第四章 シー・ジャック
「トルース!」
横に流れるエヴァリーの姿を見ながらも、アフランシは、走り出していた。
「アフランシは、純血の神話なんだぞ!! そんなことも分らん女が、尻尾《しっぽ》を振って近づくのは許せん!」
そんな声も、アフランシの耳に響いた。
「貴様のその偏見! 許せないなっ!」
アフランシの怒声《どせい》は、トルースのものより激しく、彼の腕が、トルースの肩を突き飛ばしていた。
「アフランシ!?」
太陽の光の中で、深く陰になった眼窩《がんか》の下のトルースの瞳《ひとみ》が、震えた。
「その感情の表現は、あなたの潜在意識が、いびつだという証明だ!」
アフランシの言葉は、世間を知らない島の青年の言葉ではなかった。
アフフンシは、桟橋の床板に倒れたエヴァリーのかたわらに屈《かが》み込んで、その肩と腰に触れた。
『ああ……!』
アフランシの意識が、感嘆を発した。
太陽の光の中で、粗末《そまつ》なワンピース一枚でおおわれた彼女の肉体は、堅くふっくらとした曲線を見せて、華《はな》やいでいた。
若さだけが持つ香気を発散していた。
『悪くいえば、それは、オスを魅《ひ》きよせようとするメスの武器だ……』
その背景は、
『人類のメスが、三百六十五日セックス・アピールをするようになったのは、他の動物に比べて、危険な状況にあったからだ』
カチッ……チッチッチッ………
アフランシのなかの例の音が、ふたたび明確な音になって、鳴った。
だからと言って、それは、現代に通用する背景はないはずだ。
人類は、セックスを超えていたのだから………。
それでいながら、セックスを是認《ぜにん》もしていた。
事実と認識の隔離《かくり》の存在……。
「なにしに来たんだ」
「わたしも、行くわ」
エヴァリーの瞳が、アフランシとその背後に立つ男を見比べて、おののいた。
「彼は、友達なんだ。ちょっと、そう、今まで、僕たちが知らなかったタイプの……」
アフランシは、それ以上の説明を、彼女に上手にできる自信はなかった。
「お前は女も選べ! 君にふさわしい女を!」
トルースは、またも呪《のろ》わしい言葉を吐きかけた。
「あなたの偏見は、聞きあきました」
「それが、物を教えたわたしに言うことかっ!」
「アフランシは、自由にされた、というのが正確な意味だ。フランとは、自由そのものの意味で、フランク人とは、ラテン、スラヴ人にたいして、ゲルマン人の優越感を内包《ないほう》したゴート語から来ている言葉だ。しかも、そのフランク人という意味だって、特権階級をさす言葉に変り、さらに、アラブ世界で、キリスト社会の人々を蔑視《べっし》する言葉に代った。言葉の意味などは、語源から遊離して使われるのは、めずらしくないんだ。そんな言葉に振りまわされて、論理を構築して、真理を語ろうなどと、お笑いだな」
「………?」
アフランシの言葉に、哲学者はアングリとロを開けたまま、後ずさった。
「……そんなことを知っていて、わたしの話を聞いたか………?」
「聞かされて、思い出した………それが、ぼくだ」
「フフフ………そうかい。わたしは、君の名づけ親が、どう考えているかという話として、説明したつもりだ。偏見は、アフランシという名前をつけた君の親たちにある」
アフランシは、もうその男と話をする気はなかった。
「ありがとう。いい刺激をくれた二日間だった。礼を言う」
アフランシは、エヴァリーの腰を抱いて、男に背を向けた。
「そういう若者には、わたしも興味がない!」
そのトルース・シュトロンガーの言葉を背中に受けて、アフヲンシは、定期便のタラップ
の方に向った。
「一緒に行っていいのね?」
「いや、よくない」
アフランシは、はっきりと応《こた》えた。
「アフランシ………!?」
エヴァリーは言葉を呑んで、立ちどまった。
そのエヴァリーと同じように、アフランシは、自分の内奥にたえず疼《うず》いているセックスへの欲望を否定して、エヴァリーを拒否できたことに驚いていた。
「アフランシ……!」
アフランシの肩越しに別の声がした。
「………やっぱり、君か……?」
アフランシは、定期便のタラップの向うに立っている友人、キャリ・ハウを見つけた。
彼は、ボートトを桟橋の下に係留《けいりゅう》して、上って来たところだった。
「連れて来ていけなかった?」
キャニ・ハウは、オズオズと言った。
彼等の周囲は、定期便に乗り込むための人々の動きで、にぎわってきた。
インド、ベトナム、中国人、それに、白人もいれぱ、黒人も中東の人ぴともいた。
現在、地球に居残っているあらゆる人種が、この小さな島に出入りしているのだ。
『……これが、この地区を地球上の実験の地域にしているという証拠か……?』
アフランシは、トルース・シュトロンガーの言葉を思い出していた。
「……キャリ、エヴァリーと一緒に島に帰ってくれ。これは、命令に近い」
朴訥《ぼくとつ》なキャリ・ハウは、アフランシの言葉に、口をモゴモゴさせた。
アフランシは、可哀想だと感じながらも、言葉をつづけた。
「知っているだろう? ぼくは来たところに、帰らなければならない使命を持っている。
そこは、危険な場所だ。ぼくは、エヴァリーを愛しているから、彼女をそんなところに連れて行って、傷つけたくない」
アフランシは、エヴァリーを抱いていた手を離した。
言葉と交換に、彼女との接触を解除したのだ。
しかし、アフランシは、白分の発する不可解な言葉に、自身、絶句していた。
『来たところ』?
『使命』?
『危険なところ』?
『エヴァリーが傷つく』?
すべてが、自分で確認していない概念だった。
「アフランシ………言っていることは分るよ。けど、エヴァリーが、可哀想だよ。だから、ぼくはエヴァリーを送ってきたんだ。アフランシなら、嵐に巻き込まれないって確信があったから、送って来たのに………」
キャリ・ハウは、身をもむようにして言った。
「……アフランシ、今、言ったことは、本当?」
「本当だ……」
「ずっと、行ったまま?」
「ぼくが帰って来れるのは、エヴァのいる島しかない」
「ああ……! アフランシ・シャア! なら、待っているわ。わたし、ズッと待っていていいのね?」
「勿論《もちろん》、そうしてくれるなら、とても嬉《うれ》しい……」
「そう言ってくれれば、追いかけてこなかったわ………」
「そんなこと、頼めはしない。エヴァだって、自由にする権利も、人生を楽しむ権利だってあるんだから……」
「それは違うわ! わたしには、アフランシが全部よ!」
エヴァリーは、アフランシの首に腕をまわして、力一杯、アフランシを抱いた。
アフランシもエヴァリーに応えて、そのくびれた腰を抱きしめた。
そのエヴァリーの肩越しに、アフランシは、悲しそうなキャリ・ハウの眼と合わせた。
彼は、肩をすくめて、作り笑いを浮かぺた。
アフランシはハンドレールに肘《ひじ》を乗せて、桟橋に立ったキャリ・ハウとエヴァリーに手を挙げた。
その時、エヴァリーは、確かに手を挙げてアフランシに応えてくれたが、その後、キャリの肩に顔を埋めて、肩を震わせた。
「………」
アフランシは、キャリ・ハウが、「すまない」と言う顔をするのを見逃さなかった。
「キャリ! エヴァリーを大事にしてやってくれ!」
アフランシは、そう叫んでいた。
『大事にする』
その瞹昧《あいまい》な言葉の中には、一杯いろいろな思いがあった.
確かな可能性にたいしての解答……。
変化する事態にたいしての両者の思い……。
その場合の両者とは、キャリとエヴァリーなのか? そうではないのか?
それは分らないが、分らないままでいいのだ。
それが、明日を知れない人生にたいしての、最も確かな解答なのである。
その瞹眛さこそ、生きる上の珠玉《しゅぎょく》の解答なのだ。
『それが、人生にとっての真実なのに、ぼくの場合は、それがアフランシという名前に結実《けつじつ》
してしまっている………』
アフランシのなかで、そういう嫌悪感が走った。
ボォーッ!
汽笛《きてき》が鳴り、桟橋と舷側《げんそく》の間に、波が泡立ち、定期便は出港した。
「瞹味さ………それは、生きものの尊厳《そんげん》を維持し、入の愚鈍《ぐどん》さをカバーする道具なんだ……」 アフランシはハンモックを借りると、
潮風にさらされた甲板で横になった。
甲板の上は、足の踏み場がないほど、荷物が積み込まれていた。
島でとれる果物は、ホンコンで高く売れた。
特別なものがあるわけではないのだが、ホンコンでは、現地特産物は高く売れた。
現地生産の食べ物は、エスニックなものとして、賞賛されたからだ。
どのくらい眠ったか………
「………?」
アフランシは、眠りのなかで、ザワザワする空気を感じた。
「キヤーッ!」
「海賊だ!」
「人質を取っている!?」
そんな声が、はっきりと飛びこむまで、たいした時間はかからなかった。
「海賊《シージャック》?」
アフランシは、ハンモックから上体を起こした。
荷物の間の乗客たちが、左舷《さげん》に移動していた。
パン! パン!
潮っ気に似合わない乾いた音が、右舷《うげん》の海面から聞えた。
「……!?」
アフランシは、ハンドレールから身を乗り出した。
一隻のクルーザーが、前方に接舷する形を取っていた。
「人質がいるんだ! 船に乗せなけれぱ、この人質を殺す!」
ハンド・スピーカーを持った男が、クルーザーの操舵輪《そうだりん》の前で怒鳴っていた。
「人質?」
ボートの左舷には、後ろ手に縛った少女を、二人の男が押えているのが見えた。
「………!?」
アフランシは、その少女を見て、ゾッとした。
「エヴァ!?」
「人質なものかっ! その女も仲間だろうっ!」
定期硬のブリッジの舷側から船員が、怒鳴り返していた。
「冗談でこんなことができるかっ!」
ハンド・スピーカーを持った男が手を振ると、エヴァリーの頭に仲間の男が、拳銃をつきつけた。
「仲間じゃないわ! 助けてください!」
エヴァリーが、叫んだ。
「この女が死んでも、そっちの貴任だからなっ!」
「やって見ろっ!」
ブリッジから、船長らしい男が、ハンド・スピーカーで怒鳴りかえした。血の気が多い男らしかった。
「やめろッ! 船長! それは、本当に人質だ! ぼくの友達だ!」
アフランシは叫びながら、舷側ぞいにブリッジの下に走った。
「………?」
クルーザーの男が、走るアフランシの姿を見つけて、
「船長! 船の客の中に、この人質のお友達がいるぜっ! その男に聞きな!」
アフランシは、そのハンド・スピーカーの声を聞きながら、ブリッジにつながるタラップを駆け登った。
「船長!」
上甲板から、ブリッジにつながる通路の、立ち入り禁止の枡《さく》を飛びこえた。
「……!? 貴様も仲間か!?」
アフランシは、船長の想像もつかない言葉に、カッとなった。
「何を言うんだ! あの娘は、僕の許婚者《いいなずけ》なんだ!」
「本当か……君」
「島の人間をバカにする! 射たないでくれ! 彼女は、ぼくの未来の妻なんだからっ!」
アフランシの言葉に、クルーザーの男たちが、ドッと哄笑《こうしょう》した。
「ア、フランシー!」
エヴァリーの表情に、生気がよみがえった。
「エヴァ!」
「動くなよっ! 船長、この女の男がいるならちょうどいい! 俺たちを乗せなければ、この女をやっちまうぞっ!」
「へっ! ヘへっ! 殺すよりは、罪がないわな!」
エヴァリーを押えつけていた男の一人が、エヴァリーのスカートをまくり上げた。
「よしてっ!」
抵抗をしたエヴァリーの顔を、一方の男が殴りつけた。
「あうっ!」
「エヴァッ!」
アフランシは、ハンドレールを乗り越えようとした。
「よせ! 若いの!」
船長は、アフランシを静止すると、クルーザーの男たちに、
「上れ! その替り、女には手を出すなっ!」
「クルーザーは、ちゃんと曳航《えいこう》するようにしてくれよ?」
「やっているだろう! なんのためのシージャックだ!」
二人の男に脅《おど》された船員たちが、クルーザーをつないだロープを固定するために、船尾に行った。
目の前には、三人である。
チーフらしい男は、小型のマシン・ガンを携帯していた。
「ホンコンに着けば分るさ、それよりも、無線士! 前に出なっ!」
チーフらしい男が、並んだ定期便のクルーの中から、無線士を見つけると、
「警察に無線を出したのは、傍受《ぼうじゅ》したぜ?」
言いざまマシン・ガンのグリップで、無線士を殴りつけた。
「ウッグッ!?」
「ふざけやがって!」
無線士が甲板に倒れたところを、左右から何度か蹴飛ばした。
「………」
その男の向うに立たされたエヴァリーは、肘《ひき》がひしゃげるほどに縛られていた。
容赦《ようしゃ》ないというよりも、縛り方を知らないのだ。ただ、闇雲《やみくも》に強く縛られていた。
彼女の前後には、リボルバーを持った男が立っていた。
「コースを変えて、ホンコンに向うからよ、警察には、捕まらねえよ。なあ、船長?」
「分ったよ。たいして金になる荷物はないぞ?」
「フン! 俺たちは、海賊じゃねえよ。へヘへ……手前か、アフランシと言ったな? いい女とやってんじゃねぇか」
マシン・ガンを腰にすえた男は、腰を前後に振ってみせながら、アフランシとエヴァリーを見比べた。
「ヘッ、ヘへへ………!」
『こいつは、俺に用がある……?』
アフランシは、ふっとそう思う。
「………こっちは、時間があんだ。あとでよ、女とは、やらしてもらうぜ?」
「そんなことをしてみろ………」
その瞬間、男のマシン・ガンの銃身が、アフランシの脇腹を殴りつけていた。
「アゥッ!」
アフランシは、上体を屈《かが》ませた。
「………トッポイ口のきき方をするんじゃねぇよ! ケツの穴に弾丸《たま》をブチ込まれたって、文句は言えねぇんだぜ?」
「………」
アフランシは、脇腹を押えながら、ゆっくりと上体を上げた。
演技したほどに、きいてはいない。
「アフランシか? ええ!? そうだってんだろ?」
「………だとしたら、どうだっていうんです?」
うかつに冷静に言ってしまった。
こんな男に、狙《ねら》われる覚えはないからだ。
「……どうだっていうんだーと? アフランシだったら、こうすんだよ!」
男の手にしたマシン・ガンが、振り込まれ、みぞおちを狙ってきた。
アフランシは、肘《ひじ》でガードしながらも、受けてみせた。
「アゥッ!」
『今度は、顎《あご》だ』
アフランシが思ったように、男は、マシン・ガンのグリップを使った。
『単純な……!』
多少、顎に受けて見せたが、おおむね相手の力を流すようにして、倒れ込んだ。
「……?」
一瞬、男に、不思議そうな表情が浮かんだ。
手応えがないのが、分ったのだろう。
アフランシは、多少、不安になった。
それに、このように突発的な事件でありながら、すべての流れが、読める自分にも驚いていた。
「ハハハッ! トルースに聞いた通りだ、やわな奴なんだよ! ミハエル!」
エヴァリーの前に立った男の歓声に、アフランシを殴った男が気を取り直して、ニタッとして見せた。
「ついでの仕事だ。これでいいか?」
男は、そう言って、マシン・ガンの銃身で、アフランシをこづいた。
『トルース? ミカエル? いや、ミハエルと言ったな……?』
「よし、全員、船倉に放り込んでおけ!」
アフランシは、目を閉じた。
エヴァリーと、別々に監禁される!
「………」
「こっちに来るんだよ! 殺されたいかっ!」
マシン・ガンが、光った。
ゆるゆると態勢を立て直したアフランシは、左右の男たちに命じた男、ミハエルの意気がりが分った。
『……普通の人が、人を使えばああなる……気をつけなければならない』
アフランシは、エヴァリーのことを思いながらも、極めて冷静に、人の動きを見取っていた。
彼のなかで、確信が生れた。
男たちの余裕が、アフランシにつけ入る隙《すき》を作った。
エヴァリーの背後に立っていた男が、背中を向けて、船員たちの前に出た。
マシン・ガンのミハエルが、アフランシの脇をすり抜けて、背後に立とうとした。
エヴァリーの縄尻《なわじり》を掴《つか》む男が、船員たちの間に、割って入ろうとした。
アフランシは、苦しそうに腹を押えながら、エヴァリーの方に身をよろけさせると、縄尻を?む男に、体当りをかけて、その拳銃《けんじゅう》を奪った。
カチッ!
アフランシの頭の中ではじける音と、アフランシの手にした拳銃が、発射されたのは同時だった。
「アウッ!?」
ミハエルの肩に血が散った。
「次!」
さらに、アフランシの拳銃は、前に出た男の手を撃ち砕き、構え直そうとしたミハエルのマシン・ガンを蹴《け》り」上げていた。
「ゲッ!?」
船員たちが、ドッとその男たちに躍りかかり、アフランシは、エヴァリーを抱ぎかかえた。
「ハッ!」
感動の息が、エヴァリー・キーの唇から洩《も》れた。
一呼吸《ひとこきゅう》のできごとだった。
「………!?」
その一瞬が終ると、定期便のクルーとシージャックの青年たちが、呆然《ぼうぜん》とアフランシを見つめた。
「な、なんだよ? 話と運うじゃないか……」
シージャックの一人が、怯えた声を出した。
「あんたは、プロの何かかい? それとも、軍入かい?」
船長が、ミハエルを押えるのを手伝いながら、アフランシに聞いた。
「いや……。君たちが、女を道具に使わなければ、抵抗はしなかった。クルーザーを曳航《えいこう》する用意をしている二人も呼ぷんだ」
アフランシは、エヴァリーの綱を解く船員の手つきを確認しながら、言った。
船長と無線士が、青年たちが落した銃を拾って、彼等を船尾に追いやった。
三人の仲間の降伏に、残った二人の男たちも、銃を捨てた。
「ミハエル・キンゼイだ。背景はないと言っているがね?」
「よく分らないのです。どういうことなのですか?」
「私には調ぺる能力はないし、調べる気もない。連中を警察に引き渡せば、いいんだからな?」
「気にならないのですか?」
「物盗り、でなけれぱ、反地球連邦政府運動だろう? どっちにしてもよくあるごとだ」
「そうですか。混沌《こんとん》としているのですね?」
「ああ、しているな」
船長は、ジュースの缶を開けながら言った。
アフランシとエヴァリーは、一等船室のゆったりとしたキャビンにいた。
「気持は分るがね? 警察に言っても、警察は来ない。ホンコンまで連れて来いってね? これが、いまの地球連邦政府の官僚だ」
「そうですか……」
「そうそう、君の誤解を解いておきたいな。私には、偏見はないつもりだ..あの時、君をシージャックの仲間と思ったのは、君が、連中と同じ恰好《かっこう》をしていたからだ。恰好だけで人を判断するのは、難《むずか》しいものだ。分ってくれ」
「いいのです。もう、済んだことですし」
「いやいや。それに、もっと重要なことがある。君には、シージャッカーたちと同じ、強い感覚があったんだよ。力だ。力を感じさせる気迫があった。現実に、君は、一人の力でシージャッカーたちを制圧した」
「彼女が、人質に取られていたので、カッとなった火事場の馬鹿力です」
「私だって、軍にいた男だ。君の活躍は、訓練した兵士のものだ。感動したよ」
「ありがとうございます」
「ウム……。ゆっくりしてくれ給え。ホンコンまで、君たちは、この船のVlPだ」
「……それこそ、差別と感じますが?」
「それは違うそ。お若いの? 人の能力に応じて、歓待するのは、人の礼儀だ。それは、差別とは違う」
「礼儀ですか………」
「人類が、動物と違うことがあるとすれば、これがあるからだ」
アフランシは、そのことについて、別の考え方があるのを思い出していた。
しかし、船長と議論する気はなかったので、黙って、笑顔を作って見せた。
そして、その部屋は、エヴァリーと二人だけのものになった。
アフランシはエヴァの腕に残った縄目の後を、擾しく愛撫《あいぶ》した。
「ああ………! アフランシ! こんな時間が持てるならば、ホンコンで別れられるかも知れない」
エヴァリーのいさぎよい言葉が、アフランシの耳に痛かった。