われらが子供たちの子供
クリフォード・D・シマック
1
グローバル通信社のカメラマン、ベントリー・プライスはステーキをグリルに載せ、焼きあがりを待って、ビールを片手にローンチェアに腰を据えた。そのとたん、白い樫の大樹の陰にドアが現れ、人々がぞろぞろと歩き出してきた。
ベントリー・プライスはもう何年も驚いたことがなかった。辛い経験を重ねるうちに、事件を期待し、異常を異常と思わなくなっていた。彼は異様で、奇怪で、暴力的なものを写真に収め、次の瞬間にはもうそれに背を向けて立ち去った。時にはひどく慌しく立ち去ることもあった。なにしろAPやUPIといった競争相手がいる。前途有望なカメラマンともなれば、ここぞというチャンスは逃すわけにはいかない。それに報道写真の編集者は、別に恐れる必要はないけれど、ご機嫌をとっておいたほうが賢明というものだ。
しかしこの時ばかりはベントリーもあっけに取られた。目の前で起きていることは想像を超えた、破天荒な何かだった。彼は椅子に座ったまま身じろぎもせず、片手に缶ビールを握り締め、呆然とドアから歩み出てくる人々を眺めた。いや、よく見るとそれはドアではなく、むしろぎざぎざした形の黒い単なる穴で、縁のところが震えるようにゆらめいていた。大きさは、四人五人と横に並んで出てくるくらいだから、普通のドアより大き目だった。
彼らはごく普通の人間のようだが、服装がやや風変わりだった。仮面こそつけていないが、まるで仮面舞踏会からのお帰りといった格好なのだ。これがすべて若者であったなら、大学生の一団か、あるいはコミュニティー・センターかどこかの連中が、大学生が着るような奇抜な服装をしてきたのだと思うところだ。しかし若者もいくらかいたが、多くは年配の人々だった。
最初にドアを通って芝生に現れた一群の中に、どちらかというと背の高い、痩せた男がいた。どことなく動きがぎこちなかったが、その細い体には上品さがあった。鉄灰色の見事なもじゃもじゃ頭で、首は七面鳥を思わせた。膝株が出るくらいの短いグレーのスカートを穿いて、赤いショールを一方の肩からたらし、腰のベルトでその両方を固定していた。キルトを着たスコットランド人みたいだな、とベントリーは思った。格子模様は入っていないが。
その隣を若い女が歩いていた。彼女はサンダル穿きの足元まで隠れる、白く流れるようなローブをまとっていた。ローブはベルトで締められ、ポニーテールにした真っ黒な髪を腰までたらしている。かわいい顔だ、とベントリーは思った。あれだけかわいい顔はめったにお目にかかれるものではない。それに肌も、わずかに露出した部分を見る限り、彼女が着ているローブと同じくらい白くて、しみ一つない。
二人はベントリーの方に向かってきて、彼の前で立ち止まった。
「お見受けしたところ」と男が言った。「あなたが所有権者でいらっしゃるようですね」男の話し方にはどこか変なところがあった。単語の切れ目が不明瞭なのだが、理解する分には全く問題なかった。
「ここが俺の棲家かってことか」とベントリー。
「まあそういうことです」と相手は言った。「私の話し方は今日のものとは違うかもしれません。でもちゃんとお分かりになるようですね」
「もちろん分かるさ。でも今日とはどういうことだい?毎日話し方を変えているわけじゃないだろう?」
「そんな意味で言ったのではありません」と男は言った。「どうかいきなり入りこんだことをお許しください。きっと無作法とはお思いでしょうが、あなたの所有物に損害を与えるつもりはないのです」
「いいかい、よく聞いてくれよ」とベントリー。「俺はここの持ち主じゃない。本当の所有者が留守の間、この家を預かっているだけなんだ。あの連中に花壇を踏み荒らさないように注意してくれないか。ジョーの奥さんが戻ってきて、花がめちゃくちゃになっているのを見たら、すごく悲しむだろうから。それは大切に育てているんだ」
彼らが話している間も、人々はドアから現れ、いまやあたりを埋め尽くし、隣家の庭にまで溢れ出ていた。近所の人が何事かと外に出てきた。
若い女がにこやかにベントリーに微笑みかけた。「お花なら安心なさって。みんな善良で悪気のない人たちです。マナーはきちんと守ります」
「大目に見ていただければと一同思っています」と男が言った。「なにしろ難民なものですから」
ベントリーはまじまじと彼らを見た。しかしとても難民のようには見えなかった。彼は以前、世界のいろいろな場所でたくさんの難民の写真を撮ったものだ。難民たちはうす汚く、たいてい他人から奪い取ったものをいっぱい荷物として詰め込んでいた。しかしこの連中は服装もこざっぱりしているし、荷物もほとんどない。せいぜい小さな手荷物か、いま彼と話をしている男が小脇に抱えているアタッシュケースのようなものだけだ。
「難民には見えないがね」と彼は言った。「どこから逃げてきたんだ?」
「未来からです」と男は言った。「なにとぞ寛大な処置をお願いします。これは本当に生死にかかわることなのです」
その一言を聞いてベントリーはむっとなった。彼はビールを一口あおろうとして手を伸ばしたが、気が変わって缶を芝生の上に置いた。そしてゆっくりと椅子から立ち上がった。
「いいかい」と彼は言った。「何かの宣伝目的でこんなことをやっているのなら、おれはカメラを持つ気は全然ない。宣伝活動の写真は一切撮らないことにしているんだ」
「宣伝活動ですって?」と男は尋ねた。その困惑振りに芝居をしている様子は微塵もなかった。「失礼ですが、おっしゃる意味がわかりません」
ベントリーはドアを注意深く眺めた。相変わらず人々が四人、五人と横に並んでそこから現れ、その流れが尽きる気配はない。入り口は最初に見たときと同じように空中にぽっかりあいている。多少ぎざぎざした闇の塊で、端の部分が震えているように見える。それが芝生のほんの一部を遮っているのだが、その後ろから向こう側には木や、茂みや、隣家の裏庭にすえつけられたジャングルジムなどの遊具が見えた。
これが宣伝活動だとしたら、最高の出来映えだな、と彼は思った。きっと大勢の宣伝マンが脳みそを振り絞って思いついたことに違いない。あのぎざぎざの穴はどうやって作っているんだろう?それにこの連中はどこから現れるんだ?
「私たちは」と男が言った。「五百年先の未来から来ました。人類絶滅を逃れてきたのです。あなたの協力と理解をお願いします」
ベントリーは男をにらむように見た。「かつごうっていうんじゃないだろうな。こんなものにだまされたら、俺は失業してしまう」
「もちろん信じてもらえないだろうとは思っていました。未来から来たことを証明する手立てがありませんからね。どうか私たちの言うことをそのまま信じていただけませんか」
「よし、分かった」とベントリー。「冗談に付き合って、何枚か撮ってやるよ。でも宣伝目的だということがわかったら…」
「どうもあなたは写真のことを話しているようですが…」
「当然じゃないか。写真を撮るのが商売なんだから」
「私たちは写真を撮ってもらいに来たのではありません。撮らないと気が咎めるというなら、どうぞお好きになさってください。私たちは一向に構いません」
「つまり写真を撮るなというわけだな」ベントリーは憤然として言った。「あんたたちも他の大勢と変わらないな。命が危ないってときなのに、誰かが写真を撮ろうとすると、怒鳴ってやめさせようとする」
「私たちは反対なんかしていません」と男が言った。「お好きなだけ写真を撮ってください」
「いいのかい?」ベントリーはいささか困惑して尋ねた。
「構いませんとも」
ベントリーはくるりと振り向き、裏口に向かった。振り向いた拍子に、缶ビールを蹴飛ばし、中身をぶちまけてしまった。
三台のカメラがキッチンテーブルの上に置いてあった。ステーキを焼きに外に出る前、彼はそこで作業をしていたのである。彼は一台をつかみあげ、再びドアのほうに向かおうとした。が、その時ふとモリーのことを思い出した。モリーにこのことを知らせてやったほうがいいかもしれないな、と彼は思った。あの男は未来から来たと言っていた。もしそれが本当なら、最初からモリーに取材してもらったほうが都合がいい。もちろん嘘に決まっているが、何はともあれ、こいつは滅法面白い。
彼は台所の電話を取り上げ、番号を回した。彼はぼやいた。写真を撮る時間を無駄にしているぞ。モリーは家にいないかもしれないじゃないか。天気のいい日曜日だ、家に引きこもっているわけがない。
モリーが電話に出た。
「モリー、ベントリーだ。俺が住んでいるところを知ってるかい?」
「バージニアでしょう。ジョーが出かけている間、ただで住み込んでいるんじゃない」
「そりゃ違うぜ。家の管理をしてやっているんだ。エドナは花を育てているし…」
「嘘ばっかり」とモリー。
「用件のほうだが」とベントリー。「君、ここに来れるかい?」
「行かないわよ」とモリー。「あたしを口説くつもりなら、外に行きましょう」
「誰も口説いてなんかいないさ」とベントリーは抗議した。「ドアから人が出てきて裏庭じゅういっぱいなんだ。未来から来たんだとさ。五百年先から」
「まさか」とモリー。
「俺もそう思った。でも連中はどこから来るんだ?外には千人はいるに違いない。未来から来たんじゃないとしても、こいつはいい記事になる。とっとと重いケツをあげて、あの連中を何人かインタビューしろよ。明日の朝刊は、どの新聞にも君の署名記事が載るぞ」
「ベントリー、信用していいんでしょうね」
「信じてくれ」とベントリーは言った。「酔ってもいないし、君をここにおびき出すために嘘をついてるわけでもない」
「分かったわ」と彼女は言った。「すぐそっちに向かう。本社に連絡したほうがいいわよ。マニングは今週の日曜出勤に当たっていて機嫌が悪いから、気をつけて話し掛けて。でも何人か応援を送ってくれると思うわ。これが冗談じゃなければね」
「冗談なものか」とベントリー。「首になるような冗談を言うほど気が狂っちゃいないぜ」
「じゃ、そっちで合いましょう」
彼女は電話を切った。
ベントリーが本社に電話をかけようとしたとき、網戸がばたんと音を立てた。振り返ると、例の長身痩躯の男が台所に上がりこんでいた。
「申し訳ないんですが」と背の高い男は言った。「緊急事態が起きたようでしてね。子供たちがトイレに行きたがっているんですよ。よろしければ…」
「自由に使ってくれ」ベントリーはトイレの方向を親指で示しながら言った。「必要ならもう一ヶ所、二階にもある」
呼び出し音が六回鳴って、マニングが電話に出た。
「ネタを見つけた」とベントリーが言った。
「どこで?」
「ジョーの家さ。今住んでいるんだ」
「よし、取材しろ」
「おれは記者じゃない」とベントリー。「記事なんて書けやしない。写真を撮るだけさ。こいつは大ニュースなんだ。へたなことを書いて非難されるために給料をもらっているんじゃ…」
「よし、分かった」とマニングはうんざりした声で言った。「誰か探して送り出す。だがな、日曜日で時間外勤務だ。よっぽどいいネタなんだろうな」
「妙ちきりんなドアの向こうから人がやってきて、いま千人ほど裏庭にあふれているんだ。未来から来たって言うんだが…」
「どこから来ただと?」マニングが吠えた。
「未来だよ。五百年先の」
「ベントリー、おまえ酔っているな」
「ああ、もう、何とでも言えよ」とベントリー。「俺の知ったことか。知らせるべきことは知らせたからな。あとは勝手にしてくれ」
彼は電話を切ってカメラを取り上げた。
数人の大人に引き連れられた子供たちの列が、引きもきらず台所のドアを通って家の中に入ってくる。
「ちょっと」と彼は女性の一人に話し掛けた。「もう一ヶ所、上にもあるよ。二列に分けたほうがよさそうだ」
2
ホワイトハウス報道担当官スティーブ・ウィルソンが秘書のジュディ・グレイと一緒に午後を楽しく過ごそうと、自宅のマンションに向かおうとしたとき、電話が鳴った。彼は引き返して受話器を取った。
「マニングだ」と電話の向こうの声が言った。
「用件は何だい、トム?」
「ラジオをつけてないのか?」
「いいや。なんでラジオなんかつけなければならないんだ?」
「何だか途方もないことが起きているぞ」とマニング。「知らせておいたほうがいいと思ってな。どうやらわが国は侵略の危機にあるらしい」
「侵略だって!」
「いや、そういう意味じゃなくってだな、人間がどこからともなく現れてきているんだ。未来から来たといっている」
「おい、冗談なら…」
「おれもそう思った」とマニング。「ベントリーのやつが最初に電話で報告したときはな…」
「というと、君のところの飲んだくれカメラマンのベントリー・プライスか?」
「そうだ」とマニング。「だが今は飲んじゃいない。この時間じゃな。一杯やるにはちょいと早すぎる。モリーも現場にいるし、他にも数人向かわせた。APも取材に乗り出して…」
「現場というのはどこのことだ?」
「一箇所はポトマック川の向こう岸さ。フォールズ・チャーチからそう遠くない」
「一箇所は、って言ったな」
「他にも数カ所あるんだ。分かってるところでは、ボストン、シカゴ、ミネアポリス。たった今デンバーからAP発のニュースが流れた」
「ありがとう、トム。恩に着るよ」
彼は受話器を置くと、ラジオのところに飛んでいってスイッチを入れた。
「…今まで分かったところによりますと」とラジオからアナウンスが流れた。「この人々は、ある目撃者が言うように、風景に開いた穴から続々と出てくるのだそうです。五列か六列に整列して、まるで軍隊の行進のように次から次へと、ひっきりなしにやってくるのです。この現象が起きている場所はポトマック川をはさんだヴァージニアです。同様の報告がボストン、ニューヨーク地域、ミネアポリス、シカゴ、デンバー、ニューオーリンズ、ロサンゼルスから届いています。おしなべて都市部というより、その郊外において起きている模様です。ただいま新しいニュースが入りました。今度はアトランタで発生したようです」無表情な声が震えた。一瞬ながら職業柄を忘れて興奮したのだ。
「彼らが何者なのか、どこから来たのか、またどのような手段を用いてやってくるのか、まったく不明であります。とにかく彼らは我々の世界にやってきて、いまこの世界に存在しているのです。一分ごとに何千という人々が流入してきています。侵略と呼ぶこともできるかもしれません。しかし戦争のような侵略ではありません。彼らは手ぶらでやってくるのですから。性格もおとなしく平和的です。誰かに迷惑をかけることはありません。未確認情報によれば、彼らは未来から来たとも言われていますが、明らかにありえないデマ…」
ウィルソンはラジオの音を小さくし、電話のほうに戻りダイヤルを回した。
ホワイトハウスの交換手が出た。
「やあ、デラかい?スティーブだよ。大統領はどこにいる?」
「昼寝の最中よ」
「起こすように誰かに言ってくれないかな。ラジオをつけろって。僕もすぐ行くよ」
「あら、スティーブ。何があったの?なんで…」
彼は電話を切って、別の番号を回した。しばらくしてジュディの声が聞こえた。
「どうしたのよ、スティーブ?ピクニック用のバスケットは詰め終わったわ。まさか…」
「今日のピクニックは取りやめだ。仕事に戻るんだ」
「だって日曜よ!」
「日曜に仕事しちゃいけないかい?問題が持ち上がったんだ。すぐ行くから、外に出て待っててくれ」
「いまいましいわねえ」と彼女。「これでわたしの計画もおじゃんだわ。あなたを太陽の下、草の上、木陰に連れ出したかったのに」
「今日一日、ピクニックに行ってればと悔やんでもだえるよ」とウィルソン。
「しょうがないわね、スティーブ。じゃ、道路脇のところで待ってるわよ」
彼はラジオの音量を上げた。「…未来から逃亡してきたとのことです。彼らが住んでいた未来で何事かが起き、それを逃れて、他ならぬ私たちの時代へ来たのです。もちろん、時間旅行などというものは有り得ません。しかし現にこの人々は存在し、彼らがどこからかやって来たことに間違いないのです」
3
サミュエル・J・ヘンダーソンは窓辺に立って、夏の陽射しに輝くバラ園を見渡していた。
いったいどうして日曜日ばかりを狙ってこうも事件が起きるのだろう、と彼は不思議に思った。誰もがてんでんばらばらな場所に行っていて、連絡をとるのにえらく手間がかかるというのに。中国が爆発したのも日曜だった。チリが没落したのも日曜だった。今度もまた、何だか知らないが事件が起きた。
インターコムが彼に向かって静かに鳴った。彼は窓に背を向け、机に戻り、スイッチを押し上げた。
「国防長官が電話に出ました」と秘書が言った。
「ありがとう、キム」と彼は言った。
彼は受話器を上げた。「ジム、サムだよ。もう聞いたかね?」
「はい、大統領。ついいましがた。ラジオで、ちらっとだけ」
「私も同じだよ。しかし疑う余地はなさそうだ。我々は何か手を打たなければならない。事態の収集にむけて、早急にだ」
「分かっています。彼らの保護にあたらなければなりません。住居、それから食料」
「ジム、これは軍隊の仕事だ。他には十分迅速な行動をとれるものがいない。彼らを避難所に誘導し、一塊にしておくのだ。分散させるのはまずい。少なくともしばらくの間は、統制の必要がある。我々が事態を把握するまではな」
「州兵を出動させなければならない可能性もあります」
「恐らく出動させるべきだろう。君の権限で活用できるものはすべて使い給え。君のところには膨張式テントがあったな。輸送機関と食料の点はどうなんだ?」
「数日間は対処できます。たぶん一週間くらいなら。人数にもよりますが。しかしすぐに応援が必要になります。福祉省、農務省、手が貸せるなら誰でも。大量の人手と支給物資が必要になるでしょう」
「何としても時間を稼いでほしい」と大統領が言った。「その間に現状を把握する。計画案が立つまでは非常事態として対処してくれ。手続きの問題はあまり気にしなくていい。違反しなければならないときは、我々が面倒を見よう。君のほかにも何人かに話をするつもりだ。そうだな、今日の午後か夕方の早い時間帯にでも全員で会合できるかもしれない。連絡を入れてくれたのは君が最初だよ。他の連中からはまだ音さたなしだ」
「CIAは?FBIも?」
「引越しでもしているんだろう。どちらからも連絡がない。もうすぐ報告してくるとは思うのだが」
「ところで大統領、閣下のお考えでは…」
「さっぱり分からんよ。できるだけ早く情報を伝えるようにする。救援活動を開始したら、もう一度連絡をくれ。頼りにしている、ジム」
「さっそく取り掛かります」と長官は言った。
「よろしい。では、また後で」
インターコムが鳴った。
「スティーブが来ています」と大統領秘書が言った。
「通してくれ」
スティーブ・ウィルソンがドアから入ってきた。
ヘンダースンは椅子を指差した。「座りたまえ、スティーブ。状況は?」
「他の場所にも広がっています、大統領。合衆国全土、そしてヨーロッパ全域です。北のカナダでも起きています。南アメリカでは数カ所で。それからロシア、シンガポール、マニラ。中国とアフリカからはまだ情報がありません。今のところ何がどうなっているのか、さっぱりです。夢みたいな話ですよ、大統領。信じられない。こんなことは有り得ないと言いたいところですが、実際に起きてますからね。しかも我々の膝元で」
大統領は眼鏡をはずして机の上に置き、指先で押したり引いたりして弄び始めた。
「さっきまでサンドバーグと話していたんだよ。軍隊が彼らを避難施設へ誘導し、食料を運び、面倒を見ることになる。天候はどうなんだ?」
「新聞は見てはいないんですが」とウィルソンが言った。「でも確か今朝の放送では、全国的に晴れだったと思います。太平洋沿岸北西部以外は。あそこだけ雨が降っています。いつもあそこは雨なんですけど」
「国務長官と連絡をとろうとしたのだが」と大統領が言った。「まったく、あいつはいつもどこにいるんだか。ウィリアムズは今バーニング・トゥリーに行っている。伝言はしておいたから、誰かが居場所を突き止めてくれるだろう。しかしなんだって事件が起きるのはいつも日曜日でなければならんのだ?そろそろマスコミが集まってきているだろうな」
「記者控え室はマスコミでほぼ満杯です。一時間後にはドアをがんがん叩きだすでしょう。中に入れてやらなければなりませんが、まだしばらくは抑えることができます。遅くとも六時までには何らかの声明があるはずだと連中は思っています」
「政府はいま調査中だと言ってやれ。事態を鋭意究明中だとな。軍隊が速やかに支援活動を始めていることも発表していい。いいかね、支援という点を強調するんだぞ。拘留じゃなくて、支援だからな。この任務には州兵にも出動を要請しなければならないかもしれない。その判断はジムに任せてある」
「大統領、あと一、二時間もしたら事態はもっと明確になるでしょう」
「そうかもしれない。君はこの件をどう思う、スティーブ」
報道官は頭を横に振った。
「まあ、そのうち分かるだろう。これから大勢が報告を上げてくると思う。それにしても我々が事態を何一つ把握できずに、こんなところで座視しているとは、信じがたいことだな」
「ひょっとすると大統領のテレビ出演が必要かもしれません。国民がそうすることを望むでしょう」
「そうだな」
「四大ネットワークには待機するように言っておきます」
「イギリスとソ連とは会談しておいたほうがいいだろうな。たぶん中国とフランスとも。この件に関しては敵も味方もない、行動をともにするべきだ。ウィリアムズには連絡がありしだい、そのことを話しておく。国連のヒューにも電話したほうがよさそうだ。彼の意見も聞きたい」
「今のお話は、マスコミにはどこまで伝えましょうか?」
「テレビの件はいいだろう。あとのことは当面伏せておかないとまずい。侵略者の数はいったいどれくらいになると思う?」
「UPIが概算を出していました。一時間で一万二千人。これは一箇所での話です。恐らく全部で百箇所はくだらないでしょうが、その総数はまだ不明です」
「えらいことだぞ」と大統領が言った。「一時間で百万か。どうやってこの世界に連中の面倒を見ろというんだ?現在は人口過剰なんだ。住宅も食料もない。なぜまた彼らはわれわれの時代にやってきたのだと思う?未来から来たのなら、歴史の資料もあるはずだ。自分たちがどんな問題を引き起こすか、分かっているだろうに」
「どうにもならない理由があったのでしょう」と報道官は言った。「一か八か、死に物狂いにならざるを得ないような理由が。われわれが彼らを収容し、生活を維持させるといっても、そこに能力の限界があることは知っているはずです。ですからここに来なければ、生死にかかわるような何かがあったのでしょう」
「われわれの子供たちの子供たちか」と大統領が言った。「何世代も離れているがな。もしも連中が本当に未来から来たのなら、われわれの子孫ということになる。見捨てるわけにはいかない」
「他の人もみんなそう思ってくれることを願います」とウィルソンがいった。「このまま流入しつづけるなら経済危機が訪れるでしょう。経済危機になれば彼らに対する反感が募ります。今だって世代間の断絶が問題になっているのに、それが二世代間じゃなくって、何世代も離れた同士の場合、その断絶がどれほど大きくなるか、考えてみてください」
「それを防ぐには教会の協力が大いに役に立つな」と大統領が言った。「教会が一肌脱いでくれるというのなら。いやだと言われたら、厄介なことになりかねん。一人、声の大きい巡回牧師に説教壇を叩いて回られたら、これはことだぞ」
ウィルソンはにやりと笑った。「ビリングズのことをおっしゃっているんですね、大統領。よろしかったら彼に連絡しますよ。大学時代以来の友達ですからね。話してみるのは構いませんが、説得できるかどうかは定かじゃないです」
「できるだけのことをやってくれ」と大統領が言った。「納得するまで言って聞かせるんだ。納得できないというなら、誰かにきつく圧力をかけさせる。私が本当に心配しているのは生活保護を受けている人々なんだよ。彼らの口に入るべきパンが、よそ者の腹を満たすために奪われるのだからな。その不満を抑えようとするなら、すばやい問題処置が必要になる。労働組合は新たに現れた大量の人手に恐れをなすかもしれない。しかし彼らは実際的な人間ばかりだから、話せば分かってくれるだろう。経済を理解しているから、ある程度は聞き分けてくれる」
インターコムが再び息を吹き返した。大統領はスイッチを親指で押した。
「国務長官のウイリアムズが電話に出ました」
ウィルソンは退出しようと立ちあがった。大統領は電話に手を伸ばしながら、ウィルソンを見上げた。
「私のそばを離れないでくれよ」と大統領が言った。
「そのつもりです、大統領」とウィルソンが答えた。
4
ジュディの電話の着信ボタンはことごとく点滅していた。彼女は静かに受話器に語りかけていた。机の上の書類刺しにはメモ用紙の花が咲いていた。
ウィルソンがオフィスに入ってくると彼女は電話を切った。ボタンは点滅を続けている。
「記者控え室は満員よ」と彼女は言った。「緊急メッセージがひとつ届いているわ。トム・マニングがあなたに話があるって。すごく重要なことだそうよ。呼び出す?」
「いや、君はそのまま仕事を続けてくれ」とウィルソンは言った。「自分で連絡するよ」
彼はデスクにつくと、電話を近くに手繰り寄せ、ダイヤルを回した。
「トム、スティーブだ。ジュディから重要な話があると聞いたが」
「まあ、そんなところだ」とマニング。「モリーがある男を見つけた。ヴァージニアの一群のリーダーらしい。どんな肩書きを持っているのかは分からん。肩書きがあるとしてのはなしだが。しかし、肝心なのは、この人物が大統領と話をしたがっているということだ。この事件の説明ができると言っている。実は説明させろと言ってきかないんだ」
「その男はモリーに話はしたのかい?」
「少しはな。だが重要な点は保留している」
「大統領でなければ話さないと?」
「そうだ。そいつの名前はメイナード・ゲイル。娘がいて、そっちの名前はアリスだ」
「じゃあ、モリーに頼んで二人を連れてきてくれ。正面からじゃなくて、裏から入ってもらおう。守衛には伝えておく。できる限り手を尽くすよ」
「ひとつだけ条件があるんだ、スティーブ」
「何だい?」
「モリーがこの男を見つけたんだ。彼女以外、誰にも接触させないこと。やつは彼女の特ダネだ」
「だめだ」とウィルソン。
「いや、だめじゃない」とマニングは強硬に言った。「そして彼女に大統領との会見を傍聴させること。それが絶対条件だ。べらぼうは言うなよ、スティーブ、それがフェアってものだろう。これを山分けしようなんて虫が良すぎる。まずベントリーがこの男にタックルし、そこにモリーがしがみついたんだからな」
「そんな頼みに応じたら僕は破滅だ。君にも分かっているだろう。他の通信社やタイムズ、ポスト、それ以外の新聞がこぞって…」
「このことは公表してもかまわない」とマニングが言った。「そっちは情報が手に入る。こっちがほしいのはゲイルへの単独インタビューだけだ。それくらいの貸しはあるぜ、スティーブ」
「グローバルがその男を連れてきことは、喜んで公表する」とウィルソンは言った。「それだけでも大殊勲じゃないか」
「だが単独インタビューはない」
「その男は今は君のものだ。インタビューをしてしまえ。それから連れてきたらいいだろう。それならそっちの特典として認める。好ましいことではないぞ、トム。しかし止めさせることができないからな」
「しかしあいつは大統領に会えなければ話をしないんだ。会見を終えたらすぐこっちに引き渡すくらいいいだろう」
「少なくとも今のところ、われわれにその男を拘束する権利はない。誰かに引き渡す権利もない。それにその男が信用できるとなぜ分かる?」
「もちろん確証はないさ」とマニング。「しかしいま何が起きているかを知っている。やつはまさにそこから現れたのだからな。われわれみんなが知っておくべきことを握っているんだ。やつの話を真に受ける必要はない。聞いて、自分で判断するんだな」
「トム、僕は何も約束はできない。それは君も知ってのとおりだ。そんなこと頼むことじたい驚きだよ」
「よく考えてから、また電話をくれ」とマニングが言った。
「おい、待てよ、トム」
「何だ?」
「どうも君は危ない橋を渡っているような気がする。君らは重要な情報を隠匿しているんだぞ」
「こっちに情報は一切ない」
「それじゃ重要な情報源と言い直そう。君のやり方は公共の利益に反しかねない。しかもその男の意思を無視して彼を拘束している」
「拘束なんてしてないさ。こっちにぴったり身を摺り寄せてきているんだ。ホワイトハウスに連れていってくれるのは、おれたちだけだと考えているんだろう」
「それなら君たちはその男の邪魔をしているんだ。助けを求めているのに、それを拒否している。それに――はっきりと言えないが、僕が推測するに――君たちは大使にあたる人物を相手にしているのかもしれないぞ」
「スティーブ、おれを脅そうったってだめだ。長年の親友じゃないか…」
「よく聞けよ、トム。君の提案にはのれない。友情もくそもあるか。一時間以内に裁判所から命令が出ることになりそうだ」
「その手はくわないぞ」
「弁護士と相談しておけ。連絡を楽しみに待っている」
彼は受話器を叩きつけ、立ち上がった。
「何て言ってたの?」とジュディが聞いた。
「トムのやつめ、はったりをかけてきた」
「かなり手ひどくやり込めていたわね」
「くそっ、そうしなけりゃならなかったんだ、ジュディ。もしも言いなりになっていたら――言いなりになるわけにはいかない。この仕事に裏取引は禁物だ」
「外の記者たち、我慢の限界にきているわよ、スティーブ」
「よし、入れてくれ」
記者たちは堰を切ったように中に入ると、音も立てず、整然といつも座りなれた席についた。ジュディはドアを閉めた。
「新しい進展がありましたか、スティーブ?」とAPが聞いた。
「何もありません」とウィルソンが答えた。「本当に何もないのです。いまわたしに言えることは、知らせるべきことがあれば即座にみなさんに知らせるということくらいです。大統領も、半時間前は皆さんと同様、何も知らなかった。あとで情報が入りしだい、それに基づいて声明を発表するでしょう。ただ一つ言えることは、軍隊が例の人々を避難所に運び、食べ物と必需品を供給することになったということです。これはあくまで非常措置です。あとでより包括的な計画が立てられるでしょう。たぶんそれには政府機関が多数参加することになるだろうけど」
「訪問者たちが誰なのか」とワシントン・ポストが聞いた。「お考えを聞かせてくれませんか」
「全く分かりません。確かなことは何一つ言えません。彼らが誰なのか、どこから来たのか、なぜ来たのか、どうやって来たのかも」
「未来から来たという彼らの話は信じないんですね?」
「そうは言わないよ、ジョン。われわれは可能性に対して無知なる心を閉ざさないようにしている。ただ単に分からないといっているだけだよ」
「ミスター・ウィルソン」とニューヨーク・タイムズが言った。「訪問者のなかには、われわれに事実を教えてくれる人がいると思うのですが、そういう人たちと接触しましたか?すでに対話は始まっているのでしょうか?」
「現時点で答えはノーです」
「いまの回答は、そんな対話がすぐにも行われるかもしれないという意味に取っていいですか?」
「実際問題として、その憶測には無理があるでしょう。政府はもちろん事態の究明に必死になっていますが、なにしろ発生から小一時間しか経っていません。何かしようにも単純に時間がなかったのです。それは皆さん、理解できるでしょう」
「でも訪問者とのそうした対話が将来あると予想していますね」
「その質問には、政府が事態の究明に必死になっていると、繰り返して言うことしかできませんね。近々、彼らの何人かと話し合いを持つことになるでしょう。実際にそういう計画があることを知ってるわけじゃない。ただ、まずは話し合いを持つのが行動方針として理にかなっているように思われるからです。いまふっと思ったのだが、記者の中にはもうすでに彼らと話をした人がいるんじゃないですか。皆さんのほうがわれわれに先んじているのではないですか」
「やってはみたんですがね」とUPIが言った。「でも誰も多くを語ってくれないんですよ。まるでできる限りしゃべらないように指導されているみたいに。彼らは五百年先の未来から来たと言うだけです。で、騒ぎを起こして申し訳ない、しかし生死にかかわる問題があってここに来たと。それ以上は何も教えてくれない。いくら聞いてもだめです。スティーブ、大統領のテレビ演説の予定は?」
「可能性はあると思います。いつとは言えないが。時間が決まったらすぐ教えますよ」
「ミスター・ウィルソン」とタイムズが質問した。「大統領がロシアかイギリス、またはその他の国の政府と会談するかどうかおっしゃっていただけますか」
「それについては大統領が国務長官と話し合った後に詳しいことが分かるでしょう」
「もう国務長官とは話したのですか?」
「たぶんもう話はしたかと思います。あと三十分ほどすれば、何かお伝えできるでしょう。いまはただ状況に進展がありしだい報告するという約束しかできません」
「報道官」とシカゴ・トリビューンが言った。「政府もすでに考えてはいると思うのですが、世界の人口が一時間につき約二百五十万人の割で増えつづけると…」
「君のほうが新しい情報を握っているね」とウィルソンが言った。「私が聞いた最新の数値によると一時間で百万ちょっとというところなのだが」
「いまはですね」とトリビューンが言った。「トンネルだか入り口だか何て呼べばいいのか分かりませんが、それが二百ほど見つかっています。それ以上はなかったとしてもですね、四十八時間以内に十億以上の人々が地球上に現れる計算です。私が聞きたいのは、いったい世界はどうやってこんな大勢の余剰人口を養っていくのかという点です」
「政府は」とウィルソンはトリビューンに向かって答えた。「その問題を深刻に受け止めています。これであなたの質問の答えになりますか?」
「部分的な答えにはなりますね。でも具体的な対処の方法は?」
「それは協議の必要な問題です」ウィルソンはぎこちなく答えた。
「返答できないということですか?」
「その通りです。いまのところは、答えられません」
「もうひとつ似たような質問なんですが」とロサンジェルス・タイムズが言った。「五百年後の世界には当然進んだ科学技術が存在するでしょうが、その点に関してです。政府はすでに何らかの検討を…」
「いいえ」とウィルソンは答えた。「まだ考えていません」
ニューヨーク・タイムズが立ち上がった。「ミスター・ウィルソン」と彼は言った。「本題からだいぶそれてきたようです。もう少し時間がたてば、この手の質問にも答えてもらえると思います」
「わたしもそう期待します」とウィルソンは言った。
彼は立って、記者団が列をなして控え室に戻っていくのを見つめた。
5
軍隊は手を焼いていた。
アンドリュー・シェルビー中尉はマーセル・バーンズ少佐に電話連絡した。「少佐、例の人々を一塊にしておくのは不可能です」と彼は報告した。「さらわれていってしまうのです」
「いったい何の話だ、アンドリュー。さらわれるだと?」
「さらわれるというのは語弊があるかもしれません。しかし一般人が彼らを連れていってしまうのです。ある大きな家など連中で一杯になっています。二十人以上はいるに違いありません。わたしはその家の主と話をしました。われわれはこの人たちを一塊にしておく必要がある。ちりぢりになられては困る。宿泊施設と食料のあるところに輸送しなければならないのだと。するとこの男が言い返すのですよ。少尉、ここにいる人たちは大丈夫です。食料と宿泊という点なら、心配は無用です。うちのお客様ですからね、食べ物と泊まるところはちゃんと提供しますと、こういうわけです。それが彼だけじゃないんですよ。一軒だけじゃない。この通りの端から端まで、建っている家には例外なく彼らがいるんです。この近所の家全部ですよ。誰も彼もが連中を連れていっています。しかも話はそれで終わりじゃないんです。何マイルも離れたところに住んでいる人たちまで、連中を保護しようと、車でここに来て、積んで行ってしまうのです。連中はこの田舎一帯全域に散らばってしまって、これじゃどうしようもありません」
「ドアみたいなものからは、まだ人が出てきているのか?」
「その通りです、少佐。いまだに出てきます。全く切れ目なしで、なんだか大掛かりなパレードみたいです。続々と行進して出てくるのですから。一箇所にまとめておこうにも、ふらふらどこかへ行って、ばらばらになり、近所の人がこぞって連れ去っていくのですから、もう跡を追うことなんて不可能です」
「いくらかは輸送したんだな?」
「はい。輸送車に積みこみしだい送り出しました」
「どういう連中なんだ?」
「ごく普通の人間です、少佐。わたしの見る限りでは。アクセントがちょいと変ですが、その他はわれわれと変わりません。服装も変わってますね。ローブをまとっているのもいれば、シカ皮の服を着ているのもいるし、それから――とにかく、ありとあらゆるいろいろな服を着ていますよ。仮面舞踏会にでも行っていたみたいです。しかし礼儀正しいし協力的ですよ。全く手間をかけさせません。ただ問題は人数が多すぎるということです。こちらの輸送能力を超えた人数です。ちりじりになるもの、彼らのせいとは言えません。悪いのは彼らを家に招待する一般人です。本当に愛想がよくっていい連中ですよ。ただなにぶんにも多すぎるのです」
少佐はため息をついた。「とにかく作業を続行しろ」と彼は言った。「最善を尽くしてな」
6
ジュディの電話の着信ボタンは点滅を止めることがなかった。記者控え室は待機する報道記者ですし詰め状態だった。ウィルソンはデスクから立ち上がり、カタカタと鳴るテレタイプの列の方に移動した。
グローバル・ニュースが五つ目のトップ記事を流していた。
ワシントン発(GN)―五百年先の未来から来たという何百万もの来訪者は、本日午後、二百以上ある「タイムトンネル」を抜けて陸続と現代の世界にあふれ続けている。
彼らが未来から来たという説明は一般人には受け入れがたいものであったが、アメリカ政府ははともかくも外国の政府機関によっては、信憑性のあるものとして受け入れられつつある。しかし避難民たちは、未来から来たと主張はするものの、それ以上の情報を提供しようとはしない。あと数時間もすればさらなる情報が明らかになることは確実と思われる。今までのところ、状況の混乱もあって、トンネルからあふれ出る人々の中から、指導者あるいはスポークスマンにあたる人物は現れていない。しかしそのようなスポークスマンが特定され、その人物から詳しい話が聞けそうな気配もある。
トンネルは世界各地に分散しており、すべての大陸からその存在が報告されている。非公式な概算によると、トンネルを通って来る人々の数は一時間に二百万人近い。この割合でいくと…
「スティーブ」とジュディがいった。「トム・マニングから電話よ」
ウィルソンはデスクに戻った。
「もう裁判所から命令を受け取ったかい?」とマニングは聞いた。
「まだだ。考え直す時間をやったんだ」
「ふん、命令は必要なら、いつでも取れるんだぜ。弁護士先生がそう言っていた」
「とくに必要とは思わない」
「実を言うと、命令は取らなくてもいい。モリーがすでにそっちに向かっている。ゲイルと娘を連れてな。道がどれくらい混んでいるかにもよるが、二十分かそこらで着くだろう。あのあたりは剣呑になってきた。物見高い連中がわんさか押し寄せるわ、軍隊のトラックが大群をなして来るわで」
「トム」とウィルソンが言った。「ひとつ言わせてくれ。君がなぜあんな駆け引きをしなければならなかったのか、僕には理解できるよ。あの状況では、やってみたくもなるというものだ」
「スティーブ、もうひとつ言っておくべきことがある」
「なんだい、トム?」
「ゲイルがちょっとだけモリーに話をした。詳しい話じゃない。言付けてくれと彼女に頼んだんだ。急を要することだそうだ」
「いまそれを聞かせてくれるかい?」
「どのタイムトンネルの前にも大砲を据え付けろと言っている。高性能爆弾が連射できるやつだ。何か起きたら、トンネルの中に向かってぶっ放せ。中に人がいたとしても気にしないで撃て。必要なら、撃ち続けろ」
「何が起きるっていうんだ?」
「それを話そうとしないんだ。ただ、そのうち分かるだろうと言うだけでな。爆発でトンネルはふっとび、崩れて、なくなるだろうとさ。伝えてくれるかい?」
「伝えるさ」
「このことは今は記事にするつもりはない」とマニングは言った。「今すぐはな」
ウィルソンは電話を切って、大統領専用電話の受話器を上げた。
「キム」と彼は尋ねた。「いつ大統領に会える?」
「大統領は今、電話に出ているわ。他にも電話を待たせてあるの。何人か大統領と話をしている。どのくらい重要な用件なの、スティーブ?」
「最重要だ。例の男に会わなければならないんだ」
「入って来て。できるだけ早く面会できるようにしてあげる」
「ジュディ」とウィルソン。「モリー・キムボールが裏口から入ってくる。避難民二人を連れてくるんだ」
「裏門の守衛に連絡しておくわ」とジュディ。「それから警備員にも。着いたらどうする?」
「その時までに僕が戻ってなかったら、彼らをキムのところに連れてこさせてくれ」
7
国防長官のサンドバーグと国務長官のウィリアムズは大統領のデスクの前に置かれた大型ソファーに座っていた。司法長官のライリー・ダグラスは斜め向かいの椅子に腰掛けていた。ウィルソンが入ってくると、彼らは頷いてみせた。
「スティーブ」と大統領が言った。「君の持ってくる知らせが重要でないことはないな」ほとんど非難するような調子だった。
「重要な知らせです、大統領」とウィルソンが答えた。「モリー・キムボールが少なくともヴァージニアの難民たちのスポークスマンと称する男を連れてきます。お会いになりたいのではないかと思ったものですから」
「座ってくれ、スティーブ」と大統領が言った。「その男について分かっていることは?本当にスポークスマンなのか?信任されたスポークスマンということかね?」
「分かりません。何らかの資格は持っているとは思われますが」
「いずれにせよ」と国務長官が言った。「その男の話を聞いておくべきだと思います。他には誰も、何一つ話してくれないのですから」
ウィルソンは司法長官の横の椅子に腰を下ろした。
「この人物から面会に先立って言付けを預かってきました」と彼は言った。「緊急の用件だそうです。高性能爆弾が連射できる大砲を、タイムトンネルというか、連中が出てくる穴の前に据えろと言うのです」
「何か危険があるということなのか?」と国防長官が聞いた。
ウィルソンは頭を横に振った。「分かりません。どうも詳しいことは言わなかったようなのです。ただ、トンネルで何かが起きたら、中に向かって高性能爆弾を撃ちこめと。中にいる人のことは無視して、とにかく撃てと。そうすればトンネルは壊れるといっているのですが」
「いったい何が起きる可能性があるんだ?」とサンドバーグが尋ねた。
「モリーから聞いたことをトム・マニングが伝えてくれたんですが、スポークスマンが言うには、われわれもそのうち分かるだろうということです。ただ用心のための措置という印象なんですが。彼は数分でここに到着します。そうしたら話してくれるでしょう」
「どう思うかね?」と大統領がみんなに聞いた。「この男に会うべきだろうか?」
「会うべきでしょうね」とウィリアムズ。「ことがことだけに外交儀礼などかまってはおれません。この男に、実際にはスポークスマンとしての資格がないとしてもですよ、情報は手に入れることができます。いままでわれわれの手元に情報は皆無ですからね。この男を大使とか、例の人々の正式な代表として遇するというわけじゃないです。彼の話がどれだけ信用できるかは、われわれが判断すればいいでしょう」
サンドバーグが重々しく頷いた。「迎え入れるべきでしょう」
「通信社がその男を連れてくるというのが気に入らん」と司法長官が言った。「特に公平な第三者というわけじゃないからな。自分たちの側の人間をわれわれにだまして押し付けかねん手合いだ」
「僕はトム・マニングを知ってます」とウィルソンが言った。「それにモリーもです。今回のことにつけこもうとするような人間じゃありません。問題の人物がモリーにすべてを話していたらやりかねませんが、誰にも話そうとしないのですからね。大統領としか話はしないと言っていました」
「まさに公共の精神に富む市民としてのふるまいだ」と司法長官が言った。
「マニングとモリーのことでしたら」とウィルソンは言った。「ええ、その通りだと思います。司法長官は別な意見をお持ちでしょうが」
「とにかく」と国務長官が言った。「特別に取り計らわない限り、われわれは公的資格においてその男と会見するわけではない。何をしゃべっても、それに拘束されることはないでしょう」
「さらにですね」と国防長官が言った。「わたしとしてはトンネル爆破の件について、もっと聞いておきたい。ここで話すのは構わないと思うが、トンネルのことはずっと気になっていたんです。人間が出てくるだけなら問題はありません。しかし別なものがそこを通って来始めたら、どうします?」
「たとえばどんなものが?」とダグラスが聞いた。
「そりゃ分からない」とサンドバーグ。
「ライリー、会見に反対する論拠はまだまだあるのかい?」と大統領が司法長官に聞いた。
「いえ、特にありません」とダグラスは答えた。「ただ正規の手続きを経ていないので法律家として一言申し上げたまでです」
「そういうことなら」と大統領。「彼に会うべきだろうな」
大統領はウィルソンを見た。「彼の名前は何と言うのかね」
「メイナード・ゲイルです」とウィルソンは言った。「娘を連れています。アリスといいます」
大統領は頷いた。「君たちも同席できるね?」
彼らは頷いた。
「スティーブ」と大統領。「君も出席したまえ。君の大事なお客さんだ」