあるようで、ナナイの方を見ようとしなかった。
「出しましたが、モビルスーツの後退のために、ミノフスキー粒子をこれ以上散布するわけにはいきません」
「そうだな……このサザビーも初めて実戦に参加するのだ。調子がひとつ出ないのが気になるが……」
「分りましだ。カラバスの部隊を回しましょう。損傷率二十パーセントで帰投中です。無線は使えます」
「いや、だからサザビーの慣熟飛行をかねて出るというのだ。ギュネイのヤクト・ドーガを掩護、回収する。サザビー、出るぞ」
レウルーラの上部カタパルト・デッキにその赤い機体が滑り出すと、機体の前の発進灯がゴーサインに変った。
サザビーを拘束していた一本のエネルギー・チューブがブブッとふるえて切り放されると、サザビーの流麗な機体がカタパルト・デッキの上に浮いた。幅広の足のせいで、サザビーはカタパルトを使えない。
背中の六基のテール・ノズルが燐光に似た光を噴き出すと、その重厚な機体がグッと押し出され、そして、一瞬の間をおくと、レウルーラの前方の5thルナの核ノズルの閃光に向って、一気に直進した。
そのサザビーの発進は、戦闘ブリッジでも確認できる。ナナイは、それを見て、
「……ギュネイ奴《め》! 強化したはずが、なにをやっているのだ!」
ギュネイ・ガスは、ナナイが強化したただ一人のニュータイプといわれるパイロットである。
その気性は強すぎて、強化人間として問題はあったものの、ともかく、サイコミュ・コントロールによってファンネルを使えたのは、彼だけなのだ。
最も軍功を上げなければならないパイロットが、出撃以来、具体的な動きはみせないまま、5thルナの前の宙域に取りついて動かないのである。それは、シャアの手伝いを十全にしたいと欲望するナナイにしてみれば、罵《ののし》っても罵り足りるものではなかった。
ナナイは、ノーマルスーツのバイザーを上げると、
「モビルスーツ隊の後退に伴い、艦隊直掩のモビルスーツ部隊を展開させろ!」
「直掩部隊、発進させます!」
レウルーラに搭載してある最後の三機のギラ・ドーガが離艦し、続いて、帰投する数機のギラ・ドーガに艦隊直掩の指令を出す。
「ロンド・ベル艦隊は、降下を始めた5thルナを追うだろうが、問題は、サイド2のコロニーからのレーザー攻撃だな」
「ああ、牽制できるのか?」
艦長のライルがようやくバイザーをあげて、ナナイの目を見た。
「その手はずだが、まだ分らないですね」
ナナイは、戦闘ブリッジの天井部分にあるディスプレーのひとつを開くと、各コロニーとフイフス・ルナ、地球の概念図の上に、いくつかの数字をインプットして、サイド2からのビームの想定線を伸ばしてみた。
「サイド2からの攻撃は、あと三十分は可能だ……」
ナナイは、苦汁を飲むような顔をした。
「サイド2にも、我がネオ・ジオンのスパイが入り込んでいます。ビーム攻撃そのものを制圧でき……ア!?」
ナナイは、レーザー・タクトをその士官にぶつけて、その口を封じた。
「大尉……!?」
「見えないものを当てにするなっ! モビルスーツ部隊で防御ラインを引かせろっ!」
「ハッ……はいっ!」
シャアのサザビーは後退する味方機と入れ代るように、5thルナに接近した。
「こちらかっ!?」
サザビーが増速をかけて、一気に5thルナの正面にまわりこむ。
「あれか?」
シャアは、正面のディスプレーに閃光の輪を見つけて、接近をかけた。
5thルナのせまい岩場で、アムロ・レイの操縦するリ・ガズィは前に出られず、後にも下れない状況で、一機のモビルスーツと攻防戦を展開していた。すでにバック・パックの一部は被弾して焼け焦げて、主力火器であるはずのメガ粒子砲は、死んでいた。
「5thルナを、地球に落下するのを阻止できず、この一機も落せないとはっ……!」
アムロは、その敵の姿を三度、目視していた。
そのシルエットは、他の敵のモビルスーツと違い、ホーミング性のミサイルを使うので、サイコ・タイプであると分っていたが、アムロ自身が、ニュータイプであると自負するパイロットである。
こうも突破できない自分の腕に焦りを感じていた。モビルスーツの性能などは、初めから承知していることである。
機体をひねり、ついに、バック・パックを放出して、アムロは、リ・ガズィの本体だけになって、5thルナの地表に降下した。その隙にも、その敵のモビルスーツは、ビーム攻撃をかけてきた。
しかし、それを回避できるのも、アムロだからこそであり、そのアムロの操るリ・ガズィをこうまで翻弄して、5thルナの後部に回らせないのも、そのモビルスーツのパイロットが特別だからである。
ナナイが罵《ののし》る必要はないのだ。
しかし、敵もホーミング性のミサイル、ファンネルを使い切っていた。アムロが、そうさせたのだ。直線軌道しか描けないリ・ガズィで、よくもったというのが本当のところだが、リ・ガズィにもすでに、反撃するだけの力はなかった。
「むっ!?」
アムロは、5thルナの地表に跳ねる機体を押えて、前方の遮蔽物に隠れた敵を追った。地球光の反射が、5thルナの表面をひらかせた。
「ファンネルがないのならば、あとは同じと判断していい」
アムロは、決した。
ビーム・サーベルを腰のアタッチメント・パックから引き抜くと、右手に持たせたビーム・ライフルのエネルギー・パックを全開して、リ・ガズィのマニピュレーターからライフルが離れても、一秒近く射撃できるようにして、放した。
とうぜん、ビーム・ライフルは、ビームの発射を推力にして、後退する。アムロは、リ・ガズィの機体を低くして、正面に突進させた。
遮蔽物から飛び出した敵のサイコ・タイプは、そのライフルの攻撃に一瞬、目を奪われる。その隙をついて、ビーム・サーベルの直撃をかけるのだ。
ビャーン! 敵のモビルスーツの左脚を切断し、その勢いにのって、返したビーム・サーベルを背後のテール・ノズルに斬りおろした。
ギャーン!
致命傷でないまでも、敵のモビルスーツの機動力を減殺させるだけの攻撃だった。これで敵のマニピュレーターが持っているビーム・ライフルの破壊力も半減する。
「……何!?」
そのモビルスーツに乗っていたパイロット、ギュネイ・ガスは、愕然とした。
「もらったなっ!」
アムロは、リ・ガズィの機体を立て直すと、最後のとどめのビーム・サーベル攻撃をかけようとした。この時だった。
二機のモビルスーツの周囲に、円を描くようにビームの光の柱が突き立った。二機は、ビームの爆発が起こす噴煙のなかに一瞬姿を消したが、リ・ガズィは、その爆発からすり抜けると、後退をかけた。
「なに!?」
アムロは、敵の援軍に狂暴な力を感じた。ディスプレーで索敵して、その影を捕えた。
「…………?」
地球光を背にして一条の閃光が伸び、サザビーの赤い機体が判別できた。
「ギュネイ奴《め》、ナナイに面倒みてもらったはずがっ!」
シャアは、ギュネイのヤクト・ドーガが苦戦している最後の姿を、ディスプレーの拡大モニターで見つけて罵った。
「ン!? シャアかっ!?」
アムロは、その赤いモビルスーツの生理的なプレッシャーが、まちがいなくシャアだと分った。その記憶は、アムロのなかに深く刻みこまれて、忘れることはない。
アムロは、リ・ガズィに数十のダミーを放出させると、後退をかけ続けた。
「今になって、自分から出てくるのかっ!」
シャアは、スウィート・ウォーターに駐留してから、総帥を名乗っていた男である。その彼が、モビルスーツで出てくるとは、アムロは思っていなかった。
その意味では、シャアがモビルスーツで出てきたことは、アムロにとって、嫌なことではない。
しかし、一度は、味方になって共に戦った男が、それ以前と同じプレッシャーを感じさせる敵として現れたとなれば、リ・ガズィで対抗できる相手ではなかった。
アムロは、後退した。
が、ギュネイのヤクト・ドーガは、後退するリ・ガズィを追って飛び出し、リ・ガズィの放出したダミーのひとつに触れた。そのダミーに内蔵された爆雷が爆発して、ヤクト・ドーガの機体が跳ね飛び、両方の脚を失って、5thルナによろめいた。
「しまった!」
ギュネイは、ヤクト・ドーガの膝に直撃を受けて、平常心を忘れていた。
ダミー、風船である。それは、被膜に電波を反射する塗料を塗ったもので、レーダーでそのものの識別はできない。さらに、小型アポジモーターを内蔵して、ジグザグに飛行してモビルスーツに見せることもできた。一機のモビルスーツは、数回使えるダミーを装備している。
ギュネイは、ビーム・ライフルのエネルギー・ゲージが、あと数秒待つ必要があるのを確認しながらも、正面ディスプレーが死んでいないのにホッとしながらも、そこに写る光景に息を呑んだ。
シャアのサザビーが、敵の連邦軍のモビルスーツと対《たい》峙《じ》する形になっていた。そのうしろの地球は、接近しているのが分るほどに動いていた。
「あの地球連邦政府のモビルスーツ、やはりガンダムに似ている……ということは俺が相手にしていたパイロットは、ニュータイプか強化人間か……」
ギュネイは、相手にしていた敵が尋常なパイロットでないと分りながらも、ナナイに強化されたはずの自分が、こうも苦戦を強いられたことに怒りを感じていた。
ネオ・ジオンのニュータイプ研究所の強化レベルが低かったのではないか、という疑いだ。
「敵の気を感じることができても、突破できなければ、なにもならん」
しかし、その思いこそ、若いギュネイの傲慢と独善であった。
「ン? ミノフスキー粒子が、薄くなっている!?」
ギュネイは、ノーマルスーツのヘッドフォンのボリュームを上げた。
「……なんで、地球にこんな物を落とすっ! これでは、地球は寒冷化して、人が住めなくなるぞっ!」
「そのつもりだ。地球に安穏に住む連中を、抹殺するためだ! 布告したはずだ!」
その声とともに、サザビーの赤い機体が、敵のモビルスーツに突進した。
「ア……?」
一瞬後には、二機のモビルスーツは、5thルナの反対側に回り込んで、ギュネイから見えなくなった。ギュネイは、あわてて加速をかけたが、半分の推力も得られないヤクト・ドーガは、フラフラと5thルナの表面をなぞるだけだった。
「……人が、人を粛正できると思うなっ!」
「シャア・アズナブルが、粛正しようというのだ! アムロ!」
そのシャア大佐の声は、自信に満ちていると、ギュネイに聞こえた。同時に、ギュネイには、その自信を持つシャア大佐が、ファンネルも使わないことに気がついて、その理由を知りたいと思った。
ギュネイが、正面ディスプレーに二機のモビルスーツを捉えた時、二機のモビルスーツはビーム・サーベルを合わせて、激しい鍔《つば》競《ぜ》り合いを演じていた。
そのビーム・サーベルの激突による干渉波が爆発的に四方に飛んで、二機の機体を溶かすのではないかと思えた。
「……個人に、人類を粛正する権利はないっ!」
「愚かな者に、地球を汚染し、破壊する権利もない! だから、私が粛正する!」
「エゴだよ! それはっ!」
「地球がこのままでは、持たんことを知っていて、何を言う! 人類は、今まで地球を汚染した代償を払うべきなのだよ!」
サザビーがビーム・サーベルを払うと、敵のモビルスーツが後退をかけた。さらに、それにサザビーが斬りかかった。
「う……!?」
ギュネイが息を呑んだのは、そのサザビーの激しいサーベルの攻撃を、敵のモビルスーツが避けたことだった。
「フッ! そのモビルスーツでは、相手にならんな。私のサザビーも、今日が初めての実戦なのだぞ」
シャアの嘲笑が、ギュネイの耳に奇妙にからみついた。
「大佐の理想を連邦軍の連中に言ったって、分ってもらえませんよっ! 後退の時間が過ぎてんですよっ!」
ギュネイは思わず絶叫をして、ヤクト・ドーガを飛び出させるとライフルを斉射した。ギュネイのその絶叫が、ヤクト・ドーガの動きを遅くしているのには、気がつかない。
リ・ガズィが、正面にシャアのサザビーを置きながらも、ギュネイにビーム攻撃の反撃をみせた。それは、ギュネイに神技にみえた。
「ウッワ……!」
ギュネイは、正面からかすめたビームの閃光と、ビームの粒子が機体に直撃するかすかな衝撃を感じながら、機体を5thルナの表面に伏せさせた。
もう、動けるものではない。
「ギュネイッ!」
シャアの絶叫がギュネイの耳を打った時、すでに、サザビーがヤクト・ドーガの脇に降りたって、マニピュレーターを伸ばしていた。
敵のモビルスーツは、後退をかけたようだ。
「大佐は! 敵を追って下さい! 自分は、大丈夫であります」
「ヤクト・ドーガは、後退不能だ! 降りろっ!」
「え? だ、大丈夫であります!」
「無理だ! 外から見ると分る! コンピューター表示を当てにするな!」
サザビーのマニピュレーターが、ヤクト・ドーガのコックピットを叩いた。ギュネイは、やむを得ずハッチを開いて、宇宙に彼のパイロット・スーツを晒《さら》した。
「大佐! 自分は、コンピューターなど当てにしていません!」
「言うなっ!」
サザビーのマニピュレーターが、ギュネイのパイロット・スーツを抓《つま》むと、シャアは、有無を言わせずに、サザビーを上昇させた。
ギュネイは、両脚のなくなったヤクト・ドーガの機体が、5thルナの地表に転がっている光景を奇妙なものだと感じながらも、サザビーの頭部を見上げた。
そのモノ・アイは、すでに消えて、獰猛《どうもう》な感じはなくなっていた。
アムロは、その赤いモビルスーツの撤退の素早さに唖然としながらも、シャアは予定通りに行動してるのだと分っていた。
アムロは、かなり損傷したリ・ガズィの機体を物影から立たせた。
その機体に地球光が明るかった……。
ジェガン、モビルスーツ部隊は、次々とラー・カイラムの艦隊に帰投していた。艦隊は、後退のコースを取りながらも、降下している5thルナを追う形を堅持していた。
被弾損傷しだモビルスーツの数は思った以上に多く、その収容作業に忙殺される各艦艇のデッキ・クルーとメカニック・クルーの動きは激しかった。
その背後では、敵からの牽制のミサイルとビーム砲の砲撃が断続的に続き、それに対して、ラー・カイラム側からバラ撒かれた粒子弾の防御綱で、幾つもの火球が開いていた。
お互いに、5thルナに取りつかせないようにするのが精一杯というのが、現在のレウルーラとラー・カイラム艦隊の戦力である。
アムロは、ギュネイ・ガスが使っていた半壊したヤクト・ドーガの機体とリ・ガズィのバック・パックをラー・カイラムのカタパルト・デッキに押し流してから、リ・ガズィの機体をラー・カイラムのブリッジにつけた。
「アムロ! 敵のモビルスーツを捕獲する余裕があったのか!?」
チーフ・メカニック・マンのアストナージ・メドッソの声は、多少、非難する色があった。リ・ガズィをカタパルト・デッキに収容するために上がってきてくれたのだ。
「……事情があった。後で説明する」
アムロは、そう言っておいて、ブリッジのハッチに入った。
「サイド2からの攻撃は、まだなのかっ!」
ノーマルスーツのバイザーを上げながら、アムロは、戦闘ブリッジから出て来たブライト・ノアに声を掛けた。
「ああ……サイド2は、俺たちロンド・ベルの要請は、聞かんかも知れんな……」
ブライトは、憂鬱そうに言った。
「あり得るな。我々は、地球の味方だと思われている」
言わずもがなの愚痴であった。地球連邦軍、宇宙軍参謀本部は、シャアが隕石落しをやったのを見て、初めて自分たちの立場を知って『こんなはずではないと思っていた』と言っているのは、見なくとも分るのだ。
「来ました。熱源、接近!」
戦闘ブリッジから這《は》い上がったオペレーター、ムエル・ツゥーヒッグがコンソール・パネルに取りつきながらコールした。
アムロは、かがむようにして左上を見た。数条のレーザー・ビームが、右下の地球の稜線に隠れようとしている5thルナに走り、それが、光の輪に変った。しかし、5thルナの反対側から別の閃光がきらめいた。
ここからも、レーザー・ビームの光が見えるというのは、宇宙がかなり汚れている証拠なのだ。
「サイド2からのレーザー攻撃……数が少ないな?」
「はっ! 5thルナに針路修正の推力がかかっています。依然、地球に降下中!」
「了解……艦長……5thルナの落下勧告っていうのは出ているのか?」
「チベットのラサにか? 地球にいる連中は、こっちが、何とかすると思っているだろうし……一番、問題なのは、情報を知っている連中は、誰にも知らせずに、真っ先に逃げていることさ」
「……だからシャアにやられる訳か……大体、あの5thルナの推力に使っている核だって、シャアは、どこから手に入れたんだ?」
「連邦政府からだろ?」
ブライトは簡単に言った。
それに答えるように、バアッ! と、間近で閃光がひろがった。
「軌道上げろっ! シャアの艦隊の動き、どうなっている!」
「地球を一度回り込んで、スウィート・ウォーター方面に離脱するつもりです」
「シャアがそんなに単純かっ?……ン? ビームが、弱くなっている」
アムロは眉をひそめた時、すでにレーザー・ビームの光はなかった。
そのレーザー・ビームを発射していたサイド2の最外縁のコロニーのレーザー砲が、赤い爆光に包まれていた。
その内部では、ごく普通のノーマルスーツを着た男たちが、レーザー砲のブロックに侵入して、銃撃戦を演じているところだった。
「……!? どこの者だ!」
「ネオ・ジオンだ! 天誄をくわえるっ!」
そんな声がノーマルスーツのへッドフォンに交錯して、銃声が狭い通路にこだました。
「ネオ・ジオン! 万歳っ!」
そう絶叫するネオ・ジオンの兵は、手にした手榴弾をひとつのゲートに放りこんだ。
ドウッ! その爆発が終らないうちに、レーザー発振器に誘爆し、手榴弾を投げた兵も爆発光の渦に包まれて、その一角が宇宙に剥き出しになった。
それは、他に二門ある砲塔もおなじだった。
「サイド2にも、シャアに味方する分子が潜入していたか……」
ブライトは、5thルナが地球の向うに消えてしまったことを確認すると、ガックリと頭を下げた。
「艦長……」
「ああ、すまん」
クレア・スルーンがブリッジのクルーにコーヒーの配給をはじめた。美人ではないが、よく気のつく下士官で、背が高すぎるのを気にする娘だった。
「ありがとう……」
アムロも、頭ひとつ高いクレアに微笑を返すと、ストローつきのコーヒー・カップを受け取った。
「……この二年間、ロンド・ベルは、全てのコロニーを調査したんだぞ? しかし、シャアとかネオ・ジオンの噂など、一切、いっさいだ、聞かなかった。なのに、なんでこんなに早くシャアは、戦力を整備できたんだ?」
「スペースノイドの大半は、地球から宇宙を支配する連邦政府を認めたくないのさ。市民、大衆が口をふさいでいれば、我々軍人には、何も分らんよ」
ブライトは、コーヒー・ストローをくわえたままグズグズと言った。
「敵艦隊の一隻が、艦隊から離脱します。第二波攻撃の可能性、あります!」
「アムロ……!」
「ン、いつ仕掛けて来るかな?」
「スウィート・ウォーターのコースが、地球の影から出たところだ。二十分後かな?」
アムロは頷《うなず》くと、ブリッジから出て、モビルスーツ・デッキに降りていった。
灼熱の5thルナが、その流星を高地の湖に落下させながらラサに迫った頃、その東寄りの街道に列をなしてすすむ数十台の車の人々が、それを振り仰いでいた。
「ママ! 凄い大きな流れ星だ!」
その少年の叫びに、ランドクルーザーの運転席の女性が、背後の山の端《は》に沈む5thルナの巨大な赤い色を見上げて、
「ラサで噂だった、隕石だね!」
「地球連邦政府のビルが、閑散としていたわけが分った! 偉い人は、とっくに逃げ出していたんだ」
そんな言葉も、逃げ出して良かったという感慨のなかで喜びに変って、人々は安堵の胸を撫で下した。
しかし、山ひとつ隔ててラサである。彼等は無事ではなかった。
雲の中から現れた5thルナは、数条の隕石となってラサを襲った。
まず、落下のスーパーソニック・ウェーブが、まだラサ市内を逃げまどう人々を脅《おびや》かし、周辺に隕石雨を降らせ、ラサの象徴であるポタラ博物館の壁の砂岩と漆喰《しっくい》をはがした。
そのスーパーソニックが、5thルナと大地の間で圧縮されると、爆発に変じた。街は抉《えぐ》れて、一瞬に消失した。
今しがた山の向うに5thルナの落下を見た車の列の人々は、空を覆う朝日のような閃光と共に山の端が崩れ、つづく激震で山そのものが崩れる土砂の嵐を見た。
「う……!」
「隠れてっ……!」
そんな人々の声も、山津波のなかに消えていった。
静止衛星軌道から遠く、月かサイド2に行くのか判然としない宙域で、ネオ・ジオン艦隊の巡洋艦ムサカは、その船首を追尾するラー・カイラムの艦隊に向けた。しかし、それほど急いでいるようではない。
ムサカに移乗するギラ・ドーガ数機が、プチ・モビルスーツから補給を受けながら、ムサカに流れている。そのコクピットには、シャアの映像が映っていた。
その映像のシャア・アズナブルは、ネオ・ジオン総帥のカッチリとしたハイカラーとマントを羽織った制服姿で、ニュースで見るような実業家的なものではなかった。
「今回の戦闘は、ネオ・ジオンとしての初めての艦隊作戦であったが、諸君等の働きを、間近に見せてもらって、深く感動している」
その映像は、ムサカの背後の旗艦レウルーラから発して、全艦隊に送られていた。
「しかし、5thルナを地球に落としたものの、これだけでは、まだ、地球は浄化されない。それは、諸君等が十分知っているとおりである」
そのレウルーラのモビルスーツ・デッキにも、同じシャアの映像が浮かび、サザビー以下のモビルスーツが、それを見つめるようにして立っていた。
メカニック・マンたちは、モビルスーツの補給修理の手をやすめずに、シャアの演説を聞いていた。その自由さが、ネオ・ジオンをビビッドにしているのだろう。
しかし、そのなかにも、シャアの演説を無視して、モビルスーツ・デッキの上方に流れて行くパイロットがいた。ギュネイ・ガスである。
彼は、最上階のキャット・デッキのてすりで方向転換をすると、ブリッジにつながる通路のリフト・グリップに掴まって、流れていった。
「……本日の最後の作戦は、その仕上げである。作戦そのものは単純な陽動であるが、今後のネオ・ジオンの運命を占う重要な作戦である」
そのレウルーラのブリッジで、カメラの光の中に立っているシャアは、背後に、ナナイ・ミゲル以外にも、軍人らしくない二人の男を従えていた。シャアの政治顧問、カイザス・M・バイヤーとホルスト・バーネルである。
「……追尾するラー・カイラムの艦隊に対しての牽制である。この任務を無事に果して、スウィート・ウォーターに帰還してもらいたい。以上!」
シャアが敬礼をすると、カメラのライトが消えた。
「結構です」
背丈の低いカイザス・バイヤーは、シャアに拍手をしながらも、その双眸には、油断のない輝きがあった。
「これでは、道化だよ」
シャアは、不愉快そうにマントを外して、それをナナイ・ミゲルの方に投げやった。無重力で、マントは、まるでマジックにかかったように大きく広がって流れた。
「しかし、ネオ・ジオンの総帥としてのイメージ作戦をしませんとな。総帥は、すぐに、大佐になって、パイロットになってしまわれるのですから……」
そう言うのは、もう一人の私服ホルスト・バーネルである。
「政治家は、すぐこれだからな?」
シャアは、ナナイの方にウインクを見せたが、ナナイは、マントをまとめながら、微笑を返しただけだった。この男たちがいるところで口を開くのを、ナナイは嫌っているのである。
ブリッジを出たシャアは、流れてくるギュネイを見つけた。
「大佐っ!」
「なにか?」
「ハッ! 実は……メカニック・マンの間に、大佐の悪い噂が流れているのを御存知でありましょうか?」
若いギュネイは、どこか遠慮を知らなかったが、続いて通路に出たカイザスとホルストは、彼には構わなかった。シャアが、彼の話を聞く姿勢でいたからだ。
「知らないな? しかし、わたしは、告げ口をするような軍人を一番嫌うが?」
「なら申しません。質問いたします」
「なんだ?」
「自分のヤクト・ドーガを5thルナに放棄した理由、お教え願います」
ナナイは、自分の部下、まして強化したギュネイが、そんなことでシャアに口をきいている光景に我慢できなかった。
「口がすぎるぞ! ギュネイ!」
ナナイは、前に出て、ギュネイを押しとどめながら、
「貴様には、次の任務があるだろう。その支度をして、下のランチ発進口に急げ!」
「大佐は、自分のヤクト・ドーガをムザムザ敵に捕獲させたのでありますよ!」
「お前の判断だけが、正しいと思うな」
「ロンド・ベルは、いいモビルスーツがないんです。ヤクト・ドーガを修理されて、使われます!」
「大破されたヤクト・ドーガが使えるわけがない!」
シャアは、ナナイを制してギュネイの前に出ると、
「お前は、ニュータイプ研究所で強化をして、金がかかっているし死なすわけにはいかん。貴様のヤクト・ドーガに搭載したサイコミュのデータは、コピーできる。今後の作戦に問題はない。それが、ヤクト・ドーガを放棄させた理由だ」
それだけ言うと、シャアはギュネイに背をむけ、ホルストとカイザスが待つエレベーターに流れていった。
「ロンド・ベルは、ガンダムの後継機を生み出せなかったんですよ。しかし、大佐は、ヤクト・ドーガを生み、サザビーも完成させた! それを……アゥッ!」
ナナイの手が、ギュネイの頬を打ったのだ。
「大佐の判断に間違いはない。モビルスーツよりも貴様の能力と命の方が大切だと考えていらっしゃるのが分らんのかっ!」
そのナナイの剣幕に、さすがに、若いギュネイも息をついて、敬礼を返した。
ナナイは、手を振って、ギュネイをその場から立ち退かせると、エレベーターに向うリフト・グリップを握った。
ナナイは、ギュネイが、何を感じとっているのか、分っていた。
ギラ・ドーガなら、まだしも、主力モビルスーツであるヤクト・ドーガの機体を5thルナに残してきたシャアの行動は、危険なのだ。
(ロンド・ベルが、ギュネイの言うとおりだから、大佐は、ヤクト・ドーガを残したと考えることはできる……)
その理由も分っていた。
「なにもかにも御立派にやろうとなさりすぎるのだよ……」
ナナイは、エレベーターのドアが開いても、空のエレベーターの空間に入るのをためらう気持ちがあった。
「ヤクト・ドーガを月のアナハイム・エレクトロニクスに発注した件は、失敗でしたな? あの工場は、本来、連邦政府の直轄工場です。それなのに、そうされたことをメカニック・クルーは、怒っているようですな?」
カイザスが、ギュネイの告げ口を引き取って言ったのは、総裁室の居間でだった。
「ああでもしなければ、作戦には間に合わなかったろう? アナハイムは、ヤクト・ドーガの建造について、連邦政府に情報を漏らした形跡はない」
シャアは、笑いながら、自室に入った。
「ヤクト・ドーガ建造時代を、わたしは知らんのでね?」
カイザスは、ホルストの方に乗り出して訊いた。
「はあ……あの頃は、わたしも無我夢中でしたから……」
ホルストは、アタッシュ・ケースのなかの書類を確認しながら、肩越しに答えた。居間のドアが開いた。
「失礼します」
ナナイだ。
「ギュネイは、連れて行けそうか?」
「神経過敏になっていますが、ガードマンとしては確実です。コロニーの風景が、精神安定剤にもなりますから、ぜひ、連れていって下さい」
「……分った……」
ホルストが頷いた。
「彼は、自分が死ぬことのないマシーンだと思っているのです。その自信が、過激な判断をさせるのです」
「強化しすぎではないのか?」
「あくまでも、心理的な摺りこみ操作を、第一にしています。薬物による神経反射作用の促進は、二義的なものです。バイオ・テクによる強化は……」
「若いのさ……行くぞ」
シャアが、私服に着替えて、出て来た。
「分りますか、大佐? あなたは、ネオ・ジオンの最高指揮官です。だから、今回のような仕事もしてもらうのです」
「分っているから、政治向きの仕事にも立ち合うのだろう? ナナイ、ロンド・ベルの艦隊への、陽動は頼むぞ」
シャアは、ナナイの腰を抱くようにした。
[#改頁]
[#目次2]
第二章 大人たち
その陽動作戦は、シャアを乗せたランチがレウルーラを発進する時に、ラー・カイラムに知られないようにするためのものである。そのために、ムサカのギラ・ドーガ部隊に艦隊攻撃をさせるだけのことである。
ムサカの二本のカタパルト・デッキから発したギラ・ドーガ部隊は、舷側から切り離されてムサカの前方の宙域に浮遊しているシャクルズに接触すると、次々に地球に向うように飛びたっていった。
シャクルズは、モビルスーツが長距離を侵攻する時の脚になるプラットホームである。
二機か三機のギラ・ドーガが取りついて飛行した。しかし、この乗り物については、いつの時代からか、モビルスーツのパイロットは『ゲタ』と呼んでいた。その謂《いわ》れを知るものは、少ない。
「陽動作戦なんて、モビルスーツがやることじゃないって、分ってんだろうね!」
そう罵《ののし》るパイロットが、レズン・シュナイダーだ。天性、パイロットに生れついたような女性で、軍隊がなかったら、ヤクザを通していただろうと思われるような気性の持ち主だった。
そのムサカのモビルスーツ部隊の発進は、レウルーラのブリッジからは、目視できない距離であったが、作戦の指揮は、すべて後方のレウルーラから出されていた。
「モビルスーツが交戦に入ったら、ランチを射出する。いいな!」
「了解!」
ナナイの背後のシートには、カイザスが満足そうに座っていた。
彼が、5thルナ降下作戦を観戦したのも、彼が残った人生を賭けた男の仕事を見ておきたかったからだ。
その結果、満足できるものであった。地球連邦政府の近くに生れないかぎり立身出世など夢のまた夢になっていたこの時代、シャアの若々しい野心には、生命《いのち》を洗われる思いを感じるのが彼であった。
そのレウルーラの下部ハッチには、民間用の小型ランチが係留されて、ホルストとシャア、ギュネイが乗りこんだところだった。
そのランチの後部コンテナは、モビルスーツが一機収容できるほどのスペースを持っている貨物船である。
「敵、モビルスーツ確認! モビルスーツ部隊、迎撃用意っ!」
ラー・カイラムのブリッジのクルーが、ドッと戦闘ブリッジに駆けこんでいったのは、それから十五分とたっていなかった。
ブリーフィング・ルームに待機していたパイロットたちも、モビルスーツ・デッキに流れ、アムロも続いた。
「リ・ガズィは、無理だな!?」
「アムロ大尉は、六番ジェガンに向われたし! パイロットが欠員です!」
アムロの問いに、間髪を容《い》れず、デッキ・コンダクターからその指令が入った。
「了解!」
アムロは、損傷したリ・ガズィの前からワイヤー・リフトを使って、反対舷のモビルスーツ・デッキに流れた。
そのラー・カイラムの戦闘宙域に接近しつつあるギラ・ドーガ部隊のパイロットたちの思いは、『この作戦で、怪我をするのは馬鹿な奴だ。適当にやって帰投しろ!』であった。
しかし、
「たくっ! こう言う時に、数を減らしておかなくちゃならんのさ!」
このように、一方的にリスクを背負う戦闘であっても、レズンは果《か》敢《かん》だった。
一台のシャクルズから離脱したレズン麾下《きか》の三機のギラ・ドーガは、シャクルズのアフターバーナーを全開させると、その影に入って突進をかけた。
ゲタをこう使う方法は、ネオ・ジオンの戦闘|教典《マニュアル》にはない。
そして、ジェガン部隊が目視できるやいなや、ゲタに装備したダミーを一挙に放出して、目《め》眩《くら》ましにして、レズン小隊の三機のギラ・ドーガの一斉攻撃が始まるのだ。
その火のような勢いの小隊は、モビルスーツ戦の宙域を、一直線に艦隊に突進をかける。
が、アムロのジェガンは、その小隊の動きを見逃さない。
彼は、冷静である。どの戦闘小隊にも帰属しないで、戦闘域の外郭をなぞって飛行して、一番問題と思える宙域を探っているのだ。これは、アムロだけに許された方法である。
アムロは、サイコミュを搭載しないモビルスーツであっても、外界の『気』を感知できた。
もちろん、感知できたというほど明瞭なものではない。目が早いというていどである。
が、その違いが、生死を分け、腕の良し悪しを決定した。
アムロは、レズン小隊の前に流れこんだ。横手から反撃し、一機のギラ・ドーガを大破させたと分ったが、レズンともう一機が、左右からダミーを放出して、迫った。
「うッ! こいつっ!」
アムロは、ジェガンにビーム・ライフルを斉射《せいしゃ》させたものの、レズンのビームを至近距離に受けた。ビームの粒子が機体を直撃して、ビビビッとコックピットを揺すった。
「チッ! どうした! シャアに、生気を吸い取られたのか!?」
アムロは、自分を罵った。回避し、反撃しようとした。
戦闘宙域で一番初めにシャトルの存在に気づいたのは、アムロだった。
アムロは、修練した連携|攻撃《プレー》を見せるレズン機から、後退に後退をしたところでもあったから、発見が早かったのだ。
「……!? なんだ? 民間磯が戦闘宙域に、紛れこんだのか!?」
民間航空の標識を光らせたシャトルに、アムロはジェガンを接近させると、まちがって接近しようとする敵のモビルスーツに対して弾幕を張った。
「民間機が!?……チッ! 予定より五秒早いが、後退するぞ! 総員っ!」
レズンでさえも、戦闘宙域に民間機が侵入していれば、戦闘をやめるのは、スペース・コロニー時代の倫理であった。
彼女のギラ・ドーガが、後退指令の信号弾を三発発射すると、レウルーラのギラ・ドーガ部隊は、一挙に後退していった。
そのテール・ノズルが、花火のように四方に拡がり収束して行くのを見つめて、アムロは呆れた。
「何だ? あの引き際《ぎわ》の良さは……!?」
その頃、レウルーラを発したシャアを乗せたランチは、一路、ロンデニオンに向っていた。
「面倒な乗客が乗っているな……」
ブライトが放り出したシャトルの乗客ファイルは、コンソールの上にマグネットで吸着した。
「――誰です?」
「地球連邦軍、宇宙軍、アデナウアー参謀次官」
「ヒョー! なんで、民間機なんです?」
「逃げ出して来たんだろ?」
そのブライトの冗談に、ブリッジにドッと笑いがおきた。
ようやく緊張から解放された気分が、ブリッジに流れたからだ。
シャトルの乗客を士官食堂に誘導するのは、楽な仕事ではなかった。大抵の客が無重力に馴れていないからだ。シャアのスウィート・ウォーター占拠事件で、ようやく宇宙に行こうと決心した人々だからだった。
「足を床に水平につければ、大丈夫です!」
ラー・カイラムのクルーはそんなことを言いながらも、結局は、客の身体を抱くようにして、士官食堂に誘導せざるを得なかった。
リフト・グリップで降りて来たブライトは、その騒動に苦虫を噛みながらも、アデナウアーに会わなければならない自分を呪っていた。
「艦長……」
アデナウアーが、クルーの肩を抱くようにして立っていた。それで、無重力に不馴れなのだと分る。
「……参謀次官殿で?」
「そうだ。この艦を、ロンデニオンに向けてくれ」
「ロンデニオン?……本艦の予定針路ですが?」
「そりゃ、良かった。いつ、到着する?」
「それは、軍機に触れます。御教えできかねますが?」
「特命を受けている。これが、命令書だ」
アデナウアーは、懐中から出した書類を、ブライトに渡した。
閃光の奔流《ほんりゅう》の中に、アムロのシルエットがうごめいていた。そのアムロは、ただ呆然として光の一点を見つめている。
『……!』
そこには、一羽の白鳥が飛び、それが、薄い黄色のローブのような衣裳をまとったハーフの少女に変身していった。
『……ララァ・スンか!』
閃光のなかでアムロが呻《うめ》いた。そして、絶叫した。
『シャアと俺を、一緒くたに取り込めると思うなっ!』
そのアムロの絶叫に、ララァ・スンのイメージが、パッと背中を向けた。
『永遠に意識が生き続けていたら拷問よ。だから、その苦しみから逃れるために、私はあなた達を見たいだけなのに……!』
『見境いもなく、シャアと俺を、抱き込もうなんて思うなよっ!』
『……私は、生きている間、あなたたちの間を、浮いていただけだったのよ! それが、どんなに辛いことか、分らないでしょう!』
『そんな!……シャアは、否定しろよ!』
『……でも、彼は純粋よ……』
「……純粋だとっ!」
アムロは、上体を起こした。寝《ね》言《ごと》である。
無重力帯用のシュラーフのなかのアムロの身体は、シールを押し切るような勢いで身体を動かしたのだ。反動でアムロの上体が戻って、壁のクッションに当り、アムロは、ようやく瞬《まばた》きをした。
「……勘がにぶくなったと分れば、こうもなるか……」
アムロは、夢にうなされた自分を嘲《わら》った。首を振るとシュラーフのシールを開いて、全裸にちかい身体を個室の薄闇のなかに晒《さら》した。
ラー・カイラムは、今は、エンジンの音もなく流れているようだった。
「……捕獲したモビルスーツのマニュアルがいかんのだ……!」
アムロは、赤毛の髪を両方の手でゴリゴリとかきむしると、シャワー・ルームに流れていった。
「あのモビルスーツのサイコミュ、まるでガンダム用じゃないか……」
シャワー・ルームのドアを開くと自動的にライトがついて、その明るさに、アムロは目を細くした。
「……分るか? シャアの魂胆《こんたん》! 奴はヤクト・ドーガをアナハイムで建造させていたんだよ! よくもヌケヌケとさ!」
アムロはそう言うと、シャワーを噴出させた。床からは、そのシャワーを吸引するバキュームが唸りをあげた。その途端にブリッジからコールが鳴った。
「なんだ!?」
「ν《ニュー》ガンダムです! 本艦に接近しています!」
ブリッジの下士官のクレア・スルーンが、嬉しさに飛び上がらんばかりのようすなのが、三インチのディスプレーでも分った。
「冗談じゃないな!」
アムロは、濡れた髪の毛をたたきながら、シャワー・ルームを飛び出した。
アムロは、いったんノーマルスーツ・ルームに入って、パイロット・スーツに着替える。
その間にも、νガンダムの接近経過が報告された。新しい戦力として期待されていたものが、予想外に早く合流したので、クルーが沸《わ》いているのがよく分った。
ハッチが開かれた後部モビルスーツ・デッキは、地球が見える方位になっていたので、月から帰投する方位は見えなかった。アムロは、ホッとして、もう夢のことなどは忘れていた。
見慣れたシルエットのモビルスーツの機体が、ゆったりと流れこんで来た。
νガンダムである。
そのνガンダムに追従していた一機のベース・ジャバーが先行を始めて、後部モビルスーツ・デッキに三点着艦をし、つづいて、νガンダムの機体がタテになって、ふわりと接艦した。
「アムロ大尉!」
ベース・ジャバーのノーマルスーツのうちの一人は、アナハイム・エレクトロニクスの技士、オクトバー・サランである。
「ファンネルも持って来てくれたか?」
アムロは、ベース・ジャバーのプラットホームに積み上げられている部品の山を見て、礼を言った。
「テストはしていませんよ。それで、我々も来ました。なにしろ、アストナージさんが……」
「そう、強引に持ってこさせた。おかげで、νガンダムの慣熟テストはできたろ?」
「これですよ。参っちまう。全然、寝ていないんですぜ?」
「了解だ。ロンド・ベルに帰投するまでは、俺の方の確認作業になる。寝てくれ」
アムロは、オクトバーが引き連れて来たメカニック・マンたちにも、労《ねぎら》いの言葉をかけて、艦のチーフ・メカニック・マンのアストナージを紹介した。
「アストナージ、サイコミュ関係以外は例外事項はない。νガンダムは、ここに固定して、最終整備に入ってくれ」
「ですね。前のデッキは、リ・ガズィの修理とヤクト・ドーガの調査で、空気が汚れていますから」
そのアストナージの言葉にオクトバーが、ギョッとした顔をバイザーの下で見せた。
「ヤクト・ドーガが、あるんですか?」
「ああ、脚も手もなくなっちまっている機体だがね」
アストナージが、多少、険悪な声を出した。
「見せて下さいませんか、それ?」
「あんたんところで建造したんだろ?」
「知りませんよ。グラナダ工場と我々のフォン・ブラウン工場は、月の裏と表で、まったく別会社ですから」
「何が見たい?」
「ヤクト・ドーガでしょ? サイコミュを搭載している。比較検討をしておかないと、変な干渉が起こって、パイロットに影響を与えるかも知れないでしょう?」
アムロは、そのオクトバーの反応に、強い味方が来たものだと安心した。
サイコミュの性能いかんで、モビルスーツの性能のすべてが決まるわけではないが、敵の存在を感知する能力が秀《すぐ》れているに越したことがない。なによりも、敵のサイコミュの性能が分れば、それを回避する方法もあるというものだった。
νガンダムのサイコミュ・システムは、あくまでもファンネルのコントロールのためのものである。
しかし、ヤクト・ドーガのサイコミュは、サイコ・フレームとも言うべきもので、コクピット周辺のフレームに、鋳込《いこ》まれているものであった。そのサイコ・フレームは、νガンダムのもの以上にパイロットの意思を拘束する傾向があった。パイロットの意識を前に前に突進させるような強制力がある、と表現すれば良いだろう。
「ヤクト・ドーガって、シャアの作らせたニュータイプ専用のモビルスーツ?」
オクトバーの後ろで佇立《ちょりつ》していたチェーン・アギも、好奇心に押されてアムロに声をかけた。
「そうだ。見るかい?」
「もちろん……」
チェーンは疲れているのを忘れて、アムロに手を引かれて、前のモビルスーツ・デッキに流れていった。
サイド1のコロニー、ロンデニオンは、通常のオープン・タイプである。その前方には、寒冷化作戦で痛めつけられているとは見えない地球が、穏やかな姿を見せていた。
ラー・カイラムがνガンダムを受け入れる少し前、そのロンデニオンの港の誘導燈にそって、シャアたちを乗せたランチが入港しようとしていた。
「連邦政府の提供してくれたコードで、バッチシですね」
「脳天気な連中なのかな……?」
「大佐、そりゃ違います。我々の根回しの結果です」
シャアの背中越しに覗くホルストが、およそ似つかわしくないふくれっ面《つら》を見せた。
「ああ、君とカイザスの手腕には感服するよ……ホテルも良いところを手配してくれたな?」
「そうか……ナナイも同道させれば良かった」
それは、愛想ではなくホルストの本気だ。この辺りがシャアと彼等が生理的に合わないところなのだ。
「そう見えるか?」
精一杯の皮肉をこめてシャアは言ったつもりだったが、そんなシャアの反応に、ホルストは不思議そうな顔をするだけだった。秘書を便利屋ぐらいに思っている連中には、シャアのこの反応は謹厳実直すぎて、気に入られない。
シャアを乗せたランチは、慣例の検問と入国審査を受けたが、シャアたちは、地球連邦政府発行のVIPのパスポートのおかげで、何の嫌疑も受けずに、ロンデニオンのロンド・ベル部隊の桟橋にそったベルト・ウェーに乗ることができた。
「艦隊がいないのが残念でしたな?」
ホルストが、苦笑まじりに言った。
「実戦で十分に見たよ……ランチは、工業用ブロックに回しておけるな?」
「ええ。ノトミ鉱業のハッチの使用許可は、地球連邦政府から出ている正規のものです。絶対に怪しまれません」
ホルストは自慢の顎髭《あごひげ》を撫《な》でながら、背後でブスッとしているギュネイを見やった。
「ヘッ……!」
ギュネイは、港の上空、と言っても十数メートルの高度を流れるモビルスーツを見やって、鼻を鳴らしていた。
「……地球連邦政府は、こんな戦力で、ザビ家とかハマーンの残存戦力を掃討できると思っているんですかね?」
「そう見くびったものではないな。全てのコロニーと月軌道内の石っころに、艦隊を駐留させている。それが地球連邦政府だ。外宇宙《アウト・オービト》にいた頃の気持ちでいると大間違いだぞ」
そう諫《いさ》めたのは、ランチのキャプテンである。
「同じような部隊がですか?」
「冗談じゃない。ロンド・ベルは実戦部隊だが、地球連邦軍のなかでは、一番戦力が少ない部隊だ。しかし、他の部隊は、戦力こそ大きいが、眠っている連中だ」
そのホルストに続いて、パイロットがまた言った。
「それを起こさないうちに、地球連邦政府のトップを叩こうというのが大佐の作戦だ。だから、苦労がいるんじゃないか……」
「怒らないで下さい。自分は、人口一万五千の島1号タイプの出身です。なにしろ、両親がコロニー潰しで死んだのが一年戦争の時代で、それっきりアウト・オービト暮しでしたから」
「分っているよ。だから、現実に謙虚《けんきょ》になれと言っている。多少の強化能力で地球連邦政府が潰せると思うな」
シャアはそう言うと、前方に迫ったエレベーターのひとつに流れていった。
「……連邦政府は、今回の交渉を口実にして、大佐を逮捕するつもりかもしれんのだぞ?」
「ああ……! だから、隠密で入港したのでありますか?」
ホルストのその言葉に、ギュネイはようやく自分の本当の任務を知って納得した。
「その時は、ギュネイ、頼むぞ。私は、このコロニーには、住みたくない」
「はい!」
エレベーターの窓に、いくつもの階層が上に流れて、そして、シリンダー内部に建設された光景が、雲のしたに見えてきた。
「こんなに緑が多いのか……」
ギュネイは、ロンデニオンのシリンダー内の光景の豊かさに、シャアたちの諫めがどのような意味を持っているか、かすかに想像することができた。
ラー・カイラムの艦隊は、そのシャアを追うようにロンデニオンに向かっていた。
ラー・カイラムのブリッジの前方の窓からは、接近するロンデニオンの港口の三番ハッチが開いていくのが見えた。
「…シャアはな、本気で地球を冷却化するつもりは、ないんじゃないか?」
ブライトは、入って来たアムロにそう言った。
「……なんでそう思うんだ?」
「もうひとつぐらい隕石《いんせい》を落とさなければ、完全な寒冷化に持ちこめないぜ? しかし、考えてみろ……月の軌道内の使えそうな石っころは、全て連邦軍が管理しているんだ。シャアは、5thルナ落しで連邦政府を脅すことに成功したんだ。これで、スウィート・ウォーターをネオ・ジオンの領土に承認させて、戦争を終らせるつもりじゃないか?」
「その交渉のために、アデナウアー・パラヤが、宇宙に上がって来たのか?」
「ああ、連邦政府の高官共は、自分たちが地球に住めるのなら、シャアの要求は認めるよ。連中は、スペースノイドのことは考えていない」
「それでは……、シャアが、アウト・オービトで艦艇を建造した意味はなくなるぜ。そのていどの威しのために、あんな艦隊が必要か?」
「そうか……子持ちは、楽観的に物を考えすぎるのかな?」
「そうだね?」
アムロは、ニッと白い歯を見せて、ブライトに顎《あご》をしゃくってみせた。ロンデニオンの港口から誘導燈が伸びはじめたのだ。
破損したシャトルは、ラー・カイラムから切り離されて、下隣りの港口に曳航《えいこう》されていった。
ここで言うアウト・オービトという宙域は、月の軌道外のことで、そこには、スペース・コロニー建設時代のベース・コロニーとなった島1号タイプの小型のコロニーが幾つか残されていた。
民間に払い下げられて廃棄されたものや、連邦政府|直轄《ちょっかつ》の天体観測基地や隕石収集のためのベースに使われているものもあったが、すべての小型コロニーの実態が、つまびらかなのではない。今回、シャアが五隻の艦艇を引き連れてサイド5の外縁のスペース・コロニーのひとつ、スウィート・ウォーターに侵攻した時に、あらためてその存在が取りざたされるまでは、忘れられていたというのが正しい。
ロンド・ベルは、失業対策事業と化した軍隊のなかで、ザビ家やハマーンの残党、ティターンズに代表される反地球連邦運動の芽を刈り取るために、数年前に、独立して組織された実動部隊であった。
しかし、その装備は十分でなかった。地球連邦政府が、ロンド・ベルが反乱の温床になることを恐れての措置《そち》である。
そんな時期に、シャアは、忽然《こつぜん》と地球面に戻って、スウィート・ウォーターに強行進駐したのである。
ロンデニオンのロンド・ベルの桟橋《さんばし》に係留されたラー・カイラムの上甲坂上で、アデナウアー・パラヤを見送るブライト以下のクルーが整列した。
「……これで地球は救われる。艦長、よく時間内に入港してくれた」
「シャアの配慮ですよ。シャトルを攻撃したのも、あなたを威して、交渉先ではよろしくという合図です。でなければ、我々は、あの時点で、撃滅されていました。νガンダムだって、なかったんですから……」
ブライトのその中傷は、アデナウアーには聞こえず、
「交渉?……誰と? どこで?」
と、せきこんで訊《き》いた。
「ラサから宇宙軍を指揮するあなたが、散歩のために宇宙にいらっしゃったのではありますまい?」
「……私がここに来だのは、連邦政府から発表があるまでは、内密だぞ?」
「はッ!」
ブライトの敬礼を見ると、アデナウアーは軽くうなずいてから、タラップのリフト・グリップで、桟橋に待つ高級リムジンに流れていった。
「御苦労様であります。ロンデニオンの会計監査局のカムラン・ブルームです」
ドアを開いて待っている事務官は、そう自己紹介をして、リムジンにアデナウアーが乗り込むと、ドアを閉じながらブライトたちはラー・カイラムの方を見やった。
「……ブライト・ノア艦長? ミライさんには、いい亭主のようだな……」
カムラン・ブルームは、リムジンの助手席に向った。
「我々ロンド・ベルには、ジオンの残党狩りをさせておいて、いつの間にか、シャアと直接回線を開いているって言うんだから、ご立派だよ!」
「あれが、政治家なのよ」
「あんなんじゃ、反乱を起こしたティターンズの気持ちが、分るってものだ」
そんな声もクルーの間から聞こえた。一同は、桟橋のガイド・レールの上をエレベーターの方に消えていくリムジンを見送って、散開した。
無重力用のシュラーフで、アムロがうなされているのは、チェーンは気がついていた。
しかし、チェーンの目覚めの時間ではない。また、ウツラウツラした。
ラー・カイラムが係留されている桟橋のわきにあるモビルスーツの整備区である。
アムロは、ヤクト・ドーガのサイコ・フレームの性能が連邦のサイコミュと干渉しないことが分ると、そのフレームの一部をνガンダムに取りつけると言い出した。さいわい、νガンダムのコクピットは機体中央部で、周囲にスペースがあったので、ヤクト・ドーガのフレームを切断して補強板のようにつけ足すことができた。
それは、ナンセンスな作業に見えたが、アムロは自分の能力に懐《かい》疑《ぎ》的であったから強行させたのである。
「せめて、ファンネルのコントロールだけは、正確にしたい。そのための補強になるものならば、なんでもやってみたい……」
それがアムロの理由だった。
オクトバー・サランは、ヤクト・ドーガの特殊なサイコミュを自分のものとしようと必死になった。そんなことが、二人から、家に帰る時間を奪っていた。
脳波増幅装置とも言うべきサイコミュは、ひとつの機器としてパッケージされているのが通常であった。νガンダムに装備されているものもそうである。
しかし、ヤクト・ドーガのものは、コクピット周辺のフレームにサイコミュのチップを鋳造《ちゅうぞう》したものなのである。
「うちの材料開発部でやっていたという話は、聞いていましたがねぇ……」
オクトバーは、そう弁明した。
「ネオ・ジオン、シャアから提供されたというわけか?」
そんなことも、アムロとオクトバーの間で、問題になっていたのである。
「…………」
二人だけが眠っている部屋だったが、蒸《む》した。
チェーンは、シュラーフの前のテープをはがして風をいれようとしたが、空気もよどんでいた。髪を洗わなければと思う。
「言うなっ! ララァ!」
チェーンはギョッとして、モビルスーツ・デッキの方から入る薄い光の端にいるアムロを見た。彼のシュラーフが揺《ゆ》れて、シュラーフを押さえているベルトがきしんだ。
「……アムロ……?」
寝《ね》言《ごと》は珍しいものではないが、今のような激しさは初めてだった。
チェーンは、シュラーフを抜け出るとアムロの方に流れていった。アムロの息が乱れていた。瞳をこらすと、ようやくアムロの顔の輪郭が浮きたって見えた。
「…………」
そのチェーンの息遣いが強かったのだろうか、アムロの顔がブルルとふるえて、目を開いた。
「あ、ごめん……起こした?」
「……あ……」
チェーンは、アムロが自分を分ってくれたので、ようやく手を伸して、アムロの額《ひたい》に触ってみた。ベットリと汗をかいていた。
チェーンは、バスケットからタオルを取るとアムロの顔から、胸まで拭《ぬぐ》ってやった。
「すまない……ぼく、何か言ったか?」
「いえ……別に……」
アムロは、シュラーフのテープを外して立つと、首をグルグルと廻した。
「身体が鈍っているんだよ。どこか……ぼくは、初期のモビルスーツの傑作機ガンダムのパイロットでシャアに勝った男だ。なのに、地球連邦軍に飼い殺しにされてさ……シャアは、新しい赤いモビルスーツを建造できたのに、こっちは、ようやく今日だ。しかも、サイコ・フレームのアイデア……負けているよ……」
「そう思う」
「ああ……」
アムロは、チェーンの髪に手を伸して、指ですくうようにした。
「シャアは、ね。ヤクト・ドーガか、マニュアルにあったあのモビルスーツの名称? あれをぼくに見せたいために、わざわざ捕獲させたんだよ。でなければ、ああも簡単に、撤退はしない」
「そんなことをして、意味あるの?」
「あるさ。リ・ガズィのようなモビルスーツしか使えないぼくを哀れんで、研究する資料をくれたのさ……」
アムロは、そう言ってから何かを思いついたようにギョッとして、チェーンの顔を覗きこんで言った。
「……シャアは、アナハイムのグラナダ工場にヤクト・ドーガの建造を依頼したが、フォン・ブラウン工場で、νガンダムが建造されたのを知っていたんじゃないかな? それでさ、νガンダムの性能も知って、呆《あき》れて、ヤクト・ドーガを提供してくれたんだ……」
「まさか! そんなことして、シャアに、メリットなんかないわよ?」
「いや、彼にとっては……地球寒冷化作戦なんて、ついでの作戦なんだ」
「…………!?」
「いや、そうなんだ……ララァが、シャアは純粋だといった意味が分ったよ…シャアは、そういう奴だ。ティターンズの時代から、ぼくに勝つ準備をしていたんだ。そして、邪魔なものがいなくなった今の時代に、地球圈に戻って来た……互角のモビルスーツで戦って、ぼくに勝ちたいんだよ……」
「そんなの子供の夢よ!」
「そのために命を張るのがシャアさ。人類の粛正もかけてね」
チェーンには、そんなアムロの考え方を納得できるわけがなかった。
ロンデニオンの高級居住区にあるキャンベラ・ホテルのエントランスをいくアデナウアー・パラヤと地球連邦政府の高官数人の最後尾にカムラン・ブルームもいた。
その小さいホテルは、私服の刑事がガードし、他の客の姿は見えなかった。カムランは、なぜこのホテルに来なければならないか知らされていなかった。それは、ロンド・ベルの桟橋にアデナウアーを出迎えに行った時からのことである。
「……?」
一行は、三回に分れてエレベーターで最上階に上がり、カムランは、最後の組になった。
カムランが、その階に上がった時、すでに、談笑する高官たちの声が廊下にこぼれていた。
「こちらです」
「すみません」
ドア・マンに礼を言って、その部屋に入ったカムランは、間違った部屋に入ったのではないかと疑った。アデナウアーたち地球連邦政府の高官とロンデニオン政庁の閣僚たちが、ネオ・ジオンの制服を着た男たちと談笑していたからだ。
「……!」
カムランは、驚いた表情を見られまいと顔を伏せて、ウェイターの示す左端の椅子に座った。
細長く大きなテーブルには、精巧なスウィート・ウォーターとアクシズ、ルナツーの模型が飾られていた。
そのネオ・ジオンの代表が、ホルスト・ハーネルであり、ギュネイ・ガスは、カムランと同じように反対の末席《まっせき》に座っていた。
「では、アデナウアー・パラヤ以下の地球連邦政府代表に、我がネオ・ジオンの総帥シャア・アズナブルを紹介させていただきます」
「総帥を……?」
もったいをつけたホルストのその声に、座りかけた連邦政府の高官たちは、息を呑む思いで、あわてて立ちあがった。カムランから見ると右向う奥のドアがネオ・ジオンの正装をした兵によって開かれた。
と、緋《ひ》色《いろ》のネオ・ジオンの制服にマントを羽織った金髪の青年、シャアその人がゆったりとした歩調で現れた。
連邦政府の高官たちは、彼が暖炉の前の椅子に座るまで、口をあんぐりと開けて見つめた。
「シャア閣下……自ら?」
アデナウアーの呻《うめ》きが、その場の沈黙をやぶった。
「もちろんです。我々は、地球連邦政府に脅威をあたえました。しかし、本日の交渉は、我々が、地球連邦政府に礼をつくす立場でありますから……」
ホルストの温和な物言いに、アデナウアーは相好《そうこう》をくずしながら着席した。
「結構です! それでこそ、我々も安心できると言うものです」
「で、御用意いただいた調印書は、本物でしょうな?」
シャアのななめ前に着席したホルストは、微笑をかくして本題にはいった。
「もちろんであります。閣下。地球連邦政府は、5thルナの直撃前に移動して、公《おおやけ》の効力を持つ調印書を用意しました」
「我々が、本気だと理解していただけましたか?」
「閣下の以前からの発言が単なる教唆《きょうさ》であるなどとは、微塵も考えておりませんでした。ですから……条約の中に、当方の条件を記載してあります。これを御承認いただければ、アクシズを譲渡いたします」
カムランは、唖然として、横から連邦政府の高官たちの表情を盗み見したが、彼等はすべてを承知しているのであろう。平然としていた。
パチンと指をならす音にカムランが顔をむけると、シャアの出てきた同じドアから、数人の兵が、アタッシェケースを積みあげたキャスターを運び出してきた。
その間に、ホルストと数人のネオ・ジオンの高官たちが、アデナウアーの掲示した調印書を中心に、なにごとか相談をし、時に、シャアの同意を得るようなようすを見せた。
「ネオ・ジオンの艦隊がルナツーに投降した後に、アクシズをスウィート・ウォーターに移動させる……ですな?」
ホルストの読むその一条が、彼等には問題のようだ。
アタッシェケースを運ぶ兵たちは、それをひとつずつ連邦政府の高官の前に置き、カムランの前にも同じものを置いた。キーが、中を確認してくれるようにと、グリップにぶらさがっていた。
カムランは、そのアタッシュケースの蓋《ふた》をソッと開いてみて、そのなかに金塊《きんかい》がビッシリと納められているのを見た。
「……!?」
カムランにも、事情が判明した。
しかし、アデナウアーは言った。
「……それらの条件をお認めいただけなければ、連邦政府としては、全面戦争に踏み切らざるを得ませんな」
冗談ではない。今さら格好をつけようにも、すでに各高官たちは、賄《わい》賂《ろ》を受け取っているのである。しかし、一|官《かん》吏《り》であるカムランが、一人、上司たちを無視して金塊をつき返すわけにはいかなかった。
「ホウ……。それでは、我々は、敗北いたします」
「そうです」
アデナウアーは、孔雀《くじゃく》が翼を拡げるように傲然《ごうぜん》と言い放った。まるで、自分の立場を知らないのである。
「結構です。我々は、スウィート・ウォーターにネオ・ジオン政庁を認めていただき、コロニーの開発の鉱物資源を、アクシズに求めているだけなのですから……しかし、付帯条件がないではありません」
ホルストが言う間もなく、ネオ・ジオンの高官たちは、別のキャスターを運ばせていた。
「これが、アクシズ買い取り金であります。御確認を?」
「会計局の者は、彼です」
カムランは、右奥のロンデニオン政庁の会計局局長の声に、あわてて立ちあがった。
「ハッ! はいっ!」
そのカムランのわきに、アタッシュケースの数倍のコンテナが運ばれてきた。カムランは、その金属製のコンテナの山に呆然とし、二人の兵が次々にコンテナの蓋を開くのを待った。
これはカムランにとって、拷問のような仕事であった。
「付帯条件とは、なんでありましょう?」
アデナウアーの誘導に、ホルストがようやく口を開いた。
「なに、アクシズをスウィート・ウォーターに運搬するまでは、我が艦隊の存続を認めていただきたいのです」
「それならば、その必要はありません。アクシズには、前世紀の核兵器を貯蔵《ちょぞう》してありますので、その核を利用したエンジンで、簡単に移動させることができます。ですから、ネオ・ジオンの艦隊は、ただルナツーに来ていただいて、武装解除をすれば良いのです」
「そりゃ凄い! まだ、昔の核パルス・エンジンが使えるのですか?」
そのホルストの感動した声に、地球連邦政府高官たちは、笑いをもらした。
「これは……。シャア閣下の艦隊ならば、その程度の情報は、入手されているものと信じておりましたが……?」
「いやいや、所詮《しょせん》、我が方は、私設軍隊であります。軍艦の数をそろえるのが精一杯というのが実状でして……」
ネオ・ジオンの軍人の一人が合わせたのだ。本題が終了して、全員がホッとしたのであろうが、その彼我《ひが》の立場は一見して分った。
「了解です。付帯条件は撤回しましょう。アクシズがスウィート・ウォーターに接触してくれれば、我がコロニーの開発事業が進捗し、失業問題も一挙に解決します……これで我が艦隊の隊員たちを、地球連邦軍に就職させていただければ、ネオ・ジオンとしては、もっと嬉しいのですが?」
「地球連邦軍に、就職ですか?」
アデナウアーは、両手を組み合わせた姿勢で、ホルストの方に身を乗り出したものだ。
「隊員たちには、給料が安いという不満があるので、それで……」
「ホルスト、そういう報告は、聞いていないぞ」
シャアが背後から、ボソッと言った。不愉快な顔を見せた。
「いや、報告いたしているはずです」
「……聞いていないな」
「ハハハ……」
「これは、これは……」
またも地球連邦政府の席上に、さざ波のような笑いがひろがった。
「了解です。閣下、それについては、地球に帰って検討いたさねばなりませんが、お約束いたしましょう」
「では、本日は基本条約に調印をし、以後、事務レベルで協議をいたすと理解いたします」
アデナウアーの向うに座る高官がニコヤカに宣言して、二通の調印書の確認を双方の事務次官がしたあとで、アデナウアーとホルストは、それぞれ金の万年筆で調印書にサインをし合った。
「では、この調印書にある日時に、ネオ・ジオン艦隊はルナツーに投降をして、アクシズをスウィート・ウォーターに移動させます」
「結購でありました……」
シャアは短く言うと、スッと立って、その場を退席した。
そのシャアを、アデナウアー以下の連邦政府の高官たちは拍手で送った。カムランは、絶望しながら金塊をかぞえていた。
ホテル・キャンベラのシャアの私室から、アデナウアー・パラヤたちのリムジンの列が出るのが見下された。シャアは、ネクタイをしながら、入口に立つホルストの方を見やった。
「ロンド・ベルの連中が、ここに我々がいるのを知ったら、襲われるかな?」
「そりゃ、多少冷静な人間なら、今日、地球連邦政府の連中がやったバカさかげんは分ります。袋叩きにあいますな」
「まったくな……なんで、政治を司《つかさ》どっている者が、ああなのかな?」
「伝票仕事しかしていなければ、世間などは見えませんよ。政治家が、企業家に一枚も二枚も上をいかれて、すでに百年の歴史がたちますが、政治家は、いまだに気がついていません」
シャアは、部屋の右手に拡がる牧場を見ながら、ティ・テーブルの上のサングラスを取った。
『アムロ。私は、アコギなことをやっているのだ……近くにいるのなら、この私を感じてみろ……』
ふと懐しい男の名前を口にして、シャアは、隣りの部屋に向った。ホルストが、アタッシュ・ケースを取って、そのドアを開いた。その隣りの部屋に待機していた数人のネオ・ジオン軍の高官がドッと立ちあがって、シャアに敬礼をして、一斉に和した。
「ジーク・ジオン!」
シャアも敬礼をかえして、彼等の間を歩みながら、返礼した。
「ジーク・ジオン!」
ブライトはドアを閉じながら、来客があのカムラン・ブルームであると知って、手を差しのべていた。堅い握手だった。
「おひさしぶりで……」
「艦長、お忙しいところを……わたし、今はロンデニオン政庁の会計監査局づめの仕事をしておりまして……」
「お変りなく……」
「げ、元気でしょうか、ミライ?」
「この二か月は会っていません。彼女は、ずっと地球なのです」
「では、元気なんですね? そりゃ良かった……信じられんのです。何が起こったか……」
カムランは、まだ、説明するための言葉をみつけていないようだった。
「なんでしょう?」
「どなたにお話をしたら良いか迷いましたが……それで……艦長を思い出しまして……その……シャアが、このコロニーにいるのです」
こんどは、ブライトが息を呑《の》む番だった。
「……!? なんです?」
「シャア・アズナブルが、このコロニーで連邦政府の高官と会ったのです。それも三十分ほど前にです」
「……アデナウアー・パラヤに、ですか?」
「彼だけではありません。他にも数人。地球にいる連中は、シャアと和平交渉が成立したと考えているのです」
「なんです、そりゃ?」
「私だって、条約|批准《ひじゅん》の席に立ち合わなければ、信じられませんでした。事情は、こうなんです……」
カムランは、バッグのなかからコピー用紙を取り出しながら、ブライトに説明をした。
彼は、昔、ブライトの妻であるミライの許嫁者《いいなずけ》だった時代があって、ミライとの痴話喧嘩をブライトに目撃されたりした男なのだ。
ブライトと作戦士官トゥースは、桟橋を行くアデナウアー・パラヤ一行に追いすがると、
「あなたたちは、シャアの本性が分っていませんよ!」
「隕石のアクシズを買ってくれたおかげで、コロニーの福祉政策が充実するんだ!」
「ネオ・ジオンに力をつけさせるだけです!」
アデナウアーはブライトを無視して、巡洋艦クラップに登るタラップのリフト・グリップを掴んで登りはじめた。ブライトもワイヤー・リフトを使って、クラップの舷側《げんそく》にワイヤーの先端を吸着させると、アデナウアーより先に甲板にあがった。
「まったく。アクシズひとつで、戦争が回避できるんだぞ! でなければ、シャアはコロニー潰しをかけると言ったんだぞ!」
アデナウアーは激して、ブライトに右手の指をつき出して喚《わめ》いた。
「シャアは、コロニー潰しはしません。地球に居残ったあなたたちを潰すだけです」
アデナウアーは、参謀本部の席に座るのが仕事だと思っている男である。それが、久しぶりに交渉事をしたのである。たまの仕事に、自信を持つのは当然である。ブライトごとき一艦長に邪魔されるのは、なんとしても我慢ならなかった。
「私は、ルナツーに行って、武装解除の受け入れ準備をさせる!」
傲慢《ごうまん》にならざるを得ない。アデナウアーは甲板を蹴ると、クラップのブリッジに流れていった。無重力に慣れていないアデナウアーにしてみれば、思い切った行動である。
ブライトは追って、食いさがった。
「……艦隊の武装解除をなんでロンド・ベルにやらせないんです!」
「シャアの艦隊をコロニー近くには、呼べんだろ!……ああ!?」
最後になってアデナウアーは、自分の身体《からだ》がクラップのブリッジから、かなり離れた距離を上昇していると気がついた。
ブライトは、クラップのブリッジのハッチに取りついて、下士官のひとりにアデナウアーを収容するように命じた。
「面倒かけるオッサンだ」
「参謀次官殿だぞ!」
「へいへい」
下士官は薄笑いを浮べて、アデナウアーを救助して、ブリッジに戻ってきた。
「……あ、電話、借りられんか?」
壁のインターカムを見つけると、助けてもらった礼も言わずに、アデナウアーはそう言った。
「え? ああ、これで……?」
下士官の手からインターカムを取ると、アデナウアーは、ブライトの前でキーを押した。
「参謀次官、ロンド・ベルは独自の行動を取りますが、よろしいですな?」
ブライトは、受話器を耳にあてたアデナウアーにおっかぶせた。
「当り前だ。貴官等が地球の危険と判断したら、いつでも行動して良い」
「はいっ!」
ブライトはトゥースを従えて、ブリッジのハッチを出ると桟橋に降りていった。
「……今の言葉、録音したな、トゥース?」
「はい。ロンド・ベルに、任せるという部分ですな?」
トゥースは、録音機を胸ポケットから出して、ニタッと笑ってから、日時を登録した。
[#改頁]
[#目次3]
第三章 騙し討ち
ロンド・ベルのモビルスーツ整備工場からは、桟橋《さんばし》に接舷《せつげん》するラー・カイラムの船体が窓一杯をふさいでいた。そのべったりした景色に、ケラ・スゥ中尉が流れこんで、リ・ガズィを見上げた。
「よしよし、弾丸の数、一発でも増やしたか?」
「もちろん!」
愛想がいいのは、アストナージ・メドッソである。
その背後では、ν《ニュー》ガンダムのコクピット回りの最終チェックが行なわれて、かなり殺気立っていた。しかし、未塗装だった部分の塗装も終って、νガンダムはようやく地球連邦軍の制式《せいしき》モビルスーツらしくなっていた。
「ヘー。ロンド・ベル・カラー、似合《にあ》うじゃない?」
「もともとガンダムなんだし、アムロの手も入っているんだから、当り前でしょ」
チェーンが流れてきたので、その顔を見上げたケーラは、ケタケタと笑った。
「ヤクト・ドーガは、どうするの? 発信装置や自爆装置はなかったんだろうな?」
「グリースに見せかけた爆弾だって、見逃してません」
「結構だ」
チェーンに、ケーラは偉そうに頷《うなず》いたものだ。そのケーラに、チェーンが身をよせて訊《き》いた。
「こんな仕事、無駄にならないのかしらね?」
「和平が結ばれたって話かい? ないね。シャアは一気に地球|潰《つぶ》しにかかる」
「本当に、そう思っているの?」
「ああ……」
ケーラは、どこか女をやるのをまちがえているような女性なのだ。
「……どうしたら、アムロをモビルスーツから下せるかしら?」
「この戦争が、終ってからだね」
「ケーラ!」
「御《ご》免《めん》よ……チェーン……」
自分の無神経な言葉に、さすがのケーラもチェーンに謝った。
サイド5の宙域からかなり離れて、一基だけ独特な形態をしたスペース・コロニーが、巨大なシリンダーを回転させていた。
太陽に面した方向の三分の一ほどが、サイド3などで使用された密閉型のコロニー、後部の三分の二ほどが、俗にオープン・タイプと呼ばれる三枚のミラーのついたシリンダーのコロニーである。しかも、その直径が違うために段差があって、そこが傾斜した接続面になっていた。
これが、今や、事実上、ネオ・ジオン政権が樹立したコロニー、スウィート・ウォーターである。
この優しい名称は、難民収容のために、破壊されたコロニーをつなぎ合わせて急遽《きゅうきょ》建造されたコロニーの暗いイメージを払拭《ふっしょく》するためにつけられた希望の名前である。官僚のセンスは、いつの世でも、このように発揮された。
その手前の宙域を、無骨な物体がかなりの速度で飛行していた。
「……シャア総帥、危険なことをする……」
ギュネイは、ついつい、そう思ってしまう。
しかし、ギュネイが乗るのは、サイコ・タイプである。考えたことが、言葉通りに監視員に読み取られることはないものの、余分な思考波が記録されてしまうので、あわてて実務の思考に集中しようとする。これが、サイコミュという脳波増幅装置の欠点であった。ギュネイは、自分が真実実力がつくまでは、自分のすべてを他人に晒《さら》す覚悟はできていたが、この程度の考えをも遮断《しゃだん》しなければならないということは、時には生理的な苦痛をともなった。
バッバッ!
無骨な機体の各関節のアポジモーターが、閃光を見せて、急速に機体をターンさせた。
「よし! ターゲットに移動する」
ギュネイは、そうコールすると、スウィート・ウォーターとは反対の方向に、飛び去った。
そのコロニーの港口に近いところに、レウルーラが遊弋《ゆうよく》していた。
しかし、この光景は、地球連邦政府に引き渡すための準備をしているとは見えない。上部のカタパルト・デッキには、数機のギラ・ドーガが立ち並び、いつもそうであろうという緊張した気分が支配していた。
レウルーラの広いブリッジの右隅には、ニュータイプ研究所のスタッフが占めて、その中央の席では、ナナイ・ミゲルがやや緊張した面持ちで座っていた。
その背後に立って、観察するシャア・アズナブルも、同じような緊張感があった。
「ドライの各関節のアポジモーターの動きは、考えなくて、いい!」
ナナイはシャープに言った。
「はいっ」
弾けるようなギュネイの声が、大人たちが詰めきるブリッジに、鮮明に響いた。
「よーし、ファンネルのテストに入る!」
「やっぱり、やるんですね?」
多少、不安な声音が、ギュネイから聞こえた。ヤクト・ドーガと比べ、ファンネルの規模が違いすぎる。
「気の強い小僧がいう言葉かい?」
ナナイにすれば、冗談のつもりだったが、それが精一杯というのが、彼女なのだ。
それを黙《だま》って見守るシャアにも、やはり、どこかでこだわりがあった。
『強化人間!……あの娘《むすめ》と、同じにしてしまうのではないか?』
そういうこだわりである。ゲイ・ドライは、ララァが乗ったエルメスの後継型であった。
しかし、戦力比が圧倒的な地球連邦軍に対して、どんな小さい作戦を仕掛けるに当っても、シャアは少しでも可能性のあることはしておきたかった。
そのために、試作機の試作機というレベルのモビルスーツであろうとも、投入する必要があると、考えていたのである。それが、今、ギュネイに操縦させているゲイ・ドライであり、強化人間そのものもひとつの戦力に相当した。
ゲイ・ドライをモビルスーツというのは、正確ではない。
完全な人型ではないからだ。
肩に相当する部分は、腕全体を覆《おお》うように競《せ》り出しており、巨体に対して細すぎる脚《あし》は、補助脚を備えていた。
あくまでも、試作機であったが、試作機の実戦投入はジオンの伝統ともいえた。
テスト飛行の結果は、考えたとおりに、満足すべきものであった。その結果をみて、いよいよサイコミュによるファンネルのコントロールをテストするのである。
連邦政府にネオ・ジオンの艦隊が投降するのは、明日なのである。時間がない。それまで、このテストは終了させる必要があった。
「ギュネイの脳波、サイコミュと連動!」
「確実です」
「強化レベルは、バージョンRJ32、実践《じっせん》可能です」
「やって見る。ギュネイ、頭痛の気配はないか?」
「ありません!」
「ナナイ、そんなに、強化したのか?」
さすがに、シャアは前に出てナナイに耳打ちした。
「いえ……心理的な摺《す》りこみ作業だけです。薬物など使っていませんが、かなり安定したようです」
「そうか……」
シャアは、窓の外に背中を見せるゲイ・ドライを見やった。太陽を背にしたそのシルエットは、かつてモビル・アーマーと称したマシーンに近いものだ。
「ギュネイ、ターゲットの位置は分るか!?」
「分ります! 頭にホンノリと形になっています」
ギュネイの言う意味は、サイコミュによって受信された脳波を、キャッチしているということである。
「ターゲットを想像できれば、ファンネルは、敵の宙域に自動的に浸入してくれる」
「はい……」
「ファンネルを放出しろ!」
「はいっ!」
ギュネイの返事と同時に、ゲイ・ドライのバック・パックから無数の閃光《せんこう》が走った。が、それは、ドライの前方の宙域でフラフラと滞空するように見えた。その無数のファンネルが、四方に浮遊したまま、不安定な動きを示しているのは、監視ディスプレーからも判別できた。
「……本当に、俺の考えで、こんなにコントロールできるのか?」
「標的をイメージしろ! 疑っている考えが、ファンネルを迷わせるのだ!」
「ハイッ!」
「ファンネルたちに、気合を掛けろ!」
「行けっラァンネル!」
ギュネイの思い切った掛け声に乗って、バ、バッ! ファンネルは、前方に疾《しっ》駆《く》しはじめた。
まちがいなくギュネイは、機械的な操作をしていないのは、監視ディスプレーでわかる。ギュネイの両手は、胸のところで組み合わされたままなのだ。
「後は、ファンネルが見た映像を感知して、攻撃の号令だけっ!」
「ファンネル! ヒット!」
目を閉じて叫ぶギュネイが、小型ディスプレーのなかに一杯になった。
用意された二十四機のダミー・モビルスーツがいっせいに爆発した。
「やっつ!」
そのギュネイのコールに、シャア以下のスタッフは、感嘆《かんたん》した。
「ホーゥ……」
「成功です。ゲイ・ドライは、実用レベルと断定できます」
ナナイの報告である。
「これ以上急ぐのでしたら、実戦に投入する方が早いですね」
「……ルナツー潰しに出すのか?」
「ニュータイプ研究所の責任者としての判断です」
シャアは、思わず渋い顔をした。
「大佐……」
「任せる。ギュネイについての判定は、わたしの仕事ではないからな……」
「よろしいのですね?」
ナナイは、背中を向けたシャアに、念を押すように言った。
そのレウルーラのカタパルト・デッキのハッチ口に待機していた二機のギラ・ドーガが、ゲイ・ドライの機体の前に出た。
レウルーラとつながったチューブを、ゲイ・ドライの頭部に接続して、ギュネイのための通路を作るのである。
ゲイ・ドライの機体のスケールは、モビルスーツ・デッキに収容できるものではない。ギュネイは、そのチューブのなかを通って、モビルスーツ・デッキの上部ブースに降《お》りた。
スウィート・ウォーターのコロニー内は、すべてが昔のものの再生品か、急造のもので満ちていた。二十世紀の感覚でいえば、プレハブ的というのが近い表現だろう。そうはいっても、港口からシリンダー内壁の山の部分には、自然らしさがあった。
午後八時という時間である。
七|輛《りょう》の車両で構成されたリニアカーが、その山の斜面を降下して、街の区画のプラ板に満たされたような郊外区に滑りこんでいった。
そこには、申しわけていどの河が作られ、緑もあった。その安手の盆栽のような庭のあるカフェ・テラスの真上から、鉄骨が剥き出しという感じのビル街を走った。
車両はかなり混んでいた。
「総帥が乗っているって?」
「前の方さ。そっちだ!」
そんな噂が、乗客たちの間に走り、駅ごとに乗り込む客たちの間に、小さな感動を生んでいた。
「総帥に!」
「ああ……」
そんな言葉にのって、小さな花束が、車内の客たちの手から手に移動していった。
「総帥にだぞ?」
その花束が行くところに、シャアが、ギュネイを伴って立っていた。しかも、周囲の客たちが席を譲《ゆず》ることはない。シャアの習慣であるからだ。
「……花?」
「総帥にと」
ギュネイの目の前で花束を差し出した老人は、照れを隠しながらも、シャアの方に手を伸ばして、握手を催促《さいそく》した。
「わたしにか? すまんな」
「こ、光栄であります。総帥! むこうからの花束ですが……」
シャアと握手をした老人は、言わずもがなのことを言い、背後の乗客たちの方を向いた。乗客たちは、車両の中央を開いて、シャアに花束を送った中年の夫人をシャアに見えるようにした。
「ジーク・ジオン!」
その夫人は、右手をあげて毅然としたコールを送ってくれた。それに和して、乗客たちが一斉に『ジーク・ジオン』の声をあげた。
シャアは、スウィート・ウォーターに進駐すると同時に、リニアカーに乗る習慣を作った。
このシャアのみえすいた人気取りの行動は、スウィート・ウォーターの難民たちに圧倒的に支持されたのである。
このようなシャアの配慮が、ネオ・ジオンの艦隊を短期間に、受け入れさせる素地になったのは事実である。しかし、彼等乗客たちは、ネオ・ジオンの艦隊が、明日、連邦政府に投降するというニュースは知らされていなかった。
「お食事にしますか? それとも……」
リビング・ルームの右奥のキッチンの方から、ナナイ・ミゲルの声がした。
「ン……シャワーをつかう……」
シャアは、そう言うと、いつものハンガーに上着をかけてから、バス・ルームに向った。
このように、宿舎に調達した幾つかの個人的な利用を許可しているのも、シャア自身が使うものを特定される危険を回避してのことだった。似たような建物を幾つも用意することによって、シャアはプライベート空間を確保しようとした。
しかし、ナナイ・ミゲルに一軒の家を使わせているのは、シャアの職権乱用である。それを、誰も抗議をしないのは、自分たちもいつかは妾宅《しょうたく》のひとつも持ちたいという欲望があるからで、それを人の悲しい習性とは、シャアも思わない。
ナナイは、リビング・ルームのバーで酒の用意をしてくれたが、言葉は多かった。
「……アクシズを地球に激突させれば、地球に核の冬と同じような壊滅的な寒冷化が襲います。その上、ルナツーに永久保存されている核兵器まで地球に落せば、それは、完璧ですが……」
バス・ローブのシャアは、窓に面したソファに深々と身を任せて、目を通していた書類にサインをすると、右のサイド・テーブルの上の赤いトランクに入れた。行政関係の書類運搬専用のトランクである。
ナナイは、グラスをシャアの左のサイド・テーブルに置いて、
「かつて、どんな独裁者もやったことがない悪行です」
と、言葉を収《おさ》めた。
シャアは、ナナイを無視するようにグラスを取って、窓の外に拡がる林を見つめた。珍しく左右の天には、反対側の街の光が列になって見えた。
その光の量だけを見れば、スウィート・ウォーターも豊かになっているようだが、今も目を通した住宅供給計画を思い出せば、暗澹《あんたん》たる思いに陥ってしまうというのが実情である。
ナナイは、自分のグラスを取って、自分のソファの肘掛けに腰をひっかけるようにした。
「……人類が、宇宙に進出しても、覇権争いを続けたのは、なぜだな?」
シャアは、グラスのこはくの液体を舐《な》めて言った。
「……例外を認めて、地球に居住する人々を、残したからです」
「もうひとつ理由がある。社会的動物である人は、もともとテリトリー争いをする習性がある。わたしはね、宇宙に出た人類の革新を信じたいのだが、人類全体をそうするためには、誰かが、人類の業《ごう》を背負わなければならんと分ったのだ」
「その覚悟と……ヤクト・ドーガの機体をアムロに捕獲させたことが、分らないのです」
「…………?」
ナナイが、その問題にこだわるのは当然である。彼女は、ひたすらシャアには第一線をひいてもらって、総帥であって欲しいと望んでいるからだ。
それは、ナナイが、キャリアウーマンとしての才能を見せればみせるほど、彼女自身が、平穏な生活を渇望《かつぼう》しはじめていると知ったからである。
彼女は、シャアが艦隊の整備を始めた頃に出会い、シャアのなかに家庭的なものを求める影があるのを見逃さなかった。そのシャアの側面に興味を待ったナナイに、シャアも興味を待ってくれた。
しかし、人手の欲しいシャアの実情が知れるにつれて、ナナイは、自分でも驚くくらい実務的な才能を待っていることを知り、シャアの軍の組織作りを手伝うようになっていった。
個人的な秘書の仕事から、小さい組織の人事の裁量権《さいりょうけん》を任され、そして、経理の管理をするようになれば、辺境の地にいる者が地球連邦政府に一矢を報いることに興味を待つのも、当然のことだろう。
ナナイの両親は、ザビ派の嫌疑をかけられて、隕石探査収集業務に廻されて、古びた島一号タイプの小さなコロニーに追いやられたのである。そこの仕事で父を亡くしたナナイは、コインよりも小さい地球を見ながら、母と泣く生活をした。
そして、シャアが言う強化人間のプランに興味を待ったのも、いつかは真空でも生きられる人を完成できるのではないかという、夢想にとらわれたからだ。
その思いは、父の死と無関係ではない。
「ギュネイは、回収できたはずだと言っていました……敵のアムロ・レイですか? 彼のモビルスーツは非力で、サザビーの敵でもなかったと……分らないのです。大佐は、アムロを仇敵《きゅうてき》だとおっしゃっていながら、討てる時に討たない……ならば、明日の作戦をあきらめたのかと言えば、そうではない……つまり、5thルナに始まった隕石落し作戦は実施なさる」
「いかんか……?」
「なぜ、大佐は、アムロ・レイをそんなにも目の敵《たかき》になさるのです? アムロ・レイは、優しさが武器だと勘違いしている男です……女は、どんな種類の男の優しさも、呑み込めます。でも、大佐はそのアムロを許せない。なぜです?」
シャアは、グラスのなかのこはくの液体を見つめて、ナナイの話は聞いていなかった。
ナナイが珍しくこんなにしゃべるのも、明日は別々に行動しなければならない、という不安にかられてのことである。だから、シャアは許していた。
このシャアの寛容な部分が、ナナイには家庭的な部分と感じられるのだろう。
シャアの見ている光景は、あの初期のプロト・タイプのファースト・ガンダムと、薄い緑色のモビルアーマー、エルメスが接触している光景だった。
『ジオン独立戦争の最後の戦闘で、わたしが目をかけていたパイロットのララァ・スンは……敵対するアムロのなかに、自分が求めていた優しさを感じたのだろう……あれが、ニュータイプ同士の共感とは思いたくはないが……』
あの時、シャアは、攻撃し合うガンダムとエルメスの間に、パッと人のイメージが浮かぶのを見てしまったのである。ラファとアムロの若い姿が、からむイメージだった。
それは、シャアの錯覚であろう。幻視であろう。しかし、シャアは、それだけではなく、
『ララァ!』
『アムロッ!?』
二人の声を聞いたのである。その瞬間に、シャアは激した。シャアは、当時、使っていた赤いモビルスーツ、ゲルグクを、その二機の間に突入させた。
「ララァ! 敵と戯《ざ》れるなっ!」
そのシャアの絶叫を、別々のモビルスーツに乗っているアムロとララァが聞いたという確信はあった。
ガンダムは、エルメスを背にして、シャアに対《たい》峙《じ》しようとしたが、
『やめてっ!』
エルメスのララァの絶叫が、シャアの耳を打った。シャアの目には、そのララァのイメージがアムロを庇《かば》って見えた。
「エエイッ!」
シャアはゲルグクを突進させ、エルメスが、ガンダムとゲルグクの間に入る。そのために、ゲルグクを攻撃しようとしたガンダムのビーム・サーベルが、エルメスのコクピットを貫通してしまった。
『アッー!』
『ウアーッ!』
アムロとララァの絶叫がシャアの耳のなかでからんで、閃光がそれらすべてを打ち消して宇宙に散った。
『なまじ、人の意思が、感知できたばかりに……』
シャアは、思う。
「どうなさいました?」
シャアは、かすかに動揺をみせた。ナナイの胸元の肌が視界一杯あった。その首から胸にかけての淡くなだらかな肌の色が、海のように拡がって見えたのは、シャアの覚醒《かくせい》がおわっていないせいだろう。
「ん? 考えていたのだ……わたしとアムロ……似過ぎているのだ」
「ニュータイプとしてですか?」
「……真実ニュータイプならば、そうだ。が、わたしはニュータイプではない。生《なま》の人間だ。感情を持ちすぎている。ニュータイプは、もっとピュアだよ」
シャアは、ナナイの場所にいるのに飽きた。立ちあがった。
「……明日は、頼む。わたしは、アクシズに先行するから……」
シャアは、ナナイの胸元に手にしたグラスを触れさせた。その冷たい感触に、ナナイは上体をチラッとふるわせてから、そのグラスを受け取った。
多少、歯ぎしりしたい気持ちが、ナナイにあった。
もし、シャアに、ララァ・スンのせいでアムロと戦争をやるつもりになっているのだろう? と、聞くことができれば、こんな面倒な話をしないですむのである。
それをできない自分の性格を、ナナイはこの時は呪った。
ナナイも、何度かシャアの寝言で、ララァ・スンの名前は聞いているのである。その名前を調べもした。そして、よく分っていた。アムロとララァとシャアの関係を……。
直接出会ったことがないに等しいララァとアムロが、モビルスーツの戦闘中に互いに必要な相手と直感して、声をかけあい、思惟《しい》の交換をした。それを感知したシャアが、二人を切り裂こうとした事実があったということは、戦史は詳細に描いていない。
しかし、ナナイは、シャアの寝言から、そうだろうと推量できた。
その一事にこだわったからこそ、シャアは、地球連邦軍にクワトロ・バジーナの偽《ぎ》名《めい》を使って潜入して、一度はアムロとも近しくし、そして、今日という日を待ったのである。
そうするのがシャアである、とナナイは理解していた。
しかし、ナナイは、ララァの名前だけは、絶対にシャアの前で口にしないと決めていた。彼女の女性としての覚悟である。いさぎよさと言っても良い。
「……ギュネイ、いいんですね?」
それだけを、ドアのノブに手を掛けたシャアに訊《き》いた。
「……? あまり、いじり回すなよ」
シャアは、そう言い残して、ドアを閉じた。
シャアは、ネオ・ジオンの全艦艇とその将兵に対して、最後の訓《くん》示《じ》をしていた。
スウィート・ウォーターの港口には、十隻近い艦艇が停泊し、そのカタパルト・デッキには、完全武装したモビルスーツが整列して、シャアの演説を聞きいっていた。
「……このコロニー、スウィート・ウォーターは、過去の宇宙戦争の被害を受けた難民を収容するために、急濾《きゅうきょ》、建造されたものである……」
各艦艇のモビルスーツ・デッキには、シャアの立体映像が投映されて、それを中心に上下左右に、パイロットやメカニック・マンたちが整列していた。
「しかし、地球連邦政府が、難民に施《ほどこ》した施《し》策《さく》はここまでであった。容れ物さえ作れば、あとは、地球に引きこもり、我々に地球を解放してはくれない……わたしの父、ジオン・ダイクンが……」
港口からコロニー内の桟橋にもレウルーラ以下、三隻の艦艇が係留されて、その甲板にも、おびただしい数の兵員が、立体映像を見上げた。
その奥の巨大な演台で、シャアは熱弁をふるった。
「……宇宙移民者、つまり、スペースノイドの自治権を地球に要求した時、父ジオンはザビ家に暗殺された! そして、ザビ家一党がジオン軍を騙《かた》り、地球に独立戦争を仕掛けたのである。その結果は、諸君等が知る通り、ザビ家の敗北に終った……」
その演台の背後には、高官達が居並ぶ席があり、その最後尾の席には、ナナイとギュネイたちがいた。
「しかし、その結果、地球連邦政府は増長し、連邦軍の内部は腐《ふ》敗《はい》した。それが、ティターンズのような反連邦政府運動を生み、ザビ家の残党をかたるハマーンの跳梁《ちょうりょう》ともなった。これが、宇宙難民を生んだ歴史である。ここに至って、わたしは、戦争の歴史を繰り返さないために、地球圏の元凶である地球に居続ける人々を粛正《しゅくせい》する! これが、アクシズ落し作戦の目的である!」
ウワーッ! 将兵の間から怒《ど》濤《とう》のような喚声《かんせい》と拍手が起り、ギュネイはその音響の源《みなもと》である桟橋の方を見下した。
『蟻《あり》が叫んでいる……!』
それがギュネイの実感だった。
しかし、ギュネイの前の政府関係の大人たちも、立ちあがって拍手し、喚声をあげているのだ。
「シャア総帥!」
「スウィート・ウォーターの救世主だ!」
「難民たちの希望の星よ! 永遠にっ!」
「……諸君! 自らの道を拓《ひら》くため、あと一息、諸君等の力をわたしに貸していただきたいっ!」
シャアの最後の言葉に、再度、拍手と喚声があがり、シャアは左右に両方の手を上げて答えると、ネオ・ジオン総帥のマントをなびかせて演台を降りた。
それをホルスト・バーネルやカイザス・M・バイヤー以下の高官たちが拍手で迎えて、握手を求めた。
「……カイザス、どうかな?」
「結構です。総帥としての雰囲気があります。もう、モビルスーツには乗らんでいただきたいですな。それが、政治向きの仕事をするわたしからの要請です」
「この作戦の後、モビルスーツからは降りる」
「今、降りると約束していただけませんか?」
「わたしだって、まだ若いつもりだ。あの若者たちには、負けたくない」
シャアは、大人たちの背後に座っているギュネイの方を見た。ギュネイは、突然大人たちに見られ、ドキッとしながら立ちあがって、誰ともなしに会釈をした。
「ニュータイプですと?」
カイザスは、シャアの耳元で低く訊いた。
「かなり性能がいい。あの若者たちには、コロニーに逃げ込んだ連邦政府の政治家共を粛正してもらうさ」
「そうそう。連中の種子こそ、人類にとって有害物質だ」
「種子か? そうだな」
シャアは、にこやかにギュネイのところまで来て、隣りのナナイに言った。
「ナナイ、ニュータイプ研究所の成果、見せてもらうぞ?」
「はっ!」
「あれで、引っかかるのですか?」
カイザスが不安そうに言った。
シャア以下の政府の高官たちは、港口が展望できるラウンジに立って、窓の外にあった岩のようなものが膨《ふく》らみ出すのを見ていた。
そのダミーは、膨張して艦艇のシルエットになり、なかにはシャアの旗艦であるレウルーラそっくりになっていくものもあった。
「海軍の連中は、艦《ふね》の数が合っていると安心するものさ」
シャアである。
「レウルーラ以下、港の温存してある艦艇をダミーでそろえる。それで地球連邦軍に投降するネオ・ジオン艦隊を編成して、その間に、本物のレウルーラ以下の艦艇が、アクシズに侵攻するという段取りですか?」
「分ったかい?」
シャアは、反復するホルストの顔を覗きこんで、苦笑した。
「どうも、軍の動きは、金の動きほどに分りません。時間的にうまくいくのですか? 総帥は、投降を演じてみせる艦隊に、ルナツーの核兵器までアクシズに搬入させるおつもりでしょう?」
「ああ、ルナツーの核兵器は、アクシズを加速するのにも使えるし、地球を汚染することもできる。ナナイなら、やってくれる」
シャアは、そうつけ加えた。
「彼女やムサカの艦長の能力を疑ってはいません。しかし、地球連邦政府にも、策士はいるのではないのかと……?」
「その意味でいえば、ロンド・ベル部隊はそうだろうが、連邦軍はそれを動かそうとしないのさ」
彼等の前で、ダミーの艦艇が、本物の艦隊に曳《ひ》かれて移動を開始した。その先頭は、巨大な機体を持つゲイ・ドライを曳航《えいこう》するムサカであった。
「……突然でありますが、スウィート・ウォーターの皆様に、悲劇的なニュースを伝えなければなりません。このわたしの気持ちをどうお伝えすれば良いのでしょうか……」
ネオ・ジオンの艦艇の発進は、スウィート・ウォーター政庁直営のテレビ放送によって、突然、生中継が開始された。
それは、スウィート・ウォーターの人々にとっては寝耳に水であり、ルナツーに入港していたアデナウアー・パラヤの乗ったクラップのクルーにとっては予定通りのニュースであった。
「……ルナツーには、旧世紀からの核兵器は、どのくらい貯蔵されているのだ?」
「ハッ、ネオ・ジオンの艦艇を百回|殲滅《せんめつ》するだけの量はあります」
クラップの艦長は不愛想に答えた。艦長は、このアデナウアーとは、なんとしてもソリが合わないのである。
「シャアは、そういうことを知っているんだよ。彼は賢明だよ」
「ロンド・ベルは、戦争をしたがっているとおっしゃるのですか?」
「ああ……地球からは、そう見えるな」
こうなのである。
「参謀次官、スウィート・ウォーターの放送を受信しました!」
「よし。……これか?」
クラップの艦長が、アデナウアーのために、天井のディスプレーひとつを開いた。
「電波状態、いいな?」
「……スウィート・ウォーターの難民に一大希望を与えてくれた艦隊が、今、連邦政府と永遠の和平を締結《ていけつ》するために出港しました。我がスウィート・ウォーターに、独立と勇気をもたらした艦隊の、最後の、栄光の、船出であります」
そのアナウンサーの感情過多のアナウンスを聞きながら、アデナウアーは満足だった。
「旗艦のレウルーラが、後方か?」
「数は、そろっていますね。一隻多いや。こっちの情報以上の巡洋艦を持っていたんだ」
「シャアは、正直なんだよ」
アデナウアーは、自分の手《て》柄《がら》を誇るように答えて、テレビ画像に見入った。
「ボンボワージュ! 短い間でありましたが、難民たちに誇りを与えてくれたネオ・ジオンの艦隊たち! しかしこれからは、ネオ・ジオンの名前は、このスウィート・ウォーターに残るのです!」
「これで、地球の敵は、本物の宇宙人ぐらいになったな。軍は、もう解体だな?」
「我々に新しい職業が、ありますか?」
「あるよ。地球には、海岸掃除の仕事が山ほどある」
クラップの艦長は、その時、アデナウアーの頭をなぐりつけようかと思って、半分ほど拳《こぶし》を振りあげたものだ。
そのスウィート・ウォーターの放送が終了して間もなく、ロンデニオンのロンド・ベルの桟橋わきの指揮所内で、ブライトがカムランから受取ったファイルを読んで呆《あき》れていた。
「核弾頭が十五基? こんなものが、ルナツー以外にもあったんですか?」
「管財品として、会計局扱いのものでした。ですから、博物館行きの代物です。使うとなれば、気をつけて下さい」
「こんなものを持ち出して、あなたは、罪にならないのですか?」
「現行の連邦政府が生き続ければ、終身刑ですね」
「いいのですか?」
「わたしは、ロンド・ベルの作戦の成功に賭《か》けます」
「ありがとう。カムランさん」
「いや、礼はいいんです……わたしは、ミライさんに生きていて欲しいから、こんなことをしたんですから……」
「昔のフィアンセには、そう言う権利がありますよ」
「しかし、ネオ・ジオンの全艦隊が、武装解除のために発進したって放送は、ウソですか?」
「でしょうね。見せかけですよ」
ブライトは、カムランの楽観的な観測を頭から否定した。
ルナツーはつぶれたレモン型をした小惑星であるが、もう惑星というのは妥当ではない。地球圏《ちきゅうけん》に搬入されてからは『石ころ』と言う俗称《ぞくしょう》の方が通りがよい。
その周囲には、十数隻のサラミス・タイプ、ラー・タイプの艦艇が、ネオ・ジオン艦隊が来るであろう方位に船首を向けて待機していた。
「ネオ・ジオンの艦隊は?」
クラップのブリッジでそうきくアデナウアー・パラヤは、人生最大の得意満面のシーンにいた。彼がシャアと交渉をしたあと、事態は彼の予定通りに動いているのである。
これを得意に思わずして、彼の人生に華《はな》はない。
「ハッ! レーダーで確認される数は、スウィート・ウォーター発進時と同じ!」
「……レウルーラ以下三艦は、砲身を外していますな。他の艦は、降伏の状態を示しています」
ディスプレーに拡大された偵察写真をチェックするオペレーターの報告は、ますますアデナウアーを有頂天にさせた。
「艦長、クラップを前に出さんのか? 最後尾では、シャアに失礼になるがな……」
「小官としては、閣下以下のラサの方々を守らなければならないという任務があります」
そう言われれば、さすがに、アデナウアーとしてもそれ以上|抗弁《こうべん》する気はない。
「ン……? ネオ・ジオンの艦隊の接近速度が、早いかな?」
それでも、アデナウアーは沈着な指揮官の顔を見せようと、そんなことを言った。が、それが当っていた。
「我が軍に入って、早く高い給料をもらいたいんでしょ?」
「ああ……」
クラップの艦長の皮肉を、アデナウアーは気がつかない。嬉しくなるだけだ。
しかし、それに対するネオ・ジオンの艦隊のムサカのブリッジでは、ルナツーの各港口と各艦艇との間に射線を引かせて、攻撃予定線を設定させていた。
「ミノフスキー粒子が薄いおかげで、ルナツーの港口にミサイルを誘導できる」
「その後で、モビルスーツ部隊の発進ですね?」
ナナイ・ミゲルの確認にムサカの艦長は、頷《うなず》いて、目視できるようになったルナツーの特異な形に目を細くした。
「ネオ・ジオンの艦隊が、縦に散開しているようですな?」
クラップの艦長が、初めてアデナウアーに深刻な顔を見せた。
「……!? 竿《さお》で、進入する手はずだが?」
浮かれながらも、アデナウアーも大人である。かすかだが、シャアの約束違反を見つけて疑いを抱いた。
「モビルスーツ部隊、散開させとけ! 偵察も出せ!」
クラップの艦長の命令に、アデナウアーは正面の窓の方に身をのりだして、三機のジェガンがネオ・ジオンの艦艇の方位に行くのを見送った。
ネオ・ジオンの艦隊は、ムサカを中央において、左右、上下に散開する布陣になった。そのすき間に三機のジェガンが進み、最後尾まで回り込んだ。
そこには、ダミーのレウルーラ以下三隻の艦艇のシルエットがあった。
「攻撃開始だな?」
その敵のモビルスーツの動きを見て、ムサカの艦長が、ブリッジのクルーに確認した。
「ハッ!」
中央のオペレーターが号笛《ホイッスル》のスイッチを入れると、艦内にするどい笛の音《ね》が走った。
最大|仰角《ぎょうかく》になっていた各艦の砲が水平にもどる。その向うでは、ルナツーから発したジェガンが、レウルーラがダミーであることを知って、うろたえているように見えた。
「モビルスーツ部隊、発進用意! ゲイ・ドライも同じ!」
同時に、艦砲射撃の閃光がムサカのブリッジを満し、ネオ・ジオンの艦隊のミサイルとメガ粒子砲のビームがルナツーに走った。
その光に包まれた偵察部隊のジェガンこそ哀《あわ》れだった。集中攻撃を受けるかたちになって、あっという間に直撃を受けて消失した。しかし、そんなモビルスーツの爆発も、その直後にルナツーに沸きあがった光の渦に比べれば、線香花火のようなものだった。
「熱源、無数に発生っ!」
クラップのブリッジで、オペレーターが絶叫した。
「回避っ!」
「馬鹿なっ! 条約違反じゃないかっ!」
ブリッジの左右に閃光が走り、正面で爆発が起りながらも、アデナウアーは自分の信じていたものが間違っていたことを認める気にはなれなかった。
ルナツーの幾つもの港口にホーミング・ミサイルが飛びこみ、ルナツーは真赤な火に包まれた。一部の艦艇は退避行動に移ったものの、直撃を受けて爆発する艦がほとんどだった。
しかし、後方に位置していたクラップは、第一波の直撃だけは免《まぬ》がれていた。
第二波のミサイルとメガ粒子砲の攻撃が始まると同時に、各艦艇からモビルスーツの射出が開始された。ムサカで最後に発進するのは、ギュネイ・ガスのゲイ・ドライであった。
ギラ・ドーガがカタパルト・デッキから射出されると、ムサカの下に係留《けいりゅう》されていたゲイ・ドライは、スカートの下の二本のブースター・ノズルを燃焼させた。訓練の時には、装備されていなかったものだ。ゲイ・ドライの重厚な機体が、一気に加速される。
「ギュネイ、今日は、ドライに慣《な》れるだけでいいんだ。分っているな?」
「了解っ! 増槽《ぞうそう》タンクの燃焼終了。切り離します!」
ギュネイは、ゲイ・ドライのスカートの下の二本のタンクを切り離すと、ゲイ・ドライを艦隊の攻撃射線の南側からルナツーに直進させた。それに、ズングリとしたギラ・ドーガの部隊が子供のように追従した。
すでに、ミサイルの攻撃はやんでいるものの、まだ、メガ粒子砲のビームが突き刺さって、ルナツーは真赤に焼けていた。しかも、内側からの誘爆で各所が膨《ふく》れあがっていた。
その光景は、ギュネイには、夢のなかにみる地獄絵に似て見えた。
「……凄い……!」
ギュネイは息を呑んだ。その宙域は、彼を拒否する『場《フィールド》』のように思えた。いろいろな種類の狂気が集中して、人を狂わせる宙域だと感じたのだ。
ギュネイの癇《かん》は激しい。サイコミュを通して、巨大な思惟《しい》のうねりを感知し、そのわずらわしさにカッとなった。そして、それらの思惟のうねりのなかに、妙にシャープな色のする思惟を感知していた。
それは、どのような混濁した思惟よりも、ギュネイを刺激した。それは、ルナツーの北側の宙域からきた。
「……!? まだ逃げている艦《ふね》がある!」
ギュネイは、いきなりゲイ・ドライを向けた。
ギラ・ドーガ隊が、一瞬ひるみながら追おうとしたが、防戦に出たルナツーのジェガンの数機に対《たい》峙《じ》せざるを得なくなって、意識をそちらに振り向けた。
ギュネイが接近した艦は、アデナウアー・パラヤの乗るクラップだった。
とうぜん、クラップは、小型艦ほどに見えるゲイ・ドライの出現に、狂気のような対空砲火を射ちあげた。
ギュネイの視覚は、自分に向けられた敵意の光の渦《うず》を見た。ギュネイの感情が飽和した。
「そこっ!」
ゲイ・ドライのスカートに装備された十六基のファンネルが一斉射されて、滝のようにクラップに突進した。
「うっ……モビルスーツだっ!」
クラップのブリッジでそのゲイ・ドライの奇妙な姿を目視したアデナウアーは、そのマシーンが『死神』に見えた。
ゲイ・ドライを発したファンネルは、クラップにレーザー攻撃をしながら突進した。クラップのブリッジにもその二発が直撃して、ブリッジが消失した。
そのルナツーの戦況は、すべての駆動機関を停止させたレウルーラの天体望遠鏡による観測で確認できた。そして、レウルーラは再びメイン・エンジンを開いて、三隻の僚艦と共にアクシズに向った。
「作戦は、成功のようです」
ライル艦長が、シャアに報告した。
「フム……我々がアクシズに取りつく頃は、アクシズの艦隊はルナツー援護に移動して、留守だな?」
「そうでしょうね?」
すべては、アデナウアーの思惑《おもわく》ではなく、シャアの意思に従っているのである。
ラー・カイラムには、三艦のラー・タイプの宇宙巡洋艦が従い、周囲にはモビルスーツ部隊が最後の編隊飛行の訓練をしていた。そのようにロンド・ベルは、寄せ集めの軍なのである。
その間、ラー・カイラムは、各コロニーの艦隊と接触を取ろうとしたが、状況は思わしくなかった。
「駄目です! 各艦隊の応答ありません!」
「みんな萎縮《いしゅく》しちまって、シャアと闘わんと言うのか!?」
罵《ののし》るブライトを、ブリッジの全天ディスプレーで、アクシズとルナツー、それに艦隊の表示をチェックしていたアムロが呼んだ。
「艦長。やっぱり妙じゃないかな?」
「……なんでだ? ルナツーのシャアの艦隊が、ルナツーの核を収容してアクシズに向うまでのことを考えれば、こっちが先にアクシズにたどり着ける。カムランから提供してくれた核でアクシズを粉々にしちまえば、シャアには地球に落す石っころがなくなっちまって、なにもできなくなる。ルナツーを地球に落すとなれば、核爆弾を推力にするための仕掛けに時間がかかって作戦にはならん」
「そうだがさ、シャアは、そんなに馬鹿か?」
「大尉、モビルスーツ部隊の編成表です。備品の配置、作戦に入る前にもう一度確認しておいてください」
「了解……」
アムロは、チェーンから、そのファイルを受け取った。
「なんで、妙なんだ?」
「シャアは、もう少し利口だぞ。ルナツーとロンデニオンから同時に艦隊が出ても、アクシズにたどり着くのはこちらの方が早いんだ。シャアは、そんなことを許すか?」
「でも、ネオ・ジオンの投降してきた艦隊は、一隻多いくらいの艦艇がいたのよ」
「それがさ……スウィート・ウォーターの放送局のカメラが、当てになるのかな……?」
そう言ってから、アムロは、ようやくとんでもない事を思いついて、ニュースのビデオを天井のディスプレーに再生させた。
「……? レウルーラの砲身が、ないな?」
ブライトである。
「……そうかっ!」
アムロは、ディスプレーの映像をストップして、それを拡大した。
「……よく出来たダミーだ。ニュース・カメラは、艦隊をクローズアップで撮影していなかった。それは、地球連邦政府に対して、艦艇が十四隻だということを示すためのものだと信じていたが、違っていた。ダミーを隠すためだったんだ」
「……そうか!?」
ブリッジのクルー全員が、そのアムロの言葉に息を呑んだ。
「……ということは、シャアの艦隊が、アクシズに到着しているかも知れないの?」
「いや、もう攻撃されている」
アムロの断定は、当っていた。
平らな岩の上下に三角の山を持つアクシズ。
その前方に、港口が建設されていた。その部分に、雪崩《なだれ》のように集中砲火が流れこみ、シャア麾下の四隻の艦艇が、守備についていた連邦軍の二隻の艦を撃沈していた。
レウルーラのブリッジで、ノーマルスーツも着ないシャアがそれを見守っていた。
モビルスーツ部隊を先発させ、核パルス・エンジンの整備のための技術者集団を送りこませる。
そして、自らもサザビーを駆って、アクシズの偵察に降りていった。
アクシズを構成する中心部分は、鉄のようにつるつるに見える岩盤で、その中央部分には、マグマの塊《かたまり》のような山が上下につき出ていた。幾つかの違った成分の隕石が激突した結果できあがった隕石にみえた。
さらに、そこここに、建造物の跡が岩と一体化したかたちで残っていた。
「……アクシズか……」
その後部には、レウルーラの艦隊が攻撃しなかった四基の巨大な核パルス・エンジンのテール・ノズルがあり、サザビーはその上空から迂《う》回《かい》して、地球に面した前部の港口側に出ていった。
アクシズは、アステロイド・ベルトにいる頃に、シャアが建設した宇宙要塞である。
しかし、シャアが、アクシズとザビ家の継承権を持つミネバをハマーン・カーンに任して地球圏に戻った後、ハマーン・カーンがアクシズを私《わたくし》して地球侵略の基地とした。
ハマーンは、アクシズを地球圏に侵攻させて、敗北をしたのである。
素人が見ても、この大きさの隕石が地球に激突すれば、地球はかつて恐竜を絶滅させたくらいの破壊的な寒冷化に陥ることは、推測できた。
「これを地球に落すぞ……アムロ! まさか、指をくわえて見ているわけではあるまい?」
シャアは、背後の地球に目をやった。
ラー・カイラムのモビルスーツ・デッキを、リ・ガズィのバック・パックが移動して、リ・ガズィの本体を包むようにドッキングした。
「よーし! これで、自分一人で、敵艦隊を撃破できるな?」
「そーいうの、やめて下さい! 自分は、中尉が怪我をされるのが心配で……」
アストナージのそのあっけらかんとした思い入れに、ケーラがケタケタと笑った。
「アストナージ……言ってくれちゃって!」
そして、アストナージの胸を指でツンツンとこづくのだった。
周囲のクルーは、派手なうえに気合がいいケラ・スゥと、地味一点張りのアストナージが、なんでああなるのか首を捻《ひね》ったものだが、ともかくこうなのである。男女の関係だけは、他人には、想像できるものではない。二人は周囲のクルーにひやかされてもジャレ合っていた。
そんなデッキの空気も、次のブリッジからのコールで吹き飛んでしまった。
「艦隊を確認。接触よーい! 連邦軍の艦隊だっ!」
「間違いない、ルナツーの艦隊だ! クラップはいないのかっ!?」
そんなブリッジの応答する声に急《せ》かされて、クルーは次々に外甲板に出ていった。
ラー・カイラムに接近する艦艇の影は、四つあった。しかし、そのどれもが、よく生き伸びたと思えるほど大破していた。
その艦艇の一隻から、一機のモビルスーツが流れ出して、ラー・カイラムに接近して来た。
そのマニピュレーターには、二人のノーマルスーツが乗っているのが、上甲板に立つアムロたちにも見えた。
「申し訳ありません………突然の猛烈な一斉攻撃で、アデナウアー・パラヤ閣下以下の要人は即死でありました。なにしろ、クラップは一瞬にして撃破されて……」
「シャアの艦隊は?」
「ルナツーの核貯蔵庫に潜入したらしいのは、その後の無線の傍受《ぼうじゅ》で判明しましたが……あれでは、ルナツーの宇宙軍は……ウウッ……!」
泣き伏すクラップの士官を、ラー・カイラムのクルーは、ただ見守るだけだった。
「各コロニーにいる艦隊も、コロニー内の反乱を恐れて出て来ないし……」
「これじゃあ、コロニーも地球も、シャアの味方じゃないかっ!」
メランは、まるでブライトがそうさせているのではないかという風に喚《わめ》いた。
「アクシズに、シャアの全艦隊が集結した訳じゃないだろ! 戦力は同じなんだ! 今、叩けば勝てるっ!」
ブライトも負けずに怒鳴りかえしていた。
ルナツーの宙域から、ムカサと四番艦が、長いテール・ノズルの尾を引いて、アクシズの方位に発進していった。ムサカは、ゲイ・ドライを曳航《えいこう》してのことである。残りの艦艇は、まだ、散発的に続くルナツーの抵抗を目潰ししていた。
ナナイ・ミゲルは、ともかくも取りついたルナツーの一角から、持ち出せるだけの核兵器を四番艦に収容し、ムサカには搭載できる限りのモビルスーツ部隊を載《の》せて、アクシズの支《し》掩《えん》に向かっているのである。
「大佐の艦隊のアクシズ占拠は、確かだな?」
「間違いありません……」
「艦長、ギュネイ・ガスが出撃を求めています」
オペレータ席のコンソールに映るギュネイはナナイにも観察できた。
「ここは軍隊だっ! 貴様ひとりのために、将兵の規律を乱されては、戦争にならん!」
「俺は大佐の手伝いをしたいんだ……!」
「どうなんだ、ニュータイプ研究所所長?」
ムサカの艦長は、嫌らしくナナイに聞いたものだ。
「戦力として、有効に使えという大佐の意思があります。あれが言うのならば、放出しますが?」
「そうだな。ゲイ・ドライの増槽タンクなら、アクシズの宙域に届く。ムサカだってゲイ・ドライを放出した方が、早くアクシズの戦闘宙域に入れる。しかし、手元から離してしまって操れるのか?」
「ギュネイに出撃許可。ゲイ・ドライ、発進させろっ!」
ナナイは、艦長の厭《いや》味《み》を無視して、ギュネイに命令した。
ギュネイは、ゲイ・ドライを曳航しているロープを引き千切るようにして、ムサカから離脱するとアクシズの方位に針路を向けた。
「総員、第二次警戒配備っ! 第一波、モビルスーツ発進よーいっ!」
ラー・カイラムの艦隊は、ベース・ジャバーの放出を開始して、アクシズの戦闘宙域にモビルスーツ部隊を送り込む用意が始まっていた。
「ミサイル射程距離圏に突入! ダミーのミサイル発射、ヨーッ!」
「対電波粒子! ミノフスキー粒子、散布!」
ラー・カイラムの舷側の機器が開いて、音もなくミノフスキー粒子の散布が開始された。
「有視界戦闘用意っ! 監視機器、開けっ!」
「ミサイル、第一波、発射!」
ラー・カイラムの舷側から数発のミサイルが出る。その中には核ミサイルも、紛《まぎ》れ込んでいるのである。そして、それに倣《なら》って三隻の僚艦《りょうかん》からもミサイルが発射された。牽制《けんせい》攻撃である。
そのミサイルの閃光《せんこう》が虚空に消えて行く先には、地球は見えても、アクシズのシルエットは、しみのようにしか見えなかった。
[#改頁]
[#目次4]
第四章 律動
「敵と思われる熱源接近! 迎撃《げいげき》ミサイル、粒子弾散布!」
アクシズの核パルス・ノズルとエンジン・コントロール・ブースにも、そのコールが入った。ノズル周辺では、まだ整備作業をするモビルスーツが動きまわっているのだ。
「方位コード4に、敵艦艇、捕《ほ》捉《そく》!」
「A・E・M、散布!」
「戦闘ブリッジ、管制変換! アクシズの大佐に連絡!」
レウルーラのブリッジ要員は、戦闘ブリッジに飛び込んでいき、レウルーラ以下の三隻の艦艇は、ラー・カイラム艦隊に対して横一文字に散開を始めた。
「そうか……来たか」
シャアは、インターフォンを置くと、かたわらのノーマルスーツに、
「整備終了と同時に、点火だ。針路を修正する時間は、まだ十分にある。ロンド・ベルにここは、触らせんよ」
「当てにしています。総帥!」
「やめてくれ。私は、パイロットの方が好きだ」
シャアは、その技士に笑うと、サザビーに流れていった。
「意外と早かったな……」
それがシャアの感慨《かんがい》であった。ロンド・ベル部隊は、特別なのだという意識に血が騒いだ。
そういう認識は、ナナイには分ってもらえまいと思う。
「あれかっ!」
急速に接近するミサイルの光の筋に、シャアは、サザビーのファンネルを斉射《せいしゃ》した。
しかし、シャアには、ミサイル群がただ冷たい『ものの気』だけでないのが、気にかかった。
「…………!?」
シャアは、多少、動揺しながらも、いくつかの『熱いもの』に意思を集中しようとした。
と、ミサイルの束のなかで爆発が起った。閃光の帯が広がった。そのなかの、とくに大きな火球が、シャアを慄然《りつぜん》とさせた。
「チッ! ミサイルのなかに、核があったのか!?」
それは、地球連邦政府に裏切られたという感覚と同時に、アムロもブライトも、よくも核を持ち出して自分にぶつけたという感嘆《かんたん》があった。
シャアは、その巨大な火球の拡がりから退避しながら、苦戦しそうだという予感を振り払おうとした。
「あー!」
ブライトがブリッジに上った時、オペレーターたちから悲鳴があがった。
「来たかっ!」
「アクシズに火がつきましたっ! 地球に、降下開始です!」
拡大ディスプレーにアクシズのノズルの閃光が見えた。それは、かなりの距離からの映像でありながら、アクシズの核パルス・エンジンの凄《すご》さをはっきりと示していた。
「モビルスーツ部隊の戦闘宙域に突入! モビルスーツ発進! 第三波ミサイル発射!」
「第四波の本命は、少し待てよ!」
ブライトはそう命令しながら、管制を戦闘ブリッジに切り替えるように命じた。
ラー・カイラム以下の艦艇のカタパルト・デッキからは、リ・ガズィ以下のモビルスーツが射出される。ジェガンは、艦艇の前に浮遊するベースジャバーに取りついて、先行するリ・ガズィを追った。
「ダミー放出!」
「同時に、回避運動、よーいっ!」
ラー・カイラムの舷側の上下に放出されたダミーが脹《ふく》らんで、岩や船のような形になり、有線で適正な位置に静止した。
「第三波かっ!」
シャアは、第二波のミサイル群を機雷原とモビルスーツに任せて、第三波に対してサザビーのすべての火力を使い切るように、防戦した。
ミサイルの爆発の渦のなかに、特に大きな光芒《こうぼう》は、ひとつだけだった。
「これが本命と思ったが、核ミサイルは一発だけか。やるな、ブライト……」
シャアは、サザビーを回頭させて、アクシズから来る艦砲射撃の火線上を、後退した。
「ナナイ、早く来てくれよ」
それは、シャアの呻《うめ》きに似ていた。
「アクシズを捕《ほ》捉《そく》、さすがに、ロンド・ベルは早いな?」
ムサカの戦闘ブリッジのディスプレーには、CGによって敵味方の艦艇の位置が表示されていた。レーダーとレーザー測量、その上、人による光学観測によって得たデーターを総合してグラフィクス化したものである。そうでもしないと、ミノフスキー粒子下の情報分析などはできない。それでも、旧世紀のレーダーよりも精度が低いのが、ミノフスキー粒子下の状況なのである。
レズン・シュナイダーは、ムサカのカタパルト・デッキから発進した。あの嫌いな強化人間がいなくなってくれたことが、彼女を嬉しがらせていた。
「あんなのに仕事をやらせるシャアの魂胆《こんたん》が、分んないんだよな!」
「モビルスーツ第二波発進終了後も、さらに三十秒、艦砲射撃をする。以後、敵モビルスーツ部隊と接触予定。各員の健闘を析る!」
ナナイのそのまめな指令に、レズンは苦笑すると、
「あいよ! ナナイちゃん、レズン、出るよ!」
レズンは、自分の小隊の三機のギラ・ドーガとともにシャクルズにとりつくと、アクシズの宙域に突進していった。
そして、ムサカと四番艦のミサイルとメガ粒子砲の攻撃が、ラー・カイラムの艦隊がいると思われる宙域に開始された。それは、かなり正確であった。
ラー・カイラムの展開したダミーが、艦隊の横手からの攻撃に、次々に消失していった。
その危機的な状況のなか、アムロはν《ニュー》ガンダムの発進に入っていた。
「援軍が来ているが、出ていいのか!?」
「モビルスーツ部隊の第二波は出ろ! 艦隊は直掩部隊でもたせる!」
「頼む! ケーラたちは、もう前に出ているし、アクシズの足を止める方が先決だ!」
アムロは、バック・パックに放熱板に似たフィン・ファンネルを背負ったνガンダムを前傾《ぜんけい》させると、カタパルトの加速に乗って、ラー・カイラムから離脱していった。
「負けているな……」
それが、νガンダムのコクピットに座るアムロの実感だった。
アクシズを背にしたレウルーラは、回避運動に入りながらも艦砲射撃を繰り返し、他の四艦もそれに従っていた。が、先程までの激しさはない。その最前線で、モビルスーツの交戦が始まっていたからだ。
それは、艦隊同士のメガ粒子砲のビームの交わる下方の宙域で開始された。そこは、岩が浮遊している宙域だった。敵味方のモビルスーツは、その岩を回避しながらも、時にはそれを楯《たて》にして銃火を交えたが、なかには岩にぶつかって自ら撃沈するモビルスーツもあった。
ケーラ・スウのリ・ガズィは、北極星側を迂《う》回《かい》して、アクシズが目視できる宙域に数機のジェガンと共に侵攻していた。
「敵艦隊の中核に打撃を与えて、アクシズの脚をとめる足場を作るか、艦隊を無視して、アクシズの核ノズルそのものを撃破するか?」
多少、迷うところだったが、それも、数秒後にはどちらかで突進するしかなくなるだろう。
「む……!?」
主力部隊が、お互い交戦を始めたはずなのに、リ・ガズィの正面に、別のギラ・ドーガ部隊の閃光を発見した。
支《し》掩《えん》のジェガン部隊が、ベースジャバーを放棄して迎撃に乗り出し、前方に散開した敵の抵抗線の中央に突進してくれた。
「援護、上手っ!」
ケーラは、そのビームの交差する宙域を直進した。敵が避けてくれるから、その方が確実なのだ。
「うっ!?……別のモビルスーツ部隊!?」
右下に幾つものテール・ノズルが伸びるのが見えた。ケーラは、レウルーラの守りが意外に厚いのに気づいて、あわててバック・パックのメガ粒子砲をアクシズの核ノズルの閃光に照準設定した。
「一撃必殺というわけにはいかなくともっ!」
第一射をした。しかし、メガ粒子砲の不幸は、そのビームの速度が遅く、派手な光の尾を引くことである。発見されて防御のビームの弾幕を張られると、簡単に直進方向を歪《ゆが》められて、散ってしまう。
ムサカを発進したレズン・シュナイダーのギラ・ドーガ部隊が、モビルスーツの戦闘の光芒《こうぼう》を目視していた。
「こっちは、たて続けの戦闘で脂《あぶら》が乗っているよ! フフフ……ロンド・ベルなら、鈴を鳴らしてりゃいいんだ!」
レズンは、一機のジェガンを撃破しながらも、健在であるアクシズを見て、シャアを大した男だと感じた。
さらに、その同じ頃、アクシズの戦闘宙域深く侵攻したギュネイのゲイ・ドライが、シャアのサザビーを捜していた。
「大佐! 大佐はどこだ!」
ディスプレーの左右を索敵する。
「……あそこ?」
ギュネイは、マルチ・ディスプレーを拡大して、アクシズの上の宙域に焦点を当てた。
ギュネイはサザビーを追いかけようとしたが、一方に妙なプレッシャーを感じた。シャアが、感じたと同じ『熱いものの気』であった。ディスプレーを拡大した。
「νガンダムのプレッシャーか……?」
ゲイ・ドライの体勢を一方の閃光の方に向け、それがミサイルの群れであることに気がついて、自分の感知能力を疑った。が……、
「……!? 核か?」
ギュネイは、得心《とくしん》した。
ギュネイは、アクシズを背にするようにゲイ・ドライの体勢を取りがら……その背後には地球が輝いていた……『熱いもの』に精神を集中した。
「……こいつらが……チッ!」
ギュネイは、ゲイ・ドライのファンネルを一斉に放出した。
「当れよ、ファンネルっ!」
そのギュネイの強靭《きょうじん》な意思は、ゲイ・ドライのサイコミュを通して、ファンネルに伝《でん》播《ぱ》した。
ラー・カイラムの四波目のミサイル群のなかには五発の核ミサイルが含まれていたが、ギュネイのファンネルはそのすべてを直撃して、周囲に並進する数十の通常ミサイルを飲みこむ巨大な光の華《はな》を吹かせたのである。
「やった!」
ギュネイは、快哉《かいさい》を叫んだ。
「核が阻止された!?」
アムロは、核の閃光の渦にνガンダムの機体を向け、本命をやられたと直感した。
「シャアに、こんなパワーがあるのか!?……いや、違うなっ、これはっ!」
アムロは、アクシズの戦闘宙域のそこここに、強靭な力を持ったものが点在しているらしいと推量し、慄然とした。
「ケーラは、突っ込みすぎじゃないのか?」
アムロは、合流ポイント近くに、モビルスーツの姿が一切ないので不安になった。
そのアムロの不安通り、アクシズに近い宙域で、ギュネイはリ・ガズィの気配を感知していた。
「なんだ? 左上に鋭いものを感じる!?」
ゲイ・ドライが振り向き、上昇をかけた。ファンネルがないのが、ギュネイをかすかに不安にさせたが、直進した。
「ガンダムのプレッシャーか!? 5thルナで会った機体っ……」
リ・ガズィが、敵艦艇のメガ粒子砲の攻撃を大きく回避しながらも、アクシズの後部についた。
「あそこだっ! 行けっ!」
リ・ガズィが、ビームとミサイルを斉射させると、アクシズの方位から数機のギラ・ドーガが、リ・ガズィのビームを歪めた。
「まだっ!」
閃光のなかリ・ガズィがターンすると、その大きなターンを待ったように、艦隊近くから別のギラ・ドーガの編隊が襲った。
「……ン!?」
ケーラは別の気配を感じて見上げると、後方からギュネイのゲイ・ドライが接近をかけて来た。
「この一機で、アクシズをやるだとっ!」
ギュネイのそのカッとした感情は、ケーラに他のモビルスーツと違うプレッシャーを与えた。ゲイ・ドライのサイコミュが、ギュネイの思惟《しい》を発射したのだ。
「そこだっ!」
ギュネイは、味方のギラ・ドーガにかまわずビーム・ライフルを撃って、リ・ガズィに迫った。当然、味方のギラ・ドーガに被弾するものもあった。が、バック・パックを背負っている分だけ装甲の厚いリ・ガズィは、
「もう一撃できる! そうすれば、アクシズを地球に落す作業を阻止できて……」
ケーラはギュネイの攻撃を回避しつつメガ粒子砲を発射したが、次にはバック・パックの半分を噴き飛ばされていた。
「アゥッ!」
「やらせん! 偉そうな格好で!」
ギュネイの言うのは、リ・ガズィの本体がガンダムに似ていることから来るプレッシャーをさしていた。ゲイ・ドライのミサイルが、リ・ガズィのテール・ノズルを破壊して、リ・ガズィの機体を独楽《こま》のように回転させた。
「お前みたいな、ガンダムがあるからっ!」
そのリ・ガズィの周囲を包囲するようにギラ・ドーガ部隊が展開し、攻撃をかけた。リ・ガズィの背中の装甲が、はがれて飛んだ。
「……むっ!? 即死させるなっ! 痛めつけて、捕獲するんだっ!」
ギュネイの頭にかすめためは、パイロットがアムロであろうという事だった。だから、そう左右のモビルスーツにコールした。
リ・ガズィの脚にビームが直撃したが、爪先の装甲がはがれただけだ。
「ウアッー!」
ディスプレーが示す被《ひ》弾《だん》箇《か》所《しょ》の表示が次々に点滅して、ケーラを脅《おびや》かした。
「コクピットは、最後まで残せよっ! ガンダムのパイロットなら、あのアムロだ! ニュータイプなんだっ!」
ギュネイは、そう命令しつづけた。
「なんて敵!? 遊んでいるっ!」
ケーラは、絶望した。
またもリ・ガズィのビーム・ライフルを持つマニピュレーターが噴き飛んだ。その前にビーム・ライフルは、メイン・エンジンのエネルギー・チューブを切断されていて、使えなくなっていた。
「ケーラ!?」
アムロは、ケーラの絶望する思惟《しい》の流れを感知して、νガンダムをその宙域に直進させた。そのアムロのシャープな意思は、サイコミュに受信されギュネイを刺激した。
「…………!?」
まだ漠然《ばくぜん》とした感触であったが、ギュネイは今しがた自分が命令したことは間違いであると分った。
「チッ……!?」
ギュネイは、ギラ・ドーガ部隊がリ・ガズィの動きを牽制してくれているのを目の端《はし》で察知しながら、『刺激』が攻めてくる方位を見定めようとした。
確かに来た。他のモビルスーツとは違う色のテール・ノズル光である。
「やめろっ!」
アムロは、激しい光芒《こうぼう》のない宙域に、よどむ空気を感じた。いや、見たという方が正しい。
ビデオ・ゲームに似たコクピットのディスプレーを通して、アムロは外の『気』を読んだのである。
「……来たか! 誰だが知らないが、それ以上接近すると、このガンダムのパイロットを……」
そこで、ギュネイは、接近するモビルスーツを拡大して、その機体もガンダムに似ていることを知った。あらためて、動けなくなっているリ・ガズィを見返した。
「ガンダム? ガンダムが二機……?」
ギュネイはかすかに動揺《どうよう》しながらも、この現象が見せる内側、真実の意味を悟《さと》った。
リ・ガズィは、5thルナで出会った時にくらべて、非力であると感じた感覚を思い出しだのだ。その意味するところは、明瞭である。発散する思惟の力強さからして、接近して来たモビルスーツ、新型と見たそのモビルスーツのパイロットこそアムロ・レイだろう。
そう考えれば、正面から迫る『気』の方が……。
「アムロかっ! それ以上接近すれば、このモビルスーツのパイロットの命はなくなる!」
ギュネイは、ゲイ・ドライをリ・ガズィに接近させると、その機体を叩いた。ドスッと揺れるリ・ガズィのコクピットでは、ケーラ・スゥがシートの緊急脱出用のレバーを動かそうとしていたが、
「クッッツ! 始動しないっ!」
半分消えたディスプレーに、ゲイ・ドライの顔が一杯に写った。
「そのガンダムっ! このモビルスーツのパイロットを殺すぞっ!」
「クッ!」
ケーラは、手動でコクピットのハッチを開くと、パイロット・スーツのバーニアを噴かした。
シューン! ケーラのパイロット・スーツが宇宙に躍った。
「逃さんっ!」
ギュネイは、ゲイ・ドライのマニピュレーターを走らせて、ケーラを捕まえた。
「ああっ!?」
ケーラの肉体は、ゲイ・ドライのマニピュレーターの無慈悲な動きのなかで絶命した。
「ウッグッ! きさまらが抵抗するからこうなるんだ!」
そうさせたギュネイも悲鳴に似た叫びをあげて、ケーラのヘナヘナになったパイロット・スーツを放り出すと、νガンダムの方に突進した。
「シ、シャアの片割れっ!」
アムロは、ガンダムの右マニピュレーターにライフルを握らせると同じように突進した。
「俺は、ギュネイ・ガスだ!……なにっ!?」
ギュネイは、そのガンダムの動きと、ガンダムの周囲に跳ねるように飛んでいるファンネルが一気に自分に向って来るのを感じると、ゲイ・ドライを全力で後退させた。
ここが、ギュネイの通常のパイロットと違うところである。間違いなく戦闘者として強化されている部分があるのだ。
この時、アムロがゲイ・ドライを追撃していれば、ギュネイを撃破できただろう。が、アムロは左右からのギラ・ドーガ部隊の攻撃を回避しながらも、潰されたパイロット・スーツを見つけたために、それができなかった。
アムロがケーラの遺体を回収した隙をつかれて、ギラ・ドーガとレウルーラの総攻撃を受けて後退せざるを得なくなった。
アムロは、シールドの影にあるケーラのパイロット・スーツを見て、一挙《いっきょ》にその宙域を脱出した。
その直後、サザビーが滝のようなビーム攻撃をしながら、ガンダムのいたポイントに降下した。シャアは、アムロの後退を知った。
「いない!? いい引き際だ……アムロ、新しいガンダムを使ったか……」
ラー・カイラムの艦隊は、レウルーラの艦隊の散発的なミサイル攻撃に対して、アンチ・ミサイルと粒子弾の弾幕を張りながら距離を取っていった。
アクシズの核ノズルの閃光《せんこう》は、あいかわらず、地球の夜の部分に穴をあけるように観察された。
「アンチ・ミサイル粒子弾、大事に使えよ!」
「了解っ! 観測班、敵モビルスーツはっ!」
「敵モビルスーツの後退、確実! 味方モビルスーツ、順次、収容!」
戦闘ブリッジから通常ブリッジに管制は替《かわ》っていた。ともかく、ヘルメットは外せたが、ノーマルスーツを脱ぐ間合いはないだろう。
各艦のカタパルト・デッキと着艦甲板には、次々と帰投するベースジャバーと、モビルスーツで混乱していた。
「固定アタッチメントが、使えると思うなっ! ワイヤーだ!」
アストナージ以下のメカニック・マンも甲板要員《デッキ・クルー》と一体となって、ジェガンの収容に狂奔《きょうほん》していた。
数人のクルーが、ともかくも接近してきたジェガンにケーブルを発射して、機体を固定する。
被弾したパイロットは、自機の被害状況も構わずに、ともかく母艦に帰投したいのである。ボヤボヤしてると、爆発寸前のジェガンが、デッキに取りつくこともあるのだ。
ハンナ軍曹が、上甲板でモビルスーツ収容の指揮をしていたアストナージのところに流れこんで、アストナージに何事か耳打ちをした。お肌の触れ合い会話である。
「ケーラが……!?」
「後部ハッチです」
アストナージは、その甲板の指揮をハンナに任せると、ラー・カイラムの後部に流れていった。
νガンダムが帰投していた。その奥、ガンダムのマニピュレーターが差し出されている前の甲板に、数人のノーマルスーツがかがんでいるのがアストナージに見えた。
「………」
アストナージはまさかと思ったが、身体は真直ぐにその方向に流れる。アストナージは逆噴射をする勇気も失《う》せて、慣性《かんせい》運動に任せてそこに流れこんでしまった。
一番手前のパイロット・スーツが振り向いて「アストナージ! 来るなっ!」と叫んだ。
「そんな……」
アストナージは一気に甲板に降り立って、不思議にぐちゃぐちゃになっているケーラのパイロット・スーツを見下していた。
『なんなのだ?……元の形ではないから、ケーラの身体のボリュームではないから……ケーラじゃない……』
アストナージは、そう思った。
「アストナージ……」
くぐもったチェーンの声が、アストナージのヘッドフォンの近くで聞えた。
その時になって初めて、ヘルメットのバイザーに気がついた。その下には、色のないケーラの双眸《そうぼう》が、アストナージを見つめていた。しかも、頬はふっくらとした形を見せて、ショートの前髪が額《ひたい》に張りついているのが見えた。
「え……!?」
アストナージは、ガクッと膝を折って、そのケーラが生きているのを確かめようと屈《かが》んでいった。
「……ケーラ!?」
「運べっ! アストナージを押えてっ! 見せるなっ!」
その激しいアムロの叱責《しっせき》は、アストナージのヘッドフォンにも響いたが、アストナージに聞えるわけがなかった。
「ケーラが!? ケーラっ!」
そのアストナージの絶叫が始まった時、メカニック・マンたちは漬《つぶ》れたケーラ・スゥのパイロット・スーツを抱きあげた。それを追おうとしたアストナージにも、左右から男たちが取りついていった。
それを見送るチェーンのノーマルスーツの上体が、前後にフワフワしているのが、アムロには痛い光景だった。
「チェーン……」
アムロのパイロット・スーツが、チェーンを抱いた。
「……どういう殺され方をしたの?」
「ケーラは、苦しんだ……」
「そうでしょうね……ああ!」
チェーンの嗚《お》咽《えつ》がバイザーを通して聞え、ヘッドフォンには、アストナージの狂ったような声が響いていた。
「こんなことをさせたシャアを仕留《しと》めなければ、ぼくは死ねないな……」
「……!? やめてっ! そんな言い方っ!」
チェーンが、吐き出すように言って、アムロのパイロット・スーツにしがみついた。
「……そんなんじゃ、そんなんじゃ、戦う意味なんてないわ! そんなんじゃ!」
アムロは、なにも返す言葉がなかった。
ラー・カイラムの狭いブリィーフィング・ルームには、各艦長以下のメイン・スタッフと小隊クラスのパイロットが、蟻の穴に入りこむようにギッシリと詰まっていた。
「問題は、ルナツーのネオ・ジオンの艦隊が核を持って来て、アタシズのこの場所で爆発させて加速させることです」
ディスプレー上のアクシズのモデルの上に、それらの動きを示しながら、作戦士官のトゥースが説明していた。その間にも、戦闘食をとる艦長やパイロットたちがいた。せめて、一杯のお茶を飲むというのは、全員がやった。
「しかも、アクシズの落下が失敗しても、低軌道に入ってからルナツーから搬入した核兵器を爆発させられたら、それだけでもシャアの戦術は成功することになります」
「だから、その前にアクシズのテール・ノズルを破壊して、アクシズの進行方向を変えるか、残りの核ミサイル五発をアクシズ間近で爆発させて、分割する」
アムロがじれて、立ちあがった。
と、右隅に座っていたブライトが、指を四本立てながら、「アクシズを分割するのか?」と訊《き》いた。
「ああ……。核ミサイルは、四発しか残っていないのか?……ここが、脆《もろ》いんだ」
アムロは、ディスプレー上のアクシズの中央やや後部といったところを示して、ディスプレーをアクシズの坑道を示す断面図に切り替えた。
「成程、坑道が一番入り組んでいるとこか? と言うことは、艦隊特攻しかない、ってことだな?」
「特攻を掛けながら、チューブも使う。νガンダムのハイパー・メガランチャーにラー・カイラムのメイン・エンジンから直接エネルギーの供給を受けて、アクシズのノズルを狙撃する。核ミサイルの攻撃も行なう。それで駄目ならば、アクシズに侵入して、このブロックを内部から爆破するという段取りだ」
「アクシズを分断できれば質量が極端に変化しますから、進入方向さえ間違えなければ、アクシズは軌道が変って地球圏外に飛び出して行きます。地球に落ちても、減速用のノズルを破壊しておけば大気圏で消滅します」
軽食をとっていたクルーも手を休めて、シンとトゥースの説明に聞き入った。
「可能性があるというよりも、勝てると思えるな」
「力押しでは、同じだ。というより、ルナツーからの増援があり得《う》るネオ・ジオンの方が有利と思っていたが、これで勝てるぜ!」
そんな声が、ザワザワと波《は》紋《もん》のようにブリィラィング・ルームを満《みた》した。
「よし、三段構えだ。では、敵にルナツーから援軍が来る前に、ケリをつける」
ブライトは、ディスプレーの前に立った。参集したスタッフもまた立った。
「時間合わせっ!」
「ゼロ合わせします。十、九……二、一、ハイ!」
その間の、ちょっとした静寂《せいじゃく》。そして、
「すまんが、諸君、みんなの命をくれ!」
そのブライトの敬礼に、一同も返礼をした。
アクシズはすでに、地球に呑みこまれる距離になっていた。
しかし、推進を続ける核ノズルのコントロール・ブースでは、まだ人の動きが激しかった。落下地点を確実にメキシコ・シティに設定するための作業が続いているのだ。そのためには、速度制御用の核爆発をアクシズの前部に置いて、あらゆる妨害にたいして反応するようにセットしなければならないのだ。
それは、核ノズルが作動してその実効出力を確認してからでないと、できない性格の仕事であったために、面倒なのである。
いったん、ラー・カイラムの艦隊が後退してくれたのは、僥倖《ぎょうこう》であった。ムサカとレウルーラ以下の艦艇は、アクシズの傘の下に身を隠すようにしてその作業を待ち、モビルスーツの整備と補給を急いだ。
「四番艦は、あと十分で、アクシズに入港します」
ナナイ・ミゲルは、シャアの顔を見て、疲れが出たと感じていた。
ルナツーでは一人で緊張していたという自覚があって、一週間以上シャアに会っていなかったのではないか、と思えた。
二人は、アクシズの下を流れるサザビーの機体の上、頭部の装甲の上に立っていた。
「ン……。港口に接岸したら、四番艦は固定してクルーを脱出させろ。アクシズがバン・アレン帯の最下層に潜《もぐ》りこんだところで、四番艦に搭載した核を爆発させる」
「はい。ロンド・ベルの艦艇と四番艦の競争ですか……」
アクシズの港口の桟橋わきのビルには、モビルスーツ修理のベッドが数基あって、ゲイ・ドライにファンネルの装備、ギラ・ドーガの補給に、メカニック・クルーは忙しかった。
「ムサカから勝手に出て来ちまったが、先刻《さっき》は戦果を上げた……いいにしろ、悪いにしろ何かあるはずが、大佐もナナイもいなくなっちまって……俺を無視している……」
ギュネイは、ゲイ・ドライの補給が順調なのを確認しながらも、どうしたものかと考えあぐねていた。
ギュネイにしてみれば、軍籍剥奪《ぐんせきはくだつ》になっても仕方がない行動を取ったと思っている。それは、ギュネイの人生の夢の消失である。彼も、一面的に傲慢《ごうまん》なのではない。今ネオ・ジオンにいられなくなったら何ができると言うのだ、ということぐらいは承知していた。
ラー・カイラム以下の三隻の艦艇が、ダミー隕石《いんせき》のなかを全速前進を掛けていた。その周囲には、ジェガン部隊がベースジャバーの上に待機し、モビルスーツ・デッキではアムロがチューブ接続機を装備したガンダムを、カタパルト・デッキの方に出そうとしていた。
「アムロ……」
その向うのキャット・デッキを流れて来たチェーンは、ガンダムのコクピット前に流れこんだ。チェーンの手に、小さなバスケットがあった。
「お弁当……」
「あ? ああ……飲むものはあるの?」
アムロは、バスケットを覗《のぞ》いた。
「白いパックが水で、ブルーがピュア・ティ。ピンクがコーヒーね」
チェーンは、コクピットに入りこんで、一息で飲める量のパックが、幾つか入っている中身を説明した。
「すまない。助かるよ」
アムロは、ハッチを閉じて、バイザーを上げるとチェーンにキスをした。
「ありがとう……」
「無茶をしないでね?……この戦場は、シャアの怨念《おんねん》が取り憑《つ》いているって感じがある。がんばってね」
「シャアは、このガンダムの建造を知っていた。しかも、ぼくにサイコ・フレームを使わせるチャンスもくれた。ぼくには、シャアの気持ちがよく分るつもりだ……彼のぼくへの挑戦状は、受けないわけにはいかないのさ。そうしないと、ぼくは一生、大人《おとな》になれないし、シャアを乗り越えることにもならない」
「……自信はあるの?」
「万全の段取りを組んだし、チェーンのためにも勝つ……違うな。シャアには、チェーンのような女性との出会いはなかった。しかし、ぼくには、チェーンがいる。この違いは、絶対的な力だ」
「ああ……アムロ……」
チェーンは、アムロのキスを受けてから、ようやくガンダムから離れていった。
ガンダムのマニピュレーターが、ラー・カイラムの壁のハイパー・メガビーム・ランチャーを掴んだ。
「待っているわ! アムロ!」
ドゥッ! νガンダムの排気ガスが流れこみ、チェーンの声が、アムロのヘッドフォンからも遠くなった。
「チューブ、放出用意っ! 3、2、1」
ラー・カイラムの後部エンジン部の舷側《げんそく》には、いかにも急造と分るケーブル・ボックスから、二本のエネルギー・ケーブルが射出された。それは、ラー・ガイラムの五十キロほど前方に待機するガンダムに、接続されるのである。もちろん、共に高速で移動しながらである。
「…………!」
アムロは、迫るチューブをディスプレーの左に移動する光点《カーソル》で合わせて、ガンダムの機体をその一本と平行に移動しつつ、うねるように接近するもう一本を避けた。急造のアポジモーターでは、ケーブルのコントロールが正確でないのだ。
アムロは、ガンダムにその一本を掴ませ、腰の機関部に接続しながら、別の一本を下に流してよけた。
「よし……」
ハイパー・メガランチャーを作動させると、ギュン! 一瞬に銃身が発光し、同時にラー・カイラムのブリッジのライトが暗くなり、また戻った。
「接続良好! 各チューブの飛翔《ひしょう》角度が狭い! 可能ならば、アポジの調整を急げ!」
「了解っ! チューブを収容《しゅうよう》する! 各モビルスーツ部隊、気をつけろっ!」
ブライトは、テストが良好だったのでホッとしながらも、このままの状態でアクシズに直進するので、アポジの調整などはできないということは知っていた。
「艦長、これどう思います?」
「あ……?」
ブライトは、クレア・スルーンの示した一枚のディスプレーを見て、
「連邦軍の艦隊が動いているのか?………これがルナツーからの艦で、こちらがサイド2と5からのものと思えるな?」
「そうでしょう。本当に我が軍の艦隊でしょうか?」
「移動|経《けい》緯《い》から考えれば、間違いないが……」
「我が艦隊を、援護する気なんですかね?」
「観戦したいって心理もあるんだろ?」
クレアは美人ではないが、その大きな表情は可愛いかった。ブッとふくれると、たったひとつの取り柄《え》の形のいい唇をへの字にまげるのだ。
「……こっちの位置表示だけは、定期的に出しておけ」
「でも、アクシズにも狙われます」
「どの道、特攻をかけるんだ。遠慮するな」
「ミノフスキー粒子の散布もやめますか?」
「アホ!」
「アクシズの方位っ、熱源増加っ! アクシズが、加速しました!」
「モビルスーツ隊、発進させますかっ!」
ムエル・ツゥーヒッグが、ブライトに聞く。
「手順通りにやる! 艦隊特攻、チューブ、モビルスーツ戦、核ミサイル、手順通りだ!」
「戦闘ブリッジに管制切り替え!」
「戦闘ブリッジに移動っ!」
レウルーラが係留されているアクシズの桟橋《さんばし》である。ギュネイ・ガスが、ナナイ・ミゲルの前で踵《かかと》を合せた。
「ン! 大佐はネオ・ジオンの総帥の立場にいながらも、御自身アムロと対決するお積りだ。完全に守って差し上げろ!」
ナナイは、切り口上にそれだけ言うとレウルーラに流れて行こうとした。ギュネイは、その背中に言葉を投げた。
「……それを言うために、出撃前の自分を、呼んだのでありますか?」
振り向いたナナイは無線回線を切って、ノーマルスーツのバーニアで降下すると、バイザー同士を接触させて言った。
「極めて人間的な発言だな? まともになった強化人間は、死ぬぞ?」
「戦うことに関しては、マシーンであります。自分はニュータイプであります」
「フン、分ったよ。自分を大切にしろ。そうすれば、結局、大佐を守り、ネオ・ジオンの軍を守り、我々は平和に生き伸びられる」
「敵艦艇らしい移動物体、捕《ほ》捉《そく》! 総員、第一戦闘配置!」
レウルーラからの発令が、すべての将兵のヘッドフォンに響《ひび》いた。その命令を発令したレウルーラでは、艦長ライルが、まだ確認をとらなければならない問題があった。
「間違いないな? ルナツーから出た四番艦が、接近しているんだぞ?」
「四番艦はこれです。それとは、明らかに違う別の光点です」
「ミノフスキー粒子散布前の写真か?」
ライルは、オペレーターの示した写真に見入った。
「ええ、このレーダー・スクリーンの写真のこの光、連邦軍の艦艇ですよ」
「敵の増援部隊が、動いているというのか?」
「サイド2、サイド5からの艦艇と思えます。地球周回|軌《き》道《どう》上《じょう》の艦隊もいます。かなり接近しています……ルナツーを脱出した艦艇もありますしね」
「大佐は?」
「アクシズの港口で、モビルスーツ部隊の発進の指揮に当られておられます」
「レウルーラはムサカと共に、並進して敵に対する」
その背後のアクシズ前部の港口からは、すでにモビルスーツのギラ・ドーガ部隊が次々と発進していた。
ゲイ・ドライの視界の正面下方に、前方から伸びる火線が見えた。ラー・カイラムのミサイル群の光だった。
始まったのだ。
アクシズを背にした艦隊がそれに向って一斉に砲撃を開始した。ミサイル群の背後には、ラー・カイラム以下の艦艇が、周囲に展開したダミーを次々と撃破されながらも前進していた。
「できる!」
ギュネイのゲイ・ドライが前に出て、視覚に感知されるミサイルに対して拡散メガ粒子砲を発射した。
五つほどの火球が、次々に拡がり、その宙域が戦場になった。
「ミサイルが狙《そ》撃《げき》されたか。誰がやった?」
ν《ニュー》ガンダムのアムロは、前方に広がる火球の数に舌を巻きながらも、一直線にアクシズに接近をかけた。アクシズの移動速度は、見た目にも早くなっていた。
「……!? いや、違う!」
アムロは、前方に展開するモビルスーツの壁、ひいて言えば、それはモビルスーツのパイロットたちの意思の壁である。そのなかに、シャープな『存在』を知覚した。
「……強化人間なのか……!?」
思惟《しい》の在りようが違う、と表現するしかなかった。
アムロは、その壁に向って全身をさらけ出すような気持ちで、突進をかけた。
シャアがレウルーラの通常ブリッジに入ると、ナナイだけがいた。
「四番艦が、アクシズの前に入ります」
「よし、アクシズに係留後、直ちに、クルーは……」
「はい。ムサカを収容に向わせています」
シャアは、戦闘ブリッジの前に立って、前方に広がる火球の数をかぞえるようにした。
「……戦いが終ったら、どうなさいます?」
「わたしは、地球汚染の汚《お》名《めい》を着る覚悟だ。それに、ヤクト・ドーガのサイコミュの性能をアムロにくれてもやった」
「…………!?」
そう言ったシャアに、ナナイは、自分の推測が当っていたと納得すると同時に、愕然《がくぜん》ともした。
「やることはやった。あとは、天に任せる」
シャアはナナイに背を向けて、戦闘ブリッジを覗いた。
「モビルスーツ・デッキに降りている。必要があればすぐに出る」
「ハッ!」
ライルが見上げるようにして応答した。
「大佐! 今、なんておっしゃいました?」
シャアは、そのナナイの声を背中に聞きながら、通路に出た。
「大佐! 大佐はっ!」
そのナナイの声は、泣いていた。
「……事実関係を言っただけだ」
「サイコミュをアムロにやったと……それは、死ぬおつもりで、なさったのですか?」
ナナイに、いつもの冷静さはなかった。シャアの肩を両方の手で掴んで、シャアの行く手をさえぎるようにした。
「馬鹿を言うな。つまらんモビルスーツに乗っているアムロに勝って、なんの意味があるのだ?」
「いえ、5thルナでのことは、そんな男の意地の問題でなさったのではありません。大佐は、地球汚染の贖罪《しょくざい》のつもりで、アムロに討たれるおつもりですね?」
「わたしの贖罪とはな、父の理想を実現して、人類全体を一挙にニュータイプにすることだ」
「そうです。そうですよ!」
ナナイは、激しく頷いていた。
「だが、男にはつまらん意地がある。ヤワな相手と勝負する時に、互角にして叩かんとあとあとまで気になるのだ。それだけのことだ。つまりだ、ナナイ……今日がな、わたしのなかの馬鹿な男と訣別《けつべつ》する日なのだ。これだけは、黙って見ていてくれ」
「…………」
ナナイはもう一度、悲しそうな目を見せて、シャアの肩から肘へと両の手を滑らせていった。
愛《あい》撫《ぶ》そのものである。
「わたしは、心底、世界を手にしたいと欲望するのも男だと信じているのだよ?」
「ああ! そうですよ。それでなければ、わたしの男ではありませんもの……」
「大体、わたしがガンダムにやられたら、アクシズ落しは成功せんよ」
「ええ、優しいだけでは、男ではありませんもの……」
ナナイは、もう一度そう言った。
「ン……!」
シャアは、ナナイの涙が溢《あふ》れた瞳にキスをすると、その涙を吸ってからモビルスーツ・デッキに降りて行った。
アクシズの港口には、地球を背景にした四番艦が高速で接近し、その甲板では係留作業に入るために数十のクルーが動きまわっていた。それを出迎えるのは、ムサカである。
両艦のストロボ信号が、四番艦のアクシズ接舷《せつげん》が近いことを示していた。
「死に急ぐなっ! この戦い、お前たちには関係がないっ!」
アムロは絶叫し、数機のギラ・ドーガを撃滅《げきめつ》して、突進した。
「……無駄な!」
ガンダムは、回避行動を取りながらも、さらに接近する一機のギラ・ドーガを撃破した。同時に、ガンダムの背後から、ストロボの閃光を発した。
「ガンダムから信号だ! チューブ、伸せっ!」
ブライトは、次々に命令を発していた。
「ミノフスキー粒子、追加散布!」
「第二波モビルスーツ部隊、発進!」
「うっ……!?」
船体が揺れた。味方のジェガン部隊と入れ違いに迫ったギラ・ドーガの数も、なまじのものではなかった。ラー・カイラムの対空砲火は、滝のように周囲に流れ出ていった。
チューブの先端がガンダムの方向に伸び、アムロは、ギラ・ドーガの攻撃を回避しながらそのチューブの先端の光を見つけていた。
しかし、その上空に一本のテール・ノズルの閃光が伸びていた。ギュネイ・ガスである。
「それだっ!」
ギュネイは、ゲイ・ドライのライフルを乱射させたが、ガンダムはダミーを楯にしながら、チューブに迫った。
「ファンネル!」
ギュネイは、四基のファンネルをガンダムに集中させた。ガンダムもまた二枚のフィン・ファンネルを放出して、それを迎撃《げいげき》した。それらは、意思を持った道具として宇宙に舞い、交錯《こうさく》し、ビームとレーザー光を撒《ま》き散らし、干渉波《かんしょうは》の光芒《こうぼう》を咲かせていった。
「……ファンネル……!?」
ギュネイは、ガンダムのフィン・ファンネルが質量の大きさにもかかわらず、小回りの利くゲイ・ドライのファンネルに対して有効に対処しているのを見て、焦《あせ》った。フィン・ファンネルのメガ粒子ビームは、お互いが衝突すると干渉波が幕のように展開して、小型のゲイ・ドライのファンネルを撃破するのだ。
その間に、ガンダムのマニピュレーターは、ラー・カイラムからのチューブをハイパー・メガランチャーの機関部に接続していた。
ラー・カイラムの戦闘ブリッジが、フワッと暗くなった。
「接続完了! ハイパー・ランチャー、始動するぞ!」
ブライトは、全艦にコールした。
「アクシズを狙撃するつもりかっ!」
ギュネイは、ガンダムとつながったチューブの目的を知って、残りのファンネルを放出しながらゲイ・ドライのライフルも斉射《せいしゃ》した。
「チッ!」
ガンダムは、左手に持ったビーム・サーベルのビームを長くして、それをゲイ・ドライに対して振った。その素早い動きは、結果的にバリアーになって、ゲイ・ドライの射ち出すビームを払っていった。
ガンダムが放出した次のフィン・ファンネルがギュネイのファンネルを撃破して、さらに、ガンダムのビーム・サーベルが二基のファンネルを切断した。
「ウソだっ!」
ギュネイは、その瞬間を目撃した。いや、感じたのだ。ファンネルの撃破された時に、頭にズシンと衝撃が走る。その刺激が、視覚的な映像として、ギュネイの網膜《もうまく》に内側から写し出された。内側から視覚が形成されるのだ。夢みるように……。
ギュネイは、バイザーの下りていないヘルメットの中に手をつっ込んで、顔の汗を拭った。
ギュネイの意思は、撃破されていないファンネルをコントロールすることに集中して、ガンダムとラー・カイラムをつなげるチューブに殺到させた。チューブは、瞬時に切断された。
「フンッ!」
ギュネイの傲慢、アムロの苛立ち。
「餓鬼《がき》がっ!」
アムロは、まだ一度もハイパー・ランチャーの照準をアクシズに設定していないのに、チューブを切断されて、カッとなった。
ギュネイはビーム・ライフルを射つが、その周囲にガンダムを支援するジェガン数機が迫り迎撃せざるを得なくなった。
「チッ! もう少しだってのにっ!」
その間に、アムロは、もう一本のチューブを捜した。ギュネイのゲイ・ドライが、三機のジェガンを撃破した。
「チューブのために、ガンダムが危険です!」
ムエルが悲鳴を上げ、ブライトが叱責《しっせき》した。
「援護のモビルスーツ、どうなっているのっ!」
「頑張ってますが、数が絶対的に足りません!」
ブブッ! 戦闘ブリッジが、揺れた。
「チェーン、どうするのっ!」
チェーンのノーマルスーツが、右《う》舷《げん》のカタパルト・デッキにワイヤーで係留《けいりゅう》されている、リ・ガズィのコクピットに飛び込むのが、アストナージに見えたのだった。
「モビルスーツが足らないって、ブリッジで言ってるでしょっ!」
「そりゃそうだが、そりゃ駄目《だめ》だっ!」
「動くなら、いいのよっ!」
アストナージは、チェーンがコクピットのなかでゴトゴトやり始めたのを見て、やめさせようと近づいたが、リ・ガズィのハッチが閉じた。
「チェーン、やめるんだ!」
「アムロが、苦戦しているのよ!」
リ・ガズィの残った右のマニピュレーターがグギッと動いて、ワイヤーを切断した。
「チェーン、無茶だよ! なにができるって言うのっ!」
「わたしの心が、行けって言っているの!」
「チェーン!」
アストナージがリ・ガズィのコクピットのハッチを叩いたが、リ・ガズィの本体がグラッと大きく動いた。一基だけ生き残っていたテール・ノズルが、稼《か》動《どう》したのだ。
ドウッ! リ・ガズィがラー・カイラムを離れ、アストナージの身体は、カタパルト・デッキの上に流れた。
その時、そのカタパルト・デッキにビームの直撃があった。その閃光が、デッキを押し包んだ。
アストナージのノーマルスーツが爆発のなかに消失した。
ガンダムは、もう一本のチューブを機関部に接続した。
「ええいっ!」
ギュネイは、ファンネルを追従させる。ガンダムのビーム・サーベルでは、そのギュネイの攻撃を回避できなくなっていた。前より、素早かった。
若者の増長と言っても良いが、若いだけに俊敏《しゅんびん》で、アムロの肉を切るように、左右上下から跳《は》ねるようにレーザーを発射した。
「やめろっ!」
「ここは大佐に力を貸す! その上でっ!」
アムロは、そんなギュネイの意思を感知し、フィン・ファンネルの動きを収斂《しゅうれん》させた。動きをまとめたのである。
と、五基のフィン・ファンネルがガンダムを中心に集合して、放出するビームを拡散させて相互に干渉させるようにした。ビームの干渉波が、ガンダムの機体を包むようにしたのだ。
「ントッ!」
ギュネイは、フィン・ファンネルが攻撃を忘れたと見て、大人にバカにされたと感じた。
ゲイ・ドライの拡散メガ粒子砲を発射した。ドグッーンと流れ出る滝のようなビームの奔流《ほんりゅう》が、宇宙を掃射《そうしゃ》した。
「狂ったかっ!」
アムロは、ガンダムをフィン・ファンネルの間に固定したまま回頭をして、それを頭上に受けた。ザンッ! ギュヤン! 光が狂暴になってガンダムを取り囲んだ、が……。
シュルルル……。ゲイ・ドライの頭部の拡散ビーム砲の砲口から息のように粒子が散って、終った。
「やったか!? いやっ!」
ギュネイは、ガンダムがチリチリと四方に粒子を拡散させるピラミット状の光の幕のなかにいるように見えた。
ギュネイは、ガンダムが無事なのが、なぜなのか分らなかった。飽和した。
「ファンネルっ!」
ギュネイは、ファンネルを消えかかった光の幕に集中させた。
しかし、ファンネルのレーザーがガンダムに直撃したと見えても、ビームの干渉波が光りを増すだけだった。そして、その光の幕に飛びこんだファンネルは、自爆したのである。
高速で移動しながらも、フィン・ファンネルのビームの干渉波が、ピラミッド状のバリアーを形成しているのだった。
「ああ……ンッ!?」
ギュネイは、幾《いく》つものスパークが頭のなかで弾《はじ》けたのを、ただ呆然《ぼうぜん》と受け入れていた。その真白になったギュネイの頭のなかに、
『いたな! そんなとこに……!』
まったく別の、まったく違う、強いて言えば白い意識といったものが、そんな言葉を言ったのではないかという風に響いた。
「エッ!?」
ギュネイは、ギョッとしてゲイ・ドライを後退させた。
「なに? 今の声!?」
その隙《すき》にガンダムは、延長したチューブの先端でハイパー・メガランチャーを構え、一斉射した。フィン・ファンネルのバリアーは、ピラミッド状の底の部分には展張《てんちょう》されていなかったのを、ギュネイは見逃していた。
「ああっ!?」
後退を掛《か》けたギュネイの視界の中に、アクシズに向うガンダムのハイパー・ビームの閃光の奔流《ほんりゅう》を見た。しかし、アクシズの核ノズルに直撃するように見えたその巨大なビームは、その前に位置していたネオ・ジオンの艦艇にもろに直撃した。その爆光のなかに、レウルーラの影が浮きあがった。
「やられたか!?」
レウルーラの戦闘ブリッジに、呻《うめ》きがおこった。
「いや、ムサックが楯になってくれた! アクシズのテール・ノズルは健在《けんざい》だ! モビルスーツ部隊、敵艦隊が散開したぞ!」
クルーがそう判断するのも、もっともな攻撃であった。そんな強力なビーム攻撃をモビルスーツがするとは思えないから、正面からバカのように一直線に侵攻すると見えたラー・カイラム部隊がふた手に別れた、と判断したのである。
「……!?」
ナナイは、手元のディスプレーを開いて、シャアを呼び出した。
「サザビー、ムサックが撃沈されました」
「撃沈?」
「敵は、強力なビーム砲を使いました」
「ン……やるな。ムサカは、四番艦のクルーを回収したのか?」
「はっ! 戦線に復帰しつつあります」
「結構だ! 出てみよう……」
ナナイは、ホッと息をついた。
「また、大佐を出してしまった……」
目を閉じて、艦が揺れるのに身を任せるナナイは、ひどく悲しかった。
[#改頁]
[#目次5]
第五章 宇宙の虹
ギュネイは、残ったファンネルに意思を集中して、ガンダムとラー・カイラムを結ぶ伸びきったチューブに反復《はんぷく》攻撃をかけた。
「やめろっ!」
しかし、ギュネイの執念が、アムロの意思に勝った。チューブが溶けた。
「……!? ラー・カイラム、チューブは切れたっ!」
ガンダムは、ハイパー・メガランチャーを放り出してアクシズに向った。しかし、ガンダムには、すでに一枚のフィン・ファンネルもなかった。ビーム・ライフルを腰の後から外して、右手に持たせた。
「アッ、大佐のとこに行くのか!?」
ギュネイはカッとなったが、ギュネイのファンネルも力つきて、ゲイ・ドライの機体左右にある拡散メガ粒子砲だけが残った。とは言え、それは瞬時にラー・カイラムの艦隊を殲滅《せんめつ》するだけの威力はある。
ラー・カイラムの前に楯になっていたラー・ザイムが断末《だんまつ》魔《ま》の閃光をあげた。その爆光を抜けるようにして、ラー・カイラムが前に出た。つづくは、二艦のみだ。
「距離をつめる!」
前方にモビルスーツの波が来ると、ラー・エルムがラー・カイラムの前に出て、四方に艦砲射撃の幕を張った。が、僚機が撃破されるなか、ギラ・ドーガもまた果敢に攻めた。
「ラスト核ミサイル、発射します!」
「まだだ! お宝はまだっ!」
ブライトは、冷静に制した。もう少しは生きていられると思う。
巨大な地球を背にしたネオ・ジオンの艦隊のうち、四番艦の最後のランチを収容したムサカが、アクシズの稜線《りょうせん》上にラー・カイラム艦隊の特攻する光を捕えた。
「ロンド・ベルが頑張っているぞ。横腹を狙う。一斉射!」
ムサカの艦長の号合一下、ビームとメガ粒子砲が放たれた。ラー・カイラムのななめ前にあったラー・エルムが爆発して、その爆発の激しさがラー・カイラムの楯になった。
「脇《わき》を見るなっ! 行くぞ……。お宝ミサイル、発射用意っ! テーッ!」
「……ブライト! 核ミサイル!」
ガンダムのアムロは、同時にその攻撃を感知していた。十数本のミサイルが、間近になったアクシズに突進したが、それはシャアにも捕《ほ》捉《そく》されていた。
と、言うよりもアムロがシャアに教えていたのかも知れない。
「あれかっ!」
シャアは、サザビーのファンネルを一発だけ残して放出した。五基のファンネルは、ミサイル群に向って集中した。
「ラー・カイラム艦隊は、二隻のみ!?」
ドブヴッ! 四つの巨大な閃光が、ゴウッとその戦場のすべてのものを浮き彫りにした。
「ああ、あ……!?」
その熱地獄のなかで、ネオ・ジオンの艦艇がまた一隻、消失した。退避する艦艇も、核の熱の前に半舷を溶かした。その影に滑り込むのが、レウルーラだ。
「核は、それまでだな? アクシズに二艦が激突しても、針路は変らんぞ!」
シャアは、勇躍《ゆうやく》、サザビーをラー・カイラムの艦隊に突進させる。
「核ミサイル、阻止されましたっ!」
「分っている! ラー・カイラムをアクシズに着けろ! なかに入って爆破する! 三百度、弾幕!」
「総員っ! 陸戦用意!」
「アクシズまでたどりつけるか!?」
ジェガン部隊の一角を撃破したギュネイは、アクシズに回頭した時、ハッと振り向いた。
妙に重い感触が、接近しているのに気づいたのだ。
「なんだ?」
しかし、重いと感じたのは一瞬で、生々しい匂いといった方が正確なその感触に、若いギュネイは嫌悪感を抱いた。
そのギュネイが感じた対象が、チェーンの操縦するリ・ガズィだった。
「敵がいた……!?」
リ・ガズィのチェーンは、ゲイ・ドライの特異なシルエットに動揺《どうよう》しながらも、すでに、後戻りできないまでにアクシズに近づいていたのを知っていた。
「ン……!? ガンダムもどきかっ! ノコノコとっ!」
ギュネイは、本当に自分が愚《ぐ》弄《ろう》されていると感じた。
前の戦闘で損傷させたモビルスーツがまだ生きていて、しかも、そのモビルスーツが、サイコ・マシーンのゲイ・ドライの前に丸腰で現れたのである。ファンネルはもう残っていないが、そんなものを使う価値さえない敵である。
ギュネイは、ゲイ・ドライの右マニピュレーターにビーム・サーベルの柄《つか》を握らせると、突進した。
「ああ、サイコ・マシーン!?」
リ・ガズィの腰には、二門のバズーカ・ランチャーがあった。それだけが、チェーンの武器だった。その一門を発射した。
「フン……!」
ギュネイのゲイ・ドライが、直進するそれを避けて、
「本気かよっ!」
メガ粒子砲を射った。
ビームが直撃して、リ・ガズィを包んだ。パーツとビームが弾けた。
『アムロー!』
少女の声が、ギュネイの脳髄《のうずい》を直撃した。
『チェーン!!』
アムロの声も、確かに聞こえた。
「なにぃっ……?」
ギュネイの視界のなか、リ・ガズィを包むように光が現れて、ビームを四方に拡散させていくように見えた。そして、その光もまたビームの光とねじり合いながら拡散していった。
刻《とき》が停止した……。
サザビーのコクピットのシャアは、視覚のなかにガンダムを捕えながら、
「ウッ……!?」
シャアは一瞬、操縦|桿《かん》であるアーム・レイカーの上に乗せた手を硬直《こうちょく》させた。
レウルーラのブリッジでは、
「うっ……!?」
ナナイが、口を塞《ふさ》いだ。
「…………!?」
ライル艦長は、眩暈《めまい》を感じて、頭を抑《おさ》えるようにした。
「艦長!?」
「大丈夫だ……前を!」
ルナツーで大破したクラップが、サイド5を発した艦艇と接触していた。その甲板上の将兵たちも、レウルーラの戦闘ブリッジのクルーに似た反応を示していた。
「アクシズの方に、光が走ったな?」
「援軍を求めているんじゃないのか?」
「出なくっちゃならんでしょ!? 俺たち!」
一人のパイロットが、甲板からブリッジに呼びかけた。
別の宙域では、
「おい、ゲタを使って、モビルスーツをアクシズに投入できるか?」
「ギリギリですが、出ますか?」
パイロットたちが、戦術士官たちと協議に入っていた。
ルナツーの廃墟《はいきょ》のなかから、湧き出るように出て来た地球連邦政府のパイロットたちは、ネオ・ジオンの艦隊が、アクシズの方面に移動するテール・ノズルの光を見送って、
「間に合わんかも知れんが、我々もアクシズ方面に向う」
「使えそうな艦艇を捜せ!」
そう言い合う将兵たちは、一斉にルナツーの表面に散開していった。
サイド4の宙域を背にした静止衛星軌道の艦隊は、より現実的に、アクシズの戦闘に関与できそうだった。
「コース的には、アクシズを落下直前に捕《ほ》捉《そく》できるな?」
「ハッ! この下に来ますね。モビルスーツ部隊、用意させますか?」
司令に上申する士官たちの頬は、紅潮《こうちょう》していた。
「少しでもアクシズを砕《くだ》けば、被害は少なくなるだろ? 行かせろ」
地球に対して同じような軌道をとっていた艦隊でも、
「我が艦隊は、アクシズの正面に出られる。行くだけ行け! 届かない奴は、拾ってやる!」
その艦長の命令で、モビルスーツ部隊が、発進を開始していた。
「航続距離が不足なら、二機が押してでも、一機をアクシズに接触させろ!」
アクシズの地表スレスレに接近したラー・カイラムは、逆噴射をかけて減速をし、その周囲を生き残ったジェガン部隊が、次々に降下して、守りを固めた。
ギュネイの視覚のなかの光が収縮《しゅうしゅく》していくなかから、リ・ガズィのバズーカ・ランチャーの最後の一発が迫るのがギュネイに見えた。
その弾体は、不思議にゆったりと回転をして、ギュネイの視覚一杯に広がった。
「あれは……なんの力だろう?」
そう考えるギュネイの思考力のなかには、すでにシャアもアムロもなかった。あるのは、光の不思議に感動するギュネイだけだった。
そして、それが拡大してひしゃげた時に、光の渦がギュネイを襲い、ギュネイの最後の意識が『あたたかいな』と感じた時、ギュネイの生の存在は消滅していた。
「……ギュネイ!?」
アムロが、そのサザビーの隙を見逃すはずがなかった。ガンダムのビーム・ライフルの斉射が走った。サザビーは、回避した。
「アムロ! 来たかっ! しかし、もう遅いっ!」
サザビーが、ガンダムの上に回った。機動力は、圧倒的にサザビーが優位に見えた。
「貴様を倒せれば、アクシズは、止められる!」
サザビーは、最後のファンネルを放出して、ガンダムを攻撃させた。ビチューン! レーザーの直撃がガンダムの左肩を損傷した。機体が揺れた。
「クッ!」
アムロは、機体を急激にターンさせる。出力が弱いレーザーであっても、エンジンに直撃すれば、それでお終《しま》いなのである。ビーム・ライフルを向けた。
そこにも、ファンネルとサザビーのビームが飛んだ。
「駄目《だめ》かっ!」
そう、つぶやきながらも、アムロは全てのビームを避けきってみせた。
「馬鹿なっ!!」
ファンネルのレーザーにも、限度があった。推力《すいりょく》を使い果して、アクシズの地表に落下していった。
ガンダムはアクシズの地表スレスレに降下して、サザビーのライフルの攻撃を左右に避けたが、アクシズの地表から炸裂《さくれつ》した破片が機体に激突し、アムロのからだを不安定にした。
「チッ!……あの艦。なんだ?」
核兵器を搭載した四番艦が、アクシズの港口に鎮《ちん》座《ざ》しているのが見えた。
「無人?」
そうアムロには分った。四番艦のわきをすり抜けた。
「……そうかっ!」
アムロは、ガンダムに振り向かせると、ビーム・ライフルを四番艦に斉射した。
「させるかっ! まだそれを爆発させるわけにはいかんっ! それに満載した核兵器は、もっと低い位置で爆発させなければ、地球は汚染せんっ!」
サザビーが猪突《ちょとつ》したが、その時、四番艦の爆発が開始された。サザビーは、その核の爆発のなかに巻きこまれ、ドッと後退した。
「ウッ!」
「……この爆発がアクシズのブレーキになるか……?」
ゴウゴウと爆発するアクシズ前方を見やりながら、アムロはガンダムをターンさせ、アクシズの核パルス・ノズルを視界に入れた。そのノズルの基部に、ビーム・ライフルを斉射する。
一基の核ノズルが停止し、続いて二基目の基部にも攻撃をかけていった。
「……エネルギー切れ!?」
アムロは、ついに来るべきものが来たと感じた。
ライフルを捨てて、ガンダムをジャンプさせると、核爆発で激震のつづくノズルの基部に取りついて、ビーム・サーベルでその機関部を破壊した。そのガンダムを発見した一機のギラ・ドーガが攻撃をかけてきた。
「もう少しだってのにっ!」
アムロは、サーベルの柄《つか》を握りなおすと、機体を低くした。
「うッ……!」
チェーンは頭部を押さえ、顎《あご》をつきだして、ディスプレーを見やった。
「……アムロが危ない!?」
リ・ガズィを、アクシズの核ノズルの方に降下させた。
「あれ?」
リ・ガズィは、核ノズルの下の光芒に接近した。
「アムロッ!」
ガンダムを攻撃するギラ・ドーガに、後方からリ・ガズィが攻撃をかける。と、そのギラ・ドーガは遮蔽物《しゃへいぶつ》の影に転がり込んだ。リ・ガズィは、降下して追った。
チェーンは、そのギラ・ドーガがすでにかなり損傷していると知って、自信を持った。一挙《いっきょ》に直進をかけて、
「クウッ……ッ!」
リ・ガズィの肩口を敵のコクピットのハッチを狙ってぶつけていった。ドウッ! ギラ・ドーガのハッチが噴き飛んでくれた。しかし、リ・ガズィもドスンと尻餅《しりもち》をついて、その機体をフワッと核ノズルの下で浮かせた。あとは、自然に流れるのに身を任せるしかないようだった。
「アア……ッ!」
チェーンは、失神していた。
「リ・ガズィ!? 誰だ?」
しかし、アムロは眼の前の機体のパイロットが分からなかった。遠距離からチェーンの危機を救うことができても、眼前で気絶している恋人を知ることもできない。
一機のモビルスーツにかかずらわっている暇《ひま》はなく、稜線《りょうせん》上に見えるラー・カイラムの方に機体を向けた。
「ブライト、アクシズに潜入したのか?」
アムロは、ガンダムをラー・カイラムの方に飛ばせたが、接舷する直前、バズーカの弾着が間近にあってガンダムは転がった。
「…………!?」
激震にみまわれる別の稜線上に、サザビーが現われ、手にしたバズーカを放り出した。
「もうアクシズは、地球の引力に引かれて落下している!」
そのシャアの声は、無線を通して、アムロの耳を打った。
「チッ!」
上体を沈めるガンダムに、サザビーが落下してきた。
ビャーン! 双方のビーム・サーベルが伸びて、干渉波を発した。その激しいビーム・サーベルの交錯《こうさく》で、共に前部装甲に傷を負った。
アクシズの震動は、やや静かになったようだった。しかし、地球はすでに視界一杯に迫っていた。
闇に近いブロック、蛍光《けいこう》パネルがほのかに道を照し出しているブロック、時には、正常に電気が入って昼よりも明るいプロック、とあるのがアクシズの坑道《こうどう》だ。
それが、核爆発の激震で揺れ、岩肌、鉱床《こうしょう》がむき出しになっているブロックは、剥《は》がれた岩が上下左右の壁面にぶつかって、踊りまわっていた。
その危険なブロックも構わずに、数台のプチ・モビルスーツが走っていた。
先頭は、ブライトの操《あやつ》るメッドである。アクシズに接触したラー・カイラムから発したプチ・モビ部隊は、アクシズの坑道に潜入して時限装置を仕掛けるのが任務である。
艦長|自《みずか》らこんな任務につくというのは、ブライトもおかしくなっていると考えてよい。
しかし、ブライトにとっても、シャアのこの作戦を自分の手で阻止《そし》しなければならないという脅迫《きょうはく》観念に駆られているのだから、やむを得ないといえた。もともと、ブライトは決して優良な艦長ではないのだ。
「核爆発規模のものが、アクシズの前方で起っているか……?」
ブライトは、メッドの周囲の壁から石がぶつかるのを見ながら、キャノピーが破られるのは時間の問題だろうと覚悟した。
「核エンジンのバルブは、こっちです。ここを爆発させれば、致命傷になります!」
トゥースが、ブライトに呼びかける。
「よし! ここに時限装置っ!」
一台のプチ・モビが、残る。
さらに前進をして、五本ほどの坑道が集中してる箇所にたどりつく。が、そこは闇に近かった。岩塊《いわくれ》は、躍りつづけていた。
「ここには爆薬だ!」
さらに一台が残る。その奥の薄闇のなかに突進した三台のプチ・モビは、弾薬庫を発見したらしい。時限装置をセットするために、脚をとめた。
さらに、その上の坑道に飛びあがったプチ・モビは、核ノズルとコントロール・ブースを接続するケーブルを見つけた。
「こっちと接続します!」
「違います! こっちです」
そんな技師の声が、ブライトのノーマルスーツのヘッドフォンに飛びこんだ。見ると、プチ・モビから流れ出した技師が、別のプチ・モビが持ったケーブルをコンデンサーにつなごうと配線盤に回ったようだった。
ブライトが危険だなと思った時には、その技師にかなり大きな石が激突して、彼の身体を噴き飛ばしていた。
「ン……! うわっ!」
技師は、バイザーを破壊されたらしかった。
「作業、続けいっ!」
ブライトは、その悲劇を振り払うように命令をした。
サザビーのビーム・サーベルの先端が、ビシッとガンダムの右肘に接触をして、オイルが丸い粒になって宇宙に散った。
「くっ! ビーム・サーベルがっ!?」
ガンダムのビーム・サーベルがチリチリと消滅して、サザビーの攻撃を受けることができない。
「そこまでかっ!」
シャアは、サザビーの上体を捻《ひね》り、テール・ノズルを最大にしながら、斬りかかった。
サーベルのビームは、その刃にあたる部分を太くしながら、ガンダムの肩に向った。ガンダムは、手足の関節部すべてのアポジモーターを全開して避《よ》けた。そんなアポジモーターの使い方だと、ガンダムが操《あやつ》り人形のような奇妙な姿勢になった。全身がクネクネッと柔《やわ》らいで見えた。
「やる!」
さらにサザビーが、ビーム・サーベルを細く伸ばしながら迫った。ガンダムは、バック・ノズルをアクシズの地表にこすりながらよけ、機体を跳《は》ねさせた。
「うわーっっ!」
思いもよらないアクションで、ガンダムがサザビーの真上にまわった。テール・ノズルの変形が、飛行方向を完全に狂わせたのだ。その意思のない動きがシャアの手元を狂わせ、伸びたビーム・サーベルが、アクシズの鉄そのものの表面を焼いた。
「いけますっ!」
トゥースのコールがブライトの耳を打ち、ブライトは、プチ・モビ部隊に後退命令を出した。
「ラー・カイラムがなくなっていたら、最後だがな」
「その時は、アクシズに乗って地球に帰りましょ?」
「結構だ。お前は、地球出身だったか?」
ブライトたちは、強がりを言い合い、勇気を奮《ふる》ってプチ・モビを全速で走らせ、飛行した。
ラー・カイラムとレウルーラが、艦砲射撃をまじえる間で、ムサカが最後の爆光を噴きあげていた。
その手前をガンダムが降下していた。艦隊戦のビームが流れ、アクシズの岩を噴き上げた。アムロは、その噴き上がる岩くれを蹴ってガンダムを回避させた。なぜ、そんなことができたのか、アムロには分らなかった。
「サザビーは?」
アムロは、口のなかで言った。それが、サザビーを呼んだのだ。
シャアのサザビーが、溶けた金属材の間から、モノ・アイをフッと輝《かがや》かせた。それは、アムロに人の呼吸を思わせた。
「シャア奴《め》!」
サザビーがジャンプして、ガンダムの横腹を蹴った。
「わはーっ!」
落下するサザビーは、倒れたガンダムの片腕を踏み潰した。
「……くそぉっ!」
サザビーは、再度、ジャンプして降下した。ガンダムの残ったマニピュレーターが、サザビーの脚を払いつつ、歪《ゆが》んだテール・ノズルの勢いのまま、サザビーに体当りをかけた。
ドギューン! まさにモビルスーツの格闘である。二機はからみ合って、アクシズを滑った。
「なにおっ!」
歪んだテール・ノズルの効果をアムロは最大限に利用して、ガンダムの機体を小さく回して、何度かのキックをサザビーの横腹と背中に与えた。
ビチーッ! サザビーのテール・ノズルの幾つかを黙らせて、バック・パックを歪ませた。この点、手足が長いガンダムの方が有利なのだ。しかし、サザビーのマニピュレーターが、何度目かのキックの時にガンダムの腰を小《こ》脇《わき》に抱《かか》えようとした。
「オウッ!」
アムロは、ガンダムの上体を小さく前傾させると、ガンダムにチョップを使わせた。
「クッ!」
両機が離れた。が、サザビーはアクシズの表面を滑って、ガンダムの懐中《ふところ》に飛びこんできた。二機のマニピュレーター同士が組み合った。ガンダムは、右の手に左腕をそえる程度のことしかできない。
キュンキャャャン……! ピチーン! サザビーの肘のフレームが折れた。
そのオイルが血のように噴き出して、両機を汚した。モビルスーツ史上、初めての長時間格闘戦である。
サザビーのパンチが飛び、ガンダムの右がそれに呼応してカウンターパンチになった。
「あうっグッ!」
そのパンチが、シャアのコクピットを収容している頭部にあたった。その衝撃では、どんなに完璧《かんぺき》なショック・アブソーバーで守られたシートでも激震する。
「ここまでだな。シャアっ!」
ガンダムは、逆転したのだ。
「何いっ!」
サザビーが、アムロの視界のなかから弾け飛ぶようにして、逃げて見えた。
ガンダムが上昇をかけ、サザビーに迫っていった。
「逃がすかっ!」
「そうかな?」
サザビーのヘッドフロー・システムが稼働し、コクピット・カプセルが離脱した。コクピット全体がカプセルになって浮くシステムになっていたのだ。
「舐《な》めるなと言ったっ!」
アムロは、ガンダムの右マニピュレーターで、腰の機関部に収納されていたチューブの切れ端《はし》を投げさせていた。そのチューブが、サザビーのコクピット・カプセルに絡《から》んだ。
「アウッ!?」
「お前一人を行かすかよっ!」
チューブに絡んだカプセルが減速して、ガンダムの機体とともにアクシズの地面に流れた時に、ブライトたちが地表に飛び出して来た。
「アッ!?」
「ガンダムが?」
「構うなっ、時間だ!」
プチ・モビたちが、次々とラー・カイラムにジャンプするのを合図のように、アクシズのエンジン部と居住区の間の地表に閃光が走り、爆発が帯のように伸びていった。
「ウッ! やったのかっ、ブライト!」
アクシズ爆発の噴煙《ふんえん》の中に転がりこむ感じのガンダムは、サザビーのコクピット・カプセルを片手で掴んで、上昇を始めた。
「しかし、この高度では、アクシズの半分は地球に落ちる。わたしの勝ちだ! アムロ!」
「させるかって言ってるっ!」
アムロは、ガンダムにカプセルを持たせたまま、アクシズの前に回り込んでいった。
ラー・カイラムは、アクシズ爆発の岩くれが流れ出すなかを、後退に後退をかけて岩の噴流《ふんりゅう》から逃れようとした。それでも、数百の岩が船体に激突した。
その前面で、アクシズがグッグッグッと大きくふたつに分れて、さらに幾つもの破片に分断されて行くのが観測された。
しかし、その背後には、半分輝く地球が一杯にあるのだ。
アクシズの前方の巨大な方の破片は、核爆発でかなり凹んで、港口の跡などは見えなかった。そこに、ガンダムは回り込んだ。
「減速させる。お前も手伝えっ!」
アムロは説教するように言うと、アクシズにとりつこうとして、ガンダムを滞空させた。しかし、機体の姿勢をコントロールするのは、ひどく難しい状況になっていた。テール・ノズルがガタガタなのだ。
「……いや、違うなっ。後の方が、地球に落ちるっ!」
アムロは、ガンダムを後部のアクシズに向わせた。そして、ガンダムのマニピュレーターは、シャアの乗ったカプセルをアクシズの表面に叩きつけるようにしたのだ。
「ウワッ……!」
すでに、カプセルの緊急ハッチなどは作動しなかった。シャアは、必死でシートにしがみつくだけだ。
「アムロッ! なにをするのだっ!」
ガンダムのテール・ノズルが、オーバーロードするように全開した。もう、姿勢制御の必要などはなかった。ガチッとアクシズにマニピュレーターを食いこませ、動くつもりはないのだ。
「確信が持てるまでは、なんでもやる! それが、戦争で宇宙を汚《よご》した我々の仕事だっ!」
アムロは絶叫し、そのアムロの気合に呼応するかのように、ガンダムの機体そのものが発熱化していった。
ラー・カイラムは、船体が隠れられるほどのアクシズの破片の脇《わき》に滑りこんで、流れる細《こまか》い岩から身を隠そうとした。
前方の巨大なアクシズの破片ふたつは、落下速度が早くなっているようにしか見えない。
「前方の破片は、今の爆発が推力になって、地球に落下する軌道から離れていきます!」
「間違いないなっ!?」
そのブライトの確認に、ムエルが絶対だと答えた。
「……ガンダムの取りついた奴は、どうだっ!」
「もう少し、もう少し、進入角度が外に向いていればなんとがなるはずですが、このままでは、無理ですっ!」
「ラー・カイラムを前に出せ! ラー・カイラムで、アクシズの進入角度を変更する!」
「無茶です! こっちの装甲だって、メチャメチャなんですっ!」
メラン副艦が、ブライトに噛みついた。
ガンダムは、ますます発光して、背後に迫る地球光も色|褪《あ》せるのではないかと思えるほどに、輝き出した。
それは、νガンダムそのものが、光の化《け》身《しん》になるように見えた。そんなエネルギーがどこにあるのかと疑えた……。
しかし、ガンダムのテール・ノズルが、長大な光の束を放出しているのも事実なのだ。
「なんだぁ!? どこのモビルスーツ部隊だ!」
ラー・カイラムのムエルが、またも、すっとんきょうな声を張り上げた。口論を続けていたブライトとメランが、その声に窓の外を見た。
「…………?」
ラー・カイラムの窓の外に次々とテール・ノズルの閃光が滑りこみ、そのなかの数機のジェガンがベースジャバーを捨てて、アクシズの後部に回りこむようなコースに入った。
「なに、どこの部隊だ!?」
別の旧式のモビルスーツ数機も滑りこんで、同じようにアクシズの後部の破片に直進し、地球側の面に入りこんだようだ。
「88艦隊のモビルスーツ部隊です!」
それらジェガンなどの援軍のモビルスーツが、アクシズに取りついているガンダムのわきに接近し、次々にアクシズに接触して軌道変更のための力になろうとした。
「なんだ!? どこの部隊だっ! 下れ! 俺だけでいいっ!」
「そうはいきません! 進入角度をチットばかし変える仕事でしょうが!」
それは、遠路駆けつけてくれた艦隊のパイロットだ。それらモビルスーツ部隊は、アクシズに取りついて、押し返すようにテール・ノズルを全開した。
「大尉だけに、いい思いさせられないですからねっ!」
さらに、別のモビルスーツが取りつき、テール・ノズルをきらめかせた。
地球の前方からも、ゲタに乗ったモビルスーツ部隊が、地球との間に回りこんでアクシズの進入角を変えようとする形になった。
「援軍だ……援軍が来てくれたんです……!」
クレアは、ブライトに振り向いて、興奮した声を上げた。
その数は、三十……五十……さらに、それ以上である。それが、アクシズ後部の破片の前に回りこんでは、次々にアクシズに取りついてエンジンを全開していくのだった。
すでに、取りついたモビルスーツのなかには、オーバーロードでエンジンを真赤に過熱させているものもあった。
その下で地球の昼の部分が、ますます拡がっていった。
ズズズッアァァァ……!
アクシズの後部破片の前部が灼熱《しゃくねつ》化し始めて、大気との摩《ま》擦《さつ》熱で発光を始めた。
しかし、まだモビルスーツは耐《た》えることができた。アクシズの進行方向のやや横手からは、百を越えるモビルスーツの白色のテール・ノズル光が伸びた。
「来るなっ! 来るんじゃないっ! ここは、ガンダムで面倒を見る!」
しかし、そう叫ぶアムロのコクピットも、すでに灼熱化が始まっていた。
「しかしっ!」
「オーバーロードで、溶けるぞ! 後退しろっ!」
「まだまだ!」
「爆装しているものもあるじゃないかっ! 駄目だ、さがれっ!」
ドウッ! 白熱したモビルスーツが爆発した。
と、チーンと、そのパイロットの意思が飛んだ。
「駄目だっ! 離れろっ!」
「もう少しです! そうすりゃ、完全にアクシズは……うわっ!」
ドゥッ! 白熱したモビルスーツが爆発し、パイロットの意思が飛んだ。
「シャア! 貴様の力を吸い取ってでも、アクシズを阻止するっ!」
「や、やれるものかっ!」
共に、激震するコクピットの中である。またも、爆発するモビルスーツの破片が、アクシズにそって北に流れていった。
「離れろ、みんなっ! シャア、貴様の力をっ!」
「ウ……!?」
真赤に焼けたコクピットの外、ガンダムの機体は白熱する源となって、そのオーバーロードした光から発する白い波が、灼熱の摩擦熱の拡がりの間を滑るように、左右上下に取り付くモビルスーツにぶつかっていった。
と、その光の波にぶつかったモビルスーツが、バンと弾《はじ》かれて、アクシズから離れた。
「あうっ……!?」
パイロットは、コントロールできなくなった機体の姿勢を制御しながらも、アクシズが流れ去っていくのを見守るだけだった。
オーバーロードしたガンダムからの波動が、次々に周囲のモビルスーツを排除していた。
「大尉−っ!」
「余分な命は、いらないんだ! 俺とシャアだけでっ!」
拡がるガンダムの白熱の波動に、さらにモビルスーツが弾かれ、アクシズの四方に放出された。
「ああっ! アムロ大尉っ!」
赤く灼熱するアクシズ後部は、前部の破片との距離を次第に拡げて、地球に接近するように感じられた。
今や、そのアクシズの破片に取りつくのは、アムロとシャアだけになった。
「アムロが、他のモビルスーツを排除しているのか……!?」
シャアは、カプセル内に走るオーロラの光に似たものに包まれながら、なぜ外で起こっている事件が分るのか、と疑っていた。
「しかしっ、アクシズの針路は、まだ変らないっ!」
アムロは、絶望し、怒《いか》っていた。
ラー・カイラムの戦闘ブリッジでは、クルーは、なす術《すべ》もなくその輝くアクシズの前進を見つめていた……。
シャアは、パイロット・スーツの胸のファスナーを開いて、銀のロケットを取り出すと、振動の続くシートに身を任せながらも、ようやく開いた。
シャアは、ロケットの中の写真を見つめようとしたが、激震で見ることはできなかった。シャアと同じ金髪の少女が微笑している写真、シャアのただひとり生きている肉親……。
「……しかし、地球に住んでいるアルテイシアには、わるいことをした……」
しかし、シャアは、地球に住んでいるという以外には、セイラ・マスという名前も持つその妹の所在を掴んではいなかった。二人は、ジオン公国の建国以来、右と左に別れて成長した兄妹だったから……。
シャアは、かすかに、舌で唇を嘗《な》めてみた。
「……チェーン!」
アムロの絶叫は、すでに、コクピットを満すオーロラの光のなかで、燃えていたようだった。
しかし、アムロは、ふしあわせだとは、感じてはいない。
宇宙世紀0093年4月、太陽系連合とやや誇張のある名称の新政府が、第一回の議会を開催していた。議事堂に選ばれた月フォン・ブラン市《シティ》の大ホールの窓には、灰色にくすむ地球が一面に広がっていた。
人類の総人口は約四〇億。一年戦争開戦前の三分の一からの再出発であった。