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オーラバトラー戦記7 東京上空
富野由悠季
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[#地付き]カバー絵・口絵・本文イラスト/加藤洋之&後藤啓介
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オーラバトラー戦記7 目次
1 自衛隊機の二人
2 オーラバトラーの三人
3 家族たち
4 強行着陸
5 入間の憂鬱《ゆううつ》
6 隣りのバイストン・ウェル
7 パイロット同士
8 台所の人びと
9 おばあちゃん
10 在日米軍基地
11 重役室
12 杏耶子とガラリア
13 地上人、来たる
14 三機接触
15 横田と田無
16 ジョク、入間にはいる
17 歓 待
18 パイロット、徳弘
19 キャグニー・ストノガノム
20 ガラリアの挨拶
21 拉《ら》 致《ち》
22 感知飛行
23 狙 撃
24 来た道へ
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1 自衛隊機の二人
「空を飛ぶ人形は、オーラバトラーという。いいか、オーラバトラーだ。絶対に撃墜《げきつい》しちゃならん。貴重で興味ある機体なんだ。いいな、イエローバード!」
徳弘《とくひろ》一等|空尉《くうい》のヘルメットのフォーンから、入間《いるま》基地にある中部航空警戒管制団のオペレーターの声が、がなりたてていた。
「了解! しかし、空を飛ぶ人形が、なんで貴重なのか了解できない。理由をきかせろっ!」
「了解、といっただろう!」
「あのねっ!」
どのような状況でも冷静でなければならないパイロットとしては、こういう応答をするのは失格である。
しかし、自衛隊の最新鋭戦闘機のパイロットである徳弘一等空尉にすれば、さきほどから傍受《ぼうじゅ》している無線できいた、人形が飛んでいるの、編隊で飛行しているの、横田《よこた》を人形が攻撃したのという内容から、なにが想像できただろう。
そのうえ、管制団からの指令がこれなのだ。
オーラバトラーなどという単語は、徳弘|一尉《いちい》も僚機《りょうき》の橋爪《はしづめ》二等空尉も知るわけがない。
横田は、米軍の極東方面の最重要基地である。
そこが爆撃されたのなら、それを実行したものは、自衛隊にとっても敵性|対象《ターゲット》である。なんらかの防空行動をとらなければならない。安保条約|云々《うんぬん》という問題ではない。
東京都下の街が、攻撃されたのである。
わかりにくいのは、敵性のターゲットが人形らしい、ということであり、それがオーラバトラーとかいうものであれば、まず、その概念を知りたくなるのが人情である。
徳弘一尉と橋爪二尉のイエローバード二機は、そもそもソ連の大型爆撃機が三陸《さんりく》沖合から領空ギリギリを飛行してきたので、百里《ひゃくり》基地からスクランブルをかけて出撃したのである。
しかし、その爆撃機の行動は、『定期便』といわれる性質のもので、その機体ナンバーは、徳弘一尉も何度か目撃しているものだった。
徳弘一尉は、決められた手順どおりに、その爆撃機を上下左右、前後から撮影したが、そのあいだに、爆撃機の後部銃座にすわる銃撃手は、手をふってきたりしてきた。
徳弘一尉もそれにこたえたものだ。
きわめて友好的というよりも、お互いに、こんな仕事をしなければならないことを慰めあうという雰囲気《ふんいき》がある。
現在でも局地戦はあるものの、大勢は戦争を想定しづらい時代にはいった。
それは日本とソ連との関係でもおなじで、軍隊という巨大な職業集団を即刻《そっこく》解散できないのであれば、こういう偵察行為と称する業務でもさせなければ、大の大人を遊ばせておくことになる。
一挙にこの巨大な集団を解体すれば、そのときは国家の損失は莫大《ばくだい》なものになり、新しい就業先をつくり出さなければならないという、より困難な仕事が国家に課せられるのである。
国家は、そのような厳しい課題を先送りにし、こんな情《なさ》けないことしかできなくなった軍隊に我慢ならない人びとは、たえず、隣国の脅威《きょうい》をうたい、軍事費の増額を国に要求する時代なのである。
職業をもたない大人では、子供にたいしてしめしがつかないといった深層心理から、給料を確保するために、国家に軍事費の増額を要求するという構造は、たしかに情けない。
こんなことは、軍人のやる仕事ではないのだ。
敵がいなければ敵を作るか、自分が敵になることによって、軍隊を成立させなければならない。そういった歴史しか知らなかったのが、人の歴史である。
しかし、現代という時代は、自らが敵になることも不可能にさせた。
人類が、このように軍事的な脅威《きょうい》をもつことがなくなったのは、歴史上はじめてなのである。
戦争を想定せずに国家運営のプランを立て、全地球的共同体意識をもって、地球全体を運営しなければならないという課題は、言うほどやさしいことではない。
敵とか脅威とかいうマイナス要素がある場合の施策《しさく》になれすぎた人類が、このようなピュアな状況に直面して、いかに健全に永遠という刻《とき》をすごしていけるというのか?
これほど難しい課題を前にした人類は、有史以来ない。
現在こそ、未曾有《みぞう》の時代なのである。
だから、このような偵察行動ぐらいは続行させてもらいたいというのが、彼我《ひが》の軍人たちの心情であり、また、ちかい将来、膨大な失業者をださないためにも、軍隊という組織を存続させざるをえないところに、今の時代のむずかしさがあった。
まだ軍事組織のない国家を志向する時代ではなく、我々は未熟《みじゅく》であると認識せざるをえないのである。
自衛隊の『アンノン(所属不明機)』は、つきつめれば、飛行計画を運輸省に通告していない航空機でしかないのである。ソ連機と別れた直後のイエローバードにとっては、他の興味ある敵性ターゲットなど、想像できるものではない。
東京上空を行動する米軍機、エンジェル・フィッシュと横田基地との応答から、実戦が展開されているらしいとは理解できる。
が、その相手が、人形《ドール》というのがわからないのだ。
「イエローバード二二《ツーツー》、橋爪、どうおもう?」
徳弘一尉はバイザーごしに、僚機の橋爪二尉の白銀の機体を見やった。
「国内に空爆《くうばく》ができる人形が、あるんですか?」
橋爪二尉の声音《こわね》も、はっきりしなかった。
「……こちらイエローバード二一《ツーワン》! 了解できません。東京の上空で撃墜するな、というのはわかりますが、国籍不明のロボットでも飛んでいるんですか!?」
「ロボットらしいものだが、そんなものじゃないといっただろう」
入間は、頭ごなしに怒鳴《どな》った。
「なに怒鳴ってんです!? 実戦なんでしょ!? 在日米軍機が撃墜されたんでしょう」
徳弘一尉は、アマチュア無線のような応答になってしまっている自分をまずいとおもった。
最近、緊張がたりないというのは自覚しているのだが、軍隊が不要な時代にきているらしいという認識が、隊員のあいだに暗黙のうちにながれている現状では、それも当然のことであろう。
現代っ子の自衛隊員には、有事《ゆうじ》を想定して入隊してくるものなどはいないし、東欧の政治情勢の急変がなくても、内乱を想定して、自分たちが自国民に銃をむけて制圧するかもしれないという想像力をもっている若者などは皆無《かいむ》である。
真面目《まじめ》に精神と身体を鍛《きた》えて、国防の先頭にたつという隊員たちもいることはいるのだが、陸、海、空ともに、女性隊員を大量にうけいれている時代である。
世界的に、軍隊そのものも変質を要求されているのだ。
海自《かいじ》には、船好き海好きがいたり、陸自《りくじ》には、集団生活好き、アウトドア・ライフ好き、兵器好き、という隊員もいて、部隊を構成しうる隊員があつまらないではない。
航空自衛隊にかんしては、飛行機好きが基本のために、その結束力はつよいが、今後、新鋭機の導入がなくなるから、そうなれば魅力が減少するという問題はあった。
しかし、世界的な緊張|緩和《かんわ》の最大の問題は、防衛予算が削減されて、直接、給料にひびくことである。
防衛の問題、軍隊の存在|云々《うんぬん》の問題などは、軍隊でない自衛隊には、もともとないのであって、あるのは生活とプライドの問題でしかない。
だからこそ、深刻なのである。
そんな状況のなかで、想像できる敵性ターゲットによる攻撃といえば、日本に近い国からの亡命機が、まちがって爆弾を落としてしまったというぐらいのものであろう。
「ブルージンジャーも出たからといって、競《せ》りあうんじゃないぞ!」
入間は、百里から戦闘機二機がスクランブルをかけて、東京にむかっていると教えてくれた。
「どうも……妙だな……入間。イエローバード二一《ツーワン》だ。どういうことなんだ。オーラバトラーっていうのは?」
「こちら入間。オーラバト? そんなことをいったか? 詳細《しょうさい》などわかってない。横田が攻撃されて、米軍の第七艦隊の所属機も撃墜された。この事態に適切に対処すればいい。しかし、前にいったことは忘れるな」
いいだしておいてオーラバトラーは知らないといい、それでいて、前にいったことは忘れるなという。
『手前《てめえ》、正気かっ!』
そう怒鳴りたい衝動にかられる。
東京が、ベッタリした灰色の石板のようにせまってきた。
緊張した。
徳弘一尉が、東京の空域に進入したのは観閲《かんえつ》式とか航空ショーのときぐらいで、このようにスクランブルをかけて進入するのは、はじめてなのだ。
東京の景色が、まったく違うものに見えた。
「…………!」
レーダーは、一機の戦闘機をキャッチした。
徳弘一尉は、機の高度と巡航速度を、ギリギリにさげて、レーダーを注視したが、入間のいうような敵性ターゲットは映ってこなかった。
「……いない!?」
と、
「敵は、板橋《いたばし》上空から西に移動しているようだ。それを捕捉《ほそく》、威嚇《いかく》して、東京上空から排除し、撃滅しろ。前の指令は生きているぞ」
やや間をおいて、入間からはいった命令は、またも矛盾《むじゅん》に満ちていた。
「撃滅だっていっておいて……!?」
こうなれば、徳弘一尉でなくとも、反射的に命令を遂行することはできない。
命令する側は何とでもいえるが、命令をあとで非難されないようなかたちで実行しなければならない当事者の立場は、かなりデリケートなのである。
まして、当事者は全体の状況を知らされていない。
にもかかわらず、世界一の人口密集地の上空で、撃墜行動をとれといい、そして、『興味ある機体だといった前のことは忘れるな』というのである。
「……チッ!」
徳弘一尉が軽く舌打ちをするあいだに、米軍のエンジェル・フィッシュが、西に翼をひるがえした。
後の処理はこちらに任せるというつもりなのだろう。
徳弘一尉は、橋爪機がななめうしろにピタッとついているのを確認すると、やや機速《きそく》をあげて、北西にむかった。
山手線《やまのてせん》内は一分たらずで横切って、前方にひろくひろがっている煙を視界の正面にとらえた。
「撃墜された米軍機か!?」
「そのはずですが、敵機、捕捉出来ますか?」
橋爪からだ。
「いや……」
徳弘一尉は、嫌なことをおもいついて、機首をまわしながら、入間にきいた。
「レーダーにはなにも映らない。板橋から西だって?」
「敵性ターゲットは、レーダーに反応するときに、ジャミングを起こすらしい」
その入間の回答は、どこか曖昧《あいまい》にきこえたが、パイロットにとっては、もっとも嫌な内容だった。
「それでも撃墜しろといい、前にいったことは忘れるなという話。これをどう整合させたらいいんだ? 状況が変わりました、というのか?」
「変わってはいない」
「…………!?」
徳弘一尉は、そのロジックの一貫《いっかん》しない言葉が、ひどく用心深くしゃべられている、と気づいた。
『……無線ではしゃべれないことがあるのか?』
現実的ではないが、徳弘一尉は、ようやく、そういう想像力を働かせることができた。
『ということは、考えられることは……米軍にきかれたくないことがあるのか?』
現代の戦闘機乗りは、生真面目《きまじめ》である。
徳弘一尉にもそういう面があったが、それでも、その几帳面《きちょうめん》な頭がマニュアルから離れはじめていた。
専守防衛しか頭にない律義《りちぎ》なパイロットが、ここにたどりつくまで、多少の時間がかかるのは仕方がないだろう。が、その点では、徳弘一尉は、パイロット仲間でも、かなり柔軟性のあるほうだった。
フロント・ビューには、また東京の薄くくすんだ光景がひろがって、その単調な光景に、超高層ビル群が多少の変化をつけていた。
「…………!?」
煙は、和光《わこう》市あたりからかなりの規模で噴きあがって、コックピットからも赤い炎が地上にひろがっているのが見えた。
「目で見つけるしかないらしい。いいな!」
「ハッ!」
胴体のエアブレーキをひらいて機速を落しながら、高度を二百メートルまでさげた。
「…………」
後発のブルージンジャーが東京にはいる前に、敵性ターゲットを見つけたいとおもう。
しかし、地上の惨状《さんじょう》からすれば、減速した結果、敵に撃墜されるかもしれないという危険性もある。
律義なパイロットは、入間との交信から想像できる任務、敵性ターゲットの確認と威嚇はしなければならない、と決意した。
それ以上のことは、ターゲットを確認してからである。
『そのときは、こちらがやられているか……?』
徳弘一尉は、機体横に装備されているバルカン砲の引き金の安全カバーをひらいて、それをマニュアルにセットした。
空戦でコンピューターと連動させない射撃などは、訓練以外ではちょっと想像できない事態である。
それが、彼等の世代の感覚だ。
「ン――!?」
身を乗り出した。
いた!
三機、いや、三人の人影が、飛行していた。
まるで、コミックか絵本の挿絵《さしえ》のように、透明な羽根をふるわせた三つの物体は、お互いになにか言いあうようにして、そして、一斉にこちらを振りむいたのである。
「…………!?」
徳弘一尉は、引き金においた指に、力がはいりそうになった。
ザウッ!
ターゲットの三つの影は、あっという間もなく、後方にながれていった。
「見たかっ!? 橋爪っ」
「ハッ! ロボットです。ちがいますか?」
「そう見えたが、なんで飛行機の形をしていないものが、飛んでいるんだ」
「知りません。でも、見ました。人型《ひとがた》をしたものです」
徳弘一尉は、『そうだ。幻覚ではない』と、自分に語りかけながらも、あのものに撃墜されるかもしれないという不安を払拭《ふっしよく》して、再度、機首をいま見たものにむけた。
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2 オーラバトラーの三人
「ここはバイストン・ウェルじゃない。アの国でもない。バーン、わかってくれっ。もう少しだけ状況がわかるまで、堪《た》えてくれ」
オーラバトラーのパイロット、ジョクこと城毅《じょうたけし》は、徳弘一等空尉と橋爪二等空尉の戦闘機が、自分たちの上空をパスしたとき、そう絶叫していた。
グルオッ!
二機の戦闘機のおこす気流の乱れに、三機のオーラバトラーの機体がゆすられた。
「キャウッ!」
ジョクのすわるコックピットには、そんな金切り声の悲鳴をあげるもう一人の同乗者、チャム・ファウがいた。
彼女は、羽根をもった身長三十センチあまりのミ・フェラリオである。
バイストン・ウェルの世界では、それは、コモン界とは別の『界《かい》』に住むものなのだが、彼女の場合、偶然にもジョクと出会って以来、彼についてまわっていた。
彼女たちは、バイストン・ウェルを象徴する存在であるが、コモン界にあっては、忌《い》み嫌われていた。
コモン人《びと》たちは、けっして彼女たちを可愛《かわい》いもの、という認識をもつことはなかった。
ことに、ミ・フェラリオから成人したエ・フェラリオは、美しければ美しいほど、危険な存在、毒を持つ者、魔術をつかうもの、と信じられて、それらとの接触は、身を滅ぼすとされていた。
しかし、バイストン・ウェルにあって、コモン界こそもっとも普通の人びとの暮す界で、人間のギラギラした欲望が渦巻く社会であった。
そのために、身を挺《てい》してそれらフェラリオたちと接触して、立身出世をするものや仇《かたき》を討つもの、その他あらゆる目的を達成しようとするものは、跡を絶たなかった。
その場合でも、フェラリオたちが、爆弾的な存在であることはかわりなく、コモン人たちは、水牢《みずろう》のなかに飼うことによって、結界《けっかい》をはるという方法まで編みだしたのである。
フェラリオの不幸は、コモン界に落ちた場合、基本的に生活力を持てない存在であるために、男性のフェラリオのいぎたなさと、生き方の醜《みにく》さがひどく目だって、それが、女性のフェラリオをより嫌われる存在にしている、という一面もあった。
もちろん、フェラリオが住むべきウォ・ランドンの界であれば、フェラリオたちは、ただ精神の浄化のための学習に数百年という時間をすごすだけで、生活をするというような意識をもつことなく、生きられるのである。
そのような界も含まれているのが、バイストン・ウェルである。
が、今は、それを語る時ではない。
「黙れっ! またも、奴等《やつら》は攻撃をかけようとした。わたしは、地上世界の文物《ぶんぶつ》を手にいれて、バイストン・ウェルに帰る。そのためにはどのような手段も講じる」
ジョクの耳に、性能の悪い鉱石ラジオからひびくバーン・バニングスの声が、明瞭《めいりょう》にききとれた。
ジョクの正面に位置する黒いオーラバトラー、ガベットゲンガーのパイロットである。
米軍機の一機を撃墜してしまった騎士だ。
その気合のこもった声に、落ちつきがないのは、彼のオーラバトラーが使った武器、フレイ・ボンムの火烙《かえん》が、コモン界で使った数十倍の威力を見せたからである。
その一射は、まるで空中で数十倍のナパーム弾を炸裂《さくれつ》させたような巨大な火焔の筋を地上に放出した。
その威力《いりょく》に、バーン・バニングスという生粋《きっすい》の騎士上りのパイロットは、衝撃をうけたのである。
彼等の知っているフレイ・ボンムの破壊力は、地上世界でいえば、中世の大砲レベルの威力であったのだ。それでも、コモン界の天下を取れると信じるに十分足りるものである。
しかし、地上ではそうではなかったのである。
そんな事実に直面すれば、動転して当然であろう。
その上、話にきいていた以上にすさまじい轟音《ごうおん》をともなった飛行機による威嚇《いかく》である。
どれほど冷静|豪胆《ごうたん》な騎士であっても、このカルチャー・ショックを受けいれるには、もう少し時間が必要だった。
「ならば、ますます、連中を敵にするな。バイストン・ウェルに帰る方法を見つけ出す時間も余裕《よゆう》もなくしてしまう。バイストン・ウェルに帰る方策を見つけるためには、連中と手をむすぶほうがいいはずだ」
「地上人であるジョクのいうことをきく耳はもたない」
「ジョクは、あたしたちを売って、この世界で英雄になるつもりじゃないのか」
後の声は、バーンとは別のパイロット、ガラリア・ニャムヒーだ。
彼女は、バーンより格はさがる騎士ながら、その力量を買われオーラバトラーのパイロットに推挙《すいきょ》された。
彼女のオーラバトラーは、ジョクと同型のカットグラである。
現在でこそ、ジョクはバーン、ガラリアとは敵対関係にあるものの、ジョクがアの国に落ちてしばらくは、彼等とは戦友同士であった。
が、ア国がガロウ・ランの脅威を排除したあと、ジョクは、それまで仕《つか》えていた王、ドレイク・ルフトに反逆《はんぎゃく》した。
彼の一人娘、アリサ・ルフトを娶《めと》っていながら、である。
ドレイク・ルフトのアの国は、何人かの地上人を受けいれた結果、地上世界の知識をまなび、オーラバトラーのような機械まで手にいれることができた。
その結果、周辺の国々にくらべて、強大な軍事力を手にいれることとなったアの国は、急速に覇権《はけん》主義を育てていったのである。
それは、中世に現代を持ちこんでしまうというタイム・トラベラーの犯す犯罪に似ている。技術論の問題だけではなく、思潮にも変化をあたえることになったのだ。
それを嫌ったジョクをはじめとする何人かの地上人が、ドレイクから離反したのである。
このことは、もともとジョクが、コモン界よりは数百年も機械文明のすすんだ世界に育った若者であったからできたことで、ある意味では不幸なことであった。
思潮の変遷《へんせん》にも、歴史の鍛錬《たんれん》が必要なのは、論をまたない。
ドレイクたちにとって、機械文明の持つ危険性などは、想像を絶するテーマなのである。
直感でその危険性が理解できないならば、我々の世界の先進国が経験しつつある問題など、理解できるものではない。
我々が、SFの上でもゴミ問題を指摘できなかったのに似ている。
想像は、理想論の延長か極端な厭世論《えんせいろん》の拡大であって、その中間がないのが現実であり、現実は、多少の人智《じんち》をせせら笑うかのように、その中間に膨大な問題を排出させるのである。
ガラリア・ニャムヒーは、アリサと結婚同然の生活をつづけるジョクに、変ることなく心を寄せていた。
彼女は、アリサが彼女の仕える王の娘であるから、堪えることができたのであるが、それはコモン界ではめずらしい心理ではない。
彼女は、横田米軍基地で米軍のヘリコプターを攻撃し、結果、横田周辺の市街地まで炎上させた。
その直後に、ジョクと出会ったのである。
感情が激発するのもやむをえなかった。
「……バーン! ジョク!」
ガラリアが、バーンに攻撃をうながしたのは、どこかでまだジョクにたいする迷いがあるからだろう。
ガラリアのカットグラが、ジョクのカットグラの楯《シールド》をフレイ・ランチャーをもった腕のわきで、はさみつけるようにした。
両機の羽根がはげしくぶつかりあって、ささくれ立ったようだ。
「よせっ!」
ジョクは、機体を横にながしながら、ガラリア機のシールドをはらった。
バーンは、二機のもみあいを見ながら、接近する自衛隊機を振りあおいだ。
バブルルルーン!
その機体の巻きおこす気流の衝撃は激しかったが、ただパスしていくだけだったので、息をつく間があった。
『ショット様の説明と同じだ。ジェット戦闘機!? イルマの基地では見なかったようだが……』
ジェット戦闘機を見た後でならば、目の前で、からみあうカットグラ二機は、バーンには、友達同士の戯《ざ》れあう姿に見えないでもなかった。
そうおもうのも、もともとオーラバトラーが、バイストン・ウェルのコモン界、アの国のものだからだ。もっといえば、アの国に降りてきた地上人、ショット・ウェポンというアメリカ人が、アの国の王、ドレイク・ルフトの慧眼《けいがん》に働きかけ、開発したものなのである。
昨夜から地上人たちと多少の接触はあったが、バーンの仲間意識がオーラバトラーの方に働くのは当然である。
『ここは、ジョクと同道する必要はありそうだ』
そう決意した。
が、三機のオーラバトラー以外は、すべて地上のものである。
いまだ不明な地上世界の文物《ぶんぶつ》……!
バーンが接触した入間基地の者たちは、友好的ではあったが、今、接触しようとしているジェット機は、敵対行為にちかい行動を取っているのである。
『……フレイ・ボンムの威力があれほどでなければ、ジェット機を撃墜することにはならなかった……!』
バーンは後悔していた。地上人と友好的に接触をして、ともかくバイストン・ウェルに帰るための方策を見つけだしたいと考えていたからである。
だからといって、ジョクが、オーラバトラーの技術を地上人に受けわたす企《たくら》みをもっていない、と安心するつもりはなかった。
入間基地の隊員たちが、バーンのガベットゲンガーに異常な興味をしめしたことを、バーンは見逃していないのだ。
「……来るぞ! 高度をさげろ。そうすれば、攻撃されることはない」
ジョクの哀願《あいがん》するような声が、鉱石無線からひびいた。
「…………!?」
西にまわりこんだ二機の自衛隊機は、再度、ぶつかるように接近をかけてパスしていった。
機体がふるえた。
「……あの戦闘機は、日本のものだ。ガラリア、バーン! 都市部で、攻撃行動などとらない。地上におりろ!」
ジョクは、ガラリア機の背後にまわるようにして、ガラリア機の肩にあたる部分をシールドとフレイ・ランチャーでおさえるようにした。
それは、完全に相手を抑《おさ》えこむという行動ではなかったが、そうされたガラリア機は、ふっとバーン機を見るようにした。
バーンにも、彼女の気持ちはわかった。
二人のコモン人は、異世界にいるのである。
一瞬の感情の爆発はあったが、自分たちがいかに困難な立場にいるか気づけば、今は、コモン界の敵対関係にこだわっているときではないのだ。
「だからって、どこにおりる!? この街は、人が多すぎる!」
ガラリアだ。
彼女は、東京上空を流浪《るろう》して、そのことを肝《きも》に銘じていた。
「河川敷《かせんしき》だ。右に川が見える」
ジョクは、ガラリア機を押しさげるように、自機のシールドを押しやった。
「…………!?」
その時、ガラリアは、ジョクの気配を背中にはっきりと感じて、ゾクッとした。奇妙にリアルな感触だった。
彼の息遣《いきづか》いそのものといった優しいものを感じたのだ。
機体をはなして、ジョク機を見上げるようにした。
「…………!?」
そして、ジョクの息遣いを感じた瞬間には忘れていたことを、カッと思い出した。
『あの機には、フェラリオが乗っている!』
ジョクは、騙《だま》されているのではないか、とも思った。
フェラリオは、羽根つきの子供でも油断できないものなのだ。やることは大人そのものというミ・フェラリオのうわさは、バイストン・ウェルには山ほどあった。
「収拾《しゅうしゅう》できるのか!?」
バーンが、ジョクに問いかける声が、ガラリアの無線にもはいった。
「自信などないが、飛んでいるわけにはいかないだろう」
「……そういうことか」
バーンの声には、怒りがあった。
地上世界が一様なものではないということを、ガラリアはまだ十分認識していない。
ジョクが地上人ならば、目のまえに見える地上人すべてと、ジョクは話が通じるのではないか、とどこかで思っていた。
しかし、今の二人の言葉で、そうではないということが了解できた。
ドウンッ!
もう一度、二機の自衛隊機が、南から北にはしった。
「ウッ!?」
それは、狂暴だった。戦闘時に似たプレッシャーを感じた。
見た目も気配《けはい》も先ほどの二機とおなじようなのだが、ちがった。攻撃をしかけてくる、という感触がある。
ガラリア機は、高度をドンとおとした。
石がいっぱいという感じの地上がせまったが、そのあいだにある色とりどりの屋根が、ガラリアにはまぶしかった。
コモン界の街は、これほどにカラフルではない。
それは、意識して見れば、嬉《うれ》しくなるような景色なのだが、今のガラリアには目がチラつくものにしか見えなかった。
目の前を飛ぶ飛行物体とジョクとフェラリオのこと。それら自分と対決しようとしている物事の複雑さに、感情がささくれ立たざるをえない。
「四機になったか!?」
ガラリアは上空で旋回する自衛隊機が、ふえていることに気づいた。彼女も歴戦のパイロットである。
いつまでも感傷に流されることはない。
「敵は増えるぞ! 撃墜しなければ、やられるだけだ」
「そんなことはない。ともかく、ここは脱出するんだ。時間をかせぐ。夜になれば、逃亡できるかもしれない」
ガラリアの問いかけに、ジョクは叫んできた。
「なんで動揺しているんだ? フェラリオといることの後ろめたさか?」
ガラリアは、勘繰《かんぐ》らざるをえない。
「人家の密集しているところならば、絶対に攻撃してこないといったな?」
無線のバーンの声が遠くなった。距離をとったらしい。
「バーン!?」
「ガラリア! 民家の密集地帯帝に、ジョクと着陸しろ」
バーンの声が、波打つようにガラリアの耳に達した。
「了解!」
「お互いの居場所は、地上人《ちじょうびと》どもの騒ぎかたですぐに知れようからな」
「了解だ。ジョク、我々を守る気があるならば、バーンのいうとおりに誘導するんだ。川はよくない」
「しかし……!」
ジョクは、バーンの提案に納得したらしいが、まよってもいた。
「でなければ、当方としては、防衛行動を取るぞ」
ガラリアは、ジョクを脅《おど》したつもりだったが、すでに、そんなことでこの局面が突破できるとは思っていなかった。
よしんば、ここを突破できても、そのあとのことはアリスランド以来、考えていたことである。
バイストン・ウェルに帰る方策《ほうさく》が見つからない限り、ガラリアたちにとって、局面が良くなることはないのだ。
そのガラリアの迷いは、バーンのものでもあった。
彼の場合は、独自に地上人と接触をした感触から、ガラリアほど悲観的ではないのだが、戦闘機という狂暴な威力をもったものを目撃してから、攻撃的にならざるをえなくなり、事態の混迷にあせっていた。
ここは、事態を静止させなければならない。
考える時間を手にいれるのだ。
闇雲《やみくも》に地上人の乗物を撃破したことがマイナスに働いていることは、すでに骨身にしみているのである。
となれば、入間基地で地上人たちが、オーラバトラーに異常な興味をしめしたことを利用するしかないのである。
「…………!?」
カットグラ二機が、降下の挙動をみせたので、バーンはひとつのことを試《ため》す気になった。
あとから合流した二機の戦闘機の方が、気がはやっているようにみえた。
上昇をかけた。
それが、四機の自衛隊機を緊張させた。
「……ブルージンジャー、しかけたと見られたんだっ!」
イエローバードの徳弘一尉は、怒鳴りつけた。
「そんなつもりはないが、威嚇することを命じられている。東京上空から撃退しなければならないんだろ」
同期の華村《はなむら》三等|空佐《くうさ》だ。
「こんな空域で、どう撃退するんだ」
徳弘一尉は、ブルージンジャーを叱《しか》りつけながらも、橋爪機とともに、上昇をかけだしたガベットゲンガーを追尾するコースにはいった。
しかし、このあと、どうしようというのか? と徳弘一尉はおもう。
地上を爆撃することはさけて、こちらを撃墜するつもりで上昇をかけてさそったのか。こちらから攻撃されることを、相手は考えていないのか、と。
『玩具《おもちゃ》でなければ、乗っているのはパイロットだ。そんなことは承知のはずだ』
撃破するチャンスもあるかもしれない、と一瞬おもう。
「高度をとってくれているなら、やるぞ」
「しかし、撃墜するなって命令も生きているんでしょ!」
「管制団だって混乱している」
徳弘一尉は、橋爪二尉の言葉に反発した。戦闘機乗りとしての気持ちがはいってきた。
だいたい、在日米軍との関係があったにしても、横田が爆撃されたのなら、米軍と協同してあの人形を処理することは問題ないはずなのだ。
『しかし、あのロボットも興味ある機体だ……』
もともと、徳弘一尉も空を飛ぶものに興味をもっている種類の人間である。入間にいわれなくても、目の前の人型の飛行物体を撃破することなく観察してみたいという衝動はある。
しかし、戦闘にはいる気分になってきた。
「徳弘一尉っ!」
橋爪の絶叫が、ヘッドフォーンをたたいた。
「ウッ!?」
ガベットゲンガー、黒い人型の機体が、小さく旋回したのが、薄青い空を背景に見えた。
徳弘一尉は、機首をかすかに右にふった。
が、考え事をしていた隙《すき》をつかれたのだ。
黒い機体は、左上からおおいかぶさるようにして、徳弘機にせまった。そのとき、徳弘一尉は、数十のガベットゲンガーの影を見たとおもった。
左右から、それらがせまった。
「なにーっ!?」
徳弘機は、自分の目をうたがったが、その間もなく、ドウッと機首が大きくゆすられて、徳弘のからだに不規則なG(加重)がくわわった。
バドウルルル……!
機体全体が、きしんだ。
「……なんだ――っ!」
徳弘は、黒い機体が、数十に見えたことをうたがった。
そして、この激震。
震動の原因など、わかるものではなかった。
ミサイルの直撃はこうではなかろう。一撃で、爆発する。
バルカンか? そうでもない。
からだはなんともないのだ。意識がゆさぶられるだけだ。機重が、大きくなった。
「なんだ!?」
徳弘の頭上でなんどか地上の光景が横にはしった。機首を立て直しながら、加速をかけてみたが、機体は重かった。前にすすまない。
シートを射出しなければならないかもしれないが、この激震ではできそうもなかった。
手が動かないのだ。
「なんだよっ!」
「黒いロボットが、機体にとりついています!」
橋爪二尉の声が、再度、徳弘のヘッドフォーンをふるわせた。
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3 家族たち
城孝則《じょうたかのり》は自分の乗用車を門の前に横づけにすると、いったんは、鉄製の格子の扉をひらこうとしたが、くぐり戸から家のほうに駆けだしていった。
前庭に、知らない赤いスポーツカーが停車していたし、鉄格子のかんぬきが堅くて、すぐに動かなかったこともある。
「わたしだ。ジョクが帰ってきたんだって!?」
応接間の人影がジョクらしく見えたので、孝則はおもわず大きな声をだした。
「……どなた?」
知らない若い女性の声がした。
「……? この家の者だ」
応接間の窓の鉄柵《てつさく》のむこうで、不安そうな表情を見せた若い女性に、孝則は不快感をおぼえた。
玄関の引き戸の鍵《かぎ》は、かかっていなかった。一瞬、不用心だと感じたが、そんなことはすぐに忘れてしまった。
「……どなた?」
また知らない青年が、右手の廊下から出てきて、孝則にきいた。
「ここの主人だ。良子《よしこ》は? 君は?」
足で靴をすてるようにして、玄関口に放りだした。
「ああ! むこうの部屋です」
青年は、茶の間のほうをしめしながら、
「すみません。常田俊一《ときたしゅんいち》と申します。昨夜からお邪魔させてもらっています」
彼は、行きすぎる孝則にペコリと頭をさげた。
その挙動《きょどう》を目のはしでとらえながら、孝則は、常田と名乗った青年が、悪い男ではないらしいと見当をつけたが、それ以上の興味はもたなかった。
彼は、この種の青年を自分の会社でつかっているので、見ただけで、おおむねどういうキャラクターか想像がついた。
茶の間の卓袱台《ちやぶだい》の横、テレビの前に横になっていた良子は、リモコンでテレビのチャンネルを次々にかえていた。
「どうしたんだ? ジョクは? なにが事件なんだ」
孝則は、廊下からのぞく常田を見やりながら、良子の顔をのぞくようにした。
彼女は、もともと白い顔をいっそう白くして、額にのせていたクールパックをつまむようにして、卓袱台のうえにおいた。
「ロボットっていったでしょ? ジョクが、不法入国するについて、乗ってきたんですって」
「不法入国? 帰国するのに、入国審査をうけなかったというのか?」
「そうらしいのよ。それじゃ、犯罪者じゃないですか」
「そりゃ、理屈じゃそうだが……その、ロボットっていうのはなんなんだ?」
少し前に見た、空を飛んでいる風船のようなものを思い出して、孝則はきいた。
「そちらの方のほうが、正確に説明して下さるわ。わたしには、わからないんですよ。万博に展示してあるようなもので、ジョクが帰ってきたなんて。通関していないんですよ、あの子!……どうかして下さいよ。見つかったら、刑務所にいれられちゃうんでしょ?」
そういいながらも、良子は、テレビ画面から目をはなすことはなかった。
レポーターでもない素人らしい人物がマイクを片手にして、背後の火事の現場の中継をしているようだった。
「そんな大事なときに、なんでテレビなんだ!」
孝則は、テレビを消そうとしたが、良子の手が、その手を邪険《じゃけん》に払いのけた。パンという音が、湿気の多い部屋にひびいた。
「あの子に関係がある事件なんです」
良子の、横目で孝則をにらむ目つきは、異様に殺気立っていた。
「…………?」
また良子の手が、チャンネルを切りかえた。テレビ画面には、街の景色らしいものが映っていたが、ビルの屋上部分が流れているような画面だった。
そんなものが、なぜジョクと関係があるのか、孝則にはわからなかった。
「……? どういうことです?」
孝則が、常田という青年に振りむくと、彼の横に応接間の窓から見えた女性が立っていた。
「説明は面倒なのです。すぐに理解してもらおうとすると……ただ……」
「そのテレビ画面に映るロボットらしいものが、ジョクさん、ご子息の乗ってきたものです」
女性の方がてきぱきとした言葉遣いをした。
「ジョクのお友達のかたで?」
「はい。中臣《なかおみ》杏耶子《あやこ》です。すみません。いきなり……でも、昨夜《ゆうべ》からずっとこんな調子なんです。あたしたちも、混乱していて……」
「テレビに映っているのが、ジョクに関係のあることですか?」
孝則《たかのり》は、杏耶子《あやこ》の言葉にあらためて、良子《よしこ》が見ているテレビ画面を見たものの、画面と杏耶子の言葉をつなげることはできなかった。
「…………?」
良子は、結局、カメラが街中を写している画面に固定したが、それも、移動している車から撮影しているらしく、画像は安定していない。
「……他の局、駄目だわ。事件を知らないところもあるのよ」
「事件って、なんだ?」
孝則は、良子の目の周囲《まわり》の化粧がひどくなっているのに気づいて、台所に行くつもりになりながらも、良子に声をかけた。
「ジョクが、ロボットを操縦しているっていったでしょ!? どうしてこんなことになっちゃったのか、あの子は、ちゃんと説明してくれなくって。頭痛もするのよ。ガンガンしているの」
良子は、卓袱台《ちゃぶだい》にのせたクールパックを、これ見よがしに、もういちど額《ひたい》にのせてみせた。
「……えーと、ナカオカさんとトキタさん?」
孝則は、廊下に立ちつくす二人の若者と顔をあわせると、台所のほうに行くように手ぶりでしめした。
「中臣《なかおみ》です」
「ああ、すみません。珍しい名前ですね? 中央の中に、大臣の臣ですか?」
「はい……」
若い者を数十人はつかっている経営者の目から見れば、杏耶子は、一番雇《やと》いいれたいタイプの女性にうつった。その意味では、常田の方は、彼の会社にもっとも多くいるタイプの青年で、興味はもてない。
孝則は、常田を見ただけで、コンピューター関係の技師であろうと見当をつけたのである。
「ああ、榎本《えのもと》さん。おはようございます。軽い食事をお願いできませんか?」
「ちゃんとお食べになれるんでしょう?」
「そりゃ……」
「そのお嬢さんが、ごはん炊《た》いてくださって」
「ああ……、そう……」
孝則は、台所のテレビにも良子が見ているのと同じ光景が映っているのを見て、内心、嘆息《たんそく》した。
「どういうことです? ジョクの事情を知っているようだが? 良子のいったことは本当なのですか?」
「ええ。本当のことです」
杏耶子が、テレビの画面を気にしながらうなずいた。
と、玄関でチャイムが鳴った。
「あ、いいです。ぼくの客だとおもうから……たぶん」
常田という青年が、エプロンで手を拭《ぬぐ》うお手伝いの榎本さんを制すると、玄関に出ていった。
孝則は、まるで自分の家にいるようにふるまう若者を見て、「これだ……」とまた内心で若者の態度をののしった。
「誰《だれ》なんです? ご友人がいらっしゃる?」
「いえ。初対面の方です。朝方、常田さんが呼んだ方なら……」
「フン……」
わからないことがつづく。
「どうしましょう? トージコーの鈴木《すずさ》さんがきてくれたんだけど、応接間を使わせていただけますか?」
廊下をバタバタとやってきた常田が、台所をのぞいて、孝則にたずねた。
「トージコーの鈴木さん?」
孝則が、知るわけはない。
彼は、ネクタイを思いきってワイシャツから引きぬきながら、
「どういうことなんだ。他人の家で!」
つい声が大きくなった。
「申し訳ありません。その説明をしなければならないんです。ぜんぶ、息子さんと関係があるんです。それで、常田クン。鈴木さんには悪いけど……ごめんなさい。まるで、自分の家のようにふるまって……」
「あ、いや……」
身体《からだ》全体から、フワッとした優しい空気を発散する杏耶子にそういわれてしまっては、孝則は、うなずかざるをえなかった。
「ここに来ていただけないかしら?」
「いいですか? その方が、説明が一度ですむし……」
常田も、人をつかう威厳が多少とも身についている孝則にむかって、緊張した声をだしたが、はしっこさを隠すことはしなかった。
そういう抜けたところというか、サバケすぎたところが、都会の青年なのである。
「どうぞ……食事はさせてもらうからな」
「はい!」
常田のその返事は、この城家を他人の家と感じていない風にきこえた。
「おじさま!」
杏耶子の声に、孝則は壁際に押しつけるようにして置いてあるテレビを見た。
「オーラバトラーです」
杏耶子の冷静な声とは裏腹に、中継をしているアナウンサーは、金切り声を上げていた。
「まるでアニメに出てくるようなロボットに見えますが、これは現実の画面です。合成などではありません。四機の自衛隊機にあおられたように、三機のロボットが、バラバラになって見えましたが、そのうちの二機が、西にむかって飛行しているところです」
道路沿いのビルに視界をさえぎられたものの、孝則は、まちがいなく人型の物体が飛行する姿を見た。
「ここに来るまでに見たものと同じに見える。風船じゃなかったのか?」
「あれにジョクさんが乗っているんです。操縦して……」
「あんなものに?」
「ぼくが見たものもあれです。常田さん……!」
孝則は、またも知らない声をちかくにきいて、振りむいた。スーツを着込んだ青年が腰をかがめるようにしながら、目はテレビから離さずに、名刺を差しだした。
「あ、鈴木と申します。これ……」
「あ? ああ……!?」
孝則は、名刺交換を考える余裕などはないところに、えらくシャレた横書きの名刺を見せられてドギマギした。
「ジョクの父親です。城です」
常田たちとどういう関係なのか想像する面倒はやめて、そういいきった。
「……あの東自工の技術開発部?」
「ええ、杉並《すぎなみ》にある研究室で、バイオ関係の仕事をしています」
「ホウ……最先端のお仕事を?」
孝則は、多少、関心を持っている業種であったから、大手の自動車メーカーが、バイオ関係の研究をすすめていることには驚かなかった。
「無駄メシ食いといわれていますが、そのオーラバトラーですか? あれを見せられれば、ぼくらの仕事が無駄といわれないですみます。そういうものなんですけど、どういうことなんです? あれ? こんな情報、全然キャッチできなかった。なんで急に世間に現れることになったんです?」
鈴木は、孝則がこの話の主人だと信じこんで、右隣りの席にすわりこんできた。
「あ? いや、わたしも知らんのです。今しがた仕事場から戻ったところで、息子《むすこ》が急に帰ってきたことも知らなかったし、なんで、不法帰国なのかも知らないんです」
「事情は、ジョクさんから少しだけきいていますから、それはお話しできますが……」
杏耶子は、簡単ではあるが、要領よくジョクとの出会いについて話した。
「榎本さんは、そのチャム・ファウとかいう妖精《ようせい》は見たんですか?」
孝則は、杏耶子のおとぎ話のようなストーリーに全身の力が抜けていくのを感じながら、きいた。
「いいえ! でも、わたしが、お勝手口にきたときに、そのカットなんとやらが、その裏の竹林から、ドオーって飛び出したの見ましたよ。まるで、空から操り糸があるかのように、そりゃあ、凄《すご》いもんでした。あたしのお腹《なか》の肉が、ボブボブってふるえて、気持ち悪かったですよ」
榎本さんは六十歳になるが、年齢を感じさせない要領良さで、そう説明してくれた。
「それがオーラバトラーかな?」
「そう。物理的にものすごい音響というのじゃなかったな。なんかこう、見ているこっちの神経というか肉体そのものの精力を、ゆさぶってくるっていう感じがありました。ジェット・ノズルの音っていうのは、空港で何度もきいているけど、あれとは、全然、性質がちがうものだったな」
常田だ。
「バイストン・ウェルから戻ったといえば、次元スリップということだが、そんなことが、現実にあるのかなあ……」
鈴木|敏之《としゆき》が考えぶかそうに呻《うめ》いた。
「ジョクさんは、コモン界で結婚までして、三年以上暮していたんですよ?」
「あの子が失踪《しっそう》したのは去年ですよ、一年ですよ! 一年!」
良子が、頭を冷やすためにつかっていたクールパックを手にしてはいってきた。
「結婚?」
「そんなこと、いっていたのか?」
「わたしはききました」
常田のやや不愉快そうな表情に、杏耶子は端然《たんぜん》としてこたえた。
その容姿といい物腰といい、孝則には好ましいものにみえた。
「どういうこと? 親に相談もなく、勝手に結婚なんてっ!」
「こまかい事情はきいている暇《ひま》はありませんでした。でも、なんでも、アの国の王様のお嬢さんだとか……」
「へーェ、お姫さまとジョクが結婚かい? クッ、ハハハハ……!」
孝則は、笑ってしまった。
こんな風にきかされれば、冗談というよりも安もののファンタジーである。そんなことを息子が体験したときかされれば、笑うしかないだろう。
バダッ!
良子が、音をたてて冷蔵庫のドアをとじた。
「榎本さん。お茶漬け用意して下さる? お腹がすいたわ」
「そうなさった方がいいでしょうね。旦那《だんな》さん、どうぞ」
「すまない」
笑ったので、少しばかり食欲もでそうだった。
なによりも、こんな事態である。なにが起るかしれない。食べられるときに食べておかなければならない。
それが、三十歳で脱サラをして、コンピューターのサービス会社を設立した孝則の哲学である。
「……テレビ、捕まえられなくなったな」
鈴木敏之が、律義《りちぎ》な姿勢をかえずに、誰にともなしにいった。いつの間にか、一同の前にはお茶が用意されて、孝則と良子は箸《はし》をはこんでいた。
「わざわざ来てもらっても、君から意見をきく暇もなくなっちまって、残念だったな……ジョクが出るとはおもってもいなかったんだ」
常田が、ようやくそんなことを鈴木にいった。
「いや、親ごさんがいる前でこんなこといっちゃいけないんだろうけど、面白《おもしろ》い話だよ。それに、事態は現実に展開しているし……」
「無責任な!」
良子が、コメ粒をひとつ飛ばしながらいった。
「すみません」
「いや、本当ならば、そりゃ面白いよ。面白い……しかし、横田が爆撃されて、米軍機の撃墜も報道されているし、それをジョクたちがやったのなら、このあと、どうなることか……」
孝則は、胸がふさがるような不安にかられながらも、あじの干物《ひもの》の最後のひとつまみを口にした。
「一人息子がそんな重大犯人になったら、もうここには住めませんよ」
突然、良子が、箸を置いて悲鳴のような声をあげた。
「みっともないよ。良子」
台所の入口で老婆の声がした。
孝則は、ギョッとした顔を見せた。
「おばあちゃん? いいんですか?」
廊下のところにちいさなからだを折るようにして立っているジョクのおばあちゃんを見て、榎本さんがすっとんきょうな声をあげた。
「ああ、榎本さんや、お食事を頼みましょうかね?」
「すぐお部屋に持っていきますけど」
「いいの。いいの! この家にこんなに若い人たちがいるなんて、めずらしいこと。ここでいただきたいわ。ご迷惑でなかったらね……」
浴衣《ゆかた》の前をあわせながら、ジョクのおばあちゃんは、杏耶子があけてくれた椅子《いす》にチョコンとすわって、初めての客たちの顔を順々に見まわしていった。
「ジョクをよろしくお願いいたしますよ。良子。ジョクはね、犯罪者なんかじゃありませんよ。そんなこと、しゃあしません。ねぇ? ジョクのお嫁さんになる方?」
おぼあちゃんは、杏耶子を見上げて、屈託《くったく》なくきいた。
「え? ハァ……たぶん……」
杏耶子は、自分はなにをいっているのだろうか、とちいさな老婆を見下ろしながら、こたえていた。
常田は、それを冗談だとおもい、鈴木は、そういう関係なのかと単純に納得した。
孝則は、そうなっても良いと感じながらも、お姫さまも見てみたいものだ、とおもった。
良子は、生理的に拒否したいことがらなのだが、いまは母の手前、なにもいわないほうが良いだろうと、血が逆流するような怒りにまかせて、最後のお茶漬けをながしこんでいた。
彼女は、今朝まで一緒だった男友達のことなどは、すっかり忘れていた。
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4 強行着陸
「バーン!」
ガラリア・ニャムヒーには、バーン機が高空から自衛隊機と激突するようになる前に、降下するガベットゲンガーが、数機に分割したように見えた。
「…………!?」
それは、ジョクにもおなじだった。
激突と分割のどちらが早かったかは、ちょっと断定できないようなタイミングだった。
「なに?」
それは、ストロボ効果のようであった。アトランダムにその『像』が散り、そして、次に、バーン機と激突して見えた自衛隊機が、キリモミ状態になって落下しはじめた。
「やったのか!?」
ガラリアもジョクもその機体を追っていって、さらに、息をのんだ。
その機体の中央にガベットゲンガーの機体が、棒のように振りまわされながらも、とりついていたのだ。
そのためである。
キリモミをしながらも、自衛隊機は、頭からガクッと機体を落すようにして、そのいきおいで、一回転して、水平になった。
しかし、それで機体が安定したわけではない。
またも頭をさげそうになり、今度は、急激に頭をあげて、テールを落した。が、失速はしない。
ガベットゲンガーは、左腕で主翼の前縁《ぜんえん》をつかんで、一方の足を機体にむけた。
水平飛行にちかい姿勢で戦闘機がロール運動をはじめたのは、主翼の一方にガベットゲンガーがつかまって、動かないからだ。
「ガラリアは、ジョクとどこかに退避するのだ。いいなっ!」
鉱石無線がバーンの声を届けてくれたのは、そこまでだった。急速にノイズと混信が重なって、バーンの声はきこえなくなった。
「ジョク!」
ガラリアは、ジョク機を振りむいたが、ジョクのカットグラは、ガラリア機の肩をフレイ・ランチャーの筒先で押しながら、前進しろと命令したように見えた。
「…………!?」
ハッと前方をみた。
正面からせまる戦闘機の先端から光るものが見えた。つぎには、それが左右に白い尾をひいた。
ガラリア機は、バーン機を気にして、高度をあけすぎていたのだ。
「ガラリア、攻撃をしかけられた。降下だ!」
ジョクの声がうわずっているのは、無線をとおしてもわかった。
「バーンのいうとおりだ。人家の密集地帯に逃げこまなければ、撃墜される」
「なら、こちらから撃墜するだけだ。フレイ・ボンムの威力は、ジョクも見たはずだ。あんなジェット機の一機や二機、いまのフレイ・ボンムの威力なら、むこうから射程《しゃてい》のなかに飛びこんでくれる」
「駄日だ。バーンもいった。バイストン・ウェルに帰る方策《ほうさく》が見つかるまで、少し時間が欲しい」
「逃げきれるものか、この真昼間で。敵の足ははやいんだぞ」
「こいっ!」
ジョクに、当てがあるわけではなかったが、今のガベットゲンガーの動きから、ひょっとしたら、というアイデアが浮かんでいた。
それができれば、自衛隊機の目をごまかし、うまくすれば、地上の人びとの目もごまかせるはずだった。
「最大加速で西に飛ぶ」
「よ、よしっ!」
ガラリアは、その方位がガベットゲンガーの取りついた自衛隊機の飛行する方位だったので納得したが、それはジョクの思惑《おもわく》とはちがう。偶然でしかない。
「ジョク! できるの!? どうするの!? ガラリアのいうことが本当だとおもうな」
「チャムは見ていなかったか? バーン機が分身したようにみえた。加速すれば、そうなるはずだ。その隙に地上に降下する」
「そんなことができるのか?」
「わからないが、他に方法はない」
「でもさ、そんなの、なんで?」
「この空域は、ぼくの家のちかくだ。そのことと関係があるかもしれない。みんなのオーラ・パワーがあってオーラ・ロードがひらかれたのならば、あの分身現象だって、そんなことと関係があるかもしれない。チャムがいるから、ぼくたちは、いろいろなことができるんだ」
半分は、うるさいチャムの口を封じこめるためのウソである。誉《ほ》めれば、この娘はいい気分になってくれる。少しは静かになるというものだ。
彼女が気をとりなおして、調子をあげるころには、次の局面に突入しているだろう。
ガベットゲンガーが取りついた徳弘機は、ロール運動をしながらも、一度は、百数十メートルに機首をあげた。
「徳弘機っ! 振りはらわないと、コントロールできなくなる。機体を振るんだ」
徳弘一尉は、重くなった自機の状態を観察することができないので、橋爪二尉のいうことを信じるしかなかった。
左の主翼は、まるで反応がなかった。
急激なスナップロールをかけることができたのは、左右のエンジンの一方の出力をちがえて、一方のノズルをひらいたからだ。
が、そのために、機体全体が縦になって、横ざまにすべった。
徳弘一尉は、シートの背後で機体が猛烈にきしみ、不規則な震動がくるのに恐怖した。
機体のコントロールができなくなるのは、時間の問題のように感じた。
「どういうんだっ!」
激しいGのなかでは、振りむくこともできない。
機体の強度は、あんな巨大な人形にとりつかれたら、いつまでもつかわかるものではない。
マッハ3に耐えられる強度といっても、流体力学ギリギリでつくられているジェット機は、過大な横の圧力や捩《ねじ》れ強度にたいしては、脆弱《ぜいじゃく》なのである。
だから、対空ミサイルの炸薬《さくやく》など、あきれるほど少なくても、機体はバラバラになるのだ。
徳弘一尉が、機種を入間にむけたのは、ともかく、着陸できる滑走路が欲しかったからだし、入間にはいれば、オーラバトラーのこともわかるかもしれないとおもったからだ。
『着陸しろ。すぐに着陸だ』
「なにぃー!?」
徳弘一尉は、ギョッとして左右を見まわした。
はっきりと他人の意思が、頭のなかで理解できたからだ。
徳弘一尉に、バーンの意思が直接感知されたと理解できる状況ではない。
ただ仰天《ぎょうてん》した。
「なんだ!? 誰だ!」
『貴公のジェット機にとりついている者だ! 命令をきかなければ、撃破する。こんなペコペコの機体など、我がガベットゲンガーが叩《たた》けばすむ』
その恫喝《どうかつ》する意思は、明瞭にそういった。
「滑走路がない。どこに降りうというのだ」
徳弘一尉は、絶叫した。
キャノピーにあらわれる地平線は、高度がおちないのが不思議なくらいに左右に揺れ、ときに回転した。
『こちらにも都合があるのだ。街中に着陸しろ』
「直線の滑走路が必要なんだ。そっちの乗物のように足があるわけじゃない」
徳弘一尉の意思のながれは、バーンというコモン界の騎士に理解できるように吐《は》きだされた。
二人の気性《きしょう》というか、理性がまったくおなじレベルにあって、徳弘一尉は、バーンの立場を推量する能力をもっていたのだろう。
だから、バーンは、かなり動揺を見せている意思を感知し、目の前のコックピットにすわるパイロットは、ウソをいわない相性《あいしょう》のいい男だと理解した。
しかし、バーンは、入間にもどる気はなかった。
あそこの連中のガベットゲンガーにみせた露骨《ろこつ》な興味は、彼には愉快ではなかった。
それに、このような事態のあとである。次も、彼等が友好的であるという保証はない。
故意ではないにしても、地上人の戦闘機を撃墜したのだから、交換条件に、ガベットゲンガーの没収ぐらい要求されるとおもえた。
そんなことは、どこの世界の軍隊でもやることだ。
ショット・ウェポンが説明してくれた地上世界の軍隊のありかたは、コモン界以上にすさまじいものであると記憶している。
戦争状態がなくても、数十万の地上軍を擁し、空・海軍の規模などは、バーンの知識からすれば、気の遠くなるほど莫大《ばくだい》なものである。
とすれば、戦争状態にない軍隊であっても、新技術を欲しがるのは当然であろう。
油断はできないとおもえるのだ。
ガラリアをジョクにつけたのも、いったん彼等と離れても、ガラリアならば、再度接触してくれるという期待があったからだ。
なによりも、同じ場所でウロウロするのは、危険だった。
バーンなりに、人質をとって、まがりなりにも一時の身の安全を確保して、以後の対策を考える時間が欲しかったのだ。
「これだけの街なら、直線の道路があるはずだ。そこに降りろっ」
『勘弁してくれ。道路を走る車がいるかぎり、なにもできない』
徳弘一尉のいうことは、バーンにも瞬時に想像がついた。
ショットからもいろいろ教えてもらっているうえに、ジェット機という代物《しろもの》を間近《まぢか》で観察すれば、地上に降りたつには、かなり不自由な乗物であろうということは実感できた。
『無理は承知だが、こちらも命がかかっている。やってくれ』
バーンは自分の意思を、操縦者につたえると、ガベットゲンガーの出力をあげて、徳弘機の上で機体をたてるようにして離れた。
と、機体がかるくなった徳弘機が浮いて、ガベットゲンガーを追いかけるようにした。
ガベットゲンガーはそれをよけた。その時初めて自機の挙動のす早さと軽さに気づき、バーンはおどろいていた。
「こいつは!? 能力が上がっている。フレイ・ボンムもそうだったが、オーラバトラーもそうなのか」
生体力《オーラちから》によって構成されているバイストン・ウェルよりも、この地上世界でオーラ・マシーンの性能が向上しているとなると、バーンたちコモン人が信じているように、『地上界』は、正《まさ》にバイストン・ウェルの最高位にある『オーシの界』の上にあるものと実感できる。
しかし、そのことが、世界そのものが異常にゆがんだ結果であるということは、バーンといえども、想像がつくものではない。
バーンは、ガベットゲンガーを前かがみの姿勢にして、コックピットをのぞきこむようにした。
激しい気流のなかにいながらも、ガベットゲンガーの飛行性能は安定していて、徳弘機からはなれることはなかった。
「降りろっ!?」
バーンは、絶叫した。
コックピットらしい透明ガラスの中に見える窪《くぼ》みに、パイロットがいるのがわかった。
オーラバトラーにくらべても狭いコックピットで、パイロットのヘルメットが大きく揺れてみえた。
「……でなければ、貴公を殺す!」
ガベットゲンガーのフレイ・ランチャーを楯を装備している左手にもちかえると、自機の右手に『剣』をとらせた。
コックピットのキャノピーの透明の板などは、オーラバトラーの剣で簡単に打ち破れると踏んだのだ。
徳弘一尉は、そのときになって、ようやくガベットゲンガーを見ることができた。
『とりついているんだ!?』
驚愕《きょうがく》と同時に、徳弘は、いままでの機体の震動の激しさが納得できた。
そして、いまは、機体を正常にコントロールできるような感触があった。
「一般の道路はむりだ。入間なら目の前だ」
『わたしはイルマから出てきた。だから、ここで降りうと命令している』
そういう意思が徳弘の意識をひっかきまわしているあいだに、黒い人型のもつ巨大な剣の切っ先が、ピシピシとキャノピーを叩いた。
剣はさすがに激しい気流にふるえて、それで、キャノピーを叩いたのだ。
「道路には、車がいる!」
『やればなんとでもなる』
徳弘一尉の頭にひびく命令のどす黒い意思は、これ以上の抵抗を拒否していた。
高度二百メートルほどから見下ろす住宅街のあいだの主要道路には、車の列がならんで道路の筋を見せていない。
だいたい、日本の六車線道路でようやくこの戦闘機の横幅にたりるという状態なのである。左右に歩道があれば完全なのだが、気のきいた道路整備をしている区であれば、街路樹などがあったりする。
それにひっかかる確率のほうが高いのだ。
それに、歩道橋という存在もあった。この戦闘機のふたつの垂直尾翼がくぐり抜けられる高さは歩道橋にはない。
道路幅があったにしても、少なくとも千メートルの直線が欲しい。
この出勤時間帯に、車の走っていないそんな道路などは、この東京には、あるはずがなかった。
「無理だ!」
徳弘は絶叫した。
『できる。右だ。あの直線道路をつかえ』
バーンはそう伝達すると、自機の左手にもたせたフレイ・ランチャーの出力を最小にした。
そして、戦闘機を地上にたいして楯《たて》にするようにしておいて、右手にもっていた剣をガベットゲンガーに構えさせた。
車の列がとぎれたのを見るや、バーンは、ガベットゲンガーが手にしていた剣を、投げおろした。
「チオッ!」
ドオッズッ!
バーンの操作は、神業《かみわざ》である。
四車線道路の中央に数メートルの剣が、まるで鉄の棒のように突きささった。
ドズッ!
一台の乗用車がその剣に激突したが、ノロノロ運転のおかげで、大破することはなかった。
そのおかげで、一方の道路の進行が中断した。
「もどれっ!」
バーンは、いまパスした道路の上を、もう一度徳弘一尉になぞらせた。
そして、今度は、大きな交叉点《こうさてん》らしい道路の手前に車の列の隙間を見つけると、そこをパスしようとしたときに、フレイ・ランチャーを一射した。
左右には、人家も少ないように見えた。
ドッ!
最小出力だったが、その道路上には、過大な火焔と黒煙があがり、爆撃のちかくの車は、ギシギシと左右に逃げようとした。歩道に、車の列ができたようだった。
その道路上をパスすると、バーンは、徳弘一尉に、再度、その道路上を引きかえすように命じた。
「あそこに着陸しろというのか!?」
徳弘一尉の悲鳴にちかいものが、バーンの知覚を逆撫《さかな》でした。
『貴公も戦闘機のパイロットならば、選ばれた騎士であろう。やってみせいっ』
バーンの意思は、徳弘一尉には、刺激的だった。
細かい意味は不明だったが、そのいわんとするところは理解できた。
現代の日本では、戦闘機乗りなどは子供たちの英雄にはなれても、世間では、誉められることのない職業である。
見ず知らずの男が語りかけたその意識は、徳弘一尉の子供のころからの自尊心をくすぐってくれた。
「パイロットか!」
徳弘一尉は、カラカラになった喉《のど》からそんな言葉を絞りだした。
彼は、眼下の道路幅を目測して、その四車線の道路が、他の四車線道路にくらべて広いことを知った。
「…………?」
街路樹が、車道と歩道のあいだにあるのが気になったが、なによりも、自機を放棄することができない東京上空にいるという意識が、徳弘一尉に働いた。
その道路の直線部の距離を身体で感じて、バーンが爆撃した道路の黒煙をなぞるようにして、急旋回した。
その徳弘機にピッタリと張りつくようにして、ガベットゲンガーは並進した。
その機動力は、バーン自身が嬉しくなるようなものだった。
「そうか! この道路のことか」
徳弘一尉は、この道路が第二次大戦中に、陸軍が緊急避難用に建設した滑走路だとおもいついた。
それが今日では、都内の主要道路になっている。
『どうりで……』
飛行機好きという共通項を持つ先輩たちが、もともと滑走路として作ったものだということに気づいて、彼は、すこしは安心できた。
やってみる気になれた。
しかし、剣と爆撃による牽制《けんせい》をかけても、まだ走っているトラックや乗用車が見える一般道路である。
一瞬、女房と二人の子供のことが頭をかすめた。
ザッと歩道橋が眼下をながれて、後方にはしった。
徳弘一尉は、いつのまにか、自機の車輪を出していた。
速度がおちた。
その徳弘機の行動は、道路上の車を排除する効果があったが、完全というわけにはいかない。
左右のやや上空をブルージンジャーの二機が、パスしていった。彼等は、牽制《けんせい》しなければならないもう二機の人型の飛行物体があるので、その追尾にはいったようだ。
橋爪機は、大きく旋回しながら、バーンと対話する徳弘一尉の声だけを受信して、
『チーフは、ホウケたのではないか?』
そんな疑問にとりつかれていた。
「徳弘機は、車輪を出しました。あの道路に着陸でもするつもりのようです。イエローバード二一《ツーワン》の声は受信できていますね?」
橋爪二尉は、不安になって入間に問いかけた。
「了解している。チーフの行動だけを伝えてくれればいい」
入間のオペレーターの声は、冷静だった。
こいつも妙なことだ、と橋爪二尉はおもう。
一キロ以上にわたって、道路の面が見えたものの、完全というわけにはいかないし、道路幅の問題については、自信がなかった。
が、
『やるぞっ!』
徳弘一尉は、自機がとんでもない住宅の密集地帯に墜落するよりは、ましだと決心して、東の方向から侵入して、歩道橋を一本こえた。
中央分離帯も、この道路の場合は、無視できるような突起《とっき》だと確認した。
二本の歩道橋がせまり、それが目安《めやす》だった。
「イエローバード二一、道路上に不時着する」
「できるのか」
入間だ。
「やっている!」
減速した。
徳弘一尉は、自機を二百二十五キロまで減速する自信があった。
二本目の歩道橋がきた。まるで、素裸《すっぱだか》で道路の側溝《そっこう》に飛びこみをするような気分におそわれた。
『よーし、貴公は勇敢だ』
徳弘一尉は、コックピットをのぞくようにして、頭上を並進している黒いオーラバトラーをチラッと見上げた。
その顔は、まるで、人そのものだった。
『親父《おやじ》の死に顔に似ている……』
二本目の歩道橋が足下でながれた。
大きく機首上げ姿勢をとって、エアブレーキを開《ひら》いた。機体全体が、ドッと落下した。
ズギューン!
接地の瞬間の音響がおそい、徳弘一尉のからだが前にながれていった。黒いオーラバトラーの機体が先行し、そして、また頭上にもどる。
機体は、真下に落下して、路面に接触した。
ギュシュン! その轟音とともに、機体が横ブレをした。主翼が、街路樹のポプラの木に接触したのだ。
ズガッ! 一本目の木が切断された。が、次には、左右の街路樹に翼がぶつかる衝撃が、機体全体を左右にゆさぶった。
それでも、徳弘一尉は、スロットルを絞りきって、フットブレーキから足をはなすことはなかった。
ドヴッブブブブ……
次の歩道橋までは、千メートルはないのだが、そこまで直進してくれそうもないほど、機体は横ブレをして、道路の線が右に左にはしってみえた。
ズイーン! ドフ!
機首をふる機体を直進させ得たのは、ガベットゲンガーのフォローがあったからだった。
バーンは、あまりにすさまじい地上走行にあきれながらも、ガベットゲンガーの脚をつかって、機体に直進性をあたえるように、蹴《け》っていたのである。
その上、急ブレーキの軋《きし》みと滑走路ほど平坦《へいたん》でない路面のおかげで、機体は激しく上下動をして、徳弘一尉をゆさぶった。
左車線を走っていた数台の乗用車を追い抜けたのは、その車が、背後からせまる徳弘機を見つけてくれたからだが、戦闘機から逃げようとした乗用車は、歩道にのりあげてしまった。
信号をかすめ、次の小さな脇道《わきみち》の信号を越えるところで、右から飛び出したトラックが、徳弘一尉の目の下にもぐりこむようにして、左に抜けていった。
徳弘機が、信号無視をしたのだ。
「……クソッ!」
徳弘一尉は頭上におおいかぶさるようにして、身体半分だけ先行する黒い人形のような機体を見上げたが、そのガベットゲンガーがなにをしてくれたかは、わからなかった。
キュッギッッッッッ!
三本目の歩道橋がせまり、それがゆったりと徳弘一尉の視界のなかでひろがっていった。
垂直|尾翼《びよく》がぶつかる!
その歩道橋の中央で、ボウゼンとした顔を見せて立ちすくんでいる女学生が消えていった。
ギギュッ……!
徳弘機は、その歩道橋にノーズをもぐりこませて、コックピットが歩道橋の反対側に出たところで、停止した。
垂直尾翼は、歩道橋にぶつかる寸前であった。
「…………!?」
徳弘一尉の全身はワナワナとふるえて、神経が一点に集中しているようだった。次になにをやるか、どうしたらいいのかという考えは出てこなかった。
『ごくろうだった』
そのきこえない意思を感知しても、「ああ……」と反応するのが精一杯なのだ。
しかし、この見知らぬ男が、自分のやったことを見ていてくれた、という満足感は、悪いものではなかった。
徳弘一尉は、肚《はら》のなかで、そんなことを考えていた。
バーンは、歩道橋に尻餅《しりもち》をついている少女をみて、問題はなさそうと確認すると、ガベットゲンガーの機体をまわして、さきほど投げこんだ剣を取りもどしにいった。
その剣の周囲には、数台の車が玉突き事故をおこして、その車のあいだには、黒山といえるほどの人があつまっていた。
「うおー! くるぞっ!」
「逃げろ!」
「ロボットだ! ロボット!」
事故と渋滞の車でつまっている道路の隙間を逃げ出す人びとを横目で見ながら、バーンは、ガベットゲンガーの羽根を大きくふるわせてホバリングすると、アスファルト道路に突きささっている剣を引き抜いた。
「うおーっ!」
周囲の人びとから驚きの声があがり、次にその声が恐怖の色をおびていくのが、バーンにはわかった。
そんな人びとに呼びかける気などはなかった。
バーンは剣にぶつかった車からはいでる男女の姿を見下ろしていた。
そして、それらの人びとが、コモンの市井《しせい》の人びととおなじく、弱々しくおのれの保身だけに明けくれているような種類の人だと知ると、再度、自機を徳弘機の駐機しているところにもどしていった。
自衛隊機の停止したところの歩道橋にしゃがみこんでいた少女は、いなくなっていた。
その機のキャノピーがあがって、コックピットから徳弘一尉が立ちあがるのが、見下ろせた。
頭上では、まだ徳弘機の僚機がうるさく旋回し、右に丸いガスタンクが四個、テカテカとその表面を光らせていた。
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5 入間の憂欝《ゆううつ》
イエローバードの僚機の橋爪機は、徳弘機が目白《めじろ》通りに着陸するのをただ見守って、その実況を逐一入間に報告するだけで、ブルージンジャーの二機が、さらに西にむかって飛行するのを追尾するわけにいかなかった。
「徳弘機には、煙も見えません。異状はないようです。あっ、黒いロボットが、またもどって、徳弘機と対決する形になりました」
谷原《やはら》交叉点の西寄りの道路上には、巨大な穴があいて、煙をくすぶらせていたが、その穴に数台の車がすべり落ちて、それが炎上しているようだ。
しかし、板橋方面で見た火災にくらべれば、ひどく小さくて、類焼《るいしょう》するようなようすはなかった。
橋爪二尉は、その穴ができたときのことをくりかえし報告しながら、黒いロボットと徳弘機があまりにも接近しているのを悔《くや》しがっていた。
「離れていれば、攻撃できるものを!」
徳弘一尉より三歳若い彼は、多少血気にはやる傾向があった。
「同僚まで攻撃するのかっ。前の命令は生きているんだぞ」
オペレーターの怒声《どせい》が、橋爪を頭ごなしに叱責《しっせき》した。
「なんですか、徳弘一尉を見殺しにしろっていうんですか」
「黒いロボットといったな? いいか、そのパイロットとの接触の仕方は、こちらから徳弘一尉につたえる。イエローバード二二《ツーツー》は、上空待機! 余計なものが接近したら、排除するのだ。それが任務だ」
「排除? なにをです?」
「報道とか他にもいろいろあるだろう。いいか、周囲は封鎖《ふうさ》するから、二二は上空待機だ」
「ビンゴ(基地に帰投するだけの燃料残量)まであと十分しかない。それまでなにもするなというのか?」
「徳弘機に異常がみえたら報告しろ。いまは、それを監視する目は、お前しかいないんだ。いいな?」
「了解!」
同僚というよりは、徳弘機は、イエローバードのチーフである。その機体を放置する気などは、橋爪二尉にはなかった。
こうなったら、ギリギリまでここに待機して、最悪、入間に緊急着陸させてもらうつもりであった。そうすれば、十数分は余分にここに滞空できるのだ。
一方、ジョクとガラリア機を追ったブルージンジャーの二機は、徳弘機が不時着した場所から、西に七キロほどの空域で、その二機のオーラバトラーを見失っていた。
「こちらブルージンジャー二五《ツーファイブ》。敵性の人型二機の飛行物体は、いきなり数が増えて見えたが、それっきりだ。|見失っ《ロストし》ちまった」
「どういうことだ!? 状況を詳しく報告しろ」
入間は、せっつくようにきいてきたが、ブルージンジャーの二機、華村《はなむら》三等空佐と満能《みつのう》二尉は、いま、報告した以上の言葉を見つけることはできなかった。
「人の形をしたものがふたつだ。消えるわけがないだろう。隠れたんだ。そういう可能性があるとおもえ。いいな? その空域で、可能な限り調査しろ。なにか見つかるはずだ。ブルージンジャー、いいなっ!」
「了解」
そう答えるしかない。
こちらの二機は、百里《ひゃくり》から直行してきたのである。まだたっぷり燃料はあるし、この地域全体でおこった事件を観察して、調査する必要があるのも了解できる。
ブルージンジャーの二機は、徳弘一尉がバーンに着陸を強制されている間に、西の方位に逃げだしたジョクとガラリア機を追ったのだが、その速度はたいしたこともなく、飛行コースも直線的で、追尾は容易だった。
見失う可能性などは、皆無《かいむ》におもえた。
ただ、その方位が東京の奥の方だったので、海寄りに移動させるように威嚇《いかく》飛行をしなければならなかった。
そのための二度目の威嚇飛行をかけたときに、二機の人型の物体は、加速をかけながら、極度に低空飛行にはいった。
ふるえる羽根が後方にゆがんで、バック・パックとでもいうべき形状をしたテール・ノズルらしいところから吐き出される排気ガスが、長大なものになった。
そのときだった。
その二機の飛行物体は、ストロボ効果に似た現象をみせた。十数個に増えたのだ。
「…………!?」
ブルージンジャーの二人のパイロットは、目をうたがった。
そして、十数個に見えた人型の飛行物体の『影』ともいうべきものが消えた空域には、なにもなくなっていたのである。
視覚的には、まちがいなく、それだけのことであった。
「……錯覚《さっかく》だったか? 俺たちは、UFOを見たのか?」
「いえ、自分も二十機にちかい人型のものを見ました」
華村三佐と満能二尉は確認しあい、頭ごなしにいってくる入間の連中を胸の中でののしった。
『密室で好きをいっている連中にはわかるものじゃない。飛んでみろってんだ。連中は、いつの時代でもこうだ。第一線の状態などはまるでわからずに、机上プランをおしつけてきやがる』
観念的には十分に承知しているのだが、こういう局面になると、戦闘機乗りは地上に座っている要撃管制官《オペレーター》たちに不信感をつのらせてしまう。
それは、パイロットの悪い癖なのだが、オペレーターたちがそういわれてもしかたがないときがあるのも、立場の違いである。
現在のように、電子戦が優先する時代であれば、プロペラ機の時代ほど、パイロットがエリート意識をもつことはないものの、それでも、このような事態におちいれば、オペレーターを怒鳴りつけたくなる。
ことに、今回の事態は、マニュアルにないものである。
現実の事態を推量するしかないのに、自分たちの目を信じてもらえなければ、パイロットの立場はなくなるのだ。
しかし、華村三佐と満能二尉は、徳弘、橋爪のイエローバードとは、すこしだけちがう立場にいた。
彼等はスクランブルするとき、少なくとも入間からの電話連絡で、オーラバトラーという奇妙な飛行物体の概念はしらされていたし、詳細がわかるまでは、米軍には知らせたくないという要請も、受けていたのである。
それでも、オーラバトラーなるものの詳細についての説明は受けてはいないし、なんで入間がそんなことをいってきたのか、その事情は、プルージンジャーも知らないのである。
黒いオーラバトラーが入間から発進したのだ、ということを知っていれば、ブルージンジャーの対応もかわったであろう。が、そうしない管制団の用心深さが、パイロットとオペレーターのあいだの不信を生むことになる。
「まったく、パイロットはデクの坊か。マニュアル以外の対応は、できないように訓練されている」
入間基地の中部航空方面司令室にすわる諸岡《もろおか》一等空佐は、椅子の上でお尻《しり》をすべらせるようにして、イエローバードとブルージンジャーの応答をきいていた。
「……ですから、黒の人型のパイロットの要求をききだして下さい! その上で、その対応を検討しますから!」
ディスプレーの並んだコンソール・パネルの前で、マイクにしがみついている加藤《かとう》二尉の力のはいった背中を見ながら、諸岡一佐は、
「加藤。内局《ないきょく》だけじゃない。国際問題になるかもしれないから、正確にバーン殿の……いや、その、黒い人型のアンノンのパイロットの要求をききだせとつたえろ」
「ハッ!」
諸岡一佐が言葉を選びながら命令するのを、加藤二尉は注意深くききとってから、ヘッド・マイクを口元に持ってきて、諸岡一佐の言葉を口移しするようにイエローバードにつたえた。
「……それでいい。ウン。……ええ!? テレビは、板橋上空の戦闘を撮影していたのか?」
諸岡一佐は、幹部の部屋に置いてあったテレビを運びこませた隊員から、民放のある局が、すでにバーンがミシシッピー所属の米軍機を撃墜したときの火焔を、長距離からではあるが撮影し、放映しているという話をきいて愕然《がくぜん》とした。
そして、その諸岡一佐のわきには、隊内から運びこまれた数台のテレビが設置されて、それぞれに異なる局の映像がうつしだされていた。
「曹長《そうちょう》! 都内の全部の局と衛星放送が受信できる数だけ、モニターを調達してくれ。それと、このモニターをチェックする要員も必要だな。三、四人、非常呼集だ」
「ハッ!」
モニターを運びこませた中年の曹長は、はじけるようにして、部下とともにオペレーター・ルームを飛びだしていった。
ここは、関東、関西地区を中心にして本州の中部全域の防空システムをコントロールする中枢《ちゅうすう》なのであるが、なぜか、一般のテレビ放送を受信するモニターは設置されていなかった。
ここは、外からの敵の侵入にたいして防空する警戒システムであって、内側からの侵攻は絶対にないもの、として設定されたシステムのコントロール・ルームなのである。
内に敵が発生するとすれば想定されるのは、反体制的な分子が騒擾《そうじょう》事件を起す場合であり、それは、陸上からしかありえないという考え方である。
だから、民間放送から防空のための情報が得られるなどとは、毛ほども考えていなかったのである。
もっといえば、日本軍軍人には(自衛隊は軍ではないというが)太平洋戦争いらい、情報は軍が提供するものであって、マスコミは、自分たちの情報を黙ってながすだけのものである、と信じこんでいる部分もあるということの証明でもあった。
が、いま、この入間にあっては、その迷信が決定的にくつがえされたのである。
四台運びこまれたモニターのうちのひとつが、ビルの屋根ごしに、灼熱《しゃくねつ》の火焔が横に流れる映像を映しだしたとき、諸岡一佐以下のバッジ・システムを管制するスタッフたちは、担当のディスプレーからはなれて、喚声《かんせい》をあげてその映像に見入った。
「ナパーム以上だぜ」
「どのくらい離れたところから撮影したんだ!?」
「こりゃ、たまらんぜ」
諸岡は、そんな隊員たちを叱りつけることはできなかった。
「まさか、バーン殿がやったのではないだろうな?」
諸岡一佐は、右隣りにすわる水野《みずの》二等空佐にそっといった。
「テレビでは、機体の識別がつかない距離です。イエローパードに確認させるしかないでしょう」
「ふむ……総員、デフコン1だ。いいな」
諸岡一佐は、この事件はますます大きな問題になると実感して、スタッフたちにそう宣言した。
「デフコン1!?」
「マニュアルでは、そういうことにならんが、そうだろうな。事件の性質としては……」
諸岡一佐は、水野二佐にうなずいたが、本来、防空は外からの敵にたいしての態勢であって、今朝のように内から発生した宇宙人の襲来のようなものに、本来的な防空態制のランクづけは不適当とおもえた。
ディフェンス・コンデション……。防空態勢のレベルで、デフコン1が臨戦《りんせん》の態勢であって、以下、2から5までの状態が設定されていた。
すでに米軍のヘリと戦闘機が一機ずつ撃墜され、横田という極東最大の司令機能をもつ在日米軍基地が爆撃されたのである。
デフコン1の事態である。
しかし、本当にそういう性質の事態なのだろうか?
ついさっき格納庫で見上げたバーン・バニングスという異邦人《いほうじん》のオーラバトラーは、まるで映画撮影用のミニチュアではないか、とおもえたものだ。
だいたい、オーラバトラー三機の出現はきかされていたが、レーダー・スクリーンに映しだされた光点はもうひとつはっきりせず、対電波塗装をしているのではないかとおもえるように曖昧《あいまい》だったのだ。
「ともかく、だ。さきにいったとおり、詳細の連絡については、電話をつかって関係者に通報する。航空|幕僚長《ばくりょうちょう》には、俺《おれ》から連絡する。横田の件があるおかげで、中央から直接指揮をしてもらう方がいいという形勢《けいせい》だな」
諸岡一佐は、自分がなにをすべきでなにをしようとしているのか、混乱しているのではないかと意識せざるをえなかったが、責任を回避するつもりはなかった。
「しかし、バーンの件、信じてもらえますかね?」
「スチル写真を見たぐらいでは、信じてもらえないだろうが、バーンとガベットゲンガーは撮影してあるのだろう。現像、急がせろ」
「じきにこっちに来るはずです。数本分撮影したのがあるはずですから……」
「隊員のなかに、自前のホームビデオで撮影していた者もいたようだな? それらのビデオも回収しろ。資料になる」
「しかし……」
「コピーしたらテープは返すといって、隊員たちに提供させるんだ。数がなけれぼ、信憑性《しんぴょうせい》はでてこないだろう」
「ハッ……」
水野二佐は、隊内通話用の電話機をとると、諸岡一佐の要請を各所につたえた。
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6 隣りのバイストン・ウェル
ジョクの思ったとおりだった。
ジョク機とガラリア機は、手を取りあうように加速すると、田無《たなし》にはいったあたりでストロボ効果に似た現象をおこして、十数個の『影』を空にえがいた。
それは、バーン機が見せた現象とおなじもので、そのころになると、テレビでオーラバトラーの出現を知った人びとが空を見上げていたが、その『影』の飛行が、田無周辺で空を見上げる人びとの目をくらましたのである。
ジョクとガラリアは、その『影』の出現を確認すると、機体を旋回させて、一気にジョクの家の裏庭に着陸していった。
そのとき杏耶子《あやこ》は、台所でジョクの両親たちと顔をあわせているのが辛《つら》くなって、勝手口から裏庭に出たところだった。
竹藪《たけやぶ》と母屋《おもや》のあいだから、ややくすんだ青空が見えていたが、接近するジェット機の音に東のほうを見上げると、そこに、数十のカットグラの姿が列になっていた。
「あっ……!?」
それが、南から西に弧をえがいて北にまわりこんだときに、杏耶子の目の前の竹藪に、ゴウッという震動がおこった。
ジョクのカットグラが離陸するときに感じた、あの感触である。
上空には、まだ数個のカットグラの影が、消滅しつつはあったがのこっていた。
バザバザバザー!
竹が左右に大きくゆらめいて、無数の葉と雫《しずく》が杏耶子にかかった。
「もどってきたわ!」
杏耶子は台所のほうに叫びながら、竹藪《たけやぶ》を凝視《ぎょうし》した。
ザヴッ! ザヴ!
竹林のあいだにカットグラの影が流れるように舞いおりた。ふたつにみえたが、それも空にみえた『影』とおなじようなものと、杏耶子はおもった。
しかし、竹藪のゆらめきが静かになると、カットグラが二機、前かがみの姿勢で、竹藪のなかにいることがわかった。
「ジョク!?」
ジョクが仲間を連れてきたのだ。
勝手口から、ジョクのおばあちゃん以外の人びとが、飛びだしてきた。
「カットグラだ。二機もいる!?」
常田が、前にすすみすぎる杏耶子の腕を引きもどしながら、絶叫した。
「……これがオーラバトラー?」
常田俊一は、狭山湖《さやまこ》で一度見ているので、やや暗い竹藪のなかにそのディテールを見ることができて、感動していた。
「冗談じゃないわっ!」
「二人もいたのか!?」
ジョクの両親は、まだ事態がのみこめず、仰天《ぎょうてん》するだけだった。
「マア、ちゃんと戻ってきて!」
お手伝いの榎本さんは、すでに冷静に事態を観察しているようにみえたが、本当に冷静なのか、ただ呆然《ぼうぜん》としているのかはわからなかった。
「周囲の人のようすを見てきて下さい。他の人たちがここに着陸したのに気づいたのなら、ここを出なければならない」
ジョクがハッチをひらいて、杏耶子にいった。
「そう? いいとおもうけど……?」
杏耶子は曖昧にこたえながら、ジョクの考えは正しいかもしれないとおもった。しかし、自衛隊機から逃げるつもりになっても、この時間ではどこに逃げられるというのか?
素人ながら、そんなことが頭をよぎった。
「俊一、周囲を見まわってきましょ」
「え……?」
「わたしたちがやるしかないでしょ」
「でも、もう一機、カットグラがきた」
「だからでしょう!」
杏耶子は、常田がなにを気にしているかわかっていたが、この状況を知っている自分たちがやる以外ないと判断して、常田の腕を強くひいた。
杏耶子は、常田の腕を抱くようにして、二機のカットグラのわきをすり抜けて、竹藪の裏から畑のほうに出て行こうとした。
そのとき、ジョクの背後に位置したカットグラのハッチがひらいて、白人とみえる女性の顔がのぞいた。
「…………!?」
そのキリッとした表情は、すさんでいるようにも、ただ緊張しているだけのようにも見えたが、眼光のするどさは、尋常《じんじょう》のものではなかった。
杏耶子は、ゆうべ、ここで初めて見たときのジョクの目と同じだとおもった。
『戦士、そう騎士だっていっていたわ。女性の騎士……』
杏耶子は、常田俊一の頭がペコッとさがって、その女騎士に挨拶《あいさつ》するのを見逃さなかった。
こういうところにソツがないのが、俊一なのである。
竹藪から見える畑には、人影はなかった。そのむこうの畔道《あぜみち》をはしる二、三の人影は、まったくちがう方向の空をあおいでいた。
「俊一は、そちらからね。あたしは、こっちからグルッと道路にでてまわってくるわ。外から竹藪のなかが、見えるかどうかもね」
「わかっているよ。信用がないんだな」
俊一は、いつの間にか手にしていた自分のカメラを振ってみせて、かぼちゃの葉のあいだを畔道のほうにむかった。
杏耶子も、かぼちゃ畑から、右手の幅のせまいアスファルトの道路にむかい、ちょっとした雑木林《ぞうきばやし》をぬけて、古い建売り住宅のならんでいる横手にでた。
自分の挙動が他人から見られても不自然でないように気をつけながら、なんどか竹藪のほうを見やった。
知っていれば、竹藪のなかに大きな物があるように見えないでもなかったが、ゆうべ、ジョクといっしょに見たときとおなじで、まず大丈夫だとおもえた。
「あっちですか?」
いきなり建売り住宅の陰から、中年の男が杏耶子に声をかけてきた。
「ハッ?」
「ほら、見えていたでしょ? 外にいたんだから……」
「ああ、ええ。なにか黒いものが飛んでいましたね?」
「どっちです? テレビより、ここにいるほうが絶対なんだよな」
セールスマン風の男は、一方の耳にイヤホーンを押しこみながら、共犯者と出会えたというような嬉しそうな顔をして、杏耶子が見たという空のほうを見あげた。
「ここから見るとあっちの方向ですか? ぼくはこっちだとおもったけどな……」
中年のセールスマンは、ワイシャツの胸ボケットから煙草《たばこ》を取りだしながら、行きかけた杏耶子にもう一度、人なつっこい声をかけた。
「あたし、ああいうの気持ち悪くて」
杏耶子は、そんな風に芝居がかったいいかたをして、建売り住宅のほうに足をはこんでいった。
「超常現象じゃないですよ、あれは。ユーホーが投映している映像ですよ」
そんなセールスマンの声が、杏耶子の背中で遠くなっていった。
面倒な人たちがいるものだ、と杏耶子はおもう。
数軒の建売り住宅の前は、意外と静かだった。
主人は出勤し、子供たちは学校に行った直後だったからだが、それでも、一軒の家の玄関からは、
「こっちの方面にロボットが飛んでいるんだって? 本当かよ?」
そんな青年の声がきこえた。
「なんかの模型を見まちがえたんじゃないの? 今の模型はさ、結構、見かけがいいものね? それよりさ、火事だってさ、火事。板橋のほうだってよ」
「親父《おやじ》、大丈夫かな。いま死なれたら、大学受験がパアになっちまうじゃないか」
杏耶子は、その住宅のならびをぬけると、いったん幅の狭い二車線の道路にでた。
ギョッとした。
屋根にとりつけた赤いランプを点滅させたパトカーがサイレンを鳴らさないまま、スウーッと現われたのだ。
助手席の警官は、窓から身を乗りだすようにして、空を監視していた。
「今のところ、目撃できませんが、はいっ、監視していますっ!」
そんな張りのある声が、運転席からきこえてきた。警官たちは張り切っている。
パトカーにつづいて、やはりノロノロと走る乗用車の運転手は、いちように空を見上げていた。
杏耶子は、その光景を横目に見ながら、緊張して、ジョクの家につづく狭い道路にはいっていった。
『東京中が、オーラバトラーの存在を知っているの……?』
ジョクが別のカットグラを連れてきたということは、彼が戦闘をしていた相手のうちの一機であろう。
そうであれば、もう一機もこのちかくに出現していると考えていいだろう。
その二機が東京近くを飛びまわれば、警察も自衛隊も目撃するだろうし、事態は混乱するばかりだろうとおもえた。
『難しいわ。いまは安全でも、発見されるのは時間の問題だな』
杏耶子は、もう一度、畔道のほうにでて、竹藪のほうを観察してから、玄関のくぐり戸から、母屋のわきをとおって、裏庭にでていった。
全員が、竹藪のなかで、二機のカットグラの脇に竹などを立てかけて、畑の方向からのぞかれないように工作していた。
「なんて蚊だよ! こんなのっ!」
俊一の声に、杏耶子はガッカリした。
彼はちゃんと偵察をしたのだろうか?
勝手口には、ジョクの母親の良子が、疲れきった顔をみせて、すわりこんでいた。
台所には、榎本さんが食事の支度をはじめている横顔が、チラッと見えた。彼女は、ジョクの新しい客のために食事の支度をはじめたのだろう。
本当によく気のつくお手伝いさんだとおもう。
チリリッ!
ディズニー映画のピーターパンにでてくるティンカー・ベルの印象そのままの羽根つきの少女。
その彼女が竹藪から飛びだして、杏耶子が知った顔だとわかると、安心したように近づいてきた。
彼女の飛行する姿は、まるで、映画の光景そのものである。杏耶子は、この光景をどうすこやかに世間に伝えたものか、とおもった。
が、チャム・ファウは、そんな問題意識はない。
「あなたね、ジョクのなに?」
こんなときだというのに、彼女は、きわめて現実的な質問を杏耶子にした。
その声は、多少キンキンしている。もちろん、その言葉は杏耶子には理解できない。
しかし意味は、感知できた。
「なにも。ゆうべからの友達」
そういったものの、さっきジョクのおばあちゃんがいった言葉をおもいだして、杏耶子は内心、クスッと笑ってしまった。
しかし、杏耶子は、自分のまわりを一周するチャム・ファウの可愛らしい姿を目でおいながら、なんて俗物だろうとおもった。
「チック!」
掛け声とも気合ともきこえる息をチャム・ファウが発した。
と、ブン! と彼女の小さなからだが、杏耶子の頬《ほお》に飛んできた。両方の脚がピンとそろえられて、杏耶子の視界一杯に迫った。
「あっ!?」
杏耶子は顔を低くしたが、チャムは杏耶子の髪に足をからませ、髪をうしろにギュッと引いた。
「やめてっ!」
杏耶子はあわてて両方の手をあげて、髪がさらにからみつくのもかまわずに手足をバタつかせるチャムを取りおさえようとした。
杏耶子の手にチャムの手足が触れた。その感触が意外に堅くしたたかなのにビックリして、杏耶子は一瞬手をひいた。
「ええーい! このっ! 嫌なやつっ!」
チャムの悲鳴に似た声と、バタつかせる手足の力は、そうとうなものだった。杏耶子の頭にズシンズシンとひびいた。
「やめて! チャム・ファウっ!」
杏耶子は、はしたないとおもいながらも、つい大きな声をあげた。
「フェラリオが!」
裂帛《れっぱく》の気合に似た女性の声がはしると、チャムのからだがピタッと静止した。
「なによっ!」
ウッと顔をあげた杏耶子の目の前に、さっきチラッとみた白人の女性が、手を振りあげていた。
「容赦《ようしゃ》しないほうがいい。叩きつぶせ」
杏耶子には、すぐには理解できない考え方だった。
「え……?」
身をひきながらも、髪にからまったチャムのからだを、杏耶子は両手でかばうようにした。チャムは、手足にからまった髪をほどこうとして、またあばれだした。
髪がひきつった。
「動かないでっ! 痛いわ!」
杏耶子が意を決して、チャムのからだを押えるようにしたとき、チャムをはたこうとした女性の背後から、ジョクが飛びだしてきた。
「チャム、いいかげんにしないと、本当に鳥籠《とりかご》にとじこめるぞっ。いま、ほどいてやる」
「この女が悪口をいったし、ガラリアはあたしを叩きつぶせっていった!」
「いいか、ここは、特別な世界なんだ。みんながお前になれるまでは、すこし静かにしていろ。そうしないと、ガラリア以上に恐ろしい人間に、もっとひどい目にあわされることになるぞ」
ジョクは、杏耶子の髪をからみつかせたチャムの手をとって、杏耶子の髪をほどいていった。
杏耶子は、頭をジョクのほうにつきだした姿勢のまま、彼の革鎧《かわよろい》にこもった体臭を感じた。そして、ジョクの背後に立つするどい眼光をもった女性、ガラリア・ニャムヒーとジョクを見くらべた。
「気にして下さって、ありがとうございます」
杏耶子はガラリアが悪人には見えなかったので、彼女が示した行動に感謝して、そういった。
「いや……そのな。ミ・フェラリオというのは、生来《せいらい》、質《たち》の悪い生き物でな。人間の考えていることを嗅《か》ぎわけて、自分につごうの良いようにしか理解しない動物なのだ。気をつけたがいい」
ガラリアの意思が、杏耶子にそんなことを教えてくれた。
「そうなんですか? 赤ちゃんみたいなものだと思っていましたが……」
杏耶子は、ジョクに髪をいじられている自分の立場を、ひどくくすぐったいものに感じながら、それを隠すために苦笑をまじえていった。
「そんなものだが、赤ん坊の気性のまま大人をやる浅知恵だけはもつのだから、面倒なのだよ。地上人」
ガラリアはそういうと、かたわらにきた鈴木敏之と常田俊一、ジョクの父親の孝則のほうにむいた。
「ガラリアさん。食事の支度ができたようですから……」
孝則がいった。
「すまないな。面倒かけるが、厄介《やっかい》になる」
ガラリアは軽く頭をさげると、孝則につづいて勝手口に消えていった。
「……チャム・ファウ。今いったことは本当のことなんだぞ? わかっているな? これからは、家のなかから外にでるのは、禁止だ。そうしないと、八つ裂きの刑にされて、焼かれてしまう。そうしたら、ウォ・ランドンに転生することなどは、できなくなるんだ。いいな?」
「本当……?」
ジョクが両手の上にチャムをのせて、諭《さと》すようにいうと、さすがに、チャムは殊勝な顔つきになった。
「ああ、ここは、地上世界だ。バイストン・ウェルじゃない。そのことをもう少し理解しなければならない。みんなが生き残るためなんだよ」
ジョクは、両手でチャムを抱くようにすると、
「すみません。まだまだ教育ができていなくって」
と杏耶子にいった。
「いえ……。でも、いい娘《こ》だってことはわかります。わたしがジョクさんを好きなのが、気にいらないんでしょ?」
杏耶子は、自分でも意外なことを口にしたとおもったが、撤回《てっかい》する気はなかった。
「そういうところはあります。チャム、人に好かれるのは財産なんだ。いつでもいつでも嫉妬《しっと》する心をもつのは、卑《いや》しい人間のすることだ」
「はいはい!」
チャムはそうこたえながらも、ジョクの指を両腕でひらくようにして、フイと勝手口に飛んでいってしまった。
杏耶子は、ジョクが自分の言葉を一般的な意味にとらえたらしいのが、ちょっと不満だった。
唇をとがらせるようにして、杏耶子は、チャムを見送るジョクの横顔を凝視した。
「すみません。あなたにあんな風にいわれると、ちょっと……」
ジョクは、はじめ照れた顔をみせた。
「え? いえぇ……。ちょっとって、なんです?」
杏耶子は下衆《げす》な口調で、ジョクに感じた不満などは忘れて、ジョクのつぎの言葉を催促《さいそく》していた。
「え、いい勘をした方だ。これからどうしたらいいんでしょう? 教えて下さいます?」
ジョクは、そういう風にいいなおした。
くやしいが、利口な男性だとおもう。
「さあ……。ただ、事実を伝えるしか方法がないようね。隠れつづけるのは、不可能でしょう」
「そうでしょうね……」
「でも、この地上世界の人びとが、上手に対応してくれるかしら? わたしは、あなたたちが、バイストン・ウェルからこの世界にきたことは、なにか、特別な意味があるとおもえて仕方がないんです。でなければ、こんな風に、ゆうべまで見ず知らずのわたしとあなたが、こうしてお話をしているなんてこと、おこるわけないんですもの」
杏耶子は、自分の論法が、自分本位のように感じられたが、いまはこれ以上上手に言葉にできないと感じてもいた。
「そうでしょうね……そうでなければ、ぼくらがなんで一気に地上世界にでてきたかって、わからないんですよ」
ジョクは、革兜《かわかぶと》をはずして、汗に塗《まみ》れた髪をひっかきまわしながら、言葉をつづけた。
「……でも、杏耶子さんの感触をきいて、やっぱりそうかって、おもいます」
「杏耶子、でいいんですよ」
「そう?」
見返すジョクの目がそういったので、杏耶子はきいた。
「でも、ジョクの意見というかご存知のことあるんでしょ? バイストン・ウェルとこのわたしたちの世界の関係というようなもの……」
「ありますね。生体エネルギーでつながっているという考え方は、ショットもマーベルもいっていたことです」
ジョクは台所の窓のしたに積みっぱなしになっている古い薪《たきぎ》のたばのうえに、腰をかけるようにしていった。
「どういうことかっていうと、バイストン・ウェルが生体エネルギーで構成されているならば、この世界の状況を映すだろうってことです。それで、ぼくがバイストン・ウェルのコモン界に落ちた頃っていうのが、ショットがオーラバトラーを完成した頃です。時期があいすぎるんですよね。次々と地上人がコモン界におりていって……。ぼくのあとには、いまいったマーベル・フローズンとかトレン・アスベアです。もちろん、いちおうは、地上人が呼びこまれるっていう仕掛けはあるんですがね」
杏耶子は、ちょっと疲れの見えるジョクの頬から首筋を見つめながら、そこに、ゆうべ見たような精惇《せいかん》な青年というより、思索《しさく》深い学者を見るおもいにとらわれていた。
「そんな装置があるんですか?」
「いや、ちがうんです。地上人を呼びよせられるエ・フェラリオがいるんです」
「ああいうチビちゃんの?」
杏耶子は、チャム・ファウのことをいった。
「あれは全然問題外です。あれの成人したフェラリオがいましてね、それが呼ぶんですって……」
「巫女《みこ》さんね? 霊魂を呼ぶとかいう」
「ちがうでしょう。コモン界では、まるで別ものです。現実としてぼくたちが呼ばれたんですから……で、問題は、フェラリオじゃないんですよ。そんなことじゃない。なんで、そういう手続きがあるかではなくて、なんで、そういうことができるのかです。そんなことができるのは、現実の我々の世界そのものが、そういう構造になっているのではないかってことなんです」
「それならば、当然ってこと?」
「ええ、でも、その裏には、ひとつ大問題があるという考え方ができるのが、おそろしいことなんですよ」
「どういうことかしら?」
「コモン界の歴史のなかでは、太古の時代から地上人が現れるという伝説はあるんですがね、こうも急に、次々と地上人がそれも一か所に現れることはなかったんです。絶対に、ね?」
ジョクの杏耶子を見上げる瞳には、深い不安がのぞいていた。
「はい……」
「それはなぜか? ということです」
「生体エネルギーで構成されているような世界があるということでしょ? いままで、SFなんかでいわれている次元のちがう世界というのとはちがうわね?」
「ええ、マーベルなんかは、想念のエネルギーといういいかたもしてましたけど……どっちでもいいんです」
「うん……つまりわたしたちの世界とバイストン・ウェルは絶対に関係があるとすると……」
「それも、プラス、マイナスの関係ではなくて、同居しているものだとすると、なんでこうも近年になって、世界の『界』を無視するような事態が起っているのか、ってことです」
「世界の構造が狂ってきたとかそういうこと?」
「うん。バイストン・ウェルのなかでいえば、フェラリオの界とコモン界の境目《さかいめ》にも、近年になってほころびがでた、っていってますね……同じことでしょ?」
「ふーん、フェラリオとかの呼びこむ力なんてものじゃなくって、世界そのものが、そうさせているってことをいいたいのでしょ?」
「その意味はなぜか、ってことです」
「ああ、そうか……なぜ?」
杏耶子は、そういったが、すぐに自分で答えを見つけ、つづけて話した。
「生体エネルギーでもいいし、想念エネルギーでもいいのよね? つまり、バイストン・ウェルは、自分の世界そのものを永遠のものにするためには、いつまでも、生体エネルギーの補充が必要なんだわ。それができそうもなくなったから、その危険を報《しら》せるために、生体エネルギーをもったものを呼びこんだ。そして、オーラバトラーを地上世界に送りこんだ。そうでしょう?」
「たぶん……。今までの論法からは、それしか考えられない」
「フーン、そうね。それを人間たちにしらせて、なんとか世界を存続させなければならないって、バイストン・ウェルが意思したんだ!」
杏耶子は、自分が軽い興奮にとらわれていくのがわかった。
「そうだろう、という考え方がある……」
「納得するわ。でも、それをしらせるために、オーラバトラーを地上世界に送りこむということは、バイストン・ウェルが、もともとわたしたちのエネルギーで構成されていることの証明ね?」
「信じられる人には、そう考えられるけど……」
「どういうこと? バイストン・ウェルがそうするのは、どういうこと?」
「簡単にいえば、人類の滅亡ということを予測した世界が、それを引きとめるために、自分たちの世界の姿をこの地上世界に顕現して、人類全体に警鐘《けいしょう》を鳴らすという図式だけど、これがどういうことかって、ことさ」
「人類の生体エネルギーが衰退してしまったら、どうなるの?」
「バイストン・ウェルは消滅するだろうな。しかし、ここにも問題があるんだ。いま話したことは、ぼくたちのような種類の人間だから話せることで、はたして、他の人たちがこのロジックを認めてくれるかな?……なによりも、バイストン・ウェルという世界そのものが、こういう予測を演説してくれるわけじゃない。ぼくにできる表現は、オーラバトラーを操縦するだけだからな」
「……でも、今回の地上戻りでは、ジョクはチャム・ファウを連れてきたわ」
「しかし、ああいう娘だ。見せ物小屋の出しものにはなっても、世界を語ることはできない」
「深夜テレビのトークショウ?」
「うまくいって、そのていどだな」
杏耶子は、すこしだけジョクとその周囲のものが地上に出現した意味を考える糸口をつかめたと感じた。
しかし、これは、ジョクのいうとおりに、個人の推論でしかない。
現象をつなげていけば、原因も結果もわかるとはいうものの、違う世界が存在することを証明する方法は、現在のところないのである。
「……でも、わたしは、オーラバトラーとかチャム・ファウとか、そういうものが世界を考えさせる糸口になるとはおもうわ。ガラリアさんだって、もうひとりのお仲間、バーンさんっていっていたわね。その人たちだって力になって、わたしたちに世界を語り、人類の問題を考える材料を提供してくれるのではなくて?」
「そうするようにしたいんだ。しかしね、ぼくらは戦士だ。軍人なんだよ。こういう種類の人間が世界を語ったって、世界の人は信じてはくれないだろうな」
「大丈夫よ。方法は見つけられるって!」
杏耶子は、そっとジョクの肩に手をかけた。
本当にこの青年を好きになってもかまわない。杏耶子はそう決心した。
二人が、台所をのぞくと、革鎧《かわよろい》のかわりに浴衣を着てくつろいだ格好のガラリア・ニャムヒーが、奥の部屋から出てきたところだった。
「似合いますよ。女の子があんな鎧なんか着るものじゃないわね」
「おばあちゃん!」
ジョクは、おばあちゃんが起きていて、そんなことをさせた張本人と知って、あきれかえった。
「だってさ、汗まみれでさ、かわいそうじゃないか」
「そうですけど、そういうときじゃ……」
杏耶子は、ジョクが、そのあとの言葉をのみこんだので、安心した。
「すてきですよ」
また常田である。
「わかりました。戦闘中だからこそ、休めるときに休まないとね」
気をとり直したジョクの言葉に、
「ユカタというのだろう? おばあさまには、厄介になった」
ガラリアはまぶしそうな顔を台所にいる人びとに見せて、テレビの前の椅子にすわった。
テレビは、いまだに横田基地周辺の火事の報道をしていた。
「はい。どうぞ」
榎本さんが、彼女のまえに箸をおき、かつおの角煮の佃煮《つくだに》をだしたので、ガラリアは、それを珍しそうにのぞきこんだ。
「…………」
杏耶子は、ガラリアとテレビの画面を見くらべながらも、ジョクにいったことを考えざるをえなかつた。
「あ、すみません」
榎本さんが差し出してくれた湯飲み茶碗《ぢゃわん》を受けとり、興奮している神経を慰めるつもりで、ゆっくりとお茶を口にふくんだ。
チャム・ファウの姿はなかったが、彼女が、ジョクの部屋に飛んでいったということは、杏耶子にはわかっていた。
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7 パイロット同士
環状八号線から目白《めじろ》通りにのりいれてきた数台の車が、ガベットゲンガーの姿に仰天《ぎょうてん》して、急ブレーキをかけ、激突をさけようとして、歩道にのりあげたりした。
道路の中央に、黒光りする仁王《におう》のようなものがそそりたち、歩道橋の下には、ベコベコになった自衛隊の戦闘機が、駐機《ちゅうき》しているのである。
この時間にこの道路をつかう運転手は、たいていが、この道路のようすを熟知しているという安心感があるから、ラジオで異変がちかくでおこっていると知ってはいても、その当事者と対面するとはおもっていない。東京でくらす人びとは、他者にたいして不感症になっていて、自分たちをいつも埒外《らちがい》においているのだ。
そんな感覚があるから、やすやすと玉突き事故をおこしたりして、道路をふさいでしまったのだが、結果的には、この段階で道路をふさいだことが、それ以後の混乱をふせぐことになった。
運転手たちは、自分たちの車から飛びおりて、隠れる場所をさがしたが、地下鉄の駅にもとおく、逃げこめるような大きな店もなかった。ガベットゲンガーから距離をとるために、ただ走るしかなかった。
ガベットゲンガーの前に、機体の半分を歩道橋にくぐらせて静止した徳弘《とくひろ》一等|空尉《くうい》の戦闘機は、その主翼の両端がめくれあがり、機体の外板はへこみ、全体にかなりの皺《しわ》が浮きあがっていた。
左右の|空気取り入れ口《エアインテーク》も、ガベットゲンガーが滑走時の直進を助けるために蹴《け》とばしたので、可動部分が、上にそりかえった状態で動かなくなっていた。
コックピットの左右の機体にも、ガベットゲンガーの足の爪《つめ》のあとがのこって、裂けているところもあったが、コックピット内にとどくほどの損傷《そんしょう》はなかった。
徳弘|一尉《いちい》は、コックピットから立ちあがった姿勢で、無線をつかうことができた。
バーンは、ガベットゲンガーを戦闘機の前におくと、フレイ・ランチャーの狙《ねら》いを徳弘機のコックピットに定めた。
徳弘一尉は、それをみて、さすがに最期か、と覚悟をした。
ガベットゲンガーが剣を取りにいっているあいだに、逃げられないではなかったのだが、衆人環視《しゅうじんかんし》といってもよい町中で、ミサイルをつけっぱなしの機体を放棄《ほうき》することは、徳弘一尉にはできなかったのだ。
ガベットゲンガーのハッチがひらいて、革の衣装に全身をつつんだ青年が、すっくとハッチのうえにたった。
「……!! いま、正面に位置したロボットから、パイロットらしい男があらわれた」
徳弘一尉は、ゾクッとしながらも、マイクに向かってしゃべった。
と、またも、入間《いるま》基地の管制団のオペレーターが、妙なことをいった。
「イエローバード二一《ツーワン》! こちらの無線が不調だ。いいか? 以後の状況報告は、二二《ツーツー》からもらう。無線はつかうな。電力が無駄になるからな」
その言い方は強引だが、どこか用心しているような気配《けはい》があった。だいたい、このような場合にはなす内容ではなかった。
「…………?」
徳弘一尉は、ようやく入間のいおうとする意味をはっきりと想像できるよゆうがもてた。入間は、この事件についてなにかを知っていて、その詳細を外部にしられたくないのだ。
「了解! 敵の状況については、どういうことか理解できないから、救援を至急おくってほしい」
徳弘一尉は、入間にさぐりをいれるために、そういってみた。
「了解! 了解だ! 徳弘一尉」
オペレーターの声は嬉《うれ》しそうで、名指しで応答をした。管制上の交信で、こういうこともはじめてだった。
徳弘一尉は、自分の推測にまちがいないとわかって、安心した。
その間、バーン・バニングスは、ハッチに一本のロープをかけ、それをつかって、徳弘機のノーズの上に足をかけてきた。
「…………!?」
徳弘一尉は、その彼の行動に警戒することを忘れている自分に気づいた。
「やあ……!」
バーンは、曲面のノーズのうえを恐れることもなく歩いて、キャノピーに手をかけてきた。
「ハーイ」
バーンの見かけが北欧人だったので、徳弘一尉は、反射的にアメリカ人にする挨拶《あいさつ》の一声をだして、ヘルメットのサンバイザーをあげた。
バーンも、革のヘルメットをはずして、その総髪《そうはつ》を風にさらした。
『ロックンロールでもやっているのか?』
徳弘一尉は、反射的に頭に浮かんだ自分の感想が感知されるかもしれないと、あわてて打ち消すようにした。
『…………?』
バーンの曖昧《あいまい》な反問の意思が、徳弘一尉に感じられた。『ロックンロール』という概念が、バーンにはわからなかったのだろう。
しかし、徳弘一尉は、「やあ」と『声』をかけてきたあの『意識』と、その持ち主であろう目の前の青年の風貌《ふうぼう》が、徳弘の期待に一致していたので、さらに安心していた。
その満足感は、徳弘にとっては、幸福なものだった。
ずっと昔に忘れていた感動といったものが、胸にこみあげてくるようなのだ。生まれてはじめて、川底の石をどかして、魚を手掴《てづか》みしたときの記憶か? 里芋《さといも》の葉の上の夜露のうつくしさに感動したときの記憶か? そんなものに似ている感覚だった。
それは、バーンもおなじだ。
こんな着陸性能の悪いジェット戦闘機でよくも着陸したものだ、とおもう。
目の前の男は、バーンにとっては、ガロウ・ランに似た風貌《ふうぼう》にしかみえなかったが、共感をいだける男だとおもえた。
彼等は、二人して道路の前後を観察するようにしてから、あらためて顔をあわせた。
バーンの総髪《そうはつ》が、風に、ふわ、とゆれた。
「あなたが爆撃した道路の爆撃跡に、車がおちていたようだが」
「車のことは知らないが、あのていどで、死傷者がでたとはおもえん。ああでもしなければ、貴公のこれは、着陸できなかったのだろう?」
バーンは多少言い訳っぽいロジックを組みたてて、徳弘一尉につたえた。
「感謝している。あなたの助けがなければ、無事に着陸できなかった。しかし……こんなところに着陸を強要したあなたは、ひどいぞ?」
「怒るな。わたしとて生きるか死ぬかの狭間《はざま》にいるのだ。許してくれとはいわん。まだ、わたしは、貴公を人質の立場においているつもりでもあるしな?」
「人質?」
その概念は、さすがに両者のあいだで、すぐに伝わることはなかった。
バーンは、説明のためのロジックを駆使《くし》しなければならなかった。
「……了解したが、自分には、あなたの方が孤立無援《こりつむえん》のようにみえる。自分は、ここに着陸する決心をしたときに、命はないものと覚悟した。つまり、いま、あなたに殺されてもかまわない立場だ。そんな人間に、人質の価値があるのか?」
「ふむ、騎士のいいようだな。しかしな、わたしが貴公の命をとらないかぎり、周囲は、わたしが貴公を人質にとったと考えて、行動してくれる」
「それはあるが、もし、そうなったら、わたしは、自分で命を絶って、周囲の人びとや隊の上層部に、迷惑がかからないようにする」
「貴公……? 名をなんという? わたしは、バーン・バニングス。バイストン・ウェルのコモン界、アの国の騎士でオーラバトラー、ガベットゲンガーのパイロットである」
「名前が、バーン・バニングス?」
「そうだ」
応ずるバーンの瞳《ひとみ》は、自信にあふれて、高貴にみえた。
「自分は、徳弘|栄作《えいさく》。みられるとおり、航空自衛隊のパイロットだ」
徳弘一尉が、階級や部隊名をいわなかったのは、バーンのいうところの前置きの単語や概念が覚えられなかったからだ。自分がそうであれば、相手にとっても、こちらの背景など理解できないだろう、とおもったのだ。
「トクヒロ、エーサク殿か?」
「そうだ。バーン・バニングス殿」
徳弘一尉も、相手の名前を発音してみせた。そういう心づかいというものは、相手につたわるものだ。
二人のパイロットは、旧知《きゅうち》の者同士が感じるおだやかな感情で満たされ、両者のあいだに敵意はなくなっていた。
その道路は、東京の郊外よりの住宅地をはしっているもので、高いビルはなかったが、ちかくには|光ケ丘《ひかりがおか》団地があり、関越《かんえつ》高速道路の出入り口になっている道路である。
そこを、いま、ガベットゲンガーと自衛隊機一機だけが占領している。
遠くからしのびよるパトカーのサイレンと旋回をつづける徳弘の僚機《りょうき》の爆音、そして、報道のヘリコプター。
大量の車の移動する喧騒《けんそう》がないというのは、それだけで静寂が感じられた。
「バーン殿、警察が来るし、このちかくの基地から陸上部隊も来る。どうするのだ?」
人質として自分を拘束《こうそく》して、自衛隊や米軍の追尾をふりきろうとするのなら、この人形のようなマシーンは、どこに逃亡するつもりなのか? 日本の近隣の国から飛来したのでないとすれば、それは、当然の疑問であった。
「わたしがききたいくらいだ。バイストン・ウェルへのオーラ・ロードが実在するということは、わたし自身が体験したことだ。が、それがどこにあって、どういう方法で、そこに行けるのか…………そういう話をきいたことはないか?」
徳弘一尉は、肩をすくめたが、咽喉《のど》のかわきが思考を鈍らせているのではないかとおもえて、
「水を飲みたいが、いいか?」
「水?……わけてもらえると嬉しいがな」
バーンの素直な意思が、徳弘一尉にするっと感知された。
「まってくれ」
徳弘一尉は、シートの下のサバイバル・バッグから水筒をとりだすと、それをバーンに差しだした。それを受けとりながら、バーンの目が、周囲を見ろ、というような動きを示した。
環状八号線にはいる角で、玉突き事故をおこした車のむこうに、数台のパトカーが赤いライトを点滅させて停車して、警官たちが、車のあいだからこちらのようすを伺《うかが》っていたのだ。
「……すぐに完全に包囲されるぞ? 空も……どうするのだ?」
バーンは水筒の蓋《ふた》に水をそそいでゆっくりと飲みくだしている。徳弘一尉は、その悠然《ゆうぜん》とした態度に、感嘆した。
「くさいな? この水は?」
「水道の水だからな。百里《ひゃくり》でも、水道の水はそんなものだ」
「スイドウな……ショット様からきいて知ってはいるが、こまかいシステムは納得できんでな……どうもこの地上世界の技術の進歩は、我々の世界の五百年分ぐらいすすんでいるらしい。自分には、この世界の科学技術を理解する基礎学力がない」
バーンは、遠慮せずに二|杯《はい》の水をのんでから、水筒を徳弘一尉にもどした。
「しかし、たすかったよ。トクヒロ殿」
「いや……」
徳弘一尉の心境は、複雑だった。
バーンの口をつけた蓋《ふた》をつかって、水をのむのはまずいとおもった。その蓋には、彼の唾液《だえき》が付着していて、それが、彼のいうことを証明する資料になるかもしれないと思いついたからである。
しかし、異邦人《いほうじん》とつきあうコツは、彼等の眼前で同じものを飲み食いしてみせることである。
徳弘一尉は、バーンの話を証明するものは、なんでも保管しておかなければならないと思いながらも、そんな思考が、バーンに感知されているかもしれないと恐れて、一気に水筒の口から水をのんで、そのうまさに感嘆してみせた。
バーンは、周囲がうるさくなってきたのを気にして、徳弘一尉のそんな思考を感知しなかったようだ。
バラバラバラッ!
陸上自衛隊のヘリが数機、旋回をはじめた。練馬《ねりま》と朝霞《あさか》の駐屯地《ちゅうとんち》は目と鼻のさきなのである。このタイミングで接触してくるのは容易だった。
が、徳弘一尉は、バーンという青年に興味を抱きはじめていたので、騒音をたてて、神経を苛立《いらだ》たせるヘリなどはきて欲しくなかった。
「ヘリコプターがうるさい。退去させたいが?」
「ああ、うるさいな。しかし、わたしは、あれを見るのがはじめてなんだ。すこし観察してから、追いはらってくれるほうがいい」
「……? バーン殿の世界では、そのオーラバトラー、ガベットゲンガーというようなものを開発していて、ヘリコプターはないというのか?」
バーンの世界の科学技術が、五百年おくれているという話などは、徳弘には信じられないのだ。
「ショット様という地上人からきいたのだが、我々の世界は、この世界でいえば、中世のレベルだというな。オーラバトラーもショット様の開発になるもので、我々の発明ではない。だから、わたしは、逆にオーラバトラーの技術が、地上世界にはないもので、もし、これが地上世界でつかえるならば、地上人は驚くであろうという話もきいてはいたが、信じられなかった」
「そのとおりだ。そのマシーンは、すごいものだ」
徳弘は、頭上に旋回するヘリコプターを眺めているバーンを見やって、彼を制圧できないものか、とおもった。
しかし、スクランブル発進した戦闘機のパイロットは、拳銃《けんじゅう》をもつことなどはなかったし、体力的にも、戦闘機のノーズの上を身軽に歩けるバーンに、太刀打《たちう》ちできるとはおもえなかった。
かなりの体術を身につけているという想像は、徳弘にもつくからだ。
「うむ……すごいとおもうよ。コモン界でつかっていた以上の性能を発揮している。この地上世界にはバイストン・ウェル以上のオーラ力《ちから》が充満《じゅうまん》していると実感できる」
「…………」
この青年のかたる意識をつなげると、彼は異次元世界のことをかたっているとしか思えないのだが、まだまだ実感はできない。
それが本当ならば、どう対処したら良いか、ということは想像を絶するのだ。
もちろん、戦闘機乗りは、敵性の人物と対峙《たいじ》したときには、その身柄の安全を確保して、それを護送する任務を課されているが、専守防衛《せんしゅぼうえい》を鉄則とする自衛隊のマニュアルは、それらアンノン(所属不明)機が国内に不時着した場合のマニュアルでしかなかった。
「バイストン・ウェルという世界は、どういう世界なのだ? それがわからないと、応答のしようがない」
徳弘一尉は、バーンにきいた。
「うるさいな。ヘリコプターを追いはらってくれ」
「……!? どうやって」
「とりあえずは、貴公の命が危ないから退《ひ》いてくれ、でいいだろう?」
バーンがニタリとした。
「ああ……すまないな。バーン殿を悪人にして」
「しかたあるまい?」
徳弘一尉は、入間をよびだして、バーンの指示どおりに、陸自のヘリを退去させるように要請した。
「すこし時間がかかるとおもう。入間から陸上自衛隊に連絡して、それからヘリに指令がいくから……」
「面倒なのだな。それで、戦争ができるのか?」
徳弘のていねいな報告に、バーンはわらった。
「さあな。この数十年、我が国は、戦争を知らない国だから……」
「ジョクにきいた」
「日本人を知っているのか?」
「コモン界の我々の国、アの国におりてきた地上人だ」
「そうか……。次元がちがう世界ということだな?」
「ああ、わたしは、そこから、このオーラバトラーで、他の二人のパイロットとともに次元スリップしてきた」
「話ではわかるが……入間基地は、あなたの機体を知っているように感じたが、その事情は知っているのか?」
「わたしは、そのイルマで休養をして、そこから仲間と合流するために飛んだ」
徳弘一尉は、ようやく全体像をつかむことができた。
「それでか……入間は、あなたの機体の詳細を米軍に知られたくないというわけだ」
徳弘一尉は、そのことについて、ふたつの理由を想像できた。ひとつは、オーラバトラーの技術を米軍より先に手にいれたいからであり、もうひとつは、米軍より先にオーラバトラーのことを知っていながら、横田《よこた》基地の爆撃を阻止《そし》できなかった責任をアメリカから追及されることを避けたいということである。
そんな徳弘一尉の思考は、バーンにつたわったようだ。
「どういうことなのだ? アメリカ軍とかザイニチベイグンとかいうのが、基地ではひどく嫌われているようにきこえたが?」
「アメリカ軍という外国の軍隊には、我が日本に駐留している部隊があるということだ。それを在日米軍という日本語で呼んでいる。我々自衛隊は、その米軍とは、協力関係にあるのだ」
「外国軍がこの国を占領しているのか?」
「日本が、基地を提供しているだけの関係だ」
「なるほど、それで、このオーラバトラーを米軍にみせたくないのだな?」
「誰《だれ》がそんなことをいいましたか?」
「誰、ではない。イルマ基地の総体の意思として感知できた。そして、口では協力というが、外国軍を嫌うという気持ちも感知できた」
徳弘一尉は、そのことについて反論する気はなかった。大勢の隊員のなかには、そういう感情をもつ者もでてくる時代である。
「こちらからもききたいが、貴公のジェット機がくる前に、我々を恫喝《どうかつ》したジェット戦闘機があるが、あれが米軍のものか」
「そうだ。しかし、あなたが、一機、撃墜しましたね?」
「ジェット機を狙ったつもりはない。内輪《うちわ》もめがあってな。仲間を制裁するつもりだったが、フレイ・ボンムの威力が拡大していた。その余波で、ああいうことになった」
バーンは、このパイロットにたいして、自分たちの事情を話すつもりなどはないから簡潔にいった。
「火器の威力が拡大していた、か……」
おうむがえしにこたえながら、徳弘一尉は、遠い住宅の屋根などに、野次馬の影がみえだしたので、多少不安になった。
「アメリカ軍のことだが……」
バーンは、ハッチでかがむようにした。
「…………?」
「ショット・ウェポンという人物の名前は、知っているのだろうか?」
「オーラバトラーを開発したのが、アメリカ人ということか?」
「そうだ。米軍がアメリカ人ならば、会いたいのだ。イルマが、わたしに好意的なのはわかったが、物事は、確かめる必要がある。それに……」
「…………?」
徳弘一尉は、バーンの意識がやや動揺する色をみせたのを感じた。
「誤射《ごしゃ》したことについて、謝罪もしたい」
「バーン殿!?……それはどうでしょう?」
徳弘は、さらに、バーンという青年に人間的な興味を感じたが、さすがに、そのバーンの善意の発想には懐疑的《かいぎてき》だった。
なにより、それがバーンの発想とはおもえなかったのだ。
アンティックながら、機能的にみえる革鎧《かわよろい》すがたのバーンは、どこか野武士的な粗野な風貌があって、徳弘は好きなのである。
「謝罪を米軍はすなおに受けいれましょうかね」
「しかし、協力者が必要なわたしにとっては、ときには、火に飛びこむ虫にならなければならないときもある」
「…………?」
徳弘は、バーンの意思のなかに、日本人が信用されていないらしいものを感じていた。
「……バーン殿は、アメリカ人がお好きのようだな」
「アメリカ人などは、ショット様以外は知らん。偏見《へんけん》ではない」
「お気づかいなく。あなたの気持ちはわかります。しかし、まちがいとはいえ、あなたが撃墜した戦闘機が所属する軍にいらっしゃるのは、リスクが大きいでしょう。しかし我々のような日本人を相手にするよりは、いいかもしれません。あなたの可能性をひらくものになるという気がします」
「…………?」
「自分は、あなたの機体には大いに興味があります。調べさせていただきたい。しかし、現在の我が自衛隊の組織では、あなたの希望するようにはまいらないでしょう」
「自分の所属する軍隊の悪口をいうのか?」
「自衛隊というよりは、日本人は、外国人に不寛容《ふかんよう》な国です。ですから、そんな日本よりは、アメリカのほうが、あなたの可能性をひらくものがあるかもしれません」
「なるほどな。自己にきびしいな?」
「日本人は、技術や経済については、貧欲《どんよく》で、恥もかなぐりすてて吸収しますが、異なる人種については、極度に不寛容です。リスクは大きいのですが、米軍、つまりアメリカが、バーン殿のお立場を理解すれば、その後の協力体制は、日本などとはくらべものになりますまい」
「フム……。トクヒロ殿?」
「はい……!?」
徳弘一尉は、バーンの澄んだ淡いプルーの瞳をのぞいて、いいものだと感じた。
「なぜ、そうまでいう?」
「自分も、アメリカには何度かいっています。話をしたのは軍人ばかりですが、彼等、アメリカ人の気質もすこしは知っているつもりです。それで、すすめるのです」
「同胞《どうほう》は、嫌いか?」
「いえ、好きです。嫌いなのは体制です。ことに、頑固《がんこ》な意識しかもてない中年以上の連中は、面倒なのです」
「それについては、どの世界でもおなじだ。ためしてみよう。その上で、アメリカの出方によっては、イルマにもどろう」
「そうですね……そのときに、またお会いできることをたのしみにしています」
「オーラバトラーに、興味があるのか?」
「飛行機乗りですから。しかし、あなたが好きになったという理由のほうが大きい」
「ありがとう。トクヒロ殿。どこに行けばいいか?」
「横田でしょう。あなたが爆撃した」
徳弘一尉は、地図を取りだして、バーンにしめした。
「ここからならば、ほぼ南西の方向です」
「ああ、それでわかった。その横田を爆撃したのは、ガラリアだ。わたしではない」
「それならば、なおのこと行く価値はあるでしょう。そのガラリアさんは、すでに横田にむかわれたのですか?」
「それは知らん。貴公等のおかげで、我々は、十分協議する間もなく別れざるをえなかったのだ」
「すみません……では、バーン殿。自分を助けて下さいますか?」
「わたしは、貴公をあやめるつもりはない」
「いえ、こんな話をあなたとしたことが上にバレますと、命令違反になります。本来なら、自分がバーン機を捕獲《ほかく》することを、司令部は望んでいたのでしょうから……」
「なるほどな。では、言葉が十分つたわらなかったために、威《おど》されたとおもった、というのでは、貴公の自尊心が承知しないか?」
「……いいでしょう。少しばかり動転していました、というのは、この場合の理由になります」
徳弘一尉は、そういってから、僚機の橋爪《はしづめ》機が機体をふったので、
「自分の仲間が、燃料切れで、この空域を離脱するようです」
「ああ……!」
大きく弧を描いていた橋爪機は、翼を左右にふると、徳弘機の頭上を去っていった。
「また会えよう。トクヒロ殿。わたしは、今回の地上世界の旅で、多くの良い日本人に出会っている。貴公がいうほど悪い人情の国ではないとおもえる」
「そういって下さって嬉しい」
バーンは、ロープ一本を器用につかって、数メートルの高さのあるガベットゲンガーのハッチにのぼっていった。
ブロゥ! ブルルル……
内臓全体をふるわせるようなガベットゲンガーの排気ノズルの音響に、徳弘一尉は、からだの内奥を下から上に、刷毛《はけ》のようなものでなであげられるような感じがした。
ガベットゲンガーの背中の巨大な羽根が左右にひらくと、機体が、フワッと浮いた。
「…………!?」
外からは半透明にみえる腹部のコックピットをおおう外板のむこうに、バーンの姿を見ることができたが、それは、なにか神々《こうごう》しいものに感じられた。
この光景を見れば、ヘリコプターでさえ重々しい機械でしかないと実感される。
オーラバトラーは、まさに、人型《ひとがた》のものが空を飛ぶことを不思議に感じさせないところがあった。
ガベットゲンガーは、徳弘一尉の機体を上空から確認するように一周してから、数機の報道用のヘリコプターや、陸上自衛隊のヘリコプターの動きを睥睨《へいげい》するようにして、南西の空にきえていった。
「…………!?」
徳弘一尉は、全身の力がぬけたような気がして、シートにからだをしずめた。
フロントの右方の玉突き事故をおこした車の陰には、陸上自衛隊の車両が停止して、十数人の武装した隊員たちが、飛びおりるのが見えた。
その光景をみても、徳弘一尉は、仲聞がきたとはおもえなかった。
もっと重要なことをいっぱい話さなければならないのは、バーンとであろうとおもうから、彼を手放してしまったという後悔は、大きかった。
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8 台所の人びと
「どこに行くつもりだ……!?」
浴衣《ゆかた》姿のガラリア・ニャムヒーは、食事の手をやすめて、ジョクの家の台所においてあるテレビの画面に見入った。
バーンのガベットゲンガーが離陸していくところを、そのテレビ画面は、映しだしていたのだ。
もちろん、かなりの距離からの映像なのだが、そのテレビ局がチャーターしたヘリコプターは、道路に着陸した徳弘一尉の戦闘機とガベットゲンガーを識別できる距離まで接近していた。
居間のほうのテレビは、まだ板橋《いたばし》地区の人びとの目撃談を放送していた。
その局こそ、日本最大の放送網をもっているはずなのに、それに見合う独自の情報収集のスタッフをもっていないのだ。それは誰の目にもあきらかで、そんな局にだけ視聴料を支払うのはわからない、という国民は多いのである。
報道の質の問題は、スタッフのセンスの問題であって、管理の問題ではないということが、巨大組織になるとわからなくなる、という良い例であった。
台所の民間放送の局は、陸上自衛隊のヘリコプターの制止をかいくぐるようにして練馬の谷原交叉点《やはらこうさてん》まで侵入したのであって、それ自体は、とがめられるべき行為であった。
もし、そのとき、その取材ヘリが、バーンの勘にさわるような行動をしていれば、局面はかわっていただろうから、結果が良かったから良い、というのではない。
その取材ヘリのおかげでジョクこと城毅《じょうたけし》やバーンの『仲間』であるガラリアは、バーンの行動をリアル・タイムで知ることができた。
「どこにむかうのか!?」
「さあ……」
バーンの性格は、ガラリアもジョクもよく知ってはいるが、現在、彼がおかれている状況を想像できるのは、ガラリアよりジョクである。
ガラリアは、まだこの周辺の地理的な状況ひとつ知らないのだ。
一方、中臣《なかおみ》杏耶子《あやこ》やジョクの両親たちは、オーラバトラーも知らなければ、バーンという人も知らない。
ガラリアの問いかけにあわせるようにして、ジョクの両親、杏耶子のボーイフレンドの常田俊一《ときたしゅんいち》、彼の呼んだ青年、鈴木敏之《すずきとしゆき》が、ジョクを見た。
「……ここにくるなら、話は簡単かもしれないけど……」
ジョクは、立ちあがった。彼等の期待にこたえられなかったから、立ったわけではない。
「どこに行くの!?」
ジョクの母親の良子《よしこ》のヒステリックな声が飛んだ。
「良子、好きにさせておあげよ。わかるものじゃなし」
それは、居間にすわって、ガラリアの革鎧に風をとおしているジョクのおばあちゃんの声だった。
「でも……!?」
母の声を背中にしながら、ジョクは、裏庭の竹藪《たけやぶ》の前にでた。
「こっちにくるのか?」
浴衣姿のガラリアも、三和土《たたき》においてあった自分の革靴をつっかけて、ジョクを追った。
「いや……わからない」
「さっきジョクは、ここがジョクの生まれ故郷だから、もどってこれたといったな? だとすれば、バーンだって、ここに呼ばれるということはあろう?」
「考えかただよ。オーラ・ロードの現実がどういうものか、誰も知らないんだ」
「でもさ、場所とあたしたちのオーラ力の関係がまったくないなら、こうして、ジョクだって、二度もここにもどってはこれなかったろう?」
「そりゃ、理屈だ」
ジョクはそういいながら、ガラリアの浴衣の襟元《えりもと》がひどく艶《いろ》っぽいのに気づいて、あわてて目を勝手口にむけた。
杏耶子が、でてきた。
ガラリアは、ついさっきまでの革鎧の姿とはちがって、若い女性らしく和《やわ》らいでいた。
バイストン・ウェルで、戦友としてつきあっていたころには、見ることはなかった姿である。彼女は、ジョクの前でいつでも肩肘《かたひじ》をはっていたのだ。
それが、ジョクのおばあちゃんの、家にきた人は接待しなければならない、という単純素朴な発想のおかげで、彼女は、浴衣を着ることになったのである。
ガラリアは、実戦中であるのに、ジョクのおばあちゃんをみたときに、
『養母《はは》そのものだ……』
と感じた。そのガラリアの懐しみの感情が、ジョクのおばあちゃんの昔流儀《むかしりゅうぎ》の過剰《かじょう》接待をうけいれさせることになったのである。
ジョクのおばあちゃんは、全身に刃物のような殺気をただよわせたガラリアを見て、女性のあるべき姿ではないと、感じた。それで、そのギラギラとした雰囲気をすこしでも忘れさせるために、強引に浴衣に着替えさせたのである。
「落ち着いたようだな?」
「ああ、感謝している。ジョクのおばあちゃんは、昔から知っている人そのものだ」
ガラリアは、浴衣の裾《すそ》にからむ革靴を気にしたりしている。
杏耶子は、ジョクの反対側のガラリアのかたわらに立って、微笑した。
「おばあちゃんもそんなことをいっていたよ。ガラリアのような戦士を、夢にみたことがあるって」
「ホウ……そうかい? なら、バーンは来るか?」
「来る……!?」
ジョクと杏耶子は同時に、一方の空を見あげたが、そこは見通しのきく場所ではなかった。
しかし、三人は、そこを動く気はなかった。
あのオーラバトラーが発する独特の震動が、空気を震わせるのがよくわかったからだ。
竹の梢《こずえ》のむこうに、ガベットゲンガーの姿が見えた。
「バーンだ……!」
ジョクは、カットグラに駆けよっていった。
勝手口から常田も鈴木も、ジョクの父の孝則《たかのり》もでてきて、西に一直線に飛んでいくガベットゲンガーをあおぎ見た。
常田は、カメラのシャッターを押しながら、ガベットゲンガーが飛びさっていった西にむかって走った。
「早い。無理だ!」
ガラリアの声だった。
カットグラのエンジンを始動させようとしていたジョクは、その声に、ためらってしまった。
「ここに戻ってきたときのように『影』をつくって発進できるとはおもえないが、出るのか!?」
ガラリアは、浴衣の裾《すそ》をはねあげるようにして、カットグラの足下からジョクにきいた。
「そうか……。テレビのほうが、あてになるかな?」
ジョクは、ガラリアの声に、休息をしている者のもつだるさを感じた。が、反感はなかった。
昨夜から、すべてがはじめてといってよいさまざまな経験をしたガラリアにすれば、当然のことなのだ。
「そうでしょうね。もう少しようすをみたほうがいいとおもうわ。とくに理由はないけれど……」
杏耶子も、ガラリアに口ぞえするようにいった。
「…………」
ジョクは、二人の意識を感知して、それがひどく似たものであるのに気付き、カットグラのエンジンを始動させるのをやめた。
チュリーン!
チャム・ファウだ。癇《かん》がたっているときには、そんな音がするようにきこえる飛びかたをする。
「どうしたっ! ジョク」
彼女は、竹を器用によけながら、カットグラのコックピットに飛びこんできて、ジョクの耳元でさけんだ。
「……敵じゃないのか!?」
「バーンだよ。ここに気づかないで、飛んでいった」
ジョクは、コックピットをおりながら、説明してやった。
「バーンか! あいつかっ!」
「そういう言い方はするな。ここにいるかぎりバーンだって仲間だ」
ジョクは、興奮しているチャムを落ちつかせようと、今までジョクの部屋で一人おとなしくしていたことを誉《ほ》めてやった。
「ファー! せっかく寝ていたのに、みんなで邪魔するんだ!」
チャム・ファウが、バーンのオーラバトラーの飛行音に目覚めたのは、今朝のガラリア機との接触以来、事件の連続に神経が過敏《かびん》になっているからだ。
ガラリアは、チャムの姿に背を向けて、勝手口から家にはいっていったが、ほかの人びとは、チャム・ファウの飛ぶ姿に、またも感嘆していた。
「……フェラリオといいますがね、なんで、あんなものが、現実にいるんです?」
鈴木敏之は、チャム・ファウがもどってきたときに、台所を一気に飛びすぎて行った姿を目撃しただけだったから、興味津々《きょうみしんしん》だった。
が、今チャムはジョクの頭のなかに下半身をしずめるようにして、すわりこんでしまった。
眠いのだ。
「……いったでしょ? ぼくらの想像の世界では、こういう種類の生物は、天使以来の定番《ていばん》だって」
常田は、チャムの姿を撮影することもわすれずに、そういった。
「でもさ……。さっき台所で見たときには、ウソだっとおもったな。だから、よくきけなくって」
鈴木は、ジョクの背後にまわりながら、「ウへ、背中があんなになっているのか?」と、ゲッソリした顔をみせた。
「見慣《みな》れれば、どうってことないですよ。天使やフェァリーの絵の見すぎですよ」
杏耶子が笑った。
チャムは、鈴木敏之のあからさまな反応に、嫌な顔を見せたものの、怒る元気もないようだった。
ジョクの髪のなかに上体をふせるようにして、眠るそぶりをみせた。
「…………」
杏耶子は、その姿をみて、はっきりと嫉妬《しっと》を感じていた。
そして、自分にとって、ジョクという存在はどういうものか、冷静に考えなければいけない、とも自覚していた。
チャム・ファウなどは、人種がちがうと断定できる存在であるとわかっているのだが、彼女と自分が競合する関係であるという意識を打ち消すことはできないのだった。
「まったく……なんといっていいか……常田さん、そのフィルム、研究所《う ち》のラボで現像させてくれませんか。誰かにきてもらえば、二時間もしないで現像できますから」
鈴木は、ジョクのあとから、勝手口にあがりながら、そんなことをいった。
「いや。常田さん。そのフィルムは、自分に預からせてくれませんか? 現像をさせたくない」
ジョクは、チャム・ファウを自分の部屋に追いやりながら、鈴木を牽制《けんせい》するように常田にいった。
「でも、ほかにいろんなの写してますし……」
常田の反応は、杏耶子の想像したとおりだった。
「常田クン、肖像権をいうつもりはないけれど、あなたは勝手にジョクとチャムを撮影しているのよ?」
そして、二人の会話になったので、ジョクは、そのことについては、杏耶子にまかせておいて良いとおもった。
「……横田だな。ガベットゲンガーがむかっているのは……」
それは、ジョクの父親の孝則だった。
「あたしの行った方向ということか?」
ガラリアの質問にこたえるつもりになった孝則は、食器棚の引き出しから、つかい古しのロードマップを取りだして、
「あの羽根つきにも、ほら、物を食ったりしたことの結果はあるんだろう?」
孝則は、ジョクの耳元できいた。
「え? そりゃそうです。生物というより、人間そのものですから……」
「フム、どういうんだ。気持ち悪くないのか?」
孝則の質問というか、彼のチャム・ファウにたいする感情を感知したガラリアは、はっきりとした意識を孝則にむけた。
「あれは、人を堕落《だらく》させるものだ。ご子息には、あれを捨てるように、お父上からもいってほしい」
「そうですか?」
孝則は、ガラリアの瞳を見つめてから、ロードマップで、それぞれの場所の位置関係の説明をはじめた。
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9 おばあちゃん
ジョクの祖母は、ドライヤーをつかって、ガラリアの革鎧を少しでもかわかそうと努力していた。
「おばあちゃん。あまり強い熱で乾燥させないで下さいよ」
ジョクは、この数年、寝たり起きたりをつづけているおばあちゃんが、こんなにも元気そうに振るまっているのを見て、あきれもしたし嬉しくもあった。
「今朝は、よく食べられたし、いいんだよ」
ちょこんと正座をして、膝《ひざ》の上に革鎧をおいたおばあちゃんの手は、とまることがなかった。
アの国で、こんな仕事は、新参の若い兵とか使用人のすることである。いやしくも、騎士の祖母にあたるものがやることではない。
ジョクは、自分のなかに、そんな意識が働いているのを自覚して苦笑した。
祖母のむこうの座布団のうえに、タオルをかけてもらって眠っているチャム・ファウの姿があった。
「チャムも……?」
ジョクは、祖母に瞠目《どうもく》せざるをえなかった。
その老いた小さなからだには、ガラリアやチャム・ファウを承服させる力があるのではないか、とおもったからだ。
しかし、すぐに、そうではなく、すべてのものを受けいれる寛容さをもてるようになると、周囲がこのように反応するのではないか、とおもい直した。
「そのチャム、ぼくの部屋にあがらなかったのか?」
「人見知りをする娘《こ》かとおもっていたけど、顔をあわせたのが、二度めだったからね。ここにきて、こうなのさ」
老いてにぶくなったのではないかとおもっていたが、ジョクは、そんなやさしい説明をするおばあちゃんを前にして、その疑いを撤回《てっかい》した。
『すべてに、ふつうなのだ』
そうはいっても、ジョクは、祖母が寛容で、柔軟性のある人ではないことは知っていた。
どちらかといえば、畑仕事しかしらない頑固者《がんこもの》で、生まれ育ったこの田無《たなし》という土地しか知らず、外国になど興味がなく、まして、異世界の人に接する能力などない人なのだ。
なのにこうなのは、祖母の他人にたいする姿勢が、土地の人にたいするのとおなじだからなのであろう。
それが結果的に、他人に差別を感じさせず、そのごくふつうの、自然な言動が、ガラリアやチャムを安心させているのだ。
ジョクは、チャム・ファウの前にすわりこんで、リモコンでテレビ局の報道を追いかけはじめた。
常田は、カメラを抱えて無遠慮に居間にはいってくると、座布団のうえのチャムの撮影をすませ、そのフィルムを抜きとってジョクに渡した。
「彼女と約束したから、君に預ける」
「悪いな。君を信用していないわけじゃないが、どうあつかったらいいか、考えさせて欲しいんだ」
「わかってる。ちょっと出てくる」
常田は、ジョクと居間の障子にもたれかかるようにしている杏耶子にいって、玄関のほうに出ていこうとした。
「どこにいくの?」
「コンビニさ。フィルムを買ってくる。将来、ちょっとしたスクープ写真になるチャンスだろ?」
その臆面《おくめん》もない声は、ジョクの神経にも障《さわ》った。
「……わたし悪くて……。彼、もうここに来させないようにしましょうか?」
杏耶子は、ジョクにきいた。
「いいさ。そんなことをして、彼が帰ってこないのはいいが、ぼくらのことをしゃべられたら、どうする? ぼくには、まだ対処の仕方がわからないんだから」
民放のテレビ局が、防衛庁の建物を映しだしていた。
リポーターの型通りの紹介のあと、画面は、その防衛庁関係者の記者会見場にかわった。
「……ですから、我々にもまだ具体的なことは、なにひとつわかっていないのです」
すでに報道陣とのやり取りが始まっていた。
「カメラは、まだいれないって約束でしょ!」
そんな声が、画面の外からきこえて、画面が揺れた。
「そうなの!?」
そんな抵抗する声も放送されたが、
「いいじゃないか。だけど、そのカメラを持ちこんだ局は、ほかの局との約束を破ったんだから、そちらサイドでちゃんとして下さいよ」
インタビューをうけるかたちを取っていた自衛隊の幹部《かんぶ》が、温厚な口調ではあるが釘《くぎ》をさしてからつづけた。
「防衛をつかさどる側から、こんなことをいうと国民から非難されるかもしれないのだが、我々の理解をこえるものだ、という表現しかできない現状なのです」
会見にのぞんでいるのは陸海空の広報担当者の幹部たちであるが、そんなことをザックバランにいってしまうとは、その幹部はよほど正直な人なのだろう。
そうでないとすれば、東京の空を飛んでいるものについて、入間から具体的な情報を手にいれて、それを隠すために煙幕をはっているのかもしれなかった。
防空態制はどうなっているんだ、というような質問が飛んだ。
「それについては、スクランブルはかけましたし、威嚇《いかく》して東京上空から排除《はいじょ》した、という状況であります」
航空自衛隊の広報担当がいった。
「昭島《あきしま》市方面に飛んだロボットの件は、どうなってんです?」
「そのことは、確認できていません」
「どうしてです? 首都を飛んでいるものが、追跡できないんですか」
「そういう問題ではないんです」
「でも、ウチのカメラは、それを撮影しているんですよ? まだ横田周辺の火災はおわっていないし、ほかの局のカメラも確認しているんです」
「横田基地に着陸したのを撮影したのは、うちのカメラです」
「ですから、現在、総力をあげて、確認中です。在日米軍からは、まだ、そのような報告は、はいっていません」
三人のなかでは上級者である陸上自衛隊の広報担当が、背筋をのばして応対した。
「どこが仕掛けてきたんです! 知っているんでしょ!」
その質問は、言葉と同じように気性のはっきりした男の声だった。
「なにがです! なにをです!?」
陸上自衛隊の広報担当の幹部が、年齢ににあわないリンとした声を発した。
「どこの仮想敵かわかってんでしょ?」
自衛隊にとって、一番口にして欲しくない言葉が、発せられたのだ。
「わかっていません。敵などと誰がいいました!? すべて不明です」
「首都を攻撃されたんですよ!? それなのに、防衛を担当する者が、そんなのんきなことをいっていて、税金の無駄使いじゃないですか! 今日までのバッジ・システムは、なんだったんです!」
「そういう性質の議論をする場合ではありません。現状は、説明いたしましたので、これで終了します」
「逃げるのか!」
「次の発表は?」
「不明です」
「なんでだ!」
「その無礼な質問をする男は、つまみだせ!」
そう発言したのは、別の局の取材関係者だった。広報担当の幹部たちは、その発言を味方にして、カメラの前から姿を消していった。
ジョクは、自分たちの特異な立場をおおやけにしなければならない時がきたのではないか、とおもっていた。
「どうしたものだろう?」
ジョクは、テレビのレポーターのいうことはきかずに、杏耶子に振りむいた。
一瞬、杏耶子は、困ったような顔をみせたが、
「この娘《こ》が本当に羽根つきのチビちゃんなら、この娘を世間さまに紹介すれば、いいんだよ」
おばあちゃんだった。
「本当にそうおもうかい?」
「簡単なことだろ」
「そうね。それが一番ね」
杏耶子が、居問の畳に膝をついた。
「そうするにしても、どういうルートでやったらいいんだ? 田無警察でいいのかな?」
そういったときに、ジョクは、現実的な問題を彷彿《ほうふつ》して、ゾクッとした。
どこかで、警察などとかかわりあうことの面倒さを意識するのは、普通の人の感覚であった。
ジョクは、普通の人なのだ。
「……厭《いや》なのでしょう?」
「わからないんだよ。ガラリアとバーンのやったことを、どうやったら、穏便《おんびん》に処理してもらえるか」
「ウソよ。バイストン・ウェルそのものをジョク一人の個人的な経験にしておきたいのよ」
杏耶子の瞳が、すっとジョクのまぢかにせまって、ささやくようにいった。
今までのものとちがった冷たさがあった。
「…………?」
「異世界の存在を証明するには、チャム・ファウは、絶対的な証人よ? 彼女を見れば、誰だってあなたたち三人が、異世界からきたって信じられるわ」
「そうかな? それほど人間ってやつは簡単か?」
「そうよ。簡単でないのは、あなたの心よ」
「そうか……ぼくは、バイストン・ウェルを他人には教えたくないのか……」
指摘されれば、きつい言葉だった。
杏耶子は、ひどく従順な反応をみせたジョクをみつめて、いまの指摘が自分の嫉妬からでたものではないことを祈っていた。
「そうだろうか? どうしたらいい?」
「こういうときのために警察があるんだよ」
おばあちゃんは、簡単だった。
「ほかの方法はないんだろうか?」
「警視庁レベルに、直接接触を取るほうがいいだろうな」
ジョクの父親、孝則が台所のほうから顔をのぞかせた。
孝則は、ようやく、現実的に自分たちが対処しなければならない問題を理解し、ジョク自身が、その問題で動かなければならなくなったことを心配し、かつ、安心もしたのだった。
わけのわからない事態の進行に身をおくとき、傍観者でないかぎり、自分ができそうなことが見つかると安心するものなのだ。
「……ガラリアさんは、かなり神経質になっているから、なんというか、組織の末端からはいると、彼女が暴発するかもしれない……」
「だれか知りあいがいるの? 警視庁とか自衛隊の上のほうに?」
「高校時代の連中で、何人か自衛隊関係者はいるが、みんなまだ若いしな……。警視庁にもいないではないが……」
婿養子の孝則は、鹿児島出身である。同郷人に、その方面の職業についている仲間はすくなくない。
孝則は、手帳を取りだして、住所録をくりだした。
「バーンが、横田基地にはいったっていうのは、本当なんだろうか?」
ジョクは、なんどとなくチャンネルを切りかえて、その場面をキャッチした映像をさがしたが、どの局でも見ることはできなかった。
「東京には、二人ほど友人がいるが、どうするかな?」
孝則は、そんなことをいいながら、台所にもどっていったので、ジョクもついていった。
「良子、お前の関係している局で、報道関係のプロデューサーかディレクターを知らないか?」
テレビを食い入るように見ているガラリアを凝視して、機械のようにお茶を飲んでいる良子に、孝則はきいた。
「あたしは、教養番組関係の人しか知りませんよ。どういうことです?」
「相談したい。ジョクとかガラリアさんたちを世間に公表するについての、もっとも安全で、ジョクたちが不利にならない方法っていうのを検討したいんだ。そういう意見をきける人はいないかね?」
「ジョクを助ける方法?」
「ジョクは犯罪者ではないよ。しかし、この世界でその証明をするのは、難題なんだ。それをうまくやる方法を見つけたいんだ」
孝則の説明の後半は、ガラリアも用心深くききとっているようすだった。
ジョクには、ガラリアがかなり孝則のいうことを理解しているようにみえた。
「どうだ? ガラリア? 父が考えていることは?」
「了解するがな。あたしは、実戦の最中《さいちゅう》だったのだ。その証明ができれば、あたしが、この世界でやったことが、戦闘行為であって、犯罪ではないと理解してもらえるわけだな?」
これは、すでに、鈴木や常田たちもまじえて語られた問題である。
ここにいる人びとがようやく、逼塞《ひっそく》せず、この世界の『世間』にでていこうと決意しはじめたのである。
「うちの会長も、政界と官界には個人的なルートをもっているとおもいますから、接触してもらいましようか?」
鈴木敏之である。
東京自動車工業といえば、日本でも三本の指にはいる自動車メーカーで、鈴木のいうことは期待がもてた。
「しかし、迷惑がかかるかもしれない」
「このことで、トージコーだけが、漁夫《ぎょふ》の利を得るという立場もかんがえられるな。それは、厭だ」
ジョクは、自身、とても先走り、事態を楽観的にみている発言と感じながらも、釘を刺すようにいった。
バイオ関係の研究を自動車メーカーの研究室でやっている鈴木が、オーラバトラーの技術を独占したいと考えるのは当然だからだ。
「そりゃそうです。そういった助平根性は否定しません。でも、ぼくが会長に直接電話をいれれば、そのことで首を切られるかもしれないんですよ? でも、いまは、穏便にみなさんの存在を、世間に認知させる必要があるんでしょう? そのためのお手伝いは、させて下さい」
「君の首を賭《か》けてか?」
ジョクは、ダメ押しをした。
「ええ、懸念しなければならない現実的な問題はありますけど、やりますよ」
「なぜだ?」
「すくなくとも、ぼく自身は、この現実を目撃して信じました。この幸運をくれたことにはお礼をしたい。首を賭けてもいいものです」
ジョクは、鈴木という独身のサラリーマンを信じる気になった。
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10 在日米軍基地
横田基地は、出動させた第七艦隊に所属する空母ミシシッピー麾下《きか》のヘリコプターをガラリア・ニャムヒーに撃墜され、さらにその報復に発進した最新鋭戦闘機の一機がバーンに撃墜されていた。
臨戦《りんせん》態勢にある。
当初、横田は、オーラバトラーは日本国内の不穏分子の策動《さくどう》か、自衛隊かどこかの企業で秘密裡《ひみつり》に研究されているものではないかと考えた。日本をこえる技術立国が、近隣にあるとはおもわれなかったからである。
その基地に、当のバーン・バニングスのガベットゲンガーが、接触しようとしているのである。
コントロール・タワーのスタッフならずとも、パニックにおちいるのは当然であろう。
バーンは、ガベットゲンガーにタワーの周囲を旋回させながら、驚愕《きようがく》の表情をみせるスタッフに、簡潔な意識をもって自分の立場を説明した。
バーンの意思は、コントロール・タワーにつめる数人の士官たちにつたわり、彼等は、バーンが敵性の存在ではなさそうだ、と理解した。
「いまの意思は、ロボットのパイロットからだな!?」
「あれは、ヘリをやった奴《やつ》とは形がちがう。エンジェル・フィッシュをやった奴じゃないのか!?」
自分たちがすぐには攻撃されそうもないとわかっても、右手に大口径の武器を装備した人型のマシーンが、巨大な昆虫のような羽根をふるわせて飛んでいれば、これを、ただちに現実のものと信じるのは、生理的にむずかしいことだった。
「司令官に照会する。しばらく滞空してくれ」
『待てない。いそぎたい』
バーンの意思は、かなり刺激的にタワーのスタッフの頭をふるわせた。
『ここの独断というわけにはいかないんだ』
そんな応答のあいだに、バーンは、ガベットゲンガーをコントロール・タワーの設置してあるビルディングの前に、着陸させてしまった。
ガベットゲンガーのオーラ・バッテリーの消費は緩慢《かんまん》なので、エネルギーの心配はないのだが、この世界での性能の確証は得ていないので、あとあとのことを考えて、バーンは用心したかったのである。
「…………!?」
しかし、ここは、警官たちとともに入間に着陸したときとは、ちがっていた。
ガラリアの攻撃の余燼《よじん》がくすぶっている基地の、建物を楯《たて》にして顔をみせる兵士たちや、軍用車両の陰から接近する兵士たちは、後続の者ほど、その武装を堅固にしてくるのがわかった。
小銃だけでなく、ひどく口径の大きな武器を肩にした兵士たちもみとめられた。
入間基地でみた隊員たちよりは共感できる容姿をしているものの、彼等の実戦なれしている挙動に、バーンは、ここでフレイ・ランチャーをつかうことになるかもしれないと覚悟した。
ガラリアのフレイ・ランチャーの攻撃を目《ま》の当りにしている兵士たちが、こんなにも近距離で包囲しているのは、死を覚悟してのことである。
洋の東西を問わず勇敢な兵士がいるものだ、と感動しながらも、包囲網を威嚇するために、バーンはガベットゲンガーの上体をゆったりとめぐらせて、彼等を睥睨《へいげい》してみせた。
「次元スリップをしたといったか……?」
ニゲス・ギンガム中将は、そのあとの言葉がでなかった。
「SFでもあるまいし、と感想をいうのは、やめておきます。どうなさいます?」
「会おう。相手の意思を確認する必要は、みとめるのだな?」
横田基地の司令官、ニゲス・ギンガム中将は帽子をとると、久しぶりに、実戦にのぞむときに感じる武者震《むしゃぶる》いにはげまされるようにして、執務室を足早にでていった。
「敵は、滑走路を百数十メートルにわたって溶かすほどの武器を携行《けいこう》しているロボットです」
ハレイ・ウォルターズ大尉は、いちおう自分の見たものを説明する気になっていた。
「いい。すぐに自分の目で確かめられる」
ギンガム中将は、ウォルターズ大尉の口をふさぐようにいった。
「ハッ! 申しわけありません」
ウォルターズ大尉は、この六十に手のとどきそうな将軍が、昔|気質《かたぎ》の軍人であることをおもいだしていた。
彼はつねつね、人類は猜疑心《さいぎしん》をそだてることによって、歴史を構築してきたのであって、一時の平和的様相は、次の戦争の準備をする時間かせぎでしかない、といっているのである。
もちろん、この時代、そんな主張をするのは、いたずらに誤解をまねくもとであって、ギンガム中将自身、若い部下たちのまえで、口にすることはなかった。
しかし、ウォルターズ大尉は、冷戦の時代がおわったにもかかわらず、その後におこった局地戦が、世界に影響をおよぼすものであったりするのをみて、ギンガム中将の主張は、あながちタカ派的な考えとはいえないのではないか、とおもうようになっていた。
世界が、経済構造を基盤にしてせまくなれば、軍事組織のありようは、過去のものとちがった位置づけを要求される。そういう時代がきた、という認識である。
軍事的組織が、ただ先細りする時代は、まだまだ後のことなのだ。
ニゲス・ギンガム中将のような軍人にとって、世界の守護神をもって任じていた米軍が、その敵を見失ってしまって、闘うべき敵を設定できないこの時代は、不本意であり、彼はフラストレーションにおちいっているのだと、ウォルターズ大尉は、感じとっていた。
今、ギンガム中将の意気があがっているのは、オーラバトラーなるものを、旧来の概念に合致した敵として設定できそうだ、と感じているからであろうと想像した。
「自分は、現実主義者だ。見たものしか信じない。ロボットなんて話は信じんが、見せてもらえれば、それを信じる……日本語という奴は、あれは、ロック・ミュージック以上にひどい音で、理解も想像も拒否する音声だ」
「ハ……? ああ!」
ウォルターズ大尉は、一瞬、狐《きつね》につままれたような表情をしたが、すぐに、ギンガム中将の最後の言葉は、謎《なぞ》の物体を報道する東京のテレビ局のことをいっているのだとわかった。
「事態の推移《すいい》は、横須賀《よこすか》と厚木《あつぎ》に逐一《ちくいち》おくっておけ。一挙に、ここが全滅させられるかもしれんからな」
ギンガム中将はそういいながら、自分の言葉に戦傑《せんりつ》したが、同時に、興奮する自分も自覚した。
このまま戦闘状態にはいるのも悪くはない、ということだ。
「……こんどは、一方的にやられはしない、ということを敵にみせてやる」
そうつけくわえてしまって、ギンガムは、あわててウォルターズ大尉に、ニッと作り笑いをみせた。
「冗談だよ。奴は、いわば、白旗をかかげてきたのだろう?」
こんな芝居は、大人的で、中将自身、好きではないのだが、これも指揮官としてやってみせなければならないことなのだ。部下によけいな不安をあたえてはならない、というのも戦場での鉄則である。
エントランスを横切ると、中将は、若者のように身軽にジープに飛びのった。
「……エンジェル・フィッシュがやられ、リチャードたちのヘリもやられちまったんです」
ジープを運転する軍曹が、中将に告げ口をするようにいった。
「知っているのか?」
「リチャード・コルボーンは同郷《どうきょう》で、高校の先輩でありましたから」
「そうか……」
中将は、やはり戦場にちかい、と実感した。
助手席の大尉は、電話をとってタワーとみじかい受け答えをしていた。
「厚木に着陸したキャグニー・ストガノムから、戦闘詳報がはいったようです。モーリー・エンゲルス中尉が、黒い人形《ドール》に撃墜されたのは、まちがいないようです」
「ここに着陸している奴のことか?」
「さあ……それは……」
さすがに、ウォルターズ大尉は、推測で即答するのはさけた。
「自衛隊からは、なんていってきているのだ?」
「反応がにぶい、というのが正確なところです。あのドールについて、なにか知っているような気配《けはい》がありますが」
「ということは、日本のどこかで開発されたものだということじゃないか」
「その点については、なんとも……」
ウォルターズ大尉は、それについて即答できる情報などはもっていなかったが、そんな馬鹿《ばか》な話はない、という気もなかった。
『ジャップは……!』とおもうだけなのだ。
連中のダークスーツとオリエンタル・スマイルは、裏でやっていることを隠している鎧《よろい》なのである。
日本企業がどんなに優秀でも、アメリカ文化の象徴であるハリウッド映画の会社まで買うような不見識さは絶対に承服できないのが、大尉なのである。
ビルの角をまがると、前方にガベットゲンガーが立っているのがみえた。
大尉は助手席から、包囲網をはる将兵たちに、道をあけるように命令した。
「ホウッ……」
巨大ロボットというので、どれほどのものかと警戒していたギンガム中将は、意外と小さくみえるので、多少安心した。
「速度をおそく」
大尉の緊張した声とともに、彼の右手が拳銃にかかるのを、中将は見逃さなかった。
「楽にな、大尉。軍曹も」
「ハッ!」
運転席の軍曹の背中が、小さく丸くなった。
「腹のところがコックピットか……」
中将は、ガベットゲンガーのコックピットの前に、クラシックな革のスーツを着込んで小銃をささえ持っている白面《はくめん》の青年を見とめた。
「…………!?」
ちかくで見上げれば、身長が二十メートルにみたない人型の乗り物といっても、それなりに脅威《きようい》を感じる立ち姿であった。
ギンガム中将は、コックピット前にたつ青年の端正《たんせい》な姿に、敵というものがいつも、凶悪な姿をしているとは限らないと自分にいいきかせながら、停車したジープから、できるだけゆっくりとおりてみせた。
「自分が、この基地の責任者である」
ウォルターズ大尉からいわれているとおりに、言葉を頭にうかべて、その概念をつたえるようにした。
『バーン・バニングスです。騎士であり、オーラバトラーのパイロットであります』
ギンガム中将は、頭にひびくような意識のつらなりに唖然《あぜん》とした。
「……あなたがしゃべっているのか?」
「そうだ」
ギンガム中将は、今度は、バーンの意思を、明瞭《めいりょう》に音声として正面からきいて、おもわずウォルターズ大尉を見やった。
「ふつうの人だぞ……!」
「自分も、姿をみるのは初めてでありますので……」
「状況証拠をかためるしか、我々には、貴兄《きけい》の立場を確認しようがない。そのためには、貴兄からもっと具体的な説明をきくしかない。そのために、我々は、貴兄を我が軍にうけいれたのだ。以後は、武装をといて対話する時間をもちたいが、いかがか?」
「貴公等にとって、自分は、敵対行為をとった者とみなされていよう。我が身とこのガベットゲンガーの安全が保障されないかぎり、ここを動くわけにはいかない」
中将は、バーンのいうところは了解したが、安全の保障などは、口でできるものではなかった。
中将は、ガベットゲンガーが自分の知識を超《こ》えるものではあるが、頭から拒否できる存在ではないと理解していたので、ここは、バーンのいいなりになってでも、このロボットを調べる必要があると決意した。
航空好きの人間には、ガベットゲンガーが技術の行きつく先のものらしい、ということを看過《かんか》できないのだ。
「……よし、わたしがそこにいこう」
中将は、ウォルターズ大尉に、タラップ車を用意させると、ガベットゲンガーのコックピット前のバーンと対した。
ガベットゲンガーを包囲する下士官や兵士たちは、事態の進行から、いますぐ生き死にの状態にはならないらしいと判断したらしい。
「カメラだ。あのロボットを徹底的に撮影しろ」
メンテナンス関係のクルーを中心に、一般将兵たちも、われ先にとホームビデオやらカメラを取りに、隊舎に駆けもどっていった。
横田基地が、バーンのいうショット・ウェポンなる人物のデータを収集するのに、時間はかからなかった。
カリフォルニア工科大学に所属する教授でバイオ・テクノロジーの応用、工業化については、かなりの論文もかいている人物だったからだ。
「……君のいうことに、かなりの真実がふくまれていることは、了解した」
ギンガム中将は、ウォルターズ大尉がショットのデータのファイルと一緒に、お茶とクッキーのトレイもはこんできてくれたので、それを二人のあいだに置いて切り出した。
「で、貴軍は、自分とガベットゲンガーをどうあつかうのか?」
「誤爆によって、我が軍のヘリコプターとジェット戦闘機が撃墜されたことについては、純粋な軍事行動とみなそう。が、これは、わたしの私見だ。正式の審判をうけてもらえまいか? 我が本国で?」
「それをうけいれれば、自分がバイストン・ウェルに帰る方策を検討するという件は、了承してもらえるのか?」
「万全の研究体制をとる。むしろ、我が軍のパイロットも同道して、バイストン・ウェルのコモン界を見聞させてもらいたいくらいだ」
ギンガム中将の言葉は、半分ウソであった。
彼は、そんな異世界の存在など信じてはいないのだが、その意識は、バーンに感知されることはなかった。おたがいに、言葉がつたわらないために、相手の表層意識にあるものを理解しようと、必死だったからだ。
「……その間、自分とガベットゲンガーの安全をどう保障するのか」
「技術的な質問だとおもうな。信じてもらうしかないのだから……」
その後、二人はその問題について協議したが、バーンは、アメリカ本国にいくということに心をひかれ、それに、ガラリアを同道したいということにこだわっていた。
しかし、ガラリアがヘリコプターを誤撃した問題が、本当に不問に付されるという保証がないかぎり、彼女をよぶべきではない、と判断した。
「数時間以内に、貴公のオーラバトラーを輸送する飛行機を用意させる。その間は、ここにテントを用意させるので、そこで休息していただきたい」
ギンガム中将は、ウォルターズ大尉にそれらのことについて命じた。そうしてから、バーンという男は、ほんとうは何者なのだ、と考えこんでしまった。
バーンをアメリカ本国に移送するという判断で、自分が左遷《させん》されることなどはないだろう、とはおもったものの、タラップの下から見上げるガベットゲンガーは、やはり、実在感が稀薄《きはく》なような感じがした。
『まるで、カトゥーンの世界にしか見えないが……』
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11 重役室
その日の東京は、昼ちかくには、快晴になった。
気温も、夏の暑さにちかくなっていた。
小笠原《おがさわら》の南方洋上から北上する台風は、進路を北西にかえて、二日後には、本土に接近するか上陸する可能性もでてきた。
そんな正午前の天気予報をながしたあと、すべてのテレビ局は、バーン・バニングスのガベットゲンガーと自衛隊機の不時着ニュース、横田基地周辺の火事、板橋区内に撃墜された米軍機とそれにともなう火災のニュースで時間をうめた。
それに、田無周辺の空域で、行方不明になった二機のオーラバトラーのことも、追跡報道されていた。
しかし、この時点では、どのテレビ局も、オーラバトラーという単語をつかうことはなく、各局で好きな表現をつかっていた。そして、どの局もこの四つの事件が、一連のオーラバトラー関係の事件である、という表現もさけていた。
その用心深さは、日本のマスコミ一般の通癖《つうへき》である。報道の自由を口にしながらも、自分たちの意見をいうことを極度に警戒するという心理がはたらくからであろう。誤報をおそれるのだ。
私見でさえ表明するのをはばかるというのは、電波を管理している政府官僚にたいしての気兼《きが》ねであり、スポンサーに嫌われないように生きる術《すぺ》を身につけすぎた結果である。
報道の自由をいい、民主主義のルールを尊重する尖兵《せんぺい》と自覚しているマスコミならば、それら強権にたいしても毅然《きぜん》たる態度をとるのが本来の姿であろうが、残念なことに、テレビも新聞も、ただの企業になりさがってしまったのである。
企業が生存していくためには、収益率を維持しなければならないから、一方的にマスコミを非難することはできない。受け手としての大衆にも大きな責任があるということだ。
面白《おもしろ》くなければ読みもしないし、観《み》もしない大衆相手では、リベラルにマスコミ経営に取りくむ企業家などはいなくなるのである。
しかし、企業や官僚のトップには、それらの問題を承知して、ある種の理念をもって経営に参画しているケースもおおい。
が、組織が巨大になればなるほど、組織を維持管理するために膨大な中間知識層が存在して、それら小利口な中間管理職が、洞察力を秘めた一人の人間の意思を、組織のなかで吸収していく、というシステムの闇《やみ》の部分が作動する。
この組織の悪癖《あくへき》は、それだけにとどまらず、コネクションと僥倖《ぎようこう》によって出世した愚鈍《ぐどん》なトップの才能のなさを、隠蔽《いんぺい》するという効用があるために、真実の悪の根は、永遠に根絶されることがない。
この日。
東京自動車工業株式会社、通称トージコー。もっと一般的にいえぱ、日本でもっともロングランのスポーツカー・シリーズ『セリティ』を生んだ会社である。
その重役会議のおわった直後の会長室の電話がなった。
「ン……」
六十歳なかばでありながら、見た目には、四十代かと思わせる精悍《せいかん》な印象をあたえる技術者あがりのトージコーの会長、富房源治《とみふさげんじ》は、秘書からの確認にちょっと考えてから答えた。
「鈴木敏之クンね。いいよ。つないでくれ」
「はい……」
富房源治は、デスクのむこうの会議テーブルにすわっている六人の役員たちの顔を順に見まわすだけの時間があった。
「あの、会長でいらっしゃいますか? じ、自分は、杉並《すぎなみ》の研究室第八課の鈴木敏之であります」
こんな風に、若い社員が、直接会長に電話をしてくれば、緊張するのは当り前である。富房は、鷹揚《おうよう》だった。
「おぼえているよ。鈴木君。なにかね?」
富房は、目の前にいる役員たちの反対を押し切って創立させた研究室のスタッフであるので、鈴木をおもいだすことができたのだった。
一研究員が、自分を名指しで電話してくるのはよほどのことである。
第二次大戦後のある時期までなら、労働組合員が電話をしてくることもあったが、日本経済が順調に成長して、ことに、ふたつの石油ショックをのりこえてからは、富房は、平社員からの直訴《じきそ》を経験していなかった。
これは、富房にとって、面白いことではない。
「本日、朝からの一連の事件、ご存知でしょうか?」
「ロボット騒ぎか?」
「はい。ロボットというよりも、もう少し性質のちがうものでして、オーラバトラーといいます」
「……? 正気か?」
「はい、正気ですが、すごく興奮しています」
富房は、電話を切るべきかとおもう。
「事情を説明しないと、納得していただけないのはわかりますが、会長のお立場ならば、良いアイデアがあるのではないかと、お電話をしたのです」
「要点は?」
役員たちは、ヒソヒソと私語をかわしながら、迷惑電話をうけているらしい会長に同情するようすをみせた。
専務がたって、かわりましょうか? という仕草をしたが、それがかえって、富房に鈴木との電話をつづけさせることになった。
富房は、営業なれしている人のものごしが、本能的に嫌いなのである。
それと、昼食の弁当がはこばれるのを待っているときで、即刻電話を切る必要もなかった。
「ハッ、その……練馬に着陸した黒いオーラバトラーの戦友という人と、今、いっしょにいるのです」
「なんだい? もう一度いってくれないか」
若い社員からセンユウという発音をきいても、すぐに、戦友という熟語をおもいつくものではない。
「はい……事情はちょっと面倒ですが、そういうことになってしまって」
「ちょっと待て!」
富房は、まだ鈴木敏之のしゃべっていることは理解できなかったが、受話器をふさぐと、秘書に電話を録音させるように、いちばん手前の席にすわっている役員に指示した。
「ハッ……録音?」
「うちの研究員がおもしろい経験をしているようだ。むこうで……」
富房は、秘書室のほうの電話で、傍聴《ぼうちょう》しろと目くばせした。
役員たちは、そそくさと秘書室に移動しはじめた。
「軍隊の戦友という意味だな?」
「はい……同僚だったようです。それで、練馬に自衛隊機を着陸させた黒いオーラバトラーと、いま、自分がいるところのすぐそばにあるオーラバトラーとですが、それが、なんというか、バイオ・システムみたいなもので動くということで、興味がある対象なんです」
富房は会議室のすみについているテレビの画面ににらむような視線をむけた。音声はだしていないものの、チャンネルはNHKに固定してあるのだ。
「ウム……我々のいうロボットとはちがうのだな?」
「本質的にちがいます。断定できます」
「専門的なことはいい。それで、なんでわたしに電話をくれた?」
その切り口は、人の上に立つ男のものだった。
直感的に、鈴木がかかえている問題は、たんにオーラバトラーの問題ではない、とわかったのだ。
「はい、オーラバトラーを操縦してきたパイロットたちの背景がひじょうに複雑で、なんというか、そのオーラバトラーを持ちこんだ人を、安全に保護する方法がないものかと、悩んでいるのです。現在いる場所は、民間の普通の家ですから、いつ周囲の人に見つかるかヒヤヒヤしているのです」
「保護する? 自衛隊は、練馬に着陸したロボットは、横田にはいったと報告しているじゃないか。そのことか?」
「ええ、あの技術が、アメリカにもっていかれるのもちょっと問題があるようですし、つまり、どうやって、オーラバトラーを安全に、かつ、我々の管轄下《かんかつか》において、おおやけの場に登場させられるかということです」
「どうしたらいいのか?」
「つまり、ぼくは、二機のカットグラといっしょで、とてもハッピーなんですが、彼等は、敵対行動をとるつもりなどは毛頭《もうとう》なかったのに、この大事件をおこしてしまいました」
「なるほど……」
富房は、テレビ報道を全面的に信じてはいなかったが、練馬に強行着陸した自衛隊機のパイロットのインタビューをきいてから、この事件を不思議に面白いものではないか、とおもうようになっていた。
しかし、パイロットのインタビューは、ひとつの民放がしただけで、それもインタビューの途中で、別の自衛隊員にことわられて、中断するような恰好《かっこう》でおわってしまったのだ。
その自衛隊員が、調査隊のスタッフであることを、富房は直感的に了解していた。
「横田基地を爆撃し、板橋方面でも、米軍機を撃墜したんだぞ?」
富房は、鈴木が置かれている立場のディテールを知りたくなった。
「彼等は、この世界で、フレイ・ボンムがあんな威力を発揮するなんて、ガラリアだってジョクだって、しらなかったんです」
鈴木の興奮している口調はかわらなかったが、デッチアゲではない、真実だと感じられる口調だった。
「よろしい。わたしになにをしてほしいのだ?」
「は、はい。彼等は、この世界に出現したことを、いい意味で世間に知らせなければ、自分たちが、抹殺《まっさつ》されるのではないかと恐れています。ですから、どこか安全に身を置ける場所をお教えいただきたいのです」
「彼等がきたところに、帰ればいいのではないか」
「それができないのです。どう帰ったらいいのか、その方法がわからないのです」
「フム……それで、隔離とか保護とかいうのか?」
「はい、ここには、横田でヘリを撃墜し、基地周辺に火をつけた張本人がいて、彼女をガードする形で、もう一人の騎士がいるのです」
「キシ? なんのキシだ?」
「ああ、ナイトです。馬に乗る戦士。いや、パイロットです。いまはオーラバトラーのパイロットです」
「君の杉並の研究室の敷地が、あるじゃないか?」
「米軍とアメリカ大使館が、日本政府に抗議をしているような状況では、オーラバトラーは飛べません。ですから、おおやけの許諾《きょだく》を得られないか、と会長のお力をお借りしたいのです」
ようやく話が、要点に到達した。
「そういうことでは、わたしにも、いますぐにはちょっとアイデアがないな……。電話を切ろう。いったん考えさせてくれ。君はそこを動くな。電話番号は教えてくれるか?」
「会長ご本人にはお伝えしてもいいんですが、これ、盗聴されていませんか?」
「盗聴? そう正面切っていわれれば自信はないが、この十年、業務上、そういう形跡《けいせき》はないはずだが……」
富房は、苦笑した。しかし、不愉快な話ではない。少年時代に読んだ冒険譚《ぽうけんたん》を彷彿《ほうふつ》とさせるような、素朴な話だからだ。
富房は電話をきり、秘書室からかけもどってくる役員たちにいった。
「……鈴木君の話を信じる信じないの議論はやめよう。あのような機械があるのなら、それを、見すごしにはできない……常務。この話の指揮は、わたしでいいな? さきほどの業務の決定事項については、まかせるよ」
鈴木との電話をきったとたんに、富房は、鈴木をフォローしようという決心をしていたのである。
「しかし……もしまちがいだった場合、会長の名前に傷がつきます。午後の予定もそれなりにございましょうに?」
秘書室から先頭をきってもどってきた常務は、あからさまにあきれ顔をみせた。
「ああ、どうとでもするさ。古山《ふるやま》君」
富房は、秘書をよんだ。
古山とよばれた中年の女性は、昼食の弁当がとどいたことを重役たちにつたえていた。富房は彼女に、午後の面会人のキャンセルと、会長室に、東京の民放すべてを映しだせるだけのモニターを運びこむようにいった。
富房は、ぜんぶの指示をあたえ終らないうちに、自分で電話のプッシュ・ボタンを押しはじめていた。
「会長! 総務の若い者をよびますから」
運びこまれる弁当になど目もくれずに、重役の一人がいった。
「そりゃ、だれかに動いてもらわにゃならん。口のかたい連中を二、三人、待機させてくれ」
そういっている間に、富房は、受話器のむこうに若い女性の声をきいていた。
「はい、ジョウですが?」
その声をきいて、富房は、心のどこかで清涼飲料水を飲み干した時のようなさわやかな感覚をおぼえた。
「ああ、富房ともうします。鈴木君を電話口に、お願いします」
その女性が、ちかくにいるらしい鈴木を呼ぶ声がきこえた。
「はい! さっそく、すいません」
「ウム。ひとつ教えてくれ。そのオーラバトラーか? それが異世界のものだと証明できる決定的なものでもなければ、わたしは手伝えんよ?」
「ありがとうございます! それはいます。絶対的です」
「オーラバトラーは、動かせんのだろう? それでは、駄目だぞ」
「可能です」
「うちだって、自衛隊との関係もあるし、防衛庁や政府関係にも知ったものがいる。そういう公《おおやけ》か、そういう機関の連中を承服させられるものがなければ、救済も保護も要請はできんのだよ」
重役たちは、会長の語調に、酔狂《すいきょう》な事件と関与することをあきらめてくれるかもしれないと、一瞬、安堵《あんど》した。が、その期待は、簡単にうちやぶられた。
「……羽根つきの人間!? 身長が三十センチだと? バカなっ!……写真がある? ビデオはないのか?……フン? フィルムの状態? それでもいい。まず、それを見せろ。それまでは……いや、小さいものならば、隠してもってこれるのではないか?……もってこれない? なんでだ?」
さすがに、そのやりとりに、その場にいあわせた人びとは、弁当をひらくのもわすれて、おたがいに顔を見合わせた。
「……そのチビが、わがまま? ジョクのいうことしかきかない?……ああ、わかっている。そうか、チビでも人間だというのだな。よし、フィルムをすぐに取りにいかせる。杉並の研究室からなら、そこまでは、時間はかかるまい? それを研究室で現像させて、プリントをこちらにまわさせろ。いいな?……わかっている。おおやけにするまでは、用心させるよ」
富房は、その人の手配を専務にまかせると、ようやく、テーブルについて、重役会議に似合わない質素な弁当をひらいた。
役員たちも、富房にならいながら、口々に電話の内容について、ききただした。
「諸君が、わたしの口からきいた以上のことを、わたしも想像できんのだ。最後に、冗談話になったかな? 鈴木に、かつがれたか?」
富房は、照れてみせたが、鈴木敏之の真剣な声音《こわね》には、いっさい疑義をもっていなかった。
普通の社員ならば、あそこまでウソをつくりあげることはできないだろう、という確信である。
ただ、ひとつだけ別の可能性はあった。鈴木が、なんらかの理由で脅迫《きょうはく》されているのかもしれない、ということである。
『そうではあるまい……。そこまで、マンガのストーリーをやれるものか』
会長室のテレビは、横田基地に着陸したオーラバトラーを、フェンスごしに超望遠レンズでとらえた映像をながしはじめていた。
が、そのオーラバトラーの周囲には、テントのようなものが、準備されはじめていた。
「なにやっているんだ? 米軍は?」
その光景をみて、富房の技術屋的なセンスに、グサッとくるものがあった。
「横田が、あのロボットを見せたがらなくなったということは、本物だな?」
れんこんの煮物を口にしながら、富房はひとりごちた。
「そういえば、以前、ソ連のジェット戦闘機が、函館《はこだて》空港に亡命したときの自衛隊の処理に似ていますな?」
「そうだ。そういう価値があるものなんだ」
富房は、この問題を現実的なものと捕えたほうがいいと決めた。富房は、立ちあがってデスクのインターホンに向かっていった。
「古山君。官房長官と接触できないかさぐってくれ。相手の秘書には、現在都内をさわがせているロボットの問題で、有力な情報を手にいれたといってな」
「会長! その写真とかを、確認してからでいいのではないんですか?」
背中から、とがめるような常務の声に、富房は、作り笑いをみせてふりむきながら、
「子供っぽい想像だがね、横田基地が、あのオーラバトラーのパイロットと接触して、なんらかの情報を手にいれて、鈴木君のところにあるオーラバトラー、カットなんとかといったな……」
「カットグラ、二機と……」
「そうだ。それも米軍に確保されて、手がだせなくなったら、どうする?」
「そうですが……あんなもの、模型だってこと、ありませんか?」
富房は、目の前にいるしかつめらしい大人たちと、顔をあわせているのが厭になった。
テレビのほうをチラチラと見やりながら、黙々と弁当を口にした。
役員たちも、富房がそういう姿勢をみせたときは、なにもいわないほうがいいと知っているので、おなじように弁当を処理することに専念した。
研究室から出る人の手配をした専務が、秘書室からもどってきた。
「だれが出られるんだ?」
「ハッ、大峰《おおみね》室長と、橋田常行《はしだつねゆき》君がいってくれました」
「そうか。よし、あとは、待つだけだ」
富房は、もう周囲の雑音などに関心はなかった。
年寄りの世迷《よま》いごとだ、とでもおもわせておけばいいと覚悟した。
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12 杏耶子とガラリア
中臣杏耶子が、ジョクたちをどこにおくべきかと考える以前に、その存在を社会にしめしてしまったほうが、安全ではないかとおもったのは、トージコーの杉並の研究室からきた大峰と橋田が、手にしたカメラと照明器つきのビデオ・カメラをつかいはじめる光景をみてからだった。
『あたしたちは、なにを迷っていたんだろう?』
彼等は、鈴木の最後の電話から三十分もしないで、城家をおとずれて、居間で眠りこけているチャム・ファウを撮影し、竹藪のカットグラの前にいっては、機体を隠していた竹をどけて、機体を撮影したりした。
「ちょっと! そのライト使うのやめて下さい。外から見えてしまうでしょ!」
杏耶子は、ジョクを押しのけるようにして、大峰と橋田に抗議した。
「でも、会長に納得してもらえるような映像でないと、会長としても手助けをすることができないじゃありませんか」
大峰は冷静に会社の立場を説明しながらも、カットグラから目をはなすことはなかった。
「本当にこれが飛んだんですね? ジョクさん、ちょっとだけ、動かしてくれませんか? そうすれば、本当に、ビデオだけ見ても、誰でも信じてくれますから」
橋田はライトを消しもせずに、二機のカットグラを四方から撮影していた。
「いいかげんにしなさい」
杏耶子は、ついに、橋田のビデオ・カメラをうばうようにして、
「なんであなた方を呼んだんだか、まるでわかっていないのね。もうお帰りなさい」
「あなたは、何者なんです? カットグラといっしょに、そのバイストン・ウェルとかからきたんですか!?」
若いぶんだけ橋田は、元気がよかった。
ライトは消したものの、怒る杏耶子とカットグラ、それを傍観するジョクとその両親たちを撮影することもわすれなかった。
「そうだな。もうやめてもらいましょう。十分、撮影なさったでしょ」
ジョクは杏耶子のナーバスさの原因がわかって、大峰が手にしているカメラをやや強引にとると、そのフィルムを巻きあげてしまった。
「君っ!」
「状況が状況ですから、ここは、我々にしたがってください。橋田さん。ビデオをとめてください。でなければ、テープを没収しますよ」
そんな応答を見ていたジョクの両親は、そそくさと勝手口から消えると、居間の方にあがっていってしまった。
いれかわるようにガラリアが、勝手口から顔をだして、
「どこの世界にも、ガロウ・ランがいるんだねぇ」
と、せせら笑った。
「ハ、ハハハ……ガロウ・ランね……」
ジョクだけが、笑った。
「…………?」
大峰が妙な顔をみせて、ジョクとガラリアを見くらべた。
「テレパシーのようなものです、と説明したでしょう? 彼女が、ガラリア・ニャムヒーです」
「あんたたちのバタバタするのを見ていると、本当に、人は信じられないものだ、とおもうよ」
大峰が、不愉快そうな表情をみせたが、引きぎわだとおもったのだろう、
「すみませんね。悪い気持ちにさせてしまって。電話をお借りできますか? 会長に、報告だけはさせてください。きっと悪いようにはしませんから」
「そうして欲しいですね」
ジョクは、杏耶子の前にでて彼女をなだめるような仕草をみせて、大峰と橋田を勝手口にうながした。
ガラリアは、彼等のために入口をあけた。杏耶子は、鈴木をさきに勝手口にいれるようにした。
勝手口の前には、浴衣すがたのガラリアと杏耶子がのこった。
『アヤコか?』
「はい……」
『ジョクとは、ゆうべ会ったのがはじめてだというが、おなじ民族のせいなのかね』
「どういう意味でおっしゃっているのでしょう? この国は、正確にいえば、同一民族の国ではありませんよ。それほど簡単に、馴《な》れあってもいないし……」
杏耶子は、ロジックをはっきりさせるように意識したが、上手《うま》くできなかった。
『みんな黒い髪をしている国でも、種族のちがいはあるのか』
「いまは、誰も民族のちがいは意識していませんけど、人の差別はありますし、そういったものをのりこえようとする意識ももっていますよ」
『のりこえようとするか……』
ガラリアは、ジョクに接近していたころのことをおもいだして、胸が痛んだ。
『お前は優しすぎる。それでは、あたしの立場はなくなるな……』
ガラリアの慨嘆《がいたん》は、明瞭に杏耶子の脳髄《のうずい》をうった。
杏耶子も胸が痛くなったが、それは、ガラリアに同情しすぎる部分があったからだろう。次の言葉がすぐにおもいつかなかった。
「……でも、この家は、あなたを受けいれています。ご安心なさってもよいとおもいます」
ようやく、そうつたえることができた。
ガラリアの瞳が地におちてから、杏耶子を見かえした。
『あの連中がはいってきて、ここは変わった。結界が切れた、という感じがする。ジョクは、うかつだった』
「そうですか?」
『それを感じているから、あんたは、あの連中に、あんなに怒ったのだろう?』
ガラリアは、おばあちゃんからもらった団扇《うちわ》をパタパタとさせた。
ガラリアの指摘が正しいものだったから、杏耶子は、意識を停止して、無理に別のことをきいた。
「ガロウ・ランって、なんです?」
『ああ、さっきの話か? ガロウ・ランは、地面からわきでてくる醜悪《しゆうあく》な連中のことだ。地底世界というのがあってな、そこからコモン界にでてくる連中は、なにか、あたしたちコモン人の悪い部分しかもっていないような連中なんだ。あたしたちの国は、連中にのっとられそうになったが、ジョクたちのおかげで、駆逐《くちく》することができた。あの頃《ころ》は、ジョクは、あたしのいい戦友だった』
ガラリアの意識のながれは、饒舌《じょうぜつ》にきこえた。
だが、杏耶子は、新しい知識が染みこんでゆく過程をたのしんでいた。
「そのこと、すこしジョクさんからききましたけど、なぜ、ジョクが、うかつなことしたのか……」
杏耶子は、はじめはジョクに敬称をつけ、そのあとでは、呼び捨てにしている自分の意識のありように気づいて、また意識をとめた。
で、ガラリアの瞳のなかに、自分の意識をなげこむようにした。
そんな杏耶子に、ガラリアは微笑するような柔らかさで、こたえてくれた。
『正直な女だね……』
ガラリアの感想だった。
「……ジョクさんは、元の世界にもどって動揺していたこともありますけど、ガラリアさんたちをどうしたら安全にしておけるかって、いろいろな可能性をさぐっているから、あの人たちをうけいれたんですよ」
「ハハハ……」
ガラリアは朗《ほが》らかに笑った。
「だからこそ、ジョクは騎士なのだよ。だから、好きなのさ」
ガラリアはそういって、応接間のほうで、卜ージコーの男たちが退出するらしい気配をかんじて、杏耶子をさそった。
杏耶子はガラリアを先に勝手口にあげるように身をひいた。
ふたりの女は、そうやって勝手口にあがっていった。
「なにか、欲しいものはありませんか?」
榎本《えのもと》さんが、応接間のほうに空《から》の盆をもっていきながら、ふたりにきいた。
「いえ、あたしは結構です」
『そちらのかたづけがおわったら、甘いものをもらえますか?』
杏耶子は、そのガラリアの意識が榎本さんにつたわるのかと心配したが、よけいな心配だった。
「はい、はい、ちょっと待ってくださいね」
榎本さんは、元気に返事しながら、応接間のほうにきえていった。
ジョクの家のお手伝いさんの榎本さんは、次々とくるお客に多忙だったが、テレビで報道されている事件に関係のある人びとといっしょにいられるので、張り切っていた。
「どうでした?」
応接間には、ジョクの父親の孝則と常田が、同席していた。
「内閣関係の人とコネをもっているようなんだ。鈴木さんの会社の会長さん」
ジョクは、うっとうしそうにいった。
「そう……」
ガラリアがジョクのかたわらの椅子《いす》にすわるのを見ながら、杏耶子は、入口のところで、玄関のほうからもどってくる鈴木を見やった。
「……どうも」
鈴木は、どこか緊張して、ペコリと頭をさげ、自分のすわれそうな椅子をさがした。
「すみませんね。鈴木さんとのお約束では、常田さんの撮影したフィルムを渡すはずだったのに、出すのを忘れてしまって」
「ああ、いいんです。あれだけ撮影させてもらったんですから。あれで会長だって信用してくれます。絶対、悪いようにはしません。うちの会長は、結構、人格者で文化財団なんてのも主宰《しゅさい》しているんですから。きいたでしょ。大峰室長が、会長とやりとりした電話。あれだけでも、会長は絶対、本気になって、我々に力をかしてくれます」
「ありがとうございます」
ジョクは、両手をもむようにして、一同を見まわしたものの、次になにをいおうかと迷っているようだった。
ガラリアは、そんなジョクをすぐ横から見つめて、眉《まゆ》をけわしくした。
杏耶子は、戦友同士で、なにごとか画策《かくさく》することを考えていると感じて、
「……お宅の会長さんが、政府関係のトップと接触がとれるというのはありがたいけれど、それでどうなるのです?」
杏耶子は、ガラリアとジョクのガードになれない自分に、感情がささくれだつのがわかった。
ことに、ガラリアからあんなにやさしく、自分の存在を認めてもらったのだから、見返りをあげたいという気持ちになっていたのだ。
「ジョクさんとガラリアさんの身の安全を確保するためです。ぼくには、そのつもりしかありません」
鈴木は、ケロリといった。
「そうかしら? あなたは、技術者だからしかたがないことでしょうけど、オーラバトラーの技術的なことにしか興味がないんでしょ?」
「それは、否定しません。でもね、横田基地は、バーンさんのガベットゲンガーを隔離しはじめました。第二次大戦の戦後処理で、アメリカがやったこととおなじでね、技術の独占をはかろうっていう態度なんですよ」
それは、会長がうしろだてになってくれた、という自信がいわせていることである。
ジョクと杏耶子は、そんなことをいう鈴木を相手にしようとはしなかった。
ガラリアは、鈴木に嫌悪感をいだいていたが、オーラ・マシーンの開発に勝った国の騎士としては、鈴木のいうことが理解できた。
「でもね、この地上世界は、ガラリアさんが想像されるような天国ではないのです。競争の世界なんです。韓国《かんこく》だって台湾《たいわん》だって、東南アジアの国々だって、日本を追いこすために必死なのですから、傍観するわけにはいかないでしょ」
ガラリアは、鈴木のいおうとするこまかいことには興味はなかった。ジョクの手の甲をたたいてから、立ちあがった。
「…………?」
「ふたりで話をしたい」
「そうか……鈴木さん、おたくの会長がどう判断なさるか、すこしは時間があるでしょうから、それまでは、ここにいてください。これ以上の接待ができないのは、ご承知ですね?」
さすがに、鈴木は、杏耶子のほうに曖昧な作り笑いをみせたりして、自分の饒舌《じょうぜつ》に照れてみせた。
『まったく、あんたは、子供みたいな顔をして、あたしたちの身の安全とひきかえに、カットグラを掠《かす》めとることだけしか考えていない』
「え……!?」
杏耶子の意識をもふるわせるようなガラリアのその意思に、鈴木は、ビクッとからだをソファのうえで跳ねさせた。
ガラリアは、杏耶子に肩をすくめるようにして、ジョクよりさきに、応接間をでていった。
「同情できないわね。サラリーマンのお立場では、仕方がないんでしょうけど、ご自身の目的意識をわすれなさすぎるんですよ」
杏耶子が、その場をとりつくろうようにいったのは、二階にあがっていってしまったガラリアとジョクのことが気になっている自分の気持ちをかくすためだった。
杏耶子のように、平和しか知らない時代の、友情さえも死語になっているような世代にとっても、戦友同士のつながりが、はたから断ち切れるような関係ではないだろう、ということは想像がつくことだ。
それが、うらやましいのだ。
しょせん、杏耶子にとってのジョクは、ゆうべたまたま感じた錯覚でつながった関係でしかなく、なんの実態もないものなのである。
杏耶子の片思いでしかない。
勝てない……。それが実感だった。
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13 地上人、来たる
「チャムちゃんは?」
「はい?」
杏耶子は、ジョクのおばあちゃんが、応接間の入口につかまるようにして、のぞいたので、ギョッとした。
しかし、鈴木を相手にしないですむので、ホッともする。
「いないんですか? ジョクさんの部屋に、あがったのではなくて?」
「ちがうね。イヤダーって、叫んでいたから、外にいったんだろうねぇ。ジョクにしかられちゃうよ」
おばあちゃんは、心配した。
「ちょっと見てきます」
「ガラさんは?」
「え? ジョクといっしょに階上《うえ》にいきました。なんか相談があるみたいですよ」
「そうかい? ジョクに内緒《ないしょ》でみてきておくれではないかい」
「はい」
杏耶子が、おばあちゃんのわきをとおって、台所をのぞきにいったのは、常田のことが気になったからだ。
居間では、ジョクの両親が、深刻な表情で顔をつきあわせていた。
常田は、台所でジョクのオールレンジの受信機のまえで、しかつめらしい表情をつくっていた。
「チャム? いません?」
「え……? そこ飛んでいましたけど……」
洗いものをしていた榎本さんが、ふりむいた。
「入間、必死だな。この場所、特定されそうだぜ」
常田が、杏耶子の顔をチラッと見あげて、おしえてくれた。
「どうして?」
「目撃情報を総合して、ということらしいね。警察とも連絡をとりはじめて、リアクションが早くなっているよ」
「そう。ありがと」
杏耶子は、パタパタと廊下から、階段を駆けあがっていった。
「ジョクさん! チャムいません?」
ジョクの部屋をノックしながら、きいた。
「いや、かってに出たのか?」
ジョクは、ドアをおおきくひらいて、眉をしかめた顔をのぞかせた。ガラリアは、窓をひらいて外のようすをのぞいた。
「まだ、家の全部はみてませんけど。奥のほうのようすは知らないし、おばあちゃんは、居間にいるんです」
「そうか……見てくる。ガラリアは、そこからチャム・ファウが、庭から外に出るようなら、しかってくれ」
「…………」
ガラリアは、ムッとした顔を杏耶子のほうにみせたが、拒否することはなかった。杏耶子は、ジョクを追いたかったが、そのガラリアの表情に惹《ひ》かれるようにして、ふりかえった。
「…………?」
ガラリアは、『おや?』という顔をみせた。そのかすかな疑問の意思も、杏耶子は感知できた。
「どうするんです?」
『じっとしているわけにはいかない。ジョクの家で休ませてもらったおかげで、からだも楽になった。ためしてみる』
戦士の覚悟といったものが感じられるガラリアの決意だった。
「どうやって?」
『バイストン・ウェルに帰る方策が見つからなければ、退《ひ》くも攻めるもできない。しかし、オーラバトラーもある。あの性能をためす必要はある』
ガラリアは、女同士の共感を感じたあとだからだろう。そういってくれた。
「あの……くれぐれも、急ぎすぎないでくださいね」
『死に急ぐつもりはない。せっかく地上世界をみたのだ。長生きする価値はある』
ガラリアが、表面の意識とは別に、チャム・ファウにたいする嫌悪感に、いらだっているのが杏耶子にもわかった。
『よほど嫌いなんだわ』
杏耶子は、内心、苦笑したものの、ガラリアは、その杏耶子の感想は無視してくれた。
杏耶子も、ガラリアが決意をかためたのを知って、ソッとその場をはなれた。
二階の部屋をみてまわったジョクは、杏耶子に出会うと首をふってみせた。
「階下《した》は見ますから……」
「たのみます」
ジョクは、そういいのこすと、ガラリアのいる部屋にはいってドアをとじた。
そのジョクの仕草がひどくそっけなくみえて、杏耶子は、うらめしかった。
階下に降りると、応接間から常田の声がきこえた。
「……へんな隠しだてをするより、ぼくたち一般人のレベルから、ジョクやチャム・ファウの情報を公開するんだよ。そうすれば、世論《せろん》をこっちのものにできるし、そうすりゃ、ガラリアだって受けいれてくれるってもんだ。あんたのところの会長さんに力があってさ、オーラバトラーのことなんかを、政府筋から公表してみろよ。即、国際問題じゃないか。横田は、ガベットゲンガーだけで納得することはないぜ?」
「隠しだてなんてさせるつもりはないよ」
鈴木が元気のない声をだした。
玄関から外に出ようとした杏耶子は、常田のいいぶんは納得した。
「そうかな? そういう根性だから、アメリカに負けるんだぜ。ガベットゲンガーを、アメリカ本国にはこぶ準備をしているってことは、すでに、むこうが、取得権を確保したってことなんだからな」
「テレビで、そんなことをいっているのか?」
「横田の無線が、入間や府中《ふちゅう》に、情報をよこせって噛《か》みついていたんだぜ? それがなくなっちまったということは、そういうことさ」
「本当か?」
「たぶんな。おれ、英語、ほとんどわかんないけど」
杏耶子は、常田俊一のこのズケズケいう部分にはじめて気がついた。今日までのつきあいでは、このように、おたがいの気性をあらわにするような事件などなかったのだ。
いままで見えていた常田の利口さなどは、彼の性格のなかの、自分につごうのよい部分でしかなかったのである。
都会なれしている杏耶子たちは、自分たちの気性や好みを、周囲の景色のなかに埋没《まいぼつ》させて、その人の悟性《ごせい》を見ぬくという行為をないがしろにしていた、ということなのだ。
杏耶子は、そんな自分たちの脆弱《ぜいじゃく》な生活の様式というようなものをあらためて、痛感した。すべてをファッションのなかに隠してしまって生活する、現代人の習性である。
しかし、ゆうべから今日にかけて、そんな自分たちのことがわかってしまい、反省もすると同時に、彼にたいする興味が、自分のなかではっきりと色褪《いろあ》せていくのが自覚できた。
「…………!」
杏耶子は、なにかザワッとする気配を感じて、駆けだした。
裏庭の竹藪のほうだった。
奥のおばあちゃんの寝ていた棟《むね》にいくつもりで、前庭をはしって、裏の竹藪にまわった。
その杏耶子の後ろすがたを、ガラリアとジョクは、ジョクの部屋から見ていた。
「なんだ?」
ジョクは、部屋から廊下にでて、竹藪をのぞいた。
「きたのか?」
ジョクは、竹藪の繁《しげ》みのむこうの畑の畦道《あぜみち》に、パトカーの点滅する赤いライトを見つけた。
「しまった……!」
ジョクは、ガラリアがカットグラで出るのを制止しようとしていたので、外の警戒をすっかり忘れていた。ジョクはそんな自分に、舌打ちした。
「敵か?」
「警察だ」
ガラリアの感知能力というのも、言葉の不足を補完する性質のものであって、周囲の人の意思を吸収するように感知するものではない。それは、ジョクが、バイストン・ウェルにおちたときに使ったものとおなじで、それほど便利なものではない。
ジョクは、杏耶子が、ひさしの下から竹藪のほうに走りこんで、ギョッと立ちどまるのを見た。
「フェラリオ奴《め》、あれがうかつに外に出るからっ!」
ガラリアが顎《あご》をしゃくりながらうめいた。
「え?」
ガラリアが顎をしゃくった方向、竹藪のちょっとうえに、チャム・ファウの影が飛ぶのが見えた。
「チャムッ!」
ジョクが呼んだのがいけなかった。チャムは、叱《しか》られるとおもってか、もう一度、竹藪のむこうにもどっていってしまった。
「叱らないから、もどれっ!」
そのとき、ガラリアは、階段をはしりおりていった。
「ガラリア、駄目だ! 警官は拳銃をもっているぞ」
ジョクが、階段をかけおりたときには、ガラリアは、居間に飛びこんでいた。
ガラリアは、ジョクのおばあちゃんのまえで、片膝をつくようにして、「着替えます。お世話になりました」といった。
衣桁《いこう》にかかっている革鎧に手をのばすと、ガラリアは浴衣を脱こうとして、ジョクの両親の目を気にした。
「出てくれるのか?」
『警察がきたようだ』
孝則の問いにガラリアは、そうこたえた。
「警察!? あなた!」
良子はガラリアが浴衣を脱ぎだしたので、孝則の腕をとって居間からひっぱりだした。そのとき、彼女の身につけている下着が、古めかしい木綿のそまつなものであるのに気づいて、良子はひどく驚いた。
良子は、そのことで、彼女がこの世界の人間ではない、と信じるようになった。
「気が立っておいでのようだけど、楽にできないんですか」
『ご老体はそうおっしゃるが、自分はまだ修行がたらぬ身です。必死でやるしかない』
ガラリアは革鎧を着こんで、腰のベルトをパンとたたいた。
「よくお手入れをして下さった。気持ちがキリッとする。このお礼は、生きていれば、かならず」
「人はあいみたがいです。気にしなさんな」
「ウム……!」
ガラリアは、革兜《かわかぶと》を手にして、居間から台所、勝手口へと飛びだしていった。
「出ない方がいいですよ」
榎本さんが、勝手口をふさぐようにして、ガラリアにいった。
「…………?」
榎本さんの肩口から、竹藪をのぞいたガラリアの目に、ジョクと杏耶子が、竹藪のなかで、数人の男たちといいあらそいをしているのが見えた。
ガラリアの頭には、杏耶子の悲鳴ににた意識が感知されていたが、言葉にはなっていなかった。杏耶子が緊張しているのだ。
「いろいろ事情があるんです。せめて田無署の署長クラスと接触したいと考えていたんです。ですから、いまは、ここにちかづかないでください」
「さっきここで、えらくあかるいライトがついていたりしたって通報もはいってんだ。それが、例のロボットなんだろう」
「見せなさいよ。その上で、署長もつれてくるから」
ジョクは、警官たちを刺激するような切りだし方しかできなかったことを後悔した。
「そうなさい。仕方がないわ」
杏耶子が、ジョクの背後からいった。
「いま東京中で大騒ぎしている事件は、知ってるんだろう? まさかとはおもうが、そのロボット、見せてくれないか? 貼《は》りボテの人形なら、それでいいんだから、怒りはしないよ」
一番年かさの警官が、ジョクの気持ちがひるんだのを見て、ズカズカとカットグラのほうに近づいていった。
「しかし……専門家に見せるのがさきなんだ」
「あの空を飛んでいるチビはなんだ。知っているんだろ!?」
ジョクの抗弁《こうべん》を封じるように、別の警官が、チャムのことを詰問《きつもん》した。
「……え?」
「あの人形は、リモコンなのか!」
「ちがいますよ。あの娘《こ》には、なにもしないでください。人間なんですよ!」
ジョクのかわりに、杏耶子が叫んでいた。
「しかし、人間の形をしたものが、あんな風に飛ぶのか?」
カットグラにちかよって、機体を隠していた竹をどけていた警官が、杏耶子をふりむいた。
『ミ・フェラリオはああいうものだ。触るな! これは、あたしの機体だ』
ガラリアが、その警官の手をはらうようにして、怒鳴りつけた。
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14 三機接触
ガラリアの革鎧《かわよろい》の恰好が、警官たちには、あまりに芝居がかって見えたから、おどかすには十分な威力があった。バーンのときとおなじである。
彼等は、カットグラのコックピットにあがろうとするガラリアをジョクが制止するのを、見守るだけだった。
「バーンとの約束もある。彼と接触してくる」
ガラリアは、シートにすわりながら、ジョクがあがってこようとするのを逆に制止した。
「ガラリア! ジョクが、行くなっていってるでしょ!」
チャム・ファウが、ふたりのこぜりあいを見て舞いおりてきた。
「フェラリオが、コモン人《びと》に口をきくか!」
ガラリアは、チャムを手ではらった。
「アウッ!」
剣の使い手のガラリアにとっては、チャムの胴を払うことはむずかしいことではない。チャムは、コックピットの床と壁にぶつかって跳ねた。
「ガラリアっ!」
ジョクは、身をひきながら、飛びあがるチャムのからだを、両手で受けとめるようにした。
「さがるんだ!」
ジョクは、警官たちを叱りつけ、自分のカットグラに飛びうつった。
警官たちは、ジョクがチャムを手にしたこともあって、カットグラの巻きおこす風のなかで、呆然《ぼうぜん》としていた。
ザザザッ!
頭上で竹がはげしく鳴って、警官たちの視界いっぱいに、ガラリア機が立ちあがった。
「これだ。これっ! 人型のマシーンが、日《ひ》の出《で》村方面で目撃されたという話は、本当だったんだ」
警官の一人が、顎をはずしそうに叫んだ。
ガラリア機は、竹藪を中央から四方になぎたおすようにして上昇し、ゆれる竹の梢のむこうで方向をかえた。
ジョクは、ガラリアの移動した方位を確認しながら、自機を浮上させて、カットグラの四枚の羽根で、竹を押しわけていった。
ジョクは、ガラリアを制止したいというよりは、警官たちと面倒な会話をすることをさけたかったのである。
両親や杏耶子たちに、自分たちのことを説明させるほうが、警察関係者が、穏当に理解していけるのではないかと考えたのである。
もちろん、そんなことを、杏耶子たちに押しつけるうしろめたさはあったが、鈴木の背後に、それなりの力になってくれそうな人物もいるとなれば、そうひどいことにはなるまい、という計算がはたらいたのだ。
ガラリアは、地図でみた地形が頭にあるからであろう。まちがいなく横田方面にむかっていた。
「ジョク! ほうっておけ! ガラリアなんか」
「そうはいかないよ」
あからさまに嫌われれば、誰でも癇がたってくるのは、無理はない。ジョクは、チャムの気持ちに同情しながらも、どこかで笑っていた。
コモン界のガラリアたち騎士の、チャム・ファウたちミ・フェラリオにたいする偏見は、この世界の人種偏見とは異質の頑迷《がんめい》さがあって、それは、百年二百年の時間をかけても、なくなることはないとおもえるものだった。
横田基地では、周辺の鎮火《ちんか》にともなって、滑走路の補修が大車輪でおこなわれて、バーンのガベットゲンガーを、アメリカ本国に移送する準備がいそがれていた。
そんなときに、またも、人型の飛行物体がキャッチされて、基地は緊張した。
しかも、それは、空母ミシシッピーから業務連絡に発進したヘリコプターを撃墜したものとおなじ形である。
「二機だというのか!?」
視認されたうえで、そのことがニゲス・ギンガム中将に報告されたとき、さすがに、彼は、これでこの基地はおしまいかとおもった。
手にしていた受話器に、
「すまない、また事態が変動した。このまま待ってくれ。ミハエル」
そういうと、無線機をとって、
「ウォルターズ大尉! バーン機に、牽制させることはできないのか」
ときいた。
ギンガム中将の発想は、いろいろな面で危険な要素をもっていた。
ギンガム中将は、バーンに全幅の信頼をよせるところまではいっていない。このまま逃げられるか、接近しているオーラバトラーと結託《けったく》して、攻撃を仕かけられるかもしれないのだ。
しかし、バーンのいうことが本当ならば、うまくすれば、さらに、二機のオーラバトラーを手にいれることもできるだろう。
「ハッ! バーンは出るつもりで、自分に許可を請《こ》うています。仲間のガラリアが、こちらにはいるつもりかもしれないといっています」
ウォルターズ大尉は、ガベットゲンガーを収容しているテント囲《がこ》いのなかから応答してきた。
「……ガラリア機? その仲間も、我々に投降するというのか?」
「司令、その投降という言葉はつかわないほうがよろしいでしょう。バーンたちの自尊心を傷つけるとおもいます」
「そうか……」
「どうします?」
「バーンに任せろ」
ギンガム中将は、ウォルターズの報告で、バーンが本気で協力態勢にはいったと判断した。
バーンは、ガベットゲンガーの周囲がさわがしくなったから、ガラリアが来たと感じたのだが、実は、それだけでなく、ガラリアそのものの『気』を感知した面もあった。
が、そのことを、バーンは自覚していない。それはオーラに充たされたこの地上世界だからこそ、感知されたのである。
「では、大尉、出させてもらう」
バーンは、ガベットゲンガーを、テント囲いから、広いエプロンのほうに出していった。
「あんな簡単な操縦装置で、本当に動かしているぞ!」
ガベットゲンガーの機体をチェックしていた将兵のなかから、そんな感嘆の声があがった。
バーンは、米軍の将兵に、直接、手をふれて機体を調べることは許可しなかったが、観察することは黙認していた。そのために、十数人で編成されたチームが、ガベットゲンガーの外形から観察できることは調べつくしていたのである。
「あとは、パイロットとオーラバトラーのシステムの関係を調べないかぎり、あの稼働原理はわからないということか」
将兵たちは、ガベットゲンガーのひとつひとつの挙動に、息を殺した。
「飛ぶぞ!」
バーンは、得意になって、ゆったりと機体を離陸させた。
「バーンが、飛びました」
コントロール・タワーからの報告をうけて、ギンガム中将は、電話で話している相手にも、そのことをつたえた。
「……ガベットゲンガーが逃亡するのか……仲間のべつの二機と合流して、どうするかだ。リアル・タイムで横田基地が消滅する音をきけるかもしれないな? ミハエル……ああ?……ウム、ここからも、オーラバトラーは見える……そうだ。バリアーだとおもえばいい。あれよりは、機動性能はずっといいな」
いいながら、ギンガム中将は、タワーとつながった受話器をとって、
「逃げられたらそれっきりだぞ。厚木の戦闘機をだせ。ミシシッピーは、横須賀にはいる前で、戦闘機はだせないはずだが、スクランブル待機させろ」
「了解、上空|掩護《えんご》と追撃をふくめて、四チームを発進させます」
「自衛隊のほうの動きを監視する必要もある」
「了解」
「ニゲス!……なんとか動いている映像はないのか? ファックスでスチル写真はみたが、これでは、プラスチック・モデルだ。国防省としても、これでは、どうも想像しにくくていかん」
電話の相手が、忘れられそうになったので、わりこんできた。
「ああ、すまん。衛星放送で、この光景《シーン》が合衆国《そっち》におくられるのも、時間の問題のはずだが……」
「ン……!? 待ってくれ。今、第一報らしいものがテレビに映った。これは、日本のNHKの放送らしい。本当に、プラスチック・モデルではないのだな?」
ようやく、ギンガム中将は、空軍士官学校の同期で出世頭のミハエル・バレンスキーの声が緊張してきたのを感じた。
「その映像と、今まで俺《おれ》が説明したことを考えれば、意味はわかるはずだ。いいな。そっちにガベットゲンガーをはこぶのは了解してくれよ。逃げられたら、また次を考えるが……。ともかく、ワシントンにいるお前たちは、猜疑心《さいぎしん》のかたまりで困るんだよ。また連絡する」
「了解した。ニゲス」
ギンガム中将は、最後まできかないで、その電話をきると、窓の視界からきえたガベットゲンガーをおうようにして、コントロール・タワーにどなっていた。
「どうなんだ!」
「ハッ! 仲間を迎えにいっているように観測されます。三機が合流したようです」
コントロール・タワーのスタッフは、双眼鏡で観測しているらしい。
「敵が三機か!?」
「あ、いや、ガベットゲンガーを含めて三機です。接近してきたのは、二機。同じ形のものに見えます。機体の色はちがうようです」
「カメラは、つかっているな」
「はい! 偵察観測部にも、動いてもらっています」
ギンガム中将は、バーンとジックリ話しこんだ今となっては、ガベットゲンガーを日本においておくことなど、金輪際《こんりんざい》できない相談であるとおもった。
力ずくでも、アメリカ本国に送りこんで、その技術の背景にあるものとか、バイストン・ウェルの存在について、確証をえたいのだ。
その上で、できることならば、オーラ・ロードなるものの発見も、アメリカ軍の手で行いたいと決意した。
「戦闘機だけでなく、監視用のヘリも用意しろ」
「了解! 三機のオーラバトラーは、距離一キロといったところで、滞空飛行をしています」
「滞空飛行? よし!」
ギンガム中将は、若いときを思い出したように、コントロール・タワーまで一気に駆け昇るつもりになって、執務室から飛びだしていった。
「ともかく、話は地上におりてからだ。ガラリア」
「あの滑走路のある基地にか?」
ガラリアは、開いたハッチの前方にひろがる横田基地の、太陽の光にかがやく滑走路を見下ろすと、そのむこうに、まだくすぶっている街がひろがっているのを知って、自分の罪を意識した。
地理的なスケールがいまひとつ理解できないガラリアの目にも、カットグラの一発のフレイ・ボンムのあたえた被害のおおきさはわかったのだ。
ことに、家の密集度は、アの国の街のスケールではないのである。
このまま、被害地に隣接する基地におりてしまえば、ただではすむまい、という予想がガラリアにはあった。
しかし、バーンとは、ゆっくりと話し合ってみる必要もあるのだ。
「バーン、ぼくの家にもどらないか。話なら、そこでするほうがいい」
ジョクは、ガラリア機とバーン機のあいだにはいるようにして、呼びかけた。
「自分は、アメリカに行くことにした。ガラリアも、協力してくれるならば、あの攻撃行動は不問に付《ふ》すと、あの基地の司令官はいってくれている」
「協力? なんの協力だ?」
「……彼等は、われわれのオーラバトラーを驚異のマシーンと理解したのだ。この技術を提供するだけで、彼等は、ガラリアのすべてを許すといっているのだ」
「信じられんが……」
ガラリアは、まよった。
「バーン! 米軍のいうことはわかるが、それでは、バイストン・ウェルに帰る機会を失うかもしれないぞ」
ジョクには、バーンが、軽率に米軍を信じているように感じられた。
「わたしは、日本のジエータイとも接触し、ショット様の出身地であるアメリカの軍人とも話しあったのだ。わたしは、ガベットゲンガーそのものを、彼等に提供するつもりはない。ガベットゲンガーを公開するだけだ。ショット様の前歴をしらべてくれたのもあの基地の人間だということは、ジエータイよりは、有効な組織に感じられた」
バーンもハッチをひらいて、ジョクとガラリアの顔が見えるようにした。
「そんな……!」
ジョクが、バーンの説明をすべて信じる気にはなれなかったのは、国籍のちがうことからくる抵抗感があったからだろう。
さらに、ジョクは、バーンが仕《つか》えるべき王、ドレイク・ルフトさえも裏切りかねない野心を抱いた騎士である、ということが思い出されたからかもしれなかった。
「そうか……ショット様の出身の国の基地か……」
ショット様という共通語は、ガラリアに安心感をあたえた。
「心配ならば、カットグラにのったままでいい。空中で協議することもあるまい。ともかく、おりるぞ?」
「了解だ。ジョクはどうする?」
「ぼくは、あの基地にはおりられない。あそこは、日本じゃないんだ。かってにおりることはできない」
「……しかし、ジョクがいなければ……」
「ガラリアっ!」
そのときだけ、バーンの声は、するどくガラリアを叱った。
「ぼくは自分の家に帰るか、日本国の保護をうける。ガラリアの気持ちがかわったら、ぼくのところにもどってきてくれ」
ジョクは、ガラリアのほうにのりだすようにして、そうさけんでいた。
「了解した。まだ、どうする、と決めたつもりはない」
ガラリアは、ガベットゲンガーの前にでて、横田基地にむかう降下のコースにはいっていった。
「バイストン・ウェルに帰るには、おれの家のちかくがポイントのはずなんだ!」
ジョクは、バーンとガラリアの鉱石無線によびかけて、二機が、横田基地の滑走路のわきのエプロンに降下するまで、その空域に滞空していた。
その三機の行動は、アマチュアのホーム・ビデオカメラに撮《と》られただけではなく、都内のすべての局の報道カメラにおさめられて、全国に放送されていた。
このことによって、オーラバトラー三機は、日本中の人びとに認知されたのである。
そして、その十数分後には、NHKさえも、正体は不明だという解説をつけながらも、その映像をトピックスとして、世界の半分の地域に中継していた。
アメリカの国防総省も、そして、ソ連の極東軍司令部も、それによって、実在する人型の飛行物体を確認したのである。
ただ、彼等、外部の人びとは、まだオーラバトラーの外見を知るだけで、チャム・ファウのような生物がいるということは知らなかった。
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15 横田と田無
ジョクが、米軍の基地内に降りる気がなかったのは、外国までとりこんだ騒動に巻きこまれるのをさけたかったからだ。
政治的な問題を考えたからではない。
いまのジョクには、そんな風に、問題をひろく考えるよゆうはなかった。
横田基地から田無までは、ほんのひと息の距離だったが、そのあいだにも、報道関係の数台のヘリコプターや消防庁と警察のヘリコプターが、追尾をしてきた。
ことにテレビ局の報道とおもえるヘリコプターは、ニアミスを承知で接触してきた。
「なんだあれはっ! 音をだす機械かっ!」
チャム・ファウは、おこった。
オーラバトラーもかなりの音響をだすとはいえ、巨大なローターを回転させなければならない過重《かじゅう》なメカニズムをもったものではない。ヘリコプターは、航空機のなかでも、力学的にもっとも不自然な形態のもので、その爆音は異常なのだ。
「あんなものなんだよ。地上の機械ってのは」
ジョクがそんな風に説明してやっても、チャムは納得するものではない。
「落しちゃえ! あんなうるさいの、空を飛んじゃいけないよ!」
「わかるけどさ、お前もうるさいよ」
「あたしは可愛《かわい》いんだ。あれは、可愛くもない」
「でも、あれにも人がのっているんだよ。機械を落したら、のっている人が死んじゃうから、戦争はいけない」
「戦争だーっ!」
「ダメ! 戦争だから何をやってもいいってものじゃない。いまは、戦争じゃない」
ジョクは、目の前をブンブン飛ぶチャムのお尻《しり》をペタンとひとつ叩《えた》いてやった。
「痛いじゃないかっ! 好き者っ!」
この好き者というのは、助平というほどの意味である。いつの間にか、そういう言葉はおぼえるのである。
「お前こそっ」
チャムは、金髪をふりみだして、ジョクに噛みつくようにしたが、そのとたん、ジョクの全身がゆすられて、チャムを驚かせた。
バララッ!
報道用のヘリの一機が、スレスレにパスしていったのだ。
「チッ!」
その危険すぎる距離に、さすがにジョクはカッとなって、自機の手でバック・ノズルに装備された剣をひきぬかせた。
それを構えさせれば、威嚇にはなるだろうとおもったのだ。
四方から追尾していたヘリコプター群は、フワッと散ってはくれたが、結局は、たいした距離もとらずにまたジョク機の追尾をつづけた。
ジョクは、鉱石無線のダイアルをまわして、周囲のヘリのやりとりを傍受しようとしたが、それはできなかった。
「…………」
このような部分では、地上世界は、圧倒的な技術力を堅持《けんじ》するのである。
新青梅《しんおうめ》街道が見えてきた。田無の交叉点の北西寄りのわきがジョクの家である。
「…………」
ジョクは、絶望した。
その周辺の道路では、赤いライトを点滅させるパトカーと消防車の動きだけがみえて、他の車両は停《とま》っていた。異常な混乱である。
「ジョク! 一発、射《う》ってやれっ! 射てばみんないなくなる」
「黙るんだ。チャム」
ジョクは、チャムにヘリのことは忘れて、ジョクの家の周囲を観察しろといった。
「警察というのは、軍隊だとおもえばいい。消防もそうだ。そういう人たちが、家をかこんでいるんだよ」
「へ?」
「つまりね、ぼくたちがでたのを見られたし、お前が、地上人に見つけられて、家に逃げたときから、あの家は、隠れ家《が》じゃなくなっちゃったんだ」
「逃げられないの!?」
「だから、外にでるなといっただろう。チャムは、そういうことを守らなかったな」
「ウー……」
こういう風に順序だてていいきかせれば、さすがのチャムも理解できた。
彼女は、からだを小さくして、コンソール・パネルの上にしゃがみこみ、ハッチのむこうにせまってくるジョクの家を見つめた。
「自衛隊もきているか……」
ジョクは、ひばりケ丘越しの道路に、迷彩色のトラック数台とジープらしい車両を見つけると、このまま裏庭の竹藪に着陸するつもりになった。
杏耶子に会って、その上で、つぎの行動をきめたいとおもったのだ。両親は、ジョクにとっては、わずらわしいだけの存在で、相談する気にはなれなかった。
おばあちゃん……
それは、問われるまでもなく、ジョクにとっては、中臣杏耶子以上に、ぜひ見たい顔であるが、相談をもちこむ相手ではない。
田無は、地名がしめすとおり、田圃《たんぼ》をつくることができなかった土地である。ジョクの家の周囲も畑しかない。
が、その畑の畦道には、人の影が筋になっており、道路らしい筋には、パトカーと消防車が点々と停車して、周辺の交通を遮断《しゃだん》していた。
ジョクの家の周辺にたむろするヤジウマ根性むきだしの人びとは、歓声をあげた。
「またこっちに来るぞ!」
「関係者以外は、退避して下さい。危険です! ここが、攻撃されるかもしれません」
警察と消防関係者は、ハンドマイクを手に、ヤジウマを排除しようとしたが、もとより、東京周辺の新興住宅街は、便利に道路が整備されていない。
路地につっこんだ車は、後退も前進もならず、人びとは、停車した車のあいだをウロウロするだけだった。
朝霞と練馬の駐屯地から、ジョクの家を『隔離』することを目的に出した陸上自衛隊のトラックなどは、ひばりケ丘の駅を越えることはできても、それっきり、二車線道路上に停車して動かなくなっていた。
「バイクに同乗してでも、城宅へ急行して、一般人から隔離するんだ」
トラックを指揮する幹部は、一般市民の嗅覚《きゅうかく》の良さにあきれながら、バイクの出動を要請して、さらに、トラックで移送した隊員には、駆け足を命じた。
「四キロとない。一気に行けっ!」
ひばりケ丘から新青梅街道に出るせまい道を、フル装備した隊員たちが、駆け足行軍をはじめた。
そのなかには、五月女陸曹《さおとめりくそう》が班長になった女性隊員の一班もあった。
「よー、姉ちゃん! いさましい恰好してどこ行くの」
口さがない市民は、これである。
が、自衛隊にもいけないところがあって、駐屯地周辺の市民に、このような隊員がいるという広報活動が十分になされていなかった。だから、めずらしがられるのだ。
「気後《きおく》れするんじゃないっ! 駆け足、いそいでっ!」
五月女班長は、なさけなく感じながらも、それでも、前の男性隊員たちの列からおくれまいと、女性だけの班をはげました。
その頭上、道路ぞいのビルの屋上のむこうを、カットグラが横切るすがたが見えた。五月女陸曹は、妙な悪寒《おかん》にとらわれて、からだがふるえた。
『交戦なんてことになったら、どうするの!?』
それは単純だが、今日までまったく想像しなかった事態である。観念的には、軍隊のようなものに入隊したという緊張感はあっても、実戦にのぞむであろう、という仮定は、心情的になかったのである。
それは、現在の自衛隊員一般のいつわらざる気持ちである。
しかし、いまは、映画のエキストラとして協力するというのとは勝手がちがっていた。
手にしている小銃には、実弾が装填《そうてん》され、行く場所は射撃練習場ではないのである。
それに、五月女陸曹は、まだ入隊後一年をすぎたばかりの童顔の女性隊員が、血まみれになって、畑に倒れているすがたなどは見たくもなかった。
五月女曹長は、想像力が強すぎているのだろう。
朝霞駐屯地の司令にしてみれば、単純な周辺警護には、女子がいるほうが、一般市民に刺激をあたえなくて良いのではないか、という想定で出動させたのである。
直接、人型のマシーンと接触する場に参入させるつもりなどはなかった。
が、一般市民たちを押しのけるようにして駆ける五月女陸曹にしてみれば、緊張がたかまるばかりだった。
ザザウッ! バリリリッッ!
「きたぞっ!」
「伏せぇーっ!」
竹藪をおしわけるようにして着陸するカットグラに、その周辺を警護していた数十人の警官たちは、パトカーの陰にかくれ、里芋畑のあいだに身を伏せていった。
「……父さん! 母さん!」
ハッチをひらいたジョクは、覚悟して勝手口に叫んだ。
「呼んでくるか?」
チャム・ファウもさすがに、ジョクの耳にささやくようにきいた。
「いや、榎本さんが……」
勝手口からのぞいた榎本さんが、家の奥のほうを不安そうに見やりながら、曖昧な表情をみせたのが、竹越しにのぞけた。
「…………?」
ジョクは、オーラ・バッテリーのチャージが完壁《かんぺき》であるのを確認して、これならば、半日でも飛べると確信して、カットグラの膝の上に足をかけ、竹林におりていった。
「ジョクさん!」
勝手口からでてきた杏耶子は、まだジョクをどう呼ぶかまよっている風に呼んだ。
「警察がきているんだろう?」
「田無署の署長さんが、きているわ」
「ガラリアさんは、どうしたんです」
鈴木があわてて、赤いスリッパをつっかけて走ってきた。
「横田におりた」
ジョクの返答に鈴木は、口のなかで『冗談じゃない!』とののしったが、杏耶子もジョクもそれを無視した。
「どうするの?」
「ああ、バーンはアメリカに行くつもりになっているが、ガラリアは、バーンに説得されそうだ。だが、まだわからない」
「そう……」
「チャム、榎本さんに飲むものをもらったら?」
ジョクは、チャムがあくびをして、倒れた竹の一本にすわりこんだのをみて、そういってやった。
「ああ、そうするわ」
チャムは、ヒョッと羽根をひろげると、ブーンと飛びたっていった。
「すげえ……」
鈴木が、またチャムに感嘆して、勝手口のほうに追いかけていったので、おもわずジョクと杏耶子は顔をみあわせてしまった。
「……! でね、ぼくは、日本政府の保護を受けたほうがいいような気がするってことさ」
「保護になるかしら?」
「さあね、しかし、ここにいるわけにはいかなくなった。家のまわり、大変なんだ」
「そうらしいわね……テレビでも見れるわ」
「ああ、常田さん。ぼくの無線機に、電池をいれてくれませんか?」
「え?」
勝手口でチャムにカメラをむけていた常田俊一が、キョトンとした顔をむけた。
「あれは、カットグラの鉱石無線よりは、役にたちそうだ。電池をいれるぐらいしてくださってもいいとおもうな」
ジョクは、杏耶子の助けを期待しながら、そういったのだが、常田は、ゆうべから厄介《やっかい》になっていることを思い出したのだろう。簡単にうなずいてくれた。
が、台所にはいったチャムを追うことはわすれなかった。
「家のまわりの道路はつかえないようだ。歩いて買いにいくしかないぜ」
鈴木が、常田にいった。
「単二が六本です。お金は、榎本さんにもらってください」
「俊一、頼むわ」
杏耶子は、反応がのろい常田をせかした。
「……これかっ!? これっ!?」
「なんですー!!」
男たちの悲鳴に似た声が台所でした。チャムを見つけた田無署の入たちの声だろう。
「どこに? 警察にいくの?」
「横田基地との関係もある。入間だな。いちばん近い基地なんだ」
「入間にはいってしまうんですか?」
鈴木が絶望的な声をだした。
「あれです。あの革製の衣裳《いしょう》をきているのが、息子《むすこ》の毅《たけし》です」
ジョクの父の孝則の声が勝手口でして、数人の警察官を竹藪のほうに案内してきた。
チャムを見たあとの茫然自失《ぼうぜんじしつ》という雰囲気のままで、署長とその補佐という感じの中年の警官たちが、ジョクの前にきた。
勝手口にあった履き物が総動員された恰好になって、ジョクの母の良子は、勝手口から降りることができず、そこにしゃがみこんで、青い顔をみせるだけだった。
「君が……」
署長のおどおどした顔を見て、ジョクは、それ以上彼等になにかをいわせて、時間を浪費する気がなくなった。
彼等官僚の一員は、なんの決定権ももっていないのだし、上からの指令を待つあいだに、事態はどう変化するかわからない。
だから、ジョクは、警察官たちにいった。
「ぼくは、あの機体、カットグラといいますが、あれで入間基地にはいります。自衛隊が受けいれてくれるかどうかわかりませんが、これ以上、両親にも祖母《そぼ》にも、迷惑はかけたくありません」
「あ……? そう……」
定年にちかい署長は、ジョクからいきなり結論めいたことをいわれて、ドキッとしたものの、厄介な事件の張本人が管轄外にでてくれるので、嬉しそうな顔をみせた。
が、一息つくと、誰でももっている好奇心から、ともかく目の前の青年は、調べておいたほうがいいと思い直したようだった。なによりも、カットグラという人型の機械をちゃんと調べたい衝動にかられた。
それは、左右にしたがう警官たちもおなじだった。
しかし、ジョクは、職権を利用しようとする彼等に、カットグラを見学させたり、不必要な質問をうけたりする気はなかった。
「杏耶子、きてくれない?」
ジョクは、ちょっとヤクザないいかたをした。
警宮たちに二人の関係でまた別の質問をうけるのを嫌ったからだ。
「え、いいですよ。役に立つかしら」
「もちろん。よろしいですね?」
「ああ、あ……!」
署長はジョクのいきおいに負けて頷《うなず》いてしまったが、左右の警官たちはそうはいかなかった。
「待ちたまえ! 君が不法入国者だという話は、お母さんからきいた。まずは、我々の職務質問にこたえる義務がある」
「それは拒否しませんが、現在、カットグラは臨戦態勢だということをわすれないでください。まずは、軍と接触をするのが順当と考えます。自衛隊が軍であるのないのという表現の問題は、ここではしないでください」
「実戦中だというが、どこの軍のもとでだ?」
「バイストン・ウェルのコモン界のミの国の軍の指揮下です。同道の二機のオーラバトラーは、敵対するものですが、この世界に次元スリップしたので、一時的に休戦をしています。しかし、戦闘状態は終了していません。入間にはいります」
ジョクは説明しながら、杏耶子がカットグラのコックピットにのぼるのに手を貸していた。
「ペラペラと冗談をいうっ!」
中間管理職というのは、むずかしい立場にいる。
ここには、田無署のみならず周辺のパトカーが集合しているし、消防署員もいるのだ。一方的に、若僧一人の意見だけをきいて、そのあとの行動を規制することなく、解放するわけにはいかないのだ。
「入間には、こちらから連絡して受けいれ態勢をとってもらうように要請しよう。その間に、そのカットグラの移送方法の検討と君の尋問《じんもん》をさせてもらう」
署長のわきの警視格の男が、当然の要求をした。
「理不尽《りふじん》かもしれませんが、事態そのものが、まだこの世界でも解明されていないのです。自分は、その渦中《かちゅう》にいるのです。次元スリップについての法的な処理の裏づけなどは、どこにもないはずでしょ? 一方的に、そちらの法体系のなかに組みいれられては、事態は悪化するかもしれませんよ」
ジョクは、すでに、カットグラのコックピットにすわっていた。
「君っ! おどかすのか!」
「事実をいったまでです。チャム! いくぞ!」
ジョクは、久しぶりというよりも、地上世界にきてはじめて、戦場でだすような声を発した。
「ホウッ!」
署長は、そのジョクの裂吊《れっぱく》の気合に似た声に、目をほそくした。柔剣道の道場でもなかなかきくことができなくなった気合のはいったものだったからだ。
「ジョク! そんな乱暴な態度では……」
孝則が、警察官たちをおしのけるようにしていったが、
「申しわけないけど、これでも一国の運命を左右するような責任ある立場にいる騎士です。市民相手の警察に、行動を規制されるわけにはいかないのです」
「貴様は、市民だろう!」
「ミの国にあっては騎士です。サムライなのです。ここの常識だけで、世界のすべてを規制できるとはおもわないでくれ」
ジョクは、カットグラのエンジンのアイドリングを激しくさせながら、四方から距離をつめていた警官と消防署員を牽制した。
「どこに行くんだ!」
「ちょっとした冒険だよ」
チャム・ファウは、器用に竹林をすりぬけるようにして、コックピットに飛びこんできた。
「このフェラリオの位置づけは、日本の法律のなかにあるのか? ないだろう? となれぼ、この娘の人権が保障されるという約束を取りつけなけれぼ、日本国内にいつづけることはできない。だから、軍にはいる」
「軍だって治外法権ではない」
「しかし、現在の自分の立場にちかい」
ジョクは、おばあちゃんに挨拶ができなかったのが、心残りだったが、カットグラを浮上させた。
竹藪から見通せる勝手口にすわりこんでいた母の良子は、あきらかに、ヒステリーの症状のでた表情をみせていた。
休ませてやらなければならない。
そうでなければ、また激しい我儘《わがまま》がでて、父をこまらせるだろうし、浮気だって激しくなるかもしれなかった。
ジョクは、ドレイク・ルフトの娘、アリサと結婚同然の生活をしてから、婿養子になった父が、母の反対を押しきって脱サラし、自分の会社をつくった心情が、ようやく理解できるようになっていた。
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16 ジョク、入間にはいる
「すごい乗物! 飛行機とぜんぜんちがうみたい」
杏耶子は、ジョクのすわるシートを抱くようにしてからだを支え、コックピット正面のハッチ越しに見える光景に感嘆した。
「よく平気だな? まちがって攻撃されるかもしれないのに……」
ジョクは、数機のヘリが接近してくるのをいまいましそうに見やりながらも、杏耶子の感嘆するのが嬉しかった。
「そうだ。無神経な女だ」
「そう? チャムさんは、自分でも飛べるからどうってことないんでしょうけど、これ、小さいのに、ジャンボよりずっと居心地がいいわ。なんだろう? 生理的に安心できる乗物って感じがするのよ」
「それは、そうかもしれない」
「そりゃそうだ。ジョクのオーラ力で飛んでいるんだモン。ジョクに抱かれているみたいなものよ」
チャムは、なんてバカな女だ、という風に説明した。
「そうなの?」
杏耶子は、チャムの説明に半信半疑ながら、自分の期待を言葉にされてしまったので、頬《ほお》が熱くなるのがわかった。
「こいつ! あたしに内緒でジョクと寝たりしたら、承知しないから」
「チャム、なんてこというんだ」
「フン、好き者のくせして。いいかい? ジョクと寝るときは、あたしがいいっていう時以外は、だめなんだよ」
杏耶子の顔の前に飛びこむようにして、チャムは、キンキンする声で杏耶子を脅迫した。
「しませんよ。そんな可能性はないでしょう」
杏耶子もけんか腰になった。
「入間だ。どういう反応に出るかわからないぞ」
ジョクは、チャムを杏耶子の反対のシート側におしつけるようにして、操縦桿《そうじゅうかん》をにぎりなおした。
「ウッ!?」
ジョクは、報道用のヘリとはまったくちがう機体を発見して、ギョッとした。
陸上自衛隊の対戦車ヘリである。戦闘能力は、高い。
その二機のヘリが、入間基地の滑走路わきから、急角度で離陸してきたのだ。
カットグラの左右についていた報道のヘリと警察のヘリが、パッと四方にはなれていった。
入間側から、離れるように命令されたのだろう。
ジョクは、カットグラの両腕を上にかかげて、投降の意思をしめしたが、手にはフレイ・ボンムのランチャーが装備されているのである。シールドも携行している。それで、戦闘ヘリが、こちらの投降の意思を認めてくれるかどうか……。
ジョクは、せめて自分の無線機が欲しいと思った。同時に常田のことを思いだした。
「常田さんには悪いことをしちゃったな。電池を買いにいってくれたすきに、逃げだしたようで……」
「いいのよ。あの人、勝手なんだから、このくらいの目にはあわせないと」
二機の戦闘ヘリは、カットグラの周囲を旋回してから、左右についた。
「……!? 着陸していいようだ」
ジョクは、左右のヘリのキャノピーのなかにすわるパイロットの手つきを確認すると、入間基地の滑走路を目ざしてカットグラを降下させた。
「いいの?」
「わからないな。バーンから、基地のようすをきく間はなかったんだ」
「でも、それは、今朝早くのことでしょ? 今度は、ようすがちがうわ」
「どうちがうんだ」
チャムである。
「あなただって、テレビは見ていたでしょ? オーラバトラーが東京でいろんなことをやったのよ。それで、オーラバトラーは、犯罪者だっておもわれているのよ」
「騒動は、ジョクじゃない。バーンとガラリアだ!」
「だけど、地上世界の人には、オーラバトラーはおなじようなものに見えるのよ」
「おなじじゃない! ジョクはジョクだ!」
さすがに、杏耶子は、チャムとのやりとりを打ちきって、滑走路のほうを見やった。
「ほれみろ! あたしのいうのが正しいから、黙った!」
「黙れっ」
こんどはジョクだ。
コントロール・タワーのスタッフは、カットグラに進行方向の前方下、といったところを腕を振ってしめそうとしていた。こちらが無線をつかえないことを承知している。
「…………!?」
「倉庫のならんでいる前の広場で、旗を振っている人がいる」
両手に旗をもった地上要員が、着陸する場所をしめしていた。
「……鬼がでるか蛇《じゃ》がでるか……」
ジョクは、冗談めかしながら、杏耶子と目をあわせて、白い歯を見せた。すぐにチャムにも笑顔をみせて、
「いいか。すこし静かにしないと、地上の軍隊につかまって、解剖されちまうからな」
「カイボー?」
「チャムのからだをバラバラにして、調べるんだよ。地上にはそういう技術があるんだ」
「なんでだ?」
「地上には、人の形をして空を飛ぶ生き物はいないから、調べたくなる」
「いやだ!」
そういう間にも、倉庫前のエプロンがせまって、地上要員が、わずかにたじろいだようだったが、警官たちとはちがっていた。オーラバトラーを知っているような挙動がみえるのだ。
「……油断ならないな」
コントロール・タワーのあるビルの屋上では、カットグラの着陸を撮影するためか、ビデオ・カメラが数台操作されていたし、倉庫、滑走路に待機する隊員たちのすがたにも、冷静さと油断のない姿勢がみえた。
ズッ!
カットグラは、両腕をあげたままコンクリート面に着陸して、静止した。
間髪《かんぱつ》をいれずに、ランクルと呼ばれているワゴンが、カットグラの前に停車して、倉庫からは、整備台が引き出されようとした。
「……自分はー、諸岡《もろおか》一等空佐。この基地の責任者だ。そのオーラバトラーに乗るのは、城毅君かっ! ガラリア・ニャムヒー殿かっ!」
ランクルから降りたった幹部は、日焼けした端正な顔をあげて、ジョクに呼びかけた。
ジョクは、杏耶子とチラッと視線をあわせた。
彼女が、どうぞ? という意思をみせたので、ハッチをひらいていった。
「自分は、城毅です。ご覧のとおりのオーラバトラー、カットグラと自分の身柄の保護を願うために、許可なくこの基地にはいりました。着陸許可をいただけて感謝しています。同道している者は、バイストン・ウェルからの者一人と、この世界での友人、中臣杏耶子です」
「了解だ。そちらに条件があるはずだが、どうか!」
「身の安全に引きかえるものはない。カットグラを交換条件にするつもりもない。それを容認していただきたい。我々は、バイストン・ウェルにもどる方法さえ見つかれば、ただちに帰還したいと考えている」
「虫が良すぎるな。ジョク!」
諸岡一佐は、紋切り型の言葉づかいをやめた。
ジョクの呼称は、バーンからきいたのだろう。
「…………!?」
ジョクは内心、気色《けしき》ばんだ。杏耶子は、冷静に、という風にジョクに手で合図した。
さすがのチャムも、このやり取りがすごく真面目《まじめ》なものに感じられたので、シートの上で、おとなしくしていた。
「横田基地にバーン機とガラリア機がはいった、という事実がどういうことか、貴官はご存知のはずだ。つまり、自分がここにきただけでも、自分の身柄の安全は、保障される価値があるとおもう。……かってな解釈かな?」
ジョクは、冷静になりながらも、横柄《おうへい》にいった。
敵対する相手と対等に話をする場合、ときには、そのような姿勢をみせるのも有効であることは、バイストン・ウェルで身をもって覚えたことなのだ。
なによりも、立っているカットグラのコックピットから見下ろしているのである。バイストン・ウェルで、聖戦士を演じなければならないほど、むずかしいことではなかった。
「そちらにも、いろいろ問題があるはずだ。ここは、日本人同士として、我々に協力していいはずだ」
諸岡一佐にすれば、言葉がつうじる相手であるだけ、バーンにたいするよりは楽だったし、なによりも、オーラバトラーや異世界のバイストン・ウェルの輪郭《りんかく》を知ったうえでのことであったので、よゆうもあった。
ジョクのペースに、はまることはない。
「感傷的な言い方をしてうったえるのは、抵抗があるな、諸岡一佐」
ジョクも負けてはいなかった。
「そうか……おもいだした。君を民間人だとおもっていたが、いまは、騎士だというのだな?……よろしい。まずは、カットグラを格納庫に収容して、その上で、協議しよう。もちろん、君は、カットグラから離れないでいい。こちらとしては、ただちに、横田基地のことを知りたいのだ」
「了解だが、カットグラが収容されても、格納庫の扉は、開放したままだ。武装した隊員が警備と称して、カットグラの周囲にちかづくことも、認めるわけにはいかない」
「わかった。ジョク」
諸岡一佐は、島田《しまだ》三尉にジョクのいうとおりに行動してみせろと命令してから、ジョクに、格納庫にはいるようにうながした。
「ン……!」
「どうする? どうなる?」
「わからないから、好きかってなことをするなよ? さっき教えたことは、冗談や誇張じゃないんだぞ?」
「ウウ……!」
チャムは、ヘッドレストの上で、ジョクの頭をかかえるようにしてうなずくと、不安そうな目を杏耶子にもむけた。
「日本人って、ジョクのいうようなところがあるの。残念だけど……」
「ガロウ・ランだな。ガロウ・ラン……」
杏耶子の言葉に、チャムは、口のなかでモゴモゴとつぶやいた。
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17 歓 待
カットグラを歩行させてはいっていった格納庫には、航空自衛隊が、はじめて練習機として採用した時代のクラシックなジェット機が二機、格納されていた。
その手前で、ジョクは、カットグラの機体を開放されたドアの方にむけて、静止させた。
三段ほどの足場のある整備台が、カットグラの機体に、ななめになるようにつけられて、コックピットの高さにあうステップに、諸岡以下の幹部があがってきた。
彼等は、ジョクの頭に隠れるようにしていたチャム・ファウのすがたを厭でも見ることになった。
彼等の驚嘆がおさまるまでは、ジョクも杏耶子も、黙って待つしかなかった。が、
「しかっし、よく見れば、きれいで愛らしい顔をしていますね!」
そんな幹部たちの誉め言葉が、いけなかった。
「へへへ……! でしょ! でしょ? あたしは、きれいだから、ジョクは、あたしが人に見られるのが厭なんだ」
チャムが、はしゃいでしまったのだ。
コックピットから飛びだして、格納庫の中を飛びまわりはじめたので、それを見つけた隊員たちのあいだにも、震天動地《しんてんどうち》の騒ぎがおこった。
「チャム!」
「いいんじゃない? ちがう世界があることを実証する生き証人。これで、ジョクのいうことも信用されるし、バイストン・ウェルがあることが認識されれば、みなさん方の対応も、そう……率直なものにかわってくださるわ」
杏耶子は、コックピットから諸岡たちをのぞくようにした。
「ああ、そうだな。なんで、早くああいうものを見せてくれなかったんだ。バイストン・ウェルという話、デッチアゲではないとわかるが……」
整備台にあがった幹部《かんぶ》たちは、下で騒ぐ隊員たちを見下ろして、嘆息した。ことに、チャムを見つけた女性隊員たちの反応は、すさまじいものだった。
まるで、ロック・コンサートである。
「諸岡一佐、現在の懸案《けんあん》事項は、オーラバトラーをいかに確保するかです。バイストン・ウェルの問題は、政府の問題としてとらえるべきでしょう?」
島田三尉が、諸岡一佐に耳打ちした。
「ああ、そうだ」
諸岡一佐は、あらためて、ジョクに横田基地のようすをきいた。
「……わからないのは、なんでバーンが、横田基地にはいったかです。練馬に自衛隊機を着陸させて、まっすぐに横田にはいっているのがわからないのです」
ジョクは、彼のみた横田基地のようすを説明したあとで、そういった。
「われわれだって、ガベットゲンガーを見た瞬間にその価値は了解していたから、積極的に米軍に探知されないように配慮したのだ。それほどにぶくはない」
「……そうだったんですか。でも、今の問題は、オーラバトラーの技術的価値の問題ではない。バイストン・ウェルという世界が、なんでこの時期に、我々のこの世界と接点をもつようになったか、という世界のかかわりかたの問題なんです。その本質を考慮しているように思えないのは、不満です」
「…………?」
ジョクの話は、この場の幹部たちには、飛躍しているようにきこえた。入間の幹部たちは、いちように、怪認《けげん》な顔をみせた。
「ジョク。そのテーマは、駄目よ。観念的すぎて……」
「そうだ。いわんとすることは理解できそうだが、いまは、しばらく、ここで待ってくれ。現実的な対策をたてなければならない。必要なものがあればなんでも申し出てくれ。待機させた隊員にやらせる」
「ありがとうございます」
諸岡一佐は、左右の幹部たちをおしやるようにして、整備台をおりながら、幹部たちに命令した。
「……一番心配していたことが起ったんだ。オーラバトラーの件で、国際問題になる前に、ガベットゲンガーをこちらに回収する方法はないものかどうか、内局《ないきょく》と検討しろ」
数名の幹部たちが格納庫からはしりでた。諸岡は、格納庫を飛びまわっているチャム・ファウを見上げて、
「総員で、彼女が基地のそとにでないように監視《かんし》するんだぞ」
「ハッ!」
「手荒《てあら》にするな。人形じゃないんだから! 聖戦士殿?」
諸岡一佐は、皮肉っぼくジョクをそう呼んだ。
「バーンからきいたのか?」
「ああ、事態の輸郭《りんかく》は理解しているつもりだ。チャムへの対応については、これでいいな?」
「はい」
「技術競争の問題は、君がおもっているほど、甘い問題じゃないんだ」
「……!? 次期戦闘機のことで、アメリカ側のゴリ押しを気にしているんですか?」
「当事者にすればそうさ」
「ぼくだって、兵器を自分の国で開発するのは、反対じゃないけど、憲法の問題をさけて、軍需産業を育成するという構造はきらいですね。今回のぼくらの……」
「それは、あす以降の検討事項だ」
諸岡一佐は、そのことでは、ピシャリとジョクの口を封じた。
「本質をみすごすと、面倒になりますよ。憲法問題を解決しなかったから、あなたたちは、三十年以上|冷《ひや》メシを食ってきたんでしょ? オーラバトラーの技術論だって、世界の問題をみなければ、解決できない部分があるんですよ」
「君は、我々をよほど無能だとおもっているようだが、バーンをうけいれたのは、我々だということをわすれんでくれ。なのに、別のオーラバトラーが米軍機を撃墜して、東京にも、甚大《じんだい》な被害をあたえた。そのケリが、一切ついていないのだ。ここで、学生まがいの議論につきあっている暇はないんだよ」
諸岡一佐は、背中をむけると、格納庫前に待機させてあったランクルにのりこんで、チャムを見たがっている運転担当の隊員をせかして、走り去った。
「いいすぎよ」
コックピットから整備台にうつろうとしながら、杏耶子がいった。ジョクは、彼女に手を差しのべて、整備台にのりうつるのを手伝ってやった。
「……君ならわかってくれるとおもうけど」
「そうだけど、彼は、現職の自衛隊の士官よ。あんなことをいわれれば、腹をたてるわ」
ジョクは、杏耶子の非難の色をたたえる瞳から目をそらせると、隊員たちの前で、チャムが演じているファッション・ショーまがいの行動を、漠然とした気持ちで見下ろした。
隊員たちは、ビデオ・カメラやらスチル・カメラをもちだして、チャムを撮影し、彼女の意識が、自分たちの頭にひびく感触に狂喜していた。
「すみません。あのー!」
ジョクは、整備台のちかくにいる隊員に、なんどか声をかけた。
「は、はい! なんです? いやー、世の中には、あんなにも天使そのもの、っていう生き物がいるんですね。ビックリしちゃった」
まだ若い幹部候補生が、興奮した顔をようやく整備台にむけてくれた。
「天使じゃありませんよ。ふつうの見栄《みえ》っぱりの女の子だっていうのは、わかるでしょ?」
「そうかなー。可愛くて、きれいじゃないですか」
「ありがとう。彼女の友人としてお礼をいっておきます……諸岡一佐に頼んでくれませんか? 横田の動きが知りたいので、テレビを貸してもらえないか、ということと、このカットグラに搭載できる航空無線機を譲ってもらえないかってことです」
「はぁっ!?」
「無線機は買いますから、なんとかこのコックピットに搭載できるものを、用意してほしいんです」
「ハッ! 上申《じょうしん》します」
「いそいでください。すぐに使うようになるかもしれません」
「でも、テレビの予備はないとおもいますよ。オペレーション・ルームにモニターを集めるのだって、大変だったんですから」
幹部候補生は、タッタッと格納庫の一角に駆けていった。そのほうに、隊内連絡用の電話があるのだろう。
杏耶子は、ホッとしたように整備台に腰をおろして、
「でもね、ジョク……案ずるよりは産むがやすしってことかしら? そう感じるわ」
「どうかな。まだ安心できないよ」
隊員たちが、チャムの相手をしてくれるおかげで、彼女が格納庫から出ないようすなので、ジョクも杏耶子のとなりに腰をおろした。
「たいした時間もかからないで、あなたは、日本政府の特別|措置《そち》とかなんとかで、入国の事実は認められるでしょう。トージコーの会長さんから話がいって、この入間の状況が政府部内に報告されれば、そうなるわ」
「……簡単だな」
「ええ、バーンがここにきたことは、すでに政府も知っているわ。そのうえで、カットグラとかチャムのことが報告されれば、政府は、あなたに起ったことを認めざるをえなくなるでしょう」
「どうして? 対アメリカのことを考えれば、知らぬ存ぜぬでいこうと考えるのが、日本の政府じゃないかな」
「日本だって勉強しているわ。なんでもかんでもおよび腰で、事後処理でいいとはおもわなくなっているわよ。国家としての主権をもった発言をしないと、オーラバトラーを全部アメリカに持っていかれるって考えるトップはいるものよ」
「そうかな……」
ジョクは、格納庫前につぎつぎに現れるチャムの見学者のなかに、ひとり、ちがう雰囲気の幹部がいるのを目にとめた。
その彼は、チャムをひととおり観察して、納得した顔をみせると、まっすぐに整備台の前にきた。
「城毅さんで? そこにあがっていいかな」
精桿《せいかん》な顔つきである。パイロットとわかった。
「ええ。どうぞ……」
ジョクは、ことわる理由がなかったので、簡単にこたえた。
「徳弘一尉です。お恥かしいが、バーン殿によって、練馬に強行着陸させられた者です」
「ああ!」
ジョクは、差しだされた徳弘一尉の手を、力をこめて握りかえした。
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18 パイロット、徳弘
「お恥かしいといったのは、着陸をバーン・バニングス殿が助けてくれたからで、自分ひとりでは、ああはいかなかったからです」
徳弘一尉は、率直だった。
「バーンが助けた?」
「ええ。たいしたパイロットです。そのうえ、ガベットゲンガーが、フレキシブルな機能をもっている機体だったからできたことなんでしょうね」
徳弘は、あらためて、カットグラに感嘆の眼差《まなざ》しをむけた。
「人の形をしていることのもつ意味は、深いですよ」
ジョクはそういってから、杏耶子を紹介した。
「……オーラバトラーが生体力《オーラちから》によって動くこと、それによってテレポーテーションできたということと、そんなものの力を杏耶子さんは感じられたということですか?」
徳弘は、ジョクをとりまく現象全体を総括《そうかつ》した。
かなりの切れ者である。
「そうです。なのに、ぼくにわからないのは、なんでバーンが横田にはいったかってことです。東京にいなければ、バイストン・ウェルに帰れる可能性は、なくなるっていうのに……」
「…………」
徳弘はジョクの言葉に、一瞬、かたい表情をみせたが、ジョクは、自分のいったことを考えていたので、それには気づかなかった。
「ま、人間の気性《きしょう》ということを考えれば、わかるんですがね……」
「バーン殿の?」
「ええ、彼は野心家です。それに、ああ見えても、オーラバトラーの発明を納得しきれない古風なところがある人間なんです」
「ああ……」
徳弘一尉は、髪に中指をつっこんでかくようにして、
「彼が横田に行ったことについては、自分にも責任があるとおもうんです」
と、バーンとかわした会話について、説明した。
が、自分の気持ちのなかにあるアメリカ寄りの心情については、口をぬぐった。
「あなたがアメリカという国のことをおしえたのならば、そりゃ、バーンは、横田に行くでしょう」
ジョクは、バーンとショット・ウェポンの関係について話した。徳弘は、自分のアメリカ寄りの心情から出た発言が、バーンを横田にやったのではないとわかって、ひとり安心した。
「なるほど……そうですか……。それに、偶然にバイストン・ウェルにテレポートしたあなたが、ショットの開発したオーラバトラーにのることになって、聖戦士《せいせんし》ですか」
徳弘は、ようやく、ジョクがいおうとしている、違う世界が存在している意味について考えるよゆうができた。
「そうです。世界がちがうから、ぼくのような者も聖戦士になれた。その逆が、今回のオーラバトラーのこの世界での反応です」
「オーラバトラーが、地上世界の聖戦士ね……」
「なんでそういうことが起るのか? そして、起るからには、バイストン・ウェルとこの世界は関係がある。その因果《いんが》関係をみつけだせれば、バイストン・ウェルに帰る方法も、みつけだせるのではないかっておもっているんです」
「しかし、現在までの現象のあらわれ方には、ふたつの世界のかかわりを説明できるものがないのでしょう?」
わきできいている杏耶子も、徳弘というパイロットが、好きになれそうだった。
犀利《さいり》だとおもう。
「アの国で、地上人といわれているなん人かの仲間と、考えたことがあるんです。コモン界でも、地上人があらわれたことは、たいてい一人のヒーローの物語として語られている。それなのに今回は、集中してひとつの場所にあらわれ、オーラ・マシーンまで発明してしまった。これには、理由があるはずだということです。だいたい、ショット・ウェポン自身、なんでオーラ・マシーンを開発できたのかよくわからないといっています。それで、彼がいうには、コモン界をささえるオーラの力とそこにある強獣《きょうじゅう》やらなにやらのすべてが、自分にそうさせたんだって……」
「技術史の必然とは、無関係だと?」
「ええ……」
徳弘は、格納庫のチャムの騒ぎがしずかになって、隊員たちが、チャムと会話をためすようにしているのを見下ろしながら、うなっていた。
隊員たちは、かんたんな質問をチャムにして、それを感知しようとしているのだ。
それは、杏耶子やジョクにとっても、好ましい光景にみえた。
「たとえば、カットグラの装甲板ですけど、あれは強獣といわれているものの甲羅《こうら》を加工したものですし、駆動系のマッスルという筋《すじ》だってそうです。われわれがいう機械の概念とは、根本的にちがうものです」
「世界がつくらせたといういわれですね……」
徳弘はあらためてカットグラを見上げて、言葉をつづけた。
「世界と現象は一体のもので、バイストン・ウェルではそれが、この世界以上に緊密だってことですかね?」
「ああ、そういうことだったんだ」
杏耶子は、徳弘の簡潔な表情に感動した。
「そうですね。ショットがオーラ・マシーンを開発するまでは、バイストン・ウェルでも、この世界とおなじように、それらの関係は漠然としていた。ところが、それ以後は、オーラバトラー自体が世界と接していると……」
「なるほど、おもいだした! イギリスの海洋学者のラヴロックという人は、この地球そのものもひとつの有機体であって、我々生物の生命系とシンクロしているという、ガイアの説って奴」
「ああ、地球がつくられていったプロセスを物理学的に考えれば、こんな薄い大気層などは、何億年も前に沸騰《ふっとう》して、なくなっているはずなのに、こうも均衡《きんこう》をとって、生命を持続させているのはなぜかっていう……あれですか?」
「そう」
「だとしたら、バイストン・ウェルとおなじね? ジョクは、バイストン・ウェルは生体力《オーラちから》でささえられているといったわ。そうなら、ふたつの世界は、別個のものじゃないって説明がつくわ」
杏耶子は、すこしばかり興奮した。
「そのためのオーラ・ロードか……」
そういってみて、ジョクは、その関係は確たるものであろうと確信できた。
「ということと、こうして起っている現象は、どういう意味をもつんだ?」
「わたしたちに、異世界があることをしめすことによって、なにがおこるか、ということを考えればいいんじゃないんですか。わたしたちが、こういう異世界を知れば、どうなります」
「侵略を考えるかい?」
徳弘は、ちょっとうっとうしくなった気分を晴らそうと、冗談をいった。
「われわれ生命体のオーラで成立している世界ということは、世界がもともとわれわれのものだということです」
「そうだよ。嬉しいよな? あんなフェラリオがいたりさ、恐竜も徘徊《はいかい》する。ファンタジーそのものだ」
徳弘は、少年のようなことをいった。
「……解答はそこにありますね」
「バイストン・ウェルがあるのはいいことだわ。あたしたちの想像そのものの具体化なんだもの……。でもそれがこうやって現実のものとして示されるということは、世界が歪《ゆが》みだしたということじゃないのかしら?」
「それを無視すれば、世界は破滅まで行きつくだろう、か?」
「飛躍じゃねぇか?」
「でも、そんな予告的な現象だとおもいませんか」
「ちょっと世紀末的な思考に、走りすぎていないか?」
徳弘は、まだ現実主義者であった。理知的すぎるのである。
「それは認めますが、ともかく、われわれは人間的な視点にたちすぎて、ガヤガヤした行動を取るべきではない、とはおもいますね」
「…………」
徳弘は、そのとき、ガベットゲンガーを背にしたバーンという青年の凛々《りり》しい姿をおもいうかべていた。
人間的な魅力があったから、あのような対応ができたのであって、ジョクのいうようにつきつめて考えた上で観念的に彼を理解したのではない。
つまり、徳弘は、世界の問題であっても、人問的な視点からとらえなければ解決の緒《いとぐち》はみえてこないような気がしたのである。
「関係者に、この問題の考え方をしめしていかないと、自分たちがつくりだしておきながら、その時々の都合にふりまわされているだけで、混乱するだけですよ」
「そうおもうよ」
「物理的なことをいえば、ぼくたち三人とあのチャム・ファウ、それに、三機のオーラバトラーは、ぼくの故郷である東京においておきたいのです。それがオーラ・ロードをひらく道だとおもうんですけど……」
「観念的なことと、現実はえらく隔絶《かくぜつ》しているって感じだな」
徳弘の皮肉は、ジョクには痛烈だった。
「……そりゃ、ぼくだってガラリアだって、バーンだって俗物です。しかし、ここでいったようなことは、オーラ・マシーンをつくりだしたあとで、ショットでさえ考えたことです。新兵器をつくっておいて、その意味を考えてしまうのは、ダイナマイトのノーベルや、原子爆弾のオッペンハイマー……いや、共産主義思想をまとめたマルクス、エンゲルスだってそうですよ。前後の見境なく道具をつくっておいて、その犠牲者になる。どっちもみんな俗物……」
「チャム! やめなさい! 外に出ちゃいけないわ!」
杏耶子が整備台からのりだすようにして、叫んだ。
隊員たちがどのくらい早く飛べるんだときいたので、チャムは、飛んでみせる気になって、旧式のジェット練習機の上で身構えたところだった。
「チャム!」
ジョクの気合のはいった声に、チャムは、格納庫でおおきなカーブをえがいて、また、ジェット練習機の上にもどってくると、隊員たちにおやつをねだりはじめた。
隊員たちにとっては、絶好の見物《みもの》であろう。
「……ですから、徳弘一尉、この俗物的な視点からいえば、自衛隊なり、日本政府の力で、バーンとガラリアをここに留《とど》めておくように、米軍に要請してほしいんです」
「難しい話だが、司令には話す」
「たのみます。内局がどうのって話になっているようですけど、そういうのわからないんです」
「ウン、運用全般の指揮をとるのが内局でね、政府と連絡をとるところですよ」
「運用ですか?」
「ま、昔流にいえば、作戦ね」
ジョクは、憲法問題がクリアされていない自衛隊でつかわれている特別な用語の問題こそ、俗物の小細工がひねりだす、まやかし方の常套《じょうとう》手段とおもっていた。
運用といい作戦といっても、外国語に訳されるときは、その国の軍事的用語である『作戦』でしかなく、逆に英語の戦略という軍事用語は、かならずしもその国で軍事的につかわれているものではない。
言葉は、物事の本質をゆさぶることはないのだから、政治的なつごうで時々の造語をつかって、現象を曖昧に理解させるのは、危険なことだとおもっている。
「自衛隊の歴史は、ママ子いじめされてきた歴史だから、こんな事態に正面から堂々と対処できるかな……」
徳弘は、慨嘆《がいたん》した。
「それは、昔の軍隊だっておなじですよ。天皇にあるべき統帥権《とうすいけん》を、自分たちにあるものと信じてしまって、昭和軍人は国を滅ぼすところまでいっちゃったんでしょ?」
「しかし、戦後、日本は復興したよ」
「だからって、戦前の昭和軍人の罪はきえませんよ。昭和軍人がああなったのも、社会全般の貧しさが原因で、それに、一般大衆もお先棒をかついだっていう面があるのも知っています。だけど、いまの日本人はそんな背景を理解しないで、日本人が犯した誤謬《こびゅう》についての後始末もしなければ、アメリカの都合とはいえ、戦後、復興させてもらったこともわすれている。共産主義の脅威と、朝鮮半島があったおかげで、近代日本人が犯した罪が不問にされたことが、日本人に安易な民族国家意識をもたせてしまったってのは、ヤバイ話ですよ?」
「…………」
徳弘は、口をつぐんだものの、ジョクのいうことを否定はしなかった。
ジョクは、余計なことをいってしまった、と反省した。
「まあ、しかし……曖昧さが事態を穏便にすませているというところはある」
「そんなことが基盤になっているから、日本では、ちゃんとした軍隊だってもてないんじゃないですか」
「どういうことさ?」
「徳弘一尉は、あの戦闘機が、日本の防空に役立っていると、本気で信じています?」
「専守防衛ならミサイルだけでいいってんだろ? しかし、それはちがうな」
「ええ、ぼくは、飛行機好きだから、戦闘機がない空軍はサマにならないっておもってます。でもね、軍隊の正面装備なんて、そういう好き者の感覚を満足させるためのものだとおもいません? 空は戦略爆撃機、陸は戦車」
「海は巨大戦艦か空母か? ハハハ……。そうかもしれんな。そこまでいうならば、我が自衛隊にもっとも似合うのは、オーラバトラーだな」
これは藪蛇《やぶへび》だった。
徳弘のいうことは、感覚的に正しいのだ。
「たしかに、人型の兵器は、人間にたいしては、恫喝力《どうかつりょく》がありますね。だからオーラ・マシーンって人型になったのか……」
ジョクは、オーラバトラーのまた別の一面をのぞいたようで、ガッカリした。
兵器というものは、たえずいくつもの要素を内包しているものなのであろう。
「徳弘一尉……。バーンとガラリアの件ですが、オーラバトラーは東京に出現したんだから、日本側から米軍へ、強制送還しろっていう要求のしかたはあるとおもいません?」
「ああ、司令と相談してみる」
徳弘一尉は、屈託のない微笑をみせると、整備台をおりていこうとした。
「ジョウさん!」
さきほど、ジョクが用件を頼んだ幹部候補生が、整備台にかけよって、
「横田にはいったカットグラが、また田無方面に移動したようです」
「ガラリア機が?」
「横田からはこちらに、そのガラリア機を捕獲して、引き渡せって要請がはいりました」
「…………!!」
ジョクは、横田に先手をとられたと直感した。
「司令と会う。気をつけないと、米軍のペースにはまるぞ」
徳弘一尉は、整備台をかけおり、格納庫前に駐車させていたジープに、飛びのった。
「ガラリアを捕獲《ほかく》する……?」
「うかつにそんなことをしたら、日本側としては、ガラリア機を米軍に引き渡さなければならなくなるわ。そんな面倒なこと、日本側はやるのかしら?」
「……!? わざと見逃すほうが、楽だっていうのか」
「ええ……そうでしょ?」
「政府の態度が決まるまでは、時間稼ぎをしておいたほうがいいでしょうね。そうでないと政府はこまるでしょうから」
杏耶子とジョクのやり取りに、幹部候補生がわりこんできた。
「ガラリアが、かってにここに来たらどうするんだ? ぼくがここにいれば、彼女は来るよ」
「そうなんですか!?」
「そうですよ」
ジョクは、また先が見えなくなりそうで、気持ちを奮《ふる》いたたせようと、冗談めかすようにこたえた。
「チャム! チャムちゃん!」
すっかリチャム・ファウのことを忘れていた杏耶子は、格納庫内からチャムをめぐる騒ぎが消えているのに気づいて、ゾッとした。
「チャム!? どうしたんです?」
「え? 外に出ていきましたよ。基地からは出ないように、みんなで監視しているから大丈夫ですって」
そんな意味のことを、整備台のしたを警備している隊員たちがいった。
「どうやって空を飛ぶ娘《こ》を監視するんです!? 昆虫網でももって追いかけるんですか?」
ジョクは、そんなことを叫ぶ杏耶子のうしろすがたを見やりながら、カットグラのコックピットに飛びこんで、エンジンを始動させていた。
チャムを捜しだすためにも、ガラリアに対応するためにも、気持ちの準備をしておきたかったのだ。
しかし、自衛隊の誰かが、チャムになにかやったのではないかという疑惑が、頭をもたげていた。
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19 キャグニー・ストガノム
ガラリア・ニャムヒーとバーン・バニングスは、結局、接点を見いだせず、袂《たもと》ををわかつことになった。
「あの轟音《ごうおん》をまきちらすジェット戦闘機が、上空を警護しているのに、バーンは、米軍を信用するという。笑止《しょうし》だ」
ガラリアは、まずそのことをバーンにいった。
ニゲス・ギンガム中将の命令で発進した、厚木基地からの戦闘機隊のことである。
「彼等は、信用できるよ。大尉!」
バーンは、ウォルターズ大尉に、戦闘機隊の撤退《てったい》を要求し、大尉は、それを中将につたえた。
「もう一機のオーラバトラーが手にはいるならば、戦闘機隊を帰投させる価値はある」
コントロール・タワーは、ガラリアのために、その戦闘機隊を厚木にもどしてやったが、基地の好意を、ガラリアが了解したわけではなかった。
バーンは、いった。
「ここの人びとを信用できないんなら、ガラリアにききたいことがある。ここ日本にいたからといって、ただちに、バイストン・ウェルにもどれるのか? そうではあるまい? ならば、ショット様の情報を手にいれたアメリカ国にいって、ショット様を育てた国を見聞するのは、今後のためになる」
「いつの今後、というのか? バーン」
「何人もの地上人が、地上世界の各所からコモン世界におりたったのだ。アメリカからでも、オーラ・ロードにのる手立てはあるはずだ。となれば、地上世界の文物《ぶんぶつ》をしらべ、その知識を獲得するのは、騎士たるもののつとめである」
そんなやり取りが、二人のあいだであった。
ガラリアの目には、バーンが理想の騎士とうつっていたから、ジョクのように、バーンを悪い意味での野心家だとはおもっていない。そのために、バーンの野心にささえられた功利主義を見抜くことはできなかった。
しかし、皮膚感のちがいは、容認できないのだ。
さらに、ガラリアは、カットグラとガベットゲンガーの周囲を取りかこむ米軍の将兵たちの鷹揚《おうよう》な態度に、自分を虜囚《りょしゅう》とみなしているのではないか、と疑ったりもした。
ガラリアの負い目が感じさせることなのだが、いまのガラリアには、そういう風にしかうつらないのだ。
それが、ガラリアに横田を去らせた理由だった。
「出ていいなっ! オーラバトラー一機が、横田をでたのだろ!」
「ちょっと待て、エンジェル・フィッシュにつけるチームを考えている」
「やられたモーリーの敵《かたき》を討つために待機しているおれに、同僚がいるわけないだろう!」
午前中にオーラバトラーと接触して、バーンに僚機を撃墜されたキャグニー・ストガノム中佐は、格納庫に駐機している自機のコックピットから、コントロール・タワーにどなりちらしていた。
あの戦闘後、彼は、緊急補給をうけるために、厚木基地にはいったのだが、さきほどの出撃からはずされ、再度、出撃命令がでるのをコックピットで待っていたのだ。
横田から帰投した四チームの戦闘機は、順次、エプロンにむかってタキシングしていた。
「……キャグニー! 出てもらうぞ! いいな!」
「よーし! そうこなくっちゃ」
「こちらも反省している。前の四チームは、横田に着陸してるオーラバトラーを威嚇《いかく》しすぎた。帰投したチームから二チームをつけるから、レクチャーしてやってくれ」
「了解だ! いくぜ!」
キャグニーは、両サイドの地上要員が地におりるやいなや、スロットルをひらいた。
「スヌーピーとスパイダーをつける」
「了解だ」
そのときには、キャグニー機は、滑走路のはじに出ていた。かなり荒っぽいタキシングをしたのだ。
「スヌーピーとスパイダーには、オーラバトラーの癖をできるだけレクチャーしてやるんだぞ。経験者!」
「わかっている」
キャグニーは、フル・スロットルにして、アフターバーナーの加速に身をゆだねた。
厚木から横田までは、直線で三十キロほどである。
離陸して、高度八百メートルで一気に加速をかければ、ひとつ丘陵地帯《きゅうりょうちたい》をこえて横田である。
キャグニーの背後には、二チーム。計五機の戦闘機は、その丘陵地帯をこえると、その編隊を左右に大きく散開させていった。
「…………」
キャグニーは、川ふたつを越えながら、大火のあとの煙がうすいかすみの層になっている左に、横田基地を見た。
横田からの指令がはいった。
「エンジェル・フィッシュ! そのまま北東にガラリア機が移動しているはずだ。高度は、四百のはず!」
「ラジャー! やはりレーダーには、映らないのか?」
「オーラバトラーの機体表面が、電波を乱反射させている。映らんことはないが、ガラリア機の速度はおそい。視認によって、ガラリア機の行動を監視するのだ。スヌーピーにスパイダー! ガラリア機は、この世界になれていない。刺激するなよ。自衛隊機にも接触させるな。飛行データーは、こちらでいただくんだ」
横田の最後の一言が、キャグニーに『そうか』とおもわせた。
カットグラの飛行性能だけは、自分の手でためしてみよう、と決心したのである。
「……あれか……」
オーラバトラーは、またもキャグニーの目の前で羽根をふるわせて、複葉機よりもブザマな恰好で飛行していた。その左手には楯をもち、右手には高性能の火炎放射器といえるライフル銃状のものをもっていた。
後続の四機も、もはや、この光景をマンガだとはおもっていない。
時速九百キロで接近してパスしてみると、ガラリア機は、七百キロちかくで移動していることがわかった。
「いいか、距離はとっておけよ」
キャグニーは、スヌーピーとスパイダーにいって、急旋回しながら、カットグラとの距離をつめていった。
場合によっては、トリガーをひいてもいい、そういう局面をガラリア機がつくってくれれば、ありがたいとおもった。
ドウッ!
視界がせまくなって、カットグラが正面に拡大して見えたかと思うと、後方にながれた。
「チッ!」
ガラリアが、キャグニーの戦闘機の威嚇飛行に動じることがなかったのは、バーンがいった、
『アメリカ人たちは、オーラバトラーの機体を欲しがっている』という言葉があるからだった。
しかし、今の戦闘機は、異常におもえた。
ガラリアは、まっすぐにジョクの家にいくつもりなのに、それを制止しようとする雰囲気があるのは、敵意のあらわれだ。
「奴めっ!」
ガラリアは、機体をひねると上昇をかけた。
それは、キャグニーたちには、戦闘行為にちかいものに見えた。
「気をつけろっ!」
キャグニーは、マイクに向かってどなりながら、ガラリア機を追尾したが、ガラリア機は、上昇するとみせて、すぐに降下した。
「逃がすかよ」
キャグニー機も翼をキラリとかがやかせて、落下するように、ガラリア機を追った。
「そうかいっ!」
ガラリアの頭にあったのは、ジョクの家のちかくに、オーラ・ロードがあるのではないかということである。
高度をさげながら速度を増して、ジョクの家のちかくの空域まではいって、再度、高度をとった。
「…………!?」
カットグラの俊敏《しゅんびん》な飛行は、キャグニーには、曲芸飛行そのものにみえた。
ガラリア機は、上昇をつづけた。
しかし、ガラリア機の上昇速度などは、キャグニーたちの戦闘機にくらべれば、もののかずではなかった。容易に並進して上昇できるのだ。
「きゃつら!」
ガラリアは、五機の戦闘機が、垂直にちかい状態で、自機を包囲するのを見て、歯噛《はが》みした。
上昇力という物理的なことだけをとれば、ジェットは、オーラバトラーを粉砕できるだけの力をもっているのだ。
それを痛感した。
ガラリア機は反転した。
ガラリア機は、高空で踊る人そのものになって、今度は、降下した。
追尾するキャグニー機は、速度があるだけに、ガラリア機よりも、はるか高空にぬけていた。
「見失うなっ!」
さかおとしになりながら、キャグニーは、追尾する二チームの四機がさらに高度をとってしまって、前方で左右にひろく散開するのを見ていた。
「ないのか!?」
追尾する戦闘機を重圧として感じながらも、ガラリアは、降下させたカットグラを可能なかぎり加速していた。
その速度は、オーラバトラーとしては、信じられないくらいのものになっていた。雲のすじを数度つきぬけた。
「ジョクの家は!?」
ガラリアは、目標にしていた道路や無線塔などを確認しながら、オーラ・ロードがあらわれる前兆のようなものがないか、と全身の神経を前方の空域に集中させた。
ザウーウウウッ!
ガラリアは、かすかな震動以外、なにも感じなかった。
「オーラが、機をつつんでくれているようだ」
そうでもおもわなければ、説明できる降下ではなかった。
やむなく、ガラリアは、せまる地上の家々の壁に激突するのではないかとおもえる高度で、急激に減速した。
その瞬間だった。
ガラリア機の機体が分化するように、いくつかの『影』をうんで、その『影』が空中にながれていった。
「あ!?」
同時に『影』がめくらましになって、本体が地上の物の影にまぎれてしまった。
そのために、上空から追っていた者には、本体が消えたようにみえた。
「見失った!?」
「どこだっ! どこかに着陸したんだ!」
キャグニーたちは、田無周辺を旋回しながら、いま目撃した光景を厚木と横田に報告するしかなかった。
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20 ガラリアの挨拶
ジョクの家の周囲は、キャグニーたちの編隊の爆音がひびく以外は、平常にちかい静けさをとり戻していた。それでも、周辺には、パトカーと警官にまじって、陸上自衛隊の隊員たちのすがたもあった。
ジョクの家の玄関口につづく狭い道路は、それらの車でふさがっていた。トラックなどは車体の半分を畑につっこむようにして、駐車しているありさまだった。
「ヘイ! どういうご用ですか?」
朝霞駐屯地から派遣されてきている五月女陸曹は、なれない英語で、ジョクの家に向かおうとしている外人たちに声をかけた。
「横田基地からきた者です」
先頭にたつ日系人が、ネイティブ・スピーカーのような流暢《りゅうちょう》な日本語でこたえながら、背後につづく三人の私服を、ジョクの家のほうにとおそうとした。
「でも、城家にお邪魔する者です。タケシ君の友人でもあります」
「本当ですか」
五月女陸曹の声がとがった。
「半藤《はんどう》陸士! 大竹《おおたけ》一尉に連絡っ!」
「ハイッ!」
頬をいつも赤くしている半藤隊員が、女性にはやや重い小銃を肩にして、その米軍のスタッフを追いこして、ジョクの家の敷地にかけこんでいった。
「ピューッ!」
その口笛は、あきらかに、からだの小さい半藤隊員をチャーミングな兵士と見てのものだった。三人のアメリカ人は、あからさまではないが、ハハハ、と軽く笑いあった。
五月女陸曹は、もちろん、彼等がピクニックにきているとはおもわなかった。
「現在は、警察と自衛隊で調査中ですから、関係者以外は、敷地にはいらないでください」
五月女陸曹の声に、日系人の通訳はウインクをしながら、先行した三人をおった。
「…………?」
五月女陸曹は、富士《ふじ》山の裾野《すその》での米軍との合同演習で、大竹一尉がけっこう器用に米軍の将兵とつきあっているすがたをみていたので、心配はしていなかった。
「…………!?」
五月女陸曹はギョッとした。
あの人型の飛行物体が、見上げた空に接近していたのだ。しかも、その前後にはおなじかたちの『影』がつながるようにみえて、そして、きえていった。
「来たー! オーラバトラー一機、接近!」
ドウン!
キャグニー機が、低空から上昇をかける爆音が、あたりの空気をふるわせた。
「伏せーっ! 気をつけろっ!」
「大竹一尉! オーラバトラーが接近してきます」
五月女陸曹は、道路側を警護している部下たちに、地に伏せるようにと手でしめしながら、畑とパトカーのあいだに飛びこんでいった。
「そっち! 竹林の方向っ!」
五月女陸曹は、パトカーの下から、米軍のスタッフに応対しようと門のところに出てきた大竹一尉と半藤隊員に声をかけた。
「オーラバトラー!?」
「来たかっ!」
門扉《もんぴ》のところにいた数人が、頭上を見上げ、石塀《いしべい》の陰に体を縮めるようにした。
バサバサバッ!
竹を打つような激しい音をたてて、カットグラは、竹藪に機体を隠した。
あたりはまた、午後のふだんの光景にもどっていった。
雲が太陽を束《つか》の間かくしたが、またすぐに陽《ひ》がさしはじめた。
「……おばばさまに会うっ!」
ガラリアの人を威圧するような意思は、確実に、正面に位置する警察官と自衛隊の幹部たちの意識を打ちのめしていた。
「この家の老人にか?」
朝霞基地から出動してジョクの家の警戒と警護の指揮をとっている定家《さだいえ》三等陸佐は、うめいた。
他人の意識を直接、自分の意識にうけた感覚に、からだ全体がよろめくようになった。
「……ガラリア・ニャムヒーさんか……」
田無署の署長は、定家三佐よりは、ジョクの家に長くいるぶん、動揺はすくなかったが、それでも、会えるとはおもっていなかったガラリア本人の意識をきいて、声をあえがせてしまった。
「知っているなら邪魔をしないでもらいたい」
ガラリアは、ズカズカと勝手口からあがりこむど、榎本さんに、ジョクのおばあちゃんの居場所に案内してもらった。
「出ていってください! もう、この家にかまわないでっ!」
階段のところで、ジョクの母親の良子《よしこ》が、ガラリアに吠《ほ》えた。
「ちょっとヒステリーでね」
榎本さんは、チラとガラリアをふりかえって白い歯をみせると、奥の部屋の廊下をしめした。
そのつきあたりにも、二人の女性警官が、身をかたくして立っていた。
「ここか?」
ガラリアは、障子の前に立って、榎本さんにきいた。
「ええ……いますよ」
「ガラさんかえ?」
障子のむこうから、ジョクのおばあちゃんの声がしたので、
「あ、はい……」
ガラリアは、建てつけを調べてから、障子をあけた。
「帰ってきたんですか?」
ジョクのおばあちゃんは、意外そうな顔をみせた。彼女は小さいからだで、布団の上にちょこんと正座して、ガラリアを見上げた。
「おからだの具合が、悪いのか?」
生活様式はちがっていても、布団の上の老婆をみれば、それが、ふつうではないと想像はつく。
ガラリアは、ドスッと腰を畳の上におとして、おばあちゃんの顔をのぞきこんだ。
「いえね、歳《とし》ですよ。あなたたちがいらしって、疲れがでてねぇ……」
「すまなかった」
ガラリアはショートヘアーを両手でかきあげながら、ジョクのおばあちゃんのようすと全くといっていいほど似ていた養母《はは》の姿をおもい出していた。
「いえぇ……。なんでござんしょ?」
「おばばさまの顔を見たかった。それだけで参りました」
あぐらをかいたガラリアは、両膝に手をおいてそういった。
ジョクのおばあちゃんは、ガラリアの瞳を下からのぞくようにしてから、布団に手をついて、よっこらしょと枕《まくら》に頭をのせようとした。
「…………!?」
革鎧《かわよろい》姿のガラリアは、そのおぼあちゃんの動きにあわせて、身をのりだすと、おばあちゃんの首の下に腕をさしこみ、浴衣の襟《えり》を一方の手で握りしめてささえてやった。
そして、寝かせてやる。
看護なれしている。
「すまないねぇ……やさしい娘さんだ」
枕に頭をのせきったおばあちゃんは、ガラリアを見上げて、息をついた。
そして、
「今度、会えるのは、あっちでかねぇ……」
といった。
「……!? そうなるでしょう……おそらく」
「どうなさったのだ」
「いや、おばばさまにいうほどのことではない。が……戦友に会ってきたのだが、彼は、あたしがおもっていた男とはちがうようだ……あれでは、われわれは行くもならず帰るもならず、ということなのだ」
「頭がいたいことだねえ……どうするの?」
「おばばさまの孫だよね、ジョクは。彼と相談する」
「あの子が、役にたつかね」
「……わたしは、自分一人ででも帰るつもりなのだ。一度、地上に出られたからには、わたしにも、聖戦士としての資質《ししつ》の一端があろう。それだけで、国では、これまで以上の業績をあげられよう……バーンのように考えるのは、オーラバトラーの騎士が考えることではない」
ガラリアは、おばあちゃんの部屋の北側においてある桐箪笥《きりだんす》を疑視していた。
「興奮なさるな……心静かにしないとまちがえるよ?」
ガラリアの独白を制止するように、おばあちゃんの手が彼女の手の甲をつつんだ。
「わかるが、ジョクは、この地に生還したのです。ここにはオーラ・ロードがある。でなければ、オーラバトラーが分身してみえた現象など、説明がつかないのです」
「ガラさんや、人は、生きられるだけ生きるものだ。気負いは、お前さまを早死にさせる」
ドブルルル……ン!
低空をパスする戦闘機の爆音に、部屋全体がゆれた。
『あいつら!』
ガラリアは、心静かな時間をメチャメチャにゆする地上世界のブザマな乗物を嫌悪した。
部屋が静かになった。
「ありがとうございます。おばばさま。これでこの世界におもいのこすことはない。また、ここに来られたら会いたい。長生きなされ」
ガラリアは、おばあちゃんの手を自分の両方の手でおしつつんで、その甲に接吻《せっぷん》すると、夏掛けの下にいれていった。
「わたしも、生きているあいだに、ガラさんのような方に会え、孫の修羅場《しゅらば》と夢をみた。長生きは、悪いものじゃないとおもいましたよ。でもねぇ、もう、じっさまのところに行く頃でねぇ」
「それもよかろうな」
ガラリアは、ズイッと立ちあがると、もういちどジョクのおばあちゃんを見て、背中をむけた。
「邪魔したな」
ガラリアは、廊下で聞き耳をたてていた二人の女性警官に声をかけて、台所のほうにいこうとした。
「どうするつもりだ!」
玄関ぎわの廊下には、数人の自衛隊の幹部と警官たちが、ガラリアの行く手をふさぐようにして立っていた。
玄関口には、横田基地からきたアメリカ人の顔もみえた。
彼等は、ガラリアが横田基地にはいったときには、すでにこちらに向かっていたので、ガラリアのこともカットグラのことも知らなかった。移動する車のなかで横田からの連絡はうけていたが、いまここにいるガラリアが、横田からもどってきた本人とはおもっていなかった。
「……ジョクと接触する。どこにいる? 拘束したのか?」
「誰と接触するだと?」
定家三佐が、気色《けしき》ばんだ。
「入間にはいった本人ですよ」
応接間の入口にいた鈴木敏之が、なさけない声をあげた。
彼は、事態が次第に自分の手からはなれてゆくので、自社の会長の富房にバックアップしてもらうことの意味がなくなって、気落ちしているのだ。
常田俊一は、電池を買いにいってもどってきたときに、杏耶子がいなくなっているのを知って、出奔《しゅっぽん》するように姿を消していた。
結局、傍観者以外のなにものにもなりえなかったという腹いせが、そうさせたのだが、写真週刊誌に、ジョクの家で撮影した写真を売りこんで、けっこうなお金をせしめたのは、常田の常田らしいところだった。
彼の撮影したチャム・ファウの写真は、世間に異世界を認識させるに十分な効用があった。
自衛隊は、隊員たちの撮影したものは、資料として秘匿《ひとく》されてしまったし、トージコーの研究室の大峰と橋田の撮影したものは、彼等がカットグラの取得権を主張する証拠物件にしたかったために、自ら埋蔵するしかなかったからである。
ただ、富房会長が、そのスチルを官房長官神崎にわたしたために、政府の判断に影響をあたえるものにはなった。
その結果が、定家三佐にあたえられた命令である。すなわち、『ガラリアを拘留《こうりゅう》せずに、遊ばせておけ』と。
米軍機を撃墜したガラリア機を拘留すれば、米軍に引きわたさなければならず、それでは、そのあとも、米軍がどんな注文をつけてくるかしれない、という恐れがあって、そういう曖昧な命令になったのだ。
それでいて、政府には、オーラバトラーの存在が確定的なものになれば、その技術的な背景を、米軍よりもはやく手にいれたいという底意《そこい》はあるのだ。
その場合、その仕事をトージコーにやらせるというのは、順序として非難されるべきものはないのだが、富房は、それほどあからさまに、技術取得権を手にいれるために、動いたのではなかった。
しかし、事態が大きな組織にとりこまれれば、表面的な意味だけが先行してしまって、トップにたつ者の気持ちの細部のディテールが、生かされることはない。
『拘留せずに、遊ばせておけ』という命令は、定家三佐の立場で実行できるものではなかった。
「入間基地とは、どこかっ!」
ガラリアの詰問《きつもん》にあって、定家三佐は、たじろいだ。
陸上自衛隊幕僚長からの命令を実施するならば、ガラリアには、ジョクが入間にはいったことも隠して、適当に東京上空を飛んでいてもらいたいというのが、定家三佐の本音である。
しかし、なぜか、横田基地から派遣された士官たちまでが、目の前にいるのである。
米軍の士官たちにしても、通常の敵対関係ならいざしらず、今の状態では、日本の軍隊と警察の対応をみせてもらって、その上で、次の対応を考えるしかないと感じていた。
彼等は、バーンの証言から、バイストン・ウェルにいった地上人がここにいるのならば、オーラバトラーの技術的な問題をかんがえる場合、それは有用な傍証になると考えたからである。
バーンの証言の信憑性《しんぴょうせい》を疑っているのではなく、バイストン・ウェルにいった地上人の資料としての価値を、彼等の即物的な直感は洞察していたのである。
「入間にいってくださるなら、警察としては、なんの問題もない。なんです? 陸上自衛隊は、航空自衛隊にオーラバトラーをもっていかれるのが、いやなんですか?」
田無署の幹部が、あいまいな態度をとる定家三佐に噛みついた。
「そんなことはいっていない。旧日本軍じゃあるまいし、そんな内部抗争はありません」
定家三佐は、台所から勝手口に出ていくガラリアについて行きながら、警官たちに抗弁した。
その日本人同士の会話を、玄関からのぞいていた通訳が、直訳するようにして、アメリカ人たちにつたえた。
「いきましょう。裏に彼女のオーラバトラーがあるらしい」
日系人の通訳にうながされて、アメリカ人たちは、巨体をおりまげるようにして、玄関口から外にでていった。
「だめです! ここからは、出ていってください!」
玄関口に待機していた五月女陸曹と半藤陸士は、果敢《かかん》にも銃を楯にして、彼等を敷地から追いだそうとした。
「オーラバトラーが、離陸するんだ。見たくないのか?」
ユーモアが得意らしいアメリカ人の一人の言葉は、五月女陸曹には、理解できるものだった。
「そうなんですか!?」
「どこで」
二人の若い隊員は、迂闊《うかつ》にきいてしまった。
「バックヤードでだ」
間髪《かんぱつ》をいれない通訳の声に、玄関前で警護していたはずの彼女たちと警官数名は、ドドッと裏庭の竹藪のほうにかけだしていった。
彼等の行動を、だらしがないと非難するのは不適当であろう。
ガラリアは、カットグラの機体を調査するつもりで竹藪にはいりこんでいた自衛隊員を追いはらうようにしながら、
「機体に傷をつけたりはしなかっただろうなっ!」
と、一喝してコックピットにあがっていった。
「…………!」
ジョクの父親、孝則は、ガラリア機が竹藪をおしわけて上昇していくのを二階の窓から眺めて、ただ嘆息していた。
良子は、ベッドカバーの上に横たわり耳をふさいで、兎《うさぎ》のように身をふるわせているだけだった。
「鈴木君といったか……彼の会社の会長が官房長官と親交があるといっても、結局、なんにもならなかったな」
孝則は、小さな会社を経営して、いっぱしの社会人になったつもりでいても、このようなときに、相談する相手一人いない自分の人脈の薄さを痛感した。
彼の同郷で、自衛隊や警視庁につとめている友人たちは、それぞれに出動していて、結局、誰ひとり連絡がとれなかったのだ。
『いつまでも、一人だってことだ……』
また、ベッド・ルームの電話がなった。
良子《よしこ》専用の電話で、テレビ局関係者からの電話である。
ジョクが入間にはいったころから、良子の関係している番組のプロデューサーやディレクターから、どこで知ったのか、照会の電話が入るようになったのだ。
『ロボット騒ぎのご本人は、そちらだって話ですが、本当ですか? 今から取材させていただけないですか?』
「ノーコメントです。関係機関からいわれていますから。それに、良子は伏せていますので……」
孝則は、三度ほど断わりの応答をしたが、そんなことで引きさがる人びとでないことは、毎日の主婦向けワイドショーを見れば推測のつくことだった。
孝則の応答の仕方で、ロボット騒ぎの震源地は確定できたと確信したテレビ局のスタッフたちは、車を飛ばしているだろうと、想像がついた。
「定家さん!」
孝則は、自分たちも隔離してもらったほうが良さそうだと気がついて、定家三佐に相談する気になった。
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21 拉《ら》 致《ち》
ジョクは、ガラリアが田無方面に飛んだのを知っていたが、入間をはなれられなかった。チャム・ファウが行方不明になったからだった。
「調査隊!?」
杏耶子は、水野《みずの》二等空佐から、その部隊名をきいて、呆然とした。
その種の呼称に、本能的に嫌悪感をいだくのは、どこか秘密めいていて、スパイ活動でもやっている組織ではないか、とおもってしまう偏見があるからである。
「ええ、隊員たちがチャムを歓迎していたのは、ご存知でしょ? われわれには、彼女をどうこうする権利はありません」
「なら、どうして、そのようなよその部隊の人がきて、チャムを捕獲するのを黙認したのです」
杏耶子は、ちかづいてくるジョクのカットグラの前で、悲鳴をあげた。
「自分もいましがた、調査隊の者がここにはいったときいて、駆けつけたんです。彼等は、赤坂《あかさか》からきたものです。自分たちとはちがうんです」
「……たしかなんですか?」
「ええ、何人もの隊員たちが見ている前で、チャムを抱き、車にのせたと……」
ジョクは、カットグラのハッチの上に立って、滑走路のほうを見やったが、航空機が飛び立った形跡はない。ジョクは、チャムを調査しようとする者たちが、次にどういう行動をとるか考えてみた。
「そうか、自衛隊病院か……。このちかくにありましたよね。調査隊の人たちは、そこで、チャムを調べるつもりじゃないんですか!?」
「ああ……防衛医科大学校が所沢《ところざわ》にあるが……連絡するのですか?」
「それ以外に考えられないでしょ。車なら……」
「われわれに悪意があってやっていることではないということは、わかってください」
「わかっていますが、これでは、ぼくも米軍に合流したくなる」
「待ってください。手配します」
水野二佐がランクルの電話をつかっている間に、諸岡一佐の車が、カットグラに横づけされた。
「ガラリア機が、こちらにむかっているそうです」
ジョクに報告をしながらも、水野二佐が調査隊についての調査を指令しているのを聞いて、諸岡一佐は、怒りでからだをふるわせた。
「赤坂はなにをやろうってんだ!」
「司令、ガラリア機がここにむかっているというのは、まちがいないな?」
「無論だ。直接、君の家を警護している部隊からの連絡だ」
「チャムが無事に回収されないなら、本当に、ぼくらは日本を離れますよ。アメリカも友好的でないらしいけど、天秤《てんびん》にかけさせてもらうことぐらいしないと、生きのびられないようだ」
「ジョク! 君のいおうとしている世界についての問題は、わたしからも防衛庁に報告してある。君たちのフレイ・ボンムの破壊力も、バイストン・ウェルとはちがっていた。そのことも、オーラ力《ちから》と世界のかかわり方の問題だと君はいうのだろう」
「そうです。よく理解してくださっている……しかし、世間のしくみは、一人の人間が理解しただけでは機能しない」
「もうすこし時間をくれ」
「あれでもか?」
諸岡一佐の言葉を、ジョクは頭から否定して、一方を指さした。
米軍機が二機、接近してきた。
「なんだ?」
「ガラリア機を追撃しているようです」
ジョクは、カットグラのコックピットにすわった。
離陸したとたんに、ジョクは、ガラリア機を認めていた。その左右には、三機の米軍機が、随伴《ずいはん》していた。
「……ジョクかっ! わたしは、この連中が嫌いだっ!」
鉱石無線が受信できる距離にはいっていた。
ガラリアの絶叫が、嵐《あらし》のようにジョクの耳をふるわせた。
横田基地では、米軍最大の巨人輸送機が、離陸しようとしていた。
オーラバトラーによって焼かれたのは、滑走路の一方のはじだけだったので、ギンガムは、ガベットゲンガーの本国移送を急ぐことができた。
事態がどう転ぶかわからないのは、エンジェル・フィッシュのキャグニーとスヌーピー、スパイダーのチームがガラリア機を監視しているからではない。
オーラバトラーが、異世界のものであると確認されればされるほど、それにともなう権益確保の問題が、日本政府との間で問題になるだろうと予測したからである。
となれば、ガベットゲンガー一機だけでも、本国に移送しておくほうが、事後処理を有利にはこぶことになると踏んだのだ。
もちろん、それは、国防省の判断でもあった。
滑走路の長さは、問題ではなかった。
ガベットゲンガーは、応急のベッドにうつぶせの恰好で、その巨人輸送機に押しこまれていた。
バーンは、コックピットの最後部のシートに賓客として、すわらされている。
「……脅威のマシーンです。この世界にあっては、貴下のマシーンのようなものの開発は、想像を絶することです」
バーンの監視役を命令された横田基地のハレイ・ウォルターズ大尉は、そういうしかなかった。
在日米軍や国防省の思惑を、バーンに感知されないためには、ひたすら客のもてなしに意識を集中するしかないのである。
その役は、当初からガベットゲンガーに接している大尉にしかできなかった。
「いや……いろいろお気づかいいただいて、恐縮であります」
バーンは、コックピットの背後のハッチの窓から、ひどく狭っ苦しい倉庫に寝かされているガベッドゲンガーをのぞいて、抵抗を感じた。
が、しばらくはアメリカ人たちのいいなりになるしかない自分の立場を理解はしていた。
それができたのも、この巨人機を見せられたからである。
このような巨大な空を飛ぶものを建造できる人びとの国ならば、ショット・ウェポンを生んだ民族の国にまちがいなかろう、と納得し、そうであれば、アメリカという国は、自分にとって有益ななにかを提供してくれるのではないか、と期待したのであった。
ガベットゲンガーを乗せた輸送機は、補修工事中の滑走路のはじをかすめるようにして離陸すると、本国にむかうコースをとった。
ジョクは、ガラリア機を入間基地内に着陸させて、基地の建物がならんでいるところから、もっとも遠い雑草地に誘導していた。
厚木から追尾してきた米軍の戦闘機は、ガラリア機もそれを出迎えたジョク機も、抵抗する気配をみせないので、ただ威嚇飛行をくりかえしていた。
「ジョク! あれらを黙らせたいっ!」
「待てよ。そんなことをしては、ガラリアが、窮地《きゅうち》におちいるだけだ」
「あれらには敵意があるぞ。あわよくば、あたしを殺そうという意思が明白なんだ!」
「そうなんだろうが、こらえろっ!」
「しかし……!?」
そこまでいってガラリアは、ジョク機のコックピットが、ジョクひとりなのに気づいた。
「……どうしたのだ? あのチビは!?」
チャム・ファウのことをきいた。
「自分の国の人間を信用できないのは、つらいし腹もたつ」
「……? あのチビが、殺されでもしたのか?」
ガラリアは、もともと杏耶子という異質の女性には、興味がなかったのだ。異郷での友人としては、よい友人であっても、彼女がジョクと寝たからといって、嫉妬さえわかなかっただろう。
本質的に、遠い存在なのである。
しかし、チャムは、忌《い》み嫌っているからこそ、ガラリアの精神のなかでは大きな存在であった。
そして、バイストン・ウェルに帰るために必要かもしれないもうひとつのオーラ力をもったものという認識もあって、チャムの不在は、大きな意味をもってガラリアにせまった。
何といおうが、チャムは自分と同質のものなのである。
「そうだ……拉致された」
ガラリアは、格納庫のならぶ方向から、数台の車が滑走路を横ぎるようにして接近してくるのを見やり、交互に、低空飛行をこころみる米軍の戦闘機を見やった。
滑走路を横切った車の一台は、二機のカットグラのあいだに割りこむようにして、停止した。
「城君! こらえてくれ。連絡がとれない! まだ調査隊は、医大にはついていないんだ。無線機は搭載しているはずだが、応答がない」
「水野二佐! もうしわけないが、どこに火をつけたらいいかっ! チャムをかえしてくれなければ、基地を爆撃するといったはずだ」
「待ってくれ! 調査隊とこの基地は関係がないんだ」
「おなじ自衛隊で、それをいうのかっ! こちらにとっては、おなじだぞ」
ジョクは、入間基地の営舎《えいしゃ》と私鉄の西武《せいぶ》電車の線路のあいだに、長いあいだ使われていない木造の建物があるのを知っていた。
入間基地の敷地内にあるようにみえるが、自衛隊がつかっているようにはみえない古い木造の建物の群である。
だから、チャムのことを持ちだしたときに、ジョクは、基地の一部を爆撃するといったのである。
もちろん、大火になれば、危険はあろう。電車が不通になるのは当然という距離なのだ。
が、そんなことでもしてみせなければ、チャムを強奪するというお粗末な行動をおもいついた軽率な連中に、おもいしらせることはできないとおもったのだ。
『政府か防衛庁のトップが、異世界が存在する証明が欲しいばかりに、チャム・ファウの生体をチェックさせる命令をだしたのだ』
ジョクは、自衛隊の調査隊のやったことをそう理解した。
石橋を叩いても、次の行動を起こさない硬直した思考の高官たちは、アメリカとの交渉がはじまったときの弁明材料を、収集しようとしているのであろう。
そのためには、なにかをしておかなければならないのだ。それが、チャムの拉致なのではないかと、ジョクは断定していた。
『鋭意《えいい》調査中でありますので、回答は、調査の結果を待ちまして……』
『遺憾《いかん》であります。目下、関係閣僚と意見の調整をしておりますので、数日中には、指針を提示できようかと……』
ジョクは、こういったスピーチを生理的に嫌悪する。
そのような言葉が通用する日本人の組織とそれに参画している普通の人びとのメンタリティにたいする鬱憤《うっぷん》を晴らしたいという衝動は、学生になってから今日まで、ジョクの心のなかに鬱積《うっせき》しているのだった。
「そういうことか!?」
「そうだ。ガラリアは、チャムが嫌いだろうが、彼女もいたから、われわれはこの地上世界に出てきたのかもしれないんだ。だから、あの娘もわれわれの傍《そば》におくしかない。それなのに、ここの軍隊が、チャムを強奪した」
「ジョク君! まだ調査隊の者がやったことかどうかもわからないんだ。正体は不明だが、調査隊を名乗った者たちの犯行ということもかんがえられる」
「水野二佐! その話はきけないぞ! チャムがここにいるのを、外部の者でほかに誰が知っている!? どこかの国のスパイだというようなおとぎ話は、きくつもりはない」
「……ジョク。恫喝《どうかつ》は必要というのだな?」
ガラリアの用心深い言葉に、ジョクが、迂闊《うかつ》にうなずいてしまったのは、車のかたわらに立つ水野二佐とのやりとりに意識がむいていたからだ。
「水野二佐! 医大と連絡が取れました。調査隊がなにかの調査できたという話は、本当のようです」
別の車の隊員の声に、水野二佐は、ジョクをふりあおいで、
「ウソをついていないのは、わかるだろう。我々の立場は……」
「そちらの立場がわかっても、こちらの立場が蹂躙《じゅうりん》されるなら、約束を実行するしかない」
ガラリア機が浮いた。
ドウバゥッ!
ガラリア機は、夏草をなぎはらうようにして滑走路を飛んだ。またも飛来したキャグニーたちの編隊の下を、入間のコントロール・タワーをかすめるようにして飛び出していった。
「ガラリアっ!」
ジョクのカットグラが、追いつく間もなかった。
バグン!
ジョクには、オーラバトラーのフレイ・ボンムが一閃《いっせん》したのが見えた。
ガラリア機の飛んだむこうに、黒煙と赤い火のかたまりが、ゴボッとあがり、ガラリア機は、その上空で機体をひねるようにして、ジョク機の方にもどろうとした。
ジョクは、諸岡一佐とのやりとりで見せた自分の意識がガラリアには刺激的だったのだと後悔したが、それは、あとの祭だ。
ガラリアは、フレイ・ボンムを最小出力にして、ジョクがイメージしていた廃墟《はいきょ》同然になっている木造の建物を狙撃《そげき》したのである。
それは、この基地が駐留米軍から日本に返還されてから、大蔵省の管轄になっている建物で、使用目的がさだまらないために、敷地が隣接している自衛隊が、その火元管理をおしつけられているものであった。
ガラリアは、正確にジョクのおもっていた建物だけを狙撃した。
しかし、もともと過大に反応するフレイ・ボンムは最小出力にしても、直径五百メートルほどを一瞬に火炎のなかに取りこんでしまった。
そのために、入間基地を貫通するように敷設《ふせつ》されている西武鉄道の線路も、灼熱《しゃくねつ》のるつぼのなかに入ってしまった。
さいわいだったのは、ちかくの西武鉄道の線路上に、車両がいなかったために、大量の死者がでなかったことだった。
入間駅のプラットフォームで電車待ちをしていた十数人の客たちと、そのちかくで任務についていた自衛隊員たちは、即死した。
「ガラリアっ! ここだって、人口密集地帯なんだ。アの国とはちがうんだよっ!」
「しかし、わたしは、ジョクの手順には、まちがいがないと判断した。驚くことはないし、ジョクの同胞を殺傷したかもしれないが、騎士どうしの約束であろう。なにが責められる!」
ガラリアのいうことも一理あった。
すくなくとも、騎士たちの世界では、いまの手順で犠牲者がでた場合は、相手の責任であって、仕掛けた側には一切責任はなかった。
「ここは、日本だ!」
ジョクは、ガラリア機の腕をとって、これ以上好きにさせないつもりだった。
しかし、上空からこの光景を見たキャグニーたちは、二機のオーラバトラーの挙動を攻撃的でない、とみることはできなかった。
「やったぞっ!」
入間基地から数キロのところで旋回をかけたキャグニーは、遠慮するな、という意味で、僚機に叫んでいた。
「民家には気をつけるんだ!」
その一言だけが、攻撃にあたっての配慮である。
オーラバトラー二機が、前後を警戒するようにして、再度、滑走路側に移動するのを見て、攻撃のチャンスとみた。
オーラバトラーのつかう巨大な火炎放射器も、その初速がおそいので、キャグニーには、回避できる自信があった。
今の場合は、攻撃しても、言い訳はできる。
モーリーの敵を討つのはこの機しかないと決した。
一瞬の判断だった。
キャグニーは、滑走路上空にはいったカットグラに、全弾を叩きこむつもりでトリガーを引いた。
ウオンッ!
バルカン砲がひと息吠えると、キャグニー機はカットグラをパスしていった。
それに反応するように、ジョクとガラリアのフレイ・ボンムが火を噴いた。
二条の火炎が空を焼いた。キャグニーに追従する四機のうち、二機がそのフレイ・ボンムのすじに触れたようだった。
一機が空に跳ねるようにして、機体を回転させた。
もう一機は、なにごともなかったように、僚機《りょうき》を追って西にパスしていったが、その機体も入間の空域を離脱するしかないダメージをうけていた。
空に跳ねたほうは、機体をタテにしたまま大きく弧をえがいて、一気に失速していった。
高度が低かったので、パイロットが離脱する時間はなかったはずだ。しかし、不幸中の幸いは、激突爆発した場所が、山林であって、ただちに、民家の炎上につながることはなかったという点だ。
「ジョクっ!」
キャグニーがバルカンを斉射した手前のところを、杏耶子は、基地のランクルに乗って、滑走路の反対側にでようとしていた。
頭上にフレイ・ボンムの発射されたときの熱気を感じた杏耶子は、自分は、この瞬間に知らない世界にリープした、という奇妙な感覚を体験して身をふるわせ、絶叫していた。
「中臣さん、ビルの方にもどります! オーラバトラーのところは危険です」
ランクルの曹長は、悪意でいったのではないのだが、杏耶子は、それを拒否して、車を滑走路のむこうにつけてくれと頼んだ。
「しかし……また来ます!」
射撃のできなかった別の戦闘機が、滑走路に着陸するような姿勢で、接近するのが見えたので、ランクルは、はげしくターンした。そのわきで、ドヴドボッ! と、コンクリートがはじけて、杏耶子のからだはドアとシートのあいだで、躍った。
ガボンッ!
戦闘速度にはいった戦闘機のショック・ウェーブのほうが、車に手ひどいダメージをあたえた。
ランクルは、いったんは倒れそうになりながらも、格納庫側にもどっていった。
「ジョク、こんなところで早まらないでっ!」
なんとかからだを支えながら、杏耶子は、カットグラ二機が、滑走路の右手、つまり、米軍の戦闘機がパスしていった方向に、ゴウと離陸するのを見ていた。
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22 感知飛行
この戦闘が行われているとき、バーンとガベットゲンガーを移送する輸送機は、日本の領空をでようとしていた。
「大尉、飛行も落ちついたようだ。ガベットゲンガーの状態をチェックしたい」
バーンは、なにげないようすで、ウォルターズ大尉に申し出た。
「即席の機体支持台では、気にもなるだろうな……」
ウォルターズ大尉は、パイロットたちにキャビンの方にいくといいおいて、バーンを案内した。
ガベットゲンガーの機体の上部を観察できるタラップから、床のほうへ移動していった。
バーンは、まっすぐに機体の下にもぐりこむと、コックピットのハッチを下から見上げるようにした。
「問題があるのか?」
「いや、他人に任せるのは、はじめてなんでな」
キャビンに配置されていた数名の下士官たちは、バーンがかなり気さくなパイロットであるとわかって、気やすくなっていた。
バーンは、ハッチを下から開いてみて、機体を支えるバーに問題がありそうだと、シートの前にもぐりこんでいった。
「バック・ノズルのうしろに、人はいないな?」
「なんでだ?」
「アイドリングのテストだ。貴国に到着して動かんようでは、わたしの恥になる」
「オーライ。しかし、輸送機の機体に支障が生じることはないのか?」
「それはない。ちょっと風がでるだけだ」
バーンは、コックピットをのぞくようにしている下士官たちに、少しさがってくれと手でしめしてから、エンジンを始動させてみた。
「外からハッチを閉じてくれないか? ハッチ上の計器の作動状態をみたい」
下士官たちはいわれたとおりにガベットゲンガーのハッチを閉じた。実際は、ハッチ上に計器などなかったのだが、下士官たちの警戒感のなさを責めることはできない状況であった。
「よし、では、この輸送機のキャビンのハッチを開くことを要求する!」
バーンは、米軍が設置してくれた外部に音声をだせるマイクをつかって、要求した。
「なんだと!?」
下士官たちの反問は、ガベットゲンガーのノズルからでた排気ガスの奔流《ほんりゅう》のなかで、かき消されてしまった。
「うわっ!」
「貴様!」
ノズルのおこす気流が渦まいて、下士官やウォルターズ大尉は、その場になぎ倒され、壁にからだを叩きつけられた。
「将兵諸君は、コックピットに移動だ。命令にしたがわなければ、この輸送機を内側から破壊する!」
バーンは、ガベットゲンガーの一方の腕で、キャビンを叩いてみせた。
ズズンと機体全体が、震動した。
「り、了解だが、どういうことだ!?」
パイロットの絶叫が、バーンの無線機にひびいた。米軍供与のそれは、バーンの心を躍らせるような性能があった。
「自分の仲聞が、危機におちいったという信号がはいったのだ」
「どこでだ!?」
「いまでてきた国からだ。ハッチを開けっ!」
バーンの命令で、巨人輸送機の後部ハッチが開かれると、バーンは、ガベットゲンガーの機体を器用に操作して、輸送機から離脱した。
ガベットゲンガーは、その横手をおおきく迂回《うかい》するようにして、日本にもどるコースをとった。
「奴めぇー! なんだってんだっ!」
輸送機のパイロットたちとウォルターズ大尉が、自分たちの任務が雲散霧消《うんさんむしょう》したのに気づいて、呆然となっても不思議ではなかった。
が、事態は、そんな気の抜けた時間を、彼等にあたえなかった。
「白能《しろくま》の定期便だぞ……!」
「一機じゃない。戦術戦闘機らしいのもついている」
レーダー手とコ・パイがまずそれに気づいて、輸送機は、針路を百八十度変更し、低空飛行にはいって、そのソ連の定期便とおぼしき編隊をやりすごそうとした。
「ジエータイのお迎えじゃないのか?」
「いや、ちがう。識別信号に応答がない」
「オーラバトラー騒ぎで、ジエータイは、白熊さんに気がついていないのか、連中がまったくちがうコースからはいったのか?」
「その両方だな……多分……。どういうんだ!? 連中、領空侵犯をするつもりだぞ」
レーダー手の声に、コックピットは緊張した。
国家のトップが、互いに冷戦終了を宣言したからといって、現場の状態が一挙にかわるものではない。
こういう怪し気な現象というのは、軍隊があり、使うべき武器があるかぎり、いつどこでも起りうるのだ。
だから、そうそう簡単に、外国の駐留軍が、なくなることもないのである。
「来るぞ! 領空線をこえたな!」
一機の大型爆撃機と三機の戦闘機らしい編隊は、ウォルターズ大尉たちの輸送機と並行するように回頭してから、日本本土にむかって加速したのが視認できた。
「冗談じゃない。どういうつもりなんだ!」
ウォルターズ大尉はほかにやることがないので、ただ右の窓からその機影を凝視していた。
「ガベットゲンガーを視認したのだ! でなければ、こちらを無視して、九十度で正面から領空線を突破するか?」
赤い星を輝かせたその三機の戦闘機は、まるで吸いこまれるように、ガベットゲンガーが直進するコースをなぞって、ウォルターズ大尉たちの輸送機を追いこしていった。
マッハ2を越えていよう。
そのショック・ウェーブが、数秒後に襲って、さしもの巨大な機体も横揺れをした。
『ガベットゲンガーは、オーラバトラーだ……あれが、白熊を呼んだんじゃないか? そうでもなければ、あの飛行コースはありえない……』
ウォルターズ大尉は、飛びさっていく赤い星の戦闘機を見送りながら、オーラバトラーの『オーラ』の意味を考えてみた。
バーンは、生体力《オーラちから》によって動く機械だといったのである。ということは、必然的に、オーラバトラーの飛行は、人の感性を刺激するのだ。
そして、ソ連機の連中もそれに感応して、接触してきたのではないか……。そう考えなけば、この事態は、理解できなかった。
「戦闘機か!」
バーンは、その三機の戦闘機が、米軍や自衛隊のものとは、多少違うと見たものの、正確な識別はできない。
ただ、今まで以上のすさまじい速度で追いこしていった三機が、再度、前方で翼をひるがえしたのを見て、正面から攻撃してくるのではないか、と緊張した。
ガベットゲンガーは、音速は越えたことはないが、いまはじめて音速を越えようとしていた。
亜音速こそ、空気抵抗がもっとも厚く、音の壁といわれるものが存在する速度域であった。
しかし、ガベットゲンガーの機体には、不思議なほど空気抵抗による震動はなく、カットグラとおなじに、静かだった。
バーン自身、いまや、それを不思議とはおもっていない。
『オーラのバリアーだろうよ』
それは、ショットが説明してくれたことであり、なにより、地上世界でオーラバトラーのポテンシャリティは拡大しているのであるから、それはまちがいなく現実であったのだ。
ガベットゲンガーは、楯を前にして、フレイ・ランチャーを正面に構えていた。
「……ふむ……?」
バーンは、冷静だった。
敵機が、攻撃の火蓋《ひぷた》をきってから応じても、大丈夫という自信があった。
その三機は、正面から左右にパスしていった。
さすがに、ショック・ウェーブで、ガベットゲンガーの機体は、いちどだけ上下に跳ねるようになったが、たいしたものではなかった。
「…………!?」
やはり、とおもう。
彼等、地上人は、ガベットゲンガーの性能をチェックするために、いろいろと仕掛けてくるのである。
「残念ながら、その相手はしていられんのだ」
バーンが、輸送機から突然離脱したのは、ガラリアの叫びを感知したからである。
そのガラリアの明瞭な意識は、いまのいままで感じたことのないものだった。
『このままではバイストン・ウェルに帰れない!』
ガラリアの意思は、悲鳴にちかかった。切迫していた。
それははげしく、バーンの意識を刺しつらぬいて、言葉でのやり取り以上に、コモン人であるバーンの潜在的な意識をゆさぶるのであった。
だから、バーンはガベットゲンガーにのった。
アメリカ見聞などは、ガラリアの悲鳴のなんたるかを知ってからでも、おそくはないと直感したのである。
ゴウーッ!
ガベットゲンガーのバック・ノズルが、背後で旋回行動をとる赤い星をきらめかせた三機の戦闘機を蹴散《けち》らすように尾をひいた。
「間にあうのか!?」
バーンは、戦友であり、この世界でただ一人の同族ガラリア・ニャムヒーのいるはずの場所をめざして、太平洋上を直進した。
地上をおおうオーラを機体いっぱいに吸収したガベットゲンガーは、バーンの意志をファンにして圧縮し、それを、推力に転化する。
そして、バーンの意思のままに、飛ぶのだ。
その飛行にともなって、地上に拡散するオーラと干渉したガベットゲンガーの残像が、空に点々と列をなした。
マッハ2で追撃する三機のソ連機は、その残像現象に驚嘆して、回避運動をした。
バッグン!
ドウ!
閃光《せんこう》が走り、四散した。
広大無辺にみえる空中で、わけのわからない残像現象に突っこむのではないかと錯覚した二機のソ連機が、激突してしまったのである。
そのとき、二機編隊の自衛隊機が、定期便の領空侵犯に牽制《けんせい》をかけるために、その空域に接近してきた。
なにがおこったのか、それぞれの証言を総合するまでは、正確なことは彼等にはわかるまい。
ソ連機の爆発の原因をかすかに想像しながら、バーンは、伊豆《いず》七島上空をパスして、相模灘《さがみなだ》から所沢に向かった。
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23 狙 撃
「ガラリア!」
「わかっている。ジョクは敵を監視してくれればいい」
ジョクは、ガラリアがいうことがちがうと感じたが、制止することはできなかった。
三機の米軍の戦闘機は、隙《すき》あらば銃撃をかけるつもりで、数キロの距離から、機首をめぐらして、接近をかけてきた。
「……チッ、入間っ! チャム・ファウだ。あれがガラリア機をとめさせられる唯一のものなんだ! 即座に返還させろ! 米軍機も退去させろ! ガラリアを怒らせるな!」
ジョクは、これ以上の反撃をするつもりはなかった。
そうでなくても、やりすぎたという感触は十分にあったからだ。
ガラリアは、ジョクのイメージすることをジョクの決断とうけとめてしまっているのだ。
そのことを責められないものの、この世界の人びとが理解してくれるとはおもえなかった。
となれば、いまは、米軍機を撤退《てったい》させて、ガラリアに対決姿勢を解除させて、じっくり考える時間をあたえてやらなければならないのだ。
しかし、キャグニーの戦闘報告は刻々と横田と厚木、それにミシシッピーに受信されていた。
入間以下の防空シフトをしく日本側も、この事態を見守っているのである。
「東京上空でこれ以上の戦闘行為は、入間の名にかけて、阻止しなければならん!」
入間のオペレーション・ルームにはいった諸岡一佐は、府中と防衛庁だけではなく、横田基地にも申し入れをさせた。
しかし、横田は自衛のために、さらに厚木基地の戦闘機隊を発進させることを厳命して、入間の申し出を拒否した。
ギンガム中将の性格である。
「オーラバトラーを捕獲して引き渡してもらいたいという要請は、だしているはずだ。それを日本側が実行できないのなら、安保条約にのっとって、我が軍が、日本の首都を混乱におとしいれているアンノンにたいする防空|支掩《しえん》をする」
それが横田の名分だった。
「冗談じゃあない! 順序が逆だ!」
諸岡一佐は、防衛庁の反応がおそいのに苛立ち、その上、調査隊を派遣してきた内局という存在に激怒していた。
「シビリアン・コントロールという石橋を叩いてもなにもしない連中に、実戦の指揮をとらせるから、こういうことになる!」
自衛官としてはいってはならない言葉を、諸岡一佐は、吐き出していた。
これは一面の真理であった。
シビリアン・コントロールを机上の理想にしないためには、市民は、軍事戦略の歴史的な背景と運用について、正確な学習が必要なのである。
軍事を忌《い》み嫌うのがシビリアン・コントロールではない。
その素養を身につけていてこそ、いざというときに、軍事力を動かさない政治的な判断と戦略思想を手にすることができるのだ。
しかし、日本は大正デモクラシー以来、市民も軍人も正確な近代軍隊の運用を学習する努力を放棄してきた。
いま、諸岡一佐が毒づき、格納庫のすみで、徳弘一尉が歯噛みする状況では、すべてがおそいのである。
「医科大に、調査隊の連中がはいったようです」
午後は非番になっていた加藤《かとう》二尉が、諸岡一佐の席に電話機をもってきてくれた。
「すまない……入間の諸岡司令ですが、調査隊の連中は、どういう要件でそちらにうかがったのです?……ええ? 生体調査? そのチビ……そうだ、その羽根つきのな。よく知っている。こちらでもチェックはしたのに、なんでわざわざそちらで調査をするのです……? 内局の命令だというのか……」
諸岡は、絶句した。
内局こそ、俗にいう制服組と政府の文官が、有事のさい自衛隊を指揮するための協議機関である。
諸岡が腹をたてざるをえない巨大な組織の『ひとつの場』であった。
もちろん、調査隊そのものは内局の直轄《ちょつかつ》部隊ではない。が、その位置につきやすい部隊であることも事実であった。
「どういうこと!?」
諸岡は、電話口のむこうの医科大の幹部の説明に、開いた口がふさがらなかった。
羽根つきの少女が本物かどうか調べて、すこしでも異世界を証明する資料を手にいれれば、政府がアメリカとわたりあう場合に有利であろうという判断から、早急にチャム・ファウを医学的に調査する必要がうまれたというのである。
そして、入間基地とジョクの関係を斟酌《しんしゃく》し、入間をぬきにして、チャム・ファウを隔離するほうが、直面する事態に対処するために狂奔している入間にとっては、楽ではないか、という判断から調査隊がうごいたというのだ。
「基地も燃えている。西武線だって燃えている。米軍機も撃墜されている。いいかっ! この状況をいますぐにおしまいにするのは、そのチャム・ファウをオーラバトラーにかえすことだ。あの娘《こ》がいなくなっちまったんで、連中がパニックにおちいって、米軍と交戦しているということが、わからんのかっ!」
諸岡一佐は、百里と小松《こまつ》基地にも、さらなるスクランブルをかけさせていた。
「朝霞からは、対戦車ヘリが、防空掩護にでました」
コンソール・パネルに陣取っている幹部から、またも面倒な報告がはいった。
「オーラバトラーを殲滅《せんめつ》させるんじゃない。米軍だって、撃墜は考えていないんだぞ!」
諸岡は、防衛庁とのホットラインでCCP(中央指揮所)を呼びだすと、各個に出撃して、個々に反応することをやめさせるように要請した。
さらに、政府に、米軍の出動を中止させるように依頼した。
ガラリアは、地上に被害をおこすような攻撃のしかただけは避けていたが、数度ならず、フレイ・ボンムを発射して、キャグニーたちを牽制していた。
その間、ジョクは、入間がカットグラの鉱石無線の周波数にあわせてくれたおかげで、チャム・ファウが防衛医科大学校にいることを知った。
「ガラリア、チャムを回収する。地上におりれば、米軍は攻撃はしてこない」
米軍機の動きを目のはじにとらえながら、ジョクは、ガラリア機に自機の腕を接触させて、降下するように命令した。
「どこだ!」
「あの街なかから左、公園のようなところの大きな建物だ」
ジョクは、ウロ覚えの地形であったが、それでも、目標物を見つけだすことができた。
「チャムがいるのか!?」
「ああっ……!」
ジョクは、自分たちの飛行コースが巧《たく》まずして、チャムが連れ去られた場所にちかくなっていたことに驚いていた。
しかし、このことこそ、バーンがガラリアに呼ばれたとおもわれる現象と軌《き》を一《いつ》にしていた。
偶然ではないのだ。
カットグラ二機は、グッと低空にはいって、一気に医科大学校の前庭に着陸した。
「チャム・ファウをもらいうけたいっ!」
コックピットのハッチから身をのりだして、ジョクが、医科大の幹部に要求したとき、その上空に接近したキャグニーたち三機の戦闘機は、さすがに攻撃をやめて、むなしくパスをくりかえした。
彼等も、病院前に着陸したオーラバトラーに、ミサイルをつかう無謀さはもっていなかったし、その使用は、横田も禁止していた。
となれば、彼等は、つぎの攻撃隊がこの空域にはいるまで、監視をするだけなのである。
「……チャムの件は、入間から要請があったが、調査隊は拒否している」
玄関口にでてきた数名の白衣すがたの幹部たちのなかから、初老の男が、のどをふるわせるようにして答えた。
「なんの権利があってのことですか! チャム・ファウを、すぐにここに連れてこなければ、この周囲はまた火の海になる。これは恫喝ではない。調査隊の者につたえろ。中央との協議には、チャムをかえしてもらった上で、われわれが直接にあたる」
玄関口の数人の白衣が、あわてて建物のなかに駆けこんでいった。
「ジョク……ラチがあくのか?」
ガラリアは、フッと息をつくようにして、カットグラのハッチから身をのりだしてきた。
「これでおしまいだよ。立場的には、こちらの方が絶対に有利なんだから……」
バラバラというヘリコプター特有の騒音が接近してきたので、ジョクは、ふっと頭上をあおいだ。
医科大学のビルのむこうに、あらたな米軍機と、陸上自衛隊の対戦車ヘリの機影を認めた。
『本気で戦争をやるつもりなのか……』
それは、ジョクでなくとも、戦慄をおぼえる光景だった。
パンパン!
乾いた音がした、と感じた瞬間、ジョクは、肩を鉄の棒で殴られたような衝撃をうけて、ドッとシートに転がっていた。
「なにーっ!?」
銃で狙撃されたとわかった。
そのときには、ガラリア機が、ジョクの視界を横切っていた。
ドガウーン!
ガラリア機の剣が、正面のビルの窓という窓をなぎ払うようにした。
「貴様等ーっ、正面から出会えぃっ!」
鉱石無線は、ガラリアのそんな声を受信した。
「ガラリア! やめろっ!」
ジョクは、ドクドクと肩からつきあげる痛みに、目がくらみそうになりながらも、ガラリア機が破壊した窓のむこうには、どれほどの患者がいるのかと想像していた。
「待ってくれっ! あんたたちの仲間はこれだろうっ! これを引きとって、ここからは消えてくれ!」
その声は、ガラリア機の足下から発せられた。
「ガラリア! 下を見ろっ!」
ジョクの声は無線をとおして、ガラリアにきこえ、ガラリア機はグラッと身をひいて、かがみこむようにした。
ジョクは、左肩の痛みが絶望的にひどいものでないとわかってきたので、上体を起して左右を警戒しながら、ハッチから身をのりだすようにした。
ガラリア機の剣をもつ手に、白衣の青年幹部が、気絶しているチャム・ファウをおいたところだった。
「…………!?」
ジョクは、チャムはすでに殺されているのでは、という疑問にとらわれた。
ガラリアは、自機の腕をゆったりと上昇させて、その手をジョクの前に差しだしてきた。
「ああ、チャム……!」
ジョクは、血にぬれた右手をさしだして、グッタリしているチャムの身体《からだ》をすくうように抱きあげてやった。
「調査隊が麻酔《ますい》をつかったようですが、すぐに、気がつきます。命に問題はない」
下から、白衣の老人がおしえてくれた。
ジョクは、その老人を見下ろした。
左右にいた幹部たちの姿は、ジョクの視界から消え、初老の幹部だけが、ガラスの破片とアルミ・サッシの飛びちったエントランスに、ひとり立っていた。
「ご老体! 自分たちを狙撃した者につたえてほしい。窓ガラスの破壊によって、傷ついた者もいるだろうが、すべて、狙撃者の軽率な判断からおこった事件だ。自己弁護をするつもりはないが、この事実関係については、正確に上につたえてほしい」
それは、ジョクの聖戦士としての意識が吠えさせた理屈である。
この世界で通用するものであろうがなかろうが、そんなことは問題ではなかった。
大人の論理、近代社会の法体系とか、近代的な妙にクリーンな倫理観に適合させた正義などは、関係なかった。
「世界は、いつもいつも自分側だけの論理で、理解できるものではない。そういうことを、物知り顔の大人たちと、政治を保身の道具にする政治家たちに、つたえてほしいのだ!」
その最後の一声と同時に、肩の血がドクッと噴きだしたように感じた。
「いつの時代でも、どこでも、人間はそういう錯誤《さくご》をしてきた」
老人は、ジョクの内奥にくすぶる論理を見透《みとお》すように答えた。
「…………!!」
ジョクが一瞬、息をついたとき、ガラリアの声が、無線に飛びこんできた。
「ジョク、バーンが来てくれた!」
「そうか」
ジョクは、彼女のさししめす空の一角を見やった。
ガベットゲンガーが、自衛隊の対戦車ヘリや米軍機よりも高空から降下するのが、視認できた。
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24 来た道へ
ジョクとガラリアは、飛んだ。
その行動が、はじめてオーラバトラーを見る対戦車ヘリのパイロットたちに脅威をあたえた。
午前中のおだやかな局面とは、まったく様相を異《こと》にしていたから、その反応は当然といえた。
だから、反射的に、そのヘリボーン部隊の先頭の二機のミサイル・ポットから、黒煙がすじをひいた。
「クソォーッ!」
カットグラ二機は、その攻撃を回避するのがやっとだったが、ヘリの攻撃は習熟《しゅうじゅく》していた。
つぎには、ガンポットの火線が二機をおって、その火線にガラリア機がつかまっていた。
ドゴッドドッ!
「ウッグ!」
激震がガラリア機を襲い、ガラリアは水平にフレイ・ボンムを数度発射した。
数機の対戦車ヘリが左右に回避運動をして、再度、攻撃をしかけようとしたが、バーンがその攻撃を上空から目撃する位置にいたのが、彼等にとっては不幸だった。
「地上人はっ!」
バーンのののしりがおわらないうちに、二機のヘリコプターは灼熱の火炎のなか、その機体を住宅密集地に激突させていた。
住宅地の惨事は、述べるまでもない。
「バーン!」
ジョクの意識からは、地上のことを考えてくれ、という意思も感じられた。
が、バーンは、ソ連機の監視をふりきってこの空域に到達したのである。
そして、見たものが、カットグラがヘリコプターと戦闘機に包囲されている光景であった。
むろん、それらの機械が移動する際にみせる速度は、コモン界の空中戦闘の比ではない。
それが、バーンに危機意識を感じさせた。
ジョクの牽制は、無視せざるをえなかったのだ。
「頭がでたら、しかけろっ!」
弾丸のなくなったキャグニーたち先発隊は、戦闘空域から後退せざるをえなかった。キャグニーは、最後のアドバイスを後発の四チームにつたえながら、高度をとっていった。
燃料は、まだたっぷりあるのだ。
機首に装備されたカメラを戦闘域にフォーカシングするために、高空からこの戦闘を観察するつもりになった。
三機のオーラバトラーが、爆撃の煙をわけるようにして、北東にジリジリと移動していくのがわかった。
『上に逃げないのか?』
それでは、キャグニーの思惑《おもわく》とはずれて、自衛隊にすべてをまかせることになってしまう。
「チッ!」
舌打ちをしてみたところで、もうキャグニーにできることはなかった。
左右に、スヌーピーの二機が、随伴《ずいはん》するようにあがってきて、翼をそろえた。
「お家《うち》に帰ろうよ……ジョクの家だよ」
「チャム! 気がついたのかっ!」
操縦する身にとってチャム・ファウを収容する場所は、股間《こかん》しかなかった。ジョクは、そこに寝かしたチャムの息づかいを感じ、のぞきこむようにした。
肩の痛みがズキズキときた。
「誰かさんが呼んでいるよ……。ジョク、行かなくっちゃ……」
チャムは覚醒《かくせい》しているのではなかった。
まだ、そのまぶたはしっかりと閉じられて、小さな胸はおおきく波うっていた。
「呼んでいる!? 呼んでいるのか!?」
「モアイ……モアイが……」
ジョクは、その名前をしらない。
が、その名前こそ、チャムがクスタンガの丘で花のなかから産まれたとき、『目をお覚し! いい子たち』と誕生を祝福してくれたおばあさんの名前なのだ。
世界が、子供たちのために用意してくれた乳母《うば》、モ、ア、イ……。
しかし、そのときチャムがきいた声が、そのモアイそのものの声かどうかは、さだかではない。
知っている声、なつかしみをもった声だったから、モアイと表現したにすぎないのかもしれない。
「わかったぞ。チャム! 帰れるのだなっ!」
前方にまたも火炎とミサイルの爆発の閃光がひうがった。
「バーン! ガラリアっ! バイストン・ウェルに帰れる! 呼んでいるものがあるんだっ!」
ジョクは、絶叫した。
「どこにっ!」
苦し気なガラリアの声が、性能の悪い無線のノイズのなかからきこえた。
「バイストン・ウェルだ。チャムが、われわれを呼んでいるものの声をきいたんだ!」
「本当か!?」
被弾して数枚の装甲をはがしたガラリア機によりそうようにして、バーンのガベットゲンガーの黒い機体が、ジョクを見すえた。
「まちがいない! チャム! 家に行けばいいんだな!?」
ジョクの問いかけに、チャムの全身が、ピクピクと応答したように見えた。
「いくぞ!」
「どうするっ!」
「ガラリアをささえて、ジャンプする」
ジョクは、自機をガラリアの左わきに飛びこませるようにして、ガベットゲンガーがそれに倣うのを待った。
「ぼくのオーラ・ロードをつかうんだ」
ジョク自身、意識してぼくのオーラ・ロードといったのではない。
しかし、その言葉には、世界のひとつの真実があるのではないだろうか? オーラ・ロードは、人、一人ひとりにあるのではないのか? と……
「おうっ!」
「無理だ! あたしのカットグラは出力がっ……」
ガラリアのうめきは、いっそう苦痛をおびたものになっていた。
「大丈夫だ! チャム! 合力《ごうりき》しろっ!」
「あ、ああ……!」
チャムの瞳がフルフルとふるえて、見ひらかれた。
「バーン、上昇し、オーラバトラーの分身が見えたら、ぼくの家をめざして飛びこむ!」
「それしかないか……!」
バーンのうめく声には、快諾《かいだく》の色があった。
ガギイィィィィ……!
二機とそれにささえられた一機は、対戦車ヘリの展開する高度から、一気に上昇をかけた。
それにたいして、米軍機は、より以上に機械的なすさまじい轟音《ごうおん》にのって追尾し、三機のオーラバトラーを追いこしていった。
そして、彼等は、三機のオーラバトラーの頭をおさえるように位置した。
「そうだ。ミサイルの集中攻撃をかけろ! マニュアルどおりにやればいい!」
キャグニーは、自分の指揮下にある全戦闘機の動きを俯瞰《ふかん》して歓喜していた。
映画のストーリー以上に、安易に集中攻撃による撃破ができる、とおもったのだ。
が、オーラバトラーは、またもあの曖昧に見える『影』に似た分身をつくった。
それが、高度二千メートルといったところで、四方に拡散するように見えた。
攻撃に優位な位置にたったはずのパイロットたちは、その奇怪な光景にたじろいだ。
そのときだ。
実体としてある三機のオーラバトラーが、急角度の降下姿勢にはいって、加速したのだ。
「反撃するんじゃないのか!?」
戦闘の定形《ルーチン》をはずされた米軍のパイロットたちは、それに気づいて、追尾行動にうつった。そのとき、彼等が見たものは、タテにあらわれた虹《にじ》だった。
「まっすぐの虹!?」
その虹のすじにつつまれるようにして、三機のオーラバトラーは、落下していた。
虹色のすじは、住宅の密集している地上につきささっているように見えた。
そして、一本の棒状の虹が消滅したとき、三機のオーラバトラーは、地上に激突した形跡《けいせき》ものこさずに、消滅していた。
虹が消えるまでに、数十分という時間があったが、その虹が地に接する部分を特定することは、ひどくむずかしいことだった。
虹は、地上付近でひろく拡散しているように見えたからだ。
「よくさがせっ!」
その指令は、米軍と自衛隊機に発せられた。パイロットたちは、まるで夢のあとの残像をひろいだすように、その空域をなめるように飛行したが、なにも発見できなかった。
やがて、虹も、ゆったりとゆったりと消失していった。
オーラ・ロードにはいった三機は、ともに宇宙の夢と人の生成をみて、そして、それぞれに、みじかい眠りにはいっていた。
しかし、ガラリアの眠りだけは、永遠のものとなった。
彼女は、カットグラが被弾したときに、致命傷をうけていたのだ。
「おばばさま、いい夢だった……」
ガラリアは、オーラ・ロードの彩《いろど》りもあざやかなイメージの奔流のなかで、しだいに自分のオーラが拡散していって、オーラ・ロードの急流のなかにすいこまれていくのを知覚した。
彼女の魂は、胎児《たいじ》のそれのように無垢《むく》になって、そして、チリチリと次元のなかに、拡散していく。
それを世界を構成するオーラたちが、ひろいあつめ、よりそわせて、つぎの誕生までの刻《とき》をあたえる。
ガラリアの死は、彼女のオーラにとっては、なんどめかの休息なのだった。
しかし、ジョクとバーン、さらにはチャムの、溌剌《はつらつ》たるオーラにつつまれた魂は、まだそういう風に拡散することはない。
彼等は、オーラ・ロードを走っているという感応のなかで、至上の時を感知していた。
「空想も妄想も無意味なものではなく、それが現実に力をもつということを、なんでお気づきにならないのでしょう?」
「大人たちが、ですか?」
「いいえ、この世界をつくったものが、です」
杏耶子は、徳弘一尉の実直そうな瞳を見かえして、照れてしまった。
「ああ、神というものが存在するとしても、愚鈍《ぐどん》だということですかね?」
「哲学者でいらっしゃる……。神々は、ほんらい怠惰《たいだ》で、遊び好きだということ、わたし、いつもおもっていました。それで、叡智《えいち》というものは、人が獲得しなければならないものとして、提示されたものだということに気づきました。だってそうでしょう? でなければ、神々は、自分たちとおなじ姿をもった人という生命体を産む必要など、なかったんですよ」
「ああ、なるほどね……ということは、バイストン・ウェルの存在意義を発見して、それに正確に対処しないと、人の自堕落さが、地球を喰《く》いつくすということですか? 神々は、自分たちの過誤《かご》をわれわれに正させようとしているって……」
「ええ……」
杏耶子は、もう深夜になってしまった入間基地の正面入口にたっていた。
物の焦げる匂いは、とうぶん消えることはないだろう。
営舎のかげから、一台のランクルが出てきたのをみて、徳弘一尉はいった。
「では、中臣さん、もし、またジョクとチャムと接触できたら、おしえてください。こんどは、もっと良いかたちで、会いたいものです」
「そうですね。わたしも、あの世界を理解できるようになっていたいものです」
「どうぞ。中臣さんですね?」
ランクルの運転席の幹部が、ドアをひらきながら、杏耶子を見上げた。
「すみません。電車があれば、こんなご面倒をかけないですんだのに……」
「いいえ、我々の事情聴取、まだまだありますから、とうぶん送り迎えはさせてもらいます」
杏耶子は、基地がさしむけてくれた車にのりこむと、徳弘一尉にかるく会釈《えしゃく》した。
車は、爆撃のあとの整理におわれている人びとのあいだをゆっくりとすりぬけて、暗い所沢街道にはいっていった。
「ああ、お送りするのは、ご自宅でよろしいんですね?」
助手席の童顔の幹部が、杏耶子にふりむいてきいた。
「あ! いえ! 田無です。ジョクのところです。わたし、彼を待たないと……」
杏耶子はこたえてしまってから、ああ、そうなんだ、と自分で納得していた。
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[#地付き]「野性時代」一九九〇年十月号〜十一月号掲載のものに加筆したものです。
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底本:「オーラバトラー戦記 7」カドカワノベルズ、角川書店
1990(平成二)年11月25日初版発行
このテキストは
(一般小説) [富野由悠季] オーラバトラー戦記 第07巻 東京上空.zip XYye10VAK9 18,427 a462b47fcf3a54aa3b9316c91097b602
を元に、OCRにて作成し、底本と照合、修正する方法で校正しました。
画像版の放流神に感謝します。
***** 底本の校正ミスと思われる部分 *****
*行数は改行でカウント、( )は底本の位置
今回は未発見
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