人間にはたくさんの土地が必要か
トルストイ/北垣信行訳
目 次
人間にはたくさんの土地が必要か
人間はなにで生きているか
火は放っておけば消せない
愛あるところに神もいる
解説
年譜
[#改ページ]
人間にはたくさんの土地が必要か
町の姉が田舎の妹の家へやってきた。姉のほうは町の商人《あきんど》のところへ嫁にゆき、妹のほうは村の百姓のところにかたづいていたのである。姉妹《きょうだい》で茶飲み話をしているうちに、姉は自慢話をはじめた……自分は町でどんなに気ままに身ぎれいに暮しているか、どんなに子どもたちを着かざらせ、どんなにうまい物を飲んだり食ったりしているか、どんなにしょっちゅう馬車を乗りまわしたり、散歩に出かけたり、芝居に行ったりしているかというような話を始めて、自分の町の生活を讃美しはじめたのである。
すると、妹のほうは癪にさわって、商人の暮しをけなすかたわら、自分たちの百姓暮しを持ちあげだした。
「わたしゃ、どんなことがあったって、自分の暮しをあんたの暮しと取っかえようなんて思わねえよ。わたしの暮しが派手でねえのもむりはねえさ、だってそのかわり心配ってものがねえんだもの。あんたらはそりゃちっとは身ぎれいな暮しはしているかもしれねえけんど、商《あきな》いで大儲けをするか、でなけりゃすってんてんになるかでしょう。それに、こんなことだってあるじゃねえの、きょうは金持ちであっても、あしたは窓の下に立つってことだって。そこへゆくと、わたしらの百姓仕事はもっと堅いよ。百姓の暮しむきはほそぼそとしているかわりに、長つづきするものね。金持ちにはなれなくとも、ひもじい思いはしねえしさ」
すると、姉はこんなことを言いだした。
「ひもじい思いをしないったってなにさ……豚や小牛といっしょの暮しじゃないの! いい着物が着られるじゃなし、客づきあいがあるわけでもなし! あんたのご亭主がいくらあくせく働いたところで、肥やしにまみれて暮して、肥やしにまみれて死んでゆくだけでしょう、しかも子供だって同じことよ」
「そりゃそうですよ」と妹は言うのだった。「わたしたちの仕事はそういったものよ。そのかわり暮しは堅いし、だれにも頭をさげるわけじゃなし、だれにもびくつくこともねえし。ところが、あんたたち町の人はみんな誘惑にとりかこまれて暮しているんじゃねえの。きょうはよくても、あしたはいきなり悪魔でも現われて……あんたの亭主が誘惑されて、ばくちだの、酒だの、どこかの美人なんかに凝りだすともかぎらねえじゃねえの。そうしたらおしまいよ。そういうことだって起きるじゃねえか?」
あるじのパホームは、女どもがしゃべっているのを暖炉のそばで聞いていて、こんなことを言いだした。「そりゃまったくそのとおりだ。おれたちは餓鬼のころからあの母なる大地を掘っくりけえしているからこそ、たわけた考えも思いうかばずにすんでるんだ。ただひとつ弱ったことは、土地がたりねえこった! 土地せえぞんぶんにあったら、おらあ、だれにだってびくともするこっちゃねえ、悪魔だってこわかねえぞ!」
女どもは茶を飲みおわったあとも、着物の話などしゃべりまくって、それから食器をかたづけて、床《とこ》についた。
ところが、一匹の悪魔が暖炉のかげに坐って、その話を全部聞いていたのである。彼は百姓がつい女房の亭主自慢につりこまれて、土地さえあったら悪魔がきたって虜《とりこ》になんかならねえぞなどと大きなことを言っていたので、大いに喜んで、こう考えた。
『ようし、ひとつおまえと腕くらべとゆこう。おまえに土地をうんとやって、それでおまえを虜にしてやるぞ』
百姓たちと隣あわせに、大地主とも言えない女地主が住んでいた。彼女には土地が百二十ヘクタールあった。そして昔は百姓たちとなごやかに暮して、……彼らの癪にさわるようなことは絶えてしたことがなかったものである。ところが、兵隊あがりの男が彼女の領地管理人に傭われてからというものは、その男が百姓どもを罰金で苦しめはじめたのである。パホームも、ずいぶん気をつけていたつもりでも、馬が地主の燕麦畑に踏みこんだり、牛が庭園に迷いこんだり、小牛が草場へはしりこんだりしては……いちいちそれを理由に罰金を取られていたのである。
パホームは罰金を取られるたびに家の者に八つあたりして、その管理人のおかげで夏の間にずいぶん罪つくりなことをしてしまった。だから、家畜の小屋入れの時期がきたときは、ほんとうにうれしかったものである……飼料は惜しかったけれども、びくびくせずにいられたからである。
冬になって女地主が土地を売りに出し、街道のてまえの土地を屋敷番が買いとろうとしているという噂が立った。百姓たちはそれを耳にすると嘆息をもらした。
「土地が屋敷番の手にはいりでもしたら、あの野郎、奥さんよりひでえ罰金でいじめだすにちげえねえ。おれたちはあの土地がなくては暮しちゃゆけねえ。おれたちはみんな、土地といっしょなんだからな」と思ったのである。百姓どもは一団となって女地主の屋敷へ出むいて、屋敷番などには売らないで自分たちにゆずってくれるようにと嘆願した。そして屋敷番より高く買うからと約束した。女地主は承知してくれた。百姓たちは村組合でその土地をそっくり買いとる気になって一回、二回と寄りあいをしたが、……うまく話しあいがつかなかった。悪魔が仲間割れさせたため、どうしても意見がまとまらなかったのである。で、百姓どもはひとりひとりべつべつに、力のおよぶ範囲内で買いとることにした。女地主はこれにも同意してくれた。パホームは、隣の家が女地主から土地を二十ヘクタール買い取り、奥さんが半金を幾年かの分割払いにしてくれたことを聞きこむと、うらやましくなり、『みんなが土地を全部買いしめちまったら、おれだけがなんにも持たずじまいになるぞ』と思って、女房と相談しはじめた。
「みんな土地を買ってるんだ。うちでも十ヘクタールぐれえは買わねばなるめえ。でねえと、食っていけねえことになるでな。それに、管理人の罰金にもほとほとまいっちまったからな」
ふたりは買う方法について頭をひねった。わきへ寄せておいた金が百ルーブリほどあったし、それに小馬を一頭売ったり、蜜蜂を半分ほど売りはらったり、むすこを作男に出すことにしてその手間賃の前借りをしたり、その上、義理の兄弟から借金をしたりして、半金ばかり集めた。
パホームは金を集めると、林つきの十五ヘクタールの土地を選んで、奥さんのところへ値段のかけあいに出かけた。そして、十五ヘクタールの土地を値切って買って、手をうち、手金を渡した。それから、ふたりは町へ出ていって、不動産証券の受け渡しをすまし、パホームは半金を渡して、あとは二年以内に支払うことにした。
こうしてパホームは土地持ちになった。そして種を借りて、買いとった土地にまいた。作物の出来はよかった。で、一年の間に、奥さんにも義理の兄弟にも、借金は残らず返してしまった。こうして、パホームは地主になったわけである。自分の土地を耕して種をまき、自分の土地の草を刈り、自分の土地から丸太を切り出し、自分の土地で家畜を飼うといったぐあいだった。
パホームは、自分の末代まで使用できる土地を耕したり、芽の出かたや草場を見たりしに来るたびに、うれしくてたまらなかった。自分の土地では草もよそのとはちがった生いそだちかたをし、花もちがった咲きかたをしているような気がした。前にもよくこの土地を馬車で通ったものだが、……そのころはただの土地にすぎなかった。それがいまでは、もうまるっきり特別な土地になってしまったのである。
こんなふうにしてパホームは悦に入りながら暮していた。だから、近所の百姓がパホームの作物や草場を荒しはじめさえしなかったら、万事申し分ない生活だった。彼はものやわらかに頼んでもみたが、依然としてやめる様子もなく、しょっちゅう牛飼いが牛を草場へ放ったり、夜間放牧帰りの馬が穀物畑へ踏みこんだりしていた。が、パホームは牛や馬を追いはらうくらいにとどめて、大目に見てやり、依然として裁判沙汰にもせずにおいた。が、しかしそのうちほとほと閉口《へいこう》してしまい、とうとう郡裁判所へ訴えて出た。百姓どもがそういったことをするのは土地が狭いからであって、故意にやっているのでないことは承知の上だったけれども、『いつまでもこうして大目にみてやってるわけにゃいかねえ。やつらはああやってなにからなにまで荒しちまうにちげえねえからな。ちったあ懲《こら》しめてやらねば』と思ったからである。
こうして彼は裁判で一度懲し、二度懲すというふうにして、ひとり、ふたりと、罰金を徴収していった。そのため、近所の百姓どもはパホームに恨みをいだきはじめ、今度はわざと畑を荒しだした。なかには、よる夜なか林のなかへ忍びこんで、菩提樹《ぼだいじゅ》の皮ひもをとるのに菩提樹を十本も切り倒してしまった百姓もいた。パホームが林のなかを突っ切ろうとして、……見ると、何やら白く見えるものがある。近づいてみると、……皮を剥いだ菩提樹の枝が何本もあちこちに投げちらしてあって、その切り株がにょきにょき突き出ているのだった。せめて灌木林の端のほうでも切り取って、一本でも残しておいてくれればよいものを、悪党め、つぎからつぎへと、一本のこらず切りはらってしまっていたのである。
パホームはかあっとなって、『畜生め、どこのどいつがやりやがったのか、探りだして、きっとそいつにしかえしをしてやるからな』と思った。そして、だれの仕業《しわざ》だろうと考えに考えた末、『セームカ以外のだれでもねえ』と思って、セームカの家へ行ってさがしてみたが、なにひとつ見つからず、ただ口喧嘩をしてきたにすぎなかった。で、パホームはいよいよもって、セミョーンの仕業にちがいないと思いこむようになった。彼は訴訟の手続きをとり、ふたりは裁判所に呼び出された。そして、長い取り調べの結果、百姓は無罪ということになった。犯証があがらなかったのである。パホームはますます腹が立ってきて、村長や判事たちとがみがみやりあったあげく、こんなことを言ってしまった。「おまえさんらは泥棒のほうに味方しているじゃねえか。自分がまっとうな暮しをしていたら、泥棒を無罪にするなんてできるわけのもんじゃねえ」
こうしてパホームは判事たちとも、近所の者とも、喧嘩をし、近所の者から火をつけてやるぞなどとおどかされはじめた。というわけで、パホームは地所こそ前より広くなったけれども、世間のほうは狭く暮すようになったわけなのである。
ちょうどその頃、みんながあたらしい土地へ移住しようとしているという噂が立った。パホームはこう考えた。『おれ自身は自分の土地を離れてゆかねばなんねえこともねえわけだが、ここでもしこの土地の者がゆくことにでもなれば、おれたちの土地ももっと広くなるわけだ。そうしたらその連中の土地を買い取って、自分の地所のなかに入れることにすべえ。そうすれば、いまより暮しよくなるにちげえねえ。でねえと、やっぱし窮屈だもんな』
ある日パホームが家にいたところへ、旅の百姓がひとり寄っていったことがあった。うちの者が百姓を家へ入れて泊めてやり、御馳走してやっていろいろ話しこむうちに、……どこから来たのかと聞いてみると、ヴォルガのむこうの下《しも》のほうからきた、そこで働いてきたのだとのこと。百姓が話しつぐうちに、その土地へ移住しようとしている者が大分いるという話も出た。その話では、仲間の者がそこに住みつくと、組合に加入させられ、土地を頭割り十ヘクタールずつ分け与えられるとのことだった。それに、その土地がまたすばらしい土地で、燕麦をまけば馬の首も見えなくなるほどの伸び方だし、五握りで一束になるくらいの繁茂のしかただそうで、百姓のなかにはまったくの素寒貧《すかんぴん》で、空手でやってきたのに、いまでは馬六頭に牛を二頭も持っている者もいるという話だった。
パホームの心は燃え立った。そして、『そんなけっこうな暮しができるっていうのに、なにもこんな狭っくるしい土地で貧乏暮しをするこたあねえ。ここの土地も家屋敷も売りはらって、その金でそこに家を建てて農園を開くことにすべえ。こんな狭いところにいたら、罪をつくるだけだ。それにしても、自分で行って、なにもかも調べて来ねばなんねえな』と思った。
で、彼はその夏に旅支度をして、出かけた。サマーラまでヴォルガを汽船でくだり、それから徒歩で四百キロほど歩いて、目的地に着いた。何から何まで話のとおりだった。百姓たちの暮しはゆったりしたもので、ひとり当り十ヘクタールずつ土地が割りあてられ、組合にもよろこんで入れてくれる。それに、金さえ持っていれば、分け与えられた土地以外に、一等地を三ルーブリずつで、いくらでもほしいだけ買って、永久所有地にしてかまわない。要するに、いくらでも買えるのだ! パホームはすっかり調べあげた上で、秋も間近な頃家へ帰り、持ち物をぜんぶ売りはじめた。そして、儲けを見こんで土地を売り、家屋敷も売り、家畜も一頭のこらず売りはらい、組合から籍をぬいて、春をまって、一家をあげてあたらしい土地へと発っていった。
家族ともどもあたらしい土地にやってくると、パホームは大きな村の組合に加入した。そして年寄り連中に酒をふるまって、書類を全部とりそろえた。こうしてパホームは入植を許され、家族五人分として、牧場は別にしていろんな畑の分与地五十ヘクタールの分け前を受けた。パホームは家を建て、家畜を飼いだした。彼の土地はひとり頭、前の三倍になった。しかも、土地はよく肥えていた。で、暮しは前とくらべて十倍もよくなった。耕地も飼料も十分だし、家畜は好きなだけ飼えた。
初め、家を建てて設備をととのえていたころは、パホームはこれでいいような気がしていたが、いざ住み馴れると……その土地でも狭いような感じがしてきた。一年目にパホームが頭割りの土地に小麦をまいてみたところが、出来はすこぶるよかった。で、小麦をまいてみたくてたまらなくなったが、頭割りの土地ではたりない。それに、土地はあっても、たいてい小麦には適しなかったのである。小麦を、土地の者は羽茅《はねがや》の生えた土地か休閑地にまいていた。そして、二年まいたら、また羽茅が生えるまで遊ばしておくのである。しかも、そういう土地を望む者が多くて、全部の者にはゆき渡らない。そんなわけで、ここでもやはりそういう土地がもとで紛争が絶えなかった。裕福な者は自分で種をまきたがるが、貧乏人は商人に地代を取って貸していた。パホームはもうすこし多くまきたくなって、その翌年は商人のところへ行って、一年契約で土地を借りた。そして、すこし多めに種をまいてみたところが、出来はやはりよかった。ただ、そこは村から遠くて、物を十五キロも運ばなければならなかった。見れば……その近在では商人を兼ねた百姓が所有地つきの独立農家に暮していて、どんどん富んでいっている。『あんなぐあいに土地を永久に買いとって、所有地つきの独立農家がこしれえられたら、こんなええことはねえんだがな。なにもかもまわりにあることになるからな』とパホームは思った。で、彼は、どうしたら土地を永久に買いとれるかと、思案をめぐらしはじめた。
こんなふうにしてパホームは三年間を過ごし、土地を借りては小麦をまいていた。毎年豊作で、小麦はよくでき、遊んでいる金もたまってきた。パホームは暮しには困らなかったが、毎年人の土地を借りて土地のことで駆けずりまわるのがおもしろくなかった。どこかにいい土地があるとなると、たちまち百姓が飛びついていって、のこらず買いきってしまう。だから、借りるのが間にあわなければ、まくべき土地がないことになるわけだ。三年目に商人と半分ずつ、百姓から牧場を借りたものの、百姓たちに訴訟を起こされたために、せっかくの骨折りが突然むだになってしまった。で、彼は、『自分の土地があったら、だれにも頭をさげずにすむし、まちげえも起きねえんだがなあ』と思った。
そこでパホームは、どこやら永久に自分のものとして土地が買えないものかと、物色しはじめた。すると、ある百姓にめぐりあった。その百姓は五百ヘクタールほど土地を買っていたのだが、破産したので、それを安く手離そうとしていたのである。パホームはその男と話をつけにかかった。話しあいを重ねたあげく、千ルーブリということで話がまとまって、半金は待ってもらうことにした。こうして話がもうすっかりまとまりかけたところへ、たまたまパホームの家に旅の商人が馬の餌を買いに立ち寄ったことがあった。ふたりはお茶を飲みながらよもやま話をはじめた。商人の話では遠方のバシキール人の国からやってきたとのことで、そこでバシキール人から地所を五千ヘクタールほど買いとったのだが、ぜんぶで千ルーブリだったという話だった。パホームは根掘り葉掘り聞きはじめた。すると、商人はこう語った。「ただ年寄り連中を喜ばしてやっただけでさあ。部屋着だの敷物だのを百ルーブリがとこと、それにお茶を一箱みんなに分けてやり、飲める者には少々ふるまってやって、一ヘクタールあたり二コペイカで買いとったわけですよ」そして不動産証書を見せてくれた。「土地は川ぞいにありましてな、全部、羽茅《はねがや》の生えた草原なんです」とも言っていた。パホームはさらに、何を、どういうふうにしてと、いろいろ聞きだしにかかった。
「あそこの土地ときたら」と商人は言っていた。「一年かけたってまわりきれないくらいです。それが全部バシキール人のものなんですからな。連中ときたら羊みたいに薄ばかですから、土地なんざ、ただみたいに手にはいりますよ」
『そんなら』とパホームは思った。『なにも五百ヘクタールの土地を千ルーブリで買って、借金まで背負いこむこたあねえや。そこだら、千ルーブリでどれくれえ土地が持てるかしれねえんだもんな!』
パホームはそこまでゆく道順をくわしく聞いておいて、商人《あきんど》を送りだすと早々に、自分で出かける用意をはじめた。そして、家のほうは女房にまかせて、自分は作男と仕度をして出かけた。ふたりは町へ寄って、なにもかも商人が教えてくれたとおりに、お茶一箱とみやげと酒を買いこんだ。そして馬車でどんどんゆくうち、五百キロほど踏破して行って、七昼夜めにバシキール人の遊牧地域に着いた。
何から何までバシキール人の商人が話していたとおりだった。人はみな、川にのぞんだ大草原に、フェルト製の天幕のなかで暮していた。彼らは自分では土地を耕さず、また穀類というものを食べない。大草原には家畜や馬が群れをなして歩いている。天幕のかげには仔馬がつないであって、彼らはそこへ日に二回母親の馬を追いこんできて、その雌馬の乳をしぼって、それで馬乳酒をこしらえている。女どもは馬乳を攪拌《かくはん》してチーズをつくっているが、男どもは馬乳酒やお茶を飲んだり羊肉を食べたり笛を吹いたりすることしか知らない。みんな肥えてつやつやしていて、陽気で、夏じゅうぶらぶら遊んでいる。まったく無知|蒙昧《もうまい》な民族で、ロシア語も知らないが、愛想はよかった。
バシキール人はパホームを見かけると、天幕から出てきて、たちまち客をとり巻いてしまった。通訳が見つかったので、その通訳にパホームが地所のことで来たむねを告げると、バシキール人たちは喜んでパホームを抱きあげるようにして立派な天幕へ案内し、毛氈《もうせん》の上に坐らせて、尻の下に羽根蒲団をあてがってやり、そのまわりに車座になって、茶や馬乳でもてなしにかかった。それに、羊を屠《ほふ》って、羊肉も食べさせてくれた。パホームはバシキール人にみやげを進呈し、茶もめいめいに分けてやった。バシキール人たちはほくほくだった。そして、自分らだけで何やらぼそぼそ話しあった末、通訳にこう言わせた。
「こう言ってくれということです」と通訳は言った。「みんなはあんたが気に入った。それに、わたしどもには、お客にあらゆる歓待をしてやって、戴いたおみやげにお返しをするならわしがある。あんたはわたしどもにおみやげをくださったのだから、今度はわたしどもの持っているものであんたに気にいったものがあったら、さしあげたいから、言ってくれとのことです」
「わたしにいちばん気に入ったのはあんたがたの土地です」とパホームは言った。「わしらの国は狭い上に、土地がやせていますが、あんたがたは土地をうんと持っているし、しかもけっこうな土地ばかりです。わしはこんな土地は見たこともねえです」
通訳がそう伝えると、バシキール人たちは長いことかけて相談をしていた。パホームには彼らがなにを話しているのかはわからなかったが、見れば、彼らは愉快そうにして、何やらわめいたり、笑ったりしている。が、やがてしいんと静まってパホームに目をそそいだかと思うと、通訳がこう言った。
「みんなはあんたに、厚い情けのお返しとして喜んで好きなだけの土地をあげたいから、そう言ってくれとのことです。手でどこの土地をとさししめしてくださりさえすれば……それがあんたのものになるわけです」
彼らはさらに相談をすすめるうちに、何やら口論をはじめた。パホームが、なんのことで口論をしているのかと聞いてみると、通訳が言うには、
「土地のことは酋長《しゅうちょう》にうかがいをたてなければならない、酋長がいないのにそんなことをしてはならないという者もいるし、いや、酋長がいなくたってかまわないという者もいるのです」ということだった。
バシキール人たちが議論をしていたところへ、突然きつね皮の帽子をかぶった男がやってきた。一同、ぴたりと口をとざして、立ちあがった。通訳が「この人が酋長《しゅうちょう》です」と言ったので、パホームはさっそく一番立派な部屋着を取りだし、さらに五フントの茶をそえて酋長にさし出した。酋長はそれを受け取ると、一番の上座に坐った。すると、バシキール人たちはすぐさま彼に何やら話しだした。酋長はしばらく耳を傾けていたが、頷いて彼らを黙らせると、パホームにロシア語でこう話しかけてきた。
「よろしい、かまいません。気に入った場所をお取んなさい。土地はいくらでもあります」
『好きなだけ取ってええなんて、たまげたな』とパホームは思った。『なんとかして所有権の保証をしてもらわねばなんねえぞ。でねえと、むこうはおまえのもんだなんて言っておきながら、あとで取りあげちまうかも知んねえからな』
「ご親切なお言葉、ありがとうございます。あんたはたくさん土地を持っておられるが、わしに入り用なのはほんのすこしです。それに、わしが知りてえのは、どこからどこまでの土地がわしのものになるかちゅうことだけです。やっぱりなにかの方法で土地を測って、わしの分の所有権の保証をしてもらわねばなりません。でねえと、人ってものはいつ死ぬかも知んねえから、あんたがたはええ人たちで、わたしにくださったとしても、あんたがたの子供さんに取りけえされねえもんでもねえからね」
「もっともです」と酋長は言った。「所有権の保証をしてもいいんですよ」
そこで、パホームはこう言いだした。
「わしはこういう話を聞いたんですがね。あんたがたのとこへ商人《あきんど》が来たでしょう。あんたがたはその男にも土地をやって、不動産証書をこしれえてやったちゅう話ですが、わしもやはりそんなふうにお願えしてえんです」
酋長はなにもかも了解してくれて、
「そういうことならなんでもしてあげられますよ」と言った。「こちらには書記もおりますから、町へいっしょに行って、署名捺印もしてあげましょう」
「そうしますと、値段のほうはどういうことになりますかね?」
「わしらのところでは値段はひとつしかありません。一日千ルーブリということになっております」
パホームにはその意味がのみこめなかった。
「それはいったいどういう尺度《しゃくど》なんです……一日っちゅうのは? 何ヘクタールっちゅうことになるんです?」
「わしらにはそういう数えかたはできないんです。一日いくらで売っているのです。一日に歩いてまわった分だけさしあげる、そして、一日の値段が千ルーブリというわけです」
パホームが怪訝《けげん》に思って、
「そいつは、一日にまわるとなれば、ずいぶんまわれるんじゃねえんですかね」と言った。
すると酋長は笑いだして、
「それが全部、あんたのものになるわけですよ」と言った。「ただひとつだけ条件があります。もし一日のうちに歩きだした場所へもどって来られなかったら、あんたの金はふいになるということです」
「じゃ、わしが歩いた所は、どうやって印《いるし》をつけていくんです?」とパホームは言った。
「わしらは、あんたが選んだ場所へ行って立っていることにしますから、あんたは歩いてまわりなさい。それからシャベルを持っていって、必要と思う所に印をつけて、その角々に穴を掘って芝土をおきなさい、そしたらあとからわしらが穴から穴へと鋤《すき》を入れてゆきますから。どういうふうにでも好きなようにまわっていいわけですが、ただ日が沈むまでに、歩きだした地点へ着かなければなりません。まわった土地は全部あんたのものになるわけです」
パホームは喜んだ。一同は朝はやく出かけることにした。そして、雑談をかわし、もっと馬乳酒を飲み、羊肉を食べ、さらにお茶も存分に飲んだ。それはもう夜もふけようとする刻限だった。みんなは、あしたは夜明けとともに仕度をして、日の出前にその場所へ出かけようと約束した。
パホームは羽根蒲団に横にはなったが、眠れずに、のべつ土地のことばかり考えていた。『でっけえ原っぱをつかみとってやるぞ。一日に五十キロぐれえまわることにすべえ。いまは一日が一年みてえに日がなげえときだ。五十キロっちゅうと、どれくれえの地所になるかな! ちっとでも悪い土地は売るか、でなければ百姓を入れることにして、気に入った土地だけ選びとって、そこへでんと腰を据えることにするんだな。それから、鋤をひく雄牛を二頭用意して、作男をふたり傭ってな、五千ヘクタールだけ耕して、あとの土地で家畜を育てるっちゅう寸法だ』
パホームは一晩じゅう寝入らず、夜明け前にとろとろしたきりだった。それもとろとろとしただけで、夢を見ていたのである。こんな夢だった。そのおなじ天幕に横になっていると、外でだれかがわっはははと笑っているのが聞こえてくる。で、笑っているのはだれなのか見たいと思って、天幕から起き出て、見ると、ほかならぬバシキールの酋長が天幕を前にして坐って、両手で腹をかかえて、転げるようにして何やら、わっはは、わっははと笑っているのである。で、そばへ行って、「何を笑ってるんです?」と聞くと、それがいつの間にかバシキールの酋長ではなくて、彼の家へ立ち寄って地所の話をしていったこの間の商人になっているのだ。で、商人に、「いつからここへ来ていたんだね?」と聞いたかと思うと、とたんにそれがもう商人ではなくて、例の、前に下《しも》のほうからやってきた百姓になっている。さらにその夢では、それが今度は百姓ではなくて、悪魔になっていて、角《つの》と蹄をはやして、坐って、大笑いしているその前に、はだしでルバーシカとズボン下だけの男が横になっている。で、パホームが、いったい何者だろうとつくづく見ると、それは死人で、しかも自分自身なのだ。パホームはぞうっとして、いっぺんに目をさましてしまった。そして、目がさめてから、『なんでも夢になるもんだわい』と思った。ふりかえって、あけはなった戸口を見ると、はやくもあたりは白みかけて、明るくなろうとしている。『みんなを起こさねばなんねえ。出かける時間だ』こう思って、パホームは旅行馬車のなかの作男を起こして、馬をつけておくように言いつけると、バシキール人たちを起こしにいった。
「草原へ行って地面を測らねばなんねえ時間だよ」
と言うと、バシキール人たちも起きだしてきて、全員集合し、酋長もやって来た。バシキール人たちはまた馬乳を飲みだし、パホームに茶を御馳走しようとしたが、彼は待っていられなくなって、
「行くんなら行くべえ」と言った。「もう時間だ」
バシキール人は仕度が終わると、ある者は馬に乗り、ある者は旅行馬車に乗りこんで、出かけた。パホームと作男は自分の小型の旅行馬車で出かけ、シャベルを持っていった。やがて草原に着いた。いままさに朝焼けになろうとしているところである。一同は丘を、つまりバシキール語でいうシハンを登りきると、旅行馬車から出たり馬からおりたりして、一団となった。酋長はパホームのそばへ歩み寄ると、手で指さしてこう言った。
「ここは全部、見わたすかぎり、わしらの土地です。好きな所をお選《よ》んなさい」
パホームの目はらんらんとかがやきだした。土地はどこからどこまで、羽茅《はねがや》の生えている土地で、手のひらのように平らで、けしの実のように黒く、窪地になっているところにはいろんな雑草が生えていて、その草の丈は胸まであった。
酋長はきつね皮の帽子をぬいで地面においてから、こう言った。
「さあ、これを目じるしにしましょう。ここから歩きだして、ここへ帰ってくるんです。まわった土地は全部あんたのものになるわけです」
パホームは金を取りだして帽子の上におくと、百姓外套をぬいで胴着だけになり、帯を腹の下へすこしきつく締めなおして、パンのはいった袋をふところに入れ、水のはいっている水筒を帯にゆわえつけて、長ぐつの胴を引っぱりあげ、シャベルを作男から受け取って、歩く用意をした。それから、どっちのほうへむかって行ったものかと、しばらく考えていた……というのは、いたるところ、いい土地ばかりだったからである。そして、どっちへいってもおんなじなら、太陽の昇るほうへむかって歩きだすべえ、と思った。そうして、顔を日の出るほうへむけて立ち、からだを動かして凝《こ》りをとり、太陽が地の果てから姿を現わすのを待っていた。彼は、時間を全然むだにしねえことだな、涼しいうちに歩いたほうが楽だからな、とも考えた。地の果てから太陽がぬっと出るがはやいか、パホームはシャベルを肩に投げあげて、草原のなかへ歩きだした。
パホームは速くもなければのろくもなく、歩きだした。一キロほど行ったところで足をとめると、穴を掘って、よく目につくように、芝土を重ねるようにおいて、それからまた先へ歩きだした。そして、からだの凝りもとれだしたので、歩度も増しはじめた。彼はもっと行ったところで、さらにもう一つ穴を掘った。
パホームはふりかえって見た。太陽の光をうけて丘がよく見える。そこにはみんなが立っているし、旅行馬車の車輪の鉄の輪もきらきら光っている。パホームの見当では、五キロは歩いた勘定である。彼はからだが熱くなってきたので、胴着をぬいで肩に投げかけて、さらに先へと歩きだした。暖かくなってきた。太陽に目をやってみると……もう朝食の時間だ。
『これで一区切りはすんだわけだが』とパホームは考えた。『一日に四区切りという勘定だとすると、まだ曲がるのは早いな。長靴ぐれえはぬぐことにすべえ』で、彼は腰をおろして長靴をぬぐと、それを帯につけて、先へと歩きだした。『あと五キロばかりゆくことにして、それから左へ曲がるんだな。地所がめっぽうええんで、捨てるのは惜しいや。先へゆけばゆくほど、よくなるんだもんな』と彼は思った。ふりかえってみると、丘はもうやっと見えるくらいだし、人もその上に蟻《あり》のように小さく黒ずんで見え、何か光っているものもやっと見えるだけである。
『さて』とパホームは考えた。『こっち側はだいぶ取ったから、ここら辺で曲がらねばなんねえぞ。汗かいて、くたびれたんで水が飲みたくなったな』
で、立ちどまって、前よりすこし大きく穴を掘って芝土をおくと、水筒をはずして、水を十分飲んでから、急に左へ曲がった。ずんずん歩いてゆくうちに、草は丈が高くなり、それに暑くもなってきた。
パホームは疲れてきた。太陽に目をやってみると……ちょうど昼飯時である。『さあて、このあたりでひと休みしなければなんねえ』とパホームは思い、立ちどまって、腰をおろした。そして、水といっしょにパンを食べたが、横にはならなかった。横になったら寝こんでしまうと思ったからである。で、ちょっと腰をおろしただけで、先へ進んだ。最初歩きだした当座は楽だった。物を食べたため、元気がついたのだ。だが、すでに暑さはひどくなってきていたし、おまけに眠気がさしてきた。それでも一時間の辛抱で一生食ってゆけるんだ、などと思いながら、なおも歩きつづけた。
彼はもうこちら側もずいぶん歩いたので、そろそろ左へ曲がろうと思って、ふと見ると……水気の多い窪地がそばまで来ていて、それを捨てるのが惜しくなった。で、こういう所だったら麻がよくできるべな、と思って、またそのまま、まっすぐ歩きだした。そして、その窪地を取りこむと、窪地のむこうに穴を掘って、第二の角を曲がった。丘のほうをふりかえると、熱気のために霞《かす》みだしてはいるが、何やら大気のなかで揺れているものがあって、靄《もや》をとおして丘の上に人影もやっと見える。『さあてと』とパホームは考えた。『これで二側《ふたがわ》を長く取ったから、この側はすこし短く取らねばなんねえぞ』
で、かれは第三の側を歩きだして、歩度を増しはじめた。太陽を見れば、……太陽はもう真南に近づいているというのに、第三の側はまだせいぜい二キロぐらいしか歩いていない。目的地までは依然としてまだ十五キロはある。『こりゃいけねえぞ。よしんば曲がった地所になったとしても、まっすぐ行って間にあわせねばなんねえ。余計な所は取りこまねえようにすべえ。地所はこれでももうだいぶ取ったんだからな』とパホームは考えて、できるだけ手ばやく穴を掘って、まっすぐ丘のほうへと方向を変えた。
パホームはまっすぐ丘のほうへむかって歩きだしたが、すでにもう辛くなってきていた。汗びっしょりだし、からだはへとへと、足は、はだしで歩いたために、切り傷だらけ、打ち傷だらけ、それに足掻くことさえできなくなってきた。ひと息入れたいところだが、駄目だ……そんなことをしていたら日没までにゆきつけない。太陽は待ってくれずに、どんどん沈んでゆく。『やれやれ、こいつはまちがえたんじゃあるめえか、あんまり取りこみすぎたんじゃねえのかな? 間にあわなかったら、どうすべえ?』と彼は思い、前方の丘と太陽を見くらべた。目的地まではまだ遠いのに、太陽は早くも地平線間近に迫っている。
パホームはそうやって歩きながらも、苦しいけれども、ますます歩度を増していった。いくら歩いても……まだまだ先は遠い。で、彼は大急ぎで駆けだした。胴着も、長靴も、水筒もほうりだし、帽子も投げ捨てて、シャベルだけ握って、それに寄りかかるようにして走った。彼は、『ああ、おれは欲ばりすぎたぞ。全部ふいにしちまった。これじゃ日が沈むまでにゆきつけやしねえ』と思った。それに、いっそういけないことには、恐怖心のために、息がつまりそうになるのだ。パホームは、駆けてゆくうちに、ルバーシカとズボン下はからだにへばりつき、口はからからになり、胸は鍛冶屋《かじや》のふいごのようにふくれ、心臓は早鐘のように打ち、足は、自分の足のように自由がきかずに……へたへたとなってしまいそうなのである。パホームは気味悪くなり、緊張のあまりくたばってしまわねばええが、と思った。
死ぬのはこわいが、立ちどまるわけにもいかない。そして、『こんなに走っておきながら、いまさら足をとめたら……馬鹿呼ばわりされるにちげえねえ』と思って、走って走って走りまくって、近くへ駆け寄ると、バシキール人が金切り声をあげたり、わあわあ騒いだりしているのが聞こえてくる、そしてその叫び声に心臓はなおいっそう熱くなってくるのだった。パホームは最後の力をふりしぼって走ったが、太陽はもう地平線に近づいて、靄《もや》のなかにはいってしまい、大きく、血のように、赤くなり、そして、いまにも沈もうとしているのだ。太陽は地平線に近づいたが、到達点ももうすぐ間近だ。パホームの目にも、もう丘の上の連中の顔が見え、手を振って彼を急《せ》きたてているが見える。地べたにおいたきつね皮の帽子も見えれば、その上の金も見え、酋長が、地べたに坐ったまま、両手で腹をかかえているのも見える。すると、パホームは夢を思いだして、『地所はうんと取ったが、神さまがその上で暮させてくれるかどうかな。ああ、おれはもうだめだ、駆けつけやしねえ』と思った。
パホームが太陽に目をやると、太陽は地面にとどき、早くも端のほうが沈みかけて、地の果てに弓形に切り取られている。パホームはあらんかぎりの力を出して速力を増し、足は、倒れないようにするのにやっと間にあう程度に繰りだされるようなありさま。パホームが丘へ駆けつけると、とたんにあたりは急に暗くなった。ふりかえってみると、すでに太陽は沈んでしまっている。パホームはあっと叫んだ。そして、『おれの骨折りもこれでむだになっちまったのか』と思って、いまにも足をとめようとしたところが、バシキール人たちがあいかわらずわあわあ喚《わめ》いているのが聞こえくる。彼はふと、下にいる自分には太陽が沈んでしまったように見えても、丘の上から見れば太陽はまだ沈んでいないのだということに気づいた。パホームは急に肩をいからして、丘の上へ駆け登っていった。丘の上はまだ明るかった。パホームが駆け登って、見れば……そこに帽子がおいてある。そして、その帽子を前にして酋長が坐ったまま、両手で腹をかかえて大笑いしているではないか。とたんにパホームは夢を思いだして、あっと叫び、足がすくんで、前のめりに倒れると同時に、両手で帽子をつかんだ。
「おお、でかしたぞ!」と酋長が叫んだ。「地所をずいぶん手に入れたじゃないか!」
が、パホームの作男が駆けつけて、彼を抱きおこそうとしたときには、口からたらたらと血が流れ出て、彼はそのままこと切れていた。
バシキール人たちは舌打ちをして、残念がった。
作男はシャベルを取りあげると、パホームに、ちょうどきっかり足から頭まではいるだけの二メートルとちょっとくらいの墓穴を掘って、彼を埋めてやった。
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人間はなにで生きているか
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われわれが死から生命に移ったのは、兄弟を愛するからであって、愛さない人は死の中にとどまっていることをわれわれは知っている。(『ヨハネの第一の書簡』第三章第十四節)
世の宝をもちながら、兄弟の乏しさを見てあわれみの心を閉じる人のうちに、どうして神の愛が住もうか? 子らよ、ことばと口先とではなく、行ないと真実とをもって愛そう。(第三章第十七、十八節)
愛は神よりのものである。愛する者は神から生まれ、神を知る。愛さない者は神を知らない。なぜなら神は愛だからである。(第四章第七、八節)
誰も神を見たものはないが、われわれが互いに愛するなら、神はわれわれのうちに住まわれる。(第四章第十二節)
神は愛である。愛をもつ者は神にとどまり、神はかれにとどまられる。(第四章第十六節)
私は神を愛するといいながら兄弟を憎むものは、いつわり者である。目で見ている兄弟を愛さない者には、見えない神を愛することができない。(第四章第二十節)
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ある靴屋が女房子供といっしょに百姓の家に間借り暮しをしていた。そして持ち家も土地もなく、靴屋仕事で暮しをたてていた。パンは高いのに手間賃が安いため、かせぐそばから食べてしまうような暮しだった。靴屋は女房と共用の毛皮外套を一着持っていたが、それも着ふるしてぼろぼろだったので、もう一年以上も前からあたらしい外套に使う羊皮を買おうと思っていた。
秋近くになって、靴屋の手もとに小金ができた。女房の金びつには三ルーブリ紙幣がしまってあったし、それに村の百姓たちに五ルーブリ二十コペイカほどの貸しもできたのだ。
で、ある日靴屋は朝から村へ外套を買いにゆく用意をはじめた。シャツの上に女房の南京木綿《なんきんもめん》の綿入れジャケツを着こみ、その上ヘラシャの裾ながの百姓外套をはおって、三ルーブリ紙幣をポケットにねじこみ、杖をこしらえて、それから腹ごしらえをして出かけた。『百姓から五ルーブリ受け取ったら、それに自分の三ルーブリをたして、毛皮外套用の羊皮を買おう』というはらだったのである。
靴屋は村へ着くと、ある百姓の家に立ち寄ったが、あるじは留守で、女房は今週中に亭主に金をとどけさせると約束こそしてくれたが、金はよこさなかった。そこでもうひとりの百姓の家へいってみたけれども、これも金はないと言って、靴の直し賃の二十コペイカしかくれなかった。そこで、靴屋は羊皮を掛けで買おうと思ったが、毛皮商は信用貸ししてくれない。
「まず現金を持ってきて、そうしてから好きなのを選《よ》るんだね、掛けとりの大変なことは骨身にこたえてるでな」と言うのである。
で、結局、靴屋はなにひとつ用がたりず、ただ百姓から直し賃の二十コペイカを受け取り、古フェルト靴に皮を張る仕事をもらっただけだった。
靴屋はくさってしまって、有り金の二十コペイカを残らずはたいてウォッカをひっかけると、毛皮外套も持たずに家路についた。朝は寒くて凍えるようだったが、一杯ひっかけたおかげで毛皮外套なしでも暖かくなった。靴屋は道をたどりながら、片方の手では杖で凍てついた土くれをたたき、もう一方の手ではフェルト靴をふりまわしふりまわし、ひとり問答をして歩いていた。
『毛皮外套なんざなくたってあったけえや。ほんの一杯ひっかけただけだが、酒がからだじゅうの血管のなかで騒いでやがる。皮の外套なんざ、いりゃしねえ。このとおり憂さも忘れているじゃねえか。おれはこういう人間なんだ! こちとらにゃなんのこともありゃしねえ! おれなんざ毛皮外套なしだってやっていけらあ。毛皮外套なんざ生涯《しょうげえ》いりゃしねえ。ただ困ったことに、女房のやつ、くよくよしだすんでなあ。まったく、いまいましいったらありゃしねえ……ひとに仕事をさせておきながら、空約束でだましやがって。待ってろってんだ。金を持って来なかったら、てめえのシャッポをひっぱいでやるからな、きっとひっぱいでやるから。それに、あれはまたなんだい? 二十コペイカずつの分割払いときやがる! 二十コペイカぽっちでいったい何ができるってんだい? まあせいぜい一杯ひっかけられるぐれえのとこじゃねえか。困ってるなんてほざきやがって。てめえは困ってるが、こちとらは困ってねえとでも言うのか? てめえは家だって家畜だって、ねえものはねえっていうのに、こちとらあ、このとおり着たきりすずめだ。てめえんちじゃパンは自家製だが、こちとらはパンを買って食っていかなきゃならねえ……どこから買うにしろ、パン代だけで週に三ルーブリは払わなきゃならねえんだ。家へ着きゃ、パンがなくなっていて……また一ルーブリ半は出してやらなきゃならねえ。だから、貸したものは返せってんだよ』
こうして靴屋が曲がり角のきわのちいさな礼拝堂に近づいて、ふと見ると、その礼拝堂の陰に何やら白いものが見える。あたりは早くもたそがれだしていた。で、靴屋には、瞳をこらして見ても、それが何なのか見当がつかない。『この辺にはあんな石はなかったはずだが。家畜かな? 家畜らしくもねえ。首は人間に似ちゃいるようだが、なんとなく白いしな。それに人間だったら、こんなとこにいるはずはねえし』
もっと近くへ寄ってみると……すっかりわかった。なんと奇妙なことではないか。生きた人間か死人かはわからないが、まさしく人間が裸で坐って、礼拝堂に寄りかかったまま身じろぎひとつせずにいるのだ。靴屋は薄気味わるくなって、こう思った。「だれかこの男を殺した上に身ぐるみ剥いだ者がいて、ここへほうりだしていったんだ。そばへ寄りでもしたら、あとでぬきさしならねえ羽目になるぞ』
そばを通りすぎて礼拝堂をまわると……男の姿は見えなくなった。礼拝堂を通りすぎて、ふりかえって見ると……男は礼拝堂からからだをはなして身動きしはじめ、どうやらじっとこちらを見ているような様子。靴屋はなお一層おじけづいてしまい、腹のなかでこんなことを考えた。
『そばへ寄ってみるか、それとも寄らずに行ってしまおうか? そばなどへ寄ったら……どんな災難にあわねえもんでもねえ。あいつめ何者なのか、わかったもんじゃねえからな。どうせ、いいことをしにこんなとこへ出てくるわけはねえ。そばへ寄って、飛びかかられて首でもしめられたが最後、逃げられっこねえからな。よしんばしめられねえまでも、おそらくかかりあうことにはなるて。あんな男、どうしようがあるかい、あんなすっ裸の男? 身ぐるみぬいで、最後の一枚までくれてやらなきゃなるめえ。くわばら、くわばら!』
こうして靴屋は足を速めた。が、すでに礼拝堂を通りすぎようとしたところで、気がとがめだした。
靴屋は路上に足をとめて、自分を相手にこう言った。
『セミョーン、おまえはいったいなんてことをしようってんだ? 人が災難にあって、死にそうだっていうのに、おまえは臆病風などふかして、そばを行きすぎようとしている。大金持になったわけでもあるめえに。お宝をもぎ取られるのがこわいのか? おい、セミョーン、よくねえぞ!』
セミョーンはくびすをかえして、その男のほうにむかって歩きだした。
セミョーンが男のそばへ寄ってよくよく見れば、それは男盛りの者で、からだには打ち傷のあとも見えず、ただ、見たところ、凍えてひどくおびえている様子。そして、もたれるようにして坐って、セミョーンに目をくれようともしないそのあんばいが、どうも、衰弱しきっていて目もあげられないらしいのである。セミョーンがすぐ近くまで寄ると、男ははっとわれにかえったようなふうで、首をまわし、目をひらいて、ちらりとセミョーンを見た。その目つきを見ただけでセミョーンはその男が気に入ってしまった。彼は地面にフェルト靴をなげだすなり、帯をとき、それをフェルト靴の上において、百姓外套をぬいだ。
「何も言うことはねえ! 着るがいい! さあ!」
セミョーンはそう言って、男の肘《ひじ》をつかんで抱きおこしにかかった。男は立ちあがった。見れば、からだはほっそりして、きれいで、手足にも傷ひとつ負っていず、それに人好きのする顔つきをしている。セミョーンはその肩に百姓外套をかけてやったが、袖に手がとおせないらしいので、手をとおしてやり、百姓外套の襟をひっぱるようにしてかきあわせて、帯をしめてやった。セミョーンはさらに自分の破れ帽子をぬいで、その裸の男にかぶせてやろうとしたが、頭がひやりとしたので、『こっちはこのとおり丸禿げなのに、この男はちぢれたこめかみの毛まで長えんだからな』と考えて、もう一度かぶった。『それよか、長靴でも履かしたほうがいい』
で、その男を坐らせて、フェルトの長靴を履かしてやった。靴屋は着物と履物をつけさせてからこう言った。
「さあこれでよかろう、兄弟。さあ、からだを動かしてあっためるがいい。こんなこたあ、みんなひとりでに片づくものだよ。歩けるかい?」
男は突っ立ったまま、好もしい目つきでセミョーンを見つめてはいるが、何ひとつ言いだせない様子。
「なんだって口をきかねえんだ? こんなとこで冬を越すわけにもいくめえ。家へ帰らなきゃあならねえ。さあ、からだが弱ってるんなら、ほら、この棒切れにすがるがいい。元気を出すんだよ!」
すると、男は歩きだした。楽々と、おくれもせずに歩きだしたのである。
ふたりが道をたどる間に、セミョーンはこう言った。
「おまえさんは、いったい、どこの者だね?」
「わたしは土地の者じゃないんです」
「土地の者なら、おれはみんな知ってるよ。つまり、どうやってこんなとこへ、あの礼拝堂の脇なんかへ来たかってんだよ?」
「それは言えません」
「さだめし、だれかにひでえ目にでもあわされたんだろう?」
「だれにもそんな目にあわされたことはありません。神さまから罰を受けたんです」
「知れたこと、万事神さまのおぼしめしだあな。それにしてもおまえさんはどこかに身を落ちつけなきゃなるめえ。どこか行くあてでもあるのかい?」
「わたしはどこへ行ってもいいんです」
セミョーンは驚いた。ならず者らしくもなければ、物言いもおだやかなのに、自分のことは語ろうともしないのだ。で、セミョーンは、『人生、どんなことでも起きるものだ』と思って、男にこう言った。
「どうだい、おれの家へ寄っていかねえか、ちょっと道草を食うことになるけどな」
セミョーンが家のほうへ歩みを運ぶにつれて、そのよそ者もおくれないように肩を並べるようにして歩いてくる。風が吹き起こって肌着のなかに吹きこむので、セミョーンは酔いがさめはじめ、ぞくぞくしだした。彼は歩きながら、ときどき鼻水をすすり、女房のジャケツの襟をかきあわせては、こんなことを考えていた。『とんだ毛皮外套になっちまったわい。毛皮外套の算段に出かけたのに、百姓外套も着ずに帰るなんて。おまけに裸ん坊まで連れてさ。これじゃマトリョーナもほめちゃくれめえ』
考えがマトリョーナにおよぶと、セミョーンは気がふさいできた。が、それでも連れのよそ者に目をくれると、その男が礼拝堂の陰で自分を見たときの目つきが思い出されて、なんとなく胸がおどるような気持になるのだった。
セミョーンの女房ははやばやと仕事を片づけてしまっていた。薪も割り、水も汲んで来、子供らにも食べさせ、自分もちょっとつまんだところで、物思いに耽《ふけ》りだした。パンはいつ焼こう、きょうにしようか、あすにしようか? まだ大きいのがひと切れ残っていたっけ、などと思案をはじめたのである。
『ひょっとしてうちの人が外で昼御飯を食べてくるようだったら、夕御飯はあんまり食べないだろうから、あすのパンはたりるわけだし』
マトリョーナはパンをいじくりながらこう考えていた。
『きょうパンを焼くことは見合わせよう。粉にしたってせいぜい一回焼く分ぐらいしか残っていないんだから。金曜日までもたすことにしよう』
マトリョーナはパンをしまうと、テーブルのそばに坐って、夫のシャツのつぎ当てにかかった。マトリョーナは針を運びながら、夫のことを、夫が毛皮外套用の羊皮を買ってくるところなどを、思いうかべていた。
『毛皮商にだまされなければいいが。なにしろ、うちの人ときたら、それこそ大のお人好しだから。自分のほうはだれひとり人をだましたこともないっていうのに、人からはちっちゃな子供にだっていっぱいくわされるくらいの人だもの。八ルーブリと言やあ、ちょっとやそっとの金じゃないものね。けっこう立派な毛皮外套ができるわ。たとえなめし皮とまではいかなくとも、やっぱり毛皮外套にはちがいないんだからね。去年の冬は毛皮外套がないばっかりに、どんなにつらい思いをしたことか! 川へ水汲みに出ることも、どこへ行くこともできなくて。それどころか、現に今もあの人は外出するのにありったけ着こんでいったもんだから、わたしのほうは着るものもないような始末だもの。それにしても帰りがおそいわ。もう帰ってもいい刻限だけど。あの人、ほんとうに飲んだくれてるんじゃないかしら?』
マトリョーナがこう思ったとたんに、表階段の段々がきしみだして、だれかがはいってきた様子。で、マトリョーナは針を刺しこんで、玄関へ出ていった。見れば、はいってきたのは、セミョーンと、帽子もかぶらずにフェルトの長靴だけ履いたどこかの百姓のふたりづれなのだ。
たちまちマトリョーナは夫の息が酒くさいのをかぎつけてしまった。そして、『ほうら、案の定、飲んだくれてきたわ』と思った。しかも、夫が百姓外套も着ず、ジャケツ一枚きりで、手ぶらで帰ってきて、むっつりしてちぢこまっているのを見たときには、マトリョーナは胸がはりさけそうだった。『お金をありったけ飲んじまったんだわ』と彼女は思った。『どこかのならず者と飲みあるいた上に、そいつを引っぱってまできやがって』
マトリョーナが、ふたりを家のなかへ通してから自分もはいって、よく見ると、その男はよそ者で、若いやせた男で、うちの百姓外套を着ているではないか。そして百姓外套の下にはシャツも着ていないし、帽子もかぶっていないのだ。それに、はいってくるとそのまま突っ立ったきり、身動きもしなければ、目もあげないのである。マトリョーナは、これはよくない人間だよ……だってびくびくしているもの、と思った。
マトリョーナは眉をひそめると、ペチカのほうへ離れて、ふたりがどうするか見ていた。
セミョーンは帽子をぬぐと、悪気のなさそうな顔をして、板ばり腰掛けに腰をおろしてこんなことを言った。
「どうだな、マトリョーナ、夕飯《ゆうめし》の用意でもしちゃくれめえかね?」
マトリョーナはなにやらひとりでぶつぶつ言っているだけで、ペチカのそばに突っ立ったきり、動こうともせず、ふたりをかわるがわる眺めては首を振るばかり。セミョーンには女房がつむじを曲げていることはわかったが、どうしようもない。そこで、気がつかないふりをして、連れのよそ者の腕をとって言った。
「かけなよ、兄弟、夕飯にしようや」
よそ者は腰掛けに腰をおろした。
「どうなんだ、食事の仕度はしなかったのかい?」
マトリョーナはむかっ腹が立ってきた。
「仕度はしたけど、あんたの用意はしなかったよ。わたしの見るところじゃ、あんたは性根《しょうね》まで飲んじまったらしいね。毛皮外套を新調しに出かけながら、百姓外套も着ないで帰ってきた上に、どこの馬の骨ともわからない裸ん坊まで連れてきてさ。うちにはあんたたちみたいな飲んべえに食わす夕御飯なんかありゃしないよ」
「もういいよ、マトリョーナ、なにをそんなにつべこべ減らず口をたたくことがある! そんなことは、この男がどんな人かってことを聞いてからにするもんだ」
「それより、おまえさんはお金をどこへやったのか、お言いよ」
セミョーンはポケットに手を突っこんで、札《さつ》を一枚とりだして、ひろげて見せた。
「金はこれだけだ。トリーフォノフはくれなかったんだよ、あしたくれるって約束なんだ」
マトリョーナはなお一層むかっ腹が立ってきた。毛皮外套は買ってこないし、一枚きりの百姓外套はどこかの裸の男に着せてやった上に、家へ連れてまで帰ったからである。
「うちにゃ夕御飯なんかないよ。だれかれの差別なく裸の酔いどれなんぞに食わしてやるわけにゃいかないからね」
「えい、マトリョーナ、黙らねえか。まず最初に人の言うことを聞けってんだ……」
「酔いどれの馬鹿からは理屈にあったことがたんと聞けるものね。おまえさんみたいな酔っぱらいのところへ嫁に来たくなかったのも無理はないよ。おっかさんがくれた麻の反物は飲んじゃう、毛皮外套を買いに行けば、これまた飲んじゃうっていうような調子だもの」
セミョーンが女房に、自分が飲んだのは二十コペイカだけだと説明をしようにも、どこで自分がこの男に出あったかを語って聞かそうにも、マトリョーナは相手に口をはさませない。なにを言いだそうと、三言目にはもういきなりしゃべりだしているのである。その上、十年も前のことまで、洗いざらい並べたてる始末。
マトリョーナはべらべらまくしたてたあげく、セミョーンのそばへとんできて、相手の袖口をつかんだ。
「わたしの胴着を返してよ。一着だけ残っていたのに、それさえわたしから剥ぎ取って着こんじゃってるんじゃないの。ここへ出しなったら、あばた犬め、おまえなんか卒中でくたばっちゃうがいい!」
セミョーンが婦人用の胴着をぬごうとして袖が裏返ったところを、女房が引っぱったため、胴着はびりびりとほころびてしまった。マトリョーナは胴着をつかむなり、それを頭からかぶって、ドアに手をかけた。そして出て行こうとしたが、ふと足をとめた。彼女の心は柔らいできた……憎しみの気持をおさえる気になり、その人がどういう男か知りたくもなったのである。
マトリョーナは足をとめてこう言った。
「この人がもしいい人だったら、こんなふうに裸でなんかいるわけはないじゃないの。だのにシャツすら着ちゃいない。それに、もしあんたにしたって、いいことをしてきたんだったら、こんな凝ったみなりの男をどこから連れてきたのか、話してもよさそうなもんじゃないか」
「だから、これから話してやるよ。おれが歩いてくるとな、この人が礼拝堂のそばに着物も着ずに坐ったまんま、凍えちまってるところなんだ。夏でもねえのに、すっ裸なんだもんな。神さまがおれをこの人にめぐりあわせなすったわけだ、めぐりあわさなかったらこの人は死ぬところだったんだ。どうしようもねえ。人生にゃいろんなことが起こるもんだよ! で、つかまえて、着物を着せ、履物を履かせてここへ連れてきたってわけさ。ま、気を静めなよ、罪なことだぞ、マトリョーナ。おれたちも、いずれはあの世へ行く身なんだからな」
マトリョーナは食ってかかるつもりだったのに、旅人に目をやると、口をつぐんでしまった。旅人は坐っていた……長い腰掛けの端に腰をおろしたなり、身動きひとつしない。そして膝の上に手を組み、胸に首を垂れ、目もあけずに、しかめっ面のしどおしで、なにかに咽喉《のど》でも締めつけられているみたいなのである。マトリョーナが口をつぐんだところで、セミョーンはこう言った。
「マトリョーナ、おまえのなかにだって神さまがいなさらねえわけはねえだろう?」
マトリョーナはこの言葉を聞くと、もう一度旅人に目をやった。すると、とたんに彼女の怒りは解けてしまった。彼女はドアから離れ、炉ばたへ行って、夕飯の品々をとりだした。そして茶碗をテーブルの上におき、クワスをいっぱいにつぎ、もうこれっきりのパンを出してやり、ナイフやフォークも出してやって、
「さ、おあがんなさい」と言った。
セミョーンは旅人をそばへ来させた。
「こっちへ出てきな、わけえ衆」
セミョーンはパンを切り、それを細かくして、食事をとりはじめた。マトリョーナはテーブルの隅に腰をおろすと、片手で頼づえをついて、旅人を眺めていた。
するうちに、マトリョーナはその旅人がかわいそうにもなり、好もしくもなってきた。すると急に旅人も気がひきたってきたらしく、しかめっ面をやめてしまい、マトリョーナに目をあげてにっこりしてみせた。
夕飯は終わった。女房はあと片づけが終わったところで、こう聞きだした。
「あんたはいったいどこの者だね?」
「わたしは土地の者じゃないんです」
「じゃ、いったいどういうふうにしてあの道へひょっこり出てきたんだね?」
「それは言えません」
「じゃ、だれにあんたは着物を剥ぎ取られたんだえ?」
「わたしは神さまから罰を受けたんです」
「それで裸で寝ていたわけなの?」
「それで裸で寝ていて、凍えそうになっていたところを、セミョーンさんが見つけて、かわいそうに思って、百姓外套をぬいでわたしに着せてくれた上に、ここへ来るようにって言ってくれたんです。そしてここへ来ると、あなたが食べ物や飲み物をくださり、情けをかけてくださったわけです。おふたりとも神さまのお救いがありますように!」
マトリョーナは立ちあがると、窓からセミョーンの古シャツを、例のつぎを当てていたシャツをとってきて、旅人にやり、その上、ズボンも見つけてきて、くれてやった。
「さあ、これを。見たところ、おまえさんはシャツも着ていないようだ。これを着て、仮寝床なりと、ペチカの上なりと、好きな場所でおやすみ」
旅人は百姓外套をぬぐと、シャツを着て仮寝床に横になった。マトリョーナは明りを消し、百姓外套を持って夫のところへはいりこんでいった。
マトリョーナは百姓外套の裾でからだをつつんで横にはなったが、眠れなかった。ひきつづき旅人のことが頭から離れなかったのである。
あの男が最後のパン切れを食べてしまったため、あしたの食べ物がないことを思いだし、シャツとズボンをやってしまったことを思いだすと、おもしろくない気持にもなったが、また男のにっこりした顔つきを思いだすと、胸がときめきもするのだった。
長いあいだマトリョーナが寝つけずにいると、セミョーンもやはり眠れないらしく、百姓外套を自分のほうへ引っぱっている。
「あんた!」
「あ!」
「なけなしのパンをあんたたちが食べてしまったし、それにわたし焼いておかなかったんだよ。あしたの分はどうしたらいいか、わかんないわ。マラーニヤおばさんにでも頼んでみようかしら」
「生きてもゆけようし、食ってもゆけるさ」
女房は寝たまま、しばらく黙っていた。
「あの人は、見たところ、いい人間のようだけど、ただどうして身の上を明かさないんだろうね?」
「きっと、明かせねえわけでもあるんだろうさ」
「あんた」
「あ!」
「わたしたちは人に物を恵んでやってるのに、どうして人はだれもわたしたちに恵んでくれないんだろうね?」
セミョーンはどう返事をしたらいいかわからなかった。で、「くだらねえ話はよそうや」とだけ言って、寝がえりをうって、寝入ってしまった。
朝方セミョーンが目をさましたときには、子供たちはまだ眠っていたし、細君は隣ヘパンを借りに行っていた。ただ、きのうの旅人だけが、古ズボンにシャツといったかっこうで腰をかけて、上を見あげていた。その顔はきのうとは打って変わってはればれとしている。そこでセミョーンはこう言った。
「さて、若えの。腹はパンをほしがる、裸のからだは、着るものをほしがるってわけだ。人間、食ってゆかなきゃならねえ。おまえさん、どんな仕事ができるね?」
「わたしはなんにもできません」
「やってみる気さえありゃいいんだ。人間はなんでも修業さ」
「人が働く以上は、わたしだって働きますよ」
「おまえさんはなんて呼んだらいいんだね?」
「ミハイラです」
「なあおい、ミハイラ、身の上を明かしたくねえってんなら……それはおまえの勝手だが、食ってくことはしなきゃならねえ。おれが言いつけるとおりに働けば、……食わしてやるぜ」
「ありがとうございます。仕事を習います。仕事のやり方を教えてください」
セミョーンは糸をとりあげると、それを指に巻きつけて結び目をこしらえた。
「わけはねえんだ。見ていろよ……」
ミハイラはしばらく見てから、同じように糸を指に巻きつけ、すぐにそれをまねて結び目をこしらえた。
セミョーンは彼に皮の縫いあわせ方を教えた。これもやはりいっぺんにミハイラはおぼえてしまった。主人は堅糸《かたいと》の撚《よ》りこみ方も、刺し縫いの仕方も教えたが、これまたミハイラはたちまちおぼえてしまった。
セミョーンは、どんな仕事を教えようとなんでもいっぺんに覚えてしまって、三日目から仕事をはじめたが、それがまるで長いこと靴を作ってきたみたいなのである。背をのばすこともせずに働くのに、食は細い。そして、仕事の切れ目には黙って、しょっちゅう上を見あげていて、通りへ出ることもなければ、無駄口もきかず、冗談も言わなければ、笑いもしないのだ。
彼がにっこり笑ったのを見たのは、ただ一度っきり、最初の晩におかみが彼に夕御飯の仕度をしてくれた、あのときだけなのである。
日は日につぎ、週は週につづいて、はや一年がめぐってきた。ミハイラは相変わらずセミョーンの家にやっかいになって働いていた。そしてセミョーンの店の職人の評判が、このミハイラほど仕上げもきれいにじょうぶに靴をこしらえられる者はいないという評判が立って、近辺からわれもわれもとセミョーンの店へ靴を注文しに来るようになり、セミョーンの家の収入もふえはじめた。
とある冬の日のこと、セミョーンとミハイラが坐って仕事をしているところへ、鈴をつけた、三頭立ての箱橇《はこぞり》を百姓家のそばに乗りつけた人がいた。窓からのぞくと、箱橇は百姓家の向かいにとまり、若い男が御者台からとびおりて箱橇の扉をあけた。箱橇から出てきたのは毛皮外套を着た貴族だった。貴族は箱橇から出ると、セミョーンの家のほうへ歩いてきて、表階段をのぼりはじめた。マトリョーナはとび出すなり、ドアをさっとあけた。貴族は身をかがめて家のなかへはいると、からだをすっとのばしたが、頭はいまにも天井につかえそうだし、からだは部屋を全部占領しそうだった。
セミョーンは立ちあがってお辞儀をし、あっけにとられた顔つきで、貴族を見た。そんな人は見たことがなかったのだ。当のセミョーンはやせ細って筋ばっているし、ミハイラもむしろやせ形だし、マトリョーナもそれこそからからの木端《こっぱ》同然だというのに、その男ときたら……まるで別世界の人間みたいで、顔は赤ら顔であぶらぎっているし、首は牡牛の首みたいだし、からだつきは全身鉄でできているかと思われるばかりなのである。
貴族はほうっとひとつ息をはいて、毛皮外套をぬぐと、腰掛けに腰をおろしてこう言った。
「どっちがここの主人だ?」
で、セミョーンが出ていって、
「手前でございます、旦那」
と答えると、貴族は自分の従僕にむかってこう叫んだ。
「おおい、フェージカ、ここへ品物を持ってこい!」
従僕は包みを持って駆けこんできた。貴族が包みを受け取って、テーブルの上において、
「これをほどけ」というと、従僕は包みをひらいた。
貴族は靴皮を指さしてセミョーンに言った。
「おい、いいか、靴屋。おまえにもわかるだろうが、これは靴皮だ」
「はい、わかります、旦那さま」
「おまえには、これがどんな品物か、わかるかい?」
セミョーンは軽くさわってみて、こう言った。
「上等な品物でございますな」
「そりゃ上等にきまってるさ! 馬鹿めが。おまえなぞまだこんな皮は拝んだこともないだろう。ドイツ製の皮で、二十ルーブリも出したんだぞ」
セミョーンはおどおどして言った。
「あっしどもにはとてもお目にかかれないような代物で」
「それはそうだろう。ところで、おまえはこの皮を使ってわしが履く長靴が作れるかい?」
「作れますでございます、旦那」
「それはまあ、作れるだろうさ。だが、おまえは、だれのためにこしらえるのか、またどんな皮で作るのか、よくわきまえていてくれよ。わしは、一年履いて歩いても形がくずれず、縫い目もほころびないような長靴をこしらえてもらいたいんだ。作れると思ったら、さっそくとりかかって、皮を裁ってくれ。が、もし作れないと思ったら、手をつけたり、皮を裁ったりするんじゃない。前もって言っておくが、長靴が一年たたないうちにほころびたり形がくずれたりしたら、おまえを牢屋へぶちこんでやるからな。そのかわり、一年以内に形もくずれず、縫い目も切れなかったら、十ルーブリの手間賃をはずむぞ」
セミョーンはおじけづいてしまい、どう言っていいかわからなくなって、ミハイラを見やった。そして肘《ひじ》でつっついて、
「兄弟、どうしたもんだろう?」と耳打ちした。
ミハイラは、引き受けなさいとでも言うように、こっくりしてみせた。
セミョーンはミハイラの考えに従って、むこう一年、形もくずれず縫い目も切れないような長靴を作りあげる仕事を引き受けることにした。
貴族は従僕を呼びつけ、左足の長靴をぬがせるように言いつけて、片足を出した。
「寸法をとってくれ!」
セミョーンは四十五センチくらいに紙をつなぎあわせて、そのしわをのばし、両膝をついて、貴族の旦那の靴下をよごさないように手を前かけでよく拭いてから、寸法をとりはじめた。セミョーンは足の裏の長さを測り、甲の高さを測って、脛《すね》を測りだしたが、紙が足りない。その大足は、すねのところがまるで丸太のように太かったのである。
「気をつけろよ、脛のところが窮屈にならないようにな」
セミョーンはさらに物差がわりの紙をつぎたしにかかった。貴族の旦那は腰をおろしたまま、靴下のなかで足の指をときどき動かしながら、家のなかの連中を見まわしているうちに、ミハイラに目をとめた。
「この男はおまえのとこのなんだね?」
「これがその、うちの腕ききの職人でございまして、この男が縫いあげることになっております」
「いいか、おい」と貴族の旦那はミハイラに言った。「おぼえていてくれ、一年は履きとおせるようにこしらえるんだぞ」
セミョーンもミハイラのほうをふりかえってみた……見れば、ミハイラは貴族の旦那には目もくれずに、そのうしろの片隅に目をすえたきりで、まるで、だれかに瞳をこらしているようなふうなのである。ミハイラはじっと見つめていたが、急ににっこり笑うと、顔じゅうはればれとした顔つきになった。
「馬鹿め、おまえはなんだって歯なんかむき出して笑っているんだ? それより気をつけろ、期日までに仕上げるんだぞ」
するとミハイラは言った。
「ちょうどご入り用なときに間にあわせてごらんにいれます」
「そうよ、そう来なくちゃな」
貴族は長靴と毛皮外套を身につけ、身じまいをととのえて戸口のほうへ歩きだした。そしてつい身をかがめるのを忘れて、鴨居《かもい》にごつんと頭をぶつけてしまった。
貴族の旦那は口汚くののしって、自分の頭をなで、箱橇に乗って、立ち去った。
貴族の旦那が行ってしまってから、セミョーンはこう言った。
「いやまったく、頑丈な骨組みだ。かけや(木製の大きな槌)でぶったってぶち殺せるもんじゃねえ。すんでのことで横木を頭でぶっぱずすとこだったってえのに、やっこさんのほうは大したことなかったじゃねえか」
すると、マトリョーナもこんなことを言った。
「あんな暮しっぷりじゃ、すんなりしようにも、しょうがないじゃないの。あんな鉄鋲《てつびょう》みたいな男は死神もさらっちゃいかないよ」
そこでセミョーンはミハイラにこう言った。
「仕事を引き受けるには引き受けたが、なんとか災難を引きおこさねえようにしねえとな。皮は高価だし、旦那は癇癪もちときているんだから。なんとかまちがえねえようにしなきゃならねえ。そこで、いいか、おまえ、おまえのほうが目もいいし、腕にしたってもうおれ以上だ。ひとつ寸法を頼むぜ。それに皮も裁ってくれ、おれは面皮《おもてがわ》の仕上げのほうをやるから」
ミハイラは言われるままに、貴族の旦那の皮をとりあげると、机の上にひろげて、二つに折り、ナイフをとって裁ちはじめた。
マトリョーナはそばへ来て、ミハイラの裁ち方を見ていたが、ミハイラが何をしでかすかと不安だった。マトリョーナは靴仕事はもう見なれていたので、見ているうちに、ミハイラが長靴の裁ちとはちがって、丸く皮を切りとっているのに気づいたのである。
マトリョーナは口を出そうと思ったが、こう思いかえした。『きっと、わたしには、旦那がたの靴の作り方がわかっていないんだわ。ミハイラのほうがよく知っているにちがいないから、余計な口出しはしないことにしよう』
ミハイラは皮を一足分裁ってしまうと、今度は切り取った皮をとりあげて、長靴のように両端を縫いあわせずに、死人に履かせる靴を縫うときのように、片端だけ縫いあわせにかかった。
これにもマトリョーナは驚いたが、やはり余計な口出しはしなかった。ミハイラはずんずん縫いつづけた。昼御飯を食べることになったので、セミョーンが腰をあげてみると、ミハイラの手もとに貴族の旦那の皮で死人用の靴が縫いあげられているではないか。
セミョーンはあっと叫んだ。『これはどうしたことだ』と彼は思った。『ミハイラのやつ、まる一年もいる間なんのまちがいもしたことはなかったのに、今になってこんな大変なまちがいをしでかすとは? 旦那は縁飾りのついた一枚皮の長靴を注文していったのに、こいつ、かかとなしの死人の靴などこしらえやがって、皮を駄目にしちまいやがった。こうなったら旦那とどう話をつけたもだろう? こんな皮はとても見つかりっこねえっていうのにな』
で、彼はミハイラにこう言った。
「おい、おまえ、おまえはいったいなんてことをしでかしてくれたんだ? おれをまったくとんだ目にあわしてくれたじゃねえか! 旦那の注文は長靴だったのに、おまえはいってえ何をこしらえたんだ?」
こうして彼がミハイラに小言を言いだしたとたんに、けたたましく戸口のベルがなって、だれかドアをたたいた者がいる。窓の外をのぞいてみると、だれかが馬を乗りつけて、手綱をつないでいるところである。そしてドアをあけたとたんにはいってきたのは、例の貴族の従僕だった。
「こんにちは!」
「こんにちは。なにかご用で?」
「例の長靴のことで奥さまの使いで来たんだよ」
「長靴のことでとは、どんなことで?」
「どうもこうもないよ! 旦那さまは長靴がいらなくなったんだ。旦那さまがおなくなりになったんだよ」
「これはまたなんということを!」
「おまえさんがたの店からお屋敷へたどりつかないうちに、箱橇のなかで命を落しなすったんだ。橇がお屋敷へ着いたんで、みんながおろしてさしあげようと出ていったところが、旦那さまは俵《たわら》みたいに転がったまんま、もう硬直して死んでいなさるもんだから、箱橇からやっとのことで運びだす始末さ。そして奥さまがあっしを使いに出しておっしゃるには、『靴屋にこう言ってきなさい。うちの旦那さまがお宅へ行って長靴を注文して皮をおいてきたという話だけれど、長靴はいらない。そのかわり死人に履かせる靴をその皮でなるべく早く仕上げてくれるようにって、そう言いなさい。そして仕上がるまで待っていて、その靴を持っておいで』とのこと。それでこうしてやって来たわけさ」
ミハイラは机の上から皮の裁ちきれをとりあげて筒形に巻き、仕上がっていた死人用の靴を取ってぽんとたたきあわせ、前かけで拭いてから従僕に渡した。従僕は死人用の靴を受け取った。
「じゃ、親方とおかみさん、さようなら! お大事に!」
さらにまた一年、二年と過ぎて、ミハイラはセミョーンの家に暮してもう六年目になるが、相もかわらぬ生活である。どこへも出ないし、余計な口もきくわけではない、そしてその間に笑顔を見せたことと言えば、一度はおかみが彼に夕飯の用意をしてくれたときと、もう一度は貴族の旦那にむかってと、この二回きりなのである。しかし、セミョーンは自分の職人に満足だった。もう彼には、どこから来たのかというようなことは聞かなくなり、ミハイラが出ていってくれなければいいがと、ただそればかり心配していた。
家じゅうの者が家にいたあるときのことである。おかみは炉に釜をかけ、子供たちは長腰掛けの上をあちこち駆けまわったり、窓の外を眺めたりしていた。それに、セミョーンは窓ぎわで刺し縫いをし、ミハイラはもう一つの窓のそばでかかとをうちつけていた。
男の子は長腰掛けの上をミハイラのほうへ駆けてきて、ミハイラの肩によりかかりながら、窓の外を眺めていた。
「ミハイラおじちゃん、見てごらん、商人《あきんど》のおばちゃんが女の子を連れて家へ来るらしいよ。片方の女の子はびっこだよ」
男の子にそう言われると、すぐさまミハイラは仕事をやめて、窓のほうを向いて、通りに目をやった。
セミョーンは不思議に思った。ミハイラがそんなふうに通りを眺めることなどついぞなかったのに、このときばかりは窓にしがみついて、何かに見入っていたからである。で、セミョーンも窓の外をのぞいてみると、確かに女の人が自分の家のほうへやって来る。女はこざっぱりしたなりをしていて、毛皮外套に厚織りの頭巾といった身なりのふたりの女の子の手をとって来るところなのだ。女の子はまったく瓜二つで、見分けがつかない。もっとも、片方の女の子は左の足が悪くて、びっこをひいている。
女の人は表階段をのぼると、玄関にはいり、ドアをさぐり、取手を引いて、ドアをあけた。そして、先に女の子を入れてから家のなかへはいって来た。
「こんにちは、親方衆」
「いらっしゃいまし。どういうご用むきで?」
女の人はテーブルにむかって腰をおろした。女の子たちはその膝にとりついた……人見知りしたのだ。
「この子たちに春向きの皮の短靴をこしらえてもらいたいと思いましてね」
「お安いご用で。手前どもではこんなちいさいおかたの靴は作ったことはござんせんが、なんでも作ってさしあげられますよ。縁に皮のついたのでも、折返しが布になっているのでも。手前どもにはこのミハイラという腕ききの職人がおりますからな」
こう言ってセミョーンがミハイラをふりかえって見ると、ミハイラは仕事をそっちのけにして坐ったなり、女の子たちから目を離そうともしないのである。
これにはセミョーンも驚いた。なるほど、その子たちはなかなかきれいな子で、目は黒目がちで、肉づきもふっくりして顔の色もいいし、まとっている毛皮外套も頭巾も立派にはちがいない。が、それにしても、どうしてそんなに、まるで自分の知りあいみたいに、その子たちをまじまじと見つめているのか、セミョーンには合点《がてん》がいがなかった。
セミョーンはあきれながらも、その女と話し合いのすえ、注文の話をとりきめた。そして、話がきまったところで、寸法をとりにかかった。女の人は自分の膝の上にびっこの子を抱きあげてこう言った。
「この子から二つ寸法をとってください。曲がったほうの足の靴を一つと、まっすぐなほうのを三つと、こしらえてください。この子たちは足がそっくりおんなじなんですよ。双子なもんですから」
セミョーンは寸法をとり終わると、びっこの子を見てこう言った。
「このお子さんは何がもとでこんなふうにおなんなすったんです? こんなきれいなお子さんなのに。生まれつきでござんすか?」
「いいえ、母親におしひしがれちまったんですよ」
そこヘマトリョーナが口をはさんだ。彼女は、その女の人がどこのどういう人なのか、それに子供たちもどういう子なのか知りたくなったのである。
「じゃ、あなたはこのお子さんたちのお母さんではございませんのね?」
「わたしはこの子たちの母親でもなければ身寄りの者でもないんですのよ、おかみさん。このふたりはあかの他人で……養女ですの」
「ご自分のお子さんでもないのに、まあ、ずいぶんおかわいがりになりますこと!」
「だって、どうしてかわいがらずにおられます、わたしはこのふたりを自分の乳で育てあげたんですもの。自分の子もおりましたんですけど、神さまに召されてしまったんですの。でも、あの子は、このふたりほどかわいいとは思いませんでしたわ」
「このおふたりは、どういう人のお子さんなんですの?」
女の人は話しこむうちに、次のように語りだした。
「もう六年も前のことですが、この子たちは一週間の間にいっぺんにみなし子になってしまったんですよ。火曜日に父親の葬式を出したばかりだったのに、金曜日には母親が死んじまったもんですからね。この子たちの母親は、父親が死んだために三日間も失神状態だった上に、その母親がまた子供たちを生んでから一日も生きていなかったんですよ。わたしはそのころ、夫といっしょに農家に暮していましてね。うちとあの人たちの家とはお隣同士で、近所づきあいをして暮していたんです。この子たちの父親は身寄りのない人で、木こりをしていたんですが、なにかのはずみで、木がその上に落っこちてきて、ぶっちがいになってその人にのしかかったもんですから、はらわたがはみ出て、家へかつぎこんだときにはもう魂はあの世へ行ってしまっていました。しかも、おかみさんはそのおなじ週のうちに双子の、この子たちを産みおとしたわけなんですの。おかみさんは貧乏な上に、身寄りはなかったし、ひとりっきりで、……おばあさんもいなければ、若い娘もいませんでしたので、ひとりで産んで、ひとりで死んでいったわけなんです。朝がたわたしが隣のおかみさんを見舞いにその家へ出かけていってみると、おかみさんは、かわいそうに、もう冷たくなっていました。ところが、息をひきとろうとするときに、女の子の上にころがったんでしょうね。ここにいるこの子にのしかかって……片足をよじり曲げてしまっていたんです。村の人たちが集まって湯灌《ゆかん》をとっておかみさんをきれいにしてやり、棺桶をこしらえて葬ってやりましたけどね。みんないい人たちでしたわ。そんなわけで女の子だけが残ったわけですが、どこへもやる所がありません。女たちのなかで子持ちはわたしだけで、生まれて七週間になる長男に乳をやっていたもんですから、わたしは一時ということで、この子たちを自分の所へ引き取ったわけです。お百姓たちが集まって、子供たちをどこへやったものかと首をひねって考えた末に、わたしに、『マリヤ、おまえさん、この子供たちを当分のあいだあずかっちゃくれめえか。時が来たら、みんなでなんとか考えるから』とこう言うもんですからね。わたしははじめ、足の満足なほうには乳をやっても、このおしつぶされたほうにはやる気になれなかったもんですよ。この子はとても育つとは思われませんでしたからね。でも、こうも考えたのです。この天使のような魂をどうしてこのまま枯らしてしまっていいものだろう、とね。すると、とたんにこの子も不憫になりまして、この子にも乳をやりはじめました。まあそんなわけで、自分のをひとりとこのふたりと、……つごう三人を自分の乳で育てあげたんですよ。若かったんで、元気ではあったし、それに食べ物もよかったからなんでしょうね。乳は、両の乳房に、それこそあふれるほど、神さまからさずかりましてね。ふたりに乳をふくませていると、三人目がそばで待っている。そしてひとりが乳から離れると、三人目を抱きあげるといったふうでしたよ。神さまのおみちびきで、この子たちをこうして育てあげられはしたものの、自分の子は二年目になくしてしまいました。そして、それっきり神さまは子供をさずけてくださらなかったのです。でも財産は増える一方ですわ。今はこうしてこの土地の商人の粉ひき場で暮しているんですが、お給金は多いし、暮しもけっこうなもんですのよ。ただ、子供はおりませんの。ですから、この子たちがいなかったら、わたしひとりでどうして生きていけましょうか! どうしてかわいいと思わずにいられます! この子たちはわたしにとって、蝋燭《ろうそく》から見て蝋のようなものですものね!」
こう言うと女の人は片手でびっこの子を抱きしめ、もう一方の手で頬に流れる涙をぬぐいはじめた。
マトリョーナも吐息をついて、こう言った。
「ほんとうに諺《ことわざ》ってうまいことを言っているわね。親はなくとも子は育つが、神がいなけりゃ育たないってね」
お互いにそんな話のやりとりをしたところで、女は帰ろうと腰をあげた。あるじ夫婦がその女を送り出して、ふとミハイラのほうをふりかえって見ると、ミハイラは手を膝の上に組んで腰掛けたまま、上をあおいで、にこにこしている。
セミョーンがそばへ行って、どうしたミハイラ、と言うと、ミハイラは腰をあげて、仕事の材料を脇へかたづけ、前掛けをとって、主人とおかみさんに一礼してこう言った。
「旦那さん、おかみさん、お許しください。神さまのお許しがありました。あなたがたもお許しください」
あるじ夫婦が見ると、ミハイラのからだからは後光がさしている。で、セミョーンも立ちあがって、ミハイラに頭をさげて、こう言った。
「ミハイラ、おまえがただの人間じゃねえってことがわかっている以上、おまえをひきとめるわけにゃいかねえ。また、おまえに聞きただすこともできねえわけだが、ただひとつだけ教えちゃくれまいかね。あれはいったいどういうわけだったんだね、おれがおまえを見つけて家へ連れてきたときには、おまえは暗い顔をしていたのに、女房がおまえに夕飯を出してやったら、おまえは女房ににっこりして見せて、それからは前よりも明るい顔つきになったじゃねえか? その後、貴族の旦那が長靴を注文しに来たときも、おまえは二度目の笑顔を見せて、それからこっちなおいっそう明るい顔つきをするようになったろう? それに、女の人が女の子を連れてきた今も、おまえは三度目の笑顔を見せて、からだじゅう輝くばかりだったじゃねえか。ひとつ教えてくれ、ミハイラ、どうしておまえのからだからあんな光がさすのか、それに、どうしておまえは三回にっこりして見せたのか」
するとミハイラは言った。「わたしのからだから後光がさしたのは、今まで神さまに罰せられていたのに、今やっと神さまからお許しが出たからです。それから、わたしが三度笑顔を見せたのは、神の言葉を三つ知る必要があって、その神の言葉が結局わかったからなのです。第一の言葉の意味を悟ったのは、おかみさんがわたしに情けをかけてくれたときで、だからわたしはあのとき最初の笑顔を見せたのです。第二の言葉の意味がわかったのは、例の金持のお客さんが長靴を注文したときで、あのときわたしは二度目の笑顔を見せました。そして、さっき女の子を見たときに、わたしは最後の、第三の言葉がわかったので、三度目の笑顔を見せたわけです」
そこでセミョーンが、
「じゃ、ミハイラ、神さまはなんの科《とが》でおまえさんに罰をおあてになったのか、それに神さまのお言葉っていったいどういうお言葉だったのか、それを教えてくれ」
と言うと、ミハイラが言うには、
「わたしが神さまから罰せられることになったのは、神さまの御心《みこころ》にさからったからです。わたしは天国の天使でありながら、神さまの御心にそむいたのです。わたしは天国で天使をしていたころ、神さまからつかわされて、ある女のからだから、その魂を抜き取ってくるように言いつかって、地上へ飛んできました。見れば、ある人妻が病の床について、ちょうど双子を、ふたりの女の子を産みおとしたところです。女の子たちは母親のそばでうごめいているだけで、母親は子供らを胸に抱き寄せることもできずにいる。その人妻はわたしを見て、神さまが魂を取りに、わたしをおつかわしになったのだと悟ったんですね。さめざめと泣きだして、こう言うのです。
『天使さま! わたしの夫はついこの間葬られたばかりでございます。森のなかで木の下敷きになって死んだのです。わたしには姉妹もおばさんもおばあさんもおりません。このみなし子たちを育ててくれる者がいないのです。わたしの魂を取っていかないでください。わたしに自分の手で子供たちに乳をやって育てさせ、一人前に仕上げさせてください! 子供は父も母もいなかったら育ちません!』
わたしはその母親の話を聞くと、片方の女の子を乳房にすがらせ、もう一方の子を母親の腕に抱かせて、天の神さまのみもとに舞いあがっていきました。神さまのみもとに舞いもどってこう言ったのです。『わたしは産婦から魂を抜き取れませんでした。父親は木の下敷きになって死に、母親は双子を産みおとしたところだったのです。彼女は自分の魂を取っていかないでくれと哀願して、こう言うのです。『わたしに、子供たちに乳をやって育てさせ、一人前に仕上げさせてください。子供は父も母もいなかったら育ちません』と。そんなわけで、わたしはその産婦の魂を抜き取ってきませんでした』
すると、神さまがおっしゃるには、『行ってその産婦から魂を抜き取ってくれば、三つの言葉が悟れるだろう。人間には何があるか、人間に与えられていないのは何か、それに人間は何で生きているのか、といったようなことがわかるはずだ。わかったら天国へもどってくるがよい』
そこで、わたしは飛んで地上へとってかえして、産婦の魂を奪い取ったわけです。
赤ん坊たちは乳房を離れ、死体は寝台の上で転がった拍子に片方の女の子にのしかかって、その片足をねじ曲げてしまいました。わたしが、村の上に舞いあがって、神さまのみもとへ女の魂を運ぼうとしたところ、わたしは一陣の風にまきこまれて、翼がもつれて、もぎ取られ、女の魂だけが、神さまのみもとへ行って、わたしは地上の道端に落ちてしまったのです」
十一
セミョーンとマトリョーナは、自分たちが着るものや食べ物をくれてやった相手がだれだったのか、また暮しをともにしてきたのがだれだったのかがわかって、空恐ろしいやらうれしいやらで、泣きだしてしまった。天使はなおも語りつづけた。
「わたしはひとり野原にとり残されました。以前は人間の不自由さも知らず、寒さも飢えも知らなかったのですが、こうしていざ人間になってみると、おなかはすく、凍えきってしまうで、どうしたらいいのかわかりません。ふと見ると、原っぱに神をまつる礼拝堂が建っています。で、わたしはその礼拝堂に歩み寄って、そのなかに身をかくそうと思いました。ところが、礼拝堂には錠がかかっていて、なかへははいれません。そこで、わたしは礼拝堂の陰に坐って、風をよけることにしました。が、風は吹いてくる、空腹はおぼえる、それに冷えきってしまう、といったわけで、すっかりへとへとになってしまいました。すると急になにか音が聞こえてきます。人間がひとり、長靴を手に、ひとり言を言いながら、道を歩いてくるのです。わたしは人間になってから人間の顔を見るのはそれが初めてだったものですから、その顔を見るのがこわくて、その男から顔をそむけてしまいました。その人間が、この冬どうやって自分の身を寒さからまもったものだろうとか、女房子供をどうやって食わしていったらいいだろう、などと自問自答しているのが耳にはいってきましたので、わたしはこう思いました。
『おれは寒さと飢えで死にそうだというのに、この人間は歩きながら、この冬どうやって自分と家内の身を毛皮外套で包もうかとか、食べてゆこうか、というようなことばかり考えている。この人間にはわたしなど救うことはできないのだ』と。
その人間はわたしを見かけると、顔をしかめ、一段とおそろしい顔つきをして、見て見ぬふりをして行くものですから、わたしはがっかりしてしまいました。すると、不意に、その人間がひっかえしてくるのが聞こえてきたじゃありませんか。わたしには、ひと目見ただけでは、それがさっきの人だとは思われませんでした。前の顔には死相があらわれていたのに、今度は急にいきいきとしているのです。わたしは、その顔に神さまの面影をみとめました。その人はわたしのそばへ来ると、わたしに外套を着せてくれ、自分の家へ連れて行ってくれました。その人の家に着くと、女の人がわたしどもを迎えに出て、口をききはじめたのですが、その女の人は前の人間よりもっとおそろしい顔つきをしていて……その口からは死の息がもれてくるので、その死臭に息もつけません。その女の人はわたしを寒い戸外へ追い出すつもりだったのですが、もしわたしを追い出したらその女は死ぬということを、わたしは知っておりました。が、ふと夫がその女に神さまのことを思い出させたため、女はがらりと気持が変わってしまって、わたしに夕御飯を出してくれました。そして、女はわたしを見、わたしもその女に目をやったのですが、……そのときはもう女の顔には死相はなく、顔つきがいきいきしていて、その顔にもわたしは神の面影をみとめました。
するとわたしは、『人間には何があるかということがわかるだろう』とおっしゃった神さまの第一の言葉を思い出しました。人間には愛があるということを、わたしは悟ったのです。で、わたしは、神さまがご自分でお約束になったことを早くもわたしに見せてくださったというので、うれしくなって、最初の笑顔を見せたわけです。とは言うものの、わたしは、まだ全部悟ったわけではあません。人間に与えられていないのは何か、ということと、人間は何で生きるのか、ということがわかっていなかったのです。それからわたしはお宅にごやっかいになって、一年間暮しました。と、そこへある人が橇《そり》でやってきて、一年履いても縫い目が切れず、形もくずれないような長靴を注文していきました。わたしはその男に目をやったときに、ふとその肩のうしろに自分の仲間の死の天使をみとめたのです。わたし以外にだれひとりその天使に気づいたものはおりませんでしたが、わたしは彼を知っていたし、まだ日も沈まないうちにその金持の魂は召されてしまうだろうということもわかっていました。で、わたしはこう思ったのです。『この人間は一年さきの用意などしているが、晩まで生きられないこともわかってはいないんだ』と。
とたんに、わたしは神さまの第二の言葉、『人間に与えられていないのは何かということがわかる』というお言葉を思い出しました。
こうしてわたしには、人間には何があるかということはすでにわかっていたし、いまや、人間に何が与えられていないかということもわかりました。人間には、自分の肉体にとって必要なものは何かということは知らされていないのです。わたしはもう一度笑顔を見せました。仲間の天使に会えたこともうれしかったのですが、神さまがわたしに第二の言葉の答えをお教えくださったこともうれしかったのです。
とは言っても、わたしはまだ全部を悟れたわけではありませんでした。人間は何で生きているのか、ということがまだわかっていなかったのです。で、わたしはひきつづきごやっかいになりながら、神さまがわたしに最後の言葉をお教えくださるときを待っていたわけです。すると、六年目に双子の女の子が女の人といっしょにやって来ました。わたしにはそれが例の女の子供だということわかりました。それに、わたしはその子たちがどんなふうにして生きのびたかも知りました。それを知ってわたしはこう思いました。『母親が子供たちのことで自分の命乞いをしたとき、わたしはの母親の言うことはもっともだと思い、……父親も母親もいなければ子供は生きられないものと考えたけれども、このとおりよその女が子供たちを養って育ててくれたじゃないか』と。そして、その女が他人の子供の身の上を思って泣きだしたとき、わたしは彼女に生きた神をみとめ、人間は何で生きるかということを悟りました。こうして、神さまがわたしに最後の言葉をお教えくださり、わたしをお許しくださったことがわかったので、わたしは三度目の笑顔を見せたわけです」
十二
やがて天使のからだから着物が落ちて、全身光に包まれたため、目を向けていられなくなり、口にのぼすその言葉も一段と高らかに響いて、さながらその声は、その口からもれるのではなくて、天からでも聞こえてくるように思われた。天使はこう言った。
「人間はだれでも自分に対する心づかいで生きるのではない、愛によって生きるのだということを、わたしは知ったのです。
母親には、自分の子供たちが生きてゆくには何が必要かということは知らされていなかった。また、金持の男にも自分自身に必要なのは何かということは知らされていなかった。ひとりとして人間には……自分に必要なのは生きた人間が履く長靴か、晩に死人となって履く靴かということは知らされていないのです。わたしが人間だった間生きとおせたのは、自分で自分のことをあれこれと思いわずらったからではなく、通りかかった人とその妻に愛があって、ふたりがわたしに同情し、愛してくれたからです。孤児たちが生きながらえられたのも、親がその子たちの身を案じたからではない、他人の女の心に愛があって、その女が子供たちをかわいそうに思い、愛してやったからなのです。このように、人間はみな、自分で自分の身を案ずるから生きられるのではなくて、人間に愛があるからこそ生きられるのです。
神さまが人間に生命を与え、人間に生きることを望んでおられることは、わたしも前々から承知していたけれども、今やわたしはもう一つ悟ることができました。神さまは、人間が離ればなれに生きることを望まれないからこそ、人間にはめいめいにとって必要なものをお知らせにならなかったのだし、また人間が力を合わせて生きることを望まれたからこそ、自分やみんなのために必要なものを人間にお教えになったのだと、わたしは悟ったのです。
いまこそわたしは、人間には自分の身を案ずることによって生きているように思われるかもしれないが、それはそう思われるだけのことで、実際はただ愛だけで生きているのだということがわかりました。愛によって生きる者は神によって生きる者で、自分のうちに神を持っている者です。なぜなら神は愛だからです」
そして天使が神への讃歌をうたいだすと、その声に家は震動し、天井がぱっとひらいて、一条の火柱が天地をつらぬいて立ちのぼった。セミョーンと妻と子供たちは地にひれふした。すると、天使の背にみるみる翼が生えて、天使は天へと舞いあがっていった。
セミョーンがわれに返ってみると、家はもとどおりで、家のなかにはもはや家族のほかにだれの姿もなかった。
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火は放っておけば消せない
[#ここから1字下げ]
そのとき、ペトロが近づいて、「主よ、私の兄弟が、私に対して罪をおかしたら、何度ゆるさねばなりませんか、七度までですか?」とたずねた。(『マテオによる福音書』第十八章第二十一節)
ちょうど天の国は、しもべたちと決算の整理をしようとする王のようなものである。(第十八章第二十三節)
決算をはじめたとき、一万タレントの負債のある人が連れ出された。(第十八章第二十四節)
が、払うすべがなかったので、主人がその人と、その人の妻子とすべてのもちものとを売って払え、と命じた。(第十八章第二十五節)
すると、そのしもべはひれ伏して、「しばらくお待ち下さい、そうすればきっと全部お返しします」といった。(第十八章第二十六節)
主人はその人をあわれに思い、負債を許して退かせた。(第十八章第二十七節)
ところが、そのしもべは、外に出てから、百デナリオをかしてある一人の仲間に出あい、その人をとらえてのどをしめあげ、「かしを返せ」といった。(第十八章第二十八節)
その人はひれ伏して、「しばらくゆるしてくれ、そうすれば返すから」と懇願した。(第十八章第二十九節)
が、しもべは承知しないで去り、かしを返すまでその人を牢に入れた。(第十八章第三十節)
その一部始終を見ていた仲間がひどく心をいため、事の次第を主人に告げに行った。(第十八章第三十一節)
主人はそのしもべを呼び出して、「悪いしもべだ、あなたが懇願したから、私はあの負債を全部許してやったのだ。(第十八章第三十二節)
私があなたをあわれに思ったように、あなたも仲間をあわれまねばならないはずではなかったか」といい、(第十八章第三十三節)
おこって、負債を全部返すまで、その家来を刑吏の手にわたした。(第十八章第三十四節)
あなたたち一人一人が、心から兄弟を許さないと、私の天の父も、あなたたちをこのように扱われるだろう。(第十八章第三十五節)
[#ここで字下げ終わり]
ある村にイワン・シチェルバコーブという百姓が住んでいた。暮しはかなり裕福だった。本人は男ざかりで村一番の働き手な上に、三人の息子ももう一人まえになっていて、長男は女房持ち、次男は婚約の身、三男は年ごろの若者で、馬を扱ったり、畑仕事をはじめたりしている。イワンの老妻は利口で所帯持ちもいい女だし、嫁がまた、たまたまおとなしい働き者ときていた。だから、イワンとその一家はそうしようと思えばいい暮しができたはずなのだ、家じゅうで働いて食っていけない者といえば、病身の老父だけだったのだから(喘息《ぜんそく》で足かけ七年も暖炉の上に寝たきりだったのである)。イワンはかなりの物持ちで、ないものとてなく……小馬もふくめて三頭の馬に、雌牛と当歳の小牛と、それに羊を十五頭も持っていた。女どもは男どもの履物もこしらえ、着物も縫い、野良仕事もし、男どもも農業にはげんでいた。穀物はつぎの収穫後まで持ち越していたし、燕麦だけでも租税と入費のすべてがまかなえた。だから、イワンとその子供たちは暮そうと思えば、裕福に暮せたはずなのだ。ところが、隣あわせに、ロルデイ・イワーノフの息子でびっこのガヴリーロという男が住んでいて、その男とイワンの間に仲たがいが生じたのである。
ところで、昔むこうの老父のゴルディもまだ生きていたし、イワンの家でも父親が家をきりまわしていたころは、両家の男どもは仲よく暮していたものだった。女どもに篩《ふるい》や手桶が入り用になったり、男どもにたまたま南京袋や車輪のかわりが必要になったりすれば、一軒の家から別の家へ人をやって借りて来させるというふうに、よく助けあっていたものである。また、小牛が穀倉へ迷いこんでくるようなことがあっても、それを追い返して、「こっちへは入れねえようにしてくれよ、うちじゃあまだ穀束の山の始末がついてねえからな」などと言うだけで、小牛を穀倉だの物置きに隠して閉じこめてしまったり、たがいに悪口の言いあいをしたりするようなことは、絶えてなかった。
老父の時代の暮しようはそんなふうだった。ところが、若い者が家をきりまわすようになってからは、それががらりと変わってしまったのである。
事の起こりはごくつまらぬことからだった。
その年はイワンの嫁のめんどりの産卵期が早くて、若い嫁は復活祭週近くから卵を集めたし、毎日のように物置き脇の馬車の枠《わく》へ卵を取りにいっていた。ところが、子供らがおどかしたらしく、めんどりは垣根を飛びこえて隣へ行き、むこうで卵を産みはじめたのである。嫁の耳にはめんどりがコ、コ、コ、といっているのが聞こえたが、彼女は、お祭りも間近で家のなかの片づけものをしておかなくちゃならない、今は、暇がないからあとで取りにゆこう、というようなはらでいた。ところが、夕方になってから物置きの馬車の枠のところへ行ってみると、卵がないのだ。で、若い嫁はしゅうとめやこじゅうとたちに、卵を取ってきてくれたかどうか、聞いてみたが、いや、取ってこなかったという。下のこじゅうとのタラースカの話では、ねえさんのめんどりはとなりの庭で卵産んでいたぞ、あっちでコ、コ、コって鳴いていたと思ったら、こっちへ飛んできたからな、ということだった。嫁がめんどりを見にゆくと、めんどりはおんどりととまり木に並んでとまって、早くも目を閉じて眠ろうとしているところだ。めんどりに、どこで産んだんだと聞いてもみたいところだが、返事が聞かれようはずもないので、彼女は隣へ出かけていった。出むかえたのは老婆だった。
「なんの用だね、あねさんや?」
「いや、なんちゅうこともねえんだが、ばあさんや、わしんとこのめんどりがきょうお宅へ飛んできて、どこかへ卵産まなかったかと思ってよ」
「そんなものあ、影も形も見なかったな。うちのとりは、ありがてえことに、ずっと前から産んでいて、わしらあ、うちの卵がとれるんだもの、よその家の卵にゃ用はねえわな。だもの、あねさん、よその屋敷に卵なんど取りに行くかよ」
嫁がむっときて、つい余計な口をきくと、隣のばあさんもさらに二言三言言いかえし、たちまち女どもは悪態のつきあいをはじめた。そこヘイワンの女房が水をさげてきて、やはり喧嘩に巻きこまれてしまった。それに、ガヴリーロの家内も飛びだしてきて、隣の女を攻撃しはじめ、あることないこと口にのぼして、これに割りこんできた。こうして言いあいがはじまり、みんないっせいにわめきたて、いっぺんに二言も三言もしゃべりたてようとする。しかも、その言葉たるや、どれもこれも悪口雑言《あっこうぞうごん》なのである。やれ、おまえはああだ、やれ、おまえはこうだ、やれ、この泥棒め、やれ、このふしだら女め、やれ、おめえは年寄りのしゅうとを悪病で殺すつもりだべ、この女乞食め、といったぐあい。
「この乞食女、てめえはうちの篩《ふるい》に穴なんかあけくさって! それにてめえの持ってる天秤棒だってうちのだぞ! その天秤棒、こっちへ返せ!」
というようなわけで、天秤棒には飛びついてゆく、水は流しほうだい、頭巾は引きさく、取っ組みあいの大喧嘩がはじまったのである。そこヘガヴリーロが馬車で野良から帰ってきて、自分の女房の肩を持ち、イワンも倅《せがれ》といっしょに飛びだしてきて、喧嘩仲間に加わった。イワンはがんじょうな男だったから、みんな投げとばしてしまい、ガヴリーロからは顎ひげをひと房むしり取ってしまった。そこへようやく人々がかけつけて、力ずくで両方をひきわけた。
これがそもそもの発端なのである。
ガヴリーロは自分の顎ひげの房を反古紙《ほごし》につつんで、郡裁判所へ出かけていって訴訟を起こした。そして、
「あっしゃ、この顎ひげは、あのあばたづらのイワンなんぞに引きむしらせるために生やしたんじゃねえんですからね」と申したてた。
それにガヴリーロの家内は家内で、近所の者に、イワンめ、いまに重い罰を受けてシベリヤ送りになるから、などと吹聴《ふいちょう》して歩いた。こうして仲たがいがはじまったのである。老人はそもそも最初の日から、家の者に暖炉の上から説得をつづけていたのだが、若い者はいっかな、聞こうとはしない。年寄りは子供たちにこう言っていた。
「子供ら、おまえらはまったくくだらねえことして、くだらねえことで訴訟なんど起こしてるでねえか。考えてもみろよ、え、おまえらの事件といったところでみんな、たかが卵一つから起こったことでねえか。卵は餓鬼《がき》でも拾ったのさ、そんなものどうでもええでねえか。卵一つじゃ、どれほどの得にもなるめえ。神さまは万事お見とおしだ。な、女がよくねえ口のききようをしたら、おまえはそれを直してやって、立派な口のききようを教えてやるがええだに、それをつかみあいの喧嘩なんどしくさって……罪なやつらだ。が、まあ、これもよくあるこった。さあ、ひとつ行ってあやまってくるんだな、そして何もかもけりをつけてこい。どこまでも恨みをつのらせていったら、ますますいけねえことになるぞ」
が、若い者は年寄りの言うことには耳もかさずに、じいさんのやつ、見当ちがいなことばかり言ってらあ、年寄りの常でただ愚痴を言ってるにすぎねえんだ、くらいに考えていた。
イワンも隣に負けてはいなかった。
「野郎の顎ひげはおれがひっこぬいたんじゃねえ、野郎が自分で勝手にむしり取ったんだ。それどころか野郎の伜め、おれが着ていた仕事着の裾《すそ》もルバーシカも、全部ずたずたに引きちぎりやがって。これ、このとおりだ」
と言って、イワンも出かけていって訴えた。ふたりは調停裁判所判事の手をわずらわしたり、郡裁判所判事の手をわずらわしたりして争った。この係争ちゅうにガヴリーロの家の荷馬車の心棒がなくなって、ガヴリーロの家の女どもはこの心棒の紛失を、イワンの伜を中傷する種にして、こう言い歩いた。
「わしらは、あいつが夜なかに窓さきをとおって荷馬車のほうへ忍んでゆくところを見たし、おばさんの話じゃ、あいつ、居酒屋へ立ち寄って、居酒屋の亭主に心棒を売りつけたちゅうでねえか」
こうしてまた訴訟がはじまった。家にいれば毎日のように悪口の浴びせあいか、取っ組みあいの喧嘩。子供らまでおとなにならって悪態をつきあい、女どもも、川端で落ちあえば洗濯棒《せんたくぼう》をたたくより舌を働かすほうが多く、ますます恨みをつのらすいっぽうだった。
男どもは初めのうちこそ悪口の言いあいだけだったが、やがて実際に、何かしまいかたの悪いものでもあれば、それをさっさとさらってくるようになり、女子供にまでそういうくせをつけさすことになった。こうしてますます生活は不愉快なものになってきた。イワン・シチェルバコーフとびっこのガヴリーロは、村会であろうと、郡裁判所であろうと、調停裁判所であろうと、どこへでも訴え出るため、どの判事にもすっかり愛想をつかされてしまった。ガヴリーロがイワンを罰金や拘留《こうりゅう》の目にあわせれば、イワンもガヴリーロを同じ目にあわせるといったふうで、たがいに傷つけあえば傷つけあうほど、ますます猛《たけ》りたっていった。犬が喧嘩をすると、噛みあいがひどくなればなるほど、狂暴さを増してくるものだ。そして、うしろからなぐりつけられでもすると、相手の犬に噛みつかれたものと思ってなおいっそう怒り狂うものである。この百姓たちの場合もまさにそれと同じで、訴えにいって、どちらかが罰金か拘留に処せられると、どんなことでもそれを根にもって血を燃やしあい、「いまに待ってろよ、何もかもひっくり返してやるからな」などと言いあうのだった。
このようにして事件は六年にも及んだ。ひとり年寄りだけは、暖炉の上で絶えず一つことをくりかえして、しょっちゅうこう諭《さと》していた。
「子供らよ、おまえらは何してるだ? みんな水に流しちまえ。仕事をうっちゃらかして、人に恨みなど持たねえこんだ、すりゃ万事うまくゆくだでな。恨みをつのらせればつのらせるほど、事はまずくなるもんだぞ」
が、みんなは老人の言うことには耳をかさなかった。
七年目には事件は、ある婚礼の宴席でイワンの息子の嫁が衆人環視のもとでガヴリーロに恥をかかせて、馬を曳いてゆく現場を見つけたことをあばきたてるようなところまでいってしまった。
ガヴリーロは酔っていたため、我慢もくそもなくなって、女をなぐりつけて一週間床につくほどの傷を負わしてしまった。しかも、女は身重《みおも》ときていた。喜んだのはイワンである。さっそく訴状を持って予審判事のところへ出かけていった。今度こそ隣の野郎を始末してみせるぞ、野郎、監獄ゆきかシベリヤゆきはまずまぬがれねえところだ、と考えたのである。が、またしてもイワンの訴訟はうまくいかなかった。予審判事が願書を受けつけなかったのだ。女を医者が診にいったところが、女は起きていて、傷あとひとつなかったのである。イワンが出頭したのは調停裁判所だったのだが、事件はそこから郡裁判所へ移されてしまった。で、イワンは郡裁判に働きかけて、書記や主席判事に甘酒の一リットル余もふるまったあげく、やっとガヴリーロに笞刑《ちけい》の判決を出させるところまでこぎつけ、法廷で判決文が読みあげられた。
書記はこう朗読した。「当法廷は農夫ガヴリーロ・コルデーエフを郡裁判所において笞《むち》打ち二十の刑に処することに決定した」
イワンもこの判決を聞いていたが、さて、やっこさんどうするかなと思って、相手を見やった。ガヴリーロは聞き終わると、顔面蒼白になり、くるりと向きをかえて、玄関口へ出た。つづいてイワンも出、馬のほうへ行こうとしたとき、ガヴリーロがこんなことを言っているのを小耳にはさんだ。
「野郎がおれの背なかをひっぱたけば、おれは背なかがぴりぴりするかもしれねえが、野郎も背なかがもっとぴりぴりするような目にあわされねえように気をつけるこった」
イワンはこの捨てぜりふを聞きつけると、すぐさま判事たちのところへとって返して、こう申したてた。
「公正無私な判事のみなさん! あいつめ、わしをぴりぴりするほどひっぱたいてやるなんておどし文句をならべています。お聞きくだせえまし、人が立ち合ってるそばでそうぬかしやがったんです」
ガヴリーロは呼びつけられた。
「ほんとうか、おまえが言ったというのは?」
「わしはなんにも言いませんよ。あなたがたは権力を持っていなさるんだから、ぞんぶんにひっぱたかせるがええ。どうもこっちは正しいのにこちとらだけが苦しい目にあって、むこうは何してもええみてえだ」
ガヴリーロはもっと何か言いたそうにしたが、唇も頬もぷるぷるふるえだしたので、顔を壁のほうへそむけてしまった。このガヴリーロの様子には、判事連中もびっくりしてしまった。この男、ほんとうに隣の男か自分たちに何かよからぬことでもしでかさなければいいが、と思ったのである。
そこで、老判事はこう口をきった。
「な、おまえたち。仲なおりしたほうがいいぞ。ガヴリーロ君、おまえだっていいことをしたとは思っておらんのじゃろう……身重の女をなぐったりした以上は? 神さまのおかげで何ごともなかったからいいようなものの、とんでもない罪をおかすところだったじゃないか。ほんとうにいいことじゃろうかの? おまえは自分の非を認めて、この男に謝罪しなさい。そうすればこの男も許してくれるじゃろう、またわれわれもこの判決文を書きかえてやるぞ」
これを聞くと、書記はこう言った。
「そんなわけにはまいりませんよ。百十七条によれば、友好裡に示談《じだん》が成立せず、法廷の判決がなされた以上、判決は執行されなければなりません」
判事は書記の言葉には耳をかさずに、
「つべこべ言うことはない」と言った。「いちばん大事な条文は、きみ、一つじゃよ。神さまを思い出すべきじゃ。神さまは和解するよう命じておられるんじゃよ」
そして、判事はかさねて百姓たちを説得しにかかったが、説き伏せることはできなかった。ガヴリーロはその説得を聞こうともしなかったのである。
「わしは」と彼は言うのだった。「あと一年で五十ですし、女房持ちの伜までいますが、生まれてこのかた人に手をあげられたことはありません。そのわしが今さっき、このあばたづらのイワンめに笞刑におとしいれられたっちゅうのに、わしにあやまれだなんて! なあに、どうにでもなりやがれでさ……そのうちイワンの野郎に思い知らせてやるから!」
またもやガヴリーロは声が慄えだして、それっきり口がきけなくなったので、くるりと向きをかえて、出ていってしまった。
郡裁判所から家まで十キロだったから、イワンが家へ帰ったのはだいぶ遅かった。女どもはすでに家畜の追いこみに出はらっていた。彼は馬を馬車からはずすと、そこを離れて家へはいっていった。家にはだれもいなかった。子供たちは野良からもどってきていなかったし、女どもは家畜を迎えにいっていたのである。イワンは家へはいると、腰掛けに腰をおろして、物思いに耽《ふけ》りだした。ガヴリーロに判決の言い渡しがあったときに、ガヴリーロがまっさおになった顔を壁のほうへそむけてしまった様子が思いだされると、胸がうずきだした。彼は、これが、自分のほうが笞刑の宣告を受けたのだとしたら、どうだろうと、わが身にひき当てて考えてみた。すると、ガヴリーロがかわいそうになってきた。とそのとき、年寄りが暖炉の上で咳《しわぶき》をはじめ、からだをころがして、足をおろし、そして暖炉から這いおりてきた。老人は這いおりると、腰掛けのところまで這いずってきて、腰を掛けた。が、腰かけまで這ってくるだけでもうへとへとで、咳いて咳いて咳きこんだすえ、痰《たん》がきれたところで、テーブルに寄りかかってこう言った。
「どうだった? 判決の言い渡しはあったか?」
イワンが、
「笞《むち》二十の言い渡しがあったよ」
と言うと、老人は首を振った。
「イワン、おまえのしていることはよくねえことだぞ。ああ、よくねえとも! あの男によりも、自分に悪いことをしてるだ。やつが背なかをひっぱたかれれば、おまえは気が楽になるとでも思ってるんだべ?」
「これからはもうあんなことはしなくなるべえ」とイワンは言った。
「何をしなくなる? あの男はおまえよりどんな悪いことをしてるだ?」
「なんだって、あの野郎がおれにどんな悪いことをしたかって?」とイワンは言いだした。「野郎は女房をぶっ殺すとこだったでねえか。おまけに今だって火つけてやるっておどかしているんだ。そんな野郎にこれでもあやまれっちゅうのか?」
老人は吐息を一つして、こう言った。
「イワン、おまえは広い世間を歩いているが、わしは暖炉の上に何年も寝たっきりだっちゅうんで、おまえにはなんでも見えるが、とっつぁんにはなんにも見えねえなんて思っているだべ。それがそうでねえんだぞ、おまえ、おまえにはなんにも見えやしねえだ。恨みに目がくらんでるでな。他人の悪いおこないは自分の目の前にあるが、自分のはうしろにあるようなもんだ。おまえはなんて言った、野郎のほうが悪いことしてるってか! あの男だけが悪いことしてるんだったら、恨みは生じねえはずだ。いったい、人間同士の恨みっちゅうものは片方だけから生じるもんだべか? 恨みっちゅうものはお互いの間のことだべ。おまえには相手の悪いとこは見えても、自分のは見えねえんだ。むこうが悪くて、おまえのほうはいいっちゅうだったら恨みは起きねえ道理だ。あの男の顎ひげ引っこぬいたのはいったいだれだべか? 地主におさめる穀束|盗《と》ったのはだれだべ? それに、あの男を、あっちの裁判所、こっちの裁判所とひきまわしたのはだれだべ? それだのにおまえは何もかもあの男におっかぶせちまって。自分の生きかたが悪いからこそ、災難が起こるだ。わしはな、おまえ、そんな生きかたはして来なかったし、おまえらにそんなことは教えて来なかったはずだぞ。わしとじいさん、つまりあの男のおやじさんとは、そんな暮しかたしていただべか? わしらはどんな暮しかたをしてきたと思う? 仲よくやってきたぞ。むこうの家で粉がきれると、おかみさんが来て、『フロールおじさん、粉がほしいんだが!』と言えば、『納屋へ行って、おかみさん、いくらでも入り用なだけ持って行きなされ』って言う。あっちに馬の曳き手がいなけりゃ、『イワン、おまえ行って、ひとつ馬を曳いてやれ』ってなぐあいだったし、うちに何かたりねえものがあれば、隣へ行って、『ゴルデイおじ、これこれが入り用なんだが』って言うと、『持ってゆきな、フロールおじ』ってなぐあいだった。わしらの間じゃ事はそんなぐあいに行ってただ。だから、暮しも楽だった。それがこのごろはどうだい。ついこの間、兵隊がプレヴナの話をしていったっけが、どうだ、おまえらの間にゃ今あのプレヴナよりひでえ戦争が起きてるでねえか。これがはたして暮しっちゅうもんだべか? 罪っちゅうもんだぞ! おまえは百姓で、一家のあるじだで、責任を問われる身だ。おまえは自分の女房子供に何教えてるだ? 悪態のつきあいを教えてるだべ。この間もタラースカめ、あいつ、まだ鼻ったれ小僧のくせに、おふくろに見ならってアリーナおばになげえこと毒づいていて、おふくろはそれを見て笑っていたでねえか。はたしてこれがええことかの? 責任を問われるのはおまえだぞ! ちったあ自分の魂のことも考えてみるもんだ。ほんとうにこうしなけりゃならねえもんだべか? おまえがわしに一言言えば、わしは二言言い、おまえがわしのほおげたを一つぶんなぐれば、わしはおまえを二つぶちかえすっちゅうようなもんだ。いんや、おまえ、キリストさまは地上をお歩きになってわれわれ馬鹿者にそんなことは教えなかったはずだ。おまえは何か言われても、黙っているがええだ、……相手の良心が相手自身を摘発するだでな。キリストさまはな、おまえ、われわれにこう教えただ。人に片ほおをぶたれたら、別のほおをさし出せ。こっちにそれだけのことがあるとしたら、さあ、ぶんなぐってくれっちゅうわけだ。そうすれば相手は良心がとがめてくる。そしてむこうはおとなしくもなるべえし、おまえの言うことを聞くようにもなる。キリストさまはこうわれわれに教えてくださっただ。だから威張りちらすでねえ。なんで黙ってる? わしの言うことはまちがってるかな?」
イワンはおし黙って、聞いていた。
老人は咳《せ》きいりだし、やっとのことで痰をはき出してから、また話をはじめた。
「おまえはこう思ってるだべ、キリストはわれわれに悪いこと教えてくれたなんて? ところが、それはみんなわれわれのため、われわれの仕合せのために教えてくれたことなんだぞ。おまえ、ひとつ自分の生活を考えてみろ。おまえらのあいだにあのプレヴナが起きてからこっち、おまえにとって何かよくなったことでもあるかどうか? おまえ勘定してみるがええ、どれほど財産を裁判に使ったか、馬車を乗りまわしてる間にどれほど食いつぶしたか。おまえんちにゃ鷲《わし》そこのけの立派な伜どもが生まれ育ったんだから、暮しようによっちゃいくらでも栄えるだべに、おまえの収入は減りだしたでねえか。なんでそうなったかって言えば、みんなそのためだ。おまえが鼻っ柱が強いからさ。おまえは子供らといっしょに畑を耕して自分で種をまかねばなんねえのに、悪鬼にそそのかされて裁判官だのどこかの小役人のところへ出かける。そして時期はずれに耕したり、時期はずれに種まいたりしてちゃ、大地のおっかあだってなんにも生んでくれるわけはねえ。燕麦はどうして今年にかぎってできなかったと思う? おまえはいつ種まいただ? おまえは町から帰っちゃ来たが、裁判でなんの得したことがある? よけいなものを背負いこんだだけでねえか。な、伜、自分の仕事を忘れるでねえ、子供らといっしょに畑仕事と家の仕事をちゃんとやってゆけ。そしてだれかに癇《かん》にさわるようなことをされても、神さまの教えどおりに許してやるだ。そうすればおまえは仕事のほうもずっとやりやすくなるべえし、いつも気楽な気持ちでいられるでねえか」
イワンは黙りこくっていた。
「そこでだ、イワン! この年寄りの言うことをよく聞けよ。おまえひとつ行って粕鹿毛《かすかげ》(灰色に白いさし毛の加わった毛色の馬)に鞍つけてな、役所へ同じ道をとって返して訴訟をとりさげて来るだ。そしてあしたの朝ガヴリーロのとこへ出かけていってな、神さまのみ教えどおりにあの男と仲なおりして、うちへ招ぶがええ、あしたはお祭りだでな(聖母降誕祭の前日にあたっていたのである)。サモワールをたててウォツカを一びん出してきてな、まちがったこととはいっさい縁を切って、今後もそんなことのねえようにするだ。そして女房子供にそう言いつけるだぞ」
イワンも溜息を一つして、まったくじいさんの言うとおりだと思ったとたんに、憤怒はすっかり消えてしまった。ただ、事件をどう始末したらいいのか、さしあたってどんなぐあいに仲なおりしたらいいのか、それがわからないだけだった。
老人はその気持ちを見抜きでもしたようにまたこう口をきった。
「行って来な、イワン、先へのばしちゃいけねえ。火はしょっぱなに消せ、でねえと、どんどん火の手があがって間にあわねえことになるだ」
老人はさらに何か言おうとしたが、話も終わらぬうちに、女どもが家へ帰ってきて、かささぎのように、ぴいぴいさえずりだした。ガヴリーロが笞刑を宣告されたことから、彼が火をつけてやると威《おど》していることまで、はやくも消息は逐一彼女たちの耳にはいっていた。すっかり嗅ぎ出して、それに自分のあて推量もつけ加えて、さっそくもうガヴリーロの家の女どもと牧場でまたまた悪口のたたきあいをしてきていたのである。彼女らは、自分たちがガヴリーロの家の嫁に検事をだしにしておどかされてきた顛末《てんまつ》を語りだした。検事がガヴリーロのために事件に介入しようとしているというのだ。検事がいまに事件を全部ひっくりかえしてしまうだろう、それに学校の教師にすでにイワンを皇帝陛下に直訴する別の嘆願書を書いてもらい、その嘆願書には車の心棒のことも野菜畑のことも、事件のいっさいが書きこんであるから、今に宅地は半分方むこうの手に渡ってしまうだろうということだった。イワンは女どもの話を聞いているうちに、また気持ちが硬化してしまい、ガヴリーロとの和解を思いなおしてしまった。
いつも一家のあるじには家に仕事がたくさんあるものである。イワンは女どもとは話をまじえずに、腰をあげると、家を出て、穀倉や物置きへ向かった。そこで片づけものをして家へもどらないうちに、太陽ははやくも沈んでしまっていた。子供らも畑から馬車で帰ってきた。彼らは冬をひかえて春まき小麦用の畑を二枚耕してきたのである。イワンは子供らの顔を見ると、仕事上のことをあれこれ問いただしてから、あと片づけを手伝い、いたんでいる馬の首輪を繕うために脇へのけておき、さらに細丸太を物置きのそばに片づけておこうと思ったが、そのころにはもう外はとっぷり暮れてしまっていた。そこでイワンは丸太はあしたまでそのままにしておくことにして、家畜に餌をすこしたしてやり、門をあけて、タラースカと馬を夜間放牧にやるために通りへ出してやった上で、門をしめ、門の下のすきまに板をさしこんだ。そして、『さて、これで夕めしを食べて寝るばかりだ』と思い、いたんでいる首輪をつかんで、家へ向かった。そのころには彼はガヴリーロのことも、おやじが話してくれたことも、すっかり忘れてしまっていた。そして閂《かんぬき》に手をかけて玄関へはいろうとしたとたんに、垣根のむこうから隣の主人がしわがれ声でだれかの悪口を言っているのが聞こえてきた。「あん畜生め!」とガヴリーロがだれかのことでどなりちらしているのだった。「あいつはぶち殺されてもいいくれえな野郎だ!」
その言葉に、イワンの胸には隣の男にたいする先ほどの憤怒がむらむらと燃えあがった。彼は、ガヴリーロが毒づいている間じゅう、じっとたたずんで、それを聞いていた。そして、ガヴリーロが鳴りをひそめてから、イワンも家へはいった。家へはいってみると、家には明りがともされていて、嫁は隅のほうで紡ぎ車に向かい、ばあさんは夕飯の仕度をし、長男は草鞋《わらじ》のひもをない、次男は机のそばに本を持って坐り、タラースカは夜の放牧に行く用意をしていた。
家のなかは、例の心にひっかかることさえなかったら、つまり隣の悪党さえいなかったら、何を見ても気分もいいし、心楽しいはずだった。
イワンはぷりぷりしながら家へはいると、猫を腰掛けから投げおろし、たらいがおくべき所においてないと言って、女どもにがみがみ小言を言った。イワンはやるせない気持ちになった。彼は坐ると、仏頂《ぶっちょう》づらをして首輪の繕いにかかったが、ガヴリーロの言いぐさが、彼が裁判所でおどし文句を並べたことや、今も今、しわがれ声でだれかのことを「あいつはぶち殺されてもいいくれえな野郎だ!」などとどなっていたことなどが頭から離れなかった。
ばあさんがタラースカに夕飯の仕度をしてやると、彼はそれを食べ、小さい毛皮外套や百姓外套を着こんで帯をしめ、パンを持って、馬のいる通りへ出ていった。長男が送るつもりだったのを、イワンは自分から立って、表階段へ出ていった。外はもう真暗で、何もかも黒く見え、空は一面に曇って、風が出ていた。イワンは表階段をおりると、息子を馬に乗せてやって、小馬をおどしつけて息子のあとについていき、しばらくたたずんだまま、タラースカが村を下って、ほかの子供らと落ちあい、みんなが出発してその音が聞こえなくなるまで、目をこらし聞き耳をたてていた。こうして門の脇にしばらくたたずむ間も、彼の頭からは例の「てめえも背なかがもっとぴりぴりするような目にあわされねえように気をつけるこった」というガヴリーロの捨てぜりふが去らないのだった。
『自分にさえ情け容赦しねえような野郎だからな』とイワンは考えていた。『日照りがつづいているところへもってきて、この風だ。どこか裏からでもはいってきて、火をつっこんでおいて姿をくらましちまえば、悪党め、家をまる焼けにしちまっても、そのまま無罪ということになる。もっとも、ここで現場をおさえちまえば、もう逃げられっこねえわけだが!』
するとこの考えがイワンの頭にしっかりとこびりついてしまったので、彼は表階段へとってかえさずに、そのまま通りへ出、門を越えて角を曲がっていった。『家をぐるりとまわってみるべえ。あの野郎、何をしでかすか、わかったもんじゃねえからな』こう思って、イワンはぬき足さし足で門について歩きだした。
彼が角をまわって垣根ぞいに目をやったとたんに、その角でなにかゆれ動いたものがあって、それがひょいと飛び出てまた角のむこうへ姿を隠したような気がした。イワンは足をとめて息をころし、耳をすまし、目をこらした。あたりはひっそり閑《かん》としていて、ただ風が柳の葉をそよがして、藁の上をさらさら渡ってゆくばかり。鼻をつままれてもわからないくらい暗かったが、闇のなかで目が馴れてくると、イワンには角のあたりがすっかり、柱からひさしまで見えてきた。彼はそこにたたずんで、じっと瞳をこらしたが、だれもいない。
『確かに見えたんだがな。が、まあ、とにかくまわって来べえ』イワンはこう考えて、物置きにそってしのび足で歩きだした。彼は草鞋《わらじ》ばきでそうっと歩みを運んでゆくので、自分にも自分の足音が聞こえなかった。曲がり角をまわって、ふと見ると、そのはずれの柱のそばで何やら白いものがちらりとしたかと思うと、すぐにまた姿を消してしまった。イワンは急に胸の動悸がはげしくなるのをおぼえて、つと足をとめた。そうして足をとめたとたんに、その同じ場所がぱっと前より明るく燃えあがり、……だれか帽子をかぶった人が彼のほうに背をむけてうずくまって、手にした藁束に火をつけているのがありありと見えた。イワンは、心臓が小鳥のはばたきのようにはためき、からだじゅう緊張した気持ちで、大股に歩きだした。それでいて、自分にも足音は聞こえなかった。
『さあ、今度こそ逃がさねえぞ、現場をとりおさえてやるからな』そう彼は考えた。
イワンがまだ小路《こうじ》を二つもゆかないうちに、あたりが突然ぱっと明るくなった。が、それはもうさっきの場所でもないし、小火《ささび》でもなくて、ひさしの下の藁がめらめらと燃えあがって、屋根へ燃え移ってゆくところだった。しかも、そこにはガヴリーロがたたずんでいて、その姿がすっかり見えたのである。
大鷹がひばりにでもとびかかってゆくように、イワンはびっこにとびかかっていった。『ふん縛《じば》ってやるぞ』と彼は思った。『今度こそ逃がすもんか!』
だが、びっこは足音を聞きつけたらしく、ひょいと振り返ると、いきなりとびあがって、兎のようにびっこをひきひき物置きにそって走りだした。
「逃がしゃしねえぞ!」とイワンは叫びざま、相手に襲いかかった。相手の襟がみをつかもうとしたとたんに、ガヴリーロが彼の手からするりと抜けたので、イワンは服の裾にとりついた。裾がびりびり引きちぎれた拍子に、イワンは転んだ。イワンははね起きると、「手を貸してくれ! 取りおさえろ!」と絶叫して、また走りだした。
彼が立ちあがろうとする間に、ガヴリーロははやくも自分の家のそばまで行きついたが、ここでもイワンは相手に追いついた。そして今にもつかまえようとしたときである、脳天に石でもあたったように、頭に何やらいきなりガーンと来たものがあった。ガヴリーロが家の脇でかしわの棒をひろって、そばへ駆け寄ってきたイワンの頭を力まかせになぐったのである。
イワンはぼうとなって、目から火花が散り、ついで目の前が真っ暗になって、よろめきだした。われに返ったときには、ガヴリーロはもういなかった。そして、あたりは真っ昼間のように明るく、彼の家のほうでは、機械でも動いているように、何かが唸《うな》りをたてて、ぱちぱち爆《は》ぜていた。イワンが振り返って見ると、家のうらの物置きはすっかり炎に包まれ、横の物置きにも火の手がのび、火も煙も、煙の立っている藁の燃えさしも家の上へと飛んでゆくではないか。
「これはいったいどうしたことだ!」イワンはこう叫ぶと、両手をあげ、その手で自分の股のあたりをたたき、「せめてひさしから燃えてる木でも引っこ抜いて踏み消さねば! これはまたどうしたことだべ!」と一つ言葉をくりかえしていた。
叫ぼうにも息が切れて声が出ず、走ろうにも足が動かず、両足が互いにもつれあってしまうのだった。で、ゆっくり歩きだしたが、それでもよろめきだし、またもや、息が切れる始末。そこで、ちょっとたたずんで呼吸がととのったところで、また歩きだした。物置きをまわって火事の現場まで来る間に、横の物置きはすっかり炎に包まれてしまって、火はすでに母屋の一角と門をとらえ、火がぱらぱら落ちてきて、庭へ踏みこむこともできない。人は大勢駆け寄ってきたが、手のくだしようもないありさま。隣近所では自分のうちの持ち物を引っぱりだし、庭うちから自分のうちの家畜を追いだしていた。イワンの家が焼け落ちると、今度はガヴリーロの家に燃え移り、風が起こったため、通りのむこうへも飛び火した。こうして村の半分が灰になってしまったのである。
イワンの家では、年寄りを救い出しただけで、うちの者は、何もかもそこへ残して、着のみ着のままで飛び出した。で、夜間放牧に出ていた馬を除いて、家畜は一匹のこらず焼け死に、鶏はとまり木にとまったまま焼け、馬車、鋤、馬鍬《まぐわ》、女どもの長持ち、穀物置き場の穀物と、……何もかも残らずきれいに焼いてしまった。
ガヴリーロの家では、家畜を追い出したし、なんかかんか物も運び出した。
火事は長いこと、一晩じゅうつづいていた。イワンは家のそばに突っ立ったまま、それを眺めながら、たえず「これはいったいどうしたことだ! せめてつかみ出して踏み消さねば」などと言っているばかり。とは言え、さすがに家の天井が焼け落ちたときは、その彼も火のまっただなかに飛びこんで、焼けこげた梁《はり》をつかんで引き出そうとした。女どもはそれを見て、呼びもどそうとしたが、彼は梁を一本引っぱり出すと、またもう一本取りにはいり、ぐらりとよろめいて、火の上に倒れた。とたんに息子がつづいて飛びこんで、彼を運び出した。イワンは顎ひげも髪の毛も焼き、着物も燃してしまって両腕に怪我までしたのに、なんの感じもなくなっていた。「あれは不幸にあって馬鹿になっちまったんだべ」などと人は言いあっていた。火事が衰えはじめても、イワンはずうっと立ちつくして、「みんな、これはいったいどうしたことだ! せめてつかみ出さねば」などと言っているばかりだったのである。朝がた近くになって、村長がイワンを呼びに息子をよこした。
「イワンおじ、あんたのおとっつぁんが息をひきとるんで、最後の別れを言いてえから、伜を呼んできてくれちゅうことだ」
イワンは父親のことなぞ忘れてしまっていたので、何を言われているのか、合点がいかなかった。
「どこのおとっつぁんが? だれを呼んでこいちゅうだ?」
「あんたを呼んでこいちゅうだよ……別れを言いてえんだとさ、おとっつあんがおらの家で今息ひきとるとこなんだ。行くべえ、イワンおじ」
村長の息子はそう言って、彼の手を引っぱった。そこで、イワンは村長の息子のあとについて歩きだした。老人は運び出されたとき、その上に火のついた藁がふりかかってきて、火傷《やけど》をしたのだった。彼は遠い村里の村長の家へ運びこまれていた。その村は焼けなかったのである。
イワンが父親のところへ着いたとき、その家にはペチカの上に村長の老妻と子供たちがいるだけだった。あとはみな火事場へ行っていたのだ。老人は長腰掛けの上に片手で蝋燭を持ったまま横になっており、横目づかいに戸口のほうを見ていた。息子が部屋へはいると、彼はかすかに身動きをした。老婆がそばに歩み寄って息子さんが来たと告げると、彼は息子にもっと近くへ来るように言ってもらった。イワンがそばへ寄ると、老人はこう口をきった。
「イワン、わしはおまえになんて言っていたっけ? 村を焼いたのは、いったいだれだべ?」
「あの野郎だよ、とっつぁん」と、イワンは言った。「あの野郎だ。おらあ、この目であいつを見ただ。おれの目の前であいつ火を屋根に突っこみやがっただ。おれにあの火のついた藁束をつかんで踏み消せたら、何ごともなかったのになあ」
「イワン」と老人は言った。「わしの死期はもうやって来たが、おまえだっていずれは死んでゆく身だ。これはだれの罪だと思う?」
イワンは父親に目を据えたきり、口をつぐんで、何一つ言いだせなかった。
「神さまの前で言うんだぞ、だれの罪かをな? わしはおまえになんて言っておいたかな?」
そのとたんに、初めてイワンははっとわれにかえり、何もかも得心がいった。彼は鼻水をすすって、「おれの罪だっただ、とっつぁん!」と言うなり、父親の前にひざまずいて泣きだした。そして、「勘弁してくれろ、とっつぁん、おれが悪かっただ。とっつぁんにたいしても、神さまにたいしても」と言った。
老人は両手を動かして、蝋燭を左手に持ちかえ、右手を額のところへ持っていって、十字をきろうとしたが、そこまで持ってゆけずに、やめた。
「主よ、おん身に栄えあれ! 主よ、おん身に栄えあれ!」彼はそう言ってから、また息子を横目で見た。
「イワン! イワンよ!」
「なんだね、とっつぁん?」
「さて、これからどうしたらええと思う?」
イワンは泣きつづけながら、
「わかんねえだ、とっつぁん」と言った。「これから先、どうやって生きていったらええだべか、とっつぁん?」
老人は目を閉じると、残った力をふりしぼるようにして、唇をしめらし、目を見開いて、こう言った。
「生きてゆけるよ。神さまといっしょに生きるかぎり、生きてゆけるとも」
老人はさらにちょっと口をつぐんで、にっこりして言った。「イワン、だれが火をつけたかってことはゆめゆめ口にするなよ。他人の罪を一つ隠してやれば、神さまは罪を二つ許してくれるでの」
こう言って老人は蝋燭を両手に握り、その手を胸の上で組みあわせて、ほうと太い息をはくと、からだがのびて、そのまま死んでいった。
イワンはガヴリーロのことを口にしなかったから、何がもとで火事が起きたかは、だれひとり知るよしもなかった。
ガヴリーロにたいするイワンの憎しみは消えうせてしまい、ガヴリーロが驚いたことに、イワンは彼のことをだれにも言わなかった。はじめのうち、ガヴリーロは彼にたいしてびくびくものだったが、そのうちに馴れてきた。あるじたちが喧嘩をやめるにつれて、家族の者もやめてしまった。家を新築する間、両家は一つ家に住み、以前より広く宅地を割りあてて村の家々が建ち終わったのちも、イワンとガヴリーロはまた同じ隣組で隣同士で暮すことになった。
こうしてイワンとガヴリーロは、年寄りたちがそうだったように、仲むつまじく暮した。イワン・シチェルバコーフは、火は初めのうちに消さなければならぬという老父の訓戒と神のお示しを忘れなかった。
で、たとえだれか自分にひどいことをしかける者がいても、その仕返しをしようなどとは考えずに、どのように事態を収拾すべきかということを考えるようになった。また、自分にだれかひどいことを言う者がいても、もっとひどい言葉を返してやろうなどとは考えずに、どうしたらその男にひどい言葉を口にしないように教えこめるかということを考えるようになり、また女房子供にもそういうふうに教えた。そんなわけで、イワン・シチェルバコーフは人間もよくなれば、暮しむきも昔よりよくなった。
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愛あるところに神もいる
ある町にマルトゥイン・アヴデーイチという靴屋が住んでいた。暮していたところは地下室の、窓がひとつしかない小部屋である。窓は通りに面していたので、その窓から人が通るのが見えた……とは言っても、見えたのは足だけなのだが、マルトゥイン・アヴデーイチは、靴で人を見わけることができた。もうひとつ所に住んでだいぶになるので、知りあいは多い。この近辺の人の靴で一度や二度彼の手にかからないものはないと言っていい。底をつけかえたのやら、つぎをあてたのやら、裂け目を縫いあわせたのやら、ときにはあたらしい面皮《おもてがわ》をこしらえてやったのさえあった。だから、彼はしょっちゅう窓ごしに自分の手になった仕事を見ていたわけである。仕事はいくらでもあった。アヴデーイチは仕事が手堅くて、材料もいいのを使い、代金も余計には取らず、それに約束の期限もまもるようにしていたからである。期限までにできれば、引き受けるが、できないときには正直に、前もってそうことわるというふうだった。そんなわけで、アヴデーイチを知らぬ者はなく、したがって仕事が切れることもなかった。アヴデーイチはもともといい人間だったが、年をとるにつれて一段と魂の救いを念ずるようになり、前にもまして信心ぶかくなってきていた。女房は、すでに主人の店に働いていた時分に、三つの男の子を残して世を去っていた。ふたりの間にはそのほかに子供はいなかった。上の子はみんなその前に死んでしまっていたのだ。最初マルトゥインは子供を田舎の妹のところへあずけようと思ったが、そのうちそれもかわいそうな気がして、『カピトーシカだってよその家で育てられるってことは辛いにちげえねえ、手もとにおいとくことにしよう』と思いなおした。
こうしてアヴデーイチは主人のもとを去って、子供といっしょに間借り生活をはじめた。だが、アヴデーイチは子供のことでは神から仕合せを授からなかった。子供がやや長じて、父親の手助けをはじめ、これからが楽しみと思ったやさきに、カピトーシカは病気にとりつかれて床《とこ》に伏し、一週間ほど熱病で苦しんだあげく、死んでしまったのである。マルトゥインは息子を葬ったあと、すっかり絶望してしまい、あまりの失望に、神にまで不平を言いだした。また、あまりにもさびしかったため、一度ならず神に死を願い、自分のような年寄りならまだしも、かわいいたったひとりの息子をお召しになったといって神を責めたりもした。そんなわけで、彼は教会へかようこともやめてしまった。とそこへ、ある日、同郷の老人がトロイーツァからやってきてアヴデーイチの家に立ち寄った……もう八年ごし諸所ほうぼうを巡礼してまわってきた人だった。アヴデーイチはその老人と雑談をまじえているうちに、相手に自分の非運を訴えはじめた。
「あっしはねえ、あんた、もうこれ以上生きていく気もしねえんだよ。死んじまいたいと思うだけで、そればっかり神さまにお願《ねげ》えしているようなありさまで、このごろはもう何の希望もねえ人間になっちまったよ」
すると、老人は彼にむかってこう言った。
「おめえさんの言っていることはまちがっているぞ、マルトゥイン。わしらは神さまがなさることをとやかく批判しちゃならねえんだよ、すべてはわしらの知恵によるんじゃなくて、神さまのお裁きによるんじゃからな。神さまは、おめえさんの息子さんは死に、おめえさんは生きていくというふうにおきめになったが、それはつまりそのほうがいいと思われたからじゃ。おめえさんは自棄《やけ》になっておられるようじゃが、それは、自分だけの楽しみのために生きているからじゃよ」
「じゃ、なんのために生きていったらいいんだね?」とマルトゥインは聞いた。
すると、老人が言うには、
「神さまのために生きていかなけりゃならねえよ、マルトゥイン。神さまがおめえさんに命をおさずけくださった以上は、その神さまのために生きなけりゃならねえ道理じゃねえか。神さまのために生きれば、なにひとつ悲観することもねえし、何ごとも気楽に見えてくるもんじゃよ」
マルトゥインはしばらく口をつぐんでから、こう言った。
「じゃ、どうやって神さまのために生きていったらいいんだね?」
すると老人はこう言った。
「どうやって神さまのために生きていったらいいかってことは、キリストさまが教えてくださっているよ。おめえさんは読み書きは心得ているかの? 福音書を買って読むがいい。あれを読めば、どうやって神さまのために生きていったらいいかがわかるよ。あのなかに何もかも書いてあるでな」
この言葉がアヴデーイチの心にふかくきざみこまれたらしく、彼はその日のうちに出かけていって、大型活字の新約聖書を買ってきて、読みだした。
アヴデーイチは初め祭日にだけ読むつもりだったのに、読みだしてみると、心がはればれするので、毎日欠かさず読むようになった。ときには読みふけってしまって、ランプの油が全部燃えつきてしまっても、本から離れられないこともあった。アヴデーイチはそんなふうにして毎晩読むようになった。そして、読めば読むほど、神さまは自分に何を望んでおられるのか、神さまのために生きるにはどうしたらいいのか、というようなことがはっきりしてきて、ますます気持ちが軽くなってきた。以前は床にはいるときには吐息をついたり、うめき声を発したりして、しょっちゅうカピトーシカの思い出にふけったものだったが、このごろは寝ながら、「主よ汝に栄えあれ、汝に栄えあれ! 汝の御心《みこころ》のままに!」というようなことしか口にしなくなった。それ以来、アヴデーイチの生活は一変した。以前は、お祭ともなれば、彼も飲食店などへはいって、お茶を飲みもしたし、ウォツカもたしなまないほうではなかった。知り合いを相手に一杯ひっかけでもすると、酔っぱらうというほどではないにしても、一杯きげんで飲食店から出てきては、馬鹿話をしたり、人をよびとめて相手を責めたりもしたものだった。ところが、いまではそんなことはみなひとりでになくなってしまい、静かな喜びにみちた生活がはじまったのである。朝から仕事にかかって、自分の一日の仕事を終えると、ランプを鉤《かぎ》からはずして机の上におき、棚から本を取り出して、ひろげて読書をはじめる。こうして読んでゆくにしたがって理解もすすみ、気持ちも明るくなり、楽しくなってきた。
あるとき、たまたまマルトゥインは夜ふけまで読書に耽《ふけ》っていたことがあった。彼はルカによる聖福音書を読んでいた。第六章のなかのこういう節を読んだ。
『あなたの頬を打つ人にはほかの頬も向け、マントをとる人には上着もこばんではならない。あなたに求めるすべての人に与え、あなたの持ち物を奪う人から取りもどそうとしてはならない。あなたたちは、他人からしてほしいと思うことを、そのまま他人におこないなさい』
先へ読み進んで、主がこう言っている節も読んだ。
『あなたたちはわたしを主よ、主よ、とよびながら、なぜ、わたしの言うことをおこなおうとしないのか。わたしのところに来て、わたしの言うことを聞いておこなう人は、どういう人かを、教えよう。それは、土地を深く掘って、岩の上にいしずえをおいて家を建てる人のようである。洪水になって、奔流がその家をおおっても、しっかり建っていたからゆるがせなかった。しかし、聞いておこなわない人は、土地の上に、いしずえもおかずに家を建てた人のようである。奔流がその家をおおうと、すぐ倒れて、さんざんに破壊されてしまった』
アヴデーイチはこの言葉を読むと、うれしい気持ちになった。彼は眼鏡をはずして本の上におき、机に頬づえをついて、思いに耽りだした。彼はこの言葉に自分の生活を当てはめてみて、ひとりでこう考えた。
『おれの家はどうかな……岩の上に建っているかな、それとも砂の上にでも建っているかな? 岩の上に建ってりゃけっこうだが。こうやっている間は、まあだいじょうぶだ、こうしてひとりで坐ってりゃ、何もかも神の言いつけどおりにしているような気がするからな。ところが、うっかりすると、また罪なことをしでかすものなんだ。やっぱり一生懸命頑張ろう。それがいちばんいいことだ。主よ、お助けくだせえまし!』
こう思って彼は、寝るつもりになったが、本から離れることが惜しいような気がして、さらに第七章を読みだした。彼は百夫長の話を読み、やもめの息子の話を読み、ヨハネが弟子たちに与えた回答を読み、金持のパリサイ人《びと》が主を家へ客によんだくだりまで来て、罪ぶかい女が主の御足に香油をぬり、その足を涙で洗い、主が彼女の罪をお許しになった話を読んだ。そして、四十四節まで来て、こういうところを読みだした。
『それから女をふりかえり、シモンに向かって、「この婦人をごらん、あなたは、わたしがはいってきても、わたしの足に水をそそいでくれなかったのに、この人はわたしの足を涙でぬらして、自分の髪の毛で拭いてくれた。あなたは接吻しようとしなかったけれど、この人は、わたしがはいったときから、絶えずわたしの足に接吻してくれた。あなたは、わたしの頭に油をぬらなかったが、この人は、わたしの足に香油をぬってくれた」』彼はこれらの節を読んで、『足に水をそそがず、接吻もせず、頭に香油もぬらなかったわけか……』と考えた。
アヴデーイチはここでまた眼鏡をはずして本の上におき、またもや物思いに耽りだした。
『このパリサイ人もきっとおれみてえな人間だったんだな。やはり、たぶん、自分のことしか考えていなかったんだろう。どうやってお茶をたらふく飲んで、ぬくぬくとあったけえ暮しをしたもんだろうというようなことばかり考えて、お客のことなんか考えなかったんだな。自分のことばかり考えてお客の面倒も見なかったんだ。ところが、その客というのはだれかと言えば、主ご自身だったんだからな。いま主がここへ来られるとしたら、おれはあんな具合《ぐええ》にするだろうか?』
そうしてアヴデーイチは両肘をついたまま、気づかぬうちにうとうとしだした。
と不意に、「マルトゥイン!」とだれか耳もとでささやく者がいた。
マルトゥィンは寝ぼけまなこで、ぱっととびあがった。
「だれだろう?」
彼は振りむいて、ドアのほうに目をやったが、だれもいない。で、また眠りこんでしまった。と、突然、
「マルトゥイン、これ、マルトゥイン! あした、通りを見ていなさい、わしがやって来るから」と言う声がはっきりと聞こえた。
マルトゥインは、目がさめると、椅子から腰をあげて、目をこすりはじめた。が、あの言葉を夢のなかで聞いたのか、うつつに聞いたのか、自分にもわからなかった。彼はランプをひねり消して寝についた。
あくる朝、アヴデーイチは未明に起き出し、お祈りをし、暖炉をたいて部屋をあたため、キャベツのスープと麦粥をこしらえ、サモワールに火を入れると、前かけをかけ、窓さきに腰をおろして仕事をはじめた。アヴデーイチは、腰をかけて仕事をしながらも、絶えずきのうのことを頭に浮かべていた。ふたとおりに考えられるのだった。夢に見たようにも思えれば、ほんとうに声が聞こえたようにも思えるのだ。『なんでもねえさ、前にもああいうことはよくあったじゃねえか』と彼は思った。
マルトゥインは窓ぎわに座をしめたが、仕事をするよりも窓の外を見ることのほうが多かった。だれか見覚えのない靴を履いた者が通ると、身をかがめるようにして窓からのぞいて、足ばかりでなく顔も見るようにしていた。新調のフェルト靴を履いた屋敷番が通り、水運び人夫が通り、つぎをした古フェルト靴を履いたニコライ時代の老兵がシャベルを持って窓さきにさしかかった。アヴデーイチにはそのフェルト靴からそれがあの男だとわかった。その年寄りはステパーヌィチと言って、となりの商人《あきんど》の家にお情けでおいてもらって屋敷番の手伝いの仕事をさせられている男なのである。ステパーヌィチはアヴデーイチの家の窓のむかいで雪掻きをはじめた。アヴデーイチはその男をちらっと見て、また仕事にとりかかった。
「いやはや、どうも、このおれも年のせいで、だいぶ『やき』がまわったらしいて」とアヴデーイチは自嘲の笑いを浮かべた。「ステパーヌィチが雪掻きに来たのに、キリストさまがおいでになったなんて思って。すっかりやきがまわっちまったぞ、老いぼれめ」
それでいて、アヴデーイチは十針も縫うと、またぞろ窓の外を見たくなって、もう一度外に目をやってみると、……ステパーヌィチはシャベルを壁にたてかけたまま、暖をとるでもなければひと休みするというふうでもなく、そこに突っ立ったきりなのである。
おそらく、年をとり、苦労におしひしがれて、雪を掻く元気もなくなっているのだろう。アヴデーイチは、『お茶でも一杯ふるまってやろうかな、ちょうどいいあんばいに、サモワールもふきこぼれそうになっている』と思い、縫い針を突きさして立ちあがると、テーブルの上にサモワールをすえて、お茶をつぎ、窓ガラスを指でこつこつたたいた。すると、ステパーヌィチが振りかえって窓さきへやって来た。アヴデーイチは彼を手まねきして、立っていってドアをあけてやった。
「はいって、あったまんなせえ」と彼は言った。「さぞかし、冷えこんじまったことだろう」
「いや、ありがとう、骨がずきずきうずくんでな」とステパーヌィチが言った。彼はなかへはいると、床に足あとがつかないように、足を拭きはじめたが、その拍子によろよろとよろめいた。
「そんなに気をつかって足なんか拭くことはねえ。床はあとで拭いとくから。そんなことはこちとらのやることだよ、そのままこっちへ通って、ここへ掛けるがいい」とアヴデーイチは言った。「さあ、お茶でもおあがんなせえ」
こう言ってアヴデーイチは二つの茶碗に茶をつぎ、一つを客のほうへおしやり、自分のは受け皿にあけて、ふうふう吹きさましはじめた。
ステパーヌィチは自分のを飲んでしまうと、茶碗を伏せ、その上に噛みのこしの砂糖のかけらをおいて、礼を言いはじめたが、あきらかに、もっとほしいような様子なのである。そこでアヴデーイチは、「もっと飲みなせえ」と言って、さらにもう一杯ずつ自分と客についだ。が彼は自分の茶を飲みながらも、通りに目をやることをやめなかった。
「だれかが来るのを待っているのかね?」と客が聞いた。
「だれかを待ってるのかって? きまりがわるくってそんなこと言えたもんじゃねえ、待っているというほどでもねえんだが、ある言葉が心にひっかかっていて離れねえんだ。それが幽霊だったのか、なんでもなかったのか、自分でもわからねえんだ。実はな、兄弟、きのう福音書で、キリストさまがいろんな難儀をしながらほうぼうお歩きになった話を読んだんだよ。たぶん、おめえさんも聞いたことがあるだろう?」
「聞いたことは聞いたが」とステパーヌィチは答えた。「わしらは無学な人間で、字が読めねえんでな」
「実はこういうわけなんだ。あっしが読んだのは、キリストさまがほうぼう歩きまわられたときの話なんだがね。いいかね、それは、キリストさまがあるパリサイ人《びと》の家へ行ったところが、その男にろくな扱いもされなかったって話なんだ。ま、そんなわけで、その話を読んであっしは考えたんだ、その男はどうしてキリストさまを大事にもてなしてやらなかったんだろうってね。もっとも、かりに、たとえばこのおれにしろ、だれにしろ、そういうことになったとしたら、どう扱ったか知れたもんじゃねえがね。が、それはそうとその男はろくに歓迎もしなかったわけだ。ところが、あっしはそんなことを考えているうちに、うつらうつらしだした。とろとろしたとたんに、兄弟、だれかがあっしの名前をよんでいる声が聞こえるじゃねえか。で、起きてみると、確かにだれかがこう小声で言っているんだ。待っているがいい、あした来るぞ、とな。しかも、それが二度もなんだよ。そんなわけで、実は、それが頭にこびりついちまって、自分で自分を馬鹿な野郎だと思いながら、こうしてずうっとキリストさまをお待ちしているわけなのさ」
ステパーヌィチは頭を振っただけで、何も言わずに、茶を飲むと茶碗を脇へおいたが、アヴデーイチはまたその茶碗を取りあげて、さらにもう一杯ついでやった。
『さあ、たんと飲むがいい。それからまた、こうも考えたよ、キリストさまはほうぼうお歩きになったときに、だれのことも毛ぎらいせずに、むしろ平民とつきあわれた。いつも平民の間をお歩きになって、弟子もつねにむしろおれたちのような者、われわれ罪ぶかい労働者のなかからお採りになった。そしてみずから高くする者は卑《いや》しめられ、みずから卑しめる者は高められるとおっしゃり、おまえたちはわしを主とよんでいるが、わしはおまえたちの足を洗ってあげる、人の頭《かしら》になろうと思う者はみなの僕《しもべ》となれ、貧しくて、従順で、おとなしくて、親切な者こそ仕合せなのだから、と、こうおっしゃってるんだ」
ステパーヌィチは茶を飲むことも忘れてしまっていた。彼は年をとって涙もろくなっていたので、坐って聞いているうちに涙が頬を伝って流れ落ちるのだった。
「さあ、もっとおあがんなせえ」とアヴデーイチは言った。
が、ステパーヌィチは十字をきって礼を手い、茶碗を脇へやって立ちあがると、
「ありがとう、マルトゥイン・アヴデーイチ」と言った。「ご馳走してもらったんで、これで身も心も満ちたりたよ」
「どうぞ、またいらっしゃい。お客が来てくれると、うれしいんでね」とアヴデーイチは言った。
ステパーヌィチが立ち去ると、マルトゥインは最後の茶をついでそれを飲みほし、茶器を片づけて、窓にむかって仕事にかかり、かかとの綴《と》じ縫いをはじめた。そして、綴じ縫いをしながらも、しょっちゅう窓の外へ目をやって、……キリストが来はしないかと思い、絶えずキリストとキリストの御業《みわざ》のことばかり考えていた。それに、彼の頭にはのベつキリストのいろんな言葉が浮かんでくるのだった。窓のそばを兵隊がふたり通った。ひとりは軍の支給品の長靴を履き、もうひとりは私物の長靴を履いていた。ついで、隣の家の主人がきれいにみがいたオーバー・シューズを履いて通り、籠をさげたパン屋も通った。そういった連中が通ったと思うと、今度はさらに、毛糸の靴下に木靴を履いた女が窓先にさしかかった。女は窓のそばを通りすぎると、窓の間の壁ぎわに足をとめた。アヴデーイチが窓の下から女を見あげてみると、……それは見も知らぬ女で、ひどい身なりで、赤ん坊を抱き、風に背をむけて壁ぎわに立ったまま、赤ん坊を包もうとしているのだが、その包むものすらろくにないような始末なのである。女の着ているものと言えば、夏の着物で、おまけに、粗末きわまるものなのである。と、窓枠のむこうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。そしてそれを彼女がなだめすかそうとするが、どうしてもなだめられない様子。で、アヴデーイチは立ちあがると、戸口から階段のほうへ出ていって、こうよびかけた。
「おかみさん! ねえ、おかみさん!」女はそれを聞きつけて、振り返った。
「どうしてまたこんな寒空に赤ちゃんなんか抱いて立っていなさるんだね? 家のなかへおはいんなせえ、あったかい所だったら、もっとうまいぐあいに赤ちゃんのしまつができますから。さあ、さあ、こっちへ」
女は不審に思った。見れば……鼻の上に眼鏡のずり落ちている、前かけ姿の、年のいったじいさんが自分の家へはいるようにとよんでくれているのである。で、彼女はあとについて来た。
ふたりが階段をおりて部屋のなかへはいると、老人は女を寝台のそばへ案内してこう言った。
「ここへお掛けなせえ、おかみさん、もっと暖炉に近いところヘ……そして、あったまりながら赤ちゃんにおっぱいをおやんなさい」
「おっぱいは出ないんですよ、朝から食べていないもんですから」女はこう言ったが、それでも赤ん坊を乳房にすがらせた。
アヴデーイチは頭を振ると、テーブルのそばへ行って、パンとお碗を出し、暖炉のたき口の蓋をあけて、キャベツ汁をお碗にいれた。そして、麦粥のはいっている土鍋《どなべ》も取り出したが、まだ煮えていなかったので、キャベツ汁だけにして、それをテーブルの上に出してやった。それからパンを取り出し、ハンカチを鉤《かぎ》からとって、やはりテーブルの上においてやった。
「ここへ掛けて、おあがんなせえ、おかみさん。赤ちゃんのほうはあっしが抱いてあげるよ、あっしにも子供があったんで、……子供のおもりぐらいはできるからね」
女は十字をきって、食卓について、食事をとりはじめ、アヴデーイチは赤ん坊の寝台のそばへ行って腰をおろした。アヴデーイチは赤ん坊に唇をちゅうちゅう鳴らしてみせたが、どうもうまくいかない、……歯がないからだ。相変わらず赤ん坊は泣き叫ぶばかり。そこでアヴデーイチは赤ん坊を指でおどすまねをしてみようと思いつき、幾度も指を赤ん坊の口のあたりへまっすぐ振りおろしては、脇へひょいと引っこめた。とは言え、口のなかへは入れなかった。指が樹脂蝋でまっ黒によごれていたからである。赤ん坊は指に見とれているうちに泣きやみ、やがて笑いだした。アヴデーイチも喜んでしまった。女はものを食べながら、自分の身の上やら行き先などについて語りだした。
「わたしは兵隊の女房でね、夫は八カ月前に遠方にやられたきり、音沙汰なしなんですよ。わたしは台所の女中をしながら、子供を生んだんですが、子持ちでは、おいてくれる家もありません。そんなことで、もうこれで三カ月ごし職がなくて苦労しているんです。持ち物はのこらず売って食べてしまいましたし、乳母になろうにも、傭《やと》ってくれ手がありません。やせすぎているっていうんです。今もある商人《あきんど》のおかみさんの家へ行ってきたんですがね。そこにうちの近所の娘さんが奉公しているんで、傭ってくださるっていう約束なんです。ところが、もうこれですっかり住みつけるものと思っていたのに、来週来てくれって言われましてね。そこはとても遠いところでしてね。自分もへとへとになっちまったし、このかわいい子にもずいぶん辛い思いをさせましたよ。ありがたいことに、今のところ、家主の奥さんがわたしたちを不憫に思って、ただでおいてくださっているんで助かっていますけどね。でなかったら、どう暮していったらいいのか、わかりませんわ」
アヴデーイチは吐息をついて、こう言った。
「それにしても、あったけえ着物ぐれえ持っちゃいなさらねえのかね?」
「もうあったかい着物を着ずにはすごせない時節なんですけどね。きのうは、これっきりというショールまで二十コペイカで質に入れてしまいましたわ」
女が寝台に歩み寄って赤ん坊を抱きあげたので、アヴデーイチは壁のほうへ立っていったかと思うと、その辺を掻きまわして、古い胴着を持ち出してきて、
「ほら、ひどい代物だが、それでもくるむくらいの役には立つだろう」と言った。
女は胴着と老人の顔をかわるがわる見ていたあげく、胴着を受け取って、さめざめと泣きだした。アヴデーイチは顔をそむけた。そして、寝台の下へ這いこんで小さい長持ちを引っぱり出し、その中を掻きまわしたあとで、また女と向かいあうようにして腰をおろした。
すると、女はこう言った。
「おじいさん、あんたにキリストさまのお救いがありますよう。これはきっと、キリストさまがわたしをあんたの窓さきへおよこしになったんですよ。こういうことにならなかったら、わたし、子供を凍えさせちゃうところだったわ。外へ出たときは暖かかったのに、今はこんなに急に寒くなっちまったんですもの。キリストさまがあんたに窓の外を見させて、不仕合せなわたしに対して同情心を起こさせたんだわ」
アヴデーイチはにっこり笑ってこう言った。
「確かに、キリストさまのお導きだよ。あっしが窓の外を見ていたのだって、おかみさん、理由がないわけじゃなかったんだからね」
そして、マルトゥインは兵隊の女房にも自分の夢の話をし、きょう来ると約束してくれた主の声を聞いた次第を語って聞かした。
「なんだって起こるもんですよね」女はこう言って、腰をあげ、胴着を肩にかけて、そのなかに子供をくるむと、お辞儀をして、アヴデーイチにかさねて礼を言った。
「さあ、どうぞ、これをお取んなせえ」アヴデーイチはそう言って、相手に二十コペイカ銀貨をくれてやった。
「これでショールを請け出すがいい」
女が十字をきると、アヴデーイチも十字をきって、彼女を送り出してやった。
女が行ってしまうと、アヴデーイチはキャベツ汁をすすって、あと片づけをすまし、また腰をおろして仕事にかかった。そして、そうやって仕事をしながらも、彼は窓を気にしていた。……窓の外がたそがれると、すぐに、だれが通ったのかと、窓の外に目をやった。見知った人も通れば、見知らぬ人間も通ったが、特別目をひくような者はひとりも通らなかった。
と、ふと、アヴデーイチの目に、彼の家の真向かいに物売りの老婆が足をとめた姿が映った。リンゴを入れた籠《かご》をさげていて、もうほとんど売りつくしたらしく、すこししか残っていないが、そのほかに肩ごしに木端《こっぱ》の袋を背負っている。たぶん、どこかの普請場で集めて家へ持って帰る途中なのだろう。見たところ、袋の重みで肩が痛むらしく、別の肩にかつぎかえようとして、敷き石の上に袋をおろし、リンゴのはいったかごを杭《くい》にのせて袋のなかの木端をゆさぶりはじめた。こうして老婆が袋をゆさぶっている最中に、どこからともなく不意に破れ帽子の子供が現われて、籠のなかのリンゴをひとつひっつかむなり、するりと逃げ去ろうとしたのに気づいた老婆は、振り返りざま、子供の袖口をおさえてしまった。子供は身をもがいて、振りきって逃れようとするが、老婆は両手でその子をとりおさえると、相手の頭から帽子をたたき落として、その髪の毛をつかんだ。子供は泣きわめくし、老婆はどなりつけるといったような騒ぎ。アヴデーイチは縫い針をさしこむひまもなく、床の上にほうりだして、戸口の外へとび出したが、階段でけつまずいたはずみに、眼鏡を落としてしまった。アヴデーイチが通りへ駆けだしてみると、老婆は子供の巻き毛を掻きむしりながら、がみがみ小言を言って、交番へ連れていこうとしているし、子供はなんとか逃れようとしながら、白状すまいとして、
「おいらは取りゃしねえのに、なんでぶつんだよう、放してくれよう!」などとわめいている。
アヴデーイチはふたりの間を引き分けようとして、子供の手をつかんで、こう言った。
「この子供を放しておやりよ、おばあさん。どうか勘弁してやっておくれ!」
「そりゃ勘弁もしてやるけど、一年くらいは忘れないような目にあわせてやらなくちゃ! わしゃこのならず者を警察へしょっぴいていってやるよ!」
アヴデーイチは老婆に頼みこんで、こう言った。
「放してやってくれよ、な、おばあさん、もうこれからはあんなことはしねえだろうから、どうか勘弁してやっておくれ!」
老婆が放してやると、子供は逃げ去ろうとしたが、アヴデーイチに引きとめられた。
「おばあさんにあやまんな。そしてこれからはあんなことするんじゃねえぞ。わしは、おまえが盗《と》ったところを見たんだよ」
子供は泣いて、あやまりはじめた。
「そうそう、それでいい。じゃ、今度は、ほら、おまえにリンゴをあげるぞ」
こう言ってアヴデーイチは籠からリンゴをひとつ取って子供にやり、
「これはわしが払うよ、おばあさん」と老婆に言った。
「おまえさんはそうやってこいつら腕白《わんぱく》どもをあまやかしちまうんだよ」と老婆は言った。「こんなやつは、一週間も忘れられないくらいひどい目にあわせないといけないんだよ」
「まあ、ばあさんや、ばあさんや」とアヴデーイチは言った。「わしら人聞の考えから言えばそうだが、神さまの考えだとそうじゃねえんだよ。たかがリンゴひとつのことでこの子をぶたなきゃならねえとしたら、われわれが重ねた罪のことじゃ、われわれなんかどうしようもねえじゃねえか?」
老婆は黙ってしまった。
そこで、アヴデーイチは老婆に、主人が小作人に莫大な借金を全部免除してやったのに、その小作人は出かけていって自分が金を貸してやった男の首をしめようとしたという、たとえ話を語って聞かした。老婆も聞いていたし、子供もたたずんだまま、それを聞いていた。
「神さまは許してやれとおっしゃっている」とアヴデーイチは言った。「そうしねえと、われわれも許しちゃもらえねえことになるんだよ。だれのことも許してやらなきゃならねえが、物のわからねえ子供のことなら、なおさらのことだ」
老婆は頭を振って、吐息をついた。
「それはそうだけど」と老婆は言った。「ほんとうにこの子ときたら、いたずらの度がすぎるからね」
「だからこそ、わしら年寄りが教えてやらなきゃならねえんだよ」とアヴデーイチは言った。
「わたしもそう言うのさ」と老婆は言った。「このわたしにもこんな男の子が七人あったけど、生き残ったのは娘ひとりだけでね」
こう言って老婆は、自分は娘といっしょに、どこでどういう暮しをしているか、自分には孫が何人いるかといったようなことを語りだした。「わたしゃ、このとおり、もう力はないけれど、一生懸命働いているんだよ。小さい孫がかわいそうなんでね。それに孫たちがまたいい子ときているんだもの。だれひとりあの子たちのような迎え方をしてくれる者なぞいやしないよ。アクシュートカなんかときたら、わたしから離れてどこへも行こうとしないくらいだものね。『おばあちゃんよう、ねえ、おばあちゃんよう……』なんて言ってさ」
こうして老婆はすっかりやさしくなってしまった。
「知れきったことよ、子供のすることだものな。この子に神さまのお救いがありますように」と老婆は男の子にむかって言った。
老婆が袋を肩にかつぎあげようとすると、たちまち子供が走り寄ってきて、こう言った。
「おいらが持っていってやるよ、おばあちゃん。おいらも同じ道だから」
老婆は頭を振って、袋を子供に背負わしてやった。
そしてふたりは並んで通りを歩きだした。老婆はアヴデーイチにリンゴの代金を請求するのを忘れてしまっていたのである。アヴデーイチはそこにたたずんだまま、ずうっとふたりを見送り、ふたりが歩きながら何やら話しつづけていく声に耳をすましていた。
アヴデーイチがふたりを見送ってから自分の家へもどってみると、眼鏡は階段の上に落ちていた。が、こわれてはいなかった。で、彼は縫い針を拾ってまた仕事にかかった。しばらく仕事をしているうちに堅糸《かたいと》が穴に通らなくなり、見ると、点燈夫が街燈をともしていったので、『どうやら、こっちも灯《ひ》をともさなきゃならねえようだな』と思って、ランプの用意をし、それをテーブルの上において、また仕事にとりかかった。長靴が片方だけすっかり仕上がったので、それをあっちこっちひっくりかえして、調べてみたところ、……上出来だった。で、道具をまとめ、皮の切り屑を掃き寄せて、堅糸や糸きれや錐《きり》を片づけ、ランプを取って机の上において、棚から福音書を取り出した。そして、きのう山羊皮の切れ端をはさんでおいた個所をひらこうとすると、別のところが出てきた。福音書をひらくとすぐに、きのうの夢が思い出された。そして、思い出したとたんに、だれかが彼の背後で身動きをし、歩みを運ぶ気配を感じた。アヴデーイチが振り返って見ると、暗い片隅に人が何人か立っているではないか。立ってはいるのだが、それがだれなのかは見分けがつかない。すると、彼の耳もとで、
「マルトゥイン! おい、マルトゥイン。『わたし』がわからないかね?」とささやく声がした。
「だれが?」とアヴデーイチが言うと、
「『わたし』がさ」という声がした。「あれが『わたし』だよ」
そう言って、暗い片隅からステパーヌィチが出てきて、にっこりしたと思うと、その姿は雲のように散って、もういなくなっていた……そこへまた、
「あれは『わたし』だよ」という声がして、暗い隅から赤ん坊を抱いた女が出てきて、にっこり笑い、子供も笑顔を見せて、そのままやはり消えうせてしまった。さらに、
「あれは『わたし』だよ」という声がしたかと思うと、老婆とリンゴを持った男の子が出てきて、ふたりともにっこりし、これまたやはり消えていった。
アヴデーイチは胸のなかが歓喜でいっぱいになった。彼は十字をきると、眼鏡をかけて、福音書の、ひとりでにあいた個所を読みだした。そのページの上のほうにはこう書いてあった。
『あなたたちは、わたしが飢えていたとき食べさせてくれ、かわいているときに宿らせてくれ、裸だったときに訪れてくれたからだ』……
それからページの下のほうにはさらにこうあった。
『あなたたちが、わたしの兄弟であるこれらのもっとも小さな人々のひとりにしてくれたことは、つまりわたしにしてくれたことである』(マテオ二十五章)
こうしてアヴデーイチは、あの夢が嘘ではなくて、まさしくこの日、彼のところへ救世主がやって来て、確かに自分が救世主を迎えたのだと悟った。
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解説
トルストイの民話について
一八八一年から八六年にわたってトルストイが書き上げた民話は全部で十七篇にのぼる。私はそのうちから質的にも優れ、量的にも大きな、面白い作品を選んで、本書に収めた。
トルストイの民話には、他の民話とはちがったさまざまな特色が見出せる。まず形式の面から見てゆくと、彼の民話に見られる文体は単純明快で圧縮されており、自然で、殊更に技巧を弄しているようなところは微塵も見られない。この単純、明確、簡潔さこそ、トルストイが『芸術論』のなかでも今後の芸術の要件のひとつに挙げている点であり、彼の後期の作品全体に見られる特色だが、ここでは一般民衆を読者とし、聞き手が往々にして文盲であることを考慮すべき民話であることが彼にそうした傾向を強化させたのである。しかし単純ではあってもけっして陳腐な表現に堕していないのは、長年にわたって磨きあげられた文豪の手腕の賜《たまもの》と見なければならぬ。これに関連して描写や人物の会話に民衆の言葉がふんだんに利用され、ふだん書きとめておいた民衆の会話の面白い表現や彼らが頻繁に使う諺《ことわざ》を随所に織りこんでいる点も注目に値する。
形式内容両面にわたることでもうひとつ指摘しておかなければならない点は、この民話では説教文学と口碑民衆文学の伝統が奇妙な混淆を呈している点である。物語の冒頭に付してある福音書から抜粋した題詞《エピグラフ》と、物語の末尾の宗教的教訓的|箴言《しんげん》はロシヤの古代説教文学の特色なのである。(宗教的教訓的箴言の一例を挙げれば、『人間はなにで生きているか』の「いまこそ、人間には自分の身を案ずることによって生きているように思われるかもしれないが、それはそう思われるだけのことで、実際はただ愛だけで生きているのだということがわかりました」がそれである。)また、神と悪魔はこの種の文学につきものだったのである。
内容的に見れば、トルストイの民話の中心的テーマは、「キリスト教的愛」と言い、「精進による浄罪」と言い、「形式の無視と精神の重視」と言い、「物質欲にたいする戒め」と言い、「悪にたいする暴力による抵抗の否定」と言い、すべてトルストイ自身の哲学に基づいている。これらの民話は、古代ロシヤの記述文学作品を原拠とするものであろうと、口碑伝説的資料を利用したものであろうと、作者はすべて例外なく自分の宗教的道徳的原理に合わせて変形しているのである。
さらにもうひとつトルストイの民話に見られる特色として注目しなければならぬ点は、描写のリアリズム的要素である。偉大なリアリズム作家であったトルストイは民話の分野でも、民衆の日常生活を仔細に観察し、彼らの生活慣習や特徴を的確に捉えて物語のなかに持ちこみ、それによって物語を単なる幻想的なものに終わらせずに現実味をおびさせ、迫真性をそえることに努力を払い、そしてそれが見事に成功している。しかも、人物の性格づけにしろ、自然描写にしろ、会話にしろ、たったひと筆かふた筆のタッチでそれらを彷彿させるくらいに見事に描きあげている点、驚くべき技と言わざるを得ない。
最後に、作品のひとつひとつについて解説を加えておこう。
『人間にはたくさんの土地が必要か』
一八八六年二月〜三月の作で、『仲介者』から出た『L・N・トルストイ 三つのおとぎ話』に収められて発表された。
トルストイは時たまサマーラ県にあった自分の領地へ出かけることがあって、その地方のバシキール人の生活や風習を見聞きしていた。一八七一年にもそこに馬乳で療養するために滞在したとき、彼は妻のソフィヤにこういう便りを出している。
「スキタイ人の気持ちになったような感じで、なんでも面白いし、珍しい、ヘロドトスを思い出させるバシキール人も、民衆の素朴さと善良さという点で特にすばらしい。ロシヤの百姓も、村も」
これで見ると、トルストイはヘロドトスの『歴史』を読んでいて、その中にスキタイ人には馬で一日廻れるだけの土地を贈り物にする風習があることが書かれていたのを思い出して、それをこの物語に利用したものらしい。もっとも、この、馬で、あるいは駆足で土地を廻って最後に死ぬ話はウクライナの民話にもあるから、これも利用したのかもしれない。しかもトルストイがこの作品に着手した頃はロシヤの農民が東方の植民地へと移動していった時期にあたる。従って、これが着想の契機となったということも考えられなくはない。破滅をもたらす止めどない物質欲にたいするいましめをテーマとするこの物語も、『イワンの馬鹿』とともに、古くから子供向きに書き変えられて世界童話集などに入れられているが、トルストイの原話は見るとおり一分の隙もない現実描写を基にしているだけに、物語の展開には無気味さや鬼気さえ感じられる。
『人聞はなにで生きているか』
このトルストイ最初の民話は、一八七九年にシチェゴリョーノクの口から聞き取った伝説『首天使』を基にしているが、作者は彼から聞く前にアファナーシエフの『伝説集』で原話に接していたらしい。ただ、シチェゴリョーノクの見事な話術から得た印象が彼に自分の民話に改作することを思い立たせたのであることは疑いない。最初の民話の創作であっただけに、進行状況は極めて緩慢で、着手したのも聞き取ってから一年半を経過した八一年一月で、断続的に書きついで、ほとんど丸一年を費やしている。その苦心の跡は、書き変えた原稿が三十三種にものぼっていることからも窺える。物語の三つのエピソードによる段階的構成はロシヤ民話に共通のもので、作者はこれに準拠しているが、三つの謎とその解答に示されている思想内容は勿論トルストイのものである。日常的な事件の叙述から次第に調子の高い神話的な結末へと導いてゆく技巧はさすがである。
『火は放っておけば消せない』
題材はヤースナヤ・ポリャーナの百姓D・G・ジートコフの身に起こった事件から得たものである。八四年三月初めに作者は日記にこの題材をこう書きとめている。「百姓が晩方戸外に出て、見ると、ひさしの下で火がぱっと燃えあがった。彼が叫びたてると、男がひさしから駆けだした。百姓は隣の敵《かたき》だと気づいてそのあとを追いかけた。追いかけている間に屋根が火につつまれ、家屋敷も村も全焼してしまった」
第一稿ができあがったのは八五年四月十一日で、その後あちこち手を加えて、原稿を印刷にまわし、校正でまた筆を入れたりして、七月初旬に出た。全篇超自然的な要素をまったく含まず、もっぱら現実描写だけで構成されているが、ロシヤの農民生活に関する豊かな知識を駆使した細部の描写はトルストイらしい手堅さを見せている。悪に報いるに悪をもってするのでは問題は解決しない、悪に愛をもって報いるとき、初めて恨みの火も消えるというのが作者の言わんとするところであることは言うまでもない。
『愛あるところに神もいる』
一八八五年三月後半に書かれ、作者が同志のチェルトコーフ、ビリュコーフとともに創始した雑誌『仲介者』に六月初め掲載された。ただし、これは『ロシヤの労働者』(八四年、第一号)に匿名で発表した『マルトゥイン小父』に手を加えたものである。『マルトゥイン小父』はフランス作家ルーベン・サイヤンの作品の翻案であり、このテーマはまたさかのぼれば、古代教会説教文学にも見出される。それを作者はロシヤの現実生活におきかえて、完全に生かしきっている。
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年譜
一八二八 八月二十八日、トゥーラ県クラビヴェンスク郡ヤースナヤ・ポリャーナにロシヤの名家トルストイ伯爵家の四男として生まれる。父ニコライ・イリイーチは祖国戦争に参加した退役陸軍中佐、母マリーヤ・ニコラーエヴナは同様ロシヤ屈指の名門ヴォルコンスキイ公爵家の出。
一八三〇(二歳) 母、娘マリーヤを生んだ際、難産のため死亡。遠縁の婦人タチヤーナ・エリゴーリスカヤ、子供たちの養育を引き受ける。
一八三六(八歳) プーシキンの詩『海に寄す』と『ナポレオン』を朗誦、その巧みさで父を驚かす。
一八三七(九歳) 一月十日、一家をあげてモスクワに引っ越す。六月二十一日、父、所用でトゥーラ市へ出張、路上で脳溢血のため急死。五人の遺児は父方の叔母アレクサーンドラ・フォン・デル・オステン=サーケンに引きとられる。ドミートリイ、レフ、マリーヤ、エリゴーリスカヤに伴われてヤースナヤ・ポリャーナに帰る。
一八三八(十歳) 五月二十五日、父の急死以来病臥中だった祖母ペラゲーヤ死去。
一八四〇(十二歳) 一月十二日、現存の最初の詩『優しい叔母へ』(エルゴーリスカヤに捧げた)を書く。
一八四一(十三歳) 叔母オステン=サーケン、オープチナ修道院で死去したため、十一月、カザンに住む父方の叔母ペラゲーヤ・ユシコーワの家に引きとられる。
一八四四(十六歳) 九月二十四日、三回目の入学試験に合格、カザン大学東洋語学科(アラビア・トルコ語専攻)に入学。
一八四五(十七歳) 五月、進級試験に落第。法科へ転科。「法科のほうがやさしいし、より多く自由な時間が見出せる」というのがその理由。
一八四七(十九歳) ルソー、ゲーテ、ゴーゴリの作品に親しむ。三月十七日、初めて日記をつける。四月十二日、大学の学問を無意味と感じて退学。農業経営の改革、農民の生活改善を志してヤースナヤ・ポリャーナに帰る。この志は失敗に終る。『地主の朝』参照。六月十六日、日記中絶。
一八四八(二十歳) 十月、モスクワヘ出て、「勤めも勉強もせず、目的もなく、まったく放縦に」暮らす。
一八四九(二十一歳) 二月、ペテルブルクに行き、ペテルブルク大学で得業上の試験を受け、途中で放棄。五月、モスクワヘ、さらにヤースナヤ・ポリャーナヘ帰る。秋、農民子弟のための学校を開く。十一月二十三日、トゥーラ貴族代議員会に就職。
一八五〇(二十二歳) 六月十七日、モスクワ生活に関するメモを書くが、未完。
一八五一(二十三歳) 一月十八日、『幼年時代』の構想浮かぶ。四月二十九日、兄ニコライに伴われてコーカサスに出発。五月三十日、ニコライの勤務地テーレク河の左岸スタログラドフスクのコサック村に到着。
一八五二(二十四歳) 一月三日、コーカサス砲兵旅団に候補生として入隊。十三日、士族討伐戦に参加。六月二十二日、『幼年時代』脱稿。七月四日、原稿を首都の『現代人』社に送る。八月二十九日、同誌主幹ネクラーソフから『幼年時代』賞賛の手紙を貰う。九月六日、『現代人』誌九号に「L・T・」の匿名で『幼年時代』発表。十月、『祖国報知』に『幼年時代』最初の批評載る。十二月二十四日、短篇『襲撃』を脱稿、ネクラーソフに送る。
一八五三(二十五歳) 一月、チェンチェン族討伐に参加。四月二十五日、短篇『クリスマスの夜』脱稿。九月十六日、『ゲーム取りの手記』脱稿。
一八五四(二十六歳) 任官し、軍務を退き、一月十九日、ロシヤヘむけて発つ。三月、再志願してダニューヴ派遣軍に入隊。七月、クリミア軍砲兵第十四旅団第三軽砲隊に転属。『少年時代』完成。
一八五五(二十七歳) セワストーポリの戦に参加。十一月十九日、首都に帰還。ネクラーソフ、ツルゲーネフら『現代人』の同人から歓迎され、交際を始める。この年『ゲーム取りの手記』『一八五五年八月のセワストーポリ』『山林伐採』『五月のセワストーポリ』発表。
一八五六(二十八歳) 三月三日、三兄ドミートリイの死去の報に接する。十一月末、中尉で退役。十二月、チェルヌイシェフスキイの論文「『幼年時代』『少年時代』L・N・トルストイ伯の軍隊短篇小説集」が『現代人』誌に掲載される。この年、『一八五五年八月のセワストーポリ』『吹雪』『二人の軽騎兵』『地主の朝』『陣中の邂逅』発表。
一八五七(二十九歳) 一月末、一回目の西欧旅行に出、フランス、スイス、イタリア、ドイツを回る。四月六日、パリで断頭台の処刑を見、衝撃を受ける。スイスで旅回りの音楽師にたいする金持ちの紳士たちの冷たい仕打ちを見て憤慨し、西欧文明に疑惑を抱く。ドレスデンでラファエルの『マドンナ』を観て感動する。八月八日、村に帰る。この年『ルツェルン』『アルベルト』『青年時代』発表。
一八五八(三十歳) 一月十九日、ボリショイ劇場でグリンカの歌劇『イワン・スサーン』を聞く。夏、農事に励み、それに「詩的な楽しみ」を見出す。十二月二十二日、兄ニコライと熊狩をした際、熊に襲われ、額に一生消えない傷を負う。
一八五九(三十一歳) 二月、モスクワのロシヤ文学愛好者協会の会員となる。秋、農民子弟の教育再開。『三つの死』『家庭の幸福』発表。
一八六〇(三十二歳) 教育活動に熱中。七月、ドイツで結核療養中の兄ニコライの見舞いと西欧の教育状況視察のため、妹マリーヤとともに出発、ライプツィヒ、ドレスデン、ジュネーヴ等を回り、兄を見舞う。九月二十日、兄死去、深刻なショックを受ける。
一八六一(三十三歳) イタリア、フランス、イギリス、ベルギーを回る。二月、パリでツルゲーネフに会う。三月、ロンドンでディッケンズの教育に関する講演を聞く。亡命中のゲルツェンやプルードンと会う。四月、ドレスデンでP・アウエルバッハと会う。五月六日、故郷に帰る。五月、農事調停員に任命される。同月末、スパースコエにツルゲーネフを訪ね、『父と子』の朗読を聞くが、居眠りする。翌日、同道して詩人フェート宅を訪れ、慈善事業の偽善性のことでツルゲーネフと衝突、以後長期にわたり絶交状態に入る。村に小学校開設、機関誌『ヤースナヤ・ポリャーナ』と読本刊行。
一八六二(三十四歳) 一月三日、「自由主義的傾向」ありとして彼にたいする秘密調査始まる。サマーラに療養中の七月六日、留守宅と学校を捜索され、大いに憤慨する。八月五日、宮廷医ベルス、ソーフィヤを含む娘三人と同道でトルストイ家を訪問。トルストイ、モスクワヘ出てヘルス家に滞在。九月十六日、ソーフィヤに手紙で結婚を申しこみ、承諾を得る。二十三日、クレムリンの宮廷付属教会で挙式(ソーフィヤ十八歳)。『国民教育論』発表。
一八六三(三十五歳) 幸福な結婚生活が続く。六月二十八日、長男セルゲイ誕生。この年、『ホルストメール』『進歩と教育の定義』『コサック』『ポリクーシカ』発表。
一八六四(三十六歳) 九月十四日、ステローフスキイ社より二巻選集刊行。十月四日長女タチヤーナ誕生。『戦争と平和』(当時の題名は『一八〇五年』)起稿。
一八六五(三十七歳) 『戦争と平和』を二十八章まで『一八〇五年』という題名で『ロシヤ報知』誌に発表。
一八六六(三十八歳) 五月二十二日、次男イリヤー誕生。『戦争と平和』第二部発表。
一八六七(三十九歳) 九月二十五日、『戦争と平和』の取材のため古戦場ボロジノを訪ねる。初版『戦争と平和』全三巻発行。
一八六八(四十歳) 三月、「『戦争と平和』について数言」を『ロシヤの記録』第三号に発表。
一八六九(四十一歳) 五月二十日、三男レフ誕生。十二月、『戦争と平和』全六巻完結。
一八七〇(四十二歳) 再び学校教育に熱中。二月二十三日、『アンナ・カレーニナ』の構想浮かぶ。十二月九日、ギリシャ語を学びはじめる。ピョートル一世時代を扱った歴史小説の想を練る。
一八七一(四十三歳) 二月、次女マリーヤ誕生。サマーラに療養に行き、土地を買う。
一八七二(四十四歳) 一月、私邸内に学校を開き、夫人子供を動員して教育に当たる。六月、四男ピョートル誕生。『初等読本』『コーカサスの捕虜』『ピョートル一世』断片発表。
一八七三(四十五歳) 三月十八日、『アンナ・カレーニナ』起稿。五月、『サマーラ地方の飢饉について』を『モスクワ新聞』に載せ、飢民救済運動に献身。九月画家クラムスコイ、トルストイの肖像画二点制作。十一月九日、幼児ピョートル死亡。十二月七日、アカデミー会員となる。『読み書きの教え方について』『トルストイ著作集』全八巻発行。
一八七四(四十六歳) 四月二十二日、五男ニコライ誕生。六月二十日、叔母タチヤーナ・エリゴーリスカヤ死去。
一八七五(四十七歳) 一月から『アンナ・カレーニナ』『ロシヤ報知』誌に発表。二月二十日、五男ニコライ死亡。女児ワルワーラ誕生後間もなく死亡。十二月十二日、カザン時代の後見人の叔母ペラゲーヤ・ユシコーワ死去。作品『読本』第一〜第四巻、『アンナ・カレーニナ』前半。
一八七六(四十八歳) しばしば宗教問題、人生問題について考える。
一八七七(四十九歳) ドストエフスキイ、『作家の日記』の中で『アンナ・カレーニナ』を論評。六月二十五日、ストラーホフとオープチナ修道院を訪ね、老師アンブローシイと問答を試みる。十二月、六男アンドレイ誕生。『アンナ・カレーニナ』初版。
一八七八(五十歳) 一月、ニコライ一世と十二月党員に関する資料蒐集と研究は着手。四月、ツルゲーネフと和解。宗教思想新境地に入り、『懺悔』を起稿。
一八七九(五十一歳) 六月、キーエフのペチョールスカヤ大修道院を訪ね、院長と宗教の話を交す。七月、古謡の語り手シチェゴリョーノク、トルストイ家を訪れ、トルストイの民話の元となった数々の民話を語る。十月一日、トロイツェ・セルギイ修道院を訪ね、レオニート院長と宗教について語りあう。
一八八〇(五十二歳) 教会の形式主義的傾向に疑問を持ち、福音書の研究を始める。作品『教条的神学批判』。
一八八一(五十三歳) 三月一日、アレクサンドル二世暗殺される。十一日、新帝アレクサンドル三世に手紙で暗殺参加者の死刑の赦免を願い出るが、容れられない。十月、八男アレクセイ誕生。作品『人間はなにで生きているか』『要約福音書』。
一八八二(五十四歳) 一月二十三日より三日間、モスクワ市の民勢調査に参加、貧民の悲惨な実状を知り、社会変革の必要性を痛感する。三月末、『懺悔』を書きあげ、『ロシヤ思想』第五号に発表、直ちに発禁処分にあう。作品『懺悔』『モスクワ市の民勢調査について』『悪に報ゆるに悪をもってするなかれ』『教会と国家』。
一八八三(五十五歳) 三月、全財産の管理をソーフィヤ夫人に委任する。六月十日、ツルゲーネフの死の床からの、文学活動を呼びかける手紙を受け取る。十月末、チェルトコーフと知り合う。
一八八四(五十六歳) 三月、孔子と老子を読み、聖書をヘブライ語で読む。八二年の民勢調査で民衆の苦しみを知り、私有財産制、暴力、強制の悪であることを痛感した結果、『さらば我ら何をなすべきか』を書く。六月十七日、夫人と口論の末家出を決行、途中妻が身重であることを思い出して引き返す。十八日、三女アレクサーンドラ誕生。十一月二十一日、後のトルストイ伝の著者ビリュコーフと知り合う。十二月、チェルトコーフの協力を得て民衆啓蒙の出版機関『仲介者』を設立。作品『わが信仰はいずこにありや』
一八八五(五十七歳) 五月十五日、『さらば我ら何をなすべきか』を完成。私有権を否定する主張から著作権も放棄しようとして妻と衝突、結局妥協して妻に出版権を譲る。家出をしたい気持ち募る。夫人の編集で『トルストイ著作集』十二巻刊行。作品『人間はなにで生きているか』『さらば我ら何をなすべきか』『二人兄弟と黄金』『火は放っておけば消せない』『愛あるところに神もいる』『蝋燭』『ふたりの老人』。
一八八六(五十八歳) 一月十八日、末子アレクセイ死ぬ。夏、農耕の最中荷車から落ちて怪我をし、二カ月余り寝る。作品『イワンの馬鹿』『イワン・イリイーチの死』『人間にはたくさんの土地が必要か』『三人の隠者』『悔い改める罪人』『小悪魔がパンの償いをした話』『卵大の穀粒』
一八八七(五十九歳) 二月、印刷も上演も禁止されていた戯曲『闇の力』が出版され、三日で二十五万部売れる。三月十四日、モスクワ心理学会で講演。演題は『人生の意義』(これが後の『人生論』の母胎)。四月四日、まだ学生だったロマン・ロランから手紙で人生の意義と芸術の使命について質問される。八月九日〜十六日、レーピン訪れ、肖像画制作。二十三日、銀婚式。禁酒同盟を結成、肉食を絶つ。作品『闇の力』『人生諭』『光あるうちに光の中を歩め』『最初の酒造り』『作男エメリアンと空太鼓』『三人の息子』
一八八八(六十歳) 二月、最終的に禁煙。二十八日、息子イリヤー結婚。三月三十一日、末子イワン誕生。小学校教員免許願い提出、当局より拒絶される。
一八八九(六十一歳) 八月三十一日、『クロイツェル・ソナタ』完成、家人に朗読して聞かせる。十二月三十日、『文明の果実』を自宅で上演。作品『クロイツェル・ソナタ』『悪魔』(未完)。
一八九〇(六十二歳) オープチナ修道院を訪ね、神父と信仰について語り合う。『神父セルギイ』を書きつづける。
一八九一(六十三歳) 二月、作品集第十三巻押収される。三月二十九日、夫人首都に出、アレクサンドル三世から、発禁処分を受けていた『クロイツェル・ソナタ』の発表の許可を得る。六月、トゥーラの屠殺場と監獄視察。九月、中、南、東露の凶作地を視察、救済活動開始。一八八〇年以降の作品の全著作権を放棄。飢民救済のためリャザンを訪れる。作品『ニコライ・パールキン』(未完)『飢饉に関する手紙』『恐ろしい問題』
一八九二(六十四歳) 飢民救済運動を継続。『モスクワ新報』、彼の運動に革命的要素ありと攻撃。八月十三日、手帳に「家出の必要をはっきりと理解する」と書く。『文明の果実』モスクワ小劇場で上演。
一八九三(六十五歳) 『ロシヤ報知』に『無為』発表。『神の国は汝らのうちにあり』を発表するや、官憲の圧迫厳しく、アナーキスト呼ばわりされる。小西増太郎、日本人で初めてトルストイを訪問、老子の翻訳を手伝う。作品『無為』『宗教と国家』『キリスト教と愛国心』『恥ずべし』『労働者諸君へ』『ヘーグ万国平和会議について』
一八九四(六十六歳) 一月二十四日、モスクワ心理学会で名誉会員に選ばれる。ドゥホボール教徒と初めて知り合う。作品『カルマ』『神の考察』
一八九五(六十七歳) 二月二十三日、末子イワン死亡。六月末、コーカサスで兵役を拒否したドゥホボール教徒の指導者と見られ、官憲の圧迫を受ける。九月、チェホフ来訪。作品『主人と下男』『三つの譬え話』
一八九六(六十八歳) 五月、三男レフ結婚。八月、『ハジ・ムラート』に着手。九月二十六日、徳富蘇峰と深井英吾来訪。秋、兵役拒否を英雄的行為と称える『終り近し』を外国で発表。冬、『闇の力』帝室付属劇場で上演。十一月、『芸術とは何か』起稿。作品『終り近し』『キリストの教え』『福音書はいかに読むべきか』『現在の社会機構について』
一八九七(六十九歳) 三月二十八日、入院中のチェホフを見舞う。六月、次女マリーヤ結婚。七月八日、家出の遺書を書くが、決行しない。作品『ヘンリー・ジョージの思想』
一八九八(七十歳) 六月、ビリュコーフ、チェルトコーフらと英国に出版社『自由の言葉』創設。七月、ドゥホボール教徒カナダ移住資金調達のため『復活』の完成を急ぐ。作品『芸術とは何か』『トルストイズムについて』『飢饉とは何か』『神父セルギイ』『カルタゴ破壊せざるべからず』。
一八九九(七十一歳) 一月、六男アンドレイ結婚。四月、『復活』、国内と国外で発表、多大の反響をよぶ。十一月、長女タチヤーナ結婚。作品『愛の要求』
一九〇〇(七十二歳) 一月、アカデミー名誉会員に選ばれる。一月十六日、ゴーリキイ、トルストイを訪問。作品『生ける屍』『愛国心と政府』『殺すなかれ』『現代の奴隷制度』『自己完成の意義』
一九〇一(七十三歳) 一月、七男ミハール結婚。『復活』で教会を批判したため、ギリシャ正教会から破門。これに憤慨した学生、労働者、農民デモを起こす。六月末、マラリアにかかり、重態。九月、クリミア旅行。その報道禁止される。クリミアでチェホフ、ゴーリキイとの交わりを深める。作品『破門命令にたいする司教会への回答』『唯一の手段』。
一九〇二(七十四歳) 六月、クリミアから帰る。八月六日、文学活動『五十年記念祭』催される。作品『地獄の復興』『労働大衆に』『宗教論』。
一九〇三(七十五歳) 八月二十八日、生誕七十五年祝賀会。作品『舞踏会のあと』『シェクスピア論』『三つの疑問』『労働と病気と死』。
一九〇四(七十六歳) 日露開戦。六月、非戦論『思い直せ』を英国の『自由の言葉』社から発表。作品『幼年時代の追憶』『ハリスンと無抵抗』『ハジ・ムラート』
一九〇五(七十七歳) 第一次ロシヤ革命起こる。民衆の決起と官憲の弾圧に心を痛め、その非を説く。作品『壺のアリョーシヤ』『コルネイ・ワシーリエフ』『フョードル・クジミーチの遺書』『祈り』『苺』『仏陀』『ロシヤの社会運動』『世の終り』
一九〇六(七十八歳) 夫人健康を害う。夫婦間の不和募る。六月、徳富蘆花来訪。作品『一日一善』『神の業と人の業』『パスカル』『ロシヤ革命の意義』。
一九〇七(七十九歳) 学校を再開、農民子弟を教育。作品『真の自由を認めよ』『我らの人生観』『互いに愛せよ』。
一九〇八(八十歳) 一月、昨年に引き続き土地私有廃止を説く二度目の手紙出す。五月、革命家の死刑執行を見て、『黙す能わず』を発表。八月二十八日、世界各地で生誕八十年祝典が挙げられる。作品『暴力の掟』『児童のために書いたキリストの教え』
一九〇九(八十一歳) 春、ペテルブルクで生誕八十年記念トルストイ博開催。三月、チェルトコーフ、トゥーラから追放される。家出を決意し、遺言状を作成する。八月、弟子グーセフ発禁書流布のかどで逮捕され、流刑。作品『唯一の掟』『ゴーゴリ論』『浮浪人との対話』『夢』など。
一九一〇(八十二歳) 七月、合法的な最後の遺言書作成。十月二十八日、夫人に置手紙をし、医師マコヴィーツキイと娘アレクサーンドラを連れて家出。車中で発病、リャザン=ウラル鉄道の小駅アスターポヴォの駅長室に移され、十一月三日、家族、弟子、友人に見とられて永眠。九日、遺体ヤースナヤ・ポリャーナに移され、埋葬される。(日付は旧ロシア暦。新暦に改めるには、十九世紀では十二日を、二十世紀では十三日を加える)(訳者編)
〔訳者紹介〕
北垣信行(きたがきのぶゆき) ロシヤ文学者。東大教授。一九一八年、茨城県生まれ。一九四四年、東京外語大卒。著書に『ロシアの文学』(共著)、『ロシア・ソビエト文学』(共著)など、訳書に『罪と罰』『カラマーゾフ兄弟』、『貧しき人々』、『戦争と平和』、『父と子』などがある。