ガイア・ギア 1
富野由悠季
第一章 オン・ザ・ビーチ
潮騒が、風にのってきこえるのか、風の流れが潮騒にのって渡ってくるのか?
彼は、そういうことを、考えなくなっていた。
ちょっと前までは、彼には、そのような現象のあらわれ方を観察し、分析する癖があった。
今は、ただ、潮騒と風がないまぜになった空気を感じて、それを気持ち良いものと受けいれるだけだった。
………解析作業を停止させるのではない。
そんな現象についての、論理的な思考はジャンプさせて、設間を設定しないようにするのだ。
そんなことを覚えたのは……
『………曖昧なことを曖昧のままにするのは、悪いことではないし、不安でもない……それで、気持ちが落着かないということもなくなった……』
彼の視界の中には、星しかなかった。
とても珍《めずら》しいことなのだが、風もなく、雲や霞《かすみ》のない全天が広がっていた。
彼は、砂浜に横になっていた。
その足元、数メートル先の潮と砂の隣接する浜に、波の音はなかった。
それよりも、浜をつくっているサンゴの殻《から》が、かすかに打ち寄せ引く潮の下で、からみあい、打ちあうカラカラという音が、水をとおして聞えた。
潮騒の音は、その浜の向うに形成されているサンゴ礁《しょう》に打ち寄せる、外海《そとうみ》のものだ。
アフランシ・シャアが、殴昧さを覚えたのは、いつの頃《ころ》か……?
それまでは、彼は、あらゆる現象を理論的に照合するように、セッティングされていた。
その彼の年齢は、たしか、十九歳……
島の長老であり、彼の育ての親、ガバ・スーが教えてくれた年齢である。
曖昧さは、この時から始まっていたのだが、アフランシ・シャアが、本当の意味で曖昧さを受け入れ始めたのは、最近のことだ。
射るような星の光を、ひとつひとつ数えるようにしていたアフランシは、白分の体内のどこかで、何かがカチカチと音を走てている感覚を感知していた。
『あいまいさ、か……』
カチカチ……
『……それは良いことだ……』
カチカチ……カチ……
その音とも思えないなにかは、アフランシの言葉を拒否するように鳴っていた。
それがなんであるかは、彼には分っていた。
だから、多少邪魔なもの、という感覚はあっても、拒否することはしなかったし、できるものでもなかった。
彼の記憶巣《きおくそう》の最も奥にある膨大《ぼうだい》なセル・チップが、共娠し、目覚める音だ。
そのアフランシ・シャアの視覚の中に、星の光が落下した。
その光の音も、彼には聞えるような気がした。
シァー……ルルルル……。
こんな島でも、今は、八等星まで見える夜は珍しかった。地球の大気は、汚染し切っていたし、天候も不安定だった。
が、今は、ちがう。
アフランシは、星々の光の降下する音を聞きながら、奇妙な感触を知覚して、立ち上った。
星々の間に、人の声を聞いたような気がしたからだ。
いや、なにかの意識そのものの声かも知れなかった。
『………!?』
と、星々の光が、一気に増して、アフランシ・シャアの体内に集中した.
『……ああ……!』
カチカチカチ………!
幻覚か?
彼の記憤巣が、一瞬、キンという鋭い音に包まれ、幻覚と視覚センサーの誤謬《ごびゅう》を解こうとして、作動した。
一瞬、彼は、巨大な量の視覚現象を見たと思った。
それは、数千数万の人の顔であり、意思であり、地球とそれをとりまく自然であり、恐竜の絶減であり、ヴィタミンの原子構造であり、金属粒子の激突であり、マシーンたちの生成であり、その他の………それは、書くことができないほどの量だ………
記憶累積《るいせき》から敷衍《ふえん》される視覚現象。
つまり、過去の記憶の集ったものが、星々の光によって刺激されて、 一瞬、視覚現象として知覚されたのである。
そのように、アフランシ・シャアの潜在能力が了解した。
『宇宙《そら》は、人で満ちている……それは、本当のようだ………』
アフランシ・シャアは、そう認識した。
「ア・フランシ・シャーァ!」
エヴァリー・キーのはじけるような声は、どんな嵐の中でもアフランシの耳に届いた。
でも、ここは晴れた日の内海《うちうみ》………
彼女の声は、海と大気の間に、閃光《せんこう》となって消えた。
アフランシは、その声の方に向って、抜き手を切って泳いでいった。
彼女は、シャアの名前の頭の音を、とても強く発音する。
「ア・フランシ・シャーァ!」と……。
エヴァリー・キーは、浮きブイの飛び込み板の上で、バランスを取っていた。彼女は、本能的に入に見られることが、好きな少女だ。
アフランシの方向に向って、正確に美しいポーズを取る術《すべ》を知っていた。が、その自覚は、彼女にあるはずはない。
だから、素敵……
アフランシが、その浮き板の上の彼女の足首をつかもうとした時、彼女は、サッと身体《からだ》をひるがえした。
シャアの視界の中で、彼女のかかとが上り、長い脚の指が、浮き台を蹴《け》って、伸びた。
「エヴァッ!」
シャアは、彼女をそう呼ぶ。
握りあおぐシャアの頭上を、彼女の肢妹《したい》が、両方の腕を伸ばしたために、より伸びやかな線になって、あたかも弦《げん》を放れた矢のように、飛んだ。
飛沫《しぶき》は小さく軽く、水面に飛び込んだ時の音もきこえないくらいに、彼女の陽に焼けた肌をのみこんだ。
シャアもそのエヴァリーを追って潜《もぐ》った。
水面の下は、透けた光がタテに不安定に交錯《こうさく》して、おぼろな紋様《もんよう》を浮きあがらせ、そのブルーのむこうで、彼女の肢体《したい》がしなやかに回転をした。
サンゴ礁を下にしたエヴァリーの身体《からだ》が、さらに、シャアから離れていった。
シャアは、そのエヴァリーの上下する脚と、それを支える丸くプックリとしたお尻を追った。
潮の色が、エヴァリーの身体にやや陰《かげ》りをあたえながらも、それを浮き彫りにする影を強く見せていた。
海面の裏側の面が、彼女の肢体を幾つもの断片に映しては、消えていった。
縞模様を身にまとった小さな魚の群が、鮮かな色をひるがえしながら散っていく……
チリチリ……チ……
エヴァリー・キーを追うシャアの耳に、海の音が聞えた。
それは海底という大地から起こった鼓動《こどう》を、海の潮が吸収してしまった後の、残響《ざんきょう》……
チリチリ……ツーン……
エヴァリーの身につけている小さなビキニさえも、彼女の肢体の一部になってしまって、全裸以上に彼女の美しさをきわだたせ、童話のなかの人魚のように見せた。
「………!」
これが恋……!?
恋?
それは、なに……?
これこそ、永遠に、絶対的な曖昧《あいまい》さの象徴………
そして、彼の対象のエヴァリー・キーの姿のむこうの、壁のように見える潮の色は、絶対的な何かが存在するという深淵《しんえん》である……。
エヴァリーの黒い髪が大きく潮の中でひろがって、シャアに近づいた。潮の中で、彼女の歯が真珠のように輝いた。
「クク………ククック!」
潮の流れにのって、彼女の笑い声が、アフランシに聞えた。
今度は、アフランシが逃げた。
そして、一度、息を吸い込み、脱出の速度を早くする。
コボッコボッ!
自分の吐く息がつくる泡が耳元をかすめ、その音の中に、チリチリ………
水圧を感じる音ではなく、大地の鼓動が、アフランシの鼓膜《こまく》を刺激するのだ。
そして、 エヴァリーの手がアフランシの肌に触れて、向き直った彼の胸に、エヴァリーの堅いけれども豊かな乳房が触れた。
トッ! トッ! トッ!……
その心臓の鼓動は、アフランシに、別の人の血を通わせるエネルギーの源《みなもと》、情熱を産む器官の搏動《はくどう》を、
肌の感触とともに感じさせた。
その二入に、南の島の潮は、なんと暖いのだろう。
強風は、島全体の椰干《やし》の林を、根こそぎ持っていくのではないかと思えた。
海岸線から噴き上った潮のしぶきが、白い幕になって島を襲った。
ドッ!
そんな中でも、椰子の実が落下する音は、重く響いた。
「急いでください!」
そう絶叫する若者は、いつもシャアを敬《うやま》うような口のきき方をするアフランシの友入、キャリ・ハウである。
二人は、上体をほとんど九十度にして、揶子の林を駆けたが、それでも、油断をすると、風に身体を押し戻された。
雨の粒が、肩に胸に、顔に痛い。
暴風雨にけむる家は、自然の力の前に、身を低くしている人のように見える。
その家は木造に見えるが、材料のすぺては、強化プラスチックである.
腐蝕《ふしょく》もせず、旧《ふる》くもならず、三百年は新築のように見えるが、それ以上になると、どのように劣化するかの保証は、まだない。
科学者たち、もしくは、その材料を製造販売する会社の人はいう。
『千年でも、材質劣化は見られません。大丈夫です』
科学的に耐用テストを重ねた結果が完全だから、そう言うのだ。
『刻《とき》を凝縮《ぎょうしゅく》する技術があるのだろうか?……それならば、刻を伸ばしたりする技術もあるのかも知れない』
今より子供の時、アフランシ・シャアは、そんな風に思ったものだ。
殊《こと》に、とても気持が良い時間を過ごしている時などには、その思いつきが湧《わ》き上って、
『この刻、長くなーれ!』
そう言ったり、思ったりしたものだ。
今は、少しだけ成長したので、そう感動はしないし、そう考えることもない。
しかし、
『刻《とき》そのものにも性質があるはずだ。その性質を、別のもので代える技術を持っている人びとがいるなんて、それは、素晴しいことだが、本当だろうか?』
今は、そう考えるようになっていた。
「ガバ・スー!」
アフランシは、薄くなった身体を、ベッドに横たえる老入の手をとった.
知れず涙があふれた。
ガバ・スーの陽と潮に鍛えられた肌も、薄紙のようになって、深い皺《しわ》をきざみ、プ厚く頑丈《がんじょう》な爪《つめ》も、脆《もろ》くなっていた。
アフランシを抱き、殴り、口に食べ物を運んでくれた手…
それが今は、とても軽く、アフランシの若い手の中に沈んでいた。
暴風におびえるように、建物全体が鳴った。
ドッと風が吹き込んで、窓ぎわの陽に焼けたレースのカーテンを激しく舞わせた。
エヴァリー・キーが、入って来た。
「長老が……!?」
「………騒がんがいい……」
アフランシのうしろに勢揃《せいぞろ》いしていた老人たちが、彼女をたしなめた。
アフランシが、ガパ・スーの動く口元に耳を寄せた.
「……お前は、宇宙《そら》に出よ……お前は、地球にいる人ではないからだ……儂《わし》は、お前をここで育てるように預っただけだ……が……儂は、お前の氏素性《うじすじょう》は知らない。聞かなかった……が、な、宇宙がお前を待っていることだけは、知っている………」
「宇宙……?」
それはアフランシ・シャア。
「宇宙に?」
エヴァリーの声はおびえて、かすかに震えた。
その息の震えは、暴風の音の中でも、アフランシの耳にはっきりと聞えた。
唇から漏《も》れる、吐息《といき》……
夜明けに嵐が去った時、ガバ・スーは、死んだ。
「天寿《てんじゅ》だ。悲しんではならない」
一座の中で、今度、もっとも長寿になってしまった老婆が言った。
「………ガパ・スーは、老衰だ。自然に死んだ……この島に生れ、島から島を冒険した時代《とき》もあった。そして、幾つかの恋の後、ガバはまたこの島に戻った。その時のことは、わたしは良く知っている……ガバ・スーが島に戻って、カサン・ムースと結婚したからだ………わたしは、捨てられたからな」
その老婆は、そこで低く笑った。
その笑いを、誰も非難しない。あたたかく聞きいれるだけだ。
「カサンが死んで、二十年になるか?」
「二十三年じゃて!」
非難の言葉があがった。
満座の入びとが、年数を間違えて言った男を見て、『ボケたな』と言い合った。
「……ガバは、阿人もの子供を作ったが、ガバの子供たちは強かった。強かったから、みんな島を出た。機械を操《あやつ》るのが好きだという子供たちが多かったな………だから、アフランシが、ガバのところに来た時、ガバ・スーはアフランシを育てたのだ」
「そして、ぼくは、こうして大きくなりました……」
満座の人びとは頷《うなず》き、
「ガパ・スーの遺言《ゆいごん》どおり、宇宙に出よ」
人びとは、そう言い合った。
「………でも、ぼくは、島以外は、知らないのです。出るのが怖《こわ》い……」
アフランシはそう言って、紙のようになったガバ・スーを見やった。
颯《さつ》、颯と、嵐のあとの残り風が、まだ海岸をなぶっていた。
サンゴ礁の向うは、また、狂暴な白い波頭がドウドウと寄せ、白い飛沫《しぶき》が壁になって見えた。
「駄目! だめ、ダメダー!」
エヴァリーは、もうその言葉しか知らないように、繰り返していた。
「決めたわけじゃない」
風に負けないように、アフランシは言った。
「駄目ぇ ――!」
エヴァリーは、両方の肘《ひじ》をお腹《なか》の間に沈め、上体を屈《かが》めて応《こた》えた。風になぶられる彼女の粗末《そまつ》なワンピースが、彼女の激しい感情そのままに震えていた。
「だから、相談しようって!」
アフランシが走ると、それ以上アフランシが近づくと抵抗できないと思うのか、エヴァリーは逃げた。
そして、駄目、と叫ぶのをやめなかった。
アフランシには、そのエヴァリーの気持ちが分っていた。
『なのに、なんで、ぼくは追いかけているんだ? なんで、エヴァリーを説得しようとしているんだ?』
アフランシは、もう白分が宇宙《そら》に行くことを決めているのだ、と気づいていた。
ただ、まだ、その決定を、明確な意識にしたくなかった。
エヴァリーと一緒に魚を獲《と》り、サトウキビ畑の面倒をみ、椰子の油を採り、椰子の実で、日常の生活に必要な道具を作る生活…
「それは、厭《いや》ではない。好きなんだ」
アフランシは、立ちどまって、そう口にしながらも、エヴァリーが走る方を見やっていた。
流れる雲の切れ間に、太陽がその強い光をこぼした。
その光を背にして、エヴァリーが.ドウッとサンゴの浜に倒れて、鳴咽《おえつ》した。
その背中が激しく上下するのが、妙にくっきりとアフランシに見えた。
「なのに、エヴァは、ぼくが宇宙に出るものだと、思い切っている……」
多少、不愉快だった。
自分が決めるのを避けようとしていることを、すでに、ほかの人が、予測し、決めている。
それは、曖昧さ以上に、居心地が悪いことだ。
「なら行ってやる………」
そう言いたくなった。
アフランシは、そう感じた。
「……?」
エヴァリーが背中を震わせるむこう………
そこに……影……があった。
「あんなところに、あんな高いものはないのに……」
アフランシは、その影に歩み寄って行った。
だから、泣き続けるエヴァリーの脇を通り越そうとして、彼女の背中を見下した。
「………!?」
アフランシは、ワンピースから剥《む》き出しのエヴァリーの肩が、とても艶《つや》やかに震えているのに、胸をつかれた。
「エヴァリー……」
アフランシは、できるだけ優しく彼女の肩を抱いて、
「ごめん、とても不思議なものを見つけた。見に行きたい」
「………?」
それは、彼女には想像できない唐突《とうとつ》な言葉だった。彼女は、涙でよごれた顔を上げた。
「……!?」
エヴァリーは、アフランシの顔が、今までに見せたことがない複雑なものだったので、嗚咽《おえつ》を押えることを忘れた。
アフランシには、エヴァリーの涙に濡《ぬ》れた顔が、いろいろなことを一杯《いっぱい》想像しようとしているのが分った。
しかし、彼女には、それを上手に表現することはできない……だろう。
「……え?ええ?」
そう言うのが、エヴァリーの精一杯のことだ。
「あれ……だ」
アフランシは、彼女の上体を起こしてやってから、影の方を見やった。
「………?」
その影の形は、エヴァリーには、とうてい想像ができるものではない。
その不思議さに、彼女は、立ち上った。
アフランシは、彼女の腰を抱くようにして、影に近づいていった。
カチカチ………
アフランシの記憶が、確実に始動を始めた。
それは、その影が呼び起こしたもののように思えて、アフランシは緊張し、エヴァリーの肩に回した手に、力が入った。
意識していないのに………いや、意識しているのだ。
カチカチ……チ……
それは、サンゴ礁の外縁《がいえん》と、岬《みさき》が接するところに打ち上げられていた。
激しい飛沫が、その影を揺すり、ゴゴッと音をたてた。
しかし、その大きなものは、形に似ず、軽いもののようだ。だから、波に乗って、サンゴ礁を乗り越えて、ここにたどりついたのた。
「機絨……?」
エヴァリーは、おびえて、立ちどまった。
それは、機械でありながら、人の上半身のように見えた。
漂流した男が、ようやく岩にへばりついているという印象があった。
アフランシは、岬になっている岩場を、波の呼吸の隙《すき》をついて、近づいていった。
その表面には、ビッシリと貝と海草が覆《おお》い、ところどころにそのものの表面が見えた。
深いグリーンの表面は、特種な金属のようだ。
塊《かたまり》ではなく、色々な形のブロックが接続してでき上っている機械……まあるい部分、四角な部分、とがったところや、ポッテリとした部分が一杯にある、複雑なものだった。
「ア・フランシ! 戻って!」
大きく息をつき始めた嵐のあとの風の中で、エヴァリーが、心細そうに叫んだ。
「ちょっと! もうちょっと、待って!」
アフランシは、そう言って、岩に食い込んでいるそのものの表面を触ってみた。
ドウッ!
またも飛沫《しぶき》が、その影を揺すったが、流れ出しはしなかった。
アフランシは、揺れる機体に構わず、その表面に触れ続けた。
それは、長い間、海の底に沈んでいたらしく、ヌルッと冷たかった。
しかし、それでいて、材質そのものが持っている暖さがあった。とても堅いという感じも伝わった。
カチン! チチチチチ………
アフランシは見上げて、頭上に覆いかぶさるようにしている板を押してみた。
ギシッ!
波に揺られて、発する硬質な音と違って、呼吸そのもののように、その板が鳴って、動いた。
手を離してみると、それは、そのままの位置で止った。
その板を支える奥、機械の内部の薄暗闇《うすくらやみ》の中に、とてもきれいなガラスの表面が、光って見えた。
そこには、潮が満されていて、その光るものを洗い、座席らしいものがのぞいていた。
「………」
アフランシは、覗《のぞ》きこんだ。
その海水に漬《つか》った座席らしいものの周囲は、すべてガラスのようなものに囲まれていた。
『……人の形らしい機械……!?』
カチン!
アフランシの回路が、はじけ、燃えた。
アフランシは、その座席を取り巻く潮の中に、沈んでいる本を見つけた。
それを潮の中から取り出す。それは、プラスチック・ペーパーの本だ。
その機械が、また押し寄せる波で大きく揺れた。
アフランシは、その濡れた本を抱《かか》えて、岩場に降りた。
「……モビール? マシーン……ギャプ……? 読めないな……書き込みが一杯だ……整備マニュアル……?」
本の海藻を拭《ぬぐ》ってみると、腐蝕《ふしょく》しないその本は、新品と同じに読めた。
「百年以上も前の機械だ………」
アフランシは、あらためて、その影を見上げた。
その入型《ひとがた》に似た機械は、飛沫《しぶき》の中で、ユラユラと揺れていた。
バウッ!
スーパーソニック・ウエーブの音が島を襲い、それが、その機械の影を震わせた。
「火の柱……!」
浜のエヴァリーが、両方の耳をおさえて、浜にうずくまった。
それは、島の南西の方向から上昇する、宇宙《そら》行きのシャトルの航跡である。
今しも、そのテール・ノズルから発する閃光《せんこう》が、雲の間に消えて行った。
この島の人々は、その慇懃無礼《いんぎんぶれい》な音を、エヴァリーのように呼んで嫌うのだ。
島の人びとの言うその曖昧な表現は、アフランシは嫌いだった。
が、今は、少し違っていた。
アフランシはマニュアルを抱いて、エヴァリーの前に戻って、言った。
「エヴァリー、ぼくは、あの火の柱の打ち上げられているところに行く」
その言葉は、その時のエヴァリーには、聞えなかった。