ロミオとジュリエット
ウィリアム・シェイクスピア/大山敏子訳
目 次
序詞《プロローグ》
第一幕
第二幕
第三幕
第四幕
第五幕
解説
年譜
[#改ページ]
登場人物
[#ここから1字下げ]
エスカラス……ヴェローナの領主
パリス……若い貴族、領主の近親
モンタギュー……キャピュレット家に敵対する名家の主人
キャピュレット……モンタギュー家に敵対する名家の主人
キャピュレット家の一老人
ロミオ……モンタギューの息子
マーキューシオ……領主の近親でロミオの友人
ベンヴォリオ……モンタギューの甥でロミオの友人
ティバルト……キャピュレット夫人の甥
僧ロレンス……フランシス派の托鉢僧
僧ジョン……同じ派の托鉢僧
バルサザー……ロミオの召使い
サムソン……キャピュレット家の召使い
グレゴリー……キャピュレット家の召使い
ピーター……ジュリエットの乳母の召使い
エイブラハム……モンタギュー家の召使い、
薬剤師
三人の楽師たち
パリスの小姓
他にもうひとりの小姓
役人
モンタギュー夫人……モンタギューの妻
キャピュレット夫人……キャピュレットの妻
ジュリエット……キャピュレットの娘
ジュリエットの乳母
序詞役
場所 ヴェローナとマンチュア
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
あらすじ
運命の悲しい星の下、敵同士の家に生まれたロミオとジュリエットはたがいに愛し合うようになる。しかし彼らには結婚は許されない。夜のやみにまぎれてしのび込んだロミオはバルコニーのジュリエットと愛の言葉をかわし、ロレンス神父の助けを借りてひそかに結婚の約束をとりかわす。おりもおり、ロミオはジュリエットの従兄ティパルトを殺し、追放されてしまう。
ジュリエットの両親は娘の夫としてパリスという青年をえらび、結婚の日も定められる。苦肉の策として神父はジュリエットに「眠り薬」を与え、仮死状態のジュリエットは結婚式当日墓場へ運ばれた。神父の計画は墓の中でジュリエットが目ざめるころに、ロミオをそこに呼びよせて二人の結婚を成就させることであったのだが……
[#改ページ]
序詞《プロローグ》
〔序詞役《コーラス》登場〕
この芝居の場面、美しのヴェローナに
いずれおとらぬ名門とうたわれた両家が、
旧い憎しみから新たな争いを起こして、
市民たちは互いに血でその手を汚した。
これら相争う両家の宿命的な胎《はら》から
薄幸の星のもとに生まれた一組の恋人、彼らのあわれにも不幸な、かなしい破滅、
彼らの死は、その親たちの争いを葬り去った。
死すべく定められた彼らの恋の恐ろしい物語、
わが子らの死以外には何ものも解き得なかった
彼らの親たちの長い間の怒りと争いとを、
これより二時間にわたり舞台上でご覧に入れまする。
足りませぬ所は一同努力してこれをおぎなう所存、
なにとぞ見物の皆様、ごしんぼうの上じっくりとお聞き願いとう存じまする。
[#改ページ]
第一幕
第一場 ヴェローナ。広場。
〔キャピュレット家のサムソンとグレゴリー、剣と楯とを持って登場〕
【サムソン】 グレゴリー、石炭はこぶのは、どんな事があってもやめようぜ。
【グレゴリー】 そうともさ、そんな事すりゃ、炭坑夫になっちまうからな。
【サムソン】 おい、おい、カッカと燃えたら抜きかねないという意味で言っているんだ。
【グレゴリー】 おまえこそ、生きてる間に、首をひっこ抜かれないようにしろよ。
【サムソン】 おれは、カッとなると、すぐたたき切っちまうんだ。
【グレゴリー】 だが、おまえはカッとなるまでに暇がかかるってわけだな。
【サムソン】 モンタギューの犬を見ただけでおれはカッとなるぜ。
【グレゴリー】 カッとなることは動き出すことで、勇敢だってことはしっかり立ち向かうことだぜ。だからおまえが、カッとなるってんなら、そりゃ、逃げ出すことになるんだ。
【サムソン】 あの家の犬を見たっておれはカッとなって立ち向かいたくなるんだ。モンタギュー家の男だって女だってかまうもんか、やっつけてやるんだ。
【グレゴリー】 そりゃおまえがてんで弱い意気地なしということだぞ。つまりいちばん弱いものは壁際におしのけられてしまうというからな。
【サムソン】 なるほど。だから女は弱いからいつも壁際におしつけられているんだな。つまりおれはモンタギューの家の男とみれば、壁際から引っぱりだしてひどいめに会わせるし、女となりゃ壁際におしつけてやるというわけだ。
【グレゴリー】 おい、おい。けんかは両家のご主人たちとおれたちと、男同士のことなんだぞ。
【サムソン】 同じことさ。とにかくおれは暴力をふるってやるぞ。男同志のけんかがすんだら女だってただじゃおかないぞ。女のだいじな所だってとっちまうぞ。
【グレゴリー】 女のだいじな所?
【サムソン】 そうとも、女のだいじな所さ。女の女らしい所さ。なんとでも好きなようにとるがいいさ。
【グレゴリー】 なるほど、それを感じるような相手なら感じとってくれるというわけだな。
【サムソン】 おれがピンと立っていることができる間は感じるのが当たり前、おれは相当の代物だってことは評判だからな。
【グレゴリー】 さかなでなくてよかったな。もしそうだったら、おまえはまあ貧弱な塩鱈《しおだら》ってところだぞ。さあ、抜いた、抜いた。モンタギュー家のやつらがふたりやって来たぞ。
〔エイブラハムとバルサザー登場〕
【サムソン】 おれの抜身は抜いてあるぞ。けんかを売れ! おれが後ろについてるぞ。
【グレゴリー】 おや、おまえ、後ろを見せて逃げるんだな。
【サムソン】 だいじょうぶ! そんな恐れなんかあるもんか。
【グレゴリー】 なんだと? おまえのことなんか恐れるもんか。
【サムソン】 こっちが文句言われないように、向こうに仕かけさせようじゃないか。
【グレゴリー】 すれちがうときにあいつらにしかめっつらしてやろう。それをあいつらがなんと取ろうと勝手だがね。
【サムソン】 そりゃ向こうが度胸があればだがね。おれはあいつらに親指をかんではじいてやるんだ。あいつらがそれでも黙ってれば、あいつらの恥さらしってわけさ。
【エイブラハム】 あんたはおれたちに向かって親指をかんだな?
【サムソン】 なに、親指をかんだだけさ。
【エイブラハム】 あんたはおれたちに向かって親指をかんだな?
【サムソン】 〔グレゴリーへの傍白〕そうだと言っても、こっちが文句言われないかね?
【グレゴリー】 だめだ、だめだ。
【サムソン】 いや、なにね、おまえさんたちに向かって親指かんだわけじゃないのさ。ただ親指をかんでただけさ。
【グレゴリー】 あんたはけんかを売る気かい?
【エイブラハム】 けんかを売る? とんでもない。
【サムソン】 売るってんなら、こっちも買うぞ。おれだっておまえたちに負けないくらいりっぱなだんな様に奉公してるんだからな。
【エイブラハム】 負けないとは言わせないぞ。
【サムソン】 うむ。
〔ベンヴォリオ登場〕
【グレゴリー】 〔サムソンヘの傍白〕「負けやしない」と言えよ。ほら、うちのだんなの親戚がひとりやって来たぞ。
【サムソン】 いいや、負けやせんわい。
【エイブラハム】 うそつけ!
【サムソン】 剣を抜け、男なら! グレゴリー、おまえのものすごい一撃ってやつを頼んだぞ。
〔彼ら斬り合う〕
【ベンヴォリオ】 やめないか、ばか者どもが!
〔彼らの剣をたたき落とす〕
さあ、剣をおさめろ! 向こうみずなことをするやつらだな、お前たちは。
〔ティバルト登場〕
【ティバルト】 おい、こんな意気地なしの下郎ども相手に剣を抜いたな!
こっちを向け、ベンヴォリオ、おれが相手だ! 死神の顔をよく見ておけ!
【ベンヴォリオ】 おれはただ仲裁しようとしただけだ。さあ、剣をおさめてくれ。
さもなければ、おれといっしょにこいつらを引き分けてくれたまえ。
【ティバルト】 なんだと! 剣を抜いておいて仲裁だと? そんなことばは大きらいだ!
地獄や、モンタギュー家のやつらや、おまえがきらいなくらいきらいだ!
さあ、ゆくぞ、臆病者め!
〔彼ら斬り合う。役人と三、四人の市民がこん棒とほこを手に登場〕
【市民たち】 こん棒だ、ほこやりだ、ほこだ! 打て! たたきつけろ!
キャピュレットの者どもをやっつけろ! モンタギューの者どもをやっつけろ!
〔老キャピュレット、部屋着のままで、キャピュレット夫人とともに登場〕
【キャピュレット】 いったいなんのさわぎだ? おい、わしの長剣をよこせ!
【キャピュレット夫人】 松葉杖を、松葉杖を! なぜ剣などとおっしゃいますの?
【キャピュレット】 わしの剣と申しておるのだ! モンタギューのやつがやってくる、そして、これみよがしに刀を振りまわしているじゃないか。
〔老モンタギューとモンタギュー夫人登場〕
【モンタギュー】 おのれ、キャピュレットめ! とめるな、放せ!
【モンタギュー夫人】 敵をお求めになるなら一歩でも動くことはなりません!
〔領主エスカラス登場〕
【領主】 叛乱《はんらん》を起こす者ども! 平和の敵だぞ、おまえたちは!
隣人の血で刀をけがす、けしからんやつらだ、……
聞きわけぬのか? おい、おまえたち、獣《けだもの》みたいたやつだ!
おまえたちの血管からほとばしる紅《くさない》の泉で
いまわしい怒りの火を消そうというのか?
おまえたちの血なまぐさいその手から、邪悪にみちた武器を
大地に投げすてて、怒れる領主の宣告のことばをよく聞け!
さもないとおまえたちを重い拷問の刑に処するぞ。
根も葉もないつまらぬことばから起こった三度《みたび》の内輪争いが、
キャピュレット、モンタギュー、おまえたち両人によって起こされた、
それが三度、わが街の治安を乱したのだ。
そして、ヴェローナの年老いた市民たちまでが、
彼らの威厳に似つかわしい飾りものをすて去って、
平和にさびついた古いほこを、年老いた手にとって
おまえたちの根づよい憎しみの仲裁をするため立ち上がるという結果になった。
もし、今後、二度とふたたび、わしの街の治安をおびやかすときは、
平和を乱した罪によって、おまえたちの生命を申し受けるぞ。
今回だけは、ほかの者は皆引きとってよろしい。
キャピュレット、おまえはわしといっしょに来るのだ、
そして、モンタギュー、おまえはきょうの午後、この件に関して、
わしの意向をもう少しよく申し聞かせてやるから、
フリータウンの法廷まで出頭してもらいたい。
もう一度申し渡すが、皆の者、すぐ立ち去らないと死刑だぞ。
〔モンタギュー、モンタギュー夫人、ベンヴォリオを残して一同退場〕
【モンタギュー】 だれがこの古い争いにまた火をつけたのだ?
さあ、言ってくれ、ベンヴォリオ、おまえは最初からここにいたのか?
【ベンヴォリオ】 私がここにまいります前に、伯父上の召使いたちと
敵方の召使いたちがすでに戦いはじめておりました。
私は彼らを引き分けようとして剣《つるぎ》を抜きました。その瞬間に、
あのたけり狂ったティバルトが剣を抜いてやってまいりました。
その剣を、私の耳に挑戦のことばを浴びせるやいなや、
彼は頭のまわりにぐるぐる振り回して風を切りました。
でも風は傷つきもせず、ヒューヒューと音をたてて彼を嘲《わら》っているようでした。
われわれが互いに打ちあい、突きあいしている間に、
だんだん人々が集まって来て、敵味方に別れて戦いました。
やがて領主さまがお見えになり、双方を引き分けられたのです。
【モンタギュー夫人】 おお、ロミオはどこにいるのです? あなたはきょうあの子に会いましたか?
あの子がこのけんかの場所にいあわせなくて、ほんとうに幸いでした。
【ベンヴォリオ】 伯母《おば》上、かがやかしい太陽が東の金色の窓から
姿をのぞかせるその時より一時間も前に、
心の悩みに耐えかねて、私は家を出ました。
そして町の西側のはずれに茂っている
鈴懸《すずかけ》の森の蔭に、そんなに朝早く、
あなたの息子ロミオが歩いているのを見かけました。
私は彼のほうに行こうとしました。しかし彼は私に気づいて、
森の茂みの奥深く隠れてしまいました。
私も、たったひとりでいられるような場所を求めていましたし、
そんな自分自身の気持ちから、彼の気持ちを察しました。
みずからも孤独を求めたので、彼の気持ちをそれ以上追求もせず、
私から逃がれたがっているロミオをこちらもよろこんで避けてしまったのです。
【モンタギュー】 ロミオは幾朝も幾朝もそこに行っていたらしいのだ、
涙で新鮮な朝露をなおしっとりとしめらせ、
深いため息で、雲の上にさらに雲を重ねて。
しかし、すべてに喜びを与える太陽が、
遠くはるか東の方にあらわれて、
夜明けの女神の床《とこ》のカーテンを引くそのときには、
重い心の息子は、輝かしい光をさけてそこを去り、
こっそりとただひとり自分の部屋にとじこもって、
窓をすっかりとざし、美しい陽の光を閉め出して、
みずから夜の暗さをつくり出してしまうのだ。
なんとかよい相談相手になってやり、この原因を除かなければならない。
この気分は暗い不吉な前兆であるにちがいないのだ。
【ベンヴォリオ】 伯父上は、その原因をご存知ですか?
【モンタギュー】 わしは知らないし、彼《あれ》から聞き出すこともできないでいるのだ。
【ベンヴォリオ】 何らかの方法で、とくとおたずねになったことはあるのですか?
【モンタギュー】 わしは自分でも聞いてみたし、友人たちにも聞いてもらった。
だが、あれは自分の心の中に自分の思いを秘めて、
自分の心の中だけに……それが自分にとってどのくらい真実かはわからんが……
かたく秘密を守り通して、話そうともしないのだ。
だからそれを探ることも、突きとめることもできないのだ。
ちょうど蕾《つぼみ》がその美しい花びらを大気の中に拡げる前に、
また太陽に向いてその美しさをささげる前に、
意地の悪い害虫にむしばまれて開かずに終わってしまうように。
あれの悲しみがどこから起こったかを知ることができさえすれば、
それを直す方法を探して、彼に与えてやれるのだが。
〔ロミオ登場〕
【ベンヴォリオ】 おお、ロミオが来ました。どうかこの場をはずしてくださいませんか、
私がロミオの悲しみを探ってみましょう、なかなか言おうとしないかもしれませんが。
【モンタギュー】 おまえがここにとどまって、ロミオのほんとうの気持ちを
聞いてくれることができるとうれしいのだが。さあ、あちらへ行こう。〔モンタギューは夫人とともに退場〕
【ベンヴォリオ】 おはよう、ロミオ。
【ロミオ】 まだそんなに早いのかね?
【ベンヴォリオ】 たった今九時を打ったばかりだ。
【ロミオ】 ああ、悲しい心には時間は長く感じられる。
今大急ぎで出て行ったのはぼくの親父《おやじ》だね?
【ベンヴォリオ】 そうだ。どんな悲しい心がロミオの時間を長くしているのだ?
【ロミオ】 自分のものになれば、時も短くなるようなものが手にはいらないからさ。
【ベンヴォリオ】 恋をしているのか?
【ロミオ】 やぶれている。
【ベンヴォリオ】 恋にか?
【ロミオ】 ぼくが想っているその人がぼくにつれないのだ。
【ベンヴォリオ】 ああ、見た目にはやさしい恋というものが、
じっさいにはこんなに残酷でつれないものとは!
【ロミオ】 ああ、つねに目かくしをされて何も見えぬはずの恋が
目はなくとも、思うままにわれわれをとりこにする道を知っているとは!
どこで食事をしようか? ああ、どんなけんかがあったのかね?
いや何も話す必要はないんだ。ぼくは皆聞いて知っているのだ。
憎しみゆえのさわぎなんだが、ぼくにとっては恋のほうがもっと大きな問題だ。
だから争っている恋! 愛するがゆえの憎しみというわけさ……。
はじめは無から創り出された有なのだ……。
重く沈む浮気心! まじめなうつろさ!
見た目には美しい形をしているできそこないの混沌!
鉛の羽毛、輝く煙、冷たい火、病める健康!
つねに目ざめている眠り! あるがままの姿ではないもの!
こんな恋をぼくはしているのだ、報いられぬと知りながら、
おかしいと思わないかね。
【ベンヴォリオ】 いや、むしろ泣きたいくらいだ。
【ロミオ】 君、やさしいことを言ってくれるが、何をだ?
【ベンヴォリオ】 君のやさしい心がこんなにもうちひしがれているからだ。
【ロミオ】 ああ、それが恋の罪というやつさ。
ぼく自身の悲しみだけでも胸に重くのしかかっているのに、
それを君は、君自身の悲しみまでもその上に加えて
ぼくの悲しみをさらに増そうというのか。君の示してくれる愛情が
ぼくひとりのだけでも大きすぎる悲しみに、さらに悲しみをそえるのだ。
恋とはため息の蒸気とともに立ちのぼる煙なのだ。
浄《きよ》められると、恋人の目の中にひらめく火ともなるが、
悩まされると、恋人の涙であふれる海ともなるのだ。
そんなものなのだ、恋というのは。もっとも分別のある狂気、
息をとめてしまうほどの苦汁かと思うと、生気を与えてくれる甘味でもある。
さようなら、ベンヴォリオ。
【ベンヴォリオ】 待ってくれ、ぼくも一緒に行く。
そんなふうにぼくを置き去りにするなんて、友達がいもないぞ。
【ロミオ】 ぼくは自分を置き去りにしてしまった、ぼくはここにはいないのだ。
これはロミオじゃない、ロミオはどこかほかにいるのだ。
【ベンヴォリオ】 まじめに言ってくれ、きみの恋しているのはだれだ?
【ロミオ】 おい、ぼくに苦しみぬいて君に話せというのか?
【ベンヴォリオ】 苦しむ? とんでもない、
ただまじめにだれだか教えてくれと言っただけだ。
【ロミオ】 病人に悲しみながら遺言書を書けというがいい。
こんな心の中に病をもつ人間に、なんとひどいことばを使うのだ。
まじめに言うがね、ベンヴォリオ、ぼくはある女を愛しているのだ。
【ベンヴォリオ】 君が恋をしていると思ったぼくの想像は当たっていたのだね。
【ロミオ】 ねらいはぴったり、すばらしい名人だ! ぼくが恋している女は美しい人だ。
【ベンヴォリオ】 やっぱりめだった的《まと》はすぐ当たるものだね、君。
【ロミオ】 ところが今度は的ははずれたぞ。その女は
キューピットの矢では射られなかった。彼女は月の女神の知恵を持っていて、
純潔という堅固《けんご》な鎧《よろい》にその身を固めているのだ。
恋のこどもっぽいひょろひょろ弓なんかにまどわされはしないのだ。
言い寄る恋のことばの包囲なんか物ともしないし、
おそいかかる恋の目の攻撃にも応じようともしないし、
聖者をも迷わすような黄金の誘惑にも動かされはしないのだ。
彼女は豊かな美しさの持ち主だが、彼女が死んでしまうと、
それといっしょにその美しさも死んでしまうのだから、貧しいとも言える。
【ベンヴォリオ】 じゃあ彼女は一生独身で暮らす誓いでも立てたのかね?
【ロミオ】 そうだ。そしてその物惜しみが、じつはひじょうな浪費なんだ。
つまり美しさは、彼女のその情けしらずのために飢えて、
子孫の美しさまでたち切ってしまうことになるからだ。
彼女は美しすぎ、かしこすぎ、かしこくも美しすぎて、
ぼくを絶望させてしまい、天の祝福にもあずかれないのだ。
彼女は恋を断つと誓いを立てた。そしてその誓いのために、
ぼくは、現に生きてこれを話しているけれども、生きながら死んだも同然だ。
【ベンヴォリオ】 ぼくの言うことを聞いてくれ、そしてその人のことは忘れてくれたまえ。
【ロミオ】 どうすれば忘れられるか、それを教えてくれたまえ。
【ベンヴォリオ】 もう少しきみの目に自由を与えればいいのだ。
ほかの美しい女たちを少し見てみたまえ。
【ロミオ】 そうすればかえって
あの人のすばらしい美しさをもっとはっきりさせるだけだ。
あの美しい女たちの額にキスしているような仮面《マスク》は、
黒いからこそ、かえって、そのかげに美しい白い顔をかくしていることを思いださせる。
盲目になってしまった人間というものは、彼がなくしてしまった視力という
貴い宝をけっして忘れることはできないのだ。
すばらしい美人がいるなら見せてくれたまえ、
その人の美しさは、それにもまさる美人のことを
ぼくに思い出させる覚え書きの役にしかたたないのではあるまいか?
さようなら、きみにはぼくに忘れる方法を教えるなんてことはできないのだ。
【ベンヴォリオ】 ぼくは必ずきみにそれを教えてやるよ、さもないと、負い目をおったまま死んでしまうことになるからね。〔退場〕
[#改ページ]
第二場 ヴェローナ。街上。
〔キャピュレット、パリス、召使い登場〕
【キャピュレット】 だが、わたしばかりでなく、モンタギューも同様、
同じ罰を受けて両成敗ということになりました。でも考えてみると、
われわれ老人どもにとっては平和を守ることはさほどむずかしくはないのです。
【パリス】 おふたりともりっぱな名門と言われながら、
長い間仲たがいされているのはまことに残念なことです。
それはともかくとして、私のお願いはいかがでしょうか?
【キャピュレット】 わたしが前に申したことをくりかえすだけです。
わたしの娘はまだまったくの世間しらずで
まだ十四歳にもなっておりませんようなわけなのです。
せめてもう二《ふ》た夏の盛りがすぎませんことには、
あれが花嫁になれるほど成熟したとは思えないのです。
【パリス】 でも、もっと若くても幸福な母親になっている人もあります。
【キャピュレット】 仕上げが早すぎると、こわれるのも早すぎると申します。
わたしが期待をかけたものはすべて、あの娘《こ》だけを残してなくなってしまいました。
この世でのわたしのただ一つの望みはあの娘なのです。
でも、パリスさん、あれに求婚し、あの娘の心をつかんでごらんなさい。
わたしの意向などは、娘の承諾に対してはほんの添え物、
もしあれが同意するなら、わたしの承諾や同意は
とり上げようがどうしようが娘の気持ちしだいです。
今夜は恒例の宴会を開くことになっているのですが、
わたしは気の合った人たちを大勢お招きしております。
どうかあなたにもぜひその客人の中に加わっていただきたい、
あなたが珍客として加わってくださるなら、とてもにぎやかになります。
ささやかなわたしの家にお出でくださり、今夜は、あの暗い空をも
明るく照らすような地上を歩く星たちをご覧ください。
美しく装った四月が、よぼよぼと歩いている冬のすぐあとに、
近づいて来ているそのときに
元気な若者たちが感じる喜びを、
新鮮な蕾のようなおとめたちの中に、今宵こそ
あなたは経験なさるでしょう。とくと聞き、とくとご覧ください。
そして中でもいちばんすぐれている人を好きになられればよろしい。
大勢の娘たちをごらんになれば、わたしの娘もその中にはいってはおりますが、
ただ数に加わっているだけのことで、とても問題にはなりますまい。
さあ、ごいっしょにまいりましょう。〔召使いに〕おい、ヴェローナじゅうをかけ回って
ここに名まえが書いてあるお客をひとりひとり見つけ出すのだぞ。
そしてそのかたがたに、今夜ぜひとも私の家にお出でを願いたい、
心からお待ち申しあげておりますと伝えてくれ。
〔キャピュレットとパリス退場〕
【召使い】 ここに名まえの書いてあるお客をひとりひとり見つけ出せって! 靴屋はものさし、洋服屋は靴型、さかな屋は鉛筆、画家は網を取り扱うべしとは物の本に書いてある。おいらここに書いてある名まえのお客を見つけ出せと言いつかって来たんだが、これを書いた人がどんな名まえをここに書いたのか、おいらにゃあ皆目《かいもく》見当がつかない。こいつは一つ学のある人のところへ行かにゃなるまいて。おお、ちょうどいいぞ。
〔ベンヴォリオとロミオ登場〕
【ベンヴォリオ】 ばかな、きみ、燃え上がった火は他の火を消す、
一つの苦痛が他の苦痛を軽くするという。
ぐるぐる回って目まいがしたら、逆にぐるぐる回ってなおすにかぎる、
どんなはげしい悲しみも別の悲しみによって治るもの。
きみの目も何か新しい病気にかかればいいのだ、
そうすれば古い病気の猛毒は消えるだろうから。
【ロミオ】 倒のオオバコの葉がよくきくとさ。
【ベンヴォリオ】 何にきくって?
【ロミオ】 向こうずねのけがにさ。
【ベンヴォリオ】 おい、ロミオ、きみは気でも狂ったのか?
【ロミオ】 気なんか狂いはしないよ、だが気狂い以上にがんじがらめさ。
牢獄に閉じこめられ、食べ物も与えられず、
むち打たれ、拷問にかけられ、そして……やあ、ごきげんよう!
【召使い】 ごきげんさんで、だんな様。ところで字を読むことがおできになりますかな?
【ロミオ】 できるさ、自分のみじめな運命を自分で読むことくらいはね。
【召使い】 そりゃ読まないでも覚えていなさるのでしょう。お聞きしたいのは、目で見てちゃんと字がお読みになれますかってことですだ。
【ロミオ】 そりゃできるともさ、文字とことばさえ知ってりゃね。
【召使い】 正直なことをおっしゃるおかただ。ではごめんなさいまし。
【ロミオ】 おい待て、おれは読むことができるんだ。〔読む〕
「マーチィノー殿と令夫人、令嬢がた。
アンセルム伯爵および美しき令妹たち。
ヴィトルーヴィオのご後室様。
プラセンショー殿ならびに愛らしき姪御たち。
マーキューシオならびに弟のヴァレンタイン。
叔父キャピュレット殿夫妻と令嬢がた。
美しい姪のローザラインとリヴィア。
ヴァレンショー殿とその従弟ティバルト。
ルーシオと快活なヘレナ」
すばらしい顔ぶれじゃないか。どこへ集まるのだ?
【召使い】 てまえどもの邸《やしき》で。
【ロミオ】 だからどこだというのだ。
【召使い】 晩餐に、てまえどもの邸へ。
【ロミオ】 だれの邸かね?
【召使い】 てまえの主人の邸で、へい。
【ロミオ】 なるほど、それを先に聞くべきだったな。
【召使い】 おたずねにならないでも申し上げます。てまえどもの主人はりっぱな大金持ちのキャピュレットさま。もしだんながモンタギュー一家のかたでないなら、どうぞお出でなすって、一杯上がってくださいまし。ではごめんくださいまし。〔退場〕
【ベンヴォリオ】 このキャピュレット家の古くからの恒例の宴会には、
きみがあんなに愛しているローザラインも来るはずだ、
そのほかにも、ヴェローナじゅうの有名な美人たちが来るはず、
さあ、ぼくらも行こう。そしてとらわれない自由な目で、
彼女の顔と、ぼくが見せてやるほかの顔とをくらべてくれ、
そうすればきみの白鳥がじつは烏《からす》でしかなかったとさとらせてやれるのだ。
【ロミオ】 敬けんな信仰にも似たわがまなざしが、
そんないつわりの気持ちを抱くならば、そのときは涙よ火に変われ!
そして幾度か涙におぼれつつも、死ぬことのなかったこの目、
透明な異端者であるこの目よ、うそつきとして焼かれてしまえ!
ぼくの恋人より美しい人? すべてのものを見渡す太陽も
この世がはじまって以来、あの人にまさる者を見はしなかった!
【ベンヴォリオ】 おい、おい、きみはだれもそばにいなかったので彼女を美しいと思ったのだ。
両の目に彼女自身だけをうつして比べていたからだ。
だがその水晶のはかり皿のようなきみの両の目に
きみの恋人と、だれかほかのおとめとを並べてやろう、
今宵ぼくが、宴会の席で光り輝いている女を見せてやろう、
そうすれば今でこそ最上と思われる彼女もたいしたことはなくなってしまうだろう。
【ロミオ】 いっしょに行こう、そんなものを見せてもらうためにじゃないが、
ただぼくの恋人のすばらしい美しさを見るために行こう。〔退場〕
[#改ページ]
第三場 ヴェローナ。キャピュレット家の一室。
〔キャピュレット夫人と乳母登場〕
【キャピュレット夫人】 乳母《ばあや》、あの子はどこへ行きました? ここへ呼んでおくれ。
【乳母】 あれまあ、私の処女《おとめ》心にかけて……と申しましても十二歳のときのでございますが……ちゃんといらっしゃるように申しあげましたのに。もし、子羊さん!
もし、テントウ虫さん!
まあ、とんでもないこと! お嬢様はどこへいらしたんだろう。ジュリエット様!
〔ジュリエット登場〕
【ジュリエット】 どうしたの? 誰が呼んでるの?
【乳母】 お母様でございますよ。
【ジュリエット】 お母様、ここにおりますわ。
なんのご用?
【キャピュレット夫人】 じつはこういうわけなの……乳母《ばあや》、ちょっと座をはずしておくれ、
秘密の話があるんだよ……乳母、やっぱりここにいておくれ。
そうだ、おまえにもこの話はきいといてもらわなければ、
おまえも知ってるように、この子もそろそろ年ごろだからね。
【乳母】 そうでございますとも。お嬢様のお年なら時間まで正確に申しあげられます。
【キャピュレット夫人】 まだ十四にはならないね。
【乳母】 さようでございます。なんなら私の
十四本の歯にかけてもよろしいのですが……でも残念なことに、
もう四本しかございませんけれど……まだ十四にはおなりになりません。
収穫祭の時まであと何日ございます?
【キャピュレット夫人】 二週間と少しじゃない?
【乳母】 少しかどうか存じませんがね、一年と申せばたくさんに日もございますのに、
今度の収穫祭の前夜でちょうどお嬢様は十四におなりです。
スーザンとお嬢様とは……どうぞ神様、魂の平安をくださいますよう……
おないどしでございました。はあ、スーザンはもう神様に召されてしまいましたが、
あの子は私にはすぎた子でございました……ですが申しあげましたように、
収穫祭の前の晩にお嬢様は十四におなりです。
そうでございますとも、私はようく覚えております。
あの地震がございましてからちょうど十一年めでございますね。
お嬢様が乳ばなれなさいましたのが……忘れもいたしません
よりもよってその日でございましたもの。
と申しますのも、その日、私は乳房に、にがよもぎをぬりましてね、
鳩小屋の壁の下でひなたぼっこをしておりましたんでございますよ。
だんな様と奥様はマンチュアにお出かけでおるすでございました……
はい、私だってちゃんと覚えておりますとも……今も申しあげましたように、
お嬢様が私の乳首についたにがよもぎをおなめになりましたとき、
とても苦かったんでございましょう、かわいらしいお嬢様は
ひどくおむずかりになりました。そして乳首をつねってお叱りなさるんでございますよ!
そのとき、鳩小屋が、ガタガタと言いました。出てお行きなんて言う必要もございません、
すぐさま大急ぎで逃げだしましたもの。
そしてそのときから数えてちょうど十一年でございます。
あのときお嬢様はもうおひとりでお立ちになれました。それどころじゃございません、
そこらをチョコチョコかけたりもなさいましたんですよ。
ちょうどその前の日でございました、ころんでひたいにおけがをなさいました。
そのとき、うちの人が……どうぞ神様あの人の魂をお守りくださいまし、
あの人はとても陽気な人でしたが……お嬢さまを抱き上げました。
「よしよし」とうちの人は申しました、「うつぶせにころんだんだね。
もっと知恵がついたらきっと仰向けにころぶだろうね。
そうでしょう、ジュールちゃん?」するとほんとうに、
このかわいいお嬢さまは泣きやんで、「そうよ」とおっしゃるじゃございませんか。
そして今そのじょうだんがほんとうになったんでございますねえ。
たしかに、私がたとえ千年も長生きいたしましたところで
決して忘れはいたしません。「そうでしょう、ジュールちゃん?」とあの人は言いました。
そしてこのかわいらしいおかたは泣きやんで、「そうよ」とおっしゃったのです。
【キャピュレット夫人】 それはもうたくさん、お願いだから黙っておくれ。
【乳母】 はい奥様、でも私は笑わずにはいられません、
お泣きやみになって、「そうよ」っておっしゃったのを考えますと。
そう、そう、そのときでございます、おデコにこぶをおこさえになりましたのは。
ひよっこの睾丸《こうがん》くらいのこぶをおこさえになりましたのです。
危いことでございました。ひどくお泣きになりましてねえ。
「よしよし」とうちの人が申しました、「うつぶせにころんだんだね。
年ごろになったら仰向けにころぶようになるだろうね。
そうでしょう、ジュールちゃん?」すると泣きやんで「そうよ」とおっしゃいました。
【ジュリエット】 乳母《ばあや》、もうやめて、お願いだから。
【乳母】 はいはい、このとおりやめました。神さまのお恵みがございますように!
お嬢さまのような美しいあかちゃんにお乳をさし上げたことはございません。
もし私が長生きして、お嬢様のお嫁入りを見せていただけましたら
それこそ本望でございます。
【キャピュレット夫人】 じつはね、そのお嫁入りの話なのだよ、
わたしが話しに来たのは。ね、ジュリエット、言ってちょうだい、
結婚するということについてあなたがどう思っているのか。
【ジュリエット】 それは私が夢にも思ったことのない名誉なことですわ。
【乳母】 名誉なことでございますって! 私がお嬢様のただひとりの乳母でなくても、
あなたは知恵を乳から吸いとったのだと申しあげたいくらいです。
【キャピュレット夫人】 ねえ、結婚ということを考えてちょうだい。あなたよりもっと年下の、
このヴェローナのりっぱなお嬢さんがたでも
ちゃんともうお母さんになっている人もあるのよ。考えてみれば、
わたしも……あなたはまだこうして娘でいるけど……あなたの年ごろには
もうあなたのお母さんになっていたのよ。まあ簡単に言いますけどね、
あのりっぱなパリス伯爵があなたに求婚していらっしゃるのですよ。
【乳母】 まあ、お嬢様! あのおかたが、世にもりっぱな……
まあ、なんと申しあげましょうか、蝋細工《ろうざいく》のようなお美しいおかたですわ。
【キャピュレット夫人】 ヴェローナの夏にもあれほど美しい花は見られませんよ。
【乳母】 そう、あのかたは花でございます。ほんとに花のように美しい殿ごです。
【キャピュレット夫人】 ねえ、どうお思い? あのかたを好きになれるとお思いかい?
今夜、家の宴会であのかたにお目にかかれるのですよ。
ようく若いパリスさまのお顔をみてごらん、ちょうど本でも読むように。
そして美しいペンでそこに書きつづられたこの上ない喜びを読みとってほしいの。
お顔の一つ一つの特徴がとてもよく調和がとれていて、
それぞれがお互いに引き立て合ってとても美しくととのっているのを見てちょうだい。
そしてこの美しいご本の表面にあらわれていないものは
あのかたの目という傍注《ぼうちゅう》によく書かれています。
この貴重な愛の本は、まだ綴じはできていないけど、
必要なのはあと表紙だけで、それさえあれば美しくできあがります。
魚は海にこそ住むもの、そして外側の美しさが、
その中に美しいものをひそめているのこそすばらしいことなのです。
黄金の留金の中に、すばらしい黄金の物語を綴じこんでいる本こそ
それを見て多くの人々の目がその価値を知ることができるものです。
だからあなたは、あのかたを夫にすれば自分をすこしも小さくすることなく、
あのかたのもっていらっしゃるものをすべてあなたのものにするのです。
【乳母】 小さくするどころか、大きくおなりですわ。女は男によって大きくなるものですわ。
【キャピュレット夫人】 一言でいいから言ってちょうだい。あなたはパリスさまを好きになれそう?
【ジュリエット】 もしもお会いして好きになれるものなら、そんな気持ちでお目にかかってみましょう。
でも私はお母様のお許しを得てお会いするだけのことですわ、
それより深く私の視線を走らせたりすることはいたしません。
〔召使い登場〕
【召使い】 奥様、お客様がたがお見えになりました。お食事の用意ができました。奥様、お嬢様、あちらで皆様がお待ちかねでございます。台所では乳母は何をしているとさんざんでございますし、すべてのことがゴッタ返しております。私はすぐご接待にあちらへまいらねばなりません。どうぞすぐお出でくださいませ。
【キャピュレット夫人】 すぐに行きます。〔召使い退場〕ジュリエット、パリス伯爵がお待ちですよ。
【乳母】 さあ、お嬢様、いらっしゃいませ。そして幸福な日に幸福な夜が続きますようになさいませ。〔退場〕
[#改ページ]
第四場 ヴェローナ。街上。
〔ロミオ、マーキューシオ、ベンヴォリオ、五、六人の仮装舞踏会出席者たち、松明《たいまつ》持ちらとともに登場〕
【ロミオ】 どうだ、いまの口上を言いわけにしゃべろうか?
それとも言いわけも何もなしに乗りこむとしようか?
【ベンヴォリオ】 もうそんなのは今は時代おくれだ。
木でつくったダッタン人の弓みたいな形の弓をもって
カカシみたいにご婦人がたをおどかしてみたり、
スカーフか何かで目かくししたキューピッドなどはもうたくさんだ。
また暗記した前口上を、後見の言うとおりに、
おぼつかない口調で、入場のときに述べたてるなどは止めにしよう。
われわれのことをどう思おうと先方のかってさ、
こっちは好きなだけ踊って引き上げようじゃないか。
【ロミオ】 ぼくに松明をよこせ。ぼくは踊り歩く気にはなれないのだ。
気分が暗く沈んでしまうから、せめて明りでも持つことにしよう。
【マーキューシオ】 いや、ロミオ、きみにこそ踊ってもらいたいのだ。
【ロミオ】 いやだ。きみは軽い底のついた舞踏靴をはいているが、
ぼくの心の底は鉛のように重くるしいのだ。
そしてそれがぼくを大地にくぎづけにしているので、ぼくは動くこともできない。
【マーキューシオ】 きみは恋人だ、だからキューピッドの翼を借りるんだ。
そしてその力で普通より高く飛ぶんだよ。
【ロミオ】 ぼくはキューピッドの矢でひどくいためつけられているので
その軽い羽を借りても高く飛ぶことはできない。すっかりしばられているので、
重くるしい悲しみを越えて高く舞い上がることができない、
ただ恋の重荷を背負わされて、ぼくは沈んでしまうばかりだ。
【マーキューシオ】 きみが沈んでしまっては、恋に重荷がかかるだけじゃないか。
やさしい恋に少々重荷がかかりすぎはしないか?
【ロミオ】 恋がやさしいって? とんでもない。恋はあまりにもつれないものだよ、
荒々しすぎ、やかましすぎて、茨のように人を刺すものだ。
【マーキューシオ】 もし恋がきみにつれないなら、きみも恋につれなくしろよ。
向こうが刺すなら、こっちも刺してやれ、そうすればきみの勝ちじゃないか。
さあ、ぼくに顔をかくす仮面《マスク》をよこしてくれ。
仮面のようにおかしな面《つら》に仮面か! えい、かまうもんか、
このぶかっこうな面がそんなに珍しけりゃよく見るがいい!
ぼくにかわってこのおかしな顔が赤面してくれるわ。
【ベンヴォリオ】 さあ、ノックしてはいろうじゃないか。
はいったらすぐ踊りだすんだぞ。
【ロミオ】 ぼくには松明をくれ。心の軽い浮かれ者たちは、
踵で、感覚を持たぬ藺草《いぐさ》をふみ散らすがいい。
ぼくはあの古い諺に言われているように、
ローソク持ちの岡目八目ということにしよう。
ゲームは今まさに最高潮というところで、ぼくは神妙におりるよ。
【マーキューシオ】 おい、神妙にしておれってのは、警官のきまり文句だ。
もしきみがおりるというなら、ぼくらがきみを引き上げてやろう、
失礼ながら、きみが耳まではまりこんでいる恋のぬかるみからさ。
さあ、これじゃ昼間むだに灯《ともしび》をともしているというようなもんだ、さあ行こう。
【ロミオ】 いや、ちがう。
【マーキューシオ】 ぼくの言ったのはぐずぐずしてるという意味さ。
われわれは昼間ランプをともして、明りをむだにするのと同じだというのだ。
ことばは善意に解釈するものだ。分別というものは
五つの知恵の一つだというが、善意の中にはそれが五倍になってあらわれる。
【ロミオ】 なるほど、われわれが仮装舞踏会に行こうというのは善意だが、
行くのはあまり知恵があるとはいえない。
【マーキューシオ】 なぜだね、それは?
【ロミオ】 ぼくはゆうべ夢を見た。
【マーキューシオ】 ぼくも見た。
【ロミオ】 どんな夢だ、きみのは?
【マーキューシオ】 夢をみるやつはうそをつくっていう夢さ。
【ロミオ】 つくのは寝床だ、そしてみるのは正夢《まさゆめ》ってこともある。
【マーキューシオ】 ああ、それで、ぼくはマブの女王がきみといっしょにいる夢をみた。
彼女は妖精たちの産婆なのだ。
市の助役の人差し指にはめられている
指輪の瑪瑙《めのう》くらいのちっぽけな姿をしてやって来るんだ。
小人の群れのひく車にのって、
人々がねむっているとき、その鼻の上を通ってゆく。
その車の輻《や》は、足長蜘蛛の脚でつくられている、
幌はいなごの薄い羽根、
車の輓《ひ》き革はいちばん小さい蜘蛛の糸、
頸輪《くびわ》はしっとりぬれた月の光、
鞭《むち》はこおろぎの骨、鞭なわはうすい膜でつくられ、
御者は小さな灰色の上衣を着たちっぽけな虻《あぶ》で、
怠け者の小娘の指からとり出された
ちっぽけな虫の半分ほどの大きさもない。
車体は空《から》のはしばみの実、これをつくるのが、
大昔から妖精の馬車づくりとして知られた
指物師のりすか、年とった地虫さ。
こんなすばらしいしたくで、彼女は夜な夜な乗り回す。
恋人たちの頭の中を通ると、彼らは恋の夢をみる。
宮廷人のひざの所を通れば、彼らはすぐにおじぎの夢をみる。
弁護士の指のところを通れば、彼らはお礼の夢を、
貴婦人のくちびるのところを通れば、彼らはキスの夢をみる。
もっともときどきその息にあまったるいお菓子の匂いがしみこんでいるとかで
マブの女王はそのくちびるにただれをこしらえてしまうがね。
ときには彼女は宮廷人の鼻のところを乗り回す、
すると彼は賄賂《わいろ》をとるにいい相手をかぎつけた夢をみる。
またときには、教会税のぶたのしっぽを持ってやって来て、
寝ている牧師さんの鼻をくすぐるんだ!
すると、この牧師さん、また新しく収入のふえる夢をみる。
そうかと思うと、兵隊の首のところを乗り回す、
すると、兵隊は敵ののど笛をかき切る夢をみたり、
城壁の割れめ、伏兵、スペインの銘刀の夢をみたり、
はては底抜けに飲みほす乾盃《かんぱい》の夢をみたりする、そのとたんに、
たいこの音が鳴りひびき、彼はびっくりして目をさます。
これも夢とわかって、大声でお祈りのもんくなんかを言って、
また眠ってしまう。これがマブの女王だ。
夜の間に馬のたてがみを編んでしまったり、
ぶしょうな女のきたない髪の毛をもつれさせたりする、
そしてそれが解けたら不幸の前兆だ。これがマブだ。
また娘っ子が仰向けにねているようなときに、
彼らをおさえつけて、重荷にたえることをまず教え、
よく耐えるりっぱな女になるように教えるのもこいつのやることさ。
まだ、まだあるぞ……
【ロミオ】 おい、もう黙らないか。
つまらんおしゃべりはやめろよ。
【マーキューシオ】 そうとも、つまらんさ、夢の話だもの。
夢ってやつは、おろかな頭から生まれたこども、
むなしい空想から生まれた、たわいもないもの、
空気のように実体のない空想から生まれたもの、
そして風よりも気まぐれで、たった今、
北方の凍ったような胸に言いよるかと思えば、
ちょっと腹をたてると、たちまち向きを変えてしまって、
その顔を露をしたたらせている南の方に向ける風よりももっと気まぐれだ。
【ベンヴォリオ】 きみの言うその風が、ぼくたちについ我を忘れさせてしまった。
食事はおわり、ぼくたちはもうおそすぎるかもしれない。
【ロミオ】 いや、早すぎるかもしれないんだ。ぼくはなんだか胸さわぎがする。
今はまだ運命の星にかかっているある大きな事件が、
今夜のこの宴会をきっかけに、おそろしい力を働かせ、
この胸の奥にひそめられている、のろわれた生命の期限を、
時ならぬ死によって終わらせてしまい、
断ち切ってしまうのではないかと不安なのだ。
だが、わが人生の航路の舵《かじ》をとりたもう神よ、どうか
わが舟のゆくえを定めたまえ! さあ、元気な諸君たち、行こう。
【ベンヴォリオ】 さあ、打て、たいこを。〔退場〕
[#改ページ]
第五場 ヴェローナ。キャピュレット家の広間。
〔楽師たち控えている。給仕人たち、ナプキンを持って登場〕
【給仕一】 ポットパンはどこへ行った? ちっともあとかたづけの手伝いもしないで。木皿一枚かたづけたのかよ? 皿一枚拭いたというのかよ?
【給仕二】 もてなしの作法いっさいがひとりかふたりにまかされていて、しかもそいつらが手一つ洗ってないとなりゃ、ひどいのはあたりまえさ。
【給仕一】 折りたたみ椅子をかたづけろ! 食器棚をどけろ! 食器をこわさんよう気をつけてくれよ。おい、頼む、あんず菓子を一つとっといてくれ。そして、後生だから、門番に頼んで、スーザン・グラインドストンとネルを入れてもらってくれ。アントニーとポットパン!
【給仕二】 あいよ、ここにいるよ。
【給仕一】 大広間じゃ、おまえのことさがしてるぜ、呼んでるぜ。おまえは呼ばれてるんだ、さがされてるんだぜ。
【給仕二】 そんなこと言ったって、一度にこっちとあっちにいるわけにゃいかないよ。おい、元気でいこうぜ。活発に働こうぜ。長生きするものが全部いただきだ!〔退場〕
〔キャピュレットが、キャピュレット夫人、ジュリエット、ティバルト、その他家族の者たちを伴って登場、客と仮装者を迎える〕
【キャピュレット】 皆さん、ようこそおいでくださった! つま先に
肉刺《まめ》のできていないご婦人がたなら、皆さんのお相手になるはず、
いよう、これはこれは、ご婦人がた、まさかダンスがおいやだと
おっしゃるおかたはありますまい。気どってご遠慮のおかたは
きっと肉刺ができていらっしゃるのだな。まさにそのとおりでしょう?
ようこそ、皆さん、このわたしとてもかつては、
仮面《マスク》をかぶったものでした。そして美しいご婦人の耳もとに、
お気に召すようなあまい話の一つも、ひそひそと
ささやくことができたもの。でも、もうそれもみな、昔の、過ぎ去った昔のことです。
いや、ほんとうに皆さん、ようこそおいでくださった。さあ音楽をはじめてくれ!
さあ、ずっと広く場所をあけて! さあ、さあ、娘さんがた、おどりなさい!〔音楽がはじまり、一同踊る〕
これ、もっと明りを。それからテーブルをたたんでかたづけろ。
暖炉の火を消せ。へやがあつくなりすぎた。
いや、これはすばらしい、これは思いがけないほど愉快なことになった。
まあ、ここへお坐りください。キャピュレット叔父上、
あなたも、わたしも、もう踊る時代は過ぎましたなあ。
あなたとわたしが仮面《マスク》をつけて踊ったりした時から、
もう何年になりますかな?
【キャピュレット老】 たしか、もう三十年になるな。
【キャピュレット】 いや、とんでもない、そうはならないですよ、そうはならないですよ。
ルーセンショーの婚礼の時以来のことだから、
こんどのペンテコステの祭の日が来て……かりにどんなに早く来ても……
ざっと二十五年というところ。あの時はふたりともよく踊りましたなあ。
【キャピュレット老】 いや、もっとになる。もっとになる。あれの息子はもっと年をとっているぞ。
たしか三十歳だ。
【キャピュレット】 とんでもないこと!
あの息子は二年前には、まだ後見がついていましたよ。
【ロミオ】 〔召使いに〕あそこのあのご婦人はどなたかね? それ、向こうの
騎士の手をとっておられる美しいかた。
【召使い】 存じません。
【ロミオ】 おお、ひときわ美しいあの人は、松明に輝くすべを教えているようだ!
ちょうど、エチオピア人の耳にさがっている高価な宝石のように、
あの人は夜の頬《ほお》にかかって輝いているではないか。
使いならすにはあまりに高価すぎ、この世のものであるにはあまりにも貴い。
あの人が、ほかの人々とともにいて、ひときわ美しくめだつ姿は、
ちょうど雪のように白い鳩が、鴉《からす》の群れの中にいるようなものだ。
ダンスは終わった。あの人のいる場所を見きわめよう。
そして、あの人の手にふれて、この武骨な手を祝福してもらおう。
わたしの心は今まで、ほんとうの恋をしたことがあっただろうか?
目よ、否《いな》と言え! わたしは今宵まで、かつて真の美しさを見たことがなかった。
【ティバルト】 あの声はたしかにモンタギュー家のやつだ。
おい、おれの剣を持って来てくれ。よくもあの野郎め、
ここへ来おったな! おどけた仮面《マスク》なんかかぶりやがって!
われわれの宴会を愚弄《ぐろう》しようって魂胆だな!
さあ、われら一門の名誉ある血統にかけて、
あいつをたたき斬っても、罪になるとは思わんぞ!
【キャピュレット】 これ、これ、どうした。何をそんなに気色ばんでいるのだ?
【ティバルト】 叔父上! あれはモンタギュー家のやつです。敵《かたき》です。
今夜のこの宴会を愚弄しようとたくらんで、
ぬけぬけとこんなところにやって来たのにちがいありません。
【キャピュレット】 ロミオだね?
【ティバルト】 そうです、ロミオのやつです。
【キャピュレット】 まあいいじゃないか。ティバルト、放っておきなさい。
そして、じつを言えば、
ヴェローナの町じゅうの人が彼のことを
徳の高い、素行の正しい若者だと誇りにしているのだ。
わしは、たとえこのヴェローナじゅうの富にかえても、
このわしの家の中で、彼に危害を加えることなどは許さんぞ。
だからがまんしてくれ。彼のことなど気にかけるな。
これはわしの意志だ。それをおまえが尊重してくれるなら、
きげんのいいようすをして、そんなしかめ面なんかしないでくれ、
そんなのは宴会にはおよそ似つかわしくない顔だぞ。
【ティバルト】 いえ、似つかわしいです。あんなやつが客に来ているんですから!
私にはとてもがまんできません。
【キャピュレット】 そこをがまんしてくれと頼んでいるのだ。
いいか、おまえさん! がまんしろというのだ! ばかな!
この家の主人はわしか? それともおまえかね? ばかな!
がまんができないだと! とんでもないことだ!
わしのお客たちの間で、謀叛を起こそうという気か?
ここで一騒動起こそうという気か! かってなことをやろうというのか!
【ティバルト】 でも、叔父上、これは恥です。
【キャピュレット】 ばかばかしい!
なんてなまいきなやつだ! ほんとうにそんなこと考えてるのかね?
この悪い癖がおまえのためにならんかもしれんぞ。わしにはわかっとる。
おまえがわしにこんなにさからうとは! おや、そろそろ時間だ。
その調子だ、皆さん! えい、うるさいやつだな!
静かにしなさい……もっと明りを、もっと明りを……やめないか!
わしがおまえを黙らせるぞ! おお皆さん、陽気にやってください。
【ティバルト】 無理にしたがまんと、わがままな怒りがぶつかって
くいちがった挨拶をするものだから、このからだがブルブルふるえるわ!
ともかくひきさがることにしよう。だが、よくも侵入して来おったな!
今はいい気持ちになっているがいい。今に見てろ、ひどいめに会わせてやるぞ!〔退場〕
【ロミオ】 〔ジュリエットに〕もしも私がこの賎しい手で、
この聖なる御堂《みどう》を汚しておりますなら、そのやさしい罰はこのとおり、
私のくちびる、ふたりの顔あからめた巡礼たちが、ここに控えて、
手あらな傷あとを口づけで滑《なめ》らかにしようとしております。
【ジュリエット】 まあ、巡礼さま、それはあなたのお手に対してひどいなされかた、
こんなにお行儀よく、敬虔な心を示しておりますのに、
聖者の手は巡礼の手でふれるためのものでございますし、
手のひらと手のひらとをふれ合うのが聖なる巡礼の口づけでございますわ。
【ロミオ】 聖者はくちびるをお持ちではないのでしょうか? そして巡礼も持っているはず。
【ジュリエット】 そうですわ、巡礼さま、お祈りに使うためにくちびるを持っています。
【ロミオ】 では聖者さま、くちびるに手の代わりをさせることをお許しください。
くちびるがお祈りするのです、どうか許したまえ、この信仰が絶望に変わることのないように。
【ジュリエット】 聖者はお祈りゆえに許すことはしても、積極的には動きません。
【ロミオ】 ではどうか私のお祈りのかなえられるまで動かずにいてください。〔接吻する〕
こうしてあなたのくちびるで、私のくちびるから罪が拭い去られました。
【ジュリエット】 それでは私のくちびるがあなたから拭いとった罪を持っているのですわね?
【ロミオ】 私のくちびるから罪を? おお、なんてやさしいおとがめを受けた罪でしょう。もう一度その罪を私にお返しください。〔ふたたび接吻する〕
【ジュリエット】 ずいぶん型どおり接吻なさいますこと!
【乳母】 お嬢様、お母様がお話がございますって。
【ロミオ】 お母様とはどなたです?
【乳母】 まあ、お若いおかた、
お母様とはこのお邸の奥様でいらっしゃいますわ。
りっぱな、賢い、徳の高いおかたでございます。
あなた様がお話しなさっていらしたお嬢様に私がお乳をさし上げましたんですよ。
はっきり申し上げますけど、お嬢様をお手にお入れになるおかたは、
たいそうな財産もお手に入れられるわけですわ。
【ロミオ】 あの人はキャピュレットの娘か。
なんという高い代償だ! わたしの生命が敵から借りたものになるとは。
【ベンヴォリオ】 さあ、行こう、歓楽も、ここらがその絶頂だ。
【ロミオ】 そう、ぼくもそんな気がする。それだけ不安も大きいのだが。
【キャピュレット】 これは、これは皆さん、まだお帰りには早すぎます。
つまらないものですが茶菓《さか》の用意もできております。
おや、そうですか? それでは皆さん、どうもありがとうございました。
どうもありがとう、皆さん。ではおやすみなさい。
もっと明りをもって来てくれ。さあ、それでは、寝ることにしようか。
おや、すっかりおそくなってしまった、
やすむとしよう。〔ジュリエットと乳母とを残して一同退場〕
【ジュリエット】 乳母《ばあや》、こっちへ来てちょうだい。あのかたはどなたなの?
【乳母】 ティベリオ様のお跡取りです。
【ジュリエット】 今あそこの戸口からお出になるかたは?
【乳母】 たしか若いペトルーチオー様でございます。
【ジュリエット】 そのすぐ後ろからついて行かれるかたは? あのちっともお踊りにならなかったかた。
【乳母】 さあ、存じませんが。
【ジュリエット】 聞いてきておくれ。もしあのかたにもう奥様がおありなち、
私の墓が私の新婚の床《とこ》になるかもしれない。
【乳母】 あのかたの名はロミオ、モンタギュー家の人で
お嬢様の憎い敵《かたき》の家のひとり息子だそうです。
【ジュリエット】 わたしのただ一つの愛が、ただ一つのわたしの憎しみから生まれるとは、
知らないままに早くお顔を見すぎ、知るのがあまりおそすぎました。
わたしが憎い敵を愛さねばならないとは、
なんとおそろしい運命をもって生まれた恋なのでしょうか。
【乳母】 え、なんでございますって? なんでございますか?
【ジュリエット】 それはね、私がごいっしょに踊ったかたから
教えていただいた歌の文句なのよ。〔舞台裏で「ジュリエット」と呼ぶ声〕
【乳母】 ただ今、参りますよ!
さあ、参りましょう。お客様はもうみなお帰りになりました。〔退場〕
[#改ページ]
第二幕
序詞《プロローグ》
〔序詞役《コーラス》登場〕
いまや古い情熱は死の床によこたわり、
若い愛情がその後継者たらんとしている。
恋する心がそのために悶《もだ》え、死さえ思ったその美しい人は、
やさしいジュリエットにくらべられたとき、もはやその美しさをなくしてしまった。
いまやロミオは愛され、彼もまたその愛にこたえる。
ともにそのまなざしの魅力にひきつけられて、
敵と思われる者に彼はそのやるせない気持ちを訴え、
彼女もまたおそろしい釣針から愛の甘美な餌《えさ》をひそかに求める。
敵であるがゆえに、彼はその恋人に近づくすべもなく、
恋人の語る愛の誓いを告げるすべさえもない。
彼女とても同様、ひたすら彼を愛しながら、なおあわれにも、
新しい彼女の恋人に会う手段を求めることすらできない。
ただ、この上ない苦しみをこの上ない恋の甘さでやわらげて、
彼らのひたむきな愛情は彼らに力を、時は彼らに相会う手段を与える。
[#改ページ]
第一場 ヴェローナ。キャピュレット家の庭園の塀《へい》のわきの小路。
〔ロミオひとりで登場〕
【ロミオ】 わたしの心がここにあるのに、どうしてさきに進めようか、
引き返せ、鈍い土くれのからだよ、そしておまえの中心を見つけ出せ。〔彼は塀によじのぼり、内側にとびおりる〕
〔ベンヴォリオとマーキューシオ登場〕
【ベンヴォリオ】 ロミオ! おい、ロミオ! ロミオ!
【マーキューシオ】 賢いやつだから
きっと今ごろはこっそり家に帰って、ベッドにもぐりこんで寝ているよ。
【ベンヴォリオ】 いや、たしかにこっちへかけて来て、この庭の塀を越えたはずだ。
マーキューシオ、きみも呼んでみてくれ。
【マーキューシオ】 そうだな、じゃ呪《まじな》いで呼んでみるか。
ロミオ! 気まぐれもの! 気狂い! 情熱家! 恋人!
ためいきの姿をしてここに現われてくれ!
一言だけでも言ってくれ、そうすればぼくの気持ちはおさまるのだ。
「ああ」と一言、「恋《ラヴ》」とか「鳩《ダヴ》」とかだけでも言ってくれたまえ!
ぼくの友だちのヴィーナスに、ひとこと色よいことばをかけてくれ、
彼女のあの盲目の跡取り息子のあだ名でもいい、
コフェチュア王が乞食の娘を恋したその時に
みごとなわざを示したあの若い弓の名人キューピッドのあだ名でもいい。
あいつは聞いてもいない。じっとしている。動きもしないな。
さては猿くん、死んだかな? それではいよいよ呪いで呼ばねばなるまい。
あのローザラインのかがやかしい眼と、
広い額と、真紅《しんく》のくちびると、
きゃしゃな足と、震えている股《もも》と、
さらにそのあたりにある場所にかけて祈ろう、
どうかきみの本来の姿をわれらの前にあらわしてくれたまえ!
【ベンヴォリオ】 もしロミオが聞いたら、きっと腹をたてるぞ。
【マーキューシオ】 腹なんかたてたりするもんかね。彼の想っている女の
魔法の輪の中で、何か異様な精霊を呼び起こして、おったてて
彼女にそいつをねかせて、祈り伏せてほしいと頼むとしたら、
そんなことしたら、きっと腹をたてるだろうがね。
もっともそれは少々度がすぎている。だがぼくの呪文ってやつは、
公明正大、りっぱなものさ。彼の恋人の名において
彼を呼び起こそうとするだけなんだから。
【ベンヴォリオ】 きっとロミオはこの木立の中に隠れているんだ。
そしてこのしっとりとしめった夜を相手にしているのだ、
彼の恋は盲目で、この暗闇にもっともふさわしいのだ。
【マーキューシオ】 もし恋が盲目なら、恋はその的《まと》を射ることはできないわけだ。
彼はきっと今ごろはカリンの木の下にでもすわっているぞ。
そして彼の恋人が、ほら、娘たちがくすくす笑いながらあのカリンの実のことを
それ、なんとか言うじゃないか、そんなような女であってくれと願っているぞ。
おおロミオよ、きみの恋人が、おお、きみのその女が、
あの開いたなんとかで、きみ自身が細長い梨であればいいが。
おやすみ、ロミオ! ぼくはぼくの小さな寝床へ帰るよ。
この野天《のてん》のベッドはぼくには寒すぎてねられないから。
さあ、行こうか。
【ベンヴォリオ】 じゃ、行こう。見つかるまいとしている者を
ここで探そうとしてもむだなことだ。〔退場〕
[#改ページ]
第二場 キャピュレット家の庭園。
〔ロミオ登場〕
【ロミオ】 一度も傷の痛みを経験しない者だけが他人の傷あとをあざけるのだ。
〔ジュリエット二階舞台の窓の所に現われる〕
シーッ! 待てよ。なんという美しい光があの窓からもれてくるのだ!
あちらは東、そしてジュリエットは太陽なのだ。
昇れ、美しい太陽よ! そして嫉妬ぶかい月の光を消してくれ。
月に仕える処女《おとめ》のあなたが月よりもずっと美しいので
月はもうすでに悲しみに病み、青ざめてしまっている。
月の腰元になるのはやめなさい、彼女は嫉妬ぶかいのだから。
月に仕える処女の仕着せは病んで色あせた緑色、
道化師の他にはそんなものをだれも着はしない。だから脱ぎ捨てなさい。
あれはわがいとしき人、おお、わが恋人!
おお、あの人に心が通じたらと願うのみ!
あの人は話している。だが何も言ってはいない、そんなことはどうでもいい。
あの人の目がものを言っている。それに答えてみよう。
いや、あまりあつかましすぎたかな。わたしに話しかけているのではない。
大空の中で、いちばん美しい二つの星が、
何か用事があって出かけたので、帰るまで
彼らの星座で代わりに輝いていてくれとあの人の目に頼んだのだ。
もしもあの人の目が星座にあって、星があの人の顔にあったらどうだろう?
あの人のほおの輝かしさは、星たちを恥じ入らせてしまうだろう。
ちょうど日の光に対するランプのように。天にあの人の目があったら、
大空いっぱいにその輝かしい光をみなぎらせて、
小鳥たちも歌い、今は夜ではないと思うにちがいない。
おや、あの人はほおを手の上によせかけている!
おお、わたしがあの人の手にはめた手袋であったら、
あのほおにふれることができるのに。
【ジュリエット】 ああ、ああ!
【ロミオ】 何か言っている。
もう一度ものを言ってください、輝かしい天使よ! なぜならあなたは、
わたしの頭上はるかに、この夜の闇に輝いている。
ちょうど翼を持った天の使者が、
ゆっくりと動いている雲にまたがって、
大空のおもてをゆうぜんと通りすぎてゆく時に、
それを見つめるために、後ずさりしている人間たちの
仰向いた眼《まなこ》に対して輝きわたるように。
【ジュリエット】 おお、ロミオ、ロミオ! なぜあなたはロミオなの?
あなたのお父様をお父様でないとおっしゃって、あなたのお名まえを捨ててください。
それとも、もしそれがおいやなら、せめて私を愛していると誓ってください。
そうすれば私はもうキャピュレットの名を捨て去りましょう。
【ロミオ】 〔傍白〕もっと聞いていようか。それとも声をかけてみようか。
【ジュリエット】 あなたのお名まえだけが私の敵なのです。
あなたはモンタギューでなくたって、あなたですもの。
モンタギューってなんですの? 手でもなければ足でもない、
腕でもなければ、顔でもなく、人間のからだに属している
どんな部分でもありませんわ。おお、何かほかのお名まえになってください!
名まえなんかいったいなんなのでしょうか? 私たちがバラと呼んでいる花は、
ほかの名まえをつけても、同じようによい匂いがするでしょう。
ロミオだってそうですわ。たとえロミオと呼ばれなくても、
そんな肩書きなんかなくても、あのかたのもっていらっしゃる
完全なりっぱさをお持ちになれますわ。ロミオ、あなたのお名まえを捨ててください、
そしてあなたの一部分でもないお名まえを捨ててその代わりに
この私をそっくり全部受け取ってください。
【ロミオ】 おことばどおりにいただきましょう。
ただ一言、わたしを恋人と呼んでください。そうすれば新しく洗礼を受け、
これからはもうロミオではなくなります。
【ジュリエット】 このように夜の闇にまぎれて私の秘密を立ち聞きするあなたは
いったいだれなのですか?
【ロミオ】 だれかと名まえを聞かれても、
なんとあなたに名乗ってよいかわからないのです、
わたしの名まえは、なつかしい聖者さま、わたしには憎いものなのです。
なぜならば、それはあなたの敵だからです。
それが紙に書いてあるものなら、やぶいて裂いてしまいたい。
【ジュリエット】 あなたのおことばをまだ百語とは聞いておりませんが、
私の耳はそのひびきをはっきりと聞き分けることができます。
あなたはロミオ様、モンタギュー家のかたでしょう?
【ロミオ】 美しい聖者さま、それがおきらいなら、そのどちらでもありません。
【ジュリエット】 どうしてここへおいでになりましたの? なんのために?
庭の塀は高くて、登るのもむずかしゅうございますし、
そして、あなたのご身分を思えば、もし私の家の者があなたを見つけたら、
この場所は死も同然ではございませんか。
【ロミオ】 恋の軽い翼でわたしはお庭の塀をとびこえて来ました。
石の垣も恋を閉めだすことなどはできません、
恋はできることなら、どんなことでもするものなのです、
だからあなたの身内のかたなどがなんで邪魔になりましょう。
【ジュリエット】 もしあの人たちがあなたを見つけたら、きっとあなたを殺します。
【ロミオ】 いえいえ、その人たちの二十本の剣よりもあなたの目のほうが、
よっぽど危険なのです。わたしにやさしい目を向けてさえくだされば、
その人たちの敵意などはなんとも思いません。
【ジュリエット】 どんなことがあっても見つからないようにしていただきたいのです。
【ロミオ】 わたしは夜という衣にかくれていますから見つかりっこありません。
でももしあなたが愛してくださらないなら、いっそここで見つけられてしまいたい、
わたしの生命《いのち》は彼らの憎しみで断たれてしまったほうがましです、
あなたに愛されることなく、死ぬ思いで生きつづけるよりは。
【ジュリエット】 だれの案内でこの場所をお見つけになりましたの?
【ロミオ】 恋に案内されて、恋がたずねてみる気持ちを起こさせました。
恋がわたしに忠告を与えてくれ、わたしは恋に目をかしただけ。
わたしは水先案内ではありません。でもあなたのような価値ある商品のためなら、
たとえあなたがはるかかなた、海を遠くへだてた向こうにある
荒れ果てた異境におられようとも、必ず冒険をしてみせましょう。
【ジュリエット】 ごらんのとおり、夜という仮面《マスク》が私の顔をかくしているのです。
さもなければ、今夜あんなことをあなたに立ち聞きされてしまったのですから、
処女《おとめ》の恥じらいが私のほおを真赤に染めているはずですわ。
それは私だってできることなら形式を重んじたい、できることなら
私が言ったことばはうそだと言いたいのです。でも形式的なことはやめましょう。
あなたは私を愛してくださいます。「そうだ」とおっしゃってくださいますわね?
おことばどおり信じましょう。でもいくらあなたがお誓いになっても、
その誓いをお破りになるかもしれません。恋人の偽りの誓いには
ジョーヴの神もただお笑いになるだけと申しますもの。おお、やさしいロミオさま、
もしも愛してくださるなら、はっきりとおっしゃってください。
また、それでは私があまりあっけなくあなたのものになるとお思いでしたら、
私はこわい顔をして、ふきげんに、いやと申しあげてもいいのですわ、
もしそうすれば言いよってくださるのならば。でなければ絶対にいやですわ。
ほんとうに、ロミオ様、私はおろかな女なのですわ。
ですからきっとあなたは私の振舞いを軽薄だとお思いになるでしょう。
でもこれだけは信じてくださいませ、よそよそしく振る舞ってみせる人たちより、
私のほうがずっとずっと真実な女だということだけは。
私は申し上げなければなりませんが、もしあなたが私の知らないうちに
私の恋の気持ちをすっかり聞いておしまいにならなかったら、
もっと私だってあなたによそよそしくしていたかもしれません。
ですから、こんなにまで心をお許ししてしまったことを軽薄とはお取りにならないで。
それは暗い夜がついこんなに明るみに出させてしまったことなのですわ。
【ロミオ】 あの木々のこずえを銀色に美しく染めてかがやいている
あの祝福された月にかけて、わたしは誓います……
【ジュリエット】 いえ、月にかけてお誓いなさってはいけません、あの不実な月、
丸い形をひと月ごとに変えてゆく、変わりやすい月にかけてはいけません、
あなたの愛がそれと同じように変わってしまうといけませんもの。
【ロミオ】 それでは何にかけて誓えばよいのです?
【ジュリエット】 誓いのことばなんかおっしゃらないで。
でも、もしおっしゃりたいなら、あなたご自身にかけてお誓いくださいませ、
あなたこそは私の崇拝する神様ですもの、
あなたのおことばなら信じます。
【ロミオ】 もしもわたしの心のこの愛の気持ちが……
【ジュリエット】 でも、やっぱりお誓いにならないでください。私はあなたがとても好きですけれど、
今宵のこのお約束はなんだかうれしくないのです。
あまりに向こう見ずで、軽率で、突然すぎますもの
まるで電光《いなびかり》のようですわ、「あ、光った!」というまもなく
消えてしまうようなものですわ。ロミオ様、おやすみなさい!
この愛の蕾は、夏のゆたかな息吹《いぶ》きにはぐくまれて、
このつぎお会いするときには、美しい花を咲かせることができるかもしれません。
おやすみなさい、今夜はこれで! 私の胸の中に宿るのと同じような
ここちよい平安が、あなたのお胸にもやどりますように!
【ロミオ】 ああ、わたしをこんな満たされない気持ちのままにして行ってしまうのですか?
【ジュリエット】 でもどんなご満足を今夜おもちになれるのでしょう?
【ロミオ】 わたしの愛の誓いと交換に、あなたの変わらぬ愛の誓いを。
【ジュリエット】 それはあなたがお求めになる前にもうさし上げましたわ。
でも、できることなら返していただきたいと思います。
【ロミオ】 取り戻したいとおっしゃるのですか? なんのために?
【ジュリエット】 ただもっと寛大に、もう一度あなたにさし上げるためにですわ。
でも、私は自分が持っているものをおねだりしているようなものですわね。
私の気持ちは、あの大海原のようにかぎりなく広いのです、
私の愛もそれと同じくらい深いはずです。私があなたにさし上げれば上げるほど、
私ももっとたくさん持つことができるはずですわ、どちらもかぎりがないのですもの。
〔乳母が舞台裏で呼ぶ〕
奥で何か声がしていますわ、いとしいおかた、さようなら!
乳母《ばあや》、いま行きますよ! モンタギュー様、さようなら!
ちょっとお待ちになって、すぐもどってまいりますわ。〔二階舞台から退場〕
【ロミオ】 おお、なんと祝福された、幸福な夜だろう! 夜なのだから、
これは皆、夢ではないだろうか!
現実にしては、あまりにも気持ちよくあますぎるような気がする。
〔ジュリエットまた二階舞台に登場〕
【ジュリエット】 ロミオ様、ほんのひと言だけ、そしてほんとうにさようならをいたしますわ。
もしもあなたの愛のお気持ちが本気でおありになるなら、
そしてほんとうに結婚してくださるおつもりなら、あすあなたのところへ
使いをさし上げますから、その人におことづけをくださいませ、
どこで、いつ、お式をなさりたいおつもりかを。
そうすれば私は私のすべてをあなたの足もとに投げ出して、
世界じゅう、どこへなりとおともいたしますわ。
【乳母】 〔舞台裏で〕お嬢様!
【ジュリエット】 今すぐ行くわよ。……でも、あなたがもし本気でおっしゃったのでなければ、
お願いですから……
【乳母】 〔舞台裏で〕お嬢様!
【ジュリエット】 すぐに行きますよ。……
もうこのお話はおやめになって。私はひとりで悲しみに泣きますから。
あす使いの者をさし上げます。
【ロミオ】 ほんとうに、心から……
【ジュリエット】 では、どうぞごきげんよろしく!〔二階舞台から退場〕
【ロミオ】 あなたという光が消えてしまっては、きげんよくなどなれはしない。
恋人同志が相会うときは、まるで学校がひけたときの生徒のようにいそいそと、
でも恋人同志が別れるときは、浮かない顔でいやいや学校に行くときのようだ。〔蔭に退く〕
〔ジュリエットまた二階舞台に登場〕
【ジュリエット】 もし、ロミオ様、もし! ああ、この私に
あの雄鷹《おだか》を呼びもどすという鷹匠《たかしょう》の声があったら!
とらわれのこの身は悲しい、声までしわがれて話すことができない。
さもなければ私は、あの木霊《こだま》の住む洞穴《どうけつ》をもつんざいて
その大空かける声を私の声よりもしわがれさせてしまうまで
恋しいロミオ様の名まえをくりかえさせてやろうものを。
【ロミオ】 わたしの名をよんでいるのはわたしの魂なのだ。
夜にひびく恋人の声は銀の鈴の音にもまして美しい、
じっと澄ましている耳には、まるで静かな楽《がく》の調べのようだ。
まるで静かな楽の調べのようだ。
【ジュリエット】 ロミオさま!
【ロミオ】 え?
【ジュリエット】 あす何時に、
あなたの所へ使いを上げましょうか?
【ロミオ】 九時にしてください。
【ジュリエット】 きっとまちがいなくさし上げます。でもそれまでが二十年もあるみたいですわ。
なぜあなたをお呼びとめしたのかしら、私は。
【ロミオ】 あなたが思い出してくださるまで、わたしはここに立っていましょう。
【ジュリエット】 じゃ、忘れてしまって、いつまでもあなたをそこに立たせておきましょう、
どんなにあなたとごいっしょにいたいか、ただそれだけを考えていましょう。
【ロミオ】 ではわたしもずっと立ちつづけましょう、あなたがいつまでも思い出さないように、
ここ以外にわたしの家があることも忘れて。
【ジュリエット】 ああ、もうすぐ夜が明けますわ、やっぱり帰っていただきたいと思います。
でもいたずら娘のかっている小鳥のように、けっして遠くへ行かせたくはありません。
ちょっと手からその小鳥を放して飛ばせはするけれど、
まるで足かせにつながれたあわれな囚人のように、
すぐまた絹の糸でそれを引きもどしてしまいますの、
小鳥が手からはなれると、かわいがっているだけに不安でしかたがないのですもの。
【ロミオ】 わたしはあなたのその小鳥になりたい。
【ジュリエット】 私だってそう思います。
でもあまりたいせつにしすぎて殺してしまうかもしれませんわね、
おやすみなさい、さようなら! お別れとはとてもあまい悲しみですわ、
だから私は夜明けまでずっとさようならを言いつづけているでしょう。〔二階舞台から退場〕
【ロミオ】 眠りがあなたの目に、平和があなたの胸にやどりますように!
わたしは、その眠り、その平和になって、あなたの上に憩いたいものだ!
さあ、これから神父さまの庵室《あんしつ》に行って、
お力を借りたり、このわたしの幸福をお話したりすることにしよう。〔退場〕
[#改ページ]
第三場 托鉢僧《たくはつそう》ロレンスの庵室。
〔ロレンス、籠《かご》を持って登場〕
【ロレンス】 輝かしい空色の朝が、夜のしかめ顔にほおえみかけ、
東の空にただよう雲を、美しい光の縞が格子模様に染めている。
まだらな闇は、まるで酔いどれのようによろめきながら
日の道をさけ、タイタンの焔《ほのお》の車の通る道からのがれてゆく。
今、太陽が燃える瞳をあげて
昼間を活気づけ、夜のしめった露をかわかす前に、
わたしは、毒草と、貴重な汁をもった花をつんで
われらのこの柳の籠をいっぱいに満たさねばならない。
自然の母である大地は、自然の墓場でもあり、
自然の埋葬の地が、また自然の胎《はら》でもあるのだ。
そしてその胎から、さまざまなこどもが生まれ出て、
それらが母なる自然の乳を吸っているのが見られる。
それらの多くは、それぞれりっぱな効能を持っており、
何かに利かないものは一つとしてない。しかもそれらは皆それぞれちがっている。
草や、木や、石に、それらのものの本質にそなわっている
すばらしい効力はなんと偉大なものであろうか!
この地上に生きるいかなる有害なものであっても
この地上で何らかの役にたたないものとてはない。
また同時に、どんなに効力あるものでも、その使い方をあやまれば、
その本来の性質に反して、弊害《へいがい》を与えないとは限らないのだ。
つまり、用法を誤れば、利きめも弊害となり、
弊害もときには、使い方によって、りっぱに役にたつものだ。
〔ロミオ登場。立ち聞きする〕
この小さい花の、幼い蕾のその中に、
毒も宿れば、薬効《やくこう》もひそんでいるのだ。
なぜならば、この花をかぐと、嗅覚ばかりでなく他の感覚をもさわやかにするが、
これを口で味わえば、すべての感覚はもちろん、心臓までも殺してしまう。
このように相反する力を持つふたりの王者、仁徳《じんとく》と悪心は、
つねに相対して、草ばかりでなく、人間の中にも存在している。
そして悪いほうがより大きい勢力をもつときには、
すぐに死という害虫が、その植物を食いつくしてしまうのだ。
【ロミオ】 おはようございます、神父様。
【ロレンス】 おはよう。
こんなに朝早く、やさしい声で挨拶するのはいったいだれだね?
若い者がこんなに早く寝床に別れを告げてくるとは、
さてはよほど何か思い悩んでいると見えるな。
とかく、すべて老人の目には、心配が夜通し寝ずにやどっているもの、
心配があるところには眠りはけっして宿りはしないものだ。
それにひきかえ、物思いもなく、傷ついてもいない若者は、
手足を横たえれば、すぐに黄金の眠りが支配してしまう。
だから、おまえがこんなに早く起きて来たところをみると、わしは思うのだ、
たしかにおまえが、何か心のわずらいのために眠れずに早く起きて来たのだと。
それとも、もしそうでないとすれば、ロミオ、おまえは昨夜は
ぜんぜん寝床につかずに過ごしたのではないかな? どうだ、当たったであろうが?
【ロミオ】 そのとおりなのです。でもそのために私の休息はもっと楽しいものでした。
【ロレンス】 神よ罪を許したまえ! さてはローザラインといっしょにいたのだね?
【ロミオ】 ローザラインとですって? 神父様、ちがいます。
私はその名まえも、その名まえから来る悲しみも忘れてしまいました。
【ロレンス】 それはよかった。でもそれならどこにいたのかね?
【ロミオ】 もう一度おたずねになるまでもなくお話いたしましょう。
私は敵《かたき》の家の宴会に出かけてまいりました。
そこで、突然私に傷を負わせた者がいたのです、
その人も私によって傷を負いました。そしてわれわれふたりの傷は
神父様のお助けと治療によってだけ、癒されるのです。
私は憎しみなど少しももっておりません、神父様。なぜならば
私のお願いは敵のためにもなることなのですから。
【ロレンス】 もっとはっきりと、思っていることを率直に話しなさい。
謎のようなざんげをすれば、謎のようなゆるししか得られないのだ。
【ロミオ】 でははっきり申し上げますと、私はあのキャピュレット家の
美しい娘に愛の真心をささげてしまったのです。
私があの人にささげたように、あの人も私に愛の心をささげてくれました。
すべては結ばれて、ただあとは神父様が私たちを
神聖な結婚の儀式で結んでくださるだけです。いつ、どこで、どのように
私たちがめぐりあい、求婚し、愛の誓いをかわしたかは、
歩きながらお話いたしましょう。ただお願いですから、
どうか私たちをきょう結婚させてくださいますよう、ご承諾ください。
【ロレンス】 おお、聖フランシスよ! なんということだ、なんという変化だ!
おまえがあんなに愛していたはずのローザラインは
こんなにも早く見捨てられてしまったのか! 若者の恋とは、
心に深く宿るのでなくて、ただ目の中にとどまるだけなのだな。
マリアの御子キリストよ! あのローザラインのために、
どんなに多くの涙で、おまえは青ざめたそのほおをぬらしたのだ!
あんなにたくさんの塩からい涙が、みんなむだに流されてしまったのか、
ぜんぜん塩の味もない恋に味をつける、ただそれだけのためだったのか!
太陽もまだおまえのため息を空から吹きはらってはいない、
おまえのあのうめき声がわしのこの年老いた耳にまだ残っている。
すっかり拭い去られていない古い涙のあとが
おまえの頬にしみになってまだ残っているではないか。
もしもおまえが正気で、おまえの悲しみが真実のものであったなら
おまえも、おまえの悲しみもローザラインのためにあったはず。
それなのにおまえは変わってしまったのか? このことわざをかみしめてみるがよい、
「男心が頼りにできぬというなら、女が堕落するのももっとも至極《しごく》」ということを。
【ロミオ】 ローザラインを愛すると言って神父様はたびたび私をお叱りになりました。
【ロレンス】 愛するといって叱りはしなかった、恋におぼれてはならぬと申したのだ。
【ロミオ】 恋などほおむってしまえとおっしゃいました。
【ロレンス】 墓に入れろとはいわなかった。
一つを埋めて、また別のを掘り出せなどとは言わなかったぞ。
【ロミオ】 お願いです、お叱りにならないでください。私が愛している人は
好意には好意を、愛には愛を報いてくれるのです。
ローザラインはそうではありませんでした。
【ロレンス】 彼女は知っていたのだ。
おまえの恋が暗誦してとなえるようなもので、正しく綴ることができぬものだと。
だが、若い浮気者のロミオ、わしといっしょに来るがよい。
ただ一つ、わしがおまえの助けになってやれる理由があるのだ、
この結婚がもしうまく行くようだと、あるいは、
両家の深い憎悪のしこりを純粋な愛情に変えるかもしれないからだ。
【ロミオ】 さあ、まいりましょう。どうかいそいでいただきたいのです。
【ロレンス】 分別をもって、ゆっくりと! とかく早く走ろうとするものはつまづくのだ。〔退場〕
[#改ページ]
第四場 街上。
〔ベンヴォリオとマーキューシオ登場〕
【マーキューシオ】 ロミオのやつは、いったいどこへ行ってしまったのだろう?
昨夜は家に帰らなかったのか?
【ベンヴォリオ】 親父さんのところへは帰っていない。ぼくは召使いにきいたのだが。
【マーキューシオ】 ああ、あの青白い無情な女、あのローザラインが
彼をこんなにまで苦しめているのだ。きっと気が狂ってしまうぞ。
【ベンヴォリオ】 あのキャピュレットの身内の、ティバルトのやつが、
ロミオの親父のところへ手紙をやったそうだ。
【マーキューシオ】 挑戦状だな、きっと。
【ベンヴォリオ】 ロミオはきっと応じるだろう。
【マーキューシオ】 いやしくも文字が書ける者なら、手紙に返事をやるのは当然さ。
【ベンヴォリオ】 いや、ぼくの言うのは、手紙の主《ぬし》に返事する、しかけられたら応じるということだ。
【マーキューシオ】 おお、かわいそうなロミオ! もう彼は死んでしまった、あの白い娘の黒い目で刺し殺され、耳は恋の歌で射ぬかれて。心臓のまん中はあの盲目のキューピッドのかかりのない矢でぶちぬかれてしまった。そしてこんな男がティバルトに対抗できるかね?
【ベンヴォリオ】 なに? ティバルトってどんなやつだね?
【マーキューシオ】 ねこの王様ティバルトよりはだいぶましだぜ。あいつはあっぱれ武芸の達人さ。あいつのしあいのやり方はちょうど楽譜によってうたう歌みたいなもので、拍子をとり、間《ま》をおいて、リズムをつけるってやつさ。半音符ひい、ふうとやすんで、みいとお突きを一本胸に。絹ボタンをさすことじゃ達人さ。その強いこと、強いこと。フェンシングにかけては一流中の一流の家柄。第一理由、第二理由を振りかざすご仁だ。おおあのすばらしい突き! あの逆手打ち! あの一本!
【ベンヴォリオ】 え、なんだって?
【マーキューシオ】 くそくらえだ! あのおかしな、した足らずの、きざな妙ちきりんなことばを使うやつらは! いい気になって妙な調子でやってやがるやつらだ!「イエスにかけて言うが、すばらしい剣だ! りっぱな剣士だ! すばらしい淫売女だ!」とぬかしやがる。なあ、おじさん、なんと情けない世の中だ、おれたちがこんなおかしなハエみたいな野郎どもになやまされるなんて、流行に浮身をやつすやつらにさ。「ペルドナ・ミー」なんて言うやつらだ。なんでもかんでも新型でなくちゃいけないんだ。だから古いもんじゃ納まらないんだ。こまったもんだ、あいつらの「ボン」ってやつは!
〔ロミオ登場〕
【ベンヴォリオ】 おい、ロミオが来た。ロミオが来た。
【マーキューシオ】 まるで腹子《はらこ》ぬかれた、にしんてところだ。なんとみじめな体《てい》たらく! これではまるで、テイのいいタラだ。今は、あいつはペトラルカ気どりで恋の歌でもつくろうってわけだな、ローラも彼の恋人にくらべたら、おさんどんよろしくとね。もっとも、ローラは自分のことを歌にしてくれるもっとましな恋人をもってたわけだ。ダイドーはみすぼらしい女、クレオパトラはジプシー、ヘレンやヒーローはやくざな淫売女。シスビは青い目だとかなんとか言うが、たいしたもんじゃないってわけだな。ロミオどの、ボン・ジュール! きみのだぶだぶのフランス型ズボンに、こっちもフランス語で挨拶しよう。昨夜はまんまとだましおったな。
【ロミオ】 両君、おはよう。なにをぼくがだましたというのかね?
【マーキューシオ】 だし抜いたんだよ、きみ、だしぬいたんだ。わからないか?
【ロミオ】 かんべんしてくれ、マーキューシオ、ぼくはたいせつな用があったんでね。ぼくのような場合には、多少は礼を曲げてもしかたがないだろう。
【マーキューシオ】 それじゃ、きみのような場合には、むりにも膝を曲げなくちゃならないというわけだな。
【ロミオ】 それはきみ、おじぎのことだよ。
【マーキューシオ】 なるほど、まさにそのとおりだ。
【ロミオ】 まことにていねいな説明だな。
【マーキューシオ】 ぼくはまさに礼儀のいちばんすばらしいところを見せたいね。
【ロミオ】 すばらしい? 花ってことか。
【マーキューシオ】 そのとおり。
【ロミオ】 それじゃぼくの舞踏靴のすてきな穴かざりは、花かざりってとこだね。
【マーキューシオ】 うまいぞ! こんなしゃれをきみがその靴の底をすりへらすまでつづけるがいいさ。一枚こっきりの靴底がペナペナにすり切れっちまえば、しゃれだけがすりへって残るってわけさ。
【ロミオ】 おお、なんとすりへらされたあわれなしゃれであろうか。ペナペナで頼りないことこの上なし。
【マーキューシオ】 ベンヴォリオ、助けてくれ、ぼくの知恵は息が切れそうだ。
【ロミオ】 そら、しっかり、しっかり! さもないと勝負がついちまうぞ。
【マーキューシオ】 ようし、きみがぼくを鴨《かも》にしてあげ足とりの競走しようってんなら、もうまけたよ。たしかにその点においちゃ、きみはいい鴨だからな。どうだい、これでどっちもどっちだろうが。
【ロミオ】 きみはぼくといるときはいつもいい鴨だったぞ。
【マーキューシオ】 よせよ、そんなじょうだん言うと耳にかみつくぞ。
【ロミオ】 おっと鴨さん、かまないでくれよ。
【マーキューシオ】 きみの知恵はあまずっぱいリンゴ、とてもよくきく薬味だ。
【ロミオ】 鴨料理にはもってこいのやつだろう?
【マーキューシオ】 なんて口の減らないやつだ! きみの知恵は伸縮自在のメリヤス編みだな。一インチから四十五インチぐらいまで伸びるってわけだな!
【ロミオ】 じゃ一つ伸びるとこ見せてやろうかな。ええと、鴨にかけて言うときみは、まぎれもなく、まったくどう見てもいい鴨だ。
【マーキューシオ】 でも恋にくよくよ苦しんでいるよりはいいだろう? きみはきょうはひどく愛想がいい、それでこそロミオだ。だからきょうはきみは、正真正銘、どこから見てもロミオだよ。恋におぼれるなんてのは阿呆のすることだ。自分の棒をおっ立てる穴を捜してうろちょろしてる阿呆みたいなものだ。
【ロミオ】 おっと、そこで止めてくれ。
【マーキューシオ】 なんだと、きみはここまで言わせといて、話の途中で切ろうって言うのか。
【ロミオ】 さもなけりゃ、きみはきみの話をどこまでだってのばしてしまうからな。
【マーキューシオ】 いや、ちがうぞ。ぼくは手っとり早くすまそうとしているんだ。もう出すものは皆出しちまったから、これ以上はまっぴらだ。
【ロミオ】 こりゃたいしたことになったぞ!
〔乳母とピーター登場〕
【マーキューシオ】 船だ、船だ!
【ベンヴォリオ】 船は二隻! 男のシャツと女の肌着だ!
【乳母】 ピーター!
【ピーター】 へい、ただいま。
【乳母】 わたしの扇をおくれ、ピーター。
【マーキューシオ】 ピーター、あのお顔をおかくしなさるんだとよ、扇のほうがよっぽどきれいだからね。
【乳母】 おはようございます、皆さまがた!
【マーキューシオ】 今晩は、美しいご婦人!
【乳母】 今晩は、ですって?
【マーキューシオ】 いかにもそのとおり。日時計のみだらな手が、そら正午のあそこをしっかりと押えているじゃありませんか。
【乳母】 まあなんてことを! なんてかたでしょうね、あなたは!
【ロミオ】 いえ、なに、ご婦人、この男はね、神様が、自分でぶちこわすためにこしらえなさった人間ですよ。
【乳母】 あら、まあ、おじょうずですこと! 「自分でぶちこわすために」ですとさ。ところで皆さんの中でどなたか若いロミオ様がどこにいらっしゃるかごぞんじのかたはいらっしゃいませんか?
【ロミオ】 教えてあげようか。でも若いロミオはね、あんたが見つけたときには、さがしているときよりずっと年をとっているだろうよ。ロミオという名まえでいちばん若いのはぼくさ。あいにくもっとまずいのがいないんでね。
【乳母】 まあ、うまいことおっしゃいますわね。
【マーキューシオ】 ほほう、すると、まずいほどうまいってわけかな? まったくこりゃうまく考えたもんだ。こりゃなかなかすみにおけないな。
【乳母】 あなたがロミオ様なら、ないしょのお話があるのですが。
【ベンヴォリオ】 どこかヘ夕飯にでも連れこもうってわけだな。
【マーキューシオ】 女衒《ぜげん》だ、ぜげんだ! ほうら、出たぞ。
【ロミオ】 何が出たんだ?
【マーキューシオ】 うさぎじゃない。もっともうさぎにしたところで、四旬節祭《レント》のパイに焼いたうさぎで、食わないうちから古くなってカビが生えてるやつさ。〔歌う〕
[#ここから1字下げ]
白カビのでた古うさぎ、
ホレ、白カビのでた古うさぎ、
レントにゃけっこうごちそうだけど、
白カビのでた古うさぎに
勘定払うはまっぴらごめん、
食わないうちからカビだらけ。
[#ここで字下げ終わり]
ロミオ、おやじさんのところへ帰るんだろう? われわれもいっしょに行ってごちそうになるぜ。
【ロミオ】 ぼくはあとから行くよ。
【マーキューシオ】 さよなら、おばさま、さようなら。〔歌いながら〕「レイディ、レイディ、レイディ」〔マーキューシオとベンヴォリオ退場〕
【乳母】 はい、さようなら! なんてずうずうしいやつでしょう。いやらしいことばかり言って!
【ロミオ】 あの男は自分がしゃべっているのを聞くのが好きなんだよ、乳母《ばあや》さん。そして一か月かかっても実行できないようなことでも、一分間でしゃべりまくろうという男なのさ。
【乳母】 もしあいつがわたしの悪口でも言ったら、ひどいめに会わしてやる。あの男よりもっと強いやつだって、二十人やそこら平気でぶちのめしてやるわ。自分でできないときにゃ、だれかできる人捜して来ますともさ。ほんとにいけすかないやつだ。あんな男にいいかげんなこと言われてたまるもんかね。わたしはそんな下品な女とはちがうんですからね。〔ピーターに〕おまえもおまえだよ、なんだってぼんやりつっ立っているんだね、皆が寄ってたかってわたしをなぶり者にしてるというのにさ!
【ピーター】 だれもなぶり者になんぞしてやしませんやね。もしあっしがそんなこと見つけようもんなら、ただですますもんか、かならず剣を抜いてまさあね。抜くことにかけちゃ、だれにもひけなんかとりゃしませんや、もしけんかにりっぱな理由があって、こっちにじゅうぶんな言い分さえありゃあね。
【乳母】 ああ、ほんとに、わたしゃ腹がたって、腹がたって、からだじゅうがぶるぶる震えてくる。〔ロミオに〕ねえ、ちょっとお話があるんですよ。さっきも申し上げましたけど、お嬢様がぜひともあなた様をお捜しするようにっておっしゃいますの。お嬢様がなんておっしゃいましたかは、この胸一つにおさめておきますけどね。ただ私があなた様に申し上げたいことは、もしお嬢様を、その、なんと申しますか、阿呆の天国とやらにつれこもうとなさるのでしたら……その、なんと申しましょうか、それはたいへんにけしからぬお振舞でございますよ。なにしろお嬢様はまだお若いのですから、もしあなた様がお嬢様をだまそうとなさろうものなら、それこそご婦人に対してまことに不埒《ふらち》ななさりかたで、しかもひきょうなやりかたでございますよ。
【ロミオ】 乳母《ばあや》さん、お嬢さんによろしく言ってください。ぼくは誓って……
【乳母】 はい、はい、よろしゅうございますとも。ちゃんとそのとおりお伝えいたしますよ。きっと、きっと、お嬢様はどんなにかおよろこびになりますでしょう。
【ロミオ】 乳母《ばあや》さん、何をいったい伝えると言うんですか? まだぼくの言うこともろくに聞いていないのに。
【乳母】 私はね、若だんな様が「誓って……」とおっしゃったことをお伝えいたしますよ。それこそたいへんごりっぱなおことばだと思いますからね。
【ロミオ】 あの人に伝えてください。きょうの午後、なんとか都合をつけてざんげに出かけて来てほしいと。
そしてロレンス神父の庵室にあの人が来てさえくれれば、
そこでざんげをすませて、すぐ結婚ということにします。さあ、これはお駄賃。
【乳母】 いえ、とんでもない、お金なんか。
【ロミオ】 いいから、取っといてください。
【乳母】 きょうの午後でございますね? ええ、かならずそのようにいたしましょう。
【ロミオ】 そして乳母《ばあや》さんは、あの修道院の塀のかげで待っててください。
一時間以内に、ぼくの下男をそこにやります、
縄梯子《なわばしご》のように編んだ綱を持たせて。
それがこのぼくを、夜のやみにまぎれて、
幸福のマストのいちばん上にまで運んでくれる頼みの綱!
さよなら、しっかりやってください、きっとお礼はします。
さよなら、お嬢さんにどうかよろしく。
【乳母】 どうぞ天の神様のご祝福がありますよう! それから、若だんな様。
【ロミオ】 何? 乳母《ばあや》さん。
【乳母】 あなた様のその下男とやらはだいじょうぶでございましょうね? よく世間で申しますが三人めがいなければ、ふたりの秘密はもれない、とね。
【ロミオ】 だいじょうぶ、はがねのように堅い男だから。
【乳母】 それで安心でございます。なにしろお嬢様はかわいいおかたで……そうそう、まだほんの小さいネンネでいらしたとき……ああ、そうそう、この町の貴族でパリス様とおっしゃるおかたがございましてね、お嬢様をなんとかしてご自分のお手に入れようと、それはそれはご執心でございますんですよ。でもお嬢様は、ほんとにおかわいらしいこと、そのかたのお顔を見るくらいなら、ひきがえるを……あのひきがえるでございますよ……見るほうがましだとおっしゃるんでございますよ。ときどき私は、パリス様だってお美しいかたじゃございませんかと申し上げてお嬢様をおこらせてしまいますのよ。でもそんなとき、どうでございましょう、お嬢様はかならず、まっ青に青ざめておしまいになるんですよ。そう言えばローズマリとロミオ様とはどちらも同じ文字ではじまるんじゃございません?
【ロミオ】 そう、でも乳母さん、それがどうだと言うんだい? 両方ともRではじまるけど。
【乳母】 あら、ごじょうだんを! それじゃまるで犬のうなりごえみたいですわ。Rなんて字はその……いえ、もっと別の文字ではじまるんだと思いますけど……お嬢様は、ロミオ様とローズマリがどうとかいう、とてもすばらしい金言的なものをおつくりになっていらっしゃいましたわ。きっとあなた様がおききになればおよろこびになりますわ。
【ロミオ】 お嬢さんにどうぞよろしく。
【乳母】 ええ、よろしゅうございますとも。〔ロミオ退場〕ピーター!
【ピーター】 ヘーい、ただいま!
【乳母】 ピーター、さあ、この扇をもって先にお行き。さっさと行くんだよ。〔退場〕
[#改ページ]
第五場 キャピュレット家の庭園。
〔ジュリエット登場〕
【ジュリエット】 乳母《ばあや》を使いに出したのは、時計が九時を打ったときだった、
半時間もすればもどってくると、ちゃんと約束してったのに。
もしかすると、お会いできなかったのではないかしら、いいえ、そんなことはない。
ああ、なんてのろまな乳母《ばあや》! 愛の使いは想いのようにかけめぐらなくては、
人の想いは暗い山の向こうに、影を追いはらってしまう
あの日の光の十倍もの速さで、それはそれは速く走るのだわ。
だから、あの軽い翼の鳩が愛の神様の車をひき、
だから、風のように速いキューピッドにも翼があるのだわ。
もうお日様は、この日の旅の中でいちばん高い山の頂上に昇り、
九時から十二時まで三時間はたっぷりたったのに、
それだのに乳母《ばあや》はまだ帰って来ないじゃないの。
もし乳母に愛情があり、若い温かい血が通っているのなら、
ボールのように早く走ってくれるはずなのに、
わたしのことばが乳母を、恋しいあのかたのところへ投げてやると、
あのかたがまたわたしのところへ投げ返すはず。
でも年寄りというものは、まるで死んだ火みたいなふりをして、
扱いにくくて、のろまで、気が重くって、鉛みたいに青白いもの。
あっ、帰って来た!
〔乳母とピーター登場〕
ねえ、乳母《ばあや》、どうだったの?
お目にかかれた? この人、あっちへ退《さが》らせて。
【乳母】 ピーター、門のところで待っていておくれ。〔ピーター退場〕
【ジュリエット】 さあ、乳母《ばあや》……まあ、なんてしんこくな顔してるの?
悲しいお知らせだって、せめてうれしそうに話すものよ。
まして、いいお知らせなら、そんなむずかしい顔をして話したりすると
せっかくのうれしいお知らせの美しい調子が台なしになってしまうわよ。
【乳母】 ああ、私はすっかりくたびれてしまいました。ちょっとお待ちくださいまし。
やれやれ、節々が痛いのなんのって、へとへとになるまで歩いたんですからね。
【ジュリエット】 あたしの節々をおまえに上げて、その代わりおまえの持って来たお知らせをもらいたいわ。
さあ、お願いだから話してちょうだい。ねえ、乳母《ばあや》、お願い、話してよ。
【乳母】 ほんとにせっかちなお嬢様、ちっとも待ってはくださいませんの?
私がこんなにすっかり息が切れてしまっているのがおわかりになりませんの?
【ジュリエット】 息が切れたなんて、あたしに言うことができるくらい息があるのに
なんで息が切れているのよ、乳母《ばあや》!
そんなこと言って、いろいろ言いわけしてぐずぐずしている時間のほうが、
おまえが言いわけしているかんじんの話よりよっぽど長いじゃないの?
いい知らせ? それとも悪い知らせ? それだけでいいから答えてちょうだい。
どちらかと言ってくれれば、くわしい話はあとまで待ってあげるわ。
とにかく話してちょうだい。いいの? それとも悪いの?
【乳母】 まあお嬢様ったら、ほんとにばかな選びかたをなさいましたね。あなたは殿方をお選びになることをごぞんじないのですわ。ロミオ様ですって? いいえ、たいしたことありません、あのかたは。そりゃ、なるほど、あのかたのお顔は他のどなたのよりごりっぱですわ、で、あのかたの脚はどんな人のよりすぐれていますわ。手や足やからだについては、これといって取り立てて言うほどのことはありませんけどね、でも比べもののないほどごりっぱですわ。あのかたは礼節の華というわけではございませんが、でもたしかに、小羊のようにおやさしいかたですわ。さあ、お嬢様、お出かけなさいまし。神様にお祈りなさいまし。あ、そう、そう、お嬢様、お昼食はおすみになりまして?
【ジュリエット】 いいえ、まだよ。だけどそんなわかりきったことばかり言って、
私たちの結婚について、あのかたはなんとおっしゃって? ねえ、なんておっしゃったの?
【乳母】 おお、なんてひどく頭痛がすることか! なんて情けない頭なんでしょう!
まるでこなごなにくだけてしまうみたいに痛むんでございますよ。
そのうえ、背中のほうも、ああ、痛い、背中が、背中が!
ほんとうにお嬢様はひどいかた、わたしをあちこちかけ回らせて、
へとへとで死にそうなめにあわせておしまいになるんですからね。
【ジュリエット】 ごめんなさい。気分がわるくなったりしてすまなかったわね。
だけど、ねえ、あたしの大好きな乳母《ばあや》、お願いだから話して、あのかたなんておっしゃった?
【乳母】 あのロミオ様は、ご立派なおかたらしくおっしゃいましたわ。そして礼儀正しく、しんせつで、お美しいかた、たしかに徳の高いおかたですわ……お母様はどこにおいでになりますか?
【ジュリエット】 お母様はどこに……ですって? お家にいらっしゃるにきまってるじゃないの。
おかしな人、乳母《ばあや》、おまえの返事のしかたはずい分おかしいわね、
「ロミオ様はご立派なおかたらしくおっしゃいました。
お母様はどこにおいでになりますか」ですって!
【乳母】 あれ、まあお嬢様ったら、
なんてカッカとのほせていらっしゃるんでしょう。ほんとに、どうなすったんでございます?
これが乳母の骨折りにくださるお薬でございますか?
これからはお嬢様のお使いはご自分でなさいまし。
【ジュリエット】 まあ、なんて大げさに言うんでしょう。ロミオ様はなんとおっしゃって?
【乳母】 お嬢様はきょう、ざんげにお出かけになるお許しをもらっていらっしゃいますね?
【ジュリエット】 ええ、そうよ。
【乳母】 それじゃ、大急ぎで、ロレンス神父様のところへいらっしゃいませ。
そこにはあなたを奥様になさるだんな様がお待ちかねですわ。
ほうら、お嬢様のほっぺたに、気ままな血の気がさっと赤くのぼって来ました、
どんなお知らせにでも、すぐまっ赤になるほっぺたでございますねえ。
さあ、いそいでおまいりにお出かけなさいませ。私は梯子をとりに
別のところへ行かなくてはなりません。その梯子で
あなたのいとしいおかたが、暗くなったころに、小鳥の巣に登っていらっしゃいますわ。
私は縁の下の力持ち、お嬢様のおよろこびになることならなんでも骨折っていたします。
でも今夜になりますと、お嬢様がお荷物をお持ちにならなくては。
さあ、私は食事にまいりますから、お嬢様は早く庵室にお出かけなさいませ。
【ジュリエット】 すばらしい幸運にいそげって言うの? じゃ、乳母《ばあや》、さようなら。〔両人退場〕
[#改ページ]
第六場 托鉢僧ロレンスの庵室。
〔僧ロレンスとロミオ登場〕
【ロレンス】 願わくは神よ、この聖なる式を嘉《よみ》したまえ、
後の日の悲しみをもて、われらをとがめたもうことなかれ!
【ロミオ】 アーメン、アーメン! だが、悲しみよ、来るならば来たれ!
いかなる悲しみが来ようとも、その代償として与えられる
あの人に会うただひとときのその喜びにまさることなし!
どうか、聖なることばによって、私たちふたりの手を結び合わせてください。
そうすれば、恋をむさぼり食う死が何をしようとかまいはしません。
ジュリエットをわがものと呼ぶことができるだけでじゅうぶんです。
【ロレンス】 このような激しい喜びは、激しい結末に終わるもの、
勝利のさ中に死んでしまうものだ。ちょうど火のついた火薬のように、
ふれ合うと、あとかたもなく燃えつくしてしまう。ひじょうにあまい蜜も
あますぎるために、かえっていまわしいものになり、
それを味わうと食欲も何もなくなってしまうのだ。
だから、ほどほどに愛するがよい。そのような愛こそ生命が長いのだ。
すぎたるは、及ばざるがごとし、というではないか。
〔ジュリエット登場〕
ジュリエットが来たな。おお、あの軽い足どりでは、
あの堅い敷石をすりへらすこともないであろう。
恋する者は、あの夏の風にたわむれてゆれる
くもの糸の上をあるいても、けっして落ちることはないという。
それほど軽いのだな、むなしい恋のたわむれは。
【ジュリエット】 神父様、ごきげんで何よりでございます。
【ロレンス】 ロミオがふたり分のお礼の挨拶をしてくれるでしょう。
【ジュリエット】 では、ロミオにも申しましょう。さもないとお礼をいただきすぎますから。
【ロミオ】 ああ、ジュリエット、もしもあなたの喜びが、
わたしの喜びと同じであっても、その表わしかたで
あなたのほうがまさっていると言うのなら、どうぞあなたのことばで
このあたりの空気をかぐわしくしてください。そして豊かな楽《がく》の音のような
あなたのことばで、このうれしい出会いによってお互いがうける
心の幸福を語り表わしてください。
【ジュリエット】 ことばよりはその内容の豊かな、心の中の想いというものはその飾りではなくて、その実質を誇るものなのです。その財産を勘定することのできる人は、まだまだ貧しいのです。
私の真実の愛は大きく大きくなって行って
その豊かさの半分を数えることもできないくらいなのです。
【ロレンス】 さあ、わしといっしょに来なさい。急いで仕事をすませよう。
失礼だが、教会がふたりを一つに結ぶまでは、
あなたがたをふたりきりにしておくわけにはゆかないのだから。〔一同退場〕
[#改ページ]
第三幕
第一場 ヴェローナ。広場。
〔マーキューシオ、ベンヴォリオ、小姓、および召使いたち登場〕
【ベンヴォリオ】 お願いだ、マーキューシオ、帰ろうじゃないか。
ひどく暑いし、キャピュレットのやつらが出歩いている、
もし出くわすと、ひとけんかまぬがれないだろう。
なにしろこんな暑い日には、気狂いじみた血がカッカとくるからね。
【マーキューシオ】 きみはな、居酒屋の敷居をまたぐと、たちまちテーブルの上に剣をがちゃりとほうり出して、「おまえなんかに用はねえ!」と言っときながら、二杯めの酒で、酔いが回ってくると、それこそ用もなにもないのに、給仕に向かって剣を抜くような、そんなやつなんだ。
【ベンヴォリオ】 ぼくはそんな男かね?
【マーキューシオ】 おい、おい、きみはプリプリ怒ることにかけちゃ、イタリア随一の男だ。すぐにムッとなってプリプリし、プリプリしたかと思うとすぐにムッと腹をたてる。
【ベンヴォリオ】 何にだい?
【マーキューシオ】 何にって、もしそんなやつがふたりもそろってたら、たちまちみんないなくなっちゃうぞ。お互いに相手を殺しちまうからさ。きみってやつはな、ひげの毛が一本多いとか、一本少ないとかですぐけんかをはじめるやつだからな。だれかがハシバミの実を割ったと言えばすぐけんかだ。その理由といえば、きみの目がハシバミ色だからってわけだ。きみの目でなくてどんな目が、そんなけんかをふっかけるもんかね。きみの頭にゃ、卵にぎっしり中身がつまっているように、けんかがつまってるのさ。そのくせけんかしたために、きみの頭はたたかれて、くさった卵みたいになってるぜ。きみは往来で咳《せき》をしたって男にけんかふっかけたな、日向《ひなた》ぼっこしてねてるきみの犬が目をさましたからと言ってさ。復活祭《イースター》の前に新しい上衣を着たってんで、洋服屋とけんかしたこともあるな? まだあったぞ、新しい靴に古いひもをつけてたっていうんでやっつけたことも。そのきみがぼくにけんかするなってお説教かい? 笑わせちゃいけない。
【ベンヴォリオ】 もしぼくがきみぐらいけんか早い男だって言うんなら、もしだれかがぼくの生命《いのち》をただで使うとしても、せいぜい一時間と十五分くらいしかもたないぜ。
【マーキューシオ】 ただでだと? こいつはまたばかな!
【ベンヴォリオ】 や、や、なんと! キャピュレットのやつらだ。
【マーキューシオ】 や、ほんとだ、かまうもんか!
〔ティバルトたち登場〕
【ティバルト】 すぐ後ろからついて来い、おれがまず声をかけてやる。
よう、皆さん、今晩は。皆さんの中のどなたか一人にちょっと一言《ひとこと》。
【マーキューシオ】 われわれの中の一人に一言? なんとか色をつけたらどうだ。ひと言をひと悶着とかなんとかしたらどうだ。
【ティバルト】 いやお望みとあらば、こっちはもとより異存なしだ。
【マーキューシオ】 お望みなんかどうでも、勝手にそっちから仕かけてこないのか?
【ティバルト】 マーキューシオ、おまえはロミオと調子を合わせて……
【マーキューシオ】 調子を合わせて? おい、おまえはおれたちを流しの歌うたいかなんかと思ってるんだな? 思いたけりゃ勝手に思え! いいか、調子の狂ったやつしか聞けないんだぞ。さあ、これがヴァイオリンの弓だ! これでキリキリ舞いさせてやるぞ! 調子を合わせてだと! クソ、いまいましい!
【ベンヴォリオ】 さあ、とにかくここは往来、物見高いところだ、
どこかものかげへでも行って、そこでゆっくり、
おまえのもんくとやらを聞こうじゃないか、
さもなきゃ、このまま別れよう、ここじゃあまり人目につきすぎる。
【マーキューシオ】 人の目ってのは見るためにくっついてるんだ、見たけりゃ見させとけ!
だれがなんと言ったって、おれは引っ込まないぞ!
〔ロミオ登場〕
【ティバルト】 ああ、おまえとはもう仲直りしよう。あの下郎、目ざす相手がやって来たんだから。
【マーキューシオ】 下郎だって? はばかりながら、いつあの男がおまえの仕着せをもらった?
そうだ、さきに決闘場へ行け、あの男もきっとついて行くぞ、
その意味でならおまえさん、あの男を下郎と呼んだってかまやしない。
【ティバルト】 おい、ロミオ、おれはおまえが大きらいだ、だから
これ以上は言わないが、おまえは下劣な野郎だぞ!
【ロミオ】 ティバルト、ところがぼくのほうじゃきみを愛さなけりゃならないんだ、
だからきみのこんな挨拶にも腹をたてるわけにはいかないのだ。
ぼくはけっして下劣な男なんかじゃないぞ。
だからきょうはこれで失敬する。きみにはぼくがよくわからないとみえるな。
【ティバルト】 やい、若僧! そんなこと言って、おまえがおれに加えた侮辱の
申し開きができると思ったら大まちがいだぞ! さあ、こっち向いて、抜け!
【ロミオ】 ね、きみ、ぼくははっきり言うが、きみに侮辱なんか加えたことはない、
むしろきみが考えている以上にきみがすきなんだ、
いまにそのわけがきみにもわかると思うがね。
だから、ね、キャピュレット……その名まえ自体が、
ぼくの名まえと同じようにたいせつなものに思えるのだが……どうかがまんしてくれ。
【マーキューシオ】 おお、なんと落ち着きはらった、ふまじめな、いやらしいおべっかだ!
一本、お突き! とくりゃ、それで片付くんだ。〔剣を抜く〕
ティバルト! ねずみ取り! 来るならこい!
【ティバルト】 おれをどうしようってんだ!
【マーキューシオ】 やい、ねこの王様! 貴様の九つの生命のうち、一つもらやあいいんだ。そいつをおれがちょうだいしたいんだ。あとはそっちの出方しだい、なんなら残りの八つもたたきのめしてやってもいいんだぞ! おい、柄《つか》をとって剣をさやから抜かないか? 早くしろ! さもないと、おまえが抜く前に、おれのが一本お見舞いするぞ!
【ティバルト】 ようし、相手になってやる!〔剣を抜く〕
【ロミオ】 マーキューシオ、剣をおさめろ!
【マーキューシオ】 さあ、お突き、と来い!〔斬り合う〕
【ロミオ】 ベンヴォリオ、剣を抜け、彼らの剣をたたき落とせ。
ふたりとも、みっともないぞ、乱暴なまねはよせ!
ティバルト! マーキューシオ! やめろ、殿さまが
このヴェローナの街の中でけんかしちゃいけないと厳命されているじゃないか!
やめろ、ティバルト! おい、マーキューシオ!
〔ティバルトはロミオの腕の下からマーキューシオを刺し、仲間とともに逃げる〕
【マーキューシオ】 やられた!
どっちの家もくたばっちまえ! ああ、おれはもうだめだ!
あいつは逃げたのか? 傷も受けずに?
【ベンヴォリオ】 どうした? やられたのか?
【マーキューシオ】 ああ、かすり傷だ、かすり傷だ。だが急所だ。
おれの小姓はどこだ? 早く医者を呼んでこい!〔小姓退場〕
【ロミオ】 おい、元気を出せ、傷はたいしたことないぞ。
【マーキューシオ】 そうとも、井戸ほど深くはないし、教会の入口ほどには広くないさ。だがじゅうぶん急所をついている、じゅうぶんにね。あすおれを訪ねて来いよ、おれはまじめに墓の中にいるかもしれんぞ。もうこの世にもおさらばだ。どっちの家もくたばっちまえ! 畜生! 犬が、ねずみが、はつかねずみが、いや、ねこが人間をひっかいて、人間様がくたばっちまう! まるで数学の本どおりに剣術をやろうっていうホラ吹きめ! 悪党! 下劣な野郎だ! おまえもなんだって間にはいったんだ? おれはおまえの腕の下からやられたんだぞ。
【ロミオ】 みんな、よかれと思ってやったことだ!
【マーキューシオ】 どっかそこらの家の中へ連れてってくれ、ベンヴォリオ、
なんだか気が遠くなりそうだ。どっちの家もくたばっちまえ!
このおれを蛆虫《うじむし》の餌にしちまったじゃないか! おれはやられた!
それも、したたか。どっちの家もだ!〔マーキューシオとベンヴォリオ退場〕
【ロミオ】 あの男は、領主とは縁つづきの者で、
ぼくにとってはたいせつな親友、その彼がぼくのために
致命傷をおってしまった。ティバルトの悪口で
ぼくの名誉は汚された……ティバルト、
一時間前からぼくの親戚になったのだが。おお、ジュリエット!
きみの美しさがこのぼくを意気地なしにしてしまった、
そしてぼくのもっていた勇気の鋼《はがね》をにぶらせてしまったのだ。
〔ベンヴォリオ登場〕
【ベンヴォリオ】 おお、ロミオ、ロミオ、勇敢なマーキューシオは死んでしまったぞ!
あの勇ましい魂は雲をあこがれて昇っていってしまった、
あまりにも早く、この地上をきらって行ってしまったぞ。
【ロミオ】 きょうのこの暗い運命は、これだけではすまないだろう、
これはほんの序の口、いずれ未来の日がこの結末をつけねばなるまい。
【ベンヴォリオ】 また、あの乱暴なティバルトがもどって来たぞ。
【ロミオ】 元気で、意気揚々と! だが、マーキューシオは殺された!
寛大な思いやりなどまっぴらだ、天にでもいってしまえ!
燃えさかる目をした憤怒《ふんぬ》よ、案内役になってくれ!
〔ティバルトふたたび登場〕
やい、ティバルト、さっきおまえがおれに向かって言った
「下劣な野郎」ってやつを今こそおまえに返してやるぞ! マーキューシオの魂はな、
おれたちの頭のすぐ上にいるんだ、そして。
おまえの魂が道連れになって行くのを待っているぞ!
おまえか、おれか、それともふたりともが道連れだ!
【ティバルト】 この青二歳め! この世で相棒だったのだから、
これからもいっしょに行ってやれ!
【ロミオ】 これで、そいつを決めるんだ!
〔両人戦う。ティバルト倒れる〕
【ベンヴォリオ】 ロミオ、早く、逃げろ!
市民たちがさわぎ出したぞ、ティバルトは死んだ!
ぼんやり立ってちゃだめだ! もしつかまったら
おまえは死刑になるぞ! 早く、行け、逃げろ!
【ロミオ】 ああ、おれは運命にもてあそばれる阿呆だ!
【ベンヴォリオ】 なにをグズグズしてるんだ!〔ロミオ退場〕
〔市民たち登場〕
【市民一】 マーキューシオを殺したやつは、どっちの方へ逃げたんだ?
人殺しのティバルトめ! どこへ逃げた?
【ベンヴォリオ】 そのティバルトならそこにいる。
【市民一】 さあ、いっしょに来てください、
殿様の名によって命令する、神妙にしなさい。
〔領主、家来を従えて登場。モンタギュー、キャピュレットおよびその夫人たち、その他登場〕
【領主】 この騒ぎを引きおこした張本人はだれだ?
【ベンヴォリオ】 おお、殿様、私はこのおそろしい争いの
不幸ないきさつをすべて申し上げることができます。
そこに倒れておりますのが、ロミオに殺されたその張本人、
あなたの身内の勇敢なマーキューシオを殺した男でございます。
【キャピュレット夫人】 ティバルトが! 甥のティバルトが! 兄の息子が!
ああ殿様! ああ、ティバルト! あなた! わたしの身内の者の
血が流されました! 殿様! どうぞ、かならず、
私どもの身内の血のつぐないに、モンタギューの血も流してやってください!
おお、甥《おい》が、甥が!
【領主】 ベンヴォリオ、だれがこんな血なまぐさいさわぎをはじめたのかね?
【ベンヴォリオ】 ティバルトです、そして彼をロミオが手にかけて殺しました。
ロミオはことばも丁重に、ティバルトに、
けんかなどはつまらないことだと考えるように言いきかせ、
そのうえ、殿様がお怒りになるだろうとしきりに申して反省を求めました、
しかもやさしいことばで、顔色もやわらげて、低くひざをかがめさえして。
でも、あの、和解の話にはいっさい耳をかそうとしないティバルトの
おさえようもない怒りをしずめることはできませんでした。ティバルトは
勇敢なマーキューシオの胸をめがけて剣で一突き、
マーキューシオも同様、カッとなり、勢いこんで切りかかる、
小しゃくなとばかり、いっぽうの手で、
敵の氷のような剣をかわし、
他のいっぽうでティバルトに応酬するといった具合に。ティバルトもさるもの、
巧みにそれをかわすのです。その時、ロミオが大声でさけびました、
「まて、きみたち、きみたち、やめないか」と、そして言うより早く、
ロミオの敏捷《びんしょう》な腕がふたりのおそろしい切っ先をたたき落し、
ふたりの間に割ってはいりました。そのロミオの腕の下から
ティバルトのうらみの一撃が、あの勇敢なマーキューシオに
致命傷を与えたのです。ティバルトは逃げました。
が、すぐにロミオのところへ帰って来ますと、
ロミオも今や復讐の念でいっぱいになって、
彼らは雷《いなずま》のように斬り合いをはじめたのです。
私が彼らふたりを引き分ける暇もないうちに、強いティバルトは殺されてしまい
彼が倒れたと見るや、ロミオはくびすを返して逃げてしまいました。
これが真実であります、もし偽りなら、ベンヴォリオの生命をお取りください。
【キャピュレット夫人】 この人はモンタギューの身内の者ですから
身びいきでうそをつきますし、けっしてほんとうのことは申しますまい。
二十人もの人たちがこのおそろしいけんかに加わって、
二十人がよってたかってひとりのティバルトの生命をとることができたのです。
殿下、お願いでございます、正しいお裁きをお与えくださいませ。
ロミオはティバルトを殺しました、ロミオを生かしておいてはなりません。
【領主】 ロミオはティバルトを殺し、そのティバルトはマーキューシオを殺した。
だれがマーキューシオの血の償いをするというのだ?
【モンタギュー】 ロミオではございません。ロミオはマーキューシオの友だちでした。
彼はあやまちを犯しましたが、それは法律によって絶つべきもの、つまり
ティバルトの生命を絶ったにすぎません。
【領主】 その罪の罰として
ロミオには即刻追放を命じることにする。
おまえたち両家の憎しみのいきさつにはわしも関係があるのだ。
不とどきな騒ぎのために、わしの血が流されているといってもよいだろう。
だが、おまえたちすべてが、流されたわしの血を悔いるような
きびしい罰をおまえたちに課そうと思っている。
嘆願や言いわけなどは決して聞きはせんぞ。
どんなに涙を流しても、祈っても、わしの怒りを解くことはないから、
そのようなことはいっさい無用だ。ロミオは即刻ここから追放せよ。
さもないと、万一見つかったときには、たちどころに死刑だぞ。
この死骸をここから運び出して、わしのさたを待つのだ、
人殺しをゆるすような慈悲は、人を殺すも同然だからな。〔一同退場〕
[#改ページ]
第二場 同じ町。キャピュレットの庭園。
〔ジュリエット登場〕
【ジュリエット】 さあ、早く走っておくれ! ほのおの足をした馬たちよ、
|日の神《フィーバス》の夜の宿へ! もしあのフェイドンのような御者ならば、
たちどころにおまえたちに鞭をあてて西へ西へと走らせ、
すぐにも暗い夜を連れて来てくれるであろうに。
恋のいとなみをする夜よ、すき間のないとばりをおろしておくれ、
さまよう人々の目をおおってしまって、ロミオが
見とがめられることなく、ひとすじにこの腕にとび込めるように。
恋する者はおのれの美しさだけを明りとして
恋のいとなみをすることのできるもの。それに恋は盲目だというなら、
それは夜の闇にもっともふさわしいもの。さあ、来ておくれ、暗い夜よ、
すべて黒一色に、じみに装った、老女のような夜よ、
汚れない処女《おとめ》と童貞の二つをかけたこの勝負に
勝ってしかも負けるにはどうしたらよいか教えておくれ、
わたしのこのほおにさわぐ人慣れぬこの血を、おまえの黒いマントで
目かくししておくれ、そうすれば、臆病な私の愛は大胆になって、
まことの恋のいとなみをただのつつましい振舞と思うようになる。
さあ、夜よ、早く来て! さあ、早く、さあ、夜の闇に輝く昼間のようなロミオよ、
あなたが夜のつばさに運ばれて来るその姿は、
ちょうど黒い鴉《からす》の背に降りかかる真白な初雪のよう。
さあ、やさしい夜よ、来ておくれ! さあ、愛を運ぶ黒い顔の夜よ、
私に私のロミオを与えておくれ。そしてあの人が死んだら、
あの人を連れて行って、切りきざんで、小さな星くずにしておくれ!
そうすればあの人は夜の空を美しく輝かし、
きっとこの世界じゅうが夜と恋をして、
あのぎらぎら輝く太陽を崇拝しなくなるだろう。
ああ、私は恋の館《やかた》は買ったけれど、
まだそれを完全に自分のものにはしていない。買い手はついたけれど、
まだ使われてはいないというのだろうか。ああ、きょうという日のなんと長いこと、
ちょうどお祭の前の夜が、晴着を買ってはもらったけれど
着ることは許されないで、いらいらしているこどもにとって、
がまんできないほど長いように。おや乳母《ばあや》が来た。
きっと何か知らせをもって来たのだわ。ロミオの名まえを語ってくれるなら、
どんな舌でも、すばらしい天上のことばを語ってくれるような気がする。
〔縄梯子を持って乳母登場〕
ねえ、乳母《ばあや》、どうだったの? 何を持って来たの? ロミオ様が
おまえに持ってゆくようにお命じになった、縄梯子なの?
【乳母】 はい、はい、その縄梯子でございますわ。〔縄梯子を投げ出す〕
【ジュリエット】 まあ、どうしたの? どんな知らせなの? なぜおまえはそんなに手をふりしぼるの?
【乳母】 ああ、なんということ! あのかたはお亡くなりに、お亡くなりに、お亡くなりになりました。
もう何もかもおしまいです、お嬢様、何もかもおしまいですわ!
これが悲しまずにおられましょうか! 亡くなり、殺され、死んでしまわれました。
【ジュリエット】 神様がそんな意地悪をなさるなんて、あんまりだわ!
【乳母】 いえ、いえ、ロミオ様ですわ、
神様じゃございません、おお、ロミオ様、ロミオ様が、
こんなことだれが考えましたでしょうか? ロミオ様が!
【ジュリエット】 まあ、なんてことを! 私をこんなに苦しめるなんて。
こんなひどいことばは、暗い地獄へでも行って、わめき立てるがいいわ!
ロミオ様が自殺でもなさったというの? 「はい」なら「はい」とだけ言えばじゅうぶん、
その「はい」の一言が、私にとっては一目《ひとめ》で人を殺してしまうという
毒蛇《コカトリス》よりもずっとずっとおそろしい毒なのだわ。
もしもそんな「はい」があるなら、私は私でないのも同然、
さもなければおまえに「はい」と答えさせたその目は閉じているのだわ。
もしあの方が殺されたのなら、「はい」とお言い、もしそうでないのなら「いいえ」と。
短いほんの一言で私の幸福が不幸に決まってしまうのだわ。
【乳母】 私はちゃんと傷口を見てまいりました、この目で傷を見てまいりました……
ああ、恐ろしいこと……あのかたの男らしいお胸のここにありました。
見るもみじめな死骸におなりになって、
まっ青に、灰のように青ざめて、血まみれになっていらっしゃいました、
いえ、血が固まってこびりついていました。私は一目見て気が遠くなりました。
【ジュリエット】 おお、裂けておしまい、私の心臓よ! あわれな破産者、すぐにも裂けておしまい!
目よ、牢獄にお行き、二度とふたたび自由などは見ないように!
いまわしい土くれの肉体よ、おまえも土にかえって、すべての働きをやめておしまい!
そしてロミオといっしょになって、一つの柩《ひつぎ》を重くするがよい。
【乳母】 おお、ティバルト様、ティバルト様、私におやさしくしてくださったあのかた!
おやさしい、ご立派な紳士でいらしたティバルト様!
生きながらえて、あなたのこんな変わり果てたお姿を見ようとは!
【ジュリエット】 どうしたの? 急に反対の方から吹いてくるなんて、妙なあらしじゃないの?
ロミオが殺されて、そしてティバルトも死んだというの?
私の大好きな従兄《いとこ》と、それよりもっと、もっとたいせつなロミオが?
じゃ、おそろしいラッパよ、最後の審判を告げるがいい!
このふたりが死んだら、いったいだれが生きているというの?
【乳母】 ティバルト様は亡くなられ、ロミオ様は追放されました。
ロミオ様はあのかたをお刺しになった罪で追放されてしまいました。
【ジュリエット】 なんですって? ロミオの手にかかってティバルトが死んだというの?
【乳母】 そうでございます、ほんとうに情けない、そうなんでございます。
【ジュリエット】 ああ、花の顔にかくされた毒蛇の心!
あの恐ろしい龍があんな美しい洞穴《どうけつ》に住んだことがあっただろうか!
美しい暴君! 天使のような悪魔!
鳩の羽毛をつけた鴉! 狼のように貪欲《どんよく》な小羊!
神のように美しい姿を持ちながら、いやらしい性質!
外面に見えるものとはおよそ反対のもの!
のろわれた聖者! 高潔な悪党!
おお、自然よ、おまえが、この世の楽園ともいうべきあの肉体の中に
悪魔の魂を宿らせてしまったので、
地獄でどんな騒ぎが起こったことか!
いまだかつて、こんな汚れた内容が、こんなに美しく装丁された本に
おさめられたことがあっただろうか! ああなんということ、こんないつわりが
あのようなすばらしい宮殿の中に住んでいようとは!
【乳母】 男のかたなどというものは、
もう、信用も、信頼も、誠実さもあったものではありません。すべていつわりの誓いで、
すべての誓いは破られ、すべては悪のかたまり、いつわりにみちたものばかり、
ああ、ピーターはどこへ行ったのだろう? 火酒でも少しいただきましょう。
この悲しみ、不幸、嘆きが、私を老いこませてしまいます。
いまいましいロミオの恥っかきめ!
【ジュリエット】 そんな言い方をするおまえの舌は
くさってしまえばいいんだわ! ロミオにかぎって恥をかくような人ではありません!
あのかたの額には恥などは恥ずかしくて宿れはしません!
それは、この広い世界じゅうをただひとり支配する
王者の名誉が冠をかざすにふさわしい王座です。
それにしてもロミオのことを悪く言ったりして、
なんて私は人でなしだったのでしょう。
【乳母】 ではお嬢様は、ご親戚のかたを殺したあの人の肩をお持ちになるのですか?
【ジュリエット】 自分の夫である人を、なんで私が悪く言うことができて?
ああお気のどくに、あなたのお名まえを傷つけて! だれがもとどおりにしてくれるの? たとえ三時間だけでも妻と呼ばれた私が、それをずたずたに切ってしまったのだわ!
だけど、いったい、どうして、こともあろうに、私の従兄のティバルトを殺したりなさったの?
ああ、さもなければ、あのティバルトが私の夫のあなたを殺していたかもしれないのね。
おろかな涙よ、さあもとの泉におかえり!
あなたの流すべき涙の滴《しずく》は、もともと悲しみのためのもの。
それをあなたはまちがって、喜びに捧げているのだわ。
ティバルトが殺したかもしれなかった私の夫は生きているではないの!
そして私の夫を殺したかもしれなかったティバルトは死んだではないの!
それはほんとにほんとにうれしいこと、なぜそれなのに私は泣く必要があるの?
そうだ、ティバルトの死よりももっと悪いことばがあった、
それが私を殺してしまったのだわ。できることなら忘れてしまいたい。
だけど、それが私の記憶にまつわりついて離れないの、
罪人の心にまつわりつくおそろしい罪の行いのように、
「ティバルト様は亡くなられ、ロミオ様は……追放されました」
「追放された」、その「追放」という一言が
一万人のティバルトを殺したも同様なのだわ、ティバルトの死は、
もしそれだけに終わっても、私にとってはじゅうぶん悲しいこと、
でももし、どうしてもその不幸に道連れが必要なら、
そして他の悲しみがどうしてもそれといっしょに来ようというのなら、
なぜ、「ティバルト様が亡くなりました」と言ったとき、そのことばのあとに、
お父様とか、お母様とか、いいえ、おふたりいっしょだっていい、
そんなことばが続かないの? それなら普通ありふれた悲しみだけですんだのに。
だけどティバルトが死んだという知らせのあとに、
「ロミオ様は追放されました」というのでは、そのことばを口にするだけで、
お父様も、お母様も、ティバルトも、ロミオも、ジュリエットも、
皆殺され、皆死んでしまったも同然だわ。「ロミオ様は追放されました」、
そのことばの意味する死のおそろしさには、終わりも、限りも、
節度も、境も何もありはしない、そんな悲しみをあらわすことばは他にはないわ。
ねえ乳母《ばあや》、お父様やお母様はどこにいらっしゃるの?
【乳母】 ティバルト様のご遺骸にすがって泣き悲しんでいらっしゃいます。
お嬢様もいらっしゃいますか? 乳母がご案内いたしましょう。
【ジュリエット】 その傷口をおふたりの涙で洗っておやりになるといいわ、私の涙は、
おふたりの涙がかわききってしまったときに、ロミオの追放のために思うぞんぶん流します。
さあ、この縄梯子を持ってお行き、かわいそうな縄梯子、おまえも私もだまされたのよ。
だってロミオは追放されてしまったのですもの。
ロミオはおまえを私の寝床への通い路にしようとしたのに。
私もこのまま、処女《おとめ》のまま、寡婦として死んでゆくのだわ。
さあ縄梯子、さあ、乳母や、私は結婚の床につきます。
そしてロミオでなくて、死に、私の処女をささげましょう。
【乳母】 早くお部屋へお出でなさいませ。私がロミオ様を見つけてまいります、
お嬢様をお喜ばせするために。どこにおいでになるか見当はついております。
ようございますか、あなたのロミオ様はきっと今晩ここにお越しになります。
私はあのかたのところへいってまいります。あのかたはロレンス様の庵室にかくれていらっしゃいます。
【ジュリエット】 ああ、ではあのかたを見つけて来てちょうだい! そしてこの指輪を
私の恋人ロミオにあげて、最後のお別れに来てとお願いしてきてほしいの。〔両人退場〕
[#改ページ]
第三場 托鉢僧ロレンスの庵室。
〔僧ロレンス登場〕
【ロレンス】 ロミオ、さあ出ておいで、びくびくしないで出ておいで、
苦しみがおまえの才能にほれこんでしまったとでも言おうか、
おまえはまるで不幸と結婚のちぎりを交わしたようにみえるぞ。
〔ロミオ登場〕
【ロミオ】 神父様、どういう知らせがあったのでしょうか? 領主様の宣告はどのような?
このうえ私のまだ知らないどんな悲しみが私と
近づきになりたがっているのですか?
【ロレンス】 かわいそうに、おまえは、
もうそのような悲しみとのつらい交わりにじゅうぶん深入りしてしまった。
わしは領主様の宣告についてきいてきてあげたよ。
【ロミオ】 死刑に決まっていますね? 領主様の宣告は。
【ロレンス】 ところがもっと寛大な宣告だったのだ。
死刑ではなくておまえの身柄を追放するということだけだ。
【ロミオ】 なに? 追放ですって? どうかお慈悲ですから「死刑」と言ってください。
なぜなら追放は死刑よりもっとおそろしいことです、
どうか「追放」だなどと言わないでください。
【ロレンス】 このヴェローナの町からおまえは追放になったのだ。
でも我慢がかんじん、世の中は広く、大きいのだから。
【ロミオ】 ヴェローナの壁の外には世の中などありはしません。
あるのはただ煉獄、拷問、いえ地獄であるかもしれません。
ここから追放されるのは世の中から追放されること、
世の中から追放されることは死にも等しいのです。ですから追放というのは。
死刑ということの言いまちがいにすぎません。死刑を追放とよぶことによって、
あなたは黄金の斧で私の首をはねて、
私を殺したその一撃を得意になって笑っておられるようなものです。
【ロレンス】 なんというおそろしい罰あたりな、なんという恩知らずだ。
おまえの罪は当然死刑になるべきところ、それをしんせつにも領主様は
おまえのためを思って、法をまげてくだされたのだ。
そして死刑というおそろしい宣告を追放にかえてくだされた。
これはまことにありがたいお慈悲だ。それがおまえにはわからないのか。
【ロミオ】 これは拷問です、慈悲ではありません。ジュリエットがいればこそ
ここは天国です。ねこだって犬だって、
ちっぽけなはつかねずみだって、どんなつまらないものだって、
ここにいれば天国にいるも同然、ジュリエットを見ることができるからです、
でも、ロミオにはそれができない。そんなロミオにくらべたら、
もっと大きな価値が、もっとりっぱな地位が、もっとうらやましい身分が
腐肉《ふにく》に群れるハエにだって与えられていると言ってよいでしょう。
このハエどもは、なつかしいジュリエットのあのまっ白な手にとまることもできるし、
純粋なきよらかな処女のつつましやかさで
つねに赤らみ、互いにふれ合うことさえ罪と考えているかのような
ジュリエットの唇から、不滅の祝福をこっそり奪うこともできるのです。
でもロミオにはそれができない。ロミオは追放されてしまったのです。
ハエでさえそんな幸福がもてるのに、ロミオはそれを捨てて行かねばならない、
ハエは自由の身なのに、この私は追放の身、
それでも神父様は追放が死刑ではないとおっしゃるのですか?
調合した毒薬でも、するどくといだ短剣でもお持ち合わせはないのでしょうか?
どんなつまらない手段でもいい、生命を絶つ手っとりばやい手段はないのですか?
「追放」で私を殺すことしかできないのですか? 「追放」とおっしゃるのですか?
おお、神父様、それは地獄に落ちたものが地獄で使うことばです。
それを口にするときは、おそろしいうめき声がそれにともないます。
聖職におありになり、ざんげを聞いてくださり、罪を許してくださり、
私の味方とはっきり断言されたその神父様が、
「追放」のことばで、私を殺してしまわれるとは、なんと情けないことでしょうか。
【ロレンス】 なんという愚かなやつだ、もうすこしわしの言うことをよく聞きなさい。
【ロミオ】 そうすれば、また追放のことをおっしゃるのでしょう。
【ロレンス】 わしはおまえにそのことばを払いのける鎧《よろい》をやろう、
逆境の中にもあるあまい乳を、哲学をやろう。
追放の身であろうとも、おまえをなぐさめてやるために。
【ロミオ】 また「追放」とおっしゃるのですか? 哲学なんかどうでもいいのです。
哲学でジュリエットをつくり出すことができるならいざしらず、
哲学がこの町をくつがえして、領主様の宣告を取り消させるならいざしらず、
さもなければなんの役にもたたぬこと、もう何も言ってくださいますな。
【ロレンス】 やれやれ、狂人というものは聞く耳を持たぬものだ。
【ロミオ】 賢い人が見る目を持たないときに、なんで狂人が聞く耳を持ちましょう。
【ロレンス】 では、おまえの立場について一つ論じてみよう。
【ロミオ】 じかに感じてもいらっしゃらないことを論じたりはできません。
神父様が私くらいお若くて、ジュリエットのような恋人をお持ちで、
結婚して一時間ぐらいしかたたないのに、ティバルトが殺され、
私と同じように恋におぼれ、私と同じように追放されたのなら、
そのときこそあなたは話す資格があり、髪の毛をかきむしることもできましょう、
そして今私がしているように、地面に倒れ伏して
まだつくられていない自分の墓の大きさを測ることもできるでしょう。〔舞台裏で戸をたたく音〕
【ロレンス】 さあ、立つのだ。だれかが戸をたたいている。ロミオ、さ、かくれるのだ。
【ロミオ】 いやです。この悲しみに病む胸のうめきが
霧のように私を包み、人からかくしてくれるのなら別ですが。〔戸をたたく昔〕
【ロレンス】 それ、あのようにたたいている。だれだ? さあ、ロミオ、お立ち、
つかまってしまうぞ。ちょっと待ってください。さ、立って。〔戸をたたく音〕
わしの書斎へ大急ぎでお行き! 早く! なんということだ?
なんというばかなまねだ! 今行きます、行きます。〔戸をたたく音〕
だれですか? そんなにきつくたたくのは? どこから来たのですか? ご用は?
【乳母】 〔舞台裏で〕私を入れてくださいませ。そうすれば用向きを申しあげます。
ジュリエット様のところからまいりました。
【ロレンス】 おお、そうか、ようこそ来られた。
〔乳母登場〕
【乳母】 おお、神父様、お聞かせください、おお、神父様、
お嬢様のだんな様は、ロミオ様はどこにいらっしゃいますのでしょうか?
【ロレンス】 それ、そこに、地面に倒れて、自分の涙におぼれているのだ。
【乳母】 まあ、まったくお嬢様と同じことでございます。
まったく同じなんでございます。なんと悲しい心からの同情でしょう!
ほんとうにおかわいそうなお身の上! やっぱり同じように泣き伏して、
おいおい泣いたり、すすり泣いたり、すすり泣いたり、おいおい泣いたりされています。
さ、さ、お立ちなさいませ。あなたも男のかたでございましょう、さ、お立ちなさいませ。
ジュリエット様のために、お嬢様のために、起きてお立ちになってくださいませ、
どうして、そんなに深い、悲しみの中にしずんでおしまいになるのですか?
【ロミオ】 乳母《ばあや》さん!
【乳母】 はい、はい、だんな様。死んでしまっては何もかもおしまいでございます!
【ロミオ】 おまえはジュリエットの話をしていたね、あの人はどうしている?
ぼくのことをにくんでもにくみきれない人殺しだと思ってやしないか?
ぼくが、生まれたばかりのわれわれの幸福を、あの人にごく近い
身内の者の血ですっかり汚してしまったのだからね。
あの人はどこにいる? どうしている? もうだめになってしまったぼくたちの愛について
ぼくのないしょの妻のあの人はなんと言っている?
【乳母】 いいえ、お嬢様は何もおっしゃらずに泣いてばかりいらっしゃいます。
寝床の上に泣き伏しておしまいになるかと思うと、とび起きておしまいになります。
ティバルト様のお名をお呼びになったり、またロミオ様のお名をお呼びになったりして、
また倒れておしまいになります。
【ロミオ】 まるでその名まえは
正確にねらいを定めた鉄砲の筒口《つつぐち》からでもとび出したかのように、
あの人を殺してしまった。その名まえのもち主ののろわれた手が
あの人の身内を殺してしまったのだから。どうか神父様、お教えください、
いったいこの私の肉体のどこに、私の名まえは宿っているのでしょうか?
さあ、どうかお教えください、そうすれば私はひと思いに
そのいまわしい住家をこわしてしまいましょう。〔彼の剣を抜く〕
【ロレンス】 乱暴なことをしてはいけない。
それでもおまえは男か? 見た目はまさしく男だが、
おまえの涙は女みたいだぞ。おまえの気狂いじみた行動は、
まるで理性をもたぬ獣の狂暴さだ。
男らしいみせかけの、みっともない女々《めめ》しさではないか!
いやむしろ、男であり、女であるのはみせかけだけで、みにくい獣ではないか!
とにかくおまえにはほとほとあきれはてた。まったくのところ、
おまえはもう少ししっかりしていると思っていたのだが。
ティバルトを殺したではないか? そのうえ自分自身まで殺そうというのか?
おまえ自身をおそろしいにくしみやのろいで殺してしまって、
おまえをわが生命《いのち》と考えているおまえの恋人まで殺そうというのか?
なぜおまえは、自分の生まれや、天や、地をのろうのか?
生まれと天と地のこの三者があってこそはじめて
おまえはできあがったのだ。それを一度にみな捨ててしまおうというのか?
ばかばかしい、おまえは自分の姿かたち、その愛、その理性をはずかしめているのだ、
おまえは、金貸しのように、有り余るほど持っていながら、
おまえの姿や、愛や、理性を飾ることができるように
それをほんとうに正しく使うことをしないでいるのだ。
男として持つべきりっぱな勇気を持つことができないならば
おまえのりっぱな姿は、要するにろう細工にすぎないのだ。
おまえがたいせつにすると誓っておきながら、その恋人を殺してしまうなら、
おまえの誓ったその愛情もむなしい偽誓《ぎせい》にすぎないのだ。
おまえの姿と愛に飾りをそえるおまえの理性が
それらを導いてゆくときにその方向を誤ってしまうならば、
未熟な兵士が火薬入れにつめた火薬のように、
おまえは自分自身の無知によって火を発してしまい、
身を護るはずの武器によって、みずからのからだをこなごなに砕いてしまうのだ。
さあ、元気をお出し、おまえのジュリエットは生きているのだよ、
そのジュリエットをおまえはつい今しがたまで、死ぬほど恋いこがれていた。
おまえは幸福者ではないか。ティバルトがおまえを殺そうとしたが、
おまえのほうがティバルトを殺した、おまえはしあわせだったのだ。
死刑を宣告すべき法律も、おまえには味方してくれた、
そして死刑を追放に変えたのだ。これもおまえにとって幸福なことだった。
祝福がいっぱいおまえの背にふりかかっているではないか。
幸福が晴れの衣装をつけて、おまえに求愛しているようなものだ。
それなのにおまえは、礼儀しらずの、不きげんな娘のように、
おまえの幸運や恋に向かって口をとがらせているじゃないか。
さあ、気をつけるがいい、こんな人間はろくな死にかたはしないぞ。
さあ、おまえの恋人の所へ行っておやり、定められたように、
彼女のへやに上がって行って、彼女をなぐさめておやり。
だが夜警が回ってくるまでぐずぐずしていてはいけない、
そんなことをすれば、マンチュアに行くこともできなくなるからな。
マンチュアでおまえは暮らすのだ。いずれ、われわれが折りを見て
おまえたちの結婚を公表し、両家の人たちの心をやわらげ、
領主様のお許しをいただき、おまえを呼びもどすことができるその時まで、
おまえがここから出かけていった時のその悲しみより
二十倍もの大きな喜びをもっておまえを呼びもどすその時まで。
さあ一足さきに行ってください、乳母《ばあや》さん。ジュリエットによろしく伝えてください。
そして家の者をできるだけ早くねかせるようにジュリエットに言ってください、
深い悲しみのあとのことだから、つかれて皆すぐにもねむってしまうと思うが。
ロミオはすぐあとから行きます。
【乳母】 おお、神様、私はここに夜の間じゅうずっととどまって
よい忠告を聞かせていただきたいくらいです。おお、なんと学問とはすばらしいものでございましよう。
ロミオ様、あなたがお出でになることはちゃんとお嬢様にお伝えいたします。
【ロミオ】 そうしてください。そしてあの人に私を叱ってくださるよう伝えてください。
【乳母】 ロミオ様、ここにお嬢様があなたにお渡しせよとおっしゃった指輪があります、
さあ、おいそぎくださいませ、夜もどんどん更《ふ》けてまいります。〔退場〕
【ロミオ】 もう私の気持ちもすっかりよくなりました。
【ロレンス】 さあ、お行き、おやすみ! そしてたいせつなことはな、よいか!
おまえが今夜、夜警の回らないうちにここを立ち去るか、
それとも、明日の夜明けに、姿を変えてここを立ち去るかどちらかだ。
マンチュアにとどまるのだぞ。わしはおまえの召使いを見つけ、
おまえに何かよいことがここで起こるたびに、
そのつど、その召使いを通じて、おまえに知らせてやろう。
さあ、握手だ、だいぶおそくなった。さようなら、おやすみ。
【ロミオ】 喜びにまさる喜びが私を呼んでいるのでなかったら、
こんなにあっけなく神父様にお別れするのは、どんなに悲しいことでしょうか。
ではこれでおいとまいたします。〔退場〕
[#改ページ]
第四場 キャピュレット家の一室。
〔キャピュレット、同夫人、およびパリス登場〕
【キャピュレット】 いや困ったことが起こりましてね。
そのためにまだ娘を説得する暇もなにもないのです。
ご承知のとおり、娘は従兄のティバルトが大好きでしてな、
もちろん私もそうですが……でも生まれたものは皆死ぬのが当然ですからな。
それに今晩はもう遅いので、娘は降りては来ますまい。
もしあなたがお見えにならなかったら、もちろんのこと、
私も一時間前にやすんでいたところでした。
【パリス】 こんなお取りこみの最中ですから、とても縁談などではありますまい。
奥さん、おやすみなさい、お嬢さんにどうかよろしく伝えてください。
【キャピュレット夫人】 承知いたしました、あすはなるべく早く娘の気持ちをきいてみましょう。
今夜はあの子も悲しみですっかりふさぎこんでおりますので。
【キャピュレット】 パリスさん、私としては、どんなことがあってもかならず、
娘をあなたにさしあげたい。娘は何事によらず
私の言うとおりになると思います。いや、この点については何も心配もありません。
おまえもやすむ前にあれのところへ行ってくれ、
そしてわしの婿《むこ》であるパリスさんの気持ちをあの子に伝えておいてくれ。
そしてあれに言うのだ、いいかね、こんどの水曜日……
まてよ、きょうは何曜日かね。
【パリス】 月曜日です。
【キャピュレット】 月曜日、ふむ、ふむ、じゃ水曜日では少し早すぎるな、
木曜日ということにしようか。あれに言ってくれ、こんどの木曜日に、
このパリス伯爵とあの子は結婚するのだとな。
ところでよろしいでしょうな? こんなに急いでことを運んでも?
あまり大げさなことはしないつもりです……友人をひとりかふたりよぶぐらいにして。
なにしろティバルトが殺されて間もないことですし、
あまりはでなことをしますと、あれは身内の者でもありますし、
死んだ者に対してあまり心ないふるまいのように思われてもいけませんしな。
ですからまあ、よぶのはせいぜい五、六人の客ということにして
それですべてということにしましょう。木曜日でごつごうはいかがでしょう?
【パリス】 私はその木曜日があすであったらよいと思います。
【キャピュレット】 では、きょうはこれでお引きとりください。木曜日ということにいたしましょう。
おまえは、ねる前に、ジュリエットのところへ行ってくれ、
娘に結婚の日にそなえて心がまえをさせておくのだ。
ではパリスさん、さようなら。おーい、わしのへやに明りを。
これは、これは、すっかりおそくなってしまったな、
もうすぐ朝が来るから、早すぎるといったほうがいいかな。
ではお休み。〔退場〕
[#改ページ]
第五場 キャピュレット家の庭園。
〔ロミオとジュリエット、二階舞台の窓のところに登場〕
【ジュリエット】 もう行っておしまいになるの? まだ朝には間がありますわ。
あなたのおびえていらっしゃるお耳をつらぬいたのは
ひばりではなくて夜うぐいすの声ですわ。
毎夜、毎夜、向こうのザクロの木のところでないていますのよ。
ねえ、あなた、ほんとうに夜うぐいすですわ。
【ロミオ】 いや、たしかに朝の先ぶれをするひばりだった、
夜うぐいすじゃなかった。ほら、ごらん、向こうの東の空に。
いじわるな朝の光が、ちぎれ雲をふちどっているのを。
夜のろうそくはもうもえつきて、たのしげな昼間が、
霧にしっとりとぬれた山の頂《いただき》に、つま立ちしてまっている。
ぼくはここを立ち去って生きねばならない、ここにいれば死があるだけだ。
【ジュリエット】 あそこの光は朝の光じゃありません、たしかにちがいます。
あれは太陽が空にはきだすという光るものですわ。
それが今夜はあなたのために松明《たいまつ》持ちになってくれますのよ、
そしてマンチュアまであなたの道案内をしてくれますわ。
だからもう少しここにいらして。まだお出かけにならなくてもいいんですわ。
【ロミオ】 じゃここにいてつかまろう、死刑にもなろう、
もしあなたがそれを望むなら、ぼくはそれで満足だ。
向こうのほのかな明りも朝の瞳《ひとみ》ではないと言おう、
月の女神の額《ひたい》の青白い反射にすぎないとしておこう。
そしてあの、ぼくたちの頭上高く大空にひびきわたる
あの声もひばりのではないということにしておこう。
ぼくはここから出て行きたいどころか、ここにいつまでもとどまっていたいのだ。
さあ、死よ来るがよい、喜んで迎えよう、ジュリエットがそれを望むのだから。どうしたの、ジュリエット? 話をしようよ。まだ朝じゃないのだから。
【ジュリエット】 いいえ、朝ですわ、朝ですわ。さ、いそいでいらしてちょうだい、さ、早く。
あんな調子っぱずれにないているのは、ひばりですわ。
耳ざわりなうるさい声、不愉快なかん高い声ですわ。
ひばりの声を美しいいい声だという人もいるけど、
今のはちっともいい声じゃありません。私たちを別れさせてしまうのですもの。
ひばりとあのいやらしいひきがえるが目をとりかえっこしたという人もあるけど、
いっそのこと声もとりかえてしまったらよかったのに。
だって、あの声は私たちの結ばれた腕を引きさいてしまうのですもの、
ここから朝の歌であなたをかり立てて行くのですもの。
さあ、早くいらして! だんだん明るさが増して来ますわ。
【ロミオ】 明るさが増せば増すほど、ぼくたちの悲しみの暗さがましてゆく。
〔乳母登場〕
【乳母】 お嬢様!
【ジュリエット】 乳母《ばあや》?
【乳母】 お母様が今おへやのほうへいらっしゃいますよ、
もう夜が明けました。お気をつけて、ご用心なさいませ。〔退場〕
【ジュリエット】 じゃ、窓よ、朝の光を入れて、生命を送り出しておくれ!
【ロミオ】 さようなら、さようなら! もう一度キスを、ではぼくは行くよ。〔ロミオ降りる〕
【ジュリエット】 このまま、行っておしまいになるの? いとしい人、私のたいせつなかた!
きっとお便りをくださいね、毎日、いえ、毎時間ごとに、
だって私には一分がそれこそ何日にも思えますもの、
でもこんなふうに数えてゆくと私が今度ロミオに会う時には
とてもとても年寄りになってしまうかもしれないわ!
【ロミオ】 さよなら!
かならずどんな機会でもとらえて、ジュリエット、あなたに
ぼくの便りを送るようにするよ。
【ジュリエット】 ああ、でも私たちまた会うことができるのかしら。
【ロミオ】 ぼくはそれを信じている。そうしてそのときには
今の苦しみもみんなたのしい思い出話になるのだ。
【ジュリエット】 ああ! なんだか虫がしらせるような、不吉な予感がする!
今、あなたが下にそうして立っていらっしゃるのを見ていると、
墓の奥のほうに横たわる死人を見ているような気がしてなりません!
私の目がよく見えないためか、それとも、あなたのお顔が青ざめているからでしょうか。
【ロミオ】 そういえば、ほんとうに、ぼくの目にうつるあなたも青ざめている!
悲しみがぼくらの血の気を吸いとってしまった。さようなら、さようなら!〔退場〕
【ジュリエット】 おお、運命の女神様! みんなはあなたのことを気まぐれといいます。
もしあなたが気まぐれなら、誠実で聞こえているあの人と、
あなたは何かかかわり合いがあるのでしょうか? 運命の神様、気まぐれなら、
それでもいい、それならそれで、あなたはあの人を長いこと引きとめずに、
ここへまたかえしてくれるかもしれない!
【キャピュレット夫人】 〔舞台裏で〕 ジュリエット! まだ起きておいでかい?
【ジュリエット】 呼んでいるのはだれ? お母様かしら?
こんなにおそくまで寝ずにいらしたのかしら、それともこんなに早くお目ざめかしら?
どんな、特別のご用があって、ここへいらっしゃるのかしら?
〔キャピュレット夫人登場〕
【キャピュレット夫人】 まあ、ジュリエット、どうしたの?
【ジュリエット】 お母様、私気分が悪くて……
【キャピュレット夫人】 ずっとティバルトの死んだのをなげきつづけているのね?
あなたが泣いてその涙であの人をお墓から洗い出そうとでもいうの?
たとえ、そんなことをしても、あの人を生き返らせることはできないのですよ。
だから、もうおよしさない、ほどほどの悲しみは愛の強さを示すけれど、
あまりなげきがすぎると、それは分別のたりない証拠となりますよ。
【ジュリエット】 だけど、こんなつらい別れの悲しみを、思うぞんぶん私に泣かせて。
【キャピュレット夫人】 そうすれば悲しみを感じることはできるけど、そのなげき悲しむ
相手のその人が帰ってくるわけでもありますまい。
【ジュリエット】 その悲しみを強く感じるから
私はあのかたのために泣かずにはいられないんです。
【キャピュレット夫人】 そう、あなたは、ティバルトが死んだことよりも
あれを殺した悪者が生きていることを怒って泣いているのね。
【ジュリエット】 悪者って、お母様?
【キャピュレット夫人】 あの悪者、ロミオですよ。
【ジュリエット】 〔傍白〕悪者とロミオとは、それこそ遠い遠いへだたりがあるわ……
でも神様、あの人をお許しください。私も心から許しますわ。
でもあの人ほど、私の心を悲しませる人はいませんわ。
【キャピュレット夫人】 それは、結局、あの悪者が生きているからですよ。
【ジュリエット】 そうよ、お母様、それも私なんかの手のとどかない所にね。
ティバルトのうらみは私一人で晴らさせてほしいわ!
【キャピュレット夫人】 だいじょうぶ! かならずかたきはとってやります。
だからもう泣くのはおよし。あの追放されたならず者、
ロミオのいるマンチュアにわたしは使いをやります。
そしてふしぎなききめのある毒薬を一服盛ってやりましょう。
それでロミオはたちまちティバルトのあとを追うという段取り、
そうすればあなたもきっと満足してくれるでしょうね。
【ジュリエット】 ほんとうに、私はけっして、けっして満足なんかしません、
ロミオをこの目で見るまでは……死んでいるのをね……
私のこのあわれな胸はあの人のことでいっぱいなんですもの。
お母様、もし毒薬を運ぶ人さえ見つけてくださるなら、
その毒薬の調合は私が自分でやってみますわ。
ロミオがそれを受けとって飲みさえすれば、すぐにも、
静かに眠ってしまうような薬を。ああ、なんて情けないことなのでしょう!
現在、あの人の名が口にされるのを聞きながら、あの人の所へ行って、
私が従兄にもっていた愛情のうらみを
殺したあの人に直接にはらしてやることができないなんて!
【キャピュレット夫人】 そんな薬をあなたがつくってくれるなら、わたしが運ぶ人をみつけましょう。
でも、今はね、あなたに、うれしいお話を持って来たのですよ。
【ジュリエット】 こんなみじめな気持ちでいるときに、うれしいお話とはありがたいこと、
それはどんなお話ですの、お母様?
【キャピュレット夫人】 ええ、ジュリエット、あなたはいいお父様をもってほんとうにしあわせよ。
お父様はね、あなたにこのひどい悲しみを忘れさせてやろうとなさり、
急に、おめでたい喜びの日をおきめにたったのよ。
あなたが考えもしなかったような、わたしにも思いがけないような。
【ジュリエット】 まあ、お母様、すてきですこと、それでどんなうれしい日なの?
【キャピュレット夫人】 ジュリエット、よくお聞き、こんどの木曜日の朝早く、
あのりっぱで、若くて、気高い紳士、
パリス伯爵と、聖《セント》ぺテロ教会で
あなたは結婚することにきまったのですよ。
【ジュリエット】 まあ、お母様、聖ペテロ教会と、ペテロにかけて申しますけど、
私はあのかたと結婚するなんていやですわ。
なぜそんなにお急ぎになるんですの? 私の夫になるというかたが
私の所に求婚にもいらっしゃらないうちに、結婚しなければならないんですの?
お願いです、お母様、どうぞお父様にもおっしゃって、
私はまだ結婚はいたしませんって。そして結婚するくらいなら、
私、はっきり申しあげますけど、パリス様と今結婚するくらいなら、
お母様もごぞんじですけど、私の大きらいなロミオとでも結婚しますわ! うれしいお話ですって?
【キャピュレット夫人】 お父様がいらしたわ、直接にそれをお父様に言ってごらん!
そしてあなたからそれをお聞きになったお父様がなんとお思いになるか見るといいわ!
〔キャピュレットと乳母登場〕
【キャピュレット】 日が沈むときには、空気が露をしたたらせる、
だがわしの甥の日没には
まるで雨が土砂《どしゃ》ぶりじゃないか!
どうした! 噴水像みたいに涙を流しつづけているのか?
涙の雨を降らせつづけているのか? おまえのそのちっぽけなからだで、
おまえは船と、海と、風と三つの役割を果たそうというのか?
まず、おまえのその目は海というところだな、
涙でたえず潮の満ち干《ひ》だ。おまえのからだは船で、
しおからい海にもてあそばれている。そしておまえのため息が風だ。
その風は涙とともに荒れ狂い、涙は風とともに荒れて、
すぐにも凪《なぎ》がこないと、おまえのあらしにもまれたからだを
くつがえしてしまうだろう。おい、どうだな?
わしの言いつけたとおり、ジュリエットに話してくれたか?
【キャピュレット夫人】 はい、あなた。でもこの娘《こ》は、ありがたいけどお受けできないと言っています。
ばかな娘ですわ、いっそお墓とでも結婚すればいいのですわ!
【キャピュレット】 なんだと? わしにわかるように話してくれ! わかるようにな。
なんだと? いやだと言うのか? ありがたいとも思わんのか?
名誉だとも思わんのか? 自分がしあわせだとも思わんのか!
こんなふつつか者のくせに、このわしが骨折って、
あんな立派なパリス殿をむこに見つけてやったのに!
【ジュリエット】 お父様がしてくださったこと、ありがたいと思いますが、名誉とは思いません。
いやなものを名誉だなんてとても思えません、
いやなものでも、ご好意ですから、ありがたいとは思いますけど。
【キャピュレット】 おい、なんだと? へりくつばかりツベコベ言いおって、なんということだ!
「名誉に思う」とか「ありがたい」とか、「ありがたくない」とか、
そして「名誉とは思えない」とか、なまいきなやつだな、おまえは!
「ありがたい」とか、「名誉に思う」などと言う必要はない!
ただ、こんどの木曜日のために、手や足の準備をしておけ!
パリス殿と聖ペテロ教会に行くのだからな。
いやだと言えば、すのこにでものせて、おまえを引きずって行くぞ。
ええい、この貧血病のやくざ女め! ええい、くだらんやつめ!
青びょうたんめ!
【キャピュレット夫人】 まあ、あなた、およしなさいませ、どうかなさいましたの?
【ジュリエット】 お父様、このとおり、ひざまずいて、お願いいたします、
ひと言、私の申し上げることをがまんしておききになってくださいませ。
【キャピュレット】 ええい、うるさい! このくだらんやつめ! 親不孝ものめが!
いいか! よく言っておくぞ! 木曜日には教会に行くのだ!
いやなら、もう二度とふたたびわしの顔をみるな!
何も言うな! 答えるな! 返答はいらん!
この指がむずむずするわ! たったひとりしかこどもがさずからないと言って、
おまえといっしょに、神をうらんだことさえあったが、
今となっては、こんな娘、たったひとりでも多すぎるくらいだ!
こんな子をもったとは、なんとのろわれているのだ!
ええい! 畜生め! ろくでなし!
【乳母】 まあ、なんてことおっしゃいます。
そんなにお嬢様をお叱りになってはいけません、だんな様。
【キャピュレット】 なんだ! いやにえらそうに言うじゃないか、黙っておれ!
もっともらしくしゃべりおったな! おまえの仲間の所へでも行ってしゃべれ!
【乳母】 私は何も失礼なこと申してはおりません。
【キャピュレット】 もうたくさんだ!
【乳母】 申し上げてはいけないのでございますか?
【キャピュレット】 だまれ! ブツクサとうるさいやつだ!
おまえの仲間のところへでも行ってしゃべれ!
ここには用はないぞ!
【キャピュレット夫人】 あなたはすこしのぼせていらっしゃいます。
【キャピュレット】 当たりまえだ! のぼせもしようわい!
昼も、夜も、どんな時間にも、どんな季節にも、どんな時も、働いていても、遊んでいても
ひとりでいても、人中《ひとなか》にいても、いつもわしの苦労は
この娘を結婚させてやることだった。そして今度さいわいにも
良縁があって、りっぱな生まれの婿殿が決まった。
領地もじゅうぶんあり、若くて、りっぱな教育も受けており、
人の話によれば、すばらしい才芸をその身にそなえているという、
だれが考えても申し分のないりっぱな姿をした婿殿だ。
ところが、わけのわからない、泣き虫のばか娘が、
こんなしあわせなめにあいながら、めそめそして、
「私は結婚しません……私には愛情がありません……
まだ若すぎるのです……どうかお許しくださいまし」とかってなこと言いおる。
だがな、いやならいやで、かまやせんのだ!
どこへでもかってに出てゆくがいい、この家に入れることはまかりならん。
ようく気をつけて、考えて見るんだ。わしはじょうだんは言わん人間だ!
もうじき木曜日が来る。胸に手をおいて、ようく考えて見ろ!
わしの娘なら、わしは自分が決めた婿殿におまえをやるのだ。
それがいやなら、首をくくるなり、乞食になるなり、うえ死にでも、のたれ死にでもするがいい!
けっしてわしは、そんなおまえをわしの娘とは認めはせんぞ!
また、わしの財産はビタ一文もおまえのためには使わせんぞ。
いいか、ようく考えてみるんだ。今言ったことはけっして取り消さんからそう思え!〔退場〕
【ジュリエット】 ああ、私のこの悲しみに沈んだ心の底まで見とおしてくださる
慈悲深い神様は、雲の中にもいらっしゃるのかしら?
ああ、お母様、どうか、お願い、私をお見捨てにならないで!
この結婚を一か月でも、一週間でもおくらせてください。
もし、それがいけないのなら、あのティバルトのねむっている暗いお墓を
私の結婚の新床《にいどこ》にしてくださいな。
【キャピュレット夫人】 わたしに何を言ってもむだ、わたしももう一言も言いませんよ。
好きなようにおし、もうおまえにはなんの用もありません。〔退場〕
【ジュリエット】 おお、神様、おお、乳母《ばあや》、なんとか取り止めることはできないかしら。
私の夫はこの地上に生きている。そして私の誓いは天上にあるのよ。
あの人がこの地上を去って天国にいらっしゃって、
天国からもう一度地上に私の誓いを返してくださらない以上、
どうしてそれをここに取りもどすことができて? 私をなぐさめて、相談にのってちょうだい。
ああ、なんという悲しいこと! 神様がこんな私のような弱い者に、
なぜこんなに意地悪なたくらみをなさるのかしら。
ねえ、乳母《ばあや》、どうしたの? 何か私を喜ばせてくれるようなことは言えないの?
なんとか言って私をなぐさめてよ、乳母や!
【乳母】 そうでございますね、お嬢様、
ロミオ様は追放になっておしまいになりました。そしてどんなことがあっても
お嬢様をご自分のものとなさるために、ここにお帰りになることはありませんのです。
もどっていらっしゃるにしても、こっそり内密にいらっしゃるだけのことですわ、
ですから、もうこういう事態になってしまったんでございますから、
私はお嬢様がパリス伯爵様とご結婚なさるのがいちばんいいと思います。
おお、あのかたはほんとうにすばらしいおかたでございますわ!
ロミオ様なんか、あのかたと比べましたら、雑巾《ぞうきん》同様ですわ、お嬢様、
パリス様のあのお美しい、澄んで生き生きした青いお目には
空をかける鷲《わし》もとうていおよびはいたしません。はっきり申し上げますが、
きっと、この度のご結婚でお嬢様はほんとうにおしあわせになれますわ。
前のよりはずっとすばらしうございますもの。かりにそうでないにしましても、
前のだんな様は、もうお亡くなりになりました。よしんば生きていらしても、
お嬢様のお役にはたちませんのですから、亡くなったも同然でございます。
【ジュリエット】 乳母《ばあや》、おまえ、本気でそう言ってるの?
【乳母】 もちろん本気でございますとも、
でございませんでしたら、きっとバチがあたります。
【ジュリエット】 そうなるといいんだわ!
【乳母】 なんでございますって?
【ジュリエット】 いいえ、乳母はほんとうにいいことを言ってくれたわ。
さ、行って、お母様にこう言ってちょうだい。
私はお父様のごきげんをそこねてしまったので、ロレンス神父様の庵室へ行ったって、
ざんげをしに、罪のお許しを受けに行ったとそう言ってちょうだい。
【乳母】 はい、はい、かしこまりましたとも。それでこそごりっぱでございますよ。〔退場〕
【ジュリエット】 なんてバチあたりな老いぼれ! ああ、ほんとうにおそろしい悪魔!
こんなふうに私に誓いをやぶらせようとするのが罪か、
それとも、あんなに何千回となく、途方もなくロミオをほめちぎった
その舌で、私の夫のロミオをさんざんに悪く言うのと、
どっちが大きな罪だろうか! 行っておしまい! 今までは相談相手だったけど、
これからは、おまえと私の胸とは、まったくあかの他人なのだわ!
私は神父様の所へ行こう。そして何かいい方法はないかうかがってみよう。
何もかもだめになってしまったって、死ぬことだけは私に残されているわ!〔退場〕
[#改ページ]
第四幕
第一場 ヴェローナ。托鉢僧ロレンスの庵室。
〔僧ロレンスとパリス登場〕
【ロレンス】 木曜日と言われましたな? だがこれはまた急なことですな。
【パリス】 舅《しゅうと》のキャピュレットがそう望んでいるのです。
私もそれをおくらせるほど、ぐずぐずしているわけでもありませんので。
【ロレンス】 だがまだ相手のご婦人の本心をきいてみていないと言われましたな、
どうもこれは具合のわるい話で、わしは気に入りませんな。
【パリス】 あの人はティバルトの死をとてもはげしく泣き悲しんでいるので、
まったくのところ、愛の話をすることもできなかったのです。
ヴィーナスは涙の家では笑い顔も見せませんので。
そこで、あの人の父上も、そんなひどい悲しみを放りっぱなしにしておくことは
とても危険だとお考えで、
賢明にも、われわれの結婚を大急ぎでとり決めて、
あの人の涙をせきとめようとされたわけなのです。
たったひとりで思いつめて悲しんでいるのは困ったことですが
話し相手でもいれば、まぎらされることもありましょうから、
こんなに急ぐ理由はおわかりくださったことと思います。
【ロレンス】 〔傍白〕これを遅らせなければならない理由を知らなければよかったとさえ思う。
おお、ちょうどその本人がここへやって来ました。
〔ジュリエット登場〕
【パリス】 ちょうどよいところでお会いしました、お嬢さん、そしてわたしの妻!
【ジュリエット】 私が奥様になるような時がありましたらそうなるかもしれません。
【パリス】 その「かもしれません」ことが、この木曜日には必ずそうなるのです。
【ジュリエット】 「必ず」と言われるなら、きっとそうなりますでしょう。
【ロレンス】 これはたしかに名文句だな。
【パリス】 あなたは神父様にざんげをしにまいられたのですか?
【ジュリエット】 それにお答えすれば、あなたにざんげすることになりますわ。
【パリス】 あなたが私を愛してくださることをこのかたにかくさないでください。
【ジュリエット】 あのかたを愛しておりますことを、あなたにざんげいたしましょう。
【パリス】 では、きっと、あなたが私を愛してくださることも。
【ジュリエット】 もしそれを言うとしますと、あなたの目の前で言うより、あなたのいらっしゃらないところで言うほうがずっと値打ちがありはしません?
【パリス】 かわいそうに、あなたの顔は涙ですっかりよごれている。
【ジュリエット】 涙は、そんなことで勝ったといばるわけにはゆきませんわ、
涙が顔をよごす前から、もともとひどい顔なのですわ。
【パリス】 そんなことを言って、あなたは涙よりもひどくご自分のお顔をけがすことになる。
【ジュリエット】 ほんとうのことを言っても悪口にはなりません、
私のこのことばは、面と向かって私の顔に言ったことですもの。
【パリス】 あなたのお顔はわたしのもの、それにあなたは悪口を言っている。
【ジュリエット】 そうかもしれません。私のものでないかもしれませんもの。
神父様、いまお暇でいらっしゃいましょうか?
それとも夕方のミサのときにうかがうことにしましょうか?
【ロレンス】 今ちょうど都合がいいのだ、お嬢さん、
パリスさん、ちょっとふたりだけにしてくださらんか。
【パリス】 もちろん、おつとめのお邪魔をしようなどとは思いません。
ジュリエットよ、木曜日には朝早くあなたを起こしにゆきます。
そのときまで、さようなら、この熱いキスを忘れないでいてください。〔退場〕
【ジュリエット】 ああ、戸をおしめください! そしておしめになったら、
私といっしょに泣いてくださいませ。もう希望もなければ、どうしようもありません、だめですわ!
【ロレンス】 ああ、ジュリエット、わしはおまえの悲しみはもう知っているのだ。
いろいろと考えてみたが、わしの手にもおえそうにない。
この木曜日には、どうでもあの伯爵と結婚しなければならないのだね?
なんとしても延ばすわけにはゆかないと言うのだね?
【ジュリエット】 神父様、あなたがそれを取りやめる方法を私に教えてくだされないのでしたら、
そんなことをお聞きになったなどとおっしゃらないでくださいませ。
もし、あなたのお知恵によっても、私になんの力も与えてくだされないのでしたら、
ただ私のこの決心をりっぱな分別だとおっしゃってくださいませ。
私はすぐにもこの懐剣で、始末をつけてしまいます。
神様がふたりの心を一つに、神父様がふたりの手を結んでくださいました。
そしてこの手、あなたによってロミオと結ばれたこの手が
ほかの証文に保証の印をおしたりするくらいなら
また私の真実の心がかりにも裏切りそむいて
他の人に向けられるなら、この剣が手も心も始末してしまいます。
ですから、あなたの長い間のご経験から、
すぐにも私に何かよいお知恵を与えてくださいませ、でなければ、
この血なまぐさい剣に、ここまで追いつめられた苦しい立場にある私の
審判役になってもらいましょう。あなたのご経験とお知恵によっても
どうやらまともな解決を与えていただけそうにないこの問題を、
はっきり結着をつけてもらうことにいたします。
どうか、だまっていらっしゃらないで何かおっしゃってくださいませ。
あなたが解決の方法を話してくださらないなら、いっそ死んでしまいたいのです。
【ロレンス】 お待ち、ジュリエット、みこみがないわけではない。
ただそれを実現するには、いまわれわれが防ごうとする事態が容易でないだけに
よほどの決心と非常手段を必要とするのだ。
だが、もし、パリス伯爵と結婚するくらいなら、
自殺しようというほどの強い意志をおまえがもっているなら、
それならばこのことをやってみることができるかもしれない。
この恥辱を追いはらうためには、死にも等しい決心がいるのだが、
それをのがれるためには死さえ迎えようとするおまえだからな。
もし、やってみる気があるならば、わしがその方法を教えてやろう。
【ジュリエット】 パリスと結婚するくらいなら、あの向こうの塔の
胸壁からとび降りろとお命じくださいませ、
また、盗賊の出没する道を歩けとでもお命じください。さもなければ
蛇の住んでいる場所に身をひそめておれとか、ほえたける熊とともにつながれておれとか
お命じください。さもなければ、夜な夜な納骨堂にとじこもって
死人のがたがたなる骨や、じめじめといやなにおいのする脛骨《けいこつ》や
黄色くなったあごのない頭蓋骨などにすっかり埋もれておれと命じてください。
それともまた、でき上がったばかりの新墓にはいって行って
死人といっしょにきょうかたびらの中にかくれておれとおっしゃってください。
話に聞くだけでもおそろしさに身ぶるいするようなことですけれど、
今は、不安も、疑いも持たずにやってみせます、
いとしい夫ロミオのけがれない妻として生きるためならば。
【ロレンス】 じゃ、よくお聞き。家に帰り、うれしそうな顔をして
パリスとの結婚を承諾するのだ。あすは水曜日だ。
あすの夜は、よいかな、ひとりで寝るようにするのだ。
おまえのへやに乳母をいっしょにねかせてはなりませんぞ。
そして床につくときには、この薬びんを忘れずに持って行きなさい、
そして中にはいっている薬液をすっかり飲みほすのだ。
そうすればたちまち血管の中におまえを冷たく眠らせる液がながれる、
脈搏《みゃくはく》はしぜんの動きをやめて、止まってしまうのだ。
体温も、呼吸もなくなってしまい、
生きている証拠は何一つなくなってしまう。
おまえのくちびるやほおのばら色はすっかりあせてしまい青白い灰色になる、
おまえの目の窓、まぶたも、閉じてしまうのだ、
ちょうど死が、生命の明るい光を閉じてしまうように。
からだのどの部分にも、しなやかな動きがすっかり失われて、
かたく硬直して冷たくなり、死んだようにみえてくる。
そしてこのようになえしぼんだ仮死の状態に、
四十二時間おまえはおかれることになるのだ。それから、
おまえは快い眠りからめざめるように、
よみがえることになるのだ。
さあ、朝が来て、花婿殿がおまえを起こしにくると
おまえは死んでいるというわけなのだよ。
そうすれば、この国の習慣どおりのやり方で、
代々のキャピュレット家の人たちの眠っている
あの古い墓場へおまえは運ばれてゆくことになるのだ。
もちろんその間に、おまえが目をさますそのときまでに、
わしの手紙で、ロミオはわれわれの計画を知って
ここへ来るように手はずをととのえる。そしてロミオとわしが
おまえのめざめるのを待ち、そしてその夜すぐにも
ロミオがおまえをマンチュアに連れてゆくようにするつもりだ。
そしてこれが現在の恥辱からおまえをのがれさせてくれるだろう。
変わりやすい気まぐれな心や、女々しいおそれによって、
これを実行するときに、勇気をなくすことはけっしてしてはなりませんぞ。
【ジュリエット】 さあ、早くそれをくださいませ! おそれなどとんでもございません!
【ロレンス】 よし、さあお行き、この決心をしっかり胸にいだいて、
うまくやりおおせるのですぞ。わしは仲間の僧に
ロミオヘの手紙を持たせてすぐにもマンチュアに行かせるとしよう。
【ジュリエット】 愛よ、どうぞ私に力を与えておくれ! そして強い力が実行を助けてくれるでしょう。
さようなら、神父様!〔両人退場〕
[#改ページ]
第二場 キャピュレット家の広間。
〔キャピュレット夫妻、乳母、ふたりの召使い登場〕
【キャピュレット】 ここに書いてあるだけのお客をお招きしてこい。〔召使い一退場〕
おい、おまえは大勢の腕のいい料理人をやとってこい。
【召使い二】 まずいやつなんかやといはしませんよ、だんな様、まず指がなめられるかどうか試してから連れて来ますから。
【キャピュレット】 どうしてそんなことを試すのかね?
【召使い二】 だってだんな様、自分の指をなめることのできないやつは、へたな料理人ていうじゃありませんか。だから指をなめられないようなやつは連れて来たりはしません。
【キャピュレット】 よし、じゃ行ってこい。〔召使い二退場〕
今度はどうも準備が行きとどかないところが多いようだな。
ところで、娘はロレンス神父のところへ行ったんだって?
【乳母】 はい、さようでございます。
【キャピュレット】 そうか、神父がなんとかすこしは娘を言いきかせてくれるかもしれんな。
言うことをきかないわがまま娘だな、まったく。
【乳母】 ごらんなさいませ、お嬢様が、あんなに晴れ晴れしたお顔でもどっていらっしゃいました。
〔ジュリエット登場〕
【キャピュレット】 これ、どうだ、強情娘が! どこをうろつき回っていた?
【ジュリエット】 お父様のお言いつけにそむいたりして
かってなわがままを申しあげました罪を
後悔することを教えていただきました、
ロレンス神父様のおさとしでは今ここにひざまずいて
お父様のお許しを願えとのことでございました。どうぞ私をお許しくださいませ!
これからはけっして言いつけにそむいたりはいたしません。
【キャピュレット】 よし、すぐ伯爵のところへ使いをやって、こう伝えるのだ、
明日の朝にでもこの結婚の約束を固めたいと思うと。
【ジュリエット】 パリス様には神父様の庵室でおめにかかりました。
そして慎しみの限度を起さないかぎりで、
できるだけ私の愛情の真心をお伝えしたつもりでございます。
【キャピュレット】 おお、それはよかった、けっこうだった、さあお立ち。
そうでなくてはならない。伯爵に会おう。
そうだ、おい、伯爵をここへ連れて来てくれ。
ほんとうに、あのりっぱな神父さんには、
この町じゅうみんながお世話になっている。ありがたいことだ。
【ジュリエット】 乳母《ばあや》、私といっしょにへやまで来てちょうだい。
あす身につける必要な飾り物を、おまえも手伝ってどれがよいか選んでほしいの。
【キャピュレット夫人】 いえ、それは木曜日でじゅうぶんまに合います、まだ暇はいくらでもあります。
【キャピュレット】 乳母、いっしょに行ってやれ、あすは教会に行くのだ。〔ジュリエットと乳母退場〕
【キャピュレット夫人】 おもてなしの準備がまに合いませんわ。
もうすぐ日が暮れますもの。
【キャピュレット】 なに、わしが働いてやるよ。
だいじょうぶ、万事うまく行くから、心配するな。
ジュリエットのところへ行ってやれ、着付けの手伝いでもしてやれ。
わしは今夜はずっと起きているつもりだから放っておいてくれ。
今度だけは、わしが主婦のかわりに働いてやろう。おい!
皆出はらってしまったとみえる。よし、わしが自分で出向いて
パリス伯爵のところへゆき、あすのための準備をするよう
指図してこよう。わしの心はふしぎなほど軽くなった、
あのわがまま娘が、すっかり心を入れかえてくれたからだ。〔両人退場〕
[#改ページ]
第三場 ジュリエットのへや。
〔ジュリエットと乳母登場〕
【ジュリエット】 そう、その着物がいちばんいいわね。でも乳母《ばあや》、
お願いだから今夜は私をひとりきりにしといてね。
だって、乳母もよく知ってるけど、この心のねじけた、罪深い私は、
神様が許してしあわせをくださるようにお願いするためには、
たくさんお祈りをしなくてはならないのですもの。
〔キャピュレット夫人登場〕
【キャピュレット夫人】 どう、忙しいのじゃなくて? 手伝ってあげましょうか?
【ジュリエット】 いいえ、お母様、あすのお式に必要なものは、
もうみんなより出しましたわ。ですから、お母様、
今夜はどうぞ私を一人きりにさせておいてくださいな。
乳母は今夜はお母様のところでいっしょにおきているようにしてくださいな。
だって、こんなに急に決まったことですもの、お母様のほうだって、
きっと手いっぱいでお忙しいでしょうから。
【キャピュレット夫人】 じゃ、おやすみ、
早くお床にはいってやすむんですよ、やすまなくちゃいけませんよ。〔キャピュレット夫人と乳母退場〕
【ジュリエット】 さようなら! いつまたお会いできることやら。
なんだか気が遠くなりそうな、冷たい不安が、血管の中をかけめぐって、
生命の熱までほとんど完全に凍らせてしまいそうな気がする。
もう一度お母様たちを呼んで、なぐさめていただこうかしら。
乳母《ばあや》! でもここで乳母に何ができるというの?
このおそろしい一場はどうあっても、私ひとりで演じなければならないのだわ。
さあ、薬のびんよ!
でも、もしこの薬のききめがぜんぜんなかったらどうしよう?
そうしたらあすの朝、どうでも結婚したくてはならないのだろうか?
いえ、いえ、これがそうはさせないわ! おまえはそこにおいで!〔懐剣を下におく〕
だけど、もしこれが毒薬だったらどうしよう? 神父様が
私とロミオとを前に結婚させたということのために、
今度のこの結婚で不名誉なめに会われるのをきらって、
そっと私を殺してしまおうとたくらんでおられるのだったら?
そうかもしれない。いえ、そんなことがあるはずがないわ、
神父様は、いつもりっぱな聖者ときまっているのですもの。
もしも、私がお墓の中に入れられてしまって、
ロミオが私を助けに来てくれるより前に目がさめたら、
いったいどうしたらよいのだろう? それを考えるとほんとうにおそろしい。
そうなったら、お墓の中で私は窒息してしまいはしないかしら、
お墓の不浄な口の中には、きれいな空気は通わないというわ、
そこで私のロミオが来てくれる前に息がつまって死んでしまいはしないかしら?
もしかりに生きていたとしても、
死と夜のおそろしい思い、
それに墓場というだけでもおそろしいその場所……
とにかく、古い古い墓場だから、おそろしいのは当然だけど、
あのお墓には何百年もの間の先祖代々の、
死んだ人たちの骨が入れられているのですもの、
そしてまたまだ埋められたばかりの、血まみれのティバルトも
きょうかたびらをきてくさりかかっている。そして人のうわさによれば、
夜のある時刻になると、そこには亡霊が集まってくるとか、
ああ。おそろしい、どうしたらよいのだろうか。もし私が
早くめざめてしまったら、一つにはあのいやな悪臭と、
また土から根こそぎにされる曼陀羅華《まんだらげ》のような悲鳴で……
それを聞くと生きてる人間も、そのまま気狂いになるという……
そんな悲鳴で私が目をさましたら、私はそのまま気が狂ってしまうのではないかしら?
まわりじゅう、こんなにひどくおそろしいものに取り囲まれているのだもの。
そして狂気のあまり、先祖の骨をおもちゃにしたり、
きられたティバルトをきょうかたびらから引きずり出しはしないだろうか?
そして狂気のあまり、だれか偉い先祖の骨を手に持って、
まるで棍棒《こんぼう》ででも打つかのように、自分の狂った頭を打ちくだきはしないだろうか?
おお、そう言えば、あそこにティバルトの亡霊が、
剣の先で突き殺した敵のロミオを捜してうろついている!
ああ、ティバルト! 待って、待ってといったら!
ロミオ! 私も行きます! あなたのためにこれを飲みます。〔薬を飲みカーテンのかげの彼女の寝台の上に倒れる〕
[#改ページ]
第四場 キャピュレット家の広間。
〔キャピュレット夫人と乳母登場〕
【キャピュレット夫人】 乳母、この鍵を持って行って、もっと香料を取って来ておくれ!
【乳母】 お台所ではなつめとかりんがほしいと言っております。
〔キャピュレット登場〕
【キャピュレット】 さあ、働け、働け! 二番鶏もないたぞ!
明けの鐘もなったぞ! もう三時だ!
パイはよく吟味してくれよ、アンジェリカ!
費用なんかけちけちするな!
【乳母】 まあ、おせっかいなだんな様ですこと、
さあ、さあ、おやすみなさいませ。こんなに夜明かしなさいますと
あすおからだにさわりますといけません。
【キャピュレット】 なに? そんなことはあるもんか! 今までにもいくらでも
もっとつまらんことで夜明かししたことはあるぞ! でもなんともなかったわい!
【キャピュレット夫人】 そう、そう、お若いときには、よくねずみ狩りをなさいましたっけ。
でもそんな夜明かしはけっしてもうさせませんよ。私がちゃんと見張っておりますよ。〔キャピュレット夫人と乳母退場〕
【キャピュレット】 やれやれ、やきもちやきだな!
〔三、四人の召使い、焼串《やきぐし》・薪《まき》・籠を持って登場〕
おい、おい! なんだ、それは?
【召使い一】 コックが入用だと申しますので、へい、だんな様、でもなんだかぞんじませんが。
【キャピュレット】 急いだ、急いだ!〔召使い一退場〕おい、こら、もっとかわいた薪を持ってこい!
ピーターを呼べ! 場所はあいつが知っているはずだ。
【召使い二】 私でも、だんな様、薪を見つけるくらいの頭は持っております、
ですから何もピーターのせわにはなりませんでも。〔退場〕
【キャピュレット】 なるほど、言いおったな、おもしろいやつだな。
おまえのはさしずめ薪頭《まきあたま》というところかな、おや、こりゃたいへん、夜が明けたぞ。
もうすぐ伯爵が楽隊を連れてやってくるわい。
なんでもそんなこと言っていたからな。あ、もうそこまで来てるぞ!〔舞台裏で音楽〕
乳母! それからおまえもだ! おい! 乳母! どうした!
〔乳母ふたたび登場〕
ジュリエットを起こして、着がえをさせてやってくれ。
わしはパリス殿のところへ行って話し相手になっているから、さあ、大急ぎだ!
急いでくれ! 花婿殿がもうご入来だ!
急いでくれと言っとるではないか!〔退場〕
[#改ページ]
第五場 ジュリエットのへや。
〔乳母登場〕
【乳母】 お嬢様! もし、お嬢様! ジュリエット様! まあ、すっかりよくおやすみになって。
もし、お嬢さま! お嬢さま! なんてお寝坊さんなんでしょう!
もし、お嬢様ってば! お嬢様! いとしいお方! 花嫁様!
おや、ひと君もおっしゃいませんね、ええ、ええ、ちょっとでもよけいおやすみなさいませ、
一週間分でもおやすみなさいませ、今夜になれば
パリス様がきっとすっかりはりきっておしまいになって、
お嬢様をほとんど眠らせてはくださいませんでしょうからね。まあなんてこと!
ほんとうに、なんてぐっすりおやすみになっていらっしゃること!
これじゃどうしてもお起こししなくては。お嬢様、お嬢様、お嬢様!
そう、いっそ伯爵様に寝床でお会いになればいいんですわ!
そうすればきっとびっくりしておめざめ。ほんとにそうでしょう?〔カーテンを引く〕
おや、まあ、晴れ着をお召しになったままで? お着付けなさってからまたおやすみに?
どうしてもお起こししなくては。お嬢様、お嬢様、お嬢様!
まあ、これは、たいへん、だれか来て! お嬢様が死んでいらっしゃいます!
ああ、なんということでしょう、なんてなさけない!
早く気つけ薬のお酒を! だんな様! 奥様!
〔キャピュレット夫人登場〕
【キャピュレット夫人】 何をさわいでいるの?
【乳母】 おお、何と悲しいことでございましょう!
【キャピュレット夫人】 どうしたというの?
【乳母】 ごらんなさいませ、あれを! おお、なさけない!
【キャピュレット夫人】 あっ、まあ、なんということ! ジュリエット! 私のジュリエット!
生きかえっておくれ! 目をあけておくれ! でないとわたしも死んでしまうわ!
だれかきて! 大変です! 助けを呼んでおくれ!
〔キャピュレット登場〕
【キャピュレット】 どうしたというのだ、早くジュリエットを連れてこないか! 花婿殿が来ておられる。
【乳母】 お嬢様はおなくなりに、おなりになりました! ああ、なさけない!
【キャピュレット夫人】 ああ、どうしましょう、娘は死にました、死んでしまいました。
【キャピュレット】 なんだと? わしに見せろ! おお、なんということだ! 冷たくなっている!
血はとどこおってしまい、手足の関節はこわばってしまっている。
このくちびるから、もうとうに生命がなくなってしまったのだ。
死がこの子の上に横たわっている。野原の中でも
ひときわ美しい花に時ならぬ霜が降りたように!
【乳母】 ああ、なんと悲しいこと!
【キャピュレット夫人】 ああ、なさけない!
【キャピュレット】 娘をここからつれ去ってしまった死神がわしを泣かせはするが、
わしの舌をしばってしまって、物も言わせないではないか!
〔托鉢僧ロレンスとパリス、楽師たちとともに登場〕
【ロレンス】 さあ、花嫁の教会行きのしたくはととのいましたかな?
【キャピュレット】 したくはできましたが、ただ二度と帰らぬ旅のしたくです。
おお、婿殿! 時もあろうに婚礼の前夜、
死神があなたの妻と添いぶししてしまいました。ごらんなさい、
花のように美しいあの子が、死神につみとられてしまいました。
今では死神が私の花婿、死神がわたしのあとつぎです、
死神が娘を妻にしてしまいました。わたしが死ねば、
すべては彼のもの、生命も財産も何もかも死神のものです!
【パリス】 私はけさが来るのを長い間どんなにか待ちわびていました。
そしてこんな光景を目のあたり見ましょうとは!
【キャピュレット夫人】 なんというのろわしい、不幸な、みじめな、にくらしい日でしょうか!
時がめぐりめぐって行くその遍歴の苦しみの中で、
こんなにもみじめなひとときがまたとあり得たでしょうか?
たったひとりの、かわいそうな子、かわいそうに、たったひとりの娘だったのに!
喜びとも、なぐさめとも思っていた、ただひとりのいとしい娘を、
残酷な死神が私のところからうばい去ってしまいました!
【乳母】 ああ、なさけない! なんて悲しい、悲しいことでございましょう!
こんな悲しい日、こんななさけない日がまたとございましょうか!
私はこんな悲しいめについぞ会ったことはないと思います! ああ、なさけない!
ああ、きょうという日、ああ、なさけない、こんな悲しいめに会おうとは!
こんな暗い、のろわしい日がいまだかつてあっただろうか!
おお、悲しい、なさけない!
【パリス】 だまされ、引きさかれ、はずかしめられ、軽蔑され、殺されてしまった!
おお、憎むべき死神よ! おまえにだまされたのだ!
むごい、むごたらしいおまえにすっかりこわされてしまったのだ!
おお、恋人よ! わが生命よ! もう生命とてもなく、死んでしまった恋人よ!
【キャピュレット】 さげすまれ、苦しめられ、にくまれ、迫害され、殺されてしまった!
なさけしらずの時よ! なぜおまえはここに来て、
われわれの晴れのこの日を台なしにし、殺してしまったのか!
おお、娘よ、娘よ! いや娘ではない、わしの魂よ!
おまえは死んでしまった。ああ、娘は死んでしまった。
そしてわしの娘とともに、わしの喜びも埋もれてしまった!
【ロレンス】 さあ、どうか、お静かになさってください。いくらそのように騒いでも
この不幸を救う道はありません。この美しい娘御は
天とあなたの共有物だったのです。そして今すっかり天のものになったのです。
そして娘御にとってはそれがかえってしあわせなのです。
娘御の中のあなたの分け前を死から守ることはできません、
しかし天は、その分け前に永遠の生命を与えることができるのです。
あなたが最も望んだのは、この娘御にりっぱな身分を与えることでした、
娘御が出世なさることが、あなたの天国にものぼる喜びでした。
そのあなたが、今、娘御が雲の上はるかに、天国の高みにまで
昇ってゆかれるのを見て、なぜおなげきになるのですか?
娘御が安らかに昇天されたのを見ながら、気も狂わんばかりのお振舞、
こんな愛情は、ほんとうに愛しているとは申せません。
長く結婚生活を続ける女が幸福な結婚をしたとは言えません。
結婚して若くて死ぬ者が、もっとも幸福な結婚をしたと言えるでしょう。
さあ、涙をおふきなさい。そしてこの美しい遺骸《なきがら》に
まんねんろうの花を飾っておあげなさい。そして世の中のしきたりどおりに、
美しい晴れ着をきせて、教会にお送りなさい。
とかく愚かな人情が、われわれをなげかずにはいられなくさせますが、
情に流される涙は、理性から見ればまこと笑い草なのです。
【キャピュレット】 祝宴のために準備しておいたすべてのものは、
そのまま不吉な葬式のためにその役割を果たすことになるのだ。
祝いの楽器はゆううつな鐘の音に、
婚礼の饗宴は、悲しい葬式の宴に、
おごそかな讃美歌は、陰気なとむらいの歌に変わり、
花嫁の新床を飾る花は、遺骸を葬る花に使われるのだ。
そしてなにもかも、すべてが、さかさまに変わってしまうのだ。
【ロレンス】 さあ、奥へおはいりなさい、奥様、あなたもごいっしょに。
さあ、パリス殿も行かれるがよい。さあ皆さんがた、
この美しい遺骸を墓へ送る用意をしてください。
おそらく何か悪いことをされたので、神がお怒りになっているのだ。
このうえ神の意志にさからって、さらにお怒りを招かれないようになさるがよい。〔キャピュレット、キャピュレット夫人、パリス、僧ロレンス退場〕
【楽師一】 さあ、わたしたちは笛をしまって、おいとまするとしよう。
【乳母】 ええ、ええ、皆さん、どうか、しまってください。
ごらんのとおり、なんとも残念なことになってしまいました。〔退場〕
【楽師一】 ああ、ほんとうに、笛の袋は、作り直しがきくのですがね。
〔ピーター登場〕
【ピーター】 さて、楽師さんたち、皆さん、『心のいこい、心のいこい』を頼むぜ。もしおれに元気だせって言うんなら『心のいこい』をやってくれ。
【楽師一】 なぜ『心のいこい』をご所望かね?
【ピーター】 ああ、楽師さんたち、あっしの心はもう『わが心は悲しみにみちて』なんてやつはちゃんとやってらあね。だからよ、あっしを元気づけるために、何か陽気なやつをしんみりとやってもらいたいね。
【楽師一】 そいつはごめんこうむりたい。第一、今は音楽どころじゃないからね。
【ピーター】 じゃ、いやだと言うんだな?
【楽師一】 いやだね。
【ピーター】 じゃ一つ、ガーンとくれてやろうか?
【楽師一】 何をくれると言うんだね?
【ピーター】 おっと、金じゃないぜ。悪口だ。おれはおまえたちを旅芸人とよんでやるぞ。
【楽師一】 じゃ、おまえさんのことを下郎とよんでやろう。
【ピーター】 それじゃ、下郎の短刀で、おまえさんの脳天にガツンと一つお見舞いしてやろうか。こんな気まぐれのじょうだんなんか真っ平だ。おまえにレをつけてやる、ファをつけてやるぜ? おい、聞いてるかい?
【楽師一】 おまえがおれたちにレをつけたり、ファをつけたりする? いやに調子がいいじゃないか。
【楽師二】 どうか短刀はしまって、知恵のほうを出してくれよ。
【ピーター】 じゃ知恵で一つやっつけてやるぞ! おれの鉄のような知恵で、おまえを完全に打ちのめしてやるぞ。鉄の短刀はしまうとするか。さあ、男らしく答えろ!
[#ここから1字下げ]
はげしき悲しみに胸は傷つき、
暗きゆううつは心に重くのしかかるとき、
音楽は白銀《しろがね》の調べもて……
[#ここで字下げ終わり]
なぜ「白銀の調べ」なんだ? なぜ「音楽は白銀の調べもて……」なんだ? さあ返答しろ、サイモン・キャドリング!
【楽師一】 そりゃ、銀はいい音を出すからさ。
【ピーター】 うまいぞ! おまえはどうだ、ヒュー・レベック!
【楽師二】 つまりね、「白銀の調べ」ってのはね、楽師ってものが銀貨のために音を出すものだからさ。
【ピーター】 こいつもうまいぞ! さあおまえは? ジェイムズ・サウンドポスト!
【楽師三】 おれはなんて言ったらいいかわからないや。
【ピーター】 おっと、こいつあ失礼、おまえさんは歌うたいだったね、おれがかわって言ってやろう。楽師はいくら音をならしても金貨にゃありつけないんで、「音楽は白銀の調べもて」ってわけなのさ!
[#ここから1字下げ]
音楽は白銀の調べもて
たちまちに心の憂さをいやすなり。〔退場〕
[#ここで字下げ終わり]
【楽師一】 あいつはなんていまいましい野郎だ!
【楽師二】 あんなやつは、くたばってしまえ! さあ、おれたちも奥へはいって、会葬者が来るまで待って、ごちそうにありつくとしようぜ!〔一同退場〕
[#改ページ]
第五幕
第一場 マンチュア。街上。
〔ロミオ登場〕
【ロミオ】 もし夢のうれしい物語をそのまま真実と信じられるものなら、
おれの夢は、何かよいしらせのある前ぶれだ。
わが胸の主《ぬし》、わが恋はその王座に軽やかに坐し、
きょうのこの日、いつにないうれしい気持ちにみちて、
おれを心のときめきで、足も地につかぬ思いにさせた。
おれは、ジュリエットがここに来ておれが死んでいるのを見つけた夢を見た……
おかしな夢だ、死んだ人間が物を考えることができるなんて……
あの人は幾度となく、おれのくちびるに接吻をして、生命の息ぶきを吹きこんでくれた。
おかげでおれは生きかえり、皇帝になった。
ああ、恋というものは、その影だけでもこんなに喜びにあふれるもの、
まことの恋のとげられるそのときの喜びはいかばかりであろうか!
〔バルサザー長靴をはいた姿で登場〕
ヴェローナからの便りだ! どうだ、バルサザー!
神父様の便りは持ってこなかったのか?
あの人はどうしている? 父上はお元気か?
ジュリエットはどうしている? もう一度きくが……
もしあの人さえ無事でいてくれれば、何一つ悪いことはあり得ないからね。
【バルサザー】 では、あのおかたはご無事、そして何一つ悪いことなどございません。
あのおかたのご遺骸はキャピュレット家のお墓に眠っていらっしゃいますし、
あのおかたの不死の魂は天使たちとごいっしょに暮らしておられます。
私はあのおかたがご一家のお墓深く葬られるのを見てまいりました。
そして、すぐに、大急ぎでお知らせにまいったのでございます。
おお、こんな悪い知らせをもってまいりましたことをお許しください、
若だんな様がお言いつけになりました私のお役目でございますので。
【ロミオ】 ほんとうにそうなんだな? それならば、星よ、もうおまえなんか信ずるものか!
おまえはおれの宿を知っているだろう? インキと紙をもって来てくれ、
それから早馬をやとって来てくれ、おれは今夜ここをたつのだ。
【バルサザー】 どうぞお願いでございます、落ち着いてくださいまし、
ひどくお顔色が青ざめて、ただならぬご様子、何か不幸なことが
起こらなければよいがとぞんじます。
【ロミオ】 ばかな、それは見当ちがいだ!
おれを放っといてくれ、そして言われたとおりにするのだ。
神父様からの手紙は持って来なかったのだね?
【バルサザー】 持ってまいりませんでした。
【ロミオ】 じゃ、いい、行ってくれ。
馬をやとっておいてくれよ。おれもすぐゆく。〔バルサザー退場〕
おお、ジュリエット! 今宵《こよい》は必ず、あなたとともにやすもう。
ただ、その方法を捜さなければ。おお、わざわいよ、おまえはこんなにすばやく、
絶望的になった男の心の中へはいって来てしまったのか!
そう言えば、薬屋がいたな……
このあたりに住んでいたはずだ……ついこのあいだも、
ボロボロの着物をきて、モサモサした眉をしかめながら
薬草をつんでいたのをおれは見かけた。あの男の顔はやつれ、
ひどい貧苦に骨と皮ばかりにやせおとろえていた。
そして彼のまずしい店先には、海がめの甲がぶら下がっていた。
剥製の鰐《わに》や、その他異様なかっこうをした魚類の
皮などもさがっていた。そして、棚のあたりには、
わずかばかりのからっぽの箱がならべてあって、
緑色の土のつぼや、膀胱《ぼうこう》や、カビだらけの種子など、
荷造りひもの切れっぱしや、古くなったバラの花の香料などが、
ほんの見せかけだけに、まばらに散らばっているだけ。
この貧しさを見て、おれは考えた。
「もし、だれかが、今すぐに毒薬を必要とするとしたら……
毒薬を売ることは、このマンチュアでは死刑になるのだそうだが……
この貧乏なおやじはきっとこれを売ってくれるだろう」と。
おお、こんなことを考えるとは、虫が知らせたというものか、
そうだ、この貧しい薬屋になんとか売ってもらおう。
おれの記憶が正しければ、たしかこの家だった。
きょうは休みらしく、このみすぼらしい店はしまっているな。
おーい、薬屋さん!
〔薬剤師登場〕
【薬剤師】 だれだな? そんな大声で呼ぶのは?
【ロミオ】 ちょっと出て来てくれ! 見たところおまえは金に困っているようだな。
さあ、ここに四十ダカットある。これをやるからそのかわり
すこしばかり毒薬を調合してくれ。飲めばすぐにききめをあらわすやつをくれ、
それを飲むとたちまち毒が血管全部にゆきわたって、
生きるのにあきあきしたこのおれがすぐにも死んでしまえるような、
そして、ちょうど、すぐ発火する火薬が、はげしく、
おそろしい大砲の腹からたちまち飛び出すように、
肉体から呼吸がまたたく間に絶えてしまうようなやつをくれ。
【薬剤師】 そういう毒薬を持ち合わせてはおりますが、このマンチュアでは、
それを売る者は死刑になるという法律《おきて》ですので……
【ロミオ】 おまえはこんなに無一物で、みじめな生活をしていながら
死ぬのがこわいのか? おまえのほおには飢えが、
おまえの目には貧困と悲惨とがガツガツとあらわれてるじゃないか、
侮蔑《ぶべつ》と困窮がおまえの背中にぶらさがっているじゃないか。
世の中も、世の中の法律も、おまえの味方じゃないんだぞ。
世の中はおまえを金持ちにするような法律をつくってはくれないんだ。
だから貧乏なんかにおさらばして、法律なんか破っちまって、この金を受け取れよ。
【薬剤師】 私の意志ではありませんが、私の貧乏がそれをいただきます。
【ロミオ】 おれはおまえの貧乏に支払ってやるんだ。おまえの意志なんかどうでもいいんだ。
【薬剤師】 この薬をお好きな飲み物の中にお入れになり、
そしてぐっと飲みほすのです。そうすれば、たとえあなたが二十人力であろうとも、
たちまち往生することまちがいなしです。
【ロミオ】 さあ、ここに金貨がある。もっとも人間の魂にはこいつのほうがもっと悪い毒だ。
おまえが売ることを許されないこのけちくさい毒薬などより、
こいつのほうが、このいまわしい世の中ではもっともっと殺人をおかすのだ。
だから毒を売るのはこのおれで、おまえは毒なんか売りやしないのさ。
さようなら。食べ物でも買って、すこしは肥るようにしろよ。
さあ、毒薬よ、いや、むしろ気つけ薬といったほうがいいかな、おれといっしょに
ジュリエットの墓へ行ってくれ。そこでおまえをぜひとも使わなくてはならないのだ。〔両人退場〕
[#改ページ]
第二場 托鉢僧ロレンスの庵室。
〔托鉢僧ジョン登場〕
【ジョン】 フランシス派のロレンスさん! もし、神父さん!
【ロレンス】 あれはたしかにジョン神父の声にちがいない。
マンチュアから帰って来られたな。ごくろう、してロミオはなんと言いました?
それとも手紙をよこしたのなら、それを早く見せてください。
【ジョン】 ところが、じつは仲間をひとり捜そうと思いまして、
ちょうどわれわれの宗派のものが、病人を見舞いにこの町に来ていたのを
捜し当てたまではよかったのですが、
あいにくと町の疫病検査官が、われわれふたりが
おそろしい伝染病患者の出たその家にい合わせたという疑いで
戸口を封印してしまい、われわれにはいっさい外へ出ることを
禁止してしまったのです。そんなわけで足止めされて、
マンチュアに行くのがすっかりおくれてしまいました。
【ロレンス】 じゃだれが手紙をロミオの所へ届けてくれたのですか?
【ジョン】 さ、それが届けられなかったので……今ここに持っているのですが……
だれもかれもが伝染をこわがるものですから、
あなたにお返ししようにも使いを見つけることができなかったのです。
【ロレンス】 おお、なんという運の悪いことだ! じつを言うと、
あの手紙はただの便りではなくて、たいへん重要な用件が
書いてあったのです。あれをそのまま捨てておくと、
とても危険なことが起こるかもしれないのです。ジョン神父、すぐ行って、
かなてこを一つ求め、大急ぎでそれを
わたしの庵室に届けてください。
【ジョン】 ではさっそく持って来ましょう。〔退場〕
【ロレンス】 さあ、わしはひとりで墓場へ行ってみなければならぬ。
この三時間以内にジュリエットが目をさますはずだ、
もしこのことがロミオに知らせてないとわかったら、
さぞジュリエットはわたしをうらむだろう。
とにかくわしはもう一度マンチュアに手紙をやって、
ロミオが来るまで、ジュリエットはわしの庵室においておくことにしよう。
かわいそうに、死人の墓に閉じこめられて、生きた屍《しかばね》だ!〔退場〕
[#改ページ]
第三場 墓地。キャピュレット家の墓場。
〔パリスと小姓、松明をもって登場〕
【パリス】 その松明をよこせ。おまえはあっちに行っていてくれ。
いや、やっぱり松明は消したほうがよい。人には見られたくないからな。
向こうのいちいの木の下に、横になって、
このうつろな大地にぴったり耳をつけているのだ。
墓を掘り起こしたあとで、地面がゆるんで、やわらかくなっているから、
だれかが、この墓地を歩いているとしたら、おまえの耳に
その足音が聞こえぬはずはない。聞こえたら口笛を吹け。
何者かが近づいてくることを知らせる合図だ。
その花をおれによこせ。言われたとおりにするんだぞ。
【小姓】 〔傍白〕こんな墓地にたったひとりでいるのは、
どうもこわくてしかたがない。でも思いきってやってみよう。〔陰に退く〕
【パリス】 美しい花のおとめよ、あなたの花嫁の床に花をまいてあげよう……
おお、かわいそうに、あなたの天蓋は土と石ではないか……。
せめてわたしが毎夜、かぐわしい水でしめらせてあげよう、
さもなければ、なげきで蒸溜された涙の露をそそいであげよう。
わたしがあなたのためにしてあげる葬いのしごとは、
夜ごとにあなたの墓に花をまき、そして泣くことなのだ。〔小姓、口笛を吹く〕
だれかくるらしいぞ、あいつが合図している。
何者だろう、今宵こんなところにいまいましくもやって来て、
わたしの葬いの手向けと愛の儀式の邪魔をしようとするのは?
おや、松明を持っているぞ! 夜の闇よ、しばらくわたしを包んでいてくれ。〔陰に退く〕
〔ロミオとバルサザー、松明、つるはしなどを持って登場〕
【ロミオ】 そのつるはしとかなてこをよこせ!
おい、この手紙を持ってゆけ、あすの朝早く、
必ずそれを父上にお渡ししてくれよ。
明りをくれ、それからこれだけは言っておくが、
どんな物音をきいても、何を見ても、近よらないでくれ、
おれのすることに手出しをしてはならないぞ。
おれがこの死の床におりてゆく理由は、
一つにはジュリエットの顔を見るためなのだ。
だがもっとたいせつな目的は、死んだあの人の指から
貴い指輪を抜き取るためだ、その指輪をおれは
たいせつな用に使わなければならないのだ。だから、あっちへ行っててくれ。
だが、もしおまえがあやしんで、ここへもどって来て、
これ以上おれのすることをのぞき見したりしたら、
それこそ、おれはおまえを八つざきにして、
この飢えた墓地におまえの手足をばらまいてやるぞ。
時刻もこの夜ふけ、おれの意図もあれすさび、
飢えた虎や、荒れ狂う大海よりも、
もっと兇暴に、もっと残忍になっているのだ。
【バルサザー】 ではあちらへまいります。けっしてお邪魔などいたしません。
【ロミオ】 それでこそ主人おもいというものだ。
さあ、これをとってくれ。〔金を渡す〕たっしゃで暮らせよ。じゃ、さようなら。
【バルサザー】 〔傍白〕ああは言われたものの、どこかこのへんに隠れていよう。
どうもお顔色がただごとでない。何をされるか気がかりでならない。〔陰へ退く〕
【ロミオ】 おお、いまわしい胃の腑《ふ》よ! 死をはらむ胎《はら》よ!
おまえはもっとも貴い土くれをのみ込んでしまったが、
今、おれは力づくで、おまえのくさった口をこじあけて、
そして面《つら》あてに、もっと多くの食べ物をつめこんでやるぞ。〔墓の扉を開ける〕
【パリス】 あれは、追放されたはずの傲慢なモンタギューだ。
おれの恋人の従兄を殺したやつだ。その悲しみのために、
ジュリエットは死んでしまったと思われているのだ。
あいつはここに来て、今また遺骸にまでも、
いまわしい侮辱を加えようとしている。引っ捕えてやるぞ。〔進み出る〕
やい、悪党のモンタギューめ! 神を冒涜《ぼうとく》するようなことはやめろ!
殺した上に、まだ復しゅうを続けようというのか?
罰当たりの悪党め! おれはおまえを逮捕する。
おれの命令に従って、おれについて来い。生かしてはおけんやつだ!
【ロミオ】 いかにもぼくは生きてはいられぬ身だ。だからここに来たのだ。
きみもりっぱな若者だ。どうか自暴自棄になっている者をこれ以上怒らせないでくれ。
ここから立ち去って、ぼくのことは放っておいてくれ。死んだ人たちのことを考えてくれ。
そして少しは怖がるといい。ねえ、きみ、お願いだ、
ぼくをこれ以上怒らせて、また別の罪を、
これ以上ぼくに重ねさせないでくれたまえ。お願いだから行ってくれ!
きみに誓って言うが、ぼくはぼく自身よりもきみを愛しているのだ。
ぼくはここへ、自殺するつもりでやって来たのだ。
ぐずぐずしないで行ってくれたまえ。生きながらえて、あとでこう言ってくれ、
狂人の慈悲がきみに逃げることを命じたのだと。
【パリス】 おまえのそんな願いを誰がきくものか!
重罪人として、今ここでおまえを引っ捕えてやる。
【ロミオ】 ぼくを怒らすつもりか? じゃ行くぞ! こぞうっ子め!〔両人、きり合う〕
【小姓】 おお、ふたりできり合いをはじめた! 夜警を呼んで来よう!
【パリス】 ああ、やられた!〔倒れる〕もしおまえに慈悲があるなら、
墓を開いて、ジュリエットのそばにおれを葬ってくれ。〔死ぬ〕
【ロミオ】 よし、引き受けたぞ。だがまず顔をよく見てやろう。
あ、これは、マーキューシオの身内のパリス伯爵じゃないか!
馬で来る途中、心が乱れていたので、よく聞いていなかったが、
バルサザーのやつがなんとか言っていたな? たしか、
パリスがジュリエットと結婚するはずだと言っていた。
そうじゃなかったかな? それともそんな夢をみていたのかな?
それとも、おれは気が狂って、あいつがジュリエットのことを話したので、
てっきりそうだと思いこんでしまったのかな? おお、どうかきみの手を、パリス!
きみもぼくとともに、みじめな不幸の名簿にその名を連ねているのだ!
ぼくはきみを、必ず、栄光の墓の中に葬ってやるぞ!
墓だって? いや、ちがう、これは明るい頂塔《ランタン》だ!
ほら、ここにはジュリエットが眠っている。その美しさは、
この納骨堂を光り輝く饗宴の広間にしている。
さあ、死よ、そこに眠れ、埋葬するのも死人の手なのだ!〔パリスを墓の中に横たえる〕
人間が死に直面すると、かえって心が楽しくなることが
しばしばあると言う。こんな状態を、看護《みとり》する人々は、
死ぬ前のひらめきと呼んでいる。おお、しかしこれをどうして
ひらめきと呼ぶことができようか? おお、わが恋人! わが妻よ!
蜜のようにあまいおまえの息を吸い取ってしまった死も、
まだおまえの美しさを破壊することはできずにいるのだ!
おまえはまだ征服されてはいない。美の旗じるしが、
まだおまえのくちびるや、ほおに、紅《くれない》の色を見せ、
死の青ざめた旗は、まだここまで進んで来てはいない。
ティバルト、おまえも血にまみれたままで、そこに横たわっているのか?
ああ、君の青春を真っ二つに切り裂いたこの同じ手で、
その敵であるぼく自身の若さを切り裂いてやるが、
これ以上の好意をぼくはきみに示すことができるだろうか?
許してくれ、ティバルト、ああ、美《うるわ》しのジュリエット!
なぜきみは今もそんなに美しいのか? もしかすると、
肉体を持たぬ死の神までが、きみに恋をして、
やせこけた、いやらしいあの怪物が、そこの暗黒の中で、
きみを自分のおもい者としてかくまっておこうとでもいうのだろうか!
それが心配だから、ぼくはずっときみのそばにいることにする。
そして、このうすぐらい夜の城から、けっして二度とふたたび、
立ち去りはしない。ここに、ここにぼくは留まって、
きみのへやづきの侍女の蛆虫《うじむし》どもといっしょにいよう。
ここにぼくは永遠のいこいの場所を定めよう。
そしてこの薄幸な星の軛《くびき》を
この世に疲れ果てた肉体から振り捨てるのだ。さあ、わが目よ、これが見おさめだ!
わが腕よ、最後の抱擁だ! くちびるよ、
おお、生命の扉であるくちびるよ! 正当な接吻で、
いっさいを買い占める死の神と、永久の契約を結ぶのだ!
さあ、にがい導き手よ! さあ、味の悪い案内人よ!
汝《なんじ》、絶望の水先案内よ! さあ、すぐにも
海になやみつかれたこの舟を、岩にのり上げさせろ!
わがいとしき人のために!〔毒をのむ〕おお、あの薬屋は正直者だ、
おまえの薬はよくきくぞ。さあ、こうして接吻しながら死ぬのだ。〔死ぬ〕
〔墓地の他のいっぽうから、托鉢僧ロレンス、提灯とつるはしと鍬《すき》を持って登場〕
【ロレンス】 聖フランシスよ、助けたまえ! それにしても今宵は
この老いの足が幾度墓石につまずいたことか! そこにいるのはだれだ?
【バルサザー】 あやしい者ではございません。神父様をよく存じ上げている者です。
【ロレンス】 おお、おまえか、よかった! さあ、話してくれ。
向こうの松明《たいまつ》はなんだ? むなしく蛆虫や
目のないしゃれこうべを照らしているではないか!
見たところ、どうやら、キャピュレットの墓場で燃えているようだな。
【バルサザー】 さようでございます、神父様、そして神父様のかわいがっていらっしゃいました私の主人があそこにおります。
【ロレンス】 だれがだと?
【バルサザー】 ロミオ様がです。
【ロレンス】 いつからあそこにいるのだね?
【バルサザー】 たっぷり三十分も前からです。
【ロレンス】 わしといっしょにあの墓のところへ行ってくれないか。
【バルサザー】 いえ、神父様、それはできません。
主人は私がここから出て行ったものと思いこんでおります。
おそろしいけんまくで、もし私がロミオ様のなさることをのぞいたりしたら、
きっと殺してやるぞと、きつくおっしゃったのでございます。
【ロレンス】 それではここにいるがよい。わしがひとりで行こう。何か気がかりでならない。
何か悪い不幸なことでも起こるのではあるまいか。
【バルサザー】 私がこのいちいの木の下で眠っておりましたとき、
私は、主人がだれかと果たし合いをしている夢をみました。
そして私の主人がその人を殺した夢を。
【ロレンス】 ロミオ!〔進み出る〕
おお、これはなんとしたこと! この血はどうしたのだ。
この墓の入口の石をこんなによごしているではないか。
この主のない血まみれになった二本の剣はどういうわけなのか?
平和のいこい場所をこんなによごして、捨てられているとは!〔墓にはいる〕
ロミオ! おお、真っ青になって! もうひとりはだれだ? おや、パリスではないか?
しかも血まみれになって、おお、なんと残酷な、時のいたずらか!
こんな悲しいことを一度にしでかすとは!
や、ジュリエットが身動きしている。〔ジュリエット目をさます〕
【ジュリエット】 おお、ありがたい神父様! 私の夫はどこにいますの?
私がいまどこにいるか、私はよく覚えております。
ここがその場所でございましたのね。私のロミオはどこにおりますの?〔舞台奥で物音〕
【ロレンス】 あ、物音がする。ジュリエット、さあ早く、
この死と疫病とふしぜんな眠りの床から出てください。
われわれにはどうしてもさからうことのできない大きな力が、
われわれの計画をさまたげてしまったようだ。さあ、おいで。
おまえの夫はおまえの胸に、息たえて倒れている。
そしてパリス殿も同様。さあ、わたしはおまえを、
尼僧団の童貞たちに頼んで預ってもらうことにする。
何も言わずにおいで。夜警の者が回って来る。
さあ、行こう、ジュリエット!〔ふたたび舞台奥で物音〕もうこれ以上ぐずぐずしてはいられない。
【ジュリエット】 いえ、神父様、どうぞおいでになってください。私は行きたくありません。〔ロレンス退場〕
ここにあるのはなんだろう? 盃《さかずき》が、いとしいロミオの手にしっかりとにぎられて!
そうだ、毒だわ。それでロミオはこんな最後をとげてしまったのだわ!
でも、ひどい人、みんな飲んでしまって!
私にはただの一滴も残してはくださらないの? あなたのくちびるに接吻しましょう。
もしかするとそこにいくらか毒が残っているかもしれないわ、
そうすれば毒が私にとっては回生の妙薬《みょうやく》、死んで、あなたのお伴ができるのですもの。〔接吻する〕
あなたのくちびるはまだ温かい。
【夜警一】 〔舞台奥で〕さあ、案内してくれ。どっちの方向だ?
【ジュリエット】 あ、人声がする。じゃ、もう、ぐずぐずしてはいられない。さいわいこの短剣が!〔ロミオの短剣をもぎとる〕
この胸がおまえの鞘《さや》なのだわ!〔みずから胸を刺す〕さあ、そのままここにいて、私を死なせておくれ!〔ロミオのからだの上に倒れて死ぬ〕
〔夜警、パリスの小姓とともに登場〕
【小姓】 ここです、ほら、あの松明の燃えているところです。
【夜警一】 あたり一面血だらけじゃないか。墓地を捜してみろ!
さあ、だれか行け! 人がいたら見つけしだいつかまえろ!
なんという有様だ! 伯爵様が殺されている、
そしてここには、埋葬されてから二日になるジュリエット様が血を流して、
まだぬくもりも残った死んだばかりの有様で倒れているじゃないか!
さあ、行け! 領主様に報告するのだ! キャピュレット家にも走れ!
モンタギュー家も起こすのだ! 残った者はもっと調べるんだ!
数々の悲惨なできごとが、ここに見られる。このとおり、この場所に。
だが、これらすべてのいたいたしい不幸の原因は、
もっと詳しく調べてみないとわからないのだ。
〔数人の夜警、バルサザーを伴ってふたたび登場〕
【夜警二】 これは、ロミオの召使いだそうです。そこの墓地の所で見つけました。
【夜警一】 領主様が見えるまで、のがさないように捕まえておけ。
〔別の夜警たち、托鉢僧ロレンスを伴って登場〕
【夜警三】 これはどうやら托鉢僧らしいのですが、ふるえて、ため息をつき、泣いております。
この男が墓地のこちら側から逃げ出そうとするところをつかまえて
このつるはしとすきはこいつから取り上げました。
【夜警一】 こいつはあやしいぞ。この托鉢僧をとり押さえておけ。
〔領主、従者たちを伴って登場〕
【領主】 こんなに朝早くから、何が起こったというのだ。
せっかくやすんでいたわしの朝の眠りをさますとは?
〔キャピュレット夫妻、その他登場〕
【キャピュレット】 いったいどうしたというのだ? 町じゅうが大さわぎではないか。
【キャピュレット夫人】 町の人々はロミオと大声に叫んでおります。
ある者はジュリエットと叫び、ある者はパリスと叫んでいます。皆が走り回り、
大声を上げながら、私どもの家の墓地のほうへ走って行きます。
【領主】 わしの耳をおどろかす、あの恐怖の叫び声はなんだ?
【夜警一】 領主様、ここにパリス伯爵が刺し殺されて倒れておられます。
そしてロミオも死んでおります。また、前に死んだはずのジュリエットも、
まだぬくもりさえとどめて、今殺されたばかりという有様でございます。
【領主】 よく調べる、捜せ。そしてこのような殺人がどうして起こったか確かめるのだ。
【夜警一】 ここに托鉢僧と、殺されたロミオの召使いがおります。
いかにも死人の墓をあばくためというような
道具などを持っております。
【キャピュレット】 おお、なんということを! ごらん! 娘が血を流しているじゃないか。
この短剣は何をとまどいしたのだろうか……その鞘は、
モンタギューの背中に、からっぽでさがっているじゃないか……
剣はまちがって娘の胸にささっている。
【キャピュレット夫人】 ああ、なんという悲惨な、この死の光景は
年老いた私を墓に送ろうとしている弔いの鐘も同様です。
〔モンタギュー、他の人々とともに登場〕
【領主】 さあ、モンタギュー、きみも時ならず早く起こされて来たが、
きみの息子、あととりのロミオの時ならぬ死を見なければならないのだ。
【モンタギュー】 ああ、領主様、妻は昨夜亡くなりました。
息子の追放の悲しみが、妻の生命までも奪ってしまいました。
この年老いた私にこれ以上、どんな悲しみが訪れようとしているのでしょうか?
【領主】 あれだ、見ればおわかりだ。
【モンタギュー】 おお、なんというものを知らぬやつだ! なんということだ!
父に先き立って墓へいそぐとは!
【領主】 しばらくどなり散らすのはやめてくれ。
このわけのわからぬ事件の真相をつきとめるまで、
そしてその原因、その源、その真相をわしが調べて明らかにするまで。
そのうえで、わしもきみたちの悲しみをこの身に引き受けよう。
そして死神のところへでもこのわしが案内しよう。だがしばらくがまんしてくれ。
不幸は、しばし忍耐にまかせて、がまんしてくれ。
疑わしい者どもをここに連れてまいれ。
【ロレンス】 時も、場所も、この私にはまことに不利でございまして
私には何一つなす力とてもございませんでしたが、
私こそ、このおそろしい兇行の、いちばんの嫌疑者でございます。
このとおり、私は、逃げもかくれもせず、御前に立ち、
罰もお受けいたしましょうし、申し開きもいたします。
【領主】 では、知っていることを、すぐにも申し立てるように。
【ロレンス】 では簡単に申し上げます。私の老い先は短く、
長々とお話し申し上げる余裕とてもございません。
そこに死んでおりますロミオは、ジュリエットの夫でございました。
同じくそこに死んでおりますジュリエットはロミオの貞節な妻でございました。
私がこのふたりを結婚させました。ひそかに彼らが結婚いたしましたその日は
ちょうど、ティバルトが死んだ日でありました。彼の非業《ひごう》の死のために
新婚の花婿はこの町から追放ということになってしまい、
ティバルトのためでなく、ロミオのために、ジュリエットはなげき悲しんだのです。
キャピュレットさん、あなたはジュリエットから悲しみをとり除くために、
パリス伯爵と婚約をさせ、むりやりに、
結婚させようとなさいました。ジュリエットは私のところにまいりました。
そして思いつめた様子で、私に、なんとかこの第二の結婚を
さける方法はないものかと、たずねたのでございます。
もしそれができなければ、私の庵室で自殺すると申しました。
そこで私は、ジュリエットに、かねがね覚えて調合しました
眠り薬を渡したのでございます。それは私が考えておりましたとおりの
正しいききめをあらわしました。ジュリエットはあたかも
死んだ人のようになりました。いっぽう私はロミオに手紙をやりまして、
ちょうど今夜、この場所へ来るように伝えました。
今夜は薬のききめが切れる時でしたので、
ジュリエットをそのかりの墓場から、彼に手伝ってもらって救い出すためでありました。
しかし、私の手紙を持った使いの者は……ジョン神父でございますが……
思わぬ事故に邪魔されまして、昨夜のこと、私の手紙を持ったまま、
もどってまいったのです。私は大いそぎでただひとり、
ジュリエットの目ざめる予定の時刻に、
彼女をご一家の墓所から救い出すためにまいりました。
ジュリエットをひそかに私の庵室にかくまっておき、
折りを見てロミオに使いをやろうと思っておりました。
ところが、ジュリエットのめざめる時刻より少し前に、
私がここにまいりますと、なんと、ここに、思いがけずも、
パリス殿と、ロミオまでが死んでいるではございませんか。
ジュリエットは目をさましました。私は彼女に墓から出るように頼みました。
そして、この天のなされたことを、じっと耐え忍ぶようにと申しました。
ちょうどそのとき、人声が聞こえました。私はおどろいて墓からとび出したのですが
ジュリエットは思いつめた様子で、なんとしてもいっしょにまいりませんでした。
そして、どうやらこの様子では、みずから手を下して、生命を絶ってしまったようです。
これが私の知っておりますすべてでございます。そして彼らの結婚については
ジュリエットの乳母がぞんじております。そして、もしこのことにつきまして、
私に落度がありますならば、この老い先短い我が身、
厳しい法律に照らしまして、その天命がいかに早く終わりましょうとも、
どうか存分にご処刑くださるようお願い申し上げます。
【領主】 あなたが徳の高い神父であることは、かねがね聞いている。
ロミオの召使いはどこにいる? 何か申すことはないか?
【バルサザー】 私は主人のもとへ、ジュリエット様のお亡くなりになったお知らせをもって行きました。
すると、主人はマンチュアから早馬をとばして、
ここへ、このご墓所へと急いでまいったのでございます。
そしてこのお手紙は、朝早く、お父上にお届けするようにと言われました。
そして、主人をそこに残してさっさと立ち去ればよし、
もし、とどまって、墓の中に立ち入るときは、生命はないぞときついご命令でございました。
【領主】 手紙とやらをこちらへよこせ。わしが読んでみよう。
夜警を起こしに行ったというパリス伯爵の小姓はどこだ?
これ、おまえの主人はここで何をしていたのだ?
【小姓】 主人はジュリエット様のお墓に花をまきに来られたのでございます。
そして私にはなれておれとの仰せでございましたので、お言いつけどおりにいたしました。
ところがすぐに明りを持った人が墓を開きにやってまいりました。
するとたちまち、私の主人が剣を抜いて、その男にきりかかりました。
それで、私は、大急ぎで夜警を呼びに走ったのでございます。
【領主】 なるほどこの手紙で、このふたりの恋の一部始終、
ジュリエットの死の知らせまで、この神父のことばが偽りでないことがわかった。
そして、この手紙と、ロミオが貧しい薬剤師から毒を求め、
それを持って、死ぬつもりでこの墓場を訪れたこと、
ジュリエットと死んで契りを結ぼうとしたことが書いてある。
敵同志の両人はどこにいる? キャピュレット! モンタギュー!
どうだ、おまえたちの互いの憎しみになんという天罰がくだされたことか!
天はおまえたちの喜びであるこどもたちが、相愛するためにかえって殺し合うという手段をとられた。
そしてこのわしは、おまえたちの不和を見て見ぬふりをしたために、
自分の身内をふたりもなくしてしまった。われわれひとり残らず天罰を受けたのだ。
【キャピュレット】 おお、モンタギュー殿、どうかお手をください。
それを私は娘への結納としていただきましょう。これ以上お願いする資格は
この私にはありませんので。
【モンタギュー】 いや、もっとさし上げたいものがあります。
私は、ジュリエットの像を純金でつくって建てることにしましょう。
そして、このヴェローナの町のつづくかぎり、
真実で貞節なジュリエットの像ほど皆から敬愛される
像はないというほどのものをつくりましょう。
【キャピュレット】 ロミオの像もジュリエットのそばに、それとおとらぬものをつくりましょう。
われわれの不和の悲しい犠牲を思い起こさせるよすがとしてたててやりましょう。
【領主】 朝とは言いながら、何かもの悲しいほどの静けさではないか。
太陽も、悲しみのために、その顔を見せようともしないのだ。
さあ、行って、この悲しい物語をもっと語り合うことにしよう。
許すべきものは許し、罰すべきものは罰することにしよう。
このロミオとジュリエットの物語ほど、
世にも悲しい物語はいまだかつて無かったのだから。〔一同退場〕
[#改ページ]
解説
シェイクスピアについて
〔出生〕
シェイクスピアほど、世界各国のあらゆる階層の人びとに親しまれている作家はないであろう。その作品はひじょうに多くの国語に翻訳されて、多くの人たちに読まれ、また世界各地で上演されている。ところがシェイクスピアほど、伝記のはっきりしない作家も珍しいのである。その有名さ、偉大さに比べて、その生涯を知るための資料のまことに少ないことはおどろくべきである。多くの人たちはほんのわずかの記録を手がかりに、この偉大な劇作家の伝記を少しでも明らかにしようと必死の努力をしてきたし、また現在でもその努力は続けられている。彼の出生の地、そして彼が埋葬されているストラットフォードにおいて、その墓を掘りかえして何か手がかりになるものを見つけたいと何回か嘆願がなされ、そのたびにそれが却下されて、シェイクスピアは多くの謎とともに、ホーリー・トリニティ教会の墓地に静かに眠りつづけている。
一五六四年四月二十六日に、ジョン・シェイクスピアの息子、ウィリアムがこの教会で受洗したという記録が残っている。四月二十三日という生誕の日もこれから推定されたものである。ストラット・フォード・アポン・エイヴォンはイングランドの中部、ウォリックシァにあり、エイヴォン川に沿う古い町で、地方商業の中心地であった。ジョン・シェイクスピアは商人であり、かなり手広く商売をして成功し、町の有力者であったらしい。シェイクスピアの少年時代については、伝記的資料はなに一つ残されていない。シェイクスピアがストラットフォードのグラマー・スクールに学んだという記録は残されてはいないけれども、おそらくはそこに在学したであろうと推定される。彼の作品に示されているラテン語の知識や、論理学や修辞学の理論や実践、豊かな常識から推定して、大学教育こそうけなかったが、彼が相当に程度の高い課程を教えていたグラマー・スクールに学んだと考えることが妥当であろう。
〔結婚……劇作家としての成功と試練〕
一五八二年十二月にアン・ハザウェイという八歳年上の婦人と結婚したという記録が残されている。そして六か月後に長女誕生、一五八五年には男女の双生児の誕生、つまり、シェイクスピアは二十歳で三児の父親となったわけである。
これで記録はまたとだえてしまう。そして一五九二年ごろには若い劇作家シェイクスピアの活躍がロンドンに見られるわけであるから、その間に、彼がロンドンに出て来て、当時多くの青年たちと同様に文筆で立身出世の道を求めようとしたことが推定される。ロンドンに出て来た正確な年月も、またただちに劇団に属したかどうかもわからない。しかし一五九二年逆境と貧苦のうちに死んだ作家ロバート・グリーンが「われわれの羽毛で飾り立てた成り上がり者の烏《からす》が、虎の心を役者の皮でおおって、われこそはだれよりもうまく無韻詩《むいんし》をうたうことができると思いこんでいる。しかも彼はおどろくほどのなんでも屋で、舞台をゆさぶることのできるのは自分ひとりだとうぬぼれている」と書いていることばには、シェイクスピアヘの暗示、シェイクスピアの『ヘンリ六世』第三部にあるせりふをもじった個所も見られ、当時すでにシェイクスピアがかなり有名な劇壇人となっていたことを裏付けている。
『まちがいつづき』、『タイタス・アンドロニカス』、『ヘンリ六世』など、いろいろな型の芝居に若いシェイクスピアは精いっぱいの力を注ぎ、ロンドンの観客たちの要望にこたえていった。『リチャード三世』、『ヴェローナの二紳士』、『恋の骨折損』と意欲的な創作がつづけられるのである。英国固有の演劇におさない時から親しみ、古典劇の技巧を積極的に学びとり、既存の物語をつぎつぎに劇化してゆくシェイクスピアは、彼自身の豊かな才能を、そこに示して、彼独自の劇の世界をつくり上げ、発展させることに成功したのである。
ところがこのように順調な境遇におかれていたらしい若い劇作家シェイクスピアにも一つの大きな試練があった。それは一五九二年にはじまり、一五九四年までつづいた伝染病の大流行と、そのためにロンドン周辺の劇場が閉鎖されたということである。よりどころである舞台を失った劇団は地方巡業に出かけたり、手持ちの脚本を売って急場をしのごうとしたりした。多くの人々が劇団から、舞台から去って行った。しかしシェイクスピアは劇を書きつづけていたのである。いつ舞台にのせられるかわからない芝居を書いていた。そしてそれと同時に彼は詩作も試みた。多くのソネットがこの時期に書かれた。『ヴィーナスとアドニス』や『ルークリース』の書かれたのもこの時期である。おそらくシェイクスピアはこれらの詩が貴族たちにみとめられ、それが彼の立身のいと口になることを願って書いたのであろう。
〔ロマンス時代〕
一五九四年、劇場が再開された。シェイクスピアは、すでに押しも押されもせぬ一方の旗頭《はたがしら》であった。そして二年間の空白の期間に彼が得たものは、新しい詩の世界の開拓であり、そこに得た抒情性を、彼は惜しみなく彼の劇作にあふれさせている。この劇場再開後、相前後して上演されたのが、『真夏の夜の夢』、『リチャード二世』、そしてこの『ロミオとジュリエット』である。これらの三つの劇に共通なのは、にじみ出るような詩的な美しさと、抒情性である。人間の感情や、精神的な面にシェイクスピアの理解は深められてゆき、ロマンティックな愛が美しく展開されるようになった。シェイクスピアは試練と空白の期間を経て、新しい時代を迎え、新しい劇の世界をうちたてることに成功したのである。彼は彼の劇団の重要なメンバーとしてその活躍をつづけたのである。
一五九六年、彼の父、ジョンは紋章を着けることを許された。当時、この権利は金で買うことができたから、おそらくは、シェイクスピアが、父のためにこの「ジェントルマン」の資格を買い取ったのであろう。そして翌一五九七年には、ストラットフォードにニュー・プレイスというかなり大きな邸を購入している。劇作家として成功したシェイクスピアが、世俗的にも成功者であったことが推定される。
〔ロマンティック・コメディの誕生〕
『ロミオとジュリエット』を書いた後のシェイクスピアの劇作の活動は主としてロマンティック・コメディと呼ばれる一連の喜劇作品によって示される。『ヴェニスの商人』、『むだ騒ぎ』、『お気に召すまま』、『十二夜』などがその代表作であって、美しい、ゆたかな抱擁力にとむ、人生に対する同情と理解にあふれたこれらの作品は、ますます円熟してゆくシェイクスピアの創作過程を示すものである。
この時代にまたシェイクスピアは、『ヘンリ四世』の一・二部と『ヘンリ五世』を書き、歴史劇の概念と、「理想君主」のイメジをはっきりさせている。また『ヘンリ四世』には、シェイクスピアの創造したもっともすばらしい喜劇人物、フォルスタッフが登場し、その人気はおどろくほどで、ついにフォルスタッフを中心とする喜劇を書くようにとのエリザベス女王の命令によって『ウィンザーの陽気な女房たち』が書かれたのがだいたい一六〇〇年ごろである。
〔悲劇時代〕
『十二夜』をロマンティック・コメディの最後として一六〇〇年ごろからシェイクスピアは『ハムレット』以下の四大悲劇を中心とする悲劇に専念するようになった。環境に対して矛盾を感じ、苦悩のどん底におとしいれられ、悪と対決し、自己の主体性をあくまでも追求しようとする新しい悲劇観がうちたてられ、円熟したシェイクスピアの、複雑な、多面的な創作態度は作を重ねるごとにその複雑さをますます強くしていった。『オセロウ』、『リア王』、『マクベス』、そして『アゼンスのダイモン』、『アントニーとクレオパトラ』、『コリオレーナス』等、古い時代から、新しい時代への移り変わりは人間観、世界観、宇宙観の変化とともにこれらの悲劇に反映されている。はなやかな文芸復興期のはじめの栄光にみちた明るさは、いつしか幻滅と暗さとでおおわれていった。
また、いわゆるロマンティック・コメディズの中にみられた、抱擁的な許容の態度は、人間の欠点や、醜さに対する批判となり、皮肉となり、暴露の態度となって、そこに新たな笑いの世界が求められるようになった。いわゆる問題劇といわれる『末よければすべてよし』、『以尺報尺』、『トロイラスとクレシダ』等がこのような創作態度のあらわれた作品である。
しかし、このようなシェイクスピアの新しい悲劇観、喜劇観を裏付けるような伝記的な記録は何も残されてはいない。一六〇一年の父ジョンの死、そして一六〇三年のエリザベス女王の死、かつての女王の寵臣エセックス伯の反乱、またシェイクスピアのパトロンであったサウザンプトン伯の死刑の宣告等の外的条件を積み重ねてみても、シェイクスピアのこの時期を完全に解き明かすことはできないであろう。シェイクスピアの四大悲劇の中に、シェイクスピア自身の声をじかに聞こうとすることも、正しい態度ではない。われわれがそこにつかむことのできるのは、彼の芸術的な人間像のみであるからである。
〔晩年〕
悲劇の作品を重ねていったシェイクスピアがつねに時代とともにあり、観客とともにあったこともまた注目すべきである。ジェイムズ王朝の多くの悲劇作家は悲劇を極限にまで追求することによって、しばしば道徳の基盤すら危くしてしまったが、シェイクスピアは、きわどいバランスをとりながら、つねにそれを守りつづけた作家であるということができる。観客はいつか深刻な悲劇にあきて、新しい芝居を求めるようになった。そしてシェイクスピアの悲劇時代も終わりを告げるのである。『冬の夜ばなし』、『シムベリン』そして最後の作『テムペスト』にいたるいわゆるロマンスと呼ばれる最後の作品には、悲劇を背景とし、悲劇を超越した新しい再生と和合との世界がみられる。悲喜劇というようなことばでは説明しつくされない深い意味と、高度の象徴と寓意がこれらの作品にはみとめられる。
しかしここでもまたわれわれはシェイクスピアの生涯の記録にその裏付けを求めることはできないのである。一六〇七年に長女が結婚し、一六一〇年には彼自身がストラットフォードに帰り、家族とともに晩年を送ったことがほぼ確実ではあるけれども、これらを作品の中に結びつけてゆくことは不可能である。一六一六年一月に遺書を起草し、三月二十五日に署名し、四月二十三日に死亡、二十五日に埋葬された。五十二歳の生涯であった。
以上述べてきたように、シェイクスピアという人間をあとづけてゆくのは彼の残した作品による以外に方法はないといってもよいであろう。そして初期から最後の作品にいたるまでの、創作態度の展開、発展、変化の中にわれわれは劇作家としてのシェイクスピアの姿を見出すことができるのである。そしてこれこそもっとも確かで、もっとも正しいシェイクスピアの姿であるということができる。
作品解説と鑑賞
〔原話〕
前にも述べたように、『ロミオとジュリエット』は疫病流行による劇場閉鎖のとけた後に上演された劇である。明確な制作年代はわかっていないが一五九四年か一五九五年ごろの作であろうと考えられる。この作の筋書も、他の作品と同様、シェイクスピアの独創ではない。ロミオとジュリエットの悲恋の物語は、その背後に長い歴史を持っているのである。自分の望まない結婚を眠り薬で避けるという話は、古く四世紀ごろのエフェサスのゼノフォンの作、『エフェシアカ』に見られる。そしてこれが後になって、ロミオとジュリエットの原話であるふたりの恋人の悲恋の物語と結びつくようになった。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』と直接に結びつけることのできる最初の物語は、一五三五年、ヴェニスで印刷されたダ・ポルトの作である。場所もヴェローナ、ふたりの恋人の名もロミオとジュリエッタであり、ティバルトという名も見られる。この物語はひじょうに評判で、マテオ・バンデロは一五五四年に出された『物語集』にこれを集録し、その仏訳(一五五九年)もあらわれた。そしてシェイクスピアの直接の典拠は、アーサー・ブルックの『ロメウスとジュリエットの悲話』(一五六二年)である。
ブルックはダ・ポルトの物語の仏訳によっている。この仏訳には、薬剤師の場面、ジュリエットがロミオの死後にめざめる最後の場面が入れられているのであるが、他のイタリアの物語では、ジュリエットはロミオが死ぬ前に自殺している。またブルックの物語で注目されるのが、シュリエットの乳母の性格である。シェイクスピアはブルックのこのような諸点を彼の劇にとりいれて、これにひじょうに多くの独自な修正を加えて彼自身のものとしている。またブルックのほかに、ペインターの『歓楽の殿堂』に集録されている散文英訳の物語も参照したと考えてよいであろう。
このように既存の悲恋の物語をとりいれたシェイクスピアはこれを彼自身の芝居につくりかえているのであるが、まず注目すべきはこの劇全体を通して見られるテンポの速さである。ブルックの物語では九か月にわたっている事件を、わずかに五日間のできごとに圧縮していることも、またジュリエットの年齢を十六歳から十三歳に変えて、若い恋人たちの向こう見ずでまっしぐらな恋の悲劇を強調していることも注目されなければならない。「不用意にいそぎすぎるとつまずいてしまう」というせりふの中にもこの劇の持つ悲劇性が暗示されている。
〔人物の脚色〕
シェイクスピアはこのようにブルックの物語にいろいろな要素を付け加えているが、とくに注目すべきものは人物とその性格の描き方にあると言ってもよい。ティバルトのロミオに対する怒りと、その悲劇的最期、ブルックでは端役にすぎなかったマーキューシオの役割をひじょうに大きくしたことなど、そしてこれらの人物をからみ合わせることによって、モンタギュー、キャピュレット両家の敵意とにくしみの悲劇は強調され、ロミオの追放の裏付けがはっきりとみとめられるようになる。この意味で、マーキューシオは全体の悲劇にモチーフを与える大きな役割を果たしている。彼は雄弁で、機知にとみ、またロミオと語り合う彼の「マブの女王」の夢物語に見られるような、ロマンティックな面も持っている。しかしマーキューシオはどこまでも現実的な皮肉やでロミオと対照的な存在として描かれているのである。
この劇の中で、もうひとりの注目すべき人物はジュリエットの乳母である。彼女は、シェイクスピアの初期の作品の中で最もすばらしい喜劇人物のひとりであろう。彼女の独特な雄弁、人間味のあふれるユーモア、彼女のせりふには当時の観客が喜んで笑ったような、きわどい、卑猥《ひわい》なことばがいたるところにみられるが、それと同時に、亡き夫への追憶、亡き娘への愛情、そしてジュリェットヘの愛情などあたたかい人間的な感情がみとめられる。しかもあまりにも善良で、ジュリェットの幸福な結婚を望み、ある意味ではあまりにも素朴であった彼女には一貫した行動がとれなかった。誠実な人間性をもちながら、彼女にはジュリエットの悲劇を阻止することもできなかったし、ジュリエットにさえ「悪魔」と呼ばれ、信頼をなくしてゆかねばならなかった。この劇における喜劇人物としての乳母に与えている作者シェイクスピアの意図と意味にわれわれは注目せずにはいられない。
このように巧みな性格描写によって、独自のおもしろさをもった人物を配したこの劇の中で、シェイクスピアが主人公のロミオとジュリエットにいかなる悲劇的意味と役割を与えているのであろうか。一言にいうなれば、これは若さと熱情の悲劇である。なぜ、作者はこのふたりにもっと慎重な配慮や、賢明な判断力を与えなかったのであろうか? なんの苦しみも、疑惑も持たずにまっしぐらに運命の悲劇の最後まで走って行かせてしまったのであろうか? そしてわれわれに与えられる答は、この劇における作者の意図が、まさにそのようなロミオとジュリエットゆえに成り立ってゆく運命の悲劇を描くことであったということである。
ローザラインを恋して、報いられない悲しみになげくロミオは、伝統的な「宮廷愛」の恋人である。苦しみに夜も眠れず、悶々と悩む彼の姿は、ロマンスの中に描かれる理想の恋人の姿である。しかもこのロミオが、一度ジュリエットを見出してからの、その熱情的で、性急なまでに迅速な行動、恋の成就のために、現実的、実際的な活発さをもった彼の姿にわれわれは注目すべきである。彼はかくしてまっしぐらに彼の悲劇的終焉に向かって走りつづけるのである。
ジュリエットについても同様のことが言える。まだ十四歳にもならぬジュリエットは若さそのものである。この若いジュリエットはロミオに対する愛情に燃えあがる。「ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」という悲痛な声には彼女の若さにあふれた恋の情熱がみられる。ジュリエットの性格はけっして複雑ではない。若さと力と情熱と、それを展開させてゆく美しい詩と、抒情があるのみで、苦悩や葛藤や疑惑は見られない。
〔運命の悲劇〕
円熟期のシェイクスピアの悲劇と比べて見れば、この若さの恋の悲劇には限界がある。いたるところに美しい抒情性が、星のようにちりばめられてはいるが、後期の悲劇に見られるような、主人公の意識の内を深く掘りさげてゆくという努力はなされてはいない。後期の作品にみとめられる悲劇の本質は、人間が外部的な力の単なる傀儡《かいらい》でいることができないところに、人間がその意識の内面的な必然性から行動するところに存在する。しかも人間の内面的な意識の面と、外部的な事件とは有機的に関係を持ち、反響を示し、矛盾を示すのである。そして作中の主人公たちは、つねに主体性をもち、また主体性を求めて、苦悩し、努力するのである。この主体性はときには美徳に、またときには欠陥によって構成されている。そしてこれが外部的な事件や環境と接触し、有機的にからみ合ってゆくのが、シェイクスピアの円熟した悲劇のあり方であった。ところが『ロミオとジュリエット』において、その悲劇の主人公たちを動かしているのは、「星」であり、「運命」なのである。つまりトレミー的な宇宙観によって、このふたりは左右され、動かされているのである。
美しい詩と抒情でかざられているこの悲劇は、人間が動かしているのではなく、外部的な力、運命的なものがすべてを動かしていると言えるのである。このように「星」に支配され、「運命」によってくりひろげられてゆく『ロミオとジュリエット』においては、いたるところに外的な力としての「星」への言及が見られるのもまた当然のことであろう。ロミオがジュリエットの死の知らせを受けたとき、彼は、「星よ、もうおまえなどは信じない」と、初めて「星」を「無視」するのである。ロミオはここで今まで彼が持っていた悲劇の予感から、その恐怖から解放されて、自分自身の意志によって行動しようとする。しかし悲劇的な運命の車はすでに回りつくしていて、彼の決心も勇気もそれに対してなんの力も持ち得ないのである。彼もジュリエットも終始、外面的なものに動かされ、あやつられてゆくものでしかなかった。そしてシェイクスピアはそこにこの作品の悲劇性を強調しているのである。
ブルックの物語と比較すれば、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は、各性格の個性化、生きた人間のドラマであると言えようが、後の四大悲劇などに比べるとき、人間的な深さの把握において、まだまだ若い作であることをわれわれは感じる。この劇を左右している「星」すなわち運命はきまぐれてあることもわれわれは感じないではいられない。偶然のめぐりあわせというようなことさえ感じるのである。もしロミオの手に托鉢僧ロレンスの手紙が届いていさえしたら、この悲劇は起こらなかったであろうし、もしロミオがジュリエットの眠っているキャピュレット家の墓場へつくのがもう少しおそかったら、ジュリエットのめざめるのがもう少し早かったら、この劇はハッピー・エンディングに終わっていたかもしれない。「もし〜ならば」というような偶然性がいたるところに見られ、ロミオとジュリエットはそのような偶然の間を、そのような運命のいたずらに支配されながら、ただ、まっしぐらに彼らの悲劇的最期に走りつづけるのである。そしてここにわれわれは、この悲劇の若さを感じると同時に、この悲劇のもつ独自な意味をつかむことができるのである。
〔愛の悲劇〕
このように運命の悲劇としてこの作品を考えてゆくとともに、愛の悲劇としての『ロミオとジュリエット』をここで考えてみることにしよう。シェイクスピアの偉大な悲劇時代は『ロミオとジュリエット』にはじまり、『アントニーとクレオパトラ』に終わるというような考え方をする批評家もある。これら二つの愛の悲劇を比べてみるとき、そしてその間に『オセロウ』をおいて比較するとき、われわれは、シェイクスピアが愛を主題にした悲劇においても、そのおのおのに、それぞれ異なった意図と特質を与えていることを認める。複雑な、円熟した愛の悲劇『アントニーとクレオパトラ』に比べて、『ロミオとジュリエット』は、ある意味では、もっと単純であり、もっと若い悲劇である。しかしこの作には『アントニーとクレオパトラ』や『オセロウ』などには見られないテンポの早さと、その中心に集中されている若い恋の純粋な強い力がある。そしてこれがついには一点に集中されて、すべての人たちを結び、にくしみをこえて、敵対する両家を和合させてゆくのである。
『ロミオとジュリエット』の中心にはこのような情熱的な若い愛がある。それは周囲のものと対照を示しながら、つねに判然と区別されている。そしてこの純粋な愛は、つねに死と結ばれ、死の暗示によって展開されてゆくのである。そして死はついにこの純粋な愛を破壊するのであるが、われわれは、それ以外にこのような愛が成就される方法はないことを、最初から暗示を与えられているのである。最初から愛が高くかかげられ、区別され、ある意味では孤立させられていると言ってもよいであろう。『オセロウ』や『アントニーとクレオパトラ』の場合には人間の欠点や、矛盾や、心の苦悩と結ばれて展開するのであるが、ここでは最初から愛は高くかかげられた一つの概念的なものであるといってもよいであろう。それは人間の内面的な苦悩や、主体性との対決からうまれたものではなくて、人間を左右し、支配し、動かしてゆく運命的な力としての役割を与えられているのである。若い恋とか中年の恋とかいう常識的な解釈では理解できない、もっと異なったレベルにおかれたシェイクスピアの創作意図の表現をわれわれはみとめねばならない。
くりかえし述べたように、『ロミオとジュリエット』において、愛は区別され、孤立的な高みにおかれている。そしてこのような若いふたりの運命的な純粋な愛は、つねにマーキューシオや乳母の示しているより人間的な、もっと世俗的な愛によって対照的にますます高められ、抽象化され、概念的にされている。そしてこのように純粋な愛が、運命と結ばれ、死と結ばれて展開するところにこの作品の悲劇性の本質がある。
このように考えてゆくとき、われわれにはこの劇においてふたりの若い恋人たちが、悲劇の主人公としての強烈な個性や、人間性をもった人物ではなくて、むしろ抽象概念であったり、一般的な型であったりするようにさえ思えるのである。そして、この劇の主人公は運命であり、「星」であり、運命に左右され、星に支配され、死と結ばれた愛であると考えることもできるし、にくしみで反目し合う二つの家であると考えることもできる。そしてここにもまたわれわれはこの悲劇の独自性を見出すことができるのである。
〔制作年代〕
この作が書かれたのは、前にも述べたとおり一五九四年か一五九五年であろうと推定されるが、この劇が最初に印刷、出版されたのは一五九七年、「第1四折版」と呼ばれるものであるが、これはおそらくはこの劇を演じた俳優の記憶から再現されて印刷されたものであろうと考えられている。不正確なところが多く、それに長さも短い。この劇の版本として最も権威があるのは「第2四折版」と呼ばれる一五九九年に出版されたものである。これはシェイクスピアの原稿をもとにして印刷されたものと考えられているが、印刷に不正確なところがあったり、|ト書《とが》きその他に一貫性を欠くところがある。この二つの版本の関係その他についてはいろいろな意見があり、この劇の印刷された版本がどのようにしてできたかということについても、さまざまな推測や憶測が行なわれている。「第3四折版」は一六〇九年、「第4四折版」には年代は記されていない。そして一六二三年に出版された「第1二折版」が一六〇九年版をもとにして作られたと言われている。
この劇が書かれた正確な年代を明らかにしようとする努力も多くなされているが、確定的な年代はわからない。この劇の第一幕第三場において、ジュリエットの乳母が、ジュリエットのおさないころのことを思い出して話すことばの中に「地震があってから十一年たった」という言及がある。そしてそれと一五八〇年四月六日にロンドンの大衆をおどろかせた地震とを関係づける批評家もある。当時の記録によるとこの地震は、ロンドンで芝居を見ていた観客たちをひじょうにおどろかせ、多くの人があわてて劇場から外へとび出した、としるされている。ある批評家たちはこの地震に関する乳母の言及を文字どおりとりいれて、この劇の制作年代を一五九一年とする。シェイクスピアがこの地震を記憶していて、これを思い出しながら乳母のせりふを書いたことは容易に理解できるが、ここでは、ジュリエットの年齢、誕生日ということに作者は主として注目して書いたので、必ずしもこの十一年が正確に制作年代を示すかどうかは疑問である。
つまり一五九一年という年代は、いろいろな点から考えて、この悲劇の制作年代としては早すぎると思われるのである。そしてまた、われわれは作品自体にかえって、この劇の内容、形式、文体、雰囲気などをもう一度見直してみるのである。そして『真夏の夜の夢』や『リチャード二世』などと共通な特徴、この劇のもつ抒情性などから、この劇の制作年代を劇場再開のころとする考えが、有力なものになってくるのである。
この劇について、さまざまなことを述べてきた。このような諸点を考えながら、われわれは自分なりにこの作品を読み、鑑賞してゆくことが必要であり、たいせつであると思う。そしてここにわれわれは若いシェイクスピアが持っていた旺盛な創作意欲と、それを表現してゆく美しい詩と、おもしろく展開されてゆくことばのあそびと、そこに織りまぜられたユーモアとを感じ、この劇の中で作者がうちたてようとしている悲劇の特質というものを理解してゆくことができるであろう。そしてわれわれは、ここでも、この作品の理解のためには多くのものを、われわれの想像によっておぎなってゆかなければならないことを知らされるであろうし、それによってわれわれはシェイクスピアの創作態度を理解し、ゆたかな想像力によって展開されてゆく彼の独自な劇の世界にはいりこんで、それを味わってゆくことができるのである。(大山敏子)
〔テクストは、グローブ版によったことを付記しておく〕
[#改ページ]
年譜
一五六四 四月二十三日頃、ストラットフォード・アポン・エイヴォンにおいてウィリアム・シェイクスピア生まる。四月二十六日、ウィリアム受洗。
一五八二(十八歳) 十一月二十八日、ウィリアムはアン・ハザウェイと結婚。
一五八三(十九歳) 五月二十六日、長女スザンナ受洗。
一五八五(二十一歳) 二月二日、ウィリアムの双生児、ハムネット(男)とジュディス(女)受洗。
一五八七(二十三歳) この頃ウィリアムはロンドンに出る。
一五八九(二十五歳) 『ソネット集』の大部分を書く。
一五九〇(二十六歳) 『ヘンリ六世』第二・第三部を書く。
一五九一(二十七歳) 『ヘンリ六世』第一部完成。
一五九二(二十八歳) 三月三日、『ヘンリ六世』第一部上演。『リチャード三世』『まちがいつづき』完成。
一五九三(二十九歳) 『ヴィーナスとアドニス』登録出版。『タイタス・アンドロニカス』『レイプ・オヴ・ルークリース』登録。『ヴェローナの二紳士』完成。『じゃじゃ馬ならし』上演。ウィリアム、彼の劇団の再編成にあたって株主として参加する。十二月二十八日、『まちがいつづき』上演。
一五九五(三十一歳) 十二月九日、『リチャード二世』上演。『真夏の夜の夢』完成。
一五九六(三十二歳) 父ジョン、紋章(Coat of Arms)を許される。
一五九七(三十三歳) ウィリアムはストラットフォードのニュー・ブレイスを六十ポンドで買い入れる。クリスマスに『恋の骨折損』上演。『ロミオとジュリエット』の第1四折判出る。
一五九八(三十四歳) 『ヘンリ四世』第一部登録。『むださわぎ』『ヘンリ五世』完成。
一五九九(三十五歳) 九月二十一日、『ジュリアス・シーザー』上演。『お気に召すまま』完成。
一六〇〇(三十六歳) 『ヘンリ四世』第二部登録。『ヴェニスの商人』第1四折判出る。『ハムレット』『ウィンザーの陽気な女房たち』完成。
一六〇一(三十七歳) 一月六日、『十三夜』宮廷にて上演。父ジョン死す。九月八日埋葬。『トロイラスとクレシダ』完成。
一六〇二(三十八歳) 七月二十六日『ハムレット』登録、『ハムレット』オクスフォード、ケムブリッジにて上演。『末よければすべてよし』完成。
一六〇三(三十九歳) 『お気に召すまま』宮廷において上演。『ハムレット』第1四折判出る。
一六〇四(四十歳) 十一月一日、「国王一座」により『オセロウ』上演さる。十一月四日、『ウィンザーの陽気な女房たち』上演。十二月二十六日『以尺報尺』上演。『ハムレット』第2四折判出る。
一六〇五(四十一歳) 一月七日、『ヘンリ五世』上演。二月十日、『ヴェニスの商人』上演。『リア王』完成。
一六〇六(四十二歳) 十二月二十六日、『リア王』宮廷において上演。『マクベス』『アントニーとクレオパトラ』完成。
一六〇七(四十三歳) 六月五日、娘スザンナはドクター・ジョン・ホールと結婚。『コリオレーナス』『アセンスのダイモン』完成。
一六〇八(四十四歳) 母メアリー死す。九月九日埋葬。『ペリクレース』執筆。
一六〇九(四十五歳) 『ソネット集』出版。『シムベリン』完成。
一六一〇(四十六歳) ウィリアム、ストラットフォードに引退。『冬の夜ばなし』を書く。
一六一一(四十七歳) 十一月一日、『テムペスト』宮廷において上演。
一六一二(四十八歳) 王女エリザベス結婚の祝いのために「国王一座」によってシェイクスピアの作品が多数上演された。
一六一三(四十九歳) 六月二十九日、『ヘンリ八世』上演。
一六一四(五十歳) ウィリアム、ロンドンヘ。
一六一六(五十二歳) 一月、遺言書を書く。二月十日、次女ジュディス結婚。三月二十五日、遺言書に署名。四月二十三日、ウィリアム死す。四月二十五日埋葬される。
〔訳者紹介〕
大山敏子(おおやま・としこ)一九一四年生まれ。東京文理科大英文科卒。近世英文学専攻。主著「シェイクスピアの心象研究」「シェイクスピアの喜劇」「女性と英文学」他。訳書「ヴェニスの商人」「ジュリアス・シーザー」「真夏の夜の夢」「お気に召すまま」「十二夜」「じゃじゃ馬ならし」など多数。