TITLE : マクベス
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、 ホームページ上に転載することを禁止します。また、本作品の内容 を無断で改変、改ざん等を行うことも禁止します。
本作品購入時にご承諾いただいた規約により、有償・無償にかかわ らず本作品を第三者に譲渡することはできません。
本文中に「*」が付されている箇所には注釈があります。「*」が付されていることばにマウスポインタを合わせると、ポインタの形が変わります。そこでクリックすると、該当する注釈のページが表示されます。注釈のページからもとのページに戻るには、「Ctrl」(Macの場合は「コマンド」)キーと「B」キーを同時に押すか、注釈の付いたことばをクリックしてください。
目 次
第一幕
第一場 荒涼たる原野
第二場 フォリス付近の陣営
第三場 不毛の荒れ地
第四場 フォリス。ダンカン王の宮殿の一室
第五場 インバネス。マクベスの城
第六場 マクベスの城の前
第七場 マクベスの城の中庭
第二幕
第一場 前と同じ城内の中庭
第二場 前の場と同じ
第三場 前の場と同じ
第四場 マクベスの城の前
第三幕
第一場 フォリスにある宮殿の謁見の間
第二場 前の場と同じ
第三場 宮殿の門に通じる森の中の坂道
第四場 宮殿の大広間
第五場 荒れ地
第六場 宮殿の一室
第四幕
第一場 洞 窟
第二場 ファイフ。マクダフの城
第三場 英国王エドワードの宮殿の前
第五幕
第一場 ダンシネーン。城内の一室
第二場 ダンシネーン付近
第三場 ダンシネーン。城内
第四場 バーナムの付近
第五場 ダンシネーン。城内の中庭
第六場 城門の前
第七場 城門の前
第八場 城 内
第九場 城 内
注 釈
シェイクスピアの生涯
『マクベス』について
シェイクスピア事典
シェイクスピア名言集
年 譜
創作年表
マクベス
登場人物
ダンカン スコットランド国王
マルカム、ドナルベーン その王子
マクベス 将軍、後に国王
マクベス夫人 その妻
バンクォー 将軍
フリーアンス その子息
マクダフ 貴族
マクダフ夫人 その妻
少年 その子息
レノックス、ロス、メンチース、アンガス、ケースネス 貴族
シュアード ノーサンバランド伯、英国の将軍
小シュアード その子息
シートン マクベスの従者
マクベス夫人の侍女
隊長
門番
老人
スコットランド王の侍医
英国王の侍医
三人の刺客
三人の魔女
ヘカット(またはヘカティ)
幻影
貴族、紳士、士官、兵士、刺客、従者および使者たち
場面 スコットランドとイングランド(第四幕第三場)
第一幕
第一場 荒涼たる原野《*》
(雷鳴がとどろき、稲妻がひらめく。霧の中に三人の奇怪な女の姿が現われる。集ってなにごとか相談していたようだが、その相談もどうやら終りに近いらしい)
魔女一 今度またいつ落ち合おうか、
かみなり、いなずま、大あめのとき《*》?
魔女二 あのどさくさがかたづいたとき、
勝ち負けがきまったときさね。
魔女三 日の入り前にけりはつくさ。
魔女一 落ち合う場所は?
魔女二 いつもの荒れ地。
魔女三 そこでマクベスを待ちうけよう。
(魔女の使いの魔性の動物どもの呼び声がきこえてくる)
魔女一 今いくよ、とら(猫)や!
魔女二 蟇《がま》が呼んでるよ。
魔女三 あいよ!
三 人 よいことはわるいこと、わるいことはよいこと《*》。
さあ、飛び回ろうよ、霧の中、にごった空気の中を。
(三人の魔女、霧の中へ消える)
第二場 フォリス付近の陣営
(奥で勇ましいラッパの音。スコットランド王ダンカン、第一王子マルカム、第二王子ドナルベーン、貴族レノックスおよび従者たち登場。負傷した隊長、他方より登場)
ダンカン あの血まみれの男は何者か? あの様子なら
きっと知っておろう、叛乱の一番新しい
戦況を。
マルカム あれは、隊長です。わたくしがあやうく敵軍に
捕えられそうになったとき、敢然身を挺して
救ってくれました。――や、隊長、ご苦労!
陛下に申しあげてくれ、
君の見てきた戦場の模様を。
隊 長 なんとも心もとなく見うけられました。
あたかも、二人の男が水中で力つき、互いに相手にしがみついたまま、
身動きならぬてい。悪逆無道なマクドナルドめ、
ありとあらゆる人間の悪心をその身に集めた
正真正銘の謀《む》叛《ほん》人《にん》めは、
西の島々《*》よりかり集めた、命知らずの土民兵やら正規兵やらの、
まことにあなどりがたき大軍を擁し――
さては尻軽の運命の女神、非道なたくらみに笑顔を見せて、
謀叛人の情婦になりさがるかと覚えました。が、それもつかのま。
勇将マクベスどのは、その名にそむかず、
運命もものかは、剣をふるって、
むらがる敵を薙《な》ぎたおし、さながら武勇の神の申し子のごとく、
血煙あげて、まっしぐらに敵陣ふかく分けて入り、
ついに目ざす賊将めに出会うと見る間もなく、
ものをも言わずにただひと太刀、
顎《あご》から腹にかけて真二つに斬《き》って捨て、
その首を城壁高くかかげました。
ダンカン ああなんと勇敢な従弟だ! じつに立派な男だ!
隊 長 ところが、怖ろしい雷や船をくつがえす嵐《あらし》も
太陽が昇る東の空から起りまするように、
われらの喜びのわき出たと同じ源から
大変な不安がおしよせてまいりました。
陛下、とくとお聞きくださいまし!
かように武勇に守られたわが正義の軍が
逃げ足の速い敵の土民兵どもを追いちらしたそのとき、
それまでひそかに機をうかがいおったノールウェー王が
新鋭の武器と新手の兵とをもって、
突如わが軍におそいかかりました。
ダンカン して、わがマクベス、
バンクォーの両将は? さすがにあわてたであろうな?
隊 長 はい、
鷲《わし》が雀《すずめ》に、獅《し》子《し》が野《の》兎《うさぎ》に、おそわれたときほどのあわて方ですかな。
じつを申せば、わが両将軍はまるで
二重に玉ごめした大砲のようだったとでも申しあげるほかはありません。
と申すのは、お二人とも
それまでに倍する勢いで敵に立ち向かわれましたから。
そのご奮戦ぶりは血の河で水浴なさろうとするおつもりか、
それとも、第二の「どくろの丘《*》」を残そうとなさる魂胆か、
いずれともわかりかねるほどでありました。
残念ですが、気が遠くなりそうです。傷口がいたんでなりません。
ダンカン お前の報告はその手傷におとらず立派だったぞ。
いずれも名誉の勇士のしるしだ。それ、傷の手当をとらせい。
(従者らが隊長を連れて退場)
誰か来たぞ。
(貴族のロス、アンガス登場)
マルカム ロスの領主です。
レノックス あわただしいあの眼の色!
ただならぬ知らせらしゅうございます。
ロ ス 陛下、ご機嫌うるわしゅう!
ダンカン どこからまいった?
ロ ス ファイフ《*》からまいりました、陛下。
かの地ではノールウェー軍の旗が大空を圧し、
人民の胆を冷しております。
ノールウェー王はみずから大軍をひきいて、
かの大不忠の臣、陛下にそむいたコーダーの領主の
助けをかりて、猛然わが軍を攻撃してまいりました。
されど、戦の女神ベローナの夫《*》なるわがマクベスどのは
甲冑に身をかため、敢然とこれに立ちむかわれ、
王を相手に一歩も退《ひ》かず、ちょうちょうはっしと斬《き》りまくり、
ついに王の不逞の性根を叩《たた》きのめして、結局
味方の大勝利。
ダンカン そうか、それはめでたい!
ロ ス ノールウェー王スウィーノーは
目下しきりに和議を求めておりまする。
が、わが方といたしましては、聖コールム島におきまして《*》、
ノールウェー王からわが軍に一万ドルの献金があるまでは
敵兵の死骸一体の埋葬たりともさしゆるさぬ所存でございます。
ダンカン コーダーの領主たる者がふたたび余の信任に
そむくことがあってはならぬ。ただちに行って、彼に死刑を申しわたし、
代りにその称号をマクベスにさずけて祝辞を述べて来い。
ロ ス かしこまりました。
ダンカン あれの失ったものが立派なマクベスの手に入るのだ。
(退 場)
第三場 不毛の荒れ地
(雷鳴がとどろき、霧の中から三人の魔女が現われる)
魔女一 おまえさん、どこへ行ってた?
魔女二 豚を殺してたよ《*》。
魔女三 おまえさんは?
魔女一 船乗りのかかあが前かけに一杯栗をいれてさ、
もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、食ってやがるのさ。
「おれにもくんな」と言ったら、
「こん畜生、魔法使め、失せやがれ!」でぶの婆《ばばあ》め、どなりやがった。
あいつの亭主は今アレッポへ行っている、タイガー号の船長なのさ。
こうなったら、ふるいに乗って《*》、あそこまでひと飛びだ。
しっぽのない鼠《*》に化けてよ、
大あばれにあばれてくれる。
魔女二 風をひと吹き《*》おれがやろう。
魔女一 すまないね。
魔女三 おれもひと吹きやろうよ。
魔女一 残りの風はみんなおれのところに揃《そろ》っているんだから、
風の吹くところなら、どんな港だろうと、
羅針盤の目盛りにあるかぎり、
世界中のどんな隅っこだろうと、思いどおりだ。
あいつを枯草のようにひからびさせてくれる。
夜も、昼も、一刻だって、
あいつの厚いまぶたに眠りなんか宿らせるもんか。
呪《のろ》いにとっつかれた毎日を送るんだ。
疲れ切って七日七晩を九回の九倍も重ねりゃ、
たいがい、やせて、しなびて、しぼんじまうだろうって。
あいつの船は沈めるわけにはいかないが、
さんざっぱらゆさぶってくれる。
ほら、これをみな。
魔女二 どれ、どれ。
魔女一 こりゃ水先案内の親指なのさ《*》。
国へ帰る船で難破して、おだぶつになったのよ。
(奥で陣太鼓の音がきこえてくる)
魔女三 太鼓だ、太鼓だ!
マクベスが来た。
(三人互いに手をとり合い、輪になって踊る。しだいに速くぐるぐる回りながら歌う)
三 人 三人いっしょに、手に手をとって、
海でも陸でも、ただひとまたぎ、
ぐる、ぐる、ぐるり、ぐる、ぐる、ぐるり。
お前に三廻《めぐ》り、おれにも三廻り、
も一つ三廻り、あわせて九回。
止まれ! まじないはすんだ。
(急に踊りを止め、霧の中に姿を消す)
(マクベスとバンクォー登場。戦に勝利をおさめ、いま国王のいるフォリスに向う途中。後方から彼らの軍勢が従っているが、その姿はまだ見えない)
マクベス こんなよい日に、こんなわるい日《*》は見たためしがないぞ。
バンクォー フォリスまであとどのくらいというところですか? や、あれは何者か?
あんなにしなびて、怪しい装《なり》をして、
この世のものとはとうてい思えぬのに、
現にあそこにいる! きさまらは生きているのか? 人間とは
口がきけるのか? おれの言うことがわかるようだな、
あかぎれに裂けた指を《*》そろってうすい唇に
当てるところをみれば。女には相違ないようだが、
あごひげを見ると、
そうとも思えん。
マクベス ものを言え、言えぬのか。
何者か、きさまらは?
魔女一 マクベスどの、おめでとう! グラーミスの殿さま、おめでとう!
魔女二 マクベスどの、おめでとう! コーダーの殿さま、おめでとう!
魔女三 マクベスどの、おめでとう! いまに王さまになられまするぞ。
バンクォー なんでまたあなたは驚いたり、恐れたりするのだ、
たいへん結構なご運勢ではないか?
(魔女に)いったい、きさまらは
まぼろしか、それともみかけどおりの者か? きさまらはおれの立派な同僚に
名誉の称号をおくり、尊い王位まで
約束したので、ほれ、見ろ、
あんなに呆《ぼう》然《ぜん》となっているぞ。なぜおれにはなにも言わんのだ?
もしきさまらが運命の種子を見ぬく力があるなら、
どの種子が育ち、どの種子が育たぬか予言できるなら、
さ、言ってみろ! おれはきさまらから別に好意を受けたいとも思わぬが、
憎まれてもすこしも恐ろしくはないぞ。
魔女一 おめでとう!
魔女二 おめでとう!
魔女三 おめでとう!
魔女一 マクベスどのに劣るが、優る。
魔女二 しあわせは少ないが、ずっとしあわせ。
魔女三 王さまにはなれんが、王さま方の先祖になられますぞ。
だから、おめでとう! マクベスどのとバンクォーどの!
魔女一 マクベスどのとバンクォーどの、おめでとう!
(霧が濃くなり、魔女の姿がしだいにうすれる)
マクベス 待て、あやふやなことを言いちらしおって、もっと言え!
父シナルの死によって、おれがグラーミスの領主になったことはわかる、
が、コーダーの殿とはなんだ? コーダーの領主は
まだ存命だぞ。また国王になるなどとは
とんでもない、とうてい信じられんことだ。
コーダーどころの話ではない。いったい、どこから
きさまらはこんな奇怪なことを聞いてきたのだ? なぜまた
この荒れ地に待ち伏せて、怪しい予言をもって
おれたちを惑わすのだ? 言え、言えといえば!
(魔女ら霧の中へ消え去る)
バンクォー 水のあぶく同様、土にもあぶくがあるわい。
あいつらがまさしくそれですな。どこに消えました?
マクベス 空《くう》に消えた。形があるのに、まるで息が風の中へとけこむように
消えてしまった。ああ、引きとめておきたかった!
バンクォー ここにたしかにいたのかな?
ひょっとすると、われわれは気を狂わす草の根でも食べて、
理性の働きをうばわれたのかもしれん。
マクベス あんたの子孫は王になるとたしかに言いましたぞ。
バンクォー あんたは王になると。
マクベス それから、コーダーの殿にもなると。たしかにそうでしたな?
バンクォー そのとおり、まちがいありませんよ。誰か来たぞ。
(ロスとアンガス登場)
ロ ス マクベスどの、国王陛下には、貴殿ご勝利の知らせを
ことのほかお喜びになられました。叛《はん》軍《ぐん》との戦に
貴殿の立てた輝くご武勲の報告をご覧になるや
驚きと賞讃とがこもごも胸にせまり
互いに争って、しばらくはお言葉もなきほどのご感動。やがて
同じ日のその後の戦況を見そなわせられ、
貴殿が今度は頑強なノールウェー軍のまっただなかに斬《き》りこまれ、
物すごい死人の山をきずきながら、平然としてさらに動ずる色もなきおもむきを
お聞きおよびになられた。なおつぎつぎにきびすを接する
戦場よりの注進は、いずれも陛下のために御国をまもる
貴殿のめざましきお働きを伝え、陛下の御前に
貴殿をほめたたえる言葉は、さながら雨あられ。
アンガス われわれ両名はただ国王陛下の感謝のお言葉を貴殿にお伝え申し、
これから御前へご案内申すため、正式のご恩賞の儀はおってご沙《さ》汰《た》があろう。
ロ ス さしあたり、後よりつづくさらに大きなご栄誉の保証としまして、
貴殿をコーダーの殿とお呼び申すようにとのご沙汰がありました。
謹んでお祝い申します、まずは、おめでとうございます。
コーダーの殿!
バンクォー え、悪魔の言うことにも誠があるのか?
マクベス コーダーの殿はまだご存命ではございませんか。なぜまた
他人《ひと》さまの衣装まで借りて、わしに着せようとなさる?
アンガス まだ存命はいたしておりますが、
すでに陛下より死罪を命ぜられ、今はただ
死を待つ身。殿がはたしてノールウェー王と
相結びましたのやら、あるいはひそかに謀《む》叛《ほん》人《にん》と通じて
これを援助したのやら、あるいはまたその両方の手段によって
国家の転覆を企てたのやら、しかとは存じませんが、
大逆の動かぬ証拠もあがり、みずからも罪を認めましたからには、
極刑はまぬがれぬところでございます。
マクベス (傍白)グラーミス、それからコーダー。一番の大物が後にひかえている。
――(ロスとアンガスに)いや、ご苦労でした。
(バンクォーに傍白)あんたは子孫が王になるのを願わんか?
おれにコーダーをくれたやつらが、たしかに約束したろうが。
バンクォー (マクベスに傍白)そいつを本気にしたら、
それこそ、あんたはコーダーのほかに、
王冠までも欲しくなりかねませんぞ。それにしても、ふしぎなことよ。
ただし、闇《やみ》の使い(悪魔)がおれたちになにか危害を加えようとして、
わざと本当のことを告げたりすることはよくあるらしい。
ほんのささいな真実をみせて、うまく信用させ、
大事なせとぎわになって、急に裏切るのだ。
両君、ちょっと。
(ロスとアンガスのほうに歩みよる)
マクベス (傍白)はじめの二つはあたった。
さいさきのよい前口上だ、これからいよいよ国王を主役にした
雄大な舞台の幕が切っておとされるのか。 (ロスとアンガスに)ほんとにご苦労でしたな。
(傍白)この奇怪な誘いは
わるい知らせのはずはない、よい知らせのはずもない。わるい知らせなら、
はじめに真実を見せて、後につづく運命の
確かな保証など与えるわけがない。現にコーダーの領主になったではないか。
だが、よい知らせなら、この不《ふ》逞《てい》な誘惑は、なんとしたこと?
怖ろしい幻影が目のさきにちらついて、思わず身の毛がよだち、
心臓が肋《ろつ》骨《こつ》にぶっつかるように激しく鼓動する、
いつものおれには例のないことだ。目に見える怖ろしさなど
心に描く怖ろしさにくらべればものの数ではない。
暗殺の考えがちらついただけで、
たあいもないおれの心の王国はすっかりかきみだされ
さまざまな臆《おく》測《そく》に五感の働きもしびれて、
目に浮ぶのはただ幻影ばかり。
バンクォー ご覧なさい、
同僚のあの呆《ぼう》然《ぜん》たる格好を。
マクベス (傍白)運で王になれるなら、じたばたせんでも、
運が王冠を授けてくれるわい。
バンクォー 新たに立派な栄誉を賜ったものだから、
まるで着なれぬ服でも着たように、しばらく着つけなけりゃ、
身につかないのでしょう。
マクベス (傍白)えい、どうともなれだ、
どんな大《おお》嵐《あらし》でも、いつかやむ時はあるわい。
バンクォー マクベスどの、お供いたそう。
マクベス いや、これは失礼しました。失念した事を
思い出そうと、ついぼんやりしました。 (ロスとアンガスに)いや、ご両君、
君たち二人のお骨折は心の手帳にしかと書きとめて、
毎日忘れず読ましてもらおう。では、陛下のもとへまいりましょう。
(バンクォーに傍白)きょうの事を考えといてくれたまえ、いずれ後日、
よく検討した上で、お互いに
腹蔵のないところを話し合おう。
バンクォー 承知した。
マクベス では、いずれその時に。――さ、まいりましょう。
(退 場 )
第四場 フォリス。ダンカン王の宮殿の一室
(トランペットのファンファーレ。ダンカン王、マルカム王子、ドナルベーン王子、レノックスおよび従者たち登場)
ダンカン コーダーの刑の執行はすんだのか? 役目の者どもは
まだもどってまいらぬのか?
マルカム まだもどってまいりません。
が、彼の死を見とどけた者の話では、
彼は大逆の罪をつつみかくさず告白して、
陛下のお赦《ゆる》しを乞い、心から
悔悟の色を示して、静かに死についたその態度は
彼の生涯を通じてかつてなかったほどの
立派な最期だったと申します。
死に臨む心構えはかねてから十分できていたらしく、
大切な生命をあたかも塵《ちり》芥《あくた》でも捨て去るかのごとく、
従容としてあい果てたとのことです。
ダンカン 人の容《よう》貌《ぼう》からは
その心を見抜くすべはないものだのう。
あれはわしが心から信頼しおった
男であったにな。
(マクベス、バンクォー、ロスおよびアンガス登場)
おお、あっぱれだぞ、マクベス!
あんたの働きに報いられぬとて、今が今
心苦しく思っていたところだ。どだいあんたの脚が速すぎるのだよ、
あれではどんなに矢つぎばやの恩賞とて、とても
追いつけるものではない。立てた手柄がもっと少なかったらと思うくらいだ。
そうすればわしのほうも感謝と恩賞を滞りなく
支払えるというものよ! いや、いや、結局
あり金全部はたいても、まだわしのほうがだいぶ借りだな。
マクベス 陛下に対する忠勤はてまえの当然の義務でありますゆえ、
首尾よく勤めますれば、それがとりもなおさず報酬というもの。
陛下はただてまえの勤めを黙ってお受けくださればよろしいのです。
てまえどもはいわば国王の赤子、王位の従僕ですから、
陛下のご名誉のため、誠をささげ、あらんかぎりの力をつくすことは
ただてまえどもの本分にすぎません。
ダンカン めでたく帰還してなによりだ。
こんどあんたに新しく称号を贈ったが、これからいよいよ繁栄するよう
わしも援助しよう。 (バンクォーに)や、バンクォー、
君の手柄もけっして劣らぬぞ、劣らぬことを、当然
同じように認められねばならん。さ、君を抱かせてくれ、
この胸にしっかりと。
バンクォー この大木にすがりついて、幸いに繁茂できましたら、
やがてその枝にみのるぶどうの実は陛下のもの。
ダンカン (涙をふきながら)あまりの嬉《うれ》しさに、
喜びのやつ、とまどいして、悲しみのしずく(涙)に
かくれるつもりか。――息子《むすこ》たち、親族、領主、
その他身分の高い方々、ご一同、どうか聞いてもらいたい、
わしはこの場で長子マルカムをもって王位の
正当な継承者と定め《*》、今後彼をカンバランド公爵と
呼ぶことにする。言うまでもなく、この栄誉は
ひとり彼のみにとどまるものではない、これを機に
勲功あるすべての人々の上に、栄誉のしるしを、
それこそ降る星のように輝かせよう。――(マクベスに)これからインバネスへ出かけることにする。
またあんたに苦労をかけることになるがな。
マクベス 苦労がかえって楽しみです、陛下のお役に立つからには。
これからてまえが前触れ役を勤めまして、陛下のお成りを
さっそく妻に知らせて、喜ばせてやります。
では、ひと足お先に。
ダンカン いや、あっぱれな男だ!
マクベス (行きかけて傍白)カンバランド公爵! とんだ邪魔ものが飛び出したぞ、
こいつにけつまずいてこっちがひっくり返るか、
それともうまく跳びこすかだ。星め、光をかくしておれ!
おれの腹黒い、深い企みを照らすなよ。
目もふさいでおれ、手のしわざを見るなよ。えい、思い切ってやっつけてしまうんだ、
やってしまえば、目のやつめ、たまげてまともに見られやしまい。
(退 場)
ダンカン (先刻から話しつづけていたバンクォーに)そうなのだ、君の言うとおりだ。じつに勇敢だ、あの男は!
あれの賞讃を聞くのがわしにはなにより楽しみでな、
一番の好物だよ。――さ、後を追って行こう、
わしを歓待しようと、もうあんなに気をつかいおる。
親族中でも無類の奴だ。
(退 場 )
第五場 インバネス。マクベスの城
(マクベス夫人、手紙を読みながら登場)
マクベス夫人 「……彼らに出会いしはわがめでたき勝利の当日にて、信頼すべき筋より聞き及びしところでは、彼らは人知の及ばざる不思議な知識を持つ者の由。さらに詳しく問いたださんと心はやりしも、忽《こつ》然《ぜん》として空《くう》に消え入り候。驚きにしばし呆《ぼう》然《ぜん》たたずみおるところへ、国王よりの使者到来、われを『コーダーの殿』と呼びて、祝意を表し候。すでにかの魔女らは先にかくわれに呼びかけしのみならず、さらにわが未来につきて『今に王になられまするぞ』と予言いたし候。何ごとにつけともに苦楽を分つべき最愛の御身なれば、われらに約されしかかる行く末の栄誉をつゆ知らぬままに、喜びをともにせざらんも本意なしと、取急ぎ認《したた》め申し候。右とくとご考慮くだされたく。匆《そう》々《そう》」
あなたはグラーミスの殿から、コーダーの殿にもなった。きっとなれますよ、
予言どおりの身分にだって。でも、あなたの人柄が心配、
あまり気がやさしくって、人情がありすぎる、とても抜け道など
できゃしない。あなたという人は偉い人にもなりたいし、
野心もなくはないけど、それをやりとげる
腹黒さがない。偉くはなりたいが、
きれいごとでいきたい。いかさまはいやだが、
ばくちには勝ちたい。グラーミスの殿、叫んでいますよ、あなたの欲しがっているものが、
「手に入れたいなら、思いきってやれ」ってね。
でも、あなたは恐いのね、ご自分で手を下すのが。
内心ではなさりたいくせに。早く、帰っていらっしゃい、
わたしの魔力をあなたの耳に注ぎこんであげるから。
そしてわたしの舌を鞭《むち》にして、
あなたの黄金の冠を
邪魔立てするものたちをさんざんに打ちこらしてあげる。
運命と摩《ま》訶《か》不思議な力がともどもに力をあわせてあなたに
授けようとせっかく骨をおっているんですもの。
(召使、急いで登場)
どんな知らせ?
召 使 王さまが今晩ここへお成りです。
マクベス夫人 なにを言うの、おまえは、気でも違ったの?
王さまのもとにはここの殿様がいらしているではないか? そんなことがあれば、
準備をするように、前もって殿様からお知らせがあるはずです。
召 使 おそれながら、間違いございません。殿様もお帰りでございます。
仲間の一人が先駆けになり、ただいまかけつけましたが、
疲れはて息を切らして、ようやく使いの趣を申しのべました。
マクベス夫人 十分にいたわっておやり、
大事な知らせを持って来てくれたのだから。――(召使退場)――大烏さえ声をしゃがらせて、
ダンカン王がこの城の門をくぐる運命の日を
告げる。――さあ、怖ろしい企みを助けてくれる
悪鬼ども、ここへ来て、わたしの心を男に変えておくれ!
頭の頂きから足の爪先まで、冷たい、むごたらしい気分で
いっぱいにしておくれ! わたしの身体中の血をこごらせ、
情け心に通じる路はのこらずふさいで、この胸に
憐《あわ》れみなどつゆ起きないようにしておくれ、
怖ろしい目的をゆるがせたり、実行を
邪魔立てしたりしないように! さあ、このふところにお入り、
そして女の甘い乳を吸いとって、苦い胆汁に変えておくれ、人殺しの悪鬼たち!
目に見えない姿になって、いつも人間の悪事を助けるおまえたち、
今どこにかくれているの? 真暗な夜よ、早く来て、
地獄の黒煙でこの世界をおしつつんでおくれ、
わたしの鋭い短剣に自分のつくる傷口を見せたりしないように、
天が暗《くら》闇《やみ》のとばりのすき間からのぞきこみ、 「待て! 待て!」
などと呼んだりしないように。
(マクベス登場)
グラーミスの殿! コーダーの殿!
いいえ、もっともっと偉い方! そういう予言ですものね。
お手紙を読んでからというもの、なにも知らない現在から、
いっそくとびに未来へと運ばれてしまいましたのよ、
もう未来が目の前にはっきり見えますわ。
マクベス おい、ダンカン王が今夜ここへ来るぞ。
マクベス夫人 そしてお立ちは?
マクベス 明日だ、ご予定ではな。
マクベス夫人 おお、その明日に
日の目を見せてはなりません!
あなた、そのお顔は誰の目にもなにか怪しいことの
書いてある本のよう。世間をあざむくには
世間と同じようにしていらっしゃい、目にも、
手にも、口先にも、歓迎の色を浮べ、うわべは無心の野の花と見せかけて、
花蔭にひそむ毒蛇になることですわ。
さあ、これから、仕度にかからなくては。
今夜の大事な仕事はわたしにお任せください。
首尾よくゆけば、これから行く末ながく
尊い地位と権力とがわたしたち二人のものとなるのですから。
マクベス なおよく相談しよう。
マクベス夫人 あなたはただ晴れやかな顔をしていらっしゃい。
顔色を変えたりするのはなにか怖れているしるしです。
万事わたしにお任せください。
(退 場)
第六場 マクベスの城の前
(オーボエの音《*》。ダンカン王、マルカム王子、ドナルベーン王子、バンクォー、マクダフ、ロス、アンガスおよび従者たち登場)
ダンカン この城のあたりは気持のよいところだな。
さわやかに澄んだ空気が、いかにも
五体に快い。
バンクォー 夏になるときまって教会にやってくる岩《いわ》燕《つばめ》が
あのように好んで巣を作るところを見ましても、
このあたりは、大気のかおりもまた格別なのでしょう。
張出し、なげし下、控え壁、その他
かっこうな隅々とあればどこでも、燕のやつめ、つり床をかけ、
ひなを育てる揺《ゆり》籃《かご》をしつらえております。
この鳥が好んで巣を作りますところは、わたくしの見るところでは、
空気がやわらかなようでございます。
(マクベス夫人登場)
ダンカン それ、それ、奥方が見えたぞ。
(夫人に)たとえ厚意でも、あまりつきまとわれると迷惑だが、
しかし厚意なのだから、わしはありがたく受けることにしている。だから
あなたもお世話をかけるわしの上に神さまの祝福を願って、
迷惑を感謝してくださらんといかんよ。
マクベス夫人 わたしどものご奉公は
たとえその一つ一つを二倍にし、さらにそのうえに二倍にいたしましても、
当家に賜わりました数知れぬ、身にあまるご恩賞に
くらべますと、まったくお恥ずかしい、とるに足らぬ、
つまらぬものでございます。かねてのことは申すに及ばず、
さらにこのたびは新たに名誉の称号を賜わりまして、かさねがさねのご厚恩に、
わたしどもひたすら陛下のご幸福をお祈りするだけでございます。
ダンカン コーダーの領主はどこにおる?
あれの後をすぐ追いかけてな、あわよくば先回りして接待役を
買って出ようと企んだのだが、さすがは馬術の名手、
そのうえ王思いの一心が拍車になりおるのでな、
とてもかなわん、とうとう先をこされてしもうた。奥方、
今夜はあなたの客になりますぞ。
マクベス夫人 陛下に仕えるわたしどもは
自分はもとより、家の子郎党、その財産にいたるまで、いわばみんなお預り物、
陛下のおぼしめしなら、いつでも清算のうえ、
ご返納いたす所存でございます。
ダンカン お手を。
ご主人のところへ案内してください。わしはご主人が大好きでな、
これからいつまでもわしの厚意は変らんよ。
では、どうぞ。
(ダンカンは夫人の手をとって先に立ち、一同後からつづいて退場)
第七場 マクベスの城の中庭《*》
(左右に入口。上手の入口は城内へ通じ、下手の入口は城内の大広間に通じている。この左右の入口の間の正面奥にカーテンのかかった第三の入口があり、広い階段で二階の部屋へ通じている。オーボエを持ったもの、松明《たいまつ》を持ったものが上手より下手に行く。つづいて給仕頭が皿や食器類を運ぶ数人の召使どもに指図しながら横切る。祝宴は終りに近いらしい。下手の入口を召使たちが出入りするごとに、奥から盛んな祝宴のざわめきがきこえてくる。静かになると、マクベス下手の入口から登場。なにかじっと考えこんでいる)
マクベス (独白)やっちまえばことがすむなら、
早いとこやっちまったほうが。暗殺で
あとの事態がおさえられ、あの人が息をとめれば、
あとはきれいさっぱりかたづくなら、この一撃が
一切の解決になるものなら。――この世での、そうだ、
時の海に浮ぶ小さな砂州のようなこの世だけで結構だ、
あの世の永遠の生命などどうでもいい。――だが、
この世でも必ず裁きがある――かりそめにも人殺しを
もし教えるようなことをすれば、その教えがたちまち
教えた人間にはね返ってきて、その当人を苦しめる。この公平な正義の手は
他人に毒を盛った当人の口へ、同じ毒杯を
つきつける。おれはあの人にここで二重の信頼をうけている。
第一に、おれはあの人の身内でもあり、臣下でもある、
どちらからいっても手出しなどできた義理ではない。それから、あの人はおれの客だ、
主人として客人を守って、危害を加えようとする人間を防ぎこそすれ、
かりにもみずから刃をふるうことは許されん。そのうえ、あのダンカン王は
おだやかな、やさしい王としてひろく慈愛をほどこし、
その治政には一点の曇りもない。その人をもし
ここに葬るような大それた罪を犯したら、
あの人の数々の美徳が、天使の吹きならすラッパのように《*》、
殺害者の非を責めたて、あの人を弁護するだろう。そうして、
人の胸に宿る憐《あわ》れみの心は、烈風に乗った生れたばかりの
はだかの赤子か、目に見えぬ空の馬にまたがる《*》
やさしい天の御使の姿になって、その怖ろしい行為を
みんなの目にのこらず焼きつけ、暴風もおさまるほどの
涙の大雨を降らせるだろう。だめだ、かんじんな拍車がたりない、
心をかり立て、この企てをせきたてるのは、むやみにいきり立つ野心だけ。
あぶない、あぶない、馬に飛びのろうとして、勢いあまって
向う側へすってんころりん――
(マクベス夫人登場)
どうした? なにかあったのか?
マクベス夫人 晩《ばん》餐《さん》もまもなく終りますよ。なぜ席をおはずしになりましたの?
マクベス わしのことをお尋ねになったのか?
マクベス夫人 まあご存じないの?
マクベス あのことはもうやめにしよう。
こんどは立派な栄誉をさずかったことだし、わしも、
お蔭であらゆる人から大した賞讃をうけた。
せっかくの晴れ着だ、ろくろく身につけず、
早々に脱ぎすてるには及ぶまいて。
マクベス夫人 では、さっきまで身につけていた
あの望みはどうなすったの? 酔いつぶれて眠っていたの?
そして今になって目をさまし、あおい顔をしてふるえながら眺めてるんですか、
さっきまでのあんなに大胆なふるまいを? あなたの
愛情もそうなのね? これからはそのつもりでおりますわ。
あなたは心では望みながら、勇気を出していざ実行となると、
尻ごみなさるのですか? あなたのいうこの世の華を
喉《のど》から手の出るほど欲しがりながら、
これから一生ご自分の臆《おく》病《びよう》をおくやみになるつもりですか、
諺《ことわざ》の猫のように《*》「欲しいにゃ欲しい」という口の下から
「おっかない」とおっしゃるのですか?
マクベス おい、もうやめてくれ。
人間のやれることならおれはどんなことでもやる。
それ以上のことをやるやつは人間じゃない。
マクベス夫人 では、どういうけだものでしたの、
あなたをそそのかしてこの大事をわたしに打ち明けさせたのは?
思い切って決心なさったとき、あなたは立派な男でした。
だから、あのときの決心を実行に移せば、
ますます立派な男になれるのです。あのときには時も所も
そろっていませんでした。でも、あなたはあえて決心なさったじゃありませんか。
ところが、いよいよ二つともそろって、すっかり手はずがととのったとなると、
急に尻ごみなさる。――わたしにも子供に乳をやったことがあります、
自分の乳房を吸う赤子がどんなにかわいいかよく知っています。
でも、その赤子がわたしを見上げてにこにこしている最中にだって、
柔らかい歯ぐきからいきなり乳首をもぎとって、その頭を
こなみじんに叩《たた》きわってみせますわ、いったん
あれほどに誓ったことでしたら。
マクベス だが、万一しそんじたら?
マクベス夫人 しそんじたら?
あるだけの勇気をふりしぼりなさい、だいじょうぶ、
しそんじたりはしませんから。ダンカンが寝入ったら、
――旅の疲れですぐにぐっすり
寝つきますわ――ご寝所付きの二人の家来はわたしが
葡《ぶ》萄《どう》酒《しゆ》の祝杯ですっかり酔いつぶします。あの人たちは
脳の番をする記憶力《*》をもうろうとさせ、理性の入れ物を
ランビキ同然にしてやるんです。こうして酒漬けの二人が
死んだようにだらしなく眠ってしまったら、
二人でどうにでもできるではありませんか、
相手はダンカン一人ですもの? あの酔いどれの家来に、
大それた罪をなすりつけるのも
わけはありませんよ。
マクベス 男の子だけを生むのだな、おまえは!
その剛胆な気性は、男の子のほかには
むきそうもない。――え、どうだろう、王の寝所に
寝ている二人に血をぬりつけて、
刀もあいつらの短剣を使ったら、
やつらに疑いがかからんかな?
マクベス夫人 それ以外疑いのかけようはありません、
わたしたちが泣きわめき、王の死を
大声でさわぎ立てますから。
マクベス よし、決ったぞ、こうなったら、
満身の力をふりしぼって、この怖ろしい仕事にかかろう。
さ、席へもどろう、いいか、うわべはうんと愛想よくして人目をあざむくのだぞ。
心の嘘《うそ》は嘘の笑顔でごまかさんけりゃな。
(祝宴の席へもどるように下手の入口から退場)
第二幕
第一場 前と同じ城内の中庭
(前の場から、一、二時間後。奥正面の入口よりバンクォー登場。子息フリーアンス、松明《たいまつ》を持って後につづく。入口の戸は開けはなたれたまま、そこより階段で二階の王の寝所へ通じている。バンクォー父子は王を寝所へ送り、これから自分らの寝室へ行くところ)
バンクォー 何時ごろかな?
フリーアンス 月はもう沈みました。鐘は聞きませんでしたが。
バンクォー 月は十二時に沈むはずだ。
フリーアンス もっとおそいようです。
バンクォー おい、この剣を持ってくれ。──天も節約を守るのだな、
あかり(星)をぜんぶ消しおる。──これも持ってくれ。 (短剣のバンドをはずして渡す)
眠《ねむ》気《け》がおそってきて、まぶたに鉛をのせられたようだが、
眠りたくない。恵み深き天使がた、
睡眠中にわが弱き心にしのびよるいまわしき想いを《*》
なにとぞ防ぎたまえ! (物音に驚いて、子息に)おい、剣を!
(マクベス、松明を持った従者をつれて登場)
誰か?
マクベス 怪しい者ではない。
バンクォー や、まだやすまんのか? 陛下はおやすみになった。
陛下にはことのほかご機嫌うるわしく、当家の召使たちにまで
それぞれに数々のたまわりものがあった。
また、このダイヤモンドをあなたの奥さんへくだされた。
手厚くもてなしてくれたお礼のしるしだと申されてな。おやすみになるまで
非常にご満足のご様子だった。
マクベス なにぶんにも準備がととのわぬので、
あれこれ心をくだくだけで、思うにまかせず、
諸事万端不行届きでまことに申し訳ないと思っておる。
バンクォー なんの、万事上首尾だ。
じつは、昨夜例の三人の魔女の夢を見た。
あいつらが言ったことがあなたにはだいぶ当りましたな。
マクベス あのことはつい忘れていた。
が、そのうちすこし暇ができたら、そのことについて
少しばかり話し合いたいのだが、
さしつかえあるまいか?
バンクォー 喜んでお相手いたそう。
マクベス いざとなったとき《*》、わたしに味方してくれるなら、
あんたの名前にますます栄誉が加わることになるぞ。
バンクォー なまじ栄誉を加えようとして、
かえって失うようなことなく、いつまでも心の正しさを保って、
かりにも忠誠の心にもとらぬことなら、
相談に応じよう。
マクベス では、ゆっくりおやすみ!
バンクォー いや、ありがとう。あんたもな!
(バンクォーとフリーアンス退場)
マクベス (従者に)奥方のところへ行って、飲みものの用意ができたら《*》、
鐘をならすように言ってくれ。退ってやすめ。
(従者退場。マクベスひとりで腰かける。合図の鐘のなるのを待っているのだ。と、突然宙に浮く短剣のまぼろしを見る)
や、短剣か、あれは? あそこに、
柄《つか》をこっちに向けて? さあ、つかんでくれるぞ。
つかめん、だがまだ見える。運命のまぼろしめ、
目に見えても、手にはさわれんのか? こいつめ
空《くう》の剣か、お化けの剣か、
熱にうかされたおれの脳髄が作り出したにすぎんのか?
まだ見える、 (自分の短剣を抜く)この剣ほどに
形だけははっきり見える。
おれのこれから行こうとしているほうへつれてゆくぞ、
おれがこれから使おうとしているのと同じ形! (立ち上る)
目だけがくるって、他の感覚は確かなのか、
それとも目だけが正気なのか? まだ見える。
しかも刃や柄にあんなに血がついて、
前にはなかったぞ、あれは。 (まぼろしが消える)なんだ、なんにもないじゃないか。
血なまぐさいことをしようとしているから、あんなものが
目にうつるのだ。──今、世界の半分は、
みんな死んだように寝しずまっている。とばりの中の
眠りはいやな悪夢にかきみだされている。魔法使どもは
蒼《あお》ざめたヘカットの神に《*》にえをささげ、
やせこけた人殺しは見張り役の狼《おおかみ》の合図の
吠《ほ》え声にはっと飛びおきて、こう、抜き足、差し足、
女の寝所へしのび入ったタルキンの足どりで《*》、目ざす獲《え》物《もの》に
亡霊のように近づく。おい、固くてしっかりした大地よ、
この足がどっちへ向くか、足音を聞かないでくれ、
石のやつまで《*》おれの足どりをしゃべり出して、
今のおれにはお誂《あつら》えむきの、このもの怖ろしい静けさを
破られちゃこまるからな。口先ですごんだだけでは、あいつは死にゃせんぞ。
言葉なんぞ、実行の熱意をひやす冷たい風だ。
(鐘の音がきこえる)
行きゃ、すぐにすんじまう。鐘が呼んでる。
聞くなよ、ダンカン、あの鐘を。あれはおまえの葬いの鐘だ。
天国へか、地獄へか、おまえを迎えているのだ。
(足音をしのばせ、背後の入口を通って、一足一足階段を昇ってゆく)
第二場 前の場と同じ
(マクベス夫人手に酒杯を持ち、下手の入口から登場 )
マクベス夫人 あいつらを酔わせた酒でわたしのほうは大胆になった。
あいつらはのびてしまったが、わたしは、もえあがった。あらっ!──まあ、
ふくろうの鳴き声だわ、運命の死を知らせる夜回りの、
おそろしい夜の挨《あい》拶《さつ》。《*》いよいよ仕事にかかっているのだわ。
扉はみんなあけておいたし、酔っぱらったお付きの家来は
勤めも忘れて高いびき。酒に薬を盛っておいたから、
今ごろは死と生とが争っている、
あいつらを生かそうか、殺そうかと。
マクベス (奥で)誰か? おい、こら!
マクベス夫人 まあ! 誰か目をさましたのかしら、
まだすまないうちに。やりかけて、しそんじたら
身の破滅だわ。あらっ!──短剣は二本ともそろえておいたから、
見つからぬはずはない。寝顔が父に
似てさえいなかったら、さっきわたしがやってしまったのに。
(夫人が階段のほうへ行こうとして振りむくと、マクベスが入口に立っている、両腕に血を浴び、左の手に二本の短剣を握りしめて、よろめくように進み出る)
あなた!
マクベス (ささやくように)やったぞ。──音がしなかったか?
マクベス夫人 いいえ、ふくろうとこおろぎの声しか。
なにかおっしゃったでしょう?
マクベス いつ?
マクベス夫人 たった今。
マクベス 降りてくるときにか?
マクベス夫人 ええ。
マクベス おやっ! (じっと聞きいる)
次の間に寝ているのは誰だ?
マクベス夫人 ドナルベーンです。
マクベス なんて、なさけない!
(血を浴びた右手をさし出して眺める)
マクベス夫人 なにをばかな! なさけないなんて。
マクベス 一人がねぼけて笑った、一人が「人殺し」とどなった《*》、
それで二人とも目をさました。おれは思わず、足を止め、耳をすましたが、
二人は神さまにお祈りして、そのまままた
寝こんじまった。
マクベス夫人 二人いっしょの部屋でしたわ。
マクベス 一人が「神さま、どうぞお助けを!」と言うと、もう一人が「アーメン」と言った。
この首切人のような手をしたおれの姿をまるで見つけでもしたような。
おびえた声を聞きながら、おれは「アーメン」と言えなんだ、
二人が「神さま、どうぞお助けを!」と言ったのに。
マクベス夫人 そんなことをあまり思いつめてはいけませんよ。
マクベス だがなぜ「アーメン」と言えなかったんだ?
おれこそ神の助けが一番必要だったのだ、それだのに
「アーメン」が喉《のど》につかえて出てこない。
マクベス夫人 そんな風に考えこんではいけませんわ。気が変になりますよ。
マクベス どこかで誰かがどなっているような気がした、 「もう眠れんぞ!
マクベスは眠りを殺しちまった」って、──ああ、あの無心の眠り、
悩みの糸のもつれをときほごしてくれる眠り、
日々の生命の終り、苦しい仕事のなぐさめ、
心の傷のくすり、大自然の豪華な食卓、
生命の饗《きよう》宴《えん》の第一の美味──
マクベス夫人 なんのことですの?
マクベス 家中に向っていつまでもどなっていた、 「もう眠れんぞ!
グラーミスは眠りを殺しちまった、だからコーダーは
もう眠れんぞ、マクベスはもう眠れんぞ!」
マクベス夫人 いったい、誰がそんなことをどなったのですか? ねえ、あなた、
立派な勇気がくじけてしまいますよ、そんな
ばかばかしいことを気にしていたら。さ、手を洗って
そのきたならしい証拠をきれいに流しておしまいなさい。
まあ、どうしてその短剣を持って来てしまったんです?
あそこへおいとかなきゃいけないんですのに。さ、すぐにおいていらっしゃい、
そして眠っているお付きの者に血をぬりつけてくるんですよ。
マクベス おれはもう行かん。
自分のしたことを考えるのもおそろしい、
二度とあれを見ることなんぞ、まっぴらだ。
マクベス夫人 まあ、気の弱い!
こちらへおよこしなさい。眠っている人や死んだ人は
絵も同然。お化けの絵をこわがるのは
子供のことですよ。血を流していたら、
お付きの顔にぬりつけてこよう、
あいつらが手を下したように見せかけなければ。
(夫人は階段を昇って、王の寝所へ去る。その時、門を叩《たた》く音がする)
マクベス どこで叩くのだ、あれは?
どうしたのだおれは、物音がするたびにどきっとする?
なんという手だ? けっ、眼の玉が吸いこまれるようだ!
ネプチューン(海の神)の大海の水を全部そそいだら、この血が
手からきれいに落ちるだろうか? 落ちるもんか。かえって
はてしも知らぬ世界の海が血に染まり、
青い大海原が、たちまち朱《あけ》一色に変るだろう。
(夫人もどって来る。正面の戸を閉める)
マクベス夫人 わたしの手もあなたのと同じ色になりましたよ。でも、
あなたのように弱い心臓はまっぴら。 (戸を叩く音)南の門を
誰か叩いています。部《へ》屋《や》へすぐもどりましょう。
水でちょっと洗えば、なにもかもきれいに消えてしまいますわ。
ぞうさないわ! いつものおちつきを
どこかへお忘れになったのね。 (戸を叩く音)まあ、また叩いている。
早く部屋着におきかえなさい、呼び起こされたときに
起きていたのを怪しまれるといけませんわ。ね、お願いだから、
そんなにしょんぼり考えこんだりなさらないで。
マクベス やったことを忘れるには、われを忘れているに限る。
(戸を叩く音)
うんと叩いて、ダンカンを呼びもどしてくれ! その音で呼びもどせるものならなあ!
(退 場)
第三場 前の場と同じ
(戸を叩《たた》く音しだいにはげしくなる。酔った門番中庭に現われる)
門 番 やけに叩きやがるな! 地獄の門番なら、むやみに鍵《かぎ》をがちゃつかせにゃなるめえて。(叩く音)どん、どん、どん、か! 何者じゃ、きさまは? バールゼブブ(悪魔の長)の名において尋ねる。うん、欲の深い百姓だな、あいにくの豊作見込みで《*》、首をくくった男だな。入れ、日和《ひより》見《み》野郎、手ぬぐいを忘れるな、うんと汗をかくぞ。(叩く音)どん、どん! きさまは何者じゃ? も一人の悪魔の名において尋ねる。ああ、二枚舌の嘘《うそ》つき者《*》だな。どちらにも通用するあいまいな誓いを立ておって、神の名において大逆をおかした不届者め、調法な舌も天国へ行く役には立たなかったな。とっとと入れ、二枚舌。(叩く音)どん、どん、どん、か! 何物じゃ? うん、英国の仕立屋じゃな。フランス式のズボンの仕立てに生地をごまかしおったやつじゃな。入れ、仕立屋、火のしをあぶる火には不自由せんぞ。(叩く音)どん、どん! 息をつく間もありゃしねえ。いったい誰だい? それにしても、地獄にしちゃ、あいにく寒すぎらあ。地獄の門番はもうやめだ。桜草の道を歩いて地獄の火の中へわれから飛びこむやつは、どの商売も総めくりに二、三人ずつ入れてやろうと思ってたんだが。(叩く音)ただいま、ただいま!──(観客のほうへ、心付けを求めるように)どうぞ、門番へお忘れなく。
(門を開くと、マクダフとレノックス現われる)
マクダフ 昨夜はだいぶおそかったようだな、こうおそくまで《*》
寝ているところを見ると?
門 番 へい、お酒盛りがすんだのがおっつけ二番鶏の鳴く時刻《*》なんで。酒ってやつは、旦那さま、三つのものを特別にあおり立てるものなんでございますよ。
マクダフ 酒が特別にあおり立てるその三つのものとはなんとなんだ?
門 番 へい、そいつはつまり、赤っ鼻と眠気と小便でさあ。色気のほうは、あおったりさましたりで、へい。気ばかりあおって、力を抜いちまう。だから大酒は色気にとっちゃ二《ふた》股《また》がけのこうやく野郎でさあ。色気をつのらせたり冷やしたり、けしかけたりおさえたり、すすめたりひっこませたり、勇ませたり足をひっぱったり。とどのつまりは、眠らせて夢でごまかし、おさえこんどいて消えちまう。
マクダフ おまえも昨夜は酒におさえこみを食った組だな。
門 番 へえ、あぶなくのびちまうところで。だけどこっちも負けちゃいねえ、仕返ししてやりました。やつよりちょっとばかり手《て》強《ごわ》いんで、ときどきやつに足をとられましたがね、とうとうやつをへどかけできれいに投げとばしました。
マクダフ ご主人は起きられたか?
(マクベス、部《へ》屋《や》着《ぎ》姿で登場)
あまり戸を叩いたので起こしてしまったらしい、あそこへ見えた。
レノックス お早うございます。
マクベス お二人ともお早う。
マクダフ 陛下はお目ざめですか?
マクベス まだです。
マクダフ 朝早く起こせとのお言葉でしたが、
あやうく寝すごすところでした。
マクベス わたしがご案内しよう。
(両人、正面入口の方へ進む)
マクダフ 心からよろこんでなすっているのはよく承知しておりますが、
こんどはまたたいへんなご苦労ですな。
マクベス いや、骨折りがかえって楽しみです。
ここが入口です。
(階段へ通じる入口を指す)
マクダフ 思いきってご寝所へ伺《うかが》いましょう、
特別にお命じになられたのだから。
(正面入口を入る)
レノックス 陛下はきょうお立ちになるのですか?
マクベス そうです。そのようなご予定でした。
レノックス 昨夜は騒々しい晩でしたな。わたしどもの宿舎では
煙突が吹き倒れました。人の噂《うわさ》では、
空中で泣き声がしたり、断末魔のような怪しい叫び声がきこえたり、
それからこのわるい時勢に新しく生れてくる
悲惨な擾《じよう》乱《らん》や大変事などを予言するような
物おそろしい怪しい声もきこえてきたといいます。
そのうえ、あの夜の鳥(梟)も夜中鳴きとおし、大地がおこりに
かかったように震えたとも言います。
マクベス 少々荒れましたな。
レノックス 若いわたくしなどの経験では、こんな夜は
はじめてです。
(マクダフもどって来る)
マクダフ ああ、怖ろしいことが! 怖ろしいことが! 怖ろしいことが!
口にも出せん、心にも考えられんことが!
マクベス
レノックス どうしたのです?
マクダフ 宇宙の大破壊が行われたのです!
罰あたりな殺害がおそれおおくも
尊い神の宮に押し入り、宮の生命を
奪い去りました。
マクベス なんとおっしゃる? 生命を?
レノックス 陛下のことですか?
マクダフ ご寝所へ行ってごらんなさい! 一目みただけで、
たちまち目がつぶれる怖ろしいゴルゴンの姿《*》そのもの。聞かないでください。
ご自分で見て、どうなりとおっしゃってください。
(マクベスとレノックス急いで退場)
おおい、起きろ! 起きろ!
早鐘を鳴らせ! 国王殺害の大逆だ!
バンクォーどの! ドナルベーンどの! マルカムどの! お起きなさい!
眠気をはらいおとせ! 眠ってなどいる場合ではない。
殺されたのだ。早く、早く、早く起きてごらんなさい、
世の終りそのままの光景を! マルカムどの! バンクォーどの!
幽霊になって墓の中から出てくるつもりでな、さもなければ
この怖ろしさにはとても太刀打ちできない。
(非常を知らせる大鐘がなり出す。マクベス夫人、部屋着姿で登場)
マクベス夫人 何事ですか、
あのようにいまわしい警報を鳴りひびかせ、家中の者を
呼び集めて? おっしゃってくださいまし、ねえ、おっしゃって!
マクダフ ああ、奥さま、
おやさしいあなたなどにお聞きかせすることはできません、
ご婦人に申しあげようものなら、たちまちその場で
絶命なさりかねませんから。
(バンクォー、部屋着をはおりながら登場)
おお、バンクォーどの! バンクォーどの!
わが君が殺害されましたぞ!
マクベス夫人 まあ、なんですって!
所もあろうにこの家でですか?
バンクォー どこでだろうと、無残なこと。
おい、マクダフ、後生だから、今の言葉をとりけしてくれ、
嘘《うそ》だと言ってくれんか。
(マクベスとレノックスがもどって来る)
マクベス いっそ一時間前に死んでいたら、おれも
幸福な一生だったのに。今この瞬間から
もう人生に大切なものなどひとつもない。
みな下らんものばかり。誉れも徳もこの世から消えてしまった。
生命の酒は汲《く》みほされ、残っているのはおりばかり、
この暗い蔵の中には。
(マルカムとドナルベーン下手の入口から急いで登場)
ドナルベーン なにか大変なことでも?
マクベス あなたがたが大変なのです、しかもまだご存じないとは。
あなたがたの尊い血の泉が、元が、源がとまったのです。
そもそもの根源がとまってしまったのです。
マクダフ 陛下が殺害されたのです。
マルカム え、誰に?
レノックス ご寝所付きの者二人のしわざとおぼえます。
彼らの顔にも手にも血がとび散り、
その短剣も血だらけで、枕《まくら》もとに
見つかりました。
二人ともあらぬ方を見つめ、まったく乱心のてい、なんぴとの生命をも
託し得る人物とは見うけられませぬ。
マクベス ああ、残念なことを! 今になるとくやまれてならぬ、
わたしは逆上してその場で二人を殺してしまった。
マクダフ なぜまた殺したり?
マクベス どうしてできようか、同時にうろたえたり分別したりすることが?
逆上したり落着いたり、お慕いしたり見捨てたりすることが?
陛下に対するわたしの熱狂的な忠誠の念がのろまな分別を
追いこしてしまった。こちらにダンカン王が横たわっていらせられる、
銀のおん肌はいたましくも金色の血《ち》潮《しお》にくまどられ、
深傷《ふかで》の跡はにっくき破壊が尊いお身体に侵入した時の
突破口のように無残に口をひらく。そちらには、殺害者どもが
悪事の証拠も歴然と血潮を浴び、そのかたわらに
血のりがさやの彼らの短剣。どうして手をこまねいていられようか?
いやしくも君を思う心があり、その心を
現わす勇気のある者なら?
マクベス夫人 あれ、誰か、わたしをあちらへ《*》!
(気を失いかけた夫人のほうへ、マクベス急ぎ寄る)
マクダフ それ、奥方を。
マルカム (傍白)なぜ黙っているんだ?
おれたちこそまっ先に口を出さねばならぬ場合ではないか。
ドナルベーン (傍白)こんな所でうっかりなにが言えるものですか? どんな悪運が
物蔭にひそんでいて、不意におそいかかるかわかりませんから。
脱け出しましょう。
わたしどもの涙はまだしまっておくんです。
マルカム そうだ、悲しみもまだ胸におさめておくのだ。
(夫人の侍女たち登場)
バンクォー (侍女に)奥方を、気をつけてな──
(侍女たち夫人を連れ去る)
お互いにこんな裸同様、外気に当るのもよろしくない。
とりあえず身をつつんでから、さっそく一同で集り、
この残虐きわまる殺害事件をとり調べ、
真相を究明いたそう。われわれは恐怖と疑惑に心もおののいておるが、
わたしは神の大いなる御手を信じ、かかる
いまわしき悪事を犯したる者の秘密の企みに対して
断固戦う決心です。
マクダフ そうだ、やろう。
一 同 そうだ、そうだ。
マクベス では、これからいそいで身なりをととのえたうえで、
すぐに広間に集ることにしよう。
一 同 賛成、賛成!
(マルカムとドナルベーンを残して一同退場)
マルカム どうする? あんな連中とは別れよう。
心にもない悲しみを見せびらかすのが
裏切者どもの得意な手なのだからな。おれはこれから英国へ行く。
ドナルベーン わたしはアイルランドへ行きます。別れ別れになったほうが
お互いに身の安全ですから。ここでは
微笑《ほほえみ》の中に短剣がひそむ。血のつながりの近いやつほど、
平気で血を流しますからね。
マルカム 人殺しの矢はすでに弦《つる》をはなれたが、
まだその行先が知れぬ。まずはその標《ねら》いを
さけるにこしたことはない。すぐ馬で行こう。
別れのあいさつなどしている場合ではない、
すぐ脱け出そう。血も涙もないやつらばかりだ、
こっそり脱け出るからって、恥じることはない。
(退 場)
第四場 マクベスの城の前
(前の場と同じ。ロスと一老人登場)
老 人 この七十年間のことはよく覚えております。
この長い年月には、怖ろしい時勢も
不思議な事件も見てまいりましたが、昨夜の物《もの》凄《すご》さに
くらべますとものの数ではございませんな。
ロ ス ああ、ご老人、天も人間どものふるまいにお悩みになったのか、あんな
険悪な形相で、血なまぐさい地上をにらんでおられる。時計では
今は昼だが、夜の闇《やみ》が太陽の光を消している。
夜が優勢になったのか、それとも昼が恥じてその面《おも》を伏せたのか、
いつもなら生命の光が地上をやさしく接《せつ》吻《ぷん》する時刻に
こんな暗闇がおおいかぶさるとは?
老 人 昨夜の大凶事と申し、自然にそむくことでございますな。つい前の火曜日には
はるか空高く誇らかに舞い上った鷹《たか》のやつが
鼠《ねずみ》を追いまわすふくろうめにおそわれて、やられてしまいました。
ロ ス それから、ダンカン王のご乗馬が、──不思議な話だが事実でして──
姿もよく足も速く、血統の正しさを誇った馬でしたが、
突然気があらくなり、厩《きゆう》舎《しや》を破って跳び出し、
静めようとしてもどうしても静まらない、まるで人間どもに
挑戦しているかと思うほどでした。
老 人 馬同士で噛《か》みあったと申しますな。
ロ ス そのとおり、見ていたわたし自身
あっけにとられました。
(マクダフ、城から出て来る)
あ、マクダフどのだ。
その後なにか変ったことがありましたか?
マクダフ (空を指しながら)そら、あるじゃないか。
ロ ス だいそれた下《げ》手《しゆ》人《にん》は誰だかわかりましたか?
マクダフ マクベスの手にかかったあの二人だろうな。
ロ ス ああ、なんてことだろう!
いったいなにを目当てにあんなことをやったんです?
マクダフ 手先につかわれたのだな。
マルカムとドナルベーンの二王子がひそかに
逃亡している。二王子の身に
当然嫌疑がかかるわけだ。
ロ ス まさに自然にそむく!
なんという考えなしな望みなんだろう、おのれの命の綱を
自分で食い切るとは! では、王位はきっと
マクベスどのの手に落ちますな。
マクダフ すでに王に推挙され、戴《たい》冠《かん》式《しき》を行なうために
スクーンへ出発したよ《*》。
ロ ス ダンカン王のご遺骸はどうなりました?
マクダフ 先祖代々の遺骨を納めたコールムキルの霊《れい》廟《びよう》に《*》
運ばれた。
ロ ス 兄さん(従兄)はスクーンに出かけますか?
マクダフ いや、ファイフへ帰る。
ロ ス わたしはスクーンへ参ります。
マクダフ 万事めでたく終るよう、祈っているよ。さよなら。
(傍白)古い服のほうが新しいのより着ごこちがよかったりしては困るからな。
ロ ス ご老人、ではごきげんよう。
老 人 やあ、あなたがたもせっかくごきげんよろしゅう、
(あとは二人の後姿に)それから、悪を善に、仇を味方にかえなさる人たちもな。
(退 場)
第三幕
第一場 フォリスにある宮殿の謁見の間
(マクベスがこの宮殿の主人公になって数週間ないし数か月たったころ。バンクォーひとり登場。王座を眺めながら独白 )
バンクォー とうとう手に入れたな、国王も、コーダーも、グラーミスも、
あの魔女どもの約束どおりだ。もっとも、こいつを手に入れるには
とんでもないいかさまをやってのけたらしいがな。ところがあいにく予言では、
こいつはきさまの子孫には伝わらないで、
おれの子孫がこれから代々の王になるという。
あいつらの言うことが当るとすれば、
──マクベス、きさまにはものの見事に当ったがな──
いや、きさまのがひとつひとつ真実となってあらわれたのだもの、
このおれのが当らんはずはない、
おれが望みをかけてもわるくはあるまい? しいっ、やめろ!
(トランペットの吹奏。国王となったマクベス、王妃となったマクベス夫人を先頭に、レノックス、ロスその他の貴族たちおよび従者たちつづいて登場。バンクォーは頭を下げてこれを迎える。マクベス夫妻は王座につく)
マクベス 今夜の主客がいたぞ。
マクベス夫人 この方をお忘れしたら、
せっかくの祝宴に大きな穴があくことになります、
それこそたいへんな不体裁ですわ。
マクベス 今夜、宮殿で祝宴を催すことになっている、
あなたも出席してください、お願いしますよ。
バンクォー お願いだのと、もったいない。
どうぞお命じになってください、いついかなる時にも謹んで
ご命令に従うのがわたしの勤め。
マクベス 午後にはどこへかお出かけか?
バンクォー はい。
マクベス お出かけでなければ、今日の会議で
意見をのべてもらいたかったのだが、
いつも有効適切な助言を聞かせてもらっているのだから。が、それは明日でもよい。
遠くまでお出かけか?
バンクォー ちょうど今から出まして晩《ばん》餐《さん》までには
立戻れるくらいのところで。もっとも馬の調子がわるいと、
一、二時間夜にかかるかと存じますが。
マクベス 宴会におくれないようにな。
バンクォー はい、心得ています。
マクベス 噂《うわさ》によれば、あの人でなしの親族二人は英国と
アイルランドへそれぞれ亡命したという。そして自分らの
あのいまわしい親殺しの罪を告白するどころか、かえって
奇怪なつくりごとを言いふらしているらしい。が、それは
明日また改めてな、ほかにも二人でとくと相談しなければならぬ
国家重大の件があるから、さ、急いで、どうぞ。
いずれまた晩にはお目にかかろう。フリーアンスもご一緒か?
バンクォー はい。では時刻が参りましたから。
マクベス あんたの馬が速く、しっかり駆けてくれますように。
ではあんたを馬の背に託すとしよう。
気をつけてな。
(バンクォー退場)
皆さんも、これから夜の七時まで、めいめい自由に
お過しなさい。あとでまたあなたがたとお目にかかるのが
一段と楽しいものになるように、わたしも食事の時まで
独りきりで過します。では、それまで、しばらくごきげんよう!
(一同退場。マクベスと従者一人残る)
おい、ちょっと。あの者たちは
待たしてあるか?
従 者 はい、ご門の外に参っております。
マクベス ここへ連れてこい。
(従者退場)
王になってもなんにもならぬ、
安心していられなければ。バンクォーは怖ろしい
相手だ。あの王者の風格には
油断ならぬものがある。あいつはなにも怖れない、
しかも、あの大胆不敵な魂に加えて、
とかく向うみずに突っ走りたがる勇気をおさえる
知謀をそなえている。おれが心底から怖れるのは
あの男だけだ。あいつには気おくれを感じてならぬ。
ちょうどマーク・アントニーが
シーザーに頭があがらなかったように。あいつは魔女どもが
まずおれを王と呼ぶなり、彼らを叱《しか》りつけて、
自分にもなにか言えと命じた。すると彼らは予言者気取りで
あなたはゆくゆく王家の祖になりますぞとぬかしおった。
おれの頭にはむだ花の冠をかぶせ、
おれの手にはうまずめの笏《しやく》をにぎらせただけ、
つまりは赤の他人の手にもぎとられ、
一代限りで終るということではないか。だとすれば、
おれはバンクォーの子孫のために良心をふみにじり、
慈悲深いダンカンを殺してやったことになる。
心の平和の杯に人の恨みの毒を
注ぎこみ、かけがえのないおれの不滅の魂を
人類の敵(悪魔)の手に渡してしまったのも、
あいつらを王にするため、バンクォーの子孫を王にするためだったのか!
そんなことになってたまるものか! よし、運命め、きさまと一《いつ》騎《き》打《う》ちだ、
どっちが勝つか、倒れるまで闘うぞ。──誰だ?
(従者、二人の刺客を連れて登場《*》)
(従者に)呼ぶまで戸口に立っておれ。
(従者退場)
つい昨日だったな、いっしょに話したのは?
刺客一 さようでございます。
マクベス どうだ、おまえたち、
わしの言ったことをよく考えてみたか? これまでおまえたちを
不運な目にあわせて苦しめてきたのは実はあの男だ。
おまえたちは誤解していたようだが、わしはなにも
知らんことなのだ。そのことは昨日の話で
じゅうぶんに証明してみせたな。おまえたちがどのようにまんまとだまされ、
どのように後ろから足をひっぱられ、手先は誰で、誰が荷担したか、
その他いっさい、ひとつひとつ細かに説明してきかせたな。あれだけ話せば、
どんな馬鹿でも、狂人でも、納得してもらえるだろう、
「バンクォーのしわざだ」とな。
刺客一 お話はよくうけたまわりました。
マクベス それからさらにつっこんだ話もしたな。それが
今日の用件だ。いったい、おまえたちは
こんな目にあいながら、指をくわえて黙って
見ているほど、辛抱強いのか? それとも聖書の教えを信じて《*》、
あの善人と子孫のためにお祈りするほど、お人好しなのか、
おまえたちをむりやり、墓穴へおしこんだばかりか、妻や子まで
乞食《こじき》にしてしまったやつのために。
刺客一 てまえどもとて人間でございます。
マクベス そうさ、頭《あたま》数《かず》には入るだろうな。
犬にしたところで
セッターも、グレーハウンドも、雑種も、のら犬も、
むく犬も、狆《ちん》も、ブルドッグも、みんな
それぞれ一頭ってことになるようにな。だが値段表には、
足の速いやつ、足ののろいやつ、利口なやつ、
番犬、猟犬、その他いっさいこまかな区別があり、
豊かな自然がそれぞれに恵んでくださる
性質に応じて、特別な肩書きがつくのだ。
みんないっしょくたに書きならべるだけの
ただの名簿にはない肩書きがな。人間だとて変りはない。
どうだ、おまえたちはちゃんとした番付に載っているのか、
番付の一番のどん尻じゃないのだな。もし立派に載っていると言うなら、
秘密の用件をおまえたちに申しつけよう。
首尾よく果したら、おまえたちの憎い敵がかたづくばかりか、
わしの心からの信任がうけられるぞ。
わしはあの男の生きてる間は気がはれぬが、あいつが
死んだとなれば、とたんに生きかえる。
刺客二 陛下、てまえには
世間のやつらのこれまでの打ったり、蹴《け》ったりのひどい仕打ちが
いかにも腹にすえかねます。この恨みをはらすためなら、
もうなんでも向うみずにやってのけます。
刺客一 てまえも、これまで
いいように運命に引きずり回され、さんざんなめにあってきました。
ここいらで、命をまとに、どんな危いことでも、
運だめしにやってみるつもりです。
マクベス 二人とも
バンクォーが敵だということがわかったな。
二 人 はい、よくわかりました。
マクベス このわしにも敵なのだ、それもただのありふれた敵ではない、
あいつの生きている一刻一刻がわしには心臓に
刀を突きつけられているような思いだ。むろん、やろうと思えば、
王の大権をふりかざし、力ずくであいつを見えないところへ
追っぱらうこともできる。しかしそれをはばからねばならぬ訳がある、
あいつにもわしにも共通の友人である人たちがいて、おれとしては
その人たちの好意を失いたくない、いや、むしろこの手にかけながら、
その死を嘆いて見せねばならぬのだ。そこで
おまえたちに助力を頼むのだ。世間の目には
どうしてもわからぬように事を運ばねばならぬが、これには
ほかにもいろいろ深い理由があるのだ。
刺客二 陛下、てまえどもは
ご命令ならどんなことでもいたします。
刺客一 たとえてまえども二人の命が──
マクベス よし、わかった、覚悟のほどは見えた。おそくとも一時間とはたたぬうちに、
あいつを待ち伏せする場所を知らせよう、それから
いつ決行するか、時間もできるだけ正確なところを教えよう。
どうしても今夜のうちに、宮殿から少し離れた所で
やってもらわねばならんのだ。よいか、わしはこの事件になんのかかわり合いも
ないことになっているのだからな。それから、
息子のフリーアンスもやつといっしょだ。
親父同様あいつを消すことも
わしには必要なのだから。
──あとぐされが残らんようにな──
闇《やみ》にまぎれて、ぜひとも道づれにせねばならん。退《さが》って、よく腹をきめてこい。
すぐまた会うからな。
二 人 もう腹はきまっております。
マクベス すぐに呼ぶから、奥で待っていろ。
(二人退場)
さあ、決ったぞ。バンクォー、きさまの魂が天国へ昇るつもりなら、
いよいよ今夜は天国行の道探しだぞ。
(別の入口から退場)
第二場 前の場と同じ
(前の場につづく時刻。マクベス夫人、従者と登場)
マクベス夫人 バンクォーどのはもう御殿を退ったのか?
従 者 はい。夜にはまたもどって参ります。
マクベス夫人 王さまに申しあげてきておくれ、ちょっとお話ししたいことがあるから、
おひまならお目にかかりたいと。
従 者 かしこまりました。
(従者退場)
マクベス夫人 ああ、なんのかいもない、みんな水の泡、
望みがかなっても、心の満足がえられないのだもの。
人を殺しておいてこんな不安な喜びしか味わえないなら、
いっそ人に殺されたほうがどれほど安心なことか。
(マクベス物思いにふけりながら登場)
まあ、どうなすったの? なぜいつも独りきりで、
つまらぬことをくよくよ考えこんでいらっしゃるんです?
本人はもうこの世の人ではないのですよ、それをいつまでも
考えつづけたってなにもならないじゃありませんか。とりかえしのつかないことは
ほっておくよりしかたありません。すんだことはすんだことですわ。
マクベス おれたちはまむしに斬《き》りつけながら、殺しそこなった。
まむしのやつはまたもとどおり生き返る。下手な手出しをしたばっかりに、
いつまた噛《か》みつかれやしないかといつもおっかなびっくりだ。
ああ、三度の食事もびくびくしながら箸《はし》をとり、床につけば、
怖ろしい夢にうなされて、夜もおちおち眠れない。
こんなめにあうくらいなら、宇宙の骨組がめちゃめちゃになって、
天も地も二つながら滅んでしまえ。昼夜をわかたず拷問にかけられ、
気の違うほど心を責めたてられるよりは、いっそのこと
死んだやつの仲間入りするほうがいい。おれはおれの心の平和を得ようとして、
かえってあいつを平和の境へ送ってしまった。ダンカンはいま墓の中、
人生の熱病の苦しみをのがれて、安らかに眠っている。
荒れくるう反逆の嵐《あらし》も過ぎてしまった。刃も、毒薬も、
国民の恨みも、敵国の侵略も、もうなにひとつあいつを
おびやかすことはできん。
マクベス夫人 さあ、参りましょう。
ねえ、あなた、お願いですから、そんなこわい顔をなさらないで、
明るく、楽しそうに今夜の客をもてなしてくださいな。
マクベス うん、そうしよう。おまえにも頼んだぞ。
バンクォーにはとりわけ愛想をふりまいて、目にも、口にも、
十分に敬意を表してな。
ああ、不安なものだ、
国王の名誉を保つためにお世辞の雨をふりまき、
心とうらはらの仮面をかぶって、本性を
おしかくさねばならんとは。
マクベス夫人 およしなさいまし。
マクベス ああ、おれの胸の中にはさそりがうじゃうじゃ這《は》い廻っている。
あのバンクォーとフリーアンスがまだ生きているからな。
マクベス夫人 あの二人だって生ま身の人間でしょう。
マクベス それがせめてもの慰めだ。やろうと思えばいつでもやっつけられる。
だから、せいぜい陽気にしていてくれ。蝙蝠《こうもり》が暗がりに
舞い出し、ヘカット(夜の魔の女神)の呼び出しをうけた
硬い羽の甲虫がねむそうな音を立てながら、
夜の鐘をものうげにつき鳴らすころ、聞くも怖ろしいことが
行なわれるはずだ。
マクベス夫人 なにがでございますの?
マクベス 楽しみにして待っておいで、いい子だからな、
今すぐ喜ばせてあげるよ。──さあ来い、暗い夜、
憐《あわ》れみ深い昼のやさしい目をつつんでしまえ、そうして
おまえの残忍な見えない手で、おれをおびやかす
あいつの生命の証文をとりけしてくれ、
ずたずたにひきさいてくれ。だんだん暗くなるな、
烏が夜の森へとんでいく。
昼の世界の善きものたちが頭をたれてまどろみかけている。
夜の世界の悪の手先どもが餌《え》食《じき》を求めて動きだすのはこれからだ。
そんなに不思議そうな顔をしないで、おちついておいで。
始めた悪事は悪事でふみ固めなければならぬ。
さあ、いっしょに行こう。
(夫人に腕をかしながら退場)
第三場 宮殿の門に通じる森の中の坂道
(宮殿から少しはなれた場所。二人の刺客が他の一人の刺客《*》と話しながら登場)
刺客一 おまえは誰に言いつかってきたんだ?
刺客三 マクベスさまだ。
刺客二 だいじょうぶ、この人は間違いねえよ、
おれたちの言いつかった仕事をひとつひとつ、お指図どおり
心得ているんだから。
刺客一 じゃ、いっしょにやってくれ。
西のほうはまだいくらか明るいや。
おそくなった旅人たちが、宿をとりそこなうまいと
あわてて道を急ぐころあいだ。そろそろ見張っている
相手も姿をあらわすぞ。
刺客三 や、ひづめの音がするぞ。
バンクォー おおい、松明《たいまつ》をかせ!(供の者に命ずる声、少しはなれたところから聞える)
刺客二 やつだな。予定の来客は
もうのこらず到着して、御殿にみんな
集っているんだから。
刺客一 馬はあっちへ回るようだぞ。
刺客三 あっちは一マイルほど回り道なんだ。いつも、あいつは、
──他の連中もそうだがな──ここで馬を降りて、御殿の門まで
歩いて行くんだ。
(バンクォーとその後から松明を持ったフリーアンスが坂道を登ってくる)
刺客一 松明だ! 松明だ!
刺客三 やつだ。
刺客一 ぬかるな。
バンクォー こりゃ、雨だぞ。
刺客一 そうとも。
(刺客一、フリーアンスの松明を叩《たた》きおとし、他の二人はバンクォーにおそいかかる)
バンクォー うぬ、だまし討ちだ! フリーアンス、逃げろ、逃げろ、早く逃げろ!
かたきをたのむ。うむ、畜生!
(バンクォーは倒れ、フリーアンスは逃げる)
刺客三 松明《たいまつ》を消したのは誰だ?
刺客一 まずかったか?
刺客三 一人しか倒せなかった。せがれのほうは逃げられた。
刺客二 大事なやつを逃がしちゃったな。
刺客一 まあ、引きあげよう。やっただけのことを報告しよう。
(退 場)
第四場 宮殿の大広間
(奥に一段高い壇があり、その左右に入口がある。壇の上には二つの王座とその前に食卓があり、それとT字形に別の長い食卓が前にならべてある。食卓の用意はすっかりととのっている。マクベス、マクベス夫人、つづいてロス、レノックス、その他の貴族たちや従者たち登場)
マクベス めいめい席次はご存じのはず、どうぞおすわりなさい。
まずもって、ようこそおいでくださった。
貴族一同 ありがとうございます。
(マクベスは夫人を壇上に導く。貴族らは長い食卓の両側にすわる。食卓の主人席があけてある)
マクベス わたしも皆さんの食卓にすわって、
主人役を勤めよう。
(マクベス夫人は王座にすわる)
女主人は王座についておりますが、いずれ折りを見て、
ご挨《あい》拶《さつ》いたさせます。
マクベス夫人 わたしに代って皆さんにご挨拶をどうぞ、
皆さんをお迎えして嬉《うれ》しく思います。
(マクベスが上手の入口のそばを通る時、刺客一が入口に現われる。貴族たちは席を立って夫人に敬礼する)
マクベス そら、皆さんが心から感謝の意を表している。
両側ともちょうど人数が同じだ。わたしはこのまん中にすわろう。
さあ、存分におやりなさい。すぐに大杯を
回しますぞ。 (入口の刺客に)顔に血がついてるぞ。
刺 客 バンクォーの血です。
マクベス では、そのほうがよいな、あいつの身体の中におさまっているより。
かたづけたか?
刺 客 首に斬《き》りつけました。てまえがやりました。
マクベス 首斬りの名人だな。だがフリーアンスを
やっつけたやつもえらいぞ。それもおまえなら、
おまえは天下の名人だぞ。
刺 客 陛下、残念ながら、フリーアンスはとり逃がしました。
マクベス じゃ、またおれの発作がおこる。あいつさえかたづけば、申し分ないのだがな。
岩の上にどっしりすえられた大理石のように安泰で、
大気のように自由でのびのびしていられるのに。
それがまた身動きのできぬ小屋にとじ込められ、
疑惑と恐怖にしつこく責め立てられねばならぬのか。だが、バンクォーはだいじょうぶだな?
刺 客 だいじょうぶでございます。頭に二十も大きな穴をあけられて、
溝の中にのびていますから。その一つだけでも、
命取りの深傷《ふかで》です。
マクベス いや、ご苦労だったな。
とにかくこれで親蛇は往生か。逃げた子蛇も
いずれは毒を持つようになろうが、
今のところはまだ噛《か》みつけまい。退れ。話はまた
あすだ。
マクベス夫人 陛下、あなたはすこしも皆さんのお相手を
なさいませんのね。せっかくお招きしたんですから、
始めから終りまで、ねんごろにおもてなしなさらなければ、
ただの食事と同じこと。食事だけならわが家が一番ですわ。
よそさまのお招きはおもてなしがご馳《ち》走《そう》なのです。
それがなければせっかくの饗《きよう》宴《えん》も味気ないものですわ。
(バンクォーの亡霊が現われ《*》、マクベスの席にすわる)
マクベス いかにもそのとおりだ。
さあ、皆さん、おおいに飲み、おおいに食べてください、
食欲がますます旺《おう》盛《せい》になりますよう。
レノックス どうぞ陛下もおすわりください。
マクベス これで国中の名門はのこらず一堂に会したわけだが、
ただわがバンクォーの姿が見えぬ。
故意に欠席したのならしかたないが、
もしや災難にでもあったのではないか、心配だ。
ロ ス 約束しておきながら、参りませんのはあの男がよろしくありません。
それより、どうぞ陛下も、ごいっしょに食卓におつきくださいませんか。
マクベス 席はみんなふさがっているではないか。
レノックス ここにお席がとってございます。
マクベス どこに?
レノックス ここでございます。──
(亡霊を見つけて驚くマクベスに)どうなすったのでございます?
マクベス 誰がこんなことをしたのだ?
貴族一同 えっ、なにをでございます?
マクベス おれがしたと言うのか? そんな血のねばりついた髪の毛をふり立てるな。
ロ ス 皆さん、お立ちください。陛下のご気分がすぐれません。
マクベス夫人 (壇から下りてきて)いいえ、おすわりください、皆さん。陛下は時折りこういうことがあるのです。お若いころからです。どうぞお席についてください。
発作はほんの一時のことです、すぐに
よくなります。あまりじろじろ見たりなさると
かえってひどくなって、発作が長びきます。
知らないふりをしてどうぞお食事を。 (マクベスに傍白)それでも男ですか?
マクベス そうとも、大胆な男だ。悪魔さえ身をすくませるものを
じっと見すえているではないか。
マクベス夫人 まあ、お強いこと!
あなたの臆《おく》病《びよう》心《しん》が勝手にこしらえた絵そらごとですよ、
宙に浮かんでダンカンの寝所へあなたを案内したとおっしゃった
あのお化けの短剣と同じもの。ありもしないものを見て
急にどなったり、びくびくなさったり、まるで子供のようですわ。
冬の炉ばたでお祖母《ばあ》さんからお化けの話を
聞かされた女子供ならいざしらず、まあみっともない!
なぜそんなに顔をひきつらせますの? なにもありゃしない、
ただの椅《い》子《す》ではありませんか。
マクベス あれを見てくれ、そら、あれを! 見ろ、あれ、あんなに! そら、どうだ?
なに、かまうもんか。うなずけるなら口をきけ。
墓地や納骨所に安全に納めたものが
脱け出してこれるものなら、鳶《とび》の胃袋を
死体の埋葬所にせねばならぬ。
(亡霊消える)
マクベス夫人 まあ、すっかりとりのぼせて。
マクベス 間違いなく見えたんだ。
マクベス夫人 ばかな!
マクベス これまでに血が流されてきた、ずっと大昔から
まだ人を導く掟《おきて》が世の乱れを正して、人の心をやわらげる以前からだ。
いや、それから後にも、聞けば震えあがるような
人殺しが行なわれてきた。だが、これまでは
脳天をぶち割れば、死んじまって、
それでおしまいだった。ところが今では頭に
二十も深傷《ふかで》を負いながら、またのこのこ出て来て、
人を椅子からおしのけたりする。──奇怪なことだ、
人殺し以上に奇怪なことだ。
マクベス夫人 (夫の腕をとって)ねえ、あなた、
皆さまがたがお待ちかねですよ。
マクベス ああ、ついわれを忘れて。──
どうか皆さん、びっくりなさらないでください。
わたしの不思議な持病でしてな、
なに、ご存じの方は気にもとめないのですがな。さあ、皆さんの健康を祝そう。
それから、わたしも席につきます。酒をくれ、なみなみと注げ。
(マクベスが杯をあげると、彼の席に亡霊がふたたび現われる )
諸君全部の健康を祝し、あわせて、今夜欠席した
大切な友人バンクォーのために、乾杯します。
あの人がいないのがまことに残念。諸君と彼のために、
またお互いの健康を祝して乾杯します。
貴族一同 陛下への忠誠のために、一同の健康のために謹んで乾杯します。
マクベス (椅子を振り向き、亡霊を見つけて、思わず杯をおとし)
退《さが》れ! 消えろ! 地の中へかくれてしまえ!
きさまの骨はぐにゃぐにゃだ、血は冷え切っている。
きさまにはなにも見えんのではないか、目をそんなに
ぎらつかせても。
マクベス夫人 皆さん、いつもの持病なのです、お気になさいますな。
でも、せっかくの興を殺《そ》ぎましてお気の毒です。
マクベス 人間にできることなら、なんでもしてみせるぞ。
毛むくじゃらのロシア熊《*》でも、角のある犀《さい》でも
ハーケニアの虎《*》でも、どんなおそろしい姿でもよい、
ただその姿でさえなければ、このたくましい筋肉は
びくともせん。それとも、生き返って、
剣をもって無人の原野でおれに挑んでこい。
その時にもまだ震えているとしたら、
弱虫の女《あま》っ子とでもなんとでもののしるがいい。退れ、怖ろしい影法師め!
まぼろしめ、退れ!
(亡霊の姿消える)
うん、よし。行っちまえば、もう元どおりだ。
どうぞ、皆さんおすわりください。
マクベス夫人 あなたのおかげで皆さんの笑いもふきとんで、せっかくの楽しい席も
めちゃめちゃですわ、たいへんなとり乱しようでしたもの。
マクベス あんなものが夏の夕立雲のように不意に目の前に現われて、
どうして驚かないでいられるか?
実際、わたしには自分の勇気がうたがわしくなってきた。
あんなものを見ながら、諸君が平然として、
顔色一つ変えずにいるのに、わたしのほうは
恐ろしさに真蒼《まつさお》になっているのだから。
ロ ス あんなものとは、陛下?
マクベス夫人 お願いですから、なにもきかないでください。まあ、だんだんひどくなる。
話しをすると興奮するのです。ではこれで、お開きにいたしましょう。
作法や順序などかまわずに、さあ、どうぞ急いで、
すぐにお退りください。
レノックス おやすみなさいまし、陛下もどうぞ気分が
よくなられますように。
マクベス夫人 どなたもおやすみなさいまし。
(マクベス夫妻のほか一同退場 )
マクベス (考えこみ、前後に歩きながら)
血を見ないではおさまらぬのだ。血は血を呼ぶという。
石も動き、木もしゃべり出した《*》という例もある。
不思議なことや前兆《*》がかささぎやべにはし烏やみやま烏にあらわれて、
誰も知らぬ秘密の殺人があばき出されたこともある。──もう何時だ?
マクベス夫人 もう夜ふけか明け方かどちらかわからない時刻です。
マクベス おまえどう思う、わしが来いと命じたのに、
マクダフがことわったのは?
マクベス夫人 使いをおやりになったのですか?
マクベス いや、人づてにだ。だが、いずれ使いをやろう。
わしがひそかに抱えこんでいる召使のいない
邸はこの国中に一つもないのだからな。──あすは、猶予せずに、
あの魔女のところへ行って、
もっといろいろしゃべらせるのだ。こうなったら、どうしても知りたい、
どんな悪い手段に訴えてでも、どんな悪い結果でもかまわん、
わしの利益のためには、なにもかも道をゆずるのだ。血の河を
この深みにまでふみこんだからには、いまさら引返すのも
面倒だ、思いきって渡ってしまおう。
怪しい考えがわしの頭の中にあって、手を下すのを待っている。
早くそいつを実行しなければならぬ、ゆっくり吟味しているひまはない。
マクベス夫人 あなたには睡眠がたりないのですよ。眠りは自然の妙薬ですわ。
マクベス さ、やすむとしよう。怪しいまぼろしなど見るのは
新米で臆《おく》病《びよう》なせいだ、まだ鍛えがたらぬな。
この道にかけては、わしはまだ青二才だ。
(退 場)
第五場《*》 荒れ地
(雷鳴とともに三人の魔女が出てヘカット〔ヘカティ〕と出会う )
魔女一 おや、ヘカットさん、どうしたのさ、そんなにぶりぶりして?
ヘカット 怒るのはあたりまえだよ、いけずうずうしい出しゃばり女め。
てまえ勝手に、よくもまあマクベスなんかと取引し、
生死の謎かけなんかできたものだ。
馬鹿なおまえらに魔法をさずけ、
あらゆる悪事をかげで糸引く
このわたしには相談もなく。
わたしの腕のふるいようがないじゃないか。
それにおまえらは、あのへそ曲りで
かんしゃくもちの強情者の
ためばかりはかる。誰でもそうだが、
あいつに大事なのは自分だけ、おまえたちじゃないよ。
さ、埋め合せだ! すぐに出かけて、
地獄の穴で、あすの朝わたしを
待ち合わせるのよ。あそこへあいつが
自分の運を見にやってくる。
道具や呪《じゆ》文《もん》を用意しな、
護符やその他いっさいそろえて。
わたしはこれから空をひと飛び、
夜の災難を降らしてくるのさ。
お昼までにはまたひと仕事。
三《み》日《か》月《づき》さんの先っぽに
泡ぶくの玉が《*》ぶらぶらゆれてる。
あいつが地べたに落ちないうちに
うまく捕えて、魔法をかけりゃ、
すぐ魔の精が姿をあらわし、
そのまぼろしにまどわされて、
あいつは自分でわが身を滅ぼす。
運命を蹴《け》とばし、死をあざけって、
ただがむしゃらに望みを追いかけ、
知恵も怖れも徳も失う。
うぬぼれの強いのが
人間どもの大敵なのさ。
(音楽と歌。 「こい、こい、ヘカット。こい、こい、ヘカット……」の歌。一面に雲が濃くなる)
あれ、呼んでるよ。お供の精が
あの雲の中で、わたしを待ってる。
(雲に乗って飛び去る)
魔女一 さあ、急ごうよ。またすぐ帰ってきなさるんだから。
(三人の魔女消える)
第六場 宮殿の一室
(レノックスと一貴族登場 )
レノックス これまでわたしの申しあげたことはあなたのお考えとぴったり符合しますな。
なおそのさきのお考えもございましょうが、わたしとしてはただ
事の成行がどうもおかしいと申しあげたい。慈悲深いダンカン王は
いくらマクベスどのがご愛惜だとて、生き返れっこありませんからな。
それからあの勇敢なバンクォーの外出は夜分おそくになりすぎた。
あるいはフリーアンスがやったとおっしゃれないこともない、
彼は姿をかくしましたからな。まあ、夜ふけには出歩かないことですよ。
マルカムにせよ、ドナルベーンにせよ、かりにも血を分けた
おのれの父親を殺すとは奇怪至極、と誰が
思わずにいられますか。天人ともに許さざる大罪です!
ああ、マクベスどのの悲嘆といったら! たちまち忠誠の至情にかられて、
やにわに犯人二人を叩《たた》き斬《き》ってしまったのですからな、
酒に酔っぱらって、正体もなく眠りこけていた二人をね。
気高いふるまいではありませんか? いや、賢明な処置でもありますな。
そうでしょう、やつらが知らぬなどと言えば、誰だって
かっとなりますからな。ですから、マクベスどのは
万事うまく運ばれたと申すのです。このうえ、ダンカン王の息子たちを
おさえられたら──その見込みはちょっとありませんがね──
二人とも親を殺せばどうなるか、さぞ
思い知らされることだろうと思いますよ。フリーアンスだって同様ですとも。
いや、これは、あぶない! 現にマクダフは自由にしゃべりすぎたのと
暴君の祝宴に出なかったために、たしか
ご勘気をうけたと言いますからな。あの人がどこに
身をひそめたかご存じですか?
貴 族 あの人殺しに王位を横取りされたダンカン王のご長男は
現在英国の宮廷でお暮しです。かの地で
信仰深いエドワード王に暖く迎えられ、
今の不運なご境遇にもかかわらず、依然として
深い尊敬を受けておられるとか。マクダフはそこへ
行っているのです。聖者のごとき王に願い、マルカムのために
ノーサンバランドの人々および武勇の領主シュアードを
動かそうとのもくろみです。さいわいにして
その応援が得られますなら、上なる神の思召しによっては、
豊かな食事と安らかな眠りがふたたびわれわれに与えられ、
祝宴や饗《きよう》応《おう》の席も血なまぐさい刀におびやかされず、
心から忠誠をつくして晴れの栄誉を受けられる。
つまり、われわれが願い求めていることが実現しましょう。
ところが、この知らせにマクベスは激怒し、あわてて戦争の準備に
とりかかりました。
レノックス マクダフには使いを出したのですか?
貴 族 ええ、ところが「おことわりします」という剣もほろろの返事に、
にがりきった王の使者は「こんな厄介な返事をしやがって、
いまに悔やむぞ」というように、口の中でなにかぶつぶつ言いながら、
引き返したと申しますがな。
レノックス なるほど、それでは用心せねばなりませんな。
知恵のとどくかぎりなるべく遠くはなれていなければあぶない。
できることなら天のみ使いに英国の宮廷へ飛んでもらい、
あの人が行きつくさきにその使命を伝えてくれたらと思います。
呪《のろ》われた王の下で呻《しん》吟《ぎん》する国へふたたび幸福がすみやかに
もどって来るように。
貴 族 その天使にわたしも祈りをことづけたい。
(退 場)
第四幕
第一場 洞 窟《*》
(その中央に火炎の昇る大きな穴が地面に口を開き、その上に煮えたぎる大釜がかかっている。雷鳴とともに三人の魔女が一人ずつ炎の中から現われる )
魔女一 とら(猫《*》)めが三度鳴いた。
魔女二 はり鼠《ねずみ*》めが三度と一度鳴いた。
魔女三 化け鳥《*》めが呼んでる、「早く、早く」って。
魔女一 釜のまわりをぐるぐるまわれ、
腐ったはらわた、それ、ほうりこめ。
(釜の周囲を左に回りながら)
三 人 冷たい石の下にもぐり、
三十一夜眠りつづけて、
毒の油をひり出す蟇《がま》め、
魔法の釜でまず煮えろ。
ふえろ、ふくれろ、苦労や苦しみ、
燃えろ穴の火、煮えろ大釜。
(釜の中を箒《ほうき》の柄〔または、つむ〕でかきまわす)
魔女二 沼地の蛇のぶった切り、
煮えろ、こげつけ、大釜で。
いもりの目玉、蛙のかかと、
こうもりの羽、むく犬の舌、
まむしの舌とかな蛇の針と、
とかげの足とふくろうの翼、
災難をふらすまじないとなれ、
煮えろ、吹き出せ、地獄の雑炊。
三 人 ふえろ、ふくれろ、苦労や苦しみ、
燃えろ穴の火、煮えろ大釜。
(釜の中をかきまわす)
魔女三 竜の鱗《うろこ》と狼《おおかみ》の牙《きば》──
魔女のミイラと大海原の
人食い鱶《ふか》の喉《のど》と胃袋、
闇《やみ》夜《よ》にあつめた毒人参、
神をののしるユダヤ人の肝臓、
山羊《やぎ》の胆《たん》嚢《のう》、月《げつ》蝕《しよく》の夜に
木からおとしたいちいの小枝、
トルコ、ダッタン人《*》の鼻と唇、
娼《しよう》婦《ふ》に溝に生みおとされて、
首絞められた赤子の指も
みんな濃くしろ、この雑炊を。
も一つおまけに、虎のはらわた、
釜の中味に味をきかせろ。
三 人 ふえろ、ふくれろ、苦労や苦しみ、
燃えろ穴の火、煮えろ大釜。
(釜の中をかきまわす)
魔女二 冷やせ大釜、狒《ひ》々《ひ》の血そそげ、
これで効き目はもうだいじょうぶ。
(ヘカット、他の三人の魔女をつれて登場《*》)
ヘカット うん、よくやった! ご苦労だったね。
もうけは皆で山分けさせるよ。
釜を回って踊って歌え、
すだまのようにまあるくなって、
入れた中身にまじないきかせ。
(音楽と歌「黒い精霊…… 」。ヘカット退場)
魔女二 親指めがむずむずするな、
よくないやつが来るらしいぞ。
開け、洞《ほら》の戸、
叩《たた》けば開け!
(戸がぱっと開く、マクベスの立っている姿が見える。マクベス出てくる)
マクベス こら、真夜中にひそかに禍《まが》事《ごと》をたくらむ女ども!
なにをしておるのだ、それは?
三 人 秘密のわざ。
マクベス どこでどう手に入れたか知らんが、もしおまえたちに
ほんとに予言する力があるなら、頼むから、その魔法で答えてくれ。
たとえそのためにあらゆる風がとき放たれ、一大暴風を吹きつのらせて、
教会を吹きとばそうと、大海の波がさかまき
船はことごとくくつがえされ、海の底にのみこまれようとかまわん。
まだ穂もつけぬ麦を一面になぎ倒し、大木を根こそぎにしようと
城を吹きとばし、兵士どもを生き埋めにしようと、
宮殿や高塔をゆるがせ、土台をかたむけようとかまわん。
たとえ万物を生み出す大切な自然の種がめちゃくちゃになり、
地球の破滅がきてもかまわん。
おれの尋ねることに答えてくれ。
魔女一 言いなされ。
魔女二 尋ねなされ。
魔女三 答えまするぞ。
魔女一 わしらの口から聞きなさりたいのか、それとも、
わしらのご主人からか?
マクベス 早く主人を呼んでこい、会わせてくれ!
注《そそ》げ、火の中、子豚九つ
食《くら》った豚の血。投げろ、火の中、
首つり台で人殺しのたらした
あぶらの汗を。
三 人 どこにいようと、姿をあらわし、示せよわざを。
(雷鳴とともに第一の幻影《*》が大釜の中から現われる。マクベスと同じ兜《かぶと》をつけた首である)
マクベス おまえにどんな魔力があるか知らんが、おい──
魔女一 あんたの胸のうちはわかっていなさる。黙って聞きなされ、なにも言いなさるな。
幻影一 マクベスよ! マクベスよ! マクベスよ! マクダフに用心しろ、
ファイフの領主に用心しろ。もどらせてくれ。用はすんだ。
(釜の中へ消える)
マクベス 何者か知らんが、よく注意してくれた、礼を言うぞ。
おまえはおれの心配を言いあてた。だが、もう一つだけ──
魔女一 命令してはなりませんぞ。そら、もう一人あらわれた
今のよりあらたかな力のあるものですぞ。
(雷鳴とともに第二の幻影《*》、血みどろの小児の姿で現われる)
幻影二 マクベスよ! マクベスよ! マクベスよ!
マクベス 耳が三つあったら、三つのこらずそば立てて聞き入るぞ。
幻影二 あくまで残酷に、大胆に、思い切ってふるまえ。
人間の力などせせら笑うがよいぞ。女から生れた者で、マクベスに
手向えるものは一人もおらぬぞ。
(消え去る)
マクベス じゃ、マクダフ、生きておれ。きさまなど怖れる必要はない。
だが、念には念を入れ、運命から
動かぬ証文をとっておこう。マクダフ、きさまの命はもらったぞ。
これからは臆《おく》病《びよう》心《しん》をどやしつけて、雷がおちても
ぐっすり眠れるようにな。
(雷鳴とともに第三の幻影《*》、手に木の枝を持ち王冠をかぶった小児の姿で現われる)
あれはなんだ?
王の子供のような姿をして、あの小さな頭に
王者を表わす見事な金の冠を
かぶっている。
三 人 黙って聞きなされ、物を言ってはならぬ。
幻影三 獅《し》子《し》のごとく傲《ごう》慢《まん》にいばりちらせ。はたの者どもが
怒ろうと、苦しもうと、謀《む》叛《ほん》を企もうと、意に介するな。
マクベスは決して破れることはないぞ、
バーナムの大森林がダンシネーンの高い岡へ
攻めよせてくるまでは。
(消え去る)
マクベス それはできぬ相談だな。
森を動員することなどできるはずがない。大地におろした根を
抜けなどと、森の木に誰が命令できるものか? うれしい予言だぞ、よしよし。
バーナムの森が動くまでは、反逆も頭を
もたげることがないとすれば、マクベスは王座についたまま
天寿を全うし、寿命のつきる日まで、
無事に生きながらえるわけだ。だが、もう一つ
ぜひ聞きたいことがある。おい、おまえたちの力で
わかるなら、聞かせてくれ。バンクォーの子孫はいつの日か
この国の王になるのか?
三 人 もうおやめなされ、これ以上聞きなさるな。
マクベス どうしても聞くぞ。いやだと言えば、
おまえらに永《えい》劫《ごう》の呪《のろ》いをかけてやるぞ。さ、聞かせろ──
(大釜が地中へ沈み、オーボエの音が聞えてくる)
釜がなぜ沈むのだ? あの音楽はなんだ?
魔女一 見せておやり!
魔女二 見せておやり!
魔女三 見せておやり!
三 人 眼に見せて、泣かせておやり。
影のように、現われては消えろ。
(八人の王の姿《*》がしずしずと洞窟の奥を横切る。その最後の王は手に鏡を持つ。その行列の後からバンクォーの亡霊がつづく)
マクベス (先頭の王を見て)きさまはバンクォーの亡霊にそっくりだ、退れ!
きさまの王冠に目がくらむ。 (二番目の王を見て)うぬ、きさまのその髪の毛、
王冠をかぶった額つきも初めのやつに似ている。
三番目も似ている。けがらわしいくそ婆《ばばあ》め!
なぜこんなものを見せるのだ?──四番目! 目の玉め、とび出してしまえ!
えっ、どこまで続くのか、最後の審判の日まで続くのか?
まだ来る? 七番目? もう見んぞ。
まだ八番目が出てくる。手に鏡を持ってるな、
まだぞくぞく映っているぞ。や、宝珠を二つ、
笏《しやく》を三本《*》持っているやつがいる。
ああ、怖ろしい!──じゃ、やはりほんとうなんだな。
髪の毛に血のねばりついたバンクォーがこっちを向いて笑いながら、
みんなおれの子孫だと指さしている。──おい、ほんとにこのとおりか?
魔女《*》一 はい、はい、このとおりですぞ。なんでまたマクベスどのは
そんなにぼんやりして立っていなさるのだ?
さあさ、みんなで歌や踊りを
お目にかけて、元気づけよう。
空をふるわし、好い音を出すから、
おまえら始めな、変った踊りを。
よくもてなしてご苦労だったと、
この王さまがおっしゃるように。
(音楽、魔女ら踊り、やがて姿をかくす)
マクベス どこへ消えてしまったのだ、あいつらは? ああ、
この怖ろしい一刻は暦に記され、永久にのろわれるがいい!
おい、入ってこい!
(レノックス登場)
レノックス ご用でございますか?
マクベス 魔女の姿を見かけなかったか?
レノックス いえ、見かけませんでした。
マクベス おまえのそばを通らなかったのか?
レノックス いえ、なにも通りません。
マクベス あいつらの飛ぶ空気は腐ってしまえ! あんなものを
信ずるやつはのこらず地獄に落ちてしまえ! たしか、
ひづめの音がしたな。誰が来たのだ?
レノックス 二、三の者がマクダフが英国へ逃亡したとの知らせを
持ってまいりました。
マクベス 英国へ逃亡したと?
レノックス さようでございます。
マクベス (傍白)時め、おれを出し抜いたな、恐ろしい手を打つつもりでいたに。
もくろみばかり先走らせてはならぬ、
すぐさま実行で固めんことには。これからは、
思いつくのと手をつけるのと、いっしょにしてやるぞ。
そうだこいつだけは実現させてやる、
時を移さず、いますぐ実行しよう。
マクダフの城を不意におそい、ファイフを押え、
妻も子も、あいつの血をひく
不運な係累は、一人のこらず
みな殺しだ。阿《あ》呆《ほう》の空いばりではないぞ。
もくろみの冷めないうちにやっつけてしまおう。
ああ、もう見えないな、怖ろしい姿が! (レノックスに)使の者たちはどこだ?
さ、そこへ案内してくれ。
(退 場)
第二場 ファイフ。マクダフの城
(マクダフ夫人とその男の子およびロス登場 )
マクダフ夫人 あわてて逃亡したりして、主人はなにをしたというのでしょう?
ロ ス まあ、まあ、おちついてください。
マクダフ夫人 おちつきのないのは主人のほうです。
逃亡するなんて狂気の沙《さ》汰《た》ですわ。なにもしないのに、臆《おく》病《びよう》なために
自分から謀《む》叛《ほん》人になるのです。
ロ ス しかしお逃げになったのが
兄さんの臆病からか、それとも分別からか、わかりませんよ。
マクダフ夫人 分別ですって! 妻も、子も、邸も、領地も、
なにもかもうっちゃって、自分一人
高飛びするのがですか? 主人はわたくしを愛してはいないのです。
夫婦の愛情がないのです。小鳥の中でも一番小さな
あのみそさざいでさえ、巣にいるひなを守るためには
ふくろうを相手に死にものぐるいで戦うではありませんか?
いいえ、臆病心ばかりで、愛情なんかすこしもないのです。
分別だってありませんわ、まるで訳のわからない逃げ方ですもの。
ロ ス ねえ、姉さん、お願いですから、
おちついてください。あなたのご主人は
立派で、聡《そう》明《めい》な、判断力のある方です、
今の時勢の熱病を一番よく知っています。くわしいことは
今のわたしには言えません。とにかくひどい時代です。
自分の知らないうちに怖ろしい謀叛人にされている。不安におびえて
噂《うわさ》をなんでも信ずるものの、いったいなにが不安なのかわがことながらその正体がつかめぬ。
まるで荒れくるう海上にただよう船のように、行く先も定まらず
吹き流されているのです。これでおいとまします。
いずれまた近いうちにお目にかかりに伺《うかが》います。
嵐《あらし》も峠にかかる時が一番ひどい、峠をこえれば、やがて
もとの静けさにかえります。 (男の子に)坊や、さようなら。
マクダフ夫人 この子には父があっても、ないのです。
ロ ス (涙をおさえて)馬鹿なやつです、これ以上ここにいたら、思わぬ
醜態をお目にかけて、あなたをも困らせることになりそうです。
おいとまします。
(急いで退場)
マクダフ夫人 ねえ、おまえのお父さんは死んでしまったのよ。
これからどうする? どうしてくらしてゆく?
息 子 小鳥のようにくらしますよ、お母さま。
マクダフ夫人 え、じゃ、虫や蠅《はえ》を食べるの?
息 子 なんでもとれるものをとりますよ、小鳥はそうでしょう?
マクダフ夫人 かわいそうに! おまえのような小鳥には、網ももちも
おとし穴もわなも、ちっともこわくはないのね。
息 子 なぜこわがるの、お母さま? かわいそうな小鳥なら、誰もそんなものにかけやしませんよ。
お父さんは死んでなんかいませんよ、お母さまがいくらおっしゃったって。
マクダフ夫人 いいえ、亡くなりましたよ。おまえ、お父さまに亡くなられて、どうする?
息 子 お母さま、どうなさる、旦那さまに亡くなられて?
マクダフ夫人 そうね、市場へ行って、代りをどっさり仕入れてきますよ。
息 子 じゃ、仕入れてきて、売ろうってんでしょう。
マクダフ夫人 まあ、ありったけの知恵をしぼって。でも、ほんとに、
おまえとしては上出来だわ。
息 子 お父さまはほんとに謀叛人、お母さま?
マクダフ夫人 ええ、そうなの。
息 子 謀叛人ってなあに?
マクダフ夫人 そりゃ、誓を立てときながら嘘《うそ》をつく人のことよ。
息 子 そうする人はみな謀叛人?
マクダフ夫人 そうする人はのこらず謀叛人で、首を絞め殺されるのよ。
息 子 誓を立てといて嘘をつく人はみんなしめ殺されるの?
マクダフ夫人 ええ、みんな。
息 子 誰が絞め殺すの?
マクダフ夫人 そりゃ正直な人たちがよ。
息 子 じゃ、嘘つきや誓を立てる人は馬鹿だなあ。だって嘘をついたり、誓を立てたりする人はうんといるんだもの、正直な人たちなんかやっつけて、あべこべに絞め殺しちゃえばいいじゃないか。
マクダフ夫人 まあ、この子ったら、あきれたお猿さん。
でもねえ、おまえ、お父さまがなくなってどうする?
息 子 お父さまがほんとに死んだんなら、お母さまは泣きますよ。もし泣かなきゃ、もうすぐ新しいお父さまができるって証拠なんだ。
マクダフ夫人 まあ、なにを言うの、このおしゃべり屋さんは!
(使者登場《*》)
使 者 ご免くださいまし、奥さま。奥さまはご存じございませんが、
てまえのほうではあなたのご身分をよく存じあげております。
今のあなたのご身辺に危険がせまっております。
身分のない者の申すことをお聞き入れくださるなら、
どうかどこかへお立退きくださいまし、お小さい方々をつれてすぐお立退きください。
このように突然お驚かし申して、まことに無礼なこととは存じますが、
それ以上の、まったく鬼畜のふるまいとも申さねばならぬことが
おん身に迫っているのでございます。なにとぞ神さまのお守りがありますように!
もうこれ以上、こうしてはおられません。
(退 場)
マクダフ夫人 どこへ逃げよう?
なにも悪いことをした覚えはない。でも、ここは
人の世、悪いことをするのが、ともすると
世間で賞められ、善いことをするのが時には危険な
ばかなことと思われたりする。ああ、どうしよう、なにも
悪いことをした覚えはないなどと、女の口からいくら言い張ったところで、
なんの役にも立たないかもしれない!
(刺客たち登場)
まあ、あの顔は?
刺 客 主人はどこにいる?
マクダフ夫人 おまえらに見つかるような
けがらわしいところにはおらぬ。
刺 客 あいつは謀《む》叛《ほん》人だ。
息 子 嘘《うそ》をつけ、むく犬の悪党め!
刺 客 なにを、このひよっこめ!
謀叛人の卵が! (剣で刺す)
息 子 あっ、やられた、お母さま。
早く! 逃げて!
(夫人は「人殺し」と叫びながら逃げる。刺客たちその後を追って退場)
第三場 英国王エドワードの宮殿の前
(マルカムとマクダフ登場)
マルカム どこか人気のないところを探して、二人で
胸のはれるまで思いきり泣きましょう。
マクダフ いや、むしろ正義の士となって、
死の剣をとって起ち、打ちのめされた祖国のために
身を挺しましょう。新しい朝の来るごとに、
新しい寡婦がのこされ、新しい孤児が生れ、新しい悲しみがおこり、
その泣き叫ぶ声は天にとどき、天もさすがに
スコットランドの苦しみに感じ入ったか、同じ悲しみの声を
ひびき返しております。
マルカム 信じられることなら悲しみますし、
知れば信じもします、わたしにかなうことなら、
時節さえ到来したら、救いの手をさしのべます。
あなたのお話しくださったことは、あるいは事実かもしれません。
名前を口にするだけで舌がただれそうなあの暴君も
かつては正しい人と思われていました。あなたご自身尊敬しておられた。
あの男もまだあなたには手をふれていない。わたしは弱年ですが、
それでもあの男にとり入る役にはたちましょう。
おそろしい神の怒りをしずめるためには、か弱い、かわいそうな、
罪のない小羊をささげるのが賢明な策ですからね。
マクダフ わたしには二心などありません。
マルカム マクベスにはありますからね。
心の正しい善良な人でも国王の威勢の前には
すくんでしまうものです。いえ、ご免なさい。
あなたの人柄は、わたしがどう考えようと、変りありませんからね。
天使の長《おさ》が天国から落ちたからって、他の天使はいつまでも光り輝いています。
また悪人たちが皆正直そうな顔をしようとしているからって、
正直な人たちはいまさら変えようがありませんからね。
マクダフ わたしの希望は破れてしまいました。
マルカム その希望がわたしには疑わしいのです。
あなたはあんな危険なところへ、大事な妻子を、あなたの力のみなもとを、
愛情のかたいきずなを、なぜ残してきたのです、
別れもつげずに? いえ、わたしが疑うからって、
あなたの名誉を傷つけるつもりはありません。
ただ自衛のためなのですから。あなたは実際正しい方なのでしょう、
わたしがどう考えようと。
マクダフ ああ、血を流せ、血を流せ、あわれな祖国よ!
暴君よ、どっしりと大地に根をおろせ、正しい者が
おそれて手向えないのだから。不正の冠を堂々とかぶっておれ、
きさまの権利は立派に認められたのだ。ごきげんよう。
たとえあの暴君の手にある全領土をもらっても、いや、そのうえに
豊かな東方の国全部をつけてくれるといっても、わたしは
あなたに疑われるような悪人になろうとは思いません。
マルカム 腹を立てないでください。
あなたを疑うだけでこんなことを言うのではありません。
わたしだって、わが国が重いくびきにあえぎ苦しんでいると思わないではありません。
わが国は涙を流し、血を流している、すでに傷だらけの身に、
さらに日ごとに新しい傷が加えられている。にもかかわらず、わたしのために、
あえて立ち上ってくれる人はいると思います。
現に英国の恵み深い王さまから、その精鋭数千の
援兵の申し出がありました。しかし、幸いにして、
ついにわたしがあの暴君の首を足下にふみにじるか、あるいは
剣先に高くかかげる時が来たにしても、なお、あわれなわが国は
以前にまさる数知れぬ罪悪になやみ、
以前にまさる多くの、さまざまな苦しみを受けることになりましょう、
新しく王となる人間のおかげで。
マクダフ いったい誰のことですか、それは?
マルカム わたしです。このわたしという男には
悪徳という悪徳がそっくり植えつけられているのですから、
それが一度に芽を出すとしたら、真っ黒なマクベスさえ
雪のように白く見え、あわれな国民も
わたしのまきちらす底知れぬ害悪とくらべたら、あいつとて
小羊みたいだと思うでしょう。
マクダフ いや、怖ろしい地獄に住む悪魔の大軍の中にだって、
悪にかけてマクベスにかなうやつはいるはずがありません。
マルカム いかにも、あの男は残忍で、
淫《いん》乱《らん》で、欲が深くて、腹黒で、嘘《うそ》つきで、
怒りやすく、意地悪で、あらゆる名のつく限りの罪悪を
身につけております。しかしわたしの淫乱ぶりときたら、
まったく手がつけられないんです。人妻だろうと、生娘だろうと、
年増だろうと、小娘だろうと、おかまいなしに漁《あさ》るのに、それでもなお
わたしの情欲の水溜はとうてい満たされない。わたしの欲望は
満足をさまたげるあらゆる邪魔ものを
なぎ倒してしまうのです。そんな男が王となるより、
マクベスのほうがまだましでしょう。
マクダフ 底抜けの放縦は人間の心の暴君となり、
そのために安穏な王座から時ならず滑り落ちて、
多くの国王が滅んでおります。しかしあなたが当然
ご自分のものとしてよいものをおつまみになるぶんには、
別に気になさるには及びません。かげでこっそりぞんぶんに楽しみながら、
表面はいかにも冷淡そうにかまえて、人目をくらませばすむこと。
喜んでお相手する女はいくらもあります。王さまが
お好みとあらば、進んで身をささげようとする者は
数知れず、それをのこらず平らげることは、
たとえ禿《はげ》鷹《たか》のように貪《どん》婪《らん》でも、ちょっとむずかしかろうと存じます。
マルカム いや、そのうえに、
これも生れつきの因果な性質の一つなのですが、
わたしはどこまでも欲が深いので、王になれば、
領地をとりあげるために貴族たちの首を切ったり、
あいつの宝石、こいつの邸と目をつけずにはいられないのです。
しかもたくさん手に入れば入るほど、
ますますわたしの欲はあおり立てられ、そのため、
財産目あてに、善良で忠誠な人たちを相手に、無理にことを構え、
彼らを滅ぼしてしまうでしょう。
マクダフ この貪《どん》欲《よく》というやつは
つかのまの夏の季節にも似た色欲よりも根が深く、しかも
はるかに剣《けん》呑《のん》なしろもので、こいつのために
多くの国王が命を失っております。ですが、ご心配ありません。
スコットランドにはあなたご自身の財産だけでも
お望みを十分満すだけの富がございます。
仰せのような欠点はすべて、他の長所で埋め合わせがつくものです。
マルカム ところが長所とてさらにないのです。王者にふさわしい徳目、
つまり公正、真実、節制、沈着、
寛大、堅忍、慈悲、謙譲、
敬《けい》虔《けん》、忍耐、勇気、節操、
こういう立派なものはわたしには爪のあかほどもないばかりか、
どれということなく、あらゆる罪に染まっていて、
それがまたまんべんなく出るのです。まったく、わたしが権力を握ったら、
国民和睦のあまい乳は地獄へ流し、世界の平和をかき乱し、
地上の一致を破ってしまうでしょう。
マクダフ ああ、スコットランド! スコットランド!
マルカム そういう男に国王の資格がありましょうか?
わたしはそういう男です。
マクダフ 国王の資格ですって?
とんでもない、人間の資格さえありません。ああ、みじめな国民よ!
血まみれの笏《しやく》を握ったにせものの王に支配されながら、
いつになったらまたすこやかな日が見られるのだ?
おまえの国の王座に当然つくべき人が自ら
ご自分の破門を宣告して、罪人の列に加わり、
尊いご血統までも汚しておられるのだ。あなたの父上は
聖者のような方でした。またあなたの母上のお后《きさき》さまは
あけくれ神の前にぬかずき、毎日毎日があの世に
旅立つ覚悟のきびしい信仰のご生活でした。ごきげんよう!
あなたが数えあげられた数々の欠点を思えば
わたしはスコットランドを永遠に去るより仕方ありません。
ああ、わが胸よ、お前の希望はくだけてしまった。
マルカム マクダフどの、
あなたの高潔な魂からほとばしり出るその悲しみに、
今は心の中のいまわしい疑いもはれました。わたしはあなたの忠誠と
正義とをかたく信じます。実は、あの悪魔のようなマクベスが
今までにさまざまな奸《かん》策《さく》を弄《ろう》して、わたしを毒《どく》牙《が》にかけようと
誘いの手をのばしてきました。そのためむやみに人を信じないように
いつも用心しているのです。が、天なる神よ、あなたとわたしとの間の
証人になりたまえ! わたしは今即座に
あなたのお指図に従います。そして先ほどの自分の悪口は
全部取消します。さっき自分から並べ立てた欠点や悪徳は
すべてわたしの本性には無縁のものであることを
固く誓います。わたしはまだ女を知りません、
かつて偽りの誓を立てたこともありません。人さまのものをほしがるどころか
自分のものすらむやみに惜しんだりしたこともありません。
一度も約束を破ったことはなく、相手が悪魔でも
かりにも裏切りなどはいたしません。生命を愛するごとく
心の誠実を愛するものです。わたしが嘘《うそ》をついたのは
さっきが生れてはじめてです。この真実のわたしを
今あなたと不幸な祖国とのご用に喜んでささげます。
実は、あなたがここに到着なさる前、すでに
老シュアードどのが完全武装の精鋭一万を
率いられスコットランドへ向け出発しました。
われわれもすぐに出発しましょう。願わくば名分のわれらにあるごとく、
勝利をもわれらに授けたまえ!
なぜ黙っているのですか?
マクダフ 喜びと悲しみとがこう一度におしよせては、どう折合いを
つけたものかと、とまどいます。
(王の侍医登場)
マルカム ちょっと、また後で。(医師に)王さまはお出ましですか?
医 師 さようでございます。ご療法を受けようと待っている
気の毒な人たちがたくさん参っておりましてな。この人たちの病は
いかなる医術の治療をもうけつけませんが、
陛下がお手をお触れになりますと、
お手に不思議な霊験が宿っているのでございますな、
病はたちどころに癒えるのでございます。
マルカム いや、どうも、先生。
(医師退場)
マクダフ どういう病気のことです?
マルカム 「王の病《*》」と呼んでいます。
あの王さまのまことに不思議な御《み》業《わざ》なのですが、
わたしも英国へ来てから、しばしばこの目で
見てきました。どのように神に願って授かったものか
知るよしもありませんが、あのいやな病にかかった人たちを、
見るも気の毒なほどすっかり腫《は》れあがり、
医師もさじを投げた人たちを、王さまはご祈《き》祷《とう》のうえ、
患者の首に金貨を一つかけてやるだけで、
治しておしまいになる。聞くところによると、
王さまはご子孫に、神から授かった
この治療の力をお伝えになるという。このほかに
あの方は尊い予言のご能力も授かっておられる。
このようにさまざまな神の祝福が王座をとりまいておるのは、
この王さまが神聖な方だということの証拠なのでしょう。
(ロスの姿が見える)
マクダフ 誰か参りましたよ。
マルカム スコットランドの人だが、知らない人のようだ。
マクダフ やっ、君ではないか、ようこそ、ようこそ。
マルカム あっ、やっとわかった。神さま、どうぞわれわれの仲をひきさいている
輩《やから》をすみやかに除きたまえ!
ロ ス アーメン!
マクダフ スコットランドの情勢はあいかわらずかね?
ロ ス ああ、みじめな国!
恐ろしくて、誰もが真実を正視できない有様です。母国などとは
とても呼べません。まるで墓場です。馬鹿か狂い者でもない限り、
誰一人笑う人とてありません。
溜《ため》息《いき》や呻《うめ》き声や空をつんざく叫び声が
聞えても、振りむくものもない。どんな悲痛な悲しみの叫びも
ありふれたどなり声ぐらいにしかとられません。葬いの鐘が
鳴っても、誰の葬式か尋ねる人もなく、善良な人たちが
病気もしないのに、死んでゆきます。帽子にさした花が
しぼむ間もないうちに息をひきとるのです。
マクダフ ああ、ひどい話だが、そのとおりに相違ない。
マルカム 新しい事件は?
ロ ス たった一時間前の話がもう古くさいとて、聞く人は顔をそむけるくらい。
一分ごとになにか新しい事件がもちあがるのですから。
マクダフ 妻はどうしている?
ロ ス ええ、ご無事でしょう。
マクダフ それから子供たちは?
ロ ス ご無事でしょう。
マクダフ 暴君もまだ彼らの平和を破りはしないのだね?
ロ ス ええ、皆さんしごく平和でしたよ、わたしがお別れしたときは。
マクダフ おい、あまり出し惜しむなよ、どんな様子だ?
ロ ス わたしが祖国の悲しい知らせを持って、こちらへ
参りますとき、正義の士がいよいよ武器をもって
起ちあがったという噂《うわさ》を聞きました。来る途中で
暴君の軍勢が出陣するところを見ましたので、
噂はいよいよ事実であったことを確信いたしました。
(マルカムに)今や救いの時が来ました。あなたがスコットランドへ
お姿を現わせば、たちどころに兵隊は集ります。女どもまで戦います、
悲惨な苦しみからのがれるためです。
マルカム みんなに喜んでもらいたい、
進撃がはじまったのだ。情け深い英国王は
猛将シュアードと一万の軍勢をわれわれに借してくれた。
全キリスト教国を通じて、将軍ほどの
立派な古つわものはいまい。
ロ ス ああ、思いがけないこの喜びの知らせにこたえて、
嬉《うれ》しい報告ができましたら! わたしの知らせは
誰の耳にも入れたくない、荒野にまきちらして
それですめばと思います。
マクダフ どんな知らせだ?
公けのことか、それとも誰か一個人の
私ごとの悲しみかね?
ロ ス 心の正しい人なら、誰でも
それぞれに自分のものとしていたまないではおられません、主として
あなた個人にかかわることですが。
マクダフ わたしのことなら、
しまっておかずに、すぐに出したまえ。
ロ ス どうぞわたしをいつまでも憎まないでください。
あなたが今までに一度も聞いたことのないような情けないことを
お聞かせしなければなりませんから。
マクダフ うむ、見当はついたぞ。
ロ ス あなたの城が襲撃され、奥方もお子さま方も無残にも
虐殺されました。くわしい模様をお話ししたら、
この殺されたかわいそうな屍《しかばね》の山に、さらにあなたをも
つみ重ねることになりそうです。
マルカム ああ、慈悲深い神さま!
かまいませんよ、そんなに帽子で目をかくすことはありませんよ。
ぞんぶんにお泣きなさい、はけ口のない悲しみは
胸にいっぱいになって、しまいには胸が張り裂けてしまいますから。
マクダフ 子供たちまで?
ロ ス 奥方も、子供らも、召使たちも、
見つかりしだい一人のこらず。
マクダフ その場にいあわせていたら!
妻も殺されたのか?
ロ ス そうです。
マルカム そう力を落とさないでください。
正義の復《ふく》讐《しゆう》をもって、この深傷《ふかで》を
いやそうではありませんか。
マクダフ あいつには子供がないからな。かわいい子供らも全部?
みんなのこらず? ああ、悪魔の鳶《とび》め! みんなか?
え、おれのかわいいあの雛《ひな》も、母鳥も、みんな
一度にひっさらってか?
マルカム 男らしくぐっとこらえなさい。
マクダフ こらえます。
しかし男として悲しまないではいられません。
わたしにとってなによりも大事なあれらのいたことを
思い出さずにはいられません。天は見ておりながら、
なぜ味方になってとめてはくれなかったのか? 罪の深いマクダフ、
おまえのために、みんな殺されたのだ! なんという悪いやつだ、おれは!
みんなには罪がないのに、おれの罪から、
命を奪われてしまった。神よ、彼らの上に安らぎを与えたまえ。
マルカム この不幸であなたの剣を研ぎ、悲しみを、
怒りに変えてください。怒りの心をにぶらせないで、燃え上らせてください。
マクダフ ああ、女のように泣き、馬鹿のようにわめきちらせたら!
神さま、どうかご慈悲をもって、
一日も早くあのスコットランドの悪鬼めと、
対決させてください。この剣のとどくところにあいつを立たせてください。
その時あいつがわたしの剣先をのがれることができましたら、
神よ、あなたも彼をおゆるしください。
マルカム それでこそ男らしい。
さ、王のご前に参りましょう。軍勢の用意はできています。
もう暇《いとま》乞《ご》いさえすればいいのです。マクベスは
熟《う》れた果実ですよ、ひと揺り揺すれば落ちます。天使の軍勢が
われわれの味方になってくださる。できるだけ元気を出してください。
夜がどんなに長くてもやがて朝がやって来ますからね。
(退 場)
第五幕
第一場 ダンシネーン。城内の一室
(医師とマクベス夫人の侍女登場)
医 師 これで二晩あなたと寝ずの番をしたわけだが、話のようなことは起りませんでしたな。この前のときというのはいつのことかな?
侍 女 王さまがご出陣なさいましてからでございます。急に床からお起きになったと思うと、部《へ》屋《や》着《ぎ》をはおり、鍵《かぎ》のかかった戸棚をお開きになって、紙をとり出し、それを折ってなにやら書きこみ、封をして《*》、それからまた床におもどりになりました。しかもそれが、ずっと深くお眠りになったままなのでございますよ。
医 師 精神錯乱のしるしですな、睡眠中に目がさめている時のようなお振舞いをなさるとは。夢遊状態でお歩きになったり、いろいろのことをなさったりする時、なにかおっしゃいませんでしたか?
侍 女 おっしゃったことをそのまま申しあげかねます。
医 師 わたしならさしつかえあるまい。話してもらいたい。
侍 女 いいえ、先生にも、どなたにも申しあげられません。証人になる人が誰もいませんもの。
(マクベス夫人、手にろうそくを持って登場)
あれ、あそこに! 前のときとそっくり同じですわ、あれでなにも知らずに眠っていらっしゃるのでございますよ。よくご覧くださいまし、こちらにかくれて。
医 師 燈りはどうして?
侍 女 枕《まくら》もとにおいてあるのですわ。燈りをたやしたことがございませんの、そういう申しつけなのです。
医 師 しかし目はあけておられるが。
侍 女 でも、なにも見えてはいないのです。
医 師 あれはどういうことだ、あんなに手をこすったりして?
侍 女 しょっちゅうなさっていますの、ああして手をお洗いになるような格《かつ》好《こう》を。時には十五分ほども続くのですよ。
マクベス夫人 まだしみが残っている。
医 師 あれ、なにかおっしゃったぞ。心おぼえにおっしゃることを書きとめておこう。
マクベス夫人 消えておしまい、いやなしみ! 消えろと言えば! 一つ、二つ。おや、じゃ、もう時間だわ《*》。地獄って陰気だわねえ! まあ、あなた、なんですの、軍人のくせに、こわいのですか? 誰に知られたとて恐れることはないではありませんか? 国王を裁けるものなどおりませんもの。でも、老人のくせに血があんなにたくさんあるなんて、誰にも思いがけないことですわ。
医 師 聞いたか、あれを?
マクベス夫人 ファイフの領主には奥さんがいたわね。今どこかしら? まあ、この手のしみはどうしてもとれないのかねえ? いけません、あなた、おやめになって、そんなにびくびくなさっては、なにもかも駄目になるではありませんか。
医 師 困りますな、とんでもないことまでご存じとは。
侍 女 ほんとに、口にしてはならぬことをおっしゃったりして。まだどれほど胸に秘めたことが!
マクベス夫人 まだ血の臭《にお》いがする。アラビア中の香料をみんなふりかけてもこの小さな手の臭いは消えやしない。ああ! ああ! ああ!
医 師 なんという溜《ため》息《いき》だ! 胸が張り裂けるようだ。
侍 女 どんなに立派な身分でも、あんな苦しみをなめるのはわたしはまっぴら。
医 師 そうとも、そうとも、そうとも──
侍 女 早く治るようにしてあげてください、先生。
医 師 この病はわしの手に負えん。しかし睡眠中に歩いたとて、けっこう床の中で安楽に息をひきとった人もあるのだからな。
マクベス夫人 手をお洗いになって、部屋着をお召しなさいな。そんな蒼《あお》い顔はおやめなさい。バンクォーはもう墓の中ですのよ。墓の中から出てくるわけはないじゃありませんか。
医 師 なるほど、そうだったのか。
マクベス夫人 さあ、すぐ、おやすみなさい。誰か門を叩《たた》いています。さあ、さあ、さあ、さあ。手をおかしなさい。すんだことはもう仕方ありません。さあ、さあ。おやすみなさい。
(夫人退場)
医 師 あのままおやすみなさるのか?
侍 女 はい、すぐにおやすみです。
医 師 いまわしい噂《うわさ》が世間ではささやかれている。自然にそむいた行いは
自然にそむいた病を生むものじゃ。毒におかされた心は
耳のない枕《まくら》にその秘密の悩みをうちあける。
お后《きさき》さまには医師よりも、牧師の手が必要なのじゃ。
神よ、われらを許したまえ! よくご注意なさい。
あぶないものは皆かたづけて、おそばにおかぬようにな。
そのうえにも目をはなさぬようにしなさい。では、おやすみなさい。
気が転倒して、目もくらむような心地じゃ。
心に考えはあっても、口ではよう表わせぬ。
侍 女 おやさしい先生、おやすみあそばせ。
(退 場)
第二場 ダンシネーン付近
(太鼓および軍旗を持った者たちにつづいて、メンチース、ケースネス、アンガス、レノックスおよび兵士たち登場)
メンチース マルカムどのや叔父上のシュアードどのならびにマクダフどのに
率いられた英国軍はもうまぢかに迫っています。
あの方々は復《ふく》讐《しゆう》心《しん》に燃えておられる。実際、あの方々の心中を思えば
冷たくなった死体も奮い起って、血なまぐさい戦場へ馳《は》せ参じることでしょうな。
アンガス たぶんバーナムの森のあたりであの方々に会えることになりましょうな、
あそこへ向っておられるから。
ケースネス ドナルベーンどのは兄君とごいっしょだろうか、ご存じありませんか?
レノックス いや、ごいっしょではありません。わたしの手もとに
名門の方々の名簿がありますがな。その中にはシュアードどののご子息も
おられますし、その他このたびの戦いが晴れの初陣になる
若武者たちもたくさんおられます。
メンチース 暴君はいったいどうしていますかな?
ケースネス ダンシネーンの城を厳重にかためています。
気が違ったという人もいますが、それほど彼に悪意を持たない人々の話では
死にものぐるいだとも言います。確かなことは、
もはや自制心が利かなくなっているんですな、
あいつの狂った心は。
アンガス 今になって殺した人たちの血が
自分の手にこびりついてるのを思い知ったことでしょう。
時々刻々に火の手をあげる叛乱は彼の裏切りを責めたてる声です。
彼の率いる兵隊どもも命令で仕方なく動いているだけで、
少しも彼を尊敬してはいません。今となっては王の称号も
まるで小人が巨人の服を着たように、むやみに大きすぎて、
だぶつくばかり。
メンチース あいつの乱れた心がすっかり度を失うのも無理はありませんな、
あいつの心そのものがあげて自分の存在を呪《のろ》っているのですから。
ケースネス ではそろそろ進軍して、
正統の王に服従の義務をつくしましょう。
早くこの病気の国をいやしてくれる医者をお迎えして、
その方と力を合わせて、この国の浄化に、われわれの血を
捧《ささ》げましょう。
レノックス そうだ、尊い花の根をうるおし、悪草の根をたやして、
ふたたびはびこることのないようにぞんぶんに血を流しましょう。
さあ、バーナムへ向け進軍しましょう。
(退 場)
第三場 ダンシネーン。城内
(マクベス、医師および従者たち登場)
マクベス 報告はもういらん。逃げるやつは勝手に逃げろ。
バーナムの森がダンシネーンに移ってくるまでは
おれはなにもこわくないぞ。マルカムの小僧がなんだ?
女から生れた人間ではないか? 人間の運命を全部
見通す霊がはっきりおれに告げている、
「おそれるな、マクベス。女から生れた者でおまえを
破る力のある者はないぞ」と。だから、とっとと失せろ、裏切り者の領主どもめ、
行って英国人の道楽《どら》息子《むすこ》どもの遊びの相手でもするがよい。
おれの持ちまえの意地が、おれの勇気が、
たじろぐものか、くじけるものか。
(召使登場)
やい、悪魔にとっつかまれてまっ黒になれ、そのまっ蒼《さお》な顔はなんだ、うすのろめ!
どこでその盗っと猫の面《つら》を拾ってきた?
召 使 約一万の──
マクベス 鴨《かも》でも来たのか、阿《あ》呆《ほう》?
召 使 軍勢が攻めてきました。
マクベス 面の皮でもこすって、ちっとはその顔に血を通わせてこい、
臆《おく》病《びよう》者《もの》めが。どこの軍勢だ、うす馬鹿?
くたばっちまえ! きさまの白麻まがいの面は
臆病神のいい旗じるしだ。どこの軍勢だ、生っ白いの?
召 使 恐れながら、英国の軍勢でございます。
マクベス その面をひっこめろ。
(召使退場)
おい、シートン!──ああ、いやになる、
あんな──おい、シートンはおらんか!──いよいよ、この一戦だ、
すえながく安楽にくらせるか、王座からすべり落ちるか、これで決まる。
おれももういいかげん長生きした。おれの人生も、もう黄ばんだ枯れ葉の季節。
そのうえ、老年にはつきものの、名誉とか思いやりとか従順とか、さては大勢の友だちとも
てんで縁がないときている。いや、その代りに
声は小さいが恨みのこもった呪《のろ》いや口先だけの尊敬や
空世辞ばかりがつきまとい、心の弱さからむげに退けかねる始末。
シートン!
(シートン登場)
シートン ご用でございますか?
マクベス その後の知らせは?
シートン 報告はいずれも誤りがないことがわかりました。
マクベス よし、戦うぞ、この肉がすっかり削り取られて、骨ばかりになるまでな。
鎧《よろい》をかせ。
シートン まだそれには及びません。
マクベス いや、つけるのだ。
もっと騎《き》馬《ば》のものをくり出して、国中を駆けめぐらせろ、
臆病者は見つけしだい容赦なく絞り首にしろ。鎧を持ってこい。
(シートン鎧を取りに去る)
病人の具合はどうだ?
医 師 ご病気と申しますより、
なにぶんはげしい妄《もう》想《そう》にお悩みのご様子で、すこしも
おやすみになれませんので。
マクベス それを治してもらいたいのだ。
おまえには、心の病の手当をして、その記憶に根を張る
悲しみを絶やし、頭脳に刻みこまれた
苦しみをきれいに消しとる手立てが見つからぬのか?
なにもかも気持よく忘れてしまえる薬を一服盛って、
病人の心に重苦しくおおいかぶさっている危険なものを
ふさいだ胸から一時に払いのけることはできぬのか?
医 師 そのような手当はご病人ご自身でなさるよりほかございません。
(シートンが甲《かつ》冑《ちゆう》と武具掛をつれてもどる)
マクベス 医術なんか犬に食われろ、なんの役にも立ちゃしない。
さあ、鎧をつけろ。元《げん》帥《すい》杖《じよう》をかせ。
シートン、軍勢を繰り出せ。 (医師に)なあ、おい、領主どもがおれを捨てて、逃げ出しおるぞ。
──おい、早くせい。──(医師に)おい、おまえの手で、
人間にするように尿を調べ、この国の病気の原因を見つけて
もとどおりの健康にもどしてくれるなら、
どれほどおまえにかっさいを送るかわからんがな、
そのこだまがはねかえって来るほどかっさいするが。──えい、それは脱ぐのだ──
大《だい》黄《おう》でも、旃《せん》那《な》でも、どんな下剤でもかまわん、
英国軍どもをここから駆除することはできんか? やつらの噂《うわさ》は聞いたろう?
医 師 はい、聞きました。陛下が戦闘準備にかかられてから、われわれも
いろいろ伺《うかが》っております。
マクベス (武具掛に)後からそれを持ってこい。
おれは死も破滅もこわくはない、
バーナムの森がダンシネーンにやって来るまでは。
(退場、シートンと武具掛、後につづく )
医 師 このダンシネーンからあっさり逃げ出せるものならな。
どんなもうけになろうとこんなところは二度とごめんだ。
(退 場)
第四場 バーナムの付近
(太鼓および軍旗を持つ兵士たち、つづいてマルカム、シュアード、マクダフ、シュアードの息子、メンチース、ケースネス、アンガス、レノックスおよび兵士たち進軍しつつ登場)
マルカム 諸君、安心して家で寝られる日も
もうそう遠くはありますまいな。
メンチース そうですとも、もうだいじょうぶです。
シュアード あの前方に見えるのはなんという森です?
メンチース バーナムの森です。
マルカム 兵隊は各自木の枝を切りおとし、
それをかざして進軍せよ。味方の
軍勢の大きさをかくし、敵の見張りをあざむいて、
誤った報告をさせるのだ。
兵 士 かしこまりました。
シュアード にせ国王はなにをたのんでか、ダンシネーンの城深く
立てこもり、鳴りをしずめて味方の攻め寄せるのを持ちこたえる
所存としか見えませぬな。
マルカム もはや望みはそれだけです。
国民は上下こぞって、機を見て、
各地で叛乱を起しているのですから。
今は誰一人として進んで彼に従う者はなく、余儀なく仕えている者ばかり、
彼らとて心はすでに彼からは去っています。
マクダフ 正しい判断は結果が出てからのことにしましょう。
それよりもまずおのおの立派に軍人の本分をつくすことです。
シュアード 今こそわれわれの正当な得失が
明らかになる時が迫りました。
いいかげんな推測から、あやふやな希望を並べ立てても、
確実な成果の決め手は、敵の潰《かい》滅《めつ》、これあるのみです。
さ、それを目指して、即刻軍を進めましょう。
(行進して退場)
第五場 ダンシネーン。城内の中庭
(マクベス、シートン、太鼓および軍旗を持った兵士たち登場)
マクベス 外側の城壁に旗をかかげろ。いつまで
「敵が来た」とわめきおるか。この堅固な城は
どんなに攻め立てられたってびくともせん。いつまでも包囲をつづけるがいい、
いまに飢《き》饉《きん》とおこりで敵はのこらずのたれ死にだ。
味方の謀《む》叛《ほん》人どもが加勢しなければ、
こちらから打って出て、髭《ひげ》づらをつきつけ合って斬《き》りまくり、
あいつらを本国へ追い返してくれるものを。
(奥で女たちの悲鳴がきこえる)
あの騒ぎはなんだ?
シートン 女たちの泣き声でございますな。
(急ぎ退場)
マクベス こわい味などもうおおかた忘れてしまった。
以前は闇《やみ》をひきさく悲鳴を聞いて、思わずぞっと
したこともある。物《もの》凄《すご》い話を聞くと、
髪の毛が、まるで生きているように、逆立って、
ふるえたものだが、ああ、恐ろしい思いはいやというほど味わってきたからな。
今ではおれの殺伐な心は、どんな恐ろしいことにもなれっこだから、
もうおれをびくつかせることはできん。
(シートンもどって来る)
シートン お后《きさき》さまがお亡くなりになりました。
マクベス どうせいつかは死ぬんだ、
そんな知らせを聞く時がいつかは来ると思っていた。
明日《あした》、明日、その明日と、
時はとぼとぼ、一日一日、足をひきずってゆく、
人間の歴史の最後のページにたどりつくまで。
そして昨日という日はみな阿《あ》呆《ほう》な人間どもの
墓場へ行く道を照してきた。消えろ、消えろ、短いろうそく!
人間なんてうろちょろする影法師、あわれな役者だ、
自分の出番だけ舞台に出て、どたばたやるが、
それっきり消えてしまう。人生はうす馬鹿のたわごとさ、
むやみに泣いたりわめくだけで
まるっきり無意味だ。
(伝令登場)
舌を動かしに来たんだろう、とっとと話せ。
伝 令 恐れながら陛下、
この目でしかと見たことを申しあげねばならぬのでございますが、
なんと申しあげたものか、わかりかねまして。
マクベス いいから、言ってみろ。
伝 令 岡の上で見張りをいたしておりましたが、
バーナムの方向を見ておりますと、急に
森が動き出したように見えました。
マクベス なんだと、この大嘘《うそ》つきめ!
伝 令 間違っておりましたら、どんなお怒りでも甘んじて受けます。
ここから三マイルのところをこちらにむかって、たしかにやって参ります。
まったくの話、森が動いてくるので。
マクベス もし嘘だったら、
手近な木にきさまをひっ吊《つる》して、飢え死にするまで、
おろさんぞ。きさまの言うのが事実なら、
おれがきさまにそうされてもかまわん。
うむ、決心がぐらついて、あやしく思えてきたぞ、
いかにもほんとうなようであやふやな、悪魔の
言葉が。 「恐れるな、バーナムの森が
ダンシネーンに来るまでは」だと。今現に
森がダンシネーンにむかってやって来る。武器をとれ、武器を! さあ、打って出ろ!
あいつの断言することがほんとうなら、
もう逃げも隠れもできんぞ。
ああ、日の光りがいやになってきた。
宇宙の秩序もめちゃめちゃになってしまえ。
大鐘を打ち鳴らせ! 風よ、吹きまくれ! 破滅よ、来い!
せめて、鎧《よろい》をつけて死ぬぞ。
(退 場)
第六場 城門の前
(太鼓および軍旗を持つ兵士たち、つづいてマルカム、シュアード、マクダフおよび木の枝を持った兵士たち)
マルカム さあ、もういい。各自敵の目をくらます枝をすてて、
正体をあらわせ。叔父上、あなたは
ご令息とともに、先陣を
率いていただきたい。マクダフどのとわたしとで、
後は引き受け、事に当ります、
予定の作戦どおり。
シュアード ご武運を祈りまするぞ。
今夜にも暴君の軍勢に出会いましたら、
あくまで奮戦して目にもの見せてくれます。
マクダフ ラッパをのこらず吹きならせ。高らかに城中に
ひびかせろ、流血と殺《さつ》戮《りく》のけたたましい先ぶれだ。
(ラッパの音の中を退場)
第七場 城門の前
(マクベス城内より登場)
マクベス これでは杙《くい》につながれた熊も同然《*》、逃げるに逃げられん。
こうなったら、熊のように死にもの狂いで暴れまわるよりほかはない。
女から生れぬやつはいるか? そいつのほかはこわくないぞ。
(シュアードの子息登場)
子 息 きさまは誰か、名のれ!
マクベス 名前を聞いたら腰をぬかすぞ。
子 息 何を、地獄のどんな悪魔より怖ろしい名前のやつでも、
こわくないぞ。
マクベス おれはマクベスだ。
子 息 悪魔の名前よりも、おれには憎い名前だ。
マクベス そのうえ、こわくもある名前だろう。
子 息 黙れ、にせ国王のけだものめ、この剣で大ぼらほざく
きさまの息の根を止めてくれる。
(両人戦い、シュアードの子息刺し殺される)
マクベス きさまは女から生れたやつ。
ばかばかしくて相手にはなれんわい、女から生れたやつが、
いくら剣を振り回そうと、いくら武器をかつぎ出そうと。
(マクベス退場、すぐにそちらから乱闘の音がきこえてくる。マクダフ登場)
マクダフ こっちだな、斬《き》り合いの音は。マクベス、姿をあらわせ!
きさまが殺されても、おれの手にかけねば、
妻や子の亡霊に死ぬまでつきまとわれねばならぬ。
雇われていやいや槍《やり》を振り回すみじめな土民兵どもを
討つ気にはなれん。マクベス、きさまだけが
おれの相手だ。きさまに会わねば、おれの剣は
血塗られずにそのまま元の鞘《さや》におさまらねばならぬ。あっちだな。
あの激しい斬り合いのひびきでは、よほどの大物が
暴れているな。運命よ、どうかやつに引きあわせてくれ、
それだけだ、おれの願いは。
(マクベスの後を追う。太鼓やラッパの音。マルカム、シュアード登場)
シュアード こちらです。城のほうはおとなしく明け渡しました。
にせ国王の兵士どもは敵味方に分れて戦い、
味方の領主たちもあっぱれな奮戦ぶりです。
勝利はもはや新国王、あなたのものです。
あとは待つだけのこと。
マルカム わが軍に味方して戦っている敵兵を見受けましたよ。
シュアード さ、ご入城ください。
(城門を入る。太鼓やラッパの音)
第八場 城 内
(マクベス登場 )
マクベス ばかなローマ人の真似をして《*》、自分の手で
自殺などするものか。生きた敵のいる限り、
叩《たた》き斬《き》らずにおくものか。
(マクダフ彼の後を追って登場)
マクダフ やい、地獄の猟犬め、返せ、返せ。
マクベス 敵の中できさまだけは避けてきたのだ。
行け、行け、きさまの一族の血はもうたくさんだ、
これ以上流したくない。
マクダフ 問答無用だ。
この剣にものをいわしてやる。古今無類の
極悪人め!
(両人戦う。太鼓、ラッパの音)
マクベス いくら刀を振り回してもむだだぞ。
おれの身体には剣は通らん、きさまのするどい刀で
空気に傷痕がつけられるなら別だがな。
討ちとれる相手に向って刀をふるえ。
おれにはまじないがかかっているのだ、女から生れたやつには、
おれの生命は滅ぼせないのだぞ。
マクダフ おれには利かぬのだ、そんなまじないは。
きさまがひごろ仕えている魔の霊に聞いてこい、
よいか、このマクダフは母の腹をたち割って、
生れぬうちに取出されたのだ。
マクベス なんだと、憎いその舌め、腐ってしまえ!
そのひと言でおれの勇気もくじけてしまったわ。
えい、いかさまの悪魔どもめ、あいまいなお告げをもって、
人をまどわし、言葉の上だけ約束を守りながら、
最後のどたんばで望みを裏切るか。きさまとは戦わん。
マクダフ じゃ、降参するか、卑《ひ》怯《きよう》者《もの》。
命を助けてやるから、世間の見せものになれ。
物珍しい怪物よろしく、きさまの絵看板を
小屋の前にぶらさげて、その下に
「これぞ稀《き》代《たい》の暴君」と書かせてくれる。
マクベス 降参などするものか、
マルカムの小僧の足下にひれ伏して地面をなめたり、
世間のやつらの呪《のろ》いや弥《や》次《じ》を浴びせかけられてたまるものか。
たとえバーナムの森がダンシネーンに来ようと、
女から生れぬきさまが向ってこようと、
最後の力をためしてくれる。さあ、このとおり、
楯《たて》をかまえたぞ。かかってこい、マクダフ、
「待て、参った」とさきに言うほうが地獄行きだ。
(両人激しく戦いながら退場)
第九場 城 内
(戦闘中止を命ずるラッパ、ついでファンファーレ。マルカム、シュアード、ロス、他の貴族たち、および兵士たち登場)
マルカム ここに姿の見えない味方の人たちがどうか無事に集ってくれればよいが。
シュアード 多少の犠牲はやむをえません。だが、見わたしたところ
かかる大勝利としては損害はまことに軽微のように存じます。
マルカム マクダフどのが見えない。ご令息も見当りませんな。
ロ ス ご令息は武人の義務を立派に果たされました。
思えば、ようやく成人なさったばかりで、
敵に一歩もゆずらず、勇敢に奮戦なされ、
見事に武勇のほどを証明なされたのもつかのま、
あっぱれな勇士として戦死なさったのです。
シュアード じゃ、死んだのですか。
ロ ス はい。遺骸はすでにお移しいたしました。
ご令息のご器量を思えば、
お嘆きには果てしがございますまい。
シュアード 傷は正面からですか?
ロ ス はい、眉《み》間《けん》の傷です。
シュアード そうですか、では神よ、あれをあなたの兵士として受け入れたまえ!
たとえ髪の毛の数ほど息子《むすこ》があろうとも、その息子たちに
これ以上立派な最期を望みませんわ。
もう悲しみますまい。
マルカム いや、なんの、尽きぬ悲しみを
わたしが代ってお悼《いた》み申しあげる。
シュアード いや、もう十分です。
立派な最期をとげて、武人の務めを果したと申しますから、
もうなにも申すことはありません。そら、あそこへめでたい知らせが参りましたぞ。
(マクダフ、マクベスの首を剣の先に刺して登場)
マクダフ 国王陛下万歳! さああなたが国王です。ご覧くださいまし、
王位を奪った憎むべき男の首でございます。国王はついに自由になりました。
いま陛下をとり巻く無数の真珠のごときこの方々は
皆ひとしく胸のうちでわたしとともに万歳を叫んでおります。
どうぞ、わたしと声を合わせて高らかにおとなえください。
スコットランド国王万歳!
一 同 スコットランド国王万歳! (ファンファーレ)
マルカム このたびの諸君のめざましい働きぶりについては、
遠からぬうちに、それぞれの功績に応じて、
十分にお報いしたい。領主の面々、および近親の人たちには
ここに伯爵の爵位を授けます。あなた方はスコットランドで
この爵位を名のる最初の貴族です。さらに、これから
始まる新しい時代のため、あらたに着手すべきこと、たとえば
暴君のきびしい監視網をくぐって
海外に亡命した味方の人々を呼びもどすこと、
あるいは、首をはねられたこの人殺しと悪鬼のごときあの后《きさき》、
──噂《うわさ》によれば、自らの手で生命を無残に
断ったというが──この二人に仕えて
暴虐の限りをつくした者どもを召しとること、
その他必要ないっさいのことがらを、神の恵みにより、
手段、所、時をあやまたず、実行に移してゆきたい。
最後に、諸君の一人一人にあらためてその労を謝し、
スクーンでの戴《たい》冠《かん》式《しき》に列席なさるようお願いする。
(ファンファーレ。行進して退場)
注 釈
*ト書き「荒涼たる原野 」 第一フォリオ版には「雷鳴と稲妻、三人の魔女登場」とあるだけで、場所は不明。当時の舞台では、雷鳴をひびかせて、奈落からつぎつぎに魔女を飛び出させたものらしい。したがって場所も「地獄の門かその付近」と考えられていたのではあるまいか。第三場の「不毛の荒れ地」とはまたちがった場所である。
*(魔女一) 「かみなり、いなずま、大あめのとき? 」 荒天は悪鬼や魔女のとくに好むところ、またしばしば彼らのまじないによって起るものと信じられていた。
*(三人) 「よいことはわるいこと、わるいことはよいこと 」 悪魔や魔女にとっては、神の善は悪、悪が善。
*(隊長) 「西の島々 」 スコットランド西方のヘブリジーズ群島。
*(隊長) 「どくろの丘 」 ゴルゴタ、キリストはりつけの地。処刑された人々のどくろが散乱していたのでこのように呼ばれたものと当時は考えたらしい。「イエスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴタ)という場所に出て行かれた」 (ヨハネ伝第十九章十七節)
*(ロス) 「ファイフから…… 」 スコットランド東海岸の一地区、フォースの入江の北にあたる。
*(ロス) 「戦の女神ベローナの夫 」 ローマ神話の軍神マルスのこと。ベローナは同じく戦争の女神、マルスの妻とも妹ともいわれる。
*(ロス) 「聖コールム島におきまして 」 フォースの入江にあるインチカム島、六世紀の聖者コランバの遺跡がある。
*(魔女二) 「豚を殺してたよ 」 魔女は家畜に害を加えて人に悪さをするという。豚はどんな貧乏な百姓でも飼っていたので、とくに彼らの害をうけた。
*(魔女一) 「ふるいに乗って 」 魔女はふるいをボート代りにしたといわれる。
*(魔女一) 「しっぽのない鼠 」 彼らはいろいろの動物の姿に化けられるが、彼らの化けた動物は神のつくったものとちがって、どこかに欠点がある。
*(魔女二) 「風をひと吹き 」 魔女は風や天候を支配する。船乗りは順風を祈って彼らに物を贈ったという。
*(魔女一) 「水先案内の親指なのさ 」 死体の一部は魔法に用いられた。不自然な死をとげた場合はとくに効力があるとされている。水先案内は帰国の船で難破したので、彼の親指はタイガー号を帰港させないためのまじないには、とくに有効というわけ。
*(マクベス) 「こんなよい日に、こんなわるい日は…… 」 いろいろの解釈のあるせりふ。 「こんな勝利の日に、霧の深いこんな悪い天気」の意か、あるいは「天気がこんなによかったり、悪かったり、変りやすい日」の意か。いずれにしても第一場の魔女の「よいことはわるいこと、わるいことはよいこと」のせりふを思い出させ、魔女とマクベスとの間のふしぎなつながりを感じさせる。
*(バンクォー) 「あかぎれに裂けた指を 」 魔女はバンクォーに対しては、初めは答えない。
*(ダンカン)「王位の正当な継承者と定め 」 シェイクスピアがどの程度知っていたか疑問だが、スコットランドの王位は王の近親者(王子にかぎらない)の中から、貴族らによって選ばれたという。したがってダンカンがここで自分の長子を継承者と指名しても、それらがかならずしも絶対的なものではないが、いよいよ次の王を選ぶときに有力な意見となることはいうまでもない。このダンカンの後継者指名によって、マクベスははっきりとダンカンの殺害を決心した。このカンバランド公の授爵は唐突の感を与えるが、これがむしろ戦勝直後に開かれたこの御前会議の主要な議題だったのかもしれない。
*ト書き「オーボエの音。…… 」 在来のテキストには「松明を持った人」が現われるが、これは夜の場面ではなく、まだ明るい夕方の場面であるので、松明は不適当。
*ト書き「城の中庭」 当時の劇場の舞台を土台にして考えた場景(ウィルソン)。正面奥の階段は二階の王の寝室に通じている。二階には王の寝室のほかに、マルカム、ドナルベーン二王子の寝室(「次の間」第二幕第二場参照)もあるが、それには別の階段があるのか(ウィルソン )、あるいは同じ階段を上って、二番目がドナルベーンの寝室、三番目の一番奥を王の寝室とするか(キトリッジ)に異説がある。
*(マクベス) 「天使の吹きならすラッパのように 」 最後の審判のラッパ。
*(マクベス) 「目に見えぬ空の馬にまたがる 」 「主は天をたれて下られ、暗やみがその足の下にありました。主はケルプに乗って飛び、風の翼をもってかけり……」(詩編、第十八編九、十節)
*(マクベス夫人) 「諺の猫のように 」 「猫は魚が欲しいが、足をぬらすのがいやだ」
*(マクベス夫人) 「脳の番をする記憶力 」 古い生理学では、脳の下の部分、首のすぐ上にあって、理性は上のほうにあるとされていた。体内から脳に上ってくるものは、脳の入口の記憶力が番人となって調べる。酒の酔気も胃袋から上っていって、まず記憶力を征服し、つぎに理性を圧倒する。
*(バンクォー) 「睡眠中にわが弱き心にしのびよるいまわしき想いを 」 睡眠中のおそろしい夢やいまわしき考えは悪魔が人の心におこさせるものと考えられた。バンクォーも三人の魔女の夢を見たらしい。彼の夢はマクベスのにくらべれば――第三幕第二場――なんでもないが、バンクォーのような人が悪夢に苦しむということは、この城の空気がいかに汚されているかを示している。
*(マクベス) 「いざとなったとき 」 ダンカンが自然に死んで、次の王の推挙が行われる時、の意味にマクベスはバンクォーに解させようとしているし、バンクォー自身もそのようにとっているようだ。古い物語ではバンクォーはマクベスの一味になってダンカンの殺害に荷担しているが、シェイクスピアのバンクォーはあくまで忠誠潔白の士として描かれている。バンクォーはスコットランドのスチュアート王家――英国王となったジェイムズ一世もその一人――の祖と考えられており、したがってシェイクスピアも自分の国王の祖先を、できるだけ立派な人物に描こうとしているわけ。
*(マクベス) 「飲みものの用意ができたら 」 寝る前に飲む「寝酒 」。当時は男女ともに用いたという。
*(マクベス) 「蒼ざめたヘカットの神に 」 ギリシャ神話の下界および闇の女神、魔女や幽霊の神。正しくはヘカティだが、シェイクスピアではヘカットで二シラブルに発音。
*(マクベス) 「タルキンの足どりで 」 ローマ初期の伝説的王家の一員で、ローマの将軍コラチナスの妻ルクレティアに恋し、夫の留守にひそかにルクレティアの寝室に押入り、暴行した。貞節の妻ルクレティアはそのため自殺をとげた。シェイクスピアにも「ルクレティアの凌辱」という長詩がある。
*(マクベス) 「石のやつまで 」 「 (イエスは)答えて言われた、 『あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう 』」 (ルカ伝、第十九章四十節)
*(マクベス夫人) 「運命の死を知らせる夜回りの、おそろしい夜の挨拶 」 当時のロンドンでは、町の夜番または夜回りが処刑される人を処刑の前夜牢獄に訪ねて、翌日の刑の執行を知らせたという。
*(マクベス) 「一人がねぼけて笑った、一人が人殺しとどなった 」 王の寝室に寝ている二人のお付きの家来ではなく、次の間の王子ドナルベーンとそのお付きの家来か、または他の貴族か。ウィルソンは同じ部屋に寝ている二人の王子マルカムとドナルベーンがここにいう二人であると考えているが、キトリッジに従えば、階段を上って最初の部屋にはマルカムと誰か、次の部屋にはドナルベーンと誰かが寝ており、王とお付きの家来が寝ていたのは一番奥の部屋ということになる。
*(門番) 「あいにくの豊作見込みで 」 小麦の値の上がるのを見込んでしこたまかかえこんでいたが、豊作見込みで値が下がるので、がっかりして自殺する。
*(門番) 「二枚舌の嘘つき者 」 当時の英国で危険視されていた旧教のイエズス会士をさすという。
*(マクダフ) 「こうおそくまで 」 朝の四時か五時ごろ。門番としては起きるのがおそい。
*(門番) 「二番鶏の鳴く時刻 」 夜中の三時ごろ。一番鶏は真夜中、三番鶏が夜明け一時間前に鳴くものとされていた。
*(マクダフ)「たちまち目がつぶれる怖ろしいゴルゴンの姿 」 ギリシャ神話に出てくる三姉妹、そのうちとくにペルセウスに殺されたメドゥサをさす。頭髪が蛇で、見る人は恐怖のあまり石に化したといわれる。
*(マクベス夫人) 「あれ、誰か、わたしをあちらへ! 」 ここで夫人は気絶するが、それが本当のか、お芝居のか昔から論じられている。最近ではブラッドレー、キトリッジが本当の気絶説、ウィルソンはお芝居説をとっている。夫人は失心しながら、時々正気づいては大きな声でわめく心入れと、ウィルソンは言っている。その間マクベスは夫人を介抱し、その騒ぎをよそにマルカムとドナルベーンの私語が交わされる。
*(マクダフ) 「スクーンへ出発したよ 」 スコットランドの村。ここの宮殿で昔スコットランド王がいわゆる「スクーンの石」にすわって即位した。この石が後に英国に運ばれ、戴冠式に用いられる。
*(マクダフ) 「コールムキルの霊廟に 」 スコットランドの西海岸にある現在のアイオナ島。昔聖コランバがアイルランドからここに渡り、スコットランドの伝道を行なった。
*ト書き「二人の刺客を連れて…… 」 単に金でやとわれる刺客ではなく、不運のために落ちぶれた紳士。今まではマクベスをうらんでいたが、マクベスの弁舌によって、バンクォーをうらむようになる。バンクォーは個人的な恨みのために殺されたと見せかけることが、マクベスのねらいである。
*(マクベス) 「聖書の教えを信じて 」 「汝らの仇を愛し、汝らを責める者のために祈れ」 (マタイ伝、第五章四十四節)
*ト書き「他の一人の刺客 」 この第三の刺客はマクベスの指図を持ってきた男。マクベス自身ではないかと考える人もいるが、とりがたい。
*ト書き「バンクォーの亡霊が現われ 」 当時の舞台では実際に亡霊が出たらしい。亡霊が特定の人にだけ見えて、他の人には見えないことはありうることとされていた(『ハムレット』第三幕第四場 )。
*(マクベス) 「ロシア熊 」 熊はロシアから輸入された。
*(マクベス) 「ハーケニアの虎 」 カスピ海にのぞむ古代ペルシア帝国の一地方。伝説的に虎の産地とされていた。
*(マクベス) 「石も動き、木もしゃべり出した 」 死体をかくしていた石も動いて死体を現わし、殺害者をあばき、樹木も殺害の行なわれたことをしゃべる。
*(マクベス) 「不思議なことや前兆が 」 鳥の飛び方や鳴き声でいろいろの吉凶をうらなう。
*第三幕第五場 この場は、そっくり全部がミドルトンの補筆とされている。
*(ヘカット) 「泡ぶくの玉が 」 古代に月の分泌物と考えられ、魔力のあるものとされていた。
*ト書き「洞窟 」 第一フォリオ版には場面の指定はないが、第三幕第五場のヘカットのせりふ、 「地獄の穴であすの朝わたしを待ち合わせるのよ」という言葉からすれば、少なくとも当時の考え方は知られよう。
*(魔女一、二、三) 「とら」、「はり鼠 」、 「化け鳥 」 いずれも魔女の使の動物。第一幕第一場参照。
*(魔女三) 「トルコ、ダッタン人の 」 いずれも異教徒。
*ト書き「ヘカット、他の三人の魔女をつれて登場 」 この部分(ヘカットの退場まで)は後世の補筆とされている。歌と踊りを入れてオペラふうにするための加筆らしい。
*ト書き「第一の幻影 」 マクダフによって斬りおとされたマクベス自身の首の象徴。
*ト書き「第二の幻影 」 マクダフの象徴(母親の腹を切りさいて取りあげられた赤子)
*ト書き「第三の幻影 」 マルカムの象徴。
*ト書き「八人の王の姿 」 スチュアート家の八人の王、バンクォーの子孫というウォルター・スチュアートの息子のロバート二世に始まり、ロバート三世、ジェイムズ一世、ジェイムズ二世、ジェイムズ三世、ジェイムズ四世、ジェイムズ五世、それに後に英国のジェイムズ一世となるジェイムズ六世。手に持った鏡は未来をうつす。
*(マクベス) 「や、宝珠を二つ、笏を三本…… 」 宝珠も笏も王位の象徴であるが、ここにいう二つの宝珠は、英国とスコットランド両国を表わし、三本の笏とは、英国王の戴冠式に用いる二本の笏とスコットランド王の一本の笏とを示すものとみられる。あるいは三本とは大英国、フランス、アイルランドを表わすものとも言われる。
*魔女の歌と踊り 他人の補筆ともいわれている。元来は魔女らがこの前のマクベスのせりふが終らないうちに姿をかくしたものと考えられる。
*ト書き「使者登場 」 マクダフに味方するレノックスないし他の誰かから送られた使者。
*(マルカム) 「王の病 」 るいれきのこと。このエドワード王(一〇〇四─六六)以来、英国王にはこの病気を治す力があると信じられていた。
*(侍女) 「封をして 」 おそらくマクベスに宛てた手紙であろう。
*(マクベス夫人) 「おや、じゃ、もう時間だわ 」 ダンカンを暗殺したのは夜中の二時のこと。
*(マクベス) 「これでは杙につながれた熊も同然 」 当時流行の「熊いじめ」の見世物にたとえる。熊を杙につないで、ブルドッグなどをけしかけて戦わせた。
*(マクベス) 「ばかなローマ人の真似をして 」 ローマの軍人は戦いに敗れると自決するのが通例となっていた。たとえば、シェイクスピアの他の作品にあらわれるブルータス、キャシアス、アントニーら。
シェイクスピアの生涯
シェイクスピアは一五六四年四月二十六日、イギリスの中部ウォリックシア州、ストラットフォードの教会で洗礼を受けている。正確な誕生日はわからない。一般に四月二十三日を彼の誕生日としているが、当時の風習として子供が生まれて二、三日のうちに洗礼を受けさせることや、たまたま四月二十三日が彼の死んだ日と一致すること、さらにこの日がイギリスの守護者聖ジョージの記念日であることなどから、この日が選ばれたのだという。イギリスの誇る不世出の文豪の誕生日にしては心もとないはなしだが、当時の作家の生涯となるとわからない点が多いのが普通なのであって、とくにシェイクスピアの生涯だけが不明確なわけではない。したがってここでも、不完全な切れ切れの事実や記録をつなぎ合わせて、おおよその輪郭をえがくほかないのである。
父親のジョン・シェイクスピアは付近の農村の出身らしく、若い頃ストラットフォードに移り、シェイクスピアが生まれる数年前、この地方の旧家アーデン家の娘メアリと結婚した。彼の商売については、肉屋、羊毛商、雑穀商、手袋製造業などいろいろ言われているが、主として羊や山羊、鹿の皮を扱う仕事に従事したらしい。しかし、木材や穀物を扱った記録が残っているところから、農業牧畜のさかんなこの地方の町の商人として、いろいろな商売を兼ねていたのかもしれない。ストラットフォードはエイヴォン河に沿う風光明媚な地方都市で、当時住民約二千人、自治が許され、市民自身の手で市政が行なわれていた。彼はつぎつぎに市の要職につき、一五六八年、シェイクスピアが四歳の年には市長に選ばれた。その後も市の要職についており、家を買い入れたりしている記録からみれば、シェイクスピアの少年時代の父は、ストラットフォードではもっとも有力な市民の一人だったに相違ない。しかし父の繁栄も、一五七六年の紋章の許可願い(紋章を許されれば紳士階級になる)の記録を最後にして、下降線をたどりはじめた形跡がみえる。彼に関するさまざまな記録は彼の経済的不振を語っていると解釈される。彼の姿は市の公的な会合にはもはや見られない。シェイクスピアの十二、三歳の頃である。
シェイクスピアはその頃どうしていたろう。確かな証拠はないが、彼の市のグラマー・スクールに通っていたとみるのが一番自然な推測のようだ。この学校は市民の子弟のために市当局によって維持されていた。有力な市民の子供として、シェイクスピアは当然ここに入学することができたであろう。グラマー・スクールは七歳で入学し、十五、六歳で卒業するというから、今日の小・中学校に相当するが、授業の内容はかならずしも初歩的ではない。グラマー(文法)といっても古典文法の意味で、主としてラテン語、ラテン文学を教えていた。もちろん大学のように専門的な学問や教養を与えることはできなかったとしても、当時の教養人として必要な学問や教養の基礎を授けることはできた。無学で無教養な田舎者が霊感をうけて数々の傑作を書いたという、古くから伝わるシェイクスピア観は、現代ではあまり信用されていない。事実、当時のストラットフォードは、けっして無学者ばかりの田舎町ではなかった。シェイクスピア自身の同郷の知人や友人にも、立派な知識人がいく人か数えられるのである。
シェイクスピアは家業の不振のために中途で学校を退いて肉屋の徒弟になった、という古い言い伝えがある。しかしここでも確かなことはわからない。肉屋といえば父のところだろうと推測する人もある。他人のところにせよ父のところにせよ、市民の子弟が徒弟となるのは当時としては自然のコースだったのだろう。彼が大学へ行った記録はない。学校の先生をしたという伝説もあるが、この時代のことかあるいは二十代のことかわからない。
シェイクスピアの十代の終わり頃、早くも彼の人生にとって重大な事件が起きている。一五八二年十一月、彼はアン・ハサウェイと結婚した。この結婚はさかんな論議を招き、推測や臆説のまとになっている。というのも、この結婚には普通でないと思われる点があるからである。第一に二人の年齢である。シェイクスピアは十八歳、相手のアンは二十六か七。男の年若なのは別にしても、女の方が八、九歳も年上である。第二に二人ともストラットフォードの住人なので普通なら町の教会に結婚の許可が記録されるのだが、二人の結婚の許可は主教の事務所から出されている。これは一種の便法らしく、当事者が結婚を急いだり、秘密をもとめたりするときにとられた手続きらしい。シェイクスピアにも結婚を急ぐ理由はあった。翌年五月には長女のスザンナが生まれているからである。この結婚の記録から、年増女の狡猾な誘惑など、ロマンティックな想像をめぐらすことも可能だが、事実は平凡な結婚だったのかもしれない。長女が生まれてから二年目には双子の男女、ハムネットとジュディスが生まれた。
シェイクスピアに関する次の確かな記録は、一五九二年にあらわれる。大学出の作家ロバート・グリーンがその年の九月に死亡し、その遺稿が出版されたが、その中に明らかに劇場人としてのシェイクスピアをさした非難の言葉がある。その内容はともかく、グリーンの非難は、シェイクスピアが一五九二年の秋にはすでにロンドンの演劇界において、先輩作家のねたみまじりの非難をかうほどのはなばなしい活躍をしていたという証拠になる。しかし、双子の誕生からこの記録までの約七、八年間、──彼の二十一、二歳から二十八歳までの期間──それがまったく空白なのである。その期間彼がどうしていたか、どうして故郷を出たか、どうして役者の仲間に加わったか、なにもわからない。ストラットフォード近くの地主の猟園を荒らしたために故郷をとび出さなくてはならなくなったのだという言い伝えがある。教師だったとの伝説もこの期間のことかもしれない。後年の作品に示される、各方面にわたる広い知識を考え合わせると、だれしもいろいろな推測を加えたくなるだろう。劇場でお客の馬の番人をしたとか、プロンプターから身を起こしたとか、伝説めいたはなしはいろいろあるが、とにかく一五九二年には、シェイクスピアはロンドンの演劇界ではなばなしい成功をおさめていた。
一五九二年といえば、年代的にいって、シェイクスピアは劇作家としてじつに幸運なスタートを切ったといえるだろう。ロンドンの劇壇の八〇年代には大学出のインテリ作家たちが活躍していたのだが、彼らの大部分は、グリーンの例のように、死亡するか第一線をしりぞくかして劇壇から消えていった。そのうえ、一五九二年から三年にかけてペストの大流行があり、ロンドンの劇場は閉鎖され、再開とともに劇団の再編成が行なわれた。劇団は新しい才能、新しい戯曲を求めていたのである。
一五九四年、シェイクスピアは新しく組織された「内大臣一座」の幹部座員として名をつらねている。この劇団はジェイムズ一世の即位(一六〇三年)とともに「国王一座」と名を改め、盛衰のはげしいロンドンの劇団の中で、長い間繁栄した。シェイクスピアは故郷に引退するまでこの劇団の一員だったが、それは劇団にとってもシェイクスピアにとっても幸運なことであった。彼ははじめは役者兼座付作者として活躍したが、のちには主として作家として働いたらしい。『ハムレット』の亡霊や『お気に召すまま』の老僕アダムを演じたというが、役者としてはそれほど優秀ではなかったのかもしれない。すくなくとも劇団にとっては、もちろん作家としてのシェイクスピアの方がどれほど大切だったかは想像できる。一五九六年、一人息子のハムネットがストラットフォードに埋葬された。その翌年には大邸宅を故郷の町に買い入れている。常識的に考えて、シェイクスピアは家族とはなれてロンドンで暮らしていたと推測される。もっともストラットフォードとの連絡は保たれていたであろう。ことに一六〇一年の父の死後は、往来がひんぱんだったらしい。土地の購入や長女の結婚(一六〇七年)、母の葬式(一六〇八年)などには当然ストラットフォードに帰ってきただろう。彼が故郷の町に引退したのは一六一〇年頃、彼の四十六歳頃と推定されるが、その引退は突然のことではなかったように思われる。ロンドンの劇壇は、この頃一つの転機を迎えていた。シェイクスピアはそれを賢明に察知していたのかもしれない。それに、演劇界において彼の地位が確立した三十代のなかばから、早くも彼はストラットフォードへ帰り住む準備をしていたと考えられるふしがある。故郷に引退したシェイクスピアは、町第一の邸宅に住み、町の有数の資産家の一人として、英国人の理想とするカントリー・ジェントルマンの生活を楽しんだらしい。一六一六年四月二十三日の死の約一か月前、多額の遺産の分配と相続とを詳細に指示した遺言状を作成している。
できるかぎり正確な資料にもとづいてシェイクスピアの生涯をたどってみたが、今われわれの心にどのような人間像が浮かんでくるだろうか。正直にいって、おそらくこれだけの材料からまとまったシェイクスピアの人間像を組み立てることはだれにもできまい。時代により、人により、異なったシェイクスピア像が作られてきたのも不思議ではない。しかし、彼の一生が世俗的にもみごとな、成功した一生だったことだけは、すくなくとも言いうるであろう。彼が人生の達人だったかどうかは知らないが、彼が芸術のために人生の俗事をかえりみない詩人ではなかったことは確かのようである。しかも彼の残した作品は、彼がすぐれた詩人であることを立証している。結局、シェイクスピアの中には、大詩人と大俗人とが仲よく同居していたようだ。それが彼の人間としてのなぞでもあり、また彼の芸術のなぞでもあるのかもしれない。
『マクベス』について
『マクベス』はどういう芝居か?
『マクベス』という芝居は一見スリラー劇めいたところがある。初めに恐ろしい犯罪が行なわれ、この犯罪をかくすために犯人はつぎつぎに犯行を重ねるが、次第に追いつめられ、共犯者の妻は発狂して自殺、犯人自身も官憲に捕えられて殺される。このスリラー劇では犯人は初めからわかっているので、犯人捜しのミステリーはないが、怪しげな魔女が出て予言したり、幻の剣が空中に浮かんだり、殺された男の幽霊がのこのこと祝宴の席に現われて犯人を脅かしたり、あるいは火炎の立ち昇る大きな穴が地面に口を開いて、その上に煮えたぎる大釜のかかった物凄い洞窟の中で八人の王の幻影が現われたりする。いや、このような妖怪変化の類にとどまらない。返り血を浴びた犯人が現われたり、かわいい子供とその母親とをむごたらしく刺し殺す場面や正気を失った犯人の妻が夢遊病で真夜中の城内をさまよい歩き、犯した罪をうわ言のようにつぶやく場面もある。妖怪変化に驚かない現代の観客も、これらの場面にはスリルを感じるだろう。こうした良い意味でも悪い意味でもセンセーショナルな要素も犯罪を扱うスリラー劇にはお誂《あつら》え向きの道具立てだし、第一犯人が当然の罪の報いを受け、次第に追いつめられてみじめな最期をとげる筋の運びからして、いかにも大衆に訴えるスリラー劇らしく、この世では善が栄え悪は滅びるという結構な教訓を地で行くものである。
また『マクベス』は一面史劇のようでもある。もちろんシェイクスピアのいわゆる史劇は英国王の歴史を扱ったものをいうので、公式にはこの劇は史劇には入らないが、隣国スコットランドの史実の国王を描いているとすれば史劇に入れてもおかしくない。主人公が英国の王さまかスコットランドの王さまかということより、重要なことは主人公の扱い方だからである。シェイクスピアの(シェイクスピアに限らないかもしれないが)史劇には史劇としての立場がある。彼の史劇は一言でいえば、政治劇である。国家の秩序と混乱を扱った劇である。そして国家の秩序と混乱が主として国王にかかり、国王が政治の中心だった当時にあって、政治劇は勢い君主論にならざるをえない。シェイクスピアの史劇も歴代の英国王の長短を論じた英国君主論である。『マクベス』という芝居にもこういう意味の史劇の一面がある。この劇は政治劇であり、君主論である。この戯曲の中には三人のスコットランドの国王が登場する。ダンカンとマクベスとマルカムである。ダンカンは正統な国王で、仁慈にあふれた名君だが、すでに老齢に達している(史実のダンカン王はそれほど老年でも、また有能でもなかったという。むしろ無能な王とされている)。マクベスは正統な王を殺害して王位に登った暴君である。というよりりっぱで強力な勇者も不正な手段で王位に登れば暴君にならざるをえないというのかもしれない。最後にマルカムがいる。ダンカンの長子として王位に対して正当な権利を持つこの若者は祖国の平和と国民の福祉のために一身を捧げようとしている。三人の中で明らかに彼が理想的な国王である。この理想の国王の即位とスコットランドの平和と秩序の回復への期待のうちにこの劇は終わっている。そのうえこの劇の中には君主の道徳的資格を論じた場面(第四幕第三場)がある。この長い、時によっては退屈な一場はその大半がマルカムとマクダフとの間の会話で占められているが、その会話は君主論に終始している。こう見てくると、『マクベス』は君主の中の暴君を扱った劇であって、同じような非道な国王を扱った『リチャード三世』と同じく史劇であるとも言えよう。
もっとも、考えてみれば、これはなにも『マクベス』に限ったことではなさそうだ。 『タイタス・アンドロニカス』以来のシェイクスピアのすべての悲劇に共通なのかもしれない、もちろん『ロミオとジュリエット』や『オセロ』のように主人公が王さまではない点からでも例外はあるけれども。ただしこの『オセロ』にしてもセンセーショナルな要素を欠いているわけではない。他の悲劇、例えば、『ハムレット』にはスリラー劇的、メロドラマ的一面もあれば、史劇的、政治的な一面もある。あらためて『マクベス』についてそれを指摘するのは、この悲劇にはその傾向が特に強いことにもよるが、同時にこれがこの悲劇の構造に結びついているように思われるからである。「この悲劇の構造」などともったいぶった言い方をしたが、要するに『マクベス』のように悪人を主人公にしているということである。悪人や犯罪人を主人公にした芝居がなぜメロドラマや史劇の型をとるかということはしばらくおいて、それが真の悲劇になりにくい理由はある。悲劇の主人公はわれわれの広い意味での同情や共感をひく人物でなければならないのだが、善人がふとしたあやまちのために不幸に陥るというのであればわれわれの同情をそそりもしようが、悪人が悪事を行なって、その結果不幸に陥ったからとてわれわれの同情を得られないからである。アリストテレスが悪人は悲劇の主人公になれないと言っているのもその理由からである。シェイクスピアがアリストテレスの悲劇理論を信じたかどうかはわからないが、彼の他の悲劇の主人公たちは大体アリストテレスの説に一致する。みなりっぱな人物かどうかは人によって見方があろうが、少なくとも誰一人として悪人はいない。ハムレットにしろ、オセロにしろ、リア王にしても、いろいろの欠陥はあるにしてもけっして悪人ではない。むしろ善い人たちである。われわれがその苦しみに同情し、その不幸を悲しむことのできる人たちである。これに反して、例えば『ハムレット』のクローディアスや『オセロ』のイアーゴや『リア王』の二人の王女やエドマンドなどの悪党にはわれわれは同情を寄せない。むしろ心から彼らを憎み、彼らの破滅を喜ぶ。乱暴な仮定だが、もしイアーゴやエドマンドをそのまま主人公にした芝居を作ったら、どうなるだろうか? われわれが彼らを憎み、最後に彼らの破滅を喜ぶ芝居になるだろう。冷酷な高利貸や意地悪な継母を主人公にしたような安っぽいメロドラマになっても、悲劇にはとうていならない。あるいは初めのうち悪人の主人公に合わせていた焦点をだんだんにその背後の政治や社会に向け、主人公をわれわれの注意から遠ざける方法もあるかもしれない。この場合は悲劇でなくて政治劇、または史劇になる。真の主人公は政治や歴史であって、特定の個人ではなくなる。
『マクベス』は言うまでもなくりっぱな悲劇であるが、悪人を主人公にしたためにメロドラマや史劇の要素が著しく残っているのかもしれない。
マクベスは悪人か?
繰り返して言うが、 『マクベス』は悪人を主人公にした悲劇である。作者は悲劇の主人公になれない、少なくとも主人公になりにくい悪人を主人公にして見事この悲劇を作りあげた。この不思議な手品の種は主人公の扱い方にあるようだ。
この悲劇の主人公マクベスが悪人であることには疑いの余地がないようにみえる。彼は国王殺害の下手人である。王殺しは殺人の中でも最も大それた犯罪である。人も神も自然までもこれを許さない大罪であることはダンカン王殺害の前後に起こった天変地異がこれを語っている。マクベスの犯した罪がどんなに弁護の余地のないものか、またこの罪に対するマクベスの(道徳的)責任がどんなに重いかをシェイクスピアはことさらに強調しているように思われる。それというのは、この戯曲の種本とされているホリンシェッドの『年代記』に記《しる》されたこの部分の史実を戯曲ではことさらに変えているからである。史実としてのダンカン王殺害はマクベス一味──その中にバンクォーも加わっている──による公然たる政治的暗殺であって、マクベス夫妻による秘密の殺害、しかも自分の城の客人の殺害ではない。そのうえ史実ではマクベスに王位に対する正当な権利があり、ダンカン王は長子マルカムを王位継承者と宣言して、マクベスの権利を不当に侵したことになっている。従って史実のマクベスにはダンカンを恨む理由があったが、シェイクスピアのマクベスには王を恨む理由はない。彼には王位に対して正当な権利がないのだからである。彼が国王を殺すのは王に一片の恨みだにあってのことではなく、ただ自分が王になりたいため、まったく自分の非望のためであることは自分で認めている通りである。魔女の予言と夫人の叱《しつ》咤《た》激励とがマクベスの国王殺害の実行を促したことは事実だろう。魔女の正体については後で述べるが、彼らがどんな魔力を持つにせよ、彼らの予言は王の殺害を命じたわけでもなく、直接殺害を示唆しているわけでもない。「いまに王さまになられまするぞ」と言われて、その予言を信じたとしても、それを聞いてすぐさまダンカン殺害を心に思い浮かべたのはあくまでもマクベス自身である。彼の殺意を魔女のせいにすることはできない。夫人の叱咤激励にしても同様である。なるほど王の殺害をいったん思いとどまったマクベスが夫人に励まされて、ついに大事を決行するのだから、夫人ももちろん共犯だが、そのためにマクベスが責任をのがれることはできない。王殺しの罪はあくまでも彼と夫人だけに責任がある。
王殺しの大罪を犯して、その結果王冠をまんまと手に入れたマクベスはさらにバンクォーとマクダフ母子を殺している。彼らを殺さねばならぬ理由はない。バンクォーが彼に反抗したわけではない。バンクォーについては、彼の子孫がやがて王になるという魔女の予言をおそれて、そしてなによりも彼のりっぱな人柄をおそれるあまり、刺客に殺させているのである。さらにマクダフの居城をおそい、罪のない夫人とその子だけでなく係累のこらず殺戮した行為は暴君の鬼畜の所業である。マクベスの罪状は明白である。彼は大それた犯罪人である。
しかしマクベスはその罪状のように恐ろしい悪人だろうか? リチャード三世やイアーゴやエドマンドは初めから悪党である。悪党であることを自分で認めているばかりか、自分の悪党ぶりにむしろ得意である。はなばなしく、むしろ颯《さつ》爽《そう》たる悪党たちである。彼らには悪への抵抗がない。マクベスはちがう。彼は初めからの悪人ではない。彼は自分の中に見いだした悪人に驚き、呆然とする。結局は自分の中の悪に負けるが、頑強に悪に抵抗する。彼の悪人ぶりのまたなんと陰気で、みじめなことだろう。
マクベスは国王のために反乱を平定し、外敵の侵入から祖国を救った英雄として登場する。 「武勇の神の申し子」とも、 「戦の女神ベローナの夫」とも呼ばれたこの勇将の心に恐ろしい悪の誘惑がおそう。皮肉にもめでたい凱旋の途中である。もちろん魔女との出会いと彼らの予言が突然に悪心を起こさせたわけではない。彼の心の中で今まで眠っていた悪がこれによって目覚めたのだ。相手の心にないものを呼び出すことはおそらく魔女にもできないだろう。マクベスにはかねてから王位への野心があった。この野心が魔女の予言をきっかけに急に燃え上がったのだ。まさに魔がさしたと言うべきだ。人間誰もが王になりたがるわけでもなく、ましてそのために王を殺そうなどと考えるわけもないが、しかし誰の心にも多少の悪の芽はあるし、悪への誘惑もある。誰でも「魔がさす」ことはある。マクベスだけに特別なことではない。ただこの時のマクベスの心をおそった誘惑のすさまじさと悪の大きさにはわれわれも思わず息をのむほどである。彼は自分の心に起こった「不《ふ》逞《てい》な誘惑」に「思わず身の毛がよだち、心臓が肋骨にぶっつかるように激しく鼓動する」(第一幕第三場 )。群がる敵軍を前にして平然としていたこの猛将、 「目に見える怖ろしさなど物の数ではない」この勇士が自分の「心に描く怖ろしい」国王暗殺の幻影に気も転倒し、感覚もしびれて呆然として立ちつくす姿は誘惑のすさまじさと同時に彼の善心の強さを示している。例えば、イアーゴやリチャード三世になると、自分の犯す悪事の幻影にこのように悩まされたり、怯《おび》えたりはしない。マクベスはイアーゴやリチャード三世やエドマンドのように根っからの悪人ではない。彼は夫人の言うように「あまり気がやさしくって、人情がありすぎる」。われわれ同様彼は悪人であると同時に善人でもある。
彼の中では善人が悪人と激しく闘っている。それは大事の決行を前にした彼の躊躇にも、また決行後のあの絶望的な自責と悔恨の姿にも表われている。国王を自分の城に迎えるという思いがけない「好機」に恵まれたマクベスは夫人に励まされて王の殺害を決意するが、決行を前にして断念する。王を迎えた祝宴の席を脱け出した彼は長い独白で断念の理由を語っている(第一幕第七場)。それは自分の身の安全という身勝手な理由から始まって、やがて人間社会の掟や神の掟まで引合いに出してくる。このすぐれた独白は彼の内なる善の声である。やがて夫人の激しい叱咤にあってふたたび恐ろしい決意を固める。勇将として誠にだらしない姿である。だらしないと言えば、幻の短剣に導かれて抜き足差し足王の寝所にしのび寄る彼の姿(第二幕第一場)も、王を殺害して引きあげてきた彼の言動(第二幕第二場)も同様である。この後の場はこの戯曲の中だけではなく、シェイクスピアの全戯曲を通じて最も緊張した、密度の高い場面の一つだが、それにしても群がる敵兵のまっただ中へ斬って入り、敵兵の死体の山を築き、血の河を渡った猛将がダンカンの返り血で赤く染まった自分の手を見つめて、「なんて、なさけない!」などと呻き声をあげるのは、それこそまったくなさけなく、こっけいですらある。これは戦場の勇士が実はいかに笑うべき臆病者かを示す皮肉を描いているわけではない。皮肉と言うなら、むしろ、国を守る正義のためならあえて血の河を渡った勇士さえ罪のために流した血にはおののかざるをえないという皮肉だろう。戦場の勇士も一老人のわずかの返り血に目もくらみ、肝をつぶして、罪の恐ろしさに打ちのめされている。このみじめな姿には長い間の夢をかなえた勝利者の面影はない。これはまさしく悪との戦いに敗れたみじめな敗者の姿である。彼の心の中の善が悪に敗れたのだ。マクベスの中の善人がマクベスの中の悪人に敗れたのだ。
こうみてくると、 『マクベス』という悲劇も悪人が主人公ではなくて、善人が主人公であるということになる。 『ハムレット』や『オセロ』や『リア王』と同じように、『マクベス』という劇も善人が悪人に苦しめられて不幸に陥る悲劇である。マクベスの中の善人がマクベスの中の悪人に苦しめられて不幸に陥るのである。読者や観客がこの犯罪者に惹《ひ》きつけられ、彼に一種の共感を感じるのもこの主人公の中の善人の運命に対してであって、彼の悪人ぶりのせいではない。またこの悲劇には他の悲劇のように善玉と悪玉とが別々にいるのではなくて、主人公のマクベスが善玉と悪玉とをいわば兼ねている。従って悲劇の核心となる善と悪の対立、葛藤も、もっぱらマクベス一人の中で行なわれ、ある程度マクベス個人の心のあり方の問題なので、勢いその見せ場はマクベスの独り芝居になっているところが多い。ダンカン殺しの前後の場面やバンクォーの亡霊を相手に逆上する場面など文字通りマクベスの独り芝居である。彼が次第に追いつめられ、閉じこめられる経過を見ても、他人に追いつめられ閉じこめられるというより、むしろ自分で自分に追いつめられ、自分で自分を閉じこめるのだ。この芝居でマクベス夫妻以外の登場人物の影がうすいのも、この芝居が本質的にマクベスの独り芝居であるためだろう。
それにしても悪がこれほど強力で、猛威を振う悲劇はシェイクスピアにも他に例がない。この悲劇の世界では悪はあらゆるものを圧倒し、恐ろしい病気のように──この戯曲には病気にかんするイメージが多いが──拡がって人の心を冒す。心の正しい人までも不信や疑惑の念に悩まされる。英国の宮廷にのがれたマルカムまでがスコットランドからはるばる訪れたマクダフの誠意を疑い、心にもない嘘を言うのも悪の病がどれほど広くまた深く人々の心を冒したかを語っている(この場で人の病気を治す力を神から授かっている聖者のような英国王エドワードのことが話題になっているのは意味が深い)。誠実や信頼や栄誉や忠誠の念──人間的な美徳は人々の心から失われる。悪の最大の加害者であり被害者であるマクベス夫妻から人間性がつぎつぎに失われてゆくことは当然である。夫人のほうはやがて正気を奪われ、マクベスのほうは人生の「黄ばんだ枯れ葉の季節」を迎えても、「名誉とか思いやりとか従順とか、さては大勢の友だちともてんで縁がない」境遇になり、最初の犯罪にあれほどこわがった彼が今は「こわい味などもうおおかた忘れて」しまったばかりか、愛する妻の死にも心が動かされず、「日の光り」さえ「いやになってきた 」。恐ろしい人間精神の荒廃の風景である。悪によってもたらされた人間性のいたましい崩壊の姿である。マクベスにとって人生はまったく意味を失い、杙《くい》につながれた熊のようにただがむしゃらに暴れ狂う力しか残されていない。
魔女とは何か?
『マクベス』は人間における悪の問題を扱った戯曲である。人間の悪とは何か? 人間が悪に陥るとはどういうことか? またなぜ人間は悪に陥るのか? こういう問題をこの悲劇は扱っている。これは旧約聖書のアダムとイヴの神話の主題である。食べることを神に禁じられた木の実を食べて楽園を追われたアダムとイヴはさしずめマクベスとその夫人であり、二人を誘惑したへびは魔女ということになる。聖書では初めにイヴが食べてアダムに勧めたと書いてあるが、マクベス夫人も大事を前に尻ごみする夫を激励している。もちろん『マクベス』という戯曲がアダムとイヴの神話をそのまま劇化したものというわけではない。おそらくキリスト教で人間の罪の問題を考えるとアダムとイヴのパターンになるということだろう。誘惑があって、罪が犯され、楽園(恩寵、幸福)が失われるというパターンである。
誘惑によって罪を犯した場合、その罪の道徳的な責任は誘惑された側にあることはマクベスについて述べた通りである。われわれ人間にはいろいろの欲望があり、その欲望に対して誘惑が行なわれるからである。またその欲望を実行に移すのはわれわれ自身の意志だからである。しかし誘惑そのものはどうして起こるのか? われわれの胸にふとしのび寄る誘惑はどうして、どこから来るのか? これは神学や形而上学の問題だろうが、まことに不可解でもある。聖書ではへびを誘惑者に仕立て、『マクベス』では誘惑者の役割を魔女に当てている。この戯曲に登場する魔女の正体があいまいで、不可解であると言われているが、彼らの誘惑者としての役割そのものが実はあいまいで、不可解なためだろう。
魔女は本来キリスト教とは直接関係はないらしいが、当時のヨーロッパでは広く信じられていた。とくに英国やスコットランドではずっと後までも民間信仰としてつづいている。シェイクスピア自身がこれを信じたかどうかは別にして、彼の観客の大部分がその実在を疑わなかったことは確実だろう。スコットランド出身のジェイムズ一世は魔女にかんする本を出版し、一六〇四年には魔女を厳しく処罰する新しい法令がジェイムズ一世治下の英国で出されている。ただ民間で信じられている魔女は人間に災害をもたらす不思議な魔力を持つ老婆で、あくまで人間であるが、『マクベス』に出てくる魔女は一面人間を超えた存在のようでもある。どこか気味がわるいというだけの、うす汚い百姓婆さんのようでもあるが、同時にこうした当時の民衆に親しい普通の魔女以上の恐ろしい力を持つもののようにも描かれている。作者自身彼らを「魔女」(ウイッチ)と呼ばずに、ことさら「三人の魔の女たち」と呼んでいるのは、この戯曲の種本の呼び方に従ったとはいえ、彼らがただの魔女ではないことを作者は示したかったのかもしれない。観客に受け入れやすい魔女の姿をかりて、しかもこれに「この世のものとはとうてい思えぬ」ような印象を与えたかったのかもしれない。それを見て観客が恐《こわ》がるかどうかは別にして、彼らに会ったマクベスやバンクォーが驚き惑わねばならないのだから。作者としては魔女の正体をはっきり現わせないし、現わしてはならぬのだ。「よいことはわるいこと、わるいことはよいこと」という彼らの唱《とな》えるパラドックスはこの戯曲の主人公マクベスの心のパラドックスでもあるが、彼ら自身の存在のパラドックスでもあるわけだ。
この芝居に登場する妖怪変化の類は魔女だけではない。殺されたばかりのバンクォーの幽霊、マクベスをダンカンの寝所に導いた幻の剣、洞窟内に煮えたぎる地獄の釜、怪しい幻影が浮かび上がり、ジェイムズ一世の先祖であるスチュアート家代々の王の行列、こういう超自然の現象はシェイクスピアの他の戯曲にも現われるが、この戯曲では特に著しい。人間界、自然界および超自然界という三つの世界の間には密接なつながりがあるという昔ながらの考え方にもとづくものだろう。人間界の変事は天変地異をともなう。ダンカンが殺害された夜は大風が起こり煙突が吹き倒れ、空中で泣き声がして、大地がおこりにかかったように震えたとレノックスは語っている。その翌日は太陽も姿を見せず、動物界にも数々の異変が起きたという。人間界の出来事といえども自然界や超自然界と無関係ではない、いやむしろ無関係には起こりえないものである。例えば、人間の行なう悪事には超自然の悪の世界(悪魔の世界)とのつながりが認められる。マクベス夫人は悪霊に呼びかけ、心の正しいバンクォーまで悪夢に苦しめられる。人間の世界でこのような悪事が行なわれるとき、悪の世界の霊どもがわがもの顔で跳《ちよう》梁《りよう》するのも不思議ではない。また逆に彼らがこのように跳梁するところ、空気はにごり、恐ろしい稲妻がひらめき、雷鳴がとどろくこの地上で人間が悪事を働くのも不思議ではないと言えるかもしれない。人間の力ではとうてい抗しきれないような、目に見えない悪の力がここでは猛威をふるっているような印象をわれわれはこの戯曲から受ける。魔女や幽霊やマクベスを襲う奇怪な幻影などが主としてこの印象を作り出している。彼らは悪の力を表わす道具立てである。
なるほどこれらの道具立ては今日では古くさくなったかもしれない。もはやわれわれは魔女も幽霊もその他もろもろの怪異の類も、その実在を信じないからである。天変地異にしても、人間界の変事の前兆や祟りとして受け取ることは、われわれの慣習にはもはやなくなってしまった。しかし魔女や幽霊がわれわれの間から姿を消しても、悪そのものがこの世から消えてしまったわけではない。道具立ては変わっても、悪は依然としてこの世に存在しつづける。『マクベス』という戯曲の意味は今日でもなくなっていない。
シェイクスピア事典
──シェイクスピアの劇団──
一五七二年といえばシェイクスピアが八歳のときである。俳優は男爵以上の貴族の庇《ひ》護《ご》を受けなくてはならない、という厳しい法令が発布された。常設劇場での上演という、近代的な興行形態の確立していなかったその頃には、俳優はわずか数名の小さな劇団を組んで所々方々を渡り歩いていたわけであり、彼らは日本の「河原乞食」と同じく浮浪者とみなされていたのであるが、それが一種の社会問題化し、ヘンリー八世の頃からしばしば取締令が出されていた。一五七二年の法令は、裏返しに言えば、それまでも芝居好きな貴族や有力者が俳優を庇護する慣習があったことを物語っているが、とにかくこの厳重な法令によって、俳優はさらに厳しい規制を受けることになる。と同時に、この法令は、近代的な劇団の組織を推進することに役立った。地方を浮浪していた群小劇団は次第にその姿を消し、劇団の数も制限され、ロンドンにおける演劇の定着度はいちじるしく高められたと考えられる。事実、この法令が発布されてから四年後には、イギリス最初の劇場がロンドンの北郊に建設された。
この間の事情は当時の戯曲にもあらわれている。一五六〇年代から七〇年代にかけて出版された戯曲の多くには、その最初に「配役表」がつけられており、一人の俳優が二役以上を兼ねることによって、数名の俳優だけでその戯曲を上演できることが示されているが、八〇年以後に刊行された戯曲にはその「配役表」がほとんど見られなくなる。この事実は、一五七〇年代の後半を境に、当時の劇団の規模が急激に膨張したことを物語るものであろう。そして戯曲の内容もまた、劇団の規模の膨張に伴って、中世的なアレゴリカルな筋立てから、錯綜した筋をもつロマンスへと脱皮している。シェイクスピアはたしかに稀有の才能をもった劇作家ではあったが、一方では、その才能を完全に生かしきるだけの土壌がこのように着々と準備されていたわけである。
シェイクスピアは、おそらく二十代のはじめ、一五八〇年代の後半にロンドンに出て演劇界に身を投じたと推察されるが、その経路はまったく不明である。ロンドンの劇場の木戸口で馬番をしていたという古い言い伝えがあるが、たんなる伝説の域を出るものではない。一五九二年の秋になると、彼は、伝記の項でもふれたように、先輩作家の妬みをかうほどの颯《さつ》爽《そう》たる姿をロンドンの劇壇に見せはじめるのだが、この時点でもまだ彼と劇団との関係は判然としない。
この一五九二年という年は、当時の演劇界にとって重大な年であった。ペストの大流行がはじまったのである。医学も未発達で、完全な防疫体制のととのっていなかった当時にあっては、多数の観客を集める劇場はまさに屈強な疫病の感染源であった。ロンドンの劇場は閉鎖され、劇団は地方巡業に難を避けることになる。ペストは翌九三年にも猛威をふるい、九四年に入ってようやく終《しゆう》熄《そく》した。この間に受けた劇団の経済的打撃は甚大であった。ようやくできかかっていた近代的な劇団組織は、さらに根本的な修正を余儀なくされる。弱小劇団は整理統合され、一五九四年に劇場が再開されるとともに、ロンドンの劇壇は、内大臣ハンズドン卿ヘンリー・ケアリーをパトロンにいただく「内大臣一座」と、海軍卿ノッティンガム伯爵チャールズ・ハワードを庇護者とする「海軍卿一座」との、二大劇団の対立時代を迎える。一五九四年のクリスマスに内大臣一座は宮廷に出演しているが、そのときの出演料の記録に、一座の代表として三人の名前があげられており、その中の一人にシェイクスピアが含まれていた。三十歳のシェイクスピアは、内大臣一座の幹部座員として、ようやくわれわれの前にその明確な姿を現わすことになる。
海軍卿一座は、悲劇の名優エドワード・アリンを中心に、金融業を兼ねた興行師フィリップ・ヘンズロウ(アリンはヘンズロウの女婿にあたる)が一座を指揮し、作品の執筆も外部の劇作家に委嘱するという方式をとっていた。(ちなみにこのヘンズロウの手控えが現在も残っており、 『ヘンズロウの日記』として当時の演劇事情を知るための欠かせない材料を提供している。たとえば『日記』によれば、一五九四年から九七年までの四年間に、海軍卿一座で上演された戯曲の数は五五編、延べ七二八回の興行で、いわゆるレパートリ方式をとっていた。この数は、当時の上演状況を知るうえで一つの参考になるであろう)。一方シェイクスピアの属する内大臣一座は、劇団の株主である幹部座員の合議によって運営され、利益も彼らの間で配分されるという合理的な方式をとっていた。一五九四年のこの劇団の株主は、シェイクスピアを含めて八人だったと推定される。(もちろん劇団の規模は、端役や少年や助手、裏方を含めて、二十名を上回っていたと思われる )。シェイクスピアがこの時点で一座の幹部座員として言及されているという事実は、俳優としてはともかく、座付き作家としての彼のすぐれた実績を物語るものであろう。シェイクスピアは、最も責任のある、重要な幹部座員だったに相違ない。『ロミオとジュリエット』や『真夏の夜の夢』のような傑作がつぎつぎにこの劇団のために執筆された。一五九九年には内大臣一座の新しい劇場「地球座」が開場する。この間紆余曲折があったとはいえ、一応順風満帆の発展ぶりである。その発展の最大の原因としては、もちろんシェイクスピアという天才的な劇作家を擁していた事実があげられるが、一方シェイクスピアにとっても、このような合理的経営方式による前途ある劇団に所属して、存分に創作の才をふるうことができたのは幸運であった。加えてこの劇団には、幹部座員として、悲劇のリチャード・バーベッジ、喜劇のウィリアム・ケンプ(通称ウィル・ケンプ)のような名優がそろっていた。
バーベッジは、イギリス最初の劇場を建てたジェイムズ・バーベッジの次男である。年はシェイクスピアより三、四歳年少であった。シェイクスピアのリチャード三世やハムレット、オセロやリア王などは、このバーベッジという名優を得てこそはじめてみごとな成功を収めたわけでもあった。一方、座付き作家シェイクスピアとしては、この立役者をうまく生かすことができるような性格描写を、ある程度心がけなくてはならなかったとも考えられる。たとえば『ハムレット』の大詰、試合の場で、王妃ガートルードがハムレットを'fat' と言っているが、この問題の語も、じつはバーベッジの肉体的特徴を示しているのだという解釈がある。この解釈については疑問もあるが、とにかくバーベッジは、その肖像からも推察されるとおり、身長はあまり高くなく、肥っていたらしいのである。それよりも重要な点は、シェイクスピアの芸術の発展、とくに戯曲の性格の深化・発展が彼の劇団の俳優の演技の発展と無関係ではなかったことである。ロミオからハムレットへの性格の発展はおそらくバーベッジの演技力の進歩に裏づけされている。
当時の評判などから判断しても、バーベッジはおそらく協調性のあるおだやかな人柄だったに相違ない。画家としても一家をなしていたと言われる。これに反して喜劇のケンプは、大向うをねらった場当り的即興を、他の役者の迷惑も考えずに平気にさしはさんだ、という風がある。『真夏の夜の夢』のボトムをケンプが演じたのだとすれば、そこに彼の人柄との相似がみとめられないこともない。彼は一五九九年には内大臣一座を去ったと推察されているが、その原因としてシェイクスピアとの不和説を唱えるひともいる。『ハムレット』第三幕第二場、役者への訓誡の中の「それから道化役だがね、書いてあるせりふ以外はしゃべらせないようにしてくれ。……その間大事な芝居の筋のほうはまるでそっちのけだ。実際あきれた奴らだよ。こういうことをして得意になっているのは道化役としてはじつになさけないよ」という文句は、ケンプを念頭においていたのかもしれない。ケンプのような、大向うをねらった騒々しい役者は、(これは海軍卿一座の悲劇のアリンについても言えることであるが )、中世的な、古いタイプに属する。演技の面でも、演劇界の風潮は、徐々に新しい脱皮をとげていたわけであった。
ケンプが去ってからの内大臣一座の道化役は、ロバート・アーミンによって占められた。タッチストン( 『お気に召すまま 』)やフェステ( 『十二夜 』 )、 『リア王』の道化など、シェイクスピアの描く道化役に渋さと深みが加わってきているのは、もちろんシェイクスピア自身の円熟によるものであるが、同時にまた、新しい道化役アーミンの演技力も、その大きな理由の一つとして数えなくてはならないであろう。シェイクスピアは常に一座の顔ぶれを念頭において創作の筆を走らせていたはずである。彼を芝居づくりの巧みな内大臣一座の座付き作家としてのみ位置づけることは、もちろん誤りであろう。それでは、この巨人を無理に矮小化し、彼の描く宏大な世界の魅力の中核を見失う結果となる。しかし一方では、彼と劇団との関係を丹念にたどりながら、劇作家としてのシェイクスピア像をたえず引きしめていくことも、また必要なことではあるまいか。
当時の劇団が内大臣や海軍卿のような貴顕をパトロンとしていたのは、先にもふれたように、その使用人としての身分を獲得することによって浮浪者取締令による処分をまぬかれようという、いわば一つの方便であったが、一方貴族の側にとっても、俳優を召しかかえることは一種の社会的体面を維持するために役立ったであろう。したがって両者の結びつきはかなり便宜的なものであり、劇団の方は財政的な恩恵をほとんど受けていなかったと考えられる。しかし宮廷に召されて奉仕するときは、前述の例のように、出演料が下賜された。エリザベス女王自身ことのほか芝居を愛好し、内大臣一座もしばしば宮中に召されているが、女王の後継者であるジェイムズ一世も彼女に劣らぬ芝居好きであった。海軍卿一座を抑え当時のロンドンの劇壇を独走する観のあった内大臣一座は、その即位後二月ほどで、直接国王をパトロンにいただくという栄誉を加えることになる。一六〇三年五月、シェイクスピアの劇団は「国王一座」と改称された。このときの株主はシェイクスピアを含めて十二名である。シェイクスピアは三十九歳になっていた。
宮廷と劇団とのこのような密接な関係は、当時の演劇のもつもう一つの重要な面を物語るであろう。エリザベス朝における演劇の隆盛は世界演劇史上まれにみるものであり、そのような隆盛を支えていたのが民衆の演劇熱であることは論をまたないところであるが、しかし一方において、演劇を排撃しようとする大きな勢力のあったこともぜひ心得ておきたい。それは、徐々に力を得てきたピューリタンによる、道徳的見地からの執拗な演劇攻撃である。演劇の描く世界が、彼らの目から見て、背徳的であるということだけではない。劇場自体が、喧嘩口論、犯罪、淫乱の巣窟であるとみなされていた。日曜日、教会の鐘は鳴り響いても、人々は競って悪の巣窟の劇場へとおもむく。前述のバーベッジが亡くなったのは一六一九年のことであったが、その数週間前に王妃が亡くなっていた。しかし、王妃に対してよりもバーベッジの死を悼む声の方が高く、ピューリタンはいたく憤慨したという挿話がある。ピューリタンのいらだちは直接ロンドン市当局に反映し、市当局は演劇排撃の態度を強めていく。一方劇団側は、演劇の理解者である宮廷に頼ることになる。エリザベス朝演劇の隆盛は、じつは、ピューリタン的色彩の濃厚なロンドン市当局と、演劇の庇護者をもって任じる宮廷との、奇跡的なバランスの上に成立していたのであるが、たとえばこの『マクベス』の上演についても、宮廷との密接なつながりが推察される。
ジェイムズ一世はスコットランドの王家の出であり、バンクォーの子孫というわけであった。したがって、スコットランド王家に対する反逆者マクベスが倒されるというプロットはもちろん、バンクォーの子孫が王位に即くという魔女の予言自体、新しい英国王ジェイムズ一世への讃美に連なる。第四幕第三場にいささかならず唐突にあらわれる「王の病」のくだりも、宮廷での上演を意図した結果であろう。『マクベス』は一般に一六〇六年の作とされているが、それ以前に書かれた作品の改作と考えられないことはない。しかし、そのような事情はともかく、現存する『マクベス』という作品に関して言えば、それがパトロンのジェイムズ一世をすくなからず意識して書かれたであろうことは疑いないのであって、ここでの劇団の姿勢は確実に宮廷に向かって傾斜している。
このことはつづいて観客について書くときくわしくふれる予定であるが、ジェイムズ一世の即位の頃から、当時の観客の嗜好に徐々に分離の傾向がみえてくる。その傾向を、宮廷的なハイ・ブラウな嗜好と、民衆的なロウ・ブラウの嗜好との間の分離、という風に図式化することもできようか。つまり、十六世紀末の約二十年、エリザベス朝演劇の興隆時にみられる観客の一体感が、演劇自体爛熟の度合いを強めていくにしたがって、徐々に分裂していく傾向があらわれてきたのである。作品のうえから言えば、繊細で巧緻な題材が好まれるという趨勢がみられた。これまでも、地球座のような大衆劇場とは別に、プライヴェイト・シアターと呼ばれる室内劇場がロンドン市内にあって、少年劇団の劇場として親しまれてきており、いくらか程度の高い観客層をつかんでいたのであるが、国王一座も、一六〇八年、プライヴェイト・シアターの一つ「黒僧座」を購入して、新しい観客の嗜好に備えることになる。この高級室内劇場は、入場料も大衆劇場の数倍の高額であり、主として上流階級の観客を予想していた。シェイクスピアは四十四歳になっていた。
たとえば晩年のロマンス劇にみられるようなシェイクスピアの作風の変化は、一面、このような新しい事態に対応するためのものであった、という説がある。国王一座には、ボーモント、フレッチャーという、新しい観客層の嗜好をいち早く見抜いた作家が加わっていた。シェイクスピアの引退は、そのような状況のもので賢明に準備されていたと見られぬこともない。
シェイクスピアは、前述の一五九四年からその引退まで、一貫して「内大臣一座─国王一座」に所属し、その最も重要な幹部座員であった。彼の作品は、一五九四年以降、すべてこの一座のために執筆され、他の劇団のために作品が提供されたことはけっしてなかった。一つの特定の劇団と作家とのこれほど密接な関係は、当時ほかにみられないことであった。彼の死後一六二三年に、彼の最初の戯曲全集を編集したのも、彼の劇団の二人の僚友である。シェイクスピアは完全に座付き作家として終始したのであり、それは、前にもふれたように、彼にとってまことに幸運なことであったが、こうして彼と劇団の関係をたどってみるとき、じつはそのあまりにもみごとな連《れん》繋《けい》に、むしろ反撥さえ覚えるときがある。
シェイクスピアが故郷に引退してほどない一六一三年、そのゆかりの劇場地球座が、彼とおそらくは他の劇作家との合作『ヘンリー八世』の上演中に、火を発して焼失した。シェイクスピア四十九歳、その死の三年前のことであるが、それは一つの象徴的な出来事だったというべきであろう。
シェイクスピア名言集
──『マクベス』より──
目に見える怖ろしさなど
心に描く怖ろしさにくらべればものの数ではない。
(第一幕 第三場 )
えい、どうともなれだ、
どんな大嵐でも、いつかやむ時はあるわい。
(第一幕 第三場 )
人の容貌からは
その心を見抜くすべはないものだのう。
(第一幕 第四場 )
手にも、口先にも、歓迎の色を浮べ、うわべは無心の野の花と見せかけて、
花蔭にひそむ毒蛇になることですわ。
(第一幕 第五場 )
心の嘘《うそ》は嘘の笑顔でごまかさんけりゃな。
(第一幕 第七場)
天も節約を守るのだな、あかり(星)をぜんぶ消しおる。
(第二幕 第一場 )
「もう眠れんぞ! マクベスは眠りを殺しちまった」って。
──ああ、あの無心の眠り、
悩みの糸のもつれをときほごしてくれる眠り、
日々の生命の終り、苦しい仕事のなぐさめ、
心の傷のくすり、大自然の豪華な食卓、
生命の饗宴の第一の美味──
(第二幕 第二場 )
ネプチューン(海の神)の大海の水を全部そそいだら、この血が
手からきれいに落ちるだろうか? 落ちるもんか。かえって
はてしも知らぬ世界の海が血に染まり、
青い大海原が、たちまち朱《あけ》一色に変るだろう。
(第二幕 第二場)
いっそ一時間前に死んでいたら、おれも
幸福な一生だったのに。今この瞬間から
もう人生に大切なものなどひとつもない。
みな下らんものばかり。誉れも徳もこの世から消えてしまった。
生命の酒は汲《く》みほされ、残っているのはおりばかり、
この暗い蔵の中には。
(第二幕 第三場 )
ここでは
微笑《ほほえみ》の中に短剣がひそむ。血のつながりの近いやつほど、
平気で血を流しますからね。
(第二幕 第三場 )
天も人間どものふるまいにお悩みになったのか、あんな
険悪な形相で、血なまぐさい地上をにらんでおられる。
(第二幕 第四場 )
おれはおれの心の平和を得ようとして、
かえってあいつを平和の境へ送ってしまった。
(第三幕 第二場 )
ダンカンはいま墓の中、
人生の熱病の苦しみをのがれて、安らかに眠っている。
荒れくるう反逆の嵐《あらし》も過ぎてしまった。刃も、毒薬も、
国民の恨みも、敵国の侵略も、もうなにひとつあいつを
おびやかすことはできん。
(第三幕 第二場 )
ああ、おれの胸の中にはさそりがうじゃうじゃ這《は》い廻っている。
(第三幕 第二場)
──さあ来い、暗い夜、
憐《あわ》れみ深い昼のやさしい目をつつんでしまえ、そうして
おまえの残忍な見えない手で、おれをおびやかす
あいつの生命の証文をとりけしてくれ
ずたずたにひきさいてくれ。
(第三幕 第二場 )
それがまた身動きのできぬ小屋にとじ込められ、
疑惑と恐怖にしつこく責め立てられねばならぬのか。
(第三幕 第四場 )
これまでに血が流されてきた、ずっと大昔から
まだ人を導く掟《おきて》が世の乱れを正して、人の心をやわらげる以前からだ。
いや、それから後にも、聞けば震えあがるような
人殺しが行なわれてきた。だが、これまでは
脳天をぶち割れば、死んじまって、
それでおしまいだった。ところが今では頭に
二十も深傷《ふかで》を負いながら、またのこのこ出て来て、
人を椅《い》子《す》からおしのけたりする。
(第三幕 第四場)
わしの利益のためには、なにもかも道をゆずるのだ。血の河を
この深みにまでふみこんだからには、いまさら引返すのも
面倒だ、思いきって渡ってしまおう。
(第三幕 第四場 )
まだ血の臭《にお》いがする。アラビア中の香料をみんな
ふりかけてもこの小さな手の臭いは消えやしない。ああ! ああ! ああ!
(第五幕 第一場 )
今となっては王の称号も
まるで小人が巨人の服を着たように、むやみに大きすぎて、
だぶつくばかり。
(第五幕 第二場 )
おれももういいかげん長生きした。おれの人生も、もう黄ばんだ枯れ葉の季節。
そのうえ、老年にはつきものの、名誉とか思いやりとか従順とか、さては大勢の友だちとも
てんで縁がないときている。
(第五幕 第三場 )
明日《あした》、明日、その明日と、
時はとぼとぼ、一日一日、足をひきずってゆく、
人間の歴史の最後のページにたどりつくまで。
そして昨日という日はみな阿《あ》呆《ほう》な人間どもの
墓場へ行く道を照してきた。消えろ、消えろ、短いろうそく!
人間なんてうろちょろする影法師、あわれな役者だ、
自分の出番だけ舞台に出て、どたばたやるが、
それっきり消えてしまう。人生はうす馬鹿のたわごとさ、
むやみに泣いたりわめくだけで
まるっきり無意味だ。
(第五幕 第五場 )
もう逃げも隠れもできんぞ。
ああ、日の光りがいやになってきた。
宇宙の秩序もめちゃめちゃになってしまえ。
大鐘を打ち鳴らせ! 風よ、吹きまくれ! 破滅よ、来い!
せめて、鎧《よろい》をつけて死ぬぞ。
(第五幕 第五場)
年 譜
一五五七年
父ジョン・シェイクスピア、メアリ・アーデンと結婚、イギリス中部ウォリックシア州ストラットフォードに住む。
一五五八年
エリザベス女王即位。
ジョンの長女ジョウン誕生(九月十五日受洗、乳児のうちに死亡)。
ジョン、市の保安官に選ばれる(翌年も再選)。
一五六一年
ジョン、市の収入役に任じられる(二期勤める)。
一五六二年
ジョンの次女マーガレット誕生(十二月二日受洗、 翌年死亡)。
一五六四年
ジョンの長男ウィリアム・シェイクスピア誕生(四月二十六日受洗)。
一五六五年
一歳
ジョン、市の参事会員に選ばれる。
一五六六年
二歳
ジョンの次男ギルバート誕生(十月十三日受洗 )。
一五六八年
四歳
ジョン、市長に選ばれる。
一五六九年
五歳
ジョンの三女ジョウン誕生(四月十五日受洗、長女の夭《よう》折《せつ》のため同名を与えたらしい)。
一五七一年
七歳
ジョン、市の参事会長、市長代理に選ばれる。ジョンの四女アン誕生(九月二十八日受洗)。
一五七四年
一〇歳
ジョンの三男リチャード誕生(三月十一日受洗)。
一五七六年
一二歳
ジョン、紋章の許可願いを申請。
イギリス最初の常設劇場がロンドン郊外に開設。
一五七八年
一四歳
ジョン、家を担保にして四十ポンドを借りる(十一月十四日)。
一五七九年
一五歳
ジョン、妻の財産を処分。
アン死亡(四月四日埋葬)。
一五八〇年
一六歳
ジョンの四男エドマンド誕生(五月三日受洗)。
一五八二年
一八歳
ウィリアム・シェイクスピアとアン・ハサウェイとの結婚(十一月二十七日結婚許可証発行)。
一五八三年
一九歳
長女スザンナ誕生(五月二十六日受洗)。
一五八五年
二一歳
双生児ハムネット(男)とジュディス(女)誕生(二月二日受洗)。
一五八七年
二三歳
このころロンドンに出る(?)。
一五八八年
二四歳
イギリス、スペインの無敵艦隊を破る(七月二十八日)。
一五九二年
二八歳
作家ロバート・グリーン死亡(九月三日)。
この年の後半および翌年にかけて疫病のためロンドンの劇場が閉鎖される。
一五九三年
二九歳
作家クリストファー・マーロウ刺殺される(五月三十日)。
一五九四年
三〇歳
「内大臣一座」の幹部座員となる。
一五九六年
三二歳
長男ハムネット死亡(八月十一日埋葬)。
ジョン、紋章の使用を許される(十月二十日)。
一五九七年
三三歳
ストラットフォード第一の邸宅を六十ポンドで買い入れる。
一五九九年
三五歳
「内大臣一座」の本拠「地球座」開場、シェイクスピアは共同劇場主の一人となる。
一六〇一年
三七歳
エセックス伯、ロンドンで反乱を起こし(二月八日)死刑に処せられる(二月十四日)。
一六〇二年
三八歳
ストラットフォード近郊に三百二十ポンドで、百七エーカーの土地を買う。
一六〇三年
三九歳
エリザベス女王逝去(三月二十四日)。
ジェイムズ一世即位。
シェイクスピアの一座は「国王一座」と改名(五月十九日 )。疫病のためロンドンの劇場はほとんど一か年にわたり閉鎖。
一六〇五年
四一歳
ストラットフォードおよびその付近の土地の権利を四百四十ポンドで買う。
一六〇七年
四三歳
長女スザンナ、医師ジョン・ホールと結婚(六月五日 )。弟エドマンド、ロンドンで死亡。
一六〇八年
四四歳
スザンナの娘エリザベス誕生(二月二十一日受洗)。
母メアリ死亡(九月九日埋葬)。
一六〇九年
四五歳
シェイクスピアの一座、室内劇場「ブラック・フライアーズ座」を買収。 「地球座」とともに二つの劇場をもつことになる。
一六一〇年
四六歳
このころ故郷に引退(?)。
一六一二年
四八歳
弟ギルバート死亡。
一六一三年
四九歳
ロンドンに百四十ポンドで家を買う。
『ヘンリー八世』の上演中、 「地球座」火事で焼失(六月二十九日)。
弟リチャード死亡。
一六一六年
五二歳
次女ジュディス、ストラットフォードのトマス・クイニーと結婚(二月十日)。
遺言書を作成(三月二十五日)。
シェイクスピア死亡(四月二十三日 )、埋葬(同二十六日)。
一六二三年
妻アン死亡(八月六日埋葬)。
最初のシェイクスピア戯曲全集(第一《フアースト》フォリオと通称)が出版される。
創作年表
(創作年代はE・K・チェインバーズの推定による。戯曲の場合、年代が二年にまたがるのは、翌年の初夏にいたる芝居の一シーズンを基準にしているからである)
一五九〇─九一年 『ヘンリー六世・第二部』 『ヘンリー六世・第三部』
一五九一─九二年 『ヘンリー六世・第一部』
一五九二年 『ヴィーナスとアドーニス』 (詩 )
一五九二─九三年 『リチャード三世』 『間違いの喜劇』
一五九三─九四年 『タイタス・アンドロニカス』 『じゃじゃ馬ならし』
一五九三─九六年 『ソネット詩集』 (大部分)
一五九四年 『ルクリース』 (詩)
一五九四─九五年 『ヴェローナの二紳士』 『恋の骨折損』 『ロミオとジュリエット』
一五九五─九六年 『リチャード二世』 『真夏の夜の夢』
一五九六─九七年 『ジョン王』 『ヴェニスの商人』
一五九七─九八年 『ヘンリー四世・第一部』 『ヘンリー四世・第二部』
一五九八─九九年 『むだ騒ぎ』 『ヘンリー五世』
一五九九─一六〇〇年 『ジュリアス・シーザー』 『お気に召すまま』 『十二夜』
一六〇〇─〇一年 『ハムレット』 『ウィンザーの陽気な女房たち』
一六〇一─〇二年 『トロイラスとクレシダ』
一六〇二─〇三年 『終りよければすべてよし』
一六〇四─〇五年 『以尺報尺』 『オセロ』
一六〇五─〇六年 『リア王』 『マクベス』
一六〇六─〇七年 『アントニーとクレオパトラ』
一六〇七─〇八年 『コリオレーナス』 『アセンズのタイモン』
一六〇八─〇九年 『ペリクリーズ』
一六〇九─一〇年 『シンベリン』
一六一〇─一一年 『冬の夜ばなし』
一六一一─一二年 『あらし』
一六一二─一三年 『ヘンリー八世』
マクベス
シェイクスピア
三《み》神《かみ》 勲《いさお》=訳
-------------------------------------------------------------------------------
平成13年5月11日 発行
発行者 角川歴彦
発行所 株式会社 角川書店
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
shoseki@kadokawa.co.jp
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川文庫『マクベス』昭和43年10月19日初版発行
平成8年12月25日改版初版発行