マルキ・ド・サド/大場正史訳
ソドムの百二十日
目 次
前口上
成文法
好色道場物語の登場人物
第一部
第一日
第二日
第三日
第四日
第五日
第六日
第七日
第八日
第九日
第十日
訳者あとがき
前口上
ルイ十四世の治世中に彼を悩ましたもろもろの大戦争は、国庫をからし、人民の資力を使いはたしたとはいえ、いっぽうでは、非常にたくさんの吸血鬼どもをかえって太らせるというふしぎな事実をもふくんでいた。彼ら吸血鬼は国家的な惨禍を待ちかまえていて、これを静めるどころか、よりうまく利益をせしめることができるように、かえって惨禍をひどくしたり、あるいはつくりだしたりするのである。
四人の吸血鬼らが、これからわれわれが述べようとする乱痴気騒ぎの計画を思いついたのは、この時代の末期のことであった。一味のものがみんな素姓のいやしい、低俗な人間だと思ったら、それは見当ちがいで、頭株に立ったのは世にも令名の高い紳士諸君だった。
ド・ブランジ公や、その兄弟で十何代目かの司教《ビショップ》などは、どちらも莫大な資産をたくわえていて、貴族というものがどんな機会ものがさずに巨富への道をたどったことを、彼らみずからりっぱに証明している。ところで、令名さくさくたるこのふたりの人物は、遊びや仕事を通じて、有名なデュルセとド・キュルヴァル議長と親交があった。そこで、放蕩三昧の計画を思いつくと、まっさきにこのふたりの友だちに計画をうちあけ、四人ともそろって異常な乱行の立役者を演ずることに意見が一致した。かなりの資産と趣味に結ばれたこの四人の道楽者は、およそ六年間にわたって、いろいろな同盟を結んで、おたがいのつながりを強化しようと考えてきた。彼らが仕組んだ計画とはつぎのようなものであった。
三回男やもめになり、ひとりの妻が生んだふたりの娘の父親であるド・ブランジ公は、ド・キュルヴァル議長が父親との肉体関係をすっかり知りながら、姉娘のほうと結婚したいような素振りを見せたので、急に三者同盟を思いついた。
「あなたはジュリーを妻にほしいんですね」
公爵はキュルヴァルにいった。
「ぼくはあなたにさっそく彼女を進呈します。ただこの結婚にはひとつだけ条件をつけたいんですよ。つまりあなたの妻になっても、彼女が従来どおりぼくにいんぎんを通じる場合、やきもちを焼かないことですな。それからあなたのお力ぞえをいただいて、仲間のデュルセに娘のコンスタンスをぼくにくれるように口説いてほしいんです。白状しますが、ぼくもだいたい、あなたがジュリーによせているのとおなじ感情をいだくようになったんです」
「だが」
キュルヴァルはいった。
「きみは百も承知だろうが、きみとおなじ道楽者のデュルセは……」
「万事承知のうえですよ」
公爵はふたたびつづけた。
「この年で、しかも、ぼくたちの一流の物の考えかたで、そんなことのために思いとどまれますか? ぼくが情婦にでもするつもりで妻をほしがっていると思いますか? ぼくが彼女をほしいのは、じぶんの気まぐれを満足させたいからですよ。数かぎりない秘密の淫蕩ぶりを隠蔽したいためですよ。結婚という美名をかりれば、うまうまと隠しおおせますからね。ひと口でいえば、あなたがぼくの娘をほしがっているのとおなじ理由で、彼女をほしいと思ってるんです。あなたの目的や欲望をぼくが知らないとでも思っているんですか? ぼくたち放蕩者は奴隷にするため、女と結婚するんです。妻となった彼女たちは、情婦よりももっと従順になります。それに、あなたも、ぼくらが追求する淫楽の横暴さというものを、ぼくらがどんなに重視しているかおわかりでしょう」
ちょうどこのとき、デュルセがはいってきた。ふたりの友人はいまの会話を話してきかせた。すると、デュルセはその申しでを喜んで、さっそくじぶんもまたキュルヴァル議長の娘アドレイドにおなじ感情をよせていると告白した。そして、じぶんがキュルヴァルのむこになれるなら、公爵をじぶんのむこにしてもよいといった。三つの婚約はたちまち成立した。持参金は莫大な額で、婚姻契約はみなおなじだった。
ふたりの仲間に優るとも劣らぬほどふらちなキュルヴァルはデュルセにむかって、じぶんもわが娘と少しばかり内密の交渉をつづけていると告白したが、デュルセはそれを聞いても、べつだん不快な感情を表にださなかった。けっきょく、三人の父親はめいめいじぶんの権利を保持することを願ったばかりでなく、その権利を拡大する可能性があることに気がついて、だれひとり異論なく、つぎのようにとりきめたのである。つまり、三人の若い婦人は資産や家庭によってのみ各自の夫にしばられ、肉体の点では特定の仲間には属さないこと、また、万一彼女らがふらちな考えをおこして服従すべき条件に応じないときは、この上なくひどい厳罰にふすることなどであった。
三人がこの計画を実現しようとしていたやさきに、十何代目の司教は、もしじぶんが参加しても三人の紳士に異存がなければ、この同盟に四人めの女を提供したい、と申しでた。その女というのは、公爵の次女で、したがって司教の姪であったが、もうとっくに、完全に司教のものになっていたのだ。
司教はこの姪と関係をむすんでいたが、ふたりの兄弟は、アリーンというこの娘が公爵よりも司教に帰属するのが理の当然であることを信じて、すこしも疑わなかった。司教は、彼女がゆりかごを離れたときから、ずっとじぶんの手塩にかけて育てた。そして、年ごろになって彼女の魅力が開花するのをだまって見ていたわけでないことは、だれにも容易に想像ができよう。
そんなわけで、この問題に関しては、司教も仲間たちと対等の立場にあり、彼が売りものにしようと申しでた品物はおなじ程度に、破損もしくは堕落していたわけだ。けれども、三人の仲間はアリーンの魅力とそのみずみずしさにかなり心をひかれていたので、ちゅうちょなく彼女を取り引きのなかにくわえることになった。司教はほかの三人とおなじように、彼女を進呈したのだが、彼女の使用権まですてたわけではなかった。こうして、四人の男たちはいつのまにか、めいめい四人の妻の夫になってしまった。読者の便宜をはかって、この取りきめを左に要約しておこう。
ジュリーの父親である公爵は、デュルセの娘コンスタンスの夫になった。
コンスタンスの父親であるデュルセはキュルヴァル議長の娘アドレイドの夫になった。
アドレイドの父親である議長は公爵の長女ジュリーの夫となった。
また、アリーンの伯父で養父である司教は、アリーンを友だち仲間にゆずって、多少とも彼女にたいするおなじ権利を保留しながら、ほかの三人の女の夫となった。
この三組の縁組が成立したのは、ブルボネ地方にある公爵の広大な領地においてであった。
パリに帰ると、わが四人の友だちの結束はいよいよかたくなるばかりであった。
四人の組合は共同基金をこしらえていて、各組合員は順番に六カ月間その運営にあたった。もっぱら快楽のための出費にあてられた金額は莫大な額にのぼった。彼らの巨富をもってすれば、どんな異常なものでも彼らの手にはいった。だから、山海の珍味と色欲の満足をあがなうために、年間二百万フランを支出したと聞いても、おどろくにはあたらないのである。
女をかきあつめる四人の、札つきの売春媒介者と、男をひきぬくおなじくらいの人数のぜげんたちは、パリや地方をとび歩いて、男でも女でも、じぶんたちの官能の飢えをもっとも十分にいやしてくれる者を手あたりしだいに、つれてもどるのを唯一の義務と心得ていた。
毎週きまって、パリの四つの郊外にある四軒のべつべつの別荘では、四つの晩さん会が催された。もっぱらソドミー〔男色〕の快楽にあてられた最初の集会には、男だけが集まった。手近なところに、いつも二十歳から三十歳までの青年が十六人ひかえていて、わが四人の主人公は、女装して、この上なく快い逸楽を満喫することができた。青年を選ぶよりどころとなったのは、彼の性器の大きさだった……。それは絶対的な要件だった。だが、同時に、ありとあらゆる快楽を試みるために、これら十六人の青年に、もっとずっと若い、同数の少年がくわえられた。彼らは女の役割を演ずることになっていた。少年たちの年齢は十二歳から十八歳で、演技に選ばれるためには、それぞれ、われわれの筆ではとても描きだせないような、新鮮さ、容貌、愛きょう、魅力、容姿、無邪気さ、卒直さなどを備えていなければならなかった。こうした乱痴気騒ぎでは、ソドムとゴモラ〔死海の近くにあった古代都市で、住民が男色にふけったために天上の火で滅ぼされたと伝えられる〕によって発明された、もっともはでな行為がのこらず実演されたわけで、女人はいっさい参加できなかった。
二回めの晩さん会には、上流階級の少女たちが出席した。彼女たちはこうした折には、尊大なみえや日ごろの横柄な態度をすてて、給料の代償として、わが道楽者たちが好んで彼女らにくわえたがる、きわめて変則的な気まぐれに、そしてまた、しばしば無法な行為に屈服せざるをえなかった。十二人のこの種の少女がいつも姿をあらわすならいだったが、パリは必要のたびに新しい少女たちを供給することができなかったので、この種の晩さん会は別の晩さん会に合併されて、同数の身分のれっきとした婦人だけの参加が許された。育ちのよい、若い貴婦人がたりなければ、売春媒介をこととする女や売春婦らがさっそく欠員を満たすならいだった。パリには、このあとのふたつの階級に属する女たちがおよそ四、五千人もいる。そして、金銭や色欲のために、彼女らはこの種の夜会に顔をださざるをえないのだ。
けれども、堅気の女であろうとなかろうと、そんなことは問題外であった。いやおうなしに、女たちはあらゆる事柄に屈服しなければならなかった。四人の主人公の極道ぶりは、限界を知らないといった種類のもので、急に汗だくになっては、ありとあらゆるおそろしい非行をあいてにおしつけないではいなかった。
いったん女がそこにはいれば、なにもかも受けいれるだけの覚悟が必要だった。それに、わが四人の悪党はもっとも下劣な、もっとも無暴な放蕩につきものの、あらゆる悪趣味をもっていたから、彼らの欲望にたいする、このような根本的な黙認はけっして筋ちがいのことがらではなかった。
三番めの晩さん会に出席した客人たちは、おそらくこの世で会えるかぎりの、もっともいかがわしい、もっともけがらわしい人間どもだった。道楽者の乱行をいくらか知っている人にとっても、この極致だけはぜんぜん理解できないように思えるだろう。この部類に属する人びとには、排泄物のなかをのたうちまわることが無上の快感なのである。つまり、そうした行為はもっとも完璧な自己放棄、この上なく奇怪な耽でき、この上なく全面的な屈辱などをあたえる。しかも、これらの快楽は明日の活動はもちろん今日の活動にたいして、いくぶんなりと、ぴりっとした刺激をそえるわけである。
これらの三番めの夜会では、放蕩ぶりもよりいっそう徹底していて、これを複雑な痛快なものにしてくれるものなら、なんでもござれといったあんばいだった。百人からの売春婦が六時間のあいだにつぎつぎと姿を見せた。だが、ゲームにずっとくわわったのはごくわずかだった。
四番めの晩さん会についていえば、それは若い娘たちだけのものであった。十五歳から十七歳の少女だけが出席する資格をもっていた。彼女たちの身分はぜんぜん問題にされず、重要なのは容貌であった。つまり、美しくなければならなかった。処女という点では、まちがいのない証拠が必要とされた。
おお、信じがたい淫蕩のきわみよ! 彼ら四人がこれらのバラの花をむしりとりたがっていたかというと、けっしてそうではない。彼らにどうして、そんなまねができよう? というのは、だれも手をふれたことのないこれらの処女はいつも二十人を数えたし、わが四人の道楽者のなかでわずかにふたりだけが有能者で、あとのひとりの財政家は完全なインポであったし、司教にいたっては、処女をはずかしめても、たしかにそのとおりだが、常に完全な無傷の状態に保つやり方以外では、絶対に快楽を味わうことができなかったからである。
そんなことはどうでもよかった。とにかく、二十人の処女がその場にいあわせねばならなかった。わが四人の主人公の手で傷つけられない処女たちは、彼らの目の前で、彼らとおなじように堕落した従者たちの餌食となったのである。
以上の四種の晩さん会とは別に、もうひとつ、毎週金曜日にひらかれる秘密の夜会があり、参加者の頭数こそずっと少なかったが、現金支出のほうはたぶんはるかに大きかったもようだ。参加者は四人の、若い名門の出の乙女たちにかぎられていた。彼女たちは計略にかかり、金銭につられて、両親の家庭から誘拐されていたのである。
わが道楽者たちの夫人連も、ほとんどいつもこの放蕩にくわわったが、彼女たちはすこぶる従順で、唯々《いい》として指図に従ったので、そのつど、夜会はより大きな成功をおさめた。
金曜日の晩さん会の雰囲気についていえば、もちろん豪華で、同時に優美な感じがあたりを支配したことはいうまでもない。一回の食事に一万フラン以下の支出というものはひとつもなかった。フランスはもとより隣近所の国々まであさりまわったおかげで、世にも珍しい珍味佳肴がよせ集められていた。すばらしいブドウ酒や酒類がふんだんにでた。冬のさいちゅうでも四季の果実があった。ひと口でいえば、世界最大の王者のテーブルでも、これほど贅美《ぜいび》をつくしたものは見られなかったと思ってよかろう。
だが、こんどは、もういちど前にもどって、わが四人の主人公の面影をひとりずつ描くことに全力をつくしてみよう。つまり、読者をうっとりさせるような筆致で、美しいものをえがこうというではなく、ただ自然の色彩と線を使って描写したいのである。自然というものはひどく混乱しているにもかかわらず、腐敗の極にあるときですら、しばしば崇高な様相を呈する。なぜなら、犯罪は美徳にみとめられる種類の優雅さを欠いているにしても、前者のほうがいつもはるかに崇高ではないだろうか? 犯罪はたえず、美徳の単調で味気のない魅力をしのぐところの、壮烈にして崇高な特性をおびているのではなかろうか?
ド・ブランジ公は十八歳で莫大な資産をにぎり、後年財政的に数々の成功をおさめて、かなり資産をふやしたが、自然はブランジに巨富をあたえると同時に、用意周到にも、富の濫用に必要なありとあらゆる衝動や感興をも授けたのである。考え深くて、陰気で、非常に邪悪な精神といっしょに、冷酷な心やまったく犯罪的な魂をあたえていた。それに趣味の混乱と酔狂な気まぐれがくわわって、おそるべき淫蕩が誕生したわけで、公爵は異常なほどこれに耽溺した。
生来、不誠実で、粗暴で、ごう慢で、野蛮で、利己的で、快楽を追求するさいに気前がよいと同様に、有益な出費となるとひどくけちであった。おまけに、美食家、のんだくれ、卑劣漢、男色家で、血族相姦を好み、殺人、放火、せっとうなどにふけった。美徳など夢にもみなかったばかりか、いっさいの美徳を毛嫌いした。うわさによると、彼はちょいちょいこんなことをいった。この世でほんとに幸福になるためには、人間はただ単にあらゆる悪徳に身をゆだねるばかりでなく、たったひとつの美徳をももってはならない。しかも、そのことは常に悪事を働くという問題であるのみか、なにをおいても、けっして善良にならないという問題でもある、と。
「おお、世間にはざらにいますよ」
公爵はよくいったものだ。
「熱情にかられて悪にはしるとき以外は、けっしてふらちなまねをしない人たちがね。あとになって、情熱の火が消えると、平静になった彼らの精神は美徳の道へ帰ります。こんなふうに、彼らは闘争からあやまちへ、あやまちから悔恨へと、さまよいながら人生をすごし、けっきょくこの世でどんな役割をはたしたかもよくわからないまま、くたばってしまうんです」
「そんな人たちは」
と彼はつづけるのだった。
「たしかにみじめなものですな。どこまでもさすらいつづけ、たえず不安にかられ、前の晩にやったことを朝になってひどくにくみながら、一生涯を送るわけです。彼らは快楽を味わっても、きっと後悔するし、心の動揺のなかに喜びを求めます。そんなわけで、彼らは犯罪において有徳者になると同時に、美徳においては犯罪者になるのです」
「けれども」
わが主人公はさらにつけくわえたものだ。
「ぼくの、より充実した性格はそんな矛盾などぜんぜん知りません。ぼくはためらわずに物をえらびます。そして、いつもぼくはじぶんの行なう選択のなかにきっと快楽を見つけるから、あとで後悔して、その快味をそがれるようなことは断じてありませんね。ぼくのつくった主義主張は健全で、ずっと前につくったものだけに、ぼくはいつもがっちりと主義主張に従って行動します。そのおかげで、ぼくは美徳なるもののむなしさ、うつろさを悟ったのです。ぼくは美徳をにくみます。二度と美徳へ帰ることはないでしょう。おかげでぼくはいま信じて疑いませんよ。人間というものは悪徳を通じてのみ、もっとも美味な淫蕩の根元である精神的、肉体的鼓動を体験することができるのだ、と。だから、ぼくは悪徳に心魂を傾けているわけです。
ぼくはまだ非常に若いじぶんに、創造主の存在などはばかげていると完全に確信したので、宗教上のいろいろな幻覚を軽べつしました。どこかの神さまに気にいられるために、じぶんの嗜好をまげる必要なんかまったくありませんね。そういった本能は自然から授けられたもので、かりにぼくが本能にさからえば、自然をいらだてるだろうし、また、自然がぼくに悪い本能をあたえたとすれば、それらは自然の意図にとって必要だったからです。ぼくは自然の掌中ににぎられています。ぼくは機械なんです。自然はこのむままに機械を運転し、かってにぼくを動かします。だが、ぼくの犯罪はひとつとして自然の役に立たないものはないのです。自然にかりたてられて、ぼくが犯罪を犯せば犯すだけ、それだけ自然はそれを必要とします。自然にそむくためには、ぼくはばかにでもならなくちゃいけませんな。そんなぐあいで、ぼくのじゃまをするのは法律だけです。でも、ぼくは法律に挑戦します。さいわいぼくには財力と名望があるので、当然ふつうの人間にくわえられるはずの、抑圧の手段も、ぼくの身辺にはなかなかおよばないのです」
もしだれかが、それでもすべての人間は正邪の観念をもっているではないか、と反問するならば、公爵はうなずいて、こう答えるだろう。そうですとも。だが、正邪の観念は相対的なものにすぎませんと。強い者はいつも、弱者の見るところではひどく悪いことでも、正しいと考えてきました。それにまた、立場をかえさえすれば、めいめいが考え方までかえることができるんです。だから、けっきょくは、と公爵は結論をくだすだろう。快楽に役だたないものはなにひとつ正しくないし、邪悪なものは苦痛の原因です。ある男のポケットから百ルイ盗むばあい、当人はじぶん自身のためにたいへん正しいことをしているんです。ところが、被害者のほうでは、その行為を別の目で見ざるをえないでしょう。だから、すべてそういった観念はひどく気まぐれなもので、その奴隷になるような人間は大ばかですよ、と。
こういった調子の論法で、公爵はじぶんの非行を正当化するならいだった。
彼の父親は、さきにもいったとおり、いち早く世を去って、莫大な遺産を彼の手にのこしていたが、それでも、遺言書のなかには、若い息子の母親は、生きているあいだ、その遺産の大半を享有してもよいと明記していた。が、そうした条件はやがてまもなくブランジ公を怒らせることになった。この条文にしたがう義務をまぬがれるためには、毒薬こそ唯一の便法であるように思われたので、悪党はさっそくこれを利用しようと決心した。
だが、そのころはまだやっと悪徳の道へ一歩足をふみいれたばかりだった。じぶんで手をくだす勇気はなかったので、彼は妹のひとりに実行してもらえまいかともちかけた。そして、首尾よくいったら、母親からとりあげる分の財産をきっと彼女に贈るようにとりはからおう、といった。
ところが、若い妹はこの提案をきいてあきれかえった。公爵のほうはへたにうち明けた秘密がひょっとして露見しないでもないと考えて、即座にかねての陰謀を変更し、共犯者にだきこもうとした当の妹までそのなかにくわえることにきめた。彼はふたりの女をじぶんの領地のひとつへ誘いだしたが、不幸にして、そのふたりは二度ともどらなかった。
世のなかに、罰せられない初犯ほど、犯罪を助長させるものはない。この障害物をいったん飛びこすと、もう公爵の行手にはなにひとつじゃまものがないように思われた。やがて、彼の欲望をはばむ者がだれであろうと、そんなことには少しもとんちゃくなく、即座に毒薬を用いるようになった。
必要な殺人から、彼はまもなく純然たる快楽の殺人へ移っていった。他人の苦痛を見て快楽をむさぼる、あの悲しむべき愚行につかれてしまったのだ。彼は敵にあたえた激烈なショックがわれわれの神経系統の上に鋭い衝撃をもって反応することを知った。つまり、この震動の影響で神経のくぼみのなかを流れる動物的な本能が目ざめ、さらに、勃起神経に圧力がかけられ、この動揺につれて、いわゆる官能的な淫欲が生ずる、といったしだいなのである。
その結果、ちょうどだれかほかの男がそのようなおなじ情熱をもえたたせるために、一、二の売笑婦を追いかけて満足するように、公爵は放蕩と道楽の名をかりて、せっ盗や殺人を犯すようになった。二十三歳のとき、公爵は三人の不良仲間と徒党を組んだが、一味の目的は街道筋の駅伝乗合馬車を襲って、男女の乗客をはずかしめたのち彼らを殺害し、被害者の金銭を奪ったうえ(そんな必要はぜんぜんないのに)、おなじ晩に、三人ともオペラ劇場にもどって、完全なアリバイをこしらえることだった。
さよう、実際に、この犯罪は行なわれたのである。ふたりの美しい処女が母親たちの腕にだかれたまま強姦され、殺害されたのである。そのほか、数かぎりない惨事がくわえられたが、だれひとりあえて公爵を疑おうとするものはなかった。父親が死ぬ前にあたえた、すばらしい妻にもあいて、若いブランジはときを移さず、彼女の死霊を母親や妹の、またほかのすべての犠牲者のそれにくわえた。なぜそんなまねをしたかといえば、それもこれも、ある少女と結婚したいからであった。彼女はなるほど金持ちではあったが、世間の評判はかんばしくなく、公爵その人も、彼女が彼女の兄の情婦であることを知りすぎるほど知っていた。問題の女は、さっきのべたように、われわれの小説の登場人物のひとりであるアリーンの母親であった。
この二番めの妻も、まもなく最初の妻とおなじように葬りさられ、三番めの妻に席をゆずったが、後者もまた第二の妻のすぐ後を追った。世間では、公爵の大きな持ち物が三人の妻を殺した原因だと噂したが、当人はその風評が根づくままにして、真相を隠蔽してしまった。
実のところ、そのおそろしく巨大な逸物はヘラクレスか、ケンタウル〔上半身は人間、下半身は馬という奇怪な動物〕を思いおこさせた。エレクトすれば、一フィート十一インチもあった。おまけに公爵は、節くれだった頑丈な手足をし、順応性のある神経の持ち主であったばかりか、ごう慢で男性的な顔つき、大きくて黒い瞳、美しい黒いまつ毛、ワシ鼻、白い歯、広い肩巾、厚くて頑健な胸、すばらしい腰、極上の臀部、世界にふたつとないほどきれいな脚などに恵まれ、ラバのような性器はおどろくばかりに毛ぶかかった。そして、これには一日なん回となく、sperm を射出する能力があり、五十になっても(当時の彼の年齢だが)、思いのままに、いつまでもエレクトした状態を保つことができた。以上がド・ブランジ公の肖像画である。
けれども、この自然の妙ともいうべき傑物がふだん激烈な欲情をもっているとすれば、酒に酔って色欲をあおられた場合には、いったいどんな様相を示すだろうか? そんなときは、もはや人間でなかった。たけり狂う虎であった。
そんなときに、たまたま彼の欲情の相手役をつとめている人間こそいいつらの皮であった。公爵のふくらんだ胸からはおそろしい叫び、途方もない罵言がとびだし、両の目からは火花がとび散りそうだった。口からは泡をはいて、種馬のようにいなないた。諸君がそのさまを見たら、きっと色欲の権化そのものと思うかもしれない。
どういう方法で快楽をみたしているにせよ、彼の両手は必然的に動き、たえずさまよいつづけていた。そして、一度ならず女の首をしめるところが、さよう、不実な discharge の瞬間には、ほんとに女の息の根をとめてしまうところが見うけられた。
いったん心の落ち着きをとりもどすと、彼の狂乱状態はたちどころに静まって、いまがいままで享楽していたかずかずの醜行にたいし徹底的に冷淡な態度を示した。が、この種の冷淡さから、肉欲の火花がまたすぐにもえあがるならいだった。
若いころ、公爵は一日に十八回も discharge し、しかも、まったく疲れを知らなかった。およそ二十五年間にわたり、彼は受動的な男色にわが身をならしてきた。そして、積極的な役割を演ずるときとおなじ精力をもって、その攻撃によく耐えた。あるときなど、彼は一日に五十五回の攻撃にもよく耐えることができると豪語したが、事実そのとおりであった。
すでに指摘したように、異常な力に恵まれていた彼は少女を犯すにも片手だけでたり、なんべんもこれを実証した。また、ある日のこと、馬を両足にはさんで息の根をとめることなど造作もない、と自慢したが、いいもおわらぬうちにくだんの獣はどっと倒れた。
食卓で発揮された公爵の武勇にいたっては、ベッドの上で実証された武勇も顔負けのていだった。彼が口にした食物の量がどれほどにのぼるか、とても想像がつかないくらいだ。
日に三度、彼はきちんと食事をとったが、三度の食事ともみんな時間が長く、量もたいへんおびただしかった。ふだんブルゴーニュ〔ここでは同地方産のブドウ酒〕を十本あけることくらいなんでもなかった。三十本まであけたこともあり、また人から挑戦をうけさえすれば、五十本を目安にがぶ飲みをはじめたものだ。けれども、酔って、頭が熱くなると、狂暴になるので、人びとは彼をしばりつけておかなくてはならなかった。
そういった性質であるにもかかわらず――読者諸君は信じられるだろうか?――しっかりした子供ならこの大男をわけなくろうばいさせることもできた。まったくのところ、精神というものはしばしばそれを包む肉体のおおいにうまく合致していないのである。だから、公爵は計略またはペテンを使っても、敵をうち負かすことができないと知ると、急に臆病になっておじけづくのであった。敵と対等の条件で対決すると考えるだけで、彼は地球のはてまでも逃げだしかねなかった。
それでも、彼は社会の慣例にしたがって、一、二度戦場におもむいたことがあった。しかし、不面目なふるまいかたをしたので、すぐさま軍隊から足を洗ってしまった。彼はじぶんの卑劣さを弁明して、臆病風をふかしたのは自己を守ろうとする本能以外のなにものでもない、と声をはりあげて宣言した。
このおなじ道徳的特性をよく心にとめておいて、肉体的見地からすると、いま説明した男よりもずっと見劣りのする、ある実在人物にその特性をあてはめてみたまえ。そうすれば、そこに十何代めかの司教、つまりド・ブランジ公の弟の肖像がうかびあがってくるわけだ。
おなじ邪悪な魂、おなじ犯罪傾向、宗教にたいするおなじ軽蔑、おなじ無神論、おなじ欺瞞と策略、だが、よりいっそう柔軟で、如才のない頭脳、そして、被害者をおとしいれる、より巧妙な術策。けれども、容姿はずっときゃしゃで、やせた小さなからだ。健康もさしてすぐれず、神経は非常にこまかく、快楽の追求にあたってはよりいっそう気むずかしかった。それから、リンガはしごくありふれた、ふつうの代物で、小さくさえあったが、御しかたの点ではなかなか巧妙をきわめ、そのつど容易に屈しなかったから、いつも燃えている想像力を借りて、兄と同様にひんぱんに喜悦を味わうことができた。また彼の官能はいちじるしく鋭敏だったので、どえらい興奮をおぼえ、しばしば ejaculate して失神するならいだった。
年齢四十五。おとなしい顔つきで、かなり魅力のある眼をしていたが、口は臭く、歯は醜く、身体は無毛で、つやがなかった。けれども臀部の形はよくととのい、リンガの円周は五インチ、長さは六インチあった。積極、受動の両様の男色に心酔していたが、後者のほうをより以上に好んで、生涯、受身でくらした。その快楽は、精力の消耗をさして必要としないので、ほどほどの彼の体力にもっともふさわしかった。ほかの嗜好については、いずれあとで語るとしよう。
モンシニョール〔閣下〕は兄に劣らぬ犯罪者で、たったいま描いた公爵の離れわざに優るとも劣らぬ芸当をやってのけるほどの素質をもっていた。われわれはそのなかから、ひとつだけ例を引いて満足することにしよう。この種の男がなにをやらかすか、どんな準備をしたか、どんな手段を用いたか、読者にも十分察しがつこうと思う。
彼の友人のひとりで、かなりの資産をもった男が、かつて、ある身分のある若い婦人と密通した。彼女は彼の子供を、男と女を、ふたり生みおとした。だが、彼はその娘とどうしても結婚できなかった。若い娘はほかの男の妻になった。
不幸な娘の恋人は若くして他界したが、莫大な資産をあたえる肉親がひとりもなかったので、ふと、全財産を、じぶんの情事から生まれた不運なふたりの子供にゆずろうと思いついた。
死の床にあって、彼は司教にじぶんの本心をうちあけ、ふたつの巨額な贈与遺産を司教の手に託した。つまり、彼は全財産を二分して、ふたつの財布にいれると、これを司教にわたしてふたりの孤児の教育を頼み、成年に達したあかつきにめいめいに遺産をあてがってくれるように依頼したのである。
と同時に、被後見者たちの資金を投資して、いずれそのうちに倍額になるようにしてほしいと申しいれた。彼はまた、わが子にしてやったことを母親にはどこまでも内密にしておきたいから、この一件を絶対に彼女の耳にいれてはならないといいはった。
以上の取りきめがすむと、瀕死の病人は息をひきとったので、司教閣下ははからずも、およそ百万の銀行紙幣とふたりの子供を手中におさめることになった。悪党の司教はさっそくつぎの措置を思案しはじめた。死んだ男は彼以外のだれにもしゃべっていなかったし、母親の耳にはなにひとついれてはならなかった。おまけに、子供たちはまだほんの四つか五つだった。
そこで、司教は、友だちは臨終のさいに遺産を貧乏人らにくれてしまった、という風評を流して、その日のうちに、遺産をわがものにしてしまった。だが、かわいそうな子供たちを破滅させるだけではまだ足りなかった。彼らの父親からいっさいの権限を授かっていた司教は、ひとつ犯罪を犯せば、すぐつぎの犯罪にかかるといった調子だったから、さよう、この司教は、子供たちが育てられていた遠方の寄宿学校をひきはらわせて、ある雇人の屋根の下に移した。はじめから、ゆくゆくは彼らをじぶんの色欲の奴隷にしようと決心していたのだ。
司教は彼らが十三歳になるまで、じっと待っていた。少年のほうがまずその年になると、彼を利用してあらゆる淫楽をしむけた。少年はたいへん美しく、一週間にわたって司教とたわむれた。
だが、少女のほうはそううまくいかなかった。十三歳にはなったが、ひどく容貌が醜かった。といってそのために、司教のみだらな激情が少しでもやわらげられたわけではなかった。
じぶんの欲望をとげると、司教は、このまま子供たちを生かしておけばいつか秘密を口外しないでもないと思った。そこで、彼はふたりを兄の領地につれていって、ふたりとも彼の凶暴な欲情のいけにえにした。ひどく痛烈な、ひどいやり方だったので、ふたりをせめさいなんでいるさいちゅうに、いつもの官能的快楽がよみがえったのである。
この事実は、不幸にして、だれ知らぬものもないくらいである。ちょっとでも悪徳にしみこんだ放蕩者なら、凶暴な殺人が五感を刺激して、どんなにすばらしい discharge を決定づけるかを知っている。
そのあと、なにが世間に知れようと平気の平座といったつらがまえで、司教閣下はパリへひきあげて、極悪無類の凶行の成果をぞんぶんに堪能した。
ド・キュルヴァル議長は社会の柱石で、ほとんど六十に手がとどきそうであった。放蕩むざんの生活でひどくやせ衰え、はた目には骸骨のようにうつった。背の高い、ひからびたやせ男で、青い目はにごって光彩がなく、口は土色をして不潔、あごは前につきでて、鼻は大きかった。サチュロス〔酒と女が大好きな半人半獣の神〕のように毛むくじゃらで、やわらかにたれた臀部は、どちらかというと、両の太腿の上ではためいている汚いボロ服に似ていた。臀部の肌は鞭打ちのために、ひどくかたく、無感覚になっていたので、たとえわしづかみにしてひねっても、なんら痛痒《つうよう》を感じなかったであろう。
その中心に、大きな穴があった。そのおそるべき直径、悪臭、色あいなどの点からすると、尻の穴というよりも、糞便のつまった厠《かわや》の落とし口によりいっそう似ていた。青黒くてゴムのような、と同時にしわだらけの腹部の下に、恥毛の密林にかこまれた一物があり、エレクトした状態で長さおよそ八インチ、周囲七インチくらいもあったろうか。けれども、こんな状態になることはめったになく、その状態を確保するためには、一連の猛烈な予備行為が必要だった。
にもかかわらず、少なくとも週に二、三度そんなことがあり、そうなると、議長はあいてかまわず、手あたりしだいに穴を求めた。もっとも、彼にとっていちばん貴重なのは、若者のうしろだった。議長のさきのほうは四六時ちゅう露出されていたが、それはみずから割礼したからであった。この儀式を行なえば、おおいに享楽が容易になるから、淫蕩な男たちはみんなこれをうけるべきである。この施術の目的のひとつは、陰部をより清潔にたもつためである。ところがキュルヴァルのばあい、みじんもそんなことはなかった。この部分はほかの部分とおなじようにきたなかった。からだのほかのあらゆる部分にしても、おなじように不潔で、嗜好に劣らず風采までけがらわしかったのである。
けれども、彼の仲間たちは、そんなささいなことにおどろくような人間ではまったくなかった。仲間の者たちはただ彼と議論しあうのをさけただけである。彼ほど自由にふるまい、彼ほど淫蕩にふけった人間はまずどこにもなかった。だが、すっかり疲れはて、完全にたわいなくなった彼にのこされたものといえば、腐敗堕落と好色的な乱行ばかりであった。彼のなかに官能的な反応をおこさせたいと望む人があっても、そのまえに、三時間以上も、この上ない極度の淫虐行為が必要だった。
キュルヴァルの場合 emission の現象は erection よりもはるかにひんぱんで、毎日一回は認められたが、それにしてもやはり、この現象を見ることは非常に困難であった。いいかえると、きわめて奇怪な、しばしばきわめて残忍な、もしくは不潔な行為の結果としてのみ生じたので、彼の快楽の発動者が途中戦いを放棄して、かたわらで失神することもまれではなかった。すると、そのことが彼の心中に一種の淫蕩な怒りを呼びさまし、こんどはその影響で、ときには、努力のかいのない場合でも、勝利をおさめることがあった。
キュルヴァルはそれほど悪徳と淫蕩の沼地のなかでどろだらけになっていたので、もはやほかのことを考えたり、しゃべったりすることは事実上不可能だった。
生まれつきのんだくれで、大の美食家であった彼は、公爵と肩をならべうる唯一の男だった。この物語がすすんでいくうちに、われわれはその道のどんな強豪でも、きっと胆をつぶすにちがいないような数々の奇跡を働く彼の姿にお目にかかることだろう。
キュルヴァルが裁判官としての義務をはたさなくなってから、もう十年もたっていた。彼がその任務の遂行にもはや耐えられなかったというだけでなく、たとえ耐えられたにしても、ほかの人びとが生涯この職務からしりぞくことを要求していたであろう。
キュルヴァルはたいそう放縦な生涯を送り、ありとあらゆる倒錯行為を知りつくしていた。そして、彼を個人的に知っている人びとは、彼の莫大な財産が二、三のいまわしい殺人事件によるのではないかという強い疑念をいだいていた。それはとにかくとして、つぎの話から大いにありそうに思われるのは、この種の乱行非行が彼の心を深くかき乱す力をもっていたこと、そして、不幸にして世人の注目をひいたこの冒険こそ法廷を追われる原因であったことなどである。彼の性格がどんなものであったかを読者に理解してもらうために、われわれはつぎに、あるエピソードを語ることにしよう。
キュルヴァルの町の邸宅の隣りに、貧乏なかつぎ人夫が住んでいた。美しいひとりの娘の父親で、こっけいなくらい、なかなかの気どり屋であった。すでに、この貧乏人の娘については、二十回から伝言がとどけられていて、手をかえ品をかえ、いろいろな申しでが行なわれていた。この集中攻撃は両親の買収をねらっていたにもかかわらず、父親もその妻もいっこうに応じなかった。伝言を送った張本人はキュルヴァルだったが、拒絶の返事がふえるにつれて、いらいらするばかりで、娘を手にいれ、じぶんの意になびかせるために、どんな手をうっていいやら見当がつかなかった。
そのうちふと思いついたのは、父親をやっつけてしまいさえすれば、娘をじぶんのベッドへつれてこれるということだった。みごとな思案であったと同様、首尾も上々であった。議長が雇いいれた二、三人のごろつきがあいだにはいって、ひと月もしないうちに、かわいそうなかつぎ人夫は、わが家の戸口で行なわれたらしい架空の犯罪にまきこまれてしまった。そして、身がらはただちにコンシェルジェリの土牢のなかへ移されたのである。
キュルヴァル議長は、予想どおり、まもなくこの事件を担当し、審理の長びくのを好まなかったから、彼一流の奸策と金力にものをいわせて、わずか三日間のうちに不幸な人夫を車裂きの刑に処するように処置してしまった。
その一方では、娘にたいする要求がくり返された。母親をつれてきて、夫を生かすも殺すも彼女の考えかたひとつだということ、もし議長の要求をいれさえすれば、おそろしい運命から夫を救いだしてくれることなどをいいふくめた。もはや一刻のためらいもゆるされなかった。
かわいそうな母親はじぶんで、泣いている娘の手をとって、裁判官のもとにつれてきた。裁判官のキュルヴァルはまたとないほど気前よく約束をあたえながら、約束をまもる点ではまたとないほど不熱心だった。万一母親への約束をはたして夫を釈放すれば、その夫がじぶんの生命を救うために支払われた代償を知って、騒ぎ立てるとたいへんだと考えた。そればかりか、この悪人は望みの品をもらって、なにも返礼しないですむというやりかたに、より以上の喜びさえ見いだしたのである。
この考えかたから、また別のいろいろな思惑が生まれた。犯罪上の可能性がつぎつぎにうかんできた。しかも、その効果は彼の不実な淫欲を強めてくれなくてはならなかった。そこで、彼は、醜行と火花の極限を演出するため、こんなふうにことをはこんだのである。
パリの彼の邸宅は犯罪者がときどき処刑される場所のまむかいに所在していた。そして、こんどの犯行はパリのその区域で行なわれたから、彼は処刑がこの特別な刑場で行なわれるという確信をもっていた。
死刑囚の妻と娘は指定の時刻に議長の邸についた。刑場に面した窓は全部よろい戸をおろしていたから、内部からは、外でおこっている出来事がぜんぜん見えなかった。死刑執行の正確な時間を承知していたこの悪者は、母親の腕にだかれていた少女を破花するため、ちょうどその時刻を選んだのである。いっさいの手はずがととのうと、キュルヴァルは父親が絶命する瞬間に…… discharge した。
それがおわったとたんに、彼は刑場に面した窓をあけながらいった。
「さあ、ちょっと見てごらん。わたしがどんなにりっぱに約束をまもったか、見てごらん」
ひとりの女は父親が、もうひとりは夫が、首斬り役人の刀にかかって死んでいくのを目撃した。ふたりとも気を失って倒れた。しかしキュルヴァルはあらかじめなにもかも用意していたのだ。この失神は死の苦悶だった。ふたりとも毒をもられて、二度とふたたび息を吹きかえさなかったのである。
この事件の全貌をだれもうかがえないほど神秘のベールに包むため、キュルヴァルはいろいろ用心を重ねていたが、それでもなお、じっさいにある程度のことが世間にもれたのである。女たちの毒殺についてはなにも発覚しなかったが、夫の事件に関連して彼が不正をはたらいたという強い嫌疑がかかったのである。その動機もなかば明るみにでて、最後に彼の辞職となってけりがついた。
その後は、もはや体裁をかざる必要もないので、キュルヴァルはまっしぐらに、新しい非行と犯罪の海へとびこんでいった。いたるところに人をやっては、彼の倒錯した嗜好につかえるいけにえをあさった。彼には数名の子分がいて、日夜外で活動した。彼らは屋根裏部屋やあばら屋を調べては、もっとも窮乏した人間を手あたりしだいにさぐりだした。すると、キュルヴァルは援助してやるという口実のもとに、犠牲者に毒をもるとか、あるいはじぶんの邸におびきいれて、倒錯嗜好の祭壇にまつりあげて殺してしまった。
男でも女でも子供でも、だれかれの別なく彼の激情に火をたきつけた。そして情欲の動くまま、極端な行為にでた。だから、もし彼が金銭をふりまかなかったら、そして世間から尊敬されていなかったら、千回以上もしばり首にあっていたことだろう。
デュルセは四十三歳で、小柄で、ずんぐりした、肩巾の広い、がっちりした体格の持ち主で、人好きのする元気な顔立ちをしていた。肌はたいへん白く、全体のからだつきが、とりわけその腰と臀部が、女性のそれにそっくりだった。尻は冷たくて若々しく、ふっくらとひきしまっていたが、ソドミーの習慣のために、大きくひらいていた。性器はおどろくほど短小で、周囲が二インチあるかなしかで、長さは四インチ足らずだった。ぜんぜん勃起不能で、まれに、それもこの上ない苦痛をともなって discharge するが、量はひどく少なく、いつも事前にけいれんがおこって、ものすごい激情にかりたてられ、そのために犯罪を犯すような始末だった。
胸は女性的で、美しい声をもち、社交界にでると、すこぶる身だしなみのよいエチケットを見せた。とはいえ、彼の精神はもちろん仲間の連中とおなじように腐敗していたのである。公爵の学友で、毎日いっしょに遊びくらしており、デュルセの無上の快楽は公爵の大物でアヌスをくすぐられることである。
親愛なる読者諸君よ、これが四人の悪党たちで、わたくしは諸君を彼らの仲間にいれて二、三カ月のあいだいっしょに暮らさせようと思うのである。わたくしは全力をつくして彼らの人がらをえがいた。したがって、わたくしの望みどおりに、もし諸君が彼らのもっとも秘密な深層部を知りえたとすれば、彼らの数かずの愚行についての物語は少しも諸君をおどろかせはしないだろう。
わたくしは彼らの趣味に関連して、委細をつくすことができなかった――。もし委細をつくしていれば、この作品の価値と眼目を損なうことになったろう。大まかに現在いえるかぎりでは、彼ら四人がみんなソドミーへの情熱を感じやすいということである。
公爵は、だが、武器が大きいだけに、そして疑いなく、趣味よりも残忍性のために、正常な fucking を行なって至上の逸楽を味わった。
キュルヴァルもまたおなじだが、それほどひんぱんではなかった。
司教はどうかというと、コンを毛嫌いしていたので、それを見ただけでまるまる半年もだめになるといったぐあいだった。彼は生涯にたったいちどだけ、それも義妹をあいてに fuck したが、それは明らかに、他日子供をもうけて、血族相姦の快楽をうるためであった。彼がどんなにみごとに成功をおさめたかは、すでに見てきたとおりである。
デュルセの場合は、たしかに司教とおなじように、猛烈な情熱でアヌスを崇拝したけれど、その享楽ぶりは、どちらかというと二次的なものであった。彼の好んだ攻撃は第三の聖所にむけられていた。この秘密はいずれあとで明らかにされるだろう。
だが、この作品を理解する上に欠くことのできない人物評をつづけるとして、こんどは、これら四人の紳士然とした夫の、四人の妻がどういう女であったかを読者に紹介しよう。
なんというちがいだろう! 公爵の夫人で、デュルセの娘であるコンスタンスは背の高い、すらっとした絵のように美しい女性だった。まるで美の女神が彼女の粉飾に快感をおぼえたかのようにこしらえてあった。といって、容姿の端麗さが彼女の強健なからだを損なったわけではけっしてない。端麗でありながら、肉づきは豊かで、白百合よりも白い肌をひそめた、このうえなく香り高い姿を見て、人びとはしばしば、彼女を創造したのはエロスの神ではないかと思わざるをえなかった。
顔はやや面長で、目鼻立ちはおどろくほどノーブルな感じをあたえ、目つきには優しさよりも威厳が、霊妙さよりも深遠さがやどっていた。両の瞳は大きく、黒く、情熱にもえ、口はたいへん小さく、たぐいまれなほど美しい歯ならびをしていた。舌はやわらかくひきしまって、非常に美しいバラ色をし、気息はバラの香りよりもなおいっそうかぐわしかった。
胸はふっくらとはり、たいそう丸い乳房はまるで雪花石膏のように白く、かたくしまっていた。背は美しい曲線をなだらかにえがいて、このうえなく芸術的に、このうえなく精密に二分されたお尻に達していた。これほど完全にまるみをおびた代物はどこにもなかったろう。あまり大きくはなく、色は白く、ひきしまっていて、これをおしひろげると、きわめて清潔で、きれいで、優美なアヌスが見えた。
好色家の絶妙な快楽をやどした楽しいホームだったが、なんともはや! その魅力はいつまでも保てなかったのである! 四度か五度の攻撃、かくて、公爵はそのすべての美をあとかたなく汚しきったのだ。結婚後まもなくして、コンスタンスは、暴風に花びらをもぎとられた美しい百合の花の残骸にすぎなくなってしまった。ふたつのまるい、すこぶる形のよい太腿はいまひとつの聖堂をささえていた。たぶんそれほど快美なものではなかったようだが、ここにぬかずきたがる男にたいしては、おびただしい魅力をあたえるものであった。
コンスタンスは、公爵と結婚したさいには、ほとんど処女であった。しかもそれまでに彼女を知った唯一の男である彼女の父親も、そのほうの側にはぜんぜん手をふれていなかった。
このうえなく美しい黒髪は――自然な捲毛をなして肩先の下までたれさがり、その気になれば、かわいいコンをうずめた、おなじ色の、美しい毛そうまでもとどきそうであった――なおいっそうの精彩をくわえ、二十二前後の、この天使のような女性に、自然が女に惜しみなく授けうるかぎりの、あらゆる魅惑をあたえていた。
こういったすべての美質のほかに、コンスタンスはさらに、運命にあたえられた暗うつな境遇にありながら、かなりのいや味のない機知を、ふつうよりもやや高尚な精神をもっていた。というのは、そうしたものによって、彼女は運命のいっさいの恐怖を甘受することができたからであるが、もちろんそれほど鋭敏でない知覚をそなえていたら、もっとずっとしあわせになれていたことだろう。
娘というよりも売笑婦であるかのように彼女を育て、作法よりも技能をあたえることにはるかに熱心であったデュルセは、それでもやはり、自然がよろこんで彼女の胸に刻みこんだらしい誠意と美徳の原則をすっかり打破するというわけにはいかなかった。
彼女は正式な宗教をもたなかったし、だれひとりそんな話を彼女にきかせるものもなかった。信仰の行事は父親の家庭ではゆるされなかったのである。それでも、そうしたことは、神学上の奇怪な幻想となんの縁もない彼女のつつましやかさや、もって生まれたけんそんな態度をぬぐい消すようなことはなかった。彼女はいちども父親の邸から外へでたことはなかったし、この悪党は、十二のときから、力ずくで彼女をじぶんの淫欲に奉仕させたのである。
彼女は、公爵が彼女にしみこませた世界のなかで、別個の世界を発見した。彼女の肉体は公爵のおそるべきもちものによっていちじるしく変化し、男色者のいい方をかりると、公爵が破花した翌日には、危険なほどおもい病気にかかってしまった。直腸をすっかりやられたのだ、とみんなは思いこんだ。けれども、若さと健康と局所の有効な治療によって、まもなくその禁断の通路はふたたび公爵の使用にたえるようになり、不幸なコンスタンスは、日々この責め苦に耐えることをよぎなくされながら、やがてすっかり全快し、あらゆることがらに順応するようになった。
デュルセの妻で、キュルヴァル議長の娘であるアドレイドは、おそらくコンスタンス以上の、だが、まったく別種類の美人であった。彼女は二十五歳で、小がらなほっそりとした、まことにきゃしゃな体格で、古典的な美しさをそなえ、その髪毛はまたと見られぬほどすばらしいブロンドであった。彼女の身辺いたるところに、とりわけ、その顔にあらわれた好奇的なそぶりや肉感的なようすは、まさに小説のヒロインにふさわしい風格をあたえていた。
彼女のなみはずれて大きい目は青く輝いて、温情と品位を同時に示していた。また、長くはあるが、細くて、みごとにえがかれた眉毛は、あまり広くはないけれど、しとやかさの聖堂と思ってもいいほどの、すこぶる魅力的な気品をそなえた額を飾っていた。
鼻は細く、やや上むきかげんで、なかばかぎ型の輪廓を示し、唇はどちらもうすいほうで、明るい真紅色を呈していた。少し大きめの口はこの天女のような容貌のなかでは、ただひとつのきずだったが、口をひらくと、自然がバラの花のただなかにまきちらしたかと思われるような、三十二本の真珠がこぼれるばかりにきらめいていた。
首はほんの少し長目で、特有なえりあしをしていた。生まれつきの習性のためであろうと思われたが、とくに彼女が人の話にききいっているさいは、右肩のほうへほんのちょっと傾いていた。それにしても、このかわった姿勢はなんという優美な趣きをそえたことか!
乳房は小さくて、まんまるく、非常にかたくひきしまって、そうとうふくらんでいたが、そのあいだのひらきかたは片手がやっとはいるかはいらないくらいだった。それはちょうど、うかれ騒ぐキューピッドが母親の花園から盗んできてそこにおいた、ふたつの林檎さながらであった。
胸巾は少しせまく、非常にきゃしゃだったし、腹部はしゅすのようになめらかであった。そして、あまり密生していないブロンドの小丘は聖堂に通じる廊下のようなもので、そのなかに鎮座するビーナスはあたかも人びとの参詣を求めているかのように見えた。この聖堂はとてもせまかったので、指一本でも、アドレイドの悲鳴があがりそうであった。……
二番めの奥の院はなんという魅力をもっていたことか! 腰のあたりの曲線の、なんというすばらしい流れかた! 臀部の、なんというみごとなきれかた! なんという白さ! なんという幻惑的なバラの赤らみ! が、だいたいのところ小さめであった。
からだの線はすべて優美だったが、美人の手本というよりむしろ下絵で、自然はコンスタンスのうちに堂々と表現したものを、アドレイドのうちには、ただ暗示したいと思ったにすぎないようだった。そのおいしそうなうしろをのぞいて見たまえ。ほら、バラの蕾が諸君の目前に姿を見せるだろう。いまが見ごろで、このうえなくやわらかいピンク色を呈していた。だが、せまい? 小さいって? キュルヴァルはものすごく骨を折ったあげく、やっとこの狭き門をおとしいれることができた。しかもまだやっと、二、三回だった。
デュルセはそれほど苛酷ではなかったので、この点では彼女にほとんど苦痛をあたえなかった。けれども、彼の妻になってからは、その小さな思いやりの代償に、ほかの多くの残忍な自己満足を求めた。おまけに、相互協定で、四人の道楽者の手にひきわたされたので、彼女はそのほかかずかずの酷い試練をなめることになった。
アドレイドは容貌を見てもわかるように、精神をもっていた。つまり、極端にロマンチックな精神をもっていた。だから、好んで人気のない場所をえらび、いったんそこにはいると、思わず知らずさめざめと涙を流すならいだった。
彼女は最近、とても崇拝したひとりの友だちを失い、そのおそろしい死にかたがたえず彼女の脳裏にうかんできた。父親のキュルヴァルを知りすぎるくらいよく知り、彼がどの程度まで乱行をおしすすめるかも知っていたので、彼女はその友だちが父親の悪行の餌食になったものと思いこんでいた。事実はどうもそうらしかった。アドレイドは、おなじことが他日いつか、じぶんの身にもふりかかるだろうと空想した。それもありえないことではなかった。
彼女の見るところでは、キュルヴァルが宗教問題にたいして払った注目は、デュルセがコンスタンスのために払ったのとまったく趣を異にしていた。いや、デュルセはそうしたいっさいのナンセンスを生ませて、育てることに反対しなかった。彼の書物や議論が、そんなたわごとを造作なく打破してくれると思っていたのだ。だが、それはまちがっていた。宗教というものは、アドレイドのような魂が日ごろ常食とする滋養物なのである。キュルヴァルのほうはけんめいに彼女に説教したり、書物を読ませたりしたが、むだだった。若いアドレイドはどこまでも信心家で、彼女がいけにえになったところの、そして彼女がいみ嫌ったところの、いっさいの放縦な非行も、彼女の信仰を放棄させることはできなかった。いろいろな幻想がいつまでも彼女の人生の幸福に役立ったのである。
彼女はよくかくれて神に祈ったり、内証でキリスト教徒としてのつとめをはたしたりした。そして、父親か夫かに不意に現場を見とがめられて、かならず、しかもたいそう厳しく罰せられた。
アドレイドは、神さまがいつか報いてくださるとかたく信じて、そうした処罰をじっとこらえた。彼女の性格は、その心とおなじように、温和で、情け深いことははかり知れないほどだった。父のキュルヴァルは貧困にうちのめされたいやしい人間を見ると、気持ちがいらいらして、ただもう相手をはずかしめたり、さらにいっそうつき落としたり、あるいは、いけにえを奪いとろとした。その反対に、心の寛容な娘は、じぶんの必要などぜんぜん問題にしないで、貧乏人のために必要な金品を手にいれようとした。そして、しばしば、じぶんの娯楽費にあてられた必要な金銭をこっそりもちだそうとするところを見とがめられたこともあった。
デュルセとキュルヴァルはとうとうしまいに、むりやり彼女によい身だしなみをおしつけることに成功した。言葉巧みにいさめて、彼女の悪習を正し、二度と悪習にもどらないように、なにもかも彼女の手からとりあげてしまった。貧者にほどこすものとしては、涙以外になかったアドレイドは、それでも、彼らの嘆きの上にその涙をふりそそいだ。彼女の無力な、だが、いつも感じやすい精神は道徳的であることをやめるわけにはいかなかったのだ。
ある日、彼女は、どこかの貧乏な女が、ひどく困窮して、しかたなく、父のキュルヴァルに娘を売春させようとしているのを知った。放蕩者の老人はじぶんのいちばん好きな快楽を味わおうと思い、すでに用意万端をととのえていた。アドレイドはじぶんの衣裳を売りはらって、さっそくその金を母親の手ににぎらせた。こうしたわずかな援助とちょっとしたお説教のおかげで、母親はいままさに犯そうとしていた犯罪から救われたのである。
キュルヴァルは娘のおせっかいな振舞いを耳にすると、(まだ当時は結婚していなかった)彼女にひどい暴力をふるったので、彼女は二週間も病床についた。そうしたことがあっても、むだだった。なにものもこのやさしい魂の感じやすい衝動をおしとどめることはできなかった。
キュルヴァル議長の妻で、公爵の姉娘であるジュリーは、ひとつの大きな欠陥さえなかったら、おおぜいの紳士諸君に、前述したふたりの婦人を忘れさせてしまったかもしれない。たぶん、その欠陥だけが彼女に対するキュルヴァルの情熱をよびさましていたようだ。それはたしかな事実であるから、情熱の影響などというものは、とても予想もつかない、いや、思いもつかないものである。
ジュリーは背が高く、非常に太って、肉づきがよかったが、体格はがっしりしていた。この世にまれなくらい、美しい褐色の瞳、かわいらしい鼻、特徴のある顔立ち、とてもきれいなクリ色の髪毛、円熟した白肌の肉体などの持ち主で、そのお尻はプラクシテレス〔古代ギリシャの彫刻家〕が彫刻したもののモデルに見立ててもはずかしくなさそうであった。コンは熱気をおびて、ひきしまり、快い感じをあたえた。両の脚は足のさきまで美しかった。
けれども、口はひどく醜く、歯もまたこのうえなくきたなかった。それに、日ごろの習慣で、肉体のほかのあらゆる部分も、とりわけ色欲のふたつの聖堂も、ひどく不潔だったので、キュルヴァル以外の者は、――おなじ欠陥をもち、疑いなくその欠陥にほれこんでいるキュルヴァル以外の者は、ほかにどんな魅力があっても、だんじてジェリーには我慢ができなかったであろう。
ところが、キュルヴァルは彼女に夢中だった。彼のもっとも神聖な逸楽は、そのむかつくように臭い口に集中していた。それに口づけすると一時的な精神錯乱状態に投げこまれた。また彼女の生来の不潔さについていうと、彼はそのことで彼女を非難するどころか、かえって不潔になることをすすめ、しまいには、湯水との完全な絶縁に彼女を慣らしてしまったのである。
こういった欠点のほか、ジュリーにはまだ二、三の欠点があった。が、それらはたしかに、それほど不快なものではなかった。つまり、大食家で、のんだくれの性癖があり、美徳などほとんどもちあわさなかった。だから、わたくしは、かりに彼女が売春をやる気になったとしても、その行為は彼女にほとんど恐怖というものを感じさせなかったろうと信じている。
主義や作法などぜんぜんかえり見ない公爵の手で育てられたので、ジュリーは売春婦の哲学をとりいれ、おそらく、そのすべての原理を覚えこんでいたのかもしれない。とはいえ、放蕩乱行のすこぶる奇妙な結果のひとつとして、偶然にもしばしば、われわれとおなじ欠点をもつ女は、美徳しかもたない女にくらべて、われわれを楽しませることがずっと少ないということになるのだ。前者はわれわれに似ていて、われわれはそんな女をはずかしめない。いっぽう、後者はひどくおびえるから、そうした女に、それだけよりたくさんの魅力があるのである。
その大きさにもかかわらず、公爵は早くからわが娘とたわむれていたが、彼女が十五になるのを待たなくてはならなかった。だが、十五になっても、ジュリーがいろいろな冒険によってかなりそこなわれるのをふせぐことはできなかった。じっさいのところ、損傷がはなはだしかったので、公爵はしきりと彼女を嫁にやりたがり、この種の快楽に制限をくわえて、彼女にとってあまり危険でない逸楽で満足せざるをえなかった。
ジュリーは、とてつもなく毛深いリンガをもったキュルヴァルのもとにとついでも、さして得るところはなかった。それにまた、不精なためにどんなに肉体が薄ぎたなかったにしても、彼女は夫のキュルヴァルに特有の、けがらわしい放蕩ぶりにはどうしてもついていけなかった。
ジュリーの妹で、じっさいには司教の娘であるアリーンは、姉のそれとはぜんぜんちがった習慣や欠点や性格をもっていた。
アリーンは四人のなかではいちばん若く、十八になったばかりだった。魅力的で、健康にはちきれそうな、なまいきといってもいいくらいな、かわいい顔だちだった。鼻はややうわむきかげんで、褐色の瞳は表情に富み、活気にあふれ、口もともすばらしかった。ちょっと背が高すぎたが、非常に端麗な容姿をし、肉づきもよく、肌はやや黒かったが、やわらかいもち肌だった。
臀部はどちらかといえば大きいほうだったが、形がよく、放蕩者でもめったに見れないような、このうえなく肉感的なものであった。愛の小丘は褐色の恥毛におおわれて、美しく、少し下づきで、いわゆる「イギリス流」だった。だが、望みどおりにかたくひきしまっていて、人前にだして見せても完全に処女であった。四人の仲間が動きだしたじぶんにも、まだ彼女は処女で、いずれわれわれは彼女がどんなふうに……破り去られたかを目撃することになろう。
臀部の最初の果実についていえば、司教は過去八年のあいだ毎日これをそっともぎとっていたが、娘のほうにはいっこうにそんな嗜好は目ざめなかった。いたずらっぽい、色気たっぷりのようすはしていたものの、彼女はただ従順に協力しただけで、日々その犠牲となった醜行のなかで少しでも快楽をえたようなそぶりをしたことはいちどもなかった。
司教は申しぶんないほど完全な無知のなかに彼女を放置しておいたので、当人は読み書きをよく知らず、ましてや、宗教の存在など夢にも知らなかった。彼女の心は自然のままで、幼児のそれだった。よくおどけた返事をし、遊びが好きで、姉をたいへん愛し、司教をひどくいみ嫌い、公爵をおそれること、火をおそれるばかりであった。
婚礼の日に、いつのまにか裸体になって、四人の男にとりかこまれているのに気づくと、彼女は涙を流して泣いた。それから、渋りもせず、またなんの快感もなく、求められるままになんでもやってのけた。
彼女はまじめで、いつも清潔で、怠けものという以外に、これという欠点もなかった。明るい瞳はいきいきとした活気を示していたけれど、動作にも行為にも、また人柄全体にも、なげやりなところがにじみでていた。彼女は伯父を嫌うとおなじ程度に、キュルヴァルを嫌悪した。それでも、デュルセだけは、特別に思いやりをかけて彼女を扱ったわけではないが、彼女がぜんぜん反感をもっていないように見えた唯一の男だった。
以上が八人の主要人物で、われわれは諸君をその仲間にくわえて、これからいっしょに生活してもらおうと思う。そこでこんどは、提案された特異な逸楽の目的をすっぱぬいておかねばなるまい。
生粋の道楽者のあいだでは、一般に、聴覚器官によって伝達された感覚がもっとも快いことになっている。したがって、全存在の真髄そのものまで、しみこめるだけ深く、強く好色的な欲情を植えこむつもりだった四人の悪党は、この目的にそって、まことに巧妙なあることがらを案出した。
それはこうだった。色欲を通じてもっともよく官能を満足させることのできる、いっさいのもののなかにわが身をとじこめたのち、そして、そのような状況をちゃんと設けておいてから、彼らの計画はありとあらゆる悪虐むざんな行為を、そのすべての枝葉末端を、そのすべての属性を、道楽者の言葉で情欲〔パッション〕と名づけられるいっさいのものを、細大もらさす、順々に物語らせることだった。
想像力がもえたつ場合に、人間の情欲がどの程度まで変わるかをおしはかるわけにはいかない。ほかのすべての錯乱や嗜好によって生じるちがいは人によって極端になる場合もあろう。だが、このばあいは、それどころの騒ぎではあるまい。こうした愚行をひとつひとつ切り離し、分類し、詳細に説くことに成功すれば、その人間はたぶん風俗研究においてもっともすばらしい業績のひとつを、おそらくまた、もっとも興味深い業績のひとつを、なしとげることになるだろう。
そうなると、けっきょく、そのようなすべての不節制な行為に関する話を提供し、これを分析し、ふえんし、項目別にし、等級別にし、全体に筋を一本通して、まとまりとおもしろみをあたえ得る者がいるか、いないかの問題であった。
以上の決議が採択されたので、一同は四方八方に問いあわせたり、情報を集めたりして、ついに、女盛りに達した四人の婦人を探しあてたのである。このばあい、経験がもっとも肝腎《かんじん》だったから、女盛りに達していることが必要だったのだ。この四人の婦人は、この上なく猛烈な放蕩のうちに生涯を送っていたので、そうしたすべてのことがらを正確に物語ることのできる心境に達していた。最初から注意をはらって、ある程度弁舌もさわやかで、この役目にふさわしい性向をもった人びとが選びだされていたので、大いに議論して、手はずをととのえたあげく、四人の婦人はいつでも、それぞれじぶんの人生の冒険のなかへ、ありとあらゆる放らつな非行を、順序よく、しかも、一定の速度で、挿入していく用意ができていた。
たとえば、最初の婦人はじぶんの生活行動のなかへ、百五十態のもっとも単純な情欲と、きわめて平凡で尋常な逸脱行為を、二番めの婦人はおなじワクのなかへおなじ数のより異常な情欲を、三番めの婦人は、百と五十種のもっとも犯罪的な、奇抜な行為と、自然ならびに宗教の掟をむざんにふみにじる行為をくわえることになり、四番めの婦人は百五十のえりすぐった人生経験の実例をもとにして微にいり細をうがった報告で、わが人生のもろもろの事件を飾ることになっていた。
そのあいだ、わが道楽者たちは、最初にのべたとおり、妻をはじめ、あらゆる種類の男女にとりかこまれて熱心に耳を傾け、精神的に興奮すれば、語り手によってたきつけられた焔を、妻やそのほかのものの手で、鎮火させることになっていた。たしかにこの計画では、それが実行にうつされるごうせいな方法以上に官能的なものはなにもないし、本篇を形づくるのは、じつにこの方法といくつかの物語なのである。
これだけのことを申しあげたのだから、わたくしは極端に内気な人びとにたいして、もし憤慨したくなければ、すぐに本書をとじて読まないように、と忠告しておく。なぜなら、われわれの計画に純潔なおもむきがあまりないことはすでに明らかであるから。また、このさい思いきって、その実行にあたって、なおいっそう少なくなることを、あらかじめうけあっておきたい。
さっきお話しした四人の主演女優は、この回想記でもっとも重要な役割をはたすので、読者のご寛容を願わなければならないにしても、ぜひ四人の人物を描写しておくべきだと思うのである。彼女たちは、話をしたり、実演したりする。そうだとすれば、彼女たちをこのまま紹介しないでおくわけにもいかないではないか。
デュクロ夫人は百五十態の単純な情欲を話すように依頼された女で、年齢は四十八歳、まだかなりすばらしい気質を保ち、昔の美人の面影ものこっていた。目はたいへん美しく、肌はあくまで白く、しかも彼女のすてきな、ふくよかな臀部くらい諸君の目を楽しませてくれるものはまずなかった。ういういしい清潔な口、極上の乳房、きれいな褐色の髪毛、重苦しいが、上品な容姿、それに一流の売笑婦のもつ面ざしと声音をそなえていた。
あとでわかるように、彼女はあちこち転々として、いろいろな環境のもとで人生をすごしてきた。これから彼女が語ろうとする経験談も、そうした境遇にあって学ばざるをえなかったものなのである。
シャンビーユ夫人は五十歳ばかりの背の高い女で、やせ形ながら、体格はがっしりし、顔つきやそぶりのなかにこの上なく好色的な性質がうかがわれた。サッフォ〔古代ギリシャの女子の同性愛者〕の忠実な信奉者で、ちょっとした動作にも、身ぶりにも、言葉のはしにも、いつもその種の表情がにじみでていた。
彼女は少女をかこったがために、わが身をほろぼしてしまったわけで、その好みさえなかったら、しごく気楽に暮らせたことであろう。が、彼女はその好みのため、外でかせいだものをいっさいがっさい使いはたしてしまったのである。
永いあいだサービス業にたずさわり、近年では周旋業者となって暮らしをたてていた。が、商売には一定の限度をつけて、得意客はある年齢層の、信用できる道楽者ばかり、若い男などはぜんぜんうけつけなかった。こういった用心深いやりかたのほうがお金になり、彼女の暮らしむきを改善するうえにかなり役立った。
シャンビーユはブロンドだったが、かなり上品な色あいが、つまり知恵の色が、髪毛をそめはじめていた。両の目はまだすこぶる魅力的で、青く、たいへん快い表情をうかべていた。口もとは愛らしく、若々しさを失わないで、いまだに一本の歯も欠けていなかった。胸はひらたかったけれど、腹部はりっぱだった。また、小丘はかなり突きでていて、十分に刺激すると、clitoris は三インチにも達した。この部分を抉擦《けっさつ》すれば、とりわけ、それが女の手で行なわれると、彼女はきまって、たちまちのうちに法悦境におちいるならいだった。
臀部は非常にたるんで、使い古されしなびて、シワだらけだった。そして、いずれ彼女が身の上を語るさいに説明してくれるはずの、みだらな習性によってひどく鈍感になっていたので、だれがなにをしようと、彼女は平気で、なにも感じなかった。
ひとつだけ、奇妙な、たしかに世にもめずらしいことがあった。とりわけ、パリではめずらしかった。つまり、彼女は前側は、修道院からでてきた少女とおなじように、清らかな処女であった。おそらく、奇を好む人びとをあいてに用いた、あの呪われた部分がなかったとしたら、とうのむかし、この珍妙な処女は失われていたことであろう。
マルティーヌ夫人は年齢五十二歳のおしだしのりっぱな婦人で、よく若さを保ち、たいへん健康であった。それに、願ってもないほどの、ひどく大きな、非常に美しい臀部の持ち主であった。彼女は生涯をソドムの逸楽に捧げ、なにもかも知りつくしていたので、そのことよりほかに、なにひとつ喜びを感じなかった。
生来の片輪のため(ある障害をもまた授かっていたのだ)、ほかの喜びを知ることができなかったので、無能力と若いころからの習性にひかれて、ただもうひたすらこの種の快楽にふけっていたのである。彼女はこうした淫蕩にしっかとしがみついたまま、じぶんはまだきわめて美味だ、なにがおころうとびくともしないで立ちむかう用意がある、と宣言した。どんなに途方もない逸物でも、彼女にはいっこうに平気だった。その種のものこそ、彼女の好みだったのだ。
人好きのする容貌ではあったが、どこかに多少の気だるさが見え、老衰の兆候が彼女の魅力をむしばみはじめていた。彼女をなおささえている豊かな肉づきがなかったならば、古ぼけた老いぼれとしか考えられなかったであろう。
デグランジェ夫人はというと、彼女は悪徳と淫欲の権化であった。年は五十六で、背は高く、やせほそって老いさらばえ、ものすごいほど青白く生気のないどんよりした目をし、唇にも生彩がなく、力がつきていまにも倒れそうな犯罪の化身といったかっこうだった。そのむかしは、ブルーネットの女で、美しい肉体の持ち主だとさえ主張したものがあったくらいだ。が、その後まもなく、吐きけをもよおさせるばかりの、骨と皮ばかりの女になってしまった。
彼女の臀部は使い古されて、すっかり衰え、傷だらけで、人間の皮膚というよりもマーブル紙に似ていた。あんぐりひらいた部分もしわだらけで、どんな大物でも、彼女の知らないうちに、貫徹できそうであった。
愛きょうといった点では、このビーナスの運動家は、数次の戦闘で負傷し、片方の乳房と三本の指を失った。また、びっこで、六本の歯が欠け、片目もつぶれていた。どういう種類の攻撃でそんなひどい扱いかたをされたか、たぶんそのうちに判明するだろうが、ひとつだけたしかなことがある。つまり、彼女はどんなにひどいめにあっても、じぶんの非を攻めようとしなかったことだ。それに、彼女の肉体が醜悪を絵にかいたようなものだとすれば、彼女の魂はありとあらゆる前代未聞の悪徳と犯罪の巣であった。放火犯人、親殺し、同性愛者、淫乱女、毒殺者、人殺し、近親相姦者で、そのほか強姦、強盗、堕胎、教会荒らしなどやってのけ、この悪党が犯さなかった犯罪はこの世にひとつもない、といってもよいくらいだった。
彼女の現職はぜげん。社交界では名うての供給者で、年功をつんでいるうえ、多少とも小気味のよいむだぐちをたたくので、選ばれて四番めの語り手の役割をはたすことになったわけである。なにもかも実行したことのある人間以上にりっぱに、だれがこの役をやってのけることができようか?
以上の婦人連をいったん見つけだしてしまうと、四人の道楽者はこんどは付属品に注意をむけた。彼らは最初からおおぜいの男女を集めて、はなばなしくぐるりにはべらせる方針だった。ところが、この乱痴気騒ぎをやってのけるのに都合のよい、唯一の舞台がデュルセのもっているスイスの別荘だということがわかると、つまり、あまり大きくないこの別荘にはそんなに多勢の人間は住みきれないこと、またそんなにおおぜいを連れていくのは得策でなかろうし、危険かもしれない、ということになって、雇人の名簿は全部で三十二人(物語の語り手もふくめて)にけずられてしまった。
すなわち、語り手の四人に、少女八人、少年八人、受動的な男色を楽しむために、とてつもない道具をもった男八人、そのほか召使の女四人であった。
けれども、これだけの人員をかり集めるにも、すこぶる周到な方法がとられた。委細のうちあわせに一年の月日がかかり、巨額の金銭もまたついやされた。それもこれも、八人の少女を手にいれるため、フランスでもこれ以上のものはないと思われるほど、ずばぬけてすばらしいしろものを物色したからであった。彼らは十六人の売春媒介者に、ひとりずつ助手をつけて、フランス国内の主だった十六州へ派遣し、いっぽう、いまひとりの女を使って、パリ市内だけでおなじ仕事にあたらせた。
これらのぜげんたちはパリ郊外の、公爵のある領地でおちあうことになった。そして、出発後ちょうど十カ月たって――それが少女探しにあてられた期間だった――おなじ週のうちに、前記の場所にひとりのこらず顔をだし、めいめい九人の少女をともなって帰り、合計百四十四人のなかから、八人の少女をえりすぐろうという寸法だった。
媒介者たちは素姓のよいこと、品行方正なこと、できるかぎり器量がよいことなどに重点をおくよう注意された。つまり名家の少女をかり集めるように探索を行ない、どんな少女をひき渡すにしても、優秀な寄宿舎づきの修道院か、あるいは名のある家庭かの、どちらかから無理むたいに誘拐したということを証明できなくてはならなかった。上流階級以下のもの、上流階級の出でも、品行悪く、処女でなく、器量もあまりよくないといったものは容赦なく拒否された。
適当な少女をひとり見つけだすごとに、報酬は三万フラン、しかも、経費はいっさい買い主の負担であった。その経費は途方もないほどかかった。年齢は十二歳から十五歳まで。それ以上でも以下でも無慈悲に拒絶された。
それと同時に、おなじ状況のもとで、おなじ手段で、おなじ費用をかけて、おなじく十七人の男色周旋者が少年を物色して、首都パリや地方をあさり歩いた。そして少女を選んだのちの一カ月間に指定の場所に集合することになった。
こんごは『やり手』と名づけたいところの、若い男たちについていえば、道具の大きさが唯一の評価規準で、長さ十ないし十一インチ、周囲七ないし八インチ以下のものは落第だった。八名の男がこの需要を満たすために、フランス全土をかけめぐり、彼らの会合は少年たちのそれよりひと月あとに定められた。
これらの選手たちがどんなふうに選抜され、受けいれられたかの話は、われわれのいの一番の関心事ではないけれども、わが四人の主人公の天分をもう少しばかりひきだしてみせるためには、ここでその問題について、一言説明をさしはさむのも不適当ではあるまいと思う。わたしの考えでは、主人公たちについての読者の理解をたすけ、これから述べようとする途方もない会合の正体を明らかにしてくれるものなら、なんでも筋ちがいではないと思う。
少女の集合日がおとずれると、すべてのものが公爵の領地に集まった。なかには九名の割当て量をはたせなかったり、途中病気したり、逃亡したりして、任務を遂行しなかったぜげんもあって、指定の集合日にはわずかに百三十人の少女が集まったにすぎなかった。だが、なんという美しさ! これほど大勢の美少女が一カ所にかり集められたことは、いまだかつてなかったろう。
審査に十三日間かかり、毎日十人の少女が調べられた。四人の仲間は円をえがいてすわり、その中央に、つかまったときとおなじ服装のままで、少女がつれだされた。少女をつかまえた当の責任者であるぜげんは彼女の経歴を読みあげた。もし素姓または美徳についての条件がいくらかでも欠けていれば、審査は途中でぷっつりうち切られ、うむをいわさずその少女をしりぞけて、追いかえしてしまった。そうなると、ぜげんは少女をつかまえるために使ったいっさいのものを失うわけだった。
つぎに、すべての重要な事項の説明がおわると、ぜげんはひきさがり、当の少女にたいし、いま説明された事項が正しいかどうかをきめるため、直接尋問が行なわれた。こうして万事が申しぶんないようであれば、ぜげんをふたたび呼びいれて、少女のスカートをうしろからもちあげさせて、一同の前にひろうさせた。
この部分にほんのちょっとした欠点でもあれば、即座に拒否される根拠となった。もしその反対に、なにも悪いところがなければ、少女は着衣をぬぐように命ぜられ、あるいは、着衣をぬがされた。そして、ヌードになったまま、こちらの放蕩者からあちらの放蕩者へと、五度も六度もいったりきたりした。ぐるぐるまわされ、うしろむきにされ、指をあてられ、手でさわられ、鼻でかぎまわされ、おしひろげられ、のぞかれ、といったぐあいで、四人の審査員は品物の状況を、新しいか、使いふるしかを、検査した。が、この検分はすこぶる冷静に行なわれ、五感の妄想が審査の面に介入することはゆるされなかった。
それがおわると、少女はつれ去られた。そして、投票紙にしるされた彼女の名前のそばに、審査員たちは『及第』とか『落第』の文字を書きこんで、署名した。それから、この投票紙を箱のなかへおとし、おたがいにじぶんの意見を口外することをさしひかえた。
全部の少女の審査がおわると、いよいよ開票となった。ひとりの少女が及第するためには、彼女を推せんする四人の仲間の署名が必要だった。ひとりでも欠けていれば、それだけで、すぐ不採用となり、あらゆるばあいに、不適格者は容赦なく表へほうりだされた。むろん、ひとりぽっちで、案内者もつかなかった。ただし、おそらく十人ばかりだったろうが、例外もあった。わが道楽者たちは不採用がきまって、彼女らをぜげんの手にもどすまえに、彼女らをあいてにたわむれたわけである。
この回は五十名の候補者をはねる結果となり、残りの八十名は改めて審査された。だが、こんどは前回よりはるかに厳正に行なわれ、ごくわずかな欠陥があっても、即時退去を命ぜられた。日輪のように愛くるしいひとりの少女すら、一本の歯が他よりちょっと歯ぐきから飛びでているという理由で、ふるい落とされた。そのほか二十人以上のものが単にブルジョア階級出身程度の娘だという理由で拒否された。この二回めの審査で、三十名が除外され、けっきょく、五十名がのこったにすぎなかった。
仲間の四人は、のこり五十名の候補者たちの手でまず精気をぬいてから、三回めの審査にかかろうと決心した。それは、五感の完全な冷静さによって、より健全な、より隠健な選択を保証せんがためであった。そこで、各自は十二、三人からなるひと組の少女をぐるりに集め、各組の成員にさまざまのポーズをとらせたり、組をとりかえるなど、万事ぜげんたちの指導で行なわれた。すべてが手ぎわよく運ばれ、ひと口でいえば、その行為は非常にみだらであったため sperm は流れて、気持ちもおさまったわけである。そして、この競演でさらに三十名が姿を消した。のこりは二十名となったが、それでもまだ十二名多すぎた。
もういちど平静になるための便法が講ぜられ、胸くそが悪くなりそうに思われるような、あらゆる手段が用いられた。だが、いぜんとして、二十人の少女がのこった。美貌という点では甲乙がなかったから、なにかほかのことがらを探しださねばならなかった。つまり、そのなかの八名がほかの十二名にくらべて、少なくともなんらかの点で優秀であることを決定づけるようなものが必要であった。
そのさい、キュルヴァルが提案した意見は、まったくのところ、彼の精神の混乱ぶりにふさわしいものであった。それは、選ばれた八人の少女が将来しばしば要求されるはずの、あることがらを、だれがみごとにやってのけるのかを見きわめることに関連していた。
この問題を決着するには、四日間で十分だった。とうとう十二名が退去の命令をうけた。けれどもほかの少女たちのばあいとちがって、そんなにきっぱり断わられたわけではなかった。彼女たちは一週間にわたった、申しぶんのない、精魂ともにつきるほどの逸楽を提供したのだ。そこで、媒介者たちの管理にゆだねられたのだが、媒介者たちはまもなく、これら抜群の少女らに売春を行なわせて、少なからぬ金銭をかせいだ。
栄冠をかちえた八人の少女は修道院にいれられて、出発の日までそこに落ち着くことになった。そして、所定の期日まで、彼女らを享楽する喜びを保留しておくため、四人の仲間はそれ以前には手をふれなかった。
わたくしはこれらの美女をえがこうとするほどむこうみずではない。彼女らはひとりのこらず、おなじ程度に秀逸だった。だから当然、わたくしの描写などはたいくつ千万であろう。わたくしはそこで彼女らの名前をあげるにとどめて、器量といい、魅力といい、素質といい、これほどの美女が集まって妍《けん》を競いあう有様はとても筆舌のおよぶところでない、と断言するだけで満足しよう。
一番めの少女はオーガスチーヌといい、十五歳。ラングドックとかいう男爵の娘で、モンペリエの修道院から誘かいされた。
二番めはファニーといい、ブルターニュ公国議会の顧問で、父親のやかたからかどわかされた。
三番めはゼルミールという名で、十五歳。ドートゥルビュ伯のまな娘であった。彼はボウスの、じぶんの領地のひとつで、娘を狩猟に同伴し、ちょっとのあいだ彼女をひとり残していたすきに、たちまちさらわれてしまったのだ。彼女はひとり娘で、その翌年、四十万フランの持参金をもって、ある大貴族と結婚する予定であった。運命のおそろしさに身も世もなく泣いて悲しんだのは彼女だった。
四番めはソフィーといい、十四歳。ベリーの領地で暮らしていたある裕福な郷士の娘だった。彼女は母親といっしょに散歩しているときに捕えられ、母親のほうは娘をかばおうとして、河へ投げこまれ、娘の目前で溺死した。
五番めはコロンブといった。パリの出身で、ある議会顧問の娘、年齢十三。ある夜、児童舞踊会から家庭教師といっしょに修道院へ帰る途中誘かいされた。家庭教師はその場で刺されて死んだ。
六番めはエベと呼ばれて、ちょうど十二歳。オルレアンに住む身分の高い騎兵大佐の娘。彼女は修道院で養育されていたので、そこからかどわかされた。そのさい、ふたりの尼僧が買収された。これほど人目をひく、もしくは美しい女にはまずお目にかかれまい。
七番めはロゼットといい、十三歳。シャロン・シュル・ソーヌの行政長官の娘。父親は死去したばかり。彼女は母親とともに同市に近い田舎に滞在していたが、泥棒に変装した媒介者によって、近親者たちの目の前でさらわれた。
最後の少女はミミ、またはミシェットといった。年は十二で、ド・セナンジェ侯の娘。ブルボネーにある父親の領地で、やかたから二、三人の婦人といっしょに馬車をかって遠乗りにでかける途中、誘かいされた。婦人たちは暗殺された。
なお参考までに一言すると、こうした歓楽の準備には巨額の金銭がかかり、おびただしい犯罪がともなった。そのような人びとにとっては、金銀財宝はとるにたりない。また、犯罪についていえば、当時は無法時代で、その後の時代とはちがい、けっして追求されたり、処罰されたりはしなかった。そんなわけで、万事うまく成功して、首尾は上々、検死なども事実上ぜんぜんないも同様の有様で、わが道楽者たちにはまったく後顧のうれいがなかったのである。
少年の審査期日が近づいた。手にいれやすかったので、その数はずっと多かった。とりもち屋連が百五十人も連れてきたのだ。少年たちはその美しい顔立ちの点で、また同様に少年期の魅力、淡白さ、無邪気さ、高貴な生まれなどの点でも、少なくとも少女たちに優るとも劣らなかった、と断言してもけっして誇張ではないだろう。
ひとりに三万フランの経費がかかり、少女の場合にも同額の出費を見たわけだが、勧進元たちは別に一文の危険もおかしているわけではなかった。それというのも、この遊びはずっと妙味があり、はるかに彼らの官能的享楽主義の嗜好にマッチしていたからで、彼らのあいだではあらかじめ、だれも経費をむだにするような危い目にあわないようにすること、また、相手としてうまくやっていけないような少年はたしかに拒否さるべきだが、なにかの役には立つはずだから、損はしないだろう、というふうに話し合いがついていたのである。
審査は毎日十人ずつ、少女の場合とおなじように行なわれた。けれども、こんどはひどく用意周到だった。つまり、審査の対象となる十名の手をかりて、審査を開始する前にいつも精気をぬくといった用心ぶりで、このことは少女の場合に少しおろそかにされすぎていたのである。
ほかの仲間たちはキュルヴァル議長をこの儀式にあまりくわえたがらなかった。彼の嗜好の堕落ぶりを警戒していたのだ。少女を選ぶさいにも、醜行と堕落にたいする彼のいかがわしい好みのために、してやられるのではないかと懸念していた。が、本人は自制を誓った。そしてなるほど約束をたがえなかったけれど、どうやらそれは非常に困難だったもようである。というのも、いったんその人の傷ついた想像力がまともな嗜好や自然にたいするこの種の乱暴な不法行為に慣れてしまうと、そのような人間を正しい道へひきもどすのは、けっしてなまやさしいことではないからである。まるで彼の飢えをみたそうとする欲望が判断力を左右する能力を彼から奪い去るかのように思われた。ほんとうに美しいものをさげすみ、おそるべきもののほか、もはやなにもいつくしまない、といった判断力の裁決が彼の思考に合致し、本来の感情にもどることは、彼にとって、それらの原則を傷つける罪悪のように思われたのだろう。
第一次の会期がおわったとき、百人の有力候補者が全員異議なく承認されていることがわかった。この決定は、わずかな採用人員をのこすためには、五たび再検討されなくてはならなかった。立てつづけに三回票決を行なった結果、五十名がのこった。さらに、この数を規定の八名にへらすため、一同は異常な方法に訴えざるをえなかった。それは魅惑的な少年たちの魔力をなんらかの方法で封殺することだった。
彼ら審査員にうかんだ思いつきは、少年を少女に仕立てることで、この策略を使って二十五名がふるい落とされた。つまり、彼らの崇拝する性に、関心のない性の衣服をまとわせたので、少年たちの真価がぐっとさがって、ほとんどすべての幻想をぶちこわしてしまったのである。
とはいえ、のこった二十五人の票決は、どんなことをしても変更できなかった。すべての試みがむなしかった。fuck をふりかけてみてもむだだったし、discharge の瞬間に、投票紙に少年たちの名前を書きこんでみても、むだだった。また、少女のときに採用した便法を使ってみても無益だった。二十五名の人数はそのつど動かなかった。そこでとうとう、彼らにクジをひかせることに意見が一致した。
つぎに、審査員たちが最後にのこった少年たちにあたえた名前と、年齢、素性、それから彼らの冒険に関する一、二の覚え書きをかかげた。彼らのポートレートは? わたくしはやめにした。キューピッド〔ビーナスの子で、恋愛の媒介神〕自身の容貌でさえ、たしかに彼ら以上に美しくはなかったろうから。
ゼラミルは十三歳。このうえなく大事に彼を育てていたポワトウ出身のある名士のひとり息子。家僕ひとりにつきそわれて、ポワティーユへ親戚を訪問しにでかけたところ、わが悪漢どもが待ち伏せし、家僕を殺害、少年をかどわかした。
キュピドンもおなじ年齢。ラ・フレシの学校に通っていた。同市の近郊に住む一名士の息子。ワナをしかけられて、日曜日に生徒たちがよくやるように、遠足にでかけているあいだに、誘かいされた。コレッジ随一の美男子だった。
ナルシスは十二歳。マルタの勲爵士である父親はルーアンで名門の家にふさわしい名誉職についていた。少年はパリのコレッジ・ド・ルイ・ル・グランへやられたが、その途中おそわれて、誘かいされた。
ゼフィルは八人のなかでもっとも美しく、パリの出身だった。同市の有名な寄宿学校で勉学をつづけていた。父親は上級将校で、息子をとり返すために全力をつくしたが、失敗した。寄宿学校の校長は金銭で買収されて、七人の少年を提供したが、うち六人ははねられた。ゼフィルを見て、公爵はふらふらになり、この少年のアヌスに、できたらたとえ百万フランかかっても、即座に現ナマで支払おうといった。彼は少年の手ほどきを将来じぶんでやるように予約したが、だいたい承認された。
セラドンはナンシーの行政長官の息子。伯母を訪ねてリュネビユへでかけ、そこで誘かいされた。十四の春を迎えたばかり。ひとりこの少年だけは、おなじ年の一少女をおとりにして、誘惑された。つまりふたりが知りあうと、かわいい悪党は彼を愛しているようなふりをして、ワナにひきずりこんだわけだ。こうしてうかつにも少年は彼女の監視をうけ、最後にまんまとかどわかされた。
アドニスは十五歳。通学中のプレッシの学校から奪い去られた。巡回裁判所の判事の息子で、父親はうなったり、叫んだり、右往左往したりしたが、なんの役にもたたなかった。略奪はすこぶる巧妙に仕組まれ、だれひとり気づいたものはなかった。
二年前からその少年に血道をあげていたキュルヴァルは父親の家で彼と親しくなり、彼を堕落させるために必要な手段や知識をふきこんでいた。ほかの仲間は、キュルヴァルのような腐敗した頭に、それほどまともな好みがやどっているのを知ってひどくびっくりした。いっぽう、キュルヴァルは大得意で、このときとばかり、じぶんだってまだときにはすばらしい眼識をお目にかけることができるんだ、と同僚たちにいばってみせた。
当の少年はキュルヴァルを見てそれと知ると、泣きだした。が、こちらは、獲物にいどむのはじぶんだから安心するようにといいきかせて、慰めた。そして、なだめながら、少年のか弱いお尻に逸物をふれた。彼は一同に少年を求め、その要求はとおった。
ヒヤシンスは十四歳。シャンパーニュ地方の小都市に住む退役将校の息子だった。猟が大好きで、野外にでているときにさらわれた。父親がうかつにも単独行動をゆるしたからだ。
ギトンは十三歳。ベルサイユの王室付うまやで働いている小姓たちのなかから誘かいされた。父親はニベルネー出身の名士で、六カ月前に彼をベルサイユへつれてきたばかりだった。少年はサン・クロウド街をひとりで歩いているとき、簡単につかまえられた。司教が溺愛していたから、この獲物は司教にあたえられた。
そんなわけで、以上がわが道楽者たちによって淫蕩の祭壇に用意された男性の神々だった。いずれそのうちに、われわれは彼らがどんな用に供されたかを知るだろう。のこった百四十二人の少年は、それぞれがなんらかの役目をはたすまで、ひとりも釈放されなかった。
わが道楽者たちは公爵のやかたで、彼らとともに一カ月暮らした。いよいよ明日は少年たちの出発という前夜のこと、ふだんの毎日の手はずはちゃんとできていたので、一同は遊ぶ以外になんの用事もなかった。が、しまいに遊びにも堪能すると、四人の仲間は遊び相手になった少年たちを処分するおもしろい方法を考えだした。つまり、少年たちをトルコ人の海賊に売り払おうというのだ。そうすれば、彼らの痕跡はなにひとつのこらないうえ、出費の一部がとり返せるわけだった。
少年たちがモナコに近いある場所へ小人数にわけて送られると、トルコ人の海賊は一同をひきとりにきて、奴隷に売りとばしてしまった。たしかにおそろしい運命だった。だが、かえって、わが四人の悪党はその運命をひどくおもしろがったのである。
ところで、いよいよやり手をえらびだす時期が到来した。標準に達しなかった人びとはべつになんの苦のたねにもならなかった。大人で分別があったから骨折り賃や旅費を支払って、ひきとってもらえば、それで十分だった。それに、やり手になるため最後までのこった八人の男たちにしても、明細事項がだいたい具体的で、条件もぜんぜんおなじだったから、これといってむずかしい障害に出会ったわけではなかった。
とにかくそんなわけで、指定の場所に五十人の男が集まった。最大の二十人のなかからもっとも若くて、魅力のある八人が選びだされたが、わたくしはつぎに、八人のなかから四人だけをあげるにとどめよう。あとあと、そのなかの最大の四人をのぞくと、ほとんど黙殺されて名前もぜんぜんでないはずだから。
へラクレスは、あたえられた名の神〔大力無双の神〕にまがうばかりの肉体をもち、二十六歳。周囲八と四分の一インチ、長さ十三インチの巨陽の持ち主だった。これほど美しい、これほど堂々たるものはかって見たこともなかった。ほとんどいつも勃起状態にあり、実験の結果では、わずか八回の discharge で、三合のマスをいっぱいに満たすことができた。温和で、すこぶる親切、顔だちもおもしろかった。
アンティノオスは、ローマ皇帝ハドリアヌスの寵愛をあつめた伴僧とおなじように、世界随一の美しい道具と、この上なく淫蕩なお尻をもっていたので、そう名づけられた。周囲は八インチ、長さ十二インチ。年齢は三十歳で、ほかの特徴にふさわしい容貌をしていた。
バム・クリーバー〔尻さき〕はひどくおもしろい形をした道具をもち、アヌスを破らないでは篏入が不可能だったので、このあだ名をもらった。prick の先端は牛の心臓にそっくりで、長さ八インチ、周囲三・一インチばかり、矢がらはわずか八インチではあったが、湾曲していた。そのまがりかたが尋常でなかったので、篏入のさいアヌスをみごとにひきさいた。この特技はわが道楽者たちのような、すれっからしの人間にとっては、まことに貴重なものだったから、本人はことのほか売れっ子になってしまった。
スカイスクレイパー〔摩天楼〕。この名があるのは、なにをしようとエレクションが永続的であったからだ。おまけに、長さ十一インチ、周囲七と十六分の十五インチという道具だてであった。より大きい男たちでも、勃起が困難であったから、しりぞけられてこの男に席をゆずったわけである。彼は、一日に排出する sperm の量のいかんを問わず、軽くふれただけで、天に摩するほどの勃起力をもっていた。
そのほかの四名は、だいたい大きさもかっこうも似たりよったりだった。はねられた四十二名の候補者は二週間にわたって享楽を提供し、くたくたになるまで力量をためしたのち、十分な手当をうけて、お払い箱になった。
ところで、もはや残された仕事は四人の侍女の選択だけであった。そして、この最終段階には、たしかにどことなく、もっともけんらん豪華な趣があった。
キュルヴァル議長ばかりが堕落した嗜好の持ち主ではなかった。ほかの三人の友人も、とりわけデュルセも、実のところ少しばかり放埓《ほうらつ》むざんな錯乱症にそまっていた。そのため彼らは神聖無比の自然がこしらえたものよりも、古ぼけた、奇形の、ぞっとするようなきたならしいものに、より大きな痛烈な魅力を見いだしたわけである。この気まぐれを説明することはたしかに容易ではなかろうが、それは多くの人びとのなかに存在している。自然の混乱は一種の針をふくんでいて、それが自然のもっとも正常な美よりもはるかに強大な力で、敏感な人間につきささるわけだ。それにまたその刺痛がはげしいばあい、よろこびをあたえるものは恐怖であり、悪行であり、ぞっとするようなものであることが証明されている。とすれば、それらはけがされたもののなかにこそ、もっともはっきりと存在しているのではなかろうか。淫蕩な行為中によろこびをあたえるのがけがらわしいものだとするならば、けがらわしければ、けがらわしいだけ、それだけ多くのよろこびをあたえることはたしかである。しかも、清らかな完全なものよりも、腐敗したもののほうが、よりきたないこともたしかである。
さよう、その点については、疑問の余地はまったくない。さらにまた、美は単純なありふれたものであり、醜は異常なあるものである。すべての強烈な想像力が、淫蕩のなかで、平凡なものより異常なものを好むことは疑いをいれない。
美や健康などは単純な方法でしか人に訴えない。が、醜悪さや腐敗などははるかに強烈な打撃をあたえ、それらのものが作りだす刺激ははるかに強大で、その結果としての興奮はとうぜん、よりなまなましいにちがいない。こうした事実に照らしてみると、非常に多くの人びとが新鮮な美しい少女をしりぞけて、老いぼれた、醜い、鼻もちならぬ老婆を相手に遊ぶことを好むからといっておどろくべき理由はない。それはちょうど、平原の単調な道を歩くよりも、山嶽地帯のけわしい荒れた土地を歩きたがる人を見ておどろくべき理由がないのとおなじである。
こういったことがらはすべて、われわれの体質、われわれの器官、それらが影響をうける様式などに左右されるわけで、この点におけるわれわれの嗜好をかえることは、身体の形状をかえることと同様、とてもわれわれの力ではできないのである。
ともあれ、キュルヴァルの支配的な嗜好はそんなふうであった。また、ほんとうのことをいえば、三人の同僚のばあいも、おなじ嗜好が支配的になりかけていた。それというのも、侍女を選ぶだんになると、彼ら四人の見解がまったく一致したからである。そして、その選択こそ、いまのべたばかりの体質的な混乱や堕落ぶりをいかんなく証明していた。
パリでは、すこぶる骨の折れる探索が開始されて、四人の女がやっと探しだされた。彼女らの人物描写がどんなにいとわしいものであっても、読者のご寛容を願ってえがいてみることにした。そうすることは、あの面の風俗にとって絶対不可欠で、その解説こそ本書の主要眼目のひとつだからである。
マリーは最初の女の名前だった。もとは、つい最近車裂きの刑で死刑になった、悪名高いある山賊の召使で、日ごろ鞭打ちや焼印押しの処罰をうけていた。年は五十八、頭髪はほとんどはげ落ちて、鼻はななめにひんまがり、目はどんよりとにごって、目やにだらけ、口は大きく、三十二本の歯でうずまっていた。さよう、たしかにみんな健在ではあったが、どれもこれも硫黄のようにまっ黄色だった。
背は高く、骨と皮ばかりのすねをしていたが、十四人の子供を生み、ろくでなしになるのがおそろしくて、その十四人をみんなしめ殺してしまったという。お腹は小波のようにしわだらけで、片方の尻は潰瘍のためむしりとられていた。
二番めの女はルイソンといった。六十歳で、いじけて、せむしで、目っかちで、ちんばではあったが、年の割にすばらしい臀部をもち、肌の手入れもかなりゆきとどいていた。悪魔のように奸悪で、求められさえすれば、いつでも、どんなおそろしいことでも、途方もないことでも平気でやってのけた。
テレーズは六十二歳だった。背が高く、やせこけて、まるで骸骨のように見えた。頭には一本の毛ものこっておらず、口には一本の歯もなかった。そして、この肉体のすきまから、どんな局外者をも閉口させる悪臭をはなった。
アヌスは傷だらけで、尻の皮はひどくたるんでいたので、その皮を杖のぐるりにまきつけることもできそうだった。そのすばらしい肛門は、広さでは火山口に、匂いでは厠の落とし口に似ていた。テレーズの公言するところでは、生涯まだいちども尻をふいたことがないそうである。ところで、彼女のワギナだが、それはいっさいの罪深いもの、いっさいの恐怖をおさめる容器で、人を気絶させるようなふんぷんたる悪臭をはなつところの墓穴といってよかった。片方の腕はよじれ、片足はびっこでもあった。
四番めの女はファンションとよばれた。人からたいそうにくまれて、六度も彼女の肖像はしばり首にされた。この世で彼女が犯さなかった犯罪はひとつもなかった。
年は六十九。鼻はぺしゃんこで、ずんぐりした肥満型、やぶにらみで、額はあるかなし、臭い口には二本の歯がのこっているばかりで、それもいまにも抜けそうだった。尻いったいは丹毒にむしばまれ、アヌスからはこぶしぐらいの大きさの痔がたれさがっていた。また、ワギナはおそろしい下疳におかされて、片方の腿はすっかり火傷をしていた。
一年の四分の三は泥のように酔って、酔っ払ったまま、胃がひどく弱かったので、ところきらわず吐いた。痔疾ではあったが、彼女のアヌスは生まれつきたいへん大きかったので、四六時中ぴーぴーぶーぶーおならをならしどおしだった。
彼女たちは豪華な歓楽の宮で召使として働くほか、四人の仲間の考えでは、あらゆる集会にも参加して、求められるまま、すべての淫蕩なサービスを行なうことになっていた。
人員の問題がすっかり決着して、早くも夏季にはいったので、彼らはいろいろな品物の移動に目をむけた。それらの品々は、デュルセの領地に四カ月逗留するあいだ、住いを快適にしてくれるものであった。彼らの指図で、おびただしい家具や鏡、ありとあらゆる種類の食料や酒類がデュルセの領地へ運び去られた。職人も送りこまれた。また、大勢の客人たちは少しずつ同地のやしきへ案内されていった。ひと足さきに到着していたデュルセは彼らを迎えると、さっそく部屋などあてがって落ち着かせた。
ところで、夏季のかずかずの豪華ないけにえのために指定された、すばらしい聖堂について、そのあらましを読者にお知らせするときがいよいよやってきたわけである。読者は、四人の仲間がどんなに慎重に、人里はなれた僻遠《へきえん》の地を選んだかに気づかれるだろう。それはまるで沈黙や距離や静寂などが放蕩者の独占的な乗り物ででもあるかのようだった。またあたかも、そうした特性を通じて五感のなかへ宗教的な恐怖を注入するいっさいのものが、必然的に、そして明白に、色欲によりいっそうの魅力をくわえなければならないかのようであった。われわれはこの集合地をその昔にあったようにではなく、四人の友だちの努力によって美化された状態において、さらにより完全に孤立化された状態において、描いてみるつもりである。
目的の場所に到達するためには、まずなにをおいても、バーゼルに出なければならなかった。この市にはいって、ライン河を横断すると、それからさきは道路がだんだん狭くなって、しまいには馬車を捨てなくてはならない。そのあとしばらく行くと、『黒い森』にはいるから、およそ四十五マイルほどけわしい道をのぼりながら、森のなかを突進していくのだが、それは案内人なしでは絶対に不可能なことであろう。
このあたりまでくると、炭焼きや猟場番人の不吉なみすぼらしい小屋が一軒目についた。ここからデュルセの領地となり、その小屋も彼のものだった。この寒村の住民はほとんど全部といっていいくらい泥棒や密輸業者の集まりだったから、デュルセは簡単に彼らの味方になった。そして、まず最初に、全員の集合が完了するはずの十一月一日以後、事情のいかんを問わず、どんな人間でもやかたの方角へ立ち入らしてはならないと申しわたした。
彼は忠実な部下たちに武器をくばった。また、村民が長いこと嘆願していたある種の特権を認めて、障害をとりのぞいた。それがおわると、関門に封印をしたが、つぎの記述から見ても、シリンと呼ばれたデュルセの城塞がいかに近づきがたいものであったか容易にうかがえるだろう。
村を通りすぎると、サン・ベルナル程度の、だが、はるかに登りにくい、高山をよじ登らなくてはならない。頂上をきわめるただひとつの方法は足で登ることだ。山道はラバが通れないわけではないけれど、ひどく道中が狭いうえに、いたるところ断崖に接していたので、ラバに乗れば最大の危険をおかすことになるのだ。物資の輸送にあてられた六頭のラバは、背にまたがったふたりの人足もろとも、命を落としてしまった。
山の天辺まで達するには五時間かかり、そこで、こんどは別のおそろしい地形にぶつかる。あらかじめ予防策がとられていたので、鳥のほか越えられないような新しい障害が作りだされていたわけである。地形上の、その異変はいったいなにかというと、巾六十ヤード以上もある裂け目があって、山頂を南北に二分していた。デュルセは深さ千フィート以上もある谷底をはさんだ、このふたつの部分を木造の橋で結んだが、最後のひとりがわたったとたんに橋をひきあげてしまったので、その瞬間から、シリン城と外界の交通通信はいっさい断たれてしまったのだ。
この橋をわたれば、面積四エーカーほどの小さな平原にでる。そして、四方八方断崖絶壁にかこまれたこの平坦な空地の中央にデュルセのやかたがたっていた。やかたのぐるりには、高さ三十フィートの城壁がめぐらされ、その外側に満々と水をたたえた非常に深い濠があって、まがりくねった囲い地を守っていた。低くて狭い小門をはいると、大きな中庭にでるが、そのぐるりの建物が住まいにあてられていた。たいへん広壮な邸で、最近完了した整備のおかげで、設備万端もよくゆきとどいていた。一階には長い廊下があって、ここから塔のようなかっこうの食器棚のついた、非常にきれいな食堂へはいることができる。そして、食堂は台所に通じていたので、召使の手をかりないでも、できたての料理を即座に供することができた。
この食堂にはつづれ織の壁掛がかかり、暖房装置で暖められ、長椅子やひじ掛け椅子など、人に慰安をあたえ、目を楽しませてくれるものがなにからなにまでそろっていた。食堂を通りぬけると、大きな居間もしくはサロンへでた。簡素で地味ではあったが、たいそう暖かく、最上等の調度品がそなえつけてあった。その隣りは語り手の話をきくためにしつらえられた集会室で、いわば試合場であり、淫蕩な密議の座であった。そして、部屋の飾りかたもそれにふさわしいものであった。
形は半円形で彎曲した壁の部分に四つの壁がんが設けられていた。そして、それぞれにりっぱな長椅子がすえつけられ、壁の表面には大鏡がはめこんであった。また、四つの壁がんはいずれも円の中心をむいていた。半円を切りとった部分の、床上四フィートのところに壁を背にして一種の玉座がもうけられていたが、これは語り手の座席だった。この位置にすわれば、語り手の女は聞き手のためにもうけられた四つの壁がんと向かいあうばかりか、小さな半円だったから距離もかなり近く、彼女の語る一部始終を一語もらさずききとることもできた。というのも、語り手は舞台の役者のような位置にあり、聞き手は、まるで円形演技場で見せ物を見物しているような形で、壁がんに座を占めるからである。
玉座には上り段がついていて、この階段の上には、物語によって挑発された官能的な刺激を静めるために、淫蕩の対象物をつれてきてすえる予定だった。五、六段ならんだこの階段には、玉座とおなじように金糸のふち飾りがついた黒いびろうどが張りつけてあり、いっぽう、壁がんにもおなじような豪華な材料で布張りがしてあったが、色は濃紺色であった。
それぞれの壁がんの裏側には、小さな戸口によって出入りできる小部屋があり、この部屋は、呼びよせた男女あいての逸楽をみんなの目の前で実行したくないばあいに、ときおり利用された。どの部屋も寝台づきで、また、ありとあらゆる種類の不純な行為のため、そのほかいろいろな道具類がとりそろえてあった。
中心の玉座の両側には、円柱が一本ずつあって、天井までとどいていた。この二本の円柱は、なにかのあやまちを犯してこらしめる必要のある男女をくくりつけておくためのものだった。処罰に必要な、いっさいの道具は円柱にとりつけられたかぎにぶらさげてあった。この印象的な光景は、この種の会合に不可欠な隷属状態を保つのに役立った。そして、この隷属状態から、迫害者たちの魂のなかでほくそえんでいる、ほとんどすべてのみだらな色情の魅力が生まれるのである。
この半円形の部屋からまっすぐ歩いていくと、この部分の住まいの末端をなしている部屋に達した。この部屋は一種のブードア〔婦人用私室〕で、防音設備をほどこし、石でつつんであったが、なかはたいへん暖かく、日中でも非常に暗かった。その目的は、私的な会合や秘密の競演、あるいは、あとで明らかにされるはずの、そのほかのひそかなよろこびのためであった。
建物のもう一方の翼にたっするためには、踵をめぐらしていったん歩廊にでてから、反対側の翼にはいらねばならなかった。これで中庭を一巡したことになるが、そこにはすばらしい控えの間があって、四つの豪華な部屋に接していた。どれも私室や化粧室をそなえ、三色のダマスコ織で作った天蓋づきの、華麗なトルコ式ベッドと、それにふさわしい調度類が飾ってあった。
特別によく暖められて、すこぶる居心地のよいこの四組の部屋は、わが四人の仲間の専用であった。また、協定書には、彼らの妻もおなじ居室を占めるように定めてあったから、彼女たち専用の別室というものはぜんぜんなかった。
二階にもほぼ同数の部屋があったが、わけかたがちがっていた。まず片側に、八つの壁がんをもつ大広間があり、それぞれに小さなベッドがついていて、少女たちの居室になっていた。そのそばには、小部屋がふたつならび、彼女たちの世話をする老女たちにあてられていた。さらにさきのほうには一対のこぎれいな部屋があって、ふたりの語り手の専用になっていた。
つぎに、反対側へ目を移すと、少年用の、おなじように壁がんが八つついた部屋があり、そのそばには、少年の監督を命ぜられた婦人たちの部屋がふたつならんでいた。そのむこうには、よく似た部屋がもうふたつあって、あとのふたりの語り手にあてられていた。美しい点ではほかにひけをとらない八つの楽しそうな部屋は、八人のやり手の居室になっていた。もっとも、彼らはじぶんのベッドで寝ることなどほとんどない運命を背負わされていたのだが――。
なおまた下の地階には、いくつかの料理場があり、その近くに食物の調理をまかされた六人の料理人の小部屋が六つあった。なかの三人はその優れた技術のため有名だった。みんな女性だったが、それはこの種の饗宴には女のほうが好ましいと考えられたからである。
助手は三人の若くて頑丈なからだをしたおさんどんであったが、炊事班のものはだれも乱痴気騒ぎに顔をだしてはならなかった。それは彼女らの本来の使命でなかったからだ。また三人の助手のなかのひとりは、やかたに運ばれてきたおびただしい家畜の面倒を見なければならなかった。けっきょくのところ、家事を担当することになっていた四人の老女をのぞくと、料理女とその助手のほかには召使というものがひとりもいなかったのである。
ところで、背徳、残虐性、嫌悪、汚辱、こういった予想され、もしくは経験されるかぎりのいっさいの激情はもうひとつの場所を建設していた。あらましながら、簡単にその概要をのべることは目下の急務であるが、この物語の適切な展開に欠くことのできない約束ごとがあって、いまここで完全にその全貌を明らかにすることはできないのである。
歩廊から見える小さなキリスト教寺院の祭壇の踏段の下に、巧みにつくられた運命の石があって、この石をもちあげると、その下方に螺旋状の非常に狭くて、急こう配をなした階段があった。これを三百階段おりると、地下の奥底に達し、最後に一種の丸天井のある土牢にでた。三重の鉄の扉におおわれていて、そのなかには、世にも残忍な技術とこの上なく洗練された蛮性が発明しうるかぎりのいっさいのものが展示してあった。
そして、この地下のなんという静けさ! いけにえをいったんここへ持ちこんだら最後、悪党は絶対に安心しておれた。なにをおそれる必要があろう? 彼はフランスの外にある安全な地方に、無人の山奥に、その山奥の鳥だけしか近づけない角面堡《かくめんぽう》に、しかも地の底に、もぐっていたのだ。
このような状況のなかで、法も宗教もなく、犯罪のみを享楽し、じぶんの激情にだけ興味をいだき、なにものも気にかけず、じぶんの非道な色欲の至上命令にだけしかしたがわない悪党の手に落ちて、その意のままになる不幸な人間こそいたましきかぎりではないか! この下界でいったいなにがおこるのか、わたくしは知らない。けれども、つぎのひとことだけいいそえても、別にこの物語を傷つけることにはなるまい。つまり、公爵は地下牢の話をきいたとたんに、三回つづけて射精してしまったのである。
最後にいっさいの準備を完了し、すべての用件を完全に処置し、全員の配置もおわって、公爵と司教とキュルヴァルとその夫人たちは四人の二流のやり手をともなって出発(デュルセとその妻は、さきにものべたように、ほかの全員といっしょに、さきに現地に到着していた)途中非常な難儀にあいながら、ついに十月二十九日の夜、やかたに到着した。
彼らが例の木橋を渡りおわると、デュルセはただちにこれを切断させてしまった。だが、そればかりではなかった。その辺一帯を検分したうえ、公爵はこんな結論をだしたのである。食糧はぜんぶ城塞のなかにあるから、だれも城塞の外へでる必要はない。したがって、その懸念はあまりなかったが、外界からの攻撃をくじくために、そして、このほうがずっとありそうであったが、内部からの逃亡をふせぐために、そこからやかたへ侵入するおそれのある門や通路をすっかりふさいでしまって、金城鉄壁のとりでのなかにいるように、この隠れ場所に完全にとじこもってしまう必要があろうと。
この勧告はただちに実行に移され、徹底的に防禦体制をきずいたので、もはや出入り口がどこにあったかも、かいもく見当がつかなくなってしまった。こうして、彼らはそのなかに安らかに落ち着いたのである。
いろいろな下準備を行なっても、十一月一日までにまだ二日間の余裕があったので、この二日は従者たちの休養にあてられた。まもなくはじまる淫蕩の舞台に、彼らが生気溌剌たる姿をあらわすようにするためであった。そしてそのあいだに、四人の友だちは成文法の作成に専心し、できあがるとこれに署名して、関係者一同に公表した。いよいよ本題にはいる前に、この統治法がどういうものであったかを読者に知らせておくことがぜひ必要である。
成文法
全員は毎日午前十時に起床すること。前夜非番であった四人のやり手は右の時刻に、各自少年ひとりをともなって、友人四人のもとを訪れること。つぎつぎ友人の寝室をたずねて、友人の希望や欲望にしたがって命ぜられるまま実行すること。ただし、予備期間中、少年は単に見せものとして奉仕する。なぜなら少女八名のハイメンは十二月までそのまま、彼女らのアヌスも、少年ら八名のそれと同様、一月まで封印したままの状態におき、右の時期にそれぞれの封印を切るものとする。このような時期延長は、たえず燃えあがりながら、けっしてみたされることのない欲望の増大によって官能的欲情を刺激するよう、かならずや狂暴な色欲へおもむかざるをえない状態を促進させるためである。
十一時、友人らは少女にあてられた宿所へおもむく。そこで、チョコレートもしくはスペイン産ぶどう酒にトースト、またはほかの適当な栄養食からなる朝食をしたためる。この朝食の給仕には、裸体の八人の少女があたり、少女のハレム監督を担当する二名の年長者マリーとルイソンは助手として手伝うこと。
もし朝食中に、友人らの情念が動いて、少女たちを相手にみだらな振舞いにおよぶばあいは、彼女らは定められた忍従の精神をもってこれに順応すること。さもなければ、あとで厳罰に処す。けれども、この時刻には、ひそかなる行為、または密室の行為はゆるされない。また、もし一瞬の痴戯を欲するならば、公然と、朝食の給仕にあたる人びとの目前で行なうこと。
これらの少女たちは一友人に出会った場合はいつでもひざまずく習慣をとりいれ、立てといわれるまで、そのままの状態をつづけること。右の少女たちと四人の妻、それに年長の女たちはこの規定にしたがい、ほかのものはこの規定から免除する。しかし、すべてのものは友人らを呼ぶに「わが君さま」といわなければならない。
少女たちの宿所を去る前に、その月間の執事を担当する友人のひとりは(一カ月間ひとりの友人があらゆるものの全般的監督にあたり、その役職はつぎの順序で交代される。すなわち、十一月中はデュルセ、十二月中は司教、一月中はキュルヴァル、二月中は公爵に)少女たちすべてを検分して、指示されたとおりの状態にあるかないかを決定すること。この件については、毎朝年長の女たちが鑑定すること。
礼拝堂以外での排便は厳禁。そこにはその目的のための設備がもうけてあるが、特別な許可がなくては出入りを禁止されている。その許可もしばしば正当な理由で拒否されることがある。したがって、月間の監督役は朝食後ただちに全少女の便所を厳密に調査し、上記のいずれかの場所で違反が認められた場合は反則者を死刑に宣告する。
友人らはそこから少年たちの宿所へ移動して同様の検査を行ない、反則者にたいしてはおなじように極刑をいいわたすこと。
その朝友人らと同席しなかった四人の少年は、友人らが彼らの部屋にはいったときは、これを迎えて眼前でズボンをぬぐこと。ほかの四人は指図を待って、起立したまま、構えの態勢にあること。友人らは、その日それまで出会っていない四人をあいてにみだらなわき芝居にふけるかもしれないが、彼らの行為はすべて公然たること。深い交渉はこの時刻に行なってはならない。
午後一時に、緊急な用事を片づける。いいかえれば、排便をする許可をうけた少年少女たちは、礼拝堂へおもむくこと。ただし、この許可はやたらにあたえられるわけでなく、せいぜい全体の三分の一にあたえられる。礼拝堂にはこの項目にはいる官能的快楽のため、いっさいのものが人為的に配置してあり、四人の友人がなかにあって、二時まで一同を待ち(それ以上は絶対待たない)友人らの賞味するこの種のよろこびにふさわしいか否かの判断にしたがって一同を配分し、調整する。
二時から三時まで、最初のふたテーブルを供する。食事は同時にとること。ひとつは少女たちの大宿舎で、もひとつは少年たちの居室で供され、三人の炊事係りの女中がふたテーブルの給仕にあたる。
最初のテーブルには八人の少女と四人の年長者、つぎのテーブルには四人の妻と八人の少年、それに四人の語り手が着席する。食事中、友人らは居室に集まって、三時まで歓談。三時ちょっと前に、八人のやり手はできるかぎり服装をととのえ、美しく着飾ってこの部屋に姿をあらわすこと。
三時に、主人らの夕食が供され、この席につらなる名誉をもつものは八人のやり手にかぎる。給仕にあたるのは全裸の妻四人で、魔法使の衣裳をきた四人の年長者がその助手をつとめる。助手たちは、反対側の召使たちが棚にのせた皿をもってきて、夫人連にわたす役目をおび、後者はその皿をテーブルにならべる。食事中、八人のやり手は夫人たちの裸体に、好きな方法で好きな程度まで、手をふれることが許される。彼女たちはこれを拒否したり、あるいは身をまもったりすることは許されない。やり手たちはまた、侮辱をくわえたりあらゆる毒舌を弄してみずからの持ちものを硬直させたりするところまで進むことができる。
友人らは五時にテーブルから離れ、友人らだけ(やり手たちは全員集合のときまで退去)サロンにはいる。そこでは、毎日交代するはずのふたりの少年とふたりの少女が全裸の姿でコーヒーや酒類の給仕をする。当日の日程のこの段階では、友人らは体力を弱めるような遊びをやってはいけない。会話も単なる冗談程度にとどめること。
六時少し前に、給仕に従事している四人の少年少女はひきさがって、ただちに盛装にかかること。六時ちょうどに、友人らは聴衆席にはいり、めいめいじぶんの壁がんにおもむくこと。その他の配置は左のとおり。
玉座には語り手。玉座の下手の踏み段には十六人の少年少女がならび、少年二人と少女二人の四人組は各壁がんの真正面にむかいあうこと。つまり、それぞれの壁がんは真むかいに四人組をもち、その四人組はむかいあった壁がんにとくに割り当てられたものであるから、側面の壁がんはこれにたいしなんらの権利ももっていない。ただし、これらの四人組は毎日変更され、同一壁がんはけっして同一四人組を専用することはない。
また、各四人組の各男女は人造花をつないだヒモの一端を腕に結びつけ、ヒモの他の一端は壁がんに達しているゆえ、壁がんの占居者がじぶんの四人組のなかからだれかを選びたいと思うときは、花輪のヒモをひきさえすればよい。そうすれば、くだんの少年もしくは少女は壁がんへかけよって、その足もとにひざまずくであろう。
その月のあいだ、談話者として活動しないほかの三人の語り手は、玉座の足もとの腰掛けに着席し、特定の者にあてられてはいないけれど、だれの指図にも快くしたがうこと。
友人らと夜をともにする予定の四人のやり手はこの集会に姿を現わさず、各自の部屋で装いをこらし、夜にはいって、正式に好演技を期待される。ほかの四人についていえば、彼らはそれぞれ壁がんにある友人らのひとりの足もとに坐し、かたわらの寝椅子には、そのつど取りかえられる夫人のひとりがすわること。
夫人はいつも裸体で、やり手はぴったりあったタフタ〔平織絹〕の桃色の肌じゅばんと半ずぼんを着用、月間の語り手は、三人の仲間とおなじく、上品な高等内侍風に装うこと。また、四人組の少年少女はつねにちがった豪華な衣裳をまとい、たとえばその一組はアジア風、他はスペイン風、トルコ風、ギリシャ風とし、翌日は別個の衣裳に改めること。しかし、これらのすべての衣裳はタフタまたはローンを生地とし、いかなる場合も下半身は被服によってさまたげられず、ピン一本をひきぬけば、すべてがたちどころにぬぎ去られるようにすること。
年長の女性に関しては、交互にグリーイ〔一眼一歯を共有するという三人姉妹〕、尼僧、仙女、魔法使、ときには、寡婦などの姿に身をやつすこと。壁がんに接続した小部屋の出入り口はつねに半開きとし、室内はストーブによって高温を保つようにし、種々の淫蕩に必要なあらゆる付属品を常備すること。各小室にはローソク四本、聴衆席には五十本をともすこと。
正六時に、語り手は物語をはじめるが、友人らはいつでも、また、なん回でも、話を中断させることができる。この話は夜の十時までつづくが、話の目的は想像力を燃えたたせることであるから、このあいだにはいっさいの淫蕩がゆるされる。ただし、破花の予定計画を阻害するおそれのある行為は別で、予定の計画はいかなる場合でも厳守すべきこと。
その点を除外すれば、友人らはやり手、夫人、四人組、四人組の年長者、さらにその気になれば語り手など、相手かまわず、だれとでも、壁がんのなかでも、隣りの小室ででも、勝手放題なまねをしてさしつかえない。物語は、これを中断した者の逸楽がつづくかぎり、中止され、おわって堪能すればふたたび継続される。
十時に夜食。夫人、語り手、八人の少女などは彼女たちのみでただちに食事につき、男性の夜食には婦人の同席はゆるされないから、友人らは夜勤を予定されていない四人のやり手と四人の少年といっしょに食事をとる。ほかの四人の少年は年長の女たちを助手として給仕にあたること。
夜食がおわると、友人らは乱舞の宴と呼ばれるばか騒ぎを演ずるためにサロンへ移る。別に夜食をしたためた女たちも、友人らと夜食をともにした人びとも、全員がここに集合する。ただし、夜のサービスに選ばれた四人のやり手は除外される。
サロンは異常な温度まで暖められ、シャンデリアで照明される。出席者はみな裸体であること。語り手も、夫人も、少女も、少年も、年長者も、やり手も、友人らも全員ことごとくごっちゃになって、動物のように床をはいまわり、のたくり、いりまじり、からみあい、相姦的に、姦淫的に、男色的に、つがいあう。ただしつねに破花は禁止。すべての男女はこの上なく心の暖まる、いっさいの不行跡、いっさいの淫蕩に耽溺すること。破花の時期が到来すれば、この瞬間におなじ状況のもとで、右のような乱行が行なわれ、いったん少女が洗礼をうければ、その後はいつでも、あらゆる方法で、あらゆる享楽に利用してもさしつかえない。
乱舞の宴がちょうど午前二時に終了すると、夜の勤めに指名された四人のやり手が上品なふだん着をつけてあらわれ、めいめい友人のひとりを伴なってベッドへおもむく。各友人はまた夫人たちのひとり、あるいはもしあれば、処女でない女、もしくは年長の女をひとり割りあてられ、この女とやり手のあいだに横たわって一夜をすごすが、これはみな各人の好みしだいで自由。ただひとつ条件としては毎夜各人の同伴者がちがう結果となるように、分別のある取りきめに服さなければならない。
以上が毎日の日程である。そのほか、やかたの逗留期間と定められた十七週のあいだ、毎週一日祝祭日をもうけること。まず最初に数組の結婚式をあげるが、その委細はあとで適当な個所で説明しよう。だが、第一回めの婚礼はいちばん年下の少年少女のあいだで行なわれる予定で、彼らはけっきょく床入りができないから、破花の予定計画をさまたげるようなことはけっしてないだろう。成年男女の婚礼はすべて破花後のことだから、すでに享楽されたものを享楽するわけで、彼らの床入りはなにもさまたげないはずである。
四人の少年少女の行動にたいして責任をもつ四人の年長者は、とがのある場合は、月間の監督役にそのむねを報告すること。毎週土曜日、乱舞の宴のさいに、処罰をとり行なう。重なる違反はこれを正確に記録して、そのときまで保管しておく。
語り手の不行跡に関しては、その処罰は少年少女の半分とする。なぜなら、彼女らの才能は有用で、才能はつねに尊重されなければならないから。夫人の行動上の過失については、いつも少年少女の二倍の処罰によってむくわれる。
いかなる男女も要求されたことを拒むときは、たといそれが不可能なばあいでも、極度に手厳しく処罰される。処罰の方法、手段は本人の選択にまかせる。
淫蕩行為のさいちゅうに、少しでも無礼もしくは反抗の色を示したり、あるいはその形跡が認められたりするときは、最大の罪とみなされ、もっとも残酷な刑罰に処せられる。
女を享楽する権限があらかじめ認められていないばあいに、女と関係中を現行犯でおさえられた男は体刑をうけて、手足一本を失う。
男女をとわず、その行為がいかなるものであっても、少しでも宗教的な行為が認められるときは死刑に処す。
友人らはあらゆる会合で、もっとも淫らな言葉、淫猥をきわめた意見、この上なくけがらわしく、粗暴で、冒涜的な表現などのほかいっさい用いないこと。
神の名は、けっして口にしないこと。ただし、毒舌または呪詛に付随して用いられるばあいはこのかぎりでない。そのような意味では、なんべん反覆してもよい。
友人らのうちだれか、以上の条文の一項にでも抵触すれば、あるいは常識の片鱗にでもしたがって行動しようという気になるならば、またとくに一日たりといえど、泥酔しないでベッドにつくならば、その者は一万フランの科料を支払うこと。
友人のなかで排便の必要を感ずるものがあるときは、適当と思われる種類の女が彼に同伴して、その行為中彼が指示する種々の義務を遂行すること。
男女をとわず、いかなる者も、月間の監督役の特別な許可がなくては、衛生上の義務、とりわけ排便後の義務をはたすことは許されない。もし拒否されながら、その必要にしたがうならば、きわめて苛酷な処罰をうける。
四人の夫人はほかの女性にたいしなんらの特権をも享有しない。その反対に、彼女たちはつねに最大限の厳しさと残忍さをもって取り扱われる。また彼女たちはしばしば、もっとも醜悪なもっとも苦しい仕事、たとえば礼拝堂にもうけられた一般用ならびに私用の便所の清掃に使用される。右の便所は毎週一回だけ、つねに彼女たちの手で清掃すること。もしその仕事を拒んだり、これを満足に遂行しないときは、厳罰に処せられる。
万一集会が行なわれているあいだに、これを忌避しようとするならば、人のいかんを問わずただちに死刑に処せられる。
料理女とその助手を尊敬すること。この条項を守らない友人があれば、金貨一千ルイの科料を支払うこと。これらの科料はフランスに帰国したさいに、とくに新設の社交団体に付随する創業費にあてられる予定である。
諸事万端はととのい、成文法も三十日に公表されたので、公爵は三十一日の朝、あらゆるものを検分した。また、条令をもういちど朗読したり、敷地を綿密に調査して、攻撃をうけやすいか、逃亡に有利かを検討したりした。
その結果、出るにもはいるにも、翼か悪魔の力かを借りる以外にないことを認めて、公爵はこの事実を全員に報告し、その夜は女たちを相手に熱弁をふるった。彼の命令で、女たちが全部聴衆席に召集されると、公爵は語り手の座席として設けられた玉座について、だいたいこんな演説を行なった。
「もっぱらわれわれの快楽のために予定された、よわよわしい、足かせをつけたドレイたちよ。まさか諸君はかんちがいをして、外界であたえられていた、おなじように絶対的な、こっけいな権勢がここでも諸君にあたえられる、とは思っていないだろうと信ずる。ドレイよりも千倍も自由を奪われた諸君は、屈辱以外のなにものも期待してはいけない。服従こそ、わたしが諸君にすすめる唯一の美徳なのだ。そのほかの美徳はなにひとつ、諸君の現在の状況にふさわしくないのだ。
とりわけ、じぶんの魅力を少しでも頼むような、バカな考え方をしてはいけない。そんな魅力などにけっして心をとめるな。そんな誘惑に、断じてわれわれは乗るものではない。たえず心にとめておいてもらいたいのは、われわれが諸君をひとりのこらず利用するということだ。諸君はだれひとりとして、われわれの心に憐憫の情をよびおこすことができるなどと思いちがいをしてはいけない。
諸君にかくしていても無益なことである。諸君のつとめは困難で骨がおれ、厳しいものであろう。少しでも反則行為があれば、ただちに苛酷な体刑をもって罰せられるだろう。そこで、わたしは敏速なきちょうめんさ、従順さ、全面的な自己否定などを諸君にすすめたい。それらを諸君の唯一の法則とし、唯々としてその命令に服し、むしろそれに先んずるようにするがよい。それというのも、このような行動によって諸君がたいそう得をするからではなく、もし守らないと、失うものが多いからである。
ふりかえって諸君の境遇を考えて見たまえ。諸君がなにものであり、われわれがなにものであるか、考えてみるがよい。そうすれば、その反省によって諸君は身ぶるいしておののくかもしれない。
諸君はフランスの国境を越えた、無人の山奥にあり、不毛の山々にかこまれているのだ。ここまで諸君がたどってきた道は、諸君が通ったあと破壊されてしまった。諸君はいま、難攻不落の城塞にとじこめられている。この世のなかで、だれひとり諸君がここにいることを知っているものはない。君たちの友だちや縁者の手のとどかないところにいるわけだ。この世のなかに関するかぎり、諸君は死んだも同然である。まだ息をしているとしても、それはわれわれの快楽のためであり、そのためにのみ諸君は生きているわけだ。
ところで、諸君が平身低頭して屈服している相手の男たちは、いったいなにものだろうか。自他ともに許す凶悪な犯罪行為を誇る人間どもで、淫蕩のほかに神をもたず、堕落のほかに法律をもたず、じぶんの淫欲のほかなにものもかえりみない、神や原理や信仰のない道楽者である。彼らの見るところでは、ひとりの女の生命など――いや、地球上に住むあらゆる女の生命などは、ハエをつぶすほどの値打ちもないのだ。
たしかに、われわれがやれないような不行跡はこの世にほとんどあるまい。諸君はそのひとつぐらいを見て、ろうばいしてはいけない。まつ毛ひとつ動かさず、平然として、それらのすべてに身を捧げ、どんなことがあっても忍耐と服従と勇気を示すことだ。かりに不幸にして、諸君のなかのだれかがわれわれの放らつな激情に屈するとしたら、じぶんの運命に勇敢に順応するがよい。人間はこの世に永遠に生きていくわけではない。女にとってもっともしあわせなことは、若くして死ぬことである。
われわれの法規は、諸君にもすでに読んでやったように、非常に気がきいていて、諸君の安全とわれわれの快楽をおもんばかって、りっぱに立案されている。だから、盲目的にしたがいたまえ。万一われわれが諸君のふらちな振舞いに立腹するようなことがあれば、諸君は最悪の事態を覚悟するがいい。
君たちのなかの数人はわれわれと血縁関係にあり、たぶんそのことで諸君は大胆になり、たぶんそのために寛大な待遇を期待しているかもしれない。が、血縁をあんまりあてにするとすれば、それはとんでもないまちがいである。血のつながりなどは、われわれのような人間の見るところでは、少しも神聖ではない。君たちにとって神聖に思われれば思われるだけ、その断絶はわれわれの精神の倒錯性をよけい刺激してくれるだろう。
娘たちよ。妻たちよ。君たちに、わたしがこれから話しかけようとしているのは、まずなにひとつ特権をゆるさないものと思ってくれ。このさい忠告しておくが、君たちは他人よりもかえってよりいっそう厳しく扱われるはずだ。
そればかりではない。われわれが君たちになにかやってもらいたい場合、いちいち指図するまでただじっと待っていてはいけない。身ぶりやまばたき、あるいは内心のちょっとした感情のあらわれでも、しばしばわれわれの欲望を伝えるだろう。その判断がつかなければ、君たちは厳罰をうけるのだ。ちょうど指図されてからも、その欲望に応じなかったり、鼻さきであしらったりすれば、厳罰に処されるのとおなじことである。
だから君たちはわれわれの動作、視線、そぶり、表情などをよく読みとって、とりわけわれわれの欲望について、まちがいのないようにしなくてはいけない。たとえば、その欲望が君たちの肉体のある特殊な部分を見ることだと仮定しよう。そして、君たちが気がきかないために、どこかほかの部分をあらわにしたものとしよう。その場合、そうした侮辱がどんなにわれわれの想像をかき乱すか、君たちにわからないはずはない。射出のためアヌスを期待しているのに、ビーナスを見せるなんて、愚の骨頂だが、そんなまねをして放蕩者の情熱をさましでもしようものなら、どういう目にあうか、君たちはちゃんと心得ているはずだ。
大体のところ、諸君の前のほうはめったにわれわれの目にふれないようにしたまえ。このけがらわしい部分は、いつもわれわれがいちばんいやらしく思っているところなのだ。
それから、諸君のアヌスについていえば、いろいろまもらなくてはならない注意事項がある。それを表示するさいには、その隣りの臭い毛そうをおおいかくすのが賢明だけれども、ある場合には、人がいつも見たがるような状態で、アヌスを露呈することはさけなければならない。たぶんわたしのいうことがわかるだろうと思うが、とにかく婦人の監督者たちがあとでいろいろな指示をしてくれるはずだ。
ひと口でいえば、おののき、ふるえ、さきんじ、したがえ、ということになる。これだけ用心すれば、諸君はえらく幸福にはなれないまでも、完全に不幸にはならないだろう。それから、仲間うちで謀叛《むほん》をくわだてたり、同盟をむすんだり、少女たち同志でばかな友情をいだきあったりしてはいけない。そんなまねをすると、ある意味では、心情が柔弱になり、別の意味では気むずかしくなって、諸君が定められている唯一の屈従にたいし、なかなか応じられなくなるのだ。よく考えたまえ、われわれは諸君をぜんぜん人間として眺めているのではなく、つとめの代償に衣食をあてがう動物として見ているのだ。そして、動物は使役をこばめばうち殺されるわけである。
諸君はすでに承知していようが、宗教的な行為を少しでも匂わせたり、その片鱗を示したりすることはすこぶる峻厳に禁止されている。わたしは警告しておきたい。この行為よりも厳しく処罰される犯罪はほかにあるまい、と。まだ諸君のなかに、このいまわしい神を放棄し、神の崇拝をやめるところまでゆきつけない、いくたりかのばか者がいることはわかりきっている。そこで、それらのばか者はやがて厳密に吟味されることを知らせておきたい。不幸にして現場をおさえられた者は、数かぎりない責め苦にあうだろう。今日世界じゅうを探しても、神の存在という、途方もない考えに執着しているものは二十人もいないこと、神の唱える宗教はこっけいにも詐欺師やぺてん師によって割りだされたつくり話にすぎず、われわれをたぶらかそうとする彼らの魂胆は現在あまりにも明白であることなど、これらの愚か者によく納得させ、確信させてやるがよい。
つまるところ、諸君はじぶん自身できめるがよい。神というものがはたして存在したか? この神はなんらかの力をもっていたか? 神は、今日そうなりつつあるように、美徳が悪徳や放蕩のいけにえにされるのを黙認するだろうか? この全能の神はわたしのような非力の人間が、神と対照すれば象の目にうつるチーズ|だに《ヽヽ》にすぎないわたしが、いま好き勝手にやっているように、神をののしり、神をばかにし、神に挑み、神を怒らせるのを黙認するだろうか?」
このちょっとした説教をべらべらとしゃべって、公爵は椅子をおりた。すると、じぶんたちがいけにえであるよりも、むしろいけにえを捧げる者であることを十分に承知していた四人の年長者と四人の語り手、つまりこの八人の女をのぞくと、すべての男女がわっとばかり泣きだした。が、公爵はそんな情景に心を動かされたふうもなく、みんなが勝手に臆測して、ああでもない、こうでもないとこぼしあうのを聞き捨てにして、内心では八人のスパイが細大もらさず報告してくれるものとかたく信じながら、部屋をでていった。
その翌朝からすべてが始まり、予定のからくりが動きだすことになっていた。そこで、一同は最後の手筈をおえて、ぐっすり眠った。翌朝十時が鳴ると、放蕩の舞台のカーテンがひきあげられ、いよいよ規定どおりに、なんの妨害もなく、当日を含めて二月二十八日まで、演出がつづけられるわけだった。
ところで、親愛なる読者よ、諸君は開びゃく以来のもっとも不純な物語、古代でも現代でもけっしてお目にかかれないような書物にたいして、よろしく心の用意をしておかなくてはならない。よい身だしなみによって認められるか、もしくは諸君がたえず口にし、諸君がなにも知らない、そして諸君が神と呼ぶところの、あのばか者によって求められるかするような、いっさいの楽しみ、もういちどいえば、そうした方式のいっさいの楽しみは、この書物からはっきり除外されるだろう。ひょっとして、そのような楽しみが本書のなかで見かけられても、それにはいつも、なにかの犯罪がともなうとか、なにかの醜行でけがされるとかしているだろう。
ここにひれきして諸君にお目にかけようとする放縦な乱行の多くは、きっと諸君のお気に召さないかもしれない。さよう、わたしもそのことを知っている。だが、なかには諸君を極度に興奮させるものも少しはあるわけだ。われわれが諸君に求めるのは、それだけである。いっさいがっさいをいいつくし、分析しつくしたわけではないのに、どうして諸君は、われわれに諸君の最大の好みを推量する能力を期待するのか? 気にいったものをとって、ほかのものは捨てる。これは諸君の仕事なのである。ほかの読者もおなじようにするだろう。そうすれば、少しずつ、みんなが満足してくれるだろう。
これはすばらしい饗宴の物語である。六百種の料理が諸君の味覚に供されるのだが、諸君はそれを全部平らげるつもりか? いや、まさか、そうではあるまい。だがそれにしても、このごうせいな、色とりどりの珍味は諸君の選択の範囲を大きくおし広げてくれるわけだ。そして、このような可能性の増大を喜んでこそくれ、諸君をもてなす接待者をとがめようなどとは夢にも思わないだろう。
ここでもおなじようにしたまえ。かってに選んで、あとは気にいらないからといって、とやかく苦情をいわずに、そっとしておきたまえ。考えてもみたまえ。のこった分だって、だれかほかの人をうっとりさせるだろう。哲学者になりたまえ。
色とりどりの多様性についていえば、それはまちがいなく本物なのである。ちょっと見たところでは、ほかのと寸分たがわないように思われる激情をよく吟味してみたまえ。そうすれば、ちがいがたしかに存在すること、しかもそのちがいはどんなにささいなものであろうと、いま問題にしている種類の淫蕩行為を特色づけるところの、微妙なニュアンスを、特質を、もっていることに気づくだろう。
そのうえ、われわれはこれらの六百種の欲情を語り手の物語のなかに織りこんだのである。物語の主体をはなれて欲情だけひとつずつよせ集めても、あまりに単調になりすぎるだろう。
それから、おおぜいの人物がこのドラマに登場するので、いちおう前口上で全員の名をあげて描写するだけの用心はしたものの、読者の便をはかって、各俳優の名前と年齢、それに簡単な素描をそえた索引をつけることにしよう。こうしておけば、さきへ進むにつれて、読者がなじみのないように思われる人物に出会っても、この索引をひきさえすればよいわけだ。また、これだけの補助では足りなければ、前にかかげたよりくわしい人物描写を参照されればよいだろう。
好色道場物語の登場人物
ド・ブランジ公……五十歳。サチュロス〔半人半獣の神〕に似た姿をし、巨陽とおそるべき腕力の持ち主。あらゆる悪徳とあらゆる犯罪の保管人と見てよい。母と姉妹と三人の妻を殺害した。
十何世かの司教……前者の弟、四十五歳。公爵よりもやせて、きゃしゃなからだつき。きたない口。ずるくて、如才なく、能動・受動両様の衆道《しゅどう》の忠実な信奉者。その他のあらゆる快楽を頭から軽蔑。かなりの財産を委託されていたふたりの少年を無惨にも殺害。強力にして、すこぶる敏感な道具をもち、discharge のさいに、ほとんど失神する。
ド・キュルヴァル議長……六十歳。やせて、ひょろ長い男。くぼんだ、生気のない目。不潔な口。卑わいな乱行と放蕩の生きた見本。からだじゅうおそろしくきたないが、そこに好色的なものを感じている。割礼をうけたことがあり、勃起はまれで困難、しかしその力はあり、ほとんど毎日エジャキュレイトする。その嗜好からして男性をより好むが、女性を少しも軽蔑しない。異常なのは、老年を好むことと、なんでも不潔な点でじぶんに似ているものを溺愛すること。器官は公爵のそれと事実上おなじくらいの大きさ。近年では、過度の淫事にまったく自制力をなくしたもようで、大酒飲み。彼の財産はもっぱら殺人のおかげで、名目上罪をとわれたのは、その伝記で委細をのべた殺人事件ひとつ。射出のさい、一種のみだらな激怒を経験し、そのため残忍な行為へかり立てられる。
デュルセ……金融業、五十三歳。公爵の親友で、学友。背が低く、ずんぐりしているが、からだつきは健康で、美しい。女みたいな姿態をして、すべてが婦人趣味。軟柔のために女性に快感をあたえる力がないので、この性をまね、毎日四六時ちゅう交合させている。また口淫を好み、これが彼に行為者としてのよろこびをあたえる唯一の手段である。快楽は彼唯一の神で、たえずいっさいのものをこれに捧げる用意がある。利口で如才なく、ふんだんに罪を犯し、じぶんの相続権をはっきりさせるために、母や妻やめいを毒殺した。冷厳にして、頑固、絶対にあわれみを感じない。もはや硬直しないから射出はゼロに近い。危機の瞬間にさきだって一種のけいれんがおこり、淫蕩な怒りを発するので、彼の欲情に仕えている者にとっては危険。
コンスタンス……公爵の妻。デュルセの娘。二十二歳。ローマ風の美人。手練手管よりも威厳をそなえ、丸ぽちゃではあっても、体格のがっしりした、すばらしい肉体の持ち主。独特のアヌスは曲型的なもの。髪毛も瞳も非常に黒い。才知がないわけではないが、じぶんの運命の恐怖にあまりにも敏感である。いかなるものも天賦の美徳という偉大な資産を破壊することはできなかった。
アドレイド……デュルセの妻。キュルヴァル議長の娘。きれいなかわいい女で、二十歳。ブロンド。たいへん優しい、澄んだ青い瞳。どう見てもロマンチックなヒロインといったタイプ。長い形のよい首筋。唯一の欠陥はやや大きすぎる口。乳房もお尻も小さくて、か弱いが、かっこうがよく、美しい。異様な精神の持ち主で、心情はやさしく、きわめて高潔で、信心深い。かくれてキリスト教徒としての勤めをはたしている。
ジュリー……議長の妻。公爵の長女。二十四歳。肉づき豊かな肥満型。きれいな褐色の瞳。美しい鼻。人目をひく快い顔だち。しかし、おそるべき口もと。ほとんど美徳をもたず、不潔、アルコール中毒、暴食、売淫などにたいする明白な性向をもっている。夫が彼女を愛するのは、欠点のある口のせいで、このような異常性がキュルヴァルの嗜好に投ずるわけだ。
アリーン……彼女の妹。公爵の想像上の娘。じっさいは公爵の妻のひとりで、司教の実子。十八歳。非常に人好きのする目鼻だち。健康にあふれ、褐色の瞳をもち、鼻は上向き。おそろしく怠惰で、ものぐさであるが、いたずらっぽいようすをしている。じぶんがいけにえにされている、いっさいの醜行を心底からにくんでいる。司教は十歳のとき彼女のうしろを洗礼した。お話にならないほどの無知な状態におかれ、読み書きを知らない。司教をひどく嫌い、公爵をひどくおそれている。姉をたいへん慕い、まじめで、きちょうめんで、妙な子供っぽい口のききかたをする。お尻はすてきである。
デュクロ……最初の語り手。四十八歳。容色の衰えを見せず身体も健全。類のないほどきれいな臀部の持ち主。ブリューネット。肉づきのよい、豊満な肢体。
シャンビーユ……五十歳。ほっそりしたかっこうのよいからだつき。色っぽい目。どうみても身辺一帯に淫乱な匂いが立ちこもっている。現職はぜげん。金髪で、美しい目。クリトリスは長く、アヌスは使いふるされているが、反対側の局所はまだ無キズ。
マルティーヌ……五十二年の星霜を経たぜげん。気品のある主婦らしい女。身体健全。だが、内部の障害のため、ソドムのよろこびしか知りえなかった。まるでそのよろこびのために特別に作られたようで、そうとうの年齢であるにもかかわらず、背後には世界でもっとも高貴なアヌスがさんぜんと光っている。広大なうえ、すっかり慣れているので、どんなに重いエンジンでも、まつ毛一本動かさずに収容することができる。なお往年の容色をとどめてはいるが、しだいにうつろいかけている。
デグランジェ……五十七歳。今日でも、世界に例を見ないほどの最高の悪女。背は高く、やせ型、顔色青白く、かっては黒髪の持ち主。犯罪の権化。しなびた腎部はマーブル紙か羊皮紙かといったところで、その穴はバカでかい。乳房は片方だけ。さらに三本の指と六本の歯と片目を失っている。これまで彼女が犯さなかった犯罪はひとつもないくらい。機才縦横、奸言を弄《ろう》して人にへつらうが、社交界では大いに尊敬をあつめているぜげんのひとり。
マリー……最初の婦人監督。五十八歳で最年少。鞭打ちや烙印の刑をうけ、盗賊団に奉公していた。目はどんよりと濁って、目やにを流しほうだい。鼻はひん曲り、歯はまっ黄色。片方の尻は潰瘍のためにむしりとられていた。十四人の子供を生み、ひとりのこらず殺してしまった。
ルイソン……二番めの婦人監督。六十歳。小柄で、びっこで、片目で、せむし。だが、それでも、まだたいへんきれいなアヌスの持ち主。いつでも犯罪をやるだけの用意があり、極端に陰険である。この女とマリーは少女監督に、つぎのふたりは少年監督に任命された。
テレーズ……六十二歳。骸骨を思わせるばかりで、毛髪もすっかりぬけ落ち、口は臭気ぷんぷん、お尻は傷跡だらけ。肛門の直径はものすごく、おそろしいくらいきたなくて、ひどい悪臭をはなった。片方の腕がよじれ、びっこ。
ファンション……六十九歳。六回もその肖像がしばり首にされ、あらゆる犯罪をやってのけた。やぶにらみで、鼻はぺしゃんこ。ずんぐり型のでぶ。額はあるかなし、歯は二本だけ。臀部は丹毒にかかり、肛門からは痔がたれさがり、子宮は下疳《げかん》にむしばまれ、腿は焼けただれ、乳房も癌におかされていた。たえず酒をくらっては嘔吐し、しじゅうところきらわず、屁や糞をたれほうだい。それでいて、じぶんはそれに気づかなかった。
少女のハレム
オーガスチーヌ……ラングドック男爵とかいう者の娘。十五歳。機敏で、美しい顔だち。
ファニー……父はブルターニュ公国議会の顧問。十四歳。。かわいくて、やさしい容姿。
ゼルミール……ボウスの領主ド・トゥルビュ伯の娘。十五歳。気品のある顔つき、非常に敏感な魂。
ソフィー……ベリー出身の郷士の娘。魅力のある器量。十四歳。
コロンブ……パリー議会顧問の娘。十三歳。はちきれるような健康美。
エベ……オルレアンの士官の娘。すこぶる放埓な態度。魅力ある目。十二歳。
ロゼットとミシェット……どちらも愛らしい処女といった顔だち。前者は十三歳で、シャロン・シュル・ソーヌの行政長官の娘。後者は十二歳で、ド・セナンジェ侯の娘。ブルボネー地方にある父親の家庭から誘かいされた。
少年のハレム
ゼラミル……十三歳。ポワトウの地主の息子。
キュピドン……おなじ年齢。ラ・フレシ近郊の出である一名士の息子。
ナルシス……十二歳。マルタの勲爵士で、ルーアンに住む一貴族の息子。
ゼフィル……十五歳。パリ在住の一将軍の息子。公爵に予定されている。
セラドン……ナンシーの判事の息子。十四歳。
アドニス……パリの一巡回裁判所の判事の息子。十五歳。キュルヴァルに予定されている。
ヒヤシンス……十四歳。シャンパーニュ地方に住んでいる退役将校の息子。
ギトン……王室づき小姓。十二歳。ニベルネー出身の一名士の息子。
八名のやり手
ヘラクレス……二十六歳。非常な好男子、だが、すこぶる拙劣な役者。周囲八と四分の一インチ、長さ十三インチの巨陽の持ち主。射出量多し。
アンティノオス……三十歳。男性の美事な見本。持ち物は周囲八インチ、長さ十二インチ。
バム・クリーバー〔尻さき〕……二十八歳。風貌はサチュロス〔半人半獣の神〕に似ていて、その巨大なファルスはサーベル形に彎曲、グランズもすこぶる大、最高円周三と八分の一インチ、長さ十三インチ。
スカイスクレイパー〔摩天楼〕……二十五歳。はなはだ醜いが、健康で元気旺盛。キュルヴァルの大の気に入りで、常にエレクトし、ファルスの円周は七と十六分の十五インチ、長さ十一インチ。
第一部
百五十態の単純な情欲または第一級の情欲。デュクロ夫人の物語をきいてすごした十一月の三十日間にわたり、そのあいまあいまに、同月中、やかたで行なわれた、さまざまな醜行を挿入。以上すべて日誌の形式で記述。
第一日
仲間は全員十一月一日午前十時に起床。これは四人の友人たちが細大もらさず厳守しようと、たがいに誓いあった成文法に規定されたとおりである。
友人たちと寝室をともにしなかった四人のやり手は、起床時間にゼフィルを公爵のもとへ、アドニスをキュルヴァルのところへ、ナルシスをデュルセのもとへ、ゼラミルを司教のもとへ連れてきた。四人の少年たちはたいそう臆病で、ぶざまでさえあったが、指導者たちの力ぞえで、りっぱに任務をはたし、公爵は discharge した。ほかの三人の同僚はもっとひかえめで、それほどおおまかではなかった……。
十一時に、彼らは少女らの居室へ移った。そこでは八人の若い姫君が裸体で現われ、そのままのかっこうでテーブルにチョコレートをならべた。手伝いと指導にあたったのは少女のハレムを監督しているマリーとルイソンだった。
さかんに手をふれたり、首にだきついたりされて、八人のかわいそうな犠牲者たちは両手でかくしたり、顔をそむけたりしたが、そのような遠慮がちな振舞いが主人たちをいらいらさせ、困らせているのに気がつくと、たちまちなにもかもあらわにして見せた。
公爵は弾丸のようにすばやく立ちあがると、ミシェットのほっそりした腰のあたりにあてて、じぶんのからだを測った。その差は三インチたらずだった。デュルセは、月間の監督役だったから、規定どおりの調査にあたり、必要な身体検査を行なった。その結果、エベとコロンブの反則が発見された。彼女らの処罰はその場で申しわたされ、つぎの土曜日の酒宴の時刻にとりきめられた。ふたりは泣いた。だれも心を動かすものはなかった。
彼らはつぎに少年たちの宿舎へおもむいた。その朝姿を見せなかった四人の者、つまり、キュピドンとセラドンとヒヤシンスとギトンは、命令どおりに背後を見せた。その光景は一瞬のよろこびをあたえた。キュルヴァルはみんなの口に接吻をし、司教はちょっとのあいだ一同を frig し、いっぽう公爵とデュルセはなにか別のことをしていた。検査はおわったが、違反行為はなにも見いだせなかった。
一時に、友人らは衛生設備のもうけられた礼拝堂へでかけた。きたるべき夜会に必要ないろいろな条件を考慮した結果、要求の多くを拒絶することになったので、わずかに、コンスタンス、デュクロ、オーガスチーヌ、ソフィー、ゼラミル、キュピドン、ルイソンが姿を現わしただけ。ほかの者はみな許可を求めたが、夜まで待つように忠告された。わが四人の友人は特別製の玉座のぐるりにならんで、七人の希望者をつぎつぎに席につけ、その光景に堪能すると、ひきさがった。
彼らはサロンへやってきたが、女たちが食事中だったので、じぶんたちの料理がでるまで雑談にふけった。友人らはめいめい、ふたりのやり手にはさまれて着席していた。それというのも彼らのテーブルには、夫人をのぞくいっさいの女人が同席することを禁止した規則があったからだ。四人の裸の夫人は、グリーイ〔一眼一歯を共有するという三人姉妹〕に化けた年長の婦人たちを助手につかって、もっともすばらしい、もっとも滋味にとむ昼食を運んできた。
彼らが連れてきた料理女ほど巧みな、腕達者なものはどこにもいないだろう。それに給料や待遇もひどくよかったので、どんな料理にしても、びっくりするほどの出来栄えになるのはあたりまえだった。昼食は夕食よりも軽くなければならなかったから、一同はそれぞれ十二品からなる最上等の四コースだけにとどめた。ブルゴーニュ産のぶどう酒はオードブルといっしょにならべられ、ボルドー産のものはアントレーといっしょに、シャンペンは焼肉といっしょにだされた。またエルミタージュぶどう酒は一口料理に、トーケイとマデーラ産のぶどう酒はデザートについた。
少しずつ一座は活気づいてきた。夫人連を相手に自由な振舞いを許されていたやり手たちは、彼女たちを少しばかりいじめだした。コンスタンスは、ぐずぐずしてヘラクレスのところへ料理を運ぶのがおくれたために、こづきまわされた。というより、なぐられた。公爵のおぼえがよいのを知っていたヘラクレスは、公爵夫人をぶったり、いたずらしたりする程度の無礼ならさしつかえあるまいと思っていたのだ。案のじょう、公爵はひどくおもしろがった。
キュルヴァルはデザートがでるころにはとても不機嫌で、じぶんの妻を目がけて皿を投げつけた。もし彼女が顔をひょいと下げていなかったら、頭をまっぷたつに割られていたろう。
デュルセは隣りの男の気配を感じると、さっそくズボンをはずして、食事中にもかかわらず、相手の前に尻をさしだした。そして、隣りの男と一戦がおわると、ふたりはなにごともなかったかのように、酒を飲みはじめた。
公爵もやがて旧友の小さな非行をまねて、スカイスクレイパーがどんなに大きい代物をもっていようと、相手になっているうちに、ぶどう酒の三本くらいは平気であけてみせると豪語した。なんという淫蕩の気安さ、なんという超脱性! 彼は賭に勝ったが、頭のほうはしだいにもうろうとしてきた。彼の目にとまった最初の対象はじぶんの妻で、彼女はヘラクレスからひどいあしらいかたをされて泣いていた。この光景を見るなり公爵は一刻の猶予もなく、彼女にいろいろなまねをした。が、ここではなにをやったか、まだはっきり述べるわけにはいかない。
読者もお気づきだろうが、われわれは出足をくじかれて、物事を順序立てようと努力しながら、まごついているしだいである。だからかなりたくさんのこまごましたことがらの上にカーテンをひいたとしても、ゆるしてもらえると思う。いずれカーテンがひきあげられることはたしかなのである。
わが選手たちは最後に、新しい快楽とより大きなよろこびが待ちもうけているサロンへはいった。コーヒーや酒類がアドニスとヒヤシンスのふたりの少年と、ゼルミールとファニーのふたりの少女からなる美しい給仕班の手で配給された。婦人監督のひとりテレーズが一同の監視にあたっていた。それというのも、ふたり以上の少年少女が集まるばあいは、だれか婦人の監督者がそばにいなければならない規定になっていたからである。
わが四人の放蕩者は、なかば酔っぱらってはいたが、それでもなおじぶんたちの法規を尊重する覚悟だったから、キッスや指戯で満足していた。とはいえ、彼らの淫蕩な知性は精妙をきわめた好色ぶりを発揮して、このようなおとなしい行動に興をそえるすべを知っていた。
ほんのちょっとのまだったが、司教はゼルミールに抉擦させながら、ヒヤシンスには途方もない仕草を強いて、いまにも降参せざるをえないようにおもわれた。司教の神経はすでにぶるぶるふるえて、けいれんの危機がその全存在をとらえようとしていた。けれども、よくじぶんをおさえて、彼の五感を圧服しそうになった誘惑物をくるっとまわしておしのけた。そしてまだこれからさき一日たっぷり仕事があることを承知していたので、最善の楽しみは夜まで保留することにした。
一同は六種類の酒と三種類のコーヒーを飲んだが、そのうち指定の時刻が鳴りわたったので、ふた組の少年少女は衣裳をつけにひきさがった。
友人らは十五分間昼寝をしてから、聴衆席へ移動した。それぞれ寝椅子に腰をおろした。公爵はお気にいりのヘラクレスを足もとに侍らせ、身辺には裸のアドレイド〔デュルセの妻〕と議長の娘をおいた。正面の四人組は、さきに説明したように、造花の鎖で彼の壁がんにつながれていたが、ゼフィルにギトン、オーガスチーヌ、ソフィーで、いずれも羊飼いの服装をしていた。そして年寄りの百姓女にふんして、彼女らの母親の役割を演ずるルイソンが一同を監視していた。
キュルヴァルの足もとにはスカイスクレイパーが侍り、寝椅子の上には公爵の妻コンスタンスと、デュルセの娘が横たわっていた。四人組はみんなスペイン風に、男女べつべつの衣裳を、できるかぎり上品にまとっていた。それはアドニス、セラドン、ファニー、ゼルミールの四人で、お目付け役らしい服装をしたファンションが彼らの監督にあたった。
司教は足もとにアンティノオスをおき、姪のジュリーは彼の寝椅子の上に横たわっていた。四人組はほとんど全裸の野蛮人たちで、少年組がキュピドンにナルシス、少女組がエベにロゼットだった。そして、テレーズのふんする老アマゾン〔女武者〕が彼らの担任であった。
デュルセはやり手にバム・クリーバーを選び、そばには司教の娘アリーンが横たわり、前方には四人の小さな姫君がならんでいた。これは女装の少年たちで、粋をこらしてゼラミル、ヒヤシンス、コロンブ、ミシェットの美しい顔だちが引き立たせてあった。マリーの演出するアラブ人の老ドレイがこの監督にあたった。
パリの一流街娼のようにすばらしい服装をした三人の語り手は玉座の下手の、寝椅子の上に腰をおろし、その月の語り手マダム・デュクロは簡素ながらたいそう優雅な装いをこらし、巧みにルージュをひいて、宝玉の飾りもおもおもしく、舞台の上の玉座についた。そして、じぶんの生涯におこったいろいろな出来事をこんなふうに語りはじめた。この物語のなかには「単純な欲情」という題目によって明示された最初の百五十態を挿入する予定になっていた。
「みなさん、あなた方のようなお歴々のお集まりを前にして、身の上話をするということは、なかなか容易なことではありません。でも、あなた方が大目に見てくださるので、わたしは安心です。あなた方は自然なもの、真実なものだけを求めておいでですから、わたしがこれからお話しする話はたぶん、みなさんの注目に値いするだろうと思います。
わたしの母は二十五歳のときに、わたしを生み落としました。わたしは二度目の子供で、最初の子も女、わたしとは六つちがいの姉でした。母の素性ははっきりしていませんでした。母は幼いころに両親を失いましたが、両親がパリのレコレー僧院の近くに住んでいた関係から、母はよるべのない文無なしの孤児になったとき、神父さん方の許しをえて、教会で施し物をもらえるようになりました。
ところが、そのころの母はまだ健康と若さに恵まれていたので、まもなく神父さん方の注意をひき、だんだんに下の教会から上の部屋へのぼり、やがて下へおりてきたときには妊娠しておりました。わたしの姉がこの世の光を見たのは、そうした冒険の結果だったわけで、わたし自身の誕生もどうやら、まさしくおなじような原因によるものであったと思われます。
けれども、神父さん方は母の従順な性質をよろこんでいたし、また、教会を大繁昌させてくれた功労も認めて、その代償に、教会内の座席の賃貸料からあがる利益を母にあたえました。母はこの役にありつくと、長老たちの許可をえて、さっそく教会の水運び人夫のひとりと結婚しました。男のほうも、少しもいやがらずに、すぐさま姉とわたしをひきとってくれました。教会で生まれ落ちたわたしは、いわば、じぶんの家よりも神の家によけい住んだわけです。母の手助けをして椅子をならべたり、寺男のいろいろな仕事を手伝ったりしました。まだ五つにもなっていませんでしたが、まさかのときには、必要とあらばミサの式だってやれたでしょう。
ある日わたしが神聖な仕事からもどってくると、姉がロウラン神父にまだ会っていないかどうかとたずねました。まだ会ってない、とわたしは答えました。
「それじゃ、気をつけるんだね」
姉はいいました。
「あの人あんたを探してるわ。そうなのよ。わたしに見せたものを、あんたにも見せたいのよ。にげるんじゃないよ。こわがらないで、あの人の顔をじっと見つめるがいいわ。あんたにさわりゃしないから。でもとってもおかしなものを見せるわよ。だまって見ていりゃ、うんとお金をくれるわ。ここらじゃ十五人以上も見せられたもんね。それがあの人の道楽よ。そうして、みんなにお小遣をくれたんだよ」
みなさんもけっこうご想像がつきましょうが、それだけきくと、ロウラン神父を避けるどころか、こちらから探しだそうという気になったのです。その年ごろでは、慎みの声などはせいぜいささやきくらいのものです。
わたしはさっそく教会へとんでいきました。そして墓地の入り口と修道院の中間にある小さな庭を横ぎろうとしたさい、どんとまともにロウラン神父にぶつかってしまいました。神父は四十歳くらいで、たいへん綺麗な顔をしていました。彼はわたしをおしとどめました。
「どこへいくんだね。フランソン?」
「神父さん、椅子をならべに」
「心配するな、心配するな、おまえのお母さんがちゃんとみてくれるよ。さあ、わたしといっしょにおいで」
彼は近くの、ひっこんだ部屋のほうへわたしをひっぱっていきました。
「おまえがまだいちども見たことのないものを見せてあげるよ」
わたしは彼のあとについて部屋にはいりました。すると、彼はドアをしめて、わたしをじぶんの真正面にすえました。
「いいかね、フランソン」
彼はでかぶつをひきだしていいました。
「どうだ、これほどのやつを見たことがあるかい? いまに見ておいで、こっからでるやつが、おまえたちを生みだした種なんだよ。わたしはおまえの姉さんにも見せてやった。おまえくらいの年ごろの女の子にはみんな見せてやったよ。ちょっと手をかしておくれ……わたしはみんなの顔にひっかけるのさ。これがわたしの欲情なんだよ。ほかにはなにもないさ……。もうすぐ見れるよ」
それと同時に、わたしはまっ白いしぶきを全身に浴びてしまいました。頭のてっぺんから足のさきまで……ロウラン神父は、
「すごいぞ! すごいぞ! ほら、じぶんをよくみてごらん。すっかりひっかぶったぞ」
と叫びました。が、しだいに自制をとりもどすと、身づくろいをし、わたしの手に十二スーをにぎらせて、だれでもいいから、小さな仲間をつれてくるように、いいました。
あなた方もすぐご想像がつきましょうが、わたしはもうそれ以上はのぼせられないと思うほど、すっかりのぼせあがってかけもどると、姉に一部始終をうちあけました。姉は一カ所でも見落としのないように、細心の注意をはらって、わたしをぬぐってくれました。それからわたしに小さな財産をかせがしてくれた姉は、ぬけめなく労賃を要求したのです。わたしはこの手本に教えられ、戦利品とおなじような分けまえにあずかろうと思って、できるだけ大勢の少女たちをロウラン神父のためにかき集めてやりました。ですが、すでに顔見知りの女だと、神父は彼女を追いかえして、わたしには奨励の意味で三スーにぎらせるのでした。
「いい子だね。でも、わたしはおなじ子には二度と会わないのさ。わたしの知らない子をつれてきておくれ」
わたしは前よりも上手にやってのけました。三月たつうちに、ロウラン神父に二十人以上の新しい女の子を紹介しました。神父は彼女たちにたいしても、わたしの場合とまったくおなじやりかたをしました。彼女たちが未知の子供であるという条件のほかに、もうひとつ年齢に関連した条件があり、それがまた、たいへん重要なようでした。つまり神父は四歳から七歳以外のものには用がなかったのです。
いっぽう、わたしの小さな財産はふえるばかり。ですが、姉はじぶんの領分が犯されていると知ると、このすばらしい取り引きをやめなければ、母になにもかもバラしてしまうから、といってわたしをおどしました。わたしはロウラン神父をあきらめるよりしかたがありませんでした。けれども仕事のつごうで、その後もわたしはあいかわらず、修道院の近くをうろついていました。七つを迎えたおなじ日に、わたしはひとりの新しい恋人に会いました。彼は気まぐれなことが好きでしたが、それがまたひどく子供っぽいようで、やや真剣なところもありました。
この人はルイ神父といい、ロウランよりも年上で、はるかにより放埓な彼の態度のなかには、なにやら名状しがたい特性がうかがわれました。わたしが教会へはいろうとして戸口のところに立っていると、ルイ神父はそばににじりよって、じぶんの部屋へきてくれ、といいました。最初は二、三度ことわりました。しかし、神父は三年前には姉も訪ねてきたし、いまでも毎日おなじ年ごろの少女と会っている、といってわたしを安心させたので、わたしはいっしょについていきました。
ふたりが彼の部屋にはいるかはいらないうちに、神父は戸をしめて錠をかけました。それからグラスになにかの薬液をついで、ひと息に飲みほすようにいい、さらに、もう三ばいついで飲ませました。用意がおわると、神父は彼の同僚よりもずっとやさしい態度で、わたしに接吻したり、手さきでからだにふれたりしました。それから、小用をしたくはないかいとたずねました。ちょっと前に飲まされた強力な薬のおかげで、ひどくその必要にかられていたわたしは、がまんができないくらいだけれど、人前ではできない、といってやりました。
「よしよし、おやり! いいとも、わしの小さな悪党さん」
みだらな神父が答えました。
「神かけていいとも。わしの前でだしなさい。そら、この上にな」
そういって、神父はわたしをだきあげて、ふたつの椅子にまたがらせると、椅子をできるだけ離してから、しゃがむようにいいました。そして下のほうに便器をおくと、じぶんも小さな腰掛けの上に腰をおろして、片手でじぶんのものをにぎりました。
「それっ、おやり」
神父は叫びました。
「魔法の液体をわしのにひっかけるんだよ。あついのが落ちると、わしの五感はしびれてしまうんだ」
ルイ神父はすっかり上気し、興奮していました。この異常な行為こそ、彼のいっさいの感覚がいつくしんでやまないものであったことはすぐわかりました。神父がわたしのお腹からほとばしりでた液体をのみこんだとたんに、もっとも甘美なエクスタシーの瞬間がおとずれたのです。それでわたしたちは同時に、おなじ容器を別々のものでみたしました。
それがおわるとルイ神父は、前にわたしがロウランから聞いたのとだいたいおなじような話をしました。小さな売笑婦たちをかり集める媒介者になってほしい、というわけでした。そこでこんどは、姉のおどしなど気にかけないで、わたしは大胆にも知りあいの子供たちをひとりのこらずルイ神父のもとへ案内してやりました。
神父はひとりびとりにおなじことをやらせました。そしておなじ子に二度、三度会ってもかくべつ痛痒を感じなかったし、またそのつどわたしには別に小遣をくれたので(それはわたしが子供たちから徴収した余分のお金とはぜんぜん別個のものでした)、六カ月もたたないうちに、わたしはかなりの小金を貯めこんでしまいました。それはぜんぶ自分のもので、ただ姉に内証にしておかなければなりませんでした」
「デュクロ」
キュルヴァルがここで口をはさんだ。
「われわれが忠告したとおり、おまえの物語には非常におびただしい、綿密な細部の描写がなくちゃいけないんだよ。おまえのえがいている欲情がどんなに精密に、どの程度まで人間の風俗や性格に関連しているかは、おまえがけっして状況を偽装しないということで決定されるのだ。そればかりじゃない。どんな些細な状況でも、おまえの物語から期待される種類の官能的な刺激をうる上に、大きな影響をあたえがちなものなんだ」
「はい、閣下」
デュクロは答えた。
「委細を省略しないで、人間の性格または欲情の種類などの解明に役立つばあいはいつでも、詳細をつくすようにといわれました。いまのわたしの話についてですが、なにかおろそかにいたしましたか?」
「したね」
議長はいった。
「わしには二度めの坊主のリンガがさっぱりのみこめん。そいつが discharge したかどうかも。それにその男はおまえを frig し、おまえにじぶんのを dandle させたかね? その点がわしのいうはぶかれた細部なのさ」
「おゆるしください、閣下」
デュクロは答えた。
「ではいまのあやまちを改めて、将来はそんなことのないようにいたしましょう。ルイ神父はふつうの、ありふれた道具の持ち主でした。周囲よりも長さのほうが余計ありました。……いいえ、べつにわたしのセックスにはふれませんでした。ただ urine がでやすいようにおしひろげただけです…… discharge は急激で、猛烈で、ほんのちょっとの間でした……『さあ、しろ。かわいい娘よ、piss! 聞こえるかい? どんどんするんだ……』そういいながら断続的に、わたしの口にキッスをふりまきました。あんまりみだらなキッスではありませんでした」
「そこだ、デュクロ」
デュルセがいった。
「議長のいったとおりだ。はじめおまえの話をきいたときには、どうもはっきり浮かびあがってこなかったんだ。だがいまやっとその男のようすがはっきりしたよ」
「ちょっと待て、デュクロ」
司教は彼女が話をつづけようとするのを見て、いった。
「わたしのほうにはな、小用以上にさしせまった必要があるんだよ」
そういいながら、司教はナルシスをじぶんの壁がんへひきよせた。司教の両眼からは火花がとび……唇には泡がたった。姪とくだんの少年をひきずって、三人は密室に消えた……しかし、このばあい、自然の意思は司教の欲望に合致しなかった。
密室にのいて、ものの数分もしないうちに、司教はものすごいけんまくで、前とおなじようなエレクトした状態で姿をあらわしたかと思うと、十一月の監督当番であるデュルセにむかっていった。
「その妙な子せがれを土曜日になにか実演させてくれたまえ」
司教はくだんの妙な子せがれを十フィートもさきへつきとばした。
「どうか、そいつをきたえてくれたまえ」
その少年が司教閣下を満足させることができなかったのは明白だった。ジュリーは父親の耳に密室での出来事をささやいた。
「うん、そうか。それじゃ別のをとればいい」
公爵は叫んだ。
「君の分がうまくいかなけりゃ、われわれ四人組のなかからひとり選ぶさ」
「ああ、ちょっと前ならあの小僧でもまにあったはずだが、いまとなってはとても、わたしは小僧では満足できますまいて。ゆがめられた欲望がどこへゆきつくかは、あなた方も知ってるわけだ。わたしはがまんするよ。だが、あのバカな小僧っ子にゃ、あんまり情をかけんように頼みますよ。わたしの忠告でさ」
「安心したまえ、司教殿」
デュルセがいった。
「きっと、たんまり、しかって進ぜますぞ。ほかの者の見せしめにするというのは、すばらしい思いつきだ。でも君がそんな状態にあるのは気の毒だね。なにかほかのことをやってみたまえ。こんどはあいてにやらせてみるのさ」
「閣下」
マルティーヌが口をはさんだ。
「閣下さえその気なら、わたしが満足させてさしあげたいと思いますが」
「いいや、断じて!」
司教は叫んだ。
「女の尻の穴などくそくらえ、といったばあいが何千回もあることをおまえは知らんのか? 待とうよ、待とうよ……。さあ、デュクロに話をつづけさせよう。わたしは今晩、やってのけるさ。だれか好きなやつを見つけにゃなるまいが。デュクロ、さきをつづけて」
友人らは司教のみだらな率直さに腹をかかえて笑った。語り手はふたたびこんなふうに話をつづけた。
「わたしが七歳になってまもなくの話ですが、ある日、例によって小さな仲間をルイ神父のもとへつれていくと、たまたま神父の部屋に別の坊さんがいあわせました。前にはそんなことが一度もなかったので、わたしはびっくりして、立ち去ろうとしました。ですが、ルイ神父が心配せんでもよいというので、小さな友だちとわたしは思いきってなかへはいりました。
「ほらきた、ジェフリ」
ルイ神父はわたしを相手のほうへおしやりながら、仲間にいいました。
「彼女はすばらしいといったろう?」
「うん、ほんとに、すばらしいぞ」
ジェフリはわたしを膝の上にだきあげて、接吻しながらいいました。
「おまえはいくつだね?」
「七つよ、神父さん」
「わしと、ちょうど五十ちがいだ」
神父はもういっぺん接吻していいました。こんな会話をかわしているうちに、いつものようにシロップの用意ができ、わたしたちはてんでに三ばいずつ大きなコップで、それを飲みほしました。ふだん、ルイにおもちゃをとどけるさいには、わたしは飲まない習いだったし、彼としても新しい相手からふりまいてもらうことを期待していました。それにいつもなら、わたしはすぐに立ち去るはずでした。それやこれやで、わたしはふたりのやり方にびっくりして、天真らんまんな、なにも知らない調子で、たずねました。
「でも、神父さん、なぜわたしにまで飲ませるの? わたしにも小用させたいの?」
「そうだよ。してもらいたいのさ」
あいかわらずわたしを腿のあいだにしっかとはさんで、両の手をわたしの前のほうにやっていたジェフリは答えました。
「そうだとも。おまえも小用をおし。こんどの冒険はわしが相手だよ。たぶん、おまえがここで経験した冒険とは少しばかりちがうだろうがね。きあ、わしの部屋へおいで。ルイ神父はおまえのお友だちといっしょにここにのこしておいて、わしらはわしらで仕事にかかろうよ。用がすんだらまたもどってこよう」
わたしたちは部屋をでました。その前にルイは小声でわたしに、友だちのジェフリを堪能させてあげなさい、そうしてやっても、けっしてあとで後悔するようなことはないから、とささやきました。ジェフリの部屋はルイのところがらあまり離れていませんでした。わたしたちはだれにも見られないで部屋につきました。ふたりが一歩なかにはいるやいなや、ジェフリは戸をかたくとざして、スカートをぬぎ捨てるようにいいました。
わたしが命令にしたがうと……ジェフリは寝台のはしにわたしをすわらせて、できるだけ広く両足をひろげ、同時に腹部がすっかり見えるように、うしろへおし倒しました。彼はずっとそのままのかっこうでいるように、そして腿をちょっと手でたたいたら piss をはじめるようにと、頼みました。それからちょっとのま、わたしを吟味して……じぶんのリンガに刺激をあたえるため、日ごろのやり方にかかったのですが、それは彼に最大限のチチラチオをあたえるものでした。彼はわたしのあいだに膝まずいて……なんども口をよせ、低声《こごえ》でとてもわたしには覚えられないような文句を低い声ではきだしました。というのも、当時のわたしにはそれらの言葉が理解できなかったからです……そしてとうとう、わたしは合図をうけたので、すぐさま膀胱のなかにたまっているものを排出してしまいました……。万事がたいへん順調にいって、最後の一滴をのみくだしたせつなに、彼のリンガは血の涙を流して泣きました。
手足をぶるぶるふるわせて、ジェフリはすっくと立ちあがると、ややだしぬけに、わたしに十二スーくれました。そしてほかの人のように、友だちをつれてこいともいわないで(だれかほかに相手のいることは明らかでした)、戸をあけると、友人の部屋へいく道を指しながら、じぶんは急いで仕事をやらなくてはならないから案内してやるわけにはいかない、といって、わたしに返事をするいとまもあたえず戸をしめてしまいました」
「いやまったくだ!」
公爵はいった。
「幻覚がめちゃくちゃになる瞬間を絶対にがまんできない人びとは数知れんくらいいるよ。女が無力な状態にあるのを見ると、その人の誇りが傷つけられるようなもので、そうした瞬間に体験されるろうばいには、嫌悪感がつきものなのさ」
「いや、ちがう」
アドニスを膝の上にのせて frig させ、両手でゼルミールをなでまわしていたキュルヴァルがいった。
「君、それはちがうよ。誇りなんかは無関係だよ。刺激が猛烈であればあるだけ、その刺激が情景の美しさをささえなくなるとき、それだけよけいに魅力は剥奪されるわけだ。ちょうど多少でも骨を折ったあとでは、多少なりと疲労するのとおなじりくつさ。そしてそのときに感ずる嫌悪感などは、食傷した人間の感傷にすぎんよ。そんな人間にとっては、幸福にあきあきしたという理由で、幸福は不愉快なものなのだ」
「だが、やっぱし、その嫌悪感から」
デュルセが口をはさんだ。
「復しゅうの計画も往々生まれてくるよ。その重大な結末はときたま世間でも見かけるがね」
「さよう、しかしそれは別の問題じゃ」
キュルヴァルが答えた。
「いろいろな物語の結果がたぶん諸君の論題の手本を示してくれるだろうから、ひとりでに生みだされるはずのものを、前もって議論することはなかろうじゃないか」
「議長、率直にいいたまえ」
デュルセがいった。
「君自身が錯乱症になりかけているので、きっと君は現在、人がどうして嫌悪感をいだくかを論議するより、どうしたら享楽できるかを知るほうがよっぽどましだと思っているんだ」
「いいや、ぜんぜんそんなことはちっともないさ」
キュルヴァルがいった。
「わしは氷のように冷静じゃよ。なるほど、たしかに」
彼はアドニスの唇にキッスしてから、つづけた。
「この子は美しいわい。だが、こいつはやってはいかんことになっとる。諸君の残酷な条令ほどひどいものはほかにないな。だが、とにかく、ことがらが大事じゃ。ことがらが――。さあ、デュクロ、つづけて。わしにも愚劣なことがやれそうな気がするよ。少なくともベッドにはいるまで、わしの幻覚をそっとしておきたいな」
議長は、ファルスに反逆の気ざしが見えたので、ふたりの少年をもとのところへ追いかえして、コンスタンスのそばに横たわった。が、彼女は美しくはあったけれど、明らかに、それほど彼を興奮させることができなかったので、彼はもう一度デュクロに話をつづけるように頼んだ。そこでデュクロはさっそく、つぎのように語りだした。
「わたしはふたたび小さな仲間といっしょになりました。ルイ神父へのサービスもおわっていました。わたしたちふたりは修道院を立ち去りましたが、それほどおもしろくはなかったので、わたしは二度とそこへはいくまいと決心しました。ジェフリの調子がわたしの小さな自尊心を傷つけていたので、不愉快になった原因をさらに追求してはっきりさせようともしませんでした。わたしはその明白な原因にしても、その結果にしても、好まなかったのです。
けれども、この神聖な修道院で、さらに二、三の冒険に出会うことが、わたしの運命のなかにあらかじめ書きしるしてありました。それに、十四人の聖職者をあいてに商売をしたという姉の手本は、わたしがまだまだ旅路のおわりからほど遠いところにあることを確信させてくれました。
最後の事件があってから三月して、わたしは神父のひとりで、六十ばかりの老人がわたしに交渉の申しいれをしているのに気づきました。彼はあらゆる計略を使って、じぶんの部屋へくるようにと、わたしを口説きました。その計略のひとつが図にあたって、まんまと図にあたって、ある晴れた日曜日の朝、わたしは彼の部屋を訪ねていきました。どうしてそんなことになったのか、じぶんにもわけがわかりません。
アンリ神父と呼ぶこの老いぼれた悪党は、わたしがしきいをまたぐやいなや、戸をしめて錠をおろしてしまいました。そして心をこめてわたしをだきしめました。
「このいたずら娘め!」
彼はよろこびにうかれて叫びました。
「とうとうつかまえたぞ。こんどはのがさんぞ。は、は、は!」
そのころは気候がとても寒くて、わたしは冬の子供にありがちなように、鼻水をたらしていました。そこでハンカチをとりだしました。
「そりゃなにかな? そりゃなにかな? 大事におし」
アンリはいいました。
「その始末をしてあげるのはこのわしだ」
神父はベッドの上に、頭をちょっと片方にかしげさせて、長ながとわたしを横たえると、じぶんはそばに腰をおろして、わたしの頭を膝の上にだきかかえました。見たところ、彼の両眼はわたしの頭からでた分泌液をいまにもむさぼろうとしているかのようでした。
「おお、きれいな、かわいい鼻たれ顔」
神父はあえぎながら、いいました。
「これから吸うてやるぞ」
そういったかと思うと、わたしの顔の上におおいかぶさって、わたしの鼻を口中にいれ、わたしの鼻と口のあいだの粘液をすっかりむさぼりつくしたばかりか、舌端をかわるがわる鼻孔のなかへさしこんで、わたしに二、三度くさめをさせて、分泌をさらにふやしておいてから、またもがつがつと舐めてしまいました。
けれどもみなさん、この男についてくわしいことはおたずねにならないでください。なにひとつ表にはあらわれませんでした。なにもしなかったか、またはズボンのなかでやってのけたか、とにかく外にはなにも見えなかったのです。なん百ぺんも接吻し、みだらに舐めずりまわしながら、それでいて、エクスタシーとおぼしきものはぜんぜん認められませんでした。したがって、わたしの意見では、エジャキュレイトしなかったものと考えます。
わたしの衣服はきちんとしており、彼の両の手さえじっとしたまま動きませんでした。この老いたる道楽者の気まぐれな酔狂は世界じゅうでもっとも品行のよい、もっとも純潔な少女を相手にしてはじめてみたされたといってもまちがいありません。
とはいえ、わたしが九つになったおなじ日に当面したある運命については、いまとおなじことはいえないでしょう。道楽者の名前はエティエンヌ神父と申しましたが、彼はなんべんも姉にわたしをつれてくるように頼んでいたのですが、姉はわたしにひとりでいくように誓わせました。それというのも、姉はもうとっくになにか臭いことに感づいていた母親に、ひょっとしてなにもかもばれてしまうとたいへんだ、と心配していたので、わたしといっしょにいきたがらなかったのです。
そんなわけで、わたしはどうやって神父を訪ねようかと思案しておりましたところ、ある日、教会の片すみの墓地の近所で、本人にばったり出会ってしまいました。彼の態度はたいそういんぎんで、おまけに言葉巧みにわたしを口説いたので、力ずくでわたしをひっぱっていく必要などぜんぜんありませんでした。エティエンヌは四十くらいで、健康なたくましい大柄な美男子でした。ふたりが部屋のなかにとじこもると、彼はすぐさま、ファルスの抉擦法を知っているかどうかとたずねました。
「お気の毒ね!」
わたしは耳のつけ根までまっ赤になっていいました。
「あなたのいってることがさっぱりわからないの」
「よし、それじゃ説明してあげよう」
神父はわたしの口や目に心からの接吻をあびせながらいいました。
「この世のわたしの唯一の楽しみは小さな娘たちを教育してやることなのさ。わたしが教えるレッスンはとてもすてきだから、きっと忘れられなくなるよ。まず最初にスカートをぬぐんだね。なぜかというと、君がわたしに快楽をあたえるように、そのやり方を君に教えるとすればだ、その快楽をうけとるようにするにはどうすればよいかも同時に教えなくちゃいかんわけだ。ではかかろう。まず君からだ。その下のほうにあるものをよく見てごらん」
神父はわたしの mons veneris に手をおいていいました。
「これが cunt だよ。こころよい感覚をよびさますためには、こうしなくちゃいかん。一本の指を使って――一本でいいよ――そこにちょっと突きでているところを軽くこするのさ。ついでだが、それは clitoris というんだ」
わたしは指示に従いました。
「そら、こんどは、こんなふうに……」
神父はわたしの手を加減しました。
「それでいい。そうだ……で、なんともないかね?」
「ええ、神父さん。ほんとになんともありません」
わたしはひどくあどけなく答えました。
「ああ、そりゃ君がまだほんの子供だからさ、でもあと二年すれば、快感を味わえるだろうよ」
「待って」
わたしはさえぎりました。
「なんだか変だと思うわ」
……たしかに、わずかな軽いチチラチオのおかげで、わたしはそれがウソでないことを確信しました。わたしはその後、この自慰法をさかんに利用したので、この教師がいかに有能な資格の持ち主であったかを一度ならず痛感しました。
「さあ、こんどはわたしの番だよ」
エティエンヌはいいました。
「君のよろこびのために、わたしの欲望をよびおこしておくれ。わたしはただそれにあやかるだけだよ。そら、これをとって」
神父はとても大きなのをにぎらせました。
「……こんなふうにするのさ。この運動を frigging というがね……さあやってごらん。力いっぱいやるんだよ……。だがひとつだけ、ぜひ覚えておいておくれ」
神父はそのあいだわたしの手の加減をしながら、つけくわえました。
「この皮膚だが、わたしたちは prepuce といっているがね、けっしてここへかぶしてはいかんよ。もしこの prepuce がこの部分に――これは gland というがね――おおいかぶさるようなことがあると、わたしの快感は台無しになってしまうのさ。そうそう。いまにおもしろいことになるよ……」
神父はそういいながらわたしの胸にからだをおしつけて、とても巧みに両手を使ったりしたので、とうとう快感が高まって、わたしの全身をとらえました。このわたしの初の手ほどきがエティエンヌ神父のおかげであることは、露ほどの疑いもありません。
それからわたしは頭がふらふらしてくると、じぶんの手を休めました。いっぽう、神父はまだおわりそうでもなかったので、一時じぶんの快楽を忘れて、もっぱらわたしのそれの増大に専心してくれました。そして、わたしがすべてを味わいつくしたころを見はからって、もういちど仕事にかからせました……。わたしは心をこめて、いわれたとおりにしました。わたしは心楽しく仕事にかかり、彼の指図をすべてよくまもったので、さすがの神父も力強い連打に負けて、とうとうそのいっさいの怒りをぶちまけて、わたしのからだじゅうに毒液をあびせかけました。
……この法悦境はしばらくつづきましたが、ついに伊達男のエティエンヌは法悦境からさめて、わたしにいいました。君はとても美しい。またぜひ会いにきてほしい。今日とおなじにいつでも歓迎するから、と。そして銀貨を一枚わたしの手におしつけると、もとのところへわたしを案内して、思わぬ幸福をつかんであっけにとられ、夢中になっているわたしをのこして、立ち去りました。
修道院にまつわる印象が前よりずっとよくなったので、わたしは今後もしばしば通いつづけようと決心しました。年齢を重ねるにつれて、そこで出会う冒険もますます快美なものになるだろうと思いこんでいたからです。
けれども運命はわたしをあらぬほうに連れていきました。新しい世界ではもっと重要な出来事がわたしを待っていました。わが家へ帰ってみると、ま新しい体験の幸福な成果によって生まれた得意な陶酔気分をたちまちさますことになった意外なニュースを知ったのです」
ここでサロンのベルの音がなって夕食を知らせた。そこでデュクロは、さいさきのよい出足を示してみんなのかっさいを博しながら、舞台からおりた。友人らはつぎの新しい快楽に思いをはせて、宴楽の神コムスが彼らのために用意しているものをいそいで見つけだそうとした。
この夕食では八人の裸体の少女たちが給仕にあたった。ぬけめなく数分前に聴衆席をでていた少女たちは、主人らがこの新しい環境にはいってきたときには、ちゃんと用意をととのえて待機していた。食卓につらなる連中はみんなで二十人の予定だった。道楽者の四人にやり手八人と少年八人。けれどもまだナルシスにひどく腹を立てていた司教は、饗宴に彼が出席することを拒否した。四人がおたがいの気まぐれを認めあって、寛大な精神を遵守《じゅんしゅ》することはきわめて当然であったから、だれも司教の宣告に異議をとなえるものはなかった。こうしてかわいそうに、小さなばか者はただひとり暗い密房にとじこめられて、司教がふたたび彼と仲直りする気になるかもしれないつぎの段階を待ちうけることになった。
夫人連や語り手たちはつぎの乱行に備えて、ほかの部屋で大急ぎで夕食をとった。また年長の婦人連は八人の少女の挙措動作を監督して、いよいよ晩餐が開始された。
この晩餐は昼間にでた食事にくらべると、ずっとおおがかりなもので、その豊富なこと、豪華なことは格段の差であった。ます最初にでたのは、貝のスープと二十品からなるオードーブルであった。つづいて二十種のアントレーがでて、すぐまたそのあとに、チキンの胸部と各種の猟鳥肉だけをありとあらゆる方法で調理した、より軽い二十種のアントレーがつづいた。これを補ったのは各種の焼肉だった。この世にまたとないほどの珍味がすっかり食卓にもられたのである。
そのつぎは、冷たいパイ、それからまたすぐ、ありとあらゆる種類と形式の一口料理が二十六種ならんだ。いったんテーブルがきれいに片づけられると、いれかわりに砂糖入りのパイが、冷たいのや熱いのが山ほどならべられた。最後にでたのはデザートで、季節に関係のない途方もないほどたくさんな色とりどりの果実、それから水菓子、チョコレート、飲物などがふくまれていた。
ぶどう酒はというと、各コースごとにその種類も千差万別だった。最初のコースではブルゴーニュ産のぶどう酒が供され、二番めと三番めにはイタリア産の二種のぶどう酒、四番めにはライン産ぶどう酒、五番めにはローヌ産ぶどう酒、六番めにはすばらしいシャンパン、あとの二コースには二種のギリシャ産ぶどう酒がついた。
友人らはびっくりするほど元気旺盛だった。それというのも昼食の場合とちがって、晩餐中は給仕係りの少女たちをいじめるとか、苛酷に扱うとかはゆるされなかったからで、むしろ寛大に遇さなければならなかった。だがその反面、彼女たちを相手に、ひとしきり卑わいなばか騒ぎにふけった。
なま酔いかげんの公爵は、おれはもう酒は一滴も口にせんぞ、これからさきはゼラミルの小用か無かだ、と叫んで、その少年をテーブルにのぼらせて、皿にうけたものを大グラスに二はいあけてしまった。
「まったく若い子の piss を飲むにしくものはなしだ」
キュルヴァルはそういって、ファンションをよび寄せた。
「ここへこい。わしはじかにもとから飲んで、渇をいやしたいんじゃ……」
とかくするうちに、彼らの話はだんだんに熱をおびてきて、いろいろな哲学上の問題をとりあげたり、風俗に関するいくつかの問題を論じたりした。そうした議論の純粋性や道徳的反省の崇高性は、よろしく読者のご想像にまかせよう。公爵は放蕩を賛美して一席ぶち、それが自然なもので、自然によって鼓吹されたものであり、その乱行が多ければ多いだけ、われわれいっさいのものの造物主の意図によりよくかなうことを証拠だてた。彼の所見は一同の絶賛を浴びた。やがて四人は席をたって、いま確認されたばかりの原理を実践しにでかけた。
狂乱のサロンではいっさいの準備がととのっていた。女たちは早くもまっ裸になって、床の上につんだ枕の山の上に身を横たえていた。これらの枕はデザートがでたあと、すぐ急いで席をたった若い|かげま《ヽヽヽ》たちのあいだに、乱雑にばらまかれていたのである。
わが友人らはよろめきながらサロンへはいった。年長の婦人ふたりが一同の衣服をぬぎ去ると、一同はまるで羊のおりを襲う狼のように、男女の群れにとびかかっていった。
司教は先刻の故障のため欲情がひどくたかぶっていたので、さっそくアンティノオスのすばらしいアヌスをつかんだ。いっぽうヘラクレスがくし刺しにすれば……ついに司教は屈服して semen を放出、エクスタシーのさなかに失神してしまった。バッカス神のたくらみが過剰に食傷し、快楽にしびれた官能を悩殺したわけである。こうしてわが主人公は失神したまま、やがてぐっすり眠ってしまったので、人びとは彼をかついでベッドへ運んだ。
公爵はそのあいだひどく楽しいときをすごし、またキュルヴァルはマルティーヌのアヌスをふさぐ……といったぐあいで、無数のおそるべき出来事と、数かぎりない乱行がつぎつぎと展開していった。そして、わが三人の不屈の勇者たちは、迎えにきた四人の夜間勤めのやり手たちに守られながら、聴衆席で寝椅子を共にしていたおなじ夫人連をつれてサロンを退出した……。
以上が第一日におこったいろいろな出来事であった。
第二日
一同はいつもの時間に起床。前夜の度をすぎた乱行ぶりから完全に回復し、朝の四時に目をさました司教は、同伴者もなしに、たったひとり寝床についているのを知って、がくぜんとなった。そこでさっそく、ジュリーと彼のやり手を夜勤に召集して、部署につくように命じた。ふたりはすぐ要望にこたえた。そこで、ふたりの腕にだかれて、この道楽者はふたたび新しい淫猥行為のまっただなかへとびこんでいった。
規則どおりに少女たちの宿舎で朝食をとると、デュルセは巡察にかかった。いろいろの弁明をきかされたとはいえ、種々違背行為が彼の目にとまった。ミシェットはある種の落ち度を犯していたし、また、キュルヴァルが一日中ある状態でいるようにと命じていたオーガスチーヌは、ぜんぜん逆の状態にあることが判明した。彼女は忘れていたといい、弁解にこれつとめて、もう二度としませんと誓った。しかし、四人の仲間は仮借しなかった。ふたりの名前はつぎの土曜日に執行される懲罰の一覧表に書きこまれた。
デュルセは少女たちがそろいもそろって自慰の技巧が不手ぎわであることにひどく不満だったし、また、前夜この不器用なやりかたに悩まされていたので、朝の一時間を別にして、講習をうけること、友人らは交替で一時間だけ早起きすること、実習時間は九時から十時までとすることなどを提案した。
その結果つぎのような決定をみた。監督者はハレムの中央の椅子にゆっくり腰をかけていること。各少女は城内随一の抉擦者であるデュクロの指導にしたがうこと。彼女は少女の手や動きを指示し、テンポの複雑さ、つまりどれだけの速度が必要とされ、それが被施術者の状況によっていかに左右されるかなどを解明したり、また、上々の首尾をもたらす最適の姿勢や態度を説明することなどがきまったのである。なおまた、二週間後に講習をうけながら、この技術を完全に会得していない者にたいしては、種々の罰則も定められた。
金融業者デュルセの提案はみんなから歓迎された。デュクロは通知をうけるとすぐその任務をひきうけた。そして、その日のうちに、抉擦用の練習台を設けた。
ヘラクレスは少年の宿舎でおなじ教官の役に任命された。だが、少年はいつもそうだが、この技術の点では、少女よりもはるかに優秀だった。というのも少年のばあいは、じぶん相手が他人相手になるだけの問題にすぎなかったからである。だからこの世でお目にかかれるかぎりの、もっともりっぱな抉擦団に仕上げるのに、一週間もあれば十分だった。
その日の朝はだれひとり罪を犯したものはいなかった。ナルシスの前日の振舞いのために、いっさいの許可が拒否されたので、礼拝堂はデュクロ、ふたりのやり手、ジュリー、テレーズ、それにキュピドンとゼルミールを除くと、がらあきだった。
キュルヴァルはふだんの数倍も硬直していた。彼が少年の宿舎を訪れたさい、アドニスがおどろくほどの熱情をたきつけたからだ。それで、テレーズとふたりのやり手がそれぞれの任務についているのを見て、一同は彼が噴出させるのではないかと思った。ところが彼はこれをじっとこらえた。
昼食はいつものとおりだった。けれども、キュルヴァルはふだんとかわって大量に飲み、食事中にもかえってふざけまわったので、オーガスチーヌとミシェット、それに老ファンションの指揮をうけていたゼラミルとキュピドンがコーヒーを食卓にならべたさい、またしても、ひどく燃えあがってしまった。この老幼の対照からキュルヴァルの新たな、淫蕩な熱狂ぶりが生まれ、ゼラミルと監督者の老ファンションをあいてに演ぜられた、底ぬけの乱行にうつつをぬかし、ついにこの放らつな仕草がたたって、discharge を招いてしまった。
公爵は、やや超然として、オーガスチーヌに迫った。わめいたり、ののしったりして、だんだん分別を失っていった。かわいそうな少女は、すっかり震えあがって、いまにもとびかかろうとする猛禽にねらわれたハトのように、あとずさりした。けれども、公爵は四、五回みだらな接吻をあたえるにとどめ、つぎの朝彼女がはじめる予定の行動にさきだって、一種の予備的な手ほどきを示すだけで満足した。
ほかのふたりはそれほど勇みたってはいなかったし、早くも居眠りをはじめていたので、ふたりの勇士もこれにならった。そして四人の仲間は六時まで、つまり聴衆席で物語がはじまる時刻まで目をさまさなかった。
前日の四人組はみんな顔ぶれも衣裳も変わって、わが友人らはつぎのような女たちと寝椅子をわかった。公爵は司教の娘で、したがってじぶんの姪のアリーンといっしょに、壁がんのなかにこもった。司教のそばには、公爵の妻でデュルセの娘であるコンスタンスが横たわっていた。デュルセは公爵の娘で、キュルヴァルの妻のジュリーといっしょだった。それから、キュルヴァルは眠けをさまし、さらにもっと気分をたかめてもらうために、デュルセの妻のアドレイドをそばに侍らせていた。その美徳や献身ぶりのために、デュルセとしては、彼女をいじめることがこの世で無上の快楽をうるゆえんだったのである。
デュルセはまず二、三のびろうな冗談を弄し、卑猥ないたずらをして、幕を切っておとした。そして開会中ずっと彼の嗜好によくあった、けれども当の夫人にとってはとてもやりにくい姿勢をとって、絶対にくずさないように命じた。万が一彼女がちょっとでも動くとか、一瞬間でも彼に不便をかけるとかすれば、彼はものすごい権幕で彼女をおびやかした。いっさいの用意がととのうと、デュクロは壇上にのぼって、こんなふうに物語をはじめた。
「母の家にもどってから三日たってからのことです。母のご亭主は、母のことより、じぶんの持ち物やお金のことがとても気がかりになって、ふたりが日ごろもっとも貴重な品々をかくしておくならいだった母の部屋へはいってみてやろうという気になりました。ところがおどろくまいことか、探していた品物はどこへやら、母の書きのこした紙きれ一枚しか見あたらなかったのです。その書きおきには、永久に別れる決心をしたが、じぶんのお金は一文もないから、もち逃げできるものを手あたりしだいもらっていく、どうかあきらめてくれ、と書いてありました。
ほかの点について申しあげると、非はご亭主にありました。かねて母を虐待していたので、ふたりの娘をのこして家をでるような始末になったのです。でもこの娘たちは母がもち逃げした金品にまさるとも劣らないだけの値打ちがたしかにありました。けれども、老いぼれじいさんには、いま手もとにのこされているものと、失ったばかりのものをおなじに評価することなどはとてもできませんでした。彼はなさけ深くもわたしたちに離別をいいわたし、おまけに、その晩から家で眠ってはいけないといいました。そのことは彼の考え方と母のそれとのあいだに、かなりのくいちがいがあったという、なによりの証拠でした。
ご亭主のあいさつなどわたしたちにはあまり苦になりませんでした。わたしたちは完全な自由をあたえられて、ようやくわたしたちをひどく楽しませてくれだした小さな生活様式へ、だれにも邪魔されずに、とびこんでいけるからでした。姉もわたしも、ただじぶんたちのわずかな所持品をとりまとめて、いっこくも早く義父にさよならをいうことしか考えませんでした。
わたしたちはすぐさま立ちのきました。そして、どうやったらじぶんたちの運命をもっともうまくきり開けるかはあとできめるとして、ひどまず近所に小部屋をかりて店開きをしました。わたしたちはまず母の運命がどうなったか、居所がどこであるかなどを考えました。母は修道院にはいって、だれか神父とこっそり暮らすことにしたか、それとも近所のどこかにかこわれているかの、どちらかであることは疑う余地がありませんでした。
そんなふうに考えめぐらしているところへ、修道院の坊さんがやってきて、わたしたちに一通の手紙をわたしました。文面の趣はだいたいこんなぐあいでした。
夜になったらすぐ、ふたりで修道院へでかけ、この手紙を書いたシュペリオル神父を訪ねるのがいちばん賢明である。神父は十時までわたしたちを待ち、いま母親が住んでいる場所へ案内するだろう。そして、母親の現在の幸福と平和をわたしたちにもよころんでわかつだろう、と。
神父はたいへん力をこめて、わたしたちにぜひともくるように、そして、なにをおいても、わたしたちの行動をできるだけ用心して、人に知られないようにするようにとすすめました。それというのも、母やわたしたちのためにしてやっていることが、義父の耳にぜんぜんはいらないようにするのが肝要だからだというわけです。
姉は当時十五歳で、わずか九つのわたしなどにくらべると、はるかに利口で、はるかに分別がありましたから、手紙の持参人にあとでとっくり内容を考えてみるからと返事をして、追いかえしてしまいました。姉には、そういったすべてのやり方がとても奇妙に思えてしかたがなかったのです。
「フランソン」
姉はいいました。
「どうもこいつは臭いよ。もしそれがまともな申しでならば、母さんがふたことみこと書きたすとか、なにかのしるしでもつけるとかしたはずじゃない? 母さんの親友のアドリアン神父はもう三年も前にあそこを辞めているしさ。その後は、母さんも修道院には通りがかりにちょいと寄るくらいで、ほかにはまともな密通なんかしていなかったよ。それなのに、母さんはどうして修道院を隠れ家に選ぶ気になったんだろう?
シュペリオル神父なんか母さんの恋人じゃないし、一度だって恋人になったことはないよ。わたしも知ってるけど、たしかに二、三度母さんはあの男を楽しませたことはあるけど、あの男はたかがそれくらいの理由で女狂いになるような人間じゃないわ。あの男はもっと気まぐれで、じぶんの酔狂を満足させてしまうと、女にはとても残酷になるのよ。
だとすると、なぜあの男は母さんに興味をもったんだろう? なんだか妙だわ、たしかに。わたしはあの老いぼれのシュペリオルなんか一度も好きになったことはないわ。腹黒くて、乱暴で、けだものだもの。いつかわたしを部屋へひっぱりこんだときなんか、三人も別の男がいてさ、さんざんな目に会ったから、わたしゃ二度とあそこへは足をふみいれないと誓ったのさ。わたしの忠告をきいてくれるなら、あんたもあんな坊主どもを相手にしないほうがいいよ。フランソン、もうあんたに隠しておく理由もないから、いっちまうけど、わたしにはとてもいい知りあいがあるんだよ。その女はマダム・ゲーリンといってね。もう二年もマダムのところへ通っているけど、そのあいだいつだって、なにかすてきなお膳立てをしてくれたもんだよ。でも修道院でのような、六ペニイ淫売じゃないよ。だれからでも、少くとも三クラウンはもらえるのさ。ほら、これが証拠だよ」
姉は十ルイ以上もはいった財布をわたしに見せながら、話しつづけた。
「あんたにも、わたしが世のなかで自活できるってことがわかるだろ。それでわたしの忠告にしたがうんだったら、わたしとおなじことをやればいいのよ。ゲーリンはきっとひきうけてくれるわ。あの人は一遇間前、わたしをあるパーティに呼びにきたとき、あんたに申しいれてみてくれっていってたわ。まだ小さいけど、いつでもうまい口をあてがってやれるって。いいわね、わたしみたいにやるのよ。そのうち楽になるから。わたしがあんたにいうことはそれだけよ。今晩はわたしがあんたの経費も払ってあげるけど、あしたからはわたしをあてにしないでね。この世のなかじゃ、じぶんのことはじぶんでさ。ほんとにそうだよ。わたしはじぶんのからだと指でこのお金をもうけたんだから、あんたもおなじことをおやりよ。
あんたに良心のとがめでもあるんなら、悪魔とでも相談するがいいさ。わたしを探し求めないでね。わたしはじぶんの考えてることをしゃべったまでさ。あんたにコップいっぱいの水をめぐむくらいなら、この舌を二フィートもつきだしてやりたいよ。
母さんについちゃ、もちろん、どうなろうとかまったことじゃないわ。あんな売女はいっそのこと、一生涯会わないように、どこか遠いところにでもいってしまえばいいんだ。わたしは母さんがいろんな算段をして、わたしの仕事がうまくいかないように、邪魔しようとしたのを知ってるわ。そして人にはりっぱな説教をきかせながら、あのおひきずりはかげじゃ三倍も悪いことをしていたんだもの。そうよ、悪魔にさらわれて、二度ともどってこなきゃいいんだ。わたしの知ったことかい」
ほんとのことをいいますと、わたしは姉ほどやさしい心も、寛大な魂ももっていなかったので、心の奥底から、姉があのりっぱな母に浴びせた毒舌に共鳴しました。そして、わたしのために口をきいてやると約束した姉の言葉に礼をいって、こんどはわたしがその婦人の家へいっしょにでかけること、いったん雇われたら、姉に迷惑をかけないことなど約束しました。修道院へはいかないことについても、ふたりの意見はすっかり一致しました。
「もしほんとに母さんが仕合わせなら、なおさらけっこうだわ」
わたしはいいました。
「そうだったら、わたしたちはおなじ運命をたどったり、おなじ運命に降参したりする必要なんかないから、じぶんたちだけのしあわせを探せばいいんだわ。それから、もしそれがみんなのしかけたワナなら、わたしたちはそれをよけなきゃいけないわ」
この返事をきくと、姉はわたしをだきしめました。姉はいいました。
「あんたはりっぱな娘だわ。くよくよしないのよ。いまにひと財産つくれるんだから。わたしもきれいだし、あんたもきれいだもの。ほしいだけかせげるわ。でも、だれにもくっついちゃいけないわ。そのことを忘れないでね。今日はこの人、あしたはあの人といったふうに、売春婦になるのよ。からだも心も売春婦に。わたし自身はどうかというと……」
姉はさらにつづけました。
「ごらんのとおり、もうそうなのさ。告解だろうが、坊主だろうが、忠告だろうが、おどしだろうが、へいちゃらだよ。イエスさまに誓っても、わたしはぶどう酒をいっぱいひっかけるような調子で、平気の平座で、表でも尻をまくって見せるよ。わたしを見習うのよ、フランソン。柳に風とうけ流していりゃ、男からなんでもひったくれるのさ。この商売もはじめはちょっとつらいけど、そのうち、なんとかうまくやっていけるようになるわ。十人十色で、みんな好みがちがうから、あんたも最初からそのことは覚悟しなくちゃ。でも、そんなこと問題じゃないわ。あんたは相手をよろこばせて、サービスしてやればいいのさ。お客はいつだって正しいもの。そうしているうちに、あんたのポケットにも銭がはいるよ」
わたしはこんなに若い少女の口から、日ごろわたしにはとても上品に見えた少女の口から、あまりに並はずれた話をきいたので、まったくのところあきれ返ってしまいました。けれども、わたしの気持ちは姉のいった言葉の精神を文句なしに支持していたので、さっそく姉に、じぶんは姉のやることならなんでもまねたいばかりか、必要とあらば、それ以上のこともやってのける覚悟でいる、と伝えました。
すると、姉はとてもよろこんで、もう一度わたしをだきしめてくれました。そして、夜もふけてきたので、わたしたちは鳥肉や上等のぶどう酒などとり寄せて、食事をしたためると、つぎの朝さっそくゲーリン夫人の家へ顔をだして、ふたりともおかかえとして雇ってもらおうということに話がきまり、いっしょに寝床にはいりました。晩ご飯のときに、姉はわたしがまだ放蕩について知らないことがらをすっかり教えてくれました。またまっ裸になったからだをわたしに見せましたが、その当時のパリにも珍しいほどの、とても美しい女でした。まっ白い肌、このうえなく心地よいふくよかなからだつき、それでいてすこぶるしなやかな魅力のある肢体、たいへんきれいな青い瞳、そのほかの部分も同様にきれいでした。
わたしはまた、長いあいだゲーリンが姉のためをはからっていたことや、姉が進んでお客をとり、お客のほうでも姉にあきないで、なんども彼女を求めたことなどを知りました。だがわたしたちはベッドにはいるやいなや、シュペリオル神父に返事をやらなかったのはまずかったと思いました。というのも、音沙汰なしでは彼を怒らせるかもしれなかったからです。そしてわたしたちがこの町にいるかぎりは、少なくとも彼の機嫌をとっておくことは重要だったのです。でも、どうすればよかったのでしょう?
十一時が鳴りました。わたしたちはことのなりゆきにまかせることにしました。ところが、真夜中を知らせる時計が鳴りひびいたころ、わたしたちの部屋のドアを軽くこつこつとたたくものがありました。それはほかならぬシュペリオル神父その人でした。
神父の話によると、午後の二時から、わたしたちの返事をまっていたというのです。彼はベッドのそばに腰をおろして、しさいを話しました。わたしたちの母は修道院にある小さな密室で余生を送ることになった。そしてこの世にまたとないほど楽しい毎日を送っている。修道院のお歴々はそこに立ちよっては母と、母の友だちのもうひとりの若い女を相手に半日をすごすならいだ。おまえさん方もやってきて、頭数をふやしてくれればいいのさ。ただおまえさん方はちと年が若すぎるので、永久にかこうわけにはいかん。三年間の契約を結んで、期限がきれたら、自由にしたうえ、ひとりに千クラウンずつあげよう、と。
「神父さん」
姉はたいそう無遠慮な口ぶりでいいました。
「そのお申し出はありがたいんですが、この年では、坊さんの淫売女になるため僧院にとじこめられたくはありませんよ。もうわたしたちはあきあきしてるんですから」
シュペリオル神父は改めて説得にかかりました。熱心な力のこもった、その口吻は、ぜがひでもことをうまく運ばせたいという強い願望を示していました。でもおしまいに、どうにもうまくいかないと悟ると、えらい権幕で姉にとびかかっていきました。
「いいとも、この小さな売女め」
神父は叫びました。
「別れる前に、せめてもういちど、わしを満足させるがいい」
そしてズボンのボタンをはずすと、馬乗りになりました。姉は少しも抵抗しませんでした。相手のなすがまま勝手にしておけば、それだけ早く追いはらえると思っていたのです。やがて、このきたならしい男は……姉の鼻先きで頑強なエンジンをふりまわし……はじめました。
「きれいな顔じゃ」
神父はあえぎながらいいました。
「きれいなかわいい売女の顔。イエスにかけても……いまびしょびしょにしてくれるぞ!」
そのとたんに……姉の顔は、とりわけ鼻から口のあたりは神父の淫乱のしるしでおおわれてしまいました。すっかり満足した神の使徒は、こうなるともう逃げだすことしか考えていません。一クラウンの金貨をテーブルの上にほうりだすと、カンテラに火をつけました。
「おまえらはばかじゃ。おまえらはコジキじゃ」
神父はののしりました。
「この世のなかでじぶんのチャンスをぶちこわしているのじゃ。神さまがおまえらを不幸な目にあわせて天罰を下したまいますように。みじめなおまえらの姿を見る楽しみをわしに味わわせてくださいますように。それがわしの腹いせじゃ。おまえらに望むのはそれだけじゃ」
しきりと顔をふいていた姉はののしりかえして、神父にばかをそっくり返上しました。そして彼がでたとたんにぴしゃりと戸をしめて、ふたりは安らかに残りの夜をあかしました。
「あんたはいまあの男のおはこ芸を見たわね。女の顔にひっかけるのに夢中なのさ。それだけのことならね。ところがあの悪党め、まだほかにいろんな変わった趣味をもっていてね、なかにはとても危険なのがあって、わたしもほんとにこわいと思う……」
けれども、姉は眠くなって、話のけじめをつけないまま寝こんでしまいました。そしてそのつぎの朝が新しい冒険をともなって訪れると、わたしたちはもはや、そんなことを少しも気にかけませんでした。わたしたちは朝早くおきて、できるかぎり入念に化粧をすると、すぐにマダム・ゲーリンの家へでかけました。この女主人公はソリ街の、非常にこぎれいな一階建てのアパートに住んでいて、十六から二十二までの、六人の若い女たちといっしょに暮らしていました。みんなはちきれそうに健康で、しかもそろいもそろってみんな美人でした。姉が長逗留のためにやってきたという計画をうちあけると、ゲーリンはよろこんで、わたしたちを温かくむかえ、とてもうれしそうにわたしたちを部屋へ案内してくれました。
「この娘はまだ若いと思うかもしれませんが」
姉はわたしを紹介しながらいいました。
「りっぱにご奉公しますわ。その点はわたしがうけあいます。性質はおとなしくて、考え深くて、とても善良で、徹底した娼婦魂をもっています。お得意のなかには、子供が好きな年寄りの淫乱男が大勢いるにちがいありません。とすると、この娘なんか、その人たちの求めている、ちょうどいい相手ですわ。仕事をやらせてみてくださいな」
ゲーリンはわたしのほうに向きなおって、なんでもやれるかどうか、とたずねました。
「はい、マダム」
わたしは少しむっとしたようすで答えました。それがかえってゲーリンをよろこばせました。
「もうかりさえすれば、なんでも」
わたしたちは新しい仲間に紹介されました。彼女たちはすでに姉をよく知っていたので、姉への友情から、わたしの面倒をみることを約束しました。わたしたちはみんなそろって、夕食のテーブルにつきました。簡単に申しますと、みなさん、そんなふうにして、わたしは最初の淫売屋にかかえられたのです。わたしがぶらぶらしていたのはそう長いことではありませんでした。その日の夜、ひとりの年をとった実業家が袖なし外とうに身をつつんでやってきました。ゲーリンはわたしの最初の客にこの男を選んで、手筈をととのえました。
「あの、こん夜は」
彼女はわたしをひっぱりだして、老人の道楽者にむかっていいました。
「デュクロさん、まだあなたが毛のないのをお好みでしたら、この子でよろこんでいただけるでしょう。さもなきゃ、お金はお返ししますよ。からだにはまだ一本も毛がないんですよ」
「ほんとに」
風変わりな老人はわたしをじろじろ見おろしながら、いいました。
「子供みたいじゃのう、まったく。いくつかな、おちびさん?」
「九つよ、おじさん」
「九つだって! これは、これは! マダム・ゲーリン、わしはこういうのが好きだて。あんたも知ってのとおりにな。もっと若いのでもいいさ。いさえすれば」
その言葉にあいそよく笑いながら、ゲーリンは、わたしたちふたりを残してひきさがりました。すると老いぼれの道楽者はわたしのそばへやってきて、口に二、三度接吻しました。そして、片方の手でわたしの片手をつかんで……ファルスを引きださせました。でも、あんなに柔軟な代物はまたとないくらいでした。老人はあまり口をきかないで、動作をつづけました。スカートをといて、わたしを寝台に横たえると、ブラウスを胸のへんまでたくりあげ、できるだけ両足をひらかせて、腿の上にまたがりました。……
「きれいな小鳥じゃ」
彼はとり乱して、吐息をつきながらいいました。
「わしにその力があれば、うんといじめてやりたいところじゃ。だが、わしにはもはや手におえんわい。どうにもならん。あと四年もすれば、こいつも役に立つまいて。さあ、開いて、開いて……」
そして十五分も悪戦苦闘をつづけたでしょうか、とうとうわたしは、老人がひときわ猛烈に吐息をついて、はげしくあえぐのを認めました……。
老人はおわるが早いか、まるで稲妻のように立ち去りました。わたしがからだをぬぐっているころには、くだんの色男はもう街へとびだしていたのです。そんなわけで、みなさん、わたしはデュクロと呼ばれるようになりました。この家のしきたりで、女は最初の客の名前をもらうことになっていたので、わたしもそのしきたりにしたがったわけです」
「そこで、ちょっと待ってくれ」
公爵がいった。
「一段落するまでと思って、いままで邪魔をしなかったんだ。ふたつの問題について、もっとくわしい話をきかせてもらえないかね。第一に、君の母親についてだが、なにかニュースがはいったかね? 母親がどうなったかわかったかね? 第二に、君と姉が母親にたいしていだいた反感には、なにか原因があったかね? それとも、そうした感情は君たちふたりに生まれつきそなわっていたというのかね? これは人間の心情の問題に関係があるんだ。われわれが大きな努力を集中しているのも、その問題についてだよ」
「閣下」
デュクロは答えた。
「姉もわたしも、あの女からひとことも便りをもらっておりません」
「そりゃすばらしい」
公爵はいった。
「そうだとすると、なにもかもきわめて明白だ。デュルセ、君はそう思わないか?」
「たしかに」
デュルセは答えた。
「疑問の余地はないな」
「それで、第二の点は?」
公爵は語り手に問いかけた。
「第二の点については、つまり、わたしたちの反感の理由については、説明に窮するように思いますが、その反感はふたりの心中でとても激しかったので、おたがいに誓いあったくらいなのです。もしほかの手段で母を追いはらうことができないようだったら、毒殺してやろうと。わたしたちの憎悪感はぎりぎりの極限の激しさに達していました。そうした感情を生んだ原因としては、なにもはっきりしたものはありませんから、わたしの判断では、おおかた自然によって吹きこまれたものと考えられます」
「そのことについても、疑問の余地はどこにもなかろう」
公爵はいった。
「人間が母親になにやら負うていると思うのは気違い沙汰だ。とすれば、恩義などはなににもとづいているというんだ? だれやらが彼女と結合して、彼女が生み落としたということに感謝しろだと? われわれの母親はわれわれに生命をあたえるさいに、幸福をあたえるかね? よもやそんなことはあるまい。かずかずの危険にとりまかれた世界にわれわれを投げこむだけだ。いったん投げこまれたら、最善をつくしてなんとか生きぬくのはわれわれ自身なんだ。わたしはいまはっきり思いだすのだが、ちょうどデュクロが彼女の母に感じたような、おなじ感情をわたしに生みつけた母親がわたしにもあった。わたしは彼女を憎悪した。そこでさっそく彼女をあの世へ送ってしまった。わたしはいまだかつて、彼女が永遠に目をとじたときのよろこびほど痛烈なよろこびを味わったことがないよ」
このとき、四人組のなかのひと組からおそろしいすすり泣きが聞こえてきた。それは公爵の組のもので、よく調べてみると、少女のソフィーがどっと涙を流して泣きくずれたことがわかった。四人の悪党どもの対話を耳にして、じぶんが誘かいされた折に、じぶんを救おうとして生命をおとした母親の面影が思いうかんだのだ。この残酷な幻が感じやすい彼女の想像力にいどんだからたまらない。たちまち、さめざめと泣きだしたのである。
「よしきた!」
公爵はいった。
「こいつはすばらしいぞ。ママのために泣いているのかい、この鼻たれ娘さん? こっちへおいで、こっちへ。慰めてやるから」
そしてその場のできごとや、じぶんの言葉や、またそのために生じた影響などで、すっかり興奮した公爵は、明らかに discharge へむかってばく進しているファルスをあらわにした。婦人監督のマリーはソフィーを前にひっぱってきたが、涙は頬を伝わって流れ、その日まとっていた見習い尼の衣裳は、彼女の悲しみによりいっそうの魅力をそえているように思えた。女として、それ以上美しくなることは不可能であったろう。
公爵は気がちがったように、とびあがっていった。
「なんという美しいご馳走だろう。わたしもデュクロがいま話したとおりのことをやってみせるぞ。コンに……ひっかけてやるのさ。服をぬがせるんだ」
一座の人びとは声をのんで、この小ぜりあいがどうなることかと見まもった。
「もし、閣下、閣下!」
ソフィーは公爵の足もとに身を投げだして叫んだ。
「せめてわたしの悲しみを尊重してください。わたしは母の運命を嘆き悲しんでいるんです。母はわたしにとっては大事な人でした。わたしをまもりながら死にました。二度とふたたび会えません。どうかわたしの涙をふびんと思って、こん晩だけ休ませてくださいませ」
公爵の寝椅子に横たわっていたアリーンも熱い涙を流した。キュルヴァルの壁がんでは、アドレイドがうめき声をあげるのが聞こえた。
ソフィーは、彼女の感情などにぜんぜんとんちゃくなく、衣裳をはぎ去られて、デュクロが先刻のべたばかりの姿勢で横たえられた。……だが、あの無能の老人と公爵の場合では、事情がちがっていた。……どうやら、彼女をもっと高いところにすえる必要がありそうだった。
だれもどうしたらいいかわからなかった。障害にぶつかればぶつかるだけ、公爵はやっきとなって、ののしりわめいた。とうとうデグランジェが助太刀にやってきた。この老女は色ごとの達人で、なにからなにまで心得ていた。彼女はソフィーをだきかかえて、巧みに……じぶんの膝の上に横たえた……。だが、まだほかに気をつけなければならないことがあった。激流が堤をこえるさいに、その水路を正しく目標にむけるためには、巧妙な指が必要であった。公爵はこれほど重大な仕事を未熟な少女の震える手にゆだねようなどとはつゆ思わなかった。
「ジュリーにしたまえ」
デュルセがいった。
「あれなら適材だ。天使みたいに frig しだしたからな」
「あいつはしくじる。その女はよく知ってる……いや、あわてて、へまをやるだろうさ」
公爵は叫んだ。
「わしはその仕事に少年をすすめるぞ」
キュルヴァルがいった。
「ヘラクレスでもいいじゃないか」
「デュクロでなきゃだめだ」
公爵は答えた。
「抉擦者のなかのピカ一だから。ほんのちょっとのあいだ、役目を解いてやってくれ」
デュクロは前にすすみでて、袖をひじまでまくりあげると、……相手の状態に応じて緩急よろしく操作したので、ついに爆弾は穴のま上でさく裂して、そのあたりを水浸しにしてしまった。公爵は絶叫し、ののしり、どなった。
……この上なく快美な感覚によってうちのめされ、よろこびのあまり死にそうになった公爵は、じぶんのソファーの上に身を投げだした。デュクロはいそいで玉座にもどり、ソフィーはからだをぬぐい、仲間から慰められて、ふたたび四人組にくわわった。こうして、物語はさらに語りつづけられた。
「わたしがもどると、仲間の女たちがみんな笑ったり、からだをふいたかどうかとたずねたり、そのほかいろいろなことをいったりするので、わたしはとてもびっくりしました。まるで彼女たちが、たったいまおこった一部始終を知りつくしているかのような口調でした。
けれども、わたしはいつまでも戸惑ってはいませんでした。姉は一同が日ごろたむろしていて、少し前にわたしが仕事をした部屋と隣りあっている部屋へわたしを案内して、のぞき穴を見せてくれました。それはまっすぐ寝台にむいていて、そこからのぞけば、そこで演ぜられるいっさいの情景が手にとるように眺められたのです。姉の話では、若い女たちは同僚にたいする男たちの仕草をこっそり盗み見ては楽しんでいるということで、だれも先客がなければ、わたしも、いつでも、のぞき見してもかまわない、ということでした。というのも、このすばらしい穴がいろいろな不思議な事件でひと役買うことも珍しくないとかで、あとでわたしにもそのことがはっきりしました。
それから一週間もしないうちに、わたしは機会をつかみました。ある朝、ある男がやってきて、ロザリーという、とても美しいブロンドの女を所望しました。わたしは彼女がどうされるかを見たくてたまらなかったので、身をひそめて、こんなシーンを目撃しました。
ロザリーの相手になる男は、二十六から三十くらいの年配でした。彼女がはいってくるなり、男は儀式用に特別もうけられた、非常に高いしょうぎの上に彼女を腰かけさせました。それから、彼は彼女の頭から、くしやヘアピンをすっかりぬきとったので、ふさふさとしたすばらしい金髪が雲となって床まで垂れさがりました。男はじぶんのポケットからくしをとりだすと、彼女の髪毛をくしけずり、ひとにぎりつかんで、手にからませると、これに接吻しました。しかも、なにかするたびに、髪毛の美しさをほめたたえた文句を口にしました。さいごに、じぶんで……リンガをとりだすと、手早くドウルシネア〔恋人〕の髪毛にこれを包んで……もてあそび……ました。それと同時に、片方の腕をロザリーの首にまきつけて、じぶんの唇を彼女の口におしつけました。やがて、彼は髪毛をほぐして、……もとどおりに収めましたが、彼女の髪毛がぬれて光っているのが目にとまりました。彼女はこれをきれいにふいて、ゆいなおしました。ふたりの恋人はそのまま別れました。それからひと月して、だれかがわたしの姉を求めてやってきました。ほかの仲間の話によると、この男はとても異様な特質の持ち主だったから、見ておく値打ちがあるということでした。
それは五十がらみの男でした。まっすぐ部屋にはいるなり、なんの前口上もなしに、接吻ひとつしないで、じぶんのうしろを姉の前につきだしました。姉はじぶんの役割を完全に承知していたので……五本の指を……たくみに使いました。……とにかく、ほかにはなにも見えませんでしたが、くだんの男はのたうち、身をくねらせて、姉の動作にしたがい……これこそ、あらゆる快楽の中で最大のものだ、といいました……。
その後しばらくして、わたしが相手役をつとめた紳士は、とても満足させるのに骨が折れましたが、少なくとももっと好色的で、わたしの見るところでは、彼の酔狂ぶりには淫蕩なにおいが多分にありました。この男は四十五くらいの、がっちりしたタイプで、背はずんぐりしていましたが、精力的で、頑健でした。そのような嗜好をもった人間にはまだ出会ったこともなかったので、わたしは、彼とふたりっきりになるなり、まず、いの一番に、スカートをへそのところまで巻きあげました。ヒッコリー材のステッキをつきつけられた犬でも、あんなにみじめな顔つきにはなれなかったでしょう。
「おや、おや、おまえのビーナスなんかに用はないよ。どうかしまっといておくれ」
そういいながら、彼はわたしが巻きあげたときよりも、もっとすばやくスカートをひっつかんで、ひきずりおろしてしまいました。
「こいつら小さな売春婦ときたら」
彼は顔をしかめて口をとがらせながら、ぶつぶつぼやきました。
「見せるものといったらビーナスのほかなにもないんだ。おかげで、こん夜は……だめかもしれんぞ。ビーナスのお化けをうまく頭からたたきだせればいいが」
それから、彼はわたしをぐるりとまわして、うしろからスカートをもちあげました。彼はわたしをぐるぐるひきまわして、歩いているときに、わたしの臀部がどんなふうにはずむかを観察しました。それから、わたしをベッドに近づけて、その上にうつむきに横たえました。つぎには、片手で片方の目をおさえて前のものが見えないようにして、ひどく綿密にお尻を吟味しました。そして、とうとう、両手をあてて、とても熱心に操作をはじめました。あけたりしめたり、ひろげてみたり、つぼめてみたり、ときには口をあてがう……のも感じられました。彼はわたしが従順なのを知って、いろいろな注文をつけました。それから、いよいよじぶんも身仕度をして……片手はじぶんのからだに、もう一方をアヌスにあてて……彼の動作はしだいに急速になっていきました。そして、ふんだんに悪口雑言をまじえながら、二、三のお世辞を口にしました。
「ああ、全能のかげまよ。ほらここに、美しいアヌスが、すてきな、小さなやつがあるぞ。みていろ、おれはいまこいつを濡らしてみせるぞ」
彼は誓いをまもりました。わたしはじぶんのからだが水びたしになるのを感じました。そして、彼の法悦境は淫蕩性を抹殺するかのように見えたのです。
わたしの崇拝者はもう一度わたしに会いにやってくると約束してから、立ち去りました。というのも、彼が断言したように、わたしは彼の欲望を十分に満足させたからです。
たしかに、彼はその翌日もどってきました。けれども、わたしにたいしては不実でした。その無節操が彼を姉のアヌスへ追いやったのです。わたしはふたりを観察しました。なにもかも見てしまいました。仕草は寸分ちがいませんでした。そして、姉もおなじように心をこめて、協力しました」
「君の姉さんはすばらしいお尻の持ち主だったかね?」
デュルセがたずねた。
「閣下、つぎのひとことからご判断願います」
デュクロは答えた。
「すてきなお尻をもった美人をえがくように依頼されたある有名な画家は、パリ中のぜげんに問い合わせたすえ、その翌年姉にモデルになってほしいと頼みました」
「そうか。その女も十五だったし、ここにはおなじ年齢のものがいくたりかいるから、くらべてみてくれ」
デュクロの視線はゼルミールに落ちた。そこで、デュルセに、お尻ばかりでなく、器量の点でも、姉にこれ以上似た女を探すことはとてもできまい、と告げた。
「それでは」
デュルセがいった。
「こっちへきなさい、ゼルミール。おまえの顔を見せなさい」
彼女はまちがいなく彼の四人組に属していた。美少女は身をふるわせながら近づいてきた。ベッドの足もとでうつむきに横たえられると、クッションを使って臀部がもちあげられたので、小さな肛門がまる見えになってきらめいた。道楽者は……口づけしたり、なでまわしたりして、ジュリーにじぶんのほうの frig を命じた。ジュリーが仕事にかかると、デュルセは両手をあちこちへさまよわせて、手あたりしだいに物をつかもうとした。色欲が頭を熱し、ジュリーの挑発的な操作にかかって……さすがのデュルセも……ののしりわめいて、ついに降参した。そのとき、晩餐を知らせる鐘がなり響いた。
食事のたびにおなじような乱行のかずかずが行なわれたから、そのひとつを描けば、全体を描いたも同然である。が、ほとんどみんなが discharge していたから、精力を補強する必要があった。そこで、友人らは夕食のさいに大いに痛飲した。それから、めいめい、前夜とおなじように、つまり、寝椅子に横たわっていた夫人と、昼食のあと姿を見せなかった四人のやり手をひとりずつ伴って、寝所へはいった。
第三日
公爵は九時にベッドを離れた。デュクロが少女たちに行なう予定の講習に、みずから進んで、いの一番に手を貸そうと申しでたのは彼であった。
彼は安楽椅子にどっかと腰をすえると、一時間にわたって、さまざまな愛撫や自慰や遣精を、またひとりびとりの少女によって行なわれる多種多様な妙技を、じっと見まもった。そんなわけで、たやすく想像されるように、彼の血気さかんな性分はこの儀式のため猛烈な刺激をうけたのである。公爵は精力の損もうをふせごうとして、信じられないほどの努力をしなければならなかった。けれども、多少とも自制力を保っていたので、ついに打ち勝って、意気揚々と仲間たちのもとへひきあげると、じぶんはたったいま強襲にたえてきた、だれにも負けるものかといって威張りちらした。その結果、かなりの賭をすることになって、講習中に discharge したものには五十ルイの科料が課された。
この朝は、朝食もとらず身体検査も行なわないで、予定された十七回の週末騒ぎの番組編成についやされた。このようにして、祝言の日取りもはっきり決定されたのである。この一覧表はもっとも決定的な方法で、会期中に実施されるはずの、いっさいの活動を規定したわけだから、われわれは読者にもそのコピーを見せる必要があると考えた。
残余の会期中に遂行予定の業務一覧表
第一週が終了する十一月七日の午前中に、友人らはミシェットとギトンの婚礼をとり行なうこと。年齢からして合衾《ごうきん》はできないから(他の三組の夫婦も同様)、この二人の新婚夫婦は祝言の晩にひき離すこと。おなじ晩に、月間の監督役が保管しているリストに記載された懲罰を施行すること。
十四日に、友人らは同様にナルシスとエベの婚礼をあげること。条件は前のばあいとおなじ。
二十一日。おなじく、コロンブとゼラミルの結婚。
二十八日。キュピドンとロゼット。
十二月四日。シャンビーユの物語。公爵、ファニーを破花。
五日。右のファニーをヒヤシンスと結婚させ、後者は全員が集合した席上で若妻と合歓《ねや》を交わすこと。懲罰は、例のごとく晩に施行される。午前中に婚礼があるため。
八日。キュルヴァル、ミシェットを破花。
十七日。公爵、ソフィーを破花。
十二日。六週めの饗宴をひらくため、ソフィーをセラドンに嫁さしめること。前述の結婚に適用された条項はこのばあいにも適用される。ただし、以下の結婚のばあいには適用されない。
十五日。キュルヴァル、エベを破花。
十八日。公爵、ゼルミールを破花。十九日に、七週めの饗宴を催すため、アドニスとゼルミール結婚。
二十日。キュルヴァル、コロンブを破花。
二十五日。クリスマス。公爵はオーガスチーヌを破花。八週めの饗宴のため、ゼフィルとオーガスチーヌ結婚。
二十九日。キュルヴァル、ロゼットを破花。
一月一日。元旦。この日よりマルティーヌの新しい物語。これに刺激されて、新規の快楽を考慮すること。男色的な破花を開始するが、その順序は左のとおり。
一月一日。公爵はエベのアヌスを探る。
二日。第九週を祝って、前をキュルヴァルに、後ろを公爵に犯されたエベはヘラクレスの手に移されること。後者は全員の集合した席上で、そのおり指示されるはずの目的に彼女を使用すること。
四日。キュルヴァル、ゼラミルを鶏姦。
六日。公爵はミシェットを鶏姦。九日。第十週めの饗宴をはるため、キュルヴァルに破花され、公爵に後ろを犯された前記ミシェットはバム・クリーバーの手にひきわたされ、後者は彼女を享楽すること。
十一日。司教はキュピドンを鶏姦。
十三日。キュルヴァルはゼルミールを鶏姦。
十五日。司教はコロンブを鶏姦。
十六日。十一週めの饗宴のため、キュルヴァルに前を試みられ、後ろを司教に探られたコロンブはアンティノオスの手に移され、後者はこれを享楽する。
十七日。公爵はギトンを鶏姦。
十九日。キュルヴァルはソフィーのアヌスを探る。二十一日。司教はナルシスのアヌスを探る。
二十二日。公爵はロゼットのアヌスを探る。
二十三日。十二週めの祝祭のため、ロゼットをスカイスクレイパーにひきわたすこと。
二十五日。キュルヴァルはオーガスチーヌの後ろに迫ること。
二十八日。司教はファニーの後ろに侵入すること。
三十日。十三週めの祝祭のため、公爵はヘラクレスを夫に、ゼフィルを妻に迎え、婚礼をあげて、全員の目前で、床入りを行なうこと。以下の結婚についてもおなじ。
二月六日。十四週めの祝宴のため、バム・クリーバーはキュルヴァルの夫となり、アドニスはその妻となる。
二月十三日。十五週めの祝祭のため、アンティノオスは司教の夫となり、セラドンはその妻となる。
二月二十日。十六週めの祝祭のため、スカイスクレイパーはデュルセの夫となり、ヒヤシンスはその妻となる。
十七週めの祝祭は二月十七日に、つまり、物語が完結する前日に当たるので、友人らが胸中の秘として白羽の矢を立てている犠牲者を選んで祝うこと。
以上の申し合わせは一月三十日までにすべての童貞、処女性を抹殺することを規定したものである。ただし、友人らが妻として迎えるはずの四人の少年は例外で、友人らは結婚するまで、彼らに手をつけないでおくことを熱望している。
男女ともしだいに純潔を奪われていくので、彼らは物語の時間中は寝椅子の上の夫人たちにとってかわり、夜間も交互に友人らと同衾してよい。また、友人らは好みに応じて、最後の四人の少年をも、最後の月間には、妻として占有してよい。
少年または少女は純潔を奪われた瞬間から、寝椅子の妻と交代し、上記の妻は離別される。このときから、もとの妻は面目を失い、召使より下位におかれる。
十二歳のエベ、おなじく十二歳のミシェット、十三歳のコロンブ、おなじく十三歳のロゼットに関しては、順次やり手らに屈服し、後者によって行使されるので、彼女らもまた面目を失い、その後は冷酷無残の目的以外には用いられず、離別された夫人らと同列におかれて、この上なく苛酷な扱いをうけるものとす。この四人は一月二十四日現在で上記の劣等な水準へ転落するものとす。
この番組によって、公爵は九人の純潔な男女を担当する。すなわち、まずファニー、ソフィー、ゼルミール、オーガスチーヌの破花。つづいてエベ、ミシェット、ギトン、ロゼット、ゼフィルとの最初の鶏姦。
キュルヴァルにはミシェット、エベ、コロンブ、ロゼットの破花。ゼルミール、ソフィー、オーガスチーヌ、アドニスのアヌス交。
ぜんぜん交合しないデュルセにはヒヤシンスの純潔なアヌスが保留され、後者は妻の資格で彼に嫁すものとする。
アヌス交専門の司教は、キュピドン、コロンブ、ナルシス、ファニー、セラドンの男色的な破花を担当。
一日中このプログラムの仕上げと、その議論についやされ、また、規則を破ったものもなかったので、万事平穏無事にすすんだ。やがて、物語の時間が訪れたので全員が着席、はなやかなデュクロが舞台にのぼって、こんなふうに話をつづけた。
「わたしの見るところでは、そんなに淫蕩ではなかったけれども、それでも、かなり妙な病いをもった、ひとりの若い男が、その後まもなく、ゲーリンの家にあらわれました。この青年は若い健康なうばを求めて、彼女の乳首をしゃぶり、乳をのみながら、彼女の膝の上に discharge しました。……全体のからだつきはたいへん貧弱で、操作のほうも……おとなしいものでした。
つぎの日には、別の男がおなじ部屋にあらわれました。彼の酔狂ぶりはみなさんにも、たしかにそれ以上に興味があるでしょう。彼は相手の女を布にくるんで、顔や胸などすっかり見えなくさせました。彼が見たがった唯一の部分といえば、臀部で、ほかの部分は彼にとってなんの意味もなかったのです。彼はマダム・ゲーリンにむかって、ほかのところが少しでも見えたら、ひどく腹を立てるから、そのつもりでいてくれ、といいました。
ゲーリンは外部からひとりの老女をつれてきました。残酷なほど醜い、五十がらみの女でしたが、臀部ときたらビーナスのそれのような形をしていて、それほど美しいものはほかに見たこともありませんでした。
わたしは熱心に見まもりました。老女はすっかり布にくるまれたまま、さっそく寝台のはしにうつぶせになるように命じられました。すると年のころ三十ばかりで、呉服商とおぼしいわが道楽者は……スカートをまくりあげ、彼の好みにあったものを目の前にして、よろこびに身をふるわせました。ふれたり……ひろげたり、情熱的な接吻をあびせたりして、彼の想像力は、現実に目撃したものというよりも、むしろ空想したものによって、かき立てられました。彼はアフロディテ〔ビーナスのこと〕そのものと交渉しているかのように空想したのです。そして、ほんのしばらくするうちに……崇高な臀部を前にして、その全体の上に、猛烈な勢いで、滋雨をふらせました。……そのあいだに彼は十度も立てつづけに叫びました。
「ああ、なんという、うるわしいお尻! こんなお尻を……ぬらすとは、なんというよろこび!」
彼はおわると立ちあがって、あいての女の正体を見きわめてやろうという気などはさらになく、そのまま立ち去りました。
その後まもなく、ひとりの若い僧院長がやってきて、姉を求めました。美しい青年でしたが、かんじんな道具はとても小さくて、ほとんど目につかないくらいでした。彼は相手を寝台に横たえると……両手で臀部をささえ、その片方でうしろをまさぐり、前では clitoris の口淫を行ないました。そして、ふたつの操作を同時に、すこぶる巧みに、やってのけたので、三分もしないうちに、姉を法悦境に投げこみました。わたしは姉が頭をぐいともたげたり、目をくるくるまわしたりするさまを認めました。
「わたしのいとしい神父さん、あんたはよろこんでわたしを殺すつもりね!」
と叫ぶのも聞こえました。
僧院長のしきたりは、巧妙な秘術であふれさせた愛液を、ただ嚥みくだすだけのことでした、……わたしは彼が活力の明白な証拠を床にまきちらしているのを見ました。
つぎの日はわたしの番でした。みなさん、これだけははっきりうけあって申しますが、わたしの生涯で出会ったかぎりでは、それはもっともすばらしい操作のひとつでした。僧院長というこの悪党は、わたしの最初の果実をもぎとったのです……。わたしのほうも、その返礼に、姉以上に夢中になって彼によろこびをあたえました……」
公爵はここで話を中断せざるをえなかった。その日の朝から……ひどく興奮していたので、彼は美しいオーガスチーヌを相手に、この種のみだらな遊びをやってのけようと考えていた。彼女は公爵の四人組のひとりで、おまけに、彼はこの少女が好きで、やがては彼の手で破花されることになっていた。そこで、彼は当人を呼びよせた。
その晩のオーガスチーヌはハンケチを頭にまいて百姓女の姿をし、とても魅力があるように思われた。婦人監督は彼女のスカートをまくりあげると、デュクロが描いたとおりの姿勢をとらせた。……オーガスチーヌは予想にたがわなかった。美しい瞳に火花がとびこみ、吐息をついたり、あえいだり、うめいたりした。彼女の腿は機械的にはねあがった。いっぽう、公爵は……若い精力をふんだんにたくわえることで満足していた。
けれども喜びのあとにはめったに喜びがつづくわけではない。悪徳にひどくこりかたまった放蕩者になると、この上なく単純で、繊細で、平凡な事柄を行なえば行なうだけ、それが彼らのいまわしい精神におよぼす影響力は少なくなるのだ。公爵もそうした人種のひとりだった。彼は少女の快美な sperm を燕下《えんげ》したが、じぶんのほうのはうまくいかなかった……。
「もうひとり連れてこい」
公爵はオーガスチーヌにおそろしい視線をなげてわめいた。
「おれが満足するため必要ならば、最後のひとりまで吸いつくしてやるぞ」
彼の四人組のなかから、二番めの少女のゼルミールが公爵の前につれだされた。オーガスチーヌとおなじ年齢ではあったが、じぶんの境遇を悲しんでいたので、快楽を味わういっさいの機能を奪われていた。……彼女は機械的に従った。だが、いくらがんばっても、いくら吸ってみても公爵にはなにも起こらなかった。十五分もすると、彼はいきり立って、ヘラクレスとナルシスを伴って密室へとびこんでいった。
「ちくしょう!」
彼は怒号した。
「こいつはおれのねらっている獲物じゃないことは明白だ(いまのふたりの少女を指していったのだ)。こんどこそ、りっぱにぶっぱなしてみせるぞ」
彼がどのような淫行をほしいままにしたかははっきりわからない。しかし、いくらもたたないうちに、わめいたり、叫んだりする声が聞こえて、彼が勝利を博したことを物語った。
そのあいだ、司教はおなじようにギトンといっしょに密房にこもった。おそらく同様な手段に訴えていた他のふたりは聴衆席にもどると、わが女主人公がふたたび語りだした話に静かに耳を傾けた。
「ほぼ二年に近い歳月が流れましたが、そのあいだにはマダム・ゲーリンの店では、特別興味のある出来事はありませんでした。訪問客の殿方はとりたてていうほどの嗜好をもっていないか、わたしがさきにのべたような種類の嗜好しかもちあわせていませんでした。
すると、ある日のこと、わたしは身仕度をしてとくに口をよく洗うようにといわれました。五十ばかりの、がっしりしたからだつきの男がマダム・ゲーリンのそばに立っていました。
「ほら、やってきましたよ」
マダムはいいました。
「お客さん、この子はまだ十二ですよ。けさがたおっ母さんのお腹からとびだしたみたいに、とっても清純な感じでしょう。うけあいますよ」
くだんの客はわたしを吟味しました。口をあけさせると、わたしの歯を調べたり、息をかいだりしましたが、万事異常がないので、明らかに得心しました。そこで、彼はわたしを伴って、快楽のための聖堂へはいっていきました。
ふたりは顔と顔をむきあわせて、身近かにすわりました。この男ほどきまじめで、冷たい、落ち着いた男はほかにいないくらいでした。彼はじっと、わたしに視線を注いで、目を細めて値ぶみをしていましたが、それがいったいどういう意味なのかさっぱりわかりませんでした。が、とうとう沈黙を破って、唾液を口いっぱいためるようにいいつけました。
わたしはそのとおりにしました。すると、彼は口にいっぱいになったころを見計らって、わたしの首をだき、情熱的に片腕を頭にまきつけました。そして、唇をわたしの口におしつけると、夢中になって、わたしがたくわえた甘美な液体をすっかりくみつくし、吸いつくしてしまいました。それだけで、彼は圧倒的なエクスタシーに投げこまれたもようでした。
彼はおなじ情熱をこめて、わたしのツンゲ(舌)を口中に吸いこみ、それが乾いたように感じると、もういっぺん同じことをくり返すように命じました。さらにもう一度、もう一度と、けっきょく八回か十回くらいおなじことをくりかえしました。
とても猛烈などん欲さで、むさぼるように、わたしの唾液を吸いつくすので、こちらの胸や肺のなかがおかしくなりました。わたしは少なくとも二、三度快楽の火花が散れば、彼の歓喜は絶頂に達するだろうとたかをくくっていました。ところが、それはまちがっていました。飲みほしてしまうと、そのとたんに、ふたたびもとの無感動な状態におちるといったぐあいでした。そこで、もうこれ以上はできませんといってことわると、彼は最初のときのように、冷たくわたしをにらみつけて、ひとことも口をきかずに立ちあがり、ゲーリンにお金を払って、立ち去りました」
「わしはそいつよりも仕合わせじゃ。ケリがつきそうじゃからな」
キュルヴァルが叫んだ。
みんなは顔をあげて、わが親愛な議長がその日の同伴者である妻のジュリーを相手に、デュクロがいま話したばかりとおなじことをやっているのを目撃した。この種の欲情が彼の嗜好に大いに訴えたことはだれ知らぬものもないくらいだった。ジュリーは大体のところ、この方法で、彼にしこたま快楽をあたえた。デュクロはたしかに相手にそれほどの満足をあたえきらなかった。が、それは十中八、九、その男自身の落度であったろう。デュクロはつづけた。
「それから一カ月して、わたしはいわゆる堡塁を、ぜんぜん別の角度から攻撃したひとりの吸飲者と交渉をもちました。彼は年長の牧師で、はじめおよそ半時間ばかりわたしの臀部を愛撫してから、ツンゲを……篏入……とてもみごとな技巧ぶりを発揮しました。それはわたしの五臓六腑の奥底まで達したかのように思われたのです。
ですが、この牧師はそんなに気まぐれではなく、片方の手で臀部をひろげると、もう一方の手では……じぶんを抉擦し、臀部を顔にひきつけた瞬間にアクメに達しました。そして、彼の操作がすこぶる激烈で、みだらだったので、わたしのエクスタシーも彼のそれと同時でした。
そのあと、牧師はちょっとわたしのアヌスを調べて……最後にもう一度接吻をせざるをえませんでした。それから、今後もちょいちょいやってきて、わたしを所望するつもりだといって、脱兎のようにかけ去りました。
彼は約束を守りました。そして、六カ月間、週に三、四回わたしを訪ねてきて、いつもきまっておなじ動作をくり返しました。わたしもそれにすっかり慣れきったので、彼が小さなもくろみを遂行するたびに、わたしはほとんど喜悦で息がとまりそうになりました。ところが、そうした状況にたいしては、彼のほうは非常に無とん着なようすで、わたしの判断しうるかぎりでは、こちらが嬉しがったかどうかを見きわめようとする気持ちなどはもちあわせていませんでした。そんなことは彼にはどうでもよかったらしいのです。じっさいのところ、だれにもはっきりしたことはわかりませんが。男というものは妙な存在です。彼がそのことを知っていたら、わたしの喜悦はかえって彼を不快にしていたかもしれないのです」
ところで、物語をきいて燃えあがったデュルセは、老牧師とおなじようにだれかのアヌスを吸ってみたくてたまらなくなった。だが、少女をいやがった。そこで、彼の一番の気に入りのヒヤシンスを呼びだした。彼はこの少年のアヌスに接吻し、じぶんを frig し、吸飲した。からだを神経質にふるわせた点からすると、また、ふつう彼の最後を予告するけいれんから察すると、いよいよ discharge するのかと思われたが、事実はそうでなかった。金融業者のデュルセはいよいよ最後の土壇場になると……ひどくけちだった。彼はただ固くすることができなかったか、そうしようとしなかったかなのである。
ヒヤシンスのかわりにセラドンが起用された。だが、万事窮すで、少しも進捗したようすは見られなかった。そのときちょうど晩餐を告げる鐘の音が鳴りひびいたので、デュルセの面目は救われたのである。
「おや、おや」
彼は同僚といっしょに笑いながらいった。
「こりゃわたしの落度じゃないよ。諸君もごらんのとおり、わたしは勝利をおさめる寸前だったのさ。晩餐のおかげで延期せざるをえんよ」
夕食は例のとおりに興趣満点、陽気で、あいかわらずのみだらさだった。つづいて乱痴気騒ぎとなり、かずかずの小さな淫虐行為がふんだんにくりひろげられた。多くの口が吸われ、多くのアヌスが口づけされた。だが、なかでもいちばん愛きょうのあるおどけた所作は、それぞれの少女の顔や胸をかくして、臀部の吟味にもとづいて当人をいいあてるというかけごとだった。公爵はときどきまちがえたが、ほかの者はそうでなかった。彼らは臀部の使用にあまりにもよく慣れきっていたのだから。友人らは寝室にひきさがって一夜をあかし、明ければさらに新しい快楽と二、三の反省がもたらされた。
第四日
男女の若い者たちのなかで、だれがどの友人に属するかを簡単に識別したいというので、四人の友人らは、服装に関係なく、一同に髪飾り用のリボンをつけさせることにきめた。しかも色つきのものが選ばれた。公爵は桃色と緑色を採用し、前面に桃色のリボンをつけたものは、前のものをじぶんのもの、また同様に、うしろに緑色のリボンをつけたものは、うしろのものをじぶんのものというふうにした。
そこで、ファニー、ゼルミール、ソフィー、それにオーガスチーヌはさっそく髪飾りの片方に桃色のリボンをつけ、ロゼット、エベ、ミシェット、ギトン、ゼフィルは襟足にかかるように、頭に緑色のリボンをつけた。臀部にたいする公爵の権利はこの手がかりによって証明されたわけである。
キュルヴァルは前に黒色、うしろに黄色を選んだ。こうしてミシェット、エベ、コロンブ、それにロゼットは今後つねに黒のリボンを前にたらし、ソフィー、ゼルミール、オーガスチーヌ、ゼラミル、それにアドニスは襟足の上方に黄色いリボンをつけることになった。
デュルセは、薄紫のライラック色のリボンをうしろにかけさせて、ヒヤシンスを見分けた。また司教は男色的に五つのアヌスを試みる権利をもっていたので、キュピドン、ナルシス、セラドン、コロンブ、ファニーの五人に、うしろに紫色のリボンをつけさせた。
男女の姿勢とか衣裳とかに関係なく、これらのリボンをけっしてなおざりにしてはいけなかったし、不適当に着用することもゆるされなかった。こうしてこの単純な申し合わせによって、それぞれの友人はいつもひと目で、じぶんの所有物がだれで、どんなふうにじぶんのものであるかを見分けることができた。
コンスタンスと一夜を共にしたキュルヴァルは、朝になってえらく苦情を申したてた。その苦情の根本になにがあったかはぜんぜん明らかでなかったし、苦情そのものがなんであったかも正確には明らかでなかった。道楽者の機嫌をそこねるのはなんの造作もなかったからだ。
ところが、土曜日の懲罰にかけるためキュルヴァルがさかんに彼女の罪状を明確に叙述しようとしていると、当の愛すべきコンスタンス〔公爵の妻〕が妊娠したと断言したのである。夫の公爵をのぞくと、この事件で彼女の相手として怪しまれるのはキュルヴァルだが、彼はこの会期の初日、つまり四日前を除いては、肉体的関係を結んでいなかった。
わが道楽者たちは事件のなかに秘かなよろこびが約束されているのを見て、このニュースをおもしろがった。公爵はなにも覚えていなかった。とにかく、この声明のおかげで、コンスタンスはキュルヴァルの不興を招いたかどで受けなければならなかったはずの懲罰をまぬがれただけであった。
彼女は食卓の給仕やせっかんやそのほか二、三の雑用を免ぜられたが、壁がんの寝椅子の上にはあいかわらず姿を見せなければならなかった。
その朝の講習に出席したのはデュルセだった。彼の道具は並はずれて小さかったので、生徒たちは、公爵の巨大な逸物によって持ちだされた問題よりも、かえって大きな問題に当面したようだった。それでも生徒たちは熱心に実習にかかった。しかしひと晩じゅう女の仕事に精をだしていたこの小さな金融業者は、男の仕事にはたえられなかった。
八人の美しい生徒たちが秘術をつくし、これに巧みな女教師の妙技がくわわったというのに、けっきょく、彼の鼻ひとつ動かすことができなかった。
彼は意気揚々として教室をでた。そしてインポテンツはいつも、その道の用語で人いじめと呼ばれる種類の気分を挑発するから、彼の身体検査はおどろくほど厳格だった。少女のなかではロゼットが、少年のなかではゼラミルが、この徹底した吟味のいけにえとなった。前者はいわれたとおりの状態になかったし――この謎はやがて明らかにされるが――後者は不幸にして、だすべからずといわれていたものを排出してしまっていたからである。
厠に顔をだしたのはわずかに七人だった。デュクロ、マリー、アリーン、ファニー、ふたりの二級やり手、それにギトン。キュルヴァルはデュクロのせいでひどく興奮していた。晩餐をとっても彼の興奮は少しもおさまらなかった。それどころか、コロンブ、ソフィー、ゼフィル、それに彼の気にいりのアドニスが給仕をしたコーヒーのため、頭がすっかり燃えあがってしまったのである。
彼はそのおなじアドニスをひっつかむと、安楽椅子の上にけとばし、ののしりながら、うしろから近づいて少年の股間に……突入、そのつきでた先端を強く frig するように命じた……。と同時にじぶんは少年の肉体……を抉擦しはじめたのである。そのあいだに、キュルヴァルはでっかい、そして不潔な臀部を一同の前にさらけだした。だが、目の前にあるその汚穢なアヌスが公爵を強くひきつけたのである。そこで公爵はゼフィルの口を吸いながら、ほこさきをキュルヴァルへ転じた……。
そんな攻撃を予期していなかったキュルヴァルは冒涜的な歓喜の歌をはきだした。……そうしたもののいっさいが彼の戦闘的な魂を刺激して、ついに……武器から弾丸が放たれたのである……。
司教も遊んではいなかった、彼は交代にコロンブとソフィーの神聖なアヌスをきれいに吸いつくしていた。けれども、疑いなく夜間の運動のため疲れはてて、生命の火花をひとつも発しなかった。すると、ほかのすべての放蕩者とおなじように、じぶんの衰弱した肉体の欠陥は棚にあげて、彼女らをせめてさんざんに毒づいた。友人らは数分うたたねをした。そのとき、物語の時間が到来したので、一同はデュクロの話に耳を傾けるべく、ぞろぞろと聴衆席へくりだした。デュクロはつぎのように語りはじめた。
「マダム・ゲーリンの家では二、三変わったことがありました。ふたりの、とても美しい少女が、彼女らをよろこんで世話してやろうというお人好しの殿方を見つけたのです。ふたりはわたしたちがやるように、彼をまんまとたぶらかしたわけです。
欠員をうめるために、わたしたちの母さんはあちこち探しまわって、サン・ドニ街の居酒屋の娘で、年は十三、広い世界にもたぐいまれな美女に目をつけました。けれども、この小さな貴婦人は信仰があついと同時に品行方正で、あらゆる誘惑の魔手を巧みにしりぞけました。だが、ゲーリンはある日、巧妙きわまりない策略を使って、彼女をわが家へおびきよせると、すぐさま異常な男の手にゆだねました。その男の性的性癖をつぎにお話したいと思います。
彼は五十五か五十六歳の聖職者でしたが、たいへんわかわかしくて、元気さかんだったので、たぶんだれもが四十以下と考えたことでしょう。ヨーロッパ中探しても、この男くらい、若い女を悪徳にひきずりこむ特異な才能を身につけているものはありませんでした。それが彼の唯一の、そして崇高なまでに発達をとげた技術でしたから、彼はそれをじぶんの唯一無二の道楽に変えてしまったのです。
彼のいっさいの官能的よろこびは、子供らしい偏見や不自然な恐怖を根絶し、美徳への侮蔑を深め、悪徳をこの上なく幻惑的な色彩で飾りたてるところにありました。彼はなにものをもなおざりにしませんでした。人をうっとりさせるようなイメージ、うれしがらせの約束、甘美な手本、そうしたすべてのものを役に立て、すべてのものをあざやかに操りました。その妙技は子供の年齢や気だてなどに完璧に調和し、まだ一度もねらいをはずしたことがなかったのです。
わずか二時間の対話がゆるされさえすれば、彼はどんなに品行のよい、分別のある娘でもかならず売春婦に変えてしまいました。三十年のあいだ、パリでこの聖職をつづけてきたわけで、あるときマダム・ゲーリンにうちあけた話によると、彼の名簿にのった少女は一万人をこえ、彼女らはみんな彼の素手と機知だけで誘惑され、放蕩に身を沈めた、というのです。
彼は少なくとも十五人のぜげんのためにおなじような仕事をしてやりました。そして他人の依頼で特別な問題ととり組んでいないときは、じぶん自身のために、じぶんの職業的な快楽のために、やっきとなって漁りあるき、手あたりしだいに相手を堕落させて、これをぜげんたちに売りとばしていました。
ところで、全体のなかでもいちばん予想外な面は、また、わたしをうながして、この異常な個人の実例をとりあげさせた面は、なにかといいますと、彼がけっしてじぶんの労力の成果を享楽しなかったことです。彼はいつも娘とふたりっきりで部屋にとじこもりました。けれども、理解力は広く、精神力もあり、雄弁な説得力をもちながら、彼は常にひどく興奮したまま部屋からでてくるならいでした。部屋での行動が官能を刺激したことは疑う余地のないくらいたしかでしたが、どこで、いつ、どうして、彼が官能を満足させたかを知ることは不可能でした。綿密に吟味してみても、対話をおわったときの彼の凝視に異常な炎が見え、なかで完全にエレクトしているズボンの前にちょっと片手をふれるといった程度のことしか明らかになりませんでした。ただそれだけの話でした。
彼はゲーリンの家へやってくると、くだんの酒場の娘と秘かな対面をゆるされました。わたしはそのなりゆきを注目しました。相談はたいへん長びきました。誘惑者の言葉はおどろくほど哀愁にみちていました。娘は泣いたり、怒ったり、一種の狂熱的な発作に見舞われそうにもなりました。この瞬間なのです、説得者の瞳がぎらぎら輝いたのは。そして、彼のボタン隠しのあたりになにかの気配が認められたのも。
しばらくして、彼が立ちあがると、娘はまるで相手を抱擁するかのように、両の腕をさしのばしました。彼は重々しい、父親らしい態度で接吻しましたが、それにはみじんも淫蕩の気味がありませんでした。この男が立ち去って三時間もすると、少女は荷物をもってマダム・ゲーリンの家に到着しました」
「そして、その男は?」
公爵がたずねた。
「説得がおわったので、姿を消しました」
「じぶんの仕事の結果を見にもどってもこないで?」
「いえ、閣下、彼の心には一点の疑念もなかったのです。一度もしくじったことがありませんから」
「なかなか奇抜な人物がいるものじゃ」
キュルヴァルがいった。
「貴公はどう思われるかな?」
「ぼくはこう思うがね」
公爵は答えた。
「誘惑することがいっさいの必要な熱情をあたえるので、彼はズボンのなかでもらしたというふうに」
「いいや」
司教がいった。
「どうやらその男を見損っておいでですな。それもこれもみんな彼の淫蕩な乱行のための準備だったのです。そのあと、賭けてもいいですが、彼はより大きな乱行をやりにいったのです」
「わかった!」
公爵は叫んだ。
「ぼくはどうやらそいつの正体を見やぶったらしいぞ。それはみんな、君がいうとおり、単に予備的な段階で、少女を堕落させてじぶんの想像力を燃えあがらせておいて、それから少年のところへゆく……。たしかに、やつはおかまだ。そうだ、はっきりしている」
デュクロはこの臆測を裏書きするような、なにかの証拠がないかどうか、その男は少年を誘惑したかどうか、とたずねられた。が、わが語り手はなにも証拠がないと答えた。そこで、公爵の推理は大いに当をえているようではあったけれど、みんなはそのふしぎな説教師の性格について多少とも疑心暗鬼の形だった。デュクロはふたたび話をつづけた。
「アンリエットという、若い新入りが到着したその翌日のこと、ゲーリンの家へ年寄りの、風変わりなぜげんがやってきて、アンリエットとわたしに同時に仕事をさせました。
この新しい道楽者は隣り部屋で行なわれている好色的な情景をのぞき穴からのぞくという楽しみのほか、なんの楽しみももっていませんでした。つまり、窃視淫乱症で、他人の快楽のなかに、じぶん自身の淫蕩な性癖の神聖な滋養物を見いだしたわけです。
彼はわたしが前にみなさんに話をした部屋に、つまり、わたしや仲間のものがしばしばうさ晴らしのためにでかけた、あのおなじ部屋に案内されました。そして、のぞき見をしているあいだ、わたしが彼のおあいてをするいっぽう、若いアンリエットは、きのうわたしがのべたアヌス吸飲者といっしょに舞台に登場しました。
ゲーリンとしては、その悪党のひどく淫蕩なおどけた仕草が窃視者の好む種類の光景であろうと考えたのです。そして、役者を奮起させるため、また、情景をなおいっそうみだらな、見ておもしろいものにするため、当の役者にはじめて舞台にデビューする見習い女が相手だということを知らせたのです。
かわいい酒場女風のしとやかさと子供らしさを見て、彼はたちまちそれにちがいないと思いました。そこで、彼はできるかぎりの猛烈な、淫わいな妙技を見せることになりました。じぶんが人からのぞかれているなどということは夢にも考えていなかったのです。
わたしの老いたしゃれ男はというと、片方の目を穴におしつけ、一方の手をわたしの臀部に、もう一方をじぶんの前において……のぞき見している光景と歩調をあわせつつエクスタシーの調節をはかっているようでした。
「ああ、なんという光景だ!」
彼はときどきいいました。
「あの小娘はなんというきれいなお尻をしてるんだろう!」
とうとうアンリエットの恋人は discharge したので、わたしの恋人はわたしをしっかとだいて、ちょっと接吻をしてから、くるっとからだをまわし、わたしのうしろを愛撫したり、口づけしたわ……、そして、わたしの頬の上に活力のあかしを放出しました」
「そのあいだ、その男もじぶんを抉擦して?」
公爵がたずねた。
「はい、閣下」
デュクロは答えた。
「信じられないほど小さなものを frig することなど、わざわざ口にするだけの価値はございません」
それからデュクロはつづけた。
「つぎにわたしが相手をつとめた紳士は、ある点で独自の本領を発揮していなかったら、おそらくわたしの報告にくわえるだけの値打ちがなかったでしょう。それはかなり異常な本領で、いうなれば、ほかの点ではすこぶる平凡な彼の快楽を、ひときわめざましいものにしていたのです。こんなささいなことでも、淫蕩というものがどの程度まで、人間の謙遜、美徳、礼儀などに関する感情を堕落させることができるかを実証するでしょう。
この男はのぞき見を好まなかったけれども、のぞかれるのを好みました。他人の濡れ場を窃視する趣味をもった人びとが存在するのを知っていたから、彼はゲーリンにそんな人間を見つけて、どこかに身をひそめさせるようにといいつけました。ゲーリンはさっそく、わたしが数日前に仕切り壁のうしろでもてなした例の男に交渉し、すばらしい密事を見せてやると約束しました。
窃視者と姉は穴のついた部屋へ、実演者とわたしは別の部屋へはいりました。この相手は二十歳くらいのハンサムで、たくましい青年でした。壁穴の位置を知らされても、完全にながめられる場所へ、それほど目立った移動はしないで、わたしをそばにひきよせました。わたしは彼を抉擦しました。……彼は立ちあがって、窃視者に前を見せたかと思うと、くるりとまわって、こんどはうしろをあらわにしました。それから、わたしのスカートをもちあげて、わたしのを見せ、わたしの前に膝まずいて、鼻さきでアヌスをなぶりました。……なにもかも、徹底的によろこんで見せびらかしながら discharge したのですが、そのあいだにわたしのうしろのスカートを高くもちあげて、……のぞき穴の正面にむけたので……決定的な瞬間には、わたしの臀部と恋人のファルスが向こう側で同時に眺められたわけです。
わたしの恋人がたとい第七天国にいたとしても、つぎの間でなにが行なわれていたかは神さまだけがご承知だったのです。姉はあとで話してくれましたが、彼女の背中の狂人はこんな楽しい目にあったことはまだ一度もないと叫んだそうです。そしてそのあと、わたしの場合とおなじように、猛烈な潮によって彼女の臀部が洗われました。
それから二、三カ月して、ほぼおなじような嗜好をもった別の男がわたしをテュイルリー〔パリの旧王宮〕へ連れていきました。彼はわたしに、見知らぬ男たちに声をかけて、鼻さき六インチのところで、相手を抉擦してほしいと申しました。そのあいだ、本人は山とつんだ折たたみ椅子の下に身をかくしていました。
わたしが七、八人の通行人を呼びとめて抉擦すると、こんどは、彼はいちばん人通りのはげしい通りにあるベンチにどっかと腰をおろし、うしろからわたしのスカートをまくりあげて、相手かまわず、だれにでも、わたしの臀部を見せました。そればかりか、パリの半分を眼下に見ながら……じぶんのものを抉擦するように命じたのです。夜分ではありましたが、えらい反響をまきおこして、彼がせせら笑って首尾をとげたころには、ぐるりに十人以上も人だかりがしていました。わたしたちは罵倒をあびせかけられないうちに、いっさんに逃げださなくてはなりませんでした。
ゲーリンにその夜の出来事を語ると、彼女は笑ってうなずき、じぶんもかつてリヨンである男と、つまり、おなじように異常な嗜好をもった男と知りあったことがあるといいました。
その男は街のぽんびきに化けて、客をひきこんではふたりの少女とたわむれさせるならいでした。それだけの目的で、彼はわざわざお金を払って、少女らを家においていたのです。それから、じぶんは隅にかくれて、客の仕草を見まもりました。こうした瞬間の技巧いかんで給金が左右される女は、じぶんの腕にだいた道楽者をうまく誘導し、客の前後を主人にすっかりあらわにして見せました。するとその光景が、わがにせぽんびきの嗜好にぴたりとあった快感を生み、その快感によって fuck を放つことができたのです。
デュクロはその晩早目に物語をうち切ったので、夕食までの時間は二、三のえりぬきの色事にあてられた。冷笑癖をもった男の実例が四人の物おじしない頭脳を燃え立たせていたから、友人らは壁がんのなかにとじこもらないで、おたがいの仕草がはっきり見えるところで、たわむれた。
公爵はデュクロの衣裳をぬがせて……椅子にねかせ……デグランジェに frig させながら……デュクロのアヌスに鋭鋒をあてた。そのほかかずかずの出来事があったが、素材を芸術的に表現する建前なので、いまの段階では、それらを発表するわけにはいかない。
それが終ると、舞踊会が催された。十六人の少年少女と四人のやり手と四人の夫人が三組になってカドリルを踊った。参加者はひとりのこらずヌード姿で、わが放蕩者たちはソファーによりかかって、踊り子たちがとらざるをえない、さまざまな姿態を眺めながら悦にいった。
友人らはまた語り手の女たちを各自のそばにおいていた。彼女らは緩急よろしく操作したが、数日来の浮かれ騒ぎでやや疲れ気味だったので、だれも discharge しなかった。そして、てんでに翌日の新しい乱行に必要な精力をたくわえるため、寝室へはいった。
第五日
その朝、自慰の学園に出席するのはキュルヴァルの義務だった。少女たちはめざましい進歩をとげはじめていた。美しい処女たちの多彩な、だが、いずれもみだらな体位などに抵抗するのはむずかしかった。キュルヴァルは武器を装填しておきたかったので、発射しないでひきあげた。
食事の用意ができたことが知らされると、食卓についた友人らは四人の少年たちを、つまり公爵の気に入りのゼフィル、キュルヴァルの愛人アドニス、デュルセの友ヒヤシンス、司教が血道をあげているセラドンを、今後はすべての食卓に参加させて、それぞれの恋人のかたわらで食事をとらせること、また同様に、いつもきまって彼らの寝室で眠らせること(妻ややり手たちとおなじ待遇)などをとりきめた。このため、読者もお気づきのように、毎朝四人の非番のやり手が四人の少年をつれてくるという儀式は廃止された。彼らは自発的にやってくることになり、友人らが少年たちの部屋にはいるばあいも、のこりの四人によって、規定どおりに迎えられることになった。
この二、三日間そのすばらしい臀部のために、すっかりデュクロに夢中になっていた公爵は、彼女も彼の寝室で眠ることを要求して、この先例は承認された。そこで、キュルヴァルは同様に、ひどく熱心のファンションをじぶんの部屋にひきいれた。ほかのふたりは、だれが彼らの部屋で第四の特権的地位につくかの決定を、もう少しさきへのばすことにきめた。
こうした問題が処理されると、いつもの検査が行なわれた。キュルヴァルがこれこれの状態にあるように命じていた美しいファニーは正反対の状態にあることが発見された(この不分明な点はあとで解明されるはずである)。彼女の名はさっそく懲罰元帳のなかに書きこまれた。若い紳士諸君のなかでは、ギトンが禁を破っていた。彼の名も記入された。礼拝堂の行事がごく少数の人びとによってとり行なわれてから、友人らは晩餐へでかけた。
四人の若い恋人が食卓で友人らと同席したのはこれがはじめてであった。それぞれの少年は彼の愛におぼれきった友人の右側にすわり、友人らのお気に入りのやり手は友人の左側に腰をおろした。
司教は、その日ひどく元気さかんで、食事中ずっと、のべつまくなしにセラドンに口づけした。この少年はコーヒーの給仕係に選ばれた四人組のひとりだったから、デザートの出るすこし前にテーブルを離れた。彼にすっかりのぼせかえっていた司教閣下はサロンにでた全裸の彼の姿を見ると、すべての自制力を失ってしまった。
「ちくしょう!」
彼は顔を紫色にしてどなった。
「あれのアヌスをためすわけにはいかんから、せめてきのうのキュルヴァルのまねごとをしてやろう」
そういいながら、司教は善良な小悪党をひっつかまえると、うつむきに横たえて、その股間を……利用し……片手でキュピドンの臀部をもてあそび、もう一方の手でセラドンの前を frig した。そればかりか、後者の口にじぶんの口をおしつけて、相手の肺臓から空気を吸いだし、その唾液を燕みくだした。
公爵は弟をさらに興奮させるために、司教の前面に陣取って、キュピドンとほかのふたりの少年……を相手に、みだらな光景を現出させた。キュルヴァルもまたすぐ近くへ移って、ミシェットに……抉擦させ、デュルセはロゼットのアヌスを……泡をふいている聖職者に見せびらかした。すべての人びとが彼のあこがれているエクスタシーを招来させるために努力した。こうして……ついに、恍惚状態が現出し、彼の神経はふるえ、歯はがたがた鳴り、瞳はぎらぎら輝いた。歓喜というものが神の子にどんなにおそろしい影響をあたえるかを十分に知っている三人の友人らを別とすると、それはだれにとってもおそるべき形相であったであろう……。
そのうち物語の時間がおとずれたので、デュクロは語りだした。
「みなさん、わたしはマダム・ゲーリンのホテルで起こったいっさいの出来事を毎日克明にえがくように、とはいわれておりません。ただ平凡な事件のなかからきわだったものだけを語るようにといわれました。それで、子供の時分の、あまりおもしろくない、いくつかのエピソードははぶかせていただきます。
わたしがちょうど十六歳になったときの話ですが、たまたまある道楽者の相手をする番がめぐってきました。その男の毎日の酔狂ぶりは、みなさんのお耳にいれておくだけの値打ちがございます。
彼は五十年配の、まじめで、たいへん落ち着いた判事でした。そしてマダム・ゲーリンの言葉を信じるとすれば、なん年も前からの知りあいで、毎朝きまって気まぐれなまねをするならいでした。彼のおかかえのぜげんは退職年齢に達したので、その口ききで、判事はわたしたちの母さんの手にまかせられたわけです。こんどがはじめての訪問で、わたしが最初の相手になりました。
彼は穴のある部屋に、ひとりで腰をおろし、わたしは日雇い人夫のサボイ人とふたりで、別の部屋にはいりました。そうですね、この男はふつうの人間でしたが、健康な大柄の体格の持ち主でした。それだけの資格があれば判事には十分で、年齢とか容貌などはぜんぜん気にしませんでした。
わたしは、できるだけ壁穴の近くの、よく見えるところに陣取って、このまっ正直な男を frig してやることになっていました。相手もまた、じぶんになにが要求されているかをちゃんと、心得ていて、晩飯代をかせぐとてもすばらしい方法だと考えていました。判事からいいふくめられていた指示をすっかりはたし、田舎者が求めるものをなにもかもあたえてから、わたしば彼に、陶器の皿に discharge させました。それから、わたしはまっしぐらに隣りの部屋へかけこんでいきました。判事は陶酔状態でわたしを待っていましたが、皿におどりかかって、……あおると、じぶんもまた爆発させてしまいました。……わたしが片手でうけて……さしだすと、彼はこれもまた……嚥みくだしてしまいました。
それだけのことでした。指戯も接吻もなにもなく、判事はわたしのスカートをもちあげようとさえしませんでした。そして、椅子から身をおこすと、平常どおりの落ち着いた態度にもどって、杖をとり、とてもうまくやってくれたようだな、じぶんの性格をりっぱにのみこんでくれたわい、といいのこして立ち去りました。
つぎの日には、新しい職人がつれこまれました。というのも、女と同様、男の相手も、毎日別人でなくてはならなかったからです。こんどは、わたしの姉が彼のために働き、彼は満足して帰りました。が、その翌日もふたたび現われるといったわけで、わたしがマダム・ゲーリンの家に逗留していたあいだに、彼が午前十時にきちんと到着しない日はただの一日もありませんでした。しかも美しい少女たちに仕えられていながら、けっしてスカート一枚まくろうとはしなかったのです」
「彼には常人のアヌスを見たがる傾向はなかったかな?」
キュルヴァルがたずねた。
「たしかに、ございました、議長さま。わたしどもが相手の男を楽しませているあいだ、大いに気をくばって、その男をあちこちへむけなければなりませんでした。また、男のほうも、女をいろんな方角へむけねばなりませんでした」
「よし、わかった」
キュルヴァルはいった。
「それでこそ筋がとおる。そうでもないことには、わしには解せなかったろう」
「その後まもなく、三十くらいの女がくわわって、ハレム〔ここでは売春婦の部屋〕の総勢がふえました。この女はたいへん魅力がありましたが、髪毛はユダとおなじようにまっ赤でした。はじめわたしたちは新入りだと考えていました。ところがそうではなく、じぶんはただ一回の会合のためにやってきたのだ、と説明して、わたしたちの誤解をときました。
この新参のヒロインを相手役とする男もそれからまもなくして到着しました。彼は人好きのする容姿をした、ある重要な財界人でした。わざわざ女を別にしておくのですから、変わった嗜好です。そのため、わたしはふたりの取り組みをぜがひでも見たくてたまりませんでした。ふたりが部屋にはいるやいなや、くだんの女は着ているものをかなぐり捨てて、すばらしく白い肉づきの豊かな肢体をあらわにしました。
「よろしい。さあ、とんだり、はねたりするんだ」
資本家はいいました。
「汗をかいたのが好きだということは、君もよく知ってるはずだ」
すると、赤毛の女ははねまわったり、部屋中をかけまわったり、山羊のようにとびあがったりしました。いっぽう男はじぶんで抉擦しながら、瞳をこらして女をみまもりました。そうした仕草が長いあいだつづき、いったいそれがどこへゆきつくのか見当もつきませんでした。ところが、女は汗だくになると、放蕩者に近づいて、片腕をさしあげ、一本一本の毛から汗が滴りおちている腋下の匂いをかがせました。
「ああ、こいつはすてきだ!」
実業界の大物は、鼻先一センチのところにつきだされた、べとべとする腕をみつめながら叫びました。
「なんという香気! うっとりするような匂いだぞ!」
それから、彼女の前に膝まずいて、深く息を吸いこみながらワギナの深部をかぎました。さらにアヌスから発散される臭気をも吸いこみましたが、たえずまたもとの腋の下へもどりました。その部分がいちばん彼の気にいったか、それともその香りが優れていたかどうかは知りませんが、とにかく、彼の口と鼻はこの上ない熱情をこめて、常にそこへおもむいたのです。
とうとう一時間あまりもいたずらにもみにもんだすえ……、女はすわりました……男がうしろから女の腋の下にいれると、女は力いっぱい腕を squeeze しました。それは力強い握力であったにちがいありません。その一方では、この紳士がもう片方の腋の下を、眺めて嗅げるような姿勢をとったので、彼はその腕をつかんで、鼻先をうずめ、匂いをかぎながら、discharge しました。
「で、その女は赤毛でなくちゃならなかったのかね?」
司教はたずねた。
「それは不可欠の要件かね?」
「絶対に」
デュクロは答えた。
「この種の女は、みなさんはご存知ないでしょうが、それはそれは猛烈な腋臭《わきが》を発散します。彼の嗅覚がいったん爛熟した匂いによってめざめると、彼の官能もたちまち刺激されるでしょう」
「もちろん」
司教はあいづちを打った。
「しかし、わたしはどうあっても、女の腋の下など嗅ぐよりアヌスを嗅ぐほうがいいな」
「は、は!」
キュルヴァルが口をはさんだ。
「どちらにも、大いに言い分があろうて。だがのう、諸君がちょっと腋の下でも嗅いでみたら、とてもすばらしいと思うことはうけあいじゃ」
「どちらのご意見ですかね?」
司教はいった。
「議長殿にはそのシチューがお口にあいますか?」
「ちょっと待ちたまえ、その辺で」
公爵がさえぎった。
「閣下、いまここで彼に告白を強いてはいけない。そのうち、われわれがまだ聞けないことをいろいろ教えてくれるだろうからね。つづけたまえ。デュクロ、おしゃべり連中に君の領分をおかされないようにするんだ」
「わたしはいま思いだしますが、ゲーリンが六週間以上も姉の入浴を絶対にゆるさないで、できるだけ、きたない、不潔な状態でいるようにいいわたしたことがありました。わたしたちには、ある日ひとりの赤鼻の老人がやってくるまで、マダムの意向がどこにあるやら、さっばりわかりませんでした。彼はなかば酔っぱらった、ひどく下品な調子で、ゲーリンにむかって、どこに例の淫売婦を用意してあるんだ、とたずねました。
「まあ、だんな、用意はできておりますから、ご心配なく」
ゲーリンは答えました。ふたりはひきあわされて、部屋にはいりました。わたしは壁穴のところへとんでいきました。そして目をあてたとたんに、裸の姉がシャンパンをいっぱいたたえた大きなビデ〔局部洗浄のための台付き寝室用具〕の上にまたがり、男はでっかいスポンジをにぎって、しきりと彼女を洗って、からだからはげ落ちるあかをひとつひとつ丹念にビデのなかにいれているのが目につきました。
姉は長いことからだのどの部分も洗ってはいなかったので、シャンパンはたちまち褐色の、きたない色にそまり、おそらく、あまり快適でない匂いをもおびたことでしょう。けれども、シャンパンがそのなかへ流れこむあかのためによごれればよごれるだけ、わが放蕩者はますます嬉しがりました。
彼はシャンパンをちょっぴりなめて絶妙なことがわかると、こんどはコップをとりだして、満々と注ぎ、六、七はいも、のみくだしました。腹いっぱい飲んでしまうと、姉をつかまえて、ベッドにはらばいにさせ、彼女の臀部の上に、早くも……沸騰点まできていた、みだらな semen の大水をどっと噴出させました。
いまひとりの訪問者で、それよりはるかにきたない男がときどきわたしの注目をひきました。わたしたちの宿には、街の周旋屋とか、淫売屋用語で『かけまわる者』とか呼ばれている女がひとりおりました。彼女の役目は夜昼なく表をかけまわって、新参者を堀りだすことでした。四十もこえた女で、ひどく衰えた容色とともに、悪臭のある足という、おそるべき欠陥の持ち主でした。
ところで、ド・レ……侯爵がほれこんだのはほかならぬ、そういった種類の女だったのです。侯爵はルイズ夫人を紹介されて、すばらしい女だと思いました。そして、快楽の聖殿に彼女を導くと、
「どうか君の靴をぬいでおくれ」
といいました。おなじ靴下と靴を一カ月間はくようにと、はっきりいいふくめられていたルイズは、ふつうの人ならその悪臭でたちまち嘔吐を催すところの足を侯爵の前にさしだしました。が、その足のきたなさと胸が悪くなるような悪臭そのものこそ、わが貴公子がいつくしんでやまないものでした。
彼は足をつかんで、はげしく口づけしてから、じぶんの口で足指をつぎつぎにおしひろげて、舌さきでそのあいだの黒ずんだ、臭いあかを、たとえようもないほど熱心に、かき集めました。そして、これをじぶんの口にくわえたばかりか、のみこんで、その風味を味わったのです。しかも、そのあいだに、じぶんで frig しながら discharge したことは、彼がその行為からとてつもない快感をくみとったという明白な証拠でした」
「わたしにはとても」
司教の簡単な意見だった。
「それでは、貴公に説明の労をとったほうがよさそうじゃ」
キュルヴァルがいった。
「なに、そんな趣味がおありか?」
「よく見たまえ」
キュルヴァルは答えた。
壁がんの男女が立ちあがって、彼のそばにやってくると、周囲をとりまいた。そして、放埓きわまる、淫わいな嗜好をことごとく一身にあつめた稀代の淫蕩者が、ファンション――さきにのべた年寄りの、きたならしい召使――のさしだした醜怪な足にだきつくのを見た。キュルヴァルはそれを吸いながら、なかば失神状態におちていた。
「少しもふしぎがることはないさ」
デュルセがいった。
「人間は日常茶飯のことにあきると、想像力がいらだってくる。そして、われわれの資力が乏しかったり、機能が弱かったり、魂がくさったりすると、こういう醜行へはしるようになるのさ」
「たしかにそのとおりでしたわ、年配のC……将軍のばあいは。彼はゲーリンのいちばん信用あるお客のひとりで、彼の求める女は生まれつきにせよ、放蕩のせいにせよ、不具でなければなりませんでした。ひと口でいえば、片目、盲目、びっこ、せむし、いざり、でなければ片腕か両腕かがないとか、歯なし、手足の満足でないものとか、あるいは、なんらかの法律上の制裁で笞刑《ちけい》をうけたり、烙印をおされたり、その他の目じるしをつけられたりしたものとか、とにかく、そういった不具者以外のものには用がなかったのです。しかも、できるだけ年よりでなければなりませんでした。わたしが目撃した場面では、彼の相手をつとめたのは五十ぐらいの女で、せっ盗犯の烙印があり、おまけに、片目がつぶれていました。この二重の欠陥が彼の目には宝物のようにうつったのです。
将軍は彼女とふたりつきりになると、まず衣服をぬがせて、両の肩にある前科のしるしに夢中で接吻し、その傷痕のうねと溝のところを一心不乱に吸いました。それがすむと、こんどは、どん欲な注目をアヌスへ移して、しわがれた……に目を細くして、口づけし、長い、長いあいだこれを吸いつづけました。それから、老女の……にまたがると、正義の勝利を証明する傷跡に、じぶんの肉体をすりつけました……。ついで、彼女の臀部の上にかがみこんで、ふたたび聖所に接吻の雨をふらせ……じぶんの軍人精神を燃えあがらせた、その傷跡の上に fuck を放出しました」
「これはしたり!」
その日、淫蕩な刺激をうけて頭がのぼせていたキュルヴァルが叫んだ。
「いいかな、諸君、この肉体のしるしからでも、いまの話がどんなに焔を燃えあがらせたかをとっくり見てくれたまえ」
そして、デグランジェに声をかけた。
「こっちへこい。おまえはいま聞いた女によく似とるぞ。さあ、きて、おなじ楽しみを味わわせてくれ」
デグランジェは近づいた。すると、デュルセが議長に手をかして、彼女の衣服をぬがせた。はじめ彼女は一、二度抗議の声をあげたが、ふたりはますます確信を深めて、思いどおりに強行した。ついに、彼女の焔印のある背なかがあかるみにでた。そこには『T』と『P』の二文字が認められ、彼女が二度も不名誉な試練をうけたことを物語っていた。
そのほか、羊皮紙か古い皮革のような尻、その中心にきらめいている、大きな、不健全な穴、切りとられた乳首、三本の指のない手、びっこをひく片方の脚、歯のない口――こういったものが結びあって、わがふたりの道楽者を刺激したわけである。デュルセが前から吸えば、キュルヴァルはうしろからといったぐあいで……わがふたりの淫蕩者はもっとも汚わいな、もっともまずいものを相手にして、もっとも快美な快感を味わおうとした。
その夜、じぶんの娘のアドレイドと同衾することになっていた、このキュルヴァルは、普通ならば彼女とこのうえなくたのしい一夜を送れたはずなのに、翌朝になってみると、ぞっとするようなファンションのむかつくような肉体の上で身もだえしていたのである。彼はファンションを相手に、さらにひと晩中醜行をほしいままにしたわけで、そのあいだ、アドニスやアドレイドは彼の寝椅子から追われて、ひとりは遠くの、小さなベッドに、ひとりは床の敷き物の上に、寝ていた。
第六日
自慰講習に手をかすのは司教の番だった。彼は出席した。デュクロの子弟たちが男性であったら、司教はおそらくがまんができなかったであろう。ところが、腹部の下の小さな割れ目が彼にとってはおそろしいきずだった。だから、たとい美の女神たちが彼をとりまいたとしても、ひとたびそのいまわしい裂け目が目にとまれば、彼の熱をさますには、それ以上のなにも必要としなかったであろう。
わが友人らが八人の少女のあら探しにすこぶる熱心であったことは、なによりも明白であった。それはその翌日、つまり運命の土曜日に、八人をぜんぶ処罰するたのしみを得んがためであった。すでにリストには六人の名があがっていた。かわいい美少女のゼルミールが七番めに名をつらねた。彼女はほんとうに、叱責に値いしたか、それとも、予定の懲罰をくわえるたのしみが公明正大な裁決との戦いに勝利をおさめたというにすぎなかったのか。われわれはこの問題の判定を賢明なデュルセの良心にまかせたい。われわれの仕事は単に事件を物語るだけのことなのだ。
もうひとりのたいそう美しい婦人がさらに悪者の陣列にくわえられた。それは優しいアドレイドだった。彼女の夫のデュルセは、みんなの話では、人一倍彼女を厳しく扱うことによって、手本を示そうと願っていた。その彼を、たまたま夫人が失望させたのである。
デュルセはある場所へ彼女をつれていってサービスを強要したのだが、そのサービスがどうやらあまり清潔な、もしくはこころよいものではなかった。キュルヴァルほど堕落した人間はいないし、その娘が彼女なのだが、当人は父親の嗜好などなにひとつもちあわさなかった。彼女はおそらく夫の期待にそわなかったか、うまくやれなかったかであろう。あるいはまた、デュルセの側にはじめから、いじめてやろうという肚《はら》があったのかもしれない。その原因はなんであろうと、彼女は懲罰リストに記名され、関係者一同は大満悦のていだった。
少年たちの宿舎も検査されたが、なにも発見されなかったので、友人らは礼拝堂の秘かな快楽へ足を運んだ。この快楽は、これを得ようとして許可を求めた人びとでさえ、ふつうは拒否されたから、それだけにいっそう痛烈であり、いっそう絶妙であった。コンスタンスとふたりのやり手と、ミシェット、これだけがその朝の一行にくわえられた顔ぶれだった。
午餐のときに、ゼフィルがコンスタンスを侮辱した。彼は日ましに魅力をくわえ、自発的な放埓ぶりも長足の進歩をとげたことなどで、だんだん高慢になっていた。その彼が、もはや給仕ではなかったが、いつも昼食時間には姿を見せていたコンスタンスを侮辱したのである。彼は彼女を赤ん坊製造家と呼んだ。そして恋人といっしょに卵を生む方法を教えてやるといって、彼女のお腹を数回なぐったのである。それから、ゼフィルは公爵に接吻し、愛撫し……首尾よく彼の頭を燃えあがらせるようしむけたので、公爵は午後にはゼフィルのやつを濡らさないでおくものかと断言した。するとゼフィルはさっそくはじめるように公爵をそそのかした。
ゼフィルはコーヒーの給仕係だったので、デザートのときに席をはずして、まっ裸で公爵のコーヒーをもって現われた。ふたりはすぐさまサロンに腰をおろし、ひどく興奮した公爵は、相手の口や prick に接吻した。それから、ゼフィルを椅子の上にのせて、その臀部をじぶんの顔の高さにおき、十五分間もしきりとまさぐった。……公爵の肉体もついに反逆したが……これに服従するには、けっきょくなんらかの刺激が必要なことをはっきり見てとった。そこでゼフィルをソファーの上において股間をねらった……。公爵はふたりを同時に串刺しにすれば、もっと快適であろうと思った。
そこで、彼は司教にオーガスチーヌをうまくすえてくれるように頼んだ。彼女のうしろはゼフィルの腿にぴたりとおしつけられた。公爵はこうしてふたりの男女を同時に fuck したわけである……。
乱痴気騒ぎもようやくおさまって、戦の庭になごやかな静けさがおとずれると、戦士たちはひと眠りして、ふたたび六時に目をさました。デュクロの有能な弁舌が新しい快楽のいしずえをおく時間となったのである。
その夜の四人組の服装は性の転倒を呼びものにした。ということは、すべての少女が水夫のなりをし、すべての少年が売春婦を装ったのである。その効果はすばらしかった。このような色気たっぷりな転換ほど、淫蕩な精神を刺激するものはほかにない。
また、友人らはその日めいめいじぶんの妻を寝椅子に侍らせて、きわめて宗教的なこの組合わせをおたがいに祝福しあった。一座のものがいまやおそしと待ちかまえていると、デュクロはおもむろにいつもの好色譚をはじめた。
「マダム・ゲーリンの家には三十ばかりのある女がかかえられていました。この女はブロンドで、やや太ってはいましたが、なみはずれて色白で、健康でした。その名をオーロールといい、美しい口、きれいな歯、肉感的な舌などの持ち主でした。けれども、いったいだれがそれを信じましょうか? しつけが悪かったせいか、胃弱のせいか、そのかわいらしい口もとから、年がら年中たえまなしに、おびただしいげっぷをはきだすならいでした。とりわけ、腹いっぱい食事をつめこんだあとなどには、ときには一時間も、のべつまくなしに、風車をまわせるほど強いおくびを連発させました。
とはいえ、少しでもだれかにありがたがられないような欠陥はひとつも存在しない、という世間のいいならわしはまちがっておりません。その欠陥のおかげで、わが美女はひどく熱烈なひとりの求愛者をもっていました。その男はソルボンヌ大学神学科の謹厳重厚な教授で、神の存在を証明しながら時間をつぶすのにあきあきして、ときたま愛する神の創造物の存在を確認するため、わが淫売宿を訪れるならいだったのです。
彼は予定の訪問を前もって通知しました。すると、オーロールは、まるで飢え死にでもしそうな人間のように、がつがつむさぼりくいました。わたしはふたりの対面ぶりを見たくてたまらなかったので、例ののぞき穴のところへとんでいきました。
ふたりの恋人はおたがいに挨拶をかわしました。二、三の予備的な愛撫はみんな口に集中しているのが、目にとまりました。それから、わが神学者は相手を椅子にかけさせて、じぶんはその正面にすわると、彼女の両手をとって、じぶんの prick をそのあいだにおいたのです。それはまことに哀れな状態にある、みすぼらしい骨董品でした。
「はじめておくれ」
彼は彼女に命じました。
「わたしのかわいい女、はじめておくれ。おまえは知ってるね、どうすればわたしがこの無気力な状態からぬけだせるか。いそいでその方法をとっておくれ……」
彼女は片手で学者の肉体をもてあそぶと、もう一方の手で相手の頭をじぶんのほうへひきよせました。そして、相手の口に口をおしあてたかと思うと、たちまち、一発、二発とつづけざまに、六十発のおくびを相手ののどもとへぶちこんだのです。この神の召使の法悦境がどんなであったかを表現することはとても不可能です。彼は雲雨《うんう》のなかにありました。深く息をひそめて、じぶんのほうへくるものをことごとく嚥みくだしました。それはまるで、ただのひと吹きの空気でも、飲みそこなったらもうおしまいだ、といったようなあんばいでした。こういったことが行なわれているあいだに、彼の両手はわたしの仲間の乳房やペチコートの下を探っていましたが、そのような指さきの探究はほんの偶発的なもので、唯一の主眼目はやはり……あの口でした。最後には……官能的な身震いによって膨脹し……わたしの仲間の手のなかへ discharge しました。そして、かつて一度もこれほど楽しい思いをしたことがないといいながら、講義をしにかけ去りました。
その後しばらくしてから、もっとなみはずれた男が、なにやら特別な用件をもって、ゲーリンの家へやってきました。彼女はその日にかぎって、しきりとわたしに食事をすすめ、まるでむりに大食をしいんばかりの有様でした。彼女は気をくばって、わたしの大好きなものばかりをずらりとならべました。そして、テーブルを離れるときに、これから相手をつとめる老人の道楽者のためにわたしがやらなければならないことがらをいちいち注意したうえ、コップいっぱいの温湯にとかした三錠の吐剤をわたしにのませました。
やがて年寄りのいたずら者が到着しましたが、それは淫売周旋屋で、前になんども会ったことのある男でした。彼はわたしを抱擁し、きたない、ぞっとするようなツンゲをわたしの口中へさしこみました。その鼻もちならぬ気息をかいで、前にのみくだしていた吐剤がいっきょに効き目をあらわしました。
彼はわたしの胃がいまにもあげそうになると、有頂点になってよろこびました。
「元気をだして」
彼は叫びました。
「びくびくするんじゃないぞ。わしは一滴たりともむだにはせんつもりじゃ」
あらかじめ彼がわたしに期待するところを、なにもかも、いいきかされていたので、わたしは相手を寝椅子の上に横たえて、頭がその端にくるようにしました。それから、……ズボンのボタンをはずして……いじけた phallus をとりだしました。わたしがゆすぶり、……ひっぱると、彼は口をあけました。……そこを狙って、わたしは吐剤によって胃のなかからひきあげられた、まだ十分に消化されていない夜食を吐きだしたのです。
相手はわれを忘れ、目玉をぐるぐるまわし、はげしくあえいで、へどを嚥みくだすと、さらに口を近づけて、不潔な吐しゃ物を求めました。……だが、わたしはけいれん的にむかついて、ほとんど相手の肉体にさわることはできませんでした。……それでも、この醜悪な仕草がのこした印象の疑いのない証拠が、わたしの指のあいだに流れおちたのです」
「これはしたり」
キュルヴァルがいった。
「なるほどたいそう結構な欲情じゃ。しかし、それにしても改善の余地がありそうになあ」
「で、どんなふうに?」
デュルセは淫蕩の吐息によってつぶれた声でたずねた。
「どんなぐあいにって?」
キュルヴァルはおうむ返しにいった。
「むろん、食物や相手をよくえらんでさ。わしなら、むりやり女にもどさせてやるよ。わしが女にいれてやったものをな」
「というと」
デュルセはすっかり自制力をなくしながら口ごもった。
「女の口にへどを吐きこんで、いったん女が嚥みくだし、もう一度貴公にそれを返上しなけりゃならんというんだね?」
「そのとおり」
このふたりはめいめいじぶんの密室へとびこんでいった。キュルヴァルはファンション、オーガスチーヌ、ゼラミルをつれて、デュルセはデグランジェ、ロゼット、スカイスクレイパーといっしょに。このため議事の進行はおよそ三十分中断された。やがて、ふたりの放蕩者がもどってきた。
「なにやかや、きたならしいまねをしていたんだね」
公爵はまっさきに姿をあらわしたキュルヴァルにむかって、なじるようにいった。
「これをちょっぴり、あれをちょっぴりとね。それがわしの人生の幸福じゃよ。おとなしい、でなければ、こぎれいな、快楽なんてものはがまんできんよ」
「でも、君はやっぱり、すこしはもらしたんだろうね?」
「バカなことをいいなさるな。みんなだれもが貴公に似てるとでも思っているのかね? 六分毎に、こっちへ一発、あっちへ一発てなふうに。そっちのほうのことは貴公やデュルセのような選手にまかせておくわ」
「さよう」
デュルセがいった。
「たしかにあの女には抵抗できなんだ。デグランジェは言葉も仕草も肉体もひどくきたなくて、あらゆる点で実に巧妙快適なので」
「よし、デュクロ」
公爵がいった。
「さあ、話をつづけてくれ。彼をだまらせなきゃ、じぶんのやったことをいっさいがっさい吹聴するだろうからね」
デュクロはおとなしく物語にもどった。
「キュルヴァル議長が申されましたように、わたしがいまのべたばかりの欲情の仕上げには足りない点がございましたが、正しくその足りないところがつぎの男にすっかり備わっておりました。残念なことに、わたしはまだそれに慣れていなかったので、彼の相手はできませんでした。
年長のド・サクランジェ議長の手本は、あらゆる点で、一語一語、キュルヴァル閣下が希望されたような、すべての特異性を示したものでした。彼の相手役として、ゲーリンは、わが同輩のなかの最古参者を選びました。年のころ三十六ばかりの、背の高い、太った女で、大酒をのみ、下品で、口の臭い、どちらかといえば、魚屋の女房といったところでした。けれども、けっして魅力のない女ではありませんでした。お客のサクランジェが到着すると、ふたりは夕食のもてなしをうけて、どちらもしたたか酔っぱらい、どちらも無分別になって、いっぽうが相手の口中に嘔吐すれば、相手はこれを嚥みくだし、こんどは、相手がいっぽうの口中へ吐きかえすといったあんばいで、最後には、夕食の残骸、つまりふたりが床の上にまきちらした汚物のなかへ、ぶっ倒れてしまいました。
そこで、わたしがその騒ぎのなかへ送りこまれることになりました。というのも、わたしの仲間にはもはや一オンスの体力ものこっておらず、ほんとうに意識不明だったからです。けれども、放蕩者の見地からすると、これが決定的瞬間でした。彼はのびてはいましたが……わたしがその道具に手をふれたとたんに、なにやら口ごもり、あわをたて、毒づいて、わたしをひきよせ、わたしの口を吸って、汚物のなかをのたうちながら、牡牛のように discharge してしまいました。
このおなじ女は、少しあとで、やはりおなじように醜悪なお芝居に参加しました。お金に糸目をつけなかった、ある有力な坊さんは、わたしの仲間を仰向けにして……重い家具に結びつけて動かないようにしてから、その上にまたがりました。いく種類かのご馳走がでると、彼はこれを女のお腹の上にならべました。それから、この愉快な坊主は、じぶんの食べようとするご馳走をひとつずつ恋人のコンのなかに埋めて、なんどもひねりまわしてから……やっとじぶんの口にいれました」
「は、は!」
司教は叫びました。
「これはまたずいぶん変わった趣好の食事だわい」
「あなたにはふさわしくない、え? 閣下」
デュクロがいった。
「そのとおりだ。わたしはそれほどコンが好きでないからな」
「けっこうですわ。ではこれから、今夜の物語の掉尾《とうび》を飾るお話をご静聴ください。きっとみなさんをもっと興がらせるものと信じています。
わたしはマダム・ゲーリンのところに八年間もいました。そして、そのころ十七になったばかりでした。ところで、このあいだに、毎朝宿にやってきて、下にもおかぬほど歓迎された徴税請負人の顔を見ない日は、ただの一日もありませんでした。六十がらみの男で、でぶで背が低く、いろんな点でデュルセ様に似ておりました。デュルセ様とおなじように、元気でわかわかしいようすをし、毎日ちがった女の子を求めました。家のものは、やむをえない非常のばあいとか、外で約束した女が約束どおりにこれなかったばあいとかのほかは、けっして利用されませんでした。
デュポンさん――それが彼の名前でしたが――は嗜好がやかましかったと同様に、女のえり好みもなかなかうるさい人で、いまのべたような特別のばあいのほか、けっして売春婦で用を足そうとはしませんでした。それどころか、女工やショップ・ガール、ことに小間物屋の店員とか針子を好みました。
彼女たちの年齢や肌色なども一定のワクにあてはまらなくてはなりませんでした。年は十五から十八で、それ以上でも以下でもだめ。なかでもいちばん重要なのは、美しいかっこうの、絶対に清潔な臀部をもっていることで、これにちょっとでもキズがあったり、肛門にちょっぴり汚物がついていても、すぐ拒否されてしまいました。相手が処女であれば、彼はお金を二倍支払いました。
家ではみんなが計画をたてて、その日は十六歳のレース女工の到来をじっさいに待ちかまえていました。彼女のお尻は臀部というものの真に理想的な典型として、くろうと筋から太鼓判をおされていました。
デュポンさんは彼に提供されるはずの贈り物のことはなにも知りませんでした。ところが、かんじんの若い女性は、その朝、両親の家をでることができないから、待たないでくれという伝言をよこしたのです。
ゲーリンは、デュポンがまだわたしに目をつけたことがないのを承知していたので、さっそく、わたしに女工の衣服をつけて表にでたうえ、街角で馬車をひろって宿でおりるようにと命令しました。わたしは用心深く役目をはたして、小間物屋の見習女としておし通すことになりました。
けれども、なかでもいちばん重要な問題はアニス油でした。わたしはすぐさまそれを半クォートお腹に流しこんで、そのあとすぐ、バルサムの香りがする液体を大グラスにいっぱい飲まなくてはなりませんでした。その効果がなんのためであったか、みなさんはあとでまもなく気づかれるでしょう。
万事がたいへん順調にすすみました。幸いなことに、わたしたちは数時間前から予告されていたので、そのあいだに、十分な準備をととのえることができました。わたしはとてもウブなようすをして家に到着しました。デュポンに紹介されると、彼はわたしをじろじろ眺めて、綿密に吟味しました。けれども、わたしはじぶんでじぶんの振舞いを始終ぬけ目なく見張っていたので、彼のために仕組まれた話と矛盾するような点を彼はどこにも発見することができませんでした。
「生娘かね?」
デュポンがたずねました。
「そこのところは、ちがいます」
ゲーリンはわたしの腹部をさしていいました。
「別のほうでしたら、うけあいますよ」
それはとんでもない、まっ赤なうそでした。が、そんなことは問題ではありませんでした。デュポンは彼女のいうことを信じました。そしてそれだけが肝じんなことでした。
「スカートをあげてごらん。さあ、すぐ」
デュポンがいいました。ゲーリンはうしろからわたしのスカートをまくりあげて、じぶんのほうへ引きよせたので、聖堂はまる見えになり、道楽者はその前でうやうやしく礼拝しました。彼は目をみはって眺め、一瞬お尻を指さきでもてあそんだり、両手でひろげたりしましたが、明らかに満足したようすで、これならりっぱにまにあう、といいました。
つぎに、彼はわたしの年齢や職業などについていくつかの質問をあびせましたが、わたしが無邪気なふりをして、きのう生まれたばかりのような顔つきをしたので、すっかり得心して、じぶんの部屋へわたしを案内しました。というのは、ゲーリンのホテルには、デュポン専用の部屋がひとつとってあったからです。彼は情事を人に見られるのを好みませんでした。
ふたりが部屋にはいると、彼は用心深くドアに鍵をかけて、ちょっとのま、わたしをじっと眺め、やや粗暴な調子で、わたしのアヌスはほんとに一度も犯されたことがないかどうかを尋ねました。
わたしの役目としては、そのような表現の意味をぜんぜん知らぬ存ぜぬでおしとおす必要があったので、わたしは彼にもういっぺん繰り返してもらいました。そして、やっぱりなんのことだかわからないと返事しました。すると、彼はとてもはっきりした身ぶりでその意味を伝えたので、わたしはわざと面《おもて》に恐怖と羞恥の色をうかべて、そんな醜い行為にふけったとしたら、じぶんはとても不幸な女になるだろう、といい返してやりました。
それを聞くと、彼はわたしのスカートを、スカートだけを、ぬぐようにいいました……。そのさい、わたしのネッカチーフがずり落ちて、乳房があらわれました。すると彼はまっ赤になって怒りました。
「そんな乳房なんぞ、悪魔にくれてしまえ! だれが乳房をだせといった? わしにはとてもそんなのはがまんがならん……」
わたしはあわてて乳房をかくすと、彼のそばに近づいてゆるしを乞いました。けれども、わたしがこれからとろうとする姿勢のため、前をだすのだとばかり思っていると、彼は二度めにかんしゃくをおこしました。
「ちくしょうめ、おまえはされたとおり、じっとしておられんのかね?」
彼はわたしの腰をつかんで、お尻以外になにも見えないように、くるっとまわして、ききただしました。
「そのままにしているんだぞ。わしに必要なのはおまえの尻だけだから」
そういいながら、彼は立ちあがって、わたしをベッドの端へつれていき、上半身だけベッドの上に寝かせると、じぶんは非常に低い椅子に腰かけて……頭がちょうどわたしの臀部と水平になるようにしました。彼はちょっとわたしをのぞいてから、クッションをもちだして、わたしの腹部の下にあてました……。
それから、彼はわたしの臀部をつかんで……アヌスに口をおしあてると……彼の合図をまって、わたしはたちまちごうぜんと屁を一発放ちました。おそらく、彼が生涯にうけとめたなかでいちばん爆発的なものであったようです。彼はたじたじとなって、叫びました。
「なんてこった! わしの口へ屁をひるなんて、じつに大胆不敵なやつだな、おまえは」
彼はまたすぐ口をおしあてました。
「はい、だんなさま」
わたしは二回めを放ちながらいいました。
「わたしのお尻にキッスをなさる殿方には、いつもこうやってお礼をいたしますわ」
「そんなら、けっこう! ださなければならんのなら、だすがいい。いくらでも、なんべんでも、屁をひるがいい」
この瞬間から、わたしは遠慮なんかかなぐり捨ててしまいました。その前に飲んだ薬のおかげで、わたしがどんなに屁を放ちたがっていたか、とても言葉ではいえないくらいでした。デュポンはそれを口や鼻でうけとめて、喜悦に身をふるわせました。
こんな実演を十五分もつづけたのち、彼は寝台に横たわって…… frig するようにいいました。わたしは発砲し、抉擦しました。……彼の快感がしだいに増大したことの決定的な瞬間が近づいたことは、わたしの尻を挑発する彼の舌の……動きでわかりました。……彼は分別を失い、もはや正気ではありませんでした。そして、ついに……わたしの指に七、八滴の褐色の水液がふりまかれました。それから、またもとどおりの正気に返りました」
「わたしはほかのだれよりその男が気にいったよ」
司教はいった。
「それで、その翌日、例の十六歳の少女を手にいれたかどうか、君は知っているかね?」
「はい、閣下、手にいれました。そのつぎの日には、もっときれいな十五歳の処女を。あれだけお金を出す人は少ないでしょうから、サービスもよろしいわけです」
この好色譚は、その種の乱行をよくわきまえた人びとの頭をひどく刺激したので、友人らはもはやじっと我慢して待つことはできなかった。それぞれガスのたまる果実を手あたりしだいにもぎとった。そのうちに、夕食となったので、彼らはいつもの食い道楽に、いま聞いたばかりの、ほとんどあらゆる醜行をおりまぜて大乱痴気を演じた。
第七日
友人らはデュクロの九時の講習に参加するのを中止。相談のすえ、やり手のひとりが朝の実習で彼らの代役をつとめることになった。
身体検査は行なわれた。少女八人を全部有罪とするには、まだひとりだけ足りなかった。その少女は愛くるしい、魅力のあるソフィーで、かねがねすべての義務をよくはたすならいだった。ところが、少女係の女監督であったルイソンと前もって打ちあわせていたデュルセは、巧みにソフィーをワナにかけて、有罪を宣告、その結果、運命的なえんま帳にその名を書きくわえられた。おなじく綿密な吟味をうけた美貌のアリーンも、有罪の判定をうけた。それやこれやで、夜までに、少女八名、少年四名、夫人二名の名前が台帳にのったのである。
そうした仕事が一段落すると、友人らは第一週の末に予定された婚礼の祝典にもっぱら意を用いた。その日は、礼拝堂へはいることを禁じられた。司教はごうせいな衣裳に身をつつんで、一同は祭壇へとおもむいた。花嫁側の父を代表した公爵と、若い新郎側の父を代表したキュルヴァルは、ミシェットとギトンの手をとってすすみでた。
新郎新婦はどちらもおどろくばかりに、だがあべこべに盛装をこらしていた。つまり少年は女の衣裳を、少女は男の衣服をつけていたのである。この宗教的儀式については、いずれはかならず、おそらくまもなく、その委細をのべる適当な時期がやってくるだろう。
友人らはサロンへ移った。正餐の時刻を待っているあいだに、わが四人の道楽者は美しい新郎新婦をかたわらにおいて、衣裳をぬがせ、彼らの年齢がゆるすかぎりのあらゆる行為をお互いに行なうように強要した。ただひとつの例外は……正常な結合で……できればできたであろうが、他の人びとの用に予定された花が万一台無しにされるといけないというので、その行為だけは控えることになった。
けれども、その一事をのぞくと、ふたりの若人は互いに指戯を行なって愛撫することをゆるされた。……それにしても、新郎新婦はじぶんたちが窮屈に縛られている点を意識しはじめていたから、その意識のために官能的なよろこびをはばまれたようであった。
一同は食卓につき、新郎と新婦も披露宴にでて手伝った。だがコーヒーの時間になると、みんなの頭はふたりのことで熱くなっていたので、ゼラミル、キュピドン、ロゼット、それにコロンブなどの給仕係と同様に、新郎新婦も衣裳をはぎとられた。日中のこの時間には、股間行為がはやっていたので、キュルヴァルは新郎を、公爵は花嫁をつかまえて、その場で欲情をみたしたのである。
若い夫婦の特権はこうして廃棄され、その結婚は正式にとり行なわれたとはいえ、じつは単なるたわむれにすぎないものとなった。ふたりはめいめいもとの四人組にかえり、一同が聴聞室にでそろうと、デュクロはふたたび物語をはじめた。
「ゆうべのお話の最後を飾った徴税役人と大同小異の性癖をもった男から、こん晩のお話をはじめたいと思います。この男は六十がらみの、宮廷づきの弁護士で、その奇行が異常であったばかりか、じぶんより年上の女ばかりしか相手にしませんでした。
ゲーリンはそこで、友だちのひとりである年寄りのぜげんを、彼の相手にえらびました。この女のしなびた臀部ときたら、まるでタバコをしめらせておくために使う古い羊皮紙をもみくちゃにしたようなものでした。
弁護士はそのしぼんだ臀部の前に膝まずくと、さもいとしそうに接吻しました。おならが彼の鼻をつきぬけると、彼は恍惚となって口をひらき……その舌はトンネルのなかでひゅうひゅうと鳴る甘美な気息を夢中で求めました。その動作が彼をたたきこんだ狂乱状態にさからうことはできなかったのです。……
「ああ! かわいい婆さん、もっとだしてくれ。ふんだんにやってくれ」
彼はじぶんの肉体を力いっぱい frig しながら叫びました。
「さあ、だしてくれ、わたしの恋人よ。おまえのおならだけだよ、この眠っている王子さまにかかった魔法がとけるのは」
ぜげんは努力を倍加しました。すると、歓喜に酔った道楽者はわれとわが重荷をなげうち、女神の足もとに……二、三滴の不幸な滴が落ちました。
つぎにお話する欲情には、あまり重きをおかないつもりです。というのも、そうした嗜好をたしなむ方は、みなさんのなかにはあまりいらっしゃらないと思うからです。でも、なにもかものこらず話せとのお言葉ですから、それにしたがいます。
とてもきれいな顔だちをしたひとりの青年は、月に一回、それもある特定の時期に、わたし……をクンリニングしては、えらく悦にいるならいでした。わたしが……横になると、彼はいつも前に膝まずいて、両手でわたしの脇腹をかかえ…… fuck と血をどちらも嚥みくだしました。それといいますのも、彼の操作が巧妙をきわめていたうえ、とても男ぶりがよかったので、わたしはいつも discharge していたのです。
彼はじぶんで抉擦して、第七天国にのぼるならいで、明らかにそれほど大きな快感をあたえるものはほかになにもなかったようです。
つぎの日になると、彼はふつうオーロールを相手にし、それからしばらくすると、わたしの姉が相手になるといったふうで、ひと月のうちに、わたしたち全部をひとめぐりしていました。また、この青年がそれと同時にパリ中のほかの淫売屋を歩きまわっていたことは、疑う余地がありません。
でも、みなさん、いまのべた酔狂がもうひとりの、ゲーリンの古い友だちのそれと同様に、ちっとも奇抜でもなんでもない、とわたしが申しあげても、みなさんはきっとわたしの判断に同意されるだろうと信じます。ゲーリンが断言したところによりますと、その男のいっさいのよろこびは排卵期に排出されたものをくらい、流産したものを平らげることにありました。たまたまそんな状態にある女がいて、そのことを知らせると、彼はいつも大急ぎでかけつけた……そうです」
「わしはその特別な男を知っとるわい」
キュルヴァルがいった。
「奴の存在も趣味も、ほかのものに劣らず、正真正銘ほんものじゃ」
「たぶんね」
司教が口をはさんだ。
「でも、わたしはそんなまねはごめんだ」
「どうして?」
キュルヴァルがたずねた。
「コンスタンスがゆるしてさえくれりゃ、わしはお腹の子供なんかイワシみたいに投げすててやるぞ」
「まあ、あなたが妊婦をこわがっておいでになることは、世界中の人がみんな知っていますよ」
コンスタンスが叫んだ。
「あなたがアドレイドの母親をなきものにしたのも、二度めに妊娠したからだっていうことは、だれでもみんな知ってますわ。ジュリーがわたしの忠告をきいてくれるなら、用心して……」
「むろんそうさ。わしが子供を好かんのはこんりんざいまちがいなしじゃ」
キュルヴァルはいった。
「だがな、そのためにわしが女房を殺したと思うのは大まちがいさ。おまえもあまっちょだから、よく頭にたたきこんでおくがいい。わしはな、女を殺すのに理由なんぞなにもいらんのだ」
コンスタンスとアドレイドは泣きだした。この短い対話によって、キュルヴァルが公爵の妻にたいしていだいていた秘かな憎悪がある程度暴露されたのである。いっぽう公爵は公爵で、彼女の肩をもつどころか、キュルヴァルにむかって、じぶんもおなじように子供は嫌いだ、コンスタンスは妊娠はしているけれど、まだ分娩したわけじゃない、と答えた。これを聞くと、コンスタンスの涙はいよいよはげしく流れ落ちた。
彼女は父親デュルセの寝椅子に横たわっていたが、当のデュルセも娘を慰めようとはせずに、いますぐ泣きやまないと、たとい妊娠していようと尻をけとばして聴衆席から追いだしてしまうぞと警告した。かわいそうなコンスタンスはやむなく心のなかで秘かに涙を流して泣いた。
公爵の寝椅子で泣いていたアドレイドもまたやっとのことで涙をかわかした。やや悲劇的な、だが、わが四人の放蕩者にとってはまことにおもしろい、この愁歎場がおさまると、デュクロはふたたび語りはじめた。
「ゲーリンの建物のなかには、じつに奇妙な作りの部屋がひとつありました。しかも、それはいつも男ひとりが使う部屋でした。床が二重になっていて、そのあいだの狭い空間は人間がやっと横になれるくらいのものでした。なみはずれた放蕩者のために提供されたわけで、わたしは彼らの欲情をみたすためにしじゅう利用されました。
男がひとりの女をつれてくると、ふたりとも落とし戸から下へおり、上の床にうがった穴のま下に頭がくるようにからだを横たえました。相手の女はただ男を抉擦してやればよかったのです。いっぽう、上にいるわたしも第二の男のためにおなじことをしてやるだけでした。わかりにくい、見たところ自然に床板の節がぬけたように思われるこの穴は、いつもふさいでなかったので、わたしは清潔感から床をよごしたくないばっかりに、……相手の fuck をそのほうにむけるならいでした。するとそれは穴から下へ、したがって下の殿方の顔にふりかかったわけです。すべてがきわめて巧妙に行なわれたので、少しも不自然なところはなく、そのつど首尾は上々でした……。
ところで、少し前にお話しした年長の女がふたたびゲーリンの家に顔をだしました。が、こんどは別の男と組むことになりました。
この新顔の客は、年のころ五十ばかりでしたが、女の衣服をぬがせると、その老いさらばえた肉体のなかにある、すべての穴をなめつくしました。アヌス、ヨニ、口、鼻孔、腋の下、耳といったぐあいに、なにひとつあまさず吸飲するたびに、なにもかも嚥下してしまいました。そればかりではありません。パイの皮を女に噛ませて、女の口からそれをうけとってじぶんの口にいれると、これも嚥みくだしました。また、ひと口のぶどう酒をふくませて、口中をすすがせると、それもじぶんの口にうけて飲みこんでしまいました。……彼はいよいよ決定的な瞬間が訪れたことを感じると、老女の上に身を投げかけて、そのうしろに少なくとも六インチばかりツンゲを篏入して discharge しました」
「さよう、もういっぺん宣言しとこう」
キュルヴァルはいった。
「きたならしいものは快楽の追求にあたって fuck を誘致する。それがきたなければきたないだけ、fuck はみだらに流される、とな」
「それはぴりっとする塩ですな」
デュルセがあいづちを打った。
「われわれの色欲をみたす対象からその塩がにじみでると、われわれの体内にはいって、動物的な精神を刺激し、狂乱状態におとしいれる。とするとなんでもかまわんが、捨てられたもの、不潔なもの、悪臭を放つものはこの塩をより多量に分泌するから、われわれの ejaculation を刺激し、決定する上により大きな力をもっているわけだ。これを疑う人がありますかな?」
しばらくのあいだ、この題目が慎重に論議された。だが、夜食後に片づけねばならない仕事が山積みしていたので、一同はいつもより早目に夜食をとった。そしてデザートの時間になると、罪ほろぼしをするように宣告されていた少女たちはひとりのこらずサロンへでかけ、そこでおなじようにすでに判決をうけていた四人の少年とふたりの妻といっしょになった。ぜんぶで十四人の犠牲者であった。八人の少女の名前は読者もご存知のとおりだが、そのほかアドレイドにアリーン、そして四人の若者ナルシス、キュピドン、ゼラミル、ギトンであった。
その日の乱痴気騒ぎに参加するものは上述の過失者たちと、四人の年長の婦人連にかぎられ、後者は召使として出席した。ひとりのこらず裸体で、だれもかれも身をふるわせ、泣きながら、キュルヴァル議長が背の高いひじ掛け椅子に腰をおろして、デュルセにひとりびとりの犯罪者の名を公表して、その罪名をあげるように命じたとき、どうなることかと気づかった。
デュルセの顔は議長のそれに劣らず怒気をただよわせていた。彼は名簿をとりあげて、読みあげようとしたが、呂律《ろれつ》がまわらなくなって、さきへすすめなかった。司教が救いにとびだした。彼もまたデュルセとおなじようにすっかり酔っぱらってはいたが、酒気をより巧みにおさえて、大きな声で、犯罪者の名前とその罪状をつぎつぎに読みあげていった。そしてひとりずつ名ざしたあとには、議長が犯罪者の肉体的機能と年齢に応じて、判決をいいわたした。しかし裁決された懲罰は、だれのばあいでもおなじように峻烈だった。
この儀式がおわると、懲罰がくわえられた。だが、読者もがっかりされるだろうが、われわれはここでふたたび、この物語の本来の意図からして少しまわり道をせざるをえないのである。さよう、われわれは当座のあいだ、これらの淫蕩な懲罰の描写をひかえなければならないだろう。が、読者はわれわれの分別を認めてくれるだろうと思う。
その夜の寝室の伴侶としてアドレイドを予定されていた公爵は、彼女を欲しなかった。彼女は過失者のひとりであり、公爵の手によってぞんぶんに処罰されたので、公爵は彼女の名誉のために一滴のこらず精分を放出し、もはやその晩彼女を必要としなかったのである。そこで彼はアドレイドを床の敷物の上におろし、かわりにデュクロを起用した。
第八日
やり手連中が実験台となって、講習はつづけられた。この日はコーヒーがでる時分まで、べつに目だった事件もなかったので、われわれはその小さな行事から話をはじめるとしよう。
コーヒーの給仕係はオーガスチーヌ、ゼルミール、ナルシス、それにゼフィルだった。股間行為がふたたび開始され、キュルヴァルはゼルミールを、公爵はオーガスチーヌをつかまえた。ナルシスをつかんで離さなかった司教は、早くもいくらかの収穫をえていたし、ゼフィルの放屁は、デュルセの口へぶつぶつ炸裂するのが聞こえた。ゼルミールも成功した。けれども、オーガスチーヌは一生懸命につとめたが、そして、公爵は公爵でつぎの土曜には前日の懲罰とおなじくらい厳しい罰をくわえてやるぞ、といっておどしたり、すかしたりしたが、すべてがむだだった。もうすでに目に涙をためていたとき、ほんの少しばかりそのきざしが見えたので、公爵は得心して、その匂いをかいだ。それから、彼は股間を……使って、ふたつの尻をすっかり水浸しにしてしまった。そのあと、昼寝がおわって、一同は聴衆席へくりこんだ。ところが、その日のデュクロはローソクの灯をうけて、ひときわ美しく輝いていたので、わが道楽者たちはそのあでやかな姿を見てひどく燃えあがり、まず彼女の臀部をみんなの前で公開してもらったうえで、壇上にのぼらせることになった。
「じつにすばらしいお尻だわい」
キュルヴァルがいった。
「いや、まったく。これほどのものはめったにみられんて」
デュルセがあいづちを打った。
そういった賛辞を聞き流して、わがヒロインはスカートをさげると、壇上にのぼって、ふたたびいつもの話をはじめた。
「みなさん、わたしが作戦を転換したのはある反省とある事件のせいでした。その反省というのはしごく単純なもので、わたしはじぶんの財布の哀れな状態に気がついて、すぐさま思案にふけったのです。わたしはマダム・ゲーリンの家に身をよせて九年になっていました。そしてそのあいだに、わたしはほとんど散財しなかったけれども、いざとなってみると百ルイのお金さえものこっていない始末でした。マダム・ゲーリンはとても利口で、じぶんのためになることならけっしてぬかったことがなく、いつもなんとか口実をつけては家の収入の三分の二をせしめ、そのうえ、残った分まで差しひくというずるさでした。
そういうやり方がわたしにはおもしろくありませんでした。それにいまひとりのぜげんで、マダム・フルニエという女がしきりに家がえをすすめて、いっしょに落ち着いてくれさえすれば、ほかになにもいらないといいました。こちらもフルニエがゲーリンのお客よりもずっとましな年長の道楽者たちを扱っていることを知っていたので、わたしはくらがえして、フルニエと運命を共にする決心をしました。わたしの熟慮を助けた事件と申しますのは、姉を失ったことです。わたしはとても姉が好きでしたから、なにかにつけ、いなくなった姉を思いだすような家には、もはやふみとどまれなかったのです。
わたしの姉はほぼ六カ月のあいだ、とても不愉快な顔をした、背の高い色の黒い、無口な男の訪問をうけていました。ふたりはいつもいっしょに部屋にさがりましたが、わたしはふたりがどんなふうにときをすごしたか知りません。というのも、姉はじぶんたちがやったことを口外するのを好まなかったし、ふたりの交渉ぶりがのぞかれる部屋では、一度も遊んだことがなかったからです。
とにかく、ある朝、姉はわたしの部屋へはいってきて、わたしを抱きしめると、じぶんは出世して、わたしの嫌いな例の男の奥さんになるのだ、といいました。彼女が勝利をえた決定的な要因といえば、彼女の臀部の美しさであったということ、わたしはそれだけを知っただけです。
それから、姉はわたしに住所を教えて、ゲーリンとも決済をつけ、別れのキッスをのこして立ち去りました。
わたしは教えられた住所を訪ねないではおきませんでした。とても姉に会いたかったからです。それは姉がいなくなってから二日後のことでした。わたしはその家にたどりついて、姉に面会を求めました。ところが、姉は肩をすくめ、うつろな表情をして、それに答えただけでした。わたしはこのうえなくはっきりと、姉がだまされていたことを見ぬきました。姉がいっしょに話しあう楽しみをわたしから奪いさるなんて、とても想像がつきませんでしたから。
ゲーリンに一部始終を話して、不平をならすと、彼女は意地悪いえみを顔にうかべました。彼女は説明をこばみました。そこでわたしは、彼女もこの妙な事件にまきこまれているが、わたしに干渉されたくないのだと合点しました。
そういったすべてのことがらがわたしに深い感銘をあたえて、わたしの不決断な態度にすみやかな断をくだしてくれました。みなさん、わたしは今後いとしい姉のことを口にすることがないと思いますから、いまここでいわせていただきますが、わたしはずいぶん姉を探して歩いたり、心あたりを尋ねたりしました。けれども、彼女がその後どうなったか、ついに知ることができませんでした」
「たぶん、わかりますまいよ」
デグランジェがいった。
「あんたと別れてから二十四時間後には、もうその女は生きていなかったのさ。彼女はあんたをだましたわけじゃない。どっちかといえば、だまされたのさ。でもゲーリンはなにがおこっていたかを承知していたんだよ」
「まあ、たいへん、なんとおっしゃるの?」
デュクロは叫んだ。
「わたしはまだ生きているものと思ってたのに」
「とんだまちがいさ」
「それで、あの背の高い、無口な男は?」
デュクロがきいた。
「その男は他人のために働いていたのさ」
「でも、六カ月も姉のもとにかよいつめていたんですよ」
「その女を欺くためにね」
デグランジェは答えた。
「とにかく、お話のさきをつづけなさいよ。そんなことをせんさくしてみても、殿方には退屈でしょうからね」
それを聞くと、わがヒロインは気をとりなおして、すぐに話をつづけました。
「いまさっき閣下たちのお耳にいれたふたつの理由で、わたしはくらがえの決心をしました。フルニエは前よりもりっぱな宿泊設備を提供してくれました。食卓だってずっとすばらしかったし、仕事は前以上にきつかったけれども、儲けはずっと多く、収入は折半で、施設料は一文もかかりませんでした。その当時、フルニエは家屋を一軒そっくり占領し、きれいな若い女を五人かかえていました。わたしは六人めだったわけです。ですが、同僚のことは、ひとりずつ舞台にあらわれたときに、お話しすることにしましよう。
わたしが新しく住みついてから迎えた最初の男は五十ぐらいの、気前のよい役人でした。彼はわたしをベッドのそばに膝まずかせて、顎をそのはしにのせました。それから、じぶんもベッドの上にのって、おなじように膝まずきました。そして……わたしの口を大きくあけておくように命じて……口中で frig しました。わたしは一滴も吐きだしませんでしたが、この好色漢は、嚥みくだしたむかつくような水液を吐きだそうとして、わたしが身をよじらせたり、苦しんだりするのを見て、途方もなく興がりました。
マダム・フルニエの家で経験したほかの四つの冒険も、この部類にいれて、まとめてみるつもりですが、たぶんみなさんもご異存はなかろうと思います。
もうひとりの道楽者がそのあとすぐわたしの客になって、おなじ酔狂ぶりを二度めに披露してくれましたが、こんどの男は年齢もちがえば、やり方もちがっていました。彼は裸のわたしをベッドに長ながと横たえて、じぶんも頭をわたしの足のほうにむけて、からだをのばして横になりました。それから、口に phallus を、……にはツンゲをあてて、ツンゲで官能的なチチラチオをやってやる代わりに、そのお返しをするように命じました。わたしは最善をつくして……やりました。……が、とにかく、わたしはなにも感じませんでした。むしろ、そうしたことのいっさいにひどく反感をおぼえなかったのが、もっけの幸いでした。つづいて、この放蕩者の discharge がありました。そしてわたしは、フルニエの切望にしたがって、できるだけ……いろいろな方法で、相手の淫欲を刺激するように仕向けました。それなのに、彼のほうではあまり巧みにわたしを扱ってくれませんでした。一儀がおわると、くだんの男は、わたしほどに満足をあたえてくれた女にまだ会ったこともない、とフルニエに断言して、そうそうに退却しました。
その後まもなく、七十ばかりのあばずれ女がわたしたちの宿にやってきました。どうしてそこへやってきたのかふしぎでしたが、当人はなんだか人を待っているふうでした。そうです、お客を待っているのだ、と教えられました。こんなやせこけた老婆がなんの役に立つのか、わたしは知りたくてたまらなかったので、同輩の女に、老婆と客の勝負をこっそりのぞけるような部屋はないものかとたずねました。すると仲間のひとりがそういう便宜もあると答えて、ひとつでなく、ふたつも壁穴のついた部屋へ案内してくれました。わたしたちは持ち場について、一部始終を見たり、聞いたりしました。それというのも、壁とは名ばかりの薄い仕切りだったので、音もよくとおって、一言一句も聞きのがさなかったからです。
まっさきに老婆があらわれました。彼女は鏡に姿を写して、まるでじぶんの魅力がまだ男を征服するだけの力があるといったように、身だしなみをととのえました。二、三分おくれて、相手のシロエ・ダフニスという男がはいってきました。
彼はせいぜい六十くらいの徴税委員で、たいそう裕福で、美しい少女よりも、使い古した、くず同然のあばずれ女に金をつぎこむのが好きでした。なぜかって? それはみなさん万がよく口にされる、タデくう虫もすきずき、だからです。
男は歩みよって、恋人を吟味しました。老婆はばかていねいにお辞儀をしました。
「老いぼればあさん、ナンセンスだよ」
放蕩者はいいました。
「礼儀なんかくそくらえだ。着物をぬぐがいい。だが、待て、ちょっと。おまえには歯があるかい?」
「いいえ、だんなさま、一本ものこってやしません」
婦人はきたない口をひらいて、答えました。
「およろしかったら、閣下、ご自身でごらんくだされ」
そこで閣下は老婆に近づいて、その頭をつかむと、相手の、唇に、わたしなどまだかつて見たこともないほどの、猛烈に情熱的な接吻をあたえました。
「よろしい」
役人はいいました。
「それでけっこう。さあ、着物をぬぐんだ」
そのあいだに、彼もまた……とてもすぐには役立ちそうもない代物を……用意しました。老婆は裸になると、思いもおよばぬほどずうずうしく恋人の目の前に、老いぼれた、黄色い、しなびた肉体をつきだしました。かれて乾ききった、形のくずれた、骨と皮ばかりの肉体で、これ以上くわしく説明しないほうがかえってよろしいでしょう。
ところが、わが道楽者はうんざりして、不愉快になるどころか、むしろはっきりと魅せられてしまいました。有頂天になった彼は老婆をつかんで、じぶんが腰かけている椅子のほうへひきよせ……もう一度彼女の口にツンゲを挿入し、それからくるっとまわして、しばらくのあいだ貨幣の裏側に敬意を表しました。わたしは彼が彼女の臀部を玩弄しているのを非常にはっきり認めました。……なんどもツンゲを篏入し……ました。
「いよいよ本番にかかろう。わしのおはこ芸がなくては、おまえがいくら必死になってもむだだよ。わかったかい?」
「はい、わかまりした」
「嚥みくださにゃならんのも知ってるね?」
「存じております。嚥みくだしますとも。ぐっと下まで。わたしのかわいい恋人がこしらえるものなら、一滴のこらず平らげてしまいますとも」
それを聞いて、道楽者は彼女をベッドの上におくと……歯ぐきのあいだにおのが肉体をはさみこんで……鼻さきは巧みに相手のアヌスにうずめました。……バラの甘露をさがし求める蜜蜂でも、それ以上みだらな吸い方はしなかったでしょう。老婆もまた吸えば、わが主人公は動きはじめました。……そして、いたるところに……接吻の雨をふらせ、手あたりしだいに舐めまわし、吸いつくして、哀れな老人は力のない鉾さきを収め、われを忘れたとり乱し方をすっかり恥じて、よろめきながら立ちあがると、いましがた弱味につけこんで彼を誘惑したばかりの、おそるべき老婆の姿を見まいとして、できるかぎりすばやく戸口に近づきました。いっぽう、老婆は咳をし、唾をはき、鼻をかんで、手早く衣服をまとうと、その場を立ち去りました。その後二、三日してから、わたしにこの情景を目撃させて楽しませてくれたおなじ仲間がこんどは見られる番になりました。彼女は十六ぐらいのブロンド娘で、世界中にも類がないほど興味深い人相をしていました。彼女の相手役になる男は少なくとも徴税委員とおなじくらいの年配でした。その男はじぶんの脚のあいだに彼女を膝まずかせて、耳をつかんで頭を動かないようにしてから、おどろいてぽかんとあいている口のなかへ溝のなかにつかりほうだいのぼろよりもきたない代物をぶちこもうとしました。かわいそうなわたしの仲間は……たじろいで身をひこうとしましたが、殿方が犬みたいに彼女の耳をつかんでいたので、なんの役にも立ちませんでした。
「どうしたっていうんだい?」
彼はつぶやきました。そして、フルニエを呼ぶぞ、といっておどしながら、とうとう彼女を圧服してしまいました。彼女は口をひらいて……その美しい口へこのうえなくけがらわしい残骸をうけいれたのです。この瞬間から、悪党の言葉使いはひどく下品になりました。
「このおひきずりめ!」
彼は狂暴になって叫びました。
「フランス一のおれさまのものをやろうというのに、遠慮しやがるんだな?……そら、しゃぶるんだ、あまっちょ、聞こえたか? お菓子をしゃぶるんだぜ」
こんないやがらせをいったり、相手の反発に気づいたりして、彼はかえってえらく燃えあがりました。ほんとにそうなのです。あなた方がわたしどもの心によみがえらせる嫌悪感は、あなた方の快感を呼びさまし、あなた方の色情をひりひり刺激するアブなのです。はげしい欲情に燃えあがった道楽者はたちまちエクスタシーに没入して、かわいそうな少女の口に、活力のもっとも明白なあかしを残しました。が、例の老婆ほど従順でなかった少女はいっさいをうけつけないで、ひどく反発し、一瞬後には、お腹のなかのものまですっかり吐きだしてしまいました。ところが、わが道楽者は彼女の苦しみなどにぜんぜん見むきもしないで、身仕度をととのえると、鼻さきでせせら笑いました。
つぎは、わたしの番でした。でも、前のふたりよりも、わたしはずっとしあわせでした。相手はキューピッドそのもののような青年で、やってくるなり、わたしの衣服をぬぎとらせて、ベッドに横たわるように命じました。それから、彼の顔の上にうずくまって、口中で discharge をしぼりとるようにし……すぐに嚥下してくれと頼みました。
「ぼんやりして時機を逸しちゃだめだよ。ぼくはぼくで君のコンから urine を……うけて……嚥みくだすからね。それから、そのすばらしいお尻の fart を二、三度かげたら嬉しいんだがなあ」
わたしは仕事にかかりました。そして、三つの雑務を同時に、すこぶる手ぎわよくやってのけたので、やがて……相手はすべての怒りをわたしの口中にぶちまけたのです。わたしは存分に嚥下し、わたしのアドニスもおなじように、わたしの割れめからでた urine を嚥下し、飲みながら、鼻孔へむかって連発されたおならのかぐわしい匂いを吸いこみました」
「ほんとに、お嬢さん」
デュルセはつぶやいた。
「いまのお話しはわたしの若いころの子供じみた仕草とそっくりだが、なにもそうまで暴露せんでもよかったろうに」
「は、は!」
公爵はおもしろそうに笑った。
「まったくだ! 今日ではおいそれとコンを見ようともしない君が、昔はそういった小用をさせるならいだったというのかね?」
「そうですよ」
デュルセは答えた。
「赤面のいたりなんで。いまでは、ひどく後悔のホゾをかんでいる始末ですがね。おお快美な臀部」
ちょっと玩弄するために手もとにひきよせていたソフィーの臀部に接吻しながら彼は叫んだ。
「おお、神聖なる臀部よ! わたしがおまえから奪いさった香りのために、どんなに自責の念にかられていることか!」
やがて夕食の時刻がおとずれた。公爵は、幸福というものがあらゆる官能の完全な満足にあるとすれば、じぶんたちよりも幸福になるのはむずかしいだろう、という論題を討議したいと思った。
「その意見は放蕩者の意見ではありませんな」
デュルセがいった。
「もし諸君がたえずじぶんを満足させることができたら、どうして諸君は幸福になれますか? 幸福というものは欲望の成就にあるのではなくて、人の欲望をはばむ障害物を乗りこえるところにあるわけです。それが、ここではどうですかな? 望みさえすれば、なんでも手にはいります。わたしはここへきて以来、この城砦でわたしの身辺に見いだす対象のために、一度だってザーメンを流したことはなかった。いつでも、わたしはここにないもののために discharge してきたんです。だから、わたしの信ずるところでは、われわれの幸福には、ひとつ根本的なものが欠けています。つまり、比較の快楽です。みじめな人びとを眺めることからのみ生まれる快楽です。その意味では、『わたしは彼らより幸福だ』といえましょう。人間がみな対等で、そうした差異が存在しないならば、幸福もまたけっして存在しないはずです。それは、いわば、病気になってはじめて健康の値打ちをほんとうに知る人の場合とおなじです」
「そうすると」
司教はいった。
「貴公は、苦悩にうちのめされた人びとの涙を見物しにゆくという行為を、真の快楽追求と認めるわけですかな」
「さよう、たしかに」
デュルセは答えた。
「世界中探しても、たぶん、いまいわれた行為くらい、官能におもねる淫欲はほかにないでしょう」
「なんですって? 貴公は賎しい、みじめな人びとを救おうとしない?」
司教は叫んだ。
「救う、という言葉はいったいなんですか?」
デュルセがやり返した。
「なぜかといえば、わたしの感じる淫欲は、それはまた他人の状態とじぶんのそれをひきくらべた結果でもありますが、もしわたしが人を救えば、存在しなくなるでしょうからね。みじめな状態から人びとを救いだすことによって、わたしは彼らに一瞬の幸福を味わせ、その結果、彼らとじぶんの差異をなくし、その結果、比較対照によってあたえられる、いっさいの快楽を失うことになります」
「そうだとすれば、その論法でいくと」
公爵は推論した。
「なんらかの方法で、幸福に欠くべからざる、その差異を設けたほうがよい、つまり、人の窮状をひどくしたほうがよい、ということになるね」
「それには疑問をさしはさむ余地はありませんな」
デュルセはいった。
「また、わたしが一生涯非難されてきた、いろいろな非行も、それで明らかになります。わたしの動機をぜんぜん知らない人たちはわたしを冷酷で、凶悪で、野蛮だなんていいますが、わたしはなんと呼ばれようと平気で、愉快に生きていくんです。世間のばか者が残虐行為と呼ぶものも、わたしの手にかかったら、快楽をあたえる差異に変わってしまいます」
「ではね」
公爵がいった。
「白状してくれたまえ。二十回以上も、君はかわいそうな連中を破滅させてきたが、それは単に、いま君が認めた、ひねくれた嗜好に役立てるためだったのだね」
「二十回以上ですって?」
デュルセがいった。
「二百回以上ですよ、あなた。みじんも誇張なしで、乞食状態におとした家族の数は四百世帯以上も数えられます。わたしさえいなかったら、彼らは現在そんな状態におちいって呻吟するようなことはなかったでしょうよ」
「で?」
キュルヴァルが口をはさんだ。
「君は彼らを破滅させて儲けたんだろうな」
「もちろんですよ。ちょいちょい儲かりました。だが、これも告白しなきゃなりませんが、わたしはあまり利益のために行動したことはありません。わたしのなかにある淫蕩の器官をほとんどいつも目覚ませてくれる、ある邪心の命令で、ただもう零落させてやっただけなのです。わたしは悪事を働くと、積極的に勃起するたちで、正しく悪のなかに、いっさいの快感を刺激するのに必要なものを発見するわけです。だから、わたしはそれだけの理由で、そのほかなにも動機がなくても、悪事をやってのけます」
「わしの魂にかけて」
キュルヴァル議長が断言した。
「白状するが、わしもその嗜好ほどすばらしいものはないと思うな。まだ議会に席をおいていた時分だが、わしはかわいそうな悪魔どもを絞首刑にするため、少なくとも百回は投票したにちがいない。そういう小さな不正にふけると、かならず、わしの心の奥底で、このうえなくみだらな感興がわいたものじゃ。わしのホーデンを燃やすにはそれ以上のものは必要でなかったし、それほど確実に燃やしてくれるものはほかになにもなかったよ。もっとひどい悪事をすれば、どういう感興をうけたかは、諸君にも見当がつくだろう」
「たしかに」
公爵はゼフィルを指頭でもて遊び、だんだん興奮しはじめながら、いった。
「犯罪というやつは、それ自身であらゆる官能を燃えあがらせるだけの、十分な魅力をそなえているね。犯罪行為や悪行が直接放蕩の領域にある行為と同様に、勃起をうながす力をもっていることを、ぼくくらい十分に知悉《ちしつ》しているものはないさ。たったいま話をされた友人は、盗みをし、殺人を犯し、放火をして、淫欲をとげたが、彼はわれわれを燃えあがらせるのが好色的な意図の目標ではなく、悪の観念であること、したがって、悪のおかげでのみ、そして、悪の名において、人間は欲情すること、またわれわれに悪を行なわしめる力がその対象から奪われたら、ファルスはなえ衰えてしまうことをちゃんと承知しているのさ」
「それ以上たしかなことはあるまいて」
司教はいった。
「またそこから別の確実性が生まれるわけだ。最大の快楽はもっとも醜怪な源から由来するのさ。われわれの行動をいつも支配せねばならぬ原理はこれだよ。諸君が犯罪の深層部のなかに、より以上の快楽を求めれば求めるだけ、その犯罪はよりいっそうおそるべきものでなければならないとね」
討議をつづけているうちに、一同の気持ちは陽気になり、熱くなって、しだいに陽物も頭をもちあげてきたので、彼らはテーブルを離れて、美しい口を探しにでかけた。その夜はみんなもっぱら口淫だけを享楽して、千差万別の異態を創りだした。
第九日
この朝、デュクロの意見で、少女たちの自慰講習は十分にすすみ、もはやその必要はないと認められたので、実習を打ちきることになった。少女たちのなかで、抉擦の妙技を発揮したのはオーガスチーヌ、ソフィー、コロンブであった。またいちばん不手際だったのはゼルミールだった。彼女に敏捷さが欠けていたというのではなかった。上達をさまたげたのは、彼女の優しい、憂うつな性格で、じぶんの悲しみをいつまでも忘れられないようすだった。
朝食時の巡回検査のとき、婦人監督は、その前夜ゼルミールが膝まずいて祈るような姿勢をしているのを目撃したと断言した。さっそくゼルミールは召喚され、訊問された。彼女ははじめ返事を拒んだが、さんざおどされると、涙を流して泣きだし、じぶんをとりまいている危険から救ってもらうように神に祈った、と白状した。これを聞いて、公爵はその罪は死に値いするといい、とくにこの問題を扱った条項を彼女に読ませた。
「よろしゅうございます」
ゼルミールはいった。
「わたしを殺してください。神さまは少なくともわたしをあわれんでくださるでしょう。わたしをはずかしめる前に、殺してください。そうすれば、毎日おそろしいことばかり見たり、聞いたりする責め苦から救われます」
この天真らんまんな、あまりにもしとやかな返事をきくと、わが道楽者たちはかえって途方もなく肉体を硬直させた。すぐに破花しろ、という声もきかれた。けれども、公爵は仲間に犯すべからざる協定のあることを思い出させて、つぎのような提案をするにとどめた(その意見はもちろん満場一致で可決された)。つまり、つぎの土曜日ゼルミールを非常に厳しく処罰すること、さしずめ、彼女は膝まずいて、十五分間各仲間のファルスを口中にして吸飲すること、警告の意味で、万一過ちをくり返せば、こんどこそ一命にかかわるという保証をあたえることなどがきまったのである。
こうして、かわいそうな少女は刑罰の最初の部分を実行するために、はいつくばって歩いた。公爵はまず最初に……つづいて他の三人が交代でフェラチオを行なわせたが、三人ともなにも排出しなかった。
それから、いつものとおり少年の宿舎や礼拝堂を訪れて、正餐をとり、それがおわると、友人らはコーヒーを飲みにサロンへはいった。
給仕係はファニー、ソフィー、ヒヤシンス、ゼラミルの四人で、キュルヴァルはヒヤシンスとソフィーを相手に……、公爵はゼラミルとファニーを相手に……股間行為を演じた。
彼らがおわると、こんどはデュルセに司教が四人をひきうけて、吸飲させたが、どちらも射出しなかった。それから、しばらく午睡をして、一同は聴聞席へ移り、みんなが着席すると、デュクロは暴露話をつづけた。
「あらかじめご忠告申しあげるべきだと思いますが、みなさんはこれからおそろしく醜悪な出来事をおききになるわけです。でも、みなさん以上に、それをほんとに鑑賞される耳を、いったいどなたがおもちになりましょう? あなた方の心情はそれを愛し、望んでおいでなのです。ですから、わたしはこれからさっそく本題にはいります。
マダム・フルニエの家には、シュバリエ〔騎士〕という、信用のある、古いお客がついていました。そのあだ名がどうして、どこから生まれたかわかりません。彼はいつも毎晩訪ねてくるならいで、わたしたちがいつもきまって彼にしてやる行事といえば、単純であると同時に奇怪なものでした。
彼がボタンかくしをはずすと、わたしたちはいつも列をつくって、糞便をひと塊ずつ彼のズボンのなかにいれました。わたしたちが義務をはたしてしまうと、彼はふたたびボタンをかけて、その荷物をもったまま、大急ぎで立ち去りました。
糞便ををもらいうけているあいだ、ほんの一瞬間かそこら、じぶんで frig はしますが、discharge するところは一度も見かけませんでした。また、彼がどこへいって、ズボンいっぱいの糞便をどう処理するかも、だれも知りませんでした」
「よし、神かけて!」
なにか聞いたら、その場で実行に移さなくては承知しないキュルヴァルがつぶやいた。
「だれかにわしのズボンのなかに排便させて、その宝物を夜っぴてとっておこう」
老いた道楽者はルイソンをよびつけて、いま聞いたばかりの気まぐれをそっくりそのまま実演してみせました。
「よし、さきをつづけて」
彼はデュクロに向かって、うなずきながらいった。
「わたしはある放蕩者の家へ呼ばれていたので、その家で行なわれる予定になっていたいっさいのことがらをあらかじめ注意されたうえ、姿も少年に変えました。まだ二十の若さでしたから、髪もきれいなら、顔もきれいというわけで、少年の衣裳がとてもよく似あいました。でかける前に、わたしは、いま議長さまがなされたように、用心深くズボンのなかにおなじものを用意しました。相手の男はベッドでわたしを待ちかまえていて、わたしが近づくと、二、三回みだりがましく接吻し、おまえはいままで目にとめたなかでいちばんきれいな少年だ、とほめながら、ズボンのボタンをはずしにかかりました。
わたしが相手の欲情を燃えあがらせたいばかりに、わざとちょっぴり抵抗すると、相手はなだめすかして、じぶんの思いどおりにしました。けれども、わたしのもってきた……荷物を見たとき、彼がどのようなエクスタシーにおちたかは、とても口ではいい表わせません。
「おや、これはなんだい?」
彼は叫びました。
「おまえはズボンをはいたままうんこをしたのかい? だが、このかわいい悪党め、とってもきたないぜ。どうしてまたそんなまねをしたのかね?」
そして、まるで弾丸のようにすばやく、わたしの背中をくるりとじぶんのほうに向けて、わたしのズボンをひきずりおろすと、じぶんで frig し……からだをおしつけて……わたしのうしろに fuck を放しました」
「ということは」
公爵が叫んだ。
「その男はどこにも手をふれなかったという意味かな? 探究もしなかった?」
「はい、閣下」
デュクロは答えた。
「おこったことは洗いざらいに、なにひとつ隠しだてせずにお話ししております。でも、もう少しごしんぼうください。だんだんに佳境にはいってまいりますから」
「さあ」
わたしの同輩のひとりがいいました。
「ほんとにおもしろい男をのぞいてみようじゃないか。その男は女なんかいらないんだよ。たったひとりで楽しむんだから」
わたしたちはのぞき穴へいそぎました。その隣りの部屋には、穴のあいた椅子がひとつと、その下に便器がおいてあり、そのなかには、わたしたちが四日間もせっせと排泄していたので、少くなくとも十数個の大きな塊があったにちがいありません。
当の男がやってきました。彼は七十をこえた微税請負人で、ドアをしめると、まっすぐ便器のところへ近づきました。そして、容器をとりあげると、ひじ掛け椅子に腰をおろして、まる一時間も、じぶんが持ち主になった宝物をいとしそうに眺めつづけました。かいだり、深くすいこんだり、さわったり、もてあそんだりして、さらにしさいに鑑賞するため、つぎつぎにひと塊ずつとりあげてみるようすでした。おしまいには、有頂天になって、われとわがきたないまっ黒いボロを……とりだすと、力いっぱいふったり、叩いたりしました。そして片方の手でひと塊の汚物をすくいあげると、これに塗りつけました。けれども、あいかわらず力のない有様でした。
けっきょく、自然は非常に頑迷で、わたしたちがこの上なくよろこぶ不行跡でさえも反応をおこし得ないことがままあるのです。彼はむなしく最善をつくしました。けれども、汚穢《おわい》のなかに浸したばかりのおなじ手で行なわれた自慰のために、ついに ejaculation が生じました。彼は身をふるわせて随喜し、うしろへ倒れても、なお匂いをかぎ、深く息をすって、frig し、いま彼をひどく興奮させたばかりの汚物の山の上に discharge しました。
別の紳士がある晩わたしといっしょに食事をとりました。わたしたちはふたりだけで、運ばれてきた十二枚の大皿には、前回分ののこりといっしょに、おなじご馳走がもってありました。くだんの紳士は新しいご馳走の匂いをかいで、その匂いを試食しました。食べおわると、もっともおいしかったご馳走の上でわたしに frig するよう命令しました。
また、ある若い宮廷づきの弁護士は、彼の手からうける灌腸の回数に応じて、お金の支払いをするならいでした。わたしがその相手になったときは、七回うけてもよいといったので、彼はじぶんの手でぜんぶやってのけました。それがおわってから二、三分たつと、わたしは小さなはしごにのぼって、弁護士はその下に身をおきました。そして、彼が frig しているあいだに、わたしはお腹に注入されていたものをのこらず彼の……上に放出しました」
容易に想像されようが、その晩は、デュクロの物語のなかで取扱われたのと大体おなじ種類の醜怪な活動にささげられた。……少女たちの八個の糞便が、夕食のご馳走のまっただなかにあしらわれたのである。
第十日
さきへ進めば進むだけ、われわれは本書のはじめの部分では暗示だけにとどめざるをえなかったある種の事実について、よりいっそうくわしく読者にお知らせすることができるだろう。たとえば、もう少しすれば、われわれは少年小女の宿舎を毎朝訪れて、身体検査を行なった目的とか、そのあいだに違反者が発見されたばあいの懲罰の理由とか、友人らが礼拝堂で味わったさまざまなよろこびとかについて、読者に委細をお知らせすることができるのである。
使用人たちは、トイレその他の場所へいって、個々の、特別な許可なく、排泄することを断固禁止されていた。だから朝の訪問は、だれかがこの命令に服従することを怠ったかどうかをきめるのに役立った。月間の当番は寝室用の便器やそのほかの容器を丹念にぜんぶ調べた。そして、もし空っぽでないものを発見すれば、当事者の名前をすぐさま懲罰リストに記入した。
けれども、もはやがまんできないという者には特例が認められていて、彼らは昼食の少し前に、礼拝堂へおもむくことができた。友人らは礼拝堂を改造し、工夫をこらして、一種の厩に変えていたので、緊急な必要の満足ということが、彼らにあたえることのできた快楽を享楽しえたわけである。そのほかの者は一日のうちにいつか、友人らをもっともよろこばせる方法で、排泄する機会をあたえられていた。
懲罰制をとった原因はほかにもまだあった。わが友人らはフランスのいわゆるビデ様式がまったく気にいらなかった。たとえば、キュルヴァルなどはとり組み相手になる連中がからだを洗うのが我慢できなかった。デュルセの態度もおなじであったから、ふたりともつぎの日に予定された遊び相手の婦人監督にたいして、その連中はどんな事情のもとにあっても、からだをふいたり、こすったり、または沐浴したりしてはいけない、と通告した。このような清潔嫌悪感をもたない、醜悪さがけっして不潔なものとは思っていない他のふたりの仲間は、それでも、キュルヴァルとデュルセに同調して、快適な状態の維持に協力した。だから、不潔にしておくように命令されているのに、清潔にしようなどという気をおこしたら、その当人はたちまちえんま帳にくわえられたのである。
その朝、コロンブとエベにふりかかったのがまさしくそのような運命だった。このふたりは前夜の騒ぎのさいちゅうに排泄していた。キュルヴァルは、ふたりが翌日のコーヒー給仕係であることを知っていたので、ふたりを相手に遊ぶつもりだった。そこで、ふたりに放屁が期待されていることまで忠告し、あすもいまのままの状態でいるようにといった。
身体検査の時間になった。キュルヴァルの指示を心得ていたデュルセは、ふたりを調べて、まるでピンのようにきれいさっぱりとしているのを見て、びっくりした。ふたりは命令を忘れたといって、弁解にこれ努めたが、そのかいなく、懲罰名簿に名前を記入された。
その朝は、礼拝堂行きの許可はおりなかった。物語の時間中に求められるものを当てこんで、そのときまでいっさいのわがままは禁じられたのである。
コーヒーの時間がくるまで、これといって特筆にあたいするような事件はなにもなかった。給仕にあたったのは、ギトン、アドニス、コロンブ、それにエベの四人だった。彼らはあらかじめ、放屁をうながすうえにもっとも有効な、ありとあらゆる煎じ薬を腹いっぱいつめこまされていた。したがって、放屁の饗応をうけることになっていたキュルヴァルたちはたらふくご馳走になったというわけである。公爵はギトンに……口淫をやらせ、デュルセはエベを相手に小さな、えりすぐった醜行を演じ、司教はコロンブと股間行為を行なった。
そのうち六時が鳴ったので、一同は聴衆席へ移り、デュクロはふたたび物語をつづけた。
「新しい仲間がマダム・フルニエのところにやってきました。これからの好色ばなしで彼女が演ずる役割を考えると、せめておおよそでも、彼女の人がらをのべておくべきだと思います。彼女はうら若いお針子でしたが、前にわたしがゲーリンの家で見た男の手にかかって、身をもちくずし、わたしとおなじように、フルニエのために働くようになったのです。
年は十四。クリ色の髪毛をもち、褐色の目はいきいきと輝き、世界中でも珍しいくらい肉感的な容貌をしていました。また、肌は白百合のように白く、ビロードのようになめらかで、容姿はすんなりとしていました。といって、けっしてやせていたわけではなく、どちらかといえば、肉づきのよいほうでした。それはちょっとした欠点ではありましたが、そのおかげで、彼女の臀部ときたら、この上なく美しく、丸ぽちゃで、かわいらしく、パリでも、たぶん、すばらしいお尻だったにちがいありません。
わたしは仕切り部屋ののぞき穴のところに陣取りました。そしてまもなく、彼女の試食をやることになっていた男の姿を目撃しました。それというのも、彼女があらゆる面でまだ処女であったことは、なによりも明らかだったからです。
そのようなご馳走のことですから、だれにでもというわけにはいきません。わが家でいちばん評判のいい殿方に提供されました。その男はド・フィルビュ神父とよばれ、資産家としてまた道楽者として、天下にその名をうたわれていました。彼は目もとまですっかりマントにくるまって到着すると、さっそく部屋にはいって、これから使う予定のあらゆる用具を点検して、準備万端をととのえました。そこへくだんの少女がやってきました。名前はユージェニーといいました。最初の恋人の醜怪な顔つきにややたじろいで、彼女は視線をおとし、顔を赤らめました。
「こっちへおいで」
わが道楽者はいいました。
「わしにおまえのうしろをお見せ」
「まあ、神父……」
小娘はつぶやきました。
「さあ、さあ」
老いた悪党がいきまきました。
「こういう新米の小娘くらい、手のおえんやつはないわい。お尻を見たがるものがあるというに、想像もつかんのだな。よし、救世主にかけていうが、そのスカートをもちあげるんだ」
フルニエの機嫌をそこねてはという懸念から、彼女は少し近よって、うしろから、半分ばかりスカートをひきあげました。
「もっと上へ。聞こえるかい。もっと上へ。このわしに手間をかけさせようとでも思っているのか」
そのうちに、美しい臀部がすっかり露呈されました。神の使徒は綿密に吟味して、彼女を直立させたり、前へかがませたり、また両の脚をしっかと締めつけさせるかと思うと、ひらかせたりしました。それから彼女をベッドによりかからせると、ほんのしばらく、不器用な手つきで、……じぶんの前……を rub して、ユージェニーの無類の臀部に……おしあてましたが、それはまるでじぶん自身に強い衝撃をあたえて、美女の本質的な熱気をじぶんのほうへ惹きつけようとするかのようでした。つづいて、彼は接吻にうつって、動作を楽にするため床に膝まずき、両手で……おさえながら、ツンゲと口唇で快楽をあさりました。
「うわさにたがわずじゃ」
神父はいいました。
「とてつもなくすばらしい代物じゃな。ところで、このところ便通はあったかい?」
「ほんのちょっと前に、神父さん。マダムから、こちらへくる前にそうしなさいといわれましたので」
「それはけっこうじゃ。すると、おまえのお腹にはもうなにものこっておらんわけだな。では、これからひとつためしてみよう」
神父は灌腸器をとりあげると、これにミルクをいっぱいにつめて、相手のうしろにまわり、筒さきを……おしこんで中味を注入しました。前もって予定の行事を教えられていたので、ユージェニーはなにをされてもおとなしく従いました。神父はベッドに身を横たえると、すぐさまユージェニーを呼びよせて、上からまたがるように命じました。
「さあ、なにかしたくば、どうかわしの口のなかでやっておくれ」
気の小さい彼女はいわれたとおりにして……やりました。すると神父は frig して……貴重な液体を一滴のこらずとらえました。そして……最後のひと口を流しこんだとたんに discharge して、狂燥状態にたたきこまれてしまいました。
だが、ほとんど他のすべての道楽者のばあいでもおなじですが、いったん幻想が消え去ったとなると、その人の心を暗うつにするところの、この奇怪な気分、このにくしみの暗雲はいったいなんでしょうか?
くだんの聖職者は、ひとたびケリがつくと、荒々しく少女を投げとばして、僧服をととのえました。そして、わしはあざむかれ、だまされた。このあまっちょは前に排泄していなかったのだ。いや、あいつらがウソをいったんだ。満腹したままわしのところへやってきたから、わしは少なくとも半分はくそを喰ったぞ、とののしりました。この神父はミルクだけが飲みたかったわけで、糞便は好まなかったことになります。彼は不平をならし、呪い、怒号し、金は払わんぞ、二度とこないぞ、と数かぎりない悪口雑言をはきちらしました」
「うん、たしかに」
とキュルヴァルはいった。
「糞をくう人間がどれだけたくさんいるか知れんというのに、ちとばかり嚥みくだしたからといって、狂い立つとは、さても気むずかしい男があればあるものじゃ」
「ごしんぼうのほどを。どうかごしんぼうを」
デュクロは答えました。
「みなさまが指示された順序で、つぎつぎにお話しをすすめさせてくださいませ」
「二日後に、わたしの順番がやってきました。いろいろ指示があったので、わたしは三十六時間もトイレにはまいりませんでした。相手の主人公は、王室づきの牧師をつとめる年長の聖職者で、痛風をわずらってからだが硬直していました。彼の相手役は、いつでも裸で近づかなくてはなりませんでした。けれども前のものと乳房は完全に覆っておく必要がありました。万が一に、彼がそれらの部分をちらとでも目にとめたら、えらい不祥事となり、とても彼を満足させることはできない、と警告されていました。
わたしがそばによると、彼はすこぶる丹念にわたしの背部を調べて、年齢をきいたり、排泄したいというのはほんとうかどうかとたしかめたり、わたしが日ごろ排出するものは柔らかいか固いかとたずねたり、そのほかきりがないくらいの質問ぜめで、そのことがどうやら彼の活力をよみがえらせるうえに効果があったようです。……彼にそうするように頼まれて、わたしは相手の……肉体に手をおきましたが、わたしの動きが彼の欲情をかなりに刺激しました……。
「ほんとにまちがいないかな? だしたいというその気持ちは? わしはだまされたくない。さあ、おまえがほんとにそいつを貯えているかどうか調べてみてやるぞ」
そういいながら、彼は……右手の中指を腹部に埋め……ふたりの関心の対象を探りあてると、完全な恍惚状態におちいりました。
「ああ、神のお腹にかけて」
彼は叫びました。
「ウソでないぞ。ニワトリがいま卵を生もうとしているわい。卵にさわったぞ」
うっとりとなった老牧師はちょっとのま臀部に接吻をして、わたしがもはや……しんぼうしきれないようすを見てとると、閣下たちが礼拝堂に備えつけておいでになる道具とそっくりな器具の上にわたしをのぼらせました。……この設備は明らかに牧師の専用として設けられたもので、彼はしょっちゅうこれを利用していました。……そのそばにひじ掛け椅子をひきよせると、わたしのうしろを支えているリングのま下の地点から、なりゆきを見まもることができたのです。
……前奏曲として、わたしが一連の屁をはなつと、彼はこれを吸いこみました。さいごにいよいよ本物が現われると、彼は息をはずませました。
「やっておくれ、どんどんやって、わたしの天使よ」
彼は全身火と燃えて叫びました。
「おまえのかわいいところからでてくるやつを見せておくれ」
彼は指先でこの作用を助け……じぶんでも frig し、観察し、色欲に酔い、狂奔しました。その叫び、その吐息、その指戯、なにもかもが最終段階に近づいていることをわたしに確信させました。たしかにわたしの思ったとおりでした。なぜなら、わたしがいま満たしたばかりの容器に……ほんのちょっぴり sperm の点滴が見かけられたからです。
牧師は上機嫌で立ち去りました。帰りしなに、もう一度わたしを訪ねてくるつもりだよ、とさえ申しましたが、その約束はウソであることを、わたしはちゃんと承知していました。彼がおなじ女を二度と相手にしないことは、だれ知らぬものはなかったからです」
「ふふん、わしもこの一件ではその男の気持ちがよくわかるよ」
アリーンの背部に口づけしていたキュルヴァル議長がいった。
「おなじものを二度までがまんするには、哀れな境涯にあるとか、赤貧状態に追いつめられていなきゃなるまいて」
「議長殿」
司教が口をはさんだ。
「あなたの言葉にはどこかにつっかえたところがあって、prick がはりきっているようには思えませんね」
「バカな」
キュルヴァルは答えた。
「わしは君の娘さんのうしろに接吻していただけじゃ。彼女は一発ならすだけの礼儀も心得ておらんわい」
「すると、わたしのほうがずっとしあわせですな」
司教が答えた。
「というのは、あなたのご夫人は、ほれ、ごらんくだされ! たったいまこのうえなく美しい、でっかい代物を排泄しました……」
「静かに、諸君、静かに!」
公爵の声だった。
「われわれは実演しにきたんではない。話をききにきたんだ。つづけてくれ、デュクロ、愚劣なことは実行するより、聞いてるほうが賢明だろうさ」
「ひと月あとに、わたしはある男と取り組んで、いまさっきお話したのと、やや似かよった仕事をしてやりました。まず、わたしは皿の上に排便し、これを彼のところへ持参して、鼻さきにつきだしました。相手はひじ掛け椅子に腰かけて、静かに本を読んでいて、見たところ、わたしがはいってきたのに気がつかないようすでした。
男は顔をあげて、ののしり、いったいぜんたいどうして、娘っ子のくせに、じぶんの目の前にそんなものをもってこれたんだとたずねました。だが、それにしても、おまえのもっているやつは妙な塊だな、と彼はいって、手をふれました。わたしは勝手なまねをしたことをわびましたが、彼はあいかわらずわけのわからないことをぶつぶついいながら、一片の塊をじっとみつめたまま discharge しました。
四人めの殿方は、ぜんぜんおなじような仕草をさせるのに、七十歳かまたはそれ以上の老婆しか使いませんでした。わたしは、その男がどう見ても八十以下とは思えない老女を相手に実演するところをのぞき見しました。
男はソファーに身をもたせ、老婆は彼の上に馬乗りになっていました。彼女はその腹の上に妙な包みをおいて、しわだらけの肉体を frig していましたが、けっきょくはなんということもありませんでした。
フルニエの宿には、もうひとつ奇妙な家具がおいてありました。一種のトイレ用の椅子で、ふつうの穴をうがって、壁に立てかけてありました。つまり、からだを隣室につきだして、肩を穴に通し、頭が便器をのせる場所にくるようにからだを横たえることができる、といったぐあいにこしらえてあったのです。
わたしはある道楽者のそばにいて、彼の足もとに膝まずいて、フェラチオをやっていました。ところで、この途方もない行事に参加したのは、お金をだして雇いいれた職工で、彼の仕事はただその椅子のある部屋にはいって、その上にのぼり、わたしが懸命に相手をしている道楽者の顔の上に……やってのけるだけで、その男には、あとがどうなるかなど知りもしなければ、判断もつかなかったわけです。この脱糞者はもっともおそろしい環境から連れてこられた貧乏な労務者であると同時に、老人で、醜い顔つきをしていなければなりませんでした。彼は仕事につく前に検査をうけ、もしそういった資格がひとつでも欠けていれば、わが道楽者はてんで相手にしなかったのです。
いっぽう、別の役目をはたしているわたしには、なにも見えませんでしたが、耳にはどっさり聞こえてきました。……おなじ瞬間に、わたしは道楽者の fuck を嚥下し、……彼の顔面にはねかえる音を耳にしました。
道楽者が椅子の下からでてきて、立ちあがったとき、わたしは彼のようすから十分に堪能したことを見てとりました」
「信念だ」
デュルセはつぶやいた。
「信念でやれるんだと思う」
そして、いちばん年上のやり手の、テレーズとデグランジェをともなって密室へうつると、数分後に、彼のわめき声や哀れっぽい鼻声が聞こえてきた。彼はもとの席にもどったが、じぶんが身をゆだねた淫事の正確な性質については、仲間にも話したがらなかった。
夕食の用意ができたことが知らされた。それは、少なくとも、いつもとおなじように、放埓だった。だが、食事がおわると、わが四人の友人らはいつものようにいっしょに騒がずに、別々に夜をすごすために移動した。公爵はヘラクレス、マルティーヌ、わが娘のジュリー、ゼルミール、エべ、ゼラミル、キュピドン、マリーなどをひきつれて、廊下のはずれにある婦人部屋へおもむいた。
キュルヴァルはコンスタンスとともに、聴衆席を占居し、ファンション、デグランジェ、バム・クリーバー、オーガスチーヌ、ファニー、ナルシス、ゼフィルを同伴者とした。
司教はデュクロを伴なって応接室にはいったが、彼の取り巻き連はアリーン、スカイスクレイパー、テレーズ、ソフィー、コロンブ、セラドン、それにアドミスであった。
デュルセは食堂にふみとどまり、室内をとりかたづけてから、敷き物やクッションを運びこんで、そこらじゅうにばらまかせた。彼といっしょに室内にとじこもったのは、彼の妻のアドレイドに、アンティノウス、ルイソン、シャンビーユ、ミシェット、ロゼット、ヒヤシンス、ギトンの面々だった。
こうした段取りになったのは、ほかでもなく、淫蕩な欲情をさらに一段と倍加しようという理由からであった。というのも、その晩は一同の頭がひどく燃えあがって興奮していたので、だれも寝室にはいらないことにみなの意見が一致したからである。それぞれの部屋で、どのような非行醜行が演じられたかは、まさに想像を絶するものがあった。
明け方近くに、四人の主人公らは、夜っぴてふんだんに飲みつづけていたにもかかわらず、食卓にまいもどることになった。全員が群をなして食堂へなだれこんだ。なにもかもめちゃくちゃで、ごっちゃだった。料理女たちはたたき起こされて、まもなく、卵や焼肉やねぎのスープやオムレツなどが運びこまれた。
酒盃もふたたびとりあげられ、一座の者はひどく陽気になった。が、ただひとりコンスタンスばかりはやるせない悲しみに沈んでいた。キュルヴァルの憎悪感は、彼女のかわいそうなお腹と同様に、確実に大きくなっていった。その夜の乱痴気騒ぎのあいだにも、彼女はキュルヴァルの敵意をふくんだやりかたを身をもって体験したわけである。殴打以外のありとあらゆる仕打ちをこうむった。それというのも、主人公らは腹をあわせて、ナシの熟するままに放置していたからである。くり返していうと、コンスタンスは、殴打をのぞいて、考えられるかぎりの虐待をうけた。デュルセや父親の公爵に不平を訴えようと思ったが、ふたりとも、悪魔にでもくわれろ、とののしった。おまえはじぶんたちの目につかないなにかの罪を犯しているにちがいない、さもなければ、どうしてあのもっとも高潔な、優しい人間を怒らせることができよう、そういって、ふたりは頭をふりながら歩き去った。
それから、一同はぜんぶ寝床にはいった。(完)
訳者あとがき
近年マルキ・ド・サドに関する評論や研究書が数多く発表されると同時に、世界的に新たな評価が行なわれて、いまやサド侯爵はニーチェ、ボードレール、フロイトなどと並んで、一流思想家もしくは文学者の列にくわえられようとしている。
わが国でも、『ジュスティーヌ――美徳の不幸』『ジュリエット――悪徳の栄え』〔後者は最近当局に摘発されて問題化した〕、『閨房哲学』『ゾロエ』〔いずれも澁澤龍彦訳〕などの新訳が刊行されて、多くの評論家の関心をあつめ、ある意味ではサド・ブームがおこっているといえるかもしれない。
では、サドのもつ現代的な意義はなにか、ということになるが、彼の哲学的な思想はかなり難解で、いま正面からとり組むわけにもいかないから、ここでは、彼の名にちなんで、クラフト・エビングが命名したサディズムについて、もっと限定すれば、『ソドムの百二十日』にもりこまれた幸福論について、少しばかり解説をくわえておきたい。一斑をもって全貌をぼくするわけにもゆくまいが、サドの特性は十分にうかがわれるものと信ずる。
サディズムは、マゾヒズム〔両者を一括して苦痛淫楽症《アルゴラグニア》という〕に対する言葉で、加虐症とか加虐淫乱症などと訳されるが、要するに、相手をいじめて、その淫虐によって自分の色情をみたすことである。この傾同は、正反対のマゾヒズム〔被虐症〕と同様、多少の差はあっても、万人に共通する性心理で、極端にはしらなければ、けっして異常ではないわけである。だが、そうした加虐的快楽の性向を裏づける根拠は、人間心理の深層部に横たわっているのである。
たとえば、サドの没後に発見されたという、この『ソドムの百二十日』Les 120 Journees de Sodome, ou l'Ecole du Libertinage 英訳名は The 120 Days of Sodom(一九〇四年)を見てみよう。これは、四人の妻のほか、大勢の美男美女を非合法に狩り集めて、要害堅固な山荘に立てこもった四人の主人公が、ありとあらゆる非行や悪徳にふけって淫蕩放埓の生活を送るという筋書きを日記風にしたためたもので、時には彼らの人生哲学や女性観などがとびだして、白熱した議論も展開される。
その「第八日」に、だいたいつぎのような趣の快楽論〔主人公のひとりデュルセ〕がひれきされている。
「幸福というものは欲望の成就にあるのではなく、人の欲望をはばむ障害物を乗りこえるところにある。なんでも手にはいる、現在のわれわれの幸福には、ひとつ根本的なものが不足している。つまり、比較対照するという快楽が欠けている。快楽はみじめな人びとを眺めるところがら生じる。だから、人間が平等で、差別がなかったら、幸福もまた存在しない。
また、快楽はみじめな人びとを救えば、存在しなくなる。人の不幸を増大するという悪事を働くときに、性的な興奮を感じ、快感の刺激に必要なものを発見する」
主人公のひとり司教はこれを要約して、左のようにいっている。
「最大の快楽はもっとも醜悪な源から生まれる。諸君が犯罪の深みのなかに、よりいっそうの快楽を求めるだけ、その犯罪は、よりいっそう恐るべきものでなければならない」
以上は、ソドミーまたはペデラスティはもとより、オナニズム、嗜尿〔ウロラグニア〕・嗜糞〔コプロラグニア〕のスカトロジー〔排泄物狂〕、殺人淫楽、窃視、露出、放火淫楽、あらゆる種類のフェティシズムなどの異常性愛や異常嗜好に全身全霊をうちこんだ放蕩者の幸福=快楽論で、サディズムの本源もまたそのような心理に由来するといってよかろう。
ところで、作者のマルキ・ド・サドは、娼婦にカンタリスという媚薬を飲ませて害毒を及ぼしたという理由だけで、十七年間も獄舎につながれ、晩年には『ゾロエ』でナポレオンを攻撃したというかどで精神病院にぶちこまれて、一八一四年七十四歳で死ぬまで、数奇な、そして不遇な生涯を送ったとはいえ、けっしてみずからは性の倒錯者ではなかった。むしろ、文学上だけの倒錯者であったからこそ、一連の暗黒小説を生みだす鋭い知性と才能を具備していたのである。
人間の本性を抉りだして、ギリギリの線まで、時にはコッケイとも、グロテスクとも思われるところまで悪徳を追いつめていった、彼の非妥協的な科学的な精神は、まさしく革命的であり、それゆえにこそ、精神分析のフロイトや、性の病理現象を究明したクラフト・エビングにも比較されるわけで、ことに『ソドムの百二十日』は、さながら、エビングの名著『性的精神病質』Psychopathia Sexualis を小説化したかのように思われるのである。
最後に、訳出にさいし、現在の国内の出版事情を考慮して、残念ながらかなりの部分を削除したり、表現に手加減をくわえたりしたことを付記して、読者のご諒承を願っておきたい。また、本書の台本は英訳書で、ここに訳出したのは第十日までにすぎないが、すでに序文で百二十日間の予定計画は明らかにされているから、全体の仕組みはおよそ見当がつこうというものである。(訳者)
◆ソドムの百二十日◆
マルキ・ド・サド/大場正史訳
二〇〇五年十月二十五日