機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者
富野 由悠季
目次
[#目次1] 第一章 宇宙《そら》
[#目次2] 第二章 MkU
[#目次3] 第三章 人質
[#目次4] 第四章 木星帰りの男
[#目次5] 第五章 ジャブロー
[#目次6] 第六章 アムロ・レイ
[#目次7] 第七章 強化人間
[#目次8] 第八章 永遠のフォウ
[#目次9] 第九章 |Z《ゼータ》ガンダム
[#目次10] 第十章 コロニーの落ちる日
[#目次11] 第十一章 三つ巴
[#目次12] 第十二章 ハマーン、シャア、シロッコ
[#目次13] 第十三章 ゼダンの門
[#目次14] 第十四章 メールシュトローム
[#目次15] 第十五章 戻るべき処
[#改頁]
[#目次1]
第一章 宇宙《そら》
ブライト・ノアは、多少不愉快だった。今日の乗客たちが、面白くないからだ。
『ティターンズ』といえば、ジャブローの連中で知らない者はいなかった。慇懃《いんぎん》無《ぶ》礼《れい》で、鼻持ちのならない連中の代名詞になっていたからだ。
「ちょっとラフにやってみますか? キャプテン?」
ブライトがキャプテン・シートにすわったときに、副操縦士《コ・パイロット》のマクミラン・ハッサンが言った。
『ティターンズ』には、こんなときにしかお返しができないのは分っていたが、ブライトは、唇を笑った形にしてみせて答えただけだった。
が、それで、マクミランとは意思が通じる。それが、乗員《スタッフ》というものだ。
ブライトは、キャプテン・シートにすわり、ヘルメットを被った。
前方には、見慣れた黒い空と、夜明けの時間の中に輝く水平線が見えた。しかし、その水平線上には、かすかに霞の層がひかって見えた。
眼下には夜の時間の海が、同じような雲の束をそこここに浮かべて、ゆっくりと後方に流れていた。
しかし、ブライトとマクミランには、フライト前の山のようなチェックがあって、そんな見慣れた景色を見ているひまはなかった。マクミランが指呼点呼をやり、それをブライトが復唱する。
その間にも、ブライトが指揮をするモジュールJV8、テンプテーションの母機ガルダのコントロール・センターとの間で十数項目の確認事項が入るのだ。
まず十分はかかる。
その間に、ブライトはマクミランに言ってやった。
「エマ・シーンといったっけ? あの娘は、悪くはない」
『ティターンズ』の一員の名前だ。
「エマ……? そうかな……。臨界十五分前!」
「十五分前!」
ブライトが復唱する。
右のモニターに、お荷物が乗ってきたのが写る。
「来たぞ」
「お……」
マクミランは、気のない返事をし、
「俺は、あんまり好きじゃないね」
またエマ・シーンのことを言った。
「こだわるんだな」
ブライトは笑い、うわさのエマ・シーンが、中央の右のシートにすわるのを見た。
うす暗いライトのせいなのだろう。エマ・シーンの亜麻《あま》色の髪の毛が美しく見えた。しかし、その選ばれた人らしい、自尊心の強い個性はやはり癇にさわった。
「臨界五分前!」
もう乗客に気を奪われている暇はなかった。
ヘッドホーンの遠くの方から、『総員、モジュール発進、用意!』のコールが聞えた。テンプテーションの離脱をガルダのクルーに知らせるコールだ。
ガルダがどのように巨人機であっても、多少の揺れがある。
なによりも、モジュールの離脱の瞬間に事故が発生しないとは誰にも保証ができない。
「搭乗終了。エア・チェック!」
「ラジャー。各部エア・チェック。最終チェック照合」
ブライトが最終確認のためのコンピューター・キーを押す。
「JV8。射出用意!」
コントロール・センターからの声がかかった。
「ラジャー」
ゴトッと機体が揺れた。ガルダがテンプテーションを吊るすジョイントのひとつを外したのだ。
フロント・ガラスの向こうは、夜明けに向かう水平線が天と海のふたつの世界を見せていた。
コクピットから見上げるとガルダの前縁が見えた。
大気層、水平線、そして、その間にある霞の帯……。それは、大気汚染の象徴……。
ブライト・ノア中佐は、その霞の線だけを見つめていた。
(あの霞は、いつになったら消えるのだ……?)
地球連邦政府とジオン公国との前大戦から七年……。もうじき八年目になろうというのに、大気に撒きちらされた塵芥は、まだ完全に終焉を迎えてはいない。
コロニー落としのような大規模な破壊活動は、核による被害よりは尾をひかなかったが、大気を汚染した事には変わりがなかった。
放射能汚染がないだけ救われただけである。
そして、宇宙に住む人々、スペースノイドたちはこの地球を唯一無二のものとして温存しようという運動を続けていた。
しかし、地球連邦政府は、この地球の復興を賭けて再建に狂奔をしていた。
それは、U.C.(ユニバーサル・センチュリー)以前であれば、正しい計画のようにみえた。しかし、スペース・コロニーが実現し、何億万もの人々がそこで暮らす時代となっては、地球の再建はわざわざ地球を汚染漬けにするためのものでしかないと思わせた。
ブライトは、スペースノイドたちが言うように、人は全て宇宙に住み、地球は自然の回復力をつけるために人が手を貸すだけにすれば良いと思う。
しかし、今、ブライトが運ぼうとしている『ティターンズ』のパイロットたちは、そんなことを主張するスペースノイドたちを反乱分子として掃討しようというスタッフなのである。
(俺は、やっかいなものを宇宙に押し出す仕事をしているらしい……)
ブライトは、目を閉じた。
「臨界!」
マクミフンの声に、ブライトは、客席のマイクを開いて言った。
「発進一分前です」
それしか言わなかった。
通常の軍人たちには、もっとやさしくキャプテンらしいことを言うのだが、やめたのだ。
『ティターンズ』の連中は、軍人としても、パイロットとしてもブライトたちよりもエリートなのである。言わずもがなのことを言って連中の失笑を買うのはいやだったのだ。
「点火、三十秒前」
カウント・ダウンは、マクミランにまかせる……。
ハイパー核融合エンジンは、おとなしく燃焼を始めてくれる。そして、正確にその推進力をあげて、その限界に呼応して、多少の火薬がアフターバーナーとして点火される。
「7、6、5……」
テンプテーションを吊るしたジョイントが外れ、降下が始まった。
軽いGが体を浮かせ、ガルダの翼がフロント・ガラスの視界から消えていった。
「2、1!」
ドウッ! JV8、テンプテーションの閃光が、ガルダの翼下をかすかに染め、夜明けの光のなかに新たな光の渦をまきおこした。その加速は、通常より激しかった。
機体が、ブブッ!と揺れ、つぎの閃光がテンプテーションを包んだとき、その機体は、夜明けの光をふたつに切り裂いていた。
「うっ!」
客席の乗客たちが、わずかにうめいた。
「なんだっ!?」
そううめく乗客もいたが、選ばれたクルーたちはそれ以上抗議の声はあげなかった。そうは言っても、そのGは、U.C.以前のロケットのように激しいものではない。
テンプテーションは、朝日の直射光の中に身を踊らせ、一直線に、軌道上の一点に向かって上昇をしていった。
「本当か?」
キーボードをたたいていた若い士官は、振り向きもしないで聞いてきた。
「は、はい……! まちがいありません。三十六補給部隊のハンク大尉の情報ですから……」
息を切らせて走りこんできた軍曹は、手にしたメモをその士官に示しながら言った。
「ハンク大尉……? 信用できる男だな……」
金髪の士官は、キーボードの最後のキーをたたくと立ち上がって、メモを受け取った。そのブルーの瞳が美しかった。
「ティターンズは急いでいるな。新しいパイロットが今日もグリーン・オアシスに入るか……」
「スウィート・ウォーターも我慢の限度だと言っていますが?」
「便はあるのか?」
「なんとでもします。それよりも大佐のお覚悟しだいです」
「大佐はよせ。私は、大尉だよ」
パソコンのプリンターが、シャッという軽い音を一度だけたてて紙をプリント・アウトした。
金髪の士官は、その間に額にかかった髪を払い、キーボード脇のサン・グラスを手にした。
「准将は一日も早くスウィート・ウォーターに来てくれと申しておりましたのに……。シャア大佐がいらっしゃらなければ、モビル・スーツは動かないのです」
「大佐はよせと言った」
金髪の士官は、プリント・アウトした紙を手にした。
彼こそかつてジオン公国で赤い彗星とあだ名されていたシャア・アズナブルその人である。
「キグナン」
「はい、クワトロ・バジーナ大尉」
シャアは、キグナンがいつものように答える平静さをとりもどしたのを知ると、自分の書類をファイルにはさみ、
「行こう。アブ・ダビアとコンタクトを取ってくれ。私がスウィート・ウォーターに行くと……」
「はい、上申書には?」
「メゾバの改修監督でいい。それでごまかせるだろう?」
シャアは、キグナンの言葉に答えることもせずに、その部屋を出ていった。
「期待しますよ。シャア大佐」
キグナン軍曹は、うれしそうに無骨な手をパンパンとたたいてから、部屋のルーム・ライトを消して出ていった。
ついに、シャアは、深く思っていた計画を決行すると決めたのである。
「七年も待ったのだ。すべてが期待したとおりに始まるとは思えんが、仙人のような生活よりはいい……」
シャア・アズナブルは、気が軽くなっていた。だから、思わず床を蹴って、跳んだ。
シャアの体が、六メートル以上の距離をかすかな弧を描いて滑空した。引力が、地球の六分の一の月ではこうなる。だから、ジャンプをする方向をまちがえると、天井に頭をぶつけるということにもなる。
ここは月の裏側にある地球連邦政府の都市、グラナダ。かつてジオン公国の前線基地となっていたところである。
それを中心にして、民間の施設の進出もあって、都市化していた。
戦前に予定されているほどの企業の進出はなく、人口は二十万とはいない。しかし、地球連邦政府の前線基地としての機能もし、そこに属するシャアは、地球連邦政府の正規の軍人である。
先ほど、キグナン・ラムザ軍曹が呼んだように、現在のシャアの名前は、クワトロ・バジーナ大尉である。
しかし、その名前は、シャアが地球連邦政府軍にもぐりこむための仮の名前でしかなかった。
シャア・アズナブルは厳然としてシャア・アズナブルであった。
もし、シャアに別の呼び方があるとすれば、キャスバル・レム・ダイクンという本名がある。
シャアと言う名前自体が仮の名前であるのだ。
仮の名前を使ったのは、シャアの父、ジオン・ダイクンの名前を背負うことをシャアが嫌ったからである。同時に、父の名前を騙《かた》ったジオン公国に潜入するためには、身分を隠す必要があったのだ。
西暦の時代、人類の人口増殖は地球を疲れさせた。
自然は破壊され、文明の汚物が地球を押しつぶしていった。その対策として、人類はスペース・コロニーを建設して、人口の増加と食料事情を解決していった。
しかし、その政策が進むにつれて、特権階級の人々がスペース・コロニーに移民することを拒否し始めたのである。人口が、再び二十世紀前半の数になると、地球はその自然を回復し始めるきざしをみせて、住みやすくなっていった。
しかし、そのような時代になると、宇宙に住む人々のあいだに、唯一の水の惑星である地球を一部の特権的な人々に使わせるのを反対する動きが出てきたのである。
その主張の先頭に立ったのが、シャアの父、ジオン・ダイクンであった。
彼は、地球を汚染させないためにすべての人はスペース・コロニーに移民すべきであると主張し、同時に、スペース・コロニーに住む人々の独立主権を要求したのである。
その主張は、スペースノイド(スペース・コロニーに住む人々)の共感を呼んだが、それを利用して独裁政権を樹立したのが、デギン・ソド・ザビであった。
彼は、ジオン・ダイクンを暗殺して、その名前を使ったジオン公国を創設し、その拠点を月の裏側にあるサイド3のコロニー群に置いたのである。
勿論《もちろん》、地球連邦政府はそれを認めず、戦争が起こる気配が濃厚となった。
その機先を制して、ジオン公国は地球連邦政府サイドのコロニーに毒ガスをそそぎ込み、五十億の人間を殺し、さら、に、そのコロニーの幾つかを地球の主要都市に落として『一年戦争《ザ・イヤー・ウォー》』に突入した。
シャアは、その以前からジオン公国に入りこみ、ジオン軍の士官となり、父の敵《かたき》、デギンに接近するチャンスをうかがっていた。
しかし、シャアは、ジオン公国の主張のベースになっているスペースノイドの独立主権論には共感を持っていた。その信条が、シャアに戦争終結までジオン軍の士官を務めさせたのである。
そして、シャアはジオン公国の最後の攻防戦にも参加し、ニュータイプと呼ばれた地球連邦軍のパイロット、アムロ・レイのガンダムと交戦をした。
しかし、シャアはその戦いに、彼が愛したニュータイプ、ララァ・スンをアムロ・レイとぶつけてしまい、彼に撃破されたのである。
ニュータイプ同士の意思の疎通がララァとアムロの間に敵味方を超えた共感を生み、シャアがその共感を憎悪したからである。
シャアの憎悪が、ララァを殺すことになったと分ってはいた。しかし、それはシャアに深い傷を残した。
それでも、シャアは、アムロ・レイなる敵のパイロットが真なるニュータイプであるならば、それも許したであろう。しかし、彼は彼の仲間という狭いテリトリーの中でニュータイプの能力を行使して、シャアの敵以上のものになることを拒否した。
そこには、シャアにしてみれば、狭い愛しかみえなかったのだ。
そして、シャアは、彼アムロ・レイは、地球連邦政府に利用されている戦争の道具でしかないと断定して、絶望した。
その嫌悪がシャアにアムロ・レイとの決着をつけることを避けさせたのであろうが、他にも、理由があった。シャアは、心の底では父の名前を冠した国が、根絶やしにされるのを嫌ったのである。ジオン公国、ザビ家の血筋を持つミネバ・ザビとその側近たち、それに彼の友人マルガレーテ・リング・ブレア等をともなって、ジオン最後の宇宙要塞ア・バオア・クーの陥落直後に脱出をして、火星と木星の間にあるアステロイド・ベルトに身を隠したのである。
が、逃亡生活のまま朽ちることは、シャアの本意ではなかった。
再起をするにしろ、しないにしろ、地球圏の状況を知らないで暮らすのは、シャアの本性が許さなかった。シャアは、地球連邦政府の軍籍を入手して、地球圈にもどってきたのである。
地球連邦軍の軍籍の獲得は、容易であった。
一年戦争は、コロニーにも地球上にも甚大な損害を与えたために、軍籍原簿はあらゆる地域で消失していたのである。
そのために、全滅したコロニーの住人とか、全滅したとうわさされる部隊の軍人であった場合、その軍籍復帰申請は容易に受理された。
それらのスペースノイドのことが容易に行われた背景には、地球連邦政府高官たちのスペースノイドに対しての無関心さも原因となった。
地球にある地球連邦政府の高位高官たちは、地球をU.C.以前の状態に復興することに狂奔していたからだ。そして、元ジオンといった差別は生まれずに、スペースノイドか地球の人かという差別意識しかなく、その意識が次の危機を生みつつあった。
そんな混沌が、地球連邦政府の地球圏を支配していた。
シャアは、それを洞察したからこそ、地球連邦軍の軍人として生活する決意をしたのである。
「座視はできない。準備をする必要がある……」
その決断は、一年戦争の終戦三年目の時に具体化していた。
それが、ブレックス・フォーラ准将ら、反地球連邦政府派たちとの接触の始まりであった。
その後、四年近くの間に、地球連邦の宇宙軍の間には、具体的な反地球連邦政府派の動きが始まったのである。
その具体的な動きとしては、反地球連邦政府運動の頭文字を取ったエゥーゴという組織による動きであった。
サイド1とサイド2というコロニーは、エゥーゴの拠点となり、スペースノイドの間に確実に勢力を伸ばし、地球連邦軍の軍人の中にも同調者をふやしていった。
地球連邦政府は、その動きを抑止しようとして、凶悪な手段を行使したのが、二年前であった。
ティターンズという特殊部隊を編成して、かつてジオンが使った毒ガス攻撃をコロニーに対して行ったのである。
それをエゥーゴの大規模な集会が行われたサイドーの三十|基《バンチ》に対して行い、一挙に千五百万のスペースノイドを殺したのである。
コロニーは、完全な密室である。その作戦は完璧であった。
これが、エゥーゴを硬化させ、コロニーと月の各地でこぜり合いを続発させた。しかし、これは地球連邦政府の作戦であった。
一挙にウミを出して、反地球連邦政府の運動を殲滅するためである。
そのために、ティターンズは、かつてのサイド7、現在のグリーン・オアシスにその拠点を設営してきたのである。
グラナダの都市の月面上には、物資を放出するためのマス・ドライバーの施設がある。簡単に言えば、リニア・モーター・ドライブ方式の鉱物資源の放出用の箱とレールを組み合わせた施設である。それは、コロニーを建設する上で必要な鉱物資源を射出するための施設だが、コロニーヘ向かうモジュールの射出にも利用できた。
今、グラナダの地下に通じるハッチが開かれて、一台のモジュールが現れ、マス・ドライバーのレールに乗る。
月と各コロニー間の連絡用に使われているモジュールは、月の引力が地球の六分の一なので、巨大な推力を使うことなく、その推力の半分はマス・ドライバーによって得ることができた。
モジュールは、まず、通常ロケットの推力によりゆるやかに発進し、続いてマス・ドライバーの推力を併用して、月の引力を振り切った。
地球と月軌道との均衡線にのることによって、モジュールは効率のよいコースでラグランジェ・ポイント2(重力均衡点)にあるコロニー『スウィート・ウォーター』に向かった。
その狭い客室には、乗客としてシャアがいた。
モジュールは、いまや慣性飛行に入り、まだ目に見えない目的地、スウィート・ウォーターに向かって突進していった。
闇は、その機体を一瞬のうちに飲みこみ、静寂すぎる光景を見せた。
その静寂は、神々の隣接を期待させるのだが、それにしては、地球光が強すぎて、その宇宙の光景をはなやかにしていた。
「……スウィート・ウォーターか……」
シャアは、グラナダで何度か会った男の顔を思い出していた。
ブレックス・フォーラ准将である。
「よほど地球連邦軍の参謀本部とはソリが合わんと見える……」
その骨太い顔と、白髪のまじった金髪と顎髭。その実直に生きすぎた軍人の典型というべき風貌を思い出していた。
シャアは、その将軍に好感を抱き、彼の陰謀ともいうべき反地球連邦政府運動に賭けたのである。
シャアの船窓に、コロニーのドーナツ部が大きく迫ってきた。ドーナツ部の内側が、中の人にとっては上になる。そこには、太陽光を受けいれるための強化プラスチック製のガラス窓がつらなり輝いていた。
「ん……!?」
シャアは、ドッキング・ポートの壁が船窓をふさぐ寸前に、コロニーの向こうに奇妙なものを見た。
「なんだ……?」
距離にして、十キロとはないだろう。一基の浮きドックがあり、その近くに一隻の軍艦を見たのである。
「まさかな……」
シャアは笑おうとした。
その時、ドッキング・ポートの壁の侵入誘導灯が、シャアの見た光景を隠した。
「木馬?……木馬を見たような気がしたが……?」
その名前は『一年戦争』の時代にモビル・スーツ、ガンダムの母艦として活躍した地球連邦軍の強襲用戦艦ホワイト・ベースのコード・ネームである。
その時は、敵であったシャアではあるが、その艦名は忘れることができない。
たまたまサイド7で出会い、その後なん度となく苦汁をなめさせられた戦艦であるからだ。
シャアは、シートにまっすぐにすわり直しながら、透き通るようなブルーの瞳にサン・グラスをかけた。
「早かったな」
アブ・ダビアのあさ黒い顔が、木立の陰から上がってきた。
「元気そうだな」
シャアは、白い歯を見せて、握手をかえした。
「お待ちかねだ」
アブ・ダビアはそう言うと、シャアに背中を見せて、本立の間を降りていった。
シャアは、それに続く。
アブ・ダビアは、シャアより小柄な男である。
中東の血を引いた精悍さは、彼のポテンシャルを感じさせた。
「ティターンズが、そんなに急いでパイロットを集めているとなると、今度の目的はどこなのだ?」
シャアは、アブ・ダビアの耳元で言った。
「ここかもしれない」
アブ・ダビアも低く答えた。
「そうなのか?」
「冗談さ。……浮きドッグ、見たろう?」
「ああ……」
「地球連邦軍には秘密で建造していた艦艇だ。その情報漏れはあり得る」
シャアは、深い木立の向こうに見えてきたビルを見やった。
「それと……」
アブ・ダビアは、言葉をついだ。
「サイド1の連中が、公然と元ジオンの勢力と手を結んだと決めてかかっている」
「地球連邦軍の連中がか?」
「いや、ハイマン・ジャミトフが動き出して、そうなっていると思えと言ったということだ。それに合わせるようにティターンズのバスクが図にのったという構造で……」
「ジャミトフ……?」
シャアの知らない名前であった。
「地球連邦政府の黒幕と言われている人物だ。大物だな」
二人は、ビジネス街を抜けて、目的のビルに向かった。
その足は、小走りに近い。コロニー生活者は、歩くことを好むのだ。
リニア・カーはたしかに便利な乗り物なのだが、狭い空間で生きることを強制された人間は、本能的に肉体を動かすことを欲した。
かなりの早足で歩く癖のある人間は、まずコロニー育ちと見てよかった。
「木馬な……」
シャアは、言った。
「木馬?……」
アブ・ダビアは、チラッとシャアの顔をのぞく。
「コロニーの外に係留されてあった」
「ああ、あの改造艦ですか。将軍もそう言っていましたね」
「戦艦なのか?」
「ホワイト・ベースUだって将軍は言ってますがね……」
アブ・ダビアは、くすっと笑った。
「ホワイト・ベース……」
シャアには、その艦名にもうひとつの思い出があった。
シャアの妹、セイラ・マスこと、アルテイシア・ソム・ダイクンが乗っていた艦でもあった。
それは、運命のいたずらとしか言いようがない偶然であった。
生き別れの兄妹が敵味方になって出会った艦……。
そのホワイト・ベースは、ア・バオア・クーで沈んだ。
が、そのクルーの大半は無事に脱出し、妹のセイラ・マスも地球に住むことになったというニュースは、シャアは戦後すぐに聞いていた。
不幸中の幸いであった。
シャアは、その後のセイラ・マスの消息は知らない。
知る気もなかった。
知ったからといって、生き方が違ってしまった妹と出会っても、協調できるとは思えなかったからである。
「しかし、将軍の希望は、スポンサーからキャンセルされましてね」
「…………?」
「例の船は、アーガマって命名されています」
「ああ……」
シャアはうなずいた。
「こちらです」
アブ・ダビアは、振り返ると、五階建てのビルを示した。スウィート・ウォーターの軍司令の建物である。
ブレックス・フォーラ准将が言うほどにアーガマは、ホワイト・ベースに似てはいなかった。
しかし、その骨格は、ホワイト・ベースを踏襲していた。
前部に二本のモビル・スーツ用のカタパルト・デッキがあり、中央にはブリッジが立ち、後部には船体を中心にして二基のメイン・エンジンがある。その基本形がホワイト・ベースに似ているのであるが、各部のディテールはホワイト・ベースを思わせるものではなかった。
カタパルト・デッキはうすく、モビル・スーツ・ハンガーは中央にまとめられていた。
艦橋を中心としたものの形は、小さくなり、機能的に見えた。
そして、艦橋部の後方、左右の舷側には、居住区が独立して設定されていた。それは、アームによって船体の外に押し出されて、船体を中心軸にして回転するのである。
慣性重力を得るためである。もちろん、戦闘時には、船体に密着させ、船体のシールドの役割も果たすのである。
艦橋部も前に倒されるシステムを採用して、敵に対して、その標的面積を小さくするという配慮がされていた。
シャアが、モジュールから見た時にホワイト・ベースと思ったのは、その艦橋部のシルエットが、かつてのホワイト・ベースに似ていたからである。
「ホワイト・ベース・ジュニアにしたいお気持ちはわかります。しかし、あの船は正規軍の中にあっても、いつも他所《よそ》者でしたからね」
シャアは、准将の気持ちをおもんぱかってやさしく言った。
そして、スウィート・ウォーターから発進したランチの中からその船体を観察した。
自分の母艦になるかもしれない艦なのである。そのすべてを知っておきたいという欲望が、シャアの中に眠っていた闘争本能を刺激した。
かつてのホワイト・ベースにくらべれば、より戦闘的な戦艦として再生をしたアーガマは、悪くはないのだ。
そう感じるのは、シャアによって、快《こころよ》かった。
(……俺は、危険な感性を持った男かもしれん……)
シャアは、真実そう思う。
戦争をするという緊張感が好きなのだ。
「ホワイト・ベース・ジュニアか……フフ……精神的にはそういうことだが、アーガマと言う名前は、出資者の希望だからやむを得まい?」
「メラニー・カーバインですか……?」
「本人じきじきの希望でな……無下にはできなかった……」
「それは……。しかし、こんなことをしていたら彼の会社がつぶれませんか?」
「彼はつぶす気さ。それでもいいと思っているらしい。地球連邦政府から金をひねり出す技術を持ち、それを我々に回してくれる。篤《とく》志《し》家だよ」
「戦争商人であることには変わりがない」
「君のガンダリウムの改造案がなければダメ。そして、メラニー・ヒュー・カーバインの生産力がなければダメ」
「はい……」
「ティターンズは、まだニュー・ガンダムに慣れていない。そこを撃ち、ニュー・ガンダムのノウハウのすべてを奪取する。そうすれば、地球連邦政府は、宇宙に目を向けるようになる」
「なるでしょう。しかし、戦争の道を歩むことにもなる」
「そうはさせないよ。ティターンズのような軍部の突出した部分をたたくだけですむのが現在だ。それをもう少し座視していれば、もっとやっかいになる。ハイマン・ジャミトフが第二のギレン・ザビになる可能性があるのだ」
「そういう男ですか……?」
「そう、狡猾な男のようだ。現在まで、彼が名前を出さずに、地球連邦政府の財政部門の官僚に食いこんでいたという事実だけでも、その才能は評価する価値がある」
ブレックス准将は、シートの前のモニターでランチのコクピットを呼び出した。
「地球連邦政府の参謀本部にも准将のお味方がいるのでしょうか?」
「まあな、部分的ではあるが……。アーガマの場合は、木星行きの艦を建造する予算が浮いていた。それを流用しているので、メラニーのほうの負担は軽くなっている」
「会計監査はどうします?」
「その前に、私は軍法会議にかけられる。連邦会議の予算委員会はお呼びではなくなるさ」
豪胆に言うブレックス・フォーラ准将は、見た目にはやさしい面差しをした初老の将軍にしか見えない。
地球連邦政府に反乱を仕掛けようとしている人物にはどうしても見えなかった。
むしろ、政府に柔順な将軍の典型といったら、この准将のような男ではあるまいか?
「あなたという方は……」
シャアは苦笑《にがわら》いした。
「家族、類縁をすべてなくした私だ。死ぬまでに一度は主義だけに生きてみたいと考えちゃあいかんかね?」
「いえ……」
「メラニーの名前はここだけだぞ。正規の地球連邦軍から参加してくれている連中は知らんことだ」
「自分も正規軍の軍人のつもりですが?」
「新金属ガンダリウムの新しい精製技術を紹介してくれた君が、ただの正規軍の軍人とは思えんな」
ブレックス准将は、笑いながら立ち上がってスーツ・ルームに向かった。
「そうでしょうか?」
そうあいまいに答えながらもシャアとアブ・ダビアもスーツ・ルームに続いた。
ノーマル・スーツを着るのだ。
人間の着る宇宙服をこう言いならわしている。これは、モビル・スーツの呼称が普及するにつれて、対応する言い方として普及していった言い方である。
シャアは、ヘルメットをかぶった。
コクピットから、出てもいいというコールが入った。
三人は、狭いエア・ロックに肩をすりよせて入り、ハッチが開く間にヘルメットの会話回路を開く。
ハッチが開くと眼前には、アーガマの上甲板があった。
准将が続いて、シャア、アブ・ダビアがランチを出た。腰のエア・ガンが軽い推力を与えて、三つのノーマル・スーツをアーガマにたどりつかせた。
「いい艦だろう?」
「はい………」
シャアは、周囲を眺め、一度は、甲板上から離れてアーガマを俯《ふ》瞰《かん》してみた。
あらゆる部分が機能本位で建造されていた。ホワイト・ベースの設計図が基本になっているとは信じがたかった。
「よくも……」
シャアは、その手いれの行きとどいているのに感動した。
「モビル・スーツ・デッキに行くぞ!」
上甲板のアブ・ダビアのノーマル・スーツが大きく手を振った。
シャアは、オープン・デッキに降下し、そして、モビル・スーツ用のエア・ロックからモビル・スーツ・ハンガーに入った。
そこには、四機のモビル・スーツがあった。
「ほう……」
シャアは、そこにかつてジオン軍が使っていた『ドム』タイプに似た、見慣れたモビル・スーツを見た。もちろん、ジオン軍そのままではない。
ドム・タイプに、地球連邦軍のガンダム系の機能をミックスしたものである。
先刻、ブレックス・フォーラ准将が言ったとおり、シャアはこのモビル・スーツの建造に間接的ながら関与していた。
かつてのガンダムの軽量化に貢献している最大の要素に、放射線を遮蔽する磁性を帯びたガンダリウムという金属の採用があった。
それは、ハイパー核融合炉の併用によって機体そのものを軽量化し、かつその剛性を高めた。それがガンダムの高性能を生み出したと戦後になっていわれるようになった。
しかし、欠点もあった。
量産がきかず、なによりも金属としては堅すぎて損傷に対しての不安がたえずあったのである。
戦後、そのガンダムの秘密を知ったかつてのジオン軍の技術者のひとりが、その金属の改良をして、金属としての柔軟性を付加し、量産化の技術も開発した。
それが改良の究極点ではないものの、初期のガンダリウムから数えて三代目の改良であったので、その技術者は、それにガンダリウム・ガンマと名づけた。
シャアはその技術のノウ・ハウを、ブレックス・フォーラ准将に売ったのである。
「ガンダリウム・ガンマを使った初めてのモビル・スーツだ。ガンマ・ガンダムとでも命名したいが、どうだろう?」
ブレックス・フォラ准将は、『ドム』に似た機体のモビル・スーツを見上げて言った。
「ガンダムですか……」
シャアは、准将の言葉を無視して、四機のモビル・スーツをつくづくと見上げた。
一機だけ、赤く塗装されたモビル・スーツがあった。
シャアは、ノーマル・スーツのサンバイザーを上げた。そのデッキに充満している騒音が生のまま飛びこんできた。
シャアは、床を蹴って、ゆっくりと上昇した。
「コクピットは?」
そのシャアの声に耳ざとく振り向いたメカニック・マンがいた。
「ご覧になりますか?」
「頼む」
快活そうなそのメカニック・マンが、モビル・スーツの装甲の一部に手をやった。
モビル・スーツの胸の部分が開いた。二重のハッチになっていた。
「すまないな」
「いえ! 慣熟飛行もなさらずに出撃ですか?」
「そうらしい。昔と同じだな……」
「昔……? ああ……!」
そのメカニック・マンのリアクションから、シャアはその男もジオン軍出身と直感した。
シャアは、笑ってコクピット・シートにすわった。
そのシートは、半フロート・システムになっていた。
「操作は……」
「いや、いい。後で実地にやってみる」
「飛行時間は、どのくらいです?」
「さてね……。戦時のデータなどはないからわからないが、一万時間は越えているはずだ」
「ヒューッ!」
そのメカニック・マンは口笛を鳴らした。
「お幾つですか?」
「今年で二十七になるが……?」
「すごいな!」
メカニック・マンは、シャアに感動し、シャアは、新しいモビル・スーツに感動していた。
シャアは、コクピットから出ると、ブレックス准将の前に立ち、
「ガンダムの名を使うのは、先代のガンダムに申し訳がないように思えます。リック・ディアスとかいう別のコード・ネームにしたいのですが?」
「ディアス? どういう意味があるのだ?」
「知りません。ああ……! 思い出しました。地球の喜望峰の発見者、ポルトガル人でしたか? そんな名前の人がいたと記憶します」
「バーソロミュー・ディアスか。よく知っているな」
「ゴロです。意味はありません」
「……そうだな、ノスタルジアに振り回されるのはよくないかもしれん。シャンペンを持って来させよう。命名式をやろう」
「お若いことで……よろしいのですか? 例の人には……」
「モビル・スーツの愛称にまで口だしはせんさ」
「しかし……」
さすがに、シャアは、ブレックス准将の気軽さというかその順応性のよさというものに感嘆した。それは、彼の決断力のよさを示す一事でもあるからだ。
「申し訳がないが、すぐに発進する」
「あとの艦は?」
「浮きドックにいるモンブランは、出られるが……」
ブレックス・フォーラ准将は、ブリッジの作戦参謀のシートにすわって言った。
「あれですか……」
シャアは、ブリッジの右に見えるドックを見た。
サラミス・タイプの巡洋艦である。
「あと一隻は……?」
「隠してあるんだ。クワトロ・バジーナ大尉」
「…………?」
シャアは気やすく声を掛けてきた士官を見返した。
「アーガマのキャプテンのヘンケン・べッケナー中佐です」
「ああ……よろしく。クワトロ大尉です」
シャアは、栗毛色の大柄なキャプテンに本能的な警戒感を持った。
なんというか、主義者の堅さといったものを感じたのだ。
「訓練する時間が欲しいが、どこで設定しているのか……」
「これがスケジュール表です」
こんどは、シャアの背後、やや左から一人の女士官が立ち上がった。
「…………?」
「レコア・ロンド少尉です。雑用係だと思ってください」
ショート・ヘアで、東洋人のように目が多少つり上がってみえた。利発そうで、どこかクリッとした感じだ。
「スウィート・ウォーターを発進後に、クルーの紹介をしましょう」
ヘンケン・ベッケナー中佐は、キャプテン・シートにすわると左わきのパネルをたたき、出港の発令をした。
アーガマは、テール・ノズルから青白い閃光を放ってゆったりとその船体を前進させた。
そして、それに遅れること十分。
スウィート・ウォーターの近くの浮きドックからも、もう一隻の巡洋艦モンブランが発進していった。
まだ、世界がどのように動くのか、知る人々はいなかった。
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[#目次2]
第二章 MkU
シャアは、その爽快感をたとえようもなく貴重なものに感じた。
シートとそれを支える一本のアーム以外は、すべてモニターというコクピットは、シャアに一人で宇宙の星々の間を滑っているように思わせた。
星々は、右に左にめまぐるしく走り、時には、地球の輪郭が作りだす光の長い弧が錐のように鋭く流れこんでみえる。
そして、銀河の流れが、たてに走った。
そのスピードが生みだす浮遊感は、シャアが久しく忘れていたものだった。このように本気でモビル・スーツに乗ったのは七年ぶりと言っていい。
もちろん、地球連邦軍に『復帰』してからも、なんどかモビル・スーツを操ったことはある。
しかし、所属の違う軍人が遊べるモビル・スーツなどは、戦後の地球連邦軍にはなかった。それに、乗れるモビル・スーツの大半が、量産タイプの『ジムU』であって、その性能は、シャアを楽しませはしなかった。
かといって、捕獲されたジオン軍のモビル・スーツには触る気もしなかった。
だから、このように好きなスピードとコースをとってモビル・スーツを操るのは、ア・バオア・クー戦の『ジオング』以来と言ってよい。
「ララァ! これが人の自由というものだ!」
シャアの表層の意識にララァが浮かぶことはない。
しかし、無意識であればあるほど、独り言のなかにララァの名前が浮かぶのだ。
全天視界のモニターにとっては、シートの背もたれと、シートの左右にある肘かけとコントロール・パネルが視界の邪魔をするが、かつてのモビル・スーツに比べれば、ないに等しかった。
シャアは、今、リック・ディアスに乗っている。
そのシャアのモビル・スーツに追従する二機のモビル・スーツも同じくリック・ディアスである。
グリーン・オアシスを捕捉するまでに数度の慣熟飛行をし、兵装のテストもした。
新規のモビル・スーツをこのように急速に実戦に投入するのは異常である。
しかし、ジオン軍の伝統にはそれをやり抜いてしまうという自信があった。地球連邦軍のヤワとは違うのである。
現実的には、秘密裏に建造されたモビル・スーツを満足ゆくまでテストできる情況ではなかった。
そのために、ブレックス准将は、用意周到な人選によって訓練不足をカバーしようとした。
シャアの人選もそうであり、シャア以外の二人のパイロットもこの異常な局面を突破できるであろうというスタッフであった。
さらに、メカニック・マンたちにも明らかにジオン系の軍人がいた。
彼らは、終日、休むことを知らず、リック・ディアスの整備をやってのけたのである。
スウィート・ウォーターを発進してから四日目のことである。
「完璧だな……」
シャアは、追尾する二機のリック・ディアスの機影をとらえて満足した。ピッタリと編隊を組み、崩れることを知らないのだ。
シャアは、すでにこのリック・ディアスを自分の手足にしていた。それは、追尾する二機のリック・ディアスのパイロットも同じである。
ミノフスキー粒子の干渉を極度に回避し得る光コンピューターは、データさえインプットしてあれば、TVアイが捕捉した機体を視覚的に見える映像に転化して表示することができるのである。
つまり、TVアイがキャッチした限り、その映像とデータを突き合わせて現実に近い映像を生み出してくれるのである。
が、欠陥もあった。
被弾し、その機体の二分の一以上を破壊したもののデータは、それを見た目の映像にグラフィックス化することが不可能になることだ。
しかし、そのような映像が必要な時というのは、こちらが決定的に有利な時でしかない。それ以外は、その種の映像は必要とはしない。
重要なことは、どれほど早く敵を捕捉し、その映像の実体がどのようなものであるかを判定することである。
そのためにTVアイのズームレンズの性能と、より的確なデータがどれほど入っているかで勝負が決まるのである。
そのためのデータが不足しているのが、このリック・ディアスの欠点であった。
今回のグリーン・オアシスヘの強襲は、ティターンズの出鼻をくじくことであるが、同時にティターンズの主カモビル・スーツとなるであろうニュー・ガンダムのデータ収集が主目的であった。
敵の情報をインプットすることによって、コンピューターに敵味方の識別能力がつくからだ。
しかし、この急な発進は、シャアには不本意であった。
このエゥーゴの索敵行為が、いたずらにティターンズを硬化させてしまうからである。
戦力を動かすならば、徹底的に先手をとる必要があった。
そうなれば、あとは、エゥーゴの代表がスペースノイドの自治権を得るための交渉ができ、その上で、現在、地球に住む人々を宇宙に移民させることもできよう。
が、シャアにとっても、時代の空気を無視することはできなかった。
理想的な戦略を展開できるのを待てば、敵は増大する。
ならば、ゲリラ戦もやむを得ない。
それが、今日までの事態の推移である。
「たった三機と見くびってもらっては困る。マニュアルどおりの訓練にあけくれている地球連邦軍の地球人がいかほどのものか!」
シャアは、ブレックス准将のルートから入手したグリーン・オアシスの訓練状況を聞いてはいたが、その殲滅が容易なものであるとは思えなかった。
しかし、いつまでも悩むシャアではなかった。
一撃離脱で最大の戦果を手にいれてみせるというのが、シャアの覚悟でしかない。
夜の面を見せている地球が、鮮やかな弧を浮きたたせている光景を見ながら、三機のリック・ディアスが虚空を突進していった。
「アポリー大尉。ロベルト中尉。以後無線封鎖する。すべて視認による行動に移る!」
「ラジャー」
ミノフスキー粒子の干渉によるひどい騒音の向こうから、二人のパイロットの声が聞こえた。
「……いい勘をしている……」
シャアは二人の同僚がほんとうに気にいっていた。
アクセル・ペダルは、瞬時にリック・ディアスを最大戦速にあげていく。
かつてのジオン軍のモビル・スーツ、リック・ドム・タイプの長所と旧ガンダムの機動性をとりいれたこのリック・ディアスは、あたかもパイロットそのもののように反応し、場合によっては、インプットされたプログラムによって、パイロットの意思よりも早く防御してくれるのだ。
そのために、三百六十度方向からのGに対してパイロットの生命を守るために、シートはリニア・フロートによるショック・アブソーバーを採用していた。
シャアは、マルチ・モニターを全天モニター上に映像を拡大投影させた。
ゆれるカメラが、グリーン・オアシスの映像をキャッチしていた。
モニター上では、一センチの大きさにもならない二つのコロニーである。しかし、モビル・スーツからの映像は、カメラが不安定であるために確実な映像として結像してくれない。それを、コンピューター・グラフィックスによって固定する。
擬似映像であるが、明瞭になる。
コロニーの回転しているのまで、再現してくれるのである。
「よし……」
当然、グリーン・オアシスに天体望遠鏡に匹敵するTVアイをもったカメラがあれば、シャアたちの三機のリック・ディアスは発見される。
が、そんな索敵機能を恐れていたのでは、敵に接触することは不可能である。
あとは神の手にゆだねて最大戦速で接近するだけであった。
三機のリック・ディアスは、一気にグリーン・オアシスの隔壁が視認できる距離まで接近した。
シャアの乗る赤いリック・ディアスが、左手をあげた。
左右に展開していた二機のリック・ディアスは、ゆっくりとビーム・ライフルを即戦位置に構えていった。
シャアの赤いリック・ディアスもそれにならった。
「問題は、右のコロニーか? グリーン・ノア2……」
シャアは、左側のアポリー機と接触した。
機体を接触させて、無線を使わずにする『お肌の触れ合い会話』である。機体に伝わる振動を利用する通話で、この場合の盗聴は不可能である。
「ハッ! ティターンズの秘密基地として建造されたと……」
「アポリーとロベルトは、予定どおりにニュー・ガンダムを捜せ。私は、グリプスとやらに接触をする。侵入口を発見したら、そこで固定。いいな」
「ハッ! 敵に発見された場合には所期の予定どおり行動する」
「そうだ!」
「では!」
会話が終了するや、シャアのリック・ディアスは速度を増した。
つづく二機のリック・ディアスは、縦になってシャアのモビル・スーツを追尾し、ややあって左右に別れていった。
その前方には、シリンダー型のコロニーのグリーン・ノア1と密閉型のコロニー、グリーン・ノア2があった。
太陽光を取りいれるミラーを持つグリーン・ノア1の回転は、ひどく華やかに見えた。
これから起こる事件も知らぬげに……。
シャアの赤いリック・ディアスが、グリーン2に接触するまで、ティターンズ側に探知されなかった。
偶然にそうなったのではない。
ティターンズが、エゥーゴに対抗する準備を始めたといっても、グリーン・オアシスの軍人たちは、自分たちの基地を後方の補給基地としか考えていなかった。
前線の基地とは違って、自分たちの基地は、本国の奥深くにある基地だと思っていた。まさか、自分たちの勤務する基地にまで敵の攻撃があるなどとは考えていなかったのだ。
まして、戦時ではない。
ブレックス・フォーラ准将が、酔狂が軍人であったにしても、グリーン・オアシスの周辺に地球連邦軍の艦隊が遊弋《ゆうよく》している時に、少数の戦力で攻撃をしてくるなどということは、考えようがなかったのである。
そのような環境である。
末端の兵士たちが真剣に索敵観測をしているわけがなかった。
「想像したとおりだな……」
シャアは、前面に展開するコロニーの外壁を見てつぶやいた。
モニターは、正確なまでに人間の目が見たままの映像を画面に展開していた。それが、今、シャアの視界一杯に上へ上へと移動していた。
シャアは、そのどこかにモビル・スーツの入れる大きさのハッチがないものかと捜していた。それが見つかれば、余分な危険を冒してコロニーの外壁を破壊する必要などはないからだ。
「ここは、ベイ・ブロックのはずだが……」
グリーン・ノア2、グリプスの太陽に面した部分に接触をしたシャアは、さすがに不思議がった。
港のブロックであるはずなのだが、なにもないのだ。
一隻の艦艇も係留されているようには見えない。
あまりにも、無防備だ。
「なめられたものだ……」
シャアは、そう言ってみたが、真実そう思っているわけではない。
人の思考などというものはそんなものである。
事件が始まってからでも、対処が遅れたり、間違ったりするのが人間なのだ。
今回のように敵が、想像できない時には、こんなものである。
シャアは、グリーン・ノア1の方向を見た。
まだ、メガ粒子砲の重いビームの閃光も、モビル・スーツが撃破される時の火の球も見えなかった。
シャアは、グリプスに潜入する決意をかためた。
バーニアを軽く噴かしてリック・ディアスを前進させた。
明確にディテールを持ったコロニーの外壁が迫ってきた。この部分は、回転をしていない壁である。
真空中で太陽の直射光を受けた外壁は、距離に関係なくディテールを視認できる。
それが、リック・ディアスの接近をするスピードで迫る圧迫感は、馴れない者にとっては恐怖を感じさせる。
その距離感を知るには、自分の乗っている機体の影を見つめるのがいちばん正確である。
シャアのリック・ディアスのマニュピレーターが、グリーン2の工業用ハッチのハンドルを握った。
「…………」
このアクションが、次のどのような時代を呼びこむのか……それは、誰も想像がつかないことであった。
「ままよ……」
シャアは、リック・ディアスのマニュピレーターを動かした。
ハッチが開いた。
音もなくと言いたいのだが、そうではない。リック・ディアスの腕を通して、巨大なハッチを関くモーターの振動が確実に伝わってくる。
リック・ディアスには、直接、機体に接触する物の音響を再生するシステムが完備しているのだ。
それは、パイロットに外界の雰囲気を感じさせるための手段である。
「…………」
シャアは、その暗いはずのハッチに二つのノーマル・スーツの光が動くのを見た。
「チッ!」
シャアは、リック・ディアスの腕を動かした。
その指にあたる部分の関節が外れると、一瞬白煙が射出するように見えた。
二つのノーマル・スーツは、その白煙のようなものにつつまれると、壁に固定されてしまった。
いわゆるトリモチである。
トリモチと違うところがあるとすれば、白煙には目標をつつみこみ、ノーマル・スーツの無線機能をシールドし、視角をふさぐ性質があった。
しかも、このような場所で使うと壁に張りついて、ターゲットを流れださないようにした。
艦とかモビル・スーツの装甲が破壊された時に使う、緊急用の装甲補修用に使われるシャボン玉から発達した兵器である。
が、自力脱出は不可能で、かなりの高温を与えなければ溶けない。
「まさか……すぐに酸素がなくなるというわけでもあるまい……」
シャアは、モニターのマルチ・スクリーンで、もがく二人のノーマル・スーツを見て言った。
そして、トリモチが硬化するのを確認すると、リック・ディアスをハッチ内に侵入させた。
しかし、すでに第二の隔壁には、リック・ディアスが侵入できるだけの大きさのハッチはない。
シャアは、ノーマル・スーツにカメラが携行されているのを確認し、リック・ディアスのハッチを開いた。
シート背後に装備されている携帯用のバーニアを付ける。
そして、ハッチの前に出て、体を蹴り出した。
十メートルに近い距離を浮遊して、第二の隔壁のハッチにとりつく。
キー・センサーを隔壁のキー・ブロックにとりつける。
工業用の第一のハッチがロボット用の物である場合は、マニュピレーターが合う限り開くことができる。
が、それ以後の部分に関しては、通常、独自のコードが設定されている。それを解析できない限りハッチは開かない。
「……! ほう……」
シャアは、キー・センサーがそのハッチのキー・コードを表示してくれたので一息つき、ハッチを開いていった。
そのようにして、第四のハッチまで進んだ。
そこからは、コロニーの内部に相当した。
シャアは、ノーマル・スーツのバイザーをあげた。
コロニーから通じる空気はうまいと思う。狭く密封された空気というものは、どこか味が違うのである。
シャアはノーマル・スーツのままでハッチを開いた。
ビン!
「…………」
シャアの体が上に跳んだ。センサーがあったのだ。
ノーマル・スーツのタイプがグリプスで使用されているものと違った場合には、侵入者として識別するセンサーが働くのである。
左右の壁からシャアがいましがた使ったトリモチと同じものが射出された。
それを回避したシャアのノーマル・スーツが狭い通路を走り、バーニアが噴き、シャアの体が飛んだ。
シャアは、前方のハッチを見た。
センサーが働いた後の周辺のハッチが、簡単に開くわけがなかった。
自動防衛システムが作動するからだ。
シャアは、左手にプラスチック爆弾を持った。信管を埋めこむ。
そして、拳銃を抜いた。
人がくぐり抜けられるくらいのハッチのキー・ブロックに、プラスチック爆弾を貼りつけた。
信管を押した。
十五秒である。
ドウッ!
ハッチがコロニー内に向かって開いた。
シャアは、拳銃を構えつつもカメラをとり出していた。
「どれだけできるか……」
シャアは、ハッチからのぞいた。
「うっ……!」
シャアの見なれたコロニーの光景は、そこにはなかった。
緑の見えないコロニーの景色というのは異常である。
雲の間に見えたそのグリーン2のコロニーの地上は、上下ともあきらかに人工的なもので埋めつくされていた。
シャアは、バーニアを噴かしてそのコロニーの空間に身を躍らせた。うす黒く見える雲がシャアの左右を流れた。
コロニー全体を偵察しなければならないという使命感がシャアを捕らえた。
コロニーの端から端まで行って帰ってこれるのか?
「やってみせるさ……」
シャアは、飛翔し、体を回転させながらカメラのシャッターを押しつづけた。
もちろん、バーニアは、帰りの分の燃料を計算した上での全開である。
問題は、ビデオ・カメラで撮影できる写真の枚数が百枚弱であることだ。シャアは、雲の切れ間に見る工場群の巨大さに舌を巻いていた。
「あれは……?」
シャアは、大きな目標物を認めてカメラを向けた。
ドックだった。
「大きいな……」
さらにシャアは、前方にペイ・デッキの裏に相当するであろうブロックを目にした。通常、ここに軍のコントロール・センターがあった。
コロニーの全長は、意外なほど短いと感じた。
シャアは、危険を感じた。
ひさしぶりに感じる戦慄である。
『敵が迫る!』
言葉で言ってしまえば、そういったことである。殺気だ。
シャアの体が空で丸くなり、ターンした。
小さな雲を見つける。
雲に飛びこみつつも、シャアは、自分が出て来たハッチの方向を見失うことはなかった。
雲から出る。
シャアの体が飛んだ。
ガウッ!
質量の高い物体がシャアをかすめた。シャアの体がゆれた。
その質量のあるものが、すり抜けて、むこうで大きくターンした。
「ガンダム……」
シャアは絶句した。
目の錯覚ではなかった。
それは、あきらかに、かつての地球連邦軍のモビル・スーツ、ガンダムそのものであった。
機体は黒に迷彩されて、部分的には違うところがあるようにも見えるが、間違いなくガンダムのシルエットであった。
シャアの目は、その機体の脚に1と書きこまれてある数字を見た。
同時にシャアの体は、ハッチ目指して突進していった。
ババッ!
瞬間的にバルカン砲に似た機銃の咆哮《ほうこう》がシャアを襲った。
が、急速に方向転換をする機体からの射撃が、ノーマル・スーツのような小さいターゲットを狙撃することは不可能である。
「大体っ! コロニーの中で撃てるほどの弱い火力なのかっ!」
シャアは、せせら笑うと、壁に炸裂する弾丸の圧力を感じながら、出て来たハッチに飛びこみ、バーニアを捨てた。
ハッチのある隔壁をバルカン砲の弾丸が弾けて爆発した。
シャアは、来た道をたどるリフト・グリップを握り走った。
パン!
拳銃の音が聞こえた。
地球連邦軍の兵士かコロニー保守要員が、警報を探知して出て来たのだ。続いて拳銃の発射音を聞く間に、シャアの左腕に痛みが走った。
「うっ……」
かまってはいられなかった。
シャアは、拳銃で応酬しながら、バイザーを下ろした。次の通路に出る。そこの壁にはリフト・グリップがなかった。
シャアは、天井に壁にと跳ね、弾丸を回避した。
隔壁がわずかにシャアの味方をした。
腕から空気が抜けてゆくのがわかった。しかし、弾丸ひとつの穴であれば、ノーマル・スーツの内側の被膜が多少の空気漏れを防いではくれる。
しかし、瞬時の間、腕から血が抜けてゆくのがわかった。
「…………! くっ!」
左の腕の感覚が麻痺してゆく……。
シャアがリック・ディアスにたどりついた時に、敵のモビル・スーツがいなかったということこそ僥倖《ぎょうこう》であった。
シャアは、リック・ディアスを発進させた。
「アポリーにロベルトは……」
シャアは、グリプスの周辺にモビル・スーツが出ていないことを確認して、グリーン・ノア1に向かった。
しかし、短時間のうちにティターンズの迎撃部隊が出てくることはわかっていた。
(どうするんだよ……俺……)
カミーユ・ビダンは、わからなかった。
気が付いたときには、ティターンズの士官を殴っていた。
MPに逮捕されるところを、軍のエレカを盗み、逃げ出してしまった。
やっと落ち着いたときには、帰る場所がなくなっていた。
家にもどっても、軍の取り調べを受け、牢屋にほうりこまれるだけだった。
カミーユの目にギラと輝く河が映った。
それは、俗称であって、本来は太陽の光をコロニー内に導きいれるガラスの部分なのである。そこには、人工の大地はない。
だから、その部分には幾つかの橋をかけて、となりの人工の大地との連絡道とし、太陽の光のじゃまにならないようにしていた。
そのために、コロニーの人々は、ここを河と呼ぶ。
カミーユは、その河の右手に見えるつり橋に向かい、エレカをつり橋にいれた。
四車線の右の橋の直線コースにエレカを乗せると、カミーユは、スピードを三十キロにまで落としてから、エレカから飛び降りた。
無人のエレカがまっすぐつり橋の向こうに消えていった。
つり橋だけでも、三キロはある……。
カミーユは、車道から、林の中に飛びこんでいった。
コロニー内の空気が緊張しているのがわかった。軍のエレカが走り回ってはいたが、犯人捜査といったふうではない。
つまり、カミーユ捜査というものではなかった。
(なんだ?)
カミーユは、かすかに疑問をもった。
が、今のカミーユは、この隙になんとかなるかもしれないと思うだけだった。
林の中を抜けると、有刺鉄線があるが、コロニーの有刺鉄線などは飾りのようなものだ。簡単に潜りこんで、軍の敷地に入りこんだ。
カミーユが思いついたことは、ブライト・ノア中佐に相談をしてみようということであった。
父に紹介され一度話をしたぐらいの関係で、相談など受けてもらえるものかどうか、わかりはしない。
が、カミーユには、他に相談する相手を思いつかなかった。
と、一機のガンダムMkUが、カミーユの頭上をかすめていった。2号機だ。
なにか、訳のわからない音響が聞こえた。
立ちどまって、カミーユは、周囲を見た。コロニー全体が震えたようだった。
「……なんだ……?」
モビル・スーツの整備工場が見えてきた。
「奇襲だと!」
そんな声が、カミーユの耳を打った。
遠くでコロニーの外壁に損傷が起きた時の警報が鳴っていた。珍しいことではない。
ことに、一年戦争の後は、隕石流が多いのである。太陽光を入れるガラス一枚が割れたからといって警報が鳴るのだ。
周囲をエレカが走り回っていたが、カミーユを見咎める軍人はいなかった。
「実戦態勢じゃないか?」
カミーユは周囲の異常さにまったく別の事件が起こっていることを知った。
軍人たちの目はつり上がり、対空用のミサイルを積んだエレカが、カバーを外しながら、走ったりしていた。
「…………?」
カミーユは、狂ったように走る軍用のエレカの間をすり抜けるようにして整備工場の方角に向かった。
それは、応急用の整備工場の中である。
そのなかで、モビル・スーツの整備が行なわれているのが見えた。ガンダムMkUである。
「…………!」
その工場に入る数メートルのところで、カミーユは、ドラム缶の陰に走りこんだ。
一台のエレカが急停止したからだ。
「中佐だ!」
カミーユは、まさかこんなに簡単に相談をしたい人に出会えるとは思っていなかったので、思わず声をかけようとした。
が、身をひいて声をのんだ。
エレカから飛び降りたブライト・ノア中佐はひどく緊張していたからだ。その背中が、カミーユを拒否していた。
「エマ・シーン中尉!」
ブライトの通る声が、整備工場の中に突き入った。
「なにか!」
工場の中からパイロット・スーツのウェーブが走り出てきた。エマ・シーンという女性だろう。
工場の中のガンダムMkUは、3号機だ。
カミーユは、この機体をよく知っている。
なぜなら、カミーユは、連邦軍の技師である父のコンピューターからデータを盗み出して、ガンダムMkUの機体の正式設計図を見ていたから、その足の裏を見たってガンダムMkUとわかる。
もちろん、カミーユは、本物のガンダムMkUを操縦したことはない。
が、今年のジュニア・モビル・スーツ大会にカミーユが製作し、出品したモビル・スーツは、ガンダムMkUのコクピットのコピーが搭載され、それで優勝しているのである。
もちろん、玩具である。が、カミーユにとっては、ガンダムMkUのシミュレーションができるという代物であった。
その工場内にも、何人かのメカニック・マンが右往左往していた。
ギュルル……。
ドウン……。コロニーを揺する地響きがした。
「爆撃?」
カミーユは振り向いた。
「敵襲だっ! エゥーゴだ!」
兵士たちが、音のした方向にドッと走り出した。
カミーユが、ドラム缶の背後から身を乗り出した時に、
「出撃します!」
エマ・シーンがブライトに言ったようだった。
カミーユのわきをエマ・シーンがガンダムMkUの方に走っていった。
その時だった。一機のモビル・スーツが工場の屋根に尻餅をついた。
グワーッララッ!
工場の屋根がひしゃげ、エマ・シーンの体がなにかに飛ばされて倒れた。
あっ!」
「エマ中尉っ!」
ブライトとカミーユが同時にエマの方に体を向けた。屋根に落ちたモビル・スーツは量産タイプのモビル・スーツ『ジムU』と呼ばれる機体だ。
「落ちるところを考えろっ!」
ブライトは怒鳴りながら、エマの体を抱き起こしにいった。
その隙にカミーユは、ガンダムMkUの胴体のわきに駆け寄っていた。
それは、整備用の架台に横たわっていた。
タラップがコクピットまで伸びていたが、天井から落ちたアルミの桟《さん》がのしかかり、ひしゃげていた。落ちたジムUが、立ち上がるために動いたようだ。またも、ガラガラと屋根が落ちて来た。
「うわーっ!」
メカ・マンたちが、建物の隅《すみ》に退避した。カミーユは、いったん、架台の下に潜りこんだ。
「今なら使える……!」
カミーユは、大人たちの動きを見て、ガンダムMkUのコクピット周辺に人気がないのを確かめた。
カミーユには、ガンダムMkUが、ティターンズに対する『力』に見えた。
何が起こっているか、ということへの関心などはなかった。
カミーユは、屋根の動きを見てから、ひん曲がったタラップによじ登った。
「あなたっ!」
「おいっ!」
カミーユの動きを見つけたエマとブライトの声がした。
「敵襲なのでしょ!」
だからカミーユは、迎撃に出るのだという意味のことを言おうとしたが、その時に、コクピットのハッチが閉じた。
「イメージどおりじゃないかっ!」
カミーユは、自分が手に入れているデータとまったく同じコクピットに感動した。
エンジンの火が入っていたのは、この緊急時に出動させるつもりだったのだろう。
ハッチが外からたたかれた。ブライト中佐かエマ中尉だ。
「出ます。発進します!」
カミーユは、外部音声のスイッチをいれるとガンダムMkUの右の手を動かして、落ちている屋根の障害物を払いのけさせた。
「怪我をしますよっ! 退避して下さい!」
「きさまあ!」
ブライドがなおもハッチをたたこうとした時に、エマがその手を収って後ろに引いた。
「あの坊やは本気です。中佐!」
3号機の上体が起き上がろうとしていた。
ブライドはあやうく身を引いてタラップにとりついた。天井から落ちてきた桟を押しのけながらも後退した。
「すみません、エマ中尉」
「えっ!」
エマは、あまりにも人間的な声が、その3号機の顔の部分から聞こえたのでおどろいたのだ。
3号機は、左手で建物の障害物を排除しながら立ち上がっていった。
「慣れている……?」
「パイロットなのか?」
二人は、3号機が工場から出て、前庭で立ちどまり、ついで、ジャンプするのを見て、息をのんでいた。
グリーン・オアシスのティターンズの総指揮官とも言うべき、バスク・オム大佐は、グリーン・ノア2『グリプス』にいた。
もちろん、コントロール・ルーム深くいたためにグリプスに侵入したシャアの姿は見ていない。
「確かに赤いモビル・スーツがグリーン・ノア1に向かいました!」
「それを赤い彗星だと言うのか! 馬鹿を言うなっ! ジオンは潰滅したのだ。シャアとかいう奴がいるわけがない!」
それは、かつての戦争に参加した地球連邦軍軍人が、忌み嫌う名前であった。
赤い彗星が、今、グリーン・ノア1でモビル・スーツ戦をやっているなどということは、冗談でも言うものではないのだ。
「エゥーゴの目的はなんだっ!」
「グリプスの探査とガンダムMkUのデータ収集と思われます」
「くっ……! このグリプスをエゥーゴの連中に見られたというのか! 殲滅しろ! グリブスの実態をエゥーゴの連中に知らせるわけにはいかん! これを知られたら、地球連邦政府は窮地に立たされるぞ……」
バスク・オム大佐は、最後の言葉を口の中でいった。
バスクの言った意味は、地球連邦政府の議会でもめるであろうということだ。軍の予算の中にグリプス建造の予算などはどこにもないからである。
しかし、そのもめごとを含めて、バスクにとっては悪いことではないというのが、本当のところであった。
「いや、考え方だな。エゥーゴが先に手を出してくれたおかげで、正当防衛の口実はできた。地球連邦政府の高官どもが、スペースノイドの抗議を処理するのに一年や二年はかかる……。その間に、軍を動かす正当な理由を手にいれたわけだ……」
バスク大佐は、自分が指揮をして『三十バンチ事件』を起こしたことなどは、ケロリと忘れていた。
大佐は、ジャマイカン少佐を呼んだ。
「ハッ?」
「好機到来と考えよう。エゥーゴが先に手を出してくれた。これで我々の大義が成立した。以後は、徹底的にスペースノイドをたたく」
「わかります。が?………」
「恐らく、ブレックス・フォーラだ。奴が出て来ている。公式の軍日報によれば、奴はグラナダにいるという話だが、信じられん。スペースノイドは、全員で共謀して同志の動きを隠蔽している……」
「グリプスの艦隊には、出撃命令を出しておきます」
「グリーン1での殲滅は無理だな……。市民を巻きぞえにはできん」
バスク大佐は、苦虫を噛み潰すように顔を歪めた。
エマ・シーン中尉は、ティターンズに選ばれたパイロットだ。
彼女は、打撲傷をうけながらも、対空ミサイルを積んだエレカを見つけるとそれに乗りこんだ。
「……この程度の打撲傷で……!」
エマ・シーンは、空中戦の行われている場所までエレカを走らせて、モビル・スーツを撃墜する気なのだ。
ブライト中佐は、そのエマを見送りながらも、対空ミサイルを積んだエレカが、なぜそこに無人のままとりのこされていたのか、と思った。
「地球連邦軍がダレているんだ……」
ブライトは、口の中でそう言った。
だいたい、地球連邦軍の統合本部は、地球にいたままで、宇宙にある組織の末端まで指揮ができると信じすぎているのだ。
その無神経さが問題なのである。
「だから、バスクたちのティターンズが好きなことをやる隙を作るのだ。トップは、自分たちが諸悪の根源だということに気づいていない……」
ブライトは、地球と宇宙の間を行き来するという特殊な立場にいる。
そのために、スペースノイドが、エゥーゴを組織するところまでいった事情を知っていた。
エゥーゴの論旨は、ブライトには、わかる話であった。
しかし、現在のブライトは、地球連邦軍の軍人であり、彼の妻と二人の子供は、地球に住まわされているのである。
地球連邦政府に人質として取られていることなのかもしれなかった。
カミーユが、ガンダムMkUの3号機を一度低空に戻したのは、地球連邦軍のモビル・スーツに狙撃されることを嫌ったからだ。
が、それだけではない。
バルカン砲の弾丸をチェックしたかったのだ。
「残弾表示は……」
カミーユは、コンソール・パネルを捜した。
左隅に新規にとりつけてあるデジタル表示のパネルを見つけた。それが、一回の引き金による弾丸の射出数をコントロールすることができるのはすぐにわかった。
「よし……!」
残弾の二百発を二回に分けて射出するようにコントロールする。
再び、雲から出て、上空を見た。
数機のモビル・スーツの動きが、流れる塊となって見えた。
「あれか?」
カミーユは、一機のモビル・スーツが、ターンをした瞬間に敵とわかった。カミーユは、一気にそのわきに滑りこんだ。
ガンダムMkUの瞬発力は想像以上であった。
機体が、相手のモビル・スーツとぶつかった。
「うっ!」
そのリック・ディアスが、ビクっと跳ねようとした。
カミーユは、3号機の腕を出して、そのモビル・スーツをつかまえた。
「エゥーゴなら味方をする!」
「なにっ? なんだ!」
『お肌の触れ合い会話』越しに、かすかにリック・ディアスのパイロットの声がひびいた。が、カミーユは、その声をコンソール・パネルのスピーカーで聞くしかなかった。
カミーユは、正規のパイロット・スーツなど着てはいなかったし、ヘルメットもつけていなかったからだ。
「聞こえるか! 味方をするって言っている!」
そう怒鳴ったのと、右から来る地球連邦軍のジムUに向かってバルカン砲を撃ったのが同時だった。
当てようとして当たるものではない。が、ジムUの顔にパッパッと閃光がきらめいた。
「本当かっ! 我々とここを脱出してくれるのか!」
「ラジャー!」
カミーユは、みじかく応答した。
「発煙筒を使う! ついて来てくれ!」
「いやっ!」
カミーユは、赤いモビル・スーツが空中で格闘しているのを見つけていた。それを見て、手伝うべきだと思ったのだ。
「かまうなっ!」
そのリック・ディアスは、左手の指の中に信号弾を持っていた。それが、その赤いモビル・スーツに向かって射出された。
そして、赤いリック・ディアスの近くで、信号弾丸が咲いた。
それは、仲間に撤退を合図するものであったのだが、カミーユは、その閃光を見た時にガンダムMkUの3号機を、猪突させていた。
「あいつもっ!」
カミーユは、赤いリック・ディアスが苦戦しているように見えた相手、ガンダムMkUの2号機に仕掛けたのだ。
「…………!?」
シャアは、突然に目の前に2機目のガンダムMkUが現れて、一瞬からみ合うのを見て、自分の目を疑った。
「なんだっ?」
カミーユにとって幸せだったのは、2号機のパイロットが、まだガンダムMkUに十分に慣れていなかったということだ。
しかも、あまりに緊急発進であったために、ジェリド・メサの2号機は、メガ粒子砲さえ持っていなかった。
「うおっ!?」
ジェリド・メサは、いきなり現れた味方のはずのモビル・スーツに腕をつかまれて、そして、殴られたのである。
機体が揺れ、ジェリドは、リニア・フロートの働くシートの中で体を支えているのが精一杯だった。
なにが間違いが起こったのではないのかと考えるのがやっとだった。
「うおーっ!」
カミーユは、コクピットでひとり絶叫していた。そして、モニター一杯に写っている2号機の楯といわず、ボデーといわず、3号機に殴りつけさせていた。
この操作は簡単だ。
殴りのパターンをセットして、後はスピードとターゲットの指示だけをアクセスすればいい。
「なんだ!」
多少の混乱がジェリド・メサを捕らえていた。
不可解なまま、危機に直面するのが、人間の生理には最も苛酷である。
何回目かの殴《おう》打《だ》が襲い、2号機の楯がふきとんだ。
「沈めえ!」
カミーユは、発狂というのではないが、そのくらいに頭に血がのぼっていた。
さらに3号機の鉄拳を飛ばせた。
が、ジェリドは選ばれたスタッフであった。
その何度目かの3号機の攻撃を2号機に回避させた。
「しまった!」
カミーユが思う間もなく、3号機の機体が回転をする。
リニア・シートのシステムといえども、そのGのすべてを吸収するわけにはゆかなかった。
「うわっ!」
回転木馬の揺れに近い振動が、カミーユの体を揺すった。
「退避するぞっ!」
そんな声が遠く聞こえた。
「エ、エエ!」
カミーユは、その声の主が、3号機の回転をとめてくれた赤いリック・ディアスのパイロットのものだと知った。
敵は、散開したまま、こちらの動きを探っているのか?
いや、自軍のコロニーの中では、容易に攻撃ができないというのが実状なのだろう。
まして、ガンダムMkUという最新鋭機同士の激突を見れば、古いモビル・スーツのパイロットが、率先して出てくるものではない。
「ラ、ラジャー!」
カミーユは、興奮してはいたが、本当にグリーン・オアシスから出ていいのだろうか、と思った。
しかし、軍のモビル・スーツまで盗んだのである。もう、取り調べなどというレベルで終わる事態ではない。
「離れるなっ!」
赤いリック・ディアスがターンをし、上昇した。
カミーユは、そのリック・ディアスの後ろ姿を照準にして、追いかけていった。
さらに、もう一機の黒っぽいリック・ディアスが、カミーユの3号機を見るような形で接触をしてきた。
上空にある居住区が迫った。
その一角は、暴風になっていた。
雲が走り、土と緑の色が、風の帯の中に渦巻いていたのだ。
「…………?」
カミーユは、瞬間なんの現象かわからなかった。
と、その帯の中から閃光が発した。
有線誘導ミサイルだ。
カミーユは、反射的に3号機に回避運動をとらせた。
なぜできたのかそれはわからない。
ただ言えることは、避けたいと思っていた時に、カミーユの腕と足が、その反射神経のリアクションをしていたということだ。
知覚して、それに対応する動きを体にさせるには、何千分の一秒という誤差があるものだが、カミーユは同時に行っていた。
ミサイルの弾体を見たのではなく、危険を察知して、察知したと同時にリアクションをしていたのである。
有線ミサイルの追尾を振り切ったと見た時、カミーユの3号機は暴風圏の中に突入していた。
モニターの正面に、かすかに赤いリック・ディアスの機体が見えた。
「…………!」
必死に近づいて、その映像を確保する。
コロニーの明かり取りのガラスの一角に突入していった。
そこから、コロニーの空気が抜けていたのだ。シャアたちのリック・ディアスが侵入するために作った穴である。
それが原因でコロニー内に暴風が起こっているのである。そのために、その周辺の地上では、地球連邦軍の地上部隊が展開できないでいるのだ。
小さな穴からは、空気が宇宙に吸い出され、コロニーの土砂、建造物の破片が吐き出されていた。
カミーユを先導する赤いリック・ディアスが、その脚を3号機の鼻先に接触させた。
「離れるなっ!」
カミーユは、その足を3号機の手でつかまえた。
「穴は小さくなっている!」
「了解……」
4機のモビル・スーツは、暴風とコロニーの回転スピードの勢いで吹き出されるようにして宇宙の静寂のなかに出た。
しかし、真実その空間が静寂であるかどうかは、わからない……。
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第三章 人質
コロニーの回転を利用して、高速で外に射出されるに似ている。
4機のモビル・スーツは、四方に警戒態勢を取りながら、姿勢を正していった。
カミーユは、不思議な爽快感にとらわれていた。
(広い……)
その言葉の表現には、自由という意味がついている。
そんな感覚がカミーユの全身を満たしたのだ。
(宇宙だからか……?)
その時、クワトロ・バジーナ大尉ことシャア・アズナブルは、赤いリック・ディアスのコクピットで、「やはりな……」とつぶやいていた。
「一気に突破する。いいな」
カミーユはその声をコンソール・パネルのスピーカーで聞く。
「ラジャー……」
カミーユは、赤いモビル・スーツが、敵を発見したのだと思った。
モニターの一部を前方に向けて、拡大倍率をあげていた。
「…………」
カミーユは、まばたきをするだけだった。そこには、グリーン・オアシスの地球連邦軍のモビル・スーツが待機していた。
ジムUが十数機展開していたのである。
もちろん、モニターに捕らえられていないモビル・スーツが伏せていることは想像できる。
「これか……」
カミーユは、呻き、顎の汗をぬぐった。ひどい汗をかいていたのだ。
その時になって、カミーユは、ノーマル・スーツを着ていないことに気がついた。
「ノーマル・スーツがない……」
愕然とした。自分のうかつさを悔いた。
モビル・スーツの装甲一枚向こうという表現は適切ではないが、そこは宇宙なのだ。
「…………」
カミーユは、コンソール・パネルで、空気のチェックをする。当然、コクピットの生命維持装置は作動している。しかし、コロニーでの訓練中であった機体に、十分な空気の備蓄触媒があるとは思えなかった。
宇宙に出ても、コクピットのパイロットがノーマル・スーツなしであることをキャッチすれば、生命維持装置は、自動的に作動する。
が、空気を自動的に生産するシステムは搭載されていない。
「…………」
空気の残量は、数時間分あると思えた。
しかし、コクピットの気密が、完全であるという保証はない。
ノーマル・スーツ着用が原則である。モビル・スーツのコクピットの気密などは、二次的な機能でしかない。カミーユは、それをよく知っていた。
「まずいな……」
カミーユは、また、頬の汗を掌でぬぐった。
(ままよ……)
「行くぞっ! ジグザグだ! ついて来れるな」
赤いリック・ディアスの手が揺れ、テール・ノズルがきらめいて、ダッシュした。
カミーユは、間髪をいれず3号機の出力をあげる。同時に、コロニーの宙域全体を浮き上がらせる閃光がきらめいた。
モニターにフィルターがかかり、減光する。
地球連邦軍のミサイルが爆発したのだ。
常識的には、うかつな攻撃である。自軍のコロニーの近くでミサイルを使うことは、自分の首をしめるに等しい。
しかし、カミーユには、そこまでの戦闘のディテールは知らない。
息をのみ、暗くなったモニターの前面に赤いリック・ディアスの姿がないのに気づいて、あわてた。
「どうしたっ……?」
カミーユは、赤いリック・ディアスが撃破されたのではないのかと思った。
モニターを回転させる。
そして、後方に赤いリック・ディアスがいるのを見た。さらに、後方にはコロニーの外壁が小さく見えた。
カミーユのガンダムMkU、3号機は、赤いリック・ディアスを追い越していたのだ。
3号機のパワーはリック・ディアスよりも強力のようだった。
「そ、そうか……」
カミーユは納得をし、正面のモニターのグラフィック表示が、幾つもの表示を点滅し、乱舞し始めたのを見た。
「…………」
敵味方識別信号とその接触軌道の表示である。
そんなものは、カミーユには、識別できるはずがなかった。
「うるさいんだ!」
カミーユは、本能的にそんなコードを消して、モニターにうつる景色だけを見て、判断しようとした。
そして、なによりも、今のカミーユには、まだ赤いリック・ディアスを追うだけで精一杯だったのだ。
その赤いリック・ディアスは、頻繁に転舵をした。
しかも、その仕方が、カミーユの生理を逆撫でするようなコースをとった。リズムがないと見える。
「くっ……」
しかし、カミーユは、疑わずにそれにならった。
「…………!」
カミーユは、その時になって、モニターに写るビームの航跡が、現実のものなのだというプレッシャーを感じはじめた。
ゲームではない、なにか、重い皮膚感覚でキャッチするのだ。
ことに、背中が寒くなるという感覚が襲う。
(いや、……そんなに狙われるわけがない……!)
いつ撃破されるのか? という恐怖がカミーユを捕らえて放さない。
しかし、自分の背中からは、背後の空漠とした空間だけが意識された。
痛くなりそうな感覚がおそってはこない……。
(大丈夫だ! 絶対にっ……!)
理由はなかった。
その自分の感覚が、大丈夫だと言うのだ。
が、カミーユの理性が、赤いリック・ディアスのコースをトレースできるのならば、大丈夫なのだ、と叫んでいた。
(ダカラ、赤イモビル・スーツハ、俺ノ知ラナイ航跡ヲトルンダ……)
カミーユの意識が、どこかでリープしたのだ。
未知の体験を完成させるためには、経験者の先導に従うしかない。山登りやダンスのレッスンの基礎の学習と同じである。
カミーユは、左右に流れるビームの航跡を完全に無視していた。
(敵に予測されない行動を取れば撃ち取られない道理だ……)
カミーユは、ようやく自分の言葉で赤いリック・ディアスの動きを理解し、実践をした。
しかし、現実は、違った。
追いきれない。トレースしきれないのだ。
カミーユが未熟なのも原因なのだが、もうひとつは、リック・ディアスとガンダムMkUとの性能の違いである。
それが、カミーユに3号機のコントロールを困難にさせていた。
シャアの目から見ればカミーユの3号機は、ひとつの航跡をあまりにも長く描いているように見える。
「アーガマまでもつのか……?」
シャアにも、ガンダムMkUは、かつてのガンダムに比べれば、多少パワーが強くなっているように見受けられた。
が、このように逃亡をする時には、機動力が強いだけでは、逃げおおせられるものではない。
狙撃を受けないようにするためには、慣性軌道を取らないようにモビル・スーツの機体をいじめる以外はないのである。
「……ン!?」
シャアは、地球連邦軍のモビル・スーツが、右翼から迫るのを見た。
リック・ディアスのメガ粒子砲を構える。
一機のモビル・スーツが正確に突撃コースを取ってきた。
「正直すぎるな……」
赤いリック・ディアスのメガ粒子砲がビームの尾をひいた。
バッ!
閃光が、宇宙の闇のなかに開いた。
「やった……!」
カミーユは、絶句した。
シャアの赤いリック・ディアスは、回避運動をしながら高速で移動する小さなモビル・スーツを狙撃したのである。
カミーユは、そのリック・ディアスの挙動のすばやさを視認した時に、慄然とするものを感じた。
(なんだっ? あいつは……?)
おそろしい力を赤いモビル・スーツのなかに感じとったのだ。
(人のやることなのか……)
敵に対するとは違うプレッシャー……! 悪寒ではないが、極度におそろしい力……。
わずかの間があって、別の方向にも、閃光の輪が咲いた。
「……赤いモビル・スーツが、第二撃を射った……」
戦慄であった。
カミーユは、赤いリック・ディアスから、コンピューターにコントロールされるマシーン以上の意志を感得していたのだ。
「誰が乗っているのだ……?」
カミーユは、『ジオンの赤い彗星』という言葉を思い出していた。
カミーユは、二回とも追撃してくるモビル・スーツの姿を見つけることができなかったのだ。
恐らく、モニターに表示はされていたのだろうが、見ていられなかった。
ようやく、後方のモニターを開くチャンスを得た。
たった一回のボタン操作の間を得ることができなかったのだ。
そして、そのモニターのなかに、後続の二機のリック・ディアスが、確実に地球連邦軍のモビル・スーツの脚を止めるために火閃を開いている光景を見ることができた。
「……俺は、まるでネンネじゃないか……」
そう思うだけ、カミーユにはまだプライドが残されていた。
少年らしい意気込みであるが、それこそ、向上心につながる良い心根である。
玩具のようだとは言えモビル・スーツを製作し、他人よりは、その操縦はうまいという自負がカミーユにはあった。
しかし、現実の大人たちが実戦でみせるレベルとは、天と地の違いがあった。
(とてもできない……)
カミーユの実感だ。
ビンッ!
なにがかすめたのか考える必要などはなかった。
コクピット全体が輝いて見えた。機体に当たった音は、正確に再現されることはないが、その音響と共に機体がガクッと跳ねた。
シートまでが跳ねた。
「うわっ!」
モニターから赤いリック・ディアスが見えなくなり、しかも左半分のモニターが消えた。
「見えなくなる!?……」
その想像は、巨大な恐怖だ。
密室に閉じこめられているために空漠感はないが、一瞬でも自分の足が着く場所がないという想像は、人をパニックに陥《おとしい》れる。
夜の面を見せた地球が正面のモニターに小さく流れた。何か、人工の物も流れ、横切ってゆく。
「……ああっ……」
銀河が、まるで帯のようにカミーユの目を射った。
まるで自然のままに銀河が見えるのだ。
「空が……!」
宇宙に住む人々は、人工の反射光のないところとか、人工の遮蔽物を通さないで、宇宙の自然を見ることはしない。
なのに、カミーユの目には、自然のまま、という巨大な空間を感じさせるような闇とともに銀河の星々の光が、物そのものの存在感をもって見え、迫ったのだ。
宇宙の重い閤……。
底なしの底……。
その間を埋める銀河の光は、底なしの底を隠す光の網……光の大地だ。
「…………」
シュュ……。
なにか人工的な音がする。
その音を聞いた時に、カミーユのなかに広がった宇宙の知覚感覚が消えて、半分死んだモニターに包まれたコクピットの中にいる自分を発見した。
「空気がもれている……!?」
先刻の攻撃によるショックが原因だ。
その時、後方で巨大な閃光が幾つか起こった。
3号機のモニターを殺すかもしれないと思えるほどの閃光の波であった。
カメラ・アイを殺すだけの熱と光を発するダミー弾である。
しかし、カミーユにとって、その光が意味することよりも空気漏れの音の恐怖が先行していた。
「どうする……?」
モニターには、空気流出の表示が冷たく点灯し始めていた。
カミーユは、すべてのセンサー表示を復活させて、その中に空気漏れ対策を示すものがないか捜した。
しかし、他のモニター表示は落ちつきをとり戻し、次々と消えていった。機体識別不明の三機のモビル・スーツが近くにあることを表示しているだけだ。それは、カミーユの僚機である三機のリック・ディアスの意味である。
カミーユが、背中にグッショリと汗を感じたころには、左右に二機のリック・ディアスが並進していた。
「何分もつのだ……?」
カミーユは、表示されるモニターの数字などは信じなかった。緊急用の空気流出防止用のシャボン玉の射出表示を捜した。
しかし、それは、作動しなかった。
相変わらず、空気漏れの音は聞こえていた。
不安を増長する音というのは、こういう音のことを言うのだろう。
まだ、減圧の気配を感じないのは、補給用の空気触媒が働いているからだが、永遠にもつものではない。
空気の味が変わってきたように感じる。
耳がツンとしてきた……。
カミーユは、セーターの下のシャツに手をつっこみ、胸のポケットをひきはがした。
そのきれはしを目の前で上げて、手を放してみる。
その布地が、かすかに移動をした。その方向を見定めてから、カミーユは、その布地をもっと小さくひき裂き、移動した方向に押しこむようにして、放した。
布地は、空間を右上に流れ、フッと吸いこまれるように、モニターの接点になっているかすかな隙間に向かった。
そして、その隙間に半分ぐらいもぐりこんで止まった。
カミーユは、そんな布地をもうひとつ作って、またそれを流した。
空気漏れがしている音が、聞こえなくなったようだ。
しかし、完全であるわけがない。
「…………」
すでに、コンソール・パネルの与圧ゲージは危険信号を出していた。
気温も下がっていた。
「…………」
カミーユは、まずいとは思うが、口に出したところでどうなるというものではない。
気やすめにもう一度ポケットの布地をちぎり、流そうとしたが、流れずに浮いているだけだった。
それが宙に浮いているのを見ながら、カミーユは、窒息してゆくというのは、苦しいものなのだろう、とうかつにも思ってしまった。
それが失敗だった。
(苦しいのは、怖い……)
怖いのはいやだった。
カミーユは、その言葉に突き当たった時に、ゾッとして、全身に再び汗を噴き出させていた。
(怖いのは……こわい……)
カミーユは、死んだモニターを見、天井のモニターに銀河が滝のように写っているのを見た。なんの慰《なぐさ》めにもならなかった。
「くそっー!」
カミーユは絶叫した。
そして、コンソール・パネルに両の手をしがみつかせて、生きているモニターをにらんだ。
「赤いモビル・スーツ!……」
カミーユは、必死にしゃべってみた。
自分の喉がひどく渇いていることに気づいたが、それがわかったからと言って、どうなるというものでもなかった。
だが、カミーユは、前方を行く赤いモビル・スーツには、あてになるパイロットが乗っていることを思い出していた。
「あなたは、誰だ……?」
カミーユは、その赤いモビル・スーツに3号機を接触させていった。
赤いモビル・スーツの単眼が、カミーユの3号機を見た。
その輝きかたは優しかった。
カミーユは、3号機の| 腕 《マニュピレーター》を出しながら、楯をスライドして、手の部分が赤いモビル・スーツに接触しやすいようにした。
赤いモビル・スーツが同じように手を伸ばしてくれた。
手をつなぐ。接触である。
「なにか?」
遠いところからの声が届く。
「どのくらいで、落ちつけますか?」
助けを願う瞬間にカミーユは別のことを言っていた。悪い癖だ。
「……どういうことか?」
「いつまでこうしているのか、ということです……」
「母艦との接触は、あと三十分というところだ……。同僚が、コースの確認をしている。何かあるのか……?」
「喉が渇いていて、それに、宇宙に出だのが初めてなので不安なのです……」
また強がりを言ってしまった。
「そうか……」
ややあって、赤いモビル・スーツのパイロットが聞いてきた。
「ティターンズではないのか?」
「グリーン・オアシスの民間人です」
「民間人……? なにかあったのか?」
そのパイロットは勘がいいようだ。別のことを聞いてきた。
「いえっ! 追撃も気になりますし……」
そのカミーユの言葉をそのパイロットは無視してまた聞いてきた。
「機体に不都合でもあるのか?」
「いえ、保ちます……」
気密のことなど言ったとしても、ここで補修できるものではない。だから、カミーユは、説明する気もしなかった。
「いいのだな?」
「はい……」
わからない、と言いたかった。しかし、駄目な時は駄目なのだ。
憶測じみたことを言い合って気休めをしても、事態は改善することにならなければ、言うのが無駄なのだ。
そう言った冷厳な事態の観察は、カミーユにはできた。そして、なによりも回避しなければならないのは、しゃべることだ。
しゃべればしゃべるほど空気の消費は早くなる。
カミーユには、空気を保たせることの方が先決なのだ。
「…………?」
カミーユは、赤いモビル・スーツが、自分の機体を中心にして、グルリと周回したのを見た。
左のモニターが死んでいるので、本当はどうなのかはわからない。
そうは言っても、カミーユは、人の声と触れたことで少しは落ちつけた。
接触会話は、正確にその人の声を伝えはしなかったが、相手が包容力のある人だという印象を感じさせてくれるだけで十分だった。
前方には、星々が饒舌《じょうぜつ》に輝きを増していった。
「…………」
カミーユの感覚の奥深くで、いいな、と言ったようだ。
そんな安心感がカミーユをつつんだ。
「……?……」
具体的な言葉ではなく、感覚の発生である。よくはわからない……。
自意識に浮かぶ直前、といった感覚であった。
本来、空気漏れをしている狭いコクピットで、安心するのがおかしいのだ。なのに、カミーユの生理のどこかで、安息に近い感覚が発生しているのを自覚していた。
「異常はない……」
「……?……」
カミーユは、その声に、右のモニターを見た。
赤いモビル・スーツがピックリと並進していた。
そのモノ・アイのついていない目の部分が、ひどくやさしい黒い窓に見えた。
「ありがとうございます」
カミーユは、まだ見ない赤いモビル・スーツのパイロットに言った。
あらためて、カミーユはコクピットをチェックし、空気漏れが止まっていることを確認する。
予定どおりの時間だった。
前方の星々の光の中に具体的な物の形が視認できた。それが、いま、かすかに信号を発光させていた。
「巡洋艦か……」
カミーユは、次第に近づいてくる二隻の艦艇の一隻の姿を見て、息を呑んだ。
「ホワイト・ベースじゃないか……!」
一隻は、サラミス・タイプである。が、もう一隻のシルエットは、あきらかにかつての地球連邦軍の強襲用重巡洋艦のホワイト・ベースのものであった。
違うのは、全体の印象が、かつての重ったるい印象ではなく、より洗練されたマシーンという感じであることだ。
「あんなのがあったのか……」
前部にある二本のカタパルト甲板が見え、後部のエンジン・ブロックのディテールが識別できるようになった。
カミーユは、赤いモビル・スーツに従ってその艦の上空に進入した。
その時になって、カミーユは、その艦に着艦しなければならないということに気づいた。
「着艦?……どうやるんだ……」
カミーユは、あらためて、コンソール・パネルとレバーを見回して、掌でなでていった。
また、そのホワイト・ベースに似た艦を見る。
着艦すると考えた瞬間に、その艦がひどく小さなものに見えた。
「……システムが……あるはずはない……」
コンピューターによる着艦システムのことである。
地球連邦軍の規格のシステムは搭載していたとしても、その艦のシステムとの調整などをやったシステムがあるわけはなかった。
「……やるのかよ……」
二本あるカタパルト甲板の左甲板にライトがついた。
右手前に位置した赤いモビル・スーツが、右の手を使って、その甲板を指差した。
着艦しろという合図である。
カミーユは、その甲板の人工的な光を見た。
その光の束は、さあ、いらっしゃいと言うようなやさしさを感じさせた。
しかし、その右にはブリッジがあって、そこに降下するにはあまりにも狭いスペースに見えた。
カミーユは、赤いモビル・スーツが3号機を見守ってくれているのがわかった。
そのパイロットはやさしい人なのだろう。
「降ります……」
カミーユは、そう言った。
3号機を光の軸線上に乗せた。
ますます、甲板が小さく見え、遠くにあるように感じる。
「ままよ……」
カミーユは、3号機を降下させて、カタパルト・デッキが水平に近くなるようにする。
甲板のライトが迫った。
左右に輝くライトが赤からオレンジに変わった。が、その色の意味することなどわかりはしない。後部のエンジン部分が下に流れていった。
甲板の手前の線が、明瞭に迫った。
右にブリッジ部の建造物がドッと迫ったように感じた。
「ええいっ!」
甲板の強度など気にするひまはない。
一気に前方にバーニアを噴かして、相対速度を零《ゼロ》にする。甲板に脚を接触させるためにわずかの姿勢制御用のバーニアを使って落ちる。
しかし、絶対的に相対速度を零《ゼロ》にすることなどはできなかった。
足が接地した瞬間に、3号機は、つんのめり、逆に後ろに腰がひかれる感じとなった。
「くっ!……」
艦全体も揺れたのではないだろうか? ガンダムMkUの3号機が、背中から甲板に倒れる形となり、カミーユは、3号機の手を使って、右のハッチの装甲をつかませた。
「…………!」
一度ひっこんでいた汗がカミーユの全身を濡らした。
「ふっ……ムリだ……こんなのっ……!」
それがカミーユの実感だった。
「…………!」
モニターにノーマル・スーツの甲板要員が浮き上がり、ハッチをあけろというサインを送ってきた。
「できないっ!」
カミーユは、発作的に叫んでいた。
「俺は、ノーマル・スーツを着ていないんだ!」
「アムロ・レイを知っているかね?」
クワトロ・バジーナ大尉ことシャア・アズナブルが、カミーユに聞いた。
「はい……ニュータイプだと言うことを聞いたことがあります」
カミーユは、クワトロ大尉のサン・グラスがわずらわしいと思った。が、彼が赤いモビル・スーツのパイロットと知って、納得もしていた。
精悍で、落ちつきのある物腰……。
なによりも、その金髪は、美しく、人を魅了すると思った。
「ニュータイプという言い方を知っているのか? 地球連邦政府の刊行物の中にはそういう言い回しはないはずだが?」
アーガマのキャプテン、へンケン・ベッケナー中佐が、クワトロ大尉のわきから言った。口もとに揶揄するような微笑があった。
もともと人相が悪いから、普通の笑い顔でも、そう見えるのかもしれなかった。
「そうですが……アングラの出版物には、よく出てくる言葉です」
「ほう……グリーン・オアシスでも、アングラがあるのかね?」
ますます、ヘンケン中佐の目元が、皮肉っぽくゆがむ。
「そりゃ、あります。グリーン・オアシスだって、もとから軍事基地ではなかったんですから……」
ヘンケンの物言いのやさしさに、カミーユの言葉がやわらかくなっていく。
「君の無謀さは、まるでアムロ・レイの再現だと思ってな……」
今度は、クワトロ大尉が言った。
「ご存じなのですか? アムロ・レイ……」
「直接には知らない。しかし、一年戦争でホワイト・ベースの近くで戦闘した体験を持つ兵士ならば、みんなアムロ・レイを知っているようなものだ」
カミーユは、クワトロ・バジーナと名乗る士官の言葉にひっかかった。
(知っているようなもの……?)
その言葉の意味は、極めて深いように思えた……。
ヘンケン中佐は、では言いと立ち上がった。
「ん……ルナツーの方位の動きがキャッチされたのか?」
奥の席についていたブレックス・フォーラ准将が聞いた。
「はい……」
ヘンケン中佐は、ドアのコードをたたきながら答えた。
「頼む……」
「准将もすぐにお願い致します」
「ああ……」
ヘンケン中佐は、ブレックス・フォーラ准将と短く言葉を交わすとガン・ルームから出ていった。
「自分もモビル・スーツ・デッキに行きます」
クワトロ・バジーナ大尉の赤い軍服が立った。彼は、カミーユに興味があるようだったが、これ以上は、ここでカミーユにつき合ってはいられないようすだった。
「カミーユ君、一度ゆっくり話す機会をくれたまえ……」
クワトロ・バジーナ大尉は、そういい残すと風のように部屋を出ていった。
ガン・ルームには、ブレックス・フォーラ准将、レコア・ロンド少尉、それとカミーユだけとなった。
アーガマというこの巡洋艦は、現在も戦闘配備中なのだ。
しばらくの静寂が続いた。
ブレックス・フォーラ准将は、無重力用のコーヒー・ポットを口に含み、カミーユを観察していた。
しかし、ガンダムMkUの機体が無償で手に入り、あとは、この宙域をなるべく早く脱出するだけなのだ。
ブレックス准将には気掛かりなことはひとつしかない。
つい、考えることはそちらに行ってしまう。
サイド7の宙域には、資源確保のためのアステロイド・ルナツーがあった。
そこに配備されている部隊が、アーガマを捕捉しているであろうということだ。
強力な部隊ではないが、艦艇の一隻でもあれば、それは、危険という名前の代名詞となる。
ルナツーには、エゥーゴに荷担する分子がいないのである。それが、楽観を許さない最大の原因となっていた。
ブレックス准将には、カミーユが普通の少年に見えた。
少年が、初めてモビル・スーツを操縦して、実戦をくぐり抜け、宇宙を航行してきたとなれば、過去の例で言えば、アムロ・レイしかいない。
そのアムロ・レイは、ニュータイプとして、強靭なパイロットとして一年戦争を乗り越えてきた。
となれば、カミーユ・ビダンもニュータイプであると思いたくなるのが人情である。
ブレックス准将が、参加しているエゥーゴの組織は、一人でも多くの優秀なパイロットが必要なのである。
それが、アムロ・レイのようなパイロットであれば、理想的といえる。
生まれて初めてガンダムMkUを操《あやつ》ったカミーユが、空気漏れにも動揺せずにMkUを運び、アーガマに着艦までさせたのである。
カミーユの動機、技術的な基礎知識、それらを総合して考えても、実機を操縦できたその能力は異常である。
ブレックス・フォーラ准将らは、カミーユにニュータイプを期待したくなる。
ニュータイプ……。
それは、エスパーと言われるものではない。
アムロ・レイという、ニュータイプとして覚醒したであろうパイロットの言葉を借りれば、
『ニュータイプとは、誤解なく理解し合える人々のことです』
それは、超能力でもなければ、テレパシーの運用でもない、とアムロ・レイは言うのである。
スペースノイドたちは、そのアムロが宇宙での居住権を得られなかった不思議さを語り合ったものだった。
その推測のひとつに、地球上で生きている地球連邦政府の人々が、ニュータイプを危険なものと考えて、宇宙に出すことを阻止したのであろうというものである。
宇宙という新しい環境にアムロ・レイを放出して、より洞察力のすぐれた軍人になって、第二のギレン・ザビにならないとも限らない。
それは危険なことである。
魂を重力に引かれた人々は、アムロ・レイのニュータイプの発現に、危険な要素だけを嗅ぎ取っていたのだろう。
スペースノイドたち、宇宙居住者たちは、ニュータイプをそうは考えていない。
宇宙という新しい環境に適応してゆく人の進化だと考えていた。
もちろん、古典的な進化論とは別の意味でである。
その体現者を地上に縛りつけておくのは、重力というものの悪行ではないか、とさえ思えた。
地球連邦政府の政策であれば、それは重力に魂を引きつけられた人々の悪意の発現であると思うのである。
そして、エゥーゴの一員であるブレックス准将もまた、まだまだ魂を重力にひかれている人であった。
ニュータイプの能力を教条的な能力として捕らえて、カミーユ・ビダンには、パイロットとしてすぐれた者、即、ニュータイプであろうと期待をしているのであった。
しかしブレックス・フォーラ准将の見るカミーユは、多少癇の強そうな凡庸な少年としか写らない。
それが、不満であった。
「私の立場で聞きたいことはひとつだ。カミーユ・ビダン君」
「はい……」
カミーユは、真直にブレックス・フォーラ准将を見た。
全体の顔だちはやさしいのだが、その眼光は鋭かった。
「グリーン・オアシスの御両親をすてる覚悟でいて欲しいが、できるかね?」
「……わかりません。考えたことがありませんから……」
「ん……。かと言って我々は、君の自由に関与する暇はない。それだけは承知しておいてくれ」
「はい……」
「レコア少尉。彼の面倒を見てやってくれ」
「はい」
気持ちのよいレコア少尉の声が弾けた。
「どうする?」
レコア少尉の瞳が間近にあった。
「どうとでも……。着る物も寝るところもないようですから……」
「そうね……」
レコア・ロンド少尉は遠慮なく言った。
「空き部屋は一杯あるから心配しないで……。でも、しばらく待っていて……。動いては駄目よ。アーガマは作戦中なのだから」
「はい!」
「結構!」
レコア少尉は、キッパリと言って、ドアの外に出ていった。別に格好をつけて言ったわけではない。
軍の業務を遂行しているための口調でしかない。
どのくらい待っただろうか?
ガン・ルームのカミーユの正面の壁には、アーガマの完成想像図というものが掛けてあった。
まだ、艦の完成前に完成した姿を想像によって描いた絵である。それを見ると、全体の形は、かつてのホワイト・ベースより、あきらかに小さいように見えた。
甲板とか、カタパルト、ハッチの大きさなどからそれはわかる。
カミーユは、その絵を見ている間に、猛烈な眠気に襲われた。
あくびのひとつもしたと覚えているが、そのまま眠ってしまった。
シート・ベルトもせずに、シートのソフト・マジック・テープのわずかな固定力でカミーユのジーンズがシートに接触している状態のままで……。
どのくらい経ったろうか……?
その間に一度、レコア少尉は、カミーユを呼びに来たのだが、カミーユがよく眠っているので、起こすのをやめ、室内の電気を常夜灯だけにして再び出ていった。
かすかな振動が、カミーユの体をグラッと揺すり、その体を空間にほうり出した。
背中が天井にぶつかった痛みで、カミーユは目をさました。
が、まだ意識は明瞭ではない。
「暗い……」
カミーユは、テーブルの上に落ち、またも跳ね飛ばされていた。
「…………!」
二度めに天井にぶつかってようやくカミーユは、自分のいる場所を思い出していた。
「うっつ……」
今度は、テーブルの端をつかんでいた。腰を曲げて、床に靴のマジック・テープを張りつける。
そして、ガン・ルームを見まわし、そして、外の音を聞こうとした。
遠くかすかにスピーカーがブリッジの音声を伝えているようであった。
カミーユは、ドアまで駆けよるようにして、電気をつけてから、ドアを押した。
ビビビッ……!
船体が揺れ、狭い通路の蛍光板が点滅した。
「敵襲かっ……?」
カミーユは、自分が平服のままでいることに初めて不安を覚えた。
「スーツ室はどこだ?」
カミーユは、モビル・スーツ・デッキの方に行けば、ノーマル・スーツが見つかるだろうとは思ったが、危険な方向であることもわかるのだ。
だいたい、戦闘中の軍艦のハッチやエア・ロックは、戦闘終了までは信用するな、というのが原則である。
カミーユは、ひとつのタラップにたどりついた。
と、そのタラップの手すりのリフト・グリップを使って滑り降りるノーマル・スーツがあった。
一般将兵用のスーツだ。
「カミーユ!」
ヘルメットは、まだバイザーが下りてはいない。レコア少尉の顔がヘルメットの奥で緊張していた。
「僕にも、ノーマル・スーツありませんか? まだ死にたい年じゃないんだ」
カミーユのその言い方は刺激的だった。
このような緊張した状況の中でレコア・ロンドという知った人の顔を見ると気持ちがゆるんだのだろう。
「アッ……」
戦闘が開始されてカミーユのことを思い出したのは、少ししてからである。
そのことが、レコア・ロンドをあわてさせた。
で、右舷の射撃指揮を下士官に任せると、あわてて居住ブロックに降りて来たのである。
「こっち!」
続けてレコアは言った。
(クゥエルの方がガンダムMkUよりよいと感じるのは、俺の偏見かな?)
コクピットにおさまったジェリド・メサ中尉は、そう感じた。
それは、ティターンズの他のパイロットも同じ思いであった。
ガンダムMkUは、旧ガンダムを意識するあまり、かつてのマシーンの弊害を積みこんだモビル・スーツとなっていた。
操縦系が、堅いとでも言ったらよいのだろう。
しかし、ジム・クゥエルは、ティターンズ専用モビル・スーツとして、自由に手が加えられてきた。
その自由さが、結果として地球連邦軍の他のモビル・スーツよりもよい性能を示すこととなった。
ジェジド・メサ中尉は、エマ・シーン中尉がどういうつもりで、ガンダムMkUの2号機を操縦しているのか興味があった。
彼女とジェリドだけが、ガンダムMkUに乗り、随伴する二機のモビル・スーツはジム・クゥエルである。
総計四機。
それが、今、高速でアーガマを追尾していた。
四機は、高速巡洋艦アレキサンドリアに積載されてグリーン・オアシスを発進し、モビル・スーツの捕捉宙域に入ったところで、発進したのである。
アーガマとその随伴艦モンブランは、ルナツーから発した艦艇とそのモビル・スーツ隊によって足止めにされていたからである。
ルナツーからの部隊が、アーガマを不審な艦艇と判断して、阻止行動に出たのである。
そのために、アーガマは、直進をしてグリーン・オアシスの区域を脱出することを阻まれたのだ。
エマ・シーン中尉は、自分がライト・スタッフであるという自尊心を持っていた。
この事件によって、エゥーゴの戦力が、問答無用の戦闘行為をコロニー内で仕掛けたことに怒りを覚えていた。
そのために、この追討戦には、率先して志願したのである。
地上基地でのシミュレーションはいやというほどにやってきた。そのおかげで、グリーン・オアシスでの一度の慣熟飛行で、ガンダムMkUを操縦することに慣れきっている自分を発見した。
となれば、天測による航法も完璧にできる証明となる。
異なることがあるとすれば、重力があるかないかでしかなかった。
エマ・シーンは生理的に、Gに対して抵抗力を持った生体であるという自負もあったし、無重力に対しても同じような適応能力があることを知ったのである。
なぜだかは知らない。
戦争によって、地球上とスペースノイドの全人口の三分の一が死に、老年者と中年層が極度にいない社会構造となった。
生き残った若者は、次の時代をつくる気概にもえ、生き残った中高年者は、過去の実績を残すことに狂奔した。
それが、時代の背景である。
新しい時代が、過去の歴史に範例のない形で産み出されなければならない時代であったのだ。
エマ・シーンは、その時代の先端を見たいと思ったのである。
だからこそ、ティターンズから指名があった時に率先してティターンズに参加をした。
しかし、地球上での訓練期間中、反地球連邦政府の組織をつぶすため、というような明瞭な目的は知らされなかった。
ジオンの生き残りを掃討する。それだけを聞かされ、信じてきた。
ことに、アステロイド・ベルトまで進出をして、掃討作戦をするためには、ティターンズのような少数精鋭主義で作戦を実行するのだと教えられていたのだった。
それで、エゥーゴという反地球連邦政府の分子が、グリーン・オアシスを急襲した時に、エマ・シーンは、ジオンの残党は、反社会的な組織だと思ったのである。
「しかし、グリーン・オアシスで聞かされたことは違っていた……」
エマは、そのことがいったいなにを意味するのか、知りたかった。
コロニー内に侵入してきたモビル・スーツは、ティターンズという地球連邦軍の急進的な勢力の阻止を目的としているというのである。
「敵ではない、味方なんだ!」
そんなグリーン・オアシスの民間人の声を聞いたのだ。
そのような情報がグリーン・オアシスに伝わっているというのも不思議なことであった。
「ティターンズは、ジオンの掃討部隊なのに……?」
しかし、コロニー内でモビル・スーツ戦を敢行するのは、理由はどうであれ、許せるものではない。
その敵と対峙することは、エマ・シーンにとって、重要なことであった。
(いったい、どのような部隊なのか……ジオンめ……)
エマは、胸のうちでののしっていた。
そして、エマ・シーンにとって、いちばんしたい任務を、バスク・オム大佐から与えられたのである。
バスク・オム大佐には時間を稼ぐ必要があった。
エゥーゴが今回のように素早く行動するとは考えてはいなかったからだ。
第一次のティターンズの編成が終わったところで、ガンダムMkUを中心とした部隊によって、ティターンズの拠点と見られる月に進行する予定であったのだ。
しかし、それが、予測よりも早く先制攻撃をかけてきたのである。
そのためには、通常のマニュアルにのっとった訓練でパイロットたちが、対応できるとは思えなかった。
実戦に投入してティターンズの戦力を高めるしかなかったのである。
そのためには、バスク・オム大佐は、不本意ながら、エマたちティターンズのスタッフに実戦行動をとらせたのである。
そのためには、エマ・シーン中尉は、うってつけの成績のパイロットであった。
(実戦が訓練になるのならば、ティターンズの本領発揮というものだからな……)
エマ・シーンは、バスク大佐から、ガンダムMkUの奪還交渉を委任されたのである。
そして、ジェリド・メサ中尉には、別命があった。
バスク・オム大佐からの指令を受けた作戦参謀のジャマイカン・ダニンガン少佐から一通の命令書をジェリド中尉は受け取っていた。
それはエマ・シーンの交渉がある程度まで進行した時点で開かれるものであった。
「よし……」
エマ・シーンは、2号機を減速させていった。
前方には、ミサイルの光芒が視認された。
敵艦艇を中心とした戦闘宙域である。
エマ・シーンは、それの光の花のなかに、敵の艦艇を捜した。
メガ粒子砲のビームが集中的に発射されているところを拡大してゆく……。
「あれか……?」
そして、2号機の左手をあげて、オレンジ色の発光弾を撃った。
その発光弾は、白旗と同じ意味を持つ。
停戦、もしくは降伏の意である。
これに従わない場合は、極刑を科せられる。
それを四方に撃ち出して、散開しているモビル・スーツに知らせる。
エマ中尉は、その閃光の中を戦場宙域に突入していった。
エマ・シーンは、極度に緊張しながらも、心の底で、戦いがこんなものかと失望していた。
もう少し、巧妙に技をかけあう格闘戦を想像していたからである。
現実は、遠く右と左に上下に光の輪が開くだけなのだ。
多少、安心はしたものの、エマ・シーンは、敵艦を捕捉して、直進していた。
その敵艦から、あきらかに対空砲火のビームが見えるのだが、エマの2号機には向けられていなかった。
後続の三機は、予定どおりにエマの2号機とは距離をとり始めていた。
「艦種は……?」
先刻からそれを考えていたが、ホワイト・ベースという古い艦艇の名前以外は思いつかなかった。
エマ・シーンは、そのことで苛立った。
前方のモニターが閃光に満たされた。
そして、そのビームの光は後方に伸び、拡散していった。
「……発光弾が見えないのかっ!」
エマ・シーンの2号機は、ビーム・ライフルを携行していた。しかし、今の任務は、それは絶対に使ってはいけない、という仕事なのだ。
「…………?」
エマはギョッとした。どの方向から飛んできたのかわからなかった。
その赤いモビル・スーツが迫り、あっという間に、エマの2号機に接触した。
その挙動は、俊敏であった。
「……赤い彗星……?」
エマは、前大戦で勇名を馳せた名前を口にしていた。
そして、今しがたのビームが直撃をしていたら、と思い出してゾッとしていた。
「人質……ですか……?」
エマ・シーンはそのブレックス・フォーラ准将の言葉が理解できなかったので、聞きかえしていた。
「そうだ、間違いなく人質と言っている!」
准将は、額にあおすじをたてて言った。
「…………」
冗談であろう、と思う。
エマには、意味がわからなかった。
「バスクめはっ! 人質を取っているから、ガンダムMkUを返せと言ってきたのだ」
「人質……?」
ヘンケン中佐も信じられないというふうに准将の手元を見た。
「人質と申しますと?」
エマ・シーンは、また言った。
「見るがいい! 手書きの勧告文で、これだ!」
ブレックス・フォーラ准将は、その手紙を突きだして、空を泳がせた。エマ・シーンはその文書をつかんだ。
今度は、エマが本当に絶句する番であった。
カミーユ・ビダンの母親を人質に取っているから、その命を助けたければ、ガンダムMkUを返せというのである。
エマは、黙ってその文書をキャプテンのヘンケン中佐に渡した。
自分の持ってきた文書がよりによってそんな卑劣な内容のものであろうとは、思ってもいなかった。
「これが、軍のやることなのでしょうか……」
「軍ではない。私兵だよ! ティターンズのバスクと黒幕の人物の私設軍隊なのだ。地球連邦軍には、こんな発想を持つものなどは誰もおらん!」
「私兵……」
エマ・シーンは、今まで想像もしなかった言葉をあびせかけられて絶句した。
バスク・オム大佐によれば、目の前にいる人々こそ地球連邦政府を転覆させるためのスペースノイドの扇動《せんどう》分子であるはずであった。
が、この人々の口からは、まったく逆の言葉を聞いたのである。
「我々は、地球連邦軍です。現に軍の予算は、連邦政府の承認を得なければ一銭だって手にいれることはできないのです」
「子供のような言い方はやめたまえ。中尉」
へンケン中佐が、怒鳴りつけた。
「…………」
エマ・シーンはまたも絶句した。わけのわからない怒りが、全身を震わせた。
しかし、反論はできなかった。エマの手には、バスク・オムの手書きの手紙があるのだから……。
「どうします?」
「エマ・シーン中尉のガンダムMkUも捕獲した、と通信しろ」
ブレックス・フォーラ准将は、明瞭に言った。
「レーザー通信を使うと狙撃されます」
「……強行脱出はできるか?」
ブレックス准将は、シートから立ち上がってテーブルを人差し指でたたいた。
エマ中尉は、その二人の男の挙動を見て、やにわに言った。
「もし、おっしゃるとおりならば、あなた方もティターンズと同じことです。交渉の使節として来ている私を監禁するなど、ジオンでさえもやらなかったことでしょう」
「ジオン?」
ブレックス准将は語尾をあげるようにしてそう発音した。
「敵状は!」
ヘンケン中佐が、ブリッジにコールした。
モニターがエマ・シーンの目を逃れるように向けられて、ヘンケン中佐がそれに見入った。
ブレックス准将は、ジオンという言われ方がこたえたようだった。
「……中尉は、バスク大佐を知らんのだよ。彼は、政治家だ。地球連邦軍の中でも特異な経歴を持って出世をして来た男なんだ……。一年戦争さえ経験したことのない男が、スペースノイドの痛みなどわかるものか……」
そのキリッとした言い方にエマ・シーンは、自分の中の何かがかすかに動揺したのを感じた。
「…………」
応答のしようがなければ、黙るしかなかった。
「どうするかね?」
「グリーン・オアシスからは、二隻出ているようです。モビル・スーツの数はつかめませんが……」
「時間を稼がれるのは面白くないな……エマ中尉。しばらく時間をもらう。さきほどの言葉だけは撤回しよう」
「ありがとうございます」
答えながらも、バスクの手紙を准将の手に返した。
ブレックス・フォーラ准将とヘンケン中佐は、エマ・シーンをガン・ルームに残して出ていった。
エマ・シーンは一人になった。
(地球で教えられていたこととはまるで違う……)
エマ・シーンの胸が、フウッと浮き上がり、そして、落ちついていった。
その鼓動が、戦闘宙域にいるときよりも激しくなったようだ。
シャアの赤いリック・ディアスは、アーガマの外で待機していた。
各モビル・スーツもまた、エマ・シーンの2号機がアーガマから出てくるまでの間、宙で固定したままである。
シャアは、リック・ディアスをアーガマのブリッジに流してゆき、その外壁にリック・ディアスの手を接触させた。
ブレックス・フオーラ准将が、接触回線の通話レシーバーを通して、エマ・シーンの持ってきたメッセージをシャアに伝えたのだ。
「人質ですか……?」
「そうだ。ヒルダ・ビダン中尉が人質だという」
「自軍の技術将校がなぜ人質になり得るのです」
「カミーユ、ガンダムMkUを脱出させた少年の母親だからだ」
「ああ……」
そう言われて、初めてシャアは納得した。
が、生理的にわかったというものではない。
ブリッジでは、シャアと通信をするブレックス准将の会話を、周囲の将兵は聞き耳をたてて聞いていた。
もちろん、周囲の将兵には、シャアの声は聞こえないが、ブレックス准将の言葉だけで、大要はわかる。
そのために、ブリッジの将兵たちは、ティターンズのやり方を聞いて、愕然とした。
ヘンケン・ベッケナー中佐は、その将兵たちを目で制止して、ブレックス准将の決断を待つように命じたが、『人質の情報』は、アーガマの全将兵にあっという間に伝わっていった。
アーガマのクルーは、ティターンズの動きを心底おもしろく思っていない連中だから、そのやり方に激怒した。
「狡猾なっ!」
「バスクならやりそうなことだ!」
「ジオンだってやりはしなかったぜ!」
そういう反応である。
それは、ノーマル・スーツを着て居住ブロックに戻ろうとしたカミーユにも聞こえた。
「人質?」
カミーユは、通り抜けようとする通路で、艦内通話の受話器を置いた兵士の言葉を耳にして、思わずその兵士に聞いていた。
「ああ、MkUを持って来てくれたガキの母親を人質にとったんだ……」
エマ・シーンの閉じこめられているガン・ルームの前であった。そこの警戒に立っている三人の兵士のうちの一人だ。
「あ……?」
その兵士は言ってしまってから、パイロット用のノーマル・スーツを着ているカミーユの顔を覗きこんだ。
「……誰だ?」
「今、あなたの言ったガキです。カミーユ・ビダン」
「なんで……」
アーガマの僚艦モンブランは、戦闘体形を取って並進していた。その上甲板には三機のジムUを待機させてある。
アーガマはリック・ディアス三機である。先刻のこぜり合いでも損傷を受けたモビル・スーツはなかった。
そして、エマ・シーンとの交渉の時間を利用して、各機は、弾丸とメガ粒子砲のエネルギー・パックを補給することができた。
敵は、エマの2号機以下四機の編隊を発進させた艦艇が二隻、それとルナツーを発進したとみられるモビル・スーツ隊の四機編隊である。
ルナツーから発進した艦艇は一隻。
その艦艇のモビル・スーツも、ジムUである。地球連邦軍の一般的なモビル・スーツであり、エゥーゴとティターンズの双方が使っている。
アーガマの前方に位置するエマ・シーンの2号機を発進させた艦艇二隻が、接触するまでには、まだ間があった。
が、モビル・スーツの数では敵の方が有利である。
ここを無傷で脱出するのは容易ではない。
以前のシャアならば、モンブランを楯にする作戦を実行した。
ジオン軍であれば、たえず、消耗させてもよいという感覚があった。それがシャアに、ふっきりのよい作戦を実行させて、結果的には多大の戦果をあげることができた。
が、エゥーゴは、違う。
戦力がある組織ではない。
現在までのエゥーゴの勢力は、地球連邦軍の中にどれだけ存在するのかも不明なのである。
今回の作戦の裏の目的があるとすれば、この作戦を実施し、ティターンズに動揺を与えれば、潜在化している反地球連邦政府分子を立ち上がらせることができるであろうという目論みであった。
そして、エゥーゴの戦力の拡大を狙う……。
そのためには、ここで、一艦、一機でも損失させるわけにはゆかないのだ。
それを、この戦力でできるのかどうか? さすがに、シャアは、その確信がつかめずにいた。
どう判断するのか……と迷うわずかな隙に別のことを考えていた。
「人質はいいのですか?」
「MkUのデータには変えられん。グリーン・オアシスの写真も議会に提出すれば、現地球連邦政府を解散にだって追いこめる。人質の命は無視せざるを得まい……」
「論理的ですが、本当に人質をどうかするのでしょうか?」
「するな。奴ならやる……」
「正体不明のカプセル発見!」
その監視兵の声に、ブリッジにいる将兵がいっせいに宇宙の一角を見た。
点滅する緑と赤の航宙標識の光がゆったりと戦闘宙域に入りこみ、視認できた。
「カプセル……?」
シャアは、いやな感触を持った。
「あれか……?」
ガンダムMkU、1号機に乗ったジェリド・メサ中尉は、そのカプセルを視認したところで、ジャマイカン少佐から直接に手渡された命令書を開封した。
そう命令されていたからだ。
『エマ・シーンが交渉後、敵艦から帰らない間に、敵がカプセルを奪取する行為をみせた場合、もしくは、それに準ずる行為をした場合には、カプセルを狙撃せよ』
「カプセルを狙撃しろ……?」
意味がわからなかった。
ジェリド・メサ中尉は、エマ・シーンの2号機が戻って来ない場合の戦闘命令が入っているものだとばかり思っていた。
「カプセルは、爆発でもするのか?」
それは、考えられることである。強力な爆弾、たとえば、核爆弾でもあれば、一瞬にして、この宙域に展開する敵味方のマシーンを殲滅することができるであろう。
(しかし、まさか、自軍のモビル・スーツまでやるわけはないし……)
巨大な信号弾であるというのも考えにくかった。
ジェリド中尉は、望遠レンズをとおして、そのカプセルがなんであるのか探ろうとした。
が、小さすぎてよくわからない。
ジェリドは、自軍の艦から射出されたものに銃を向けるのは、不思議なことだと感じながらも、1号機の機体をカプセルの方に近づけていった。
「……なんだろう……?」
しかし、ジェリド中尉は、それ以上は考えようとはしなかった。
この緊張した時間の中で自分を保《たも》たせるだけで精一杯であった。
なにしろ、ティターンズのメンバーは、実戦が初めてなのだ……。
「モビル・スーツ勢力比をどう見る?」
「敵のMkU二機をアーガマに封じこめておけば、成算はあります。カプセルに本当に人質がいるのならば……」
「カメラはどうしたっ!」
ブレックス准将は、ヘンケン中佐を督促した。
「急がせています」
カプセルを観察するためのカメラが射出されていた。それが、カプセルまで近づくのに間があった。
「クワトロ大尉。人質のことは考えるな。強行脱出する……」
「ですが……」
「君は、バスクのことを知らんのだよ……いいな」
「はい!」
シャアの明瞭な返事が返ってきた。
「カプセルに人が……!」
射出されたカメラのモニターがカプセルを捉えたのだ。
「女です! 女がいます!」
監視兵が金切り声をあげた。
「見せろっ!」
ブリッジの何面かのモニターにそのカメラの捉えた映像が映し出された。
確かに、女性が一人いた。
人がひとり入れるくらいの透明なカプセルに、私服のままの女性が閉じこめられているのだ。
「奴が……!」
ブレックス准将は、その女性の生命のことは考えていなかった。人質作戦を実行したバスクという男の顔を思い浮かべてカッとしていた。
「こちらっ! モビル・スーツ・デッキ! ガキに騙された!」
ブレックス准将が、モビル・スーツ隊の急発進の命令を出そうとした時だった。
「なんだ!」
キャプテンのヘンケン中佐は、そのデッキの報告というよりも、狼狽がそのまま飛びこんできたようなモニターに怒鳴り返していた。
「ちゃんと報告をしないかっ! 何が起こったのだっ!」
「ガンダムMkUが奪取されました」
「奪取!? ティターンズにかっ!」
「違います! ガキです! あのカミーユとか!」
ヘンケンは、左右のモニターを見た。
ブリッジの窓からは、左右のカタパルト甲板が見えた。
その左から、モビル・スーツのテール・ノズルの閃光を輝かせて、大きく機体を揺らせながら一機のガンダムMkUが走り出て、虚空に飛んだ。
「カミーユがMkUで出ました!」
それが、アーガマの前方の空間で左右に大きくジグザグに転舵していった。
「なんで阻止できなかったのかっ!」
「クワトロ大尉、まかせる!」
ブレックス准将は、状況に対応することをいちいち命令してはいられないとわかっていた。実戦経験者の勘である。
「ハッ!」
シャアの赤いモビル・スーツがブリッジの窓からはなれた。
しかし、シャアは、うかつに追いかけようとはしなかった。
敵の真意がわからないからだ。
まして、カミーユのMkUが敵にまわるということも考えられた。
「まさかな……」
一瞬、シャアの中に迷いが生まれた。
「ティターンズめ……!」
カミーユは、ガンダムMkUの3号機の中で、唇を震わせていた。
「あれに、母さんがっ!?」
カプセルの航宙標識灯は、すぐに視野にいれることができた。
カミーユは、一直線にカプセルに向かった。
母親が人質になっているという話を聞いた瞬間に確かめずにはいられなかった。
そして、艦内モニターで見たカプセルの映像は、カミーユの頭に血を昇らせた。
「冗談じゃないんだよ!」
カミーユの3号機は、カプセルに近づいたが、高速すぎた。一瞬にして、パスしてしまった。
「チッ……!」
カミーユはあわてて機を減速させつつ、旋回をかけた。
ジェリドの距離からは、その時になって初めて3号機の航跡が見えた。ガンダムMkU、3号機のテール・ノズルと姿勢制御バーニアが、無節操にきらめいたからだ。
「モビル・スーツか?」
ジェリドは、モニターのカーソルを合わせて拡大する。
「ガンダム!?」
エマ・シーンのものか? ならばカプセルを狙撃する必要がないはずだ。
ジェリドは、さらに映像を拡大した。
そのガンダムは、ゆらゆらと揺れていた。カプセル近くに停止するかに見えた。
ジェリドは、1号機のビーム・ライフルを構えさせつつも、その機体のナンバーを確認しようとした。
しかし、映像が揺れている。ビデオに切りかえて、スチルを一枚撮影した。
それをさらに拡大コピーにかけて、モニターに固定するのだ。
手間がかかった。
「ええいっ……!」
ジェリドは、固定映像のモニターを見て、敵と判断した。
「3号機ならエマ・シーンじゃない……」
これは、エゥーゴの連中が、カプセルを奪還するためにガンダムMkUを使っていると見る方が正しい。
「よくやるよ……」
ジェリドは、カプセルがなんであるのか、かすかに気にはなったが、ガンダムMkUが、カプセルと一体になったように見えたので、あわてて照準を固定しようとした。
カミーユは、3号機のモニターで、カプセルの中にいる母の姿を捉えていた。
「ティターンズは、なんてことをっ!」
カプセルの中の母は、怯えていた。
「母さんっ!」
叫んでみたが、聞こえないようだ。接触回線が使えない……。
透明カプセルとバーニア・ブロックとが浮き構造にでもなっているのだろう。
「いま助けてやる……」
カミーユは、呻くように言うと3号機の手を使ってカプセルの下部をつかもうとした。
ギャアーン!
機体が揺れた。
モニターに曳光弾の航跡が走り、カミーユの目を射た。
「へっ!?」
そのカミーユの網膜に、カプセルが砕かれて、母の姿が小さくなってゆくのが見えてしまった。
「母さん!?」
その母の姿は、カプセルと同じようにゆっくりと四散していった。肉も骨も他の金属やプラスチックなどの破片と同じように……。
「母さーん!」
シャアは、その光景を目撃しながらも、敵のやりように激怒することはなかった。
そんな感傷は戦闘行為のすべてが終わってからすればいいことだからだ。
シャアは後退して、再度アーガマのブリッジに接触した。
「ガンダムMkUでエマ・シーンを出してください」
「エマ・シーンを? ティターンズのか?」
「他にはいません」
シャアは苦笑を浮かべて言った。
自嘲でもなければ、ブレックス准将が無能だと思ったからでもない。
シャアは、エマ・シーンが気に入っていたのだ。
が、その感触も俗な意味でいうのとは少し違っていた。
ニュータイプのように、と言いたいところだが、それとも違う。だから、そんな感覚を他人に説明のしようがないという苛立ちを隠すための笑いだ。
「そうすることで、戦局を変えることができます」
「……よし……」
事態は変わった。
エマ・シーンは、ガンダムMkUの2号機に搭乗するや、急速にカミーユの3号機に接触した。
その時は、ジェリドの1号機が、カミーユの3号機に接触しようとしていた。
しかし、状況のわからないジェリドは、カプセルの破片をつかんだまま動かない3号機に不信を抱き、容易に動けなかった。
「エマ……!」
エマの2号機が3号機に接触するのを見て、ジェリドはようやく安心した。
「なにが起こったんだ!」
「人質よ!」
ジェリドにはわからない話だ。
「カミーユ!」
エマは、接触回線を開いたが、カミーユの応答はなかった。
「…………?」
エマは、耳を澄ませ、レシーバーを最大にあげてもみた。
かすかにカミーユの嗚《お》咽《えつ》に近い息遣いを聞いた。
「…………」
エマは絶句した。その2号機の肩をジェリドの1号機が掴み、接触回線によってエマに説明を求めた。
だが、1号機の腕をエマは乱暴に振り解いた。
そして、ビームライフルを1号機に向けた。
「バ、エマ、どうしたんだ!」
「ティターンズ!!」
エマの感情は、怒りに染まった。卑劣なバスク・オム大佐に、その私兵となっていた自分に、そしてカミーユの母親を殺したジェリドに。
「バカな! エマ、気でも狂ったのか!」
「狂っているのは、ティターンズの方よ!」
「おまえもティターンズだろうが!?」
「違う!!」
怒りに任せ、エマはカートリッジを絞った。
2号機のビーム・ライフルは、1号機の四肢を、そして頭部を順に撃ち抜いていった。
それがティターンズで教えられた手順をそのままなぞっていることに気付かぬまま、エマはジェリドのガンダムMkUを無力化していった。
ビームライフルが胴体中央のコクピットに向けられた瞬間、ジェリドは本能的にコクピット・カプセルを射出した。カプセルは、1号機爆発の衝撃波に激しく揺さぶられながら、母艦のアレキサンドリアの方へと漂っていった。
「よく帰ってくれたな」
その声にカミーユは、えっと正面の士官を見た。クワトロ・バジーナ大尉がカミーユの肩をたたいてくれた。
「エマ中尉のおかげです」
カミーユは、ヘルメットをとりながら言った。
クワトロ大尉は、カミーユの肩をもう一度たたいて、カミーユをなぐさめてくれた。
そして、エマ・シーンをうながして、ガン・ルームに向かった。
そこには、あたたかいコーヒーと軽食が用意されてあった。
「ごくろうだった」
ブレックス准将が待っていてくれたのだ。
「ありがとうございます。戻って来てしまいました」
「いい縁になるとよいと思っている」
准将は機嫌がよかった。
「中尉も、お茶をどうぞ」
「いただきます……」
エマは、臆せずにコーヒー・ポットを手にして一口飲んだ。カミーユも隅《すみ》の席でそれにならった。
「エマ・シーン中尉……」
一息おいて、クワトロ・バジーナ大尉、シャアが口を切った。
「あなたの行動からは、信じがたいが、……あなたは、ティターンズに選ばれたライト・スタッフだ」
用心深い口のききかただった。
シャアは、自分がエマ・シーンに感じたなにか、つまり、人間の持つ波動の同調といったものに対しての納得感はあるのだが、現実にその人を見て全てを信じるということとは別の問題であると理解するのだ。
まだ、エマ中尉の行動が真実何を意味するのかは、わかってはいない。
それをわかりたいという用心深さがシャアの言葉をつっかえさせた。
「おっしゃろうとすることはわかります。でも、自分でもまだわからないのです。アーガマに投降するつもりはなかった。ただ、ティターンズが許せなくて……」
エマ・シーンもまた同じであった。
が、まさにそのあいまいさが二人の間で同調するのである。
それは、わきにいるカミーユにもわかった。
「それに、君のご家族が地球連邦政府に人質にとられているようなものだ。それでも我々の軍に投降をする。……帰還は希望しないのだな?」
ブレックス・フォーラ准将の言葉にエマ・シーンは、
「敵前逃亡です。ティターンズには戻れませんし、連邦軍にも無理でしょう。ですが、父は清廉潔白な軍人です。私が正しいことをやっていると承知さえすれば、了解をしてくれます。なによりも、私たちは、地球で知らされていたティターンズとグリーン・オアシスのそれが、あまりにも違うということに愕然としているのです」
「そうなのか……」
ブレックス准将は嬉しそうに言った。
ティターンズの内部に亀裂を生じさせる土壌があることは、エゥーゴにとってはきわめて有利なことである。
「しかし、私が教えられているエゥーゴの運動は、きわめて独善的にスペースノイドの総意を歪曲化した組織であるとも聞いております。反動だと……」
「それが、ティターンズの洗脳の仕方か?」
エマはクスッと笑い、
「洗脳ではありません。そういった報道が行われているのですから……」
「連邦政府は、報道管制までひいて……」
「違いますね。地球に住む人々は、コロニーに住む人々ほど豊かではないのです。大気汚染と放射能汚染に悩まされながらも、地球を再興しようと必死なのです。なのに、スペースノイドは自分たちの主権を言うだけでなんの援助もしてくれない」
「冗談ではない!」
「将軍、ここは、討論の場ではありません」
クワトロ大尉は、やんわりと制した。
「僕は、……エマさんはいい人だと思っています」
カミーユのその突然の言葉にガン・ルームにいた人々は、苦笑した。
「なぜだ?」
クワトロ・バジーナ大尉は、少年の無礼なまでの素直な言いかたに応じた。
「なぜって……」
カミーユが言いよどむすき隙に、
「ともかく、投降したことについては、礼を言う」
と、ブレックス准将は、エマに言うと立ちあがった。
シャアは、微笑した。
そして、ふと思ったのは、カミーユという存在がエマとアーガマをつなげたのではないのか、という想像だった。
「エマ・シーン中尉。どの道しばらくは観察期間ということにさせていただくが、異存はないだろうか?」
ブレックス准将付きの士官がおずおずと言った。
「もちろんです。容認します」
「助かります。貴官にそう言っていただいて……」
「……アーガマ……安全な場所に逃げこめるのでしょうか?」
「そういった発言が、スパイでないかと思われる点だ」
シャアが解説をしてやった。
「ああ……」
エマはようやく微笑して、気をつけます、と言った。
「いい声だ……」
カミーユは口の中で呟いていた。
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[#目次4]
第四章 木星帰りの男
レコア・ロンド少尉が、ジャブローに降りた。
地球、南米の地球連邦軍の拠点。ティターンズの拠点と化しているジャブローの偵察である。
少尉は、大気圏突入用カプセルでひとりで降下していった。
グリーン・オアシスからアーガマは、レコア少尉を地球に降下させつつ、地球の引力を利用して月にジャンプした。
ティターンズの迫撃追撃はなかった。追撃ができなかったというのが正確な表現だ。
アーガマが、サイド4の魔の宙域に突入すれば、進路を捕捉することは不可能だ。
サイド1に行くのか、サイド2に行くのか。もしくは月に行くのか。
これだけのコースがあれば、よほどの艦艇を展開していなければ、追跡はできない。
アーガマは、グリーン・オアシスの宙域から、地球をかすめて月に向かう間に、モビル・スーツの飛行訓練を実施していた。
新型のモビル・スーツ、リック・ディアスは、まだまだテストを重ねなければならなかったし、ティターンズから手にいれたガンダムMkUの性能テストもあった。
それに、アーガマにとっては、優秀なパイロットがひとりでも欲しい時期である。
ガンダムMkUを盗んできたカミーユ・ビダンが、ことによったら第二のアムロ・レイではないかという期待は、アーガマの乗員全員にあった。
そのために、カミーユの能力テストをかねた飛行訓練は、精力的に実施されたのである。
アムロ・レイ。
七年前、ジオン公国がスペースノイドの独立自治権を主張して、地球連邦政府との間に起こした『一年戦争《ザ・イヤー・ウォー》』の時のモビル・スーツ、ガンダムのパイロットである。
当時、ガンダムは、プロトタイプが一機しかなく、それを歳のいかないアムロ・レイが操縦をしてしまい、そのまま実戦に突入をした。
当時の地球連邦政府は、戦力的にも弱小であった。
そのため、ガンダムは、終戦まで実戦行動をし、その戦績は悪いものではなかった。
その評価が、戦後、アムロ・レイをヒーローとして語り伝えることになった。
しかし、戦後、マスコミがあまりにアムロ・レイをニュータイプとして囃《はや》し立てたことが、アムロ・レイにはマイナスに働いた。
ニュータイプという突出した人間、という見え方が、軍という組織には合わなかったのである。
軍は、戦後しばらくしてから、アムロ・レイを冷遇した。
が、アーガマのクルーの間では、パイロットとしてのアムロ・レイの評価は高かった。
アーガマは、グリーン・オアシスを強襲して、グリーン・オアシス2、すなわち、ティターンズのいうところの『グリプス』の中で行われている事実を目撃した。
グリプスの要塞化が何を意味し、グリプスで建造されているものがなんであるか知った時、ティターンズは宇宙でなにを企らんでいるのか想像がついたのである。
「ティターンズは、自治権を主張するスペースノイドの言動を封じて、宇宙を自分たちの勢力下におく計画なのだ。ジャミトフ・ハイマンが考えそうなことだ」
エウーゴの作戦参謀のブレックス・フォーラ准将はうめいた。
アーガマの支援団体は、反地球連邦政府の組織、エゥーゴである。
このままでは、エゥーゴが、ティターンズに対抗するだけの戦力を急速に整えなければ、近い将来、スペース・コロニーに住む数億の人々、スペースノイドは、ティターンズの勢力にのみ込まれてしまうであろう。
「それは、第二のザビ家を産むことになる。独裁政権を宇宙におくことは断じて認めてはならない。宇宙は、人類の自由の象徴なのだから……。そして、なによりも危険なことは、ティターンズは、地球を食い潰しながら、しかもスペースノイドを己の意に従わせる政策をとることが、目に見えている。その洞察力のない力の発動は、人類の存続そのものを危うくする」
それが、ブレックス・フォーラ准将に代表されるエゥーゴの総意であった。
このような状況では、アムロ・レイに近い能力があるものならば、実戦に投入したい衝動に駆られるのが人情である。
カミーユ・ビダンは、彼の意思とは関係なく、パイロットの訓練に駆り立てられていった。
モビル・スーツの操縦ができることと、軍事行動としてのモビル・スーツの操縦は、本質的にレベルが異なるものであるから、やむを得ないことと言えた。
カミーユは、クワトロ・バジーナ大尉こと、シャア・アズナブルの指導を得て、カミーユ自身の意思に反して、モビル・スーツのパイロットとしての優れた適性を発揮していった。
カミーユは、月の裏側の都市、アンマンに入港してからも、重力のある場所での戦闘訓練を続けさせられた。
ティターンズは、地球連邦軍の宇宙軍の集結を急いでいるという情報が、エゥーゴに焦燥感を与えていたのである。
そんな時に、カミーユに関係のある事件が起こった。
その日、カミーユは、ブライト・ノアと共に、幼なじみのファ・ユイリーに再会をしていた。
ブライト・ノアのテンプテーションが、地球に向かわずに、月に脱出してきたのである。
グリーン・オアシスの難民を同乗させて……。
「バスク・オム大佐の粛清が始まったのです。エゥーゴの協力者と見られる人々は、全て、逮捕されました。グリーン・オアシスは、ティターンズの軍事基地として民間人も軍需工場に強制的にほうり込まれました」
ブライト・ノアの報告に、月のエゥーゴは色めき立った。
「作戦は、急ぐべきだ。地球連邦軍の中で何が起こっているか、世界の人々にしらせなければならない」
その号令の中で、カミーユは、ファ・ユイリーと抱き合ったのである。
「よくテンプテーションに乗れた……」
「ガンダムMkUを盗んだカミーユの友達ということで、ティターンズから徹底的にマークされたのよ。両親が逮捕され、強制労働送り。そんな時に、ブライト・キャプテンが、私を救ってくれたの……」
ファは、アンマンでカミーユに会えるとは思っていなかった。
それが、居た。
その安心感から、ファは、本能的にカミーユに甘えた。
その頃、エゥーゴのトップは、ジャブロー侵攻作戦の準備に狂奔していた。
グリーン・オアシスを攻撃しても、所詮は、地球連邦軍とティターンズの手足を痛めつけるだけのことである。
地球連邦政府に脅威を与えて、連邦政府の予算が下りるのを遮断することができれば、ティターンズは自動的に消滅するであろうという計算である。
勿論、疑義《ぎぎ》はあった。
「ティターンズは、人間の闘争心の現れである。その根を絶たない限り、ティターンズを解体することはできない。ジャブロー侵攻作戦は、地球の重力に魂をひかれている人々の目を宇宙に向けさせるためには有効ではあろうが、それでは解決策にはならない。宇宙の戦いは続くだろうし、闘争心を解消させるまでには至らない……」
それがシャアの反論の理由であり、なによりも、
「地球での戦いは、地球を汚染する。それでは、エゥーゴの本旨に反する」
が、その意見は退けられた。
「クワトロ大尉は言ったではないか。宇宙での戦いは続くと……。それを続けさせないためには、まず、地球に住むしかないと考える人々の根を絶つ必要がある」
ブレックス・フォーラ准将である。
「ならば、ティターンズの黒幕といわれているジャミトフ・ハイマンの暗殺を計画した方がいい」
シャアは言ったものだ。
「カラバは、動いてくれているが、そんな手に乗るような男ではない……」
カラバは、地球上でのエゥーゴに協力する組織である。
港口のモビル・スーツ用ハッチが開いて、一機のモビル・スーツが桟橋いっぱいに轟音をとどろかせて侵入してきた。
「金色のモビル・スーツ……!」
さすがにファもカミーユも息をのんだ。
「…………!?」
そのモビル・スーツは、華やかすぎたのである。
シルエット全体が、すんなりとしていて、人間でいえばハンサムなのである。
しかも、その機体を成型する超強化プラスチックが、金そのものの輝きをしているのである。
目を奪われないほうがどうかしていた。
本当の金の輝きは、どちらかと言うと渋く柔らかであるが、それよりは華やかなのだ。
その色が、その機体に似合い、ふんわりとアーガマのカタパルト・デッキに着床した。
「凄い……!」
ファの感嘆の声が、カミーユの耳にファの息と共に触れた。
「…………!!」
カミーユは、その端正な姿に見とれて、ファに応えることさえ忘れていた。
「素敵!」
その別の声にカミーユは、振り向いた。
エマ・シーンだ。
「クワトロ大尉よ。百式を受領するといっていたから……。あれが、百式ねぇ……!?」
エマ・シーンが、ファの向こうで豊かな微笑を浮かべた。
「百式!? クワトロ大尉の黄金のモビル・スーツ……!」
ジャブロー侵攻作戦のための戦力集結が急がれていた。
月の表側にあるフォン・ブラウン市に継ぐ第二の都市が、月の裏側にあるグラナダである。
その周辺には、地球連邦軍の拠点があり、サイド3とは、もっとも近かった。
そのために、かつてジオン公国が、ここを制圧した時代もあった。
一年戦争後は、再び地球連邦軍の拠点と化したものの、かつての繁栄はなかった。
ジオン共和国が、国家として縮小をし、活力がなくなっていたからである。
地球連邦政府は、ジオン公国にとってかわる脅威がなくなったと判断した時から、地球連邦軍の宇宙軍への経済的支援を最小限度のものとした。
軍人の給与さえ、遅配が続くようになっていた。
ただ、グリーン・オアシスを中心とした、ティターンズ関係だけは例外であった。
局所的に、将来の防衛に対処する部隊を残しておくというのが、その名目である。
しかし、ティターンズにだけ集中する軍事予算は、誰がみても、きな臭いものを感じさせた。
アナハイム・エレクトロニクスは、グラナダの近くに本社を置いている歴史的な複合企業である。
ジオン公国でさえ、接収をひかえた企業である。
戦後の月の経済は、このアナハイム・エレクトロニクスが中心になって、コロニーの再建戦後経済の復興に狂奔をし、その結果、ともかくもコロニーの経済が維持されたといわれているほどである。
地球の人々には想像がつかないことなのだが、スペースノイド一般は、収入の減少を極度に恐れていた。
宇宙は、地球ではない。
空気も重力も買わなければならないのである。
その原則的な認識が、スペースノイドの本能になっていた。
この理解が地球人には不足していた。
このことが、エゥーゴを生む温床となった。
軍人たちにしてみれば、遅配する給与の一部を補填してくれる形で支給されるエゥーゴの手当は、魅力的であった。
グラナダ、アンマンは、その意味で、エゥーゴの拠点となっていった。
勿論、表向きは、地球連邦軍であったために、エゥーゴは、艦艇の建造をグラナダで行うことはしていない。
エゥーゴの賛同者たちは、アンマンにその建設基地を新設した。
アンマンは、コロニー建設時代に、コロニーで供給される鉱物資源を掘り出した鉱山街のひとつである。
その地下には、ドックにするような坑道が縦横に残され、核の攻撃に耐えられるような深さにも坑道があった。
エゥーゴの戦力整備の基地としては、うってつけである。
そこに艦艇のドックを新設して、いつか顕在化するであろうティターンズの脅威に対しての準備を始めていたのである。
しかし、現在のアンマンには、昔日《せきじつ》の賑わいはなく、コロニーの残骸を再生するか、コロニーの運営の下請けをする企業のたまり場になっていた。
そのような状況であるから、アンマンの企業家たちのなかには、戦争待望論が根深く残っていて、それがエゥーゴの運動に拍車をかけることにもなったのは、見逃すことができない。
アーガマは、そのアンマンの地下のドックにあった。
その周辺にも、改造艦である数隻の新造戦艦があった。
アーガマのモビルスーツ・デッキは、二層になっている。その階下のデッキには、バリュートの取り付け作業をしているモビル・スーツ、ネモが六機並んでいた。
それだけでデッキは、ビッシリである。
さらに階上のオープン・デッキ部には、リック・ディアスが二機とガンダムMkU、百式があった。
ガンダムMkU以外は、腹部と足に補助のバーニアが取り付けられ、バリュートのカプセルを取り付ける作業が進められていた。
アストナージ、マナック、トラジャらのメカニックマンのクルーだけが忙しいのではない。パイロットたちもバリュートの調整に忙しかった。
ガンダムMkUだけは、それらのモビル・スーツの作業とは全く違う作業をしていた。メカニックマンは、フライング・アーマーと呼ぶ部品を取り付けていた。
「ぶつかるなっ!」
「そっちだろ! ぶつかってきたのはっ!」
メカニックマンの怒声が、たえまなく聞こえた。
「フライング・アーマーの接続チェックだ! 聞こえるかっ! カミーユ」
アストナージが、腕につけた無線で怒鳴る。
「接続チェック……OK!」
MkUのコクピットから覗いたカミーユが、全身を声にして怒鳴った。
「よし! カミーユ」
アストナージは、傍《かたわ》らのモニターでコード接続を確認する。
ビッイイー!
サイド・パイプの独特な音がスピーカーから流れ、「昼めし配給! 各員受けとれっ!」の号令が流れた。
その声にアストナージは、パネルワークの手を止めて、
「カミーユ! めしをとって来い」
「え? もうですか?」
カミーユは、再びコクピットから出てアストナージを見下ろし、プレ・デッキの方を見た。
「急げよ!」
アストナージの声に、カミーユはコクピットの前のハッチを蹴って、プレ・デッキの方に体を流していった。
月の上は、重力があるが、慣れるとかなりの高さから身体を流すことができる。
カミーユは、壁のリフト・グリップをつかみ、モビルスーツ・デッキの横の通路になっているプレ・デッキヘ上がった。
カミーユが食事パックをとろうとした時、通路のつき当たりのエア・ロックが開いて、ヘンケン・ベッケナーとブライト・ノアが入ってきた。
「以前のホワイト・ベースとは、大分、発進の呼吸が違うぞ」
「はい、わかります」
ヘンケンの言葉にブライトは、律儀に応えていた。
「オウ! カミーユ君、クワトロ大尉はっ!」
「ハッ! 百式のところにおります」
ヘンケンは、頷くと傍らの壁のインターカムを取り上げて、
「クワトロ大尉! 新任の艦長を紹介する! 上がってこいっ!」
その声は、モビルスーツ・デッキの誰の声より大きかったかもしれない。モビルスーツ・デッキのクルーが一斉に見上げた。
百式の陰からシャアの体が流れてきた。
カミーユは、そのシャアの姿を見て、百式と同じくらいに端正だと思った。
「新任の艦長でありますか?」
「そうだ本日決定された。ブライト・ノア大佐だ。今日、昇進してもらい、アーガマに着任というわけだ」
「ほう……! これは嬉しい」
サングラスのシャアの口元が、ひどく優しい微笑を浮かべて言った。
「よろしく。クワトロ大尉の件は、ヘンケン艦長から耳にタコができるほど聞かされました」
ブライトは、シャアの手を屈託なく握りかえした。
「こちらこそ。かつてのお手並を拝見できるかと思うと嬉しい」
「いや、自分の感覚が鈍くなっている。それが、怖くて……」
「大丈夫です。ブライト艦長なら……!」
カミーユは言ってしまって、差し出がましいことを言ったと後悔をした。
ブライトは、そのカミーユを振り返り、
「ああ、君がカミーユ・ビダン君か……期待している」
「ありがとうございます」
カミーユは、率直に答えた。
ルナツーの宙域では、巨大な作業が始まっていた。
グリーン・オアシスから移動をしたグリーン・オアシス2のコロニーが、中央の接続部から二つに切り離されて、前後に分離をし、ルナツーの左右に配置されるように移動しつつあったのだ。
そのグリプス・ワンの作戦司令室の巨大なモニターには、コンピューター・グラフィックスが、グリプスの展開すべきポイントを図示していた。
グリプスは、もともとジオンの密閉片コロニーをふたつ繋げて作ったものである。
分離自体は、容易な作業であった。
が、巨大であるだけに、作業は慎重を期し、時間もかかった。
「いい配置だ……これにア・バオア・クーでもくれば、ここに、巨大な軍事国家の様相を現出できる……」
そう言うバスク・オム大佐には、ティターンズの真の総帥とも言うべきジャミトフ・ハイマンの名前などはなかった。
自分のやっていることに陶酔するタイプなのである。
作戦司令室の中央の椅子に腰を下ろすと、ひとり腹を揺すって笑った。
「グリプス・ワン、ツー、展開、順調! 定位置に固定まであと一時間!」
「……大佐、ハリオが回答を要請しておりますがっ?」
「回線は、繋がっているのか?」
「はっ!」
バスクは、椅子の横にある通信装置の受話器をとり、慇懃無礼に言った。
「ちょっと待て!」
バスクは、通信モニターの画面に映っている士官を無視して、背後を向いた。
「どうだ?」
背後のモニターの前にいた作戦司令が振り向き、
「はっ! 私ならば、ジャブローに侵攻をします」
バスクは頷いて、受話器をとった。
「パプティマス・シロッコのジュピトリスと合流できたら、奴を追撃に出させろ」
「しかし……シロッコ大尉は、大佐に会わなければ動けないと……」
「ジュピトリスといえども輸送船だ。その艦長クラスが何を言うかと言え! 実績を見せれば考えんでもないとな!」
「はっ!」
「シロッコがモビル・スーツを持っているのは知っている。奴のモビル・スーツを制式採用するためにも、データを見せてもらう必要がある。好きにやってかまわんと伝えろ!」
「しかし、敵がグリプスに向かうケースも考えられます」
「アヤチ大佐! グリプスにくるならば、我が方の艦隊が阻止する。ハリオは地球軌道上で、敵艦隊を捕捉、殲滅しろ! ジュピトリスのパプティマス・シロッコにやらせるのだぞ」
「はっ!」
バスクの強い口調にモニターに映るアヤチは明らかに押されていた。
バスクは、通信を切るなり立ち上がって、
「アレキサンドリアはどこにいる?」
「はっ! 補給完了後……」
若い作戦士官が、作戦司令用のモニターの艦隊の展開図を映して、ひとつのポイントを示した。
サイド4とグリプスの間である。
バスクはそれを見て、
「艦隊は組めるのか?」
「はっ! トレネ、ブタイは追従できます」
若い作戦司令は、冷静に答えた。
「地球軌道上にだぞ? 大気圏突入もあり得る」
「はい……。問題は、月から発進をしたエゥーゴ麾下の艦艇が何隻か読めていないことです」
「三隻だけでも迫撃をさせろ。ジャブロー侵攻を黙って見すごしたとなれば、私のジャミトフヘの立場がなくなる」
現実を見てようやくバスクは、ジャミトフの名前を思い出していた。
「はい……。通信兵っ!」
作戦司令の声に、脇の通信兵が応じた。
アレキサンドリアのブリッジで、艦長のガディ・キンゼーが、椅子の肘掛けを拳で叩いた。
「我々をなんだと思っているのだ、バスク大佐は! 我々は大佐の手足ではない!」
その左脇のモニターには、サラミス・タイプの新型艦のトレネが近づくのが見えた。
「艦長、気持ちはわからんでもないが、敵の動きが早いのだ」
ジャマイカンのしゃがれた甲高い声もガディには、気にいらないもののひとつなのだ。
「しかし……司令っ」
「近いうちに、いい目にあわせてやるよ」
ジャマイカンは、インターカムを手にしながら言った。
ガディ・キンゼーは、それをいまいましげに見つめるだけだった。
「緊急事態の発生である。我が艦艇は、エゥーゴの新たな動きをキャッチした……」
ジャマイカンが、艦内に作戦の変更を伝える。
「現在ただ今の補給作業が終了次第、我がアレキサンドリアは地球に向かう」
アレキサンドリアのモビルスーツ・デッキでは、カクリコン・カクーラとジェリド・メサ中尉がその放送を聞いていた。
「地球の衛星軌道上で、エゥーゴのモビル・スーツ隊を捕捉、殲滅する作戦を実施する」
「グッハハハッ!」
モビルスーツ・デッキにいあわせたパイロットたちが一斉に笑った。
「よくやるよ!」
「冗談じゃあないぜ!」
「地球軌道上の作戦なんていうの、俺たちにできるの?」
それが、彼らの実感である。
「どう思う?」
ジェリドは、笑いながらカクリコンに聞いた。
「モビル・スーツで地球に帰ることになるとは思わなかったな」
カクリコンは、苦笑をした。
「あ……?」
ジェリドは、カクリコンがジャマイカンの話を肯定的に受け止めているのが、意外だったのだ。
「反対をしたって作戦は実施される。覚悟するしかないだろう?」
「まだ、決まったわけじゃない。地球にたどりつく前にエゥーゴの艦隊を捕捉して、奴らを叩けるかもしれん」
「距離的には無理だな」
カクリコンは、ジェリドの言葉を簡単に否定して、膝の上のパソコンで計算を始めていた。
周囲では、メカニックマンたちが、モビル・スーツのジェガン、ジム・クゥエルに補助のバーニア、バリュートを装備するための動きを始めていた。
「大気圏突入ったって、シミュレーションは十分にやっている。自信はある」
カクリコンは、パソコンの板を振って、ニヤリとした。
「実戦はやっちゃあいない」
「そりゃ、エゥーゴも同じだ」
「同感だな。だが、この作戦が、ガンダムMkUを落とすチャンスかもしれないとなれば、我々にとっても悪い話ではない……」
「ああ……」
ジェリドが、顎だけで頷いた。
「俺にとっちゃあ、地球に帰れるってのが、嬉しいがな……?」
そのカクリコンの言葉に、しかめっ面のジェリドが表情を変えた。
「バリュートの調整を手伝うか?」
そのジェリドを無視して、カクリコンは立った。
「女が待ってんのか?」
ジェリドの探るような言葉に、カクリコンは、
「いいじゃないか」
と、白い歯を見せてモビルスーツ・デッキの方に流れて行った。
「チッ!」
ジェリドは舌を打ってカクリコンを追った。
戦艦ハリオのモビルスーツ・デッキをパプティマスは、アヤチ大佐を従えるようにして入ってきた。
その間を、数人の集団が足早にモビル・スーツの足下に向かって行く。
グリプスの指令が届いた時から、ティターンズ傘下の艦艇は、実戦準備に駆り立てられていたのだ。
「我が艦のモビル・スーツは出すなだと?」
「そう言った。聞こえなかったのか?」
「なぜだ?」
アヤチが、立ち止まって、パプティマス・シロッコの胸元を鷲掴みにした。
「私はメッサーラで出ると約束をした。ならば、ここにあるこんな旧式を使うことはない」
パプティマス・シロッコは、アヤチの手を払って、傍らのジムの足を蹴った。
たしかに、ハリオのモビルスーツ・デッキの左右には、ジム三機とジム・カスタムがあった。
決して、新鋭のモビル・スーツ隊とは言いがたかった。
「手前っ!」
ジムのパイロットが、自分のモビル・スーツを足蹴にされたので、シロッコに殴りかかっても不思議ではない。
が、シロッコは、それを簡単に避けて、パイロットを殴り返していた。
その早業は目で見ることができない。
殴られたパイロットの体が、壁に向かって流れて、同僚に押さえられようとした。
「貴公のモビル・スーツが、木星の近くで使うことを想定したもので、地球近くで使うのとは違うのはわかるが、……他所《よそ》者にしては、口の聞き方が尋常じゃないぞっ!」
そんな光景を見てもアヤチ大佐は、引き退るような男ではなかった。
が、シロッコは、そのアヤチに対して傲岸であった。
「私の戦い方は尋常ではないよ。メッサーラと言う可変モビル・スーツの性能を見せてやる。貴官の上司、バスク大佐にもな!」
そのせせら笑うようなパプティマス・シロッコの目つきに、アヤチ大佐は黙った。
グラナダとアンマンから、二日の間に八隻の戦艦が、順次発進していった。
それらの艦艇は、サイド4に集結をして地球軌道に向かうのである。
サイド4近くは、かつてのコロニー群の残骸が浮遊している宙域である。
航行する艦にとっては、危険な宙域であった。
そのために、エゥーゴの艦艇は、サイド4を集結場所に選んだのである。
が、アーガマは、二度目の突入であった。
その『魔の宙域』に入ってゆく時、アーガマの艦内には、総員見張れの号令がかかる。
その命令がかかると、誰彼となくノーマルスーツを着込んで監視に立つのである。
全員が艦の前方に立って、流れてくるコロニーの残骸を監視して、被害を最少のものにするのだ。
ミノフスキー粒子がなくとも、レーダーで微小のものを発見することは難しい。
カンカン……。
それでも、時には小石が艦体に当たって、その音が艦内に響くことがあった。
その魔の宙域を越すと先発していた補給艦艇が見えてくる。
お互いに発光信号を交わして、接触をするのである。
「食料を運び込め。いらない備品は、全て輸送船団に引き渡せ!」
艦と艦の間には、ワイヤーが張られてランチの行き来が始まった。
この宙域に来る間にも、艦艇は地球侵攻作戦の準備に忙殺されていたのである。
その作業で使っていた備品類を戻し、出来るだけ艦を身軽にするのだ。
勿論、一般将兵には、侵攻ポイントは知らされてはいなかった。
しかし、バリュートの整備を見れば、地球に侵攻するということはわかるし、その侵攻作戦を価値あるものにする拠点といえば、ジャブローしかないということも想像がついた。
そして、エゥーゴの艦艇が、『魔の宙域』に滞空すること、二日。
全ての準備が完了したところで、アーガマを旗艦とした艦隊が地球に向けて発進をした。
それぞれの艦の船首には、へんぽんとエゥーゴの旗がはためき、エゥーゴの艦隊であることを誇示していたが、果たしてこの心意気が地球の人々に伝わるのだろうか?
「艦隊位置、確認! 前方障害物、注意しつつ全速前進をかける!」
ブライト艦長の号令に、メイン操舵手のサエグサが答える。
「了解っ! 全速前進!」
「全センサー、オート・チェック!」
「進路! クリアー!」
シーサ、トーレスの呼称を聞きながら、ブライトは、前方に青く見える地球を見た。
「全速前進! かけろっ!」
ブライトの号令一下、アーガマのテール・ノズルが長い尾を引いた。
それに倣《なら》って、各艦のテール・ノズルも長い尾をひき、残された四隻の補給艦が、武運を、という発光信号を点滅させて見送った。
『魔の宙域』に近い別の宙域では、アレキサンドリアと二隻の艦が、かなり高速で地球に向かっていた。
艦同士の間でも、ランチが行きかい、この艦隊も多忙であることがわかる。
その先頭の艦、アレキサンドリアのカタパルト・デッキの上には、一機のモビル・スーツ、ジェガンが滑り出していた。
ティターンズ・ブルーの鋭利な機体は、胸と背中の部分にカプセルを装備していた。
アレキサンドリアが、急濾受領したモビル・スーツである。
そのジェガンのコクピットにジェリド・メサ中尉がいた。
「バリュートをやるぞ!」
アレキサンドリアのモビルスーツ・デッキには、ジム・クゥエルにまじってもう一機のジェガンがある。
そのコクピットの開かれたハッチからは、カクリコン・カクーラの姿が見えた。
「やってくれっ!」
カクリコンは、モニター上に図示されているコンピューター・グラフィックスとジェリドのジェガンの映像をダブらせた。
「カクリコン! いいな!」
ジェリドのジェガンが、背中の補助バーニアに収り付けられたカプセルの外殻を火薬で放出した。
カプセルの中から巨大な風船状のものがふくらみジェガンの機体をつつむ。
それをバリュートと言う。
そのバリュートの中心からバーニアを噴かし、その気流でバリュートを覆うことによって、大気圏突入時の摩擦熱に対してのバリアーとしてモビル・スーツの機体を保護するのである。
カクリコンは、ジェリドのバリュートをモニター上のコンピューター・グラフィックスの映像に重ねて展開の状態を確認する。
「良好だっ!」
「良しっ!」
バリュートのカプセルが、再び火薬でジェガンの機体から切りはなされる。
「これで、大気圏突入は大丈夫というわけだ」
前方のハッチが開いて、ジェリドが身を乗りだして、地球の方向に振り向いた。
「バリュートのカプセル取りつけ、急げっ!」
ジェリドのジェガンに流れてゆくメカニックマンたちを見ながら、カクリコンはコクピットから立ち上がって呟いた。
「あとは度胸の問題だな……」
前方に見える地球は、静止衛星軌道上の倍の規模に見えるところまで近づいていた。
しかし、大気圏突入などを考える人間の行為がどのようなものか想像もつかない地球は、ポッカリと黒い幕の手前に浮いているだけだった。
「よーし! カミーユ、良好だっ!」
ガンダムMkUの両腕に支えられたフライング・アーマーの翼が左右に開いたのを見て、アストナージが怒鳴った。
ガンダムMkUのコクピットからは、カミーユが流れ出て、フライング・アーマーの前に降り立った。
「本当にこのホバーでガンダムMkUの機体は支えられるのですか?」
「計算上はできるよ」
アストナージは、気楽に答えた。
「計算では?……やらされるのはこっちですよ?」
「その分、お前にだって給料が出るようになったんだろ?」
「ですが……」
「大気圏突入中に、フライング・アーマーの外に手を出すとガンダムMkUの手だってふっとばされるぞ。わかっているな」
「はい……」
「ご苦労さん! もう、作戦まで休んでいな」
「そうします」
カミーユは、プレ・デッキの方に流れていった。
「ま、不安なのもわかるがな……」
アストナージは、カミーユの体がとても小さいものに見えた。
地球が見える宇宙空間は、決して寂しいものではない。
その地球の照り返しを受けて八隻の艦艇が、音もなく進んでいた。
「レコア・ロンド少尉からは、レーザー発光通信もないのだな?」
ブライト・ノアには、それが気がかりだった。
「カラバからは、万一の場合の用意はしてあるという連絡はあったが、具体的にどうするという話はなかった」
ラーデッシュの艦長となったヘンケン・ベッケナー中佐である。
「このままパイロットをジャブローに投入しても、回収工作が万全でないとパイロットを無駄死にさせるばかりだが?」
「地球の世論というものがあるだろう? 無駄死にはしない」
「ちょっと楽観論ですね。地球の人間は、宇宙を思うより、現在の生活を享受することにしか関心がない」
ブライトの反論に、ベッケナーは眉をひそめた。
「そんなに悲観的かね?」
「残念ながら……」
その会話を聞きながら、シャアは、不愉快なことを思い出していた。
こんな会話は、アンマンで飽きるほどしていたからだ。
シャアは、コーヒーのカップを置くと、
「ジャブローは、エゥーゴの拠点として制圧しろというのがエゥーゴのトップの主旨だ。今の話はナンセンスだな」
「ジャブローの制圧には、陸軍が必要だ。エゥーゴには、そんなものはなかった」
ブライトが呻くように言った。
「月とコロニーの住人には、それがわからんのさ。モビル・スーツ隊だけで、制圧が可能だと信じている」
「こんなバカな軍事行動があるのか?」
思わず、ブライトは、吐き捨てるように言った。
「ジャブローのシャトルを当てにし、モビル・スーツ隊でジャブローを占拠できるものと信じて作戦をたてる……」
と、言いきらないうちにシャアは言葉を切った。
もうひとつの心配ごとを思い出したからだ。
(アクシズが動き出したというが、今になって、なぜだ……?)
この出撃直前に、キグナン・ラムザ軍曹からシャアに入った情報である。
アクシズは、ジオン公国のザビ家の残党が居留したアステロイド・ベルトのひとつである。
それが、地球圏に向かって移動を開始して久しいというのである。
核を推進力に使っての移動で、その核パルスが確認できたのである。
艦隊の指揮官たちの心配とは別に、事態は進行していた。
艦隊は、地球が球形に見えないほどに接近をしていたのだ。
さらに、艦隊が地球の低軌道上に入った時、アーガマ以下の艦艇は、縦一文字に展開をして、モビル・スーツ隊の発進隊形に入った。
「軌道固定! 相互の艦隊位置固定っ!」
ブライトの号令が、アーガマのブリッジに響いた。
「各艦、モビル・スーツ発射軸固定っ!」
メイン・モニターにカウント・ダウンの表示が始まっていた。
「発進、用意っ! 全周囲、索敵おこたるなっ!」
「了解っ!」
「モビル・スーツ隊! 順次発進!」
エゥーゴの艦隊から、モビル・スーツの発進が開始された。
「クワトロ大尉! 健闘を祈る!」
アーガマのブリッジのパイロット用のモニターに映るシャアに、ブライトは万感を込めて言った。
「了解! 艦長!」
「ン……頼む、大尉」
アーガマのカタパルト・デッキの上の百式から、シャアは各機に呼び掛けた。
その呼び掛けに応えて、百式のコクピットのモニターがマルチになって、カミーユ、エマ、アポリー、ロベルトの映像が映り、
「ガンダムMkU、発進よろし!」
「リック・ディアス、発進よろし!」
「発進!」
シャアの短い言葉の後、シャアの百式が射出され、反対のカタパルト・デッキからは、エマのリック・ディアスが射出された。
シャアの出た後のカタパルト・デッキには、ガンダムMkUが引き出されて、さらに反対側ではアポリーのリック・ディアスが発進していった。
そのようにして、各艦艇からも整然とモビル・スーツ隊が発進してゆく。
そのモビル・スーツ隊は、ジムUとネモが主体で、それに、シャアの百式、エマ・シーン以下、アポリー、ロベルトのリック・ディアス、カミーユのガンダムMkUと続いた。
発進するモビル・スーツの数は、八十余機。
その光景は、壮観であった。
このモビル・スーツ隊で、ジャブローが制圧できないとは誰も思いつきはしない。
そのモビル・スーツ隊を発進させている艦隊の背後の宙域の星の見えない空間から、流星のように飛び込んでくる一機のモビル・スーツがあった。
その姿は、よく見るとモビル・スーツとは言いがたかった。
モビル・アーマーと言った方が正しい奇妙なマシーンである。
それが、一直線にエゥーゴの艦隊に向かっていた。
そのマシーンの暗いコクピットに座るのは、パプティマス・シロッコである。
長い髪、多少はそげた頬……。
なによりも、やや吊り上がって見える瞳の奥に、怪しい光を宿す若者である。
「ジャブローを攻めるか……わからん話ではないが……そうはさせん!」
ドーンとそのマシーンのテール・ノズルから、長い光の帯が吐きだされて、地球と闇が作る境目に向かって消えていった。
その速さは、尋常なものではなかった。
そのコクピットの照準スケールが、敏感に光の点をキャッチして、その光点に向かって、カーソルを合わせた。
「よし!……私のメッサーラは、そのへんのモビル・スーツとは違う……」
シロッコは、薄い唇を舐めたようだ。
メッサーラは、見えない艦隊へ向かって接近をし、照準にあっと言う間に艦影を捕捉した。
「いいな……」
シロッコは嬉しそうに言うや、トリガーをひいた。
メッサーラの機体の左右に隠されたメガ粒子砲が、火を噴いた。
エゥーゴの艦隊の最後尾につけた艦が瞬時に火球を作った。
と、ほとんど間を置くことなく、その脇をメッサーラの機体がすり抜けた。
その速さは、近くにいたエゥーゴのモビル・スーツのパイロットに、メッサーラの機体を識別させる間を与えなかった。
ことに、前方に抜けたメッサーラのテール・ノズルは、光が見えたにしても、エゥーゴのモビル・スーツのパイロットには、友軍のモビル・スーツぐらいにしか見えない。
直撃を受けた艦のカタパルト・デッキでは、まだモビル・スーツが発進中であった。
それが、艦の爆発に巻き込まれていった。
「シチリアがやられましたっ! 多分、やられたんです!」
アーガマのブリッジで監視をしていたシーサが、光の膨張する姿を見て、反射的に悲鳴をあげていた。
「なんだとっ! どこを見ていたっ!」
ブライト艦長が言う間もなく、トーレスが、
「前方! モビル・スーツ! いや、モビル・アーマーですっ!」
「機種はっ!」
トーレスは、手元のウインドゥでデータを呼び出す。
が、そこには該当しそうなモビル・アーマーはない。現在観測中のマシーンと照合して、小型すぎるという回答が返ってきただけだった。
「機種不明っ!」
シロッコのメッサーラが、大きく迂回をして、再び艦隊の後尾につけたようだ。
ババァァア!
またも艦艇の一隻に火が回った。
「フン!」
シロッコは、せせら笑った。
「後方からだと?」
シャアは、目前に迫る地球の青い光を受けてアーガマの呼び掛けに応えていた。
エマのリック・ディアスがターンをして、モビル・スーツ隊の後方に向かおうとした。
「エマ機っ! 編隊を崩すと、大気圏突入ができなくなるぞっ!」
エマは、シャアの呼び掛けを無視した。
「ティターンズの動きを封じる作戦を、こんなところで挫折させるわけにはゆかない!」
エマは、ジャブロー侵攻のモビル・スーツ隊の先導者の役を負わされていた。
その気負いが、まだ、戦いにもならないうちに隊がメチャメチャにされてしまうという不安が、エマに単独行為をとらせたのである。
もうひとつ、理由があった。
もとテイターンズという負い目である。
「エマ機が動いただと!? やめさせろっ! カミーユ機に行かせろっ! クワトロ大尉!」
「了解!」
ブライトの声が、ミノフスキー粒子のノイズの中にかすかに聞こえた。
「……機動力はフライング・アーマーを使うガンダムMkUの方がある! エマ機は、ジャブローで活躍してもらうために、余力を残しておく必要がある!」
ノイズの中に聞こえるブライトの指揮を、カミーユはまちがいない判断だと思った。
「了解!」
カミーユの乗ったガンダムMkUは、フライング・アーマーを抱くようにしていた。そのテール・ノズルが爆発的に輝いて、カミーユ機は百八十度の反転をした。
カミーユの目の前の地球が、パッと黒の宇宙に変わった。
「エマ中尉! 前部でモビル・スーツ隊の指揮をとれっ!」
叫びはしたもののシーサは、ブライトを仰ぎ見た。
「ン……! 各艦艇のモビル・スーツの射出は中止させるなっ!」
メッサーラは減速をして、編隊を組もうとするモビル・スーツ隊に接近し、確実にビーム・ライフルを射ちこんで、数機のモビル・スーツを光の球の中に閉じ込めていった。
その閃光を背に受けたメッサーラの前に、エマのリック・ディアスが急速に接近をした。
「エマさん! 危険だ! あれは、ただのモビル・スーツじゃないっ! 危険だっ!」
カミーユの声が、エマのヘルメットにも伝わるのだが、形の見えた敵のマシーンを前にしてはエマには聞こえる言葉ではなかった。
リック・ディアスの機体をあおるや、エマはビーム・ライフルを発射していた。
「…………!?」
シロッコは、それを避けた。
シロッコの機体は、明らかに余裕を持っているように見えた。
カミーユには、それがわかった。
「中尉っ! 危険だって言ってるでしょ!」
エマ機が、メッサーラを掠め、その攻撃を受けなかったのは、シロッコがカミーユのガンダムMkUを見たからだ。
「なんだ!?」
シロッコは、不快感を感じて、かすかにうめいた。
「うっ……!」
カミーユもまた頭を横にふり、照準にメッサーラのテール・ノズルの光を捕らえて、エマ機の前に出た。
「カミーユ!」
メッサーラに接触するガンダムMkUは、ビーム・ライフルを速射した。
が、エマ機の前に出たいというカミーユの意識が、ガンダムMkUの動きを遅くしたらしい。
その分、メッサーラにかわされてしまう。
急速にターンをするが、フライング・アーマーの上のガンダムMkUは、その動きがカミーユが期待するほどに軽くはなかった。
「鈍いっ! この装甲のせいだっ!」
「エマ中尉っ! カミーユに従えっ!」
シャアもシロッコの意思のプレッシャーを感じていた。
シャアの百式が、エマ機の後方につけようとするが、エマ機は飛び出してメッサーラに近寄ってしまう。
それを、シロッコは見逃さなかった。
「ンッ!」
バン!
一瞬、メッサーラは、ビーム・サーベルを持つモビル・スーツ・タイプに変形をして、エマ機の腕、マニュピレーターを斬ったのである。
「ああっ!」
「だからっ!」
エマは、悲鳴をあげている間に、カミーユのその声を聞いていた。
その瞬間、カミーユは、止まって見えたメッサーラに仕掛けた。
ガンダムMkUのメガ粒子砲のビームは、メッサーラの腕にあたる部分に弾けて、スパークと粒子の光が爆発した。
と、メッサーラは、なんの迷いもみせずにその機体を弾けさせて、またもアーマー・スタイルに変わってゆきながら、その宙域から脱出した。
「…………!?」
カミーユは、その宙域から瞬時に消えていった速さに唖然とした。
「カミーユっ! 戻れっ! 高度がないぞっ!」
シャアの声だ。
「りょ、了解……!」
カミーユは、左後方の百式に応じた。
「ガンダムMkUという奴か?」
シロッコは、ノーマルスーツを着ていない自分に気づきながらも、うめいていた。
「ああいう敵がいるのか……かつて言われていたニュータイプという話は、ウソではないようだ……」
シロッコは、後方にさがっていく地球の映像を見てから、ようやく白い歯を見せた。
「……重力の井戸に引き込まれるのはご免だな。木星だけでたくさんだ……あとは後続に任せる……なにより……あの敵は、また宇宙に戻ってくる……それからでも遅くはない……」
シロッコは、被弾した箇所の損傷が軽微であるのを確認しつつ、エンジンを全開させた。
メッサーラの機体は、宇宙の黒の空間に溶け込んでいった。
[#改頁]
[#目次5]
第五章 ジャブロー
メッサーラが戦闘宙域から離脱しても事態は好転していなかった。
シャアは、エマの損傷をしたリック・ディアスに接触した。
「エマ中尉っ! カミーユにかまうなっ!」
「は、はいっ! でもっ!」
シャアは、百式で片腕からまだスパークを出すエマのリック・ディアスを艦隊の方に押しやった。
エマは、狼狽した。
「自分はまだ降りられます! クワトロ大尉っ!」
「駄目だっ! 機体が損傷をしている。エマ中尉はアーガマに帰投しろっ!」
シャアは、怒鳴った。
が、その苛立ちは、エマの勝手な言い草にではなく、今、姿を消した敵に不快感をおぼえたからである。
(あれは、アムロでもララァでもない! 違うタイプの危険を感じる……)
それが、シャアの感触であった。
「うっ!?」
シャアの百式に押し戻された形のエマのリック・ディアスは、エゥーゴの艦隊の前方に出た。
その時、エゥーゴの艦隊は、前方からメガ粒子砲のビームの斉射を受けた。
「なにっ!?」
シャアもまた前方の地球の青い色と宇宙の黒い光景に目をやった。
そのやや上に当たる一点から、ビームが降りそそいでいた。
「別の敵か?」
シャアは、この斉射が、ひどく不連続的で曖昧なものに感じられて、今、接触をした敵とは違うとわかった。
「まずいな……」
シャアは、右前方にカミーユのガンダムMkUが、フライング・アーマーにかじりつくようにして自分の前に出るのを見た。
「カミーユの反応は早いな……良好だ!」
シャアは、後方を確認する。
艦から発進をしたモビル・スーツ隊が、編隊を組み始めていたのだが、今の攻撃でまだ乱れたままだった。
それを整然とした編隊に組まなければならない時に、敵の第二波の攻撃が来たのである。
アーガマのブリッジでも、悲鳴が上がっていた。
「前方に敵編隊キャッチーッ!」
「いいかげん、目を開いて戦えっ!」
ブライトの叱責に被さって、シーサの怒声がブリッジに響いた。
「大気圏突入まで、あと四分!」
「敵はかまうなっ! モビル・スーツ隊の編隊を集中させろっ!」
トーレスが、艦内の各部に繋がるマイクに怒鳴った。
「主砲! 見えてんのっ! 前に敵だっ! 弾幕張れっ!」
「モビル・スーツ隊は、艦隊の水平面より下へっ!」
アーガマの前方の宙域には、各艦艇のメガ粒子砲のビームが伸びていった。
シャアの百式が、後方のモビル・スーツ隊に振り向いて、下にさがるように百式の手を振らせた。
その上をエゥーゴの艦艇の艦砲射撃の射線が波のように走っていった。
その射線の向かう宙域には、ジェリドとカクリコンのジェガンと七機のジム・クゥエルが迫っていた。
アレキサンドリアの艦隊から発進をしたモビル・スーツ隊である。
「前から接触できるとは、神様に感謝をしなければなっ!」
ジェリドは、嬉しそうにコクピットで喚声をあげていた。
盲撃ちの艦砲射撃などでは当たるわけがない、とわかって来た余裕でもある。
が、もう一機のジェガンのカクリコン・カクーラは違っていた。
「ガンダムMkUは出ているか……?」
ジェリドより冷静なパイロットであった。
ジェリドと違って、カミーユと妙な関係がないだけ、より正確に戦況を把握できるのだ。
今の宙域で問題なのは、ガンダムMkUだけであるという判断を持っていた。
百式の存在は知らない。
カクリコンは、自分の前に出すぎるジェリドのジェガンの機体を正面のモニターで見て、本能的な不安を抱いた。
「ジェリドッ! あせるな。場所が場所だ! 重力に引かれるぞ!」
「だからこそチャンスだって言ったんだろ!!」
ジェリドの声が、ノイズ越しにカクリコンの耳を叩いた。
「落とすっ!」
ジェリドのジェガンのビーム・ライフルが速射された。
「うっ!」
「ええいっ!」
カミーユのガンダムが、その火線に気づいて、シャアの百式の前に出ようとした。
アーガマが大きく揺れた。
「大気圏突入まで、あと一分です」
シーサの声に応えるようにして、トーレスが、
「エマ機が片腕損傷しています!」
「何だと!? 大気圏突入を中止させろ! エマ中尉は後退だっ!」
「エマ中尉、ただちにアーガマに帰投しろ! 大気圏突入は無理だ!」
「私は、ジャブローに降ります! この程度の損傷では、作戦に支障はありません!」
「艦長命令だ! エマ中尉! 後退しろっ!」
「見えたっ!」
ジェリドのコクピットの照準が、ガンダムMkUを拡大していった。
ジェリドは、ジェガンのビーム・ライフルをその一点に集中した。
「来たっ!」
カミーユ機は、百式と共に、エマ機を押しやったが、そのエマ機に至近弾が爆発した。
弾かれるエマのリック・ディアス!
エマは、揺れるコクピットの中で、これでは、強がりは言えないと思った。
シャアの百式が出て、前方から来るモビル・スーツ隊を迎撃するために火線を張った。
「大気圏突入だ! エマっ! いいかげんにしろ!……来たっ!?」
シャア機の前方で左右に別れる二機のジェガンが見えた。
「大気圏突入、時間です!」
アーガマのブリッジのトーレスである。
「エマ機を収容する! アーガマ! 降下っ!」
ブライトの号令にサエグサが、操舵輪を押し込む。
ガクッという震動で、ブリッジにいてもアーガマが降下するのがわかった。
「大気圏突入開始っ!」
「各員の健闘を祈るっ!」
ブライトは、マイクをとって、シャアに叫んだつもりだった。
アーガマの前方、やや下では、エゥーゴのモビル・スーツ隊が、バリュートを展開しはじめていた。
バッ、バッと開くバリュートは、モビル・スーツの機体を包んで青空に浮くパラシュートそのままのように美しく見えた。
さらにその前方の宙域では、カクリコンとジェリドにはさまれて、ビームを射ち合っているガンダムMkUがあった。
「……新型だっ! あいつは……!」
カミーユは、敵のモビル・スーツの編隊からひとり離れる奇妙なモビル・スーツに嫌なものを感じていた。
カクリコンのジェガンである。
「強い……!」
エマのリック・ディアスをアーガマに押しやったシャアは、「エマ中尉!……アーガマを守ってくれっ!」と叫んでいた。
「クワトロ大尉!」
エマが、モニターの中の百式を見た時、それはカミーユの戦闘の方向に機体を向けていった。
その金色の機体が、地球を背景にして美しい黄金の矢に見えた。
「高度を下げろ!」
激震が始まっているアーガマのブリッジでブライトが怒鳴った。
「これ以上下げるのは危険です!」
操舵手のサエグサだ。
「大丈夫だ! 下げろ!」
アーガマが、流れてくるエマのリック・ディアスを確認していた。
エマは、激震するアーガマにリック・ディアスの腕を伸ばしていった。
が、甲板を掴んだ瞬間に、エマのリック・ディアスは甲板に激突していた。
「うわっ……! 空気抵抗かっ……!?」
エマがうめく間に、
「エマ機、収容しました!」
「高度上げろ。脱出するぞっ!」
「後方、対空砲火! 弾幕開けっ!」
アーガマのブリッジのモニターのひとつに意気消沈したエマが映し出された。
「地球に降りられましたのにっ!」
そのボソッとした声をブライトは聞き逃さなかった。
「うぬぼれるなっ! 地球でのモビル・スーツ戦はティターンズで教えられたほど甘くはないっ!」
「…………」
モニターの中のエマがうつむいたようだった。
「チッ! オートマチックかっ!」
シャアは、百式が勝手にバリュートを展開したので罵《ののし》ったのだ。
カクリコンやジェリド、カミーユ機以外のモビル・スーツのほとんどが、バリュートを展開して下降に入っていた。
バリュートが発する光は、美しい尾をひいていた。
その中で、ガンダムMkUのフライング・アーマーが、進路を急角度にかえながら、索敵をしていた。バリュートを使わずに大気圏突入をするモビル・スーツが、ガンダムMkUなのである。
「この時のためのフライング・アーマーかっ……!」
カミーユは、照準を動かし、映像を拡大してジェガンのバリュートを捜した。
が、光を発して降下するバリュートの中を識別できるわけがなかった。
「後続はどうなっている!」
「ついてきてます!」
シートに頭を押しつけられたままブライトが怒鳴った。
「敵はっ!」
「わかりません!」
降下宙域では、まだバリュートを展開しないカクリコンのジェガンが、機体を摩擦熱で染めながらもガンダムに接近をするコースをとっていた。
「見えたっ!」
カクリコンは、ジェガンのビーム・ライフルの照準を固定しようとしたが、振動が激しくて固定できない。
「あたれっ!」
カクリコンは、トリガーを引いた。
カクリコンのジェガンのビーム・ライフルが尾をひいた。
が、それは、ガンダムに発見してもらう効果しかなかった。
「……!? バリュートを使っていない!?」
カミーユは、自分の目を疑った。
「そんなにもつのか!?」
当たらないと見るや、カクリコンはジェガンにビーム・サーベルを抜かせて、ガンダムに斬りかかろうとした。
「ウェーブ・ライダーにバリュートじゃ、こっちの方が不利だからなっ! バリュートは使わんっ!」
「無茶なっ!」
カミーユは、反射的にガンダムのビーム・サーベルを抜かせて、カクリコンのビーム・サーベルをうけた。
が、フライング・アーマーに乗っている分だけ不利だ。動けない。
「カクリコン、これ以上は無理だ!」
ジェリドの声だ。
「バリュートを展開したら討てなくなるっ!」
カクリコンは、現実と理論の違いを知っているパイロットである。
「くっ!……ここまでか!」
ジェリドのジェガンが、バリュートを広げた。
「そんなことでは、ガンダムMkUは討てん!」
カクリコン機が、バーニアを噴かしてガンダムに接近をする。
「燃えるぞっ!」
カミーユは、叫んでいた。
下の方のモビル・スーツ隊のバリュートは、灼熱し始め、赤い炎に近い色を発し始めた。
が、カクリコン機はバリュートなしで、さらに接近をしようとした。
ガンダムMkUは、フワッと上昇してそれを避けた。
ウェーブ・ライダーの利点である。
「うっ……!!」
カクリコンは、急速に距離が離れてゆくガンダムのフライング・アーマーを追うことができないでいた。
「あう!?」
今まで以上の振動が、カクリコンを襲った。
カクリコンのジェガンのバリュートのカプセルが突然開いてしまったのだ。
「うっ! オートマチックかっ!」
カクリコンのバリュートの周辺が、瞬時に灼熱し始めた。
その上空をガンダムのフライング・アーマーが再度接近した。
モビル・スーツのカメラは、正確に情況をコクピットにいるパイロットに伝えるだけの機能を持っている。
「これではやられるっ!」
カクリコンは、愕然としたが、急接近するフライング・アーマーを止める手段はなかった。
「落ちろっ!」
カミーユの気合いは、ガンダムの乗るフライング・アーマーを、一気にカクリコンのバリュートに接近させた。
フライング・アーマーの速度は、音速の二十倍を越える。
かすめるだけで、カクリコンのバリュートを破壊していた。
ドゥッ! バババッ!
カクリコンのバリュートが炸裂した。
「うわーっ!!」
バリュートの保護のなくなったジェガンの機体が、大気の摩擦熱で火を噴き始めた。
カクリコンの視界の中には、地球の雲と海の色が迫った。
「こんなことで、やられるっ……!!」
カクリコンの視界の中には、オレンジ色に染まった地球が見え、そして、一つの居間の映像が重なった。
その部屋のソファに腰かけていた女が立ち上がり、カクリコンの方を向こうとした……。
「アメリア……待っていてくれるのに……!」
カクリコンがそう呻いた時だ。
ジェガンの機体は、音を立てて火を噴き、分解していった。
「カクリコン!!」
ジェリドは、モニターの中でカクリコンのジェガンが、赤く染まって炎に包まれてゆくのが見えた。
「カクリコン……! もし、俺が先に降りていたら……。敵《かたき》はとるぞっ! かならずなっ!」
カクリコンの燃える機体が、オゾン層に突入をして、バッと数条のオレンジ色の光を発した。
それが長い尾をひいてゆく……。
紫の深い空を背景に、数十条のオレンジ色の光が長く長く降下するのが見える。
その下には、南アメリカ大陸が雲の間に迫り、その一点に、ジャブローのジャングルの色が浮き上がってきた。
アマゾンの黒く光る河の筋も見える……。
降下するオレンジ色の光の筋が、そのアマゾンの一点に向かって集中し始めた。
その中でもきわだってジグザグのコースをとっているのが、フライング・アーマーに乗ったガンダムMkUの航跡である。
「アマゾンか……!?」
カミーユは、モニターを凝視した。
降下するバリュートの航跡がオレンジから白に変わると、空は深い蒼色から抜け出す。
モビル・スーツ隊は、編隊を組んで降下したのであるが、地上で考えるほどに各機は接近していない。
それは、できないというのが正しい。
音速の何十倍もの速度で降下するものが、編隊を組むことは不可能である。
カミーユは、激震の続くガンダムMkUのコクピットで、味方のバリュートを探してみたが、左に数個のバリュートの光を見ただけである。
それで、敵味方の識別などつくわけがなかった。
機体のコンピューターに記憶されているバリュートのデータは、ティターンズもエゥーゴも同じものである。バリュートに包まれて降下するモビル・スーツの機体の識別は不可能である。
アマゾンの蛇行する形が、雲の下に識別がつく頃から、カミーユは、地上の防御網の攻撃を心配しなければならなかった。
そして、なによりも、ジャブローという一点に降下しなければならない。
コクピットのコンピューターが、地上の地形読み取りを始める。
勿論、雲を排除するぐらいの芸当はできる性能を持っていた。
が、全て、機械のやることである。ミスの確認はパイロットがやるしかない。
そのために、降下する全てのモビル・スーツのパイロットは、この瞬間が一番忙しかった。
そして、敵の迎撃に出会うことができれば、正確に降下した証明になるのだ。
それは、追撃をするジェリドたちティターンズのパイロットも同じであった。
アマゾンの上流は、その河幅が狭くて、ジャングルの間を幾筋にも蛇行している。
さらにその上流には、アンデスの山裾が伸び、それを見渡すことのできるジャングルの下に巨大な鍾乳洞が広がっていた。
それは、地球連邦軍が地下基地として使っているジャブローである。
その地上部には、地球上に残された数少ない原生林を切り拓いて巨大な滑走路が建設されていた。
ガルダ用の滑走路である。
そこは、今、使用中であった。
ティターンズが、ジャブローを支配するようになってから、その戦力を分散するために、ジャブローは引っ越し中であったのだ。
ミノフスキー粒子が展開している空域であっても、至近距離ならば、レーダーで敵の捕捉は不可能ではない。
七十機ほどのエゥーゴのモビル・スーツ隊が、各個にバリュートを放出しはじめ、集結ボイントに向かって滑空態勢に入った頃、ジャブローの地下では、警戒警報が鳴った。
そのジャブローの中枢近くのビルの一室で、警戒警報を聞いた人影が立ち上がった。
「…………?」
その眉は上がり、きつい表情をした女性である。
アーガマから、ひとりカプセルで地球に降下したレコア・ロンド少尉であった。
その頬はこけて、ひどく疲れて見えた。
着ている夏用の半袖と半ズボンは、昔の探検隊の格好で、アンティック趣味の地球では似合ってはいたが、その服もヨレヨレであった。
レコアは、暗い部屋の奥を振り返って、
「空襲?」
と聞いた。
「……あんたの言うエゥーゴの攻撃が開始されたって言うのか?」
そのかすれた声は、カイ・シデンである。
白っぽい上下はうす汚れて、不精髭がうっすらと浮き立っている顔ではあるが、かつて、ホワイト・ベースでアムロ・レイたちと共にジオンと戦ったパイロットのひとり、カイ・シデンであることには間違いがなかった。
「時間的には合うわ……」
獄舎の前の廊下も将兵の動きであわただしくなっていた。
「やはり、エゥーゴの攻撃ね……私が捕らえられなければ、ここを攻撃などさせなかったのに!」
「……やめなさいよ。ジャングルの中で、どうやってエゥーゴに連絡がとれたというの? 君のカプセルが破損していなければなどという愚痴は言いっこなしだと言ったろ?」
「でも……!」
レコアは、侮しかったのだ。
カプセルのレーザー発光信号が使えなかったばかりに、彼女はジャブローの通信機を使おうとカイと共にジャブローに侵入しようとして、捕らえられたのである。
「……むしろ、こいつが、逃げ出すチャンスだと思いたいな……」
「逃げる方法なんかあるわけないでしょ!」
「しかし、ぼやぼやしていると、ここで殺されるぞ!」
カイは、何かないかと狭い室内を見渡すが、固定された一体成型のベッド以外なにもない。
「……なんで?」
「人質にされるか、このビルを知らないエゥーゴの連中なら攻撃する奴もいるだろ?」
「…………!」
レーアは、絶句してドアから離れて、
「……そんな死に方、私、嫌だ……」
レコアは、口の中でうめいた。
ガンダムMkUは、ダイビングをするように降下を始めていた。
「うまいぞっ……」
カミーユは、思わず叫び、左右を見た。
エゥーゴのモビル・スーツ隊も、意外と接近をしてジャブローのポイントに降下しているようだった。
カミーユは、フライング・アーマーに乗ったまま、眼下の雲の切れ間に見えるアマゾンの 一点に向かって突進をした。
が、速度を落とそうとフライング・アーマーを仰角にすると激しい振動をうけた。
いかにも、機体の降下をさまたげる大気と重力の葛藤が感じられた。
「くっ……! こ、これが地球の重力か!」
前面モニターには、高度と姿勢制御のデータ、バーニヤ噴射時のタイミングを指示する秒数などが刻々とカウントされていた。
その周辺のジャングルの中に隠されたミサイル発射台が、ようやく、迎撃ミサイルを発射し始めた。
が、ミノフスキー粒子のお蔭で正確な誘導はできない。
ミサイル群は空しく空に直進をして長い尾をひくだけだった。
ジャングルの陰のカタパルトからも迎撃戦闘機セイバーフィッシュが発進し始め、降下するエゥーゴのモビル・スーツ隊に向かった。
「来たかっ!」
シャアの百式が、バリュートのカプセルを放出し、上昇にかかるセイバーフィッシュを狙撃した。
そのバルカン砲の狙いは、正確だった。
アマゾンの上空に閃光の華が咲いた。
エゥーゴのモビル・スーツ隊のさらに上空からは、ティターンズのジム・クゥエルを主力にした追跡隊が現れ、バリュートを切り離し、降下態勢に入った。
ジェリドのジェガンとジム・クゥエル隊は、腹部と足につけたバーニアで降下スピードを落としながらも、その滑空角度を変えて急降下をかける。
「ガンダムMkUは、どこだっ!」
ジェリドは、モニターの策敵カーソルを必要以上に移動させた。
そして、カーソルの指示に合わせるように、ジェガンの機体を横に流していった。
その時は、ガンダムMkUのフライング・アーマーは、ジャングルの木々の上スレスレを滑空して、前方の木の間から飛び出すように接近する戦闘機コッドを見つけていた。
「こいつっ!」
カミーユは、ガンダムMkUのバルカンを斉射した。そして、ガンダムの乗ったフライング・アーマーが、落ちるように海面を打った。
その周辺の河面が爆発的に水柱になり、ガンダムとフライング・アーマーがその水柱に包まれた。
フライング・アーマーにはホバー機能がついていて、それに乗って河面を走るのだ。
スクリーン前方に迎撃するセイバーフィッシュが見えた。
自分の狙撃で起こる水柱を利用して機体を隠して迫る感じである。
「巧妙すぎるっ!」
カミーユが、ガンダムの機体をフライング・アーマーの上に立たせるのと、フライング・アーマーが、水柱に乗ってしまうのとが同時であった。
一瞬、ガンダムの機体が、サーフボードに乗るサーファーのように見える。
「くっ……!」
よろけるガンダムの機体を保たせつつビーム・ライフルを使う。
セイバーフィッシュが爆発をして、その爆発の破片と煤煙がガンダムMkUを包んだ。
ジャングルの中を移動する地球連邦軍のジムを、伏せていたエゥーゴのジムUが狙撃をする。
ジャングルの上に爆発の土柱があがった。
緒戦《しょせん》の戦いなどは、こんなものであった。
が、パイロットたちは、見えない敵に怯え、そして、偶然に遭遇をした時には、恐怖と錯乱のなかで持っている火器の全てを投入して戦った。
そして、エネルギーか弾丸が先に切れた方が倒されていった。
その時に、ちょっとだけ冷静であったパイロットが生きのびるのだ。
カミーユは、フライング・アーマーを第一滑走路の方位にむけて滑らせ、火を噴いているエゥーゴのジムUを見つけた。
「…………!?」
カミーユが、それを見た時、そのコクピットのハッチが弾けて炎が噴き上がった。
「!!……あの中に……?」
カミーユは、逃げることができなかったパイロットのことを思った。その一瞬の静寂のなかに声が飛び込んできた。
「カミーユ、どこだ!? 生きていたら返事をしろ」
シャアの声が、ノイズの中から聞こえてきた。
「ここです!」
「何してる。ポイント203に集結だぞ」
「すぐに向かいます」
フライング・アーマーの上でビーム・ライフルのエネルギー・パックを交換しつつ、蛇行する川を進み、泥濘地帯に出た。
そこは、土色の爆発の渦が起こり、地は煮えたぎっていた。
ジャングルの奥から狙撃してくる敵に、足を止められているシャアの部隊があったのだ。何機かのネモとジムUが泥の中に倒れ、それを盾にして後退を我慢する金色のシャアの百式と数機のモビル・スーツがあった。
一機のリック・ディアスがジャングルの中に突進をかけた。ロベルト機だ。
「カミーユはっ!」
シャアは、カミーユの接触が遅いのを罵った。
と、その背後を三機のジム・コマンドが、巨大なバズーカを持って滑り込んだ。そこに、ガンダムのフライング・アーマーが滑り込んで来た。
「あれか!?」
カミーユは、ガンダムの腰のうしろに装着してあったバズーカを左手に持つと、河面をなぎ払うように斉射させた。
敵の砲撃が止まった。
ジム・コマンドの二機は爆発するが、倒れ込んだジム・コマンドのハッチからは、パイロットが逃げ出すのが見えた。
「カミーユ? 遅いぞ!」
「すみません。でも……いえ、申し訳ありません」
「よし。前進だ!」
シャアの言葉でガンダムMkUを含めたシャアの部隊は、木々の間をジャンプし、前進をする。
ジャブローの洞窟、第一滑走路に続く格納庫前では、数台のガンタンクが猛烈な火線をしいていたが、滑走路わきのジャングルから潜り込んだアポリーたちのモビル・スーツ隊が、それを突破していった。
「ガルダだっ!」
アポリーは、滑走路奥の巨大な洞窟に格納されてある無傷のガルダを発見していた。
その陰から、ジム・キャノンが、キャノン砲を速射するが、横あいからネモが出て、それを狙撃する。
膝を射たれて、転がるジム・キャノン。
ガルダの脇に飛び込むアポリー隊は、洞窟の奥に後退するガンタンクを見た。
「……ガルダは、手をつけないか……!」
アポリーは安堵した。
地球連邦軍でもエゥーゴでもガルダを傷つけようと思わないのは、貴重な機体であるからだ。
ガルダは、史上最大の機体である。
それを捕獲し自軍の戦力として考えると、うかつに破壊することはできない。
「三機はここに固定! 残りはエリア1ヘ突入する! ガルダの側にいれば死にはしない!」
アポリーは、そう言うと、リック・ディアスをジャブローの洞窟深く、エリア1ヘ向かって侵入させていった。
ジャブロー第五洞窟の出入口は、第一の洞窟よりも遥かに小さい。
黒煙を上げるモビル・スーツの脇をシャアの百式と、ガンダムMkU、ネモが飛び込んでいった。
「洞窟の中……!?」
暗い岩肌が圧迫感を感じさせた。
バウッ!
ビームが洞窟を真っ白にする。
ガンダムが伏せた。
「……敵はどこまでいるんだ……?」
カミーユは、赤外線センサーで洞窟の中を探りながら、シャアの百式に従った。
中は、照明が少なく薄暗い鍾乳洞である。
一機のジム・スナイパーが待ちかまえていた。
その照準の中にリック・ディアスが捕らえられ、ジム・スナイパーのビーム・ライフルが発射した。
バウゥゥゥ!
爆発がすさまじく反響するが、自動調整のモニターは反響音を殺してくれる。
「うっ!」
ロベルトのリック・ディアスのアーマーがほとんど吹きとぶ。
後続のネモが、その火線のあった方向を射ち、ビームが交錯し干渉して、その閃光が洞窟内に溢れた。
崩れる鍾乳石。噴き飛ぶ石筍《せきじゅん》……。飛ぶジム・スナイパーの機体。
「やめろっ! 無駄弾は射つなっ! 奥へっ!」
ロベルトは、外部スピーカーに繋がっているマイクで怒鳴り、リック・ディアスをさらに奥に進ませた。
続くネモは数機だ……。
ジャブロー洞窟内のエリアーには、小都市があった。
その天井近くにある第五洞窟の出入口から、ガンダムMkUとシャアの部隊が、バーニアを噴射しながら舞い降りて来た。
エリアーのビルの陰から、三機のガンキャノンが、ライト・ビームをガンダムMkUに集中させてきた。
「あそこかっ!」
カミーユは、ガンダムMkUをビルの陰に伏せさせた。正面のビルの窓越しに、敵のモビル・スーツを見ることができた。
ガンダムMkUのカメラが覗いたところが広い事務所で、机以外なにもない部屋であったために、ビルの向こうが見えたのだ。
カミーユは、ガンダムのビーム・ライフルでガラスを破ると、ビルの向こうのモビル・スーツを狙撃した。
着地する後続のネモ機の間に立ったシャアの百式は、うめいた。
「この静けさは、おかしい。ジャブローに戦力がない……?」
シャアは、あらためて、ガンダムが応酬しあっている方向を見たが、このエリアの敵の数にしては、あまりにもおそまつな数であると思えた。
その近くの別の小洞窟の闇の中を、ジェリドの部隊が粛々と移動していた。
かすかな光をキャッチするセンサーだけがたよりであった。
「ここをスペースノイドの自由にさせてたまるか。地球は俺たちの故郷なんだ……」
ジェリドの自尊心が言わせることである。
「…………?」
ジェリドたちの視界が開け、エリア3の大空洞が現れた。そして、ヘッドライトの光が、エリア2の方向から押し寄せて来た。
トラックやジープなどで避難してくる地球連邦軍の将校たちの姿であった。
「簡単に後退をして……!」
ジェリドは、ジェガンをその退路によせて、コクピットから身を乗り出した。
「奥はどうなんだっ!」
「エリア1は完全に制圧された!」
「どうしてだ! そんなに簡単にここを明け渡してっ!?」
「抵抗するだけの戦力は、ここには残っちゃいないんだよ!」
彼らは、ジェリドをまともに相手にしようとはしなかった。車が、ジェリド隊のモビル・スーツの足の間をすり抜けようとした。
「なんだとっ!」
「どこの部隊の者だ! ジャブローはもうないんだよ。引っ越したんだよ!」
その将校を乗せたジープは、一気に出口の方に走り出していた。
「…………?」
ジェリドは、その将校の言うことがわからなかった。
進入しようとする鍾乳洞の奥から、地を揺るがす低い爆音がジェガンの足下を揺すった。
「冗談じゃないよ……」
ジェリドは、コクピットに戻るとジェガンを前進させた。
エリア1のビルの谷間にある広場で、シャアの百式とロベルト、アポリーのリック・ディアスが合流していた。
ハッチから出るロベルトは、バイザーをあげた。
「おかしいですね。エリア1のビルのほとんどが空です」
「そうだな……」
シャアもハッチから出て、周囲の空気をうかがった。
確かに、周囲からはこぜり合いの戦闘音が響いてくるのだが、エリア自体は閑散としていた。
「ティターンズはここを引き払ったんじゃないんですか……?」
「はめられたかな?」
ティターンズが、地球連邦政府の勢力を掌握してゆくために、ティターンズ独自の拠点を設営することは十分に考えられた。
「先行したレコア中尉からも音信不通ですしね……」
アポリーもコクピットから出てきた。
「捕虜を尋問してくれ。どこに引っ越したか、吐かせろっ!」
「ハッ!」
シャアは、もう少し全体の状況を把握する必要があると感じた。
エリア2の手前の鍾乳洞では、ガンダムMkUとネモの小隊が、たいして厚くもない防御網を突破していた。
カミーユは、数機の古めかしいモビル・スーツを乗り越えながら呟いた。
「なまじの抵抗をしなければ、死ななかったのに……」
そういう自分の意識が、増長から来ていることは気づいていた。
エリア2は、エリア1より小さい規模の市街地になっていた。
中央に軍のらしいいかめしいビルがあっても、その周囲には、スーパーや飲食店やらの街並みが見えた。
閑散としていることには変わりがない。
カミーユは、その空漠とした鍾乳洞の下の街並みを見て、シャアたちと同じ奇妙さを感じていた。
「…………?」
その時だった。
カミーユは、レコアともうひとりの男が、何かに体当たりしている映像を見たような気がした。
「あ……?」
目の前に幕がかかって、キラッときらめくようにその形が空に浮いて見えたのである。
「レコア……? さん……?」
カミーユが、うめく間に、左後方のハイウエーから金色の機体が飛び降りて来た。
シャアは、呆然と立ち尽くすガンダムMkUを見とがめた。
「どうした! カミーユ君っ!」
「レコアさんがいます」
「なんだとっ?」
シャアは、モニターの右正面のガンダムMkUのハッチが開き、カミーユがハッチの上に乗り出すのが見えた。
「レコアさんがいるんです」
「見たのか?」
「いいえ。ただ、そんな気が……」
「…………?」
と、エリア2に繋がっている幾つかの鍾乳洞の横穴のひとつから、数条のビームが発射された。
百式とガンダムの機体が、土砂の爆発の中に包まれた。
カミーユは、転がるようにコクピットに飛び込み、モニターを見た。
土煙の中を金色の機体が走った。
その前方にジェガンと数機のジム・クゥエルが斜面を駆け降りていた。
そのジェガンのコクピットで、ジェリドは快哉《かいさい》を叫んでいた。
「いた……ガンダムMkUだっ! チッ!」
シャアの百式がジャンプするのを見た時、ジェリドの脇につけていたジム・クゥエルが打ち抜かれていた。
「ガンダムMkUのできそこないがっ! 色だけで脅かそうと思ったってっ!」
が、ジェリドの目に映る百式は早かった。
金色の残像が見える。
ジェガンの腕の動きがついてゆけない……!
「なんてモビル・スーツだっ!」
押しまくられると直感したジェリドは、後退をする。
百式は、またもジム・クゥエルを一機撃破していた。
カミーユは、その百式の後を追うが、今見た幻覚が気になって、背後の軍のビルを見た。
「なんだとっ!?」
アポリーは、息をのんだ。
机を挟んで座る捕虜の将校は、信じてくれと言うように周囲のエゥーゴの将兵たちを見回した。
エリア1の一角のビルで、アポリー以下の将兵がジャブローの士官を尋問していたのだ。
「本当なのか!?」
アポリーが、身を乗り出して怒鳴った。
「あと一時間だ。おとなしく捕虜をやってやるから、早くここを脱出させてくれっ!」
「嘘だっ! 核は前の一年戦争《ザ・イヤー・ウォー》でさえ使っちゃいないんだぞ!」
「南極条約以前は使っていたよ。俺はここの司令が地下にある核の起爆装置にスイッチを入れるのを見たんだ。もう一時間もないっ!」
「よくもそんなデッチあげをっ!」
その将校の背後に立ち下士官が銃を振り上げた。
「よせっ!」
アポリーはその下士官を制して、
「解除はできないのか?」
「無理だ。核爆弾は、地下百五十メートルに埋まっている。もう誰も手が出せない」
「でまかせを……!」
アポリーは、言いながらも、将校の言うことに嘘はないと直感していた。
「結果的に嘘とわかったら銃殺刑にでもしてくれよ!」
エリア2のビル街には、丘の向こうから戦闘音が響いていた。戦闘は、エリア3に移動しているようだった。
エリア3の奥には、ジャブローの第二滑走路へ続く幹線道路しかない。
ティターンズは、旧式のガンタンクやジムを固定して、それで鍾乳石の壁を破壊して、少しでもエゥーゴの足をとめようというのである。
ジェリド機も小さいエリアに後退して、百式を振り切ったのだが、そのために、ガンダムまで見失ってしまった。
と、一機のジム・クゥエルがジェリドに接触会話をしてきた。
「中尉、後退しましょう!」
「うるさい! 逃げたければ、勝手に逃げろ! 俺は、ガンダムMkUをっ!」
「知らないんですか! 時間の余裕がないんですよっ!」
ジェリドは、聞いていない。
「どうしてなんだ……! どうしてあいつと接触ができないんだ?」
そう叫んでいる時は、決してガンダムMkUの出現を想像していない。だから叫ぶのだ。
ジェリドは、その最後の言葉をのみ込んでいた。
ガンダムMkUの白い機体が、闇の中に浮き上がっていた。
「…………!!」
カミーユもまた、潜んでいないであろう場所にジェガンを見て、ギョッとした。
間髪いれず、カミーユはビーム・ライフルを速射させた。
ジェリドが、かわしたように見えたが、鍾乳洞の壁を抉るビームの閃光の手前で、硬質な爆発の光があがった。
ジェリドのジェガンの片腕がもぎとられたのだ。
「ああっ!!」
しかし、ガンダムMkUのビーム・ライフルのパックもエネルギー切れた。
「あっ!」
カミーユは、自分のうかつさを罵り、ガンダムMkUを後退させた。
ジェリドは、そのガンダムMkUの挙動に気づき、片腕のジェガンの機体を前進させた。
「カミーユッ! カタをつける!」
ジェリドは、ジェガンをジャンプさせ、残った腕でビーム・ライフルを速射した。
ガンダムMkUは、頭部に装備したバルカンで反撃しつつ後方へ飛びのいた。が、ガンダムMkUの足が着地した処の地盤が崩れた。
ガンダムMkUの機体が闇の底に転がり落ちていった。
「うわっ!!」
爆撃の土砂の中から突き抜けたジェガンのモニター・カメラが、ギッ!と音をたてて輝いた。
「とどめだっ!」
ジェガンが谷間を覗いた。
崩れた岩の中でもがいているガンダムMkUが見えたが、その間にガンダムMkUはエネルギー・パックを補給していた。
「カクリコンのっ!」
ジェガンが、射つ!
が、ガンダムMkUもバーニアを噴かして飛びあがりながら射った。
闇の宙空でビーム同士が激突して、エネルギーの干渉を起こした。
その爆発的なエネルギーの解放が、両機を岩肌にめりこませ、鍾乳壁を崩しながらガンダムMkUはさらに横穴に転がり落ちていった。
ジェリド機は、腹部に爆発の直撃を受けて石筍《せきじゅん》に激突をして、土砂の中に転がっていった そして、静まってゆく土砂の中でジェガンのハッチが開くと、ジェリドが飛び降りて一方の岩陰に飛び込んでいった。
同時に、背後でジェガンが爆発をした。
岩陰に隠れて、その爆発の余波を避けたジェリドは、ややあって立ち上がると、両の手を振りあげた。
「くそっー!」
ジェリドの拳が、岩を叩いていた。
迷路のような洞窟に倒れたガンダムMkUは起き上がり、その目を光らせた。
「……これは?」
カミーユは、感度をあげたモニターを通して周囲を見渡した。
その壁には、さまざまな脇道が一面にあった。
が、カミーユは、ひとつの方向だけが気になっていた。
「レコアさん……?」
カミーユは、ひとつの横穴が気になって、ガンダムMkUをその方向に接近させていった。
エリア1の市街地に戻ったシャアは、百式のハッチをビルの窓につけると、その窓から中に入った。
「どうなのだっ!?」
「いま、確認をとるために、中央コントロール・ルームに兵を遣《や》ってます」
「確認するまでもないだろう。この男の言ってることは本当だ」
シャアは、顔に冷や汗を流している捕虜の将校を見た。明らかに怯えていた。
「……また、地球は汚染されるのか……」
ドアが開いてエゥーゴの兵が飛び込んできた。
「二基の核は四十分後に爆発します。解除は不可能です!」
「……退却命令を出すにしても……できるのか?」
「ガルダを二機確保してあります」
「第一滑走路か?」
「はい」
「私たちも連れていってくれ」
将校が立ち上がっていた。
「二十分後に全員がガルダに収容されるように手配しろ」
「捕虜もですか?」
「当たり前だ!」
「はいっ!」
下士官が部屋を飛び出すのを見てから、捕虜将校が胸を張り、作り笑いを浮かべてシャアの方を向いた。
「感謝する。私は、君のことを連邦政府に報告して反乱ではなかったと証言をしてやる」
「アマゾンの自然を破壊するのが地球再建を掲げた連邦政府のやることか! 私は、貴官らのためを考えて助けるのではない! 人質は使いようがある。だから助ける! それだけだっ!」
シャアの怒声に将校は黙り、兵に左右を抱えられた。
「捕虜が速やかにガルダに収容できるように指揮をとれっ! いいなっ!」
シャアは、その捕虜の将校に命じた
兵に抱えられた将校は、頭を前に揺すっただけであった。
エリア3から伸びる鍾乳洞の一角では、第二滑走路に向かって避難する地球連邦軍の将兵で一杯であったが、その列も途切れ始めていた。
ヘッドライトを点けたトラックが、数人の兵を追い越していった。
その奥の鍾乳洞の暗闇の一角で、また石筍《せきじゅん》が崩れた。
その上から、ジェリドの体が滑り降りて来た。
「カクリコンさえいてくれれば、こんな無様なことには……」
ジェリドは、退路になっている道路に降りると駆け出していた。
「手を貸してくれっ!」
そんな苦しそうな声に足を止めたくないとジェリドは思った。だから、薄い光の方向だけを見て走っていった。
横転しているエレカを、数人の傷兵が起こそうとしているのが見えた。
ジェリドは、近づく傷兵を押し退けるようにして、エレカを押しやった。そして、エンジンをかける。
「乗れるか?」
ジェリドは、背後の傷兵たちに早く乗れと急かせるとジープを走らせた。
「……重っ苦しいな……」
ジェリドにそういう感覚があった。
エリア2へ戻る闇の中をガンダムMkUは歩いていた。
コクピットから乗りだしたカミーユは、前方に意思を集中するようにしていた。
よくわからないのだが、引っぱられる感覚がするのである。
「……この方向にレコアさんがいるんじゃないのか……」
ガンダムMkUは、オートマチックで足下の足場を探りながら前進をしていた。
ジャブローの第一滑走路に続く洞窟の入り口では、戦線から戻ってきたネモやジムUが、巨人機ガルダに乗り込んでいるところだった。
「カミーユと連絡がとれない?」
リック・ディアスの手の上に乗って下の士官と怒鳴り合うアポリーは苛立っていた。
「ハッ!」
シャアの百式が立ち止まって、
「……! そういえば、カミーユはレコアがいるとか言っていた……」
アポリーは振り向いて、
「じゃあ、彼女を捜しに?」
「アポリー、あとは頼む。時間になったら脱出をしろ!」
「しかしっ!」
「大丈夫だ。間に合わせる」
シャアの百式が、またも洞窟の奥にジャンプしていった。
監獄のあるビルの周囲にも幾つかの破壊されたモビル・スーツが煙を吐いていた。
ドアの窓から廊下を覗くレコアとカイは、身じろぎもしない。
あまりにも静かだったからだ。
「……どう思って……?」
「敵も味方も消えちまったらしいが……?」
「……何が起こるの?」
「何って……? 知らないよ……」
カイは、ドアを離れて、暗く冷たいプラスチックの壁を見つめた。
まだ、遠くにモビル・スーツの歩く音がするようだった。
と、何かがビルにぶつかり、バリバリッと外壁のコンクリートとプラスチックが破壊される轟音が、部屋に響いた。
「なんだ……」
レコアは、カイに近づきたい衝動を堪えて、ドアの格子窓を覗いた。
何も見えない……。誰もいないようだった。
激震がまだ続く。
「……!!……カミーユ!」
「……ここだ! 絶対にここだっ! どこなんだ!? レコアさんっ!」
カミーユは、レコアらしい人が呼んでいるのを感じていた。
ガンダムMkUの上体をかがませて、ビルの壊れた部分を手ですくう。
「……!?……ここかっ?」
カミーユは、外部音声入力のボリュームを最大にして、耳を澄ませた。
「カミーユ……!?」
確かにレコア・ロンドの声が聞こえた。
ガンダムMkUの指が、天井のプラ板をめくった。
「カミーユ!」
「ガンダム!? ……いや、あれは、ガンダムじゃない……」
カイは、本能的にガンダムMkUが、かつてのガンダムでないことに気づいていた。
「カミーユ! ここよ! カミーユ!」
「レコアさんっ!」
カミーユは、破壊したビルの瓦礫を足場にして、ハッチから獄舎のドアの前まで降りていった。
レコアは、カミーユの姿を見るとようやく余裕が生まれて、カイを振り返って言った。
「ガンダムMkUです」
「ああ……」
頷いてから、カイは近づくカミーユの姿にアムロ・レイをダブらせていた。
「あれがMkUのパイロット……!?」
レコアの返事が返る前に、カミーユが言った。
「さがって下さい」
カミーユは、ドアにプラスチック爆弾を仕掛けた。
「よろしいですね?」
レコアには、カミーユの声が、多少しゃがれた声に聞こえた。
小さい音をたててドアの錠前が破壊され、カイは、奇妙にゆっくりとドアの破片が舞い上がるのを見た。
カミーユが、そのドアを外にあけた。
レコアは、そのドアを押すのを手伝って、カミーユに飛びついていた。
「カミーユっ!」
カミーユは、レコアに抱きつかれて狼狽した。その少年らしい表情を見て、カイは、やはりこの若いパイロットは、アムロ・レイの再来ではないかと思った。
「レコアさん……よくご無事で……!」
「ありがとう……カミーユ……」
レコアは、思わずカミーユに抱きついてしまった自分の行動を軽率に感じて、慌てて体を離した。
「ガンダムMkUの手に乗って下さい! 本隊と合流します」
カイは、身軽にガンダムMkUのハッチに向かうパイロット・スーツの背中を見た。
「モビル・スーツ?」
「金色の……?」
MkUの手に乗ろうとしたふたりは、ガンダムMkUの後方に接近するシャアの百式に気づいた。
「クワトロ大尉のです。手に乗って下さいっ!」
カミーユが、コクピットから促した。
着地した百式のハッチが開いて、シャアの赤いノーマル・スーツが覗いた。
「あと十分でジャブローの核が爆発するぞ!!」
そのシャアの言葉にレコアとカイは顔を見合わせた。
「やっぱり、そういうことだったの……!?」
「どうりで鼠のようにいなくなるのが早いはずだ」
カイは、レコアの後に従うようにしてガンダムMkUの手の上に向かったが、金色のモビル・スーツのハッチに立つ赤いノーマルスーツの士官が気になった。
「……あいつ……?……俺を、知っているんじゃないか……?」
百式のコクピットのマルチ・モニターで拡大をしてシャアは、レコアの後について上がる民間人の姿に眉をひそめた。
「……何者だ?」
ガンダムMkUの片手にカイとレコアが体をはりつけるように乗った。
百式は、ガンダムMkUの前に立つと、
「急ぐぞっ! カミーユっ!」
「はいっ!」
「間に合うか……?」
シャアは、百式のバーニアを噴かしてジャンプした。
ジャブローの第二滑走路に残った最後の脱出用シャトルには、ティターンズの将兵が殺到していた。
その背後に、ジェリドの運転するエレカが到着した。
「何だ!?」
ジェリドは、シャトルのハッチに群がる軍人たちの怒声に唖然とした。
ノアの方舟に群がる動物の光景である。
「定員一杯だって乗せやがらないんだっ!」
「パイロットはひとりでいい! 怪我人を乗せろっ!」
ジェリドは、その軍人たちのあさましい姿を見ているうちに、血が頭にのぼった。
自分も獣にならなければ、生きのびられないとわかった。
「これからは、自分の力で生きのびろ。運がよければ死ぬことはない」
ジェリドは、ジープの後ろに乗る傷兵たちに言った。
「中尉……!」
ジェリドは、傷兵たちの言葉を無視して、シャトルに殺到している将兵たちを押し退け、邪魔する者は殴りつけて、シャトルのハッチに近づいた。
シャトルの機体が震え始めた。
「力のない者は死があるのみっ!……力がないものはっ!」
ジェリドは、呪文を唱えるように叫び、殴られれば殴り返し、押し入り、前の兵の肩に掴まって兵の頭の上をいった。
そのジェリドの足をひっぱる者を蹴っ飛ばし、ジェリドは、遂に、手をシャトルのハッチにかけた。
自分の顔が鬼のようであろうと思う。
シャトルが、ズルッと動き出した。
「駄目かっ!?」
ジェリドの指が伸びた。
と、ジェリドの手首を掴む手があった。
「…………!?」
ジェリドの目がその腕をなぞった。肩……そして、首、顎、その上に厚い唇とせせら笑うような瞳があった。
「…………!!」
ジェリドの手が、ハッチを掴んだ。
同時に、シャトルの加速にジェリドの体が乗り、シャトルはジャブローの外に出た。
残された将兵の怒声と悲鳴がザッと流れていった。
「運の強い方だこと……」
ジェリドを引き寄せた女性、マウアー・ファラオが笑った。
ジェリドも、そう思った。
ジャブローのコントロール・ルームでは、核爆弾の時限装置のカウント・ダウンが続いていた。
六分前……。
第一滑走路を臨むジャングルの中に、三機の生き残りのジム・クゥエルが潜んでいた。
「来たぞ……」
第一滑走路の奥の洞窟から、二機のガルダのうちの一機、スードリが滑走路に出て来た。
ランディング・ギアのホバーが埃を舞いあげて、その巨大な機体を運んでいった。
発進である。
もう一機のアウドムラは、洞窟内でアイドリングを始めたようだ。
「一機目は、ティターンズの捕虜も多いようだ。アウドムラの方を狙うぞ」
「ハッ!」
二機のジム・クゥエルが、ゴソと腰を浮かせた。
その前をスードリが浮上していった。
まだ格納庫に待機するアウドムラでは、後部のハッチが開き、その上では、アポリーとロベルトのリック・ディアスが出迎えの形のままで待機していた。
さらに、左右のシャトル用のハッチでは、ネモ隊が警戒をする。
その足下にも地球連邦軍の捕虜が寄り集まっていた。
「もう時間がありません!」
アポリーのコクピットにアウドムラのブリッジに座ったパイロットから督促が入った。
「もう少し待つんだ!」
奥からヘッドライトを光らせたジープが来る。地球連邦軍の兵たちだ。
リック・ディアスが銃をかまえるが、ジープはそんなものにも無頓着に突っ込んでくる。
「乗せてくれっ! 車じゃ間に合わないっ!」
「乗れっ!」
アポリーは、舌打ちをして言った。
ジープが、傾斜の激しいハッチを駆け登ってきた。
モビル・スーツの足元で、その兵たちに銃を向けるエゥーゴの士官たちの姿が見えた。
「大尉っ……!」
アウドムラのブリッジからの呼びかけである。誰に向けてのものか分からなかった。
「ああっ!」
「どうしたの?」
通信機からの叫び声に、ロベルトはリック・ディアスでアウドムラの前方を覗いた。
「敵です!」
アウドムラが、こらえきれずに発進を始めた。
「…………!」
アポリーは、もう制止はしなかった。リック・ディアスのモニターで前方を拡大する。
滑走路に、三機のジム・クゥエルが見えた。
「迎撃っ! 遅いぞっ!」
アポリーは、ビーム・ライフルを数発射ちながら、もう一度洞窟の闇を見た。
「……!? クワトロ大尉!」
奥からビームが走り、滑走路前方に着弾した。
アポリーのいる場所より背後のシャアの百式の方が、滑走路上のジム・クゥエルが見えるらしかった。
一機のジム・クゥエルが、その攻撃で撃破された。
残った二機のジム・クゥエルがたじろいだ。
洞窟の奥から、シャアの百式が大きくジャンプをして、アウドムラを追い越していった。
「飛べっ! ガンダムっ! 敵は私が抑える!」
シャアは、ガンダムMkUの手の上のカイとレコアの身を考えて叫んでいた。
「大尉っ!」
カミーユは、浮上しかかったアウドムラの背後のハッチに向かって、ガンダムの機体を押し込んでいった。
レコアとカイを乗せたガンダムMkUの手が、アウドムラの後部のハッチの上にとりついているアポリーのリック・ディアスのいる所に差し出された。
「もっと前だっ!」
アポリーだ。
「わかっている!」
カミーユは、ガンダムMkUのバーニアを噴かし、ガンダムの手をハッチにつっ込ませる。
アウドムラが、浮いた。
レコアが、乗り出して、リック・ディアスの手に飛び込もうとするが、風圧が強く、カイに腰をささえてもらい立ち上がった。
右の方で百式が、ジム・クゥエルの動きを牽制しつつ走っていた。
「くっ!」
レコアの体が、一メートルほど飛んでリック・ディアスの手に乗った。
「カイさん!」
カミーユは、叫んだ。
その瞬間に、カミーユは、カイ・シデンがもとホワイト・ベースのクルーであったことを思い出していた。
「わかっている!」
左に弾着があり、爆風がアウドムラをあおった。
ガンダムMkUの機体も浮き上がった。
その瞬間に、カイの体が飛び、ハッチの上に待機する兵の腕の中に体が転がり込んだ。
「言うだけのことはある」
カミーユは、もうカイの方を見てはいなかった。
シャアの百式の支援をしたいと思った。
ジャブローの地下の時限装置のカウント・ダウン表示は、一分前を示していた。
「こんなの! 生かして帰すなっ!」
バロは、ジム・クゥエルのコクピットで叫んでいたが、百式の動きに押されていた。
「やめろ!! あと一分で核が爆発するんだ!」
「誰だ、貴様は!?」
ガルダのブリッジで、エゥーゴの士官がマイクに怒鳴っていた。
「自分は連邦軍のジドレ少佐だ! 早くお前たちも逃げろ! ジャブローの核が爆発をするぞっ!」
「いいかげんなことを!」
そういうバロの前のモニターには、百式とガンダムMkUの姿が迫っていた。
「うっ!」
アウドムラの機体が、確実に浮いた。
ガンダムMkUのビーム・ライフルで、バロのジム・クゥエルのシールドが吹き飛んでいた。
「大尉っ! カミーユ! 戻って!」
アポリーは、リック・ディアスの足がハッチに固定されていることを確認しながら、ビーム・ライフルを射ってジム・クゥエルを牽制した。
「カミーユっ!」
カミーユは、シャアの声に振り向いた。
アウドムラが完全に空に浮いているのが見えた。
速い。
百式は、バロのジム・クゥエルに向かって射ち、ジム・クゥエルの前に弾着で土の壁を作る。
「大尉っ! 行きますっ!」
カミーユは、ガンダムのバーニアを全開して、全力でジャンプした。
ガンダムMkUは、あたかも飛ぶようにアウドムラのハッチにとりついた。
シャアは、それを確認すると、
「届くかっ!?」
同じくバーニアを全開して、ジャンプした。
「来るんだっ!」
カミーユは、叫び、ガンダムMkUの手を百式に伸ばした。
百式を待つ……!
左右のリック・ディアスとネモ、ジムUのビーム・ライフルが、百式の後を追ってジャンプするジム・クゥエルに向かってビームの雨を降らせた。
ガンダムMkUの手が、百式の手を掴んだ。
背後でリック・ディアスが、ガンダムMkUの機体を支えてくれていた。
「やったわ!」
「……! ほうっ……!」
強風が吹き込むなかで、カイとレコアは同時に感嘆の声を発した。
アウドムラは、上昇を続けた。
時限装置のカウント・ダウンは、10秒前である。
第一滑走路の中央に着地したバロ機に、後続のジム・クゥエルが駆け寄った。
ジャブローの上空を二機のガルダが、急上昇していくのが見える。
「この地球上で、逃げられるものかっ!……ン?」
バロがそう言った瞬間であった。
地震がきた……。
二機のジム・クゥエルがよろけた。
と、閃光が二機の機体を隠した。
二基の核が爆発したのだ。
アマゾンを核の閃光が包んだ。
その閃光を背に受けて、二機のガルダの機体が激しく揺れた。
ややあって、ジャブローから巨大なキノコ雲がくっきりとその輪郭を現していった。
「アマゾンが……」
「なんということを……」
レコア、カイ、そしてエゥーゴ、地球連邦軍、ティターンズの軍人たちが、振動が収まってゆく機体の中でそのキノコ雲を見つめていた。
それは、凄惨な光と雲の狂宴である。
アウドムラの機体の振動が収まる頃に、カイは、赤いノーマルスーツを着たシャアが、アポリーとロベルトを従えてアウドムラのブリッジに向かう姿を目撃した。
「誰?」
レコアに聞いた。
「クワトロ大尉……今回のモビル・スーツ隊の指揮官……」
「へえー!」
カイは、ひとり唸った。
アウドムラのブリッジに入ったシャアは、思わず嘆息をした。
「作戦は、全く失敗だった……しかも、核まで使わせてしまった……」
「……ティターンズが、いや、地球連邦軍が腐り切っているのです……大尉、これからどういたします?」
ロベルト大尉は、怒りで青い顔をシャアに向けた。
「このガルダを奪ってパイロットだけは宇宙に帰す予定だったが、シャトルはない……。宇宙には帰れんな……」
「アウドムラと言います」
パイロット・シートに座っているエゥーゴの隊員が教えてくれた。
「アウドムラか……前の方は?」
「スードリとかで……敵ですっ!」
二機のガルダの前方に三角翼の飛行機が上昇してきた。
シャアは覗き、
「いや……! 待て……カラバかもしれない……」
その飛行機は、翼を左右に振って自分に敵意がないことを示した。
「カラバだ……間違いない……」
その三角翼の飛行機は、古い爆撃機であることがわかった。
そのコクピットには、ボンバー・ジャンパーを着たハヤト・コバヤシが乗っていることは、まだアウドムラにいるクルーは知らなかった。
背後には、佇立するキノコ雲がくっきりとあった。
当分、消えることのない光と煙と熱の狂乱……それが、アマゾンを焼いていった。
[#改頁]
[#目次6]
第六章 アムロ・レイ
払暁《ふつぎょう》。
ハヤト・コバヤシは、コ・パイロットも乗せず、ひとりでB70バルキリーで二機のガルダを先導していた。
二晩続きで、一睡もしていない。
それに従うのは、巨人機ガルダのアウドムラとスードリである。
バルキリーの前方には、フロリダ半島が朝の靄《もや》の下で眠りを覚しつつあった。
アウドムラのコクピットには、シャア、レコアが他のクルーと共にいた。
「アウドムラ、スードリは、B滑走路を使用されたし!」
ハヤトの声が、ノイズの中にかすかに聞こえた。
この空域は、ケネディ・スペース・ポートのエリアである。原則的には、ミノフスキー粒子の散布はない。
「空港は安全なのかね。ハヤト・コバヤシ君」
「大丈夫です。ケネディは、ほとんどカラバの連中ですから」
「カラバね……エゥーゴの地球の支援部隊の名前としては好きではないな……」
「なぜ?」
レコアは、シャアの理由がわかっていたが、聞いてみた。
「まるで秘密結社の名前だろ?」
案の定の答えにレコアは笑った。ジャブローに囚われて以来、何日ぶりの笑いだろう。
前方でライトがつくと二本の滑走路が浮き上がってみえた。
「よし、行くぞっ……」
ケネディ・スペース・ポートの彼方には、何十機ものシャトル発射台が見え、コロニー移民時代のレール型の発射台が、遊園地のジェット・コースターの台のように見えた。
短い方の滑走路にバルキリーが着陸をし、二機のガルダは、次々と巨大な滑走路に着陸していった。
ハヤトは、バルキリーから降りると、ジープを使ってアウドムラに向かった。
アウドムラは、スードリのモビル・スーツのネモ、ジムUをアウドムラに移動しているところだった。
他にも地球連邦軍の捕虜の始末もあり、エゥーゴのパイロットと、ケネディのカラバの将兵たちは多忙を極めた。
「カイ! カイ・シデンはどこにいるんだっ!」
捕虜の群れの中に、カイの姿はなかった。
「ガンダムMkUのパイロット! カイ・シデンはどこにいるかっ!」
ハヤトは、ガンダムMkUの足下に車を停車させるとカミーユに向かって怒鳴っていた。
「カイさん? ああっ! 知ってます。レコア少尉と空港の税関の方に行きましたっ!」
「ありがとう!」
ハヤトは、言いざま車を走らせていた。
ケネディの通関ブロックでは、レコア・ロンドが、カイ・シデンに付きそっていた。
「ごくろうさま! エゥーゴの一員として!」
税関職員が、愛想のいい挨拶をしたのも、ここが、カラバの要員で固められているからだ。
「ありがとう!」
レコアが、礼を言う間にカイ・シデンは、素早くロビーを駆けていった。
「カイさん!」
「トイレ、トイレ!」
カイの屈託のない言葉に、レコアは苦笑して、ロビーの中央あたりに立った。
「クワトロ大尉の準備の方はどうなのかしら?」
ケネディ・スペース・ポートにハヤトがエゥーゴのパイロットを連れて来たのは、ここのシャトルを利用して、エゥーゴのパイロットを宇宙に戻そうという計画だからだ。
ハヤトは、アーガマとの接触の予定を急がされてカイを捜すのをやめた。
シャアを通信棟に連れていって、アーガマと最後の連絡をさせなければならなかった。
「地球連邦軍に知られずに支援体制を作るために、機材はセコハンばかりを使いましたから、うまくゆかなくて……」
「いやいや、カラバの組織がこれほどとは思いませんでした」
「当然ですよ。地球連邦政府は、ティターンズに騙されて地球を一部の人々の独占物にしようとしているのです。それにジオン共和国が手を貸しているという噂もあります。となれば、抵抗は当然でしょう」
「しかし、ご自身が危険にならなければいいのですが……」
「ガルダを二機も着陸させてしまいましたから、ここももう危険です。使えません」
「ジャブローが引っ越しをしたという情報が手に入らなかったのは?」
「申し訳なく思っています。ティターンズのジャミトフの力を甘くみていました。ジャブローの引っ越しがわかったのは、一昨日でした」
「それでお出迎えに来て下さった?」
「そうです」
ハヤトが、館長をやっている戦争博物館は、昔、スペース・シャトルの組み立てに使っていた建物である。
その前で、ハヤトは降りると、
「……シャトルは二台用意しましたが、モビル・スーツは三台しか運べません」
「了解した」
「それと、シャトルのパイロットが一人、逃げました。モビル・スーツ隊の中にシャトルの経験者はいませんか?」
「大丈夫です。なんとかなる。では……」
「電波研究所へ急いでっ!」
走り去るエレカを見送ってから、ハヤトは、博物館に入った。
その中には昔の戦闘機が吊るされ、下には戦車やモビル・スーツが並んでいた。
一機のモビル・スーツ、ガン・キャノンの足下を歩くハヤトの姿は、ひどく小さく見えた。
「カイの奴、顔も合わせずにどこに消えたんだ?」
ハヤトは、カイが乗っていたのと同じ型のモビル・スーツを見上げながら、執務室に入った。
そこは、博物館の暗く冷たい空気の部屋とは全く異なった活況があった。
いかにも速成で集められたコンピューター・ウインドゥが並び、床にはコードの束が蛇のようにうねっていた。
急場で作りあげたシャトルの司令センターだ。
「ああ、そうだ! 燃料積み出しは三十分以内に終わらせてくれ」
「食糧が少ない? なんでだ! ムリをやるのがカラバだろうが」
そんなカラバのクルーの怒声が満ちていた。
「館長。北米の部隊が、協力を拒否してきました!」
「オーガスタ基地《ベース》か?」
「はい!」
「急がせろ! 今度の便でなんとしてもシャトルを発進させろ!」
「はっ!」
ハヤトが情報収集をしてくる男との話が終わるのを待って、若いインストラクターが、手紙を差し出した。
「今しがた背の高い男が、ハヤトさんに渡してくれって、これを……」
「ありがとう」
ハヤトは、機器が積まれた大机の前に座り、たれさがったコード類をどけて、机の引き出しからペーパー・ナイフを出して、封を切った。
「カイから……?」
急いで書いた手紙であった。ハヤトは、ザッとそれを読んでから、また読み直してみた。
「情報集めを口実に逃げたってわけか? カイめ……」
ハヤトは、その手紙をジャンパーの内ポケットにしまうと、
「クワトロ大尉が、赤い彗星だっていうのか……?」
と、ひとりごちた。
カイは、手紙でそう書いているのだ。
ハヤトが窓から見た方向に電波研究所があった。
その暗い一室では、アーガマと交信が始まっていた。
レーザー発信を使って、次の周回で合流する打ち合わせである。
シャアは、コーラの瓶《びん》を置いて、ふたりの通信員の背中を見つめていた。
「暗号コード、ゼロスリスリ」
「そうだ。間違いない……」
通信員が手首の鍵を取って、ロッカーから033と書かれたデスケットを出し、それをコンピューターに噛ませる。
ディスプレイにコードが浮かび、
「ええっ? 軌道変更可能なれど、われ、敵艦隊と交戦中……? ランデブーはオーケー? 本当か?」
「敵の攻撃が散漫なのさ。知っているか? 今のアーガマの艦長は、ブライト・ノアなのだよ」
「ホワイト・ベースの?」
「そうだ」
「なら、戦闘をしながらでも、ランデブーはやってくれますよ!」
「そういうことだ。射ち上げ時間は四十分後ぐらいか?」
「はいっ……!」
「きました! 最適射ち上げ時間は、四十一分後の1423です!」
「シャトルの発射準備は?」
「待って下さい」
と、通信員は受話器をとるやいきなり怒鳴った。
「シャトルの発射時間決定だ! できるだろ! やれってんだよっ!」
戦争博物館の最上階にあるシャトル管制室には動揺の色が走った。
「射ち上げシャトルは博物館物なんだっ! ムリだっ!」
「燃料注入は間に合うぜ!」
「黙っていろ……え? パイロットの養成には時間と金がかかる!? わかっているよ!」
電波研究所の一室でシャアは、オぺレーターから受話器をとって、
「モビル・スーツ用のシャトルも同時に出す。できるな?」
「どこのバカだっ! 二台同時の発進はムリだ! パイロットだけ優先させろっ!」
「いや、新型のモビル・スーツをティターンズに渡したくない。コントロールはさせるよ……ああ……了解だ」
シャアは、受話器を返して、
「では……」
「よかったですね」
「ああ……」
ボンと、その愛想の良い通信員の肩を叩いて出ていった。
同じ頃、サウスカロライナ州のクラークヒル湖の北寄りの背の低い建物から、全員起床のサイレンが鳴っていた。
ハヤトが言っていたオーガスタ基地《ベース》である。
その建物の湖に面した部分には、大きな開口部があり、そこから湖面にブイが並んでいた。
その開口部の奥にも水が入り込み、さらにその奥では、鉄のシャッターが開くようなきしみ音がしていた。
「フロリダのケネディにガルダが着陸したのは確実だ。ジャブローと関係があるらしい。エゥーゴの連中だとしたら、叩かなければならん。ガルダは、傷をつけるな。あんな高いものは、ぶち壊したら、こっちにお咎めがある。わかったか! 大尉! 返事をしろっ!」
水面を覗くことのできる狭い管制室では、いかつい軍人が、マイクにしがみついていた。
「聞こえてる!」
明瞭な声が、モニターを通して聞こえた。
管制用のコンソール・パネルには幾つものモニターがあり、モビル・スーツに乗っているパイロットを映し出すことができた。
半分水の中に沈んでいる巨大なブースターは、ブンラ・ブルターク少佐にはモビル・アーマーに見えた。
ブースターに乗ったジムUのコクピットには、アムロ・レイ大尉が座っていた。
「発進できるか?」
アムロの音声が管制室に入った。
「ガルダは傷つけるな! わかっているな!」
「そう思うなら一人で行かせるな!」
「ブースターのGに耐えられるのは。お前しかいないんだ!? 期待しているぞニュータイプ」
「了解《ラジャー》……」
すでに、モビル・スーツ発進場の水は泡立ち、ブースターは流れるように前進をしていた。
「コース・クリアだ。発進、よーし!」
「アムロ、行きまーす!!」
その声と同時に、ブースターはジムUの機体を載せ、湖に出ていた。
同時に、水しぶきが機体をさらに包み、轟音が周囲にとどろいた。
ブースターは、水面を押し割ってしばらく進むや、上昇をした。
水面から現れた機体は長く、ボッテリとしたもので、決して魅力的とは言えない。
「これより三十分後に敵と接触予定……」
強大なGに耐えながらコースを固定すると、アムロは基地に報告をして、ケネディに向かった。
アウドムラの巨大なデッキは、本来、シャトルのブースターを置くスペースである。
全体で、十基のブースターを積み込むことができ、テンプテーションを十回宇宙に送り込める能力があった。
その間、シャトルは、地上からガルダ、ガルダから宇宙へと飛行をする。
その方が地上からシャトルを発進するよりはるかに安いからである。
その巨大なデッキには、数十のモビル・スーツが置かれ、パイロットたちは、宇宙用の戦闘コントロールの記憶回路の消去を行っていた。
そのデータの中には、宇宙と月に関してのエゥーゴ基地の拠点の記録があるから消去しておく必要があった。
カミーユもクレーン車に乗ってその作業をしていた。
「こんなことをするより、破壊した方が早いんじゃないですか?」
隣のクレーン車ではロベルトが、次のネモに向かっていた。
「西海岸か北欧でカラバがモビル・スーツ隊を編成するんだとよ!」
と、下にシャアがエレカで走り込んで来た。
「もういいっ! 戦闘コントロールのデータ消去はやめろ!」
「あと三機分はできます!」
「アポリー!」
「はいっ!」
別のクレーン車からアポリーが降り立った。
「アポリー、君のリック・ディアスは宇宙に持って帰れんぞ! 諦めてくれっ!」
「ええっ! じゃあどうするんです。これっ!」
「バンデンバーグのヒッコリーから、打ちあげてもらえそうだ。でなければ、カラバに使ってもらう」
「ロベルトのにして下さいっ!」
「考えてみよう。アポリーはすぐにシャトルに行けっ!」
「まだ時間はあるんでしょ!」
「カラバのシャトルのパイロットに、逃げられたそうだ。経験があったな?」
「しかし、あのタイプは古すぎます」
「それで飛ぶんだ!」
「はいっ!」
アポリーは、しぶしぶとクレーン車を降りて、もう一度、リック・ディアスはなんとかなりませんか、と言った。
ウィーン! 警戒警報が鳴った。
「空襲!?」
海上を跳ねるようにしながら前進するブースターが、ケネディを水平線上に捕らえていた。
迂回して海上から攻撃をする予定である。
アムロは、侵攻してきた方位から正直に攻撃をかけるのは軽率であろうと考えたのである。
「シャトルで脱出するつもりのようだな」
ケネディのジェット・コースター状のレールが識別できるところまで接近をした。
「ブースター、放出!」
アムロは、長い飛行用のブースターを放出した。残されたベース・ジャバーと呼ばれる支援ユニットに運ばれ、アムロのジムUは飛行を続けた。
ブースターが落ちて、海面に白い水しぶきを上げた。
「へえっ! きれいだ!」
アムロは、それを見て声を上げた。
ハヤトは、アウドムラのモビルスーツ・デッキをブリッジに向かって走った。
カミーユは、ガンダムMkUに乗るためにクレーンを動かした。
シャアは、既にシャトルに固定された百式に向かう。
その時すでに、ロベルトのリック・ディアスはアウドムラの後部ハッチに走り出ていた。
ロベルトは、リック・ディアスをシャトルに運ぶためにコクピットに入っていたのだ。
アウドムラのハッチから覗く一角に土柱が上がった。
敵の攻撃が始まったのだ。
ハヤトは、エレベーターを飛び出して、アウドムラのブリッジに飛び込んだ。
「動かすぞっ!」
既に、カラバのクルーの何人かがコクピット・シートについてエンジンを始動していた。
ハヤトは、キャプテン・シートの前のコンソール・パネルのスイッチを端から次々と入れていった。アウドムラの各部のチェック・モニターが作動する。
そのモニターのひとつに、後部のデッキから飛び降りるガンダムMkUが見えた。
シャアは百式のコクピットで怒鳴っていた。
「ジョイントを外せっ! 私も出るっ!」
「駄目だ! 百式はエゥーゴの新鋭機! それだけは、なんとしても宇宙《そら》に戻せとアーガマからの命令だ」
アポリーが、シャトルのコクピットから命令口調で怒鳴った。
「来たっ!」
メイン・コンソール・パネルに座ったクルーから悲鳴が上がった。
アウドムラの鼻先を、ベース・ジャバーが飛び過ぎた。その力で、ハヤトはシートに倒れこんでいた。
そして、ドウンという響きが、アウドムラを襲った。
「シャトルがやられたっ!」
ハヤトは、ギョッとして、正面のパイロット・シートまで駆け出していた。
一台のシャトルが、エンジン・ノズルを綺麗にもぎ取られていた。幸い火は噴いていないが、アレでは宇宙に戻ることはできない。
「もう一台の防御をっ!」
ハヤトは、言ってみたが、アウドムラの中にいては、防戦ができないのに気づいた。
「アウドムラを前に出せっ! モビル・スーツを扱える者は、貨物室にあるモビル・スーツを使って防御網を張るんだっ!」
ハヤトは、キャプテン・デスクに戻ってマイクに怒鳴った。
各部をチェックするモニターの中では、クルーの動きが激しくなっていた。
「カウント・ダウンは、継続するっ! 運を天に任せてシートに座ってくれ!」
コクピットに座っているアポリーの声が、キャビンに響いていた。
レコアは、その通りだと思う。
「でも、こんな時にシート・ベルトをしろなんて、勇気がいる……」
レコアは、窓の外を見た。
ガルダが二機駐機しているパーキング・エリアの方向から、リック・ディアスとガンダムMkUが大きくジャンプするのが見えた。
「お客さん方! 予定通りに発進してみせるから、お客さんたちは俺の命令を聞くんだな! 今は俺がキャプテンだ。文句がある奴がいたら、百ドル払ってやるから、黙ってくれ!」
「文句あるよ! キャシャーだ! 覚えておけっ!」
「俺も文句あるぜ! アポリー!」
そんな声が、キャビンの中にこだました。
「……ご立派……!」
アポリーにこんな芸ができるとは思っていなかった。キャビンの中に、覚悟をきめようという気分が湧いたようだった。
アポリーの処置は正しかった。キャビンは静かになった。
不安は、人間になにをさせるかわからないのだ。
アムロには、カラバのモビル・スーツの動きがこちらの動きを予測して動いているように見えた。
「さすがにジャブローに侵攻した連中だけのことはある……」
ペース・ジャバーをターンさせ、より急速にケネディに二撃目をかけようとした。
「ガンダム!?」
その時、カミーユが乗るガンダムMkUが、バーニアを噴かして、ジャンプをした。
カミーユは、ビーム・ライフルでジムUを狙撃した。
が、ジムUは軽くかわすと、ガンダムMkUに迫り、数条のビームを降らせた。
「なにっ!?」
そのビームの束は厚かった。
そう見えたのは、狙いが確実だからだ。
カミーユは、ガンダムMkUを地上に降下させ、伏せるようにして、ジムUをやりすごして、狙った。
「チッ!」
ガンダムMkUのビームを僅差でかわして、地面に叩きつけられるのではないのかと思われる敏捷さを見せるベース・ジャバーの動きに、カミーユは愕然としつつも、ガンダムMkUをジャンプさせた。
ジムUは、ガンダムMkUを追って、地面を蹴るかと思える高度から急激に上昇をかけてきた。
本当に飛んでいるのだ。
「宇宙でないのにっ!」
ベース・ジャバーはあくまで支援ユニットに過ぎない。機動性など無きに等しいのだ。それを自在に操るパイロットに驚愕しながら、カミーユは、ガンダムMkUを降下させた。
ビームがガンダムMkUのシールドを抉った。
「エエイッ!」
カミーユは、叫んでいる気分とは別に、指は冷静にジムUを狙うアクションをしていた。
一本のビームが、当たったと思えた。
が、ジムUは、方向転換をしてみせた。
「違うっ!?」
アムロは、カミーユの一撃を受けて、この戦いがシミュレーションでないプレッシャーを感じた。
アムロにとって七年ぶりの実戦である。やはり実戦とシミュレーションは違うのか。それともエゥーゴのパイロットが違うのか。
低空を飛ぶベース・ジャバーにネモがビーム・ライフルを打ち込もうと迫った。
ジムUのビーム・サーベルはネモの背後に回りこんで、背中のランドセルを斬った。
「エンジンだけを……!?」
「ああ、あれならば、パイロットは助かる」
カミーユは、ジムUのパイロットの応えが聞こえたような気がした。
「……来るぞっ!」
シャトル内のアポリーは、コントロール・センターからの声を無視してカウント・ダウンを続けた。
「10秒前、きゅう……」
シャトルの前では、ロベルトのリック・ディアスが全火器をジムUに向けていた。クレイ・バズーカが火を噴き、二門のビーム・ピストルから閃光が伸び、頭部のバルカン・ファランクスはフルオートで唸った。
対空砲火の雨の中で、アムロはビーム・ライフルを三連射した。
ロベルトのリックディアスは、頭と両腕をもがれ攻撃力を失った。
ジムUが銃口をシャトルに向けた瞬間、
(アムロ、アムロ・レイか!?)
一年戦争において、ガンダムの銃口が向けられた時と同一の感覚に、シャアは百式のコクピットの中で叫んだ。
(シャア!!)
ジムUの動きが一瞬止まった。その時間は、一秒もなかったろう。
「アポリーッ!!」
全スラスターから爆発のような炎を噴き出し、ロベルトのリック・ディアスは一個の弾丸となってアムロのジムUに突進した。
「さん、に!……」
カウント・ダウンを続けるアポリーの目に涙が浮いた。
「ゴーッ!!」
リック・ディアスを避けるために態勢を崩したアムロのジムUの眼前で、シャトルは轟音をあげて上昇した。
そして、ロベルトの機体は、乗員の退避が終わったもう一台のシャトルに衝突した。燃料の噴き上げる黒煙と炎の中にシャトルは崩れていった。
滑走路では、アウドムラが離陸する瞬間であった。
ガンダムMkUを捕らえることができる位置でもある。
「乗り移れ、カミーユ!」
カミーユは、正面に流れるアウドムラの巨体を見ながら、バーニアを噴かして、ガンダムMkUをジャンプさせた。
カミーユは、アウドムラの背中に当たる部分にガンダムMkUの脚をそっと接触させた。
それでも、甲板のように強化されていない装甲は、一メートルほどへこんだ。
しかし、巨大な機体にとって、それは損傷にもならなかった。
敵のジムUはケネディ空港の滑走路に降下していったが、それも雲に隠されて見えなくなった。
「……スードリは、無傷で残してしまった……」
そうは言うものの、後悔のしようがなかった。
カミーユを回収できただけでもよしとしなければならない。
「ハヤトさん! 援護ありがとうございます」
「君こそよくやってくれた……」
「でも……ロベルト大尉が……」
「……いいパイロットだったが……これが戦争だよ。カミーユ君……」
ハヤトはやさしい笑顔をコンソールのカミーユに見せた。
「堪《たま》りませんね……」
「そうだな……」
二人は、敵のジムUを操っていたパイロットがアムロ・レイであったことを、まだ知らなかった。
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[#目次7]
第七章 強化人間
アウドムラは、雲の中を出て、高度をとった。
山岳地帯に入ったという安心感があった。
十数機のネモとガンダムMkU、リック・ディアスが並び、少し離れてドダイの改造タイプが数機置かれていたが、広大なモビルスーツ・デッキは、それでも隙間の方が多かった。
ケネディで使ったクレーン車が少ないため、整備に時間がかかっていた。
本来ならば、モビル・スーツのパーツの備品があってしかるべきなのだが、ない。
三機のネモを潰して、不足の部品、弾薬の補給、エネルギー・パックの補充をした。
ガンダムMkUの機体も、調べてみるとかなり被弾していた。
「これでは、あとどれだけ戦えるか……」
カミーユは、アーガマのメカニックマンたちの存在がいかに重要で、パイロットの命をささえているかを痛感させられた。
「カミーユ! リック・ディアスのギアの交換をする。手を貸してくれ!」
カラバのメカニックマンは、リック・ディアスのメンテナンスには手を焼いているようだった。
「アーガマに聞いてくれないかっ! 知らないんだ!」
結局、自分の命を預けるガンダムMkUの方が大切なのだ。
他にも、重要なことがあった。
ドダイ改とモビル・スーツのバランス調整というやつだ。
モビル・スーツは、重力のある地球上では飛べない。
そのために、ドダイ改といったマシーンを借りなければ、飛行はできないのである。
その操縦系とのコンビネーションを、調整しておかないとモビル・スーツが乗ることはできなかった。
いつ敵が出てくるかわからないからだ。
「カミーユ、すまない! リック・ディアスの……!」
「警報!」
カミーユは、ギョッとしてガンダムMkUのコクピットから飛び出した。
「所属不明機発見! 総員、警戒体制!」
ハヤト館長の声である。
「左右のハッチ開け!」
「モビル・スーツ隊、警戒っ!」
ブリッジでは、前方に民間機を発見していたのだ。
「軍用機ではない……無防備に接近しすぎる……」
ハヤトは、警戒警報を解除しようかと思った。
「機体番号確認! コジャク航空の輸送機です。軍の仕事を受けている輸送会社です」
一瞬、ブリッジには、安堵の声が満ちた。
ブリッジに飛び込んだカミーユは、その輸送機が、まっしぐらに飛んでいる感覚に気がひかれた。
「元気の良い輸送機……」
「地球を利用して自分たちの企業の利益のことしか考えていないんだよ。あの連中は……」
カミーユは、そんなハヤトを見て、本当に生真面目だなと思う。
「あれは、違う……」
カミーユは、ブリッジの前方、千メートルほどの高度差を持って接近してくる輸送機を見つめた。
アムロは、輸送機を降下させた。
「凄い……」
アムロは、その巨大な機体に絶句した。
山が目の前に迫ってくるのに似た圧迫感があった。
「積み荷を教えてもらいたい」
緊張した声が、レシーバーに飛びこんで来た。
「…………?」
アムロは、妙なことを聞くと思った。
「場合によっては軍で緊急に買いあげたいものがある。教えられたし!」
「ハヤト・コバヤシか?……」
アムロは、用心深くマイクに呼びかけた。
もうアウドムラのブリッジのディテールが識別つくまでに迫っていた。
「……キャプテンの姓名を!」
「アムロ・レイだ……」
その瞬間、二機の飛行機は、すれ違っていた。
アムロは、アウドムラの上をかすめ、あらためてその巨体に絶句した。
アウドムラのブリッジで、ハヤトとカミーユは、顔を見合わせた。
「アムロ・レイ?」
「アムロ……!」
モビルスーツ・デッキには、ハヤトの姿があった。
「ハヤト……なぜ……?」
「いろいろ訳ありだが、深刻でもある……」
「だろうな……」
「ハハハ……事情は、落ちついてから話そう。ブリッジに昇るぞ」
ハヤトは、嬉しそうにアムロの肩を叩いて歩きだした。
「しかし、事情はどうあれ、あのパイロットがいれば、安心じゃないか」
「ん?……ああ、全くだ」
ガンダムMkUを顎で示したアムロに、ハヤトは眉を顰《ひそ》めて答えた。
ブリッジでは、アーガマとの通信回線が開かれていた。
「……シャア……」
コンソールに映るサングラスをした金髪を見て、アムロは、口の中で言った。
憎悪は、湧かなかった。
エゥーゴにも、ましてティターンズにも味方するつもりは無かった。だが、シャアが戦っている、その理由《わけ》を知りたくて、ここまで来てしまった。
「紹介しよう。エゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉だ」
「アムロ・レイです」
アムロが言った。
「一年戦争のエースに、共に戦ってもらえるとは嬉しい」
「共に戦わせて貰えるかどうか……その前に謝っておかないと……」
コンソールから振り向きながら、アムロはつぶやいた。シャアは自分を受け入れてくれたようだ。アウドムラのクルーも同じであれば良いが。
「ケネディ空港をジムで攻撃したのは俺だ。誰も傷つけないつもりだったが、すまない……」
「あんたが、ロベルトさんを!!」
一瞬の沈黙を破ったのは、カミーユだった。ハヤトが気づいたときには、アムロに殴りかかっていた。
が、アムロは、カミーユの拳を掌で受け止めた。
「言い訳にしか聞こえないかもしれないが……あれは予想外の事故だった」
「だったら、なんで今頃ノコノコと! ケネディで味方になっていれば、ロベルトさんだって……」
「あの時は連邦の軍人だったんだ。連邦の空港がよその軍隊に占拠されれば、攻撃しないわけにはいかなかった」
感情にまかせてカミーユは拳を振り続けたが、アムロはことごとくかわしていた。
「やめろ、カミーユ!」
ハヤトが止めようとした時、先にコンソールから制止の声が聞こえた。
「軍人ってのは、人殺しが商売だ。そして死ぬことも給料の内だよ。ロベルトは間違いなく軍人だった」
「そんな。アポリーさんは悔しくないんですか!」
カミーユは知っていた。ロベルトの一番の親友がアポリーであることを。そして、アポリーの一番の親友も。
「悔しいさ。ロベルト一人に戦わせて、見ているしかなかった自分がな。だが、アムロ大尉なら、ロベルトより遥かに戦力として期待できる。アムロ大尉、わたしのリック・ディアスをお預けします。大事に使ってください」
「ありがとう。大事にさせてもらうよ」
アムロは、ホッとした表情を見せながらコンソールに答えた。
その背中で、カミーユは床に拳をぶつけていた。
「こんなのって、こんなのって、有りかよ……」
同じ頃、霧と雲の中を手さぐりをするように地上に降下している巨人機があった。
アウドムラと同じガルダ・タイプのスードリである。
その機体からは強力なストロボが発光されて、それに呼応するように地上で点滅する光点に向かって、スードリは降下しているのだ。
地上には、屋根の上にパラボラアンテナを装備した民家から発光信号が出ていた。
「中継ステーション確認!」
スードリのブリッジで、オペレーターが叫んだ。
その廃屋は、地球連邦軍の通信中継基地である。
サンフランシスコの近くにあるのだが、以前のサンフランシスコは、一年戦争勃発の時のコロニー落としの攻撃で甚大な被害を出し、二十世紀にあった都市のほとんどが消失してい
昔の市街地は、太平洋側に一部分しか残っていなかった。
今、スードリは、その市街地に近い上空を滑空していた。
ブラン・ブルターク少佐は、発光信号を解読しているオペレーターの手元を覗きにいった。
「……解読します。……敵、洋上へ出た場合は……貴艇はハワイ経由で日本に向かわれたし」
「ん? 日本にはムラサメ研究所があったな。補給を受けられるか」
「ムラサメ研究所では、新型ガンダムの試作を行っていると聞きます。それを使えるのでは」
「ガンダムか……」
ブラン・ブルタークは、情報参謀の言葉を聞きながら、そのモビル・スーツのパイロットとして最適な男のことを思い出していた。
ブランには、オーガスタ基地《ベース》司令官としての任務の他に、一つの任務が与えられていた。一年戦争のエースパイロット、ニュータイプと呼ばれるアムロ・レイ大尉の監視である。
個人としての戦闘能力が突出し、マスコミを通じて大衆に人気のあるアムロの存在を、地球連邦政府は恐れた。そのため、僻地のオーガスタ基地で警備隊長という閑職を押し付け、基地司令のブラン・ブルターク少佐に監視までさせていたのだった。
ブランは、自分の任務をよく理解し、文字通りアムロ・レイ大尉を飼い殺しにしていた。止む終えず、ケネディー空港にアムロ大尉を出撃させた時には、自爆装置を秘蔵したジムUまで用意した。
それでもアムロ大尉は姿をくらませてしまったのだ。
戦闘が終了すると、アムロ大尉はブランの命令を無視してジムUを降りた。ケネディーに潜りこませたスパイは起爆装置を押したが、戦闘で受信部が壊れたのか自爆装置は作動しなかった。そしてアムロは、スパイの銃弾をかわして輸送機に乗り、アウドムラの後を追っていったのだった。
(くそっ! アムロの奴が)
一方の任務に失敗したブランは、もう一方の任務も剥奪された。
オーガスタ基地《ベース》司令官を解任され、新たにスードリでアウドムラの追跡・捕捉を命じられたのだった。
いかに巨人機とは言え、輸送機一機の司令官であることにかわりはなかった。ましてや、アムロ・レイ大尉の戦闘能力を熟知しているブランには、この任務が成功する確率が絶望的に低いことがわかっていた。
「新型ガンダムと……パイロットに期待するしかないか……」
アウドムラは、全ての航空標識灯を消して、闇に溶け込んでいた。
そのキャプテン・ルームでは、ハヤトから渡されたカイ・シデンの手紙を読んでいたカミーユが、手紙から目を離して、ハヤト、アムロと見回した。
「この情報を頭から信用するのは危険だと思います」
「カイはそんないいかげんなことを言う男ではない」
「そうではなくて、拠点のひとつということは、他にもあるということです。ジャブローのように撤退しているのかもしれないでしょ?」
「いや、カミーユ、カイの情報を信じて、ニューギニアのティターンズ基地を叩こう」
「アウドムラでか?」
「無茶ですよ」
さすがにカミーユは、反論をしようとしたが、アムロが制した。
「ジャブロー侵攻作戦だって地球のどれだけの人が知っているか……もっとエゥーゴの存在をアピールしないと、我々はゲリラ以上には評価されない。……組織そのものにも弾みをつけなければならない……。引っ越したばかりの拠点は装備も不十分、叩くには絶好のチャンスだ。こっちの態勢を整えてからなんて言っていたら、それこそティターンズの思うつぼだ」
カミーユは、そんなアムロを見つめて、信じて良いのかと思った。
「はい……でも、実行するにしてもドダイ改を手に入れないと……」
「そうだな……」
「信用できるのか、ルオ・ウーミンという男は」
「信義に厚い男と聞いている。エゥーゴ寄りだという話だし」
「よし、ニューホンコンに直通しよう」
日本本土が遠望される洋上にスードリがいた。
「ガンダムMkX、まもなく当機と接触します」
「よし、速度を落とし、左十五度に旋回。ホバリング態勢に入る」
朝焼けを背に、静止しているかに見えるスードリである。
その左下後方から、かなりの速度で接近してくる黒い飛行物体があった。
スードリ後方のハッチが開き、接近する黒い物体を待った。
その黒い物体は、さほど速度を落とさず、スードリに飛び込んだ。
その物体の強引な着艦に、スードリはその巨体を揺らした。
「何事だ!?」
揺れる機体に、ブランはさすがに声を発した。
「ガンダムMkXを格納しました」
「……乱暴だな……」
ブランは、思わす苦笑した。
「ガンダムMkXのパイロット、上げます! ムラサメ研究所のナミカー・コーネルも同伴しております!」
情報参謀が、モニターを通して、ブランに報告をした。
「よし、私も下りる!」
ブランは、ムラサメ研究所が送り込んできたパイロットに興味があった。
ガンダムMkXのコクピットから、ゴンドラがスードリの格納庫に下りてきた。
ブランが覗くと、そのゴンドラの手すりにしがみつく中年の女と、パイロット・スーツを身につけたパイロットが見えた。
「ナ、ナミカー・コーネルです……」
左右から兵に腕を支えられた中年の女性が言った。
「高い処は、苦手です」
パイロット・スーツの方は、ゴンドラから下りて、近づくブラン・ブルタークの方を見守るだけだった。
ブランは、その細い体を見て、嫌な感じがした。
パイロット・スーツが、ヘルメットを取った。ブランの勘が当たり、案の定、女だった。
そのショート・カットのパイロットは、律義な敬礼をして、
「フォウ・ムラサメ少尉、只今到着いたしました」
「若いな……?」
ブランは、ナミカーに目をやり、
「ミズ・ナミカーとお呼びしてよいのかな?」
「ありがとうございます。ニュータイプ研究所の日本支社、ムラサメ研究所から参《まい》りました」
「お目付役というわけですか」
「ご報告は後ほど致します」
「ブラン少佐、お願いがあります」
フォウは、ずかっと前に乗り出した。
「なにか?」
「出撃後は、私の自由にやらせてもらいたいのです」
「どういうことだ」
「他人《ひと》の指図で動きたくない、ただそれだけです」
「自信があるのは結構だが……ここは軍隊だぞ」
「許可をいただけないのなら、ニホンへ帰ります」
「少佐、そのことも後ほど、私からご報告を……」
ナミカーが、二人の間に入った。
「……MkXのパイロットか……いいだろう、好きにやってみろ」
「はっ! ありがとうございます」
「ミズ・ナミカーは、こちらへ」
ブランは、面倒なものが入り込んだのではないかと思った。
ニューホンコンは、一年戦争の傷を全く受けていない。
それは、コロニー移民時代の重要な宇宙港であったからだ。そのために、地球連邦政府の租借地として独立した行政権を有し、その特異な性格が、旧世紀の匂いを残しながらも、犯罪と野心が渦巻く都市にしていた。
旧|香港《ホンコン》とスペース・シャトル発進のための港の機能を持つニューホンコンが渾然一体となり、外海には、スペースコロニーに向かうシャトル発進用の巨大なレールが、香港の景色をかえていた。
しかし、現在は、その港は静寂を保っている。スペースコロニー向けのシャトルの発進が極度に制限されているからである。
ティターンズとエゥーゴ紛争の影響であった。
旧香港の雑多な市街は、一日に一度は、必ずある凪ぎのお陰で空気が澱《よど》み、ベトつく暑さが肌と衣類をくっつけた。
その表通りをアロハ・シャツのアムロが歩いていた。
「こんな景色、カミーユは知らないだろうな。連れてきてやれば良かったな」
アムロは、正面の石造り風に建てられた建物を仰ぎ見た。
「ここだ。ルオ商会……ルオ・ウーミンの根城だ……」
アムロは、商会の正面のエントランスに入った。天井が低く、なによりも、人が溢れていた。
正面奥の通路は、銅製の格子があって暗く、余所者が入っていける雰囲気ではない。
やむなくアムロは、人がごたつく右の部屋に入っていった。
そこは、チケット売り場である。
低い天井には扇風機が回ってはいるが、すえた人の匂いをその場で掻き回すだけで、|そよ《ヽヽ》とも涼しい風を送りはしない。
その部屋の奥には、格子越しに幾つもの窓口があって、列が作られていた。
手前の部屋には、木製のベンチが並べられて、待つ人の塊があった。
その暑さの中で、窓口の列に割り込んで口論する男たち、疲れきってグッタリした老人、床の新聞紙の上に座り込む女たちの姿があった。
そんな中で癇に障《さわ》るのは、母親に抱かれて泣く赤ん坊がいることだった。
「コロニー行きのチケット売り場?」
アムロは、窓口のひとつに割り込み、背後の怒声を無視して、
「ルオ・ウーミンさんに会いたいのだが……」
と言った。
窓口で事務をとっていた女が、そのアムロの声にギョッと顔を上げて、チラッと奥の方に顔を向けた。
アムロは、その視線の先に若い女性がいるのを見た。いかにも、切れる風の女だ。
「順番を乱さないで下さい!」
窓口の女がきつい調子で言った。
「チケットの話で来たんじゃない。ルオさんに会えれば……」
「後ろにまわんなよ! お前みたいなのがっ!」
列を作る男が、ひどい中国なまりの英語で食って掛かった。
「すまない。すぐ済むから……頼みます。ルオ・ウーミンさんに会える手筈をととのえてくれれば……」
「兄ちゃん」
言われるのとハンマーのようなごつい手がアムロの肩を掴み、体を捩《ね》じ曲げさせたのは同時だった。
「……なんだよ!」
アムロが言う間もなかった。その男の鉄拳がアムロの顎に決まっていた。
不意をつかれて、アムロの体がカウンターにぶつかって滑った。
順番待ちの人々が、重苦しくザワめいた。
アムロは、カウンターの下から立ち上がったが、数人の男たちが飛びかかっていた。
アムロと男たちの乱闘があっても、列を作る人々は、列を崩さないようにして、乱闘の周囲から逃げ回った。
ホンコンに遠くない海上低く、巨人艇スードリが飛んでいた。
その巨大な機体を支える浮力によって発生する気流が、海面を叩き、その飛《ひ》沫《まつ》が白い柱となって、あたかも、スードリの機体を白い柱の上に乗っているように見せた。
そのスードリの機体の前部ハッチが小さく開いて、一隻の小型ホバー・クルーザーが射出された。
そのホバー・クルーザーに乗っている人影は、ウェット・スーツに身を固めていた。
巨大な水柱の中を翻弄《ほんろう》されながらも、ようやく水柱から抜け出したホバー・クルーザーは、海面をするように疾走した。
そのホバーの通信機からは、ヒステリックな声が流れていたが、クルーザーを操縦するウェット・スーツは、気にもかけなかった。
「フォウ・ムラサメ、聞こえているのでしょう! コーネルです。ナミカー・コーネルです。戻りなさい! ひとりでどこに行こうというのです!」
ウェット・スーツの少女は、背後に滑ってゆく巨大な金属の浮遊体を振り向きもしない。
スードリもまた、たった一隻のクルーザーのために進路をかえない。ゆったりと直進をしているほうが燃費の節約になり、楽なのである。
「言うことを聞きなさい、フォウ!!」
ヒステリックに叫ぶナミカー・コーネルの脇に立ったブラン・ブルターク少佐が、無線機を切った。
「なぜ切るのです!」
「ミズ・コーネル、無線は敵に傍受されます」
ナミカーは、乱れた髪も気にせずに、ずれた眼鏡をあげた。
「船を出して下さい! フォウを連れ戻さなければ!!」
「分かっています。今、手をうってるところです。冷静に、ミズ・コーネル」
ブラン・ブルタークは、同じように優しく言った。
アムロは、眼球を左右に動かした。
その視界一杯に迫るのは、コンクリートの天井であり、壁だった。ひどく近くで、人の足音や車の音がした。
アムロは、頭をあげた。
鉄格子のはめられた窓があった。半地下の部屋であると分かった。窓の外にはドライ・エリアがあり、その上に道路が見上げられて、街の雑踏があった。
アムロは、閉じ込めるにしては、不用心な部屋だなと感じた。
「……ドジをやったものだ……」
体の節々が痛んだが、構っていられなかった。
鋼鉄製の扉の前に立ってみた。
「…………」
開くわけはないと思ったが、ノブに手を掛けてみた。
「……!? 開く……?」
アムロは、予想に反して開いたドアの動きに戸惑ったものの、ドアの向こうに大きな男の眼球が光るのを見た。その男のむきだしの肩がヌラリと脂で光った。
その男は、黙って傍らのインターカムを取り上げたので、アムロはドアを閉じた。
「……無理そうだな……」
体の痛みに、また肉弾戦をやる気がしなかったのだ。
アムロが簡易ベッドに腰を下ろしてまもなく、鋼鉄のドアが開いて、金髪の女性が入ってきた。
「お目覚めですか」
アムロは、意外な人物の登場に戸惑った。
「……あなたは……」
「父になにかご用ですか?」
「……あなたは……!?」
アムロは、同じことを聞きながら、その女性は、事務所の窓口の奥に座っていた女性だと気がついた。
「ルオ・ウーミンは私の父です。私は、ルオ・ステファニーといいます」
アムロは立ち上がろうとして、腹部を押さえた。まだかなりの痛みが残っていた。
「無礼はお許し下さい。でもあなたがいけないのです。公然と父の名を出すことがどんなに危険なことか、あなたはご存じないのです」
「では、わざと僕を?」
「ここはニューホンコンです。どこに敵の目が光っているか分かりません」
アムロは、多少状況が読めた気がした。
「……お父様に会えますか?」
「父はここにいません。でも連絡はとれます」
「お願いします。至急会いたいのです。カラバにご協力いただける方と聞いて参ったのです……」
「アムロ・レイ大尉、アウドムラへの補給を依頼に参られた……。既にアウドムラとは連絡をとり、補給の準備を始めています」
「ありがとう。ステファニー……」
アムロは、ステファニーの手際の良さに感嘆をすると同時に、彼女ならば、カラバの必要とする全てのものを手にいれてくれるような気がした。
グライダーが、ウェット・スーツを脱いでいるフォウ・ムラサメの前に流れて、桟橋の上に落ちた。
フォウは、クルーザーを桟橋に寄せて着替えをしているところだった。
黒いランニングの上にたっぷりとした紺地の衣装を被った。そして、桟橋に上がり、グライダーを拾った。
「…………?」
フォウは、手にしたグライダーを上にかざすと、そのグライダーの飛ぶ姿勢を真似ながら駆け出していた。
フォウは、グライダーが空を飛ぶものだと知っている。
そう、知っているのだ。
それは、フォウにとって、とても良い感覚を思い出させてくれるような気がした。
そのフォウが走る方向に、一台のエレカが停車していた。
カミーユ・ビダンが、シートを深く倒し、カーラジオの音楽放送を聴いていた。
ハヤトが、カミーユを出迎えによこしたのである。
アウドムラは、ルオ商会の補給を受けるために、ニューホンコンから離れたルオ商会の補給基地に向かっていた。
「…………!?」
カミーユは、玩具《おもちゃ》のグライダーが飛んでいくのを見た。
「…………?」
グライダーを追って、少女が走ってきた。
ショートカットをした少女は、ひどく嬉しそうにグライダーを追っているのだ。
身を起こしたカミーユの横を、グライダーを追うフォウの笑顔が走り抜け、そのグライダーを掴まえた。
「……?……好きなんだ……」
グライダーを手に取ったその少女は、グライダーを差し上げたまま、クルッと体を回した。
「……大人のくせに……」
二十歳過ぎに見える女性がそんな風にしているのを見て、カミーユは嬉しかった。
そのたっぷりとした衣装は、その女性の奔放な性格を表しているように思えた。その女性は、ルオ商会の裏口を軽い足取りで横切ろうとした。
「…………?」
その女性が階段の下で立ち止まった。アムロが降りてきたので、待つつもりなのだ。カミーユは車から下りた。
「ハヤト館長の命令です。アムロさん、急いでアウドムラに戻ってください」
フォウは、手の中でもてあそぶグライダーの動きを止めずに、そのカミーユの言葉を聞いた。
(アウドムラ……!? アムロ? あのアムロ・レイ!?)
フォウは、アムロに近寄るカミーユの姿をみとめて、足をゆるめ、階段の反対側の方に移動していった。
「カミーユ、こんな処でアウドムラの名前など出すな!」
(間違いなくアムロ・レイだ。それならガンダムMkUを操《あやつ》っているのも奴か……?)
フォウは、知らずにカミーユの乗ってきたエレカの近くに来ていた。
二人の話している様子を目の端にとらえながらも、フォウは、足を止めることもなく、ゆっくりと市場の開かれている方に歩くようにした。
「分かりましたよ。じゃあ!」
二人のうちの若い少年、カミーユがクルッと向いて走ってきた。
フォウは、木の下で立ち止まって、カミーユがエレカに乗り込むのを待った。
「…………!」
今度は、フォウは、まっすぐにカミーユの乗ったエレカに向かって近づいていった。
フロント・ガラス越しに、カミーユがムッとした表情を見せていた。
視線があった。
そのエレカのエンジンが始動した。
フォウは、笑ってみせた。
怒った表情をしていたカミーユの顔が、やわらかくなったように見えた。
「……ねぇ……!」
フォウは、思い切って明るく声をあげた。
そして、助手席側からカミーユを覗き込んだ。
「旧市街まで乗せてくれない?」
「えっ?」
「旧市街の方に行くんでしょ?」
「行くことは行くけど……」
「ねっ!……頼まれてよ」
カミーユは、一瞬、アムロの方を見た。
アムロは、タクシー乗り場の方に行く様子だ。
カミーユが振り向いた時には、フォウは、もう助手席に座っていた。
「いいでしょ?」
カミーユは、フォウを見返して、グライダーを追っていた少女ならいいと思っていた。
「通り道だしな……」
カミーユは、エレカを発車させた。
カミーユのエレカは、駐車している五、六台の車の横を通り過ぎていった。と、その中の一台に飛び込んだ男が無線機を取り出していた。
「アムロ・レイをキャッチ! タクシーでアウドムラへ戻る模様です」
その男は、ホンコン特務機関の男であった。ブラン・ブルターク少佐と接触をしたホンコン特務が、尾行を開始していたのだ。
カミーユのエレカは、ニューホンコンと旧市街を結ぶ海底トンネルに入っていった。
カミーユは、フォウのようなタイプの顔が好きだと思い返していた。ファ・ユイリーとはちがうアダルトなところがいい。
「グライダーは好きなんだね?」
「空飛ぶものはみんな大好きね」
「僕もさ。カミーユっていうんだ。よろしく」
「私はフォウ・ムラサメ」
「ふぉう・むらさめ? 難しい名前だな」
「仕方がないわ。そう付けられてしまったんだもの……」
「そりゃそうだ」
「カミーユか……やさしい名前だね」
フォウは、そう言ってカミーユを見た。カミーユは、何も言わなかった。
エレカは、海底トンネルを抜けて、旧市街の街の雑踏の中に出た。
フォウは、その無反応なカミーユの横顔を見て笑った。
「なんだい?」
「……ハハ……嫌いなんでしょ? 自分の名前?」
フォウは、上体を弓のようにしてカミーユに言った。
「どうして分かるの?」
「嫌な顔したもの……」
「そうかい……」
カミーユは、信号でエレカを停めて、フォウを見た。
フォウのやや薄い唇が、軽やかに笑っていた。
「……でもさ、本当にいいよ。カミーユ・ビダン……」
カミーユは、ハンドル越しに、横断歩道を渡る雑多な人種の群れを見つめながら、彼女が言うのならば、そう思っても良いのではないかと思った。
コロニー移民時代にアジア地区の人々を宇宙に上げた拠点が、このニューホンコンである。
海上には、三十キロに及ぶ巨大シャトル用の打ち上げレールが、まるで遊園地のジェットコースターのように遠望された。
もともとホンコンの不幸な歴史が、容易に地球連邦政府の租借地にしたのであろう。
が、そのために、一年戦争でジオンが手をつけなかった数少ない都市として、コロニー移民以前の文化の保存地帯として残るのがこのニューホンコンである。
現在は、その都市の特異性故にアジア系以外の人種も流れ込んで、古い地球型都市の保存都市となっていた。
都市の博物館と思えば良い。そのためにまた、その都市の性格を隠れ蓑にして、ルオ商会のような背景の不明瞭な商社が存立し得るのである。
「だから、うかつに破壊などはできない……それこそ国際世論がティターンズに不利に働く……」
ブラン・ブルターク少佐は、ナミカー・コーネルに言った。
「ですが、フォウは、ムラサメ研究所が、膨大な資金を投入して完成させた強化人間です。このまま逃げられては……」
「失礼ながら……」
黒いチャイナ服を着た男が、ナミカーの言葉を遮った。
「ブラン少佐の要請で、わがホンコン特務の者が動いております。現にフォウの動きは速やかにキャッチされました。しばらくは、静観をして、無傷でアウドムラを捕獲する手段を講ずるべきです。強行は、最後の手段です」
「……感謝はしています。しかし、フォウは、まだ精神的には万全という状態ではないのです。急いで掴まえて下さらないと、作戦に参加ができなくなります」
「我々としても、敵を探しにいったフォウの勘で、ホンコンを傷つけずにアウドムラを手にいれられる方策を検討しております。無傷でアウドムラが捕獲できるのならば、ティターンズの世になった時に、我がホンコン特務も発言権が増すというものです」
そのチャイナ服の男は、狡猾そうに言った。
ナミカーは、この種の人間が本能的に苦手であった。
「それは我がスードリも同じです。ティターンズの正規軍に昇格するためには、ここで追い込まなければならない……」
ブランもまた、その男と同じ立場にいるのである。
「で、フォウは、今は?」
ナミカーは、二人の男たちの事情など斟酌《しんしゃく》なく割り込んでいった。
「追跡しています」
「ですが……!」
「ミズ・ナミカー。ガンダムMkXのことで、手を貸していただきたい」
「ハッ……?」
「作戦にガンダムMkXを利用するのです」
「フォウがいないのにですか?」
「ああ……せっかくのモビル・スーツです。利用しない手はない」
ブランが、強調した。
ナミカーは、これ以上抵抗しても仕方がないと分かった。所詮《しょせん》、軍は、男たちの世界なのである。
「ククッ……いいの? あなたもパイロットらしいけれど……?」
「パイロットなもんか。ただ働きさせられているだけなのさ」
「そうかな?」
フォウは、アイスクリームのコーンを齧《かじ》ってから、カミーユの横顔を見つめた。
少年らしい可愛さと、癇の強さを持つ表情がいいと思う。
「……アウドムラとかって言ってたね? 君の乗っている船?」
「言ったろ? ただで働かされているって……食事だけでもくれるっていうんだから、今の時代では悪くないんじゃない?」
「そうだね。食べられればいいよ……」
フォウは、カミーユの背中の向こうを歩んでいく軍人らしい姿の男に気がついて、コーンの最後の部分を口にいれた。
「……じゃね……?」
「えっ? もう帰るの?」
「こう見えても仕事を持っているのよ」
「仕事って?」
「……インストラクターよ。グラフイック・コンピューターの」
「ああ……!」
カミーユは、立ち上がった。
「今度、いつ会える……? いつって言っても、明日には、ホンコンを離れちまうんだけど……」
「なに言っているの、それじゃ今夜しか時間がないじゃない。それをあけろって言うの?」
「……ごめん……仕事あるんだよな……」
「でも、港にはよく行くよ……」
フォウはそう言って、じゃあという感じで手を上げて走り出していた。
カミーユは、エレカに戻りながら、フォウを振り向いた。フォウの上半身が、パラソルの陰に隠れて消えた。
「……会えるかもしれないよ……」
そう、フォウがはっきり言ったような気がした。
カミーユは、エレカに乗り、エンジンを掛けた。
「ああ! そうだね」
カミーユは、口の中でそう呟いてみた。
「ソ、ウ、ダ、ヨ……!」
フォウの言葉が、カミーユの耳に明瞭に突き刺さった。
カミーユは、カフェ・テラスの駐車場を振り向いたが、フォウの姿は見えなかった。
「私はそういったやり方が嫌いなんだとブラン少佐に言うんだな!」
「作戦は今夜の十二時を期して行われる。デートをする時間はない」
「……あの坊やが、ただの坊やだと思ってもらっては困る。足止めをしていたのだ」
「……なんだと?」
「アウドムラのパイロットだよ。あれはっ!」
「本当かよ……!」
「この後の動きもチェックしてある。もう少し一人にしておいて欲しいな……」
「……了解した。フォウ少尉……始末をつけられればもっといいが、できるか?」
「暗殺者になれと言うのか?」
「……あ、いや、それは当方の仕事だ。貴官は、これを身につけておいていただければ……」
その男は、小型の発信器のようなものを取り出して、フォウに渡した。
「……ン……」
フォウは、投げ出したい衝動にかられたが、黙ってそれを握りしめた。
「自分は、アウドムラの方に行ってみます」
男は、マメに行動をするつもりなのだ。フォウは、その男に背を向けた。
しかし、どこに行くあてがあるというわけではなかった。
カミーユと、もっとはっきりと約束をしておくべきだったと後悔をした。
しかし、アウドムラには行きたくはなかった。
それは、はっきり敵の飛行機だからだ……。
そんな敵の光景の中でカミーユを見ることだけはしたくはなかった。
ニューホンコンの近く、チュンムンにルオ商会の備蓄基地の桟橋があった。
そこに接舷するアウドムラの傍らには、膨大な物資が集積されていた。驚くべきことに、新品のドダイ改までがホロに隠されて、アウドムラに積み込まれるのを待っていた。
受話器を下ろしたステファニーが、深刻な表情をハヤトに向けた。
「館長、やはりホンコン市長からの要請は強硬です」
「何時までなんです?」
「市長からの退去命令は、明日の午前一時までです。それ以上いれば、ティターンズの攻撃を許可するというのです。ここにいても……」
「……そうですか……」
「父がここにいれば、市長を説得することもできるのですが……」
「物資の搬入には、人の手が不足しています。それをもう少し増やしていただければ……」
「この作業は、秘密だという建て前でやっています。これ以上、人を集めたら公《おおやけ》の仕事になって、即刻、退去命令を出す口実を与えるだけです」
「そうでしょうね……」
ハヤトは、ブリッジの窓から、背後の暗い山陰を見下ろした。
アウドムラの各々《おのおの》のハッチでは、忙し気にトラックが出入りしてはいたが、もう一息、人手が欲しいと感じさせた。
アウドムラの格納庫に近い通路でカートを引いてきたカミーユは、工具を捜していた。
「フォウ……か……」
カミーユは溜息をつきながらも、モビル・スーツの方に駆け出すつもりだったが、自分が言った言葉に、立ち止まってしまった。
やはり、フォウには、もう一度、会っておきたかった。
ホンコン以外で会える相手ではないのだ。
と、カミーユの肩を叩く者がいた。カミーユは、肩をひどく震わせて振り返った。
「ハヤトに叱られるぞ」
「さぼってなんかいませんよ」
「今の驚き方は尋常ではなかったがな?」
アムロが、皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「考えごとをしていただけです」
「昼間、港で会った女の子のことを考えていた?」
カミーユは、ドキッとした。
「……いえ……」
「あの娘は、いい娘だった……」
アムロが、カミーユの言いたいことを言った。
「ニュータイプだと考えているのだろう?」
カミーユは、アムロが勘を働かしすぎていると思った。
「僕はニュータイプなんて信じてません」
「ならいいが、あの女、何者なのだ?」
「オフィス・レディですよ」
「確かめたのか?」
「いえ……」
「……危険だな……忘れるんだ」
「どうしてですか?」
アムロは、答えずに自分が運んできたカートの方に行こうとした。
「大尉っ! どうしてそんなことを言うんです!」
「……同じだと感じたからだ。しかし、僕の勘違いかもしれない……」
「何と同じなんです!」
「……ララァという敵がいた。ああいった敵と遭遇すると、身を滅ぼす……」
「ララァ? ニュータイプなんですか?」
「そうだった」
「どんな人なんですか?」
「……精神に攻めてくる敵と言えばいいかな?」
アムロは、そう言い切ると、カートを押して、角を曲がっていった。
カミーユは、フォウのような女性が自分の好みのタイプであることは知っていた。
一目惚れでないとは言いきれない。かといって、好きとか惚れているとか、愛を感じるというようなものとも違う、硬質な感触を得ていたのだ。
「……こいつは、恋とは違う……もっと、フォウのことが分かってしまうものだ……あの娘には、父がいない、母もいない……そして、とてもあの娘の好きでない処で大きくなった娘だ……俺にはそれが分かる……」
それから一時間と経っていなかった。
接岸しているアウドムラのフロントカーゴ・ドアからカミーユが走り出てきた。
荷揚げされたコンテナが無造作に置かれている埠頭の暗がりでカミーユは、放置してあるオートバイを見つけた。
「……動くか……?」
跨ってスターターをキックすると、一発で始動した。
「よし!」
走り出したオートバイは、山の暗い陰の道に姿を消していった。
その右前方にはホンコンの灯が見えた。
ニューホンコンの市内には、足早に行き来する人々と、片側車線だけ混雑して一方は狂気のようにスピードを上げて走るエレカの群れがあった。
風は死んでいた。暑さは、変わりなかった。
その道路のヘッドライトの光芒の中にフォウの姿が浮きあがった。
急ハンドルでフォウを避けるトレラーは、怒声をあびせて走り抜けた。
フォウは、歩道に上がった。
そして、ガードレールに腰を下ろした。
疲れきったフォウは、行き来する恋人同士、親子連れ、連れだった若者たちに視線を泳がせていた。
「……カミーユか……」
太平洋上を飛ぶスードリでは、ガンダムMkXのコクピットからゴンドラが下ろされていた。
ゴンドラから降りるナミカー・コーネルは、額の汗を手の甲で拭いながらも、
「無理ですよ。普通のパイロットが、ガンダムMkXを操縦するなんてっ!」
「どうかな? 基本的にはモビル・スーツの原則通りの設計だ。MkXは一般兵でも操縦可能と聞いている。サイコミュの連動システムを解除しておいてくれれば、それでいい」
「プログラミングの変更はしましたよ。でも、少佐。このガンダムMkXは未調整の機体です。ニュータイプでなければコントロールは不完全なのです!」
「フォウがニュータイプ? 強化人間ではないのか?」
「そんなのは俗説です! 我々はニュータイプの開発を主にやっている研究者です」
ナミカーの抗弁につき合ってはいられなかった。
「そうか。しかし、今はニュータイプがいないのだ。いつまでも、こんな処をウロウロしている訳にはゆかん。アウドムラを無傷で回収するためには、ホンコンを多少火の海にする必要がある。その時はジムUよりもMkXの方が、惘喝的である。利用せねばならんのだ」
「軍のお仕事は分かりますが、フォウがガンダムMkXを呼んだ場合は、フォウに渡して下さい」
「了解だ。ミズ・ナミカ!」
「……どうなるのです、あの街は?」
「ジオンでさえ手をつけなかったニューホンコンだが、市長が我が方の作戦に協力をする意思を示しているのだ。ということは、最終責任はホンコン市長にある。ティターンズが気にすることではない……」
「連邦軍では……」
「ティターンズだ」
「……そうですね」
ナミカーは、ブラン・ブルタークが自分とは違う種族の人間であることが分かっていた。話を続けることをやめて、ブリッジに上がることにした。
「ジムU急げ! 予定の時間はとっくに過ぎたぞ!」
ブランが、ゴンドラの近くで周囲に号令をかけるのを聞きながら、ナミカーはエレベーターに乗った。
ビクトリア港は、ルオ商会の裏口に面している桟橋である。
倉庫の陰から出てくるフォウは、カミーユに言った言葉を思い出して、この桟橋に来たわけではない。
もう、我儘はやめて、ホバー・クルーザーでスードリに帰ろうと思っただけのことだった。
「十二時には作戦が始まると言っていたな……」
どのような作戦か知れなかったが、クルーザーの近くにいるほうが良いと思った。
「少し、船で寝るのもいい……」
フォウは、自分のホバー・クルーザーを接舷した桟橋の方に向かった。
「……やあ……」
フォウは、光の落ちるあたりに認めた人影を見て言った。
舫杭《もやいくい》に腰を掛けたカミーユがいた。
「……待ってたんだ……」
カミーユの照れているのが分かった。
「そう……」
フォウは、カンパリソーダを買っておくんだったと思いながら、カミーユに近づいていった。
「仕事は……?」
「……終わったよ。終わったけど面白くなかったから、ここに来たんだ……」
フォウは、カミーユの腰を掛けている舫杭の脇のコンクリートに腰を下ろした。
そこもまだ昼間の暑さが残っていた。
「カミーユ、どうしてここへ?」
「ここに来ればまた君に会えるって思ってさ……」
「……そんなこと言ったっけ?」
フォウは、桟橋のコンクリートの上に仰向けになった。カミーユは、それを見下ろして、
「言ったよ……よくここに来るってさ」
フォウは、忘れていることだった。言っておいて良かったと思った。
波が、ザワザワと桟橋の壁にぶつかる音と、湾内を走る船のざわつきがニューホンコンの活況を示してはいたが、今のカミーユにはいらないことだった。
「フォウっていったよね……」
「身上調査をしたって、昼間以上のことは言わないよ」
フォウは、地面の高さから、他人を見るのは初めてだと気がついた。カミーユの長く伸びた足と、やや前かがみになって見下ろすカミーユの瞳は、フォウには星に見えた。
翳りのある星に……。
「なんで会いにきたの?」
「……知りたかったのさ。君がどういう人か……好きになりそうなのに、とても曖昧な人に感じられて不安だったからね……」
「こんなの着ているからかな?」
フォウは、両方の手を広げて、自分の衣装を大きくカミーユに見せた。
「……違うよ……その服は好きだ……」
カミーユは、フォウから目を離して海を見た。
「仕事、面白いの?」
フォウは、カミーユのその質問を聞きながら、本当にカミーユが自分のことを知りたがっているのだと知った。
しかし、フォウには、敵であるカミーユに教えられることなどはなにもなかった。
そのことが、フォウを悲しくした。
「普通さ、恋人とか、知り合ったばかりの人ってこういうことを話すんだろうか?」
「さあ……知らないな。そんな経験ないしさ……」
「でも、知り合うためには、自分のことを話さなければ、相手は分からないよね」
「そう思うけど……しかし、なにも教えてくれなくたっていいんだ。フォウに会えて嬉しいんだから……」
フォウは、また黙ってしまった。
自分の中にある過去の記憶は、フォウの人格を形成する上で必要なことではなかったような気がする。
もっと機械的であり、もっと事務的であり、業務でしかないものなのだ。
それは、人に話して自慢のできるものでもなかった。
まして、好きな人に話ができるような性質のものではなかった。
フォウの記憶の中には、ムラサメ研究所でのニュータイプになるための訓練しかない。
気がついた時は、機械的なリアクションの訓練、遊園地に似た機械の置いてある冷たい部屋での対G訓練、記憶力増強のためのスーパーランニングの訓練。訓練という枠の中でフォウは確実に反射神経の研ぎ澄まされた人間になっていた。それは、日常的な人の行為の中で語る性質のものではなかった。
いつもいつもセンサーを体のどこかに貼りつけられて、睡眠中でさえも睡眠学習を施《ほどこ》されて、時には、熟睡から強制的に起こされて学習チェックのテストをされてきた人生なのである。
それは、マシーンを作るためのものだった。
それだけはフォウに分かっていた。だから、軍機であろうがなかろうが、カミーユに喋《しゃべ》れる性質のものではない。
「わたし……空を飛ぶのが好きだって言ったでしょう」
「そう……言ってたね」
フォウは、ククッと笑った。
カミーユの微笑が、フォウを見下ろしていた。
「私が、ティターンズのクルーだなんて言ったら、どうする?」
「…………!」
カミーユがなんとなく想像していたことである。
「もし、そうだったら辛いな。僕は、君が好きになりそうなんだって言ったろ。歳のことは気になるし、僕みたいな者が好きになったら君の自尊心に傷がつくかもしれないとも思っているよ……でも、ティターンズは、困るな……」
フォウは、多少おろおろとした感じで一所懸命喋っているカミーユが、とても可愛く思えた。
顔を捩じ向けるとカミーユのシューズが、大きくフォウの視界を遮っていた。
「……困るね……分かるよ……」
「そうなのか?」
フォウは、ゆっくりと身を起こして、
「そうじゃない。コンピューター・グラフィックスのデザイナーだよ。パリッとしたね」
「ずっとホンコンなの?」
「ムラサメって日本の名前だよ」
「ああ、そうか!」
カミーユは、嬉しそうに答えた。フォウは、ウソが人の関係の潤滑油であるという言葉を思い出して微笑した。
「……ね、カミーユのご両親は……?」
「え?……ああ……コロニーにいる……」
「そう……」
フォウは、立ち上がると、
「私ね、一年戦争の時、家族みんな死んでしまったらしいの」
「?……」
「それから連邦軍の施設に収容されて……4番目だったからフォウって名前なんだ」
「じゃあ……本当の名前は?」
「分からない……記憶をなくしてしまったの。なんにも覚えてない」
フォウは、舫杭《もやいくい》に腰を掛けて、そのお尻をカミーユのそれとくっつけた。カミーユのお尻の丸さがフォウは気にいった。
「知りたいんだ……昔のこと」
カミーユは、そのフォウの話を本当のことだと思う。気にいってくれているからそんな話をしてくれるのだろうと思った。
「フッフフフ……思い出してガッカリするだけかもしれないのに、なんでこんなことを考えるんだろうね?」
フォウは、肩越しにカミーユの横顔を見つめて、
「……ご両親のいるカミーユがうらやましいわ……」
「思い出なんて、すぐ作れるさ」
「……そうかしら……そうか……そうなら、さ……!」
カミーユは、一瞬後に積極的な挙動を見せたフォウの瞳を覗いた。
その瞳は、キラキラ輝いていた。
「ね、キスしてくれる?」
「キス?」
「ちゃんとよ」
カミーユは、躊躇《ためら》うが、その瞳の美しさに、フォウの両肩を抱かずにはいられなかった。
フォウは、カミーユの視線の中でその輝く瞳を閉じた。カミーユは、その小さく形の良いフォウの唇に唇を重ねた。
フォウの両肩が震えて、そして、その震えが静まった時、フォウは、体をカミーユに寄せていた。
カミーユの腕がしっかりとフォウを包み、フォウは、その上半身の全てをカミーユに預けた。
カミーユは、フォウの唇の力まで抜けてゆくのが分かった。
(この人は、放したくない……)
カミーユの心の絶叫にかわって腕に力が込められて、フォウの体がかすかにしなった。
ズズッン!
地を伝う音響は、人の心の底をもゆさぶった。
対岸の旧|香港《ホンコン》の市街に閃光が走ったのだ。
そして、海岸線に面したビルの向こうで赤い炎に変わるのに時間はかからなかった。
「…………!?」
フォウは、女性らしい仕草でカミーユの腕の中で身を寄せた。
「なんの攻撃?」
カミーユは、フォウを抱いたまま、その炎の色の中から黒煙が噴き上がるのを見守った。
と、市街地の噴煙を突き破って巨大な姿を見せたのは、スードリだった。
「正気かっ!?」
スードリが落とす爆弾が見える距離である。そして、スードリは、高度をとっていった。
ニューホンコンに対空砲火の設備がないことを計算しての行動であることが分かる。
「なんてことを……!」
カミーユは、フォウを抱いたまま立ち上がろうとした。フォウもそれに倣《なら》いながら、
「行かなくちゃ……」
「家は、向こうなのか?」
「そう……」
「しかし、今は、危険だ」
「……行かなくちゃ……時間が来たんだ!」
「何を言っている……フォウ……」
「時間なのよ!」
「時間って……」
「十二時でしょ!」
フォウは叫ぶと、カミーユの腕の中から飛び出して、走り出した。
その時、さらに激しい爆発が起こり、辺りは一瞬昼間のような明るさになった。
その閃光の中で、カミーユは、海を渡る黒い物体を見た。
「……なにっ!?……なんだ?」
その物体の移動につれて海面が白く泡立って、それは高速でカミーユの方に移動してきた。
「フォウ!」
カミーユは、桟橋を走るフォウを追った。
「なんて足が速い?」
カミーユは、フォウが強化された肉体を持っていることを知らない。
「フォウ……!?」
「……あそこに私の記憶があるのよっ!」
「…………!?」
カミーユは、そのフォウの言葉も分からない。
「フォウ……!」
「孤独はイヤ! 紛らしたくても、紛らす思い出もないのよ! 両親のいるカミーユには理解できないでしょう!」
フォウが絶叫しながら走った。桟橋は、ガンダムMkXを見て逃げ出す人々の群れで大きく揺れていた。
「空襲だっ!」
「ティターンズだと!」
「あなたっ!」
右側のビル街からも訳の分からない人の群れが押し寄せてきて、一瞬にして桟橋は、人の群れで埋まり始めた。
「フォウッー!」
カミーユは、フォウの姿が人の流れの中に埋没していくのを見ながらも、押し寄せる人の波の中で叫ぶしかなかった。
「待ってくれ! フォーウ!」
アウドムラのブリッジのモニターは、モビル・スーツのコクピットに駆け込むパイロットたちの姿を映し出していた。
「発進急げ! 敵は、モビル・スーツ隊を出したらしい……! ティターンズ奴《め》! どういうつもりだっ!」
ハヤトの脇で受話器を持つステファニーは、蒼白な顔をハヤトに向けて、
「市長も約束をした時間を無視されたといってます。スードリの放送を聞いて、勧告に従ってくれと言っています」
「放送!?」
「スードリからの降伏勧告だそうです」
ハヤトは、放送を受信させる命令を出しながらも、モビル・スーツの発進のチェックに集中した。
「カミーユはどこにいるのか分からないのかっ!」
ハヤトの質問に答えるモニターはなかった。
「アムロ大尉のリック・ディアス、出ます!」
「ネモの発進も急がせいっ! アウドムラ、移動はっ!」
「放送です!」
ハヤトは、正面クルーの方を見やった。
「……勧告する。聞こえているか? 私は、地球連邦軍のブラン・ブルターク少佐である。エゥーゴの一党に占拠されたアウドムラが、降伏の意思を示せば、ホンコンにこれ以上の攻撃は加えない。抵抗をすれば、ホンコンの被害は拡大するだけである」
桟橋の上空を通過したガンダムMkXのコクピットに座るブラン・ブルタークは、ルオ商会のビルを炎上させて、アウドムラが出てくるのを待つつもりだった。
が、ガンダムMkXのコントロールは、思った以上に難しく、ビルをやりすごしてしまった。
「よくこんな鈍い動きのモビル・スーツを考えつく!」
ブランは、ののしった。
「来た! アウドムラのモビル・スーツ隊が……」
モニターに映る一機のモビル・スーツは、小さすぎて機種の確認ができない。
「MkUではないのか……?」
旧|香港《ホンコン》の上空からガンダムMkXに急速接近するのは、ドダイに乗った一機のモビル・スーツ、リック・ディアスだ。
ブランは、ガンダムMkXを九十度回転させると、先制のビーム攻撃を仕掛けた。
リック・ディアス、回避しつつドダイ改から離脱、降下する。
フォウは、高台に通じる坂の途中で、ガンダムMkXの高度と同じ高さに立った。
「誰だっ! ガンダムMkXを勝手に使うのはっ……!」
フォウの頭からは、カミーユの記憶はしだいに薄れ、怒りに沸き立っていた。
フォウは、右手の方に建設中のビルを見つけると、その方向に走り出していた。階段を上るその速さは尋常ではない。
ブラン・ブルタークは、山の中腹で進路を変更して、後退の挙動を示すリック・ディアスのドダイに再度攻撃を仕掛けようとして、ガンダムMkXがまたも異常な振動に震えるのに舌打ちをした。
操縦用のプログラムが異常な点滅をしている。
「何だ……!?」
ガンダムMkXは、ビルの間で一瞬停止して、向きを変えた。
「どうしたというのだ!」
後退の挙動を見せたリック・ディアスのアムロは、アウドムラからスードリの降伏勧告の情報を手に入れたのである。
「降伏……? しかし、一度は仕掛けてしまったのだぞ」
「モビル・スーツを海上におびき出せないか!」
ノイズの激しい通信の中でハヤトが言った。
「そんなに便利に戦えるかっ!」
アムロは、ののしりながらも、ビルを盾にしようとして降下していった。
「…………?」
その時、アムロは前方の桟橋に点滅する光を見た。モールスを打つ点滅であった。
「カミーユ……!?」
アムロは、カミーユが、あの女性に会いにいったと思い当たった。
リック・デイアスを乗せたドダイを桟橋に接近させると、オートバイのヘッドライトを点滅させているカミーユの姿をとらえることができた。
「カミーユ奴《め》!」
アムロは、ドダイのコクピットを桟橋にぶつけるようにして、カミーユを収容した。
「いいかげんにしろっ!」
「すみません!」
「アウドムラに戻る!」
アムロは、ドダイを後退させた。
ガンダムMkXの機体の震動は、一層激しくなっていた。
ブランの操作の全てを拒否するのである。
「なんだっていうんだ……!」
ブランは、コクピットの全てのパネルが、ブランを嫌い、前へ前へ進もうとするのに気がついた。
「……あれか?」
ブランは、正面の建設中のビルの鉄骨の間に光るものを見たように感じた。
「……あれは、フォウ……?」
ガンダムMkXは、そのフォウに向かって、ゆっくりと接近していって、そのビルの鉄骨に機体をくい込ませるようにして停止した。
ブランが、鉄骨の上にフワッと立つフォウを見とめると、ハッチが開いた。
「……お返しするよ、フォウ少尉。ガンダムMkXの機能がこういうものだったとは知らなかったんだ」
「ありがとうございます……わざわざ自分の処まで運んでいただいて……」
フォウは、怒りを忘れていた。
フォウは、自分と連動する物がそばにあると安心できるようになっていた。
「アウドムラのモビル・スーツ隊が出てきたら、落とせ!」
「分かっています」
フォウは、ブランを押し退けるようにして、ガンダムMkXのコクピットに入った。
その後ろ姿を見守りながら、ブラン・ブルタークは、これが作られたニュータイプかと納得をした。
カミーユは、アムロの操縦するリック・ディアスに乗って、移動を始めたアウドムラに向かった。
アウドムラは、海上を滑走するだけで、離水することはしない。
敵の動きが分からなかったからだ。
「リック・ディアスが戻ってきます!」
「アムロの奴、放送の件で迷っているのか?」
ハヤトは、自分が迂闊だったことを侮いた。
「カミーユを収容したようです。ガンダムMkUを用意しろと言ってきてます!」
「アムロがかっ!?……よしっ!」
ハヤトは、走り出していた。
アムロは、走って見える海面と、アウドムラの垂直尾翼の張り出した下にある後部ハッチにリック・ディアスの乗ったドダイ改を滑り込ませた。
「アムロっ!」
息を切って駆けつけたハヤトは、舷側の通路上から、アムロにハンドマイクで呼び掛けた。
その間にカミーユが、ドダイのコクピットを飛び降りて、ガンダムMkUの方に走ってゆくのを確認した。
「敵の降伏勧告は気にするなっ! もうホンコンには火の手が上がっている。敵の戦力は、多くない! 叩く」
アムロは、アウドムラの格納庫の中でドダイを回頭させながら、ハヤトは、あの黒い飛行物体のことを知らないからそんなことを言うのだと思った。
「……了解! ガンダムMkUを急がせろっ!」
アムロは叫ぶと、ドダイ改を再発進させた。
大局的に見た時の判断の方が正しいということもある。謎の物体に捉われて判断を間違うことの方が危険かもしれない。
「ここは、ハヤトの命令を完遂してみせる!」
アムロは、ニューホンコンにも火の手が上がったのを見て、スードリと黒い物体を捜した。
「カミーユ!!」
ハヤトは、カミーユの頬を張った。
「なんですかっ!」
「きさまの出撃が遅れたお陰で補給物資が消失したら、これくらいではすまんぞ!」
「補給……? だから、すまないとは思ってます」
「行け!」
ハヤトは、カミーユの腕をガンダムMkUの方に押しやった。
カミーユは、ハヤトの命令口調が気持ち良かった。間違いなく、叱られても仕方がないことをしていたのだ。それをこうもはっきりと言ってくれる人を、カミーユはいままで知らなかった。
カミーユは、ガンダムMkUが、自分を待っているような顔をしていると感じながら、コクピットに上がった。
アウドムラ近くの空域には、ベース・ジャバーに乗ったジムU四機と、ネモを二機ずつ乗せたドダイ改二機が交戦中だった。
カミーユは、その火線を頭上に見ながらも、ニューホンコンの方角にガンダムMkUを乗せたドダイを直進させた。
ニューホンコンの高層ビル街の左右の窓は、ガンダムMkXのホバーの圧力で瞬時に四散した。
ファウは、桟橋をビルの陰に見つけると、ガンダムMkXをその方向に前進させていった。
「……記憶か……」
フォウの口癖なのだろう。
カミーユという少年と会った場所が分かった。避難の人の影は見えなくなっていたが、付近の灯はついたままだった。
と、リック・ディアスのドダイが、海面から浮き上がるように上昇をした。
「…………!?」
攻撃はしない。ガンダムMkXの様子を見ているのだろう。
フォウには、それがアウドムラから発したものだとは分かっていたが、カミーユが乗っているなどと思わなかった。
「カミーユと別れたすぐ後に見た奴だ……」
カミーユのような少年がモビル・スーツのパイロットであるはずがない。それが、フォウの学習の結果の想像であった。
「…………!!」
フォウは、再度、後方から接近するリック・ディアスのドダイを見た。
またも攻撃を仕掛けずに離脱しようとした。
フォウは、ガンダムMkXの前方にビーム・ライフルを発射した。ビルの表面が砕かれ、ターゲットにしたリック・ディアスは、パッと上昇した。
「分かっているのか!?」
フォウは、慄然とした。自分以上のリアクションを持つパイロットがいる!?
フォウは、カッとした。
ガンダムMkXのスピードを上げて、桟橋に繋がる大通りに出た。
「……いやっ!」
フォウは、リック・ディアスが上がった左下に別の機体が接近するのを見た。
「……ガンダムMkU?」
フォウが、その機体の名称を口の中で言う短い時間にMkUのドダイは、桟橋に滑り込んできた。
ひどく気楽な行動に見えた。
「…………!?」
フォウはそのマシーンの挙動に戸惑った。MkUもまた攻撃をすることもなく、ガンダムMkXの黒い機体を掠めて、後方に離脱した。
ガンダムMkXと海は、三百メートルとはないのである。その狭い空間に降下して抜けた。
パイロットの腕は尋常ではなかった。
フォウは、その航跡を目の端にとらえながら、
「あの坊やは優しいんだ!」
その意味が繋がらない言葉の持つ直感は正しかった。
フォウの意識は、認識をしていないのだが、MkUにカミーユの存在を感じていたのである。
カミーユもまた自分が、ガンダムMkXに引かれるのを自覚していた。
ハヤトに叱られたから、戦い急いでいるというのではない。
「街中からは、離さないと……!」
カミーユは、スードリが見えないのを確認して、機体を捻った。
ガンダムMkXの背後に威嚇の砲撃をする必要を感じて、バズーカを撃った。
その弾体は、道路の中央に着弾をして爆発し、爆圧でガンダムMkXの機体が跳ね上がった。
「ガンダムMkUっ!」
強化人間の素早い反応は、ガンダムMkXの腕を振った。
偶然ではない。狙ったのだ。
ガンダムMkXの腕が、飛行するドダイを跳ね上げ、MkUは空に吹き飛んだ。
「うわっ!」
カミーユは、MkUの機体を小さくしながらも、着地する場所を見つけようとした。が、ビルの壁を剥ぐように着地をして、バーニアを噴かした。
街灯をなぎ倒しながら、MkUは、ガンダムMkXが歩む通りに肉薄した。
「MkU……」
フォウは、ガンダムMkXに強力なホバーリングをかけると、機体を滑らせた。
カミーユは、そのガンダムMkXの脚が、道路のアスファルトを踏み砕くのを街角の向こうに見た。ガンダムMkXの全長は、MkUより二周りは大きい。
カミーユは、MkUを後退させて、海岸通りに誘導しようとした。
フォウは、そのMkUの機体を見下ろして、ビーム・ライフルを発射した。
着弾。舞い上がる土煙。ビルが砕け散った。
MkUは、その爆発の中から逃れていた。
「どこだっ?」
フォウは、MkUのパイロットの能力を確かめているのだ。
MkUは、ガンダムMkXにしがみつき、ガンダムMkXの進行を止めようとした。
「こいつっ!」
フォウは、頭に血が上るのが分かった。
「……この敵はっ……!」
ガンダムMkXは、MkUを蹴飛ばした。
MkUは、まるで石ころのように弾け飛んだ。
「なんで、私の前に出るっ!」
フォウは、自分の意識の中に滑り込む不協和音を嗅ぎ分けて苛立った。
「みんな死んじゃえっ!」
ガンダムMkXからインコムが射出され、あたりにビームを撒き散らした。老朽化したビルが粉々に吹き飛び、桟橋にかけて爆圧がひろがった。
「…………!!」
フォウの瞳孔の底に、カミーユと会った埠頭が焼きついた。
「……昔の記憶がないのに、ここの記憶がいったい何になる!」
フォウは、ガンダムMkXを一歩前進させると、ビーム・ライフルを直撃させた。
埠頭一帯が一瞬のうちに爆煙と閃光に包まれた。
「…………!?」
カミーユは、その瞬間にガンダムMkXに乗るパイロットがフォウと分かった。
ガンダムMkXと接触した時の感覚と重ね合わせると、そう考えるしかなかった。
わざわざ攻撃をする対象があの桟橋にはないのに、敵のモビル・スーツは、桟橋を攻撃したのだ。
「……フォウ……」
カミーユは、口の中でその名前を呼んだ。
『施設に収容されてさ、四番目だったから、フォウなんだ……四番目だからフォウなんだ……』
「フォウかっ!……フォウにならばっ!」
カミーユは、MkUをジャンプさせて、ガンダムMkXの背後に取りついた。機動力は小型のMkUの方が勝れていた。
「やめろっ! 宇宙に行こうっ!」
カミーユは、接触回線を開いた。
「お前がいけないんだっ!」
接触回線を通して、フォウの声がカミーユの耳を打った。
「……フォウ!?」
「お前は私を混乱させるっ!」
「混乱じゃない。そこを離れれば、混乱はないっ!」
「私の使命はガンダムMkUを倒すことだっ! それでいいっ!」
「ウソだ!……君は戦う人じゃない!」
「そうしないと私の記憶が戻らないんだからっ!」
フォウの悲鳴だ。ガンダムMkXの片手がMkUの腕を掴むや、放り投げた。
カミーユは、思わずビーム・ライフルを連射して、その腕を破壊しようとしたが、ガンダムMkXは軽々とそれを避けた。
MkUは、バーニアを噴射して態勢を整えながら、着地した。
ドドウッ! ガンダムMkXの周辺に着弾の閃光が脹《ふく》れ上がった。アムロのリック・デイアスが堪えきれずに攻撃をかけたのだった。
ガンダムMkXの巨体がよろけて、海の方に傾いた。
「アムロ大尉! やめて下さい! フォウなんですっ!」
カミーユは、MkUをホバーリング走行で、ガンダムMkXに接近させた。
ドワワッ! ガンダムMkXは、さすがに集中攻撃の中で、機能低下を起こしたらしかった。
海に落ちた。
カミーユは、ガンダムMkXの上にMkUの機体をジャンプさせて、ガンダムMkXを抱きかかえた。
「カミーユっ!」
アムロは上空から、MkUの不審な行動に攻撃を続けることができなかった。
浅瀬に着底した二機のガンダムは、上半身を海面に出して鎮座していた。
カミーユは、ハッチを開いた。ガンダムMkXの肩の装甲に飛び乗りながらも、ガンダムMkXの攻撃など考えなかった。
「フォウ、聞こえるか。話がしたい。出てきてくれ。フォウ!」
カミーユは、ガンダムMkXの頭部の前で、胸の方を覗き込むようにした。
と、カミーユの背後で、ガンダムMkXの頭部にあるハッチが開いた。
カミーユは、意表をつかれて振り向いた。
「そこか……! フォウ……」
フォウは、桟橋で会った時のままの服装だ。それは、カミーユも同じだった。
「フォウ……」
フォウは、瞳に涙を溜めていた。
「……私は記憶が欲しいのよ。自分のことをもっと知りたいのよ……」
「なら、そんな処にいちゃあいけないっ!」
カミーユは、コクピットの正面のハッチまで歩み寄った。
「……MkUを倒せば、ニュータイプ研究所は私の記憶を戻してくれると言っていた!」
「ニュータイプ研究所なんて……あてになるものか!」
「自分のことを知りたいのがなぜいけないの!」
「フォウ!……宇宙《そら》に行こう」
「宇宙……?」
「エゥーゴの技術なら、君の記憶を取り戻せるよ。一緒に宇宙に行こう」
「……無駄よ!……ムラサメ研究所でなければ、私の記憶はないのよ!」
「記憶ってそんなものじゃない!」
「私は記憶をムラサメ研究所に取られているのよ。取られた処に行かなくっちゃ取り戻せないじゃないかっ!」
ガンダムMkXが、フォウの苛立ちを示すように動き出した。
カミーユは、足を滑らせてMkUの方に滑った。
「お前の顔は、記憶を取り戻してから見るんだ!」
フォウは、絶叫した。カミーユの体が転がり、かろうじてMkUのコクピットに滑り込んだ。
「…………!」
またフォウと呼んだつもりだったが、声にならなかった。
ガンダムMkXの機体が、いったん水中に没して再び姿を現した時には、それはシールドを固定し、高速移動モードに戻っていた。
ドドッ! 海面を揺する圧力が水面下で起こり、黒い塊が上昇を始めた。
カミーユは、MkUの機体を破壊された桟橋側に寄せながら、呆然とそれを見守るだけだった。
ガンダムMkXは、海面を離れると巨大なテール・ノズルの閃光をMkUに浴びせて上昇をした。
MkUの背後から、侵攻したアムロのリック・ディアスは、そのガンダムMkXの機体に向けて、数条のビーム砲を発射したが避けられてしまった。
「カミーユ奴《め》……」
アムロは、カミーユの奇妙な行動が気になって、それ以上の攻撃を続けるわけにはいかなかった。
MkUをなんとかしないと、全ての計画が実行不能になる。
「フォウ!」
アムロは、ヘッドフォン越しにカミーユの声を聞いて、その意味が分かった。
「……カミーユ……カミーユもララァに会ったのか?……」
アムロにも八年前の一年戦争で敵の女性パイロットに恋をしたことがある。その少女は、ララァ・スン。
シャアとアムロの間にいた少女である。
あの時、アムロがララァのモビル・アーマーを撃破した時に、アムロは、ララァの絶叫を聞いた。
幻聴ではない。そう信じている……。
その時のララァの絶叫とカミーユの若い命の叫びは、同じであった。
「……今のカミーユは、俺と同じなのか……?」
ジムUに収容されたブラン・ブルターク少佐は、後退するスードリに収容された。
「ガンダムMkXが戻ってくる? MkUを落としたのか?」
「確認していません! 勝手に後退するようです!」
ブランがその報告を聞いている間に、ナミカー・コーネルが降りてきた。
ブランは、駆け寄るナミカー・コーネルにどういうことかと聞いた。
「分かりません。本人に会うまでは……」
ナミカーは、眼鏡を外して、上着の裾《すそ》で拭うことに専念をした。
スードリは、フォウを待つために高度を低くとった。
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[#目次8]
第八章 永遠のフォウ
スードリの広いブリッジの一角で、プラン・ブルターク少佐は、いつまでも続きそうな部下の報告を聞いていた。
その目は、窓の外の茫洋とした空と海の光景を眺めていた。
「……で、残存するモビル・スーツはジムU五機。整備はほぼ完了しております」
「ご苦労、アウドムラはどうなっているか!?」
「ハッ! まもなく捕捉できます」
「まもなくと!?」
「申し訳ありません!」
「急げっ! 手柄をニューギニアのティターンズの基地の連中に取られては、面白くはなかろう?」
「ハッ!」
話が分かると思えない若い士官は、緊張をして敬礼をし、そして、踵を音をたてて合わせてブランの前で回れ右をした。
こういう若い男がいるということがブランには分からない。若さというものは、もう少し自由で機知に富んでいるものだと思っていたからだ。
少なくとも、自分があの歳の時はそうだったように思える。
「……! 気分はどうか? フォウ少尉」
ブランは、フォウとナミカー・コーネルがハッチを入ってくるのを見とめて、声をかけた。ブランの目には、フォウは元気そうに見えた。
「……出撃ですか?」
「あわてるな……まだアウドムラは捕捉していない」
と、突然、フォウが踵《きびす》を返した。
「どこへ行く?」
「戻ります」
フォウの私服が、フワッと風を受けて大きく脹《ふく》らんだ。挙動もしっかりしている。
「……フォウ、記憶が欲しいそうだな?」
ブランは、余分なことを言いたくなかったから、フォウの弱点を突いた。
「……少佐?」
フォウの足が止まった。
「落とせとはいわん。足止めするだけでいい。このままではアウドムラをみすみすニューギニアのティターンズに渡すことになる。そうなれば強化人間を送り込んできたニュータイプ研究所としても困るのではないかな」
ナミカーは、ハッとしてブランを見た。
「……少佐、ティターンズは、ニュータイプ研究所をよく思っていないのでしょうか?」
「今後のフォウの働きいかんだな? これ以上、ニュータイプ研究所の信用を失墜させれば、最悪、研究所の閉鎖もある……」
「……それでは……私は……」
ナミカー・コーネルが、オロオロとした声をあげた時に、フォウはナミカーの胸を突いて、ブランの前にその上体を投げ出すようにした。
「お前には、頭の中を蛇がのたうつような感覚が分かるかっ!」
ブラン・ブルタークは、フォウの吊り上がった瞳の底が、ひどく冷えているのが分かった。
「分からんな……」
「自分の意思とは違うものが入り込んで、強迫するのだぞ。体の芯の神経まで揺すられて、逆撫でされる感じが分かれば、人を戦わせる時は、もっと真剣に頼むものだ。大人ぶって遠回しにグダグダものを言うのは許せないっ!」
「フォウ少尉……我々は、軍人だ。軍人は個人の恐怖や悲しみを乗り越えても、命令を聞かなければならない立場だ。回りくどかろうがくどくなかろうが、命令は命令である。いいか? 少尉、私は、なんとしても少尉の能力を最大限に発揮させたいと考えている。そのためには、少尉の記憶のことも持ちださざるを得ないのだ。分かるか?」
ブランは、自分の口調が芝居がかっているのを承知であった。
効果は、覿面《てきめん》だった。
「……私の記憶か……!? それは、手に入れなければならないことだ……」
「そうだろう? 戦果を上げれば、少尉は、記憶を手に入れることができるのだよ」
「……少佐……」
フォウは、言って上体をそらせて天井を仰いだ。ナミカーは、そのフォウの体を支えるようにした。
「すべては実績次第だよ、フォウ少尉。機会はそう多くないがな……?」
ブランは、自分の計算した通りにフォウが反応をしたことが嬉しかった。これで、フォウは、間違いなく自分の意思の通りに動くだろう。
「ティターンズなどに邪魔はさせない……!」
「ほう、勇ましいことだ」
「邪魔する奴は……誰だって……」
ギュッと握り締めた拳を、フォウは自分の胸の下に抱くようにした。
「アウドムラ、捕捉しました! 接触まで……約15分!」
ナビゲーターの報告の途中で、フォウはすでに飛び出していた。
「自分の感情を殺す術も知らんか……これが作られたニュータイプの限界か……だが、それが意外な結果を生むかもしれん……」
スードリよりも上空を飛ぶアウドムラは、まるで空に貼り付いた点のように見える。
巨大さも、速度も感じさせるような相対的なものがいっさいない高空だからだ。
そのモビル・スーツ・デッキで、アムロは、クレーンを使ってリック・ディアスのコクピットに滑り込むと、計器に灯《ひ》を入れた。
「敵は例の黒いモビル・スーツだ! ジムUも五機ほどいるぞ」
「了解した。後続頼む」
「アムロ、無茶するなよ」
「分かってる……リック・デイアス、出る!」
リック・ディアスはドダイ改に乗ると、そのテール・ノズルの出力をあげていった。
カミーユもまたやや遅れてガンダムMkUのコクピットに座った。同時に、リック・ディアスを乗せたドダイ改が発進していった。
アムロは、モニターを拡大して索敵した。
前方の光点を拡大した。ガンダムMkXだった。
アムロは、追尾するカミーユを気にした。
「カミーユ! 敵は強いんだ! 迷うと殺されるぞ!」
アムロは、ミノフスキー粒子で無線が通じていないだろうと思ったが、叫ばずにはいられなかった。
リック・ディアスのビーム・ライフルが構えられた。
ガンダムMkXのコクピットのフォウは、ゲッソリと頬がそげてみえた。緊張が、フォウの顔を豹変させるのだ。
「……記憶と引き換えなどと!……。ブラン! ナミカー!」
フォウは、そんな言葉を何度も繰り返し、スクリーンに映るリック・ディアスとその背後のアウドムラを重ねていった。
リック・ディアスの放ったビームがスクリーン眼前で弾けた。
フォウは避けたのである。
「邪魔だ!」
最速でアウドムラの空域に突っ込むガンダムMkXを、リック・ディアスはかろうじて避け、攻撃を仕掛けようとするが、後続のジム隊からビームの雨が降った。
リック・ディアスは降下して、ガンダムMkXの真下に入った。
「…………!」
アムロは、カミーユと接触させる前に撃破しようとした。が、ビーム・ライフルは避けられてしまう。
「落ちないか?」
アムロは、焦った。
が、第二撃にガンダムMkXが揺れた。一瞬、失速をみせた。
フォウがコクピットで、ヘルメットを押さえたのだ。頭に激痛が走った。
「……邪魔する奴は……!」
ガンダムMkXは、急回転してリック・ディアスを追った。が、フォウに頭痛があった時、カミーユのMkUが間近に迫っていた。
リック・ディアスに追尾したガンダムMkXは、パッと降下した。
「なに!?」
アムロは、頭上のガンダムMkXが、突っ込む格好を見た時は、すでに、リック・ディアスの両肩を掴まれていた。
「クッ……」
「私の記憶のために死んで貰うよっ!」
ガンダムMkXが両手に力をこめた。リック・ディアスの肩の関節が悲鳴をあげた。
リック・ディアスの頭部に仕込まれたバルカンが火を噴いた。
が、砲弾の爆発は、リック・ディアスにも危険だった。
「邪魔するからいけないんだっ!……ン!?」
フォウの顔が突然歪み、フォウはまたも激痛に襲われた。
「ウッ!?……ウアァァァ!!」
あまりの苦痛に身をよじるフォウの体が、座席からずり落ちそうになる。
「……あ、頭が……割れるっ……!」
ガンダムMkXはリック・ディアスを掴んだまま、失速したように背中から急降下する。海面が迫った。
「…………!?」
ガンダムMkXの腕の力が緩んだので、アムロは、リック・ディアスを離脱させた。
「ウッ……!」
フォウは、苦痛に脂汗を流しながら、レバーに手を伸ばした。
海面直前でガンダムMkXはシールドを固定て飛行体型になり、海面を掠め滑走をした。水しぶきが上がった。
フォウは、ヘルメットを脱ぎ、パネルに突っ伏した。
「アムロさん」
「黒いガンダムは下だ! 迷っているとやられるぞ! あれは、危険だ!」
「分かっています!」
カミーユは、アムロの心配が分かった。
その頃、かなりの高度の衛星軌道上をアーガマがまわっていた。
「カラバから回答はあったのかっ!」
「ハッ! レーザーで回答を得ています。作戦行動には連動させられると言っています!」
ブライトの質問にトーレスが応じていた。
「……地球上のティターンズ基地からの長距離ミサイルには気をつけろよっ!」
ブライトがドスの利いた声をあげた。
スードリのブリッジで、交戦中の光が視認できる距離になった。
「もっと接近しろ! スードリは対空戦だっ!」
プラン・ブルタークの命令に、ブリッジの空気がザワッと揺れた。
「各員に近くの対空砲火を開かせろ! カラバを殲滅する!」
ガルダ・タイプの輸送機には、対空砲座はあまりない。もともとシャトル運搬用のものだからだ。それが戦闘をするというのでは、クルーが動揺するのは当たり前だった。
「将来、ティターンズの一員として有利な地位につきたければ、この程度の戦闘に動揺するなっ! アウドムラに仕掛けるっ!」
ナミカーは、ブランがインターカムを使っている間に、ブリッジのハッチの方に後ずさりしてゆき、ダッと飛び出していった。
ブランは、ホンコンを攻撃したにも拘《かかわ》らず、何の成果も上げられなかったことに不安がったのである。
なんとしても戦果を上げなければ、自分が責任を問われるだろう。ガンダムMkUを落とせず、アウドムラを捕獲できなかったことについては、ホンコン市長の問題ではない。
ブランは内心、特攻をかけてでも、アウドムラを落とす覚悟で不要なクルーの脱出を許可した。
「……ガンダムMkXなど、当てにはできん」
スードリの格納庫に駆け込んできたナミカーは、そこが、怒声と悲鳴に満たされているのを見て唖然とした。
ブランの放送を聞いて、危機感を持ったクルーたちが、スードリを脱出しようとベース・ジャバーに殺到していたのだ。
「こ、これが、ブランの部隊!? なにが軍人よ」
ナミカーは唾棄しながらも、乗り込めるベース・ジャバーがないものかと探した。
一機のベース・ジャバーが、コクピットに数倍のクルーを乗せて移動してきた。ナミカーは壁際に逃げたが、ベース・ジャバーのテール・ノズルの噴射が直撃して、ナミカーは壁沿いに吹き飛ばされて転がった。
ハヤトは、通信員の後ろからパネルを覗き込んで聞いた。
「アーガマからの入電、まだか?」
「まもなくの予定ですが、……雑音がひどくて……」
「レーザー発振しています。上空では捕捉できるはずです」
「しかし、打ち上げるものがなければ、アーガマが来ても意味がない……」
「なんとかなりませんか? アムロ大尉は、カミーユとガンダムMkUを宇宙に戻してやりたいって必死でしたが?」
「必死だけでは、宇宙には上がれないんだよな」
ハヤトは、丸い顔をゾロッと撫でながら、いくつも浮かぶ雲の間を擦り抜けて、敵の目を回避しようとしたが、何度目かのミサイルが、アウドムラの機体を揺すった。
フォウは、頭痛が薄らいだものの、まだ背筋にゾクッとする不快感が残っていた。
それでも、フォウは、マルチ・スクリーンに、MkUの機影をとらえて離さなかった。
「どうする……カミーユ……」
そのMkUにアムロのリック・ディアスが接近する。
「カミーユ、下がれ!」
「僕がやります!」
「やれるのか!!」
「やれますよ!」
そこへ向けて、ガンダムMkXは、インコムを飛ばし、ビームを連射した。が、MkUとリック・ディアスは、見事に回避をした。
「チッ!」
フォウは、苛立ってきた。死角からの射撃なのである。それを回避するというパイロットは、事前にビームの発射を予測しなければできない。
二機のパイロットは、それができる。
フォウは、カミーユという存在を忘れなければ、記憶を取り戻せないと分かった。
ガンダムMkXはMkUに追いすがり、MkUの乗るドダイ改のテール・ノズルを粉砕した。
「うわっ!?」
カミーユは、MkUのバーニアをかけて離脱し、ガンダムMkXに向かって身構えようとしたが、その巨体は、MkUを抱きかかえた。
避けさせないためには、掴み、潰すしかないとフォウは判断したのだ。
「フォウ……!」
ガンダムMkXはMkUを抱きかかえたまま上昇をした。
「スードリが突っ込んできます!」
「なんだと!?」
ハヤトは、その報告に正面のモニターを見た。スードリの実映画像があった。それは、視覚と同じ映像を映し出す。
「来るのか?」
ハヤトは、航空機が、船と同じように対空戦闘をやるなどということを想像したくなかった。スードリのサイドハッチからベース・ジャバーが一機飛び出すのが見えた。
アウドムラから発したネモ隊はスードリに攻撃を掛けるが、スードリの砲座の集中攻撃を受けことごとく火ダルマになった。
アムロは、スードリとアウドムラが接近し始めたのを見て、リック・ディアスを戻した。そこにスードリのビーム攻撃が向いた。
「実戦訓練が行き届いている!」
アムロは、そう実感した。ナミカーに聞かせたい言葉である。
フォウのガンダムMkXは、MkUを抱きかかえたまま上昇を続けていた。
雲海は遥か下方にあった。しかし、MkUの腕は、左右に開かれてガンダムMkXの圧力に抵抗をしていた。
しかし、似たような顔を持つ二機のモビル・スーツは、知らない者が見れば、抱き合っているとしか見えないだろう。
「……フォウ、駄目だっ! なんで君と戦わなくっちゃいけないんだっ!」
「……放っておいて!」
「フォウ! 装甲越しに話すのは嫌だ。今からそっちに行く」
フォウは、想像もしなかったカミーユの言葉に息をのみ、受け入れてはいけないことだと思った。
「そんなこと……!」
が、フォウの狼狽を無視して、MkUのハッチが開いた。
強風がカミーユを襲い、ほとんど身動きができない。
「バカなっ……!」
フォウは、そのカミーユの姿をモニターに見た。それはとても小さい体だ。
それが敵対する自分に会いにこようというのである。
フォウは、ガンダムMkXの上昇をやめさせた。対地相対速度が緩慢になり、カミーユの体が動きやすくなったはずだ。
しかし、ボヤボヤしていると、カミーユの体は浮き上がってしまうはずだ。
カミーユは、ガンダムMkXのハッチに飛びついた。フォウは、やむなくハッチを開いた。
フォウはもう、カミーユの体を空に放り飛ばすだけの勇気はなかった。
ハッチの向こうには横風を受けながらも、ハッチに必死にしがみつくカミーユの姿があった。
それは、実際のカミーユの姿なのだ。
「……フォウ……!」
「……無茶をする……」
フォウは、ヘルメットのバイザーをあげた。
本能的に、自分の視界を遮る全てのものを取り払いたくなったのだ。
「……一緒に行こう……フォウ!」
カミーユは、フォウのシートににじり寄りながら言った。
「駄目よ!」
「……俺は、フォウにウソをついていたんだ」
またフォウには想像もつかない言葉が、カミーユの口から出た。
「ウソ……? 何?」
「両親がコロニーにいるって言ったろ?……あれはウソなんだ。二人とも死んじゃってるんだ。エゥーゴとティターンズの戦いに巻き込まれて死んだんだ。……俺の目の前で」
「……私は、それを聞いて同情すればいいの?」
フォウは、必死に思いつくだけの皮肉を込めて言ったが、カミーユは、何かにつかれたように言葉を続けるだけだった。
「僕はコロニーのグリーン・ノア1に住んでいた。そこのハイスクールに通っていたんだ。父はフランクリン・ビダン。モビル・スーツの設計技師だ。あのMkUも父が設計したものだ。母はヒルダ・ビダンってね、材料工学の専門家だった」
「……何を言ってるの、カミーユ……?」
フォウは、必死に自分に何かを訴えかけようとする少年を見つめた。
人の話は、聞いてあげなければならない……。
「幼馴染みの女の子がいてね。いまもエゥーゴの戦艦に乗っている。彼女はいつも僕を叱ってくれた……カミーユ、カミーユってね。それが、僕はいやだったんだ。カミーユって人前で呼ばれるのがいやだった。なぜだと思う? カミーユなんて女みたいな名前だよ。それで大嫌いだったんだ」
フォウは、もう口をはさもうとはしなかった。
「僕が空手をやったのはね……ア!」
風が背後からカミーユの体を押しやった。フォウは、カミーユの体を胸で受けた。
右手を、カミーユの背中にまわし、カミーユの体をささえた。
「……空手をやったのは、女みたいなのは名前だけで、ホントはずっと男っぽいんだって、自分に証明したかったからさ。……カミーユなんて名前、大嫌いだったからさ」
カミーユは、フォウの胸に顔を埋めていた。フォウにはカミーユの顔は見えなくなっていた。大きなヘルメットがフォウの前でかすかに揺れているだけだった。
「……それから、ずっと戦ってる……いろんな人と出会ったよ。クワトロ大尉、ヘンケン少佐、レコアさん、エマさん、アムロさん、ハヤトさんなんて人もいる。ロベルトさん……敵も味方も大勢死んでいったのを見たよ。宇宙で戦い、月に行き、そして、もうこれ以上人が死ぬのなんて見たくもない……」
カミーユのヘルメットがガクガクと揺れた。
フォウは、カミーユが泣いているのが分かった。
「……なにを言ってるんだ俺は……」
カミーユの手は、何かをもとめるように、フォウの乳房をさぐっていた。
「……ひとつだけ聞いていい?」
「…………?」
「いまでもカミーユって名前、嫌い?」
「好きさ。……自分の名前だものな」
「そう……」
フォウは、ちょっと微笑んだ。そして、足のホルスターから拳銃を抜き、その拳銃をカミーユのヘルメットに向けた。
「お互いの居場所に戻りましょう。ここはカミーユにはふさわしくないわ」
カミーユのあげた顔は、涙でベトベトになっていた。
「……フォウ……」
フォウは、カミーユのヘルメットの脇で拳銃を撃った。
「!? フォウ!」
「MkUに戻って!……カミーユ。今度は、あなたの胸を狙うわよ!」
カミーユは、腰を上げて、後退をした。
「どうして……!」
フォウは、唇を歪めてまたも拳銃を撃った。弾丸がカミーユの腕を掠めた。
カミーユは、足を滑らせてMkUのハッチまで後退をした。フォウは、カミーユの体がコクピットに転げ落ちるのを確認しながら、ガンダムMkXの出力をあげた。
「フォウ!」
カミーユは、ガンダムMkXのハッチが閉まるのを見たが、その奥のフォウは、硬い表情をしたままなのが分かった。
「カミーユ……もう忘れないよ、二度と……」
寂しげな微笑みを浮かべたフォウは、すぐ表情を引きしめて、ガンダムMkXの腕をMkUから離すと、機体を揺すって上昇を掛けた。
そして、スードリに向かって急降下していった。
「フォウ!?」
MkUは、ガンダムMkXを追おうとしたが、ガンダムMkXは速かった。
スードリの砲座を狙撃するしかない攻撃に、アムロは苛立っていた。
アウドムラとの距離が近すぎるのだ。もし、爆発でもしたら誘爆する危険があった。
降下したガンダムMkXは、周囲のモビル・スーツ隊を無視して、スードリの後方に回り込み、そのまま後部ハッチから突進した。
相対速度を無視して突っ込んだのである。
スードリの巨体が激震した。
「なに!?」
スードリのブリッジのブランは、体を放り出された。
「今の衝撃はなにか!?」
「フォウ少尉がガンダムMkXで格納庫に飛び込みました!」
「なんだとっ!」
「少佐! フォウが、格納庫のシャトル用のブースターを移動させています!」
艦内監視要員の報告だ。
「なに!?」
ブランは、モニターを確認して、ブリッジから飛び出した。
ガンダムMkXを追ったMkUは、アムロのリック・ディアスの乗るドダイ改に拾われた。
「カミーユ! 黒いガンダムはどうしたのだ!」
「分かりません。ともかく後退してくれました!」
スードリは、やや速度を落とした。アウドムラとの距離が大きくなっていった。
フォウは格納庫のクレーンを操作して、シャトル用のブースターを翼の下のハンガーに移動しているところだった。
サイドハッチの脇にある操作盤を使っているフォウの姿を、エレベーターから出たブラン・ブルタークが見つけた。
「少尉、なにをしている!?」
「邪魔するな!」
ブランが拳銃を抜こうとしたが、それより早くフォウの拳銃が火を吹いた。強化された肉体のリアクションは、通常の人間の比ではなかった。
「アウッ!」
ブランは、肩を撃ち抜かれて床に転がった。
フォウは、ブースターが翼の下の定位置におさまったのを見届けると、拳銃で操作盤を破壊して、ガンダムMkXに走った。
「フォウ! どこに行くのですっ!」
壁際に埋まったナミカーだった。
「!?」
フォウの防衛本能が、ナミカーを抱き上げさせた。そして、ナミカーをガンダムMkXに運び込もうとした。
「ウッグ!」
フォウの体がナミカーを抱きかかえたまま、前に倒れた。
ブランが左手で撃ったのだ。
「……説明してもらおう! フォウッ!」
フォウは、ナミカーの体の下から自分の手を抜くと、振り向いた。
「最初に言ったはずだ。好きにやらせてもらうと!」
「小娘がっ!」
プランはまた発砲した。
フォウの左肩が撃ち抜かれ、フォウの上体が揺れた。
「カミーユ!!」
そのフォウの心の中の言葉は、カミーユを直撃した。
「フォウ……!?」
カミーユは、浮上してゆくスードリを見上げた。
「カミーユ、聞いたか!?」
接触回線でアムロが言った。
「アムロさん……!」
「スードリのブースターで宇宙に帰れと言った。フォウという女の声か?」
「は、はい……!」
格納庫のサイドハッチの脇の操作盤に駆け寄ったブランは、舌打ちをした。
操作盤は焼け焦げて使用不可能になっていた。
スードリの翼の下にはシャトルのブースターがあった。なぜ、フォウがこんなことをしたのか分からなかった。
前方からはMkUとリック・ディアスを乗せたドダイ改とネモ数機が、接近してくるのが見えた。
ブランは一瞥をくれて、ブリッジに向かった。
「カミーユ、ブースターに取りつけ! アーガマはこの上にいるんだ! 俺が援護する!」
「でも……」
「怖いのか?」
「違います!」
「フォウもそれを望んでいるからスードリのシャトルが出たんだ! なんでそれが分からないっ!」
アムロの言う通りなのである。カミーユは、スードリの翼の下にさがっているシャトルが、フォウの意思によるものだと分かってはいた。
リック・ディアスは、ドダイ改を離脱して、まだ開いているスードリの砲座にビーム攻撃を加えた。
「カミーユ!」
「は、はい!」
カミーユは、MkUをドダイ改から離脱させて、ブースターの側面に取りついていった。
そして、アダプターを腹部にあるジョイント部分にセットしていった。
「発射角度は……ええいっ! 何も考えない! コントロールしてみせる!」
カミーユは、周囲を見、スードリのサイドハッチの奥にフォウを探した。
「MkUがスードリのブースターに取りついた!?」
「あれはシャトル用ブースターです!」
「あれで宇宙に行こうというのか? カミーユ!」
ハヤトは、感嘆した。
「重量物用のブースターです。力には余裕がありますから大丈夫。コントロールさえできればアーガマの高度まで上がれます!」
「よし、支援しろっ!」
ディスプレイにブースターの概算データが出る。カミーユは、キーボードを叩いてみる。なんとかなりそうだった。と、カミーユはその手をとめた。
「そうか……フォウ!? 怪我をしているのか!?」
カミーユは、先刻のフォウの絶叫の意味が分かった。
ナミカーを引きずるようにしてガンダムMkXのコクピットの下まできたフォウは、血まみれだった。
ブースターにMkUが取りついたことが雰囲気で分かった。
「……カミーユ……」
フォウは、ガンダムMkXの操縦席に倒れ込んだ。
スードリのブリッジに駆け込んだブランは、操縦席の兵を押し退けると、
「アウドムラにぶつけろと命令したろ!」
言いざま操縦桿を引いた。
「少佐!」
「今からでも逃げられる。貴様たちは脱出しろ!」
ブランは、アウドムラの後部に向けてスードリの出力を最大にしていった。
アムロは、そのスードリの挙動の変化に、コクピットを潰すしかないと判断をした。
リック・ディアスを、スードリの背中に乗せ、コクピットにビーム攻撃をかけた。
パッと、コクピットの上部に閃光が走り、ブランたちは、火のなかに包まれた。
スードリは、機体を前に傾け、そして今度は反動で頭を上げた。
「カミーユ! 発射だ!」
「はい!」
カミーユは、キーボードを叩き、ブースターを発射にセットした。カウント・ダウンにまだ十秒ある。
その間にスードリが頭を下げでもしたら、シャトルは、MkUを海に向かって打ち出すことになる。
アムロは、リック・ディアスをスードリの垂直尾翼に向けた。
「十、九……」
アムロは勝手にカウント・ダウンをして、垂直尾翼に向かってビームを撃ち込んだ。
ドウッ! 爆光が脹れ上がりスードリは、またも頭を上げていった。
「アーガマ、こちら側に回り込みました!」
「よし、こちらの状況を光モールスで伝えろ! ガンダムMkUはいつ飛び出すか分からんとなっ!」
ハヤトの命令に、アウドムラは、レーザー発振器の方位をアーガマのいると思われる天空に向けた。
「五、四、三……」
カミーユは、スードリが正確に仰角姿勢になったのに感謝した。
「アムロさんか……?」
ガンダムMkXは、アムロの垂直尾翼の攻撃で機体がスードリから滑り落ちそうになっていた。フォウは、ナミカーの体を引き上げるのがやっとだった。
機体の震動が激しくなった。
噴煙が格納庫を満たし始めた。
「カミーユ、サヨナラ……」
フォウは、微笑んでみた。気絶したナミカーの背中に向けて……。
「二、一……」
ドウッ! スードリに格納されていたブースターに誘爆が起こった。同時に、MkUが跨がったブースターにも火が入った。
スードリ後部の装甲が吹っ飛び、真っ黒な噴煙が噴き出すなか、MkUを乗せたブースターが、スードリの翼の下から発進した。
同時にスードリも大爆発を起こした。
アムロは、リック・デイアスを降下させながら、天空に向かって尾を引くブースターの航跡を見上げた。
アウドムラの横を掠めたブースターは、急角度で上昇を続け、ガンダムMkUを宇宙に帰していった。
爆発の炎に包まれたスードリは、黒い塊となって太平洋に落ちていった。
「……カミーユ、迷子になるなよ……」
それは、アムロとハヤトの感慨であり、フォウの心の言葉であったかもしれない。
強力なGに耐えるカミーユの頬には涙があった。
「……これで良かったのかい……フォウ……」
それがカミーユの精一杯の惜別の言葉だった。
「来ました!……ブースターです!」
「よし、降下開始!」
「ラジャー!」
アーガマは、船首を百八十度回頭すると降下し、軽い爆発とともに船尾からバリュートを展開させた。
薄い大気層との摩擦熱から船体をカバーするのである。
バリュートは、次第に摩擦熱で真っ赤な火の玉になってゆくが、その船首では、ガンダムMkUの回収作業の準備が行われていた。
「アーガマ!」
カミーユにとっては、涙が乾く間もない時間であった。
赤い灼熱した航跡が視認されると、カミーユは、バーニアを噴射させて、ブースターから飛び上がった。
フォウの命をかけて用意されたブースターが、急速に後方に流れていった。
MkUの眼前をアーガマが通過する。
その瞬間、アーガマからケーブルが射出され、アーガマの火の玉の尾の部分に入ったMkUは、飛んできたケーブルを掴んでいた。
「ガンダムMkU、キャッチ!」
「よし! 大気圏離脱!」
ブライトは、晴れやかに言った。
太平洋を飛ぶアウドムラからは、そのアーガマの航跡は、ゆっくりとした流れ星のように目撃された。
そして、レーザー発振の光が、アウドムラに向かって小さく点滅をした。
「回収作業完了です」
ハヤトは、黙って頷き、入ったきたアムロを見やった。
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[#目次9]
第九章 |Z《ゼータ》ガンダム
ルナツーの周辺の宙域は、にぎやかである。
この表現は、不穏当である。
巨大な陰謀が進んでいる宙域を指して、にぎやかというハレの表現を使うのは良くない。
が、その宙域に活気があることは事実であった。
ルナツーは、元来、コロニー用の鉱物資源を採掘するためにアステロイド・ベルトから運ばれた小惑星ユノーである。それが今は、また丸く小さくなっていた。
そのルナツーの左右には、グリプス1とグリプス2があった。
サイド7にあった密閉型コロニーのグリーン・オアシス2が分離したものである。それが、二つに分離してルナツーを中央にして回転をしていた。
そのレモン形に近い岩の塊の近くには、複雑な骨組みで構成された巨大な船が停泊していた。
その全長は、三キロを越えよう。
木星からヘリウム3を運搬する輸送船、ジュピトリスであった。
ティターンズとエゥーゴの動きが表面化した頃に木星から帰還してきた船である。
が、その輸送隊長、パプティマス・シロッコは、その船にはいない。
グリプスで建造されたティターンズの新造戦艦ドゴス・ギアにいたのである。
そのドゴス・ギアは、いましもグリプス2から出港するところだった。
シロッコが、作戦参謀として乗り込み、ドゴス・ギアの慣熟訓練のために出港するところであった。
ドゴス・ギアのブリッジに立つパプティマス・シロッコにとっては、この行動は、予定通りである。
シロッコは、昨日までは自分が指揮をしていたジュピトリスが、静かにその姿を横たえているのを見守っていた。
「艦長、ドゴス・ギアをジュピトリスに接近させてくれ」
「ハッ?」
「見送ってくれる人がいる。挨拶をしたほうがいい」
「どこに?」
「サラには、分かるか?」
シロッコは、振り向きもしないで、背後の少女に聞いた。
「はい、ジャミトフ・ハイマン様がいらっしゃいます」
「ジャミトフ閣下が?」
艦長は、慌てて手元のコントローラーを使って、ブリッジ前方のウインドゥに、右舷に見えるジュピトリスを拡大していった。
「ああ……そこです」
その少女が言った。下士官の制服を着ていた。名前をサラ・ザビアロフという。十六か十七歳にみえる。やや切れ長の瞳をした少女である。
「ここか?」
艦長は、ウインドゥの動きを止めて、その一部を拡大していった。
その映像にジュピトリスの構造材が映し出され、その構造材に隠れるようにして、ブースターをつけたテンプテーション・クラスの小型シャトルがあった。
「ホウ……あれは、閣下のシャトルだ……」
艦長は、わずかにドゴス・ギアの進路をジュピトリスの方に寄せていった。
そのクルーの動きもシロッコの目から見ると、まどろっこしく見えたが、シロッコは我慢した。
(……俗人がやることは、こんなものだ。この程度のことで腹を立てては……天下はとれない……)
そういった我慢の仕方である。
ジュピトリスに身を隠すようにしているそのシャトルは、ジャミトフ・ハイマンの専用機である。
そのラウンジは、一見すると豪華なリビング・ルームに見える。
片隅には、バーコーナーがあり、バニーガールのようなコンパニオンの姿も三人見えた。
そのリムジン風の窓からドゴス・ギアの出港を見送るジャミトフの背後には、数名の武官が従っていた。
ジャミトフは、満足であった。
グリプスが、ルナツーと接触をして、宇宙要塞の体《てい》を整え、ようやく艦隊を敵に対して発進させるまでになったからである。これで、アフリカ、セネガルの首都ダカールで開催される地球連邦政府年次総会で、地球連邦軍の指揮権をティターンズに委譲する決議案が可決されれば、地球連邦軍は、事実上ジャミトフの手の中に入るのである。
ジャミトフは、かつてのジオン公国のギレン・ザビの主義に共感する男である。
ジャミトフは、ギレンの主義は良かったのだが、やり方が間違っていたと信じる男であった。
独裁が見えすぎるのが良くなかったのだ。
大体、ジオン・ダイクンの意思を受ける態勢を引き継がざるを得なかったギレンでは、もともと敗北を喫する要因を抱えているに等しかったとジャミトフは見ていた。
「頑冥な人々は、地球上で掃討し、無知無能な者は、コロニー開発に追いあげる。それが、地球上から人間を排除する方法なのだ。今となれば、地球に残りたがるエリート意識に凝り固まった選民《エリート》は、危機に陥った地球に残して、飢えさせれば良いのだ。が、そんな手段を講じているうちに地球が疲弊しすぎるという危機感があるからこそ、軍を組織して地球経済に打撃を与え、ついでに地球上の選民を抹殺する……」
それがジャミトフの予定である。
その理論の一面は正しい。
しかし、物理的な手段を講じてしまうところに、ジャミトフの傲岸さがあった。
が、それもジャミトフ自身が認めているところなのだ。
「歳だ。いつ死んでも良い。私の死ぬまでに、地球圏に対して必須のことをやってみせる」
そのために、ジャミトフは、一年戦争の終息と同時に、自身の血の類縁の全てと訣別をして、ティターンズの組織作りに入ったのである。
「……時代が要求するのだ。でなければ、ジオン公国の旗揚げもなかった……」
今、目の前で発進してゆくドゴス・ギアの完成は、ジャミトフにとって十分期待に応えてくれるものであった。
勿論、地球連邦政府年次総会に秘密で建造をした宇宙空母である。
が、すでに就航をしたというニュースだけで、地球連邦政府総会への恫喝となった。
これをもってして、地球連邦政府年次総会に乗り込めば、地球連邦軍をティターンズの指揮下に置く議案は、可決されるであろう。
しかし、地球連邦政府年次総会の全ての議員が、ジャミトフに屈したわけではない。
なかには、エゥーゴに荷担することを意思表明している議員もいた。
それらの議員は、ジャミトフの本質を危険視して、はっきりと独裁指向であると非難する者もいるのだ。
そんな総会に対してドゴス・ギアの存在だけでは不十分ならば、ジャミトフは、次の手段を講じる用意もあった。
アポロ作戦である。月の正面玄関ともいうべき都市、フォン・ブラウン市の制圧である。
その作戦の実施を匂わせれば、地球連邦政府の反ジャミトフ派といえども屈服するであろうと読んでいた。
「それでもいうことをきかなければ、ジャマイカンが提案をしたコロニー落とし作戦をグラナダに仕掛ければ良い」
それが、ジャミトフの地球連邦政府総会対策であった。
「大体、月の裏側のグラナダに拠点を持てば、地球連邦政府を恫喝できると考えているエゥーゴが甘い……地球の連中は、想像以上に頑冥な輩の集まりなのだ……」
ジャミトフは、グリプスを視察した経緯を思い出しながら、ほくそ笑んだ。
「ドゴス・ギアが本艦を見つけたようですな」
武官のひとりがジャミトフに遠慮気味に言った。
「…………!?」
ジャミトフは、鼻を鳴らして、接近するドゴス・ギアの姿を見た。
窓際のモニターにドゴス・ギアのブリッジが拡大表示され、その映像のシロッコが、ジャミトフに向かって敬礼をした。
「……フフフ……よくこの船を見つけたものだ……」
背後で追従笑いが起こった。
ジャミトフは、窓越しのシロッコに向かって軽く敬礼を返すと、シートに体を流していった。
ドゴス・ギアのテール・ノズルが巨大な閃光を発して、ジャミトフの船とジュピトリスをあとにした。
ジャミトフは、体をシートに固定して言った。
「パプティマス・シロッコ……。はたしてどういうつもりか……?」
「と申しますと?」
背後の武官が耳聡く聞き返した。別の武官が、コンパニオンにジャミトフの飲み物を運べと手で示した。
「シロッコは、ただの輸送船のキャプテンではない。彼がジュピトリスで試作したモビル・スーツを見ただろう?」
「素晴らしいものでした……」
「そうだ。彼は、木星の往復の時間を無駄にはしない。そして、世捨て人のような暮らしをあの若さでやることもできる。その反動が彼の能力として発現するのがこの局面だ」
「ああ……。出世欲の亡者になると?」
「それもあり得るが……ニュータイプのかもしれん。気をつけなければならん若者だ」
ジャミトフは、そう思う。
「……まさか……閣下に忠誠を示す血判の誓約書を書きました。彼自身の発案で……」
「ああ……」
ジャミトフは、無理に笑ってみせると、
「見せてくれ……」
いつの間にが船は移動を始めているようだ。
コンパニオンが、ジャミトフのテーブルに飲み物のパックを固定した。
その白い腕は若くのびやかであった。
武官が、大きな鞄の中から一枚の誓約書を出して、ジャミトフに渡した。
「これ、これだ……」
ジャミトフは、その仰々しい書きつけを手にとった。
「……閣下に対して忠誠を約し、違約あらば、命を差し上げます。パプティマス・シロッコ……」
そのサインの下には、黒く変色した血の指紋があった。
シロッコの右親指のものである。
グリプスの謁見の間で、シロッコは言ったものだった。
「サインだけでは、信憑性がありません」
そして、サインの後、ペンを置くとポケットからナイフを取り出し、親指に当てて血を滲ませ、それをサインの下に押したのである。
ジャミトフは、その芝居がかった動作をするシロッコを見守りながらも、ぬけぬけとそれをやってみせる若者の気骨を愛した。
少なくとも、利用できる男であると判断をした。
長期の航行と、木星の引力圏での作業を一年余りやって帰還する業務は、なまなかな人間にはできることではなかった。
それを果たしたシロッコは、地球圈に接触をした時に、エゥーゴとティターンズの動きを睨んでグリプスに入った男である。
若いのに、油断がならないとジャミトフは踏んだ。
誓約書の血判を見ると、シロッコの狡猾さが見えるようであった。
ジャミトフは、誓約書を武官に返しつつ、
「急いでくれ。総会に遅れるようなことがあってはまずい……」
ジャミトフの船のテール・ノズルが巨大な閃光を発して、地球に向かった。
流れる宇宙の光景に、地球が重い塊となって横切った。
ガンダムMkUのコクピットは、久しぶりに宇宙空間を映し出して、生き生きとしてみえた。
モビル・スーツは、本来、宇宙で使う道具である。
カミーユも、宇宙の茫漠とした空間の『無』を感じて、その中に意思を放散させる快感に浸っていた。
突然、カミーユのヘッドホーンにトーレスの声が響いた。
すでに、アーガマとの距離はそれほど遠くないのだ。
「なにやってるの! フォワード1!」
カミーユは、ハッとしてガンダムMkUの機体の回転を止めた。
「まっすぐ帰って来るんだよ! そんなんじゃ、ミノフスキーが薄くなってても、迷子になっちゃうぞ!」
カミーユは、ムッとして、
「了解っ! フォワード1、帰還します」
「報告は直接ブリッジで口頭で行うことっ!」
「了解! 口数が多いんだからっ!」
「聞こえたぞっ!」
「……あっ……!」
慌ててヘッドホーンのスイッチに手をやっても遅かった。
カミーユは、点のようなアーガマを確認すると出力をあげた。
見慣れたアーガマの、その形がしっかりとしたものになってくる。
ガンダムMkUは、着艦態勢に入って、ゆったりと速度を合わせていった。
「こちらセンター・バック。フォワード3、得点のあるなしに拘らず、ゴールに戻れ」
キースロンが、四方に展開をした索敵機に向かってコールしていた。
「フォワード3。了解した」
ウインドゥには、地球と月のポイントが図示されて、幾つもの艦隊行動の予測コースが示されていた。
アーガマは、月に近い軌道上を航行しているのが図示されていた。
そして、そのアーガマから発した索敵中のラインが、伸び消えしていった。
ブライトは、そのウィンドゥのひとつを操作して、ルナツーから月に向かうコースの地球寄りの部分を拡大していた。
「ティターンズの艦隊が幾つかに分かれて行動しているという……が、このコース上には、何もないというのか?」
「地球の周回コース上には、艦影が少なかったですよね?」
「ああ……しかし、我がアーガマは、少しは知られた艦だ。アーガマの動きを止めようとするティターンズがいないというのが不思議なのだ……自惚れかね?」
ブライトは、サエグサの言葉に自嘲的に答えた。
アーガマが、地球周回コースで睨みを利かせていたのは、地球上のティターンズの動きをチェックする目的があったからだ。その一環としてカミーユを回収した。
そして、新たな作戦のため月に向かっていた。
そのコースが、あまりに平穏であることにブライト・ノアは、不安であったのだ。
この間に、ティターンズの艦隊がどこかで巨大な作戦を行っているのではないかという不安があるのだ。
「艦長……」
エマ・シーンが、ハッチを開いて入ってきた。
「索敵、ご苦労!」
「……敵の動きがチェックできず、申し訳ありません」
「ン……」
曖昧な返事をするブライトに、エマは言葉を被せてきた。
「近く地球連邦政府年次総会が開催されます。クワトロ大尉は、総会に出席するブレックス准将と地球に降りられたのでしょう?」
「ああ……?」
「……ティターンズに有利な法案を地球連邦政府年次総会で可決させるためには、ティターンズは月を狙いますよね?」
「……だから、我々はフォン・ブラウン市に向かっているのだ。あそこを制圧されたら、地球も月もティターンズの好きなようになる……」
「……なのに、なぜこのコースに、敵の艦の動きがないのでしょう?」
エマは、苛立たしそうに傍らの艦艇の予測コースを表示してあるウインドゥを覗き込んだ。
「カミーユ・ビダン、帰還しました」
「……接触した輸送艦は?」
「コロニー公社のものでした。偽装していません。荷物も見せて貰いましたから……」
「ご苦労」
カミーユは、軽く敬礼をすると、トーレスの方に向かった。
「グリプスから発した艦隊か、それに合流すると思える艦を掴まえんと、エゥーゴの艦艇をどこに配備したら良いか分からんことになる」
「……月の正面ではないのでしょうか?」
エマは、確信に満ちた表情をブライトに向けた。
「どうして?」
「この戦争は、短期決戦でしょうから……」
「それが、元ティターンズにいた君の感覚か?」
「……はい……」
遥かな地球と太陽と月の間……。
ドゴス・ギアの特異な艦影が、太陽光線を受けて鈍く光っていた。
ドゴス・ギアは、過去の地球連邦軍の艦艇に比べたら数倍する宇宙空母である。
左右にモビル・スーツ発進用のカタパルト・デッキだけでも十二基あり、そのデッキからは、十数戦隊のモビル・スーツ隊の発進と回収の訓練が続けられていた。
モビル・スーツは、同じタイプのものを使用するわけではない。個々の能力差があり、発進も回収手順も機種ごとに少しずつ違う。
それをデッキのクルーにのみ込ませるためには、訓練以外に練度を高める方法はなかった。
ティターンズの組織は、雑多な職能の集団と考えて良い。
それを一つの艦のクルーとして慣れさせ、シャバっ気を抜かせるためには、ヘトヘトになるまでの訓練の繰り返しがもっとも有効なのである。
兵が、なんのために戦うのかと迷うようでは、戦場では使えない。
条件反射で任務を敏速に消化することが、生きのびるための最善の策であることを教えるには、古今東西この方法以外にない。
納得すればできるという発想こそシャバっ気の最たるものであって、軍はそんなふざけたことは認めなかった。
「考えるのは、後で良い。考える時間を手に入れるためには、勝つしかないのだ。勝ったうえで、平和のありよう、人の生きようを考えて示せば良い。それまでは、命を預けてくれ」
サラ・ザビアロフは、そのシロッコの言葉に、感動をしたのである。
サラが、グリプスに呼ばれたのは、一年も前のことであった。
孤児院から出て、ハンバーガー・ショップの店長になったサラの特異な才能は、グリプスのニュータイプ研究所のスタッフの目にとまった。
そして、週一回のニュータイプ研究所に通う生活は、サラにとっては、どうということのない生活であった。
そのうえで、パイロット要員として訓練に入らないかと誘われて、ハンバーガー・ショップをやめたのは半年前のことであった。
そして、グリプスの移動が始まった頃には、サラはモビル・スーツ訓練を続けていた。
サラは、ニタ研で体をいじられたという記憶はない。
ただ、ひどく若いモビル・スーツ・パイロット要員として珍しがられただけであった。
ティターンズのパイロットが地球から上がってきてからは、サラたちは忘れられた要員として、与えられた訓練を繰り返していただけであった。
それが、ジェリド隊の編成と同時期に、サラはドゴス・ギアに呼ばれたのである。ドゴス・ギア麾下のモビル・スーツ隊への配属であった。
サラは、シロッコの前で、飛行終了の報告を口頭で行った。
シロッコは、そのサラに細い目を向けて笑い返してくれた。
明らかに、シロッコは、サラの能力に興味を持っていた。
「私を気にしてくれている人がいる……それが、たとえ“高い人”であっても、私をこんな風に見てくれる人がいるということは素敵だ……」
サラは、そんな思いを抱いていた。
だから、訓練が苦しいとは思わなかった。サラは幸福な気持ちで、ノーマル・スーツ・ルームに向かった。
「マウアー・ファラオ少尉! ジェガンは、どうか?」
「ありがとうございます! 良いモビル・スーツであります!」
サラは、その湿ったマウアーの声に振り向いた。
シロッコの席の前に、いかにも女だという感じのマウアー少尉が立っていた。
ジェリド・メサ中尉と良い仲だと噂がある女性だった。
「……この作戦の中核は、少尉とジェリド中尉のジェガン隊が握っている。期待をしている」
「はい……!」
「いや……むしろ、私は、重力に魂を引かれた人々を解放する仕事は、女性の仕事ではないかと思っている」
立ち聞きをする形となったサラは、シロッコは面白いことを言うと思った。
「しかし、エゥーゴが標榜する目的も、重力から人を解放することだと言っていますが?」
「エゥーゴだって地球圏にしばられている点では連邦の人々と変わらん」
遅れたジェリドが、シロッコに報告しようとして立ち止まった。シロッコの話が終わるのを待つ形となった。
「……ジャミトフ閣下は、地球の重力に引かれている人々を根絶やしにするために、地球連邦軍をティターンズにする予定でいるのだ」
「えっ……?」
「戦争を起こして、地球経済を徹底的に窮乏に追いこめば、地球上の人間は餓死だな。そうすれば、エゥーゴの言う通りに地球から人間はいなくなり、地球は自然の手に戻るだろう」
「そのために戦争? ティターンズとエゥーゴは、同じ目的で戦っているのですか?」
「表面的には、だ。問題はその後だ」
「分かりませんな」
さすがにジェリドが、マウアーの後から口を挟んだ。
シロッコは、ジェリドに応えた。
「その後の覇権を誰が握るかで、地球圏はどうとでもなる。エゥーゴならば、絶対民主政治に戻る。ティターンズならば、軍事政治だ。宇宙戦争がしょっちゅう起こる世界だ。共に良くないな。地球圏を治めるには新しい天才が必要だと思えんか?」
シロッコは、このような話をジェリドとマウアーにする機会を待っていたのだろう。
確信をもった言い方をした。
ジェリドは、勘が良い。ズイと前に出ると、
「その天才が、シロッコ司令だとおっしゃるのか?」
「ク、クククク……」
シロッコは、嬉しそうに笑った。ひどく口が歪む。
「私は、そんなに傲慢に物を考える人間ではない……私は天才が至る道を開く立場の者だと思っている。戦争終結後の支配者は、ジェリド中尉、君かもしれんが、マウアー・ファラオ、君かもしれない。私は、女系政治が、今後の世界のありようだと思っている。それを見届けたら、私は恒星旅行にでも出るさ……」
「……よく分かるお話ですが、なぜそんな話を私たちに?」
サラ・ザビアロフは、そのシロッコの最後の言葉にその場を外した。
(……戦争が終わるとパプティマス・シロッコ様は行ってしまうのか……)
サラは、かすかな動揺を感じた。
シロッコは、パイロットのチェック票を確認して立ち上がると、マウアーとジェリドに笑ってみせた。
「良く働いて貰うためには、私の気持ちを分かって欲しいからだ。ジェガンは、我がモビル・スーツ隊の中核である。ジャブロー以来、ジェリド中尉の戦歴を見て気になってな。中尉は、運が良いパイロットだ。度々《たびたび》の戦闘に必ず新しい敵と遭遇をしている。敗北もやむを得ない。が、生きのびてきた経歴は大切にして欲しいものだ。マウアー少尉は、よく補佐をしてな」
「ハッ!」
シロッコは頷いて、その場を後にした。
ジェリドは、口でこそ自分が傲慢ではないと言うシロッコの態度に、きな臭いものを感じた。
「……マウアーは信じるか? 奴の言葉……」
「やり方でしょ? 初めて指揮をとる若者の意気がりです。心意気としては分かるけど……ああ……あの態度が嫌いなのね?」
「シロッコ奴……俺たちを働かせるための当てつけさ」
「ジェリド、私がジャブローであなたを助けた勘を裏切らないで欲しいわ」
二人はノーマル・スーツ・ルームに向かった。
「現実は、奴の言うような大風呂敷の話だけでは何も動かん。我々は、ドゴス・ギアの能力を最大限に利用して、打倒アーガマを目指せばいい。そうすれば、ジャマイカンは抜け、バスクだって使える立場に立てるさ」
「そうね。期待しているわ……ジェリド」
「勿論さ……」
それから、半日と経ってはいなかった。
ドゴス・ギアのブリッジから、ジェガン隊の発進が命令されていた。
「なぜでありますか? 敵の艦影はキャッチしておりません」
索敵士官の問いに、シロッコは短く答えた。
「右前方にプレッシャーを感じたからだ。不服か?」
「いえ……プレッシャーと言いますと?」
「口では説明しづらい……。敵らしい……」
ドゴス・ギアから発進をしたジェガンは、編隊を組んで飛行していた。
ジェリドの周囲のモニターでは、宇宙が左右上下に流れていた。
ジェリドは、後方に追尾するマウアーのジェガンの動きが良好なのを、自分のことのように嬉しく感じていた。
それにつけても、シロッコは気にいらなかった。
「口では、なんとでも言えるよ。シロッコさん……戦争が終わったところで、自分だけいい思いしようっていうんだろ? 俺にとっちゃ、お前さんも蹴落とす敵だな……」
と、スクリーンの一角がキラリと光るものがあった。
「?」
モニターの一部を拡大する。アーガマであった。
「……俺は、ついている。……運も実力のうちだというのを信じる。そういった人間についている別の力を信じなければ、シロッコには勝てない……!」
ジェリドは、操縦桿を倒した。
が、もともとこの索敵行動が、シロッコの勘の良さで発令されていることをジェリドは忘れていた。
「ジェリド機、敵を捕捉!」
「よし! 第十三ジム・クゥエル隊、発進用意のまま待機だ」
「ハッ!」
「ジェガン二機の手並みを見せて貰うのが目的だ……。本艦は、危険のない程度に戦闘宙域に接近する」
シロッコは、ジェガン二機のパイロットの顔を思い浮かべて、一人ほくそ笑んだ。
「あの女、マウアーといったか……いいパイロットになれる素質はあるようだが、あの女、私とジェリドを比べる素振りがみえる……」
シロッコのなかのサディスティックな感覚がキリッと鳴った。
シロッコは、自分のそのような気性が十分に分かっていた。
白に近い服を身に纒《まと》うのも、そういった自分の気性を隠すためのものであるのも分かっていた。が、バンダナが頭を締めつける感触だけは捨てる気はなかった。
「総員、戦闘配置!」
アーガマの艦内放送が、トーレスの声をヒステリックに響かせた。
カミーユは、物もいわずにノーマル・スーツを着込んだが、エマ・シーン中尉の方が早かった。彼女は、お先にと声を掛けて、ノーマル・スーツ・ルームを飛び出していた。
「…………!」
カミーユも、一息遅れて走り出しながらヘルメットを被った。
モビル・スーツ・デッキからカタパルト・デッキに向かって移動する甲板の上には、エマのリック・ディアスが移動していた。
他に、ネモが三機、反対のカタパルト・デッキに出ようとしていた。
カミーユは、体を流してガンダムMkUのコクピットに流れていった。
「エマ機、カタパルト装備っ!」
その声が、カミーユのヘッドホーンにも飛び込んできた。
「敵は、モビル・スーツ一機の模様! 全周囲、索敵っ!」
ブリッジのトーレスの声だ。
「出ます!」
ドウッ! リック・ディアスが白いガスをカタパルトから噴出させて発進をしていった。
続いて数機のネモが出た。
ようやくガンダムMkUをカタパルト・デッキに出す順番が回ってきた。
「敵は!」
「まだ二機のみ!」
「捜せっ! そんなことはないはずだ! ガンダムMkU、出るぞ!」
「了解!」
カミーユは、ガンダムMkUを発進させた。
「妙だな……?」
カミーユは、前方に展開する味方機の航跡を見守りながらも、宇宙が一面、奇妙な気配に満たされているような感覚に襲われていた。
そう、索敵をした時のように宇宙を感じるというのではないのだ。
敵が出てくる時の戦場の感覚、パターンといったら良いか? そんな鋭い気配を感じたのである。
敵と遭遇した時の圧迫感に似ていた。そういった空気を感じるのだ。
宇宙に空気はないが、それに代わる気配を感じとれるのだ。
波動といったら良いだろうか?
「……そうか!……来るな……」
カミーユは、MkUの出力をあげると、エマ機に接近するために、ネモ機を追い越していった。
エマ中尉の操縦するリック・ディアスにMkUの腕を伸ばして接触をする。
「エマ中尉!」
「何か?」
「ただのモビル・スーツじゃありません。注意して!」
「了解!……」
カミーユは、外界の気配を正確に感じ取れるセンサーが働いているのを感じた。
「来ます!」
カミーユは、突然、怒鳴っていた。
同時にカミーユ機とエマ機の間をビームが貫いていた。
カミーユが、感じ、二機を分けるように行動をしていなければ、直撃が受けていただろう。
と、動きが遅かったエマ機を選ぶようにして、ジェリド機のジェガンが接近をした。
その時は、エマもまた拡大モニターにジェガンの姿をとらえていた。
「……!……カミーユの言った通りっ!?」
「…………!?」
カミーユは、ジェリド機がエマ機を追うのを見て、MkUのビームを撃った。
ジェリド機は、パッとかわすや間近に迫り、エマ機を見た。
「くっ!」
ジェリドは、エマ機の頭をジェガンの足で蹴っていた。
エマ機の頭部のファランクスが、発射されようとした時であった。
ファランクスが吹き飛び、それがリック・ディアスの後方で爆発した。
その時は、ジェガンはかなり離れ、エマのリック・ディアスはよろけるようにガンダムMkUの前に出た。
「くっ!」
エマは、バーニアを噴かして態勢を立て直した。
その一瞬にジェガンはMkUの牽制攻撃をかわし、ビームを撃って反撃をしていた。
早い。
エマのリック・ディアスの肩とライト・ガンが撃ち抜かれた。
「アア……!」
リック・ディアスの背中が爆発した。
「くっ、カミーユの言う通りだったっ!」
エマは迷わずに頭部を開いて、脱出ポッドを射出させていた。
「エマ中尉!!」
が、カミーユは構っている暇がなかった。
後方から迫るジェガンは、ガンダムMkUにビーム・サーベルを振るった。
バァーン! ガンダムMkUの背中の二本のバーニアが吹っ飛んだ。
「やろうっ!」
ガンダムMkUが、ジェガンの腕を掴む。
「何っ!? この声っ! カミーユかっ!」
ババッ! ジェガンがバーニアを全開にする。
その勢いでガンダムMkUは手を離してしまい、態勢を立て直す間に、ジェガンは見えなくなっていた。
「なんて奴だ!」
ガンダムMkUのビーム・ライフルの銃口が宙に迷った。
「ここまでだな! フハハハ……ガンダムMkUが帰っていようとは思わなかった! マウアー……来なくていいぞっ!」
「シロッコが見ている! 殲滅しないと!」
「分かっている!」
「うっ!」
ビッビッ! ビームが束になって迫った。
二機の無線の電波を探知されたのだ。
ジェガンは退避行動に移りつつ、敵の中核が、別の宙域にあると想定した。
理由はなかった。
マウアーは、ビームが迫る宙域からわずかに下、黄道面に対して南に向かって、機体を降下させた。
ガンダムMkUは、漂流するエマの脱出ポッドを、ガンダムMkUの手で掴もうとした瞬間、下からビームが迫った。
MkUは、反転しつつ、脱出ポッドをネモの方に押しやった。
「エマ中尉をっ! アーガマヘっ!」
同時に左右からビームが走った。強力である。かなり距離をとらないと装甲を焼いてしまう。
「うわっ!」
被弾した。
激震を無視してカミーユは、視線をモニターに走らせる。
眼前にはマウアーのジェガンがあったが、カミーユにはその識別はつかない。
「ジェリドッ!」
ガンダムMkUは、左の腕が動かなかった。急速に後退する。
モニターに戦闘の様子が映されていても、それは小さな光の点滅にしか見えない。
「敵は、アーガマらしいです! 対艦隊戦用意を!」
「任せる……」
モニターを凝視《みつ》めるシロッコは、艦長に言う。
「やはり違うな……」
と独り言を言った。
「……木星を感じさせるな、あのアーガマとかいう船は……」
シロッコは、木星でヘリウムの採集をしてきた男である。常に足下に広がる木星のジリジリとする威圧感を思い出したのである。
シロッコの傍らに立って観戦をするサラは、シロッコが苛立ったのを気にして見上げた。
木星は、その重力で、近くにあるものを引き込んでいるはずなのに、まるで下から押しあげられるような感覚をシロッコに与えたのである。
アーガマは、それと同じなのである。
アーガマは人の作った物である。なのに、木星に似た力で、人を引きつけ、撥ねつける威圧を示しているのである。
「嫌いだな……あれは……」
サラは、シロッコの手が、ギリッと肘掛けを握りしめる異常な力を見た。
シロッコは、視線をモニターから移して、
「索敵用テレビ・アイの三分の二をジェガンに向けろ。戦闘記録を万全にする」
「しかし、それでは周囲の索敵が……」
「この宙域にそうそうエゥーゴがいてたまるか!」
「了解」
「ジェリド、マウアー、手並みを見ておかんでは指揮ができん……サラも見ておくんだぞ」
サラは、椅子の肘掛けを握りしめる力を示したシロッコが、それを忘れたかのようにサラに穏やかに言ってくれたのが嬉しかった。
「はい!」
サラは、快活に答えざるを得なかった。
「敵艦は一隻だって? 妙だな。ほかにも艦隊がいるぞ! 索敵っ!」
サエグサに続いて、シーサも「妙だ」と言った。
「どうしたっ!」
ブライトは、さすがに怒鳴った。
「データにはありません! 前にある艦は新型艦です!」
シーサが怒鳴り返した。
「……新型?……? 対艦隊戦の用意っ! なんだ?」
「グリプスの新型艦では?」
「あり得るな。大きいのか?」
「アレキサンドリアなんてものじゃありません!」
ブライトは、その報告にゾッとした。
「ラーディッシュはどうなっている。近くにいるはずだが!」
「キャッチできません。輸送艦が移動中であるのを三時間前にキャッチしてますが、それも隕石流に隠れちまって!」
ブライトは、アーガマを後退させたい衝動にかられたが、モビル・スーツ隊を発進させてしまった今となってはそれもできなかった。
キャプテン・シートに座っているしかないのだ。
カミーユは、正面のジェガンが長いビーム・ランチャをアーガマに向けようとしているのを阻止しようとして、追尾していた。
が、左からもう一機、同じ型のモビル・スーツが迫ったのを知って愕然とした。
「二機いる!?」
ガンダムMkUに比べて、火力も機動性も明らかに上の機体であった。
しかも、既にガンダムMkUの左腕は被弾していた。ナパームを投げることもできないのだ。シールドを支えているだけである。
「これじゃあ!」
そうはいいながらも、カミーユはガンダムMkUの機体の回転運動の慣性を利用して、時差時限宙雷《スリップタイムマイン》をばら撒いた。
アーガマを狙撃しようというジェガンを牽制するためだ。それは、多少の時間差をもって爆発する宙雷である。
「こなくそっ!」
ジェリドのジェガンのビームがMkUの頭部に当たり、バルカン・ポッドが自動的に放出されたものの、MkUの後頭部に損傷を受けた。
コクピットのモニターが半分死んだ。
「ウッ……」
ジェリドは、MkUの動きを止めた方が、マウアーの支援になると判断をして、MkUに組みついて腹部を締めつけた。
その背後では、時差時限宙雷が次々と華を咲かせていた。
「やられる……のか……」
カミーユは、ガクガク揺れるコクピットの中で、観念せざるを得なかった。
簡単なものだと思う。
甘いの甘くないのという話などは、この瞬間に消し飛ぶのだ。
「……カクリコンの……敵は討つ! ……ウォッ!」
ジェリドのジェガンの背後で閃光が脹《ふく》れた。ジェガンの機体の装甲が砕け散った。
「邪魔だとっ!?」
ジェリドのコクピットのモニターも半分死んでしまう。
「こ、これでは……!」
その敵の動揺をカミーユは感知した。
ガンダムMkUの利き腕が、ジェリド機を押しやった。が、ジェガンは、ガンダムMkUのシールドを掴んで放さない。
カミーユは、ビーム・ライフルを構えさせて、当てずっぽうに発射した。が、ジェガンもまた、ガンダムMkUのコクピットのハッチを蹴り上げていた。
ビームも使ったらしい。
カミーユは、正面のハッチが赤く焼けるのを見た。
「うっ!?」
震動が静まりながらも、カミーユは、モニターが完全に死んだのに危険を感じた。真っ暗なのである。
それは宇宙の感覚ではない。
「開くのかっ!」
カミーユは手さぐりで、足の下のハッチを排除させるレバーを引いた。
ドッ! 白い煙がコクピットを満たし、カミーユは、焼けただれたハッチが星々の中に吸い込まれていくのを見た。
シートの後ろからバーニアを取り出すと、腰につける間もなく脱出した。
動かなくなったモビル・スーツにいることは一番危険なのである。敵は必ずとどめを刺しにくるからだ。
カミーユは、宇宙を漂いだした。
体を三百六十度回転させて、戦況を観察した。まだ、救助信号を出す時ではない。
月と地球の間の空間ではビームが交錯していた。
かすかにアーガマの光らしいものが見えた気がしたが、漂う視覚で視認できるものではなかった。
人ひとりの大きさなどは、宇宙ではないに等しかったが、カミーユは、宇宙でおぼれる感覚を持たない自分の感性に感謝はした。
しかし、カミーユは、救助されない時のことだけは考えないようにした。
ガンダムMkUの機体が、意外に近い距離に流れていた。
ジェガンの姿は見えなかった。
「……!?……誰か、僕を呼んでる……?」
カミーユは、ゾッとした。
まだ失神もしていないし、パニックにも襲われていないはずなのに、そう感じたからだ。
「ガンダムMkU、聞こえますか! ガンダムMkU」
そう聞こえるのだ。
「うかつだった……きつい敵だって十分知っていたのに……これも甘えか?」
カミーユは、自分がまだ思考できることを試してみたのだ。
「カミーユ! 帰ってきているんでしょ!」
「……ファ……?」
カミーユは思考をやめて、周囲を観察した。
ヘッドホーンからファの声が聞こえたのは確かだと思った。
バアッ! そのビームの直撃で、ジェリドのジェガンの脚が吹き飛んだ。
そして、その後、ビームが来た方向からは、ひとつの機体が出現した。
それが二機のジェガンを掠めて、急速にターンをする。
「なんだっ!?」
ジェリドは、半分死んだモニターに、その機体を見た。
ジェリド機は、機能が生きている右の手で、マウアーのジェガンに掴まっていたのだ。
そこを直撃された。
「援軍かっ!」
さらに強力なビームの火線がくる。
光の帯がジェリドのジェガンに向かって確実に伸びていく。
その長大な時間……。
「うわあっ!」
逃げ切ることができない至近距離……。
と、その刻の歪みが生まれた空間に、マウアーのジェガンが飛び込んできた。
「マウアー!?」
ジェリドのジェガンを庇《かば》うようにしたマウアーは……。
「ジェリド、あなたを殺させはしない!」
ビームがマウアーのジェガンを抉り、コクピット部分を貫いていった。
その光の中の粒子の拡散……!
爆発の光に包まれたマウアーの意思は四散して、歪んだ空間を元の時間に戻していった。
吹っ飛ぶマウアーのジェガンの爆光は、ジェリドのジェガンを巻き込んでいった。
「マウアー!!」
ジェリドは、激震の中、絶叫していた。
夢のような光景にしか見えない。しかし、その全てを視覚していた自分を知っていた。
「マウアー、なんでおまえが……!」
ファもまた、その不思議な光景を目撃していた。
なんで、もう一機のジェガンが滑り込む余地があったのだろう?
「なに?……今の感覚は?……マウアーって……?」
訳の分からぬまま、ファはビーム・ライフルのトリガーを引いた。
戦艦の大砲級のビームが、ジェリドのジェガンを貫いた。
「…………?」
カミーユも見慣れない機体が旋回するのを見た。
カミーユは、救助信号を上げた。その機体が接近をしてきた。
「…………?」
モニターを観察していたシロッコは、戦闘宙域に異変が起きたとみた。
「なんだ!?」
「敵の高速飛行体が、戦闘宙域に入ったようです」
「索敵班はなにをやっていた!」
「作戦司令、この艦は正規の配備の三分の一の兵員です」
ドゴス・ギアの艦長が、冷たく言った。
「分かっている! だからといって、索敵が戦闘行動の基本であることには変わりがない! アポロ作戦の発令があるまでには練度を高めよ!」
「それはもう!」
艦長は、シロッコにそのあとを言わせなかった。
その機体は、ファ・ユイリーが操縦するZガンダムであった。
「リック・ディアスが流れている……?」
ファは、アーガマの位置をチェックしながらも、救助信号に接近をしていった。
カミーユの眼前で、接近をしてきたモビル・スーツが、速度を落とした。
「…………!」
そのモビル・スーツのコクピットがカミーユの正面で開き、ノーマル・スーツが立ち上がった。
そのノーマル・スーツが手を上げた。
カミーユは、腰のバーニアを噴かして、体をモビル・スーツに正対させた。
「カミーユ!」
カミーユのヘルメットのヘッドホーンに、ファの明瞭な声が飛び込んできた。
「ファ……!」
「カミーユ! 掴まって!」
そのノーマル・スーツの手が大きく伸びた。カミーユは、接近するモビル・スーツに体を流して、取りついた。
コクピットに立つノーマル・スーツが、カミーユのために体を後退させた。
カミーユは、コクピットの上に体を流して、覗ぎ込んだ。
ノーマル・スーツのヘルメットのバイザーの向こうには、ファの顔があった。
「ファ……!」
カミーユは、ファの肩に掴まって、コクピットに足をつっ込んでいった。
「大丈夫? 怪我はしてない?」
「大丈夫だっ! ガンダムMkUを回収したいっ! 分かるか?」
「了解! 方向は掴んでいるわ!」
ファの自信あり気な返事に、カミーユは訳もなく心が躍った。
カミーユは、バーニアを外してシートの背後に立った。
ファのノーマル・スーツがシートに座り、ファはモビル・スーツを操縦した。
カミーユは、宇宙の戦況がそれほどにも苛酷になっていたのかと改めて思った。
「ファ、エマ機の回収も確認してくれないか?」
「そんなにやられたの?」
「ああ、強力なモビル・スーツだった。ほかにもやられている……」
「そうなの……」
ファは言いながらも、てきぱきとアーガマと無線連絡を開く用意をした。
「カミーユ、お帰りなさい」
「あ? ああ。ファもっ!」
「……ン! アーガマ!」
ファは、いかにもパイロットのようにアーガマに呼び掛けるのだった。
「カミーユ、聞こえるかっ! ガンダムMkU回収後、急ぎ帰投っ! この宙域を脱出する!」
カミーユは、ようやく明瞭になったアーガマとの通信を受信しながらも、「どうしたんだ!」と聞いた。
「ブライト艦長がいっている! 厄介な敵がいるんだ。そんな感じ、しないかっ!」
トーレスが、そういう言い方をした。
「そういう感じ? 了解っ! ファ、急いだ方がいい……! 何かある宙域なんだ」
「新しいモビル・スーツ一機ぐらい持ってきても、歯が立たないらしいわね」
「一機ぐらいではね……どういうモビル・スーツなんだ?」
「|Z《ゼータ》ガンダムよ」
「ヘー! これが……?」
カミーユは、ガンダムMkUを回収したZガンダムの機体がアーガマにたどり着くと、コクピットから離れてその洗練された機体に見入った。
Zガンダムの目がカミーユに向かって輝いた。
「カミーユ、ありがとう」
エマ中尉が、ノーマル・スーツ・ルームでカミーユを待っていた。
「偶然です。Zガンダムが来てくれなければ、僕らはやられていました」
「そうだけどさ。あなたがいるから、私、生きのびていられるって思えてよ……」
エマは、ひどく女性らしいイントネーションで言った。
エマ・シーンの本性というのが、そんなところにあるのかと思うと、カミーユは嬉しかった。
「……そんな……」
照れるカミーユのノーマル・スーツのお尻を、エマの手がボンと叩いた。
カミーユの体が、フワッと流れた。
そのすぐあと、着替えを済ませたカミーユは、アーガマの艦長室の前の通路でファを待った。
「……以上が、クワトロ大尉からのご伝言です」
ファの声は、カミーユにとって、全部が快《こころよ》かった。
「ご苦労。さがってよろしい」
ブライトの声に続いて、ファの「失礼します」の声が聞こえた。
ドアが開き、ファが出てきた。
「へへ……久しぶりね……」
ファの鼻が動いたようだった。
「ああ……」
カミーユは、それだけ言うと、ファの腰に手を伸ばした。ファの体が、すうっとカミーユの方に流れた。
カミーユの腕が、ファを抱きしめると、ファの顔が、カミーユの顔の横に流れてきた。
「ファ……しばらく、こうさせてくれ。気持ちいいんだ」
「ンー……!」
ファのやり場のなかった腕が、カミーユの肩に回った。
二人の柔らかな抱擁が続いた。
カミーユは、ファの髪に顔を埋めて聞いた。
「……パイロットになるのかい……?」
「いけない?」
「……好きではないけど……」
カミーユはそう言ったものの、まだ抱擁を解かなかった。
その向こうで、エレベーターのランプがとまり、ドアが開いた。
が、エマ・シーンは、エレベーターから降りずに、またドアを閉じてしまった。
[#改頁]
[#目次10]
第十章 コロニーの落ちる日
アーガマとラーディッシュが、並進をしていた。
月の面が視界を覆い、宇宙に飽きた目をなごませてくれた。
慣れた目には、月も大地に見える。安心させてくれるのだ。
コロニーに住むスペースノイドにとっては、月もまた大地の象徴と見てしまう。
グラナダから発したドック艦ラビアン・ローズがアーガマに接舷し、補修と新しいモビル・スーツの搬入の作業が行われ、エゥーゴの新造戦艦ラーディッシュが、アーガマと艦隊を組むために上がってきた。
ドゴス・ギアほどではないが、エゥーゴでも戦力の増強が精力的に行われて、ラーディッシュ・タイプの戦艦数隻の建造がアンマンの地下深くで続けられていた。
ラーディッシュには、以前アーガマの艦長だったヘンケン・ベッケナーが座り、先に宇宙に上がったクワトロ大尉以下のパイロットの母艦になっていた。
が、当のクワトロ・バジーナ大尉は、今、ここにはいない。
ファ・ユイリーは、ラビアン・ローズから新たに搬入されたモビル・スーツ、メタスに慣れるための特訓に入り、カミーユは、Zガンダムの慣熟飛行を続けた。
しかも、ファと同じくパイロットに転向したレコア・ロンド少尉も、メタス要員として乗り組むに及んで、アーガマはパイロット養成所の観を呈していた。
新たに艦隊を組むとなれば、そのためのモビル・スーツ隊の編成替えやら、装備の整備などで、クルーもパイロットも半徹夜の作業を強要された。
二艦は、補給と整備を行い、月の地球側に面する最大の都市、フォン・ブラウン市一帯の警戒に入るための準備をしていたのである。ティターンズが、フォン・ブランへのコロニー落としを画策していると情報が入っていた。
「こんなものさ。ホワイト・ベース時代も素人の集団を任されてきた。人徳があるからこうなると思って割り切っている」
ブライト・ノアは、ラーディッシュの艦長のヘンケン・ベッケナーに笑ってみせた。
「地球連邦政府総会は、難航しているようだ。ジャミトフ派が、例の地球連邦政府軍法の改正案を提出して、強行に可決するまでにもっていくと言っているようだ」
ヘンケンは、相変わらず制服の胸元をあけたままだ。
「ブレックス准将と、クワトロ大尉……シャア・アズナブル次第ってことか」
ラーデッシュとアーガマの航行する前方の宙域には、流れるコロニーがあった。
サイド4で廃棄されていたコロニーを、ティターンズのアレキサンドリアのモビル・スーツ隊が、月に向かって移動させたのである。
もともと、人が社会を構成するために作られた容器である。巨大であった。
それが今、真っ直ぐ月に向かって流れているのだった。
コロニーの一方からは、核パルスの噴射の光がチラチラと見えて、軌道修正をしているというのが分かった。
その脇に随伴するアレキサンドリアは、ゴミのようにしか見えない。
「コロニーが月の引力圏に入るまであと三時間です。今のところ、敵の動きは見えません」
その報告に、ジャマイカンは黙って頷いた。
正面の窓越しに見えるコロニーは、壁にしか見えないが、明らかに降下しているのが分かった。
「……核も使わず、大型のレーザーも使わず、有り物のエンジンでグラナダが落とせるというのは、安いものですな」
「これで、エゥーゴの拠点が潰れる。他のサイドにいるエゥーゴの軍などは、正規軍の固まりだ。鎮圧するのはやさしいな……。シロッコは、力を信じすぎる男だ。こんな作戦があるなどとは想像もしまい」
ジャマイカンは、自分の発案の作戦が、確実に進行している快感に酔っていた。
コロニーの周辺には、数機のモビル・スーツが移動する航跡が目撃できた。
そのモビル・スーツ隊は、ふたつの部隊に分けられていた。
ひとつは、核パルス・エンジンの取り付けと、作動を受け持つ部隊で、もう一隊は、アレキサンドリアの直援部隊であった。
各エンジンを受け持つ部隊は、旧式のジムが主体の部隊で、宇宙戦闘は考慮されていないに等しかった。
工兵部隊といってもいい。
一方、直援部隊は、通常の戦闘部隊であったが、今回の作戦では、エンジン部隊の手伝いという任務だ。
「所詮は、工兵の手伝いだっ!」
ヤザン・ゲーブル大尉である。
こんな作戦では、モビル・スーツ隊など出る幕もないというのが不満なのだ。
「エゥーゴが、この作戦に気がついてくれると思っているのか! そんなに気が利いている連中ならば、とっくの昔にティターンズを叩いてくれているさ! それが、できんから、ジャマイカンのような男の作戦がうまくいっちまうのだ!」
ヤザンは可変モビル・スーツ、ギャプランをいたずらに飛行させて、時には、コロニーの中に突入もした。
コロニーは、闇である。かつては市街地であった部分も、今は真空に晒《さら》されて、凍りついて見えた。ギャプランのヘッドライトは、その冷たい光景を浮き上がらせていった。
コロニーの空間に浮かぶ物体が、バラバラとギャプランの装甲に当たるが、それは粉のようになって闇の中に消失していった。
「…………?」
別に機体に影響があるような物ではなかったが、その数は多い。
ヤザンは、さすがにその物の多さにギャプランを静止させ、モニターを拡大して、浮いている物を見た。
「…………?」
人のミイラであった。
ヤザンは、このコロニーが廃棄された理由が分かった。
「妙だと思った……都合よく廃棄されたコロニーがあるなど、信じられなかったが、ガスでやられた奴か……」
ジオン公国が一年戦争を勃発させた時、ガス攻撃を行い、その幾つかを地球に落とす作戦が実施された。
そのターゲットとなったコロニーのひとつなのであろう。
いわばこのコロニーは、墓場なのである。
「……あこぎなことを……」
ヤザンは、浮遊するミイラが、余りに多いので、思わずそう呟いたにすぎない。
その目は、ギョロリと見聞かれて、流れるミイラがぶつかり合って、腕が崩れるのを見て、クククッと喉を鳴らしたのである。
こんな光景が面白いのだろう。
「……たいしたものだ……これを月に落としてしまったら勿体ないというものだがな……」
ヤザンは、ギャプランの出力を上げて、コロニーのガラスの割れている部分を捜すために移動した。
幾つかの人工の山と河の跡が闇の中で流れた。
そして、星が見える壁を見つけると、ヤザンはギャプランを脱出させた。
月が、巨大な光の壁となってモニターに入ってきた。
ヤザンは、コロニーの壁に沿って移動した。ギャプランをモビル・スーツ型に変形させて、自分の部隊が集結しているコロニーのミラーの付け根に着床した。
「どうか!」
ヤザンの号令に、ヤザン麾下のジム・クゥエルが、次々と接触回線を開いた。
「方位全て良好です! 敵影は見えません!」
アドル少尉を最後にして、ヤザンは、各機の報告をテープに収めた。これもジャマイカンの神経質がさせる仕事なのである。
「ジャマイカンが、木星帰りにへんな対抗意識を燃やさなければ、こんなにドタドタすることもなかったんだ。艦に帰投するっ! 少しは楽をさせてもらわんとな」
ヤザンは、ギャプランを上昇させ、そのあとを十数機のジム・クゥエルが追尾して、アレキサンドリアに向かった。
「コロニーの近くに敵艦の影を確認!」
その声は、ラーディッシュのブリッジであがった。
「アーガマに発光信号!」
ヘンケンは怒鳴ると、コースを変更するために残された時間が、十分でないことに気がついた。
「コロニーの速度は、観測より速いのではないか? 計測急げっ!」
「ハッ!」
ヘンケンは、手元の艦内モニターのボタンを押して、エマ・シーンの姿を捜した。
「…………!」
エマは、ノーマル・スーツ・ルームを出るところだった。そのキリッとした表情を見るにつけて、世が世ならば、気の利いた秘書にでもなっていただろうにと思った。
アーガマのノーマル・スーツ・ルームでは、ファとレコアが、ノーマル・スーツに着替え終わったところだった。
「お先に、レコアさん」
飛び出そうとするファにレコアは振り向いた。
「ファ!」
「なんでしょ!」
「ブライト艦長が呼んでいるわ!」
「えっ?」
「ファ・ユイリー軍曹っ! モニターヘっ! 何をしている!」
「そーら!」
レコアは、ニッと白い歯を見せて笑った。その途端にファは、メタスをレコアに取られるのが分かった。
エゥーゴが、Zガンダム以後の支援用モビル・スーツとして開発した可変モビル・スーツ、メタスは、まだアーガマにも一機しかなかった。
となると、ファの任務は、戦闘ということではなくなる。
ファは艦内モニターに取りついた。
「ファは、ネモで、ガンダムMkUと接触しろ! エマ中尉の核エンジンの作業を支援する! コロニーの核エンジン取り付けデータを持っていけ!」
「了解っ!」
「但《ただ》し、予測データだ。現場に行ったガンダムMkUを支援しろっ!」
そのトーレスの言葉が終わらないうちに、艦内モニターの下のプリンターから一枚の紙が飛び出してきた。核エンジンの取り付け予測図であった。
「当てになって?」
「行って確かめるんだ!」
「了解っ!」
ファは、その紙をノーマル・スーツの足のポケットにいれると、モビル・スーツ・デッキに走った。
ラーディッシュのカタパルト・デッキに出たガンダムMkUは、腰に核エンジンを操作するのに必要な工具を設置して、射出ポーズをとった。
「ガンダムMkU、発進します!」
エマ・シーンの凛とした声が、ヘンケンには快《こころよ》かった。
「中尉、すまないな! 死ぬなよ!」
「了解っ! 行きますっ!」
ガンダムMkUが、サイド4のコロニーに向けて発進をした。
それを合図のように、ラーディッシュとアーガマのカタパルト・デッキからモビル・スーツが発進していった。
Zガンダムは、ウェーブ・ライダーのままガンダムMkUを追尾した。
背後には、輝く月が、その人の行為を見守るだけだった。
グラナダでは、フォン・ブラウン市から入った情報が検討され、その場に居合わせたエゥーゴのスタッフを慄然とさせていた。
「あと一回、コース変更の核パルスを噴かせば、グラナダに落ちる……」
「ラーディッシュとアーガマの活躍に期待するしかないが、万一の場合……」
「駄目だっ!」
ウォン・リーは、額に青筋を浮かせて言った。
「メラニー・ヒュー・カーバイン会長もグラナダの市民の避難命令は出さない方が良いと言っている! 市民にエゥーゴの力に疑いを持たれたら、我々は市民の協力を受けられなくなる。それは断じてできない相談だ! 待てばいい! コロニーがグラナダ以外に落ちることを祈るだけでいいっ!」
「死ぬ時は一緒だと言うのか?」
「賭けだよ。もともと賭けで始まったことだ。この程度の勝負、待てないはずがない!」
そのウォンの言うことは、正しかった。
「待とう。諸君、その程度の忍耐がなければ、我々は、今、地球連邦政府年次総会を牛耳っているジャミトフ・ハイマンを駆逐する力などはない。我々はアーガマとラーディッシュを飾りで建造したはずではない……」
一同は、絶句するだけだった。
「地球連邦政府年次総会に出ていらっしゃるブレックス・フォーラ准将ならば我慢をしてみせるだろう。我々も彼に倣《なら》うのだ……」
沈黙のなかのそのウォンの言葉に、人と人の間に、新たな連帯が沸いていくようだった。
しかし、その頃、地球上、ダカールの地球連邦政府の議事堂近くのホテルで、ブレックス准将は、暗殺された。
ジャミトフ派の法案が、議決される前の晩であった。
ブレックスの護衛という形でダカールに同行していたシャアは、銃撃を受け、瀕死の重傷を負ったブレックスから最後の言葉を聞いていた。
「君の父上、ジオン・ダイクンは、独裁国家の国名にされるような方ではなかったのだ。ジオン・ダイクンは、新たな地球人の再生を語られた方だ。君が、逃げ回るのは良いが、それでは、ジャミトフのような男を跋《ばっ》扈《こ》させるだけだ。人の改革を示すためには、君はエゥーゴの指導者になるしかない。君は、パイロットで終わってはならん男だ……分かるか……シャア・アズナブル……ダイクンの名前を汚さないでくれ……」
シャアは、そのブレックスの言葉に涙を湛えた。
「やってくれるよ。彼等は……」
ウォン・リーは、本質的にはアーガマ、ラーディッシュのクルーを信頼しているのだ。
ウォンは、デスク上のスイッチを押すと、天井を開き天窓を現した。
そこには、なにも知らない星々の輝きがあった。
「コロニーのコースを変える! 一斉射撃後に、急速移動!」
ブライトの命令は、ラーディッシュにも伝えられて、二艦は主砲、副砲の一斉射撃を行った。
そのビームが、先行するモビル・スーツ隊を追いこして、月に向かうコロニーの前方の一方の側を直撃した。
一方に攻撃を加えることによって、少しでもコロニーの進路を変更しようというのだ。
その斉射は、数秒続き、突然、二艦は片側からバーニアを噴かして移動した。
ややあって、二艦のいたポイントにアレキサンドリアの砲撃のビームが襲った。
ブライトは、そのビームの尾を見ながら、全てのエネルギーを消費するまで、艦砲攻撃を続ける覚悟をした。
「次、船位変更後、一斉射撃!」
エマ・シーンのコクピットのモニターは、コロニーの形を識別する距離まで接近をしていた。
アーガマとラーディッシュの第二波攻撃による光輪がコロニーの前面に咲いた。
「直接、コロニーヘ向かう。アレキサンドリアには構うなっ! まだ敵のモビル・スーツ隊は出ていないはずだ!」
エマは、僚機に楽観的な言い方をした。
自分の言葉で怖くなるのが嫌だからだ。エマのガンダムMkUは、コロニーの上部に回り込んだ。
ファのネモは、遅れているのが当たり前だった。ガンダムMkUの方がはるかにパワーがあるからだ。
MkU上空に当たる宙域を、Zガンダムの編隊がコロニーに接近していた。
さらにそのあとをファたちのネモ隊が接近していた。
エゥーゴ隊は、三波に分かれて、コロニーに取りつく形になった。
アレキサンドリアに戻ったヤザン隊は、勘が良かった。
敵の艦隊の砲撃を考えれば、エゥーゴのモビル・スーツ隊は、コロニーの上から侵入すると予測し、ヤザンはギャプランを、コロニ−の外壁に沿って上昇させた。
「来たかっ!」
「敵!?」
「フフフフ……! 自分には、こういう戦闘の方が性にあってる!!」
ヤザンは、ガンダムMkUを初めて見た。
聞かされていたような精悍さを感じて、ヤザンは嬉しかった。ギャプランはモビル・スーツ型のままで、ガンダムMkUにビームを浴びせかけた。
「…………!?」
ヤザンは、息をのんだ。ガンダムMkUが避けたのである。
しかも、自分が撃ったあとで回避運動をしたように見えた。それで、撃破されるはずなのに、ガンダムMkUは、その白い機体をコロニーの外壁スレスレに舞い下りさせていったのだ。
「あんなのがいるかっ!」
ヤザンは、激怒した。
しかし、ヤザンは、動物的な勘を持ち合わせていた。狙撃しようとしたエマは、ヤザンのギャプランの影がコロニーの半壊したミラーの向こうに消えたので、ギョッとした。
「どこに!?」
モビル・アーマー型のヤザン機は、ミラーの先端から現れて、MkUの後方につけた。
「ガンダムMkUっ! 出すぎだっ!」
追いついたカミーユのZガンダムが、コロニーの上部からギャプランに牽制のビーム・ライフルを放った。
Zガンダムはまだ変形をしない。
ガンダムMkUは、その隙にコロニーの後部に向かった。
エマは、敵のモビル・スーツの数が多いのではないかと不安になった。
ファは、幾つもの火線が掠めるコロニーの外壁に沿って、ネモを侵攻させた。
怖いとは思えなかったが、目的の核エンジンの場所が見つからないので苛立った。
バッ! 音をたてるかのように、光がモニター一杯に広がった。
コクピットが跳ねた。その衝撃は本物であった。
近くでコロニーの外壁が脹《ふく》れ上がり、金属さえ燃えているように見えた。
「うう……!」
シミュレーションと全く違うのは、得点を得るためのゲームではないことだ。今の衝撃などで分かる。かすかな恐怖がファを襲った。
「エマ中尉っ!」
ファは、コロニーの外壁を見下ろしながら、教えられたポイントにネモを向けた。
「あと三つ数えるうちに見えなければっ!」
ファは、そんなことを考えた。
レコア少尉のメタスと三機のネモが、ジム・クゥエルと交戦を開始していた。
「!!」
よけるレコアのメタスは、その丸い感じの機体であるにも拘らず動きは速かった。モビル・アーマーからモビル・スーツに変形をし、敵を惑わせることができた。
メタスの機体に仕込まれたビーム・ライフルは、ジム・クゥエルを一撃で撃破できた。
「二機目!」
レコアは、撃破する機体の数を数えながら、アレキサンドリアのいると思える方向に回り込んでいった。
「右か? 左か?」
「こっちだ!」
後方から回り込むヤザンのギャプランは、シールドに仕込まれたビーム・ランチャーをZガンダムに仕掛けた。
Zガンダムは、ウェーブ・ライダーの装甲を焼きながらも、ギャプランに機首を向けて、機体下部に設置されたビーム・ライフルを連射した。
力押しでくる敵には、力で押す。そうでないと時間がかかるだけで、その分、危険が増すだけなのだ。
カミーユは、Zガンダムの機体をコロニーの外壁に向け、バウンドする力も利用して、ギャプランの下に滑り込んだ。
ファは、数基の核エンジンを見つけた。ジムが、ジャンプをするようにして、リック・ディアス、ネモと交戦していた。
それに構っているのがファの任務ではない。
ファは、ビームの光が映るコロニーの外壁に、ガンダムMkUの姿を捜した。
トーレスのデータは、半分ほど合っていたようだ。
「中尉っ!」
ファは、ガンダムMkUが、核エンジンの下に取りついているのを見た。そのガンダムMkUに向かってジムが一機飛びかかるところだった。
ファはネモのビーム・ライフルをメチャメチャに乱射して、ガンダムMkUの背後に取りついた。
「ファ!?」
「いけます?」
「艦砲射撃と、こちら側のエンジンのひとつを始動させれば、コロニーは確実に侵攻方向を変える!」
「頑張って下さい!」
ファは、ガンダムMkUと背中合わせにネモを立てて、ビーム・ライフルを構えた。
バッ! また近くでジムが爆発をした。
ギャプランは、たえず正面、正面に機体を向けようとしていた。
下の方に回り込まれるのが嫌なのだろうが、なによりも敵を正面にとらえて攻撃しないと気がすまないパイロットと見たのである。
「何をする気だ、……ん?」
モニター・スクリーンから、Zガンダムの姿が消えたので、ヤザンは、またも正面から敵をとらえようとした。
が、カミーユはZガンダムを変形させてモビル・スーツの型にするや、ギャプランのテール・ノズルを吹き飛ばしていた。
「!」
ヤザンは、愕然とした。モビル・アーマーかウェーブ・ライダーと思っていた機体が、ギャプランと同じに変形したのを知って、しまったと思った。
そう感じた瞬間、ヤザンのようなタイプは、自分の敗北を本能的に嗅ぎわける。
「とどめをっ!」
追おうとするカミーユだが、ヤザンの逃亡は早かった。
その素早い動きに、カミーユは追撃を諦めると同時に、エマ隊の動きが気になった。
「……! エマ中尉はっ?」
Zガンダムは、コロニーの後部に回り込んだ。
ガンダムMkUとネモが、核エンジンの下で頑張っていた。
「エマ中尉っ!」
「大丈夫! ファがよく守ってくれたわ! 核パルスが出るわ!」
エマの声が終わるか終わらないうちに、ドウッ! という閃光が、辺りを包んだ。
巨大な閃光が、核エンジンから上がった。
その圧力で、コロニーは、コースをわずかに変えたようだった。
ベルの鳴っている電話の受話器を取るウォンを見守る男たちは、もう議論することなど何もなかった。
「なんだ?」
「フォン・ブラウン市の観測では、コロニーはコースを変えたようです」
「……そうか」
ウォンは、周囲の男たちに目くばせをした。
男たちは、もそっと立ち上がって、ウォンの受話器を見つめた。
「で、……? うん……そうか……やってくれたのか……」
ウォンは最後に、「……ありがとう」と言った。
受話器を置き、天窓を仰いだ。
「諸君、聞いた通りだ……」
周囲に立つ男たちが安堵の息を吐き、お互いに顔を見合わせ、そして、いつしか幾つもの握手しあう姿があった。
なかには、天窓を見上げる者もいた。
「おいおい、まだ当分落下する景色は見えんよ……少なくともここから西に百八十キロ離れたポイントに落ちるようだしな……」
そのウォン・リーの言葉は冗談のように聞こえ、男たちはようやく声を出して笑いあった。
「このままいけば、グラナダの西に落下します。付近に都市はありません!」
サマーンの声にアーガマのブリッジ要員たちから喚声があがった。
「良くやってくれた、みんな。……エマ中尉に繋いでくれ」
「はい」
ブライトは、エマの映像が映るウインドゥを見上げて、
「エマ中尉、作戦成功だ」
「ありがとうございます」
「月の引力圏に入る前に、核エンジンは全て回収してくれ。月を放射能で汚染させたくない。各機は、敵の艦の動きを警戒しつつエマ機の作業を支援しろっ!」
そのブライトの命令に、若いクルーは歓声をあげて、各々の通信業務についた。
コロニーがグラナダの上空を通過する時、ウォン・リーは、極秘情報を手に入れていた。
カラバのレーザー通信がフォン・ブラウン市に伝えた通信を受けたのである。
「ブレックス准将が死んだ?………」
ウォンは、天窓にコロニーがゆったりと通過してゆくのを見た。
「クワトロ大尉は無事なのだな?……ン、期待しよう……回収に、アーガマをやる」
グラナダの市民たちは、突然現れたコロニーの巨体に息をのみ、かつて人々が彗星の存在を知らなかったために驚き恐れたと同じように、唇を震わせて見上げるのだった。
さらにそれから、数分の時間が経った。
コロニーは、月に落ちた。
そしてコロニーは、自重と加速で潰れていった。
その中の何百万もの魂を失った肉体も砕けていった。
そして、その巨体のところどころから閃光が弾けて、爆発を起こした。残っていたガス、爆薬などが、思い出したように目覚めたのだろう。コロニーの巨体が静まるまで、数時間を要した。
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[#目次11]
第十一章 三つ巴
「私は、元ジオン公国のシャア・アズナブル。そして、ジオン・ダイクンの息子だ。地球連邦軍を私物化するティターンズの動きが、現在、極めて横暴になっている。そのティターンズを私兵とするジャミトフ・ハイマンは、かつてのザビ家である。月にコロニーを落とし、グリプスをコロニー・レーザーと化すジャミトフはザビ家の独裁そのものである。ティターンズはジオンの残党狩りの部隊などではない。ジャミトフという独裁者に従わない全ての人々を狩るための親衛隊だ。次にコロニーが落ちる場所は、ここダカールでないと言い切れる者が、諸氏の中に居られるか……」
シャアの第一声は、衝撃的であった。
地球に住む人々が知らないことを、地球連邦の議員たちが気付かぬふりをしていた事実を、シャアは明確に示して見せたのである。
ダカールの地球連邦政府議会におけるシャアの演説は、ティターンズの攻撃の映像が短く挿入されて放送された。
その画像に映るアムロのシュツルム・ディアスは、放送を見る者にとっては、ティターンズの問答無用の行為から地球連邦政府の議事堂を守る正義の巨人に見えた。
「道化だよ」
アーガマに戻ったシャアは言った。
ティターンズに指揮されている地球連邦軍も、すでにダカールのシャアの演説を知る者が多く、シャアの帰還は、そのような軍人たちによって、暗黙のうちに守られていた。
アウドムラから発進したシャトルは、なんの抵抗も受けずに、アーガマと接触をした。
「嫌な情報がある」
シャトルから出てきたシャアに、ブライト・ノア艦長が言った。
「ン……」
シャアは、ブライトに従ってエレベーターに乗った。
「現在……アーガマは、ルナツーとサイド2の間の宙域に向かっている」
「……そういうことか?」
エレベーターを降りた二人は艦長室に入った。
シャアは、艦長室の人の見た目の視角で映っているモニター、実視モニターに映る地球の夜と昼の見え方に納得をした。
地球の昼の部分が、半月状になっていた。
今の時期、月の方面に向かうのならば、夜の部分だけが見えるはずだった。
アーガマは、地球の引力に引かれ、それをジャンプ力に利用して、新たな宙域に向かっていた。
「ラーデッシュが、合流してくれるはずだ」
「そうか」
シャアは、テーブルについた。
「ルナツーは、グリプスと一緒に移動しているのだろう?」
「グリプス2とな。ゼダンの門と合流している」
「ア・バオア・クーか?」
「ああ、サイド3の連中はなにを考えてティターンズについたのかな……?」
シャアは、ジオン公国時代の人々が生き残るサイド3のことを思った。
「いろいろな人間がいるさ……」
「そうだな」
ブライトは、テーブルの上の薄いウインドゥをシャアに向けた。
「……これだ……」
シャアは、ウインドゥに表示されたアクシズ関係の資料を見た。
シャアにとって、また面白くない任務が生まれていたのだ。
「……二日後には、そのアクシズの使者に接触をする予定だ」
「向こうからは、なんと言ってきているのだ?」
「ティターンズとも接触をする気配をみせている……が、まず我々と接触をとりたがっているようだ……」
ブライトが持ってきた話というのは、アクシズの使者のことであった。
アクシズは、地球連邦軍のコード・ネームである。
アステロイド・ベルトから異常なコースをとって移動する隕石があった。
その異常現象は、かなり前から観測されていた。
そして、そのコースが、地球に向かうコースであると分かった時点で、アクシズは、もとジオン公国の生き残り、すなわち、ザビ家の残党のものであろうと推測された。
事実そうであることは、シャアがいちばんよく知っていた。
また、シャアと共に地球に復帰したジオン軍の残党の口からも漏れたのであろう。アクシズがザビ家再興を期して、地球圏に接触をしようとしていることは、周知の事実に近いものとなっていた。
シャアが読んだ報告書というのは、そのアクシズから一隻の艦艇が射出されて、月軌道上に近いところまで進んでいるという観測報告であった。
その艦艇から接触したいという通信が、グラナダに入ったのである。
長距離レーザー通信も、ミノフスキー粒子が散布されている宙域を通して行うのは難しかったが、グラナダは受信した。
アクシズの使者の方は、サイド3に受信されるかもしれない通信であったが、構う様子が見られなかった。
つまり、アクシズが接触したいのは、ティターンズでもエゥーゴでも良いのであろう。
「アクシズの目的は、ザビ家再興だからな……どちらに荷担するのでも良い。ザビ家再興を約束してくれるところならば……」
ブライトは苦々しげに言った。
「で、エゥーゴとしては、どうするつもりなのだ?」
「とりあえず、手を結べという指令だ。その交渉をクワトロ大尉にやって貰いたい」
「……俺は、シャアだぞ? アクシズの人間だと疑われても仕方のない人間だ」
「そうだ。だから、アクシズの真意を調べるのに丁度良いとメラニー・ヒュー・カーバインは判断をしたのだろう?」
「その後でどうする?」
「……え?」
「私がアクシズの人間ならば、今の艦長が言った言葉で、エゥーゴを疑うぞ? ティターンズを排除した後で、潰されると思う」
「……ああ……そうだな。メラニーは、なにを考えているのだろう?」
「おいおい……」
シャアは、苦笑した。
ブライトは、シャアを疑うことはないのだ。
「艦長、私は、もとホワイト・ベースの敵であった男だ」
「分かっているが、現在の大尉の行動に限っていえば信じている。来年の作戦は、また別だ。メラニーが、大尉を信じているのではない」
「ホウ……」
「メラニーは、大尉の真意を知るためには、今回の任務は、良い踏み絵になると思っているのだ」
ブライトは、自分の説明に納得をした。
「嫌な任務だろう。そう思っている。やってくれ。大尉」
「そうまで言われてしまうと、引き受ける以外ない。艦長は、正直すぎる」
「取り柄だと思っている……アクシズの艦艇には、誰が乗っているのだ?」
その質問は、シャアの胸に冷たく突き刺さった。
ブライトは、馬鹿ではない。
「……ハマーン・カーンだろう……」
シャアは、ある少女の顔を思い浮かべていた。
シャアは、立ち上がって、艦長室の正面の窓を見た。
なにもない宇宙があった。
視線を下ろせば、アーガマのカタパルト・デッキが見えた。
「ハマーン・カーンか……」
いつの間にか、少女が女に憧れて、ひとつの集団を支配することを夢みる。
それは、太陽の光が遠くにしか見えない宙域で思春期をすごした少女の欲求のはけ口としては考えられることであった。
それが、地球に対しての憧れが、つのり、狂信的な現れ方もするのが危険であった。
「が、ハマーンは、そうなる……」
シャアの苦渋に満ちた後悔の念が言わせることだった。
「……小さい隕石をくり抜いた世界しか知らない少女が、男たちにとっての女王になってしまうということはあり得る……それに、なによりも、ミネバ・ザビは、女だ……」
そう分かっていたシャアは、そんな世界が厭で逃げ出してきた男であるのだ。
アーガマから見ると追尾してくる光は、月の夜の部分から湧き出るように見えた。
しかし、それは見た目の錯覚でしかない。
月は、遠い。
月とアーガマの間には、サイド2のコロニー群がある。勿論、望遠鏡でも使わなければ、コロニーは見えない距離だ。
アーガマは、地球軌道上からしばし静かな航海を続けて、僚艦ラーディッシュと合流するところだった。
ラーディッシュとは、相互に発光信号を掲げて接近していった。
「ウォン・リーが来たんだって?」
カミーユが、居住区を回転させているアームのエレベーターを降りた処《ところ》で、その声を聞いた。
兵たちが、ラーディッシュから来たランチの客の噂をしているのだ。
「エゥーゴの出資者団体の代表が視察かよ?」
「まさかね? 俺たちの働きが悪いとは思えないけどな」
「大きな作戦ですか?」
「よ、カミーユ……らしいな。アーガマはグリプス2に向かっているって言うぜ」
「グリプス2って、コロニー・レーザーに改装中だってあれですか?」
「ああ、月に向かってレーザーをぶち込むって……」
「でも……ゼダンの門に近いんでしょ?」
「エゥーゴが、大艦隊でも編成しなければ、無理だって……」
「だから、その話だってんだろ? ウォン・リー」
「そうか……!」
カミーユは、食堂に行って、ゆっくり食事をしようと思った。人並みの食事は、今のうちにとっておいた方がよさそうに思えた。
宇宙を行く軍艦は、地球の海軍の伝統を全て受け継いでいるわけではない。
宇宙で長い勤務を平常に行わせるためには、食事、喫茶、入浴、散髪など気持ちをリラックスさせるものは、自由に使えるシステムを導入していた。
それが、兵員の精神安定剤の役割を果たすからだ。
「…………」
ブライトは、苦虫を噛みつぶした顔をウォン・リーに向けた。
「艦長の話は分かった。が、この作戦は今回の戦争の要《かなめ》だ。大尉に不服があろうとも、変更はない」
「承知致しております……メラニー会長の親書は、お持ちですな?」
シャアは、ブライトが不安に思うほどにウォン・リーを嫌ってはいない。上手に対応していた。
「……ティターンズはこちらの都合など構ってはおらん。一回の会見で、ミネバ・ザビとハマーン・カーンを納得させなければならない」
「そのつもりです……」
「自信はあるな?」
「それは、分かりません」
「それは困るぞ、大尉……」
「しかし、本当のところ、アクシズの艦艇がどう出てくるか予測できません。ティターンズだって、我々がアクシズの使者と接触するのを黙って見ているかどうか……」
ブライトは、また口を挟んだ。
「艦長もこの作戦が嫌いなようだな?」
「……卑怯な感じがしましてね?」
ブライトは、シャアに正直すぎると言われたことを忘れなかったが、これは、直せる癖ではない。
それに、最後には、エゥーゴだってハマーン・カーンを裏切るだろうというシャアの指摘が、ブライトにこの作戦をふっ切れなくさせていた。
「……艦長はもっと大局的な視点をもって作戦を実施して貰いたいものだな?」
「はい」
「さて……」
ウォン・リーは、立ち上がった。
「もう確認することはないな?」
ウォンは、艦内を視察させて貰うと艦長室を出た。
「金を持っているところは強いな。作戦参謀のつもりでいる……」
「そう、ウォンさんはそのつもりだよ」
ヘンケンの嫌味な言葉に、シャアが苦笑した。そして、シャアはブライトを見た。
「艦長、彼が一緒だとは教えてくれなかったぞ?」
「そうか? 言ったつもりだったが……?」
「言わなかったよ」
「そりゃ、悪かった……」
ブライトは、ようやく微笑を見せて、自分の机の上の作戦ボードに目を移した。
ボードにはアクシズの移動予測パターンが三種類ほど描かれ、その点からさらに伸びる別の線を表示した。
アクシズから発した艦艇のコースであろう。
(……アクシズ……ハマーン・カーン奴《め》……どう動くか……)
さすがに、シャアは、この数年の間、ハマーン・カーンに会っていないことをひとり後悔した。
アーガマの不安は的中していたと言うよりも、アクシズとの交信があった時から、このような事態は、敵味方ともに予測していたことであった。
アーガマからのモビル・スーツの制宙圏内ギリギリの宙域を、パプティマス・シロッコのドゴス・ギアが並進していた。
シロッコは、アーガマとラーディッシュの動きを視認し、追跡していたのである。
ドゴス・ギアのブリッジの前面のモニターには、望遠レンズのデータをもとにコンピューター・グラフィックス化したアーガマとラーディッシュ映像が映し出されていた。
それは、あくまでもドゴス・ギアの方位から見た角度での表示で、拡大されているだけの意味しかない映像である。
「……この宙域に展開しているティターンズの戦艦は、我が艦だけか?」
「はい……ゼダンの門の情報ではそうでありますが、アレキサンドリアが動いているようです」
「ガディか?」
「はい……」
シロッコの背後に従うのは、サラ・ザビアロフである。背後のコンピューターでアクシズの情報データの検索に忙しかった。
観測されるアクシズの映像からの解析で、アクシズがどのような戦力を持ったものであるのか計測しているのである。
ウインドゥの上のアクシズは、奇妙な形をしていた。
たいらな岩盤の上下に突出する岩があり、さらに建造物が見える。ゼダンの門よりも数倍の体積を持つらしかった。
その表面を拡大して、建設されているハッチなどの量から、アタシズ内部にどの程度の規模の戦力が秘匿されているかを推測するのである。
それ以外にも、アクシズの表面を動く光が、艦艇のテール・ノズル光であったり、モビル・スーツらしい素早い光の動きであったりするから、アクシズの規模を推測させた。
「…………」
サラは、ゼダンの門の三倍の艦艇が建造されて、その隕石要塞とでもいうべきアクシズの中にあると推定していた。
「サラ?」
「はいっ!」
サラは、優しいシロッコの声に立ち上がった。
「ヤザン・ゲーブルを呼び出してくれ。奴にかかって貰う……」
「はっ!」
サラは、キーボードで、ヤザンのコード・ナンバーを入れて呼び出した。
「どうだ?」
「はい……」
サラは、傍らにシロッコの白い服の息遣いを聞いて、胸をときめかせた。
「ゼダンの門以上のものがアステロイド・ベルトから侵攻したと思いますと……」
サラは、次の言葉は、越権的な発言になると感じて言い澱《よど》んだ。
「いい、言ってみろ」
シロッコは、そのサラのうなじを見下ろしていた。若く柔らかい肌を想像させるそれを見るのは、シロッコの楽しみなのである。
「はい、敵に回すのは危険です。エゥーゴに接触させるべきではありません」
「そうだ。よくできた。サラ……」
シロッコの手が、踊るように流れて、サラのうなじに触れた。
その冷たい手の感触が、サラの全身をゾッとさせたが、不快感ではない。
そんな自分の感覚をサラは、異常だと思っていた。
わたしは、こういう男に弄《もてあそ》ばれるのが好きだと思ってると……そう知っていた。
「なんだ? シロッコ?」
ヤザンの長身が、ブリッジに入ってきた。
シロッコは、新参者のヤザンにそう呼ばせることを許していた。
ウマが合うのであろう。
シロッコは、ゼダンの門で、ヤザン・ゲーブル大尉の存在を知った瞬間に、ドゴス・ギアに呼んだのである。
強圧的でありながら、どこか計算高い性格を持った二人は、その気性の激しさは同質でありながらも、その人としての表現の仕方が違うことが、協調精神を発揮させているのである。
それは、サラのような少女にも分かった。
「ン……アーガマとラーディッシュを捕捉した。ここからかからんと、遅くなりそうだ」
「それだけのことで呼んだのか?」
「直に頼まんでは、ヤザンにすまない」
「そういうことか?」
「そういうことだ……」
シロッコが白い歯を見せれば、ヤザンは、目玉を丸くして、その眼球をグルリとさせた。
「うむ。行こう」
「ギャプランだぞ? 気をつけるがいい」
「俺に合ったモビル・スーツだと思っている。あれに合ったパイロットもいる」
「他に六戦隊は出せよ」
「そんなに出す必要があるとは思えんが……分かった。これは、遊びじゃない。戦争だったな?」
ヤザンは笑って、金髪を振り乱すようにして出ていった。いかにも相手の気持ちを思い量るという感じである。
ふと、サラは、反発を感じた。嫉妬かもしれない。
「パプティマス様、私も!」
サラは、シロッコという呼び方より、このパプティマスと言う音の方が好きなのである。シロッコもサラがそう呼ぶのを許していた。
「サラはいい、ヤザンと共同戦線を張る気持ちにはなるまい」
シロッコは、立ち上がろうとしたサラの肩を前から押さえた。
「ヤザンだって、小娘の面倒までみさせるのかと怒る。なによりも、互いの気が殺がれるのは面白くないな」
シロッコは、サラのかすかな反発心さえも見抜いているのだ。
「……申し訳ありません……」
サラは、そんなシロッコの気持ちが分かった。頬が染まるのも分かった。
「それに、私は今プレッシャーを感じている。地球圏に帰って、初めてメッサーラでエゥーゴに接触をした時と同じプレッシャーだ……それが感じられるのも、サラがここにいてくれているからかもしれんと思っている……今は私から離れてもらっては、困る」
「…………!?」
サラは、驚いてシロッコを見上げた。
「人はな、サラ……共感し合える部分があると、それは外に向かってのセンサーになる。一人よりは、二人の同じ感性が重なればより強力な……私は、今、それを感じている。それが分かるのがニュータイプだ」
「ニュータイプ……?」
サラは、シロッコからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「艦長! モビル・スーツ発進の指揮は任せる」
「ハッ!」
艦の運営の指揮は、本来、艦長にある。シロッコは参謀格でしかない。
若いシロッコにドゴス・ギアを任せたのは、ジュピトリスを手放さないシロッコを懐柔するためのティターンズの窮余の一策であった。
新造戦艦のドゴス・ギアのテスト航海は、シロッコにしかできないとジャミトフ・ハイマンはバスク・オムに言わせたのである。
その間に、ジュピトリスをティターンズに吸収する工作を進めるつもりであった。
しかし、シロッコを木星に発進させた地球連邦軍は、ティターンズに吸収された。
シロッコは、それを理由に、ジュピトリスをティターンズに引き渡すことを拒んだのである。
原隊復帰が軍の鉄則であるからだ。
法改正でもされない限り、原隊以外にジュピトリスを引き渡すわけにはいかないというのが、シロッコの主張であった。ジュピトリスのクルーは、それをよく守り通していた。
そうして時間を稼ぎ、ティターンズとエゥーゴの戦争の行方を定めるまでは、シロッコは、ジュピトリスを宙に浮かせておきたかったのである。
「どうだ?」
トーレスの背後からブライトとシャアがモニターを覗いた。
「我が艦と戦闘宙域ギリギリの距離を保持しながら、横に並びかけています。まだ、戦闘の意志はないようですが……」
「ドゴス・ギアは、アーガマを追い抜くつもりらしい」
「我々より先にアクシズと接触するつもりか」
「しばらく様子を見よう。なるべく戦闘は避けたい」
「ブライト艦長、勝機がないわけでもない。やってみよう」
シャアは、トーレスの背中を見て言った。
「なにか策でもあるのか?」
「あるわけはない。メガ・バズーカを使って、ドゴス・ギアを狙撃してみるだけだ」
「だが……アクシズの使者と接触する前に艦隊戦をやるのは……どのみち、ドゴス・ギアもモビル・スーツ隊を出すだろう。行ってくれ!」
「了解! 艦長!」
シャアは、身軽にブリッジを出、ブライトは、インターカムをとった。
「艦外で作業中のクルーは引き揚げさせろ! 第二戦闘配備に入る! ラーディッシュにモビル・スーツ戦の用意をっ!」
アーガマのモビル・スーツ・デッキは、喧騒に包まれていた。
が、それも空気が抜かれて、サイド・ハッチが開くと、物の動きだけが慌ただしい静寂の舞台になる。
勿論、音声モニターを開いておけば、人々の声と息遣いが、静寂の舞台に呼応した音を聞かせてくれた。しかも、モビル・スーツが歩く音までも入っているのである。
接触回線を利用して、物の接触する音まで再生している。それは作業をするクルーに、周囲の雰囲気を知らせるのである。安物のノーマル・スーツでさえも、全周囲ステレオ装置で、その音声がキャッチできるようにしてあった。
人間は、視覚情報だけで状況を知るのではない。音が聞こえていて、その上で、無作為に音を選んでいるのが聴覚という感覚器官であって、それで周囲の雰囲気をサーチしている。
ノーマル・スーツのシャア・アズナブルがプレ・デッキから流れ、反対側から流れ込むカミーユを見つけた。
バイザーをかけていないヘルメットの中のカミーユの顔は、蒼かった。
「どうした?」
「……え? 大尉……」
二人の体は、質量の大きいシャアに押されるような形になって、空に漂った。
「感じませんか……? 大尉は?」
「殺気か?」
「はい……それも、アーガマを取り巻く周囲に……」
「……気のせいではないな?」
「いつまでも敵に煩《わずら》わされたくありません……」
「……感じないな……すまん。カミーユの方が正しいのだろう……」
カミーユは、かすかに微笑を見せると、Zガンダムの方に体を泳がせるように、ノーマル・スーツのバーニアを吹かした。
「本当にご心配なく……! 前の方向に気をつけて!」
「了解した。艦隊を護衛してくれるエマ中尉に今の話をしておいてくれっ!」
「はいっ! 先手をとりましょう」
カミーユは、言いつつZガンダムのコクピットに入った。
「全くだ」
シャアもまた百式のコクピットに入った。
アーガマのブリッジでは、全員がノーマル・スーツの着用を終わっていた。
「百式とZガンダム、発進準備完了しました」
「よし、ドゴス・ギアに対してのモビル・スーツ隊発進!」
「クワトロ・バジーナ、百式出る!」
間をおかずに、百式からシャアの声が入り、射出された百式の後ろ姿が、ブリッジの左の窓に入ってきた。
「メガバズーカ・ランチャー、射出だ!」
「了解っ!」
アーガマから射出されたメガバズーカ・ランチャーを、シャアは百式の手に掴ませると、メガバズーカ・ランチャーのエンジンを開いた。
これと百式の推力で、ようやくZガンダムの推力に匹敵する。
「行くぞ!」
「どうぞ! クワトロ大尉!」
背後からZガンダムとシャクルズに乗ったリック・ディアス二機が、百式の直援についた。
背後のアーガマとラーディッシュからは、さらにエマ・シーン中尉のガンダムMkUとリック・ディアス隊、ネモ隊が順次発進していた。
それらは、アーガマとラーディッシュを直援する形で展開する。
ドゴス・ギアでもモビル・スーツ隊の発進が行われていた。
シロッコは、私室のモニターを使って、ヤザン・ゲーブルの回線に割り込んでいた。艦長に怒鳴られても仕方のない行為である。
そういうことをやめれば、もっと人に慕われるのにと思ったが、サラは、黙ってドアの脇に置いてある椅子に座っていた。
「ギャプランはどうかな? ヤザン大尉」
「今、気がついたことがある。気にいらんな」
「ほう……なぜだ?」
「得体の知れない力を感じる……この感じは好きではない」
「大尉の機体には、バイオ・センサーによるシステムを導入したから、自分の意思が全てモビル・スーツの動きに出、それが厭なのだろう? それに、そう思うのは、ヤザン大尉が今まで楽をしてきたからでもある」
「おいおい……シロッコ……?」
「今までは、ヤザンは、力でばかり敵をねじ伏せてきた。それも、もともとヤザンにある力だけで勝っただけのことだ。それを楽だと言うのだよ。強い相手が現れても、力を増幅させて立ち向かえばいいだけだった。他の方法を講じる必要はない。敗北しても、ただ自分の力が足りなかったと考えれば済むだけだ」
「それが全てだろうが?」
「もっと別の方法と感じ方が必要なのだ。他の方法を考えれば、自分が知らなかった自分の別の力も発揮できる。そのヤザンの持っている別の力を引き出すことを強要させられるのが、ギャプランだよ」
「分からんな?」
「ヤザン大尉はなぜドゴス・ギアに来た? もっと別の、自分が持っていないものの強さがあるらしいと考えたからだろう? そう感じた勘だ。その勘が、もっと別の力を与えてくれることになる。それと同じことをギャプランも感じさせてくれるのだよ」
「なるほど、分かるような気がするな……気をつけてこいつを扱おう……」
「君は私の周囲の空気に戸惑っているだろう? が、それは悪くない。ヤザン大尉の無限の可能性を示すものだからな」
「……なるほどね……」
「期待しているぞ。ヤザン大尉」
「……努力する……」
サラは、ヤザンが勇猛なだけのパイロットではないということに気がついた。
「よーし! ギャプラン隊、出るぞっ!」
シロッコは、その声を聞くとモニターを切り、身を堅くしているサラを見やった。
「いい男だろう?」
「はい、そう思いました」
「私は、ヤザンに世辞は言わんよ」
「承知しております」
「ン!?……来たな……感じるか? サラ?」
「はい……殺気が、接近しています」
「あの時の感覚だ……シャアとカミーユか?」
「アーガマとラーディッシュ全体の殺気という感じ方がします。よくまとまった敵です」
「そのようだ……」
シロッコは、手の指を自分の顎に這わせて、虚空を凝視した。
その視線は、神経質に一点を凝視していた。
サラには、シロッコが、艦の装甲を通して宇宙《そら》を見ていることが分かった。
ドゴス・ギアの各々のカタパルト・デッキから迎撃戦にそなえてモビル・スーツが発進していた。
ジムU、ジム・クゥエル、ジェガンの各隊が、ドゴス・ギア周辺の宙域に散開をする。
そして、その中でも三本の光が急速に月の見える方位に消えていった。ヤザン隊の三機のギャプランである。
その方位には、アーガマとラーディッシュを発したモビル・スーツ隊が侵攻してくるはずであったが、まだ光も見えない。
しかし、その宙域に張りつめた緊張感を読みとれる人たちが息づいていた。
メガバズーカ・ランチャーの百式を取り囲むようにして、Zガンダムと夫々《それぞれ》のシャクルズに乗った二機のリック・ディアスは、ヤザン隊と遭遇するコースを飛行しているはずであった。
「百式はコースから外れる。各モビル・スーツは、戦闘になっても、メガバズーカ・ランチャーの射線上には近づくなよ」
「了解!」
百式は、上昇をかけた。
周囲の宙域には、コロニーから排出された土砂や、金属類の残骸のゴミが多くなっていた。コロニーそのものの破片もあった。
地球圏の宙域は、引力が一様ではない。ある宙域には、戦争によって破壊されたコロニーや戦艦の破片が溜まるのである。
敵味方とも、戦闘宙域にそのような宙域を選ぶのは、敵の狙撃を嫌うからである。
シャアは、その宙域にあっても、メガバズーカ・ランチャーの射線上にゴミのないところを選びたかった。
「来るな?」
カミーユは、前方に星の光に紛れて移動する光の束を見た。
しかし、それは、不幸にして、ヤザン隊のものではなかった。ということは、ヤザン隊は、アーガマの方向に接近していることを意味した。
戦闘は簡単に始まった。
本来、宇宙というスペースは、海よりも広いはずであった。
しかし、人の習性は、時には、危険であっても引き合う性質があるらしかった。たとえば、ぶつかるのが分かっていても、近づいてしまうという類の事例でもそれが分かる。
Zガンダムは、モビル・スーツに変形して、ゴミの少ない宙域に上昇をかけた百式の周囲を警戒する。
アーガマのいる方向に幾つかの信号弾が上がったようだ。
敵のモビル・スーツの出撃をキャッチして、モビル・スーツ隊をZガンダムの方向に動かすらしかった。
カミーユには、良い判断とは思えなかった。
が、Zガンダムも戦闘宙域に紛れ込んでいるのだ。カミーユがそのことを考えている暇はなかった。ジムUらしいモビル・スーツが、閃光を発して接近してきた。
「…………!?」
カミーユは、冷静に照準した。
そのモビル・スーツのコクピットにいるのが、フォウのようなパイロットではないことを祈りながらトリガーを引いた。
ジムUは、あっけないほど簡単に装甲を貫かれ爆発をした。
「……無駄な死に方だったんよ……」
カミーユが言う間もなく、その爆発の光芒の中からジェガンが見えた。
「こいつ!」
Zガンダムのバルカンを斉射させる。ジェガンのカメラアイが被弾して消えた。
そのジェガンにZガンダムを接近させると、ジェガンの肩口を蹴とばした。その衝撃でパイロットが気絶をしてくれれば、死なせないですむ。
カミーユは、そう思ったが、そんな甘い思いを打ち消すように、眼前にジム・クゥエルのシルエットが飛び込んだ。
「うっ!」
Zガンダムのビーム・ライフルが、カミーユの腕そのもののように反応をする。
命中させたが、ジム・クゥエルは至近距離で爆発した。Zガンダムは、その爆圧を受けて機体が後退した。
「……きりがない。いったい何機出てくるんだ……?」
その頃、ドゴス・ギアのカタパルト・デッキからは、第二波のモビル・スーツ隊が発進していた。
アーガマの宙域には、百式、Zガンダムと入れ違ったヤザンのギャプラン隊が、侵攻していた。
しかし、それはZガンダムの方位に移動を開始したエゥーゴのモビル・スーツ隊に捕捉された。
その中核は、エマ中尉のガンダムMkU以下のモビル・スーツ隊である。
迎撃するエマ隊の数の方が、圧倒的である。
「……何?」
エマは、ギャプランという新しい機体を見てギョッとした。
宇宙《そら》に溶け込むような深いグリーンの機体は、鋭いシルエットをしていた。
可変モビル・スーツであることは、一瞥しただけで知れた。
エマは、本能的に、接近戦に入ることを嫌った。
しかし、先行したネモ隊は、うかつに火線をひいていた。彼らは、シャクルズを足として使っている。その分、ネモのパワーは強いという錯覚がパイロットにあったのだ。
エマは、制止したかったが、その時は、幾つかの光輪が宇宙に咲いていた。
「危険な相手だっ!」
エマは、MkUを駆り、障害物になりそうな大きなゴミを飛び越した。
と、その敵のモビル・スーツであろう、意外な方向からエマにプレッシャーを掛けてきた。
エマの予測を裏切るような方位から回り込み、接近してきたのだ。
「実戦慣れしているっ!」
エマは、あやうく回避して、MkUと敵の間に障害物になるゴミを置いた。
もし、エマが、プレッシャーを感じないパイロットであれば、この時に狙撃されていただろう。
「右舷、下、二十三度、敵艦接近!」
トーレスの声にブライトは、反射的に怒鳴っていた。
「正面側だと!? 索敵班、どこを見ていた!」
操舵手のサエグサは、その声を聞きながらも方位変更のバーニアを噴かしていた。
アーガマの急激な転進。ビームがかすめた。
アレキサンドリアのものだ。
アレキサンドリアは、同僚ブルネイと共に、アーガマとラーデッシュに対しての艦砲射程距離にまで侵攻をしていた。
「全砲! 遠慮するな! 射ちまくれっ! 同時に回避運動っ!」
キャプテン・シートの脇に立ってガディは、怒鳴っていた。
アレキサンドリアと僚艦のブルネイにも、アーガマとラーディッシュのビームが舷側をかすめた。
「退避行動遅いっ!」
その号令はアーガマでも響いていた。
「アーガマとの距離をとれっ! 二艦同時に沈めたいのかっ!」
ヘンケンの怒声もラーディッシュのブリッジに響いた。
ラーディッシュは反撃しながら、全速後退でアーガマから離れた。
その艦隊戦は、少なからずモビル・スーツ戦にも影響を与えた。
ヤザンは、エゥーゴのモビル・スーツ隊を撃破しつつ、アーガマに接近をしていた。エマが予測していた通りの動きを見せていた。
変形したギャプランは、あっと言う間に数機のネモを撃破して、アーガマに押し込みつつあった。
「なんだと!?」
アレキサンドリアとブルネイの火線は、アーガマとモビル・スーツ隊の宇宙戦の宙域の間に飛び込んできたのである。
「味方艦にやられる!?」
ヤザンは、カッとしたが後退せざるを得なかった。
「どこの艦だっ!」
ヤザンは、ののしりながらも、アレキサンドリアだろうと分かった。
「ガディは、ムキになり過ぎる!」
「第二波! モビル・スーツ隊出ろっ! 敵モビル・スーツ隊に対して直援させろっ!」
ブライトは、ビームの雨の中でも、ギャプランの動きを見逃さなかった。
アーガマと敵モビル・スーツの間にモビル・スーツを置いて守る必要を感じたのだ。
バッチ中尉のリック・ディアスとファのメタスがカタパルト・デッキにあった。
「いいかっ! 射出したらすぐに左へ回れっ! そうすれば当たらないっ!」
トーレスが、ファに言っているようだった。
「ファ、出ます」
リック・ディアスとメタスは、ビームの中に突進していった。
その頃、シャアの百式は、ただ一機戦闘宙域から離れて、メガバズーカ・ランチャーの臨界を迎えていた。
「……ドゴス・ギアか……」
最大拡大をしても、実視モニターに映る映像ではドゴス・ギアは米粒の大きさである。
それをコンピューター解析にかけて拡大し、コンピューター・グラフィックス化して、照準をつけるのである。
が、問題は、入力してあるドゴス・ギアのデータが正確ではないことだった。こまかい艦形までは、入力されていない。
「ままよっ!」
シャアは、ブリッジと思われる部分に爆発の余波を与えられるエンジンに照準をつけた。
「……あたれっ!」
ゴウッという発射音が百式の機体を揺すり、急激なGがかかった。
ビームが発射され、百式の機体は、後方に吹き飛んでいた。機体背後に宇宙に漂うゴミが当たる音がする。
「ううっ……!」
シャアが呻いている頃、シロッコは、艦長に急速加速の命令を出していた。
「理由は生きていたら教えてやるっ! やれっ!」
インターカムに怒鳴るシロッコは、真っ蒼な顔をしていた。
サラは、怯えた。
ドゴス・ギアが船体をきしませた時だった。
巨大なビームが、ドゴス・ギアの上甲板をかすめていった。
その閃光が舷窓に溢れて、シロッコの顔を浮きあがらせた。
「間違いないっ! 奴だ!」
シロッコはそう言った。
サラは、シロッコの感覚に打ちのめされて、声も出なかった。
アーガマのブリッジが揺れた。
ブライトは、シートから振り落とされそうになった。
コンソール・パネルがスパークして煙を噴出した。サエグサが消火栓を開いたが、オートマチックで開くはずの消火器は、半分も使えなかった。
間髪を入れず、警報が鳴り響いた。隔壁損傷の警報である。
「被弾箇所を確認! ノーマル・スーツ、ヘルメット着用っ!」
「メタス、リック・ディアスを呼び戻せ! 弾幕、薄いぞ!」
ブリッジのモニターに映るギャプランが、アーガマの砲火を避けてビームを放つのが誰の目にも見えた。
室内灯の明滅が、さらにクルーの不安をかきたてた。
エマもカミーユもアーガマの被弾を知っていた。その時、背中に冷たい感触を得たのである。「アーガマ!?」
カミーユは、一機にしてある百式が気になったが、シャア一人である。なにかがあっても、切り抜けられるだろうと期待をした。
そう思わなければ、アーガマを守りにいくことはできない。
「大尉!」
カミーユは、無線を使って呼びかけながらも、アーガマに向かった。
変形をしたZガンダムは、一瞬にして、アーガマの方位に姿を消した。
それは、エマも同じであった。よりアーガマに近いエマのMkUは、幾つかのゴミを撥ね除けながら、あの深いグリーンの機体と刺し違える覚悟をした。
ファは、さらにアーガマに近い宙域で、一機のジム・クゥエルを爆破することができた。モビル・アーマーのままで撃破したのである。
ファは、メタスをモビル・スーツで使うことは不得手であった。
パイロットとしてのセンスがないだけでなく、ファがメタスのモビル・スーツ体形の隙間だらけの形がどうも好きになれなかった。
しかし、それが、今では幸いした。
が、アーガマの艦影が識別できる宙域に至ると、メタスをモビル・スーツに変形させざるを得なかった。
ギャプランの影が走るのを見た時、アーガマの盾になるためにはメタスの機体を大きくして、アーガマの前に立つしかないとファは判断したのだ。
「死ぬかもしれない……」
ファは、覚悟した。
百式は、メガバズーカ・ランチャーに、再度エネルギーが上がってきたサインを確認していた。
「今度こそと言いたいが……距離を詰めないと同じ結果か……?」
狙いを定めるシャアは、カミーユがアーガマに戻ったことを承知していた。
単独で、ドゴス・ギアとの距離を詰める馬鹿はしない。
「やはりシロッコという男のプレッシャーか。これだけ離れているのに……」
コンピューター・グラフィックスの照準映像を信じるしかない。
第一射が外れたのは、コンピューター・グラフィックスのデータ不足が原因だと思いたかった。
「奴が、私の気配を読んで避けたなどとは……」
シャアは、速度を増しているドゴス・ギアの動きを読み、予測ポイントに向かって第二射を発した。
メガバズーカ・ランチャーのビームが、またもドゴス・ギアめがけて真っ直ぐ伸びていった。
その時、シロッコは、ヤザン隊に向けて後退命令を発しながら、さらにドゴス・ギアに回避運動をさせていた。
「来るぞっ!」
ドゴス・ギアの巨体がギシギシと震えた。無理な方向にGをかけているからである。
「アフターバーナーが、焼き切れます!」
艦長の悲鳴があがり、クルーは、シートに体を押しつけられていた。
サラは、床に体を押しつけられ、シロッコは、立ったままそのGに耐えた。
ババハッァァ!
ドゴス・ギアのブリッジ前に巨大なビームの柱が走り、そして、消えていった。
シャアの第一射の後、シロッコはブリッジに上がっていたのだ。
これで第二射をかわしたことになる。
「ドゴス・ギアは、一時、敵の攻撃を回避する。モビル・スーツ隊には、サバイバル・ボードを放出して、待たせろ」
サバイバル・ボードとは、艦が使えない場合、モビル・スーツ隊を一時的に収容するボードである。数機のモビル・スーツを係留し、パイロットたちに数日分の食料、空気、武器を提供するハッチを装備したものである。
「はっ……!」
艦長は、二度にわたる攻撃を避けたシロッコの予見を全く信じた。
「外れたか……」
シャアは、もう一射できることを知っていたが、距離を詰めない限り、また外されるだろうと思った。
「背後には、手強いモビル・スーツもいる……」
シャアは、素早くモニターを見て、上空に後退してくる敵モビル・スーツの航跡を見た。
「チッ……!」
シャアは、メガバズーカ・ランチャーを盾にして使い、ヤザン隊の攻撃の第一波をかわしたが、三機のギャプランは、たった一機のシャアの百式を包囲しようとした。
「金色っ!」
ヤザンは、消化不良の戦闘に嫌気がさしていた。別れ際の餌食には丁度良い相手だと思った。
「……こいつをっ!」
シャアは、百式に急旋回をかけ、ゴミの間を抜けるようにした。
が、装甲もパワーも格段に違う三機のギャプランは、その子供のような動きを見せる百式を待ち受けるようにして、狙撃をした。
が、シャアは、その攻撃でさえも避けた。
「しかし……!」
メガバズーカ・ランチャーの発射で、百式自体のパワーも吸い取られているのである。回避だけでやっとだった。
「金色っ! いただくぜ!」
ヤザンのその傲慢な言葉が、別動隊のモビル・スーツを呼んだのだろう。
ギャプランは、横合いから襲ってきた数十本のビームの雨の中で、立ち往生した。
「エゥーゴの別動隊っ!?」
ヤザンは、信じられない数のモビル・スーツの航跡を見て、愕然とした。
それは、可変モビル・スーツなのだが、脚が異様に大きく見えた。機体が小さいのである。しかし、その上部は、戦闘機そのものをイメージさせた。
そして、なによりも、その機体の色はヤザンの知らないものだった。
ヤザンは、そのモビル・スーツの名を知らない。
知るわけがなかった。
ティターンズでも、エゥーゴのものでもないモビル・スーツであるからだ。
「エゥーゴに荷担する。我々は、アクシズのものだ!」
その無線は、ミノフスキー粒子下でも、明瞭に聞き取れた。
「アクシズ……? ザビ家の生き残り……だと?」
ヤザンは、状況が読めない事態に陥ったことを知って、ギャプランに後退をかけさせた。
カミーユは、百式がいるはずの宙域を見上げていた。
その目には、数十のモビル・スーツのテール・ノズルの閃光が見えていたが、動けなかった。
それは、エマのMkUもそうだった。
アーガマの船体は、そこここにスパークを発し、ラーディッシュもまた幾つかの傷を受けて、アーガマと並進していた。
「本当なのか? 今の通信?」
「再生します……」
トーレスは、無線を録音したテープを回した。
「……アクシズの使者か?」
「だろうな……艦内の火災チェック! エア・ロックの整備急げ! 対空戦闘要員は残してっ!」
ブライトは、これ以上の戦闘にアーガマが保つかどうか分からなかった。
しかし、まだ、完全に戦闘は終息していると断定できない。
「百式が、つかまったか、撃破されたかしているかも……」
「冗談はよせっ!」
「ミノフスキー粒子濃度、低下っ! レーダー!」
多少明瞭に見えるようになったレーダーに捕捉されたモビル・スーツの数は、四十機までは読めた。
「編隊を組んでいます……」
「ラーディッシュのヘンケン艦長を呼び出せっ!」
押し寄せるモビル・スーツの数は、増えてくる一方であった。
今の戦闘で、半数のモビル・スーツを撃破され、損傷したアーガマとラーディッシュにとっては、この得体の知れないモビル・スーツ群は脅威でしかない。
「百式がっ!?」
その得体の知れないモビル・スーツの編隊の中央には、いつもの金色のモビル・スーツがあった。
あたかも、百式が、奇っ怪な色をしたモビル・スーツを導いてきたようにも見えた。
しかし、事実は逆だった。
「……昔、図面で見たことがある機体の改造型だな……」
シャアは、ガザCが攻撃を仕掛けることがないと読み、ヘルメットを外した。
コクピットの空気を吸った。
「……ハマーン・カーンか……?」
シャアは、ゆったりと周囲のガザCの編隊を見、そして、拡大したモニターを重ねて、モビル・スーツを一つ一つ観察した。
中にハマーン・カーンの乗ったモビル・スーツがあるのではないかと思ったのだ。
アーガマの損傷したカタパルト・デッキに降り立ったカミーユは、立ち止まって虚空を仰ぎ見た。
「カミーユ……」
エマが、ヘルメットを接触させた。
「しばらくは戦闘にはならないわ。アクシズのお客様が、守ってくれるようだから……」
「そうですね……」
二人は、モビル・スーツ・デッキに入った。
周囲のことが気になる。
アーガマとラーディッシュを包囲するガザCは、モビル・スーツ隊に艦に戻ることを指示はしたが、それ以上の干渉はするつもりはないようだった。
「カミーユ、良くやってくれた」
ブリッジに入ったカミーユに、ブライト艦長が声をかけた。
「ありがとうございます」
「カミーユ……」
「はい……」
シャアは、ノーマル・スーツのまま、アーガマのサイド・ボードで座っていた。
「グワダンには、行ってみるか?」
「グワダン?」
「アクシズの使いの艦艇だというが、アクシズの頭領が乗っていると見た。君も、知っておくほうがいい」
「はい……」
カミーユは、曖昧に返事をして、ブライトを見た。
「ン……大尉の言う通りだ。付いて来い。大人の世界を見ておくのも良い……」
「MSG−03 ガザC? あのモビル・アーマーのことですか? 可変モビル・スーツなんですね?」
カミーユは、シャアの前のウインドゥに表示されている得体の知れないモビル・スーツのデータを読んだ。
「そのはずだが、私が知っている頃は、可変は考えていなかっだはずだ」
「……ガザC……? グワダンに向かっているのですか?」
「ああ……」
シャアは、立ち上がって、前方の宙域に展開するモビル・アーマーの編隊を見た。
その前方に、点滅する閃光が見えはじめた。
「拡大します!」
トーレスが、正面モニターの望遠レンズをズームしていった。
赤い船体をしたシルエットが浮き上がった。
そのシルエットは、かつてのジオン公国の戦艦グワジン・タイプに似ていないでもなかった。
「ザビ家の紋章だ……!」
誰かの呻くような声があがった。
その赤い戦艦の巨大な船首には、金色のザビ家の紋章が、燦然と輝いていた。
「……ザビ家……?」
その名前は、カミーユの年代にとっては、過去のものであったはずだ。
カミーユは、理由《わけ》もなく背中がゾクッとした。
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[#目次12]
第十二章 ハマーン、シャア、シロッコ
近くで見るグワダンは、鯨であった。
この比喩が、カミーユたちに分かり難いということはない。カミーユは、本物のシロナガス鯨をコロニーの海で見ているからだ。
サイド7では、密閉型のコロニーを使って、人工の海を作り、鯨の飼育を成功させていたから、知っていたのだ。
グワダンの近くに停泊するアーガマとラーディッシュは、子鯨ということになる。
グワダンに接近する間も、アーガマとラーディッシュでは、幾つもの打ち合わせが行われていた。
エゥーゴとアクシズの事前の交渉で、アーガマの代表がグワダンに迎え入れられるのが分かったものの、交渉がどのように行われるかは分かっていない。
たえず、最悪の事態も想定しておかなければならない。
しかも、アーガマもラーディッシュも良い状況ではなかった。
万一、交渉が最悪の状況になって、交渉団が人質にとられた場合、グワダンから交渉団が脱出できるのか、といったレベルまで想定しなければならなかった。
「しかし、事態というものは、想定したようには進まないものだ。最悪の事態を想定して、交渉団は、あらゆる準備をするしかない」
ヘンケンは、眼前に迫ったグワダンの巨体を、うんざりして見上げた。
「モビル・スーツの数は、どのくらいあるのでしょう?」
エマの疑問は、誰もが口にしたくないことだった。あの巨体の片舷のカタパルト・デッキの数を見ただけでも、その数は、こちら側の数倍はあるだろう。
強行離脱は無理と思える。
「当方のモビル・スーツ隊は、半分に減ってしまっている……」
「……グワダンの巨体に馴される必要はない」
シャアは、沈鬱なパイロットとクルーを前にして口を開いた。
「グワダンは、素人の集団だ。訓練は十分ではない。まして、実戦では我々に一日の長がある。付け入る隙はある」
「グワダンの死角はないのか?」
ブリーフィング・ウインドゥには、観測されたグワダンのデータがすでにグラフィックス化されていたが、多くの機銃座や主砲はカバーされていて、視認することはできなかったために、正確なデータはない。
「ともかくだ。そう言うしかないが、ダミーは用意しておこう。交渉団は、防弾チョッキと固形酸素を携帯する。ハンカチは、解毒剤塗布をしたものを持つ。武器は、持っていてもどのみちチェックされるから携帯はやめる」
最終的には、シャアがそうまとめた。
「よし、アーガマとラーディッシュは、総員第一戦闘配置で、モビル・スーツにも灯《ひ》を入れておく。そんな処か?」
「それで良かろう」
ウォンもそれで了解した。
「しかし、もとジオンの残党が、アステロイド・ベルトに伏せてこれだけの船を持っているとはな……」
ヘンケンの嘆息に、ウォンが答えた。
「連邦が宇宙《そら》に関心を持たなかったせいだな。地球連邦政府の目こぼしが、彼らに地道に力を蓄えさせたのだ。彼らは、考えようによっては、我らエゥーゴと一緒だよ」
カミーユは、その言葉になぜか反感を抱いたが、何も言わなかった。
「ランチの用意、出来ました!」
シーサーが、ブリーフィング・ルームに顔を出した。有線の艦内通話も厳禁されていた。
これだけ敵と近いと盗聴される可能性もあるからだ。
「ご苦労、行きましょうか?」
「うむ」
グワダンに向かう一行は、シャアの指示通りの準備をして、ランチに乗り込んだ。
ランチのパイロット・シートには、リック・ディアスのパイロットのアポリーが座っていた。戦闘状況に対しての用意である。
『乗り組み完了。発進してよろしいか?』
アーガマの舷側に位置したランチから、発光信号が、グワダンに向かって発せられた。
グワダンの赤い壁からも小さい発光信号が上がる。
「ヘーッ! 地球連邦軍の発光信号を使っているんだ!」
アポリーは、笑った。
「でなければ、こっちの話が通じないよ」
キャビンから、ブライトが面白くなさそうに言った。
「相手さんは発光信号で着艦場所を指示するそうだ。従え!」
「了解、艦長」
「……とりあえず従うだけだぞ!」
ランチが、アーガマを離れた。
左右の宙域には、ガザCが、浮いていた。
いかにも警戒をしていると見せていたが、アーガマとラーディッシュの目の前である。カミーユには、無防備に立ち並びすぎると思えた。アーガマとラーディッシュのクルーは、手持ちの武器を持って、それらの全てに照準をつけているだろう。
それが第一戦闘配置というものだ。
カミーユは、グワダンが素人の集団だという話を信じた。
と、グワダンの壁の一角から、一機のガザCが飛翔してきた。
それがランチの正面に迫り、モノ・アイを光らせた。いかにも、ランチの中を見せて貰ったという風であった。
「…………」
ランチの中の一同は、一瞬、身を堅くした。そのガザCは、ランチの眼前を横切っていった。
「なんだ!? 奴はっ!」
「無礼なっ!」
ウォンは、ののしった。
そのガザCは、そのままグワダンのカタパルト・デッキに着艦したのをシャアの目は追った。その動きは、俊敏に見えた。
「……ああ……ハマーン・カーンか……」
シャアは、ひとりごちた。
カミーユは、操縦席まで行って、身を乗り出してそのモビル・スーツを見た。
「……いい動きをしてますね」
誰にともなくカミーユは言った。
グワダンのランチ専用のデッキに、アーガマのランチが滑り込んでいった。
グワダンの出迎えの士官と兵たちの軍服は、一年戦争時のものであった。
(まさに、亡霊だ……!)
ブライトは思いつつ敬礼を返して、士官の後に続いた。
「こちらへ」
士官は慇懃であった。
それにシャア、ウォン、カミーユが続いた。
巨大な木製に見える扉が、左右に開いていった。
士官に先導されたウォンたちは、警護の兵に囲まれることもなくその部屋に入った。
案内の士官は、そのままお待ちをという仕草を見せて、さらに左のバロック調に装飾された壁の前に立った。
謁見の間であろう。
床には、赤い絨毯が敷き詰められ、両側の壁には採光の飾り窓が天井まで開かれていた。
出迎えは、左右に儀仗兵を従えた少女だった。
カミーユには、その少女の黒っぽいコスチュームが、ひどく挑戦的なものに見えた。
その少女の瞳が、ゆったりと一同を観察し、そして、そのしなやかな体が前に出た。
「代表は?」
ウォンが、シャアよりも一歩前に出た。
「私はウォン・リーだ。エゥーゴを代表してやってきた」
「私は、ハマーン・カーン。ミネバ・ザビ様の後見人です」
「ミネバ・ザビ?」
「ザビ家後継の正当なる方です。ご紹介しましょう」
シャアは、ひとり怒りがこみ上げていた。
ハマーン・カーンをミネバの後見人にしたという話は、一切ないはずであったからだ。
「ミネバ様である」
ハマーン・カーンは、儀仗兵を後退させて、正面のカーテンを示した。
正面の絹《きぬ》に似たカーテンが聞かれた。
正面の壁には、巨大なザビ家の紋章が描かれ、その下の玉座には、一人の少年が座っていた。十歳くらいだろうか?
それが、ザビ家の後継者、ミネバ・ザビであろう。
彼の玉座の両脇に整然と控えるロング・ドレスの侍女、三つ揃いの侍従の数は十名を下らず、さらに両側の壁際には、護衛の衛兵たちが正装で居並んでいた。
ブライトは、この光景を見て、全盛時のザビ家はこうであったろうと思った。
(……八年前と少しも変わっていない……この連中には、時の流れというものがないのか……!)
ミネバの前に進み出たハマーンは、恭しく礼をしてみせた。
そして、ブライトたちに向き直った。
「ザビ家の正当な後継者ミネバ・ザビ妃殿下である!」
カミーユは、アレッと思った。
(妃殿下……? 女かよ?)
ミネバは、ザビ家の紋章をあしらった軍服を着せられていた。
男の子に見えたのである。
「……まだ子供じゃないか……」
ブライトは、さすがに呻いていた。
ミネバを凝視するシャアは、ハマーン・カーンが、こんなに早い時期にエゥーゴの前にミネバを出すとは思っていなかった。
(ハマーン奴《め》……好きにやって……)
シャアは、ハマーンが、思った以上に狡猾で、用意周到な女であることを知らされた。
しかし、ミネバに対する思いは、また別であった。
(……ミネバ……ザビ……大きくなったものだ……)
一瞬、アステロイド・ベルトに移動する戦艦の中で彼女をあやしたこと、アステロイド・ベルトに至っての暮らしの中で、歩くミネバを抱き上げたことを思い出していた。
ミネバが、侍女を呼んで何事か耳打ちした。
「ハマーン様」
ハマーンは、侍女の声に、ウォンに目で挨拶をすると、ミネバの処に行った。
ミネバの命令を受けたハマーンは、立ち、振り向いた。
「サングラスの方、妃殿下の御前に!」
カミーユは、シャアの背中を見た。肩が震えたと見えたのは、カミーユの気のせいだと思えた。
「どうぞ」
ハマーンは、微笑をたたえてシャアを招いた。
シャアは、スッと歩み、ミネバの前に立った。そして、サングラスを外した。
「やあ、シャア・アズナブル!」
その率直な声が、広間の空気を切った。
カミーユたちにしてみれば、ダカールの宣言があったとはいえ、シャアには、クワトロ・バジーナ大尉であって欲しいという思いがあった。
「変わりないようだな。会えて嬉しいよ。よく遊んでくれた。覚えているかな?」
言葉遣いこそ男の子のようだが、それは、儀式を意識してのことであろう。
声は、冴えた女の子そのものだった。
「…………」
「長い間の偵察、ご苦労だった。いよいよアクシズが動き出す時が来た。ザビ家再興のために力を貸してくれよ」
シャアを見上げたミネバは屈託なく言った。
シャアの中に抑えられていた怒りが、爆発する寸前であった。
「……スペースノイドの真の栄光は、ザビ家の復興の如何《いかん》にかかっている。ジオン・ダイクンの意志を継ぐのは、我がザビ家だけである……」
「黙っていただきたい!」
シャアは、ついに声を出した。
ミネバは、ピタッと言葉を切った。
しかし、シャアを恐れているという感覚はなかった。
たえず、教えられること、命令されていることに慣れている子供の反応であった。
「シャア!」
ハマーンの制止を撥ね除けるようにして、シャアは振り向いていた。
「ミネバ様をよくもこう育ててくれた! 偏見の塊の人間を育ててなんとする!」
シャアは、激怒していた。
数段の階段を降りた。
「なにが偏見であるか! ミネバ様は、ザビ家の後継者としてスペースノイドの頂点に立たねばならぬお方だ。それに相応《ふさわ》しい正しい物の見方をなさっておられる。貴様こそ心変わりをしたではないか! シャア・アズナブル!」
「ハマーン・カーン……!」
シャアは、ハマーンに駆け寄ろうとしたが、衛兵が左右からシャアの前に出た。
「クワトロ大尉!」
カミーユが前に出ようとした。
「動くなっ!」
ウォンの腕が、カミーユの胸いっぱいにふさいだ。
「関係がない。これは、グワダンの内輪揉めだ。我々、エゥーゴには関係がない」
ウォンはブライトにも言い、三人は広開中央に立ち尽くしていた。
シャアとハマーンの間には、衛兵が立ちふさがり、シャアは、身動きがとれなくなっていた。
「シャア! 貴官がアクシズを離れた後は、全てを任せられたと了解している! 今さら抗議は聞かぬっ! ミネバ様は、お部屋にっ!」
侍女たちもまたミネバを包むようにして、謁見の間を退出した。
「シャアを監禁しろ! 尋問の必要があるとみたっ!」
ハマーンが言い放った。
「ハマーンッ! 貴様には、そんな権限はない!」
シャアが、衛兵の包囲の中で叫んでいた。
「あるようにしたのだよ。シャア!」
ハマーンは、言い放ち、シャアが広間から追い立てられるのを冷ややかな目で見送った。
カミーユたちも、それに従うほかなかった。衛兵たちの銃が、包囲していたからだ。
「…………」
ハマーンのマントが小さくひろがって、カミーユたちの前に来た。
「ウォン・リー。良い判断でありました。これは、確かに、我がザビ家の内輪の問題、よく見逃して下さった」
「いや……我々が、貴下と交渉するに当たって、大尉を……いや、シャア・アズナブルを同道する方が、交渉が早いと判断した過ちをお許しいただきたい」
「いや、それはそうだろう。我々は、正式にエゥーゴに対して身分を示したものではない。いろいろの疑心暗鬼があって当たり前のことです。ダカールでのシャアの演説も承知致しております……が、今は、エゥーゴと交渉する余地があると考え、我々は、接触を致したのです。まずは、一つのテーブルを囲む機会を与えていただきたい。我らジオン公国軍として……」
「ジオン公国軍?」
「そう、ジオン公国。一つのサイド単位に匹敵する軍備は用意してあります。我々のアクシズは、きわめて近い将来、月軌道内に入ります」
ウォンは、あらためて自分とブライト、カミーユを紹介し、メラニー・ヒュー・カーバインの親書をハマーンに手渡した。
「……分かった」
ハマーン・カーンは、メラニーの親書を二度読んだようだったが、その口調は用心深かった。
「メラニー・カーバインと会っていただけますか? あなたには人を見る目がおありだ。会っていただければ、メラニーとエゥーゴの関係は、一目でお分かりだろう」
「了解した。会って話を決めよう」
「それまでは、ティターンズにも荷担しないとお約束いただけますか?」
「……いいだろう。一週間後には、サイド2の中立コロニーで、事務レベルの会議をもって、会見の日時を決めよう」
「了解しました」
カミーユは、人というものは、性別も年齢も関係がないものだと思い知った。
ハマーン・カーンに比べれば、自分は、なんという子供なのだろうと思うのだった。
「少年……」
「はい?」
カミーユは、細いわりには大きく光って見えるハマーンの瞳を見返した。
「Zガンダムのパイロットだな?」
「…………!?」
「なぜ、分かったと聞きたいのか?」
「はい……」
「私も若いが、カミーユ・ビダン、君も若い……。そうだろう? このような場所に子供がくることは妙だ。なのにウォン・リー氏も、ブライト・ノア艦長も君の同道を許した。となれば、君は、普通の少年ではない。では、誰だ? 回答は一つだろう? エゥーゴが大切にしているモビル・スーツのパイロットだ」
「……ミス・ハマーン。敬意を表します」
カミーユは、本当にそう思って言った。口元に微笑がわくのが分かった。
「良いパイロットであろう?」
「神経質なのが欠点だと言われています」
「……! 周囲の大人たちが、無神経すぎるのだよ。カミーユ……」
「ああ……」
カミーユもまたハマーンに倣《なら》って頷いた。
ブライトが何か言い出しそうにしたが、ハマーンが先に立ち、
「では、私はこれで……」
「シャアは……シャア・アズナブルの身柄は、返していただけないのか?」
「時間を貰いたい。三時間もあれば、アーガマに戻す……それで良いか?」
「ならば……」
「私とて、エゥーゴと友好的にことが進められればと願っている。その証明にシャアは返したい。ただ、最悪、返還できない場合があるが……その時は……」
ハマーンが、初めて迷うような様子を見せた。
「ご容赦願いたい。その代わり、その時は、無条件でエゥーゴに協力すると約束したい……」
その少女らしい動揺に、事務レベルの話をしている時の少女と全く違った脆さを見て、ウォンとブライトは顔を見合わせた。
「分かりました……お二人の感情の問題だと思えます……了解致しましょう。そして、一週間後にでも、シャア・アズナブルをエゥーゴに復帰させていただいても、と考えます」
「ああ……それだけの時間があれば……」
ハマーンは、少女らしい優しい表情を見せた。
カミーユは、そのハマーンの繊細さに感動せざるを得なかった。可愛いと感じたのである。
ハマーンが退出した後、事務士官たちと具体的な再会についての約束ごとが詰められ、三十分後に、一同はアポリーの待つランチに乗った。
「いやー。心配した! どうしたのかと思ってさ……」
「いろいろあるものさ。出てくれ」
「エッ? 大尉は?」
「いいから……!」
ランチは、巨大な赤い壁を後にして、アーガマとラーディッシュの待つ宙域に向かった。
シャアは、カミーユたちが帰艦してから、二時間もしないでグワダンのランチで帰ってきた。
「……どうでした?」
「すまない。ハマーン・カーンには、失望した」
シャアは、カミーユの肩を叩いて艦長室に消えた。その態度にカミーユは、シャアの強がりを見た。
「なぜ、釈放されたのだ?」
ウォンは、詰問した。
「……そうだな。ハマーン・カーン、地球圏に入って不安なんだ。戦力は、教えては貰えなかったが、我々が思っている以上だな。グワダン・タイプ三隻とムサイ・タイプを強化した巡洋艦が、十五隻以上といったところか……」
「……たいしたものだ……」
ウォンは、そう答えながらも、シャアの回答を促《うなが》した。
「……ウム……で、アクシズの将兵が、実戦に慣れるまでは、時間を欲しいということだ。そのために、私を泳がせておいた方が良いと判断したのだな」
「……よく分かるが……で、大尉は、いつの日かアクシズに戻るのか?」
ブライトは、そのウォン・リーの忌《き》憚《たん》のない聞き方にギョッとしたが、真実、自分が聞きたい質問でもあった。
「……きつい聞かれ方だ……」
シャアは、頭を下げて、両の手を合わせた。
「仕方がなかろう? ああいったことを見せられた上で、大尉は、ハマーンから釈放されてきたのだ。裏取引があると思われても仕方がなかろう?」
「……私は、今はアクシズに戻る意思はない……これは、断言できる」
ウォンは、今という限定した言い方を聞き逃さなかったが、そこまでは追及をしなかった。
「……分かった……大尉の身柄はアーガマの監視下に置く。それでいいな?」
「よろしいでしょう」
「しかし、私は、今日までの大尉の働きに感謝しているのだ。今まで通り、エゥーゴで働いてみせて欲しい」
「勿論です」
シャアは、差し出されたウォンの手を握り返していた。
ブライトは、ウォンは、策士だと思った。
地球と月軌道までの宙域には、六つの引力中和点ともいうべきラグランジェ・ポイントと呼ばれる宙域があり、その一つ一つのポイントはサイドと呼ばれていた。
その一つのサイドには、十数|基《バンチ》から二十数|基《バンチ》のコロニーがあり、さらに、地球から見れば、月の裏側に当たる宙域にサイド3があった。
1、2のナンバーは、コロニーの開発順につけられたナンバーである。
サイド2は、地球から見て、月の左側に位置する宙域にあるサイドで、サイド全体も中立を表明していた。
アーガマとラーディッシュは、サイド2に進行し、中立コロニーの13パンチに入った。
損傷の大きいアーガマを中立コロニーに身を隠させ、修理と補給をするドック艦ラビアン・ローズを待つのである。
中立コロニーは、直接的に、軍事に関与することは絶対になかった。しかし、コロニーの中でなにが行われているのかは、行政を司《つかさ》どる者は知らないし、知ろうとはしなかった。
それが、コロニーが生きていく上での知恵であった。
このようなコロニーの存在を認めてしまった理由に、ミノフスキー粒子の存在があった。
対電波攪乱兵器であるミノフスキー粒子の散布は一時的に電波誘導を不可能にするが、戦闘宙域では有効であっても、艦艇の航行と通信にとっては、きわめて不利益であった。
一年戦争では、戦闘が各宙域で行われ長距離通信と航行があまりにも危険な状態になり、それを解消する手段として、各サイドのなかに絶対不可侵コロニーを設定して、艦艇を守り、場合によっては、無線、レーザー通信の便を図るという条約がジオンと地球連邦政府の間に結ばれたのである。
それは、地球上での中立国の存在以上の必要性を持って迎えられた。
その伝統は、今日のティターンズ、エゥーゴの関係の中でも生き残り、かつての中立コロニーは、現在までもその中立性を堅持し、それを双方が利用したのである。
ダカールでのシャアの演説以後、グリプスは作戦を急がなければならない必要を感じていた。
世論は、軍にとっても兵器であった。
それを呼び込むものが戦いに勝つという真理は、この宇宙時代にあっても同じであった。
ティターンズは、その拠点をサイド7のグリーン・オアシスから移動していた。
グリーン・オアシスにあった密閉型コロニー、グリプスは、二つに分離されて、ルナツーと共に、ゼダンの門と合流して、月に接近する軌道を動いていた。
勿論、昨日今日始まった作戦ではない。
サイド7の宙域は、他のサイドを制圧するには、最も不利なポイントであった。
そのために、ジャミトフ・ハイマンは、ティターンズが動きだした時から、この移動作戦を実施させていたのである。それに、サイド3のもとジオン公国、ザビ家に荷担する分子の協力も得て、今や巨大な宇宙基地化していた。
かつて、ギレン・ザビが、ア・バオア・クーと呼称した宇宙要塞は、地球連邦軍の管轄に置かれていたが、それを吸収し、ゼダンの門と改称した。
それは、今、明らかに、スペースノイド一般と地球にとっての脅威となった。
ルナツーの左右には、グリプスがならび、その前方にゼダンの門がある写真とビデオが公表された時、地球連邦政府議会は黙した。
シャアの演説の後に、シャアがいうような事態に陥ったと気がついたのである。
地球上の地球連邦軍もティターンズに指揮権をとられ、その上で、宇宙からの恫喝の綱を張られたのである。
議会は、逼塞《ひっそく》するしかなかった。
こうなるとひそかに、エゥーゴがティターンズを圧倒してくれるのを待つ以外なかった。
しかし、その気風が生まれただけでも、エゥーゴにとっては、有形無形の援助を受けることとなる。
エゥーゴの存在が認められたのである。
直接的な脅威を示すことができたという意味ではジャミトフは正しかった。
しかし、その反動として、一般の人々に徹底抵抗の意思が芽生えるという、歴史の構造を見過ごしたという意味もまた大きかった。
時の権力者は、たえずこの誤りを犯す。例外はない。
にも拘らず、人は、他者に対して力を示そうとする。
ゼダンの門は、無数と言って良い数の光の点で身を飾り、その周囲を遊弋《ゆうよく》する艦艇は、ゼダンの門の巨大さを示すスケールにしかなっていなかった。
その巨大な岩の塊の一部に接近すると、各ハッチ、デッキが見え、全体を見ることができないだけに、ますますゼダンの門そのものの巨大さを想像させた。
モビル・スーツ・ドック、艦艇の港、各種の対空砲座には、沈黙の穴を見せるもの、煌々とライトを輝かせて船を迎えるもの、建設を急ぐものと活況を呈していた。
しかし、半年前まではコロニーに必要な鉱物資源の供給資源として削られていたア・バオア・クーは、まだ、完全に要塞の体を成しているとは見えなかった。
建造中の箇所が多いのである。
ゼダンの門の由来は、ジャミトフ・ハイマンの好みである。
彼の祖先が、ヨーロッパのフランス、セダンの出身であることから名前を取ったと言われている。
ジャミトフは、セダンはゼダンとも言い、かつてドイツ軍がパリに侵攻を開始した縁起の良い名前であると言うのだ。
が、ティターンズの中の口さがない士官は、ドイツ軍の前の時代に、セダンは、ナポレオンV世がプロイセン軍に敗北して、逮捕された場所でもあると言い合った。
その一角、傘の下に当たる港にシロッコのドゴス・ギアが、入港していた。
ドゴス・ギアからは、数隻のランチが出入りをし、さらにドゴス・ギアを整備するためのランチがたむろしていた。
ゼダンの門の内部は、かつてのア・バオア・クー時代のものを改造すれば済んだので、外部ほど急造の感はなかった。
ゼダンの門内部深く、静観な感じのする居住ブロックを通りすぎて、さらに、階上高く豪華な空間が見える通路を過ぎると、ゼダンの門の中枢部があった。
その一室では、シミュレーションが行われていた。
月、地球、ゼダンの門、サイド1、2、3、4、大きな暗礁宙域がコンピューター・グラフィックスの映像で闇の中に描かれていた。
そして、ゼダンの門からは、グリプス2の移動想定コースが、赤い破線で表示されて、月の裏側に位置するグラナダに向かって、コロニー・レーザーを発射する時の位置が幾つか明示された。
「……サイド2を越えないでグリプス2のコロニー・レーザーを発射するためには、月軌道をかなり離れるな」
その声が、闇の中にした。
よく見ると、表示されたコンピューター・グラフィックスの映像に比較してかなり小さく、人の姿があった。
ジャミトフ・ハイマンである。
空に浮いた椅子に座っているように見えた。
「しかし、戦局を一挙に打開する必殺兵器です」
「……ン……」
ジャミトフの足下で、バスク・オムの声がした。
「しかし、グラナダを失うのは、戦後のことを考えると当方としても痛いな……それに……コロニー・レーザーを使うのは時期が早すぎる……アクシズの動きが全く分かっていない……エゥーゴの艦艇とアクシズを発した艦艇が接触したという情報を聞いている。それを無視して、グリプス2を動かし、そのコロニー・レーザーを使うというのはどうか……」
ジャミトフは、同じことを後先に言った。
「シャアの演説の件を無視できんとおっしゃられたのは閣下です」
バスク・オムは、手元のコンソール・パネルのスイッチを切って、前面に展開させていた作戦要図を消した。
同時に室内のライトが入り、二人がアームに乗ったシートに座っているのが分かった。
「情勢は楽観できません。急ぐ必要があります」
「……承知している」
「しかし、閣下のおっしゃる意見を入れるというのではありませんが、どこから発射するにせよ、グリプス2を発射ポイントに持ってゆくまでの時間を稼ぐ必要があります。そのための時間は、ま……必要です」
ジャミトフは、椅子を床に下ろしながら、そのバスクの言葉に耐えた。
バスクの言葉には、増長が感じられた。
ジャミトフが、地球に降りている間に、ゼダンの門を中心にした要塞化の全容が見えて、バスクは己の力を過信しはじめているのだろう。
「地球連邦政府議会が、ティターンズが地球連邦軍を指揮するという法案をくつがえすこともあり得るのではないのですか?」
「法案としては、そんなバカなことはできんようにしてある……」
ジャミトフは、椅子を下りながら言ったが、その声の調子をバスクに読まれていた。
「……自信はないようですな?」
バスクもまた立ち上がった。
「……条約というものは、破られるためにあると人は言うな」
「ま、いいでしょう。グリプス2の作戦とドゴス・ギアの件は、了解いただきましょう。シロッコのように腹の黒い男に、ドゴス・ギアは任せられませんからな」
「アクシズの件は、どうする?」
「ザビ家は、お任せします。どうせ、ティターンズとエゥーゴの戦いの結果、漁夫の利を得ようという魂胆です。どうということもありますまい?」
「……アクシズの観測データを甘くみていると危険だぞ?」
「甘くはみていません。だから、急いでいるのです」
「分かった。メラニーごときに好きにされるわけにはゆかん」
バスクは、ジャミトフの本音を聞いて、ニヤッとした。
所詮、ジャミトフは、士官学校の同期生であったメラニー・カーバインが、企業家として成功したことを妬んでいるのだ。
「……シロッコとアクシズのご処置をよろしく!」
「ああ」
部屋を出るジャミトフを見ながら、バスクはこれから会うシロッコのことを考えていた。
そのパプティマス・シロッコは、ゼダンの門の謁見室に向かっていた。
「バスクの慌て様は、笑止だよ」
「…………」
サラ・ザビアロフは、またシロッコの悪い癖が始まったと思った。
「なぜバスクは急いでいる?」
「あ?……はい。ダカールでの放送とアクシズの接近という情報があるからです」
「そうだな……しかし、それでは、遅い。部隊の編成はできまいが……いいさ……バスクは、私の足をひっぱる存在になる。自滅させてやる……」
「…………!?」
サラは、これから会う人にそういった感情を持てるシロッコは、一体なんなのだろうと思った。
謁見室にシロッコとサラが入った時、既に、ジャミトフとバスクがいた。
サラにとっては、今、話題にしていた人物と会うのには、勇気が必要だった。
ジャミトフは、高い席についていたが、グワダンの豪華な謁見室ほど荘厳ではない。
バスクは、ジャミトフの脇の机で、キーボードを使っていた。
「ご苦労だった。貴官の報告で、ドゴス・ギアの改修要点が、明確になったことは嬉しい。要領の良い報告書で、助かっている」
バスクが世辞を言った。
「ありがとうございまず」
シロッコも慇懃に礼を返した。
「で、ドゴス・ギアを返還し、貴官はジュピトリスでティターンズの作戦に協力する……了解していただけるな?」
ジャミトフもまた、丁寧であった。
「もともとドゴス・ギアは、閣下から一時お預かりしたものです。バスク大佐にお使いいただくというのならば、喜んで返上致します」
「貴下には、ゼダンの門の守りの指揮権も預けたいところだ。バスクの支援をよろしく頼む」
ゼダンの門の指揮権という話は、ジャミトフの出まかせである。
「それは、もう……」
シロッコは、スルリと答えただけである。
「では、モビル・スーツ隊の編成も終わり、ドゴス・ギアに搬入する。改修の指揮もある。では……」
バスクは、自分のメモをプリント・アウトすると、謁見室を退出しようとした。
「……大佐……」
シロッコは、背筋を伸ばして、バスクを呼んだ。
「…………?」
バスクは、シロッコのななめ前に立ち止まった。
「大佐は……木星の引力をご存じかな? 知らぬ間に引き込まれて、気がついた時には、戻れないほどに木星に吸い寄せられている。エゥーゴの艦艇の中で、それに似た力を持ってる艦があります」
「……アーガマか?」
「お気をつけ下さい」
ジャミトフは、シロッコが、バスクの感情を煽っている意味が分かっていた。
(それも、良いだろう。シロッコは、バスクを追い落としたがっている……結果はどちらでも良いが……)
そう思い、ジャミトフが立ち上がった時、バスクの押し殺したような声が、シロッコに絡みついていった。
「シロッコ……貴公の許せんことは、自分以上に能力の高いものがいないと思っていることだ。バカにするなっ!」
「……それは……」
シロッコは、腹部に軽く手を当てて礼をした。
サラは、バスクがシロッコに怒声をあびせた時、その手が握りしめられ、震えているのを恐ろしい怪物のように感じた。
(……パプティマス様は、自滅させるとおっしゃるが、あれでは、背中から味方に撃たれてしまう……)
怯えるサラの脇を、バスクの巨体が走るように過ぎていった。
ゼダンの門は、巨大な閃光に包まれていた。
グリプス2に仕掛けられた巨大なテール・ノズルが、グリプス2により以上の加速を掛けているのである。
グリプス2の直径は、三キロ。全長は十二キロ強ある。
密閉型コロニーとして建設されたものであるから当然の巨体であるが、それを加速するためには、まる一日を要した。
その本体は、コロニーそのものをレーザー発振器に改造中であり、その作業は昼夜兼行で行われていた。
レーザー発振に使用される膨大な電力を供給するためには、コロニー本体に貼り付けてある太陽電池だけではとうてい足りずに、他にも、電力を供給する巨大な太陽電池が数百枚もあり、それも同時に移動させるのである。
宇宙《そら》では、比較するものがないために、その光景が、壮大なものとは言い難かったが、ともかく、巨大な閃光がゼダンの門のそこここの空間に満ちあふれ、そして、消えていった。
さらに、その半日後に、ゼダンの門の傘の下の港口からは、バスク・オムのドゴス・ギアと三隻の僚艦が発進して、サイド2の宙域に向かった。
ジャミトフ・ハイマンは、面白くなかった。
しかし、アクシズを発したグワダンから接触を無視されている現在、バスクの強硬作戦を認めないわけにはいかなかった。
バスクは、グリプス2が、月のエゥーゴの基地、グラナダに直接攻撃を掛けられる宙域に移動するまでの時間稼ぎに、サイド2の幾つかのコロニーに攻撃を掛けて、シャアの演説に対するティターンズの回答を示すというのである。
その上で、グリプス2のコロニー・レーザーで一挙にグラナダを破壊して、この戦争局面を打開し、ティターンズによる地球圏支配の基盤を構えようというのであった。
その基本は、正しい。
急がなければ、シロッコ一人整理する時間を手に入れることもできない。
かつての地球連邦軍の粛清のようなミスも犯さずに、全ての軍事力をティターンズの指揮の下に置くためには、膨大な時間が必要とされるのである。
アクシズの動きによっては、その粛清の時もなくなるかもしれなかった。
それらの難問を抱えているティターンズとしては、当面の敵、エゥーゴとの決着は、短時間で終結させなければならなかった。
「……バスクが正しいということになる……」
そのジャミトフに、衛兵がシロッコの来たことを告げた。
「入って貰え」
ゼダンの門の中にあるジャミトフ・ハイマンの私室である。
シロッコは、相変わらず、例の描の瞳をしたような少女を連れていた。
その少女趣味は、ジャミトフには、我慢できることではない。
しかし、その白いシロッコの顔を見ると、少女でも連れていなければ、この男から人の生気が失せてしまうのかもしれないと思った。
「まあ、座れ……」
「ハッ……」
シロッコの口元は、いつもの人を馬鹿にしたような笑いで飾られていた。
その背後で、サラ・ザビアロフという少女は、身を堅くして立っていた。
「忌《き》憚《たん》ないところを聞くが、その娘な?」
シロッコは、全部を言わせなかった。
「ハッ……お目障りでありましょうが、サラは、私のもうひとつのセンサーです。繋がっております。外せません」
「……! そういうことを聞きたかったのではない。口が堅い娘かと聞きたかっただけだ」
ジャミトフのきつい調子に、さすがにシロッコは反論はしなかった。
「……が……いい。今の貴公の答えを私流に解釈すると、お互いニュータイプとして感覚器官を共有している関係と聞こえる……それで良いのか?」
「ご明察です」
ジャミトフは、シロッコを若いと思う。
「……バスクは動いた」
ジャミトフは、言った。
「はい……」
「貴公は、無傷のジュピトリスを持っている……」
今は、事態に対して、シロッコにも働いて貰わなければ、ティターンズとして損失が巨大になる。
「それを利用して貰うために……アクシズの使者のことだが……直接に接触する労を取って貰えないか?」
「…………」
シロッコは、目を細くした。
「バスクは、この度の『|長い矢《ロング・アロー》』作戦の総指揮で忙しい。貴公に適当な任務と思えるが?」
「ジュピトリスの戦力整備に時間を取られております」
「分かっている。余分なことを貴公が考えなければ、それくらいの時間はあるはずだ」
「…………」
「貴公もアクシズの使いが、何を目的としているか知りたかろう?」
「……いえ、知っておりますから……それは、閣下もご承知のはずです」
「…………?」
「考えたくないから考えないだけのことでありましょう?」
「……私がアクシズの目的を考えたくないから、分からないと言うのだな?」
「はい……申し上げてよろしいか?」
「興味があるな。私なりにいろいろ考えてみたが、アクシズの目的は分からない」
「ハハハ……アクシズは、エゥーゴとティターンズを排除して、ザビ家再興を図る。それだけです」
「馬鹿な。それほどの戦力を持っているとは思えん」
「そのように条件を、ご自分の都合でご覧になるから分からないのです。アクシズはできます。アクシズの軍にもザビ家にも荷担したいという分子はいるのです。それらが、大同団結するチャンスさえあれば、それはできると考えます。それらの人にとってはアクシズは、トリガーになります。そう考えれば、私の推測は当たりましょう。なによりも、グワダンには、ミネバ・ザビがいるという情報を入手しております。これは立派なトリガーです」
「ミネバ・ザビだと?」
「ザビ家の正当な後継者でありましょう?」
「どこで手に入れた? その情報?」
「ゼダンの門でです。口さがないクルーが言う噂話ですが、この一般人の情報というのは、時には、正確に時代を打つものです」
「単なる噂か?」
「噂は、希望ですな。大衆の希望が、噂を生みます。噂は、事実を生む土壌でもあります。……ミネバ・ザビは、本物でなくとも人を信じさせるような状態で、存在するということです」
「……それは、トリガーになると言うのか?」
「はい……」
シロッコは答え、サラのような少女にもそれは真実だろうと思えた。
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[#目次13]
第十三章 ゼダンの門
月の裏側にある都市グラナダは、喧騒に満ちていた。
多くの人々が、月の表、地球に面する都市に避難を開始していたからである。
グラナダの港のいくつかのハッチが開き、輸送船が忙しく出港し、その周辺の道路は地下から出てきた避難民のエレカで混雑していた。
その光の帯が、喧騒を感じさせるのだ。
噂がどのように漏れたのかと、疑う必要はなかった。
大体、地球連邦軍を基礎にして組織されたエゥーゴとティターンズである。同根の組織が敵対していれば、その組織はどこかでつながっていた。
ミノフスキー粒子があろうが、人の住む宙域が拡がろうが、そこに社会が存在すれば、情報は一般大衆のレベルで、あっという間に伝播した。
コロニ・レーザーに改装されたグリプス2が、グラナダを狙撃する位置に移動しているらしいという噂は、かなりの確度でグラナダの住民の間に拡がり、その作戦の日時までが人の口にのぼっていたのである。
そうなれば、エゥーゴのような組織には、一般市民の動きを阻止する力はなかった。
人々は、ツテを求めて移動を開始していたのである。
殊《こと》に、この数日はその動きが顕著になって、パニックとはいわないまでも、グラナダで見る限り、エゥーゴの勢力が崩壊するのではないかと思われるほどであった。
「シャアが動揺をみせたというが……ハマーン・カーンは、会見はしてくれるというのだな?」
メラニー・ヒュー・カーバインは、その太った体を窮屈そうにランチのシートに収めて、ウォン・リーに聞いた。
「13パンチからの最終確認業務も終わっています。問題はクリプス2のコロニー・レーザーが侵攻してくる時間との競争です……」
メラニーは、窓の外に遠ざかっていくグラナダの灯を見つめて答えなかった。
「……最終的には……市民の大半は地下道に退避できます。徹底抗戦を唱えて、グラナダに残る市民もかなりの数がいます」
「しかし、アナハイム・エレクトロニクスとしても、従業員の確保が難しくなっている。退避壕の建設も予定通りではないんだぞ」
「はい……」
「急がせろと言っても、遅いがな……」
メラニーが、嘆息する間に、二人の乗った小型のランチは、上空に待機するサラミス・タイプの巡洋艦に接舷した。
サイド2への攻撃により、エゥーゴのモビル・スーツ隊の足をサイド2に釘付けにして、グリプス2をグラナダの射程距離に移動させる時間を稼ぐ予定であった。
しかし、ハマーン・カーンのグワダンの動きを探知したバスク・オムは、サイド2に出撃させたモビル・スーツ隊を後退させたのである。
一連の軍事行動を途中で変更するのはタブーである。バスクは、その半分のミスを犯した。
反面、正確な対応であったといえるのは、グワダンの動きが、全く想像しがたかったからだ。
ここに、ハマーン・カーンの付け入る隙があった。
バスク・オムは、サイド2を背にしたエゥーゴの艦隊に対して、ドゴス・ギア麾下のティターンズの艦隊を正対させようとした。しかも、グワダンに対して牽制を見せるために、艦隊の軸を月軌道上の外周に移動したのである。
その二つの艦隊の戦いを傍観する形をとったパプティマス・シロッコのジュピトリスは、地球を背にしていた。
そのブリッジで、シロッコは笑った。
「バスク・オム奴《め》……エゥーゴの出|端《ばな》を挫くだけに専念しなければ、意味もないのにな……」
シロッコは、背後のサラを振り向いた。
「はい……」
「……言ってみろ?」
「グワダンは、アクシズから出たかなりの艦艇を背後に引き連れています。エゥーゴと組んでグリプス2を攻撃するのではないのでしょうか?」
「そうだろうな……サラならば、ここで出て、バスクを助けるか?」
「アクシズから発進した戦力が読めません。このジュピトリスの戦力では、エゥーゴとアクシズの戦力を敵に回すことは不可能です。……ティターンズも敵に回すのならばなおのことです」
「フフフ……ティターンズまで敵にするか? 凄いな……では、どうする?」
「結果を待ちます」
「正しいな……良いことだ」
メラニーとの会見を終えたハマーン・カーンのグワダンは、背後にいくつもの光を従えながら、月の軌道の外側をグリプス2に接近した。
そのグワダンの遥か遠くに追尾する光の群れは、星と見紛うが、アクシズから発したハマーン麾下の艦艇である。
長い宇宙の航行の末に、地球圏に到達した隕石基地アクシズから発した元ジオン軍の残党によって編成された艦艇であった。その距離は、直ちに戦闘に加われる距離ではないが、その存在を観測したティターンズとエゥーゴにとっては脅威となった。
勿論、地球連邦政府にとってもだ。
「グワダンが、約束通り動き出したか……」
ブライトは、言いようもない不安に駆られていた。
ザビ家再興をエゥーゴの名前で確約し、これで、グリプス2の機能を停止してくれと依頼したのが、メラニーの会見の内容だった。ハマーンはそれを受けて見せた。
ハマーンが、エゥーゴの依頼通りに動いてくれればくれるほど、エゥーゴが背負う負債は大きくなる一方である。それは、一艦長が考える必要がない政治のことではあるが、そのことで、地球圏の混乱が長引くという不安は、ブライトにとっても重かった。
メラニー・ヒュー・カーバインは、万能ではない。
メラニーは、飽くまでもティターンズとエゥーゴという地球連邦軍の中での私闘に近い構造においての戦争当事者でしかない。
「……しかし、アクシズは違う……別物だ」
ブライトは、アクシズの侵攻進路に、次々と増えていく光がグワダン・クラスの艦艇であることを恐れていたのである。
「あり得る……」
それが、ブライトの問いに対してのシャアの返事であった。
「どうなる?」
「エゥーゴの力で懐柔するしかない。メラニーならば、それができるだろう」
シャアは、アクシズを潰せるだろうとは言わなかった。だから、ブライトには、シャアの返事は気休めにはならなかった。しかし、それ以上の詰問にシャアが答えられるとも思ってはいない。
ブライトは、黙した。
「ドゴズ・ギアが我が方に対して、警戒線を張ったようです」
「気にするな。我が方の作動がどのような意味を持つものか、ティターンズには想像できまい」
ハマーンは、作戦ボード上にエゥーゴとティターンズのモビル・スーツ隊の予測コースを算出させていた。
「そこだ。……ティターンズのモビル・スーツ隊が後退し、エゥーゴはモビル・スーツの追撃戦を展開する……。そのポイントで、エゥーゴのモビル・スーツ隊が我がグワダンとグリプス2の間に入る。そこで、グワダンの主砲を発射すればグリプス2に直撃する」
「はい……!」
ハマーンの背後に立つグワダンの艦長トリッパーは、ハマーンの言う作戦の意味を正しく解釈した。
「……グワダンは、エゥーゴのモビル・スーツ隊を掃討する予定があったといえますな? ティターンズに対して我が方の立場を釈明できる……」
「そうだ。が、それだけではない。将来、アクシズが地球圏を制覇する時は、ティターンズもエゥーゴも我が方の傘下に入る運命にある。そのためには、二つの勢力を我が方に上手に収めるための作戦だ。取り敢えず目の前の作戦に同調するという性質のものではない」
「安心しました。率直なところ……」
艦長は、ハマーンを戦略の天才だと感じた。
「……フフ……。艦長は、私がメラニーに踊らされるとでも思ったのか?」
「いえ、そうでは……」
「顔に書いてあるよ。いい、後は任せる」
「はい……グワンパンも、後三日もあれば、接触してくれましょう」
「良好だ……アクシズをゼダンの門にぶつけた場合の軌道計算はしてあるな?」
「はい、モウサは分離してぶつけますが、モウサの回収には時間がかかります」
「やむを得んな。モウサは、将来も貴重な存在となる。ザビ家の象徴となる建造物だ。時間をかけて地球人に回収させればいい……」
「ハハ……戦後の作業として?」
「当たり前だ」
アクシズは、アステロイド・ベルトに逃げ込んだザビ家の再興を掲げた人々の宇宙要塞である。
平らに見える鉄鉱石を中心にした塊に、さらに別に丸い隕石流が接続していた。
それをハマーンたちは、モウサと呼称した。
モウサは、地球上のシェトランド諸島にある地名なのだが、そこには、鉄器時代に作られた自然石を積み重ねた砦があった。その石積みの砦のイメージを隕石の街にたとえさせたのである。
そこには、軍事基地から独立させた居住区として、ザビ家再興を図る人々が建設をした地下街があった。
ザビ家再興の徒党にとって、最も記念すべき建造物である。そこだけは、破壊からは救わなければならない場所であった。
しかし、モウサの切り離し作業は簡単である。もともと軍事基地の隕石要塞であるアクシズと鉄鋼材で接続しただけのものだからだ。
その頃、バスク・オムは、アレキサンドリアのガディ・キンゼーに、グワダンを牽制させるべく、アレキサンドリアをグリプス2に移動させる指令を発していた。
しかし、ガディは、バスクに対しての反感を強くしていた。
「命令は、受領したと言っておけ……」
ガディの返事は、発光信号でドゴス・ギアに伝えられたが、ガディは、アレキサンドリアの進路をグワダンに向けさせても急がせなかった。
「残りのモビル・スーツ隊は、出られるようにしておけっ! エゥーゴのモビル・スーツ隊が包囲してきたら出ればいい。こっちの方がよほど問題だと、バスクには分からんのだ!」
ガディが言う通り、アレキサンドリアには、ドゴス・ギアのように巨体を利してドッシリと構えていられる余裕などはなかった。
が、それが幸いして、幾度かの実戦を潜り抜けられたのである。それは、艦のクルーたちがいちばんよく知っていることだった。
バスクと違って、アレキサンドリアは予定などは立てずに、どのように戦闘局面が変化しても、対処してゆくという覚悟だけで生き抜いてきた艦なのである。
命令の半分を実行して、後は、その場で対処すればいいのだ。
そして、戦局は、ガディが指摘したとおりになった。
エゥーゴのモビル・スーツ隊の第一波は、地球側から侵攻して、ティターンズの艦隊の正面の守りに展開を始めたモビル・スーツ隊に襲い掛かってきた。
その偏った動きが、バスクを慌てさせて、モビル・スーツ隊を艦隊の左に寄せる命令を出した。
モビル・スーツ隊の布陣の変更は、無線が有効に機能する戦闘宙域ならば効果的であろうが、そうではないのである。
テイターンズのモビル・スーツ隊は、再度、布陣を組み直す間に、いくつかに分断されて、その隙間を狙うようにエゥーゴの第二波が、月の外側から突撃をかけたのである。
「早いな……! エゥーゴっ……」
アレキサンドリアから発進したヤザン以下のモビル・スーツ隊では、この彼我の動きを見て、アレキサンドリアを直援する展開をとった。
ガディもヤザンやシロッコの息のかかった男たちである。混乱が見える戦闘宙域で、むざむざと死の危険を賭ける気はなかった。ジュピトリスは動いていないのである。
「バスクには、何とでも言い訳ができる……」
ヤザンもガディも同じ思いであった。
しかし、グリプス2の巨大な姿が視界に入る頃、事態が面倒な方向に動き始めたのが分かった。
アレキサンドリアに帰投したヤザンは、一気にブリッジに上がった。
「グワダンの動きが面白くないな!?」
「ああ……これだ……どう思う?」
ガディは、グリプス2とティターンズの艦隊を図示したコンピューター・グラフィックスのモニターを振り仰いだ。
「グワダンは、あの黄色いのか?」
「ああ……」
「グリプス2を直撃できる位置だな?」
「ああ、かつてのジオン軍の戦艦クラスの主砲を持っていれば、射程距離に入ったな……」
「フーン……しかし、アクシズから出たあの艦がエゥーゴと手を結んだという情報はないのだろう?」
「そうだが、元ジオンの連中が、昔、自分たちが基地に使っていたグラナダを攻撃させるか?」
「なるほど、月は、無傷で手に入れたいのが人情だな」
ヤザンは、頬をヒクッとさせた。
「そうだ。その上で、ティターンズとも手を結ぶことも考えられる」
「そんなことができるのか?」
「できるさ。エゥーゴに騙されてご免なさいと言ってくれば、バスクもジャミトフもアクシズの艦艇を受け入れるさ」
「馬鹿な!」
「ヤザン……だからパイロット馬鹿だと言われる」
「貴様に言われる覚えはない!」
「アクシズは、かなりの数の戦艦を放出して接近しているんだ。その戦艦を持って、味方に来てくれると言われたら誰が断る?」
「……全く! 政治家という奴らはっ……!」
「食えない連中さ……」
その瞬間、アレキサンドリアのブリッジは、静寂だった宇宙の一角に熱線を感知した。
メガ粒子砲のビームの筋は、星々の光の中にかすかに際立ったくらいで、感動的でもすさまじい光景でもなかった。
そして、ややあって、グリプス2の一角にかすかな閃光が見えただけだった。
しかし、その直撃で、グリプス2のコロニー・レーザーが、発射できなくなっただろうことは分かることだった。
「よし! グワダンを追撃すると見せて、この宙域を離脱してジュピトリスと合流する。事態を静観した方がいい!」
それが、ガディ・キンゼーの直感であった。ヤザン・ゲーブルも、その方が有利だと感じた。
「グリプス2が、やられただと!?」
バスクは、その報告に愕然とした。
「敵の交信状況だと、エゥーゴのモビル・スーツを狙撃しようとしたらしい報告がありますっ!」
「誰が、誰にだっ!」
「ハッ! グワダンは、エゥーゴのモビル・スーツ隊に対する防御命令を出していたようです」
通信オペレーターが怒鳴った。
「黙れっ! そんな通信が真実であるはずがないっ! 切れっ!」
バスクは、そうは言ったものの、あり得ることだとも思った。動揺した。
「しかし……何だ? アクシズの狙いは……?」
「各砲座は、エゥーゴ艦隊に集中攻撃をかけつつ、グリプス2の防衛に当たるっ!」
艦長が、素早く命令を下していた。
「モビル・スーツ隊は、艦隊の直援に当たらせろっ!」
「艦長、グリプス2のコロニー・レーザーの損傷状況をチェックさせろっ!」
「ハッ!」
バスクは、グリプス2の損傷状況で、グワダンが意図的にグリプス2を攻撃したのか、そうでないのか分かると判断したのである。
しかし、意図的であっても、ティターンズにグワダンを処断する力があるとは思えなかった。
「クッ……!」
バスクは、見えない敵の出現に苛立った。
ハマーン・カーンは、グワダンのブリッジで笑っていた。
「これで、戦況は一時止まったな? 艦長、ドゴス・ギアに密使を送れ」
「ハッ?」
まだ、落ち着いた状況ではなかった。トリッパーは、ハマーンの言葉の意味を解しかねて、次の言葉を継ぐのを忘れた。
「ティターンズの統領ジャミトフ・ハイマンにも会って、彼の意向を聞くチャンスだ。ドゴス・ギアにも誤爆であったと詫び状を入れねばならんだろ?」
「ハ、ハイ……! しかし、エゥーゴのメラニーへの手前もありますが……?」
「エゥーゴとも約束を守ってみせたのだ。多少の時間はくれるさ……フッフフフフ……」
ハマーンは、ひどくおかしそうに笑った。
ティターンズもエゥーゴも、自分の手の内で踊っていると分かるからである。
グリプス2は、ハマーンの手によってその機能を停止し、月面の都市グラナダは、危機を逃れることができたかに見えた。
しかし、ハマーンは、ジャミトフに会うために、赤い船体のグワダンをゼダンの門へその巨体を進めさせていた。
この赤い艦の動きいかんでは、グラナダに再度危機が訪れることは十分に考えられた。
グワダンの動きは、アーガマとラーディッシュによって追尾されていたが、二艦ともグワダンの動きを静観するだけである。
「……ティターンズとの接触を我々の見ている前でやってくれるハマーンは、我々に善意があってのことだと思いたいが……しかし、メラニー会長との会見を無視してというのが面白くないな……」
シャアは、ブライトに返す言葉がなかった。
「ハマーンは、エゥーゴとティターンズを揺さぶって、その上で、ザビ家再興の地盤を地球に置きたいと考えている。その揺さぶり工作だと見ている」
「そうだな……ハマーンのアクシズは、このまま進めば、ゼダンの門と接触するコースを取り得る。その背景があれば、ティターンズを恫喝するほうが早いと考えるのは当然だな」
「そうか……。しかし、それだけかな?」
「楽観的な見方だが、ハマーンは、ティターンズをジャミトフ個人の組織だと見たのではないのか? ジャミトフを叩けば、ティターンズは崩壊すると……?」
そのシャアの意見は、正鵠《せいこく》を射ていよう。
「そうだな……ハマーンは、我々と共同意識を持っている……」
「現在、この瞬間はな……?」
「そうだろう……でなければ、追尾する我々を牽制する動きが見えるはずだ」
「よし、ゼダンの宙域近くまで現状維持だ。ドゴス・ギア以下の艦艇も、ゼダンに向かっている……エゥーゴの艦隊の展開も考え直す必要があるな……」
それぞれの目的を果たすために、それぞれの思惑をからませながら、全てが休むことなく進行していた。
ジュピトリスのモビルスーツ・デッキでは、巨大で特異な形状をしたモビル・スーツが、いくつものスポット・ライトを浴びて、岩のように佇立していた。
その足元に歩み寄る人の姿は、ひどく小さく見えた。
「パプティマス様、ゼダンの宙域に入ったグワダンのまわりには、ジャミトフ麾下の艦隊が取り巻いております」
不安気に呟くサラの前を歩むシロッコは、いつもの服装のままだった。
サラは、律義にノーマル・スーツを着ていた。
「気の小さい者たちは、大きな物の下に群れたがるのさ……」
シロッコは、巨大なモビル・スーツの前に立つと、
「ジャミトフには、私がハマーンの元へ行くという連絡をさせておいた。ジャミトフは、動くぞ」
「ハマーンとの談判など、私にお任せくだされば……」
「フフ……だから若いというのだよ。昨夜《ゆうべ》も教えてやったろう? ハマーンは女を捨てた女だ。そんな者の相手は少女のお前にはできない」
シロッコは、サラの顎を指の上にのせて、
「お前は、可愛い女だ。ハマーンの相手にはなれないよ……」
シロッコは、この実直な少女を本当に愛しいと感じていた。
「…………!?……は、はい……」
サラは、観念をした。
シロッコは自らグワダンに行き、ハマーンと会見をするというのである。エゥーゴの艦艇がグワダンに接触をしたと知って、事態を静観していられなくなったのである。
我慢できなくなったのではない。
動くべき時が来たと読んだのである。
「パラス・アテネがある。あれで、私の護衛についてくれ。今度の仕事は、少しばかり危険だ」
「はい……」
「機転が必要だと思える。頼むぞ! サラ……」
「ハイ……愛していただきました。命を賭けます」
「しかし、緊張は危険だ。ゆったりと敵の動きを見極めるのだ」
「はい……」
シロッコの体がサラの目の前でゆったりと上昇して、聳《そびえ》える巨大なモビル・スーツ、ジ・オの胸の向こうに消えていった。
サラは、そのシロッコを見送りながら、自分に与えられたパラス・アテネに向かって流れていった。
ジュピトリスのカタパルト・デッキに出たジ・オのコクピットに、ブリッジの報告が入った。
「どうした?」
シロッコは、モニターの正面に、グワダンが微かに遠望できるのを確認しながら聞いた。
「ジャミトフ陛下からの返答がありました。陛下はコンスタンチノープルでハマーンと会見をする。シロッコ司令もコンスタンチノープルへ来るように、という電文です」
「わかった」
無線をオフにしたシロッコは笑った。
「エゥーゴとハマーンの談判が気になって、堪え切れずに動くか?……行くぞ、サラッ!」
「はい!」
ジ・オを先頭にパラス・アテネが続いた。
ゼダンの門から出た一隻の艦艇とグワダンの間で、ガザCのピンクの機体が多数流れていた。
その中の一機のガザCが、ゼダンから出たティターンズの艦艇コンスタンチノープルに接触しようとしていた。
ティターンズの艦艇に接触したガザCのコクピットが開くと、ハマーンのノーマル・スーツが、甲板に降下していった。
その間に、後続のガザCの十数機の部隊は、その艦艇を包囲するように接近して、艦の流れに倣《なら》って滞空した。
ティターンズ船内の謁見室前の通路には、ティターンズの兵たちが立ち並び、たった一人のハマーン・カーンを物々しく迎えた。
正面の巨大な扉が開いても、ハマーンはたじろぐ様子も見せずにその部屋へ入った。
「…………」
ハマーンは、その部屋がドアの脇に立つ二人の兵と、正面のパプティマス・シロッコ、その背後の一段高い席に座るジャミトフ・ハイマンだけであるのを見て、彼らにも自信があるなと感じた。
ハマーン・カーンは、ジャミトフの前まで歩み、ひざまずいた。
「……過日は不手際があり、たいへん遺憾に思っております。グリプス2の件は、私の部下の過ちで……」
「前置きはいらん。そちらは何を望んでいるのだ。それによってはグワダンを破壊するかもしれんぞ」
ジャミトフは、ハマーンの前口上を拒否した。
「さて、どうですか? そうなればアクシズが、ゼダンの門を沈めましょう」
ジャミトフに対するハマーンもまた、同じような切り口上になった。
「……アクシズが?」
「はい……」
「要求は……察する処……エゥーゴには、ザビ家の復興を約束させようとしたとみるが……ティターンズの私にもそう要求するのか?」
ジャミトフは、すべてを読んでいるぞという恫喝を込めたつもりだった。
「フフフ……そのようなこと……自分の力で勝ち取ってみせます」
「ホウ……言うな、見たところまだ若いようだが?」
「若さ故の無謀さというものを持ち合わせているつもりです。閣下……」
「分からんな? 私の保障は、ダテではない。私の誓約書でも欲しいというのならば、それはそれで効力は発効するがな?」
さすがに、ハマーンは声を殺して笑って見せた。
シロッコには、この時点でジャミトフがハマーンに負けていることが理解できた。
(この女……やるものだ……)
「私は、紙など欲しくありません。私の要求は……その紙の上には、あなたの命を置いていただきたいということです」
「…………!!」
警備兵が銃を構えようとした。同時に、ハマーンが飛び退きつつイヤリングを外した。
「青酸ガスだ! ドアを開けろっ!」
ハマーンの脅迫に、警備兵がドアを開けた。
が、ハマーンは動かなかった。
シロッコは、掌に隠れるほどのエア・ガンをハマーンに向けていた。
エアで、毒針を射出するものである。なまじの拳銃より殺傷力はあった。
「……その力、勿体ないとは思うが、私は、ジャミトフ閣下に忠誠を誓っている」
「私は死なんよ。シロッコ!」
「そうかな?」
シロッコは、ハマーンの顔を狙うことにした。体は防弾チョッキで囲まれていると気がついたからだ。
その僅かな隙に、ハマーンは、手にしたイヤリングを床に叩きつけていた。軽い爆発音がして煙が吐き出された。
部屋の中へ拡がる煙は、ハマーンの言う通りのものだった。近くの兵が、身を屈めるようにして倒れていった。
「パプティマス様!」
シロッコの危機を感知したサラは、絶叫してトリガーを引いた。
パラス・アテネのバルカン砲が、コンスタンチノープルの内壁に向かって炸裂して、その至近距離の爆発が、パラス・アテネの機体を包んだ。
そして、壁を抉ったバルカンの砲弾が、内壁を次々と破り、シロッコたちの会見室の壁を打ち抜いた。
会見室は煙と熱の渦に溢れ、青酸ガスを追い出していった。
「決まったな! ゼダンの門にアクシズをぶつける!」
ハマーンは、マントをマスクにして通路に出ていた。
「ハマーン様っ! 通路は確保してあります!」
バーニア装着のノーマル・スーツを着たガザCのパイロットが、ハマーンが駆け込んできた通路にいた。
「ご苦労!?」
ハマーンは、マントの後ろから、ビニール袋のようなものを取り出すと、そのファスナーを手早く開いて内側に乗った。そして、それを体に巻き付けるようにしてファスナーを引き上げた。緊急気密パックである。ノーマル・スーツを着ている時間はない。
ノーマル・スーツのパイロットは、そのパックを押して通路を走った。左右には、ハマーンの兵たちが滑り込んだ。
別の区画から飛び出してきたティターンズの兵たちは、その異様な集団に発砲をしようとしたが、次々と投げつけられるカプセルの青酸ガスの中で昏倒した。
数機のガザCが、一気にティターンズの艦艇から発進しながら、置き土産の攻撃を加えたが、艦の砲座はまだ沈黙したままだった。
ハマーンの入った緊急気密パックは、そのガザCの一機の手の中に大切に守られていた。
「グワダンからの通信です。援護頼む……それだけです!」
シャアとブライトは、目を合わせた。
「……やはり、当てにされていたな」
シャアは、苦笑をした。
「ああ……。破廉恥な女だ! ゼダンに行けば、我々が、ティターンズと手を結ぶつもりだったと思って、手を貸さんとは考えんのか?」
ブライトは罵りながらも、
「……ラーディッシュの方にも、モビル・スーツの出撃用意をさせておけ! 目標は、ゼダンの門の上部! ミサイル照準合わせ! グワダンはさけるようにして……ミサイル……発射!」
アーガマから発射されたミサイルは、前方の宙域に見えないゼダンの門へ向かって天を走った。
爆圧のいちばん近くにいたジャミトフは、部屋の激震に倒れていた。
シロッコは、倒れた椅子と机の間に体を伏せさせて爆発の余波を避け、転がったジャミトフが、立ち上がろうとしているのを煙の向こうに見つめていた。
「…………!」
シロッコは、押し寄せる熱気の中で、ジャミトフの上体が上がるのを待った。
ジャミトフは、ようやく自分がいる場所を確かめようとするかのように周囲を見た。
「…………!? シロッコ!!」
ジャミトフは、倒れた机越しにシロッコを見つけた。
「ハマ−ンは、撃ち損じた。ハマーンの後の予定だったが、ジャミトフ、すまないな」
シロッコのエア・ガンの毒針は、ジャミトフの眉間に埋没し、ジャミトフは声も出ない口を丸く開けて真っ直ぐに倒れた。
「サラっ! 帰るぞっ!」
シロッコは、人が変わったように叫ぶと、その部屋を出ていった。
アーガマとラーディッシュのミサイルが炸裂し始めたゼダンの門から離脱しようとするグワダンは、大量のダミー隕石を放出して、ゼダンの門の砲撃に対応していた。
「エゥーゴ奴、律義なやつらだ。これでは、ゼダンからは追ってこれまい」
ブリッジに上がったハマーンは、全てが相談したように進んでいることをほくそ笑んだ。
「サラ、ようやってくれた……!」
「はい!」
サラは嬉しかった。あの感覚は、確かにシロッコがサラに命令したことだと分かったからだ。
「……行くぞ!」
言いつつシロッコは、ジ・オのビーム・ライフルを船底を撃破する位置で発砲させた。
その爆発で開いた穴からパラス・アテネが出、ジ・オが続いた。
パラス・アテネを前にやってジュピトリスに向かうシロッコは、無線通信のスイッチを入れた。
「……ドゴス・ギア以下の全ティターンズの艦艇とモビル・スーツ隊に告ぐ! ジャミトフ・ハイマン閣下は、ハマーン・カーンによって会見中に暗殺された! ただちにグワダンを叩け! これは閣下の葬い合戦だ!!」
シロッコの命令は、かすかではあるがドゴス・ギアのバスクも聞いた。
「命令する立場かよっ!」
バスクは、そう吠えながらも、艦隊に対してグワダン攻撃を命じていた。
ジャミトフがいなくなれば、ティターンズの事実上の最高指揮官の位置につけるのがバスク・オムである。
「ジャミトフ・ハイマン閣下の葬い合戦は、徹底的にやるっ!」
これは、バスクのお祭りになった。
「ミネバ様は!?」
「グワンパンに到着なさっています!」
ブリッジからは、周囲からのティターンズの砲撃の火線が、花火のように観察された。
「……正確になっています……」
「脱出は可能か?」
「できますが、艦隊の布陣が……」
艦長のトリッパーが、コンピューター・グラフィックスを見上げて、難しい顔をした。
「……分かった。総員、退艦だ! グワダンは前進させつつ、砲座はオートマチックで応戦させろ。その間に総員撤退っ!」
ハマーンが、こうも簡単にグワダンを放棄できるのも、背後に巨大な艦隊があるからにほかならない。
ティターンズの艦隊の砲撃が正確になる間に、グワダンのクルーのほとんどが小型のマシーンやモビル・スーツを使ってアクシズ方面に撤退をし、グワダンの赤い巨体は、囮になってティターンズの艦隊の中央宙域に進出していった。
そして、グワダンの爆発は次第に大きくなって、いつしか光の華となって宇宙に咲いた。
アクシズの本体とモウサと呼ばれる球形の隕石が分離するのは、アーガマからも観測することができた。
二つの岩の塊が、次第に離れていきながらも、アクシズ本体は、予定通りゼダンの門に向かっていた。その移動速度は、彗星のように速いはずだが、まだそうは見えない。
宇宙要塞のゼダンの門といえども、その進路を変更するのには数日はかかる。ハマーンが、アクシズをぶつけると宣言したからには、ゼダンの門が進路を多少変更しても、アクシズには追尾してくるだけの方法が講じられていると見るのが正しかった。
バスクは、ゼダンの門の放棄を決定した。
エゥーゴは、そのゼダンの門の動きに呼応して、ゼダンの門の包囲作戦を開始した。
勿論、エゥーゴの艦艇で、完全包囲などは思いもよらないことであるが、ゼダンを撤退するティターンズの艦艇を外周から狙い撃ちすることはできる。
「手順などどうでもいい! 準備が整った船から出発させろ! 急げ!」
ドゴス・ギアの艦橋で、撤退の指揮をとるバスク・オムは面白くなかった。
「アクシズはどうか?」
「はっ!」
オペレーターが手元のキーボードを使って、コンピューター・グラフィックスの映像を出し、アクシズとゼダンの門の位置関係とその想定コースを図示した。
「アクシズがゼダンの門に到達するまで、あと一時間と見ています」
「エゥーゴの動きは?」
「エゥーゴは、北を背にして半円陣に展開しています」
「……開いている宙域にエゥーゴの戦力が全くないと見るのは、うかつだな?」
パスクは、苦々しげに呟いた。
「それに……アクシズから出る光も観測されています。戦艦が放出されているのでしょう……」
「アクシズを空き家にしてからぶつけるのは当然だな」
「こちらも空き家にします。ハマーンの思い通りにはさせません」
「そうだが……」
バスクは、たった一つの隕石基地が接近してくるという意味を軽く考えすぎていた自分に内心で腹を立てていた。こうも簡単な戦術で、ゼダンを放棄しなければならないとは想像もしていなかったからだ。
「まるで……マンガだな……」
バスクは、インターカムの受話器に向かって吠えた。
「……なにいっ!? エゥーゴの艦隊の動きが速いっ? 当たり前だ、エゥーゴだって遊んでいるわけじゃないっ!」
バスクは、腹立たし気に受話器を置いた。
ゼダンの門を視認できる宙域を全速で航行するアーガマとラーディッシュは、ゼダン包囲作戦の一環として、最も手薄な宙域に展開していた。
「……要はアクシズとゼダンの門が衝突する直前まで、ティターンズ艦隊をゼダンの門に釘付けにすればいいわけだ。そうすれば、基地同士の激突の衝撃で、ティターンズの艦艇は殲滅できる」
「つまり、モグラ叩きの要領ですね」
「そうだ。いいことを言うな、アポリー」
一同の間に、軽い笑いが起こった。良い雰囲気であった。
ブライトは、最後の気合いを入れた。
「ティターンズを簡単に撤退させるわけにはいかん。いいな!」
「はい……では、艦長!」
シャアの号令で、パイロットたちが立ち上がった。
「うむ。総力戦になるが、みんな生きて帰ってこいよ! うまい物を用意させておく!」
「はっ!」
一同は、元気よく敬礼を返し、ドッとブリッジ・ルームを出ていった。
同じ頃、アレキサンドリアが隠れるジュピトリスは、依然動く気配を見せていなかった。
そのブリーフィング・ルームで、パプティマス・シロッコもまたモビル・スーツのパイロットたちの前に立っていた。
「……諸君が見ての通りだ。我々はティターンズとエゥーゴの中間に立っている。我がモビル・スーツ隊は、ティターンズのハエどものあぶり出しはエゥーゴに任せて、そのあとで出る。無理をして、隕石基地同士の激突の危険に巻き込まれることはない。我々は、飽くまでも、ティターンズとエゥーゴの戦いの結果を刈り取るという段取りだ。……しかし、我々は地球に対して、ティターンズの一員であることを見せなければならない必要もある。それを忘れては、我々は何のために戦っているのか分からないことになる」
シロッコの斜め後ろに立つジュピトリスの艦長のハイファンは、シロッコのその言葉を聞いて安心した。
事の趨勢がはっきりするまで全く動かないとなれば、ジュピトリスは、ティターンズからもアクシズ、エゥーゴからも危険な存在と見なされるだろう。
それでは、ジュピトリスの今後のあるべき場所を失うことになる。もう一度、木星に戻って事態が推移するのを待つしかない結果となるだろう。
(……それでは、地球に戻ってきた意味がない……)
勿論、シロッコもティターンズをベースとした地球連邦軍を掌握したいと考えているのである。地球連邦軍の兵たちを全て敵に回す気持ちは、シロッコにも毛頭ないのだ。
「では、諸君の健闘を祈る……」
シロッコはパイロットに敬礼を返してから、ヤザンを呼んだ。
「ヤザン大尉、期待してる」
ヤザンは、白い歯を見せると敬礼をして、シロッコに背を向けた。
「モビル・スーツ隊の射出後、ジュピトリスはこの宙域から離脱する。アレキサンドリアも従わせろ!」
アーガマとラーディッシュは、各機銃座をゼダンの門に向けて、幾条かのビームの閃光を伸ばしていた。それは、虚空に消えて、ややあってゼダンの門を直撃し始めた。
別の方位からもビームの帯が流れ始めて、エゥーゴのミサイル、ビーム攻撃がゼダンの門を包囲しようとしていた。
「各モビル・スーツは、発進準備完了後、機銃座、ミサイルの発射軸に気をつけつつ発進っ!」
そして、ラーディッシュとアーガマのカタパルト・デッキからは、順次モビル・スーツが発進していった。
ゼダンの門でも、周囲に突き刺さるエゥーゴ艦隊のミサイルとビームの光芒の中を、次々とティターンズの艦艇が発進していた。
コンテナをワイヤーで繋いだ輸送船が、まるで芋蔓をひくように発進していた。
しかし、その港口では、まだ積み荷の搬入の混乱が続いているのだ。
「物資はワイヤーで繋げ! 宇宙に出せばなんとかなる!」
そんな交信が、ドゴス・ギアのブリッジにも飛びかっていた。
「急げよ! エウーゴは外にいる艦隊に任せて、港にいる艦隊は出港することだけを考えろ!」
バスクは、インターカムから離れることができなかった。
「ドゴス・ギアを発進させろ!」
Zガンダム以下のエゥーゴのモビル・スーツ部隊は、ゼダンの門の宙域に向かって広く展開する。エゥーゴ包囲網の最も薄い宙域を制圧するためであった。
アポリーの言うモグラ叩き作戦が開始されたのである。
ゼダンの門からも迎撃のモビル・スーツ隊が、離脱しつつある艦艇から発進していった。ジムU、ジム・クゥエル、ジェガンなどの機種が主な戦力である。
それらとは別の宙域、アクシズの横を航行するグワンパンからも、十数機のガザCの編隊が発進していた。
「ハマーン様、ガザC第2、第3、第5、第6中隊、グリプス2に向けて発進しました」
「ン……! グリプス2の勢力など知れている。もう我が方が捕捉したも同じだな」
「はっ。エゥーゴの動きも予定通りです」
トリッパー艦長が応じた。
「どれほどの戦力がゼダンの門と共に宇宙の塵となるか楽しみなことだ」
それらの人々の思惑の渦巻く宙域の一端で、エゥーゴ艦隊の攻撃が、断続的に繰り返されていた。
「艦長! 後方から接近するモビル・スーツがありますっ!……機種不明! いやっ! ギャプラン・タイプッ!」
シーサーが、全く別方向から侵入するモビル・スーツを発見したのだ。
「索敵班、どこを見てた! 撃ち落とせ!」
ブライトが命令する間にも、アーガマの後方の宙域に飛び込んできたヤザンのギャプランは、アーガマに対して直進コースをとった。
「簡単に後ろをとらせるな……。アーガマッ!」
ギャプランのモニターの照準に、アーガマのエンジン部分が拡大されカーソルが合った。
「……ここに直撃させればっ……!」
ヤザンは、トリガーに指をかけた時、驚くべきことが起こった。
ヤザンの攻撃を読んだように、アーガマが回避運動に入ったのである。ヤザンの初弾が外れた。
「チッ!」
ヤザンは自分の腕を呪いはしない。アーガマにニュータイプがいるのではないのかと疑っただけだ。同時に、ギャプランから第二弾の攻撃が加えられた。
機動力で、戦艦がモビル・スーツにかなうわけがなかった。ギャプランの強力なメガ粒子砲の直撃で、アーガマの船体が大きく揺れた。
ファのメタスが、編隊の中でモビル・アーマー・タイプに変形するや方向転換をした。
「ファ!? かってな行動はとるなっ!」
「任せろっ! カミーユ。ファは正しいっ!……いやっ! カミーユも戻れっ! アーガマが沈んでは我々の戻る処がなくなるっ!」
シャアの命令が、微かにカミーユの無線に入った。
「了解っ!」
カミーユは、ファのメタスのあとを追った。
「居住区ですっ! どうってことはありません! 後方のモビル・スーツ隊っ! アーガマを守れっ!」
トーレスが絶叫するのを聞きながら、ブライトは、ゼダンの門に気をとられすぎたクルーに対しての自分の監督が甘かったと思った。
ブオッ!
アーガマの船体が激しく揺れた。
「…………! 機関室、被弾状況知らせ!」
「ラーディッシュのモビル・スーツ隊を回させろっ!」
「艦長、メタスが来ました!」
「よし、船のモビル・スーツはメタスに任せろ。ゼダンの門への砲撃は緩めるな! ここが正念場だ!」
ブライトには、ファが、あの緑のモビル・スーツを相手にできるとは思えなかったが、今は任せるしかない時だと覚悟した。
メタスにやや遅れてアーガマの宙域に戻ったカミーユは、アーガマから外れた宙域に光点を見つけた。
「…………!?」
メタスとギャプランが、からみ合うようにして流れて見えた。
Zガンダムは、ウェーブ・ライダーのままその光点に接近した。力の差を計算した時、メタスはもう死んでいるかもしれなかった。
「ファっ!」
ファは、慄然とする恐怖の中に身を置きながらも、よくギャプランに食いついていた。
「なんて速さっ!」
ギャプランの機体が上昇してメタスの視界から消え、次の瞬間、メタスの後ろをとった。
「手を焼かせたなっ!」
ヤザンは、小鳥に似たヤワなメタスにとどめをいれる寸前にそう言った。
が、それがヤザンの隙を作った。接近するZガンダムの攻撃のターゲットになった。
ドワッ!
コクピットの中でヤザンの体が跳ねた。ギャプランは、メタスの射程距離から一瞬に遠退いた。それを、ウェーブ・ライダーのZガンダムが急追した。
「ファはアーガ・マの直援をっ!」
ギャプランのモノ・アイが点いた。
「させるかいっ!」
ヤザンは吠えながらも、このスリリングな感じを求めている自分を知っていたから、単純に愉快だった。ギャプランのビームを無理な体勢からでも連射していた。
ファは、その戦闘を手伝えないのを知っていたから、カミーユの命令通りアーガマと並進するしかなかった。
ゼダンの門の背後に接近したアクシズとの距離はまだあるとはいえ、その速度は異様な速さになっていた。
ゼダンの門の上部の港口からドゴス・ギアが姿を現し、その周囲には、十数隻の巡洋艦が取り巻き、モビル・スーツ隊を排出していた。
ゼダンの門の背後に迫るアクシズからも、放出される光が生まれた。それは遠目に見ると花火のようだったが、アクシズに残った最後のハマーンの艦艇のテール・ノズルの光だ。
「アクシズの光の数を確認しろ!」
「待って下さい! 十、一、二……四!」
「今も飛び出したぞ! 見ろ! 上の方からだ!」
「いったい何隻出てくるんだ!」
アーガマのブリッジの動揺を知らぬ気に伸びるアクシズからの光点は、ゆったりと周辺の宙域の中に消えていった。
「……なんということだ……エゥーゴとティターンズを合わせても、あんな数の艦隊にはならん……!」
「艦長、アクシズの衝突まで後五分です!」
トーレスが、振り向いた。
「限界だな……。全艦撤退だ! モビル・スーツ部隊も各自で退避させろ!」
「了解! 撤退命令、発令します!」
「アクシズ艦隊のデータ、しっかりとっておけ!」
「とても無理です!」
「泣きごとをいうな! やるんだ!」
ブライトは、あるだけの癇癪を爆発させていた。
ゼダンの門からも最後の撤退命令の信号弾が数十発上がったが、それはアクシズが発した光とは異なって、力のない寂しい色をしていた。
迫るアクシズは、ゼダンの門を飲み込むほどの大きさになり、その姿は、ドゴス・ギアのブリッジのメイン・モニターにも捕らえられていた。
「全速前進だ! 衝突の余波に巻き込まれるぞ!」
アクシズとゼダンの門との距離はなくなっていた。
そして、音もなく接触を始めた隕石同士の激突は、鎮魂劇を見るように始まった。
押し上げられる隕石、押し下げられる岩盤。
接点では、無数のスパークが発し、気がつくと、微小に見える岩が沸き上がって四方に散っていた。
その中に、巨大な岩の塊がスローモーションのように迫り、消えていった。
ゼダンの門は、大きな二つの塊に千切れ、ゆったりと分かれて、その間からも膨大な岩の破片が生まれた。
アクシズは、その一方の岩に乗り上げるようにしながらも、岩の底を削っていくのである。その動きは決して止まることはなかった。
ゼダンの門の破片が放射線状に拡がり、近くの宙域は、瓦礫の洪水となった。
その流れの中を全速で退避するエゥーゴとティターンズの艦隊があった。
モビル・スーツは破片の飛びかう中を、器用に飛び回って退避しているように見えた。
巨大な隕石状の破片の表面に取り付くモビル・スーツの姿があった。
と、その隣に敵のモビル・スーツが取り付き、双方がビーム・ライフルを構えるが、近過ぎて発砲できない。
「……おい、どっかに行け!」
「……冗談言うなっ!」
パイロット同士のやり合う間に、別の瓦礫が激突をして、二機のモビル・スーツをまた岩の流れの中に押しやった。
戦艦ほどの大きさの破片が、サラミス・タイプの艦の船尾に追突し、船体を縦にした。そこを無数の岩の塊が激突して、艦を粉砕した。
全速で離脱するアーガマの周囲にも破片が追いつき始めた。
アーガマのブリッジ内にも、断続的に衝突音が響いた。
「余裕のあるモビル・スーツに敵の輪送舶を捕捉させろ!」
「ですがっ!?」
シーサーは、飽和しているようだった。
「ただ逃げていても燃料の無駄だ! 敵の物資をぶんどる!」
「わ、分かりました! 各モビル・スーツに伝達……!」
逃げるティターンズの輸送船団の船の船尾から出たワイヤーに繋がっているコンテナを避けつつ、エゥーゴのモビル・スーツが接近した。
輸送船の前甲板でビーム・ライフルを連射するジム・クゥエルのコクピットでは、
「盗っ人め! 近寄るなっ!」
しかし、そのジム・クゥエルは、隕石の直撃にあって甲板から消えた。それは、エゥーゴのモビル・スーツも同じだった。
エマは、その中でも比較的巧妙にMkUディフェンサーをサラミス・タイプのブリッジに取り付かせていた。
ガンダムMkUにディフェンサーを装備した機体は、補助装甲だけではなく、火力と姿勢制御バーニアの増強も図られており、その高い運動性を駆使して、エマは隕石を尽《ことごと》く回避したのだった。
「抵抗するな! この船はエゥーゴの管轄下に置く!」
エマは、MkUディフェンサーのスマートガンをブリッジに向けながらも、激震が船体全体を揺すっているのを感じながら、艦が保つかと疑った。
ドゴス・ギアの真横にいた巡洋艦が、隕石の直撃に遭って爆発し、そのあおりを受けてドゴス・ギアも揺れた。
「エゥーゴが、我が方の輸送船を捕捉しています!」
「そんなもの、欲しければくれてやる! この宙域から脱出することが先決だ!」
バスクは、ドゴス・ギアさえも一瞬にして宇宙《そら》の藻屑と消える運命の中にいるのを知っていた。
敵味方の艦が、隣り合って退避行動をとる局面もあったが、双方の間に流れ込む隕石のために攻撃し合う間もなかった。
「敵は、攻撃の意思はないようです!」
「当たり前だっ! 逃げるのが先だ!」
アーガマの周囲に集まるラーディッシュ以下のエゥーゴ艦隊は、衝突宙域からは完全に離脱していた。
退避が遅れたモビル・スーツが各々の艦に帰還するテール・ノズルの光が見えた。
モニターを見上げるブライトは、ノーマル・スーツのファスナーを下ろした。
「こちらは最小限の被害ですんだが、ティターンズはかなりのダメージを負ったはずだ。まずは作戦成功ということか……? ご苦労、クワトロ大尉」
「……アポリー中尉が戦死した」
「…………!? なに……!?」
それぞれの席についていたクルーたちも振り返った。
「……勇敢な最期だった……」
一同は、黙した。
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第十四章 メールシュトローム
アーガマ以下のグリプス2のエゥーゴ艦隊は、アクシズとティターンズから挟撃される形に追い込まれていた。
ティターンズとハマーンが連合したわけではないが、結果としてそうなった。多少の手順はある。
バスク・オムは、エゥーゴがグリプス2を奪還する動きを見せた時から、エゥーゴとハマーンの間の確執が具体的になったとみて、エゥーゴがグリプス2のコロニー・レーザーの確保に狂奔している隙を突こうと艦隊を動かし、そのティターンズの動きを見たハマーンは、アクシズの艦隊の編成が終わっていないにも拘らず、グリプス2の宙域に侵攻をしたのである。
ハマーンは、ティターンズと共に動き出したパプティマス・シロッコを警戒したのである。
彼こそ、早期に決着をつけておかなければならない敵であった。
パプティマス・シロッコのコンスタンチノープルでの動きの怪しさは、将来、最も危険な存在として浮かび上がる前兆と感じられた。これは、エゥーゴの力が健在なうちにその力を利用して倒せれば、アクシズは大きな利益を得られるだろうと、ハマーンは踏んだのである。
「ジュピトリスを無傷で捕獲できれば、エゥーゴ、ティターンズのどちらに対してもよい土産《みやげ》となる。作戦の結果は、私が刈り取る。ガザだけではなく、温存していたモビル・スーツも出せ。各員は、ジュピトリスを中心とした宙域の制圧に努めよ」
ハマーンは、各艦艇の艦長にそう号令した。
が、エゥーゴ側から見れば、ティターンズとアクシズの艦艇を敵にしているように見え、ティターンズにしてみれば、シロッコとハマーンは、敵味方不明の存在として映った。
シロッコは、この中で、エゥーゴとハマーンの存在だけを敵として捕らえていた。
「ティターンズは、どうとでもなる。アーガマを撃沈できれば、エゥーゴの精神的な支柱が失われるが、ハマーンがそれを私にさせてくれるかだ」
「……はい……」
サラ・ザビアロフは、自分の意見を言うのをやめていた。
ここまで、シロッコと共に来たのである。最後まで筋を通そうと決意しているだけのことである。それは、サラの善意なのである。愛とも言ってよい。
「意見はないのか? サラ……?」
「パプティマス様のおっしゃる通りに……」
「死んでもくれるか?」
「パプティマス様がそうせよとおっしゃるのならば……」
「やさしいな」
シロッコは、サラの頭を抱いた。黒髪がシットリと濡れているように感じられた。
「パプティマス様は、私にパラス・アテネを下さいました」
サラは、それだけいった。
ほかの何を言っても、言葉の間から、気持ちがこぼれてしまうような感じがした。
「ン……。サラは、私のジ・オの直援を頼もう」
シロッコは、その顎の下にサラの濡れた髪を感じながら言った。その胸の中で、サラは涙をこらえた。
シロッコは、サラを信頼し、力があると思うから後方や偵察の仕事を命令してきたのである。
そのシロッコが直援でいいと言うのは、シロッコが、自分の力に不安を感じているのではないのかとサラは思ったのだ。それがサラを悲しくさせた。
グリプス2の宙域を中心に、四つの勢力が激突する結果になったのも、大きな視点で見れば当然といえる。
グリプス2が持っている潜在的な力は、支配する側が制圧しておきたい兵器なのである。グリプス2そのものは、自由に動かせないまでも、グリプス2のコロニー・レーザーの射程圏内に敵艦艇を導き入れることができて、レーザーを発射することができれば、数十の艦艇を一挙に殲滅することができる。この力を制圧したものは、間違いなく次の局面の覇者になることができる。
そのターゲットを背負っているのが、エゥーゴ艦隊である。
それ故、ティターンズの攻撃の後にアクシズ艦隊が参加した戦局では、エゥーゴが両方の敵を引き受ける結果となった。
対するアクシズ艦隊は、グリプス2の進行方向に陣を敷き、後方のグワンパンは、ダミー限石に囲まれて、警戒線を張っていた。
メイン・ブリッジで戦況を見守るハマーン・カーンは、シロッコの動きが見えないので苛立っていた。
その斜め横の宙域には、ティターンズ艦隊がグリプス2に肉薄していた。さらに、その後方のジュピトリスはアレキサンドリアを従えていたために、ハマーンからは直視できない。
ジュピトリスのメイン・ブリッジからは、グリプス2周辺のモビル・スーツ戦の膨大な数の光点が見えた。
その渦中のエゥーゴ艦、ラーディッシュは猛烈な火線を敷いていたが、敵の火線が二度、三度と舷側を掠めて、その度に船体が揺れた。その横のエゥーゴ艦が直撃を受けて爆発を起こし、その爆発の閃光でラーディッシュのブリッジ内部が白くなった。
「ルネ、撃沈されました!」
「ラーディッシュの被弾状況を知らせろ! 沈むなよ! 何としても持ちこたえろ!」
ヘンケンは、ノーマル・スーツも着ずに号令をかけていたが、頭では、MkUディフェンサーのエマのことしか考えていなかった。ラーディッシュの近くで、直援させればよかったと後悔していた。ブリッジのクルーは、何度かMkUディフェンサーの動きを追ったが、今は、その姿を見つけることもできなくなっていた。
「ディフェンサーが、本来の使い方通りにガンダムMkUの装甲の役を果たしてくれれば……」
「……数が多すぎるっ!」
エマは、母艦のラーディッシュの位置を確認しつつ、正面に迫るジェガンにビーム・スマートガンを撃った。
「速度緩めるな! スペース・ジャバーの数だけモビル・スーツを発進させろっ!」
アーガマの中央のモニターに、かろうじて現認できる程度の大きさにグリプス2が拡大されていた。その横のマルチ・モニターには百式のコクピットのシャアが映っていた。
「クワトロ大尉、頼んだぞ!」
「了解! メガ・バズーカ・ランチャーの準備、よろしく頼む」
「やっておく」
百式がスペース・ジャバーに乗ってカタパルト・デッキに出るや、戦闘の光点めがけて射出された。それに続いて、同じくスペース・ジャバーのリック・ディアス二機が、反対のカタパルトから射出されていった。
艦内には、戦闘警報が鳴り響き続け、カミーユのZガンダムは、ハンガーからメガ・ランチャーを掴み、カタパルト・デッキに向かった。反対のデッキには、メタスが移動していた。
メタスとZガンダム用のスペース・ジャバーはない。Zガンダムの発進はもう十分、メタスの発進は、さらにもう十分遅らせる必要があった。
「……アクシズとティターンズが共同戦線を張るはずがない。どちらもエゥーゴにコロニー・レーザーを使われたくないだけで……」
カミーユは、針の穴のように見える光の位置を読み取りながら、ブリッジから送られてくる戦場のコンピューター・グラフィックスと照合していった。
「……Zガンダムは、あくまでも、艦隊の損失を少なくするために動け。クワトロ大尉には、敵艦隊をメガ・バズーカ・ランチャーで狙撃する任務がある。当てにするな……!」
「……了解……」
そんなやりとりがブリッジと何度かあった。
Zガンダム発進の声がかかった。カミーユの知覚が戦闘宙域の中に取り込まれていった時、その宙域の浮遊物の間を後方から接近するプレッシャーを読み取っていた。
「なんだ?」
浮遊物の隙間から飛び出すのはマシュマー・セロのハンマ・ハンマだった。決戦到来と見たアクシズは主力モビル・スーツであるドライセン、ゲルググを初め、ハンマ・ハンマ、Rジャジャといった指揮官専用の高性能モビル・スーツもこの戦いに投入していた。
「…………!? このマシーン!?」
ハンマ・ハンマは、接近するやZガンダムの装甲に接触し、快哉《かいさい》を叫んだ。
「Zガンダム! 初陣を飾るには格好の獲物だ」
「ジオンの新型!?」
Zガンダムとハンマ・ハンマは接触したまま、猛烈な火線が交差しているグリプス2の射出口方向に流れていった。
ティターンズの戦艦の残骸が流れる宙域では、ヤザンのギャプランの三機編隊が、未だに編隊を崩さずに、MkUディフェンサーを発見していた。
「MkUかっ!」
ギャプラン隊のビームの斉射を後退して避けるMkUディフェンサーだが、ギャプランも早い。ギャプランのビームがディフェンサーの装甲を抉った。
「くっ!!」
エマはディフェンサーの爆発を無視して、ギャプランの一機に照準した。閃光がひらめき、ギャプランを一機、撃墜していた。
「ガンダム!」
ハンマ・ハンマのビームがZガンダムの装甲を掠り、グリプス2の内壁に当たった。その内壁はレーザー発振のためにアルミ・コーティングされていて、爆光でコロニーの射出口内部を万華鏡のように輝かせた。
「うっ!? なんだ!?」
カミーユはそのきらめく光の中に、エマのイメージを見たのである。彼女が、極めて近くにいると分かった。
「エマ中尉!?」
Zガンダムは、変形しつつコロニーの外に向かって飛び出していった。
「逃げる!? ガンダム!」
ハンマ・ハンマも、Zガンダムを追った。
「オマケは無くなったぞ。どうするっ!」
閃光がエマに迫り、エマの恐怖の心が絶叫する。ディフェンサーの爆発に巻き込まれたMkUの左腕は動かなかった。
「ああっ!?」
そのエマの意思がヘンケンに飛び、ヘンケンは手元のパネルを操作してスクリーンを拡大した。モニターにMkUとギャプランの戦闘の光点が映る。
「……! MkUだ!」
「被弾している模様です!」
「……エマ中尉がいる……!」
「艦長、味方のモビル・スーツを見殺しにはできません! 行きます!」
そのブリッジのクルーの言葉にヘンケンは、声を詰まらせた。
「すまない!」
「ラーディッシュ、前進だ! MkUを救出するぞ!」
操舵手がヘンケンに代わって号令を掛け、ラーディッシュは、MkUの戦闘宙域に入った。
「くうっ……!」
MkUは、残りの腕でビーム・ライフルを撃ちつつ、近くの浮遊物に回り込んだが、ヤザンは構わずギャプランを突っ込ませた。
「隠れんぼをやってんじゃないっ!」
と、ヤザンの鼻面にラーディッシュの巨大な影が滑り込み、ギャプランの機体を遮った。ヤザンは、ギャプランのビーム・ライフルをラーディッシュに撃ち込みつつ回避し、ギャプランをターンさせた。回避の遅れたもう一機のギャプランは、ラーディッシュの艦体に潰された。
「フン! 艦がモビル・スーツの敵かっ!」
ヤザンは、眼前にラーディッシュのブリッジを捉えた。そのヤザン機とブリッジの間にMkUが上昇するまでのわずかな間にギャプランは、ビーム・ライフルを速射していた。
「撃沈されます!」
エマの絶叫も、ヘンケンたちの耳には入らなかった。
「撃ち落とせ!」
ヘンケンの叫びも、全部が聞こえたわけではない。ヤザン機のビームは、ラーディッシュのブリッジを直撃していた。
MkUの援護は、その後だった。
一瞬のうちに爆発の煙に包まれたヘンケンの体は、キャプテンシートから放り出され、狭い空間を舞った。
「ヘンケン艦長……!!」
ラーディッシュのブリッジが火を噴いていた。
「ラーディッシュが!?」
カミーユは、その爆発が始まったのを直視した。Zガンダムを追ってきたハンマ・ハンマがZガンダムにビーム砲を斉射したが、Zガンダムは見事にそれを避けていた。
カミーユのセンサーは、最大出力で四方に開いているといってよい。そして、カミーユの意志はバイオ・センサーによって瞬時にZガンダムの動きに反映されていた。
ラーディッシュのブリッジでは、計器類がスパークして吹き出した炎や、気圧の変動で生じた煙が亀裂箇所に向かって猛烈に流れていた。
壁に押し付けられているヘンケンの見た最後の光景は、窓の下に上昇したガンダムMkUの背中だった。
「……エマ中尉……」
ヘンケンの首がガックリと垂れた時、ラーディッシュが撃沈した。
「……ヘンケン艦長……!」
エマの目は見開かれたままで涙も出なかった。機体が揺れ、MkUの左肩がビームで溶解し、吹き飛んだ。
ギャプランのビームの直撃であった。エマは絶叫して、誘爆の始まったラーディッシュの船体にMkUの身を寄せて反撃を試みたが、ヤザン機は、爆発に紛れて後退をしていた。
「シロッコにさ、いつまで頭下げたくないからな……」
ヤザン・ゲーブルは、せせら笑った。
「うわあぁぁぁ!!」
カミーユは、Zガンダムを振り向かせると、ハンマ・ハンマにビーム・ライフルを連射していた。
「貴様など、どこかに消えろ! 俺の前から消えろ! お前のような男がいるから戦いは終わらないんだ!」
ビーム・ライフルの連射に怯まずにマシュマーのハンマ・ハンマは突進したが、スカートのような装甲が吹き飛んだ。
「地球圏はジオン公国の救いを求めている! その人々のために、落ちろ! ガンダム!!」
ハンマ・ハンマは、バッと距離をとるとフレキシブルアームを飛ばし乱射したが、それより早くZガンダムのビーム・ライフルが破れた装甲の隙間を狙撃していた。
「うわあっ!!」
爆発するハンマ・ハンマから、コクピット・カプセルが射出されていった。
「…………!?」
カミーユは、全身を震わせながらも、自分の見事すぎる戦闘能力に慄然としていた。
ラーディッシュとハンマ・ハンマに代表されるように、その宙域では次々と敵味方の建造物が宇宙の闇に拡散していった。
「……みんな死んでいく……。こんな死に方……嬉しいのかよ! 満足なのかよ! 誰が……誰が喜ぶんだよ……!!」
絶叫するカミーユは、Zガンダムのビーム・ライフルを上げて、虚空に撃ち続けた。
「不愉快だな。この感覚……」
シロッコは、しきりに、首を傾げて鳴らした。
「戦場で生の感情丸出しで戦うなど、全く問題にならん……これでは人間に品性を求めるなど絶望的だ。人は、よりよく導かれねばならん。指導する絶対者が必要なのだ」
シロッコはブリッジを降りると、モビルスーツ・デッキに走った。
この混戦を実感しておく必要を感じたのである。
汚濁の中に人の真理があるというのではない。
こんな状況を一挙に掃討して、粛清するためには、ジ・オの威力を持って恫喝すれば良いと判断したのだ。
シロッコは、決定的に傲慢であった。
シロッコは、トンッと床を蹴ってジ・オのコクピットに流れていった。
「事態は見えてきた。後は簡単だ」
ジ・オのコクピット・シートに座ると、コンソール・パネルの灯を入れた。
全方位スクリーンが開き、デッキの前方の宇宙が視界に入った。
「突破口はすぐそこにある。だが、凡人は気づかずに見すごす。そして後で悔やむ。歴史はその堆積にすぎん……サラ、待たせたな」
シロッコは、ジュピトリスの直援に出していたサラのパラス・アテネに呼びかけた。
片腕を損傷したMkUのハッチが開いて、エマが立った。エマは、後方の戦闘宙域を見やったが、その目には何も映っていなかった。
放心したエマには、Zガンダムが接近しているのも気がつかない。
Zガンダムは、ワイヤを射出して、二つのガンダムを繋いだ。そして、カミーユがZガンダムのハッチから流れて、MkUの機体に取りついた。
「エマ中尉!」
カミーユは、エマのバイザーの視界の前に立ち、エマのヘルメットを叩いた。
「……カミーユ!?」
カミーユは、エマの両肩を掴み引き寄せると、バイザー越しに叫んでいた。
「エマ中尉、僕はへンケン艦長の死を無駄にはしませんよ! 必ずこの戦いに決着をつけます」
エマは、その時になって、カミーユの異常さに意識を取り戻した。目をしばたたいた。
「え……? カミーユ……?」
カミーユの目は吊り上がり、ギラギラと輝いていた。
「中尉はアーガマに戻って下さい。こんな状態のMkUで戦うのは無理です」
カミーユは言いざま、Zガンダムのコクピットに向かって流れていった。
「……カミーユ……!」
エマは、制止する勇気がなかった。
アーガマの進行方向に火線を敷いているのは、ファのメタスだ。
「!?……敵!?」
ファは、探査スクリーンを拡大させると、MkUを抱えるようにして接近するZガンダムをキャッチした。
「カミーユ……?」
「ファ、MkUを頼む。エマ中尉は無事だが、MkUは使えないっ!」
Zガンダムは、MkUを離すと旋回して、ウェーブ・ライダーに変形すると飛び去っていった。
「カミーユ?……中尉っ!」
MkUは、生き残りのバーニアを噴かしてアーガマに流れながら、
「私は大丈夫。単独で戻れます。ファはアーガマの援護を続けて!」
「ですが……!」
「私も応急処置をしたらすぐ戻ります!」
「了解!」
ファは、釈然としなかったが、月の方位から迫る光に気を奪われた。
「MkU、収容しました!」
キースロンの声にブライトは、MkUが再出撃できるようにアストナージに命じていた。
「ン……。ラーディッシュが沈んだか……」
ブライトは、アストナージからエマの口伝えの報告を聞いて絶句したが、そのブライトの感傷を断ち切るようにシーサーの怒声が響いた。
「間違いありぞせん! 左舷四十五度、グワンパンです!」
「ダミーで擬装していないのか!」
「多少ダミーが見えます! 急に移動を開始したようです」
「メガ粒子砲、準備しとけ!」
「射程宙域突入まで約三分です!」
「サエグサ、進路、軌道軸に対して上下回避っ!」
「了解っ!」
「艦長、クワトロ大尉からです! メガ・バズーカ・ランチャーを要請しています!」
「よし、射出させろ!」
アーガマのカタパルト・デッキからメガ・バズーカ・ランチャーが射出され、それをアーガマの前方宙域で百式が捕捉した。
「クワトロ大尉、グワンパンを発見した。アーガマの左舷四十五度だ!」
シャアは、メガ・バズーカに内蔵されたブリッジからの情報デスクでブライトの命令を聞いた。
「ハマーン・カーン奴《め》、ここで決着をつけるか……?」
シャアは、やはりどこかで、ハマーンの存在を拒否していた。
百式とランチャーのバーニアが火を噴き、ビームの交差する宙域の上にむかって飛んでいった。
「ランドセルの交換は短時間では無理です。出撃は見合わせて下さい」
アストナージは、エマの言うことを聞こうとはしなかった。
「シャクルズが一機あったはずね。それで、機動性は保てます。ビーム・ライフルさえ使えれば戦えるでしょ」
「しかし、中尉!」
「私だけ遊んでいるわけにはいかないのよ」
「分かりました!」
アストナージは、コクピットの方に流れていくと、
「背中は応急処置でいい! 左肩にアタッチメントを付けて、シールドを直接付けるんだよ!」
エマは、目頭を押さえたい衝動に駆られながらも、ヘルメットが邪魔で苛立つだけだった。
「クワトロ大尉!」
浮遊物の多い戦闘宙域でカミーユは、シャアの百式を目撃していた。
「カミーユ?」
「この先の宙域に凄いプレッシャーを感じます」
「ハマーン・カーンだろう。そして、恐らくシロッコもいる」
「大尉、行きます!」
「おう!」
Zガンダムが、百式に先行し、メガ・バズーカ・ランチャーも続いた。
グリプス2の宙域では、周囲にジェガン隊を配置したジュピトリスが、その巨大な姿を見せ、一方、グワンパンもダミー隕石を左右上下に分けながら、前後のカタパルト・デッキからゲルググ、ドライセンの編隊を大挙発進させていた。
キュベレイもまたモビルスーツ・デッキからその白い巨体を現した。
「モビル・スーツ隊は、全てジュピトリス殲滅に向かう!」
ハマーンが言う間にも、キュベレイはカタパルト・デッキを滑って、宇宙に出た。
が、前方に先行したゲルググの編隊にいくつもの光の輪が開いた。
「むっ!? シロッコか!?」
ドライセン隊は、キュベレイを防御するように前に出たが、ジ・オのビームでたちまち数機のドライセンが粉砕された。
ジ・オを援護する形で追尾してきたサラのパラス・アテネは、ジ・オの前に出て、キュベレイに対峙しようとした。
キュベレイのハマーンは、そのパラス・アテネの動きを軽く見て、背後に滑り込もうとしたが、パラス・アテネも素早かった。
「こしゃくなっ!」
それらの動きは、ゲルググやドライセンの編隊の中である。一瞬にして、戦場は混乱を呈した。
それとほとんど同時に、彼方から別の閃光が走り、グワンパンの船尾を直撃していた。
「なにっ!」
シャアの百式が持つメガ・バズーカ・ランチャーの直撃である。しかし、シャアは、致命傷を与えようとして砲撃したのではない。飽くまでもハマーンの脚を止めたいだけのことであった。
そのシャアの閃光は、もう一本発射されて、数十のゲルググをその白い光の中に消滅させていた。
「…………!」
ハマーンとシロッコは、それぞれ味方を攻撃されて動揺を見せ、ハマーンは、パラス・アテネのビーム・ライフルを避けるのに精いっぱいだった。シロッコは、ハマーンと百式が同じ宙域に集結する幸運に、
「サラ! 私は運がいいっ! 神は、私に一気に決着をつける機会をお与えになった!」
「はいっ!」
サラは、もうシロッコの言うことを全て信じようとした。あの涙の予感が当たったと感じていた。
「シャアです!」
サラは、Zガンダムの背後に追尾する百式も見逃さなかった。
「シャアか!?」
「来たな!」
キュベレイとジ・オ、パラス・アテネは大きく展開すると、Zガンダムはジ・オに向かって突っ込み、その前に立ち塞がる形のパラス・アテネを勢いだけで突破しようとした。
「させないっ!」
サラの強圧的な意思も、今のカミーユは、受け付けなかった。
「どけえ!」
モビル・スーツ型に変形しながら、パラス・アテネのビーム・ライフルを避けて、Zガンダムはパラス・アテネのビーム・サーベルさえも擦り抜けたのである。
ズッツ!
両方の機体が激突した。
が、そのコクピットで、カミーユの口元は笑っていた。その刹那、浮遊物の陰から飛び出したヤザンのギャプランが降下した。
「Zガンダム、そこかっ!」
カミーユは、Zガンダムの右腕のグレネード・ランチャーを一発だけ発射して、ギャプランのコクピットに直撃させていた。
「なにっ!?」
ギャプランの機体の中央が、ゴソッと爆発をしていた。
「フン!」
簡単にギャプランを撃破したZガンダムの淒さに息をのんだのが、サラの記憶の最後であった。
カミーユは、Zガンダムのビーム・サーベルの柄をパラス・アテネの機体に当ててビームを出していた。戦士として正確な処理であった。
そのビームは、パラス・アテネの装甲を溶解させ、コクピットを溶かし、その籠の中にいる小鳥のようなサラのノーマル・スーツから、その衣服と肌と骨を溶かしていった。
「あ……! パプティ……シロ……」
そんなサラの意識の断片が、ガラスの棘のようにカミーユに突き刺さったはずであったが、カミーユは知覚しなかった。
「みんなっ! 死んじゃえよっ……!」
キュベレイは、スカートの下からファンネルを射出し、百式は、メガ・バズーカ・ランチャーを離れて、かろうじてファンネルのビーム攻撃を回避した。ファンネルが、メガ・バズーカ・ランチャーを破壊した。
その時、シロッコは、急速に自分の感覚の中に一つの人の気配が消えていくのに気を奪われていた。
「……サラか……?」
シロッコは、ジ・オの索敵モニターを次々とチェックしていったが、浮遊物の多い宙域でパラス・アテネの姿を見つけることはできなかった。
「サラッ! 応答せいっ!」
シロッコは、なおも索敵モニターを操作し続けた。
その自分の焦燥感をシロッコは、サラのためとは思いたくなかったが、彼にとってサラは、間違いなく恋する人であった。両親のぬくもりを知らない男が、妹に似た少女を愛した。それは、過去に何千とあった人の関わり方で、珍しいことではない。
しかし、それをシロッコの自尊心は、認めようとはしなかった。だから、シロッコは、サラの意思を捕らえて、呼応することができなかったのだ。
目の前にハマーンとシャアがいたからというのは、シロッコの理由にはならない。
シャアは、百式のビーム・ライフルだけでキュベレイにかなう訳がないと知っていた。シャアは、百式を浮遊物の多い宙域で、ファンネルを回避させつつ、グリプス2にむかって後退をかけさせた。
「あのダルマを利用できるはずだ!」
シャアは、シロッコの巨大なモビル・スーツの動きを盾にできないかと想像した。
ハマーンにとってみれば、それら逡巡を見せるモビル・スーツの動きは赤ん坊に見えた。この二機を撃墜してしまえば、後は簡単であろう。彼らは、この戦局の中での要《かなめ》の位置にいる人々であるからだ。
「シャアとシロッコ奴《め》、せっかくよい資質を持ちながら、私以上に理想を追いすぎたのがお前たちだ! 人は変わりはしない! 抹殺すべき人間は抹殺する! それが粛清だ。それをしなければ、愚民どもは、いつまでも怠惰を繰り返して地球圏を汚すのだ。それは許せん!」
アステロイド・ベルトで、ヒッソリと地球光を見上げて育ったハマーンにして言えることである。
ハマーンは、百式を追尾して、さらにキュベレイのファンネルを射出したが、それはシャアの予測に近い形で阻止された。シロッコのジ・オから流れ出た奔流のようなビームによって、瞬時に撃破されたのである。
シロッコは、サラに気を掛ける危険から脱却していた。それは、シロッコの別の強さである。
「ハマーン!」
シロッコは、キュベレイが装備している武器の量を読み込んでいた。金色の百式は問題ではない。今は、ジ・オが敵にする価値のあるのは、キュベレイしかなかった。
ジ・オの全身は、全てメガ粒子砲のエネルギー・チューブといってよい。その攻撃にハマーンは、キュベレイの巨体がグリプス2に押されているのを自覚した。
シャアは、その二機の動きを冷静に見取って、Zガンダムのカミーユの動きが静止しているのを初めて気にした。
カミーユは、パラス・アテネの爆発に揉まれるZガンダムの機体を立て直そうとしたが、いつもの俊敏さはなかった。
それを再出撃したエマ・シーンが発見した。エマは、シャクルズを使って無理にも再出撃をして良かったと思った。エマは、シャクルズからMkUを離脱させて、よろけるようにしているZガンダムを静止しようとした。
「カミーユ!」
「中尉っ?」
モニターを通したカミーユの声は、平静に聞こえた。
「……ハマーンとシロッコが動きだしたって、本当?」
「そうですよ。そうです!」
カミーユは明瞭に答え、グリプス2の方位にZガンダムの機体を向けるのだった。エマは、慌てて、そのZガンダムの機体を追いながら、モニターでカミーユを観察できなかったことを悔んだ。
しかし、Zガンダムの動きは、まだ健在なように見えた。カミーユは、その進行方向にジ・オの発するビームの嵐をエマに示したのである。
「あれがモビル・スーツ……?」
エマは、糸のように細いビームを雨のように四方に撒き散らす機体を見て唖然とした。
しかし、そのビームの威力を全く気にしないようにZガンダムは直進していった。
「カミーユ……!?」
バッバッと光る閃光は、ジ・オのビームが、浮遊する岩やモビル・スーツなどの残骸に当たった爆光である。
エマは、MkUにも浮遊する残骸が当たって、機体を揺するのも構わずに、Zガンダムの機体を追った。
そして、ジ・オが発するビームが、雨のように見え始めた時、エマの視界の中で突然、Zガンダムの機体が躍った。
エマが、息を飲んだ時、エマに死の前兆が現れた。
その時、Zガンダムの機体が躍らなければ、Zガンダムが直撃を受けたであろ。何十本かのジ・オの発するビームの一本が、MkUのコクピット近くを直撃して、MkUの脇腹を抉った。
「……うっグッ!」
左のモニターがシートを潰して、ノーマル・スーツ越しにエマに激突した。バイザーにもひびが入った。
「……なんでっ……?」
正面から敵に対峙している時は、掠り傷ひとつ受けなかったエマが、こんな情況で被弾するとは……。エマは、一瞬それを呪ったが、足から腰、肩にかけて襲った激痛に呻くだけだった。
「中尉!」
カミーユの声が聞こえた。ヘルメットのヘッドホーンは、生きているようだった。
「大丈夫……まだ……」
エマは、そうは言ったが、気絶していた。
(なんと簡単な……。損だ! 死にたくはない……。まだ、いっぱい、いろんなことをしなければならなかったのに……そう、私は、まだ恋はしていない……ちゃんとした恋は……!)
[#改頁]
[#目次15]
第十五章 戻るべき処
激しい戦闘の光点とビームが飛びかうグリプス2の射出口近くの宙域に、周囲の戦闘とは関係ないようにゆったりと流れる半壊したティターンズの艦艇があった。
その半壊した戦艦のモビルスーツ・デッキには煤汚れたZガンダムの機体が、屈み込んでいた。
そのZガンダムの爪先の下にはポッカリと穴のあいたデッキがあり、その薄暗がりに小さな光が見えていた。
その穴を下から見ればZガンダムの頭部が仰げ、その背後には時折行き過ぎる火線があった。
どこかで爆発があったのだろう。船体が軽く揺れた。
そのデッキの空間には、破壊された浮遊物が漂い、光が漏れる処にはソフト・ビニールの非常用の簡易エア・パックがあった。出入口は三重のファスナーで仕切ってあり、二、三人ならば屈んで入っていられるスペースがあった。
その中に、エマ・シーンが横たわり、その顔を覗き込むカミーユはポロポロと涙を流し続けていた。
「……カミーユ……行きなさい……私は、もう駄目だから……任務を全うなさい……それから、迎えに来てくれればいいわ」
「……ええ……」
カミーユは、しゃくりあげた。
「注射、これですから……」
カミーユは、エマの右手に使い捨ての注射器を握らせた。
「……あなたの分は……」
「僕は、怪我しませんよ……」
エマは、うっすらと微笑《ほほえ》んだようだ。カミーユが、ノーマルに反応してくれたのが嬉しかったのだ。
「……もういいのよ……カミーユ……」
「…………?」
「私は……ヘンケン艦長の処に行くわ……」
カミーユは、目をしばたたいてから、
「それはいけないですよ。僕は、中尉にもっと教えてもらわなければならないことがあるんですから……」
「……お行きなさい。カミーユ……」
エマの瞳の下に黒く隈が、浮き出ていた。
「綺麗な顔だったのに……」
エマは、和やかな表情になった。その表情の変化に、カミーユは吸い込まれるようにエマの顔に自分の顔を近づけていった。
「エマさん……」
「……たくさんの人があなたを見守っているわ……あなたは一人じゃない……」
「……はい……」
「……寂しがることはなくてよ……」
「……エマさん……」
「……だから……」
エマの言葉は、そこで切れた。体がビクッと最後の痙攣を見せて、その体がエア・パックの中で揺らめいた。
カミーユは、そのエマの体を抱くようにした。カミーユの目の前には、蒼白なエマの横顔があった。それは、肉体の暖かさを次第に失してゆき、物になっていくのが分かった。
「エマ中尉ーっ!」
カミーユは、エア・パックの狭い空間の中で、絶叫をし、涙で顔をベトベトにしていた。
アーガマの前に位置していたファのメタスは、一機のジム・クゥエルを撃破して、その爆光を突っ切った時にカミーユの声を聞いた。
「……カミーユ……?」
その眼前に別のジム・クゥエルが迫っていた。
「あっ!」
メタスの反応が一瞬遅れるが、横からのビームでジム・クゥエルが撃破された。その破片に乗ってメタスは爆発の外に出たが、メタスの機体にも相当の損傷があった。ビーム・ライフルを構えたリック・ディアスが接近してきた。
「ファ、なにしてる!」
「すみません、バッチ中尉」
ファは、答えながらもカミーユの絶叫が聞こえた意味が分かっていた。
「……確かにカミーユの声が……」
バッチのリック・ディアスが戦闘の光点めがけて突っ込んでいく間に、ファはメタスを旋回させて、グリプス2に向かわせた。
「どうだ? シーサー」
シーサーは、手元のモニターを睨んだまま、ブライトの問いに答えていた。
「はい。敵の配置、かなり乱れています! 数の確認、急ぎます!」
ブライトは正面にあるモこターを見て、コロニー・レーザーの射程コースが示されているコンピューター・グラフィックスを睨んだ。
「もう少し引き寄せれば、コロニー・レーザーでティターンズの戦艦の五隻や六隻は沈められるが……」
「艦長?」
耳聡く、サエグサが振り返った。
「グリプス2は、まだ、エゥーゴを制圧しているな?」
「分かりません」
「接触っ! このままなら、ティターンズは、グリプス2が死んだものと思って、コロニー・レーザーの射程内に入るっ! アーガマは、グリプス2に接触だ!」
ブライトは、これが最後の号令になるだろうと予測した。
グリプス2に行き着くまでに撃沈されるか、ティターンズの艦隊を狙撃できるか……。
アーガマは、最後の息吹を示すように、左舷側のバーニアをいっぱいに開いていた。
グリプス2の射出口前の宙域は、百式とジ・オとキュベレイの三機が、牽制し合う宙域でもあった。キュベレイとジ・オは、シャアの誘導する間に、そのメイン武器ともいうべきものを使い果たしていた。
「……後は、とどめの一撃だが……」
シャアは、損傷の激しいキャベレイとジ・オの機体の脆い処を探すので精いっぱいだった。百式といえども、使える武器はビーム・サーベルだけになっていたが、それも十五秒と使えまい。
「…………?」
シャアは、グリプス2の射出口近くに流れている半壊した艦艇の影を目撃しながら、キュべレイの最期のファンネルの攻撃を避けた。それが、半壊した艦艇をも破壊した。その衝撃で甲板に屈んでいたZガンダムの機体が流れ出した。
「さあ! 立って!」
エマが呼び掛けたと思ったからカミーユは立った。またも船体が揺れた。
「…………?」
グリプス2の射出口の縁《へり》に半壊した戦艦がぶつかり、その舷側を射出口前縁に擦るようにしてコロニー内部に流れていこうとした。Zガンダムは、その艦艇の甲板に脚を掬《すく》われるような形で、さらに離れていった。
その下方、二キロ強といった距離の前縁をシャアの百式が流れ込み、流れ弾でできた爆撃跡にその機体を沈めた。
「さて……」
キュベレイとジ・オも射出口に流れ込んできたのをシャアは見逃してはいなかった。シャアは、百式を囮にして、二人を誘い出そうと決意した。
「行くかっ!」
百式が爆撃跡から飛び出して、キュベレイとジ・オの追尾を確認すると、シャアはコロニー内壁のアルミ・コーティングされた森林の被膜を破った。その下には、グリプス2の昔の森林地帯があった。
ビッ! ドウッ!
アルミ被膜を吹き払うように攻撃された。
「頃合いかっ!」
シャアは、百式の機体を転がすと、木々を押し倒しながら降下した。撃墜されたと見せたのである。天井に当たる部分のアルミ被膜が、絹《きぬ》のように裂けた。
「エマ中尉、カミーユ・ビダン、行きますね……」
カミーユは、甲板に出て、コロニーの前縁部分にZガンダムの脚が浮遊しているのを見つけて、戦艦の甲板を蹴った。
コロニーの奥でキュベレイかジ・オの発するビーム・ライフルの爆光が上がった。
「…………?」
カミーユは、残骸に脚を当てて方向を変え、Zガンダムのコクピットに流れながら、コロニーの奥を見た。そこは、周囲をアルミ・コーティングされているために、外からのわずかな光でぼんやりと見ることができた。戦艦やモビル・スーツの残骸が漂い、さながら墓場の雰囲気があった。
カミーユは、Zガンダムのコクピットに座ると、今見た光の方位にゆったりとZガンダムの機体を流していった。
アルミ・コーティングの下の森の中に、シロッコは、ジ・オを降下させた。
「シャア奴《め》……」
シロッコは、僅かに迷った。
森の陰に、キュベレイもまたアルミ箔を破って降下したようだからだ。
百式の降下状態が撃墜に見せていても、その機体の損傷から擬態であるのは知れた。
「どうする……?」
シロッコは、ハマーンが後退するとは思えなかったが、
「いや、シャアと共闘を組むというのであれば……どう出るかな……?」
シロッコは、ためらいながらも、ノーマル・スーツを着た。さすがに、裸同然の姿でいることに自信がなくなったのだ。
ハマーンも同じくノーマル・スーツを着た。一瞬、グワンパンに戻ろうかと考えたが、コロニーの外に出ることは遅いと感じていたのである。
アーガマの外部の損傷は甚《はなは》だしくなっていた。左右の居住区や尾翼部分が大破していた。その進行する方位の斜め上空には、グリプス2の外壁がベッタリと見え、アーガマは、グリプス2の後部港口に接舷できる態勢になっていた。
「……コロニー・レーザーを最小出力で発射できればよい。先発隊に用意を急がせろっ!」
「了解っ!」
グリプス2の後方に位置するアーガマに、アクシズの艦艇が射撃できる位置に滑り込んできた頃から、ブライトは、なにがなんでもグリプス2のコロニー・レーザーを発射しなければならないと思い切っていた。
「このままでは狙い撃ちされます! 動きます!」
サエグサの悲鳴があがった。
「駄目だ! 今からアーガマが動いて何ができるっ! アーガマは囮になって敵を引きつけろ!」
「保ちませんよ!」
「保たせろ! トーレス、コロニー・レーザーはまだか!」
「ブレーカー部分の損傷がひどく、出力が十分でないそうです」
「そんなの構わん。撃てればいいっ!」
モニターに映るコロニー・レーザーの発射コースには、ティターンズの主力艦隊が乗ったようだった。
「むざむざ餌を食わん奴はいないんだぞっ!」
ブライトは、絶叫して、インターカムを叩き付けていた。
「うっ!?」
シャアは、銃口に捉えられて、ギョッとした。
「動くな!」
ハマーンの声だ。
シャアは、ハマーンの接近を感知しなかった自分のセンスに慄然としていた。
「全く……笑止だな。赤い彗星……シャア、機体を捨てろ」
シャア逡巡したが、コクピットを開き、キュベレイに向いた。
「……たいした役者だったよ、シャア・アズナブル。ここはお前の死に場所にふさわしいと思うが、考えようによっては、私と共闘してもよい……」
「……シロッコを倒し、ティターンズを潰すのならば、か?」
「そうだ。悪いようにはしない……」
キィーン!
ビームが、キュベレイを掠めた。
「二人だけの都合で、事を決めてもらっては困るな……!」
ビームの爆発に押され、キュベレイは百式に抱きつく形で倒れた。
「二機一度にとはいかないか……」
キュベレイを避けながら百式から離れたシャアは、リモコンのスイッチを入れた。
「なに!?」
キュベレイを巻き込んで、百式の機体が爆発した。
すでにコロニー・レーザーの発射間際であった。
「クワトロ大尉とカミーユがいる!?」
ブライトは、絶句した。しかし、コロニー・レーザーの発射を中止すれば、むざむざティターンズの主力艦隊を取り逃がすことになる。
「艦長……!」
アーガマのブリッジのクルーが、ブライトを見た。
「コロニー・レーザーの発射は行う。でなければ、アーガマも沈む。今までの戦いの意味もなくなってしまう……。この戦いの局面さえ脱出できれば、アクシズの艦隊に対処する時間だって生まれるっ!」
ブライトの血の滲むような言葉に、反論するものはなかった。
「カミーユとクワトロ大尉だ。コロニーの内にいれば、コロニー・レーザーの発射は気づく。脱出してくれるっ!」
ブライトは、決然と保証した。
「いけるな!」
カミーユは、笑っていた。
Zガンダムは、アルミ箔を揺すり、ジ・オの視界に入っていった。が、その時、ブライトの言うようにグリプス2の基底部のレーザー発射装置が発光しはじめていた。そして、その照り返しを受けて内壁全体が輝きはじめた。
「……コロニー・レーザーを使うのか?」
シロッコは、顔を歪めながらも、全方位スクリーンにZガンダムの動きを捕捉したまま後退をかけようとした。しかし、その視界にまだ動いているキュベレイが見えた。
「チッ!」
しかもZガンダムが上昇をかけ、反対の内壁スレスレでターンをかけて、ジ・オにバルカンを撃ってきた。
「う……」
ジ・オの装甲に当たって微かに機体がブレた。外側の装甲は、どのように損傷しようが、問題ではなかったが、ジ・オが手に持つメガ・ビーム・ライフルの出力は、まだ上がってくれなかった。
「外に出るのが先だ……」
シロッコは、サラがいなくなったことを実感した。背中が寒い。
その二機の戦いがあったからである。ハマーンは大破したキュベレイを発進させることができた。
シャアの消息が、この時以後絶たれたと分かったのは、作戦終了後のことであった。
アーガマのサブ・ノズル付近が直撃され、火を噴き出していた。どこかに空気漏れが起こっているのだろう。煙が猛烈な勢いで流れはじめていた。
「艦長、限界です!」
「艦長!」
「分かっている! コロニー・レーザーっ! 出力はっ!」
「三十八パーセント! 臨界っ!」
「それで結構だっ! 対空砲火を増やせばいいっ!」
キュベレイにやや遅れてZガンダムとジ・オが飛び出して、コロニーの射出口から左右に飛んだ。
「エゥーゴ奴《め》、最後のあがきか!」
シロッコは、せせら笑いながらも、ハマーン対策をするだけのモビル・スーツ隊は、ティターンズから調達するしかないと考えた。
「この距離では、コロニー・レーザーの発射に巻き込まれる!?」
Zガンダムは、横合いからのジ・オの一本のビーム攻撃を回避しながらも、モビル・スーツの残骸を蹴って、ジ・オの眼前に出た。
「…………!」
カミーユは、鈍重に見えながらも素早いジ・オの動きに集中しはじめて、キュベレイを忘れた。
「死ににきたか!」
ジ・オは、メガ・ビーム・ライフルを振りかざし、そのビームを射出するのではなく、サーベルのように使って、Zガンダムを斬ろうとした。
「……ンナッ!」
Zガンダムはビーム・ライフルでそのビームを防御しようとして、閃光が一瞬Zガンダムを隠した。ライフルを持つZガンダムの腕が付け根から吹き飛んだ。
「なにっ!?」
切断箇所をスパークさせながら飛び退くZガンダムの身のこなしは、人間のそれだった。
グリプス2のコロニー・レーザーの発射口は、光で盛り上がり、Zガンダムのライフルを掴んだまま切断された腕がその光の中でクッキリと形をとった。
「……な、なんだと……なんだとっ……!」
カミーユは、自分の片腕を見るように怯えた。
しかし、Zガンダムに、もうロクな武器はなかった。
片方の腕の手に持つビーム・サーベルは、チリチリと粒子の帯を心もとな気に放出るだけだ。
「クッ! ハハハハッ! 踏み潰してくれるっ!」
ジ・オはその巨体で、Zガンダムを踏み潰そうと全速をかけた。
「……貴様なんかっ! 嫌いなんだよっ!」
カミーユは、迫るジ・オの影を見ていた。
「うわっわわっ!」
シロッコは、絶叫していた。
激震が、ジ・オを取り巻いたのである。
「……お? おおっ!?」
その激しい震動の中で、シロッコは、Zガンダムが紫の輝きに包まれているのを見た。
「なんだ?」
その輝きは、Zガンダムの機体に沿って渦を巻いて見え、それが、ジ・オに対してバリアーとして働いた。ジ・オはZガンダムに激突する寸前に、その波に跳ね飛ばされていた。
「あっ……あ――!」
コロニー・レーザーは、発射寸前であった。ジ・オの機体は、そのレーザーの発射口にくるくると縫いぐるみ人形のように流れていった。
(パプティマス様……)
サラの声は、シロッコの幻聴だ。
「来ました! グリプス2! 発射します!」
ブライトは、モニターを仰ぎ見た。コンピューター・グラフィックスと視認できる距離の敵艦艇の拡大映像が映っている。
ズッ!
グリプス2の基底部のレーザー発振器が、音をたてたかに見えた。
そして、コロニー内部の発振が頂点に達して、グリプス2内に流れる半壊した戦艦のデッキに横たわるエマの亡骸が、白い光に包まれて消滅していった。
その巨大な光の渦は、コロニー内で収斂《しゅうれん》されて一本の筋になり、排出された。
その射出口に突然、直径数十メートルのレーザーの筋が輝いて見えたのは、その宙域がいかに汚れているかの証明である。ジ・オの機体は、そのレーザーの筋の中に吸い込まれて一瞬にして消えた。
そして、そのレーザー光は、ティターンズのドゴス・ギアの艦隊方位に瞬時にして伸びていった。
「アーガマ、離脱しろ! コロニー・レーザーの戦果、確認、急げっ!」
「了解!」
アレキサンドリアのガディは、白い光を見た気がしたが、気づいた時は、その人は消失している時だ。知覚情報が脳に達するスピードなど、レーザーを正面から受けたスピードを越えることはない。
ジュピトリスから突出していたアレキサンドリアの船首が直撃され、消し飛んでいた。
その背後の戦艦群も一瞬のうちに消滅し、ドゴス・ギアは、その上甲板全てを殺ぎ落とされるようにレーザーの照射を受けていた。
バスク・オムは、いつ、自分が死んだのかも気がつかなかったろう。それは、考えようによっては、幸せなことだ。
グワンパンは、船尾にシャアの攻撃で損傷を受けていたが、航行に支障はなかった。勿論、最大戦闘速度を出すことはできなかった。だからであろう、ハーマンが帰還した時、グワンパンは、エゥーゴのモビル・スーツ隊に対して必要以上の火線を敷いて対抗していた。
ハマーンは、船底ハッチからキュベレイを収容させながら、その火線の無駄さ加減にあきれ果てた。
「当方にかかる敵は少ない。これ以上の敵は来ないっ! 各砲撃手には、よく敵を見るように言えっ! こんなことでは、これからの長い戦闘に耐えられんぞっ! こんなことでミネバ様を怯えさせてはならんっ!」
ハマーンは、周囲に叱責の声を飛ばしつつ、ミネバの部屋に向かった。
ミネバは、私室で茶を飲んでいたが、それはミネバの強がりである。
よく耐えているとハマーンは思った。
「どうだ? ハマーン? 私もブリッジに上がらなくてよいのか?」
「滅相もない……」
ハマーンは感動をして、ミネバの前に跪《ひざまず》いた。
「エゥーゴもティターンズも、私が命に替えても食い止めてご覧にいれます。ミネバ様は、このままお静かにしていて下されば結構です」
「顔色を見れば、我が方は危険とも見えるが?」
「いえ、指揮官にもかかわらず、モビル・スーツで出てみました。そのための疲れが顔に出ているのです。申し訳ありません」
「そうだな。指揮官は、ドッシリと構えていなくては、兵が不安がる。心しろ」
「はっ、では」
ハマーンは、ミネバにドズル・ザビの血が明瞭に流れていると知って慄然とした。
「ハマーン、よくやってくれる。私は嬉しく思う」
立ち上がったハマーンにミネバは、そうも言う心配りを示した。
ハマーンは恐懼《きょうく》して、頭を下げた。
「敵です! 巡洋艦! いや、モビル・スーツだっ!」
索敵モニターを拡大しながらトーレスが絶叫していた。
コロニー・レーザーの発射以後、ティターンズのモビル・スーツ隊は、自軍の艦艇が離散するのを知って動揺を見せた。
「メタス……駄目だっ! ファでは無理だ。ファは、アーガマの直援! 動くなっ!」
ブライトは、窓から直接に見えるメタスの機体もかなりの損傷を受けているのを知って、そう命令していた。
「リック・ディアスも固定だ。Zガンダムはっ! どうなっているっ!」
「所在不明っ!」
「ン……対空砲撃は、次のモビル・スーツの攻撃にスタンバれっ!」
ブライトは、アクシズの艦隊の動きも終息しつつあるのを知っていた。
「問題は、この後だ……ティターンズは、どうとでも潰せる……」
ブライトは、戦場の掃討戦に出る時期が近づいているのを長年の勘で分かっていた。
「カミーユか……」
Zガンダムの手持ちの武器は、すでに使えなくなっていると思えた。
「戦死か……」
ブライトは、グリプス2の前方に拡がる宙域を見た。光芒の数は、めっきりと少なくなっていた。
さすがに巨大なジュピトリスにも、至るところに火の手が上がり、その疲弊は隠しようがなかった。その背後では後退するアクシズ艦隊の光点が消えていった。
グリプス2のその基底部の小爆発も、しばらくすれば終熄するであろう。
エゥーゴ艦隊は、その宙域に集結して戦闘は終了した。
片腕を損傷させて流れるZガンダムに、メタスが接近していった。
メタスがZガンダムを掴んだ。
そして、メタスのハッチが開き、ファのノーマル・スーツがZガンダムのコクピットに流れていった。
「カミーユ?」
ファは、ハッチを開け、コクピットを覗いた。
「カミーユ!……」
ファは、操縦席に座っているカミーユを見た。カミーユは、かすかに首を動かしたようだった。
ファは、微笑した。
「よかった……生きていて……みんなのところに帰ろうね……」
ファは、Zガンダムのハッチを閉じると、メタスのコクピットに戻っていった。
地球と月が、ファの目には刺激的に見えた。
本当は、ガンダムMkUの機体も捜したかったが、ファには、もうその気力はなかった。
「……MkU……お前もアーガマに帰りたいのにね……ご免ね……」
ファは、メタスの利きにくくなった操縦桿を力任せに押し倒した。