NOVEL OF DAIVA
T&E SOFT
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)紫苑《しおん》
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(例)比較的|旧《ふる》い宗教である
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(例)[#改ページ]
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老いたる黄金帝の双眸に映るは
インドゥーラ帝国滅亡の序曲か……
凶々しき生命なき生き物――ヴリトラの咆哮と共に
主星アルジェナの最後が近づく……
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[#挿絵(img/002.jpg)入る]
悪神が甦るとき、世界は震え、
人は滅びを願う
いまわしきアスラの血は何を呼び起こすのか……
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生命の根源を求める男がいた……
人は生命を自ら造り出す行為を
神から許されているのだろうか……
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人と人が出会うとき、人の血が流れる
人と人が出会うとき、誓いが交わされる
銀河は人と人の出会いによって
動きはじめる……
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人の心の中の正と邪は、
ときとして戦いを生む
銀河が生命ならば、その中の正と邪は
何を生むのだろう……
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天翔ける船より射かけられた光の矢は
伝説の黒竜の見えざる身体を貫く
銀河はいま神々の戦場となった……
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慈愛が光となって銀河を包む
人の心の中にディーヴァは在る
銀河はいま新しい時代に向かって動きはじめた……
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― 目次 ―
序 章
第一章 消滅
第二章 竜牙
第三章 夢幻
第四章 神酒
第五章 追撃
第六章 聖戦
終 章
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序章
虚無・形成・持続・破壊・虚無・形成・持続・破壊・虚無――。
無限とも思われるその繰り返しの中心に、二つの意志があった。いや、もともとこの無限の繰り返しは、これらの二つの意志が干渉しあって生成されるものなのだった。
時の初めから二つの意志は、正反対の性質と力を有していた。そして、数えるものさえいない何回目かの繰り返しの後、二つの意志はお互いに自分の代わりをするものを生みだした。生みだされた二種類の、各々その創造主に似たかたちを与えられたものは、その創造主の思惑とは裏腹に、互いに引き合い、融合して、一つの別のものになってしまっていた。
二つの意志によって創られた一つのものは、自分に与えられた範囲の意識領域において、自分の中に存在する異なる二つの意志を認識していた。
――破壊・虚無・形成・持続・破壊――。
まるで永久機関のように、止まらない円環はいまでも廻り続けている…。
そして、ビシュヌ銀河は、いま破壊の時を迎えようとしていた。
帝国宇宙軍による強大な軍事力を擁し、帝国科学技術院による超越的な科学力を独占し、安定した恒星間政治経済機構を実行してビシュヌ銀河を統べてきたインドゥーラ帝国は、目に見えぬ破壊者の手によって、確実に崩壊への第一歩を踏みだそうとしていた――。
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第一章 消滅
1 司政官 〜ルシャナ・パティー〜
衛星軌道ターミナルを離れた連絡艇は、眼下の惑星に向かって転進をはじめた。
かけているメタル・フレームの眼鏡の位置を直し、ルシャナは頭の中で、惑星ベレナスに関する知識を整理し、反芻《はんすう》した。彼は事前に、惑星ベレナスを含む星系スートリの政治・行政そして経済にまで及ぶ、総てのデータを検討していた。
短い電子音が艇内に響き、重要人物専用連絡艇のスチュワーデスがルシャナに近づいてきた。搭乗する時にちらっと見かけて、ルシャナは彼女の事を憶えていた。彼女の瞳の色は碧だった。彼の一番好きな色だった。
「まもなく降下を開始いたします。ご気分はよろしいでしょうか? 司政官」
「ああ……まあね」
彼女が意味ありげに、ルシャナの顔を見て微笑した。
「なにか?」
「後任のあなたが、余りにお若いので驚いているのですわ――失礼いたしました」彼女は頭を下げ、踵を返す。
「辺境だから、わざと若い司政官を派遣したのではありませんよ」
ルシャナの言葉に、彼女は振り向く。
「実力のない者は、どんなに歳をとろうが、星系単位の司政官にはなれないことぐらい、小さな子供でも知っています。あなたはきっと……きっと、素晴らしい才能をもっていらっしゃるのでしょうね」
彼女の瞳が、ルシャナにおせじを言っているのではないことを教えてくれていた。降下開始三分前を知らせる長い電子音が響いた。ふたたび会釈をして、彼女はそこを離れようと上半身をひねる。
「きみ、名前は?」
思わずそう訊いていた自分に、ルシャナは赤面した。
振り向いた彼女は、一度ウインクをしただけで乗務員室へと消えていってしまった。
降下がはじまった――。
ルシャナが彼女の名前を知ったのは、連絡艇が大気圏を通過してすぐのことだった。
彼女の名はラーナといった。
2 ア家の猛将 〜ア・ミターバ〜
「二番艦、転回遅れている。訓練などと思うな。もっとバーニヤを有効に使え」旗艦ヴァルナの艦橋内にア・ミターバの下す命令が響いた。
惑星エンタナ上空五万キロメートルのある座標に、一大艦隊が散開していた。王家に次ぐ由緒と権威を誇る貴族、ア家所有の艦隊であった。
「ミターバ様、ミターユス様から通信です。私室でお取りになりますか?」
ア・ミターバは眉根を寄せ、顔色を曇らせる。
「ここでいい。繋げ」
いままで船隊の様子を映していた情報スクリーンに、大きく、頬骨のでた色白の老人の顔が映しだされた。OM波と名付けられた、特異な時空波動を利用した通信装置『マントーラ通信機』のお陰で、五万キロメートル以上離れた、惑星上にあるア家の城ともリアル・タイムに会話を交わすことは可能だった。
「女をどうした! あんな女のどこがいい!」
老人の激昂は、艦橋内に轟いた。
「父上、みなが笑っております。落ち着いて下さい」
画面の中の、ア家百六代目当主は、束の間動きをとめ、黙りこんだ。彼は、ミターバが当然私室でこの通信を受けるものと思っていたのだ。「父をたばかったな、ミターバ……」
「戦略には長けております。なにしろ帝国宇宙軍士官学校を卒業させられましたゆえ……」
「ええい、いいかミターバ。あの、おん……いや、あれはいかん。絶対にいかん。第一、どこのどれとも判らん――」
「彼女はものではありません!」
ミターユスが渋い顔をする。
「もう一度、じかにお前と話しあわなければ――」
「何度話しあっても同じです。もし、どうしてもと父上がおっしゃり続けるのならば……いいでしょう、私はア家を捨てます」
唐突に通信は切れた。画面は自動的に切り替わり、艦隊を映しだした。
ア・ミターバは溜息を一つ吐いた。
「本日の演習は中止する。全艦帰還せよ」
艦内にある私室に戻ったア・ミターバは、そこから直接、惑星上に通信を送った。しばらくして、小さな画面が髪の長い女の顔を映しだした。
「どうなさったの、こんなに早く。何か事故でも……」小さな、心配そうな女の顔の中で、黒目がちの眼が曇り、唇が問いかけるようにかすかに開いていた。
「何でもないよ。サティー。心配することはない。すぐ帰る」
何も心配するな、サティー。俺を信じろ――ア・ミターバは、心の中でそうサティーに答えていた。
3 懐疑の艦長 〜アモーガ・シッディ〜
「商業艦からの救助信号を受信しました。海賊です」
「距離は?」即座に、艦長であるアモーガ・シッディはそう訊いていた。
「約三万ユージュン」
「近い――まずいな、こんな新造艦の慣らしのときに。海賊の艦隊編成は?」
「OM波が撹乱されています。判断できません」
その時、電子的に合成された人の声が艦橋内に響いた。「ホウコク、タンサクモクヒョウ、ノ、ヘンセイ――セントウボカン、イッセキ、ノミ。タダシ、ウチュウクウカンヨウ、ニ、カイゾウ、サレタ、どらいびんぐあーまー、サンキ、カクニン。チュウイ、サレタシ。イジョウ」
「ニルヴァーナか! すっかり忘れていた……よし、全艦、全速で商業艦救助に向かう」
『ニルヴァーナ』それはアモーガの乗る新造戦艦ラージャナに搭載され、初めて実戦で使用されることになった生体コンピューターである。超能力を有するスーラ族という少数亜人種の発達した神経系を、生体・遺伝子工学的に研究し、人脳なみに多い素子と、コンピューターよりも早く系内を走る、スーラ族特有の情報信号を持つ、バイオCPUがその中核を成しているという。
それに関する大まかな報告書は、アモーガの手にも届けられていた。
代々王家に仕え、側近を務める由緒ある家に生まれ、現在、叔父が黄金帝の側近を務めている関係で、自分にこの特別艦が任されたことは、アモーガにも簡単に予想できる。しかし、ニルヴァーナについて予想できることは皆無だった。亜人種であるスーラ族の超能力についても、そのスーラ族がどこの惑星に住んでいるのかも、彼は知らなかった。
4 ガルーダ 〜ラトナ・サンバ〜
艦長のアモーガからの帰還命令をうけて、逃亡を図った海賊を追撃していたラトナ・サンバは、商業艦内で海賊掃討部隊の指揮を執るために、高速戦闘艦で母艦に戻ってきていた。
ラトナは宇宙戦用の戦闘服を脱いだ。年齢的には、まだ少年と呼ばれてもおかしくない彼ではあったが、その実戦経験時間は下手な巡洋艦の艦長の比ではなかった。彼は、幼い頃からありとあらゆる軍事教育・軍事訓練を受け、俗に戦闘コンピュータなどと呼ばれる超エリート士官『ガルーダ』の一人だった。艦長のアモーガでさえ、彼に一目おいている。親友のラーヴァナも彼と同じガルーダだった。
装甲強化服への着替えを終え、自艦のエアロックで掃討部隊の隊員十名に作戦を指示、確認した後、ラトナはエアロックを開け、宇宙空間へ出た。
海賊掃討部隊は、商業艦の装甲を焼き切って貨物室内に侵入した。
暗視装置が働いているので、暗い貨物室内が、まるで夕暮れの風景のようにラトナには見えた。かなり広い空間の中にたくさんのカプセルが林立している。何かの制御装置らしいものに支えられた、装甲強化服と同じくらいの大きさのカプセルだった。窓のように透明な部分が、その上方についていた。ラトナは、そこから中を覗き込んだ。ぼんやりと、何かが蠢いているのが見える。暗視装置の解像度をあげる。ラトナの眼の前で、それが徐々に形を整えていった――。
人の――女の顔がそこにあった。長い髪が、カプセルいっぱいに満たされた液体の中で揺れている。眼は閉じられ、小さめの唇も結ばれていた。
「隊長、これは、まさか、人間ですか?」
隊員の一人が訊いた。
「人間ではない。これは――人工有機体だ」
ラトナは乾いた声で答える。
人工有機体――帝国科学技術院が、遺伝子・蛋白工学、そして神経・生物科学の粋を集めて、近年やっと完成に漕ぎ着けた有機的人造生命体である。特に人型有機体は利用価値が高く、その製造技術のノウハウは総て帝国科学技術院が握り、門外秘とされている。人型人工有機体はその用途に応じて、普通の人間よりもすぐれた能力を与えられていたが、危険防止のため、自我抑制と寿命設定が施されていた。
ラトナは、まだ呆然としている隊員達に渇をいれ、海賊掃討作戦を開始した。
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5 科学者 〜アクショー・ビア〜
アクショー・ビアは、自分の使用しているコンピューターのキイをもう一度叩いた。やはりメモリーからはソーマに関する総ての記録が消去されている。
「まさか、ラティーが私を裏切るとはな――」アクショーは、昨夜のラティーの様子を思い、そう言えば、と思い当たるふしのあることに気がついた――。
「博士は、自分で自分が――解らなくなることがありませんか?」ラティーは、普段仕事をする時にはひっつめている金色の長い髪を肩の上にたらしていた。
「あいにく、心理学は専門外でね。私は――こういう男だし……」突然の、助手の自室への訪問に、アクショーは当惑していた。
「だんだん自分が――違う人間になっていくような、そんな感じが――予感が……」
「そんなこと、ただの気のせいだろう。疲れたのさ。きみの助力でソーマは完成した。しばらく、ゆっくりと静養したまえ」
「わたし――わたしには、アスラの血が流れています! もう、どうすることもできません! しつれいします」
ラティーの叫びにも似た告白に圧倒され、彼女が部屋を出ていくのをアクショーはただ呆然として見送っていた。
ふと、アクショーは見慣れたはずの実験室の中に違和感を感じた。
すぐにそれが何なのかアクショーは気がついた。彼が机の上に飾っておいた、古めかしい木製の写真立ての中から、平面写真だけが抜き取られていたのだった。
その平面写真は、アクショーが調査のために赴いた惑星の、その最大の山嶺を上空から写したものだった。眼下を雲に塞がれ、屹立する白い雪を頂く峰々は、まるで神の住む城塞のような荘厳さと感動を当時彼に与えた。
ラティーもその写真が気に入ったらしく、自分も一度この風景を肉眼で観てみたい、とアクショーに言ったことがあった。彼は彼女に、その惑星の名『ファンスル』を教えた。
「まさか……本当にファンスルへ行くつもりではないだろうな」ファンスルが、また、危険な惑星であることをアクショーは知っている。惑星ファンスルは、公的には秘密にされているが、ヴィシュヌ銀河で唯一超能力を有している種族――スーラ族の住む惑星なのだ。
スーラ族は、精神感応という特殊な能力を持っているが、帝国からは人間として認められてはいなかった。亜人種――人間以下。それがインドゥーラ帝国下におけるスーラ族の位置なのだった。
アクショーが帝国科学技術院を辞めたいきさつにも、スーラ族が関係していた。彼は、スーラ人の遺伝子操作実験に反発し、院の長老達の不興をかったのだった。彼は自ら帝国科学技術院を退職した。
帝国科学技術院時代に、アクショーはすでに肉体蘇生の段階まで、ソーマを完成させていた。
現在、ソーマはアクショーと助手ラティーの手によって完成され、肉体だけではなく、生命までも蘇生することを可能にしていた。ソーマは死人に魂を与える、文字通りの神酒《ソーマ》になったのである。
しかし、ソーマ製造に関する総ての記録はラティーが持ち去ってしまっていた。
ふと、アクショーは実験室の試薬保管庫に気がついた。ソーマの入った試験管がいくつか残っていた筈である。彼は保管庫を開けてみた。
保管庫の中には、青く透明な肉体蘇生薬の入った試験管だけが、何本も残されていた。
6 紫苑 〜マータリ・シュバン〜
紫苑《しおん》の海賊マータリ・シュバンは夢を観ていた。
夢の中でマータリは不思議な声を聞いていた。「破壊の時がはじまりました。マータリ・シュバンよ。約束の地、アシュビンで待っています」
中性的な、しかし深い温かみの溢れるその声を、マータリは、昔、確かに聞いた憶えがあった。
警報がマータリを夢から覚まさせた。
額の小さな紫色のほくろを飾り帯を巻いて隠し、マータリは手早く着替えて艦橋へと向かった。
マータリの乗る、戦艦ヴィシュヴァカルマンの閉鎖型艦橋の前面に設置されている大きな情報スクリーンに、雲の白い筋の浮かぶ青い惑星が映しだされている。しかし、その映像は奇妙に歪みはじめていた。
「どうした?」マータリは司令席に座りながらそう訊いた。
「キャプテン、OM波に異常な乱れが生じています」
画面の中のアルジェナに異常が起こりはじめていた。青白い電光が、惑星上を駆け巡り、地表では無数の光が瞬いている。
その時、一際眩い光球がアルジェナの中心で膨れあがった。そして、次の瞬間にはもう、画面上からインドゥーラ帝国の主星アルジェナの姿は消え去っていた。
「ナーサティア航路は、まだ開いているか?」マータリは航法士に訊いた。
「環《チャクラ》≠ヘ、まだ生きています」
「好機は先に動いた者にあり、だ。環《チャクラ》≠ノ同調。航路情報をもらえ」マータリは情報スクリーンに眼をやり、ふと、昨日の夢を思いだした。
「破壊の時……そうか! あの声はみっつの時に夢で聞いた、私を皇帝にしてくれるという声と同じなのだ」マータリは、思わず声をあげていた。
7 喪失 〜クリシュナ・シャーク〜
それはまるで、突然深い眠りの底から、覚醒させられたかのような感覚だった。
気がつくと男は、何かの操作卓の前に座っていた。「わたしは……誰だ……」長い、束ねられた金髪が、男の被るヘルメットのようなフードからこぼれ、揺れている。「ここは、どこだ。わたしは……誰なんだ!」
「艦長クリシュナ様。いかがなされました?」初老の、頭髪を総て剃髪した男が近づいてきて、心配そうに彼の顔色を伺っている「クリシュナ様?――」
その言葉を聞いた瞬間、男は自分がクリシュナ・シャークという名前であることを思いだした。この初老の男がマルトという名の、自分の側近であることもあわせて。
「わたしはクリシュナ・シャーク。この艦隊の総司令である……」
マルトは安心したのか、ほっと溜息を吐いた。
「しかし、わたしは何故、この艦に乗っているのだ? 教えてくれ、マルト」
マルトが、そっとクリシュナに耳打ちする。「部下もみな見ております。少し声をお和らげください、クリシュナ様。わたくしは――そして、この艦隊にいる者達は総て、あなた様に助けられた者達なのですよ。お忘れですか?」
クリシュナは素直にうなずいた。
「残念です……OM機関系の整備技師だったわたくしは、クリシュナ様のお陰で……いや、やめておきましょう。わたくしだけ抜け駆けするわけにもまいりますまい……ですからクリシュナ様、その記憶喪失が、もしお戯れならば、すぐさまやめていただ――」
その時、通信士の叫びがマルトの声を遮った。「艦長! マントーラ通信機が送信者不明の通信を受信しました。OM波レベルから考えて、この通信は汎銀河通信のようです」
「情報スクリーンにまわせ」クリシュナが命じる。
情報スクリーンの画面に青い惑星が映しだされ、電子合成された声が艦橋内に響いた。
青い惑星が、青白い電光に包まれ、消滅した。「シュセイあるじぇなノ、サイゴデアル」
巨大な戦闘母艦が、画面を横切る。船腹にある、インドゥーラ帝国王家の紋章が、大きく拡大された。次の瞬間、その戦闘母艦は大爆発を起こした。「オウゴンテイまぬハ、インダ。テイコクハ、ホウカイシタ」
「切れ――」
そう言ったクリシュナの声は、奇妙に甲高く響き、まるで女性の声のようにマルトの耳には聞こえた。
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第二章 竜牙
1 奇襲
突然の鉱石輸送艦二隻による反乱に、シヴァ・ルドラの艦隊は統制を崩し、隊形に混乱が生じていた。
予想以上の恐慌を敵艦隊に与えたことに、マータリは満足していた。宇宙塵に擬装した宇宙戦闘機による鉱石艦への潜入は、今回も首尾よくいった。奪った鉱石輸送艦の受けた被害も、いつもより少なかった。
惑星エンタナを挟んで、戦闘空域の真裏にあたる座標に二隻の鉱石輸送艦を停めたマータリは、残してきた母艦ヴィシュヴァカルマンからの戦況報告を聞いた。シヴァの艦隊は、次々にナーサティア航路を開いて撤退を開始している、とのことだった。
「私達が来る前に、エンタナを防衛しているア家艦隊と戦っていたからな――」マータリは、ア家艦隊を率いるア・ミターバのことを、噂に聞いて知っていた。しかし、敵はシヴァ・ルドラであり、艦隊編成にも格段の差があった。
「キャプテン、救助信号が入っています。すぐ、近くです」
ヴァティが叫んだ。
情報スクリーンに、惑星から上昇してきたばかりらしい小さな連絡艇が、いままさに空母の格納庫に呑み込まれようとしている場面が映しだされる。
「空母の船体に商店あわせ。最大望遠!」
画面が、徐々に空母の船体を拡大していく。帝国宇宙軍のマークが画面いっぱいに映しだされた。
「シヴァの空母だ」
画面から空母の姿が消えた。ナーサティア航路へ入ったのだった。
マータリは溜息を一つ吐いた。「みんながみんな、海賊をやるようになったのか――世も末だな」マータリは、帝国宇宙軍海賊記念にと、映像を記録するように命じた。
2 侵入者
ルシャナ・パティーは高速巡洋艦に乗って環《チャクラ》≠ノ来ていた。彼は、主星アルジェナ消滅の報を聞くとすぐにここに赴いて、亜空間航法コンピューターから情報を引き出すための暗号《コード》を変更し、ナーサティア航路を封鎖したのだった。
環《チャクラ》≠ニは、一種の亜空間航路である『ナーサティア航路』を制御するために造られた、直径十キロメートルの巨大な人工天体である。その巨大環状構造の内部は、大部分を、亜空間への道を開くためのOM場発生装置と、実体化時の危険を防止するための複雑な航路計算をする亜空間航法コンピューターとで占められている。ナーサティア航路の出入口として各星系に一つずつ設置されており、その設置位置座標は各星系の任意に任されていた。環≠ヘ、自分を中心とする半径一億キロメートルの球形範囲内座標にいる艦艇を、目的地である星系の環≠フつくる同じ球形内座標に送りとどけることができるのである。
アルジェナ消滅以来ルシャナは、環≠ゥら星系全域に司政官としての司令を出し、環≠ナ生活をしていた。彼はまた、変更された環≠フ亜空間航法コンピューターの暗号を解いて、星系に侵入してくる艦隊から星系を守るための監視も、そこで行っていた。
いままでに二度、暗号は解かれ、他星系からの悪意ある艦隊が侵入してきている。しかし、その度に星系防衛艦隊が出撃し、これを迎撃、撃破していた。
艦橋にはルシャナ以外に、当直の通信士が一人いるだけだった。彼は副長席に座って、情報スクリーンを眺めていた。画面には、瞬かぬ光となった星を背景に、まるで巨大な指輪のような環≠ェ映しだされていた。
ルシャナは、主星アルジェナ消滅をヴィシュヌ銀河全域に知らせた、謎の汎銀河通信のことを思いだした。あの通信の影響は大きかった。大部分の星系は、その通信によって星系全体に反乱が勃発し、瓦解していった。その時、彼は即座に通信管制を敷き、ナーサティア航路を閉じるべく、高速巡洋艦に乗り込んだのだった――。
ルシャナは操作卓の上に指を這わせ画面を切り換える――。
惑星ベレナスは、依然変わらぬ姿をルシャナに見せてくれていた。
ルシャナは、そこに住む婚約者のことを考えた。
ラーナがルシャナに連絡をしてこないのは、彼の司政官という役職が、現在の星系スートリの盛衰を左右する要職となっていることをおもんばかってのことであろう。
こちらから、かけてみるか――ルシャナの指が操作卓のキイにかかる。その時、警報が鋭い電子音を艦橋内に響かせた。また、何者かが暗号を解いて、ナーサティア航路を開いたのだ。
当直の通信士は、臨時に設置された環≠フ制御・監視装置の操作卓に向かって、キイ・ボードを操作している。
「出口はどこに開く」ルシャナは訊いた。
環≠ェつくる球形範囲の中ならば、環≠ヘどこにでも出口をつくることができる。その位置座標は、実体化時における接触を防ぐために環≠フ亜空間航法コンピュータが指定する。
艦長以下、艦橋乗務員達が、次々に艦橋内に飛び込んでくる。専門の亜空間航法士が、当直の通信士に代わった。
「司政官。安心して下さい。今度も大丈夫ですよ」
ルシャナはその艦長の言葉にうなずいた。しかし、何か嫌な予感がしていた。
司政官は冷静だった。しかしルシャナは、ラーナに連絡しようとしていた自分を、すっかり忘れてしまっていた。
3 疑惑
サティーをア家の城から離れた地に住まわせていたことに、ア・ミターバは後悔していた。
エンタナを捨て、惑星からの脱出をア・ミターバが要請した時、彼女の乗る連絡艇だけその脱出が遅れたのだった。
脱出の遅れたサティーの乗る連絡艇には一隻の護衛戦闘連絡艇もついてはいなかった。彼女の連絡艇は、シヴァの艦隊による攻撃を受け、そのまま消息を絶ってしまっていた――。
「艦長、回収した衛星カメラが、連絡艇を捕獲する空母らしきものを捕らえていました」
「映像を、情報スクリーンに、まわせ!」
「OM砲の衝撃波を受けたらしく、画像は極めて不鮮明ですが――映します」
情報スクリーンに、まるでにじんだ水彩画のような画面が映しだされた。
空母らしきものが、格納庫のエアロックを開いて、何か小さなものを呑み込んでいく。
「この衛星は、あの戦闘の時、どの軌道位置にあった?」ア・ミターバが訊く。
「おおまかな座標しか解かりませんが……どうやらエンタナを挟んで、戦闘空域の反対側にあたる座標で索敵を行っていたようです」
紫苑《しおん》が、そちらに奪った鉱石輸送艦で逃げていったことは、ア・ミターバも知っていた。しかし、紫苑が帝国宇宙軍の艦艇しか襲わないという事実も、彼は嫌というほど耳にしていた。彼は、しばらく眉根を寄せて考え込んだ。
「……しかし、紫苑とはいっても、しょせんは海賊――全艦OM機関系の出力上げ。環《チャクラ》≠ニ同調。これより我が艦隊は紫苑を追う!」
4 闇の会見
「あなたが『紫苑《しおん》』ですか?」
そう問われてマータリは振り向いた。奇妙な格好をした人物がそこに立っていた。
丈の長い外套を着たその人物は、まるで顔を見られることを恐がっているかのように、大きなフードで顔を覆い、顔面の上半分を隠していた。
マータリはゆっくりと頷く。「クリシュナ・シャークさん……ですね」
クリシュナ・シャークはうなずき、マータリの隣りの席に座った。
海賊達の間で闇≠ニ呼ばれている、非合法の人工機械惑星の中にある、やはり非合法の市場に、奪ったばかりの鉱石輸送艦二隻を売りにだしたマータリは、そのうちの一隻を、装備・積載物含めて丸ごと買いたいという人物がいる、という報告を引取担当の部下から聞き、その人物に興味を持ったのだった。
普通、鉱石輸送艦の場合、積載されているγ2鉱石は分割して、そして艦自体も解体、分割して部品単位に分けてから売買される。そのための設備を闇≠ヘ備えていた。
それでもなおかつ、一隻丸ごと欲しい、とクリシュナはマータリに言ってきたのである。
マータリは、闇≠フ中にある酒場で自分がクリシュナに会い、艦隊司令同士じかに契約を交わす、という条件をつけて、その契約を了承した。
契約が終わった瞬間、クリシュナがマータリに訊いた。
「あなたは、わたしが何者なのかご存じですか?」
マータリは、ぽかんとしてクリシュナのことを見つめた。
「失礼しました。どうやら、ご存じないようですね……恥ずかしい話ですが、わたしには過去の記憶というものが、断片的にしかないのです――」
そう言って、断片的な記憶を語りはじめたクリシュナの話に、マータリは静かに聞き入った。
クリシュナの語る彼の記憶の断片は、まるで宇宙の創造過程を記した叙事詩を朗読しているようで、マータリ自身には、良く理解できなかった。
「惑星アルジェナが消滅して以来、このようなことが続いているのです……」
惑星アルジェナの消滅――マータリはその言葉を聞いて、あの夢を思いだしていた。そして、自分でも知らない間に口を開いて、クリシュナに、こう問いかけていた。
「アシュビン――アシュビンという名を聞いたことがありませんか? どの星図にも載っていない、アシュビンという地名を知りませんか?」
「アシュビン……」クリシュナはしばらく黙って考えていた。
「それは、確か、ナーサティア双惑星のことですよ」
「ナーサティア双惑星……」マータリは、二、三度その名前をつぶやいた。
「また、会うことになるでしょう……」別れの間際に、クリシュナはマータリにそう言った。
何故かマータリ自身も、いま、そんな気がしてならなかった。
[#挿絵(img/091.jpg)入る]
5 情報
マータリの艦隊が闇≠離れていく。
クリシュナは、闇≠フ超強化ガラスを透して、その艦隊を見つめていた。
何故自分が彼から鉱石輸送艦を買う気になったのか、クリシュナにはまったく解らなかった。しかし『マータリ・シュバン』という名前を聞いた瞬間、彼から鉱石輸送艦を買うようにと、クリシュナの頭の中の何かが命令を下したのだった。
「クリシュナ様。よろしいでしょうか?」側近のマルトが訊いた。
クリシュナがうなずく。マルトが近づいてクリシュナに耳打ちした。
「買い取った鉱石輸送艦に、面白い情報が残っておりました」
クリシュナは、うながすマルトに従って歩き出した。買い取った鉱石輸送艦のコンピューター室の中のモニターの前にクリシュナを立たせて、マルトは操作卓に向かっていくつかのキイを叩きはじめた。
「ごらんください。これがこの艦に積載されている鉱石のOMエネルギーの発生率です」
モニターに映るOMエネルギーの発生率を示す曲線は、二倍以上の、急激な発生率の上昇を示していた。
「これは……」クリシュナは眉根を寄せる。
「γ3鉱石でございます。そして、クリシュナ様、もう一つ――」マルトがまた一つキイを叩いた。「興味深い開発記録がございました。ごらんください――」
モニターが小さな文字を映しだしはじめた。
『開発番号:4001/開発種別:兵器/分類:人工有機体/暗号名:ヴリトラ/幼体の形状固定:ソーマにより解決/神経系情報伝達速度の加速:ソーマにより解決/相転移OMエネルギー:|γ《ガンマ》2/実験指定惑星:アルジェナ/実験結果:失敗/原因:相転移OMエネルギーの不足/対策:二号幼体実験時には相転移OMエネルギーとしてγ3を使用/二号実験指定惑星:ベレナス/備考:二号実験成功時には3号、4号、5号幼体生成のため惑星マトゥラーにてγ3鉱石採掘を推進』
クリシュナは、頭の中で何かが弾けるのを感じた。
「マルト、戦艦ヴェーダのOM砲をγ3OMエネルギー対応型に改造してくれ――できるな?」
「闇≠フ設備を使えれば――なんとか」
「時間がない。一門だけでいい。改造が済みしだい、艦隊は惑星ベレナスへ向かう」
ヴリトラ――その暗号名は、クリシュナの耳に邪悪な呪文のように響いていた。
6 実体化
星の光が歪みはじめていた。
宇宙空間が、まるでねじられていくかのように渦を巻く。星の光は、ねじ切られるように消えていった。
「来るぞ、全艦攻撃用意」ルシャナ・パティーはゆっくりとそう命じた。彼の座る司令席の隣りの、一段低い副長席には、この戦艦シンドゥの老艦長が座っている。ルシャナは、星系防衛艦隊の総司令に任じられていた。
「来ます!」亜空間航法士が叫んだ。
渦のように歪んだ空間から、漆黒の、軟体動物の触手のようなものが飛び出してきた。
「な、何だ! あれは!」ルシャナは思わず叫んでいた。
渦の向こう側の亜空間を引きずり出してくるかのように、黒く長いその物体は、急速にそこから伸び出してくる。その物体の、半透明の表面は、まるで単細胞生物が集合してできているかのごとく蠕動《ぜんどう》していた。時折青白い放電光が、人間の体内をはしる血管のように、物体の内部を駆け巡っていく――。
当然、大艦隊が現れてくるものと思い、緊張が極度に達していた艦橋内の乗務員達も、全員、呆然として情報スクリーンに映る異様な物体を凝視している。
その物体は、宇宙空間で伸縮を続け、亜空間からその巨大な全身をあらわにしていく。それは、まさに這い出す≠ニいう言葉がぴったりの実体化だった。
その半透明の物体の輪郭は、ほとんど背景の宇宙空間に溶けこんでいる。しかし、無数に起こる体内放電が、その形状を宇宙空間に鮮明に焼き付けていた。
ルシャナの眼には、その巨大な物体の姿が、伝説の銀河第三帝国を滅ぼしたという黒竜の姿に見えた。
「気おされるな! みんな眼を覚ませ!」ルシャナは、艦橋内に緊張感が戻るのを待ってから、命じた。「全艦攻撃用意! 撃て!」
何万というミサイルの光跡が、何千というOM砲の収束エネルギーが、一斉に黒竜を目指して宇宙空間を奔《はし》った。
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黒竜の半透明の巨体が、一瞬、閃光のように輝いた。体外に放たれた電光が、何百キロメートルという長さにまで、その稲妻の先端を延ばし、そして消えた。
無言で、ルシャナは情報スクリーンを見つめる。
突然、おびただしい数の青白い光が雷《いかづち》となった。雷電は宇宙空間を翔け、艦隊の一番端に位置していたミサイル駆逐艦を次々と打っていく。ミサイル駆逐艦は、紫電の一打ちであえなく爆発していった――。
ふたたび生体活動をはじめ、青白く体内に電光を瞬かせた黒竜の姿は、攻撃以前よりも数倍に伸び、膨れ上がっていた。
黒竜は、手近な艦艇を呑みこみながら、確実に加速している。
「全艦退避!」ルシャナがそう叫んだ時には、もう星系防衛艦隊の半数が黒竜の体内に呑みこまれていた。
一条の電光がルシャナの乗る戦艦シンドゥの装甲をかすった。艦橋が大きく揺れた。
「総司令、脱出してください」シンドゥの艦長がルシャナに言った。「あなたさえ生きていたら、この星系防衛艦隊の復活も夢ではありません。自分は、それを信じています」
ルシャナは老艦長の瞳を見た。彼も、初めて会った時のラーナと同じように心の底からそう思っている。そう願っている――ルシャナはそう確信した。
ルシャナは、老艦長に無言で例をして、艦橋を後に小型の脱出艇へと向かった。
脱出艇のシートに着き、安全ベルトを締めたルシャナは、その時初めて自分の犯した大きな失策に気づいた。彼は、当然、星系防衛艦隊が勝利するものと思い、まだ惑星ベレナスへ退避命令を出していなかったのだ。優秀な能力を有している司政官とはいえ、所詮は人間。予期せぬ黒竜の出現に、彼は一番しなければならないことを忘れていたのだった。
ルシャナが艦橋にその事実を告げようとした瞬間、脱出艇はリニア・カタパルトによって急激な加速をされ、虚空へ向けて射出されていた。
仕方なく彼は、操縦室のマントーラ通信機を使おうと、内線で操縦士を呼び出した。しかし、ルシャナに応えたのは人間の声ではなく、電子的に合成された声だった。
「コノ、ダッシュツテイ、ハ、キャプテン、ノ、メイレイ、ニヨリ、コンピューター、ガ、ソウジュウ、シテイマス。ソウジュウシツ、ヘノ、ニュウシツ、モ、アト、ロク、ジカン、ハ、キョカ、デキマセン……コノ、ダッシュツテイ、ハ、キャプテン――」
ルシャナは内線を切った。それが、ルシャナの性格から、彼が戦場に戻ってくる可能性の高いことを洞察した老艦長の策であることは、容易に予想できた。
ルシャナはラーナのことを想った。彼女の碧の瞳を想っていた。
ルシャナは祈った。誰かがこの凶事に気づき、ベレナスに危険を知らせてくれることを。
7 崩壊
惑星ベレナスに降下した人工有機体兵器ヴリトラは、すでにその体長を一千キロメートル近くにまで成長させていた。
絶えず、放電と伸縮を繰り返しながら、ヴリトラは地表を蹂躙《じゅうりん》していく。
都市は破壊され、自然は踏みにじられ、人々は殺戮《さつりく》された――。
地表をあらかた侵し尽くしたヴリトラは、それで安心したのか、まるで眠りこむかのように活動をやめ、ベレナスの大地の上に横たわった。
しばらくしてヴリトラの巨体から、青白い電光が惑星の内部に向け放たれていった。
ヴリトラは、惑星の核である金属・重金属物質の原子構造を破壊し、そのエネルギーを吸収しているのだった。
数時間後、核を失いはじめた惑星ベレナスの地表面に、網の目のようなひび割れが生じた。ひび割れは、徐々に深く、広くなっていく――。
そして、一際強い、ヴリトラの放電光の一撃を受けて、惑星ベレナスは完全に崩壊してしまったのだった。
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第三章 夢幻
1 幻影
「シッディ様……シッディ様、お眼をお覚ましください」
自分の名前を呼ぶ声に眠りを妨げられ、アモーガ・シッディはゆっくりと目を開けた。視界がまだぼやけている。いつの間にか、ベッド・サイドの小さな電灯がつけられていた。
黒い塊が、ベッドの脇にうずくまっている。
「誰だ!」アモーガは反射的にベッドの上に上半身を起こしていた。
「しっ! お静かに――わたくしをお忘れですか? プルシャ様の幻影《マーヤー》≠ナございます」男は、黒い気密服らしきものを着ている。黒い仮面に隠された顔から、あらわにされた口元だけが、白く薄闇の部屋の中に浮いていた。
「叔父上の幻影《マーヤー》≠ゥ――」アモーガは声を低くして、安堵の溜息を吐いた。
幻影《マーヤー》=\―それはアモーガの叔父であり、黄金帝の側近であるプルシャが操る、情報収集と暗殺を専門とする集団である。その情報網は蜘蛛の巣の糸のごとく帝国中に張り巡らされ、暗殺技術は精緻必殺を窮《きわ》めている、と噂されていた。アモーガの一族は代々、表向きは時の皇帝に使える側近を世襲し、裏では幻影≠統率する幻影の長≠フ名を襲名していたのであった。
幻影≠ェうなずく。「プルシャ様は、黄金帝と運命を共になされました――」
「では、やはりあの消失は、何者かの反乱によるものだったのだな」
「そうでございます。シッディ様ももうお気づきのことと思われますが――」
「シヴァ・ルドラか」吐き捨てるようにアモーガは言った。
「シヴァの周囲には、終始、戦闘用人工有機体の護衛がついています。わたくし達でさえ近づくことはかないません。」幻影≠ェ、小さなカードをアモーガに手渡した。
アモーガは、そのカードをベッド・サイドの明りに照らす。一人の、長い金髪をなびかせた女の姿が写っていた。「この女性は――」
「『ラティー』という名だけしか判っておりません」
「この女性が、あの消失の時に、重要な役割を果たしたのだな?」
幻影≠ェうなずいた。「ラティーはシヴァの艦隊から、何故か逃亡を図りました。星系ヴリハッドでのことでございます。わたくしは、その周囲の星系を、シッディ様に調査していただき、ラティーを捕獲していただければ、と思いまして参上いたしました――」
幻影≠ヘ立ち上がってアモーガに礼をした。「そのカードに、シッディ様にならお解りになる暗号で、わたくし達の情報網の端末のありかが記してあります」
「この艦から、脱出できるのか? なんなら私が――」
「すでにわたくしは、入ってきているのですよ。シッディ様」
その事実をすっかり忘れていた自分に、アモーガは苦笑した。
2 破滅の予兆
ルシャナは、惑星ペレナスが人工有機体兵器ヴリトラによって崩壊した後に操縦室の封鎖の解けた脱出艇を駆り、散り散りになっていた星系防衛艦隊を再編成した。
ルシャナの前の情報スクリーンに、無数の小惑星となった惑星ペレナスの大地が、幅数十キロメートルにも及ぷ帯のように広がっている光景が映しだされている。
青白き電光を放つ黒き竜の姿は、すでにこの星系から消え去っていた。
「司政官。前方四万ユージュンに艦隊……大艦隊です。OM妨害はしていません」
「交信要請をだせ。全艦、戦闘体制のまま待機」
警報が艦橋内に響く。情報スクリーンが、敵艦隊の編成を表示しはじめた。
「回線、繋がりました。交信できます」通信士が報告した。
「久し振りの外交戦か――よし、回線開け」
情報スクリーンに、大きなフードのついた外套を着た人物が映しだされた。「わたしの名はクリシュナ・シャーク。この艦隊の総司令です」
その美しい抑揚をもつ言葉使いに、ルシャナは不思議な安心感を感じた。
「私はルシャナ・パティー。この星系スートリの司政官を務めています。クリシュナさん、スートリには、何の目的でいらっしゃったのですか?」事務的にルシャナが訊く。
「――人工有機体兵器ヴリトラを迎撃するために……しかし、遅れてしまいましたね――」そう言ってクリシュナは、自分がここにヴリトラが来ることを知るまでの経緯を、ルシャナに話しはじめていた。
クリシュナの話を聞いていくうちに、ルシャナの心に小さなしみのような感情が生まれ、徐々に大きく広がりはじめていた。
――何故、ベレナスが選ばれたのだ。何故、人の住まない惑星を実験地に選ばなかったのだ。惑星ベレナスは主星アルジェナとは違う。破壊しても何の利益にもなりはしない。
唐突にルシャナは気がついた。己の視野の狭さに。
――これは星系スートリだけの凶事ではないのだ。主星アルジェナ、惑星ベレナス、この二つの惑星に起こったことは、このヴィシュヌ銀河全体に及ぶであろう大破壊の、その凶兆にすぎないのだ。惑星ベレナスは、選ばれたのではない。ただの手はじめだったのだ。
ルシャナは、いま初めてこの計画の真の巨大さ、真の邪悪さに戦慄《せんりつ》し、激怒していた。
自然とルシャナは、画面に移るクリシュナに向かって人工有機体兵器ヴリトラ抹殺の決意を語っていた。司政官としてではなく、ヴィシュヌ銀河に生を受けた一人の人間として、婚約者を殺された一人の男としてルシャナは人工有機体兵器への怒りの感情を、言葉に変えてクリシュナに伝えていた――。
3 悪計の妨害
戦況は八割がた、マータリに有利になってきていた。
マータリは情報スクリーンに映る戦闘状況を眺めていた。分割された画面の中にあるいくつかは、マータリの乗る戦艦ヴィシュヴァカルマンの、約四万キロメートル下にある惑星マトゥラー上の映像だった。
惑星上を映す映像の中央には、シヴァ・ルドラの鉱石採掘基地が映しだされていた。まるで巨大な金字塔を思わせる鉱石採掘基地の、それが最後の一つである。他の、惑星上に点在していた鉱石採掘基地は、総て破壊済みであった。
強大な軍事生産力と、技術開発力を掌握しているシヴァに、消耗戦を仕掛けるということが、いくら戦力の上がった艦隊を擁しているとはいえ無謀な行為であることぐらい、マータリもよく知っていた。
しかしマークリは、惑星マトゥラーのシヴァに対する重要性を示す情報を、奪取した艦艇の上級将校から聞きだしていた。彼は初め、それをシヴァの情報攪乱ではないかと疑った。
その情報のおおまかな内容は――超破壊兵器ともいえる巨大人工有機体を、シヴァは帝国科学技術院に造らせている。そして、一体目のそれは失敗して、主星アルジェナと共に消滅した。二体目が造られているという噂は聞くが、定かではない。その巨大人工有機体のエネルギーを得るために艦隊は惑星マトゥラーに向かう――というものであった。
マータリは悩んだ。情報は、無視するには余りにも重要な内容を合みすぎている。
結局マータリは自分の勘を信じることにした。
シヴァの艦隊とマトゥラー惑星域内で遭遇しはしたが、マータリには勝つ自信があった。それも、海賊戦法など使わずに。それだけの戦力を、いまの紫苑の海賊は有していた。
マータリの艦隊もその戦力を減らしていたが、シヴァの艦隊はそれ以上に、保有する艦艇を残骸に変えていた。
惑星上を映していた画面が、眩い光に包まれる。最後の砦であった鉱石採掘基地が、ついに爆破されたのだった。
マータリは、画面に映るその光景を、眼を細めるようにして見つめた。
4 背信
二隻の高速戦闘艇は、救助信号を追尾して、宇宙空間を最高速度で飛翔していた。
ラトナ・サンバの乗る高速戦闘艇の外部カメラが、三体の空間戦闘体に曳航される宇宙戦闘機を捕らえ、それを情報スクリーンの一郭に拡大した。
ラトナの艇に、後方からラーヴァナの艇が近づいてきている。二人とも艦長のアモーガから、捕らえられている宇宙戦闘機は破壊してはならない、搭乗者は無傷で保護せよ、と命令を受けていた。
ラトナは、曳航索にOMブラスターの照準を合わせ、トリガーを引いた。そのまま無照準で、OMブラスターの発射口の角度を変えながら、縦射を五回繰り返した。
空間戦闘体の一体が、その中央を集束エネルギーに貫かれて爆発する。他の一体の高機動バーニヤが、同じラトナの放った集束エネルギーによって吹き飛び、それは急激な回転運動をはじめた。
ラーヴァナのOMブラスターも、一体を屠《ほふ》っていた。
高速駆逐艦のOM砲塔一門が、二人の艇に照準を合わせようと、急速に回転している。
突然、宇宙空間に一条の光が閃き、集束されたOMエネルギーが高速駆逐艦に向かった。その、強力な集束エネルギーは、その装甲をかすっただけだったが、それきり、艦は沈黙してしまった。
高速駆逐艦をかすめた集束エネルギーは、戦闘母艦ラージャナのOM砲から発射されたものだった。
ヘルメットに警報が響く。ラトナは情報スクリーンを見た。空間戦闘体から救助した宇宙戦闘機が、ゆっくりと、分離したナーサティア航路用OM機関系に近づいていく。
ラトナは、宇宙戦闘機の可変放熱ウイングに照準を合わせた。
威嚇には、これで充分だ――ラトナはトリガーに指をかける。
瞬間――ラトナの艇の装甲が、至近距離からのOMブラスターの集束エネルギーによって撃ち抜かれた――。
衝撃を受けて激しく回転する高速戦闘艇の中で、ラトナは、艇の姿勢を立て直すのに精一杯だった。自分が、親友ラーヴァナによって撃たれたのだとは、夢にも思ってはいなかった。
5 挽回
紫苑の海賊マータリ・シュバンは、情報スクリーンの画面上に展開する、ア・ミターバの艦隊による惑星マトゥラー攻略を観ていた。
「ア・ミターバ……ア家艦隊の猛将≠ニは聞いていたが、面白い人だ。」
ア・ミターバは、事もあろうにマータリに誘拐の汚名を着せたのだった。
マータリは、それを笑いながら否定して、戯れに記録していた、惑星エンタナでのシヴァの空母による連絡艇奪取の映像を、ア・ミターバに見せた。
ア・ミターバは自分の非礼を謝り、マータリの忠告に従って、シヴァの艦隊がまだ撤退していない惑星マトゥラーを攻略しに向かったのだった。
「サティーとか言ったかな、シヴァの空母に誘拐された女の名は――」マータリは、たった一人の女のために艦隊戦を挑もうとしたア・ミターバの顔を思いだした。
育ちの良さそうな、顔ではあったが、眼の鋭さは、ア・ミターバの意志の強さを如実に表わしていた。
「キャプテン、全艦艇の補修が終わるまで、まだしばらくかかるそうです」通信士が報告した。
「解った」マータリはうなずいた。「全艦の補修が済み次第、少し旅にでる。みんな、いまのうちに充分に休養をとっておけ」
マータリは、すでに次の目的地を決めていた。
アシュビン――ナーサティア双惑星。
マータリを皇帝にしてくれる約束の地であった。
6 霧消
ア・ミターバは、マトゥラー惑星域内での戦闘で投降した戦艦の艦長から、シヴァが破壊された第四鉱石採掘基地に降下している、という情報を得、自らドライビングアーマーに乗りこみ、連絡艇を使わずに惑星強襲用降下カプセルを使用して、単身、第四鉱石採掘基地の廃墟に降り立ったのだった。
生物探知機が人《ひと》生物反応を捕らえた。ア・ミターバは、そこヘドライビングアーマーをとめた。ドライビングアーマーから降りたア・ミターバは、ヘルメットをとり、額の汗を腕でぬぐう。彼は、眼の前の鉱石採掘基地の廃壇を見上げ、反射的に銃型のOMブラスターを抜いた。
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「誰だ! 出てこい!」
長身の、兜のような冠を被った男が瓦礫《がれき》の陰から姿を現わした。その後ろに、まるで男の影のように一人の女性が立っている。
「貴様はシヴァ!」そう叫んだア・ミターバは、シヴァの後ろに立つ女性の顔を見て目をみはった。
長い髪黒目がちの眼――まぎれもなく、その女性はア・ミターバの妻サティーだった。
「サティー、よかった、生きていたんだね……サティー?」
ア・ミターバの呼びかけにも応えず、サティーは無表情のまま立っている。瞳が焦点を結んでいない。
「シヴァ! サティーに、俺の妻に何をした!」
シヴァが、丈の長い上着のポケットから小さな機械を取り出しア・ミターバに見せた。それは携帯用の音波発信機だった。
シヴァが、薄い朱唇をかすかに開いて笑った。
「ま……まさか、OMユニットを、妻の体に――」ア・ミターバの言葉はそこでとぎれた。シヴァが音波発信機のスイッチを入れたのだ。
低い、まるで読教のような律動をもつ音が、ア・ミターバの鼓膜を震わせる。
サティーの全身が、まるで陽炎のように揺らめいた。彼女の肉体が、それを構成している細胞の一つ一つが結合することを放棄したかのように崩れていく。彼女の周囲の空間が歪み、まるで焦点がずれていく映像のように彼女の輪郭がぼやけていき、次の瞬間にはもう、彼女の肉体は歪んだ空間ごと消え去っていた。
シヴァが音波発信機をとめる。かすかな音をたてて、小さな球形のOMユニットが地面の上に落ちた。|『γ』《ガンマー》の鉱石の結晶を内部にもつ、この小さな球状ユニットは、人体に埋めこまれ、一定の波長の音波を照射されると、細胞を分解し、周囲の空間ごと消去してしまうのだった。
「シヴァ!」その言葉よりも早く、ア・ミターバのOMブラスターは発射されていた。
突然、ア・ミターバの眼前に赤い霧のようなものが渦を巻き、シヴァの身体を隠した。眼を細め、まばたきをした彼の眼の前から、瞬間、嘘のように赤い霧は晴れていた。
シヴァ・ルドラの姿は、もうそこにはなかった。彼は赤い霧と共に消えていた。
7 創世記
クリシュナ・シャークはふたたび闇≠ノ戻っていた。その、超強化ガラス越しに、自分の艦隊を眺めていた。戦艦、巡洋艦などの砲塔のあたりで、盛んに火花が散っている。改造作業は、すみやかに行われているようだった。
クリシュナは、星系スートリの司政官であったルシャナ・パティーのことを考えた。
ルシャナの決意を聞いたクリシュナは、彼ほど人工有機体兵器ヴリトラを追撃するのにふさわしい人物はいないと決断し、改造済みのγ3対応OM砲改一門を彼の艦隊の戦艦に取り付け、あわせて、傷ついた艦の補修も請け負ったのだった。
アルジェナの消滅以来、人としての記録が失われ、その上に別の記録が広がりだしはじめている自分の記憶――それが何なのか、クリシュナはいまになってようやく悟ることができるようになっていた。
それは、星の、銀河の、宇宙の生い立ちの記緑だった。まるで宇宙自身が記憶してきた自らの一生を、クリシュナに語り聞かせているかのように、徐々に鮮明に、彼の失われた記憶の上に刷りこまれていった宇宙の創成記だった。
クリシュナにとってそれは、自分の意識だけが分離して、時の流れを逆行していくかのような不思議な感覚だった。宇宙の記憶は、個々の要素が複雑に入り組み、もつれ、絡まっていた。しかし、いつしかクリシュナは、それが四つの事象の単純な繰り返しにすぎないことに気がついていた。
クリシュナは、その繰り返しの源となる二つの存在をすでに観ている。
青と赤、二つの球――惑星。
クリシュナが、その二つの惑星がアシュビンでありナーサティア双惑星であることに|気がついた《・・・・・》のは、紫苑と会見してからすぐのことであった。その時クリシュナは、すでにヴリトラ追撃に出発していた。
「紫苑……彼は、何故、創成の地アシュビンの名を知っていたのだろう?」
闇≠ノ紫苑はいなかった。
「しかし、それよりも……わたしは、何故、それを知っているのだ?」ナーサティア双惑星の存在を、疑うことなく認めている自分を、クリシュナはいぶかしんでいる。
「わたしは……何者なのだ?」
ナーサティア双惑星への道は、すでにクリシュナの記憶の中に記されていた。
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第四章 神酒
1 再訪の機運
アクショーがうけたそれは、とても出力の弱い、そしてまた短い通信だった。
「助けて……わたし…………殺さ……惑星ファンスルにい………………」
通信内容はそれだけだったが、アクショーは神に感謝したい気持ちだった。
アクショーに連絡するための、マントーラ通信機の受信暗号を知っている者の数は少ない。ラティーも、その数少ない者達のうちの一人だった。
アクショーは、彼のたった一つの財産である、試薬保管庫に残された肉体蘇生薬を闇≠フ流通機構に流し、一隻の巡洋艦を手にいれていた。それも乗務員つきで。
肉体蘇生薬はそのほとんどを売り尽くし、アクショー自身の手元には試験管三本分ぐらいの分量しか、現在残ってはいなかった。
ファンスルへ行くのは何年ぶりだろう――アクショーは、雪を頂く峻烈な神の峰の威容を思いだした。
2 雲の惑星
アモーガ・シッディの眼前の情報スクリーンに、綿菓子のような、全体に白い雲がかかっている惑星が映しだされていた。一部に、凹凸の陰影のくっきりとした部分が見える。
上空五万キロメートルからの映像ではあったが、惑星ファンスルの地表に高い山々がそびえ立っていることが判った。
幻影≠フ端末からの情報によって、この無人の惑星ファンスルにラティーがいることは、ほぼ間違いがない。すでに無人探査機が惑星上空で生物探知を行い、複数の、人間らしきものの存在を確認していた。
しかし、いまのアモーガには、捜索部隊の指揮を任せられる有能な部下がいなかった。二人のガルーダ≠ヘ、共に彼の下《もと》から去っていってしまっていた。
ラーヴァナは謎の女ラティーと共に行方をくらまし、ラトナは、そのラーヴァナを追っている。アモーガがラトナに、自分の艦隊から戦艦一隻と巡洋艦二隻を分け与えたのだった。
何故、自分は親友から撃たれねばならなかったのか? 何故、ラーヴァナはあの女と一緒に逃げたのか?――ラトナはそれらの疑問を、事あるごとにアモーガにぶつけ、自分にラーヴァナを追わせてくれるようにと、度々上申していたのだった。
アモーガは、表向きはそれを聞き流していたが、心の中では、自分しか知らない幻影≠ニの端末を操って、ラーヴァナについて調べていたのだった。
そしてラーヴァナの父がリュカーン教の僧であったという情報を得、現在のリュカーン教の教主がシヴァ・ルドラであるという事実とあわせて、ラトナに忠告したうえで、ラーヴァナ追跡を許可し、艦艇を分け与えたのだった。
アモーガは考えた。しかし何度考えても、出てくる答えは同じだった。
「ニルヴァーナ、捜索部隊は私が指揮を執る。艦隊の司令は、お前に任せる」
「ワカリマシタ」ニルヴァーナの返事は、それだけだった。
3 迷夢
サティーが笑っている。ア・ミターバは、その笑顔に手を伸ばそうとする。
途端に、眼の前を赤い幕のような霧が覆い隠す。
サティーが、ア・ミターバの名を叫ぷ。ア・ミターバはサティーの姿を捜す。
感情というものをまったく含んでいない、女の声が、ア・ミターバを呼んでいる。
「わたしはドゥルガー。ナーサティア双惑星でお待ちしています。」
「ドゥルガー。何者だ? 何故、私を待つ?」
「わたしはドゥルガー。ナーサティア双惑星でお待ちしています。」
「何故、私を待つのだ……」
「艦長、お疲れでしたら、私室の方でおやすみになられたほうがよろしいのでは」副長が司令席の傍らに立って、ア・ミターバにそう勧めた。
どうやら自分はうたた寝をしていたらしい――ア・ミターバは軽く頭を振った。
「――そうするか」立ち上がりかけたア・ミターバは、ふと、前方に広がる情報スクリーンに眼をやった。惑星マトゥラー攻略に成功し、シヴァから奪った艦艇によって、彼の艦隊は以前よりも大きくなっている。戦力も、以前の倍以上になっていた。
ア・ミターバは、いまの自分の艦隊よりも大きな艦隊を統べる紫苑のことを思いだした。何の屈託も無く声をあげて笑いながら、彼の誤解を許してくれたマータリ・シュバン――紫苑の海賊のことを、彼は思いだしていた。
「私も――いや、俺も、海賊みたいなものか……」ア・ミターバは苦笑した。
自室のベッドで眠りについたア・ミターバは、また妻の夢を観、ドゥルガーという声だけの女からナーサティア双惑星へ来てくれるようにと懇願されるのであった。
4 超能力
アモーガ・シッディは自ら戦闘服を着、武装した兵士で構成される探索部隊を率いて、惑星ファンスルの大地を踏みしめている。
惑星上は、一面、乳白色の霧がたち、横殴りの強い風が吹いている。強い風が吹いているにもかかわらず、霧も一向に晴れようとはしなかった。
唐突に、風がやんだ。霧の密度も薄くなっている。まるで、眼に見えない壁がここだけを守っているかのように。
薄い霧の向う、アモーガの前方に何かが立っている。
人?――アモーガはゆっくりと近ついていく。武装兵達は彼の脇を固めて、周囲にOMブラスターの銃口を向けていた。
酷い光景だった。太い樹を削って作った杭に、人が縛りつけられている。
アモーガは、垂れたその頭を上に向かせた。
ラティーの顔だった。彼女はすでに死んでいた。
「艦長! 周囲に生物反応! こちらに向かってきます!」
霧の中から、無数の異様な形が、その黒い小さな影を浮かびあがらせてきている。頭巾のついた漆黒の外套を着た、人の群れだ。頭巾の陰に隠されて、顔の造形はよく見ることができない。しかし、深く被られたその頭巾でさえ、その陰の奥に光る二つの青白い眼を隠すことはできなかった。
光る眼! もしや、彼等がスーラ族?――そう思うが早いか、アモーガは命令を下していた。
「即時撤退する! OMブラスター用意、包囲を突破する! 撃て!」
アモーガの脳は、そこで機能を停止した。
暗い。暗い。ここはどこだ。私は墜ちているのか――気がつくとアモーガは闇の中にいた。自分の脚や胸、指先すら視ることのできない闇の中にいた。
――アモーガとやら、わしの声が聞こえるか……
誰だ? どこにいる?――アモーガはそう叫んだつもりだった。しかし、口を動かしたという感覚はまったくなかった。
――どうじゃ、肉体を失くした感想は。お前はもう、視ることも、聴くことも、物に触れることもできぬ。生命は残してあるが、肉体はわしが滅ぼした。
――誰だ? どこにいる? 何故、私にこのようなことをする?
――それは、わし等スーラの民が帝国を呪っておるからじゃ。お前の船に積まれているコンピューターも、わし等の仲間の犠牲者なのじゃ。
そう言うと声は、繰り返されるアモーガの問いかけを無視して、彼の戦艦ラージャナに搭載されている生体コンピュータニルヴァーナ≠フ秘密をかたりはじめるのだった。
ニルヴァーナの正体は、コンピューターとスーラ人の脳との合一体なのであった。自我抑制をかけられたスーラ人の脳はコンピューターによって生命維持と制御をされ、コンピューターは脳から精神波によって集められた情報をもらい、結果を引き出すのだった。
スーラ族は自分達を、人間として認めず、亜人種として分類し、実験材料として使用した帝国を呪っていた。
声はそれだけをアモーガに言うと、唐突に話をやめてしまった。
数々の疑問が、不安が、次々と肉体を失ったアモーガの意識に浮かんでは消えていく。悩み、苦しむための時間だけが、いまの彼には無限に残されていた。
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5 アスラの血
最初、|それ《・・》は黒雲のように惑星トラントランの大気圏にわだかまっていた。時折その内部で、青白く閃く雷さえ見ることができた。しかし、|それ《・・》は雲などではなかった――。
情報スクリーンに映しだされた|それ《・・》は、見る間に形を整え、惑星の重力をものともせず、厚い大気の層を貫いて画面に迫ってきていた。
ラトナ・サンバは、率いる、わずか三隻の艦隊に、|それ《・・》迎撃の命令を下した。斉射されたOM砲の集束エネルギーが、ミサイルの曳く光跡が、青白く光る黒い|それ《・・》に命中した。
|それ《・・》は、何事も無かったかのように、艦隊に迫リ続ける。
そして、攻撃の第三波が終わった瞬間、|それ《・・》が放った輝く鞭のごとき電光の一撃を受けて巡洋艦の一隻が爆裂した。
ラトナは、残った二隻を全速で後退させ、全員に退避命令を出した。しかし、艦の全速後退が、たんなる時間かせぎにしかならないことを、彼はすでに知っていた。
なす術も無く艦隊を全滅させてしまうことを、ラトナは口惜しく思った。
しかし、眼前の|それ《・・》は、通常の兵器が通用する敵ではない、ということは、誰の眼にもあきらかだった。
ラトナは、せめて乗務員達だけでも、無事に脱出させてやりたかった。彼は、総ての脱出艇と連絡艇が艦を離れるのを確かめてから、脱出に適せずに残されていたドライビングアーマーに乗り、宇宙空間へ踊り出た。
戦艦に|それ《・・》が迫った。|それ《・・》が巨《おお》きな口を開ける。その中で、牙のように上下に電光が奔った――。その放電を受けて、戦艦が爆裂した。
何万燭光もの輝きが、瞬間、|それ《・・》の黒く半透明の長大な体を宇宙空間に浮き上がらせる。爆発の衝撃は、しかし、ラトナが考えていたよりも激しかった。爆裂した戦艦の装甲が、彼のドライビングアーマーをもの凄い速度で弾き飛ばす――。
急激な加速の中、ラトナは、盛んに姿勢制御を繰り返す。
ドライビングアーマーは、ラトナの巧みなバーニヤ操作もむなしく、惑星トラントランの重力に引かれ落下をはじめていた――。
降下装甲兵《ドライビングアーマー》とは呼ばれているが、それ自体には単独で惑星降下を行える能力を与えられてはいない。しかし、いかなる場合においても操縦者の命を守るため、緊急非常事態に対応する脱出プログラムは施されていた。
ラトナは、『非常事態:大気圏突入』の脱出プログラムを選択し、それを作動させた。
コクピット内が特殊な液体で満たされる。その液体は瞬時に固まり、ラトナの身体を包み、シートの上に固定した。
大気と接する装甲は、灼熱し赤くなっている。腕部の装甲が溶け、砕け、吹き飛んだ。すでにドライビングアーマーは成層圏を抜け、対流圏に入っていた。
脚部の装甲が砕けた。破片がトラントランの空に散っていく。ドライビングアーマーは反転して、背部の主機動バーニヤを全開にした。落下速度が徐々に落ちていく――。
地表面からの高度が、ちょうど千メートルになった瞬間、コクピットを守っていた装甲が内部から吹き飛ばされ、いびつな楕円形の衝撃吸収物質の塊が射出された。シートにつけられた探知装置が作動して惑星の大気を調べ、パラシュートが開く。白い、繭のようなそれは、ゆっくりと惑星トラントランの大地の上に降り立った。衝馨吸収物質が、シートの出す薬品によって化学的に分解されていく――。
ラトナの眼の前に、広い、黄色く丈の低い植物の生えた草原が広がっていた。
ラトナはヘルメットを脱いだ。爆音が彼の耳に届いてくる。音のする方向へ頭を巡らせた彼の眼が、低空で飛んでくる小型|VTOL《ブイトール》の姿を捕らえた。彼はシートの背もたれの後ろを開け、小型のOMブラスターを取り出し、草原に身を隠した。小型|VTOL《ブイトール》は、シートの傍らに着地した。コクピットの風防が開き、一人の男が草原の上に降りてくる。ヘルメットは被ってはいなかった。その男は、腰に吊したOMブラスターを引き抜き、周囲を見回している。
ラトナは、隠れている自分の方に向けられたその男の顔を見て、思わず眼を疑った。その男こそ、彼が捜し求めていたラーヴァナだったのだ。
不覚にもラトナは、我を忘れて立ち上がっていた。ラーヴァナに撃たれたという事実は、以前と何等変わりのないラーヴァナの顔を眼にしたラトナの記憶から、一瞬、消え去っていた。
「やっぱり、ラトナお前か。ヴリトラとの戦闘を観ていて、もしやと思い、落下地点に来てみたのだが……これも、アスラのお導きか」ラーヴァナが笑った。
「何故だ?」その自分の問いかけが、何に対する答を要求しているのか、ラトナ自身にも解らない。
「逆に俺から質問するぜ。ラトナ……どうして俺を追ってきた? お前がこなけりゃ、俺はお前を殺さずに済んだのに」ラーヴァナは、OMブラスターの銃口をラトナに向け、その引金に指をかけている。
「どうしてなんだ、ラーヴァナ……どうして、お前がおれを撃たなきゃならなかったんだ? どうしてまた、おれを撃たなきゃならないんだ!」
「……本当に済まないと思っている。しかし、ラトナ、これは避けようのない宿命なんだ。俺の一族には、アスラの血が流れている。それを知ったのは、ほんの数年前……姉さんのラティーが教えてくれた……そう、俺達が追っていた、あのラティーだ」
ラーヴァナに姉がいるということをラトナは知らなかった。
いつも一緒の作戦に参加してきていたが、ラトナはラーヴァナから家族のことを聞いた憶えがなかった。
「俺は以前から自分の身体に異常のあることを、薄々感じてはいた。善悪の価値基準が曖昧になってきたり……しかし、それがアスラの血によるものだと教えてくれたのは、姉さんさ――」ラーヴァナがOMブラスターの銃口を下ろす。その眼は、悲しげにラトナの顔を見つめていた。
「やっぱり、俺にはお前を殺すことはできないよ、ラトナ……姉さんからアスラの血について聞いた時、俺はある意味で救われた。自分の異常をアスラの血のせいにできるからな――悪いのはみんなアスラの血なんだ――ってね……」
「アスラの血?……アスラとは、あのリュカーン教の崇める神のことか?」
「ああ、そうだ。しかし、神なんていうものでは――」
唐突に、ラーヴァナの言葉がとぎれた。彼の顔が、まるで苦痛に堪えるかのように歪んでいる。ふたたびラトナに向けられたOMブラスターの銃口が、小刻みに震えている。
「ラトナ! 俺を撃て!」ラーヴァナの身体の周囲に、赤い霧のようなものが取り巻きはじめていた。それはゆっくりと、彼の肉体を包みこんでゆく――。
「ラトナ、撃て! 撃ってくれ! 早く!」
ラーヴァナの体が異常を起こしはじめた時、反射的にラトナは持っているOMブラスターの銃口をラーヴァナに向けていた。しかし、引き金にかかった指には、まるで力が入っていなかった。
「頼むラトナ! お前の手で、俺をアスラの血から、解放してくれ!」
引き金は重かった。指が、まるで固められたかのように、ゆっくりとしか動かない――。
しかし、それは一瞬のできごとだった。ラトナが気がついた時にはもう、ラーヴァナは草原の黄色い草を薙ぎ倒して、死んでいた。胸に大きな穴が開いている――。
自然と、全身の力が抜けていく。彼は草の上に膝をついた。
爆音が、またラトナの耳に届いていた。けれども彼は、それを聞いてはいなかった。いや、聞くことができなかった。
ラトナは、草の上にくずれおれ、号泣していた。
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6 死返
アクショーは、自分のすぐ前を歩いている、先頭のスーラ人のことを見つめた。アクショーは彼に命を助けられたのだった。
「感謝されても困る。アクショー・ビア。わしは、ただ単に肉体の死を遅らせただけなのだからな――」アクショーの思考を読んだのか、先頭の彼は振り向きもせずに言った。
ラティーを捜しに惑星ファンスルへ来たアクショーは、巡洋艦を惑星域内に待機させて、連絡艇で部下と一緒に惑星上へ降下した。降下地点は、昔彼が訪れたことのある、スーラ族最大の居留地薄明の無風点≠セった。彼は、降下させた連絡艇をキャンプにして付近の捜索を開始した。生物探知のための設備・装備はたいした物ではなかった。
降下してから七十一回目の自転が終わろうとした頃、部下の一人が崩れた白骨を見つけた。それは、杭のように削られた樹に縛りつけられた、植物で作られた紐に引っかかるようにして、わずかだが残っていた。胸骨と骨盤、大腿骨の一部だった。その骨の分析も終わらぬうち、連絡艇はスーラ族の超能力による襲撃を受けたのだった。
攻撃は、わずか二分で終りを告げた。
一人アクショーが自分の助かった理由を知ったのは、頭に直接響いてくる、スーラ人の精神波の声によってだった。声を送ってきたスーラ人は、現在のスーラ族長で、昔アクショーに助けられたことがある、と彼に言っていた。
アクショーには憶えがあった。ファンスルに調査任務で赴いていた時のことである。
大怪我をしたスーラ人達にほぼ完成していた肉体蘇生薬を投与して、大勢のスーラ人の命を助けていたのであった。
「アクショーは、わしの肉体の死を遅らせてくれた。傷を治してくれた。わしもそれをする。しかし――スーラの民の意志に反することはできんのだ。」
そう言ってスーラ族長は、アクショーを洞窟の奥深くに、太い樹を削って格子状に組んで作られた頑丈な扉で閉じこめてしまったのだった。
その闇に沈む洞窟の内部は、何か、物の腐ったような臭いが充満していた。
アクショーは、何か明りになるものはないか、と服を探った。運よく、小さな発光板と小型マントーラ通信機、それに肉体蘇生薬の入った強化カプセルは残されていた。
アクショーは発光板のスイッチを押した。光が周囲の岩肌に、くっきりと印影をつける。彼は、腐敗臭の元を見て、眼を細めた。それは人間の死体だった。腐敗はかなり進んでいるらしく、戦闘服に包まれた肉体の方は定かではないが、ヘルメットの脱がされた頭部に垣間見える顔の肉は崩れ、ところどころに灰白色の頭蓋骨が見える――。
不快な臭いに耐えながら、アクショーは小型マントーラ通信機で巡洋艦を呼びだした。応答はない。
惑星域内にいる筈のアクショーの巡洋艦は、彼を裏切りこの星系から逃亡していた。
アクショーの苛立ちに腐臭が拍車をかけた。彼は発光板を地面におき、肉体蘇生薬の入ったカプセルを取り出した。完成したソーマならば、この死体を生き返らすことも可能であろうが、肉体蘇生薬だけでは、それは不可能だ。そのことは彼も承知している。その死体に肉体蘇生薬を投与したのは、たんに耐えがたい腐臭を抑えたいがためだった。
死体の腐りかけた細胞は、肉体蘇生薬によって蘇生され、細胞分裂を再開する。細胞の核の中の遺伝子が、それによって忠実に複製され、増殖速度が加速されていく――。
腐臭は、まだ洞窟内に澱んでいたが、死体の肉体蘇生は完了していた。
アクショーの眼の前に、茶色の髪を乱し、ぐったりと洞窟の床に横たわる男の姿があった。彫りの深いその顔は――表情はなかったが――精桿そうな印象を彼に与えた。
唐突に――男の眼が開いた。
アクショーは、反射的に身を引いて後ずさっていた。
男は、ゆっくりと頭を振り、二、三度まばたきをしている。どうやら、再生は完璧に行われたようだが、機能はまだ完全に回復していないようだった。
しばらくして、体機能の回復した男は、アクショーにアモーガ・シッディと名乗った。
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第五章 追撃
1 復讐の疑問
確実に追いつめている、という目信がルシャナ・パティーにはあった。一つひとつの星系をしらみ潰しに探索し、そして当然のように、彼はここに来たのだった。
ルシャナの前に広がる情報スクリーンには、惑星トラントランが映しだされている。その大気圏から、人工有機体兵器ヴリトラが、飢えた獣のように彼の艦隊を目指して宇宙空間を翔けていた。
二度と、同じ暴虐を繰り返させはしない!――ルシャナはγ3対応のOM砲改の発射を命じた。
γ3対応OM砲改の収束エネルギーは、青白く閃《ひらめ》くヴリトラの半透明の体表を貫き、その体内を駆け巡っていく――。
瞬間的に膨大な量の空気を吹きこまれた風船のように、一瞬、青白い光によって体内を満たされたヴリトラは、内爆発を起こし、微細な宇宙の塵に変わっていった。断末魔の叫びさえ聞こえない、あっけない最期だった。
ヴリトラが消え去った後の情報スクリーンを見つめ、ルシャナは大きく一つ溜息を吐いた。そして、ふと、彼はヴリトラが大気圏にまで入りこんでいたにもかかわらず、惑星トラントラン上に、何の惨状も見られないことに気がついた。
何故?――その疑問に、ルシャナは即座にある答を出していた。
「艦隊のOM妨害を最大レペルに上げろ! 惑星域内の索敵! 急げ!」
ルシャナは、惑星トラントランの各種データをコンピューターから引き出し、指令席の操作卓上のモニターに惑星の科学的データを映しださせる。彼は次々に情報対象を切り換え、その一つ一つを検討する。その中に一つだけ、彼の気になる記録があった。それは、この惑星トラントランには、インドゥーラ帝国内でも比較的|旧《ふる》い宗教であるリュカーン教の総本山――大神殿――が建立されている、という記載である。彼はコンピューターでリュカーン教の記録を検索した。
リュカーン教に関する記録がモニターに映しだされる。その記録の大意は、リュカーン教とは主神アスラを崇拝する宗教であり、閉鎖的な密教としての性格が強く、その教義は『破壊し、再生せよ』という主旨のものである、というものだった。
オペレーターの声が響く。
「無人探査機による、惑星域内の索敵、完了しました。惑星の裏側、夜の側に艦隊がいます。OM妨害はされましたが、それほど強いものではありませんでしたので、地上とのマントーラ通信機による交信を傍受しました――出します」
短い、不明瞭な会話が聞こえはじめる。映像はなかった。
「教主様は――か?」「もうすぐ祭祀《さいし》を執――惑星上に――」「終わりしだい――ィア双惑星ヘ――」「敵――大丈夫だろうな?」「ヴリト――安心だ」
どうやらその艦隊は、まだヴリトラが破壊されたことを知らないらしい。いや、ヴリトラが破壊されるなどと思ってもいないかもしれない。安心して惑星域内の警戒を怠っているのか――ルシャナは、束の間眼鏡を外して考えこんだ。
「この艦隊の存在を、絶対に気づかせるな。連絡艇を二隻降下させる。一隻はドライビングアーマー用、もう一隻は通常のものを。搭載するドライビングアーマーには、総てOMライフルを換装する――急げ」ルシャナは、そう命じて指令席から立ち上がった。
「どちらへ?」副長が訊いた。
ルシャナは、ちらっとその副長の顔を見、言った。「指揮を執るために、私も連絡艇に乗る――」
そのルシャナの、強い口調に、副長は開きかけた唇の動きをとめた。
ルシャナは、そんな副長に、振り向いて静かに言う。「私はただ、自分の眼で真相を見極めたいだけなのだ……」
ゆっくりとした歩調で、ルシャナは艦橋をあとに格納庫へと向かった。
2 予感
洞窟は、太い幹を角柱の形に削り、組み合わせて作られた丈夫な格子によって塞がれていた。
いま、その格子はアモーガ・シッディの眼の前で、発光板の淡い光に照らしだされながら急激な変化を示している。
肉体蘇生薬のもつ、細胞分裂能力の効果は素晴らしいものだった。それをかけられた格子の交差部分が、見る間に膨れあがりはじめている。削られ、加工される前の樹の姿に戻ろうとしているのだった。間もなく、格子は自分から弾けるようにして交差部分を砕き、洞窟の床に崩れた。砕けた破片の中に、未だ再生を続けているものがあった。
「さて、これからどうするかだが」
「マントーラ通信機をもっているか?」アモーガが訊いた。
「あることは、あるが――私の艦はもういない。」
「私の艦隊は、まだ、残っている……」アモーガには、小さな確信があった。自我抑制をかけられてはいるが、ニルヴァーナが、故郷の惑星を離れるわけはない――。
アモーガはアクショーから小型マントーラ通信機を借りて、交信暗号をセットし直してから通信をはじめた。
戦闘母艦ラージャナは――ニルヴァーナ≠ヘ惑星域内にいた。
アモーガは、連絡艇を至急このOM波の発進地点に降下させるように命令した。
「凄いコンピューターだな。人間よりも忠実なのはあたりまえのことだが、融通も利くとは……やはり帝国科学技術院の造ったものか?」連絡艇を待ちながらアクショーが訊いた。
うなずいてアモーガは口を開きかけて、一瞬、躊躇した。ニルヴァーナの秘密を他の人間に話してもよいものだろうか?――彼は、アクショーの顔を見つめた。
そして、アモーガは自分の勘を信用することにした。ふたたびゆっくりと口を開いて、彼はニルヴァーナの秘密をアクショーに語った。「……自我抑制をかけられたスーラ人の脳髄が、コンピューターと相互に情報交換・処理を行っている――いうなれぱ、スーラ人とコンピューターの合一体だ」
アクショーは、艦についたら彼に会わせてくれるように、とアモーガに頼んだ。
3 苦悩
金属の棒が一定の間隔ではめられた小さな窓の向う側に、星影が瞬いていた。
ラトナは、その夜空を見上げ、溜息を一つ吐いた。
呻《うめ》きのような詠唱が、低く、そして尽きることなく、その小さな窓から狭い石造りの牢獄の中に忍びこんでくる。
ラトナは思わず耳を塞ぎ、石の敷きつめられた床の上に、頭を抱えて座りこんでいた。
親友をその手で殺した時、ラトナは初めて人間の死によって自分を見失った。そして、いままでただの標的にすぎなかった。敵の艦艇・ドライビングアーマーの中にも、ラーヴァナと同じ人間が乗っていたことに気づき、彼はまた愕然《がくぜん》とした。自分のしてきたことへの後悔が、彼を忘我の境へと導いていた。
ラトナは、ラーヴァナを追ってきたシヴァの護衛|VTOL《ブイトール》部隊によって捕らえられ、この、リュカーン教神殿の牢獄に幽門されてしまったのだった。
人間として生命の尊さというものを知っているつもりだった自分が、実は、それを全然解っていなかったことに、親友の死を通して初めてラトナは気がついたのだった。
歯を食いしばりながら、ラトナは心の叫びをあげていた。
しばらくして、ゆっくりと牢獄の鉄扉が開かれ、リュカーン教の僧が一人、シヴァの親衛隊員を連れて入ってきた。
「出るのだ。いけにえよ。教主様がナーサティアへ旅立つ前に、最後のアスラへの供物に選ばれし光栄を喜ぶがよい」
ラトナの耳は、その声を捕らえていたが、ラトナ自身はその言葉を聞いてはいなかった。
4 虚無の時
初めに驚いたのは、アモーガの方だった。
ニルヴァーナは、失われていた白我を取り戻していたのだ。ニルヴァーナは、艦橋に入ったきたアモーガに精神波による声で語りかけてきた。
――驚くことはありません。アモーガ。わたしは惑星上にいる仲間達の協力で、機械の束縛から解放されたのです。つい最近のことですが。
司令席の隣に立つアクショーの顔を、アモーガは見上げた。
アクショーはアモーガの眼を見つめてうなずいた。
――もう少し早く抑制が解けていれば、あなたがたを、あのような目に遭わせないで済んだのですが……いまは、彼等も解ってくれています。本当の敵が、帝国ではないことを。
「本当の敵とは誰だ? シヴァ・ルドラか?」アモーガが訊いた。
――いいえ。シヴァ・ルドラという人間は、ただの器にすぎません。しかし、それをあなたがた人間に解るように説明するには、余りにも時間がかかりすぎます。虚無の時は、その前にやってきてしまいます。
「虚無の時とは?」アクショーが訊く。
――その答は二つあります。どちらになるかは、これから決まるのです。創成の地アシュビンで。
「創成の地、アシュビン、とは?」
――あなたがたの世界では、ナーサティア双惑星と呼ばれています。
「そこへの航路は?」
――わたしの記録の中にあります。
アモーガは、再度アクショーと顔を見合わせる。アクショーがうなずいた。
「ニルヴァーナ、艦隊をナーサティア航路に入れる。環《チャクラ》≠ニ同調――」
――目的地は?
「アシュビン――ナーサティア双惑星だ」
5 魔祭
特徴のある形の尖塔をもつリュカーン教の神殿に、無数の明りが灯っている。低い、しかし圧倒的な音量をもつ信者達の詠唱が、空気までも震わせていた。上空を飛ぶ警備用小型|VTOL《ブイトール》の爆音さえ、かき消されている。
その神殿の、周囲を高い石垣によって囲まれた広大な中庭に、何万という数の人間がひしめきあい、詠唱の律動に合わせて体を揺らしていた。
神殿の本殿から、演壇のように突き出している祭壇の上に、一人の男が寝かせられている。
それらの光景がルシャナの乗る兵員輸送用大型VTOLの情報スクリーンに映しだされていた。まだ若い、少年のようなその男の顔の表情は、諦めというには、余りにも無表情すぎる。切れ長の眼も、いまは生気というものを失い、虚ろだった。
祭壇にシヴァ・ルドラが姿を現わした。その瞬間、ルシャナは作戦の開始を命じた。
上空を警備していた小型VTOLが、次々と橙色の炎を吹き上げ、爆裂していく。火のついた破片が、信者達の上に降りそそぎ、彼等は恐慌を起こしはじめた。
上空から、五台のドライビングアーマーがOMライフルを構え、神殿の中庭へ次々に降り立っていく。巨人を想わせるその姿が、信者達の恐慌に拍車をかけた。
ルシャナは、上空から緊急降下し、自分の乗る兵員輸送大型VTOLを祭壇に横付けさせる。武装した兵士達に続いて、ルシャナも祭壇へ降りた。
眼の前の、一段と高くなった壇上に横たえられた男の向う側にシヴァ・ルドラが立っていた。武装兵達が、いっせいにOMブラスターの銃ロをシヴァに向ける。
ルシャナが大声で詰問した。
「シヴァ、何故君は未だにリュカーン教などという密教に関わっているのだ。君とリュカーン教とはどういう関係にあるのだ? 何故、こんなことに時間をかける。ヴリトラがあれば、ヴィシュヌ銀河を征服することなど、容易《たやす》かったものを――」
「容易《たやす》かった《・・・》? 貴様、ヴリトラを破壊したのか?」
「それは凄い、しかし、すでに次のヴリトラは旅立ったのだ。アスラの星ヘ――アスラの生命を得るために――」
「アスラ? アスラなどという神が、本当にいるとでもいうのか?」
「いる――」シヴァが笑った。「わたしはアスラによって啓示を受けた。そしてアスラの使いとなり、いま、わたしはアスラとなったのだ」
シヴァの身体から、赤い霧のようなものが立ち昇りはじめる。シヴァの肉体が、赤く、陽炎のように揺らぎだした。
「わたしは抑制する。そして破壊する。青い星を――ディーヴァの星を。そして再生がはじまる。わたしがはじめるのだ――」シヴァの声がとぎれた。
赤い霧は、まるでそれ自体生き物であるかのように脈打ちながら、シヴァの肉体を完全に包みこんでいた。
「撃て!」ルシャナが叫ぶ。
一斉に発射されたOMブラスターの集束エネルギーは、赤い霧に吸いこまれていく。それは膨脹し、血をような粒子を飛び散らせて破裂した。
シヴァの姿は、そこにはなかった。
6 少年
リュカーン教の神殿から救出した男は、ラトナ・サンバといった。ルシャナは、ラトナを診察させたが、彼に肉体には、どこにも異常はみられなかった。しかし、ラトナのもつ少年の瞳は、完全に生きる気力を失っている者の瞳だった。
ルシャナはラトナに個室を与え、そこで彼に事のいきさつを尋ねた。
初めは無言だったラトナも、ルシャナの巧みな話術によって、言葉少なに自分の身に起こったできごとを語りはじめた。
ルシャナは真剣にラトナの話を聞き、語り終えた彼に、今度は自分の話をした。
ルシャナの話を聞き終え、ラトナは彼の顔を見つめている。
ルシャナは言った。
「君はいい。君は、戦うことによって、何十万人もの生命を守ってきたのだから……それにくらべて、私は、救ってあげることさえできなかった……君が戦わなければ、何十万人もの人が死んだことだろう。そしてまた、何十万人もの人が悲しんだことだろう――」
「だけど――」ラトナは口ごもり、うつむいた。
ルシャナが微笑して、そんなラトナを見つめた。「私にも、どちらが正しくて、どちらが間違っているのか、正直なところ判らない。大切な人を守るために、その大切な人を殺そうとする者を殺す――どこに重点をおくかによって答えは違ってくる。」
顔を上げて、ラトナは問いかけるような瞳でルシャナを見ている。
「人は、自分で思いこんでいるほど、完全な生き物ではない。繰り返し、繰り返し、間違いを犯す。殺人は、確かに、決して許すことのできない行為――犯罪だ。だからといって、自分を、家族を、傷つけようとしている相手と戦い、殺してしまうことは許されない行為なのだ≠ニ決めてしまうことは不可能だよ。人間は神ではないのだから……自分を信じろ、ラトナ君。もし、それができなければ――」
ルシャナは自分のホルスターからOMブラスターを抜いてラトナに手渡した。
ラトナは、何かを考えているかのような眼差しでOMブラスターを見つめている。
「いま、艦隊はシヴァを追ってナーサティア双惑星へ向かっている。我々に何ができるかはわからないが…な」そう言ってルシャナは、ラトナ一人を残して部屋を出た。
ルシャナは、確実にシヴァを追いつめていた。それが、誰のためでもない、自分のための追撃であることは、ルシャナ自身、一番よく知っていた。
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第六章 聖戦
1 竜の復活
ナーサティア双惑星に着いたルシャナ・パティーの艦隊は、クリシュナ・シャークからの通信を受信し、彼の指定する空間座標へと急いだ。
情報スクリーンには、赤い惑星と青い惑星が、ほとんど並んで映っている。色の違いを除けば、この二つの惑星は良く似ていた。大気圏に浮く雲の形といい、大陸の形といい、地形といい、まるで一方が色のついた鏡に写された像ででもあるかのようだった。
[#挿絵(img/119.jpg)入る]
クリシュナが指定した空間座標は、ちょうど両者の中間だった。
すでにそこには、通常考えられる以上の巨大な艦隊が、その陣容を広げていた。
合流を完了したルシャナは、クリシュナから各艦隊を率いている艦隊司令を紹介された。
通信回線は五つの艦隊の旗艦艦橋を一つに繁げ、情報スクリーンは、ナーサティア双惑星を映すものを含めて、五つに分割されている。ルシャナは、職業も地位も違う各艦隊司令達と、いままでの経緯を話し合いはじめていた。
唐突にクリシュナが声の調子を高めて奇妙なことを口走りはじめた。「多分、わたしが……わたしが、あなた達を呼んだ……」
全員が、画面上のクリシュナの顔を、見つめていた。
「理由は解らない、どのようにして呼んだのかさえ、憶えてはいない……だが、確かにわたしが、あなた達をここヘ――ナーサティア双惑星へ導いた」
皆、無言で、クリシュナの次の言葉を待っている。沈黙が続いた。
画面に映るクリシュナが口を開きかけた、その時、鋭い電子音が鳴り響いた。
「艦長、ヴリトラです! 左舷前方、赤い惑星より急速接近中! 三体です!」ルシャナに向かって、分析担当士官がそう叫んだ。
情報スクリーンに、大きく、三体のヴリトラが映しだされている。各艦隊の艦橋と繋げられた回線は、小さなサブ・スクリーンの方に回されていた。
宇宙空間をうねるように翔ける三体のヴリトラは、惑星ベレナスを破壊したものとは違っているように見えた。半透明の体内に、澱むように広がっている赤黒の物質によって、この三体のヴリトラは、よリ黒竜の形状に近づいているように、感じられる。
そのヴリトラの後方にシヴァの艦隊が垣間見える。
「わたしの艦隊に続いてください。わたしの艦隊のOM砲は、総てγ3対応型に改造されています」画面上でクリシュナの艦隊が前進をはじめた。
クリシュナの艦隊は、すでにヴリトラをその射程距離内におさめている。クリシュナの下すOM砲発射の命令が、回線をつうじて響いた。
幾筋もの集束エネルギーが、一斉にヴリトラの体表に突き刺さっていく。
ヴリトラの体内で、放電光がその光度を増した。体内の赤黒い澱みが、眩いばかりの光に包まれた――。
ルシャナは眼を細めて、食いいるように画面を見つめている。かつて倒れた一体と、今の三体のヴリトラの違いが、彼に嫌な予感を与えていた。
光が、その中心に向かって吸いこまれていくかのように消えていく。稲妻が閃いた。紫電が、宇宙空間にひび割れのように広がった。三体のヴリトラは、無傷のままそこにいた。
クリシュナの艦隊は、ヴリトラに近づきすぎていた。迅速なクリシュナの命令による回避運動もむなしく、彼の艦隊が次々に三体のヴリトラに呑みこまれていく光景が、情報スクリーン上に展開していった。
ルシャナは、その地獄変を見つめながら、拳を握り締めていた。クリシュナのいる艦橋と繋がっていた小さなサブ・スクリーンが、走査線だけの縞模様に変わる。
サブ・スクリーンに映っていた紫苑が、宣言するように言う。「このままでは、私達もやられてしまいます。私は手薄なところを捜して、後ろの艦隊自体に突撃します!」
画面上で、紫苑の艦隊が四方八方に散っていく。
青白い光輝がルシャナの艦の画面を包む。散っていく紫苑の艦艇には目もくれず、ヴリトラがルシャナの艦隊に追ってきていた。
ルシャナは全速後退を艦隊に命じる。
ヴリトラの獲物は艦隊ではない。三体のヴリトラが眼差しているのは艦隊の背後にある青い惑星なのだ――ルシャナは、そう悟っていた。
「ルシャナさん、おれに高速艇を貸してください――」
ルシャナは振り向いた。ラトナ・サンバが立っていた。
「高速艇を? それでどうしようというのだ、君は?」そう突き離すように言って、ルシャナはラトナの瞳を覗いた。光があった。少年の、強く、熱く、そして優しい意志の光が。
ふっきったな――そうルシャナは思った。
ラトナは、ルシャナの冷たい視線をそらさずに言う。「高機動で加速の利く高速艇ならば、ヴリトラを振り切ってシヴァの艦隊に入りこむことができます。おれが――シヴァの艦を沈めてきます」
ルシャナは大きくうなずき、格納庫へ行くようにラトナに指示を与えた。
[#挿絵(img/120-121.jpg)入る]
2 呼ぶ声
「どこだ、シヴァ――ア・ミターバは叫んだ。声はヘルメットの中に、うるさいくらいに響く。彼の乗る高速艇は、すでに極度の密集隊形を採るシヴァの艦隊の中に深く入りこんでいた。戦艦のOM砲、ミサイルを受ける心配はなくなっていたが、敵空間戦闘体が彼を迎撃するために緊急発進してきていた。
突然、橙色の閃光が奔《はし》った――空間戦闘体の一体が光の球に変わり爆裂したのだった。そして、次々にその周囲にいた空間戦闘体も光球に包まれるようにして爆裂していく――。
何だ!――ア・ミターバは我が眼を疑った。
短い電子音がヘルメットの中に響いた。交信要請を示す表示が情報スクリーンの上で点滅している。ア・ミターバは回線を開いた。画面上の、小さく分割された一郭に、ヘルメットを被った顔が不鮮明に映しだされた。その男は、シヴァを捜すためにルシャナの艦隊から来た、とア・ミターバに言った。自分もまたシヴァの艦を発見していない、とも。
ア・ミターバは焦った。誰の眼から見ても、戦況はこちらが不利だった。
不意に、目眩《めまい》のような感覚が彼を襲った。
――ア・ミターバ。こちらです。
ア・ミターバは自分を導く声を聞いていた。その声は、彼をここまで導いた声――ドゥルガーの声だった。彼は、声に導かれるままに、高速艇を操縦していく――。
気がつくと、眼の前に戦艦の装甲があった。それは徐々に開きはじめている。格納庫のエアロックだった。ア・ミターバは躊躇することなく、高速艇でその中に突入した。OMブラスターが、大きなエアロックの内扉を破壊する。高速艇は、敵戦闘母艦格納庫の中に躍り込んだ――しかし、そこまでだった。
格納庫内に突撃した瞬間、高速艇は、作動した防御機構による強力なOM場によって、そのOM機関系を無力化されてしまっていた。彼はたった1人で戦艦に突撃をかけたのだ。
操縦席から引き出され、警備兵に連行されるア・ミターバは、自分を空間戦闘体から助けてくれた男のことを思った。
3 策
ラトナ・サンバは、男が突入していった格納庫の扉を見つめていた。すでにそれは固く閉ざされている。歴戦の彼にすれば、男の行為は自殺に等しかった。
――この型の帝国宇宙軍の戦闘母艦には、公にはされていない死角――欠陥があった筈だ……
ラトナは、ガルーダとしての知識を反芻《はんすう》した。
束の間、頭の中に記憶された艦艇の設計記録と、艦の型を照会していたラトナは、唐突に操縦席のシートを倒し、後部にある装備庫の扉を開いた。彼は、そこから宇宙空間用の個人用バーニヤと、破壊工作用の手下げ箱のような金属製の箱を取り出した。
高速艇の操縦席を守っている装甲が小さな音を立てて開き、宇宙戦闘服姿のラトナは、吸いこまれていくような感じを受けながら宇宙空間に飛び出していった。
4 正体
ア・ミターバは口惜しかった。OMブラスターを持っていない自分が――いや、OMブラスターでなくてもよかった。眼の前にいる、妻を殺した男を殺せるものならば、何でもよかった。
王座のような椅子に座り、冠を外したシヴァ・ルドラの姿は、ア・ミターバが思っていたよりも若く見えた。長く伸びた赤い髪が、部屋の照明を反射して輝いているかのように見える。
[#挿絵(img/124-125.jpg)入る]
「ア・ミターバ君、また会うことになるとは……これもディーヴァのお導きか」笑いながらシヴァは、ゆっくりと腰を上げ、ア・ミターバに向かって近づいてくる。「そういえば、君は、何か一つ大きな誤解をしている」
「何をだ!」
「君は、自分の妻をわたしらに奪われたと思いこんでいる。だが、その女が、もともとわたしのものだった――としたら……」シヴァの朱唇が歪んでいる。
「何を馬鹿な!」
「君に、サティーと名乗ったあの女は、あれはわたしが、まだ人だった頃に造らせたものなのだ。もちろん、自我抑制はしていなかったがね――自我抑制をかけると、どうも反応がいま一つ面白くないのでね。あの女はよかっただろう? ア・ミターバ君?」
ア・ミターバは堪えた。関節が白く浮き上がるまで指に力をいれ、拳を握り締めていた。
「あの女は言ったよ。わたしを殺して――とな。寿命がもう無かったあれは、君に、自分が人工有機体であることを知られたくなかったのだ。かわいいじゃないか」
一瞬、ア・ミターバは、そんなサティーの気持も解らずに、彼女を捜し、惑星マトゥーラで彼女を見つけた自分の行為に理不尽な怒りを覚えた。
と、その時、総司令官室の扉が開いて、一人の宇宙戦闘服を着た若い男が、警備兵に連行されて入ってきた。
「ほう――誰かと思えば、いけにえか」シヴァが、その少年に向かっていい、警備兵を下らせた。
シヴァが、ゆっくりと少年に近づいていく。「君もあの時、ディーヴァのかたちを捨て、アスラになっていれば、ディーヴァの起こす心の苦しみから解放されていたものを――」
少年は、無言でシヴァのことを睨《にら》みつけている。
「嘘だ!」突然、ア・ミターバが叫んだ。「シヴァ、貴様の言ったことには、何の証拠もない! 総て貴様の作り事だ! 嘘だ!」
シヴァが微笑んだ。「ドゥルガー、出ておいで」
ゆっくりと、隣りの私室に通じるらしい扉が開く。一人の女が、その陰に立っていた。そして、長い髪を揺らし、黒目がちの眼でア・ミターバを見つめた。
ドゥルガーと、シヴァに呼ばれた女がそこにいる。ドゥルガーと名乗った、声だけの女がそこにいた。サティーと同じ姿形をして。
ア・ミターバの全身から力が抜けていく。彼は床の上に膝をついた。
「ドゥルガーは、わたしのところにいた頃の、あれの呼び名。あれと同じ人工有機体だが、これには自我抑制がかけてある。代わりに寿命設定はしていない――わたしも、前のでこりたからね」
ドゥルガーは、シヴァに寄り添うようにして、その傍らに立っている。
「残念なことに、これができる前に、わたしはアスラになってしまってね。まだ、これとは歓を尽くして――」
シヴァの侮蔑の言葉は、鋭いOMブラスターの発射音にかき消された。
シヴァの胸の肉が失くなっていた。大きな穴の開いたシヴァの肉体の向こう側に、ドゥルガーの構えた小型OMブラスターの銃口が見えた。
嫌な音をたてて、シヴァがその口から真っ赤な血の塊を吐き出した。胸に開いた穴の中で、垣間見える内蔵がまだ自分の使命を忘れていないのか、ヒックヒックと動いている。
ア・ミターバは立ち上がり、ドゥルガーに駆け寄った。彼は、自分の掌で包むようにして、小型OMブラスターを持つ彼女の白い手を握った。彼女は震えている。かすかに彼の身体に寄り添ってきていた。
「待って、いました。わたしは、あなたを――」
ア・ミターバはその声を確かに聞いた。ドゥルガーの小さな唇がそう動いたのを、彼は確かに見ていた。聞き慣れた声だった。彼をナーサティア双惑星へと導いた声――それは、確かに妻の声だった。ドゥルガーは、いまサティーになった。
赤い霧のようなものが、シヴァの肉体から、まるで蒸気のように沸き上がりはじめていた。それは、空中を蠢《うごめ》くようにして上昇していき、金属の天井に吸いこまれていく。霧が総て天井に消えるのと同時に、大きな音を立ててシヴァの肉体が床の上に倒れた。
それまで、無言でその光景を眺めていた少年が、ア・ミターバとサティーに近づき、自分の口の中から、ニセンチメートル四方の小さな薄いカードを取り出した。
「喋れなくて困りました――この艦の要所要所の探知装置の死角にOM爆弾を仕掛けてきました。爆発の混乱に乗じて脱出しましょう」少年が、カードの細かく、十六分割されている区画の一つに、指先を載せた。
低く、鈍い振動が、三人の体に伝わってくる。警報が響いた。
「さあ――」少年に促されて、ア・ミターバはサティーの腰を抱き総司令官室を後にした。
シヴァの肉体だけが、そこに残っていた。
5 減びの心
異変が生じていた。
三体のヴリトラは、敵味方の関係なく自分の近くにいる艦艇を呑みこみはじめていた。
戦闘空域は、すでに青い惑星の大気圏近くにまで及んでいた。青白い放電光が無数に枝分かれして、青い惑星へと向かっていく。
シヴァは、ヴリトラの中で生きていた。アスラとなったシヴァは、ディーヴァの星をヴリトラによって封鎖しようとしているのだった。ディーヴァが、二度とここからでてこれぬように――。
――人は、アスラであリディーヴァなのだ。わたしはアスラに選ばれ、アスラを選んだ。アスラはわたしに命じた。ディーヴァを抑制せよ=\―と。しかし、わたしは今、究極の力、ヴリトラと合体している。抑制など手ぬるい。わたしはディーヴァを、青い惑星を破壊する!
ヴリトラの中でシヴァは哄笑した。
ヴリトラは降下する。艦隊には目もくれず。ひたすら青い惑星の地表を眼差して。
――惑星の地表を地獄に変えてやる! 雷で総ての命を奪い、核を吸い尽くし、惑星を崩壊させてやる!
シヴァは気がついていなかった。アスラのかたちとなった自分の中に、未だ小さな人の心が残っていることを――」
欲望、自信、自己顕示――それらは、アスラにとっては、理解することのできない理外の理≠セった。アスラと、ディーヴァ、二つが一つになって創られた――それこそが、人の心だった。人の心が生み出す感情だった。
それがシヴァの破滅を呼んだ――。
ヴリトラの体内に澱む赤黒いものに、青い惑星の色が、徐々にその半透明の体表を透って侵食していく。ゆっくりと、しかし確実にヴリトラの体内は青く染まっていった。
シヴァは、自分が青い惑星に近づきすぎたのだ、と悟った。が――、もう遅かった――。
三体のヴリトラの体は、一斉に青い輝きを宇宙空間に放った。
眼もくらむ光輝が空間に閃き、ヴィシュヌ銀河を閃光が駆け巡る。
わずか数秒のできごとだった。
そして、聖なる戦いはその幕を下ろし、虚無の時は終わりを告げた。
6 聖告
アモーガ・シッディの戦艦ラージャナの艦橋に、七人の人間がたたずんでいる。
情報スクリーンの中に、クリシュナがいる。ヴリトラにのみこまれたはずの――、フードをとり、長い金髪を見せる彼の顔は、中性的で、まるで神の姿を写した彫刻のような印象を七人に与えていた。その眼差しは優しく、その瞳には、一つの宇宙を隠しているかのような、底の無い深みがあった。彼のまわりを、その深さと同じくらいの青がとりまいている。
「ヴリトラに呑みこまれ、この身体を失った時、総ての記憶が戻りました。わたしはディーヴァ。アスラとは正反対のもの。アスラとは相容れないもの――」
ルシャナが前髪をかきあげる。眼鏡の奥の眼は知性の輝きが溢れている。
ア・ミターバは、ドゥルガー、いやサティーの肩を抱き、彼女は彼の掌を求め、指を絡めている。
「この銀河が形成される前、ここにあったのはアスラとディーヴァだけでした。あの二つの惑星は、惑星のかたちをしていますが惑星ではありません。人のかたちをしていましたが、わたしが人ではなかったように。青い惑星、あれはディーヴァです。また同時に、わたしもディーヴァなのです」
アモーガは、静かに、畏敬の念をもってクリシュナのことを見つめている。
ラトナはもう迷っていない。自分の眼が見ていることは、総て信用できた。
「あなた方、人の中にもディーヴァはあります。しかし、同じようにアスラもあります。相容れないディーヴァとアスラが一つになって、あなた方人の中に、もう一つの小さな宇宙をつくりました――心という名前の宇宙を……」
アクショーは、初めて見る神の姿に感動し、溜息ばかり吐いている。
マータリは腕を組んで、微笑みながらクリシュナの顔を見つめている。
「ディーヴァとアスラの争いは、回避することができません。しかし、永く、ディーヴァがアスラを抑えてきました。この戦いに勝利はありません。どちらかが消減した時、勝ったもう片方も存在することはできなくなるからです。これは決められた法則です。そして、片方の抑制によって、一時的な調和がおとずれます。しかし、抑制は、いつかは破られます。そしてまた、争いがはじまるのです」
「私達は、何故ここに導かれたのでしょう」自問するようにルシャナが言う。
「あなた方は、自身は気がついてはいなかったでしょうが――みな、強いディーヴァをもっているのですよ」
七人は、自分の隣りにいる者達の顔を見た。みんな不思議そうな顔をしている。
「その、あなた方の心の中のディーヴァの強さが、シヴァの中に些細な人の心を残させ、彼はアスラとともに自減することになったのです。ところで、紫苑、その顔付きでは、わたしの声を憶えていたのでしょう。」
マータリは笑い、うなずいた。
「いいでしょう、紫苑、額の帯をとって調和の印≠、見せてください」
言われた通りマータリは、額に巻いていた飾り帯を外す。彼の額の中心に、小さな紫色のほくろがあった。
クリシュナが微笑んだ。「その印は、ディーヴァとアスラの調和を意味します。紫苑、いえ、マータリ・シュバンよ。あなたを銀河を継ぐ者と確認し、皇帝の継承を認めます」
「これは面白い。昨日の海賊が明日の皇帝か。神様も粋なことをするものだ」マータリは朗らかにそう言った。
みんなが笑った。ルシャナが、ア・ミターバとサティーが、アモーガとラトナとアクショーが、新しい皇帝を心から祝福している。
マータリは自分の前途を祝してくれる伸間達の姿を眺め、口調を改めてクリシュナに言った。
「アスラを抑える力をもつ仲間達は、すでにわたくしのそばにおります。ディーヴァよ、お任せください。」
その言葉が終わるのと同時に、情報スクリーンの中のディーヴァの姿がゆっくりと薄れはじめた。
そして、神のもつ慈愛に溢れた瞳の光だけが、最後までそこに残っていたが、やがてそれも静かに消えていった。
[#改ページ]
終章
世界は巡る。銀河は廻る。
何度も、何度も。繰り返し、繰り返し。
人は生まれ、人は死ぬ。
何度も、何度でも。繰り返す、繰り返す。
銀河は新しい時代に向けて動きはじめていた。
[#地付き]〔了〕
[#改ページ]
底本:ディーヴァ・ファンブック
昭和六十二年八月二十日 初版発行
著 者――マイクロデザイン
発行者――塚本慶一郎
発行所――株式会社ビジネス・アスキー
編 集――アスキー出版局エム・アイ・エー出版事業部
印刷所――共同印刷株式会社
制 作――株式会社帆風
[#地付き]〔底本奥付より〕
[#改ページ]
このテキストは底本の一部をOCRで読み込み、目視校正しながら青空文庫テキストビューア用に編集したものです。
口絵、挿絵も同様に底本より読み込み加工しました。
「smoopy」「ArisuViewer」にて動作確認済み。「扉〜とびら〜」は画像の表記のみHTML形式に訂正すれば問題ありません。
なお、底本で明らかに誤字脱字と思われる箇所は訂正してあります。(後述)
■底本での誤字脱字(訂正済)
P82 上段1行目
誤 … 父をたばかっかな、ミターバ……
正 … 父をたばかったな、ミターバ……
P83 上段2行目
誤 … スーラ族特有の情報信号をもつ、バイオCUPがその中核を成しているという。
正 … スーラ族特有の情報信号をもつ、バイオCPUがその中核を成しているという。
P85 上段18〜19行目
誤 … 生命までも蘇生することを可能性にしていた。
正 … 生命までも蘇生することを可能にしていた。
P86 下段7行目
誤 … ナーサティア航路は、まだ聞いているか?
正 … ナーサティア航路は、まだ開いているか?
P86 下段8行目
誤 … 環《チャクラ》≠ニは、まだ生きています
正 … 環《チャクラ》≠ヘ、まだ生きています
P86 下段15行目
誤 … 主わず声をあげていた
正 … 思わず声をあげていた
P87 下段19〜20行目
誤 … わたくしんだけ、抜け駆けするわけにもまいりますまい……
正 … わたくしだけ、抜け駆けするわけにもまいりますまい……
P90 上段21行目
誤 … 鉱石輸送艦で逃ていったことは
正 … 鉱石輸送艦で逃げていったことは
P98 下段14行目
誤 … 画面に移るクリシュナに向かって
正 … 画面に映るクリシュナに向かって
P101 上段11行目
誤 … よかった、生きてきたんだね……
正 … よかった、生きていたんだね……
P112 下段18行目
誤 … 人口有機体兵器ヴリトラが、
正 … 人工有機体兵器ヴリトラが、
P113 下段7〜8行目
誤 … 地上とのマントラーラ通信機による交信を傍受しました
正 … 地上とのマントーラ通信機による交信を傍受しました
P113 下段20〜21行目
誤 … 搭載するドライビングアーマーには、総てOMライフルを換装する
正 … 搭載するドライビングアーマーは、総てOMライフルを換装する
P114 下段1行目
誤 … アモーガ訊いた。
正 … アモーガが訊いた。
P115 上段10行目
誤 … ライナは思わず耳を塞ぎ、
正 … ラトナは思わず耳を塞ぎ、
P115 上段13〜14行目
誤 … いままでただの標的にすぎなかった。敵の艦艇・ドライビングアーマーの中にも、
正 … いままでただの標的にすぎなかった、敵の艦艇・ドライビングアーマーの中にも、
P115 上段21行目
誤 … 人間として生命を尊さというものを知っているつもりだった自分が、
正 … 人間として生命の尊さというものを知っているつもりだった自分が、
P118 上段20行目
誤 … 自分を、家族を、傷つけようにしている相手と戦い、
正 … 自分を、家族を、傷つけようとしている相手と戦い、
P127 上段7行目
誤 … 末だ小さな人の心が残っていることを――
正 … 未だ小さな人の心が残っていることを――
P128 下段11〜12行目
誤 … 「いいでしょう、紫苑、額の帯をとって調和の印!を、見せてください」
正 … 「いいでしょう、紫苑、額の帯をとって調和の印≠、見せてください」
■その他訂正箇所
・底本では『――』が一文字分の箇所がありましたが、全て二文字分で統一してあります。
■底本で気になった部分(未訂正)
・第一章7節(底本87ページ)の「オウゴンテイまぬハ、インダ。」という表記について、確かに死ぬことを「逝《ゆ》く」「去《い》ぬ」などとも言いますし、カタカナの為に誤字かどうかは不明。
ただ、皇帝の死を敬って表す場合は通常「崩御」「登霞」「お隠れになる」などとする事や、文中では陛下などの敬称もつけず客観的な発言をしている事から「シンダ」とする方が良いかも?
・台詞において、かぎ括弧をとじる前の句点(。」)は、ついている場合とついていない場合がありましたが、そのままにしてあります。