続あしながおじさん
ジーン・ウェブスター/北川悌二訳
目 次
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十二月二十七日 マサチューセッツ州、ウスター、ストーン・ゲイトにて
二月十五日 ジョン・グリア孤児院にて
金曜日 ジョン・グリア孤児院にて
ニューヨーク、ペンドルトン家にて
六月九日 ジョン・グリア孤児院にて
六月十九日 なつかしいジューディへ
六月二十四日 水曜日、午前十時 ジャーヴィス・ペンドルトン夫人へ
金曜日 ジョン・グリア孤児院にて
七月二十九日 マクブライド・キャンプにて
なつかしいジューディへ
解説
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十二月二十七日 マサチューセッツ州、ウスター、ストーン・ゲイトにて
ジューディ
お便りいただきました。あまりの意外さに、二度読みかえしてみました。ジャーヴィスがクリスマスの贈物として、ジョン・グリア孤児院をお手本になるような孤児院につくりなおすお金をだしてくださり、あなたがそのお金をおつかいなさいとわたしにいってくださった、というわけなの? わたし――このサリー・マクブライドが孤児院の院長さんになるんですって! かわいそうに、あんたたちふたりとも、頭がおかしくなったのかしら? それとも、阿片《あへん》を飲みすぎ、熱にうなされてこんなうわごとをいっているのかしら? わたし、動物園につとめることもだめだけど、百人の子供のお世話もそれとおなじで、だめだことよ。
おもしろいスコットランド人のお医者さまのことが書いてあるけど、それを|えさ《ヽヽ》にしてわたしをよびよせようというたくらみ? ジューディ――それにジャーヴィス――おふたりのおなかは、こちらにはすけ見えよ! ペンドルトンのおうちの暖炉《だんろ》のまわりで、どんな家族会議がおこなわれたか、こちらには、ちゃーんとわかっているわ。
「大学をでてからあんなぐあいで、サリーもかわいそうだわ。ウスターでつまらないおつきあいに時間なんかつぶさずに、なんかためになることをしたほうがいいのにね……。そのうえ(これはジャーヴィスのことば)女たらしのハロックという若い男に心をよせているらしいぞ。ぼくは政治家なんて、だいきらいさ。なにかむちゅうになれるようなりっぱな仕事をあてがって、心をそっちにそらせ、この危険から救ってやらなければならないな。うん、いいことがある! ジョン・グリア孤児院の世話をあの人にたのむとしよう」
まるでそこにいるように、わたしの耳にはジャーヴィスの声がきこえてくるわ。あなたの楽しい家庭をこの前におたずねしたとき、ジャーヴィスとわたしが真剣《しんけん》に話しあったことは、(一)結婚、(二)政治家の理想の低さ、(三)社交婦人がおくっているくだらなくつまらない日々のくらしのことだったの。わたしがそのとき聞かせていただいたおことばを心にきざみつけ、その後ウスターに帰ってからは、週に一回午後をつぶして、アルコール中毒患者婦人収容所の人たちといっしょに詩を読んでいることを、あなたのりっぱなご主人さまにおつたえくださいませ。わたしの生活は、はたで見るほど、いいかげんなものではありませんことよ。それから、例の政治家のことも、そうご心配いただくほどさしせまったことではございませんから、どうぞご安心ください。このかたはりっぱな政治家です。なるほど、関税《かんぜい》や物件税《ぶっけんぜい》や労働組合についての考え方は、ジャーヴィスの考えとぴったりというわけではありませんけど……。わたしの一生を社会奉仕にささげさせようとするあなたのお気持は、とてもうれしいことなんですけど、孤児院の立場からこのことを考えてみることも必要だと思います。放りだされた気のどくな孤児たちのこと、かわいそうとは思いません?
あなたはそうじゃなくともわたしはかわいそうと思うわ。そして、つつしんで、こんどのお話はご辞退《じたい》します。
でも、ニューヨークにこないかとよんでくださるのだったら、おおよろこびで承知《しょうち》よ。あれこれとそちらで計画してくださる遊びには、あまり気がすすみませんけど……。ニューヨーク孤児院や、すてごの病室を見せてくださる計画はどうかやめにして、そのかわりに、それを劇場やオペラや晩餐会《ばんさんかい》などにきりかえてくださらない? 夜会服をふたつ新調《しんちょう》し、白い毛皮のえりのついた青と金色の上衣を持っていますから。
わたし、おおいそぎで荷づくりをはじめます。ただのわたしじゃなくて、リペット院長さんの後任としてだけでわたしをよびたいのだったら、どうか電報をちょうだい。
軽はずみでそれを改めようとしない
サリー・マクブライドより
(追伸)あなたのご招待は、ほんとうに好都合《こうつごう》でした。ゴードン・ハロックという美しい青年政治家が、来週ニューヨークにおいでになるはずなんですもの。よく知りあえば、あなたもきっとあのかたをすきになることよ。
(追伸二)サリーがジューディのいうとおりになって、午後散歩にでかけた図。
もう一度おたずねしますけど、あなたたちふたりとも頭がおかしくなったんじゃない?
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二月十五日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
シンガポール、ジェイン、それにわたし、この三人は、きのうの夜、あらしをついて到着しました。孤児院の院長さんが女中とシナ犬をつれてやってくるなんて型破《かたやぶ》りなことね。ねないでわたしのことを待っていてくれた夜警《やけい》のおじさんと家政婦《かせいふ》のおばさんは、びっくりぎょうてんしていました。ふたりともシングのような犬を見たことがなく、わたしが羊小屋におおかみをつれこんだと思いこんでしまったわけです。これは犬なのよと教えてあげたら、夜警のおじさんはしげしげとシングの黒い舌を見たあとで、ちょっとしゃれたことをいったわよ。「この犬にこけもものパイを食べさせているのか?」ですって。
わたしの一家がおさまる場所を見つけるのには、ひと苦労しました。かわいそうに、シングはキャンキャンなきながら、みょうちくりんな薪小屋《まきごや》につれていかれ、袋につかう|こも《ヽヽ》を一枚あてがわれました、ジェインも、これとだいたいおなじ運命。この建物で余分なベッドといえば、病室にある子供用の五フィートの長さのベッドだけなんですけど、ジェインはごぞんじのように、六フィートもあろうという大女です。ジェインはそこにつめこまれ、まるでジャック・ナイフのようなかっこうをして、一夜をあかしました。ジェインは一日じゅう、びっこをひいて歩きまわり、体をしなびたSの字がたにまげて、頭がへんになった主人のこの脱線ぶりを、あたりかまわずこぼしまくり、わたしたちがはやく正気にかえり、ウスターのわが家にもどる日を待ちのぞんでいます。
ここでのわたしの評判が、ジェインのためにだいなしになってしまうことは、わたしにもわかっています。ジェインをここにつれてくるなんて、とんでもないことよ。でも、わたしの一家のこと、あなたはごぞんじね。みんなをじりじりと説きふせたんですけど、最後に、ジェインのことでがんばられてしまったの。栄養のことで心配がないようにジェインをつれていき、徹夜《てつや》をしないことを約束すれば、いってもいい――それにしてもしばらくのあいだだけのこと――というわけです。もしジェインをつれていくのを断わったら――ああそれこそ、ストーン・ゲイトのしきいを二度とまたげぬことになったかもしれません! こういうわけで、みんなしてここにやってきましたが、どうもあんまり評判がよくないらしいわ。
けさ六時に鐘の音で目をさまし、横になったまま、頭の上で二十五人の女の子たちがすごい騒ぎをしているのをきいていました。あの子たちは――ただ顔を洗っているだけで――べつにおふろにはいっているようすでもないのに、まるで水たまりにいる二十五匹の子犬のように、パシャパシャと水をはねかえすのね。わたしは床からおき、服を着かえて、ちょっとそのへんを見てまわりました。わたしが約束をする前にここを見せてくださらなかったこと、なかなかりこうなやりかただったと思うわ。
わたしがここにきたのを知らせるのには、子供たちが朝ごはんを食べているときがいいだろうと思ったので、勝手がわからぬながらも、食堂へいってみました。ところがまあ、おそろしいことだらけ――あのかざりのない薄茶色の壁、油布のテーブルかけ、その上のコップとお皿、木の腰かけ、そして、かざりとして、あのかがやく「主は与えたもう」という聖句《せいく》がかかっているのです! この最後のかざりつけをした評議員さんは、おそろしいユーモアをお持ちのかたにちがいないことね。
ほんとうに、ジューディ、こんなにきたない場所って、世の中にありはしないことよ。あの青ざめた、うかぬ顔の、青い制服をきた子供のぞろぞろとした行列《ぎょうれつ》を見たとき、自分の仕事の暗さに思わずギョッとして、もう勇気もぬけはてそうになってしまいました。百人の子供たちがそれぞれお母さんを必要としているのに、ひとりの力で、この子供たちの顔に太陽のかがやきを与えてあげることは、とてもできぬ相談に思えたからです。
わたしは軽い気持でこの仕事にとびこんできましたが、それはひとつには、あなたが強くここにくることをおすすめになったから、またひとつには、あの悪口ばかりいっているゴードン・ハロックが、わたしが孤児院の院長さんになることを大声をたてて笑ったからでした。あんたたちはみんなでたくらんで、わたしを催眠術《さいみんじゅつ》にかけてしまったのね。それに、もちろん、孤児についての本を読みだし、孤児院を十七も見てまわったあとで、わたしは孤児のことに熱心になり、自分の考えをじっさいにやってみたいという気持になったことも事実です。でも、いまここにきて、わたしはただぼうぜんとしています。大変な仕事だわ。百人の人間のこれから先の健康と幸福が、わたしの手のなかに、にぎられているのです。三四百人にもなるこの子供たちの子供や、千人の孫たちの運命はいうまでもありません。これは幾何学的《きかがくてき》級数のわりでふえていきます。大変なことだわ。こんな仕事をひきうけてしまったなんて、われながら自分の気持がわからなくなります。おねがい、どうかべつの院長さんをさがしてください!
食事のしたくができたことを、ジェインが知らせてきました。あなたの孤児院の食事をもう二回いただきましたが、三度目は食べる気にもなりません。
そのあとで
ここにつとめている人たちの食事は、羊の肉のこまぎれとほうれんそう、食後はタピオーカのプディングです。子供たちがどんなものを食べたろうと思うとたまらなくなります。けさ食事のときにしたわたしの最初の演説《えんぜつ》をおつたえしようと、この手紙を書きだしたのでした。その演説は、ジョン・グリア孤児院で、これからおこなわれるすばらしい改善《かいぜん》の話で、それは評議員会の会長さんのジャーヴィス・ペンドルトンさんと、ここの子供たちみんなの「ジューディおばさん」になっているペンドルトン夫人のやさしいお気持によるものだということを、教えてあげました。
ペンドルトン家のことをこうしてふいちょうすることを、どうかおこらないでちょうだいね。これは考えがあってしたことなんです。この孤児院につとめている人たちがぜんぶそこにいたので、これぞいい機会とばかり、これからのすごい改革《かいかく》はみんな上のえらいかたがたからの命令によるので、わたしの自身の軽はずみな頭からでたものではない、ということをはっきり知らせたわけなのです。
子供たちは食事の手を休め、わたしをじっとみつめていました。わたしの目立つ髪の色と、重々しくもない鼻のかっこうは、たしかに、院長さんとしては珍らしいものだったのでしょう。仲間の人たちも、わたしが若くて経験も浅いので、尊敬なんかできるものかということを、はっきりあらわしていました。ジャーヴィスのいうすばらしいスコットランド人のお医者さまには、まだお目にかかっていませんが、ほかの連中、ことに幼稚園の先生のいやなところの埋めあわせをしてくださるようなかただとすると、そのかたはきっとすごくすばらしいかたでしょう。ミス・スネイスとは、新鮮な空気のことで、もうしょうとつしてしまいました。子供が寒がって氷の像になろうとも、わたしは、このおそろしい孤児院のいやなにおいをなくしてしまうつもりです。
きょうの午後は、雪がつもり陽がキラキラかがやいていたので、わたしは命令をくだして、あの土牢《つちろう》のような遊戯室《ゆうぎしつ》をしめさせ、子供たちを外にだしてやりました。
「あいつがおれたちを追いだしているんだぞ」ひとりの小がらなわんぱく坊主《ぼうず》が、自分よりふたつも年下の子供が着そうな外套《がいとう》をむりやり着こみながら、いっていました。
子供たちは着物を着たまんま背中をまるめて、ただ庭につったっているだけ、じっと部屋にはいるゆるしのでるのを待っていました。かけたり、どなったり、雪すべりや雪なげをすることは、ぜんぜんしないのです。まあ、この子供たちは遊び方を知らないのです!
さらにまたあとで
わたしはもう、あなたのお金をつかうというわたしのだいすきな仕事をはじめました。きょうの午後、十一の湯たんぽ(村の薬屋さんにあるものをそっくり買いしめました)、それに何枚かのケットとふとんを買いました。そして、赤ちゃんのねる部屋では、窓は開けっぱなしです。あのちびさんたちは、夜に息をすることができるといういままでにない新らしい感じを味わうことでしょう。
不平をいいたいことは、山ほどあります。でも十時半、ジェインがねなくては|いけない《ヽヽヽヽ》といっています。
おさしずどおりにはたらく
サリー・マクブライドより
(追伸)床にはいる前、なにかまちがいはないかと、爪先立《つまさきだ》ちでろうかを歩いてみたのですが、わたしの目にうつったことは、なんだとお思いになる? ミス・スネイスが赤ちゃんのねる部屋の窓をそっとしめているんです! おばあさんがはいる養老院にでも手ごろな仕事がみつかったらすぐ、あの人はくびにしてしまうつもりよ。
ジェインがわたしの手からペンをとってしまいそうです。
おやすみ
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二月二十日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
きょうの午後、新らしい院長さんと会うために、ロビン・マクレイ先生がおいでになりました。先生がこんどニューヨークにおいでになったとき、どうか食事におよびして、あなたのご主人がどんなことをしでかしてくださったか、あなた自身の目でそれを見てください。わたしの地位でいちばんうれしいことは、マクレイ先生のように洗練《せんれん》されていて、頭もよく学問もあいそうもあるかたと毎日つきあいをすることだと、わたしはジャーヴィスのことばで信じていましたが、それはジャーヴィスのとんでもない見当ちがいだったのよ。
この先生はせいが高くて、やせ型《がた》、薄茶色の髪の毛とつめたい灰色の目をした人です。わたしとお話をしているあいだじゅう(しかも、わたしはとても陽気にしていたんですが)、そのかたくむすんだ真一文字の口には微笑のかげひとつさしませんでした。かげがさすなんていうこと、あるかしら? たぶん、ないわね。だけど、とにかく、あのかたはいったいどうなさったのでしょう? あとでくやんでいるなにか罪でもおかしたのでしょうか? それとも、あの無口さは、ただもって生まれたスコットランド人|気質《きしつ》のためなのかしら? 花崗岩《かこうがん》の墓石みたいな相手だわ!
その結果、わたしが先生をきらいとおなじように、先生のほうでもわたしをきらっています。わたしが軽はずみで気まぐれ、この責任ある地位にはぜんぜんふさわしくない、とお考えです。きっとジャーヴィスは、この先生からの手紙をもう受けとっていて、わたしをお払い箱にするようにとすすめられていることでしょう。
お話をしていても、ふたりはもう、ちぐはぐだらけ。あちらでは、孤児院で孤児の世話をみることの欠点をずばずばと哲学的にいってのける、こっちはこっちで、女の子たちがみんなやっている髪のゆい方について、ちょっと不満をのべるといったありさまでした。
わたしのいっていることを証明しようとして、わたしは院長づきの使いはしりをしている、サディ・ケイトをよびました。この子の髪はまるでスパナーでもつかったように、うしろにぎゅっと引っぱられ、細いひものようにあんだ小さなおさげになっていました。孤児の耳をゆるめてやることが必要なことはあきらかです。しかし、ロビン・マクレイ先生のほうでは、耳がにあおうがにあうまいがいっこうにおかまいなし、あのかたが気にしておいでのことは、胃のことだけでした。赤いペティコートのことでも、二人の意見はくいちがってしまいました。青いギンガム服より一インチもだらだらと長い、フランネルの赤いペティコートを着ていたのでは、どんな女の子に自尊心を持てといったってむり、とわたしは考えているんですけど、先生のほうでは、赤いペティコートはあかるくあたたかく、衛生的《えいせいてき》だとおっしゃっておいでです。新らしい院長さんの将来は、なかなかおだやかにはすみそうもありません。
このお医者さまについて、ひとつだけありがたいことがあります。このかたは、わたしとだいだいおなじくらいの新米《しんまい》で、この孤児院のしきたりのことでは、わたしのあれこれとさしずができません。ところで、いままでここにおいでだったお医者さまとも、いっしょには、はたらけなかったことでしょう。あとに残したうでのほどから考えてみても、赤ちゃんのことを知っていない点では、獣医さんに負けずおとらずといったところです。
孤児院のしつけのことでは、ここにつとめている人たちがよってたかってわたしを教育しようとしています。けさ、ジョン・グリア孤児院では水曜日の夜には、とうもろこしのおかゆを食べることになっている、とコックさんまでわたしにきっぱりといってのけました。
かわりの院長さんを、せっせとさがしてくださっていること? そのひとがくるまでここにいますけど、はやいところおねがいします。
決心をかためた
サリー・マクブライドより
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二月二十一日 ジョン・グリア孤児院の院長室にて
ゴードンさま
あなたのおっしゃるとおりにならなくて、まだおこっておいでかしら? ちょっとばかしスコットランド人の血がまじったアイルランド系の赤毛の人間は、むりじいしてもだめ、やさしく教えてやらなければいけない、そういうことをあなたはごぞんじじゃないこと? あなたがあんなに気にさわるほどいいはらなかったら、わたしはじっとおとなしく聞いていて、救われたことでしょう。でも、こんなことになってしまって、あのいいあいをしたことを後悔しながらこの五日間をすごしたことを、あっさりと白状します。あなたのほうが正しくて、わたしがまちがっていました。そして、おわかりのように、わたしはそれをちゃんとみとめます。いまの苦しい立場をのがれることができたら、それからあとは(たいていの場合)あなたのご意見にしたがうことになるでしょう。これほどみごとに自分のまちがいをみとめることができる女って、ほかに誰がいるかしら?
ジューディがこの孤児院の上に投げていたロマンチックなかがやきは、あの人の詩的な空想のなかにあるだけのものです。ここはほんとうにひどいものだわ。それがどんなにわびしく、いん気で、くさいかは、ことばではとてもいいあらわすことができません。長いろうか、むきだしの壁、人間の子とは義理《ぎり》にもいえない青い制服をきた青ぶくれの子どもたち、それに、まあ、あのいやな孤児院のにおいときたら! ごしごし水で洗って乾いていない床、しめきった部屋、いつもかまどでにえくりかえっている百人の食事――それがまじりあったにおいなのです。
孤児院をつくりなおすばかりでなく、子供もつくりなおさなければなりません。サリー・マクブライドのように気ままで、ぜいたくで、なまけん坊のものには、どうにもならぬ大事業です。ジューディが誰かいい後任《こうにん》の人を見つけてくれたら、さっさとやめてしまいます。でもどうやら、それは時間がかかりそうです。わたしを放りだしにして、あの人ったら南部にいってしまったからです。一度約束した以上は、もちろん、この孤児院をいきなり投げだすわけにはいきません。でも、とにかく、わたしがホームシックにかかっていることは、たしかです。
元気づけのお手紙をください、それに、わたし専用の応接間をあかるくする花もください。わたしはこの部屋を、家具づきのままで、リペット院長さんから受けつぎました。壁にはこげ茶と赤の壁紙がはってあり、家具は、金色の中央テーブルはべつとして、青色がかった絹綿ビロードだけです。じゅうたんは、みどりの色がつよく感じられるもの。ピンク色のつぼみのばらをいくらかでもいただけたら、色の配合は満点になることでしょう。
あの最後のおわかれの晩には、わたし、ほんとうにひどいことをいいました。でも、あなたはその仕返《しかえ》しをしたわけです。
悔いなやんでいる
サリー・マクブライドより
(追伸)スコットランド人のお医者さまのことについて、そんなにおおこりにならなくても、だいじょうぶです。あの人は「スコットランド的」ということばが持っているがんこさを身につけた人なのです。一目見て、わたしはあの人をだいきらい、あの人はわたしをだいきらいになりました。いっしょにはたらいて、これから先さぞ楽しいことでしょう!
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二月二十九日
ゴードンさま
元気な、お金のかかったお便り、いただきました。あなたがお金持ちなことは知っていますけど、だからといって、お金をむだにつまらなくつかっていいということにはなりませんことよ。もしお話がしたくてもうムズムズ、百語の電報をうたなければ、それがおさまらないというのでしたら、すくなくともそれを夜間電報におかえになったらいかがでしょう。お金がおいりようでないとおっしゃるのでしたら、ここの孤児たちにそれをつかわせていただきます。
それから、どうかすこしは常識をお持ちください。むろんあなたがたがおっしゃるようにむぞうさに、この孤児院をすてていくわけにはいきません。そんなことをしたら、ジューディとジャーヴィスに、すまないことになります。こんなことをいって悪いのですけど、ふたりともあなたよりももっと長いあいだおつきあいをしているお友だち、あの人たちを苦しい立場におとしいれる気持は、さらさらありません。わたしがここにきた気持は――そう、まあ冒険心といったものでこれはやりぬかなければならないことです。わたしが、もしあきっぽい女だったら、あなただって、わたしをすきになってはくださらないのでしょう。だからといって、自分に終身刑《しゅしんけい》をいいわたしているわけではありません。機会がきたら、すぐやめさせてもらうつもりでいます。でも、こんなに責任のある地位をわたしにゆだねてくださって、ほんとうはわたし、ペンドルトン夫妻に感謝しなければならないわけです。あなたは、そんなことはあるものかとお考えでしょうけど、これでわたしは、相当な実行力と、ちょっと見たよりもっと常識をそなえた女なのです。もしわたしがこの仕事に打ちこんではたらいたら、ここの百十一人の孤児たちが見たこともないほどのすばらしい院長さんになれることでしょう。
そんなことおかしくって、とお思いでしょうね。ところが本当なんです。ジューディとジャーヴィスはそれを知っていて、だからこそわたしをここによんだのです。それでおわかりでしょうね。こんなにわたしを信用しているのですから、こちらでも、あなたのおっしゃっておいでのように失礼なふうに、二人を放りだすわけにはいかないわけです。わたしがここにいるかぎり、ひとりの人間が二十四時間でできるだけのことはするつもりです。正しい方向にものがぐんぐん進んでいるようにして、後任者の人にこの地位をおゆずりするつもりです。
わたしがいそがしくてホームシックにもなるひまはないのだろうとお考えになって、わたしからすっかり手をひくようなことは、どうか、ここしばらく、なさらないでちょうだいね。というのも、いそがしくないからです。毎朝目をさますと、まあ、ボーッとしたような気持でリペットさんの残していった壁紙をじっとみつめ、これは悪夢、わたしはじっさいにはいないのだという感じにおそわれています。楽しく気分のいいわが家と、当然自分のものになっている楽しい日々のくらしに背むけるなんて、わたしはいったい、なにを考えていたのでしょう? あなたはわたしの正気を疑っておいででしたけど、ときに自分でも、それを疑いたくなることがあります。
でも、どうしてあなたがこんな大さわぎをなさるのか、おたずねしてもいいかしら? いずれにしても、たいしてお会いはできないわけですものね。ウスターだって、ジョン・グリア孤児院とおなじように、ワシントンからは遠いところにあるのです。それに、あなたのお気持ちが安まるようにと一言《ひとこと》申しておきますが、赤毛にしたいよってくる人は、この孤児院の近くにはひとりもいませんが、ウスターには、そうした人が何人かいるのです。ですから、男のなかでいちばん扱いにくいひねくれやさん、どうかご安心ください。ここにきたのは、あなたをいじめるためばかりではありません。わたしは人生の冒険を味わいたかったのです。そして、まあ、まあいまそれを味わっているのです!
どうぞすぐ、ご返事をください。そして、わたしに元気をつけてください。
後悔している
サリーより
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二月二十四日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
どうかジャーヴィスにつたえてちょうだい、わたしは前後を考えずに、いきなり判断をくだす人間ではありませんことよ。わたしはやさしくて、あかるく、疑うことを知らない性格の持主で、どんな人でも――たいてい――すきになるのです。でも、あのスコットランド人のお医者さんをすきになるものは、どこにもいないでしょう。|ぜったいに《ヽヽヽヽヽ》ニッコリともしない人なのね。
きょうの午後、このお医者さんがまたきました。わたしはあのかたに青みがかったいすをおすすめし、色の調和を味わおうと、こちらではそれにむかって坐りました。あのかたの服はとうがらし色のホームスパン、そこにみどりと黄の糸がすこしおりこまれていました。これは、単調《たんちょう》なスコットランドの荒野《あれの》に活気《かっき》をそえるための「まぜ織《お》り」です。紫《むらさき》の靴下と紫|水晶《すいしょう》のピンのついた赤いネクタイが、いろどりのしあげをしていました。あなたのおっしゃっておいでの医者のかがみであるこの人物が、この孤児院の美しさの調子をたかめるのに大して役にたつかたでないことは、あきらかです。
わたしのところにおいでになっていた十五分のあいだに、この先生は孤児院でおこないたいと考えておいでの改革について、簡単にお話になりました。あつかましいことといったら! 院長の仕事って、ちょっとうかがいますが、どんなものなのでしょう? 嘱託《しょくたく》のお医者さまからおさしずを受けなければならなのでしょうかしら?
さあ、これで、マクブライドとマクレイの対戦です!
いかりたつ
サリーより
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月曜日 ジョン・グリア孤児院にて
マクレイ先生
電話でおよびだしすることはできぬようでございますからこの手紙をサディー・ケイトに持たせてやります。電話を話の最中にきっておしまいになるマクガークさんとおっしゃっておいでのかたは、そちらの家政婦さんですか? あのかたが電話にときどきでるとしたら、たいていの患者《かんじゃ》さんはもうかんにん袋の|お《ヽ》を切っておいででしょう。
けさ約束どおりおいでいただけず、ペンキ屋はきてしまいましたので、やむをえず、衛生室の壁はあかるいとうもろこし色にすることにいたしました。とうもろこし色には、衛生的でないものはなにもなかろうかとぞんじます。
それから、もし午後にすこし時間をさいていただけましたら、どうか自動車をウォーター通りのブライス先生のお宅《たく》にまわし、半値《はんね》でゆずっていただくはずの歯科医用《しかいよう》のいすと付属品《ふぞくひん》を、ごらんになっていただけませんでしょうかしら? もし歯科医の道具をぜんぶここ――衛生室のひとすみに――そなえつけることができれば、ブライス先生は百十一人の患者の子供たちを、わたくしたちがいちいちウォーター通りにつれてゆくよりずっとてばやに、治療《ちりょう》ができることになりましょう。これはいい考えと、お思いになりません? 昨夜|真夜中《まよなか》に、この考えが浮かびましたが、歯科医用のいすをまだ買ったことがございませんので、もし専門的《せんもんてき》なご注意をいただけたら、ありがたいことと思っています。
かしこ
S・マクブライド
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三月一日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
電報はもうたくさんです!
ここのことはなんでも一から十まで知りたがっておいでのことは、むろん、わたしだって知っています。毎日のお知らせをしたいのは山々なんですけど、そのひまがぜんぜんないの。夜はすっかりつかれてしまって、ジェインがうるさくいわなかったら、着がえもせずに床のなかにもぐりこんでしまいたいくらいだわ。
もうすこしここが落ちつき、職員の人たちもめいめいの仕事をちゃんとやるようになったと見とおしがついてきたら、あなたがびっくりするほどきちんきちんとお便りします。
この前お便りしたのは、五日前のことでしたわね。この五日間にいろいろのことがおきました。マクレイ先生とわたしはそれぞれ作戦計画をたて、活気のないこの場所を土台からゆすりをたてています。あの先生をきらう気持はだんだん強くなってきていますが、両軍とも、まあ一種の準備のための休戦を宣言しました。それにしても、あの先生、敵ながら|あっぱれ《ヽヽヽヽ》よ。がんばることだったら、そう人には負けていないつもりなのですが、そのわたしがあの人のやったあとをフウフウいってついていくしまつです。あの人はがんこでねばり強く、ブルドッグ式で、スコットランド人の典型的《てんけいてき》なものね。でも、子供のこととなると、相当よくわかっています。といっても、子供の体のことだけなんですが……。その気持を察してあげるということになると、解剖《かいぼう》している|かえる《ヽヽヽ》と同然で、思いやりはすこしもないわけです。
お医者さまが持っていなければいけない思いやりのある美しい理想《りそう》について、ジャーヴィスがいつかの晩、一時間も演説をぶったこと、あなたはおぼえておいでかしら? とんでもないことよ! あの人はこの孤児院を自分が持っている研究室と考え、心配している親たちからは文句をいわれずに実験できる場所と心得てるの。しょうこう熱の培養菌《ばいようきん》を子供のおかゆのなかにいれ、新発見の血清《けっせい》をためしてみようとしたって、わたしはべつにおどろきはしないくらいです。
職員のうちで、しっかりしているとわたしが思っている人は、小学校の先生と、炉《ろ》のかかりの人だけです。子供たちがなでてもらおうととんでいくのはミス・マシューズだけで、ほかの人たちには、どんなに気をつかっておぎょうぎをよくしようとしているか、そのようす、一度見ていただきたいくらいだわ。子供って、ほんとうに人を見ぬく力を持っているものよ。あんまりおぎょうぎをよくされると、こちらでこまってしまいます。ここのようすがすこしはわかり、どんなことをしなければならないかが、ちゃんとのみこめてきたらすぐ、相当たくさんの人たちにここをやめてもらおうと考えています。まず手はじめにそれをしたいのが、ミス・スネイスなんですけど、この人は寄付をとてもよくしてくださるある評議員さんの|めい《ヽヽ》だそうで、わたしの計画は実現困難《じつげんこんなん》らしいわ。この人はあごのない、うすい目の色をしたボーッとした女で、鼻声でものをしゃべり、口で息をしています。ことばをおわりまではっきりといいきれないで、なにをいっても最後にはぶつぶつわけのわからないつぶやき声になってしまいます。あの人のすがたを見かけるたびに、もうじっとしてはいられず、あの人の肩をつかんでゆすぶり、はっきりしなさいといってやりたくなってきます。しかも、二歳から五歳までの十七人の子たちの世話をしているのが、このミス・スネイスなんです! でも、とにかく、相手にそれと気づかれずに、わたしはこの人につまらない仕事を割りあててしまいましたから、もう心配はありません。
マクレイ先生はとてもいい娘さんをひとり見つけてくださいました。この人は二、三マイルほどはなれたところに住んでいる人で、毎日きて、幼稚園《ようちえん》のほうを受け持っていてくれます。牝牛《めうし》のようなやさしい大きな茶色の目をした人で、お母さんらしくふるまい(まだ十九なのですが)、赤ちゃんたちはとてもなついています。陽気で感じのいい中年の女の人に、育児室の監督をおねがいしましたが、この人は自分の子を五人も育てていて、赤ん坊のことならなんでもよく知っています。この人を見つけてくださったのもマクレイ先生、これであの先生がどんなに役にたつ人かおわかりでしょう。形の上では一応ミス・スネイスの指図《さしず》を受けることにはなっていますが、この女の人が、思うぞんぶんに腕をふるえるようになっています。これで赤ちゃんがじりじりと殺される心配もなく、夜は枕をたかくしてねられるわけです。
ここの改革《かいかく》は、こうしてもうはじまっています。先生が土台になる科学的な設備をよくしようとしていらっしゃることには、わたしとしては、できるだけそれにしたがおうとつとめていますが、ときどきぞっとすることもあります。わたしの心のなかをいつもかけめぐっている問題は、ここにいるものさびしげな子供たちの胸に、どうしたら愛情と、あたたかさと、陽の光を注ぎこむことができるかということです。先生の科学でそれができるかどうか、わたし、心配だわ。
さし迫ってまず頭をはたらかせてしなければならない必要なことは、ここの記録《きろく》をしっかりしたものにすることよ。帳簿《ちょうぼ》の記入ときたら、まあひどいものだわ。リペットさんは大きな黒い帳簿をお持ちで、そこにはただ、ここの子供たちの家族、お行儀《ぎょうぎ》、健康のことで耳にはいってきたことをごたごたと書きこんでありますが、そのあとは、何週間もつづけてなにも書かずにほっておくといったぐあいです。もし子供をひきとってくださるかたが家族のことをたずねたら、この子をどこで見つけたか、たいていの場合には、答えられないことでしょう!
「ねえ、あんたはどこからきたの?」
「青い空がパッと開いて、ここにきたの」
子供たちがここにきた事情はまあこうしたものなのです。
あちらこちらととび歩いて、ここにいる子供たちの遺伝《いでん》についての統計を集めてくれる人が、ぜひ必要です。たいていの子には親類がいるのですから、これはたいしてむずかしいことではありません。この仕事にジャネット・ウェアはどうかしら? あの人のお得意《とくい》ときたら経済学《けいざいがく》で、表だとか、図だとか、統計だとかをガツガツと勉強していたこと、ごぞんじだわね。
つぎにお知らせしなければならないことは、ジョン・グリア孤児院でいま徹底的《てっていてき》な身体検査《しんたいけんさ》がおこなわれているということです。おどろいたことに、いままで調べた二十八人の子供たちのうちで、標準《ひょうじゅん》にたっしている子は、かわいそうに、たった五人しかいません。しかも、この五人はここに長いこといた子じゃないんです。
一階のきたない緑《みどり》の応接間のこと、おぼえておいでかしら? そこの緑っぽいものはできるだけ消して、そこを衛生室にしました。そこには、はかりやお薬があり、そこをいかにも衛生室らしく見えるようにしてくれる歯科用《しかよう》のいすときれいな歯をけずる機械までそなえつけてあります。(これは村のブライス先生から中古でゆずっていただいたもので、子供の患者《かんじゃ》をよろこばすために、先生はいまエナメルをぬったりニッケルの板をつけたりしてくださっています)この歯をけずる機械は悪魔の道具と考えられ、それをそなえつけたわたしは、悪魔のおばけとみられています。でも歯をすっかりなおしていただいた子は、一週間のあいだ毎日わたしのところにきて、チョコレートを二つずつもらえることになっているのです。ここの子供たちは特別勇敢というわけでもありませんが、なかなかよくがんばることがわかりました。ちびさんのトマス・キョウは、道具をいっぱいのせたテーブルをひっくり返したばかりか、すんでのことで先生のおや指をかみきってしまうところでした。ジョン・グリア孤児院の歯医者さんになるには、技術《ぎじゅつ》ばかりじゃなく、腕力《わんりょく》も必要なわけです。
***
お便りがここできれたのは、ある慈悲ぶかいご婦人にここをご案内したため、あれこれいろいろととりとめないことをたずね、わたしの時間もつぶしてしまってから、涙をぬぐい「あなたのあわれな預かりものの子供たちのために」といって一ドル寄付していきました。
いままでのところ、わたしのあわれな預かりものの子供たちは、こうしたわたしの改革を、あまりよろこんではいません。急にふきつけてくる新鮮な空気も、洪水《こうずい》のような水も、たいしてお気にめしているわけじゃありません。おふろにはいやおうなく週に二度はいることにし、おふろおけが十分に集まり、もうすこし蛇口《じゃぐち》がついたら、七回おふろにいれるつもりです。
でも、すくなくともひとつだけは、みんながよろこんでくれた改革をしました。これは毎日の食費がましたことで、コックさんは仕事がましたとこぼし、職員の人たちはひどくお金がかかることになったとなげいている改革です。大文字で書いた「質素」という言葉が、ここでは長年のこと、なにより大切なものとされていたので、いまではそれが信仰になってしまっています。会長さんがおしみなくお金をくださっているので寄付金もちょうど倍になった、アイスクリームのような必要なもののためには、ペンドルトン夫人がべつにたくさんのお金を出してくださっているということを、日に二十回もここの気の小さい職員に話してあげています。それなのに、ここの子供たちに食べさせることは、ひどいぜいたくだという気持が、どうしてもぬけないようだわ。
先生とわたしは、いままでのここの献立表《こんだてひょう》をくわしく調べてみましたが、よくもこんなものをつくれたものと、あきれ返っています。よくでていた食事は、つぎのようなものです。
ゆでたじゃがいも
ゆでたお米
ブラモンジュ
これでよく、子供たちが百十一の小さな澱粉《でんぷん》のかたまりにならなかったものと、わたしは感心しています。
この孤児院をあちらこちらと見ていると、ロバート・ブラウニングのことばをちょっとひねってみたくなりますわね。
天国はあるかもしれない、地獄はあるにちがいない、だがとにかく、ジョン・グリア孤児院はある――ああ!
S・マクブライトより
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土曜日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
じつにつまらないことで(でもわたしのほうが正しいのですけれど)、ロビン・マクレイ先生とわたしは、きのうまたひと戦争してしまいましたが、この事件で先生に特別なあだなを進呈《しんてい》することになりました。けさのわたしのあいさつは「おはようございます、剛敵《ごうてき》さん!」すると先生、本気になってひどくあわてておいででした。「敵なんぞと考えられちゃこまるな」というのがごあいさつ、「こちらはべつに敵意を持っているわけじゃなし――もっとも、ぼくの希望どおりにきみがことを進めてくれればの話だが」というわけです!
ふたり新らしい子がここにきました。イサダー・ガットシュニーダーとマックス・ヨグといって、バプティスト派の婦人|援護協会《えんごきょうかい》からきた子です。いったいどこで、このふたりの子供がこんな信仰を持つようになるのでしょう? わたしは引きとりたくはなかったのですけど、この協会の人たちはなかなか口説《くど》きじょうずで、その上、ひとりあたり週に四ドル五十セントというすごいお金をだしてくれるのです。これで百十三人、もう、すしずめです。手放してもいい子が六人いますが、誰か養子として引きとってくれる親切な人をみつけてください。
いいこと、自分の家族が何人いるかすぐわからないなんてとてもはずかしいことにはちがいないけど、わたしの家族ときたら、どうやら毎日|増減《そうげん》があるの、まるで株式取引所のようだわ。株の額面《がくめん》の値段《ねだん》くらいにそれをおねがいしたいものだと思っています。ひとりの女に百人以上の子供となると、ひとりひとりの子供に当然してあげなければならない親身《しんみ》の世話なんて、とてもできない相談になってしまうことよ。
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日曜日
このお便りは二日間机の上に放りだし、切手をはる時間もなかったのです。でも、どうやら今晩はゆっくりできるらしいので、フロリダへの楽しい旅先にそれをだす前に、もう一二枚お便りを書きましょう。
最近ようやく、それぞれの子供の顔がわかりはじめてきました。最初には、そんなことはもうわたしにはできないことと、あきらめていました。あのえもいわれないきたない制服をつけて、どの子を見ても、みんなおなじ一つの型でそっくりにできているように思えたからです。でも、このご返事にすぐ子供たちに新らしい服を着せてやりたい、などとはおっしゃらないでね。あなたのお気持はわかります。そのお話を五回もきいたことがありますものね。この問題については、一月もしたら考えてみるつもりですが、さしあたっては、子供の内側のほうが外側より重大なのです。
これはもう、まちがいのないことなのですが――孤児たちは、ひとかたまりのものとしては、わたしの心をすこしもうごかしません。よく耳にすりあの有名な母性愛の本能が、わたしにはかけているのかしら、とちょっと心配になっているところです。子供はただ子供そのもとしては、きたならしくて、よだれを流しているもので、その鼻は、例外なくふいてやらなければならないものです。ときどきはきかん坊主《ぼうず》のいたずらものがいて、ちょっと、興味をわかすこともあります。でも、大部分は、青ざめた顔と青い縞模様《しまもよう》をあわせた、なんだかぼやっとしたものだけのことです。
ですけれど、例外がひとつあるわ。サディ・ケイト・キルコインという子は、最初の日から目についていたんですが、これからもどうやらそうなっていきそうです。この女の子はわたしの使いはしりをしてくれているのですが、毎日なにかおもしろいことをいってくれるの。この八年間ここでおこったいたずらといえば、例外なしにこの子のふうがわりな頭からでたものです。この娘は、わたしの目には、ずいぶん変った経歴《けいれき》の持主と思えるわ、孤児たちのあいだではべつに珍らしいものではないのでしょうけど……。この子がみつかったのは十一年前のこと、三十九番街のある家の入口の階段のいちばん下のところで、「アルトマン会社」というレッテルがついたボール箱のなかで眠っていたの。
「サディ・ケイト・キルコイン、生後五週間。かわいがってやってください」と、きれいな字で、ふたに書いてありました。
この赤ちゃんをみつけた巡査は、ベルヴューにつれていきましたが、そこでは、すてごが到着順に、じつにきちんきちんと「旧教、新教、旧教、新教」とされてしまうのです。このサディ・ケイトは、その名とアイルランド人ふうの青い目には一向おかまいなしに、新教にされてしまいました。ここでこの娘は、日毎《ひごと》にアイルランド人らしくなってきていますが、新教徒の名にそむかず、どんなことにでも毎日ブーブー文句をいっています。
この子の小さなふたつのおさげはパッと両側に開き、そのおさるさんのような小さな顔は、どこを見ても、いかにもいたずらっぽそうにひんまがっています。まるでテリアのようにじっとしていることがなく、ちょっとでも遊ばせておくともう大変なことになってしまうのです。そのわるさは「えんま帳」のなかに何ページも書かれています。最近のものをお知らせしましょうか?
「マギー・ギアをそそのかして、ドアの|とって《ヽヽヽ》を口にほおばらす――その罰は午後ちゅう寝室にとじこめ、夕食にはクラッカーだけ」
このマギー・ギアはとても大きな口をした子で、どうやらぶじに|とって《ヽヽヽ》を口にほおばりはしたものの、それが口からはずれなくなっちゃったらしいの。お医者さまがよばれ、バターをぬった靴べらで、この問題をあざやかに解決してくださいました。このとき、この患者は先生から「わに口マギー」というあだ名をちょうだいしました。
おわかりでしょうが、サディ・ケイトがおいたをするひまができないようにと、わたしは、苦心|惨憺《さんたん》しています。
会長さんとご相談しなければならないことは、もう数かぎりないほどあります。わたしに孤児院のことをおしつけて南部に遊びにいくなんて、あんたも会長さんも、ひどい人だこと。わたしがへまばかりやっていても、それはあなたたちの責任よ。自家用《じかよう》の自動車で遊びまわり、やしのしげる海岸を月の光をあびながらそぞろ歩きをしているとき、三月にふるあのニューヨークのじとじと雨のもとで、百十三人の子供の世話をやいているわたしのことを、どうか、思いだいしてちょうだい。この子供たちはほんとうなら、あなたたちが世話をみなけりゃいけないのですよ。わたしにお礼をいってもいいはずだわ。
長くはこのままでいない
院長、S・マクブライド
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剛敵さんへ
この便りといっしょに(別の封筒に入れて)サミー・スパイアをおとどけいたします。朝おいでくださったとき、雲がくれしていた子で、お帰りになると、ミス・スネイスが引っぱりだしてきました。おや指をよく見てやってください。|ひょうそ《ヽヽヽヽ》というものはまだ見たことはありませんが、この子の指はきっとそれだろうと思います。
かしこ
院長、S・マクブライド
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三月六日
ジューディ
子供たちがわたしをすきになるかどうか、まだなんともいえませんが、わたしの犬は、人気ものになっています。ここでこんなに人気を集めたものは、シンガポールのほかにはまだないようです。毎日午後には、お行儀で満点をとった坊やが三人、この犬にはけとくしをかけてやることをゆるされ、そのほかにおとなしかった三人の坊やが、食事とのみものをやります。でも、毎土曜日の朝は、それこそもうワクワク、特別お行儀をよくした坊やが三人、お湯とのみとり石鹸で、シンガポールをおふろにいれてやることができるからです。ここで規律《きりつ》をまもらせるに必要なものは、シンガポールの家来になるおゆるしだけになりそうです。
このいなかに住んでいながら、子供たちにかわいがる動物がいないなんて、かわいそうなことだし、不自然なことよ。子供のなかでも、とりわけここの子供たちは、なにかかわいがってやれるものをほしがっているのです。新らしい寄付金を動物園のほうにまわさなければならないようになっても、とにかくなんとかして、動物を子供たちにやりたいものね。|わに《ヽヽ》の子かペリカンでも、おみやげにくださらない? 生きものならなんでも、よろこんでちょうだいします。
きょうは、ほんとうなら、わたしの最初の「評議員の会合日」になるところです。ジャーヴィスのとりはからいで、簡単な事務打合《じむうちあわ》せをニューヨークでするだけですんだことはほんとうにありがたいことです。だって、ここではまだ正装《せいそう》した閲兵式《えっぺいしき》の準備はできていないんですものね。でも、四月の第一水曜日には、なにかすばらしいものを、お目にかけようと考えています。もしマクレイ先生の計画がすべて、そしてわたしの計画がちょっぴり実現すれば、評議員さんたちはそれを見てびっくり、目をちょっと丸くすることでしょう。
たったいま、来週の献立表をつくって、迷惑顔のコックさんの目の前で、それを台所に下げてきたところです。ジョン・グリア孤児院の辞書には「変化」ということばがなかったのね。どんなにいろいろとうれしい、びっくりすることがこれからおきるか、あなただって見当もつかないでしょう。黒パン、どうもろこしのパン、ふすま入りのマフィン、ひまわりとうもろこしのおかゆ、乾しぶどうのたくさんはいった、お米のプディング、こい野菜のスープ、イタリアふうのマカロニ、蜜のはいったポレンタ菓子、りんごいりのおだんご、しょうがいりのパン、――まあ、いちいち数えあげられないほどよ! 大きな女の子たちにお手伝いをさせてこんなにおいしいものを作らせたら、この娘たちの将来のだんなさまはもう、女房《にょうぼう》さまさまになることでしょう。
まあ、こんなつまらないことばかりおしゃべりして、もうすこしでおつたえしようと思っていたことを忘れるところだったわ。ここに新らしいお手伝いの人、宝石のようにすばらしいお手伝いの人をいれました。
一九一〇年卒業のベツィ・キンドレッドのこと、おぼえておいで? 合唱団で大活躍《だいかつやく》、演劇部でも部長さんをしていた人なんだけど? わたしはよくおぼえているわ。いつもきれいな服を着ていた人なんですもの。ところで、この人はここからたった十二マイルしかはなれていないところに住んでいるんです。きのうの朝、あの人が自動車でこの村をとおりぬけようとしていたとき、偶然であったの。あやうく、あの人の車にひっかけられるところだったわ。
いままで一度も口をきいたことはなかったんですけど、まるで幼《おさ》ななじみのように、おたがいにあいさつしました。目立った髪の毛を持っていることって、とくなものよ。先方にわたしがすぐそれとわかったんですものね。わたし、車のステップにいきなりとびのっていったの、
「ベツィ・キンドレッド、あんたは、一九一〇年の卒業生ね。わたしの孤児院にぜひきて、子供たちの書類《しょるい》つくりを手伝ってちょうだい」
相手はどぎもをぬかれて、おとなしくついてきました。臨時《りんじ》の書記《しょき》として、週に四、五日きてくれることになりましたが、いずれはなんとかして、この人を臨時じゃなくしようと考えています。とても役に立つ人よ。子供たちがすっかりこの人の心にくいこんで、もう手放すことはできないといったぐあいになったら、もうしめたものです。お礼を十分にだしたら、ここにいてくれることでしょう。ベツィは、このなげかわしい世の中でみんながねがっているように、家族の人たちからはなれてくらしたがっているのです。
人の書類をつくっているうちにだんだん熱がでてきて、マクレイ先生の書類もつくってみたくなりました。ジャーヴィスがこの人の噂をなにか知っていたら、どうかわたしに教えてください。ひどい話なほど、なお、けっこうです。きのうはサミー・スペイアのおや指のひょうそを切りにおいでになり、それがすむと、二階のわたしの青いはがね色の応接間にまでわざわざおこしになり、おや指のほうたいのしかたの伝授がありました。院長さんって、いろいろなことをしなければならないものね!
ちょうどお茶どきだったので、なんとはなしに、お茶はいかが、とすすめたら、ほんとうに腰をすえられてしまいました! わたしとお話するのが楽しみじゃなくって――なんとうそじゃないことよ――ちょうどそのとき、ジェインが焼いたマフィンをお皿にのせてあらわれたためなんです。どうやらあの先生、おひるはぬきにしたらしいの。それに夕ごはんはまだまだでしょう。マフィンを食べながら(お皿ぜんぶ平らげました!)、院長としてのわたしの資格《しかく》をひとつ調べてやろうというわけ。「大学で生物学を習った?」、「化学はどのくらいやった?」、「社会学のことは知っていますかね?」、「ヘイスティングズの模範《もはん》孤児院にいったことがありますか?」とやつぎばやの質問でした。
こうした質問に、わたしはあいそよく、つつみかくさず答えてあげました。それから、こちらでもひとつふたつ質問してみました。いまわたしの目の前にお坐りのかたのようにりっぱな論理《ろんり》、正確、威厳《いげん》、常識をおそなえのかたは、若いころ、いったいどんな教育をお受けになったのでございましょうか?ってね。根ほりはほりたずねたあげく、すこしばかりまとまりのないことがわかりましたが、いずれもごりっぱなことばかり。ああして口をつぐんでいるところからみると、どうやらあの人の一家には、絞首刑になった人がいるらしいわね。マクレイ先生のお父さんはスコットランド生まれの人で、ジョーンズ・ポプキンズ大学で講義をするためにアメリカに渡り、その子供のロビンは、教育を受けるためエディンバラにもどったの。先生のおばあさんはストラスラカンのマクラクラン家の人で(いかにもりっぱそうな名だわ)、高原で鹿を追いながら、先生は休暇をおすごしになったそうです。
これだけの情報《じょうほう》を集めることができました。この剛敵のなにか噂――できたら悪い噂――をどうか教えてください。
あのかたがほんとにすぐれた人だったら、どうしてこんな片いなかに身をうずめているのでしょう? やり手なお医者さんだったら、病院と解剖室がそなわったところにいきたがるはずですもの。なにか悪いことをして、身をかくしている人じゃないかしら? だいじょうぶ?
たいしたこともお話せずに筆ばかり走ってしまいました。だべり、ばんさあい!
かしこ
サリーより
(追伸)ひとつのことだけ、ほっとしたことがあります。マクレイ先生は自分で服をあれこれと選んだりは、なさらないそうです。こんなつまらぬことはいっさい家政婦のマギー・マクガークまかせだそうなの。
さあ、これで最後に、さようなら!
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水曜日 ジョン・グリア孤児院にて
ゴードンさま
あなたからいただいた|ばら《ヽヽ》とお手紙、朝じゅうずっと、わたしの心を浮きたたせてくれました。うきうきしたといったような気分になれたのは、二月十四日ウスターを出発してからはじめてのことです。
孤児院の毎日の生活が、どんなに単調で心を重くするものか、ことばではとてもいいつくせません。このつまらない生活にさしてくるただ一本の光の糸は、週に四日、ベツィ・キンドレッドがきてくれることだけです。ベツィとわたしとは大学のお友だちで、ときおり、なにか笑いの種になるおかしなものを見つけています。
きのう、わたしたちはあの|ぞっ《ヽヽ》とするわたしの部屋でお茶をのんでいましたが、そのとき急に、二人は、この意味のないきたなさに反抗してやろうと決心しました。そこで乱暴で腕力のある男の子を六人をよび、きゃたつとバケツにいっぱいのお湯を持ってきて、二時間のうちに壁紙をすっかり洗いおとしてしまいました。壁から紙をひきはがすことがどんなにおもしろいか、おわかりにならないでしょうね。
経師屋《きょうじや》さんがふたり、いま村でいちばんきれいな壁紙をせっせとはっています。そして、ドイツ人の道具屋さんがひざをついて、わたしの腰かけの寸法をはかってますが、これは絹綿ビロード布をすっかりかくしてしまう|さらさ《ヽヽヽ》のカヴァーをつくるためです。
ご心配になることはございません。こんなことをしたからといって、一生この孤児院にいようなんぞとは、さらさら思っていないのですから。後任《こうにん》のかたをあかるくお迎えしたいというだけのことです。ここがどんなにいやな場所か、ジューディにはなにもいいませんでしたが、そのわけは、せっかくのフロリダの旅行を台なしにしては気のどくと思ったからです。でも、ニューヨークにもどってきたとき、ジューディは、わたしの正式の辞職《じしょく》ねがいが玄関でまちかまえていることに、気がつくことでしょう。
長い七ページのお便りのお礼に、わたしのほうでもゆっくりお手紙をさしあげたいと思っていたのですが、ふたりの坊やが窓の下でけんかをはじめました。すぐとんでいって、それをやめさせなければなりません。
かしこ
S・マクブライドより
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三月八日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
わたしも、ジョン・グリア孤児院にささやかながら、贈物をすることになりました――院長さんの応接間の模様がえをしたのですわたしがここにきた最初の晩、リペットさんがつかっておいでの鋼《はがね》色の青の絹綿ビロードをながめて、これではわたしも、これから先の後任のかたも、ゆううつにならずにはいられないと思いました。わたしは、これからおいでになるかたが満足してここに腰を落ちつけていられるようにと、準備をすすめているわけです。
ぞっとするあのリペットさんのお部屋の改造に、ベツィ・キンドレッドも手をかしてくれ、ふたりしてにぶい青と金色の調和をつくりだしました。うそいつわりなし、とってもきれいなお部屋になったことよ。このお部屋を見ていれば、ここの子供たちの美術の教育にも役だつことでしょう。新らしい壁紙がはられ、床には新らしいじゅうたんがしかれました(これは、いやがる家の者を説きつけて、ウスターから急いで送ってもらったわたしの大切なペルシャじゅうたんです)。三つの窓には新らしいカーテンをかけましたが、これで、いままでノッテンガム・レースでかくされていた広々とした美しい景色が、見わたせることになりました。新らしい大きなデーブルを入れ、ランプもいくつか、それに、本や絵をそえ、炉も火があかあかとほんとうにもせるものにしました。リペットさんは、そこから空気がはいるといって、炉をふさいでいたのです。
きれいに飾りたてると気分がこんなにやわらぐものとは、いままでぜんぜん気づきませんでした。きのうの晩、腰をおろして、わたしの部屋の炉の火があかあかと新らしい炉|囲《がこ》いを照らしているのをじっとながめて、満足感で喉が鳴るほどでした。ほんとう、この院長さんの猫が喉をゴロゴロ鳴らしたのは、ジョン・グリア孤児院の門をくぐって以来、これがはじめてのことよ。
でも、院長の応接間の改造なんて、ほんとうに物の数じゃないことよ。いちばん大事なこととして考えてあげなければならないことは子供部屋、どこからそれに手をつけたものかとまよっています。北のくらい遊び部屋は、じっさいひどいものですが、それにもまさっているのが、あのぞっとする食堂、空気のこもった寝室、おふろおけのないおふろばです。
この孤児院にお金があったら、こんな古くてくさい建物はもしてしまって、そのかわりに、きれいで風とおしのいい近代的なものを建てたほうがいいと、お思いにならないこと? ヘイスティングズにあるあのすばらしい孤児院のことを考えると、いつもうらやましくてたまらないの。あんな建物があったら、院長さんになることだって、まんざらじゃないことよ。とにかく、あなたがニューヨークにもどって、改造のことで建築家と相談するようになったら、どうかわたしの考えもきいてちょうだいね。まず第一にほしいものは、二百フィートの寝室用のヴェランダで、それを、いまの寝室の外にそってつくりたいと考えています。
というのも、こんなふうなんです。身体検査の結果、子供たちのうちでだいたい半分までが貧血《ひんけつ》病にかかっていて――貧血病なんて、ほんとうにいやなことばね!――親が肺病の子が多く、アルコール中毒の親を持っているものが、それを上《うわ》まわっていることがわかりました。こうした子供たちにとってまず第一に大切なものは、教育より酸素です。弱い子にそれが必要だとしたら、元気な子供にそれが悪いわけはありませんわね? すべての子が、夏も冬も区別なく、外の空気のなかで寝るように、わたしはしたいのです。でも、こんな爆弾を評議員会に落したら、きっとすごいことになるだろうということは、わたしにも見当がついています。
評議員さんといえば、サイラス・ワイコフ閣下とお会いしましたが、あの人はほんとうに虫がすかないわ。ロビン・マクレイ先生、幼稚園の先生、コックさん以上よ。わたしはどうやら、敵を見つける天才らしいわね!
ワイコフさんがこの前の水曜日においでになったのは、新らしい院長がどんな人間かを調べるためだったのです。
気持のいいわたしのひじかけいすに身をふかぶかと沈めてあのかたはゆっくりと仕事にとりかかりました。わたしの父親がなにをしているか、くらしはどうかとたずねられたので父親の仕事は作業衣をつくることで、この不景気にもかかわらず手がたい売れゆきをしめしていると答えてあげました。
あのかたはそれで安心なさったようです。作業衣がじっさいに役にたつこともおみとめです。あのかたが心配しておいでだったのは、わたしが教師か教授か作家の娘じゃないかということ、高尚《こうしょう》なことばかり考えていて、常識にかけているのじゃないか、というわけね。サイラスさんは常識の力を信じておいでのかたよ。
ついで、院長となるのにどんな教育を受けたか? というおたずね。
これには、あなたもおわかりのように、ちょっとまいったわ。だけど、大学での授業や、慈善事業科で受けたほんのわずかな、それに、大学での社会事業にちょっと参加したこと(そこでわたしがしたことは、裏の会場と階段《かいだん》のペンキぬりだけだったことはだまっていました)を述べたててみたの。それから、父親のやとっている人たちのあいだでの社会事業や、何回というほどでもないけど、婦人アルコール中毒患者収容所にいったことも話したわ。
こうしたことのひとつひとつに、サイラスさんは不満そうにうんうんとうなっておいででした。
わたしが最近孤児についての研究をまとめたこともいいそえ、なにげなく、わたしが調べた十七の孤児院のことをお話しました。
サイラスさんはここでもうなり声をあげ、新式の科学的な慈善なんてたいしたものとは思っておらん、との仰《おお》せ。
ちょうどこのとき、ジェインが、花屋さんからのばらを持って、部屋にはいってきました。親切なゴードン・ハロックが、この孤児院生活のわびしさをあかるくするためにと、週に二回ばらをとどけてくださっておいでなんです。
この評議員さんは、いかにも腹立たしげに、質問をしはじめました。この花をどうして手にいれたかをただし、孤児院でそれを買ったのでないことを知って、いかにもホッとなさったようすでした。あのかたのつぎの質問はジェインのこと。この質問は前から予期していたもので、わたしは図々《ずうずう》しくがんばりぬいてやろうと覚悟《かくご》をきめていたのでした。
「わたしの女中ですわ」とわたしは答えたのです。
「きみのなんだって?」顔を真赤にして、サイラスさんはどなりました。
「わたしの女中です」
「ここでなにをしているのかね?」
わたしはあいそよく、こまごまと説明してあげました。「着物のつくろい、靴みがき、たんすのひきだしの整理をし、髪を洗ってくれています」
この人、ほんとうに息がつまってひっくり返りそうなようすだったわ。そこでかわいそうになったので、この女中の給料《きゅうりょう》はわたしが自分でだしていること、食費は週に五ドル五十セントずつ事務所におさめていること、ジェインは体が大きいけれど大して食べはしないことなどを話してあげました。
まともな用事のためなら、孤児のうちの誰かつかってもよいと、おゆるしがでました。
そこでわたし説明してあげたの――おだやかにはしていたけれど、ますますうんざりして――ジェインはわたしが長いことつかっている人、手放すことはとてもできませんとね。最後に「リペット院長は、わしとしては、文句なしだった」とおっしゃって、お引きとりでした。「リペット院長は常識家で、気まぐれな考えなんぞはたいして持たず、しっかりした人物だった。きみもこの人物をもはんにして、いろいろのことをしたまえ」ですって!
ジューディ、このことについてあなたのお考えはどう?
その後すぐ、マクレイ先生がお見えになり、サイラス閣下のお話をことこまかにおつたえしました。このときには、ふたりの交際がはじまって以来はじめて、ふたりの考えが一致をみました。
「リペット院長だって! あの老いぼれの、おしゃべりのあほうめ! あの評議員ももうすこしましな男だといいのだが!」と、先生はうなりました。
この先生は、グッとくると、スコットランドなまりが丸だしになります。最近わたしがこの人にあげたあだ名は(かげでの話ですけど)、サンディです。
いまこのお便りを書いているとき、サディ・ケイトは床に坐って、ジェインのために絹のあみ糸をほぐし、それをきれいにまいています。ジェインはこのいたずらっ子をもうだいすきになっているのです。
「ジューディおばさんにいまお便りしているのよ。あんたからは、おばさんになんておつたえしようかしら?」わたしはサディ・ケイトにたずねてみました。
「ジューディおばさんなんて、聞いたこともないわ」
「そのかたはね、ここにいるおとなしい女の子のおばさんなのよ」
「じゃ、わたしのところにきて、おみやげにはキャンディといってちょうだい」
わたしも、それをおねがいします。
会長さんによろしく。 サリーより
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三月十三日
ジューディ・アボット・ペンドルトンさま
拝啓
お便り四通、電報二、小切手三枚いただきました。このいそがしい院長としてはできるだけ急いで、ご命令どおりにいたします。
食堂の仕事はベツィ・キンドレッドにまかせてあります。あのわびしい食堂の改造につかうようにと、百ドルのお金をベツィにわたしました。ベツィはこの仕事を引きうけてくれ五人の子供を選びだし、楽にできる仕事を手伝わせて、部屋にとじこもっています。子供たちはこれで三日間、勉強部屋のつくえで食事をしています。ベツィがなにをやっているのか、わたしには見当もつきません。だけど、こうした点ではあの人にかなわないのですから、あれこれとこちらで想像してみてもつまらないことです。
誰かある人にあることをすっかりまかせることができ、しかもそれをしっかりやってもらえると自信が持てることは、ほんとうにたすかることです! ここの職員は年輩《ねんぱい》の人でもあり、経験をつんでいる人でもあるので、わたしもそれを軽くみているわけじゃありませんけど、新らしいことをしようという気はあまりないの。一八七五年にジョン・グリア孤児院がりっぱなかたの手でつくられた当時のまんまに、いまでもそれをやっていかなければならないもの、と考えているのです。
ところで、ジューディ、あなたが考えてくださった院長|専用《せんよう》の食堂のこと、人づきあいは平気なわたしなので最初は問題にもしていませんでしたけれど、おかげで大助かりです。すっかりつかれはててへとへとになったとき、ひとりで食事をしていますが、元気なときにも、おりをみて、職員を誰かよんで、いっしょにごはんをいただいています。食事にむかって親しみがましたとき、わたしの考えをうまく相手に納得《なっとく》させるわけです。新鮮な空気のことで、ミス・スネイスの心に種をまいておいたほうがいいなと思うと、わたしは食事にまねいて、子牛の肉きれのあいだにうまく、酸素の問題をはさみこむといったぐあいです。
ここのコックさんは、食事の会には子牛の肉がなによりのごちそう、と考えているようです。もう一月もしたら職員の栄養という問題にたちむかおうと考えていますが、さしあたっては、わたしたち自身のことよりもっと大事なことがいろいろとあるので、子牛の肉で当分のあいだは我慢《がまん》していかなければなりません。
ドンとすごい音がドアの外でしました。どうやら誰かちび天使が、べつの天使を階段の下に蹴っとばしたようです。わたしは平気で手紙を書きつづけています。孤児のあいだで毎日をくらそうとしたら、いちいちそんなことを苦《く》にはしていられませんものね。レオノーラ・フェントンの結婚通知、お受けとりになったこと? お医者の宣教師《せんきょうし》のかたと結婚して、タイにいくんですって! あのレオノーラが宣教師の家庭をきりもりするなんて、おどろいたことじゃない? スカート・ダンスでタイの人を楽します気なのかしら?
でも、わたしが孤児院の院長になり、あなたがれっきとした奥さまにおさまり、マーティ・キーンがパリーで社交界の花形になっていることにくらべたら、それもべつにたいしたことでもないわね、マーティは乗馬服で大使館の舞踏会《ぶとうかい》にいっているのかしら? いったい、あの髪の毛をどうしているのかしら? 髪がそう急にのびるわけのものじゃないし、きっとかつらをかぶっているのよ。わたしたちのクラスの人たちも、意外なほうに発展していって愉快だこと。
郵便がきました。楽しみにしていたワシントンからの分厚《ぶあつ》な手紙を読むあいだ、ちょっと失礼します。
あまり楽しみなものでもなかったわ。ずいぶん失礼な手紙よ。S・マクブライドが百十三人の孤児といっしょにくらしていることを、ゴードンは、どうしても遊びごとと思いこんでいるのね。二、三日でもそれをしてみたら、そんな考えはすててしまうはずよ。北部に旅行にでたときここにたちよりわたしの奮闘《ふんとう》ぶりを拝見したいんですって。わたしが買物をしにニューヨークにとんでいってしまい、あとをあの人にまかせたら、いったいどんなことになるでしょう? 敷布《しきふ》はみんなぼろぼろ、毛布は二百十一枚しかないんです。
わたしの心と生活のなぐさめとなっているシンガポールがあなたにくれぐれもよろしくですって。
お元気で。
S・マクブライド
[#改ページ]
金曜日 ジョン・グリア孤児院にて
なつかしいジューディへ
あなたの百ドルと、ベツィ・キンドレッドの努力のおかげで食堂がどんなにかわったか、お目にかけたいくらいよ!
黄色のペンキでぬりたてた、まばゆいほどの夢の国です。北がわの部屋だったので、ベツィはそれをあかるくしようとしたのですが、それが計画どおりになりました。壁は白と黄をまぜた色で、上のほうには、白うさぎがとびまわっている小壁がついています。テーブルや腰かけのように木でできたものは、ぜんぶ、あかるいクローム黄です。テーブルかけはとても買えませんでしたので、そのかわりにキャラコをつかい、型紙《かたがみ》でかいたうさぎが、とびまわっています。そして黄色の花いけにはいま、ねこやなぎがはいっていますがやがてたんぽぽや、りゅうきんかや、きんぽうげが、そこにすがたをあらわすことでしょう。それに新らしいお皿があります――白でそこには黄水仙《きすいせん》(だと思うのですが)の絵がかいてあります。ばらかもしれません。ここには植物の専門家がいないので……。なかでもいちばんすばらしいのは、ナプキンがそろったことで、ここではほんとにはじめてのものです。子供たちはそれをハンカチと思いこみ、大よろこびで鼻をこすってしまいました。
部屋|開《びら》きのお祝いには、デザートとして、アイスクリームとお菓子をだしました。子供たちがおびえたり、ひかえめにしている態度をふきとばしてしまったようすを見て、とてもうれしかったわ。大さわぎをした人たちには、ごほうびをだしてあげようかと思ったくらいでした――だけど、サディ・ケイトだけはべつにしてね……。サディ・ケイトはナイフとフォークでテーブルをどんどんとたたき、「黄金の広間へどうぞ」を歌っていました。
食堂のドアに「主は与えられたもう」という聖句が書かれてあったこと、あなたもごぞんじでしょう。あれはペンキでぬり消し、そこにはうさぎの絵をかきました。家族がそろい家を持っているふつうの子供に、そうしたやさしい言葉を教えるのだったら、たいへん結構《けっこう》なことよ。でも、どん底に落ちて、逃げ場所といったら公園のベンチしかない人には、生やさしい教えではだめなの。
「主は二本の手と頭、それをつかう大きな世界を与えてくださいました。それをうまくつかうものは、日々のくらしができ、へたなものは、びんぼうになります」がここの標語《ひょうご》でそれでもまだ十分とはいえないくらいです。
いままでやった整理で、十一人の子供たちの身のふり方がきまりました。州立慈善援助協会のおかげで、三人の小さな女の子がそれぞれりっぱな家庭にひきとられ、そのうちひとりは、お気にいりになれば、養女になるはずです。そして、お気にいりになることは、まちがいなしよ。ちゃんとそのようにとりはからってありますもの。この子はこの孤児院の自慢の子で、おとなしくておだやか、髪はカールしていて、そのしぐさがいかにもかわいく、どこの家でもほんとにほしがるような子供なのです。子供を引きとろうとしている夫婦のかたがどの娘にしようかと選んでいるとき、まるではかりしれない運命の動きに自分まで力をそえているような気がして胸をドキドキさせながら、わたしはわきにたっています。ほんのちょっとしたことで、運命がぐるりとちがってしまうのですもの! 子供がにっこりすれば、やさしい家庭でしょうがい恵まれることになるし、くしゃみひとつしたら、それは永久にふいになってしまうのですものね。
ここでいちばん大きな男の子が三人、農場の手伝いにいきました。そのうちのひとりは西部の牧場に! そこからの便りによると、この子はカウ・ボーイになって、インディアンと戦ったり、熊がりをするつもりらしいです。じっさいは、小麦のかりいれなどをして牧場の仕事をすることになるでしょうが……。この子は、物語のなかにでてくる英雄気どりでここを出発しましたが、冒険ずきな二十五人の男の子たちはうらやましそうにそれを見送り、安全で単調なジョン・グリア孤児院の生活にためいきをもらしていました。
このほかに、五人の子供が、それぞれふさわしい場所にうつされました。ひとりはつんぼ、もうひとりはてんかん持ちほかの三人は白痴《はくち》も同然《どうぜん》です。こうした子供は、ここにいれてはいけなかったのです。だって、ここは教育をしてあげる場所で、不具《ふぐ》の子のためにこの大事な設備をむだずかいすることはできませんものね。
孤児院なんて、もう時代おくれです。わたしがしたいと思っているものは、親が世話をみてやらない子供たちの体と心と頭を、りっぱに育てあげる寄宿舎のある学校なの。
「孤児」といっても、それはわたしがここにいる子をひとくるめにしてそうよんでいるだけのことで、じっさいには孤児でない子がずいぶんいるのよ。こうした子供たちはうるさくてがんこな親がいて、こちらに子供をすっかり渡してくれようとはせず、そのために養子にだせなくなってしまうのです。でも、養子にいける子だったら、養子先のやさしい家庭でくらしたほうが、わたしがつくるどんな学校より、ずっとしあわせだことよ。ですから、わたしは、子供をできるだけはやく養子にだすつもり、そして、そうした家庭をさがしています。
旅行ちゅういろいろと気持のいい家庭をごらんになったことでしょうね。養子をもらいなさいっておしつけることができるような家庭はないかしら? できたら、男の子のほうをもらってほしいの。坊やは余分なのがたくさんいて、引きとり手がないのよ。男尊女卑《だんそんじょひ》なんてとんでもないことよ! 養子をもらおうとしている親たちの胸にやどっている女尊男卑にくらべたら、それは物の数じゃありません。黄色い髪の毛をした|えくぼ《ヽヽヽ》のでる女の子なら、千人いたってなんとかさばけるけど、九つから十三までの坊やとなると、どうしても売れのこってしまうわね。坊やはどろんこのなかをあばれまわり、マホガニーの家具にきずをつけるものと、相場《そうば》がきまっているらしいわ。
男の人たちのクラブで、まあ一種のマスコットとして、男の子を養子としてもらえないものかしら? 坊やはりっぱな気持のいい家庭にとまることができ、土曜日の午後につれだすこともできるわけです。野球やサーカスにつれていき、用がおわれば返すわけ、ちょうど図書館から借りだした本とおなじわけね。そういうことをすれば、独身《どくしん》の男のかたにとってもいい教育になるわけだわ。世間では、女の子に母親教育を授けたらいなんぞといつもさわいでいるけれど、父親教育の課目もつくり、それを一流の男のかたのクラブでするようにしたらどうかしらん? ジャーヴィスにたのんで、いく先のクラブで、これをするように宣伝してもらってちょうだい。ゴードンにも、ワシントンでそれをはじめさせるわ。ふたりともいろいろなクラブにはいっているのですから、すくなくとも十二人くらいの坊やはなんとかできるわけよ。
いつも心配ばかりしている百十三人の母である
S・マクブライドより
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三月十八日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
百十三人の子の世話をみる母親の身分をのがれて、ほっと一息つきました。
きのう、思いもかけず、ゴートン・ハロックさんがこの静かな村に立ちよってくださいました。国の世話をみにワシントンにお帰りになる途中で、きてくださったのです。あの人の話ではすくなくとも途中なんですが、小学校の地図で見ると、通から百マイルもはずれているわ。
でも、お会いしてうれしかったわ! この孤児院にとじこめられてから、はじめてであった外の人ですものね。それにおもしろいお話がたくさんあったの! あの人は人が新聞でだけしか知っていないようなことの内幕《うちまく》を知っているのよ。わたしの見るかぎりでは、あの人は社交界の中心人物で、そのまわりをワシントンが回転しているようね。いつも思っていたことなんだけど、あの人はきっと大物の政治家になることよ。だって、しっかりしていますもの。それはもうまちがいないことだわ。
わたしがどんなにうきうきしてよろこんだか、あなたには見当もつかないことでしょう。しばらくのあいだ追いはらわれて、また古巣にもどったような感じでした。つまらないおしゃべりができる相手がいなくてさびしくなっていたことはたしかに事実です。ベツィは週末にはさっさと引きあげてしまいます。マクレイ先生は話ずきなことはたしかに話ずきなんですが、ほんとうにすごいほど筋のとおったお話ばかりでね! とにかくゴードンはわたしにぴったりくる生活をあらわしている人のようだわ――カントリー・クラブ、自動車、ダンス、スポーツ、礼儀正しさ――あなたにはつまらない、ばかげた意味のない生活とたたかれるかもしれないけれど、それはやっぱりわたしの生活なの。これがなくて、わたしさびしかったわ。ここの社会奉仕の仕事は理くつからだけいえば、たしかにりっぱなもので、心をひきつけおもしろいものにはちがいないけど、じっさいのこまかな仕事になると、もうすごくばからしいものよ。わたしはどうやら、ねじれたものをまっすぐにするようには、生まれついてはいないのね。
ゴードンを案内して、子供たちに興味を持つようにしむけてみましたが、ゴードンは子供たちを見ようともしませんでした。意地になってわたしがここにきたと、わの人は思いこんでいるのね。じっさい、そうにはちがいないんですけど……。わたしが院長になることを、ゴードンがあんなにしゃくにさわるほどからかわなかったら、あなたがどんなにうまいことをいっても、わたしはあののんびりとした楽しい生活をすてなかったことでしょう。わたしがここにきたのは、院長くらいのことならちゃんとできることを知らせるためだったんですが、いざそれができるようになったいまになると、いまいましいったら、あの人は、ちっともそれを見てくれようとはしないのです。
わたしはゴードンを食事にまねきましたが、子牛のことは前にちゃんと注意しておいてあげました。ところが、あの人はそれを断わり、「きみこそ、ときには食べるものを変えたほうがいいよ」というのです。そこで二人はブラントウッド亭にいき、やいたえびを食べました。わたし、えびが食べられることを、ほんとにすっかり忘れていたわ。
けさ七時に、けたたましい電話の音で、たたきおこされました。電話の主は、ワシントンにもどろうとして駅にいるゴードンでした。孤児院のことですっかりおそれいっていて、子供を見ようとしなかったことを、とてもわびていました。孤児がきらいなわけじゃなくて、わたしのわきに孤児がいるのが気にくわなかったのだ、なんていっていました。そして自分に悪意がないことを知らせようと、ピーナツ一ふくろ贈物したい、というわけなんです。
ひと遊びしたあと、まるでほんとに休暇をとったときのように、元気になり、力がついた感じです。これはもうまちがいないことだけど、夢中になって一時間かそこいらおしゃべりをしたほうが、鉄分やストリキニーネより、わたしに元気づけになるらしいわ。
手紙が二通、そちらに貸しになっていることよ。すぐそれを払ってくださらなけりゃ、もう絶対にこちらからはお便りしません。
かしこ
S・マクブライドより
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火曜日 午後五時
剛敵さん
わたしの不在ちゅうにおいでくださり、不正事件をおみつけになったとのこと、うけたまわりました。ミス・スネイスが世話している子供たちが、当然与えなければならない肝油《かんゆ》を飲まされていない、とおっしゃるわけでございますわね。
そちらが医者としておくだしのご命令がおこなわれていませんことは、申しわけのないことではございますが、あのたまらなくいやなにおいのするものを、体をねじっていやがる子供のおなかにおさめることは、じつに大変な仕事であることも、ごしょうちねがいたいと思います。その上、かわいそうに、ミス・スネイスは、いろいろとひどく仕事をおわされている人です。あの人は女ひとりの仕事の分より十人も多い子供の世話をみなければならず、そちらのお求めの気まぐれな思いつきまでは、とても手がとどきかねます。
そのうえ剛敵さん、ミス・スネイスはしかられると、それをとても気にする人です。戦わんかなの気分がおわきのときには、どうぞそのほこ先をわたくしにおむけくださいませ。わたくしはそれを気にするどころか、それとはまったく逆な気持になるのですから……。かわいそうに、ミス・スネイスはヒステリーをおこし、九人の子供をねかす仕事は放りだしにして、自分の部屋にとじこもってしまいました。
もしミス・スネイスの神経をしずめる薬をお持ちでしたらどうぞ、サディ・ケイトにそれを持たせてお帰しください。
かしこ
S・マクブライド
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水曜日の朝
マクレイ先生
わたくしはけっしてがむしゃらなことを申しているのではございません。わたくしがおねがいしていることは、ただ文句《もんく》がおありでしたらどうぞそれをわたくしにおむけになり、きのうのように、噴火山式にわたしの職員をゆすりたてることはやめにしていただきたいということだけでございます。
わたしは心をくだいて、そちらさまのご命令――医学的なご命令を実行いたそうとつとめております。こんどの場合、なにか手落ちがあったようでございます。そちらがひどくさわぎたてておいでの、飲ませないでいた十四本の肝油がどうなったか、ただいまのところわたしにはわかっておりませんが、調査はいたすつもりでございます。
それから、いろいろな事情がございまして、そちらがお求めのように、いきなりミス・スネイスをやめさせるわけにはまいりません。ある点であの人は役たたずであるかもしれませんけど、子供にはやさしくしてくれますし、監督《かんとく》さえおこたらなければ、ここ当方は用がたります。
かしこ
S・マクブライド
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木曜日
剛敵さん
どうぞご安心くださいませ。命令をだしましたから、子供たちは、当然与えなければならない肝油を、これからはいただくことになりましょう。世間には、横紙やぶりということばがございますことね。
S・マクブライド
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三月二十二日
ジューディ
孤児院の生活はここ数日間、ちょっと色めきたちました。肝油大戦争がはげしくおこなわれていたからです。最初の小ぜりあいは、火曜日におこったのですけど、あいにく、わたしはそこにいあわせませんでした。村へ買物をしに、四人の子供といっしょにでかけていたからです。もどってくると、孤児院は、どこをむいてもヒステリーだらけ。爆弾男のマクレイ先生がおいでになったためでした。
サンディはこの世でふたつの情熱を持っています。ひとつは肝油、もうひとつはほうれんそうなのですが、どっちもここではあまり評判がよくありません。貧血の――ほんとにいやなことばだこと!――貧血の子には例外なく肝油をというわけで、それを飲ますことを、ミス・スネイスに命じてあったわけなのです。きのう、この先生は、スコットランド人らしくいかにもうろんくさそうに、どうしてここの子供たちが思ったとおりにはやく太らないのか、その原因をさぐりはじめ、おそろしい不正事件をほじりだしたのです。子供たちがあのいやな肝油のにおいをかがないことは、ここ三週間ものこと! ここで先生の爆弾は破裂《はれつ》し、ワーワ、ガタガタ、ヒステリーということになったのです。
ベツィは、先生のおことばが孤児には聞かせられないようなものだったので、用事をつくって、サディ・ケイトを洗濯屋さんにやらなければならなくなった、といっています。わたしが家に帰ったときには、先生はもうお引きあげになっており、ミス・スネイスはなきながら自分の部屋にとじこもってしまっていて、十四本のびんにはいっている肝油がどうなったかは、なにもまだわかりませんでした。先生は大音声《だいおんじょう》をはりあげて、ミス・スネイスがそれを自分で飲んでしまったのだ、と責めたてたのでした。あんな虫も殺さぬような、あごのない、おとなしい女のミス・スネイスが、あわれな孤児たちから肝油をぬすみ、それをこっそり飲んでしまうなんてまあ考えてもみてください!
ミス・スネイスはヒステリーをおこして、「自分は子供を愛している、自分が義務と考えたことをしただけだ」といいわけをしました。この人は、子供に薬をやっても効果がないものと思いこみ、薬なんか胃に悪いだけと考えている人なのです。サンディがどんなになったか、見当がつくでしょう! まあ、まあ、そこにいあわさなかったなんて、ほんとうに残念なことでした!
そう、このあらしは三日間つづき、わたしたちと先生のあいだのはげしいことばのやりとりで、かわいそうに、サディ・ケイトは足がすりへりそうなようすでした。先生のところには、おせっかいなうるさ型の家政婦がいて、その人がぬすみぎきをしているので、よっぽどのことでないかぎり、電話では先生とお話をしないことにしています。ジョン・グリア孤児院のつまらないうわさが、世間にまきちらされたくはありませんものね。先生は、すぐその場でミス・スネイスをやめさせるようにとおっしゃいましたが、わたしは、それをお断わりしました。ミス・スネイスは、なるほどぼんやりした、しまりのない、役たたずの人にはちがいありませんけれど、子供たちには愛情を持ち、監督さえきちんとしていれば、かなりつかえる人なのです。
すくなくとも、そのりっぱな親類の人のことを考えただけでも、のんだくれの料理人をあつかうのとおなじふうに、はじをかかしてあの女をここから追いだすことは、とてもできぬことです。いずれ、それとなくうまく話して、あの人にはここをでてもらうつもりでいます。体のためには冬をカリフォルニアですごしたほうがいい、と考えるようにしむけることもできるでしょう。その上、先生がなにをお望みになろうと、その態度があんまりきびしく高飛車《たかびしゃ》なので、意地づくでも、それに反対せずにはいられなくなってしまいます。あの先生が地球は丸いとおっしゃると、わたしはその場で、いや三角だ、といいはるわけです。
最後に、三日間ワクワクしながらおもしろくすごしたあとで、ことはすべて落ちつきました。先生のほうには、ミス・スネイスにたいしてひどいことをいってすまなかったとわびさせ(熱のないわび方でしたが)、ミス・スネイスには、くびにはしないことを約束して、ありていのことをすっかり白状させました。ミス・スネイスは、子供たちに肝油を飲ませることが気のどくでたまらず、さりとて、マクレイ先生にさからうことができないこともはっきりしているので、問題の十四本のびんにつめた肝油は、地下室のくらいかたすみにかくしてしまったらしいのです。この戦利品をどう処分《しょぶん》しようと考えていたのかは、わたしには見当もつきません。肝油は質《しち》にいれられるものなのかしら?
あとで
平和会議がきょうの午後ようやくおわり、サンディがゆうゆうと引きあげていったとき、サイラス・ワイコフ閣下のご到着がつたえられました。一時間のうちに敵をふたりも相手にしなければならないなんて、つらいことといったら!
サイラス閣下は新らしい食堂がひどくお気にめしたようでベツィがゆりのようなあの白い手でうさぎの絵をかいたということをおききになったときには、特に感に打たれておいででした。型をつかって壁にうさぎの絵をかくことは、たしかに女にふさわしい仕事だが、院長というような重要な地位は女にはちょっとまかせておくわけにはいかぬ、というのが閣下のご意見でした。あのかたは、ペンドルトン氏がそのお金を自由につかうことをわたしのような女にまかせておいてはいけないのだ、とお考えなのです。
閣下とわたしがベツィの壁の傑作をながめているとき、ものすごいガチャンという音が台所からひびき、とんでいってみると、こなごなになった五枚の黄色のお皿のあいだにたって、グラディオラ・マーフィがないていました。ひとりでいるときでも、物をこわす音は相当神経にこたえるのに、ましてや敵意を持った評議員さんがおいでのときとなると、それはまた格別《かくべつ》たまらぬものです。
あのお皿、できるだけ大切にはしますけど、もし無傷《むきず》のままのあなたの贈物の美しさをごらんになりたかったら、どうか急いで北部にもどり、すぐジョン・グリア孤児院においでください。
かしこ
サリーより
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三月二十六日
ジューディ
たったいままで、ある女のかたとお会いしていたのですけど、このかたは赤ちゃんをここからもらっていって、ご主人をおどろかしてやろうとしておいでなのです。この赤ちゃんを育てるのはご主人なのですから、養子をとるにしてもご主人と相談したほうがよいのではないかということを説きつけるのに、一骨折ってしまいました。おふろに入れたり、着物を着せたり、しつけをしたりするいやな仕事は自分がするのだから、このことは夫が口をだすべきことではない、とこの女の人はがんこにいいはるのです。なんだか男の人がかわいそうになってきたわ。男の人のなかには、権利なんてまず持っていないという人がいるようね。
あのけんかずきの先生でさえ、家庭の、それもおまけに家政婦の横暴《おうぼう》の犠牲者《ぎせいしゃ》なのじゃないかしら? マギー・マクガークがあの先生の世話をしないことは、もうひどいものです。いま、ある子供を先生にみていただいているんですが、サディ・ケイトはいかにも奥さん然《ぜん》として炉の前のじゅゆうたんに足をくんで坐りこみ、先生が二階で赤ちゃんたちの世話をみているとき、先生のオーヴァにボタンをぬいつけています。
こんなことをいってもほんとうとは思われないでしょうけど、サンディとわたしはがんこなスコットランド人ふうに、すっかり仲よしになろうとしているんです。診察《しんさつ》まわりがすむと、午後の四時ごろにここに車をのりつけ、コレラや、赤ん坊殺しや、なにか伝染病《でんせんびょう》のおこる心配はないかとひとまわりし、それがすむと四時半にわたしの書斎《しょさい》にたちよって、おたがいの問題を話しあうというのが、あのかたの習慣になりました。
あのかたがわたしに会いにおいでになるのでしょうか? まあ、とんでもない、お茶とトーストとマーマレードがあるからおいでになるのです。あの人は、やせてガツガツした顔つきをしています。家政婦の人がたっぷり食べさせてあげないのね。こっちでもうすこしあの人をしっかりとおさえたらひとつ反乱《はんらん》をおこすようにたきつけてやるつもりよ。
とにかく、食べものをなにかあげると、とてもおとろこびなのですが、お行儀《ぎょうぎ》をよくしようとなさることの、まあ、おかしなことといったら! はじめのころ、お茶わんとマフィンのお皿をそれぞれ手に持ち、マフィンを食べるのはどの手にしたものかと、ぼう然として第三の手をさがしているようすでした。でも、いまは、この問題は解決ずみです。爪先を内側にむけ、ひざをあわせて、細長くたたんだナプキンをひざのあいだにつめて、いとも便利なテーブルの代用品ができあがるわけ。その後は、お茶がすむまで、筋肉をこわばらせて坐っておいでになります。テーブルをだしてあげてもいいのですけど、サンディが爪先を内側にむけて坐っている光景は、わたしの日々のくらしにさしこんでくる、ただひとすじの慰めの光になっているのです。
郵便屋さんがきましたが、きっとあのかたからのお便りよ。単調な孤児院の生活では、手紙だけが心をあかるくしてくれるものです。この院長さんに文句をいわせまいとなさるのだったら、手紙をときどきくださることだわね。
***
お手紙拝見しました。
沼からとった|わに《ヽヽ》を三匹くださるそうで、どうかジャーヴィスにお礼をいってください。ジャーヴィスが絵葉書をおくってくださったけど、それを選ぶあの人の目は、なかなかしっかりしていることね。絵入りで七枚も書いてくださったのマイアミからのお便りも、それと同時に着きました。わざわざしるしまでつけてくださらなくとも、ジャーヴィスとやしの木をまさかまちがえはしないことよ。やしの木のほうが、毛がフサフサしていますものね。それから、あのワシントンのこのましき青年から、ていねいなごちそうのお礼状と本一冊、それにキャンディが一箱おくられてきました。子供たちへのピーナッツの袋は、もう速達でだしたそうです。こんなにきちょうめんな人って、あるかしら?
ジミーは、お父さんが工場から放してくださったらすぐ、ここにきてくれるそうです。かわいそうに、兄さんは工場がいやでいやでたまらないんです! ジミーがなまけ者じゃなくて、ただ作業衣だけは、どうしてもすきになれないのね。でも、お父さんのほうでは、こうした気持がどうしてもわからず、工場を自分でつくっただけに、作業衣にすっかり熱をあげて、長男にもあととりとして、この熱を受けつげっていうわけなの。娘に生まれてほんとに助かったわ。作業衣をすきになれともいわれず、たとえば、こんなみょうなことをやりだしても、なにも文句をいわれずにすむのですものね。
郵便の話にもどりましょう。食料品のおろし問屋《どんや》から広告がきていたわ。監獄《かんごく》や慈善団体のために特別に安くつくったオートミール、お茶、小麦粉、ほしすもも、ほしりんごがあるんですって。栄養になるんじゃないかしら?
それから、農家から二通の手紙がきています。仕事をおそれない、じょうぶでがっちりした十四歳の男の子が、それぞれほしいそうで、あたたかい家庭を味わわせるのがその目的だそうです。春の種をまきどきが近くなると、こうしたあたたかな家庭がちょいちょい顔をだすようになります。先週こうした家庭をひとつ調べ、おきまりの「財産のほうはいかがなのでしょう?」というこちらの質問にたいして、村の牧師さんは、ひどく用心ぶかく、「せんぬきくらいは持っているでしょう」と答えてくださいました。
わたしたちが調べた家庭のうちには、あなたにはとても信じていただけないような、ひどいものもあります。このあいだ、なかなか盛んにやっているあるいなかの家庭の話があったのですが、家族のものは、たった三部屋だけでごたごたとくらしていて、そんなにきゅうくつにしているわけは、このきれいな屋敷のほかのところをよごしたくないためなんだそうです。安い女中としてここから引きとるはずだった十四の娘は、そこの夫婦のあいだに生まれた三人の子供たちといっしょに、小さな部屋でねる予定になっていました。そこの台所と食堂と居間《いま》をかねた部屋は、町のどんな貸家より、もっとごたごたしていて、風とおしも悪く、寒暖計は八十四度になっていました。そこでのくらしは生活《ヽヽ》とは義理にもいえたものではなく、|うだっている《ヽヽヽヽヽヽ》といったものでした。ご心配はご無用です。女の子はそこにはあげませんでした。
ひとつだけ絶対にまげない規則をつくりました――ほかの規則はどれでもゆうずう性のあるものなのですが……。それは、ここにいるより、もらわれた場合のほうが、子供がしあわせになるのでなければ、子供は絶対に出さないということです。これから何ヶ月かさき、ここが模範孤児院になったとき、子供たちにしてあげられるよりもっとしあわせに、という意味です。いまのところは、たしかに、ここは相当ひどいものです。
とにかく、家庭のことになると、わたしはなかなかうるさく、養子の話があっても、四分の三はお断わりしています。
あとで
ゴードンは、子供たちにたいしてりっぱなつぐないをしてくれました。贈物のピーナッツの袋がとどいたのです。三フィートの長さの来麻布の袋にはいったものです。
大学時代にいつもデザートに出ていたピーナッツとかえで糖のこと、おぼえておいでかしら? わたしたちはつんとしてそっぽをむいたけど、けっきょく食べたわね。ここであれをだしているのですけど、誰もつんとしてそっぽなんかむきません。リペットさんのおしこみを受けた子供たちにものを食べさせると、ほんとに楽しくなります。ちょっとしたものをあげても、こちらで気のどくになるほど、よろこんでくれるのですもの。
このお便りが短かくとも、文句をいっちゃいけないことよ。
作家によくある手のこぐらかりをおこしそうな
S・マクブライドより
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金曜日一日じゅうひまをみながら、ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
あなたはきっとおもしろがることでしょうがもうひとりべつの敵――マクレイ先生の家政婦――と一戦まじえました。あの女とは電話では何回か話したことがあって、おつにすました貴族ふうのやわらかな低いあの調子がその声にないことは、ちゃんと気づいていました。でも、こんどは本物を見たのです。けさ、村から帰ってくる途中、ちょっとまわり道をして、先生のおうちの前をとおりました。サンディは、もうまちがいなし、環境《かんきょう》の犠牲者よ――家はオリーブ・グリーンで腰折れ屋根、よろい戸はおろしっぱなしなんですもの。まるでお葬式《そうしき》のある家のようだわ。かわいそうに、あれじゃ生活の楽しみを味わえないでいるのもむりはないと思うわ。家の外をながめたあとで、なかもおなじなのかしらんと、それを調べたい気持でいっぱいになってしまいました。
そこで、けさ朝ごはんを食べる前に五回もくしゃみをしたので、ひとつなかにはいって診察していただこう、と決心しました。たしかに、あの先生は小児科《しょうにか》が専門ですけど、くしゃみには、子供、おとなの区別はありませんものね。そこでわたしは勇気をふるいおこして入口の階段をのぼり、ベルをならしました。
まあ! わたしたちのこの楽しみを破るあの物音はなんでしょう? まごうかたなきサイラス閣下のお声だわ。階段をのぼって、こっちにやってきます。書かなけりゃならない手紙はたくさんあるし、あの人のおしゃべりなんか、もうたまらないの。ジェインを急いで戸口にだし、しっかりと顔をにらみすえて、「院長さんはおるすです」といわせましょう。
***
さあ、ダンスをはじめ! 心おきなく楽しみましょう。あの人はいってしまったからです。でも、この五つの星じるしは、わたしが書斎のおしいれのくらやみですごした苦しい八分間をあらわしています。サイラス閣下はごきげんうるわしくジェインのことばをお受けとりになり、「ここに坐って待っていよう」とおおせられ、部屋におはいりになって腰をどっかとおろしてしまいました。だけど、ジェインはわたしがおしいれのなかで苦しんでいるのをそのままに放っておいたでしょうか? とんでもない。ジェインはサディ・ケイトのひどいおいたをお目にかけましょうといって、閣下を育児室につれだしてくれたのです。サイラス閣下は、ひどいこと、ことにサディ・ケイトがしたひどいことをごらんになるのが、とてもおすきなの。どんなひどいことをジェインがお目にかけようとしているのかは、わたしにも見当がつきません。でも、どうだってかまいはしないわ、とにかくあの人がいってしまってくれたんですもの。
お話はどこまででしたっけ? ああ、そうそう、マクレイ先生のところのベルをならしたところだったわね。
ドアを開いたのは、そでをまくりあげた、がっちりとした大女でした。いかにも味もそっけもなく、かぎ鼻で、灰色のつめたい目をした人でした。
「なにか用?」こうこの人はいいましたが、その調子ときたらまるでわたしが電気|掃除器《そうじき》の売りこみ商人のようなの。
「おはようございます」わたしはああいそうよくほほえみ、なかにはいりました。「そちら、マクガークさんでいらっしゃいます?」
「そうよ。そしてあんたは、こんど孤児院にきた若い女の人?」
「そうです。先生はおいでになります?」
「いませんよ」
「でも、いまは診察の時間でしょうが……」
「それをいつもきちんとまもっているわけじゃなくてね」
「それはいけません」わたしはぴしっといいました。「マクブライドが診察を受けにおうかがいし、午後にジョン・グリア孤児院においでねがいたいといっていた、とおつたえねがえません?」
「フウン!」マクガークさんはこういうなり、いきなりドアをしめたので、わたしのスカートのヘリがはさまれてしまいました。
午後、先生にこの一件をお話したのですけど、先生は肩をすくめ、それはマギーとしてはまあおだやかなほうさ、とおっしゃいました。
「それなのに、先生はどうしてあんな女を我慢しておいでなの?」
「あれ以上の女をどこで見つけることができますかね?」先生は答えました。「一日二十四時間のうち、いつふらりと帰ってくるかわからない独《ひと》り者の世話をみるなんて、そんなに楽なことじゃありませんよ。家庭的なあたたかさは、まあないにしても、夜九時に家にもどっても、とにかくちゃんと湯気のたっている食事はだしてくれるのですからな」
それにしても、わたしはかけてもいいけど、その湯気のたっている食事というものは、おいしいものでもなし、親切にだしてくれるものでもないことよ。あの女は役たたずの、なまけもののがみがみばあさん、そしてどうしてわたしをきらうのか、ちゃんとわかっていることよ。わたしが先生をそっとぬすみだし、あの気楽な仕事から自分が追いだされるとでも思っているのよ。考えてみると、ちょっとばかげたことじゃない? でも、わたし、先方のご期待どおりにしてあげるつもりよ。あの女を少しハラハラさせてやったほうが薬になるわ。お料理も精《せい》をだしてやるでしょうし、あの先生もちょっとばかりは太るでしょうからね。太った人はみんな善人《ぜんにん》よ。
十時
一日じゅうじゃまされながら、どんなばかげたことをその合間にお便りしたか、忘れてしまいました。すっかりつかれてしまって、頭もあげられないほどです。つぎの歌は、悲しいけれど、たしかにほんとうね、「この世のよろこびは眠りのみ」
では、おやすみなさい。
S・マクブライドより
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四月一日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
イサダー・ガットシュニーダを養子にだしました、あの子の新らしいお母さんは、青い目と黄色い髪をした、太ってニコニコしているスエーデン人です。この人は育児室の子供たちをぜんぶ見てから、この子を選んだのですが、それはイサダーがいちばん黒い髪の毛をしていたためです。この女の人は黒い髪がもうだいすきで、どう考えてみても自分のおなかをいためた子は持てないものとあきらめてしまったのです。イサダーの新らしい名はオスカー・カールソンになるはずですが、この名は、もう死んでしまった養子先のおじさんにちなんだものだそうです。
わたしとしてははじめての評議員会が、つぎの水曜日に開かれます。ほんとうのところ、わたしは、この会を楽しみにしてじりじりしながら待っているわけではありあません――会の主な目的がわたしの就任《しゅうにん》のあいさつともなれば、ことにそうです。会長さんがおいでになって、わたしを応援《おうえん》してくださるといいのですけど! でも、一つだけ、わたしがはっきりと考えていることがあります。それは、リペットさんの特徴《とくちょう》になっていたユリア・ヒープ式の態度を評議員さんには絶対にとらない、ということです。わたしは第一水曜日を、愉快な社交的な気晴らしをする日と考え、この孤児院を助けてくださるかたがたにお集まりをねがい、議論をしたり、くつろいだりしていただきたいと思っています。そして、この会のために子供たちをおびえさせるようなことは、しないつもりです。あのかわいそうなジールシャの気のどくな経験を、わたしがどんなに心にきざみつけているか、これであなたもおわかりでしょう。
あなたの最近のお便りをいただきましたが、北部にお帰りになるようすは、ちっとも見えないことね。もうそろそろニューヨークの五番街のほうに目をむけてもいいころじゃない? どんなに荒れはてた家でも、家はやっぱり家よ。こうしてするすると筆先からスコットランドなまりが流れだしてあなたはさぞびっくりしておいででしょうね? サンディとおつきあいするようになってから、いろいろと変ったことばをおぼえました。
食事の鐘です! 三十分間、羊の肉のこまぎれを食べて元気を回復しなければならないので、失礼します。ジョン・グリア孤児院では生きていくために食事をするだけのことです。
六時
サイラス閣下がまたおいでになりました。よくちょこちょことおいでになるけど、わたしの現行犯《げんこうはん》をつかまえようというおつもりなのよ。ほんとにいやな人だこと! あの人はピンク色の、ぶくぶく太った、ふうふういってるおいじいさん、魂もきっとピンク色で、ぶくぶく太って、ふうふういってることよ。あの人がくるまで、わたしはとてもあかるい、のんびりとした気持でいたんですが、もうこれからねるまでぶっちょうづらだわ。
わたしはあかるい遊戯《ゆうぎ》室、もっときれいな着物、もっとおふろに入れること、もっとおいしいごはん、新鮮な空気、遊戯と楽しみ、アイスクリームとキスなどを計画しているのですけど、閣下の手にかかると、これはみんな役にもたたないつまらぬ改革になってしまいます。
これでは、神様のお定めどおりに孤児がうごかなくなってしまう、とおっしゃっておいでです。
これを聞いて、わたしの持ち前のアイルランド人の血がカッときてしまい、わたしはいってしまったの、「もし神様が、ここの百十三人の子供を、みんな役たたずの、無知な、不幸な人間にするおつもりなら、神様なんて問題じゃありません! ここで子供たちを教育しているのは、自分の身分を忘れさせるためではありません。ふつうの家庭でやっているよりもっとしっかりと、それぞれの持って生まれた力をのばしてあげるために、ここでは教育をしているのです。お金持の息子《むすこ》にはよくあることだけど、頭のない子をむりやり大学にやろうなんぞとすることは、ここではいたしません。また、貧乏な人たちの息子によくあるように、将来のびようとしている子まで、十四になったら職につけようとも思っていません。わたしたちは子供たちをそれぞれよくこまかに見ていて、その才能がどのようなものかを、見つけようとしているのです。もしここの子供が農場ではたらくなり、子守《こも》り女になる力をしめしたら、わたしたちはそうした子供に教育をしてあげて、誰にも負けない農場労働者なり、子守り女にしたてます。もし弁護士《べんごし》になれそうな子がいたら、その子を正直で、わけのわかった、心の広い弁護士にしてあげます」とね。(閣下はご自身、弁護士なんですけど、心の広い人でないことはたしかだわ。)
わたしがことばをきると、あのかたはうなり、すごいけんまくでお茶をかきまわしていました。そこで、わたしは「もうひとつお砂糖をさしあげたほうがよろしいのでございましょうね」といい、それをお茶わんにいれて、あおのかたに飲ませてしまいました。
評議員さんを相手にするただひとつの方法は、こちらがしっかりと強い態度ででることね。思いあがらせたらことよ。
まあ、大変! 紙のすみのしみは、シンガポールの黒い舌がつくったものです。愛情こめたキスを、あなたにおくろうとしているのです。かわいそうに、シンガポールは自分のことを狆《ちん》だと思いこんでいます――自分の任務をかんちがいしている人って、悲劇だことね。わたしだって、自分が孤児院の院長になるように生まれついているとは、いつも考えているわけではありませんことよ。
いつまでもあなたの
S・マクブライドより
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四月四日 ジョン・グリア孤児院の院長室にて
フロリダ州、パーム・ビーチのペンドルトンご夫妻さまへ
拝啓
わたしの最初の招待日《しょうたいび》をなんとかきりぬけ、評議員を前にして、みごとな演説をやってのけました。みなさんが――敵の人たちまで――これはみごとな演説だ、とほめてくださったんですものね。
ゴードン・ハロックさんが、ついこのあいだたずねてきてくださいましたが、これがまた、じつに都合《つごう》がよかったのです。きき手の心をどうしたらつかめるかについて、いろいろと教えていただけたからです。
「話をおもしろくすること」――サディ・ケイトや、おふたりがごぞんじでないほかの天使たちのお話をしました。
「理くつじゃなくて、はっきりとじっさいのものでわかるように説明し、きき手の頭で理解できるようにする」――サイラス閣下から目をはなさず、あのかたがわからないようなことは、なにもいいませんでした。
「きき手をよろこばせよ」――この新らしい改革はすべてたぐいなき評議員のかたがたの頭のよさとご発案《はつあん》によるものだと、それとなくうまく、ほのめかしておきました。
「すこしあわれっぽいところをいれて、いかにも心清いといったところを盛《も》りこめ」――このような孤児院にいる親のない子のようすを、こまごまとつたえました。これはすごい効果をあげて――敵さんまでなみだをふいていました。
それがすんでから評議員さんにおだししたものは、チョコレート、あわを立てたクリーム、レモネード、それにサンドウィッチで、みなさんは満腹《まんぷく》、すっかりいい気持になってお帰りでした。夕食はもう食べられなかったことでしょう。
こうしてながながとわたしたちの成功をのべたてたのは、おふたりをうれしい気持ちにしてあげ、それから、あやうくこの会をぶちこわしにしてしまいそうになったおそろしいできごとを、おつたえするためなのです。
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つぎに語るはおそろしくくらき話、
顔青ざめゆくをおぼゆ。
そのかおりは消えたけれど、
はるかへだたるいま思いても、
心ふるえる思いす。
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タマス・キョウのことは、まだお話しませんでしたわね、どうかしら? タマスのことをおつたえしなかったのは、それをするには、インクと、時間と、いろいろな言葉をつかわなければできないからです。この子は元気のいい子で、むかしのたくましいかりうどだった父親にそっくりです――こういうと、いかにも詩的にきこえるでしょうが、じつはそうではないのです。わたしもよく注意しているうちに、その考えを変えることになったのです。
タマスが親から受けついだ動物を捕えようとする本能は、消そうにも消せないものです。この子はにわとりを弓と矢で射ち、豚には投げなわをひっかけ、牝牛相手に闘牛士《とうぎゅうし》気どり――その上、ものをこわすことのすごいことときたら! しかし、評議員会が開かれる一時間前、わたしたちがきれいにお掃除をして、評議員さんたちのお気にめすようにしているときに、前代《ぜんだい》未聞《みもん》の悪事がおこなわれていたのです。
どうやら、ねずみわなをからすむぎの置場からぬすみだして、森にそれをしかけたらしく、きのうの朝、すごく大きなスカンクがみごとにそのわなにかかったのでした。
これに気がついて、最初にそれを知らせてくれたのは、シンガポールでした。シンガポールは家にもどってきて、自分のやったことが申訳ないとばかり、気がくるったようになって、じゅうたんの上をころげまわっていました。犬のほうにわたしたちの注意がうばわれているあいだに、タマスは人気のない|蒔き《まき》小屋でせっせと獲物《えもの》の皮をはいでいたのでした。そして、はいだ生皮《なまかわ》を上衣のなかにかくし、まわり道をして家のなかをずっととおりぬけ、だいじょうぶ見つかることはあるまいとばかりそれを自分のベッドの下にかくしたのです。それをすませてから――かねての計画どおり――地下室へおりていって、お客さまのアイスクリームをつくるお手伝いをしたわけ。献立表《こんだてひょう》からアイスクリームがぬかれていたこと、お気づきでしょう?
のこるわずかのあいだじゅう、スカンクのにおいを消すのにもう大わらわでした。ノア(黒人の火夫《かふ》)は庭のあちらこちらでたき火をして煙をいぶしだし、コックさんは、焼けているコーヒー豆をシャベル一杯分も家じゅうにまきちらしました。ベツィはろうかにアンモニアをふりかけ、ミス・スネイスはお上品に香水をじゅうたんにたらしました。わたしはマクレイ先生に非常召集《ひじょうしょうしゅう》をかけ、先生はおいでになって、たくさんのさらし粉の液《えき》をつくってくださいました。こんなにまでしても、タマスが殺したスカンクの浮かばれぬたましいは、どんなにおいをも圧して復讐を叫んでいるのでした。
評議会で最初にでた話は、穴をほって、タマスばかりか、建物ぜんぶをも埋めてしまうべきかどうか、ということでした。サイラス閣下が、坊やたちをとりしまることができない新院長の無能ぶりに文句なんぞはいいもせず、このおもしろい話のことをクスクス笑いながらお帰りになったことをおつたえすれば、わたしがどんなにあざやかにこの大事件の片をつけたかが、おわかりでしょう。
わしらにゃみんな、我慢せにゃならん運命ちゅうものがあるんですぞ!
かしこ
S・マクブライドより
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金曜日と土曜日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
シンガポールはまだ車小屋にいれられたまま。タマス・キョウは、毎日石炭酸をいれた水でこの犬のおせんたくです。いつか、まだまだずっととおい先のこと、シンガポールはここにもどれるようになることでしょう。
あなたのお金をつかう新らしい方法を考えだしたのですがあなたもきっとそれをよろこんでくださることでしょう。これからは靴、布類、薬屋さんで買う食料品の一部をこの近くのお店からとることにしました。おろし値ほど安くはないのですけれど、それでも割引はしてくれます。そして、そのことが教育上どんなにためになるかを考えれば、すこしくらいの金銭上の損なんか問題じゃありません。そのわけはつぎのとおりです。最近わかったことなのですが、ここにいる子供たちで半分のものは、お金のことお金の物を買う力について、ぜんぜんなにも知らないでいるのです。靴、ひきわりとうもろこし、赤いフランネルのペチコート、羊の肉のシチュー、ギンガムのスカート、こうしたものはみんな青い空からまいおりてくると思っています。
先週わたしがさいふから新しい緑色の一ドル札《さつ》を落したとき、八つになるわんぱく坊主がそれをひろいあげ、そこにある鳥の絵(まんなかにはアメリカわし)をもらっていいかとたずねました。この子は札というものを、一度も見たことがなかったのです! そこで調べてみたところ、この孤児院にいる多くの子供たちはものを買ったことがなく、人がものを買うのを見たこともないことがわかりました。しかも、十六になったら万事《ばんじ》金の世の中に子供たちをおくりだそうとしていたのです! 大変なことよ! ちょっと考えてもごらんなさい! こうした子供たちは、いつまでも世話をみてくれる人がいて、世間と縁《えん》のない生活をおくりつづけるわけにはいかないのです。かせいだわずかのお金をどうしたらいちばんうまくつかえるかをちゃんと知っていなければなりません。
この問題を一晩じゅう、ときどき考えてみて、つぎの朝九時に村へいって、お店を開いている七人の人と話をしてみました。四人はわたしの計画に賛成して、応援することを約束してくれ、ふたりはあぶなっかしがり、ひとりはどうにも手におえませんでした。そこで、四軒のお店でまずやりだすことにしました。反物《たんもの》屋さん、乾物屋さん、靴屋さん、それに文房具《ぶんぼうぐ》屋さんです。こちらでちょっと大きな注文《ちゅうもん》をだすかわりに、お店のほうではみんな、子供たちの先生になってくれるのです。子供たちはこの四軒のお店にいき、品物を調べ、ほんとうのお金をつかって買物をするわけですから……。
たとえば、ジェインが絹のぬい糸をひとまきとゴムひもを一ヤールほしいとしましょう。すると、二十五セントの銀貨をわたされたふたりの小さな女の子が手をつないで、急いでミーカーさんのところにいきます。ふたりは目をこらして絹糸をあれこれとくらべ、ゴムひもをはかるときには、店員がそれをのばしたりはしないかと、その手もとをじっと見ています。それがすむと、ふたりは六セントのおつりをもらい、大仕事でもやってのけたような気分になって、胸をときめかしながら、仲間のところにもどっていくわけです。
ほんとうにかわいそうなことじゃないこと? ふつうの十か十二の子だったら、放っておいても、ここの育児室で育ったひょっこさんたちが考えもおよばないことを、いくらでも知っているのですものね。でも、わたしは、いろいろな計画をたてています。もう少し待っていてちょうだい、いずれわかりますからね。近い将来、なみの若い人とそうはちがわない人たちを、ここから産みだしていくつもりです。
あとで
今夜は、これでもうなにもすることはありませんから、ゆっくりあなたとおしゃべりをつづけることにしましょう。
ゴードン・ハロックがおくってくれたピーナッツのこと、ごぞんじね? そのお礼をとてもていねいにしてあげたので、あの人はもうひとふんばりする気になってしまったの。たしかに、おもちゃ屋さんにでかけていって、商売じょうずな店員にすっかりうまくやられてしまったのね。きのう、がっちりとした運送屋さんがふたりきて、正面|玄関《げんかん》に大きな箱をおいていったんですけど、そのなかには、お金持の子供が持つような高い毛皮づくりのけだもののおもちゃが、どっさりつまっていたの。わたしがそんなにたくさんのお金をつかうのだったら、とても買いそうにもないものだったのですけど、とにかく、子供たちはそれをだいて大よろこびしています。ひよっこさんたちは、いま、ライオン、象、熊、きりんをベッドにつれていっています。それが子供の心にどんなに影響《えいきょう》するか、わたしには見当がつきません。あの子たちが大人になったら、みんなサーカスにはいってしまうとお思い?
まあ、ミス・スネイスが、わざわざおいでだわ!
さようなら
S
(追伸)放蕩息子《ほうとうむすこ》が帰ってきました。よろしくですって。尻尾《しっぽ》を三回ふっています。
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四月七日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
女の子の工作教育についてのパンフレットと、孤児院で与えるべき食事――蛋白《たんぱく》、脂肪《しぼう》、澱粉《でんぷん》などの正しい割合――についてのパンフレットを、いま読んでいます。すべての問題が表になっている最近の科学的な慈善の時代ともなれば、孤児院は図表でやっていくことができるわけよ。リペットさんだって、もちろん、字は読めたんでしょう。それなのに、どうしてあんなにいろいろとまちがいをしたのか、わたしには見当がつかないわ。でも、孤児院の仕事でひとつとても大切なことがあるわ。誰もまだ手をつけていないので、いまわたしが材料集めをしているの。将来いつか、「評議員操縦法」というパンフレットをだすつもりよ。
わたしの敵について、ひとつおもしろいお話をしましょう――敵といっても、サイラス閣下じゃなくて、最初の、もともとからの敵のほうです。先生は新らしい方面の活躍をおはじめです。あの人は大まじめに(なんでも大まじめ、笑いひとつみせたことはありません)、「きみがここにきてから注意して見ているが、不馴《ふな》れで、ばかで、でしゃばり(原文のまま)な点はあるにしても、はじめに思ったほどいいかげんな女じゃないね。問題を大きくつかまえ、急所《きゅうしょ》をおさえる力となると、男にも負けないくらいだ」とおっしゃいました。
男の人って、おかしいわね? 一生けんめい相手をほめてやろうと思うと、むじゃきにも、きみは男のような頭を持っているな、とくるのよ。ところでほめことばにしても、あの人にはどうしてもいってあげられないものがひとつあるわ。女性的な敏感さ、これは義理にもあの人が持っているとはいえないものですものね。
これでおわかりでしょうが、サンディはわたしの欠点をはっきりと知っているわけです。そして、そのうちでなおせるものもあると考え、大学卒業とともにやめてしまった教育をつづけてしてやろうと決心したわけです。わたしのような地位にある人間は、生理学、生物学、心理学、社会学、優生学をよくこころえ、気ちがい、白痴《はくち》、アルコール中毒の遺伝的な影響を知り、ビネー式知能検査法をおこなうことができ、かえるの神経組織のことまでわかっていなければいけないそうです。こういうことを勉強するために、四千冊にものぼる先生のご本を、自由につかってもよいというおゆるしがでました。わたしに読ませたいとお思いの本を持ってきてくださるばかりか、いいかげんにとびよみをしないかと、質問までしてくださいます。
先週はすっかり、ジュークス家の伝記と手紙でおわってしまいました。六代前のマーガレットという女は、犯罪人の子を生み、その子孫はぐんぐんとふえていったのですが、大部分は監獄ぐらしをしていて、その数は千二百人ほどになっているそうです。これで学ばなければならないことは、悪質な遺伝を持っている子供は、とくに注意をおこたらず、大人になってから、ジュークス一家のようになる原因を、すべてとりのぞいてやるということです。
そこでいまは、お茶がおわるとすぐ、サンディとわたしは「えんま帳」をひっぱりだし、アルコール中毒患者の親がいないかと、しらみつぶしにそれを調べています。一日の仕事がおわったあと、たそがれどきをすごすのに、これはほんとに楽しい遊びだことね。
まあ、なんという生活でしょう! はやく帰ってきて、わたしをここから救いだしてちょうだい。お会いしたくて、もうたまらないの。
サリーより
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木曜日の朝 ジョン・グリア孤児院にて
ペンドルトンご夫妻さまへ
お便りいただきました。そして、これは大変とばかりペンをつかんだわけです。院長をやめたいと思っていません。前のことばは、とりけしにします。考えなおしたのです。おふたりがここによこそうとお考えの人は、どうやらミス・スネイスと瓜二つのかたのようですわね。心はやさしくとも、役たたずであごのない中年女に、ここのかわいい子供たちをわたしてしまえなんぞと、どんな気持でわたしにおっしゃっておいでなのかしら? そんなことは、考えただけでも、母親の心をかきむしるものよ。
そんな女でここの仕事が、しばらくのあいだにせよ、できるとでも思っておいでなの? とんでもない! こういう孤児院をやっていく人は、若くてがっちりして、精力的で、たくましく、有能で、赤毛で、やさしい心根の人でなければなりません。わたしのようにね。もちろん、不満はあったことよ――こんなにすごいごちゃごちゃの仕事を引きうけたら、誰だってそうなるわ――でも、それは社会主義者のいう神聖なる不満というものなの。せっかく骨を折ってはじめたばかりのみごとな改革を、わたしがぜんぶここで投げだすとでもお思い? とんでもない! サリー・マクブライドを上まわるようなりっぱな院長さんをつれてきてくださるまで、わたしはここからうごきなんぞするものですか。
とはいうものの、いつまでもこの仕事をすると、約束しているわけじゃないことよ。さし当っていまのところ、軌道《きどう》にのるまでということよ。顔を洗わせたり、風とおしをよくしたりする建てなおしの時期には、わたしはほんとうに打ってつけな人間、あなたがたもいい人物をさがしだしたものだと思うわ。わたしは改革を計画したり、人をあごでつかったりするのがだいすきな女なんですもの。
なんだかひどく、まとまらない手紙になってしまいましたが、感じはよくとも、無能であごのない中年女との話が進んで、とりかえしのつかないことになっては大変と、大急ぎでこれをだします。
どうか、やさしいご夫妻さま、わたしをくびにしないでください! もう数ヶ月のあいだだけここにおいてください。わたしがどんなに役にたつか、ちょっと見てください。きっと後悔はなさらないでしょう。
S・マクブライド
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木曜日の午後 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
詩をひとつ、つくりました――勝利の歌です。
ロビン・マクレイ
きょうほほえめり
ほんとうよ!
S・マクブライドより
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四月十三日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
わたしがここをやめまいとしていることを、よろこんでいてくださっていることを知ってわたしもよろこんでいます。自分でもわからなかったのですけど、わたしは、ここの孤児にある愛情を持ちはじめているのね。
ジャーヴィスの仕事のために、あなたが南部にそんなに長いこといなければならないなんて、ほんとうにがっかりしてしまったわ。おしゃべりがしたくて、もうムズムズしているのよ。おしゃべりしたいことをいちいち手紙に書かなければならないなんて、めんどうくさくて、いやなことね。
改築のお話、もちろんうれしいことよ。あなたのお考えはどれもよいと思います。でも、わたしにもちょっと考えがあるの。新らしく体育館と寝室用のヴェランダが建つことはけっこうなんですけど、わたしは、小屋がほしくてほしくてたまらないの! 孤児院の内部の事情がわかるにつれてはっきりとしたことは、ふつうの家庭に負けないような孤児院をつくるには、小屋組織でやるよりほかに方法はないということなの。社会が家族でつくられている以上、子供ははやくから家族生活ができるようにならなければいけないわけだわ。さし当ってわたしがいま考えている問題は、改築ちゅう子供たちをどうしたらいいか? ということなの。家のなかに住んでいながら、それと同時に家をつくってもらうなんて、できない相談だし……。サーカスのテントを借りて、それを芝生《しばふ》の上にはったら、どうかしら?
それから模様がえをはじめたとき、いくつか客間をつくっていただいて、ここの子が病気になったり、職にあぶれたときに、そこへもどってこれるようにしてあげたいの。
ここにいる子供の心をあとあとまでつかんでいこうとすれば、その大きな秘訣は、いつまでも注意して世話をみてあげることよ。うしろにひかえている家族というものがないことは、どんなに|わびしい《ヽヽヽヽ》気分なものでしょう! おば、おじ、父、母、いとこ、兄弟、姉妹などをわんさと持っているわたしには、それはとても見当のつかないことです。逃げこむ場所がたくさんなかったら、わたしはおびえて、息もつけなくなってしまうことでしょう。ここにいるみよりのないチビさんたちにとって、とにかくなんとかして、ジョン・グリア孤児院はその穴うめをするものになってやらねばなりません。ですから、どうぞ客間を六つ、わたしにください。
さようなら。ほかの人がこないことになって、よろこんでいます。わたしのみごとな計画が、まだうごきだしもしないうちに、わたしの後任があらわれたので、それだけでもう対抗意識《たいこういしき》がかきたてられてしまいました。どうやら、わたしもサンディと同類ね――なんでも、自分がやらなきゃ、気がすまないんです。
しばらくはあなたの
サリー・マクブライドより
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日曜日 ジョン・グリア孤児院にて
ゴードンさま
ちかごろお便りしなかったことは、自分でもわかっています。文句をいわれてもしかたがありませんが、でも、まあ、まあ、孤児院の院長という仕事がどんなにいそがしいものか見当もおつきにはならないでしょう。わたしが持ちあわせているものを書く力は、あのむさぼりやのジューディ・アボット・ペンドルトンにつかいはたされています。三日でも手紙をださないでいると、電報がきて、孤児院が火事になったのではないかとくるんです。ところが、あなたは――やさしいかたね――手紙をもらわなければ、なにか贈物をくださってあなたのことをわたしに思いださせてくださるのです。ですから、あなたをときどき放りだしておいたほうが、たしかにわたしたちにはとくになるわけです。
わたしがここにもっといつづけることを約束した、ということをお知らせすると、きっと、そちらはやきもきなさることでしょうね。ペンドルトン夫妻は、とうとうわたしの後任になる女の人を見つけてくれたのですが、その人はここに打ってつけの人ではぜんぜんなく、一時しのぎにすぎないのです。そして、ゴードン、わたしは白状しますが、このいま夢中でやっている計画やら活動に、いざおわかれとなってみると、ウスターがなんだかばかに味気ないものになってきました。こことおなじように胸をときめかすものがいっぱいある生活があるのならいざしらず、それがないとなると、この孤児院を手放す気には、どうしてもなれません。
あなたが教えてくださるもうひとつの方法は、わたしにもわかっています。でも、それはおっしゃらないでください――ここしばらくはね。しっかりと決心するには何カ月かかるということは、もう申しあげましたわね。とにかく、いまのところ、自分がこの世のためになっているという感じが、うれしいのです。子供たちを相手に仕事をすることには、なにか建設《けんせつ》的であかるいものがあります。というのも、スコットランド人の先生の立場からではなく、わたしの陽気な立場から見たらばの話なのですけど……。あんな男の人って、前代未聞《ぜんだいみもん》の人物よ。あの人は、いつも、くらい見とおしばかりたて、病的で、がっかりしています。精神異常や、飲酒狂やそのほかの遺伝の病気なんぞに、あまりあかるくならないほうがいいことよ。わたしは、ちょうどほどほどに間《ま》ぬけなので、こんなところでもけっこう陽気に、元気でやっていけます。
ここにいる子供たちの生命が、永久にあらゆる方面にのびていくことを思うと、心がゾクッとします。子供のこの花園《はなぞの》にどんな花が咲きでるか、誰にもわからないことです。植えつけは、なるほど、いいかげんなものだったかもしれませんが、そして、たくさんの雑草も生えることでしょうが、みごとな珍らしい花も開くのではないかと考えています。ちょっとセンチになったことね? それはおなかがすいているため――ほら、食事の鐘がなっています! きょうのごはん、おいしいのよ。焼いた牛肉、クリームをかけたにんじん、とうじしゃ、デザートには大黄《だいおう》のパイがでます。わたしといっしょにめしあがりたくないこと? 大よろこびでおむかえします。
かしこ
S・マクブライドより
(追伸)子供たちが飼いたがっているあわれな|のら《ヽヽ》猫を、お目にかけたく思います。ここにきたころは、四匹だったのですが、それが子供を産んだのです。きちんと調べたわけではありませんが、この孤児院にいる猫は、十九匹のようです。
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四月十五日
ジューディ
先月の費用のあまりから、もうひとつ、ジョン・グリア孤児院にちょっとした寄付をしてくださらないこと? はい、わかりました! ニューヨークの貧乏な人むけの新聞に、つぎのような広告をだしてください。
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お ね が い
子供をすてようとお考えのかたは
子供が三歳にならないうちに、それをしてください。
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子をすてる親にご協力ねがいたいことは、なにをおいてもこのことだわ。よい種をまく前に、悪い種をとりのぞかなければならないのですが、これは時間がかかって、気のめいる仕事です。
もうお手あげしたいような子が、ここに一人います。でも、たった五つの子に、負けたくはないの。この子は気分にむらがあって、むっとぐきげんなときには、ひとことも口をきかず、つぎにはすごいかんしゃくをおこして、手当たりしだい、なんでもたたきこわしてしまいます。ここにきてからまだ三月にしかなっていませんが、そのあいだに、この子は、ここにある古道具の大半をこわしてしまいました――芸術品には大した損害がないことを、申しそえておきますが……。
わたしがここにくる一月ほど前のこと、この子をあずかっていた娘が、鐘をならしにろうかに出たすきをうかがって、職員の食卓からテーブルかけをひっぱりだしてしまいました。スープはもうでていたのです。どんなにすごいさわぎになったか、おわかりでしょう。リペットさんは、このとき、この子をせっかんして半殺しにしましたが、殺したからといって、かんしゃくがなおるものではありません。そして、こんな状態のまんまで、わたしに、このかんしゃくが引きわたされたのです。
この子の父親はイタリア人、母親はアイルランド人です。赤い髪をしたこの子は、コーク州からはそばかす、ナポリからは美しいとび色の目を受けついでいます。父親がけんかで殺され、母親がアルコール中毒で死んだあと、このあわれな坊やは、なにかのめぐりあわせで、ここにやってきました。カトリックの少年感化院にやったほうがいいのじゃないか、とわたしは考えています。そのお行儀ときたら――まあそれは大変! ご想像にまかせます。蹴る、かむ、あくたれるといったぐあいです。「げんこつ坊主《ぼうず》」とあだ名をつけてやりました。
きのう、この子が、体をねじってわめきながら、わたしの部屋につれこまれました。小さな女の子をなぐりたおして、その人形をさらってしまったためなのです。ミス・スネイスは、わたしのうしろのいすにこの子を投げこみ、そのまま静まるものと思って、でていってしまいました。わたしは書きものをつづけていました。すると、いきなり、ガチャンというすごい物音。この子が、窓しきいからあの大きな緑のかざり植木ばちを引ずり落して、こなごなに割ってしまったのです。とびあがったひょうしに、わたしはインクびんを床にはらい落してしまいましたが、げんこつ坊主は、この二番目の大失策《だいしっさく》をみて、わめくのをケロリとやめ、胸をそらせて、ワッハワッハ大笑いなんです。ほんとうに極道《ごくどう》者よ。
この子のわびしい生涯《しょうがい》では、まだ味わったはずがないある新らしいしつけ法を、やってみようと決心しました。ほめたり、はげましたり、かわいがってやったりしたら、どんな効果をあげるか、というわけです。そこで、植木ばちのことでしかったりはせずに、ついうっかりしてそれをしてしまったと考えているふりをしました。キスをしてやり、心配しなくてもいい、なんとも思っていないのだから、といってやったのです。相手はびっくりして静かになり、じっと息を殺してわたしが坊やのなみだをふいてやり、インクをすいとっているあいだじゅう、目をすえてながめていました。
いまのところ、この坊やが、ジョン・グリア孤児院でのいちばん大きな問題です。この子に必要なものは、しんぼう強く、愛情こめて、肉親のような心づかいで、世話をみてあげること――ほんとうの父親と母親になり、そればかりか兄弟姉妹、おばあさんの愛をそえることです。この子のことばづかいがなおり、物をこわすくせがやむまでは、りっぱな家に養子にだすことはできません。わたしはほかの子供たちからこの子をはなし午前ちゅうはわたしの部屋においています。こわれものの工芸品《こうげいひん》は、手のとどかぬ高いところに、ジェインが片づけてしまいました。つごうのいいことに、この坊やは絵をかくことがすきで、二時間じゅうたんの上に坐りっきりで、色えんぴつをせっせとうごかしています。マストに黄色の旗がひるがえっている赤と緑のわたし舟に感心してあげたら、いかにもびっくりしたようすで、おっそろしくあいそうがよくなりました。そのときまで、ひとことだって、口をきこうとはしなかった子なのです。
午後、マクレイ先生がおたちよりになり、わたし舟のことをほめてあげたら、げんこつ坊主は、もう得意満面《とくいまんめん》になっていました。それから、お行儀をよくしたごほうびに、先生は坊やを自動車にのでて、いなかの患者のところまでつれていってくださいました。
げんこつ坊主は五時にここにもどってきましたが、先生はゆううつ、この坊やの本性《ほんしょう》をおさとりになったのです。静かないなかのやしきで、坊やは、にわとりには石をぶつける、温室の窓は割る、かわいがっているアンゴラ猫は尻尾をつかんでふりまわすといった、すごいさわぎをひきおこしたのです。老人の奥さんがやさしく「猫をかわいがってやらなければいけませんよ」とたしなめたところ、「ばばあ、くそくらえ!」とのごあいさつ。
このような子供たちが、どんなことを見、経験してきたかを考えると。たまらなくなります。こうした子供たちの頭のおくふかくしみこんだ、おそろしい記憶をぬぐいさるには、何年もかけて、陽の光と幸福と愛情をそそいでやらなければならないことでしょう。こうした子供はたくさんいるし、職員はとてもすくないので、かわいがってあげようにも、それが十分できないのです。みんなにゆきわたる腕とひざ、それは、わたしたちにはむりなことです。
話をかえましょう! マクレイ先生がいつも考えこんでおいでの、遺伝と環境のおそろしい問題、これはわたしの血にもまじりこんできはじめました。これはいけないくせです。このような場所でなにか役にたとうとしたら、その人は、この世のよいことだけをみつめていなければいけません。あかるい人生観《じんせいかん》こそ、社会事業家が身につける着物なのです。
「城の時計では、いま真夜中」この美しい詩の一行を、どこからとったとお思い? 国語のK先生に教えていただいた「クリスタベル」よ。あの授業、ほんとにいやだったわ! 国語がおとくいのあなたは、すきだったことね。わたしときたら、教場にはいるからでるまで、なにもわからず、ちんぷんかんぷんなんですもの。とにかく、この最初の引用文《いんようぶん》はほんとのこと。炉かざりのところにある時計では、もう真夜中です。では、夢まどろかに!
さようなら
サリーより
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火曜日
剛敵さん
診察をすっかりおすませになってから、わたしの書斎のわきを、いやにすましてとおりすぎておいでになったことね。こちらでは、仲なおりをしようと、特別製のスコットランドふうの丸パンをもったお皿を三脚台《さんきゃくだい》にのせて、お茶をお待ちしていたのに……。
気を悪くなさったのだったら、わたし、カリカック家の本を読みます。でも、申しあげておきますが、そちらがお命じの勉強で、わたしはヘトヘトになっているのです。りっぱな院長になるために、わたしの力はかれきってしまいそうです。そして、あなたがしてくださっているこの大学公開講習はとてもつまりませんことよ。先週、前の日夜一時までおきていたと白状したら、あなたがどんなにおおこりになったか、ごぞんじでしょうね? そう、あなたがせよとおっしゃる読書をぜんぶするとしたら、毎晩|徹夜《てつや》しなければならないことでしょう。
でも、どうぞ本をお持ちください。ふだん、夕食後は、とにかくなんとかして、三十分は休むことにしています。ウェルズの最近の小説をちょっと読みたいと思っていましたが、そのかわりに、そちらがお命じの精神虚弱症《せいしんきょじゃくしょう》の一家の話で楽しむことにいたしましょう。
人生は、最近つとにけわし。
かしこ
S・マクブライドより
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四月十七日 ジョン・グリア孤児院
ゴードンさま
チューリップ、それから、すずらんを、ありがとうございました。わたしの青いペルシャ花瓶《かびん》にいれたら、とてもよくひきたちました。
カリカックス家についての話、お聞きになったことがあって? 本を買って、それをお読みください。それは、ニュー・ジャージにある、ふたつの血統を持った家族の名です。その本当の名と由来《ゆらい》は、わざとかくしてあるかもしれませんが……。でも、とにかく――これはまちがいのないことです――六代前にある若い紳士、その名はかりにマーティン・カリカックとなっていますが、この人物がある晩酒によって、精神虚弱の女給としばらくのあいだかけおちをし、その後長くつづいた精神虚弱のカリカックス家をつくりだしました。これは、のんだくれ、ばくちうち、売笑婦、馬ぬすびちを産みだした家系で、ニュー・ジャージやその近くの州では、こまりものになっています。
マーティンは、その後品行をあらため、まともな女の人と結婚し、第二の血統のカリカック本家をつくりだしましたが、ここからは、裁判官、医者、農夫、教授、政治家がでて土地のほこりになっています。そして、このふたつの血統はいままでもそのままのこっているのです。この精神虚弱の女給がまだ子供のころに、なにか徹底的な処置《しょち》がおこなわれたら、ニュー・ジャージにとって、どんなにありがたかったかは、あなたにもおわかりでしょう。
精神虚弱は強い遺伝性のものらしく、科学ではそれをどうすることもできません。脳がない子の頭にそれをいれてやる手術は、まだ発見されていません。しかも、その子は、そう三十歳の体のなかに九歳の脳をいれたままで大人になり、悪人が、これを思うように手先としてつかうわけです。監獄の三分の一は、精神虚弱でいっぱいになっています。こうした人たちを、精神虚弱症患者のための農場にいれて、おとなしい肉体労働でくらしがたつようにしてあげ、子を産まないようにすることは、社会の義務だと思います。そうすれば、一時代かそこいらたつうちに、そうした人たちを、すっかりこの世からなくすことができるでしょう。
こんなことは、みんなごぞんじ? これは、政治家としては、ぜひ知っていなければならないことよ。どうか本を買って、読んでください。わたしが読んだ本をおおくりしたいのですが、それは借りものなのです。
これは、わたしとしても、ぜひ知っていなければならないことです。ちょっとあやしい子がここに十一人いますが、ロレッタ・ヒギンズは、もうまちがいなしです。ここ一月のあいだ、この女の子の頭にひとつかふたつ、とても簡単なことを教えこもうとしているのですけど、もうこれで原因がわかりました。あの子の頭につまっているものは、脳じゃなくって、ちょっとチーズににた、やわらかいものなのです。
わたしはこの孤児院にやってきて、新鮮な空気とか、食事とか、衣服とか、陽の光とかいう小さなことでここを改革しようとしたのですが、まあ大変、わたしがいまどんな問題にぶつかっているか、そちらにもおわかりでしょう。低脳な子供をここによこさぬように、まず社会を改革しなければならなくなりました。きょうは夢中になってしゃべりたててしまいましたが、どうかおゆるしください。でも、わたしがいまとりくんでいる問題は、精神虚弱についてのことで、これはおそろしく――また、おもしろい問題です。これをこの世からなくしてしまう法律をつくることが、国会議員としてのあなたの任務よ。どうか、すぐこの問題をおしらべください。
よろしく。
ジョン・グリア孤児院長
S・マクブライド
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金曜日
科学者さまへ
きょうおいでになりませんでしたことね。あしたは、どうかおいでください。カリカック家のことは読みおわり、いろいろとお話したくて、ムズムズしています。ここの子供たちを心理学者にしらべていただかなければならないのじゃないのでしょうか? ここから養子をもらってくださる親たちが精神虚弱の子供をしょいこまないようにすることは、わたしたちの義務ですわ。
わたしは、ロレッタのかぜに、毒薬の砒素《ひそ》でも調合《ちょうごう》していただきたいと思っているくらいなんです。あの子の病状をしらべてみましたが、たしかにカリカック家の一族だわ。この子を大人にして、社会にめいわくをかける三百七十八人もの精神虚弱者を産みだされるなんて、はたして正しいことなんでしょうか? まあ、まあ! あの子を毒殺するなんて、そんなこと、いやだわ。でも、どうしたらいいのでしょう?
S・マクブライドより
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ゴードンさま
精神虚弱に興味をお持ちでなく、わたしがそれを持っているので、びっくりしておいでなのね? ええ、わたしのほうだって、あなたが興味をお持ちにならないことを、おなじようにびっくりしているわ。不幸にもこの世の中にあるこうしたことに、あなたが興味をお持ちでなかったら、どうしてりっぱな法律をおつくりになれるのかしら? できはしないことよ。
でも、ご要求があるのですから、もっと病的でないお話をしましょう。ここにいる五十人の娘たちにあげる復活祭の贈物として、青、ばら色、緑、浅黄の髪かざり用のリボンを、五十ヤード買いました。復活祭の贈物は、あなたにもさしあげようと考えています。毛のフワフワしたかわいい子猫はいかがかしら? つぎの絵のうち、どの種類のものでも、さしあげることができます。
第三のものは、灰色、黒、黄、どれでもあります。どの色のがおすきかお知らせくだされば、すぐそれをおおくりします。
きちんとしたお便りをしようと思っていたのですけど、もうお茶の時間になってしまって、お客さまがいでになったようです。
さようなら
サリーより
(追伸)新らしい歯が十七本きちんと生そろっているしっかりした男の子を、養子にもらってくださるかた、誰かごぞんじじゃないかしら?
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四月二十日
ジューディ
一ペニーでひとつ、二ペニーでふたつの十字パン! 受難日にこのパンを百二十もいただきました。ド・ペイスター・ラムバート夫人の贈物です。二、三日前、お茶でお会いした、高教会派のかざりガラスの窓のようなかたです。これをみても、お茶はつまらない時間つぶしだなんて、どうしていえましょう? 夫人はわたしの大切な「浮浪児《ふろうじ》」についてたずね、わたしは気高い仕事をしているのだから、いまに神さまのおむくいがあるだろう、といってくださいました。夫人の目つきにパンがはっきりと浮かんで見えたので、わたしは坐りこみ、三十分もいろいろとお話をしてあげました。
これから、お礼をのべにこの方をおたずねし、わたしの大事な浮浪児がいただいたパンをどんなによろこんだか、心を打つあわれなこまごまとした話をおりまぜて、おつたえしなければなりません――でも、げんこつ坊主が自分のパンをミス・スネイスに投げつけ、目にそれがぴったりとはりついてしまったことは、いわずにおきましょう。うまく話しこめばド・ペイスター夫人は気前のいい寄付者になりそうよ。
まあ、わたしの乞食根性《こじきこんじょう》ったら、だんだんすごいものになってきたわ! わたしがあんまりずうずうしくものをねだるので、家族のものも、ここによりつこうとしません。将来植木屋さんになる子供たちのために、作業衣を六十五人分すぐにおくってくださらなければ、もうおつきあいはやめにするって、父をおどかしてやりました。けさ運送会社から通知があって、J・L・マクブライド会社発送の荷物をふたつひきとってくれということです。父も、どうやら、わたしと縁をきるのは、いやらしいわ。ジミーは、相当の収入があるのにまだなにもくれません。ときどき、あわれっぽい手紙をだして、ここでいりようなものの表をおくってはいるんですけど……。
でも、ゴードン・ハロックは、もう、母親の心をつかむこつをすっかりのみこんでしまったの。ピーナツや動物のおもちゃを、わたしがとてもよろこんだので、それに調子づいて数日おきに、なにかしらおくってくれています。そのお礼状も、前にあげたものとおなじものでは悪いので、時間がすっかりつぶれてしまいます。先週は、大きな真紅《しんく》のたまを十二もいただきました。育児室はそれでいっぱい、それを蹴とばさずには歩けないほどです。きのう、おふろおけに浮かべるかえるとあひるとおさかなを、どっさりくださいました。
あなたは、評議員のなかでもいちばん親切なかたよ。どうぞ、これを浮かべるおふろおけをおくってください!
かしこ
S・マクブライドより
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火曜日
ジューディ
春は、いつとなく知らない間に、しのびよってきました。鳥が南からどんどんわたってきています。もうそろそろ、鳥のまねをなさってもいいのじゃないかしら?
わたり鳥のあいさつ状、
「第一号こまどり氏夫妻は、フロリダ旅行からもどりました。ジャーヴィス・ペンドルトン氏夫妻も、いずれすぐ、お帰りになるでしょう」
春のおそいこのダッチス郡でも、そよ風には緑のかおりがこもり、人は家のなかにじっとしていられなくなって、岡をさまよい、ひざをついて土いじりをしたくなります。芽をふきだす春になると、すっかり都会人になった人の心のなかにまで、土いじりの本能がめざめるなんてみょうなことだわね?
九つ以上の子供に、みんなそれぞれ、畠を持たせてあげようと計画して、午前ちゅうをつぶしてしまいました。そのためには、大きなじゃがいも畠をつぶさなければなりません。だって、六十二人の畠をつくろうとすると、ほかの場所ではだめですもの。そこは近いので、北の窓からはながめられるし、そうかといってすっかりはなれているわけでもありません。ですから、子供たちがどんなおいたをしても、あのだいじにしている芝生《しばふ》の景色を、台なしにする気づかいはないわけです。それに、土地はこえているので、うまくすると、なにかできるかもしれません。ここのチビさんたちが夏じゅう土をいじくりまわしたあげく、なにもできないのじゃ、かわいそうですもの。はげみをみつけるために、子供たちがつくったものはこちらで買いあげて、ほんとうのお金ははらってあげる、というつもりです。だいこん攻めにあうことは、いまからもう覚悟《かくご》していますけど……。
わたしは、ここの子供の心のなかに、人にたよらぬ気持と自分からすすんでものをやろうとする気持を、ぜひそだてあげたいと考えています。このふたつのしっかりとした性格はここではときにかけているものなのです(サディ・ケイトと少数のいたずらものはべつです)。いたずらをするくらいの元気がある子は、ずっと見こみがあります。こまってしまうのは、ただポカーンとしていておとなしい子なんです。
ここ数日は、げんこつ坊主から悪魔をおいはらうことに、だいたいつかってしまいました。自分の時間をぜんぶそれにかけることができたら、これはおもしろい仕事でしょう。でも、おいはらう小悪魔が百七もいるとなると、こちらの注意も、ひどくかげのうすいものになってしまいます。
ここの生活でおそろしいことは、どんなことをしていようとも、ほかのしなければならないけれどまだ手がまわらないでいる仕事が、ぐんぐんとわたしのスカートをひっぱりつづける、ということです。げんこつ坊主にとりついている悪魔は、たしかに、ひとりの人がつきっきりで監視してやらなければならぬしろものです。この監視は、できたら、ふたりでやったほうがいいわ。おたがいに交代《こうたい》して休めますものね。
サディ・ケイトが、たったいま育児室からとんできて、赤ちゃんが赤い金魚(ゴードンの贈物)をのみこんじゃった、と知らせてくれました。まあ、いろんな事件が、孤児院ではおきるもね!
午後九時
子供たちは床にはいり、わたしは、ちょっとあることを考えていたの。人間の子も冬眠することになったら、すばらしいことじゃない? 十月一日に子供たちをベッドにつっこみ四月二十二日まで、それをそのまま放っておけるものとしたら、孤児院の仕事にも、すこしは楽しみがわくというものでしょうにね。
かしこ
サリーより
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四月二十四日
ジャーヴィス・ペンドルトンさま
これは、十分前にお打ちした夜間電報の説明のためのものです。五十字では、自分の気持まで、もりこもうとしてもむり、そこでこのお便りで、その気持をたくさんいろいろと、おつたえするわけです。
これをお受けとりになるまでには、もうおわかりのことでしょうが、わたしが農耕係《のうこうがか》りの人をやめさせようとしたところ、相手はそれをがんとしてきかないのです。図体《ずうたい》はわたしの倍もある男なので、門のところまでひっぱっていっておっぽりだすわけにもいきません。正式の紙にタイプでしっかりと書いた、評議員会の会長の通知状をだせ、というのです。ですから、会長さま、できるだけはやく、どうかそれをわたしにおおくりくださいませ。
そのいきさつは、つぎのとおりです。
わたしがここにまいりましたのは、まだ冬のこと、畠の仕事といってもべつになく、ロバート・ステリーのことはたいして気にもとめず、ただ二回、豚小屋の掃除をするようにといっただけでした。でも、きょう、春の作物のことを相談しようと、この人をよびにやりました。
ステリーはいいつけどおり姿をあらわし、帽子をかぶったまま、平気な顔をして、どっかと腰をおろしました。こちらでは、できるだけ気持をきずつけないようにして、帽子をとるようにとつたえました。坊やたちが用事でたえずわたしの部屋に出入りしていて、「屋内《おくない》では脱帽《だつぼう》」というのが、男の子のお行儀の第一の規則になっているので、これは、どうしてもだまってはいられないことだったのです。
ステリーは、こちらのいうとおり、帽子はぬぎましたけれど、すっかり気持をかたくしてしまい、こちらのしようとすることになんでも反対しはじめました。
わたしは手近な問題にとりかかり、今年のジョン・グリア孤児院の食事では、じゃがいもをもっとすくなくしたいといったのですが、すると、ステリーは不平そうにうなりました。そのようすときたらサイラス・ワイコフ閣下そっくり、ただ、閣下がなさるより品がなく、安っぽいというちがいがあるだけです。わたしはじゃがいものかわりとして、とうもろこし、いんげん、玉ねぎ、えんどう、トマト、てんさい、にんじん、かぶなどをならべたてました。
ステリーは「じゃがいもとキャベツで、おれはもう十分、孤児どもだって、それでよかんべえ」とくるんです。
わたしはかまわずに話をすすめ、二エーカーのじゃがいも畠はたがやして肥料《ひりょう》をやり、六十の小さな畠にわける、そして、男の子たちがその手伝いをする、とつたえました。
ここで、ステリーはわめきだしました。この二エーカーの畠は、ここでいちばんこえていて、大切な場所、そこをこまぎれにして、子供の遊び場なんかにしたら、評議員会からすぐお目玉をくうだろう、あそこは、じゃがいもにぴたりの土地、いままでもそこでじゃがいもをとっていたし、これから先も自分がなにかいえるとしたら、そうなっていくんだ、といいました。
「あなたには、なにもいえることないのよ」わたしはやさしく答えました。「わたしが、あの二エーカーの土地は、子供の畠にいちばんいい場所ときめ、あなたとじゃがいもさんには、どいてもらわなけりゃならないわけなの」
すると、ステリーはいかにも百姓《ひゃくしょう》式に、カンカンになってたちあがり、「町のやつらに、くそっ、おれの仕事に、くそっ、口なんぞつっこませるもんか」といいました。
わたしは――アイルランド出の赤毛の人間としてはじつに静かに――この場所は子供たちのためにだけあるもの、子供がこの場所のために利用されてはならないことを、説明してあげたのですが、わたしの都会ふうのすばらしいことばづかいが、多少は相手の心をくじいたにせよ、この理くつは、どうしてものみこんでもらえませんでした。わたしはさらに、農耕係りの人にわたしがおねがいしたものは、畠づくりや簡単な戸外の仕事を子供に教えてくれる力と根気のよさで、町の通りで育ったここの子によいお手本となって、その気持をひきたたせてくれる大きなやさしい心を持った人なのだ、ということをいいそえました。
ステリーは、おりにはいったマーモットのように部屋をゆきつもどりつしながら、日曜学校式のばかげた考えについて大弁舌《だいべんぜつ》をふるい、わたしにはどうしてだかわからないんですが、急に話をかえて、婦人|参政権《さんせいけん》という一般的な問題に話をうつしていきました。どうやら、この運動には反対らしいのね。わたしは相手にいわせるだけいわせておいて、それがおわると、あの人が受ける棒給を書きこんだ小切手をわたし、水曜日の十二時までに小作人小屋をでるように、申しわたしました。
ステリーは「くそっ、そんなことはするもんか」と答えました。(くそっ、くそっの連続で、どうぞおゆるしください。あの人がつかうことばときたら、この連続なのです)。自分は、この孤児院の評議員会の会長さんにやとわれて、ここではたらくことになったのだ、会長さんにいけといわれるまでは、ここからでてゆくもんか、とがんばっています。かわいそうに、自分がやとわれたあとで、新らしい会長さんがおいでになったことを、あの人はまだ知らないらしいのです。
さあ、これでご報告はすみました、べつにおどかすわけではありませんが、ステリーか、マクブライドか、会長さま、どちらかひとつをお選びください。
また、アマストにあるマサチュセッツ農業大学の学長さんにお便りして、わずか十七エーカーの土地の世話をしっかりとみてくださり、少年たちの監督にもなれるりっぱな人柄をそなえ、やさしく有能であかるい妻をもった、善良で実行力のあるかたをすいせんしていただくつもりです。
この孤児院の農耕の目的をしっかり実行にうつすとしたら食べものとして、いんげんや玉ねぎがとれるばかりか、それは、手先と頭の教育にも役だたなければならないわけです。かしこ
ジョン・グリア孤児院長
S・マクブライド
(追伸)ステリーがいつか、夜もどってきて、窓から石を投げこむことでしょう。窓に保険をつけましょうか?
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剛敵さん
きょうの午後、いきなり姿を消しておしまいになったのでお礼を申しそこねてしまいました。でも、あの解雇《かいこ》通知発砲のすさまじいひびきは、わたしの書斎にまでとどろいてきました。それから、残骸《ざんがい》も拝見いたしました。いったい、あのあわれなステリーに、なにをなさったのでございますの? 車小屋のほうに大またで進んでおいでになったときのあなたの気おいこんだ肩のいかりぐあいで、これはただごとならずと、わたしは急に後悔の念に打たれたのでございました。わたしがおねがいしたことは、あの男を殺していただきたいというのではなく、ただよく説いてきかせてやっていただきたかったのです。ちょっと手荒でございましたことね。
それにしても、そちらのおとりになった方法は、ききめあらたかなようです。伝えきくところによりますと、ステリーは電話で引越し用の馬車をよび、夫人は四つんばいになって客間のじゅうたんをはいでいるそうです。
このご援助には、心からお礼申しあげます。
サリー・マクブライドより
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四月二十六日
ジャーヴィスさま
いただきましたすごいけんまくの電報は、けっきょく、つかわずじまいになりました。けんかとなるとなかなかのすご腕を発揮《はっき》するロビン・マクレイ先生が、いともあざやかに、事件を解決してくださったからです。わたしはしゃくにさわって、おなかの虫がどうしてもおさまらないので、そちらにお便りしてからすぐ、電話で先生をよびだし、話のちくいちをもう一度おさらいしました。さて、われらがサンディ先生は、ほかの欠点はともあれ(たしかに欠点のある人なのですが)、常識はなみはずれてお持ちの方で、あの畠の計画がどんなにためになるものか、また、ステリーがどんなにコンマ以下のひどい男かを、よくわかってくださいました。それに「院長の威厳は、しっかりとかもらねばなりませんぞ」ともいってくださったのです。(これはついでのことですが、あの方のことばとして聞くと、すてきなことばです)。
とにかく、たしかに、あのかたはそうおっしゃいました。そして、受話機をきり、自動車にエンジンをかけ、規則やぶりのスピードでここに乗りつけ、それから、スコットランド人独特のものすごいいかりようで、まっすぐステリーのとこにつきすすみ、じつに正確な解雇の猛撃をあの男にあびせ、そのため車小屋の窓はこなごなに飛び散ってしまいました。
けさ十時、ステリーの荷物をのせた馬車がゴロゴロと音をたてて門を出ていってから、やすらかな平和が、ジョン・グリア孤児院をつつんでいます。楽しみにしているあの理想的な農耕係りの人がきてくれるときまで、一時村の人が手をかしてくれることになりました。
こちらのことでご面倒をおかけして、申訳ありませんでした。ジューディには「手紙が一本貸しになっていますよ。その貸しを払ってくださるまで、お便りはしませんから」とおつたえください。
かしこ
S・マクブライド
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ジューディ
きのうジャーヴにさしあげたお便りのなかで、いただいたブリキのおふろおけ三つのお礼をいうのを、忘れてしまいました。わきに子犬の絵のある空色のおけは、育児室に、とくべつあかるいいろどりをそえています。大きくて赤ちゃんにのみこめない贈物は、大よろこびでいただきます。
ここの工作教育が、どんどんはかどってすすんでいることを、よろこんでくださることでしょう。もとの小学部の教室に作業台がいますえつけられていますが、小学校の増築ができあがるまで、小学部は、正面のヴェランダで授業をすることになりました。これはミス・マシューズのうまい思いつきによるものです。
女の子のお裁縫の授業も進行ちゅうです。手縫いをやる子は、ぶなの木のまわりにならべたいすに坐り、大きな子は順順に三台のミシンをふんでいます。すこしうまくなったらすぐ、この孤児院の服の模様がえという、すばらしい仕事にとりかかるつもりです。わたしのことをぐずぐずしているときっとお思いなのでしょうが、百八十という服をつくることはほんとうに一仕事よ。それに、女の子たちは、自分で服をつくれば、なおのこと、その服をよろこぶことでしょう。
これはお知らせしていいことと思いますが、ここの衛生の方面もなかなか向上しました。マクレイ先生のお考えで、朝と晩に体操をすることになり、授業時間の中休みには牛乳が出て、鬼ごっこをしています。先生は生理の授業をおはじめになり、子供が先生のお宅にうかがえるようにと、小さなグループをつくり、とりはずしができて、ごたごたした内臓《ないぞう》がよくわかる人間の模型《もけい》を、見せてくださっています。子供たちはもう、まるで童謡《どうよう》を歌うように、自分たちの消化についての科学的な事実を、すらすらと話すことができるようになりました。ここではみんなが、みちがえるほどおりこうになっています。みんなの話をお聞きになりたかったら、これが孤児かと、きっとびっくりなさるでしょう。ボストンの子供にそっくりです。
午後二時
まあ、ジューディ、大変なことになったわ! 何週間か前かわいい女の子をりっぱな家庭にだして、きっとそこの養子になるだろうとお話したのだけど、あのこと、おぼえておいで? この家庭はある美しい村に住んでいるやさしい人たちで、養父になる人は、教会の執事《しつじ》をしている人でした。ハティはやさしく、すなおで、家庭的な女の子なので、おたがいに似合いの縁と思っていたの。ところが、まあ、|ぬすみ《ヽヽヽ》をしたというので、この子がけさ帰されてきたのです。ひどいことの上ぬりに、教会から聖餐《せいさん》用のコップをぬすんだんですって!
子供のほうはシクシクなく、相手がたはののしるというわけで、真相《しんそう》をつかむのに、三十分もかかってしまいました。この家の人たちがいっている教会は、マクレイ先生のようになかなか近代的で衛生的らしく、めいめいが聖餐用のコップを持っているの。かわいそうに、ハティは聖餐式なんていうことは、まだ一度も聞いたことがなかったんです。事実、教会のことはよく知らなかったのです。日曜学校にだけいけばおつとめのほうの用はたりていたんですものね。でも、こんどいった家では、ハティは日曜学校と教会の両方にいき、ある日、びっくりもしたし、うれしくもあったのですが、教会で食べものがでたの。ハティは、のけものにされていましたが、なにも不平はいいませんでした。のけものにされることには、なれていたからです。でも、みんなが家に帰りはじめたとき、小さな銀のコップが座席に放りだしになっているのに気がつき、持って帰っていってもいいおみやげだと思いこんで、それをポケットにいれてしまったのでした。
このコップは、ハティの人形の家のいちばんだいじなかざりものとして、見つけられてしまいました。ハティは、そのずっと前に、おもちゃ屋のショー・ウィンドウで一組の人形のお皿を見たことがあるらしく、自分でそれを持ちたいものと空想していたらしいのね。聖餐用のコップはそれとそっくりのものではなかったにせよ、それでもよかったわけ。この家族の人たちが、あんなに信仰心《しんこうしん》がつよくなく、そしてもうすこし常識を持っていたら、そっくりもとのままのコップは教会にお返しし、ハティを近くのおもちゃ屋さんにつれていって、お皿をいく枚か買ってやったことでしょう。ところがところが大ちがい、ハティとハティの荷物を大いそぎで汽車に放りこみ、ここの玄関につれこんで、大声で「この子はどろぼうだ」とどなるんです。
これはお話するのも痛快なことなんですが、わたしは、ぷりぷりしている執事夫妻をめちゃめちゃにしかりつけてやりました。きっとふたりとも、こんなお説教は、教会でも聞いたことがなかったことでしょう。サンディがふだんつかっていることばもちょっと拝借《はいしゃく》したんですが、ふたりはほうほうのていで引きあげていきました。かわいそうにハティはといえば、あんなに胸をふくらませてせっかくでていったのに、またここにもどってきています。はじをかかされて孤児院に帰されることは子供の心にとても悪い影響を与えるもので、自分が悪いことをしたと思っていないときには、とくにそうなんです。世間には気のつかないおとし穴がいっぱいあるものと思いこみ、そこにふみだしていくのがこわくなってしまうのですものね。さあ、ハティの養子にいく先を見つけるのに、これから大活躍《だいかつやく》しなければなりません。年をとってこりかたまり、善良で、自分の子供時代のことは忘れてしまったような親は、もうまっぴらです。
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日曜日
お知らせするのを忘れていましたが、新らしい農耕係りの人がきました。ターンフェルトという人で、奥さんは、黄色い髪の、えくぼのでる、かわいい人です。あの奥さんが孤児だったら、養子先はすぐ見つかることでしょう。この人を遊ばせておくなんて、もったいないことだわ。すばらしい計画をたてたの。農耕係りの人がはいっている小屋を増築して、やさしいあの奥さんに、まあ|ひな《ヽヽ》の保育室《ほいくしつ》といったものの世話をしてもらうの。新らしくここにはいってきた|ひな《ヽヽ》の子供をそこにいれ、伝染するものを持っていないかどうかをしらべ、ほかのじょうぶな|ひな《ヽヽ》のなかにいれる前に、できるだけお行儀や口のきき方で悪いところを消してしまうわけです。
あなたはこれをどうお思い? ここのようにさわがしくてザワザワしている孤児院では、こまかな世話をみてやらなければならない患者をいれるはなれた静かなところが、絶対に必要だわ。ここの子のうちには、遺伝的で神経質になっている子がいて、ある期間の安静が必要とされています。わたしのつかっていることば、専門的で、科学的でしょう? 毎日ロビン・マクレイ先生とおつきあいしていると、いろいろためになることが多いの。
ターンレフトがきてから、豚はすごい変りようです。すかりきれいになって、ピンク色、いかにも豚らしさがなくなってしまって、おたがいにすれちがっても、相手がわからないほどです。
じゃがいも畠も、すっかりようすが変ってしまいました。そこは、なわとくいで、ごばん目のように区切られ、子供たちはみんな、自分の畠をもらいました。毎日、種子《たね》のカタログばかり読んでいます。
ノアは、時間つぶしに日曜版の新聞を読もうと、村にいっていましたが、いま帰ってきました。ノアはなかなか教育のある人物で、字がしっかりと読めるばかりでなく、それをするときに、べっこうぶちのめがねをかけています。ノアは郵便局によって、金曜日の夜お書きのあなたの手紙を持ってきてくれました。あなたもジャーヴィスも「ゲスタ・ベルリンク」がおすきでないそうで、がっかりしました。わたしがいえることは、ただ、「ペンドルトン夫妻は、なんてまあ、文学趣味を持っていない人たちなんだろう!」ということだけです。
マクレイ先生のところに、これもお医者のお客さまがおいでです。このかたはとてもゆううつそうな人で、私立の精神病院の院長さんで、人生は意味がないものと考えています。三度三度の食事をゆううつ病患者といっしょにしていたら、こんなにくらい人生観を持つようになるのも、当然のことでしょう。この人は、退化の徴候《ちょうこう》を見つけようと、あちらこちらを歩きまわり、いたるところでそれを発見しています。三十分もお話していたら、口蓋破裂《こうがいはれつ》があるかどうかしらべたいから、のどを見せてくれ、といわれるものと覚悟していました。サンディが友だちをえらぶこのみは、文学上のこのみと似ているようです。
まあ、これで手紙といえるかしら?
さようなら
サリーより
[#改ページ]
五月二日 木曜日
ジューディ
まあ、事件の連続、目がまわりそうよ! ジョン・グリア孤児院は、息もつけないほどです。大工さんや鉛管工さんや石工さんがここにはいっているあいだ、子供たちをどうしたらいいかという問題が、偶然のことで、解決しそうです。というより、兄がありがたいことに、それを解決してくれました。
今日の午後、リンネルの分量をしらべてみましたが、二週間に一度かえる分しか敷布《しきふ》がないという、おどろくべき事実を発見しました。そして、それはどうやら、ここのだらしのない習慣になっているらしいのね。腰のまわりにかぎのたばをぶらさげ、中世のお城の(奥方《おくがた》よろしくの姿で、いろいろ道具類につつまれてたっているとき、案内されてきた人は誰だと思う? 思いがけずも、ジミーなの。
仕事に夢中で、話をする気にもなれなかったので、鼻の先にちょいとキスをしただけ、ここでいちばん年上の男の子をふたりつけて、この孤児院を見てもらうことにしました。ところが、連中は仲間六人をよんで、野球をはじめたの。ジミーはふうふういいながらも、すっかりここがすきになって、もどってき、予定をのばして、週末をここでおくることに賛成してくれました。でもここでだした夕食を味わってから、食事はホテルですることにしよう、なんていっているのよ。コーヒーをのみながら炉の前に坐っているとき、保育室をたてているあいだ、ひよこたちをどうしたらいいものかこまっているという話を、わたし、だしてみたの。すると、例のジミーのこと、あっという間に、たちまち計画をたててくれたわけです。
「森のわきのあの小さな高台に、アディロンダック式のキャンプをつくればいいさ。八人分の寝台がはいる丸木小屋を三つたてて、夏のあいだ、大きな男の子たち二十四人をそこにうつすのさ。金なんか、ぜんぜんかかりゃしないよ」
「そりゃそうだけど」とわたしは反対しました。「その子供たちをみてくれる男の子をやとうのは、ただじゃすまないことよ」
「なんでもないことさ」ジミーは得意げに答えました。「休みのあいだ、よろこんでここにきてくれる大学時代の友だちを、誰かみつけてあげよう。食事とほんのわずかな小遣い銭だけだせばいいさ。ただ食事は、今夜のよりもっと腹にこたえるものにしてもらわなけりゃこまるけどね」
マクレイ先生が、病室をみたあとで、九時ごろたちよってくださいました。ここで百日|咳《ぜき》の子が三人でてしまったの。でも、みんな別にはなしてしまってあるので、これ以上それがふえる心配はありません。こんな病気がどうしてここにはいりこんだのか、見当もつきません。百日咳を孤児院にもちこんでくる鳥が、きっといるのね。
ジミーが、自分のキャンプ計画の応援を先生にたのむと、先生はもう夢中になって、その賛成者になりました。ふたりは鉛筆と紙をとり、設計図を書きはじめ、宵もまだおわらぬうちに、最後のしあげまですんでしまったのです。こうなった以上、ふたりはもうじっとしてはいられず、十時になっているのに電話をかけて、大工さんをたたきおこし、大工さんと材木が、あしたの朝八時にここにくることになりました。
十時半になってようやく、ふたりにお引きとりねがったのですが、それでもまだ、柱、はり、下水、屋根の勾配《こうばい》なんぞのことを話しあっていました。
ジミー、コーヒー、建築作業など、興奮することのつづきだったので、こうして腰をおろして、あなたにお便りをすることになりました。でも、こまかなお話は、いずれあとで。かしこ
サリー
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土曜日
剛敵さん
今夜七時に、ここで食事していただけましょうかしら? 本式の晩餐会ですことよ、アイスクリームがでるんですものね。
坊やたちの世話をみてくださるしっかりとした若いかたを兄が見つけてくれました――きっとごぞんじだと思いますけど――銀行におつとめのウィザースプーンさんです。このかたを孤児院の子供たちに紹介するのに、あまりむずかしいことはいいたくありません。ですから、気ちがい、てんかん、アルコール中毒、そのほか、そちらがだいすきなほかのいろいろなお話は、|どうぞ《ヽヽヽ》一切おだしにならないでください。
このかたは社交界の花形になっている陽気な青年で、いろいろとこった食べものには通《つう》のかたです。ジョン・グリア孤児院で満足にしてくらしていただけるかしら?
とりいそぎ
サリー・マクブライドより
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日曜日
ジューディ
ジミーは金曜日の朝八時に、先生は八時十五分すぎに、ここに集まりました。このふたりと大工さん、新らしくきた農耕係り、ノア、二頭の馬、それに八人の大きな子供たちが、それからずっと、仕事にかかりっきりになっています。これほどはかどる工事って、まだ見たこともないくらいだわ。ここにジミーのような人が二十人もいてくれたら、とほんとに思います。熱がさめないうちに兄をつかまえるのが|こつ《ヽヽ》で、のみでこつこつと中世の寺院をつくりあげることは、大して得手《えて》ではありません。
兄は、土曜日の朝、新らしい考えで顔をかがやかせながらもどってきました。前の晩、ホテルでお友だちに会ったのですが、このかたは、兄がはいっているカナダの狩猟《しゅりょう》クラブの会員で、第一(といっても、第二があるわけじゃないのですけど)国立銀行の出納係りをしておいでのかたです。
「たいしたスポーツマンでね、あの子供たちといっしょにキャンプをして、そのしつけをするにはもってこいの男さ。食事と月に四十ドルだせば、よろこんできてくれるとも。デトロイトの娘さんと婚約して、貯金しようとしているんだからね。食事はもうすごくまずいといってあるよ。でも、あの男にガミガミいってもらえば、ここの料理人だって別人のようになることだろうさ」とジミーはいいました。
「そのかたのお名前は?」用心しながらも、ちょっと心をひかれて、わたしはたずねました。
「それがまた、すごい名なんだ。パーシー・ド・フォレスト・ウィザースプーンというのさ」
わたしはもうすこしでヒステリーをおこすところでした。パーシー・ド・フォレスト・ウィザースプーン家の人が、ここのわんぱく坊主二十四人の世話をみるなんて、考えてもごらんなさい!
でも、なにか思いついたときのジミーがどんなか、ごぞんじだわね。兄はもう、わたしといっしょに食事するようにウィザースプーンさんを土曜日の夜におまねきして、ここの小牛の肉だけではどうにもならないとばかり、村のまかない屋さんに、かきや、こばとや、アイスクリームを注文してしまいました。けっきょく、わたしがすごくりっぱな晩餐会を開き、ミス・マシューズや、ベツィや、マクレイ先生まで、およびすることになってしまったわけです。
サイラス閣下とミス・スネイスも、とってもおよびしたかったの。このふたりの人と会って以来、このふたりのあいだにロマンスの花が開いてもいいはずだという考えが、頭からぬけません。こんなにぴったり似合いの男女って、絶対にないことよ。閣下は五人の子をかかえた男やもめなの。なんとか話がつかないものかしら? あのかたの心をひく奥さんができたら、ここに当る勢いもすこしは弱まることでしょう。一石二鳥でふたりを追いだすことができるわけよ。これも、将来の計画にいれておかなければならないことのひとつね。
とにかく、晩餐会は開かれました。それをしているうちにわたしは心配になってきたの。パーシーがだいじょうぶかどうかというのじゃなくって、パーシーになんだかすまないような気になってしまったの。ここの坊やたちの人気者になるのに打ってつけの人で、こんな若い人は、見つけようとどんなにさがしたって、見つかるもんじゃないことよ。一目見ただけで、なんでもうまい、そう、すくなくとも、あばれることならなんでもやることがわかるわ。文学と芸術の方面は、ちょっとあやしいものだけど、馬、射撃、ゴルフ、フットボール、ボート操縦は、なんでもござれよ。戸外ではねることがすきで、男の子もだいすき、かねがね孤児とつきあってみたいと思っていた、本ではときどき読んだことがあるが、まだ一度も面とむかって話したことはないとおっしゃってたわ。パーシーはほんとうに、もったいなすぎるくらいの人だわ。
帰る前に、ジミーと先生はちょうちんをさがしだし、夜会服すがたのまんまで、ほり返した畠をきって、ウィザースプーンさんをご案内し、将来のすみかになるところを、お目にかけていました。
それに、きょうの日曜日ときたら! 大工仕事は絶対にいけませんよ、と申しわたさなければなりまでんでした。あの人たちは、百四人の子供たちにどんなに悪い影響があろうとおかまいなしに、一日じゅう仕事をやったことでしょう。とにかく、仕事はいけないということになったので、みんなはただつったって小屋をながめ、かなづちをいじくりまわしながら、あすの朝釘をどこに打ちこもうかと、考えこんでいました。男の人って、知れば知るほど、大きな子供なことがわかるわ、ただ、大きいので、こちらでピシャリとやっつけることができないまでのことね。
ウィザースプーンさんのお食事をどうしたものかと、気をもんでいます。元気でとてもよくお食べになるかたらしく、夜会服をつけなければ、食事がのどをとおらないようよ。ベツィにたのんで、家から婦人用の夜会服をトランクにいっぱい持ってきてもらいました。こちらだって、きちんとした服装をしなければなりませんものね。ひとつ好都合《こうつごう》なことがあります。あのかたは昼ごはんをホテルでお食べになり、そこでは、お料理がなかなかかさばったものだそうです。
ジューヴィスがここにいて、小屋の釘を打ちこむことができないのが残念だと、おつたえください。サイラス閣下がこちらにおいでです。あーあ!
ふしあわせな
S・マクブライドより
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五月八日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
小屋はできあがり、はたらき者の兄は帰り、二十四人の坊やは、戸外で二晩、健康的な夜をすごしました。皮がついたまんまの丸木小屋は、ここに気持のいい、いなからしさをそえています。それはアディロンダックの山で建てたものとそっくりで、三面かこって、正面だけ開いたもの、ひとつだけ大きくつくってありますが、これは、パーシー・ウィザースプーンさんのお部屋をつくったためです。近くにもうすこししっかりしたつくりの小屋があり、壁にじゃ口がひとつ、じょうろが三つそなえつけてあって、じつにつごうよく水浴びができるしかけになっています。丸木小屋には、それぞれ水浴係りがひとりずついて、いすの上にたってじょうろから水をまき、子供たちは体をぶるぶるさせながら、その下を急いでくぐりぬけるのです。評議員さんがふろおけを十分にくださらないので、こちらではいろいろと頭をひねらなければなりません。
三つの丸木小屋におさまった連中は、それぞれちがった三つのインディアンの種族になりすまし、酋長《しゅうちょう》がそれぞれの責任を持ち、ウィザースプーンさんが大酋長、マクレイ先生がまじない師です、火曜日の夜には、種族の儀式にのっとって、家びらきの式がおこなわれ、わたしもていちょうなご招待にあずかったのですが、これは女人禁制《にょにんきんせい》の儀式と考え、お菓子だけ贈物にして、出席はおことわりしました。これは、なかなか評判がよかったらしいことよ。ベツィとわたしは、野球場まででていって、このお祭りさわぎをちょっと見てみました。戦士たちはベッドからはがしてきたケットを身にまとい、しゃれた羽のかざりをつけて、大きなかがり火のまわりに車座になっていました。(子供たちのおしりは、まあ丸出しといってもいほどでしたが、ぶすいな文句はいわずにおきました)。先生はナヴァホー族のケットを肩にひっかけて、出陣の舞いを舞い、ジミーとウィザースプーンさんは太鼓《たいこ》をならしていました――おかげで銅の|やかん《ヽヽヽ》が未来|永劫《えいごう》にでこぼこです。あのサンディがねえ! あの人に若さのかがやきを見たのは、これがはじめてのことです。
十時すぎ、戦士たちがぶじねどこにおさまってから、この三人がわたしの書斎にやってきて、いかにも慈善の大事業に身をささげたといったようすをして、ぐったりと安楽いすに腰をおろしました。でも、わたしの目をごまかそうったってだめよ。あのばかさわぎを考えだしたのは、みんな自分で楽しみたかったからなのですものね。
いままでのところ、パーシー・ウィザースプーンさんは、かなり楽しそうよ。ベツィがお世話をして、職員室のテーブルでさいはいをふっておいでですが、あそこの静かな人たちも、おかげでかなり陽気になっているそうです。食事はすこしよくするようにしたのですけど、あのかたは、いつも食べておいでのかき、うずら、かにがなくとも、こちらがさしあげる食事を、ペロリペロリと平らげてくださっています。
このかたが自由につかえる私室を、どうにもつごうできなかったのですけど、新らしくつくった衛生室をつかわせてくれとおっしゃって、この難問題《なんもんだい》は解決しました。いまは、歯科用のいすに体をのばし、パイプをくゆらしながら本を読んで、夜をおすごしになっておいでです。社交界に出入りしている人で、こんなに静かに夜をすごすかたなんて、そうざらにはいないことでしょう。デトロイトのいいなずけの女のかたは、幸福者よ。
まあ、参観者《さんかんしゃ》が、自動車にいっぱいのりこんで、やってきました。そのお相手をつとめるベツィが、いまいないの。とんでいかなければならないわ。
さようなら サリーより
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ゴードンさま
これは手紙ではありません――手紙の借りはありませんものね――六十五足のローラー・スケートの受領証です。
ほんとにありがとうございました。
S・マクブライド
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金曜日
剛敵さん
きょう、るすちゅうにおいでくださったそうですが、「教育の遺伝学論」といっしょに、ご伝言はジェインからうけたまわりました。数日ちゅうに、わたくしの意見をききに、おいでくださるそうですわね。それは筆記試験でございましょうか、それとも、口頭試問でございましょうか?
この教育のやり方が相当一方的なこと、お気づきでございません? ロビン・マクレイ先生の心がまえも、すこしみがきをかけたらいいだろう、と考えることがよくあります。こちらでお貸しする本を読んでくださるのなら、わたしも、先生のご本を読むことをお約束いたしましょう。このお手紙といっしょに「ドリーの対話」をおおくりしますが、一両日ちゅうに、そちらのご意見をきかせていただくつもりです。
スコットランド人の長老教会派の人を陽気にすることは、とても骨の折れる仕事、でも、ねばり強さは奇跡をなしとげるものです。
S・マクブライドより
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五月十三日
なつかしいジューディへ
オハイオに水がでたんですって! ダッチス郡のここもあたり一面、水をすった海綿のようになっています。五日間雨が降りつづいて、孤児院はもう、めっちゃめちゃです。
子供たちは、のどや気管支《きかんし》をやられ、わたしたちは、二日間夜もおきづめでした。コックさんはやめるといいだし、壁には死んだねずみの死骸《しがい》がころがっていました。三軒の丸木小屋は雨もりがし、きょうの明け方、どしゃぶりがきたあとで、うらぶれはてた二十四人のインディアンたちが、じっとりとしたケットにくるまり、ブルブルふるえながら、こちらの家にいれてくれと、たのみにきました。そのときいらい、物ほしのつなも階段のてすりも、ぬれてくさいケットでいっぱい、湯気はたっていますがいっこうに乾こうとしません。パーシー・ド・フォレスト・ウィザースプーンさんは、太陽が顔をだしたらまたこようと、ホテルに引きあげてしまいました。
四日間、これといった運動もせずに家のなかにとじこめられていたので、子供たちのおいたをする元気は、ちょうどはしかのように、赤いぼつぼつの斑点《はんてん》になってあらわれてきました。ベツィとわたしは、こんなにみっしりと人のつまった場所ですることができるむじゃきな運動を、あれこれと頭をしぼって考え、目かくし、まくら合戦《かっせん》、かくれんぼう、食堂での体操、教室でのお手玉をやりました(損害は窓ガラス二枚)。男の子はろうかでかえるとびをやって、しっくいをすっかりはぎとってしまいました。おそうじは、せっせと猛烈《もうれつ》な勢いでやり、木でできたところはみんな洗い、床という床は磨きたてたのですが、まだ力がありあまって、なぐりあいでもはじめたいようないらだたしい気分になっています。
サディ・ケイトの活躍ぶりは、まさに小悪魔です――女の悪魔ってあるものかしら? もしないものとしたら、サディ・ケイトがその元祖よ。そして、きょうの午後には、ロレッタ・ヒギンズが――そう、なんといっていいのかわからないけど、ある発作《ほっさ》というか、かんしゃくといったものをおこし、床にねころんじゃって、まるまる一時間ワーワーないているの。誰かそばによろうとすると、まるで小さな風車のようにころげまわり、かんだり、けったりするのです。
先生がおいでになるまでに、ロレッタはかなりへとへとになっていました。先生はぐったりしたこの子をだきあげ、病室の寝台につれておいでになりました。ロレッタが眠りにおちてから、先生はわたしの書斎においでになり、記録をみたいとおっしゃいました。
ロレッタは十三で、ここにきてからの三年間に、こうした発作を五回おこし、そのためにひどい罰を受けています。この子の血統《けっとう》についての記録は簡単なものです。「母親は、ブルーミングデイル収容所で、アルコール中毒の発狂《はっきょう》のために死亡。父親については不明」
先生は、この記録が書きこまれているページを、長いことまゆをよせながら、ながめていたあとで、首をよこにふりました。
「こんな遺伝があるのに、いらつくからといって、子供に罰をくわしていいものでしょうかね?」
「よくはありませんことよ」わたしはきっぱりと答えました。「それを、なおしてあげなくちゃいけないわ」
「できることならね……」
「肝油と太陽の光を十分に与え、あの子をあわれんでくださるやさしくて親切なお母さんを見つけてあげ……」
でもことばはここできれてしまいました。ロレッタの顔、あのうつろな目、大きな鼻、ポカンと開いた口、ないも同然《どうぜん》のあご、ねじれた髪の毛、つきだした耳のことを、思い浮かべたからなのです。どんな義母だって、あんな子はかわいがってはくれないでしょう。
「どうして、ほんとに、どうして、神様はみなしごに、青い目と、カールをした髪と、かわいい気だてを、与えてくださらないのでしょう?」わたしは悲しくなっていいました。「そんな子だったら、いくらいたって養子にやれるのですけど、ロレッタをほしがる人なんて、誰もいないわ」
「ロレッタのような子をこの世に生みだすのに、神のみ手は、はたらいていないのでしょう。ああいう子の世話をみるのは、悪魔なんですよ」
かわいそうなサンディ! あの人はこの世の将来についてとてもくらい見とおししか持っていません。でも、あの人の毎日の味気ない日ぐらしを思うと、それもふしぎじゃありません。きょうのあの人のようすは、ご自身の神経がめっちゃめちゃになっているようでした。急な赤ん坊の患者によびだされて、朝五時から雨のなかをとび歩いておいでなんです。わたしはいすをすすめて、お茶をだしてあげ、酒乱《しゅらん》、白痴、てんかん、精神病について、楽しくおもしろいお話をしました。あの人はアルコール中毒の親たちをにくんでいながら、気ちがいの親たちとは、きってもきれないほどの縁《えん》をむすんでいるのよ。
わたし個人としては、遺伝なんか問題にしていません、目が見えるようになる前に親と引きはなしてしまえばね。ここにはとっても陽気な男の子がいます。この子の母親とルスおばさんとサイラスおじさんは、みんな精神病で死んでいるのですが、当人は牝牛のようにおとなしく、落ちついた子供です。
さようなら。いまつまらないことなんて、なにもおきているわけじゃないのに、こんなにいんきなお手紙になってしまって、ごめんなさいね。もう十一時です。首をちょっとだして、ろうかをのぞいてみましたけど、バタンバタンと音を立ててよろい戸と、ひさしに雨がもっているほかは、すっかり静かになっています。ジェインとは、十時になったらねます、と約束してあるのよ。
おやすみなさい。二人ともお元気で!
サリーより
(追伸)いろいろといやなことばっかりつづいているけど、ひとつだけ、ありがたいことがあるの。サイラス閣下がかぜの長わずらいをなさっておいでのことよ。もうすっかりうれしくなっちゃって、すみれの花たばをおおくりしました。
追伸二、結膜炎《けつまくえん》がここではやりだしました。
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五月十六日
ジューディ、おはよう!
三日晴れつづきで、ジョン・グリア孤児院は、もうニコニコです。
さし当って面倒なことは、いまどんどん解決しています。あのたまらないケットも、とうとう乾き、丸木小屋も、どうやら住めるようになりました、床には木をうちつけ、屋根には防水紙をはったのです。(ウィザースプーンさんはこの小屋のことを、にわとり小屋とよんでいます。)これから先どしゃぶりがあっても、小屋のたっている高台からの水が下のとうもろこし畠にはけるようにと、いま石でかためたみぞをほっています。インディアンたちは、また、原子生活をはじめ、大酋長も、もとの場所にもどりました。
ロレッタの発作《ほっさ》について、先生とわたしは、いろいろとこまかく考えてみました。たえずごたごたしていて落ちつかないここの団体《だんたい》生活は、あの子の神経には強すぎるので、いちばんいい方法は、この子をどこかの家庭に預けて、ゆきとどいた世話をみてもらうことだ、ということになりました。
先生は、例のすごい実行力で、うまいぐあいの家庭を見つけてくださいました。先生のとなりに住んでおいでで、とてもいい人たち、たったいまそこへいって、もどってきたところです。ご主人は鉄工場で、いものの監督をなさっておいでで、奥さんは感じのいい人、笑うろきには体じゅうゆする人です。そこでは、客間をきれいにしておこうと、たいていのときは、みんなが台所に集まっていますが、その台所がまた気持よく、わたし自身もそこに住みたいくらいです。奥さんはベゴニアのはちを窓にあしらい、ストーヴの前のあんだ敷物《しきもの》の上には、みごとなとらねこが、のどをならしながら、眠っています。土曜日は、奥さんがパンをつくる日で、クッキーや、しょうがいりのパンや、ドーナッツができます。これからは、毎週土曜日の朝十一時に、ロレッタをみまいにいくことにしようと思っているの。わたしのほうでも、ウィルソン夫人のことを感じのいい人と思ったけれど、むこうでも、おなじ気持らしいわ。わたしが失礼してから、奥さんは先生に、自分とおなじように気さくな人だから気にいった、といっているんですものね。
ロレッタは家事を見習い、ささやかでも、自分の庭をもらい、戸外の陽のあたるところで遊べることになっています。はやく床にはいり、栄養のあるおいしいものが食べられ、かわいがっていただき、しあわせになることでしょう。しかもこのお礼が、週にたった三ドルなのよ!
こんな家庭を百軒も見つけて子供たちの世話をみていただくように、どうしてならないんでしょうね? そうしたら、この建物は白痴《はくち》をいれる場所になり、白痴のことをなんにも知らないわたしは、さっぱりした気持で院長さんをやめ、家に帰って、しあわせにくらせることになるでしょう。
ほんとうなのよ、ジューディ、わたし、こわくなりだしてるの。ここに長いこといたら、孤児院がわたしをつかまえてしまいそうだわ。だんだん興味がつのってきて、ほかのことは考えることも、話すこともできないの。夢にもそればっかりでてくることよ。あなたとジャーヴィスのおかげで、わたしの将来は、もうめっちゃくちゃになってしまったわ。
わたしがここをやめて、主婦になり、子供ができたものとしてみましょうか? 世間なみに子供ができたとしても、せいぜい五、六人、しかも、おなじ遺伝をもった子ばかりよ。おどろいたことだけど、それがいまのわたしには、ほんとうにくだらなく、つまらないことにみえるの! あなたが、わたしにすっかり孤児院の風をふきこんでしまったためよ。
いまいましがっている
サリー・マクブライドより
(追伸)父親が私刑《リンチ》にあって殺された子が、はいってきました。このことは、この子の心に一生きざみつけられる事件になることでしょう。
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火曜日
なつかしいジューディへ
どうしたらいいでしょう? マミー・プラウトは、ほしたすももがきらいなの。安くて体にいい食べものをいやがるのは、食べずぎらい、きちんとした孤児院では、それはそのままに放ってはおけないことでほしたすももがすきになるようにマミーをさせなければいけない。ここの子供たちのしつけを受けもっている文法の先生が、きょうわたしたちといっしょに食事しながら、こうおっしゃったの。一時ごろこの先生にいわれて、マミーがわたしの院長室にやってきました。ほしたすももを口にいれるのをいやだ、どうしてもいやだ、といいはったためなの。そして、むりやりにいすに坐らされて、わたしから罰を受けるのを待っていました。
ところで、あなたもごぞんじのとおり、わたしはバナナぎらいよ。それをむりやり食べさせられるなんて、たまらないわ。だから、マミーに、ほしたすももをどうしても食べなさいなんて、どうしてもいえないの。
ミス・ケラーの顔もつぶさず、マミーもいやな思いをせずにすむ方法を、とつおいつ考えているときに、電話がかかってきました。
「帰ってくるまで、ここにいるのよ」こうしてわたしは部屋をでて、戸をしめました。
電話は、ある夫人が親切にも、自動車でわたしを委員会につれていってあげようという話でした。まだおつたえしませんでしたけど、いまこの地方で孤児院のための運動をおこしているの。この近くにお金持でブラブラしている別荘持ちの連中がいま町からここに移ってきはじめているんですけど、園遊会《えんゆうかい》やテニス試合に夢中にならないうちに、この連中の心をしっかりつかんでおこうと計画しているところです。この人たちは、いままで、孤児院のためにはなんにもしてくれなかったんですけど、もうそろそろ、目を開いて、わたしたちのことをわからせてあげてもいいはずだと思っています。
お茶の時刻にもどってくると、マクレイ先生がろうかで待っておいでになっていて、院長室にある統計表を見せてくれとおっしゃいました。戸をあけると、マミー・プラウトが四時間前とおなじ場所に、そのままの姿で坐っているんです。
「まあ、マミー、まさかここにずっといたんじゃないんでしょう?」わたしはびっくりして叫びました。
「いいえ、いました、院長先生。もどってくるまでここにいなさい、とおっしゃったんですもの」
かわいそうに、このしんぼう強い子はヘトヘトになって、いまにもいすからずり落ちそうになっているのに、なき声ひとつたてずにいたのです。
サンディのためにここで申しあげておきますが、あの人はやさしい心根の人よ。サンディはあの子を両腕にだき上げてわたしの書斎につれてき、あやしかわいがって、とうとうニッコリさせました。ジェインは裁縫《さいほう》台を持ちこんできて、食卓《しょくたく》がわりにそれを火の前にすえ、先生とわたしがお茶を飲んでいるときに、マミーに食事をさせました。ある教育家の考えでは、この子がつかれておなかをすかしているいまこそ、ほしたすももを食べさせるにもってこいのときというわけでしょう。でも、これはあなたもよろこんでくださることと思いますが、わたしはそんなことはせず、先生も、このときばかりは、わたしのこの科学的でないむちゃなやり方に賛成してくださいました。わたしは自分用のいちごを食べさせ、先生はポケットから、はっかドロップをだしてやって、マミーは、いままで味わったこともないほどのすばらしい食事をしました。マミーは、すかりあかるい気持になって、仲間のところにもどっていきましたが、ほしたすももを食べようとしない悪いくせはもとのまんまになっています。
リペットさんがこのむちゃくちゃな、いたましい服従を徹底的にたたきこんだのですけど、こんなにおそろしいことって、いったいこの世にあるとお思い? それは、孤児院式な態度というものよ。わたしは、とにかく、そんなものはたたきつぶしてしまわなければならないと考えてるの。自分からものをする力、責任、好奇心、発明の才能、がんばろうとする気力――こんな力を、先生が孤児の血管のなかに注射してくださることができたら、ほんとにいいのですけど!
あとで
あなたがニューヨークにもどってきていてくださったらと、つくづく思います。きっと新聞係りをおねがいしたことでしょう。もうじき、あなたのあのすごくうまい文章が必要になるんですもの。いまぜひ養子にもらってもらわなければならない子が、ここに七人いて、それの広告をするのが、あなたの仕事なの。
小さなガートルードはやぶにらみだけど、かわいくて、おっとりした子です。なんとかうまく文章をひねりだして、たとえきれいじゃなくとも、この子を養子にもらってくれるやさしい家族の人があらわれるようにしていただけないものかしら? この子の目は、大きくなったら、手術してなおすことができます。もし根性《こんじょう》がやぶにらみになっていたら、どんなりっぱな先生にかかっても、それを切り取ってもらうことはできないことよ。この子は、まだ親というものをぜんぜん知らないでいるのですけど、なにか穴があいているものが自分にあるのを知っていて、通りすがりの誰にでも、一生けんめいに両腕をさしのばしています。あわれっぽいところをできるだけ文章にもりこんで、なんとか、この子のために親を見つけてあげてちょうだい。
あなたならきっと、ニューヨークの新聞のどれかに運動して、いろいろな子供についての日曜日の特別記事を書かせることができるでしょう。写真なら、おおくりします。あの「ほほえむジョー」の写真がシー・プリーズの人たちの心にどんなに反響《はんきょう》をひきおこしたかは、あなたもごぞんじね。あなたのほうで文章をそえてくださりさえしたら、こちらでは「ほほえむジョー」にもおとらず気にいるような「笑っているルー」、「喉ならしのガートルード」、「けっとばしのカール」の写真を提供《ていきょう》します。
それから、遺伝なんか気にしない人たちを、どうか見つけてください。子供をもらうのなら、ぜひヴァージニア州の開拓者《かいたくしゃ》の子をなんていうこと、もううんざりだわ。
かしこ
サリーより
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金曜日
なつかしいジューディへ
すごいさわぎでした! コックと家政婦にひまをだし、文法の先生には、来年にはここにもどってくるにはおよばないことを、それとなくうまくつたえました。でも、ほんとに、サイラス閣下をくびにすることができたらいいのですが!
けさおきたお話を、しなければなりません。大病にかかっていたこの評議員さんは、これまたすごい元気をとりもどして、わたしたちに危険なものとなり、近所のものとして、ちょっとあいさつにおたちよりになりました。げんこつ坊主はわたしの書斎のじゅうたんの上に座って、おとなしく積み木遊びをしていました。いまこの子は、ほかの小さな子供たちとはべつにして、そっとじゅうたんの上に坐らせて、神経をいらだたせないようにするモンテソリの教育方法をやっているのです。そして、この方法がうまく効果をあげているものと、よろこんでいました。この子のつかうことばが、だいたいおとなしいものになってきていたからなんです。
三十分ほどべつに用もなくおいでになったあとで、サイラス閣下は、たちあがってお帰りになろうとしました。閣下が部屋をでてドアがしまると(そのときまでだまっていてくれたことだけでも、ほんとうにありがたいことだったのですが)、げんこつ坊主は、さもそうだろうといわんばかりに、とび色の目をわたしにむけ、いかにもここだけの話といったふうな微笑を浮かべながら、「ちえっ、いやな面《つら》してやがるね?」といいました。
かわいい五つの男の子を預けることができる、親切な家庭があったら、わたしにすぐ知らせてちょうだい。
ジョン・グリア孤児院長
S・マクブライド
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ペンドルトンご夫妻さま
あんたたちのようなのろのろしたかたつむりって、まず、いないことよ。あんたたちがようやくワシントンに着いたばっかしなのに、こっちでは、もう何日間も荷づくりして、あなたたちといっしょに週末をおくって、元気をつけようと待ちかまえているのよ。どうぞ、はやく帰ってちょうだい! この孤児院の雰囲気《ふんいき》には、もうこれ以上人間としては我慢できないほど、我慢してるのよ。気分を変えなかったら、息がつまって死んじまうわ。
窒息《ちっそく》しそうな
S・マクブライド
(追伸)ゴードン・ハロックに葉書をだして、あなたがたがワシントンにおいでのことを、知らせてあげてください。当人はもちろん、議会のことでも、よろこんでお役にたつことでしょう。ジャーヴィスがゴードンをすきでないことは知っていますが、そんないわれのない政治家ぎらいは、ジャーヴィスはすてなければいけないと思うわ。ひょいとしたら、このわたしだって、政治家になるかもしれないことよ。
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ジューディ
お友だちや後援者《こうえんしゃ》のかたがたから、すばらしい贈物をいただいたの。まあ、きいてちょうだい。先週、ウィルトン・J・レヴァレット(これは名刺に書いてあるまんまの名なのですが)とおっしゃるかたの自動車が、門の前で割れたびんのかけらのためにパンクし、運転手がタイヤをなおしているあいだ、ここにおたちよりになりました。そのときの案内役はベツィで、このかたはすべてのものになかなか鋭い関心をおしめしになり、とくに新らしくたてた丸木小屋に興味をおよせでした。これは男の人の心をひくものなのね。最後には上衣をぬいで、二種族のインディアンたちを相手に、野球までしておいででした。一時間半して急に時計をごらんになり水を一杯くださいとおっしゃって、それからおじぎをしてお帰りになりました。
このことはすっかり忘れていたのですが、きょうの午後運送屋さんがここに乗りつけ、ウィルトン・J・レヴァレット化学研究所からの贈物を運んできてくれました。それは樽《たる》で――そう、とにかく相当大きな桶《おけ》で――液体の緑《みどり》石鹸がいっぱいにはいっていました。
ここにまく種子《たね》がワシントンからきたこと、もうお話しましたっけ? これは、ゴードン・ハロックと合衆国政府からの親切な贈物です。いままでこの孤児院がどんなにでたらめだったか、ひとつの例をお知らせしましょう。この農場ともいえる場所で三年間はたらいていたマーチン・シュレィダーウィツは、チサの種子をまくのに、お墓のような穴を二フィートもほり、種子をそこにうめるよりほかにはなんにも知らなかったのです! ああ、これからなおさなければならないことが、どんなにたくさんあるか、あなたには見当もつかないことでしょう! でも、ほかの人はともかく、あなたはもちろん、それがわかってくださることね。すこしずつわたしの目に開かれてき、最初にただ変《へん》だなと思っていたことが、いまは、まあ――! ほんとうにがっかりしてしまうわ。目の前にあらわれるみょうなものは、どれもこれも、そのなかに小さな悲劇をやどしているのです。いまのところ、お行儀のことを、とくに注意しています。お行儀といっても、孤児院のお行儀ではなく、ダンス学校のものなの。ここの子供の態度には、ユライア・ヒーピ式のものはまっぴらよ。女の子は握手するときに、ちょっと腰をかがめ、男の子は女の子がたっているときには、帽子をぬいでたち、食事をはじめるときには、女の子のいすをうしろからおしてあげます。(きのう、トミー・ウルジーがサディ・ケイトをスープのなかにつんのめらせてしまいました。みんなのおもしろがったことときたら! ただ、サディだけはべつ。あの子は人にたよろうとしない若きご婦人で、男からこんなつまらない世話をやいてもらうのを、いやがっています)最初男の子たちはニヤニヤしていましたが、人気者のパーシー・ド・フォレスト・ウィザースプーンさんの礼儀正しい態度を見てからは、小さいながらも、なかなかの紳士ぶりを発揮しています。
げんこつ坊主が、けさは、ここにきています。
この三十分、わたしがあなたにせっせとお便りしているあいだ、坊やは窓のしきいのところに坐りこみ、おとなしく静かに色鉛筆をうごかしていたのですが、ベツィがとおりすがりに、ちょっと坊やの鼻のところにキスをしてあげました。
「ちえっ!」顔を真っ赤にそめ、いまにも男らしいさりげないようすでキスのあとをふきとりながら、げんこつ坊主はこうつぶやいていました。でも、すっかりいい気分になってまた赤と緑の景色をかきはじめ、口笛まで吹こうとしているのよ。この坊やのかんしゃく退治《たいじ》は、いまにきっと成功するでしょう。
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火曜日
きょう、先生はひどくごきげんがななめです。子供たちが食堂にはいっていこうとするときに、あのかたがちょうどお見えになり、そこで食事の検査《けんさ》がはじまったわけなんですがさあ大変! じゃがいもがこげていたんです! そこであの人がおこしたさわぎのすごいのなんのって! じゃがいもをこがすなんていうことは、ここではじめてのこと、それに、おこげをつくることは、どこの家庭にだってあることですものねえ。でも、サンディの話しっぷりだけ聞いていると、まるで、わたしが命令して、コックさんにわざとおこげをつくらせているようなぐあいなの。
前にもお話したとおり、あんな人なんていなくとも、わたし、ちゃんとやっていけることよ。
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水曜日
きのうは、すごくいいお天気だったので、ベツィとわたしは仕事をそっちのけにして、ベツィの知りあいのすばらしい家庭を自動車で訪問し、イタリアふうの庭でお茶をごちそうになりました。げんこつ坊主とサディ・ケイトは一日じゅうとてもいい子だったので、でかけるきわになって先方に電話をし、ふたりをつれていくおゆるしをいただきました。
「ええ、ほんとうに、どうかその子供さんたちをおつれください」が、相手の熱のこもった答えでした。
でも、げんこつ坊主とサディ・ケイトをつれていったことは、けっきょく失敗だったわ。じっと坐っていることができる証拠《しょうこ》を見せてくれたマミー・プラウトを、つれていったほうがよかったの。この訪問のいちいちこまかな話はぬきにするけど、とにかく、げんこつ坊主が金魚つりにプールの底までもぐっていったときに、さわぎは絶頂《ぜっちょう》に達しました。先方のご主人が坊主のパタパタうごいている足をつかんで引きあげ、坊主はこのかたのばら色の湯あがり着につつまれて、ここにもどってくる始末になってしまいました。
これはまた意外なこと、ロビン・マクレイ先生が、きのうはひどくいやな思いをさせてわるかったとばかり、日曜日の夕方七時にあの黄緑色の家で食事をし、そのあとで顕微鏡のスライドをお見せしようと、ベツィとわたしを招いてくださいました。このスライドでは、きっと、猩紅熱《しょうこうねつ》の培養菌《ばいようきん》、アルコール中毒患者の組織、それに肺結核《はいけっかく》の腺などが見せられることでしょう。こんな社交的なおつきあいは、あのかたにしてはとてもいやなことなんですけど、自分の考えを思いきりこの孤児院でおこなうには、院長さんのごきげんをそこねたらだめということを、さとったのでしょう。
この手紙をざっと読みかえしてみましたけど、たしかに、話から話へとピョンピョンとんでいるまとまりのない手紙になってしまったことね。でも、べつに重大なお話はしていないにせよ、この手紙を書くのに、ここ三日間、ひまな時間はぜんぶつぶしたということだけは、わかってくださることでしょう。
とてもいそがしい
サリー・マクブライドより
(追伸)けさ、ありがたいご婦人がひとりお見えになり、夏じゅう子供を――しかも、ここでいちばん病気にかかりやすくて弱い、みすぼらしい子供を――あずかりたいと申しでてくださいました。このかたはつい最近夫をなくしたばっかりでなにかせっせとやる仕事をほしいのだそうです。とてもお気のどくのことじゃないこと?
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土曜日の午後
ジューディとジャーヴィスへ
兄のジミーは、こちらからせっせと、なにかよこせ、よこせといってやったので、とうとうひとつの贈物をしてくれましたが、それは兄が自分で選んだものなの。
それが猿《さる》なの! 名前はジャヴァ。
子供たちの耳には、授業の鐘の音なんて、もうはいらなくなってしまいました。この猿がやってきた日には、ここの連中は全員一列にならんで、つぎからつぎへと猿に握手をしました。かわいそうに、シングはもう誰にも相手にされなくなり、おふろをつかわせるのに、わたしがおだちんをださなければならなくなってしまいました。
サディ・ケイトは、だんだんとわたしの秘書に成長していっています。孤児院のお礼状はサディに書かせていますが、その文章は後援者のあいだでなかなかの評判です。この子はつぎのおねだりをすることを、絶対に忘れません。いままでわたしは、キルコイン家はアイルランドのまだ開けない西部の出とばっかし思っていたのですが、その祖先はどうやらブラーニー城の近くにいたらしいわ。サディが兄におくった手紙のうつしを同封しましたが、それを読んでも、この娘の筆がどんなに人の心をひきつける力を持っているか、おわかりになるでしょう。でも、すくなくともこんどだけは、そのねがいごとはかなえられないと思います。
ジミーさまへ
おさるさん、ほんとにありがとう。名はジャヴァにしました。このおさるさんが、海のむこうのあたたかい島から、はるばるやってきたからです。そこでは鳥のすとおなじだけど、もっと大きなすのなかでおさるさんは生まれるんだと先生が話してくださいました。
おさるさんがやってきた日には、男の子も女の子もみんなあくしゅをして、おはようといいました。その手は、へんなかんじがするわ。ぎゅうっとにぎるんですもの。さいしょさわるのはこわかったけど、いまは肩にのったり、首に両うでをまきつけたり、かってにさせています。なにかどなっているようなみょうな声をだし、しっぽをひっぱると、すごくおこります。
わたしたちは、おさるさんがだいすき、それから、おじさんもだいすきです。
こんどなにかくださるときには、どうかぞうをください。きょうはこれでおわりにします。
さようなら
サディ・ケイト・キルコイン
パーシー・ド・フォレスト・ウィザースプーンさんは、相変らず、ちびの家来どもに一生けんめいになっていてくださってます。あきておしまいにならないかと心配になって、ときどき休暇をおとりになるようにと、おすすめはしているのですけど……。ご自身が熱心なばかりでなく仲間のかたまでつれてきてくださいます。この近くに知りあいのかたをたくさんお持ちで、この前の土曜日の夕方には、ふたりのお友だちを紹介してくださいましたが、とてもいい人たちで、かがり火のまわりに坐って、狩りの話をしてくださいました。
ひとりの方は世界漫遊から帰ってきたばかりで、髪の毛のよだつサラワクのおそろしい首狩りの話をしてくださいました。サラワクは、ボルネオの北のピンク色の細長い地方の名です。ちび戦士たちは、はやく大人になり、サラワクにいって、首狩り種族の征伐《せいばつ》にでかけたくてムズムズしています。ここにある百科事典はぜんぶひっくりかえされ、ボルネオの歴史、風俗、気候、植物や細菌《さいきん》類について知らない男の子は、ひとりもいません。英国、フランス、ドイツはサラワクほどおもしろくはなくとも、教養《きょうよう》のためにはもっと大切なのですから、こうした国で首狩りをしたことのあるお友だちを、ウィザースプーンさんが紹介してくださればありがたいのですけど……。
新らしいコックさんがきました。わたしが院長の座についてから、これで四度目です。コックさんについてのいざこざは、いままでお話をしませんでしたけど、家庭の場合とおなじように、孤児院でもこうしたうるさいことはあるのです。こんどきた人は黒人の女の人で、南カロライナ出身の大きくて、太った、ニコニコしている、チョコレートのはだをした人です。この人がきてからは、蜜ぜめにあっています! 名前は――どうだとお思い? サリーというのよ。そこで、名を変えたら、といってみました。
「そうね、わたしにゃ、その名があんたより長いことついているんですね。モリーってよばれたって、うまいこと返事ができゃしないだろうね。サリーは、どうも、わたしにぴったりの名のようでね」
そこでこの人の名は、そのまんまサリーになっています。でも、すくなくとも、ふたりの手紙がごっちゃになる心配だけはありません。最後の名が、わたしのマクブライドほど平凡なものじゃないんですもの。間を線でつないだジョンストンーワシントンという名なんです。
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日曜日
近ごろのわたしたちの楽しみは、サンディのあだ名を見つけることです。いかにもしかつめらしい顔をしているので、なお漫画にはうってつけになるわけです。新らしい名前をいろいろと考えだしてみました。「コックペンの殿様《とのさま》」がパーシーの選んだものです。
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コックペンの殿様は、ほこりが高くえらい人。
国のためには日も夜もあけず。
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ミス・スネイスはいかにもきらいといったふうに「あの男」とよび、ベツィは、(かげで)「肝油先生」といっています。わたしがいまだいすきなよび名は、「マクフェアンソン、クロン・グロケッティ・アンガス・マクラン」なのですが、詩的な感じをだしている点では、サディ・ケイトが断然《だんぜん》ほかの人たちをひきはなしています。サディは先生を「もうすぐさん」とよんでいるのです。先生が詩をつくるなんて、いままでにたった一度しかなかったことでしょうが、ここの子供は誰でも、それをそらでおぼえています。
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もうすぐなにかがきっとおこるよ、
いいこだからいうことをきくんだよ、
にっこり笑って肝油をのめば、
すぐにハッカのドロップあげよう。
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先生の晩餐会にベツィとわたしがいくのは、きょうの夕方のこと、そして、たしかにあのいんきな家のなかを見たくて見たくてたまらない気持で、この会を楽しみにしています。あのかたは、自分自身についても、自分のいままでのことも自分に関係のある人についても、ぜんぜんなんにもおっしゃらないかたです。先生は「科学」とよばれる台の上にただひとりでたっている像のような感じのするかたで、ふつうの人の持つ愛情も外にあらわさず、かんしゃく以外には、人間の弱点をしめさないかたなんです。どんな過去をお持ちなのか、ベツィもわたしも、それを知りたい好奇心でもえています。でも、あの家のなかにはいりさえすれば、わたしたちの探偵眼《たんていがん》で、それが自然とわかることでしょう。あそこの入口があのすごいマックガークでかためられているかぎり、そこにはいることはできぬことと、わたしたちはあきらめていたのでした。ところが、いま、扉が自然に開かれたのです!
つづき S・マクブライドより
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月曜日
ジューディ
ベツィとウィザースプーンさんとわたしは、きのうの晩、先生の晩餐会に出席しました。最初は、重苦しいいやな気分ではじまりましたけど、けっきょくは、かなり楽しい会になりました。
あの家の内側は、外からそれと見当をつけていたとおりのものです。あんな食堂なんて、まだ見たこともありません。壁も、じゅうたんも、たれ布も、みんな重苦しい黒みがかった緑色、黒い大理石の炉かざりの奥には、わずかな石炭がくすぶっています。家具の色は、まあ黒といってもいいでしょう。かざりはてらてらした黒いわくにはいった銅版画が二枚――「谷間の王者」と「追いつめられた牡鹿《おじか》」だけです。
わたしたちは明るく、にぎやかになろうと一生けんめいだったのですけど、まるで、お墓の穴ぐらで食事をしているような感じでした。マクガークは、黒いアルパカの服の上に黒い絹のエプロンをつけ、テーブルのまわりをずしんずしんと歩いて、つめたくなったしつこい食べものを、お給仕してくれましたが、その歩き方があまりすごい勢いなので、食器だなのひきだしにある銀の道具類が、音をたてていました。いかにもつんとしたようすをしていて、口をへの字にかたくむすんでいました。先生がお客さまをよんだことを、この人がいやがっていることは、もうたしかなこと、二度とふたたびここにくる気をお客さまにおこさせまい、という魂胆《こんたん》なのです。
サンディは、自分の住んでいる家になにか感じのよくないところがあることをおぼろげながらも知っていて、お客さまのためにあかるい色をそえようと、花――それもたくさんの花――すごくきれいなキラーニーばらや、赤と黄のチューリップを買ってありました。マグガークはそれをぜんぶひとまとめにきゅっきゅっとかたくしばって、くじゃく色にかがやいている青の花瓶《かびん》につっこみ、テーブルの真中にどっかとそれをすえておいたのです。それは、まるで犬かごのようなしろものでした。この置物を見たとき、ベツィもわたしも、すんでのことに吹き出すところでしたが、食堂にあかるい色をそえたことを、先生がむじゃきによろこんでいらっしゃるふうだったので、わたしたちはこみあげてくる笑いをおさえて先生のすばらしい色彩感をせっせとほめてあげました。
夕食がおわるとすぐ、みんなはほっとした気分になって、先生の私室にいきました。ここではさすがのマグガークも手がでないからです。掃除をするために先生の書斎、事務所、実験室にはいることをゆるされている人は、ルーエリンだけで、この人はせいが低く、がっちりと筋肉のひきしまったがにまたのウェールズ人で、小間使いと運転手の資格をじつにみごとにそなえている人です。
書斎は、いままでに見たこともないほど感じがいい部屋というわけではありませんでしたが、男の人が住んでいるものとしては、まあひどいほどものではなく――本はあたり一面に床から天井までみっしりとつまっていて、そこからあふれでたものは、床やテーブルや炉かざりの上に積み重ねておいてありました。いすはふかぶかとした革ばりのが六つあり、敷物《しきもの》が一、二枚、ここにもまた、黒大理石の炉かざりがありましたが、そこでは|蒔き《まき》の火がパチパチと音をたててもえていました。かざりものとして、剥製《はくせい》のペリカンとつるが一羽ずつ、つるは口にかえるをくわえ、そのほかに、木に坐りこんでいるあらいぐまと、きらきらかがやく銀色のうろこのあるターボンがありました。ヨードチンキのにおいが、かすかにそこにただよっています。
先生は、フランスふうの道具をつかって、自分でわざわざコーヒーをいれ、わたしたちの心から家政婦を追いはらってくださいました。あのかたは一生けんめいになって心こまかな主人役をつとめようとし、これはおつたえしておかなければならないことですが、その夜は一度も「精神異常」の話はでませんでした。サンディは、ひまになると、釣りをやっているらしいわ。サンディとパーシーはさけとますの話をしはじめ、あげくのはてに、サンディは蚊針のはいった箱を持ちだし、ご親切にも帽子どめのピンにするようにと、「シルバー・ドクター」や「ジャック・スコット」という針を、ベツィとわたしにくださいました。それから、話はスコットランドの荒野での狩りにうつり、道にまよって野原で一夜をあかした経験談になりましたが、たしかにサンディの心は、いつも、そこの高原地帯にとんでいるのね。
ベツィもわたしも、どうやら、あの人にすまないことをしていたらしいわ。先生がなにか罪をおかした人だと考えることは、たしかにおもしろく、ちょっとすてがたいものですけど、そんなことをした人ではないらしいことよ。わたしたちはいま、先生のことを、恋にやぶれた人とみる考え方にかたむいています。
あの気のどくなサンディをからかいものにしたなんて、わたしはほんとうに心なしの女でした。あの人をよせつけないそっけなさにもかかわらず、あの人はなにかわびしさをただよわせている人だからです。一日じゅうせっせと診察に歩きまわって帰ってきたあとで、あのわびしい食堂で相手もなく食事をすることを、考えてもごらんなさい!
わたしがここにいる画家の連中をあそこにやて、うさぎの小壁をかかせたら、あのかたもすこしはあかるい気持になるかしら?
かしこ
サリーより
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ジューディ
あんたはもうニューヨークに帰ってこないつもり? どうか急いで帰ってきてちょうだい! わたし、新らしい帽子が必要で、それを、ここのウォーター通りじゃなく、五番街で買いたいの。ここで一流の帽子屋さんのグラビイ夫人は、パリの流行をうのみにしようとはせず、自己流のものを、つくっています。でも、三年前に、この人は、世間の風《ふう》にもしたがわなければと、ニューヨークの店を見学してまわり、そのときの知識をもとにして、帽子の型をつくっているのです。
そればかりでなく、自分の帽子以外に、この子供たちのために、帽子を百十三も買わなければなりません。靴、ニッカーポッカー、シャツ、リボン、靴下などは、いうまでもありません。ささやかなものとはいえ、わたしのかかえている家族をいつもきちんとした身なりにしておくことは、なかなか大変なことです。
先週こちらからだしたあの十二セント半の郵送料の手紙、お読みになったの? 木曜日づけのそちらからのお便りではそのことにはひとことだってふれてはいませんよ。あれは十七頁にもなる長い手紙で、それを書くのに、何日もかかっているのよ。
かしこ
S・マクブライドより
(追伸)どうして、ゴードンのことをなにか、知らせてくださらないの? あのかたにお会いになったの? あの人、なにかわたしのことをいっていたこと? ワシントンにはわんさといる南部の美しい誰か、あの人は追いまわしているの? わたしが便りを聞きたがっていることは、あなたもご承知《しょうち》のはずよ。どうして、そんなにだんまりむっつりしていなければならないの?
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火曜日 午後四時二十七分
ジューディ
あなたの電報が、二分前に電話でつたえられてきました。
ええ、うれしいわ、よろこんで木曜日の午後五時四十九分に着くようにします。その日の晩は、どうぞ、ほかの約束なんかしないでおいてちょうだいね。あなたと会長さんを相手に、真夜中まで、ジョン・グリア孤児院の話をするつもりなんですもの。
金曜日、土曜日、月曜日は、買物ですっかりつぶされてしまうことでしょう。ええ、あなたのおっしゃるとおりよ、わたしはもう、とじこめられた人間にしては、ありあまるほどの衣裳《いしょう》持ちよ。でもね、春がくるともなれば、衣がえをせずにはいられなくなるの。院長づとめをしていながらも、わたしは毎晩、夜会服を着ているのよ、それを使い古してしまうためにね――いいえ、そればっかりじゃないわ、あなたのためにつっこまれてしまったこの風がわりな生活にもかかわらず、自分はやっぱりなみの娘なのだということを、自分の心にいってきかせるためもあるわ。
サイラス閣下は、きのう、わたしが青味がかった、薄緑色の綿ちりめんの服(パリふうにみえるけど、ジェインのつくってくれたものです)を着ている姿をごらんになり、わたしが舞踏会にいこうとしているのじゃないことをお知りになって、きつねにつままれたような顔をしておいででした。ゆっくりしていただいて、お食事をいっしょにとお招きしたら、承知してくださったのよ! すっかり、気が合ってしまったの! あのかたは、食事をすると気のなごむかたなのね。食べることが性《しょう》に合っているらしいわ。
いまバーナード・ショーの劇がニューヨークにかかっていたら、土曜日の午後にちょっと時間をさいて、マチネーにいきたいものね。ショーの会話は、サイラス閣下の会話とは大ちがい、きっと元気を与えてくれることでしょう。
これ以上書いても意味はないわ。お会いするときまで待って、そのときにお話しましょう。
さようなら!
サリーより
(追伸)まあ、サンディのやさしいところが、ようやくすこしわかりだしてきたのに、あの人は、またかんしゃくを爆発させ、|とてもいやな《ヽヽヽヽヽヽ》人になってしまいました。不幸にもこの孤児院に五人のはしか患者がでたのですが、あの人のようすときたら、ミス・スネイスとわたしが、あの人をこまらせてやろうと、わざとはしかを子供にうつしたといわんばかりなのよ。あの先生が辞表《じひょう》をだしたら、よろこんで受けとってやろうと思う日が、よくあるわ。
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水曜日
剛敵さん
きのうの短くて威厳のこもったお手紙、たしかにいただきました。書く文章が話すことばとこうまで似ているかたって、まだ一度もお会いしたことがございません。
「剛敵」とあなたをおよびするばかげたことをわたしがやめたら、とてもよろこんでくださるんですって? ちょっとでもまずいことがおきると、すぐかんしゃくをおこし、悪口をさんざんわめきちらすばかげたことを、そちらでやめてくださったら、こちらでも、あなたを剛敵とよぶばかげたことを、すぐやめることにいたしましょう。
あした、ここを出発し、四日間ニューヨークにいってまいります。
かしこ
S・マクブライド
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ニューヨーク、ペンドルトン家にて
剛敵さん
この手書きがお手もとにとどくころには、この前にお会いしたときより、もっとごきげんがよくなっておいでのことでしょう。あのはしかの新らしい患者がでたのは、院長の不注意のためではなく、伝染病患者をきちんとひきはなしておくことができない、あの古めかしい建物の不幸な建て方によるものであることを、ここではっきりともう一度くり、かえして申しあげます。
きのうの朝、わたくしが出発いたします前におこしねがえませんでしたので、おわかれのさいの伝言をおつたえすることができませんでした。そこでこのお便りをいたしているわけなのですが、どうぞ、マミー・プラウトをよく注意してくださいませ。あの子は、体じゅうに赤いブツブツがでています。そうでないようにとは祈りつつも、あれは、はしかかもしれません。マミーはすぐ赤いブツブツをだす子です。
きたる月曜日の六時に、監獄生活にもどる予定でいます。
かしこ
S・マクブライドより
(追伸)こんなことを申して失礼なのですけど、あなたは、わたしが尊敬できる型のお医者さまではありません。お医者さまは丸々と太っていて、にこやかなかたがすきですわ。
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六月九日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
あなたたちは、感受性の強い娘が会ってはいけない人たちよ。ペンドルトン家のような仲のいい夫婦生活の幸福な姿をみせつけられたあとで、わたしがこの孤児院生活にまいもどり、満足して落ちついていられると、どうして考えることができるの?
帰り道、汽車の道中ずっと、あなたのご主人のお心づくしの小説二冊と雑誌四冊、それに箱入りのチョコレートなんかには手もつけず、わたしの知合いの若い男性のうちでジャーヴィスにおとらぬいい人はいないものかと考えながら、時をすごしてしまいました。ところが、いたの!(ジャーヴィスよりちょっとばかりましな人よ)きょうからは、この男性はねらいをつけたわたしの獲物《えもの》、逃れようとて逃れられぬわたしの犠牲《いけにえ》です。
せっかく熱も持てるようになってきたのに、この孤児院をすてるなんて、とても残念なことよ。でも、あなたが孤児院をワシントンにうつしてくださらないかぎり、ほかにしようもありません。
汽車はとてもおくれたの。わたしたちの列車は待避線《たいひせん》にはいって煙をだしているまんま、そのあいだに普通列車が二本と貨物列車が一本、わきをとおりぬけていきました。なにか故障《こしょう》がおきて、機関車を応急修理《おうきゅうしゅうり》しなければならなかったのでしょう。車掌《しゃしょう》さんはあいそよくごきげんとりばかりしていて、事情はなにも話してくれませんでした。
うるしを流したような闇につつまれ、雨に打たれながら、わびしいいなか駅にわたしがおりたときには、もう七時半になっていました。ここでおりた乗客はわたしだけ、かさを持たず。しかも、あの大切な帽子をかぶっているのでした。むかえにターンフェルトもきてはいず、駅のタクシーさえ、ないんです。なるほど、電報で到着の時刻をきちんと知らせてはありませんでしたけど、それにしても、なんだかすっかり放りだされてしまった感じがしました。どうということもなく、百十三人の子供たちがプラットフォームにならび、花をまいて歓迎の歌を歌ってくれるような気が、なんだかしていたんですもの。町角の食堂までひと走りして、電話で車をまわすようにつたえてくれないか、そのあいだ電信機のようはちゃんと注意して見ている、と駅員にたのんでいるとき、わたしにまっすぐむけられたふたつのかがやくヘッドライトが町角をまがってとんできました。この自動車はわたしをひきたおす寸前にピタリととまり、サンディの声が聞えてきました。
「やあ、サリー・マクブライドさん! 子供たちをぼくの手から引きとるのに、だいぶゆっくりしているな、と考えていたところなんですよ」
汽車がいつ着くかわからないと考えて、あの人はわたしをむかえに三回もきてくださっていたんですって。先生は、わたしと新らしい帽子とかばんと本とチョコレートをすっかり防水服の下にかかえこんで自動車におしこみ、雨のなかをとびだしました。ほんとうに、このときは家にもどるような感じがして、ここを去らなければならないかと思うと、悲しくなってしまったわ。いいこと、気持の上では、わたしはもう辞職し、荷づくりし、この土地をはなれていたのです。ある地位に一生涯いるわけではないと考えただけで、人はなにかひどく落ちつかない気分になるものよ。試験的に結婚することがどうしてもうまくいかないのも、このためなのよ。人がしっかりと腰をすえて、なんとか形をつけようと一生けんめいになるためには、自分がある立場に永久にたち、もうどうにもならないと感じなければ、だめなものなのね。
たった四日間にどんなにいろいろのことがおきるか、びっくりするほどよ。わたしが知りたがっていることに答えるのに、サンディはいくら早口にしゃべっても、しゃべりきれないほどでした。なかでも、サディ・ケイトが二日間病室ぐらしをしたことを知りました。その原因は、先生の診断によれば、すぐりの実のジャムをつぼに半分と、それから、ドーナッツはどのくらいかわからないほど食べてしまったためらしいのです。わたしの不在ちゅう、あの子の仕事は、職員の台所でお皿洗いをすることになっていたのですけど、珍らしいごちそうがそばにあっては、その誘惑に勝てなくなってしまったのでしょう。
それから、黒人のコックさんのサリーと、これも黒人のよくはたらいてくれる男のノアは、のるかそるかの大げんかをはじめました。ことのおこりは、ほんのちょっとした火をつけることについての問題にすぎなかったのですが、サリーが女にしてはすごくみごとなねらいをつけて窓から投げつけた一杯のお湯で、そのもつれは大事《おおごと》になってしまいました。これでおわかりでしょう、孤児院の院長をつとめるには、世にもまれな人がらが必要なんです。保母と治安判事の資格を、かねそなえていなければならないのですものね。
先生のお話がまだ半分しかすまないうちに、わたしたちは到着、三回もむかえにきてくださったために食事もなさっていないので、ジョン・グリア孤児院の食事をめしあがってくださるようにと、先生におねがいしました。わたしは、ベツィとウィザースプーンさんにもきてもらって、執行委員会を開き、いままで放りだしにしておいた仕事のけりをつけてしまうつもりでいたんです。
サンディは気持よくすぐ承知してくれました。あの人は、例の墓穴以外の場所で食事をしたがっておいでなのです。
でも、ベツィは、おじいさんがきたというので、家にとんで帰り、パーシーは村でブリッジをしていることが、わかりました。あのかたが夜でかけることなんて珍らしいこと、すこしは楽しい遊びをしてくださったほうが、こちらでもほっとするわ。
このため、けっきょく、先生とわたしがさしむかいで、急いでつくった夕ごはんを食べることになりました――ふだんの夕食の時間は六時半なんですけど、このときには、もう八時近くになっていたのです。でも、急いでつくったものとはいえ、それはマクガークがだしたことはまずないような食事でした。サリーが、ここぞの腕の見せどころとばかり、南部のとてもおいしいごちそうをだしてくれたからです。食事がおわってから、わたしの気持ちのいい青色の書斎で、火の前に坐ってコーヒーを飲みました。外では風がうなり、よろい戸がパタンパタンと音をたてていましたが……。
ふたりは心のかよう親しみのこもった宵《よい》をすごしました。おつきあいをして以来はじめて、いままで気づかないでいたものがこの人にひそんでいることが、わかりました。あの人を一度しっかりと知るようになると、なにか心を引きつけずにおかないあるものが、ほんとうにあの人にはあるのです。でも、あの人を知るには、時間はかかるし、機転が必要ね。わかりがはやい人ではないことよ。こんなにじりじりするほどつかめない人って、まだ会ったことがないわ。こちらで話しているあいだじゅう、あの一文字にかたくむすんだ口と半分とじた目のうしろに、なかでぶつぶつくすぶっている、いけた火がひそんでいるような気がするの。だいじょうぶ、あの人は犯罪人じゃないこと? 先生は、とにかく、そうしたぞくっとする楽しい感じを与えてくださるかたよ。
それから、いざ遠慮なく話しだすとなると、あの先生はそう口下手《くちべた》じゃないことも、お知らせしなくちゃならないことね。スコットランドの文学ならなんでもござれ、自由自在にしゃべることができます。
特別はげしい風がさっと雨を窓にふきつけたとき、先生は「風がさわがしき谷でなにをしているのか、炉のかたわらの老妻は知らず」とおっしゃいました。いかにもぴたりのことばじゃないこと? でも、それがどんなことを意味しているのか、わたしにはぜんぜん見当もつきません。それから、すごい話があるのよ。コーヒーを何杯ものみながら(分別のあるお医者にしては、あのかた、コーヒーをのみすぎるわ)、あのかたはさりげなく、あのかたの家族がR・L・スティーヴンスン家と親しくつきあっていて、ヘリオット・ロウの十七番地の家で食事をいつもしていたものだ、と知らせてくださいました! その夜、この話を聞いてからは、ずっと、ふだんのすがたのシュリーに会ったんだって?
足をとめて、きみに話しかけたんだって?
といった気分になって、わたしはせっせとあのかたのお気にいりになろうとしました。
この手紙を書きはじめたとき、わたしは、最近ほりだしたロビン・マクレイの魅力についてお話するつもりは、べつにありませんでした。ただ、すまなかったと思って弁解しているまでのことです。きのうの晩、あの人はとてもやさしく、あいそうがよく、あなたとジャーヴィスにだした手紙で、わたしがどんなにひどくあの人を笑い物にしたかを考えてきょうはもう一日じゅう、気がとがめてなりませんでした。ずいぶん失礼なことをあの人についていってしまったけど、ほんとうにあれは本気でいったわけじゃないのよ。月に一度くらい、あの先生はやさしく、よく言うことをきく、いい人になるの。
げんこつ坊主がちょっとやってきていましたが、ここにいるあいだに一インチほどのひきがえるを三匹、逃がしてしまいました。一匹はサディ・ケイトが本箱の下に見つけてくれましたが、ほかの二匹はどこかにとんでいってしまい、それが、わたしのベッドにおさまっているのじゃないかと心配です! ねずみや、へびや、ひきがえるや、みみずが、てがるにはこべるものじゃなけれないいのにと、ほんとうに思うわね。虫も殺さぬ顔をした子供のポケットに、なにがひそんでいるか、わかったものじゃないんですもの。
ペンドルトン邸を訪問して、すばたしかったわ。そのお返しに、こちらにもきてくださるというあなたのお約束、お忘れなくね。
かしこ
サリーより
(追伸)薄青い寝室用のスリッパを、ベッドの下に忘れてきました。それをメアリーにつつませて、おくってくださいません? メアリーが宛名を書くときに、よく注意してね。この前|座席札《ざせきふだ》に「マクバード」とまちがって書いていたのですから。
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火曜日
剛敵さん
もうお話しましたとおり、ニューヨークの職業紹介所にしっかりとした乳母《うば》をせわしてくれるように、たのんであります。
求む、一度に十七人の赤ん坊を膝にのせることができる大きな膝を持つ乳母一名。
この乳母がきょうの午後やってきましたが、これが、わたしの描いたみごとなかっこうの女の人の絵です!
安全ピンでしっかりとめておかなけりゃ、赤ちゃんはどうしたってこの膝からはすべり落ちちゃうことね?
雑誌は、サディ・ケイトにおわたしください。きょう、晩にそれを読み、あしたお返しします。
わたしほどおとなしくて、よくいうことをきく生徒がいるものでしょうか?
S・マクブライドより
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木曜日
ジューディ
ニューヨークでふたりして相談した新らしい改革を、ぜんぶ実行にうつそうと、この三日間せっせとはたらいていました。あなたのことばは、もうおきてと同様です。みんなでつかうお菓子箱もできました。
それから、おもちゃ箱八十コも、注文ずみです。子供がそれぞれ自分の箱を持ち、そこに大切なものをしまっておけるなんて、すばらしい思いつきよ。ささやかでも自分の財産を持つということは、子供が大きくなって責任ある市民になる助けになることでしょう。わたしだってそれに気がついてもいいはずだったんですけどなんだか思いつけなかったのね。ねえ、ジューディ、あなたは、幼い子供の心の中のあこがれを、親身《しんみ》になってわかるのね。どんなに子供のことを思ってやっても、わたしには、とてもできないことだわ。
この孤児院をやっていくのに、いやな規則なんて、できるだけすくなくしようと思っているの。でも、このおもちゃ箱については、ひとつだけ、子供たちにしっかりつたえておかなければならないことがあります。そこにねずみや、ひきがえるや、みみずをいれちゃいけないということよ。
ベツィの棒給があがることになり、ここにいつまでもいてもらえることになって、わたしがどんなによろこんでいるかおつたえできないほどです。でも、サイラス閣下は、これには反対なの。あのかたはいろいろとしらべあげ、棒給なんぞもらわなくとも、ベツィの家庭では、ベツィを養っていけることをごぞんじなのです。
「そちらだって法律相談をなさるのに、ただでやっておいではないのでしょう?」わたしはいってあげました。「そうしたら、あの人だって教育を受けてここでつとめるのに、ただという法は、ないはずですわ」
「ここの仕事は、慈善事業ですぞ」
「自分のとくになる仕事をすればお金をもらえ、社会事業をやればお金をもらってはいけないということになるのですか?」
「ばかな! あの人は女なんだ、だから、家のものがあの人を食わせてやらなくちゃいけないんだ」
こうなると、話がサイラス閣下相手にあまり議論したくないことになったので、話をかえて、門に通じる傾斜面に植えるのには、芝と牧草とどちらがいいかとおたずねしました。閣下は、相談を受けるとおよろこびになるかたで、どっちでもいいつまらないことでは、できるだけあの人をよろこばしてあげているのです。いいこと、わたしはね、あのぬかりのないサンディが注意してくれたとおりにしているの。「評議員なんてヴァイオリンの糸のようなものさ。あんまりしめすぎると、だめ。うまくあやしておいて、こちらの考えをとおしてしまうにかぎる」まあ、この孤児院にきて、いろいろと要領がよくなったことときたら! 政治家のすばらしい奥さんにきっとなれることよ。
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木曜日の夜
きっとおもしろがってくださると思うけど、げんこつ坊主を、やさしいふたりのオールド・ミスに一時預けることになりました。この人たちは、子供をもらおうかどうかと、長いことまよっていたのですが、子供を持ったらどんな気持になるものかためしてみようということになり、一月の間子供を預ってみたいと申しこんできました。
例によって、ピンクと白の服を着て、「メイフラワ号」の血を受けついだ、美しいかざりもになるような子をぜひ、というわけです。わたしはそこで、「メイフラワ号」の娘を社会のかざりになるように育てあげることなら誰でもできること、イタリア人のオルガンまわしや、アイルランド人の洗濯女の息子もりっぱな人間にしてやることこそほんとうの仕事というものだ、とつたえてあげました。そして、げんこつ坊主をすすめてみたのです。芸術的なことばでいえば、あの子の持っている、ナポリ人から受けついだ遺伝は、正しい環境を与えて雑草を生やさないようにしたら、すばらしいまぜ色織りになるかもしれないのです。
わたしは、それをなかなかおもしろい仕事として話してみたのですが、相手も相当な元気者でした。一月坊主を預かって、いままで長年のあいだためこんである力を坊主の改造に注ぎこみ、どこかしっかりとした家庭の養子になれるようにつとめてみよう、と答えてくれました。この人たちはふたりとも、ユーモアの感覚と、人を仕込む力を持ちあわせている人でした。そうじゃなかったら、そんな話は持ちだしはしなかったことでしょう。そして、これこそあのあばれん坊主は仕込みをつけるただひとつの方法だろうと、わたしはほんとうに考えているの。あの子は、みじめないままでの短かい生涯で一度も味わったことのない愛情、愛撫《あいぶ》、世話を受けることになるでしょう。
このふたりのオールド・ミスは、イタリアふうの庭のある古めかしい美しい家に住んでいます。そこの家具は、世界じゅうから選《え》りすぐって集めたものばかり。あのなんでも物をこわす子を、こうした宝物のある場所におっ放すなんて、いかにもむちゃなようですが、あの子はここでもう一月以上のあいだ、なにひとつ物をこわしたりはしていないし、あの子のなかに流れているイタリア人の血が、そこの家の美しさに反応をしめしてくれるものと、信じています。
この坊やのかわいい唇からひどい言葉がとびだしても、びっくりなさらないようにと、注意しておきました。
きのうの晩、坊主はすばらしい自動車に乗って出発しましたが、この名うてのわんぱく坊主におわかれをいうのが、なんだか悲しかったわ。わたしの精力の半分ほどもすいつくしていた子供なんですものねえ。
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金曜日
たれかざり、けさ、いただきました。ほんとうにありがとう! でも、これは、ほんとうにくださらなくってもよかったものよ。あわて者のお客がなくしたものに、いちいち主人が責任をおっていたら、たまったものじゃありませんもの。これは、わたしのくさりにかけるのには、もったいなすぎるものだわ。セイロンふうに、鼻に穴をあけ、いただいた宝石がはっきりと人の目につくところに、それをつろうかと考えています。
パーシーが、この孤児院のためになるある建設的な仕事をとりいれようとしていることを、ご報告しなければなりません。あの人は、ジョン・グリア銀行を創設《そうせつ》し、数学にうといわたしの頭にはぜんぜんちんぷんかんぷんのいろいろなことを、いかにも専門家らしく、事務的にとりきめました。大きな子供たちは誰も例外なく、きちんと印刷した小切手帳を持ち、学校にくとか、家事の手伝いとかいった仕事にたいして、週に五ドルずつもらいます。そして、子供たちは食費や被服費《ひふくひ》を(小切手で)事務所にはらい、事務所がこのお金をつかうことになります。これは、ちょっと見たところ、悪循環《あくじゅんかん》のようにも思われますが、じっさいには、とても教育的なのです。ここから金銭の世の中にとびだしていく前に、お金の価値がわかるようになるのですもの。勉強やお仕事を特別によくやった子供には、余分のごほうびがでます。帳簿《ちょうぼ》つけのことを考えると頭が痛くなってくるのですが、パーシーはそんなことはなんでもないといって、ケロリとしています。数学がお得意の子にこの帳簿つけの仕事をやらせれば、責任ある地位につく訓練にもなるというわけです。ジャーヴィスが銀行に欠員のあることを耳にしたら、ご一報ください。来年のいまごろには、よく訓練をほどこした頭取《とうどり》、会計係り、支払い係りがここにできあがっていることでしょう。
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土曜日
先生は「剛敵」とよばれるのがおいやなんだそうです。感情とか、威厳とか、なんだかそんなものがきずつけられるとのこと。でも、あのかたの抗議にはおかまいなしに、わたしがそうよびつづけていたので、先方でも、わたしのあだ名をつけて、その仕返しをなさいました。それは「サリ・ラン嬢」というのですが、うまい名をつけたものだとばかり、いい気持で得意になっておいでです。
ふたりは新しい遊びを考えだしました。先生がスコットランド語で話し、こちらではアイルランド語で話すのですが、それはつぎのようなものです。
「今日は、先生、ごきげんいかが?」
「ああ、元気さ。ところで、子供たちはどうだね?」
「ええ、みんなたっしゃですよ」
「いや、けっこう、けっこう。このじめじめした天気は体に悪くてね、子供には病気がはやっているようですからな」
「ありがたいことに、ここではそんなことはありません。でも、まあお坐りになって、おくつろぎください。お茶はいかがでしょう?」
「うーん、ごめんどうおかけするのは恐縮《きょうしゅく》ですが、お茶もまんざら悪くはありませんな」
「いいえ、なんでもありませんことよ」
こんなことなんて、ふざけといってもべつにおどろくには当らないとお考えでしょうが、サンディのように謹厳《きんげん》な人にとっては、これはもう、すごいじょうだんなのよ。わたしが帰ってからずっと、あの人はすごい上きげんぶりです。ふきげんなことばはひとことだっていいません。げんこつ坊主ばかりじゃなく、この先生にも、くせなおしをしてあげることができそうだぞ、と考えています。
さすがのあなたでも、この手紙の長さには、びっくりでしょう。この三日間、つくえのわき道をとおるときにはなにか書いて、書きためておいたものです。
かしこ
サリーより
(追伸)あなたがご自慢の、ヘア・トニックのご教示、あまり大したものでもないことね。薬屋さんが調合をまちがえたか、ジェインが、そのつけかたでへまをしたためでしょう。とにかく、けさ、髪が枕にぺったりでした。
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土曜日、ジョン・グリア孤児院にて
ゴードンさま
木曜日づけのお便り、いただきました。そして、それをじつにばかばかしいものと考えています。もちろん、わたしはそちらをおだやかにふってしまおうとしているのではありません。もしふるのだったら、いきなり、どしんとすごい勢いでやります。でも、ほんとうに、この前お便りしてから三週間もたったとは、ぜんぜん気がついていませんでした。どうかおゆるしのほどを!
それから、こんどはそちらに説明していただかなければならないことがあります。あなたは先週ニューヨークにおいでになっていながら、ここには、ぜんぜんきてくださらなかったのね。気がつくまいとお思いだったのでしょうが、ちゃんとわかっています――そして、憤慨しています。
わたしが一日をどんなふうにすごしているか、お知りになりたいの? 評議員会にだす月々の報告を書き、会計検査をし、州立慈善援護協会の事務官をおひるに招待し、十日間の子供の献立表をしらべ、ここの子供を預かっている家庭に手紙を五通書きとらせ、精神薄弱児のロレッタ・ヒギンズ(精神薄弱児のことをいうのをいやがっておいでのことは、知っています。ごめんなさい)に会いにいきました。この子は感じのいい家庭に預けられていて、いま仕事を習っています。それから、お茶にもどってきて、結核の子供を療養所にやることについて先生と相談し、孤児をいれる分散方法と集団方法について書いた論文を読みました。(分散式にする小屋が、ここでは必要です。クリスマスの贈物それをすこしいただけたら、ありがたいのですが。)そして、いま九時になって、ねむい目をこすりながら、あなたに手紙を書きはじめています。こんなりっぱな一日をおくったことをいえる女が、社交界に何人いるとお思い?
そうそう、忘れていましたけど、朝、会計検査のとき、十分ほど時間をぬすんで新らしいコックさんをやといました。サリー・ワシントン・ジョンストンは天使にあげてもはずかしくないほどのお料理をつくっていましたが、ものすごいかんしゃくをおこし、かわいそうに、あのすばらしい火夫のノアは、すっかりそれにふるあがって、ここをやめそうにりました。ここでは、ノアはなくてはならない人なのです。院長よりか役にたつ人なので、その結果、サリー・ワシントン・ジョンストンはくびになりました。
この新らしいコックさんに名をたずねたところ、「あたしの名はスザン・エステルちゅうんですけどね、友だちはペットっていってますよ」と答えました。夕食は、このペットのつくったものですけど、どうみても、あのサリーの腕にはおよばないようです。サリーがここにいるとき、あなたがきてくださらなかったので、ほんとにがっかりしています。わたしが家事にどんなに腕達者か、きっとわかっていただけたと思うのですもの。
ここで、ねむさにとうとう負けてしまいました。いまは、それから二日後です。
ゴードンは、ないがしろにされてお気のどくね! いま思いだしたのですけど、二週間前におくってくださった手芸用の粘土《ねんど》のお礼は、まだしなかったわね。ほんとにふだんにないほど気のきいた贈物で、電報でお礼状をだしてもよかったほどでした。箱を開いて、あのきれいないろのパテを見たとき、わたしはその場で腰をおろし、シンガポールの像をつくりました。子供たちは、もう大よろこび。手芸の方面をどんどんのばしてやることは、とてもためになることです。
アメリカ史を丹念《たんねん》にしらべてみて、未来の大統領になるのには、子供のときから義務として雑用をやることが、いちばん大切だということがわかりました。
そこで、ここの毎日の仕事をこまかにくざんで分け、子供たちが、一週間ごとに、なれない仕事を順番に受けもつことにしました。もちろんその手ぎわは、とてもひどいものよ。というのも、ひとつのことをのみこむとすぐ、つぎのものにうつってしまうからです。リペットさんのあのいい加減なやり方どおりにして、子供たちになれたことをずっとやらせていたほうが、たしかに、とても楽よ。でも、そうしようかなという誘惑にかられたときには、真鍮のドアのとっ手を七年間もみがかされていた、フローレンス・ヘンティのことを思いだして――きびしく子供たちをつぎの仕事にかからせています。リペットさんのことは、思いだすたびに腹がたってくるわ。あの人の考え方は、まさにタマニー族の政治家的で、社会奉仕の気持なんて、薬にしたくも持っていないのね。ジョン・グリア孤児院にたいしてあの人が持っていたただひとつの関心は、そこから生活費をもらうことだけだったのよ。
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水曜日
わたしがこの孤児院にどんな勉強をさせるようになったとお思い? 食事のときの作法《さほう》なの!
子供に食べ方飲み方を教えることが、こんなにめんどうなものとは思ってもいなかったわ。子供がよくやるやり方は、口をコップのところに持っていって、まるで子猫のように、ミルクをぺちゃぺちゃなめることなの。リペットさんのころにはそう考えていたらしいんだけど、お作法というものはお上品ぶったかざりばかりではなく、自分の修養でもあるし、他人にたいする思いやりでもあるわけです。だから、ここの子供たちだって、それを身につけなければいけないのです。
あの人は、食事をしながら話すことを、かたく禁止していたので、話をさせても、びくびくもので蚊のなくような声、それ以上の大きな声をださせるのにひと苦労しています。そこで、わたしもはいってここの職員がぜんぶ、子供たちといっしょに食事につき、あかるくためになるような話をひきだす習慣をつくったの。それから、少人数できびしい訓練をする食卓をひとつつくって、そこでは子供たちがリレー式に、一週間みっしりとやっつけられるのよ。この訓練用の食卓での会話は、つぎのようなものなの。
「そう、トム、ナポレオン・ボナパルトはとてもえらい人だったのね――ひじをテーブルにのせてはいけませんよ。この人は、自分がほしいと思ったものにはなんでも、注意力を集中することができるというすばらしい力の持ち主で、これが――スザン、ひったくっちゃだめよ。パンをくださいとていねいにいうの、そうすれば、キャリーがそれをわたしてくれますからね――でも、他人のことはすこしも考えずに、自分のことばかり勝手に考えていることが、けっきょくはひどい不幸になるといういい例を、この人はしめして――トム! ものをかんでいるときに、口を開けてはいけませんよ――そして、ワーテルローの戦のあとで――サディのお菓子に手をだしちゃだめ――この人がすっかりだめになってしまったのは――サディ・ケイト、むこうにいきなさい。あの子がどうしようと、変りはありませんよ。どんなことをされても、女が紳士をたたくなんて、絶対にいけないことですからね」
また二日たってしまいました。この手紙も、ジューディに書いているとりとめもない手紙とおなじものになってしまいました。でも、すくなくとも、今週わたしがあなたのことを忘れていたとは、これであなたもこぼせないわけです。孤児院の話をくどくどと聞くのを、あなたがいやがっておいでのことは、わたし知っています。でも、しかたがないわ、わたしの知っていることって、それだけなんですもの。新聞を読むひまは、一日に五分もありません。外の大きな世界は目からすっかり消えてしまい、わたしの関心は、このささやかな鉄の柵のなかに集中されているのです。
かしこ
ジョン・グリア孤児院長
S・マクブライド
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木曜日
剛敵さん
「時というものは、釣りにいくあの川の流れにすぎない」このことば、いかにも哲学的で、超然とし、悟りすましたひびきがしません? これはソローのことばで、いまこの人の作品をせっせと読んでいます。おわかりのとおり、わたしはあなたの与えてくださる文学に反抗し、またもとどおり、自分のすきなものを読みふけっています。この二日間の夜は「ウォールデン」にささげられましたが、この本は、孤児の問題とはおよそ縁のとおいものです。
ヘンリー・ディヴィッド・ソローの作品をお読みになったことがおあり? ぜひお読みにならなければいけませんわ。この作家が先生の性にあったものなことが、きっとおわかりになるでしょう。このことばを読んでちょうだい。「交際はふつう安っぽすぎるものとなっている。あまりちょくちょく会っているので、おたがい同志、新らしいりっぱなものを身につけるひまがないほどである。わたしがいまやっているように、一平方マイルに一軒の家しかなかったら、ずっと好都合だろう」この人は、きっと、愉快な、心の広い、親しみやすい人だったのよ! この作者を読むと、なんだかサンディさんを思いだします。
養子を世話してくれる女の人がここにきていることをお知らせするために、このお便りを書きました。この人は四人の|ひな《ヽヽ》の養子ゆきを世話してくれるのですが、そのなかに、トマス・キョウもはいっています。先生はどうお考えかしら? 思いきって、この世話を受けたものでしょうか? この女の人がキョウを養子にやろうとしているところは、コネクティカット州の禁酒地区にある農場で、ここで食事のかわりにせっせとはたらき、そこの家族といっしょにくらすことになっています。こう聞いてみると、いかにもうってつけのところに思えますし、この子をいつまでもここにおいておくわけにもいきません。いずれは、この子も、ウィスキーがあふれ流れている世の中にでていかなければならないのです。
「早発痴呆《そうはつちほう》」の楽しいご本から先生をむりやり引きはなして、申訳ないこととは思いますけど、この世話をしてくれる人と話をしていただくために、八時ころ、おたちよりねがえぬものでしょうかしら?
かしこ S・マクブライド
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六月十七日
ジューディ
ベツィが、養子をもらいにきた夫婦の人にたいして、とってもひどいことをしたの。この人たちは、見物と養女さがしのふたつの目的で、オハイオゥから東部へ自動車できたのです。名はちょっと忘れましたが、ともかく、とても大きな町の一流の人らしく、その町には電気もガスもとおっていて、このご主人は、その両方の事業でなかなか有力な人物なのです。手をちょっとふっただけで、町をまっくらにもできるといったかたなのです。でも、さいわい、このかたは親切で、市長に再選されなくとも、そんなひどいことは決してなさらぬかたです。そのおうちは、スレートの屋根づきのれんがだての家、ふたつの塔がついていて、庭には鹿が一匹と噴水、それに、たくさんの木陰を投げている木が植えてあります。(ポケットにその写真を持っておいでなのです)このご夫婦は、人のいい、物おしみをしない、やさしい、ニコニコしているちょっと太った人たちで、どんなにありがたい養父母か、これでおわかりでしょう。
そう、このかたがたが空想している娘にぴたりの子が、ここにもいたのですが、なにしろ、いきなりおいでになったんでしょう、ですから、その子は綿ネルのねまきを着て、きたない顔をしていたんです。ふたりはキャロラインと会ったのですが、あまり気にいりませんでした。でも、ていねいにお礼をのべ、この子のことはいずれ考えてみましょう、といってくださいました。養女をはっきりときめる前に、ニューヨーク孤児院のほうも見ておきたかったわけです。あの大きくてりっぱな孤児院を見たら、キャロラインはまずだめだろうと、わたしたちは覚悟していました。
このどたんばで、ベツィがたちあがりました。その日の午後、自動車で自分の家のお茶にくるようにとうやうやしく招待し、まだ赤ん坊の自分の姪のところに遊びにいっている、この孤児院の子をひとり見ていただきたい、といってのけたのです。町で一流の人物のこの夫妻は、東部に知りあいがたいしてなく、当然受けてもいいと思っていた招待があまりなかったので、このささやかな社交の気ばらしを、もうむじゃきによろこんでいました。ひるごはんを食べたこの夫妻がホテルに引きあげるやいなや、ベツィは、自分の自動車をよびよせ、赤ん坊のキャロラインを大急ぎで自分の家におくりこみました。そして、姪の晴れ着のピンクと白のししゅうのついた服をキャロラインに着せ、アイルランドふうのレイスのついた帽子とピンクのソックスをかりて、キャロラインをかざりたて、いかにも美しいふうに、ぶなの木かげの芝生の上にキャロラインをすえたのでした。白いエプロンをつけた乳母(これも姪からのかりもの)が、パンやミルクや、はでな色をしたおもちゃを、せっせとキャロラインにすすめています。未来の両親が着いたときには、キャロラインはおなかがいっぱいになってすっかりいい気持、よろこびの叫びをあげて、この夫妻をむかえたのです。このすがたをながめた瞬間から、ふたりは、もうこの子がほしくてたまらなくなりました。お人よしのこのふたりは、このかわいい、ばらのつぼみのような子が朝の子と同一人だとは、ゆめ思っていなかったのです。そこで型どおりのちょっとした手続がすむと、この赤ちゃんのキャロラインは、どうやら、この塔でくらし、一流の市民になりそうなことになってしまいました。
もうこれ以上ぐずぐずしてはいられません。女の子たちが着る服についてのさしせまった問題に、とりかかなければならないからです。
つつしみて
御意《ぎょい》のままなる
サリー・マクブライドより
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六月十九日 なつかしいジューディへ
いままでにない、すばらしい改革です! きっとあなたもよろこんでくださることでしょう。
青いギンガム服廃止!
この近所に住んでいる貴族的な人たちのところには、孤児院のために役にたつものが、きっとあるにちがいないと思って、わたしは近ごろ、この村の社交的な会に出入りしていたのですが、きのうのひるごはんの会のとき、自分でつくったという感じのいいすらっとした服をきた美しい、やさしい未亡人をほりあてました。金のさじではなく、針を口にくわえてこの世に生まれたら、わたしは婦人服の仕立屋さんになりたかったと思うわ、とこの人はわたしにそっといいました。きれいな娘が変な服を着ているのを見ると、それをすっかり変えてしまいたくなるそうです。こんなうまい話って、あるものかしら? このことを聞いた瞬間から、わたしは、この人にねらいをつけてしまいました。
「変な服を着ているといえば、そうした女の子なら五十九人もお目にかけることができますわ。わたしといっしょにおいでになり、新らしい服を考えその子たちを美しくしていただかなければなりませんことね」わたしはこういいました。
相手は、とてもだめとはいいましたが、こちらでは承知せず、その人をその乗ってきた自動車のところまでつれだしてそこにおしこみ、運転手に「ジョン・グリア孤児院までね」と耳打ちしました。最初目についた子はサディ・ケイトで、糖蜜《とうみつ》のたるをかかえていたところからとびだしてきたらしく美的な感覚を持った人ならびっくりするほどのすごい姿をしていました。ベタベタしているばかりか、かた一方の靴下はずりおち、エプロンはひんまがり、リボンはどこかに消えてなくなっていました。でも、サディ・ケイトは――いつものとおり――ゆうゆうとしてすこしもさわがず、ニコニコしながらわたしたちをむかえ、このご婦人にベタベタした手をさしだしたのです。
「さあ、これで、わたしたちがどんなにあなたにお助けいただかなければならないか、おわかりでしょう」わたしは得意になっていいました。「このサディ・ケイトを美しくするのには、どうしたらいいのでしょう?」
「まず洗わなければ」とリヴァモー夫人は答えました。
サディ・ケイトはわたしのおふろ場につれていかれ、ごしごしと洗い、髪の毛をしっかりとうしろに結び、靴下もきちんとなおしてから、また夫人の前に姿をあらわしました――このときにはもう、孤児院の子にしては申分《もうしぶん》のないようすでした。リヴァモー夫人はサディ・ケイトをあちらにむかせこちらにむかせて、長いこと熱心にしらべてくださいました。
サディ・ケイトはもともと美人で、野生味のある、黒味がちの、ジプシーふうの少女です。コネマラの風のふきすさぶ荒野からきたばっかりといった感じのする子なんです。でもこのもって生まれた美しさを、この孤児院のおそろしい制服で消されていたんんです!
だまって五分ほどしらべてから、リヴァモー夫人は目をあげて、わたしのほうを見ました。
「ええ、たしかに、わたしが助けてあげなければなりませんわね」
そして、すぐその場で、ふたりは計画をたてました。夫人が服装《ヽヽ》委員会の委員長になり、三人のお友だちに応援をたのみ、このかたたちが、ここの女の子でお裁縫がうまい二十四人の子とお裁縫の先生の助けをかりて、五台のミシンをうごかし、この孤児院のようすを一変させるという計画です。しかも、慈悲をほどこすのは、こちらなんです。リヴァモー夫人は、神様が与えてくださらなかった職業を、ここで与えられたわけですものね。こんなかたを見つけるなんて、わたしもなかなか大したものでしょう? けさは朝はやく目をさまして、得意になってときの声をあげてしまったの!
お知らせしたいことは、まだまだたくさんあります――このつづきの第二幕も書けるくらいよ――でも、ウィザースプーンさんにおねがいして、この手紙を町でだしていただくつもりなの。あのかたは、とても高いカラーをつけ、真黒な夜会服を着こんで、カントリー・クラブの舞踏会においでになるところです。いっしょにおどったやさしい娘さんを何人かえらび、ここにきて子供たちにお話してくださるようにと、おねがいしてあります。
なかなかのやり手になったものだと、われながら、わたしおどろいているの。誰と話をしていても、頭のなかで考えていることは、「この人を孤児院にどう利用したらいいだろう?」ということなのよ。
この現在の院長さんが、仕事にすっかり夢中になってしまって、この仕事をやめるのはどうしてもいやだ、といいだすというおそろしい心配があります。この院長が白髪のおばあさんになり、車のついたいすで運ばれていながらも、なおまだ元気に四代目の孤児の世話をみている姿を、わたしはときどき頭に描いています。
そんなことにならないうちに、どうかはやく、この院長をくびにしてちょうだい!
かしこ
サリーより
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金曜日
ジューディ
きのうの朝、なんの前ぶれもなく、駅のタクシーが玄関前にのりつけ、入口の階段のところに、男ふたり、男の子ふたり、赤ちゃんの女の子ひとり、木馬ひとつ、おもちゃのくまひとつをはきだして、帰っていきました!
ふたりの男の人は画家で、子供たちは、三週間前になくなったべつの画家の子供さんでした。「ジョン・グリア」ということばのひびきが、ほかの孤児院とはちがって、しっかりしていて上品そうな感じがするので、子供たちをここにつれてきたそうです。事務的にはたらかないこの人たちの頭では子供を孤児院にいれるのには手続がいるということは、思いもつかなかったのね。
ここではもう満員なことをお話すると、ふたりはすっかりこまって途方《とほう》にくれているようす。そこで腰をおろして、どうしたらいいかを話してあげることになってしまいました。子供たちは、パンとミルクをもらって、育児室につれていかれ、そのあいだに、この子供たちの経歴を聞いたわけです。この画家の人たちはすごい文学の才能の持ち主だったのよ、さもなけりゃ、あの赤ちゃんの女の子のあどけない笑い声のためだけだったのかもしれないけれど、とにかく、相手の話がまだおわらないうちに、子供たちはもう、ここの子になってしまっていました。
アレグラのように陽気な子って、まだ見たこともないわ。(こんなにすばらしい名前も、こんなにすばらしい子供も、めったにあるものじゃないことよ)この子は三つで、赤ちゃんのかたことをしゃべり、いつもニコニコ笑ってばかりいます。いまぬけだしてきたばかりの悲しい境遇の色が、まだぜんぜんついていないのです。ドンとクリフォードは、がっちりとした五つと七つの男の子ですが、この子供たちは、深刻《しんこく》な目つきをしていて、この世の苦しさにおびえているようすをしめしています。
お母さんは幼稚園の先生である画家と結婚したのですが、そのとき持っていたものといえば、ただ、愛情とわずかな絵具のチューブだけだったのでした。この人は、お友だちのお話では、なかなか才能のある人だったのですが、牛乳屋さんの払いをするためには、そんなものは放りだしにしなければならなくなってしまいました。この夫婦は、いまにも倒れそうな古いアトリエで、しがないくらしをたて、ついたてのうしろでお料理をし、子供たちは棚にねかせていたのです。
でも、そうした生活にも、とても楽しい一面があったらしいわ――ゆたかな愛情にめぐまれ、程度の差こそあれみんな貧乏ながらも、芸術家|肌《はだ》で、気があい、高い理想を持ったお友だちが、たくさんいたのですものね。男の子たちは、そのやさしさと上品さのなかに、受けたそだちのこの面を物語っています。その物腰には、わたしがどんなにお行儀をしこんでも、ここのほかの子供たちでは一生かかっても身につけることができない態度が、そなわっているのです。
アレグラが生まれてから何日もたたないうちに、お母さんは病院で死んでしまい、お父さんは、なんとかくらしをたてようと、子供たちの世話をみ――広告でござれ、なんでござれ――絵をかきまくって、二年間必死にがんばりました。
このお父さんも――疲れと心配と肺病で――聖ヴィンセント病院で三週間前に死んでしまいました。友人たちが子供のまわりに集まり、アトリエにあるもので質にいれてないものを売りはらい、いちばんいい孤児院をと、さがしまわったのでした。そして、ありがたいことに、ここに白羽の矢がたてられたのです。
わたしは、このふたりの画家の人を引きとめ、おひるごはんをごちそうしてあげ――ソフト帽子をかぶり、ウィンザーふうのネクタイをつけた感じのいい人たちで、ご当人自身も、相当やつれているようすでした――子供たちには親としての世話はできるだけしてあげることを約束して、ニューヨークにお帰ししました。
こうして、ここに新らしいお客さまがはいってきました。育児室にちびさんがひとり、幼稚園の部屋にふたり、地下室には絵がいっぱいつまった大きな箱が四つ、倉庫《そうこ》には両親の手紙のはいったトランクがひとつといったぐあいにね。それに、子供たちの顔にはあるようす、それとわからぬ精神的なあるものがあらわれていますが、これは、両親からもらった遺産なのよ。
この子供たちのことが、頭にこびりついてしまいました。一晩じゅう、その将来をどうしたものかと考えていました。坊やたちのほうは楽です。ペンドルトンさんに助けていただいて、大学を卒業し、もうしっかりとした仕事についてしまいました。でも、アレグラになると、こまってしまうの。この子をどうしたものかぜんぜん見当がつかないのですもの。もちろん、かわいい女の子をこうさせようと思うふつうのやり方は、運命の神様にうばわれてしまった実の親にかわるやさしい義父母を、見つけてあげることよ。でもこの場合、兄弟からこの子をひきはなしてしまうことは、なにかむごいような気がするの。赤ちゃんにそそいでいるふたりの愛情は、よこで見ていて、気のどくになってしまうくらいなの。いいこと、兄弟がいままでこの赤ちゃんをそだててきたのよ。ふたりが声をたてて笑うときといえば、赤ちゃんが、なにかおかしなことをしたときだけです。かわいそうに、ふたりはお父さんが死んでしまったことを、とても悲しんでいます。きのうの晩、五つになったドンが寝台でないていましたが、それは「お父さん」におやすみなさいといえなくなったためでした。
でも、アレグラは名前のとおりの子で、いままで見たことがないほど幸福そうな、三人のなかでの女王さまです。かわいそうに、父親はこの子にはよくしてくれたのですが、恩知らずのこの赤ちゃんは、もう、父親をなくしたことを忘れています。
この子たちを、いったい、どうしたらいいのかしら? 考えに考えぬきました。外に養子にだすわけにはいかず、ここで三人をそだてあげることも、おそろしい気がします。それというのも、ここをどんなによくしていっても、やっぱりここは孤児院であることに変りはなく、子供たちは人工的にかえしは|ひな《ヽヽ》で、めんどりの親でなくては与えることができない、あのいちいちやかましくしてやる世話は、とてもしてあげられないのですものね。
いろいろとおもしろい話があって、それをご報告したかもしれないのですけど、こんど新らしくきたこの子供たちのために、それはすっかり消えさってしまいました。
子供というものはたしかに楽しみなもの、でも、相当の心配の種にもなるものです。
かしこ
サリーより
(追伸)来週おいでになることを、どうかお忘れなくね。
(追伸二)ふだんは科学的で、感情的なところは見せたこともないマクレイ先生も、アレグラにはもう夢中になってしまいました、扁桃腺《へんとうせん》を見ようともせず、すぐにだきあげて、ほおずりをしています。まあ、あの子はちびの魔女よ! 末おそろしいことだわね。
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六月二十二日
ジューディ
ご報告しますが、防火設備が不十分なことについては、もうご心配はご無用です。先生とウィザースプーンさんがこのことを真剣に考え、どんなに工夫してみても、防火訓練ほどおもしろくて、ものをこわすことができる遊びはないことがわかりました。
子供たちはそれぞれ床にはいり、ねむっていても、気をゆるめてはいません。そこで火事の警報がなりわたります。一同はとびおき、靴をそそくさとはき、いちばん上にしいてあるケットを寝台からはぎとり、ねまき(これは空想のものです。丸木小屋ではふだん着のままでねているので)の上にそれをまきつけ、一列にならんで、玄関から階段へと急いで進んでいきます。
育児室の十七人のちびさんたちは、それぞれインディアンが預かり、はしゃいでキーキーいいながらつれだされます。残りのインディアンたちは、屋根が落ちる心配のないあいだじゅう、荷物の運びだしにせっせとはたらくのです。第一回の訓練のときには、パーシーが指揮官になって、十二のたんすにはいっているものが敷布につつまれ、窓から放りだされました。こちらが急に指揮官になってやめさせなかったら、枕もふとんもおなじ運命にあうところでした。着物類をもとに返すのに、こちらでは何時間もつぶしているのに、パーシーと先生ときたら、もう自分の仕事はおわったとばかり、丸木小屋にぶらぶらと帰っていって、パイプをふかしているのよ。
これからの訓練は、もうすこしお手やわらかなものにしようと考えています。でも、これをご報告できることはうれしいことですが、ここの消防主任ウィザースプーンのしっかりとした指揮のもとで、六分二十八秒のうちに、全員避難することができました。
あの赤ちゃんのアレグラの体のなかには、妖精《フェアリー》の血が流れているのよ。ジャーヴィスとわたしが知っているある人はべつとして、あんな子供がこの孤児院にあらわれたことは、まだないことだわ。この子は先生をすっかり手下にしてしまいました。先生はまともなお医者さまらしく診察に歩きまわりもせずに、アレグラと手をつないでわたしの書斎にやってきて、三十分ほどぶっつづけに、じゅうたんの上をはいまわって馬の役をつとめ、このかわいい赤ちゃんはその背にまたがって、ぽんぽん先生のわきばらを蹴っとばしています。
わたしはね、書類のなかにつぎのような文句の紙きれをはさもうかと思っているの。
先生の性格改造、みごとに完了《かんりょう》――S・マクブライド
二日前の晩のこと、ベツィとわたしを相手にちょっと話でもしようと、サンディはたちよったのですが、うきうきと陽気になっていたわ。じょうだんを三つとばし、ピアノにむかって、「わたしの恋人、赤いばら」、「さあ、わたしの肩かけにはいって」、「窓べの人はだれ、だれ、だれ?」というような教育のためにあまりよくもない古いスコットランドの民謡《みんよう》を三曲も歌い、あげくのはてに、スコットランドの陽気なおどりをちょいとおどっていました!
わたしは得意満面、いい気持で坐っていました。これはみんな、わたし自身の陽気なお手本と、かしてあげた本と、ジミーやパーシーやゴードン・ハロックのようなあかるいお友たちを紹介してあげた功徳《くどく》なんですものね。もう五、六カ月もこの工作をつづけることができたら、すっかりあの人を人間らしくしてみせるんですけどね……。あの人は真紅《しんく》のネクタイはやめにし、わたしが要領よく教えてあげた注意にしたがって、グレイの服を着はじめました。それであの人がどんなに引きたって見えるか、とてもあなたには想像つかないでしょう。ポケットにいろいろなものをつめこんで、それをふくらますくせさえやめさせることができたら、先生の姿も、ずいぶんりっぱなものになることでしょう。
さようなら。金曜日にお待ちしていることをお忘れなくね。
サリーより
(追伸)アレグラの写真を一枚同封しました。ウィザースプーンさんのとったものです。かわいい子でしょう? いまの服ではそのかわいさも大して目だたないけれど、もうすこしすると、ピンクの服を着せます。
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六月二十四日 水曜日、午前十時 ジャーヴィス・ペンドルトン夫人へ
拝啓
お便りいただきました。町をはなれられない用事がご主人におありのために、約束どおりに金曜日にはきてくださらないそうですのね。なんというばかげたことでしょう! すごいことになったものね、ご主人と二日もはなれてはいられないんですって?
百十三人の子供たちがいても、わたしは、それにはおかまいなしに、あなたをおたずねしました。どうして、ひとりの夫のためにあなたがここにこられなくなったか、わたしにはわけがわかりません。お約束どおり、金曜日にはパークシァいきの急行列車に間にあうよう、おむかえにでます。
S・マクブライド
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六月三十日
ジューディ
ずいぶんあわただしい訪問だったことね。でも、ご好意はどんなささやかなものでも、うれしく思っています。ここのやり方に、あなたがとてもよろこんでくださったことは、こちらとしても、とってもうれしいわ。ジャーヴィスと建築屋さんがここにきて、根本からの改革をはじめてくださることは、もう待ちきれないほど楽しみにしています。
いい、あなたがここにおいでのあいだじゅうずっと、わたし、とっても変な感じがしていたの。あのすばらしいジューディがじっさいにこの孤児院でそだち、そのにがい経験で、ちびさんたちになにが必要かを知っているということが、どうしても、ほんとうのこととは思えないのですもの。ときどき、あなたが子供のころに味わった苦しみを考えると、もういまいましくなってきて、そでをまくりあげ、世間を相手に一合戦《ひとかっせん》し、うむいわさず、世間を子供のすみよい場所に変えてしまいたくなります。祖先から受けついだスコットランドとアイルランドの血が、わたしの気質のなかにすごい闘志をうえつけてくれたらしいわ。
あなたにすすめられてここの院長になったとき、ここが近代的な孤児院で、感じのいい、きれいな、衛生的な丸木小屋もあり、すべてがうまくちゃんと選ぶようになっていたら、そこのととのった時計じかけのような仕事の単調さにわたしはすっかりまいっていたことでしょう。わたしがここにいられたのは、すぐにもしなければならない仕事が山ほどあることに気がついたためなのよ。白状しちゃうけど、ときには、朝目をさまして、ここのさわぎにじっと耳をすまし、ここのにおいがつーんと鼻にくると、わたしが当然受けることができる心配のない幸福な生活に、またまいもどりたくなることもあるわ。
魔女さん、わたしはあなたに魔法をかけられ、ここにきてしまったのよ。でも、夜ねむれないときには、あなたの魔力がうすれてきて、こんどこそ絶対にジョン・グリア孤児院から逃げだそうと決心をかためて、一日をふみだすの。でも、朝ごはんがすむまではと、それをのばすわけ。そして、ろうかにでると、かわいそうなちびさんが誰かかけよってきて、あたたかい、かためたこぶしを、はずかしそうにわたしの手につっこみ、子供らしい目をぱっと開いてこちらを見上げ、だまったままで、ちょっとかわいがってほしいなあというようすを見せるの。すると、わたしはその坊やをだきあげ、ほおずりし、坊やの肩ごしに、ほかのさびしそうなちびさんたちをながめると、百十三人の子を一度にみんな両腕にだいてよろこばせてやりたくなってしまうの。この子供相手の仕事には、なにか催眠術のようなものがひそんでいるのね。どんなにもがいてもけっきょくはつかまってしまうのですもの。
あなたがおいでになったので、わたしはなんだかひどく哲学的な気持になってしまいました。でも、おつたえできるひとつ、ふたつのことがあります。新らしい服はずんずんはかどっていますが、まあ、とってもきれいなものになりそうよ! あなたがおくってくださった、たくさんの木綿の生地のまだら染めに、リヴァモー夫人はうっとりしています――それがまきちらされている作業場をお目にかけたいものね――そして、ピンク、青、黄、ふじ色の服を着た六十人の娘たちが、晴れた日に、ここの芝生の上をとびまわっているすがたを想像すると、お客さまにだすいぶしガラスの眼鏡を、ここにそなえつけておかなければならないんじゃないかなと思うの。もちろん、ごしょうちのことですが、こうしたあかるい色の布のなかには、とても色がさめやすく、実用にはあまりならないものもあります。でも、リヴァモー夫人は、あなたにおとらずいけない人よ――そんなことには、いっこうおかまいなしなんですもの。必要なら、つぎからつぎへと、それをつくるつもりなんです。格子《こうし》じまのギンガムなんて、やっつけてしまえ!
先生をあなたもすきになってくださって、うれしいわ。もちろん、わたしたちは、あの人について、すきなことをどんどんいう権利をすてるつもりはありませんけど、もし誰かほかの人が、あの人をばかにしているようなことをいったら、こちらは大憤慨よ。
先生とわたしは、相かわらず、おたがい同志の読書の世話をしあっています。先週、先生はハーバート・スペンサーの「綜合哲学体系」をもっておいでになりちょっとながめてごらんなさいと、おすすめでした。わたしはありがたくそれをお受けし、そのかわりに、「マリー・バシュキルチェフの日記」をかしてあげました。大学時代に、わたしたちの毎日の会話にいろどりをそろえようと、どんなにこのマリーのことばをつかったか、おぼえておいでかしら? ええ、サンディはこの本を家に持ってかえり、考えこみながら、せっせとそれを読んでいます。
「そう、あの本は、ある病的な、自分のことばかり考えている人の正確な記録にはちがいはありませんけどね、残念ながら、あんな人間はいませんよ。ぼくにわからないことは、どうしてきみがそれをすきになったかということなんです。というのも、ありがたいことに、サリー・ランさん。きみとバシュのあいだには、似かよったところはぜんぜんないからです」先生は今日報告においでになって、こうおっしゃいました。
これは、あの人にしては、いままでにないお世辞といってもいいようなことばで、こちらはすっかりうれしくなっちゃったの。マリーは、かわいそうに、あの先生にかかっては「バシュ」になってしまいました。バシュキルチェフはうまく発音できないし、一生けんめいそれを練習するのもいまいましいというわけなのでしょう。
ここにはコーラス・ガールが生んだ女の子がひとりいて、うぬぼれ屋で気まま、みえっぱりで気取り屋、病的でうそつきの手におえない子なんですけど、きれいなまつげを持っています。サンディはこの子をだいきらい。そして、マリーの日記を読んでから、この子の悪いところをそっくりうまくいいあらわしていることばを見つけだしました。先生はこの子をバッシュ式とよんで、相手にしようとはしないのです。
さようなら、またきてちょうだいね。
サリーより
(追伸)子供たちは預金帳《よきんちょう》からすっかりお金を引きだして、キャンディを買っています。こまったことだわね。
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火曜日の夜
ジューディ
サンディがなにをやりだしたとお思い? 一月ほど前にここにやってきたことがある精神病の先生が院長さんをしている精神病院に遊びにいってしまったの。あんな男の人って、あるものかしら? あの人は気ちがいにすっかり夢中になってしまって、それをそのまま放ってはおけないのね。
出発のとき、お医者さまとしてなにか注意していただくことがあるでしょうかとたずねると、こうなの、
「かぜをひいたものにはうんと食わせ、腹痛《はらいた》をおこしたものには腹をすかさせ、医者のいうことは信用しちゃいけませんな」
この注意と、肝油のびんをいくつかわたされて、放りだされよ。わたし、とてものびのびして、ひとつ思いきってなんでもやってみようという気になっています。あのサンディのいんきな影響からぬけだして、わたしがどんなおもしろいことをしでかすか、わかったものではないことよ。だから、あなたも、もう一度ここにおいでになったほうがいいと思うんだけど……
S
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金曜日 ジョン・グリア孤児院にて
剛敵さん
ここでわたしはマストにしばりつけられてひどい目にあっているのに、あなたは、そこいらじゅうとびまわって、気ちがい相手に遊んでいらっしゃるのね。しかも、このあなたの病的な精神病院狂をようやくなおしてあげたので、やれやれと思っているやさきに! ずいぶんがっかりしたわ。近ごろはようやく、あなたも人間らしくなってきたのにねえ……。どのくらいここを不在にさなるおつもりかお知らせねがえませんこと? 二日でかける許可はさしあげたはずですが、もう消えてしまってから四日にもなりますのよ。きのう、チャーリー・マーティンがさくらの木から落ち、頭を割ってしまったので、外国人のお医者様をおよびしなければならなくなりました。五針もぬいました。患者は元気です。でも、見ず知らずのかたにおねがいするのは、どうも気がすすみません。れっきとしたお仕事でおでかけしたら、こちらだってなにひとこと申しあげはしませんが、ご自身もごぞんじのとおり、ゆううつ病患者と一週間もいっしょにいたあとで、人類はもう救えぬとばかり、ひどくいん気な気分になってここにおもどりになると、あなたをすこしでもあかるくしてあげる仕事はぜんぶ、わたしの肩にかかってくるわけです。
気ちがいの連中にはすきなことを考えさせておいて、あなたが必要なジョン・グリア孤児院にどうかお戻りください。
あなたの親しき
友でありしもべである
S・マクブライドより
(追伸)最後の詩的な結び文句、お気にめさないこと? これはロバート・バーンズからかりたことばで、この詩人の作品を、スコットランド人の友へのよしみとして、いま一生けんめいに読んでいるところです。
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七月六日
ジューディ
先生は、まだいったっきりです。便りもありません。虚空《こくう》のかなたにすっとただ消えちゃった感じよ。帰ってくるのかどうかは知りませんが、あの人がいなくても、とてもうまくここをやっていけるような気がします。
きのうは、げんこつ坊主をすっかりすきになってくださったふたりのやさしいご婦人のところで、ひるごはんをいただきました。げんこつ君、すっかりなじんだようすです。彼氏はわたしの手をとり、ありがたくも庭を案内し、わたしのすきなふうりん草をくださいました。おひるのとき、英国人の給仕|頭《がしら》が彼氏をだきあげていすにのせ、エプロンをつけてあげたのですが、そのようすときたら、まるで王子さまにおつかえしているようでした。この給仕頭は、ついこのごろ、ダラム侯爵家《こうしゃくけ》からやってきた人なんですが、げんこつ坊主はハウストン通りの地下室からやってきた人物。なかなか痛快な光景でした。
そのあとで、このふたりのご婦人は、ここ二週間のふたりで話しあったことのあらましを、つたえてくださいました。(この給仕頭が、ひまをとろうとしなかったことが、ふしぎでなりません。なかなかりっぱな人のようだわ)まあいままでのことだけでも、げんこつ坊主は、ふたりに生涯の話の種になるおもしろいことを、してあげたわけです。ひとりのかたは、こみあげる涙をふきながら、「すくなくとも、生きがいがありました!」といっておいででした。
きのうの夜六時半にサイラス閣下がお見えになり、夜会服を着てリヴァモー夫人のところにでかけようとしている、わたしの姿をごらんになりました。そして、おだやかにおっしゃったことは、「リペット院長は社交界の花形なんぞになろうとはせず、ただもう仕事に、熱心に打ちこんでいた」ということ。わたしは執念《しゅうねん》深い女じゃないことよ。でも、あの人を見るたびに、水責めの池の底でしっかりと岩にしばりつけられていたらいいのに、と思わずにいられないの。しばりつけずにおいたら、ポカリと浮きあがり、あちらこちらにフラフラと歩きまわるでしょう。
シンガポールが、くれぐれもあなたによろしくとのこと、そして、いまの姿をお目にかけずにすむことを、よろこんでいます。あの美男子ぶりにおそろしい災難がふってわいたのです。誰かいけない子が――それは坊やじゃないものとにらんでいます――かわいそうに、あの犬の毛をところどころかりとり、とうとう、虫の喰ったきたならしい将棋盤《しょうぎばん》のようなすがたにしてしまいました。犯人は誰か見当もつきません。サディ・ケイトは、はさみをつかうことにかけては名人ですが、アリバイをたてることもまた名人! このシンガポールの災難事件がおこったろうと思われる時刻に、サディ・ケイトは教室のすみの腰かけに坐って、壁とにらめっこをしていて、このことは二十八人の子供たちが証人になっています。でも、とにかく、いただいたヘア・トニックを傷口にぬるのが、サディ・ケイトの毎日の任務となりました。
かしこ
サリーより
(追伸)これが、サイラス閣下の最近の姿をつたえる肖像です。いろいろな点で、なかなかおもしろいところのある話し手よ。鼻にまで表情があるんですもの。
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木曜日 夕方
ジューディ
サンディは十日間家をあけてもどってきて――言訳なんぞなにもいわずに――すごくいん気になっています。こちらで気分を引きたててあげようと、やさしくしてあげれば、それをおこり、わたしたちとは話をしようともせず、ただアレグラだけを相手にしています。今夜は食事をやるのだと、あの子を家につれていき、七時半になってようやくもどしてきたの。三歳の娘にしても、とにかく娘よ。七時半に帰すなんてひどいことだわ。この先生をどうあつかったものか、途方にくれています。一日ごとにだんだんと、つかめない人になっていくんですもの。
パーシーのほうは、もう、率直になんでも話してくれるようになりました。ついさっきまで夕食をしにおいでになっていたのですが(このかたは、社交のことでは、とてもきちょうめん)、話は、デトロイトの娘さんでもちきりでした。さびしいので、その人の話をしたいのでしょう。パーシーはすばらしい夢をもっているのよ! この気高い愛情にデトロイト嬢がこたえられればいいのだけど、なんだか気になるわ。パーシーはチョッキの奥の底から革のふくろをとりだし、うやうやしく二重につつんだ薄葉紙をひらき、写真を見せてくれたんですけど、大きな目を、耳かざりと、ちぢれっ毛ばかり目につく、ばかみたいな女の子なの。一生けんめいになってよろこんでいるふうをしたけど、かわいそうなパーシーの将来を思うと、気が重くなってしまったわ。
世間にはよく、りっぱな男の人がひどい女を奥さんにし、りっぱな女の人がだらしのない男を夫にむかえることがあるけど、おかしなことねえ? どうやら、自分のりっぱさのために、かえってめくらになり、人を信用してしまうのね。
人の性格をしらべてみることは、この世でいちばんおもしろいことよ。わたしは、小説家になる素質を持っていたらしいわ。人を見ると心をひかれてしまうの――その人をよく知りつくすまでなんですけどね。パーシーと先生は、とてもおもしろい対照です。この感じのいい青年が何を考えているかは、いつでも見当がつきます。まるで読本のように、それが大きく簡単なわかりやすい字で書かれているからです。ところが先生ときたら! 読めないという点では、まさにシナ文字よ。二重人格の話はよくきくけれど、サンディは三重だわ。ふだんは科学的で、岩のようにコチコチなんですけど、その外にだしているおおいを一皮むくと、とてもセンチなところがあるのじゃないかと思うの。何日間もぶっつづけにしんぼう強く、親切で、役にたってくれるので、こちらでもだんだんすきになってくるの。すると、いきなりなんの前ぶれもなく、あらあらしい野生が奥のふかみからふきあげてくるのです――こうなると、もう、どうにも手がつけられないんです。
いつも考えていることなんですけれど、あの人はひどい傷を心に受けたことがあって、いつもそれを思いだしているのね。あの人が話しているときでも、心の奥底では、なにかべつのことを考えているのじゃないかといういやな感じが、相手にいつでもするんですものね。でも、これは、めったにない気むずかしさにたいして、わたしがくだしたロマンティックな解釈かもしれないわ。とにかく、つかめない人よ。
ここ一週間、風のふく天気のいい午後をと待ちかまえていたのですが、いよいよこの絵のようなことになりました。子供たちは「たこあげ」を楽しんでいますが、これは日本をまねたものです。たこあげができる男の子はぜんぶ、それに大部分の女の子が「ノウルトップ」(これはこの東にある高くて岩だらけの羊の牧場の名ですが)にいき、自分でつくったたこをあげました。
この牧場の持ち主はがんこじいさんでね、子供たちをそこにいれてもらうのにひと苦労してしまったわ。「わしは孤児なんてきらいだ。一度でもやつらをいれたら、あの土地はもうだめになってしまうからな」とうのですが、その話しっぷりときたら、まるで孤児が害虫みたいなの。
三十分ほどせっせとたのみこんで、相手はようやく、しぶしぶながら、羊の牧場を二時間つかってよいとゆるしてくれました。しかし、小道のむこうの牛の牧場にはいるべからず、二時間したらさっさと引きあげるべし、という条件づきです。牛の牧場の神聖をけがされては大変というわけで、ノウルトップさんは庭番、運転手、それに下男をふたりよこして、たこあげの最中には境のところを見張りさせています。子供たちはまだそれをやっていて、この風のふきまくる岡をかけずりまわり、ひもをからませあって、わいわいと楽しんでいます。フーフーいってもどってきたとき、しょうが菓子とレモネイドの不意打ちで、あの子供たちをよろこばしてやるつもりです。
あの大人びた顔をした子供たちのかわいそうなこと! それを若がえらすことは、なかなかむずかしいことですが、わたしはそれをいま、ちゃんとやっているつもりよ。この世のためになにかしっかりしたことをやっているという感じ、とてもうれしいものです。あなたはこのわたしを役にたつ人間にしようとしているのね。よっぽどがんばらないと、そちらの思うつぼにはまってしまうわ。ウスターにいたときには、人とのおつきあいでいい気持になっていたけど、この百十三人の血のかよった、あたたかい、うごめいている孤児たちに夢中になってしまうと、あんなものは問題じゃないわ。
かしこ
サリーより
(追伸)さっき百十三人といいましたけど、訂正します。きょうの午後ここにいる子供の数が、正確には百七人だと思います。
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ジューディ
きょうは日曜日、花が咲き、あたたかい風がふきよせている好日和《こうびより》なので、わたしは「神経組織の衛生」(勉強するようにと、サンディが最近かしてくれた本)を膝にのせて窓辺《まどべ》に坐り、外の景色をながめ、「ありがたいことだわ! この孤児院をぐるりとりまいている鉄柵《てっさく》のむこうを見ることができるのも、この孤児院が高いところに建てられているおかげよ」と、考えていました。
わたしは、なにかとじこめられ、おさえつけられて、自分が孤児になってしまったような感じがしていたので、このいらいらした気分を静めるためには、新鮮な空気と運動とハラハラするようななにかおもしろいことが必要だ、と考えました。目の前にのびているのは、あの白いリボンのような道、それが谷にさがり、むこうのほうで岡に登っています。ここにきて以来、わたしはいつも、この道を高いところまで登りつめ、あの岡のむこうになにがあるかをしらべてみたい、と考えていました。ジューディ、きっとあなたも、子供のころには、これとおなじあこがれをいつも心に持っていたんでしょうね? 子供が誰か窓のところにたち、谷のむこうの岡をながめ、「あのむこうになにがあるの?」ときいたら、これからは、わたし、自動車をよぶことにするわ。
でも、日曜日のきょうは、子供たちはみんな感心にも自分の魂のことを考えているので、フラフラとつまらないことを考えているのは、このわたしだけです。日曜日の絹の服をホームスパンのものにかえながら、あの岡の頂上《ちょうじょう》にいく経過をたてました。
それから電話口にいって、しゃあしゃあと五〇五番をよびだしたの。
「こんにちは、マクガークさん。マクレイ先生はおいででしょうかしら?」わたしはあいそうよくたずねました。
「ちょっと待ってくださいよ」が、簡単な相手の答え。
「こんにちは、先生。むこうの岡のてっぺんに、いまにも死にそうな患者さん、きょういないこと?」
「ありがたいことに、いませんな」
「こまったわね。ところで、きょうはなにをなさっておいで?」わたしはがっかりしてたずねました。
「いま『種の起源』を読んでいますよ」
「そんなものは、やめておしまいなさい。日曜日に読むべきものじゃないことよ。そこでおたずねしますが、おたくの自動車、すぐ動けて?」
「そのほうはだいじょうぶですがね、そこの子供でもドライヴにつれてゆけというんですか?」
「神経組織をやられている子がひとりいて、どうしても岡のてっぺんにつれていってくれといってきかないの」
「ぼくの車は登るにかけちゃすごいものでね。十五分もすりゃ……」
「ちょっと待って! 二人分にちょうどいいくらいのフライパンを持ってきてちょうだい。ここの台所にあるのは、車輪くらいの大きさのものばかりなんですもの。それから、夕食を外でしていいかどうかを、マクガークさんにきいてちょうだい」
それから、ベイコン、卵、マフィン、しょうが菓子をかごにつめ、魔法びんにコーヒーをいれて、戸口のところで待っていると、サンディがフライパンを持って乗りつけてきました。
ほんとうにすばらしかったわ。先生も、わたしとおなじくらい、この開放感を楽しんでおいででした。気ちがいの話なんて、一度もさせなかったわ。ひろびろとした牧場と、うねる岡を背景にしてならんでいるかりこんだ柳の木をながめ、空気のにおいをかぎ、カーカーとないているからす、牛につけた鈴の音、川のせせらぎに耳をすますように、先生をしむけたんですもの。それから、お話もしました――孤児院とはおよそ縁のない、いろいろなことをね。自分は科学者だという考えをあの人にすてさせ、少年にしたててしまいました。こんなことをいっても、あなたはとても信じてはくださらないでしょうが、とにかく、あの人は少年らしくなったの――多少はね。いかにも少年らしいいたずらをひとつ、ふたつやってのけたわ。サンディはまだ三十代をぬけているわけじゃなし、それに、ほんとに、三十代で大人になるなんて、まだはやすぎるわ。
ここをながめおろすことができるがけの上で食事をすることにきめ、流れてきた木っきれを集めてたき火をし、とってもおいしいごはんをつくりました――卵のフライには燃えさしがとびこんでいたけど、木炭は体にいいのよ。それから、サンディの食後の一服がおわり、「太陽がいつものとおり西に沈みだした」ころ、ふたりは荷づくりをして、家にもどってきました。
サンディは、ここ何年来味わったことのない楽しい午後だったといっていますが、あの気のふれた科学者もかわいそうなものね、そのことばはきっとほんとうのことでしょう。あの黄緑色の家はうるおいがなくてわびしく、気がめいりそうなもの、心の苦しみを本にまぎらわしているのも、むりもないと思うわ。誰か感じのいい母親がわりになってくれる人がいて、あそこにいくことを承知してくれたら、マギー・マクガークの追いだし運動をはじめるつもりよ、いい気持になってあそこに住みついているあの女をくびにすることは、ステリーの場合よりもっと大変なことでしょうけどね。
あの気むずかし屋の先生にひどく熱心になったものだなんて、どうか思わないでちょうだい。じっさい、そんなことはないんですもの。あの人があんまりわびしいくらしをしているので、ただ頭をなでて、元気をだしなさい、といってあげたくなるだけのことよ。太陽はどこにでも照ってるのですもの、それがあの人のところに照ってもいいわけだわ。百七人の孤児の気分をあかるくしてあげたいと思う気持とぜんぜんおなじ、それ以上べつにどうのというものじゃないわ。
なにかたしかにおつたえしたいと思っていたことがあったんだけど、忘れてしまったわ。気持のいい風がふいてきて、ねむくなってしまったわ。いまは九時半、では、おやすみなさい。
S
(追伸)ゴードン・ハロックは、蒸発して空のかなたに消えてしまいました。三週間というもの、音さたなしです。キャンディも、おもちゃのけだものも、なんにもおくってきません。あのこまかい気づかいをしてくれる人は、いったいどうなってしまったのでしょう?
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七月十三日
ジューディ
うれしいお便りよ!
きょうは、げんこつ坊主がでかけてから三十一日目、ですから、その引きとりの相談をするために、約束どおりふたりの例の婦人に電話をかけました。ところが、すごい勢いでことわられてしまったの。あの噴火山がようやくのことで火を噴かなくなってきたとき、帰せというんですかというわけ。わたしがこんな恩知らずなことをいいだすなんてひどい、ともうプリプリなんです。げっこつ坊主はふたりの招待を受けて、夏をいっしょにすごすことになりました。
服つくりは、まだつづいてやっています。裁縫室でのミシンのひびきとおしゃべりを、あなたに聞いていただきたいものだわ。ここのどんなにおびえて、あわれっぽい、元気のない子も、自分だけの服を三つももらえ、しかも、それが自分で選ぶ、それぞれ色のちがった服なのだと教えられると、すっかり勢いづいて、生きがいを感じるようになってきます。それがどんなにお裁縫の上達に役にたつか、見ていただきたいと思っているの。たった十の女の子でも、ぐんぐんと一人前の裁縫師になっていきます。お料理がおもしろくなるこんなうまい方法って、なにかないものかしら? でも、ここの台所は、教育にはだめね。じゃがいもを一度にたくさんつくらなければならないことが、どんなに人の気持をうんざりさせるか、ごぞんじでしょう?
ここの子供たちを十の小さな気分のいい世帯にわけ、それにそれぞれ感じのいい母がわりの人をつけるわたしの計画、もうお話したことがあることね? この家族をいれる絵のようにきれいな小屋が一軒あり、前庭には花を植え、家のうしろにはうさぎ、小猫、小犬、それに、にわとりをかうようになったら、ここはほんとうにりっぱな孤児院になり、慈善事業の専門家がおいでになっても、はずかしい思いをしなくてすむようになることでしょう。
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木曜日
この手紙は三日前に書きだしたのですが、ある有力な慈善家(サーカスのきっぷを五十枚くださったかた)とお話するために、途中で筆がとまり、それからは書きつづけるひまがなくなってしまいました。ベツィは三日前フィアデルフィアにいっていますが、いとこがかわいそうにもお嫁にいくのでそのつきそい役をするためなんです。ベツィの家の人がもうこれ以上お嫁にいく気をおこさなければいいのですが……。だって、そうなると、このジョン・グリア孤児院に大変なことになってしまうんですもの。
そこに滞在ちゅう、ベツィは子供をひとりほしがっていた家庭をしらべてくれました。もちろん、ここにはしっかりとした調査部なんかはありませんけど、ときおり、家庭から直接ここに申込みがあったときには、この調査をしっかりやりたいものと考えています。ふだんは、州立|慈善援護協会《じぜんえんごきょうかい》といっしょになって、仕事をしています。そこには州をあちらこちらと歩きまわっているしっかりとした専門家がたくさんいて、子供をもらおうとしている家庭と、そうした子供がいる孤児院の両方に、たえず連絡をとっています。こうした人たちがせっせとはたらいてくださっているので、わざわざお金をつかって、ここの子供たちを行商式に売りあるく必要はないわけです。それに、わたしとしては、できるだけ多くの子を外に出したいと思っています。先方の家庭についてうるさくしらべなければならないことは、いうまでもないことですけど、子供になによりよいものは個人の家庭だと、わたしはかたく信じています。お金持の養父母をほしいとは考えていません。ほしいのは、やさしくて、愛情があり、わけのわかった両親です。こんど、ベツィはすばらしい宝石のような家庭を釣りあげたようです。まだ子供はわたしてはいませんし、書類のサインもすんではいません。それに、もちろん、獲物が急にパチャンとはねて水に逃げこんでしまう危険は、十分にあります。
フィアデルフィアのJ・F・ブレトランドというかたのことをきいたことがあるかどうか、ジャーヴィスにきいてみてちょうだい。経済方面で活躍しているかたらしいの。このかたを最初に知ったのは、「ジョン・グリア孤児院長殿」あての手紙のためなの――|おっそろしく《ヽヽヽヽヽヽ》事務的な弁護士からの簡単な、タイプで打った事務的な手紙で、二歳から三歳までのかわいくてじょうぶな女の子を、家内がぜひ養子にもらいたいといっている、こちらとしては、アメリカ人の血統で、遺伝の点で心配なところはなく、うるさい親類がない子供をのぞんでいるが、そうした子をお世話ねがえぬものだろうか? 敬具、
J・F・ブレトランド、というわけなの。
身元調査のためなら「ブラズストリーツ」をご参照ねがいたい、とも書いてあったわ。こんなにへんなことって、あるかしら? まるで苗木屋さんの店で信用取引をはじめ、ここの種《たね》のカタログを見て注文してきたような感じがしないこと?
こちらではブレトランド夫妻が住んでいるジャーマンタウンの牧師さんに調査用の書込み用紙をおくって、かたどおりの調査をはじめたの。
財産がありますか?
かんじょうの払いはきちんとしていますか?
犬や猫にやさしいですか?
教会にきていますか?
夫婦げんかをしますか?
こちらの質問はこうした心臓式のものがずらりとならんでいるのよ。
相手の牧師さんは、たしかになかなかユーモアのわかるかただったの。いちいちこまかに返事を書いたりはしないで、用紙に縦横十文字に、「わたしが養子になりたいくらい!」と書いてありました。
これでどうやらいけそうということになったので、ベツィ・キンドレッドは、婚礼の朝ごはんがすむとすぐ、わざわざジャーマンタウンにとんでいってくれました。あの人の本能的に持っている探偵眼《たんていがん》は、最近すごい上達ぶりを見せています。ちょっとあいさつにいっているあいだに、そこにあるいすやテーブルのぐあいで、そこの人がどんな心の持ち主かちゃんと見破ってしまうのですもの。
ベツィはすごい情報を持って、とんで帰ってきました。
J・F・ブレトランドさんはお金持の有力な人で、味方からはとても愛され、敵からはひどくにくまれています。(敵といっても、そこをくびになった使用人のことで、そうした人たちは、ためらいもせず、あの人はつめたい人だ、といっています)。教会には、あまりきちんといってはいないようですが、奥さんはちゃんちゃんと出席していて、ご主人のほうは寄付をなさいます。
奥さんは感じがよくて、やさしく、教養のある婦人で、神経衰弱で療養所に一年はいっておいででしたが、最近そこをおでになりました。医者の話では、人生にたいして強い興味を持つことが奥さんには必要だそうで、子供を養子にもらうことをすすめられています。奥さんはいつもそれをしたいと思っていたのですが、つめたい夫にがんこに反対されていたのです。でも、これは世間でよくあることですが、最後にがい歌をあげたのは、やさしくてねばり強い奥さんのほうで、つめたいご主人は、ゆずらずにはいられなくなりました。もともと男の子をすきだったご主人は、その考えをすてて、前にお知らせしたとおり、青い目の女の子をという、珍らしくもないご希望を手紙に書かれたのです。
ブレトランド夫人は、養子をもらおうとかたく決心して、長いあいだいろいろと本をお読みになっていて、幼児栄養のことで知らないことはないほどになっておいでです。西南に開いている陽当りのいい育児室が、いつでも子供がはいれるように、準備されてあります。それに、そっとためておいた人形のいっぱいはいった戸だなまであるのです! 夫人は人形の着物を自分でつくっておいでで――それをいかにも得意そうにベツィに見せてくださいました――これで、どんなに女の子が必要か、あなたにもおわかりでしょう。
りっぱな英国人の乳母がいて、その人をやとうことができることを、夫人はついこのあいだ知ったのですが、子供の声帯《せいたい》がまだかたまらないうちに言葉を習うためには、フランス人の乳母からはじめたほうがよくはないかと、まよっておいでです。また、ベツィが大学の卒業生であることを知って、とても関心をおよせでした。赤ちゃんを将来大学にやったものかどうかを、まだきめかねておいでだからです。「あなたのお考えは、ほんとうのところ、どうなの? 子供があなた自身の娘だったら。大学におやりになる?」とベツィにおたずねになったそうです。
こうしたことは、そこになにか心を打つものがなかったら笑い草になってしまうことでしょう。でも、ほんとうに、自分のところにくるかこないかわかってもいない見も知らぬ娘のために、せっせと人形の服をぬっているさびしい、かわいそうな女の人の姿を、わたしはどうしても忘れられないの。このかたは自分の生んだ赤ちゃんをふたりとも何年か前になくしたの。むしろ子供を持ったことがないといったほうがいいくらいね、死産だったんですもの。
これで、先方がどんなにいい家庭か、おわかりでしょう。そして、ゆたかな愛情が、ここからいくちびさんを待ちかまえているの。この愛情は、どんな財産より、ありがたいものよ、この場合は、財産のほうもいっしょについてくるわけですけど……。
でも、ここで問題になることは、その赤ちゃんをさがすこと、これは、なかなかむずかしいことです。J・F・ブレトランド夫妻は、いまいましいほどはっきりと希望をお述べになっています。赤ちゃんの坊やならひとりいます。でも、戸だなにいっぱいお人形があるんでしょう、だからだめ。フローレンスもいけないわ――うるさい片親がいるんですもの。うるんだとび色の目を持った外国人の子なら、たくさんいます――それもだめだわ。ブレトランド夫人はブロンドの髪をしたほうで、娘は自分に似なければ、というわけなの。かわいい子なら、ここにも何人かいるのですが、あまりよくない遺伝を持っていて、ブレトランド夫妻のほうでは、教会にしっかりといっていた六代の祖先と、その上に植民地時代の総督がいるような子を求めているのです。また、カールをしたかわいい女の子がひとりいるのですが(カールはだんだんすくなくなってきているのよ)、その子は私生児です。養子をもらおうとしている側にしてみれば、これは、どうにもがまんできない欠点らしいのね。じっさいのところは、子供にどうということはぜんぜんないのですけど……。とにかく、この子はだめです。夫妻はきびしく結婚証明書を見せてくれといっているのですから。
百七人の子供のなかで、たったひとりだけ、どうやらと思う子がいます。ソフィの父親と母親は鉄道事故で死に、この子が死なずにすんだのは、ただ喉のおできを切るために病院にはいっていたからなのでした。この子の血統はありきたりのアメリカ人のもので、どの点からいっても文句もつけられず、平凡《へいぼん》なものです。当人はつかれたような、元気のないなき虫。先生はこの子にせっせと例の得意の肝油とほうれんそうを飲ませています。ききめはいっこうにあらわれません。
でも、孤児院の子の場合、肉親の愛情と思いやりをそそいであげると、思いもかけない好結果が生まれるものなのですから、この子も、植えかえをしてから何ヶ月かしたら花を咲かせて、美しいすばらしいものになるかもしれません。ですから、きのうは、ソフィの非の打ちどことろのない家庭のことをJ・F・ブレトランドさんにおつたえし、この子をジャーマンタウンにわたしてあげることにしました。
けさ、ブレトランドさんから電報がきました。いけないんですって! 品物をみないでは買いものはできない、というわけなの。水曜日の三時に先方からここにおいでになって、子供を見るんですって。
まあ、あの子が気にいらなかったら、どうしましょう! いまはもうあの子の美しさをだすのに、みんな大さわぎです――展覧会にだす小犬のようよ。あの子のほっぺにすこしべにをつけたら、いけないことかしら? だって、まだねんねでしょう、そんな習慣はつきっこないことよ。
まあ、まあ、大変な手紙になってしまったわ! つぎからつぎへとたえ間なしにつづいたこと、つづいたこと! でもわたしの気持はわかっておいでだことね。まるで自分の娘のように、ソフィを養女にだすことに、わたしは夢中になっているのです。
会長さんによろしく。
サリー・マクブライドより
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ゴードンさま
ふだんとちがってひどくいそがしかったとき、わたしが一度、あなたに三週間お便りしなかったからといって、そのしかえしに、四週間も元気づけの手紙をくださらないなんて、ほんとにひどい、人でなしの、下劣《げれつ》なやり方よ。ポトマク川にあなたが落ちたんじゃないかと、ほんとうに、心配になってきました。そんなことになったら、ここの子供たちもがかりするわ、ゴードンおじさんはここでは人気者なんですもの。ろばを子供たちにおくってくださるというお約束、どうぞお忘れなくね。
それに、わたしは、あなたよりいそがしい人間だということも、お忘れなくおねがいします。下院よりジョン・グリア孤児院をやっていくことのほうがずっとむずかしいことよ。その上、あなたのところには、助けてくれるしっかりした人がもっとついていますものね。
これは手紙ではなく、プリプリして書いた抗議文です。あした、にもなければ、あさって、またお便りします。
S
(追伸)あなたのお便りをくり返し読んでみて、怒りもすこしおさまりましたが、あのやさしいことばなんて信用していません。あんなにいいことをおっしゃってくださるとは、お世辞にきまっていますもの。
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七月十七日
ジューディ
いろいろとお話しなければならないことがあります。
きょうは、申しあげておきますが、この前のお便りでお話した例の水曜日です、そこで、二時半にはソフィをおふろにいれ、髪をきれいにとかし、きれいなリンネルの服を着せ、しっかりとした子供に預けて、この子をだらしのないかっこうにしないようにと、よくいいきかせておきました。
ピタリ三時半に――ブレトランドさんのように、こっちがとまどうほど事務的な人って、まだ見たことがないわ――外国製のみごとな自動車がこの堂々とした館《やかた》の玄関のところにのりつけてきました。かりこんだ口ひげをたくわえ、人をセカセカとした気持にかりたてずにはおかない態度をした肩のいかった、角ばったあごの人が、その後三分して、わたしの書斎の戸口に姿をあらわしました。このかたは元気よくわたしに「マクコッシュさん」とあいさつをなさったので、こちらでやさしくなおしてあげたんですが、こんどはそれが「マクキムさん」になってしまいました。ここでいちばん坐り心地のいいひじかけいすをおすすめし、旅行のあとの軽い食事はいかが、とおたずねしてみました。ブレトランドさんは水を一杯お飲みになり(お酒を飲まない親って、ありがたいものよ)、はやく仕事をすませてしまおうと、ジリジリしておいででした。そこで、わたしはベルをならし、ソフィをつれてくるようにいいつけたのです。
「ちょっと待ってください、マクジーさん、わたしとしては、子供を、そのいつもいるところで見たいと思っているのですけどね。遊戯室なり、|おり《ヽヽ》なり、またどこへなりとも子供のいるところに、わたしをご案内ねがえぬものでしょうかな?」
そこで、わたしはこのかたを育児室にご案内しました。ここでは十三、四人のギンガム服を着たちびさんたちが、床にしいたふとんの上でふざけまわっているのです。ソフィはただひとり、女の子の美しいペティコートを着けて、ひどくうんざりした顔をしている子供の青いギンガム服の腕にだかれていました。ソフィはむずがって、おろしてくれとうるさくせがみ、ペティコートはしっかりと首のまわりにまきついていました。わたしはソフィを受けとり、着物のしわをのばして、鼻をふいてやり、この紳士の顔を見るようにしむけました。
ここでニコニコと五分もしていれば、この子の将来はしっかりときまってしまうわけなんですけど、ニッコリどころかなきだしてしまったのです!
ブレトランドさんは、ひどくもじもじしたようすで子供の手をにぎり、犬の子を相手にしているように、、ちゅっちゅっと口をならしてやりました。ソフィはこんなことにはおかまいなしに、そっぽをむいて、顔をわたしの首のところにうめてしまったのです。ブレトランドさんは肩をすくめ、「まあ、ためしにこの子をつれていってみるか」といったようすでした。「この子でも家内にはあうだろう。とにかく、自分は子供なんかほしくないのだから」とでも、考えていたのでしょう。そこで、わたしたちふたりは部屋をでていきました。
そのとき、よたよたとあのかたの前をまっすぐきっていったのが、あの陽気なちびさんのアレグラなの! あのかたのちょうどまん前で、アレグラはよろっよろっとし、両腕を風車のようにふりまわして、ぺしゃんと四つんばいにたおれてしまいました。子供をふんでは大変と、ブレトランドさんはすばやくとびのき、アレグラをだきあげて、たたせてやりました。アレグラは、あのかたの脚にだきつき、陽気に笑って顔を見上げました。
「お父ちゃん、タカタカして!」
この子が男のかたを見たのは、先生はべつとして、ここ何週間かで、はじめてのことだったのです。そして、ブレトランドさんが、もう頭から消えかけている死んだお父さんにちょっと似ていたのでしょう。
J・F・ブレトランドさんはこの子をだきあげ、まるで毎日やっているようにうまくタカタカしてあげたので、子供はうれしさのあまり夢中になって、キーキーさわいでいました。それからおろそうとすると、アレグラはあのかたの耳と鼻をつかみ、おなかをまるで太鼓のようにポンポン蹴とばしはじめました。たしかに、アレグラはは元気者よ!
J・F・ブレトランドさんは、髪をばらばらにして、ようやくのことで、このなついてくる子供の手からのがれましたが、あごはきっとむすんだままでした。子供を床におろしたものの、アレグラのにぎった小さなこぶしは、そのままはなさずにつかんでおいででした。
「これこそ、わたしにぴったりの子です。もうこれ以上ほかの子を見る必要はありませんな」
このアレグラは兄弟から引きはなすことができないことを説明してあげたのですが、こちらで反対すればするほど、そのあごはしっかりと結ばれていくばかりでした。わたしたちは書斎にもどり、このことを三十分も話しあいました。
あのかたはアレグラの血統、姿かたち、その元気が気にいったのですが、まあ要するに、あの子が気にいってしまったわけ。もし女の子を自分におしつけられるのだったら、ちょっと元気のある女をもらいたい。メソメソなくもうひとりの子なんて、まっぴら。なくなんて、子供らしくないこと。もしアレグラをわたしてくれれば、自分の子としてそだて上げ生涯心配のないようにしてあげる。つまらない人情にとらわれて、この子を、そうした幸福から切りはなしてしまう権利が、いったい、あなたにあるのか? この子の一家はもうばらばらになっているのだから、あなたのしてやれることといえば、せいぜい、それぞれの子にくらしがたつようにしてやることだ、これが先方のいい分でした。
「三人ぜんぶをひきとってください」わたしはあつかましくたのんだのです。
いや、だめ、そんなことは考えてみることもできない。妻は病人、せいぜいひとりの子で、もう手いっぱい、と相手は答えました。
さあ、ここで、わたしはすっかりこまってしまいました。アレグラ自身にとって、これはとてもありがたいことなのですけど、この子をあんなにかわいがっている兄弟たちからひきはなすことなんて、いかにもむごいことです。もしブレトランド夫妻が正式にアレグラを養女にしたら、過去のきずなはできるだけ断ちきろうとするだろう、そして、子供はまだ小さいのだし、父親の場合とおなじように、兄弟のこともすぐ忘れてしまうだろう、ということは、わたしにもわかっていました。
そのとき、ジューディ、わたしはあなたのことを思いだしある家庭であなたを養女にしようとしたとき、孤児院であなたをはなそうとしなかったために、あなたがどんなにそれをうらめしく思っていたかを、考えたの。あなたはいつもおっしゃっていたわね、わたしだって、リペット院長さんがじゃまさえしなかったら、ほかの子供とおなじように、家があったはずなんだとね。わたしはアレグラのじゃまをしているのかしら? 兄弟がふたりいる場合には、事情はちがうはず。男の子だったら、教育をして世の中にだし、一本だちにさせることもできます。でも、女の子にとっては、このような家庭は絶対的なものなのです。アレグラがここにきてからというもの、この子はまるで、ジューディの再来《さいらい》のようにわたしには思えました。あの子には才能もあり、元気もあります。なんとかして、いいチャンスを与えてやらなければなりません。あの子だって、自然の神様に与えていただいた分だけ、この世の美しさと幸福を味わっていいわけです。どんな孤児院だって、それを与えることができるでしょうか? ブレトランドさんが部屋を歩きまわっている間じゅう、わたしは立ちつくしたまま、すっかり考えこんでしまいました。
「その男の子たちをここにつれてきて、わしと話させてください」ブレトランドさんはいいはりました。「すこしでも思いやりの気持があったら、よろこんであの子を放してくれるでしょう」
わたしはそこで子供たちをよびにやったのですが、心は鉛のかたまりのようでした。ふたりはまだ父親のことを忘れていないのですし、あのかわいい赤ちゃんの妹をとってしまうなんて、いかにも情知らずのことに思えたからです。
かわいい、がっしりとした兄弟ふたりは、手に手をとってやってきて、ふしぎそうに目を丸くして見知らぬ紳士の人をながめながら、じっと気をつけの姿勢《しせい》をしていました。
「こっちへきなさい。話したいことがあるのでね」ブレトランドさんはそれぞれの手をとっていいました。「わたしの家には赤ちゃんがひとりもいなくてね、そこで、父親と母親をなくした子供がたくさんいるここにきて、誰かひとりを家につれていくことにしたのです。きみたちの妹はきれいなおうちに住み、おもちゃをたくさんもらい、一生幸福に――ここにいたらどうしてもなれないほど幸福に――くらすでしょう。わたしがきみたちの妹をつれていくことにしたことを、きみたちはきっとよろこんでくれるでしょうな」
「そうしたら、もう妹に会えないんですか?」とクリフォードはたずねました。
「いや、ときには会えるさ」
クリフォードはわたしからブレトランドさんのほうに目を移しましたが、涙がひとしずくほおをつたわって流れはじめました。そして、つかまれていた手をさっと引いて、わたしの腕のなかに身を投げていいました。
「どうかわたさないでちょうだい! おねがい、おねがいです! あの人を帰してしまって!」
「三人とも引きとってくださいません?」わたしはたのみこみました。
でも、相手はつめたい人です。
「ここの子をぜんぶもらいにきたわけじゃありませんよ」と、にべもなくことわられてしまいました。
このときには、ドンはむこうがわで、もうシクシクなきはじめていました。このさわぎのさなかにとびこんできたのが人もあろうにマクレイ先生で、腕にはアレグラをかかえているんです!
わたしはふたりを紹介し、事情を説明しました。ブレトランドさんは赤ちゃんをだこうとしましたが、サンディはそれをしっかりとつかんで、はなそうとしません。
「むちゃだ」サンディはずばりといいました。「マクブライドさんもいずれおっしゃると思いますが、肉親を引きさかないのが、ここの規則なんです」
「マクブライドさんはもう決心してくださったのですぞ」がんこにブレトランドさんは応じました。「もう議論はしつくしたのです」
「きみはかんちがいしたのでしょう」サンディはスコットランド気質を丸だしにし、わたしのほうにむきなおって、いいました。「そんなひどいことをする気持は、きみにはまさかないでしょうね?」
この世でまたとないがんこ者がふたり、かわいそうに赤ちゃんのアレグラを引っぱりあって、ここにソロモン王の判決の二の舞いが演じられることになりました。
わたしは三人の子供を育児室に帰し、この争いの仲間入りをしました。三人は大声をはりあげ、すごい勢いで議論しましたが、最後にブレトランドさんは、この五ヶ月のあいだわたしがときどきいっていることばを、そっくりそのまま、わたしたちにあびせました。「この孤児院をうごかしている人は誰なんです、院長なんですか、それとも、嘱託医《しょくたくい》なんですか?」
あの紳士の前でわたしをこんな立場に追いこむなんてというわけで、わたしは、先生にたいしてもうカンカンになっていましたが、まさか、人前であの人とけんかをはじめるわけにもいきませんし、そこでわたしは最後に、はっきりしっかりと、アレグラのことはもうどうにもならないのだから、ソフィのことをもう一度考えてもらえぬだろうか? といってみました。
いや、ソフィのことを考えるなんて、とんでもない、アレグラか、誰ももらわないか、ふたつにひとつだ、と相手は答え、わたしが弱気をだしたため、あの子の将来がめちゃめちゃになったことを、しっかりとわたしに悟らせようとしました。そして、部屋からでていこうとすると、こうわかれのあいさつをたたきつけました。「マクレイ嬢、それに、マクブライド先生、では失礼いたします」ブレトランドさんは、かたくるしいおじぎを二度して、引きさがっていきました。
ドアがしまったとたん、サンディとわたしのあいだに、すごいけんかがおっぱじまりました。
先方のいい分は、子供の世話をみることにすこしでも近代的な、人間の血のかよった考えを持っているというのだったら、ほんのすこしの間でも、肉親を引きさこうと考えたことをはずかしく思うべきだ、ということなんです。それにたいして、こちらでは、自分が子供をすきで、それを手放したくないというまったく自分|本位《ほんい》の気ままで、子供をここに引きとめてしまったことに、文句をつけてやりました。(これはもう、まちがいのないことよ)これは職をかけての、のるかそるかの大闘争でした。そして、最後に、ブレトランドさんを上まわるかたくるしさと礼儀正しさで、先生は引きあげていったのです。
このふたりのはさみうちにあって、まるで新式のしわのばしの機械のあいだをとおりぬけてきたように、わたしはクタクタになってしまいました。それがすんだら、こんどはベツィが帰ってきて、いままでにないすばらしい家庭をすててしまったことにたいして、さんざんの文句なんです!
かくして猛烈な活動をしたこの一週間は、このような結末になっておわりを告げました。ソフィもアレクラも、けっきょく前とおなじように、孤児院の子になっています。まあ、まあ、おどろいたことね! おねがい、サンディをくびにして、ドイツ人なり、フランス人なり、シナ人なり、誰でもいいですから、そのかわりの人をちょうだい――でも、スコットランド人は、まっぴらよ。
つかれきった
サリーより
(追伸)きょうの晩は、サンディのほうでも、わたしをくびにしようと、せっせと手紙を書いていることでしょう。あなたのほうがそれをご希望なら、わたしのほうでも文句はないことよ。孤児院には、もうあきあきしてしまったの。
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ゴードンさま
あんたっていう人はけちつけ屋の、小うるさくって、文句をいう、意地のわるい、つむじまがりの人ねえ! ばからしい! わたしがスコットランド語でしゃべりたいと思ったらどうしてそれをしちゃいけないの? わたしの名には、前にマクというのがついているのよ。
もちろん、木曜日にあなたがおいでになることを、ジョン・グリアの一同は、大よろこびでおむかえします。でも、これはろばのためばかりではなく、あなたがあかるくて感じのいいかただからよ。いままで失礼した穴うめに、一マイルもあるくらいの長い手紙をさしあげようと考えていましたが、そんなこと意味ないわね。あさってにはお会いできるのですしあなたのすがたは、このいたむ目には、とてもよくきくお薬になることでしょう。
わたしのつかう言葉のことで、どうかおこらないでちょうだい。祖先はスコットランドの高原地帯《ハイランド》の出なんですもの。
マクブライド
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ジューディ
ジョン・グリアでは異常ありません――折れた歯が一本、ねんざした腕首がひとつ、ひどいすりきずをしたひざひとつ流行性の結膜炎の子ひとりのほかはね。ベツィとわたしは、先生にたいして、礼儀正しくはしていますが、つめたい態度をとりつづけています。ここでしゃくにさわることは、相手のほうでも、つめたい態度をとっていることです。先生は、熱をさましたのは自分のほうだけと考えているようなのよ。科学的に、感情をぬきにして、せっせと仕事をし、いんぎんにはしていますが、どこかにつんとしたところがあるの。
でも、先生は、いまのところ、大して気になりません。サンディなんぞよりもっともっと感じのいいかたが、ここにおいでになるんですもの。下院がまた休会になり、ゴードンは旅行にでて、そのうちの二日間は、ブラントウッド亭ですごすことになっています。
海辺《うみべ》でゆっくりなさったので、残りの夏をこの近くですごそうといまお考えになっているそうですが、わたしもうれしいわ。ジョン・グリア孤児院からほんのわずかしかはなれていないところに、ゆったりとした貸別荘はいくつでもあることよ。週末にジャーヴィスが帰ってくることも、気分がかわって、きっとおもしろいことでしょう。わかれわかれになってそれぞれ楽しく仕事をしたあとでは、ふたりがいっしょに持っている考えに、新らしいものがそえられることになるわけですものね。
いまのところ、結婚生活について、これ以上理くつをこねているわけにはいきません。モンロー主義だとか、一、二の政治問題を、せっせとおさらいしなければなりませんので。
はやく八月がきて、あなたと三月いっしょにいられることを楽しみにしています。
かしこ サリーより
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金曜日
剛敵さん
先週の噴火事件のあとで、こうして晩餐にあなたをおよびするなんて、わたしもずいぶん心の広い女と、関心しています。でもとにかくおいでください。慈善家のお友だちのハロックさんのことは、あなたもごぞんじのことでしょう? ピーナッツや、金魚や、そのほかに、おなかによくないいろいろのものをくださったかたです。このかたも、きょうの晩はここにおいでになります。その慈善の流れを、もっと衛生的な方面にしむける絶好《ぜっこう》のチャンスになることでしょう。
七時までおいでください。
かしこ
サリー・マクブライドより
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剛敵さん
あなたは、それぞれの人間がべつの山でべつの穴に住んでいた時代に、生まれたらよかったかたよ。
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金曜日 六時半
ジューディ
ゴードンがここにきていますが、わたしの孤児院に関するかぎり、ほんとうに別人のようになりました。母親の心をつかむにはその子供をほめるにかぎる、という古くからの真理に気がつき、百七人のわたしの子供たちを、もうほめちぎっています。あのロレッタ・ヒギンズについてさえ、ちょっとうれしいことをいってくれたの。あの子がやぶにらみでないことはうれしいことだ、なんてね。
きょうの午後、わたしといっしょに村に買いものにいき、二十人ほどの娘のリボンを買うのに、とても助けになってくれました。サディ・ケイトのものは自分にまかせてほしいといいだし、あれこれまよったあげく、ひとつのおさげのほうにはオレンジ色のしゅすを、もうひとつのほうにはエメラルド・グリーンのを選びました。
ふたりがこのことに夢中になっているとき、わたしは、そばにお客さんがきていて、ホックととめ金を買うようなふりをしながら、こちらのたあいもない話に聞き耳をたてていることに、気がつきました。
この女の人は、羽でかざったつば広の帽子、まだらのヴェール、羽毛のえりまき、新型のパラソルですっかりかざりたてていたので、例の意地の悪そうな目の表情にひょっと気がつくまで、その人がわたしの知っている人とは、ぜんぜん思ってもいませんでした。この人はかたくるしく、そして、いかにもいけないといっているようなようすでおじぎをし、わたしのほうでも、うなずいてそれにあいさつをしました。晴れ着をきたマギー・マクガーク夫人だったのです!
ここの絵は、じっさいよりずっと感じのいい顔をしています。笑っているように見えるのは、ペンがすべってしまったためなの。
男の人に分別のある関心を持つことができるものだということを、かわいそうに、マクガークはわからないのよ。独り者なら誰彼《だれかれ》かまわずに結婚しようとしていると、わたしのことを思っているんだわ。最初は、わたしが先生をさらっていこうとしていると思っていたの。でも、いまは、ゴードンといっしょにいるわたしのすがたを見たので、このふたりの男と結婚しようとしている二重結婚の怪物と、わたしのことを考えているわけよ。
さようなら。何人かお客さまがこちらにおいでのようです。
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午後十一時半
今晩はゴードンさんのために晩餐会を開き、お客さまとしてベツィ、リヴァモー夫人、ウィザースプーンさんがお見えになりました。わたしはこだわらずに、マクレイ先生もおよびしたのですけど、人とおつきあいする気分にはなれないという理由で、ぶっきらぼうにことわられてしまいました。サンディは礼儀なんぞおかまいなしに、ほんとうのところをぶちまける人なのね!
これはもうまちがいのないことだけど、ゴードンは、どこにだしてもはずかしくない点では、いちばんの人よ。美男子だし、肩がこらず、上品で、機知があって、お行儀ときたら満点――まあ、すごくりっぱな飾りもののご主人になることでしょう! でも、わたし思うんだけど、ご主人というのはいっしょにくらす人でしょう、晩餐会やお茶の会で人にみせびらかすだけのものじゃないわね。
あの人は、きょうの晩、ふだんにないほどすばらしかったの。ベツィとリヴァモー夫人はふたりとも、あの人をすきになってしまいました――わたしもちょっぴりね。ジャヴァの飼い方について、いかにも堂々とした演説口調で、お話をしてくださいました。あのお猿さんのねる場所を見つけるのにいろいろと苦労していたのですが、ゴードンは理路整然《りろせいぜん》と、この猿はジミーの贈物、ジミーはパーシーも友人、だから、猿はパーシーといっしょにねるべきだ、と証明してくださったのです。ゴードンは演説の天才で、きく人さえいれば、あの人はシャンペンを飲んだようにいい気持になってしまうのよ。祖国のために血を流したすばらしい英雄の場合とおなじように、猿の問題についても、むきになって議論ができるかただわ。
地下室の炉のところに坐って外の夜をながめ、遠くはなれた熱帯のジャングルで遊んでいる兄弟のことに思いをせている、ジャヴァの心のさびしさについてゴードンが話したとき、目頭がジーンとしてしまったわ。
あんな演説のできる人は、前途有望よ。二十年もしたらわたしはきっと、あの人が大統領になるようにと、一票いれることでしょう。
ほんとに楽しかったので、まわりにねむっている百七人の子供たちのことを――三時間のあいだ――すっかり忘れてしまったほどでした。子供たちがかわいいことは、たしかなことだけど、ときには、それからすっかりはなれてしまうことも、楽しいものよ。
お客さまがお帰りになったのは十時でしたから、もう真夜中になっていることでしょう。(きょうは八日目なので、時計がまた、とまってしまいました。ジェインは忘れん防で、金曜日ごとに、それをきちんとまくことができないのです。)でも、おそいことはたしかです。そして、女として、美しさをますためにねむることは、わたしの義務よ、特にこのましい求婚者がそばにいるときはね。
あした、この手紙を書きあげましょう。おやすみなさい。
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土曜日
ゴードンは子供たちと遊び、あとでおくろうと思っているなにか気のきいた贈物をと考えながら、午前ちゅうをすごしました。ここのインディアンの小屋にきれいにぬったトーテムポールを三本つけたら、そのすばらしさがなおますだろうと考えています。それから、赤ん坊にはピンクのいたずら着を三ダースくださるはずです。ピンク色は、青い色にはもうあきあきしているここの院長さんには、とてもお気にいりの色なのです! この気前のいい後援者は、二頭の|ろば《ヽヽ》と|くら《ヽヽ》と赤い小さな草を贈ったらどんなものだろう、と計画して楽しんでいます。ゴードンのお父さんがこんなにたくさんお小遣いをくださり、ゴードン自身はこうして慈善に熱心になっているなんて、すばらしいことじゃない? ゴードンはいまパーシーといっしょに、ホテルでおひるを食べていますが、慈善の方面で、きっと、なにか新らしい考えをとりいれていることでしょう。
孤児院生活の単調さをこうしてやぶられて、わたしが当惑《とうわく》していると、きっとあなたはお考えでしょうね? ペンドルトンの奥さん、あなたからお預かりしたこの孤児院をわたしがどんなにきちんとやっているか、それはなんとでもすきなようにとおっしゃってかまわないわ、でも、こうしてじっとしていることは、やっぱり、わたしの性《しょう》にあわないの。ときには、変化がとてもほしくなるの。だからこそ、あのあふれるほどのあかるい気持と子供のような元気をもったゴードンがうれしいわけ、あのうんざりする先生とくらべたときには、特にそうよ。
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日曜日の朝
ゴードンの訪問がおわったことを、ご報告しなければなりません。四時にお帰りになろうとしていたのですが、わたしはついきまぐれをおこして、九時半までそれをのばしてくださるようにとおねがいしてしまい、きのうの午後、あのかたとシングとわたしは、この孤児院の塔がみえなくなってしまうところまで遠出し、小じんまりとした道のかたわらにある旅館にたちよって、ハムと卵とキャベツのおいしい夕ごはんをいただきました。シングはガツガツ食べすぎて、それからはぐったりとしています。
散歩もなにもかも楽しく、ここの単調な生活にとって、ありがたいいろどりをそえてくれました。そのあとでとてもいやなことがおきなかったら、わたしはこれで何週間も、楽しく満足して、すごすことができたでしょう。陽気であかるいすばらしい午後をせっかくおくったのに、それが台なしになってしまって、ほんとにくやしいわ。わたしたちは、いかにも月なみに電車で帰り、九時半にジョン・グリア孤児院にもどったのですが、ゴードンが駅にとんでいき、列車をつかまえるのにちょうどいい時刻でした。そこでわたしは、家のなかまではおよびせず、玄関のところでていねいにわかれのごあいさつをしました。
自動車が一台、車寄せのわきの家のかげにあったのですがわたしはそれが誰のものかを知っていたので、先生がウィザースプーンさんといっしょに家のなかにおいでなのだろう、と考えていました。(ふたりは夕方にはよく、衛生室で話をしています)ところで、ゴードンは、いざわかれぎわのときになって、不幸にも衝動《しょうどう》にかられて、この孤児院の世話なんかやめてしまって、個人の家の主婦になってくれといいだしたのです。
こんな男の人ってあるかしら? 午後じゅうずっといっしょにいて、人気のない野原を何マイルも歩いているのですから、こんなことならいくらでも話せたのに、それをせずに、えりにもえって玄関口のところでこんなことをいいだすなんて!
わたしがどうそれに答えたかは、いまはっきりおぼえていませんけど、とにかく、それを軽くいなして、列車におくれぬようにあの人を急いでいかせようとしました。でも、相手は軽くいなされるのはいやだといいだし、柱によりかかってその問題を徹底的に話そうとがんばるんです。わたしには、汽車をのがすことも、ここの窓がぜんぶ開けてあることも、わかっていました。男の人って、人にきかれるかもしれないということなんて、ぜんぜん考えもしないのね。世間体《せけんてい》を考えるのは女と、相場がきまっているものらしいわ。
あの人をはやく追いだそうとハラハラしていたので、こちらもかなりつっけんどんで、気のきかないことをいったのでしょう。ゴードンはむくれだし、間が悪いことに、例の自動車に目をとめてしまいました。その上、誰の車かを知り、気がたっていたので、先生のことをあざけりはじめました。「出目きん」だとか、「なりあがり者」だとか、そのほかに、まあ、ほんとにひどい、ばかげた悪口をいいはじめたんです!
わたしは相手が納得《なっとく》するようにと、真剣になって、あの先生のことなんてなんとも思っていない、ほんとに風がわりでしょうのない人だといっている最中、先生が、やおら自動車のなかからあらわれて、ふたりのほうに歩いてきたのです。
このときには、わたしもう、ほんとに消えてなくなりたかったわ!
サンディは、こうしたことを聞いたあとで当然のことなんですが、たしかに憤慨はしていたものの、冷静さをすこしもうしなわず、しっかりとしていました。ゴードンはカンカンばかにされたとひとりぎめして、ムカムカしていました。わたしはというと、このふってわいたほんとうにばかげた無用のさわぎに、ただぼう然としているだけでした。サンディはつい盗み聞きをしてしまったことにたいして、申し分のないほどていねいに、わたしにわびをいい、それからゴードンにむかって、かたくるしく、自分の車で駅にいってはどうかと誘いました。
わたしは、ゴードンにいかないようにとたのみました。ふたりのばかげたけんかの原因には、なりたくなかったからです。でも、わたしのことなんかにはいっこうにおかまいなくふたりは車に乗りこみ、わたしを玄関のところにつったたせたまんまにして、とんでいってしまいました。
わたしは家にはいり、床についたのですが、何時間もねむれず、いまかいまかと待っていたのですが――その待っていたものがどんな爆発か、わたし自身にもわかっていません。いまはもう十一時、先生は姿をあらわしません。お会いしたとき、わたしはいたいどうしたらいいのかしら? 着物をいれる戸だなのなかに、身をかくしてしまうことでしょう。
こんなにつまらない、ばかげたさわぎって、ほかにあるものかしら? これでどうやら、わたしは、ゴードンとけんかしてしまったらしいわね――なんでけんかしたのかは、ぜんぜんわからないけど――そして、先生とのおつきあいは、もちろん、とても気まずいものになりそうよ。あの人についてひどいことをいってしまったんですものね――わたしのポンポンいってしまう口のきき方、ごぞんじのとおりですもの――心にもないことをじゃんじゃんいってしまったの。
ああ、きのうのいまごろがとりもどせたら……。そうしたら、ゴードンを四時に出発させたことでしょう。
サリーより
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土曜日の午後
マクレイ先生
きのうの夜のことは、ほんとにいやな、ばかげた、つまらないことでした。わたしがべつに悪い気があってあのたわいもないことをいったのでないことは、もうきっとおわかりいただけただろうと思っています。わたしの舌は、頭とは関係なしに、おしゃべりをしてしまうのです。ひとりでにうごいてしまうのです。このなれない仕事でのご援助と、(ときおりの)我慢づよさにたいして、わたしがいかにも恩知らずのように見えたことでしょう。あなたがしっかりと後楯《うしろだて》になってくださらなかったら、わたしがこの孤児院をどうにもできなかったことを、わたしはたしかにみとめています。そして、ときどき、これはそちらでもおみとめになることと思いますが、あなたは相当なかんしゃくをおこし、ふきげんで、手におえないことがありましたが、わたしは、それをどうとべつに申しあげませんでしたし、わたしがきのうの晩に口にだしたいけないことも、本気でいっていたわけではありません。どうか、あの失礼はおゆるしください。先生とのご交際をなくすことは、とても残念なことです。ふたりはお友だち、そうじゃありませんこと? わたしはそう考えたいと思っています。
S・マクブライド
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ジューディ
先生とわたしが仲なおりしたかどうかはいっこうに見当がつきません。ていねいなおわび状はだしたのですが、それは奈落《ならく》の底に投げこんだ感じ、相手は静まりかえっています。きょうの午後になって、ようやくきてくださいましたが、例の不幸なできごとについてなにかいってくださるかなと思っていたのですが、目をぱちりともしないの。話はただ赤ん坊の頭からブツブツのおできをとるイヒチョールのこう薬のことだけ、それがおわると、サディ・ケイトがそこにいたので話は猫のことにうつってしまいました。先生のところのマルタ猫が子供を四匹生んだそうで、サディ・ケイトは、どうしてもそれを見たいといいはって、いうことをききません。なんだかわけのわからないうちに、わたしは、あしたの午後四時に、このつまらない猫を見にいくことになっていました。
そこで先生は、つんとすましたおじぎをていねいにして、帰っていきました。これでどうやら、けりのようです。
日曜日づけのあなたのお便り、いただきました。別荘をかりたそうで、わたしもうれしいわ。そんなに長いことあなたがそばにいてくださるなんて、すばらしいわ。ここの改善|工作《こうさく》は、あなたと会長さんがそばにひかえていてくださると、ずんずんはかどることでしょう。でも、八月七日までに、ここにきてくださらなくちゃいけないことよ。こんな時期にニューヨークにいて、だいじょうぶ? そんなにご主人孝行の奥さんなんて、聞いたこともないことよ。
会長さんによろしく。
S・マクブライドより
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七月二十二日
ジューディ
まあきいてちょうだい!
四時に、サディ・ケイトをつれて、例の小猫をみに、先生のお宅《たく》にうかがいました。ところが、フレディ・ハウランドがたった二十分前に二階から落ちたので、先生はハウランド家にいって、フレディの鎖骨《さこつ》の治療にかかりっきりです。先生は、すぐもどってくるから待っているように、といい残しておでかけだったそうです。
マクガークは書斎にわたしたちを案内しました。そして、わたしたちだけにしておいてはいけないと、真鍮みがきを口実にして、部屋にはいってきました。わたしたちがなにをするとでも思っていたのかしら? きっと、ペリカンをかかえて逃げだすとでも思っていたのよ。
わたしは「センチュリー」誌にのっているシナ問題の論説を読みはじめ、サディ・ケイトは、せんさくずきなマングースのように、あちらこちらと歩きまわり目につくものをいちいち、しらべていました。
まず真鍮のべにづるをつかまえて、どうしてこんなにせいが高いのか? どうしてこんなに赤くなったのか? と質問がはじまりました。それはいつもかえるを食べていたのか? 片一方の脚は折ってしまったのか? こういった調子で、まるで八日まきの時計のように、ひっきりなしに質問をあびせていました。
わたしは論文に読みふけり、サディの相手はマクガークにまかせておきました。最後に、部屋の半分を片づけてから、こんどは、先生の机の真中にあった、革のがくぶちにはいった女の子の写真の番になりました――妖精のようなふしぎな美しさをたたえた子で、おどろくほどアレグラに似ている子なのです。五年後のアレグラの写真といってもいいほどのものでした。先生といっしょに夕食をしたあの夜、わたしもこの写真には気がついていて、それがどこの患者さんか、おたずねしようと思っていたのでした。それをしなくて、ほんとによかったのですけど!
「これ、誰なの?」サディ・ケイトはそれにとびかかってたずねました。
「先生の娘さんよ」
「どこにいるの?」
「そう、遠いところで、おばあちゃんといっしょにいるの」
「どこからこの子をもらったの」
「奥さんが先生にあげたのよ」
電気に打たれたように、わたしは新聞から目をはなしました。
「奥さんですって!」わたしは大声でいってしまいました。
つぎの瞬間には、こう叫んだことをひどく後悔したのですが、とにかく、不意をうたれて、びくりしたことは事実です。マクガークは体をのばしてペラペラと話しだしました。
「奥さんのことはお話しにならなかったんですかね? 六年前に気が変になり、それがだんだんひどくなって、家におくのは危険になって、病院にいれたんです。先生は死ぬほどの苦労をなさいましてね。こんなにきれいな女の人って、まずありませんね。一年間というもの、先生はニッコリともなさいませんでしたね。あなたとはあんなに親しくしておいでなのに、先生がなにもいわないでいらっしゃるなんて、みょうなことですね!」
「きっと、それは口にしたくないお話なのよ」わたしはそっけなく答え、真鍮みがきにはどんなものをつかっているかをたずねました。
サディ・ケイトとわたしはガレージにいって、子猫をみつけ、先生がお帰りにならないうちに、うまくそこを引きあげてしまいました。
でも、これがいったいどういうことか、教えてくださらない? 先生に奥さんがあることを、ジャーヴィスは知らなかったの? こんなにみょうな話って、聞いたこともないことよ。マクガークがいっていたとおり、奥さんを精神病院にいれていることくらい、先生だって、ちょっと知らせてくださってもいいと思うわ。
でも、それはきっとおそろしい悲劇だったので、先生はそれを口にする気になれないのかもしれないわね。遺伝についてああまで病的なわけが、わかっわ――娘のことも、きっと心配していらっしゃるのよ。わたしがいままで、どんなにそのことをからかってきたかを考え、それで先生の心がどんなに傷つけられたかを思うと、ぞっともするし、自分自身と先生が腹立たしくなってきます。
二度とあのかたにはお会いしたくないような気がします。ああ、これからほんとうに、めんどうなことになることよ!
かしこ
サリーより
(追伸)トム・マククームがマミー・プラウトを、石屋さんがつかっている|しっくい《ヽヽヽヽ》のなかにつっこんでしまいました。おかげでマミーは半熟状態。先生をよびにやっています。
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七月二十四日
拝啓
ジョン・グリア個人の院長に関するおそるべきひどい話を、ご報告いたします。新聞ざたにはならないように、おとりはからいください。「残虐《ざんぎゃく》行為」でくびになる前におこなわれた、調査のおもしろい話をおつたえいたしましょう。
けさ、開いた窓のそばの、陽のあたるところに腰をおろして、フローベルの児童教育論について書いたおもしろい本を読んでいました――かんしゃくはけっしておこしてはならない、子供にはいつもやさしく話しかけるように。子供は見たところ悪いように見えても、ほんとうはそうではない。それは気分が悪いか、おもしろいことがなにもないためである。罰してはいけない。ただ注意をほかにそらしてやればいい。わたしは、自分をとりまいているおさない子供たちにたいしてやさしい愛情のこもった、高らかな気分にひたっていたのですが、そのとき、わたしの注意は、窓の下にいるひとかたまりの少年たちのところに、ひかれました。
「ああ――ジョン――苦しめるなよ!」
「放してやれよ!」
「はやく殺しちゃえよ!」
子供たちがこうして反対しているとき、その声を破って、苦しみもがいているけだものの悲鳴が聞えてきました。わたしはフローベルの本をすて、下にかけおりて、わきの戸口から、子供たちのいるほうへとんでいきました。子供たちはわたしがやってくるのをながめて、くもの子をちらすように逃げだし、ねずみをいじめているジョニー・コブデンのすがたがそこにあらわれてきました。気味の悪い話はここではやめにしましょう。わたしは男の子をひとりよび、急いでそのねずみを水漬《みずづ》けにするようにといいつけました。ジョニーは、そのえり首をとっつかまえ、体をねじり足を蹴飛ばしてあばれるのを、グイグイと台所の口から家のなかにつれこんだのです。この子は十三になる大きな、ぶかっこうな子で、とおりすがりの柱という柱にすがりついて、まるで小虎のようなあばれぶりでした。ふだんだったら、こんな子は手にあまると思うところなんでしょうが、わたしの体に流れている十六分の一のアイルランド人の血がその姿をはっきりとあらわしこちらもすごい勢いになっていました。ふたりは台所にとびこみ、わたしは、急いで折檻《せっかん》の道具をキョロキョロとさがしまわりましたが、そのとき最初にわたしの目にはいったのが、パンケーキをひっくりかえす|へら《ヽヽ》、そこで、それをつかんで力まかせにこの子をたたき、とうとう相手は、四分前のあのあばれ坊主ぶりをすてて、メソメソとなきながら、おそれいってゆるしをこいはじめました。
このとき、さわぎのまっただなかにとびこんできたのが、ほかならぬマクレイ先生なのです! びくりして顔をまっ青にしていました。先生は大またで近づき、|へら《ヽヽ》をわたしの手からうばい、ジョニーをたたせました。ジョニーは先生のうしろにいってすがりついているのです! わたしはしゃくでしゃくで、ほんとうに口がきけなくなってしまいました。なかないでいるのが、せいいっぱいのところだったの。
先生がおっしゃったことは、「さあ、この子を院長室につれていきましょう」ということだけ、そして、わたしたちは歩きだしました。ジョニーは、わたしからできるだけはなれて、ひどくびっこをひいてたわ。ジョニーはそとの部屋において、先生とわたしは、書斎にはいり、戸をしめました。
「いったい、あの子はなにをしたんです?」
それを聞いて、わたしはただテーブルの上に頭をのせ、なきはじめてしまったんです! 心も体もクタクタにつかれてしまっていたのです。あの|へら《ヽヽ》で打ちすえることで、根《こん》をつかいきってしまったんですもの。
わたしはしやくりあげながら、あの残酷な話をことこまかに話し、先生は、ねずみはもう死んでしまったのだから、そのことは考えないように、といってくださいました。それから、水を飲ませてくださって、なけるだけいくらでもなきなさい、そうすれば気分もよくなるでしょう、とおっしゃいました。頭をなでてくださったかもしれないことよ! とにかく、そのときの態度は、いかにもお医者さんらしいりっぱなものでした。ヒステリーをおこした子に、先生がこれとおなじようなことをなさっておいでなのを、わたし、見たことがあるわ。そして、このときまで一週間というもの、かたくるしい「おはよう」のあいさつ以外には、なんにも話してくださってはいなかったのです。
ハンケチをときに目にあてることはあっても、坐って笑うことができるようになるとすぐ、先生とわたしは、ジョニーのことを考えはじめました。この少年は病的な遺伝を持っていて、性格にすこし欠陥があるのかもしれない、これは、ほかの病気とおなじように、なおさなければならない、ふつうの少年でも、ときどき、残酷なことをすることである、子供の道徳心は十三ではまだ発育していないのだ、というのが先生のお考えでした。
それから、目をお湯で洗い、ないたあとを消すように、といわれ、わたしはそのとおりにしました。そしていよいよ、ジョニーをよびこみました。この少年は――自分からのぞんで――最後まで立っていました。先生のお話しときたら、ほんとうに考えぶかく、やさしく、人情のこもったものでした! ジョンは、ねずみは害になるのだから、殺してしまわなければならない、とがんばりました。先生はこれにたいして、人間は自分の幸福のためにたくさんのけだものを殺さなければならないが、それはしかえしをするためではない、殺すにしても、それはできるだけけだものを苦しめないようにして、おこなわなければならないのだ、と答え、ねずみの神経と、このけだものがどんなに身をまもる方法を持っていないか、それを遊び半分に苦しめることは卑怯《ひきょう》なことだ、と説明してやり、想像をはたらかして、相手がたとえねずみであろうと、相手の立場からものを考えるようにと教えました。それから、先生は本棚のところにいき、わたしのバーンズの詩集をひっぱりだし、バーンズがどんなにすぐれた詩人か、すべてのスコットランド人がどんなにこの詩人をしたっているかを、つたえました。
「そしてこの詩人は、ねずみについてこういっているよ」サンディはページをめくり、「小さな、つやつやした、おびえた臆病《おくびょう》なけだもの」をさがして、その詩を読んできかせ、それをいかにもスコットランド人らしく説明してやりました。
ジョニーが自分の悪かったことを悟って帰ると、サンディは、医者としての目をまたわたしのほうにむけ、「きみはつかれていて、転地をしなければいけない。一週間アディロンダックにいったらどうか? 自分とベツィとウィザースプーンさんが、委員会をつくって、孤児院のほうはなんとかやってあげよう」といってくださいました。
それは、こちらにしても、ねがったりかなったりのこと! 気分をすっかりかえ松のかおりのする空気が必要なのです。わたしの家族の者は先週キャンプを開き、わたしがいかないのをうらんでいるのです。家の人たちは、こうした地位についた以上、むら気をおこして、それをむぞうさにすてることはできないことだということを、わかってくれようとはしません。でも、五、六日なら、なんとかやりくりがつきます。八日まきの時計のように、この孤児院にもねじをまいておいたら、来週の月曜日から一週間先、午後四時にわたしが汽車でここにもどってくるまではうごきつづけることでしょう。そうすれば、あなたがここにおいでになるまでは、わたしもゆっくりと落ちつき、つまらないことを考えなくなることでしょう。
ジョニーくんは心も体もすっかり払いきよめられました。わたしが前に|へら《ヽヽ》でたたいておいただけになお、サンディのお説教のききめがあらたかだったんじゃないかと思っています! でも、ひとつだけたしかなことは――スザン・エステルが、わたしが台所にはいっていくと、いつもびくびくしていることです。けさ、きのうの夜のスープが塩っぱすぎたことをいって、なにげなくじゃがいもつぶしを手にとると、スザンは、まき小屋の戸のかげに逃げていってしまいました。
あした九時に、五本電報を打ってから、わたしは旅行にでます。まあ、陽気で、なんのくったくもない娘にまいもどることを――湖水の上にカヌーを浮かべ、森を歩きまわり、クラブ・ハウスでダンスをすることを、わたしがどんなに楽しみにしているか、あなたにはおわかりにならないことでしょう。こうしたことを考えて、わたしは夜じゅう、うっとりとした気分にひたっていました。ほんとうに、この孤児院の姿にわたしがどんなにうんざりしていたか、わたし自身にも気がつかなかったのでした。
「あなたに必要なものは、すこしのあいだ、ここをぬけだして、うんと遊んでくることですよ」サンディはわたしにいっていました。
この診断《しんだん》は、たしかに千里眼よ。いま、なによりもしたいと思っていることは、うんと遊ぶことなの。それがすんだら力をすっかりもりかえしてここにもどり、あなたといそがしい夏をむかえることができるようになるでしょう。
かしこ
サリー
(追伸)ジミーもゴードンもそこへいきます。あなたもきてくださればいいのに! 夫というものはやっかいなものね。
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七月二十九日 マクブライド・キャンプにて
ジューディ
このお便りは、山はいつもより高く、森はもっと緑、湖水はもっと青いことをお知らせするために、書いたものです。
今年は、人のきかたがおそいようだわ。湖水のこのへんでほかに開いているキャンプといえば、ハリマン家のキャンプだけです。おどりの相手になる男の人は、クラブ・ハウスにはほんのすこししかいませんけれど、おどりずきなやさしい若い政治家が、お客さまとしておいでになっているので、おどり相手がすくなくたって、すこしも不都合《ふつごう》はありません。
政治のことも、孤児院のことも、美しい湖水に浮かんだすいれんの葉のあいだをこぎまわっていくときには、もうお預けです。来週の月曜日の朝、山に背をむけて、七時五十六分の列車で帰らなければならないと思うと、うんざりです。お休みでいやなことは、それがはじまった瞬間に、自分の幸福が、近づいてくる休みのおわりのために、くもらされるということね。
サリーは家のなかにいるのか、外にいるのかとたずねている声が、ヴェランダでしています。
さようなら S
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八月三日
ジューディ
ジョン・グリア孤児院にもどり、つぎの世代の重荷を、またしょいこみました。ここに帰りついていきなり目についたことは、パンケーキの|へら《ヽヽ》の思い出があるジョニー・コブデンが、そこで、バッジをつけていることでした。それをよく見ると、そこには金文字で「動物|虐待《ぎゃくたい》防止協会支部長」と書いてあるのです! わたしのるすのあいだに、先生はその協会の支部をつくり、ジョニーを支部長にまつりあげたわけです。
ジョニーがきのう、新らしい農場小屋の土台づくりをしている人夫をよびとめて、馬にむちをあてて坂をのぼらせているのを、こっぴどくしかりつけた話を聞きました。こんなことをふしぎなことと思うのは、わたしだけよ。
いろいろお話したいことはありますけれど、四日すればここにいらっしゃるのですもの、いちいち骨を折って書くことはないわね。ただひとつだけ、とっておきのおもしろい話があります。息をこらして聞いてちょうだい。四ページにいくと、すごい絵があります。サディ・ケイトの悲鳴ときたら! ジェインがあの子の髪を切っているのです。こんなふうに、かたくむすんだふたつのおさげのかわりに、この娘はこれからはつぎの絵のようになります。
「あのおさげが気になっていてね」とジェインはいっています。
この髪のほうがどんなにしゃれていて、似あうか、おわかりでしょう。これなら、誰かもらい手がつくだろうと思っています。ただ、サディ・ケイトは独立心の強い、男まさりの子で、生まれつき、自分でくらしをたてる力を、しっかりとそなえています。養子をもらってくれる口は、もっと気の弱い子のほうがにまわさなければなりません。
ここの新らしい着物、見ていただきたいわ! このばらのつぼみのような子供たちのむれが、あなたをとりまくすがたを見たくてもう待っていられないくらいです。新らしい服が――ちがった色の服がそれぞれに三着――わたされたとき、青いギンガム服の子供たちの目がどんなにかがやいたか、お見せしたかったわ。服はみんなそれぞれの子供のもので、持ち主の名は、消えぬようにしっかりと、カラーのうしろに書かれてあります。リペットさんが不精をきめこんで、毎週洗濯したものからどれでも子供たちに選ばせたやり方は、女の気持をふみにじったものだわ。
サディ・ケイトが、赤ちゃんの豚のように、キーキー悲鳴をあげています。ジェインがまちがって耳を切り落としてしまったのかもしれません。いって見てきます。
そんな心配はありませんでした。サディのみごとな耳は健在です。あの子は、ある考えがあってキーキーいっていたのでした。歯科医用のいすに坐ったとき、つぎの瞬間には痛いだろうと思って人がやるやり方、あれなんです。
これ以上書くことといっては、あたし自身についてのことしかありません――こうなんです――そちらもよろこんでくださればと思っています。
わたしは婚約しました。おふたりともお元気で
かしこ S・マクブライド
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十一月十五日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
ベツィとわたしは、新らしい自動車でひとまわりして、ついいましがたもどってきました。たしかに、これで孤児院生活の楽しみもましたわけよ。自動車はひとりでにロング・リッジ道路をあがっていき、シェイディウェルの門の前でとまりました。鎖がかかり、よろい戸はおりていて、そこはとざされ、いん気で、雨にぬれているような感じでした。そこには一種のアッシャー家の没落といった雰囲気がただよい、午後にはよくわたしをむかえいれてくれたあのあかるい家とは、似てもにつかないものになっていました。
楽しい夏がおわってしまってたまらなくさびしいわ。わたしの生活の一部がわたしのうしろでピシャリとしめだされ、なにかつかめない将来がぐんぐんと身近にせまってきた感じがします。あの結婚を、ほんとうに、もう六ヶ月のばしたいのですが、そうしたら、かわいそうに、ゴードンはすごいさわぎをひきおこすことでしょう。わたしの気持がぐらつきだしたなんぞとは、考えないでください、ぐらついてはいないんですもの。ただなんとなく、考える時間をもっとほしいというだけのこと、そして、三月は一日ごとにせまってきているのです。自分はいちばん分別のあるコースをえらんだものと、かたく信じています。誰でも、男でも女でも、きちんとした、ふさわしい、あかるい結婚をすれば、それだけ幸福になるわけです。でも、まあ、おどろいたこと! わたしは変動というものがきらいな女なのに、この結婚は、はてしのないすごい変動になりそうなの。ときどき、一日の仕事がおわってぐったりとなってしまったとき、わたしは、たちあがってこの問題にとりくむ元気が、どうしてもでないときがあります。
とくにシェイディウェルをあなたがお買いとりになり、夏にはいつも、ここにおいでになることになったいまとなっては、ここを去ることを考えるとムカムカしてくるの。来年、ここをはなれて遠くのところにいたら、あなたとベツィとパーシーと、それからあの文句屋さんのスコットランド人が、わたしがいなくても、みんないっしょになって陽気に仕事をつづけ、ジョン・グリア孤児院でどんなにみんながいそがしく、幸福にすごしているかを思って、きっとホームシックにかかってしまうことよ。百七人の子供をなくした母親の心の穴をうめるものって、いったいこの世にあるものかしら?
ジューディ二世は、いつものとおり元気で、ニューヨークにもどったことと思います。ちょっとした贈物をしてあげようと考えているの。わたしもちょっと手伝ったけど、だいたいはジェインのつくったものです。でも、これはご報告しなけれなばなりませんが、そのうちの二列は、先生があんでくださったものです。サンディの性格って、そのふかさは、だんだんにしかわからないものなのよ。十ヶ月おつきあいしてみて、わたしははじめて、あの人があみものができることに気づきました。子供のこと、スコットランドの荒野原で、老人の羊かいから習ったものだそうです。
先生は三日前おたちよりになり、お茶の時刻までおいでになりましたが、ほんとうに、以前とはほとんどかわらぬほどの親しみさをみせておいででした。でも、その後、夏のあいだにごぞんじのとおりの、例の岩の人に、また逆もどりしてしまいました。あの人を理解しようとすることは、もうやめてしまいました。でも、妻が精神病院にはいっているのでは、誰だってそう陽気になってはいられないことでしょう。一度でもそのことを話してくださったら、と思います。心の奥底にこうした暗いかげがちらつき、しかも、それがはっきりとすがたをあらわさないなんて、おそろしいことだわ。
あなたが聞きたがっておいでの話がこの手紙にないことは自分でも知っています。でも、それは、しめっぽい十一月のあのいやな、たそがれのためなの。なんだかひどくめいった気分になってしまいました。自分がだんだんと気むずかしい人間になっていくのじゃないかと、とても心配だわ。それに家族に必要な気分をゴードンひとりでおぎなうことは、まあできないことでしょうしね! わたしがあんまり神経質にならずに、ちゃんと陽気な気分を持ちつづけなかったら、ふたりの結婚生活がどんなものになってしまうか、わからないことよ。
ジャーヴィスと南方においでになること、ほんとうにきめたの? 夫といつもいっしょにいたいというあなたのお気持(ちょっぴりだけど)見上げたものだと思うわ。でも、あんなに小さな子供を熱帯につれていくなんて、わたしには冒険じゃないかと心配よ。
子供たちは、下のろうかで目かくし遊びをしています。子供たちとひと遊びして、もっと愉快な気分になり、またお便りを書きつづけることにしましょう。
いずれまた!
サリーより
(追伸)十一月になり、このところ、夜の寒さが相当きびしくなったので、丸木小屋の連中を家にいれようと、準備しています。ここのインディアンは、ケットと湯たんぽをもらって、いまのところだいぶぜいたくな野蛮人になっています。キャンプが消えてしまうことは、とても残念です。とてもいろいろと、役にたってくれたんですもの。連中が家にもどってきたら、カナダの猟師《りょうし》のように、たくましくなっていることでしょう。
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十一月二十日
ジューディ
あなたのお母さんとしての心配は、ごもっともと思いますが、わたしはあのことを本気でいっていたわけじゃないの。カリブ海に洗われている、温和な熱帯地方にジューディ二世をつれていくことは、もちろん、ぜんぜん心配のないことです。赤道直下のところにいかないかぎり、だいじょうぶそだちます。それに、家はやしの木陰《こかげ》にあり、海からのそよ風になぶられ、裏には氷をつくる機械がそなえつけてあって、入江のむこうには英国人のお医者さまがいるのだったら、子供をそだてるのにはもう満点よ。
わたしがそれに反対したわけは、この冬、わたしとここの子供たちが、あなたなしで、さびしくすごさなければならなくなったためなの。熱帯地方の鉄道に投資《とうし》し、アスファルト鉱のある湖水や、ゴム園、マホガニーの森を開くといった絵のように美しい仕事をなさっておいでになるご主人を持つということは、ほんとうにすばらしいことだと思うわ。そうした絵のように美しい国でくらすことを、ゴードンもすきになってくれればいいのですけれど……。将来どんなにロマンティックなことがおこるだろうと思って、ゾクゾクすることでしょう。ホンデュラスやニカラガ、それに、カリブ海に浮かぶ島にくらべたら、ワシントンなんて、いかにも平凡な、変哲《へんてつ》のないものになってしまうことね。
お見送りには、いくつもりでいます。
さようなら
サリーより
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十一月二十四日
ゴードンさま
ジューディはニューヨークにもどり、来週ジャマイカにむけて船で出発します。ジャーヴィスが新らしい事業で近く海をとびまわっているとき、ジューディは本部をジマイカにかまえることになっています。あなたも南洋貿易の事業をおはじめになること、できないかしら? あなたのほうにロマンティックで冒険的なものがなにかあれば、なお心おきなくこの孤児院をやめることができることでしょう。それに、白いリンネルの服を着たら、あなたはきっとすてきになることよ! いつも白い服を着ている男の人だったら、わたしだって、いつまでも愛しつづけることができるでしょう。
ジューディがいなくてどんなにさびしいか、あなたには、とても想像できないでしょう。わたしの午後の時間に、ポカリとおそろしい大きな穴があいてしまったの。近く週末にきていただけないかしら? お目にかかれたらきっと元気になると思います。このところすっかりゆううつになっているんですもの。ねえ、ゴードン、遠く離れて考えるより、ここで目の前にあなたのすがたを見たときのほうが、わたし、あなたをずっとすきになるのよ。きっとあなたには、催眠術のような力があるのね。ときどき、あなたと長いことお会いしないでいると、その力がうすれてきますが、またお会いすると、その力がまたもどってくるの。ずいぶん、ずいぶん長いこと、お会いしていないわ。ですから、はやくきて、また魔法をわたしにかけてちょうだい!
S
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十二月二日
ジューディ
あなたとわたしが大学で将来の夢を追っていたとき、どんなにふたりとも南のほうに顔をむけていたか、おぼえていらっしゃる? それがじっさいにほんとうのことになり、あなたがそこにいって、熱帯の島々のあいだをまわっていらっしゃるなんて! ジャーヴィスについての一、二の場合はべつとして、夜明けはやくデッキにのぼり、船がキングストンの港に碇泊《ていはく》し、まっ青な海、緑したたるやし、まっ白な海岸が目にはいったときほど、ゾクゾクするよろこびを感じたこと、あなたの生涯にあったかしら?
あの港ではじめて目をさましたときのこと、わたしはまだよくおぼえていることよ。自分がまるで、この世のものとも思われないほど美しくいろどられた景色にかこまれて、大オペラの主人公になったような気持だったわ。ヨーロッパには四回も旅行したけど、心をゾクゾクかきたててくれたものといえば、まず、奇妙な景色、味わい、かおりにつつまれてワクワクしながらあそこですごした七年前の三週間だわ。そして、それからというもの、そこにまたいきたくってたまらないの。そのことを考えると、ここの変りばえもしない食べものなんて、喉にとおらなくなってしまいそうだわ。カレーやタマーリやマンゴーを食べたいものだわ。変だわねえ! わたしのどこかにクリオール人か、スペイン人か、どこか南国人の血がまじっているとお思いでしょうが、わたしのなかに流れているのは、イングランドとアイルランドと、スコットランドのつめたい血だけよ。だからこそ、わたしが南に心をひかれるのだと思うわ。「やしは松を夢にみ、松はやしを思う」
お見送りをすませて、放浪《ほうろう》したい気持にうずきながら、ニューヨークにもどりました。わたしも、新らしい青い服を着こみ、手には大きなすみれのたばを持って、とびだしたくなりました。広い世間をふらつきまわれたら、ゴードンにもよろこんで永久におさらばしてもいい気持に、五分間ほどなっていました。ゴードンと広い世間――それは両立しないものでもないと、あなたはお考えでしょう。でも、夫についてのあなたのお考えは、わたしにはどうも持てないらしいわ。男の人もおなじ考えだと思うけど、わたしは、結婚をりっぱで、分別のある、じっさい的な制度とはみとめつつも、人の自由をひどくしばりつけてしまうものと考えているの。とにかく一度結婚してしまったら、人生に冒険といった感じが、なくなってしまうことはたしかよ。まがり角に待ちかまえていて、自分をびくりさせてくれるロマンティックなものが、どこにもなくなってしまうのですものね。
これはちょっとこまったことなんですけど、わたしには、ひとりの男の人じゃどうにもあきたらないらしいの。いろいろな男の人から受けるいろいろな感じがすきなのね。あんまりふわふわした若い時代をすごしてきたので、なかなか落ちつけないんじゃないかと心配だわ。
わたしのペンときたら、ずいぶんふらつきまわることね。話をもとにかえしましょう。お見送りをすませてから、ひどくうつろな気持になって、船でニューヨークにもどりました。仲よく三月もおしゃべりをしてきたあとで、大陸のはてにまでとどくような調子で自分のなやみを打ちあけるなんてほんとうにつらいことよ。わたし舟は、あなたが乗っておいでの船の鼻の下をとおり、あなたとジャーヴィスが手すりによりかかっているすがたが、はっきりとわたしの目にうつりました。こちらでは夢中になって手をふっているのに、あなたったら、目ばたきひとつしなかったことよ。あなたの目はとてもなつかしそうに、ウルワース・ビルのてっぺんにくぎづけになっていたの。
ニューヨークにもどって、ちょっと買いものにデパートにいき、回転ドアをとおりぬけようとしたとき、反対側からでようとしていた人が誰だと思う? ヘレン・ブルックスなの! わたしは外にでようとする、先方はまた奥にひっこもうとするので、ひどいめにあってしまったわ。クルクル、いつまでもまわちつづけそうな勢いになってしまったんですものね。でも、とにかく最後にはいっしょになって、握手をし、ヘレンは親切にも、十五ダースのくつした、五十この帽子とスウェーター、二百枚のコムビネイションの買物の手伝いをしてくれ、それから、おしゃべりをしながら五十二番街までいき、女子大クラブでいっしょにおひるをいただきました。
わたしは、いつもヘレンには好意をもっていたの。目立ちはしないけど、しっかりとしていて、たよりになるんですもの。四年生の野外劇の委員会を、ミルドレッドがめちゃめちゃにしてしまったあとで、あの人がそれをひきつぎ、とにかくまとめてしまったこと、まさかお忘れではないでしょう? わたしの後任として、あの人だったらどうかしら? 後任の人のことを思うと、うらやましくってしかたがないのですけど、どうにもならないことだわ。
「最近はいつ、ジューディ・アポットにお会いになったこと?」が、ヘレンの最初の質問でした。
「十五分前よ。ご主人と娘と乳母と女中と下男と犬をつれて、カリブ海にむけて船で出発したばかりなの」
「そのご主人って、やさしい方?」
「三国一よ」
「そして、ジューディの愛情は、まだつづいているの?」
「こんなにしあわせな結婚って、まだ見たこともないくらいよ」
ヘレンがちょっとわびしそうな顔をしているのに気がつきマーティ・キーンがこの前の夏に話していたことをはっと思いだしたので、わたしは急いで、話題をさしさわりのない孤児の話にかえてしまいました。
でも、あとで、ヘレンは自分でその話をぜんぶしてくれましたが、とても冷静で落ちついていて、まるで本のなかにでてくる人の話をしているようなふうでした。あの人はニューヨークにひとりで住んでいて、ほとんど誰ともおつきあいをぜず、すっかり気落ちしてしまっていて。おしゃべりするのをよろこんでいるようでした。かわいそうに、ヘレンは自分の生涯をめちゃめちゃにしてしまったらしいの。こんなに短かい期間に、こんなにいろいろな経験をした人って、まだきいたこともないわ。卒業してから、結婚し、男の子を生んだんだけど、それに死なれ、夫とわかれ、家の者とはけんかをして、ニューヨークにきて、自分でくらしをたてることになったの。いまは出版社で原稿読みをしています。ふつうの見方からすれば、ヘレンが夫とわかれなければならないわけは、べつになかったらしいの。ただ、うまがあわなかったのね。もしご主人が女だったらヘレンは三十分とその人とは話していなかったことでしょう。もしヘレンが男だったら、ご主人は「やあ、こんにちは、ごきげんいかがです?」といって、むこうへいってしまったことでしょう。こんなふたりなのに、結婚してしまったの。こうした男女間のことって、人をほんとにめくらにしてしまうものなのね、おそろしいくらいだわ。
ヘレンは、女の正しいただひとつの職業は家事だという考えを、たたきこまれてそだったの。大学を卒業したとき、当然自分の家庭を持ちたいものと考えていたのですが、そのときにヘンリーがあらわれたのです。親たちはこまかくヘンリーのことをしらべ、すべての点で非のうちどころがないということになったの――家がらも、心がまえも、収入もしっかりしていて、その上美男子、申しぶんなしというわけね。ヘレンはヘンリーを愛していて、盛大な結婚式をあげ、たくさんの新らしい服やししゅうをしたタオルを買いこみました。万事めでたしめでたしだったの。
でも、親しみあはじめてみると、ふたりのこのむ本、じょうだん、お友だち、遊びは、ぜんぜんくいちがっていることがわかってきました。ヘンリーはのんびりしていて、社交的、そして陽気だったのに、ヘレンのほうでは、そうでないの。夫婦は最初、おたがいにたいくつし、だんだんといらいらするようになってきたのね。ヘレンがきちんとしていることはヘンリーをいらだたせ、ヘンリーのだらしのないことはヘレンをカンカンにさせてしまったわけ。ヘレンが一日かかって戸だなやおしいれのひきだしを整理すると、ご主人のほうでは、五分もすると、それをごっちゃごちゃにかきまわしてしまうのね。服はそこたじゅうに放りだして、ヘレンに整理させ、おふろ場ではタオルをごたごたとつみかさねて、おふろおけの掃除はぜんぜんしようとしないの。そして、ヘレンのほうではひどく冷淡になっちゃって、ご主人をいらいらさせ――ヘレンはよくそのことがわかっていたのです――あげくのはてには、ヘンリーがじょうだんをいっても、笑わなくなってしまうようなことになっちまったの。
旧式で、まともな人だったら、こんなたあいもないことで夫婦わかれをすることなんて、とんでもないことと考えることでしょう。わたしにも、最初は、そう思えたのよ。でも、ヘレンが小さなことをつぎからつぎへと話していったとき、ひとつひとつは小さなことでも、ぜんぶあわせれば大きなものとなるので、わたしも、そうした結婚生活をつづけることはおそろしいことだということに、賛成しました。これはほんとうは、結婚ではなく、まちがいだったのね。
そして、ある朝、食事をしながら、夏にどうするかという話がでたとき、自分は西部にいき、もっともらしい理由をだせば離婚がゆるされるどこかの州に住みたちと、ヘレンがなにげないふうにいうと、何ヶ月かのあいだではじめて、夫もそれに賛成したのでした。
ヘレンの両親はヴィクトリア時代ふうの旧式な人で、それをどんなにおこったかは、想像つくでしょう。アメリカにわたってから七代のあいだ、た家庭用の聖書にこんなことが書きこまれたことは、一度もなかったからです。これはみんな、娘を大学にやり、エレン・キーとかバーナード・ショウとかいうおそろしい近代的な作家を読ませたためだ、というわけなの。
「夫がよっぱらって、わたしの髪をつかんでひきずりまわしたら、この離婚も正しいものになったことでしょう。でもふたりがじっさいにものを投げあったりしないので、誰にも離婚の理由がわからないの」とヘレンはなげいていました。
このことで心を打つことは、ヘレンもヘンリーも、誰かほかの人だったら、りっぱにその人を幸福にしてあげる力を持っているということなの。ふたりは、ただ、性《しょう》があわないだけなの。そして、性があわないとなると、どんなにりっぱな式をあげても、ふたりは結びつけられないものなのね。
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土曜日の朝
このお便りは二日前にだすつもりでいました。たくさん書いていながら、まだだしていないのです。
きのうの夜は、よくあるあの人さわがせな夜――寝しなにはひえびえとして手足がこおり、あとで、ケットの山の下で息がつまりそうになって目をさますと、あたたかくなっていて、体がぐったりしてしまう夜でした。余分のかけぶとんをとり、枕をふくらませて、さあこれでゆっくりねむろうと考えたとき、外の空気がはいるようになっている育児室のケットにくるまっている十四人の赤ちゃんのことが、頭に浮かびました。夜この赤ちゃんたちの世話をみることになている乳母は、一晩じゅう死んだようにねむりこけてしまう人なんです。(この人の名は、つぎにやめさせる人の名簿にのっています)だから、わたしはまたおきだし、赤ちゃんたちのケットをとってまわり、それがおわるころには、すっかり目がさめてしまいました。夜ねむれないことなんて、めったにないことなのですが、そういうときには、わたしは世界的な重大問題を解決することにしています。暗やみのなかで目をさまして横になっているときに、頭がぐっとさえるっていうこと、みょうなことじゃない?
わたしはヘレン・ブルックスのことを考えはじめ、その生活ぜんぶのたてなおしを計画してみました。どうしてあの悲しい話がこいうまでわたしの心をとらえたのかは、自分にもわかりません。婚約した娘が考えるには、なんだかがっかりさせる問題ですものね。ゴードンとわたしが、ほんとうにおたがいを知るようになったとき、気持がかわってすきじゃなくなったらどうしよう? と考えつづけていたのです。この心配は、わたしの心をとらえ、それをぎゅっぎゅっとしぼりあげるの。わたしがあの人と結婚するのは、ただ愛情のためだけなの。わたしは特別野心の強い女ではありません。あの人の身分にもお金にも、べつに心はひかれていないのよ。それに、生涯かけての仕事を見つけるために結婚するのじゃないということもたしかよ。結婚するために、自分のすきな仕事をすててしまわなければならないんですものね。わたしは、ほんとうに、いまの仕事がだいすきよ。子供たちの将来をあれこれと考えてまるで国でもつくっているような気持なの。これから先わたしがどうなろうとも、このすごい経験で、身にいろいろなものをつけたことはもうまちがいのないこと。でも、ほんとうにすごい経験だわ、孤児院のおかげで人間というものをもっと身近に知ることができるんですものね。毎日いろいろとたくさんの新らしいことを学んでいるので、毎週土曜日の夜になると、前週の土曜日の夜のサリーのすがたを思い浮かべ、そのおろかさにびっくりしています。
いいこと、わたしの昔から持っているみょうなくせが、いまぐんぐすとのびているのよ。わたしは変化がたまらなくいやになりだしているの。自分の生活がぶちこわされるかと思うと、おもしろくないのね。以前、わたしは噴火山の刺激がたまらなくすきでしたが、いま景色ですきなのは、ひろびろとひろがった高原です。いまのまんまで、とてもいごごちがいいの、つくえも戸だなもひきだしも、わたしにあうようにできています。ほんとにまあ、来年におきる大変動を考えると、わたしは、口にはだしていえないほど、こわくてこわくてなりません! 男の人にたいして当然はらわなければならない愛情を、わたしがゴードンに持っていないなんぞとは、どうか考えないでください。これは、愛情がすこしでもへったためじゃなくって、ここの孤児がだんだんと強くわたしの心をひきつけるようになってきたためだわ。
ほんのちょっと前、マクレイ先生にお会いしましたが、育児室からちょうどでようとしておいでのところでした――あのきびしい先生がせっせとかよってかわいがっているのは、ここの孤児院ではアレグラだけです。先生はとおりすがりにちょっとたちどまり、急に天気が変ってきたことをていねいに述べ、ペンドルトン夫人に便りをだすときにはよろしくおつたえしてくれ、とおっしゃいました。
これはだそうにも貧弱《ひんじゃく》な手紙、そちらで知りたがっていおでのことは、ほとんどなにも書いてないことね。でも、岡の上にたっている、なんのかざりもない、このささやかな孤児院は、あなたがいま味わっておいでのやしの木、オレンジの木の林、とかげ、ふくろぐもからは、はるかにかけはなれたものにうつることでしょう。
どうぞ楽しくおすごしください。そして、ジョン・グリア孤児院とサリーのことをお忘れなくね。
かしこ
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十二月十一日
ジューディ
あなたのジャマイカ便り、いただきました。ジューディ二世が旅行を楽しんだそうで、よろこんでいます。あなたのおうちのようすは、どんなことでもみんな手紙で教えてください。それから写真もね。そうすれば、あなたのそちらのくらしぶりが、よくわかりますものね。あの美しい海をとびまわる船を買ったなんて、どんなに楽しいことでしょう! お持ちになった十八着の服、もう着てみたこと? パナマ帽を買うのはキングストンにいってからになさいと注意してあげたこと、いまおよろこびじゃない?
ここではだいたいいつものとおり、お便りに書くようなおもしろいことは、べつにありません。メイベル・フラーという子、ごぞんじでしょう――先生がきらっているあのコーラス・ガールの娘なんだけど? あの子は養女にもらわれていきました。相手の女の人にハッティ・ヘフィ――晩餐式のコップをぬすんだあのおとなしい子――をもらってもらおうとしたのですけど、どうしてもだめでした。メイベルのまつ毛が勝ってしまったわけです。けっきょく、かわいそうなメアリーがいているとおり、いちばん大事なことは、美しいということよ。ほかのどんなことも、それしだいなのだわね。
先週、ニューヨークにちょっとよって帰ってから、子供たちに簡単な演説をしました。大きなお船に乗ったジューディおばさんを見送ってきたことを一同に報告したのですが、これはほんとにおつたえしにくいことなのですけど――すくなくとも坊やたちのほうでは――興味の中心はジューディおばさんをはなれて、お船に集中してしまいました。その船は一日に何トンの石炭をもやすのか? その長さは車小屋からインディアンの丸木小屋までくらいか? 大砲はあるか? 海賊船がおそってきても、それをおいはらうことができるか? 反乱がおきたら、船長は銃殺《じゅうさつ》しても、上陸したときに絞首刑《こうしゅけい》にはならないか? などなど。わたしの演説のけりをつけるために、はずかしいことですが、サンディの応援をたのまなければならなくなりました。これでわかったのですが、女はどんなにしっかりしていても、十三歳の坊やの頭にわいてくる特別な質問には、抵抗《ていこう》できないものなのね。この海のことに興味を持ちだした結果として、先生が、いちばん年上で機敏《きびん》な男の子を七人ニューヨークにつれていって、大海をのりきっていく定期《ていき》船を一目見せてやろう、ということになりました。きのうの朝五時にこの連中はおき、七時半の汽車に乗りこみ、七人ともまだ味わったことがないわくわくする楽しい一日をすごしました。一同は大きな定期船をおとずれ(サンディはスコットランド人の機関士《きかんし》を知っています)、船倉《せんそう》の底からマストの上の見張り台まで案内してもらい、船でおひるをごちそうになりました。おひるをすませてから水族館《すいぞくかん》にいき、シンガー・ビルディングのてっぺんまでのぼり地下鉄で山手にまわって、一時間自然のままの姿のアメリカの鳥を見学しました。博物館《はくぶつかん》からみんなをひきだして六時十五分の汽車に間にあうようにするのに、サンディはひとあせかいたそうです。夕食は食堂車で食べました。子供たちは、食事はいくらするのかと、うるさくたずね、いくら食べても代《だい》はおなじだということをたしかめると、サンディに損をかけまいとして、深呼吸《しんこきゅう》をし、もくもくと、そしてぐんぐんと食べはじめました。乗りあわせていた人たちは、この連中が誰かわからず、まわりで食事をしていた人たちは、食べる手を休めて、目を丸くしていたそうです。誰かが、先生がつれている人は寄宿舎にはいっている学生か? とたずねたそうよ。ここの子のお作法とお行儀がどんなによくなったか、これでおわかりでしょう。自慢はべつにしたくありませんけどこれがリペットさんが育てていた七人の子だったら、こんな質問はだれもしなかったことでしょう。あの当時の子供たちの食事どきのお行儀を見たら、誰だって当然「感化院《かんかいん》につれていくんですか」とたずねたことと思うわ。
このちびさんたちは、複式往復機関《ふくしきおうふくきかん》の統計だとか、防水隔壁《ぼうすいかくへき》だとか、|たこ《ヽヽ》だとか摩天楼《まてんろう》だとか、極楽鳥《ごくらくちょう》だとか、いろんなことをワイワイと夢中になってしゃべりながら、十時近くに帰ってきました。この調子では寝させるのも大変、と思ったくらいです。それにしても、みんなはすばらしい一日をすごしたのでした! ここの変化のない生活に、いままでよりもっといろどりをそえてやりたいと思います。世の中を新らしい目でながめさせ、ふつうの子供と変らぬ子に育てあげるのですもの。サンディはほんとに親切な人よ。でも、わたしがお礼をいおうとしたときのあの人の態度ったら、あなたにも見ていただきたかったわ。こちらで話している最中に、手をふってわたしの話をやめさせ、もうすこし石炭酸を節約したらどうだ、これではまるで病院じゃないかと、ミス・スネイスにがみがみいうんですものね。
ご報告しなければなりませんが、げんこつ坊主がもどってきましたが、お行儀はすっかりよくなりました。誰か養子にもらてくれる人があればと思っています。あのふたりのしっかりしたオールド・ミスがこの子をすっかり引きとってくれたら、と考えていたのですが、旅行にでるので足手まといになるのだそうです。あなたの乗った船の色鉛筆の絵を同封しますが、これはげんこつ坊主がたったいま描きあげたものです。この船がどっちに進んでいるのか、ちょっと見当がつきません。うしろむきに進んで、ブルックリンにもどりそうね。ここに青鉛筆がなかったので、アメリカの旗がイタリアの旗の色になってしまいました。
ブリッジの上にいる三人は、あなたとジャーヴィスと赤ちゃんです。まるで子猫のように、あなたが赤ちゃんの首っ玉をつかんでいるようすをみて、これはひどいと思いました。ジョン・グリア孤児院の育児室では、こんなふうにはしていませんことよ。ジャーヴィスの脚のかっこうがいかにもあの人らしいところを、ひとつごらんください。船長さんはどうしたの? とげんこつ坊主にたずねると、船長はなかにはいっていて、石炭をもしているんだ、と答えました。あの船が一日に車に三百台も石炭をつかうと聞いて、これは当然のことでしょうが、彼氏すっかりおそれいて、船員はぜんぶ汽関室にいるものと、思いこんでいるのです。
ワン! ワン!
これはシングのほえている声。あなたにお手紙をだしているのよと教えてやると、すぐ返事をしたわけです。
シングからもよろしくとのことです。
かしこ
サリーより
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土曜日 ジョン・グリア孤児院にて
剛敵さん
きのうの夜、坊やたちにすばらしい一日をすごさせてくださったことのお礼を申しあげようとしたとき、すごくつっけんどんなようすをしておいでだったので、そのお礼を半分もおつたえすることができませんでした。
サンディ、いったいどうなさったの? 前には――ときどき――かなりやさしいかただったのに、この三、四ヶ月のあいだというもの、ほかの人には親切にしていても、このわたしにはちっとも親切にしてくださらないのね。
わたしたちのあいだでは、最初から、いろいろな誤解やつまらないできごとがおきつづけていましたが、そうしたことがおきるたびに、ふたりは理解をふかめ、その友情の土台はもうしっかりしたものになっていて、たいていのことがおきてもゆるぎはしないものと思いこんでいました。
そのときおきたのがあの六月の夕方のできごと、あなたは根も葉もないつまらぬ悪口をお聞きになってしまいました。あれは本気でいったのではぜんぜんないのですけど、それからというもの、あなたは、すっかりはなれておしまいです。わたしはほんとうに自分が悪かったと後悔して、おわびをいいたいのですけど、あなたのあの態度では、とりつく島もありません。いいわけをしたり、説明したりするつもりはありません。そんなことはできませんもの。わたしがどんなにばかで考えなしか、あなたもごぞんじです。でも、おっちょこちょいで、ばかで、その上、つまらない女ではあっても、心のなかは意外にしっかりしていることを、ちょっとでも理解していてくださったら、この考えなしなところはゆるしてくださってもいいはずと思います。ペンドルトン夫妻は、ずっと前からこのことをご承知、そうでなかったら、わたしをここによんだりはしなかったことでしょう。わたしは、しっかりした仕事をやろうと、がんばってきましたが、それは、夫妻の目にくるいのなかったことを見せるためでもあり、ここのかわいそうな子供たちをそれぞれしあわせにしてあげようと心から思ったためもありますが、あなたが最初に、わたしのことをつまらぬ女だとお考えになってことをひとつ見返してやりたいというのがいちばん強い動機だったと思います。六月に玄関先でおこったあのつまらないできごとは忘れ、そのかわりに、「キリカク家の記録」をわたしが十五時間もかけて読んだことを、思いだしていただけないでしょうかしら?
はやく仲なおりができたら、と思います。
サリー・マクブライドより
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日曜日 ジョン・グリア孤児院にて
マクレイ先生
裏に十一字でご返事が書いてあるあなたの名刺、たしかにいただきました。仲なおりをしたいからといっても、べつにごめいわくまでかける気持は、こちらにはさらさらございません。そちらがどうお考えになり、どうふるまわれようとわたしは平気のへいざです。どうぞいくらでもひどいことをなさいませ。
S・マクブライド
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十二月十四日
ジューディ
どうぞおねがい、手紙の表にも裏にも、切手をベタベタはってください。ここでは切手を集めている子が十三人もいます。あなたが旅行においでになってからというもの、毎日郵便がくるころになるとむきになった連中が門のところに集まり、外国からの手紙をとろうと待ちかまえていて、手紙がわたしの手もとにとどくころには、みんながしゃにむにひったくりあうので、それはもうボロボロになっています。紫の松のあるホンデュラスの切手と、緑色のおおむのいるガテマラの切手を、もうすこしおくってくださるように、ジャーヴィスにたのんでください。いくらあってもたりないくらい!
あのうごきをうしなってしまったような子供たちが、こんなにむきになるなんて、すばらしいことじゃない? わたしの子供たちも、どうやら、ほんとうの子供らしくなりかけているようです。B寝室では、きのうの夜、自然に枕合戦がはじまり、リンネルがすこししかもらえないここでは大損害なわけですが、わたしは顔をかがやかせて、わきでそれをながめ、枕をひとつ投げたほどでした。
この前の土曜日には、パーシーの例の感じのいいお友だちがふたりおいでになって、午後じゅう子供と遊んでくださいました。三ちょうのライフル銃を持ってきて、それぞれインディアンの小屋の隊長になり、午後じゅうびん打ち競技会、勝った部隊には、ごほうびがでました。このごほうびは、ふたりが持ってきてくださったものなんですが、――革の上に描いたおそろしいインディアンの顔なの。あまりいいこのみとも思えなかったけど、ふたりとも大得意、こちらでも一生けんめいにそれをほめてあげました。
それがおわると、お菓子とあたためたチョコレートをだしてあげましたが、子供ばかりじゃなく、大人のあの人たちまで、すっかり楽しんだらしいわ。わたしより楽しんだことはもうまちがいなしです。射撃がつづいているあいだじゅう、わたしは女だけに、誰かが人を射つようなことがないかとハラハラしつづけていました。でも、二十四人のインディアンを自分のエプロンのひもにしばりつけておけるわけのものではなし、子供のためを思ってくださるこんなにいい三人の人は、どんなにさがしたって見つかるものではないでしょう。
健康で豊かな、こうした自発的な奉仕がいくらでもあるのに、それが、この孤児院の鼻の下で、どんなにむだにつかわれているか、それをちょっと考えてもみてください。この近くにもそれがたくさんあることと思いますので、それをほりだすことを、わたしの仕事にしようと考えています。
わたしがいちばん望んでいることは、八人ほどのやさしいかわいい、りこうな娘さんが週に一晩ここにきて、子供たちがとうもろこしをはじかせながらやいているとき、炉の前に坐ってお話をしてくださることです。わずかにせよ、子供たちに肉親的な愛情をそそいでやりたくてしかたがないの。いいこと、ジュディ、わたしはあなあたの子供時代のことを思いだし、そのときにあった穴をうめようと、一生けんめいなのです。
先週の評議委員会はすばらしいものでした。新らしい女の評議員のかたは、とてもよくはたらいてくださるし、男の評議員では、いいかただけがおいでになりました。これがうれしいご報告ですが、サイラス・ワイコフ閣下はスクラントンにお嫁にいったお嬢さんのところにいまいっておいでです。いつまでもそこにひきとめられていればいいのですけど……。
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水曜日
わたしはいま、先生相手に、いかにも子供っぽいかんしゃくをおこしているのですが、それにはべつにこれといったわけがあるのではありません。先生のほうでは平気のへいざ、いつものとおり、冷静に、感情もださずに仕事をしておいでです。ここにきてからのわずかな何ヶ月のあいだ、それ以前には味わったこともない、いろいろな侮辱《ぶじょく》をたえしのんできたので、ものすごい復讐《ふくしゅう》心が心にわきおこっています。あの人がひどく心をきずつけられ、わたしの助けをもとめるようになることがないものかと、ひまなときには、いつも考えています。そうしたことがおきたら、こちらではうんとつめたい態度で肩をすくめ、そっぽをむいてやるのですが……。あなたがごぞんじのやさしくて陽気な娘とはぜんぜんちがった人間に、わたしはいまなりかけています。
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水曜日の晩
わたしが孤児の教育については権威者《けんいしゃ》なこと、ごぞんじかしら? あした、わたしとほかの権威者のかたがたが、ブレザントヴィルにあるユダヤ人|保護救済協会《ほごきゅうさいきょうかい》孤児院(ずいぶん長い名でしょう!)に見学にいきます。ここからいくのには夜明けに出発し、汽車を二度乗りかえ、それから自動車というわけで、ずいぶんめんどうで、ぐるぐるまわりをしなければばりません。でも、権威者である以上、権威者らしくしなければならないわ。ほかの孤児院を見学して、来年の改築の準備に、できるだけいろいろな勉強をしておきたいと思っています。そして、このブレザントヴィル孤児院の建築は模範的なものです。
来年まで拡張《かくちょう》工事をのばしたことは、いまになってよく考えてみると、けっきょくよかったと思うわ。増築の中心人物になりたがっていたわたしだけに、その希望が裏ぎられてがっかりしたことは、もちろんよ! でも、たとえ院長をやめてしまていても、あなたはわたしの意見をきいてくださることね? でき上ったふたつの改造工事は、なかなか有望です。新らしくこしらえた洗濯場は、そのよさをだんだんとあらわしています。おかげで、孤児院にはおなじみの、あのしめっぽいにおいが消えてしまいました。農耕係りのはいる小屋は、来週には人が住めるようになるでしょう。これからしなければならない工事は、ペンキぬりと、ドアのとっ手をつけることだけです。
でも、まあ、またひとつ問題がおきているのです! ターンフェルトの奥さんは感じのいい人で、いつもあかるく笑っているのですが、子供にワイワイされるのがだいきらいで、そのためにいらいらしています。それに、ターンフェルト自身はといえば、きちんとよく仕事をし、農耕係りとしてはりっぱな人なのですが、頭の点で、わたしの思っていたような人ではありません。ここにはじめてきたとき、わたしの本を自由に読めるようにしてあげたのですが、戸口の近くにおいた三十七冊のパンシーの全集を読みはじめました。このパンシーを四月も読んでいるので、とうとう、わたしは読むものをかえたらといって、「ハックルベリー・フィン」を持たせて帰しました。でも、数日するとそれを返しにきて、頭をよこにふり、パンシーを読んだあとでは、ほかのどんなものもおもしろくないというのです。もうすこしキビキビした人をさがしたいと考えています。でも、ステリーにくらべたら、ターンフェルトは学者ですけど!
ステリーといえば、このあいだ、すっかり気持をかえて、ここにあらわれました。いままで「町のお金持のだんな」のところで、はたらいたのですが、そこをくびになったらしいの、そして、ここにもどってきて、もし希望なら子供に庭を持たせてやってもいいと、親切にいってくれましたが、こちらではおだやかに、しかもきっぱりと、それをおことわりしました。
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金曜日
きのうの夜、プレザントヴィルからもどってきましたが、ほんとうにうらやましくてなりません。会長さま、どうか、ルーカ・デラ・ロビアふうの人物の陶器を正面にかざった、灰色のけしょうしっくいづくりのはなれ家をいくつか、つくってください。プレザントヴィルにはだいたい七百人の子供がいますが、みんな大きな子供ばかりです。もちろん、その点で、赤ちゃんまでいるここの百七人の場合と、事情はだいぶちがっているわけです。でも、そこの院長さんから、とてもすばらしい考えをいくつか教わってきました。いま、子供をわけて、大きな子と小さな子といったぐあいに、兄弟、姉妹《しまい》にしましたが、大きなほうの子が下の子をかわいがり、助け、まもってやるのです。お姉さんのサディ・ケイトは、妹のグラディオラがいつも髪をきちんととかし、くつしたをさげないようにし、勉強をさせ、ちょっとかわいがってやって、お菓子をもらいそこねないように世話をみてやらなければならなくなりました――これは、グラディオラにはとてもうれしいことにちがいありませんが、特にサディ・ケイトにとっては、ためになることです。
それから、上の子供たちのあいだでは、ある程度の自治をゆるしてやろうと考えています。それは、わたしたちが大学で与えられていたものとおなじものです。そうすれば世間にでていく心がまえもできますし、また、世間にでていってからも、自分で自分の身のしまつができるようになることでしょう。ここでは十六歳になると世の中にだしてしまうわけですが、これはずいぶんひどいことです。ここにいる五人の子供は、もうすぐだされるはずなのですが、それをする気にはどうしてもなれません。無責任でなんにも知らずにいたそのころの自分の姿を思いだし、十六で仕事にだされたらどんなことになったろう? ということが、頭にこびりついてはなれようとしないのです。
ワシントンの政治家におもしろい手紙を書かなければならないので、これで失礼しますが、政治家あての手紙を書くことは、なかなかむずかしい仕事です。わたしがおしゃべりするような話で、政治家におもしろいものなんて、あるのかしら? わたしができることといえば、子供たちのことをおしゃべりするだけ、しかも、相手は、子供なんてこの地上から消えてしまっても、なんとも思わない人なんです。いいえ、あの人だって、なんとも思わないわけじゃないでしょう! どうも、あの人のいいかげんな悪口になってしまったわね。子供たちは――すくなくとも男の子は――大人になったら有権者《ゆうけんしゃ》になりますものね。
さようなら
サリーより
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なつかしいジューディへ
きょうはあかるい便りをと、もしお望みだったら、この手紙は読まないでください。人間の生活なんて、冬の道のようなものだわ。きり、雪、雨、ぬかるみ、じとじと雨、寒さ――いやなお天気! いやなお天気だこと! しかも、あなたはジャマイカにいて、陽の光、オレンジの花を楽しんでおいでなのよ!
ここでは百日ぜきがはやっていて、二マイル先で汽車をおりても、それが聞えるくらいです。どうしてそれがここにはいりこんだのか、見当もつきません――でも、孤児院生活のよろこび、これだけではありません。コックさんがいってしまいました――夜中にね――スコットランド人のいう、いわゆる「夜逃《よに》げ」です。トランクをどう持ちだしたのかわかりませんが、とにかくそれは消えてしまいました。台所の火も、この料理女といっしょに消えてしまい、水道管はこおりついています。工事人がきて、台所の床はすっかりはがされてしまいました。馬が一頭|飛折内腫《ひせつないしゅ》にかかりました。その上がっかりすることに、あの陽気で実行力のあるパーシーが、すっかり絶望の淵《ふち》にしずんで、がっくりしているのです。この三日間、自殺するのじゃないかと心配していたほどです。デトロイトの娘さん――わたしは心のつめたいあばずれ女とにらんでいたのですが――が、もらった指輪《ゆびわ》をきちんとかえしもせずに、ある男の人と結婚してしまったのですが、じっさいは、その男の持っている二台の自動車とヨットに結婚したも同然なの。これは、パーシーにとって、なによりありがたいことだったのですが、パーシーがそれをさとるまでにはずいぶん長い時間がかかることでしょう。
二十四人のインディアンたちは、家に帰ってきています。つれもどすことにはあまり気がすすまなかったのですが、あの小屋は、冬をしのげるようには、できていないのです。でも、新らしい非常口をかこんでいる、ひろびろとした鉄のヴェランダのおかげで、ゆっくり全員をここにいれることができました。そこを、寝室用のヴェランダとして、ガラスばりにしたことは、ジャーヴィスのありがたい思いつきでしたわね。赤ちゃんが日光浴をする部屋が育児室にそえられたことは、ほんとうにすばらしいことです。余分の空気と太陽の光をすって子供がぐんぐん大きくなっていくのが、はっきりと目にうつります。
インディアンたちが文化生活にもどると、パーシーは、仕事がなくなってしまったので、ホテルにうつるものと、わたしたちは考えていました。ところが、子供たちとすっかりなじんでしまったので、子供たちがそばにいないとさびしくてしかたがない、とパーシーはいっていますが、本当のところは、婚約がだめになってしまったのですっかりがっかりし、ひとりでいるのがおそろしいのでしょう。銀行から帰ってねるまでのあいだ、なにか仕事をやっていたいわけなのです。あの人がここにいてくださることは、こちらにしてもねがったりかなったりです。あの人は、子供たちの相手としてほんとうにいい人ですし、男の人の感化があの子供たちには必要なのです。でも、あの人をどうしたらいいのでしょう? この夏にお気づきのとおり、このひろびろとした館《やかた》には、余分の客間はひとつもありません。そこで、パーシーは衛生室にはいることになり、薬は、ろうかぞいの戸だなにいれることになりました。これはパーシーと先生のあいだでとりきめたことで、ふたりでおたがいに不便をがまんしようというのだったら、こちらにもべつに異存《いぞん》はないわけです。
まあ、こよみをちょっと見たのですけど、きょうは十八日、クリスマスまでにもう一週間しかないわ。一週間のうちにいろいろな計画をしあげるには、いったいどうしたらいいのでしょう? 子供たちはおたがい同志に贈物をしあい、数しれぬほどのさまざまな秘密が、わたしの耳にささやかれています。
きのうの夜は雪。男の子は午前ちゅうを森ですごし、常緑樹《ときわぎ》を集め、それをそりに乗せて、はこんできました。二十人の女の子は、午後を洗濯場ですごし、窓かざりの環《わ》をつくっています。今週のお洗濯はどうしたらいいのかしら? クリスマス・ツリーはみんなに知らせずにおこう、ときめていたのですが、たっぷり五十人くらいの子供たちが車小屋の窓によじのぼって、それをのぞいて見てしまったの。残りの五十人の子供にこれがつたわってしまったことは確実よ。
あなたがぜひにとおっしゃったので、一生けんめいサンタクロースの話をでっちあげたのですけど、どうもあんまり信用されていないの。「どうして、おじさんは前にはこなかったの?」というのが、いかにもうろんくさそうなサディ・ケイトの質問です。でも、サンタクロースがこんどくることはもうまちがいありません。礼儀上、クリスマスの木の主役は先生におねがいしましたが、ことわられることは前から見とおしがついていたので、その代役《だいやく》としてパーシーをたのんでおきました。でも、スコットランド人のおなかのなかって、ほんとにわからないものねえ! サンディは、いままでにないほどあいそよくそれをひきうけてくれ、こちらでは、そっと、パーシーとの契約《けいやく》をとりけさなければならないはめになってしまいました!
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火曜日
おかしなことじゃない、人のなかには考えなしな人もあって、そのとき心にわきたっていることを、なんでもみんなはきだしてしまうのね? おしゃべりの種をぜんぶつかいつくしてしまいそうになると、お天気のあいさつがわりに、すごいことをいいだすのね。
これはきょう受けた訪問についてのことです。女の人がやってきて、その女きょうだいの子供を引きとってくれというの――そのきょうだいというのは、肺病で療養所にはいっているのでした。母親がなおるまで、その子を預かってほしいというのですが、話から察して、なおることはなさそうよ。でも、とにかく、必要な手続はぜんぶすんで、女の子をわたして帰ればいいことになりました。でも、汽車がでるまで二時間ほどあるので、ここを見ていきたいという話なので、かわいそうなお母さんがよろこびそうな話をできるだけ持って帰れるようにと、子供部屋やリリーがねる寝台、それに、うさぎの小壁のある黄色の食堂を案内して見せてあげました。これがおわってから相手がつかれているようすだったので、わたしの客間にきてお茶をおのみになったら、と誘ってあげました。マクレイ先生は近くにおいでになり、おながかがすいていらっしゃったので(これは珍らしいこと、ここの職員といっしょにお茶を飲むことなんて、月に二度くらいしかありません)、それに加わり、三人でお茶をのみはじめました。
この人は、自分がなにかおもしろい話でもしなければいけないと思ったらしく、話の種にと、自分の夫が映画館のきっぷ売子(白粉《おしろい》をぬりこくり、チューインガムを牛のようにかんでいる黄色い髪の女というのが、この人のつたえてくれた魔性の女のすがたです)に夢中になり、あり金をぜんぶその女につぎこみ、よっぱらったときしか、家にもどらないという話をしてくれました。もどってくると、すごいけんまくで家具をたたきこわし、この人が結婚前から持っていたお母さんの絵をかけてある台まで、そのこわれる音を聞きたさに、放りだしてしまい、とうとうこの人は生きていくのがいやになってしまって、びんにはいったウィスキーをぜんぶ飲んでしまいました。それを一度に飲めば死ねるという話を聞いていたからです。でも、それでは死にきれず、ただ体を弱くしただけでした。主人は、帰ってきたとき、そんなことを二度としたら、しめ殺してやるといったそうです、そこで、主人はまだすこしは自分に愛情を持っていてくれている、と思っているわけです。この人は、お茶をかきまわしながら、いかにもケロリとしたようすで、この話をしていました。
わたしは、ここでなにかいおうと思いましたが、失礼になってはいけないと考えて、だまっていましたが、サンディはいかにも紳士らしく、この急場をすくってくれました。サンディの話はすばらしく、しっかりしたもので、相手の女の人もすっかり元気づいて帰っていきました。サンディは、その気になれば、とてもやさしくふるまえる人で、相手がなにもいえない人の場合には、特にそうです。それは、きっと医者としての心得――体ばかりじゃなく、心までなおす医者の仕事の一部――だのね。この世では、たいていの人の魂は、そうしたものを求めているらしいわね。このお客さまがきたので、わたしもそれがほしくなりました。それからずっと考えていることは、もしわたしが結婚し、相手の男の人がわたしをすてて、チューインガムをかんでいる女のところに走り、家に帰ってくると器具をこわすようになったら、どうしようかということなの。今年の冬にかかっている芝居から考えても、それはどんな人にもおこりそうなこと、特に上流階級では、いかにもありそうなことに思えるわ。
ジャーヴィスを夫にしたこと、あなたはありがたく思わなくちゃいけないことよ。ジャーヴィスのような男の人には、なにかとてもしっかりしたところがあるんですものね。経験をつむにつれ、大切なものはただひとつ、人物だけだと、つくづく思うわ。でも、それを見わけるのには、どうしたらいいのでしょう? 男の人って、口先だけはほんとうにうまいんですものね!
さようなら、ジャーヴィスとジューディ母子《おやこ》が楽しいクリスマスをむかえますように!
S・マクブライドより
(追伸)お返事をもうすこしはやくしていただけたら、うれしいのですけど……。
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十二月二十九日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
サディ・ケイトが一週間かけてクリスマスのお便りをしたので、わたしがお知らせすることは、なにもなくなってしまいました。まあ、ほんとにすばらしかったわ! 贈物や、遊戯や、おいしい食べもののほかに、乾し草をつむ馬車で遠出にでかけたり、スケートをしたり、お菓子つくりの会をしたりしたの。このあまやかされた子供たちが、落ちついて、またふつうの子供にかえれるかと、心配なくらいです。
くださった六つの贈物、ありがとう。みんなうれしいけれど、ジューディ二世の写真は、特にうれしいわ。歯が生えてニッコリした顔がなおかわいくなっていることね。
このご報告はよろこんでいただけると思うけど、ハッティ・ヘフィが、牧師さんの家庭に養子にいきました。とてもやさしい人たちよ。聖餐式のコップの話をしても、まつ毛ひとつうごかしませんでした。そこの家では、ハッティをクリスマスの贈物としてもらいうけ、ハッティは新らしいお父さんの手にすがりついて、とてもうれしそうにでていきました!
きょうはこれ以上書くのはやめにしましょう。五十人の子供たちがお礼状をせっせと書いているのですから……。かわいそうに、今週の船が港にはいると、ジューディおばさんは手紙のなかにうずまってしまうことでしょう。
ジャーヴィスと二世によろしく。
S・マクブライド
(追伸)シンガポールがトーゴーによろしく、耳にかみついてすまなかった、といっています。
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十二月三十日 ジョン・グリア孤児院にて
まあ、ゴードン、わたしはとてもおそろしい本を読んでいたの!
このあいだフランス語を話そうとして、うまくできなかったので、それを忘れないようにと、フランス語の本を読むことにしたの。あのスコットランド人の先生は、ありがたいことに、わたしに科学の勉強をさせるのを、おやめになったので、すこしはひまな時間ができたのです。ところが運の悪いことに、手にとった本がドーデの「ニュマ・ルメスタン」だったんです。これは、政治家と婚約した女が読むには、とてもおそろしい本です。ゴードン、それを読んで、どうかニュマのような人にはならないでちょうだい。それは、心をおののかせる魅力的《みりょくてき》な政治家(あなたのようよ)の話なの。知っている人からはみんなにしたわれているの(あなたのようね)。そして話がじょうずで、すばらしい演説をするの(これもまた、あなたのようよ)。この人はみんなの崇拝《すうはい》の的《まと》で誰も奥さんに、「あんなにすばらしい人とおくらしになっていて、どんなにしあわせな毎日をお送りでしょう!」といっています。
ところが、家にいる奥さんのとこにもどると、そんなにすばらしくはなくなってしまうの――すばらしいのは、聞き手と拍手かっさいがあるときだけ。どんなゆきずりの人とでもお酒を飲み、陽気で、よく笑い、大らかなのですが、家にもどるとふきげんで、むっとし、がっくりしているのです。「街のよろこび、家の悲しみ」というのが、この本の主題です。
きのうの夜は十二時までこの本を読みふけ、おそろしくなって、ねむれませんでした。きっとあなたはおおこりになることでしょうが、じっさい、ほんとうに、あの本には真にせまりすぎるところがちょっと多すぎて、楽しく読むことはできませんでした。八月二十日のいやなあの事件をまたむしかえすつもりはさらさらないのですけど――そのことはそのときにすっかり話しあったわけですものね――あなたも自身でよくごぞんじのとおりあなたにはちょっと監視が必要よ。でも、そんなこと、わたし、いやだわ。自分が結婚する相手の男の人には、ゆるぎのない信頼感と安心感を持ちたいものと思っています。夫が帰ってくるのをハラハラしながら待っている生活なんて、わたしにはとってもできません。
「ニュマ」をお読みになってみれば、女の立場がおわかりになるでしょう。わたしはしんぼう強くも、おとなしくも、我慢強くもありません。そんなことをされたら自分がなにをやりだすか、われながらちょっと不安になってきます。あることをうまくやるのには、わたしはそれに心を打ちこまなければだめなの。そして、あなたとの結婚は、ほんとうにうまくやっていきたいのです!
こんなことを書いてしまって、ごめんなさいね。あなたが「街のよろこび、家の悲しみ」になるだろうと、わたしが本気で考えているわけではありません。ただ、きのうの晩はねむれず、目がなんだか落ちくぼんだような感じがする、というだけのことです。
新年になって、わたしたちふたりに、分別と幸福と心の静けさが与えられますように!
かしこ S
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一月一日
ジューディ
おそろしくみょうなことがおきました。じっさいにそれがおきたのか、それとも、夢をみたのか、自分でもよくわかりません。ことのおこりから、かいつまんでお話しましょう。この手紙は、もしてくださったほうがいいと思います。ジャーヴィスにも読んでいただきたくないものですから。
去年の六月に養子にだしたトマス・キョウのことをお話したこと、ごぞんじでしょう? あの子は、父親からも母親からもアルコール中毒の遺伝を受けていて、子供としては、ミルクよりビールで太ったといった感じの子でした。あの子は九つのときにジョン・グリア孤児院にはいり、えんま帳の記録によれば、二度お酒を飲んでよっぱらたことがあります。一度はビールを人夫からぬすみだし、つぎには(このときにはすごくぐでんぐでんになってしまったのですが)料理用のブランデーを飲んだのです。どんなに不安な気持であの子を養子にだしたか、あなたにもおわかりでしょう。でも、養子先の人にはよく注意し(先方はよくはたらく、お酒を飲まない農家の人たちでした)、なんとかうまくいくことを祈っていました。
きのう、この家から電報がきて、あの子をもうおくことができない、六時の汽車がいくから、むかえをたのむ、といってきました。ターンフェルトがむかえにでましたが、いないのです。わたしは夜間電報を打って、子供が着かぬことを知らせ、くわしい事情を問いあわせました。
きのうの夜は、ふだんより夜ふかしをし、つくえを片づけたり――まあ、新らしい年をむかえる心がまえをしていました。十二時近く、急に夜がふけたことに気づき、ひどくつかれがでてきたので、そろそろやすもうかと思っていたところ玄関の戸をドンドンとたたく音で、ギクリとしました。わたしは窓から顔をだし、誰かとたずねると、
「トム・キョウ」というひどくろれつのまわらぬ返事なのです。
わたしは下におり戸を開けると、十六になったあの子がころげこんできました。ぐでぐでによっぱらっているのです。ありがたいことに、ウィザースプーンがインディアンの小屋ではなく、すぐそばにいてくれたので、大助かりでした。わたしはウィザースプーンをよびおこし、力をあわせてトマスを客間につれていきましたが、うまいぐあいにはなれている部屋といえば、ここしかないのです。それから、先生に電話をかけましたが、先生は、きっと、ずいぶんおつかれだったのでしょう。先生はすぐおいでになり、わたしたちはひどい一夜をあかしました。あとでわかったことですが、トマスは自分の荷物といっしょに、主人の塗薬《ぬりぐすり》をひとびん持ちだしたのです。これはアルコールとまんさくを半々にわったもの、トマスは旅行ちゅうそれをチビチビやっていたわけ!
トマスは、調子がすっかりおかしくなっていたので、とても助かりそうもありませんでした――また、わたしとしてもそれのほうがいいと思っていたのです。もしわたしが医者だったら、社会のために、こうした患者は静かに死なせてやったことでしょう。でも、サンディの活躍ぶりときたら、お目にかけたいくらいでした。命を助けるあのすごい本能が目をさまし、精魂《せいこん》をかたむけてがんばったのです。
わたしはミルクぬきのコーヒーをわかし、できるだけお手助けはしましたが、治療のほうは、なかなかごたごたと手のこんだものでした。わたしは、患者はふたりのかたにおまかせして、部屋にひきとりましたが、いつよばれるかわからなかったので、寝るつもりはありませんでした。四時近くにサンディがわたしの書斎にあらわれ、子供はねむり、パーシーは寝台を持ちこんで、あの部屋に朝までねることになったことも、つたえてくださいました。かわいそうにサンディの顔は青ざめ、やつれはて、いまにも倒れそうなようすでした。その姿を見たとき、わたしの頭に浮かんだことは、あの人が他人を救うために、自分の身のことは考えずに、どんなに一生けんめいにはたらいているかということと、あのあかるさのぜんぜんないくらい家庭、それに、背後にひそんでいる例の悲劇でした。そのときまで心にわだかまっていたうらみはさっと消え、同情の波がわたしの心をおそったのです。わたしは手を先生のほうにさしだし、先生のほうでもわたしに手をさしだしました。そして、急に――わたしにはわからないのですけど、――なにか電気のうようなピリピリッとするものがおきました。つぎの瞬間にはふたりはだきあっていたのです。
先生はわたしの手をひきはなし、大きなひじかけいすに坐らせました。「ああ、サリー、ぼくが鉄でできているとでも、きみは思っているのかい?」先生はこういって、部屋からでておいでになりました。わたしは、そのままいすでねむってしまい、目をさましたときには、陽が顔にさしこみ、ジェインがびっくりしたようすで、わきにたっていました。
けさ十一時に、あの人はまたやってきましたが、ひややかにわたしをまともからながめて、まつ毛ひとつうごかさず、トマスには二時間ごとに熱いミルクを飲ませてくれ、マギー・ピーターの喉にでたぶつぶつには注意してくれ、とわたしに申しわたしました。
こうして、ふたりはもとの立場にもどったのですが、わたしはいま、きのうの夜のあの一瞬のことが夢かしら、とも思っています。サンディとわたしが、おたがいに愛しあっていることに気がついたとしたら、ちょっとおもしろいわね。そうじゃないこと? あの人には、精神病院にはいっているれっきとした奥さんがあり、わたしにはワシントンでプリプリしている許婚者《いいなずけ》がいるんですもの。ここでいちばんりこうな方法は、いまの仕事をすぐにやめ、家にもどって、婚約をしたまともな娘らしく、落ちついて、食卓かけにS・マクブライドの名でもししゅうしながら、何ヶ月かおくることかもしれません。
もう一度はっきりと申しますが、この手紙はジャーヴィスには見せないでください。こまかにちぎって、カリブ海にすててしまてください。
S
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一月三日
ゴードンさま
おこっておいでなのも、当然なことと思います。わたしがラヴ・レターをうまく書けないことは、自分でも知っています。わたしの文章にこもっている熱がなみ以下なことは、エリザベス・バレットとロバート・ブラウニングのあいだでかわされた手紙を集めた本をちょっと読んでみただけでも、よくわかります。でも、わたしがあまり感情的な女でないことは、あなたはもう――そして長いこと――ごぞんじのはずです。「目を覚ましているときには、いつもああなたは、わたしの心のなかに浮かんでいます」とか「ねえ、あなた、わたしがほんとに生きているのは、あなたがそばにいてくださるときだけよ」なんていうことは書けるとは思いますが、そんなことをいったら、うそをついていることになってしまいます。あなたは、わたしの心をすっかりうばっているわけではありません。それをしているのは、百七人の孤児です。あなたがここにきてくださろうくださるまいと、わたしは十分に楽しくくらしています。わたしはあけすけにいってしまいます。わたしが心にもなく悲しそうなふりをすることをまさかあなたはお望みではないでしょう。でも、あなたにお会いすることは、とてもうれしいこと――それはあなたもよくごぞんじのはずです――そして、あなたがおいでになれなくなると、がっかりします。あなたのよいところは、わたしにもとてもよくわかっているのですが、手紙でセンチには、どうしてもなれません。わたしの頭にいつも浮かぶものは、あなたがなに気なくたんすの上においた手紙を読んでいるホテルの女中さんの姿です。手紙はいつも肌身はなさずに持っているなんぞと、おっしゃるにはおよびません。そうじゃないことは、よくぞんじているのですから。
この前のお便りで気を悪くなさったのだったら、ごめんなさいね。ここにきてからというもの、お酒のことになると、わたし、とても神経質になってしまうのです。わたしとおなじ経験をなさったら、あなただってそうなることでしょう。ここにはいく人か、アルコール中毒患者を親に持ったかわいそうな子がいますが、一生まともなくらしはできそうもありません。こうした孤児院のような場所を見れば、誰でもそのおそろしさが頭にこびりついてしまうことでしょう。
いかにも大げさに男をゆるすようなふりをしながら、しかも、いつまでもそれをくだくだと述べたてるのは女のやり口だ、とあなたはおっしゃいますが、たしかにそのとおりでしよう。でも、ゴードン、その「ゆるす」ということばがどんな意味なのか、わたしにはぜんぜんわからないのです。そこには「忘れる」という意味はありません。忘れるというのは生理的なもので、意志の結果ではないのですもの。誰だって心のなかには、忘れてしまえたらありがたいものが、たくさんありますが、とにかく、そうしたものこそ頭にこびりついて、はなれようとはしないのです。もし、「ゆるす」ということが、あることを二度と口にしないことを約束することでしたら、わたしは、たしかに、それができると思います。でも、いやな思い出を心のなかにしっかりととじこめてしまうことは、必ずしもいちばんりこうな方法とはいえませんことよ。それはだんだんと大きくなって、まるで毒のように、体じゅうをかけめぐることになりますもの。
まあ、こんなことまでお話するつもりは、ほんとうになかったのです。わたしは、あなたがだいすきなあの陽気で、くったくのない(そして、ちょっと軽はずみな)サリーになろうと、つとめてはいます。でも、この一年間、たくさんの真実にふれてきて、わたしは、あなたがすきになったあの娘とはすっかりちがった人間になってしまったらしいのです。わたしは、もう、おもしろおかしくくらしている陽気な娘ではありません。わたしには人生が相当しっかりとわかってきましたが、それは、とりもなおさず、わたしがいつも笑ってばかりはいられない、ということになります。
この手紙がまた、ひどくおもしろくないものになってしまったことは、自分でも知っています。前のと同じくらい、いえ、もっとひどいものでしょう。でも、わたしたちがどんなにおそろしい思いをしたかをごぞんじだったらと思います。ひどい遺伝を受けた男の子が――それもまだ十六の子なんですが――アルコールとまんさくをまぜたものを飲んで、すんでのことで死ぬところでした。わたしたちは三日間この子の看病をしつづけ、どうやら元気になりましたが、またおなじことをくりかえすことでしょう!「世の中はええが、そこに住んでる人間があかん」
スコットランドなまりがでて、ごめんなさい――ついでてしまったのです。それから、きょうのこと、ぜんぶごめんなさい。
サリー
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一月十一日
ジューディ
わたしが打った二通の電報で、あまりびっくりなさらないようにしてください。最初のお便りは手紙にして、事情をくわしくお話したほうがよかったのかもしれませんけど、その話がほかの人の口をとおしてあなたの耳にはいることが、とてもこわかったのです。事件そのものはたしかにおそろしいものでしたが、死人はひとりもでず、重傷者はひとりだけですみました。この逃げ場のない建物に百人の子供がねていたのですから、間《ま》が悪ければどんなことになったろうと考えてみると、ぞっとせずにはいられません。新らしくつくった非常口は、ぜんぜん役にたちませんでした。風がそこにふきつけ、すかりそれをつつんでしまったからです。子供はぜんぶ、中央階段からすくいだしました――でも、はじめからぜんぶ、かいつまんでお話をすることにしましょう。
ありがたいことに、金曜日は一日じゅう雨が降っていて、屋根はすっかりぬれていました。夜になるころ、気温がぐっとさがり、雨はみぞれになりました。十時にわたしが床にはいったころには、風がつのって、すごい勢いで西北からふきつけ、家のまわりのゆるんでいるものはバタンバタン、ガタガタとおそろしい音をたてていました。二時ごろ、目先がパッとあかるくなって、急に目をさまし、床からとびだして、窓のところにかけていきました。車小屋は火のかたまり、火の粉が建物の東のそでに雨のようにふりそそいでいました。おふろ場にとんでいって、窓から体をのりだしてみると、育児室の屋根は、もう、六ヶ所から火をふいているのです。
ほんとうに、一時は胸がこおりついてしまったような感じでした。あの屋根の下にいる十七人の赤ちゃんを思うと、棒をのんだようにたちつくしてしまいました。でも、どうにかガクガクする膝をうごかし、走りながら自動車用の上衣をつかんで、玄関へとんでもどりました。
ベツィとミス・マシューズとミス・スネイスの部屋のドアをドンドンとたたきまわりましたが、そのとき、これも火事のあかるさで目をさましたウィザースプーンさんが、外とうを夢中で着こみながら、階段を一度に三つずつとんで、ころがるようにして、二階にあがっておいでになりました。
「子供たちを食堂に集めてください、赤ちゃんを先にしてね。わたしは非常電話をかけます」わたしは、あえぐようにしていいました。
ウィザースプーンさんは三階にとんであがり、わたしは電話口にどびつきました――ああ、交換所がでるまでのいらだたしかったことときたら! 交換嬢《こうかんじょう》はぐっすり寝こんでいたのです。
「ジョン・グリア孤児院が火事です! 火災警報をならし村の人をおこしてください。それから、五百五番をたのみます」
先生はすぐに電話にでてくださいました。相手のしっかりと落ちつきはらった声を耳にして、わたし、むかむかしていたのかしれません!
「火事です! すぐ、できるだけたくさんの人をつれてきてください!」わたしはさけびました。
「十五分したらいきます。ふろおけに水をいっぱいにし、そこにケットをいれておいてください」こういって、先生は電話をきりました。
わたしは玄関にとってかえしました。ベツィは非常ベルをならし、パーシーはもう、BとCの寝室にいたインディアンたちをたたきおこしていました。
みんなが最初に考えたことは、火を消すことではなく、子供たちを安全な場所にうつすことでした。まずC室からはじめ、つぎからつぎへと寝台から赤ちゃんとケットを取りだしドアのところでインディアンにそれをわたし、インディアンはそれを下にはこびました。G室もF室も煙でいっぱいでしたが、子供たちはぐっすりねこんでいて、どうしても目をはっきりとさませることができませんでした。
つぎの一時間のあいだ、毎週やっていたあのさわがしい火災訓練がどんなにありがたかったことか! 神様に――それから、パーシー・ウィザースプーンに――手をあわせたいくらいでした。年上の二十四人の男の子は、パーシーの指図を受けて、すこしもとりみだしたようすを見せませんでした。四隊にわかれて、まるで兵隊のように、すぐそれぞれの持ち場につきました。二隊は寝室の子供をつれだす手伝いをし、おびえた子供たちをきちんと整理しました。一隊は、消防夫がくるまで、丸屋根のついたタンクからホースで水をだすようにし、ほかの連中は、荷物の持ちだしにせっせとかかっていました。床に敷布をひろげ、ロッカーやたんすのひきだしにはいっているものをそこにぶちまけ、それをつつんではこびおろすのです。前の日に子供たちが着ていた服意外の余分の服はぜんぶ、それに、職員の持ちものはほとんど助かりました。でも、G室とF室の服と寝具はだめでした。この二部屋は煙だらけになってしまっていて、最後の子供をつれだしてからは、そこにはいるのが危険になったからです。
先生がルエレンとふたりの近所の人をつれておいでになったときには、最後の寝室の子供たちを、火からいちばんはなれた台所のほうにつれだしているところでした。かわいそうに、子供たちはたいていはだしで、ケットにくるまっていました。おこしたときには服を持ってくるようにといったのですが、すかりおびえてしまった子供たちは、ただ逃げだすことばかり考えていたのです。
このときはもう、ろうかは煙だらけで、息もつけないほどになっていました。風はわたしのいる西のそでのほうからふいていたのですが、建物はどうみても助かりそうもないようすでした。
ノウルトップのやとい人たちをいっぱい乗せたもう一台の自動車がその後すぐきて、この人たちはみんな、消火にとりかかりました。正規の消防隊がきたのは、その後十分してからのことでしたが、馬仕立てで、ここは三マイルもはなれ、しかも、道は相当悪いのですから、むりもないことです。その晩は寒くてみぞれの降っているひどい夜で、風はすごい勢い、立っていられないほどでした。男の人たちは屋根の上にあがって、すべり落ちないようにと、靴下をつけて作業をつづけていました。ぬらしたケットで火の粉を消し払いのけ、タンクにいっぱいあった水をホースでかけて、まったく獅子奮迅《ししふんじん》の活躍ぶりでした。
先生は、そのあいだじゅう、子供の世話をみてくださいました。わたしたちが第一に考えたことは、子供たちを安全な場所にうつすことでした。それというのも、もし建物ぜんぶ焼けてしまったら、ねまきとケットしか身につけていない子供たちを、あの風のふきまくっている外に出すことは、とてもできなかったからです。このときまでに、人をいっぱい乗せた自動車が、もう何台かきていましたので、わたしたちはその自動車を徴発《ちょうはつ》しました。
ちょうどつごうのいいことに、ノウルトップの別荘は、ご主人の六十七歳の誕生《たんじょう》のお祝でお客をよぶために、週末のあいだ開かれていました。このご主人は最初にここにかけつけてくださったかたで、その家をぜんぶ使うように申しでてくださり、避難《ひなん》するにもそこがいちばん近かったので、すぐそのおことばにあまえさせていただくことにし、二十人の小さな子供たちを自動車にのせて、そこにおくりこみました。火事にかけつけようとして大あわてで服の着がえをしておいでだったお客さまたちは、子供たちを受けとって、それぞれのベッドにいれてくださいました。これで、そこのつかえる部屋はぜんぶふさがってしまったわけなのですが、リーマーさん(これはノウルトップさんの姓です)は大きなしっくいづくりの納屋《なや》を新らしくおつくりになったところで、そこにはガレージがついているのですが、そこをぜんぶあたたかくして、わたしたちにかしてくださいました。
家で赤ちゃんたちの整理がつくと、このありがたいお客さまたちは、つぎに大きな子供たちをいれるために、納屋を準備しはじめ、床にまぐさをしき、その上にケットやひざかけをひろげて、まるで小牛のように、三十人の子供をならべてねかせつけました。ミス・マシューズと乳母がつきそってそこにいき、みんなにミルクを飲ませ、三十分もたたないうちに、子供たちはいつもの寝台にねているのとおなじように、ぐっすりとねこんでしまいました。
でも、そのあいだじゅう、家のほうではおそろしいことがつぎからつぎへとおきていました。先生がおいでになってすぐおたずねになったことは、
「子供の頭数は数えたでしょうな? みんなここに集まっているのですね?」ということでした。
「寝室は、そこをでるとき、誰ものこっていないことをたしかめました」
こんなごった返している最中に、子供の数なんかとても数えたてるものではありませんでした。二十人くらいの男の子は、ウィザースプーンの指図を受けて、衣類や家具のはこぶだしを手伝っているし、年上の女の子は、ワーワーなきながらはだしでとびまわっている小さな子供たちに靴をはかせようと、靴の山からそれぞれの足にあう靴をさがしだしているのですもの。
そう、七台の自動車に子供を乗せておくりだしたとき、先生が急に、
「アレグラはどこにいる?」とさけびました。
みんなハッとして声もでませんでした。アレグラのすがたを見かけた者は、誰もいませんでした。すると、ミス・スネイスが急に立ちあがり、おそろしい金切声《かなきりごえ》をあげたので、ベツィはその肩をつかみ、体をゆすってしかりさせました。
アレグラがせきをして弱っているようなので、寒さにあてないようにと、開け放しの育児室から倉庫室に寝台をうつし――そのまま忘れてしまったというような話なのです。
ねえ、あの倉庫室がどこにあるか、ごぞんじでしょう! 一同はただ真青《まっさお》な顔をして、たがいに顔をみつめあうばかりでした。このときにはもう、東のそでは壁をのこして焼けおち、三階の階段は炎につつまれていました。あの子がまだ生きのこっている見とおしは、まずないといってもいいくらいです。最初動きだした人は、先生でした。先生は玄関の床にびしょびしょになって投げだされているケットをさっと取り階段のほうにとんでいきました。わたしたちは大声でよびもどそうとしました。それは自殺も同然だったからです。でも先生はそのままふりかえりもせず、煙のなかに姿を消してしまいました。わたしは外にとびだし、屋根の上にいる消防夫に声をかけました。倉庫室の窓は小さくて人がとおれず、風穴《かざあな》をつくってはと心配して、そこはしめたままになっていました。
ハラハラと気をもみながらすごしたそれからの十分のあいだになにがおきたかは、とてもここに書きつくすことはできません。三階の階段がどっと音をたてて火をふいて落ちこんできたのは、先生がそこをとおりぬけてから、わずか五秒ほどしてからのことでした。もうだめとあきらめたとき、芝生にいた人たちからさけび声があがり、屋根裏部屋の窓から先生がちょっと顔をだし、大声で消防夫にはしごをかけてくれるようにたのみました。それから、先生は姿を消してしまいましたが、そこにはとてもはしごをかけられないような感じでした。でも、とにかく、はしごがとどき、三人の消防夫がのぼっていきました。窓を開いたことは風穴をつくり、ふたりはそこからふきだす煙にまかれそうになりました。いつかいつかとかたずをのんで待っているうちに、ようやく先生が両腕に白いつつみをかかえて、すがたをあらわし、そのつつみを消防夫にわたすと、よろよろっとうしろによろめき、姿を消してしまいました。
その後数分間になにかおきたかは、わかりません。わたしは面《おもて》をそむけ、目をつぶってしまったからです。とにかく二人の消防夫は先生を引きだし、はしごを中途までおりたのですが、手をすべらせて先生を落してしまいました。先生は煙につつまれて気を失ない、はしごは氷でつるつる、しかもひどくゆらゆらしていたためです。とにかく、目を開いたときには、先生は地面にぐったりとたおれ、人はみんなそこに走りより、誰かが、風にあてろ、とどなっていました。一同は、最初、先生を死んだものと思っていたのでしたが、村からきてくださったメトカーフ先生が体をしらべ、片脚と肋骨《ろっこつ》が二本折れてはいるが、そのほかには異常《いじょう》はなさそうだ、とおっしゃいました。窓から投げだされた二枚の赤ちゃんのふとんの上に先生を横にし、はしごをはこんできた車にのせ、家にむかったときも、まだ気を失なったままでした。
そして、あとに残ったわたしたちは、まるでこのことは忘れてしまったように、せっせと仕事をつづけました。こうしたできごとで奇妙なことは、どこをむいても仕事だらけなので、ものを考えているひまがなくなり、あとで落ちつくまで物の価値の判定がつかなくなってしまうことです。先生はアレグラを救いだすために、ためらいもせず、自分の命を投げだしたのでした。これは、わたしがまだ見たこともないほどの勇敢な行為だったのですが、それは、あのおそろしい夜のたった十五分間のできごと、そのときには、ただひとつの事件としてしかうつらなかったのです。
とにかく、アレグラは先生の手で救いだされました。ケットからでてきたときには、髪の毛はもじゃもじゃ、この新らしい「いないいない、ばあ」の遊びに、びっくりはしながらも大よろこび、ニコニコしていました! この子が助かったことは、奇蹟といってもいいほどのものです。火事がでたところは、あの子のいた部屋の壁から三フィートとはなれていなかったのですが、風むきのおかげで、火は反対の方向にひろがっていったのでした。もしミス・スネイスが新鮮な空気のありがたさをもうすこし知っていて、窓をあけておいたら火は逆もどりしたことでしょう。でも、さいわいなことに、ミス・スネイスは新鮮な空気のありがたさを信じないで、その結果、不幸をまぬがれることができたわけです。もしアレグラが死んでしまったら、わたしは、ブレトランド夫妻にあの子をわたさなかったことを一生くやむことでしょうし、サンディもきっとおなじ気持になったろうと思います。受けた損害もさることながら、ふたつの大きな悲劇をさけることができたことを思うと、ほんとうにうれしくてたまりません。先生が三階にとじこめられていた、あの七分のあいだ、ふたりはもうだめとあきらめてしまっていたのですが、それはずいぶん苦しい経験でした。いまでも、夜、おそろしさに身をふるわせながら、目をさますほどです。
でも、残りの話をつづけましょう。消防夫と助けにきてくださった人たちは――特にノウルトップからきた運転手と馬丁《ばてい》たちは――一晩じゅう、夢中になってはたらいてくれました。最近やとった黒人の料理女は、生まれながらの男まさりなのですが、洗濯場で火をおこし、ボイラーにいっぱいコーヒーをわかしてくれました。これは自分で思いついたことなのですが、消防夫がかわるがわる数分間やすんでいるとき、女の人たちがこのコーヒーをサーヴィスして、とてもよろこんでもらえました。
残りの子供たちは、親切な家庭に、それぞれおくりこまれました。でも、年上の男の子たちは火事場に残って、一晩じゅう、大人におとらぬ活躍をしてくれました。村じゅうの人がとびだして助けてくださったことには、ほんとうに心を打たれました。孤児院なんてどこにあるのだといったような顔をしていた人まで、夜中においでになって、家を遠慮なくつかってくれとおっしゃってくださったのです。こうしたかたがたはそれぞれ子供を引きとり、おふろにいれて、熱いスープをのませ、床に休ませてくださいました。わたしが知っているかぎりでは、水だらけの床をとび歩いたために体のぐあいが悪くなった者は、百七人の子供のうちにひとりもなく、百日咳の子供さえ無事でした。
火の勢いがおとろえ、損害の程度がはっきりとわかったときには、もうあたりはすっかりあかるくなっていました。わたしの部屋のほうのそでは、多少くすぶりはしましたが、完全に火をのがれ、大ろうかは、中央階段のところまでだいたい助かり、それ以外のものは、ぜんぶ黒こげで水びたしになってしまいました。東のそでは、屋根のないくろぐろとした骨組だけをのこしています。ジューディ、あなたのだいきらいだったF室は、もう永久に消えてしまいました。それがこの地上から消えてしまったように、あなたの心からも消えるようにと祈っています。物質的にも精神的にも、ジョン・グリア孤児院は打ちたおされてしまったのですから……。
ここでちょっと、おかしなことをお話しなければなりません。あの夜のあいだほど、おかしなことがつぎからつぎへとおきたことはありません。たいていの男の人は、ねまきにアルスター外とうをつっかけ、カラーを着けた人はひとりもいずで、みんなすごいかっこうをしていたのですが、サイラス・ワイコフ閣下は、まるで午後のお茶にでもいくようなかっこうをして、ゆっくりとご到着でした。真珠のネクタイピンと白のスパッツまでつけて! でも、とても助けにはなってくださいました。あのかたは、家をぜんぶわたしたちに自由につかわせてくださり、ヒステリー状態になってしまったミス・スネイスをお預けしたところ、熱心にその看護をして、おかげで夜じゅう、閣下はなんのじゃまにもなりませんでした。
いまはこれ以上くわしいことをおつたえできません。こんなにいそがしい思いをしたことはまだ一度もないほどです。ただ、はっきり申しあげておきますが、旅行を途中でやめておもどりになる必要は、ぜんぜんありません。土曜日の朝はやく、五人の評議員のかたがおいでになり、真似ごとだけでもきちんと片をつけようとみんな大童《おおわらわ》でがんばっています。子供たちはいまのところ、村じゅうにちらばっていますが、どうかあんまり心配はなさらないでください。子供たちがどこにいるかは、ちゃんとわかっていますし、ゆくえ不明の者はひとりもいません。赤の他人がこんなに親切にしてくださるとは、思ってもいませんでした。わたしの人間観はすっかりあかるいものになりました。
先生には、まだお会いしていません。ニューヨークの外科の先生に電報を打って折った骨はついでいただきました。かなりの大傷で、なおるまでには日数がかかります。ひどく弱ってはおいでですが、内臓のほうの心配はないそうです。先生と面会がゆるされるようになったら、すぐまたくわしいお便りをします。これ以上書きつづけると、あしたの便船《びんせん》に間にあわなくなってしまいそうです。
さようなら。心配なさらないように。
このくらい話の裏には、うれしいこともいろいろとあるのですが、それはいずれ、あしたお話しましょう。
サリーより
まあ、J・F・ブレトランドさんが自動車でおいでになりました!
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一月十四日 ジョン・グリア孤児院にて
ジューディ
まあ聞いてちょうだい! J・F・ブレトランドさんがニューヨークの新聞でこの火事のことをお読みになり(そこの新聞にデカデカと記事がのったので)、ハラハラしながら、ここにとんできてくださいました。こげた黒いしきいをまたぐなり、いきなりおたずねになったことは、「アレグラは無事ですか?」ということ。
「ええ」わたしは答えました。
「ああよかった」ブレトランドさんはこうさけぶと、どっかと腰をおろしました。「ここは子供をおいておく場所ではありません」ときびしい口調。「わたしはあの子をつれにきたのです。坊やたちも引きとりたいと思っています」こちらにしゃべるすきも与えずに、相手はやつぎばやにいいそえました。「家内とわたしはこのことをよく話しあい、どうせ子供を育てるのなら、ひとりも三人もおなじじゃないか、ということになりました」
わたしはブレトランドさんを書斎にご案内しましたが、ここには、火事以来、子供たちがはいっているのです。そして、十分後、わたしが委員のかたがたによばれて二階からおりていくときには、J・F・ブレトランドさんは、ひざに新らしい娘をだき、息子がそれぞれ腕によりかかって、いかにもほこらしげなお父さんぶりを発揮《はっき》していました。これでおわかりでしょう、こんどの火事がしてくれたことがひとつあります。この三人の子供たちの身のふりかたがしっかりときまったということが、それです。これだけでも、火事の損害はおしくないくらいです。
でも、火事の原因は、まだお話してなかったことね。まだお話していないことがたくさんあって、それをみんな書かなければならないかと思うと、いまから腕がいたくなってきます。
あとでわかったことですが、ステリーはここで週末のお客さまをきめこんでいたのでした。「ジャックの家」という酒場でお酒を飲みながら夜をふかし、車小屋にもどって、窓からそこにしのびこみ、ろうそくをつけて寝場所をこしらえ、いい気持になってねむりこんでしまったのです。そのとき、ろうそくを消すのを忘れていたにちがいありません。とにかく火事がおき、ステリーは命からがら逃げだしました。いまはオリーブ油だらけになって村の病院にいますが、大変なことをしたと、とてもくやんでいます。
保険金を相当つけてあったことはありがたいことでした。このために、お金の損害は大したことにならずにすんだわけです。お金以外の損害は、なんにもありはしないことよ。じっさい、わたしが見たところでは、得こそあれ、損はなにもありません。あの大傷をしたお気のどくな先生は、もちろんべつの話ですけど……。誰もみんなそれぞれよいところを、すばらしく発揮してくださいました。人間の心にこんな思いやりとやさしさがあるものとは、考えてもいなかったほどです。評議員さんの悪口、わたしいったことがあるかしら? その悪口は、もうとりけしです。四人の評議員さんは火事の翌朝にかけつけてくださり、土地のかたがたも、誰彼例外なく、すばらしい活躍ぶりでした、あのサイラス閣下まで、引きとってくださった五人の子供たちの教育に夢中になって、こちらの仕事のじゃまはなさらないほどです。
火事がでたのは土曜日の朝でしたが、その翌日の日曜日には、どこの教会でも牧師さんが、孤児院のほうがすっかり片づくまで三週間のあいだ、子供を一、二名預かってくれる人を募集してくださいました。
この反響には、すっかり心を打たれました。三十分たたないうちに子供たちはぜんぶ引きとられてしまったからです。それに、このことがこれから先どんな意味を持つことになるか、考えてみてください。子供を預かってくださった家庭ではどこでも、これからはこの孤児院に個人的な関心をよせてくださることでしょう。それにまた、この経験が子供にとってはどんなものか、考えてみてください。ほんとうの家庭がどんなものかを、いま味わっているわけですが、大部分の子供にとって、ふつうの家庭のしきいをまたいだのは、これがはじめてのことなのです。
この冬をなんとかしのぐ長期計画は、つぎのとおりです。カントリー・クラブにはゴルフの球ひろいの子供が寝とまりする家があるのですが、そこは冬のあいだじゅう用はないので、そこを自由に使ってくれという親切な申し出がありました。そこはここの敷地と、となりあわせになっているところで、ミス・マシューズが監督になって十四人の子供がそこにはいれるようにと、いま準備をしています。食堂と台所は無事だったので、この子供たちは食事と勉強にはここにきて、夜には楽しい散歩を半マイルほどして、そこにもどるわけです。ここではそこを「リンクスの別館」とよんでいます。
それから、先生のお宅のとなりにおいでのやさしいお母さんふうのウィルソン夫人は――ここのロレッタをほんとにしっかりと預かってくださったかたなのですが――ひとり四ドルで、もう五人の子を預かることを、承知してくださいました。家事の才能の芽をだし、家庭式のお料理を習いたがっているしかりした年上の女の子を、ここにいかせるつもりです。ウィルソン夫妻は、とてもりっぱな一組の夫婦、質素で勤勉、純真でやさしいかたなので、その生活ぶりをながめたら、女の子にもよい教育になることでしょう。花嫁教育というわけ!
ここの東のノウルトップのかたがたが、火事の晩に四十七人の子供を引きとり、そこの誕生祝の会に集まったご婦人がたが即席の保母になってくださった話、もうお話しましたことね? 火事の翌日、三十六人はこちらに引きとりましたが、まだ十一人の子供がそこに残っています。わたし、ノウルトップさんのことを、意地悪のけちんぼうなんていったんじゃないかしら? それはとりけしです。あの人は、やさしい羊みたいなかたよ。あの急場になって、あのかたがなにをしてくださったとお思い? あいている小作人小屋を子供たちをいれられるようにつくりなおし、その世話をする英国人の乳母を自分でやとい、ご自身の模範牧場からとれる上等なミルクをくださっているのです。そのミルクをどうつかったものかと何年も思案していたのだ、とおっしゃておいでです。四分の一ガロンについて四セントも損をするので、売るわけにもいかなかったのですって!
A寝室の十二人の上の女の子供たちは、農耕係りの新らしい小屋にいれています。かわいそうに、ここにはいってから二日しかたたずで、ターンフェルト夫妻は村にいかされてしまいました。でも、この夫妻は子供の世話をみることとなると、ぜんぜんだめで、わたしとしては、その部屋がほしかったのでした。この子供たちのうちには、手におえないからというわけで養子先からかえされた者が三、四人いて、監督もしっかりやる必要があるのです。そこでわたしがどうしたとお思い? ヘレン・ブルックスに電報して、出版社をやめてここの女の子の世話をみてくれとたのんだの。あの人ならきっとすばらしいことよ。ヘレンは一時ならという約束で、承知してくれました。かわいそうに、あの人はとりけすことができない契約には、もうこりごりなのです。なんでも、一時のためしにやってみたい気持なのね!
年上の坊やたちのためにはとりわけうれしいことがおきました。J・F・ブレトランドさんからお礼をいただいたのです。あのかたはアレグラのことのお礼に先生をおたずねし、長いことこの孤児院でいるものについて話しあい、ブレトランドさんはここにもどると、しっかりしたインディアンの小屋を建てるようにと、三千ドルの小切手をくださいました。あのかたとパーシーと村の大工さんが設計をし、二週間もするとインディアンたちは冬小屋いりをすることでしょう。
わたしの百七人の子供たちは、こんなにやさしい人たちのあいだにすんでいるのですもの、焼けだされたって、平気のへいざよ。
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金曜日
先生のようすをどうしておつたえしないのかときっとあなたは変にお思いでしょうね? 直接この目で見たことはお話できません。先生がわたしに会ってくださらないからです。でもわたし以外の人には誰にでもお会いです――ベツィ、アレグラ、リヴァモー夫人、ブレットランドさん、パーシー、評議員のかたがたはもうお会いになり、声をそろえて、肋骨を二本と腓骨《ひこつ》を折った者としては、とても順調に回復している、といっておいでです。腓骨っていうのは、先生が折った脚の骨の名の医学用語なのでしょう。あの先生はみんなにさわぎたてられることをこのまず、英雄きどりもしたくないのです。わたし自身も、院長としてお礼を申しあげたいと思って、何回かおたずねしてみたのですが、いつも戸口のところで、先生はいまおやすみちゅうで、おこさないほうがいい、と追い帰されてしまいました。最初二回はわたしもマクガークのいうことばをそのまま信じていたのですが、それからあとは――そう、これでもわたしは、あの先生の人がらは知っているつもりよ! そこで、アレグラが命の恩人に、当人は気づかずながらも、おわかれにいったときには、わたしはそれについていかずに、ベツィにいってもらいました。
あの人がなにを気にしているのか、わたしには、ぜんぜんわかりません。先週はとても気持よくしてくださったのに、いまはなにか先生におたずねしたいことがおこると、それをきくのに、パーシーにいってもらわなければならないしまつです。わたしと個人的につきあうのはいやでも、院長の資格としてなら会ってくださってもいいはずだと思います。サンディがスコットランド人かたぎなこと、これはもうまちがいのないことよ!
あとで
この手紙をジャマイカにだすのには、切手を何枚もベタベタはらなければならないことでしょう。でも、わたし、あなたにはどんなことでも知っていていただきたいし、その上、一八七六年にここが建てられて以来、こんなにワクワクすることが重ねておこったことは、まだ一度もないのですもの。この火事はわたしたちに強いショックを与えましたが、おかげでわたしたちも、これから何年間のあいだは、勢いづいてはたらきまわることでしょう。旧式な設備とかびのはえた考え方をふりすてるためには、孤児院は例外なしに、二十五年ごとに一度、丸焼けになったほうがいいと思うわ。ジャーヴィスからいただいたお金を去年の夏につかってしまわなかったことは、ほんとうに好都合《こうつごう》でした。あのお金でつくったものを焼いたのでは、たまらないほどくやしかったことでしょう。ジョン・グリア孤児院の建物が焼けたことは、あまり苦《く》になりません。ここを建てたジョン・グリアという人は、あへん入りの売薬でもうけたお金で、ここをつくったそうなんですもの。
焼けたあとは、もう板でかこい、タールをぬった紙でおおいがしてあり、わたしたちは東のそでのほうで、なんの不便もなくすごしています。職員と子供の食堂と台所の用にはこれで十分ですし、長期の計画はこれからたてればいいのです。
この火事でどんなことになったか、おわかりかしら? 神様はわたしたちのねがいを聞きとどけてくださり、ジョン・グリア孤児院は小屋組織のものになったのです!
北半球でいちばんいそがしい
S・マクブライドより
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一月十六日 ジョン・グリア孤児院にて
ゴードンさま
どうかやんちゃをいわずに、ことをこれ以上こがらかさないでください。いまこのときにこの孤児院を投げだすなんて、とってもできないことです。わたしが子供たちにいちばん必要ないま、その子供たちをすてるなんていうことは、とてもできないことくらい、わかってくださってもいいと思います。それに、いまこのいまいましい慈善行為をやめる気はありません。(いまいましい慈善行為というあなたがおつかいのことばがどんなにひびくものか、わたしがこうしてつかってみればおわかりでしょう!)
ご心配になることはありません。わたしは、つかれてヘトヘトになんかなってはいません。楽しい毎日で、こんなにいそがしくて幸福な日々をおくったことはないほどです。新聞は、じっさい以上にひどく、ここの火事のことを書いているのです。両わきに子供をかかえて屋根からとびおりようとしているわたしのあの絵は、いいかげんなものです。一、二の子供は喉をいため、先生は、お気のどくに、ギブスをはめるようなことになりましたが、みんな元気でがんばっていて、この傷あとが長くのこることはありません。
こまかなことは、いまいちいちおつたえできません。腰をおちつけているひまもないくらいなんですもの。でも、おねがい、どうかここにおいでにはならないでください! すこしたって、落ちついてきたら、わたしたちふたりはふたりのことについて話しあわなければならないと思っていますが、まずそれについて考える時間を、わたしはほしいのです。
S
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一月二十一日
ジューディ
ヘレン・ブルックスは手におえない十四人の女の子を、じつにあざやかにつかんでしまいました。この仕事はここではいちばんの大仕事なのですが、ヘレンはそれをよろこんでいます。きっとここの有力な職員になってくれることでしょう。
それからげんこつ坊主のお話をするのを忘れていました。火事がおきたとき、夏じゅうあの子を引きとっていてくださったふたりのご婦人は、汽車でカリフォルニアにたつところだったのですが――ふたりは、荷物といっしょに、あの坊主をかかえて、さっさといってしまいました。これで、げんこつ坊主はパサディーナでこの冬をおくることになったわけですが、きっといきっきりになってしまうことでしょう。こうしたいろいろな事件でわたしがいい気持になったって、べつにふしぎなことはないでしょう?
あとで
失恋した気のどくなパーシーは、きょうの晩、わたしのところにやってきて、いままで話していました。あの人の苦しみをわかってくれるのはわたしだけと、思いこまれたためです。みんなの苦しみがわかると、わたしがどうして思われなくちゃならないのでしょう? 心にもない同情のことばをはくなんて、ほんとうにうんざりだわ。あの人は、いまのところ、相当がっかりしていますが、わたしのみたところでは――ベツィが手をかしてくれさえしたら――この苦しみはなんとかしのげそうです。あの人はいま、ベツィをすきになりそうになっているのですが、自分ではそれと気がついていません。いまは、自分のなやみを味わい楽しんでいる状態、自分を悲劇の中心人物、ふかいなやみを味わった男にしたてているのです。でも、ベツィがそばにいるときは、どんな仕事でもあの人は気持よく手をかそうとしていることに、わたしはちゃんと気づいています。
ゴードンは電報をよこしましたが、あした、ここにくるそうです。わたしはゴードンと会うのがおそろしいのです。けんかがはじまるにきまっているんですもの。火事のあった翌日に、あの人は手紙をよこして、「孤児院なんか投げだし」、すぐに結婚してくれといってきましたが、あの人はそのことの話をつけようと、いまくるわけです。百人あまりの孤児の幸福に関係のある仕事を、そんなにケロリと、すてられるものじゃないと、口をすっぱくしていっても、あの人はわかってくれません。一生けんめいここにこさせないようにしたのですが、あの人もやっぱり男ね、がんこなの。これからわたしたちが、どんなことになるか、わたしには見当もつきません! 来年おきることを、ちょっとでもいいから、のぞいてみたいものね。
先生はまだギブスをはめておいでですが、ブーブー不平をいいながらも、お元気だそうです。毎日床ですこしはおきることもでき、用意|周到《しゅうとう》にえらんだお客さまだけとお会いになっておいでです。マクガークが戸口のところでそのえらび役をして、あの女のお気にいりでない人は、門前払いをくっています。
さようなら。またお便りしますが、いまはもうねむくて、目がくっつきそうです。(この目がくっつきそうということばは、サディ・ケイトのよくつかっていることばです)もうやすんで、あしたおきる百七の問題に負けずにとりくめるようにならなければなりません。
ご主人と二世によろしく。
S・マクブライドより
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一月二十四日
ジューディ
このお便りはジョン・グリア孤児院にはなんの関係のないもの、ひとりの女サリー・マクブライドがだす手紙です。
大学の四年生のときにハックスリーの手紙を集めた本を読んだときのこと、おぼえておいでかしら? あの本には、その後わたしの頭にこびりついてはなれないひとつのことばがありました。「人の一生にはホーン岬があって、そこで人の浮き沈みがきまってしまう」これは気味がわるいほどほんとうのことです。ここでこまることは、目の前にホーン岬があらわれても、それがそれとわからないことで航海していながら霧《きり》につつまれ、それと気づかぬうちに難破《なんぱ》してしまうことになるのです。
このごろ、自分が一生のホーン岬にさしかかっていることがわかってきました。わたしがゴードンと婚約したことは、心にいつわりなく、希望にあふれてしたことなのですが、その結果については、だんだんと心配になってきました。あの人が愛している娘は、わたしがなりたいと思っている|わたし《ヽヽヽ》とはちがうのです。その娘は、この一年間、わたしがはやくぬけだしたいと思っていた|わたし《ヽヽヽ》なのです。そうしたわたしがじっさいにいたのかどうかは、なんともいえません。ゴードンは、それがいたものと、自分の頭のなかできめこんでいるだけのことです。とにかく、そうしたわたしはいまなくなっているのですから、あの人にしても、わたしにしても、とるべき正しいコースは、婚約を解消してしまうことでした。
ふたりはもうおなじものに興味は持っていないし、お友だちでもないのです。あの人はここのことがわからず、そんなことはいいかげんなでっちあげの話、わたしがすべきことはあの人の生活に関心を持つこと、そうしさえすれば、すべてがうまくいくと思いこんでいます。あの人がわたしといっしょにいるときには、もちろんわたしは関心を持っています。こちらでは、あの人が話したがっていることを話してあげているのですが、あの人とはぜんぜんべつのもの――わたしのうちでいちばん大きなもの――がわたしにあることを、知らないのです。いっしょにいるときには、わたしはお芝居をしているわけです。それはほんとうのわたしではなく、毎日いっしょにくらすようになったら、それこそ一生、そのお芝居をつづけなければならばならなくなってしまうことでしょう。あの人が希望していることは、こちらであの人の顔をながめ、笑うのも顔をしかめるのも、あの人のするとおりにすることなのです。あの人とおなじようにわたしもひとりの人間だということを、どうしても納得《なっとく》できないわけなの。
あの女は社交的な教養を身につけている、服のきこなしもなかなかうまいし、人目にもつく、政治家の家庭の主婦としては打ってつけだ――これがあの人のわたしをすきな理由なのです。
とにかく、このままでいたら、何年もたたないうちに、自分はヘレン・ブルックスとおなじことになってしまうということを、わたしは急に、おそろしいほどまざまざと、悟ったのでした。さしあたって、わたしが結婚生活のお手本として考えなければならないものは、ジューディ、あなたじゃなくってヘレン・ブルックスよ。あなたとジャーヴィスのような夫婦がこの世にあることは、世の中の不安をひきおこすもとだと思うわ。あなたたちはいかにも幸福でやすらか、そして仲がよさそうにみえるので、ぼっとしてはたでそれをながめている者は、いきなり出会いがしらの男と結婚して――必ずみょうな男をつかんでしまうことになるのですもの。
とにかく、ゴードンとわたしは、もうのっぴきならぬとことんまで、けんかをしてしまいました。けんかわかれなんかしたくはなかったのですが、あの人の気性を考えると――それに、わたし自身の気性もたしかにあるのですけど――ふたりは、はでにわんわんと大げんかをしてわかれなければならない運命にあったのです。ゴードンはきのうの午後、わたしがこないようにと手紙をだしたあとで、ここにやってきて、ふたりはノウルトップに散歩をしにでかけました。三時間半というもの、あの風のふきすさぶ荒野原をゆきつもどりつして、なにもかもふくぞうなく、すっかりぶちまけて話しあいました。ですから、この絶交がおたがいの誤解のためだということは、絶対にないのです!
この話しあいは、ゴードンが二度ともどらずにいってしまったことで、けりになりました。わたしがあそこの野原のはしにたち、あの人のすがたが岡のむこうに消えるのをじっとながめ、自分がただひとりで自由になり、思うとおりにふるまえるようになったことがわかると、ジューディ、心にこみあげてきたのは、ほっとした安心のよろこび、自由になった感じだったのです! この気持はとても説明できません。このひとりになったことが、どんなにうれしくすばらしいものだったかは、幸福な結婚をした人にはとてもわかっていただけないでしょう。わたしは両腕をさしだし、急に自分のものになったこれからの世界をだきしめてやりたくなりました。さっぱりとけりがついて、ほっとしたことときたら! あの火事の夜、ジョン・グリア孤児院の建物がもえていくのをながめたとき、わたしは事実をまともからながめ、新らしいジョン・グリア孤児院が建てられても、自分はここにいてそれをすることができないのだということを悟り、おそろしいねたましさがわたしの心をとらえました。わたしはこの仕事を投げだすことができなくなり、先生が死んでしまったものと考えていたあのおそろしい苦しみの瞬間に、先生の生命の意味、それがゴードンの生命よりどんなに大切なものかが、はっきりとわかりました。そして、自分があの人をすてさることができないこと、わたしはこのままここにいつづけて、ふたりがたてた計画をぜんぶ実行しなければならないことを、悟ったのです。
なんだかとりとめなく、ごちゃごちゃとお話しているようね。心のなかにいろいろな感情がごちゃごちゃといっぱいになっているためなの。わたしは話しに話して、自分をまとまりのあるものにしたてていきたいのです。でも、とにかく、冬のたそがれどきに、わたしはひとりでたちつくし、すんだつめたい空気を胸いっぱいに吸いこんで、自分のすばらしい自由をうっとりしながら味わい、それから、とんだりはねたりしながら岡をかけくだり、牧場をきってここに鉄の柵《さく》までもどり、ひとりで歌を歌ってしまいました。まあ、これはずいぶんひどいふるまいね。むかしからのしきたりにしたがえば、うちしおれて、とぼとぼと帰らなければならないところですものね。ところが、打ちのめされ、裏切られて、がっかりしながら駅に歩いていく気のどくなゴードンのことは、ぜんぜん考えもしなかったのでした。
家のなかにはいったときに、わたしをむかえてくれたのはならんで食堂にいく子供たちのうれしいさわぎの声でした。子供たちは急にわたしの子供になりました。そのときまで、運命の日がだんだんと近づくにつれて、子供たちはだんだんとはなれてしまって、赤の他人の子供になっていく感じがしていたのでした。わたしはつい手近な三人の子をつかまえ、胸にひしとばかりだきしめてしまいました。急に新らしい生命と元気があふれてきて、まるで牢獄からだされて自由な身になったような感じがしたのです。この感じは、――でも、やめにしましょう――ただ、わたしは、あなたに事実を知っていただきたいだけなんです。この手紙はジャーヴィスには見せずに、体裁《ていさい》のいいように調子をおとし、いかにも悲しそうなふうに、その内容をつたえるだけにしておいてください。
もう真夜中になりましたから、ねてみようと思います。結婚したくない人と結婚しないことって、すばらしいことよ。子供たちが求めているもの、ヘレン・ブルックス、そう、それに火事、それから、わたしの目ははっきりと開いてくれたありとあらゆるものが、うれしくなってきます。わたしの一家には離婚さわぎをひきおこした者はひとりもなく、そんなさわぎがおきたら、大変なことになったことでしょう。
自分が身勝手で気ままなことは、よく知っています。気のどくに、ゴードンがどんなにがっかりしているかを考えてあげなくてはいけないわけです。でも、いかにも悲しそうにふるまったって、それはけっきょく、お体裁だけのものなのです。ゴードンは、わたしのように目立つ髪の毛を持ち、りっぱな女主人役をつとめられる人で、社会事業とか、女の使命とか、そのほかの若い女が夢中になっているいろいろなつまらぬことについてのいまいましい近代的な考えなんかにかかりあおうとしない誰かほかの女の人を、いずれ見つけることでしょう。(これは、ゴードンがやけになってたたきつけたことばを、おだやかにいかえたものです)。
では、おわかれです。あなたといっしょにそこの海岸にたち、青い青い海を見わたしたいものだわ。スペイン領の海によろしく
さようなら
サリーより
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一月二十七日
マクレイ先生
このお便りが運よくお目ざめのときにお手元にとどくかどうか、心配しています。わたしが四回おたずねし、お見舞いのときの礼儀作法をきちんとまもって、お礼とごきげんうかがいを申しあげようとしたことは、きっと先生はごぞんじないことでございましょうね? ギブスをはめたふきげんな花形にしたいよる教区のご婦人がたがささげる花や、ゼリーや、にわとりで、マクガークさんが目をまわしているという話をきいて、わたしはイライラしています。先生が後光より手あみの帽子のほうをおよろこびになることは、わたしだって知っていますけれど、あのヒステリーにかかったご婦人がたを見る目とはちがった目で、わたしを見てくださってもよさそうなものと、ほんとうに考えています。先生とわたしは(とびとびでこそありましたけど)お友だちだったのですし、おつきあいをしていたあいだには、忘れてしまったほうがいいようなことが一、二ないわけでもありませんけど、そのためにふたりのあいだをすっかりこわしてしまういわれはないものと思います。ふたりとも分別をはたらかして、あんなことは忘れてしまえないものでしょうかしら?
火事が縁になって、思いもかけていなかった親切と思いやりをいろいろとたくさん味わいましたが、先生もおなじようにそれをちょっとしてくださったらと思っています。ねえ、サンディ、わたしはあなたをよく知っているのですよ。世間にたいしてあなたがどんなにぶきらぼうに、そっけなく、ふきげんに、科学的に、人間ばなれをしたように、「スコットランド人ふうに」ふるまおうとも、わたしの目をごまかすことはできませんよ。新らしく開かれたわたしの人の心を見る目は、この十ヶ月のあいだあなたの上にそそがれ、その上、ビネー式知能検査法があなたにおこなわれていたのです。あなたは、ほんとうは、やさしく、同情心があり、りこうで、人をゆるし、心のひろいかたなのです。だから、どうぞ、このつぎにわたしがおたずねしたときには、門前払いなどはくわさないでください。そして、ふたりで時を手術し、五ヶ月といういままでの時間を切断《せつだん》して忘れてしまいましょう。
ふたりでとびだしたあの日曜日のこと、そして、それがどんなに楽しかったか、おぼえていらっしゃいます? 時の手術がおわったいまとなっては、きょうはあの日の翌日なのですことよ。
サリー・マクブライドより
(追伸)こちらでも我《が》を折っておたずねしたら、そちらでも我を折ってお会いください。はっきり申しあげておきますが、こうしたことは二度とくりかえしてするつもりはありません。それに、もうひとつ申しあげておきたいことは、あなたをしたっている誰かご婦人があなたのふとんの上に涙を流したり、あなたの手にキスをしようとしたりしたそうですが、わたしにはそんなことをするつもりはないことです。
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木曜日 ジョン・グリア孤児院にて
剛敵さん
いいですか、いまわたしは、あなたにたいしてとても親しみを感じています。あなたを「マクレイ」とよぶときには、わたしはあなたをきらい、「剛敵さん」とよぶときには、すきなのです。
サディ・ケイトはあなたのお手紙を(まるで思いだしたように)わたしいてくれました。左手で書いたにしては、とても上出来《じょうでき》なものでした。ちょっと見たときには、げんこつ坊主からの手紙かな、と思ったほどですもの。
四時には必ずおたずねします。そちらでも、どうか目をさましておいでになるように! ふたりが仲よしと先生もお考えになっていてくださることは、うれしいことです。じっさい、不注意しておきわすれたとても大切なものをまたとりもどしたような感じがしています。
S・マクブライド
(追伸)あの火事の夜に、ジャヴァはかぜをひき、歯いたみで苦しんでいます。まるで人間の子供のように、坐って両頬《りょうほほ》をおさえています。
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一月二十九日 木曜日
ジューディ
先週急いでさしあげた十頁にわたるお便り、ずいぶんまとまりのないものだったと思います。あの手紙をやぶってすててしまうようにとおねがいしたこと、ちゃんとまもってくださったこと? わたしの手紙を集めたものが本になったときあんなものがあらわれたら大変ですもの。自分のいまの気持がはずかしいもの、あきれたもの、世間態《せけんてい》のわるいものだということはわかっていますが、心のうごきだけは、ほんとうに、どうにもしようがありません。婚約をすることは、ふつう楽しいものと考えられていますが、婚約を解消したときに味わうあのすばらしい自由な、うれしい解放感にくらべたらそれはものの数ではないことよ! いままで何ヶ月かのあいだ、ひどくそわそわした気持になっていましたが、もうすっかり落ちつきました。独身生活をこんなにうれしい気持でむかえる人なんて、いままでにきっとひとりもいなかったことでしょう。
火事は神様のお助け、といまは信じています。それは、新らしいジョン・グリア孤児院をつくる道を開くようにと、神様がさずけてくださったものです。わたしたちは、もう、小屋の計画をいろいろとめぐらしています。わたしは灰色のしっくいが賛成、ベツィはれんがにかたむき、パーシーは木造はどうだろうといっています。あのお気のどくな先生がどうおっしゃるかは、まだわかっていませんが、腰折れ屋根のついた黄緑色が、どうもおこのみのものらしいです。
ちがった台所が十もあって練習できたら、子供たちのお料理もどんなの上達することでしょう! それぞれの小屋のやさしいお母さん役になる人を、もう物色《ぶっしょく》しています。でも、じっさいは十一人さがそうと思っているの、サンディにもひとりいりますのね。気のどくに、あの人にも、どの子供ともおなじように、ちょっとしたお母さん役をする人が必要なのです。毎晩家に帰ってマクガークがだしてくれるものを食べなければならないなんて、あんまりぞっとしたものでもないことでしょう。
あの女ったら、わたし、ほんとうにきらいよ。四回いかにも愉快そうに、「先生はおやすみ、おとおしはできませんよ」といいはっているの。先生とはまだお会いしていませんが、おしとやかに出る態度はそろそろ打ちきりにしようかとおもっています。でも、あしたの四時半に、三十分ほど簡単なとおりいっぺんの訪問をするつもりでいますが、そのときまではなにもいわずにおきましょう。先生がご自身で会う約束をしてくださったのですから、マクガークがまた先生はおやすみなんていったら、こちらではおしとやかに一突きくれ、相手をひっくり返し(あの女はすごいおでぶさんで、よたよたしています)、そのおなかをしっかりと片足でふんまえて、しずしずと家にはいり、二階に上っていくつもりです。ルエレンは前に運転手、女中さん、植木屋さんを一手に引きうけていた人ですが、いまではしっかりとした看護婦さんになっています。白い帽子とエプロンすがたのルエレンがどんなようすか、はやく見たくてなりません。
郵便がいまきましたが、そのなかにはブレトランド夫人からのお便りがあり、子供ができてどんなに幸福になったか、知らせてきました。はじめてとった写真が同封してありますが――みんな二輪馬車に乗りこみ、クリフォードが得意満面でたずなをにぎり、馬丁が小馬の頭をおさえています。ついこのあいだまでジョン・グリア孤児院にいたあの三人の子供の目に、この新らしい生活はどんなにうつっていることでしょう? それぞれの将来を思うと、ほんとうにうれしくなりますが、三人の子供たちのために身をすりへらして死んでしまったかわいそうなあの父親が、いまは忘れられそうになっていることを思うと、ちょっと悲しくもなります。ブレトランド夫妻だって、子供たちに以前の親を忘れさせようと、一生けんめいになることでしょう。夫妻は自分たち以外のものが子供の心をうごかすことをとてもいやがり、子供たちをすっかり自分のものにしようとしているのです。けっきょく、むりのない方法が、いちばんいいわけね――それは、それぞれの家庭で自分自身の子供を生み、それを育てることよ。
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金曜日
きょう先生にお会いしました。体じゅう、ほとんどほうたいずくめで、ほんとうにお気のどくなすがたになっておいでです。とにかく、誤解の穴はすっかりうめてしまいました。ふたりの人間が、それぞれちゃんと話をする力をそなえていながら、おたがいに心のなかをすこしもつたえることができないなんて、おそろしいことじゃない? わたしは、最初からあのかたの気持がわかっていたわけではないし、あのかたはいまでもまだ、わたしの気持をわかっていないのです。わたしたち北国の人間が夢中になってがんばるあのおそろしい無口ときたら! あの興奮しやすい南国人の持っているおしゃべりという安全弁が、いちばんいい方法かもしれないわ。
でも、ジューディ、とてもおそろしいことがあるの――去年先生が精神病院にでかけていってしまって、十日も帰らずわたしがそれをワイワイと大さわぎをしたこと、おぼえていらっしゃること? まあ、わたしって、ひどいことをする女ね! あのかたは、そこの病院でなくなった奥さんのお葬式においでになったのでした。マクガークはそれをちゃんと知っていたのですから、それもいっしょに教えてくれてもいいはずなのに、なにもいわないでいたんです。
先生は奥さんのことを、とてもやさしく、すっかり話してくださいました。かわいそうに、あのかたは長い年月のあいだひどい苦しみを味わっておいでになったのですから、奥さんの死で、ほんとうにほっとなさったことと思います。先生自身おみとめなのですが、結婚したときから、これは失敗だったとお悟りになったそうです。奥さんの神経がグラグラと安定していないことが、すっかりわかったためなのです。でも、お医者さまだけに、自分の力でそれをなんとかできるとお考えになりましたが、それに奥さんはきれいなかただったのです! 先生は奥さんのために町での開業をおやめになりいなかずまいをなさることになったのですが、女の子が生まれてからというもの、奥さんはすっかりだめになり、マクガークのことばでいえば、「奥さんを放りこんで」しまわなければならなくなりました。お嬢さんはいま六つで、見たところ、かわいい、いい子供なのですが、先生のおことばから察すると、やっぱり変ったところがあるらしく、しっかちした看護婦をいつもつけておいでです。こうしたおそろしい悲劇があのしんぼう強いお気のどくな先生の上にくらいかげを投げていることを、ちょっと考えてもみてください。しんぼう強いというとみょうですけれど、ひどいかんしゃく持ちながらも、あのかたはたしかにしんぼう強いかたなのよ!
ジャーヴィスからいただいたお手紙のお礼をつたえてください。ほんとにいいかたですもの。当然のむくいはあっていいはず、わたしもうれしいわ。あなたがシェイディウェルにおもどりになり、新らしいジョン・グリア孤児院の計画をお話するとき、どんなに楽しいことでしょう! いままでの一年間はわたしの修業時代、これから新しい一歩をふみだすような気持がするわ。ここを、いままでにないほどりっぱな孤児院につくりあげるつもりですものね。わたしはこうした将来のことを考えて、もううちょうてん、朝はばねじかけのようにとびだし、心のなかでは歌を歌いだがら、あれこれと仕事に精をだしています。
ジョン・グリア孤児院の子供たちは、いちばん仲よしのふたりのお友だちによろしくとのこと!
さようなら サリーより
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土曜日 午前六時半
ジョン・グリア孤児院にて
なつかしい剛敵さんへ
「もうすぐいつか、なにかいいことがおきるでしょう」
けさ目をさまし、この事実を思いだしたとき、びっくりなさらなかたこと? わたしはびっくりよ! 自分がどうしてこんなにうれしいのか、ちょっとのあいだ見当がつかずにぼんやりしていました。
まだあかるくなっていませんけど、わたしは目がさめてしまい、ワクワクして、こうしてあなたにお便りを書かずにはいられなくなってしまいました。このお便りは最初に姿をあらわしたしっかりとした子供に持っていかせますが、それはオートミールといっしょに、朝ごはんのおぼんにのって、お手もとにとどくことでしょう。
午後四時には、わたしも手紙のあとを追って、|さっさと《ヽヽヽヽ》おうかがいします。子供もつれずにそこに二時間ねばっていたら、マクガークがなんというかしら?
サンディ、あなたの手にキスなどはしない、ふとんに涙を流したりなどはしないとお約束したとき、わたしは本気でいってたの。でも、その両方を――いいえ、もっとひどいことを――わたし、してしまったんじゃないかしら? お宅のしきいをまたぎ、からだじゅうほうたいだらけ、髪をこがして、枕によりかかっておいでのあなたの姿を見るまで、自分がどんなにあなたを愛しているかを、ほんとうに、気づいていませんでした。ひどい姿におなりになったことね。体の三分の一はたっぷりギブスとほうたいにつつまれているあなたを、いまわたしが愛しているとしたら、それがすっかりはずされたとき、わたしがあなたをどんなに愛するかは、十分に見当がおつきでしょう!
でも、ロビン、あなたはなんというおばかさんでしょう! この何ヶ月か、あんなにひどくスコットランド人式にふるまっていながら、あなたが心のなかではわたしに心をよせていてくださっていたなんて、どうしてわたしは想像がつきましょう? たいていの人の場合、あなたのとったような態度は愛情のしるしとは考えられないことよ。ちょっとでも心の底をのぞかえてくださったらよかったのに、と思います。そうしたら、おたがいに、わずかでも心をいためることがなくてすんだことでしょう。
でも、わたしたちはいま過去をふり返ったりはせず、将来を思って感謝しなければなりません。この世でいちばん幸福なふたつのこと、愛情のこもった結婚と愛している仕事が、ふたりのものになろうとしているからです。
きのう、おわかれしてから、まあぼっとしたような気持になって、ここにもどりました。わたしはひとりになって考えたかったのですが、ベツィとパーシーとリヴァモー夫人と(およびしてあったので)いっしょに夕食をし、それから下におりていって、子供たちに話をしなければなりませんでした。金曜日の夜は――みんなが集まって親しみあう晩なのです。リヴァモー夫人がくださった新らしいたくさんのレコードがあり、わたしもおしとやかに坐って、それをきいていなければなりませんでした。ところが、ねえ――ふしぎなことじゃない――最後にかけたレコードは「ジョン・アンダースン、わたしのいとしいジョン」で、はっと気がつくと、わたしはなきだしていました! 手近な女の子を急いでだきあげぐっとだきしめて、その子の肩に自分の顔をうめてしまいましたが、これは涙を人に見られたくなかったからです。
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ジョン・アンダースン、いとしいジョン、
ふたりつれだち岡にのぼり、
楽しくすごした思い出はるか。
いまじゃ足もとあぶないけれど、
手に手をとっておりましょう、
岡のふもとでやすみましょう
ジョン・アンダースン、いとしいジョン。
[#ここで字下げ終わり]
わたしたちふたりが年をとり、腰がまがり、足もとがあぶなくなったとき、あなたも、わたしも、楽しくすごしたはるかな思いでを、悔《く》いなくふり返れるかしら? 仕事と遊びと毎日のささやかな冒険の生活を愛する人といっしょにいとなむこと――そうした将来を思うことって、うれしいことね、そうじゃないかしら? もうわたしは、将来のことなんて、おそろしくはありません。サンディ、あなたといっしょに年をとるなら、平気です。「時とは、釣りにゆくあの川の流れとおなじこと」です。
わたしがここの孤児に愛情をよせるようになったわけは、孤児がわたしを必要としているため、そして、それが、あなたにわたしが愛情をよせるようになった理由――すくなくとも理由の一つです。あなたはお気のどくなかたで自分で自分の生活を気持のいいものにしようとはなさらないので、こちらで気持よくしてあげなければならなくなってしまいます。
わたしたちは孤児院のむこうの岡の高いところに家を建てましょう――黄色なイタリアふうの別荘建てはどうかしら、それとも、ピンクのほうがいい? とにかく、緑色にするのはやめましょう。それから、腰折れ屋根もやめましょう。大きなあかるい居間をつくり、炉と窓をひろびろとつけて、見晴らしがきくようにし、そこには「マクガーク」がいないようにしましょう。あのおばあさんもかわいそうに! このことを聞いたらすごいかんしゃくをおこし、ひどいごはんをつくることでしょうね! でも、このこのことはずっと長いあいだマクガークにも、誰にも、知らせずにおきましょうね。わたしが婚約をとりけしたことにかさねてこのことでは、ちょっとひどすぎますものね。きのうの晩、ジューディに手紙をだしたのですけれど、いままでになく自制心をはたらかせて、このことをそれとなくぼんやりほのめかすことさえしませんでした。わたし自身まで、スコットランド人式になりかけているようだわ!
どんなに自分があなたを愛していたか、自分自身でも知らなかったとさっき書きましたが、サンディ、どうもあれはありていの事実じゃなかったらしいわ。それがわかったのは、火事のおきた晩のことのように思えるのですもの。あなたがかけ上ってもえる屋根のしたにおいでになり、それから三十分のあいだ、あなたの生死がわからなくなってしまったときわたしがどんなに苦しみを味わったか、とてもおつたえできないほどです。もしあなたが死んでおしまいになったら、わたしはその傷からたちなおることができなくなり、ふたりのあいだのおそろしい誤解のみぞをそのままにして、いままでにないよいお友だちを死なせてしまったら――それはまあとにかくにして――あなたにお会いし、五ヶ月のあいだ心のなかにとじこめておいたことをぜんぶぶちまけてしまうときをわたしはもう一刻《いっこく》も待っていられなくなってしまいました。それから、あなたがわたしを近づけないようにときびしい命令をおだしになったことは、ごぞんじですわね。このことはわたしの心をひどく傷つけました。ほんとうはあなたが誰よりもわたしと会いたがっておいでだったこと、それに、あなたをおさえつけていたのは、ただスコットランド人式のつつしみだけだということが、どうしてわたしに見当がつきましょう? サンディ、あなたはとてもお芝居のじょうずなかたよ。でも、ねえ、これからのふたりの生活で、たとえどんなに小さなものにせよ、誤解の雲がまたでてくるようなことがあったら、心のなかにそれをとじこめておくようなことはせずに、話しあうことを、お約束しましょうね。
きのうの夜、みんながひきあげていったあとで――子供たちがいまここにはいないので、ありがたいことに、はやばやと帰っていきましたが――わたしは二階にあがり、ジューディにだす手紙を書きあげ、それから電話に目をやって、誘惑《ゆうわく》と戦いました。五百五番をよびだし、あなたにおやすみなさいをいいたかったからです。でも、それをする勇気はでませんでした。これでもまだ、一人前にはずかしい気持は、いつでも持っているのです。そこで、あなたとお話をするせめてものかわりに、バーンズの詩集を引っぱりだして、一時間ほどそれを読みました。わたしがねむってしまったときに、頭のなかを、かけめぐっていたものは、スコットランドの恋愛歌、そして、わたしはいま、こうして、夜の明けがたに、その歌をあなたに書きおくっているのです。
さようなら、ロビン、わたしはあなたがだいすきなの。
サリーより (完)
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解説
『あしながおじさん』と『続あしながおじさん』は両方とも、孤児院をあつかった小説で、手紙の形をとり、しかもそれが一方からだされた手紙だけなのに、筋がちゃんとわかるようになっている珍らしい型の小説です。孤児院のことばかりいろいろとくわしく書いてあるので、作者はきっと孤児院出身の人だろう、と考える読者のかたも多いことと思います。
ところが、事実はそれとはまったく反対、女流作家ジーン・ウェブスターはニューヨークの近くのフレドニアというところで、一八七六年にお金持の娘として生まれた人で、孤児院とはおよそ縁がなく、孤児院の知識は、大学時代に経済の勉強をしながら得たものなのです。父親のチャールズ・ウェブスターは出版業を手広くしていた人で、ジーン・ウェブスターはめぐまれた環境につつまれながら、土地の私立小学校、ニューヨークのレイディ・ジェイン・グレイ校、ついでヴァッサーという大学を卒業し、文学士の資格を得ました。大学卒業後は世界旅行をし、イタリアを訪ねたりなどしてそのかたわら小説を書いていました。
みなさんは『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリ・フィンの冒険』をお読みになったことがあるでしょうが、その作者のマーク・トゥエインはウェブスターの母方のおじに当る人で、父親チャールズは、マーク・トゥエインの作品を出版し、自身でも相当に筆が立つ人でした。ウェブスターの母親は陽気なやさしい気持の人で、ウェブスターが子供のころには、おもしろい話をいろいろと聞かせてくれたそうです。
こうした両親とおじのことを考えてみただけでも、ウェブスターが子供時代にどんなに文学的な雰囲気につつまれて育ったかが、みなさんにもおわかりになるでしょう。大学時代の思い出は、『あしながおじさん』のジールシャ・アボットの生活にその一部があらわれているものと考えて、だいたいまちがいはないでしょう。ジールシャとおなじように、作者も大学時代には交友会雑誌に投稿したりなどして、文学少女ぶりを大いに発揮していました。
しかし、大学時代をいちばんよく示している作品は『女学生パッティ』で、これはウェブスターがはじめて書いた作で、一九〇三年に出版されました。さいわい、これはこの『世界若草文学全集』のなかにおさめられていますから、ぜひ読んでごらんなさい。とても愉快な小説です。『女学生パッティ』の後では『小麦姫』(一九〇五年)、『ジェリー』(一九〇七年)などを書き、どれもおもしろいものにちがいありませんがウェブスターの名を世界的にした作品は、なんといってもこの『あしながおじさん』(一九一二年)です。これは大学時代の友だちをモデルにして書いたものとされていますが、一九五六年までに版を七十九回も重ねている事実だけを考えてみても、これがどんなに世界じゅうの人たちに愛され親しまれているかが、おわかりになるでしょう。映画化もサイレント時代にはメアリ・ビックフォードを主役にしたものがあり、最近では二十世紀フォックス社の手でフレッド・アステアが主役でふたたび映画化がおこなわれました。また、この作品は作者ウェブスター自身の手で劇化されていて、いまでもいろいろな場所で上演されています。
『あしながおじさん』の文章は、作者がそれを書くときにはとても苦心したそうですが、そうした跡はぜんぜん見受けられず、じつに軽快で弾力のあるピチピチしたもので、読者のみなさんも早く英語が読めるようになって、それが味わえるようになってください。簡単でわかりやすく、しかも非常に力強い文体です。きかん気ながらも心がやさしく清い少女のジールシャ・アボットが、こうした筆で、まるで目の前に浮かぶようにいきいきと描かれています。この小説は、お説教はなにもしていないのですが、読んでいくうちに読者の心がしらすしらずのうちに洗い清められてしまう、ふしぎな力を持った小説です。
『続あしながおじさん』(一九一五年)は原題を『なつかしい敵さん』といい、『あしながおじさん』の立役者だったジールシャ・アボットは結婚して孤児院の有力な後援者になり、一応表面から姿をかくし、それにかわって大学時代の親友、赤毛のサリー・マクブライドが孤児院の院長さんになって大活躍、「敵」と呼んでいるがんこ者のお医者さんと力をあわせ、孤児院を改革して、それを明かるいものにしていくのが話の主な筋で、これも手紙の形で話が進められています。前の小説とおなじように、ユーモアにあふれた、しかも強い正義感をうたったもので、グングンと人の心をひきつけずにおかない小説です。『あしながおじさん』と『続あしながおじさん』の両方にはすばらしいさし絵がたくさんはいっていますが、これはウェブスター自身が描いたもので、気分的にいっても、内容といかにもぴったりしたものです。
こんなに美しい作品をつぎからつぎへと書いたジーン・ウェブスターは、どんなに心のやさしい、正しくてきれいな気持を持った人だったことでしょう。ところが、一九一五年にグレンフォード・マクキニーのいう人と幸福な結婚をした翌年、まだ四十にもならない若さで病気にたおれ、この世を去ってしまいました。楽しい、明かるい、愉快な小説をもっともっとたくさん書いてくれたらよかったのにととても残念ですね。でも、ジールシャ・アボットとサリー・マクブライドのふたりは、いつまでも読者のみなさんの心のお友だちとして残ることでしょう。
原文ちゅう、ことに『続あしながおじさん』では、英国の北のほうの方言のスコットランド語が多くでてきますが、特別の場合は別として、ふつうの日本語に訳しました。日本の方言に訳すと、なにかうつらない感じがしてならなかったからです。スコットランド語といえば、このふたつの小説に出てくる人の名前にマク何々という名の人がとても多いことにお気づきでしょう。これはスコットランドに多くある名前で、スコットランド人は山国育ちで、なかなかのがんばりや、意地っぱりで有名な人たちです。そして、この人たちのうちには、うわべがこうしてがんこのうようにみえても、心のやさしい人が多いのです。『あしながおじさん』の翻訳は日本では大正のころからでていますが、村岡花子、中村能三、松山恒見各氏のものは手元において、いろいろと参考にさせていただきました。この場を借りてあつくお礼を申しあげます。(訳者)
〔訳者紹介〕
北川悌二(きたがわていじ、一九一四〜八四)東京生まれ。東京大学、ついで獨協大学教授となる。『オリヴァ・トゥイスト』『クリスマス・カロル』などディケンズの本を多数翻訳した。