ソドム百二十日
マルキ・ド・サド/澁澤龍彦(訳)
目 次
ソドム百二十日
ゾロエと二人の侍女
あるいは三美人の数十日間の生活
あとがき
[#改ページ]
ソドム百二十日
ルイ十四世の治下に続けることを余儀なくされた数々の大戦争は、国家の財政と国民の資力とを甚《はなはだ》しく疲弊せしめはしたものの、世の災害に乗じて一儲《ひともう》けしてやろうと待ち構えている、あの蛭《ひる》のような人物たちの、私腹を肥《こ》えしめるというふしぎな結果を生じた。こういう人物は、世の災害を鎮めようとするどころか、逆にこれを煽《あお》り立てて、そこから多大の利益をむさぼり取ろうとさえするのである。それでもこの崇高な治世の末期は、フランス王政の各時代を通じて、おそらく最も金持ちがひそかに富み栄え、表立たない奢侈放埒《しやしほうらつ》が幅をきかせた時代であった。作者がこれから語ろうとする四人の道楽者が、奇怪な遊蕩《ゆうとう》の計画を思い描いたのも、こうした治世の末期、すなわち摂政が司法庁と呼ばれるあの有名な裁判所を通じて、大勢の収税請負人の不正な所得を吐き出させようとしていた頃《ころ》のことなのである。平民階級のみがこの徴税の仕事に当たっていたと思ったら大間違いで、彼らの先頭には大貴族たちもいたのである。ブランジ公爵やその弟の司教は、二人ともこうして莫大《ばくだい》な財産を築きあげたので、貴族もやはり他の階級と同様、こうした手段によって私腹を肥やすことを忘れてはいなかったという、これが何よりの動かしがたい証拠である。名高いデュルセやキュルヴァル法院長と、遊蕩や訴訟事件によって親しく結ばれた、この二人の当代かくれなき名士が、作者の語らんとする放蕩の計画をめぐらした張本人で、彼らはこの二人の友達にその計画を伝えて、四人でもって、あの途方もない乱痴気騒ぎの主役をつとめたのであった。
富と趣好の一致によって結ばれていた、この四人の道楽者は、もう六年以上も前から、姻族関係によって彼らの絆《きずな》をさらに一層固くしようと考えていたのであるが、これには放蕩が大きな役割を占めていて、普通こうした関係を結ぶ際の基礎になる他の動機は何ひとつとして、そこに介在してはいなかった。彼らの取りきめがいかなるものであったかを示せば、次のごとくである。すなわち、ブランジ公には三人の亡妻があり、そのうちの一人に二人の娘を生ませていたが、キュルヴァル法院長は、この二人の娘の姉の方と父親とが懇《ねんご》ろな関係になっているのを重々知りつつ、彼女を嫁にもらいたい気があった。そこで、これを知った公爵が、あの世にも奇怪な三重結婚を一挙に実現しようと企てたのである。
「ジュリイを嫁にもらいたいと仰言《おつしや》るのですな」と公爵はキュルヴァルに言った、「よろしい、喜んで差しあげましょう。条件はただ一つです。それは、あなたの妻になってからも、ジュリイが以前と同じようにわたしと親しい関係をもち続け、しかもあなたがその点について少しも嫉妬《しつと》しないこと、それから、われわれの共通の友人であるデュルセがその娘コンスタンスをわたしに添わせてくれるよう、あなたがわたしと一緒になって骨を折ってくださることです。実はわたしは、あなたがジュリイに対して抱いている感情とほぼ同じ感情を、あのコンスタンスに対して抱いているのでしてな」
「しかし」とキュルヴァルは言った、「まさか御存知ないわけではありますまいが、デュルセだって、あなたと同じような道楽者ではありませんか……」
「むろん、そんなことは百も承知ですわ」と公爵は答えた、「しかし、わたしくらいの年齢で、わたしのような考え方をしている人間は、そんなことで躊躇逡巡《ちゆうちよしゆんじゆん》するものではありません。まさかわたしが女を情婦にする気でいるなどと、お考えになっているわけではありますまいね? さよう、わたしは自分の気紛れに奉仕させるため、数限りない些《ささ》やかな秘密の放蕩を隠蔽《いんぺい》するためにこそ、女を求めているのです。秘密の放蕩を覆いかくすには、結婚という隠れ蓑《みの》が最もよろしい。一口に申しあげれば、あなたがわたしの娘を求めておられるごとく、わたしも彼女を求めているのですよ。あなたの目的と欲望を、わたしが知らないとでもお思いですか? わたしたち道楽者は、女を奴隷のごとく扱うものでしてな。情婦より妻という名目の方が、はるかに女は従順になるものです。わたしたちの味わう快楽において、専制主義というものがどんなに貴重なものであるかは、あなたもよく御存知でしょう」
こんな話をしていると、ちょうどそこヘデュルセがやって来た。二人の友達が話の内容を伝えると、収税請負人は、この申し入れに大喜びで、自分も法院長の娘のアデライドに同じような思《おぼ》し召《め》しがあったのだと告白し、キュルヴァルの婿にならせてくれれば、自分も公爵を娘の婿にしてよいと約束した。こうして、この三組の結婚式は早速とりきめられ、莫大な持参金が持ち寄られた。
法院長も、二人の友人に劣らず悪者で、自分自身の娘とのひそかな関係を告白したが、もとより、そんなことで気をわるくするようなデュルセではない。そんなわけで、三人の父親は、誰《だれ》もが自分の権利を確保することを望んでいたので、この権利をいやが上にも拡張するために、三人の娘はそれぞれ名義上は夫だけのものになるけれども、肉体に関しては、三人のうちの誰かひとりに所属するということなく、誰もが同じ権利を行使しようということに意見の一致を見た。そして、もしも娘たちがこの条項に服従することを拒否するならば、厳罰を与えてやろうということにした。
あたかもこの取りきめが行なわれようとしていた矢先、以前から兄の友達との快楽の仲間入りをしていた司教が、ある提案を持ち出した。それは三人のあいだに異論さえなければ、この縁組に四人目の人間を加えようではないかという発議で、その四人目の人間とは、公爵の二番目の娘、つまり司教の姪《めい》に当たる女の子である。けれども実は、この女の子は意外に司教と近い関係にあったので、それというのが、司教は嫂《あによめ》と密通していて、二人の兄弟はアリイヌと呼ばれたこの娘が、公爵の子というよりはむしろ確かに司教の子に間違いないことを先刻承知していたからである。赤ん坊の頃からアリイヌの世話を一任されていた司教が、容易に想像されるごとく、娘盛りになるのを待たないで彼女の魅力を楽しもうとしたのは言うまでもない。従って、この点においても彼は仲間たちと対等であり、彼が提案した取引の実現は、同程度の損害ないし不利益をふくむものであった。けれどもアリイヌの魅力と若々しさとは、他の三人の娘たちよりはるかに勝っていたから、仲間たちは躊躇せず取引を承諾した。司教も三人の仲間と同じく、自分の権利を確保しつつ交渉に応じ、かくて盟約を結んだ四人の道楽者は、それぞれ四人の妻の夫となったわけである。こうして、次のような取りきめが成立した。読者の便利のために、ざっと復習してみるのがよろしかろう――
ジュリイの父親ブランジ公爵は、デュルセの娘コンスタンスの夫になる。
コンスタンスの父親デュルセは、法院長の娘アデライドの夫になる。
アデライドの父親キュルヴァル法院長は、公爵の姉娘ジュリイの夫になる。
そして最後にアリイヌの叔父《おじ》であり父親である司教は、このアリイヌを友人たちに譲り、しかも彼女に対する自分の権利は相変わらず保存しつつ、他の三人の娘たちの夫になる。ざっとこういった取りきめであった。
で、彼らはこの楽しい結婚式を挙行するために、ブルボネ地方にあった公爵の風光明媚《ふうこうめいび》な土地へ赴いたが、そこでどんな乱痴気騒ぎが行なわれたかは、諸君の想像にお任せすることにする。作者としては、今後もこういった種類の乱痴気騒ぎの模様をたびたびお伝えしなければならないので、ここで筆に任せてお楽しみに耽《ふけ》っているわけには行かないのである。
ブルボネ地方から帰ってくると、四人の友達の結合は一段と強固なものになった。やがて彼らのひとりひとりについて、もっとくわしい分析を行なう予定ではあるが、この道楽者たちの性格をさらけ出して見せるには、淫靡《いんび》な彼らの取りきめを手短に述べてみるのが適当だろうと思われる。
仲間たちは一緒に金を出し合って、六ヵ月間、各人が順番に管理することになっていたが、この莫大な積立金は快楽のためにしか利用できないのだった。彼らの法外な財産は、さまざまな途方もないことを可能ならしめていたので、よしんば御馳走や淫蕩《いんとう》だけのために一年二百万の金が当てられていたと言われても、読者諸子は少しも驚くには当たらない。
女を集める四人の有名な女衒《ぜげん》と、男を集める同数の取持ち人とがいて、彼らはもっぱら都や田舎で、主人たちの肉欲を堪能《たんのう》させるような、あらゆる種類の男女を探し出して来ることを仕事としていた。一週間に四回、パリの諸所方々の町はずれに位置した四つの別荘で、彼らは定期的に集まっては宴会をひらいた。この四回のうちの最初の宴会は、もっぱら男色の快楽に宛《あ》てられていたから、男しか出入りするわけには行かなかった。そこにはいつも二十から三十歳までの若者が十六人いて、彼らの無尽蔵の精力は、女の立場にまわった四人の道楽者に、この上なく官能的な快楽を味わわせてくれた。一物《いちもつ》の大きさによって採用されるので、女のなかには決して入れないような素晴らしい堂々たる一物でなければ駄目なのである。いわばこれが肝要|必須《ひつす》な条件であった。金は惜しげもなく使われたから、条件が充《みた》されないことは滅多になかった。しかし、あらゆる快楽を同時に味わうために、この男役の十六人の若者に、もっと若い同数の少年を添え合わせて、彼らに女の役目を演じさせることもあった。十二歳から十八歳までの少年が選ばれたが、彼らがここで採用されるには、筆舌につくしがたいほどすぐれた新鮮さ、美貌《びぼう》、優雅さ、上品さ、無邪気さ、純潔が必要とされた。この男色の大饗宴には、女はひとりも入場することが出来ず、ソドムとゴモラ以来だれも考えおよばなかったような、あらゆる淫行が演じられた。
第二の宴会は上流の娘たちのためのもので、彼女たちはここへ連れて来られた途端、ふだんのような横柄な物腰や、つんと澄ました態度を捨てなければならず、身代金の多寡《たか》によって、道楽者が彼女たちの身に加える奇態な気まぐれや、また時には凌辱《りようじよく》にさえ黙って堪えねばならないのであった。彼女たちは普通は十二人ということになっていたが、パリという町で、こうした種類の女を入れかわり立ちかわり調達することはとても不可能なので、この夜会に別の夜会の人たちを混ぜることもあった。そこでもやはり同数の、官吏の身分から軍人の身分にいたる、育ちのよい女のみが入場を許された。パリにはこれらの階級に属する女たちが四、五千人以上もいて、それぞれ必要や贅沢《ぜいたく》から、こうした種類の宴会を開かずにはいられないのである。上玉を見つけるにはまず奉仕を受けねばならず、わが四人の道楽者はとくにそういう傾向が強かったのであるが、この非凡な階級から上玉はしばしば見つかった。それにしても、女は由緒ある生まれであったところで何にもならず、すべてに服従する覚悟が必要であった。際限というものを一切認めない放埒の精神は、自然や社会の慣習が大事に保護すべきものを、強いて汚穢《おわい》の泥《どろ》にまみれさせれば、それだけ奇妙に燃えあがるのであった。この夜会に来た者は、すべてを実行しなければならず、四人の極道者は不潔きわまる放蕩のあらゆる趣味をもっていたから、彼らの欲望に進んで身を任せることは、なかなか容易なことではなかった。
三番目の宴会は、およそこの世に存在する最も醜悪な、最も汚らわしい人たちのための宴会であった。放蕩の外道《げどう》を知りつくした人には、しかし、こんな洗練が単純至極なものに見えるのだろう。こんな種類の人たちと汚穢のなかをころげまわるのが、いわば、きわめて楽しいことなのであろう。そこには完全無欠な自堕落《じだらく》と、奇怪きわまる酩酊《めいてい》と、何とも言いようのない頽廃《たいはい》とがあった。そしてこうした乱行は、前夜に味わった折り目正しい快楽や、その快楽を一緒に味わった上品な仲間たちのことを思い起こし、それとこれとを比較してみるとき、さらに強烈な刺戟《しげき》を得るのである。そこでは放埒はより完全に近づくので、これを複雑多岐ならしめるどんな配慮もゆるがせにされない。六時間に百人の娼婦《しようふ》が登場して、百人全部がそこを出て行かなかったこともしばしばであった。まあ、そのくらいにしておこう。急ぐまい。このことは詳しく説明しなければ解《わか》らないし、まだ説明すべき時機ではないのだから。
四番目の宴会は処女のための宴会であった。七歳から十五歳までの少女だけが入場を許された。条件はみな同じで、ただ容貌《ようぼう》だけが問題であった。すなわち、美貌の少女が望まれた。少女たちの初物《はつもの》については、間違いなく正真正銘《しようしんしようめい》のものでなければならなかった。洗練された道楽もあればあるものである。彼らは何もこんな初物の薔薇《ばら》が摘みたいわけではなかったのだ。第一、いつも二十人ばかり女の子がいるのに、四人の道楽者のなかで、こうした行為をなし得る者はたった二人であった。そしてあとの二人といえば、徴税請負人は、いかなる場合にも絶対に生《お》えることがなかったのであるし、司教の方は、たしかに純潔を汚すことが出来たとはいえ、いつもそれを無瑕《むきず》のままで残すような方法でしか楽しむことが出来なかったのである。それはともかく、二十人の処女を集めることがぜひとも必要であった。そして四人の道楽者によって傷つけられなかった少女は、彼らの見ている前で、彼らと同じくらい放埒な下男たちの餌食になった。道楽者はいろいろな理由によって、こういう下男たちをいつもそばに置いていたのである。
この四回の宴会とは別に、毎金曜日、それほど大勢集まるというわけではないけれども、はるかに内輪で親しい者同士の集まる特別な宴会がひそかに催された。この宴会には、策略や金の力によって両親の家からさらって来られた、身分の高い四人の令嬢しか出席しなかった。道楽者の女房も大抵この放蕩に加わらせられたが、彼女たちの非の打ちどころのない従順や、心づかいの数々や、勤めぶりなどは一段と興を添えずにはおかなかった。この宴会における御馳走については、言うだけ野暮《やぼ》な話であるが、味も量もともに素晴らしく、二千フラン以下の料理などは一皿もなかった。フランスおよび諸外国から調達された、最も珍奇な、最も美味な料理が集められた。上等な葡萄酒《ぶどうしゆ》やリキュールも豊富に取り揃《そろ》えられ、四季の果物が冬場にさえ見られた。一言をもってすれば、地上第一を誇る王国の食卓さえ、これほど豪華かつ絢爛《けんらん》たる趣をもって調えられてはいないにちがいないと断言することが出来た。
さて、ここで話をあとに戻し、読者のために、わが四人の人物ひとりひとりについて出来るだけ正しく描き出してみよう。むろん、好意的な筆づかいや、誘惑的ないし煽情的《せんじようてき》な筆づかいはやめて、自然のままの筆づかいをもってするつもりである。自然の乱脈というものは、自然が最も手ひどく害《そこな》われている時においてさえ、なおかつ依然として崇高であり得るものである。さらにまた、ついでに言ってしまえば、罪悪というものは、よしんば美徳のなかに発見されるような上品さというものを有《も》っていないにしても、なおかつ依然として崇高であり、弱々しい単調な美徳の魅力をつねに顔色なからしむるような、偉大さと崇高さの性格をつねに有っているものではないだろうか。読者諸子がたとえ美徳あるいは悪徳の効用を云々《うんぬん》するにしても、自然の法則を究明するのは、作者の義務ではないだろうか。また、悪徳が美徳と全くひとしく自然にとって必要なものだとすれば、自然というものはおそらく、その必要に応じて人間個人個人に同等な素質上の分け前を与えたのであって、この点を決定するのが作者の義務ではないだろうか。しかしまあ、この問題はあとまわしにして、先へ進もう。
十八歳当時すでに莫大な財産を掌中におさめ、その後、徴税の仕事によってさらにこれを殖やしたブランジ公爵は、羽振りのよい金持ちの青年のまわりに雲のごとく湧《わ》いてくる不如意《ふによい》をことごとく感じ、あらゆるものを意のごとくにしなければ気がすまないようになった。こうした場合ほとんどつねに、力の尺度は悪徳の尺度となり、ひとはすべてを手に入れることが容易になればなるほど、それだけ自制心を失うものである。もし公爵が自然から何らかの素朴な性質を享《う》けていたら、おそらくはこうした性質が彼の危険な立場を緩和していたことでもあろう。けれども財産をしてあらゆる悪徳を助長せしめるように、ともすると財産とぐる[#「ぐる」に傍点]になっているかのように見える、あの奇妙な母なる自然というやつは、ある種の人間にこの悪徳を与え、美徳を前提とする人たちとは非常に違った心づかいを、こうした人たちから期待するものである。それというのも、自然は悪徳も美徳もともにひとしく必要としているからではあるが、ブランジ公は自然から莫大な富を与えられて、しかも、これを利用するのに必要なあらゆる衝動、あらゆる霊感をいちいち賦与されていたのであった。自然はきわめて陰険邪悪な精神とともに、この上なく悪辣《あくらつ》にして冷酷な魂をば彼に与え、加うるに、放埒きわまりない趣味と、わがまま勝手な性質とをもってした。公爵が好んで耽っていた怖《おそ》るべき道楽は、すべてここから発したものである。生まれつき腹ぐろく、酷薄で、横柄で、残忍で、自分勝手で、自分の快楽のためには金に糸目をつけないが、有益なことには決して財布《さいふ》の紐《ひも》をゆるめようとはせず、うそつきで、食いしんぼうで、酒飲みで、臆病《おくびよう》で、男色家で、近親相姦《きんしんそうかん》者で、人殺しで、放火常習犯で、盗人で、要するに、かりに一つか二つ美徳と呼ばれるようなものがあったにしても、とてもこれだけ多くの悪徳を埋め合わせするわけには行かないような人物であった。いや、そればかりではない、公爵はいかなる美徳をも尊敬していないのみか、美徳というものをことごとく忌み嫌《きら》ってさえいたのである。この世でまことの幸福を得るには、人間はあらゆる悪徳に耽溺《たんでき》するばかりか、たった一つの美徳をも絶対に許してはならない、つねに悪をなすことのみが問題であるばかりか、絶対に善を行なわないことすら肝要である、と彼はしばしば語っていたものだ。
「世のなかには」と公爵は言うのだった。「情欲によって悪の道にひきずり込まれる時だけしか、悪事に赴かないような人がたくさんいる。迷いから覚めると、彼らの魂はたちまち平静に帰り、ふたたび平和に美徳の道を歩みはじめる。こうして、彼らは善と悪との鬩《せめ》ぎ合いから錯誤の道へ、錯誤の道から後悔へと、さまよいながら人生を過ごし、ついには自分がこの世でいかなる役を演じたかをも正確に言い得ることなく、死んで行かなければならない。こういう人たちこそ」と彼は続けるのだった、「必ず、不幸な人たちにきまっている。いつもどっちつかずにふらふらしていて、朝に行なったことを夕に嫌悪《けんお》するといった風に、彼らの全生涯《ぜんしようがい》は送られるだろう。たとえ快楽を味わっても後悔することが確実なので、彼らはあえて快楽に耽りながらも、びくびく慄《ふる》えていなければならない。ちょうど罪悪のなかに美徳を求め、美徳のなかに罪悪を求めるかのような按配《あんばい》だ」
「わしの性格はもっと強いから」と公爵はさらに言うのであった。「決してこんな風に矛盾したことはしやしない。わしは自分の選択に決して迷わない。いつも自分のすることには必ず快楽があると確信しているから、決して後悔したりなんぞして、快楽の味を鈍くするようなことはない。ごく齢《とし》若い頃から自分の道徳原理に絶大な確信をいだいてきたので、わしはびくともせずに、この原理にのっとって行動し得るのだ。この原理によって、わしは美徳というものの空虚さ、頼りなさを知らされた。美徳は大嫌いだから、死ぬまで美徳の道に帰ることはあるまいな。悪徳こそ、人間にあの精神的肉体的な振動を感じさせるべき唯一のもの、いちばん甘美な逸楽の源泉であると、わしは納得しているよ。だからわしは悪徳に耽るのだ。早くから宗教というものの妄想《もうそう》を軽蔑《けいべつ》し、創造主の存在なんぞは、子供さえ洟《はな》もひっかけない不愉快な馬鹿らしいお伽話《とぎばなし》だと、わしは信じてきたものだよ。だから創造主に気に入られるように、わしの性質を強制したりする必要は、一切これを認めないな。わしは自分の性質を自然から享けたので、もしこれに逆らうならば、自然を怒らせることにもなりかねまい。もし自然が悪い性質を与えたのだとすれば、自然の目的にとって悪い性質も必要なのだということだろう。自然の手のなかにあるわしは、自然が勝手気ままに動かす機械のようなものでしかなく、どんな罪悪を犯したところで、自然の役に立たないような罪悪は一つもないのだ。自然がわしに罪悪を勧めるのは、罪悪が必要だからにほかならず、もしこれに抵抗するなら、わしはとんだ馬鹿者になるだろう。だからわしの対抗する相手としては法律しかなく、しかもわしは法律を物ともしないのだ。わしの金と勢力は、こんな俗悪な邪魔者を難なく乗り越える。どだい法律なんてものは、人民を苦しめることしか出来はしないのだよ」
もしこの議論に対して、けれどもあらゆる人間の心には正と不正の観念があり、それは野蛮人をもふくめてすべての民族のもとにひとしく認められる観念だから、この観念は自然の作ったものにほかならない、と反駁《はんばく》するならば、公爵はただちに次のように断定した。すなわち、この観念は要するに相対的なものでしかなくて、弱者が不正と見なすものも強者にとってはつねに正しいものでしかない。両者の立場を変えれば、それに伴って両者の考え方もまた変わるので、このことから現実に正しいと言えるものは、快楽を生ずるもののみであり、また現実に正しくないと言えるものは、苦痛を生ずるもののみであると結論し得る。他人のポケットから百ルイ盗んだ者は、自分のためにきわめて正しいことをしたのだけれども、盗まれた者はたぶん違った目で彼を見るにちがいない。だから、こうした観念はすべて任意なものでしかなく、こんな観念に束縛される人間こそ、よい面《つら》の皮だろう、と。
こんな風な議論によって、公爵は自分のあらゆる悪癖を合理化していたのであるが、まことに才気煥発《さいきかんぱつ》な人間だったから、その議論にも断乎《だんこ》とした調子があった。こうして自己の哲学の上に自己の行為を規定して、公爵は青年時代このかた、この上なく破廉恥な、この上なく異常な錯乱にとめどなく惑溺《わくでき》したのである。すでに言ったように、父親は莫大な財産を彼の手に遺《のこ》して、若くして死んだのであるが、母親が存命中は、この財産の大部分を彼女のために享受させることを条件として言い残した。こんな条件は、しかしやがて若いブランジには我慢のならないものになった。財産を減らさないようにするには、母親を毒殺するしかなく、彼はただちに毒の使用を思い立った。だが、ここで悪徳の生涯に一歩を踏み出した彼は、あえて自分みずから行動しなかった。妹のひとりと道ならぬ情を交わしていたので、彼はこの妹をそそのかして、悪事の実行をひき受けさせ、もし成功したら財産はそっくり自分のものになるから、お前にも半分|頒《わ》けてやろうと言いふくめたのである。けれども若い娘がおじ気づいて、洩《も》らした秘密が露見しそうになるのを見ると、公爵はただちに、一度共犯者にしようとした娘を犠牲者の仲間に入れてしまおうと決心した。こうして彼は母親と妹を田舎の領地に連れて行ったが、二人の幸な女は二度とそこから生きては戻《もど》れなかった。罰されずにすんだ最初の罪ほど勇気を鼓舞するものはない。この試煉《しれん》の後、公爵はあらゆる桎梏《しつこく》を断ち切った。誰かが自分の欲望にちょっとでも異を立てれば、すぐさま彼は毒を用いた。必要のための殺人はやがて快楽のための殺人になった。他人を害して快楽を得るという、あの忌まわしい外道ぶりを彼は知るようになった。敵の身に刻印された激しい衝撃が、反転して自分の神経の塊りに一種の振動を呼《よ》び起こし、その振動による効果が、この神経の内部を流れている動物精気を刺戟《しげき》して、勃起《ぼつき》神経を圧迫し、この震動によって、いわゆる淫蕩な感覚が生じることを彼は理解した。それだから、彼は放埒および道楽という唯一《ゆいつ》の原理によって、盗みや殺人を犯しはじめ、この同じ情熱を掻《か》き立てるために、女を買いに行くことでみずから満足した。
二十三歳のときに、彼は自分の哲学を教え込んだ仲間たち三人と語らって、家を出、街道で乗合馬車を止め、男や女に暴行をはたらいた挙句《あげく》、彼らを皆殺しにして、ちっともほしくない金を盗み、アリバイをつくるために、その日の晩にオペラ座の舞踏会に行くという放れ業《わざ》を演じた。この犯罪はあまりにも酸鼻をきわめていた。二人の美しい令嬢が、母親の腕に抱かれたまま凌辱され、虐殺された。その他ありとあらゆる乱暴狼藉《らんぼうろうぜき》が加えられたが、誰も公爵に疑いの目を向ける者はいなかった。父親が死ぬ前に公爵に与えた美しい妻に飽きてくると、若いブランジは早速、母親や妹や、その他彼に殺された数知れぬ人たちの点鬼簿のなかに、この妻をも加えてやろうと決心した。それは彼がある金持ちの娘と結婚するためであった。もっとも、この娘が生娘《きむすめ》でないことは天下周知の事実で、彼女が弟の司教の情婦であることは公爵自身よく承知していた。この女がつまり、先ほど触れた、この小説の主人公の一人であるアリイヌの母親である。この二度目の妻も、最初の妻と同じくやがて犠牲にされ、第三の妻に席を譲ったが、第三の妻もやがて第二の妻と同じく殺害された。世間の噂《うわさ》では、このように公爵が次々と妻を死なせるのは、彼の持ち物が図抜けて大きいからであった。そう言えば確かに、彼の身体はどこを見ても飛び抜けて巨大だったから、公爵はあられもない噂を立てられ、おかげで真相を包みかくすことが出来た。
この猛々《たけだけ》しい巨大漢は、実際ヘラクレスか半人馬《ケンタウロス》のような感じであった。公爵は身の丈六尺四寸、精力にあふれた四肢《しし》と、たくましい関節と、柔軟性のある筋肉と、かてて加えて、雄々しい傲然《ごうぜん》たる容貌《ようぼう》と、大きな黒い眼と、美しい褐色《かつしよく》の眉《まゆ》と、鷲《わし》のような鼻と、白い歯と、健康そうな若々しい外観と、幅のひろい肩と、がっしりした形のよい胸と、優美な腰と、堂々たる臀《しり》と、この上なく見事な脚と、鉄のような気質と、馬車馬のような力と、それに、おどろくほど毛ぶかく、まるで騾馬《らば》のそれのような一物《いちもつ》の所持者であった。当年五十歳の現在においても、一日に何度となく欲するままに腎水《じんすい》を洩《も》らすことが出来、ほとんどいつも生《お》え返っていて、この一物は長さ十二寸、周囲八寸であった。ざっとまあ、かくのごときがブランジ公爵の肖像であって、読者諸子もこれで彼のすがたをまざまざと眼前に描き出すことが出来るようになったわけである。
それにしても、これほど激しい欲望をもって生まれた自然の傑作ともいうべき人物が、ひとたび快楽の陶酔境に運ばれたとき、いったいどんな徴候を呈したろうか。さよう、それはすでに人間でなく、猛《たけ》り狂った一匹の虎《とら》であった。公爵の情欲に奉仕しなければならない人間こそ災難である。おそろしい叫び声や猛烈な涜神《とくしん》の言葉が、ふくれあがった胸から飛び出し、両眼は焔《ほのお》を発するかに思われ、口からは泡《あわ》を吹き、悍馬《かんば》のようにいなないて、まるで淫猥《いんわい》の神そのままの形相であった。どんな方法で楽しむ時でも、両手は必ずふらふらと動き出し、最後の完頂にいたっては、即座に女を絞め殺してしまうことも度々であった。かくて首尾し終わっても、いま犯したばかりの醜行にはまったく無頓着《むとんじやく》で、すぐまた錯乱が取って代わるということになるので、この無関心、この一種の無感動からは、つねに新たな逸楽の火が生まれた。
青年時代の公爵は一日に十八回も埒《らち》をあけていたが、最初から最後までほとんど衰えの色を見せなかった。現在、半世紀を生きた身とはいえ、いまだに一日に七回ないし八回を平然とやってのけることが出来た。二十五歳の頃から受け身の栽尾《さいび》の習慣をつけた彼は、気が向けば立場を変えてすぐにも能動に移ったが、いずれにせよ力強く相手の攻撃を受けとめた。あるときなどは賭をやって、一日に五十五回もの手合わせによく耐えた。前にも言ったように、おどろくべき力に恵まれていた公爵にとっては、片手で娘を凌辱することも易々たる業《わざ》で、何度もこのことを実地に証明して見せていた。ある日のこと、両脚のあいだに馬を挟《はさ》んで殺してみせると断言して、指定の時間どおりに、この動物を絶息せしめた。食卓の放埒も、寝台の放埒に勝るとも劣らなかった。あれほど大量の食物を呑《の》み込んで、いったいそれがどこへ消えてしまうのか、何とも不可解であった。規則正しく三回食事をしていたが、三回とも大そう長く、しかも大そう盛り沢山であった。食事中に飲む酒はいつもきまってブルゴオニュ葡萄酒で、十本におよんだ。あるとき三十本まで葡萄酒を飲み、さらに五十本まで行ってみせると断言して、賭をしたが、やがてアルコオルによって頭が熱してくるに及び、酔いが錯乱の気味をおび、兇暴《きようぼう》性を発揮して、手がつけられなくなってしまったので、人々は公爵を縛ってしまわなければならなくなったほどであった。それにもかかわらず、肉体的傾向がともすると魂の傾向に一致しないというのは真実であるらしく、三歳の童児といえども、決然たる意志を見せれば、この巨大漢を畏怖《いふ》せしめるに十分であった。敵を厄介払いするために、計略や裏切りの手段が使えなくなるというと、たちまち彼は臆病風に吹かれはじめた。たとえ危険の最も少ない、同じくらいな力の相手であっても、戦うことを考えると彼は一目散に逃げ出さずにはいられなかった。それでも習慣に従って、一度か二度は従軍したこともあったが、戦場では大いに面目を失ったので、早いところ退役してしまった。そして厚かましくも、賢《さか》しらに、自分の卑怯《ひきよう》な性質を弁護して、臆病とは自己保存の欲望であるから、これを欠点として非難することは思慮分別ある人間には出来っこないのだと、平然として主張する始末であった。
いま述べたブランジ公爵の精神的特徴はそっくりそのまま残して、ただ肉体だけを一まわりも二まわりも小さくすれば、弟の司教の肖像はたちまち出来あがる。兄と同じく、陰険な魂と、罪悪への好みと、宗教に対する軽蔑と、無神論と、人をだます癖と、兄よりもっと柔軟で狡猾《こうかつ》で、しかも犠牲者を駆り立てる技巧に富んだ精神とを持っていたが、その体格は細々と吹けば飛ぶようで、肉体は小さく痩《や》せこけ、いつも病気勝ちで、神経が細く、快楽にかけては一段と技巧を弄《ろう》したが、大して精力があるわけでもなく、一物は並の大きさ、というよりもむしろ小さかった。それでも巧みに節制して、いつも洩らさないように心がけていたので、たえず想像力は掻き立てられ、兄と同様しばしば快楽を味わうことが出来た。その上、感覚がきわめて鋭敏で、神経が驚くほどぴりぴりしていたので、彼は洩らすと同時にしばしば気を失い、行為中ほとんどいつも意識を失っていた。
当年四十五歳で、大そう立派な容貌と、かなり美しい眼をしていたが、口元はいやしく、歯並びも下司《げす》ばっていて、真っ白な体には一本も毛がなく、小さな尻《しり》は恰好《かつこう》がよかったけれども、一物は周囲五寸、長さ六寸といったちび筆であった。能動受動の男色が大好きだったが、とくに受動の方が好きで、彼の人生は栽尾されることによって送られていた。大きな力の消耗を必要としないこの快楽こそ、彼の乏しい精力に最も適した快楽であった。その他の彼の趣味については、いずれ別の場所で語ることにしよう。食卓の趣味については、やはり兄と同じく極端であったが、官能性において幾らか勝っていた。それに、彼もまた兄と同じく悪辣《あくらつ》きわまる貴族だったから、先ほど述べた公爵の悪名高い行為に優に匹敵するような、数々の行為を残していた。いまその一つを引用するだけでも、読者はこの男がいかなることをなし得る人間であるか、十分納得することが出来るはずである。
かつて、彼の友人のひとりで大そう裕福な暮らしをしている男が、ある身分の高い娘と密通し、ふたりの子供を生ませた。女の子が一人と、男の子が一人である。しかしこの男はついに彼女と結婚することが出来ず、娘は他の男の妻になった。この不幸な女の恋人は、その後まもなく若くして死んだけれども、莫大な財産の所有者で、しかも財産を遺贈すべき親族がひとりもいなかったので、かつての自分の情事の不幸な忘れ形見に、その財産の一切を贈ろうと考えた。
そこで死の床に友人の司教を呼んで、自分の計画を打ち明け、二人の子供のために等しく分配された、莫大な遺贈金の人った紙入れを渡し、二人の遺子の教育を司教に頼み、法律の規定する成人の年齢に子供が達したら、彼らの手に帰着すべき遺贈金を、それぞれ二人に返してやってほしいと言い添えた。それからまた、子供たちの財産を殖やすために、成人に達するまで資金を有利に使ってくれと司教に頼み、自分はこのことを子供たちの母親には永久に知らせたくないので、彼女には絶対に黙っていてほしいとも言った。こうして約束がきまると、瀕死《ひんし》の病人は眼を閉じたので、司教は百万に近い銀行券と、二人の子供を自由にすることが出来る立場になったわけである。
悪者は肚《はら》をきめるのに躊躇しなかった。死んだ友人の打ち明け話を聴いたのは自分だけである。母親は何にも知らないはずだった。そして子供たちはやっと四歳か五歳だった。彼はまず、死んだ友人は貧乏人に財産を喜捨したのだと言いふらして、早速この財産を横領してしまった。けれども二人の不幸な子供を破産させるだけでは物足りなかった。一つ罪を犯すと同時に必ず新たな罪を考えずにはいられない司教は、友人の言いつけに従って、その子供たちを田舎の寄宿学校から引き取り、腹心の家来の家に預けて、やがて己れの腹黒い欲望に奉仕させることが出来るようになる日まで、そこに置いておくことにした。そして子供たちが十三歳になるまで、彼は待っていた。やがて少年がまず最初に十三歳に達すると、彼は少年をあらゆる放蕩に服従せしめたが、まれにみる美貌の可憐児《かれんじ》だったので、八日間近くもぶっ続けに楽しんだ。ところが女の子の方は飛んだ計算ちがいで、成人に達すると、ひどく醜い娘になった。それでもこの悪者のみだらな熱中を冷ますものは何もなかった。かくて欲望を遂げた彼は、もしもこの子供たちを生かしておくならば、やがて彼らは自分たちに関係のある何らかの秘密を洩らしてしまうかもしれない、と考えた。そこで、子供たちを兄の領地に連れて行って、享楽の果てに衰えた淫心が新たな罪悪によってふたたび掻き立てられることを念じつつ、二人の子供を己れの兇暴な情欲の犠牲にし、まことに刺戟的な、まことに残酷な数々の場面をそこに展開せしめたので、この拷問の最中に彼の情欲はまたしても燃えあがった。かように、秘密にすれば何でも出来ないことはないので、いやしくも悪徳のなかに足を突っ込んだ道楽者であれば、殺人というものがいかに肉欲に対して偉力をふるうものであるか、いかに完頂を小気味よく促進するものであるか、その辺の事情はちゃんと知っているものなのである。これは一つの真実であって、この学説はこの本のなかでいろいろな形に展開されるはずだから、読者諸子もこれくらいのことは予備知識として知っておいた方がよい。
その後事件については、誰も何とも言わなかった。司教はパリに帰って、大悪の成就をひそかに楽しんだ。死んでしまった者はもう苦痛も快楽も感じることが出来ないのだから、故人の意志を裏切ったところで、彼はちっとも良心の呵責《かしやく》を感じなかった。
キュルヴァル法院長は仲間うちの最長老だった。齢《よわい》六十に近く、放蕩で肉体を擦りへらしていたので、ほとんど骸骨《がいこつ》同然だった。背が高く、干からびて痩せ、生気のない青い目と、鉛色の不健康な唇《くちびる》と、とがった顎《あご》と、長い鼻をしていた。サチュロスのように毛だらけで、背中は平べったく、ぶよぶよと垂れさがった尻《しり》たぶらは、腿《もも》の上の方にだぶだぶと揺れる二枚のきたない雑巾《ぞうきん》みたいだった。永い間の鞭《むち》打ちのために尻の皮がたるんでいるので、指でつまんでも感じないほどだった。この雑巾みたいな尻たぶらの真んなかに、いつも開きっぱなしの大きな孔《あな》があいているのだが、その巨大な直径といい、臭《にお》いといい、色といい、尻の孔というよりはむしろ便器の穴といった方が近かった。なおその上に、ソドムの豚《ぶた》をおびき寄せる餌《えさ》として、彼はこの部分をいつも極端に不潔な状態にしておく習慣をつけていたので、孔のまわりにはつねに厚さ二寸ばかりの糞《くそ》が土手のようにこびりついていた。ぶよぶよと皺《しわ》だらけな鉛色の下腹部には、こんもりした毛の森林のかげに陽根が見えたが、それはひとたび怒張すると、長さ八寸、周囲七寸にも及んだ。けれどもこの状態はごくまれにしかなく、この状態を促進するには極端に荒っぽいことをいろいろとしなければならなかった。もっとも一週間に二、三度は、いまでもこんな状態になることがあって、そういうとき法院長は、穴という穴を片っぱしから見境いなく突き通さずにはいられなかった。もちろん少年の尻の孔が彼にはいちばん貴重なものだったが。
法院長は陽根の頭が決して覆われないように、割礼《かつれい》をほどこしていたが、この儀式は快楽を大そう容易にするので、好き者といわれるような人はみなこの手術を受けるべきなのである。けれども割礼の目的の一つは、この部分を清潔に保つことである。そういう意味からすれば、キュルヴァルは割礼の目的をぜんぜん果たしてはいなかった。身体の他の部分と同様、この部分もやっぱり汚なくて、もともと大きなその頭は、皮を脱ぐことによって、さらに少なくとも一寸はふとくなった。こんな風に身体《からだ》中不潔だらけの法院長は、その趣味もまた身体にふさわしく下劣きわまるものだったから、そばへ寄れば実に悪臭|芬々《ふんぷん》たる有様で、誰からも嫌われるような人物だった。しかし斯道《しどう》の人たちは、こんなつまらないことで眉をひそめるような人たちではなく、彼らだけが法院長に口をきいたのである。
この法院長ほど、下劣で放埒な人物は滅多にいなかった。なにしろ荒《すさ》んだあまり完全な無感覚、完全な痴愚《ちぐ》と化しているので、もはや快楽を得るにも堕落と陋醜《ろうしゆう》の手段を用いるしかなかった。ほんのかすかな逸楽の快感を得るにも、破廉恥きわまる乱行を三時間以上も続ける必要があった。完頂についてはどうかと言うと、それは怒張するよりもしばしば、ほとんど毎日一回といった具合に頻発《ひんぱつ》したが、そこまで行くのは実に難儀をきわめ、ともすると非常に奇怪な、非常に残酷な、あるいは非常に不潔なことに頼らざるを得なかったので、快楽のお相手を勤める人たちはしばしば匙《さじ》を投げ、彼自身も一種のみだらな怒りがむらむらと湧いてくるのを覚える始末だった。するとこの怒りが、いままでの無駄な努力よりも却《かえ》ってよい結果を生ずることがあった。キュルヴァルは悪徳と淫楽《いんらく》の泥沼《どろぬま》にすっぽりはまり込んでいたので、下等な言葉よりほかの言葉を口にのぼせることも出来なくなっていた。たえず最も不潔な表現を心に描くと同時に口にものぼせ、かつはまた、斯道の人たちの例に洩れず、宗教の領域に属する一切のものに対する抜きがたい嫌悪から発した、冒涜《ぼうとく》と呪詛《じゆそ》の言葉を思うさま吐き散らした。かかる精神の錯乱が、ほとんど常習的な酒びたりによってさらに輪をかけられ、久しい以前から彼に痴呆《ちほう》の外観を与えていたが、彼自身の主張するところによれば、これこそ何ともこたえられない快楽なのであった。
酒飲みであるとともにまた生まれつきの大食漢で、彼だけがこの点においてブランジ公爵とよく対抗し得た。この物語の途中で、読者はこのような彼の手並みをとっくり御覧になるであろうが、それはいかなる食いしんぼうといえども腰を抜かしてしまうにちがいない大食ぶりなのである。
十年前からキュルヴァルはその職を去っていた。すでに職責をつくすことが出来なかったからであるが、かりにそれが出来たとしても、どうか止《や》めてくれと頼まれたことであろうと筆者には思われる。
キュルヴァルはきわめて乱脈な生活を送り、あらゆる種類の外道ぶりに親しんでいたから、とくに彼をよく知っている人たちは、彼があんなに莫大な財産を自由に使っていられるのは、きっと忌まわしい殺人を二度も三度も犯した結果にちがいないと考えていた。それはともかく、こうした種類の乱行が甚しく彼の情熱を掻き立てるということは、次のエピソオドによって見ても明らかなことで、彼が裁判所から締め出される破目になったのも、運わるく噂の種になったこの事件の結果なのである。では次に、彼の性格の一端を読者諸子にお伝えするために、この事件というのを御披露におよぶとしよう。
キュルヴァルの邸の近所に、可愛い娘をもった一人の不幸な荷|担《かつ》ぎ人足が住んでいたが、笑止千万《しようしせんばん》にもこの男には道徳感情があった。すなわち、もう二十度も使者をつかわして、若い娘を高いお金で譲り受けたいと、この貧乏な夫婦の心を誘惑するために、あの手この手をつくしていたのにもかかわらず、彼らは頑《がん》として聴き入れなかったのである。使者をつかわしていたのはキュルヴァルだが、こうしてたびたびの拒否にあうと彼は一層いら立ち、もう是が非でも若い娘を手に入れたくて、どうしてよいか分からなくなってしまった。そこで、娘を自分の寝台に否応なしに引きずり込むために、その父親を車責めの刑に処してやろうと一途《いちず》に思い込んでしまったのである。うまい手段を使って、この考えは早速実行に移された。法院長に金で雇われた二、三人の無頼漢《ぶらいかん》が片棒かついで、一ヵ月もたたないうちに、気の毒な人足は、無実の罪を着せられ、ただちにパリ裁判所付属監獄の土牢《つちろう》に送り込まれてしまった。すると法院長は、お察しのごとく、すぐさまこの事件を担当した。事件を永びかす気はなかったので、金や悪辣な手段を用いて、三日間で審理を終えると、不幸な人足は、父親と娘の名誉を守ること以外には何の罪をも犯したわけではなかったのに、生きながら車責めの刑に処せられることに決まってしまった。
そうしている間に、裏面工作がふたたび始まった。娘の母親を呼んで来て、夫の生命は彼女の気持ち一つにかかっており、もし彼女が法院長に色よい返事を与えるなら、たしかに法院長は夫の生命を怖ろしい運命から救い出してやることになるだろうと説得した。もはや躊躇している時ではなかったので、妻は人々に意見を訊《き》いた。人々はもちろん彼女の相手がどんな人物か知っていたし、分別をわきまえてもいたので、それなら一刻もぐずぐずせずに決心すべきであると言下に答えた。で、不幸な妻は泣く泣く裁判官の前に、みずから娘を連れて行った。裁判官は望みどおり約束をかなえてやると言ったが、実は約束を守る気なんか全くなかったのである。もし約束を守れば、助かった夫が自分の生命の代償にどんなものが賭けられていたかを知って、騒ぎを起こすかもしれない。だから約束なんか守らずに、自分の好きなことを勝手にやって、もっとずっと刺戟的な快楽を得た方がよっぽどましであろう、とまあ、こんな風に悪人は考えたのである。
その上、けしからぬ淫欲をいよいよ煽り立てるにちがいない、悪辣無比な数々の場面が彼の心に思いついた。では次に、情景をいよいよ淫靡かつ刺戟的ならしめるために、彼がどんなことをしたかを述べてみよう。
彼の邸は、パリで罪人の処刑がときどき行なわれる場所に面して立っていた。今度の犯罪もこの界隈《かいわい》で起こったので、処刑は当然、この今言った広場で行なわれるはずだった。で、彼は指定の時間に、不幸な人足の妻と娘を自分の邸に呼び寄せた。広場に面した窓はぜんぶ閉めておいて、犠牲者の連れ込まれた部屋からは、これから起ころうとしている出来事の進行状態が一切見えないようにしておいた。悪人は処刑の正確な時間を知っていたので、この時間を期して、母親の腕に抱かれた少女を破瓜《はか》してやろうと考えたのである。計画は巧妙無類に、一分の狂いもなく遂行されたので、悪人が娘の若気《にやけ》に首尾すると同時に、その父親は息絶えた。かくて事が終わると、悪人は二人の女に「こっちへ来てごらん」と言って、広場に面した窓をさらりとあけて、「さあどうだ、わしはちゃんと約束を守ってやったろう」と言ったので、あわれな女たちは、死刑執行人の刃《やいば》の下に息絶えた、父親でもあり夫でもある男のすがたを、まのあたりに見ることになった。
二人の女は気を失って倒れてしまったが、キュルヴァルはこのことをちゃんと見越していたのである。つまり、この失神は断末魔の苦悶《くもん》なのであって、彼女たちは二人とも毒を盛られていたのである。だから彼女たちは二度と目を開かなかった。しかし、どんなに色濃い秘密の影で事件を覆いかくすべく、注意おさおさ怠りなかったにしても、この事件にはやはり発覚すべき何かがあった。なるほど女たちの死は誰知る者もなかったが、夫の事件には、誰の目にも何かひどく胡散《うさん》くさい不公平な点があるようだった。動機は半ば公然と知れ渡っていた。そんなわけで、結局彼は退職しなければならなくなったのである。
この時以来、キュルヴァルにはもう守るべき体面もなくなったので、錯誤と罪悪の新たな大海に身を躍らせるようになった。邪悪な趣味の生贄《いけにえ》にすべき犠牲者をいたるところに探し求めた。手の込んだ残虐によって、彼は逆境にいる人たちの身に、陰険な激怒の発作を投げつけることを最も好んだ。夜となく昼となく、屋根裏部屋や貧民窟《ひんみんくつ》で、貧乏のどん底に打ち捨てられた人たちを、彼のために探しまわる女たちが沢山いた。もちろん金銭的な援助を与えてやるという口実で、家に連れて来るのである。そういう人たちを、彼は自分の最も楽しい気晴らしの一つである、毒薬の実験に使ったり、あるいは家に連れて来て、おのれの邪悪な趣味の生贄にしたりするのであった。男も、女も、子供も、すべてが彼の腹ぐろい情欲に供すべき恰好《かつこう》な獲物であって、犯した罪は数知れず、もしその勢力と金の力がなかったら、何度断頭台で首をちょん斬られる破目に立ちいたったか知れたものではない。こういう人物のことだから、二人の仲間とひとしく、彼もまた宗教心をもっていなかったことは申すまでもなかろう。彼は宗教を断乎として嫌悪していたが、そればかりでなく、この宗教を人々の魂から根絶やしにするために、かつてある種の貢献をしたのである。というのは、彼は反宗教の立場から大いに才筆をふるって、すばらしい影響力をもった書物を多数あらわしていたので、いまでも彼は事あるごとに、その成功を思い出しては、ひそかにこの上ない喜悦を覚えるのであった。
デュルセは五十三歳の、ずんぐりむっくりした小男で、若々しい人好きのする顔と、真っ白な肌《はだ》をしていたが、体中が女のようで、とくに腰と尻とはまるで女そっくりだった。臀部《でんぶ》はつやつやと脂がのって、ぽってりと堅肉だったが、永いあいだの栽尾の習慣で、大きく開いていた。一物はべらぼうに小さくて、長さ四寸、周囲やっと二寸であった。もうどんなことをしても怒張せず、埒をあけることもきわめて稀《まれ》で、しかも非常な困難が伴い、零《こぼ》れるものもほとんどなく、完頂の前にはいつも狂気じみた痙攣《けいれん》が起こって、何か罪悪を犯さなければ済まなかった。女のような乳と、柔和な猫撫《ねこな》で声の持ち主で、その精神は仲間たちと同じくらい荒《すさ》んではいたけれども、つき合いの上では大そう誠実だった。公爵の学校友達で、二人はいまでも毎日のように一緒に遊んでいた。そしてデュルセの最大の快楽といえば、公爵の巨大な一物で若気をくすぐってもらうことだった。
ざっとまあかくのごときが、読者よ、これから数ヵ月間の行状をお目にかけようという、四人の悪者たちの偽らざるすがたである。読者諸子が彼らを十分深く知り、どんな外道ぶりを見せつけられても驚かれることのないように、作者は出来得るかぎりの努力をもって彼らのすがたを描き出した。もとより彼らの趣味を詳細にあげつらうわけには行かなかったけれども、しかし、もしこれをすっかり暴露してしまったら、この作品の興味や筋立てをも損ずることになりかねまい。読者はただ物語の進行を注意ぶかく追って行きさえすればよろしい。そうすれば、彼らの習慣的な微罪がいかなるものであるか、とりわけ彼ら一人一人が、どんな偏奇な快楽を喜ぶものであるか、容易に解き明かし得るだろう。いまのところ、ごく大ざっぱに言えることは、彼らがすべて男色趣味の持ち主であって、四人が四人とも若気を熱愛し、四人同士のあいだで栽尾する習慣があった、ということのみである。
ただし、このなかで公爵は、その図体が大きい上に、趣味というよりは残酷な気質が勝っていたから、玉門をも喜んで抜いた。
法院長もときたま同じことをしたが、公爵にくらべれば物の数ではなかった。
司教はどうかというと、彼は玉門が大嫌いだったから、一目見ただけでも六ヵ月間再起不能の状態がつづくはずだった。生まれてから嫂のそれ以外には、たった一つの玉門をも抜いたことがなく、それもやがて不倫の快楽を得させてくれるような、子供をひとり生んでおきたいという意図からのことではあった。いかにして彼がこの不倫の願いを実現せしめたかは、先刻説明に及んだ通りである。
デュルセについて申せば、彼もまた司教とひとしく熱烈な若気の崇拝者であったが、主な快楽の汲《く》みどころはもっとほかにあった。すなわち、彼のお気に入りの攻撃は第三の神殿に向けられたのである。この謎はいずれ物語の進行につれて明らかにされるだろう。それよりも、この作品の理解のために、ぜひとも必要な人物紹介をさきに済ませてしまおう。尊敬すべき夫たちの紹介が終わったから、今度は四人の妻たちのすがたを読者にお伝えするのがよろしかろう。
鳶《とび》が鷹《たか》を生んだとはこのことである。デュルセの娘で公爵の妻になったコンスタンスは、大柄なすらりとした女で、絵に描いたように美しく、まるで美の三女神が手ずから念入りに仕上げたような、均整のとれた体つきをしていたが、それだけ優雅な体つきをしていても、みずみずしさには少しも欠けるところがなく、なお依然としてむっちりと肉づき豊かであり、百合《ゆり》の花よりもっと白い肌の、くっきりした絶妙な輪廓《りんかく》は、ともすると愛の神そのものが手ずからこれを細心に形づくったのではないかと思わせるほど素晴らしかった。やや面長で、目鼻立ちはすぐれて気高く、可愛らしさよりも威厳、繊細さよりも高貴さにみちていた。眼は大きく、黒く、熱っぽく、口は極端に小さく、想像し得るかぎり最も美しい歯で飾られていた。舌は細く、薄く、美しい淡紅色を呈していて、吐く息は薔薇《ばら》の香よりも快かった。張り切った乳房はまるまると、雪花|石膏《せつこう》のように白く堅く引きしまっており、細くくびれた腰は、造化の傑作ともいうべき微妙な線をあらわに見せた、えも言われぬ臀《しり》に接していた。この臀たるや、実に精緻《せいち》な丸味をおび、小さからず、大きからず、ぽってりと白く、堅肉で、これを左右に分け開けば、まことに可愛らしく、柔らかく、清らかな、小さな孔がのぞき見られた。やわらかな薔薇の色調がその部分を彩っていて、まるで悦《よろこ》ばしい淫楽の安らかな隠れ家でもあるかのようだった。
しかるに、この魅力の数々が、あっという間に奪われてしまったのである。四回ないし五回におよぶ公爵の攻撃は、たちまちにしてその魅力のすべてを色|褪《あ》せしめ、結婚後のコンスタンスは、早くも嵐《あらし》に打ちひしがれた百合の花にひとしい姿に一変してしまったのである。肉づき豊かな二本の腿《もも》のあいだには、もうひとつ、別の神殿があって、これはさほど有難がられているわけではないけれども、やはり崇拝者がいて、その人たちにとっては十分魅力を発揮するものなので、作者といえどもこれを軽々にあつかう気はないが、コンスタンスは公爵と結婚した時も、ほとんど処女のままだった。それまで彼女が知った唯一の男は、さきにも言った通り、この部分を完全に無瑕《むきず》のままに残しておいたのである。美しい黒髪が自然にカールして、肩の下までふさふさと垂れていたが、この小さな逸楽的な玉門を蔽《おお》いかくしている同じ色の毛の上に、この髪の毛を重ねて置いてみると、それは見逃すことの出来ない新たな装飾となり、この二十二歳ばかりの天使のような女性に、さらにあらゆる自然の魅力を付加することになるのであった。こうした肉体の魅力の数々のほかに、コンスタンスは素直な正しい精神、運命が陥らしめた悲惨な境遇にあって、なおかつ高貴な精神をもっていた。だから彼女は悲惨な境遇の怖ろしさを身にしみて感じ、もしこれほど鋭敏な感受性をもっていなかったら、もっとはるかに幸福だったにちがいないのである。
デュルセは彼女を娘というよりはむしろ娼婦として育て、道徳よりはむしろ才能を授けようと意を用いたのであるが、彼女の心のなかには、自然が念入りに刻みつけたのでもあろうか、貞淑と美徳の原理が決して消え去ることがなかった。誰《だれ》も彼女に宗教の話など聞かせたことはなく、宗教のお勤めが大事だなどと忠告めいたことを言う者も一人もなかったのに、彼女の心のなかには、あの羞恥心《しゆうちしん》、あの自然の慎しやかさが少しも消え去りはしなかった。こうした感情はたしかに宗教上の妄想《もうそう》とは何の関係もないけれども、誠実な、同情心にみちた人の魂から、なかなか消えてなくなることのない感情なのである。コンスタンスは父の家から離れたことがなく、悪人は彼女が十二歳になると、早速おのれのみだらな快楽に彼女を奉仕せしめた。公爵とともに味わった快楽には、いままでのそれと大きな相違のあることが彼女にも分かった。それかあらぬか、彼女は目に立つほどに健康を害し、公爵に初めて栽尾された日の翌日から、重い病気になってしまった。てっきり公爵が彼女の直腸を突き破ってしまったにちがいないと取り沙汰《ざた》された。しかし彼女の若さと、健康と、局所用薬の効果とによって、まもなく公爵はふたたび、この禁じられた道を通ることが出来るようになった。そしてそれ以来、あわれなコンスタンスは、この日ごとの拷問に慣れることを余儀なくされつつ、完全に健康を回復し、どんなことにも耐え忍べるようになったのである。
法院長の娘でデュルセの妻になったアデライドは、おそらくコンスタンスより美人と言えようが、まったく違った型の女だった。アデライドは二十歳、小柄で、ほっそりと華奢《きやしや》に痩《や》せていて、絵のように美しく、この世で二人と見られぬ見事な金髪の持ち主だった。いかにも涙もろい思いやりにみちた様子が、その全身に、とりわけその容貌にあふれていて、まるで物語の主人公のようなふぜいを添えていた。並はずれて大きな眼《め》は青色で、優しさと慎ましさとを二つながらあらわしていた。二つの細長い眉毛《まゆげ》が独特の線を描いて、あまり高からぬ額を飾っていたが、何とも言えない魅力に富んだ気高さなので、その額はまるで貞潔の神の住居ででもあるかのようだった。幅の狭い鼻は、上方に向かってやや間隔が迫り、こころもち鉤《かぎ》状をなして下方に向かっていた。唇は薄く、生き生きとした淡紅色に縁どられ、やや大き目の口は、この天使のような容貌の唯一の欠点だったが、ひとたび開かれれば、薔薇の花弁のあいだに撒《ま》き散らされた三十二個の真珠のごとく美しい歯をかいま見せた。首はやや長く、微妙な角度で肩に接しており、自然の習慣によって、いつも頭はほんのわずか右肩の方へ傾いていた。とくに話を聞いている時に彼女はよくそんな姿勢をとったのであるが、この愛くるしい恰好が、どんなに彼女に魅力を添えていたことでもあろう!
乳房は小さく、大そう丸く、大そう引きしまって、ぐっと盛りあがっていたが、掌いっぱいの大きさにはとても足りなかった。それはクピドがたわむれに母親の庭からもいで来た、二つの小さな林檎《りんご》のようだった。胸はやや搾《し》めつけられていたが、それでも大そう優美であり、腹は繻子《しゆす》のようになめらかで、まばらに薄い金色の小丘が、ウェヌスの神殿の柱廊のごとき役を演じていた。このウェヌスの神殿ときたら、悲鳴をあげさせることなしには指一本挿入できないほどの狭さであったのに、法院長のせいで、もう十年近くも以前から、破瓜《はか》が行なわれ、かくてあわれな女の子は、もう前からも後ろからも処女ではなくなっていたのである。それにしても、この第二の神殿は、何という魅力をたたえていたことであろう! すんなりした腰の線、見事な尻《しり》の割れ目、白と淡紅色をこきまぜた肌! 全体にやや小ぶりであったとはいえ、すべての部分が精巧に整っていたので、アデライドは、美の典型というよりはむしろ美の粗造りであり、自然がコンスタンスのうちにおごそかに明示したものは、アデライドのうちにあって、わずかに暗示されるにとどまっているようでもあった。この絶妙な尻を左右に分け開くと、薔薇の蕾《つぼみ》が諸君の眼前にあらわれるのであったが、こうして自然が諸君の前に見せてくれるものは、まさにこの上なく柔らかな淡紅色と、豊かなみずみずしさとであった。実際、何という狭さ、何という小ささであったろう! 法院長が思いを遂げたのも、よくよく苦労した上でのことであったので、その後も彼はこんな突撃を二、三回しか繰り返すことが出来なかった。
デュルセはそれほど気むずかしくはなかったから、この点に関する限り、彼女はやや不幸をまぬがれたとはいうものの、彼の妻になってから、別の残酷な心づかいや、別の危険な服従に甘んじなければならないことが幾度となくあったので、このささやかな恩恵も、到底彼女を慰めるには足りなかった。その上、あらかじめ取りきめられた約束によって、アデライドは四人の道楽者にひとしく身を任せることになったので、デュルセが免除してくれた種類の攻撃ばかりでなく、あらゆる種類の攻撃に彼女は耐えねばならないようになった。
アデライドは、その容貌からみて誰でも見当がつくような、極端に空想的な精神の持ち主だった。淋《さび》しい場所に好んで赴き、しばしば心ならずも涙を流した。この涙というやつはまだよく研究されてはいないが、何らかの予感によって溢《あふ》れ出るもののように思われる。しばらく前に彼女は大好きな女友達を失くしたので、この悲しい喪失がたえず彼女の心にちらちら影を落とすのだった。アデライドは父の性格をよく知っていたし、父がどれほどまでに錯誤の道を踏み迷っていたかも承知していたので、若い女友達が、あることに関してどうしても法院長の言うことを聴かないで、彼の極悪の犠牲者になってしまったにちがいないことを確信していた。そして事実はまさに、その通りであるらしかった。彼女は遠からず自分も同じ運命にあって死ぬのではないか、と考えていたのであるが、それは必ずしもあり得べからざることではなかった。法院長は宗教に関して、デュルセがコンスタンスに対して払ったような注意を、その娘に払っていなかったので、話を聴かせたり本を読ませたりすれば簡単に消えてなくなるだろうと考えていた偏見が、いつの間にやら、娘のなかにしっかり根を張ってしまった。これは法院長の誤算というべきで、宗教というものは、アデライドのような気質の魂にとっては糧《かて》なのである。法院長がいくら説教しても、本を読ませても聴かばこそ、若い娘は相変わらず信仰心を棄《す》てなかった。どんな常道はずれにも彼女は加わるどころか、これを憎悪し、みずからその犠牲者となる始末なので、彼女の幸福を形づくっている迷妄《めいもう》の闇《やみ》を切り開いてやることは、なかなか容易なことではなかった。こっそり隠れて神に祈ったり、人目を避けてキリスト教徒のお勤めを履行したりするので、見つかればただちに、父や夫から厳罰を受けないわけには行かなかった。
それでもアデライドは、やがて神が天国で報いて下さることを固く信じて、すべての困苦にじっと耐えていた。彼女の性格も、その精神と同じく温順で、極端に慈善を好んだが、これは父親からいちばん嫌《きら》われることになった美徳の一つであった。父親のキュルヴァルといえば、彼はあの卑しい貧民階級が大嫌いで、貧乏人を辱《はずか》しめてやったり、彼らを踏みつけにしてやったり、おのれの快楽の犠牲にしてやったりすることしか、考えたことのないような人間なのである。ところが、その心やさしき娘ときたら、貧乏人の糊口《ここう》の資を算段してやるために、自分自身は何も食べずに済ますほどの娘で、ひとびとは何度も彼女がこっそりと、自分のお小遣いを貧乏人のところへ持って行ってやるのを見たのである。そこで、とうとうデュルセと法院長は彼女を叱《しか》りつけて、きびしい訓戒を垂れ、そんな無駄《むだ》づかいは絶対にしないようにと、彼女のお金まですっかり取りあげてしまった。もうこれで不幸な人たちに提供するものは涙しかなくなってしまったわけだが、アデライドは相変わらず彼らの不幸と、何も出来ない自分のみじめさとを嘆き悲しみ、相変わらす涙もろくて、美徳を棄てることが出来なかった。ある日のこと、ひとりの不幸な女が極貧ゆえにどうにもならなくて、その娘を法院長に金ずくで売りに来ようとしていることを彼女は知った。すでに法院長はほくほくして、この自分のいちばん好きな快楽のために、用意万端ととのえて待っていた。ところが、アデライドはひそかに自分の着物を一枚売らせて、その金を母親に与えると、このささやかな救済資金によって、彼女がまさに犯そうとしていた罪悪から彼女を免れしめてやった。法院長はこの事実を知ると、当時アデライドはまだ結婚していなかったので、彼女に対してひどい暴力行為におよび、ためにアデライドは十五日間も床につかなければならなくなったほどである。そうまでしても、しかし、この感じやすい魂の自然の衝動をおさえることは、何物をもってしても不可能だったのである。
公爵の長女で法院長の妻になったジュリイは、多くの人に嫌われる一つの大きな欠点さえなかったら、さきの二人の娘をも目立たなくさせることが出来たかもしれない。しかしこの欠点のために、おそらくキュルヴァルの彼女に対する情欲は動いたので、まことに情欲のはたらきというものは摩訶《まか》不思議なものである。情欲の荒《すさ》びようは、飽満と倦厭《けんえん》の結果なので、ただこれに比較し得るものは情欲の外道《げどう》ぶりのみだというのは、まことに真実である。ジュリイは大そう肥《ふと》って、むっちりしていたけれども、大柄で、姿よろしく、非常に美しい栗《くり》色の眼と、可愛らしい鼻と、はっきりした愛嬌《あいきよう》のある目鼻立ちと、壮麗な栗色の髪の毛と、弾むような豊かな白い肉体と、プラクシテレスの彫像のモデルにでもなれそうな尻《しり》と、こういう場所で快楽を得るにはまあ極上ともいうべき、熱っぽい小さな玉門と、それから見事な下肢《かし》と、可愛らしい足とをもっていたが、どうしたものか、口つきがひどく不細工で、歯は悪臭を放ち、身体のその他の部分もいつもきたなくて、とくに淫楽の神の鎮座まします二つの神殿ときたら、臭くてどうにもやり切れなかった。だから同じ欠点の持ち主で、こういう欠点の好きな法院長以外は、どんな人間も、よしんば彼女の魅力のすべてをもってしても、こんなジュリイのような女と夫婦の契りを結ぶことは、御免こうむったにちがいないのである。けれどもキュルヴァルにとっては、そんな偏見こそ馬鹿馬鹿しい限りだった。彼の神聖この上ない快楽は、この悪臭|芬々《ふんぷん》たる口から汲《く》みとられ、この口に接吻《せつぷん》するとき、彼は無我夢中になった。彼女の体のきたならしさについては、これを非難するどころか、逆にそこから刺戟《しげき》を受けた。そしてついに、決して水をつかわないようにと彼女に厳命するようになった。
この欠点以外にも、もちろんこれほど不愉快なものではないが、ジュリイには幾つかの別の欠点があった。というのは、彼女は大そう食いしんぼうで、飲酒癖があり、道徳心に欠けていたのである。淫売婦《いんばいふ》の生活でもやろうと思えば、大して苦労もなく勤まったにちがいない。公爵によって完全な良風美俗の放棄を教え込まれたので、ジュリイはこうした哲学を難なく受け容《い》れ、どこから見ても放蕩《ほうとう》のなぶり者たるべき十分な資格をそなえていた。とはいえ、道楽というものの実に奇妙な効能は、道楽者と同じ欠点をもっている女よりも、一途《いちず》に美徳を信奉している女の方が、ともすると快楽において道楽者の気に入られるという、まことにおかしな結果を生ずるのである。道楽者に似ている女が、道楽者を見て眉をひそめることはなかろうが、一途に美徳を信奉している女は、必ずや道楽者を見て肝をつぶすだろう。ここにこそ、より確実な魅力の生ずる所以《ゆえん》があるのである。
公爵は巨大なお道具の持ち主だったが、それでも娘を楽しまずにはいられなかった。もちろん、十五歳までは待たねばならなかった。そこまでしても、やっぱり彼女がひどい傷を受けたことには変わりがなかった。公爵は娘を結婚させる気だったので、やむなく享楽をあきらめ、それほど危険な結果をおよぼさないような快楽で満足しなければならなかったが、それでも娘にとっては相当に骨の折れる仕事だった。法院長は知る人ぞ知る、巨大な一物《いちもつ》の所有者だったのに、ジュリイは怏々《おうおう》として楽しまなかった。それは彼女自身不精者で不潔だったけれども、背の君たる法院長のきたならしさは放蕩のきたならしさで、こういうものには彼女も一向に馴染《なじ》めなかったからである。
ジュリイの妹で、実は司教の娘であるアリイヌは、習慣においても、性格においても、欠点においても、その姉とはまるきり違っていた。
四人のなかでいちばん若く、まだやっと十八歳だった。すねた子供のような、みずみずしい色気をそそる小さな顔の娘で、天井を向いた可愛らしい鼻と、表情に富んだ生き生きした栗色の眼と、愛嬌のある口と、あまり大きくはないが、肉づきのよい均勢のとれた体と、小麦色の、ふっくらした美しい肌と、やや大きいけれども、恰好のよい臀部と、道楽者の目にこの上ない肉感をそそる左右の尻と、栗色の毛におおわれた小丘と、やや下つきの、いわゆるイギリス型と称する玉門の持ち主だった。けれどもその陰谷は実に狭くて、集会の際に検分してみたところ、まぎれもなく処女であった。作者が現在この章を書いている当時、処女であったというので、やがてその初物《はつもの》がいかにして破毀《はき》されたかは後刻に述べる。若気《にやけ》の初物はどうかといえば、八年このかた司教が毎日のように人知れず楽しんで来たというのに、娘の方は一向にその味を覚えなかった。いかにもいたずらそうな跳ねっかえりのくせに、無理に服従させなければ決して言うことを聴かず、毎日のように身を任せている醜行に、ついぞ味な気分を通わせたけしきさえ見せなかった。
司教は完全な無学文盲の状態に娘を打ち棄てておいたから、アリイヌは読み書きもほとんど出来ず、宗教の何たるかもとんと解さなかった。自然のままの精神は子供と変わりなく、彼女は人に話しかけられても、ろくに返事も出来ず、遊んでばかりいた。姉を大そう慕っていたが、父の司教は大嫌いで、公爵を火のように恐怖していた。結婚式の当日、四人の男のまんなかで裸にされて、彼女は泣きわめいたけれども、仕方なく言うことを聴いた。喜びもなく、悲しみもなかった。アリイヌは控え目な、大そうきれい好きな娘で、怠隋以外には別に欠点もなかった。その目を見ればいかにも活溌《かつぱつ》な様子があらわれているのに、身ぶりや身だしなみには、すべてにわたって投げやりな調子が目立っていた。叔父《おじ》と同じように法院長をも忌み嫌っていたが、デュルセに対してだけは、別にとりわけてやさしいあしらいを受けたわけでもないのに、ぜんぜん嫌悪の情を示さなかった。
ざっと以上のごときが、読者諸子にこれからおつき合い願おうという、八人の主要な登場人物である。さて、それでは次に、彼らが計画した奇態な快楽の目的をすっぱぬいておこう。
真の道楽者のあいだで、一般に受け容れられている説によると、聴覚器官によって伝達された感覚は、その印象が何より強烈であるがゆえに、最もわれわれの五官を快く刺戟する感覚である。こういうわけで、わが四人の道楽者は、肉欲が魂の奥底に侵入し得るだけ深く滲《にじ》み込むようにとの意図のもとに、なかなかもって巧妙なことを実行しようと思い立った。
聴覚以外の他の感覚が最大限に満足される状態をすっかり整え終わると、彼らは次に、誰《だれ》かしかるべき人物を選んで、こうした放蕩に伴う種々さまざまな外道ぶり、あらゆるその常道はずれ、あらゆるその枝葉末端、つまり、道楽者の言葉で情欲と呼ばれるものの一切を、細大|洩《も》らさず委曲をつくして、系統的に物語らせようということになったのである。想像力が燃えあがるとき、人間の情欲はいかに変化するか。さまざまな情欲のあいだに見られる甚しい相違は、人間のもっている他のすべての趣味、他のすべての奇癖にもまして、この肉欲の場合に甚しいのではないか。こんなことを彼らは信じて疑わなかった。だから、こうした外道ぶりを正確に規定し分類する仕事こそ、おそらく最も立派な風俗上の仕事であり、おそらく最も興味ぶかい仕事になるはずであろう。そこで、まず必要なことは、こうした放埒《ほうらつ》のあらゆる状態を知りつくしていて、それらを分析したり、詳述したり、分類したり、段階的に整理したり、また、そうした物語のあいだに興味を盛り込んだりすることの出来る人物を、幾人か探し出すことである。そういう方向に話がきまった。こうして、たび重なる捜査と照会の末に、やっと探し出されたのは、すでに人生の下り坂にある四人の女であった。これこそ必要な資格なので、こういう場合には経験が何より物を言うのである。すなわち、この四人の女は、度外れた遊蕩《ゆうとう》生活のうちに人生を送り、道楽の機微をすっかり知りつくした女たちであった。
打ち合わせや話し合いの後、必要に応じた処置として、女たちにはある種の弁舌、ある種の才能のあることが好ましいとされたので、選ばれた四人はいずれ劣らず、あらゆる放蕩の奇怪きわまる外道ぶりを、それぞれおのれの身の上話に託して、語り聞かせることが出来るような女たちばかりであった。こういう手順で、まず最初の女は、自分の身の上話を語りながら、そのなかに百五十種の単純な情欲、および巧まざる平凡な外道ぶりを挿入《そうにゆう》することになり、第二の女は、同じく身の上話の最中、一人の男と多数の女、または多数の男と多数の女との、同数の奇態な情欲を挿入することになり、同じく第三の女は、物話のなかに、百五十種の罪の偏執、および法律、自然、宗教に違反する偏執をそれぞれ導入することになった。この三番目の罪の放埒は当然殺人にまで到るものであり、道楽によって犯された殺人は、無限に複雑な形を生ずるものなので、道楽者の燃えあがった想像力をして、それだけさまざまな形の拷問を採用せしめずにはおかないはずである。そこで四番目の女は、自分の身の上話とともに、こうしたさまざまな拷問の物語を百五十種、つぶさに語らねばならないことになった。そしてその間、最初に言ったように、あらゆる種類の大勢のなぶり者や、妻たちに取り巻かれた四人の道楽者が、物語を聴きつつ空想を掻《か》き立て、最後に妻たちや大勢のなぶり者とともに、四人の女の話術によって生ぜしめられた情欲の焔《ほのお》を鎮めようというのである。
こういう意図のもとに計画をはじめるからには、そこで採用される方法がみだらな方法につきることは言うを俟《ま》たないだろう。そしてこの物語が肉づけされるのも、まさしくこうした方法、こうしたさまざまな挿話によるのである。だから作者は、ここで物語に入る前に、善良なる読者諸子に一言忠告しておくが、もし以上のような説明が諸子の心胆を寒からしめるようであるならば、ただちにこの本を読みつづけることを止《や》めていただきたい。なぜかといえば、すでに明らかな通り、この本の筋立てはあまり醇風美俗《じゆんぷうびぞく》にかなうものではないし、またあらかじめお答えしておかなければならないが、この本の立ち入った内容は、さらにもっと醇風美俗に反するものとなるだろうからである。さて、ここで問題になった四人の女は、この回想録のなかできわめて重大な役割を演ずることになるので、読者諸子にお許しを願って、作者はしばらく彼女たちのすがたを描き出すことに専念しようと思う。彼女たちは物語もするし、行動もするのである。そうだとしてみれば、作者たるもの、どうして彼女たちを不問に付しておくことが出来よう。しかし、たとえこの四人の女を肉体的精神的に利用しようという意図が、作者の裡《うち》に見えたからといって、読者諸子はゆめさら美人の肖像を期待してはいけない。ここで決定的な役割を演ずるのは、いずれにせよ、彼女たちの肉体的魅力でもなければ年齢でもなく、ただ彼女たちの精神、彼女たちの経験のみだからである。この意味において、彼女たちほど利用価値のあるものはどこにも見当たらないのである。
デュクロ夫人は、百五十種の単純な情欲の物語を語って聞かせることになった女である。四十八歳の大年増で、まだ十分みずみずしく、残んの色香にあふれており、大そう美しい眼と、大そう白い肌と、まことに見事なぽってりした尻と、あざやかな生き生きした口と、堂々たる乳房と、美しい栗色の髪の毛と、肥《ふと》ってはいるが、かなり上背《うわぜい》のある姿態と、それから、まるで深窓の娘のような、上品な態度と物腰の婦人だった。読者もやがてお分かりになるように、いろいろな土地で彼女の人生は送られたので、それであのように見聞が深くなったのである。さだめし機智に富んだ、流暢《りゆうちよう》な、興味|津々《しんしん》たる物語が聴けるにちがいないと思った。
シャンヴィル夫人はほっそりした、大そう恰好のよい、五十がらみの大柄な女で、眼つきや態度にこの上ない淫蕩《いんとう》のふぜいがあった。詩人サッポオの忠実な弟子で、どんなかすかな身ごなし、身ぶり、どんなささやかな言葉の端々にいたるまで、そうした特徴がありありとあらわれていた。女道楽で身代をつぶしてしまったので、もし彼女がもうけた金をそっくり、こんな趣味のために蕩尽《とうじん》していなかったら、今ごろはもっと安楽な生活をしていることも出来たのである。彼女は永いこと娼婦生活を送った後、数年前から、今度は自分が取持ち屋になった。けれども彼女は取引をある一定数の層に限り、確実な、年輩の放蕩者しかお客にもたないことにした。若いちんぴらは決して相手にしないことにした。こうして用心ぶかく、営利的に商売をしたので、彼女の身代はやや盛り返した。
シャンヴィル夫人は金髪だったが、すでにその髪には霜がおきはじめていた。眼はいつも大そう青く澄んでいて、愛嬌たっぷりな表情をたたえていた。口は美しく、まだ若々しく、昔日のおもかげを完全にとどめていたが、胸はぺちゃんこで、腹もぺちゃんこだったから、この点に関する限り、彼女は人に羨望《せんぼう》の気持ちを起こさせたことが絶えてなかった。小丘はこんもりとうず高く、雛尖《ひなさき》は火照《ほて》ってくると三寸も飛び出した。この部分をくすぐってやると、彼女は必ず気が遠くなってしまうのだが、とくにそれが女の手で行なわれた場合には甚しかった。シャンヴィル夫人の尻は肉がたるみ、擦りへり、ぶよぶよとしなびていたばかりでなく、永年の淫蕩生活によって、その皮膚が硬く強《こわ》ばっていたから、その部分にどんなことをしても本人にはもう感じなかった。とくにパリのような町で非常に珍しく、奇妙に思われることは、彼女が修道院から出て来たばかりの娘のように、このうしろ側の門において処女だったということである。おそらく、彼女があの呪《のろ》われた饗宴《きようえん》に参加せず、あの異常なことばかりしたがるような人たちの仲間にならず、あの道楽者たちの気に入られるような結果にならなかったならば、おそらく、彼女は奇蹟的に処女のままで死んだであろう。
五十二歳のふとっちょラ・マルテーヌは、生きのよい健康な女で、まるまると肥えた見事な尻の持ち主、およそ色恋|沙汰《ざた》とは縁のなさそうな感じだった。けれども彼女は栽尾の常習犯として人生を送ってきたので、これよりほかの場所では絶対に快楽を味わえないほど、この趣味に馴染《なじ》んでいた。生まれつき片輪で(玉門が塞《ふさ》がっていた)ほかの場所ではどうしても交わりが出来ないので、若い時から自然とこういう快楽に耽溺《たんでき》するようになったのであるが、今でも彼女は、何物をも物ともせず、何物をも怖れず、えも言われぬ快感を相手に味わわせてくれると、もっぱら人の噂《うわさ》にのぼるほど、この放蕩に執着していた。どんなに大きな得手吉《えてきち》でも一向平気で、それこそ彼女の好物だった。やがて物語の進展とともに、作者は大胆不敵な極道者のひとりとして、ソドムの旗のもとに勇しく闘う彼女のすがたを読者の前に示すであろう。ラ・マルテーヌはなかなかの美貌であったが、すでに覆いがたい容色の衰えが萌《きざ》していて、もし豊満な体がいまだに彼女を支えていなかったら、とっくの昔に婆《ばば》あ扱いされていたかもしれない。
ラ・デグランジュという女は、まるで悪徳と淫蕩の権化であった。五十六歳の痩《や》せぎすな、大柄な女で、肉の落ちた鉛色の顔と、どんよりした眼と、生気のない唇をしており、まるで力つきて死にかけた罪悪そのものといった感じであった。人の噂では、彼女はかつては栗色の髪と、美しい肉体を誇示していたそうであるが、それも束《つか》の間《ま》のことで、もう今では嫌悪の情を起こさせるばかりの、生きた骸骨《がいこつ》でしかなかった。皺だらけ疵《きず》だらけの、しなびてたるんだ尻は、人間の皮膚というよりもマーブル紙というに近く、尻の孔は大きく皺ばんでいるので、どんな巨大な得手吉が湿り気なしに挿入されても御当人は痛くも痒《かゆ》くもなかった。このシテール島の歴戦の勇士は、楽しみのために傷つくこともしばしばで、乳房は一つしかなく、指は三本も切られていた。おまけにびっこで、六本の歯と片目が欠けていた。やがて彼女がいかなる種類の攻撃によって、かくもむごたらしい損害を受けたのであるかを作者は示すであろう。たしかなことは、どんなむごたらしい扱いを受けても彼女が悪い習慣を改めなかったということだ。もしも彼女の肉体が醜怪そのものだとすれば、彼女の魂はあらゆる悪徳と、前代未聞の悪逆非道との寄せ集めであった。放火、親殺し、近親|相姦《そうかん》、栽尾、千鳥、殺人、毒殺、強姦、窃盗《せつとう》、堕胎《だたい》、涜聖《とくせい》、どれといって、このあばずれ女が犯さなかった(あるいは犯させなかった)罪悪は、この世にたった一つもないことを断言することが出来た。
彼女の現在の商売は淫売の周旋屋で、四人の道楽者仲間から信頼を得ている御用商人のひとりだった。豊富な経験の持ち主である上に、かなり弁も立つ方だったので、とくに選ばれて四番目の語り手役、つまり、いちばん怖ろしい醜悪なことをどっさり盛り込まねばならない物語の語り手役を、演ずることになったのである。彼女のように、こうした怖ろしいことをすべて実行しつくした女でなくて、いったい誰が、かかる大役を見事に演じられようか。
さて、こうして女たちが注文通り集められると、今度は細かい用事に取りかからねばならなかった。最初の予定では、淫楽のなぶり者にする男女を大勢取り揃《そろ》えるつもりだった。けれども、この淫蕩の大|饗宴《きようえん》を催すのに都合のよい場所は、見渡したところ、スイスにあるデュルセの城館しかなく、この城館は、そんなに大勢の人数を収容し切れるほど広くはないし、それに、ぞろぞろ大勢連れて行っては人目に立ち、秘密の洩れる惧《おそ》れもあるということに気がついたので、取り揃えるなぶり者の数は、語り手の女たちをも含めて、総勢三十二人に減らすことにした。すなわち、四人の語り手と、八人の若い娘と、八人の少年と、能動受動の栽尾のための、巨大な一物を具備した八人の男と、それから四人の召使女とである。だが、この点にも厳密な選択が要求された。そのために丸一年使われ、莫大な金がまき散らされた。八人の若い娘のためには、フランス中からいちばんきれいなところが集められるように、十二分の慎重を期した。すなわち、機転のきく十六人の女衒《ぜげん》にそれぞれ二人の助手をつけて、フランス中の主だった十六州に彼女たちを派遣し、その間、十七番目の女衒には、もっぱらパリで同じ仕事に当たらせた。パリに近い公爵の領地に、指定の会合場所があって、周旋屋たちはそれぞれ出発後十ヵ月目に、間違いなくそこへ集まらなければならなかった。娘探しのために、それだけの期間が与えられていたのである。おのおのが九人ずつ連れて、全部で百四十四人の娘が集められるはずだったが、さらにこの百四十四人のなかから、たった八人だけが選び出されることになっていた。
女衒たちは、家柄と、美徳と、美貌だけに目をつければよいことになっていた。だから彼女たちの探索の手は、主として由緒正しい家庭に向けられた。そんな家庭の娘は、誘拐《ゆうかい》でもしないことには手に入るはずもなく、修道院の高級寄宿舎だとか、名門の家庭だとかから、手当たり次第にさらって来た。中流階級以上でなければ駄目なので、たとえ上流階級でも操の正しい娘でなかったり、処女でなかったり、美人でなかったりすれば、情容赦なく突っ返された。幾人かの密偵《みつてい》が、この女たちの行動を見張っていて、彼女たちのすることを逐一本部に報告した。
望み通りの人間が見つかると、三万フランの金が諸費用を差し引いて支払われた。こんな馬鹿値は聞いたことがない。年齢については、十二歳から十五歳までという規定があって、それ以上でもそれ以下でも絶対に駄目であった。この同じ期間に、同じ条件、同じ方法、同じ支出、そして十二歳から十五歳までという同じ規定のもとに、十七人の少年係がやはりパリおよび諸地方を駈《か》けずりまわっていた。彼らの会合は、娘たちの審査の一ヵ月後ときまっていた。若者たちのことを、作者は今後|強蔵《つよぞう》と呼ぶことにするが、彼らの選択の基準はもっぱら一物の大きさにあった。長さ十寸ないし十二寸、周囲七寸半以下の者はすべてお断わりであった。八人の男がこの目的のためにフランス中を採しまわっていて、会合日は、少年の会合から一ヵ月後と指定されていた。この審査と採択の情景について述べることは、話の本筋から外れるような気がしないでもない。しかしいずれにせよ、わが四人の主人公の天才をさらに深く認識させるために、ここで一言述べておくことも無駄ではないだろう。四人の主人公の性格をさらに明らかにし、これから展開される話の本筋に勝るとも劣らない異常な場面に、一脈の光を当てるという仕事は、けだし、どんな仕事であれ番外と見なされるわけには参らないのである。
娘たちの会合の期日がやって来ると、ひとびとは公爵の領地へ赴いた。何人かの女衒は九人という所定の数を満たすことが出来ず、また何人かは、娘たちが途中で逃げたり病気になったりして、所定の数を割ってしまったので、集まった人数は百三十人にしか達しなかった。それにしてもまあ、何という美人揃いだったろう! これだけの壮観はちょっと類がなかった。審査には十三日が予定され、毎日十人ずつ首実検することになった。四人の友達が車座になって坐《すわ》ると、そのまんなかに若い娘が、まず誘拐された当時着ていたままの服装で登場し、彼女を誘惑した女衒が、そのそばで、誘惑した時の模様を物語るのである。もし家柄や美徳に条件に欠ける点があれば、娘はそれ以上突っ込んで審査されず、ただちにそのままおっぽり出される。金もやらなければ、身許引受人の世話もしてやらない。周旋屋は娘にかけた費用を元も子も失うわけである。根ほり葉ほり質問した挙句、条件に欠けるところがないとなると、四人は女衒を退《ひ》きさがらせて、いま彼女の言ったことが真実であるかどうか確証を得るために、娘に質問の矢を向ける。そしてすべてが証言通りであれば、女衒はもう一度呼びもどされて、娘のスカートをからげ、一座の者に彼女の尻を見せなければならない。まず第一に吟味しなければならないのが、この尻なのである。少しでもこの部分に欠点があれば、娘はただちにおっぽり出される。反対に、この種の魅力に欠けるところがなければ、娘はその場で裸にされる。そして裸のままで、四人の道楽者の手から手へと、続けて五回も六回も、順送りに盥《たらい》まわしされる。道楽者は娘の体をあっちへ向けたり、こっちへ向けたり、手で触ったり、臭《にお》いを嗅《か》いだり、脚を開いて処女性を調べたり、いろいろなことをするけれども、決して冷静を失ったり、へんな気持ちを起こして審査の秩序を乱したりはしない。
それが終わると、少女は退《ひ》きさがり、四人の検査官は少女の名前の刷り込まれた投票用紙に、それぞれ署名入りで「合格」あるいは「失格」を記入する。この投票用紙は四人同士で見せ合うことなく、一つの箱のなかに集められる。検査がすっかり済むと、箱を開くのであるが、娘は自分の投票用紙に、四人ぜんぶの男の好意的な署名がなければ、決して合格にはならない。もし一人でも失格を表明している者があれば、彼女はただちに冷酷無残におっぽり出される。すでに述べたように、金もやらなければ引取人も世話してやらず、そのまま外へ突き出すのである。もっとも、審査が終わったとき女衒たちの意見を容《い》れて、わが四人の道楽者は、十二人ばかりの娘を楽しんだので、彼女たちだけは別扱いであった。
この最初の資格審査で、五十人が除名され、八十人が第二次予選を受けることになった。ともあれ、この第二次予選の厳正さときたら、想像を絶するものがあった。どんな些細《ささい》な欠点でも、たちまち除名の理由になった。ある娘は、太陽のように美しかったのに、歯が一本やや出っぱっているというので、おはらい箱になり、また二十人あまりの娘は、中産階級出身だというので、やはり同様、おはらい箱になった。第二次予選では三十人がはねられ、五十人が残った。そこで人々は、第三次予選を行なうに当たって、完全に平静な感覚で、より堅実な選択がなされるようにとの配慮から、この五十人の娘たちの手だけを借りて、試みに埒《らち》をあけてみようということになった。四人がひとりひとり、十二人ないし十三人から成る娘たちのグループに囲まれ、女衒たちの指導のもとに、このグループがさまざまな動作の変化を示した。その姿態の変化の妙、その見事な全体の統一はすばらしく、要するに、実にみだらなものがあったので、四人の道楽者はまったく平静な感覚のままで、思わず腎水《じんすい》をこぼしてしまった。かくてこの審査の結果、さらに三十人がすがたを消した。
残ったのはわずかに二十人であるが、それでもまだ十二人多すぎた。むろん、まだ方法はいくらもあり、新たな方法を用いれば、きっと何かあら探しが出来るから、べつにその点は心配ないが、それにしても二十人は多すぎた。いったい、揃いも揃って造化の傑作ともいうべき、この天使のような娘たちのなかから、どうしてある人数を削ることが出来よう。問題は、いずれ劣らぬ二十人の美人のなかから、少なくとも八人が他の十二人よりすぐれていると断言し得るような、何らかの点を見つけ出すことであった。そしてこの問題に関する法院長の提案は、この男の想像力の放埒《ほうらつ》ぶりにまさにふさわしかった。ままよ、それまでとばかり、窮余の一策が採用された。それは彼女たちのなかで誰がいちばんうまく、将来彼女たちがしなければならないお勤めを果たし得るだろうか、ということを確かめてみることだった。この問題を解決するには四日で十分だった。こうして、とどのつまり、十二人がひまを出されたが、今までのようにそのままの体で追い払われたのではなかった。四人の道楽者は八日間たっぷり、秘術をつくして、彼女たちを楽しんだ。それから娘たちは、さきにも言ったように、女衒たちの手に返され、女衒たちは女衒たちで、この娘たちをもう一度どこかの金持ちに売って、大いに懐をあたためた。選ばれた八人の娘はどうかと言えば、出発の時まである修道院にあずけて置かれた。一定の時期まで楽しみを取っておくために、それまで彼女たちには手をふれたくなかったのである。
作者はこの美人たちのすがたを描いてみせようとは思わない。いずれがあやめかきつばた[#「あやめかきつばた」に傍点]、という次第で、作者の筆はどうしても単調にならざることを得ないからである。したがって、ただ彼女たちの名前を記し、このような美しさ、このような魅力、このような完全無欠を表現することは不可能だということを断言するにとどめたい。もし自然がみずからの創造になる美の観念を人間に与えようとしたとするならば、必ずや、この娘たちとは違った、もっとおとなしやかな典型を示したであろうと思われる。
最初の娘はオーギュスチイヌという名前で、十五歳、ラングドック地方のさる男爵の令嬢で、モンペリエの修道院からさらわれて来たのだった。
二番目の娘はファニイという名前で、ブルターニュ高等法院参事官の娘、父親の城館から誘拐《ゆうかい》されて来たのだった。
三番目の娘はゼルミイルという名前で、十五歳、テルヴィル伯爵の娘で、父親に大そう可愛がられていた。伯爵はボオス地方の領地で狩りをするのに、娘を連れて来たわけであるが、森のなかで、しばらく娘がひとりきりになると、たちまちさらわれてしまった。彼女は一人娘で、来年、四十万フランの持参金をもって、さる大貴族に嫁ぐことになっていた。わが身の運命の怖ろしさをいちばん歎き悲しんだのは、この娘である。
四番目の娘はソフィーという名前で、十四歳、ベリイ地方の領地で安楽に暮らしている貴族の娘であった。母親と連れ立って散歩中にさらわれたので、娘を守ろうとした母親は河のなかへ投げ込まれ、娘の見ている前で息たえた。
五番目の娘はコロンブという名前で、パリ生まれ、高等法院参事官の娘であった。彼女は十三歳で、ある晩、女家庭教師とともに、児童舞踏会から寄宿舎へ帰る途中さらわれた。女家庭教師は短刀で刺し殺された。
六番目の娘はエベという名前で、十二歳、オルレアンの町に住んでいる素性《すじよう》の正しい騎兵大尉の娘であった。彼女は修道院でかどわかされ、さらわれたのであるが、それには二人の修道女が金で買収されて、力を貨したのであった。この娘ほど可愛らしく、色気をそそる娘はどこにもいなかった。
七番目の娘はロゼットという名前で、十三歳、シャロン・シュル・ソオヌ地方の国王代理官の娘だった。父が死んだばかりで、彼女は町に近い郊外の母親の家にいた。泥棒《どろぼう》のふりをした一団の人々が家族たちの目の前から、娘をさらって逃げた。
最後の娘はミミ、あるいはミシェットと呼ばれ、セナンジュ侯爵の娘で、十二歳だった。ブルボネ地方の父の領地を四輪馬車で散歩しているとき、さらわれたので、おつきの腰元は二、三人だったが、みんな殺された。
ごらんの通り、この快楽のお膳立《ぜんだ》てには、おびただしい金とおびただしい罪悪とが費やされていたのである。しかしながら、このような人たちにとっては、金などというものは物の数ではない。また罪悪にしたところで、当時はそんなものが追及されたり罰されたりしたためしさえ聞かないような時代で、彼ら自身がすでにこのことは経験ずみなのである。一事が万事そういう次第で、すべての悪事が功を奏し、わが四人の道楽者は、いっかな悪事の結果を心配したり、捜索を怖れたりする必要がなかったのである。
さるほどに、少年の審査期日がやって来た。これは女の子より集めやすかったから、その数もそれだけ多かった。取持ち屋が連れて来た数は百五十人であった。作者は断じて大げさな言い方はしないつもりだが、少年たちはその愛らしい顔立ちといい、そのあどけない優美さといい、その無邪気さ純潔さといい、またその気品の高さといい、娘たちに勝るとも劣らなかった。娘たちと同じく、それぞれ一人につき三万フランという値がついていたが、今度の場合、業者たちはふい[#「ふい」に傍点]になる心配がないのだった。というのは、この獲物にわが四人の道楽者ははるかに多大の嗜好をもっていたので、たとえ満足できなくてお払い箱にしなければならない場合でも、採用された場合と同額の金を支払うことによって、決して業者たちに損をさせないことを申し合わせていたからである。
審査は娘のそれと同様に行なわれ、きわめて慎重な配慮とともに、毎日十人ずつ吟味された。娘のときにはやや等閑《なおざり》にした気味がないでもないが、その慎重ぶりたるや、審査するに先立って、いつも必ず十人ずつ登場する少年の手助けによって、埒をあけてみなければ気が済まないというほどのものだった。人々は法院長を仲間から除名しようかと思ったほどだった。なにしろその趣好がきたならしく変わっていて、ちっとも信用が置けないのである。娘たちの審査のときも、この彼の醜悪と腐敗への趣味によって、自分たちの公平な判断が狂わされたのではなかったろうか、と彼らは考えざるを得なかった。仲間たちの譴責《けんせき》を受けて、法院長は出来るだけ自分の趣味を抑えることを約束した。しかし約束はしても、これはなかなか実行が困難であった。ひとたび傷つき廃頽《はいたい》した想像力が、こうした良識と自然への背反に慣れ親しむと、それは言い知れぬ内心の楽しさとなって、ふたたび正道に連れもどすのが、非常な困難になるからである。あたかもそれは、おのれの趣味に奉仕しようとする欲望が、おのれの判断を制御する力を失わせるかのごとくである。かくてこの判断力は、真に美しいものを軽蔑《けいべつ》し、みにくいものしか愛さないようになり、おのれの論理に従ってずばずば発言するようになる。より真実な感情に立ち返ることなどは、おのれの主義に反する罪でもあるかのように思われて、この主義から離れるのが不満でたまらなくなるのである。
最初の審査会議が終わると、百人の少年が満場一致で合格した。しかし最後の合格者たるべき少数を選抜するには、なお百回も続けて採決をとる必要があった。三回続けて会議を開いた末、五十人が残された。もうこうなった上は、異常な手段に訴えてでも、目をあざむく幻影を取り除き、真に採用すべき者を採用するように努力するしか方法がなかった。そこで彼らが案じた方法は、少年たちに女の子の服装をさせてみることだった。いわば彼らの熱愛する性《セツクス》に、彼らの何とも感じない性《セツクス》の衣裳《いしよう》を着せて、男の子たちの権威をくじき、あらゆる幻影を失墜させるというトリックで、その結果、二十五人が振るい落とされた。けれどもこの最後の二十五人以下には、どうしても投票によって決定することが出来なかった。いくら腎水をこぼしてみても、いくら投票用紙に名前を書いてみても、いくら娘の場合と同じ方法を用いてみても、二十五人は相変わらず二十五人のままだった。そこで仕方がないので、少年たちに籤《くじ》を引かせることにした。
では次に、こうして残った少年たちに与えられた名前と、彼らの年齢、家柄、および誘拐された当時の模様とを簡略に述べておこう。ただし、彼らの肖像を描き出すことは諦《あきら》めよう。エロスの顔さえ確かに彼らほど繊細ではなかったし、画家アルバニが天使の顔を描くのに選んだモデルさえ、彼らほど美しくはなかったにちがいないからである。
ゼラミイルは十三歳、ポワトゥの貴族の一人息子で、父親の領地で大事に育てられていた。あるとき、父親は召使をひとり付けて、息子を女親に会いにポワチエに行かせたが、折をうかがっていた悪者の一団が、召使を殺害し、子供を奪い取ったのである。
キュピドンは同い年で、ラ・フレシュの町の中学に行っていた。この町の近くに住む貴族の息子で、学校で勉強していたのである。日曜日に学友と一緒に散歩をしていると、待ち伏せしていた悪漢が彼をさらった。彼は学校中でいちばん美しい子だった。
ナルシスは十二歳で、マルタ騎士団に属していた。父親はルウアンで貴族の身分に匹敵する顕職を占めていたが、この町で少年はさらわれたのである。パリのルイ・ル・グラン中学に行く途中であった。
揃いも揃って美しい八人のなかから誰《だれ》かひとり選択の余地があるとすれば、ゼフィルはいちばん愛らしい少年で、パリ生まれだった。パリのさる有名な寄宿学校で勉学中だった。父親は将官級の軍人で、息子を取りもどすためにあらゆる手をつくしたが、その甲斐《かい》がなかった。寄宿学校の先生を金で買収していたのである。すでにこの先生は七人もの少年を売り渡し、そのうち六人がお払い箱になっていた。百万フランでこの子を栽尾させてくれるなら、即座に金を出そうとブランジ公爵が明言したので、この先生、ついふらふらとなってしまったのである。公爵は少年の初物に手をつけなかったが、やがてそれが彼のものになるのは当然の権利として認められていた。ああ、この愛らしい上品な少年に、何という不似合いな、何という残酷な運命が待ち受けていたことであろう!
セラドンはナンシイの司法官の息子で、叔母《おば》さんに会いにリュネヴィルに来ていたところをさらわれたのだった。やっと十四歳になったばかりの少年である。同じ齢頃《としごろ》の娘を使って誘惑したのは、この少年だけだった。小さないたずら娘は少年に恋をしているような振りをして、うまうまと彼を罠《わな》にかけた。家庭の監督が不行き届きだったので、計略はまんまと図に当たった。
アドニスは十五歳、ル・プレシスの中学校に勉強に行っていたところをさらわれた。父親は高等法院議長で、さっそく告訴したが、騒ごうが喚《わめ》こうが無駄だった。万端の配慮がつくしてあったので、聴き届けてもらうことは絶対に無理だったのである。キュルヴァルは父親の家でこの子に会って、二年も前から熱をあげていた。誘惑するのに必要な手段や情報を提供したのも彼である。こんな堕落した男にも、こんなまともな趣味があったのかと、仲間たちは一驚した。キュルヴァルにしてみれば、自分だってたまには良い趣味を示すこともあるのさと、この機を利用して仲間たちに納得させておきたかったので、もう大得意だった。子供はキュルヴァルを見知っていたから、泣いて訴えた。けれども法院長は、お前の初物はきっとわしが最初に摘んでやるよと言って、慰めたつもりになっていた。そしてこの悲しい慰めの言葉を与えてやりながら、法院長は少年の尻の上で、巨大な一物をゆらゆらさせてみるのだった。事実、彼は初物の権利を仲間たちに願い出て、当然のごとくそれを得たのである。
イヤサントは十四歳、シャンパーニュ地方の小さな町の退役士官の息子だった。狩りが三度の飯より好きで、狩りの最中にさらわれた。父親が軽率な男で、狩りなんぞへ息子をひとりでやったのがいけなかったのである。
ジトンは十三歳、ヴェルサイユ宮殿の小姓の部屋で育てられていた。父親はニヴェルネ地方の上流人士で、息子をヴェルサイユに連れて来てからまだ六ヵ月もたっていなかった。少年はサン・クルウの大通りに一人で散歩に行ったとき、実にあっけなく誘拐された。この少年には司教が夢中になっていて、初物は彼が摘むことになっていた。
わが道楽者が淫楽のために調えた少年神たちは、ざっとまあ、以上のごとくである。作者はいずれ適当な時と場所とを選んで、道楽者がどんな風にこの少年たちを行使したかを語るであろう。残った少年百四十二人はどうかと言えば、道楽者はこの獲物をからかうだけでは満足しなかった。おのれの欲望に奉仕せしめずには、一人といえども、解雇してやらなかった。
わが道楽者たちは公爵の城館で一ヵ月間、少年たちとともに過ごした。出発を明日に控えていたので、すでにあらゆる日々の習慣的な約束は破られていた。このことが出発の時期まで、せめてもの気晴らしとなっていた。道楽者は少年たちに十分|堪能《たんのう》すると、彼らを厄介ばらいするための面白い方法を思いついた。その方法というのは、トルコの海賊に少年たちを売り飛ばしてしまうことだった。この方法によって、あらゆる悪事の跡は湮滅《いんめつ》され、出費の一部も回収できるというものである。何人かずつ一塊りにして、少年たちをモナコの近くまで連れて行くと、そこにトルコ人が出向いて来て、少年たちを受け取るのだった。トルコ人は少年たちを奴隷の境涯《きようがい》に陥れるわけであるが、この悲惨な運命も、わが四人の極悪人にとっては実に愉快な気晴らしの種なのであった。
いよいよ強蔵《つよぞう》を選ぶ時が来た。もっとも、この連中はいくらお払い箱にしても、面倒なことは少しもなかった。もう子供ではないのだから、旅費と慰藉料《いしやりよう》とを払って家に帰してやれば、それだけで済んだ。八人の周旋屋も、別にそれほど苦労をしたわけではなかった。採択の基準となる一物の寸法は、ほとんど一定していたし、むずかしい条件があるわけでもなかった。だから、五十人ばかりの青年がたちまち集まった。まず比較的大きなやつを二十人選び、さらにそのなかから、より若くより美しいやつを八人選んだ。この八人のうち、物語のなかでとくに詳しく言及されるのは、大きい方の四人だけなので、作者はこの四人の名前をお伝えするにとどめよう。
エルキュールは、まさに頂戴《ちようだい》した名前にふさわしく、ギリシアの神そのままの体格で、当年二十六歳、長さ十三寸、周囲八寸二分といった一物の所有者であった。これほど美しく、これほど威厳のある一物は世界に二つとなく、ほとんどつねに生《お》え返っていて、実験してみたところ、この腎水は八回の首尾で二合二|勺《しやく》たっぷりあった。それでも大そう気がやさしくて、人好きのする容貌をしていた。
アンチノウスと名づけられた青年は、稀有《けう》なことに、この上なく見事な一物と、この上なく肉感的な尻とを二つながら有《も》っていた。だからハドリアーヌス皇帝の稚児さんの例に傚《なら》って、こんな名前を頂戴したのである。その一物は長さ十二寸、周囲八寸であった。当年三十歳で、すばらしい美貌の主だった。
尻破り[#「尻破り」に傍点]と呼ばれた若者は、実に面白い形に曲った雁首《かりくび》をもっていたので、相手の尻を傷つけずに栽尾することがほとんど不可能になっていた。尻破りという名前が由来したのも、ここからである。その雁首は牛の心臓に似ていて、周囲八寸三分であった。長さは八寸しかなかったが、この節くれ立った得手吉《えてきち》たるや、弓のように反り返っているので、貫通すれば必ず若気に裂傷を負わせずにはいなかった。こういう特質は、われわれのような無感覚になった道楽者には、まことに貴重な特質なので、とくに彼のような人物が求められたのである。
天突き[#「天突き」に傍点]と呼ばれた男は、どんなことをしていても、いつも必ず怒張しているので、こんな名前がついたのである。その一物は長さ十一寸、周囲七寸十一分(フランス旧尺度の寸は約一インチ。分はその約十二分の一。)であった。より大きい男たちでも、彼に席を譲って、しりぞかねばならないことがあった。というのは、彼らがなかなか立たせにくいときに、この男ときた日には、一日にどれだけ排出していようと、ごく軽くふれただけで、たちまちぴんと跳ねあがるだけの力の持ち主だったからである。
その他の四人もほとんど同じくらいな体格、同じくらいな背丈の男だった。不合格になった四十二人は、十五日間遊び相手をさせられ、大いに堪能し、くたくたになった挙句《あげく》、多額の報酬を受けて、ひまを出された。
あとはもう四人の召使女を選ぶことだけだった。そしてこれこそ、四人にとって、おそらく最も目を楽しませる光景だったのである。頽廃した趣味をもっていたのは、なにもキュルヴァル法院長ひとりではなかった。三人の友達、そのなかでもとくにデュルセが、この下劣と放蕩の呪《のろ》われた趣好に深く染まっていて、自然の清浄|無垢《むく》な創造物におけるよりも、古くさい、いやらしい、穢《きたな》らしいもののなかに、より多くの刺戟《しげき》的な魅力を発見するようになっていたのである。こうした気紛れを説明することは、もとよりきわめて困難であるが、それが多くの人々のなかに存在することは事実である。おそらく自然の無秩序は、きちんとした自然の美よりもはるかに大きな力をもって、人間の神経系統に、一種の刺戟を及ぼすのであろう。それに、たしかな証拠によれば、みにくいもの、下劣なもの、おそろしいものこそ、みだらな気持ちを起こした人々に喜ばれるのである。とすれば、汚れた相手より以上に、こういう気持ちを促進する相手があるだろうか。もし淫蕩の行為において喜ばれるものが、きたないものだとすれば、それはきたなければきたないほど喜ばれるはずであろう。そして清浄無垢な、完全な相手におけるよりも、汚れた相手において、このきたならしさが一層大きいことは確かであろう。
この間の消息には、いささかの疑問もない。第一、美とは単純なものであり、醜とは異常なものである。そして燃えるような想像力というものはすべて必ず、単純なものよりも、淫蕩における異常なものを好むものなのである。美とか瑞々《みずみず》しさとかは、単純な感覚を揺り動かすことしか出来ないが、醜とか、堕落とかは、より強烈な打撃を与えることが出来るので、感覚の震動はさらに大きくなり、従って当然、昂奮《こうふん》はさらに激しくなる。だから多くの人が享楽のために、みずみずしい美しい娘よりも、年とった、みにくい、いやな臭いさえする女を好むというのは、ちょうどわれわれが散歩のとき、変化のない坦々《たんたん》たる道よりも、石ころだらけの、ごつごつした山地を好むのと同じようなもので、少しも驚くべきことではないはずだ。こうしたことはすべて、われわれの肉体構造、われわれの器官、およびそれらの刺戟の受け方に依存しているのであって、われわれはおのれの肉体の形を変化させることが出来ないのと同様、こうしたことに関する趣味をも、意のままに変化あらしめるわけには行かないのである。
いずれにせよ、すでに申し述べたように、こういう趣味がキュルヴァル法院長、およびその三人の仲間たちの、特徴的な趣味なのであった。だから四人が四人とも、召使女の選択については同意見だったとしてもふしぎはなく、こういう選択の態度こそ、いずれ読者諸子もお分かりになるように、この仲間たちのあいだの堕落と腐敗をはっきり示すものだったのである。
そこで彼らは、きわめて慎重な配慮をもって、この目的を満足させるに必要な四人の女を、パリの町に探させた。この女たちが、よしいかに胸糞《むなくそ》のわるくなるような容姿をしているからとて、読者諸子はよもや彼女たちのすがたを描き出すことを作者に禁じはすまい。むしろこれを赤裸々に描き出すことこそ、風俗作家の欠くべからざる仕事なのであって、この作品の主要な目的の一つも、こうした風俗を詳しく展開することなのである。
最初の女はマリイと呼ばれた。ごく最近、車責めの刑に処されて死んだ有名な山賊の召使だったので、彼女もまた、鞭《むち》打ちや烙印《らくいん》の刑を受けていた。五十八歳で、ほとんど髪の毛がなく、鼻は曲がり、目はどんよりと目脂《めやに》だらけで、口は大きく、たしかに三十二本の歯はあったけれども、一本残らず硫黄のように黄色かった。大柄な女で、骨と皮ばかりに痩せ、十四人の子供を生んだそうであるが、わるいやつになるといけないから十四人ひとり残らず圧し殺してしまったと、これは彼女自身の述懐であった。腹は海の波のように皺ばんでいて、尻は一種の膿瘍《のうよう》に侵されていた。
二番目の女はルイゾンという名前であった。六十歳の小柄な女で、傴僂《せむし》で、目っかちで、びっこだったが、年齢の割に美しい尻と、まだかなりきれいな肌をしていた。悪魔のように性悪《しようわる》な女で、誰かの命令を受けさえすれば、どんな恐ろしいことでも、どんな極端なことでも平気で犯す用意があった。
テレーズは六十二歳だった。大柄で、痩せていて、まるで骸骨《がいこつ》のようで、頭には一本の毛もなく、口には一本の歯もなく、ぽっかり開いたこの肉体の穴から、卒倒するほどの悪臭を発散していた。尻は傷だらけで、おそろしくぶよぶよしているので、棒のまわりに尻の皮を巻きつけることも出来た。この見事な尻の孔はと言えば、大きいこと、まるで噴火口のごとく、臭いこと、まるで便所の穴のようであった。彼女自身の言うところによれば、生涯を通じて、テレーズは尻を拭《ふ》いたことが一度もなく、従ってそこには、明らかに子供の頃の糞がまだ残っているはずだった。玉門はどうかと言えば、そこはあらゆる汚物とあらゆる醜悪の集積所で、悪臭のため近寄る人を昏倒《こんとう》させかねまじい、墓穴のようなものだった。おまけに片腕はねじくれていて、片脚はびっこだった。
四番目の女の名前はファンションといった。彼女は欠席裁判で有罪を宣告され、おのれの似姿を身代わりに絞首刑にされたことが六回もあり、この地上で彼女の犯さなかった罪悪は一つもなかった。六十九歳で、ずんぐりむっくりしていて、鼻はぺしゃんこで、眼はやぶ睨《にら》みで、面《つら》の皮が厚く、その悪臭を放つ口には、今にも抜け落ちんばかりの腐った歯が二本あるきりだった。臀は丹毒にすっかり侵され、菊座には拳《こぶし》大の痔核《じかく》がぶらさがり、玉門はおそろしい下疳《げかん》に荒らされ、片方の腿には大きな火傷《やけど》のあとがあった。年百年中酔っぱらっているくせに、彼女は非常に胃が弱かったから、いたるところで酔いながら反吐《へど》をついた。大きな痔核がぶらさがっているのに、尻の孔は生まれつき大きくて、彼女はよく音のする屁《へ》を放ったり、すかし屁をひったりした。自分で気がつかないで屁をたれていることも、しょっちゅうだった。
やがて逗留《とうりゆう》することになる淫蕩の家の、家事万端を引き受けるばかりでなく、この四人の女は、さらに集会の席にも加わって、命じられるままに、あらゆる淫楽の仕事に手を貸さねばならないのであった。
こうして一切の準備が整うと、すでに夏がはじまっていた。ひとびとは、四ヵ月間滞在しなければならないデュルセの城館を、住み心地よく、便利にするために、いろんなものを運び込む必要があると考えた。そこで沢山の家具調度や、鏡や、食糧品や、各種の酒や、リキュールなどが運び込まれ、大勢の職人が当地に送られた。なぶり者にする人間は少しずつ連れて行き、一足先に当地に来ていたデュルセが、彼らを迎えて、それぞれに部屋の割り振りをきめた。
さて、ここらで読者諸子に、向う四ヵ月間淫蕩の犠牲の捧《ささ》げられることになった、名代《なだい》の殿堂について述べておこう。いかに細心の配慮をもって、彼らが人里離れた孤独の隠れ家を選んだかを、読者は了解されるだろう。あたかも沈黙と隔絶と静寂とは、道楽のための力強い媒介物でもあるかのように、また、こうした雰囲気《ふんいき》によって一種の宗教的恐怖を感覚に刻みつけるものはすべて、淫楽のためにより一層の魅力を添えるべきものでもあるかのように、彼らはこんな人里離れた孤独の場所を選んだのであった。しかしながら、いま、作者はこの隠れ家を、かつての状態において描こうというのではなく、四人の道楽者によって一層美しく飾り立てられ、一層完全に近づいた孤絶の状態において、描き出そうというのである。
この隠れ家へ達するには、まずスイスのバーゼルに行かねばならない。バーゼルからライン河を越えると、道はやがて狭くなり、それ以上は馬車が用をなさなくなる。ややあって、「黒い森」にさしかかる。この森のなかを、案内人なしには絶対に通れないような、歩きにくい、曲がりくねった道で約十五里、突き進まねばならない。この辺まで来ると、炭焼きや森番たちの小さな部落が見えはじめる。ここはもうデュルセの領地なので、この部落も彼の所有なのである。小さな村の住人は大部分が泥棒や密輸入者だったから、デュルセは容易に彼らと友達になった。村人たちに与えられた最初の命令は、参会者たちが全員集まる日、すなわち、十一月一日以後は、何びとといえども城館に近寄らせるな、というきつい命令だった。デュルセは腹心の部下に武器を持たせて、彼らがずっと以前から欲しがっていたある種の特権を許し、城門を閉鎖した。ひとたびこの城門が閉まると、シリング城と呼ばれたデュルセの城館に足を踏み入れることがいかに困難となるかは、以下の描写によって如実《によじつ》に御覧じあられたい。
炭焼き部落を過ぎると、まずサン・ベルナアル峰と同じくらい高い山をよじ登らなければならない。しかも足で歩く以外に峰までいたる方法とてはないので、サン・ベルナアル登山よりはるかに困難をきわめる。騾馬《らば》に乗って行けないこともないのだが、辿《たど》って行く道のいたるところに断崖絶壁《だんがいぜつぺき》が口をあけているので、そんな動物の背中に安閑《あんかん》としているわけにも行かない。現に食糧を運ぶ人夫が六人、車馬もろとも谷底へ落ちて死んでいるし、二人の職人も馬に乗ろうとしたばかりに、同じ運命にあった。こうしてたっぷり五時間かかって、ようやく山頂に達すると、またしても新たな奇観が目の前にあらわれる。そしてこれこそ、ある種の処置によって、翼ある鳥しか越えられないような、絶対の障害となるものであった。その自然の奇観というのは、山頂を南と北の部分に分かつ、幅三十|間《けん》以上もの大地の亀裂《きれつ》で、ひとたび山頂に登ったら、何らかの技術に頼らない限り、ふたたび向こう側には下りられないような具合に、それがぱっくり口をあけていたのである。千尋《ちひろ》の谷をへだてて向かい合う、この南と北の両部分を結びつけるために、デュルセは立派な木の橋をつくったが、この橋は最後の参集者たちが渡り切ってしまうと同時に、ぶちこわされてしまったから、もうこの時より以後、シリング城に連絡を取る何らかの可能性は一切なくなってしまった。というのは、橋を渡って南側の山頂を下って行くと、四エーカーばかりの小さな盆地があって、その盆地は雲にまで達するほどの、屏風《びようぶ》のように垂直な、畳々たる岩山に四方を取り囲まれていたからであり、おまけにその岩山のあいだには、どんな小さな隙間も空いてはいなかったからである。つまり、この「橋の道」と名づけられた間道以外には、山間の小さな盆地にいたる道は一つもなかったので、ひとたび橋が破壊されてしまえば、もう地上のいかなる人間も、この小さな盆地に近づくことは絶対に不可能だったのである。
さて、デュルセの誠館が立っていたのは、この要害堅固な、ぐるりを山に取り巻かれた、小さな盆地の中央であった。高さ三十尺の外壁がこの城館をさらに取り囲み、外壁の内側には、満々と水を張った深い堀が、一種の回廊の形をした最後の内壁をさらに防禦《ぼうぎよ》していた。この最後の内壁に刳《く》りぬかれた、低い小さな門を入ると、ついに広い中庭にいたり、中庭のまわりに、人の住む建物が立っているのである。この建物の部屋部屋は、いずれも広くて、手筈《てはず》よろしく立派な家具が備えつけてあり、まずその二階は、だだっぴろい長廊下になっていた。注意していただきたいが、作者のこれから描いてみせようというのは、かつての部屋の有様ではなく、予定の計画に従って整備され配分された部屋の有様なのである。長廊下から、大そう小綺麗《こぎれい》な食堂にいたると、塔の形の戸棚《とだな》が置いてあって、この戸棚は料理場に通じていたから、召使の助けを借りずに、熱いままの料理をすぐに食べられるという便利があった。この食堂には絨毯《じゆうたん》や、ストーブや、長|椅子《いす》や、上等の肱掛《ひじかけ》椅子や、そのほか住み心地をよくする便利なものがすっかり揃っていた。食堂の隣は談話室、何の奇もない、質素な部屋だったが、ただ極端に暖かく、上等の家具が備えてあった。そしてこの部屋は、語り女の物語を聞くために集まる集会の間に通じていた。この集会の間こそ、予定された淫楽のいわば戦場であり、みだらな集会のいわば総本山であって、大そう美しく飾り立てられていたから、とくに細かい描写をして見せる必要がある。
部屋は半円形をなし、半円形に沿ってアーチ形をなした部分に四つの壁龕《へきがん》が刳《く》りぬいてあって、大そう大きな鏡と立派な寝台がそれぞれの壁龕に備えつけてあった。この四つの壁龕は、部屋を区切る半円の直径に面と向かうように造られていて、この直径を形づくる壁の側には、四本脚の高い玉座があり、これは語り女が坐《すわ》るためのものだった。この語り女の坐る場所は、聞き手の席である四つの壁龕と向かい合っていたばかりか、円が小さいため、聞き手とのあいだの距離もごく狭かったので、彼らは物語の一言半句も洩らさずに聞きとることが出来るはずだった。けだし、語り女は舞台の上の役者のような位置にあり、壁龕のなかの寝台に寝た四人の聞き手は、円形劇場の桟敷《さじき》にいるような工合だったのである。玉座の下には階段座席があって、そこには物語によって惹《ひ》き起こされた感覚の昂奮《こうふん》を静めるために利用すべき、放蕩の慰み者たちが居並んでいるはずだった。この階段座席も玉座と同じく、金の総飾りのついた黒ビロオドの絨毯で覆われていた。壁龕もやはり同じ織物で飾られ、豪華な感じを添えていたが、その色調は黒ずんだ青色であった。それぞれの寝台の脚もとには、壁龕から衣裳部屋に通じる小さな扉《とびら》があって、みんなの見ている前で快楽の実演をやりたくない場合には、気に入ったなぶり者を階段座席からこの衣裳部屋へ連れ込むことが出来るようになっていた。この衣裳部屋にも長椅子や、そのほかあらゆる種類の淫猥《いんわい》な行為に必要な道具が揃っていた。
玉座の両側には、それぞれ天井に接するほど高い柱が一本ずつ離れて立っていた。この二本の柱は、何らかの過失を犯して、懲らしめてやらねばならない人間を縛りつけるためのものだった。懲戒のために必要なあらゆる小道具が、この柱に取りつけてあった。こうした脅迫的な仕掛けを見るにつけても、反抗的な気分はいちじるしく沮喪《そそう》するものであるが、これこそ迫害者たちにとっては勿怪《もつけ》の幸いで、肉欲の魅惑はほとんどすべてがここから生ずるのである。
集会の間《ま》は小部屋に通じていて、この小部屋が建物のこの部分の末端になっていた。小部屋は一種の閨房《けいぼう》で、極端に音の響きが鈍く、ひっそりしていて、むんむんするほど暖かく、昼間でも薄暗かった。水入らずの秘めごとや、そのほか追って説明されるであろうような、別の種類の密《ひそ》かな快楽のために使われる部屋だった。反対側の翼面部に行くには、もう一度長廊下にもどらねばならなかった。長廊下のどんづまりに大そう美しい礼拝堂があって、そこはもう反対側の翼面部であり、中庭の塔になっていた。この部分には美しい控えの間があって、それぞれ閨房と衣裳部屋のついた四つの綺麗な部屋部屋に通じていた。三色の綾《あや》織り布のトルコ風寝台が、同じ調子の室内装飾とともに、この部屋部屋をひとしく飾っていて、各閨房には、およそ望み得る限りの最も官能的淫蕩的なものがすべて、凝り過ぎと思われるまでに取り揃えてあった。この四つの部屋は四人の友達に宛《あ》てられた部屋で、非常に暖かく、非常に良い部屋だったから、住み心地は上々だった。彼らの妻たちも予定通り同じ部屋に住むことになっていて、それぞれ私室は与えられなかった。
三階にもほぼ同じ数の部屋があったが、間取りはかなり違っていた。まず一方の側には、それぞれ小さな寝台のついた八つの壁龕のある広い部屋があった。この部屋は若い娘たちの部屋で、その隣には、娘たちの世話をする二人の老婆のための小部屋が二つあった。その向こうにも、同じような小綺麗な部屋が二つあって、これは二人の語り女のための部屋だった。反対側には、やはり同じ八つの壁龕のある、八人の男の子たちの部屋があり、その隣には、やはり彼らを監督する二人の老女の部屋が二つあった。そしてその向こうには、やはり二人の語り女のための部屋が二つ同じように並んでいた。三階の上に突き出た小さな八つの層楼は、八人の強蔵《つよぞう》たちの住みどころだった。もっとも彼らが自分の寝台で寝ることはめったにないはずだった。一階には台所と、台所の仕事をする六人の女たちのための小さな部屋が六つあった。六人のうち三人は腕のよい女料理人だった。こういう仕事のために、男よりも女を選んだということは、まことに当を得た処置というべきであろう。料理人の助手をつとめる三人の若い頑健《がんけん》な娘がいたが、彼女たちは快楽の席には絶対にあらわれず、こうしたことには一切関与しないことになっていた。もしこの点について課せられた規則が破られるなら、道楽というものに一切の自制がなくなってしまうにちがいない。ところで、欲望を伸張し倍加する正しい方法は、欲望に制限を課することなのである。この三人の召使女のうちの一人は、道楽者が連れて来た多くの家畜の世話をする役をも兼ねていた。というのは、家のなかの仕事をする四人の老婆たちを除いては、この三人の料理女と三人の助手よりほかに召使はひとりもいなかったからである。
ともあれ堕落と、残酷と、飽満と、破廉恥と、あらゆる種類の敏感な情欲とに鼓舞されて、四人の道楽者は、さらに怖ろしい別の部屋をも設けることになったので、この部屋の描写をも簡単に済ませてしまう必要があろう。なぜなら物語の興味を削減しまいための法則は、作者に立ち入った十全な描写を禁ずるからである。
さきほど長廊下に小さなキリスト教の教会堂があると言ったが、この教会堂の祭壇の階段の下に、忌まわしい一個の大石が手際よく隠されていたのである。この大石というのは、きわめて狭い、きわめて急な一個の螺旋《らせん》階段で、三百段ほどの長い階段が地中の奥底ふかく、迫持《せりもち》造りの一種の土牢《つちろう》のなかにまで達していた。土牢は三重の鉄扉で閉ざされ、その内部には、見ただけでも怖気《おじけ》をふるいたくなるような、残忍無比な技巧と洗練の限りをつくした野蛮とが案出し得る、あらゆる種類の無気味なものが揃っていた。ああ、罪悪にいざなわれて、あわれな犠牲者とともに、ここ、地中の奥底ふかくに身を置いた悪人は、何たる心の安らぎ、何たる信頼感をおぼえることであろう! まるでフランスの国外の、どんなことをしても安全な、自分だけの領土にいるようなものである。なにしろここは人跡未踏の森の奥、万全の処置によって、空飛ぶ鳥しか近づき得ない森の奥の、要害堅固な孤城のなかである。かてて加えて、ここは地中の奥底である。こんな場所に打ち棄《す》てられ、理非も情けもわきまえぬ悪人の意のままになった不幸な人間こそ、実に実に気の毒である。悪人どもときた日には、おのれの情欲以外には何の興味もなく、おのれの陰険な肉欲の鉄則以外には、守るべき何の節度をも有《も》たないのだ。はたしてここで何が起こるか、それは内証にしておくが、ただ現在、物語の興味をそこなうことなく作者に言えることは、この土牢の話を聞いたとき、公爵が続けて三回も埒《らち》をあけたということである。
さて、こうして一切の準備が出来あがり、一切の手筈がすっかり整うと、選抜されたなぶり者、公爵、司教、キュルヴァル、および彼らの妻女たちは、強蔵たちの四人の後続隊とともに、出発の途についた。(前にも言ったように、デュルセとその妻は先発隊とともに、一足先に当地に来ていたのである)途中数限りない難儀に出あったが、それでも十月二十九日の夕刻には、無事城館にたどり着くことが出来た。迎えに出たデュルセは、一行が渡り切ると同時に山間の橋を切って落とした。いや、そればかりではない、つらつら情況を打ち眺《なが》めた公爵は、すでに全食糧が城内に運び込まれ、もう城外に出る必要がすっかりなくなったと見てとると、さして怖るるに足りない外部からの攻撃を防ぐためにも、またそれより心配な内部からの逃走を防ぐためにも、城中に通じる一切の城門を壁でふさいでしまって、蟻《あり》の穴ほどの隙間も残さず、まるで攻囲された城砦《じようさい》のなかに立て籠《こも》っているかのごとくに、この城内にがっちりと閉じ籠ってしまうに越したことはあるまい、と主張したのである。この公爵の意見はただちに実行され、ひとびとは城門を一つ残らず壁で塗りつぶしてしまったので、もう以前には城門がどこにあったのやら、それさえ見分けがたくなってしまった。こうしてひとびとは内部に立て籠ったわけである。
すでに読者諸子もお読みになったような取りきめに従って、十一月一日までの二日間は、なぶり者たちをゆっくり休養させておくことにした。遊興の幕が切って落とされるや、彼らは元気にみちて舞台に登場しなければならなかったのだ。この二日のあいだに、四人の友達は法典の作成に専念した。法典はできあがると早速、主人たちによって認証され、なぶり者たちのあいだに公布された。本論に入る前に、この法典の内容がいかなるものか、読者諸子にお知らせしておくことが肝要であろう。すでに全般にわたって作者は正確な記述をしつくしてきたので、いまや読者は心楽しく、胸おどらせて、物語の筋を追って行きさえすればよろしいのである。読者諸子の理解力を乱したり、記憶を混乱させたりするものは一つもないはずである。
規則
毎朝十時に起床すべし。この時間に、前の晩非番に当たっていた四人の強蔵は、四人の友達の部屋をおとずれ、それぞれ少年を一人ずつ伴うべし。強蔵は部屋から部屋を順次に歴訪し、四人の友達の意のままに行動すべし。ただし、最初のうちは、彼らの連れて来た少年は小手しらべのためにのみ用いられる。何となれば、八人の若い娘の玉門における処女性は、十二月にいたってはじめて摘み取られ、八人の少年の若気における童貞は、若い娘の若気におけるそれと同じく、一月にいたってはじめて摘み取られるべきものと規定されているからである。これは欲望を決して満たすことなく、絶えず掻《か》き立てて増大せしめ、もって官能を刺戟せんとする方法である。かかる態度こそ、四人の友達が淫楽の最も好ましい状態として、惹起《じやつき》せしめんと努力しつつあるところの、ある種のみだらな熱狂に必然的に到達すべき状態である。
十一時に、四人の友達は若い娘の部屋に行くべし。そこにおいて、チョコレート飲料、あるいはエスパニア葡萄酒《ぶどうしゆ》つきトースト、あるいはその他の強壮剤から成る朝食が供さるべし。この朝食は、八人の裸の娘が給仕をし、娘たちの後宮の係であるマリイおよびルイゾンなる二人の老女が、これを手伝うものとする。他の二人の老女は少年たちの後宮の係たるべし。もし四人の友達が食事中、もしくは食事の前後、娘たちとみだらごとに耽《ふけ》りたい気を起こしたら、彼女たちは命令どおり忍従して身を任すべし。もし甘んじて身を任せない場合には、きびしい罰が加えられるであろう。ただし、この朝食時においては、特殊な秘密の遊興は一切行なわれないことになっている。よしんば一瞬いたずら心を起こしたにせよ、食事に居合わせたすべての者の面前で、ほんのちょっとしたことを行なうにすぎざるべし。
娘たちは通則として、四人の友達のすがたを認めた場合、あるいは顔を合わせた場合には必ず、うやうやしく膝《ひざ》まずき、もう立ちあがってもよいと言われるまで、そのままの姿勢を保つべし。ひとり娘たちのみならず、妻女も、老女も、この規則には服従すべし。それ以外の者には、この規則を免除する。ただし、何ぴとといえども、四人の友達に対し「御前さま」以外の呼称をもって接することを禁ずる。
娘たちの部屋を出て行く前に、月番の任に当たった友達は(この月番というのは、各月に一人が雑務を受け持ち、次の月にはその雑務を他に譲り渡すという仕組みで、デュルセは十一月、司教は十二月、法院長は一月、公爵は二月とそれぞれ受け持ちがきまっていたが)要するに月番に当たった友達は、娘たちの部屋を出て行く前に、彼女たちの全員をひとりひとり点検し、命ぜられた通り身だしなみをよくしているかどうか調べるべし。これは毎朝老女たちに通達さるべき事柄であって、娘たちのある種の身だしなみは必要なればこそ、かく規定されているのである。
礼拝堂のなかより以外、便所に行くことは厳禁さるべし。礼拝堂はとくにそのために設けられた部屋である。それでもそこへ行くには特別の認可を必要とすべし。認可はおおむね却下さるべし。かるが故に、月番の友達は朝食後ただちに、娘たちの個人便所を入念に点検すべし。もし上記の二事項に違反ありたる場合には、いずれの場合におけるも、違反者は体刑に処せらるべし。
次に、娘たちの部屋から少年たちの部屋に移り、同じような点検を行ない、同じような体刑を違反者に課すべし。朝、友達の部屋に来なかった四人の少年は、このたび、彼らの部屋をおとずれる友達を迎え入れるべし。彼らは友達の前でズボンを脱ぎ、別の四人の少年は、命令があるまで何もせず、立ったまま待っているべし。主人はこの日まだ手をふれなかった四人の少年と、みだらごとに耽る場合もあり、耽らぬ場合もある。しかしいずれにせよ、主人たちがここでやることは、公開のことであって、水入らずのことは一つもない。
一時には、娘たちや少年たちのある者が、さしせまった必要、つまり大便をしに行く許可を得――もっともこの許可を得るのは非常にむずかしく、せいぜい全体の人数の三分の一にしか許されないのであるが――ともかく、許可を得た者たちは礼拝堂に行くべし。礼拝堂には、この種のものに関係のある快楽のための手立てが、手際よく整っている。彼らはその場に四人の友達を見出すべし。四人の友達は二時まで彼らを待つが、それ以上永くは待たず、この種の快楽にふさわしいと判断するに応じて、適宜彼らを処置せしむべし。
二時から三時までのあいだに、女部屋および男部屋における二つの最初の食事を用意すべし。二つの食事は同時刻に摂《と》らるべきものとする。三人の料理女がこれを用意すべし。女部屋における食事には、八人の娘および四人の老婆が列座し、男部屋における食事には、四人の妻女、八人の少年、および四人の語り女が列座すべし。この食事中、主人たちは談話室に行き、三時までそこで一緒に談話をする。三時少し前に、八人の強蔵が出来るだけきちんとした身なりをし、出来るだけ着飾って、この部屋にあらわれるべし。
三時には、主人たちの食事が供さるべし。八人の強蔵のみが、そこに列席する光栄を享受すべし。この食事は、四人の素はだかの妻女たちによって給仕され、妖術師《ようじゆつし》風の装いをした四人の老婆がこれを手伝うべし。料理女が持って来た皿を、四人の老婆が塔の外へ運び出し、妻女たちに手渡し、妻女たちがこれを食卓の上に並べるものとする。食事中、八人の強蔵は妻女たちの裸身に、望みのままに接触することを得べし。妻女たちはこれに対して、拒否することも身を守ることも得ざるべし。さらにまた、強蔵は妻女たちにありとあらゆる悪口雑言を浴びせつつ、彼女らを虐待したり鞭打したりすることを得べし。
五時に食卓を離れるべし。そのとき、四人の友達のみは(強蔵たちは総会まで引きさがっている)すなわち、四人の友達のみは広間に行き、二人の少年および二人の少女の手によって、コオヒーとリキュール酒を供さるべし。少年少女は毎日交代し、はだかにて給仕すべし。けれども、この時はまだ、精力を消耗させる快楽に耽るべき時ではない。愚にもつかない戯れのみにて満足していなければならぬ。
六時少し前に、給仕をしていた四人の子供が引きさがり、手早く着物を着に行くべし。六時きっかりに、主人たちは物語を聞くための大広間に集まるべし。この大広間の模様については、さきに説明した通りである。主人たちはそれぞれ自分の壁龕《へきがん》に席を占むべし。その他の者の占むべき位置は、次のごとくである。さきに述べた玉座に、語り女が坐るべし。玉座の下の階段座席には、十六人の子供が居並ぶべし。十六人のなかから四人ずつ、すなわち二人の娘と二人の少年の一組が、それぞれ壁龕の一つに面と向かうような位置に座を占むべし。このようにして、それぞれの壁龕が四人一組の子供たちと向かい合うようになり、この四人一組が、とくに各壁龕に割り当てられるべし。したがって各壁龕は、隣の壁龕の正面に位置した子供たちに対しては、いかなる権利をも主張することを得ざるべし。この四人一組の子供たちは、毎日交代することになっているから、各壁龕は毎日同じ顔にぶつかるようなことはなかるべし。子供たちはそれぞれ腕に花環《はなわ》の飾り紐《ひも》をむすびつけ、この紐の端を壁龕のなかの主人が持っているものとする。こうしておけば、壁龕のなかの主人が誰か気に入った子供を呼び寄せたいとき、ただ飾り紐を引っぱりさえすれば、ただちに子供が自分の方へ飛んで来るということになる。
四人一組の子供たちの上席には、それぞれ一人の老婆が座を占むべし。老婆は四人の子供を監督するとともに、この四人の前の壁龕における主人の命にも服すべし。
月番に当たっていない三人の語り女は、玉座の脚もとの腰掛けに座を占むべし。割り当てられた役目はなくとも、全体の秩序はこれを守るべし。主人と夜を過ごすことにきまった四人の強蔵は、総会への出席を忌避することを得べし。この場合、強蔵たちは自室にあって、その夜のために準備おさおさ怠りなく、つねに秘策を練っておくべし。他の四人の強蔵は、それぞれ壁龕のなかの主人の足もとの、ソファの上に身を置くべし。このソファの上にはまた、妻女たちがひとりひとり順番に、主人と並んで座を占むべし。妻女はつねに裸身にてあるべし。強蔵はチョッキと、桃色タフタのパンツにてあるべし。月番の語り女は、三人の同僚とひとしく、艶冶《えんや》な娼婦の装いにてあるべし。四人一組の少年少女はつねに組によって異なった、優雅な服装にてあるべし。すなわち、ある組はアジア風の装い、ある組はスペイン風の装い、またある組はトルコ風の装い、さらに他の組はギリシア風の装い、といった具合である。そして、これが一日限りでまた別の服装になる。しかしながら、彼らの服装がいずれもタフタと薄|紗《しや》であることには変わりなく、肉体の下半身を締めつけるものとてはなく、ピンを一つ外しさえすれば、たちまち裸身を露出するものとすべし。
老婆たちは順次に、灰色の衣を着た尼僧の服装、修道女の服装、妖精《ようせい》の服装、妖術師の服装、また時として寡婦の服装をなすべし。壁龕に隣接した小部屋の扉は、いつも半開きにてあるべし。小部屋は煖房装置によって高温に熱せられ、さまざまな放蕩に必要な、あらゆる種類の道具を備えつけてあるべし。四本の鑞燭《ろうそく》が室内の四隅《よすみ》で燃え、広間にはまた、五十本の鑞燭が燃えつつあるべし。
六時きっかりに、語り女は物語を始めるべし。四人の友達は、随時にこれを中断することを得べし。この物語は午後十時まで続く。この目的は想像力を掻き立てることにあれば、物語のあいだ中、あらゆる淫行は許可さるべし。ただし、会の秩序を乱すがごとき淫行は、その限りにあらず。また破瓜《はか》に関して取りきめられた約束は、つねに厳正に守らるべきなり。ともあれ、それ以外のことならば、強蔵であれ、妻女であれ、四人一組の子供であれ、老婆であれ、また気が向けば語り女であれ、あらゆる者を相手に、望みのままに振舞うことを得べし。壁龕のなかであろうと、小部屋であろうと、当人の勝手なるべし。中断を要求した者の快楽がつづいているあいだ、物語はとぎれているが、快楽が終わった途端、それはふたたび始まるべし。
十時には夜食を供すべし。妻女と語り女と八人の少女とは、すみやかにその場を去り、女たちだけで食事をすべし。女は男の夜食に絶対に列席すべからず。四人の友達は、夜伽《よとぎ》の任に当たっていない四人の強蔵、および四人の少年とともに夜食をすべし。他の四人の少年は、老婆に手伝ってもらって、給仕をすべし。
夜食が済み次第、いわゆる大|饗宴《きようえん》の執行のため、集会の間に赴くべし。別の場所で夜食をしていた者も、主人と一緒に夜食をしていた者も、全員そこにおいて再会すべし。ただし、夜伽の任に当たった四人の強蔵は、その限りにあらず。
集会の間は独得の煖房装置と、シャンデリアの照明あるべし。そこでは全員裸身にてあるべし。語り女も、妻女も、娘も、少年も、老婆も、強蔵も、主人も、すべてごちゃごちゃに入り乱れ、床の上をころげまわるべし。動物のようにして、相手を取り代えたり、見境いなく交わったり、不倫の罪を犯したり、姦通《かんつう》したり、栽尾《さいび》したりすべし。破瓜したりさえしなければ、どんなに頭を熱中させる放埒、放蕩に耽ろうと、一向差し支えないのである。この破瓜の行なわれるべき時には、ひとびと、これに取りかかるべし。ひとたび破瓜の行なわれた子供は、いついかなる方法にて楽しもうと自由なるべし。
午前二時きっかりに、大饗宴がおわり、夜伽の任に当たった四人の強蔵は、しゃれた部屋着を着て、それぞれ共寝すべき主人を迎えに来るべし。主人は強蔵とともに、妻女たちの一人か、あるいは破瓜された娘の一人か、あるいは語り女か、老婆かを連れて行き、彼女と強蔵とのあいだで夜を過ごすべし。ここでもまた、公正な取りきめに従うという約束を守ってさえいれば、すべては意のままなるべし。その結果、各人が毎晩のように相手を取り代えるということも間々あるべし。
以上が毎日の日課および日程である。これとは別に、城中に滞在している十七週間のあいだ、各週間ごとにそれぞれ一回、祭りが催されるべし。祭りはまず第一に、結婚式なるべし。結婚式の時期および場所は、追って通告あるべし。さりながら、この結婚式は最初のうち、いちばん幼い子供同士のあいだで行なわれるものなれば、契りは到底むすび得ず、したがって、破瓜に関して取りきめられた既定の約束は、いささかも害《そこな》われることなかるべし。年長の子供同士の結婚式は、破瓜の後に行なわれるはずなれば、彼らの契りは何物をも害うことなかるべし。なぜなら彼らは、たとえ実行し得たとしても、すでに先人の摘んだあとを楽しむにすぎないからである。
四人の老婆は、四人の子供の行状について、彼らが過ちを犯したときは報告し、月番の主人に陳情すべし。主人は毎土曜日の晩、大饗宴の際に、共同で折檻《せつかん》を行なうべし。月番はその時までに正確なリストを作っておくべし。
語り女の犯した過ちは、子供の過ちの半分程度に罰すべし。というのは、彼女たちの才能は役に立つからであり、才能というものはつねに尊敬しなければならないからである。一方、妻女や老婆たちの犯した過ちには、必ず子供の過ちの二倍ほどにも罰を加えるべし。
たとえそれが不可能なことであっても、要求されたことに対して何らかの拒否を示した者は、すべて厳罰に処せらるべし。あらかじめ事態を見越して、用心していればよかったのである。
放蕩の最中における、どんな小さな忍び笑いも、どんな些細《ささい》な不注意も、どんなわずかな敬意あるいは服従心の欠如も、重大きわまりない罪となり、酷烈きわまりない罰となるべし。
女を楽しむ権限を与えられていないときに、女とたわむれ、現行犯を取りおさえられた男は、すべて男根切除の罰を受くべし。
なぶり者の分際で宗教上の行為をなしたる者は、それがいかなる行為であれ、死をもって罰せらるべし。
四人の友達のあいだではっきり決められていることは、集会の席では最も淫猥《いんわい》な、最も放埒な言葉、また最も不潔な、最も兇暴な、最も涜神《とくしん》的な表現しか使うべきではないということである。
神の名を発するときには必ず、悪罵《あくば》あるいは呪詛《じゆそ》の言葉を同時に発し、出来るだけ頻々《ひんぴん》とこれを繰り返すべし。
女や少年を相手にするときは、つねに最も野蛮な、最も酷薄な、最も横柄な口調をもってすべきであるが、男を相手にするときは、従順な、娼婦めいた、いかにも品性下劣を思わせるような口調をもってすべきである。この場合、友達は女の役目を演じているので、男たちを自分の夫と見なしているのである。
主人といえども、いま言ったようなことを怠ったり、わずかでも分別心を持とうとしたり、あるいは、たった一日でも酒を飲んで寝ないような日を過ごそうとしたりした場合には、一万フランの罰金を支払うべし。
友達は排便の欲求を感じたとき、適当と思う女を一緒に連れて行き、この行為のあいだ、いろいろと指図して世話をさせることを得べし。
なぶり者はすべて、男であれ女であれ、自分勝手に身体を清潔にすべからず。とくに排便後は、月番の友達のはっきりした許可なくしては、決して拭浄《しよくじよう》すべからず。もし許可なくして拭浄した場合には、最もきびしい罰が下されるべし。
四人の妻女は他の女たちに対して、いかなる種類の特権をも有《も》たざるべし。むしろ逆に、妻女はつねに手きびしく無慈悲に扱われ、しばしば最も骨の折れる卑賤《ひせん》な仕事、たとえば、礼拝堂に設けられた共同便所および個人便所の掃除などといった仕事に使役さるべし。この便所は八日目ごとに、いつも彼女たちによって汲《く》みとらるべし。もしこの仕事に対して逆らったり、あるいは下手に仕事を了《お》えたりした場合には、きびしく罰せらるべし。
もしなぶり者にして、集会の開催中、逃亡をくわだてる者あらば、だれかれの容赦なく、即刻死をもって罰すべし。
料理女およびその助手は、尊敬を受くべし。主人にして、この規則に違反ありたる者は、千ルイの罰金を支払うべし。この罰金はフランスに帰ってから、ふたたび新たな遊興のための出費をはじめるに際して、とくに利用されることになるべし。
法典の仕事が出来あがり、三十日の昼間に規則が公布されると、公爵は、翌三十一日の午前中をついやして、一切のことをもう一度確認してみた。つまり、すべてにわたって復習してみたのである。とりわけ、城砦《じようさい》が外部から侵略されたり、あるいは内部から逃亡を容易にしたりするような、見逃されやすい弱点をもっていないかどうか、入念に吟味してみた。
そうして、空飛ぶ鳥か悪魔ででもない限り、城砦の内部へ侵入したり外部へ脱出したりすることは、絶対に出来そうもないと確認すると、公爵はこのことを法典作製委員会に報告し、次いで、三十一日の夜の間をついやして、女たちに一場の訓示を垂れた。公爵の命令によって女たちが全員、物語の広間に参集すると、公爵は、語り女が坐ることになっている玉座のような、演壇の上に立ちあがって、おおよそ次のごとき演説をぶった――
「おれたちの快楽の単なる玩弄物《がんろうぶつ》となり果てた、虫けら同然な者どもよ、いまこそ甘い希望を棄《す》て去って、よく聞くがよい。お前たちのためにこの地上に残された、ばかばかしくも専制的なこの帝国は、お前たちの身に何らかの恩典を認めてやるほど寛大ではないのだぞ。従順な奴隷の千倍も従順になって、お前たちはただ屈従のみを覚悟していればよいのだ。お前たちが行使すべき唯一の美徳は、服従のみだということを忠告しておこう。それのみが、お前たちの置かれている現在の状態にふさわしいのだ。とりわけ、お前たちは自分の肉体の魅力を頼りになんぞはしないがよい。そんな色仕掛けには、おれたちはいい加減鈍感になっているのでな、まあ、おれたちのような人間相手に、そんな誘惑が功を奏するのは万が一にも無理だということを早く料簡《りようけん》したがよい。いつも頭に入れておかねばならないことは、おれたちがお前たちすべてを自分のために使うのだということだ。だからといって、お前たちのなかのたった一人でも、おれたちの憐《あわ》れみの感情を起こさせることが出来ようなどと、甘い考えを抱いたら大間違いだぞ。ちょっとばかりおれたちの称讃を買ったからといって、おれたちにとっては美しいもの、神聖なものが癪《しやく》の種なのだからな、幻影の美しさが肉欲を満足させるやいなや、たちまちおれたちの自尊心と自堕落ぶりとが、そんな美しさとか神聖とかいったくだらないものを叩《たた》きこわしてしまうのだ。ほとんどいつも、軽蔑と憎悪の感情がおれたちの心にしのび込んで来て、たちまち、想像力によって作り出された幻惑を追い払ってしまうのだ。さあ、それでもお前たちは自分の美しさを見せびらかすつもりかね、そんなものはおれたちが知りすぎるほど知っているのだよ、時によっては、逆上の最中でさえ、足で踏みにじってやることがあるのだよ?
「隠しておいても仕方がないから言ってしまうが、お前たちのお勤めはきびしく、つらく、骨の折れるものだろうよ。どんな些細な過ちでも、すぐさま体刑によって罰せられるにちがいない。だから、くれぐれも言っておくが、几帳面《きちようめん》さと、従順と、自分を捨てておれたちの欲望に奉仕しようという、犠牲的精神を忘れてはならない。おれたちの欲望こそ、お前たちにとって唯一の掟《おきて》でなければならない。おれたちの欲望の前に鞠躬如《きつきゆうじよ》として仕え、進んでこれに手を貸し、欲望の芽を育ててやらねばならない。むろん、こうした行為によってお前たちが多くを得るからというのではなく、ただこれを守らなければ、多くを失ってお前たち自身が損をするからというだけの理由だがね。
「自分の立場をよく考えてみるがいい。お前たちとおれたちは、いまどんな立場にあるだろうか。このことを反省してみれば、どんな馬鹿でも、ぞっとしないではいられまい。お前たちはフランスの国外の、人跡未踏の森の奥にいるのだよ。ここへ来るには、切り立つような山また山を越えねばならず、おまけにその山間の吊《つ》り橋は、お前たちが渡り切ると同時に、切って落とされたのだよ。水も漏らさぬ要害堅固な城砦に閉じこめられて、ここには、お前たちの知っている者はひとりだっていやしない。友達からも両親からも遠く引き離されて、もうお前たちはこの世で死んだも同然なのだ。もうお前たちが呼吸をしているのは、ただおれたちの快楽のためだけと言ってもよいのだ。いったい、お前たちを現在支配している人間は、どんな種類の人間だろう? 世にかくれなき、心底からの大悪党さ。淫蕩以外に神というものを知らず、堕落以外に掟というものを知らず、道楽以外に節制というものを知らず、眼中、神も道徳も宗教もない、揃《そろ》いも揃ったしたたか[#「したたか」に傍点]者さ。なかでいちばん罪の軽いやつだって、お前たちが数え切れないほど沢山の悪業非行で、骨の髄《ずい》まで汚されているだろう。たかが女の生命なんぞ、いや女どころか、地球上に棲《す》むどんな種類の生命だって、蠅《はえ》を殺すのと同じくらい平然たる気持ちでもって、ひねりつぶすことが出来るような人間さ。
「もちろん、おれたちがそこまで乱暴することはめったにないが、どんなことをされても、嫌《いや》な顔ひとつしないことが大切だ。眉《まゆ》ひとつ動かさずに、唯々諾々《いいだくだく》と身をまかせ、忍耐、従順、勇気をもって、すべての困苦に耐えねばならぬ。よしんば不幸にしてお前たちのなかの一人が、おれたちの過激な情欲に抗しきれずに死んだとしても、彼女は勇気をもっておのれの運命を甘受せねばならぬ。人間はこの世で永遠に生きているわけには行かない。それに、女にとってより幸福なことは、若いうちに死んでしまうことだ。いまお前たちに読んでやった通り、おれたちが作製した法典の諸規則は、お前たちの安全のためにも、おれたち自身の快楽のためにも、きわめて有効かつ適切なものだから、お前たちは盲目的にこれを実行するがよい。そしてもしも不行跡をはたらいて、おれたちを怒らせるなら、たちまち、ありとあらゆる罰が加えられることを覚悟するがよい。お前たちのなかのある者がおれたちと関係のあることは、おれも知っている。もしかすると、そんなことからお前たちは増長し、やさしくしてもらうことを期待するかもしれない。が、もしお前たちがそんなことを当てにするなら、とんでもない見当ちがいだろう。いかなる肉親の絆《きずな》も、おれたちのような人間にとっては、神聖でも何でもないのだ。それがお前たちの目に神聖に見えれば見えるほど、ますますもって、そいつを破壊してやることが、おれたちのような邪悪な人間にとっては楽しいことになるのだ。したがって、いまここで、とくに娘たちと妻女たちに向かって言っておくが、よろしいか、お前たちはいかなる特権をもおれたちから期待してはいけない。そればかりか、お前たちは他の女たちよりも、もっときびしく扱われるにちがいないことを通告しておこう。こんなことを言うのも、まさしく、おれたちにとって肉親の絆というものがいかに軽蔑すべきものであるか、お前たちに教えてやるためであって、おれたちがまだこんな絆にとらわれていると思ったら、それこそ大間違いなのだぞ。
「なおまた、おれたちはお前たちにしてもらいたいと思うことを、いつもはっきりとは言わないから、さように心得ておくがよい。身ぶりや目つきや、時によってはほんの些細なおれたちの心の動きによって、お前たちは、おれたちが何を望んでいるかを判断せねばならぬ。もし合図があったにもかかわらず、そうした命令を実行しなかったり、または合図を理解できなかったりした場合には、やはり罰を受けることになろう。おれたちの感情の動きや、眼《まな》ざしや、身ぶりなどを識別し、おれたちの顔色を読みとることこそ、お前たちの勤めなのだ。とくに大事なことは、おれたちの欲望がどんなことを期待しているかを誤りなく見抜くことだ。たとえば、おれたちがお前たちの肉体の一部を見ることを望んでいたのに、お前たちが下手をしてそれとは別の部分を見せてしまったと仮定しよう。そうした場合、このような勘違いがおれたちの想像力をいかほどまでに狂わせるものか、お前たちに思い知らせてやらねばなるまい。たとえば、若気《にやけ》を用いて埒をあけたいと思っていたのに、お前たちが愚かしくも、玉門を差し出してしまったような場合、道楽者はいかに索漠《さくばく》たる思いを味わわねばならないか……
「一般に、前の部分はめったに見せないでよい。この忌まわしい部分は、自然がつい間違えて造ってしまったもので、いつもおれたちの最大の嫌悪《けんお》の的だということを覚えておくがよい。お前たちの若気そのものについて言えば、さらに守るべき注意がいくつかある。尻《しり》を見せるときには、同時に見えてしまう別の醜い部分を出来るだけ隠すようにせい。また、世間の連中なら喜んで見たがるにちがいない、ある時期、ある状態の下における若気をおれたちの目の前にさらすことは、努めて避けるようにせい。このことの意味が分かるかな。まあ、いずれ四人の付き添いの老女からも、いろいろ教育を受けるだろうから、分からないこともやがてはすっかり分かるようになる。
「一言をもってすれば、お前たちは大いに怖気《おじけ》をふるい、おれたちの気持ちをよく理解し、何にでも服従し、進んでおれたちの気に入るように行動すればよいのだ。そうしていさえすれば、お前たちはよしんば非常に幸福ではないにしても、まったく不幸ではあるまい。それから、お前たち同士のあいだでの陰謀だとか、密通だとか、あの馬鹿らしい娘同士の友情だとかいったものは、一切これを禁止する。友情などというものは、人間の心を柔弱にするとともに、一方では人間を強情にするので、おれたちが期待している単純素朴な屈従心には不向きなものなのだ。覚えておくがよい、おれたちはお前たちを人類として眺《なが》めているのでは全くなくて、もっぱら、畜類として眺めているのだということを。使役するために養ってはいるが、言うことを聞かなければ鞭《むち》でひっぱたく、これが畜類に対する扱い方だ。
「前にも言った通り、何らかの宗教的な行為のように見えるものは、一切合財すべてこれを厳禁する。あらかじめ通告しておくが、宗教上の罪よりもきびしく罰せられる罪はほとんどない。お前たちのあいだにまだ幾人かの馬鹿者がいて、あの卑しい神の観念をかなぐり捨てることも出来ず、思い切って宗教を嫌悪することも出来ないでいるのは、よく知っている。そういうやつは、隠さずに言っておくが、厳密に取り調べられるだろう。そして、もしも運わるく現場を取りおさえられるならば、極端な暴力を受けることになるだろう。こうした愚鈍な娘たちは、だから、早いところ料簡し納得するがよい、神の存在は今日この世で二十ばかりも異なった分派のある、狂気の人々の信仰にすぎず、彼らが援用する宗教というものは、滑稽《こつけい》にもぺてん師どもによってでっちあげられたお伽話《とぎばなし》にすぎないのであって、今日、ぺてん師どものおれたちを瞞《だま》そうという意図は、あまりにも明白に知れ渡っているのだということを。要するに、お前たち自身で考えてみるがよい、もし全能の神が存在するとすれば、この神は、お前たちの誇りとしている美徳が悪徳や道楽のために犠牲にされるのを、黙って見ているであろうか? この全能な神は、おれのような弱い一個の人間、神の目から見れば、あたかも象の目から見た一匹の蛆虫《うじむし》でしかないような、この弱い一個の人間が、四六時中、まるで面白半分のように、神を侮辱したり嘲弄《ちようろう》したり、軽蔑したり挑戦したりするのを、要するにこの全能なる神は、黙って見ているのであろうか?」
こうして些《ささ》やかな説教がすむと、公爵は演壇の上から降りた。四人の老婆と四人の語り女は、自分たちが犠牲者としてでなく、むしろ犠牲執行人、祭尼としてこの場に来たことをよく知っていたので、それほど悲しみはしなかったけれども、この八人をのぞく残りの女すべては、さめざめと涙を流して悲しんだ。公爵はしかし気にもとめず、彼女たちを残したまま、まるで恋する女のように、みずからぞっこん惚《ほ》れ込んだ強蔵の一人エルキュールと、相変わらず彼の心にいちばん大きな場所を占めている、まるで情婦のようなゼフィルとを伴って、夜を過ごしに行ったものである。あとに残った女たちは、お互い同士で嘆いたり、お喋《しやべ》りしたり、将来のことを案じたりしていたが、もちろん、こうしたことはすべて八人の女スパイによって、余すところなく知られてしまったわけである。さて翌日は、すっかり手筈《てはず》のととのった日程がいよいよ始まるというので、おのおの朝から夜のために準備おさおさ怠りなかった。かくて午前十時が鳴ると、淫蕩の舞台の幕が切って落とされ、規定どおり二月二十八日まで、何ものにも妨げられず続行したのである。
さて、読者諸子よ、天地|開闢《かいびやく》以来たえて作られたことのない極悪の物諸がはじまるにあたって、今こそ諸子は心と頭に十分な装備をするがよい。かかる書物は古代にも近代にも類例のないものだ。この本からは、諸子がその実体を知りもしないで絶えず口にしている、自然と呼ばれるあの野獣によって規定された、あらゆる美徳の楽しみは、きっぱりと締め出されている。たまたま諸子がそれに遭遇する場合も、何らかの罪悪がそれに伴うか、あるいは何らかの醜行がそれに色を添えていないことは決してない。
むろん、諸子がこれから御覧になろうとする多くの外道《げどう》ぶりのなかには、諸子の気に入らないものもあるにはあるであろう。しかし、なかには腎水《じんすい》をやるまでに諸子の頭を昂奮《こうふん》させる外道ぶりも、きっとあるにちがいない。作者たるもの、こうでなければいけないのだ。つまり、もし作者がすべてを叙述せず、すべてを分析しないならば、読者諸子はどうして自分の趣味にぴったり合うものを、そのなかから選び出すことが出来ようか? 諸子があるものを採り、あるものを捨てれば、別の読者もやはり同じように取捨選択するだろう。そうして一つ一つ、すべてがその所を得るだろう。いわばこれは素晴らしい御馳走の物語である。六百皿の珍味佳肴《ちんみかこう》が各種とりどり諸子の前に並んでいる。ぜんぶ平らげると仰言《おつしや》るか? いやいや、飛んでもない、それは無理というものだ。それに、豊富な品数は選択の範囲をひろげるとはいえ、いい気になってあらゆる料理に手を出して、諸子を饗応《きようおう》してくれる主人に文句を言うようでは、失礼というものだ。ここでも同じように振舞っていただきたい。あるものを選んだら、残りは捨てて、捨てたものに対しては、まずいからとてぶつぶつ言わないことだ。それは諸子の気に入られる資格がなかったのだから、何としても仕方がない。しかし、ほかの人たちには気に入られているのだから、このことを忘れずに、哲学者らしく達観していただきたい。
多様性については、はばかりながら絶対に正確であることを保証しよう。一見したところ諸子には何ら差異の認められない情欲も、よく研究すれば実に多様であり、明らかに差異のあることが認められよう。どんなに微々たる差異であろうとも、かならずあの洗練、あのニュアンスをもっているのであって、それがこの書物で取りあげられている道楽の種類をいちいち特微づけ、識別することを得さしめるのである。
なおまた、作者はこの六百種の情欲を、語り女の物語のなかに溶け込ませてしまった。これも読者にあらかじめお断わりしておかねばならない一事である。もしこの六百種の情欲を物語の内部に織り込ませないで、ひとつひとつ丹念に併記したならば、あまりにも退屈な叙述になったであろう。けれども、この種の内容に精通していない読者にとっては、問題の情欲と語り女の人生の単なる事件あるいは情事とを混同する惧《おそ》れも多分にあるので、作者はとくに注意して、これらの情欲の一つ一つを欄外の矢印によって目立たせ、矢印の上に、この情欲に与えられた名称を書き記しておくことにした。この矢印が、要するに情欲の物語のはじまる最初の行であって、物語のおわるところは必ず別行になるようにしてある。
それにしても、なにしろこの種の劇的構成には、登場人物がおびただしく出て来るし、たしかにこの序章において、それらの人物を一人残らず描き出そうとは努めたものの、まだ不備のところも多分にあると思われるしするから、作者はここで、各登場人物の名前および年齢をふくめた一覧表をつくり、それに彼らの容貌風采《ようぼうふうさい》についての粗描を加えてみようと思う。読者は物語のなかで忘れた名前にぶつかるたびに、この一覧表をめくってみればよろしい。もしこの粗描だけでは記憶を新たにすることが出来なければ、もっと前に作者がくわしく書いたところの、人物描写の部分に当たってみればよろしい。
淫蕩教育小説の登場人物
ブランジ公爵、五十歳、サチュロスのような体つき、巨大な得手吉《えてきち》と怪力の持ち主。あらゆる悪徳と罪悪の寄せ集めのような男。母と妹と三人の妻を殺した。
その弟の司教、四十五歳、公爵よりも痩《や》せこけて繊細、いやしい口つき。悪辣《あくらつ》で、わる賢く、能動受動の男色が大好き。男色以外の快楽はすべて軽蔑している。ある友達が自分の子供のために多額の財産を彼に委託すると、彼はその二人の子供を残忍に殺して財産を奪った。神経過敏の徴候があるので、腎水をやれば必ず気絶する。
キュルヴァル法院長、六十歳、背が高く、干からびて痩せ、生気のない落ちくぼんだ眼と、不健康な口とをしており、まるで放蕩と道楽の見本みたいな人物。おそるべき不潔な男で、そこに一種の快楽を見出している。割礼《かつれい》の手術を受けていて、なかなか怒張しないが、ほとんど毎日のように埒をあけている。どちらかと言えば男の方が好きだが、処女が嫌いなわけではない。とくに奇怪な趣味は、自分に似た不潔な人物や、老醜を好む点である。ほとんど公爵と同じくらい大きな得手吉の持ち主。数年前から放蕩のあまり痴呆《ちほう》となっており、今でも大酒を飲む。多くの殺人によってもっぱら財産を築きあげた。とくにおそろしい殺人を犯したことがあるので、この事実を知りたい読者は、前述の人物描写を読まれるがよい。完頂のとき、一種のみだらな怒りを感じ、これが彼を残虐行為に駆り立てる。
デュルセ、五十三歳の徴税官、公爵の学校友達で無二の親友。ずんぐりむっくりしているが、その肉体は若々しく、美しく、白い。女のような腰つきで、好みもすっかり女と同じ。発育不全のため快楽に耽ることが出来ないのに、快楽を真似て、一日に何度となく相手の腎水《じんすい》を零《こぼ》させる。親嘴《しんし》の快楽が大好きで、彼がみずから能動的に楽しみ得るのは、これだけである。彼の唯一の神が快楽で、そのためには何ものをも犠牲にする用意がある。狡猾《こうかつ》で悪賢く、犯した罪は数知れない。財産を一手に帰せしめるために、母親と妻と姪《めい》とを毒殺した。その魂は頑固一徹《がんこいつてつ》で、憐憫《れんびん》には絶対に無感覚である。すでに怒張することもなく、完頂もきわめて稀《まれ》だ。しかし高潮時には一種の痙攣《けいれん》が起こり、それが彼をみだらな怒りの発作に駆り立てるので、彼の情欲の相手を勤める者は、男であれ女であれ、きわめて危険な目にあわねばならぬ。
コンスタンスは公爵の妻であり、デュルセの娘である。二十二歳、ロオマ型の美人。繊細さよりも威厳にみち、豊満ながら、よく均整がとれ、堂々たる肉体美。彫刻家のモデルにでもなれそうな、絶妙な尻の割れ目と、真っ黒な髪の毛と、やはり真っ黒な眼の持ち主。頭がよいから、運命のおそろしさをつくづく感じる。生まれつきの美徳がしっかり根を張っているので、誰もこれを侵すことが出来ない。
アデライド、デュルセの妻、法院長の娘。可愛らしい人形みたいな娘で、二十歳。金髪で、眼は大そうやさしく、生き生きした美しい青色で、物語の主人公のような様子をしている。形のよい長い頸《くび》に、やや大きな口が彼女の唯一の欠点である。乳房も尻も小づくりながら精妙で、真っ白く、きれいな形に整っている。ロマンチックな精神と、極端に道徳的な信心ぶかい魂がひそんでいて、キリスト教のお勤めを守らなければ気がすまない。
ジュリイ、法院長の妻、公爵の長女。二十四歳で、ぽってりと肉づきよく、きれいな褐色《かつしよく》の眼と、可愛らしい鼻と、はっきりした人好きのする顔立ちの持ち主であるが、口だけはひどく不細工。ほとんど貞操観念がなく、不潔なことや、飲酒や、暴食や、淫売婦のような生活が大好き。その夫が彼女を愛するのは、欠点のある口のせいで、このような特異性が法院長の嗜好《しこう》に投ずるわけだ。道徳教育も宗教教育も、彼女は一度として受けたことがない。
アリイヌは彼女の妹で、公爵の娘ということになっているが、実は公爵の妻の一人と司教とのあいだに生まれた不義の娘である。十八歳で、非常に色っぽく、みずみずしい人好きのする容貌と、褐色の眼と、天井を向いた鼻と、いたずらっぽい様子をしているが、心底からの怠け者で、ものぐさである。まるで感情がないようだが、自分の身に加えられた醜行を心から憎んでいる。十歳のとき、司教によって、うしろから破瓜された。無知蒙昧《むちもうまい》の状態にほって置かれたので、読むことも書くこともできない。司教が嫌いで、公爵をひどく怖れている。姉をたいそう慕い、控え目で、きれい好きで、妙な子供っぽい受け応えをする。尻は魅力的である。
デュクロ、最初の語り女。四十八歳だが、容色の衰えを見せず、今もってみずみずしい。類のないほど見事な尻の持ち主。栗色の髪に、肉づきのよい豊満な姿態。
シャンヴィル、五十歳。すらりと痩せていて、淫蕩的な眼。千鳥の女で、どこから見てもそんな感じがする。現在の職業は女衒《ぜげん》。かつては金髪だった。きれいな眼と、長い敏感な雛尖《ひなさき》と、使い古されてしなびた尻の持ち主だが、そこはまだ処女のままである。
マルテーヌ、五十二歳の女衒。ふとった生きのよい健康な小母さんで、玉門が塞《ふさ》がっている。ソドムの快楽しか知らず、そのためにとくに生まれてきたかのよう。相当な年齢であるにもかかわらず、たぐいまれな見事な尻をもっている。孔はたいそう広くて、挿入に慣れているので、どんな大きな得手吉でも、眉ひとつ動かさないで納めることができる。往年の容色を今にとどめているが、次第にうつろいかけている。
デグランジュ、五十六歳。この世で最も悪辣きわまりない女。大柄で、痩せていて、蒼白《あおじろ》く、かつては栗色の髪だった。まるで罪悪を絵に描いたような人物。しなびた尻はマーブル紙のようで、その孔は途方もなく大きい。乳房は一つで、指が三本、歯が六本欠けており、まさに「歴戦の勇士」である。これまで彼女が犯さなかった犯罪はひとつもない。弁舌すぐれ、才気があり、現在では仲間たちから最も信頼されている女衒のひとりである。
マリイ、最初の監督老女、五十八歳。鞭打ちや烙印《らくいん》の刑を受け、盗賊団に奉公していた。眼はどんよりと濁って、目やにがいっぱい。鼻はひん曲がり、歯は黄色く、片方の尻たぶらは膿瘍《のうよう》のため腐っている。十四人の子供を生み、ことごとく殺してしまった。
ルイゾン、二番目の監督老女、六十歳。小柄で、せむしで、目っかちで、びっこだが、それでもまだ尻だけは大そう美しい。いつも罪悪を犯す用意があり、極端に陰険な性質。この女とマリイが娘たちの監督で、次の二人は少年たちの監督である。
テレーズ、六十二歳。骸骨《がいこつ》のようで、髪の毛も歯もなく、口は臭気ふんぷん。尻は傷だらけで、孔がおそろしく広い。不潔で、悪臭がひどい。片方の腕がねじくれ、びっこである。
ファンション、六十九歳、六回も自分の肖像が絞首刑にされ、ありとあらゆる犯罪をやってのけた。やぶにらみで、鼻がぺしゃんこで、ずんぐりむっくりしていて、鉄面皮で、歯はたった二本しかない。尻はすっかり丹毒に侵され、尻の穴からは痔核《じかく》が垂れさがり、玉門は下疳《げかん》にむしばまれ、片方の腿には火傷《やけど》のあとがあり、乳房も癌《がん》に侵されている。いつも酔っぱらっては嘔吐し、しじゅう到《いた》るところで屁《へ》をひったり、糞《くそ》をたれたりしているが、自分ではそれに気がつかない。
少女のハレム
オーギュスチイヌ、ラングドック地方の男爵の娘、十五歳。上品な、明るい、可愛らしい顔。
ファニイ、ブルターニュ地方の参事官の娘、十四歳。すなおな、やさしい容姿。
ゼルミイル、ボオス地方の領主トゥルヴィル伯爵の娘。十五歳。気品のある顔に、たいそう敏感な魂。
ソフィー、ベリイ地方の貴族の娘、可愛らしい顔つき、十四歳。
コロンブ、パリ高等法院参事官の娘、十三歳、はちきれそうな若々しさ。
エベ、オルレアンの士官の娘、たいそう自堕落な態度に、魅力のある眼つきをした彼女は、十二歳である。
ロゼットとミシェット、どちらも美しい処女といった様子。前者は十三歳で、シャロン・シュル・ソオヌ地方の行政官の娘。後者は十二歳で、セナンジュ侯爵の娘。ブルボネ地方の父の家から誘拐された。
彼女たちの姿態、その他の部分の魅力、とりわけて、彼女たちの尻の魅力については、言うだけ野暮というものだ。百三十人のなかから選《よ》り抜かれた美女たちである。
少年のハレム
ゼラミイル、十三歳、ポワトゥの貴族の息子。
キュピドン、ラ・フレシュ近郊の貴族の息子で、前者と同年。
ナルシス、十二歳、ルウアンの高官の息子、マルタ騎士団員。
ゼフィル、十五歳、パリの将官の息子。公爵のものになる予定。
セラドン、ナンシイの司法官の息子。十四歳である。
アドニス、パリ高等法院議長の息子、十五歳、キュルヴァルのものになる予定。
イヤサント、十四歳、シャンパーニュ地方の退役士官の息子。
ジトン、王家の小姓、十二歳、ニヴェルネ地方の貴族の息子。
この八人の子供の美しさ、隠れた魅力については、筆舌につくしがたいものがある。御承知の通りおびただしい数のなかから選ばれたのである。
八人の強蔵《つよぞう》
エルキュール、二十六歳、なかなかの美貌《びぼう》だが、隅《すみ》におけない悪者。公爵のお気に入り。その陽物《ようもつ》は周囲八寸二分、長さ十三寸。莫大な射出量。
アンチノウス、三十歳、すばらしい美男。その陽物は周囲八寸、長さ十二寸。
尻《しり》破り、二十八歳、サチュロスのごとき風貌《ふうぼう》。その陽物はねじくれ曲がっていて、雁首《かりくび》すこぶる巨大。雁首の周囲八寸三分、胴部は周囲八寸に長さ十三寸。この逸物はぐっと弓なりに反り返っている。
天突き、二十五歳、ひどい醜男だが、身体壮健。キュルヴァルの大の気に入りで、いつも生《お》え返っている。その陽物は周囲七寸十一分、長さ十一寸。
その他の四人も、長さ九寸ないし十一寸、周囲七寸ないし七寸九分といった陽物の持ち主で、二十五歳から三十歳までの男たちである。
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ゾロエと二人の侍女
あるいは三美人の数十日間の生活
著者より二人の書店主へ
「やあ今日は。私の原稿、読んどいてくださったかね。どうです、なかなか面白いでしょう?」
「はてね、原稿って、だれのです? どんな原稿だったかしら? 何だかお話がよく分かりませんねえ」
「おいおい、ついこの間のことじゃありませんか! 一昨日でしたっけか、君は三日あれば私の『ゾロエ』を読んどいてくれると言って……」
「ああ、あれか! あれがあなたのお作なら、たしかに読むことは読みましたよ。はい、ちゃんとここにございます。ですがまあ、何てやくざな話の寄せ集めなんだろう。ちょっとこればかりは、いただきかねますねえ」
「今日は。あなたのお顔は、何だか私には信用できそうな気がいたします。きっとお宅でなら、あなたの同業者の一人から受けた、あの無礼な仕打ちを忘れることができるでしょうな」
「まあね。ところで要するに、御用件は何なのです、御用件は? 私は、あまり暇もないのですがね」
「これですよ。ええ、原稿なんですけど、面白いですよ。どうかひとつ、読んでみてくださらんかな。稿料については、まあ、あなたの御厚志にお任せすることにして。ただ、すぐ印刷に取りかかるという約束にしてもらいたいのです」
「私に原稿を買えと、すぐ印刷せよと、おっしゃるのですか! 冗談じゃない、そんな取引をしていた日にゃ、うちの店などたちまちつぶれちゃって、大道露店に転落しちまいまさあ。とんでもございませんよ、あなた。私は原稿なんぞ買いやしません。ひとにあずかったものを、暇をみて読んでみるだけです。それから私の添削と改作を加えて、たまたまそれが気に入った場合、まあ切角ですから、印刷に廻《まわ》して差しあげるといった手順にしておるのです」
「それはそれは、御立派なお心がけですな。じゃ、その切角[#「切角」に傍点]というやつを、せいぜい自分で見つけましょう。ひと様のお世話にゃなりますまい」
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仮判決
「どうしたの、ゾロエちゃん? 何て心配そうな顔してんのよ。ほんとに憂鬱《ゆううつ》そうな顔ったらないわ。あんたの結婚に、運命の女神がほほ笑まなかったとでも言うの? 玉の輿《こし》に乗ったくせに、何が不足なのさ。あんたの立派な旦那《だんな》様は、祖国の柱石と仰がれている方じゃなくって?いかな憂鬱の黒雲だって、名誉の絶頂にいるあんたのところまでは、やって来られやしないでしょうに?」
「まあ、ロオレダ、意地わるねえ。そんな情《つれ》ない調子で、ひとの悲しみをからかうもんじゃないわ。皮肉もいい加減にしてちょうだいよ、さもないと承知しないから」
「はいはい、御免あそばせ。では仲直りのおしるしに……」
そう言ってロオレダはゾロエに接吻《せつぷん》して、
「でも、あたしがこうして御機嫌伺《ごきげんうかが》いにきてさえ吹きとばすことのできない、その心配そうなお顔つきの原因がいったいどこにあるのか、せめてそれだけでも聞かせてもらえませんかねえ?」
「これなのよ」とゾロエは答えて、一冊の薄い本を見せた、「あたしの身をさいなむ蛇《へび》は、この本なのよ。憎らしい密告者、いったいどこのどいつが、あたしたちの盟約の秘密を、下司《げす》な俗物なんぞに洩《も》らしちまったんでしょう!」
ロオレダがその仮綴本《かりとじぼん》をひょいと手にとって、
「どうしたっていうの、ゾロエ、ええ? こんな乞食《こじき》みたいな作者の書いた際物《きわもの》出版に、あんたはいちいちくよくよしているの? 実際気の毒より何より可笑《おか》しくなるわ。ちょいと、しっかりしてよ! 猫《ねこ》かぶり連中のくだらないお喋《しやべ》り、信心家の皮肉、やきもち焼き屋のあてこすり、おっちょこちょいの気取り屋連中との仲違い、そんなものが今さら何だって言うのさ? あたしたちはそんなものには決して煩わされずに、快楽から快楽へと飛び移ることにしていたのじゃなかった?
あら大変(と彼女は時計を見て)、二時だわ。侯爵夫人たら遅いわねえ!」
ドアをあけて、ヴォルサンジュ夫人があらわれた。
「じゃさようなら。元気におなり、女王さま」
ロオレダはヴォルサンジュ夫人とともに退出した。かくてゾロエの憂愁の原因は討議に付され、杞憂《きゆう》であると一決された。
要するに、彼女たちはこの小冊子[#「小冊子」に傍点]に目を通すことをやめ、公衆とともにこれを一笑に付して、かたじけなくも、作者をば筆禍の危険から免れしめてくれたのである。
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人物紹介
ゾロエは四十の終わりに近いが、まだまだ二十五歳かそこらのように、ひとに気に入られる自信をもっている。彼女の声望たるや、腰巾着《こしぎんちやく》どもがぞろぞろ後を蹤《つ》いてまわるほどで、まあそんなものが若さの魅力の、せめてもの代物《だいぶつ》といったところだ。大そう才気|煥発《かんぱつ》で、臨機応変に愛想よくなったり、つんと高慢《えら》ぶったりすることのできる柔軟な性格、人の歓心を買うような物腰、猫かぶりの空とぼけ上手、ざっとこういった誘惑術|籠絡術《ろうらくじゆつ》のあの手この手に、さらに彼女は、親友ロオレダの百倍も激しい快楽への熱望、みずから湯水のように浪費していた金に対する高利貸のそれにも似た貪欲《どんよく》さ、十州の収益すべてをも併呑《へいどん》してしまうであろうほどな果て知らぬ贅沢《ぜいたく》趣味などの持ち主であった。
ゾロエは決して美人ではなかったが、十五の時からすでに洗練されたコケットリイの持ち主で、しばしば恋愛の許可証ともなるあの若さの外見を身につけることを心得ていたし、それにまた金持ちでもあったから、いつもその周囲に慕い寄る男たちの群れを惹《ひ》きつけていた。
宮廷で羽振りを利かしていたバルモン伯爵と結婚してからも、彼女に慕い寄る男たちは離散するどころか、一同|揃《そろ》って慶祝の意を表することを誓ったので、つい情にほだされやすいゾロエは、むげに彼らの誓いを無にする気にはなれなかった。この縁組から一人の男児と一人の女児とが生まれたが、彼らは今日、有名なその義父と幸福な運命をともにしている。
ゾロエはもとアメリカの産である。植民地における彼女の所有地は広大である。だが、戦争はヨーロッパ人にとってのこの宝脈を無惨に荒らしてしまって、彼女の豊饒《ほうじよう》な領地の産物――現在の彼女のおびただしい浪費を埋めるためにそれはぜひとも必要であったはずだ――を彼女のもとへ送ることを不可能にしてしまった。
ロオレダはスペイン生まれだという通説があるが、自分でもそれを是としている。それかあらぬか彼女は全身これ熱情といった女である。近年伯爵になったばかりの、さる大金持ちの娘で、金にあかせてあらゆるいかもの[#「いかもの」に傍点]食いの趣味嗜好を堪能《たんのう》させている。それぞれ都のいちばん快適な界隈《かいわい》に建てられた三つの館《やかた》は、順次に彼女がそこで快楽の祭壇に供物をする、いわば聖殿である。とまれ、オヴィディウスの卑猥《ひわい》とサッポーの狂熱とに二つながら現《うつつ》をぬかしている彼女には、あらゆる逸楽の組み合わせを用いつくしてしまった観があった。
ロオレダの類《たぐい》まれな美しさは、すらりと伸びた姿態と、きれいな歯並びと、可愛らしい腕とにしか、もはやその名残りをとどめてはいない。年齢と過度の享楽から来る疲れとが、彼女の面上に、化粧の技巧も紅白粉《べにおしろい》の巧妙な配置もいっかな取り繕うことのできない、痛ましい荒廃の影をつくっていた。で、恋人の心を燃え立たせるあの閃《ひらめ》きを彼女の眼が発するのは、夜食の酒を一杯きこしめした時に限られていた。
寝起きのとき、ロオレダはまさしく三十女である。だが身づくろいの瞬間に、十年も若くなったように見える。ともあれ歳月が彼女から奪うことのできなかったものは、その声望と財力とに物を言わせて、ともすれば他人に恩恵を施したくなるという、そのやさしい世話好きな心である。誰《だれ》に対しても彼女はこの上なく親切だ。
たえず快楽の行列に取り巻かれている彼女を見れば、さぞや楽しい毎日だろうと、ひとは思うかもしれない。ところが、なんぞ図らん、彼女は胸のうちに一匹の虫を飼っているのである。しくしく胸を噛《か》むこの後悔の虫は、彼女がかつてはどこの馬の骨とも分からない低い身分の男を亭主《ていしゆ》として選んでしまった時から、胸のうちに棲《す》みついたものらしい。で、彼女はこの無礼な成り上がり者の額を羽飾りで見えなくすることに日夜空しい努力を続けたが、それこそ彼女の自尊心を傷つける以外の何ものでもなかった。示談による離縁、お互いの安心のために行なわれた別居すら、彼女の蒙《こうむ》った悪口から、卑しいフェシノオの名を消させるわけには行かなかった。
ヴォルサンジュが結婚した相手は、タンクレエドのごとく高貴で勇敢なスイス傭兵隊長オブザンバック侯爵にあらずして、彼の財産である。ゾロエとの姻戚《いんせき》関係が、この二人の女のあいだの共感の絆《きずな》を強くした。すでに三十路《みそじ》になんなんとしているが大そう元気で、その従姉《いとこ》ゾロエと同じように陽気で快活な彼女は、自分自身より以外に神を知らず、遊ぶことより以外に幸福を知らず、焼けつくような気まぐれと肉欲の渇望とを癒《いや》すための金銭欲より以外に悩みを知らなかった。
祖国を助けるという口実で、かえってこれを死にいたらしめてしまった藪《やぶ》医者や気違いやに、病める祖国を委《ゆだ》ねて恥じなかった卑劣な男たちは、彼女が自分たちの党を見棄《みす》てたことを非難したものであった。彼女はしかし勇敢に熱心に、内乱の犠牲者や臆病者《おくびようもの》や、みだりに騒いだことを恥じてしかるべき人たちにも、援助の手を差しのべてやって、この不当な偏見に対して立派に報いた。
美とは何ものでもない。それは自然の吐き出す泡《あわ》でしかない。数年にして早くも色あせてしまうものである。とはいえ、この美というものは、何とわれわれを惹《ひ》きつける力に恵まれていることか! この力に惹きつけられることなくして、美というものを理解することはできない。たとえばヴォルサンジュの存在が生み出す魔術的効果が、これに当たる。彼女はすらりと伸びた堂々たる肉体に、気高く愛らしさにみちた頭を有《も》っている。その愛すべき顔と身体のすべての上に、もっとも目覚ましい魅力の数々が集まっている。すなわち、神々しいばかりな口、豊かな髪をいただいた額、数知れぬ焔《ほのお》の箭《や》を発する眼、嫉妬《しつと》ぶかいヴェールのかくし切れないでいる乳房、愛神の描き出したかのような形よき足……だが、これ以上|贅言《ぜいげん》を用いて何になろう、彼女のすがたを描き出すのに無力なような作者の筆は、折ってしまうに如《し》くはない……。
彼女の顔の表情は、怜悧《れいり》さ、慧敏《けいびん》さ、果断さを余すところなく示している。その眼《まな》ざしは鷲《わし》の眼ざしのように、すばやく注がれる。かくも豊かな資質をもって、陰謀と奸策の舞台に身を投ずるとき、ひとはその社会で必ず人目に立ち、顕職と、それを得させる権勢への道も必ず開けるのである。味方も多くできるが、敵も沢山つくらなければならない。
なおかつ、粋《いき》ないくさの小競り合いでヴォルサンジュの立てた数々の手柄は、彼女の名前を、その道でもっとも高名なひとびとのそれに伍《ご》さしめるに至っている。量といい変化といい、また彼女によって幸福を与えられた男の数といい、尤《ゆう》に彼女はゾロエ、ロオレダの盟約の名誉会員たるにふさわしい。
しかしそれにしても、めいめいこれほど違った素質をもつ三人、しばしばお互いに恋の競争相手も演じなければならない、この三人のウェヌスの寺院の尼僧たちのあいだに、これほど完全な和合が保たれていたとは、いったい、いかなる強力な連鎖のおかげであろうか? ひとつには、快楽のおかげである。おお、そうだ、しばしばひとが友情という美名によってあげつらっているものも、じつは個人的な利害関係にすぎないのではないか。なおまた、古今無双のドルバザンに不可能なものがあろうか? 三人の女性に回春の情を吹き込んだのも彼なのだ。彼こそ最大の中心力のごとくである。どんな暗示にもすぐ引っかかるこれら三人の女を、意のままに宥《なだ》めたり、じらしたり、悲しませたり、陽気にしたり、激昂《げつこう》させたり冷ましたりしたのが彼なのだ。かくてこの巧妙無類な傀儡師《かいらいし》の存在によって、もっとも緊密な友情に結ばれた三人の女性に関する難問も氷解するのである。
ところで、ずいぶん細かい点にまで立ち入ってしまったが、何とぞ御|寛恕《かんじよ》願いたい。以上に述べたことは、やがて読み進まれるにつれて追々と明るみに出るであろう諸事実の解明に、われわれを導くものである。すなわち作者は画家をまねて、人物を行為において描き出す以前に、まずそれらを主要な線の素描によってあらわしたのである。
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政略結婚
エピソオド
サバアル子爵
これは、ドルセック男爵、よくいらっしゃいましたな。もう待ち焦がれておったところです。あなたの御幸福のことで心がいっぱいでしてね。
ドルセック男爵
それは御苦労。
サバアル子爵
まったく、御苦労さまですよ。あなたはお金持ちではない。しかるに、このフランスのような国では、顕職と人気くらい不安定なものはないんです。あなたが栄誉と軍職とだけに頼っている限りでは、いつになっても、一文の身代も残すことはできますまい。誓って申しますが、将校の給料だけでは、火の車を免れることはむずかしいような今日この頃《ごろ》の御時世でしてな……
ドルセック男爵
君の用心ぶかさは百年先までの用意万端抜かりないと、もっぱらの噂《うわさ》だがね?
サバアル子爵
あなたまでがそのようなことを!……だからいつも言ってるじゃありませんか、運命の気まぐれから免れるためには、あなたにはよい結婚が必要ですって。
ドルセック男爵
いいかね子爵、私の健康と趣味とは二つながら、ほとんど君の意図するところと合致しないんだ。君の熱意には重々感謝しているけれどね。御存知のように、私は妻などなくても戦いに勝った。今後とも、女なしで生きて行けるつもりだよ。
サバアル子爵
何て単純な! まあお聞きください、私はね、あなたの名声しか望んでいない一人の成熟した女を、あなたに差し上げたいんです。彼女と縁組みすれば、年金二十万リィヴルと、大勢の友達と……
ドルセック男爵
その女の名前は?
サバアル子爵
バルモン伯爵夫人、ゾロエでさあ。いつもやさしく愛らしく、華やかで情趣があって、家柄は古く、ぴちぴちしていて、しかも誓って申しますが、大そう男好きがいたします……
ドルセック男爵
おまけに色気たっぷりで……
サバアル子爵
これはけしからぬ、何ですかその御冗談は、ひとが真面目に申しておるのに? ま、ともかくその女は、未亡人でして、ふしだらな行ないもあったと聞きます。だが結婚すれば、彼女とて礼節の限度を外すことはございますまい。それだけで十分ではございませんか?
ドルセック男爵
しかし、君としたことが、ずいぶん気前がいいんだね? なぜそんな上玉を、君自身のために取っておかないのかね?
サバアル子爵
埒《らち》もない、私にゃ山の神がおりますよ……ところで、お暇《いとま》する前に御返事を聞かせてもらえませんか。
ドルセック男爵
もうひとつ聞きたいが、いったい誰に頼まれて君はそんな役目を買って出たんだね?
サバアル子爵
承知したと仰言《おつしや》い。ゾロエはいやとは申しますまい。
ドルセック男爵
では承知した……
するとその時、がらっぱち[#「がらっぱち」に傍点]のミルヴァルが入ってきて、
「やあやあ!」と大声をあげた、「とうとう見つけましたよ、子爵。いやまったく、あんたときたら親友にまで居留守を使うんだからかなわないねえ!」そう言って、相手の答えるのも待たずに、「昨今の噂を御存知ですかい? いや、あんたが知ってるわけはない。あんたがた外交官という人種は、面白い話の種なんざ、ほとんど御存知ないのが常なんだから。ははあ、ではひとつ申しましょうか、それはね、いまフランスでいちばん喧伝《けんでん》されている人物、粋《いき》な元老院議員D…の艶聞ですよ。さる帽子屋で帽子を買ったとき、道楽者のやっこさん、そこの女房に秋波を送ったものらしいね。相手は手の白い、繻子《しゆす》のような肌《はだ》と、始末に負えない乳房と、色っぽい眼つきをした、いかにも商人《あきんど》のおかみさんといった女なんだが、やっこさん、相手の心臓が恋の矢できりきり貫かれたと合点《がつてん》しました。そこでいろんな口実を設けての、度重なる御訪問、楽しい語らい、いかにして手に入れようかという苦心の瀬ぶみ、数々の贈り物、料理女の買収、こういったお定まりの予備行動が取られました。
彼女はなかなか口説き落とされなかった、がとうとう最後に、うんと言いました。美人の亭主は、毎朝四時頃仕事場にお出かけになって、九時の朝食までは帰らない。どんな精力絶倫な剛の者だって、これ以上の時間は必要としないでしょう。かくてお楽しみの時間が取りきめられ、次の日の朝の間ということになった。用心ぶかい亭主は部屋の鍵《かぎ》をポケットに入れて行ってしまうので、トワノンという、忠実な料理女が、梯子《はしご》を用意しなければなりませんでした。引き窓を開けて迎え入れられさえすれば、この色男D…は満願成就というわけですね。
ところが、そうは問屋がおろさなかった。どこの悪魔のいたずらか、いやむしろ嫉妬《しつと》の仕業と申すべきでしょう、予期せざる場面が彼を待ち受けておりました。大柄で、すばしこくて、すがたもよろしく、筋骨たくましい腕と、幅ひろい背中と、赧《あか》っ面《つら》したお店の丁稚《でつち》小僧が、まるで亭主の代理かなんぞのように、色男の先回りをしておりました。彼の眼は、奥さんの様子をじっと見守っているうちに、なぜ彼女が急に冷たいあしらいをし出したかを、ちゃんと見破っておりました。
一方、トワノンはトワノンで、一度ならずこの若者のありあまる精力のおこぼれ[#「おこぼれ」に傍点]に与《あずか》っていたのですが、快楽のとき、つい口をすべらせて、一両日中に奥さんとD…との仲を自分が取りもってやろうとしていることの顛末《てんまつ》をば、若者に洩《も》らしてしまいました。
真黒な嫉妬の毒が若者の頭のなかに凝り固まって、彼は復讐《ふくしゆう》を誓った。ただちに、準備に取りかかりました。まず帽子屋に、夫婦の名誉に対して企まれた陰謀の一部始終を告げ口して、その心中に嫉妬の激情を煽《あお》り立てました。かんかんになった夫は、姦夫姦婦《かんぷかんぷ》をともに殺してやろうと考えましたが、いや、そんな罰では復讐は一時的にしか為《な》されない、おまけに自分の立場が危うくなると、考え直して、次のような計画を思い立ちました。
D…が議会に列席しに行っていたあいだ、帽子屋はD…の細君のもとへ駈けつけて、不実な夫が彼女の目を掠《かす》めて行なおうとしていたつまみ食い[#「つまみ食い」に傍点]の計画をばらしてしまいました。帽子屋は彼女に、決して嘘《うそ》いつわりを申しているのではございません、それでも嘘だとお思いなら、御自身できてごらんになるがよろしい、そして私の報復に手を貸してはくださいますまいか、と誘ったものです。D…夫人はその時まで、夫の貞操に十全の信頼を寄せておりましたから、夫の夜の外出にも何の不安を懐いたこともありませんでした。ちょっと用事があって今晩は元老院へ出なければならないのでね、と夫はいつも彼女にそう言っていたものです。今度の場合も、D…は同じ口実を使って、恋人に会いに行く機会をつくったのでした。D…夫人は素知らぬ顔で、彼の言葉を真に受けた振りをしました。すでにD…は口説き落としに成功しておりました、が結果において、彼は無惨に裏切られました!
帽子屋の女房の部屋は、人通りの少ない往来の角に面しておった。しかも、そこらは暗い蔭《かげ》になっていて、ひそかな恋の所作には打ってつけの場所だった。梯子が立てかけられた。恋人はのぼって行った。窓があいた。すでに彼の身体の半分は恋人の部屋の中へ入りかけた。とその時です、ぱっと明かりがつくと同時に、色男の足下で誰やら大勢の声が『泥棒《どろぼう》! 泥棒!』と、声を限りに叫び出しましたね。女房はこの不吉な叫びに驚くまいことか、もうおろおろしてしまって、開き窓の紐《ひも》を放してしまったからたまらない、窓は可哀そうなD…の背骨の上にどしんと落ちてきた。そこをすかさず恋仇《こいがたき》の丁稚小僧が梯子を外してしまったので、この厳《いか》めしい元老院議員は、さながら罠《わな》に挟《はさ》まれた鼠《ねずみ》といった恰好《かつこう》。警官がやって来る。宙ぶらりんになった男を見て、どっと爆笑が湧《わ》き起こる。ついにあわれなD…は引きずり降ろされ、すっかりへどもどしながら、二人の警官に挟まれて警察署へ連行され、そこで身分を明かしてやっと釈放される、とまあ、こういうわけです。
噂はさらにこの話に尾鰭《おひれ》をつけて、D…夫人は帽子屋の報復に一肌脱ぐために、彼女の夫君が帽子屋の女房から貰《もら》いたくてうずうずしていたものを、その帽子屋御当人に惜しげもなく与えたということですが、真偽のほどは保証しかねます。
ところで、話はこれだけではありません。私がこの珍談をミルボンヌ侯爵夫人に話してやろうと大急ぎで道を歩いておりますと、何やら人が集まって騒いでいる。見ると二人の屈強な男が、頭から足の先まで青い外套《がいとう》にくるまれて寝ている一人の男を担架《たんか》にのせて担《かつ》いでおります。私は咄嗟《とつさ》に、これは何か決闘事件でもあって人死にが出たので、後始末のために遺体を家族に引き渡そうとしているのだろうと、想像しました。で運搬人のひとりに、いったいどうしたのですかと、いかにも同情にみちた顔で訊《き》いてみました。すると彼は、『まあ蹤《つ》いてきなせえ、そうすれば分かりまさ』と答えます。やがて担架は元老院議員C…の家の前で止まりました。つまり、この一行が運んでいたのがC…自身だったのです。C…の顔は膿疹《のうしん》ができ、眼は酔っぱらったようにきょろきょろしておりました。脈絡のない言葉、狂人のような身振り、それに、口からはみ出した穢《きたな》い反吐《へど》が、その衣服をすっかり汚していたので、私はこのフランスの代議士の醜態ぶりの原因を、すぐと察知することができました。
思わず私がつくづく同情しかけたとき、運搬人のひとりが家の中から出てきて、こう言うのでした、『市民C…を気の毒に思ってやってくださいよ、あなた。十日に五回の割で、私たちはあのひとの世話をしてやらにゃならなくなるんです。いったい彼が何をするんだと思いますね? 今日は請負師が、明日は御用商人が、また次の日は役所の課長が、といった具合に、あのひとに何らかの利害関係をもつひとびとが、連日連夜、あのひとを料亭に引っぱりこむんです。実際、料亭でしか政治をすることはできないかのごとくですね。味わって飲めるのは、まあ最初の一本ぐらいでしょうか。そのあとに三十本、四十本とつづきますが、公僕C…がいい機嫌《きげん》になるには、実は三本で十分なんですからね』
運搬人はこの調子でいつまでも話をやめようとしなかったが、私は侯爵夫人の起床に間に合おうと急いでいたので、彼と別れて、テュイルリイ宮を横切りました。すると、そこの狭い並木道で、まるで気違いみたいに暴れている一人の男を、私は遠くから見つけました。拳《こぶし》で自分の胸をたたいたり、頭を立木にぶつけたりしています。近づくにつれて、何だかはっきりしない、猛牛の唸《うな》り声に似た声も聞こえてきました。やがて、その声が聞き分けられるほど近づいてみると、それはこんな調子の言葉でした、『えい、くそいまいましい、博奕《ばくち》なんぞに熱をあげて! おれはすっからかんになっちまったよ。資産も名誉も、永久に形なしだ。預かっていた公金も使い果たしてしまった。恥を恥とも思わず、借金をして踏み倒しもした。それでも国会議員の議席にかじりついていようたあ、何たる厚かましさだい、お前さんは?……そうだ、博奕なんか止《や》めだ、おれは立ち直らにゃ……』それから男は急に立ちどまって、『だが待てよ、いったい、運命の神がいつもおれにそっぽを向くときまったものでもなかろう? それに、おれの金品を巻きあげたやつが威張って歩いてるのが、お前さんにゃ業腹《ごうはら》じゃないかね? そうだとも、そうだ、おれは復讐してやらにゃ。預かった金はまだ残っている。もしおれが勝ったら、そうだ、万事解決だ。だがもしおれが負けたら、どうしたらいい? ふん、そのときは死ぬまでじゃないか』私はこの言葉を聞いてしまうと、別の道からその場を立ち去りましたがね、しかし、身体つきや声の調子から、私はその男を代議士のS…だと認めないわけには行きませんでしたな」
饒舌《じようぜつ》な話相手がやっとこう物語を終えると、子爵はさっそく、
「やあ、大そう熱心に話してくれて、どうもありがとう!」それからぽんと相手の肩をたたいて、鋭い視線をドルセック男爵に投げつつ、「そんなひとたちは、早くとことんまでやり通して、みんな死んじまえばいいんですがねえ!………」
ミルヴァル子爵はこの醜聞を、その日のうちにまだもっと多くの場所に触れてまわりたいらしく、話しおわるや稲妻のような素早さで帰ってしまった。そこで二人の男はふたたび先ほどの話の続きをすることができた。
ドルセック男爵がなるべく早く伯爵夫人ゾロエの家に赴いて、みずから全権公使となって、この交渉を取りまとめることに、手筈《てはず》がきまった。
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小別荘のこと
英雄と結婚する歓《よろこ》びに心浮き立ったゾロエは、近づいてくる幸福を打ち明けるために二人の女友達を招待した。豪華な晩餐《ばんさん》がこの打ち明け話のあとにつづいた。ひとびとはマデーラ産の甘美な葡萄酒《ぶどうしゆ》をぐいぐい呷《あお》った。廻《まわ》りやすい酒のほてりはヴォルサンジュの血管のなかをふつふつと伝播《でんぱ》して、彼女の女体のすべてのばね[#「ばね」に傍点]がぐったりと伸び切ったかたちであった。列席していた幇間《ほうかん》が、結婚生活の首かせについて長ったらしいお喋《しやべ》りをしていたのを、急に途中でやめさせると、ヴォルサンジュは、
「さあ、小部屋の方へ移りましょう」とゾロエをうながした。そして待ち切れないように自分から立ちあがって、
「あたし、結婚なさる奥様にも、それからロオレダにも、ぜひ話したいことがあるのよ」と言った。
三人の女は、美しい腕を身体のまわりに絡《から》ませ合って、同席したほかの客たちにしとやかに挨拶《あいさつ》すると、三人だけで秘密の小部屋に閉じこもった。
「ねえ、あなた(とヴォルサンジュが激情的にゾロエを抱きしめて)、白状しちゃうけれど、あたし、いつも新たに湧《わ》いてくる満足できないある要求に身をさいなまれているらしいのよ……分かるでしょう、すれっからしさん? 今晩こそは、そう、今晩こそは小説のなかでだって、読めないような何か面白い遊びをやって、今宵《こよい》一夜を意義あるものにしなければ気がすまないわ。あの菫《すみれ》の花のお好きな、ヘラクレス気取りの御連中ときたら、背中は曲がり、髪は薄くなり、ズボンはだぶだぶ、顔は髯《ひげ》もじゃ、そうして声は笛のようにしわがれてきているというのに、相も変わらず愛だとか恋だとか貞操だとか、べちゃくちゃ喋っているのを聞いていると、滑稽《こつけい》も滑稽だけれど、何よりその無能ぶりがあたしにはやり切れなくなってくるの。だって、あのひとたちの早老の証拠は、あたしたち、いやというほど知っていますもの! だからあたし、あなた方もきっと同感だろうと思うけれど、本物にお目にかかりたいのよ。できもしないことを高言する騙《かた》りなんぞ、もうまっぴらだわ。そんな意気地のないアドニスのかわりに、たくましい剛の者が必要よ。刺しつ刺されつ疲れを知らぬ、あのローマの闘技者にも似た剛の者と、奮起一番、勝利を争ってみたいわ。のるかそるかの接戦を演じてみたいわ。そうした闘いで勇敢に勝利をつかむひとをこそ、あたしたちは、シテエルの島の闘技士の王者と呼んであげたいわ。桃金嬢《ミルト》と、葡萄の枝と、薔薇《ばら》の花の王冠を、喜んでかぶせてあげたいわ」
ヴォルサンジュが熱をおびてこう語ると、遊び好きの仲間から大げさな拍手が送られた。
とかくするうち、抜け目のないロオレダから修正案が提出されて、採用された。おのおのがその道の剣の名手として知られた猛者《もさ》の名前を選び出して、立派な帽子を投票箱のかわりとして抽籤《ちゆうせん》を行なうことになった。小間使のシュザンヌがお節介にも手伝って、投票用紙を帽子の中から取り出した。
ロオレダには パルメザン(原注1)が、ヴォルサンジュには パコオム(原注2)が、そしてゾロエには フェシノオ(原注3)が当たった。
「フェシノオ! まあ、フェシノオですって!」とゾロエが大そう恨めしそうに叫んだ。「ずるいわ、悪戯《いたずら》にもほどがあるわ。あのしなしなした学者ぶった男、あの嫌《いや》らしいカルピギみたいな男があたしの当たり籤《くじ》だなんて!……」
「どうしていやなのさ、 あたしの従妹《いとこ》?(原注4)」と愉快そうにヴォルサンジュが吹き出しながら答えた、「あなたの籤だって、まんざら捨てたもんじゃないわ。大事な結婚をひかえての、ちょっとした前味ってとこじゃないの。あなたを待っている将来の前味をためしてみるのも、なかなか乙なことだと思うわ」
「じゃ仕方がない、いいわ」とゾロエは不服を強いてまぎらそうとしながら、言葉をつづけて、「みんながそれがいいと言うなら、フェシノオを呼ぶことにしましょう。どうせあたしの気まぐれが満足するような風に、みなさん事をはからってくださるんでしょうから。何事も運命だと思いましょう」
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(原注1) パルメザンはオーヴェルニュ出身の有名な床板磨き職人で、宮廷や町家の床板を十年間磨きつづけた。ある王妃《おうひ》はこの精力的な青年の見事な姿態を後世に伝えようと欲せられて、その私室を、この青年の大理石像で飾られた。
(原注2) パコオムは元ムウドンの聖フランチェスコ派|托鉢《たくはつ》僧で、公爵夫人や侯爵夫人、伯爵夫人や男爵夫人といったひとたちに特別の寵愛《ちようあい》を受けているので有名である。彼女たちの肉の悩みを鎮めてやることに長じている。この豪傑が僧籍にあったあいだは、聖フランチェスコにかしずく尊い坊さんたちの一日分の食料は、聖ブノワに仕える傲慢不遜《ごうまんふそん》な坊さんたちのそれに匹敵していた。
(原注3) フェシノオはロオレダの夫、世の亭主《ていしゆ》のカルピギとして、全女性の口の端にのぼっていた。
(原注4) ゾロエはヴォルサンジュに従妹《いとこ》としての待遇をあたえていた。
[#ここで字下げ終わり]
シャンゼリゼの近傍にあった「小別荘」こそ、まさしくエロティックな建築の白眉《はくび》であった。世界中のもっとも珍奇な植物の数々を集めている宏壮な灌木《かんぼく》林を、まず思い浮かべていただきたい。無造作に見えながら計算の行き届いた人工の手によって見事に配置された林間の小道は、眼を楽しませ心をなごませる自然そのままのすがたであった。築山は小高く盛りあがって、この上なく美しい見晴らしの効果をあげている。亭々《ていてい》たる山毛欅《ぶな》の樹《き》の二列に並んだ繁《しげ》みがつくりなしている木蔭《こかげ》ほど、嘆賞に値する場所はなく、その中央に位置した人気のない隠れ家は、そこに足をとめた幸福な男女の幾組かが、官能の激流に身をまかせて思うさま愛欲に耽《ふけ》るためのものであった。そこへ行くには迷路のような小道を通らねばならず、しかも、「逸楽亭」に行きつくための本当の道を知るには案内書を必要とした。この魅惑の隠れ家を人々はそんな風に呼んでいたのである。一筋の澄んだ小川が林間をくねくねと紆余《うよ》曲折して流れ、リラや、ジャスミンや、アカシアや、枝垂《しだ》れ柳などで縁取《ふちど》りされた一本の飾り紐《ひも》のように、この家のまわりをめぐっている。念には念を入れるためか、跳ね橋が俗人の接近を防いでいる。
一目見た限りでは、ひとは人里離れた修道院かなんぞに迷いこんでしまったような思いにとらわれることでもあろう。そこにはただ深い孤独あるのみである。一種の鐘楼《しようろう》さえ建てられている。鐘楼のあるところを見ると、寺院のようでもある。たしかに、そこではある種の神に対して礼拝が行なわれるのだが、その神は純潔の神ではない。ところでこの建物も、われわれが描こうとしている魅惑の宮殿の、じつは前景でしかないのである。この建物の使用権は、そこに鎮座まします神に香を捧《ささ》げるにふさわしいと判定された、幸福なひとびとをそこに導き入れるに必要な秘密を握っている、管理人の手に委《ゆだ》ねられている。はるかに遠く、浮き彫りのある大理石の円柱に支えられた、一個の壮麗な円屋根の建物がある。そしてそこに至るまでの間に、裸形の彫像が幾つとなく立っている。すべてもっとも放肆《ほうし》な空想力が生み出したすがたを表現していて、愛欲の情をそそり立てるのには持って来いのものである。熟達した彫刻の名人は、彼らの鑿《のみ》をこれら卑猥《ひわい》の傑作に捧げて恥じなかった。破風《はふ》は入念な仕上げで細工されたいくつかの花飾りで飾られている。円屋根の上には一匹の山羊神《サチユロス》がのっていて、いかにも自慢気に、堂々たる自分の男性の象徴に見入っている。廻廊《かいろう》のいちばん大きな柱の上に立った若い水波精《ニンフ》も、その同じ部分に、燃えるような眼《まな》ざしを注いでいる。周囲には、ありとあるものに愛の矢を射かけているクピドの一隊が飾りつけてある。そして拱門《アーチ》の中央には、金文字で次の言葉が彫られているのが読み取れる、「快楽の寺院」、そしてその下には、火色の文字で「享楽せんか、しからずんば死するのみ」と読み取れる。
一歩建物の内部に入ると、そこにはよくひとが賞《ほ》めそやす東洋の逸楽的な君主たちの、贅沢《ぜいたく》のすべてをも顔色なからしめるほどのものがある。一切が官能の恍惚《こうこつ》のために計算されて造られていた。よしんば七十歳の老人の冷え切った血でも、法悦の陶酔を煽《あお》り立て、鼓舞し、長びかせるために作り出された数限りないここにあるものを目にしては、なかなか刺戟《しげき》を覚えないわけには行きかねた。馥郁《ふくいく》たる香料に満たされた香炉、いたるところに配置されたよく映る鏡、やわらかで驚くべく豪華な長|椅子《いす》、あらゆる自然な愛の姿態を軸に支えた金の枝つき燭台《しよくだい》、奇怪なかたちをした火屋《ほや》つきランプ、その他数知れぬ高価な調度品が第一のサロンを飾っている。だがこの部屋も、第二のサロンが秘め隠しているものの、いわば序幕でしかなかった。次の間に入ると、そこではすべての円柱が、かつて人間の手でつくり出されたもっとも完璧《かんぺき》な磁製品であった。またこの柱にびっしりと描きこまれた、さまざまな絵画よりも見事な作品を見ることは不可能であろうと思われた。それらは神話の語り伝えるあらゆる異教の神々の愛情交歓を、微細画《ミニアチユル》風に描いていた。色の配合といい、表情といい、裸体といい、すべて美しく真実味があり、かつ自然なので、ひとはそこに芸術作品のもっとも崇高な努力を見て取ることができた。ともあれ、こういったすべての絶品も、この部屋の羽目板や天井や寝台の横木や、椅子やソファーや衝立《ついたて》や、それから「密儀」に用いられる礼拝堂の焼き絵ガラス窓にまで施された、同じ種類の数限りない作品と比較して見ては、いずれが甲乙をつけかねた。
有名な「ジュスチーヌ」の遍歴をお読みになった方は、愛の遊楽といった領分にあれ以上の新手《あらて》を考え出すことは不可能だ、と思われるかもしれない。だが、それは早計である。ゾロエとロオレダと、飽くことを知らぬヴォルサンジュとは、あの放蕩《ほうとう》の四十八手をさらにずんと豊富にした。どこの女王の画廊にも、この種の作品のこれほど完全な蒐集《しゆうしゆう》は見当たるまい。彫刻は雅致に満ち、やわらかな鑿のあとが光っている。その姿態は彫刻家の眼に的確にとらえられ、自然のままの有りようを見事に表現しているので、各部分とも今にも動き出すかと思われるばかりである。その上さらに、あたりには得も言えぬ薫香《くんこう》が立ち罩《こ》めているし、安楽椅子のやわらかい羽根蒲団の上には、薔薇《ばら》の花がばら撒《ま》かれてあるので、もっとも懦弱《だじやく》な修道僧にも羨望《せんぼう》の念を起こさしむるだろう。天井と四方の壁に張りめぐらされた鏡は、強烈な感覚が惹《ひ》き起こす運動を再現し、巧みに調節された室内の薄明は、粋《すい》な心づかいの賜物である。すべての設備が減退した能力を回復させるための手段として整えられている。酒精分の多いリキュール酒は、はげしい逸楽への何よりも好ましい刺戟剤であり、そのほかにもいちいち書くのは面倒だが、いざという時にすこぶる役に立ついろいろさまざまな小道具が揃えてある。ざっと以上のごときものが、このシテエルの神の倦《う》むことを知らぬ尼僧たちが自分たちの快楽のためにせっせと整えたところの、すばらしい贈り物なのである。そしてこの結構な仮寓《かぐう》の所有権は、三人共通ということになっていた。彼女たちはめいめいこの家を美しくするために、莫大《ばくだい》な金を注《つ》ぎこんだ。ともあれ富というものは、そのひとの生活のすべての瞬間を美しくするために用いられるのでなければ、いったい何の役に立とう? ドルバザンや、サバアルや、ミルヴァルや、そのほか無数の古参者たちが、すでにこの家の祭壇に幾度となく愛の香を焚《た》かせていたのであった。
供物受納式は周囲のおごそかな雰囲気とよく匹敵した。薄明の室内で、陽根神《プリアプス》は六回におよぶ豊潤な灌奠《かんてん》の儀式を執行した。十日間同じ頻度《ひんど》というわけには行かなかったが、少なくとも同じ熱意をもって、ひとびとは神殿の除幕式を挙行した。そうしていつまでも変わらぬ熱情を誓い合って、互いに別れるのであった。空しい誓いであった! 疲労と飽満で、すぐに役者は交代しなければならなかった。やっと解放されたひとびとは、そこではじめてほっと安堵《あんど》の溜息《ためいき》を洩らした。彼らのほかにも多くのひとたちが、続々とこの同じ舞台に登場していた。最初のうちこそみな有頂天になるが、要するに最後はいつも同じであった。そこで彼女たちの気まぐれは、同じ祭祀の新たな執行者を選定したのであった。かくて今や因果の小車《おぐるま》は、パルメザンと、パコオムと、フェシノオにまわってきたのである。さて、彼らが果たしてわが名うての三人組の浮気心をよく制することができるかどうか、次なる章を御覧願いたい。
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喧嘩《けんか》のあとに和解のこと
気転のきく下僕のデュビュイッソンが、愛の祭壇の供物となるべく選定された三人の選手を、ここウェヌスの隠遁所《いんとんじよ》へと案内したのであった。一種の魔法にかかったような気持ちで三人は連れてこられたもので、いったい自分たちの迎え入れられた場所はどこなのか、またなぜ自分たちはこんなところへ呼ばれてきたのか、まるで雲をつかむようだった。その上彼らは、迎え入れられた部屋のなかに飾ってある家具調度の豪華さ、光輝|燦然《さんぜん》とした壮観にすっかり眼がくらんでしまって、ただもう驚きあきれたように、四方をきょろきょろ眺《なが》めまわすばかりだった。いったいこれは、夢か現《うつつ》か? それさえしかとは信じかねた。こわごわ周囲の神聖な品々に手を近づけ、手をふれてみて、やっとそれらが幻《まぼろし》ではないことを確かめた次第であった。
やがてパルメザンが真っ先に、自分がいまどれほどの恍惚境《こうこつきよう》に遊んでいるかを表明したい気持ちに誘われた。彼はかつて、もっと平和な時代に、当時盛名を誇っていたさる美女の私室に連れこまれたことがあった。それと似たような何かが、いやそれよりもさらに無限に念の入った何かが、いま彼の讃嘆《さんたん》を喚《よ》び起こすのだ。
「いやまったく、床板磨きの名誉にかけておれは言うが」とパルメザンが言った、「あの時だって、これほどの素晴らしさはなかったねえ。鉄器時代にかわって、ついに黄金時代がやってきたんだろうか? それとも、この宮殿に住んでいるのは仙女だろうか、妖精《ようせい》だろうか! まあ、ちょっと見てごらんなさいよ、諸君、これほどの完璧《かんぺき》さがどこにありますかね? どれもこれもが、生殖の技師とその補佐役とのすがたをあらわしていて、まるで魂をもって動き出しそうじゃありませんか。ごらんなさい、あの美事な円柱の上に立っている物凄《ものすご》い山羊神《サチユロス》のすがたを。巨大なその銛《もり》で、たおやかな水波精《ニンフ》を刺し貫いておりますよ。またあの猛《たけ》り立った男はどうです、燃えあがっったバッカスの神の杖《つえ》を握って、おびえている羊飼《ひつじか》い娘の腰部に押し込んでいるじゃありませんか。またあの猿《さる》めは、鎖を引きちぎって若い娘のスカートの下に駈けこみ、つかんだものを逃がす前に、世の男たちがあれほど珍重している花を奪い取ろうとしていますよ。それからあの群像はどうだろう、さまざまな姿勢をとって、逸楽の溝《みぞ》という溝に一せいに矢を射かけている。木の枝にとまっている鳥たちも、鳥同士のたわむれに耽りながら、いかなる束縛もいかなる慎しみも止めさせることのできない人間の放恣《ほうし》な痴態をまねしている。すべての動物たちがてんでにそれぞれのやり方で、恋と快楽のために跳ねたり躍ったりしている。やれやれ! これほど大勢のものがそれぞれのはげしい気質にしたがって、熱狂的に快楽にふけっているところを見ては、どんな石部金吉金兜《いしべきんきちかなかぶと》だって、興奮しないわけには行くまいて!」
その間パコオム神父は、欲望に焼けつくような眼つきをして、これらみだらな品々をきょろきょろ眺めていた。そのふくれあがった血管は、情火に沸騰していることを示していた。唇の痙攣《けいれん》性の動き、表情にあらわれた熱っぽさ、それに、すべての姿態を見つめる目つきのしつこさは、彼の性格と、欲望の昂進《こうしん》とをさらけ出していた。こうなるとまったく、彼は一箇の山羊神《サチユロス》そのままであった。フェシノオは、鼻の上に鼻眼鏡をのせて、うそ寒い貪《むさぼ》るような視線を投げていた。鬱積《うつせき》した情欲が荒れ狂っているのが、その態度から見てとれたが、擦り減った無力な肉体は、どうやら魂の受けた激甚《げきじん》な感動に応えることを欲しない様子であった。
一方、ゾロエとその侍女たちは、しだらなく長椅子に腰をおろして、ちょっと見には気がつかない小さな覗《のぞ》き窓に釘づけにされた薄い紗《しや》の垂れ幕越しに、この新顔の選手たちがいろんなものを見てどんな反応を呈するかを、一つ残らず眺めてやろうとしているのだった。
かすかな物音がするので、男たちが振り返ってみると、テーブルの上には、食欲をそそり味覚を悦《よろこ》ばすあらゆる山海の珍味|佳肴《かこう》がのっていた。ふとい葡萄酒の小瓶《こびん》が見事なピラミッド型に積まれている。六つの席がテーブルを取り巻いていて、どうやらその人数だけの会食者を待っている様子である。この光景を見ると、パコオムもパルメザンも、たちまちほかのことを忘れてしまった。この意地のきたない二人の男は、とてつもなく大きな皿にのっている堂々たる挽肉《ひきにく》料理や、その他さまざまな料理の上に、がつがつした視線をじっと注ぎはじめた。いまにも取って食い荒らしそうな気配である。フェシノオはと言えば、これはいかにも退屈そうな無関心な様子を見せていたが、この豪勢な大御馳走に目を走らせるや我しらず感奮して、こんなに惜しげもなく金をつかった贅沢好きなこの家の主人にぶつぶつ文句をつけはじめた。
「何を言ってるんですか、あんたは」パコオムが憤りの眼を向けて、フェシノオをやり返した、「あんたがこの家の経済を立ててやる必要があるんですか? お見かけしたところ、われわれ同様あんたもこの家のひとではないようですが。ま、幸運はせいぜい愉快に利用すべきですな。感謝しなければならないひとに難癖をつけるなんて、礼儀知らずも甚《はなはだ》しいというもんじゃ」
この種の身分のひとびとによく有りがちなように、いたって横柄なフェシノオは、ただ顔をしかめただけで返事のかわりとした。仲間と一緒に愉快な冒険に参加するのを、いさぎよしとしないかのようであった。パルメザンはその様子をじっと見ていた。じつは彼は喉《のど》が乾き、胃袋がぐうぐう鳴り出すほど、眼の前の酒と御馳走がほしくてならなかったのだ。そこで、
「ちょっと、あんた、その仏頂面《ぶつちようづら》は全体どういうことなんですね」とフェシノオに喰《く》ってかかった。それからパコオムに眼を移して、「ねえ、そっちのひと、この野郎はきっと警察の探偵《いぬ》ですぜ。そうにきまってまさあ、風体を見ただけですぐ分かるよ。へん! 見ず知らずの男だからまあまあと思っていたんだが、そうでもなけりゃ今ごろは、肩のあたりに一発、気持ちのいいやつをお見舞いされていたんだぜ」そう言って、まるで殴りかかるかのように手を伸ばした。
「|きみ《シトワイヤン》」とフェシノオが叫んだ、「私は人民の代表ですぞ。敬意を払いたまえ」こう言うと同時に、その侵すべからざる身分を示す貴重なメダルを取り出した。
「おや、そうでしたか」とパルメザンが言った、「そりゃどうも、お見それしました! 市民フェシノオか! 市民フェシノオに敬礼! (皮肉たっぷりに)つい知らなかったもので失礼いたしました。ところで、市民代表さん、あんたは御自分がどうしてここへ連れてこられたのか、どうしてここにいるのか、御存知なんですかい? いったいあんたは、この家の主人か、それとも代表か何かなのですかい? ま、私の睨《にら》んだところでは、おそらくそのどっちでもありますまい。ふん、御返事ができませんな! たしかに、ここには豪華なものと夢のようなものしかないというのは本当です。だがね、それは果たして元老院議員の歳費でまかなわれたものでしょうかね、え? それとも、同志よ、財布を取りにお宅へもどりますか。あんたがたの財布は決して空っぽになることがないそうですからな」
「市民諸君、さっき言ったことを忘れたのかね、無礼はやめたまえ。さもないと私の地位を利用して……」
「何だって、このけちんぼ野郎! 呆《あき》れたよ、お前さんは倹約家ぶっていたいんだな。よかろう、お前さんにゃそんなところが似合いだよ、掠奪《りやくだつ》にかけては、仲間内でいちばんの恥知らずなお前さんにゃ!」そう言って箆棒《べらぼう》に大きなマインツ産のハムをつまんで、さらにこうつづけた、「盗人《ぬすつと》め、気をつけたがいいぞ、おれがこの化粧|石鹸《せつけん》でお前の罪を洗い落としてやるのは、誰に遠慮をせずともできることなんだからな」
「そうじゃとも、その通り」と言ったのは腹のへった托鉢僧パコオムであった、「成り上がりの守銭奴《しゆせんど》が、何だって余計な口をきくんだ? へん、いくらお前さんが強請《ゆす》って、上前はねて、私腹を肥《こ》やそうたって、そうは行かないぞ。元老院の大官椅子にえらそうな顔しておさまり返ってる間に、お前さんの酒は乾《ほ》されちまうし、お前さんの嬶《かかあ》は手籠《てご》めにされちまうんだ。やれやれ、そのうちおれがお前の嬶とたんとやれるようになったら、腹の底から笑ってやらあ! いいか、その額だぞ」と言ってフェシノオの額を指さして、「寝取られ男の威光が輝くのはな」
フェシノオは冷静な性質であったし、それに味方は無勢なのだから止《よ》せばよかったのだが、このおびただしい悪口雑言にはさすがの彼も平気でいることができなくなった。眼は怒りに燃え、口は泡を吹き、顔はすっかり引きつって、身体全体をわなわなと痙攣させはじめた。こうして喧嘩は今や暴力|沙汰《ざた》に化することも不可避と見えた。だがこのとき、鳥籠《とりかご》を放れた小鳥のようにすばやく、顔を薄|紗《しや》でつつんだ三人の女が隠れ場所から飛び出してきて、男たちの争いを、その魅力と権威によって中止せしめたのである。
「仲直りをするか、それがいやなら出て行ってください!」とヴォルサンジュが断乎《だんこ》とした語調で叫んだ、「みなさん、それぞれ立派な方たちですのに、これといった理由もなしに、あんなにいがみ合わなきゃならないなんて、いったいどうしたことなのでしょう、あたしには分かりませんわ。つまらないことに恚《いき》り立ったり、血眼《ちまなこ》になったりするなんて、情けないことですよ。それより眼の前をみてごらんなさい、眼を娯《たの》しませ、心を魅するものが何から何まで揃っているじゃございませんか!」
それから彼女は勇士パルメザンの手をとって、
「おすわりなさいな」と言った、「あなたはね、勇気のあるところを見せてくださるのに、ただお話するばかりでなく、そのほか沢山のことをやってくださらなければなりませんわ。さあみなさん、殿方も御婦人も、あたしたちを見ならってちょうだい。そして心おきなく、あたしたちに捧げられたこの幸福を楽しみましょう。誰がお膳立《ぜんだ》てしてくれたのだろうと、そんなこと構うものですか」
こうした勧誘を受けるのにむずかしいことは要らない。まもなく一同の皿には若鶏《わかどり》の肉や、それよりもっと美味《おい》しい料理などが山盛りに盛られた。大きなパイ料理の腹は裂けて、裂け目から見事なハムがのぞいていた。パコオムとパルメザンとはほとんど喋ることを忘れてしまったかのようだった。お仕着せを着た給仕が芳醇《ほうじゆん》な美酒をクリスタルガラス器に注ぎこんだ。だがそれも、床板磨きとフランチェスコ派托鉢僧との飽くことを知らぬ渇を満たすに十分とは行かなかった。最後にデザートがあらわれた。巴旦杏《はたんきよう》入りクリームや、お菓子や、じゃがいもの揚げものや、そのほか多くの砂糖菓子だったが、同じくがつがつと攻め平らげられてしまった。もしこのあとに続くはずの戦闘が、食べものの場合と同じ熱心さで行なわれたら、ヴォルサンジュもロオレダも、おそらく今の千倍も幸福になったであろう! 選手たちはというと、マデーラ産の葡萄酒やら、そのほか焼けつくような強い酒やら、際限もなく杯を重ねていたいらしかった。しかし女たちは、男たちがあまりに杯を重ねるというと、その能力を損ずる惧《おそ》れのあることを賢明にも見抜いて、いずれも相手のそれを増強したいと思う気持ちから、あふれ出ようとする黄金色の液体を、もうこれっきりとばかり封じてしまった。
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行動開始、監禁ならびに耽溺《たんでき》のこと
ゾロエとその相手《パートナー》のあいだには、ひどく真面目くさった会話がはじめられていた。この悪がしこい貴婦人は、当代のリクルグス、フェシノオの気に添うように努めて振舞っていた。彼女の魅力的な口からは、相手を賞めそやす言葉が雨霰《あめあられ》とこぼれ出た。それでこの引っ込み思案な国会議員も、生まれてはじめてのような喜悦にひたって、女の媚《こ》びをいちいち真に受けていた。もちろん、彼女がうっとりした気分をつくり出していたあいだも、フェシノオは盞《さかずき》を重ねることを止《や》めはしなかった。その上、官能を眼ざませるに誂《あつら》え向きのものが、やたらに彼の眼の前にちらちらした。パコオムもパルメザンも、血管を流れる泡立つ液体ですっかり陽気になってしまい、他の四人の列席者にとってはまったく耳新しいような種類のふざけた冗談や言い廻《まわ》しをさかんに連発していた。挑発された無作法のあとには、身ぶり手ぶりがつづいた。女たちは、この駄々っ子たちが宴会の席を卑猥な身振狂言の舞台としてしまうのを阻止するのに、大骨を折った。
ゾロエの相手は軽挙|妄動《もうどう》するような人物ではなかった。それで彼女は安んじて、ずり落ちそうな肩掛けをつくろったり、乱れてもいない靴《くつ》を揃え直したり、美しい耳朶を見せるために頬《ほお》の丸味を隠していた耳環《みみわ》を留め直したりするのに、専念することができた。手にした扇をもてあそびながら、何か意味ありげな熱っぽい秋波を送ったり、こよなく美しい歯並びを見せるための、こぼれるような笑いをふり撒《ま》いたりしていた。だんだん、フェシノオの擦り切れた魂にも活気がよみがえってきた。やがて彼の肉体のばね[#「ばね」に傍点]はかなり良好な調子に達し、話ぶりも彼自身が驚くほど、官能的な色合いをおびてきていた。酔うほどに彼は熱っぽく、若々しく、しつこくなって行った。恋の話や情熱の話も口にした。一昔前によくやったように、思わせぶりな言葉や猥語《わいご》をむやみと集積しては、ひとつひとつ御披露におよんでいた。ロオレダさえもが、夫のフェシノオのこの饒舌《じようぜつ》ぶり、この豹変《ひようへん》ぶりにはすっかり度肝《どぎも》を抜かれていた。これからはじまるはずの濡《ぬ》れ場《ば》を想像すると、ほとんどゾロエが妬《ねた》ましく感じられるほどだった。ともあれ、おびただしく浪費されたゾロエの智慧《ちえ》と情熱とが、この愁眉《しゆうび》をひらいた代議士を不能の状態に持ちこむか、それとももっと辛い生殺《なまごろ》しの状態に陥れることになるか、一にかかって悪がしこい誘惑者の胸三寸に置かれていたのである。
パコオムはすでに愛の言葉を聞くだけでは満足せず、すすんで砦《とりで》を占領してしまった。その活溌《かつぱつ》な手はまさぐったり、服を皺《しわ》くちゃにしたり、汚したりしていた。その燃えるような接吻はまるで火事のごとくであった。パルメザンはヴォルサンジュを膝の上にすわらせて、燃える矢をまさに彼女に向けて放たんとしていた。彼女はしかし、奥の寝室へと逃げこんだ。ロオレダもこれにならったので、男たちも一緒に駈けこんだ。
誰も見ている者がいなくなると、フェシノオはさらに大胆になった。その攻撃ぶりは、ゾロエをして男の復活を信ぜざるを得なくせしめたほど、激烈をきわめたものであった。しかし彼女はある程度しか身を許すことを肯じないようであった。男はあえて要求し、ついに快楽の小径《こみち》に手を触れた。その時である、不意にドアが開いて、ドルバザンがあらわれた――
「これはどうじゃ!」と彼は激怒した振りをして叫んだ、「フェシノオじゃないか、しかも貴様はおれの家で、おれの女房と一緒に! ええ、腹黒い助平野郎、それで貴様はよくも、自分の一味におれを引っ張りこもうなんて、図々しいことが言えたものだな。貴様なんぞ、人間の皮をかぶった枯木じゃないか。こんなところへのこのこ出てくる柄じゃないや。貴様の名前なんぞ、聞くだに汚らわしい。貴様の仲間なんぞ、糞《くそ》くらえだ! 偽善者め、毎日書きものや演説のなかで、美辞麗句を並べて道徳だ節操だと大言壮語しているようだが、その御本人が道徳と節操とを二つながら踏みにじることをやめていないではないか! そのくせ貴様は国民をたたき直すんだとか、教育するんだとか御託《ごたく》をならべる! そうして他人《ひと》の家庭内に闖入《ちんにゆう》して、そこに堕落と汚辱とを運びこむ。いったい貴様が、貴様の女房子供に実行すべく教えてきた立派な模範というのは、こういうことなのか?……一刻も早くここから出て行ってくれ、さもないとおれの腕が貴様の身体に強く触れるぞ」
それから彼はゾロエに向かって、
「あんたもあんただ、奥さん。あんたはおれの信頼を裏切り、おれの弱味につけこむようなことをしでかしたね。部屋に帰んなさい。おれは懲罰の用意をしたら、この破廉恥漢フェシノオに思いきり復讐《ふくしゆう》してやるんだから」
運の悪い男は慄《ふる》えながら、言い返す言葉もなく、こそこそと逃げ出した。廊下は出口に通じているようなので、伝って行くと、あに図らんや、彼は一つの小さな部屋に閉じこめられてしまった。何とも譬《たと》えようのない殺風景な、居心地わるい部屋である。
一方、わが幸福な一対《カツプル》たちは、思う存分に官能の激流のなかを泳ぎまわっていた。ウェヌスもこれほどの供物が自分の祭壇に捧げられるのを、かつて見たことはなかったであろう。ともあれ言うに言われぬ恍惚《こうこつ》境や、巧者な技術が何倍にもすることのできた感覚のいちいちを描きつくさんとする作者輩の試みは、おそらく無駄というものだろう。また清浄|無垢《むく》な耳の持ち主には、この卑猥な場面のこまごまとした顛末《てんまつ》は聞くに堪えないところであろうし、作者の筆とてそのあとを辿《たど》るのには躊躇《ちゆうちよ》をおぼえる! みだらな描写によってはじめて魂の喜悦をおぼえるといったようなひとは、せいぜい作者を非難するがよい。作者はそのようなひとたちの非難を受けることを、むしろ名誉とするものだ。快楽に変化をつけたり長びかせたりするために、恋人たちはいろいろな姿勢を発明するものだが、そういったようなものはすべて遠慮のヴェールでつつんでしまう必要がある。これこそ物語作者に課された一つの義務であって、この立場から離れるとき、彼は風俗壊乱の譏《そし》りを免れない。
とはいえ、少なくとも、この前代未聞の隠遁所《いんとんじょ》が、欲望を高めることのできるものを一つ残らず集め、統御していた用意周到さに敬意を表するぐらいは、作者にも許されてよいことだろう。一本の真鍮《しんちゆう》線が動かす仕掛けによって、十部音からなる一大合奏が聞こえてくるのだった。どんなオーケストラも及びがたい正確さと魅力をたたえた演奏である。つまりそれは、真鍮線が楽器と連絡し、さらにベッドとつながっていたのである。犠牲の式はすべて勝利の讃歌によって完成さるべきことと、女たちのあいだで約束ができていた。されば、調和のとれた楽音の響きは邸中の部屋部屋をいっぱいに満たし、陰気な牢屋《ろうや》のなかで当てどのない欲情を発散させていた気の毒なフェシノオのところへも、風に乗った反響が運ばれてくるという寸法であった。
夜がやっとその行程の三分の二に達したというとき、楽器はすでに十五回もその華やかな合奏を聞かせていた。各パートによってこれほど強力に支持された熱演のあとには、当然のことながら涸《か》れつきた自然が休息を求めるはずであった。しかるに、法外な刺戟は新たな誘惑へと駆り立てた。長いあいだの欠乏やら、美味《おい》しい御馳走やら結構な酒やら、本物そっくりな絵やら、また享楽の技術が案出したあらゆる挑発的なものやら、ふんだんにふりまかれた香水やら、相手の女の技巧やら魅力やら、魂のなかに法悦をもたらすすばらしい音色やら、すべてのものがパコオムとパルメザンの身に異常な効果を生み出さずには措《お》かなかったのである。ドルバザンは逸《はや》り心を抑えることに人一倍妙を得ていたが、それでも一度手に入れかけた砦《とりで》を競争相手の男たちに譲ろうなどとは思わなかった。
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変事突発のこと
この義侠《ぎきよう》の士ドルバザンは、名代《なだい》の持ち物によって聞こえていたが、この晩の大|饗宴《きようえん》でも、期待に背《そむ》かぬ働きぶりを示した。渇望と欲望に駆り立てられたすべての役者たちが、愛撫《あいぶ》によって励まし合い、互いにもっとも奥ぶかい擽《こそばゆ》さによって熱中を煽《あお》り立てていた。すでに我しらず心の底からもれる片言隻語《へんげんせきご》が、熱い溜息《ためいき》が、こよない幸福の感嘆詞が、あの甘美なさざめきを、あの円満具足した享楽のおののきを誘い起こしていた。ついに旋律的な楽音の抑揚が、またしても新たな勝利の到来を告げんとしていた。悶絶《もんぜつ》したヴォルサンジュは陶酔の最後の躍動を待つばかりであった。ロオレダはそれ以上に耐えかねていた。ゾロエはドルバザンを頂上に達せしむるべく急がせていた。だがその瞬間、あわれっぽい叫び声が不意に聞こえて、勝利の到来は一時おあずけ、もしくはおじゃん[#「おじゃん」に傍点]になってしまった。
「助けてくれ! 助けてくれ! 溺《おぼ》れ死ぬ」
ロオレダが真っ先にパコオムの腕から身を起こした。あの声、あれはたしかに夫の声だ。彼女は夫としてのフェシノオを愛してはいなかったけれども(なぜなら夫としてのフェシノオはフェシノオ自身だったから)、それでも彼の死を願うほどの気持ちからは遠かった。で彼女はここで急に情熱の方向転換を行なって、夫の命を救いに行こうと奮い立った。
もう一度彼女を快楽の玉座に据《す》えんとするパコオムの強引な勧誘にもかかわらず、ロオレダは二度とふたたび、あの酒神祭《バツカナアル》の最後の歓喜に身を投ずることが不可能になってしまった。飛んだ故障が入ったもので、つい最後の段階に達したと思われたあの至上の悦楽もどこへやら、彼女の身内から消し去られてしまったかたちであった。ヴォルサンジュとゾロエは言うまでもなく、やりかけていたことを完結した。ロオレダは勝利の歌を中絶する承認を、やっとのことで相手から得た。
ところでフェシノオは、からかっても威張っても蛙《かえる》の面《つら》に水といった従僕たちに取り巻かれて悲しそうに濡れた額を拭っていた。たったいま死刑を免れた囚人のように顔面|蒼白《そうはく》、憔悴《しようすい》の態《てい》たらくで、彼はびしょびしょにされてしまった自分の身仕舞いをととのえるために、新しい服をよこせと要求していた。フランスの人間であるならば(そしてフェシノオは要するにこの国民の代表者というわけなのだが)、彼の異様ないでたちがその容貌《ようぼう》や体躯《たいく》と面白い対照をなしている限り、この男をビセエトル監獄の脱獄囚と見なすにちがいない。
やがて窓ひとつない馬車があらわれて、彼はその中へ投げこまれたが、投げこまれながら、こんな不吉な家に自分を連れこんだ悪霊をしきりに呪《のろ》った。そうして、いずれその筋に訴えて、尊い国民代表という彼の身分に対してあえて非礼をはたらいた不逞《ふてい》の輩《やから》を罰してやろうと、かたく決意した。
「家内はどこにいる?」と彼は自宅にもどるやいなや、玄関から大声をあげた。
「今日は奥様御在宅の日ではございませぬ、旦那《だんな》様」
「日取りなんぞどうでもよい、おれは家内に会わにゃならんのだ」
「それでは私がお取り次ぎしてまいりますから、しばらくお待ちくださいませ」
「何だって! このおれに、そんな手続きが要るのか?」
「でも、そのような御指示でございます」
「いいか、ラ・フルール、おれの言いつけにしたがえ。いやならお前はおはらい箱だ」
「旦那様、私は奥様に御奉公しているのでございます」
こんな押し問答が交わされているあいだに、急いで帰ってきたロオレダは、忍び梯子《はしご》から自分の部屋にそっと入ってしまった。彼女はフェシノオがもどってくれば、きっとはげしい忿懣《ふんまん》を自分に向かってぶちまけようとするにちがいないと予想していた。で、ただちにあとを追って、帰ってきたわけだった。やがて傷心の夫がドアの前にあらわれた。
「だあれ?」と美しいロオレダは、眼をこすり、顔の半分を覆っていた細長いナイト・キャップをとって、「まあ、誰かと思ったら、あなたでしたの。こんな時間に、どうしたっていうんです? 家に火事でも起こったの。いやだわ、何かよくない知らせがきたのね? 祖国の危機ですか。はやく話してちょうだい。あなたがだまっていると、あたし、ますます心配になってくるわ」
やっと言葉を見つけたフェシノオが、
「あなたが心配しなくてもいい、奥さん。私だけに関係のあることなんだから。いや、とにかくひどい目にあったよ。けしからんやつらが、私を侮辱し、恥をかかせ、あげくの果てに監禁しおった! 畜生! どうしたって、断頭台にかけて首をちょん斬《ぎ》ってやらにゃ。自由の名にかけて、私は誓うぞ。国民代表に無礼をはたらくようなやつらは、だれかれを問わず、懲戒裁判所が永遠の恐怖をもって報復してやる必要がある」
「あなた、いったいそれはどういうことなんです?」
「どうもこうもないよ、奥さん。やつらを死刑に処してやろうと言ってるんだ!」と彼はいら立たしげに歩きまわりながら、こう叫んだ、「そうだとも、これほどの侮辱をつぐなえるものは、やつらの流す血だけなのだ」
「じゃ、あなたはその犯人どもを御存知なんですのね?」
「そのことだよ、私がこんなに腹の底からいらいらしている 原因(原註)は。だが、どうしたって見つけてやらにゃならん。たとえ私の十年間の歳費を犠牲にしても、警官の全員をやつらの捜査に繰り出してやらにゃ。大臣に会いに行って、その方面の捜査網も活動させてやろう。もしいやだと言ったら、大臣はさっそく罷免だ。ところで奥さん、あなたの方は、社交界という社交界を一つ残らずまわってみてくださらんか。そしてこの事件について何か証跡があがったら、すべて私に報告してください、ぜひ頼みます」
「ええ、そりゃもう、心からお約束しますわ。だって、あたしとても心配なんですもの、ほんとうに」
「大きに有り難う、奥さん。あなたのやさしい心根に、ふかく打たれました。では、お別れとしよう。さようなら、私のハートよ」こう言って律義な夫は、やさしい妻の頬《ほお》をやさしく自分の頬に押しあてた。「おれはあらゆる階層にスパイを放って、あの無礼なやつらを探させてやろう。おーい、馬車の用意だ!」
[#ここから1字下げ]
(原注) ドルバザンは三ヵ月以前にパリに帰ってきたばかりであった。恐怖時代のおそろしい日々のあいだ彼は人の知らない隠れ家《が》に閉じこもっていた。フェシノオが彼を知らないのも道理である。パコオムにしてもパルメザンにしても事情は同じであった。彼らの名前はフェシノオの耳には一度も入ったことがなかった。女たちは女たちで、不貞をはたらくのに隠しごとをしなければならないのは当然であった。かくして秘密は事件後も長きにわたって漏洩《ろうえい》されなかった。
[#ここで字下げ終わり]
さて、フェシノオは大官の部屋の前に立って、
「今日は、市民大臣!」
「今日は、市民代議士。こんな朝っぱらから、いったい何だっておいでになりました? さては、何やら陰謀でも?」
「そう、その通り。まさしく私の身に対して企てられた、特筆すべき陰謀事件です。悪者め! もし私が窓から逃げ出すだけの機転をはたらかせなかったら、私の一命は奪われていたことでしょうな。事実、私は水責めにあって、すんでのこと死ぬところだったんだ。それにしても、あんなおそろしい城館の実際に建っている魔境があるとは、到底信じられんことじゃありませんか?」
大臣は注意を惹《ひ》かれた。この前置きが何を言わんとしているのかを、はっきりさせようと努めた。やがてフェシノオは、前夜例の隠れ家で起こったことを細大もらさず大臣に語って聞かせたが、自分に都合のわるいことには一切口を緘《かん》した。事の重大性にもかかわらず、大臣は苦笑の浮かぶのを禁じ得なかった。フェシノオはどなり出さんばかりだった。大臣はさっそく部下を総動員して鉦《かね》と太鼓で、かかる悪事の主動者を見つけ出そうと約束して、ようやくほっと一息ついた。
だがさて、探し出すと言って、いったい、どこをどうして探せばよいのだ? 偶然だけが、捜査の唯一《ゆいつ》の頼りではなかったか。人相書きもなければ、名前も分からないのである。スパイ団の手先どもがいかに大活躍をしてみても完全に無駄骨であった。フェシノオはフェシノオで、いかに歳費を犠牲にしてみても、冷水浴の憂き目やら翻弄《ほんろう》された恋心やら、横取りされた女房やら、さてはすっぱ抜かれた恥辱やらを元通りにすることは、できない次第であった。
彼が社交界にすがたをあらわすと、嘲《あざ》けるような微笑でもって迎えられるようになった。それというのもドルバザンが、あの記念すべき御乱行の噂《うわさ》をあらゆる方面に巧みにまき散らしていたからである。さしあたりフェシノオだけがすべての嘲笑《ちようしよう》を一身に浴びたかたちであった。まもなく、ほかの連中の名前もこの醜聞に結びついて、仲よくこれを分かち持つことになった。
[#改ページ]
鳩首《きゆうしゆ》談合のこと
差し迫った理由によって、三人の女たちはさっそく会合を開かねばならなかった。あの御乱行の宴に一役演じた役者たちを物好きな連中の眼から外らしてしまうことが必要だったし、また別に遊興の宴をもよおす準備に取りかかる必要もあった。捜査委員会はまず当夜の事件の主人公として、次の三人の女にひそかに眼をつけるよう、スパイどもに司令を発していた。つまり、まずその一人は、奇行と淫乱《いんらん》によって名高いミルボンヌ侯爵夫人。それから、ママムーシの公然たる情婦である派手好きのジェルナ。最後に、サバアル子爵の女秘書のうちでもいちばん淫奔《いんぽん》な女であるロスニイ。ひとびとの中傷|沙汰《ざた》は甚《はなはだ》しかったが、とにかくそんなわけで、ゾロエたちの三人組は公衆の嘲罵《ちようば》やあてこすりを免れていた。彼女たちが事を運ぶのに、これ以上の好都合はなかった。
同じ頃《ころ》、人の多く集まる席ではどこへ行っても、こんなささやきが交わされていた。
「あなた、あの夜の武勇伝を御存知? 大した御婦人方があったものねえ! 道楽もほどほどに願いたいわ。何んて厚かましいんでしょう。それにひとの話では、こんなに噂《うわさ》が立っていても、あのひとたちはぬけぬけと社交界にすがたをあらわしているんですってよ。ほんとかしら?」
「いやまったくあのフェシノオときたら」とほかの連中は喋《しやべ》っていた、「からきし意気地のない男ですわい。なぜまたあんな堕落した仲間と一緒になったものですかな?」
「あんなやくざ者にゃ似合いの仲間でございますよ」と歯の抜けた老婦人が答えた、「あれは昔、私どもの家で使っておりました男でしてね。まあ、どれほど策を弄《ろう》して私や女中たちを誑《たら》し込もうとしたことか知れませんわ。騙《かた》りも同然でしたよ。私でさえ危ないところで、あの男の口前のよさについ乗せられそうになったんですからね。何でも若い頃は、ごまかして金品を盗んでは、悪所で大尽遊びをしていたそうで。でも今じゃ、もう遊ぶための欲望すらあの男にゃ残っておりませんのよ。何でもできないことのない身分ですのにねえ。お金もざくざく溜《たま》ったのに、相変わらずのしわんぼう[#「しわんぼう」に傍点]ですわ。やれやれ! 私だってあんな男の妻となる不幸にめぐり合わせていたらせいぜい浮気して仕返ししてやったことでしょうよ!」
ロオレダがやってくる。すると、サロンのざわめきは一きわ高くひろがって、さすがの喧《やかま》し婆《ばあ》さんも口をつぐまざるを得なかった。いかにも貴婦人らしく一分の隙もないいでたちで、堂々とサロンに入ってくる侯爵夫人ロオレダに、満場の視線が集中した。ゾロエはヴォルサンジュと一緒に部屋にいて、会うひとごとに、ロオレダに向けられた失礼な噂が事実無根であることを証明している最中だった。ロオレダは、自分を眼で追うひとびとに、大胆な視線を返していた。この不貞《ふて》くされた態度は、もっとも寛大なひとびとにも真実を納得させ、彼らの憤激を買うのに十分だった。ほとんど同時にジェルナがあらわれた。彼女はこの日、もっとも華々しい社交界のいくつかにすがたをあらわさねばならない別の事情があった。彼女の取り巻き連の一人が、あの晩はお楽しみで、というような挨拶《あいさつ》をしてからというもの、彼女のまわりにはすっかり伝説ができてしまっていたからである。扇をもって科《しな》をつくっているロオレダのすがたを遠くから見つけると、ジェルナは走り寄って彼女を抱擁して、
「今日は、あたしの親しいお友達。あの晩は、さぞお疲れになったでしょ?」
「奥様、何ですか御質問の意味がよく分かりませんけれど。お人違いじゃないかしら。あたし、あなたさまとそんなに親しい間柄じゃないつもりでございます」
「どういたしまして、そんな、間違うはずはございませんわ。いつかの夜のお楽しみを一緒にしてくだすったのは、あれはたしかにあなたですもの!……忘れてしまうなんて、ずいぶんひどいじゃありませんか!」
「もう一度申しあげますけれど、奥様、そんなに親しそうになさらないでくださいましな。あたし、あなたさまとは何の関係もございませんでしたし、関係を持ちたいとも思いません」
満座はしいんとなっていた。誰もがこの喜劇の成り行きいかにと固唾《かたず》を呑《の》んで見守っていた。そのとき、フェシノオとサバアル子爵が入ってきて、結着は彼らの手に留保された。
この二人の男が親しい間柄にあることは誰知らぬ者もなかった。フェシノオは妻のロオレダに、彼女の父の伯爵がきたことを告げにきたのであった。一方サバアル子爵はこの家の常客のひとりであった。
「おや、これはよいところへ」と小柄なジェルナがはじけたように笑い出して、こう言った、「あの晩のお仲間がまた二人、お見えになりましたよ。さ、どうぞこちらにいらしって、奥様を転向させてあげてくださいな。このひとったら、あの晩あたしたちが御一緒だったことを、知らないなんて言うんですのよ。この分じゃ、お天道様まで知らないなんて言いかねませんわ」
一方ではロオレダが渋面をつくり、また一方ではフェシノオが忿懣《ふんまん》やるかたないといった様子を見せているのは、ちょっと他に比べもののないほど愉快な光景だった。
「何ですと! それじゃ、こんなところにおいでのあなたがたが!」とフェシノオがようやく口火を切った、「よろしいか、あの不名誉の上に、いままた恥の上塗りをやっているのは、ほかでもないあなたがた御自身なのですぞ! 破廉恥な行ないは決して許されません。あなたがたが図々しく振舞えば、私が復讐《ふくしゆう》を思い止めるだろうなどと考えたら、飛んでもない大間違いですぞ。もちろん、私はこの社交界を美しくしている御婦人がたに対して、それ相当の敬意ははらっております。物事には時と場合がありますからな」
「いったい何だって言うのさ、馬鹿馬鹿しい!」と今度はロオレダが、息もできないくらいな腹立ちようで、「このひととあたしがどうしたって言うのさ? ぜんたいここにおいでの人たちは、みんなでぐる[#「ぐる」に傍点]になってあたしを困らせようとしているんじゃありませんの? あたしがここに入ってきた時から、にらみつけたり、横眼で見たり、ひそひそ内証話をしたりしているけれど、いったいそれはどういう意味なんです? 奥様(と今度はこの邸の女主人の方を向いて)、お宅では、みんながこんなに無作法に振舞うんですか。ちょっともう少しお行儀よくするように、あなたの方から何とかしていただきたいものですわ。失礼いたします、奥様。もう二度と、こんな侮辱を受けにこようとは思いません」
ジェルナは侯爵夫人を狼狽《ろうばい》させたことにつつみ切れぬ悦《よろこ》びを、心ゆくばかり味わっていた。ロオレダはやる方ない腹立たしさをいだいたまま、外へ出て行こうとしかけた。そのとき、サバアル子爵が、まあ私の言うことをお聞きなさい、と彼女をなだめて、
「奥さん、しばらくお待ちになってください。間違いをはっきりさせてしまいましょう。そうすりゃ噂をまいた本人が(と言ってちらと意味ありげな視線をゾロエとヴォルサンジュの方へ投げて)きっと赤面してしまうにちがいありません。あなたがここへお出でになってから、妙な空気や、嘲笑《ちようしよう》なぞが起こったのにびっくりしたのは、何もあなたばかりじゃありませんよ。私だってあなたと一緒に嘲笑の洪水《こうずい》にひたって、しかもあなたと同様、完全に無実なんです。そちらの奥さんは(とジェルナを指して)あなたをからかって楽しみたかったのでしょう。ひとびとはあなたや私や、またその他の誰《だれ》か(名前をあげるのは無駄でしょう)に、あの恥ずべき放蕩《ほうとう》の張本人としての不当な非難を加えました。もちろん私たちは、このような中傷を断乎《だんこ》として拒否することができます。こんな中傷は正当な批判を免れるために、悪人たちがつくり出したのにすぎないのであって、いずれ時がくれば、そんなひとたちは明るみに出されてしまいますからね。この誤解の渦中にあって、気の毒なのはフェシノオですよ。何しろ彼は饗宴《きようえん》の慰み物にされただけなんですからね。彼は諸君に弁解すべきだし、諸君は彼を大目に見てやるべきでしょう」
これだけの言葉を淀《よど》みなく言ってのけると、サバアル子爵はロオレダに手を貸し、ひとびとに会釈して、フェシノオと一緒にさっさと出て行ってしまった。いま言った言葉に賛成なさろうと反対なさろうと、あとはみなさん御随意に、といった調子で。
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舞踏会のこと
噂がひろまって行くにつれて、ひとびとの中傷攻撃はいよいよはげしく、厳重な証人|訊問《じんもん》さえ行なわれそうになってきたので、何とか急いでこれを揉《も》み消さなければならなかった。そこでロオレダがまず第一番に案じたことは、郊外の自宅で舞踏会を催して、都の風雅人士として知られた人たちを残らずそこへ招待しようという計画だった。男や女が大ぜい集まれば、きっと何か事件が起こるだろう。そして珍談奇聞のひとつでも生まれれば、以前にあった出来事の思い出などは拭い去られてしまうだろう、とそんな風な魂胆だった。
饗宴の準備には、まるまる十日間を費やした。サロンは贅沢《ぜいたく》と高雅な趣味で飾られた。庭園には恋人たちのための洒落《しやれ》た隠れ場がいくつも用意された。ジャスミンと薔薇《ばら》の花に蔽《おお》われた四阿《あずまや》に歩みを運ぶのに必要なだけしか、明かりは点いていなかった。涼しい芝生の床は、寝ころがりたくなるような気分を誘った。右にも左にも、側道に抜けられる小さな目立たない門ができていて、そこからは八幡知《やわたし》らずの藪《やぶ》に出ることもできるし、またうるさいひとびとの好奇な眼をくらますこともできた。
そこここには、物思いにふけるひとびとの気晴らしになるような遊び場ができていた。流鏑馬《やぶさめ》あり、ぶらんこあり、競走場あり、馬場あり、といった具合である。道化役者は身軽な妙技でひとびとを笑わせ、美しい照明の輝やいている木立の中央には、洒落た小さな売店がいくつとなく並んでいた。店頭に陳列された品々は、いろんな役に立つ結んだリボンや、ボンボンや、甘い菓子類などで、そのほかのものは一切売られていなかった。しかし店頭の売り子たちは小ざっぱりした服装をしていて、魅力もあったし才気もあったから、客たちは一人ならず、つい喜んで買物をしようという気になってしまうのであった。
何度かダンスを踊り、衣裳《いしよう》の豪華さや趣味のよさや、自分たちの美しさなどをさんざん讃《ほ》められてから、ゾロエとヴォルサンジュとロオレダとは、揃《そろ》って売店の売り場に立つことになった。ゾロエがイタリアの船長を、ロオレダがスペインの大佐を、そしてヴォルサンジュがイギリスの貴族をそれぞれ誘惑したのは、この時の仮装によってだった。この三人の紳士たちはイタリアから一緒にやってきた人たちで、上陸したてのほやほやだったが、閑《ひま》つぶしにこの宴会場にきてみたわけだった。彼らは目の前に並んでいるつまらぬ品々のすべてにせり値[#「せり値」に傍点]をつけることを大真面目に考えたものだが、もちろん彼らが本当に手に入れたいと思っていたものは、玩具《がんぐ》やその他くだらない品物ではなくて、それらを売っている愛嬌《あいきよう》たっぷりな女たちの魅力であった。彼らはほかの冷かし客たちが品物に値をつけるのを黙って見ていることができなかった。で店の品物をぜんぶ彼らで買い占めてしまったので、買いあげ品を運ぶのに運搬人をやとって担《かつ》がせねばならなかった。こうして店の品物がすっかり出払ってしまうと、当然の成り行きとして、今度は女たちに散歩の申し込みがなされた。彼女たちはそれを受け容《い》れた。この外国人たちの買物において示した熱心さが女たちを興がらせたとしても、彼らの会話はそれよりさらに女たちを面白がらせた。彼らのフランス語はたどたどしかった。けれども、喋《しやべ》ろうとする熱意だけは相当なものだった。気を引こうとしてみたり、誘惑しようとしたりした。片言でも何か喋《しやべ》らなければ、こんなことはできるものではないのである。
三人の贋《にせ》の売り子たちは、言い寄ってくる男の使う国語を使って、容易に自分の思いを表現しようと思えばできるのだったが、彼らの言葉のおかしな言いまわしや物腰に何かひどく刺戟《しげき》的なものを感じて、わざとそうしないのだった。国民性の相異を決定しているニュアンスがあまりにはっきりと違うので、言葉と行為に大そう面白いコントラストを生ぜざるを得ないのだ。だがこの女たちの好奇心をもっとも煽《あお》り立てたものは、彼らのこうした慇懃《いんぎん》がついに彼らをいかなる挙動にいたらしめるであろうかということを想像してみることだった。イタリア人は、その恋人に眼を惹《ひ》かれたとおぼしい男には誰彼を問わず、片眼をつぶって見せた。スペイン人は言葉と溜息《ためいき》の二重唱を奏《かな》でた。イギリス人はもっとあけすけで、自制するという習慣がなかったから、手っ取りばやく一件をヴォルサンジュに見せた。それは堂々たるものであった。だがヴォルサンジュは解《わか》らない振りをした。この方法は欲望をかき立てるのに有効なのだ。ゾロエとロオレダの求愛者は、英国貴族の千倍も燃えあがっていたけれど、その三分の一も事が進んでいなかった。夜が明け放たれようとしていた。女たちが帰ると言うので、騎士たちはそれぞれ自分の馬車を提供した。ところで、この女売り子が従者を呼び立てると、華美な装いをした奴僕《ぬぼく》が一団をなして駈けつけてきたのを眼にし耳にしたとき、三人の女の素性をつゆ知らなかった男たちの驚きは、いかばかりであったことか!
ロオレダはゾロエと一緒に、大通りのゾロエの邸に向かって馬車を走らせた。男たちがいましばらく付き合いを願いたいと、やいやい責めたが無駄だった。美人たちはひどく懇ろな会釈をもって答えたきりで、ますます馬車を急がせるよう命ずるのだった。
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舞踏会での出来事
この新来の恋人たちにあんまりしつこく付きまとわれたので、三人の女たちは、邸の別の方面で起こっていた事件を何ひとつ知ることができなかった。
「あたし、疲れてくたくたよ」と部屋に入るなりゾロエは、やわらかな長|椅子《いす》の羽根|蒲団《ぶとん》に身を投げて言った。
ロオレダもその隣にしだらなく腰をおろした。
「ねえ、今晩のあたしたちの星まわりは、あんまり良くなかったような気がしない?」とゾロエが言うと、
「へえ、それはまたどうして?」とロオレダは答えて、「あなたのお相手のイタリア人は、あんまり見込みがなさそう?」
「ううん、そんなことはないけどさ。でもあの退屈な調子はどうでしょう! それよりあなたはまた何だって、あんな淋《さび》しい場所へ淋しい場所へと足を向けたのよ? ああ、きっとあなたは、まだお故郷《くに》流が抜け切っていないんだわ! ところであのヴォルサンジュの尻軽《しりがる》は、例のイギリスの豪傑と、もう何か予備交渉でもやっているのかしら? まあいいわ。とにかく、あなたの呼んだお客さまがどんなお楽しみをなすったことか、知れるだけ知っておきましょう。リイズや、ラ・トゥールを呼んでちょうだい」
ラ・トゥールがやってくると、
「ああ、きたのね、お茶目さん(これは気に入りの従僕に奉られた愛称だった)、舞踏会でうまくおやりだったかい?」
「申し分なくね、奥様」
「芝生のベンチが、いくつお前の恋の重みに泣き声をあげたことだろうね?」
「一つもね、奥様。いろんな事件にぶつかり通しで、何にも手につきませんでしたよ、私は」
「ああ、そんなことだったかもしれないね。みんながきっとお前と同じだったろう」
「ダンスは三時間とつづきませんでした。その時から奥様はいらっしゃいませんでしたか?」
「ええ、いなかったのよ。だって偏頭痛《へんずつう》がして、席を離れていたんですもの。ほんとに一つとして楽しい目を見なかったわ」
「じゃ、奥様は御存知ないのですか?……いや、しかし、つまらないお話ですから、やめときましょう」
「あたしもロオレダも、何にも知らないのよ。さあさ、話してちょうだい」
「お気の毒なのはジェルナさんでさあ! みんな一応同情はしておりますが、腹の中では嗤《わら》ってますよ。舞踏会においでになったとき、あのかたはまるで貴婦人のように飾り立て、ユダヤの宝石商人の店先のように豪華な様子でございました。三万フランもする宝石類は焔《ほのお》のようにまばゆく光り、並みいる美人連を圧倒し、口惜しがらせる有様でした。ところがワルツを踊っているとき、下手な相手と一緒にくるくる廻《まわ》っていると、やっこさん、ひっくり返って眼をまわしてしまったのです。ママムーシが塩をもって駈けつけました。しかし踊りの相手だった男は、彼女のそばに誰も寄せつけず、こういう時には新鮮な空気が必要なので、そのほかのものは何も要らないと主張しました。そうして彼女を抱きあげると、すばやく繁みのなかへ連れ去ってしまいました。踊りの輪はふたたびつくられ、舞踏会はつづきました。ママムーシはあわてて愛妾のあとを追おうとしましたが、無駄でしたね。男は頑丈《がんじよう》で敏捷《びんしよう》なやつでしたから、たちまち森の奥ふかく入り込んでしまったのです。動かされたり、露に濡《ぬ》れた葉茂みに触れたりしたので、ようやくジェルナは意識を取りもどしました。叫ぼうとしました。すると、相手の男が言いました、『これは驚きましたね、奥さん、あなたは失敬にも私を山賊扱いなさろうてんですか? 夢中になってあなたをお救いする手段をつくした男を、あなたは、あなたの名誉を汚そうとする男のようにお考えになるのですか! 私がそのようなことのできる男であるかどうかは、あなた自身、毎日のように証拠をごらんになって知っておられるはずじゃございませんか。まあ、気をお鎮めになって。少し休めば、みなさんお集まりの席にもどることもできましょう。あなたの美しいおすがたが、長いことあの席から欠けていてはすみますまいからね』
こんな風にすっかり彼女に取り入ってしまうと、伊達男は有利な地歩を占めました。二人のいるところは大そう遠い場所で、彼は明らかに、そこが誰もこない場所だということを知っていたのですね。
『さあ腰をおろしましょう、私の女王さま。ここでは何の物音も聞こえません。あの楽しい夜会で、あなたのおすがたはどんなに私の心を奪ったことですか! それというのも、じつを申せば、私はあなたをすでに存じあげておるのですよ。もうずいぶん昔のことですが、私たちは一緒に初舞台を踏んだのでした』
『まあ! それじゃあなたは、あの時の勇士のお一人だったのね。すると、あたしたちは昔馴染みというわけだわ! 驚いちゃうわね。でも、あなた、あたしがあの時の大饗宴の席を汚した女だってことを、いったい誰があなたに教えたのかしら?』
『世間の口もそう言っておりますし、奥さん、私のこの眼だって狂いようはありません。あなたの声の調子にしろ、あなたの体|恰好《かつこう》にしろ、それに何より、この逸楽の酔い心地や、このうっとりするような気分や、悦楽をよみがえらせ長びかせ、あらゆる感覚に及ぼそうとするこの独得な才能などが欺きようもないのです。ああ、お願いです、このやわらかな草の上で、私の記憶に永久に新しく残っているあの夜の嬉《うれ》しいお役目の一つをもう一度繰り返させてはくださいませんか』
『いいえ、いけませんわ。あなた、あたしの弱味につけ込もうとなさるんですか。そこまではどうかなさらないで』
懇願も、涙も、威嚇《いかく》も、侵略者の猛《たけ》り立った情熱を抑えることはできませんでした。男はジェルナを仰向《あおむ》けにひっくり返しました。矢はまさに犠牲者に放たれんとしておりました。ところで、どう言ったものですかな? 気丈なジェルナはみずから犠牲を捧《ささ》げる祭司の役目を果たしたというわけです。つまり、彼女は自分で持っていた短刀、トルコ皇妃《こうひ》のように腰に帯びていたダイヤモンドの飾りのある短刀でもって、彼女に向けられた刺し棒をば、えいとばかり、突き刺してしまったのですな。
あわれな男はいままさに供物を捧げんとしていた快楽の玉座の上に、半死半生のまま倒れてしまいました。まもなく気絶から覚めて、こう申しました。『何というあなたはひどい女《ひと》だ! いったい私は、少しばかりあなたを愛しすぎたという以外に、何をしたというのだ? よくもあなたは、私の人生の唯一の楽しみであった器官を、ばっさり奪い取るがごとき無鉄砲をしでかしてくださいましたなあ! お願いだから、私のこの生命、あなたの乱暴のおかげで役立たずになってしまったこの生命を、いっそのこと私から奪い取ってくだされ。ああ、私にはちゃんと分かっていたんだ、早晩、天の裁きがかくのごとく下されるだろうということがな。私は罪を犯した。そしてこの罪の道具そのものの上に、天の裁きの手が下されたのだよ。南無三《なむさん》! ああ苦しい。私は死ぬ! パコオムよ、あわれなパコオムよ(彼こそその人だったのです)、天罰は何という悲しい最期をお前のために取っておいてくれたのか!』
『何ですって、パコオム!……あの卑しい道楽者、はじめてあたしに罪の秘伝を手ほどきした汚らわしい誘惑者、あたしの臆病な足を悪徳の習慣の中に踏みこませ、あたしの不安な心を圧し殺し、恥を恥ともしない気持ちをあたしに植えつけた男、パコオム、それがあなただったの!』
『その通りだよ。満足するがいい。お前さんを凌辱《りようじよく》した男が、お前さんの手によって果てるのだ』
『おお、何という残念なこと! あたし、あなたのあれが血を流すことも、死んでしまうことも見るに忍びません。お金もあります、宝石もあります、持っているもの一切投げ出します。何とかして生き延びさせましょう』
『もう手遅れだよ。この致命的な一撃が、私をあの世へ近づけるのだ。おさらばだ!』
一瞬の後、彼はむごたらしい痙攣《けいれん》のうちに息絶えてしまいました。ジェルナはこの悲壮な事件のあった現場から五、六歩離れたところに、意識を失って倒れているのを発見されました。私はこの話の細かい部分を、彼女の従者のひとりから聞き知ったわけです。彼女はじつに甚《はなはだ》しい心の傷手を受けたようですね。例の彼女のいちばん古くからのお気に入りであるママムーシさえ、慰め役となることを彼女は承知しませんでした。ひとびとはこの美人が社交界を棄《す》ててしまうのではないか、そうして踏みにじられた美徳と人殺しの罪とを悔やみに遠くへ行ってしまうのではないか、などと心配しております。
一方でこんな痛ましい悲劇が起こっていたあいだに、ミルボンヌ侯爵夫人は笑いの的になっておりました。イタリア座のある若手俳優に彼女は気違いのように惚《ほ》れこんでいて、得意になってそこら中を引っぱりまわしておりました。夫人の方は、美男の二枚目役者を手に入れたというので得意になっているし、男の方は、侯爵夫人のごとき女の愛人になった名誉に鼻高々でありましたから、御両人は一瞬間も離れようとしませんでした。前の話とちがって、今度の二人はダンスなんぞやりゃしません。おのおの相手に全身全霊を捧げることをのみ念じておりました。散歩道は快適でした。どの小道も、愛を盗むのに都合のよい薄暗がりをつくっておりました。あちらに小さな洞窟《どうくつ》があるかと思えば、こちらには茂みに蔽《おお》われた四阿《あずまや》があるといった風で、じつにいたるところ、愛の休憩所ならざるはなしという趣です。いいですねえ! ところで、経験のある御婦人というものは、ちょいと運動しただけで活気がみちみちて、からだ中に精気がみなぎり、やがてはそれが二倍にも三倍にもなるということですが、さあ、どんなものでございましょうか?
『ねえ、ぶらんこに乗って遊びましょうよ』というわけでこの御婦人、自分のアドニスと一緒にぶらんこに乗りました。前やうしろに漕《こ》ぎました。高く高く、上ったり下ったり、のびたり縮んだりいたしました。身体は跳ねあがり、膝《ひざ》と膝とはふれ合ったり離れたり、運動は運動を生み、跳躍は跳躍を生みました。オペラグラスを手にした見物人の一団が、要所要所に屯《たむろ》しております。なにしろズボン下というものを着用しておられない御婦人方にとって、ぶらんこはすばらしい発明品ですからな! みごとな脚の恰好やら、内股《うちまた》やら、その近くの様子やらがちらりちらりと見えましてな……いや、これは奥様の前で失礼いたしました、話をもとにもどしましょう。ぶらんこに乗ったこの二人は、あんまり強くあんまり高く漕ぎすぎましたね。つい調子に乗りすぎた若い男の膕《ひかがみ》の一踏んばりが、吊《つ》り籠《かご》を吊っていた綱の一本をぷつんと切ってしまったのです。男は下へ落っこちる。空中へほっぽり出された侯爵夫人は、箭《や》のように斜めに宙を切って、スカートを落下傘のようにひろげながら、ガルネラン軽気球みたいに墜落する。
あれあれ、これは大変だ、別嬪《べつぴん》さんが落っこっちゃったよ! というわけで、その場に居合わせたひとはみな空中に腕をさしのべて、彼女を救おうとしました。なかに一人の男がいて、その身の丈といい、盛りあがった筋肉といい、いかにもたくましい円柱のようにどっしりした男らしさを示していましたが、つと手をさしのばして、落ちてきた夫人の身体をつかまえると、すばやく重心を取って、あわや地に堕《お》ちんとするすれすれのところで人形のように受けとめました。この男こそ、もう大抵御想像もおつきでしょうが、あの岩乗《がんじよう》なパルメザンでした。
パルメザンが舞踏会にきていたのでした! そんなはずはないと仰言《おつしや》るんですか? だって、あの有名な晩餐会の噂は町中の話の種になっているのですよ。それに、サバアル子爵の勿体《もつたい》らしい反対演説もその効なく、侯爵夫人がその晩の端役の一人だったというあられもない風説は、いまだにひとびとの頭から消えていないのですからね。人並みの耳と、消化のはやい胃の腑《ふ》と、燃えあがりやすく、しかも長いあいだ熱を保つ官能とに恵まれたパルメザンのごとき男が、極上の夕食と、何とも言えない情熱で味つけされた一場の快楽を饗応してくれた未知の女性に対して、何とかしてふたたび近づきになる機会を求めようとしなかったら可笑《おか》しいじゃありませんか? さよう、彼をこの舞踏会に導いたのは、一にこの好奇心でありました。同じ理由が、粗忽者《そこつもの》のパコオムをもこの場にやって来させたのでした。ところが彼は、あれこそシテエルの女神にちがいないと当て込んだ女と踊っているうちに、つい欲情の赴くがままにへま[#「へま」に傍点]をやってしまって、飛んだ醜態を人前にさらしたことは先刻お話し申し上げた通りです。何しろ地上の神々も、天上の神と同じく気まぐれ者揃いですからね。アベルの供物はおだやかなとろ火[#「とろ火」に傍点]でゆっくり焼かれ、主の嘉《よみ》するところとなりますが、カインの供物は雷火に引き裂かれて捨てられます。向こう見ずのパコオムがこんな具合でした。願わくは、パルメザンが前者の轍《てつ》を踏まないように!
さてパルメザンは、とある肱掛《ひじか》け椅子に、侯爵夫人の肉体だけをそっと寝かせました。と申しますのは、彼女の精神は墜落と同時に未知の領域に飛び立っていたので。彼女の前には物見高いひとたちが大勢集まって、がやがやといろいろな問いを発しておりました。
『怪我はないのか?』
『まさか死にはしないでしょう?』
『薬を飲ませたらどうだい?』
『コルセットの紐《ひも》を解けばいいんだ』と、これは、みだらな眼つきをした独身者の爺《じい》さんです。
『腰を締めつけすぎてるんだよ!』と、こう付け加えたのは、裾《すそ》の長い燕尾服《えんびふく》に水兵ズボンをはき、消防夫みたいな口髭《くちひげ》を生やした、世話好きな小柄な男でした。『嘘《うそ》じゃないよ。ここんところが具合がわるいんだ!』そう言って、男は手をのばして世話を焼こうとしました。
『大きなお世話だ。このとんちき』とパルメザンが言って、伸ばした男の指をぎゅっとひねりました。
『何て乱暴な野郎だろう! 骨が折れちまった! 痛たたた!』
『ざまあ見ろ』と一部のひとたちが叫びました。
『ひどいことをするやつだ』と別のひとたちは叫びました。
『あんなきれいな青年を』と女たちが口を入れました、『きっと片輪になってしまうわよ』
『へんなやつが捕まったそうだよ! 見たところ、生きているのか死んでいるのか分からないらしい』
こうして、騒ぎはだんだん大きくなって行きました。
『どんなやつだって?』
『何だって?』
『何が起こったんだって?』
『女が殺されたんだとさ』
『男がぶんなぐられたんだとさ』
『托鉢僧《たくはつそう》が暗殺されたんだとさ』
もうダンスどころじゃありません、ひとびとは現場に駈けつけました。押し合いへし合い、ぶつかり合いました。同じ日の晩に開催中であった立法議会よりも、もっとひどい混乱でした。
『さあ、どいたどいた、諸君。おひきとりください、奥様方』とパルメザンが雷のような声でどなります、『諸君はこの方を押しつぶしてしまう気か。そんなことをしたって、彼女は怖がるばっかりだ』
この喧騒《けんそう》と、この割れ鐘《がね》のごとき大音声とに、美人はとうとう眼をひらきました。
『みなさん、わたくし、もう何ともございません。ただ、新鮮な空気にあたりたいだけ。わたくしの命を救ってくださったのは、どなたでございますか?』と彼女はまわりのひとたちに目顔で問いながら、こう言い添えました。
『そこにおいでの勇敢なる市民が』と一人の老軍人が答えました、『あなたの命の恩人じゃ』
『まあ、あなたでしたの? (と救い主の頭から足の先までをしげしげと眺めて)何だかあなたの御助力を感謝しなければならないのは、これが最初ではないような気がいたしますけれど?』
『ああ、奥様』とパルメザンが夢中になって答えました、『お礼のことなんか、どうか仰言らないでください。私の心は十分報いられているんですから。あなたのお役に立てたという幸福に勝るものは何ひとつありません。私の幸運な星廻りを羨《うらや》まないひとは、この場に一人だっておりますまい』
『あなたは何て御親切な方なんでしょう。手を貸していただけません?』と彼女はいたく感動した語調で、『馬車のところまで行きたいんですけど』
そこでパルメザンは、ロオマの凱旋《がいせん》将軍のような得意満面の態《てい》で、群衆をかき分けました。
物好きな連中が二人の通る道の両側をぎっしり埋めました。ひとびとは、あの美しい婦人は誰なのか、またそれの連れの偉丈夫は何者であるかと、しきりに取り沙汰《ざた》しました。蒼白《あおじろ》い百合《ゆり》の花の色が消え、侯爵夫人の頬《ほお》はふたたび桜色に染まりましたから、その美貌《びぼう》がますますひとびとの興味を惹いたのでした。パルメザンは生き生きした顔色に、かくし切れない満足の表情を浮かべておりました。ぶらんこの場で失策するまでは公然たるお気に入りだった例の美男の洒落者《しやれもの》は、黙って二人のあとに従っておりました。憂鬱《ゆううつ》きわまりない嫉妬《しつと》のいろがその動作の隅々《すみずみ》にまであらわれていて、ほとんど醜怪と言えるほどな、惑乱した顔になっていました。侯爵夫人が自分を見ようとして押し合いへし合いしている騒々しい群衆の前も憚《はばか》らずに、その騎士に向かってこう言葉をかけました。
『ねえ、あなたのような方が偶然あそこにいらして、あたしを助けてくださるなんて、まあ何という有難い運命の計らいなんでしょうね? あなたがおいでにならなければ、あたしは疵《きず》だらけの滅茶滅茶な身体になってしまって、一生を苦しみ悶《もだ》えて過ごさねばならなかったでしょう。こんなやさしい殿方とお知り合いになれたことを、あたしはこの災難の中で、どんなに嬉しく思っているか知れませんのよ』
『あなたのお言葉を聞いていると、天にものぼる心地がいたしますよ、奥さん。いったい、あなたのおすがたを見て、あなたと苦楽を共にしたいと思わない人間がいるものですかな? 私にしてからが、あなたはわざと知らぬ顔をしていらっしゃるが、じつはあなたに絶大の恩恵を受けているのでしてね』
『そんなお世辞は要りませんわ、あなた。そんなことを仰言られると、あたし、あんなにお世話になってしまった方に、どうしていいか分からなくなってしまいますもの』
『ああ! 奥さん、なぜあなたは、私のこんなにも激しい感謝の念から飽くまで身を避けようとなさるのです? お願いですから、私のこよなき思い出を包みかくそうとするその遠慮のベールを引き裂いてしまうことを、私に許してください。私の人生に初めて潤いをもたらした、あの蕩《とろ》けるような完璧《かんぺき》な幸福、私があなたに負っているものは、まさにそれなのですから……』
『どういう意味ですの、そのお言葉は? あなたは御自分のお話相手が、誰だと思っていらっしゃいますの?……あたしを助けてくださったから、あたしを侮辱してもかまわないとお考えですの? 笑いものになってもいい気だったら、あたし、あなたのその途方もない見当違いをすぐにでも思い知らせてやりたいわ、その無作法な馴《な》れ馴れしさがお門《かど》違いだってことを、教えてやりたいわ』
『これはまた何と! この私が、あなたを侮辱するですって! たった一つの溜息を抑えるために、全生命を捨てても悔いないと思っているこの私が!……お願いです、お宅まで同行することを許してください、そして私の気持ちを分かっていただくことを……』
こうして二人は庭の出口のところまでやってまいりました。
『何だ、あれは彼女じゃないか』とこのとき、二人のそばに近づいてきた男が言いました。
『うん、そうだ』ともう一人の男が答えました、『まさしくミルボンヌ侯爵夫人だよ。すると、同伴している立派な紳士殿は誰だろうね?』
『おれの眼に狂いがあるものか。そうだとも、ありゃ、床板磨き先生に間違いないよ。たしかに、こいつあ面白い鉢《はち》合わせだぞ』と、物好きな男が噴き出しながら言い足しました。『楽しい夜会の席に愉快な話が欠けてると思ったら、やっと見つかったよ』
『もっとそばへ寄ってみようじゃないか、君。美しき床板磨きの懸想《けそう》びとに祝辞を述べてやろうよ』
『今晩は、お美しい侯爵夫人!』
『あら誰かと思ったらミルヴァルじゃないの』と彼女は眼で相手を探しながら、『今晩は、子爵さん。今いらしったのね?』
『たった今ね、奥さん。サバアル子爵は引きとめたんですがね』
『まあ! 子爵もいらっしゃるの。ちっとも気がつかなかったわ。この明かりがまぶしくって、ここからじゃよく見えないんですもの』
『ほんとにそうですな』と言うとミルヴァルは一きわ声を高めて、『やあ、これはこれは床板磨き屋さんじゃないか。今晩は、きみ。何ということだね! きみがうちの屋敷の床を磨くのを怠けていても、もう私は驚かないよ。なにしろ旦那は仕事よりも遊びの方がお好きらしいからな。仕事の方だって、パルメザンよりは勤勉な男の方を好むだろうよ』
パルメザンはこの失礼な言葉にかんかんになって、『あんた』と答えました、『私はあんたに自分の行ないを弁明する必要を認めません。私が奥様に捧げる尊敬は、べつに説明する必要のないものだからですな』
そう言って、傲慢《ごうまん》なこの裾長燕尾服[#「裾長燕尾服」に傍点]の男につかつかと近づいて、
『人にはそれぞれ得意というものがある。あんたは自分の行ないの理由を私に説明したまえ。いやだと言うなら、私があんたの尻《しり》をぴかぴかになるほど磨いてやろうか』
それから侯爵夫人に向かって、
『奥さん、残念ながら、あなたをいちばん安全な男の手に委ねて送り返して差しあげることができなくなりそうです……失礼させていただきます』
そう言って夫人に会釈すると、戸惑いしているミルヴァルを怖ろしい眼ではったと睨《にら》みすえました。ところが相手は、一向に勇猛心が湧《わ》かなかった模様で。パルメザンの方は、夫人に感謝しようとして却《かえ》って咎《とが》められていた時にも、立派な勇猛心の証拠は見せておりましたがね。何しろ彼は、当時の支配権力と、迫害されている無実の女とのあいだに敢《あ》えて割って入って、生命の危険を冒してまでも、彼女を守り救ったのですからな。その勇気たるや、横柄な顔して大言壮語するやつなんかとは、比べものになりませんや。臆病者をちぢみ上がらせるようなしるし[#「しるし」に傍点]を持っているんですよ、あの男は」
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訪問ならびにトランプ賭《かけ》のこと
ドルセック男爵はゾロエの家にやってきたものの、手持ち無沙汰《ぶさた》で困っていた。ゾロエはなかなかあらわれなかった。前日来の疲れで、数時間以上ものあいだ、彼女は面会謝絶を必要とする状態にあったのである。二言三言で結婚申し込みの理由を説明し、同じく二言三言でこの申し込みを承知する、要するにこんな手続きが、上流人士のあいだで婚約を取りきめるのに必要とされる手続きであった。ゾロエと男爵とのあいだの婚約も、もとよりこの事情を一歩も出なかった。会話はすぐに他の話題に移った。男爵が未来の妻に暇乞《いとまご》いをしようとすると、下僕がやってきて、前夜の慇懃な恋人の来訪を告げた。このイタリア人はギレルミ公爵という男で、ドルセックとは互いに昵懇《じつこん》な間柄だった。そこでまた男爵はしばらく腰を落ちつけて、やがて一足先に辞去した。
型通りの挨拶や、昨夜身分を秘していたことの言い訳や怨《うら》みや、再会の悦びや敬愛の約束や、その他愚にもつかない洒落者同士の常套句《じようとうく》をありったけ出しつくしてしまうと、ギレルミ公爵は、ヴォルサンジュの家でまた会うことを約して、ゾロエと袂《たもと》を分かった。
ロオレダも同じく、昨夜のスペイン人を自宅に迎えていた。お互いの身分や生まれが分かってみると会話は一層弾み、いつ果てるとも知れなかった。ゾロエがやってきたので、ようやく話が途切れた。
「まあ残念ですわ」とゾロエが心得切った愛想笑いを浮かべて、こう言った、「せっかくお話が弾んでいたのに、お別れしなければならないなんて。またヴォルサンジュの家でお会いしましょうね。まだお訊《き》きになりたいことはたんとおありでしょうけれど、それはみんなあちらへ行ってから、ね、そうしましょう」
そこでドン・フェルナンスは体《てい》よく追っ払われ、かわってドルセックがやってきた。
「いったい何なのさ?」とロオレダ。
「婚約が決まったのよ」
「条件は?」
「そんなものありやしないわ。条件て、いったい何のこと? ほんとに、馬鹿なこと言わないでよ、あんた! 一方が他方の奴隷になるなんて! 気違いにでもならなけりゃできないことよ。そうですとも、人間はみんなそれぞれの意志と行動の主人としてとどまるべきよ。名前と住居よりほかに、共通のものなんか何にもないわ。その他は、完全な納得ずくで適当にいい顔を見せ合ったり、愛とか友情とかの真似事をして見せたり……」
「あんたの若気の過ちを、ドルセックは見抜いちゃいないの?」
「御冗談でしょう。あのひとはあたしの弱点も何もひっくるめて、あたしと結婚するというのよ。そりゃああたしの不身持ちが大っぴらになって、あのひとの常勝将軍としての名前が、女房のお尻ばっかりは守り切れないという評判で傷つけられるに至っては、困るでしょうけれどね。あ、下品な言葉使っちゃった、言わなきゃよかったわ。ねえ、ロオレダ、よくって、あたしこれから慎みぶかくなろうと思うの、いろんなことにも大事をとって、貞淑《ていしゆく》にもなろうかと思ってるのよ」
「じゃ、すっかり改心したというわけ?」
「おや、あんた、あたしの言うことちっとも分かってくれないのね?」
「ああ! そうか。見かけをつくろうっていうのね?」
それには答えず、ゾロエは下僕を呼び立てた。
「デュビュイッソン、朝御飯にしてちょうだい! それから、トルトニ風チョコレエトもね。奥様がたはお腹がぺこぺこなのよ。シュザンヌ、お化粧《つくり》を頼むわ!」
そうして二時間の末には、彼女たちは着飾ってウェヌスさながら美しくなっていた。
馬車がこの二人の貴婦人をヴォルサンジュ邸に運んだ。
数限りない接吻《せつぷん》や、何だか快くむずむずするような感じを身におぼえて、ヴォルサンジュは眼を覚ました。気分は上乗である。頭痛もしなければ、怖い夢の後味もない。やがてよく見ると、眼の前にイギリス貴族がいる。いや、ずっと前から男はそこにいたのを、はじめて彼女が気がついたのだ。イギリス貴族がこの邸に、しかもこんな早くから! まだ午後の二時になったばかりなのに!
イギリス貴族は太陽とともに起き出す習慣だったので、七時になるともうヴォルサンジュの家の前にすがたをあらわして、門番や、下男や、下女や、馭者《ぎよしや》にまで厄介をかけた。罵《ののし》ったり、怒鳴りつけたり、二十ぺんも行ったり来たりした挙句に、とうとう十時になって家のなかへ入れてもらえた。その不機嫌《ふきげん》は待ち切れない思いに勝るとも劣らなかった。だが、曇り日の雲をつらぬく太陽のように、ヴォルサンジュが一言口を開き、ひとたび微笑を浮かべると、たちまち彼の愁眉《しゆうび》がひらいた。最初拒まれた接吻も、二度目には許され、次には返礼を受けて、最後に完全な和議が成り立った。イギリス貴族の眼は満足のいろをあらわしていた。一方、ヴォルサンジュの生き生きとした眼や、すこし乱れた化粧や、上気した顔いろなどは、彼女がもはや単なる予備行為だけではおさまりがつかなくなっていることを明かにしていた。さまざまな戯れごとが会話に味をつけ、お昼の食事まで過ごすべく残された時間を愉快なものにした。イギリス貴族は昼食にも呼ばれて、そのまま居すわった。やがて目ざす相手をわがものとし、もはや守るべき礼式もすっかりなくなった。そうこうするうち、馬車の音と、門の軋《きし》る音がした。ドン・フェルナンスと、少し遅れてギレルミ公爵とがやってきたのである。デザートがようやく始まったばかりのところだった。まあ仕方がない、客間へ移りましょう……
ほどなく客間は大勢の男や女、すばらしい伊達者や最新流行の衣裳《いしよう》を着飾ったひとたちでいっぱいになった。薄い衣裳や突飛な衣裳、鏡に映ったひとたちの、揺れ動く頭や表情たっぷりな顔々が醸《かも》し出す陽気な雰囲気《ふんいき》、美人の顔の上をたゆとう豪華な扇、それらのものが一体となって大そう面白い変化の興趣を生み出していた。艶《つや》めいた女たちは、たとえようもなく凝ったおめかしによって、素顔を上手につくろっているし、紗《しや》の衣裳はすっかり透けているし、物腰はじつに挑発的であるし、眼はいたずらっぽく光っているし、その上話題はひどくふざけた調子であるので、もっとも初心《うぶ》な客でも、ひとびとがこうして参集しているのは官能の熱狂への序曲を奏するためであって、やがてはそこですべての狂躁《きようそう》を満たすためであることが納得されたにちがいない。
やがて一同は席についた。テーブルが配置された。すると、にわかに場景が一変した。今まであれほど喜色にあふれていた顔、あれほど騒々しく振舞っていたひとたちが、急にひっそりと、心配そうな様子になった。ほかでもない、ヴォルサンジュがトランプの賭《か》け遊びの準備をしていたのである。フェルナンス、ギレルミ、イギリス貴族の三人組が、例の三人女のお相手をつとめて進ぜることに相成った。ミルヴァル、ドルバザン、サバアルの三人は、あらかじめ示し合わせていて、補欠の選手相手で満足していた。彼らは自分たちの古い習慣に飛び込んで来た新しい鴨《かも》をせいぜい絞り上げて、笑ってやろうと手ぐすね引いていたのである。案の定、イギリス貴族の気前のいい負けっぷりは見ていて面白いほどだった。彼のギニー金貨は飛ぶような速さでどんどんヴォルサンジュの手中に転げこんだ。悪い手がつくたびに顔をしかめるイタリア人と、勝っても負けても同じようにしかつめらしい顔をしているスペイン人、この御両人もさんざんな目に遭った。何人か勝負を了《お》えた暇《ひま》な連中が、あっちこっちと歩きまわっては、がやがや騒ぎ立て、まだ勝負をつづけている連中の悲しげな退屈をまぎらせてやろうとでもしているらしかった。
かくて二時間足らずのあいだに、三人組は敵方の金をすっかりきれいに巻きあげてしまった。イギリス貴族は口約束ですでに四千ルイ支払わねばならないことになっていたが、それでも勝負をやめようとしなかった。で女たちがこの血気の勇にブレーキをかけてやらねばならなかった。
「今日は幸運の女神があなた方には頑固《がんこ》だったのですよ」と彼女たちは慰め顔にこう言った、「負けたひとをこの上たたくのは、いい気持ちがしないわ。こんな運のわるい勝負に引っ張りこんでしまって、あたしたち、何だか悪いわねえ。今日こんなについていたんだから、あたしたち、きっとこの次は大負けしてよ……こんなにいい目が出ることは滅多にありませんもの……」
だが口でこそそんなやさしいことを、世にも自然な同情にみちた調子で言ってはいたが、彼女たちは負けた相手に奪った金貨を返そうなどとは夢にも考えなかった。で金貨はこの憐《あわ》れみぶかい女たちの財布の中におさまってしまった。外国人たちは早々に退散した。誰だって一文なしになってしまった時には、好き心も消えてしまうものである。暗い絶望感につきまとわれて、時の経過がその陰気な症状を癒《いや》してくれるのを待たねばならない。一方ドルバザン、ミルヴァル、サバアルの三人は、結構な晩餐会《ばんさんかい》で三人の女たちと上機嫌を共にし、彼女たちの腕のなかで、その快楽の貯水池が涸《か》れつくすまで遊び呆《ほお》けた。
こうしてこの日は、三人の男の破産と、それから三人の女にとっては、一席の楽しい饗宴と素敵な夜とが恵まれたという以外にこれといった事件もなく、終わってしまった。
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野遊びのこと
イギリス貴族は取り引き先の銀行へ出かけて行った。わが国では、銀行業者というものは実直そのもので、誰にでも二つ返事で金の御用を弁じてくれる。かくして、少々高すぎる利息と、宝石類を抵当に置くことによって、それと同じ価格に相当する金貨の棒包みがふたたびフォルベスのポケットをふくらましたので、ようやく彼は上機嫌と恋心とを取りもどすことができた。スペイン人もまた銀行に援助を仰いだ。ギレルミだけが、次のような悪辣《あくらつ》な手段を用いて、金策をつけた。
彼はミラノに住んでいた頃、ピロトという名前のユダヤ人の老人と知り合いだった。とにかくこの男はユダヤ人として最も親切な人物だった。親の臑《すね》をかじるのをやめようとする青年や、夫の束縛から逃げ出そうとする人妻や、修道院の金庫を使いこんでしまった僧侶や、主人のものをかっぱらった召使いなど、社会のあらゆる階級のひとびとを、この男は誰彼問わずやさしく迎え、保護してやっていた。今までにもイタリアの公爵や、有名な枢機卿《すうきけい》が一人ならず、彼の信用や莫大《ばくだい》な資産に助力を求めて窮地を脱したことがあった。さて、この誠実な男は、最初の動乱の際にミラノを去ってから、パリに居を定めるようになった。ギレルミに気違いのように惚《ほ》れ込んでいた彼の娘が、その恋人の当時大使として派遣されていたこの首都に定住することを、父に決心させたからである。ギレルミは機敏に用心ぶかく立ちまわることによって、このヤコブの子孫の歓心を得ることに成功していた。革命によって公爵と平民、ユダヤ人と貴族のあいだの境界線が崩れてしまったので、公爵がピロトの遺産相続人である心のやさしいユダヤ娘に結婚の申し込みをしたところで、何の障害になるものもなかった。
申し込みは喜んで受け入れられた。ずる賢いイタリア人の、常日頃の女出入りや破産のことは誰知る者もなかった。最終的な契約は三ヵ月後に延ばされた。ギレルミが必要な書類を手に入れるためには、どうしてもそのくらいの時日がかかるのだった。
賭に負けた日の翌日、朝まだき、彼は未来の義父のもとへやってきた。あんまり時間が早いのに驚いて、相手はいったいどうしたのかと訊《たず》ねた。
「重大事件が出来《しゆつたい》しましたよ。政府は私に、イタリア軍部隊に必要品を供給する許可をあたえてくれました。これができれば、利益は莫大なものです。いかがですか、あなたも片棒かつぐ気はございませんか?」
「どうしていやだなぞと言えるもんですか」と人のよいイスラエル人は揉《も》み手をしながら答えた。
「ところでそれには」とイタリア人が重ねて言った、「ちょっとした条件が一つだけあるのですがね。もちろんそれも私の愛情から申すことで、欲得ずくではありませんが、どうしても無視することのできない問題です。あなたは規定の時がきたら御令嬢を私にくださると仰言ったが、私はこの際どうしても、あなたが三十万フランを公証人のところにお預けになって、もしこの結婚にあなたの方から異議が出たら、その金を私にくださるというお約束をいただかなければ心配でたまりません」
「それじゃ、もしあなたの方から異議が出た場合はどうなるんです、公爵さん?」
「私の方から? ピロトさん、あなたは御存知ないんですか、私がどんなにあの可愛いデボラに情熱を燃やしているか。何ものもこの情熱を鎮めることはできますまいよ。だがもし、私の方から支障が出るのではないかと御心配の念がきざしたら、かまいませんとも、あなたは御自分の寄託金を引き上げて、何なりと御自由にお使いになればよろしいのです」
目の前にぶらさがった量り知れぬ儲《もう》け仕事への期待が、将来の危惧《きぐ》に打ち勝った。寄託金の約束事項に関する抄本は写しを取られて、ギレルミのもとへ送られた。この有力な証書をもって、ギレルミはさる親切な銀行業者を訪れ、危険負担や利息その他のために十万フランだけ相手のものにするという条件で、残りの二十万フランを現金で支払ってもらった。投機は確実に成功するようになっていた。もしピロトの方から支障が生じた場合には、ギレルミは三十万フランをまるまる手に入れるのだったし、かりに支障が生じなかったとしても、美しいユダヤ娘の持参金が前借金の抵当として引き当てられることになるはずだったからである。金を借りる時は、一《いち》か八《ばち》かやって見るに越したことはない。ギレルミは結婚の契約を結ぶことによって、自分がその財産の建て直しをみずから抛棄《ほうき》するほどの非常識をやっているのだということを、相手に信じこまそうとしたのであった。ところで、馬鹿でもない限り、そんなことを信じる者はいなかった。
かくして彼はまんまと手に入れた二十万フランの一部で、御用商人の委任状を買い入れ、また別の一部で自邸の修繕をさせると、ふたたび公爵らしい様子を取りもどし、親愛なるゾロエの寵《ちよう》を得ようと懸命になっている競争者たちの列に復帰することを得たのであった。
ゾロエの邸では、イギリス貴族が、常連の女たちや現役のお気に入りたちと一緒に、パリから数里離れた郊外に野遊びに行く計画を立てていた。フォルベスはその郊外にあるB…修道院を最近手に入れて、洒落た住居に改装していたのだった。建物は豪華で、庭はひろく気持ちよく、周囲はしずかで快適だった。それに加えて、この高雅な英国紳士は、あらゆる種類の装飾、とくに英国およびイタリア趣味のそれでもって、この住居を美しく装っていた。城館に隣接した公園には、みごとに繁茂した美しい植込みがあり、また魚が群れをなしている池やら、葡萄《ぶどう》畑や豊饒《ほうじよう》な穀物畑に覆われた広い地域やらもあった。放蕩生活を送ってはいたものの、フォルベスは教養を愛し、教養の声に耳傾け、閑暇の一時《いつとき》にはそれに思いをひそめることを好んだ。ところで、これほど美しい所有地があったなら、その幸福な持ち主はあらゆる欲望を満足せしめることができたのではなかったろうか? しかしそういうものではなかった、人間の移り気な頽唐《たいとう》趣味にはいかなるものも十分ということがないのである。人間は、決して捉《とら》えられない幸福の幻影を空しく追いまわすことを好むものなのだ。
この美しい別荘にやってくると、軽はずみな女たちは、熱烈な讃嘆の叫びを発しないわけには行かなかった。建物の立派な様式や壮麗なたたずまい、最高度の趣味の良さ、変化に富んだ散歩道、それに見晴らしや、植込みや、涼しい木蔭《こかげ》などまでが女たちの感激を誘うのだった。
たしかに、麻痺《まひ》した心に讃嘆の感情を起こさせるのに、あらゆる魅力で飾られた自然ほど適切なものはない。狩猟、散歩、ダンス、釣《つ》り、自由そして御馳走、こういったものが田園生活における閑人の遊びごとである。といっても、彼らは社交界の人士であるから、それに加えて個人的な快楽もあったのであるが、それについては今さら喋々《ちようちよう》するまでもあるまい。
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英雄待望のこと
一同はここで、昼間は遠出をする、日が暮れると思いきり夜ふかしをする、そして真夜中からは逸楽の宴席を長々と繰りひろげる、といった毎日を送っていた。そこで女たちは、お昼頃になってもすがたを見せないことが多かった。三人の情人たちは一緒に集まって、彼女たちのお目ざめを待つのだったが、待ち切れなくなると、じりじりする思いをまぎらすために、連れ立って森へ行った。いつとはなしに会話は活気づき、長びいた。話題は豊富で興趣たっぷりだった。今それを語られた通り、次に再録してお目にかけよう。
「ゾロエはいい女だね」とイタリアの公爵が、まずこう言った、「あの女にもし何かけち[#「けち」に傍点]をつけられるとすれば、それはあんまり贅沢《ぜいたく》にごてごて飾り立てすぎることだろう。でもまあ、あの女の財産と、準備中の輝かしい将来とのことを考えりゃ、それもあながち無理はないと思うがね」
「そりゃあそうだ」とイギリス貴族が賛成した、「何でも彼女はドルセック男爵と結婚するんだそうだね?」
「ロオレダがその真相を打ち明けてくれたよ」とスペイン人が重々しい口調で言った、「けれど、あんな取り合わせが考えられるかい?」
「いや、それはね」とイタリア人がふたたび言葉を挿《はさ》んだ、「君たちが男爵というひとを知らないからだよ。あの男は名誉のことしか考えちゃいないんだ、あらゆる種類の名誉のことしかね。第二のカエサル、ペリクレス、ソロンたることに決して甘んじている男じゃない。かつて人間を栄あらしめたあらゆる美徳の手本を、江湖に示そうというわけだね。あの男がいくさに出て命知らずなのは、兵士に勝利の道というものを教えるためなのさ。他人の忠告なんぞを聞く男じゃないが、自分の意見を完全にしようとする時だけは、他人の言うことも多く聞くよ。そして彼が採りあげる意見といえば、いつだっていちばん立派な意見か、さもなけりゃいちばん的確な意見だね。前途は彼の眼の前に洋々たるものさ。いずれ祖国の運命がすべて彼の身に委ねられるだろうからな。祖国の幸福のためにしか彼は働いていないのだ。それが祖国の繁栄に資するものでありさえすれば、次々と新しい月桂樹を地の果てまでも取り入れに行くだろう男だよ」
「現在の政府は明らかにどうかしているね。政府は彼を賞讃しながら、しかも彼を怖れているんだ。だが、民衆は彼のうちに一個の英雄以外の何ものも見ていない。民衆を救う者はこの英雄だよ。民衆を幸福にする計画が彼の頭の中にはちゃんと描かれているんだ。遅かれ早かれ、彼はそれを実行に移すだろう。そして、そんな幸福な時代がきたら、金持ち階級は青息吐息だろうよ」
イギリス貴族
政治的手腕といい、人物といい、思慮分別といい、彼こそ英国民が怖れている唯一の男だね。しかし、わが国にはピットがいる。いずれにせよ英国財政が、最後にはわが国民を救うだろう。
スペイン人
何を言ってるんだね、フォルベス? まったく、いやんなっちゃうな。ぜんたい英国人というのは鷹揚《おうよう》すぎるよ、そんなのんきな手段を用いて何ができるんだね?
フォルベス
だから、僕はピットの名前をちゃんとあげたじゃないか?
イタリア人
ピットの陰謀はきっと失敗するよ。フランスの天才と叡智《えいち》が国を守り抜くだろうからな。ところで諸君は、問題の結婚の目的が奈辺《なへん》にあるのか、分かったね。つまりこうさ。フランスでは、いろいろな党派がことごとく掛け違い、衝突し合っていて、一致点というものがまるでない。貴族主義者と呼ばれる党派のひとたちは、犯罪と血で手を汚したひとたちの支配を憎んでいる。また過激な煽動政治家《デマゴオグ》は、議会が言論の自由を奪い、自分たちを屈辱に陥れたという事実に腹を立てている。民衆の大多数を占めているのは臆病者や無関心な連中なのだが、彼らはたった一人の支配者の出現を願っている。それは勇気と知識、美徳と才能とを兼備した人物で、彼らはそういったものすべてをドルセックの中に見出しているのだ。彼がゾロエと結婚すれば、追放を食らっていた階級も味方につけることができるだろう。彼の赫々《かくかく》たる幾多の勝利は、そのことで敵に攻撃の機をあたえる余地を残すまい。彼はすべての党派に対して、今までも正義と誠実の証拠を見せてきたのだ。全国民が彼を尊敬し、友人とも上長とも思っているのだからね。
イギリス貴族
どこのどいつが運命の寵児《ちようじ》になろうと、僕はいま、こんな問題で疲れてしまうのは御免だよ。何しろ僕はいまフランスにいるのだからね。平和がつづくんならフランスの市民になってもいい。そうでなけりゃ、生まれ故郷へ帰ろうさ。ドルセックという男に関しては、僕はその評判と勝利しか知らないがね。しかし彼だって、平和を愛し国家の秩序を愛する人間を見棄《みす》てることはあるまいよ。僕はと言えば、楽しんでいさえすればそれでいいんだ。どんな水先案内に先導されようと、港に着きさえすりゃそれでいいんだ。嵐《あらし》もなく、難破もなく、港に着きさえすればね。
イタリア人はふたたび演説の糸口を見つけ出そうとしていた。だが、演説よりも女の好きなスペイン人は、そろそろ御婦人がたの起きてくる時刻だし、もうここらで切りあげて早く御機嫌伺《ごきげんうかが》いに行った方がよろしかろうと提案した。
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イギリス人の仕組んだ芝居のこと
御婦人たちは大分前から起きていて、いらいらしながら待っていた。その顔には不機嫌のいろがありありとあらわれていた。だが、何度かの接吻と食事中イギリス貴族の連発した愉快な機智と、フェルナンスの誓約と、それからギレルミ公爵の慇懃《いんぎん》とが、たちまち彼女たちの御機嫌を直してしまった。空には雲ひとつなく、風はそよとも吹かず、太陽の熱はあたりの空気を燃え立たせていた。貴婦人たちはこの日光に身をさらそうなどとは、さらさら思わなかった。何かこう神経性のだらけた気分が、無為を欲するのだった。そこで一同は、何もしないで雑談することに一決した。小説の話が出た。讃めるにせよ貶《けな》すにせよ、これは汲《く》んでも尽きない話題だった。才気走ったヴォルサンジュが、イギリス心酔の傾向に対して反対の立場を表明した。彼女は、わが国の流行作家によってたえず反復模倣されているところの、近代小説を埋めつくした例の真実らしからぬこけおどし[#「こけおどし」に傍点]のいかがわしさを、完膚なきまでにやっつけた。小説家の狂った頭の中にしか存在したことのないあの塔とか、あの地下室とか、あの恐怖の描写とか、あの拷問とかいったものが、彼女には世の良識に対する甚しい侮辱のように思われるのだった。フォルベスは英国文学に対して敬意を払っていた。ゾロエもロオレダも彼に同調した。ギレルミとフェルナンスとは中立の立場を堅持した。イギリス貴族はひどく自尊心を傷つけられて、復讐を約束した。そして、やがて彼はそれを実行に移すのである。
彼の住居がかつて修道院だったことを、思い起こしていただきたい。ここに地下室があるのも、そんなわけで、別段ふしぎはなかった。地下室は空っぽだった。六十時間以内に、準備がととのい、配役がきめられ、ここで悲劇の一幕が演じられることになった。怖ろしい大詰めもあるはずだった。もちろん、ロオレダもゾロエも、彼女たちのお気に入りも、誰もこの秘密を知らされてはいなかった。ともあれ、晩餐会《ばんさんかい》の模様に一言触れておこう。
これほど豪華な数々の料理をならべた宴会は、ちょっと類がなかった。世界のあらゆる地方から集められた、この上もなく美味な品々が惜しげもなくそこに供された。バッカス自身が采配をふるって葡萄酒をえらび、リキュールを吟味したかのようだった。芳醇《ほうじゆん》な香を放って滾々《こんこん》と流れる甘露は、いかな下戸《げこ》といえどもこれを斥けがたかった。で、晩餐は長々と、楽しくつづけられた。
酒に火照《ほて》った体を冷ますのに、森の冷気より勝るものはない。医者もそう言っているし、経験もこれを証している。そこで一同は、めいめい自分の騎士をしたがえて、槲《かしわ》と山毛欅《ぶな》の静かな木蔭《こかげ》に歩を運んだ。だんだん、二人ずつが一組になって、単独行動をとり出した。必要が燃えあがり、緑の羊歯《しだ》が押しつぶされ、やがてまた反復され、休息がこれにつづいた。それからひとびとはまた一緒に集まろうと思った。イギリス貴族は起きあがって、連れに手を差しのべた。ヴォルサンジュは月の光に廃墟《はいきよ》の影を認めた。
「あれは」と彼女が言った、「僧院の建物なのね?」
「そうです」とフォルベスが答えた、「差配人の話によると、何でもここは昔の教会参事会場の跡だそうですな」
「なぜこわしてしまったのかしら? いま残っている建物から想像してもずいぶん立派だったことでしょうに」
「まだまだあなたは全部をごらんになってはいませんよ。あの廃墟の裏に、洒落《しやれ》た小屋が立っているのを御存じですか?」
なるほど、茨《いばら》の茂みを通して、地上二十尺ばかりのところ、一種の藁《わら》屋根の家が立っているのが見てとれた。何ともさびしい場所で、蒼白《あおじろ》い月の光が黒々とした藁の屋根に斜めに差している。無気味な梟《ふくろう》の声や、葉ごもりにひそんだ鳥のやるせなげな声、歎きを口ずさむ虫の声などが、この荒涼たる隠れ家にぞっとするような印象をあたえ、何とも言えない不安な思いを駆り立てる。イギリス貴族はさっきから押し黙っていた。いつもはあれほど毅然としたヴォルサンジュも、男に握らせていたその手を、やがてぶるぶる震わせはじめた。
「どこへ連れて行こうというの、フォルベス? お墓の中みたいじゃない?」
「おや、ヴォルサンジュともあろうものが、恐がったりするんですか? いつもの大胆不敵はどうしました? 怖いことなんかありませんよ。見かけだけで判断してはいけません」
そう言うと彼は、はずれかかっていた扉《とびら》の掛け金を押して、小ぢんまりした小屋のなかへ彼女と一緒に入ってしまった。そこには、部屋にふさわしい調度類もちゃんと揃《そろ》っていた。ランプのちらちらする焔《ほのお》が内部を照らしていた。若き日の数々の過ちに後悔の涙を注いでいる修行者の肖像画があったのを、ヴォルサンジュは感慨ぶかく眺《なが》め入っていた。すると突然、明かりが消えた。彼女はフォルベスの名を呼んだ。ふかい沈黙があるばかりだった。次第に床が沈み、かなり勢いはげしく彼女は深い底に落ちこんだ。落ちると同時に目がまわって、しばらくは何の感じもなかった。目がさめてみると、恐怖が一度によみがえった。彼女はいま自分がどこにいるのか、いつからこんな穴倉の中にいるのか、とんと見当がつかなかった。
「ああ、何てひどい、何て残酷なことをするんでしょう!」と彼女は長いすすり泣きの合間に、こう叫んだ、「これがあなたの復讐ってわけなのね! あたしの心をこめた愛情に飽きてしまって、あなたはこんなお墓の中にあたしをほうり込んでしまったのね! それじゃ、あたしは人間の栄華の移り変わりをすべて経験しつくして、ここへ生き埋めにされにきたってわけなのね! でも、みなさん、あの人を許してやってください。いつもあたしと快楽を共にしてきたお友達! こんな恥知らずな裏切りを企てた人非人だけれど、どうかあのひとを苦しめないでください……人間と神の裁きの矢が、残らず同時に、あのひと、あの悪魔のような男にふりかかりますように!……まあ、あたしったら、この期《ご》に及んでまで、何て馬鹿なことを言ってるんでしょう! そうだわ、死ぬことを考えなくちゃ、そして神様と仲直りすることを。ほんとうに、あたしは今まで神様に逆らってばかりいた……仕方がないわ、この暗い土牢《つちろう》のなかで死にましょう……若さも、美しさも、快楽も、みんなこの奈落《ならく》の底で埋もれてしまうんだよ。やがて虚無があたしの肉体をすっかり占領してしまう! それを思うと身の毛がよだつわ」彼女はこの考えとともに言葉を途切らせ、ふたたび気を失って倒れてしまった。
やがて爽《さわ》やかな一陣の風か、それとも素速く投与された薬の効き目かが、彼女を正気に返らせた。とはいえ、正気に返ったとて何になろう、わが身の不運を歎《なげ》くばかりのことではあった! ふと遠くの方に、かすかな一条の光を彼女は認めた。光だろうか、それとも、眼の錯覚による幻影だろうか? だが、そのかすかな光は徐々に大きくなった。そうして、ときどき何やら醜いかたちのものが、その光を遮《さえぎ》ってあらわれるような気がした。洞窟《どうくつ》のなかで長く反響する呻吟《しんぎん》の声や、重く引きずる鎖の軋《きし》りも聞いたように思った。この不吉な音がやむと、あとには深い無気味な静寂がひろがった。遠くでしきりに鳴りはためいている激しい雷の音だけが、この陰惨な静けさを破る唯一の音だった。恐怖が我にもあらず彼女の五体を慄《ふる》わせた。稲妻が、この地獄さながらの夜を突っ走った。そのとき、彼女は何を認めたか? 肉のそげ落ちた骸骨《がいこつ》の群れだった。骸骨の群れが、彼女の方に歩いてくるのだった。やがて彼女の前方三十歩ほどのところでぴたりと足をとめると、地の底からでも洩《も》れてくるかと思われる震え声が、こんな言葉を彼女に語りかけた。
「ヴォルサンジュ! 返答してみよ! お前は死人を見たことがあるか? 死の恐怖を考えたことがあるか? 今ここにいる私が死なのだよ……私もお前のように、かつてはもっとも豊かな恵みを自然から受けていた。財産も、美貌も、才能も、友人も、みんな揃っていた。快楽と、名声と、あらゆる種類の享楽に酔い痴《し》れていた。ひとは私の才智を讃めそやし、欠点にまでお世辞を使い、弱味はすべてヴェールで蔽《おお》ってくれた。私の足もとからは薔薇が咲き、私の日常はすべて楽しみと歓喜の連続だった。幸福は私の頭上に、永遠につづくものと思われた。ところが、一瞬にしてすべてが崩れ去ったのだよ。いま私に残っているものを見てごらん。私の肉体の片々を組み立てている骨に、手をふれてごらん……」こう言うと同時に幽霊は、その気味わるいすがたを近づけてきた。
「神さま!」と彼女は絶望的な調子で、こう叫んだ、「この怖ろしい光景を、あたしの眼から見えなくしてください。何ということでしょう! あたしは死人の国にいるのでしょうか……」
ふたたび雷鳴が一層はげしく鳴り響き、地獄の天蓋《てんがい》はために崩れ落ちるかと思われた。焔《ほのお》が諸所方々からめらめらと噴き出し、呻《うめ》き声がまた聞こえ、彼女の舌はために凍りついた。冷たい汗が彼女の額を流れた。あまりにはげしい動揺に精根つき果てて、彼女は見る影もないすがたになってしまった。あれほど新鮮で美しかった顔いろも消えて、鉛いろが取ってかわった。精彩を失った眼には、日頃の乱行の疲れが一ペんに出てきたようだった。
乱暴なイギリス人がはげしい後悔の念に駆られはじめたのは、この時であった。もともと彼はただ自尊心の命ずるままに、このような脅迫の方法を考え出したのにすぎなかった。ただ愛人を恐がらせてやれば、それで気のすむことだった。それなのに、彼女は実際に死んでしまいそうである……おお、彼の乱れた心中を誰がよく描き出せよう? あたかもそれは地獄に堕《お》ちて、あらゆる責め苦に遭っているかのようであった。彼は自分に向かって数限りない呪《のろ》いの言葉を吐きかけた。彼女を助けてくれと、呼んでもみた。だが、ふかい地中の谺《こだま》が答えるのみで、あたりの凄惨《せいさん》な気はいや増すばかりであった。
とまれ、彼は震える手を近づけて、ヴォルサンジュの胸の上に置いた。かすかな温《ぬく》みが感じられるように思った。一縷《いちる》の望みに励まされて、急いで彼女の身体を抱き上げると、この忌まわしい場所から連れだした。大切な荷物を肩の上にかついで、草原に行ってそっとおろした。恋人の前に膝まずいて、彼女のために自然の父に祈りを捧《ささ》げた。涼しい風が立ちはじめた。だんだん、新鮮な空気と気つけ薬の塩とが、ぐったりした肉体のあらゆる敏感な部分に生気を呼びもどし、それにつれて体温も高まってきた。彼は彼女が身動きするのを認めた。ついに、ヴォルサンジュは生き返り、眼を開いた。
「ここはどこ? どこからあたしはきたの? おお、神さま! (フォルベスのすがたに気がついて)まだお化けがいるわ!」
「いとしいひと、愛するお友達、あなたはこのフォルベスを忘れておしまいですか? 何も怖がることはありませんよ。あなたの恋人がお赦しを願っているのです……」
「あたしのお友達ですって、あたしの恋人ですって、あなたが?……人非人! あたしを地獄の恐怖に突き落としたのがあなたじゃありませんか! 行ってください、恐ろしいひと。卑怯《ひきよう》な利己主義者! そんなお世辞なんか、どこかよそへ行って言ってちょうだい。それでも、あたしのために何かしてくださりたいと言うんなら、どうかあたしを殺してちょうだい。そうしてはやくあなたを見ている不快な気持ちから、あたしを解放してちょうだい」
どんなに赦《ゆる》しを乞《こ》うても、膝をかき抱いても、無駄であった。涙も、嘆願も、誓約も、この威丈高《いたけだか》な情人の気持ちをひるがえさせることはできなかった。彼女の自尊心は手ひどい傷を受けていたのであった。女というものは、こうした傷手を受けたことを決して許さないものだった。とうとうフォルベスは、やさしい穏便な手段によっては彼女を宥《なだ》められないと知ると、むらむらと怒りに駆られてきた。女の腕をつかまえると、いやがるのを無理矢理に城館の方へ引っぱって行った。もう二時間以上も前から、ほかの連中は城館で二人を待ち焦がれていた。あんまり遅いので、二人が帰ってきたらいろんな質問や、恋人向きの卑猥な言葉なぞを浴びせかけて、せいぜいなぶりものにしてやろうと相談ができていた。ところが、入ってきたヴォルサンジュを見ると、その顔は血の気がひいて真っ蒼《さお》だし、その様子はこの上なく昂奮《こうふん》しているし、次にイギリス貴族の方はと見ると、狼狽しきって落胆の面持ちで、目ばかりぎらぎら燃えているので、これは何か途轍《とてつ》もない諍《いさか》いが茂みの中で行なわれたのにちがいないという疑いが期せずして一同の胸に湧《わ》いた。やがてヴォルサンジュが事の次第を語って聞かせて、一同の気持ちを納得させたのであったが、彼女は相手を人非人、極道呼ばわりして、すぐにもこんな家から出て行くと宣言した。
友人たちは、このどちらも尊大な二人を和解させようと、無駄な努力をした。すったもんだの挙句に、それでもようやくヴォルサンジュが出発を翌日まで延ばすということになった。夜が明けると彼女は早々に帰ってしまった。一同も遅れじと彼女にならって引きあげた。ついこのあいだまではあんなに素晴らしいと思っていたこの別荘が、イギリス貴族には、もう嫌悪の目でしか眺められなくなった。で彼もまた、その悲しみと後悔とをまぎらすために、都の喧騒《けんそう》の中にもどって行った。
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むすび
それから十日目の佳《よ》き日には、ゾロエとドルセックとの荘厳な結婚式が挙行される予定であった。式に必要な諸事万端の準備には、それだけの日数でも足りないほどだった。フォルベスはヴォルサンジュとの仲をもとにもどすために、無駄な努力をつづけていた。彼女の気持ちは相変わらず頑《かたく》なだった。フェルナンスに対するロオレダの思慕の情は、次第に熱烈なものになって行った。彼のすがたに接し、彼の声を聞く楽しみなしには彼女は生きて行けなくなってしまった。
それなのにフェシノオは、相変わらず妻の貞操に信頼をおいていた。だが、不和や怨恨《えんこん》の種をまいて喜んでいる悪意の人間や、嫉妬《しつと》ぶかい人間というものは、どこにでもいるものだ。フェルナンスのことをよく知っている親切な同僚の一人に注意されて、フェシノオは夫の権威を見せてやろうと思い立った。そこでロオレダを一室に監禁して、誰とも付き合わないようにした。閂《かんぬき》さえ支《か》っておけば、自分の名誉は安泰だと信じたのである。無駄な予防策であった! 彼の嫉妬を呼び覚ました当の人物が、しっかり監視をせよと忠告したその口の下から、まんまと彼女をものにしてしまったのである。そしてこの男は現在でも、彼女に支配力をふるっているのである。
フォルベスは毎日のように、集会の席や劇場を歴訪していたが、いっかなヴォルサンジュと顔を合わすことはなかった。もっとも信頼できる密偵が、彼女の行方をたずねて無駄な時間を費やしていた。イギリス貴族は音楽にも芝居の筋にも一向上の空で、オペラ座から出てくるのを常としていた。出てくると、彼はいらいらしながら従者をどなりつけた。一人の騎士が急ぎ足で階段を降りて来て、彼と衝突し、彼をその場に顛倒《てんとう》させた。
「おい騎士君」と彼が八ツ当たり気味で呼びかけた、「君は僕を侮辱したな。明日午前八時、ブーロオニュの森だ。いいか、もしこなければ、僕は君を卑怯者だと思うぞ」
「よろしい、では明日、イギリス貴族さん」
かくて決闘がはじまった。剣を使ったが、結着をつけることはできなかった。「ピストルにしよう」と決闘者の一人が叫んだ。どちらが先に引鉄《ひきがね》を引くかは、籤《くじ》で決めることになった。幸いにもイギリス貴族が先番になった。彼の弾丸は当たらなかった。今度は敵が彼をねらった。敵の弾丸は彼の帽子のとんがった角を射抜いた。
「これで十分だろう」と見知らぬ騎士が言った、「お前さんはよろよろしてるじゃないか、卑怯者め。ヴォルサンジュをお忘れかい?」
見ると、たしかに相手はヴォルサンジュで、彼女はひらりと馬に飛び乗るが早いか、その場を去って行ってしまった。ゾロエに会いに行くためである。
その日はゾロエの結婚の当日であった。式場にはおびただしい参列者がつめかけていた。パルメザンは約束通りミルヴァルに、正直な平凡人に敬意を払うべきことを教えた。ミルボンヌ侯爵夫人はいよいよ無軌道にあらゆる気まぐれに耽ることをつづけている。すっかり物笑いになってしまったフェシノオは、もう二度と元老院でその声を聞くことができまい。ギレルミは素寒貧《すかんぴん》だという折り紙をつけられてしまった。フェルナンスはフランス女の浮気や気まぐれにつくづく嫌気がさして、生まれ故郷に帰ってしまった。サバアルは無類の権力家になったが、誰からも軽蔑《けいべつ》された。女性の偶像ドルバザンは、やかましい風紀の取り締まり役になった。
最後に一言お断わりしておきたいことは、この物語を作者は歴史家の立場から語ったということだ。したがって、いかに場景が背徳、不義、奸策《かんさく》といった色調にみちているとしても、それは作者の罪ではないのである。作者はすでに過去となった時代の人間群像を描いたのである。願わくはよりよい時代がきて、作者の筆から美徳の数々の魅力が生まれ出でんことを!
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あとがき
まず、「ソドム百二十日」Les 120 Journees de Sodome ou l'Ecole du libertinage について述べる。
サドが「ソドム」の草稿を浄書しはじめたのは、作者自身の記すところによれば、一七八五年十月二十二日、革命勃発の約四年前である。当時、サドはバスティユ牢獄の「自由の塔」と呼ばれる楼上の一室にいた。囚人の身であったから、原稿を押収される危険をつねに意識していたため、彼は、何よりも隠すのに都合のよい形でコピイをつくることを考えた。
まず二十日間にわたって、夜七時から十時まで、このバスティユの囚人は、幅十二センチの小さな紙片を貼り合わせて作った全長十二メートル十センチにおよぶ巻紙の片面に、蟻のような細かな文字をびっしりと書きこんだ。二十日間で片面がいっぱいになると、次いで裏面に移った。こうして十一月二十八日に完成したコピイが、現在わたしたちの手に残されたテキストの唯一の原形なのである。
この原稿は、しかし、まことに不思議な運命に見舞われることになった。革命勃発の十日前、バスティユからシャラントンに移されるとき、サドは一切の私物の持ち出しを禁じられたのである。当然、原稿も獄中に残ることになり、革命のどさくさに紛れて、その後二度と侯爵の手中にはもどらなかった。サドがこれをいかに借しんでいたかは、ある手紙の中で、「わたしは失われた自分の原稿を思って、毎日血の涙を流している」と告白していることからも察しられよう。
ところで、この巻紙は、どういう機縁によってか、サドが住んでいたバスティユの一室で、つとにアルヌー・ド・サン・マクシマンなる者によって発見され、ヴィルヌーヴ・トラン家の所蔵となって、三代のあいだ門外不出の保護を受けることになったのである。それが今世紀初頭になって、ドイツのある愛書家の手に売られ、ベルリンの精神病医イワン・ブロッホ(筆名オイゲン・デューレン)の努力によって、初めて印刷に付される運びになった。一九〇四年のことである。サドが巻紙に浄書してから、じつに百二十年の歳月を経て初めて出版されたのである。
この第一回の版は、パリ愛書家クラブ発行と銘打たれていたが、じつはベルリンのマックス・ハルヴィッツ書店から出されたもので、部数は百八十部の限定版、のみならず、テキストはきわめて粗悪で読むに堪えなかった。
イワン・ブロッホの死後、原稿は一九二九年一月までドイツにあった。そしてこの年、モオリス・エーヌが当地に赴き、初めて原稿を入手する機会に恵まれた。故モオリス・エーヌの監修になる「ソドム百二十日」の決定版三巻が上梓されたのは、かくて一九三一年より三五年までの期間にわたった。出資者はスタンダール商会で、三百九十六部の限定版。残念なことに、出資者の財政的破綻により、第一巻の序文で予告されたエーヌの論文をふくむ第三巻が、ついに刊行不能のまま終った。
ともあれ、このエーヌの版は、まことに厳正なエディション・クリティックであって、綴字法や句読法もそっくりそのまま原著者によっている。現今の読者には読みにくいものである。訳者が底本として用いたジャン・ジャック・ポオヴェール版(一九五三年)は、この点を改めて、綴字法や句読法を現代化しており、きわめて読みやすくなっている。本書に収めた部分は、作品の序章に当る部分の全訳であり、作品全体との比率において眺めれば、ほぼ六分の一弱ということになる。
序章を読めばお分りのように、この奇怪な小説は、ルイ十四世治下の末期に、殺人と汚職によって莫大な私財を築きあげたブランジ公爵、その弟の司教、キュルヴァル法院長、および徴税官デュルセの四人が、「黒い森」の人里離れた城館で、彼らの絶対的権力に隷属した四十二人の男女とともに、十一月一日から二月二十八日まで、百二十日間ぶっ通しの大饗宴を催すという構成になっている。
第一部から展開する物語の筋は、「語り手」と呼ばれる経験ゆたかな四人の女衒《ぜげん》たちが、百二十日間、次々に、おのおの百五十合計六百の情事に関する経験談を語り、その合い間に、話を聞いて昂奮した城館の主人たちが、物語を実行に移すという仕組みになっている。乱痴気騒ぎは予定の二月二十八日以後も、さらに二十日間延長され、四十二人のなぶり者のうち、三十人がむごたらしい拷問によって絶命する。物語の大団円に、奇妙な計算表が掲げられていて、
三月一日以前に虐殺された者……一〇人
三月一日以後に虐殺された者……二〇人
生きながらえて帰還した者………一六人
合計……………………………四六人
という怖ろしい結果を示している。
「ソドム百二十日」の構成は明らかに「デカメロン」あるいはナヴァル女王マルグリットの「エプタメロン」から来ている。作品は大部な序章(翻訳にして百八十枚)と、日付を明記した日録形式の四部に分かれ、十一月が「単純な情欲」、十二月が「複雑な情欲」、一月が「罪の情欲」、二月が「危険な情欲」と銘打たれている。
序章は四人の老遊蕩児に関する詳細な分析と、四人の女性、およびその他犠牲者になるすべての人物の、綿密な肖像を描くのに費される。物語が肉づけされ展開されるのは、この序章と第一部のみで、他の三部は細分され番号を付された草案、一種のプランをつくることだけで終っている。時間の不足ないし紙の不足が原因でもあろうか。しかし、そのために、かえって「ソドム」は、系統的に観察し分類した性倒錯現象の集大成、科学者の目でとらえた性病理学試論といった性格をおび、クラフト・エビングやフロイト以前の、貴重な資料ともなっているのである。
*
「ゾロエと二人の侍女」Zoloe et ses deux acolythes は一八○○年七月に匿名で出版された、いわゆる鍵小説(モデル小説)である。登場人物はそれぞれ当時の実在の人物を暗示し、ドルセック(コルシカ人 corse のアナグラム)はボナパルト、ゾロエはジョゼフィーヌ・ド・ボオアルネ、サバアル(やはりこれもアナグラム)はバラス、フェシノオはタリアン、ロオレダはタリアン夫人、ヴォルサンジュはヴィスコンティ夫人と、容易に推定される仕掛になっていた。
ところで、これまで行われてきた定説によると、一八○一年のサドの決定的な逮捕の原因となったのは、彼が執政政府の要人ボナパルト、タリアン、バラスなどを諷した匿名パンフレット「ゾロエ」を書いて、彼らを攻撃したためであった。そのためにナポレオンの恨みを買い、ついに死ぬまで精神病院に監禁されることになった、というのである。しかし現在では、この説は否定されており、そればかりか「ゾロエ」はサドの作ではない、ということになっている。
根拠のない説を流布させたのは、「ゾロエ」の出版後約五十年ほどして世上にあらわれた、ミショオおよびブリュネという二人の作者の手になる二種類の伝記本である。それ以来、多くのサドの伝記作者は深く確かめることもなく、この誤まった先人の記述をそのまま請売りしてきた。ジャン・ジャック・ポオヴェール版の全集にも、最初のうちは「ゾロエ」が含まれていたが、後には監修者の手によって除外されている。定説が完全に覆されたのは、ごく最近のことなのである。
ジルベエル・ルリイの確かめたところによると、国立記録保管所の尨大な資料を漁ってみても、「ゾロエ」について言及したサド関係の文書は一つも残っていないそうである。また警視総監デュボワの署名のある警察の調書をしらべても、彼がサドの逮捕を第一統領ナポレオンに報告したという形跡はない。ナポレオンはこの事件に何の関係もなかったのである。押収および逮捕の原因は、もっぱら「新ジュスチーヌ」をめぐって起った醜聞であった。
「ゾロエ」は文学的にも価値が低く、文章の構成法やヴォキャブラリイの選び方なども、サドの他の作品とは明らかに違っているので、少しでもサドの作品に原文で親しんだことのある人なら、当然、別の作者のものではなかろうかという疑いが湧くはずである。これは、フランス革命時代に多く現われた、職業的パンフレット作者の手になる戯文にすぎまい。にもかかわらず、今回の選集にあえて収録したのは、もっぱら資料的価値のためである。
小説「ゾロエ」の背景となっている時代は、テルミドールの政変によってロベスピエール一派を倒したバラス、タリアン等が、五人の総裁政府をつくった後、やがてナポレオンの執政政府に政権の座を譲り渡そうとしていた反動時代である。バラスは実際、昔の情婦の一人であったマルティニック島生まれのジョゼフィーヌをボナパルトにあたえたわけで、「テルミドールの聖母」と異名をとったテレジア・カバリュス、すなわちタリアン夫人とともに、彼女は当代の華美な風俗、ギリシア式服装などを大いに流行させていた。革命後最も頽廃をきわめた時代が執政官時代であって、これは完全に女性が支配した時代であった。そしてその中心が、執政官様式の創始者といわれるタリアン夫人だったのである。
この小説は、文学的にはさして価値あるものとは思われぬが、当時のパリの風俗、国際情勢、ナポレオンの擡頭に伴なう人々の希望と危惧などを頭に入れて読めば、珍重すべき一つのクロニックとして、それなりの存在理由を示すであろうと思われる。訳者が望むのも、ただそれだけである。
一九七六年七月
[#地付き]澁澤龍彦
本書には今日の人権意識に照らして不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品執筆時の時代背景や作品の文学性などを考慮しそのままとしました。
[#地付き](角川書店編集部)
角川文庫『ソドム百二十日』昭和51年7月30日 初版発行
昭和51年11月5日 3版発行