高慢と偏見(上)
ジェーン・オースティン/伊吹知勢訳
目 次
高慢と偏見
第一章〜第三十五章
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第一章
独身で相当の資産のある男性は当然細君が必要であるというのは世間一般にみとめられた真理であります。
この真理は人々の胸中にがんとして根をはっていますのでそのような資格をそなえた男性が近所に引っ越してきますと、その考えにも気持ちにもおかまいなく、その男性はそこら近所の娘のたれかかれかの正当な所有物としてみなされるのであります。
「ねえ、あなた、ネザーフィールド・パークはとうとう借り手がついたそうですね。おききになりました?」ある日のことベネット氏の細君は話しかけました。
ベネット氏はきいていないと答えました。
「でもそうなんですのよ。ロングの奥さんがついさっきいらしてすっかり話してくださいました」と細君がかえします。
ベネット氏は無言。
「借り手のことがおききになりたくないの?」と細君はじりじりします。
「そちらが話したいのだろう。きくのは差しつかえないさ」誘いはこれでじゅうぶんでありました。
「それがね、あなた、ロングの奥さんのおっしゃるには北部出身の、若くて、お金持ちのかただそうですよ。月曜日に四頭立ての馬車でみにいらしたんですって。すっかり気に入ってモリスさんとの話し合いもとんとん拍子で決まったそうですわ。ミカエル祭まえにうつってくる予定で来週のおわりまでには召使が幾人かくるそうです」
「名まえは?」
「ビングリー」
「細君もちかね、それとも独身?」
「独身ですのよ、もちろん。金持ちのひとり者、一年四、五千ポンド、うちの娘たちにまたとない縁組みですわ」
「はてね、娘たちに何か関係があるのかい?」
「ほんとうにあなたったらじれったいかたね、あのかたが娘のひとりと結婚することを考えているのですわ」
「そんな下心をもってやってくるのかい?」
「下心ですって! まあばかばかしい。よくそんなことをおっしゃれるわね。しかし娘のだれかを好きになるなんてありそうなことですわ。だからうつっていらしたらさっそくおたずねしてくださらなければね」
「その必要はみとめないね。おまえと娘たちでゆくがいい。それとも娘たちだけをやるか? そのほうがいいかもしれないね。おまえは娘たちにおとらず美しいからビングリー氏はおまえをいちばん好きになるかもしれないからな」
「まあお世辞のよろしいこと。たしかにわたしだってきれいだったこともありますわ。しかし今はもうたいしたことはありません。大きな娘が五人もいたらもうじぶんの器量などにかまけてはいられませんわ」
「そのときになればかまけるほどの器量もなしかね」
「でもね、あなた、ご近所にいらしたらぜひビングリーさんをおたずねしてくださいまし」
「その約束はできかねるね」
「娘のためですわ。たいした結婚相手ですもの。ルカス家のおふたりだってそのためだけで訪問するご決心ですわ。ふつうはよそものは訪問はなさいませんでしょう。ぜひいらしてね。あなたがいらしてくださらないとわたしたちはおたずねできませんもの」
「それは礼儀にこだわりすぎるというものだ。ビングリー氏は喜んでおまえたちに会ってくださるよ。わたしも一筆ことづけてどの娘をおえらびになっても、心から喜んでお受けするむねを書いておくよ。だがリジー推せんのひと言を書き加えるかね?」
「そんなことはなさらないでいただきたいわ。リジーはほかの娘たちにくらべてちっともまさってはいません。ジェーンの半分もきれいではないし、リディアのように気さくではないし、それなのにあなたはいつでもリジーにひいきをなさいますね」
「どれをとってもどんぐりのせいくらべ、そんじょそこらの娘同様ばかで物知らずだがね、リジーだけはなかなか頭のするどい子だよ」
「よくそんなにごじぶんの子供のわるくちをおっしゃれるわね、あなた。わたしを苦しめるのがおたのしみなのでしょう。わたしの神経過敏症を全然同情してくださらないのね」
「それは誤解だよ。おまえの神経には深甚な尊敬をはらっているよ。なにせつきあいが長いのだから。少なくともこの二十年間というもの思いやり深く話すのを毎度きかされたものだよ」
「あなたにはわたしの苦労などとてもおわかりにならないわ」
「まあまあその苦労にうちかってせいぜい長生きしておくれ。年収四千ポンドの若い男がたくさんやってくるのをみとどけておくれよ」
「そんなかたが二十人いらしたって、あなたが訪問してくださらなければ何の役にもたちませんわ」
「二十人になれば十ぱひとからげ全部交際をねがうとしよう」
ベネット氏はまことに奇妙なとりあわせでありました。頭のきれる人で風刺的かいぎゃくをろうし、無愛想、気まぐれで二十三年の経験をもってしても細君にはその人となりがつかめないのでした。
細君の精神状態は解明するにそれほど困難ではありません。理解力知識ともにとぼしく気分は不安定でした。不満なときには神経のせいにしました。人生の大事は娘の結婚、人生の娯楽は訪問とうわさ話でありました。
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第二章
ベネット氏はいちはやくビングリー氏を訪問したひとりでありました。細君には最後までたずねるものかといいはっていましたが、終始訪問するつもりでいたのでした。細君はその夜までまったくその訪問については知らず、それは次の方法で打ち明けられたのであります。次女が帽子に飾りをつけているのをみて、急にベネット氏は次のように話しかけました。
「ビングリー氏の気に入るといいがね、リジー」
「ビングリーさんのお好みなどわかりっこありませんわ、うちでは訪問しないんですもの」と母親はうらめしげにいいました。
「あらおかあさま、舞踏会でお会いするのをお忘れにならないで。ロング夫人が紹介するって約束なさったのではないの」とエリザベス。
「あの人がそんなことするもんですか。ご自身|姪《めい》がふたりもおありだし。利己主義の偽善者だから全然信用しないわ」
「わたしもしないね。ロング夫人をあてにしないのは結構なことだよ」とベネット氏。
ベネット夫人はこれには返事しないほうが上策と思ったが、なんとしてもじぶんをおさえかねて娘のひとりをしかりはじめました。
「そんなにせきをしないで、キティ。少しはわたしの神経のことも考えておくれ。ほんとにずたずたにひきさいておしまいだよ」
「キティのせきは少し分別を欠いたね。タイミングがわるかったよ」と父親はいいました。
「だれも好きこのんでせきをするわけではないわ」キティはいらいらと答えました。
「リジー、次の舞踏会はいつだったかな?」
「さ来週の明日よ」
「ほんとにそうだわね。そうすればロング夫人はその前日まで帰っていらっしゃらないし、ごじぶんがご存じないのでは紹介してくださるわけにはゆかないわ」
「それではおまえ、夫人をだしぬいておまえが夫人をビングリー氏に紹介してあげればいいではないか」
「そんなこと不可能ですわ、あなた。不可能よ、わたし自身が存じあげないのに。おからかいにならないで!」
「慎重なのにはたいへん敬服するよ。知り合って二週間というのではじゅうぶんとはいえないしね。それくらいではどんな人間だかわかるものではないよ。実のところわたしたちが思い切ってしなければ、だれかほかの人がする。ロング夫人と姪《めい》ごたちも運をためす権利があるのだし、おまえが紹介の労をとらぬならひとつわたしがその役をかってでようではないか。ロング夫人も喜ばれるだろうからな」
娘たちはみんなはっとして父親を凝視しました。ベネット夫人は「ご冗談ばっかり!」ととりあいません。
「冗談とはどういう意味かね。紹介の形式ならびに紹介を重んずるならわしを冗談と考えるのかね。その点わたしはおまえと意見を異にするね。ところでメアリ、きみの意見はどうかね。なかなか思索家だし、むずかしい本を読んで抜き書きもしているというではないか」
メアリはなにか気のきいた発言をしようと懸命だったのですが、とっさには言葉になりませんでした。
「さあ、メアリが考えを整理中だから、話をビングリー氏にもどすとしよう」といいました。
「ビングリーさんにはもうあきあきしましたわ」細君は叫びました。
「それは残念、だがなぜそのことをまえもって知らせておいてくれなかったのかね。けさそれを知っていたらごきげんうかがいになぞでかけはしなかったのに。運のわるいことだ。だが訪問をしてしまった今となっては、おつきあいはまぬかれぬだろう」
ベネット氏の望みどおりご婦人たちはあっと驚きました。なかでも細君の驚きは他を圧しました。最初の歓喜の嵐がすぎると、しかし、細君はこうなるとずうっと予期していたといいだしました。
「ほんとにあなたはいいかた! でも最後には説き伏せられると思っていました。娘たちをかわいがっておいでですもの、あんなおつきあいをなおざりになさるはずはないと思っていましたわ。えーえー、とても満足してます。それにけさいらしたのに今までひと言もおっしゃらないなんて、いいお笑いぐさでしたわ」
「さあキティ、好きなだけせきをしていいよ」といいながら細君の有頂天にうんざりしてへやを去りました。
ドアがしめられると「なんとすばらしいおとうさまでしょう! おまえたちはどうしてあの親切におむくいできることやら。わたしに対してだってさ。わたしたちの年ごろになれば毎日新しい近づきをつくるのはあまりうれしくもないことなんだよ。しかしおまえたちのためにはなんでもしますよ。ねえ、リディア、おまえは年こそいちばん若いけれど、次の舞踏会ではビングリーさんがきっと踊ってくださるよ」
「あたし、平気よ」とリディアは心臓つよくいいはなちました。「年はいちばん若いけど背はいちばん高いもの」
その後は返礼の訪問はいつだろう、正餐への招待はいつがよかろうかなど推量したり、取り決めたりですぎてしまいました。
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第三章
ベネット夫人は五人の娘たちの援護のもとにあらんかぎり努力しましたが、夫からビングリー氏につき何ら満足のゆく記述を得るにいたりませんでした。みんなの攻撃はあるいはあつかましい直接尋問、あるいは老練きわまりない推理想像、あるいは遠まわしの憶測と多種多様をきわめましたが、その手練をみごとにかわされました。隣人のルカス夫人のまたぎき情報を受けいれざるを得ませんでした。夫人の報告はなかなか有望でありました。ウィリアム卿のみるところではビングリー氏は真に好青年、若くてなかなか男まえ、きわめて人好きのする人でありました。なかでも次の舞踏会には仲間大ぜいと出席のつもりという、これ以上喜ばしいことはないほどでした。ダンスが好きとはこれこそ恋におちる確実な一歩とビングリー氏の心臓に関しては前途有望の思いがいきいきとはずんだのでありました。
「もし娘のひとりがネザーフィールドにかたづいてしあわせになってくれたら、それからほかの娘たちもおなじようにいいところへかたづけられたら、それ以上望むことは何もありませんわ」とベネット夫人は夫に語ったものでした。
二、三日たってビングリー氏は返礼におとずれベネット氏の書斎で十分ばかり腰をおろしました。氏は美人の評判の高いお嬢さんたちに会えるかとあてにしていたのでしたが、むかえたのは父親だけでありました。お嬢さんたちのほうはやや運がよく地の利を得て、二階の窓から氏が青い上着を着、黒い馬にのっているのをたしかめました。
正餐の招待がすぐさま発送され、ベネット夫人はじぶんの家持ちの名誉になるようなコースの品々をかれこれ考えはじめましたが、まもなく返事がとどいてすべてが延期となりました。ビングリー氏は所用で翌日ロンドンにでかけねばならないので、せっかくの招待をお受けできないとのことでありました。ベネット夫人はがっかりしました。ハーフォードシャーにくるかこないでロンドンに何の用事があるのか、想像もつきませんでした。これでは年中あちこちとびまわってネザーフィールドにきちんと腰をおちつけることがないのではないかと懸念しはじめました。ルカス夫人は舞踏会の仲間大ぜいをひきつれにいったのだろうという考えを思いついて、ベネット夫人の不安をしずめたのでありました。やがてひきつづき十二人の婦人と七人の紳士をつれてくるといううわさがたちました。娘たちは婦人の数の多いのをなげきました。いよいよ舞踏会場にあらわれた一行は全部で五人でありました。ビングリー氏とふたりの姉妹、姉の夫、それにいまひとりの若い紳士でありました。
ビングリー氏は美男で紳士らしく、にこやかで、態度はゆったりとして気どらない人、姉妹は最新流行の装いを身につけた上品な淑女でありました。義兄弟ハースト氏はただ紳士らしいというだけの人物でありましたが、友人のダーシー氏は堂々として上背があり、端麗な目鼻だち、気品のある物腰のうえに、会場にはいって五分もたたぬうちにすみずみまで知れわたった年収一万ポンドといううわさがみんなの注目を一身にあつめてしまいました。紳士たちはりっぱなおしだしと感嘆しましたが、婦人たちはその端麗な容貌にうたれました。ビングリー氏よりもずっと男まえと嘆賞のまとでしたが、夜もなかばをすぎるころにはその人気のうしおも方向をかえました。その態度がみんなの嫌悪をよびおこしたのでした。高慢で超然としてみんなの仲間にはいらず、世辞に耳をかたむけないことがわかったからで、こうなるとダービシャの大きな領地をもってしても人をよせつけない、不愛想な顔つきをしていて、ビングリー氏とは比べものにならないという評判からダーシーをすくいだすことはできなくなりました。
ビングリー氏は会場にいるおもだった人々とたちまちに知り合いとなりました。快活で、遠慮がなく、ダンスというダンスを踊り、しかも会がそんなにも早くおひらきになることをふんがいし、じぶんの家でも舞踏会を催したいものなど話しました。このような愛すべき性質はおのずからあらわれずにはいないもの、ともあれダーシー氏とは何という対照でありましょう。氏はハースト夫人と一度、ビングリー嬢と一度、その他のご婦人には紹介をことわりました。場内を歩きまわりときどきつれのだれかれに話しかけるのみでありました。みんなの評価は決まりました。世界一|傲慢《ごうまん》で、不愉快な男、二度とふたたびきてほしくない人物でありました。最もはげしい反感をもった人々の中に、ベネット夫人がありました。もともとその行動がだいたい気に入らなかったのですが、じぶんの娘のひとりが軽んぜられたために特別なえん恨をもつまでに尖鋭化《せんえいか》しました。
エリザベス・ベネットは紳士の数が少ないため二つのダンスの間相手がなく、それに加わることができませんでした。そのときダーシー氏はエリザベスのすぐ近くに立っていましたから、踊りをしばらく中止して仲間に加わるようすすめにきたビングリー氏とダーシー氏との会話をもれきいてしまったのでありました。
「さあ、ダーシー、踊ってくれたまえよ。ぼくはきみがひとりで、うすぼんやりと立ちんぼしているのをみるのはたまらないんだ。踊ったほうがずっといいよ」
「ごめんだね。きみだって知ってるだろう、ぼくはよくよく親しい相手でないと踊りはきらいなのを。こんな舞踏会でそれこそ堪えがたいことだよ。きみのねえさんも妹さんも踊っているし、あとはいっしょに踊るのは罰といったような女ばかりではないかね」
「ぼくは絶対きみのような気むずかしいことはいわないよ。ちかっていうが生まれてこのかた今日ほど大ぜいの愉快なお嬢さんがたに出会ったことはないほどだ。幾人かはとってもきれいだしね」
「きみは会場唯一の美人と踊っているよ」ベネット家の長女に目をやりながらいいました。
「あんな美しい人には会ったことがないよ。が、きみのすぐうしろに腰かけているあの人の妹さんもなかなかきれいだし、気持ちのいい人だよ。ぼくの相手の人にたのんできみに紹介してもらおう」「どの人かね?」とからだをめぐらして一瞬エリザベスをみたが、エリザベスの目とかちあうと急いで視線をそらして冷淡にいってのけました。「まあまあというところだね、がとてもわたしの気をひくほどではない。それに今はほかの男どもに軽んぜられた娘に箔をつけてやるような気分ではないよ。きみの相手のところに帰ってせいぜい彼女の微笑をたのしむほうがいいね。ここではきみは時間をむだにするばかりだよ」
ビングリー氏は忠告にしたがい、ダーシー氏は立ち去りました。残ったエリザベスの心中はおだやかではありませんでしたが、もともと快活でいたずらっぽい生まれつきでこっけいなことは大好きでしたから、はりきってこの話を友人の間にふれまわりました。
その夜はベネット家の人々はそれぞれたのしくすごしました。母親は長女がネザーフィールドの一行にちやほやされるのをみて満足しました。ビングリー氏は二度彼女と踊り、ビングリー氏の姉妹はとくに目をかけてくれました。ジェーンも母親同様満足しましたがずっと物静かにそれを表現しました。エリザベスは姉の喜びを満足に思いました。メアリはビングリー嬢にじぶんが界わいきっての教養のある女性として紹介されて満足でありました。キャサリンとリディアは一晩中ダンスの相手に恵まれたので満足しました。今のところそれだけが舞踏会においての関心事でありました。その晩ロングボーンに帰ってきたベネット家の人々は上きげんでありました。ベネット氏はまだ起きていました。本をもつとまったく時間のわからなくなる人でありました。今度の場合、あのようなはなばなしい期待をまきおこした一夜のなりゆきにかなり好奇心を感じてもいたのでありました。新来者のうえにきずいた細君のもくろみがすっかり瓦解することをむしろ望んでいたのでありましたが、話はだいぶちがっておりました。
「ねえ、あなた」とへやにはいりながら「とてもたのしい晩でしたわ。とてもすてきな舞踏会でした。あなたもいらっしゃるとようございましたのに。ジェーンはみんなの賞賛のまと、あんなのみたことありませんわ。みなさんきれいだといってくださいました。ビングリーさんはたいへん美しいとお思いになって、事実二度あれと踊られましたのよ。二度めに申し込まれたのはあの子ひとりでした。まず最初はルカス嬢《さん》に申し込まれました。あのかたがルカス嬢《さん》と立ち上がったのをみたときには胸が痛みましたわ。けれど全然きれいとはお思いにならなかったらしいわ。あたりまえですけど。そしてジェーンの踊っているのをごらんになって、はっとお思いになったらしいわ。そこでだれかとおききになり、紹介してもらって次の二つのダンスを申し込まれました。三番めの二つはキングさんと、四番めはマライア・ルカスさんと、五番めの二つはまたジェーンと、六番めはリジーと、ブーランジェは――」
「ビングリー氏がこのわたしに多少あわれみの心をもっていたら、その半分も踊らなかったろうに。後生だ、パートナーの話をやめておくれ。最初のダンスでくるぶしをねんざしてくれればよかったのに」
「おお、あなた」と細君はつづけた。「たいへんあのかたが気に入りましたわ。とてもとても美男子ですわ。あの姉妹のかたがたもいいかた。あのかたたちのお召し物ほどお上品なものをみたことがないわ。ハースト夫人の上着についたレースは――」
ここでふたたびウえぎられました。ベネット氏はすべて装身の品に関する記述には抗議を申し込みました。それゆえ、ほかの分野に話題をもとめたベネット夫人は、多少誇張して苦々しくダーシー氏の人をぞっとさせる無作法について話しはじめました。
「でも、ほんとにダーシーさんなどのお気にめさなくてもリジーはたいして損はいたしません。とても人好きのわるい、いやな人ですもの、気に入るねうちなどありませんわ。高慢ちきでうぬぼれで我慢がなりませんわ。あちらこちら歩きまわって、よほどえらいと思いこんでいるのですわ。『踊りたくなるほど美しくない』ですって。あなたがその場にいあわせて、お得意の警句を一本見舞ってくださるとよかったのに。ほんとにあの人大きらいですわ」
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第四章
ジェーンとエリザベスがふたりきりとなったとき、それまではビングリー氏をほめるのを控えめにしていたジェーンも今は遠慮なく、どんなにすばらしい人であるかを妹に語ったのでありました。
「若い男性の典型といっていいかただわ。物わかりのよい、快活なかたで、あんなに似つかわしい礼儀を身につけたかたをみたことがないわ。こせつかない、しつけのよい!」
「そのうえ美男子ですものね。若い男性はできればこうありたいものですわ。だからあのかたの人柄は完全というわけね」
「二度めにダンスを申し込まれたときには、ほんとにうれしかったわ。そんな光栄をうけるとは予期しませんでしたもの」
「予期なさらなかったの? わたしは予期してましたわ。ですけれど、そこがわたしたちの大きな相違点だわね。お世辞はいつもあなたをびっくりさせるし、わたしをびっくりさせることはない、あのかたが二度申し込まれるほど当然のことはありません。あなたがだれとくらべても五倍もきれいなのは一目瞭然なんですもの。だからあのかたのお世辞なんぞたくさんですわ。だけどたしかに気持ちのいいかた、だから好きになってもいいと許可をあげます。今までもっとばかな人物を好きになったことがあったもの」
「リジーたら!」
「そうなのよ、だいたいあなたはほれっぽいたちよ。だれにも欠点をみつけたことのない人ですもの。あなたの目には世間はすべて善良で気持ちがよいんですもの。だれのことでもわるくちおっしゃったのをきいたことがないわ」
「ひとを性急に非難したくはありませんわ。ですけどいつも考えたとおりをいっているだけです」
「わかってます。それが不思議なところなのよ。あなたほど良識のある人が他人のばかげたふるまい、おろかさに真実気がつかないなんて。率直らしくみせかけることはよくあることですわ。それならどこにでもころがっています。みせびらかしもたくらみもなくまっ正直で、みんなの美点のみをみてそれをなお一層よくし、欠点については何もいわないのはあなただけができることだわ。それではあのかたのねえさん妹さんもさぞかし気に入ったことでしょうね。あの人たちのお行儀はどうもビングリーさんほどにはゆかなかったようだけれど」
「たしかに最初のうちはそうでしたわ。けれどお話ししてみるとなかなか気持ちのよいかたたちでしたわ。ビングリー嬢《さん》はおにいさまのお家の世話をなさるのよ。きっとおつきあいのいいお隣さんにおなりですよ」
エリザベスはだまってきいていたが、納得したわけではありませんでした。舞踏会でのふるまいをみるとそれが会衆一般に好感をあたえようと考えたものとは思いませんでした。姉より鋭い観察力をもち、気だての点では姉ほど素直ではありませんでしたし、そのうえ自身がちやほやされてそのために判断が影響されることもありませんでしたから、エリザベスはビングリー氏の姉妹たちに感心はいたしませんでした。きちんとした上流婦人で、気の向いたときにはきげんもよく、する気になれば人づきもよくできるのですが、高慢でうぬぼれのつよい人たちでした。容貌もかなりのところ、ロンドンの一流どころの花嫁学校で教育を受けており、二万ポンドの資産をもっていましたが、使ってしかるべき金額より多額のお金を使い、上流の人々と交際する習慣があったので、とかくあらゆる点でじぶんを高く他を低く考えがちでありました。北部イングランドのしかるべき家柄の出身で、その事実は兄とじぶんたちの財産が商売によって得られたという事情以上に彼らの記憶にきざみつけられていました。
ビングリー氏は父親から十万ポンドの資産を受けつぎ、また領地を買いたいという生存中に果たされなかった父の意志をも受けついで出身の地方をあれこれ物色していました。しかし相当な家と狩猟権をかりいれた今となると、そののんびりとした気だてをよく知っている人々の間では、彼がネザーフィールドに今後おちついて領地を手にいれることについては、次の世代にまかせることになるかも知れぬと懸念するのでありました。
妹たちは兄に自身の領地をもってもらいたいとしきりにのぞんでいました。今はまだ借地人として身をおちつけたにすぎないとはいえ、その食卓に女主人役をするのをけっしていやとは思いませんでした。ハースト夫人も夫は上流階級の人というのみで資産のない人でありましたから、これも妹とおなじく都合のよいときはこの家をじぶんの家と心得るつもりでありました。ビングリー氏は成年に達して約二年、偶然ネザーフィールドの館を推せんされこれをみにやってきました。うちそとを半時間ほどもみて、その位置とおもだったへやべやが気に入り、所有主の推奨に満足してただちに借りることにしました。
ビングリーとダーシーはまったく相反した人柄でありました。こせつかず、開放的で素直なビングリーがダーシーには非常に好ましく思えたのでした。じぶんの性質にこれほど対照的な性質はないし、またじぶんに満足していないようにはみえないのですが。ビングリーのほうではダーシーのじぶんに対する好意に深甚な信頼をおき、その判断力を高く評価していました。理解力においてはダーシーがまさっていましたが、ビングリーもけっしてそれを欠いたわけではありません。ダーシーは才気がありましたが同時に尊大で打ちとけず気むずかしく、態度は折りめ正しかったが人をひきつけるものではありませんでした。この点ではビングリーが断然有利でありました。この人はどこに顔をだしてもまちがいなく好かれましたが、ダーシーはいつも相手の気をわるくしました。
メリトンの舞踏会についてふたりの話しぶりはふたりのそれぞれの特徴をあらわしていました。ビングリーは生まれてからこのかたこんな愉快な人たち、こんな美しい娘たちに会ったこともない、すべての人たちはこのうえもなく親切でかたくるしくもない、すぐに会衆とじっこんになり、そしてベネット嬢についていえばこれより美しい天使など想像もできぬのでありました。ダーシーはこれに反して、ここの人間どもは美しくもなければはなばなしくもない、いささかも関心をそそられないし、先方から何ら心づかいも受けないし、満足も得られないのでした。ベネット嬢はたしかに美しいがいささか笑いすぎました。
ハースト夫人もビングリー嬢もたしかにそうだとみとめましたが、そうはいってもたしかに美しい娘でふたりとも好ましく思ったのでした。それではっきりかわいい娘とみとめられ、これ以上つきあいをすることに異議はありませんでした。かわいい娘との評価がさだまってみればビングリー氏はジェーンをじぶんの好きなように考えてよいと公認されたように感じたのでありました。
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第五章
ロングボーンから歩いてほど近いところにベネット家とはことのほか親しい一家が住んでいました。ウィリアム・ルカス卿はもとメリトンで商業にたずさわった人でありますが、それによりかなりの産をなし、またメリトンの市長在任中の功によってナイト爵に叙せられました。しかしその名誉はあまりに痛切に感じられたといってもいいかもしれません。というのはそのために商売にいやけがさし、小さな市場町に住むのが我慢できなくなったのでした。それをすてて家族とともにメリトンから一マイルばかりの家にうつってまいりました。そのとき以来その家はルカス荘と呼ばれていますがそこでルカス卿は心ゆくまでわれとわが身の重要性に思いをいたし、商売にわずらわされることなくひとすじに世間に対していんぎんの礼をつくしました。階級は上がりましたがこのために人を見下すようなことはなく、むしろ反対にあらゆる人にていねいをきわめました。天性わるぎのない、親しみ深い親切な人でありましたが、セント・ジェームズ宮殿で謁見をたまわって以来は非常に礼儀正しい人となりました。
ルカス夫人も申しぶんなくよい人でありましたが、ベネット夫人の格好な隣人となるに利口すぎるというわけではありませんでした。三、四人の子供がありましたが長女は二十七歳、分別もあり、頭もよく、エリザベスの親友でありました。ルカス家とベネット家の令嬢たちは舞踏会のあとはかならずあつまって話しあう必要がありました。それゆえ例の舞踏会の翌朝、ルカスの令嬢たちはロングボーンに意見交換にのりこんでまいりました。
「シャロットさん、あの晩とてもさいさきがよろしかったのね」ベネット夫人はルカスの一番娘に精いっぱい礼儀正しく自制して話しはじめました。「あなたはビングリーさんにまっさきにえらばれましたものね」
「はい、でもあのかたは次にえらんだかたのほうがお好きのようでしたわ」
「ああ、ジェーンのことでしょう、二度あの子とお踊りでしたからね。たしかにあの子を美しいとお思いだったようにみえますわね。ええそれはたしかのように思われますわ。そういえば何かそれについて耳にしましたよ。なんだったかよくは存じませんがロビンソンさんについてのことのようでしたわ」
「ビングリーさんとロビンソンさんとのお話をわたしが小耳にはさんだことでございましょう。申し上げなかったかしら。ロビンソンさんがメリトンの舞踏会はいかがですか、会場にはきれいなご婦人がたがたくさんいらっしゃるとお思いになりませんか、どなたがいちばん美しいとお思いですかとおききになると言下に『それはベネット家のいちばん上のお嬢さんです。異論はありようがない』と答えられたことでしょう」
「ほんとに、なるほどね。ずいぶんきっぱりとしたおっしゃりようですこと! 何だかそれはまるで……しかし結局何にも実をむすばぬことになるかもしれませんわね」
「エライザ、わたしのぬすみぎきのほうがあなたのより要領を得ていたわ」とシャロットはいいました。「ダーシーさんはあのかたのお友だちほど傾聴するねうちがおありにならなかったのね。かわいそうに、『まあまあ我慢ができる』なんて」
「お願いですからリジーにあの人の仕打ちを思い出さして苦しめたりしないでくださいな。あんないやな人ですから好かれたらとんだ災難ですわ。ロング夫人のお話では、あの人は昨夜半時間、夫人のそばに腰をおろしていてただのいちども口を開かなかったそうですよ」
「おかあさま、それほんとう? ちょっとまちがっているのではないかしら?」ジェーンはいいました。「ダーシーさんが夫人に話しかけていらっしゃるのをみましたわ」
「それはロング夫人があの人にネザーフィールドはいかがですかときいたので、どうしても答えねばならぬはめになったからです。とても話しかけられたのを腹をたてているらしかったそうよ」
「ビングリー嬢《さん》はあのかたは親しい知り合いの間でないとあまりお話しにならぬとおっしゃいました。あのかたたちの間ではたいへん気さくなよいかただそうですわ」
「そんなことはひと言だって信用しないね、おまえ。もしそんなに人づきのいい人ならロング夫人に話しかけたはずですもの。きっと、こんなぐあいだったんだろうと思いますよ。みんなあの人はまったく高慢ちきだといってますがね。わたしはあの人がロング夫人が自家用車をもっていないこと、そして舞踏会へ貸し馬車でこなければならなかったということ、うわさにきいて知っていたのだとね」
「わたしはあのかたがロング夫人に話しかけなかったのは気にしませんわ」とルカス嬢はいった。「ですがエライザと踊られたらよかったのにと思います」
「ね、リジー、もしわたしがおまえだったら、こんどあの人と踊ったりなぞはしませんよ」
「おかあさんそのことならけっしてあのかたとダンスはしないとお約束できると思います」
「あのかたの自尊心はほかの人の場合のように、わたしは、あまり気にさわりません。あのかたの場合にはじゅうぶんもっともな理由があるからですわ。あんなに立派な青年で家柄はよし財産はおありだしすべて好条件に恵まれていらっしゃるんですもの、いってみればあのかたは自尊心をもつ権利がおありだと思いますわ」
「ほんとうにそうね」とエリザベスは答えました。「それでもしあのかたがわたしの自尊心を傷つけないでくださればあのかたの自尊心はゆるしてあげることができると思いますよ」
「自尊心とは」メアリーは志操堅固をもって誇りとしておりましたが次のような意見をのべました。「たいへんありふれた欠陥であると思います。わたしが今まで読んだところによるとほんとうにそれはありふれたものだという確信をもっております。人間性はとくにそれにおちいりやすく虚か実か何かの資質のゆえに自己満足の感情をいだかぬ人はほとんどありません。虚栄と自尊はこれらの言葉がときどき同意義につかわれておりますが、実は異なったものです。人は誇り高くあっても虚栄心をもたぬこともあります。自尊心はじぶん自身のじぶん自身に対する意見とかかわりのあることですが、虚栄はわたくしたちがほかの人たちにじぶんのことを、かく考えてほしいと思うことに関係があるのです」
「もしぼくがダーシーさんのようにお金持ちであれば」姉たちとともにやってきたルカスの息子は大声で申しました。「ぼくはどんなにじぶんが高慢であろうと全然かまわないよ。キツネ狩り用の猟犬を飼い、毎日ぶどう酒を一びん飲もおっと」
「それじゃうんと飲みすぎることになりますよ」とベネット夫人はいいました。「もしあんたがそんなことをしているのをみつけたら、すぐさまぶどう酒のびんを取りあげてしまいますからね」
少年はそんなことはしないでと抗議を申し込みました。ベネット夫人は断固としてそうするといいつづけ、その議論は訪問のおわるまでつづきました。
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第六章
ロングボーンの婦人たちはまもなくネザーフィールドの婦人たちのごきげんをうかがいに伺候し、やがて折りめ正しく返礼をうけました。ベネット嬢のこころよい態度はハースト夫人とビングリー嬢の気に入り、ふたりの好意はいよいよ増し加わりました。母親は我慢がならないし、年下の妹たちは話しかけるねうちもないと思いましたが、上のふたりにはもっと親しくなりたいという意向がのべられました。ジェーンはこの心づかいをうけてたいへん喜びました。エリザベスはこのふたりがあらゆる人に対して、ジェーンに対してさえも権高なふるまいのあるのをみてとって、好きにはなれませんでした。とはいえともかくジェーンに親切なのはたぶん兄弟ビングリーの意向に影響されているものだろうと想像され、多少のねうちがないわけでもないと思われました。ところでビングリーとジェーンの間のことですが、ふたりが会うたびにビングリーの思慕はだれの目にも明らかでありました。またジェーンが最初から彼に対していだいた好意にだんだんと心を傾けてきて、今ではたいへん恋しているといってよいほどであることはエリザベスには明らかなことなのでした。
しかしジェーンはつよい感情をいだきながら、気分は平静でいつも快活にふるまいましたから、世のですぎものどもにあやしまれることのないのを喜ばしく思いました。その考えを友のルカス嬢に話してみました。
「そんな場合に世間をだますのはたぶん愉快なことでしょうね。でもときには用心しすぎて不利なこともあってよ。じぶんの愛情を世間同様その相手からも隠すことになれば、相手の心をほかにそれぬようつなぎとめることはできませんもの。そうなれば世間も同様になにも知らないのだと考えてみてもたいした慰めにはなりませんでしょう。あらゆる愛着には感謝とか見えとかが大きな働きをしているのよ。だから、ほうっておいて自然のなりゆきにまかせるのは得策ではないわ。まず最初は自由にはじまります。ささやかな好感をもちあうことはよくあることよ。しかし相手からはげましをうけないでほんとうに恋するようになるにはよっぽど心臓がつよくなくてはだめだわ。たいていの場合女はじぶんが感じている以上の愛情をしめしたほうがいいものよ。ビングリーさんはたしかにあなたのねえさんを好きだわ。しかしもしねえさんが手をつかねて何もしないでいたら好き以上にはけっしてならないと思いますよ」
「ジェーンはあの性質でできるかぎりのことはしてます。あのかたに対するジェーンの愛情がわたくしにだってわかるのにもしあのかたにわからないとしたらよっぽどのおばかさんですわ」
「よくって、エライザ、あのかたはジェーンの性質をあなたほどよくはご存じないのよ」
「女が男を好いてそれをとくに隠そうとつとめなかったら、男がそれに気がつかなくてはいけませんわ」
「たぶんそうでしょうね、もしあのかたにじゅうぶん会う時間があったなら。ふたりはかなりよく出会ってはいますけれど、ながい時間つづけてというわけでもなく、他人をまじえないでというわけでもないのですよ。あらゆる時間が話し合いにつかわれるというわけではないのですよ。ジェーンはですから、あのかたの注意をひとりじめにできる時間を最も有効につかわなくてはいけません。ジェーンがすっかりあのかたをわがものにしたときは、好きなだけ恋におちる暇があるのですから」
「あなたのやり方はいい結婚をしたいという願いのほか、なにものも問題ではないときには結構だと思います。そしてもしお金持ちの夫、いやなにはともあれ夫と名のつくものを手にいれたいと思うときには、あなたのやり方にしたがいましょう。しかしジェーンの気持ちはそうではないのです、ジェーンはもくろみをたてて行動しているわけではないのです。ジェーンはじぶん自身の愛情の程度さえはっきりとしてはいないのです。またそれが道理にかなったことであるかどうかもはっきりはしないのです。あのかたとお知り合いになってからまだ二週間たっただけですもの。メリトンで四つのダンスをいっしょに踊りました。ある朝彼の家を訪問いたしました。そしてそれ以来いっしょに四たび食事をともにいたしました。これではあのかたの人柄を了解するにじゅうぶんとは申せませんでしょう」
「あなたのようにいえばそうかもしれないわ。もしあのかたと食事をいっしょにしただけでは健啖家かどうかということがわかるにすぎません。しかし四晩いっしょにいたってことを忘れないで、それで四晩もあれば相当のことができますわ」
「そうよ、その四晩でふたりともコンマースあそびよりも二十一あそびのほうが好きだということがわかったのよ。しかしほかのおもな特性についてはあまりたいしてわかっただろうとは思いませんわ」
「ほんとうに」とシャロットはいいました。「わたくしはジェーンが成功することを心から祈っていますわ。それでもし彼女があのかたと明日結婚するとしても彼女は一年の間あのかたの人柄を研究しつづけたとおなじように幸福になるチャンスはあると思いますよ。結婚の幸福なんてまったく運次第ですもの。双方の性質がおたがいによく知られているとしても、あるいはおなじように似かよっているとしてもそれはふたりの幸福を全然増すものではありません。ふたりは始終変わっていきますからそれぞれ苦労をもつことになります。それですからこれからさきあなたの一生をすごそうとしている人の欠点は、できるだけ知らないほうがいいのよ」
「笑わさないでよシャロット。健全ではないわ。あなただってそれはおわかりのはずよ。じぶんではけっしてそうはなさらないでしょ」
ビングリー氏が姉にちやほやするのを夢中になって観察していたエリザベスは、じぶん自身が彼の友人の関心のまととなっているなどとは思いもかけませんでした。ダーシー氏は最初、例の舞踏会でエリザベスに出会ったとき、彼女を美しいとはみとめられず気をひかれることもありませんでした。次に出会ったときには彼はただあらさがしをしました。エリザベスの顔の造作には何ひとつとして満足なものはないとじぶん自身とじぶんの友だちにいいきったとたん、濃い色の目の美しい表情で顔がたいそう怜悧《れいり》にひきたってみえるのを発見しました。これにひきつづいておなじようにくやしいいくつかの発見をいたしました。ダーシーはエリザベスの姿に完全な均整に欠ける点を一、二みつけだしていたのでありますが、彼女の容姿がいかにも軽快であることはみとめないわけにはいきませんでした。いわゆる上流社会の作法を身につけていないのはわかりましたが、いかにものびのびと決活でいたずらっぽい様子に心をとらえられました。エリザベスはこのことについてはまったくなにも気がつきませんでした。彼女にとってはダーシーはただどこでも愛想よくできない男であり、またじぶんを踊りたくなるほどきれいだとは考えない男であったのでした。ダーシーはエリザベスをもっとよく知りたいとねがうようになりました。それで話しかける手初めとして、エリザベスとほかの人との会話に耳を傾けはじめました。このやり方にはエリザベスも気がつきました。それはウィリアム・ルカスの邸で大ぜいの人たちのあつまった席でのできごとでありました。
「ダーシーさんはどういうつもりでわたしがフォースター大佐と話をしているのを熱心にきいたりなさるのでしょう?」とエリザベスはシャロットにいいました。
「その質問に答えることのできるのはダーシーさんだけですわ」
「もしあのかたがそれをおやめにならなければ、わたしはちゃんと気がついていることをお知らせしますわ。あのかたはたいへん皮肉な目つきをしていらっしゃるからわたしのほうであつかましくしなければすっかりおじ気がついてしまいます」
その後まもなくダーシーはふたりのほうに近づいてきましたが話しかけようという意向はもっていないようでした。ルカス嬢はほんとにあのかたに向かってそんなことがいえて、といどみかけました。するとエリザベスはそれにそそのかされて、すぐさまダーシーのほうに頭を向けて申しました。
「ダーシーさん、いましがたわたくしフォースター大佐をいじめていましたでしょう。メリトンで舞踏会を開いてくださるようにって。じょうずな攻撃ぶりだったとお思いになりませんでした?」
「たいした勢いでしたね。舞踏会となるとご婦人はばかに活気づかれます」
「なかなか手きびしくいらっしゃいますわね」
「こんどはエライザがいじめられる番です」とルカス嬢はいいました。「さあピアノを開きますよ、エライザ、その次は何がくるかよくご存じでしょう」
「あなたはお友だちとしてはたいへんおかしな人ね。いつもだれかれの区別なし人まえで弾《ひ》かしたり歌わしたりしたがっているんですもの。もしわたくしの野心が音楽の方面だったらあなたはたいへん貴重なかたですが、事実そんな野心などはないんですもの。より抜きの演奏を聞きなれていらっしゃる人たちのまえにすわってピアノなど弾《ひ》きたくはございませんわ」しかしルカス嬢が|たって《ヽヽヽ》とすすめると彼女はつけ加えました。「よござんす、しなければならないことはいたします」そしておちついてダーシーのほうに目を向けながら申しました。「たいへんいいことわざがございます。みなさまがたもきっとご存じでしょう、『話をやめておかゆをふけ』って。それでわたしも精いっぱい歌うためにおしゃべりはよすことにいたしましょう」
エリザベスの演奏はけっしてすばらしいものではなかったがこころよいものでありました。一、二の歌を歌ったあとでもう一曲という数人の嘆願にこたえないうちに、妹のメアリは姉につづいてピアノのまえを占領しました。ところでこのメアリは姉妹のうちでただひとりの不器量の娘に生まれついておりましたので、知識と教養のため非常に勤勉にはげみ、そしていつもそれをみせびらかしたがっておりました。
メアリには才能も鑑識眼もありませんでした。虚栄心にそそのかされて勤勉でありましたが、それは同時にうぬぼれた学者ぶった態度を身につきまとわせました。それでは彼女より練達の人であっても興ざめです。のびのびと気どらないエリザベスはメアリの半分もじょうずではなかったがよろこんで耳を傾けられました。メアリは長い協奏曲のおわったところで賞賛と歓心をかうために、妹たちの願いをいれてスコットランドやアイルランドの歌曲を奏《かな》でました。妹たちはルカス家の人たちとともにまた二、三の士官を加えてへやの片隅で熱心に踊っておりました。ダーシー氏は静かに話しあうこともなく、そのようにさわがしくすごすことに憤りを感じてだまったままつっ立っていました。じぶん自身の思いにかまけてウィリアム・ルカス卿がすぐ隣にいるのに、気がつきませんでしたが、ウィリアム卿は次のように話しかけました。
「若い人たちにとってまったくダンスは魅力のある娯楽です。実にダンスにまさるものはありません。上流社会の身だしなみの第一等に位するものと考えます」
「たしかにそのとおりです。しかもそれほど精錬されない社会においても人気があるという利点があります。どんな野蛮人だって踊れますからね」
ウィリアム卿はただほほえんだのみでした。しばらく休んだあと、ビングリーが踊りの群れに加わるのをみてつづけていいました。「お友だちはたいそうダンスがおじょうずですね。あなたもさぞかし踊りの達人でいらっしゃることでしょう」
「わたくしがメリトンで踊るのをごらんになったと存じますが」
「そうです、拝見いたしました。たいへん愉快な思いをさせていただきました。セント・ジェームズ宮殿でもたびたびダンスをなさいますか?」
「いやいちども」
「ダンスは、場所に似つかわしい敬意だとお思いになりませんか?」
「避けることができればどんな場所に対してもその敬意ははらいたくないものです」
「あなたはロンドンに邸をおもちだと存じますが?」
ダーシー氏は身をかがめた。
「わたくしもかつてロンドンに定住しようという考えをもったこともございました。わたくしは上流社会を好んでおりますから。しかしロンドンの空気は家内にあわないだろうと存じまして」
答えを予期して言葉を切りました。しかし相手はなんら答えをする気はありませんでした。ちょうどそのときエリザベスがふたりのほうに歩いてきました。ルカス卿はたいへん気のきいたお愛想をする気持ちになって彼女に呼びかけました。
「エライザさん、あなたはなぜダンスをなさらないのですか? ダーシーさん、ごめんをこうむって、まことに望ましいダンス相手としてこのご婦人を紹介したいと存じます。このような美人をまえにしてはあなたもいやとはおっしゃらないでしょう」そしてエリザベスの手をとってダーシー氏にそれをあたえようといたしました。ダーシー氏はひどく驚いてはおりましたが、それを受けいれるのがとくに気がすすまぬというのではないようでした。ところがエリザベスはただちに身を引いて、ウィリアム卿をあわてさせるような次の言葉を口にいたしました。
「あら、わたくしは全然踊るつもりはございません。どうぞ踊りの相手を求めてこちらにやってきたなぞお考えにならないで」
ダーシー氏はたいへんまじめに礼儀正しく、どうぞ踊りの相手の名誉をお許しいただきたいと要求したがむだでありました。エリザベスの決心はかたかったのです。ウィリアム卿も説得しようと試みたが彼女の決心をゆるがすことはできませんでした。
「エライザさん、あなたはたいへんダンスがおじょうずです、それをみせていただきたいのに拒絶なさるとは残酷です。このかたはあまりダンスはお好きではないのですが、半時間をわれわれのためにおさきくださることをいやとは申されますまい」
「ダーシーさまはたいへんごていねいでおそれいります」とエリザベスはほほえみながらいいました。
「ほんとうにそうです。があなたという誘いを考えますとエライザさん、あのかたがわれわれの願いをお受けくださるのももっともだと思われます。だれがこんな美しい相手を拒絶できましょう?」
エリザベスはいたずらっぽい顔つきをしましたが、身をひるがえして去ってゆきました。彼女の拒絶はこの紳士に悪感情をいだかせなかったようでした。この紳士はエリザベスのことを考えて心の満ち足りるのをおぼえましたが、そのときビングリー嬢が次のように話しかけました。
「あなたがなにを考えていらっしゃるかわたしあてられましてよ」
「さああなたに推量はできないだろうと思いますがね」
「このような人たちにつきあって、幾晩もすごすのはとても我慢のならぬと考えていらっしゃるのでしょう。ほんとうにわたくしも同意見ですわ。これほどいらいらさせられることはありませんわ。この人たちときたらまったくおもしろくもないくせにさわぎばかり大きく、無味乾燥なくせにじぶんばかりえらいと思っているのですわ。あの人たちに対するあなたの酷評をききたいものです」
「ご推量はまったくはずれました。もっと愉快なことを考えておりました。美しい婦人の顔のかがやかしい一|対《つい》の目はどんなにすばらしい喜びをあたえることができるものかと感嘆していました」
ビングリー嬢は目を彼の顔にぴたりとあて、そしてそのような思いをかきたてることのできたご婦人はどなたかしらとたずねました。ダーシー氏は大胆不敵に次のように答えました。
「エリザベス・ベネットさん」
「エリザベス・ベネットさんですって!」とビングリー嬢はくりかえしました。「驚きましたわ。いつからあのかたはあなたのお気に入りになられましたの? それにいつあなたにお喜びを申し上げたらよろしいのでしょう?」
「それこそおたずねになるだろうと予期していた質問です。ご婦人の想像力は実に敏感です。それは賞賛から愛へ、愛から結婚へまたたく間にとんでいきます。きっとお祝いをいってくださるだろうと思っていました」
「まあ、あなたがそんなにまじめにおっしゃると、事はまったく決まってしまったと考えてしまいますわ。あなたはたいそう魅力のあるおかあさまをおもちになりますわ。もちろんあの人はいつもペンバリーにおしかけることでございましょうしね」
ダーシーはまったく無関心にビングリー嬢の言葉に耳をかしていました。彼女はこういったぐあいにひとりでおもしろがってしゃべりつづけました。ダーシーがおちつきはらっているので、すべては安全と確信してその機知はよどみなく流れでるのでした。
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第七章
ベネット氏の資産は年二千ポンドのあがりのある領地がおもなものでありました。ところで娘たちにとって運のわるいことには、この土地は男子相続人のないために限嗣相続で、ある遠縁の男にゆずられることになっていました。ところで母親の財産は彼女の今の境遇にはじゅうぶんなものでありましたが、父親の財産の不足を補うのにじゅうぶんなものではありませんでした。ベネット夫人の父親はメリトンで弁護士をしており、そして彼女に四千ポンドを残したのでした。
彼女には父親のもとで働き、その仕事を継いだフィリップス某と結婚したひとりの姉があり、またしかるべき商売をしてロンドンに住んでいる弟がありました。
ロングボーンの村はメリトンからただ一マイルばかりの距離で、それは伯母を訪問したり、街の向こう側の帽子屋をひやかしたりするために週に三、四度もそこにでかけたくなる若い娘たちにとっては非常に格好なみちのりでした。姉妹たちの末のふたりキャサリンとリディアはとくにたびたびここにでかけました。このふたりは上の姉たちに比べると、いたって心のうつろな娘たちでしたから、ほかに何ということもない場合には、メリトンの散歩は昼間をたのしくすごすために、夜の話題を仕入れるために必要欠くべからざるものでありました。どれほどこのあたり一帯にニューズの少ないときでも伯母さんから何かかにかききだそうと懸命でありました。現在のところ、近所に市民軍連隊がきておりましたのでニューズにもことかかず、またたいそうしあわせそうでもありました。連隊は冬中とどまるはずになっており、メリトンはその司令部でありました。
フィリップス夫人を訪問するたびにたいへん興味ぶかい報道を手にいれることができました。毎日士官たちの名まえあるいは続柄について何かかにか新知識を得るのでした。士官たちの宿も長い間秘密にはなっておりませんでした。そして士官自身と知り合いになりはじめました。フィリップス氏は士官をひとりなし訪問いたしておりました。それは姪《めい》たちのために今まで味わったことのないしあわせの源をひらきました。娘たちの口にするのは士官のことばかり、彼女らの眼には母親を活気づけたビングリー氏の大きな財産も、旗手の制服と相対しては一顧の価値さえもありませんでした。
ある朝この問題についての娘どもの感激に耳を傾けたあとで、ベネット氏は冷ややかに次のような意見を申しのべました。
「おまえたちの話から察するところ、おまえたちふたりはこの国いちばんのばか娘にちがいないね。わたしはまえまえからそういう疑いをもたないでもなかったが、今では確信するようになったよ」
キャサリンは困惑して何の返事もいたしませんでしたが、しかしリディアはまったくの無関心であいかわらずカーター中尉がすてきだといいつづけ、そしてその日のうちに彼に会いたいものだという希望をのべました。明日になるとカーター中尉はロンドンへゆくはずになっていたのでした。
「あなたごじぶんの子供をばか者だとお考えになるなんてほんとうにおどろきましたわ」とベネット夫人が申しました。「もしもだれかの子供を軽べつしたくなったとしても、じぶんたちの子供だけは軽んじたくありません」
「もしじぶんの子供がばかだとしたら、わたしはいつでもそれをよく承知したいと思ってるよ」
「それはそうですわ、ところがうちの娘たちは全部みんなたいへんお利口ですのよ」
「われわれの意見の相違はまさにその点だけだとわたしはうぬぼれてるよ。わたしはわれわれの感情があらゆる点で一致しているのを望んでいたが、しかしわれわれの末のふたりの娘がなみなみならずばかだと考える点においてはどうもおまえとは意見を異にするようだね」
「まああなたったら、こんな若い娘たちにわれわれ両親のような分別をもつようにと希望なさっても無理ですわ。われわれの年齢になればきっと士官のことなどは考えなくなりますよ。わたしだってあの娘の年頃には軍人さんがたいへん好きでしたわ。実をいえば今だって心の底では好きですもの。もしも今若い大佐で年収の五、六千ポンドもあるようなかたがうちの娘のひとりをお望みなら、わたしはけっしていやとは申しませんよ。先夜ウィリアム卿のところで拝見したフォースター大佐の制服姿はなかなかお似合いだったと思いますわ」
「おかあさま」とリディアは叫びました。「おばさんのおっしゃるところではフォースター大佐もカーター中尉もまえほどワトソン嬢のところへはいらっしゃらないそうですわ。おばさんはたびたびおふたりがクラーク図書館にいらっしゃるのをおみかけしたそうですよ」
夫人の答えはベネット嬢あての手紙をもった従僕がはいってきたためにさえぎられました。それはネザーフィールドからきたもので召使は答えを待っておりました。ベネット夫人の目は喜びでかがやきました。熱心に娘が手紙を読む間中呼びかけました。
「ねえジェーン、どなたからの手紙? 何についてなの? なんとおっしゃって、ねえったらジェーン早くして、早く読んでわたしたちに話してよ、ねえ早くおしったら」
「ビングリー嬢《さん》からですわ」とジェーンはいいました。それから声をだして読みました。
「愛する友よ
もしルイザとわたしのため食事においでくださらなければ、わたしたちは生涯の間中おたがいをきらいあうようになるかもしれません。というのは一日中ふたりの女が頭と頭を突き合わせておりますと最後はけんかにおわらないではいないからでございます。どうぞこれをお受け取りになりしだいいらしてくださいまし。兄と男のかたたちは士官と食事をすることになっております。
あなたのキャロリン・ビングリーより」
「士官たちですって」とリディアは叫びました。「どうして伯母さまはそのことを話してくださらなかったのかしら」
「外でお食事をなさるのですって」とベネット夫人はいいました。「それはどうも都合のわるいことだったね」
「馬車を使ってもよろしゅうございますか?」とジェーンはききました。
「いやおまえ馬にのっていったほうがいいですよ、雨がふりそうだしね、そうすればおまえは一晩中あちらにいなくてはならないだろう」
「もしもあちらのかたたちが送ってくださるように申しでてくださらないならそれはたいへんよい計画ですわ」とエリザベスはいいました。
「しかし男のかたたちはビングリーさんの馬車にのってメリトンまでおでかけだし、ハーストさんたちはあの馬車用の馬をもってはいらっしゃらないのだからね」
「わたしは馬車のほうがいいわ」
「しかしねえおまえ、おとうさんは馬を貸してくださることはできないと思いますよ。馬はいつでも農場で入用なのだし、ねえあなた?」
「しかし必要なときいつでも手もとにあるわけでもないのだから」
「しかし今日はお父さまが馬を手もとにおおきになればおかあさんの目的にかなうわけなのですよね」とエリザベスは申しました。
母は娘の父親から馬は使用中だという承認を引きだして、ジェーンはついに馬にのっていかなければなりませんでした。母親はドアまで彼女を見送ってきっと天気はわるくなるだろうと予告して、たいへんうきうきとしておりました。ジェーンがでかけてまもなく雨はひどくふりだしました。姉妹たちはジェーンのために心もとなく思いましたが母親は満足しておりました。雨は一晩中ふりつづいて止まず、ジェーンはたしかに帰ることはできませんでした。
「ほんとうによい思いつきでしたよ」とベネット夫人は一度ならず、まるで雨をふらしたのはじぶんのてがらといわないばかりでありました。翌朝になるまで彼女はじぶんのやりくりの結果をすっかり承知していたわけではありませんでした。朝飯がおわるかおわらないに召使はネザーフィールドから次のような手紙をエリザベスにもってまいりました。
「最も愛するリジー
わたしは今朝とても加減がわるいの。昨日ずぶぬれになったからだと思います。親切なお友だちはわたしがよくなるまで家に帰ることをききいれようとはなさいません。そしてジョーンズさんに診察してもらうようにといっておられます。それですからあのかたがわたしのところへ診察にこられたことをおききになっても、どうぞお驚きにならないでください。咽喉が痛くて頭痛がするほかはあまりたいしたことはありません。あなたのもの、等々」
「どうだねおまえ」とベネット氏はエリザベスがその手紙を声をだして読みおえたときに申しました。「もしジェーンの病気が危険な発作をおこし、または、もし死ぬようなことがあったとしたなら、それはビングリー氏を追いかけたためであること、しかもおまえの命令のもとにやったことだが、それを知れば非常ななぐさめとなることだろうね」
「ああジェーンは死んだりなどしませんよ。ちょっとしたかぜぐらいで人間は死にはしませんよ。よく世話をしていただけましょうしね。あの子があそこにとどまっている以上はほんとうに結構なことですわ。もしも馬車を使ってよければいって見舞ってやります」
エリザベスは心から心配して馬車の使える使えないにかかわらず、すぐさま姉のところへゆく決心をしました。彼女は馬にのれませんでしたから歩くよりほかにてがなかったのでした。エリザベスはじぶんの決心を打ち明けました。
「なんておまえはばかなことをおいいだい」と母親は叫びました。「このぬかるみにそんなことを思いつくなんて。そこへ到着したときにはまるでみられないありさまになりますよ」
「ジェーンに会うのにふさわしければ結構だわ。わたしのしたいことはそれだけですもの」
「これは馬をとりに使いをだせというほのめかしなのかね?」
「まさか! わたし歩くのは平気よ。動機さえあれば距離など問題ではないわ。ただの三マイルですもの。夕飯までには帰ってきます」
「あなたの親切な行為は賞賛にあたいします」とメアリは意見をのべました。「けれどあらゆる感情の衝動は理性にみちびかれ、努力は常に必要の度合いに比例すべきです」
「メリトンまでいっしょにゆくわ」とキャサリンとリディアは申しでました。エリザベスはそれを受けいれ三人の娘たちはいっしょにでかけました。
「もし急げば」歩きながらリディアは申しました。「おでかけのまえカーター大佐にお会いできるかもしれないわ」
メリトンでわかれ、下の娘ふたりは士官夫人のひとりの下宿へと、エリザベスはひとりでいそいそと歩みつづけました。次々と野原をよこぎり、段垣をふみこえ、水たまりをとびこえてついに目的とする館がみえるところまできたときは、くるぶしはつかれ、靴下はよごれ、顔は運動のため上気しておりました。
エリザベスは朝食堂にとおされました。ジェーンをのぞく人々はみなあつまっており、彼女をみてひどく驚いた様子でした。三マイルのどろ道をこのように朝早く、しかもひとりきりで歩いてくるなんて、ハースト夫人とビングリー嬢には信じられぬことで、そのために軽べつの念をいだいたことが、エリザベスにははっきりわかりました。しかしふたりともうわべはたいへん礼儀正しくふるまいました。ビングリー氏の態度は礼儀正しい以上のもので、きげんよくまた親切でもありました。ダーシー氏はほとんど、またハースト氏はまったく口をききませんでした。ダーシー氏は運動のためかがやくばかりの顔色をすばらしいと感じながら、こんなに遠くまでひとりでやってくるほどの場合かと疑わしく思わずにはいられないのでした。ハースト氏の頭には朝飯のことしかありませんでした。
姉のことを気づかってたずねるエリザベスに、あまりはかばかしい返事はあたえられませんでした。ベネット嬢はよく眠らず、床をはなれましたが、熱があって寝室からはでてこられなかったとのことでした。すぐさま姉のところへつれてゆかれたのをエリザベスはうれしく思いましたが、ジェーンのほうは見舞ってほしいのはやまやまながら、家の人々を驚かし、不都合なめをみせるだろうという懸念から手紙に書くのはさしひかえていたので、妹がはいってくるのをみてうれしくてたまりませんでした。しかし話をする力はあまりなく、ビングリー嬢がふたりだけ残してへやをでたときに、たいへん親切にしていただいていることに感謝の念をあらわしただけでした。エリザベスはだまってなにくれと看病いたしました。
朝飯がすむとこの家の姉妹がやってきて、ジェーンのために何かと気をくばり愛情をしめしましたので、エリザベスもふたりを好ましく思いはじめるくらいでありました。やがて薬剤師がきて診察しましたが、そのみたては想像どおり悪性感冒でした。みんなで気をつけて病気にうちかっていただかねばといい、ジェーンにはすぐさま床につくよう忠告し、お薬をさしあげますと約束しました。忠告はただちに実行されました。熱はますます高くなり頭痛もはげしくなったからでした。エリザベスは一瞬もへやをはなれず、ほかのふたりもめったにへやをはなれませんでした。紳士たちは外出中でほかの場所ですることは実は何もなかったのでした。
時計が三時をうつとエリザベスはいとましなければと思い、それを心ならずも口にだしました。ビングリー嬢は馬車を提供しようと申しでて、エリザベスがそれを受けるにはもう少しすすめればよかったのでしたが、そのときジェーンは妹とのわかれにひどく気がかりな様子をしめしましたので、ビングリー嬢は目下のところ馬車の申し出をネザーフィールドにとどまるようにとの招待にかえねばなりませんでした。エリザベスはたいへん感謝してそれを受け、そのむねをつたえる召使がロングボーンにつかわされました。
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第八章
五時になるとふたりのご婦人は着がえのためにおのおののへやへひきとり、六時半にはエリザベスは夕飯によびだされました。食堂では、いんぎんな見舞いがあびせかけられ、そのなかでビングリー氏の心配はきわだって心のこもったものでうれしく思いましたが、それらにははかばかしい返事をすることはできませんでした。ジェーンは全然快方に向かってはいなかったのでした。姉妹たちはそれをきくと、まあ悲しいこと、かぜなんてぞっとしますわ、わたしたちも病気は大きらいですと三、四度くりかえしましたが、それ以上はそのことを考えない様子でした。じぶんたちのすぐ目のまえにいないときにはジェーンに対しても無関心であるふたりに対して、エリザベスはもともとふたりに対していだいていた嫌悪の情を、またもつのらせるのでありました。
その仲間のなかで少しでも好感のもてるのはビングリー氏だけでした。明らかにジェーンのことを心配していましたし、じぶんに対してもこころよい心づくしのかずかずをみせてくれました。そのおかげでほかの人たちに邪魔者と思われていることはわかっていましたが、じぶんではそれほど邪魔者と感じないでいられたことでした。ビングリー氏以外の人はまったくエリザベスに注意をはらいませんでした。ビングリー嬢《さん》はダーシー氏に心をうばわれており、姉のほうも負けずおとらずそういう様子でした。エリザベスの隣のハースト氏ときたらそれはまったくのらくら者で彼の人生は食べることと飲むこととカードあそびをすることだけ、エリザベスがラグー(一種のシチュー料理)よりもあっさりとした料理のほうが好きだとわかってしまったら、もうなにも話の材料がないのでした。
夕餐がおわるとエリザベスはまっすぐにジェーンのところに帰り、ビングリー嬢はさっそくエリザベスのわるくちをいいはじめました。礼儀知らず、高慢、生意気、社交的でない、品がない、趣味がない、器量がわるい、と刻印をおされ、ハースト夫人も同意見で次のようにつけ加えました。
「つまりあの人は足がじょうぶという以外には何のとりえもないかたね。けさがたのあの人の格好たら忘れられませんわ、だらしがないといってもよいほどでした」
「ほんとうよ、ルイザ、笑わないでいるのがやっとだったわ。だいたいやってくるのが無意味だわ。ねえさんがかぜをひいたからってなぜあの人がいなか道をとびまわらねばならないの。髪をぼさぼさにふりみだして!」
「そうよ、それにあのペティコートったら。ごらんになったでしょう、六インチたっぷりどろにつかってましたわ、たしかに。それをかくそうとして上着をひっぱるのですがなかなかうまくゆかないのよ」
「ルイザ、あなたのいうとおりなのだろうが、ぼくはまったく気がつかなかったよ」とビングリーはいいました。
「けさこのへやへはいってきたときのエリザベス・ベネットさんはすばらしくきれいだと思ったよ。どろまみれのペティコートなどまったく注意をひかなかった」
「貴君《あなた》は気がおつきでしたでしょう、きっと、ダーシーさん」ビングリー嬢はいいました。「貴君《あなた》ならお妹さんにあんな恥さらしなまねをさせておおきになりませんわね」
「ええ、させませんね」
「三マイルも四マイルも五マイルもいや何マイルであろうと、たったひとりでくるぶしの上までぬかるみにつかって歩きまわるとはいったいどういうつもりなのでしょう。独立精神を気どったいなか町の礼儀無視のいやな傾向ですわ」
「ねえさんに対する愛情のあらわれで非常に気持ちよいものではないかね」ビングリーはいいました。
「ダーシーさま」ビングリー嬢はなかばささやき声でいいました。「あのかたの明眸礼賛も多少これで影響を受けるのではございません?」
「いや、全然! あの人の眼はよけいにいきいきとしていましたよ」この後しばらく話はとだえたがハースト夫人がふたたびはじめました。
「わたしはジェーン・ベネットにはとても好意をもってます。とてもかわいいかたですわ。心からあのかたがいいところにおかたづきになるようにねがってます。でもあんな両親とあんな身分の低い親戚ではそんなチャンスもないのではないかしら」
「伯父さんがメリトンで弁護士をしているとかおっしゃいましたね」
「そうですよ。いまひとりはチープサイド(ロンドンの地名)のあたりに住んでいる人もありましてよ」
「すごいわ!」とビングリー嬢がつけ加えてふたりは愉快げに笑いました。
「チープサイドをうずめるほどおじいさんがいたとしても、あの人たちの気持ちのよさが少しでもへるわけではないだろう」
「しかし相当な人と結婚する機会はぐっとへるのではないかね」とダーシーは答えました。
これに対してはビングリーは答えませんでしたが、姉妹たちは心から賛意をあらわし、ふたりの親しい友の、品のよくない親戚を種にしばらくはさんざん冗談をいいあいました。
しかしやがて仏心がよみがえり、食堂をでて友の寝室にでかけてコーヒーによばれるまで床のそばにいました。ジェーンはまだ非常にかげんがわるく、エリザベスは夜おそくまで姉のそばをはなれませんでした。ようやくジェーンがねむりにおちるのをみてほっとすると、たのしいことではないがじぶんも階下の仲間に加わるほうが行儀正しいことのように思えるのでした。客間にはいるとみんなはルー(カードあそびの名)をしていました。すぐさまゲームに加わるようすすめられましたが、みんなが多額のお金をかけているのではないかと思ったのでそれをことわり、いつ二階にもどらねばならぬかわからないからと、姉を口実にしてしばらくの間本を読んでいたいと申しでました。ハースト氏は驚いてまじまじとエリザベスをみました。
「カードより読書のほうがいいのですか? おかしなことですね」
「エリザベス・ベネットさんはカードは軽べつしていらっしゃるのよ」とビングリー嬢はいいました。「非常な読書家でいらっしゃるの。ほかのことには何のたのしみもおもちにならないほど」
「あら、そんなにほめていただくいわれも、そんなそしりを受ける理由もありませんわ」エリザベスは叫びました。
「わたしは非常な読書家でもありませんし、たくさんのことにたのしみを感じます」
「おねえさんの看病にたのしみをおもちですね」とビングリー氏はいいました。「まもなくそのたのしみがねえさんの回復で一段と増加しますように」
エリザベスは彼に心から礼をのべ、本が二、三冊のっているテーブルのほうに近づきました。ビングリー氏はすぐにほかのをもってきましょうか、うちの図書室にあるものすべてご用だてすると申しでました。
「あなたのためにまたぼく自身の名誉のためにうちの蔵書がもっと多かったらと思いますよ。ぼくはなまけ者で多くもない蔵書ですのにまだのぞいてみたこともない本もあるんですよ」
エリザベスはここにあるのでじゅうぶん気に入るのを見つけられると保証しました。
「父が残してくれた蔵書がこんなに貧弱でほんとに驚いてしまいますわ」とビングリー嬢はいいました。「ペンバレーの図書室はほんとにすばらしゅうございますわね、ダーシーさま」
「何代もかかってやったことですからね。あたりまえのことです」と答えました。
「それにあなたはごじぶんでもずいぶんおふやしになりましたでしょう。いつも書物を買っていらっしゃいますもの」
「今日のような時代には家族図書室の充実をおこたるなどできないことですよ」
「おこたるなんて! あの高貴な場所の美しさを加えることなら何だっておこたりになったことはございませんわ。ねえチャールス、あなたの家をたてるときはせめてペンバレーの半分ぐらいは気持ちよくしていただきたいものですわ」
「ぼくもそう希望するね」
「ほんとうは、しかし、あのご近所に家をお買いになってペンバレーをお手本になさるよう忠告するわ。英国中でダービシャよりよいところはありませんもの」
「心から賛成するよ。ダーシーが売ってくれるならペンバレーを買おうではないか」
「可能なことを話してますのよ、チャールス」
「たしかに、キャロライン、ペンバレーは模倣してできるものではない。買うほうがまだしも可能性のあることなのだよ」
エリザベスはやりとりに気をとられて、本にほとんど注意がむかなくなったので、それをかたづけてカード卓にいすをひきよせ、ゲームをみるためにビングリー氏とその姉の間に席をしめました。
「ダーシー嬢は春以来大きくおなりでしょうね? 背丈はわたしぐらいになられますかしら」とビングリー嬢はいいました。
「あなたぐらいにはなるでしょうね。今のところはエリザベス・ベネット嬢《さん》とおなじくらいか少し高いくらいですがね」
「お目にかかりとう存じますわ。あんな気持ちのよいかたはありませんもの。お行儀よい、みやびな身のこなし、年にあわせてたいへん高い教養をおもちでいらっしゃいます。あのかたのピアノのすばらしいこと」
「ぼくにはまさに驚嘆だね」とビングリー氏はいいました。「お嬢さんがたがみんな高い教養を身につけるあの辛抱づよさは」
「お嬢さんがたがみんな教養があるんですって! まあチャールスったら、それどういう意味?」
「ああそう、みんなだよ。テーブル彩色からついたてのはりまぜ、袋あみなど。こんなことのできぬお嬢さんはひとりも知らないよ。はじめてお嬢さまを紹介される場合たいへん教養がおありでときかされないことはないよ」
「きみは教養のふつうの範囲を」とダーシーはいいました。「ずばりいいあてたね。まったく教養というこの言葉は袋あみ、ついたてのはりまぜ以上には何ら教養にあたいするものをもたぬご婦人によく適用されているが、ぼくはきみの一般女性の評価にはとても同意できないね。真に教養のある女性はぼくの知己全般にわたってみても六人とはいないよ」
「わたしもそう思いますわ」とビングリー嬢は申しました。
「それでは教養のある女性というものにずいぶん多くのことを要求なさいますのね」
「そうです。多くのものを要求します」
「ほんとですわ」忠実な助手は叫びました。「ふつうによくみかけるものをはるかにこえているかたでなくてはね。教養という言葉にふさわしいかたは、器楽、声楽、舞踏、語学について完全な知識をもたねばなりません。そのうえに身のこなし、歩きぶり、声の調子、物のいいぶり、いいあらわしかたにも何ものかをもたなくてはね。そうでなければじゅうぶんに教養のある人とは申せませんわ」
「おっしゃるとおりですがそのうえに」とダーシーはつけ加えました。「広範な読書で知性をみがき、もっと実質的な何ものかをもっている必要があります」
「それをうかがえば、たった六人の教養ある女性しかご存じないことは当然なことです。ひとりでもご存じなのが不思議なくらいです」
「その可能性を疑うほど同性にきびしくなさいますの?」
「わたしはそんなかたにお会いしたことはございません。才能と趣味と勤勉優雅がおっしゃるようにひとりのかたにかねそなわっているなんてみたことはございませんわ」
ハースト夫人とビングリー嬢はそれをうたがうのはひどいといいはり、こういう条件にぴったりの人がたくさんいると抗議しました。そのときハースト氏はみんなに規則違反をいましめ、進行中のゲームに注意をはらうようにとこごとをいいました。これですべての会話はおわりとなり、その後まもなくエリザベスはへやをでました。
「エライザ・ベネットって」とびらがとじられるとビングリー嬢はいいました。「同性を軽んじて異性にとりいる人よ。男の人たちのなかにはそれがうまくゆく人もたくさんいますわ。でもわたしはそれはいやしい術策だと思います」
「そのとおりです」その意見はおもにダーシーにむかっていわれたものなのでしたが、そのダーシーが答えました。
「ご婦人が男どもをつかまえようとしてろうする術策はすべて卑怯なものです。何によらず狡猾なものはいやしむべきものです」
ビングリー嬢はこの答えにまったく満足したわけではなかったのでその問題をつづけて論ずる気になれませんでした。
エリザベスはふたたびみんなのところにやってきましたが、これは姉がわるくなったのでそのかたわらをはなれられないとつげるためでした。ビングリー氏はジョーンズ氏をすぐよびにやったらと主張し、姉妹ふたりはいなか医者など役にたたぬから急いでロンドンに使いをだし名医をよぶようにとすすめるのでした。これに対してエリザベスは耳をかしませんでしたが、ビングリー氏の申し出には応じてよいような様子でした。朝になってベネット嬢がはっきりよくなったと思われない場合に、ジョーンズ氏をよぶことに決まりました。ビングリー氏はまったくおちつかぬ様子でしたし、姉妹たちはつらいわと断言いたしましたが、ふたりは夕飯後そのみじめさを二重唱でなぐさめました。一方ビングリー氏のほうは病人とその妹にできるだけ気をつけるよう家政婦に命ずるのが、せめてもの心やりといったありさまでありました。
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第九章
エリザベスはその晩はほとんど姉のへやですごしました。朝になってビングリー氏の小間使いを通じての、それからしばらくのちに姉と妹につかえるふたりの上品な婦人からのお見舞いにまずまずの返事をすることができたのでありました。このようにもちなおしはしましたが、エリザベスは母親がじぶんでジェーンを見舞い、その病状に判断をくだしてくれるようにという趣旨の手紙をロングボーンに送っていただきたいと依頼しました。手紙はすぐさま送りとどけられ、その趣旨はすぐにききとどけられました。ベネット夫人は末の娘をつれて、朝食のすぐあとにネザーフィールドに到着いたしました。
もしジェーンが目にみえて危険な状態だったらベネット夫人も大いに意気消沈したでしょう。けれども娘の病気がなんら驚くにあたらないことをみてとるとすっかり安心してしまい、回復すれば娘はネザーフィールドを去らぬばならないことを考えて、娘に早くよくなってほしいとは思わない様子でした。それゆえ、ジェーンのすぐさま家へつれて帰ってという申し出にはがんとして応じませんでした。おなじころ到着した薬剤師もそれは賢明なやりかたではないと考えました。しばらくジェーンのそばにいたあとで、ビングリー嬢があらわれて誘いかけるままに、母親と三人の娘は彼女にしたがって朝食の間へとみちびかれました。ビングリー氏はベネット夫人に、お嬢さんのご容態が予期されたよりおわるかったでしょうかとたずねました。
「ところが思ったよりわるうございましてね」というのがその答えでありました。「ジョーンズさんもうごかすなど考えないようにとおっしゃってます。今しばらくの間、ご親切にあまえてお邪魔をさせねばならないかと存じますが」
「うごかす?」とビングリー氏は声を大きくしました。
「それはいけません。妹もそんなことはきっとききいれないと思います」
「たしかにおくさま」ビングリー嬢は冷ややかに礼儀正しく申しました。「わたくしどもにベネット嬢《さん》がお泊まりの間はできるかぎりお世話いたすつもりでございます」
ベネット夫人は感謝の意を大げさにいいあらわしました。
それから次のようにつけ加えました。「ほんとにご親切なみなさまがたのおかげでございます。さもなければあの娘はどうなりましたことやら。ほんとにかげんがわるく、相当苦しいようでございます。あの娘はいつもあんなふうなのですが世界一辛抱づよいのでございますよ。あんなにおだやかな娘はみたこともございません。ほかの娘たちに、おまえたちとはまるで比べものにならないといつも申しきかせております。ビングリーさま、気持ちのよいおへやでございますこと。あの砂利道の見晴らしは何とも申せません。ネザーフィールドと肩をならべられる場所はこのあたりにはございません。まさか急にこちらをおみすてになることはございませんでしょうね。短期間のご契約のようでいらっしゃいますけれど」
「わたしはするとなったら何でもてっとりばやくやってのけます」と彼は答えました。「もしネザーフィールドを去ることを決心したら五分後にはでかけてしまいます。今のところは、しかし、すっかりここにおちついておりますがね」
「やっぱり想像していたとおりのかたですわ」とエリザベスは申しました。
「ぼくのことがわかりはじめたというわけですね?」エリザベスのほうに向きながら声を大きくいたしました。
「そうですわ! すっかり了解しました」
「それはほめていただいているのでしょうかねえ。そう容易にみすかされてはあわれな気もします」
「そういうふうに生まれついていらっしゃるのですわ。深刻で複雑な人柄があなたのようなお人柄よりもっと尊重すべきものとか軽んずべきものとかなどそんなことではございません」
「リジー」母親は叫びました。「おまえがどこにいるのかよくおぼえておおき。自宅《うち》でするように自由気ままにおしゃべりしてはいけませんよ」
「ぼくはこれまで知りませんでした」とビングリー氏はすぐにつづけました。「あなたが人間研究家でいらっしゃることを。なかなかおもしろいでしょうね」
「ええとても、しかしいちばんおもしろいのは複雑な人たちです。複雑な人たちはすくなくともそれだけのとりえがございます」
「いなかは」ダーシー氏がいいました。「一般にはそのような研究に提供する材料が少ないでしょうね。いなかの近所づきあいはたいへん限られた変化のない社会ですからね」
「しかし人間自身が非常にかわりますから、永久に何か新しい観察すべきものができてまいります」
「そうですとも」ダーシーの近所づきあいのもちだしかたに気をわるくしたベネット夫人は声をあららげました。「いなかだって都会だって人間自身がかわることはおなじですよ」
みんなはあっけにとられました。ダーシーは一瞬夫人をみつめたのち、だまったまま目をそらしました。ベネット夫人はダーシーに完全に勝利をおさめたと思い、勝ちに乗じて次のようにつづけました。
「わたしにはお店とか見世物以外にロンドンがいなかよりとりえがあるとは思いませんね。ねえビングリーさん、いなかのほうがずっとたのしいとお思いになりませんか?」
「いなかにいるときは」とビングリーは答えました。「いなかを去りたいと思いませんし、都会にいればいるでおなじように都会からでたいとは思いません。それぞれにとりえがあるのでぼくはどちらにいてもたのしいのです」
「ええ、ええ、それはあなたがまっとうな気持ちのかただからでございますよ。ですけれどあのご紳士は」とダーシーのほうをみながら「いなかは全然とりえなしとお考えのようですよ」
「まあおかあさま、それは誤解ですわ」とエリザベスは母のために赤くなりながら申しました。「ダーシーさまのおっしゃることをまったく誤解していらっしゃるわ。いなかには都会ほどいろいろな人がいないとおっしゃっただけで、それはおかあさまもほんとのことだとおみとめになるでしょう」
「そりゃそうだとも、おまえ、だれもいるなどいってはしないよ。しかしこの近所で大ぜいの人に出会わないなんて。わたしはこれほど人の多い近所づきあいはめったにないと思いますよ。ディナーに招いたり招かれたりするおうちが二十四もありますからね」
エリザベスへの心づかいでビングリーはやっと笑いをかみころしました。妹はそれほどこまかい心づかいをしなかったので、ダーシー氏に意味深長な微笑を向けました。エリザベスは母親の考えをよそに向けたく思い、わたしが家をでてからシャロット・ルカスがロングボーンにいらしたかしらとたずねました。
「ええ、ええ、昨日おとうさまとごいっしょにたずねていらしたわ。ウィリアム卿はなんて人づきのいいかたでしょうね。ビングリーさま、そうじゃあございません? なんという紳士らしいかたでしょう。お上品で気のおけない、だれにでもいつも何かかにかものをおっしゃってですわ。あれこそお育ちのいいというものだと考えておりますよ。じぶんを重要人物と思いあがってけっして口を開かないかたはその点思いちがいをしておられると思います」
「シャロットはお食事をしてらして?」
「いいえ、どうしても家へ帰るってきかなかったのですよ。わたしの想像ではミンスパイづくりにあの人の手が入用だったのだと思います。わたしとしましてはね、ビングリーさま、ちゃんとじぶんの仕事を心得た召使をいつでもやとってありましてね。うちの娘たちはちょっとちがった育てかたがしてございます。しかし人にはそれぞれの考えがあるものです――、ルカス家の娘さんたちはまたそれでなかなかいいお嬢さんたちですよ、たしかに。美しくないのは残念ですけれどね。シャロットがたいへん不器量だなんて考えてはいませんわ、特別親しくしているお友だちなのですし」
「たいへん気持ちのよいご婦人のようにおみうけしました」とビングリーは申しました。
「あらまあ、そうでございますよ。しかし正直たいへん不器量でいらっしゃいますわ。ルカス夫人が始終じぶんでそうおっしゃってですもの。そしてジェーンの美しいのをうらやましがっていられますわ。じぶんの子の自慢をいたしたくはございませんけれど、あんなきれいな子はめったにいるものではございません。これはみなさんのおっしゃることなのです。身びいきで申しているわけではございません。あの子が十五歳のとき、ロンドンにおります弟のガードナーの家であの娘に恋した紳士がございましてね。妹はわたしたちが帰るまえにきっと申し込みをなさるだろうと信じておりました。事実はなさらなかったですがね。たぶん若すぎるとお思いになったのでしょう。しかしあれの詩をいくつかおかきになりましてね。それがまたたいそうきれいな詩でございました」
「それで紳士の愛情に終止符がうたれたのね」とエリザベスはじれったそうに申しました。「世の中にはそのようにしてうちかたれた愛情がたくさんあることでしょうね。最初に詩が愛情を追い払うにききめのあることをだれが発見したのかしら?」
「詩は愛の養いになるものと思っていましたが」とダーシーは申しました。
「つよくて健全な愛なら養いになりましょう。もともとじょうぶなものならそれを養い育てることができますけれど、ひよわなほんのちょっとした好みのようなものであったら一つのソネットですっかりひからびてしまうのではございませんか」
ダーシーはただ微笑しただけでした。そのあとみんなだまってしまいましたので、エリザベスは母がまたぞろじぶんをさらしものにするのではなかろうかと、戦々恐々としておりました。じぶんで何かいいたいのですが、いいことを思いつきませんでした。しばらくの沈黙ののちベネット夫人は、ジェーンに対する親切にたいしての礼をくりかえし、あわせてリジーまでご厄介になってと詫びはじめました。ビングリー氏はしんそこ礼儀正しく応答して、妹に対しても礼儀正しくするよう強要して必要なことを口にださせました。妹のほうはじぶんの役割だけは果たしましたが、あまり心のこもったものではありませんでした。しかしベネット夫人は満足してすぐそのあとで馬車を命じました。これを合い図にいちばん下の娘はつかつかとすすみでました。訪問の間中末娘ふたりはひそひそ話をしていたのですが、その結果はいちばん末娘がビングリー氏につめよって、最初にこの地方にうつり住んだばかりのとき、ネザーフィールドで舞踏会を開こうと約束したことを思いださせることになったのでした。
リディアは肉づきよく成長した十五歳の娘で血色のよい陽気な顔つきをして、母親のお気に入り、そのために年若くて社交界にでておりました。元気旺盛で生まれついてのこわいものなしでしたが、伯父のご馳走とこの娘の気やすい態度のため士官たちがちやほやするものですから、今ではすっかり自信を身につけてしまいました。それゆえ舞踏会のことについてもビングリー氏に話しかけて、やぶから棒にまえの約束を思いださせたうえに、もしこの約束をまもらないなら世界一恥ずかしいことでしてよときめつけるほどいさましい娘でした。ビングリー氏のこの攻撃に対する応答は母親の耳にたいへんこころよいものでありました。
「ちかって約束はかならず果たします。おねえさんがよくなられたらひとつ舞踏会の日を決めてください。しかしおねえさんがおわるいうちに踊りたいと思わないでしょう」
リディアは満足のむねを宣言いたしました。「ええそうだわ、ジェーンがよくなるまで待ったほうがずっといいわ。そのころまでにはカーター中尉がメリトンに帰っていらっしゃるしね。あなたに舞踏会を開いていただければあの人たちにもおねだりできるし。フォースター大佐に開かなきゃあ恥よといってあげるわ」
ベネット夫人と娘たちはそこで帰途につき、エリザベスはすぐさまジェーンのもとにひきとり、じぶん自身と母親と妹のふるまいはふたりのご婦人とダーシー氏の批判にまかせました。がしかしビングリー嬢が美しい目に関して機知をさかんにろうしたのですが、その美しい目の持ち主に対する非難にダーシー氏をまきこむことはできませんでした。
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第十章
その日は前日とほとんどおなじように経過しました。ハースト夫人と、ビングリー嬢は病人と朝の幾時間かをすごし、病人は徐々にであるが快方に向かっておりました。夜はエリザベスは客間でみんなの仲間入りをしました。ルー用の卓は今晩は出ておりませんでした。ダーシーは手紙を書いており、ビングリー嬢はそのかたわらに陣取って手紙の進行状況を監視し、くりかえし彼の妹への伝言でその注意をそらしておりました。ハースト氏とビングリー氏はピケット(カードゲームの一種)をしておりハースト夫人はそのゲームのなりゆきをみておりました。
エリザベスは刺しゅうをしながら、ダーシーとその相手の間にとりかわされる会話に耳をかしておもしろがっておりました。ご婦人のほうでは相手の筆跡をほめ、行が曲がらないのをほめ手紙の長いのをほめといったぐあいに、たえずほめちぎっているのですが、紳士のほうではそれをまったく無関心に受けながしているその奇妙なやりとりは、ふたりのおのおのに対してエリザベスにいだいている人物観にぴたりと照合するものでありました。
「ダーシー嬢《さん》はそんなお手紙をお受けとりになって、どんなにお喜びのことでしょうね」
答えなし。
「ずいぶん手早くお書きですこと」
「いやちがいます。わたしはかなりのろいのです」
「一年間にはずいぶん何通もお書きになるでしょうね。事務上の手紙などもね。いやなものだと思いますわ!」
「書かねばならぬのはわたしでよかったですね」
「お妹さんにとてもお目にかかりたがっているとおっしゃって」
「そのことはさきほどご希望によって書きました」
「ペンがぐあいがわるいのではございません? なおしてさし上げます。わたしとてもじょうずですのよ」
「ありがとう、しかしわたしはいつもじぶんでなおします」
「どうすればそんなまっすぐにお書けになるのかしら」
沈黙。
「ハープのご上達をよろこんでいることをお伝えくださいな。テーブルのあのかたの美しい小さなデザインには有頂天で、グラントリー嬢《さん》のものよりずっとすぐれていると思っているとおっしゃっていただけません?」
「その有頂天についてはこの次に書きますときまでのばすお許しがいただきたいのですが。今のところ余白がなくてじゅうぶんに伝えられないと思いますから」
「ああ、それはたいしたことはございません。一月にはお目にかかりますもの。それにしてもあなたはいつもあのかたにそんな長いすてきなお手紙をお書きになりますの?」
「たいていの場合長いですがね。それがいつもすてきかどうかはぼくが決めることではありません」
「長い手紙をすらすらとお書けになるかたはへたなはずがないというのがわたしの持論ですわ」
「それはダーシーにとってはお世辞にはならないよ、カロライン」と兄は申しました。「彼はすらすらとは書けないのだからね。綴りの多いいかめしい言葉をさがしすぎるのだよ。そうだろう、ダーシー」
「ぼくの文体はきみのとはだいぶちがうよ」
「おお」とビングリー嬢は声を大きくしました。「チャールスの書きかたといったら、あれ以上の書きっとばしは想像もできませんわ。言葉の半分しか書かないで残ったものはなぐり書きというわけね」
「考えが流れるように湧くものだからとてもそれをいちいち書いてなどいられないのだよ。そういうわけでときどきぼくの手紙は受取人に全然通じなくてね」
「あなたのご謙遜は」とエリザベスは申しました。「非難を武装解除させますわ」
「みせかけの謙遜ほど」とダーシーはいいました。「まぎらわしいものはありません。それはときにはいいかげんな意見の場合もあるし、ときには遠まわしの自慢であることもあるし」
「ぼくのただいまのささやかな謙遜をきみはどちらだというのだね」
「遠まわしの自慢さ。きみは実際はその欠点を誇りに思っているのだろう。それが考えが敏しょうで仕上げのなげやりからおこるので、あまり尊重すべきものではないにしても少なくともなかなか趣があると思っているのだからね。何でも手早くできるということは、その特技の所有者は大いに尊重してでき上がりのよくないことなど気にもとめないのだからね。きみがけさベネット夫人にひとたびネザーフィールドを去ると決心したら五分後には出発するといっていたが、あのとききみは一種の自己賛美をやっていたんだよ。だがしかし、せっかちがそんな賞賛にあたいするだろうか。いずれしなければならぬことをほっぽらかすのはきみにも他人にも事実利益になるはずはないのだからね」
「いや」とビングリーは声高くいいました。「夜になって昼間いったたわ言をすっかり思いだすなんてひどすぎるよ。がしかし名誉にかけていうがぼく自身についていったことは真実と信じていたことなのだ。只今この瞬間だって信じていることなのだ。ご婦人たちのまえにじぶんをひけらかすためにむやみとせっかちにみせかけているのではないんだ」
「きっときみはそれを信じているのだろう。がぼくはきみがそんなにさっさと立ち去るとはとうてい信じられないね。きみの行動は偶然に支配されることが多いのだから。もしきみが馬に乗ろうとしているときだれかが『ビングリー、来週までいたほうがいいのではないか』というとするよ、きみはきっとその言葉にしたがうだろうし、なにかもうひと言つけ加えられればもう一ヵ月も逗留することだろうよ」
「あなたはこれでただ」とエリザベスは力をこめて申しました。「ビングリーさんがごじぶんの性質のよさをはっきりわかっていらっしゃらないことをご証明になっただけですわ。あのかたをあのかた以上にひきたてられましたわ」
「ぼくはしごく満悦ですよ」とビングリーはいいました。
「ダーシーのいったことをぼくのやさしい気質の賛辞にかえていただきましたからね。ところがそれはあの紳士の全然意図しない見方なのでしてね。もしそんな場合にきっぱりことわってさっさと馬を走らせたほうがずっと気に入るのですよ」
「ダーシーさまはもともと軽はずみな決心をあくまでつらぬけば軽率の償いになるとお考えなのかしら?」
「そうですね。ぼくにはうまく説明できません。本人に立場を明らかにしてもらわないと」
「ぼくが承認してもいないのにぼくの意見だとおしつけて、そのうえその説明を求める気なのかね。ベネット嬢《さん》一歩ゆずって、事柄はあなたのおっしゃるとおりだと仮定しましょう。覚えておいていただかねばならないのはビングリーにうちにひきかえして、その計画を延期するよう望んだことになっている友人は、何ひとつ延期の望ましい理由をのべているわけではないのですよ」
「友だちにくどかれてやすやすと譲歩するのをあなたは美徳とはお考えになりませんのね」
「確信もないのに譲歩するのは、説得するほうにもされるほうにも思慮の点に欠けるところがあるのではないでしょうか」
「ダーシーさまは友情とか愛情とかによって左右されるのをまったく無視していらっしゃるように思われます。要求する人に好意をもっている場合には議論を待たずに願いをききいれてしまいます。わたしはとくにビングリーさまについて仮定なさったような場合を申しているのではございません。そういう場合のあのかたのなさりかたが分別があるとかないとかを議論するのは、そんな事情のおこるまで待ったほうがいいのではないかしら。しかしふつう一般の場合、友だち同志の間で、あまり重大でない決心をひるがえすようたのまれた場合、議論を待たずにその希望にそったからといってあなたはその人をわるくお思いになりますか?」
「この問題をすすめるまえに、この要求がどの程度重要か、ふたりの間柄はどの程度に親密か、いま少しこまかに取り決めておく必要があると思いますね」
「まったくだ」とビングリーは声高に申しました。「まず詳細についての情報をきいておきたいものです。ふたりの背丈の比較も忘れないでね。ベネット嬢《さん》、あなたはご承知ないかもしれませんが、こういうことは議論には案外重要な関係をもつものでしてね。正直なところダーシーがぼくに比べてあれほど大きくてしかつめらしい人物でなかったら、ぼくは半分も敬意を表しませんよ。ある特別な場合、たとえば日曜の晩にじぶんの家でのダーシー、つまり何もすることのないときですねあんなおっかない人物はありませんよ」
ダーシーは微笑したがエリザベスには彼が少し気をわるくしていることがわかったので笑いをおしとどめました。ビングリー嬢は彼のこうむった不面目をやっきとなって憤り、兄にむかって冗談をいわないでといさめるのでした。
「ビングリー! きみのもくろみはわかったよ」と友はいいました。「議論がいやでそれを封じたいのだろう」
「たぶんそうだね。議論というものはどうもけんかごしになるのでね。きみならびにベネット嬢《さん》がぼくがへやを出るまで議論を待ってくださればありがたいんだが。その後はぼくに関して好きなことをおっしゃっていいのですよ」
「あなたのご希望どおりにしてわたしはちっともかまいませんのよ。ダーシーさまだってお手紙をお書き上げになったほうがよろしいのではございません?」
ダーシーは忠告にしたがって手紙を仕上げました。
手紙を書き上げると、ビングリー嬢とエリザベスに音楽を聞かせてくれるよう申しでました。ビングリー嬢は、いそいそとピアノに近づき、どうぞお先にとていねいにすすめましたが、それをエリザベスはおなじようにていねいにそしてもっと熱心にことわりましたので、じぶんでピアノのまえにすわりました。
ハースト夫人は妹の伴奏で歌いました。ふたりがそうしている間エリザベスはピアノの上の譜本をめくってみていましたが、ダーシー氏の目がたびたびじぶんの上に釘づけられているのに気がつかないわけにはゆきませんでした。じぶんがそんなに立派な人の賞賛のまとになりうるなど想像もできませんし、さりとてきらいだからながめるなというのはなお一層奇妙でありました。ついにじぶんにはそこにいるほかの人と比べて、彼のものさしにしたがうと何かまちがった不都合な点があり、それが注意をひくのであろうと察しました。そう仮定して考えてみても一向に気になりませんでした。というのはダーシーに是認してもらいたいなど思うほど好いてはおりませんでしたから。
イタリアの歌曲をいくつか弾《ひ》いたあとで、ビングリー嬢は趣をかえて活発なスコットランドの歌曲を弾きましたが、そのすぐあとでダーシー氏はエリザベスに近づいて申しました。
「ベネット嬢《さん》、このような機会をのがさずリール(スコットランド風の軽快な踊り)を踊りたいという気持ちになりませんか?」
エリザベスは微笑したが答えませんでした。ダーシーは沈黙を多少けげんに思うふうに質問をくりかえしました。
「はあ、きこえておりましたわ」と答えました。「でも何とお返事していいかとっさには決められませんでした。あなたはそうですと答えさせたく思っていらっしゃいます。それでわたしの趣味を軽べつなさりたいのですわ。でもわたしはそういう相手の計略をみぬき、まえもって仕組まれた軽べつの裏をかくのが好きなのです。ですからわたしは決心してリールは全然踊りたくないと申し上げることにしましたの。さあ、できるなら軽べつしてごらんなさいまし」
「軽べつなど思いもよりません」
エリザベスは相手に突っかかる意気込みでしたので、そのいんぎんな挨拶にめんくらいましたが、その態度はかわいらしくていたずらっぽいのでとても人をおこらすことはできなかったのでした。ダーシーはいまだかつてだれにもこれほど魅せられたことはなかったのでした。事実、もしその親類縁者があれほど身分が低くなかったら、相当危険状態にあると考えていいほどでした。
ビングリー嬢はこれに気がつきました。すくなくともあやしいと思いましたが、いずれにしてもやきもちをやくにはじゅうぶんの理由となりました。愛する友ジェーンの回復を念ずる心は、早くエリザベスを追い払いたいとねがう心によって拍車をかけられました。
この人はたびたびふたりの結婚を仮定して、そのような身分ちがいの縁組みの幸福をいろいろと想像してダーシーをいらだたせエリザベスをきらわせるよう努力しました。
その翌日のこと、灌木林をダーシーと歩きながらビングリー嬢は申しました。
「このねがわしい結婚がとりおこなわれるまえに義理のおかあさまにもっと口をつつしまれるほうが有利であることをほのめかしておおきになるほうがよろしいと思います。またできれば下の娘たちの士官熱をさましておおきになることですわ。そしてこれはまた非常に申し上げにくい機微なことになりますが、令夫人の一歩あやまればうぬぼれ、不作法になりかねないあのささやかな何物かもおさえておかれるのが望ましいと思います」
「ほかに何かわたしの家庭の幸福のためのご提言がありましょうか」
「はあ、ございますわ。ぜひともフィリップ伯父上伯母上の肖像をペンバレーの画廊におおきになるように。あなたの大伯父上の判事さまの隣にお飾りになるとよろしゅうございましょう。おなじ職業でいらっしゃいますもの、系列はちがいますけれどね。あなたのエリザベスの肖像はおあきらめになったほうがよろしゅうございませんか。どんなにすぐれた画家でもとてもあの美しい目はえがききれませんもの」
「あの表情をとらえることはたしかに容易なことではないでしょうね。しかし目の色と形、まつ毛などすばらしく微妙なものですが、うつすことが不可能というわけでもないでしょう」
ちょうどそのとき、いま一つの散歩道からハースト夫人とエリザベスその人が出てまいりました。
「あなたがたも散歩なさるおつもりとは存じませんでしたわ」とビングリー嬢はぬすみぎきをされたのではなかろうかと少々あわてておりました。
「わたしたちを出し抜いてお散歩とはひどいわ」とハースト夫人は答えました。
それからダーシー氏のあいている腕をとって、エリザベスをおいてきぼりにしてしまいました。路は三人でちょうどいっぱいでした。ダーシー氏は姉妹の不作法を感じてすぐ次のように申しました。
「この散歩道はわたしたちにはせますぎます。並み木道にいくほうがいいのではありませんか」
エリザベスはこの人たちといっしょにいたいとはつゆ思いませんでしたので笑いながら答えました。
「いいえ、そのままにしていらして。すてきな組み合わせでひきたちますわ。四人めが加われば絵がくずれます。さよなら」
エリザベスは元気よく走り去りました。一日二日あとには家に帰れるという希望に喜びいさみながら。ジェーンはその夜は二時間ばかりじぶんの部屋から出てみようと思うほど回復していたのでした。
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第十一章
晩餐のあとでご婦人たちが客間に退くと、エリザベスは姉のところにかけ上り、寒くないようじゅうぶん着込んだのをみとどけてから姉を客間へつれてまいりました。そこで姉の友ふたりはジェーンを歓迎して何度も何度も喜びの言葉を口にいたしました。それから紳士たちがあらわれるまでの一時間ほど、このふたりが気持ちよく思われたことはありませんでした。なかなか話しじょうずでした。楽しい会合など正確に記述することも、逸話をおもしろおかしくきかせることも、知人のだれかれを元気いっぱいに笑いものにすることもできました。
しかし紳士たちの登場とともにジェーンは第一の関心のまとではなくなってしまいました。ビングリー嬢の目はただちにダーシーに向けられ、へやにはいって数歩もすすまぬうちに何か話しかけようといたしました。彼はすぐにベネット嬢に話しかけていんぎんに回復を祝し、ハースト氏もかるく頭をさげて「たいへんうれしい」と挨拶しました。しかし熱心に言葉をつくして喜びをのべたのはビングリーでありました。彼は歓喜に溢れ、ねんごろに心をつかいました。まず半時間をついやして、へやを換えたために悪化することのないように暖炉の火をきずきあげました。次には戸口からなるべくはなれているようにと暖炉のもう一方の側にジェーンをうつし、それからそのそばに腰をおろしてその後はほとんどほかの人に話しかけることはありませんでした。エリザベスはへやの向かい側の隅から編み物をしながら一部始終をみてとり満足いたしました。
お茶がおわるとハースト氏は義妹にカード卓を思い出させようと骨折りましたがむだにおわりました。彼女はダーシー氏がトランプをしたくないのだという情報を入手していたからでした。ハースト氏はついに嘆願を口に出したのですがそれも拒絶されてしまいました。妹はどなたもトランプなどなさりたくはありませんのよ、といい、全員はだまって答えませんでしたので彼女がまちがっていなかったことを確認したわけでした。それゆえハースト氏はソファの一つに長々とからだをのばしてねむるより手はなかったのでした。ダーシーは本を取り上げビングリー嬢もそれにならいました。ハースト夫人は腕輪や指輪をもてあそんでいましたがときどき弟とベネット嬢との会話に口をはさみました。
ビングリー嬢の注意はじぶんの本を読みながらダーシー氏の本の進みぐあいに向けられ、たえず質問を出したりダーシー氏の本をのぞきこんだりしたりしていました。もともと彼女の本はダーシーの読んでいる本の第二巻であるという理由から選んだものでしたから、じぶんの本をたのしもうという試みにつかれはて、大きなあくびをして申しました。「夜をこのようにすごすのは愉快ですこと! 読書ほどたのしいことはありませんわね、たしかに。本と比べればなんだっていやになりますわ。じぶんの家をもって、すばらしい図書室がなかったらどんなにさびしいでしょう」
だれも答えるものはありませんでしたが彼女はもう一度あくびをして、本を投げだし、何かたのしみはないかとへやをぐるりとみわたしました。そのとき兄がベネット嬢に舞踏会のことを話しているのを耳に入れ、兄のほうに向きなおって申しました。
「ところでチャールズ、ネザーフィールドの舞踏会のことは本気で考えていらっしゃるの? お決めになるまえに、ここにいらっしゃるかたがたのご意向もたしかめたほうがよござんすよ。舞踏会をたのしみというより、むしろおしおきのように思われるかただっていらっしゃるのですからね」
「もしダーシーのことなら、彼がその気ならはじまるまえに寝てしまえばいいのだよ。舞踏会のことはね、もう確定しているのです。ニコルズが白スープをじゅうぶん作ってくれたら、招待状をおくる手筈になっています」
「舞踏会だってもっとちがった様式ならとてもいいと思うわ。舞踏会のふつうのやりかたは退屈でがまんができないほどよ。踊りのかわりに会話を主にするものならもっと合理的だけどね」
「それはずっと合理的だろうね。愛するキャロライン。しかしそれではあまり舞踏会らしくないではないか」
ビングリー嬢は返答はいたしませんでしたがすぐあと立ち上がってへやを歩きはじめました。容姿は上品でじょうずな歩きぶりでしたが、目指すダーシーはあくまでも本から目をはなしませんでした。絶望のなかにいま一つの試みを決心し、エリザベスのほうを向いて申しました。
「エライザ・ベネットさん、わたしにならってへやをひとまわりしてごらんになりません? 一つ姿勢で長くすわっていたあとではたいへんせいせいしますわ」
エリザベスは驚きましたがすぐに同意いたしました。ビングリー嬢はいま一つのほんとうの目的をも果たしました。すなわちダーシーが目をあげたのでした。ダーシーもエリザベス同様その方面に好意がしめされることの珍しさに気がつき、無意識に本をとじてしまったのでした。すぐ仲間にお加わりになりませんかと誘われましたが、それをことわり、その理由として次のようにのべたのでした。すなわちふたりがおへやを歩きまわるについて考えられる動機は二つ考えられる、二つのうちどちらであってもじぶんがふたりといっしょに歩きまわっては差しつかえがおこるというのでした。いったいどういう意味なんでしょう。いったいあのかたはどういうおつもりなんでしょう? ビングリー嬢は知りたくてしかたがありませんでした。あなたにはおわかりになってとエリザベスにたずねました。
「全然わかりませんわ」というのがエリザベスの答え。「しかしたしかにあのかたはわたしたちに手きびしくなさるおつもりなのですわ。あのかたを失望させるいちばんたしかな方法は何もきかないことですわ」
ビングリー嬢にはしかし何ごとにもあれダーシーを失望させるなどできないことでしたので、二つの動機の説明を根気よく要求しつづけたのでありました。
「ぼくは全然説明するのを拒絶しているわけではないのです」とビングリー嬢が彼に話すすきをあたえるやいなや申しました。「あなたがたが今夜ごいっしょにお歩きになるのはおたがいに胸襟《きょうきん》を開いて秘密の打ち明け話をなさるつもりか、あるいはごじぶんの容姿が歩いているときいちばんひきたってみえることをご存じであるかどちらかなのです。もし前者であればぼくが加わればまったく邪魔になりますし、後者であれば暖炉のそばにいるほうがずっとよく鑑賞できるのです」
「あら、いやですわ!」ビングリー嬢は叫びました。「そんなお話きいたこともありませんわ。ほんとににくいわ、どうしてあげましょう」
「その気さえおありなら、こんなやさしいことはありませんわ」とエリザベスは申しました。「わたしたちはみんなおたがいに苦しめたり罰したりできるものですわ。いじめておあげになるといいわ。笑っておあげになるといいわ。あなたがたのように親しくしていらっしゃるのですから、あのかたの弱点はわかっていらっしゃるにちがいありません」
「ところがそうではありませんの。こんなに親しくしていてもそれはわかりませんのよ。冷静と沈着をなぶるなんて! できるならしてごらんとおっしゃっているように感じます。笑うのも結構ですが、あてなしの嘲笑でわたしたち自身をさらしものにすることのないよう気をつけなくてはね。ダーシーさまが得意になられますわ」
「ダーシーさまは笑いものにできないかたなのですって!」とエリザベスは声高く申しました。「そのような有利な立場はめったにないことですわ。いつまでも珍しいものであってほしいものですわ。そんなお知り合いが大ぜいになったらわたしにはたいへんな損失ですもの。だってわたしは笑いを心から愛しておりますもの」
「ビングリー嬢《さん》は」と彼は申しました。「とてもあり得ない名誉をあたえてくださいました。最も賢明で善良な人たち、いやその人々の最も賢明で善良な行為であっても、人生の第一目的が笑いである人はいくらでもこっけいにみせることができるのです」
「たしかに」とエリザベスは答えました。「そんな人たちもありますわね。しかしわたしはそのお仲間にははいりたくございません。賢明で善良なことは絶対ひやかしたくはございません。ばかげたこと、くだらないこと、むら気、気まぐれなどがむしょうにおもしろく、できるときはいつでも笑って気晴らしをします。しかしこういうものはまさにあなたのおもちにならないものですわ」
「全然もたないなんてたぶんどんな人にも不可能だと思います。しかしわたしはときとしてすぐれた理解力の人を嘲笑にさらすこととなる弱点をさけることを生涯の努力の目標にしてまいりました」
「たとえば虚栄とか自尊心とか」
「そうです、虚栄はたしかに弱点です。しかし自尊心はすぐれた理性の持ち主である場合には常によく制御されているはずです」
エリザベスは横を向いて微笑をかくしました。
「ダーシーさまの検査はもうおわりましたでしょうね」とビングリー嬢は申しました。「結果はいかがで?」
「ダーシーさまは全然欠点をもっていらっしゃらないことを完全に確認しました。ご自身かくすことなくそれを自白なさいました」
「ちがいます」とダーシーは言いました。「そんなだいそれた主張をしたおぼえはありません。ぼくには欠点はたくさんありますがそれが理解力に関係したものでないことを望んでいるだけなのです。気性に関しては保証のかぎりではありません。強情っぱりです。そう、たしかに世間に不都合なほどです。他人の愚行悪行、じぶんに対してなされた無礼などをやすやすと忘れることはできません。忘れるべきかもしれませんがね。わたしの感情は人の意のままにふわふわと動かされることはありません。わたしが信用をしなくなったらこれは未来永劫に信用しません」
「それはたしかに弱点ですわ」エリザベスは申しました。
「執念ぶかい恨みなんてたしかに人格にかげりをあたえますわ。しかしあなたは欠点をうまくおえらびになりました。ほんとにそれでは笑いものにするわけにはまいりません。あなたは安全ですわ」
「だれでも何か特殊な病癖、生まれついての欠点というものはあるもので、最上の教育をもってしてもいかんともしがたいものです」
「あなたの欠点はすべての人をいとう傾向なのですね」
「それであなたの欠点は」とダーシーは微笑しながら答えました。「わざと人を誤解することですよ」
「ねえ少し音楽にいたしません?」じぶんの割り込めないやりとりにあきあきしたビングリー嬢は申しました。「ね、ルイザ、ハーストさんをお起こししてかまいませんか?」
姉はそれに対して全然抗議しなかったのでピアノは開けられました。ダーシーは二、三分反省したあとではそれを残念には思いませんでした。じぶんがエリザベスに注意を払いすぎている危険を感じたからでした。
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第十二章
姉と妹の間で意見が一致しましたので、エリザベスは次の朝母親に手紙を書き、その日のうちに馬車を迎えによこすよう依頼いたしました。しかしベネット夫人は娘たちは次の火曜日までネザーフィールドにいることをきめこんでいましたから、そのまえではとてもふたりを歓迎する気になどなれませんでした。したがって返事は少なくとも家に帰りたくてしかたのないエリザベスの意にそうものではありませんでした。ベネット夫人は火曜日まえにはたぶん馬車は使えないだろうといい、追伸にはビングリー氏と妹御がもっと滞在するようおすすめくださるなら、うちはふたりがいなくとも一向に差しつかえないとつけ加えてありました。しかしエリザベスは断固これ以上とどまらぬ決心をしておりました。滞在するようすすめられるとも期待していませんでした。いな、むしろ必要以上にながく邪魔をしているように思われはしないかと恐れ、ジェーンにすぐさまビングリー氏の馬車を借りることをすすめました。ついにその日のうちにここを立ち去るというふたりのもとの案を申しでて馬車を借りたいと頼むことに決めました。
ふたりの意向がつげられると、少なくとも次の日までとどまるようにとあまり熱心にすすめられましたのでジェーンは動かされ、次の日までふたりの出発は延ばされました。するととたんにビングリー嬢は延期を申しでたことを後悔しました。ひとりへの嫉妬と嫌悪は、いまひとりに対する愛情を凌駕していたからでした。
家の主人はふたりがまもなく去ってゆくことを聞いて心から残念に思い、ベネット嬢にくりかえしだいじょうぶであろうかと気づかい、まだ回復がじゅうぶんでないことを納得させようとつとめました。しかしジェーンはじぶんが正しいと思うことはゆずりませんでした。
ダーシー氏にとってはこれは喜ばしいしらせでした。エリザベスのネザーフィールド滞在はすでにながすぎるくらいでじぶんで気に入らぬほど彼女にひかれておりました。ダーシーは賢明にも今は彼女礼賛のしるしを、また彼の幸福を左右する力があるという自信をいだかせるようなものは絶対にみせまいと決心していたのでした。もし今までにそのような考えが芽ばえていたとしたならば、最後の日のじぶんのふるまいこそ、それをたしかめ、もしまた打ちくだくことにもなる重要な瀬戸際に立つものと感じていたからなのです。その目的を忠実に守って土曜日一日中に彼女に十言も話しかけぬありさまでした。あるときは半時間の間ふたりきりでいたのでしたがその間小心翼々と本にかじりついていて、彼女を|ちら《ヽヽ》とみようともしなかったのでありました。
日曜の朝の礼拝がおわると、ほとんどみんなのものにきわめてこころよい別離がとりおこなわれました。ビングリー嬢はエリザベスに対して、最後に急激に礼儀正しくなり、ジェーンに対しては愛情ぶかくなりました。ジェーンに対してロングボーンであるいはネザーフィールドでまたお目にかかるのをたのしみにしていますといい、たいへんやさしく抱擁し、エリザベスとも握手いたしました。エリザベスは元気溌剌とみんなにわかれをつげました。
母親はふたりをあまりきげんよくは迎えませんでした。なぜ帰ってきたのだろうといいたげなありさま、そんなご迷惑をおかけしていけない娘たちだこと、ジェーンはまたきっとぶりかえしただろうなど考えておりました。しかし父親のほうはひどくそっけなくいいあらわしただけでしたが、真実ふたりを喜び迎えました。ふたりの存在が家庭にとってどんなにたいせつであるかをしみじみ感じていたのでした。夜の家族全員の会話は生気の大部分、良識にいたっては全部を失っていたのでした。
メアリはあいかわらず和声学と人間性の研究に余念がなく、新しい抜き書きに賞賛を求め、陳腐な道徳論をはいて謹聴を望みました。キャサリンとリディアの報道はまたまったくそれとは異なったものでありました。まえの水曜日以来連隊では数多くの事柄がおこり、おびただしい言葉が語られていたのでした。数名の士官が伯父の家で近ごろ食事をしたこと、兵卒が笞刑《ちけい》を受けたこと、フォースター大佐の結婚が事実うわさにのぼっていることなどでありました。
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第十三章
翌朝朝飯を食べながらベネット氏は細君に申しました。
「今日の晩餐はご馳走をいいつけておいてくれたかね。客人がひとり加わると思うのでね」
「どなたのことですの、あなた。だれもいらっしゃるはずとはきいておりませんが。もっともシャロット・ルカスさんならたずねてこないものでもないけど。しかしあの人のためならうちの晩餐は立派なものですわ。あの人のうちではめったにお目にかからぬようなものだと思いますよ」
「わたしが話している人は紳士で新来の人だ」
ベネット夫人の目はかがやきました。「紳士で新来の人! きっとビングリーさんでしょ。まあ、ジェーンたら、おまえはこのことをひと言だってもらしてはくれなかったのね、ずるい子だこと! さて、ビングリーさんをお迎えするのはとてもうれしいですわ。しかし、やれやれまのわるいこと! 今日おさかなが全然手にはいらないのですよ。リディア、ベルをならしておくれ。ヒルにすぐ話さなくてはなりません」
「それはビングリーさんでは|ない《ヽヽ》」と夫は申しました。
「生まれてこのかた会ったことのない人だ」
この言葉でみんなはびっくり仰天しました。妻と五人の娘は声をそろえて熱心に、それはどなたとたずねたので、彼は大いに満足しました。しばらくみんなの好奇心をおもしろがったあとで、次のように説明いたしました。
「約一ヵ月まえのことだが、この手紙を受け取ってね、約二週間まえに返事を書いたのだよ。事柄がなかなか微妙なのでながくほうってもおけないと思ってね。その手紙はわたしのいとこのコリンズ氏からだよ。わたしが死んだあかつきには好きなときにおまえたちをこの家から追い出すことのできる奴さ」
「おお、あなた」と細君は叫びました。「それはおっしゃらないでください、我慢ができませんわ。そのいやな人のことはお話ししないでくださいな。あなたの所有地が限嗣相続《げんしそうぞく》されてご自身の娘たちから取り上げられてしまうなんてこんなひどいことは世の中にないと思いますわ。もしわたしがあなたならずっとまえにそれについて何らかの道を講じておきましたよ、たしかに」
ジェーンとエリザベスは限嗣相続なるものがいかなるものか説明しようとつとめました。今までにもたびたびやってみたのでしたが、この問題に関してベネット夫人は理性を超越しておりました。あいもかわらず財産を五人の姉妹をおいて、だれひとり気にもかけぬ男にあたえてしまうなんて、そんなむごいことはないとののしりつづけているのでありました。
「たしかにたいへん不公平なやりかただよ。ロングボーン相続に関してコリンズ氏の無罪を証明する方法はないがね。しかしまあ手紙をきいてごらん、たぶん彼の考えの述べかたで心がやわらぐのではないかと思うよ」
「いいえ、そんなことは絶対にございません。そもそもあなたに手紙を書くなんてたいへん失礼ですわ、偽善ですわ。わたしはそんな不正直な人はきらいです。なぜ、あの人のおとうさんのようにけんかをつづけないのでしょうか?」
「なるほど、そういえばその点多少親へ気がねしていたようだよ、まあきいてごらん」
『ハンズフォード、ウェスタラム近辺、ケント
十月十五日
拝啓
貴下と尊敬すべき亡父との間に介在しておりました不和につき小生は少なからず苦慮いたしておりました。さて先般不幸にも父の死去にあい、それ以来しばしばいかにしてこの決裂状態をとりつくろうべきかと心をくだいておりました。しかし、しばらくの間は小生は多少疑問をいだき、ためにちゅうちょしておりました。父が終生犬猿の間柄であった人と親交を結ぶことは父の霊に不敬にあたるのではないかと懸念いたしました次第であります。(そらね、おくさん)しかしその問題に関しまして小生の意向は定まりました。復活祭に聖職拝授いたしましてのち、さいわいにもルイズ・ド・バーグ卿の未亡人キャサリン・ド・バーグ令夫人のご愛顧をこうむり、辱けなくもこの教区の名誉ある牧師職に任ぜられました。このうえは令夫人に対し深甚な感謝をいだきつつ粉骨砕身英国国教会の定める祭礼儀式万端を執りおこなう覚悟であります。なお、聖職者としてわが努力のおよぶかぎり、家族間の平和と祝福を増進することこそおのれの義務なりと感じおり、小生の善意溢るるこの提案は推賞するに足るものとみずからたのむところあるものゆえ、ロングボーンの次の限嗣相続者の件につきましてはひらにご容赦くだされ、差しだしましたるオリーブの枝を拒絶されることのなきようひとえに願い上げます。おやさしき令嬢がたの利益を棄損いたしますこと真に憂慮のほかなき次第にて、ここに心より遺憾の意を表し、合わせて可能なるかぎりの償いをいたす所存であることをおちかい申します。このことにつきましてはいずれ今後にゆずり、もし貴下におかせられて小生の訪問をおゆるしくださるならば小生は貴下ならびにご家族さまのごきげんをうかがうため、十一月十八日月曜日四時までに参上いたしたく、次週の土曜日までご親切にあまえたく存じおります。キャサリーン令夫人は日曜日の義務遂行のため代理牧師を契約いたしますれば、ときおり小生が不在になることについては、いささかも異議は申されませぬゆえ何ら不都合ないはずであります。
ご令閨ならびにご令嬢に深甚なる敬意をささげつつ。常に貴下に好意を寄せる友なる
ウィリアム・コリンズ』
「四時にね、それだから、この平和の使者なる紳士がこられるわけなのだよ」とベネット氏は手紙をたたみながら申しました。「なかなか良心的で礼儀正しい若者らしいね、たしかに。まちがいなくなかなか得がたい知己となるのではないかね。とくにもしキャサリン令夫人が寛大で再度の訪問をゆるされるとすればね」
「それでも娘たちについていっていることにはなかなか常識がありますよ。もし娘たちのために何か償いをしようという気なら、わたしはそれに不服をいう人間ではありません」
「けれどもむずかしくて想像もできないわ」とジェーンは申しました。「いったい、わたしたちが当然受けるべきだとお考えの償いとはどんなことなのかしら」
エリザベスはキャサリン令夫人に対するなみなみならぬ尊敬の念と、教区民の要求に応じて洗礼をさずけたり、結婚させたり、葬ったりしようという親切な意向に、おもに感じいったのでありました。
「変人にちがいないけれど」と彼女は申しました。「わたしにはとても理解できないわ。文体にはもったいぶったところがあるし。次の限嗣相続者であるのを詫びるなんてどういうつもりなのかしら。あの人がどうかしたいと思ったってどうにもなるものではないし。物のわかったかたかしら、ねえ、おとうさま?」
「いや、そうではないと思うね。まったくそれとは反対な人物であることの公算大だね。手紙には卑屈と尊大とがいりまじっていてなかなか有望だよ。早くお目にかかりたいものだ」
「作文の点では」とメアリが申しました。「手紙は欠点があるとは思えないわ。オリーブの枝の思いつきはたぶん斬新というわけにはいかないけれど、なかなかいい表現だと思います」
キャサリンとリディアには手紙にも書いた人にも全然興味はありませんでした。いとこが緋色の上着を着てやってくることはまずあり得ないし、このところ数週間というもの、そのほかの色を着用の男性と交際をたのしんだことはなかったからです。さて母親はコリンズ氏の手紙でその悪意の大半を忘れ去り、かなりおちついてこの紳士に会うつもりの様子で、これには夫も娘たちも驚きあきれておりました。
コリンズ氏は時間厳守、全家族は折りめ正しくこの人を迎えました。いかにもベネット氏はあまり口をききませんでした。しかしご婦人たちはおしゃべり態勢じゅうぶんでしたし、コリンズ氏にいたってはなんら督励の必要もなく、だまっていようなどという気はさらさらなかったのでした。この青年、背は高く顔つき鈍重で年齢《とし》は二十五歳。堂々として重々しくかたどおりの行儀を身につけていました。席についてまもなく、ベネット夫人に立派なお嬢さまがたをおもちでと喜びをのべ、みなさんが美しいといううわさはかねがねきいていましたがこの場合事実は評判以上で、そのうちにみなさんいいところにおかたづきになることはまちがいないでしょうとつけ加えました。こういう世辞はきき手の幾人かには趣味に合わぬものでありましたが、ベネット夫人は世辞となればどんな世辞でも文句をいわぬ人でしたから、たいへん気持ちよく応対をいたしました。
「ほんとにおそれいります。心からそうありたいとねがっております。そうでなければかなりお金には不自由いたすことになりましょう。妙なぐあいに取り決められているものですからね」
「たぶん、ここの資産が限嗣相続になっておることをおっしゃるのでしょう」
「はい、そのとおりでございます。まったくのところ娘たちにはひどいやりかたですよ。なにも|あなた《ヽヽヽ》にかれこれ申すつもりはないのですよ。そんなことはこの世ではすべて運ですからね。資産などいちど限嗣相続におちこんだらどこへゆくかわかったものではありませんよ」
「それは奥さま、よく心得ております。美しい従妹《いとこ》たちには難儀なことで。この問題については申し上げたいことも多々ありますが、あまり性急に出すぎているとお思いになってはと差しひかえております。ただ若いお嬢さまがたを賞賛する用意ありとだけ申しておきましょう。今のところはこれ以上申し上げませんが、もっと親しくなりましたあかつきに――」
ここで晩餐への招集でさまたげられ、娘たちはたがいにほほえみかわしました。彼の賞賛のまととなったのは娘だけではありませんでした。廊下も食堂も家具いっさいはしらべられほめられました。ベネット夫人はもしこの人はじぶんの未来の所有物としてすべてをみているのではないかという無念きわまる推量にさいなまれることがなければ、彼の推賞は大いにその心を動かしたでありましょう。晩餐もたいへん賞賛されました。料理のすばらしさはお嬢さまがたのどのかたのお手並みか知りたいものと懇願したのでありましたが、この点についてはベネット夫人からややおごそかな訂正をうけ、自家では優秀な料理人をやとっておけるので娘たちは台所の仕事に全然関係がないときかされました。彼はこんどは失言をおゆるしいただきたいと懇願しました。やわらいだ調子で少しも気をわるくなどしておりませんときっぱりいったのでしたが、十五分近くもお詫びのしつづけでありました。
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第十四章
食事の間中ベネット氏はほとんど少しも口を開きませんでしたが、召使たちが退くと客人といささか会話をまじえるべきときと判断し、それゆえ客の得意とする話題を選び、あなたはたいへん運よくすぐれた後援者を得られたようでなどといいはじめました。キャサリン・ド・バーグ夫人がよくあなたのねがいをきき、あなたの慰安のため心をくばられることはまことに驚くべきことであると申しました。ベネット氏はこれよりよい話題を選ぶことができなかったでありましょう。コリンズ氏は口をきわめて令人夫をほめ、態度はますます壮重の度を加え、非常にもったいぶった様子で生まれてこのかたあのような高い身分のかたで、あのように礼儀正しく、あのように愛想よくへりくだっていらっしゃるかたをみたことがないと主張いたしました。おそれ多いことながら、じぶんが御前で講ずる名誉をになった説教、は二つながらおほめにあずかりました。また二度までロージングスの晩餐にまねかれ、つい先週の土曜日にも、カドリルあそびの人数を満たすために使いをよこされたのでありました。キャサリン令夫人を傲慢だと考える人もたくさんいますが、じぶんに関するかぎり、令夫人のなかに愛想よさ以外のものをみとめたことはなかったのでした。じぶんに対してほかの紳士に対すると同じように話しかけ、近所のつき合いに加わることに、また一、二週間教区をはなれて親類縁者を訪問することにも、少しも異議は申されないのでありました。慎重に選択するならできるだけ早く結婚するようにとの忠告さえたまわり、一度はいぶせき牧師館をおたずねくださいました。進行中の改造を全面的に是認され、ご自身、いくつかの提案をたまわりさえいたしました。たとえば二階の小部屋に棚をつるなど。
「それはまったく礼儀正しいなさりかたです」とベネット夫人は感心しました。「たしかに人好きのよいおかたのようですね。残念なことにはふつうの上流のご婦人がたはそうはいきませんよ。令夫人はお宅の近くにお住まいでいらっしゃいますか?」
「拙宅の建っている庭とロージングズ邸園すなわち令夫人のお邸の間には小径があるだけです」
「未亡人だとおっしゃったようでしたが、お子さまはおありで?」
「令嬢がおひとり、ロージングズのたいへん広い領地の相続人でいらっしゃいます」
「ああ」とかしらを振って叫びました。「そんなしあわせはめったにないことですよ。どんなお嬢さまですか? 美しいかた?」
「たいへん魅力のあるお嬢さまです、たしかに。キャサリン令夫人ご自身のお言葉ですが真の美という点からいえばド・バーグ嬢は最も美しい女性に比べてもはるかにまさっている、彼女の目鼻だちには生まれのよい若い女性の特徴をそなえているからとおっしゃっておられます。不幸にもご病身であらせられ、ためにおじょうぶならまちがいなく上達されたはずのいろいろのたしなみごとに専念されることができません。これはかつて令嬢の教育を監督していて今もなお起居をともにしている婦人からきいたことであります。しかしまことに気持ちのよいかたであらせられ、しばしば拙宅のそばを小馬にひかせた軽四輪車でドライブなさいます」
「宮中の拝謁はもうなさいましたか? 宮廷の貴夫人名簿にお名まえをおみかけしなかったようですが」
「健康があまりはかばかしくないためロンドンに住まわれることのないのはまことに不幸なことで。そのためにわたしはキャサリン令夫人にじきじき申し上げたのですが、イギリス宮廷は最もかがやかしい飾りをうばわれておりますと。令夫人はその考えがお気にめしたようで。わたしはこのようにあらゆる機会をとらえましてご婦人の耳にこころよい微妙な賛辞を呈しますことを幸福と考えております。キャサリン令夫人に一度ならず申し上げたことですが、あの魅力溢るる令嬢は生まれながらの公女さまであるとか、最も高い階級もあのかたには箔をつけるものではなく、あのかたによって箔をつけられるであろうとか、こういったたぐいのちょっとしたことは令夫人をお喜ばせするものでしてね。このような心づくしはとくにわたしごとき者が払わねばならぬものと考えております」
「あなたの判断はまことに適切です」とベネット氏はいいました。「それにしてもあなたがきめこまかな世辞をいう才能をもちあわせていらっしゃるとは結構なことです。ともあれこのこころよい世辞が瞬間心にひらめくものでしょうか、それともまえもっての研究の結果でしょうか、うかがいたいものですね」
「概してそのときおこっていることからひらめくのであります。ときどきは日常の折り折りにふさわしいささやかで上品な世辞を思いつき、言葉をととのえて大いにたのしむこともありますが、できるだけ自然にうかんできたようにみせかけようと望んでおります」
ベネット氏の期待はじゅうぶんにこたえられました。いとこは望みどおりの途方もない人物でした。そして彼のいうことをひどくおもしろがりながらきいておりましたが、同時に表面はまゆ一つ動かさず、まったくおちつきはらって、ときどきエリザベスのほうへ視線をやる以外には、いっしょにおかしがる仲間もいらぬ様子でした。
しかしお茶の出るころまでにはそれにもすっかりたんのうしてしまいましたので、ベネット氏は喜んで彼を客間に招じ入れ、お茶がおわると女どもに本を読んでやってくれまいかとすすめました。コリンズ氏はこころよく承諾し本がとり出されました。しかしそれをみると(それが巡回図書館からのものであることは一目瞭然でありました)コリンズ氏はとびじさり、許しをこいながら、小説は読んだことがございませんのでと異議を申したてました、キティは目をまるくして彼をみつめ、リディアは感嘆の叫びを上げました。ほかの本がとり出されしばらく熟考ののち、フォーダイスの説教集が選ばれました。本が開かれるとリディアはあくびをし、たいへん一本調子におごそかに三ページを読みおえぬまえに、次の言葉で彼を妨害しました。
「おかあさま、フィリップ伯父さまがリチャードをお払い箱にすることを話していらしたけど、ご存じ? もしそうなったら、フォースター大佐がお雇いになりたいそうよ。おばさまが土曜日にご自身でそういっていらしたわ。あすはメリトンにいって、もっと詳しくきいてこようっと。それにデニーさんがいつロンドンからお帰りかたずねてみるわ」
リディアは上の姉ふたりからおだまりといわれました。しかしコリンズ氏はひどく気をわるくして本をかたづけて申しました。
「若いご婦人がたが、それがもっぱらじぶんたちのために書かれているのにまじめな本にいかに関心をもたないか、たびたび観察しております。正直に申して驚くべきことです。たしかに教訓ほどためになるものはないのですがね。しかしわたしはこれ以上若いお嬢さんたちを退屈させたりはいたしますまい」
それからベネット氏のほうを向いてバックギャモンでお相手をしましょうと申しでました。ベネット氏はその挑戦を受け女の子はほうっておいて、じぶんたちでつまらぬたのしみをさせておいたほうが賢明ですよといいました。ベネット夫人と娘たちはたいへん礼儀正しくリディアの妨害を詫び、も一度本をお読みいただければ二度とあのようなまねはさせませんと強調したのでしたが、コリンズ氏は若いお嬢さんに悪意はいだいていない、彼女の挙動を侮辱となどけっしてうらんでいないとうけあい、今一つのテーブルにベネット氏と腰をおろしてバックギャモンの用意をしました。
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第十五章
コリンズ氏は賢い人ではありません。生まれつきこの点欠けていたのですが、教育とか世間の交際によって改善されることもほとんどありませんでした。生涯のあらかたは教育のない、りんしょくの父親の指導のもとにすごし、大学の一つに籍はおきましたが、規定の年限をすましたというだけでなんら有益な知己をもつこともありませんでした。父親に絶対服従で育てられたことで、もとはひどく卑下した態度を身につけていましたが今ではそれは頭のにぶさから出るうぬぼれによって、また人からはなれて生活し、年若くて思いがけぬ出世をしたことから生ずる尊大な気持ちによってだいぶ中和されておりました。ハンズフォードの教区の牧師職が欠員になっていたときたまたま運よくキャサリン・ド・バーグ令夫人に推挙されたのでありました。上流階級に対する尊敬の念、後援者としての令夫人に対する崇拝の念、それに聖職者としての権威を、教区牧師としての権利をひどくえらいものとうぬぼれていて、高慢と追従、尊大と卑屈の混合物にしてしまったのでありました。
今や、よい住居も手にはいり収入もじゅうぶんとなったので、結婚を意図するようになりましたが、ロングボーンの家との和解を求めるにあたって彼はある結婚相手を心にえがくようになりました。すなわちもしベネット家の娘たちがうわさどおり美しく愛嬌がよければそのなかのひとりを花嫁に選ぼうと決心したのでした。これが父親の領地を相続することに対する彼の計画した埋め合わせの償いであったのでした。そしてまた立派な償いで、まことに適切無比、彼のがわからいえば寛大無私なやりかたと考えたのでした。
その計画はいよいよ娘たちに面会したのちもかわることはありませんでした。ベネット嬢のかわいらしい顔は彼の考えを確定し長幼の序は厳重にまもられることになり、第一夜において彼女が選ばれた人となったのでありました。しかし翌朝になってこれは変更されました。朝食前十五分、ベネット夫人と頭をつきあわしての話し合いの間に話題は牧師館にはじまり、きわめて自然にその牧師館の主婦をロングボーンでみつけたいという希望をのべることになりましたが、そのとき彼女は親切な微笑をうかべて、一般論として大いに奨励の言葉をのべたのでありましたが、当のジェーン、彼の選んだ娘に対しては警告を発しました。
「下の娘たちについてはもうすでに気に入ったかたがあるとはきいておりません。責任をもって申すわけではありませんが。しかし一番上の娘につきましてはまもなく婚約のはこびになるのではないかと申し上げておかねばならぬように存じます」
コリンズ氏はただジェーンからエリザベスにうつしさえすればよかったのでした。そしてベネット夫人が火をかきたてている間にそれはなされたのでした。エリザベスは年の点からも美しさの点からもジェーンにつぐものでしたから当然彼女におはちがまわりました。
ベネット夫人はこのほのめかしをだいじに胸におさめ、まもなくふたりの娘をかたづけることができるだろうと信じはじめました。前日はうわさをきくのさえ我慢のできなかった男は、今では大いにお気に入りとなったのでありました。
リディアのメリトンまで散歩したいというねがいは忘れられませんでした。メアリをのぞくほかすべての娘たちはリディアといっしょにゆくことにしました。そのうえコリンズ氏もベネット氏の要求をいれて、みんなにつきそうことになりました。というのは、ベネット氏はコリンズ氏を追い払って書斎を独占したくてしかたがなかったからでした。この人は朝飯がすむとベネット氏についてのこのこはいりこみ、名目上はへやじゅうでいちばん大きな二つ折り判の本を読んでいるはずなのですが、事実はしばしもやむことなくハンスフォードの家や庭のことをしゃべりつづけておりました。これはいたくベネット氏の平静をみだしました。書斎はいつも閑散と静寂を確実にあたえてくれるものだったからです。よくエリザベスにいったのですが、家中ほかのどのへやにおいても愚行とうぬぼれに出くわす覚悟はできているが、書斎にはそのようなものをよせつけぬことになっていたのでした。それゆえ、彼はいちはやくコリンズ氏に娘たちの散歩に加わってはいかがと礼儀正しくすすめたのでした。コリンズ氏は事実読書より散歩にずっと適した人でしたから、しごく喜んで本をとじ出て行ったのでありました。
彼のがわでは大げさな無意味なおしゃべり、従妹《いとこ》たちのがわではお行儀よくはいはいと返事しながらメリトンにはいるまでの時間はすぎたのでした。一度この町にはいると、下の娘たちの注意はもはや彼などがどうにもできるものではありませんでした。その目はただちに士官を求めてちまたをさまよい、店の飾り窓のよっぽどしゃれたボンネットか、ほんとに新しくとどいたモスリン地でもないことにはそれを呼びさますことはできなかったでしょう。
ところがまもなくすべてのご婦人の注意はひとりの青年によってとらえられました。娘たちが今まで会ったことのない人でしたが、非常に紳士らしい風采で、街の反対側をひとりの士官と歩いておりました。士官はデニー氏その人で、彼がロンドンから帰ったかどうかをきくためにリディアは出向いてきたのでしたが、デニー氏はみんなが通りすぎるときお辞儀をしました。この新来の紳士の風貌にうたれてみんなはいったいだれなのだろうといぶかりましたが、キティとリディアはできればそれを聞きだす決心で、反対側のお店で買い物をしたいという口実をもうけて、街を横切りちょうど歩道についたとき、運よくふたりの紳士も、あともどりをしてきておなじところに到達しました。デニー氏はすぐにふたりに話しかけ彼の友人ウィカム氏を紹介さしていただきたいと申しでました。ウィカム氏は前日彼といっしょにロンドンからきて、じぶんたちの隊にはいる任命を受けたことなどを話しました。それこそ願ったりかなったりでありました。青年を完全に魅力あるものにするに不足しているのは軍服だけだったからです。この人は風采において非常に恵まれていました。あらゆる点に非の打ちどころがありませんでした。立派な容貌をもち、姿がよく気持ちよい応対ぶりでした。紹介されるとすぐさま、彼のがわからすすんで話しかけましたが、これがまた礼儀にかない、気どりがありませんでした。一同はなお気持ちよく立ち話をつづけておりますと、ふと、馬のひづめの音がきこえ、ダーシーとビングリーが馬で街をくだってくるのが見えました。ふたりの紳士はその群れのご婦人たちがだれであるか気づくと、まっすぐにみんなのほうに向かってきて、いつものとおり挨拶をかわしました。おもな代弁者はビングリーであり、おもな目当てはジェーンでありました。ビングリーは彼女を見舞うためにロングボーンに行く途中であるといい、ダーシー氏はそのとおりだというようにお辞儀を一つし、じぶんの目はエリザベスをみつめたりは絶対にしないと決心しているかのように目をそらしましたが、偶然、その目が例の新来の紳士をとらえたのでありました。エリザベスはふたりがおたがいをみたときの顔色をみて、その出会いがふたりにあたえた打撃のつよさにひどく驚いたのでありました。ふたりの顔色は変わり、ひとりは青く今ひとりは赤くなりました。数分後にウィカム氏は帽子にふれ、その挨拶にダーシー氏はただ会釈をかえしました。いったいこれは何を意味するだろうか、想像もできないことでありましたが、知りたく思わずにはいられぬことでもありました。
次の瞬間にはビングリー氏はわかれをつげて友といっしょに立ち去りましたが、おきたことについては何も気がつかなかった様子でありました。デニー氏とウィカム氏は若い婦人とフィリップス氏宅の戸口まできて、身をかがめてわかれをつげました。リディアは中にはいるようにと嘆願し、フィリップス夫人も居間の窓を上げて声高くその招待のあとおしをしたのでしたがむだでした。
フィリップス夫人は、姪《めい》たちに会うのをいつもたのしみにしておりました。上のふたりは最近顔をみせなかったのでとくに歓迎されふたりが急に帰宅して驚いたことを熱心に話してきかせました。ふたりがベネット家の馬車で帰ってこなかったので、もしたまたま街でジョーンズさんの店員に出会って、もうネザーフィールドへお薬はおとどけしません、ベネットのお嬢さまはご帰宅になりましたのでと話してくれなかったら、そのことを全然知らなかったろうというのでありました。夫人はこのうえなく丁重にコリンズ氏を迎えいれ、彼のほうでも負けずおとらず礼儀正しく挨拶をかえし、面識もないのにお邪魔してと詫び、しかしじぶんを紹介してくださったお嬢さまがたの身内の者であるゆえにおゆるしいただけるかとあつかましくまかりでたと言い訳をしました。フィリップス夫人はこの過度とも思える躾のよさに気をのまれていましたが、このひとりの新来者について、ゆっくり思いめぐらすいとまもなく、今ひとりの新来者についての尋問と感嘆にせめられることになったのでした。ところがかの紳士についてのフィリップス夫人の知っていることといえば、姪《めい》たちがすでに知っていることにすぎませんでした。すなわちデニー氏が彼をロンドンからつれてきたこと、X州で中尉の任命を受けるはずになっていることなどでありました。フィリップス夫人はこの一時間ばかり、彼が街を上ったり下ったりするのをながめていたのでした。もしウィカム氏があらわれたとしたら、キティとリディアはまちがいなくこの見物をつづけたでありましょう。しかし運わるく窓下を通過する人は二、三人の士官だけで、この人たちは例の新来者に比べると間のぬけた人好きのわるい者どもとなりはててしまったのでありました。士官の幾人かはフィリップス家で翌日食事をするはずになっており、伯母さんはもしあなたたちが夜やってくるなら、うちの人にたのんでウィカム氏を訪問してもらい、あのかたも招待しておこうと申しでました。みんなはこれを喜んで受け、フィリップス夫人はたのしいにぎやかな福引きと、あとでの暖かい夜食とを約束しました。
帰る道みち、エリザベスはふたりの紳士の間におこったことをジェーンに話してきかせました。もしふたりが何かわるいことをしたというのなら、ジェーンはどちらかか、あるいは双方を弁護したでしょうが、あのようなふるまいとなるとエリザベス同様何とも説明のしようもないのでありました。
コリンズ氏は帰宅後フィリップス夫人の奥ゆかしいたちいふるまいをほめて、ベネット夫人を非常に満足させました。彼はきっぱりと、キャサリン令夫人とその令嬢をのぞいて、あのかた以上に優雅なかたをみたことがないといいました。このうえなく丁重にお迎えくださっただけでなく全然面識のなかったじぶんをとくに名指して翌晩の招待に加えていただき、たぶんそれはお宅の身内であることによるのでありましょうが、それにしても生まれてこのかたあんなにねんごろにしていただいたことはないといたく感激しておりました。
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第十六章
若い娘たちと伯母との約束には何の反対も申しだされず、コリンズ氏のベネット家訪問中にまる一晩失礼することを気にしての遠慮もベネット夫妻にしりぞけられ、馬車はコリンズ氏と五人の従妹《いとこ》をほどよい時刻にメリトンへと運んだのでありました。娘たちは客間にはいるとき、ウィカム氏が招待を受けいれたこと、すでに家にきているといううれしい知らせを受けました。
そしてそれぞれが思い思いの席につきますと、コリンズ氏はおちついてあたりをみまわし、賞賛をはじめました。まずへやの大きさに、また家具に感じいり、まるでロージングズの夏期朝食用小食堂にいるような気持ちだと言明いたしました。この比較は最初はたいした満足をあたえなかったのでありました。しかしロージングズがいかなるものか、その所有者が何人《なにびと》であるかをきき、キャサリン令夫人の客間のなかのただ一つの、炉柵のみで八百ポンドの費用のかかったことを知るにおよんで、フィリップス夫人はその世辞の威力にうたれ、たとえその館の家政婦のへやに比較されたとしてもうらみはしなかったでありましょう。
キャサリン令夫人とその館の壮麗さをのべ、ときおり脱線して彼自身の賤ケ伏せ家を自慢し、おこなわれつつある改造を語って、ほかの紳士たちが座に加わるまでコリンズ氏はまことに心たのしく時をすごしました。フィリップス夫人は熱心な傾聴者でありました。彼女は話を聞くうち、だんだんコリンズ氏を重要な人物と考えるようになり、聞いたことをできるだけ早く隣人に受け売りをする決心でありました。いとこの話など聞いていられぬ娘たちはじぶんたちでやいた、出来のよくない楽焼きなどを見るほかにすることもないので、この待つ間は相当ながく感ぜられました。しかしそれもおわりをつげました。紳士たちが近づいてまいりました。いよいよウィカム氏がへやにはいってきましたが、エリザベスはじぶんが昨日彼に会ったとき、なおその後彼のことを思い出したときにもった感嘆の念が少しも不当なものではなかったことを感じました。X州の士官はおしなべて評判のよい人々であり、その中でよりすぐりの士官が今日の客人でありました。しかしウィカム氏は容姿、容貌、風采、歩きぶりの点でこの人たちすべてに数だん抜きんでておりました。この人たちがみんなのあとから、ポートワインの匂いを発散させながらつづいてきた、平たい顔をしたかたくるしい伯父フィリップスよりははるかに立派であるのとおなじ程度に。
ウィカム氏はすべての女性の目を一身にあつめた幸福な男性であり、エリザベスは最後にそのそばに彼が腰をおろした幸福な女性でした。すぐに気持ちよく話をはじめ、話題は単に今晩は雨降りで、たぶんもう雨の季節となったのだろうとかありきたりのものでしたが、話し手の技倆によっては最も陳腐で退屈な話題でも、興味深くきかされるものでありました。
女性の注目に関してウィカム氏や士官のような人々を敵にまわしてはコリンズ氏はまったく影のうすい存在になってしまいました。若いご婦人たちにとってはたしかに無にひとしい存在だったのですが、フィリップス夫人は間をおいて、ときどき親切なきき手となり、またたえず気をくばってコーヒーとマフィンはふんだんに配給したのでありました。
カルタの卓が出されますと、こんどはコリンズ氏のほうで夫人に恩に報いるようホイストに加わりました。
「現在のところこのゲームはほとんど知らないのですが、大いに上達をはかりたいものです。というのはわたしのような地位にあるものは――」フィリップス夫人は彼の好意に感謝したが、その理由まできく余裕はありませんでした。
ウィカム氏はホイストはいたしませんでした。いま一つのテーブルにいたエリザベスとリディアの間に迎えられ喜んで席につきました。はじめのうちはリディアがまったく独占するのではないかとあやぶまれました。彼女はそれほど断固たるおしゃべりだったのです。しかし同様に福引きにもたいへん興味がありましたのでまもなくそれにすっかり気をとられてしまい、かけをしたり賞品を求めて絶叫したりで、とくにだれかに注意を払うことはなくなりました。それゆえウィカム氏はそのゲームに加わっている人としての、当然の注意を払いながらもエリザベスに話しかける余裕はじゅうぶんあり、彼女も喜んで耳をかしました。おもにききたいことについては、すなわち、ダーシー氏と知り合いのてんまつについては話してもらえる道理もなかったのでした。その紳士の名を口に出すことさえつつしんでいたのですから。しかし彼女の好奇心ははからずも満たされました。ウィカム氏はその話題をじぶんでもちだし、ネザーフィールドはメリトンからどれくらい離れているかたずね、その答えをきくと、ためらうような様子でダーシー氏はいつごろからそこに滞在しているのかとただしました。
「やがてひと月になります」とエリザベスはいい、それからその話題を立ち消えにさせたくないままにつけ加えました。「あのかたはダービシャーのたいへんな資産家でいらっしゃるそうですね」
「そうです」とウィカムは答えました。「そこの領地は壮大なものです。一年まるまる一万ポンドのあがりがあります。そういうことについてわたしほどたしかな情報をあたえることのできるものはありませんよ。幼児のころから特別の関係で彼の家とつながりがあるのですから」
エリザベスは驚いた顔つきにならずにはいられなかったのでした。
「もっともベネット嬢《さん》、あなたはたぶんごらんになったと存じますが、昨日のあの冷淡な出会いのあとでこういうことを申し上げればお驚きになるのはもっともです。ダーシーさんをあまりご存じではないのですか?」
「あのくらいで結構よ」エリザベスは熱をこめていい放ちました。「おなじ家で四日間をくらしましたがとても人好きのわるいかたでしたわ」
「わたしにはあの人の人好きのよしあしについて、じぶんの意見をいう権利はないのです。わたしにはそのような資格はないのです。あまりながくあまりよく知っているので公平に判断はできないのです。公平にすることは不可能なのです。しかしあなたのあの人に対する意見は一般には思いがけない――まあ、たぶんどこかほかの場所ではそんなにつよくおっしゃることもないでしょう。ここではごじぶんの家の人たちの間なのですから」
「たしかに、わたしが今ここでいっていることは近所のどこのお家でだっていいますわ。ネザーフィールドだけは別ですけれどね。ハーフォードシャーではあのかたはちっとも好かれていらっしゃいません。あの自尊心にはみんな辟易しています。だれだってわたしよりほめるかたなどございませんでしょう」
「ダーシー氏にしろそのほかだれでも真価以上に評価されないからといって、残念だというそぶりを見せるわけにもまいりませんが、あの人の場合はそんなことはめったにないのではないですか。世間はあの財産と社会的地位ですっかりまどわされております。あるいはあの高圧的な態度におどされて、彼がみられたいようにしかみえないのです」
「わたしのわずかなおつきあいからしてもとても不きげんなかただと思っております」ウィカムはただ頭を横にふっただけでした。
次に話す機会がきたとき「あのかたはこのあたりにずっとご滞在になるらしいですか?」とききました。
「全然存じません。わたしがネザーフィールドにいる間はよそに出かけられるお話はありませんでした。あなたのX州のためになるご計画があのかたが近所にいられることで影響されませんように」
「いや、わたしがダーシー氏に追い払われるなんてことはありません。わたしに会いたくなければあちらで出てゆくがいいです。わたしたちの仲はあまりよくありませんし、あの人に会うことは苦痛です。しかしわたしがあの人をさける理由は広く世界中に公言してはばからぬものです。非常にひどい取り扱いを受けたという感じ、彼の人となりに対する深い失望であります。ベネット嬢《さん》、あの人の父上、亡くなられたダーシー氏はこの上なくいいかたでわたしがかつてもった最も真実な友でした。今のダーシー氏と同席すればいつも先代に対する幾千のやさしい思い出に心の底から悲しまずにはいられないのです。彼のわたしに対する仕打ちはまことにけしからぬものでしたが、彼の父上の望みをふみにじりその追憶をけがしたことに比べればどんなことでも赦すことができます」
エリザベスは話題の興味がいよいよ増すのをおぼえ、全心を傾けて傾聴しました。しかし事柄が微妙なのでそれ以上立ち入ってきくわけにもゆきませんでした。
ウィカム氏はもっと一般的な話題、メリトン、近隣、社交、などについて話しはじめ、今まで目にはいったものについては大そう気に入ってる様子で、とくに社交についてはおだやかではあったが明瞭にうれしがらせの言葉を口にしました。
「わたしがX州入りするおもな誘因はたえず社交にめぐまれていることでした」とつけ加えました。「それがたいへんきちんとして気持ちのよい軍団であるのは承知していますが、友人のデニーは今の駐屯地域の事情を語ってわたしを誘ったのです。メリトンで非常に大事にされ、すばらしい知己が得られるということです。白状しますが社交はわたしにはなくてはならぬものです。わたしは失意の男でとても孤独には堪えられないのです。何か仕事と社交が必要なのです。軍人になるように教育されたわけではなかったのですが、事情でそれが選ばれたのです。教会がわたしの職業となるように教育を受けたのです。もしわたしたちがたった今うわさをしていたあの紳士さえその気になれば今ごろはたいへんねうちのある教会職を手にいれていたのですが」
「まあ」
「そうなのです――先代のダーシーはかたみに非常によい教会職の次の聖職者として推せんしてくださっていたのです。わたしの名付け親でたいへんかわいがってくださいました。あのかたのご親切はいいつくせぬほどです。あのかたはわたしのために将来の備えをじゅうぶんにしてくださるおつもりであり、またそれをしたとお考えだったのですが、その教会職が空席になったときにはほかの人にあたえられてしまったのです」
「なんということでしょう」とエリザベスは叫びました。
「そんなことがどうしてできるのかしら? どうして遺言を無視できましたの? なぜ法律にお訴えにならなかったのですか?」
「遺贈の条件が非公式なものでしたので、法律に訴えても望みがなかったのです。各誉を重んずる人なら遺贈の意図をうたがう余地はなかったのですが、ダーシー氏はあえてうたがわれたのです。あるいはそれが単に条件的な推せんと考えてわたしがそれに対する要求権を、ぜいたくと不謹慎で簡単にいえば、すべてにして無にひとしいことで全面的に放棄したとあえて断言されたのです。二年まえその教会職は空席となりそれはちょうどわたしがそれをひき受けてしかるべき年齢に達していたのですが、ほかの人にあたえられてしまったことはたしかな事実なのです。同様にたしかなことはわたしがじぶん自身に対しては事実それを失って当然なこととしたと自責することのできないことです。わたしは熱しやすくて、かっとなるたちで、とくにあの人につきまたあの人に向かってあまり思うままをいいすぎたのかもしれません。それ以上のことは思い出せないのです。しかし事実はわたしたちが非常に性質がちがっていて、わたしをきらいだったのでしょう」
「まあひどいこと! あの人をおおやけにこらしめなければいけませんわ」
「まあそのうちにこらしめられることでしょうが、わたしはじぶんではそれをしないつもりです。あの人の父上を忘れないかぎり、とてもあの人にくってかかったりあばいたりはできないのです」
エリザベスはそういう気持ちをもつ彼を尊敬し、そういっている彼がよけいに美しく見えてくるのでありました。
「でも」しばらく休んでから申しました。「いったい、あのかたの動機は何でしょうね? いったい何でそんなにひどいことをなさったのでしょう?」
「徹底してわたしをきらっているのではないでしょうか――幾分嫉妬をまじえたものですが。亡くなられたダーシー氏があれほどわたしをかわいがってくださらなかったら、息子にとってもっと我慢ができたかもしれません。幼いころのわたしに対するなみなみでない愛着が彼をいらだたせたのだと思います。あの人の気質はわたしたちのもたされた競争意識に、わたしがひいきされたことにとても堪えられなかったのでしょう」
「わたしはダーシーさんがそんなにわるいかただとは思いませんでしたわ。あまり好きだと思ったことはありませんけど。わたしはあのかたが人間一般を軽べつしていられるだけでそんな悪意の復しゅうとか不公正、不人情ができるかたとは思っておりませんでした」
数分考えたあとで、しかし彼女はつづけて申しました。
「そういえば思い出しますわ、あのかたがネザーフィールドであるときごじぶんの執念深いこと、相手をゆるせぬ気質のことをいっていらっしゃいましたわ。おそろしいご性質ですのね」
「こういう話題ではとてもじぶん自身に信用ができません」とウィカムは答えました。「わたしはとてもあの人に対して公平にはなれませんから」
エリザベスはふたたび考えこみ、しばらくしてからこう叫んでました。「父親の名付け子を、友を、お気に入りを、そんなめにあわせるなんて」また「あなたのようにお顔を拝見しただけで温厚なかたと、保証できるかたを」とつづけることもできたのでしたが、彼女は次のようにいうだけにとどめておきました。「あなたのおっしゃったように非常に近しいご関係なのですから、子供時代からたぶんごじぶんのお友だちでいらしたでしょうに」
「わたしたちはおなじ教区、同じ邸内に生まれ、青年時代の大部分をいっしょにすごしました。同居者として、おなじたのしみをわかち合い、おなじ親の庇護のもとに育ってきたのです。父はもと貴女《あなた》の伯父さまが立派にやっておられるあの職業で身をたてたらしいですが、やがてすべてを投げうって先代のためにペンバレーの財産管理に没頭しました。先代は父を親しい腹心の友として重んじられました。父の実際上の管理に負うところ多いのをみとめられるのもたびたびでした。それで死ぬ直前にみずからすすんでわたしの扶養の約束をあたえられました。思うに、先代はわたし自身への愛情とともに父に対して恩義を感じておられたのです」
「奇妙ですこと――」エリザベスは叫びました。「なんていやなことなんでしょう! 今のダーシー氏のあの自尊心があなたに対して公正な態度をとらせなかったことが不思議でなりませんわ。もっとよい動機からでなくともあのかたの自尊心のためだけでもそのような不誠実はできそうもないと思えるのですけれど。だってそれは不誠実とよんでよいと思いますが」
「ほんとに奇妙ですね」とウィカムは答えました。「あの人の行為のほとんどすべては自尊心にあとづけられます。自尊心があの人の最上の友でした。ほかのいかなる感情よりも自尊心があの人を徳とむすびつけてきました。しかしだれも首尾一貫してはいないものです。わたしに対するあの人のやりかたには自尊心よりも強い動機が働いていたのですね」
「あの嫌な自尊心が何かあのかたにいい影響をあたえてまいりまして?」
「あたえてきましたとも。あのかたを気まえのよい寛大な人にしております。お金を惜しげなくあたえ、客を親切にもてなし、小作人の援助、貧困者の救済をなさせております。家に対する、また父親に対する誇りによるものです。あの人は父上のひととなり、また業績を非常に誇りにしておりますから。じぶんの家名を傷つけないこと、世間から賞賛される長所をおとさぬこと、ペンバレーの影響力を失わぬことが力づよい動機となっているのです。あの人はまた兄としての誇りももっております。幾分兄としての愛情もそれに加わって、非常に親切なゆきとどいた保護者にしております。あなたはあの人が最もゆきとどいた最高の兄としてほめそやされているのをおききになりますでしょう」
「ダーシー嬢はどんなかた?」
彼は頭をふった。「かわいらしいかたといいたいのですがね。ダーシー家の一員をわるくいうのはとても苦痛なのですが、あの妹さんはあまり兄さんに似すぎています。あまりにも自尊心が高いのです。幼いころは愛情深い気持ちのよい人でわたしのことをたいへん好いてくれ、わたしは何時間もあそんであげたものです。しかし今では何でもありません。たいへん美しい、十五歳か六歳の人、たいへん教養がおありということです。父上がなくなられてからロンドンに住み、ひとりの婦人がいっしょにいて教育を監督しているとのことです」
たびたび間をおき、ほかの話題を試みたあとでもう一度この最初の話題にかえらずにはいられなかったのでした。
「ビングリーさんとお親しいのには驚きますわ。まるで上きげんの生まれかわりのような、また事実いつもきげんのいいビングリーさんがあんなかたと仲がおよろしいなんてどうしたことなのでしょう? どういうぐあいに折り合っていらっしゃるのかしら? あなた、ビングリーさんをご存じ?」
「全然知りません」
「とても愛想のよい魅力のあるかたですわ。ダーシーさんのほんとのことをご存じないのではないかしら」
「たぶんご存じないのでしょうね。だが、ダーシー氏はその気になれば人の気に入ることのできる人です。その能力がないわけではないのです。話しじょうずな仲間にもなれます。それだけのねうちがあると思えば。少なくともあの人とおなじくらいえらい人間の間ではじぶん以下の人たちの間にいるときとはまるでちがった人なのです。自尊心からのがれることができない人なのです。金持ちに対しては気まえがよく、公正、誠実、合理的、尊敬すべき人、そのうえたぶん人好きよし、といってもよいのではないでしょうか。財産と容姿のためにとくをしているとしてもですね」
ホイストがその後すぐにおひらきになり、みんな今一つのテーブルにあつまり、コリンズ氏もいとこのエリザベスとフィリップス夫人の間に陣どりました。さいさきいかがでしたかと、かたどおりの質問が夫人によってなされました。あまりよくはなかったのでした。あらゆる得点をやりそこなったのでした。そこでフィリップス夫人がそれについて心配の様子をみせはじめると真実大まじめに全然何でもないことだ、なくしたお金ははした金だから気になどしないでいただきたいといいました。
「よく存じておりますよ、奥様」と申しました。「人がカード卓に向かってすわればこんなことはなりゆきにまかせるほかしかたのないものです――さいわいにも五シリングをあてにしないでもよいような経済的事情ですから。同様のことといえぬ人もたくさんいると思いますが、キャサリン・ド・バーグ令夫人のおかげをもちましてこまかいことにこせつく必要はなくなっております」
ウィカム氏の注意はとらえられました。たぶんコリンズ氏を観察したあとで低い声でエリザベスにご親類のかたはド・バーグ家と親しく知り合っておいでになるのかとたずねました。
「キャサリン・ド・バーグ令夫人は」と彼女は答えました。「最近いとこに教会職をおあたえになりました。最初はどういう手づるで紹介されたのかは存じませんが、まだ存じ上げてながくはないようです」
「キャサリン・ド・バーグ令夫人とアン・ダーシー令夫人とは姉妹でいらっしゃいます。したがって今のダーシー氏の伯母上にあたられることはもちろんご存じでしょうね」
「いいえ、知りませんでしたわ。キャサリン令夫人のお身内については何も存じませんでした。一昨日までは令夫人の存在についてさえきいたこともありませんでしたの」
「令夫人の令嬢ド・バーグ嬢はたいへん広い領地を相続になるはずで、令嬢とおいとこは二つの領地を合併になるはずです」
この報道でエリザベスはほほえみました。ビングリー嬢の事を思い出し、かわいそうと思ったからでした。しょせん、すべて彼女の心づかいも、いかに妹を愛してみても彼自身をほめてみても、彼がすでに他の女とみずからの未来を定めているならすべて空しく無益なことでしょう。
「コリンズさんは」とエリザベスは申しました。「キャサリン令夫人と令嬢をひどくほめていられます。しかしあのかたの令夫人についてのべた詳細から察しますと、あのかたは感謝のあまり誤解しているのではないかと疑われるふしもあります。令夫人はあのかたの後援者ではありますが、尊大なうぬぼれのつよいかたのようですね」
「そのとおり相当に尊大でうぬぼれがつよい人です」とウィカム氏は答えました。「もう長年お目にかかってはいませんが、あのかたを好きだったことはないように思います。あの人の態度はまるで独裁者のように横柄でした。たいへん物わかりがよくて利口なかたといわれていますが、わたしの信ずるところではその能力をいくぶんはその階級と財産から、いくぶんは権威のある態度から、残るところは令夫人の甥の自尊心から出ておるのだと信じます。あの人は自分と関係のあるものはだれでも第一級の理解力をもっているように思いたい人なのですから」
エリザベスはそれはもっともしごくの説明であるとみとめました。ふたりは話しつづけておたがいに満足しあっておりましたが、夜食のときとなってカードはおひらきになりましたので、ほかのご婦人がたにもウィカムの心づくしにあずからすことにしました。フィリップス夫人の夜食会はたいへんさわがしく、とても会話などできませんでしたが、この人の態度はすべての人に好感をあたえました。いうほどのことはすべてじょうずにいいまわされ、おこなったほどのことはすべて優雅におこなわれました。エリザベスは帰るとき、頭は彼のことでいっぱいでした。帰る道すがらウィカムをのぞいては、また彼がいったことをのぞいては何も考えられませんでした。けれど彼の名まえを口に出すことはできませんでした。リディアもコリンズ氏も口の開きっぱなしだったからです。リディアはたえまなく福引きの話をし、とれなかった魚(カルタのゲームに使うお金の代用品)、とれた魚のことばかりでした。コリンズ氏はまたフィリップス夫妻の礼儀正しいことをのべ、ホイストでした損などはちっとも気にしないと断言し、夜食の皿数をかぞえ上げ、くりかえしいとこたちにせまい思いをさせているのではないかと恐縮などしていうことが山ほどあり、馬車がロングボーンの家に止まるまえにはとても処理しきれなかったのでありました。
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第十七章
エリザベスはジェーンに、翌日ウィカム氏とじぶんの間にとりかわされた話をしました。ジェーンはきいているうちに驚きと心配でいっぱいになってまいりました。彼女にはビングリー氏が尊敬しているダーシー氏がそんなつまらぬ人物であるとは考えられないのでした。が、さりとてあのように温厚な青年の誠実さを疑うなどとはその性質上とてもできないことでありました。その青年がそのような不親切を受けたということが彼女のやさしい感情をうごかさずにはいなかったのでした。それゆえ両方をよく考慮し、それぞれの行動を弁護し、ほかに説明のしようのないことは偶然だとか、ゆきちがいとして説明するよりほかしかたがないのでありました。
「おふたりとも」と彼女は申しました。「それはわたしたちにはとても考えも及ばないような、いろいろなやり方でだまされていらっしゃるのよ。何かためにする人たちがおふたりの間に誤解を生むようにしむけたのですよ、きっと。結局おふたりのどちらも実際の責任はないのにその間をさいてしまった原因とか事情はとても推量できるものではないわ」
「なるほど、もっともね。さてそれではおうかがいしますが、そのことにたぶん関係があったと見られるためにする人たちのためには何といって弁護なさる? どうぞその人たちの潔白も証明してあげてくださいな。わたしたちはだれかをわるく思わねばなりませんものね」
「たんとお笑いなさい。けれどいくら笑ってもわたしは意見をかえませんよ。ねリジー、考えてごらんなさいな、おとうさまのお気に入りを、おとうさまが扶養することをお約束になったかたをそのようにお取り計らいになったとなれば、あのかたはどんなに不名誉な立場にお立ちになることか。そんなことは不可能よ。ふつうの人情をもち、じぶんの名誉を重んずる人にそんなことはできるはずはないわ。いちばんの親友がそんなにだまされるものではないわ。そうよ、そんなことはないわよ」
「わたしにはね、ウィカムさんが昨晩わたしにきかせてくださったような自叙伝を創作なさったと考えるより、ビングリーさんがだまされていらっしゃると考えるほうがずっとたやすいのよ。名まえも事実もすべてすらすらと無造作にいわれたのよ。もしそれが事実とちがうならダーシーさんに反対していただきますよ。そのうえあのかたの顔はいかにも真実だったわ」
「むずかしいことね、ほんとに――気が重くなるわ。どう考えていいか、とてもわからないわ」
「お言葉ですけど、どう考えるべきかちゃんとわかっています」
しかしジェーンにはただひとつのことがたしかなだけでありました。ビングリー氏がもしだまされていたのだとしたら、この事件があかるみにでたときに、どんなに苦しい思いをされることだろうということ。
そのふたりの婦人は、話をしていた灌木林からふたりがうわさをしていたほかならぬその人たちの到来で呼びもどされました。ビングリー氏と姉妹はながく待ちこがれたネザーフィールドの舞踏会が次の火曜日に開かれることになったのでその招待を本人じきじきに伝えるためにたずねてきたのでありました。ビングリー姉妹は愛する友との再会を喜び、お久しぶりと挨拶をし、おわかれして以来何をしてたかとくりかえしたずねました。残りの家族にはほとんど注意をはらわずベネット夫人はできるだけさけ、エリザベスにもあまりものをいわず、ほかの者どもには全然ものをいいませんでした。まもなく辞し去りましたが、ビングリー氏が不意をつかれたほど急に席を立って、ひとえにベネット夫人の挨拶をのがれるように急いで立ち去りました。
ネザーフィールド舞踏会は家の女性たちすべてにたのしい期待をいだかせました。まずベネット夫人はこれを長女に対する心づかいと解釈し、とくに形式的な招待状のかわりにビングリー氏自身から招待を受けとったことでうぬぼれておりました。ジェーンはふたりの友とその兄弟からいろいろ心づくしを受けるたのしい一夜を心にえがきました。エリザベスはウィカム氏と心ゆくまで踊り、またダーシー氏の顔や挙動からあらゆることの確証を読みとらんものと喜んで待ち受けておりました。キャサリンとリディアによって期待されるたのしみはとくにある事件、ある人に限るものではありませんでした。ふたりともエリザベス同様、夜の半分はウィカムと踊るつもりでいたのですが、けっして彼のみがお目当てというのではなくとにかく舞踏会は舞踏会なのでした。メアリでさえ家のものどもに舞踏会もいやではないわというほどでした。
「昼の時間をじぶんの自由に使えれば」と彼女は申しました。「それでじゅうぶんです。ときどきの夜の約束ぐらいはたいした犠牲とも思わないわ。われわれはだれしも社会には義務を負っております。ときどきの気晴らし娯楽はだれのためにも望ましいことと主張したいと思います」
エリザベスはよほど必要でもないかぎりコリンズ氏に話しかけることなどなかったのでしたが、今の場合あまり心がうきうきしておりましたのでつい、ビングリー氏の招待を受けるつもりかどうか、またもし受けた場合その夜のたのしみに加わるのは正しいと思うかどうかときかずにはいられなかったのでした。その返事はまことに意外でコリンズ氏は全然その点遠慮などしておらず、ダンスをしたとしても、僧正からもキャサリン・ド・バーグ夫人からもお叱りを受けるなどとは全然懸念していないのでありました。
「こういう種類の舞踏会、すなわち品性高潔な青年がしかるべき身分いやしからざる人たちのために開く舞踏会というものは、何ら邪悪な傾向をもつものではありません。それゆえ、わたし自身踊るのも恥ずかしくないことでありまして、その夜のうちに美しいわがいとこたちみなさまのお手をとる光栄を得たいとのぞんでいるのであります。この機会を利用いたしまして、エリザベスさん、とくに最初の二つのダンスのためにあなたのお手のお約束をいただきたいと思うのであります。これはジェーンさんも、もっともな理由のあることとけっしてじぶんをないがしろにするためではないとお考えになりお許しくださることと存じます」
エリザベスは完全にしてやられたと感じました。この最初の二つのダンスこそはウィカムに申し込まれるものと期待していたのでありました。それをコリンズにとられるとは――彼女のおてんばがこれほどタイミングがわるかったこともありません。しかしいかんともしがたく、ウィカム氏とじぶん自身のたのしみはやむをえず少し延期し、コリンズ氏の申し出をできるだけ礼儀正しく受け入れたのでありました。コリンズのこの心づくしは何かほかにも、ほのめかすものがあり、よけいにうれしくなかったのでした。今はじめてじぶんが姉妹の間からハンズフォード牧師館の主婦になるものとして、またロージングズのカドリル卓にもっと思わしい人間の得られない場合、頭数をそろえるにふさわしい人間として抜き出されたことに気づいたのでありました。この考えは、コリンズ氏がまずじぶんへの心づかいを強化し、またじぶんの機知を、また活発さをほめようとするのをみて確信するようになりました。じぶんの魅力のこのような効顕には満足するよりあきれはてておりましたが、まもなく母親から、もしふたりが結婚することがあればじぶんは非常にうれしいというほのめかしをあたえられました。しかしエリザベスはそのほのめかしはわからぬことにしたのでした。何かこれに返事をしたらたいへんなけんかになるにちがいないことはよくわかっていたからです。コリンズ氏は申し込みをしないかもしれないのだし、申し込みがなされるまで彼のことで争ってみてもむだなことでありました。
ベネット家の娘たちにとってもしネザーフィールドの舞踏会のために準備をしたり、うわさしたりすることがなかったらこの時期はどんなにも、みじめだったことでしょう。招待を受けた日から舞踏会の日まで雨がふりつづいて一度もメリトンへ出かけることができなかったのですから。伯母も士官もニューズも求めようがありませんでした。ネザーフィールドのための靴飾りでさえ使いで手に入れたのでした。エリザベスでさえもウィカム氏とのつき合いを深めるのは一時中止の形で、かなりいらいらしたかもしれません。火曜日の舞踏会があってはじめてキティもリディアもそのような金、土、日、月曜日を我慢できたのでありました。
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第十八章
エリザベスはネザーフィールドの客間にはいり、あつまった緋色の上着の群れにウィカムの姿を求めてむだにおわるまで、彼がこないかもしれないなどという疑いを全然思いついたこともありませんでした。確実に彼に会えると思いこみ、懸念してもしかるべきと思われるあの思い出も一つとしてその確信をとどめるにはいたらなかったのでありました。いつもより念入りに着付けをし、彼の心の征服されていない部分がありとすれば、それは今夜のうちにじゅうぶん獲得できるものとたいそうはりきっておりました。しかし一瞬のうちに、ダーシー氏の望みにしたがってビングリーの士官招待から、はずされたのではないかという恐ろしい疑惑がおこりました。彼の友デニー氏の言葉によって事情はエリザベスの懸念どおりではありませんでしたが、ウィカムが欠席というのははっきりした事実であり、リディアが熱心にこの人にたずねた結果、ウィカムは前日所用でロンドンに出かけねばならなかったこと、まだ帰ってきていないことがわかりました。この人は意味深長の微笑をうかべて、つけ加えました。
「わたしの想像するところでは、ここにいるある人をさけることを望まなければ何も今が今、緊急な用事のために呼び出されなくともよかったのです」
彼の知らせのこの部分はリディアにはきかれなかったのですが、エリザベスにはききとれました。じぶんの最初の憶測が正しかったとおなじほど、ダーシーはウィカムの不参に責任のあることがたしかめられたので、ダーシーに対する悪感情が当座の失望のためにひどく鋭くされ、ダーシーがすぐあとでごきげんいかがとていねいに挨拶をするために近づいてきたときも、まずまずの返礼さえできかねるほどでありました。ダーシーに対して心をつかったり慎《つつし》んだり我慢をしたりすることはまるでウィカムを冒涜するかのような気持ちでした。彼とは絶対に口をきくまいと決心し、なるべく不きげんに横を向きましたが、この不きげんはビングリー氏と口をきくときにもまったくうちかつことができませんでした。彼女にはビングリー氏のダーシーに対する盲目的な偏愛が腹立たしかったのでした。
しかしエリザベスはもともと不きげんにはできぬ人でした。この夜のたのしみのあてははずれたのですが、これは長くその活気をおさえてはいなかったのです。じぶんのなげきをすっかりここ一週間ばかり会っていなかったシャロット・ルカスに話してしまうと、じぶんから話題をかえていとこの奇行にうつりシャロットの注意をこの人に向けました。しかし最初の二つのダンスでまたもや彼女は苦しみに見舞われました。これこそ難行苦行の踊りというものでした。コリンズ氏は不器用でいかつく、気を使うかわりに詫びてばかり、まちがったうごきをしてそれに気がつかぬありさまで、不愉快な相手が二つのダンスの間であたえられるかぎりの恥ずかしさみじめさをあたえました。解放の瞬間こそ喜びのときでした。
次の二つを士官と踊り、ウィカムのことを話し、彼がみんなに好かれていることをきいて元気回復の思いでした。ダンスがおわるとシャロット・ルカスのところへ帰りふたりで話しておりました。ところへ突然ダーシーが話しかけ、ダンスの申し込みをしました。ひどく不意をうたれたエリザベスは無我夢中のうちにそれを受け入れてしまいました。ダーシーはすぐに立ち去りましたが、残されたエリザベスはじぶんの沈着を欠いていたことをくやしがりましたが、シャロットは彼女をなぐさめました。
「あのかた、気持ちよいかたかもしれないわよ」
「とんでもない。そんなことになったらたいへんな不幸よ。きらうよう心を決めた人を気持ちのよい人と思うなんて! そんないやなことを望まないで」
しかしダンスがまたはじまってダーシーが近づいて相手になってくれるようねがったとき、シャロットはひそひそと彼女にウィカムが好きだからといって男の人の目には十倍も重要なダーシーに不愛想にしないようにと警告をあたえないではいられませんでした。エリザベスは返事はしないでダンスの組に仲間入りし、ダーシー氏に向かいあって立つことをゆるされるという名誉に驚き、これをみる隣人の表情のなかにおなじような驚きを読みとりました。しばらくは踊りましたがこれでは二つのダンスの間中沈黙がつづくのではないかと気がかりになりましたが、はじめのうちは沈黙を破るまいと決心したのでした。と不意に相手にとって話さねばならぬのはいい罰になると想像してちょっとした意見を口にいたしました。彼は返事し、まただまりこみました。数分の間をおいてふたたび話しかけて「ダーシーさま、今度はあなたが何かおっしゃる番ですわ。わたしはダンスについて話しましたから何かへやの大きさについて、あるいは人数について意見をおっしゃるべきだと思いましてよ」
彼は微笑していってほしいことはお望みしだい、何でも申しますとうけあいました。
「結構ですわ。そのお答えで今のところはいいことにいたします。やがて個人の舞踏会はおおやけのものよりずっと愉快だとかなんとかわたしが申しましょう。今はふたりともだまっていてもようございます」
「それではあなたはダンスの間規則にしたがってお話しになるのですか?」
「はい、ときには。少しは話さないといけませんでしょう。まる半時間、全然だまっていては変にみえますもの。しかしあるかたがたのために会話はできるだけ簡単な答えですむようにまとめられなければなりません」
「現在の場合あなたはご自身の感情を考慮していられるのでしょうか、それともわたしの感情を満足さしてくださっているとお考えなのでしょうか?」
「両方ですわ」とエリザベスはいたずらっぽく答えました。「だってわたしはいつもわたしたちの精神傾向に大きな類似があるとみておりますから。わたしたちはどちらも非社交的で、口かずは少なく大喝采をはくし子々孫々にことわざのごとく語りつたえられるようなことでなければ口に出したく思わないのですもの」
「それはあまりご自身の性格とは似ていないようですね」と彼は申しました。「わたし自身の性格にどれほど近いかこれは申し上げることはできません。あなたはたしかに忠実な肖像とお考えなのでしょうね」
「じぶんのできばえについてかれこれいうわけにはまいりませんわ」
彼は答えませんでした。それからそのダンスのおわるまでだまっていましたが、彼はあなたと姉妹のかたがたはよくメリトンまでお歩きになりますかとたずねました。肯定の答えをしてから誘惑にうちかてずつけ加えました。「先日お会いしましたときは新しいかたとお知り合いになっておりましたの」
効果はてきめんでした。傲慢のより深い影がその顔立ちの上にひろがりましたが、彼はひと言も口をききませんでした。エリザベスは自身の弱気をせめながらそれ以上は言葉をつづけることはできませんでした。とうとうダーシーはぎごちない調子で申しました。「ウィカムさんはたいへん人好きのよい態度にめぐまれてやすやすとお友だちを|つくり《ヽヽヽ》ます。しかしその友だちを同じように保持《ヽヽ》できるかどうかはそれほどたしかではありませんが」
「あのかたはお気の毒にあなたの友情を失い生涯そのために苦労をなさいますそうですね」と力をこめて答えました。
ダーシーは答えず、話題をかえたい様子でした。ちょうどその瞬間ウィリアム・ルカス卿はふたりの近くにあらわれました。踊りの一組を通り抜けてへやの向かい側に行こうとしていたのですが、ダーシー氏をみつけると、とびきり丁重にお辞儀をして、彼のじょうずな踊りとそのすばらしい相手につき世辞を申しのべました。
「わたしはまったく感じいってしまいました。あのようにすぐれたダンスはなかなか拝見できないものでございます。あなたさまは第一級の社交界のかたでいらっしゃいますが、はばかりながらその美しいお相手もあなたさまをはずかしめぬかたでございます。ねがわくばこの喜びがしばしばくりかえされますよう。とくにある望ましいことが、ねエライザさん(と彼の姉とビングリーのほうに目をやりながら)とりおこなわれますときにはね。みんなのお喜びの言葉が洪水のように流れこむことでございましょう。ダーシーさま、あなたさまに懇請いたしまして。あ、いやこれはたいへんお邪魔をいたしまして、せっかくあのお若いご婦人との魅惑あふれるお話し合いに邪魔をいれまして、ご婦人のかがやかしい目もわたしを非難しているようでございます」
この挨拶の後半はダーシーの耳にはほとんどはいらないようでありました。ただウィリアム卿のじぶんへのほのめかしは激しく彼をうったようで、その目はいっしょに踊っているビングリーとジェーンに気むずかしい表情で向けられていました。しかしまもなく気をとりなおし相手に向かって申しました。「ウィリアム卿の邪魔がはいって何をお話ししていたか忘れてしまいましたが」
「何かお話ししていましたかしら。ウィリアム卿はどんな一組を妨害なさってもわたしたちほど話題のない人たちはなかったと思います。もう二、三の話題を試験したのですがうまくまいりませんでしたし、次に何をお話ししたらいいか思いつきもしませんわ」
「本のことなどはどうでしょうね」と彼は微笑しながら申しました。
「――ああ、だめですわ。わたしたちはまちがいなくおなじ本は読みませんでしょうし、読んだとしても感じ方がちがいますもの」
「そういうご意見だとするとほんとに残念です。しかしもしそうだとすれば、少なくとも話題にはことかきませんね。異なった意見の比較ということもありますから」
「いえ――舞踏室で本のお話などできませんわ。頭がほかのことでいっぱいですもの」
「こういう場合|現在《ヽヽ》がいつもあなたを占領しているのですね?」と疑わしいといった表情でこう申しました。
「はい、いつでも」と答えましたが、じぶんが何をいっているのかわからぬといった様子でした。その考えは話題からは遠くはなれてさまよっていたことは、次に不意に叫んだことからよくわかりました。「ダーシーさま、あなたがいつか人をゆるすことはなかなかできぬとおっしゃってらしたのをおぼえておりますが一度いだかれた恨みは、なかなかわすれられないと。それが|胸にいだかれる《ヽヽヽヽヽヽヽ》までには細心の注意をおはらいなのでしょうね?」
「そう、細心の注意をはらいます」としっかりと答えました。
「偏見のためにじぶんをくもらせたりなどはけっしてなさいませんでしょうね」
「しないことを望んでいます」
「じぶんの意見をかえない人はとくにまず最初正しく判断したという確信をもつことが必須条件ですわね」
「いったいこのような質問のねらいはとおききしたいのですが」
「ただあなたのご人格の解明のためでございました」なるべくさりげない調子で申しました。「ご人格を理解しようとしているのでございます」
「そして首尾はいかが?」
彼女は頭を横にふり、「ちっともうまくまいりませんの。いろいろちがった評価がありましてほんとに当惑しております」
「さぞかしそうだろうと思いますよ」彼はまじめに答えました。「わたしに関してはいろいろちがったうわさをきかれることでしょう。ベネット嬢《さん》、当座はわたしの人格を素描なさるのはおよしくださったらと思います。でき上がりは描いた人にも描かれた人にも名誉にならぬものになるおそれが非常にあるからです」
「でも今あなたの肖像をとっておきませんと、ふたたび機会はないように思われますもの」
「けっしてあなたのおたのみをさまたげようというつもりはないのです」と彼は冷淡に答えました。エリザベスもそれ以上は何も申しませんでした。やがてダンスをもう一つ踊って、だまったままわかれました。双方不満を感じていましたが、その程度はちがっておりました。ダーシーの胸にはエリザベスに対する相当つよい感情をいだいておりましたから、すぐさま彼女をゆるし、怒りはすべてほかのひとりの男に向けられました。
ふたりがわかれてまもなくビングリー嬢はエリザベスのほうへ、いんぎんではあるが嘲笑的な表情で話しかけてきました。「それでエライザさん、あなたはウィカムさんがたいへんお気に入ったそうですね。妹さんがあの人のことを話して、いろいろ質問をされましたわ、わたし気がついたんですけど、あの人はほかのことといっしょに先代ダーシーさまの家令であった老ウィカムの息子だということをいい忘れたようね。友だちとしてご注意しておきますが、あのかたの主張を全面的に信用なさってしまわぬことですわ。たとえばダーシーさんがあの人を虐待されたなど、完全にうそでしてよ。それどころかいつもずいぶん親切にしていらしたのよ。それに対してたいへん破廉恥なむくい方をしたのです。くわしいことは存じませんがダーシーさんは全然おわるいところはないこと、ジョージ・ウィカムの名をきくのも堪えがたく思っていらっしゃること、兄も士官の招待のなかにあの人を入れないわけにはいかなかったのですが、あの人がじぶんで抜けてくれたことをとても喜んでいたのは知っておりますのよ。だいたいあの人がこの地方へやってくるなんてたいへんあつかましいことですわ、ほんとに。よくもずうずうしくやってきたものだと驚きます。エライザさん、あなたのお気に入りの罪をいろいろあばいてお気の毒ですわね。しかし素性を考えればそれ以上の期待ももてませんね」
「あのかたの罪と素性とかは、あなたのご説明によると、まるでおなじことのようにきこえますわ」とエリザベスは腹を立てて申しました。「あなたの非難はダーシーさんの家令の息子であったということよりわるいことは何もなかったようにきこえます。そのことについては、はっきり申し上げますけれど、ごじぶんでちゃんと教えてくださいました」
「ごめんなさい」と冷笑をうかべて向こうをみました。
「おせっかいをおゆるしください。親切のつもりでいったことなのです」
「失礼な人!」とエリザベスはひとりごとを申しました。
「そんなくだらない攻撃でわたしをへこませるとお思いになったら大まちがいです。あなたのてまえ勝手な物知らずとダーシーさんの悪意以外は何にもありませんわ」それからビングリーにおなじ話題で質問をしてくれたはずの姉をさがしました。ジェーンは微笑をもって妹を迎えましたがこころよい満足をみなぎらせ、しあわせでかがやきわたり、この夜のできごとにどれほど満足しているかをじゅうぶんに示しておりました。エリザベスはたちまちその感情を読みとり、その瞬間にはウィカムに対する心配も彼の敵に対する怒りも、ほかのものはことごとくジェーンが幸福への最も有望な道を歩んでゆくようにとの願いのまえに座をゆずりました。
「わたしはね」とエリザベスは姉におとらずにこにこしながら申しました。「ウィカムさんについてわかったことを教えてもらいたかったの。でもあなたはあまりにもたのしくて、とても第三者のことなど考える余裕などなかったのではない? それならそれでいいの、ゆるして上げるわ」
「いいえ」ジェーンは答えました。「わたしあのかたのことは忘れませんでしたわ。でも納得のゆくことは何にもないの。ビングリーさんはあのかたのいきさつ全部ご承知のわけでもなく、ダーシーさんの気をそこねた事情はまったくご存んじないの。しかしダーシーさんのおこないの正しいこと、誠実であることについては保証していられました。そしてウィカムさんはダーシーさんから実際受けた心づかいにもあたいしないかただと確信していられるわ。残念だけれどウィカムさんはけっしてちゃんとした若者ではなさそうよ。たいへん、無分別なかたでダーシーさんの好意を失うのももっともなかたのようよ」
「ビングリーさんはウィカムさんを直接にはご存じないのね」
「ええそうよ。先日メリトンで出くわすまでお会いになったことはないそうよ」
「この説明はそれではダーシーさんから出たものなのね。すっかり満足したわ。しかし教会職については何といっていられて?」
「その事情ははっきりとは思い出されないそうよ。ダーシーさんからは一度ならずおききになったそうだけれど。しかしあのかたはただ条件づきで譲られていたのだろうと信じていられるわ」
「わたしはビングリーさんの誠実は疑わないわ」エリザベスは熱をこめて申しました。「しかしわたしは保証だけでは納得できないの、ごめんなさい。ビングリーさんの友人に対する弁護はたしかにご立派だわ。しかしいきさつのある部分はご存じないし、残りの部分もダーシーさん自身からおききになったことだからご両人については従前どおり考えたいと思います」
彼女はそれから話をどちらにもうれしいものにきりかえましたので、それについては感情の相違などあるはずはありませんでした。エリザベスはビングリーの愛情についてジェーンのいだいている幸福ではあるが謙遜な希望に耳を傾けてうれしく思わないではいられませんでした。そしてジェーンの自信の増すようにじぶんの力の及ぶかぎりのことを口にいたしました。やがてビングリー氏その人が仲間に加わりましたので、エリザベスはルカス嬢のところにしりぞき、彼女のさきほどのお相手はいかがでしたかとたずねられました。それに答えをしたかしないうちに、コリンズ氏がふたりのところへやってきて、今重大発見をしたところだと大得意で語りかけました。
「不可思議な偶然から今このへやにわたしの後援者の近しいお身内のかたがいらっしゃることを発見いたしました」と彼はいいました。「たまたまその紳士ご自身が今夜の主婦役をされている若いご婦人においとこさまド・バーグ嬢とその母君キャサリン令夫人のことを話しておられるのをもれききました。まことに不思議なまわりあわせです。この会合でキャサリン・ド・バーグ令夫人のたぶん甥《おい》ごさまにあたられるかたとお会いするなどと思いもかけぬことでした。さいわいあのかたに敬意をはらういとまがあるよう発見がなされたのを感謝しております。さて今わたしは敬意をはらいにまいりますが、あのおかたはそれをもっと早くしなかったなどおとがめになることもなかろうと信じております。お続柄をまったく存じ上げなかったことゆえご容赦くださることと思います」
「あなたはまさかダーシーさまに自己紹介をなさるおつもりではないのでしょうね?」
「いやそのつもりです。もっと早くしなかったことをゆるしを乞うつもりです。あのかたはキャサリン令夫人の|甥ご《ヽヽ》さんでいられると信じております。令夫人が先週の月曜日までたいへんお元気でいられたことを保証申し上げることはわたしにできることなのですから」
エリザベスはその計画はよしたほうがいいと、骨を折って説得しようとしました。ダーシー氏は紹介もなく話しかけるのをなれなれしい不作法と考え、叔母上に対する礼儀とはおとりにならぬであろう、どちらのがわからもみとめ合う必要などさらさらなく、もしあるとすれば身分の上の人が、まず交際をはじめるべきであると説いたのでありました。コリンズ氏はきいてだけはいましたが何が何でもじぶんの好きなようにするといったふうで、エリザベスの言葉がおわるとこのように答えました。
「エリザベス嬢《さん》、あなたの了解なさる範囲の事柄でしたらあなたのすぐれた判断をこの世で最も高く評価するものでありますが、はばかりながら俗界の礼儀の形式と聖職の礼儀の形式との間には相当のひらきがあります。おゆるしをねがって意見をのべさせていただきますが、そもそもわたしは聖職というものはもし適当なへり下った行動をもってするならば、イギリス王国の最も高い階級にも匹敵するものと考えております。それゆえこの場合におきましてはおのれ自身の良心の命ずるところにしたがい、じぶんが義務の本質とみなすことをおこないたいと思うのであります。ご忠告にしたがいませぬことはお許しねがいとうございます。ほかの問題ならば常にあなたのご指導にしたがうつもりでありますが、当面の問題においてはわたし自身のほうが教育により、日常の経験によりあなたのごときうら若き女性より決断に適していると考えるからであります」と低くお辞儀をしてダーシー氏の攻撃に出かけていきました。はたしてダーシーがどのようにこのいい寄りを受けとめるかと熱心にみまもっておりましたが、彼は明らかにこのように話しかけられてびっくりしたようでありました。いとこはまずおごそかに一礼してから演説をはじめました。ひと言もきこえたわけではありませんでしたが、唇の動きで「おゆるし」とか「ハンスフォード」とか「キャサリン・ド・バーグ令夫人」とかすべての言葉をきいているような気がしました。このような人にみずからをさらし者にしているのをみることは堪えがたく感ぜられました。ダーシー氏は驚きをかくしきれない表情で彼をじろじろとながめていましたが、最後にコリンズ氏が話すすきをあたえると丁重に、またよそよそしく、返事をいたしました。コリンズ氏は、しかし、ひるむことなくもう一度話しかけ、ダーシー氏の軽べつは、二度めの演説の長さに比例して増し加わるようにみうけられました。それがおわると軽く会釈して向こう側へ立ち去り、コリンズ氏はエリザベスのところへ帰ってまいりました。
「たしかにあのかたの応対を不満に思う理由はありません」と彼は申しました。「ダーシーさまは挨拶を申し上げたことをたいへん喜ばれたご様子でした。たいへん丁重な返礼をいただき、キャサリン令夫人の眼識に対しては深く信頼をよせられ、ねうちのないものに愛顧をあたえられるはずはないとの仰せをいただきました。なかなかみごとな思し召しではありませんか。概してわたしはあのかたにしごく満足しております」
エリザベスはもはや自身の興味を追うことはなくなったので、もっぱらその注意を姉とビングリーの上に向けていました。みておりますうちに一連のこころよい回想がうまれ、ジェーン自身とおなじほどにじぶんもしあわせであると感ずるほどでありました。ほかならぬこの家で真実の愛情による結婚のみがあたえうる至福のただなかに身をおちつけたジェーン。そういう環境のなかではビングリーの姉と妹を愛する努力もできるように感じたのでありました。母親の考えも明らかにじぶんとおなじ方向に傾いていることをみてとり、あまり多くをきかされぬよう母親に近よることは控えておりました。それゆえ夜食の席でおたがいに話のきこえる距離にすわることになったときはたいへん意地のわるいまわりあわせと考えたのでありました。そして母親が例の人(ルカス令夫人)に、ジェーンがまもなくビングリー氏と結婚するだろうというじぶんの予想をだれはばかることもなく話しているのをみてはまったくやりきれぬ気持ちでありました。これはまったく心のはずむ話題で、その縁組みの利点をかぞえ上げてうむところを知らぬありさまでありました。まずビングリーがかくも魅力ある青年であること、金持ちであること、じぶんたちからただの三マイルのところに住んでいること、などが自己満悦の第一の要点でありました。次には彼の姉も妹もジェーンを非常に好いていて、ジェーンとおなじほどにこの縁談にのり気であるのは何といっても喜ばしいことというのでありました。さてそのうえでジェーンがこのようによい家に嫁入ることは下の娘たちにとってさきざき金持ちの相手に出くわす機会を多くする、まことに有望な事態でありました。さて最後にはこの年になっては未婚の娘どもをその姉にゆだねることのできるのはじぶんの好きな程度以上に社交界に出る必要がなくなりまことにありがたいことだというのでありました。こういう身の上をありがたいことというのはこのような場合の外交辞令でありまして、どれほど年が寄ってもベネット夫人が留守居をたのしむことなどはありそうもないことでした。結論としてルカス令夫人にもじぶんとおなじように幸運にめぐまれるよう望みましたが、心中では明らかにそんな幸運に恵まれることはあるまいと信じて得々《とくとく》としていたのでありました。
エリザベスは母親に言葉の速度をやわらげ、じぶんの幸福を語るのに今少し声をおとしてと説得することを懸命につとめたのでありましたが、すべてむだにおわりました。彼女をひどくやきもきさせたのはじぶんたちの向かい側にすわっているダーシー氏に大部分がきこえていると思えるからでした。母親はこれをくだらないことと一蹴しました。
「ダーシーさんが、いったい何者なの? わたしがおそれる必要があるのかね。|あの人《ヽヽヽ》のききたくないことはいわないという義理などはないと思いますがね」
「後生ですから、おかあさま、もっと低い声でおっしゃって。ダーシーさんのお気をわるくして、とくになることなどありませんわ。そんなことなさればビングリーさんにだってよく思われっこないし!」
しかし何といってもききめはありませんでした。依然としてじぶんの見解を人にきこえるような調子で話しつづけるのでありました。エリザベスは何度もはずかしさといらだたしさで顔を赤くいたしました。ときどき目をダーシー氏のほうに向けないではいられなかったのですが、向けるたびにじぶんの懸念どおりであることを確信させられました。彼はいつも母親のほうへ視線を向けていたわけではないのですが、その注意は始終彼女の上に定着しているのがわかりました。表情は怒りをふくんだ軽べつから、やがておちついてまじめな顔つきとなりました。
しかしついにはベネット夫人も話題がとぎれ、じぶんがお相伴にあずかるあてもない喜びをくりかえしきかされて長い間あくびしていたルカス令夫人も、冷ハム、冷チキンをたのしむことをゆるされたのでした。エリザベスもやっとやっと息をふきかえす思いでした。がその平安の幕間もながくはありませんでした。夜食がすむと歌の話が出て、ほんのちょっとせがまれただけでメアリは会衆一同の懇願に答えるつもりになっているのをみなければなりませんでした。意味深長な顔つき、沈黙の嘆願で極力そのような親切をさせまいと努力したのでしたがむだにおわりました。メアリはそれを了解しようとはしなかったのでした。このような公開の機会は彼女にはうれしくもあったので、あくまで歌うつもりでした。エリザベスは身をきられる思いで目をメアリに据え、幾節も歌いすすむのをいらだたしくみていたのですが、歌のおわりにはまたぞろひどい報いを受けたのでした。食卓の人たちの感謝のなかにまじって、今一度歌っていただけないかという希望がほのめかされるとさっそく今一つ歌いはじめたのでした。メアリの能力はけっしてこのような公開に適するものではなかったのでした。声はよわいし態度は気どっていました。エリザベスはいたたまらぬ気持ちでした。ジェーンはどのようにこの苦しみに堪えているかとみましたが、いともおちつきはらってビングリーに話しかけておりました。ふたりの妹はとみるとこれは嘲笑の合い図をたがいにかわしておりました。ダーシー氏は心中はなんともおしはかれぬおごそかなおももちをつづけていました。
今度は父のほうに目を向けて、メアリが一晩中歌いつづけることのないよう干渉を求めました。父はそのほのめかしを了解してメアリが二番めの歌をうたいおわると大きな声で申しました。
「それだけで結構々々。ながいことごくろうさま。こんどはほかのお嬢さんがたに歌っていただきましょう」
メアリはきこえないようなふりをしましたが、いくぶん気をのまれた様子でした。エリザベスはメアリを気の毒に感じ、父親のいい方にはやれやれと思い、やきもきしたかいもなかったとうんざりいたしました。こんどは会衆のほかの人たちがいかがでしょうかと誘いを受けました。
コリンズ氏は申しました。「もしわたしが歌うことができればわたしは一つ歌曲でも歌って一座の方々をお喜ばせするのですが、そもそも音楽はまことに無邪気な気晴らしでありまして、聖職と何ら抵触いたすものではありません。と申してけっしてあまり多くの時間をこれにあててよいというつもりはないので、まったくいろいろ精を出さねばならぬことがどっさりありますのです。教区の牧師と申すものはなかなか忙しいものでございます。まず第一に十分の一税をじぶん自身に有利に、後援者には無礼のないよう協定することが必要であります。次に説教を書かねばなりませぬ。残りの時間は教区の義務を果たすためけっしてじゅうぶんとは申されません。あるいはじぶんの住居の手入れ改良のため、その住居をできるだけ住みよくいたすのもこれまた義務のうちであります。またすべての人に対してとくにじぶんの任用にあずかった人々に対しては友好的、融和的であるべしというのはなかなかおろそかにはできぬことであります。わたしは牧師たるものにこの義務を免除する気にはならぬので、またその家族と関係のあるいかなる人に対しても敬意を表明する機会をないがしろにする人を重んずるわけにはゆかぬのであります」ダーシー氏に一礼して彼の演説の結論をつけたのでありますが、非常に大声でしたから一座のなかばはその演説をきいたのでありました。多くは目をみはりまた微笑しました。だれしもベネット氏その人のようにおもしろがっている人はありませんでした。いっぽう細君のほうは大まじめでコリンズ氏をもののわかった話しぶりとほめそやし、ルカス令夫人に向かって半分ささやき声で、あのかたは非常に頭のよい立派な青年でと感想をのべたのであります。
エリザベスは一家そろってその夜、じぶんたちをさらしものにする協定を結んでいたとしても、これ以上元気いっぱいに役割を演じ、これ以上の成功をおさめることは不可能のように思いました。ビングリーとジェーンには、その見世物興行のあるものは目にもはいらず、ビングリーは目にしたほどのこのこっけい劇もあまり気にならぬような人柄なのはさいわいでありました。しかし彼の姉と妹とダーシー氏に、彼女の身内のものを嘲けるまたとない機会をあたえたのはまったくおもしろくないことでした。エリザベスにとって、紳士の沈黙の軽べつとご婦人たちの無礼な微笑のどちらがもっと堪えがたいか、なかなか決めにくいことでありました。
エリザベスにはその後もほとんどたのしいことはありませんでした。コリンズ氏には、しつこくつきまとわれてなやまされつづけ、二度と彼と踊るように説き伏せられはしなかったのですが、ほかの人と踊ることもできなくしてしまったのでした。だれかほかの人と踊るようすすめ、へやにいるどのかたにでも紹介しようと申し出たのですがむだでした。彼はダンスに関してはまったく無関心なのだ、じぶんはこまかい心づかいであなたの気に入っていただきたいのだ、それゆえ一晩中あなたのそばにいることを念願としているといいきりました。このような計画では議論のしようもありません。ただたびたび友のルカス嬢がふたりの仲間に加わり、愛想よくコリンズ氏の会話をじぶんにひきとってくれましたのでたすかりました。
エリザベスは少なくともダーシー氏からこれ以上注目されるという侮辱からはまぬかれました。たびたびすぐ近くになにをなすこともなく立っていたのですが、話ができるほどには近よりませんでした。これはたぶんウィカム氏のことなどいいだした結果だろうと思い喜んでおりました。
ロングボーンの一行が最後にいとまごいをした人たちでした。ベネット夫人は馬車を待つためにすべての人が帰ってから十五分たっぷりおくれるよう作戦をたてたのでありましたが、その結果はこの家のある人たちによって早く帰ってくれよがしにあつかわれました。ハースト夫人と妹はほとんど口を開かず、口を開けばつかれたつかれたといいあきらかに内輪ばかりになりたくてしかたがないという様子でした。ベネット夫人が話をしようとすればいちいちそのでばなをくじき、それでいっそう一同のうえに倦怠の気をなげかけましたが、コリンズ氏のビングリー氏と姉妹にその催しの優雅さ、客に対しての礼儀正しい歓待を賞賛する長談義はいっこうにそれを緩和しなかったのでありました。ダーシーは無言、ベネット氏もおなじく無言ながらこの場面をおおいにたのしんでいる様子でした。ビングリー氏とジェーンはみんなから少しはなれてふたりだけの語らいにふけっておりました。エリザベスもハースト夫人ならびにビングリー嬢とおなじく断固沈黙をまもっていました。リディアでさえつかれはててときどき「あーあ、つかれたわ」といってあくびをするほかは口を開くこともありませんでした。
とうとうわかれをつげるときになりましたが、ベネット夫人はしつこいほどに礼儀正しく、まもなくロングボーンでみなさまをお迎えしたいものといい、とくにビングリー氏には形式的な招待などぬきに、いつでも家の者と平常の晩餐をあがっていただければほんとにうれしゅうございます、と申しいれたのでありました。ビングリーは全身これ感謝というありさまで、あす出かけてしばらくロンドンに滞在しなければならないけれど帰ってきたらさっそくごきげんうかがいに参上いたします、とすぐさま約束したのでありました。
ベネット夫人は完全に満足しました。身をかためるについてはいろいろ必要なものがあり、たとえば、馬車とか結婚衣装の準備をみつもっても三ヵ月か四ヵ月後には娘をネザーフィールドにかたづけられるという喜ばしい確信をいだいてこの家を辞去したのでありました。いまひとりの娘をコリンズ氏にかたづけることについても、同様確定したことと考え、同様の満足ではないにしてもかなりの喜びを感じたのであります。エリザベスは彼女にとってはいちばんかわいくない娘でした。あの娘にはコリンズ氏との縁組みでじゅうぶん結構と思いながら、ビングリー氏とネザーフィールドに比べるとそのねうちはとみにうすれる感じでありました。
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第十九章
翌日ロングボーンでは新しい舞台が展開されました。コリンズ氏が型どおり申し込みをしたのでありました。許可休暇もきたる土曜日までなので時間のむだのないよう決行することにしたのでしたが、自信満々、決行のこのときでさえも少しも困惑するようなこともなく、このことにはつきものと思われるあらゆる形式を秩序正しくふんでこれにとりかかったのでありました。朝食後まもなくベネット夫人、エリザベスと下の娘のひとりがいっしょにいるのをみて次のような言葉で母親に話しかけたのでありました。
「あなたさまのお力添えをいただきまして、けさじゅうにないない美しい令嬢エリザベスさんのお耳に入れたいことがあり、ご協力を仰ぎたいのですが?」
エリザベスが驚いて赤くなるよりほかなすすべもないうちにベネット夫人はすぐさま答えました。
「おや、さようで。よろしゅうございますとも。リジーは喜んで仰せにしたがいましょう。反対する道理がございません。たしかに。さあ、キティや、ちょっと二階まできておくれ」と仕事をかきあつめていそいでへやを立ち去る用意をいたしましたが、そのときエリザベスは声をはりあげました。
「おかあさま、どうぞ行かないで。どうぞいてくださるようおねがいしますわ。コリンズさんにはわたし失礼させていただきます。ほかの人がきいて差しつかえのあるようなお話がおありのはずはありませんもの。わたしも出てゆきます」
「いいえ、リジー、ばかなことをおいいでない。そこにそのままいるんですよ。いいですか」エリザベスが困り、当惑しきったおももちでほんとに立ち去りかねない様子をみると、彼女はさらにつけ加えました。「リジーや、わたしはおまえがこのままここにいてコリンズさんのおっしゃることをきくように|きっぱりいっておきます《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》」
エリザベスもそのような命令には反対しようとも思いませんでした。それにちょっと考えてみるとできるだけ早くまたおだやかに事をおわらしてしまうのがいちばん賢明だと気がつきましたので、ふたたび席にもどり、たえず手をうごかして、困惑しながらもなんとなくおもしろがっている気持ちをかくすのに懸命でありました。ベネット夫人とキティが去ってしまうと、コリンズ氏ははじめました。
「愛するエリザベス嬢《さん》、あなたが遠慮されたことはあなたを傷つけるどころか、あなたのほかの長所にいま一つの長所をつけ加えました。このように少しばかり気のすすまぬ態度をみせられましたので、わたしの目にはあなたがよけいに好ましくうつりました。がこの求婚をいたしますについては、敬愛する母上のおゆるしを得ておりますことを申し上げておきます。生まれつき慎《つつし》み深く、ことさらわからぬようにふるまわれましたが、あなたはもはやこの話の主旨につきましてはとくにご了解のことを信じます。わたしの意のあるところはまことにはっきりとさせておきましたゆえ、誤解なさる余地もなかったことと思います。この家の敷居をまたぐや否やあなたをば生涯の伴侶としてえらびだしたのであります。しかしわたしがこの問題につき感情におしながされてしまいますまえに結婚を決心するにいたった次第をのべ、妻選びの計画をもってハーフォードシャーにやってきた理由を申しのべるのが適当と考えます」
いかめしくもおちつきはらったコリンズ氏が感情におしながされるかと思うと、エリザベスは思わず吹きだしたくなり、そのためわずかにゆるされた話のとぎれを使って、それ以上話をすすめぬよう彼をおしとどめるおりを失ってしまいましたので、彼はそのままあとをつづけました。
「さて、結婚理由第一は、(わたしのごとく)経済上ゆとりのあるすべての聖職者はその教区に結婚生活の模範をたれるべきだと思うのであります。第二は結婚生活がおおいにわたしの幸福を増進するものと信じるからであります。第三にはこれはもっとまえにいうべきであったと思うのですが、わたしが後援者とよぶのを光栄とするおかたの特別なご忠告とご勧告によるものであります。ありがたくも二度までこの問題について意見をたまわりました(しかも自発的に!)。時あたかもハンスフォードを出発するまえの土曜日のこと、カドリルのゲームの切れめ、ジェンキンスン夫人がド・バーグ嬢の足台をととのえておるときでありました。令夫人は、『コリンズさん、結婚なさらねばいけません。あなたのような聖職者は結婚しなければいけません。正しい選択をなさい。|わたしの《ヽヽヽヽ》ために、また|あなた《ヽヽヽ》ご自身のために淑女を選択なさい。働き者で役にたつ人、あまりだいじにされすぎていない、わずかな収入をうまく切りまわせる人です。これがわたしの忠告です。できるだけ早くそんな人を見つけてハンスフォードへつれておいでなさい。わたしが訪問してあげます』ついでながら申し上げることをおゆるしねがいたいのですが、キャサリン・ド・バーグ夫人のご意見ならびにご親切はいろいろな有利な条件のなかでけっして最小のものではないと信じております。何とも名状しがたい礼儀作法を身につけておられますがあなたの機知と快活は令夫人のお気に入るにちがいありません。とくにあのかたの階級がかならずやあなたに沈黙と敬意を刺激し、機知と快活も相当に緩和されるでありましょうから。さて、これまでは結婚支持の一般趣旨でありまして、わたしがなぜ、はばかりながらそこにも数多くの好ましい若いご婦人がたがいるにもかかわらず、じぶんの近辺に目を向けないでロングボーンまで出向いてきたかという理由をこれから申しのべねばなりません。失礼ながら事実は、あなたの尊敬すべきお父上のご逝去後(お父上はまだまだ末長くご存命になりましょうが)ここの財産を相続いたすことになっております関係上、お嬢さまがたのなかから妻を選び不祥事のおこりました際――しかしわたしは最前も申しましたとおりここしばらくさようなことはおこらぬと信じておりますが――損失を最小限度にくいとめないことには気持ちがやすまらなかった次第であります。これがわたしの動機でありまして、このためよもやわたしをうとまれることはございますまい。ここではじめてわたしは躍動する言葉をもちましてはげしい愛情を保証いたします。持参金などにはまったく無関心でありまして、父上にそういう種類の要求はいたすつもりはありません。あのかたにはそういう要求を果たす力はおありでないことはよく承知しているので、また、一千ポンドの四分利付き公債それも母上がおなくなりになるまであなたのものとはならぬのでありますが、それだけがあなたの相続されるすべてであることもよく知っております。それゆえその件については終始沈黙することにいたしまして、結婚後もけちなうらみ言などけっして口にしないことをちかうものであります」
今は待ったをかけることが絶対に必要になってきました。
「あなたは少しせっかちすぎます」と彼女は叫びました。
「わたしが全然返事をしていないのをお忘れです。これ以上時間をむだにしないで返事をさせていただきます。ご好意は感謝いたします。申し込みをいただいて光栄に存じておりますがおことわりいたす以外いたしようもございません」
コリンズ氏は型どおり手をふって答えました。「若いご婦人というものは、内心受け入れる気でいる男の求婚を最初申し込まれたときには一度ことわるのが常であるというのは、今になって知ったことではないのです。それゆえわたしはあなたがただいまおっしゃったことで気をくじかれはいたしません。やがてまもなくあなたを祭壇に導くことと希望しております」
「驚きましたわ」とエリザベスは叫びました。「あなたのご希望は、わたしがあれだけ申し上げたあとといたしましては法外なことと思われます。再度申し込みを受けるだろうという偶然をあてにしてじぶんの幸福を危険にさらすような若い婦人たち(ほんとにそんなかたがありましょうかしら)のひとりではないことをはっきり申し上げておきます。わたしは本気でおことわりしているのでございます。あなたは|わたしを《ヽヽヽヽ》幸福にしてくださることはできませんし、わたしも、|あなたを《ヽヽヽヽ》幸福にできそうにもない女だと存じております。そればかしではございません。あなたのご友人のキャサリン令夫人がわたしの人となりをご存じでしたら、わたしがあらゆる点でその地位に適しない人間であることがおわかりになると信じておりますわ」
「キャサリン夫人がたしかにそういうお考えだとすると」とコリンズ氏は容易ならぬというおももちで申しました。「いや、令夫人が賛成なさらぬはずはありません。いやこの次拝謁いたしますときには、口を極めてあなたが謙遜で質素でその他愛すべき多くの性質をおもちであることを申し上げておきましょう」
「ほんとに、コリンズさん、ほめていただくことはまったく不必要でございますよ。わたしにじぶんで判断することを許してくださらなくてはいけませんわ。どうぞわたしのいうことを信じてください。わたしはあなたが幸福にお金持ちになられるよう望んでいますが、あなたの求婚をおことわりすることがいちばんそれをおたすけすることになるのです。申し込みをしてくださったことで、わたしの家族に対する微妙なご感情もじゅうぶんお気のすみましたことと存じます。もはや自責の念なく、それがお手にわたるときにはロングボーンの財産を所有なさってよろしいのです。もうこのことはそれゆえ最後的な決定をみたと考えてよろしいかと存じます」このようにいいながら立ち上がり、へやを出ようとしたのでありましたが、コリンズ氏は次のように話しかけました。
「わたしがこの件につきまして次にお話しいたす場合には、ただいまあたえられましたよりもっと色よい返事をいただきたいものと考えております。とは申せ何も現在あなたを残酷だと非難しているわけでございません。求婚を最初の申し込みでは拒絶するというのがあなたがた女性の習慣であると存じております。現に今も女性の慎《つつし》みをそこなわない程度に求婚を鼓舞していただきました」
「ほんとに、コリンズさん」とエリザベスはいくらか熱をこめて声高に申しました。「わたし、とても当惑いたしましたわ。今まで申し上げたことを有望とおとりになるのでしたら、おことわりをおことわりとしてとっていただくにはどう申し上げたらよろしいのでしょう」
「求婚に対するあなたの拒絶はたんに当然の言葉とうぬぼれるのをおゆるしください。そのように考えます理由は簡単にのべまして次のごときものであります。わたしの申し込みはさほど価値なきものとは考えられず、当然承諾されてしかるべきものと考えるからであります。またわたしの提供できる世帯は非常に望ましいものと思うからです。地位、ド・バーグ家との関係、おうちとの親戚関係、すべてはわたしに有利な事情でありまして、あなたの魅力は多岐にわたっておりますが、再度あなたが結婚の申し込みを受けられるかどうかはけっして確実でないことをなおいっそうよく考慮されるのが、望ましいと思うのであります。不幸にもあなたの持参金はまことに僅少でありまして、これがあなたの美貌その他の好ましい美点の効果をそぐことはなはだしいものがあります。そこで結論といたしましてはあなたの拒絶を正気の沙汰とは考えられず、優雅な女性の常套手段にしたがって気をもたせて愛情をつのらせんとするものにほかならぬと考えたいのであります」
「立派な男性をいじめるような、そんな優雅さは全然もちあわせておりません。むしろ誠実といっていただきたいものですわ。求婚していただきました名誉に対しては何度でもお礼を申し上げます。がお受けすることはまったく不可能なのです。あらゆる点でわたしの気持ちにそぐわないのです。これ以上はっきり申し上げることができますか? あなたは苦しめようと思う優雅な女性などとお思いにならないで、心から真実を申し上げている理性のあるものとお考えくださいまし」
「あなたは終始かわらず魅力がおありですね」と彼はいかにも不器用なお世辞を申しました。「ご両親のはっきりしたお許しを得ればわたしの求婚が受け入れられないはずはないと信じております」
このようにあくまで気ままな自己欺瞞に固執されてはエリザベスも返事をする気がなくなりました。すぐさまだまったまま退却いたしました。もしあくまでくりかえす拒絶が相手の気持ちをつのらすそぶりととられるのでしたら、ひとつ父親に頼もうと決心していました。父親ならば決定的な否を口にすることができるでしょうし、少なくともその挙動が優雅な女性の気どりや媚《こび》とまちがわれることは絶対にありえないでしょうから。
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第二十章
コリンズ氏はじぶんの成功した恋をだまって長い間冥想するわけにはまいりませんでした。ベネット夫人は会談の結果をみとどけるため玄関をぶらぶらしておりましたので、エリザベスが扉をあけて足早にじぶんを通りすぎて階段のほうへ行くのをみると、すぐさま朝食の間にはいって彼とじぶん自身が将来もっとも近しい関係になることを親しい言葉で祝ったのでありました。コリンズ氏はこの祝辞をおなじように喜んで受けまた返し、ついで会見のいちぶしじゅうをのべてきかせました。会見の結果についてはいかなる点から考えても満足すべきものであること、彼のいとこが終始あたえた拒否はその内気な慎《つつし》みと優美な人柄から自然に流れでたものであったのでした。
この知らせは、しかし、ベネット夫人を驚かせました。じぶんの娘が申し込みに抗議して彼の気持ちをつのらせようという意図であったなら同様満足したでしょうが、とても彼女にはそうとは考えられませんでしたし、また、それをそのように口に出さないではいられなかったのでした。
「ですがコリンズさん。是が非でもリジーを正気にもどらせます。すぐわたしが直接に話してきかせます。あの子はほんとに強情でばかな娘で、まるでじぶんの利害がわからないのですから。しかしわたしがこの利害をさとらせます」
「差し出口を申して恐縮ですが、奥さん」とコリンズ氏は叫びました。「もしあのかたが事実強情でばかだとしましたら、つまりわたしのような立場にある男、当然のこととして結婚に幸福を求める者の妻として願わしいかどうかわかりませんね。それゆえ、もし実際わたしの求婚をしりぞけることに固執されるのであれば、しいて求婚に応じさせないほうがいいではありませんか? もしそのような欠陥におちいりやすい気質なら、あまり幸福の増進に役立つこともないでしょうからね」
「あなた、それはまったく誤解です」とベネット夫人は驚きあわてて申しました。「リジーはこんなことだけ強情なのです。ほかのことではあんな素直な子はありませんよ。すぐに夫のところへまいりまして、あの娘と結着をつけてまいります」
コリンズ氏が答える暇もあたえず、ただちに夫のところへといそいで書斎にはいりながら大声で呼びかけました。
「ね、あなたすぐきてくださいまし。みんなでさわぎですの。いらしてリジーをコリンズさんと結婚さしてくださいな。あの娘《こ》はしないといっております。もしおいそぎにならねばコリンズさんも決心をかえてあの娘《こ》をもらわないことにしてしまいますよ」
ベネット氏は彼女がはいってきたとき本から目をあげ、おちついて無関心にその顔に目を向けました。無関心さはそのしらせをきいても全然かわりませんでした。
「どうもおまえのいうことはわからんね」と彼は妻が話しおえたとき申しました。「いったい何の話だね」
「コリンズさんとリジーのことです。リジーはコリンズさんと結婚しないといっているのです。それでコリンズさんもリジーをもらわないことにしようといいだしたのです」
「そんな場合にいったいどうすればいいのかね? 処置なしと思えるがね」
「リジーに話してください。ぜひあのかたと結婚するよういってください」
「おりてくるよう呼ばせなさい。ひとつわたしの考えをきかせよう」
ベネット夫人はベルをならし、エリザベス嬢に書斎にくるよう呼ばせました。
「いいかね、おまえ」と父親は娘が姿をみせると申しました。「重大事件のためにおまえを呼びにやったのです。コリンズさんはおまえに結婚の申し込みをなさったそうだが、それは事実かね」エリザベスは事実ですと答えました。「よろしい。それでその申し込みをことわったそうだな?」
「そうです、おとうさま」
「よろしい。さてこれからが重要な点なのだがね。おかあさんはそれをお受けするよう主張している。そうではないかね。ベネット夫人?」
「そうです。さもなければあの娘の顔をみたくもありません」
「気の毒だが、ここでおまえは二つのうちどちらかを選ばねばならぬことになったよ、エリザベス。今日から以後、両親のひとりと他人にならねばならなくなったんだよ。おかあさんはおまえがコリンズさんと結婚しなければもう会わないといってるし、わたしはもしおまえが彼と結婚したらおまえに会わないよ」
エリザベスはこういう発端からこういう結末になったことに微笑を禁じえませんでした。しかし夫がじぶんとおなじ考えだと信じきっていたベネット夫人はおそろしく失望いたしました。
「いったいどういうおつもりなのですか、あなた? こんないい方をなさるなんて。あなたはあの娘があのかたと結婚をするよう強調するっておっしゃったじゃありませんか」
「ねえ、おまえ」夫は答えました。「ささやかなお願い二つききとどけてほしいものだ。一つ、今の場合じぶんの理解力を自由に使わせてほしい。二つ、それにわたしのへやもね。できるだけすみやかに書斎を独占させてもらいたいものだね」
夫には失望しましたけれど、さりとてベネット夫人はあきらめたわけではありませんでした。エリザベスをおどしたりすかしたり、幾度となく説得いたしました。ジェーンを味方にひきいれようと努力しましたが、この人はできるかぎりおだやかに、干渉するのを辞退いたしました。エリザベスはときには真実本気になって、ときには陽気にふざけて母親の攻撃に対抗しました。方法はかわりましたが、決心は絶対にかわりませんでした。
コリンズ氏は、その間、ことの経過をひとりで思いめぐらしておりました。うぬぼれがあまりにもつよい人でしたから、いとこがどういう動機でことわったか了解がつかず、自尊心は傷つけられましたが、そのほかの点は無傷でした。エリザベスに対する愛情はまったく想像の産物でしたし、母親の非難も案外あたっているかと思うと残念には感じないのでありました。
家中がこの混乱の真っ最中にあるとき、シャロット・ルカスは一日をみんなとすごすためにやってまいりました。玄関で出くわしたリディアは、とんできて半分ひそひそ声で申しました。「あなたがいらしてよかったわ。家ではすごくおもしろかったのよ。けさ何がおきたと思う? コリンズさんがリジーに申し込んだの。それでリジーはことわったの」
シャロットが返事のできぬうちにキティが加わり、またおなじニューズをくりかえしました。朝食室にはいるかはいらないのに、そこにひとりでいたベネット夫人は同様にその話をもちだし、ルカス嬢に同情を求め、あなたの友だちのリジーを説得して家の人たちの望みに従わせてくれるよう懇願するのでした。「ルカス嬢《さん》、そうしてくださいな」と悲しげな調子でつけ加えました。「だあれもわたしにつかないの。わたしの味方になってはくれないのよ。ほんとにひどいめにあってます。だあれもわたしの神経に同情してはくれないんです」
シャロットはジェーンとエリザベスがはいってきたので返事をしないですみました。
「ええ、ええ、あの娘《こ》がやってまいりましたよ。じぶんの好きにできれば、わたしたちはヨークにでもいるようにちっとも気になぞしないで、すずしい顔をしてますよ。しかし、リジー嬢《さん》に申し上げておきますがね、こういう調子で結婚の申し込みをことわりつづけたら、旦那さんなど全然手にはいりはしませんよ。ほんとにおとうさまがなくなられたらだれが養ってくれるんですかね。わたしはごめんこうむりますよ。おまえとは今日かぎり縁を切ったのですからね。書斎でそういったでしょう。おまえとは今日かぎり口をきかないとね。いいかい、ちゃんと言葉どおりまもりますからね。親不孝な子には口をきくのもいやなんだから。だれに話すのもあまりたのしいわけではないけれどね。わたしのように神経質な人はあまり話し好きではないもんですよ。だれにもわたしの苦しみはわかりませんよ。だけれどこれはいつものことなんです。不平をいわないものは気の毒がられることはないのです」
娘らはこの感情のほとばしりにだまって耳を傾けました。なまじ道理を説いたり、なぐさめたりすればよけいにいらだたせることを知っていたからです。娘らのだれもとめだてするもののないままに、えんえんと語りつづけていたのですが、そこへコリンズ氏がいつもよりなおいっそうしかつめらしい様子ではいってまいりました。彼をみとめるとベネット夫人は娘らに申しました。「さあ、おまえたちはちょっとだまっていておくれ。いいですか。それでコリンズさんとわたしにしばらく話をさせてもらいたいのです」
エリザベスはこっそりへやから出てゆき、ジェーンもキティも後につづきました。しかしリディアはあくまで地歩を固守して、できることはすべてききだす決心でした。シャロットは最初はいろいろとじぶん自身ならびに家族の全員に対しての詳細をきわめる見舞いを口にするコリンズ氏に対する礼儀からとどまっていたのですが、後には少々好奇心も手つだって、窓まで歩いてゆき、きかないふりをすることで満足しました。もくろまれた会話はあわれっぽい、
「おお、コリンズさん!」という言葉ではじめられました。
「奥さん」とコリンズ氏は答えました。「この点に関しては永久に何も申さぬことにいたしましょう」と彼はすぐさま不興をはっきりしめした声でつづけました。「お嬢さんのなさりように立腹などしてはおりません。さけがたき災難をあきらめるのがすべてわれわれの義務であります。とくにわたしがごとき、幸運にも年若くして昇進いたしましたものの義務であります。たしかにわたしはあきらめております。美しいいとこが求婚をありがたくもご承諾くださったとして、わたしが真実幸福であったかどうか多少疑問なきをえないがゆえ、なおあきらめやすいのであります。と申しますのはわたしのしばしば観察するところによりますと、あきらめと申すものは、こばまれた祝福がいくぶん評価において価値を減少いたしはじめますときほど完全なものはないのであります。かくして令嬢への求婚を撤去いたし、ベネット氏ならびにあなたさまに対してわたしのために権威を介入されんことをつつしんでお願い申し上げることもなかったことは、あなたに対しての不敬とお考えなきよう希望いたす次第であります。あなたご自身をでなく、令嬢よりのおことわりをそのままお受けしたことに不快を感ぜられる点もあったことと存じますが、人間だれしも、誤りをおかしやすいものであります。事件を通じてよかれとのみ念じておりました。目的はひとえに自身のために好ましい伴侶を確保いたすことであり、あわせておうちの利益を考慮いたしたのです。もしわたしの態度にふらちな点がありましたなら、ここにお許しをいただいてお詫び申し上げたいと存じます」
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第二十一章
コリンズ氏の求婚についての討議は今はいちおうおわりをつげました。エリザベスは当然そのために居心地のわるい思いをいたしましたし、ときどき母親にいらいらとあてこすられもしました。当の紳士はといえば、|彼の《ヽヽ》感情は当惑か落胆によらず、もっぱらエリザベスをさけたり、ぎごちない態度やわざとらしい沈黙などにしめされました。ほとんどエリザベスには話しかけず、じぶんでも意識してとっていたゆきとどいた心づかいはそれ以後はそっくりルカス嬢にうつされました。彼女は行儀よくコリンズ氏に耳をかして、家中みんな、とくにエリザベスにとっては時宜を得た救いとなったのでありました。
翌日になってもベネット夫人の不きげんはいっこうにおとろえをみせず、コリンズ氏もまたおなじくむっつりと尊大にかまえておりました。エリザベスはそのために訪問が短くなるのではないかとひそかに希望したのですが、その計画は少しも影響を受けなかったのでありました。土曜日が辞去の日と定められており、土曜日までは今もなおとどまるつもりのようでした。
朝食後娘らはウィカムの消息をきくため、およびネザーフィールドの舞踏会に欠席したことを残念がるためにメリトンに歩いて出かけました。町にはいるときウィカムが加わり、おばの家まで送りとどけ、そこでやむをえず出席できなくて残念だったこと、みんなはいろいろと心配したことなど話し合いました。しかしエリザベスには、欠席したのはじぶんの気持ちからしたことであったと彼のほうから自白いたしました。
「時が近づくにつれてダーシー氏には会わないほうがよいことがわかってきたのです。おなじへやに長い時間つづけていっしょにいるのはとても我慢ができないだろう、何かさわぎがおこってじぶん以外にも不愉快な思いをする人があるかもしれないと考えはじめたのです」
エリザベスは彼の自制心をよしとし、じゅうぶんにそれについて話し合い、おたがいに礼儀正しく賞賛をあたえあったのでした。やがてウィカムともうひとりの士官は娘らにつれだってロングボーンまで歩き、その散歩の間もウィカムは特別にエリザベスに心づかいをみせました。彼がみなのお伴をしてきたのはいろいろ好都合でした。この機会に両親に紹介することもできましたし、第一これはエリザベスにしめされた好意と感じられたのでした。
みんなの帰宅後、まもなく手紙がベネット嬢にまいりました。ネザーフィールドからのものですぐさま開かれました。封筒のなかには上品で小型の艶《つや》出しの書簡箋がはいっており、それには女性の筆跡で美しくよどみなくびっしり書かれておりました。エリザベスはそれを読むうちに姉の表情がかわり、ある部分にじっと目をとめておるのに気がつきました。ジェーンはすぐにわれにかえり、手紙をかたづけていつもとおなじように快活にみんなの会話に加わるようにつとめましたが、エリザベスはそれが気がかりでウィカムへの心づかいをそらされるほどでありました。ウィカムとそのつれがいとまをつげるとすぐジェーンからの目くばせで二階へついてゆきました。ふたりのへやにつくとジェーンは手紙をとり出して申しました。「キャロライン・ビングリーからのお手紙よ。とても驚くことが書いてあるの。今までにはもうみなさんネザーフィールドをたってロンドンへ向けて旅をされています。お帰りになるおつもりはなさそうよ。お手紙をちょっときいて」
ジェーンはそれから第一の文章を読みあげましたが、兄を追ってすぐにロンドンに行く決心をしたこと、その日はグロヴナー街のハースト氏の宅で晩餐をとるはずになっていることが書かれてありました。そして次の文はこのようなものでした。「わたしはあなたとのおつき合い以外にハーフォードシャーに何一つ心残りのものがあるとは申せないと思いますが、わたしの最愛の友よ、しかし、またいつかあの喜ばしい交際をいくたびとなくくりかえしてたのしむことをねがい、それまでは別離の悲しみをたびたびの心おきなきおたよりにてなぐさめたきものと存じております。お手紙お待ち申し上げます」これらのおおげさな表現には信用できかねてエリザベスはまるで無感覚にきいておりました。不意に去って行ったことに対する驚きはありましたが、なにもなげくことはみあたらないのでありました。みんながネザーフィールドにいないことが、ビングリー氏のネザーフィールド滞在のさまたげになるとは考えもつかぬことであり、姉妹たちと交際できぬのは彼といよいよ親密になることで気にならなくなるだろうと考えました。
「こちらをたたれるまえにお会いできなかったのは運がわるかったわ」としばらく間をおいてからエリザベスはいいました。「でも、ビングリーさんがたのしみにしていられるときは案外に早くきて、お友だち同士として味わった喜ばしいおつき合いが姉妹として復活されてなおいっそう満足なさるのではない? ビングリーさんはあのかたたちにひきとめられてロンドンにいきっきりということはないでしょう」
「キャロラインははっきりとだれもこの冬ハーフォードシャーには帰らないといっておられます。そこを読んであげましょう」
「『昨日兄がたちましたとき、ロンドンの用事は三、四日ですむだろうと存じておりましたが、わたしどもはそうはまいらぬこと、またチャールズはいちどロンドンにまいりますとおいそれとそこを離れることはないと思い、あじけないホテルで余暇をすごす必要のないよう兄を追ってロンドンにまいることにいたしました。知り合いのかたがたも大ぜいもはや冬のためにロンドンに行っていらっしゃいます。最愛なる友よ、あなたさまもその仲間に加わる心組みをおもちのことをうかがえればと存じますが、その点につきましては望みなきことと存じあげます。ハーフォードシャーのあなたさまのクリスマスがその季節の陽気な歓楽にみち、すばらしい男性も数多く、三人の伊達男の退去などお心にかかるよしもなきよう願いあげます』」
「もうこの冬あのかたは帰ってこられないことはこれではっきりしたでしょう」
「ビングリー嬢《さん》がそういうおつもりなのがはっきりしただけよ」
「なぜそう思うの? あのかたの意志から出たことにちがいないのよ。あのかたは自由に思いどおりできるかたですもの。しかし、あなたはまだ|すっかり《ヽヽヽヽ》はわかっていないのよ。特別わたしを傷つけたところを読んであげるわ。|あなた《ヽヽヽ》からは何もかくさないわ」
「『ダーシーさまはお妹さまにお会いになりたく待ちかねておられます。実を申し上げれば、|わたしたち《ヽヽヽヽヽ》も同様でございまして、お目にかかるのをたのしみにいたしております。わたしの考えますところ、美しさ、気品、教養の点でジョルジアナ・ダーシーにたちうちできる人はないと存じます。あのかたがルイザとわたしの心によびさます愛情はわたしどもが今後このかたに姉妹となっていただきたいとあえて願う希望のためなおいっそう興趣《おもむき》のあるものに高められております。このことにつきましてわたしの感じておりますことをあなたさまにのべたことがございましたかどうか、それについては忘れましたけれど、御地を去るにあたって、これをお打ち明けしたいと存じました。あなたさまもこれをあまり法外な考えとはお思いになりますまいと存じます。兄はすでにあのかたには賛美の情をささげておりますが、これからは非常に親密な間柄でたびたびお目にかかる機会のあることと思います。あのかたのお身内も兄の身内同様この縁組みを心から望んでおられます。またチャールズがいかなる女性の心もひきつける力のある人と申しても、けっして妹のひいきめのまよいとは申されぬでございましょう。このようにすべての事情はこの愛情にさいわいしており、差しさわりになるものはなに一つなきことゆえ、最愛のジェーン、多くの人の幸福を約束するこの結婚の実現を切に願いましてもまちがいではないと存じますが?』」
「|この《ヽヽ》文章をどう思って、リジー?」ジェーンは読みおえたときに申しました。「はっきりしているとお思いにならない? キャロラインがわたしが姉になることを期待もしていらっしゃらないし、望んでもいられないのですわ。あのかたは兄上がまったく無関心だということをかたく信じていられるのですわ。そして兄上に対するわたしの感情の性質を感づいていられて、わたしに気をつけるよう警告をしてくださっているのよ(たいへん親切な気持ちから)。このことについてほかに考えようがあって?」
「ええ、あってよ。わたしの意見はまったくちがってよ。おききになる?」
「喜んで」
「それでは簡単にいってあげるわ。ビングリーさんはにいさんがあなたを恋しているのをみて、ダーシー嬢《さん》と結婚させたいと思うの。それで彼を追ってロンドンにゆき、彼はあなたを愛していないとあなたに説得しようとしている」
ジェーンは首を横にふりました。
「ほんと、ジェーン、わたしを信じるべきだわ。あなたがたふたりをいっしょにみた人ならあのかたの愛情を疑える人はないわ。ビングリー嬢《さん》だって疑えないのよ。ばかではないもの。あの人自身にダーシーさんがビングリーさんの半分でも恋したら結婚衣装を注文したでしょうよ。だけど真相はこうなのよ。うちはお金持ちでもないし、家柄がよくもないと思っているのよ。それにおにいさまのためにダーシー嬢《さん》をと願っているのは、もし両家の間で一つ結婚がおこなわれれば、第二の結婚が成立するのに比較的めんどうが少ないと思ってのこと。なかなか頭がいいと思うわ。そしてド・バーグ嬢《さん》がいなければたぶん成功するのではないかしら? しかし、ジェーン、ビングリー嬢《さん》に兄はダーシー嬢《さん》を非常に賛美しているなんていわれて、火曜日におわかれしたときほど|じぶんの《ヽヽヽヽ》いいところをおみとめにならなくなったのだろうとか、また彼女に説得されてビングリーさんがじぶんはジェーンでなくてダーシー嬢《さん》を愛しているのだという気になるなど本気で想像してはだめよ」
「もしわたしたちがビングリー嬢《さん》に対しておなじように考えているのだったら」ジェーンは答えました。「あなたの解釈はわたしの気をらくにしてくれると思うわ。しかしその考え方は根本で不当だと思うの。キャロラインは故意に人をだましたりすることのできる人ではないわ。この場合わたしにはあのかたがじぶんで思いちがいをしていられるように願うのがせいぜいだわ」
「それがいいわ。わたしの考えになぐさめられないかぎりはそれ以上うまい考え方は思いつかなかったわ。ぜひどうぞあのかたが思いちがいをしていると信じてくださいな。これであの人に対する義務はおわったのね。もういらいらしないでちょうだい」
「しかしねえ、最上を仮定するとしても、姉妹も友だちもほかの人と結婚するようにと望んでいる人を受け入れてしあわせになれるかしら?」
「それはじぶんで決めねばね」とエリザベスは申しました。「よく慎重に考慮した結果、彼の姉と妹の意にそわぬ不幸は彼の妻になる幸福を凌駕するとわかったらおことわりになるよう忠告するわ」
「よくそんなことがいえるのね」とジェーンはかすかに微笑しながら申しました。「ふたりが賛成なさらないのはたいへん悲しいけれど、それでちゅうちょできないのはよくご存じのくせに」
「ちゅうちょなさるとは思っていませんでした。このような事情ではあなたの立場はあまり同情すべきものとは思えません」
「でももしあのかたがこの冬帰っていらっしゃらなければ、お受けするか、おことわりするかの選択は必要のないことになるわね。六ヵ月の間にはどんなことがおこるかわからないわ」
ビングリーがもう帰ってこないのではないかという考えは極力とるにたらぬものと排斥しました。それは単にキャロラインのじぶんの都合上からの希望と考えられました。いかに公然と、また巧妙に話されたとしても、独立した若者に影響しうるものとは考えられませんでした。
エリザベスは姉にできるだけ力づよくじぶんのこの問題に対する考えを説いたのでありましたが、やがてそのききめがあらわれてまいりました。もともとジェーンは憂うつな気質ではありませんでしたから、ときどき愛情のおちいりがちな臆病に圧倒されることもありましたけれど、次第にビングリーがやがてネザーフィールドに帰り、じぶんの心のあらゆる願いにむくいてくれることを希望しはじめました。
姉と妹はベネット夫人にはこの紳士の行動のためにくよくよと心配することのないように、ビングリー家の人たちが立ち去ったことをきかせるだけにとどめようと同意しました。しかしこれだけきかせられただけでたいへん気懸かりの様子で、みんなが仲よくなろうとしているやさきに婦人たちが行ってしまったことになったのは、たいへん運のわるいことをなげきました。しばらくなげき悲しんだあとは、やがてビングリー氏が帰ってみえるだろう、そしてロングボーンで晩餐をすることになろうと考えてなぐさめといたしました。すべて大詰めには、あのかたを家庭の晩餐に招待しているだけだけれど、二つのフル・コースのご馳走をするようにしようとたのしげに宣言したのでした。
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第二十二章
ベネット家の人々はルカス家の人々と晩餐をする約束があり、このときもルカス嬢は親切にもその日の大半コリンズ氏の話に耳をかしました。エリザベスは機会をみて感謝しました。「おかげでコリンズさんはたいへんきげんがよくてお礼の申し上げようもないわ」シャロットはお役にたてば満足、少々の時間をつぶしてもじゅうぶんにうめあわせがついたわ、と申しました。まことに親切なことでありましたが、しかしシャロットの好意はエリザベスが思いも及ばぬ点にまで及んでいたのでありました。その目的はコリンズ氏の求婚がふたたびエリザベスにもどらぬようにするために、じぶんにこれをひきつけることでありました。このようなルカス嬢の策略はみたところなかなか上首尾で、夜になってわかれるとき、コリンズ氏がハーフォードシャーを去る予定がこれほど早くなければ、ほとんど成功疑いなしと感ずるほどでした。しかしこの点、彼女はコリンズ氏の熱情と独立心をじゅうぶんに考慮していなかったのでした。彼は翌朝、身を彼女の足もとに投げ出すために、巧妙にもこっそりとロングボーンの館をぬけ出し、ルカス邸《ロッジ》へと急いだのでありました。彼は戦々恐々、いとこたちに気づかれぬよう注意をいたしました。というのは、もしいとこたちがじぶんの出かけるのをみかけたなら、かならずやじぶんの計画をみぬくであろうと信じ、じぶんの試みはその成功と同時でなければ知られたくなかったからでありました。シャロットはまずまず気のある様子でしたから大丈夫という確信はあったのですが、水曜日の冒険以来比較的小心になっていたのでありました。しかし最もさいさきのよい歓迎を受けました。ルカス嬢は家に向かって歩いてくるコリンズ氏の姿を二階の窓からみとめ、偶然小径で出会ったようみせかけるため、さっそく家を出てきたのでありました。しかし、そのように多くの愛情と雄弁がそこに待ち受けていようとは思いもかけぬことでありました。
またたくまにとはいえ、コリンズ氏の長談義はまぬかれぬところでありましたが、あらゆることは双方の満足のゆくような決定をみたのでありました。ふたりが家にはいるときには、彼はじぶんを最も幸福な男となす日を決めてくれるようにと熱心に懇願したのでありました。現在のところそのような懇請は差しひかえてもらわねばなりませんでしたが、ご婦人は彼を幸福にする日をおろそかに考えていたわけではありませんでした。生まれついての愚鈍さのため、婚約期間の魅力などは思いもよらぬものでしたから、その期間の長さを望むご婦人はまずないと思われます。そしてルカス嬢は純粋に他意なく、ただ身を固めることをのみ念じて彼の求婚を承諾したのでしたから、それがどれほど早くてもいっこう気にかけませんでした。
ウィリアム卿と令夫人はすぐさま承諾を求められ、承諾はまた喜ばしくも敏速にさずけられました。コリンズ氏の現在の事情を考えればじぶんたちはほとんど財産を残してやれない娘にとってはまたとなく望ましい縁組みであり、彼のほうの将来資産を得る見込みは相当満足すべきものでした。令夫人はもう何年ベネット氏は生存するであろうかという問題を、かつて刺激されたこともないほどの興味をもって勘定しはじめたのでありました。ウィリアム卿のほうはコリンズ氏がロングボーンの資産を所有したあかつきは、コリンズ夫妻はセント・ゼームス宮殿に参上すべきだという意見をのべたのでありました。要するに家族をあげてこの場合それぞれ適当に狂喜したのでありました。下の娘たちは一、二年|早く社交界に出る《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》という望みをいだくにいたりました。男の子らはシャロットが死ぬまで老嬢であるのではなかろうかという憂慮から解放されました。シャロット自身はかなりおちついておりました。じぶんの目的を達したので、それについていろいろと考慮してみる余裕があったのでした。コリンズ氏はたしかに物わかりのよい人でもなく、人好きのいい人でもありません。つき合いはうるさく、彼の愛着は想像だけのものにちがいありません。しかしなお彼は夫にはなれるのです。シャロットは男性に対しても結婚に対してもあまり高い評価はしていないのですが、結婚はいつも彼女の目標でした。結婚こそは財産の少ない、教育のある若い婦人のただ一つの立派な人生へのそなえとなるものでありました。幸福に関してはいざ知らず、貧乏からは免除されるにちがいないのであります。この免除を今獲得したのでありました。二十七歳という年になって生まれて以来かつて美しかったこともなく、これを得たのはまったく幸運というべきであることをシャロットはひしひしと感じたのでした。
この件に関していちばんいやな事情はこの人の友情を何よりだいじに思っているエリザベス・ベネットを驚かすことでありました。エリザベスは不思議がるでしょう、あるいはたぶん彼女を非難するかもしれません。彼女の決心はそれでぐらつくことはないのですが、そのような非難にあえば傷つけられるにちがいありませんでした。シャロットはじぶんでその知らせをする決心でありました。それでコリンズ氏はロングボーンに晩餐に帰ってもベネット家のだれのまえでもおこったことをおくびにも出してはならぬと厳命されたのでありました。秘密の約束はもちろんうやうやしくなされましたが、それを守るのはなかなか困難なことでした。長いこと留守にしていたためにかりたてられていた好奇心は、彼が帰宅するとたいへん率直な質問となってあふれだし、それに対して身をかわすのはなかなか技倆のいることでした。と同時に彼はじぶんの成功をおさめた恋を発表したくてうずうずしているのですから、相当な自制もはたらかせなければならないのでした。
翌日はこの家の人にはだれにも会えないほど早朝旅をはじめる予定でしたから、ご婦人たちがひきさがるまえにわかれの挨拶がなされました。ベネット夫人は非常に礼儀正しくねんごろにほかのお仕事のおひまにおたずねいただき、ロングボーンでまたお目にかかれればまことにしあわせと申しました。
「奥さま、このご招待はたいへんうれしいものです。わたしはそれを受けることを期待していたのですから。たしかに。できるだけ早くお言葉にあまえさせていただきたいものです」
一同は驚き、絶対にそれほど早くきてほしいと思わないベネット氏は急いで申しました。
「しかしこの点キャサリン令夫人の非難を受ける危険はないのかね。きみ? 後援者のごきげんを損じるよりは親戚に失礼するほうがずっといいですよ」
「恐縮です」とコリンズ氏は答えました。「このご親切なご注意に対してはとくに感謝いたします。しかし令夫人のご賛同なくしてそのような重大なことを決行することのないことをご信頼いただきたいと思います」
「注意しすぎることはないですよ。何を危うくすることがあっても令夫人の不興だけはかわないよう気をつけてください。もしわたしたちを再度訪問するために不興をかう恐れがあれば、わたしの考えによればおおいにありそうなことと思えるのですが、どうぞ静かにお宅にとどまって、わたしたちはけっして気をわるくはしないとその点は安心していてください」
「じつにそのようにこまかいお心づかいをいただき、感謝にあふれております。かならずやこれに対して、またハーフォードシャー滞在中のもろもろのご好意に対しまして、お礼状をすみやかに差し上げる所存でおります。美しいいとこのかたがたにはエリザベスさんもふくめまして、おわかれにそのようなご挨拶を申し上げるのが必要かどうか疑わしいほど短いものとは存じますが、はばかりながらご健康とご幸福を祈りあげます」
似つかわしい挨拶をのべてご婦人たちはひきさがりました。みなみな、いちようにコリンズ氏が近いうちにまたおとずれるつもりらしいのに驚きました。ベネット夫人はそれで下の娘のひとりに求婚することを計画しているのだと思いたく、メアリならばそれを受けるよう説き伏せられると考えました。あの娘は他の娘たちよりもコリンズ氏の才能を高くかって、彼の思想の堅固なのが気に入っており、けっしてじぶんほど頭がよくはないけれど、もし読書を奨励し、じぶんのような模範によってみずからを磨くよう鼓舞するならば、たいへん好ましい伴侶となるかもしれないと考えているようであったからです。しかし翌朝この種類の望みはうちくだかれました。ルカス嬢が朝飯のすぐ後たずねてきて、エリザベスとふたりだけの席でまえの日のことのなりゆきを申しのべたのでありました。
コリンズ氏がシャロットを恋していると思っているのではないかとエリザベスはこの一日二日の間に考えついたこともありましたが、まさかシャロットが彼の気をひいてみるなどとは、じぶんの場合とおなじほどありえないことだと思っておりました。最初の驚きはあまりにも大きく礼儀のわくをこえるほどでした。彼女は思わず大声をたててしまいました。
「コリンズさんと婚約したのですって! シャロット、まさか!」
ルカス嬢がいちぶしじゅうを語ってきかせる間制御できたおちついた顔つきも、こんなに単刀直入な非難にあって一瞬ろうばいの色を見せました。がこれはもとより覚悟のうえのことでしたのですぐおちつきをとりもどして静かに答えました。
「エライザ、なぜびっくりなさるの? コリンズ氏は不幸にもあなたによく思われなかったからといってだれかほかの婦人から信用をかちえることは信じがたいといいたいのですか?」
エリザベスはすぐに心をおちつかせました。そして非常に努力してまずまずしっかりとふたりの結婚なさることはじぶんにとって喜ばしいこと、あらんかぎりの幸福を祈るむねをつげたのでありました。
「あなたがどのようにお感じになっているかよくわかるわ」とシャロットは答えました。「コリンズさんはたったこの間まであなたと結婚したいと思っていられたのですもの。お驚きに、たいへんお驚きになっているにちがいないわ。もっとゆっくり考えていただければわたしのしたことも納得してくださると思います。わたしはご存じのようにロマンティクではないの。今までもそうではなかったわ。わたしの欲しいのは居心地のよい家なの。コリンズさんの人格、続柄、地位を考えるとあのかたといっしょに暮らす幸福のチャンスはたいていの人が結婚生活にはいるときとおなじほどには見込みはあると思うのよ」
エリザベスは静かに「たしかにそうよ」と答え、気まずいとぎれのあと、家のほかの人たちのところへもどりました。シャロットはそれからすぐ帰ってゆき、残されたエリザベスはきかされたことについて思いにふけりました。これほど不つりあいの縁組みにどうにかあきらめをつけるには相当時間がかかりました。三日のうちにコリンズ氏が二つの結婚申し込みをしたのも奇妙でしたが、それが承諾されたことに比べれば物のかずでもありませんでした。まえまえからシャロットの結婚観はじぶんの考えとはかならずしも一致しないと感じてはいましたが、ひとたび行動にうつされると世俗的な利益にあらゆるよりよき感情を犠牲にしてしまうことが可能であるなどと思いもよらなかったのでありました。コリンズ氏の妻となったシャロット! これこそたいへん屈辱的な図でありました。ひとりの友人がみずからをはずかしめ、彼女の尊敬を失わしめたこの苦しみの上に、その友人がみずから選んだ運命にまずまずの幸福をみいだすことは不可能であろうといういたましい確信が加わるのでありました。
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第二十三章
エリザベスは母親と姉妹らといっしょにいてひとりできいたことを思いめぐらしながら、これを口にすることを委任されたのであろうかどうかと迷っていますと、ウィリアム・ルカス卿自身が娘からこの家の人々に婚約を発表するよう使者にたてられてやってまいりました。一同に挨拶をすまし、将来の両家の間の関係についてひとしきりじぶんで祝賀の言葉をのべてから事件を打ち明けましたが、それをきく人はこれをいヤかるばかりでなく信じないありさまでありました。ベネット夫人は礼儀正しいとはいいかねるしつこさでそれはまったくのまちがいではないかといいつのるのでありました。リディアは考えなしで無礼になることもたびたびなのですが、騒々しく申しました。
「まあ驚いた! ウィリアム卿、なぜそんなうそをおつきになるの? コリンズさんはリジーと結婚したいと思ってられるのをご存じないのですか?」
宮廷人ならではとてもこのような無礼なあつかいを堪えしのぶことはできなかったでありましょう。しかしウィリアム卿の育ちのよさがこの無礼を切り抜けさせました。許しを乞いじぶんの報道の真実であることを断固主張し、礼儀正しく忍耐づよくみなの無礼、無作法の言葉に耳をかしました。
エリザベスは卿をそのような不愉快な立場から救うのがじぶんの義務だと感じ、じぶんからのりだしてウィリアム卿の話をシャロット自身からきいてもはやそれを知っているといって確認しました。ウィリアム卿に熱心に祝辞をのべ、それにはいち早くジェーンも調子をあわせたのでありました。またその縁組みから期待される幸福、コリンズ氏のすぐれた人柄とかハンスフォードがロンドンから手ごろな位置にあることなどについていろいろな意見をのべて、母や妹たちの驚嘆の叫びをやめさせようと努力いたしました。
ベネット夫人は、事実、あまりに圧倒されてウィリアム卿のいる間はあまり物もいえないほどでしたが、彼が辞去するや否やその感情は一時に奔流いたしました。まず第一には彼女はあくまでもことの全貌を信じないといい張りました。第二にはコリンズ氏がうまくだまされたのだ。第三にはふたりはけっしてうまく折り合わないだろう。第四にはこの縁組みはこわれるだろうと信じたのでありました。しかし二つの結論がはっきりと全体から推論されたのでありました。その一つはエリザベスがすべてのわざわいの事実上の原因であり、今一つは彼女自身はみんなからこっぴどいめにあわされたというのでありました。これら二つの点をそのあと一日中主張しつづけたのでありました。彼女をなぐさめ、なだめることはできないことでした。その日がすぎても彼女の怒りはとけませんでした。エリザベスをみると小言をいうのをやめるには一週間がかかりました。ウィリアム卿夫妻に無作法におちいらずに話しかけることができるようになるまでには一ヵ月がすぎ去りました。多少でもこのご両人の娘を許すことのできるまでには幾月も経過いたしました。
ベネット氏の感情はこの場合ずっと冷静なもので、そのいだいた感情はたいへん気持ちのよいものだと宣言いたしました。彼のいうところによると、シャロット・ルカスはまずまず分別のある娘と思っていたのだがじぶんの細君とおなじくらいばかで、エリザベスよりもおろかなことがわかって満足だといいました。
ジェーンはこの縁談には少々驚いたと告白しましたが、彼女は驚きに関しては多くを語らず心からふたりの幸福を願い、エリザベスもそんなことはあきらめたほうがいいと説得できかねるほどでありました。キティとリディアは全然ルカス嬢をうらやましく思いませんでした。コリンズ氏は一介の牧師にすぎないのですから。メリトンでばらまくニューズの一片として以外は感銘をうけませんでした。
ルカス夫人は、娘ひとりをよいところへかたづけた喜びをベネット夫人にいってみせる得意さを感じないではいられないのでした。それでじぶんの幸福を吹聴するために、いつもよりむしろたびたびロングボーンをおとずれました。ベネット夫人のふくれっつらや意地のわるい言葉はそんな幸福なぞ吹きとばしてしまうほど険悪なものでしたのに。
エリザベスとシャロットの間にはおたがいにこの問題について沈黙をまもらせるような遠慮が生じてきました。エリザベスはふたりの間には二度と真の信頼は存しえないと思わせられました。シャロットに失望したために姉に対していっそう愛情のこもった心づかいをあたえないではいられなかったのでした。この姉の正直と洗練された感情に対して、じぶんの意見はけっしてゆるがずビングリーが去ってもはや一週間というのに彼の帰ってくるといううわさもきかない今、姉の幸福を願う心は日ごとにまし加わるのでありました。
ジェーンはキャロラインにいち早く返事をおくりました。またたよりがきてもいいと思われる日を指折りかぞえておりました。コリンズ氏の約束した礼状は、父親にあててまる一年厄介になった場合にふさわしいものものしい感謝をこめて火曜日に到着いたしました。感謝の点で気をはらしてから、有頂天な表現をふんだんにつかって心やさしき隣人ルカス嬢の愛情をかち得た幸福を報告しておりました。つづいてロングボーンでまた会おうというご親切なお誘いにすすんで同意したのは、ひとえにルカス嬢との交情をたのしむためであったと語り、二週間後の月曜日にはふたたび訪問できるよう望んでおること、キャサリン令夫人は心からじぶんの結婚に賛成され、できるだけ早くそれをとりおこなうようにとの思し召しであること、心やさしきシャロットがじぶんを世界一の幸福者にする日を早々に指名することは、それゆえ絶対に必要であることなどがつけ加えられてありました。
コリンズ氏がふたたびハーフォードにやってくるということはベネット夫人にとってもはや全然うれしいことではありませんでした。それどころかベネット氏とおなじく不平たらたらの気持ちでありました。ルカス・ロッジに行かないでロングボーンにやってくるのがそもそもおかしいではないか、たいへん不便でもあり、わずらわしくもあり、じぶんの健康がすぐれないときにお客があるのはいやなことなのに、とくに恋する人となるとそのなかでも好ましからぬやからでありました。このようなのがベネット夫人のもの静かなつぶやきでありましたが、これがすむとビングリー氏がひきつづいて不在であるというもっと重大な心痛が口に出されるのでした。
ジェーンもエリザベスもこのことについては心安からず思っていたのでした。冬中にネザーフィールドに帰ってくることもないといううわさがみんな立ち去ったすぐ後に、メリトン中にひろまった以外にはビングリー氏に関する消息は何一つきこえてこないままに、一日一日がすぎてゆきました。そのうわさはベネット夫人をひどくおこらせ、いつもきまってそんなけしからぬうそはないと反対いたしました。
エリザベスさえもビングリーが無関心だというのではないけれど、姉妹らがひきとめ策に成功したのであろうかと不安をいだきはじめました。ジェーンの幸福をうちくだくような考え、また彼女の恋人の節操にとっては不名誉な考えをもちたくありませんでしたが、それがまたしても心にうかぶのをさえぎることはできませんでした。ふたりの無情な姉妹とあの押しつけがましい友とが力を一つにし、それにダーシー嬢の魅力とロンドンの娯楽がたすけをかしては、ビングリーの愛着の力ではとてもたちうちできないだろうと懸念するのでありました。
ジェーンはこの不安定な状態にあってエリザベスよりもっと痛ましい苦悩にさいなまれたことはいうまでもありません。しかしジェーンはじぶんの感情をすべてかくしたく思い、ジェーンとエリザベスの間ではこの問題はけっして言及されませんでした。そのようなこまかい心づかいでしばられることのない母親でしたから、たった一時間といえどもビングリーの名がもちだされないですぎることはなく、彼を待ちかねる思いを語ったり、もし彼が帰ってこなかったらほんとにひどい仕打ちにあったとうらまないかとジェーンに告白をせまったりなどまでするのでした。まずまず平静にこのような攻撃にたえるためにジェーンはもちまえの柔和さを使いはたしたのでありました。
コリンズ氏は約束の時間どおり、きっかり二週間後の月曜日にふたたびたずねてまいりました。しかしロングボーンでの歓待は最初に出向いたときほどあたたかくはありませんでした。しかし幸福感にあふれたコリンズ氏には心づかいはあまり必要ではなく、みなにとってしあわせなことには求愛という仕事があるので他の人々はあまり相手にならないですんだのでありました。毎日大半はルカス・ロッジですごされ、ロングボーンに帰ったときには就寝まえの人々にうちをそとにしたことを詫びるのにようやく間に合う時刻になることもありました。
ベネット夫人は真実非常にみじめなありさまでした。この縁組みに関することは何をいわれてもたちまち不きげんな苦悶の真っ只中におちこむのですが、どこへいってもそのうわさをきかないわけにはいかないありさまでした。ルカス嬢はみるもいまわしい人となりました。この家の相続者として、いつも油断のない嫌悪《けんお》の目をもってみるのでした。シャロットがたずねてくるといつでも、この家を手に入れるときをまえもって考えているのであろうと決めてかかりました。コリンズ氏に低声で話しかけているときは、いつでもロングボーンの資産のことを話し、ベネット氏の死後ただちにじぶんと娘らを家から追いだす決心なのだと信じこみました。彼女は苦々しく夫に向かって苦情を申したてました。
「ほんとに、ね、あなた」といいました。「シャロット・ルカスがこの家の主婦となり、わたしがあの娘のためにみちをゆずり、あの人がわたしの座にとってかわるのをみなければならないなんて考えるとほんとにつらいですわ!」
「おまえ、何もそんなに暗く考えることはないのではないかね。もっと明るい望みをもつことにしようではないの。たとえば生き残るのはわたしのほうであるかもしれないと考えてはどうかね」
この考えはベネット夫人にはあまりなぐさめにもならなかったらしく、それには何の返事もしないでまえどおり不平をいいつづけました。
「あの人たちが家の財産を全部手に入れると思うとたまらないのですよ。限嗣相続《げんしそうぞく》のことさえなければわたしは苦になどしませんよ」
「何を苦になどしないんだね?」
「何も苦になどしませんわ」
「おまえがそんな不感症の状態からまぬかれたのはありがたいことだ」
「限嗣相続にお礼をいうことなど何もありはしませんわ。ね、あなた。だれかしらないけれど、自身の娘たちから財産をとりあげてよくまあ限嗣相続などにする気になったものね。しかもそれがまたコリンズさんのためとはね! なぜよりによってあの人がもらわなければならないんでしょう?」
「どうもそれはおまえの判決にまつほかないね」とベネット氏は申しました。
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第二十四章
ビングリー嬢の手紙が着いてすべてははっきりといたしました。まず真っ先の文章は冬中ロンドンにいすわることが確実になったことをつげており、最後に兄がそちらを去るまえにハーフォードシャーのみなさまがたにご挨拶をするいとまのなかったことを残念がっておると結んでありました。
万事休す。まったく絶望でした。手紙の他の部分にも彼女に少しでもなぐさめをあたえる場所といっては筆者がおなつかしいなどといってみせているところ以外にはありませんでした。その大部分はダーシー嬢の賞賛でいっぱいでした。数多くの魅力はまたことこまかに論じられ、キャロラインは喜ばしげにますますおたがいが親しくなっているのを誇り、まえの手紙に打ち明けられた希望の実現をあえて予言するほどでありました。またたいそう喜んで兄がダーシー氏宅の同居人であることを書き、その家の新しい家具についての新しい計画などを有頂天になってのべつらねているのでした。
このことをまもなくジェーンから伝えられたエリザベスはだまってききながら心は怒りにふるえました。その心情は姉に対する思いやりと他の人たちに対するうらみとにひき裂かれました。兄がダーシー嬢に対して心を傾けているというキャロラインの言葉は全然信用いたしませんでした。ビングリー氏が真実ジェーンを愛していることは今まで同様疑わなかったのでした。常にビングリー氏に好感をいだきたく思っているのでしたが、そののんきな気質と正しい決断力の欠除には怒りを感じ、軽べつをさえおぼえました。その安易と不決断のためたくらみの多い友人どもに奴隷扱いにされ、友人の気まぐれのままにじぶん自身の幸福を犠牲にさせられようとしているのでした。しかしもし彼自身の幸福のみが犠牲になるのならばじぶんの思いどおりにそれをもてあそぶのも許されましょうが、じぶんの姉の幸福がまきぞえにされるということはビングリー自身も気がついていなければならないことでありました。要するにいろいろと考慮がめぐらされてもなかなか結論を得がたい問題でした。エリザベスはほかのことは何一つ考えられぬほどそれをのみ思いつめているのでした。ビングリーの愛情が事実消えてしまったのか、それとも友人たちの干渉のためにおさえられているのか、ジェーンの愛着には気がついていたのか、それとも気がつかなかったのか、じぶんのビングリーに対する評価はその相違で本質的に影響されるのでありましょうが、真相はどちらであろうとジェーンの立場にはかわりなく、その心の平安はいずれの場合もおなじく傷つけられるのでありました。
ジェーンがじぶんの感情をエリザベスに話す勇気がでないうちに一日二日がすぎてしまいましたが、ついにベネット夫人がいつもよりもっとくどくどとネザーフィールドとその主人に対してのいらだちをぶちまけて去ったあとで、ジェーンはとうてい我慢ができないで次のように申しました。
「ああ、おかあさまがも少し自制心をもっていてくださるといいのだけれど! たえずあのかたを非難なさるのがわたしをどんなに苦しめるかまるでおわかりにならないのよ。しかしわたしは不平をいったりしないわ。長くつづくはずはありませんもの。あのかたのことは忘れられてもとどおりになりますわ」
エリザベスは信じられないといった憂慮のおももちで姉に目をやりましたが何も申しませんでした。
「疑っているのね」と少し顔を赤らめながらジェーンはきっぱり申しました。「ほんとうに信じる理由もないのね。あのかたはわたしの記憶のなかのお知り合いのうちでいちばん好ましいかたとしていつまでも残りますわ。でもそれだけ。希望することも懸念することも何もないの。あのかたをおうらみすることは何もないの。|おうらみする《ヽヽヽヽヽヽ》苦痛をもたないでいいことはとてもありがたいと思うのよ。少し時をかせば、それゆえ、きっと打ちかつことができますわ」
もっとしっかりとした声ですぐにつけ加えて申しました。「これはわたしの気の迷いであったこと、またわたし自身以外にはだれにも何の害もあたえなかったというなぐさめは今すぐにももてるようになりますわ」
「まあ、ジェーン」とエリザベスは叫びました。「何といういい人なのあなたは。なんてやさしい、なんて人を責めることを知らない、ほんとに天使のようだわ。あなたに何といっていいかわかりませんわ。あなたの真価がじゅうぶんにはわかっていなかったように、また当然されていいほどは愛していなかったように思えるわ」
ベネット嬢はそんなにえらくはないとしきりに否認しました。そしてその賞賛を妹の暖かい愛情のゆえだと申しました。
「いえ、そうではないわ」とエリザベスは申しました。
「それでは公平ではないわ。|あなた《ヽヽヽ》は世界中が立派な人たちだとお思いになりたいの。そしてもしわたしがだれかのことをわるくいえば気をわるくなさるのね。|わたし《ヽヽヽ》はただ|あなた《ヽヽヽ》を完全なかただと思いたいの。そうするとあなたまたそれに反対なさるのね。わたしが極端に走ることを恐れないでくださいな。世界中に対して好意をもつあなたの特権をわたしが侵入することをおそれないで。そんな必要はないわ。わたしがほんとに愛している人はわずかよ。尊敬しているとなるともっと少ないわ。世の中をみればみるほど世の中に対して不満が大きくなってゆきます。人間は矛盾したものだという考え、長所とみえるもの、分別ありげにみえるものも信頼するに足りないものだという考えは日ごとにかたくなります。近ごろ二つの例に出くわしました。一つについてはのべることをしないけれど、今一つはシャロットの結婚ですわ。あれはわけがわからないわ! どんな見方をしても説明がつかないの」
「リジー、お願い、そのような感じ方をしてはいけないわ。それではあなたの幸福がだいなしになります。境遇とか気質の相違を少ししんしゃくなさらなければいけないわ。コリンズさんは相当の社会的地位をもったかただし、シャロットは慎《つつま》しい着実なかたです。あのかたは兄弟姉妹の多いかたであるのを忘れないで、財産の点からいえばたいへん適当な縁組みです。みんなのためにシャロットがわたしたちのいとこに対して愛情と尊敬らしいものを感じるようになるかもしれないと信じたらどうかしら」
「あなたのためなら、どんなことでも信じるようにしたいけれど、こんなことを信じたってだれのためにもならないわ。もしシャロットがコリンズさんに何らかの愛情をもっているのだと信じるようになったら、あの人の理性を疑うだけよ。今あの人の感情を疑う以上にね。ジェーン、コリンズさんはうぬぼれのつよい、もったいぶった、心のせまい、おろかな人よ。あなただってわたしとおなじようにご存じのはずよ。ですからあんな人と結婚する女は正常な思考力がないと、わたし同様お感じにならなければならないわ。よしシャロット・ルカスであったとしてもそんな思考力のない人を弁護などさせませんよ。ある個人のために節操とか誠実の意味をかえてはだめよ。ごじぶんやわたしに利己は分別であり、危険不感症は幸福を確保するものだなど納得させようと思ったってだめよ」
「あなたの言葉はふたりに対してはひどすぎると思うわ」とジェーンは答えました。「ふたりがごいっしょにしあわせなのをみて思いなおされるよう望んでいます。さあこのことはこれでいいとして、ほかのことをおほのめかしになったわね。思いちがいのありようはないと考えますけど、お願いだから、リジー、|あのかた《ヽヽヽヽ》に責任があると考えて、またあのかたに対する評価が下がったなどといってわたしを苦しめないでちょうだい。じぶんたちはわざと計画的に傷つけられたなどとかるはずみに想像してはいけないと思うのよ。元気のよい青年にいつでも用心深く、慎重であることを期待しても無理よ、だましたのは自身の虚栄心であることだってたびたびあるの。女というものは美しいなどとほめられるとすぐそれ以上のものを意味していると思いがちなのよ」
「男というものはそう思わせるようしむけるものではないの」
「それが計画的にされたことなら、許しがたいわ。人が考えるほど世間にはたくらみなどというものはないと思ってるわ」
「わたしはビングリーさんのなさり方をたくらみなどといっているのでは全然ないわ」とエリザベスは申しました。
「悪事をたくらんだり、他人を不幸におとしいれようというつもりでなくてもまちがいがおこり、不幸が生まれるのよ。無思慮とか他人の感情に注意をはらわなかったり、決断力がなかったりでそういう結果になることもあるわ」
「あなたはそのなかのどれかのせいだと思っているのね」
「そうよ、決断力が欠けているためだわ。もしわたしが論をすすめれば、あなたが尊敬していられる人たちをわたしがどう考えているかを口にしてあなたを不快にさせるでしょう。できるうちに中止をかけてよ」
「あのねえさんと妹さんたちが圧力をかけていると固執なさるのね」
「そうよ、あの友人といっしょになってね」
「とても信じられないわ。なぜ圧力をかける必要があるの。みなさんあのかたの幸福を願っていられるのでしょう。もしあのかたがわたしを愛していられるのならほかの女の人がその幸福を差し上げるわけにはいかないでしょう」
「あなたの第一の前提がまちがっているのよ。みんなはあのかたの幸福のほかにもたくさん欲しいものがあるかもしれないわ。たとえば、富とか地位の向上とか。お金、有力な親戚関係、自尊などすべて有力な背景をもった女の人と結婚させたいと思っているかもしれません」
「みなさんはあのかたがダーシー嬢《さん》を選ぶよう願っていられるのは疑いもないことよ。しかしそれはあなたが想像なさるよりずっとよいお気持ちからなのです。わたしと知り合うずっとまえからあのかたをご存じだし、あのかたをわたしより好きになられてもちっとも不思議はないわ。しかしごじぶんたちの希望が何であろうとあのかたの希望に反対なさるなんてありえないと思うわ。妹としてそんな勝手なことをしてよいと思う人があるかしら。何かたいへん気に入らないことがないかぎりはね。もしみなさんがあのかたがわたしを愛していると信じていられたら、わたしたちの仲を裂こうなどとはなさらないでしょう。もしほんとにそうなら仲を裂くのに成功なさるわけもないわ。ですからそんな愛情があったなど想像すれば、あなたはあらゆる人に不自然なまちがった行為をさせ、わたしをたいへん不幸にすることになるのよ。そんなことを考えてわたしをなやまさないで。わたしは誤解したことを恥じてはいないわ。少なくとも、そんなことは些細《ささい》なことよ。あのかたのこと、おねえさんお妹さんのことをわるく思ったりしてみじめになるのに比較すれば何でもないわ。わたしにすべていちばんよい見方をさせてくださいな。すべてが了解のできる見方をね」
エリザベスはそのような希望に反対をとなえるわけにもいかなかったのでした。このとき以来ビングリー氏の名はふたりの間でほとんど語られませんでした。
ベネット夫人はあいかわらずビングリー氏の帰ってこないのをいぶかったり、なげいたりしておりました。ほとんどエリザベスがことをわけて説明してきかせない日はなかったのでしたが、母親の当惑がへるあてはまずありませんでした。じぶんでも信じていないこと、ジェーンへの心づかいはありふれたかりそめの好感から生まれたもので、ジェーンを目《ま》のあたりにみないでいるうちに忘れ去られたのだと信じこませようと努力したのでありました。そのときにはたぶんそんなことなのだろうねとみとめられるのですが、またおなじ話を毎日くりかえさねばならないしまつでした。ベネット夫人の最上のなぐさめはビングリー氏が夏にはきっとやってくるだろうということでした。
ベネット氏のこの事件に対する態度はまったくちがっておりました。「なるほど、リジー」ある日のこと彼は申しました。「ねえさんは失恋したらしいね。めでたいことだよ。女の子は結婚の次にはときどき失恋するのが好きなものだよ。考える材料ができるし、仲間のあいだでははばがきくしね。おまえの順番はいつくるかね。おまえもジェーンにおくれはとってはおれないからね。この地方の若いご婦人のみんなに失恋させるにことかかぬほどメリトンにはどっさり士官がいるからね。ウィカムはどうだい。なかなか愉快なやっこさんだし、みごとにねがえりをうつだろう」
「ありがとうございます、おとうさま。でもわたしそれほど愉快なかたでなくても結構よ。みながみなジェーンのような好運を期待するわけにはまいりませんし」
「ほんとうだ」とベネット氏はいいました。「しかし考えてみると安心だよ。そういう種類の何がおころうと愛情深いおふくろがついていて最大限にさわいでくれるからね」
近ごろのままならぬことのなりゆきでロングボーンの多くの人々に投げかけられた憂うつを追い払うためにウィカム氏とのつきあいは大きな貢献をいたしました。みんなたびたび彼と会いましたが、その多くの魅力に今はかくしだてをしないという魅力が加わりました。エリザベスがもうすでにきき知っていることの全部、ダーシー氏に対してもっていた権利とダーシー氏から受けた仕打ちなどは今はあからさまにみとめられ公然と論議されました。そのことについては何も知らないまえからダーシー氏が非常にきらいだったとだれもかれも思いたがったのでありました。
真相はハーフォードシャーの人たちに知られていないしんしゃくすべき事情があったのかもしれないと想像しえたのはベネット嬢ただひとりでありました。そのおだやかな、いつもかわらない公正な心はいつも酌量すべきことがあるのではないかと弁護し、何か誤解もありえることを力説いたしました。しかし他の人たちはいちようにダーシー氏を極悪人ときめつけました。
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第二十五章
愛の告白や幸福の設計に一週間すごした後で土曜日の到着はコリンズ氏を愛らしきシャロットからひき離しました。しかし別離の苦しみは彼のほうは花嫁を迎える準備のために緩和されたことでありましょう。というのはコリンズ氏がこんどハーフォードシャーにくるときにはいよいよ彼を世界中で最も幸福な男性とする日が決められるだろうと希望をいだかせられたからでありました。ロングボーンの人たちにあいかわらずしかつめらしくわかれをつげ、美しいいとこらにはまた健康と幸福を願い、ベネット氏には礼状の約束をしました。
次の日曜日ベネット夫人は例年のようにロングボーンでクリスマスをすごしにきた弟夫婦を迎えました。ガーディナー氏は分別のある紳士らしい人で、姉のベネット夫人と比べて教育の点でも性質からいっても非常にたちまさっておりました。ネザーフィールドのご婦人らは商業で生計をたて、じぶんの倉庫のみえる範囲に住んでいる男性がこのように上品で気持ちのよいのを信じがたく思うことでしょう。ガーディナー夫人はベネット夫人、フィリップス夫人よりいくつか若い人でしたが愛想のよい賢くて上品な女性でロングボーンの姪《めい》たちに人気がありました。とくに上のふたりの姪とこのおばとの間には格別の愛情が存在しており、ふたりはたびたびロンドンのおばの家に逗留いたしました。
到着後まず最初のガーディナー夫人の仕事はお土産をくばり、最新の流行をきかせることでした。これがおわるともっと受け身な役割にまわりました。こんどは彼女が傾聴する番だったのです。たくさんの苦情をのべ、多くの不平をならべました。このまえ会ったとき以来みんながひどいめにあったのでした。ふたりの娘はまさに結婚の瀬戸際までいったにかかわらずだめになってしまったのでありました。
「わたしはジェーンを責めはしませんよ」と彼女はつづけました。「できればビングリーさんを手に入れるつもりだったのだから。しかし、リジーですよ、ね、いいこと。あの娘《こ》が強情をはりさえしなければこのときまでにはコリンズさんの奥さんになっていたかもしれないと思うととてもつらいのよ。あのかたはほかでもないこのへやで申し込みをなさったのよ。そうしてこの娘はおことわりしたの。その結果はルカス夫人がわたしよりさきに娘をかたづけたというわけ。ロングボーンの資産は相もかわらず限嗣相続ですしさ。ルカスの人たちってほんとに狡猾よ、ほんとに。とくになるものなら何でもとりこむというふうなの。こんなこというのはいやだけれど、そうなんですもの。じぶんの家でもこんなに出鼻をくじかれるし、お隣さんといえばじぶんたちのことばかし考えて他人のことはおかまいなしなんですもの。わたしはすっかり神経がたって気分がすぐれないのよ。しかしちょうどこんなときあなたがきてくださってこんなうれしいことはないわ。長い袖について話してくださったことほんとに喜んでいます」
ガーディナー夫人にはこれらのおもな点についてはもはやジェーンやエリザベスとの文通で報告ずみでありましたので義姉には軽く返事をしただけで姪たちへのいたわりから話題をかえました。
後でエリザベスとふたりきりになるとその問題についても少し話し合いました。「ジェーンのためにたいへんよさそうな縁談だったらしいのに」とおばは申しました。「だめになって残念ね。しかしこんなことってよくあることだわ! あなたのきかせてくれたビングリーさんのような青年はきれいな女の子をみるとすぐに恋におち、二、三週間たって偶然ななりゆきでわかれてしまうとまたすぐ忘れてしまう、こんな浮気はよくあることよ」
「それはそれで立派ななぐさめになるわね」とエリザベスは申しました。「それでは|わたした《ヽヽヽヽ》|ちの場合《ヽヽヽヽ》には役にたたないのよ。偶然のために苦しんでいるわけではないんですもの。まわりの人たちが干渉して独立の財産をもった青年にたった二、三日まえまで熱烈に恋していた娘をあきらめさせるよう説得するなどということはめったにおきることではありません」
「しかしその『熱烈に恋している』という表現がとても陳腐であやふやではっきりしないものなので、わたしははっきりしたことがわからないのよ。半時間ばかり知り合っておこってくる感情にあてて使う場合もあるし、かと思うと真実の強い愛着をいう場合もあるし。どうぞビングリーさんの恋がどれほど|熱烈だったか《ヽヽヽヽヽヽ》いってみてくれない?」
「わたしはこのうえなく有望とみていたのよ。彼はだんだんほかの人たちには不愛想になっていって、ジェーンのことで頭がいっぱいになっていったわ。会うたんびにその傾向は的確で顕著になっていったわ。自宅でひらいた舞踏会でダンスを申し込まないで二、三人の若いご婦人の気をわるくしたのよ。わたしは二度話しかけて返事がしてもらえなかったわ。これより立派な徴候があるかしら。恋の本質はほかの人たちに不作法になることではないの?」
「ええ、そうよ。わたしが想像した程度の恋ね。かわいそうなジェーン! 気の毒だわね。あの性質ではすぐに忘れることはできないでしょうしね。|あなた《ヽヽヽ》だったらよかったと思うのよ、リジー、あなたなら笑いとばしてしまえるのにね。しかしジェーンをわたしたちといっしょにうちへ行くよう説き伏せられるかしら? 所がかわればいいかもしれないわ。ちょっと家から離れるのはききめがあるかもしれないわ」
エリザベスはこの申し出をたいへん喜び、姉もすぐに承諾するだろうと信じるのでありました。
「まさか」とガーディナー夫人はつけ加えました。「例の青年のことを考えてそれで動かされるわけではないでしょうね。わたしたちの住んでいる所はまったく離れているし、いろいろな交際関係もまったくちがうでしょう。あなたも知っているとおり出かけることも少ないし、あの青年がたずねてこないかぎりふたりが出会うことはまずありえないことですよ」
「そのたずねてくることはまったく不可能なの。あのかたは今友人に監禁されていて、そのダーシーさんはロンドンのそんなところへジェーンをたずねてくるのを絶対ゆるしませんわ。おばさまったらよくそんなことをお思いつきになったわね。ダーシーさんだってたぶんグレースチャーチ・ストリートという場所がロンドンにあるくらいのことは|うわさにきいて《ヽヽヽヽヽヽヽ》いられるでしょうよ。そんなところにひとたび足をふみ入れたら、一ヵ月|斎戒沐浴《さいかいもくよく》してもそのけがれを清めることはできないと思われるでしょう。それに、ビングリーさんはダーシーさんといっしょでなければ絶対出かけることはありません」
「それだけ結構なことだわ。わたしはふたりが全然会わないようにと願っているのですもの。しかしお妹さんとはジェーンは文通しているのではないの。お妹さんはたずねてこないわけにはいかないでしょう」
「絶交してしまうでしょう」
しかしこの点と、今一つもっと興味のある点、すなわちビングリーはジェーンと会うのを禁止されていることは大丈夫まちがいなしとうけ合うようにみせかけてはいましたが、この問題についてある希望をいだいているのをじぶんで気がつきました。それはよく吟味してみると心の底でこの恋愛事件はまったく絶望ではないと信じようとしていることでした。ビングリーの愛情がふたたび燃え上がり、友人らの圧力がジェーンの魅力というもっと自然な力でうちまかされることが不可能ではなく、また時にはおおいにありそうなことのように思えるのでした。
ベネット嬢はおばの招待を喜んで受けました。ビングリー家の人たちについてはキャロラインは兄とおなじ家に住んでいないことゆえ、ときおり彼女といっしょに朝をすごしてもビングリー氏に出会う心配はないだろうと考えていたのでした。
ガーディナー夫妻はロングボーンに一週間滞在しました。フィリップス家の人々、ルカス家の人々、それに士官たちと約束のない日はありませんでした。ベネット夫人は弟夫婦のもてなしのため気をつけて用意しましたので一度もうちわだけの晩餐ということはありませんでした。自宅での晩餐の場合は幾人かの士官がいつでも出席し、ウィカムはきまってそのなかのひとりでした。このような場合エリザベスが熱心に彼をほめるのであやしく思い、ふたりを注意深く観察いたしました。じぶんの観察から判断してふたりが本気で恋しているとは考えませんでしたが、おたがいに好感をいだき合っていることは一目瞭然でした。それゆえ、少しばかり不安を感じ、ハーフォードシャーを去るまえにそのことでエリザベスと話し、そのような愛情を進展させてゆくのは軽率であることをいってきかせようと決心いたしました。
ウィカムは一般の人々に対する魅力とは関係のないことでガーディナー夫人を喜ばせることができたのでした。それは夫人が十年か十二年まえまだ結婚してないときのことでしたが、ダービシャーのウィカムに関係のあるそのあたりに相当長い間暮らしたことがあったからでした。それゆえふたりには共通な知り合いがたくさんあり、五年まえのダーシーの父親の逝去以来そのあたりにほとんど行ったことのないウィカムでしたが、それでも夫人のもとのお友だちについて彼女の手にはいらないもっと新しい消息をつたえることができたのでありました。
ガーディナー夫人はペンバレーをみたことがあり、先代のダーシー氏は評判にきいておりました。その結果この点でも話題は無尽蔵でした。じぶんのペンバレーの追懐とウィカムのことこまかな描写とを比較したり、先代の人となりに賛辞を呈したりでウィカムともどもじぶんもたのしんでいました。ダーシー家の当主の仕打ちについてきかされたときはその紳士が少年であった頃の評判でこれと符合するものはなかったかと思い出そうとつとめたすえ、ついにフィツウィリアム・ダーシー氏は以前たいへん高慢な意地のわるい少年であるとうわさされていたのを思い出したと確信するにいたりました。
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第二十六章
ガーディナー夫人はエリザベスひとりに話せるよい機会をとらえるとさっそくにまた親切に注意をあたえました。正直にじぶんの思うことをのべた後で次のようにつづけました。
「あなたはわけのわかった人だから、まさか警告されたつらあてに恋におちるようなことはしないわね。だからわたしは心配しないであからさまにいいます。まじめにいって気をつけてほしいの。財産のないために非常に無謀なものとなる愛情にじぶんをまきこんだり、あのかたをまきこもうと努めたりしてはだめよ。|あのかた《ヽヽヽヽ》には何もいうことはないわ。非常に興味をひくかただと思いますよ。もつはずだった財産さえあればあれ以上のかたはないと思いますよ。しかし事実はそうではないのだから感情に走ってしまってはいけません。ちゃんとよく分別してくださいよ。おとうさまはあなたを信じてられます。しっかり心を決めて道をふみはずさないようにね。おとうさまを失望させてはいけませんよ」
「まあ、おばさま、ほんとにずいぶんまじめなお話ね」
「ええ、そうよ。あなたもおなじようにまじめにきいてもらいたいのよ」
「よござんす。それではちっとも心配なさる必要はないわ。よくじぶんに気をつけ、ウィカムさんのことも気をつけます。さけることができればウィカムさんにわたしを恋させたりなどしません」
「そら、それはまじめではないわ」
「ごめんなさい。もう一度やってみるわ。今のところウィカムさんを恋してなどいません。たしかにしてませんわ。しかしあのかたは比べようのないほど今までお会いしたかたのなかでは気持ちのいいかたです。――そうしてもしほんとにわたしを愛するようになられたら、それはそうなさらないほうがいいことはわかっていますわ。それが無謀だというのもわかります。おお、あのいやなダーシーさん! おとうさまに信任していただけるのは最大の名誉ですわ。それを失うのはたいへん悲しく思います。しかし、おとうさまはウィカムさんをひいきにしていらしてよ。要するにおばさまあなたがたのだれをも不幸にしたくはございません。しかし愛の存在するところ、若い人たちは差しあたって財産がないからといってめったに婚約するのをひかえたりなぞしないのは毎日みていますもの、どうしてわたしだけが若い仲間たちより賢明になると約束ができるかしら? またひかえることがよりかしこいかどうかもわかりませんわ。お約束できるのはそれですから急がないということですわ。性急にわたしがあのかたの意中の人などとは思いこんだりいたしませんわ。いっしょにいるとき意中の人でありたいなど望みませんわ。簡単にいえば最善をつくします」
「たぶんあのかたがここにくるのをあまり奨励しないほうがいいのではないかしら。少なくともおかあさまにあのかたを招待するのを|思い出《ヽヽヽ》|させたり《ヽヽヽヽ》しないほうがいいわ」
「わたしが先日したようにね」とエリザベスは思いあたるふしのある微笑をうかべて申しました。「ほんとよ|あれは《ヽヽヽ》差しひかえたほうが賢明ですわ。しかしあのかたがいつでもこんなにたびたびうちにいらっしゃるとはお思いにならないで。今週こんなにたびたび招かれたのはおばさまのためなのよ。ご存じでしょう。お客さまにはいつもお相手が必要だというおかあさまの考えを。しかし真実、名誉にかけて最上と思うことをしますわ。これで満足してくださいな」
おばは満足したとうけ合った。エリザベスは親切な助言に感謝してわかれました。このような点についての忠告が素直に受けとられた稀な例といわなければなりません。
ガーディナー夫妻とジェーンが去ってまもなく、コリンズ氏がまたハーフォードシャーにやってまいりました。こんどはルカス家に宿をとりましたからベネット夫人にはなんら不都合はありませんでした。結婚がどんどん迫っておりました。ベネット夫人も今ではついに観念してこれをさけがたいことと思うようになり、意地のわるい調子で「ふたりが幸福に|なるよう《ヽヽヽヽ》」にとくりかえしていうほどになりました。木曜日が婚礼の日でした。それで水曜日にルカス嬢はおわかれの訪問にまいりました。いとまするため立ち上がったとき、エリザベスは母親の不愛想でいやいやながら、おしあわせにという挨拶を恥ずかしく思い、心から名残りがおしまれてシャロットについてへやを出ました。階下へいっしょにおりながらシャロットは申しました。
「エライザ、たびたびお手紙くださいな。お待ちしておりますわ」
「|それは《ヽヽヽ》たしかに差し上げますわ」
「そしても一つお願いがあります。会いにきてくださらない?」
「ハーフォードシャーでたびたびお目にかかれるように」
「しばらくはケントを離れられないと思うの。それだからハンスフォードへくるって約束してください」
ほとんどたのしいだろうとは予想できませんでしたが、エリザベスにはこばめませんでした。
「父とマライアが三月にくるはずになっています。その一行に加わってくださいな。ふたりと同様ほんとにきていただきたく思ってます」
婚礼が挙行され、花嫁花むこは教会からケントへと旅立ちました。人々はそれについてはいつものとおり話したりきいたりすることが山ほどありました。エリザベスはやがて友からたよりをもらい、ふたりの間の交際はもとのように規則正しくまた頻繁となりましたが、もとどおり腹蔵ないものというのは不可能なことでした。エリザベスは書くたびに心たのしい親しみはおわったと感じないわけにはまいりませんでした。手紙はおこたらずできるだけ書くことを決心しましたが、それはもとの親しさのためで今のためではありませんでした。シャロットの最初の手紙には熱心な期待がよせられておりました。じぶんの新しい家庭、キャサリン令夫人に対する感想、どの程度じぶんを幸福だといいきれるかなど好奇心をひかずにおかないことが数々ありました。しかし手紙を読んでみると、あらゆる点に予想していたとおりのことしか書かれていないのを感じました。たのしげに生活の安慰につつまれあげるほどのものはすべて賞賛しておりました。家、家具、隣人、道、すべては趣味にぴったりでキャサリン令夫人はたいへん親しみ深くゆきとどいておりました。コリンズ氏のえがいてみせたハンスフォードとロージングズそのまま、ただ適当にやわらげられておりました。エリザベスはそのあとのことはじぶんで行ってみるまで待たねばならないことがわかりました。
ジェーンからはすでに数行の手紙がよこされ、ロンドンに無事到着をしらせてまいりました。次の手紙をもらうときにはビングリーの人たちの消息をいくらかきかしてくれることができるだろうとエリザベスは期待していました。
第二信を待ちこがれていましたがそのかいもなく、あまりはかばかしいたよりをきかれなかったのはこのような場合よくあることでした。ジェーンはロンドンに着いてからもう一週間になっていたのですが、キャロラインには会うこともできずたよりもありませんでした。しかしジェーンはロングボーンから友にあてた最後の手紙は何かの事故でなくなったのだろうと想像してこれを説明しました。
「おばさまは」とつづけました。「ロンドンのあの方面へお出かけの由、それゆえわたしはこの機会を利用してグロヴナー街を訪問いたしますつもり」
その訪問後に手紙をよこし、ビングリー嬢に会ったことをしらせてきました。「キャロラインはあまり元気がないように思えました」というのがジェーンの言葉でした。「でもわたしに会ってたいへん喜ばれ、ロンドンにくるのをあらかじめしらせておかなかったのをせめられました。それゆえ、最後の手紙は着かなかったのだろうというわたしの推測はあたってました。もちろん兄上のご安否はおたずねしました。お元気の由、ダーシーさまといつもごいっしょでめったにお会いになることもないようでございました。ダーシー嬢《さん》が晩餐にこられる予定の由でお目にかかりたく存じましたが、キャロラインとハースト夫人はおでかけのところゆえ長居はいたしませんでした。おふたりをたぶんまもなくここにお迎えできると思います」
エリザベスはこの手紙を読んで首をふりました。姉の上京をビングリー氏が知るのは偶然によるほかはないと考えざるをえませんでした。
四週間がすぎ去りましたが、ジェーンはビングリー氏には全然会っておりませんでした。じぶんはそれを残念がってなどいないとじぶんに信じこませようといたしましたが、もはやビングリー嬢の冷淡には気づかないわけにはまいりませんでした。二週間の間、毎朝うちで待ち、夜ごとに新しい弁解を彼女のためにこしらえあげていましたが、彼女はついにあらわれました。しかしほんのしばらくいただけで、しかも態度のつめたくなったことからこれ以上ジェーンはみずからをだましていることはできなくなりました。このおりに妹にあてた手紙はジェーンの感じたことをよくしめしております。
「最愛のリジーはわたしがビングリー嬢のじぶんに対しての好意についてまったくかいかぶっていたことをみとめたとしても、わたしをたねにしてじぶんの判断の正しかったことをかち誇ったりなどなさらないわね、きっと。しかし事実はあなたが正しかったことが証明されたのですけれど、あのかたのなさりようから考えてわたしの確信はあなたの疑惑とおなじほど自然であったと主張しても、がんこな人と思わないでくださいな。わたしには全然あのかたがわたしと親しくしようと望まれた理由がわかりません。もしおなじような事情がおこったとすれば、わたしはまただまされることと思います。キャロラインは昨日までわたしの訪問の返礼をされませんでした。そしてその間手紙はおろかひと言のたよりもありませんでした。いらしたときも全然たのしんでいられないのはあきらかで簡単にもっと早くたずねてこなかったことに対して、形ばかりの詫びをいい、ふたたび会いたいとはひと言もいわず、あらゆる点でまったく人がかわってしまっておりましたのであのかたが帰られたときわたしはこれ以上おつき合いはしまいとはっきり決心いたしました。非難しないではいられないけれどお気の毒にも思います。あのようにわたしを選びだして仲よくされたのはいけないと思います。まちがいなくいえると思いますが、親しくするようもちかけたのはあのかたのほうからなのですもの。気の毒に思うわけはごじぶんでごじぶんのやり方をまちがっていると感じていられるけれど、兄上に対する心配のあまりなさったことがよくわかっているからです。これ以上説明する必要もないと思います。|わたしたち《ヽヽヽヽヽ》はこのご心配は無用のこととわかっておりますが、もしあのかたがご心配になったとすればわたしに対するなさり方はそれでよく説明できます。兄上があのかたにおだいじなのはもっともなことで兄上のために感じられる心配がいかなるものであれ当然のことで心やさしいことと思います。もしビングリーさまが多少ともわたしを愛しておられるならわたしたちはとっくにお会いしているはずですもの。あのかたはわたしがロンドンにきていることをご存じなことはキャロラインにいわれたあることからたしかだと思います。それなのにあの人のお話しぶりから兄上が真実ダーシー嬢を好いているとじぶんに思いこませようとつとめていらっしゃるかのようでわたしはその点がふにおちないのです。もし意地わるく解釈すればたいへんうらおもてがあるように思えてなりません。でも苦しくなるような考えはできるだけしりぞけて、ただただわたしをたのしくするもの、あなたの愛情とおじさま、おばさまのかわらないご親切を考えることにいたします。すぐにおたよりおきかせくださいまし。ビングリー嬢は兄上は二度とネザーフィールドにお帰りにはならず、あのお家を手ばなすようにもいっておられましたがはっきりとしたお話ではございませんでした。そんなことは口に出さないほうがいいと思います。ハンスフォードからたいへんたのしい報告がありました由ほんとに喜んでおります。ぜひウィリアム卿とマライアとごいっしょして行っていらっしゃいますよう。気持ちよくお暮らせになると思いますわ。あなたのもの等々」
この手紙はエリザベスには何かいたみを感じさせました。しかしジェーンはこれ以上少なくともあの妹にだまされはすまいと考えると気がひきたってまいりました。兄のほうに期待するところはもう完全におわってしまいました。彼の人物は評価の点で下落しました。そして彼に対する罰としてまたたぶんジェーンにとって有利になろうかと思い、ダーシー氏の妹と実際結婚したらと願うようになりました。ウィカムの説明から判断すればこの人はビングリーにじぶんのすて去った物を惜しむ情をふんだんにあたえるだろうと考えたからです。
ガーディナー夫人はちょうどこのころエリザベスに例の紳士に関する約束を思い出させて報告を請求いたしましたがその返事はエリザベスよりもむしろおばに満足をあたえるものでありました。じぶんを愛するかのように払われていた心づかいはまったくおわりをつげ、ウィカムは今ほかの人にあこがれの情をもやしておりました。エリザベスはそれについてはすっかりみぬくほど気にはかけていましたが、しかしあまり深刻な苦痛を感じることもなくそれをみてとり書いてよこせるほどでした。心は多少うずき、虚栄心は財産がゆるせば彼は|じぶん《ヽヽヽ》を選んだであろうと信じて満足いたしました。ウィカムが今しきりにきげんをとっている相手の最も顕著な魅力は急に一万ポンドを獲得したことでありました。しかしエリザベスはこの場合はシャロットの場合よりもやや明敏さに欠けるところがあって、その独立を求める心をとがめはいたしませんでした。それのみか、しごく自然なものと考え、いっぽうじぶんをすてるのは多少つらかったであろうと思いながらもそれが双方にとって賢明で望ましいやり方とみとめ、心から彼のしあわせを祈ることができたのでありました。
これはすべてガーディナー夫人に自白され、事情をのべた後で次のようにつづけました。「愛するおばさま、わたしはあまり恋していたわけではなかったのだと今では信じております。もしあの純粋な心を高める感情を事実経験したのでしたら今はあのかたの名まえもいとわしく、あらゆるわざわいがあのかたを見舞うよう願っているはずだと思います。しかしわたしはあのかたに対して親切な感情をもちつづけるばかりでなく、キング嬢《さん》に対しても心たいらかでおられるのです。ちっとも憎いなどとは思わず、なかなかいいお嬢さんだという気持ちさえいたします。こんなのが恋であるはずはありません。わたしが用心していたのはたいへん効果があったのだと思います。わたしがとりみだすほどすっかりあのかたにうちこんでいたなら、たしかにみんなにはもっと興味をひく存在になったかもしれませんが、わたしは比較的興味をひかない存在であったのを残念には思いません。重要人物になるのはときにとても高い代償を払うことがありますものね。キティとリディアはわたしよりずっとあのかたの仕打ちに感情を害されているようです。まだ若くて世の中のありさまがわからず、美男子といえどもぶおとことおなじく生活の資が必要であるという無念な事実を承認することができないのでしょうね」
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第二十七章
ロングボーンの家族にはこれ以上大きな事件もなく、ほかにはときにはぬかるみをおかし、ときには寒さにもめげずにメリトンへの散歩をする以外にはたいした変化もなく、一月二月はすぎ去ってゆきました。三月はエリザベスがハンスフォードに出かける月でありました。最初のうちはそれほど本気な約束とも考えないでいたのでしたが、シャロットのほうはまったくその計画をあてにしていることがわかり、じぶんでもだんだんそれをたのしみにし、またたしかにゆく気持ちになってまいりました。離れているうちにシャロットに会いたいという気はつのり、コリンズ氏への嫌悪《けんお》はへってまいりました。計画には何か目新しさがありました。あのような母親と話し相手にもならない妹たちだけでは家庭といえども完全無欠とはいかず、少しの変化は変化としても歓迎されるのでした。そのうえ、この旅行でちょっとジェーンの様子をみに立ち寄ることもできましたし、要するに近づくにつれて気がすすみ、もし延期などがあればたいへん残念がったかもしれません。しかしあれもこれもシャロットの最初の筋書きどおりはこばれウィリアム卿と二番めの娘に同伴することになったのでありました。そのうえ、ロンドンで一夜をすごすという結構な追加があって計画としては非のうちどころのないものとなりました。
ただ一つの苦しみは父親から離れることでした。たしかにじぶんがいなくなれば寂しくなるにちがいないのでしたが、いよいよというときになってたいへん行かれるのをいやがり、手紙を書くよう命令し、ほとんど返事を書く約束までしたほどでした。彼女とウィカム氏との間のわかれは完全に友だちらしい好意にみちたものでしたが、ウィカムのがわにおいてよけいにそうでした。現在の彼はほかの女性を追い求めてはいるけれど、そうかといってエリザベスがじぶんの好意を刺激し、また好意にあたいした最初の人であり、耳を傾けて気の毒がってくれた最初の人であり、じぶんをあこがれさせた最初の女性であったのでした。さよならをいい、どうぞたのしい旅をといい、ド・バーグ令夫人がどんな人だかあらかじめ覚悟をしておかねばならないことを思い出させ、令夫人に対しても、あるいはあの人この人あらゆる人に対するふたりの意見はきっと一致するであろうなどと語る彼の言葉には心憎い心づかいと関心の様子がみられ、そのために彼に対して常に誠実な好意をもちつづけるにちがいないと感じたほどでありました。彼とわかれたときこの人こそ独身であろうと結婚しようと愛想よい男性、こころよい男性の典型となるにちがいないと思いました。
次の日の旅の道づれは彼に対する思い出のこころよさを忘れさすような相手ではありませんでした。ウィリアム卿と娘のマライア、この娘はたいへんきげんのよい子でしたが父親とおなじく頭は空っぽできく価値のあることは何もいわず、馬車の音をきいているのと大差はありませんでした。エリザベスはばかげた途方もないことは好きでしたが、ウィリアム卿とはあまりに長いつき合いでしたから、謁見にしてもナイト爵受領についても何ら新味はなく、彼のいんぎんな礼儀にしても彼の報道におとらず陳腐そのものでありました。
ただの二十四マイルの旅でありましたから非常に早く出かけて正午にはグレースチャーチ・ストリートに着くほどでした。ガーディナー氏の戸口に近づいてまいりました。ジェーンは客間の窓から車の着くのを気がつき、玄関の廊下に迎えるために立っておりました。エリザベスは熱心にその顔にみいりましたがまえとおなじように健康で美しくみえ安心しました。階段には一団の少年少女がならんでいました。この子たちはいとこの出現を待ちかねて客間にじっとはしていられなかったのですが、ちょうど一年も会わないのではにかんでそれより下へは降りてこられなかったのでした。喜びと親切につつまれて一日はたいそうたのしくすぎました。ひるまは忙しく買い物にゆき、夜は劇場に出かけました。
エリザベスはおばのそばに腰をおろすよう工夫しました。ふたりの最初の話題はジェーンのことでした。彼女のくわしい質問に答えて、ジェーンはいつも快活にしようとはしているけれど、ときどき気おちするときもあることをきかされて驚くより悲しく思いましたが、こういう状態も長くはつづくものではあるまいと考え気やすめにしたのでした。ガーディナー夫人はビングリー嬢のグレースチャーチ・ストリートの訪問については仔細を語り、その後ジェーンとじぶんの間にいろいろなときにかわされた会話をくりかえしましたが、それでその交際をたつ気であることがわかりました。
ガーディナー夫人はそれから少しウィカムにふられたことをからかい、よく我慢したとほめました。
「しかしね、エリザベス」とつけ加えました。「キング嬢《さん》てどんなかた? 残念ながらわたしたちの友人はお金に目のないかただったのね」
「ですけど、おばさま、金銭的な結婚と分別のある慎重な結婚の差はどこにあるのでしょうか? どこまでが思慮分別でどこから貪欲となるのでしょう? クリスマスには無分別としてあのかたがわたしと結婚することを心配していらっしゃいました。ところが今はたった一万ポンドの財産付きの娘を手に入れようとするだけで金銭的だと思われるようですもの」
「キング嬢《さん》がどんな娘さんか教えてくれれば、どう考えるのが正当かわかるんですがね」
「たいへんいい娘さんよ。何もわるいことはきいたことがありませんわ」
「でもそのかたのおじいさまがなくなられて財産を手に入れられるまで何の心づかいもみせていられなかったのでしょう?」
「そうよ、みせられるわけがないわ。わたしにお金がないから、わたしの愛情を求めるのは差しつかえありとすれば愛してもいない娘でわたし同様に貧しかったとすれば、そんな人に恋をしかけるわけはないではありませんか?」
「この事件のすぐ後そのかたに心づかいをみせはじめるというのがたしなみのないことのようにみえますよ」
「お金にこまった男性はそんなお上品なお作法なぞまもっているひまはありませんわ。あのお嬢さんがそれにおかまいないなら、なぜわたしたちがかまう必要がありましょう?」
「|そのかた《ヽヽヽヽ》がかまわないからといってそれでウィカムさんが正しいということにはなりませんよ。それはただそのお嬢さんに何か欠けていることをしめすだけです。分別とか感情とか」
「いいわ」とエリザベスは叫びました。「お好きなように解釈なさって。彼《ヽ》は金銭的で彼女《ヽヽ》は愚かだとでも」
「いいえ、リジー、それは|好きでする《ヽヽヽヽヽ》ことではないのよ。あんなに長い間ダービシャーに住んでいた青年のことをわるく思うのは残念なのよ」
「ああ、もしそれだけでしたらダービシャーの住人に対するわたしの評価は低いのよ。ハーフォードシャーに住むその人の親しい友人にもあまり感心しません。みんなにあきあきしましたわ。やれやれ、あすは気持ちのよい性質は一つだってない、礼儀も知らず、分別もない男性のいる場所へゆくところなのよ。ばかげた男性が知る価値のある唯一の男性かもしれないわね、結局」
「気をつけてよ、リジー、そういういい方は失恋のにおいがしますよ」
お芝居がおわってわかれるまでにうれしいことに思いもかけず、おじおばが夏にもくろんでいる観光旅行に招待されたのでありました。
「まだ、どこまで足をのばすか決めていないのよ」とガーディナー夫人は申しました。「たぶん、湖水地方までゆくつもりです」
そんな計画ほどエリザベスに好ましいものはありませんでした。すぐに感謝してその招待を受けました。「愛する、愛するおばさま」有頂天になって叫びました。「ほんとにうれしい、ほんとにしあわせ! わたしに新鮮な命と力をあたえてくださるわ。失恋よ、憂うつよおさらば、岩よ、山よ、御身らのまえに男性何ものぞ。おお、どんなに夢中になってしまうことでしょう? そうしてわたしたちが帰ってきたときには、そこいらの旅行家とはちがって何から何まではっきりと覚えているのです。どこへ行ったか覚えて、何を見たかを思い出すのです。湖も山も河も混乱することなく、またある特別な景色の描写をこころみるとき、その相関的位置について意見のちがうことのないように。|わたし《ヽヽヽ》|たちの《ヽヽヽ》最初の心情発露が凡百の旅行家のように陳腐で堪えがたいものとならないように」
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第二十八章
翌日の旅行ではありとあらゆるものがすべてエリザベスにははじめてのもので興味が深うございました。気持ちが高揚していてすべてをたのしむ気分でありました。姉はその健康上の懸念をすっかり忘れさせるほど元気な様子でしたし、北方地方の旅行はたのしい期待でたえず心はうきうきとしていました。
公道をそれてハンスフォードに通じる小径へとはいりますと、みなの目はいちように牧師館を求め、かどを曲がるたびにそれが目にみえてくることを予期しました。ロージングズの林苑の柵が片側のしきりとなっていました。その館の住人についてきかされた数々のことを思い出してエリザベスは微笑いたしました。
ついに牧師館がみえてきました。道まで傾斜する庭、庭のなかにたった家、緑色の柵と月桂樹の生け垣、あれもこれもじぶんたちがいよいよゆき着いたことをしらせておりました。コリンズ氏とシャロットは入り口にあらわれ、馬車は小さな門のまえで全員うなずき交わしほほえみあううちに止まりました。そこから短い砂利道が家まで通じていました。たちまち馬車からおり、おたがい顔を会わせて喜びあいました。コリンズ夫人は友をしんそこからうれしげに歓迎し、エリザベスはそのように愛情深く迎えられてますますきてよかったと思ったのでした。エリザベスは一目でいとこの態度は結婚まえとかわっていないのをみてとりました。その形式ばった挨拶はまさに従前どおりでした。しばらく門で数分エリザベスをひきとめて家族いちいちの安否をとい、その答えをききました。みなはそれからコリンズ氏によってその小ざっぱりとした入り口に注意を向けられましたが、それ以上ひきとめられることもなく家のなかへ招じ入れられました。居間にはいるとふたたびひどく形式ばってじぶんのあばら家へようこそと歓迎してから細君が茶菓をすすめるのをいちいち彼も固苦しくくりかえしました。
エリザベスは得意満面の彼をみる気がまえはできておりました。そのへやのほどよいつりあい、その向き、その家具をみせびらかしながらコリンズ氏は特別じぶんに語りかけて彼をこばんで失ったものの大きさを感じさせようとしているかのように想像しないではいられないのでありました。しかしあらゆるものはこざっぱりと心地よげではありましたが、後悔の微笑をみせて彼を満足させることはできませんでした。むしろそのような伴侶のもとで、そのような快活な様子をしていられる友を驚嘆するのでありました。細君なら恥ずかしいだろうなと考えられるような発言をコリンズ氏のしたとき、しかもそれは稀ではなかったのですが、彼女は思わず目をシャロットのほうへ向けないではいられませんでした。一度か二度、シャロットはかすかに赤面したようでしたが、だいたいは賢明にもきかぬ振りをいたしました。そのへやの家具、戸棚からストーブ囲いまで一つなしほめ、旅行のこと、ロンドンでおこったすべてのことについて話しおえるまでそのへやにやすみましたが、その後でコリンズ氏は一同を庭の散歩に誘いました。この庭は広く設計もよくできており、その手入れはコリンズ氏みずからがあたっておるとのことでした。じぶんの庭で働くことは、最も体裁のよいたのしみの一つであると彼は説きましたが、シャロットもその運動の健全性を語り、じぶんもまたできるかぎり奨励していると白状したときにこりともしないでいられるのにエリザベスは感心してしまいました。この庭で、ここの小径、かしこの横径とつれ歩き、じぶんの要求する賞賛を口にする暇もあたえず、あらゆる景色を指し示したのでありましたが、あまりにも微に入り細をうがってついに美しさはまったく失われてしまうのでした。彼はあらゆる方向にひろがる畠の数、いちばん遠い森の木の数さえ知っていました。しかし彼の庭が、この地方が、否イギリス王国が誇りうるすべての景色をもってしてもロージング館の遠望にはとうてい匹敵しないと主張しました。それは彼の家の正面のほとんど真向かいにある邸園の生け垣の木の間から望まれる立派な近代建築で高台のほどよい位置に建てられておりました。
その庭からコリンズ氏はじぶんの牧草地二つにつれてゆきたかったのですが、ご婦人らは半分とけかかった霜の道を歩けるような靴ははいていませんでしたのでひきかえすことになりました。ウィリアム卿が彼といっしょに歩く間、シャロットは妹と友に家中をみせて、たいそう満足げでしたが、たぶん夫の助力なしにじぶんだけでみせる機会に恵まれたからでしょう。家はこぢんまりとしたものでしたが、かっちりと建てられ、便利にもできていました。あれもこれもこぎれいに調和よくとりつけられ、また配列されており、エリザベスはこれをすべてシャロットのてがらと考えました。コリンズ氏が忘れられるときには真実あたりにやすらかなふんいきがただよい、そしてシャロットが明らかにそれをたのしむありさまをみてコリンズ氏はたびたび忘れ去られるのだろうと想像いたしました。
キャサリン令夫人がまだいなかにいられることはすでにきかされておりましたが、晩餐の席でまたそのことが話題となり、コリンズ氏は口をはさんで次のような感想をのべました。
「そうです、エリザベスさん、きたる日曜日教会でキャサリン・ド・バーグ令夫人にお目にかかる機会を得られるでしょう。いうまでもなくあなたは光栄に思われましょう。まことに令夫人は目下の者に愛想よく親切にお目をかけてくださいます。礼拝がおわりましたらかならずやあなたにもお目をとめられることと期待します。ほとんどいうにちゅうちょを感じないのでありますが、あなたが拙宅にご滞在中には妹マライアともどもあなたもわれわれにくだされた招待にお加えくださることと信じております。わが愛するシャロットに対しての令夫人のおふるまいはまことにほれぼれとさせられます。毎週二度はロージングズにて晩餐の接待にあずかり、帰りはけっして歩くのをおゆるしにならないのです。令夫人のお馬車、いやお馬車の一つと申したほうがよろしいでしょう、三つ四つおもちでいらっしゃいますから、それをきまって命じてくださいます」
「キャサリン令夫人はほんとにご立派なものわかりのよいかた」シャロットもつけ加えました。「近所の者によくお目をおかけくださいますよ」
「そのとおりだよ、おまえ、そっくりわたしのいいたいことだよ。令夫人はどんなに尊敬をはらってもはらいきれないようなかたです」
夜はだいたいハーフォードシャーのうわさでもちきりました。もうすでに手紙で書かれたことももういちど口で話されました。それがおわり、寝室でひとりになるとエリザベスはシャロットはどの程度満足しているのかと思い夫を巧妙に操縦するのに感心し、落ちつきはらって堪え忍ぶのには感嘆し、すべてはたいへんうまくいっているとみとめなければなりませんでした。それからまたこの訪問はどのようにすごされるか予想してみました。日常の仕事が静かにくりかえされ、ときどきコリンズ氏のわずらわしい妨害に出会ったり、ロージングズとのおつき合いのお祭りさわぎにまきこまれたりと活発な想像力はすべてをえがいてみせるのでした。
翌日の正午ごろじぶんのへやで散歩の用意をしているときでした。階下で不意にさわぎがもち上がり家中が大混乱におちいっていることがわかりました。一瞬、きき耳をたてているとだれかがたいそう急いで二階にかけのぼり大きな声で呼びかけました。扉をあけるとマライアが踊り場にいて興奮でいきいきと声をはりあげておりました。
「おお、エライザ、急いで食堂にいらっしゃい。すばらしいみものよ。何だかは教えてあげないわ。急いですぐおりていらっしゃい」
エリザベスはいろいろ質問したけれどむだで、マライアはそれ以上は何も申しませんでした。ふたりは急いでおり、小径に面した食堂に走りこんでそのすばらしいみものをさがし求めました。それは庭木戸の所にとまっているふたりの婦人をのせた低い四輪馬車でした。
「まあこれだけのこと?」エリザベスは叫びました。「少なくとも豚二匹がお庭にはいりこんだのだと思ったわ。ところがキャサリン令夫人とお嬢さんなのね!」
「あら、あなたったら」とマライアはそのまちがいにはっとしてきつく申しました。「キャサリン令夫人ではないことよ。ジェンキンソン夫人よ、あの老婦人は。ごいっしょにお住まいなの。もひとりのかたはド・バーグ嬢《さん》よ。まあちょっとみてごらんなさいな。ずいぶん小さなかたね。よくあんなにやせてあんなに小さくていられるわね。とても考えられないわ」
「この風の吹くのにシャロットを戸外に立たせておくなんてひどく失礼じゃないの。なぜはいっていらっしゃらないのかしら?」
「そんなことはほとんどなさらないそうよ。ド・バーグ嬢がおはいりになるのはよっぽどのことなんですって」
「あのかたのご様子はとても気に入ったわ」とエリザベスは、他の考えにふとうたれて申しました。「とても病身で意地わるそうにみえるわ。あのかたにもってこいだわ。とてもお似合いの奥さまになれてよ」
コリンズ夫妻は門のところに立ってご婦人たちと話をしておりました。ウィリアム卿はエリザベスをたいそうおもしろがらせたのですが、戸口に陣どり、眼前のおえらがたを熱心にながめ、ド・バーグ嬢がこちらに目を向けるたびごとにたえずお辞儀をしておりました。
ついにいうべきことがおわるとご婦人らは馬車を走らせて去り、ほかの人たちは家のなかへはいってきました。コリンズ氏はふたりの娘をみるやいなやふたりの幸運に祝辞をのべはじめましたが、シャロットの説明でわかったのですが、あす全員がロージングズに晩餐に招かれたのでありました。
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第二十九章
この招待の結果、コリンズ氏の勝利感は頂点に達しました。じぶんの後援者の壮麗を驚嘆するうちの訪問者どもにみせびらかすこと、じぶんの妻に後援者のみせる丁重なもてなしをみせることはこれこそコリンズ氏の願ってやまなかったことでした。それを成就する機会がこのように早くやってくるとはこれこそキャサリン令夫人が下々の者によく目をかけられるこのうえのない例証であって、これはいかに賞賛してもじゅうぶんとはいえないのでありました。
「じつをいえば」と彼は申しました。「ロージングズへ月曜日のお茶とか夜をすごすようにと招かれても全然驚かなかったでしょう。むしろ令夫人のご丁重なのを存じあげているからそれくらいのことはあろうかと期待していましたがね。しかしこのようなお心づかいをだれが予期できたでしょうか? だれが晩餐の招待にあずかるなどと(しかも全員を含めてのご招待)、しかも到着後このようにまもなくおよびいただくなどだれが想像しえたでありましょうか?」
「わたしはさほどにもこのことについて驚かないのです」とウィリアム卿は答えました。「おえらいかたがたというもののなさり方をわたしの地位の関係からまことによく存じておりましたから。宮廷のあたりにおきましてはそのようなしつけのよい上品なことは珍しくはありませんので」
その日一日中、次の朝もロージングズへの訪問以外のことは話されませんでした。コリンズ氏は注意深くみんなの期待してしかるべきことをいろいろと教えこんでおりました。立派なへや、多数の召使、極上の晩餐をみてみなが肝をつぶしてしまわないためでありました。
ご婦人たちがお化粧のためわかれていこうとするとき、コリンズ氏はエリザベスに申しました。
「服装については何も心配しないでもいいですよ。キャサリン令夫人はけっしてごじぶんや令嬢に似合う上品な衣装をわれわれに要求なさることはないですからね。あなたの衣装のうちでいちばん上等のものをつけさえすれば、それ以上のことは必要はありませんよ。キャサリン令夫人は着物が質素だからといってわるく思われることはありません。階級の差は保たれたほうがお好きです」
みんなが着換え中にも二、三度もそれぞれの扉にきて令夫人は晩餐に待たされるのはおきらいだから早くするよう注意をいたしました。そういうおそろしい説明をどっさりと、そのうえ令夫人の生活様式をきかされてマライア・ルカスは人前にあまり出たことがないのですっかりおびえてしまいました。父親のセント・ゼームズ宮殿の謁見のときさながら戦々恐々とロージングズの館への紹介を待ちかまえていたのでありました。
天気がよかったので林苑を横ぎって半マイルばかりの道のりはちょうどよい散歩でありました。林苑にはそれぞれ特有の美しさがあり眺望のあるもので、エリザベスはたくさんこころよい景色をみかけました。この場の景色が霊感をあたえて夢中にならせるだろうというコリンズ氏の期待にはそえませんでしたし、家の正面の窓の数にも、最初のガラスをとりつけたド・バーグ卿がどれほど費用をかけられたかについてもコリンズの予期ほどの成功はしめしませんでした。
玄関に通じる階段を昇ってゆくときマライアの心配はこくこくと増してまいりました。ウィリアム卿も完全におちついているとは申されませんでした。が、エリザベスの勇気はひるむことはありませんでした。人並みはずれた才能とか奇跡的な徳によって畏怖の念をおこさせるわけではなく単にお金と階級の威力にすぎないもので、そんなものをみてもおそれおののくことはありませんでした。
コリンズ氏が狂喜のさまで指し示すほどよい調和をもち、精巧に装飾された玄関から召使にしたがって控えの間を通り、キャサリン令夫人と令嬢とジェンキンソン夫人のいるへやへと通りました。令夫人は極めて気軽に立って一同を迎えられました。コリンズ夫人はあらかじめ夫とうちあわせて紹介の役を引き受けることになっておりましたので、礼儀正しくコリンズ氏なら必要と思う謝罪も感謝もしないでこれをとりおこないました。
セント・ゼームズ宮殿に出入りしたことがあるにもかかわらず、ウィリアム卿はまわりの壮麗さに完全に圧倒されただただ低く頭をさげ、ひと言もいわずに席につくのがやっとでした。娘はといえばまるで正気を失うほどに気もてんとうし、椅子のはじに腰をおろしてどちらをみてよいかわからぬありさまでした。エリザベスはこのような場所にもけおされることもなく、おちついてじぶんのまえの三人の婦人を観察することができました。キャサリン令夫人は背の高い柄の大きい婦人ではっきりとした目鼻立ちで若いころは美しかったろうと思われました。態度はこちらの気分をらくにさせるような点はみじんもなく、みんなの迎え方にしても相手の低い階級を忘れさせるようなものではありませんでした。令夫人は沈黙していてなお人を威圧するというのではなくて、口に出すほどのことはすべてその人の自尊心をはっきりとしめす非常に権威のある調子で語られ、それはすぐにウィカムのことをエリザベスに思いおこさせたのでした。キャサリン令夫人はウィカム氏がいってみせたとおりの人であることがそれまでの観察全体を通じてわかったのでした。
容貌態度が何となくダーシー氏に似ている母親を観察しおえてから、娘に目をうつしましたが、これはまたマライアがあんなにやせてあんなに小さくてと驚いたのに同感をあらわしたくなるほどひよわにみえました。ふたりのご婦人の間には姿にも顔にもまったく類似はありませんでした。ド・バーグ嬢は青白く病身らしく、目鼻立ちは美しくないというのではないけれどあまりひきたたないものでした。たいへん低い声でジェンキンソン夫人に少し口をきくほかはほとんど話はいたしませんでした。このジェンキンソン夫人なる人は外見に何ら目をひくものもなく、ただただ令嬢の言葉をききとり、目のまえの適当な位置につい立てをおこうとそれのみにうき身をやつすといったありさまでした。
しばらく腰をおろしていましたが、やがて一同は窓の一つから景色をながめるよう命ぜられ、コリンズ氏はついてきて一々指さしてみどころを教え、キャサリン令夫人は親切にも夏のほうがみばえがするとしらせてくださるのでありました。
晩餐は非常に豊富なものでした。コリンズ氏がかねがね約束していた大ぜいの召使もすばらしい食器の数々も目《ま》のあたりにありました。そのうえこれもまたコリンズ氏の予言どおり、彼は令夫人の希望によってテーブルのはじに席をとり、これ以上人生に望むものもなしという顔つきでありました。嬉々として敏しょうに肉を切り、食べ、賞賛いたしました。あのご馳走もこのご馳走もまずコリンズ氏が推賞し、次にはだいぶ気のおちついたウィリアム卿がむこのいうことをこだまのようにくりかえしましたが、これはエリザベスにはよく令夫人が我慢できると思えるようなものでした。しかし、キャサリン令夫人はふたりの過度な賞賛にしごく満足げで、とくにテーブルのご馳走がみんなに珍しいものであるときには世にも恵み深くほほえみかけられるのでありました。一同あまり話題のある人たちではありませんでした。エリザベスはきっかけさえあればいつでも話す気がまえでありましたが、彼女の席はシャロットとド・バーグ嬢の間で、シャロットはもっぱらキャサリン令夫人に耳を傾け、令嬢は食事中にひと言も話しかけませんでした。ジェンキンソン夫人はド・バーグ嬢がどんなに少ししか召しあがらないかを気をつけて、何かほかのおさらを召しあがってみたらとすすめたり、おかげんでもおわるいかと心配するのにかかりきっておりました。マライアとなると話すことなどとても思いもつかないことでありましたし、紳士たちときたら食べてほめるほかは何もいたしませんでした。
ご婦人たちが客間にもどってきますと、キャサリン令夫人のお話をきく以外にはほとんどすることもなく、令夫人はまたとぎれることもなくじぶんの判断に反対された経験のない人であるのを証明するような断固とした態度であらゆる問題に意見をのべ、コーヒーのくるまでそれをつづけました。シャロットの家事向きのことにもうちとけてこまかく質問をし、家政全般にわたっていろいろと注意をあたえておりました。シャロットのように小さな家族でのやりくりの仕方、また牝牛や家きんの世話についてもいろいろと伝授いたしました。エリザベスはどんなつまらないことでもこの貴婦人にとってもしそれがいばる機会を提供するものであれば、卑しすぎることはないのだと感じ入りましたが、コリンズ夫人との会話のとぎれとぎれにはマライアとエリザベスにもいろいろな種類の質問が発せられました。とくにエリザベスのほうの親戚についてあまり知識がなかったのでよけいにかれこれご下問になりました。エリザベス自身については上品なきれいな娘だとシャロットに仰せられ、次々にいろいろな質問が出されました。たとえば姉妹は幾人か、エリザベスより年上か年下か、そのうちのだれかが近々結婚しそうであるか、美しいかどうか、どこで教育を受けたか、母親の娘時代の名まえは何というかなどでしたが、エリザベスはその質問を不作法千万と感じましたがおちついて返答いたしました。キャサリン令夫人はそれから次のような意見をはきました。
「おとうさんの財産は限嗣相続《げんしそうぞく》でコリンズさんのものとなるはずでしたね? あなたのためには」とシャロットのほうを向いて「それを喜んでいますよ。しかし女系から財産を限嗣してとりあげる理由はないと思います。ルイズ・ド・バーグ卿の家族ではそれを必要とは考えていませんでした。ピアノと歌はできますか、ベネット嬢《さん》?」
「はい、少し」
「おお、それではまたいつかきかせてください。宅のピアノは上等でしてね。たぶん弾《ひ》きなれていられるのよりすぐれて――まあいつか弾いてごらんなさい。姉妹のかたたちはいかが?」
「ひとりだけ弾けます」
「なぜみんな習わないのですか? みんな習うべきでしたよ。ウェブズの娘さんたちはみんな弾きます。おとうさんはあんたのとこほど収入のあるかたではないんですよ。絵は?」
「いいえ、ちっとも」
「何ですって、どなたもなさらないの?」
「ええ、ひとりも」
「それはおかしいこと。しかしたぶん機会がなかったんでしょうね。おかあさんは春ごとにあんたがたをロンドンにつれていって先生につかせなければね」
「母は反対はいたしませんでしょうけれど父はロンドンがきらいでございます」
「家庭教師はやめたのですか?」
「全然もったことはございません」
「家庭教師がないって! そんなことができるもんですかね? 五人の娘を家庭で育てるのに家庭教師なしとはね! そんなことはきいたこともありませんよ。おかあさんがさぞかし教育のために身を粉にされたことでしょう」
エリザベスはそんなことはございませんと保証しながらほほえまずにはいられませんでした。
「それではだれがあんたがたを教育するの? だれが世話をするの? 家庭教師がないとすればずいぶんなおざりにされたでしょうね」
「ある家庭に比べればそうだと思います。習い覚えたい意志のある者には方法はあるものでございます。いつも読書するようすすめられましたし、必要があれば先生につけてもらいました。なまけたいと思う人ならなまけることができたでしょう」
「そうですね、おそらく。しかしそれをふせぐのが家庭教師なのですよ。もしおかあさんを知っておったら、ひとりやとうよう極力おすすめしたのですが。いつもいっているのですが、じみちに規則正しく教えることをしなかったら教育は何もできないとね。家庭教師だけがそれをやりとげるのです。家庭教師をずいぶんたくさんの家庭へお世話してね。若い人をいい位置につけるのが大好きなんですよ。ジェンキンソンさんの四人の姪《めい》もみんなわたしが口をきいていいところへお世話しましたよ。せんだってもね、ただ偶然名をきいた若い人を推薦したのですが、ね、そのおうちではたいへんその人が気に入りましてね。コリンズ夫人、あなたにお話ししましたかね、メトカーフ令夫人が昨日お礼にみえたことを?『キャサリン令夫人、おたからをわたしにくださいましたわ』とおっしゃいましたよ。妹さんがたのうちだれかもう社交界に出ていられますかね?」
「みんな出ております、奥さま」
「みんな! なんですって、五人全部いっしょに? たいへん変ですね。それであんたがただの二番め。一番上が結婚してしまわないうちに妹たちが出てしまう! 妹さんたち、まだ若いでしょうね?」
「はい、いちばん下は十六歳になりません。たぶん人様のなかへ出ますにはたいへん年がわかいと存じます。しかし、おくさま、姉たちが早く結婚する資力がなく、または気持ちがない場合、妹たちが交際とか娯楽の分けまえにあずかれないとしたらずいぶんつらいことと思います。末っ子も長女とおなじように青春の喜びを味わう権利をもつものでございます。そんな動機から出さないでおかれるのはひどいと思います。それでは姉妹の間の愛情や思いやりを助長するとは思えません」
「これはこれは」と令夫人はいった。「若い人としてはずいぶんはっきり意見をいいますね。いったい、いくつですか?」
「大きくなった妹が三人もおるのでございますから」とエリザベスはにこにこしながらつけ加えました。「令夫人もまさかまっすぐにわたしが白状するとはお思いになりませんでしょう」
キャサリン令夫人はまっすぐな答えを受けなかったのにややたじろいでみえました。エリザベスもひそかにじぶんがあのおえらがたの無礼を冗談扱いにしたはじめての人間ではないかと思いました。
「あんたはまだ二十はこしますまい。それじゃあなたにもかくす必要はないでしょう」
「二十一にはなっておりません」
紳士たちが加わり、お茶がすむとカード卓が出されました。キャサリン令夫人、ウィリアム卿とコリンズ夫妻がカドリルをし、ド・バーグ嬢はカシノがいいと仰せられ、ふたりの娘たちはジェンキンソン夫人とともにそれに加わりました。このテーブルはこれ以上ないほどつまらないもので、ジェンキンソン夫人がド・バーグ嬢があつすぎるか、寒すぎるとか、明るすぎるとか、暗すぎるとか懸念する以外ゲームに関係しない言葉はひと言も語られませんでした。今一つのテーブルではそれに比べてずっとやりとりがおこなわれました。キャサリン令夫人は一般にいってほかの三人のあやまちを指摘し、じぶんに関する逸話をのべておりました。コリンズ氏の仕事は令夫人の仰せにいちいち同意すること、得点をえるたびに礼をいい、あまり勝ちすぎると詫びをいいました。ウィリアム卿はあまり口はきかずもっぱら逸話や貴族の名まえを記憶に残すことにつとめました。
キャサリン令夫人と令嬢が好きなだけカードをするとテーブルはおひらきとなり、コリンズ夫人に馬車が申しでられ、感謝をもって受けられ、ただちに命令がくだされました。一同は炉のまわりにあつまり翌日はいかなる天候であろうかキャサリン令夫人が決定されるのをきき、このご託宣がすむと馬車の到着で召集されました。コリンズ氏のがわでは数々の感謝の辞をのべ、ウィリアム卿はおなじほどお辞儀をしていよいよ出発。扉口から離れるか離れないにエリザベスはいとこからロージングズでみたものに感想をもとめられ、それをシャロットのために事実よりも少しばかり色よいものといたしました。相当むりした賞賛の言葉もけっしてコリンズ氏を満足させるにはいたらず彼はまもなく令夫人の賞賛を一手に引き受けることを余儀なくさせられました。
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第三十章
ウィリアム卿のハンスフォード滞在は一週間にすぎませんでしたが、この間に卿はじゅうぶん娘がまことに結構な世帯をもって、めったにお目にかかれないほどの主人と隣人に恵まれたことを確信したのでありました。ウィリアム卿滞在中はコリンズ氏は日のある間は二輪馬車でその地方の見物にしゅうとをつれ出しました。彼が去ってしまうと一同は日常の仕事にかえり、エリザベスはこの変化のためにいとこにまえほど顔を合わさないこととなり、それをありがたく思いました。朝飯から晩餐までの時間はおもに庭の仕事、読書、書き物、それから道に面した彼自身のへやの窓から外をみることに費やされたのでありました。女どものへやは裏手にあたっておりました。エリザベスは最初のうちは共同の使用のために食堂をえらばないのだろうといぶかりました。そのほうが大きさも手ごろならへやの向きも気持ちよかったのです。がまもなく友がそのへやをえらんだのにはもっともな理由のあることがわかりました。もし女どもが彼自身のとおなじように陽気なへやにいたらじぶん自身のへやにあれほどおちついていないことは疑いないところでした。シャロットのその取り決めには感心してしまいました。
客間からは小径のできごとは何もわからず、どんな馬車が通ったかとか、とくにド・バーグ嬢が幾度四輪馬車でドライブされたかなどの知識はすべてコリンズ氏にたよるほかなかったのですが、氏はそれがほとんど毎日のことであるにもかかわらずまちがいなく報告に出向いたのでありました。牧師館に立ち寄られることもかなりありましたが馬車からおりるよう説得されることはありませんでした。
コリンズ氏がロージングズまで出かけない日はほとんどなく、シャロットがじぶんもそうしなければならないと思わない日もあまりありませんでした。ついにエリザベスはその家に処理権のある寺録がほかにもあるのではないかと思いつきました。さもなければこのように多くの時間を犠牲にすることは了解できないことでした。ときどきは令夫人みずからの訪問にあずかり、そのときにはへやでおこなわれていることはどんな些事《さじ》でもその観察をのがれることはできませんでした。女どもの仕事を検査され、できばえをみてちがった方法をとるように忠告をあたえられました。家具のならべ方に文句をつけ女中の怠惰をみつけだしました。何か軽食をとることを承諾されたとすれば、コリンズ夫人の骨付き肉が家族に比して大きすぎるとあらさがしをするためなのでありました。
エリザベスはまもなくこの貴婦人は委託されているわけではありませんが、その教区の最も勤勉な治安判事であるのがわかりました。教区内の事件は細大もらさずコリンズ氏によってこの貴婦人にもちこまれたのでありました。だれか小作人がけんかする、不平をいう、まずしくなるかたむきがあるとこの貴婦人がすぐさま村におでましになり、不和をおさめ不平をしずめ叱りつけて仲なおりさせ、豊かにしたのでありました。
ロージングズの晩餐の饗応は週二回くりかえされました。ウィリアム卿のいなくなったことを考慮して夜のカード卓は一つしか出されませんでしたが、だいたいもてなしは第一夜と大差はありませんでした。ほかに会合などはほとんどありませんでした。ロージングズの生活様式は一般にコリンズ家のそれとは格段の相違がありましたから。しかしこれはエリザベスにとっては全然いやなことではありませんでした。シャロットとたのしい語らいの半ときがあり、このころの季節にあわせてはお天気も上々なので戸外散歩を心ゆくまでたのしんだりなどで全体にみればかなりたのしくすごしておりました。ほかの人たちがキャサリン令夫人を訪問している間にたびたび出かけた彼女のお気に入りの散歩道はこころよい人目につかない小径と邸園の境にあまり樹木の茂りあわないはればれとした林が広がるところでした。ここをだれも彼女ほどには珍重しないようでしたが、エリザベスにはキャサリン令夫人の好奇心のとどかないところという感じをあたえたのでした。
このように静かに訪問のはじめの二週間はじきにすぎ去りました。復活祭が近づき、そのまえの週にはロージングズの人たちはふえる予定で、それはこのような小人数のあつまりには重大事でありました。エリザベスはこちらへ着いてまもなく、二、三週間のうちにダーシー氏のくるはずになっていることをきかされました。これほど好きでない人もじぶんの知り合いのうちにあまりなかったけれど、彼がくればロージングズの会合に比較的新顔を加えることにもなり、ビングリー嬢の彼に対する意図がどれほど望みないものであるか彼のいとこに対する態度によって判断するのもまた一興と考えました。ところでキャサリン令夫人の考えでは明らかにこのいとこと結びつける気でいましたのでダーシーの来訪についてこのうえない満足をもっており、彼自身については最高の賞賛の言葉で語ってきかせ、ルカス嬢もエリザベスもたびたび彼に会っていることがわかると怒りを感ずるもののごとくでありました。
その到着は牧師館ではすぐに知れわたりました。コリンズ氏はハンスフォード・レーンに向けてたつ門番の詰め所を始終目にしながら歩いてできるだけ早く到着を確認しようとしていたのです。馬車が屋敷内に曲がってはいるときお辞儀をし、それからこの一大ニューズをもって急ぎ立ち帰ったのでありました。翌朝敬意をはらいに出かけましたがその敬意を要求するキャサリン令夫人の甥《おい》はふたりいたのでありました。ダーシー氏は彼のおじの貴族なにがしの次男フィツウィリアム大佐なる人を伴ってきたのでした。ところが一同驚いたことにはコリンズ氏が帰宅するのにこのふたりの紳士がついてきたことでした。シャロットは夫のへやから道を横ぎるふたりをみてただちに今一つのへやにかけこみ、娘たちにどんな名誉を受けようとしているかをつげてあとつけ加えました。
「こんな丁重なことをしていただくなんてあなたのおかげよ。わたしに挨拶するためだったらこんなにも早くいらっしゃるはずがないわ」
エリザベスがそのような挨拶を受ける権利は絶対じぶんのものではないといういとまもなく、扉のベルでみんなのきたことが知らされ、やがてまもなく三人の紳士がへやにはいってまいりました。フィツウィリアム大佐は先頭でしたが、三十歳ばかり、美男子ではなかったが容姿、応対ともにまことに紳士らしい人でありました。ダーシー氏はハーフォードシャーのときそのままの様子でいつものとおり遠慮ぶかくコリンズ夫人に挨拶しました。エリザベスに対する感情がいかようなものであったにしろみかけはおちついた応対をし、エリザベスはひと言もいわず彼にただひざを曲げてお辞儀をいたしました。
フィツウィリアム大佐はたしなみのよい男性らしく、すぐにこころよく話をはじめました。しかしいとこのほうはコリンズ夫人に家と庭につきただすこし感想をのべただけでだれにもものをいわないですわったままでおりました。しかし、ついにはっと目がさめたようにエリザベスにみなさんはお元気でしょうかとたずねました。それにありきたりな返事をしたエリザベスはつけ加えて申しました。
「姉はこの三ヵ月ばかりロンドンにおりますが、もしやお会いになるようなことはございませんでしたかしら?」
エリザベスはけっして会っていないことは百も承知だったのですが、ビングリー家の人々とジェーンとの間のいきさつについて何かうしろめたさをあらわしはしないかと考えたのです。ベネット嬢《さん》に残念ながらお会いできませんでしたと答えたとき少しどぎまぎしたようにエリザベスは思いました。その問題はそれ以上追求されることもなく紳士たちはまもなく帰ってゆきました。
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第三十一章
フィツウィリアム大佐の礼儀正しさは牧師館では非常に賞賛されました。婦人たちはいちようにロージングズの会合が非常にたのしくなるであろうと期待をもちました。しかしそこから招待がくるまでに数日がたってしまいました。訪問者のある間はこの連中には用がなかったからでした。そのような名誉をあたえられたのは紳士たちの到着後一週間もたってから、復活祭の日でありました。それも教会からの帰りみちに夜くるようにとのまねきを受けたのでありました。先週中はキャサリン令夫人にも令嬢にもあまりお会いしておりませんでした。
招待はもちろん受諾され、適当な時間に一行は令夫人の客間のお仲間に加わりました。令夫人は礼儀正しく迎えたけれど、ほかにお相手のないときほど一行が歓迎されなかったのはいうまでもないことでした。事実令夫人は甥たちにまったく心をうばわれてへやのなかのだれよりもこのふたりにとくにダーシー氏に話しかけるのでありました。
フィツウィリアム大佐は一行を喜び迎えました。ロージングズでは何だって結構な気晴らしとなりましたが、コリンズ夫人の美しい友はことのほか彼の気に入っておりました。今も彼はエリザベスのそばに陣どってケント、ハーフォードシャー、旅行に出ること、家にとどまること、新しい本、音楽についてまことに気持ちよく話しつづけ、エリザベスはまえにこのへやでこの半分もたのしくもてなされたことはありませんでした。ふたりは元気はつらつと流暢な話しぶりでしたのでダーシー氏同様ほかならぬキャサリン令夫人その人の注目をひいたのでありました。|ダーシー氏の《ヽヽヽヽヽヽ》目はまえからしばしば好奇の色をたたえて二人のほうへ向けられていたのでした。令夫人はややあってからダーシー氏とおなじく好奇心にとらえられたのでしたが、またダーシー氏よりおおっぴらにこれを発表したのでした。というのは、おかまいなしの大声で呼びかけたのでした。
「フィツウィリアム、あなたの話しているのは何? 何をおしゃべりしているの? ベネット嬢《さん》に何を教えているの? わたしにきかせてくださいよ」
「音楽の話をしております、おばさま」と彼はもはや答えざるをえないはめになって申しました。
「音楽のお話! それじゃあ大きな声でいってごらん。何よりわたしの好きな話題ですよ。音楽のお話ならわたしも仲間にならなくちゃ。英国中、わたしほど音楽をほんとにたのしむ人、生まれつきのよい趣味をもっている人はありませんよ。もし習っていたら非常な達人になっていたことでしょう。アンだってそうよ。健康状態がゆるしてもっと精を出してもよければねえ。きっとたのしい演奏をすることと思いますよ。ダーシー、ジョルジアナの上達のぐあいは?」
ダーシー氏は妹の熟達に愛情のこもった賞賛をあたえました。
「それはうれしいお話だね」とキャサリン令夫人は申しました。「わたしからことづてとして、じゅうぶん練習しなければとてもじょうずにはなれないといってあげてください」
「おばさま」と答えました。「そのようなご忠告は無用です。妹は始終練習しております」
「すればするだけ結構なことですよ。練習はしすぎることはないからね。次に手紙を書くときにわたしからも絶対に練習をないがしろにしてはいけないとすすめておきましょう。たびたび若いご婦人がたにも音楽でひとかどになるにはふだんの練習なしではとうてい達しえられないといっています。ベネット嬢《さん》にも四、五回、もっと練習しなければほんとにじょうずにはなれないといってあげましたよ。コリンズ夫人はピアノをおもちでないけれど、ロージングズへ毎日きてジェンキンソン夫人のへやのピアノをどうぞお弾《ひ》きくださいとたびたび話しているのですよ。あのへやだったらね。だれの邪魔にもならないしね」
ダーシー氏はおばの無作法を少し恥じて返事をいたしませんでした。
コーヒーがすむとフィツウィリアム大佐は弾《ひ》いてくださるお約束でしたねと思い出させましたので、エリザベスはただちにピアノのまえにすわり、彼は椅子をひき寄せました。キャサリン令夫人は歌を半分きいてもひとりの甥にまえとおなじように話しかけましたが、ついに彼はおばから離れていつものように慎重にピアノのほうへやってきて、美しい演奏者の顔をまともにみえる位置に身をおきました。エリザベスは彼の動作に気がついていましたが、都合のよいきりにくるとすぐにそちらに向いていたずらっぽくほほえみかけながら申しました。
「ダーシーさま、そんないかつい顔でききにいらしてわたしを驚かすおつもりなのですね。お妹さんがどんなにおじょうずだとしても、わたしは警戒などはいたしませんことよ。わたしにはそんながんこなところがあってほかのかたの思うようにびっくりさせられたりなどいたしません。わたしの勇気はおどかされるといつももりあがってきますの」
「あなたは誤解していらっしゃるなどいいませんよ」と彼は答えました。「あなたをおどかす意図をもっているなど全然考えていらっしゃらないのですから。だいぶ長くおつき合いしていますから、ごじぶんのでない意見をごじぶんのもののようにふいちょうなさるのがお好きなことくらいちゃんとわかっています」
エリザベスはこのようにじぶんをえがき出されて心から笑って申しました。「あなたのおいとこさんはわたしについてたいへん好もしい考えを吹きこんでわたしのいうことなどひと言も信じないようお教えになりますよ。わたしのほんとうの人格をこんなにうまく暴露できるかたにここでお会いするなんて運のわるいことですわ。ここでは多少信用のおける人間として通用させようと思っていましたのに。でもダーシーさま、それではあまり寛容とは申し上げられませんわ。ハーフォードシャーでごらんになったわたしの弱点をあらいざらい公表なさるなんて。失礼ながらあまり思慮があるともいえないと思いますわ。報復せよ、いいかえせよとけしかけられておりますから親戚のかたがたをぎょっとおさせするようなことが出てくるかもしれませんわよ」
「ぼくはちっとも恐ろしくなんぞありませんよ」と彼はほほえんで申しました。
「どうぞあいつのわるくちをうかがいたいものですね」とフィツウィリアム大佐は申しました。「知らないかたの間でどんなにふるまうかを知りたいものです」
「それじゃおきかせしますけれど、覚悟をしておいてください。すごいんですから。ハーフォードシャーで最初お目にかかったのは舞踏会でした。この舞踏会で何をなさったとお思いになる? たった四つのダンスしかお踊りにならなかったのです。ほんとにお心を痛ませて残念ですけれど事実なのです。たった四つのダンスしか踊られませんでした。しかも紳士がたの数は少なかったのでした。たしかに存じていますけれど相手がなくてすわっているご婦人はひとり、ふたりではありませんでした。ダーシーさま、この事実は否定なさいませんでしょうね」
「そのときじぶんのつれのかた以外にはどなたも存じあげなかったので」
「ほんとですわ。それに舞踏会では紹介などしてもらえませんものね。さあ、フィツウィリアム大佐、次は何を弾《ひ》きましょう? 指は命令をお待ちしていますわ」
「たぶん」とダーシー氏は申しました。「紹介を求めたほうがよかったのだと思いますが、なにぶん知らないかたにすすんで交際を求めるのは柄にないものですから」
「あなたのおいとこさんにその理由をおたずねしてみましょうか?」とエリザベスはなおフィツウィリアム大佐に話しかけながら申しました。「分別も教育もあるかたが初対面の人たちに紹介を求める柄でないのですって?」
「あなたの質問には」とフィツウィリアムは申しました。
「本人にきいてみるまでもなくお答えできます。彼はその骨折りがしたくないのです」
「たしかにぼくには人がよくするように、まえに会ったこともない人たちと気軽に話す才能がないのです」とダーシーは申しました。「ぼくにはその人たちの話の色合いがつかめないし、その人たちの関心事に興味をもっているような顔ができないのです」
「わたしの指は」とエリザベスは申しました。「このピアノの上を多くの婦人がたのように巧妙にはうごきませんわ。とてもとても皆さまのような力も速度もなく、あのような豊かな表現はできません。しかしそれはわたしの罪です。わたしが練習という骨折りをしないからですわ。|わたしの指《ヽヽヽヽヽ》がほかのかたのようなすぐれた能力がないのだと思っているわけではないのです」
ダーシーはほほえんで申しました。「おっしゃるとおりです。あなたのほうがずっと時間を有効に使われました。あなたの演奏を拝聴できるものは何かが欠けているなどと思うものはありませんよ。わたしたちはどちらも知らない人には演奏をきかせませんね」
ここでまたキャサリン令夫人の邪魔がはいりました。何を話しているのと大声できかれました。エリザベスはすぐさまもういちど弾《ひ》きはじめました。令夫人は近づき、二、三分耳を傾けてからダーシーに申しました。
「ベネット嬢《さん》はもっと練習すれば、またロンドンの先生につけばまずまず弾《ひ》けるようになりますよ。運指法をよく心得ていられるしね。もっとも趣味はアンほどよくはないけれど。アンは健康さえゆるせば非常にすばらしい弾《ひ》き手になったんですがね」
エリザベスはダーシーに目をやっていとこの賞賛をどれほどねんごろに同意するかをみたのでしたが、このときもまたほかの場合にも恋愛の徴候をいっこうにみとめることはできないのでした。ド・バーグ嬢に対する彼の全挙動から考え、ビングリー嬢のためになぐさめをあたえる結論をひき出しました。すなわち、もしビングリー嬢が彼の親類であったらダーシー氏との結婚のチャンスはド・バーグ嬢と五分五分であると。
キャサリン令夫人はエリザベスの演奏に対してかれこれ批評をつづけ、それといっしょに演技および趣味に関していろいろと教えさとされたのでありました。エリザベスは我慢に我慢を重ねて礼儀正しくこれを受け、令夫人の馬車が一同をつれもどす用意のできるまで紳士たちの願いを入れてピアノに向かっておりました。
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第三十二章
翌朝コリンズ夫人とマライアが村に用たしに出かけている間、エリザベスはひとりきりでジェーンに手紙を書いておりました。そのとき扉のベルに驚かされ、だれかがたずねてきたことを知りました。馬車の音のしなかったことからキャサリン令夫人であるかもしれないと考えました。その懸念から失礼な質問をされないよう書きさしの手紙をかたづけました。しかし驚いたことには扉が開いてはいってきたのはダーシー氏、ダーシー氏ひとりでありました。
彼のほうもエリザベスひとりなのに驚いた様子でした。もちろんご婦人たちみなさまご在宅のことと思ってといってじぶんの侵入を詫びました。
ふたりはそれから腰をおろしました。ロージングズの人々のごきげんをうかがった後はまったくの沈黙におちいる危険がありそうでした。それゆえ、何か考えつくことが絶対に必要でありました。この非常の際に最後にハーフォードシャーで彼に会ったのは|いつ《ヽヽ》であったか思い出し、あの性急に立ち去ったことについて何というであろうかという好奇心もてつだって次のように申しました。
「去年の十一月にはまたたいへん急にネザーフィールドをおたちのきでいらっしゃいましたのね、ダーシーさま。ビングリーさまはお会いになってきっとびっくりなさったり、お喜びなさったことでございましたでしょう。あんなに追いかけてみなさまでいらっしたのですものね。たしかお出かけになったのはその前日だったのではございませんか? あのかたも姉妹のかたがたもあなたがロンドンをおたちのときはお元気でいらっしゃいましたでしょうね?」
「たいへん元気でした、どうもありがとう」
ほかの返事は得られそうにもなかったのでしばらくやすんでからつけ加えました。
「ビングリーさまはまたネザーフィールドにお帰りになる考えはあまりおありでないとおききしたように存じますが?」
「彼がそういったのをきいたことはありませんが、これからさきあまりあそこでは暮らさないことになるかもしれないと思いますね。友だちは多いし、今彼はちょうど友だちとか約束のたえずふえる時代でして」
「もしネザーフィールドにあまりいらっしゃらないおつもりなら、近所の者といたしましてはあそこをお手ばなしになったほうがよいように思います。そうすればあそこにたぶんどちらかのご家族が腰をおおちつけになりましょう。しかしビングリーさまはじぶんのご都合で家をおもちになったので、近所の便宜のためではございませんね。したがってまたお手ばなしになるときもおなじくごじぶんのご便宜のためでございましょう」
「もし適当な買い手があったらすぐに手ばなすかもしれません」
エリザベスは答えませんでした。あまりビングリーのことを話しすぎたかとも思いました。ほかにいうこともないので話題をみつける骨折りを彼にまかすことにしました。
ダーシーは相手の考えを察してすぐに次のようにはじめました。「たいへん気持ちのよい住居のようですね。キャサリン令夫人はコリンズ氏が最初ハンスフォードにこられたとき相当手を入れたのでしょうね」
「そうだと思います。ですが、令夫人のご親切をこれ以上ありがたがるかたもいないと思います」
「コリンズさんはたいへんよい奥さんをえらびあてられたと思いますが」
「ほんとに、そうですわ。友人のかたたちがコリンズさんがめったにない物のわかった女性のひとりに出くわされたのを喜ぶのはもっともですわ。物のわかった女性であの人の求婚を受け入れる、あるいは受け入れてあの人を幸福にできる人はめったにありませんもの。わたしの友はほんとにすぐれた理解力をもった人です。もっともあの人がコリンズさんと結婚したことは非常に賢明なこととは思っておりませんけれど。しかしたいへんしあわせな様子ですし、分別のあるという点からいえばたしかに結構な縁組みです」
「ごじぶんのご家族、友だちがらくにこられる距離に世帯をもたれたことを喜んでいられますでしょう」
「まあ、らくな距離とこれをおっしゃいますか? 五十マイル近くもございますよ」
「道がよければ五十マイルが何でしょう? 半日の行程を少しこすくらいでしょう。そうですわたしはらくな距離といいますね」
「わたしは距離の点でこの縁組みを有利とは考えませんでしたわ」とエリザベスは叫びました。「コリンズ夫人が家族の|近く《ヽヽ》におちつかれたとはけっして申しませんでしょう」
「それはあなたご自身のハーフォードシャーへの愛着の証拠ではありませんか? ロングボーンのすぐ近所でなければたぶん遠くと思われるのでしょう」
そのように語りながら微笑をうかべていましたが、その微笑の意味をエリザベスは了解したように思いました。きっとジェーンとネザーフィールドのことをじぶんが考えていると想像したにちがいありませんでした。それで赤くなりながら彼女は答えました。
「わたしは女は身をかためる場合家族から近ければ近いほどよいといっているわけではございません。遠いとか近いとかは相関的でいろいろな異なった事情によるものです。お金があって旅行の費用などとるにたりないものであれば距離など問題ではございません。|この場合《ヽヽヽヽ》はそうではございません。コリンズご夫妻はじゅうぶんな収入がおありですが、しかしたびたび旅行するほど余裕はおありではないと思います。友は現在の距離の半分以下でなければ家族の近くにいるとは考えないと思いますが」
ダーシー氏は椅子を彼女のほうへ少しひき寄せ、そして申しました。「そんなに土地に愛着する権利は|あなた《ヽヽヽ》にはありませんよ。いつまでもロングボーンにいられるはずはありませんから」
エリザベスは驚いた顔つきをしました。紳士の感情には変化があったようで、椅子をひきもどしテーブルから新聞をとって、それを走り読みをしながらもっと冷静な声で申しました。
「ケントはお気に入りましたか」
この地方を話題にして短い対話がとりかわされました。どちらのがわでもおちついて簡潔でしたが、まもなく散歩から帰ってきたシャロットと妹がへやにはいってきてそれもおわりになりました。その差し向かいはふたりを驚かせました。ダーシー氏は誤ってベネット嬢のお邪魔をするにいたったことをのべてそれから二、三分いた後でだれにもあまり口をきかないで出てゆきました。
「いったいこれはどういうこと?」とシャロットは彼が去ってしまうや否や申しました。「愛するエライザ、あのかたはきっとあなたを恋してられるのよ。そうでなければこんなに親しくわたしたちをたずねてくださるわけがないわ」
しかしエリザベスから彼がだまりこくっていたことをきくと、シャロットの希望的観測をもってしてもそうではないらしいと思うのでした。いろいろと推測したあとで、この季節にはよくあることなのですがたぶん何もすることがなかったための訪問であろうと想像いたしました。狩猟はもうすっかりおわってしまいました。家のなかにはキャサリン令夫人、書物、玉突きなどがありましたけれど紳士というものはいつも室内にばかりはいられないのでしょう。牧師館の近いこと、そこにゆく道か、それともそのなかに住む人が気持ちよいのか、ふたりのいとこたちはこのとき以後もほとんど毎日そこまでゆく誘惑におちいりました。ふたりはひるま随時、ときにひとりずつ、ときにいっしょに、ときどきはおばに伴われてまいりました。フィツウィリアム大佐がみんなとのつき合いをたのしんでやってくることは明らかで、それは彼をいっそうみんなに親しく感じさせるものとなりました。エリザベスは大佐といっしょにいるのがたのしくてまた同時にこの人が明らかにじぶんを好いてくれることを意識してもとのお気に入りのジョージ・ウィカムを思い出しました。ふたりを比較してみると大佐の態度にはウィカムほど人をとらえるやさしさはないように思われましたが、見聞のひろい点ではたちまさっていました。
しかしなぜダーシー氏が牧師館へしげしげ足を運ぶか、これは了解に苦しみました。話し相手を得るためでないことは唇を開かないまま十分もすわりつづけることもたびたびあることからわかりました。話しするにしても、したくてするのではなく必要にせまられてじぶんにはちっともおもしろくないのだが礼儀上しかたなくといった調子でありました。しんそこいきいきとみえることはほとんどなく、コリンズ夫人もこれを何と解釈していいかわかりませんでした。フィツウィリアム大佐がときどきぼんやりしたダーシーを笑いものにしているところをみると、いつもはこんなありさまではないらしいのですが、この点じぶんの知っていることからは保証できないことでした。この変化を恋によるもの、その相手は友のエライザと信じたく、それを明らかにするためにまじめに努力をいたしました。ロージングズに招かれたとき、また彼がハンスフォードにきたときはいつでもよく監視いたしましたがあまり成功はしませんでした。彼はたしかに友によく目をそそいでいましたが、その表情には議論の余地がありました。熱のこもった凝視ではありましたが、あまり賛美の情がこめられているともみえず、ときにはただの放心状態にすぎないようにもみえました。
コリンズ夫人はときどきエリザベスにあなたを好きだということもありうるとほのめかしましたが、エリザベスはその考えを一笑にふしました。コリンズ夫人も期待をおこさせてそれが結局失望におわるという危険を考えてこのことを強調することもよくないと判断しました。彼女のみるところでは友の彼に対する嫌悪《けんお》はもし彼がじぶんを慕っていることがわかれば消えてしまうと信じきっておりました。
エリザベスのために、ときにはフィツウィリアム大佐との結婚という親切な設計をたててみることもありました。彼がこのうえなく愉快な人であることはたしかでしたし、たしかに彼女を賞賛しているし、社会的地位はたいへん望ましいし、ただこれらの有利な点を減殺することは、ダーシー氏は相当な聖職授与権をもっているが彼のいとこには全然ないということでした。
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第三十三章
エリザベスが林苑内散歩中にばったりダーシー氏に出会ったのは一度ばかりではありませんでした。ほかの人々にはだれにも出くわしたことのない場所で彼に会うなんて意地のわるいまわりあわせとなげきました。このことが二度とおきないように、最初のときここはわたしのお気に入りの散歩道ですと教えておくだけの用心はしたのでした。それゆえこのことが二度おきることはおかしな話でした。ところが現におきたのでした。いや、三度さえおきたのです。気まぐれな意地わる、否、われからかって出た難行苦行のようにも思えました。これらの場合にはただ二、三、形式的なごきげんうかがいをしてぎごちないとぎれ、それから退場というのではなくて実際に方向を転換して彼女といっしょに散歩することが必要であると考えたのでした。彼はあまり多くは語らず、彼女もあまり話したり傾聴したりする骨折りはいたしませんでした。がしかし、その第三番めの出会いの間に彼が奇妙な連絡のない質問をするのに気がつきました。ハンスフォードの滞在はたのしいかとかひとりで散歩なさるのがお好きですかとかコリンズご夫妻の幸福についての彼女の意見とか、またロージングズを話題にして彼女がよくは館の構造を知らなかったとき、まるでいつケントにきても彼女も|あの館《ヽヽヽ》に住むことを期待しているようないい方でした。彼の言葉はそれをほのめかしておりました。フィツウィリアム大佐のことを考えていられるのかしら? もしそれに何か意味があるとしたならばあのあたりにおこるかもしれないことをほのめかししているにちがいないと想像しました。少し重苦しく感じてきて、牧師館のすぐ向かいの垣の門にきているのに気がついたときはほっとしてうれしく感じました。
ある日のこと、歩きながらジェーンから最近とどいた手紙を読みかえしておりました。ジェーンが手紙を書いたときあまり元気いっぱいとはいかなかっただろうと思える数節にしばらく心をとめていましたが、ちょうどそのとき人の気配で顔を上げると驚かしたのはダーシー氏ではなくてフィツウィリアム大佐でありました。急いで手紙をかたづけてやっと微笑しながら申しました。
「あなたがこの道をお通りになることは存じませんでした」
「わたしは庭を一まわりしていたのです」と彼は答えました。「たいてい毎年やりますのでね。牧師館でおわりにしようと思っていたのです。これからずっと遠くまでいらっしゃいますか?」
「もうあとちょっとであとがえりするはずでございました」
そこで彼女は方向をかえ、ふたりはいっしょに牧師館に向かって歩きました。
「それではほんとに土曜日にはケントをおたちでいらっしゃいますか?」と彼女は申しました。
「そうです――もしダーシーがまた延期をしなければですが。しかしわたしはまったく彼の意のままです。彼がすべてじぶんの好きなようにことをはこびます」
「その運び方が気に入らなかったとしても少なくともじぶんの好きにできる力をおたのしみになれるのね。あんなにじぶんの思いどおりにできることをたのしんでみえるかたはほかに知りませんわ」
「彼はたしかにじぶんの思いどおりするのが好きです」とフィツウィリアムは申しました。「しかしみんなそうなのではないですか。ただ彼には他の人よりそれをするもっと有力な方法があるからです。それは金持ちだからです。たいていのものは金がありません。わたしは心の底からそう思っています。ご存じのように次男、三男というものはじぶんをおさえ人の意に従わなければならないよう生まれついています」
「わたしの意見では伯爵の次男、三男は克己も従属もあまりご存じのはずはないと思います。さあまじめなところその克己と従属をどれほど経験なさったかしら? いつお金のないため行きたいところへ行けず、じぶんのお好きなものを手に入れることができなかったことがおありですかしら?」
「なかなかその質問は急所をついていますね。たぶんわたしはそういう性質の苦難を経験したとはいえませんね。しかしもっと重要なことではお金のないことで苦労します。下の息子はじぶんの好きな人とは結婚できないのです」
「お金のあるかたを好きにおなりにならなければね。でもよくそうなさるのではございませんか」
「お金を気軽につかう習慣がついているので、つい他にたよってしまうのです。わたしのような境遇のもので全然お金のことに気をかけないで結婚できる人などあまりいませんね」
「これは」エリザベスは考えました。「わたしにあてていわれていることかしら?」そしてその考えに顔を赤くしました。しかしすぐわれにかえってはずんだ調子で申しました。「それでは伯爵さまの下のご子息のふつうのおねだんはいかほど? ご長男がたいへんご病身でなければ五万ポンド以上は要求なさらないでしょうね」
大佐もおなじ調子でそれに答え、その話題はそれでおしまいになりました。じぶんが今の話で心を動揺させられ、沈黙してしまったと思われぬためにエリザベスはすぐに申しました。
「おいとこさんはだれかじぶんの思いどおりにできる人を手もとにおいておくためのあなたをおつれになったのだと思いますわ。そういう重宝なかたを確保するためなぜ結婚なさらないのでしょうね。でもたぶん今のところはお妹さまで結構間に合っていらっしゃるのでしょう。まったくごじぶんひとりの監督のもとにおいておいでなのですから、お好きなようになさいますでしょうね」
「いいえ」とフィツウィリアム大佐は申しました。「その特権はわたしと分担しなければならないのです。わたしは彼といっしょにダーシー嬢《さん》の後見人となっています」
「まあそうでいらっしゃいますか? どんな後見人でしょうね? 後見されるお嬢さまはたいへん世話をおやかせになるかしら? あの年ごろの若いかたはとても扱いにくいこともありますわ。もし真実ダーシーだましいをおもちだったらじぶんの思いどおりになさりたいかたでしょうものね」
エリザベスがこういうとじっと熱心に大佐がじぶんをみているのに気がつきました。そしてその後つづけてダーシー嬢がじぶんたちに何か心配をかけそうだと想像した理由は、とたずねた様子でじぶんは相当真実に近い推量をしたことを感じました。すぐさま答えました。
「びっくりなさることはありませんわ。あのかたのわるいうわさはきいたことはございませんもの。たぶんまたとない扱いやすいお嬢さまかもしれませんね。お知り合いのご婦人たち、ビングリー嬢、ハースト夫人のごひいきでしたもの。たぶんあなたもおふたりをご存じとうかがったように思いましたが」
「ちょっとだけ。おふたりの兄弟はたいへん愉快な男でして、ダーシーの仲よしです」
「そうですわ」とエリザベスは冷淡に答えました。「ダーシーさんはたいへんビングリーさんにご親切で驚くほどよくめんどうをみておあげになりますわ」
「めんどうですって! そうなんです。めんどうをみる必要のある点ではとてもよくめんどうみてます。ここへくる途中で話してきかせたことから察するとたいへんダーシーのおかげをこうむったらしいです。しかしビングリーの許しを乞わなければならないかもしれないのです。ビングリーが問題の人間だと想像する権利はまったくないのです。まったく推量なのです」
「それはどんなことでしたの?」
「いうまでもないことですがダーシーはこれが一般に知られるのを望んでおりません。もしそれがご婦人の家族にめぐりめぐってきこえたら不愉快なことですからね」
「けっしてわたしは口に出したりはいたしませんわ」
「またそれがビングリーだと察する理由はたいしてあるわけではないことも忘れないでください。ダーシーの話というのはこうなのです。彼はじぶんが非常に無分別で不都合な結婚からひとりの友人を救い出してたいへん喜んでいると、こういったのです。そのとき名まえもこまかい事情も何も口にはしなかったのです。ただわたしはビングリーがそんな苦境におちいりやすい男だと思ったのと、去年の夏中ふたりがいっしょにいたことを知っていたものですから」
「ダーシーさまは邪魔をなさった理由をおっしゃっていらっしゃいましたか?」
「わたしの了解したところではご婦人のほうに相当強い難点があったようです」
「それでどういう策略を使ってふたりの仲をさかれたのでしょう?」
「じぶんの策略については話しませんでしたよ」とフィツウィリアムはほほえみながら申しました。「ダーシーは今わたしがお話ししたことを話してくれただけです」
エリザベスは答えないで歩きつづけましたが、心臓は怒りでふくれあがっておりました。ちょっと彼女をみまもっていましたがフィツウィリアムはなぜそんなに考えこんだかとききました。
「今あなたがおっしゃったことについて考えていますの」と彼女は申しました。「おいとこさんのなさり方はどうもわたしの気持ちにはぴったりいたしません。なぜあのかたが判決を下そうとなさるのかしら?」
「ダーシーの干渉はおせっかいだとおっしゃりたいようですね?」
「お友だちの好みが妥当かどうか、あのかたにお決めになる権利があるのかしら。なぜお友だちの幸福の道を勝手に決めてそれにつれこもうとなさるのでしょう」しかしわれにかえってエリザベスはつづけました。「こまかい事情を何一つ知らないで責めるのは公平ではありませんわ。その場合たいした愛情がなかったとも想像されますわね」
「それは不自然でない推測です」とフィツウィリアムは申しました。「しかしいとこの勝利の名誉ははなはだしく減殺されます」
これは冗談の調子でいわれたのでしたが彼女に正しくダーシー氏の姿をうつし出してみせたので返答をする自信がありませんでした。それゆえ急に話題をかえて牧師館に着くまでとりとめないことを話しつづけました。帰りついて訪問者が帰るや否や自室に閉じこもってはじめてじぶんのきいたことを邪魔されないで考えることができました。じぶんとかかわりのある人たち以外の人のことであるはずはありませんでした。この世の中にダーシー氏があれほど無限の影響力をもちうる人間が|ふたり《ヽヽヽ》いるはずはありませんでした。彼がビングリー氏とジェーンを離すためにとられた手段に関係があるとは考えていたのですが、主謀者はビングリー嬢と考えていました。ダーシーが自身の力をうぬぼれて考えちがいしたのでないとすれば彼《ヽ》こそがその原因、彼のほこりと気まぐれがジェーンの受けた苦しみ、今なお受けつつあった苦しみの原因となったのでありました。彼は世界中でいちばん愛情深く、寛容な心の持ち主である姉の幸福に対する希望を一時まったくうちくだいてしまったのでありました。そのうえこのわざわいはどれほどつづくものかだれにもわからないのでした。
「つよい難点がご婦人にあった」というのがフィツウィリアム大佐の言葉でありましたが、これらのつよい難点というのはたぶん彼女が地方の弁護士であるおじをもち、ロンドンで商業に従事する今ひとりのおじをもっていたことなのでありましょう。
「ジェーン自身に難点などありえるはずがないもの! あんなに美しくて善良なんですもの。理解力はすぐれ、知性はみがかれ、態度は魅力があるし。おとうさまに対しても何も申し分のあるはずはないわ。少し風変わりなところはあるけど、ダーシー氏自身があなどれないほどの能力をもち、ダーシー氏にはとうてい達しえられないほどの世間の信用をもっていらっしゃるのですもの」たしかに考えが母親に及ぶとき自信は少しゆらいできました。しかしその点に関する反対がダーシー氏に対して本質的な重要性をもつとは考えようとはしませんでした。彼の自尊心には友人の親戚が有力でないことのほうが分別のないよりよほどこたえるのだと信じきっておりました。そうして最後の結論としてこういう最低の自尊心とじぶんの妹にビングリー氏をとっておこうとの望みとに支配されたのだと思いました。
このような思いで心をかきたてられ、涙を流しているうちに頭痛がしてまいりました。夜に向かってひどくなり、そのうえダーシー氏に会うのは気がすすみませんでしたので、お茶に招かれていたロージングズへはいとこたちのお伴をしないことにしました。コリンズ夫人は友がほんとに気分のわるそうなのをみて、しいてすすめず、夫のすすめるのも極力おさえました。しかしコリンズ氏はキャサリン令夫人がこれで気をわるくするのではないかという不安をかくしかねておりました。
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第三十四章
みんなが出かけてしまうとエリザベスはダーシー氏に対しての怒りをつのらせようとするかのように、じぶんがケントにきて以来ジェーンの書いてくれた手紙をみんな読みかえしておりました。その手紙には実際の不幸はふくまれず、すぎ去ったことをむしかえしてもおらず、現在の苦しみを訴えているわけでもありませんでした。しかしすべての手紙に、否、ほとんどどの行をとってみてももと姉の文体の特徴であった快活さ、それはじぶんに安んじ、あらゆる人に好意をもって向かうおだやかな心から生まれるもので今までほとんどくもらされたこともなかったものであったのですが、それが欠けているように思われました。最初読んだときにそれほど注意深く読まなかったためにみおとされたのでしたが、どの文章も不安の気持ちをただよわせておりました。ダーシー氏がずうずうしくもじぶんが苦しみにおとしいれたことを誇っているのを考えると、姉のなやみをよけいにひしひしと感じさせられました。彼のロージングズ訪問も明後日にはおわろうとしているのを考えるといくぶんなぐさめになり、もうあと二週間もしないうちにまたジェーンと会えると思うとなおいっそうなぐさめられ、やや元気をとりもどしたのでありました。ダーシーがケントを去ることを考えると、彼のいとこもまたいっしょに去ることを思い出さないわけにはまいりませんでしたが、フィツウィリアム大佐は結婚の意志のないことをすでにはっきりさせており、たいへん人好きのよい人でありましたが、彼のことでつらく思うことはありませんでした。
このことをはっきりさせましたとき、扉口のベルではっとさせられ、それはフィツウィリアム大佐かもしれない、一度まえにも夜たずねていらしたこともあった、今夜とくにじぶんの様子をききにきてくれたのかとふと活気が身のうちにざわめくのでありました。しかしこの考えはまもなく消え去りました。驚いたことには、へやにはいってきたのはダーシー氏で、エリザベスの気持ちは予想とはちがった衝撃を受けました。せかせかした様子ですぐに容態をたずねはじめ、少しはよくおなりとききたくてとじぶんの訪問の理由をつげました。彼女は礼儀正しく返事をいたしました。数分間腰をおろしていましたが、やがて立ち上がってへやを歩きまわりました。エリザベスは驚きましたがひと言も申しませんでした。数分間の沈黙の後、彼女のほうに向かって興奮した様子でやってきて、このように語りはじめました。
「苦闘をつづけましたがむだでした。だめです。わたしの感情をおさえられません。どれほど熱烈にあこがれ愛してきたかをいわせてくださらなければなりません」
エリザベスの驚きはいいあらわしようもありませんでした。ただ目をこらし、赤くなり、疑い、だまっておりました。これをみて力を得た様子でじぶんの感じていること、長い間感じてきたことの告白がすぐにつづきました。彼はなかなか雄弁でした。しかしくわしく話されねばならないのは心のたけばかりではなかったのでした。しかも愛情よりも自尊心についてもっと雄弁だったのでした。彼女の階級がおとっていること、じぶんにとっては格下げとなること、家柄の相違による障害、どの場合も分別は常に愛好に対抗してきたのでありました。こういった数々の感想を|るる《ヽヽ》と語りきかせたのでありましたが、その熱心さはダーシーが今傷つけようとしている尊い家名に当然払うべきのものであったかもしれないけれど、けっして彼の求婚を有利にするものではありませんでした。
エリザベスの根深い嫌悪《けんお》にもかかわらず、このような男性から愛されるということには何か心のときめくのを感じないではいられませんでした。意志は一瞬も動きはしませんでしたが、最初ダーシーの受けねばならない苦しみを考えて気の毒にも思いました。が愛の告白につづいた言葉を考えるとうらみがこみ上げて、すべてあわれみの情は怒りのなかに姿を消しました。しかし彼が話をおえたとき我慢づよく返事をするためにおちつこうと努力いたしました。ダーシーはじぶんがいかに努力をしてもうちかつことのできなかった愛情の強さを説き、じぶんの求婚を受け入れてそれにむくいてほしいとの希望をのべておわりとしました。こういったときダーシーが色よい返事を受けるものと思いこんでいたのは容易にみてとれました。そのような事情はよけいに激昂させただけでした。ダーシーがいいおわるのを待ってエリザベスはほおを紅潮させて申しました。
「このような場合には打ち明けていただきました愛情に、よしそれをおなじようにおかえしできないまでも感謝の意をあらわすのがしきたりだと存じます。感謝の気持ちが感じられるのは自然のこと、それで、もしわたしもありがたく|思うこと《ヽヽヽヽ》ができればうれしいのですが、わたしにはとてもできません。わたしはあなたによく思っていただこうなど夢にも望んだことはございません。あなたもたしかに不本意ながらそうなさいましたようでございます。だれにせよ、苦しい思いをおさせしたのを残念に思います。しかしこれは無意識にしたことですぐにおわりとなりますよう願っております。ご自身の愛情をある感情のためなかなかみとめようとなさらなかったとおっしゃいましたその感情が、このようにお打ち明けいただいた後は愛情にうちかつよう助力することと存じます」
炉棚によりかかりながら彼女の顔に目をひたとあてていたダーシー氏はその言葉をきくと怒りと同時に驚きを禁じえないようでした。腹立ちで蒼白となり、心の動揺は表情にあらわれました。おちついているようにみせようと懸命で冷静をとりもどすまでは唇を開こうとはしませんでした。その間の沈黙はおそろしいものでしたが、やがてついにむりにおししずめた声で申しました。
「それで、わたしの期待できるお答えはそれだけだったのですか! なぜそのようににべもなくことわられるのか教えていただきたいと思いますが、しかしそれはたいしたことではありません」
「わたしのほうもご同様、なぜそのように明らかにわたしの気をわるくし、侮辱するつもりでごじぶんの意志にさからい、理性にさからい、あなたのお人柄にさえさからってわたしを愛したなどとおっしゃったのかおうかがいしたいと思います。もし礼儀に欠けていたとすれば、これがわたしの不作法のいいわけにはならないでしょうか? しかしわたしには腹を立てる理由がほかにもございます。それはあなたもご存じのはずです。あなたへの感情がはっきりと否ではないとしても、またどちらともはっきりしないものであっても、いえ好意だったとしても、わたしがいちばん愛している姉の幸福を永久にだいなしにすることをはかった男性を受け入れる気になれるとお思いですか?」
このはげしい言葉をきくとダーシー氏は顔色をかえました。しかしすぐ気をとりなおしてエリザベスのつづける間中さえぎろうともしないで耳を傾けました。
「あなたをわるく思う理由はどっさりございます。あなたが|あの事件《ヽヽヽヽ》で果たされたあの不正で卑劣な役割はどんな動機があろうとゆるせませんわ。ふたりの恋人の仲をさき、ひとりを気まぐれで気がかわりやすいという世間の汚名を受けさせ、今ひとりを失恋者と笑い者にしてふたりを深い悲しみにおとしいれたこと、おひとりでたくらまれたのでないにしても主謀者であったことをまさか否定なさらないでしょう。否定おできにならないでしょう」
エリザベスは言葉をとめましたが、全然後悔の念に動かされていないような態度できいているのをみて少なからず憤慨しました。ダーシーは信じられないというふうな微笑をさえみせて彼女をみつめていました。
「なさらなかったと否定がおできですか?」
平静をよそおって彼は答えました。「姉上から友をひきはなすためにわたしの力にあるかぎりのことをしたことをそしてそれが成功したのを喜んでいるのを否定するつもりはありませんね。彼に対してじぶん自身に対するよりも親切だったのです」
エリザベスはこの礼儀正しい感慨に気づいたふりをするのもいまいましかったのですが、その意味には気づかないわけにはいかず、それはまた心をやわらげるものでもありませんでした。
「しかしわたしがあなたをきらう理由は」とつづけました。「それだけではありません。そのずっとまえにあなたについての評価はきまっておりましたわ。あなたのご人格は何ヵ月もまえにウィカムさんからきいて暴露されておりましたもの。これについては何とおっしゃることがおできになる? どんな友情の名をかりてごじぶんを弁護なさいますか? 事実をどうまげて他人をごまかすことがおできですか?」
「あの紳士のことには非常に関心をおもちのようですね」とダーシーは平静はやや乱れ、顔も紅潮してきました。
「あのかたがどんな不運にあわれたかを知っている者はだれでも関心をもたないではいられませんわ」
「彼の不運ですって!」ダーシーは軽べつするようにくりかえしました。「そうです。彼の不運はまったくたいしたもんです」
「そうしてあなたがそういうめにおあわせになったのですわ」エリザベスは力をこめて叫びました。「あなたはあのかたを今の貧しい――比較的貧しい状態におとしてしまわれたのです。あのかたのために予定されていた権利をうばっておしまいになりました。あのかたの人生の最上のとき青年時代から当然の権利でもあり報酬でもある独立をうばっておしまいになりました。そんなことをしておきながらあのかたの不運を口にすれば軽べつし、嘲けられるのですね」
「ああそれが」とへやを足ばやに歩きながら「わたしに対するあなたの評価なのですね。そんなふうにお考えになればわたしの罪はなるほど重いものですね。しかしたぶん」立ち止まってエリザベスをみながら「もし長い間ためらってなかなかまじめに決心のできなかったことを正直に白状してあなたの自尊心を傷つけなかったらこの罪もみのがしていただけたのではないでしょうか。もしもっと頭をはたらかしてじぶんの内心の闘争をかくし、無条件にただいちずにあなたが好きでこうしたと信じていただくようあなたを喜ばせていたら、このような辛らつな非難はおさえられたのではないでしょうか。しかしいかなる種類であっても欺瞞をわたしはきらうのです。またわたしの感情を恥じてはおりません。ごく自然で正当なものです。あなたの親戚関係の低いことを喜ぶと期待なされるのですか? わたし自身よりはっきりと低い人たちと親戚関係をもつのをしあわせと思うとでもお考えですか?」
エリザベスは一瞬ごとにいきどおりの増すのを感じましたが、次に口を開くとき極力おだやかに話すことにつとめました。
「ダーシーさまの告白のしかたで影響されたとお考えでしたらそれは誤解ですわ。もし、もっと紳士らしくおふるまいになったとしたらおことわりするとき、お気の毒に思うかもしれませんがそれをしないでもよかったというだけです」
エリザベスは彼がこれをきいてはっとするのを目に入れました。しかし何もいわないので話をつづけました。
「あなたの申し込みはたとえどのような形でされましょうと、わたしに受け入れる気はおこさせなかったと思います」
再度彼が驚いたことは明らかで、信じられないという表情は屈辱と入りまじってエリザベスをみつめたままでありました。なおつづけてゆきました。
「お知り合いのはじめから、いえ、最初の瞬間からと申し上げてもいいと思いますが、あなたの態度は傲慢《ごうまん》でうぬぼれのつよい、他人の感情を傷つけて平気なかたという印象をはっきりときざみつけ、そのうえにつづいておこった事件がすっかりあなたをきらいにさせてしまいました。お知り合いになってから一日もたたないまえに絶対結婚する気にならないかただと思いました」
「じゅうぶんにうかがいました、お嬢さん。あなたのお気持ちはよくわかりました。今はじぶんの気持ちを恥じるばかりです。お時間をとりましたことをお許しください。ご健康とご幸福を祈ります」
この言葉とともにへやを急いで去りました。エリザベスは次の瞬間正面の扉があき、彼のでてゆくのをききました。
その動揺は痛いほどに激しいものでした。エリザベスは立つこともできず、事実からだの力がぬけてすわりこんだまま半時間ばかり泣きました。おこったことを今いちど思いかえしてみるたびに驚きはいっそう加わりました。ダーシー氏から結婚の申し込みを受けるとは! 長い間彼がじぶんを恋していようとは! 彼の友とじぶんの姉との結婚をさまたげさせたあらゆる反対理由にかかわらず、それは彼自身の場合にも少なくともおなじほどに力づよくあらわれたにちがいないのであるが、あえてじぶんと結婚したいと思うほど恋していたとは! そのようにつよい愛情を知らず知らずのうちに吹きこんだということは非常に満足感をあたえることでありました。しかし彼の傲慢、いとわしい傲慢、ジェーンに関してじぶんのしたことを恥知らずにも公然とみとめ、それを正当化はできなかったけれどそれをみとめたときの許しがたい厚顔、ウィカムのことを口に出したときの無情な様子、その人に対して残酷な仕打ちをしたことを否定しようとはしなかったことなどが、彼の愛情を考えて一瞬刺激しておこされた憐れみをすぐに圧倒してしまいました。心を動揺させる数々の思いにふけっているうちにキャサリン令夫人の馬車の音がきこえ、とてもシャロットの注視には堪えられないと感じ急いで寝室にしりぞきました。
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第三十五章
エリザベスはさんざん思いにふけったあげく眠りにおちたのでありましたが、翌朝目をさましたときにはまたおなじ思いは彼女をとらえてしまいました。おこったことの驚きから回復せず、他のことを考えるのはまったく不可能でした。それに仕事にも気が向かないので朝食後すぐ戸外へ出て運動をしようと決心いたしました。まっすぐにじぶんの気に入りの散歩道に歩をすすめたのですが、ダーシー氏がときどきここにやってくることを思い出して邸園にはいってゆくかわりに有料道路からそれてゆく小径へとはいって行きました。径の片側はやはり邸園の柵でありました。まもなく邸園に通じる入り口の一つを通過いたしました。
小径のそのあたりを二、三度ゆきかえりした後で朝の心地よさにひかれて入り口あたりに止まり、林苑をのぞきこみました。ケントですごした五週間はこのあたりにも大きな変化をもたらしておりました。早春の新緑は毎日色を濃くしておりました。散歩をつづけようとしたちょうどそのとき、林苑をふちどる林のかげに紳士の影をちらとみました。その人はこちらに近づいてまいりました。もしやダーシー氏かと懸念してすぐさまひきかえそうといたしました。しかしこちらに進んできた人はもはや彼女に気がつき、いそいそと歩みよって名を呼びました。すでに向きをかえておりましたが、じぶんが呼ばれるのをきくとそれがダーシー氏であることがわかっていたのですが、門のほうへ歩みをかえしました。そのときまでにダーシー氏もそこにきておりました。そして一通の手紙を差し出し、その手紙をエリザベスは本能的に受けとってしまいました。いかにも傲然とおちつきはらって申しました。「どうかこの手紙を読んでいただきたいのです」それからかるく会釈《えしゃく》をすると木立ちのなかへ消え、みえなくなりました。
全然読んでたのしいだろうという期待はありませんでしたがつよい好奇心をもってエリザベスはその手紙を開き、なおいっそう驚いたことには封筒のなかにはたいへんこまかくつめた筆跡でぎっしりと書かれた二枚の便箋がはいっておりました。封筒にもいっぱいにしるされておりました。小|径《みち》を歩きながら読みはじめました。ロージングズにて午前八時と書き、次のような文面でした。
「この手紙を受けとられて、昨夜あのように嫌悪の感をいだかせたあの感情を再度訴えたり、もいちど申し込みをするのではという心配はしないでいただきたいと思います。双方の幸福のためには一時も早く忘れ去られることが望ましい、あの望みに未練をいだいてあなたを苦しめ、またじぶんを卑しめる意図はまったくございません。このような手紙は書くがわにも読むがわにも骨の折れるもの、これをせずにすませたらとは思いますが、わたしの性格上これをせずにはいられないのです。それゆえ、なにとぞわたしのわがままをゆるし、読んでいただきたいと思います。お気はあまりすすまないでしょうが、正義の念に訴えて願いあげます。
たいへん性質のちがった二つの罪を、重さにおいても相当ひらきのある二つの罪をわたしに負わせられました。第一にいわれたのは双方の感情には注意をはらわずビングリー氏をあなたの姉上よりひきはなしたというのであります。今一つはいろいろな要求権を無視して徳義と人情を無視してウィカム氏の現在の繁栄をやぶり、将来の見込みをそこなったということであります。故意に理由もなく少年時代の友、父の自他ともにみとめたお気に入り、われわれの後援以外には何も頼るものもなく、その尽力をあてにして育てられた青年をすてることは、その愛情はただ二、三週間の間に芽生えたふたりの若い人の離間をはかったこととは比べものにならないほどの背徳行為であります。わたしの行為とその動機についての説明をお読みいただければ、昨晩おのおのの事情につき惜しみなく投げかけられたきびしい非難から以後まぬかれることができようかと希望してるのであります。もしその説明のなかであなたに不快感をあたえるわたしの感情をのべる必要にせまられると思いますが、それに対しては残念に思うのみと申し上げておきます。必要には従わねばなりませんからこれ以上詫びるのは道理に合わないと思います。
ハーフォードシャーに行ってまもなく他の人と同様わたしもビングリーがあのあたりのご婦人たちのだれより姉上を好いているのに気がつきました。しかしネザーフィールドの舞踏会の夜までは彼の感情がまじめな愛情であるという危惧《きぐ》は全然もたなかったのでありました。それまでにもたびたび彼が恋におちるのはみていたからです。あの舞踏会であなたと踊っております間にウィリアム・ルカス卿の偶然の情報からビングリーが姉上にする心尽くしからふたりの結婚をみんなが期待するようになっていることをはじめて知ったのです。彼はまるで確定して、時のみが未決定のことのように話されました。そのとき以来わたしは友の行動を注意深く観察してベネット嬢に対するその愛好はわたしが今までに目撃したものをはるかにこえたものであることをみとめざるをえませんでした。姉上もまたよくみまもっておりました。顔つきも態度も従前どおり明るく快活であいきょうがありましたが特別な愛情の徴候は何もみられませんでした。その夜のくわしい観察によりわたしは姉上はビングリーの心尽くしを喜んで受けてはいられるものの姉上のほうもおなじような愛情をいだいて彼の愛情を誘い出しているわけではないことを確信いたし今にいたっております。もしあなたがこの点まちがっておいででないとしたら|わたしが《ヽヽヽヽ》あやまっているのでしょう。姉上に関してはあなたのほうがよくご存じのはずですからたぶん後の場合でしょう。もしそうだとすれば、もしそのようなあやまちに迷わされて姉上に苦しみをかけたとすれば、あなたの憤慨されるのも理由のないわけではありません。しかし姉上のおだやかな顔つき、静かな態度をみては非常に鋭敏な観察者も、姉上はまったく人好きのする気質をおもちではあるが、心情はそれほど容易にはかきたてられないかたと、ちゅうちょなく主張したと思います。わたしが姉上が無関心であると信じたく思っていたことはたしかです。しかしわたしはじぶんの希望なり危惧によってじぶんの観察または決定を左右される人間ではないのです。わたしは希望したゆえに姉上は無関心だと信じたわけではないのです。わたしは理性のうえからそれを望んだように公平な確信のうえにたって信じたのです。ふたりの結婚に対する難点はわたしの場合にはそれを排除するために愛情の最高の力を要したと昨晩申し上げましたが、単にそれだけではなかったのです。親戚関係において欠ける点はわたしの場合ほど大きなわざわいではなかったのです。しかしそれをきらう他の理由があったのです。それは今もそのままであるし、ほとんど彼にもわたしにも同程度なのですが、わたしの場合はそれがすぐわたしのまえにないものなので極力忘れようと努力したものです。簡単にその理由を申し上げましょう。母上のご親戚の地位はあまり好ましくないけれど母上がしばしば、むしろほとんど例外なく礼節のまったく欠けた言動をされること、これは母上のみならず三人の妹さん、ときによっては父上さえも――お気をわるくして心苦しいのでありますがお許しください――その例外ではなかったのです。いちばん近しいかたがたの欠陥をかれこれこのように指摘されて心外にも不快にも感じられると思います。しかしあなたと姉上の行動が同様の非難を受けることのないことはこれは一般の人の賞賛をおしまぬところ、またおふたりのご分別とご性向の名誉ともなるもので、これをお考えになれば多少心のなぐさめとなろうかと思います。これ以上わたしの申し上げますのはあの晩おこった数々の事柄からベネット家の皆さまに対するわたしの意見が定まり、友を非常に不幸な関係と考えられるものから救いたいという、それまでもわたしをうごかしていた動機はなおいっそうつよくなったのでした。その翌日ビングリーはまもなく帰るつもりでネザーフィールドを去ってロンドンに出かけましたことは記憶されていることと思います。
わたしの演じた役割についてこれから説明いたします。友の姉妹のかたたちもわたしと同様に非常に不安を感じており、まもなくおたがいにじぶんたちがおなじような思いでいることがわかりました。また片時もむだにしないふたりを離すべきであると気づきすぐにロンドンにいる友を追いかける決心をいたしました。計画どおりわたしたちは出かけてゆき、そこでとりあえずこの選択の不利な点を指摘する役目をひきうけました。熱心に不利な点を強調いたしました。しかしこの抗議が彼の決意をいかにたじろがせ、ちゅうちょさせたとしても、もしそれが姉上が無関心だという証言で――わたしはそれをちゅうちょなく使ったのですが――援護されなかったら窮極的にはその結婚をさまたげることはできなかったと思います。友はじぶんの愛情がもし同等でないまでも心からの真情でむくいられていると信じきっておりました。しかしビングリーは生まれつき非常に謙遜でじぶんの判断よりもわたしの判断を信頼しておりましたので自己欺瞞におちいっているのだと信じさせるのはちっともむずかしいことではありませんでした。ハーフォードシャーへ帰らないよう説得するのはこのあとではほとんど一分もかからない仕事でありました。わたしがしたことでこの点まではなんら恥ずべきことはありません。この事件中の行動でただ一点だけ省《かえり》みてこころよしとしない点があります。それはわたしが姉上のロンドンにきていられることを友からかくすために卑劣にも採用した術策であります。ビングリー嬢にしらせのあったとき、わたしもそれをききましたが友はいまだにこれを知らないのです。ふたりの出会った結果、なんら悪い結果をもたらさないこともありえるのでありますが、しかし友の愛情は姉上に出会って全然危険なしというほどさめてはいないと思われたのです。たぶんこの秘密、この欺瞞はじぶんの品位を傷つけるものと考えます。しかし最上の策と思ってなされたことです。この問題についてこれ以上いうこともなくほかにお詫びすることもありません。もし姉上の感情を傷つけたとすれば知らず知らずのうちになされたのであります。わたしを支配した動機はあなたには不じゅうぶんに思われるでありましょうが、わたしはまだそうした動機を不都合だとは思っておりません。
今一つのもっと重大な罪、ウィカム氏に損害をあたえたという非難を反ばくするためにはあの男とわが家との全関係を申しのべることが必要になってまいります。|とくに《ヽヽヽ》何を責めたかは知りませんが、わたしがこれからのべることの真実性については信頼できる証人をひとりならず呼びよせることができます。
ウィカム氏はたいへん世間の信用のある、長年ペンバレー領地の管理をやっていた人の息子でした。この人がよく働きよく任務を果たしたので自然父はこの人のためによくむくいようと願い、名付け息子でもあるジョージ・ウィカムに対して惜しみなく親切をそそいだのであります。父はウィカムを学校にあげ、後にはケンブリッジに学ばせました。彼自身の父親は妻のぜいたくのため常に貧しくとうてい彼に紳士としての教育なぞあたえることはできなかったろうと思えますから、これはたいへん重要な援助であったわけです。父はいつも非常に魅力のある物腰をもったこの青年とのつき合いを喜んだばかりでなく、彼を高く評価しており教会をその職業とするよう望み、そのためしかるべきそなえをする意図をもっておりました。ところでわたし自身としては父とはかなりちがった見方をしはじめてから相当の年月になっております。不身持ちの傾向、無節操を最上の友である父には知られないよう注意しておりましたが、相手の気をゆるしている瞬間に彼をみかける機会のある――これが父にはなかったのですが、――同年輩の青年の目からはかくしおおせるものではありません。ここでまたあなたに苦痛をあたえるでしょう――どの程度かはあなたのみがおわかりのことです。ウィカム氏の創り出した感情がいかようなものであろうとその感情の性質を顧慮して人格の実体をあばくことを遠慮などしないつもりです。いやそれはむしろあばく動機が一つふえることになります。
さて尊敬すべき父は五年まえに死にました。ウィカム氏に対する愛着は最後まで持続し、遺言のなかでもとくにゆるされるかぎり最上の方法をつくして聖職への昇進をはかるよう、とくにわたしに託しており、彼が牧師職についたなら貴重な家族職録が空席になり次第これをあたえるよう望んでおりました。そのうえに千ポンドの遺贈がありました。ウィカム自身の父親もわたしの父の死後あまり長くは生きませんでした。このあと半年たたないうちにウィカム氏は牧師職につくことはよしたこと、ついてはそれにより利益を得ることのない職録受領のかわりに差しあたって役にたつ金銭上の利益を期待しても無理からぬこととゆるしていただきたいという趣旨の手紙をよこしました。加えて法学を学びたいと思っていると書いてありましたが、一千ポンドの利子ではその方面のたすけとして不じゅうぶんであることをわたしは承知していましたが、ウィカムの誠実を信じるよりむしろ希望して、とにかくその申し出に対してはすすんで承諾しました。ウィカム氏は牧師になるべき人でないことを知っていたからです。ことはすべてかたづき、将来援助を受ける立場に立ちえたとしても牧師職に関する援助の権利はすべて放棄し、そのかわりとして三千ポンドを受けとったのでありました。わたしたちの間の関係はすべて解消されたかにみえました。彼に対してあまりに悪感情をいだいておりましたのでペンバレーに招くこともいたしませんでしたし、ロンドン邸の出入りも許しませんでした。おもにロンドンに住んでいたのだと思いますが法学を学ぶというのはたんなる口実でありました。今やあらゆる束縛からはなたれてその生活は怠惰と浪費に明けくれました。三年ばかりの間にほとんどうわさもききませんでした。ところがウィカムにあたえられることになっていた職録についていた牧師が死去したとき、彼はまたわたしに手紙をよこし、牧師職推薦の依頼をしてきました。事情は極めてひっぱくしておるむねをいってよこしましたが、それは容易に信じられることでした。法学はたいへん利益の少ない勉強であることがわかったので今ではもしわたしがくだんの職録に推薦してくれるなら絶対に牧師職につく決心である、職録推薦に関してはあなたには牧師にすべき人が他にあるわけでもなく、また尊父の意図をお忘れになるはずもないと思うゆえ、いささかも懸念をいだいていないと書いてよこしました。この嘆願を承諾することを拒絶し、またそれをくりかえすことを禁じたからといって、まさかあなたはわたしをお責めにはならないでしょう。彼のひっぱく状態がひどかっただけに、それに比例してわたしへのうらみは激しかったのです。わたし自身を激しく非難しましたがそれとおなじく他人にはわたしのわるくちをいいつのったことでしょう。このとき以後は表面上の交際もまったくたたれたのであります。どのような生活をしていたかも知りません。ところが去年の夏ふたたびその存在が苦々しくのさばり出て注意せざるをえなくなりました。
さてこれからわたし自身が忘れてしまいたい事情を申しのべなければならなくなりました。それは現在ほどの責任を感じなければとうてい他人に打ち明ける気になるものではないのです。これだけ申し上げればこのことについて他言をお慎《つつし》みいただけるものと思います。妹はわたしより十歳以上も年下なので母親の甥《おい》フィツウィリアム大佐とわたし自身がその後見人となっております。一年まえのこと、学校をひかせ、ロンドンに家をもたせました。去年の夏のこと、家政をとりしまる婦人とラムズゲートへ行きましたがそこへウィカム氏が明らかに計画的にやってまいりました。彼とヤング夫人はまえから知り合いであったことがあとで判明したのでした。この夫人の人柄には不幸にもすっかりあざむかれていたのですが、この夫人がみないふりをして援助をあたえたため、ウィカムはすっかりジョージアナにとり入ってしまいました。妹は非常に愛情深い心の持ち主で子供のころ彼から受けた親切を強く印象づけられておりましたので、じぶんが恋していると思いこまされ、駆け落ちを承諾してしまったのでした。まだ十五歳で幼かったということだけがいいわけになると思います。その軽はずみをのべおわって、そのことをわたしに知らせたのは妹自身であることをつけ加えられるのをうれしく思います。わたしはその駆け落ちを計画された日の一日二日まえ思いがけなく妹をたずねました。ジョージアナはほとんど父親のように尊敬している兄を悲しませ、怒らせることに堪えられずすっかりわたしに打ち明けてしまいました。わたしがどのように感じいかなる行動に出たかはご想像していただけると思います。妹の体面を顧慮し、感情を思いやっておおやけに暴露することは差しひかえました。ウィカムに手紙を書き彼はただちにその地を去り、ヤング夫人ももちろん解雇いたしました。ウィカム氏のおもな目的はいうまでもなく三万ポンドの妹の財産にありましたが、わたしに復しゅうしようと望んだことがつよい誘因となっていたと考えないではいられないのです。たしかにもし実現したら完全な復しゅうとなっていたはずです。
わたしたちふたりに共通したあらゆる事件について忠実に申し上げました。もし絶対に虚偽であると拒絶なさらなければウィカムに対しての不人情のそしりはまぬかれることと思います。彼がいかなる方法でどういう虚言をあなたに吹きこみましたか知るよしもありませんが、彼の成功はあやしむにたりません。双方の人物について何もご存じないあなたにとうてい看破できるはずもございませんし、もともと疑惑などあなたの性向にはふむきなことです。
なぜ昨晩このことについて話さなかったかとのご不審もあることと思いますが、昨夜はじゅうぶん自制できず、何が明かされてよいかまた明かされるべきかの判断もつきませんでした。ここにのべられたことが真実であることについては、とくにフィツウィリアム大佐の証言を求めることができます。近しい親戚でありたえず親交もあり、さらになお父の遺言執行者のひとりであるのでこの間《かん》の取引処理についての委細はすべて当然のこととして承知しております。
もし|わたしを《ヽヽヽヽ》嫌悪《けんお》されるあまりわたしのいうところを一顧の価値なきものと考えられても、よもやそのためにいとこに打ち明けられることをおひかえにはならないと思います。それゆえ、もしやいとこに相談されることもありうるかと考え、朝のうちにお手に入る機会をみつけるよう努力しましょう。おわりにただあなたに神の祝福のあらんことを祈ります。 フィツウィリアム・ダーシー」(つづく)