ウィンザーの陽気な女房たち
ウィリアム・シェイクスピア/大山敏子訳
目 次
第一幕
第二幕
第三幕
第四幕
第五幕
解説
訳者あとがき
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登場人物
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サー・ジョン・フォルスタッフ
フェントン……若い紳士
シャロウ……地方の治安判事
スレンダー……シャロウの親戚
フランク・フォード……ウィンザーの市民
ジョージ・ペイジ……ウィンザーの市民
ウィリアム・ペイジ……ペイジの息子
サー・ヒュー・エヴァンズ……ウェールズ生まれの牧師
医師キーズ……フランス人の医師
ガーター館《イン》の主人
バードルフ……フォルスタッフの家来
ピストル……フォルスタッフの家来
ニム……フォルスタッフの家来
ロビン……フォルスタッフの小姓
ピーター・シンプル……スレンダーの召使い
ジョン……フォードの召使い
ジョン・ラグビー……キーズの召使い
ロバート……フォードの召使い
フォードの妻(アリス)
ペイジの妻(マーガレット)
アン・ペイジ……ペイジの娘
クィックリー……医師キーズの召使い
その他フォードやペイジの召使いたち
場所 ウィンザーおよびその付近
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第一幕
第一場 ウィンザー ペイジの家の前
〔治安判事シャロウ、スレンダー、サー・ヒュー・エヴァンズ登場〕
【シャロウ】 牧師先生、わたしをとめないでください。わたしはこれを星法院《スター・チェンバー》に持ちこんで裁いてみせますぞ。サー・ジョン・フォルスタッフが二十人よってたかってかかって来ても、いやしくも、このロバート・シャロウ様に妙な真似はさせませんぞ。
【スレンダー】 何しろグロスター州では治安判事、しかも代表判事だからな。
【シャロウ】 そうだとも、スレンダー。しかもわしは裁判の記録係兼務でもあるんだぞ。
【スレンダー】 そうそう、その兼務係ってやつだ。何しろ紳士の生まれで、牧師様、自分でどんな書付けにでも郷士《スクワイア》と書くんでさ。為替にでも、証文にでも、領収書にでも、契約書にでも、郷士とね。
【シャロウ】 そうだとも。その通りだ。この三百年の間、いつでもそうして来たのだ。
【スレンダー】 この人以前のすべての後継者《ヽヽヽ》もそうして来ましただ。この人のあとにつづく|先祖さま《ヽヽヽヽ》たちもきっとそうしますだ。きっと紋章には十二匹の|かわかます《ヽヽヽヽヽ》をつけますだ。
【シャロウ】 あれはなかなか古い紋章でね。
【エヴァンズ】 十二匹の白い|しらみ《ヽヽヽ》は古い紋章にはよく似合いますな。まったくよく似合いますな。右前足をあげて、右向きに歩いているところが。あれは人間にはきわめて親しみのある動物で、愛を意味するということです。
【シャロウ】 |かわかます《ヽヽヽヽヽ》は活《い》き魚じゃよ。塩|かます《ヽヽヽ》は乾し魚じゃが。
【スレンダー】 わたしはそれを分けてもらって使おう。
【シャロウ】 いいともさ、結婚でもすりゃな。
【エヴァンズ】 なるほど、分けちまえば欠陥《ヽヽ》ということだ。
【シャロウ】 いや、とんでもない。
【エヴァンズ】 いや、たしかなことだ。もし彼があんたの服《コート》を分けてもらっちまえば、まったく、あんた自身の手にゃ、裾《すそ》が三つしか残りゃしませんぜ。でもまあそんなことはどうでも|ええ《ヽヽ》こって。もしも、サー・ジョン・フォルスタッフがあんたの名誉を傷つけるようなことをしたというのなら、わたしも教会の一員だから、よろこんであんた方の中に入って仲裁と調停を相つとめることにしましょう。
【シャロウ】 枢密院《すうみついん》に訴えてやるぞ。暴動だからな。
【エヴァンズ】 枢密院は暴動の訴えをするにはふさわしくありません。暴動は神をおそれぬふるまいですからな。枢密院は、いいですかな、神をおそれることを取り上|け《ヽ》るところで、暴動なんかを取り上|け《ヽ》ません。だから悪いことは言わない、ようくお考えなさったほうがよろしい。
【シャロウ】 ああ! もう一度若くなれるもんなら、剣で決着つけてやるんだが!
【エヴァンズ】 友情っていう剣で決着つけるほうがもっと|ええ《ヽヽ》ってことです。それにわたしのこの頭ん中にもう一つ|ええ《ヽヽ》考えがあります。それがもしかすると、ええ|ぷん別《ヽヽヽ》を与えてくれるかもしれません。アン・ペイジって娘さんがいますがね。ジョージ・ペイジさんの娘でね、なかなかきれいな生《き》娘ですわ。
【スレンダー】 アン・ペイジさんのことですか? あの|かっ《ヽヽ》色の髪をして、|か《ヽ》細い声でしゃべる娘さんですね?
【エヴァンズ】 そうです。まったく、あんたの希望にぴったりの娘さんですわい。それに金が七百ポンドに、金銀、つまりあの娘の祖父《じい》さんが死ぬ間際に(神よ、どうかよろこびの復活に導きたまえ!)あの娘にやってくれ、あの娘が十七歳になったら受けとれるようにと、遺言状に書いたってことですわ。だからここで、とん|て《ヽ》もない|こたこた《ヽヽヽヽ》を引き起こすよりは、アブラハム・スレンダー君とアン・ペイジ嬢との結婚を望んだほうがずっと|ええ《ヽヽ》考えだとわたしは思いますがね。
【シャロウ】 あの娘には祖父《じい》さんが七百ポンドも遺産をくれるのかね?
【エヴァンズ】 そうですとも。それにあの娘の父親が、それにまた幾らか足すはずですわ。
【シャロウ】 わたしもあの若い娘は知っとる。いい娘じゃ。
【エヴァンズ】 七百ポンド、それにもっと多くの財産を相続する見込みがある、|ええ《ヽヽ》娘ですわ。
【シャロウ】 ようし、ペイジさんに会おうじゃないか。フォルスタッフはそこにおるんじゃね?
【エヴァンズ】 わたしが嘘つくとでも言うんですか? わたしはペテン師を軽蔑するように、誠実でない者を軽蔑するように、嘘つきを軽蔑しますわい。サー・ジョンという勲爵士《ナイト》はたしかにあそこにおりますわい。どうかあんたのためによかれと願う者の言うことは聞いてくだされ。ペイジさんを訪ねて、わたしが|ぴ《ヽ》とつ戸をたたいて見よう。〔戸をたたく〕もうし! ごめんください!
【ペイジ】 〔舞台裏で〕どなたですかな?
【エヴァンズ】 ごめんください、わたしです。そしてシャロウ判事です。若いスレンダーさんも一緒です。この人は、あんたさえよろしけりゃ、何かもっと話があるそうです。
〔ペイジ登場〕
【ペイジ】 皆さんようこそおいでくださいました。シャロウさん、この間は鹿の肉をありがとうございました。
【シャロウ】 やあ、ペイジさん、ごきげんはいかがですかな? もっとよい鹿の肉をさし上げたかったのじゃが。あれは無法に殺された鹿の肉でね。奥さんもお元気ですかな? いや、ありがとう。ほんとうにありがとう。
【ペイジ】 いやわたしこそ、ありがとうございました。
【シャロウ】 いや、わしこそ、まったく、ありがとう。
【ペイジ】 スレンダーさん、ようこそ。
【スレンダー】 あなたの薄茶色のグレーハウンド犬は元気ですか? コッツオールの競走で負けたとか聞きましたが。
【ペイジ】 勝負の判定はくだされなかったんですよ。
【スレンダー】 はっきり負けたとは言いたくない、言いたくないですよね。
【シャロウ】 そりゃ言いたくはないさ。そりゃ何かのまちがいじゃ、まちがいじゃよ。ええ犬じゃからな。
【ペイジ】 いや、ほんの雑種犬で。
【シャロウ】 いや、立派な犬じゃ。すばらしい犬じゃ、これ以上のことが言えるかね? この犬は立派ですばらしい。ところでサー・ジョン・フォルスタッフはお宅におられるかな?
【ペイジ】 はい、おられます。あなたとのいざこざのことでわたしに何か出来ればよいと思っていますが。
【エヴァンズ】 これこそキリスト教信者らしいこと|ぱ《ヽ》というもんですな。
【シャロウ】 ペイジさん、あの男はわたしにひどいことをしましたのじゃ。
【ペイジ】 そうですか、あの方もそのようなことを自分でも白状しておられます。
【シャロウ】 白状したって償《つぐな》えるってもんじゃない。そうでしょう、ペイジさん? あの男はわしにひどいことをした。本当にひどいことをしたのじゃ。つまり、ひどいことをしたのじゃ、おわかりかな。郷士ロバート・シャロウがひどい目にあわされたと言っておりますのじゃ。
【ペイジ】 ああ、サー・ジョンが来られました。
〔サー・ジョン・フォルスタッフ、バードルフ、ニムおよびピストル登場〕
【フォルスタッフ】 やあ、シャロウさん、わたしのことを王に訴えるんだって?
【シャロウ】 あんたは、わしの召使いを殴打し、鹿を殺し、小屋を壊して侵入した。
【フォルスタッフ】 だけど、番人の娘さんにキスなんかしなかったじゃないか。
【シャロウ】 何を、くだらんことを! この事の弁償について返答してもらわにゃならん。
【フォルスタッフ】 すぐにも返答してやろう。わたしが全部やったことだ。これで返答は済んだぞ。
【シャロウ】 必ず表沙汰にしてやるぞ。
【フォルスタッフ】 そんな事するよりこっそり内々にしといたほうがいいぞ。物笑いの種になるからな。
【エヴァンズ】 口をつつしんで下され、サー・ジョン、こと|ぱ《ヽ》をな。
【フォルスタッフ】 言葉だと? ばかばかしい! スレンダー、おれはお前の頭をなぐった、何か言い分でもあるかね?
【スレンダー】 ありますとも。わたしの頭の中にゃあんたに言い分がありますさ、あんたの家来のペテン師の悪党野郎のバードルフ、ニム、そしてピストルにも言い分がありますさ。
【バードルフ】 おのれ、バンベリーのチーズめ!
【スレンダー】 何と言われても平気だ。
【ピストル】 おのれ、メフィストフェレスめ!
【スレンダー】 何を言われても平気だ。
【ニム】 薄切りにしちまえ! 口をつつしめ! 薄切りにしちまえってのが今のおれの気分なんだ。
【スレンダー】 シンプルはいないか? おれの下男のシンプルは? 叔父さん、知りませんか?
【エヴァンズ】 まあ、まあ、落着いてください。お互いにわかり合おうじゃないですか。わたしが思うに、この事については三人の審判《アンパイア》がいります。つまり、ペイジさん(つまり、ペイジさんと)わたし自身(つまり、わたし自身と)、第三番目に(最後に、終りに)|カ《ヽ》ーター館の亭主です。
【ペイジ】 われわれ三人が話を聞いて、うまく決着をつけることにしましょう。
【エヴァンズ】 まことに|ええ《ヽヽ》ことです。わたしは手帳に書きつけておくとします。後でみんなで|て《ヽ》きるか|き《ヽ》り、まことに慎重にこの問題ってものを始末するってことにしましょう。
【フォルスタッフ】 ピストル!
【ピストル】 ちゃんとこの耳で聞いています。
【エヴァンズ】 何てこった! 「この耳で聞いています」って言い方は! 何て気|と《ヽ》った言い方だ!
【フォルスタッフ】 ピストル、お前、スレンダーさんの財布をすりとったのか?
【スレンダー】 ああ、たしかにそいつがすったのだ。さもなけりゃ、おれは二度とおれの家の大広間にゃはいれなくてもいいと思う。ぎざぎざのついた六ペンス貨で七グロートと、ゲーム用のエドワード六世貨二枚、これをエド・ミラーの所で買った時には一枚が二シリングと二ペンスもしたんだ、たしかに。
【フォルスタッフ】 それは本当か、ピストル?
【エヴァンズ】 |すり《ヽヽ》のやることなら、嘘だ。
【ピストル】 何だと、山|だし《ヽヽ》のウェールズ人め! サー・ジョン、ご主人さま、私は申しこみます、決闘を、真鋳刃のこの野郎に。お前の唇に否定の言葉を投げつけてやるわ! 否定の言葉だぞ、この|あぶく《ヽヽヽ》野郎め! お前の言うことは大嘘だ!
【スレンダー】 〔ニムを指さして〕それじゃ、まったくの所、こいつだったかな。
【ニム】 おいお前さん、よく考えてもの言えよ! きちんとふるまいな! お前さんが変な|おどし《ヽヽヽ》をかけるなら、おれは「ただじゃおかねえぞ」って言ってやるわ。こいつあ間違いないところだぞ。
【スレンダー】 それじゃ、まったくの所、あの赤ら顔の男がやったんだ。お前さんたちがおれを酔っぱらわせた時、おれは何をしたか自分でもよく覚えちゃいないがね。でもおれはまったくの阿呆でもないぞ。
【フォルスタッフ】 どうだな、赤鬼《スカーレット》ジョン?
【バードルフ】 あっしが思いますには、どうやらこの旦那、すっかり酔っぱらって「五つの文章《ヽヽ》」もわからなくなっちまってたようで。
【エヴァンズ】 そりゃ彼の「五|感《ヽ》」だ。何という無知文盲だ!
【バードルフ】 すっかり酔っぱらっちまって、つまり、根こそぎ抜きとられちまって、とどのつまりは|すっからかん《ヽヽヽヽヽヽ》になっちまったんで。
【スレンダー】 そうだ、あの時もお前さんはラテン語を使ってたな。だが、そんな事はどうでもいい。おれは生きている限り、酔っぱらいはせんぞ、実直で、丁重で、立派な仲間と一緒に飲む時以外は。もし酔っぱらうとしても神をおそれる人たちと飲んで酔っぱらうことにする。こんな酔っぱらいの悪党と一緒はまっぴらだ。
【エヴァンズ】 おお、神様、それはまったく立派な決心というものだ!
【フォルスタッフ】 皆さん、すべて根も葉もないことだ、お聞きのとおり。
〔アン・ペイジ葡萄酒をもって登場。ペイジの妻、フォードの妻も登場〕
【ペイジ】 ああ、葡萄酒は奥へ持って行っておくれ、むこうで飲むから。〔アン・ペイジ退場〕
【スレンダー】 おお、あれがアン・ペイジさんだ!
【ペイジ】 ようこそ、フォードの奥さん。
【フォルスタッフ】 フォードの奥さん、まったく、よい所でお目にかかりました、失礼、奥さん。
〔彼女にキスする〕
【ペイジ】 さあ、皆さんがたをお迎えしてくれ。さあ、皆さん、焼きたての鹿肉のパイを用意してあります。さあ皆さん、どうかすべてのごたごたは酒に流してください。
〔スレンダーを残して一同退場〕
【スレンダー】 四十シリングよりはおれは恋愛詩歌集がほしいよ。
〔シンプル登場〕
おい、シンプル、どこにいたのかね? おれは自分ひとりで自分のことをしなくちゃならんのかね? 「謎《なぞ》の本」をお前持っていなかったかな?
【シンプル】 「謎の本」ですって? あれはミカエル祭の二週間前、この前の万聖節のとき、旦那さんがアリス・ショートケークに貸しなさったじゃないかね?
〔シャロウとエヴァンズ登場〕
【シャロウ】 おい、おい、わしらはお前を待っていたんだぞ。お前に一言《ひとこと》話しがあるんじゃ。まったくの所、その、いわば、申しこみといったような事があるんじゃ、このサー・ヒューがそれとなく申し込まれた事があるんじゃ。わしの言うことがわかるかね?
【スレンダー】 叔父さん、わたしには道理がわかります。だから、道理にかなった事をするんです。
【シャロウ】 おい、わしの言うことを理解してくれ。
【スレンダー】 理解してるです。叔父さん。
【エヴァンズ】 叔父さんの動議に耳を傾けなさい。スレンダーさん、わしは事情をあんたに説明するとしよう、もしもあんたに理解力があるとすればだが。
【スレンダー】 じゃ、おれは叔父のシャロウの言う通りにしますぜ。失礼ですが、彼は地方の治安判事です、おれがここにこうしているのと同じにたしかな事だが。
【エヴァンズ】 だが、それは問題じゃないのだ。問題はあんたの結婚に関することなんだ。
【シャロウ】 そうだ、それが要点だ。
【エヴァンズ】 たしかに、その通り、その要点は――アン・ペイジさんとの結婚ということだ。
【スレンダー】 そうですか。もしもそうならば、おれは道理にかなった条件なら何でも聞いて彼女と結婚しますぜ。
【エヴァンズ】 だが、あんたはその婦人を愛することができるかな? それをあんたの口からあんたのくち|ぴ《ヽ》るから言ってもらうことを命令しなければならないのだ。というのは多くの哲学者たちはくち|ぴ《ヽ》るは口の一部分であるという意見を持っているからだ。はっきり言って、あんたはあの娘に好意を持つことができるかな?
【シャロウ】 アブラハム・スレンダー、お前はあの娘を愛することができるかね?
【スレンダー】 そう願ってます、叔父さん、道理にかなった事をする人間らしくふるまいたいと思います。
【エヴァンズ】 何というま|と《ヽ》ろっこしいことだ! わしもあんたがあの娘に愛情を示すことができるというなら、もっと|すぱり《ヽヽヽ》正確に言わなけりゃいけない。
【シャロウ】 いかにもその通りじゃ。持参金がたっぷり付いたら、あの娘と結婚するかね?
【スレンダー】 叔父さん、おれは、もし頼まれりゃ、それよりもっとえらい事だってしますぜ。
【シャロウ】 おい、わしの言うことをわかってくれ、わかってくれよ。わしはお前を喜ばそうとしているんだぞ。お前、あの娘を愛することができるかね?
【スレンダー】 叔父さんが頼むとあれば、おれはあの娘と結婚しよう。初めの中はあまり大きな愛がなくても、だんだんとよく知り合うようになり、結婚してお互いを知る機会が多くなりゃ、神様が愛を減少《ヽヽ》してくださるだろう。だんだんに親しくなりゃ、満足もするだろう。でも、叔父さんがおれにあの娘と結婚しろと言うなら、おれはあの娘と結婚するよ。そして自分の意志で解消《ヽヽ》するように解消《ヽヽ》しちまうぜ。
【エヴァンズ】 なかなか思慮|ぷかい《ヽヽヽ》返答ですな。ただ「解消するように」というのはまち|か《ヽ》いで、そのこと|ぱ《ヽ》はわれわれなら「決然と」という所でしょうな。その言わんとしいている所はよくわかるがね。
【シャロウ】 そうだ、そういうつもりで言ったんだろう。
【スレンダー】 そうですとも、さもなきゃ、おれ、首絞められたってかまわないんだ。
【シャロウ】 そら、きれいなアン嬢がやって来たぞ。
〔アン・ペイジ登場〕
あんたのために、わしがもう少し若けりゃいいと思いますよ、アン嬢!
【アン】 お食事の用意ができております。父が皆さまがたのお出でをお待ちしております。
【シャロウ】 すぐに参りますじゃ。
【エヴァンズ】 とん|て《ヽ》もないこった、食前のお祈りにおくれたりしたら!
〔シャロウとエヴァンズ退場〕
【アン】 あなたもどうぞお入りくださいまし。
【スレンダー】 いや、本当に、ありがとう。わたしはとても元気です。
【アン】 お食事のお支度ができております。
【スレンダー】 わたし、まだ腹がすいとらんです。本当にありがとう。〔シンプルに〕さあ、行け、お前はおれの召使いだから、シャロウ叔父さんのお世話をしてくれ。〔シンプル退場〕治安判事も時には友人から召使いを借りることがあるんですよ。わたしはお母さんが死ぬまでは、三人の召使いと一人の少年を使うだけです。でもそんな事はどうでもいいんで、わたしは貧乏なうまれの紳士のような生活をしているんです。
【アン】 あなたが一緒に来て下さらないと、私、入れませんわ。あなたがいらっしゃるまで、皆さんもお食事がはじめられません。
【スレンダー】 本当に、わたしは何も食べないです。ありがとう、もう食べたも同然ですから。
【アン】 お願いです、どうかおはいりください。
【スレンダー】 わたしはむしろここを歩いていたいです。どうもありがとう。わたしは、この間、剣術の先生と長剣と短剣で仕合をした時、脛《すね》に傷をしました――一皿の煮たプラムを賭けて三仕合したんですが――そして、それ以来、暖い料理の臭いががまんならんのですわ。どうして犬があんなに吠えるんですか? この町に熊が来ているのですか?
【アン】 来ていると思います。皆が噂してましたから。
【スレンダー】 わたしは熊いじめのスポーツはすきですが、英国じゅうのだれよりもあのゲームには反対の立場をとるものです。もし熊が放されたら、あなた、こわくないですか?
【アン】 こわいですとも、とてもこわいですわ。
【スレンダー】 わたしはそれがたまらなく好きでしてね。あのサッカーソンが放されたのをもう二十回もわたしは見ましたよ。あの熊の鎖を手で掴《つか》んだこともありますよ。ところが女の人たちは、そりゃひどく信じられない位に泣き叫んだりわめきたてたりしましたよ。まったく女の人たちにはとてもがまんできませんよね。何しろとても不格好《ぶかっこう》な荒っぽい獣《けだもの》ですからね。
〔ペイジ登場〕
【ペイジ】 さあ、スレンダーさん、おいで下さい。皆がお待ちしてます。
【スレンダー】 わたしは何も食べないです。どうもありがとうございます。
【ペイジ】 いやとんでもない! 有無は言わせませんよ。さあ、どうか、こちらへ。
【スレンダー】 いえ、お先にどうぞ。
【ペイジ】 さあ、お出でください。
【スレンダー】 アンさん、どうぞお先に。
【アン】 いえ、とんでもない、どうぞお先に。
【スレンダー】 いや、わたしは先にはまいりません。ほんとうに。そんな失礼な事はできません。
【アン】 どうぞ、お願いですわ。
【スレンダー】 じゃ、ご迷惑かけるよりは、無作法なふるまいをしましょう。あなたはあんまり遠慮しすぎますよ。〔退場〕
第二場 ペイジの家の前
〔サー・ヒュー・エヴァンズとシンプル登場〕
【エヴァンズ】 さあ、行ってくれ、キー|ス《ヽ》医師の家をたずねて行くのだ。そこには、クィックリーさんという人が住んでいるのだ。まあ、看護婦というか、家政婦というか、料理人というか、洗濯女というか、洗ったり、し|ぽ《ヽ》ったりする女というか――。
【シンプル】 よろしい、旦那。
【エヴァンズ】 まだよろしいというわけにゃ行かないのだ。このて|か《ヽ》みをその人に渡してくれ。というのは、その人はアン・ペイジ嬢をとてもよく知っている婦人なのだ。このて|か《ヽ》みはお前の主人の希望をうまくアン・ペイジ嬢に伝えて貰うことを依頼し希望する手紙なのだ。さあ、行ってくれ。わしは食事を済ませてくる。リン|コ《ヽ》とチー|ス《ヽ》がまだ出てくることになっとるのだ。〔退場〕
第三場 ガーター館
〔フォルスタッフ、主人、バードルフ、ニム、ピストル、およびロビン登場〕
【フォルスタッフ】 おい、ガーター館のご亭主!
【主人】 何だって、大将? 学者らしく、賢明に話さないかよ。
【フォルスタッフ】 実のところ、ご亭主、おれの家来の者若干に暇をやらねばならなくなった。
【主人】 追っぱらっちまえ、ハーキュリーズの大将、首にしちまえよ! 勝手に行かせろ!どこへなりと走らせろよ。
【フォルスタッフ】 おれは週給十ポンドの暮らしだからな。
【主人】 皇帝だ、シーザーだ、カイゼルだ、とても実力のある閣下だよ。バードルフはおれが使おう。おれの所で酒をついで、給仕させることにしよう。どうかね、ヘクトルの大将?
【フォルスタッフ】 そうしてくれ、ご亭主。
【主人】 よし来た。こっちへよこしてくれ。〔バードルフに〕さあ、お前さんにビールをあぶく一杯についでもらおう、葡萄酒にはライムを加えてもらおう。おれは言った事は必ず実行する。ついて来いよ。
〔退場〕
【フォルスタッフ】 バードルフ、ついて行け。酒場の給仕人も立派な商売だ。古い外套も新しいぴったりしたジャケットになる。しなびた家来もぴちぴちした酒場の給仕人になるさ。さあ、行けよ。
【バードルフ】 おれもこういう生活がしたかったんだ、きっとうまくやりますぜ。
【ピストル】 おお、がつがつの乞食野郎め!酒樽の飲み口を振り回そうっていうのか?
〔バードルフ退場〕
【ニム】 あいつは親たちが|へべれけ《ヽヽヽヽ》に酔っぱらってるときうまれたのさ。どうだ、うまい言い方だろう?
【フォルスタッフ】 あの|ほくち《ヽヽヽ》箱を追っ払ってうれしいぜ。あいつの盗みは大っぴらすぎるもんな。あいつの|かっぱらい《ヽヽヽヽヽ》は下手《ヽヽ》な歌い手みたいで、タイミングがなっちゃいないんだ。
【ニム】 うまい言い方だろう、一分刻みで盗むってのは。
【ピストル】 「運び出す」って学のある者は言うね。「盗む」なんて、ちぇっ、下らん言葉だ!
【フォルスタッフ】 いいか、皆、おれはもう金づまりですっかりひからびちまったよ。
【ピストル】 なんだ、それじゃ凍傷《しもやけ》でもふくらますんだな。
【フォルスタッフ】 もうどうしようもないんだ。この上はだますか、策を|ろう《ヽヽ》するかだ。
【ピストル】 若い|からす《ヽヽヽ》どもにも餌がいるからな。
【フォルスタッフ】 お前たちのどっちか、この町のフォードって奴を知らないかい?
【ピストル】 その人物なら知っている。彼はなかなかの資産家だ。
【フォルスタッフ】 おいお前たち、おれの腹を教えてやろう。
【ピストル】 そりゃ二ヤードあまりあるかな。
【フォルスタッフ】 今は皮肉言ってる時じゃないぞ。ピストル。なるほどおれの腹のまわりは二フィートぐらいあるが、今は|はら《ヽヽ》うことじゃなくて、|ため《ヽヽ》ることを計画しているんだ。簡単に言えば、おれは、フォードの女房を|くど《ヽヽ》こうってわけさ。どうやら彼女にも気があるようだからな。親しげに話す、愛想よくしゃべる、横目でちらっと合図したりする。彼女の親しそうな様子はおれにもよくわかるんだ。表面はどんなにきびしい様子していても、つまりは、「あたしはサー・ジョン・フォルスタッフのものよ」ということになるのさ。
【ピストル】 なるほど、女の気持ちを読んで、欲情と解いたわけだな。――つまり貞淑から、水心《みずごころ》に変えたというわけだ。
【ニム】 錨《いかり》はどっぷりと水におろされた。どうだ、この言い方気がきいてるだろ?
【フォルスタッフ】 ところでだ、噂によれば、彼女は亭主の財布の口を完全に握っているということだ。何しろエンジェル金貨を沢山もってるらしいぞ。
【ピストル】 じゃ沢山の悪魔をつかってかかってゆけ、そら、行くんだ!
【ニム】 気分が出て来たぞ。こいつあうまいぞ。エンジェル金貨の気分だ。
【フォルスタッフ】 おれが彼女に書いた手紙がここにある。こっちのはペイジの女房にやる手紙さ。彼女もたった今、おれに色目をつかっていた。おれの身体じゅうを意味ありげな目で眺めていたぞ。時には彼女の目の光はきらりとおれの足のほうに向けられたと思うと、こんどはおれの|かっぷく《ヽヽヽヽ》のよい腹に向けられるというわけさ。
【ピストル】 なるほど太陽は肥料の山にも照りかがやくというわけか。
【ニム】 こいつあ、うまいじゃないか。
【フォルスタッフ】 おお全く、彼女はおれの身体を、がつがつと物欲しそうな目つきで眺め回した。まるでその目はレンズのようにおれの身体を焼きつくしてしまわんばかりだった。ここに彼女にやる手紙がある。彼女もまた、財布の口を握っている。金と財宝で一杯のギアナの土地みたいなもんだ。おれはあいつら二人をだましてやるんだ、あいつらをおれの大蔵省にしてやるわ。彼女らは、おれにとっちゃ、東インド、西インドの諸島よ。おれはその両方と取り引きするのさ。さあ、この手紙をペイジさんの奥さんの所へ持って行ってくれ。そしてお前はこっちのをフォードの奥さんの所へな。おれたち、うまくやろうじゃないか。
【ピストル】 おれにトロイのパンダラス様になれっていうのか! そしてなお腰に剣をつけてろって言うのか! とんでもない! 悪魔にくれちまえ!
【ニム】 おれもくだらない気まぐれはまっ平だ。さあ、この恋文は返すぜ。おれもきちんとした体面は保ちたいからな。
【フォルスタッフ】 〔ロビンに〕さあ、この手紙を十分注意して持って行け。あの黄金の岸へ、速い小船のように飛んでゆけ! 悪党めら、さっさと出てゆけ! |あられ《ヽヽヽ》か|ひょう《ヽヽヽ》みたいに消えちまえ! さあ、行っちまえ! 蹄《ひづめ》をあげて歩け! どこへでもかくれろ、出てゆけ! このフォルスタッフも当世|気質《かたぎ》を見習ってやるわ! フランス風の節約だ! 悪党めが! おれはこのスカートはいた小姓ひとりでたくさんだ!
〔フォルスタッフとロビン退場〕
【ピストル】 お前の|はらわた《ヽヽヽヽ》なんか|はげ鷹《ヽヽヽ》にくわれちまえ! |いかさまばくち《ヽヽヽヽヽヽヽ》一つやりゃ、|いかさまさいころ《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》で金持からも貧乏人からもまきあげてやるわ!
お前が|すっからかん《ヽヽヽヽヽヽ》になっても、おれのふところにゃ銀貨の一つも残るわ! フリジアのトルコ人め!
【ニム】 おれも復讐の気持でひとつやるからな。
【ピストル】 ほんとに復讐する気か?
【ニム】 やるともさ!
【ピストル】 知恵でか、剣でか?
【ニム】 両方でって気持だ。おれはこの色仕掛けをペイジのやつにばらしてやるわ。
【ピストル】 おれはフォードに知らしてやるわ。いやらしい悪党のフォルスタッフが、何くわぬ顔して、金をまき上げ、彼の女房まで寝とるとな。
【ニム】 おれの気持もおさまらないぞ。おれはペイジをそそのかして、毒を使わしてやるわ。|やきもち《ヽヽヽヽ》で|まっ《ヽヽ》黄色にしてやるわ。おれの謀反《むほん》は危険なんだぞ。これがおれの本当の気持だ。
【ピストル】 おお、それでこそ不満分子の軍神マルスだ。おれもついて行くぞ! さあ、進軍だ!〔退場〕
第四場 キーズ医師の家
〔クィックリーとシンプル登場〕
【クィックリー】 ちょいと! ジョン・ラグビー!〔ラグビー登場〕
窓のところへ行って、旦那が、キーズ先生が帰って来るかどうか見て来ておくれ。もしも帰って来て、だれかが家の中にいるのを見つけでもしたら大変だよ。まったく、例のひどい罵倒の限りをおかしな英語でやるんだからね。
【ラグビー】 じゃ、見張ってこよう。
【クィックリー】 夜になったらすぐ、上等の石炭の残り火で、卵酒をあっためて上げるからね。〔ラグビー退場〕
ほんとうに、実直で、気だてがよくて、親切な人だよ、下男としちゃ珍しいね。それに蔭口もたたかないし、喧嘩もするわけじゃないし。一番の欠点といえば、お祈りにこってることだ、ちっとばかり馬鹿みたいにね、だけど欠点持ってない人間はないさ。そんな事はかまやしないんだ。お前さん、ピーター・シンプルっていったっけ?
【シンプル】 そうだ、それよりよい名前を持ち合わせてないんでね。
【クィックリー】 それで、スレンダーさんがお前さんの主人だね?
【シンプル】 その通りだ。
【クィックリー】 その旦那は皮屋のナイフみたいに大きな立派なひげをぐるっと生やしてやしないかい?
【シンプル】 いや、とんでもない。うちの旦那は小さな青ざめた顔をしてて、小さな黄色いひげをしてる――カインのような赤っぽい黄色のひげをね。
【クィックリー】 気のやさしい人じゃないかね?
【シンプル】 ああ、その通りだ。だが、この辺《あた》りじゃ、なかなか勇敢な人なんだ。なにしろ旦那は猟場の番人と喧嘩したことがあるんだから。
【クィックリー】 おや、そうかい? おお、そうだ、思い出したよ、旦那は、頭をしゃんと持ち上げて、大股でいばりくさって歩く人じゃなかったかね?
【シンプル】 そうだ、その通りだ。
【クィックリー】 どうか神様、アン・ペイジをしあわせにしてください! エヴァンズ牧師に言っとくれ。お前さんの旦那のためにあたしはできるだけのことをするってね。アンはとてもいい娘だから、あたしも――
〔ラグビー登場〕
【ラグビー】 さあ、大変だ、旦那が帰って来た!
【クィックリー】 ああ、みんな|ひっ《ヽヽ》叱られるよ。ここにおはいりよ、お前さん。さあ、この戸棚におはいり。長いことここにいやしないから。〔シンプル戸棚の中にはいる〕ちょいと、ジョン・ラグビー! ジョン! ジョンってば! ジョン、旦那の様子をうかがっておいで!おかげんでも悪いんじゃないのかね? まだお帰りにならないところをみると。
〔歌う〕ダウン、ダウン、アダウン……
〔キーズ医師登場〕
【キーズ】 何歌っとるのかね? わしはつまらん歌好かんのだ。お願いだ、わしの戸棚へ行って、「ユヌ・ボァタンヌ・ヴェルド」持って来てくれ、箱だ、小さな緑の箱だ、わしの言ってること聞こえとるかね? 緑の箱だ。
【クィックリー】 はい、かしこまりました。〔傍白〕旦那が自分で取りに行かないで大助かりだわ。もしもあの若い男を見つけようもんなら、それこそかっかと気ちがいみたいになっちまうわ。
【キーズ】 ほ、ほ、ほ、ほんとうに、何と暑いことだ。わたしは重要な事件のために(イル・フェ・フォ・ショー)、宮廷に行かねばならぬのだ(ジュ・マン・ヴェ・ヴォアール・ア・ラ・クール・ラ・グランタァフエール)。
【クィックリー】 ほんとうですか?
【キーズ】 さよう。それをわたしのポケットに入れるのだ(メット・ル・オ・モン・ポケット)。そうだ、デペッシュ、いそいで。ラグビーの奴ここにいるかね?
【クィックリー】 ちょっと、ジョン・ラグビー! ジョン!
【ラグビー】 はい、旦那さま!
【キーズ】 お前はジョン・ラグビー、ラグビーの野郎! さあ、お前の細身の剣とるのだ。そしてわたしのあとついて宮廷来るのだ。
【ラグビー】 かしこまりました。玄関の入口でお待ちいたします。
【キーズ】 何たること、わたしとしたことが、おそくなった。何か忘れやしなかったかな(ク・エー・ジュ・ウー・ブリエ)? そう、そう、戸棚の中に、どんなことがあっても、決して忘れちゃならぬ薬ある。
【クィックリー】 あら大変だ、あそこで若い男みつけたら、きちがいみたいになるよ。
【キーズ】 おお、大変だ! わしの戸棚にとんでもない奴いるぞ。悪党め! 盗賊だ! 〔シンプルを引きずり出して〕ラグビー、わしの剣持ってこい!
【クィックリー】 旦那さま、まあ落着いてください!
【キーズ】 なんでわし落着かにゃならんのだ?
【クィックリー】 この若者は実直な男です。
【キーズ】 なぜ、実直な男わしの戸棚にいるんだ? わしの戸棚にはいること、実直じゃないことだ。
【クィックリー】 お願いです、そんなに冷淡《ヽヽ》にならないでください。本当の所をきいてくださいよ。この人はエヴァンズ牧師のところから用事があってあたしのところへ使いに来たんです。
【キーズ】 それでどうした?
【シンプル】 そうなんで、この人に頼んで――
【クィックリー】 お前さんは黙っといで。
【キーズ】 あんた黙っといで。〔シンプルに〕お前話をするのだ。
【シンプル】 この先生んとこのご婦人に頼んで、あっしの旦那の縁談について、アン・ペイジさんにうまく話してもらおうと思ったです。
【クィックリー】 それだけなんですよ、本当に。でも、あたしゃ、火の中に指を突っこむのはご免だよ、その必要もないしね。
【キーズ】 サー・ヒューがお前を使いによこした? ラグビー、紙持ってくるのだ。しばらく待っとるのだ。〔手紙を書く〕
【クィックリー】 〔シンプルに傍白〕今日は静かなんで助かったよ。まったく怒り出したら、大声でわめいて、憂欝《ヽヽ》にがなりちらすんだからね。でもね、お前さん、お前さんの旦那のために出来るだけのことはしてやるよ。本当のこと言うとね、あたしの旦那の、フランス人のお医者がね――ね、お前さん、あたしの旦那にゃちがいないんだ、だってあたしはこの家のことは何でもやってるよ、洗濯もするし、絞りもする、酒もつくるし、パンも焼く、拭き掃除もする、食物、飲物の用意もし、ベッドもつくる、みんなあたし一人でやるんだよ――
【シンプル】 〔クィックリーに傍白〕一人でやるんじゃ、とても大変だね。
【クィックリー】 〔シンプルに傍白〕お前さんにもそれがわかるかね? とても大変な仕事なんだよ。朝は早く起きて、夜はおそくまで。でもね、お前さん――これはお前さんだけに話すんで、だれにも言いやしないんだけどね――うちの旦那も実はアン・ペイジさんに惚れてるんだよ。だけどね、お前さん、あたしにゃあの娘の気持はわかってるんだ。まあ、そんなことはどうでもいいことだけどさ。
【キーズ】 おい、ばか野郎! この手紙サー・ヒューに持ってゆくのだ。畜生《ヽヽ》め、これ挑戦状ってもんだ。公園であいつの|のど《ヽヽ》をかっきってやるぞ。あのいやらしい牧師野郎めが、余計な干渉しやがって! お前、早く行っちまえ!こんなところにぐずぐずしてるとためにならんのだ。畜生《ヽヽ》め、わしはあいつの|たま《ヽヽ》二つとも切りとってやる。畜生《ヽヽ》め、そうすりゃ犬にぶつける石もなくなるというものだ。〔シンプル退場〕
【クィックリー】 まあ、お気の毒に、友だちのために口きいただけなのに。
【キーズ】 そんなこと関係ないのだ。アン・ペイジは、わしのものになるのだということは知っていただろう? 畜生《ヽヽ》! あの牧師の馬鹿野郎、殺してやるわ。あの|ヤル《ヽヽ》ター館の亭主に決闘の審判官になってもらうのだ。畜生《ヽヽ》! わしがアン・ペイジをわしのものにするのだ。
【クィックリー】 旦那さん、あの娘はあなたを愛しているから、すべてうまく行きますよ。世間の人たちにゃ、勝手なことしゃべらしときゃいいんですよ、ほんとうに!
【キーズ】 ラグビー、一緒に宮廷来るのだ!〔クィックリーに〕畜生《ヽヽ》! もしもアン・ペイジがわしのものならなかったら、お前なんか、わしの家から追い出してやるわ! わしのあとついて来るのだ、ラグビー!
【クィックリー】 アンはきっとものになります――〔キーズとラグビー退場〕――なんて、とんでもないこった。あたしにゃあの娘の気持ちはわかってるんだから。このウィンザーの町であたしほど、あの娘の気持をわかってるものはほかにゃいやしないよ。その上に、あたしほど、あの娘の気持ちを自由にできるものだっていやしないのさ。
【フェントン】 〔舞台裏で〕もしもし、だれかいませんか?
【クィックリー】 だれなのさ? おはいりなさいよ。
〔フェントン登場〕
【フェントン】 やあ、お前さん、元気かね?
【クィックリー】 おかげさまで、とても元気でございますよ。
【フェントン】 何か変ったことはないかね?かわいいアンは元気かね?
【クィックリー】 まったく、旦那さま、あの娘はかわいいですよ、それに正直で、やさしくて、そしてついでながら申し上げますけど――あなた様が大好きでございましてね。ほんとうにありがたいこって。
【フェントン】 じゃ、うまく行きそうだとお前さんも思うかい? 断わられるようなことはないだろうね?
【クィックリー】 本当に、旦那さま、すべて神様のおはからいどおりになります。でも、フェントンの旦那さま、あの娘があなたを好きだと聖書にお誓いしてもよろしゅうございますよ。旦那さまの目の上に|いぼ《ヽヽ》がございませんか?
【フェントン】 ああ、あるよ、それがどうしたのかい?
【クィックリー】 はあ、語れば長い話がございます。ほんとうに愉快な娘でございますよ。まったくこの世の中にあんな実直な娘なんてあるもんじゃございません。旦那さまのその|いぼ《ヽヽ》のことを一時間もあたしたち話したんでございますよ――あの娘と一緒でなけりゃ、あんなに笑うことは決してございません――でも、正直のところ、あの娘は時々、憂欝そうに、考えこんでおりますよ、みんな旦那さまのため――まあ、よろしいじゃございませんか。
【フェントン】 そうか、今日あの人に会おう。さあとっといておくれ、お前に上げるよ。わたしのためにうまくとりなしておくれ。わたしより先にあの娘に会ったら、よろしく言っておくれ。
【クィックリー】 よろしゅうございますとも。今度旦那さまにお目にかかりました時には、|いぼ《ヽヽ》の事をもっとくわしくお話し致しましょう。それに他の求婚者のことも。
【フェントン】 じゃ、さよなら、急いでいるんでね。
【クィックリー】 旦那さま、ご免くださいまし。〔フェントン退場〕
本当に、立派な旦那だ。――でもアンはあの人を愛しちゃいないよ。あたしはあの娘の気持をよく知っているんでね、あら、とんでもない、うっかり忘れるとこだったよ!〔退場〕
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第二幕
第一場 ペイジの家の前
〔ペイジの妻、手紙を持って登場〕
【ペイジの妻】 まあ、なんてこと、あたしは|きれい《ヽヽヽ》ざかりの華やかな時にだって、恋文《こいぶみ》なんかもらった事なかったのに、今になって、こんなものもらうなんて! どれ、何て書いてあるのかしら。〔読む〕
「何故にあなたを愛するかなどと、その理由をたずねないでほしい。なぜならば、たとえ愛は理性のきびしい指導に耳をかたむけるとも、それを心からの相談相手にすることはないのだから。あなたはもう若くはない、わたしとて同様。だから、お互いに共感を持てるのではなかろうか。あなたは陽気な人だ、わたしとて同様。だからさらに強い共感を持てるのではなかろうか。あなたは白葡萄酒《サック》を好む、わたしとて同様。これ以上の共感を求め得るだろうか? ペイジ夫人、どうか納得してほしい――少くとも武人の愛を納得してくれるなら――わたしがあなたを愛していることを。わたしをあわれんでくれなどとは申すまい――それは武人らしからぬ言葉だから――ただ、わたしを愛してほしい。われこそは君のまことの騎士、昼も夜も、いついかなる時も、その力の限り、君がために戦う、
ジョン・フォルスタッフ」
まあ、なんて高慢ちきな、へロデ王みたいな人! まったくひどいこと、世も末だわ! もう寄る年波ですっかり|がた《ヽヽ》が来ちまってるような老人が、若い伊達《だて》男きどりでさ! このフランダースの酔っぱらいは、なんて、でたらめなことをするんだろう――ほんとにいまいましいったらありゃしない――いったいあたしがどんな態度をとったからって、こんな風に図々しく言い寄って来たんだろう。あたしと一緒にいたことは、三度となかったくらいなのにさ。あたしが何を言ったというのさ。あの時はあたしはあんまりはしゃいだりはしなかったのに。あたし、ほんとうに男の人をおさえつけてやる法案でも議会に出そうかしら。どうやって仕返ししてやろうかしら。きっと仕返ししてやるから、あのふとった腸づめの|じじい《ヽヽヽ》にさ。
〔フォードの妻登場〕
【フォードの妻】 あら、ペイジの奥さん! お宅へ行くとこだったのよ。
【ペイジの妻】 そう、あたしはお宅に行こうと思ってたの。とてもへんな顔してるじゃないの。
【フォードの妻】 いえ、そんなことないはずよ。それどころじゃないの、お見せしなくちゃならないものがあるのよ。
【ペイジの妻】 いえ、ほんと、ほんとにへんよ。
【フォードの妻】 あら、そうかしら。でも、それどころじゃないって証拠見せてあげるわ。ねえ、奥さん、あたし相談にのってほしいのよ。
【ペイジの妻】 いったい、どうしたっていうの?
【フォードの妻】 あのね、ただ一つだけつまらないことが気にかかるんだけど、それさえなけりゃ、あたし、とても立派な身分になれるのよ。
【ペイジの妻】 つまらないことなんか構《かま》いなさんな、立派な身分のほうをとるのよ。いったい何なの? つまらないことなんか放っておいて――何なの?
【フォードの妻】 もしもあたしが永久に地獄へおちる覚悟さえすりゃ、あたしは貴族になれるのよ。
【ペイジの妻】 なんですって? 嘘おっしゃい! サー・アリス・フォード? 勲爵士《ナイト》の爵位を持ってる人たちなんて、いいかげんなことばかりするんだわ。だから、あんたの身分をきちんと守ってたほうがいいと思うわ。
【フォードの妻】 もう、いいかげんにしてよ。それより、読んでちょうだい、読んでよ、あたしが貴族になれるかも知れないという意味がわかるでしょうよ。あたしはね、男の身体つきをこの目で見分けられる限り、肥った男なんか大きらいだけどさ。でもあの人はいつもは口ぎたなく罵《ののし》ったりすることもないし、女のしとやかさをほめたり、それに、下品《げひん》な事はきちんと、行儀よく非難したりしたし、だから、あたしはあの人の性質も言葉と同じに立派なんだと思っていたの。だけど、どうよ、讃美歌と「|緑の袖《グリーン・スリーヴス》」の流行歌ぐらいちがうのよ。どんな暴風雨《あらし》があって、腸の中に沢山の油をつめこんだあの鯨《くじら》がウィンザーの岸に打ち上げられたのかしら? どうやってあの男に仕返しをしてやろうかしら? あたしが考えるには、一番いい方法は、あの男に期待を持たせて、最後の|どたん《ヽヽヽ》場で、情欲のおそろしい火で、自分の脂の中にとけちまうようにしてやることだと思うわ。ほんとに、こんなこと聞いたことあって?
【ペイジの妻】 一字一句ちがわないわ! ペイジとフォードの名前がちがっているだけ! あんたのことをあの男が尻の軽い女だって思ってやしないかなんて心配だけはなくなったわけよ。ここにあんたの手紙の双生児《ふたご》の兄弟があるのよ。でも相続はあんたのほうにさせましょうよ、あたしのほうは真《ま》っ平《ぴら》。きっと、あの男、こんな手紙を百通も書いたんだわ、名前のところだけ空けといて――もっとかも知れないわ――きっとあたしたちのは第二版ってとこよ。きっと、印刷にでもしようっていうんだわ。あいつ、あたしたち二人を押し型に入れようってんだから、何を印刷機にかけようとかまやしないんだわ。あいつに押しつぶされる位なら、あたしゃ巨人になって、ぺリヨン山の下に敷かれたほうがましだわ。そう、一人の身持ちのいい男をみつけるより、二十羽の|みだら《ヽヽヽ》な山鳩をみつけるほうがずっと可能性があるわよ。
【フォードの妻】 まあ、そっくり同じだわ!筆蹟も、言葉も同じよ。あたしたちのこと何だと思ってるのかしら!
【ペイジの妻】 知らないわ。でもあたし、なんだか自分でも自分の貞操をおかしなふうに考えるようになっちまったわ。だって、あたしのどこかにつけ込む隙がなかったら、あの男、こんな風にはげしくあたしを誘惑したりはしないでしょうからね。
【フォードの妻】 誘惑っておっしゃるの? あたし、あの男を甲板から下へなんか決して入れてやらないから!
【ペイジの妻】 あたしだってそうよ。もしも、あの男が甲板の下へ入って来たりしたら、あたしはもう二度と海には出ないわよ。ね、二人であの男に仕返ししてやりましょうよ。あの男に|あ《ヽ》|いびき《ヽヽヽ》の約束をして、こっちも気のあるような|ふり《ヽヽ》をして、うまく餌をちらつかせて、あの男をひきずり回し、ガーター館の|おやじ《ヽヽヽ》さんにあの男が馬を|かた《ヽヽ》にとられてしまうまで、ゆうゆうとあやつってやりましょうよ。
【フォードの妻】 ええ、いいわ、あの男にどんなひどいことだってしてやるわ、あたしたちの大切な貞操をけがすようなことのない限り。ああ、うちの人がこの手紙みたらどうなったでしょう。いつまでも|やきもち《ヽヽヽヽ》やいて大変だったでしょうよ。
【ペイジの妻】 あら、お宅の旦那さんが見えたわ。うちの人も一緒に。うちの人はおよそ|やきもち《ヽヽヽヽ》なんかやかないのよ、もっとも、あたしがそんなきっかけつくったりしないけど。そんな事、とんでもないことだけど。
【フォードの妻】 あんたはほんとにしあわせよ。
【ペイジの妻】 さあ、あの脂ぎった勲爵士《ナイト》をやっつける相談をしましょう。あっちへ行きましょう。
〔両人後ろにしりぞく〕
〔フォード、ピストル、ペイジ、ニムと共に登場〕
【フォード】 ほう、そんなことはないと思うがね。
【ピストル】 その「思う」ってのが、時には、尾を切りつめたやくざ犬でしてね。サー・ジョンはあんたの奥さんに惚れてるんです。
【フォード】 何だって? 家内はもう若くはないぞ。
【ピストル】 あの人は、身分が高かろうが低かろうが、金持だろうが、貧乏人だろうが、年寄りだろうが、若かろうが、そんなことはおかまいなしで、フォードさん。なんだってかまわず相手にするんですよ、フォードさん、よく考えなさいよ。
【フォード】 家内に惚れてる?
【ピストル】 肝臓を熱くほてらしてね。何とか手を打たなくちゃ、さもないと、あんたが、あのアクティーオンみたいに、自分の猟犬のリングウッドに追いかけられますぞ。ああ、何ていやらしいやつだ!
【フォード】 何ていうやつかね?
【ピストル】 角《つの》のことですよ。じゃ、さよなら。気をつけなさいよ、よく目を開けて、泥棒は夜はいりこんでくるんだから。気をつけなさいよ、夏が来て、カッコ鳥がなく前に。さ、行こう、ニム伍長。ペイジさん、彼の言うことを信用しなさいよ。〔退場〕
【フォード】 〔傍白〕ここががまんのしどころだ。真偽のほどを確かめてやろう。
【ニム】 〔ペイジに〕こりゃ本当の事ですよ。あっしは嘘をつくような気分にゃならないんでね。なんと言うか、あいつはあっしの気分にさわるようなひどいことをしたんでね。あっしゃ、あんたの奥さんとこに、気をひくような手紙を届けに行くはずだったのさ。でも、あっしだって剣を持っているんだ、必要とあれば、こいつを|ぶちかます《ヽヽヽヽヽ》ぜ。あいつは奥さんに惚れているんですぜ、つまりそういうことなんで。あっしは、伍長のニムですぜ。あっしゃ言うぜ、誓うぜ、嘘は言いませんぜ。あっしの名前はニム。フォルスタッフはあんたの奥さんに惚れてる。では、ご免なすって。あっしゃ色男《いろおとこ》に仕える気分にゃならないんでね。それがあっしの気分でね。ご免なすって。〔退場〕
【ペイジ】 「気分だ」なんて言ってたな、あいつ。あいつにかかっちゃ、英語も台なしだ。
【フォード】 フォルスタッフを探し出そう。
【ペイジ】 あんなに間の抜けた、わざとらしい言い方する奴は、はじめてだ。
【フォード】 もし事実だったら。ようし。
【ペイジ】 あんな悪党の言うことなんか信じるもんか、たとえ町の牧師さんがあの男は正直者だと言っても、とんでもない!
【フォード】 なかなか善良な分別のある男だったじゃないか――ようし。
【ペイジ】 おい、どうした、メグ?
〔ペイジの妻とフォードの妻出てくる〕
【ペイジの妻】 どこへ行くの、ジョージ? ねえ、あなた。
【フォードの妻】 どうしたの、フランク? なんでそんなに憂欝そうにしているの?
【フォード】 憂欝そう? とんでもない。さあ、家へ帰れ。
【フォードの妻】 まあ、あなた、何かおかしなこと考えてるんでしょう。行きましょうよ、奥さん。
【ペイジの妻】 今行くわよ。あなた、食事には帰って来るでしょう?〔フォードの妻に傍白〕
あら、あそこへ来た人ね、彼女をこの|すけべえ《ヽヽヽヽ》勲爵士《ナイト》の所へ使いにやりましょうよ。
【フォードの妻】 〔ペイジの妻に傍白〕ほんと、あたしもちょうどそう考えていた所よ。あの人なら|うってつけ《ヽヽヽヽヽ》だわ。
〔クィックリー登場〕
【ペイジの妻】 娘のアンに会いに来たのね?
【クィックリー】 はあ、さようで。お嬢さんはお元気でいらっしゃいますか?
【ペイジの妻】 一緒に来て会ってよ。あたしたちあんたにちょっとした話があるのよ。
〔ペイジの妻、フォードの妻およびクィックリー退場〕
【ペイジ】 どうかね、フォードさん?
【フォード】 君は、あいつがわたしに話したことを聞いたろう?
【ペイジ】 聞いた。そして君はもう一人の奴がわたしに話したことを聞いたろう?
【フォード】 奴らの言うことは本当だと思うかね?
【ペイジ】 とんでもない、畜生め! あの勲爵士《ナイト》がそんなことするなんて考えられない。彼がわれわれの女房たちに気があると非難している奴らは二人ともお払い箱になったんだ、|くび《ヽヽ》になったとたんに、悪党ぶりを丸出しにしやがって!
【フォード】 あいつら彼の家来だったって?
【ペイジ】 そうとも、二人ともさ。
【フォード】 それにしても、やっぱり気に入らないな。あいつ、ガーター館に泊っているのか?
【ペイジ】 ああ、そうだ。もしもあの男がわたしの女房に手を出すつもりなら、わたしは女房がどうするか泳がしてみる。それでもしあの男が女房からこっぴどい言葉でやっつけられるのでなければ、それこそわたしの責任だ、頭に角でもはやそうよ。
【フォード】 わたしは女房を疑うわけじゃないが、奴と女房を二人っきりで放ったらかすのはいやだ。男ってものはとかく信用しすぎるものだ。自分で責任とって、角をはやして引っこむなんて真っ平だ。わたしはこのままじゃすまさんぞ。
【ペイジ】 あそこに大げさにがなり散らすガーター館の亭主が来たぞ。あんなに愉快そうにしている時は、酒飲んで頭がカアッとなっているか、財布の中に金がはいっているかどっちかだ。
〔ガーター館の主人登場〕
よう、元気かね?
【主人】 よう、大将、どうだね? なかなかやるじゃないか! おお、判事の大将!
〔シャロウ登場〕
【シャロウ】 いま行くよ、亭主、いま行くよ。や、これはこれはごきげんよう、ペイジさん。ペイジさん、わたしと一緒に来てくれないかね? 面白いことがあるんじゃが。
【主人】 話してやれよ、判事の大将、話してやれよ、大将!
【シャロウ】 実はな、果し合いがあるんじゃ、ウェールズ人の牧師、サー・ヒューと、フランス人の医者のキーズ先生の果し合いが。
【フォード】 おい、ガーター館のご亭主、ちょっと話しがあるのだが。〔彼を傍へよびよせる〕
【主人】 何の用事だね、大将?
【シャロウ】 〔ペイジに〕わしらと一緒に見に行こう。あの陽気な亭主が両方の武器を検分したのじゃ。そして、おそらく、両人にちがった場所を指示したようじゃ。というわけはな、牧師さんには冗談なんか全然通用しないんでな。なあ、それが実は面白いんじゃ。〔彼らは離れた所で話し合う〕
【主人】 あんたは、あっしの所に泊っている客人の勲爵士《ナイト》を相手どって何かやらかすんじゃないだろうね?
【フォード】 いや、そんなことはないよ。わたしはあんたに半ガロンのあったかい葡萄酒でもやるから、何とか彼に会わせてくれよ。彼にはわたしの名はブルックだということにしといてくれ。もちろん、ほんの冗談だがね。
【主人】 よし来た、大将。あんたは自由に出入りしてよろしい――どんなもんだ――そして名前はブルックということにしよう。陽気な勲爵士《ナイト》だぜ。――行かないかね? |おのおのがた《ヽヽヽヽヽヽ》。
【シャロウ】 わしも行くよ、亭主。
【ペイジ】 あのフランス人なかなか剣を使うのがうまいっていうことだ。
【シャロウ】 いや、何の。わしに言わせりゃ問題にならん。近頃は距離《ディスタンス》をとやかくいったり、|突き《パス》がどうの、|押し《スラスト》がどうとかこうとか、うるさいことを言うが。要するに勇気じゃよ、ペイジさん、ここじゃよ、ここが大切だ。大の男四人ぐらい、ねずみのように飛び上がらせたものさ。
【主人】 さあ、みんな、さあ、さあ、行こうじゃないか?
【ペイジ】 ああ、行こうよ。果し合いなんかしないで、口喧嘩にしとけばいいのに。
〔主人、シャロウおよびペイジ退場〕
【フォード】 ペイジのあの大馬鹿め、自分の女房の浮気も知らずに安心しきっているが、おれはそう簡単に自分の考えを変えることはできないぞ。女房のやつ、ペイジの家であの男に会ってる。奴らが何をやったか、わかったもんじゃない。ようし、もっとよく調べてやろう。おれは変装して、フォルスタッフを探ってやろう。もし女房のやつが貞淑だとわかりゃ、骨折り甲斐があるというものだ。もしあいつがふしだらな事をしていたら、それならそれで骨折り甲斐があるというものだ。〔退場〕
第二場 ガーター館の一室
〔フォルスタッフとピストル登場〕
【フォルスタッフ】 お前にゃ|びた《ヽヽ》一文だって貸してやるもんか。
【ピストル】 じゃ、仕方がない、この牡蠣《かき》の殻みたいな世間を、剣でこじあけてみせるだけの事だ。
【フォルスタッフ】 |びた《ヽヽ》一文だって貸せない。お前がいままでは、おれの名前を利用して金を借りてるのを何も言わずがまんしていたぞ。おれは、お前とお前の相棒のニムのために、三度もおれの親しい友達に面倒をかけて、お前らを助けてやったんだぞ――さもなきゃ、お前たちは今頃は二匹のヒヒみたいに鉄格子の中から外を眺めてただろうよ。おれは、友達の紳士がたに、お前たちは立派な軍人で、勇敢な奴らだといったんで、地獄に落ちなきゃならない。ブリジェットの女房が、扇子の柄《え》をなくした時に、お前が盗んだんじゃないとおれの名誉にかけて誓ってやったぞ。
【ピストル】 分け前はやっただろう? 十五ペンス受けとったじゃないかね?
【フォルスタッフ】 理由は十分にあるんだ。ひどい奴だな、理由は十分にあるんだぞ。自分の魂を地獄におとすかもしれないような危険な事を、だれがただでやるかね? さあ、おれにうるさくつきまとうのはやめてくれ! おれはお前をぶらさげる絞首台じゃないぞ。さあ行けよ――人ごみの中のきんちゃく切りめ! あのピクトハッチの場末のおまえの家へ行っちまえ! おれの手紙だって届けてくれなかったじゃないか。悪党め! 体面の何のってやかましいこと言いやがって! どこまでも卑劣な奴め、このおれにだって体面をきちんと保つのは大変なことなんだ! おれだって、おれだって、このおれだって、時には、神さまをおそれることなんかそっちのけで、どうにも仕方がなくて名誉ってやつもそっとかくしておいて、だましたり、ごまかしたり、盗んだりするのさ、それだのに、おまえみたいな悪党が、お前のボロをかくしたり、ヤマネコみたいな面《つら》や、真赤な格子の居酒屋じこみの言葉や、憶面もなくぶっつけるような罵倒を、名誉なんてもののかげにかくせるとでも思っているのか! いいかげんにしろ!
【ピストル】 いや、済まなかった、済まなかった。これでいいだろう?
〔ロビン登場〕
【ロビン】 旦那さま、女の方がお目にかかりたいそうですが。
【フォルスタッフ】 お通ししろ。
〔クィックリー登場〕
【クィックリー】 旦那さま、お早うございます。
【フォルスタッフ】 お早う、おかみさん。
【クィックリー】 いえ、失礼ながら、そうじゃございませんので。
【フォルスタッフ】 じゃ、娘さんかな。
【クィックリー】 たしかにそうでございます、私がうまれましたその時には、私の母親がそうでございましたように。
【フォルスタッフ】 おれはお前さんの誓うことばを信用しよう。おれに何の用かね?
【クィックリー】 ひと言《こと》、ふた言《こと》、お話しすることをお許し頂けましょうか?
【フォルスタッフ】 いや、二千語だって話していいぞ。聞いてやるぞ。
【クィックリー】 あの、じつはフォードの奥さんが――どうか、もう少しこちらの方にいらしてくださいよ――私は医者のキーズ先生の所におりますものですが。
【フォルスタッフ】 なるほど、フォードの奥さんとか言ったね?
【クィックリー】 あなた様のおっしゃる通りです。――どうか、もう少しこちらの方にいらしてくださいまし。
【フォルスタッフ】 大丈夫だ、だれも聞いとりゃせん。あれは、おれの家来だよ。
【クィックリー】 ああ、さようでございますか。神さま、どうかあの方たちがよいご家来でありますよう、お恵みを!
【フォルスタッフ】 それで、フォードの奥さんが――いったいどうしたと言うんだね?
【クィックリー】 あの方はとてもいい方でございます。おお、あなた様は何と罪つくりなお方! まあ、どうか神様、あなた様を、そして私どもすべてをお許しくださいますように!
【フォルスタッフ】 フォードの奥さん、そのフォードの奥さんがどうした?
【クィックリー】 じつは、かいつまんで申せばこうなんでございますよ。あなた様は、あの奥さんを、それこそびっくりするほど、|かなり《ヽヽヽ》おかしな状態にしてしまいましたよ。まったく、このウィンザーに女王さまがおいでの時にも、どんなすばらしい宮廷のかたでも、あの奥さんを、あんなに、|かなり《ヽヽヽ》おかしな状態にしてしまったことはありませんでした。その時も、大勢の勲爵士《ナイト》のかた、貴族、紳士がたが馬車でおいでになりました――何台も何台も馬車が参りましたよ、次から次へと恋文《こいぶみ》が、そして贈り物が届けられましたよ――とてもいい匂いさせて、|じゃ《ヽヽ》|こう《ヽヽ》の匂いがそこら中にして、絹や金糸のお衣装の|きぬずれ《ヽヽヽヽ》の音、とてもお上品《じょうひん》な言葉で、とてもすばらしい上等のお酒やお砂糖、どんな女の人の心だって|とりこ《ヽヽヽ》にしてしまうような、すばらしいものばかりでしたわ。でも旦那さま、あの奥さんは、そんな方たちにウィンクひとつしませんでした。それなのにどうでしょう。あの奥さんは今朝私にエンジェル金貨二十枚も下さいましたのよ。ですけど、私、エンジェルなんかまったく軽蔑していますのよ――どんな風《ふう》にせよ――それが清《きよ》らかなものでない限り。そしてはっきり申し上げますけど、そのお方がた、どんなにおえらい方がたでも、あの奥さんにご一緒にお酒をひと口すすってもらうことさえおできにならなかったんですのよ。中には伯爵もいらっしゃいましたし、それどころじゃございません、女王様の護衛の貴族のかたがたもいらっしゃいましたけど、はっきり申し上げて、あの奥さんにとってはどなたもまったく問題になりませんでしたのよ。
【フォルスタッフ】 だが、あの人はおれには何て言ったんだ? 手短かに言ってくれ、女《おんな》使者どの。
【クィックリー】 はい、はい。あの方はあなた様のお手紙を受け取りまして、心から感謝しております。そして、あの方のご主人は、十時から十一時の間はお宅におられないということを、あなた様にお伝えしてくれとのことでした。
【フォルスタッフ】 十時から十一時だね?
【クィックリー】 はい、さようでございます。どうぞあなた様がご存知の例の絵を見にお出かけくださいとの事でございます。ご主人のフォードさんはお留守だそうで。ああ、お気の毒に、あのいい奥さんはご主人のことではそれは苦労なさいましたのよ。とっても|やきもち《ヽヽヽヽ》やきのご主人でしてね、そのために奥さんはとてもひどい目にあっていらっしゃいます、おかわいそうに。
【フォルスタッフ】 十時から十一時だね。奥さんによろしく伝えてくれ、かならず行くから。
【クィックリー】 まあ、さようでございますか。ですが私もう一つ、あなたさまにお伝えすることがございますの。ペイジの奥さんからもくれぐれもよろしくとのことでございました。あなた様にこっそり申し上げますがね、あの奥さんはとても立派で、礼儀正しく、しとやかな方で、朝も夕もお祈りを欠かさないという、ウィンザー中さがしてもほかには見られないような奥さんですわ。その奥さんが、ご主人はめったに家をあけることはないけれど、その内にはよい機会もあるだろうとあなた様にお伝えしてくれとの事でございました。女の人があんなに男に夢中になったの見た事ございませんわ。たしかにあなた様は何か魔法の力をお持ちですわ、そうにちがいございません。
【フォルスタッフ】 いやそんなことはないぞ。わしのもって生まれたいい所を別にすれば、わしは別に魔法の力を持っているわけじゃない。
【クィックリー】 それこそ結構なことでございますわ!
【フォルスタッフ】 だが、ひとつ聞いときたいことがある。フォードの奥さんと、ペイジの奥さんは、わしに惚れていることをお互いに知ってるのかね?
【クィックリー】 そうだとほんとうに面白いんでございますがね。そんなことはございませんようで、そうでしたら、とてもひどいいたずらでございますものね。ですがペイジの奥さんは、ごしょうですから、あなた様のかわいいお小姓をよこしてくださいとおっしゃっています。何でもあの方のご主人が、かわいいお小姓にそれはひどくご感染《ヽヽ》なんでございますって。ペイジさんは本当に立派な方でございます。ウィンザーでペイジの奥さんほどしあわせな生活している方はございません。何でも好きなことはする、思うことを言う、欲しいものは何でも手に入れる、お金はいくらでも払えるし、ねたい時にねて、起きたい時に起きる、何でも思うままでございますもの。でも、それも当然のことですわ。ウィンザーであの方ほど親切な方はいませんもの。どんな事があっても、あなた様、お小姓をあの方の所へおつかわしになってくださいましよ。
【フォルスタッフ】 ああ、いいとも。
【クィックリー】 では、そうしてくださいまし。そうすればお二人の間のお使いをすることができますでしょう。かならず合言葉を作っておおきなさいまし、お互いのお気持がわかりあえますように。お小姓には何も知らす必要はございません。子供たちは悪いことを知ってはいけませんもの。ご承知のように、年を取ったものは分別もあり、世間のこともよく知っているものでございます。
【フォルスタッフ】 じゃ、さよなら、二人によろしく言ってくれ。少しだが取っておいてくれ。後でまたお前にはお礼をするよ。おい、お前もこの人と一緒に行け!〔クィックリーとロビン退場〕なんだか胸がわくわくしてきたぞ。
【ピストル】 〔傍白〕あの|あばずれ《ヽヽヽヽ》女がキューピッドの使者というわけか! さあ、もっと帆を上げろ、追撃だ! 幕を上げろ! 撃て!あいつをぶん取れ、さもなけりゃ、みんな海に溺れちまうぞ!〔退場〕
【フォルスタッフ】 そうかよ、おいぼれジャック! 思う存分やれよ! おれはその老いぼれた体を今まで以上に使ってやるぞ。まだ今でもお前に惚れる奴らがいるのか? お前、さんざん今まで金を使っておいて、こんどは金を手に入れようってわけか? りっぱなご老体に、感謝するぜ。|ぶざま《ヽヽヽ》にやったと言うものには言わしておけ、結果さえよければ、なにかまうことはないんだ。
〔バードルフ登場〕
【バードルフ】 サー・ジョン、ブルックさんという方が旦那とお話して、お近づきになりたいといって下に見えております。朝のお酒にといって白葡萄酒《サック》を旦那に持って来ましたよ。
【フォルスタッフ】 ブルックっていう人か?
【バードルフ】 そうです、旦那。
【フォルスタッフ】 お通ししろ。酒をあふれさせるそんなブルックなら大歓迎だ。ああ、フォードの奥さんとペイジの奥さん、おれはお前さんたちをすっかり参らせちまったかね? まあ、いいや、やるぜ。
〔バードルフ、変装したフォードを連れて登場〕
【フォード】 これはこれは、はじめまして。
【フォルスタッフ】 いやこちらこそ。何かわたしにお話があるそうで。
【フォード】 前もってご都合も伺《うかが》わずに押しかけて参りましてどうも。
【フォルスタッフ】 いや、どういたしまして、よくいらっしゃいました。それでご用というのは?――おい、さがっていてくれ。〔バードルフ退場〕
【フォード】 わたしは紳士の家柄の者ですが、大分金をつかいすぎましてね。名前はブルックと申します。
【フォルスタッフ】 ブルックさん、今後ともどうぞよろしく。
【フォード】 サー・ジョン、こちらこそどうぞよろしく。と申しましてもあなたに金銭上の負担をかけたりするわけではありません、と言いますのは、あなたよりわたしの方が失礼ながら金を貸すなんていう時には金回りがよいように思いますんで。それでいささか臆面もなく突然こんな風にお邪魔したわけなんです。つまり、金さえ動けば、万事うまくゆく、とか言いますんでね。
【フォルスタッフ】 金は立派な兵隊ですよ、前進するからね。
【フォード】 まったく。じつはここに金袋を持って来たんですが、少々これを持て余していましてね。もしも、サー・ジョン、あなたが背負ってくださるなら、全部でも、半分でも取って頂けたら、わたしはとても楽になるんですがね。
【フォルスタッフ】 わたしみたいな者がどうして片棒かつげるのかね?
【フォード】 それをお話しましょう、もしあなたが聞いてくださるなら。
【フォルスタッフ】 話してください、ブルックさん、よろこんでおっしゃる通りにしよう。
【フォード】 あなたは学者だと聞いております――簡単にお話しましょう――あなたの事は以前からよく存じておりました。お近づきになりたいと思いながら、今までよい機会がありませんでしたが。わたしはあなたに打ち明けたいことがあります。それはわたし自身の恥をさらすことになるのですが。しかし、サー・ジョン、あなたがこの打ち明け話をお聞きになる時に、一方の目でわたしの愚かしさをご覧になりながら、もう一方の目をあなたご自身のご経験に向けてください。そうして、あなたご自身がこういうあやまちというものは犯し易《やす》いものだと知ってくだされば、わたしもそんな人間だと思って少しは気が楽になりますので。
【フォルスタッフ】 よろしい、話してください。
【フォード】 この町にひとりの立派なご婦人がありまして、その人の主人はフォードと申しますが。
【フォルスタッフ】 なるほど、それで?
【フォード】 わたしは長い間そのご婦人を愛しておりました。じつはその為に大分金も使いました。彼女に恋いこがれて後《あと》も追いました。あらゆる機会をつかんで彼女に会おうとしました。ちょっとでも彼女の姿を見ることができればどんな些細な機会でも手に入れました。いろいろと彼女に贈り物も買っておくりましたし、彼女が何が欲しいかを知るために、いろいろな人に惜しみなく金を与えました。つまり、愛にかりたてられるままに、わたしは彼女を追い回したのです。いつもいつも翼をやすめることなく飛びつづけていました。しかし、気持の上でも、金の面でもどんなに努力しても、今まで何の手ごたえも得られませんでした。ただ経験というものは尊いもので、それをわたしは高い代償を払って手に入れたということだけで、それがわたしにこう教えてくれるのです。恋は影のごとく、それを追い求める時、逃れゆく、
逃れゆくものを追い、追い求めるものを逃れゆく。
【フォルスタッフ】 そして彼女からは何の約束もしてもらえなかったかね?
【フォード】 全然だめでした。
【フォルスタッフ】 約束をしてくれるように頼んだことはないのかね?
【フォード】 全然ないのです。
【フォルスタッフ】 じゃ、あんたの恋っていうのはいったいどういうものかな?
【フォード】 他人の地所に建てた立派な建物のようなもんで、建てる場所をまちがえたために自分の建物までなくしてしまったというわけです。
【フォルスタッフ】 どういう目的であんたはわたしにこんな打ち明け話をするのかね?
【フォード】 そこまでお話すると、結局、何もかもお話してしまうことになるのですが。噂によりますと、彼女はわたしにはいかにも貞淑な奥さんのようにみせていますが、別の場所では、思う存分勝手なふしだらをしているとか悪い噂も立っているのです。ところで、サー・ジョン、わたしの話の目的はここにあるので、よく聞いて頂きたい。あなたはお生まれもよい立派な紳士、弁舌もさわやか、立派な方がたともつき合っておられる、ご身分もお人柄も申し分ない、あなたの勇敢な軍人としての、立派な宮廷人としての、そして学識人としての素養は一般にひろく認められています。
【フォルスタッフ】 何を言われる!
【フォード】 いや確かに、ご自分でもご存知のはず。ここに金があります。それを使ってください。どしどし使ってください。全財産を使い果しても文句は言いません。ただ、その代りに、あなたが時間をさいてくださって、あの貞淑なフォードの奥さんを色仕掛けでくどいてください。あなたのご自由に言い寄ってみてください。だれが出来るといって、あなたほどそれがうまく出来る人はほかにはいないはずです。
【フォルスタッフ】 あんたがそんなに夢中になって惚れているのに、その相手をわたしが手に入れたりして、それで筋が通るかね? わたしが考えるのに、あんたの計画はどうもとんでもない的《まと》はずれのものに思えるが。
【フォード】 どうかわたしの気持をわかってください。彼女は非常にはっきりと貞淑な妻の立場を守っておりますので、わたしは淫《みだ》らな気持など到底みせることなどできません。彼女はまともに眺めることができないほどまぶしい太陽のようです。もしもわたしが何か彼女の不貞の証拠を手に入れることができたら、わたしの欲望は、前例や材料があるわけですから、それを利用して大っぴらに彼女に言いよることもできます。わたしは、そうすれば、今はとても堅固で、とても攻めようのない、彼女の貞操や、彼女の名声や、結婚の誓いや、その他数限りない彼女の防御《ぼうぎょ》壁から彼女を追い出すこともできるのです。いかがでしょうか、サー・ジョン?
【フォルスタッフ】 ブルックさん、まず金を頂くとしよう。それから握手だ。そして最後に、わたしが身分高い紳士であることにかけても、あんたが望むなら、フォードの奥さんをかならずあんたのものにしてあげよう。
【フォード】 おお、何とありがたいこと!
【フォルスタッフ】 かならず、そうしてあげるよ。
【フォード】 どうか、金には不自由させませんから、サー・ジョン、決して不自由はさせません。
【フォルスタッフ】 わたしもフォードの奥さんのことじゃ、あんたに決して不自由はさせないぞ、ブルックさん、決して。実は、彼女のほうからの申し込みで、彼女に会うことになっているんだ。ちょうどあんたがわたしの処へ来られた時、彼女の手伝いというか、仲介者というか、そいつが出て行ったところだった。わたしは十時から十一時の間に彼女に会うことになっているんだ。ちょうどその時間には、彼女の|やきもち《ヽヽヽヽ》やきの亭主が出かけて留守なんだそうだ。今晩また来てください。首尾をお話しよう。
【フォード】 お知り合いになって本当によかった。フォードをご存知ですか?
【フォルスタッフ】 そいつのことなんかほっとけ! 貧乏な、女房をとられた奴め! そんな奴は知らないね。だが彼のことを貧乏なんて言って悪かった。何でもあの|やきもち《ヽヽヽヽ》やきの女房をとられた亭主は金はたんまり持ってるそうだ。だから、そいつの女房はなおさら|きれい《ヽヽヽ》に見えるんだ。わたしは彼女を鍵にして、間男《まおとこ》された亭主野郎の金庫をあけてやるわ、それこそ大変な収穫祭だからな。
【フォード】 フォードをご存知だとよいのですが、そうすれば彼に会うような時には、避けることができるんですがね。
【フォルスタッフ】 ほっとけ、そんなけちくさい安っぽい野郎の事なんか! わたしがひとにらみで分別もなくさせてやるわ! 棍棒でおどしつけてやるわ。あの女房をとられた野郎の頭の角の上に流星のように棍棒をふらしてやるわ。ブルックさん、わたしは必ずあんな百姓おやじをやっつけて、あんたをあいつの女房と一緒にねさせてあげるよ。夜になったらすぐお出でなさい。フォードは下卑《げび》た野郎だが、それにもう一つ、肩書きをつけてやるわ。ブルックさん、あんたには彼が下卑た野郎でその上女房をとられた野郎だという事を知らせてあげるわ。夜になったらすぐお出でなさい。〔退場〕
【フォード】 何てひどい好色おやじだ! がまんがならなくて胸がはりさけそうだった。これが根拠のない|やきもち《ヽヽヽヽ》だとだれが言えるかね? 女房のほうから使いをやって、時間を決めて、|あいびき《ヽヽヽヽ》の約束をしたのだ。こんなことをだれが考えられるだろうか? 不貞な妻をもった男の地獄の苦しみだ。おれの寝床はけがされる、金庫は荒される、おれの名声はめちゃくちゃにされる。おれはとんでもないひどい目に会わされるばかりでなく、いやらしい肩書きまでつけられる、それもおれにひどいことするその男からだ。肩書き! 名前! アメーモンもいい名だ、ルシファーもいい。バルバソンもいい。みんな悪魔の肩書きだ、悪魔の名前だ! だが|妻をとられた男《カッコールド》! 間抜け亭主! |妻をとられた男《カッコールド》! 悪魔だってこんな名前はもっていないぞ! ペイジのやつは馬鹿だ! まったくおめでたい馬鹿だ! 自分の女房を信用して、やきもちもやかないんだから。おれは女房を信用して放ったらかしとくぐらいなら、バターをフランダース人にチーズをウェールズ人のヒュー牧師に、ウィスキーをアイルランド人にまかし、おれの乗る去勢馬を泥棒にまかしといたほうがましだ。女は計画し、思案し、工夫し、心の中で考えたことを実行せずにはいられない。おれは|やきもち《ヽヽヽヽ》やきで幸いだった。十一時だったな。ようし、邪魔をしてやろう。女房を見張って、フォルスタッフに復讐し、ペイジを笑ってやろう。さあ、取りかかろう。三時間早すぎるほうが、一分おくれるよりはましだ。えい、いやらしい、|妻をとられた亭主《カッコールド》! 間抜け亭主!〔退場〕
第三場 ウィンザーに近い野原
〔キーズとラグビー登場〕
【キーズ】 おい、ラグビーの野郎?
【ラグビー】 へい、だんな?
【キーズ】 この野郎、今何時なのだ?
【ラグビー】 サー・ヒューとのお約束の時間はもうすぎました。
【キーズ】 えい、いまいましい! 彼来ないということは生命ひろったということだ。彼はバイブルによく祈ったのだ、だから彼来ないのだ。畜生《ヽヽ》! ラグビーの野郎、もし彼が来ていたら、生命なかったということだ。
【ラグビー】 あの人は、よく知ってるんでさ、もしやって来たら、旦那があの人を殺すだろうってね。
【キーズ】 畜生《ヽヽ》め! あいつニシンのように殺してやるのだ。細身の剣を取れ、この野郎!どうやってあいつ殺すか教えてやるのだ。
【ラグビー】 いいえ、旦那、あっしはフェンシングはできません。
【キーズ】 悪党め、剣をとれ!
【ラグビー】 やめてください。だれか来ました。
〔ガーター館の主人、シャロウ、スレンダーおよびペイジ登場〕
【主人】 よう、医者の大将!
【シャロウ】 ごきげんいかが、キーズ先生?
【ペイジ】 やあ、先生。
【スレンダー】 お早うございます。
【キーズ】 何のために、皆さん、一人、二人、三人、四人もここへ来たですか?
【主人】 あんたが戦うのを見に来たのさ。突きを入れたり、横から横へとんだり、今ここかと思えば今度はあそこ、剣のきっさきで突いたり、短剣のきっさきで突いたり、逆手をとって突いたり、間隔を置いたり、正面から突いたりするのを見に来たのさ。相手は死んだのかね、エチオピア人? 相手は死んだのかね、フランス人? どうだ、大将? どうしたね、イスキュレピアス? どうだね、名医ゲイレン? ニワトコの心臓さん? 小便大将? 相手は死んだかね?
【キーズ】 まったく、臆病者の牧師野郎、顔出さないのだ。
【主人】 お前さんはスペインの王さんの小便大将だ。ギリシアのへクトルだ!
【キーズ】 どうか、皆、たのむから証人になってくれ、わしは六時間か七時間、二時間か三時間あの男待った。あの男やってこなかった。
【シャロウ】 先生、あの男のほうが賢いんじゃないかね? あの男は魂をなおすんだ、あんたは身体をなおすが。もしあんたが果し合いなんかすれば、あんたの商売の本筋にたがうんじゃないかな。その通りじゃろう、ペイジさん?
【ペイジ】 シャロウさん、あんたも昔は喧嘩っ早かったんでしょう。今じゃ治安を守るお人だが。
【シャロウ】 まったくだ、ペイジさん。わしは今じゃ年をとってしまったが、それでも剣の|さや《ヽヽ》が払われたのをみると、一勝負やってみたいとこの指がうずきますわ。われわれは判事でも、医者でも、牧師でも、ペイジさん、われわれにはまだ若い頃の元気が残っているんですわ。われわれはみんな人間ですからな、ペイジさん。
【ペイジ】 ごもっともです、シャロウさん。
【シャロウ】 そういうことですわ、ペイジさん。キーズ先生、わしはあんたを家に連れもどすために来ましたのじゃ。わしは治安の責任ある者だ。あんたも賢明な医者として行動されて来た。サー・ヒュー自身も賢明な忍耐深い牧師として行動して来られた。さあ、わしと一緒にもどりましょう、先生。
【主人】 ちょいと失礼、判事のお客さん。――一言はなしが、水肥《みずごえ》先生。
【キーズ】 水肥《ヽヽ》だ? それいったい何のことなのだ?
【主人】 水肥《ヽヽ》っていうのは英語じゃ、勇気ってことだ、大将。
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! それじゃわたし英国人と同じくらい水肥《ヽヽ》もっているわい! 卑劣なやくざ犬牧師め! 畜生《ヽヽ》! わしあいつの耳ちょん切ってやるぞ!
【主人】 相手のほうが突いて突いて突きまくってくるぜ。
【キーズ】 突いて突いて突きまくる? それ何のことなのだ?
【主人】 つまりね、あんたにつぐないをするってことよ。
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! それじゃ、わし、あいつに突いて突いて突きまくってもらうわ。畜生《ヽヽ》!かならずそうさせてやるのだ。
【主人】 あっしゃあいつをけしかけてそうさせるわ。さもなきゃ、追いだしてやるわ。
【キーズ】 ありがとよ。
【主人】 それからな、大将――〔他の者たちに傍白〕だが、まずな、判事のお客さん、ペイジさん、そしてスレンダーの大将、町を抜けてフロッグモアへ行ってみてくれよ。
【ペイジ】 サー・ヒューがそこにいるんだね?
【主人】 そうとも、そこにいる。どんなご機嫌かみて来てくれよ。あっしゃ野原を通ってお医者さんを連れてゆく。いいかね?
【シャロウ】 よろしい。
【ペイジ】 失礼します、先生。
【シャロウ】 失礼します、先生。
【スレンダー】 失礼します、先生。〔ペイジ、シャロウ、スレンダー退場〕
【キーズ】 畜生! おれあの牧師殺してやるのだ。あいつ、あのやくざ野郎のために、アン・ペイジに話するというのだ。
【主人】 殺しちまえよ。でもまず|かんしゃく《ヽヽヽヽヽ》をおさえるんだね。冷たい水をあんたのかんしゃくにぶっかけるのさ。野原を通ってあっしと一緒にフロッグモアを抜けて行くとしよう。アン・ペイジ嬢のいる所に連れてってあげよう、ある農家で宴会やってるんだ。そこでアン・ペイジをくどけばいい。獲物にかかれ! それでいいだろう?
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! ありがと。畜生《ヽヽ》! あんた好きです。わたし、あんたにいい客、世話するです。伯爵とか、勲爵士《ナイト》とか、貴族とか、紳士とか、わしの患者世話するです。
【主人】 そのお礼に、アン・ペイジの事に関しては、あっしはあんたの仇敵《ヽヽ》になってやろう、どうかね?
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! とてもよろしい。
【主人】 じゃ、出かけるとしようや。
【キーズ】 ラグビーの野郎! 後からついてこい。
〔退場〕
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第三幕
第一場 フロッグモア付近の野原
〔サー・ヒュー・エヴァンズとシンプル登場〕
【エヴァンズ】 ねえ、スレンダーさんのお宅の、そしてわたしの友人のシンプルさん、たしかそうでしたな。あの自称の医学博士キー|ス《ヽ》さんを|と《ヽ》っちの方に探してくれたのですか?
【シンプル】 ウィンザーの小公園のほうも、大公園のほうも、みんな探したです。旧ウィンザーのほうもみんな、あとはウィンザーの町だけですだ。
【エヴァンズ】 ぜひ、お願いするから、そちらのほうも探してください。
【シンプル】 いいとも。
【エヴァンズ】 ああ、何たること、わたしは怒りに高|ぷ《ヽ》り、胸の|ぷ《ヽ》るえがとまらない。――あの男に|た《ヽ》まされるほうがいいのだ、何とわたしは憂欝か! わたしはあいつの小便器を、あの男の頭に|ぷ《ヽ》っつけてやる、そんな機会さえあれば! ああ、何たること!
〔歌う〕
浅い小川に、その水音に、
さえずる小鳥、マ|ト《ヽ》リガル歌う――
そこにつくろう、|ぱ《ヽ》らの花床、
香りも高い、花た|ぱ《ヽ》を。
浅い――
ああ、何たること、なんだか泣きたくなった。
〔歌う〕
さえずる小鳥、マ|ト《ヽ》リガル歌う――
われ|パ《ヽ》ビロンにありし時――
香りも|あわい《ヽヽヽ》、花た|ぱ《ヽ》を。
浅い小川に……
【シンプル】 牧師さん、あそこからやって来ただよ。
【エヴァンズ】 よくぞ来てくれた。――
〔歌う〕浅い小川に、その水音に――
神よ、正しきものを守り給え! どんな武器かね?
【シンプル】 何も持ってない。あっしの旦那と、シャロウさんと、もう一人の旦那が来るよ。フロッグモアから、|踏み越し段《スタイル》こえて、こっちのほうへ。
【エヴァンズ】 さあ、|カ《ヽ》ウンをとってくれ。いや、お前が手に持っていてくれ。
〔ペイジ、シャロウおよびスレンダー登場〕
【シャロウ】 これは牧師さん、お早うございます、サー・ヒュー。|ばくち《ヽヽヽ》打ちが|さいころ《ヽヽヽヽ》を持たず、学者が本を持たないとは、おどろくべきことじゃね!
【スレンダー】 ああ、やさしいアン・ペイジ!
【ペイジ】 ごきげんよう、サー・ヒュー。
【エヴァンズ】 ああ、皆さん、|こ《ヽ》き|け《ヽ》んよう。
【シャロウ】 や、や、剣と言葉? 両方をご研究とはおどろきましたな、牧師さん。
【ペイジ】 いつも若々しいですな、こんなに冷えてじめじめする日に胴着とタイト・ズボンだけとは。
【エヴァンズ】 これにはいろいろ原因、理由があるんですわ。
【ペイジ】 わたしたちはお役に立ちたいと思って来ました、牧師さん。
【エヴァンズ】 なるほど、それは|と《ヽ》んなことですか?
【ペイジ】 じつはあそこにさる立派な紳士がおられるんですが、その人がだれかからひどい目に合わされたようで、いつもの落着きや我慢を忘れてしまって、だれも見たことがないほど興奮しておられるんです。
【シャロウ】 わしももう八十を越したが、あんなのは今まではじめてじゃよ。あの地位で、真面目で、学問もある人があんなにとり乱しているんじゃから。
【エヴァンズ】 いったい、そりゃ|た《ヽ》れですか?
【ペイジ】 あんたもご存知かと思うが、医者のキーズ先生、有名なフランス人のお医者ですよ。
【エヴァンズ】 おお、とん|て《ヽ》もない、神の御旨《みむね》と受難にかけて! あんな奴のこと言うくらいなら、一杯のオートミールの話でもしてくれ!
【ペイジ】 それはまたどうして?
【エヴァンズ】 彼はヒ|ボ《ヽ》クラテーズも、ゲイレンも知っちゃおらん。しかも悪党だ! あんな卑怯な悪党は、あんた|か《ヽ》たが知り合いになろうたって仲々なれるもんじゃない!
【ペイジ】 たしかに、この男が彼の相手ですよ。
【スレンダー】 ああ、やさしいアン・ペイジ。
【シャロウ】 この男の持っている武器から察するに、どうもそのようじゃな。二人を近づけないようにするんじゃ、キーズ医師がやって来たぞ。
〔ガーター館の主人、キーズ、およびラグビー登場〕
【ペイジ】 さあ、牧師さん、剣をおさめてください。
【シャロウ】 先生、あんたも同様におさめてくれ。
【主人】 武装は解いて、口で争ってもらおうじゃないか。身体に傷つけちゃならない、その代り、われわれの国語をずたずたにぶった切れ!
【キーズ】 ひと言、あんたの耳に入れときたい。なぜ、わしと仕合にあんた来なかった?
【エヴァンズ】 〔キーズに傍白〕どうか怒らんでください。〔大声で〕まったくだ!
【キーズ】 まったく、あんた臆病者! 犬ッころ! 猿公《えてこう》!
【エヴァンズ】 〔キーズに傍白〕どうかお願いだ、あの連中のもの笑いの種になることだけはやめよう。これからどうかとも|た《ヽ》ちになってくれ、わたしも何とかつ|く《ヽ》ないはするから。〔大声で〕おれはお前の小便器をお前のやくざ頭に|ぷ《ヽ》っつけてやるわ!
【キーズ】 こん畜生《ヽヽ》! おい、|ヤル《ヽヽ》ター館の亭主! わたし、あいつ殺すために待ったのだな? 約束の場所、わたし、行かなかったか?
【エヴァンズ】 わたしはキリスト教信者ですぞ、|ええ《ヽヽ》かね、ここが約束の場所ですぞ。|カ《ヽ》ーター館の亭主にさ|ぱ《ヽ》いてもらおう。
【主人】 まあ落着いてくれ、ガリアにゴール! フランス人にウェールズ人、魂のお医者に肉体のお医者!
【キーズ】 うまいぞ、うまいぞ、上等だ。
【主人】 落着いてくれと言ってるんだ。ガーター館の主人の言うことを聞いてくれ。おれは策略家かね? おれはずるいかね? おれはマキャベリかね? お医者の先生がいなくてもいいと言うのかね? とんでもない。先生は薬をくれるし、|通じ《ヽヽ》もよくしてくれる。牧師の先生がいなくてもいいというのかね? とんでもない。先生は諺も教えてくれるし、わけのわからん言葉も教えてくれる、さあ、地上の先生、お手を。そうそう。さあ、天上の先生、お手を。そうそう。学識ある両先生、じつはあっしがあんた方をだましたのさ。あっしが別々の場所を教えたのさ。あんた方の心は強く、偉大だ、あんた方の身体は傷ひとつ受けなかった。さあ味つけたあったかい白葡萄酒《サック》で決着をつけよう。ふたりの剣は抵当にとっとけ! さあ、わしの後につづけ! 平和の若者たち! つづけ、つづけ、つづけ!〔退場〕
【シャロウ】 まったく、きちがいじみた亭主だな。さあ、まいろう、皆さん、まいろう。
【スレンダー】 おお、やさしいアン・ペイジ!〔シャロウ、スレンダー、およびペイジ退場〕
【キーズ】 なるほど、わかった。皆、わしたち馬鹿にしたのだ。
【エヴァンズ】 まあ、よかった。あいつはわたしたちを笑いの|たね《ヽヽ》にした。でも、あんたととも|た《ヽ》ちになれてよかった。一緒に知恵をし|ぽ《ヽ》って、あのいやらしい、卑劣な、嘘つきの|カ《ヽ》ーター館の亭主に、仕返しをしてやろう。
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! 心から願うです。あいつ、アン・ペイジいる所へ連れてゆく約束した。畜生! あいつ、わたし、だました!
【エヴァンズ】 |ええ《ヽヽ》ですよ。あいつの脳天|ぷ《ヽ》んなぐってやる。さあ、一緒に行こう。〔退場〕
第二場 ウィンザーの路上
〔ペイジの妻とロビン登場〕
【ペイジの妻】 さ、どんどん歩いてお行き、|ちび《ヽヽ》の紳士、お前はいつもお伴ばかりしているけど、今日は案内役だよ。お前はあたしの目さきの案内をするのと、お前の主人のかかとにくっついて行くのと、どっちがいいの?
【ロビン】 そりゃ、奥さんの前に一人前の男らしく歩いて行くほうが、旦那のうしろに小人《こびと》のようにくっついて行くより、ずっといいです。
【ペイジの妻】 まあ、お前、お世辞言うじゃないの。宮廷人にだってなれるよ。
〔フォード登場〕
【フォード】 いいところでお会いした、ペイジの奥さん。どこへお出かけかな?
【ペイジの妻】 お宅の奥さんのとこへ。いらっしゃいますか?
【フォード】 ええ、いますとも、仲間がいなくて、退屈しきって身体をもてあましていますよ。あんた方、とても仲がいいから、亭主が死んだら結婚するんじゃないかね?
【ペイジの妻】 たしかに――二人とも別の亭主とね。
【フォード】 どこであんたは、このかわいい風見《かざみ》みたいな少年を見つけて来たのかね?
【ペイジの妻】 うちの人がこの子を連れて来た先の名前は一体何でしたっけ、思い出せないんだけど。――何ってったっけ、お前の主人の勲爵位《ナイト》の名前は?
【ロビン】 サー・ジョン・フォルスタッフです。
【フォード】 サー・ジョン・フォルスタッフだって?
【ペイジの妻】 そう、そう、どうしてもあたしにはその名前が思い出せないんですのよ。うちの人とあんなに仲がいいのに。ほんとうに奥さんお在宅《うち》?
【フォード】 本当だとも。
【ペイジ】 じゃ、失礼しますよ。奥さんの顔見ないと元気が出ないんですよ。
〔ペイジの妻とロビン退場〕
【フォード】 ペイジのやつ脳味噌もってるのかな? 目を持っているのか? 考える力を持ってるのか? たしかに、持っていても、みんな眠っているんだ。使いものにならないんだ。なんだ、あの小僧なら、大砲の弾丸《たま》がまっすぐに二四〇ヤードもとんでゆくように、簡単に恋文を持って二〇マイルさきまで届けるわ。あいつは自分の女房の気|まま《ヽヽ》を助長させているぞ、自分の女房の浮気をつのらせ、鼓舞してるようなもんだ。あの女房のやつ、これからうちの女房の所へ行くんだな、フォルスタッフの小僧をつれて。どうやらひとあらし起こりそうな気配《けはい》だぞ。フォルスタッフの小僧がいっしょだ! 何か企《たくら》んでるぞ! 悪い計画だ! 不貞な女房たちが、一緒に不埒《ふらち》な真似をしようというんだな。おれはあの男をとっつかまえてやる。その化《ば》けの皮をはいでやる。それからペイジのやつが、まったくの|おめでたい《ヽヽヽヽヽ》アクティーオンみたいなやつだということをはっきりさせてやる。そうすれば近所の人たちも、図星《ずぼし》だと喝采してくれるだろう。〔時計の音〕
時計がおれの出番をしらせてくれる。おれの確信がおれに探せと命令している。フォルスタッフをかならず見つけてやるぞ。そうすれば、おれは馬鹿にされたりはしないで、むしろほめられるだろう。フォルスタッフがいることは、この堅固な大地と同様、たしかなことだ。さ、ゆくぞ。
〔ペイジ、シャロウ、スレンダー、ガーター館の主人、エヴァンズおよびキーズ登場〕
【シャロウ】 や、フォードさん、よい所でお目にかかりました。
【ペイジ】 や、フォードさん、よい所でお目にかかりました。
【その他】 や、フォードさん、よい所でお目にかかりました。
【フォード】 〔傍白〕まったく、いい気な奴らだ。――〔大声で〕皆さんどうぞ私の家へお出かけください、ごちそうしますから。
【シャロウ】 わしは失礼します、フォードさん。
【スレンダー】 わたしも失礼しなくちゃ。みんなで、アン嬢と食事をする約束があるんです。計算しきれないほど金をもらっても、彼女との約束を破るわけにはいかない。
【シャロウ】 アン・ペイジとわしの甥のスレンダーとの縁談が延び延びになっていてね、今日やっと返事がもらえることになったんじゃ。
【スレンダー】 わたしは、あなたのご快諾をいただきたい、ペイジのお父さん。
【ペイジ】 もちろんですとも、スレンダーさん、わたしは完全にあなたの味方です。ですが、わたしの家内は、先生、まったくあなたの味方ですよ。
【キーズ】 はい、畜生《ヽヽ》! 娘さんわたし愛します、わたしの家政婦クィックリー、まったく、そう言うです。
【主人】 あの若いフェントンの旦那はどうなんだね? 活発に高くとびはねもするし、ダンスもうまい、若々しくきれいな目してる。詩も書くし、|きびきび《ヽヽヽヽ》と話もできる、四月、五月の新鮮さをもってる。あいつがきっと勝つぜ、きっと勝つぜ、勝つことまちがいなしだ。
【ペイジ】 わしの賛成なしには駄目だ、はっきり言っとくが。あの男には財産がない。あの男は無法な王子やポインズなどと付き合っていた。それに少々身分が高すぎる。世間のことを知りすぎている。あの男が自分の財産を補強するために、わたしの財産を使わせてやるのなんかはまっぴらごめんだ。もしアンがほしければ、娘だけ連れてゆくがいい。わたしの財産はわたしが思うように使う、どうもあの男には賛成できない。
【フォード】 どうか、お願いだ。だれでもいい、わたしと一緒に家へ来て食事をしてくれないか。ご馳走ばかりでなく、面白いことがあるぞ。わたしは怪物を見せてやろう。先生、どうか来てください。ペイジさんも、そしてサー・ヒュー、あなたも。
【シャロウ】 よろしい、じゃわしらは失礼しよう。そのほうが、ペイジさんのお宅で、もっと自由にアンに結婚の申し込みができるじゃろう。〔シャロウとスレンダー退場〕
【キーズ】 家へ帰れ、ジョン・ラグビー、わたしすぐ帰る。
【主人】 じゃ、皆さんさよなら、わたしゃ、これから帰って、あの立派な勲爵位《ナイト》のフォルスタッフとカナリー酒でも一杯やるとしよう。〔退場〕
【フォード】 〔傍白〕おれのほうがまずあいつと樽《たる》酒をのんでやるわ。そしてあいつを踊らせてやる。――さあ、皆さん、出かけましょう。
【一同】 じゃ一緒に行って、怪物を見せて頂こう。〔一同退場〕
第三場 フォードの家
〔フォード妻とペイジ妻登場〕
【フォードの妻】 ちょっと、ジョン! ロバートはいるかい?
【ペイジの妻】 早く、早く! 洗濯籠は?――
【フォードの妻】 大丈夫よ。ねえ、ロバート!
〔ジョンとロバート洗濯籠を持って登場〕
【ペイジの妻】 さあ、さあ、早く!
【フォードの妻】 ここへ、おいておくれ!
【ペイジの妻】 さ、早く、言いつけなさいよ、簡単にね。
【フォードの妻】 いいかい、ジョンとロバート、あたしがさっき言いつけたように、お前たちは酒倉のすぐそばに用意して待ってておくれ。あたしが、突然呼んでも、すぐ出て来て、いきなり、かまうことないから、この籠を肩にかつぐんだよ。かついだら、大急ぎでそれをかついだまま歩いてお行き。そしてダッチェット・ミードのリネン洗濯屋の方へ運んで行き、そこですぐそばのテムズ川の側の|どぶ《ヽヽ》の中へ籠の中身を捨ててくるんだよ。
【ペイジの妻】 いいね、やってくれるね?
【フォードの妻】 もう何度も何度も言いつけてあるからまちがいないわよ、必ずやってくれるわよ。さ、おさがり、呼んだらすぐ来るんだよ。
【ペイジの妻】 ああ、チビのロビンが来たわ。
〔ロビン登場〕
【フォードの妻】 おや、|はいたか《ヽヽヽヽ》の|ひな《ヽヽ》のおチビさん、何かニュース?
【ロビン】 旦那のサー・ジョンが裏口に来ています、フォードの奥さん、あなたにお目にかかりたいそうです。
【ペイジの妻】 ね、チビの|あやつり《ヽヽヽヽ》人形さん、あたしたちを裏切りゃしないだろうね。
【ロビン】 大丈夫ですとも。旦那はペイジの奥さんがここに来ていらっしゃることは知りません。そしてもしわたしが今日のことを奥さんにしゃべったら、永久に暇を出すとおどすんです、すぐにもわたしを追い出しちまうというんです。
【ペイジの妻】 お前はいい子だね。このことを黙っていればお前は洋服をつくってもらえるよ。新しい上着とズボンができるんだよ。――さあ、あたしかくれなくっちゃ。
【フォードの妻】 そうしなさいよ。さあ、あんたの旦那に、あたしひとりだって言うんだよ。〔ロビン退場〕ねえ、奥さん、出てくるところを忘れちゃだめよ。
【ペイジの妻】 大丈夫、もし失敗したら、いくらでもあたしを|やじ《ヽヽ》るといいわ。
【フォードの妻】 さあ、はじめましょう。このきたない水|ぶくれ《ヽヽヽ》、このぶかっこうな水っぽい|かぼちゃ《ヽヽヽヽ》めをひどい目に会わしてやらなくちゃ、山鳩と|かけす《ヽヽヽ》はどうちがうか教えてやりましょうよ。〔ペイジの妻退場〕
〔フォルスタッフ登場〕
【フォルスタッフ】 「ああ、わが天上の宝石、今こそ汝を手に入れたか!」ああ、わたしはもう死んでもよい、すでに長く生きて来たのだから。これでわたしの野心も果されたと言うべきか。おお、この祝福の時よ!
【フォードの妻】 ああ、おやさしいサー・ジョン!
【フォルスタッフ】 フォードの奥さん、わたしはうまくは言えん、お|世辞は《ヽヽヽ》つかえん、フォードの奥さん。今、わたしはおそろしいことを願っている。あんたの亭主が死んでいたらいいと思う! そうすればどんな地位の高い貴族の前でもはっきりと言おう、わたしはあんたをほんとうにわたしの令夫人にすると。
【フォードの妻】 あたしをあなたの令夫人にですって? ああ、あたしはどんなにみすぼらしい令夫人でしょうか?
【フォルスタッフ】 いやフランスの宮廷だって、あんたほどの人がいるなら見せてもらいたいくらいだ。あんたの目はダイアモンドとも光を競うだろう。あんたは美しいアーチ形の|ひたい《ヽヽヽ》を持っている、船形《ふながた》かざりでも、奇抜な髪かざりでも、ヴェニス風の髪かざりでも似合うだろう。
【フォードの妻】 いいえ、平凡なスカーフくらいですわ、サー・ジョン、あたしのひたいに似合うのは。それだって大してよく似合いはしません。
【フォルスタッフ】 そんなこと言うあんたは裏切り者だぞ。あんたは立派な貴族の令夫人になれる。あんたの足をしっかりふみしめたら、半円形のふくらんだ大きなスカートをつけたあんたの歩きっぷりはどんなにすばらしいだろうか。もしも、今はあんたの敵だが、運命があんたの味方だったらあんたに美しさを与えてくれた自然だけでなく――あんたはどんなに立派な身分になれたことか。さあ、かくそうたって駄目だ!
【フォードの妻】 とんでもない、あたしにはかくすものなんてありませんわ。
【フォルスタッフ】 何がわたしにあんたを愛させたか? あんたには何か特別にすばらしい所があるからではないか。わたしにはあんたがこうだとかああだとかうまいことを言ってだますことなんか出来ない。男の服を着ていながら女みたいに、真夏のバックラーズベリの薬草屋みたいな匂いをさせてやって来て、舌足らずにしゃべる、サンザシのつぼみみたいな若い|だて《ヽヽ》男のような真似はできない。わたしにはそんなことはできん。だがわたしはあんたを愛している。ほかならぬあんたを愛している。そしてあんたは十分愛される価値があるのだ。
【フォードの妻】 いいかげんなことをおっしゃらないでください。あなたはペイジの奥さんを愛していらっしゃるんじゃありませんの?
【フォルスタッフ】 あんな女を愛するくらいなら、まるで石灰|窯《がま》の煙のようにむかつく、いやな臭《にお》いのするカウンター監獄の門のそばを歩いたほうがましだ。
【フォードの妻】 あたしがどの位あなたを愛しているか、神様がご存知ですわ。あなたにも今におわかりになるでしょう。
【フォルスタッフ】 どうかその気持を変えんでくれ。わたしもそれにふさわしい男になりたい。
【フォードの妻】 ほんとうにあなたは立派なお方、はっきり申し上げますわ。さもなければあたしだってこんな気持になったりしませんわ。
〔ロビン登場〕
【ロビン】 フォードの奥さん、フォードの奥さん! ペイジの奥さんが玄関の所に来ておられます。汗をかいて、|ふうふう《ヽヽヽヽ》言って、ただごとでないような様子で、奥さんに今すぐ話があるっていっていますよ。
【フォルスタッフ】 彼女にみられちゃまずい。わたしはアラス織りの壁掛けのかげにかくれることにしよう。
【フォードの妻】 どうぞそうなさって! あの人とってもおしゃべりなんですもの。
〔フォルスタッフ壁掛けのかげにかくれる〕
〔ペイジの妻登場〕
どうしたの? いったいどうしたの?
【ペイジの妻】 ああ、フォードの奥さん、あんたは何てことをしたのよ! あんたはひどい恥をかくわよ、身の破滅よ、もう駄目だわ、永久に!
【フォードの妻】 どうしたって言うの、奥さん?
【ペイジの妻】 ああ、何てことでしょう、奥さん、あんな立派な旦那さん持っていながら、疑われるようなことをするなんて!
【フォードの妻】 疑われるようなことですって?
【ペイジの妻】 まあ、よくも平気でそんな言い方ができるわね。いいかげんにしなさいよ!あたしあんたをみそこなっていたわ!
【フォードの妻】 何よ、いったいどうしたというの?
【ペイジの妻】 あんたの旦那さんが、ウィンザーの役人を全部引きつれてこっちへやって来るのよ、この家に、あんたの許可を得て、旦那さんのいない時をいいことにして今来ている一人の紳士をさがしに来るのよ。あんたはもうおしまいだわ!
【フォードの妻】 そんな事はないと思うわ。
【ペイジの妻】 あんたがそんな男をここに連れこんでいないなら、それでいいんだけど――だけど旦那さんはやって来るわよ。そんな男がいやしないかと探しに。その後からウィンザーの町の人口の半分ぐらいの人たちがぞろぞろついてくるのよ、あたしはそれを教えに来て上げたの。もしもあんたが潔白なら、ほんとによかった。でも、もしもだれか男友達が来ているんだったらすぐにそっと逃がしておしまいなさいよ。そうしなさいよ。そんな途方にくれたような顔するもんじゃないわよ。しっかりして、あんたの評判をきちんと守るのよ、さもないと一生とんでもないことになるわよ。
【フォードの妻】 どうしよう? じつはあたしの親しい紳士の方が見えてるの。あたしの恥なんかどうでもいいけど、その方に何かまちがいでもあったら大変! 一千ポンドのお金にかえても、その方をこの家から逃がしたいわ。
【ペイジの妻】 まあ、とんでもない、「逃がしたいわ」だなんてのんきな事言って。もう旦那さんがそこまで来てるのよ。なんとかそっと逃がす事を考えなくちゃ。家の中にかくすことなんて絶対出来ないわよ。まあ、あんたって人は! ほら、ここに洗濯籠があるわ。もしもその人が普通の身体だったら、この中へもぐり込むことができるわ。そして籠の上によごれたリネンをかぶせて、洗濯に出すようにみせかけるのよ。それとも――ちょうど、漂白洗いする時だからその人をあんたの二人の下男《げなん》たちにダッチェット・ミードまで運ばせるのよ。
【フォードの妻】 あの方は大きすぎて、その中にははいれないわ。どうしよう?
【フォルスタッフ】 〔進み出て〕どれ、どれ、やってみよう。やってみよう。はいってみよう。はいってみよう。あんたの友達の言う通りにしてくれ、わたしははいろう。
【ペイジの妻】 おや、サー・ジョン・フォルスタッフ!――これはあなたのお手紙でしょ?
【フォルスタッフ】 わたしはあんたを愛している。助けて逃がしてくれ。この中にもぐり込もう。けっして、わたしは――
〔洗濯籠の中にはいる。汚れたリネンがかぶせられる〕
【ペイジの妻】 旦那さんにかぶせるの手伝ってちょうだい、チビさん――下男たちを呼んでよ、奥さん。――〔フォルスタッフに〕あなたはほんとうにいいかげんな事を言う人だわ。
〔ジョンとロバート登場〕
さ、早く、この洗濯物を運んでおくれ。天秤《てんびん》棒はどこにあるのかい? 何をぐずぐずしてるのさ! これをダッチェット・ミードの洗濯屋さんとこへ運んでおくれ。さあ、早く!
〔フォード、ペイジ、キーズおよびエヴァンズ登場〕
【フォード】 さあ、皆さんこちらへ。もし理由もなくわたしが疑っていることがわかったら、わたしを笑ってください。その時にはわたしを笑い物にしてくださってもかまいません――おい、それをどこへ持って行くんだね?
【ジョン】 洗濯屋さんに持って行きます。
【フォードの妻】 あなた、何おっしゃるの?どこへ持って行こうとかまわないじゃありません? あなたは漂白《さらし》洗濯のことまで干渉なさるつもり?
【フォード】 洗濯だって? おれも自分を洗濯したいくらいだ。洗濯、洗濯、洗濯だ! そうだ、洗濯だ、たしかに洗濯だ、たしかにちょうどそんな時期だ。〔ジョン、ロバート、およびロビン籠を持って退場〕皆さん、わたしは昨夜夢をみました。その夢にみたものを見せて上げましょう。ここ、ここ、ここに鍵があります。わたしの部屋に行って、探して、求めて、見つけてください。たしかに狐を穴から追い出すことができるでしょう。どれ、逃げ道をまずふさいでおこう。〔ドアに鍵をかける〕さあ、追い出そう。
【ペイジ】 まあ、フォードさん、落着いてください。あなたの恥ですよ。
【フォード】 たしかに、恥だ、ペイジさん。さあみなさん、すぐお上がりください。わたしのあとについて来てください。みなさん。
【エヴァンズ】 こりゃ、とても、とん|て《ヽ》もない|やきもち《ヽヽヽヽ》の気分だ。
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! これフランスで流行しない。フランス|やきもち《ヽヽヽヽ》ない。
【ペイジ】 とにかく、ついて行きましょう、皆さん。あの人の探しているものが何か見て来ましょう。〔ペイジ、キーズおよびエヴァンズ退場〕
【ペイジの妻】 二重にうまく行ったじゃない?
【フォードの妻】 ほんと、どっちが面白いかわからないくらい、うちの人がだまされるのと、サー・ジョンがだまされるのと。
【ペイジの妻】 お宅の旦那さんが籠の中に何がはいってるかって聞かれた時、あの男どんなにびくびくしたかしら!
【フォードの妻】 あたしはあの男がびっくりして|そそう《ヽヽヽ》して自分の身体をよごしてしまいはしなかったかと思うわ。だから、水の中に投げこんで洗うことがあの男のためなのよ。
【ペイジの妻】 なんていやらしい悪党でしょう! ああいうような悪い奴はみんなああいう目に会うといいんだわ!
【フォードの妻】 どうもうちの人は、いやに今日にかぎって、フォルスタッフがうちに来てやしないかと疑っていたみたい。だってあんなに、気ちがいみたいに|やきもち《ヽヽヽヽ》やいたのはじめて見たんですもの。
【ペイジの妻】 あたしがうまく調べてあげるわよ、あたしたちフォルスタッフをもっとひどい目にあわせてやらなくちゃ。あの男のだらしのない病気はこれくらいの薬じゃなおらないもの。
【フォードの妻】 あたしたち、あのばかな女、クィックリーをもう一度あの男の所へ使いにやりましょうか、水の中に投げこんだおわびを言って、あの男にまた気を持たせて、もう一度こっぴどい目に会わせてやりましょうよ。
【ペイジの妻】 そうしましょう。今日のおわびをするからって言って、明日八時に呼びましょうよ。
〔フォード、ペイジ、キーズおよびエヴァンズふたたび登場〕
【フォード】 どうしても見つからない。たぶん、あの悪党め、出来もしないことを大|ぼら《ヽヽ》ふいたんだな。
【ペイジの妻】 〔フォードの妻に傍白〕あれを聞いた?
【フォードの妻】 あたしを大した目に会わせてくださったのね、あなた、そうでしょ?
【フォード】 ああ、まったく。
【フォードの妻】 どうか、神様があなたをもっと立派な人にしてくださいますように!
【フォード】 アーメン!
【ペイジの妻】 ほんとに、フォードさん、あなたの恥ですわ。
【フォード】 いや、まったく、面目ない。
【エヴァンズ】 もしも|た《ヽ》れかが、家に中に、部屋の中に、金庫の中に、戸|た《ヽ》なの中にかくれていたとしたら、神よ、どうか、審判の日に、わが罪を許したまえ!
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! わたし同じです。だれもいないです。
【ペイジ】 何ですね、フォードさん、みっともないじゃありませんか。いったい全体何でこんなとんでもないことを想像したんですか? あたしはウィンザー城の財宝全部と引きかえにだって、あなたのこんな気ちがいじみた気持はまっぴらだ。
【フォード】 みんなわたしのまちがいでした、ペイジさん、よくわかっています。
【エヴァンズ】 あんたは良心の苛責《かしゃく》を感|ち《ヽ》なければならない。奥さんは、五千人に一人、五百人に一人といっていいほ|と《ヽ》、貞淑な奥さんです。
【キーズ】 畜生《ヽヽ》! 奥さん貞淑あるよ。
【フォード】 そうそう、食事をお約束しましたな。さ、さ、公園に行きましょう。どうかお許しください。どうしてこんな事をしたかはゆっくりお話しましょう。さあ、お前も来てくれ、ペイジの奥さんも、わたしをかんべんしてくれ。ほんとうに申しわけなかった。
【ペイジ】 さ、皆さん、あちらへ参りましょう。――〔傍白〕だが、きっと、彼のこと笑ってやるぞ。――わたしは明日の朝食に皆さんをお招きしましょう。それから皆で鳥をとりに行きましょう。わたしは茂みで鳥をとるのに役に立つ鷹を持っています、よろしいでしょう?
【フォード】 何でもおっしゃる通り。
【エヴァンズ】 ひとりで行かれるなら、わたしもお伴して|ぷ《ヽ》たりということにしよう。
【キーズ】 もしひとり、ふたり行くなら、わたし三番目なるよ。
【フォード】 ペイジさん、さあ、どうぞ。〔ペイジと共に退場〕
【エヴァンズ】 お願いだ、明日、あの悪党の|カ《ヽ》ーター館の亭主をやっつけることをお|ぽ《ヽ》えていてください。
【キーズ】 それよろしい、畜生《ヽヽ》! そうしよう。
【エヴァンズ】 いやらしい悪党亭主め! さんざん、|た《ヽ》ましてペテンにかけて!
〔両人退場〕
第四場 ペイジの家の前
〔フェントンとアン・ペイジ登場〕
【フェントン】 ぼくは君のお父さんに好かれることはないんだ。だから、アン、ぼくにこれ以上お父さんに頼めなんて言わないでくれ。
【アン】 ああ、それじゃあたしたちどうなるの?
【フェントン】 君は君でしっかりしていればいいんだ。
お父さんはぼくが身分が高いからって反対している。そして、ぼくの財産をぼくが使いこんでしまって、ぼくが、お父さんの財産でそれを穴埋めしようとしていると思っている。
こんなこと以外にも、いろいろ難|くせ《ヽヽ》をぼくにつけている――ぼくの過去における悪ふざけ、乱暴な仲間たち――それで、ぼくが君を愛しているといったって、それはある目的があっての事としか考えられないと言うんだ。
【アン】 お父さんの言うとおりかもしれないわね。
【フェントン】 いや、とんでもない、神に誓ってそんなことはない。もっとも、最初に君に求婚した時には、アン、その動機はお父さんの財産だったことはたしかだ。ところが、君と交際している間に、ぼくにはわかって来たんだ、金貨や封印された金袋の中の金よりも、君自身のほうが価値があるってことが。
だから、今のぼくにとっては、君自身という立派な財産が、ぼくの目的になってしまったんだ。
【アン】 ねえ、やさしいフェントンさん、とにかく、お父さんに好かれるようにして、いつもそれを心がけてくださいね。機会がある毎に、ひたすら頼んでみて、それでうまく行かなかったら、その時は――あたしにまかせて。
〔両人はなれた所で話し合う〕
〔シャロウ、スレンダーおよびクィックリー登場〕
【シャロウ】 彼らの話をやめさせるのじゃ、クィックリーさん、わしの甥が話があるんじゃから。
【スレンダー】 運を天にまかせてやってみる。まったく、こりゃ、冒険だから。
【シャロウ】 がっかりするなよ。
【スレンダー】 彼女はわたしをがっかりさせたりはしない。そんな事はかまわない、ただこわいだけだ。
【クィックリー】 〔アンに〕もしもし、スレンダーさんがお話があるそうです。
【アン】 今行きます。〔傍白〕あれはお父さんの選んだ人だわ。ああ、一年に三百ポンドありさえすれば、どんなみにくい欠点もみんな美しく見えるとは何て世の中でしょう!
【クィックリー】 フェントンさん、ごきげんいかが? ひと言お話ししたいことがあります。
【シャロウ】 〔スレンダーに〕おい、こっちへやって来るぞ。さあ行け、わしがついているぞ!
【スレンダー】 わたしにもおやじがありました。アン、叔父さんがおやじの面白い話を知っています。ね、叔父さん、おやじが鳥小屋から、ガチョウを二羽盗んだ時のことアンに話してやってください。
【シャロウ】 アン、わしの甥はあんたが好きなんじゃ。
【スレンダー】 そう、その通りです。グロスターシアのどの女にも劣らずあんたが好きです。
【シャロウ】 彼女はあんたに上流階級の奥さんのような生活をさせるじゃろう。
【スレンダー】 そうとも、かならず、どんな奴がよってたかってやって来たって、郷士《スクワイア》の地位の生活をさせるぞ。
【シャロウ】 彼はあんたに彼の死後百五十ポンドの財産を保証しますのじゃ。
【アン】 シャロウさん、どうかスレンダーさんご自身でおっしゃるようにしてください。
【シャロウ】 ああ、ありがとう。あんたにお礼を言いますぞ。そんな風に言ってもらえるとほんとにありがたい。おい、アンが呼んどるぞ。わしは向うへ行っとるからな。
【アン】 さあ、スレンダーさん。
【スレンダー】 さて、お嬢さん。
【アン】 あなたはどういうおつもりですの?
【スレンダー】 わたしの|つもり《ヽヽヽ》、これはおどろいた。わたしはまだ遺言書はつくってないよ、ありがたいことに。わたしはそんな病身じゃない、まったくありがたいことだ。
【アン】 いえ、スレンダーさん、あなたは私に何をおのぞみなんですかと伺いたかったのです。
【スレンダー】 実の所、わたし自身としては、あんたに特別何を望んでいるということはない。あんたのお父さんとわたしの叔父さんが、言い出した結婚の申込みなんです。もしそれがわたしの幸運になるなら、それでよし。もしそうでなければ、だれかあんたの相手になる人がしあわせになるんです。わたしより、彼らのほうが事の次第をうまく説明することができるだろう。お父さんに聞いてごらんなさいよ。ほら、お父さんが来られた。
〔ペイジとペイジの妻登場〕
【ペイジ】 や、スレンダーさん。彼を好きになるんだよ、アン――おや、これはどうしたこと、フェントンさんは何の用があって来たのかね? 困ったことですな、わたしの家にそうちょくちょく来ては。あんたにもお話したはずだ、娘はもう決ったってね。
【フェントン】 まあ、ペイジさん、そんなに腹を立てないでください。
【ペイジの妻】 フェントンさん、もう娘のところにはいらっしゃらないで。
【ペイジ】 娘はあんたにはやれないね。
【フェントン】 どうかわたしの言うことも聞いてください。
【ペイジ】 いや、その必要はない、フェントンさん。さあ、シャロウさん、さあ、スレンダー、あんたもどうぞこちらへ。わたしの気持を知っていながら、あんたはひどいじゃないか、フェントンさん。
〔ペイジ、シャロウおよびスレンダー退場〕
【クィックリー】 ペイジの奥さんに話してごらんなさいよ。
【フェントン】 ペイジの奥さん、あなたのお嬢さんに対するわたしの愛情は、はっきり申し上げて道理にかなったものなんですから、わたしはどんな事をしても、非難や、悪口や、慣習にさからっても、わたしの愛の旗印《はたじるし》を正々堂々とかかげて進んでゆきます、決して退きません。どうか私の味方になってください。
【アン】 お母さん、お願い、あたしをあそこにいる馬鹿と結婚させたりしないで。
【ペイジの妻】 そんなつもりはないよ。あんたにはもっといい旦那さんを探して上げるよ。
【クィックリー】 〔傍白〕そりゃ、家の先生のことだよ、きっと。
【アン】 ああ、いっそこの地面に生き埋めにされてしまいたいわ、そして蕪《かぶら》でたたかれて死んでしまったほうがましだわ!
【ペイジの妻】 そんなにくよくよすることはないわよ。フェントンさん、あたしはあなたの敵でも味方でもないんですよ。娘には、どのくらいあなたを愛しているか、よく聞いてみましょう。そして、あの子の気持次第であたしも動きましょうよ。今日はとにかく、さようなら、娘はどうしても行かなけりゃ、父親が怒っちまうでしょうから。
〔ペイジの妻とアン退場〕
【クィックリー】 あたしが骨折ったんですよ。「ところで」ってあたし言ってやりました。「あなたのお子さんを馬鹿や、あのお医者にくれちまって捨てちゃうつもりですか? フェントンさんがいらっしゃるじゃありませんか?」ってね。あたしが骨折ったんですよ。
【フェントン】 ありがとう。どうかお願いだ、今夜の中に、やさしいアンにこの指輪を渡してくれないか? これはお駄賃だ。
【クィックリー】 どうか神様がしあわせをくださいますように! 〔フェントン退場〕あの人は本当にやさしい気持の人だよ。あんなやさしい気持の男のためだったら、女は火の中でも水の中でもいとやしないよ。だけど、あたしはうちの先生がアンを手に入れるといいとも思うよ。そして、スレンダーさんのものにもさせたいよ。それともやっぱりフェントンさんのものにさせたいのかな。何にしても、あたしは三人のそれぞれに、出来るだけのことをして上げようよ、約束したんだから。あたしは約束は守るよ、特にフェントンさんのためにはね。そうそう、あの二人の奥さんに頼まれた用事で、サー・ジョン・フォルスタッフの所へ行かなきゃならなかった。こんなにぐずぐずして、あたしとしたことが、何て|間抜け《ヽヽヽ》だったんだろう。
〔退場〕
第五場 ガーター館
〔フォルスタッフ登場〕
【フォルスタッフ】 バードルフはいるかね!
〔バードルフ登場〕
【バードルフ】 はい、何のご用で。
【フォルスタッフ】 白葡萄酒《サック》を一クォート持って来い、熱いトーストを中に入れて! 〔バードルフ退場〕おれが何で肉屋の豚の|はらわた《ヽヽヽヽ》みたいに、籠の中につめこまれて、テムズ川に投げこまれなくちゃならないんだ? もし、この次もまたこんなトリックにひっかかったら、おれはおれの脳味噌つかみだして、バターをぬって、正月の贈り物として犬にやっちまうぞ。あの下男の悪党め、まるで目の開かない一腹《ひとはら》子の犬ッころを十五匹も一緒に溺らしてしまうように、何の同情もなしに、平気でおれを川の中にほうり込んだ。それに、このおれの体格じゃ、沈むとなると早いんだから。もし川底が地獄みたいに深かったら、とうに死んじまったよ。もしも、川岸が砂州《さす》のように浅くなっていなかったら、おれは溺れ死んでいたよ――ひどい死に方してたよ。水死人は水ぶくれになっちまう。このおれが水ぶくれになっちまったら、いったいどんなになるんだ。おれは山のようなミイラになっちまうぞ。
〔バードルフが白葡萄酒《サック》を持って登場〕
【バードルフ】 クィックリーさんが旦那に話があるといって来てますぜ。
【フォルスタッフ】 まず、白葡萄酒《サック》をテムズ川の中に注ぎこんでからだ。おれの腹はまるで腎臓病の丸薬の代りに丸い雪のかたまりを飲みこんだようにつめたいんだ。さあ、彼女をここへ呼んでくれ。
【バードルフ】 さ、クィックリーさん、おはいりよ。
〔クィックリー登場〕
【クィックリー】 ごめんください。失礼いたします。旦那さま、お早うございます。
【フォルスタッフ】 こんなちっぽけなグラスはあっちへ持って行け! 半ガロンのサック酒をうまく爛《かん》して持って来い!
【バードルフ】 卵を入れるかね?
【フォルスタッフ】 いや、ストレートで持って来い。おれは酒の中に卵入れたのなんかごめんだ。
〔バードルフ退場〕用事とは何かね?
【クィックリー】 はい、旦那さま、私はフォードの奥さんの使いで参りました。
【フォルスタッフ】 フォードの奥さんだって? 浅瀬《フォード》はもう沢山だ! わしは浅瀬《フォード》の中に投げこまれたんだ! わしの腹の中は浅瀬《フォード》で一杯だ!
【クィックリー】 まあ、お気の毒に。でも、奥さんのせいじゃありませんわよ。奥さん、かんかんになって下男たちを叱りつけてましたわ、下男たちが|たてつけ《ヽヽヽヽ》を間違えたんでございますよ。
【フォルスタッフ】 そうだ、わしも間違えた。馬鹿の女の約束の上に|たつ《ヽヽ》なんて。
【クィックリー】 その事で奥さんはとても嘆いておられます。その様子をごらんになったらあなた様も気の毒とお思いなさるでしょう、彼女のご主人が今朝は鳥を捕《と》りに行かれました。奥さんはあなた様に八時と九時の間にもう一度いらして頂きたいと言っております、すぐにもお返事が頂きたいです。奥さんはきっとこの埋め合わせはなさるでしょう、必ず。
【フォルスタッフ】 なるほど、じゃ、行くとしよう。奥さんにそう言ってくれ。そして男とはどんなものかよく考えてみるように言ってくれ。男とはどんなに|もろい《ヽヽヽ》者か考えてくれればわたしのいい所もわかるだろう。
【クィックリー】 そのようにお伝えいたします。
【フォルスタッフ】 そうしてくれ。九時から十時の間だな?
【クィックリー】 いえ、八時と九時の間でございます。
【フォルスタッフ】 よし、帰れ。かならず行くぞ。
【クィックリー】 ではごめんくださいまし。〔退場〕
【フォルスタッフ】 ブルックさんはどうしたのかな。出かけないで待っていてくれと言ってよこしたが。彼の金はまんざらでもないからな。――や、やって来たぞ。
〔ブルックに変装したフォード登場〕
【フォード】 やあ、ごきげんよう。
【フォルスタッフ】 やあ、ブルックさん、わたしとフォードの奥さんとの間に起こったことを聞きに来たんだね?
【フォード】 そうです、サー・ジョン、それが伺いたくて来ました。
【フォルスタッフ】 あんたには嘘はつかんよ、ブルックさん。彼女が決めた時間にわたしは彼女の所へ行ったんだ。
【フォード】 そしてうまく行きましたか?
【フォルスタッフ】 いや、とんでもなくひどい目にあった、ブルックさん。
【フォード】 どうしてですか? 彼女が心変りでもしたんですか?
【フォルスタッフ】 いや、そうじゃないんだ、ブルックさん、だが、あのうろうろしてる角《つの》のはえた彼女の亭主が、ブルックさん、いつもひどく|やきもち《ヽヽヽヽ》やいてる亭主が、われわれが出会っているちょうどその時にやって来たんだ、抱擁して、キスして、互いに誓い合って、ま、いわばわれわれの芝居の口上を言い終ったところにやって来た。しかも奴のあとから、彼の仲間が大勢|束《たば》になってついて来た、彼の|けんまく《ヽヽヽヽ》にそそのかされて、けしかけられて、彼の家で奥さんの恋人を探そうっていうんでついて来たんだ。
【フォード】 何ですって、あなたがそこにいた時に?
【フォルスタッフ】 そうだ、わたしがいた時に。
【フォード】 それで、あなたを探して、見つけることができなかったんですか?
【フォルスタッフ】 ま、わたしの言うことを聞いてくれ。ちょうど運よく、ペイジの奥さんがやって来た。フォードがやってくるのを知らせてくれたんだ。そして彼女が考えて、フォードの奥さんが大さわぎして、このわたしを洗濯籠の中に押しこんだ――
【フォード】 洗濯籠に?
【フォルスタッフ】 そうだ、洗濯籠にだ! わたしを汚れたシャツや、下着や、靴下や、長靴下や脂肪《あぶら》じみたナプキンなんかと一緒につめこんだんだ。だから、ブルックさん、くさいのなんのって、今までかいだ事もないような、いやな臭《にお》いが一緒|くた《ヽヽ》になったようなひどい臭いだった。
【フォード】 それで、どの位あなたはその中にはいっていたんですか?
【フォルスタッフ】 ま、わたしの言うことを聞いてくれ、ブルックさん、あんたのために、わたしがあの女をくどこうとして、どんなひどい目にあったか。そのようなわけで、わたしは籠の中につめこまれると、二人の下男、召使いが奥さんに呼ばれて、わたしを汚れ物として、ダッチェット・レインに運ぶように命じられた。彼らはわたしを肩にかついだ。戸口のところで、|やきもち《ヽヽヽヽ》やきの亭主のやつに出会った。すると亭主のやつ、籠には何がはいってるかと一回、二回聞くじゃないか。わたしはあのきちがいじみた亭主のやつが中を調べやしないかとびくびくした。だが運命が、あの亭主は|女房をとられた男《カッコールド》だと定めたのか、彼に手を出させなかった。彼は家の中を探しに行った。わたしは汚れ物になりすまして逃げだすことができた。だが、まだ続きがあるんだ、ブルックさん。わたしは三重に死ぬ苦しみを味わったのだ。まず第一に、やきもちやきのベルをつけた去勢雄羊みたいに皆をひきつれてさわぐ亭主のやつに見つかりはしないかと、こわくてこわくて仕方がなかった。次に、ビルバオの剣を一ペック|ます《ヽヽ》の中に|きっ《ヽヽ》先と柄《つか》とをくっつけるようにして無理に押しこんだように、かかとを頭にくっつけて、しかも脂肪でいやな臭いのする汚い|きれ《ヽヽ》で、まるで蒸溜《じょうりゅう》物でもつくる時のように密閉された――考えてもみなさい――わたしのような体格の男がだよ――考えてもみなさい――熱にかけちゃまるでバターみたいなわたしがだよ、いつも溶けて解体しそうなわたしがだ。窒息しなかったのはまったく奇蹟だった。そして、蒸《む》されているとき、まるでオランダ料理のように、脂肪で半煮えにされているその時に、テムズ川に投げこまれたのだ。つまり、まるで蹄鉄みたいに、真赤にやけているところを冷やされたのだ。――考えてもみなさい――あついから、ジュウっていったぞ――考えてもみなさい、ブルックさん。
【フォード】 ほんとうにお気の毒なことでした。わたしの為にこんなひどい目に会われて申しわけありません。わたしのお願いはもう絶望的ですね、もうあなたは引き受けてはくださらないでしょう?
【フォルスタッフ】 ブルックさん、とんでもない。テムズ川どころか、エトナの火の中にほうり込まれたって、わたしはこのままではあの女のことあきらめたりしないぞ。彼女の亭主は、今朝は鳥を捕りに行くそうだ。わたしは彼女から八時から九時の間に会おうという伝言を受けとったんだ、ブルックさん。
【フォード】 もう八時すぎですよ。
【フォルスタッフ】 そうか? それじゃわたしは約束を果しに行かなければならん。また都合のいい時にわたしの所に来なさい。首尾を知らせて上げよう。結局のところは、あんたが彼女を思いのままにするということになるんだ。さよなら。きっと彼女はあんたのものになるぞ、ブルックさん。あんたがあの亭主をだしぬいて彼女をものにすることができるんだ、ブルックさん。
〔退場〕
【フォード】 なるほど、これが幻か? これが夢だというのか? おれは眠っているのか?フォードさん、起きろよ! 起きるんだ、フォードさん! あんたの一番上等の上衣に穴があいてるぞ、フォードさん。これが結婚というもんだ、これがリネンと洗濯籠を持つっていうことだ! ようし、おれの正体をあらわしてやるぞ。あの女|たらし《ヽヽヽ》をつかまえてやるぞ。おれの家にいるんだ。今度こそ逃がすもんか、逃げようたって逃がすもんか。銅貨入れやコショウ入れの中にもぐりこむことはできまい。だが、あの男を悪魔が助けないとも限らないから、おれは、どんな所だって探してやるぞ。おれはありのままの自分を変えることはできんが、どんな事があっても女房をとられた亭主になんかおめおめとなりゃせんぞ。もしもおれがきちがいじみた角をはやすことになったら、それこそきちがいみたいに荒れくるってやるわ!
〔退場〕
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第四幕
第一場 ウィンザー 路上
〔ペイジ妻、クィックリーおよびウィリアム登場〕
【ペイジの妻】 じゃもうあの人はフォードさんの家へ行ってるというのね?
【クィックリー】 たしかにもう行っています、さもなければ追っつけつく頃でしょう。まったくあの人はテムズ川に投げこまれたことで、猛烈にきちがいじみた態度をとっていますよ。フォードの奥さんがすぐに来てほしいとのおことずけでした。
【ペイジの妻】 すぐ行きますよ。この子を学校へ送って行ったらすぐにね。あら、あそこに先生がいらしたわ。今日はお休みだったかしら。
〔エヴァンズ登場〕
ごきげんいかが、先生、今日は学校はありませんの?
【エヴァンズ】 ありません。スレンダーさんが子供たちを遊ばすようにと言われたので。
【クィックリー】 なんてすばらしいことだろう!
【ペイジの妻】 ね、先生、主人が申しますには、息子がどうも教科書がよく読めないで困るとか。どうかこの子に文法のことを少しきいて下さいませんか?
【エヴァンズ】 さ、ウィリアム、こっちへおいで。さ、頭を上げて。
【ペイジの妻】 さ、さ、頭を上げるんだよ。先生のおっしゃることに答えなさい、こわいことはないんだよ。
【エヴァンズ】 ウィリアム、名詞にはいくつ数《すう》があるかね?
【ウィリアム】 二つ。
【クィックリー】 あら、わたしゃ、もう一つ余計あると思っていた。だって「|奇数の名詞にかけて《オズ・ナウンズ》」って言うもんね。
【エヴァンズ】 おしゃ|ぺ《ヽ》りはやめて! ウィリアム、「美しい」は何て言う?
【ウィリアム】 「プルケール」。
【クィックリー】 |いたち《ポール・キャット》だって! まだほかにも美しいものは沢山あるのにね。
【エヴァンズ】 あんたはまことに愚かな婦人です。|た《ヽ》まっててください。――「ラピス」は何かね、ウィリアム?
【ウィリアム】 「石」です。
【エヴァンズ】 じゃ「石」は何、ウィリアム?
【ウィリアム】 「小石」です。
【エヴァンズ】 そうじゃない、ラピスだ。ようく頭でお|ぽ《ヽ》えていなさい。
【ウィリアム】 「ラピス」
【エヴァンズ】 よく|て《ヽ》きた、ウィリアム。じゃ、ウィリアム、冠詞を貸してくれるものは何かね?
【ウィリアム】 冠詞は代名詞から借りて、このように変化します。|単数の主格《シンギュラリテール・ノミナティヴォ》は、ヒック、ハェック、ホックです。
【エヴァンズ】 主格はヒッ|グ《ヽ》、ハッ|グ《ヽ》、ホッ|グ《ヽ》。|ええ《ヽヽ》かね、属格《ジェニティヴ》はヒュイウス。それで目的格は何かね?
【ウィリアム】 目的格《アクザティヴォ》はヒンク。
【エヴァンズ】 ようく覚えてくれよ、ウィリアム、目的格《アクザティヴ》はヒン|グ《ヽ》、ハン|グ《ヽ》、ホッ|グ《ヽ》。
【クィックリー】 「ハング、ホッグ」ってのはラテン語でベーコンの事だね、きっと。
【エヴァンズ】 おしゃ|ぺ《ヽ》りはやめてください! ――では呼格《フォーカティーヴ》は何ですか、ウィリアム?
【ウィリアム】 あの、呼格《ヴォーカティーヴォ》は、あの――。
【エヴァンズ】 よくお|ぽ《ヽ》えておきなさい、ウィリアム、呼格《フォーカティーヴ》は「カレット」だ。
【クィックリー】 「人参《キャロット》」って仲々いいもんだってね。
【エヴァンズ】 やめてくれ、あんた!
【ペイジの妻】 黙りなさい!
【エヴァンズ】 属格《ジェニティヴ》の複数は、ウィリアム?
【ウィリアム】 属格《ジェニティヴォ》?
【エヴァンズ】 そうだ。
【ウィリアム】 属格《ジェニティヴォ》は、ホルム、ハルム、ホールム。
【クィックリー】 |ジェニー《ヽヽヽヽ》のことなんかとんでもない! あの女のことなんかおっしゃいますな! 売春婦なんですからね。
【エヴァンズ】 やめないか、あんた!
【クィックリー】 子供にそんな言葉教えるなんてとんでもない。――|よっぱらう《ヒック》とか|悪遊びする《ハック》とか教えたりして、ほっといたってそんなことはすぐ覚えちゃうもんだよ。売春婦《ホールム》と言えだなんて! ひどい事教える先生だよ。
【エヴァンズ】 あんたはきち|か《ヽ》いじゃないか? 格とか、性がいくつあるとか全然わかっとらんのじゃないか? あんたのようなキリスト教徒は、みようたってみられない。
【ペイジの妻】 お願いだから黙ってて。
【エヴァンズ】 さあ、ウィリアム、代名詞の格変化をすこし言ってみなさい。
【ウィリアム】 先生、ぼく忘れました。
【エヴァンズ】 それは、キー、クァエ、クォドだ。もしこんどキー|ス《ヽ》、クァェ|ス《ヽ》、クォ|ス《ヽ》を忘れたら|むち《ヽヽ》で|ぷ《ヽ》つぞ。さ、行って遊|ぴ《ヽ》なさい。さあ。
【ペイジの妻】 思ったよりはよく出来ましたわ。
【エヴァンズ】 なかなか|ええ《ヽヽ》、|ぴ《ヽ》ん感な記憶です。ではこれで失礼、ペイジの奥さん。
【ペイジの妻】 さよなら、先生。〔エヴァンズ退場〕さ、家へお帰り。さあ、あたしたちぐずぐずしすぎたわ。〔両人退場〕
第二場 フォードの家
〔フォルスタッフとフォードの妻登場〕
【フォルスタッフ】 フォードの奥さん、あんたがそんなに悲しんでいるのをみて、わたしの苦しみなんか問題にもならないようにどっかへ行ってしまった。奥さん、あんたが心からわたしを愛していてくれることがわかった。だからわたしもその気持に、完全に報いたいと思う。ただの愛の行為ばかりじゃなく、あらゆる形式、外形、儀礼などもおろそかにはしないつもりだ。今日はご主人は留守なんだね?
【フォードの妻】 鳥を捕りに行きましたわ、サー・ジョン。
【ペイジの妻】 〔舞台裏で〕ちょいと、フォードの奥さん! ちょいと!
【フォードの妻】 部屋の中にはいっていらしてて、サー・ジョン。〔フォルスタッフ退場〕
〔ペイジの妻登場〕
【ペイジの妻】 ああ、奥さん、あんたのほかにだれか家にいるの?
【フォードの妻】 いないわ、いるのは雇人たちだけよ。
【ペイジの妻】 本当?
【フォードの妻】 本当ですとも。――〔ペイジの妻に傍白〕もっと大きな声でしゃべるのよ!
【ペイジの妻】 ああ、ほんとうに、だれもいなくてよかった。
【フォードの妻】 どうして?
【ペイジの妻】 どうしてですって? あんた、お宅の旦那さんがいつもの調子なのよ。うちの人相手にがみがみ言ってるわよ。結婚しているあらゆる男を罵倒してるわよ。そしてあらゆる女もね、どんな皮膚の色だろうとおかまいなしに、罵倒してるわよ。それから自分の|ひたい《ヽヽヽ》をひっぱたいて、「角出せ、角出せ!」ってどなっているの。あたし今までにもきちがいを見たことはあるけど、お宅の旦那さんのひどさに比べたら問題にならなかったほど、素直で、おとなしくて、忍耐づよいと思えるわ。あの勲爵士《ナイト》がここにいなくてほんとうによかったわ。
【フォードの妻】 あの人のことを何か言ってるの?
【ペイジの妻】 あの人のことばかりだわ。この前探しに来た時には洗濯籠の中に入れて運ばれたって。お宅の旦那さん、うちの人に今日こそはまちがいなくあの男が来ているんだっていってきかないのよ。そして自分だけでなく、仲間の人たちにも、鳥を捕るのをやめさせて、これからもう一度疑いをはらすためにやってくるわよ。でも、あの人が来ていなくてほんとによかったわ。旦那さんも今度こそ、自分の馬鹿さかげんがわかるでしょうよ。
【フォードの妻】 うちの人、どこまで来てるの?
【ペイジの妻】 すぐそこまで。通りの突き当りまで。だからもうすぐここへくるわよ。
【フォードの妻】 ああ、もう駄目だわ。あの人、ここに来てるのよ。
【ペイジの妻】 まあ、あんたは徹底的に恥をかかされるわよ。あの人も助かりっこないわ。あんたは、まあ、何て人なの? 早くあの人をどっか逃がすのよ。恥をかいても殺されるよりまだましでしょ?
【フォードの妻】 どっちの方へ逃げたらいいの? どうやって逃がしたらいいの? もう一度籠に入れましょうか?
〔フォルスタッフ登場〕
【フォルスタッフ】 いやだ、もう籠はご免だ。彼が来ない内に逃げ出せないかな?
【ペイジの妻】 だめですわよ。フォードの弟さんが三人、ピストル持って入口で番をしてますもの、だれも出られやしません。もしそうでなければあの人が来る前にこっそり逃げ出せたのに。でもあなたはここで何をしていらっしゃるの?
【フォルスタッフ】 どうしよう? 煙突の中にもぐり込もうか。
【フォードの妻】 あそこへはいつも、鳥打ち銃をうち込むわよ。
【ペイジの妻】 |かまど《ヽヽヽ》の中へはいったら?
【フォルスタッフ】 どこにあるんだ?
【フォードの妻】 あの人、そこだってきっと探すわよ。戸棚も、金庫も、衣装箱も、トランクも、井戸も、地下室も、みんな、あの人はそんなような場所を覚えていて目録にしてるし、それを頼りに見つけにゆくから駄目よ。家の中にあなたがかくれるところなんかありはしない。
【フォルスタッフ】 じゃ、わたしは出てゆこう。
【ペイジの妻】 あなたがもしそのままの姿で出て行ったら、あなたは死ぬわ、サー・ジョン――出てゆくなら変装して行かなくちゃ。
【フォードの妻】 どういう変装させたらいいかしら?
【ペイジの妻】 ああ、困った、わからないわ。この人に着られる位大きい女の衣裳はないもの。もしあれば、帽子と、マフラーとスカーフとをつけて逃げることができるのに。
【フォルスタッフ】 何とか考えてくれないか、お願いだ。どんな変な格好でも、危険な目に会うよりはましだ。
【フォードの妻】 うちの女中の叔母さん、ブレインフォードの|でぶ《ヽヽ》のおばさん、あの人の着物がたしか二階にあったはずだわ。
【ペイジの妻】 あれなら、きっと着られるわ。あのおばさんはちょうどこの人ぐらい大きいわ。それに|ふちひだ《ヽヽヽヽ》のさがった帽子と、マフラーもあるはずよ。さあ、二階に上がってください、サー・ジョン!
【フォードの妻】 さあ、早く、サー・ジョン! ペイジの奥さんとあたしは何かあなたの頭にかぶる麻のきれをさがしますわ。
【ペイジの妻】 早く、早く! すぐに支度して上げますから、着物だけでも着ててくださいな。
〔フォルスタッフ退場〕
【フォードの妻】 うちの人が、あのおばさんの格好をしたあの人に会うといいと思うわ。うちの人はあのおばさんが大きらいなのよ。うちの人はあのおばさんはてっきり魔女だっていうのよ、家に出入りすることを禁止したのよ、そして今度会ったらなぐりつけてやるっておどかすのよ。
【ペイジの妻】 どうか、神様、あの男をあんたの旦那さんの棍棒のところへお導き下さい、そして、その後で、悪魔が彼の棍棒を導きますように!
【フォードの妻】 でも、ほんとうにうちの人来るの?
【ペイジの妻】 ほんとですとも。来るわよ、そして籠のことも話してたわ、どうしてそのことを知ったのかしら。
【フォードの妻】 それもためして見ましょう。あたしはまた下男たちに籠を持って行かせるわ、そしてこの前のときと同じように、戸口のところでうちの人に会わせるようにするわ。
【ペイジの妻】 そうね、でも旦那さんはもうじきやって来るわよ。さ、早く行って、あの人をブレインフォードの魔女にしたてるのよ。
【フォードの妻】 あたしはまず、下男たちに、籠のことを言いつけとくわ。さ、さきに上って、あたしはすぐ、麻の|きれ《ヽヽ》を持って行くわ。
【ペイジの妻】 いまいましいったらありゃしない、あのだらしのない悪党め! どんなにひどい目に会わせたって気がすまないわ! 女房たちは陽気でも、身持ちはいいと、はっきり行動で証拠を示そうよ。冗談いって笑っても、ばかな事はしないものよ。「だんまり豚は|かす《ヽヽ》をみんな食べる」と言うじゃないの。
〔ジョンとロバート登場〕
【フォードの妻】 さあ、お前たち、またその籠を肩にかついでお行き。旦那さまがもうじき入口の所にいらっしゃるからね。もしもその籠を置けとおっしゃったら、言われた通りにするんだよ。さあ、早くおやり!
【ジョン】 さ、いいかね、かつごうぜ。
【ロバート】 もう、今日は勲爵士《ナイト》を一杯につめこんではないだろうな。
【ジョン】 とんでもないぜ。籠いっぱい鉛をつめてかついだほうがよっぽどいいや。
〔フォード、ペイジ、シャロウ、キーズおよびエヴァンズ登場〕
【フォード】 そうだ、ペイジさん、もしもそれが本当だとわかったら、あんたはわたしを馬鹿よばわりしたことをどうしてくれるね? おい、その籠をおけ! だれか家内を呼んでくれ! 「恋人は籠の中に――」か! ああ、お前たち、|ぽん《ヽヽ》引きの悪党め! みんなで、よってたかって、束になって、おれをよくもだましたな! さあ、悪党だって恥じ入るだろう!――おい、お前、どこにいる! さ、出てこい! どんな着物を洗濯に出すのかあらためてやるから!
【ペイジ】 おい、フォードさん、あんまりだよ。もうこれ以上放っておけないね。あんたを縛ってしまわなけりゃならんぞ。
【エヴァンズ】 おお、これこそきち|か《ヽ》いだ。きち|か《ヽ》い犬みたいなきち|か《ヽ》いだ!
【シャロウ】 まったくだ、フォードさん、こりゃほんとうにまずいぞ。
【フォード】 まずいとも、ほんとうに。
〔フォードの妻登場〕
どうぞこちらへ、フォードの奥さん。――フォードの奥さん、貞節な、しとやかな、徳の高い奥さん、あんたの亭主は|やきもち《ヽヽヽヽ》やきの馬鹿ものだそうな! わたしが理由もないのに疑ってるんだそうですな、奥さん!
【フォードの妻】 もしあなたがあたしの貞操を疑っていらっしゃるんだったら、ほんとに何の理由もない事、神様だって証人になってくださいますわ!
【フォード】 よくも言いおったな、恥知らずめが! どこまでも言いはるがいい!――さあ、出てこい!〔籠から着物を引きずり出す〕
【ペイジ】 あんまりだ!
【フォードの妻】 あなた、恥かしくないの?着物なんか引っぱりださないでください。
【フォード】 今に目にものみせてくれる。
【エヴァンズ】 これはとん|て《ヽ》もないことだ。あんたは奥さんの着物をぬ|か《ヽ》す気か? さ、あっちへ行きましょう!
【フォード】 籠を|から《ヽヽ》にしろ!
【フォードの妻】 まあ、何で、あなた?
【フォード】 ペイジさん、たしかに、昨日、一人の男が、この籠で、わたしの家から運び出されたんだ。またそんな事が起こらないという保証があるかね? たしかに奴はわたしの家の中にいるんだ。わたしの情報はたしかで、わたしの|やきもち《ヽヽヽヽ》にはそれ相応の理由があるんだ。その汚れたリネンをみんなひっぱり出せ!
【フォードの妻】 もしあなたがそこにそんな男みつけたら、蚤《のみ》みたいにたたきつぶしてしまうといいわ。
【ペイジ】 だれもいないぞ。
【シャロウ】 わしははっきり言うが、これはまずいぞ、フォードさん。これはあんたの恥じゃ。
【エヴァンズ】 フォードさん、あなたはお祈りしなければなりません。ご自分の心のとん|て《ヽ》もない想像にま|と《ヽ》わされてはいけません。これは|やきもち《ヽヽヽヽ》というもんです。
【フォード】 はてな、わたしが探している奴はここにはおらん。
【ペイジ】 あんたの頭の中だけで、どこにもおりゃせんよ。
【フォード】 今回だけでいいから、一緒に家探ししてくれないか。もしもわたしが探している男を見つけなかったら、わたしの極端なやり方をどんなにでも笑ってくれ。いつまでもわたしのことを食卓での笑い話にしてくれてかまわない。「からっぽのくるみの中まで、女房の恋人を探しまわったフォードのように、|やきもち《ヽヽヽヽ》やいて」と言ってもいい。もう一度だけ、わたしの言うことをきいてくれ、もう一度だけわたしと一緒に探してくれ!
〔ジョンとロバート籠をもって退場〕
【フォードの妻】 ちょっと、ペイジの奥さん! お婆《ばあ》さんも一緒におりて来てよ! うちの人が今、部屋に行くから。
【フォード】 婆さんだと? どこの婆さんだ?
【フォードの妻】 女中の叔母さんですよ、ブレインフォードの。
【フォード】 魔女め! あばずれ女め! ペテン師の婆《ばばあ》め! 家へ入れちゃいかんと言っといたじゃないか! 男の使いでやって来たんだろう? われわれはおろかな人間さ。だから運勢の占《うらな》いなんて商売が何を本当はやってるのか知りはしないんだ。あの女は、|まじない《ヽヽヽヽ》とか、呪文とか、天体図や人形《ひとがた》とかを使うんだ。われわれが到底思いもよらんほどのおかしなやり方をするんだ。かかわりを持つのはごめんだ。おりて来い、魔女め! 婆《ばばあ》め! おりてこいと言っているんだ!
【フォードの妻】 お願い、あなた! みなさん、どうかうちの人にお婆さんをぶたせないようにしてやってください。
〔フォルスタッフ、女の姿をして、ペイジの妻と登場〕
【ペイジの妻】 さ、プラットおばさん、さ、手を引いてあげましょう。
【フォード】 尻っぺたなぐってやるわ。〔フォルスタッフをなぐる〕出てゆけ、魔女め! このろくでなしめ! やくざ女め! 淫売女め! |かさぶた《ヽヽヽヽ》だらけの女め! 出てゆけ! 出てゆけ! おれが魔法にかけてやるわ! おれがお前の運勢占ってやるわ!〔フォルスタッフ退場〕
【ペイジの妻】 まあ、恥しいと思わないんですか? あのかわいそうなおばあさんを殺しちまやしないかと思ったわ。
【フォードの妻】 もう少しで殺しかねなかったわ。まったくご立派なやり方ですこと!
【フォード】 くたばれ、魔女め!
【エヴァンズ】 ともかくも、あの|ぱ《ヽ》あさんは魔女にはち|か《ヽ》いない。女が大きなひ|け《ヽ》をはやしてるのはわたし好きません。わたしは彼のマフラーのかげに、大きなひ|け《ヽ》を見たですよ。
【フォード】 皆さん、どうかついて来てください。お願いだから、一緒に来てください。わたしの疑いが本当かどうかみきわめてください。わたしがつけて来た獲物を見つけることができなかったら、これからはわたしがどんなに吠えても信用しないでください。
【ペイジ】 まあ、もうしばらく、あの人の気のすむようについて行きましょう。さ、皆さん、行きましょう。
〔フォード、ペイジ、シャロウ、キーズおよびエヴァンズ退場〕
【ペイジの妻】 まったく、かわいそうなほどたたいたものね。
【フォードの妻】 かわいそうなんてもんじゃないわよ。うちの人はあの男を容赦なくたたいちまったわ。
【ペイジの妻】 あの棍棒を清めて、祭壇のところにぶらさげときたいわ。とても立派な働きをしたんですもの。
【フォードの妻】 ね、あんたどう思う? あたしたち、女らしさを失くすことなく、良心にもとがめられずに、あの男にもう一度、もっとひどい仕返ししてやることできないかしら?
【ペイジの妻】 そうすればいやらしい気持はたしかにあの男にはなくなってしまうでしょう。もしも悪魔が、法的な手続きの下に完全にあの男を手に入れてしまったのでなければ、きっともう二度とあたしたちを不法に破壊したりしようとはしないでしょう。
【フォードの妻】 あたしたちがあの男をどんな目に会わせたか主人たちに話しましょうか?
【ペイジの妻】 そうよ、是非話しましょう。――それがあんたの旦那さんの頭から、妙な想像を追いはらうだけだっていいじゃないの。その上で、もしもみんなに、あの哀れな不埒《ふらち》な太っちょの勲爵士《ナイト》をもっと苦しめてやったほうがいいという気持があったら、あたしたち二人がまたつづけて手先になりましょうよ。
【フォードの妻】 きっとみんなは、あの男に公衆の面前で恥をかかせたいと思うでしょうよ。人中で恥をかかさない中《うち》は、この冗談は終りにならないでしょうよ。
【ペイジの妻】 さあ、仕事場へ行きましょう、形をつくりましょう。冷めてしまわない内に。
〔両人退場〕
第三場 ガーター館
〔主人とバードルフ登場〕
【バードルフ】 旦那、ドイツの方が旦那に馬を三頭用だててもらいたいそうで。公爵ご自身が明日宮廷に来られるんで、お迎えに行かれたいそうです。
【主人】 いったいどういう公爵なんだ、こんなに|おしのび《ヽヽヽヽ》で来られるなんて? 宮廷でもそんな話は聞かなかったがな。その紳士がたに話をしようじゃないか? 英語はしゃべるのかね?
【バードルフ】 へい、旦那、おつれしましょう。
【主人】 馬は用だててやるよ。だが金は払ってもらうぞ。|しこたま《ヽヽヽヽ》ふんだくってやる。一週間も前からの予約で、おかげでほかのお客はみんな断っちまった。この埋め合わせはしてもらわにゃならぬ、うんとふんだくってやるぞ。さあ。〔両人退場〕
第四場 フォードの家
〔ペイジ、フォード、ペイジの妻、フォードの妻およびエヴァンズ登場〕
【エヴァンズ】 奥さんたちはわたしが今までお会いした|た《ヽ》れよりも|ぷ《ヽ》ん別のある方|か《ヽ》ただ。
【ペイジ】 じゃ彼は同時にこの二通の手紙をよこしたと言うのかね?
【ペイジの妻】 十五分と間をおかずに。
【フォード】 わたしを許してくれ。これからは何でも好きにしてくれ。
太陽が冷たいのではないかと疑うことはあっても、お前が不貞だなんて疑うことは決してしない。ついさっきまで異教徒のように疑ったわたしの心だが、お前の名誉をはっきりと信じよう。
【ペイジ】 それがいい、それがいい。もうそれ以上言うな。罪を犯すときも、犯した罪を告白するときも、余り極端なのはいけない。ともかく、われわれの計画のほうを進めようじゃないか。家内たちにもう一度、みんなでその冗談をたっぷり楽しめるように、この年とった太っちょの奴と、|あいびき《ヽヽヽヽ》の約束をさせようじゃないか、そこで現場をつかまえて、あいつに大恥をかかしてやろうじゃないか。
【フォード】 家内たちの言ってる方法が一番いいと思うが。
【ペイジ】 どういう方法? あいつの所に伝言をやって、
公園で夜中に会うということかね? 駄目だ、駄目だ、来やしないぞ。
【エヴァンズ】 あの男は川の中に|ぽ《ヽ》うり込まれた、|ぱ《ヽ》あさんの格好してひ|と《ヽ》く|ぷ《ヽ》ったたかれた。だからこわがってあの男はやって来ないと思う。彼の肉体は|ぱ《ヽ》つを受けたんで、もうそっちのほうの欲もないでしょう。
【ペイジ】 わたしもそう思う。
【フォードの妻】 とにかくあの男がやって来たらどうするか、それを考えておくことよ。あたしたち二人がここへ引っぱり出す役を引き受けますわ。
【ペイジの妻】 ハーンという猟師がいたという話があるでしょう、ずっと昔、ウィンザーの森の番人をしていた人で、冬の間ずっと、真夜中に槲《オーク》の木のまわりを、ごつごつした大きな角をつけてまわり、木を枯らせたり、家畜をとったり、
乳牛に乳の代りに血を出させたり、とてもおそろしく鎖《くさり》をガチャガチャ言わせたりしたという話を聞いたでしょう。そしてその幽霊が出るということも聞いたでしょう。そして迷信を信じる馬鹿な昔の人たちはこれを信じこんで、あたしたちの時代まで、この猟師のハーンの話が本当だと伝えて来ましたわ。
【ペイジ】 そうさ、今だって信じている人が大勢いるんだ。彼らは夜中にこのハーンの槲のそばを歩くのをこわがっているだけど、それがどうしたというのかね?
【フォードの妻】 つまりあたしたちの計画はね、フォルスタッフがその槲のところであたしたちに会うということ、つまり、大きな角を頭につけて、ハーンに変装して会うということ。
【ペイジ】 なるほど。だがあんたがたが彼をそこへ連れて来たとき、彼がそんな格好してやってくるとしてだね、
彼をどうしようと言うんだね? どういう計画なのかね?
【ペイジの妻】 それもあたしたちちゃんと考えておきましたのよ、こうなんです、うちの娘のアン・ペイジと、うちの小さい息子と、それと同じくらいの年頃の子供たち三、四人に、緑や白の着物をきせて、小鬼や小妖精のような格好させるの、そして頭には|ろうそく《ヽヽヽヽ》の輪をのせるのよ、そして、手には|がらがら《ヽヽヽヽ》を持たせるのよ。そして、フォルスタッフとあたしが出会った時に、いきなり、木挽穴《こびきあな》からみんな一緒にとび出させるの、わけのわからない歌をうたいながら。彼らが出てくるのを見て、あたしたち二人はすっかり動転して、逃げだすというわけよ。
すると子供たちは彼をぐるりと取りまいて、まるで妖精がするように、あのだらしのない勲爵士《ナイト》を|つね《ヽヽ》ってやるの、そして彼に、なぜ、妖精が集ってたのしむ時間に、
妖精の神聖な場所に、そんなけがらわしい姿で、平気であらわれて来たのかと問いつめるの。
【フォード】 そして彼が本当のことをしゃべるまで、妖精に化けた子供たちに、徹底的に彼を|つね《ヽヽ》らせるの、そして彼らの|ろうそく《ヽヽヽヽ》で彼をあぶってやるというわけ。
【ペイジの妻】 本当のことを白状したら、あたしたちみんなでそこに出て行き、彼の角をもぎとるの、そしてからかいながらウィンザーから彼を家にもどらせるというわけ。
【フォード】 子供たちには十分に練習させとかなくちゃならん、さもないとうまくやれないぞ。
【エヴァンズ】 わたしたちが、子供たちに、|と《ヽ》うやるかを教えましょう。そしてわたしもひとつ、猿にでもなって、|ろうそく《ヽヽヽヽ》であの勲爵士《ナイト》をあ|ぷ《ヽ》ってやりましょう。
【フォード】 これはすばらしい。わたしが子供たちの仮面を買ってやろう。
【ペイジの妻】 アンにはまっ白な立派な衣裳をつけさせて、妖精の女王さまということにしましょうよ。
【ペイジ】 その絹はわたしが買ってやろう。――〔傍白〕そしてその時に、スレンダーさんがアンを連れ出せばいい、そしてイートンで結婚させればいいんだ。――さ、フォルスタッフの所に使いをやりなさい。
【フォード】 わたしがブルックになりすまして行くとしよう、そうすればあいつはわたしに何でも話すから。大丈夫、あいつは来るぞ。
【ペイジの妻】 ご心配には及びません。さあ、小道具と、飾りなどをあたしたちの妖精のために用意しましょう。
【エヴァンズ】 では、はじめるとしよう。これはとてもす|ぱ《ヽ》らしい慰みで、とても立派ないた|す《ヽ》らでもあるぞ。〔ペイジ、フォードおよびエヴァンズ退場〕
【ペイジの妻】 さあ、奥さん、すぐにサー・ジョンの所へ使いをやって、彼の返事を聞いてちょうだい。
〔フォードの妻退場〕
あたしはすぐキーズ先生のところへ行こう、あたしはあの人が気に入ったから、アン・ペイジと結婚するのはあの人をおいてほかにはいないと思うわ。あのスレンダーは、土地は沢山持ってるけど、馬鹿じゃないの。うちの人はあの人が一番お気に入りだけど。先生もお金をたっぷり持ってるし、それに先生のお友だちは、宮廷でも有力者、あの人、あの人に限るわ、アンをやるのは。たとえもっと立派な人が、二万人やって来たって、あの人に限るわ。〔退場〕
第五場 ガーター館
〔主人とシンプル登場〕
【主人】 おい、お前、何の用かい、田舎《いなか》っぺい? 何用だね、|間抜け《ヽヽヽ》? 話せよ、言えよ、はっきり言えよ、簡単に、手短かに、早く、さっさと言えよ。
【シンプル】 旦那、あっしはスレンダーさんのお使いで、サー・ジョン・フォルスタッフに話があって来ましただ。
【主人】 あそこだよ、あの人の部屋は、家は、城は、すえつけたベッドは、移動式ベッドは、あそこだ。放蕩息子の絵がまるで生きてるように囲りにかいてあるぜ。さあ、ノックして呼んでみな。きっと人食い人種みたいな返事するぜ。さあ、ノックしてみな。
【シンプル】 だれか、婆さんが、太った婆さんが、あの方のお部屋へ上って行ったようですが。旦那、あの婆さんがおりてくるまで、ここで待たせてもらいたいんですがね、実はあの婆さんにあっしは話があるんで。
【主人】 何だと? 太っちょの女? 勲爵士《ナイト》の旦那、ぬすまれっちまうかも知れないぞ。呼んでやろう。――勲爵士《ナイト》の大将! サー・ジョンの大将! 軍人らしいお前さんの肺臓から返事してくれ! あんたはそこにいるのかね? 呼んでるのはお前さんの仲間、ここの亭主だ!
【フォルスタッフ】 〔上舞台で〕どうした、亭主?
【主人】 ボヘミアの|だったん《ヽヽヽヽ》人みたいな野郎がお前さんとこにいる太っちょの婆さんのおりてくるのを待ってるぞ。早くその婆さんをおろしてくれ! おい大将、おろしてくれよ! おれんちの部屋はきれいにしとかにゃならねえ。チェッ、こっそりお楽しみか、チェッ!
〔フォルスタッフ登場〕
【フォルスタッフ】 おい亭主、今まで太っちょの婆さんが来てたが、もう帰ったよ。
【シンプル】 ね、旦那、それはブレインフォードの占い師の婆さんじゃなかったですか?
【フォルスタッフ】 そうだよ、抜け作どん、何の用事があったのかね?
【シンプル】 へい、旦那、あっしの旦那のスレンダーが、あの婆さんが町を通りすぎるのを見て、旦那から鎖をだましとったニムって男がまだその鎖をもっているか占ってもらいたいんで、あっしを使いによこしたんでさ。
【フォルスタッフ】 わしは婆さんとそのことについて話したぞ。
【シンプル】 それで婆さんは何て言ってましたかね?
【フォルスタッフ】 婆さんは言ってたぞ。スレンダーさんをだまして鎖をとったその男が、スレンダーさんをペテンにかけたんだそうだ。
【シンプル】 その婆さんとあっしは|じか《ヽヽ》に話をしたかった。旦那にことずかって、ほかにも聞きてえことがあっただもの。
【フォルスタッフ】 それは何だね? 話してみろ。
【主人】 さ、話せよ、早く。
【シンプル】 あっしはそれを|かくして《ヽヽヽヽ》おけねえ。
【主人】 かくしてみろ、命はないぞ。
【シンプル】 じつは、旦那、それはアン・ペイジさんのことなんで。うちの旦那のものになるのかどうか、運勢を知りたいってわけだよ。
【フォルスタッフ】 そりゃ、彼の運勢によるさ。
【シンプル】 何ですって、旦那?
【フォルスタッフ】 彼女をものにするかどうかってことだよ。さあ、行け、婆さんがそう言ったと言うんだ。
【シンプル】 そんな事言ってもいいかね?
【フォルスタッフ】 いいともさ、本当に勇敢な奴らしくな。
【シンプル】 ありがとうごぜえやした、旦那、うちの旦那にこの報せもってってやりますだ。
〔退場〕
【主人】 お前さん、なかなか学があるじゃないか、学がね、サー・ジョン。お前さんとこに占い婆さんが来てたのかね?
【フォルスタッフ】 ああ、そうなんだ、亭主。婆さんはわたしに今までの全生涯で学んだよりもっと多くの知恵をさずけてくれた。それにわしはその占いには何も払わなかった。わしの方がそのために払ってもらったんだ。
〔バードルフ登場〕
【バードルフ】 大変だ! 旦那! ペテンにかけられた! まったくのペテンだ!
【主人】 馬はどうしたね? いい知らせを持ってきてくれよ、この悪党めが!
【バードルフ】 ペテン師たちと一緒に逃げちまった。おれがイートンを通りすぎたとき、すぐにうしろからおれを馬から泥沼ん中に突き落として拍車をかけて逃げちまった。まるで三人ともドイツの悪魔みたいに、三人のファウスタス博士みたいに。
【主人】 いや、公爵を迎えに行ったにちがいない、逃げちまったなんて言わないでくれ。ドイツ人てのは実直だから。
〔エヴァンズ登場〕
【エヴァンズ】 ご亭主はいるかね?
【主人】 何だね、旦那。
【エヴァンズ】 お客に注意しなさいよ。町へ来たわたしのとも|た《ヽ》ちが話してたが、三人の|ト《ヽ》イツ人のペテン師がいて、レ|テ《ヽ》ィンスやメイ|ト《ヽ》ンヘッ|ト《ヽ》や、コール|プ《ヽ》ルックの宿屋の亭主を|た《ヽ》まして、馬や金をとったそうだ。あんたのこと思って知らせに来て上げたが、気をつけたほうがいい、あんたは賢い、他人を|ぱ《ヽ》かにしたり、わらい者にしたりする。そのあんたが|た《ヽ》まされるのはうまくない。さよなら。〔退場〕
〔キーズ登場〕
【キーズ】 ヤルター館の亭主いるか?
【主人】 いるとも、先生。困り切って、わけのわからないジレンマの状態でよ。
【キーズ】 わたし何だかわからない。でもあんた、ドイツ公爵のため、大変準備している事です。でも宮廷はそんな公爵来るの知らない。わたし、好意、あんたに知らせ持って来た。さよなら。〔退場〕
【主人】 おーい、悪党め、行け! おれをたすけてくれ! 勲爵士《ナイト》の旦那! おれはもう破産だ! やい、おーいと呼んで追いかけろ! もうおれは駄目だ。〔主人とバードルフ退場〕
【フォルスタッフ】 世界中の奴らみんなペテンにかけられちまうといい、おれもペテンにかけられて、なぐられた。もしもおれがどんなに姿を変えさせられたか、また姿を変えさせられた上に洗濯されたり、棍棒でぶんなぐられたりしたかが、宮廷の人たちの耳にはいったら、この太ったおれの脂肪を一滴一滴とかして、それで漁師《りょうし》たちの長靴に防水するために塗るだろう。きっと、彼らはおれを彼らの知恵で思う存分ひっぱたいて、しまいにはひからびた梨みたいに、おれがしなびてまっさかさまにおっこっちまうまでひどい目にあわせるだろう。おれはこの間、プリメロのカード遊びで、インチキをして以来、どうもうまく行かないんだ。そうだ、このおれだって息切れせずにお祈りができれば、後悔もしただろう。
〔クィックリー登場〕
おい、どこからやって来たかね?
【クィックリー】 あのお二人のところから参りました。
【フォルスタッフ】 悪魔がひとりのほうを食っちまえ、もう一人のほうは悪魔の|おふくろ《ヽヽヽヽ》に食われちまえ! そうすりゃ、二人とも片がつくわ。おれはあの二人のためにひどい目にあったんだ――男の浮気だっていっても、どんな浮気男でもたえられないほどのひどい目にあった。
【クィックリー】 で、あのお二人はひどい目に会わないとでもおっしゃるんですか? ひどい目に会いましたとも、たしかに。特にそのお一人のほうときたら大変にひどい目に。フォードの奥さんは、かわいそうに、ぶたれてすっかり青黒く|あざ《ヽヽ》ができて身体中、白いところがなくなっちまったくらいでした。
【フォルスタッフ】 お前さん、青と黒の|あざ《ヽヽ》のこと言うのか? おれはぶたれて、虹《にじ》の色全部になっちまったぞ。しかもおれはブレインフォードの魔女とまちがえられてつかまるところだった。おれのすばらしい鋭い知恵があって、普通の婆さんらしくふるまったから助かったんだが、さもなければ、おれを魔女だとしてつかまえて、枷《かせ》にはめていたところだよ、枷にね。
【クィックリー】 旦那さま、お部屋へ行ってお話をいたしましょう。くわしい事情をおききになれば、ご納得が行きますでしょう。ここにごらんになって頂きたい手紙もございます。ほんとうに、あなた様方をお会わせするのは何て大変な事なんでしょう! あなた様方の中のどなたかが、ご信心が足りないのでしょうよ、こんなに事がうまく行きませんのは!
【フォルスタッフ】 さあ、わたしの部屋に来てくれ。〔両人退場〕
第六場 ガーター館
〔フェントンと主人登場〕
【主人】 フェントンさん、もう何も言わないでくださいよ、気が重くってね、何もかもいやになってしまった。
【フェントン】 まあ、聞いてくれないか。ぼくの仕事に協力してくれよ。
ぼくも紳士だ、百ポンド金貨でやるよ、あんたの損害を埋め合わせた上にだよ。
【主人】 聞きましょうや、何ですかい? フェントンさん、あっしは少くとも秘密は守りましょう。
【フェントン】 今までにも時々あんたに話したことだが、ぼくはアン・ペイジを心から愛しているんだ。アンもぼくの愛に十分にこたえてくれている。彼女の力でできるかぎりにおいては、ぼくの望むままになってくれている。彼女からぼくは手紙をもらった。あんたがそれを見たらびっくりするような手紙をね。その楽しい計画は、ぼくたちの事と密接な関係があるんで、両方のことを説明しなければ、どっちか一方だけでは、十分明らかにはされないんだ。あの太っちょのフォルスタッフがとんでもない目に会うと言うのだ。この冗談の要点をぼくはあんたに全部話して上げよう。きいてくれ、亭主。今夜、あのハーンの槲《オーク》のところで、十二時から一時の間に、ぼくの恋人のアンが妖精の女王の役をつとめるんだ――その目的はといえばこうなんだ――こんな風に変装して、別のほうのこっけいな芝居が最高潮に達している頃、アンのお父さんは、彼女にこっそりと抜け出して、スレンダーと一緒にイートンに行って、そこですぐに結婚するようにと命じたんだ。彼女はそれを承諾した。ところが、アンのお母さんは、その結婚に大反対でね、キーズ先生と彼女を一緒にさせたいと思っているんだが、同じように、みんなが別の余興に夢中になっている間に、先生がアンをこっそりさらって行くようにきめたんだ、そして牧師館で、牧師に待っていてもらって、すぐに結婚式を挙げるように手配した。この計画にもアンは同意するような|ふり《ヽヽ》をした。つまり医者とも約束をしたんだ。つまりこういうことなんだ、アンのお父さんは彼女に真白な衣裳を着せるつもりだ、そしてその衣裳で、スレンダーが時を見はからって彼女の手をとって、彼女に行こうと言うんだ、そうしたら彼女は彼と一緒に行くことになってる。アンのお母さんは、医者にもっとはっきりわかるように、目じるしをつけるために――みんな仮面をかぶっているわけだからね――彼女にはゆったりとした、美しい緑の衣裳をつけさせ、頭にはリボンをひらひらさせておくことにしたのだ。そして医者の先生が十分機が熟したのをみると、アンの手を|つね《ヽヽ》る、そして、それを合図に、彼女は、彼と一緒に逃げることに同意したと言うんだ。
【主人】 どっちをだますつもりかね? 親父《おやじ》かね? |おふくろ《ヽヽヽヽ》かね?
【フェントン】 両方ともさ。亭主、アンはぼくと一緒に行くんだ。そこでね、あんたに頼みがあるんだが――牧師にたのんで十二時から一時の間、教会で待っててくれるようにしてくれないか? そして、正式に結婚の儀式を挙げて、
ぼくら二人を天下晴れて一緒にしてほしいんだ。
【主人】 じゃ、慎重にあんたの計画をねっとけよ。おれは牧師の所へ行こう。花嫁さんをつれて来さえすれば、牧師のほうは心配いらないよ。
【フェントン】 そうしてくれれば、永久に恩にきるよ。もちろん、ぼくはあんたにすぐお礼をするがね。〔両人退場〕
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第五幕
第一場 ガーター館
〔フォルスタッフとクィックリー登場〕
【フォルスタッフ】 もうおしゃべりはやめてくれ、行け。わたしは約束は守る。これで三度目だ。奇数に幸運があるように。奇数には予言の力があるとか、人間の誕生、運、死はみんな呪《まじな》えるそうだ。行け!
【クィックリー】 鎖の用意はしておきます。それから二本の角も何とか手に入れておきます。
【フォルスタッフ】 帰れ! 時間がたつわ。頭をしゃんと持ち上げて、気取って歩け!  〔クィックリー退場〕
〔ブルックの姿をしたフォード登場〕
やあ、ブルックさん。ブルックさん、今夜こそ事が決着するか、どうかがわかるぞ。夜中に公園のハーンの槲《オーク》の木のとこへ来てくれ。ふしぎなものが見られるぞ。
【フォード】 昨日、彼女のところへは行かなかったんですか? 約束したとおっしゃってましたが。
【フォルスタッフ】 行ったよ、ブルックさん、彼女のところへ、ごらんの通り、哀れな|じい《ヽヽ》さんの格好でね、しかし、ブルックさん、帰るときには哀れな婆さんさ。あの彼女の亭主の、フォードの奴、あんなひどい狂暴性は今までみたこともないが、とんでもない気ちがいじみた|やきもち《ヽヽヽヽ》の悪魔にとりつかれている。いいかね、あいつは女の姿をしたこのわたしをこっぴどくなぐったんだ。わたしだって、ブルックさん、男の姿してりゃ、ゴリアテが|はた《ヽヽ》織り機の糸巻き棒みたいに槍をふりまわしたって、おそれやしなかった、なぜなら人生は|はた《ヽヽ》織り機の糸入れみたいなものだから。わたしは急いでいるんだ。一緒に行こう、みちみちわたしはあんたにみんな話して上げよう、ブルックさん。わたしはガチョウの羽をむしったり、サボって遊んだり、|こま《ヽヽ》を回したりして以来、ついさっきまで、他人からぶんなぐられるってことはしらなかったんだ。さあ、ついて来てくれ。わたしはこのフォードってやつのふしぎなことを話して上げるよ。今夜こそはあいつに仕返ししてやるんだ。そしてあいつの奥さんをあんたの手に渡してやるぞ。さあ、ついて来てくれ、ふしぎなことが起こるぞ、ブルックさん、ついて来てくれ。〔両人退場〕
第二場 ウィンザーの公園
〔ペイジ、シャロウおよびスレンダー登場〕
【ペイジ】 さあ、さあ、わたしたちは、妖精たちの明りをみるまでは、お城の濠《ほり》にかくれていましょう、伜《せがれ》のスレンダー! 娘のことはいいね?
【スレンダー】 いいですとも、アンと話しました、そして、お互いにわかるように合言葉もきめましたよ。白い着物を着たアンの所へ、わたしが行って、「|マム《ヽヽ》!」っていったら、アンが「|バジェット《ヽヽヽヽヽ》」って言う、それでお互いがわかるというわけで。
【シャロウ】 それはよろしい。だが、なんでお前が「マム」と言い、アンが「バジェット」と言う必要があるのかね? 白い着物だけで十分わかるじゃないか。おお、もう十時だ。
【ペイジ】 今夜は闇《やみ》夜だ。明りと精霊が出るのにはちょうどいい。どうか神よ、われわれの精霊を成功させてください! 悪魔以外は悪いことはしないんだ。そしてそいつは角があるからすぐ見分けられる。さあ、行きましょう、わたしについて来てください。〔一同退場〕
第三場 公園に行く路上
〔ペイジの妻、フォードの妻およびキーズ医師登場〕
【ペイジの妻】 ねえ、先生、娘は緑色の衣裳をきますのよ。ですから時間を見はからって、娘の手をとって連れ出して、牧師館に行くんですよ。そして早くことを片づけておしまいなさい。さあ、さきに公園に行ってください。あたしたち二人はあとから行きますから。
【キーズ】 わたしすることわかってるです。さよなら。〔退場〕
【ペイジの妻】 さよなら、うまく行きますように。――うちの人は、あの先生が娘と結婚したら、怒っちゃって、フォルスタッフをやっつけることなんてちっとも喜ばないでしょうよ。だけどかまやしないわ。少しぐらい叱られたって、後でひどくがっかりするよりはよっぽどいいもの。
【フォードの妻】 アンはどこにいるの? そして彼女のお伴の妖精たちは? そしてウェールズ人の悪魔の牧師さんは?
【ペイジの妻】 みんなハーンの槲《オーク》の木のそばの穴の中にかくれているのよ。明りを暗くして、その明りを、フォルスタッフとあたしたちが出会ったとたんに、パッと明るくして夜を照らすことになっているのよ。
【フォードの妻】 きっとあの男をびっくり仰天させるわよね。
【ペイジの妻】 もしもびっくり仰天しないようだったら、ばかにしてやりましょうよ。もしもびっくり仰天したら、徹底的に笑ってやりましょうよ。
【フォードの妻】 うまくだましてやりましょうよ。
【ペイジの妻】 あんないやらしい、だらしのない人だもの、だましたってちっとも悪いことないわよ。
【フォードの妻】 さ、時間がくるわよ。槲《オーク》の木のところへ、行きましょう!
〔両人退場〕
第四場 ウィンザーの公園
〔変装したエヴァンズと妖精に変装したウィリアムおよび子供たち登場〕
【エヴァンズ】 さあ、妖精たち、軽やかに歩け、歩け、自分の役割をわすれんように。|た《ヽ》いたんにやるんだ、みんな! わしの後につ|つ《ヽ》いて穴まで来るんだ。そしてわしが合こと|ぱ《ヽ》言ったら、わしの言うとおりやれ! さあ、さあ、軽く歩け、歩け!〔一同退場〕
第五場 公園の他の場所
〔ハーンに変装したフォルスタッフ登場〕
【フォルスタッフ】 ウィンザーの鐘が十二時を打った。いよいよ時刻がやって来た。さあ、愛情ゆたかな神よ、どうかわたしを助けてくれ! ジョウヴの神よ、あんたもユーロパのためには牡牛になっただろう? 恋のために頭に角をつけたのだ! おお、力づよい愛よ! 時には獣《けだもの》を人間にし、時には人間を獣にする。ジュピターよ、あんたも、レーダを恋して白鳥になった。おお、全能の愛よ、何と神がガチョウの姿までするようになるとは! 愛のあやまちはまず獣の形でなされた! おお、ジョーヴよ、なんと獣のようなあやまちだ! もう一度のあやまちは鳥の姿でなされた! そうだ、ジョーヴ、|とり《ヽヽ》返しのつかぬあやまちだ! 神さまたちも、愛の強い気持で燃えるんだ。あわれな人間どもはどうすればいいんだ。おれはな、ウィンザーの鹿になったんだ、おそらく森の中でいちばん太った鹿だと思う。どうかわたしに冷たい|さかり《ヽヽヽ》の時を与えてくれ、ジョーヴの神よ、さもないとおれがおれの脂肪をたらしたってだれもとがめられないぞ。――だれかね、そこへ来たのは? 牡鹿かね?
〔フォードの妻とペイジの妻登場〕
【フォードの妻】 サー・ジョン! そこにいらっしゃるの? あたしの鹿、牡鹿さん?
【フォルスタッフ】 黒い尻尾《しっぽ》の牡鹿かね? 空が芋の雨を降らせてくれるように、「|緑の袖《グリーン・スリーヴス》」の調子に合わせて雷をひびかせるように! いい匂いの砂糖漬を雹《あられ》と降らせてくれるように!甘い木の根を雪と降らせてくれるように! どうか、愛の興奮のあらしを起こしてくれ! わたしはここにかくれることにしよう。
【フォードの妻】 ペイジの奥さんも一緒に来ましたわ。
【フォルスタッフ】 じゃ、盗んだ鹿のように、尻の肉を半分ずつ分けろ。わたしは胴だけは自分のために取っておこう。肩はこの森の番人に、わたしの角はあんたがたの亭主たちにやることにしよう。どうかね、わたしは立派な猟師だろう? わたしは猟師ハーンのようにしゃべっているだろう? 今こそキューピッドが、良心があるところを見せたな。今までの埋め合わせをしてくれるからだ。本当によく来てくれた!〔舞台裏で角笛の音〕
【ペイジの妻】 あら、何の音でしょう?
【フォードの妻】 どうか神さま、あたしたちの罪をお許しください!
【フォルスタッフ】 いったい、これは何だ?
【フォードの妻】 さ、逃げましょう!
【ペイジの妻】 さ、逃げましょう!〔両人急ぎ退場〕
【フォルスタッフ】 どうやら悪魔のやつ、おれを地獄にゃおとしたくないらしいな、おとしたら、おれの身体の脂肪が地獄を火事にしてしまうといけないからだな。そうでなけりゃ、こんなおれの邪魔するはずがない。
〔エヴァンズ半人半獣の|森の神《サチュロス》に変装して、ピストル小鬼に、クィックリー妖精の女王に、アン・ペイジと子供たち妖精に変装して、|ろうそく《ヽヽヽヽ》を持って登場〕
【クィックリー】
黒、グレー、緑、白い妖精たち、
月夜に遊ぶ、夜の影たち、
運命の定めの|みなしご《ヽヽヽヽ》たち、
つとめを果し、仕事にはげめ。
さあ、呼び出し役のホブ・ゴブリン、
「おい、おい」と呼ぶのだ。
【ピストル】 さあ、妖精たち、名前を呼ぶぞ。しずかに! 空気の子たち! クリケット! ウィンザーの煙突に飛んでゆけ! 火が埋《い》けてなかったり、暖炉《だんろ》が掃除してなかったら、娘たちを|つね《ヽヽ》っておやり、コケモモみたいに青くなるまで。われらの美しい女王様は、だらしない女が大きらいだよ。
【フォルスタッフ】 あれは妖精たちだ。口をきく者は命がないぞ、おれは目をつぶって、かくれていよう。だれも妖精のすること見ちゃならないんだ。
〔うつ伏せになる〕
【エヴァンズ】 |ピ《ヽ》ーズ玉はどこにいる? さあ、行って娘をさ|か《ヽ》せ、眠る前に三度お祈りする娘をみつけたら、娘の夢を|と《ヽ》こまでも|ぷ《ヽ》くらませ、苦労を知らぬ子供のように|く《ヽ》っすり眠れるようにしておやり。眠る|ぱ《ヽ》かりで、罪のこと考えない娘がいたならば、|つね《ヽヽ》っておやり、う|て《ヽ》や、足や、背中や肩や、|ぱ《ヽ》らでも|すね《ヽヽ》でも。
【クィックリー】 さあ、さあ、おはじめ、
ウィンザーのお城を、妖精たちよ、内も外もお探し、
幸福をまき散らすんだよ、妖精たち、聖なる部屋の一つ一つに。
その立派さにふさわしいように、いつもすこやかに、
最後の審判の日まで、それがつづきますように、
その持ち主にふさわしく、その持ち主がそれにふさわしいように。
かぐわしい香油と花の香水で、
騎士の位《くらい》にあの人の席を、清めておくれ。
一つ一つの立派な席と、紋章とその上《うえ》飾りと、
紋章のついた美しい楯が、いつも祝福を受けられるように。
牧場の妖精たちよ、夜ごとに歌え、
ガーター勲章のように、輪をえがいて。
描き出されるその模様は、緑の色にするんだよ、
どこの野原で見られるよりも、もっと豊かで新鮮な。
そして、「悪しきを思うものにわざわいあれ」と書くんだよ、
エメラルド色の芝生の上に、赤、青、白の花々で、
立派な騎士のひざまずく、その膝もとにしめられたバックルの
サファイアや、真珠や、美しい|刺しゅう《ヽヽヽヽ》のように。
妖精たちは文字を書くとき、花を使ってかくのだよ。
さあ、ばらばらに散ってお行き。だけど一時になったなら、
いつものように、猟師のハーンの槲《オーク》の木のところで、
輪になって踊るのを、忘れちゃいけないよ。
【エヴァンズ】 さあ、さあ、みんな、手に手をとってきちんと輪になろう。二十匹の螢《ほたる》が明りのかわり、槲《オーク》の木のまわりを踊る足もとを照らす、だが待てよ、なん|た《ヽ》か人間くさい|におい《ヽヽヽ》がするぞ!
【フォルスタッフ】 どうか神様、ウェールズの妖精からお守りください、彼らがわたしをチーズに変えないように!
【ピストル】 みにくい|うじ《ヽヽ》虫め! 生まれた時から、お前は悪い運命だったのだ。
【クィックリー】 試《ため》しの火で、彼の指先におさわり、
もしも、清い男なら、
焔は後におさまって、
彼は苦しむことはない。もしも彼が飛び上れば、
汚《きたな》い心でよごれた人間だ。
【ピストル】 さあ、試し火だ!
【エヴァンズ】 さあ、こんな木が火でもえるかな?
〔一同|ろうそく《ヽヽヽヽ》の火をフォルスタッフの体につけてみる〕
【フォルスタッフ】 おお、おお、おお!
【クィックリー】 汚《けが》れてる、汚れてる、欲情でよごれてる! さあ、妖精たちよ、彼に向って、非難の歌をお歌い! そして、踊りながら、歌に合わせて、彼を|つね《ヽヽ》るんだよ。
〔歌〕
[#ここから1字下げ]
罪深い想いはけがらわしい!
情欲や色欲はけがらわしい!
情欲は血と燃える焔、
汚れた想いにかきたてられて、
心に育ち、焔はもえる、
想いがかきたてるままに、高くはげしく。
彼をおつねり、妖精たちよ、みんなして、
彼のけがれをつねり出しておやり。
つねって、燃やして、ぐるぐる廻せ、
ろうそくと星と月とが消えるまで。[#ここで字下げ終わり]
〔歌をうたいながら彼らはフォルスタッフをつねる。キーズ医師が一方よりそっと出て緑色の衣裳をつけた妖精をつれ出す。スレンダーが他方から出て来て、白い衣裳の妖精をそっと連れ出す。そしてフェントン登場、アン・ペイジをそっと連れ出す。舞台裏で猟の音聞こえる。妖精たちは逃げ去る。フォルスタッフは鹿の頭をはずして立ち上る〕
〔ペイジ、フォード、ペイジの妻およびフォードの妻登場〕
【ペイジ】 どれ、逃がしはしませんぞ、現場をつかまえたんだから。猟師のハーンだけしかもうあんたには、役にたちませんよ。
【ペイジの妻】 おねがい、もうこれ以上冗談はやめにしましょう。サー・ジョン、ウィンザーの女房たちはお気に入りまして?
〔角を指さして〕あんた方みたでしょう? この立派な角には、町よりは森のほうがずっとお似合いでしょう?
【フォード】 だれが|妻をとられた男《カッコールド》でしょうかね? ブルックさん、フォルスタッフは悪党ですよ、角つけた悪党ですよ。ここに角があるでしょう、ブルックさん、そして、ブルックさん、彼はフォードからは何もとることはできなかった。彼の洗濯籠と、彼の棍棒と、二十ポンドの金以外にはね、しかもその金はブルックさんに返さなけりゃならない。その|かた《ヽヽ》に彼の馬がおさえられているのでね。ブルックさん。
【フォードの妻】 サー・ジョン、あたしたち運が悪かったのね。どうしても一緒になれなかったんですもの。あたしは決してあなたを恋人にはしませんわ、でもあなたはいつもあたしの鹿なのよ。
【フォルスタッフ】 どうやら、わたしは馬鹿にされたようだな。
【フォード】 馬《ヽ》と鹿《ヽ》にされたんだ。どっちにも証拠があるぞ。
【フォルスタッフ】 あれは本当の妖精じゃないのか? わたしは三回か四回、どうも本当の妖精じゃなさそうだと思ったんだ。でもわしの心には|やましい《ヽヽヽヽ》所があったし、あまり突然にびっくりさせられたんで、ひどくだまされているとはしらず、理屈も何もわきまえずに、てっきりだれもが信じてるような本当の妖精だと信じてしまった。知恵なんてものは、その使い方がまずかったら、|あやつり人形《ヽヽヽヽヽヽ》みたいなもんだな。
【エヴァンズ】 サー・ジョン・フォルスタッフ、これからは神につかえなさい、あんたの|し《ヽ》ょう欲を捨てなさい、そうすれば妖精たちもあんたを|つね《ヽヽ》ったりしないでしょう。
【フォード】 その通りだ、妖精のヒュー先生。
【エヴァンズ】 あんたも|やきもち《ヽヽヽヽ》やくのは以後やめなさい。
【フォード】 わたしは決して妻を疑うことはしない。あんたが立派な英語で彼女をくどくことができる時まではね。
【フォルスタッフ】 わたしは脳味噌を太陽に干して乾かしてしまったのかな、こんなばかなペテンを見破ることができなかったとは! ウェールズの山羊《やぎ》にまでひきずり廻されて! どうやらざくざくの毛糸製の道化の帽子でもかぶらなけりゃなるまい。あぶったチーズで息の根とめられる所だった。
【エヴァンズ】 チー|ス《ヽ》は|パ《ヽ》ターにはよくない。あんたの腹は|パ《ヽ》ターで一杯だから。
【フォルスタッフ】 チー|ス《ヽ》と|パ《ヽ》ター? こんな舌足らずの英語しゃべる奴にまで馬鹿にされるとはつまらない長生きしたもんだ。もうこれで情欲も、夜あそびもおしまいだ。
【ペイジの妻】 サー・ジョン、もしもあたしたちが、美徳なんかすっかり心の中からたたき出しちゃって、平気で地獄へおちるようなことをしたとしても、あんたがあたしたちの相手になれると思って?
【フォード】 え、特大のソーセージ? 麻の大袋?
【ペイジの妻】 ふくらました男?
【ペイジ】 |もうろく《ヽヽヽヽ》して、冷たくなって、しわくちゃで途方もない胃袋の男?
【フォード】 そしてサタンのように悪口を言う。
【ペイジ】 しかもヨブのように貧《まず》しい。
【フォード】 そしてヨブの妻のように邪悪な。
【エヴァンズ】 そして姦淫、さか|ぱ《ヽ》、サック酒、|ぷ《ヽ》とう酒、|ぱ《ヽ》ちみつ酒に明けくれ、飲ん|た《ヽ》くれ、|ぱ《ヽ》倒し、にらみ合い、|こ《ヽ》た|こ《ヽ》たをひき越したじゃないか。
【フォルスタッフ】 まあいい、わしはみんなの笑い物になった。みんなの方に分《ぶ》がある。すっかりうちのめされた。わたしはウェールズのフランネルにさえ何も言えない。無学なものまでが、わたしを徹底的にやっつけた。勝手にわたしをどうにでもするがいい。
【フォード】 じゃ、これからわたしたちはあんたをウィンザーのブルックさんって人の所へつれて行こう。あんたが金をごまかして取り上げた人だ、そして彼のためにあんたが仲介者になるはずの人だ。さんざんあんたはひどい目に会った上に、金を返さなくちゃならんとはさぞかしつらい事だろうね。
【ペイジ】 だけど、元気を出してくださいよ。今夜、わたしの家でミルク入りの酒でもご馳走しましょう。そして今夜あんたを笑っている家内を笑い返してやってください。彼女にスレンダーさんが娘と結婚したと言ってやってください。
【ペイジの妻】 〔傍白〕どうかと思うわ。もしもアン・ペイジがあたしの娘なら、今頃はもうキーズ先生の奥さんだわ。
〔スレンダー登場〕
【スレンダー】 おーい、おい、ペイジのお父さん!
【ペイジ】 伜《せがれ》や、どうかね? や伜? もうすっかり済んだかね?
【スレンダー】 済んだって? おれはグロスターシアの一番偉い人にこの事知らせてやる。さもなけりゃ、首くくられて死んじまったほうがいいや!
【ペイジ】 何をかね?
【スレンダー】 おれはイートンまでアン・ペイジと結婚するために出かけて行った。そしたらどうだ、彼女と思ったのはでっかい、みっともない男の子だった。もしも教会の中でなかったら、おれはそいつをなぐりつけてやったのに。それともそいつにおれがなぐられる所だったかな。アン・ペイジだと思わなきゃ、一緒に連れてったりしなかったのに――そいつは駅馬車屋の息子だったんだ!
【ペイジ】 とんでもないこった! あんたがまちがえたんだ!
【スレンダー】 そんなことおれに言う必要ないじゃないか? おれが男の子を女とまちがえたときに、そう思ったよ。その子が女の子の|なり《ヽヽ》してたって、結婚式をあげたとしたって、おれの奥さんにゃ出来ないもんね。
【ペイジ】 あんたが馬鹿だったんだ。わたしは言っただろう、着物の色で娘を見分けろって?
【スレンダー】 おれは白い着物きた彼女のとこへ行って、「マム」といったら、その子は「バジェット」って答えた、そんな風にアンとおれとできめていたんだ。だけどそれはアンじゃなくて、駅馬車屋の息子だった。
【ペイジの妻】 ね、ジョージ、怒っちゃだめよ。わたし、あんたの計画がわかっていたんで、娘に緑色の衣裳を着せたのよ。そして今、娘はキーズ先生と牧師館にいるはず、そこで結婚式をあげているはずよ。
〔キーズ登場〕
【キーズ】 ペイジの奥さん、どこいますか?畜生《ヽヽ》! わたしだまされました。わたし結婚したのは|男の子《ガルソン》、男の子、百姓の子、男の子、畜生! アン・ペイジない。畜生《ヽヽ》、わたしだまされた!
【ペイジの妻】 だって、先生、緑色の着物の子を連れてったんでしょう?
【キーズ】 そうとも、畜生《ヽヽ》! そしてそれ男の子。わたし、ウィンザー中の人起こす。〔退場〕
【フォード】 おかしいじゃないか。じゃ本当のアンはだれが手に入れたんだ?
【ペイジ】 どうも心配だ。フェントンさんがやって来たよ。
〔フェントンとアンペイジ登場〕
やあ、フェントンさん!
【アン】 ごめんなさい、お父さん。ね、お母さん、ごめんなさい。
【ペイジ】 どうしてお前はスレンダーさんと一緒に行かなかったのかね?
【ペイジの妻】 あんたはどうしてキーズ先生と一緒に行かなかったの?
【フェントン】 アンが困ってるじゃありませんか。ぼくから申し上げます。あなた方は、お互いに愛情ももっていないのに、無理やりにアンを結婚させようとなさった。じつは、アンとぼくとは、ずっと前から約束していましたが、今ではもうどんな事があってもぼくたちを離れさすことはできません。彼女のおかした罪はむしろ神聖だといっていいでしょう、この偽りは、ずるいなんて言えるものじゃありません。不柔順とも、子としての義務を怠ったとも名づけられるべきではありません、彼女はそうすることによって、無理じいの結婚が、彼女にもたらす、非常に多くの不信仰の呪われた時間を避けることができたし、のがれることができたからです。
【フォード】 ぽかんとしてても仕方がない、もうどうしようもないのだ。愛においては天が思うままにさだめるのです。金で土地は買うことができるが、妻というものは運によって売られる。
【フォルスタッフ】 これは愉快だ、あんた方はわたしを的にして特別の場所まで定めておきながら、その矢は的をはずれたようだ。
【ペイジ】 さあ、もうどうしようもない。フェントン、神さまがしあわせをくださるように! さけられない事は、喜んで迎えねばなるまい。
【フォルスタッフ】 夜に解きはなされた犬が走れば、いろんな鹿がつかまるものさ。
【ペイジの妻】 もうくよくよするのはよしましょう。フェントンさん、どうか、いつまでも、末長く、しあわせな日々を送ることができますように! ねえ、あなた、みんなで家に行きましょう。そして田舎風の暖炉にあたりながら、今夜のことを話して笑いましょう、サー・ジョンも、みなさんもどうぞ。
【フォード】 それがいい――サー・ジョン、あなたはブルックさんとの約束だけは守ることになりますな、なぜなら、今晩彼はフォードの奥さんと一緒にやすむでしょうから。〔一同退場〕
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解説
〔劇団人シェイクスピア〕
シェイクスピアの伝記については、曖昧な、不確定な要素があまりにも多いことは、誰でもよく知っている。故郷のストラットフォードに妻子を残して、若いシェイクスピアがロンドンに出て来た動機は何であったのか。なぜ、劇団に入り、俳優として、座付作家としての生活をはじめたのだろうか。これらの点についても、はっきりした事実の記録は何も残っていない。すべては、われわれの想像と推量の中にあり、われわれはいつの間にか、自分の心の中に、勝手に劇作家シェイクスピアのイメージを創り上げているのである。何を根拠に、彼の生涯をたどり、彼の創作態度の本質を把んでゆけばよいのか、謎はあまりにも深く、とらえにくいのである。
われわれの手にあるのは、シェイクスピアの作品である。それぞれについては、曖昧で、複雑な点は非常に多いが、われわれはそれらの作品の中に、それらの相互のつながりや発展の中に、またそこに見られる当時の舞台、俳優、観客への言及と、解釈の中に、十六世紀から十七世紀へと生きて来た、一人の劇団人、シェイクスピアを把むことができるのである。創作的な伝記よりも、もっとたしかな、劇団人シェイクスピアのイメージが、われわれの前にあらわれ、さまざまな問題を提起している。
芝居というものは、それが上演された舞台と切り離して考えることはできないし、それを楽しんだ観客たちの生きていた時代や場所と無関係に理解することはできない。シェイクスピアの芝居も、彼の時代のものであり、彼の劇団、彼の観客のものである。シェイクスピアがつねに仲間の俳優たちのことを心におきながら、それが上演される舞台や、それを見てくれる観客たちを意識しながら彼の作品を書いたのは当然のことである。それならば、何故、彼の作品は現代のわれわれにも、心から楽しみ味わうことができるものなのであろうか。彼が作品の中で扱った物語や主題は、ほとんどすべての場合、すでにある素材を用いて、それを彼自身のものとして、新しい生命を吹き込んでいる。作者シェイクスピアは、決して意識的に、彼の作品を、後の時代や、異った風土に適するようにする工夫もこらさなかったし、そのために主題を抽象的に一般的にすることもしなかった。むしろ、彼は、徹底的に、足を地につけ、彼の時代の、彼の劇団の、彼の観客のために書きつづけた。そして、逆説的な言い方だが、その劇団人としてのシェイクスピアの創作意欲と、創作態度が、彼の作品を、「すべての時代のもの」にしたのである。われわれが、彼の作品の一つ一つを取り上げて解釈、理解しようとするとき、まずこの点をはっきり認識する必要がある。そしてこのような点をもっともよく、われわれに、納得させてくれるのが『ウィンザーの陽気な女房たち』である。
〔『ウィンザーの陽気な女房たち』〕
この作品はシェイクスピアの芝居の中でも、もっとも多く上演され、好評を博したものの一つである。これが最初に出版されたのは一六〇二年の四折版であった。(現在のテクストは一六二三年の二折版をもとにしてつくられたものである)その扉に、この喜劇は幾度か女王陛下の前や、その他の場所で上演されたと記してある。一六〇四年にはジェイムズ一世がホワイト・ホールでこの劇を見物され、また一六三八年にはチャールズ一世が王妃と共にコックピット劇場でこの劇を見物された。また王政復古以後直ちにこの劇は上演されたようである。十七世紀の終りから十八世紀にかけて多くのシェイクスピア劇の改作が上演された。この作品も一七〇二年ただ一度だけ改作がつくられたようだが、人々はあまりこれを好まず、結局もとの形で上演されるようになり、その後もしばしば、英国でまた外国で上演された。シェイクスピアの劇の中でこの作品ほど、いつの時代にも舞台にのせられて、多くの観客によろこばれたものは他に例がないと言ってよいであろう。
なぜ、この劇がいつの時代にも好評だったのであろうか。まず考えられることはこの劇に終始あらわれている作者シェイクスピアの心憎いまでの舞台意識と感覚のするどさである。まことに変化に富んだ喜劇の技巧をシェイクスピアはうまく使いこなしている。トリックにつぐトリック、陰謀ははぐらかされ、その張本人たちの|こっけい《ヽヽヽヽ》な敗北に、観客たちは大笑いする。そして、これは決して主人公のフォルスタッフだけの一人舞台ではない。嫉妬ぶかい夫フォードも、ガーター館の主人も、医師のキーズも、ペイジ夫妻も、シャロウ判事の甥スレンダーも、すべて裏をかかれて、笑いは幾重にも重ねられる。登場人物はそれぞれに個性をもちながら、それぞれの喜劇の展開にあずかっている。すべての人物が舞台の上で、まことに生き生きと活躍している。観客は本当の意味での喜劇効果を舞台の上にはっきりつかんで満足し、納得する。
ではこの劇は純粋な茶番劇《ファース》なのであろうか、というと決してそうではない。主人公は『ヘンリー四世』一、二部に活躍した、シェイクスピアの創り出したすばらしい道化的人物、フォルスタッフである。彼の家来たち、赤鼻のバードルフも、ニムも、ピストルも登場する。クィックリーも役|がら《ヽヽ》こそちがうが、ここでもまた活躍する。シャロウ判事もスレンダーもみなシェイクスピアの芝居になじんだ観客には親しみのある人物である。そして場所はウィンザー。シェイクスピアの故郷ストラットフォードに近く、観客たちにとっても親しみのある土地。そしてそこに生き生きとした姿を見せて、喜劇を展開させてゆくのはウィンザーの中産階級の人びとである。そして、この劇を単なる茶番劇に終らせていないのは、作者シェイクスピアの創作意図とその展開である。
シェイクスピアはここで中産階級の人々を扱っているが、決して中産階級の人たちのためにだけ書いているのではない。むしろこれは貴族のための芝居であるといってもよい。上流階級の人々をよろこばせるための芝居であるといってもよい。ラテン語の学習の場面や、最後のウィンザーの森の妖精の場も含めて、彼の意図は、気取った、上品な、楽しい喜劇を展開させることであった。しかも、ここでもまた単純な解釈を許さぬものは、フォルスタッフであり、『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』とのつながりである。
〔フォルスタッフの恋〕
この劇が書かれた時から、後の時代まで、つねに舞台の上で好評を博した事は前に述べた。しかしこの劇の批評と正しい評価にマイナスの作用をしているのは、この劇の書かれた動機についてのジョン・デニスの見解である。デニスは前に述べたこの劇の唯一の改作『|こっけいなだて男《コミカルギャラント》』の作者である。彼はその巻頭に、シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』はエリザベス一世の命令によって、二週間で書き下ろされたものであると説明している。エリザベス女王の命令によってこの劇が書かれたという事はたちまち定説となってしまった。一七〇九年、ニコラス・ロウは彼の『シェイクスピア全集』の序に次のように書いている。
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エリザベス女王は『ヘンリー四世』の一、二部におけるフォルスタッフというすばらしい人物がすっかりお気に入られたので、シェイクスピアに彼を主人公にもう一つ芝居を書き、恋するフォルスタッフを扱うようにと命令された。これが『ウィンザーの陽気な女房たち』が書かれた動機だといわれている。エリザベス女王の命令を如何に忠実に実現しているかは、この劇自体がまことによく示している。
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ロウもデニスも確実な証拠は何も挙げていない。「恋するフォルスタッフ」の問題を素朴に受けとめてこの劇を評価する者も多いし、一方、これをシェイクスピアは批判的に受けとめて、その結果この劇にあらわれたフォルスタッフの姿とその恋の結末になったと考える人もある。またシェイクスピアが、本当に全精力を傾倒してこの劇を書いてはいないと解釈する人たちもいる。
ジョンソン博士は、たとえエリザベス女王が「恋するフォルスタッフ」の芝居を書けと命令されたと仮定しても、シェイクスピアはそれに従わなかったと指摘する。なぜならば、この劇のフォルスタッフは、決して本気で恋をしているのではなくて、金が目|あて《ヽヽ》であり、恋をしているような|ふり《ヽヽ》をしているからである。
「恋するフォルスタッフ」に如何なる解釈と評価を下すとしても、またエリザベス女王の命令ということを受け入れようと否とにかかわらず、ここにはフォードとペイジの妻に格調高い恋文を送るフォルスタッフが登場する。そして彼は『ヘンリー四世』において、ハル王子や、バードルフ、ニム、ピストルなどの仲間の中心として活躍したフォルスタッフなのである。ハル王子はやがて、ヘンリー五世となり、「理想の国王」として登場した時、フォルスタッフに「老人よ、わたしはお前などは知らない、さあ退いてお祈りでもするがよい」と言って彼をしりぞける。やがてフォルスタッフのさびしくみじめな死がつげられる。舞台の上で生き生きと、愉快な活躍をつづけ、あくまでも人間的な、道化的人物、「|ほらふきの兵隊《ミレス・グロリオーソス》」のフォルスタッフへの観客の愛着を否定するものは何もない。「恋するフォルスタッフ」を観たいと願ったのは、エリザベス女王だけではなかったであろう。
シェイクスピアがこの劇において、「恋するフォルスタッフ」を書いているとして、それならば何故彼にあれほど徹底的な挫折と敗北を与えたのであろう。舞台の上に、恋に敗れた哀れなフォルスタッフを観て皆で笑う事が本当に作者シェイクスピアの目的であったのであろうか。それともフォルスタッフに関する限り、作者の意図は十分に効果的にはあらわされず、その意味では、この芝居は失敗作であったのであろうか。実ることのなかった「フォルスタッフの恋」をわれわれはどのように受けとめればよいのであろうか。
〔フォルスタッフは死なず〕
この劇の場面はウィンザー。シェイクスピアの作品で、これほど地方色ゆたかな、典型的な英国的背景を用いているものは他に例を見ない。題名が示しているように、ここで喜劇を直接動かしてゆく中心の人物はフォードの妻とペイジの妻である。彼女らが全く同文の恋文をフォルスタッフから受け取った所から、彼女らの復讐喜劇がはじまる。彼女らの計画は次々と実行に移され、そこに嫉妬ぶかい夫のフォードや、ペイジの娘アンの求婚者、医師キーズや、シャロウ判事の愚かな甥のスレンダー、牧師エヴァンズ、ガーター館の主人、キーズの召使いクィックリーたちはすべて、これにかかわりを持って、喜劇は巧みな技巧と、鋭い舞台感覚によって展開されてゆく。一人一人の性格描写は筋の展開に深い関係をもち、喜劇の伝統と慣習、英国の人々の生活態度や、迷信なども、舞台上で喜劇効果を深めてゆくのに役立っている。
すべての 登場人物はフォルスタッフにかかわりを持っている。表面的にみるとフォルスタッフは皆のなぶり者にされ、笑いものにされているようにみえるが、実際はそんなに単純なものではない。フォルスタッフの恋文を最初に受け取った時、フォードの妻は何か心惹かれたようである。たとえそれが、皮肉にこっけいに描かれていても、彼女の心に何らかの夢を与えるような要素がその恋文に全然なかったと断言できようか。フォルスタッフの手紙はそのように格調高いものであった。『ヘンリー四世』にみられたフォルスタッフの言葉の格調高さはまずここにもはっきりと示されている。観客はここでまず、フォルスタッフの変りない姿をはっきりと認めてよろこぶのである。
フォルスタッフに復讐しようとするペイジとフォードの妻たちの最初の計画は成功する。中産階級の堅実な家庭の貞淑な妻たちの努力は実る。フォルスタッフは洗濯籠に入れられてテムズ川に近い溝の中に投げこまれる。そしてこの事件に嫉妬ぶかい夫フォードがからんで来て、この喜劇の笑いはさらに複雑にされる。生命からがらガーター館に帰ったフォルスタッフは腹が立って仕方がない。彼は相手もあろうにブルックと名乗るフォードに一部始終を語る。彼独特の比喩を使って、自分の事を語るフォルスタッフの態度には道化の面目躍如としている。第三者のように自分をながめ、自分を笑っているような|せりふ《ヽヽヽ》の運びは決して単純で愚かな「ほらふきの兵隊」ではない。シェイクスピアは彼が創造したフォルスタッフをここでもしっかりと把えている。
人の好いフォルスタッフは、酷い目にあわされたことにもこりず、またクィックリーの言葉を信じて、再びフォード家を訪れることになる。今度もまたフォードの登場。フォルスタッフはブレインフォードの老婆に変装させられて退場。ここでも正体こそ見破られなかったが、フォードにさんざんなぐられる。この老婆は当時の英国の人々にとっては親しみのある人物、占い師である。彼女に主人の事を占ってもらうために、愚かなスレンダーの召使いシンプルはガーター館にやって来る。ここでもフォルスタッフの応待はまことに楽しく、生き生きとしている。観客は、ひどい目にあったのは、彼の正体をつかめなかったフォード自身であって、フォルスタッフもそれに一役買っていたと考えることができるのではなかろうか。
フォードとペイジの妻の告白により、彼女らの誠実と貞淑は証明され、フォードは恥じ入る。そして彼らは皆で力を合わせて、最終的にフォルスタッフをこらしめようと計画する。そしてここでウィンザーの森の夜、妖精たちの登場である。クィックリーが妖精の女王に、アン・ペイジその他が妖精に、牧師エヴァンズがサチュロスに、ピストルが小鬼《ホブゴブリン》に変装して登場する。そしてフォルスタッフは牡鹿の頭をかぶった猟師ハーンに変装して登場。すべては当時の英国の人々の常識の中にとり入れられた迷信に裏付けられている。フォルスタッフは妖精たちにつねられ、ろうそくで焼かれ、ひどい目にあわされる。
しかし、ここでまんまとだまされたのは、むしろ、フォルスタッフをこらしめようとした人々であった。ペイジもその妻も、医師キーズも、スレンダーもすべて出し抜かれてしまった。変装を用いてアン・ペイジを連れ出して結婚にまでもってゆこうとした人たちは裏をかかれ、アン・ペイジはフェントンと結婚してしまった。喜劇のクライマックスはフォルスタッフの完全な敗北ではなくて、人それぞれの愚かさの発見と自覚であり、笑いと善意と許容の中にこの芝居は終るのである。フォルスタッフは、皆が自分をねらうつもりだったのであろうが、矢は見事に外れてしまってよかったと述べるが、ここにもフォルスタッフの面目は躍如としており、彼がこの喜劇全体の担い手としての役割を果しているのをわれわれは知り、「フォルスタッフは死なず」という実感を新たにするのである。
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訳者あとがき
幾度かウィンザーを訪れた時、いつも心に浮かんだのはこの作品であった。車で森のそばを通った時も――、ウィンザーの城の中を歩いた時も。シェイクスピアは英国の風土をこよなく愛し、英国の人々を愛し、その人々のためにこの芝居を書いたにちがいない。人々の心の中にもう一度フォルスタッフをよみがえらせて、彼を囲んで愉しいひとときを過ごす芝居を書いたのである。
この作品はほとんどが散文である。そしてこの作品ほど、当時の人々が親しんでいた格言を沢山盛り込んだものは他にないであろう。これが上流階級のための芝居であるか、次第に社会的に実力を示して来た中産階級の人々を中心とするものか、ここで詮索する必要はあまりないであろう。彼が若い頃から習いおぼえた喜劇の技巧、彼が常に生活していた劇団と舞台の中から、彼はこの喜劇を創り出した。この芝居ほど、上演した時に変化に富んだ演劇効果を挙げられるものも他にあまりないと言ってよいであろう。
これはまことにシェイクスピア的な芝居である。それだけにこれは非常に翻訳しにくい芝居でもある。訳者はいつも舞台を心に思い浮かべながら訳を進めて行ったが、シェイクスピアの舞台を楽しく盛り上げている彼の言葉を日本語に移して、この芝居の面白さを正確に伝えることの困難さを痛感した。
シェイクスピアの芝居ほど、観客の想像力に多くを期待しているものはないと言えよう。この訳を通して、読者のみなさんが、シェイクスピアの舞台を思い浮かべ、善意とユーモアにみちて、生活をたのしんでいる英国の中産階級の人々のことを想像して頂けたらまことに幸いである。美しいウィンザーの森と、当時の人々がほんとうに存在すると素朴に信じていた妖精たちを思い浮かべ、彼らが愛していたフォルスタッフをそこに置いて、積極的にこの芝居の中に入り、その愉しさと笑いを分ち合って下さったらまことにうれしいことである。
フォルスタッフは単に愚かな、こっけいな笑い者ではなく、彼なりの誇りと知恵を持っていた人物である。そしてこの芝居でもシェイクスピアは、自分の、そして観客の夢をこの人物に托している。数年前、英国で、そして日本でも見たロイヤル・シェイクスピア劇団の演じたこの芝居をいま訳者は思い出している。あの時のフォルスタッフの、人生の哀愁を含んだ格調高い姿とせりふが忘れられない。いつの時代にもフォルスタッフはすべての人のアイドルである。
ここ数日、寒気がきびしい日がつづいているが、空のどこかに、陽の光に、もう春がそこまで来ているのを感じる。ウィンザーの町の人々も、明るい、たのしい春を待ち望んでいることであろう。
〔訳者略歴〕
大山敏子(おおやま・としこ)一九一四年生まれ。東京文理科大英文科卒。近世英文学専攻。主著「シェイクスピアの心象研究」「シェイクスピアの喜劇」「女性と英文学」他。訳書「ヴェニスの商人」「ジュリアス・シーザー」「真夏の夜の夢」「お気に召すまま」「十二夜」「じゃじゃ馬ならし」など多数。