イソップ寓話2
イソップ/亀山龍樹訳
目 次
ライオンとウサギ
ライオンとオオカミとキツネ
ライオンと、恩をかえしたネズミ
ライオンとロバ
猟をともにしたライオンとロバ
ライオンとロバとキツネ
ライオンとプロメテウスとゾウ
ライオンと牛
ネズミにおどろいたライオンと、キツネ
おりに入れられたライオンと、キツネ
山賊とクワの木
戦争をする犬とオオカミ
影にうぬぼれたオオカミと、ライオン
オオカミと雌ヤギ
オオカミと子ヒツジ
オオカミとサギ
オオカミと馬
オオカミとキツネ
オオカミと犬
オオカミとライオン
オオカミとロバ
大けがをしているオオカミと、ヒツジ
ランプ
予言者
ミツバチとゼウス
旅をして歩く僧たち
ネズミとイタチ
アリとカブト虫
アリとハト
いなかのネズミと都会のネズミ
ネズミとカエル
ネズミと雄牛
難船した人と海
病人と医者
コウモリとイバラとカモメ
コウモリとイタチ
きこりとヘルメス
旅人たちとクマ
旅人とカラス
旅人とおの
旅人とプラタナスの木
猟師と馬に乗った男
旅人とヘルメス
旅人と運命の女神
ロバを買う人
野生のロバと、飼われているロバ
塩を運ぶロバ
神の像を運ぶロバ
ライオンの皮を着たロバと、キツネ
馬をうらやんだロバ
ロバとオンドリとライオン
ロバのかげ
道化師のまねをしたロバ
ロバとキツネとライオン
ロバとカエルたち
同じ重さの荷物を運んでいるロバとラバ
ロバと庭師
ロバとカラスとオオカミ
ロバと小犬
旅をするロバと犬
ロバとロバひき
ロバとセミ
足がわるいふりをしたロバと、オオカミ
鳥刺しと野バトと家バト
鳥刺しとシャコ
金のタマゴをうむニワトリ
ヘビのしっぽ
ヘビとイタチとネズミ
水浴びをする子ども
父親と娘たち
のどのかわいたハト
二つの袋
サルとイルカ
サルとラクダ
サルの子どもたち
雌ザルとゼウス
船旅をする人たち
金持と皮なめし屋
金持と泣き女
ヒツジ飼いと海
ヒツジ飼いと、ヒツジにじゃれる犬
ヒツジ飼いとオオカミの子
ヒツジ飼いとヒツジたち
わるふざけをするヒツジ飼い
子ヒツジを食べるヒツジ飼い
軍神とごうまんの女神
プロメテウスと人間
バラとケイトウ
ラッパ吹き
川と海
子モグラと母モグラ
イノシシと馬と猟師
口げんかをする雌ブタと雌犬
スズメバチとヘビ
雄牛と野生のヤギたち
クジャクとツル
クジャクとカラス
セミとキツネ
セミとアリ
壁とくさび
ヤギとブドウの木
はげ頭の騎手
金だけをありがたがっている男
かじ屋と犬
ツバメと大蛇
美しさをあらそったツバメとカラス
ツバメと鳥たち
ほらふきツバメとカラス
カメとワシ
カメとウサギ
ノミと運動選手
ノミと人間
シラミと農夫
犬とヒツジと裁判官
ワシとカタツムリ
ヘビとカニ
オオカミとおばあさん
戦争をするカエルとネズミ
おちめのライオン
えさをまくらにしたオオカミと、キツネ
ラ・フォンテーヌによるイソップの伝記から
イチジク
パンのかご
どれい市場
哲学者のおくさんと犬
おくさんがもどってくる方法
行きさき
海の水
主人とどれい
オオカミとヒツジと番犬
キリギリスのたとえ
空中に塔を建てる
遠い国のオンドリを殺したネコ
聞いたことがないこと
木の枝の束
解説
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ライオンとウサギ
ライオンが眠っているウサギを見つけました。しめしめ、食べてやろうと、にじりよったそのとき、シカが通りすぎていくのが目にはいりました。
ライオンは、ウサギよりはシカのほうがましだ、と気が変わり、シカを追いはじめました。ウサギはその物音に目をさまして、逃げました。
ライオンは、遠くまでシカを追いかけましたが、つかまえることができなかったので、ウサギのところへもどって見ると、ウサギもいなくなっています。ライオンはつぶやきました。
「おれがわるかったんだ。手にいれたえものをほったらかしにして、もっといいえものに目がくらんだんだからな」
◆人間にも、ほどほどの利益にまんぞくしないで、欲の皮をつっぱらせたあげく、つかんでいた利益まで失ってしまう人がいる。
ライオンとオオカミとキツネ
おじいさんライオンが病気になって、洞穴の中で寝ていました。動物たちは、自分たちの王さまのお見まいにやってきましたが、キツネだけはすがたを見せません。そこでオオカミは、こういうときにとばかり、ライオンにキツネの悪口をのべたてました。
「あいつは、われわれすべての王さまであるあなたを、すこしも尊敬していないから、お見まいにこないのですよ」
そういっているところにキツネがやってきて、オオカミの最後のことばを耳にしました。
キツネを見たライオンは、このふとどきものめが、と、恐ろしいほえ声をあげました。キツネは、わたしの申しひらきを、どうか聞いてください、といいました。
「ここにおいでのみなさんがたのなかで、わたしほど、王さまのためにけんめいになったものがいますでしょうか。わたしは八方かけずりまわって、医者たちに王さまの治療法をきいたんですよ」
ライオンは、その治療法をのべてみろ、といいました。キツネは答えました。
「いちばんいい治療法は、生きたオオカミの皮をはいで、そのあたたかい皮を身にまとうことです」
オオカミはたちまち、皮をはがれて死んでしまいました。キツネは笑っていいました。
「ご主君をそそのかして、だれかをわるく思わせようなんてするのは、まちがいですな。ぎゃくに、よく思ってもらうようにかばってやらなくてはね」
◆他人を|わな《ヽヽ》にかけようとすると、自分がわなにかかることになる。
ライオンと、恩をかえしたネズミ
ライオンが眠っていると、一ぴきのネズミがライオンのからだの上に走りのぼりました。ライオンは目をさまして、ネズミをつかまえて、食べようとしました。ネズミは、どうぞおゆるしください、そして、命を助けてくださったら、かならずご恩返しをいたします、といいました。ライオンは、おまえなんぞのような力のないやつの恩返しを、あてにするわしではないが、と笑って、それでもネズミをはなしてやりました。
ところが、そののちまもなく、ライオンはネズミの恩返しで命びろいをしたのです。ライオンが猟師たちにとらえられて、木に|なわ《ヽヽ》でくくりつけられてしまいました。ライオンのうめき声を聞きつけたあのネズミは、すぐにやってきて、なわをかみ切り、ライオンを自由の身にしてやってから、いいました。
「あなたは、あのときに、わたしを笑いましたが、いま、おわかりになったでしょう。ネズミにも恩返しはできるんですよ」
◆強い者も、ときによって弱い者の助けがいることがある。
ライオンとロバ
ライオンとロバが、猟に出かけました。ライオンは力が強く、ロバは足が速いので、おたがいにつごうよくいきました。
えものをなんびきかとったあと、ライオンは、えものを三つの山に分けてならべると、いいました。
「なにしろ、わしは王さまだから、一つはわしがとる。つぎに、おまえとわしとでとったえものの分けまえとして、この山はわしがいただく。さて、残るもう一つの山はだな。もし、おまえがとっとと逃げださないならば、おまえにひどいわざわいをもたらすという|たち《ヽヽ》の山だぞ」
◆自分にふさわしい人を、仲間にするほうがまし。
猟をともにしたライオンとロバ
ライオンとロバが、いっしょに猟に行きました。野生のヤギどもがすみかにしている洞穴にくると、ライオンは入口で見張りの役をしました。
ロバは中にはいっていって、どたどたはねまわり、大声でいなないて、ヤギの追い出し役をつとめました。
ライオンが、洞穴からとび出したヤギどものほとんどをとらえたときに、ロバが洞穴から出てきて、
「どうです。ぼくは勇ましくたたかって、やつらをうまく追い出したでしょう」
と、鼻たかだかでいうと、ライオンは、にやにやしました。
「まったく、そうだな。ロバだと知っていなかったら、わしだってふるえあがっただろうよ」
◆力のある者の前でじまんをすれば、笑われるのはあたりまえ。
ライオンとロバとキツネ
ライオンとロバとキツネが組んで、猟に出かけました。えものをたくさんとったあとで、ライオンがロバに、分けるようにいいつけました。ロバは三等分して、ライオンにどうぞ一つとってください、といいました。ところが、ライオンはおこってロバにとびかかり、食ってしまいました。
つぎに、キツネに、分けろと命じました。
キツネは、三つの山を一つにして、それからほんのわずかを残しただけで、ほとんど全部をライオンにとってくれ、とすすめました。ライオンが、こんな分けかたをだれに教わったんだ、ときくと、キツネはいいました。
「ロバ君の不幸からです」
◆近くの人の不幸を見て、人はかしこくなる。
ライオンとプロメテウスとゾウ
ライオンがたびたび、プロメテウス〔ギリシア神話に出てくる、タイタン族の英雄。天上の火を人間にあたえてゼウスの怒りにふれ、コーカサス山に|くさり《ヽヽヽ》でつながれ、犬ワシに肝臓を食われたが、ヘラクレスに助けられた。みずと|どろ《ヽヽ》から人間をつくったことになっている〕にもんくをいいました。
「あなたさまはわたしを、大きくりっぱにつくってくださいましたがね。たしかに、|あご《ヽヽ》にはすごい|きば《ヽヽ》があるし、足にはするどい|つめ《ヽヽ》があるし、ほかのけものよりも強くしてくださったんだが、手ぬかりがありました。わたしはニワトリがこわいんですよ」
プロメテウスはいいました。
「おまえはなんで、そのようなけんとうはずれのことで、わたしをせめるのだ。おまえには、わたしにできるかぎりの、りっぱな肉体をそなえさせてやったのだぞ。ニワトリにおびえるのは、おまえの心なのだ」
けれど、ライオンは自分のふがいなさをなげいて、なんといくじのないことだろうと、わが身をせめたあげく、死んでしまおうという気になってしまいました。
そんな気持でいるとき、ライオンはゾウにばったり出会いました。あいさつをかわして立話しをしましたが、ゾウがたえず耳を動かしているのを、ふしぎに思いました。
「どうかしたのかい、ゾウ君。どうして耳を、そんなにしょっちゅう……」
じつは、ゾウの耳のそばに蚊《か》が一ぴき、飛びまわっていたのでした。
「ライオン君、ちっぽけな、ぶんぶんうなるやつが見えるかい。こいつが耳のあなにもぐりこんだら、わがはいは死んでしまうんだよ」
そこで、ライオンは思いなおしました。――わたしは死ぬことはなさそうだな。ニワトリは蚊よりも強いんだから、わたしはゾウよりもまだましというものさ。
◆蚊が、ゾウをこわがらせる力をもっている。
ライオンと牛
ライオンが、ひじょうに大きな雄牛を殺してしまおうと、たくらみました。そして、雄牛に、ヒツジを一頭、神へいけにえとしてささげるから、その祝いの宴会にきてくれたまえ、とまねきました。雄牛が、さて、ごちそうにあずかろうとゆだんをしたところを、おそうつもりだったのです。
雄牛はやってきて、たくさんの大皿や長い焼|ぐし《ヽヽ》が用意してあるのは見ましたが、宴会用のヒツジはどこにも見あたりません。で、なにもいわずに立ち去ろうとしました。ライオンは雄牛に、なにひとついやなめにあっていないのに、だまって帰って行くのはけしからん、なぜ、そんなふるまいをするんだ、となじると、雄牛はいいました。
「わけもなく、こんなことはしないよ。だってさ、用意してある道具は、ヒツジ用じゃなくて、牛を料理するためのものだからね」
◆考えぶかい人は、悪人のたくらみに気づくもの。
ネズミにおどろいたライオンと、キツネ
ライオンが眠っていると、一ぴきのネズミがそのからだの上を走っていました。ライオンはとび起きると、ふとどきものめはどやつだ、とうろうろ、きょろきょろ、けんめいにさがしました。
そのようすを見たキツネが、
「なんです、あなたともあろうおかたが、たかがネズミの一ぴきに、うろうろするとは」
と、たしなめると、ライオンは答えました。
「いや、ネズミがこわいのではない。眠っているライオンのからだの上を走るような、ふてぶてしいネズミがいることに、おどろいているんだ」
◆かしこい人物は、小さなことがらにも気をつける。
おりに入れられたライオンと、キツネ
一ぴきのキツネが、|おり《ヽヽ》に入れられているライオンを見て、そばにやってくると、口ぎたなくののしりました。すると、ライオンはいいました。
「わしに恥をかかせているのは、おまえではない。わたしをとらえているこのおりなのだ」
◆えらい人物も、運がおちめになると、くだらないやつからも、けいべつされることになる。
山賊とクワの木
山賊が道で人を殺しましたが、近くにいた人びとが追ってくるけはいです。山賊は、血まみれのぎせい者をほったらかしにして、逃げだしました。
ところが、前方からも人びとがやってきて、おまえさんの手は、なんでそんなに赤黒くよごれているのかい、とたずねました。山賊は、たったいま、クワ〔クワの実は、赤紫の汁を出す〕の木からおりてきたばっかりでね、と答えました。そのとき、追ってきた人びとがあらわれて、ひっとらえ、クワの木でしばり首にしました。
クワの木はいいました。
「わたしは、おまえのおしおきの役にたつのは、いやじゃないよ。おまえは、人殺しをしていながら、わたしのせいにしたんだからね」
◆生まれつきのお人よしでも、ぬれぎぬを着せられたら、着せた人の敵にまわる。
戦争をする犬とオオカミ
オオカミたちと犬たちの仲が、ひどくわるくなりました。犬たちは、ギリシアの犬を大将にえらびました。ところが、この大将は、ぐずぐずしていて、オオカミたちが、さあ一戦まじえようと、おどしをかけても、いっこうに進軍命令を出しません。
そして、オオカミたちにいいました。
「わしが、ぐずぐずしているわけが、あんたがたにはおわかりかな。まえもってよく考えることが、かんじんだよ。きみたちオオカミ軍は、みんな同じ種族で、毛の色も同じだ。しかし、わが軍の兵士は、それぞれ、さまざまな性格をもっているし、めいめい、自分が生まれた国ぐにをじまんにしている。毛の色も同じではない。黒もいれば、赤もいるし、白いのも、灰色もいる。というぐあいだ。こんなばらばらの連中をまとめて、戦争させることはできないよ」
◆心も考えもひとつであることが、勝利のもと。
オオカミと仲なおりをした犬
オオカミたちが、犬たちにいいました。
「きみたちは、どこもおれたちとそっくりなのに、どうして、おれたちと兄弟のよしみをむすばず、おれたちと同じ考えようをしないのだろうね。いや、たしかに、ちがうのは考えようだけなんだ。おれたちは自由な暮らしをしているが、きみたちは人間につかえて、なぐられてもがまんをし、首輪をつけられて、ヒツジの番をしている。ところが、きみたちのご主人は、自分は肉を食べるくせに、きみたちには骨だけを投げあたえる。
そこで、ものは相談だがね。きみたちが番をしているヒツジどもを、おれたちにひきわたさないかい。みんなで山分けにして、腹いっぱい食べようじゃないか」
犬たちは、いいとも、と、オオカミたちの申し出を聞きいれました。するとオオカミたちは、ヒツジの休んでいる岩穴にはいってきて、まず犬たちを殺してしまいました。
◆自分のつとめをうらぎると、このようなむくいをうける。
〔オオカミと取引をしたヒツジの話もある。その場合は、番犬をオオカミに売ったせいで、ヒツジが殺される。ラ・フォンテーヌの「オオカミとヒツジと番犬」を参照〕
影にうぬぼれたオオカミと、ライオン
さびしい場所を、一ぴきのオオカミがさまよっていました。太陽が西にかたむいて、オオカミの影は地面に大きく長くのびていました。その影を見て、オオカミはつぶやきました。
「こんなにでかいからだをしているおれさまが、なにもライオンをこわがることはないじゃないか。おれさまは、まるで身のたけ雲をつく大けだものだぜ。けだものの王さまにだって、わけもなくなれそうなもんだ」
すっかりいい気になっていると、強いライオンがおそいかかりました。オオカミは食われるまぎわにさけびました。
「思いあがったのが、不幸のもとだったわい」
オオカミと雌ヤギ
切り立った岩の上で草を食べている雌ヤギを、オオカミが見つけました。しかし、オオカミは、雌ヤギのところへ行くことができません。
「おい、そんな高いところにいたら、落っこちるぞ。おりておいで。ここには草もあるし、花もきれいに咲いているから、おまえさんのいるところよりはよっぽどいいよ」
と声をかけると、雌ヤギは答えました。
「わたしの食べ物のお気づかいより、ご自分の食べ物がほしくて、おっしゃっているんですね」
◆正体を知られていたら、たくらみもだめ。
オオカミと子ヒツジ
子ヒツジが川で水を飲んでいるのを、オオカミが見つけました。オオカミは、なにかもっともらしいいいがかりをつけて、食ってやろうと思いました。
「おい、おまえは水をにごして、おれに飲ませないんだな。けしからん」
すると子ヒツジは、ぼくは川下にいるんだから、川上の水をにごすことは、できっこないし、それに、ぼくは、水を舌のさきでぺちゃぺちゃやっているだけなんだから、といいました。オオカミのいいがかりは失敗です。
「だが、きさまは、去年、おれのおやじの悪口をいったじゃないか」
子ヒツジは、ぼくはそのころは生まれていなかった、と答えました。で、オオカミはいいました。
「きさまが、どんなにうまくいいわけをしようと、おれがきさまを食うことに、変わりはないんだ」
◆わるいことをしようときめたやつには、正しいいいぶんをならべたてても、なんにもならない。
オオカミとサギ
オオカミが、骨をのみこんで、のどにつきたてて苦しみ、骨をぬいてくれるものをさがして、うろついていました。すると、サギに出会ったので、お礼をするから骨をぬいてくれ、とたのみました。サギは、オオカミののどに自分の頭をさしこんで、骨をぬいてから、約束のお礼をくれ、といいました。オオカミはいいかえしました。
「オオカミの口の中に頭をつっこんで、ぶじに出すことができただけでも、大よろこびしていいことじゃないか。それなのに、まだお礼をねだるのか」
◆悪人にしんせつにしてやっても、悪人からの最大のお返しは、恩をあだでかえすことは、ひとまずやめておく、というだけのこと。
オオカミと馬
オオカミが、畑で大麦を見つけました。しかし、それはオオカミのえさにはなりません。うっちゃっておいて歩いていると、馬に出会いました。オオカミは、馬をさっきの畑へ連れていきながら、いいました。
「大麦を見つけたんだが、おれは食べないで、おまえさんのために残しておいたよ。きみがむしゃむしゃ食べるあの音が、おれにはたのしいからね」
すると、馬は答えました。
「なんのなんの。オオカミさんに大麦が食べられたら、あんたは耳のたのしみよりも、胃袋のたのしみのほうをとるだろうがね」
◆生まれつきの悪人が、善人のまねをしたところで、信用されない。
オオカミとキツネ
オオカミの仲間に、一頭だけ、けたはずれに大きなオオカミがいました。オオカミたちはそいつに、ライオンというあだ名をつけました。
ところが、このオオカミはばかで、こんなりっぱなあだ名をもらっただけでは、まんぞくせず、仲間をはなれて、ライオンたちといっしょに暮らすことにしました。
一ぴきのキツネが、そのようすを見てからかいました。
「あんたは、ひとりで得意になっていなさるようだがね。そりゃ、けんとうはずれってもんだよ。あんたがオオカミ仲間のなかにいたときにゃ、たしかにライオンみたいにどうどうと見えてたんだが、ライオンのなかにはいってみると、やっぱりオオカミでしかないやな」
◆ばかげたおせじをまにうけて、思いあがった人へのいましめ。
オオカミと犬
大きな犬が、首輪でつながれていました。オオカミがきて、だれがおまえさんを首輪でつないでいるのか、とききました。犬は答えました。
「猟師だよ。オオカミ君たちは、こんなめにあわないようにするんだね。食べ物をもらって食べても、首輪の重さが、食べる味をつぶしてしまうよ」
◆不幸のなかでは、食べるたのしみはない。
オオカミとライオン
オオカミが、ヒツジの群れからヒツジを一ぴきさらって、自分のすみかへ運んでいました。ところが、途中で出くわしたライオンに、せっかくのえものをよこどりされてしまいました。オオカミは遠くからライオンにさけびました。
「ひとのものをぶんどるなんて、ひどいじゃないですか」
ライオンは笑いました。
「ふん。じゃあ、きみは、これをヒツジたちに、『さあ、さしあげましょう』といわれても、もらったものかね」
◆強盗どものいいあい。
オオカミとロバ
大将にえらばれたオオカミが、|おきて《ヽヽヽ》をつくりました。めいめいが猟をしてとったえものは、すべてさし出してみんなで分けること、というのです。えもののなかったものが、腹をすかして、オオカミどうしでたたかって相手を食ったりすることのないように、とのはからいからでした。
ところが、一頭のロバがやってきて、首をふりながらいいました。
「ほほう、けっこうな考えをひねりだされたね。だが、そんなら大将さん、あんたはきのうのえものを、なぜ自分の穴ぐらにしまいこんでしまったんだい。みんなのところに持ってきて、分けなさいよ」
オオカミ大将は、やりこめられて、そのおきてを、なかったことにしました。
◆正義だなどといって法律をさだめる人たちが、その法律を守らないことがよくあるもの。
大けがをしているオオカミと、ヒツジ
犬にかまれて大けがをしたオオカミが、自分ではえさも手にいれることができなくなって、のびていました。すると、近くにヒツジがやってきたので、川から水をくんできて、飲ませてくれ、とたのみました。
「飲み水だけでいいんだよ。食べ物は自分でさがすからな」
ヒツジはいいました。
「あんたに水をあげたら、食べ物は、このわたしってことになるでしょう」
◆もっともらしいことをいって、相手をひっかけようとするやつがいるから、ご用心。
ランプ
油をたっぷりすって明るく燃えているランプが、おれさまは太陽よりも明るい、とじまんしていました。すると、風がさっとひと吹きして、火を消してしまいました。
ランプの持主が、火をともしながらいいました。
「照らしはしても、だまってるもんだ。空の光は、消えることはないんだぞ」
◆もてはやされても、うぬぼれるな。他人から、ことばの飾りをつけてもらっても、それは自分自身のものではない。
予言者
予言者が広場で店をひらいて、はんじょうしていました。そこに一人の男が走ってきて、予言者の家の戸がこじあけられ、中のものが全部ぬすまれてしまった、と知らせました。予言者は、うろたえてとびあがり、
「おお、そりゃ、たいへんなことになった。家のようすを見にいこう」
と、かけだそうとしました。
そこにいあわせた連中の一人が、予言者にいいました。
「へえ、おまえさんは、他人の身になにがおきるかを見とおせると、いいふらしていながら、自分の身にふりかかることが、まえもってわからなかったのかい」
◆他人のことには、つべこべ口だししても、自分のことはさっぱりだめな人にするといい話。
ミツバチとゼウス
ミツバチが、自分たちの|みつ《ヽヽ》を人間にとられてしまうのを、いまいましく思いました。そこで、ゼウスの神のもとへ行って、巣に近づくものを針で刺して殺す力をください、とおねがいしました。
ゼウスは、こいつらは根性がひねくれている、とお怒りになって、そののち、ミツバチが人を刺したら、針を失って、やがてはそのせいで死んでしまうように、おさだめになりました。
◆自分も傷つくことを承知のうえで、他人をひどいめにあわせたいという人もいるから、そんな人に聞かせてみる話。
旅をして歩く僧たち
旅をして歩く坊さんたちが、一頭のロバをこき使っていました。荷物をそれにつんで旅をします。ところが、そのロバが死んだので、皮をはいで太鼓にしました。
旅の途中で、ほかの坊さんの一団に出会いました。そして、あのロバはどこへいったのかね、ときかれたので、こう答えました。
「あいつは死んだがね、いまは生きていたとき以上に、なぐられつづけているよ」
◆|どれい《ヽヽヽ》が、どれいの身から解放されても、こき使われることに変わりはないことが多い。
ネズミとイタチ
ネズミ軍とイタチ軍が戦争をしていました。ところで、いつもネズミ軍が負けるのです。ネズミどもは会議をひらいて、こんなことになるのは、指揮官がいないからにちがいない、ということになり、選挙で将軍を数ひきえらび出しました。
将軍になったネズミたちは、ほかのネズミとはちがうんだぞ、というところを見せようとして、角をこしらえて自分の頭にくっつけました。そのうちに戦闘がはじまりましたが、ネズミ軍はあいかわらず形勢がわるくなって、兵士ネズミたちは自分らの穴へ逃げて、もぐりこんでしまいました。しかし、将軍ねずみたちは、角がつかえて穴にはいることができず、まごまごしているうちにつかまって、イタチに食われてしまいました。
◆見栄はわざわいのもと。
アリとカブト虫
夏のあいだ、アリは畑をまわり歩いて、大麦や小麦をひろい集め、冬の食物としてたくわえていました。カブト虫がそのようすを見て、
「あんたはまったく、あくせく働いてばかりの貧乏性なんだね。ほかの連中は、この暑いあいだは、のんびりと、仕事をやめているのにさ」
と、ひやかしましたが、ありはだまっていました。
やがて、冬がきて、雨が牛の|ふん《ヽヽ》をとかしてしまいました。そのなかにもぐりこんで、それをえさにしていたカブト虫は、すき腹をかかえてアリのところにやってくると、食べ物をめぐんでくれ、とたのみました。アリは答えました。
「カブト虫君、ぼくがせいをだしていて、きみにひやかされたころ、きみも働いていたら、いま、物|ごい《ヽヽ》をしてまわることはなかったろうにね」
◆将来のことを考えて、その用意をしておかないと、時節が変わったときに、ひどくみじめなことになる。
アリとハト
のどのかわいたアリが、泉にやってきたものの、流れにさらわれて、いまにもおぼれそうになっていました。一羽のハトがそれを見て、木の小枝を折って泉に落としてやりました。アリはその枝にはいあがって、命びろいをしました。
べつの日、一人の鳥刺しが|もちざお《ヽヽヽヽ》をのばして、ハトをとろうとしのびよっていました。これを見たアリは、鳥刺しの足にかみつきました。鳥刺しは、「うっ、いてえ」とさけんで、もちざおをほうり出したので、ハトはそのあいだに逃げていきました。
◆恩人には恩返しをしよう。
いなかのネズミと都会のネズミ
家ネズミが、友だちの野ネズミにまねかれて、いなかの田んぼへ出かけていきました。ところが、食事が出ても、大麦と小麦だけです。家ネズミはいいました。
「これではまったく、アリとおんなじ暮らしだよ。じゃ、ひとつ、ぼくのところにきたまえ。すばらしいごちそうがたくさんあるぜ。なんでも好きなだけ食べていいよ」
家ネズミは野ネズミを、都会の家に連れていって、豆や小麦、イチジク、チーズ、はちみつ、|くだもの《ヽヽヽヽ》などが、ふんだんにあるのを見せました。野ネズミは目をまるくして、家ネズミは幸福で、ぼくは不幸だ、となげきました。
さて、その二ひきがいよいよ宴会をはじめようとしたとき、ふいにドアがあいて一人の男がはいってきました。二ひきのネズミはおどろいて、壁の割れめにあたふたと逃げこみました。
男が出ていったあとで、二ひきが干イチジクをとろうと、そろそろとあらわれたとき、またも、こんどはべつの人が、なにかをとりに部屋にはいってきました。二ひきはふたたび、大あわてでかくれました。いなかのネズミは、腹がへっているのも忘れてしまって、ため息をついていいました。
「おいらは、いなかに帰るよ。きみは、ごちそうを腹いっぱい食べてまんぞくして、よろこんでいるが、いつも危険におびえてなくちゃならないんだ。おいらは、貧乏で、大麦や小麦をかじっているが、人間をこわがることもいらなければ、人の目をぬすむってこともなく、暮らしていくよ」
◆びくびくしながら、ぜいたくに暮らすより、質素に不安なく生きるほうがまし。
ネズミとカエル
陸にすむネズミが、どんないきさつでそうなったのか、カエルと友だちになりました。カエルは、ろくでもないことを思いついて、ネズミの足と自分の足をむすびつけ、まずはじめに、麦を食べようと畑へいきました。つぎに、沼へいって、ネズミを水の底へひきずりこみ、自分は水をたのしんでケッケッケッと鳴きました。かわいそうにネズミは、たらふく水を飲まされて、おぼれ死んでしまいました。しかし、カエルの足にむすびつけられていたので、そのまま水に浮いていると、一羽のトビが見つけて、ネズミを|つめ《ヽヽ》にひっかけて空へさらっていきました。カエルはネズミと足をむすんでいたので、いっしょにさらわれていって、カエルもトビのえじきになりました。
◆死んでもかたきうちができる――というのは、神はなにひとつ見のがさないで、罪にふさわしい裁きをくだすから。
ネズミと雄牛
ネズミが雄牛をかみました。牛はひどく痛かったので、こいつめと、ネズミを追いかけました。ネズミは大いそぎで逃げて、壁の穴にとびこみました。牛は角で壁をつきくずしにかかりましたが、ぎゃくに牛のほうがくたくたにつかれてしまい、動けなくなって、穴のそばでのびてしまいまいた。
ネズミは穴からぬけ出して、牛のそばにやってくると、もう一度かみついて、またもすばやく穴に逃げこみました。牛はやっと立ちあがったものの、どうすることもできません。そのとき、ネズミが穴から小声でいいました。
「大きいからって、強いってことにはならないね。小じんまりとしているほうがいいってことも、たまにはあるものさ」
難船した人と海
難船した男が、浜べにうちあげられて、つかれきって眠っていました。ほどなく目をさまして海を見ると、海はおだやかです。男は海をなじりました。
「おまえは、おだやかなようすをして、人をおびきよせておいて、人が海に出るとあれくるい、命をうばってしまうんだ。じつにけしからん」
すると、海は女のすがたになってあらわれて、いいました。
「そのおとがめは、風にむかっていってください。わたしはもともと、あなたがごらんになっているとおりのものなのです。けれど、風がわたしにおそいかかって、波だたせ、あれくるわせるのです」
◆だれかが、いいつかってよくないことをしたときは、その大もとの、命令をするやつをとがめなければならない。
病人と医者
ある病人が、医者からどんなぐあいかときかれて、ひどく汗をかきました、と答えました。
医者は、
「それは、けっこうなことですじゃ」
といいました。
数日のち、医者がまた、どんなぐあいかときいたので、病人は、さむけがひどくて、がたがたふるえがきました、と答えました。医者は、
「それも、けっこうなことですじゃ」
といって去りました。
またしばらくしてから、医者がようすをきいたので、病人は、|げり《ヽヽ》をしました、と答えました。医者は、「これまた、けっこう」といいました。
親類の人が見まいにきて、ぐあいはどうかときくと、病人はいいました。
「わたしは、けっこうずくめで死ぬらしいよ」
◆心の苦しみをつかんでくれず、見かけだけで判断されることがある。他人は、うわべばかり見て、苦しんでいるそのものを、ぎゃくに幸福だときめこんだりするものだ。
コウモリとイバラとカモメ
コウモリとイバラとカモメが、共同で商売をすることにしました。コウモリが借金をして、もとでをつくりました。イバラは服地を仕入れました。カモメは銅を買いこみました。そして、売りにいこうと船出をしたところ、あらしに出会って船は沈没してしまいました。彼らは、なにもかもなくしたものの、命だけは助かりました。
それからというもの、カモメは、海が銅をどこかにうちあげはしないかと、いつも海岸をうろついています。コウモリは、借金をさいそくされるのをこわがって、昼のあいだは身をかくしており、暗くなってからえさをさがして飛びまわります。イバラは、通りすがりの人の服をひっかけては、自分の服地ではないかとたしかめるのです。
◆われわれはいつまでも、損をしたことにこだわっている。
コウモリとイタチ
コウモリが地上に落っこちたところを、イタチにつかまりました。殺されそうです。コウモリは、命ばかりはお助け、とたのみました。けれどイタチは、
「鳥を逃がしてやるわけにはいかん。わしらはいま、鳥どもと戦争中なんだから」
といいました。コウモリは、わたしは鳥ではなくてネズミですと答えて、その場をのがれることができました。
ところがそのコウモリは、そののちまたも地上に落っこちて、こんどはべつのイタチにつかまりました。コウモリが、命ばかりはお助け、というと、イタチは、
「おれは、ネズミは、どいつもこいつもきらいだ」
といいました。そこでコウモリは、わたしはネズミではなくて、コウモリですといって、こんども助かりました。コウモリは名まえを変えて、二度、命びろいをしました。
◆その場その場で、知恵をはたらかせ、危険をのがれることができる。石頭ではだめ。
きこりとヘルメス
|きこり《ヽヽヽ》が、川のふちで木をたおしていたら、|おの《ヽヽ》が手からぬけてとんで、川のなかに落っこちてしまいました。きこりは仕事の道具を失って、どうしようもなく、川岸にしゃがみこんで泣いていました。ヘルメスは、そのわけを知って、かわいそうに思いました。そこで、川にもぐって金のおのを手にしてすがたをあらわすと、きこりに、おまえのなくしたおのはこれか、とききました。
きこりは、それではございません、と答えました。ヘルメスはふたたびもぐって、こんどは銀のおのを手にしてあらわれました。しかし、きこりは、それでもありません、と答えました。ヘルメスは三たびもぐって、きこりのおのを持ってあがりました。きこりは、それがわたしのおのです、とよろこびました。ヘルメスは、きこりの正直な心に感心して、三つのおのを全部、きこりにさずけました。
きこりは仲間に、この話をしました。すると、仲間の一人が、自分も金や銀のおのをせしめてやろうと考えて、川のふちへいくと、おのをわざと川のなかに投げこみ、しゃがんで泣いていました。
ヘルメスが、同じようにあらわれて、わけをきき、水にもぐると、金のおのを持って水から出てきて、おまえのなくしたのはこれか、とききました。男はうちょうてんになって、はい、たしかにそれでございます、とさけびました。ヘルメスは、男のずうずうしさにはらをたてて、金のおのをやらず、男のおのも、もどしてやりませんでした。
◆神は正しい人間にはやさしいが、それだけに、不正直な人間には手きびしい。
旅人たちとクマ
二人の友だちが、いっしょに旅をしていました。と、ふいに一頭のクマがあらわれました。一人はすばやく木にのぼってかくれました。もう一人は、逃げおくれてつかまりそうになったので、地面にたおれふして死んだふりをしました。
クマは、たおれている男に鼻をくっつけて、かぎまわりました。男は、息をつめてじっとしていました。というのは、クマは死人には手だしをしない、といわれているからです。
クマが立ち去ったのち、木からおりてきた男が、友だちに、クマがきみの耳もとでなにかいっていたようだが、とききました。友だちは答えました。
「危険がせまったときに、おきざりにして逃げるような友だちとは、これからはいっしょに旅をするな、といったよ」
◆ほんとうの友人であるかどうかは、災難に見まわれたときにわかる。
旅人とカラス
人びとが、用事で旅をしていたら、片目のカラスに出会いました。人びとは、そのカラスをじっと見つめました。なかの一人が、旅はよしてひきかえそう、といいだしました。カラスがあらわれたのは、わるいことがおきるぞと、予言しているのだ、というのです。
すると、べつの男が、そのことばをさえぎっていいました。
「あのカラスに、わたしらのこれからのことを予言できるものかね。自分の片目がなくなることさえ、わからないで、不幸をさけることができなかったのだからね」
◆自分のことさえわからない者が、他人に忠告できるはずはない。
旅人とおの
二人の男が、いっしょに旅をしていました。そのうちに、一人が|おの《ヽヽ》をひろったのでもう一人の男が、
「ぼくらは、おのを一本せしめたね」
というと、ひろった男は、
「『ぼくらはせしめた』じゃなく、『きみはせしめた』というんだ」
と注意しました。
しばらくして、おのをなくした人が、追いかけてきました。おのをひろった男は、連れの男に、
「ぼくらはおのを持っていかれちまうぜ」
といいました。
すると、連れの男はいいかえしました。
「『ぼくは、持っていかれちまう』というんだね。きみがおのをひろったときに、ぼくらがいっしょにひろったことに、しなかったんだからな」
◆幸運を分けてもらえなかった者は、その友だちが不運になったときに、つきあいはしない。
旅人とプラタナスの木
夏の真昼のころ、照りつける太陽にまいってしまった二人の旅人が、一本のプラタナスの木を見つけたので、その下に逃げこんで、木かげでよこになって休みました。そして、木を見あげながら、
「プラタナスは実をつけないし、人間にはなんの役にもたたないね」
と話しあったのです。
プラタナスはいいかえしました。
「恩知らずな人たちだね。いま、わたしの恩をこうむっていながら、やれ、実をつけない、役にたたないと、悪口をいうのだから」
◆人間にも、他人にしんせつにしていても、それがわかってもらえない人がいる。
猟師と馬に乗った男
猟師がウサギをつかまえて、手にぶらさげて道を歩いていると、馬に乗った男に出会いました。男は猟師に、ウサギを金でゆずってくれ、といいました。
猟師が承知してウサギをわたしたら、男は金をはらいもせず、とたんに馬を走らして、いっさんに逃げていきました。
猟師は、けんめいに追いかけたものの、ひきはなされるばかりです。そこで猟師は、いまいましげにどなりました。
「いっちまえ、このやろう。安心して逃げやがれ。おれはきさまに、ウサギをただでやるつもりだったんだ」
◆自分のものをうばわれて、いっぱいくったと思うのがくやしいから、自分のしんせつでそうしたのだ、というふりをする人が多い。
旅人とヘルメス
長い旅に出ることになった男が、途中でなにかひろったら、その半分をヘルメスにささげます、とちかいました。
男は旅の道で、ハタンキョウとナツメヤシのはいった袋を見つけました。じつは男は、金がはいっていると思ってひろったのですが、袋の中身がわかると、それを食べてしまってから、ハタンキョウのかたい|から《ヽヽ》と、ナツメヤシの|たね《ヽヽ》をかき集めて、おそなえをしていいました。
「ヘルメスさま、お約束どおりにいたしますよ。ひろったものの外側と、中のものを、あなたにお分けいたします」
◆欲ふかいやつは、ことばたくみに、神さまさえだまそうとする。
旅人と運命の女神
一人の旅人が、長い道のりを歩いたあと、つかれきって井戸のふちによこになって、眠りこんでいました。もうすこしで、井戸に落っこちそうです。そこに運命の女神があらわれて、旅人を起こしました。
「もし、あなたが井戸に落ちたら、あなたは、自分がうかつだったことはたなにあげて、わたくしのせいにするでしょうよ」
◆人間のほとんどは、自分のあやまちで不幸になったあげく、神のせいにする。
ロバを買う人
ある男が、ロバを買うつもりで、ためしに一頭だけえらんで借りると、自分のロバ小屋の、えさを食べさせる棚の前に、連れてきました。すると、そのロバは、ロバは数頭いたのに、さっさと、いちばんのなまけもので、いちばんの食いしんぼうのロバのそばへいって、のっそりと立っていました。男は、そのロバに綱をつけて、持主のところへひっぱっていきました。持主が、どんなふうな試験をしてみましたか、とたずねると、男は答えました。
「いや、あれやこれやとためしてみることはいらないよ。こいつは、自分と気のあうロバをえらんだが、えらんだロバと、きっとそっくりの性質だろうからね」
◆人も、好んで連れだっている仲間と、同じ性質に見られる。
野生のロバと、飼われているロバ
野生のロバが、日のよくあたる場所にいる、飼いならされたロバを見たので、そばへいって、おまえさんは肉づきがいいし、ごちそうを食べさせてもらって、しあわせなご身分だね、とうらやましがりました。ところが、いく日かたって、野生のロバは、飼われているロバが重い荷物を背負わされ、男に|こん《ヽヽ》棒でぶたれながら、追いたてられているのを見ました。そこでいいました。
「ああ、もう、おまえさんをうらやましいなんて思わないよ。ぜいたくな暮らしをするためには、たいへんひどいめにあわなければならない、ということが、わかったからね」
◆危険や苦しみが、くっついているいい暮らしは、うらやましいものではない。
塩を運ぶロバ
塩を背負ったロバが、川をわたっていました。ところが、足をすべらせて、水のなかにころびました。起きあがったら、塩がとけていて、ずいぶん軽くなっていました。ロバは、こりゃ、いい手を知ったわい、とよろこびました。
べつの日、海綿を背負って川をわたることになりました。ロバは、もう一ぺんころんで軽くしてやろうと、こんどはわざと足をすべらしました。ところが、海綿が水をすってひどく重くなり、起きあがることもできません。ロバは、おぼれて死んでしまいました。
◆人間も、気づかないうちに、自分のしかけたたくらみにかかって、不幸におちいることがある。
神の像を運ぶロバ
ある男が、神の像をロバに乗せて町へ行きました。出会う人びとが神の像をおがむので、ロバは自分が尊敬されているのだとかんちがいしました。ふんぞりかえって高くいなないて、進もうとしません。男は、ロバの心を見ぬいたので、こん棒で思いきりどやしつけていいました。
「このとんまやろう! 人間さまがロバをおがむものか。このすっとんきょうめ」
◆他人の力を、自分のものと思いこんで得意になれば、笑いものにされる。
ライオンの皮を着たロバと、キツネ
ロバがライオンの皮を着て、まぬけな動物たちをこわがらせながら、ほうぼうを歩きまわっていました。そのうちにキツネを見かけたので、よし、あいつもおどろかしてやろう、と、キツネの前に立ちはだかりました。
けれど、キツネはそのまえに、このライオンふうの動物の声を聞いていたので、こういいました。
「こりゃ、お気のどく。おれも、ロバがどんないななきようをするのか、知っていなかったら、ふるえあがっただろうがね」
◆見かけはどんなにりっぱでも、中身がなかったら、おしゃべりのぐあいで、ぼろをだしてしまうもの。
馬をうらやんだロバ
ロバが、おれは、ワラさえもろくに食べさせてもらえないで、ひどくこき使われているのに、馬はえさにたっぷりありつくし、よく世話をしてもらえて、けっこうなご身分だ、とうらやんでいました。ところが、そのうちに戦争がはじまり、騎士が武装してその馬に乗り、それ、あっちへ走れ、こっちへ走れ、とむち打ったあげく、敵のまっただなかにつっこみました。馬は全身に傷を負って、たおれてしまいました。それを見たロバは、馬は気のどくなやつ、と考えをあらためました。
◆支配者や金持をうらやむことはない。彼らは、ねたみや危険につきまとわれている。名誉もなく、まずしくても、それにまんぞくせよ。
ロバとオンドリとライオン
ある日、オンドリが、ロバといっしょに草を食べていました。そこに一頭のライオンがやってきて、ロバにおそいかかりました。オンドリがけたたましく鳴きました。とたんにライオンは、逃げだしました――ライオンはオンドリの鳴き声をこわがる、といわれています。
ロバは、ライオンが逃げたのは、自分をこわがったからだと思って、すぐさまライオンを追いかけました。ライオンは、オンドリの鳴き声がとどかないところまで逃げると、くるりとむきなおってロバをおそい、自分のごちそうにしました。ロバは、息をひきとるまぎわにいいました。
「おれは、なんとあわれな、まぬけだ。たたかう家がらの生まれでもないのに、なんだって、一戦まじえようなんてしたんだろう」
◆人間も、弱そうに見せかける敵をおそって、ほろぼされることが多い。
ロバのかげ
ある人が、デルフォイ〔古代ギリシアのパルナッソス山のふもとの町〕へ行くために、ロバを借りました。途中、あまり暑いので、ロバのかげのなかにはいって休みました。すると、ロバの持主は、がんこなへんくつ者なので、くってかかりました。
「わしは、あんたにロバは借したが、かげまで借しちゃおらんぞ」
◆ちょっとしたことをたねに、いいがかりをつけるものではない。
道化師のまねをしたロバ
ロバが、屋根の上にあがって、道化師のまねをしたので、屋根|がわら《ヽヽヽ》をほとんどふみ割ってしまいました。家の主人が、大あわてでロバを棒でなぐって、屋根からひきずりおろしました。ロバは、なおもなぐろうとする主人にいいました。
「ひどい仕打ちですよ、ご主人。だって、きのうも、おとといも、サルが屋根の上でわたしと同じことをやったら、あなたはじょうきげんで、腹をかかえて笑っていたじゃありませんか」
◆いい気になってうかれると、危険に身をさらすことになる。
ロバとキツネとライオン
ロバとキツネが組んで、猟に出かけました。すると、ライオンが一頭、ゆくてにあらわれました。危険を感じたキツネは、ライオンに近づいていって、
「もし、あなたが、わたしに危害をくわえないと約束してくださるなら、ロバをあなたにおわたしいたしますがね」
といいました。ライオンは、よし、おまえは見のがしてやる、といいました。そこでキツネは、ロバをだまして、落とし穴の中へ落としてしまいました。ライオンは、ロバはもう逃げられないのだから、そっちのほうはあわてることはないと、まず、キツネをつかまえて食べ、そののち、ロバの料理にかかりました。
◆仲間を落とし穴に落とす人間は、知らないうちに自分の墓穴も掘っている。
ロバとカエルたち
|たきぎ《ヽヽヽ》を背につんだロバが、沼をわたっていて、足をすべらしてたおれ、起きあがれないでなきわめいていました。沼のカエルたちが、そのなげく声を聞いていいました。
「なんだい、おまえさん。ほんのちょっとのあいだ、沼につかっただけだというのに、そんなに泣きわめくなんて。おいらみたいに、ずっとここにいるのもいるんだぜ。そうなったらおまえさんは、いったいどうするだろうね」
◆ひどい苦労をしんぼうしている人もいるのに、わずかな苦労に弱音をはくいくじなしがいる。そんな人にむく話。
同じ重さの荷物を運んでいるロバとラバ
ロバとラバが、いっしょに歩いていました。ロバは、ラバが同じ重さの荷物をつんでいるのが、不満でした。ラバはふだん、自分の二倍もえさをあてがってもらっているからです。そのうちに、荷運びの男は、ロバがへとへとにつかれたのを見てとって、荷物の一部をラバの背にうつし変えました。またしばらく行くうちに、ロバがへたばってきたので、男はまた、ロバの荷の一部をラバにうつしました。そんなことをくりかえしているうちに、しまいには、荷の全部をラバが背負うことになりました。そのときラバは、ロバにいいました。
「わかったかい、きみ。ぼくが、きみの二倍のえさをあてがってもらうのは、もっともなことだと思わないかい」
◆はじめではなく、終わりを見て、判断すること。
ロバと庭師
一頭のロバが、庭師に使われていました。えさはわずかしかもらえないのに、ひどく働かされます。ロバはゼウスの神に、庭師ではなくてべつの主人に使われるように、はからってください、とたのみました。ゼウスは、ねがいを聞きとどけて、陶工の持物になるようにしてやりました。
ところがロバは、まえよりもなお重い荷物を背負わされました。粘土や陶器を運ぶのです。しんぼうができなくて、ロバはまたもゼウスに、主人を変えてくれるようにたのみました。こんどは、皮なめしの職人がそのロバを買いました。けれど、これまででいちばんひどい主人だったのです。主人がしている仕事を見て、ロバはため息をつきました。
「ああ、おれは運がわるい。まえの主人のもとにいたほうがましだった。新しい主人は、おれの皮までなめしてしまうぞ」
◆召使いは、二番め、三番めの主人を知ったあとで、はじめの主人のよさがわかる。
ロバとカラスとオオカミ
背中にけがをしたロバが、牧場で草を食べていました。すると、カラスがロバにとまって、傷を|くちばし《ヽヽヽヽ》でつつきました。ロバは痛がって、悲鳴をあげてはねまわりました。すこしはなれたところで、ロバ|ひき《ヽヽ》がそれをながめて笑っていました。通りかかったオオカミが、ひとりごとをいいました。
「おれたちは、損だなあ。人間どもは、おれたちをちらっと見ただけでも、鉄砲をつかんで追いかけるくせに、カラスがそばまできても、笑っていやがる」
◆悪者は、見ただけでわかる。
ロバと小犬
マルタ種の犬とロバを飼っている男がいました。男は、犬をかわいがっていました。食事を外でしたら、かならずおいしいものを犬のために持って帰って、犬がしっぽをふってじゃれつくと、ごちそうを投げてやるのです。ロバはそれをねたんで、自分も主人のそばにかけよって、とんだりはねたりしたはずみに、主人をけとばしてしまいました。主人はおこって、|こん《ヽヽ》棒でロバをひっぱたき、召使いに、マグサ棚につないでおくように命じました。
◆人にはそれぞれ、むき、不むきがある。
旅をするロバと犬
ロバと犬が、いっしょに旅をしていました。そのうちに、道に落ちていた、封をした手紙を見つけました。ロバがそれをひろって封をきり、ひろげて、犬に聞こえるように声をだして読みました。干草や麦やワラのことが書いてありました。犬は、すこしもおもしろくありません。たいくつしていいました。
「すこしとばして、さきのほうを読んでくれよ。ひょっとすると、肉や骨のことについて書いてあるところがあるかもしれないからさ」
ロバは、手紙の終わりまで目をとおしましたが、犬に興味のあることは、どこにも書いてありません。犬は、こんどはこういいました。
「そんな手紙は、すててしまえよ。くだらない」
ロバとロバひき
ロバが、ロバ|ひき《ヽヽ》にひかれて歩いていました。やがて、平地をはなれて、がけのそばの山道にさしかかりました。ロバが、がけから落ちそうになったので、ロバひきはしっぽをつかんで、ひきあげようとしました。ところがロバは、足をつっぱってひきあげられようとしません。ロバひきはしっぽをはなしていいました。
「ひっぱりっこは、おまえの勝にしてやらあ。ただし、勝ってもろくでもないことになる勝だぜ」
◆勝つことだけにむちゅうになる人に、あてはまる話。
ロバとセミ
ロバが、セミの鳴き声にうっとりして、うらやましくなりました。そして、たずねました。
「きみたちは、いい声でうたっているが、なにを食べているのかい」
「露です」
と、セミは答えました。で、ロバは露がおりるのをひたすら待って、ほかのものを口にしなかったので、飢死してしまいました。
◆自分の生まれつきにそぐわない望みをいだくと、望みはかなわないばかりか、身をほろぼす。
足がわるいふりをしたロバと、オオカミ
ロバが牧場で草を食べていたら、オオカミがやってきたので、ロバは足がわるいふりをしました。オオカミはそばにきて、なぜ足をひきずっているんだ、とたずねました。ロバは、生垣をとびこえたとき、イバラをふんづけましたんで、と答えました。そして、
「あんたが、わたしを食べなさるのはいいが、そのまえに、この足の|とげ《ヽヽ》をぬいてくださいよ。そうしておいたら、あなたの口にとげがささる心配もなくなるんだし」
といいました。オオカミは、よろしい、承知した、と、ロバの足を持ちあげて、|ひづめ《ヽヽヽ》に目をこらしました。ロバはオオカミの口をけとばして、|きば《ヽヽ》を折ってしまいました。ひどいめにあったオオカミは、こぼしました。
「おれの失敗だ。おやじから肉料理の術を仕込まれていながら、おれは医者のまねをしたんだからな」
◆ふさわしくないことをすると、わが身にわざわいをまねく。
鳥刺しと野バトと家バト
鳥刺しが鳥網を張って、家バトを数羽むすびつけました。そして、自分は遠くのほうから、なりゆきをうかがっていました。
ほどなく、野バトたちが家バトに近づいて、網にかかりました。鳥刺しは走ってきて、野バトをとらえました。
野バトが家バトに、おまえたちはわれわれと同族なのに、網が張ってあることを、なぜ注意してくれなかったんだ、となじると、家バトはいいました。
「わたしたちは、同族としてのしんせつをかけるよりも、ご主人によろこんでもらうほうがたいせつでね」
◆主人につくすために、身内をないがしろにする者を、とがめることはできない。
鳥刺しとシャコ
鳥刺しの家に、おそくなってからお客がやってきました。鳥刺しは、もてなすごちそうがなかったので、飼っているシャコを料理しようとしました。シャコは鳥刺しをなじって、自分は|おとり《ヽヽヽ》になって仲間をおびきよせ、あなたに持たしてずいぶんもうけさせてあげたのに、わたしを殺すなんて、といいました。
鳥刺しは答えました。
「だからこそ、おまえは殺されてもいいんだ。同族にひどい仕打ちをするやつだからな」
◆同族をうらぎるような人は、同族ばかりか、もうけさせてやった主人からまで、にくまれる。
金のタマゴをうむニワトリ
ある人が、金のタマゴをうむメンドリを飼っていました。その人は、メンドリの腹の中に、金のかたまりがあると思って、殺しましたが、腹の中はほかのニワトリと変わりませんでした。一どきにまとめて手にいれようとして、なにもかも失ってしまったのです。
◆あたえられるだけのもので、まんぞくすること。欲の皮をつっぱらせてはいけない。
ヘビのしっぽ
ヘビのしっぽが、自分が先頭になって歩くことにする、といいだしました。からだのほかの部分が、
「きみは、目も鼻もないのに、われわれを案内していけるものじゃないよ。ほかの動物だって、しっぽが先頭ってのはいないからね」
といって聞かせましたが、しっぽは聞きいれません。じゃあ、好きなようにしろ、ということになりました。そこでしっぽは、さあ前進だぞ、と、めくらめっぽうに進んでいったあげく、石だらけの穴についらくしてしまい、背骨は痛めるし、からだのどこもかしこも傷だらけ、というしまつになりました。しっぽは頭にむかって、ごきげんをとりました。
「おねがいです、あなたさま。みんなを助けてください。あっしなんぞが、あなたさまをさしおいて、出すぎたことをして、とんだ心得ちがいでございました」
◆主人にたてつく、ずるくて不とどきなやつは、このしっぽのようなものだ。
ヘビとイタチとネズミ
ある家で、ヘビとイタチがけんかをしていました。この家で、いつもヘビとイタチの食い物にされているネズミたちが、けんかがはじまったのを見て、こりゃ安心だと、穴から出てきました。ところが、ヘビとイタチは、ネズミどもを見ると、けんかをやめてネズミにとびかかりました。
◆国でも、指導者たちがいがみあっているときに、しゃしゃり出てくると、指導者たちのえじきになってしまう。
水浴びをする子ども
ある日、子どもが川で水浴びをしているうちに、おぼれそうになりました。そばの道を旅人が通りかかったので、子どもは、助けておくれ、とさけびました。旅人は、こんなところで水浴びをするなんて、考えがないにもほどがあるぞ、といいました。子どもはいいかえしました。
「ぼくを助けて! 助かったあとで、お説教は聞きます」
◆お説教されるのは、もとはといえば自分のしでかしたこと。
父親と娘たち
ある人に、二人の娘がありました。一人を野菜つくりの男に嫁にやり、一人を陶工の嫁にやりました。しばらくして、父親は野菜つくりの嫁をたずねて、どうだい、うまくいってるかね、とききました。その娘は、うまくいってるけれど、ただ一つ、神さまにおねがいしたいことがあります、といいました。
「それは、野菜に水気をたっぷりあたえるように、天気がくずれて雨になることです」
そのあとすぐに、父親は陶工の嫁をたずねて、どうだね、うまくいってるかね、とききました。その娘は、ふそくはべつにないけれど、といってから、
「晴れた日がつづいて、陶器がよくかわくように、それだけを祈っています」
といいました。父親はこまりました。
「おまえは、天気がいいほうがよくて、あちらの娘は、雨がふってくれるようにとのぞんでいる。さて、わしはどっちの加勢をして、祈ったらいいのだろう」
◆たちのちがう二つのことが、どちらもうまくいくということはない。
のどのかわいたハト
のどがかわいてたまらないハトが、絵にえがいてある水|つぼ《ヽヽ》を見て、ほんものだとかんたんに思いこみました。ばたばたと舞いおりると、これっぽっちの注意もしないで、絵にはげしくぶつかったので、つばさを折って地面に落ち、そこにいた人につかまってしまいました。
◆欲に目がくらんで、がむしゃらにことをはこぶと、身をほろぼす。
二つの袋
プロメテウスが人間をこしらえて、二つの袋を肩からぶらさげさせました。一つの袋は、他人の欠点がはいっていて、もう一つは、自分の欠点のはいっている袋でした。プロメテウスは、他人の欠点のはいった袋を前に、自分の欠点のはいった袋が背のほうにくるように、さげさせました。そのせいで、人間は他人の欠点はよく目につき、自分の欠点にはろくに気づかなくなったのです。
◆自分自身のことはわからないくせに、自分とかかわりのない他人の批評をねっしんにする|おせっかい《ヽヽヽヽヽ》にむく話。
サルとイルカ
船旅をする人びとは、航海のあいだの気なぐさめのために、よくマルタ産の子犬やサルを連れていくものです。ある男は、サルを連れて航海をしていました。ちょうどアッチカ〔中部ギリシア東南の、半島になっている地方〕のスーニオン岬にさしかかったとき、はげしいあらしに見まわれました。船がひっくりかえり、みんなは泳いで陸をめざしました。サルも泳ぎました。
一頭のイルカが、サルを人間だと見まちがえて、サルの下へやってきて背中に乗せてやり、陸地へ運んでいきました。アテナイの外港であるペイライエウスにほどなく泳ぎつくというとき、イルカはサルに、あなたはアテナイの人ですか、とたずねました。
サルは、いかにもさよう、と答えてから、わがはいのアテナイの親類には名士がたんといる、といいました。イルカは、つぎに、ペイライエウスも知っていますか、とたずねました。サルは、それを人間の名と思いちがえて、知っているだけでなく、親友だ、と答えました。イルカは、こいつは、いいかげんなことをぬかすやつだとふんがいして、海にもぐってしまい、サルはおぼれ死んでしまいました。
◆ほんとうのことを知らないくせに、他人をだましおおせると、たかをくくっている人に、聞かせる話。
サルとラクダ
動物たちの集会で、サルが踊りをおどりました。そして、みんなからさかんな拍手をあび、ほめられました。ラクダはうらやましくなって、おいらもほめられようと思いました。で、立ちあがっておどりました。ところが、へたもいいところで、動物たちをふんづけたり、ころんで押しつぶしたりしたので、動物たちははらをたてて、ラクダを棒でひっぱたいて、追いはらってしまいました。
◆ねたみ心から、自分よりすぐれた人と、はりあう人がいる。
サルの子どもたち
サルは二ひきの子どもをうんで、その一ぴきはよくかわいがって、めんどうをみるものの、あとの一ぴきのほうは、きらってほったらかしにするそうです。けれども、母ザルがかわいがって、しっかりと抱きしめるほうの子は、神のさだめた運命といったもののせいでしょう、胸に押しつけられて息ができなくなって死に、ほったらかされた子のほうが、すくすくと成長することがあります。
◆運命は、なにものよりもつよい力をもっている。
雌ザルとゼウス
ゼウスがある日、すべての動物たちを集めて、子どもの品評会をすることにしました。いちばんかわいらしい子どもを連れてきた動物に、ほうびをやることにしたのです。さて、品評会がひらかれて、ゼウスは審判官になりました。会場に、自分はたいへんなべっぴんだと思いこんでいる一ぴきの雌ザルが、ぺちゃんこの鼻をした、毛もろくにはえていない、みにくい子どもを抱いてあらわれました。とたんに、その席にいた神さまたちは、腹をかかえて笑いました。雌ザルはゼウスにいいました。
「どの子どもがいちばんかわいらしいかは、あなたさまが、えこひいきなくおきめになってくださるでしょう。とにかくわたくしは、ここにいる子どもたちのだれよりも、この子がいちばんかわいらしいと信じているのでございます」
◆人はだれでも、自分のつくったものは、たとえどうであろうと、よくできていると思うもの。
船旅をする人たち
人びとが航海をはじめました。沖に出たとき、はげしいあらしになって、船はいまにも沈みそうになりました。船客の一人は、自分の服をひきさいてなげき悲しみながら、国の神さまがたの名をならべたてて、もし、命をすくってくださったら、お礼のおそなえ物をいたします、とちかいました。
そのうちに、あらしがしずまり、海がふたたびおだやかになると、船客たちは、災難からうまくまぬがれることができたと、うって変わって陽気になり、飲めやうたえのどんちゃんさわぎをはじめました。|かじとり《ヽヽヽヽ》は考えぶかい男で、祝いの酒もりをしている人びとに、いいました。
「みなさん、またあらしがくるぞと思って、いまのうちに、おおいにたのしんでおきましょう」
◆運命は、すばやくうつり変わる。好運にいい気になるな。
金持と皮なめし屋
金持が、皮なめし屋のとなりにひっこしてきました。ところが、ひどくいやなにおいがぷんぷんしてきて、がまんできません。金持は皮なめし屋に、どこかよそへひっこしてくれと、なんどもたのみました。皮なめし屋は、そのうちに、そのうちに、と、ずるずるのばしていました。そうこうしているうちに、金持は、くさいにおいになれてしまって、皮なめし屋をせきたてることを、忘れてしまいました。
◆なれたら、いやな思いも、やわらいでしまう。
金持と泣き女
金持に、二人の娘がありました。その一人が死んだので、金持は泣き女たちをやといました。もう一人の娘が、母親にいいました。
「わたしたちは、なさけない女ですわね。なんのかかわりもないあの女の人たちが、胸をたたいてひどくなげき悲しんでいるのに、わたしたち身内の者は、あれほどまで泣きはしないんですもの」
母親は答えました。
「おどろくことはありませんよ。あの女たちは、お金を考えながら泣いているんですから」
◆他人の不幸を、金もうけのたねにする人がいる。
ヒツジ飼いと海
海の近くの牧場でヒツジを飼っていた男が、波のおだやかな海をながめながら、船で出かけていって、よその土地でものを売ろう、と思いました。そこで、ヒツジを売りはらってナツメヤシを仕入れると、船出をしました。ところが、はげしいあらしに出くわして、船が沈みそうになりました。男は、積荷をすっかり海にすてて船をからにして、ようやく命びろいをしました。
そののち、ずいぶんたってから、一人の男が海辺を通りかかりました。海はおだやかでした。そのようすをうっとりとながめていると、例のヒツジ飼いがそばにきていいました。
「いいですかい、おまえさん、海はどうやら、ナツメヤシをもっと食いたがってるんだよ。だから、こんなふうに、おだやかなふりをしてるんですぜ」
◆災難は、よいいましめ。
ヒツジ飼いと、ヒツジにじゃれる犬
ヒツジ飼いが、大きな犬を飼っていて、日ごろ、死んで生まれた子ヒツジや、死んだヒツジをえさにやっていました。
ある日、ヒツジたちが小屋の中にいるとき、犬がヒツジの群れにはいって、じゃれついていました。ヒツジ飼いは、それを見ていいました。
「やいやい、きさまが、ヒツジの身のうえにおきてくれたらいいとねがっている、そのねがいは、おれにはわかってるんだぞ。ものほしげにへつらいやがって。ヒツジにではなく、きさまに、そのねがいがふりかかったらどうする」
◆おべっかつかいへのいましめ。
ヒツジ飼いとオオカミの子
ヒツジ飼いがオオカミの子を見つけて、育てました。そして、すこし大きくなると、近所のヒツジをぬすむことを教えました。教えこまれたオオカミが、やがてヒツジ飼いにいいました。
「だんながおいらに、ぬすみぐせをつけたんだよ。これからは、だんなのヒツジがごっそりとへってしまわないように、気をおつけなさい」
◆生まれつきおそろしい性質をもったものが、ぬすんだり、うばったりすることを仕込まれると、仕込んだほうがぎゃくにやられるもの。
ヒツジ飼いとヒツジたち
ヒツジ飼いが、ヒツジたちをカシの森へ連れていって、実のたくさんついた、ひじょうに大きなカシの木を見つけました。ヒツジ飼いは、その根もとにマントをひろげて木にのぼり、実をふるい落としました。ヒツジたちは実を食べているうちに、うっかりして、ご主人のマントまで食べてしまいました。ヒツジ飼いはおりてきて、そのことを知ると、どなりました。
「この、ろくでなしらめ。おまえらは、他人さまには服にする羊毛をさしあげて、いい顔をするくせに、おまえらを育てるこのおれからは、マントまでとりあげやがった」
◆人間にも考えのたりない人がいて、なんのかかわりもない人にはいい顔をして、身近な人にはひどい仕打ちをする。
わるふざけをするヒツジ飼い
村をはなれて遠くまでヒツジを連れて出るヒツジ飼いが、しょっちゅうわるふざけをしました。
「オオカミがヒツジをおそったぞ」
とさけんで、村人に助けをもとめるのです。
二度や三度は、村人たちはこれにひっかかって、びっくりしてとび出しては、ばかをみたのですが、とうとう、ある日、ほんとうにオオカミがあらわれました。オオカミどもは、ヒツジたちをひきさきました。ヒツジ飼いは、村の人たちに助けをもとめました。しかし、村の人たちは、例のわるふざけだと思って、相手にしませんでした。ヒツジ飼いは、ヒツジをなくしてしまいました。
◆うそつきが得るものは、ほんとうのことをいっても信じてもらえないということだけ。
子ヒツジを食べるヒツジ飼い
ヒツジ飼いがテントの中で、子ヒツジを料理して食べていました。それを見たオオカミが、そばにきていいました。
「もし、わたしがそんなことをしたら、あんたがたは大さわぎして、ほうっておきゃしますまいに」
◆他人ならわるい。自分ならいい。
軍神とごうまんの女神
神さまが、それぞれみんな結婚することにしました。|くじ《ヽヽ》びきで相手をきめるのです。軍神が最後にくじをひくことになったのですが、女神のほうには、ごうまんの女神だけしか残っていませんでした。しかし、軍神はこの女神をとりわけ気にいって、結婚しました。だから、ごうまんの女神があらわれるところには、いつも軍神がついてまわるのです。
◆国と国とのあいだでも、人びとのあいだでも、ごうまんといさかいがつながって、やってくる。
プロメテウスと人間
プロメテウスはゼウスの命令で、人間とけだものをこしらえました。ゼウスは、けだもののほうが多すぎるのに気づいて、けだものの一部を人間につくり変えるように、いいつけました。プロメテウスは、そのとおりにしましたが、けだものからつくり変えられた連中は、外見だけは人間でも、魂はけだものです。
◆ひとでなしの人間どもに、あてはまる話。
バラとケイトウ
バラのそばにはえているケイトウが、バラにいいました。
「あなたは、なんてきれいなんでしょう。そして、神さまも人をたのしませて、お好かれになる。美しくて、香りがよくて、あなたはしあわせですね」
バラは答えました。
「わたしは、ほんの二、三日しか生きていませんのよ。たとえ、だれかにつみとられなくても、わずかの日数でしおれてしまいます。それにひきかえ、あなたは長く花を咲かせて、いつまでもお若いのね」
◆ほんのひととき、はでな暮らしをしても、運命が変わり、しまいに|のたれ《ヽヽヽ》死するより、つつましい生活にまんぞくして、それで長つづきをするほうがいい。
ラッパ吹き
ラッパ吹きの兵士が、軍を集めるラッパを吹いているときに、敵にとらえられました。ラッパ吹きはさけびました。
「みなさん、見さかいなくわたしを殺すのはやめてください。わたしは、あなたがたをだれひとり、殺してはいませんよ。わたしはラッパのほかには、なにも持っていないのですから」
しかし、敵はこう答えました。
「おまえは、自分では戦いができないくせに、みんなをかりたててたたかわせる。だから、なおのこと、死んでもらわなきゃならん」
◆わるい権力者をそそのかして、わるいことをさせる者どもは、なおさら罪ぶかい。
川と海
ある日、川が団体を組んで、海をはげしくなじりました。
「お聞きなさい。われわれの水は真水でおいしいのに、あんたはそれを塩っからい、飲めもしない水に、変えてしまうんだ」
海はその攻撃に、こう答えました。
「では、みなさん、わたしのところに流れるのをおやめなさい。塩っからい水になるのをさけるためにね」
◆自分につくしてくれている人をなじる、あさはかな人間にむく話。
子モグラと母モグラ
モグラは目が見えません。ところが、ある子モグラが母モグラに、ぼくは目が見えるよ、といいました。母モグラは、ためしに香のかけらをしめして、これはなんだい、とたずねました。子モグラは、石ころです、と答えました。母モグラはいいました。
「やれやれ、おまえは、目が見えないだけではなくて、鼻まできかなくなっているんだねえ」
◆ほらふきは、できもしないことをじまんして、ちっぽけなことでぼろをだす。
イノシシと馬と猟師
イノシシと馬が、同じ野原で暮らしていました。イノシシがいつも草をふみあらし、水をにごすので、馬は仕返しをしてやろうと思い、猟師にすけだちをたのみました。猟師は、手綱をつけて、わしを背中に乗せないことには、あいつをやりこめることはできないぞ、といいました。
馬は承知しました。そこで猟師は、馬にまたがってイノシシをやっつけ、そしてそのまま、馬を家にひいていって、馬屋につないでしまいました。
◆敵をやっつけることにむちゅうになって、自分の自由をほかの人間に売ってしまう人がいる。
口げんかをする雌ブタと雌犬
雌ブタと雌犬が、ののしりあいをしました。雌ブタは、アプロディテの女神にかけて、あんたを|きば《ヽヽ》でひきさいてやる、といいました。すると雌犬は、ひにくっぽくやりかえしました。
「アプロディテさまにかけてちかうとは、あんたにしちゃ、うまいことをいったもんだわ。アプロディテさまは、きっとあんたがお好きよ。だって、あんたのけがらわしい肉を食べた人は、その人までけがれるものだから、ご自分の神殿にはいることをおゆるしにならないんですからね」
雌ブタはいいました。
「アプロディテさまが、わたしを愛していらっしゃる証拠だわ。わたしを殺したり、苦しめたりしたものは、ぜったいによせつけないようにしていらっしゃるんですもの。ところが、あんたときたら、生きていても死んでいても、いやなにおいをぷんぷんさせるじゃないの」
◆りこうな、口だっしゃな人は、敵からの悪口をそのままぎゃくに、自分へのほめことばにしてしまう。
スズメバチとヘビ
スズメバチが、ヘビの頭にとまって、ぶすぶすと針をつき刺して苦しめました。ヘビは、痛くてたまらないのですが、仕返しのしようがありません。で、スズメバチを頭にとまらせたまま、おりからやってきた荷車の車輪の下に頭をつっこんで、スズメバチもろとも死にました。
◆敵を殺せるものなら、自分も死んでもかまわない、と思う人もいる。
雄牛と野生のヤギたち
雄牛がライオンに追いかけられて、野生のヤギがたくさんいる洞穴に逃げこみました。ヤギたちは雄牛を角でついたり、けったりしました。雄牛はいいました。
「おれがおとなしくがまんしているのは、おまえらにこうさんしたからでなくて、入口にいるやつがこわいからなんだ」
◆強い者をおそれて、弱い者の無礼な仕打ちをがまんする。
クジャクとツル
クジャクが、ツルの羽の色をばかにしていいました。
「わたしは、金色と、紫色を着ているのよ。だけど、あなたったら、きれいなところはすこしもないのね」
ツルはいいました。
「でも、わたしは、星の近くまでいって歌をうたうし、大空高く舞います。あなたは、メンドリをひきつれて歩くオンドリみたいに、地面をうろついているだけね」
◆高いこころざしももたないで、富をひけらかして生きているよりは、ぼろをまとっても、高いこころざしを保っているほうがよい。
クジャクとカラス
鳥たちが、王さまをえらぼうと相談をしました。クジャクは、自分は美しいから王さまにふさわしい、と主張しました。鳥たちは、クジャクをえらぼうとしました。そのとき、カラスがいいました。
「しかし、あんたが王さまになったとして、ワシがわれわれにおそいかかったとき、あんたは、どうやってわれわれを助けてくれますか」
◆将来を気にかけるものを、なじることはできない。
セミとキツネ
セミが、高い木の上でうたっていました。
セミを食べてやろうと、キツネがたくらみました。木の下で、よい声だとほめて、こんなにいい声をだすのは、どんなおかたかおめにかかりたいから、おりてきなさいよ、とそそのかしました。
セミは、キツネのわるだくみに感づいて、木の葉をむしって落としました。キツネは、セミだと思ってとびかかりました。
セミはいいました。
「おあいにくさま。わたしがおりていくなんて思ったのなら、とんだ見込みちがいですよ。わたしは、キツネの|ふん《ヽヽ》のなかに、セミの羽がはいっているのを見てからは、キツネを信用していないのでね」
◆身近な人の不幸は、考えのある人をかしこくする。
セミとアリ
冬になってアリたちが、ぬれた食糧をかわかしていました。そこに腹ぺこになったセミがやってきて、食べ物をください、とたのみました。アリたちはいいました。
「きみは、夏のあいだに、どうして食べ物を集めておかなかったんだい」
セミはいいました。
「いそがしくて、ひまがなかったんだよ。調子よく歌をうたっていたんでね」
アリたちは、あざけり笑っていいました。
「そうかい。夏に歌をうたっていたのなら、冬はおどったらいいや」
◆苦しみや危険なめにあいたくないなら、不用意であってはならない。
壁とくさび
|くさび《ヽヽヽ》でこっぴどいめにあわされて、穴をあけられた壁がさけびました。
「なんだってきみは、おれに穴をあけるんだ。おれはきみに、なにもわるいことはしてないんだぞ」
くさびは答えました。
「おれのせいじゃないよ。おれをうしろからぶったたいているやつに、いっておくれ」
ヤギとブドウの木
ブドウが新しい芽をのぞかせるころ、一ぴきのヤギがやってきて、芽を食べました。ブドウはヤギにいいました。
「きみは、どうしてわたしを傷つけるんだい。若草がないのかい。わたしはきみからこんなめにあわされても、きみがいけにえとして神にささげられるときには、そのときにいるブドウ酒をちゃんとあげるよ」
◆友だちからぬすむ、ひとでなしへのいましめ。
はげ頭の騎手
はげ頭に|かつら《ヽヽヽ》をかぶった男が、馬に乗っていました。そのうちに風が吹いて、かつらをとばしてしまいました。見ていた人びとは、腹をかかえて笑いました。騎手は馬をとめていいました。
「わたしのものでない髪の毛が、わたしからはなれていったところで、ふしぎなことはないよ。かつらの髪の毛は、自然にはえていたときのほんとうの持主の頭さえ、見すてたようなやつだからね」
◆不幸なできごとを苦にするな。生まれたときから身につけているものでないかぎり、いつまでもそばにありはしない。われらは、はだかで生まれ、はだかでこの世を去っていく。
金だけをありがたがっている男
たいへんなけちんぼうが、全財産を金に変えて、それを金塊にして、ある場所にうずめました。そして、自分の魂も、そこにうずめてしまった、というわけです。毎日、その場所へ行っては、にたにた笑っていました。
ところが、ある職人がそのようすを見ていて、けんとうがつき、金塊を掘り出して持って逃げてしまいました。
そのあとで、金塊にむちゅうなあの男がやってきて、からっぽの穴だけがそこにあるのを見て、髪をかきむしって泣きわめきました。ある人が彼にわけをきいたら、こういいました。
「そんなにがっかりすることはありませんよ。なぜかというと、あなたは金を持っていても、じっさいは持っていないのと同じことだったのですからね。だから、金塊のかわりに、石ころでもそこにうずめておくのですな。そして、金塊だと思っていなさい。石ころが金塊のかわりをしてくれますよ。だって、あなたは、金塊を役にたてようとしたわけじゃないんだからね」
◆持物は、それを利用しなければ、なんの値うちもない。
かじ屋と犬
かじ屋が犬を飼っていました。犬は、かじ屋が仕事をしているあいだは眠っていて、かじ屋が食事をはじめると、そばにすりよってくるのでした。で、犬に骨をほうってやって、かじ屋はため息をつきました。
「こいつは、しようのないやつだよ。おれが|かなとこ《ヽヽヽヽ》をひっぱたいているときは眠っているくせに、おれがあごを動かしはじめると、とたんに目をさます」
◆他人の働きのおかげで生きている、寝ぼうのなまけ者が人間にもいる。
ツバメと大蛇
裁判所に巣を持っていたツバメが、外出しました。そのすきに大蛇がしのびよってきて、子ツバメたちを食べてしまいました。帰ってきて、からの巣を見たツバメは、ひどくなげき悲しみました。べつのツバメがやってきて、子どもをなくしたのは、あなただけではないんだから、となぐさめると、そのツバメはいいました。
「子どもをなくしたことだけじゃありません。よくないめにあった人たちが、すくわれる役をはたしているはずのこの裁判所で、わたしが犯罪のぎせい者になったから、なお悲しんでいるのです」
◆不幸というものは、思いもかけなかった人から、不幸におとしいれられると、いっそうつらい。
美しさをあらそったツバメとカラス
ツバメとカラスが、自分のほうが美しいんだと、いいあらそいをしました。ツバメにやりこめられたカラスは、ツバメにいいかえしました。
「あんたがさっそうとしているのは、春のあいだだけじゃないか。だけど、わたしのからだは、冬でもへこたれはしないんだよ」
◆スマートであるよりも、しっかりしたからだのほうがよい。
ツバメと鳥たち
木にヤドリギがはえだすころ、ツバメは、鳥たちが危険にさらされることになると気づいて、鳥どもを集めて、なにをさておいても、ヤドリギを木からそぎ落とさなければならない、といい聞かせました。〔ヤドリギの実が、鳥もちの材料となる。ヤドリギにしないで、人が畑に麻の実をまいたことにしたのもある。ツバメは、麻糸で鳥をとる網ができることを心配する〕そして、それができないなら、人間たちのところへ行って、保護をねがい、鳥|もち《ヽヽ》で鳥をとるのはやめてくれるようにたのむのだ、ともいいました。鳥たちは、ツバメをあざけり笑って、年よりのおばあさんツバメ、とののしりました。
ツバメは、しかたがなく、自分だけで人間のところへ行って、保護をもとめました。人間は、ツバメのかしこさがわかったので、ねがいを聞きいれて、ひとつ家に住む鳥として、巣をつくらせてやりました。ほかの鳥は人間につかまって食べられるのに、ツバメだけが保護をうけて、人の家に巣をつくるのは、こうしたわけがあるからです。
◆将来をあらかじめ見とおす者は、もちろん危険をさけることができる。
ほらふきツバメとカラス
ツバメがカラスにいいました。
「あたしは|おとめ《ヽヽヽ》で、アテナイ生まれなのよ。しかも、王女で、アテナイ王の娘なの」
そしてツバメは、テレウスがらんぼうをして、自分の舌を切ってしまった、とも話しました。すると、カラスはいいました。
「舌を切られているのに、まったくよくおしゃべりなさるんだし、舌があったら、いったい、どんなことになっているだろうねえ」
◆ほらふきは、うそをついているうちに、自分でうそだということを、ばくろしてしまう。
〔テレウスはギリシア神話に出てくる王。アッティカの王の娘ピロメラの舌を切った。ピロメラは神に祈って、ツバメにすがたを変えてもらった〕
カメとワシ
カメがワシに、空を飛ぶ術を教えてくれ、とたのみました。ワシは、あんたは飛ぶように生まれてついていないんだから、できはしないよ、と忠告しましたが、カメはひきさがりません。ワシはしかたがなく、|つめ《ヽヽ》でカメをつかむと空高く飛びあがり、それ、がんばって飛ぶんだぞ、とかめをはなしました。カメはついらくして岩の上に落ち、こなごなになってしまいました。
◆かしこい人の忠告を聞かずに、他人とはりあうと、ひどいめにあう。
カメとウサギ
カメとウサギが、どちらが足が速いかでいいあらそいました。そこで、競争する日と場所をきめて別れました。さて、その当日、ウサギは、生まれつき足が速いので安心して、いつでも走りだせるさ、とたかをくくって、道ばたで眠りこんでしまいました。いっぽう、カメのほうは、自分が足のおそいことをよく知っていたので、せっせと走りつづけ、眠っているウサギよりさきに目的地について、賞品をもらいました。
◆生まれついての才能も、みがかないと、努力に負けてしまう。
ノミと運動選手
運動選手が病気で寝ていると、一ぴきのノミが、ぴょんぴょんはねてやってきて、足の指にとまりました。なおもはねながら、ちくりと刺しました。運動選手は、こいつめ、と|つめ《ヽヽ》をかまえて、ノミをつぶそうとしたのですが、ノミは生まれつきのみごとな跳躍をして、逃げてしまいました。運動選手は、ため息をついていいました。
「ああ、ヘラクレスさま、わたしがノミをやっつけようとするときに、こんなふうにすけだちのほねおしみをなさるんだったら、いざ競技となったときに、わたしにどんなすけだちをしてくださるでしょう」
◆つまらないことに神さまの助けをもとめないで、もっとだいじなときだけにすること。
ノミと人間
ノミにくっつかれたある男が、ひどくこまっていましたが、やっとノミをつかまえました。
「こいつめ、やたらにおれを食いおって。よくも、おれのからじゅうを、自分のえさにしたな」
ノミは答えました。
「これが、あっしらの暮らしようなんでして。あっしを殺さないでくださいよ。どっちみち、たいしたわるいことはできないんですから」
男は笑っていいました。
「どういいつくろうと、生かしちゃおかないよ。わるいことは、大きかろうと小さかろうと、おこってもらっちゃこまるからな」
◆大悪人だろうと小悪人だろうと、悪人に同情することはない。
シラミと農夫
シラミが、畑をたがやしている農夫の血をすうので、農夫はかゆくてたまりません。二度も|くわ《ヽヽ》をほうり出して、シャツをぬぎ、ばたばたとはらいました。けれど、それでもまだむずがゆいのです。
仕事をやめてシラミとりをしていては、仕事がはかどらないので、農夫は、ええいと、シャツを火のなかにほうりこんでしまいました。
◆二度、同じことをして失敗したら、三度めはべつの方法がいい。
犬とヒツジと裁判官
ある犬がヒツジに、おまえに貸した小麦をいそいでかえせ、とさいそくしました。しかし、ヒツジは小麦を借りたおぼえがありません。裁判官に、どちらのいいぶんが正しいか、きめてもらうことにしました。犬は、おれがおまえに貸した証拠は、ちゃんとあるんだ、といって、わるい仲間のオオカミ、トビ、カラスとしめしあわせておいて、裁判官の前に出ました。まず、オオカミが裁判官に、ヒツジは、たしかに小麦を犬から借りました、と証言しました。つぎにトビが、ヒツジはうそを申しております、といい、カラスも、ヒツジはあっしの前で犬から借りました、とのべました。
裁判官は、これ以上調べることはいらない、ヒツジはいそいで小麦を犬にかえすこと、と判決をくだしました。ヒツジは、小麦のやりくりがつかないので、からだの毛を切って、それで身におぼえのない借りたものをかえしました。
◆人をおとしいれようと、もっともらしいすじ書きをたてる悪人がいる。
ワシとカタツムリ
ワシがカタツムリを見つけましたが、|から《ヽヽ》がじゃまになって食べられないでいました。すると、カラスが、自分に半分くれるなら、いい手をお教えします、といいました。ワシが承知すると、カタツムリをつかんで高く飛びあがり、石の上に落としなさい、と教えました。ワシはそのとおりにして、カタツムリの肉にありつきました。
◆権力のある者も、力のない者の意見を聞くと得をする。権力と知恵はべつもので、知恵は学者のもの。
ヘビとカニ
ヘビとカニが、ひとつ穴で暮らしていました。カニはいつも、すなおに正直にヘビにつきあっていたのですが、ヘビは、ちょうどそのからだのように、ねじくれた心をもっていて、いじわるくふるまいました。カニはしょっちゅう、ひねくれるのはいけないと意見をしましたが、ヘビは聞きいれませんでした。
カニはとうとう、こらえきれなくなって、ヘビが眠っているとき、祖先からゆずりうけている|はさみ《ヽヽヽ》でヘビの首を切ってしまいました。ヘビはのたうちまわってから、まっすぐにのびて、死にました。カニはいいました。
「いまさら、まっすぐになったって、しようがないよ。生きてるときに、きみの心がこんなだったら、殺すこともなかったのになあ」
◆死んでからでは、まにあわない。
オオカミとおばあさん
飢えたオオカミが、食べ物をさがしてうろついていました。すると、一軒の家があって、中で子どもが泣いており、おばあさんがその子に、こういっているのが聞こえました。
「泣くんじゃないよ。やめなかったら、いますぐ、オオカミにおまえをやってしまうよ」
オオカミは、おばあさんのことばをまにうけて、長いあいだ待っているうちに、夕暮れになりました。そして、ふたたびおばあさんの声がしました。子どもをあやしています。
「オオカミがやってきたらね、坊や。二人で殺してやろうね」
オオカミはそれを聞いて、「この家のものは、いうこととすることがちがうわい」
とぶつぶついいながら、去って行きました。
◆ふだん、幼子をあやすみたいな、いいかげんなことをいう人間にむく話。
〔このことばは、ぴったりしない。「あのときはこういい、このときはこういい……」とした本もある。そして、つけたしてある教訓は、「心と、いうこととは、ちがうもの」になっている。『天草本イソポのハブラス』参照〕
戦争をするカエルとネズミ
カエルたちとネズミたちが、池のなわばりをあらそって、戦争をはじめました。ネズミは草にかくれてしのびよって、カエルをなやましました。けれど、カエルも、大声でわめき、どなり、ひるみません。そのさわがしさに気づいたトビが、
「これは、たいしたもうけものだ」
と、舞いおりてきて、カエルもネズミも自分のえさにしてしまいました。
◆けんかをしていると、よそからつけいられてしまう。
おちめのライオン
若いころ、あばれまわったライオンが、年をとって、ろくに歩くこともできなくなりました。動物たちはそのことを知って、イノシシ、野牛、それにロバまでがやってきて、ふんだりけったりしました。
ライオンは、涙を流していいました。
「悲しいことだ。自分が強かったときに、恩をかけてやったものどもは、のぞきにもこないで、うらみに思ったやつらばかりがくる」
◆恩を忘れる者は多く、うらみをかえさない者は少ない。
えさをまくらにしたオオカミと、キツネ
キツネが、えさをさがして歩いていると、オオカミの家があって、オオカミが腹いっぱい食べたあげく、残った食べ物をまくらにして、寝ころがっていました。キツネは、その食べ物をさらってやろうと思って、オオカミに、たいくつしておられないで、外を散歩なさったらいかが、とすすめました。しかし、オオカミは、めんどうくさい、といって、キツネのたくらみにかかりませんでした。
キツネはいまいましく思って、猟師のところへいくと、オオカミの家を知らせました。猟師はオオカミを仕とめました。
あくる日、猟師は、オオカミの家を知ったので、きのうの場所へいってみると、きのうのキツネが、そこを自分の家にして、えさをまくらに眠っていたので、そのキツネも仕とめてしまいました。
◆他人をおとしいれると、自分の身にもおよぶ。
[#改ページ]
ラ・フォンテーヌによるイソップの伝記から
〔ラ・フォンテーヌは、フランスの詩人。その『寓話集』は有名〕
イチジク
|どれい《ヽヽヽ》のイソップの最初の主人は、イソップがひじょうに見ぐるしい男だったせいか、イソップを農場へ追いやって、畑仕事をさせました。ある日、この主人が農場の家にきたら、一人の農夫がイチジクをくれました。おいしそうなイチジクだったので、主人は入浴のあとで食べようと思って、アガトプスという給仕頭にしまっておかせました。アガトプスは仲間たちといっしょに、そのイチジクを食べてしまい、イソップがぬすんで食べたのですと、なにも知らないイソップに罪をなすりつけました。
イソップは、口が不自由だったし、見かけがいかにもおろか者のようでしたから、身のあかしなどたてられるやつではないと、アガトプスはたかをくくっていました。
かわいそうなイソップは、主人の足もとにひれふして、|おしおき《ヽヽヽヽ》をほんのしばらく待ってください、とたのみました。そして、ぬるま湯をくんできて、主人の前でそれを飲み、指をのどにつっこみました。こうしてはいたのは、いま飲んだ湯だけでした。
イソップは、自分の無実を証明したのち、ほかの者にも同じことをするように命じてくださいと、主人にたのみました。給仕頭のアガトプスとその仲間たちが、ぬるま湯を飲み、指をのどに入れると、食べたばかりのイチジクをはいてしまいました。
イソップは災難をまぬがれ、彼に罪をきせた連中は、ぬすみ食いとわるだくみの二重のおしおきをうけました。
〔このあと、イソップは、旅人にしんせつにしたことから、神の恵みをうけて、口が自由にきけるようになったといわれている〕
パンのかご
つぎにイソップは、商人の|どれい《ヽヽヽ》になりました。商人はエフェソス〔小アジア、いまのトルコの西海岸の古い都〕まで行くことになり、旅の荷物をどれいたちにかつがせました。
イソップは、パンの|かご《ヽヽ》をえらんでかつぎました。それは、荷物のなかでいちばん重いものでした。ほかのどれいたちは、イソップはおろか者だから、そんなものをえらんだのだ、と思いました。
ところが、その日その日の昼食になると、かごのパンはへって、そのぶんだけ軽くなりました。そして、夕食、あくる日の朝食、と食事のたびに軽くなって、二日のちには、イソップはなにも持たないですむことになりました。
どれい市場
イソップは、サモスという町の|どれい《ヽヽヽ》市場で、二人のどれいといっしょに売りに出されました。二人のどれいは、いい服を着せられ、イソップは二人をひきたてる役にされて、荷袋を着せられました。一人は千オボル、もう一人は三千オボル、どちらかを買った人に、イソップをおまけにつけてさしあげる、ということになっていました。
クサントウスという哲学者が、弟子を連れてどれいを買いにきました。二人のどれいは、自分はなんであろうとできます、といいました。しかし、値段が高いので、クサントウスは買う気になりませんでした。弟子たちがイソップを指さして、あのみにくい|おばけ《ヽヽヽ》を買ったらどうか、とクサントウスにすすめました。畑の鳥|おどし《ヽヽヽ》のかわりくらいにはなる、というのです。クサントウスはイソップに、おまえはなんの役にたつか、とたずねました。
イソップは答えました。
「なんにもできません。さっき、わたしのできることを、二人のどれい仲間が全部くすねてとってしまいましたから」
クサントウスは、この答えをおもしろく思って、イソップを買いました。
哲学者のおくさんと犬
新しい主人の哲学者クサントウスのおくさんは、わがままな人でした。イソップにもつらくあたりました。ある日、宴会によばれたクサントウスは、ごちそうを分けてもらって、イソップに、これを、わたしを家で待っている、愛するものにとどけなさい、といいつけました。イソップは家にもどると、ごちそうをおくさんにわたさないで、犬にやってしまいました。
やがて、クサントウスが帰ってきて、おくさんに、ごちそうはおいしかったか、とききました。おくさんは、いったいそれはなんのことです、とききかえしました。そこで、イソップがよばれました。イソップはいいました。
「ご主人さまは、『これを、わたしを家で待っている、愛するものにとどけなさい』とおっしゃいました。だから、ちょっと気にくわないことがあると、すぐに『離婚します』とおどすおくさんではなくて、なにをされてもおとなしくがまんしていて、たとえぶたれても、しっぽをふって、ご主人にしたいよってくる犬に、ごちそうをやりました。わたしは、いいつけどおりにいたしましたのですよ」
おくさんがもどってくる方法
犬にごちそうをやったことがもとで、おくさんはすっかり夫にはらをたてて、家を出ていってしまいました。クサントウスが、どんな人にたのんでいい聞かせてもらっても、おくさんはもどってきません。
イソップは、おくさんがもどってくる方法はあります、とうけあって、ごちそうをたくさん買って家にもどる途中で、おくさんの召使いと、ばったり出会うように、うまくくふうしました。
おくさんの召使いが、そのたいへんなごちそうは、なんのためかときくと、イソップはいいました。
「じつは、おくさんがもどってこられないので、ご主人さまは新しいおくさんをおむかえになります。そのお祝いのためのものです」
そのことを召使いから聞いたおくさんは、たちまち、家にもどってきて、ふたたびにらみをきかせはじめました。
クサントウスが、友だちをよんでごちそうをすることにして、イソップに、いちばんいいものだけを買ってこい、といいつけました。このご主人は、いつもこのような、いいかげんなたのみようをします。イソップは、このくせをなおしてやろうと思いました。
イソップは市場へ行って、動物の舌をたくさん買うと、いろんな味つけをして食卓に出しました。どれもこれも、舌だけです。クサントウスもお客も、うんざりしてしまいました。クサントウスがもんくをいうと、イソップは答えました。
「ご主人さまは、『いちばんいいものだけを、買ってこい』と申されました。だから、舌を買ってきたのです。舌は、知識を伝えるし、真実をのべる道具です。舌の力で、町も建設されるし、おさめられもします。学校でも議会でも、舌が重要な役わりをはたしています。それに、神をたたえるという、だいじなことも、舌がするのでございます」
クサントウスはやりこめられて、そんならあすは、いちばんわるいものを買ってこい、といいつけました。客は、あすもくるのだそうです。
あくる日もイソップは、舌を買ってきて、舌だけのごちそうを出してから、いいました。
「舌は、いちばんわるいものです。舌は、いさかいのもとであり、戦争をひきおこします。他人をおとしいれ、わるいことを信じこませるのも、舌です。神さまをたたえはするものの、ひどくこきおろしたり、ののしるのも、舌です」
行きさき
イソップは道を歩いていて、役人に出会いました。役人はイソップに、どこへ行くのか、とききました。イソップはそのとき、ほかのことを考えて、ぼんやりしていたのか、それともほかにわけがあったのか、
「知りません」
と答えました。役人は、自分の行きさきを知らないなどとほざくのは、役人をばかにしているからだ、とはらをたてて、牢屋にしょっぴいていきました。イソップはいいました。
「わたしの答えは、うそではなかったでしょう。あのとき、ほんとうのところ、牢屋が自分の行きさきだと、わたしが知っていたでしょうか」
役人は、イソップのことばに感心して、イソップをはなしました。
海の水
ご主人のクサントウスが、酒にひどく酔ったあげく、海の水を飲みほして見せると、とんでもないことをいいだして、弟子たちにかたい約束をしてしまいました。
あくる日、酒の酔いがさめてから、クサントウスはイソップから、自分が弟子たちに約束したことを聞いて、あおくなりました。海の水を飲みほさなかったら、弟子たちにこの家をやる、といったのです。クサントウスはイソップに、おまえの知恵でわしを助けてくれ、とたのみました。イソップは、うなずきました。
約束の日がきました。町の人びとは、哲学者が恥をかくさまを見ようと、海辺に集まりました。クサントウスは人びとにいいました。
「みなさん、わたしはたしかに、海の水を飲みほして見せると、約束しました。しかし、海にそそぎこんでいる川の水まで飲むとは、いっていません。だから、わたしと対決している弟子たち諸君、すべての川の水の流れを、はやくせきとめてもらいたい。それをちゃんとすませたら、こんどはわたしが、海の水を飲みほして見せましょう」
人びとは、クサントウスの名案に感心しました。クサントウスはその名案を、イソップに教えてもらったのです。
主人とどれい
イソップは、『海の水』を飲む大ぼらから主人をすくったほうびに、|どれい《ヽヽヽ》から自由の身にしてくれるように、クサントウスにたのみましたが、クサントウスは、おまえが知恵のすぐれた者であるとわかっているのに、手ばなすことができるものか、といって、聞きいれませんでした。
このクサントウスは、ゆうめいな人物だったので、市から相談をうけました。ある、神のお告げについてでした。クサントウスは、自分ではわからなかったので、いつものようにイソップに、教えてくれ、とたのみました。
イソップは、市の広場にわたしを連れていって、市民の前でその答えをさせてください、といいました。なぜなら、いままでどおりだと、イソップがうまく神のお告げをといたら、その名誉は主人のものになってしまうし、うまくいかなかった場合には、せめられるのはどれいのほうだからです。
クサントウスは承知して、イソップを市の広場へ連れていき、演壇にあがらせました。市民たちは、イソップのすがたを見てどっと笑いました。こんなぶかっこうな男から、りっぱな話が聞けるとは思われなかったからです。イソップはすぐに、一つのたとえ話をしました。
「上等のブドウ酒は、みんながたいせつにし、ほめそやします。ブドウ酒の値うちは、ブドウ酒のできによってきまるので、ブドウ酒を入れてある|かめ《ヽヽ》の形によってきまるのではありません」
人びとは、このことばに感心して、神のお告げについての考えを聞かせてくれ、とたのみました。イソップはいいました。
「わたしは、おっかなびっくりです。とても、わたしの考えをお知らせする勇気はありません。というのは、わたしがどれいの身のうえだからです。
むかしから、運命の女神は、主人とどれいについて、こんなぐあいにきめています。つまり、どれいは、へたなことをいうとひっぱたかれるし、主人よりもりっぱなことをいったら、これまたひっぱたかれるのです」
人びとは、イソップをどれいの身から解放しろ、とクサントウスにいい、クサントウスも、承知しないわけにはいかなくなりました。
オオカミとヒツジと番犬
イソップは、敵がむりなことをいってくると、神がお告げになっている、とみんなに知らせました。そして、ほどなく、そのとおりになりました。
リュディア王のクロイソス〔リュディアの最後の王。小アジアのギリシア都市を征服し、国土を繁栄させた〕が、サモス人を攻める準備をととのえていました。しかし、サモスにはイソップというたいへん知恵のある者がいるので、サモスを征服するのはほねがおれる、とクロイソスに忠告をする人がいました。
クロイソスはサモスに使者をやって、イソップをこちらにひきわたすなら、サモス人の自由は保証する、といいました。サモスでは、そんならイソップをぎせいにして敵にわたしたほうがいい、ということになりました。
イソップは人びとに、オオカミとヒツジと番犬の話をしました。
オオカミがヒツジに、おまえたちの番犬をこっちにひきわたすなら、おまえたちを攻撃しない、ともちかけて、ヒツジが自分たちを守る番犬をオオカミにわたすと、オオカミはたちまち、ヒツジを食い殺してしまった、というたとえ話です。
キリギリスのたとえ
それでもイソップは、自分からクロイソス王のもとへ行くことをのぞみました。そのほうが、もっとあなたがたの役にたつでしょう、と、サモスの人びとにいったのです。
さて、ひきわたされたイソップを見たクロイソス王は、こんなみっともないやつが、わしの計画のじゃまになっていたのか、とどなり、はらをたてました。イソップは足もとにひれふして、こんな話をしました。
「ある男が、イナゴをとっておりました。すると、一ぴきのキリギリスがつかまってしまいました。男は、イナゴと同じように、キリギリスも殺してしまおうとしました。キリギリスはいいました。
『わたしが、あなたにどんなわるいことをいたしましたでしょう。わたしは、あなたの麦を食べたこともありませんし、なにひとつ損害をおかけしてはいないのです。わたしのなかには、声だけしかはいっておりません。それも、歌をうたうための声です』」
イソップは、つづけていいました。
「この話のキリギリスと、わたしはそっくりです。わたしも、声だけしかもちあわせませんし、その声で、王さまをののしったことは、いちどもございません」
クロイソス王はイソップが気にいって、サモスに帰ることをゆるしたばかりか、サモスを攻撃することもやめました。
空中に塔を建てる
そののちイソップは、旅をしてまわって、バビロニアの王リュケルスに、たいせつにもてなされました。
そのころ、国と国のあいだで、難問をだしあって、問題がとけなかったら、|みつぎ《ヽヽヽ》物をおくったり、罰金をはらうならわしがありました。エジプト王のネクテナボが、リュケルス王を難問で負かしてやろうと思って、空中に塔を建てることのできる建築職人をこちらにおくれ、といってよこしました。イソップは、ワシの子を数羽よく仕込んで、子どもたちを入れた|かご《ヽヽ》をつるして、空高く舞いあがるように訓練しました。そして、この一隊はエジプトにつきました。ワシが、子どもを入れたかごを空高く運びあげると、子どもたちは空中から口ぐちに、用意はいいよ、とさけびました。イソップはいいました。
「あの子どもたちが、塔をつくってごらんにいれます。けれど、材料を運ぶのは、あなたのお国の役めでございますよ。さあ、どんどん運んでやってください」
遠い国のオンドリを殺したネコ
エジプトのネクテナボ王が、イソップにいいました。
「おまえが住んでおるバビロニアは、わが国にめいわくをかけているぞ。バビロニアの雄馬がひんひんいななくと、エジプトの雌馬に、ろくでもない子どもができるのじゃ」
イソップは、その解決はあすいたしましょうといって、宿にもどると、ネコを一ぴきつかまえると、|むち《ヽヽ》でひっぱたきました。エジプト人はネコをあがめているので、ひどくふんがいして、イソップを国王にうったえました。イソップは、ネクテナボ王にいいました。
「このネコが、ゆうべ、バビロニアへ行って、リュケルス王の飼っておられるオンドリを食い殺したのでございます」
ネクテナボ王はイソップを、おまえは大うそつきだ、とののしりました。
「このネコが、ゆうべ、バビロニアにいて、きょう、エジプトにいるなど、そんな大旅行をするだけの時間はないではないか」
イソップはやりかえしました。
「それなら、どうして、この国の雌馬が、はるかに遠いバビロニア国の雄馬のいななきを、聞くことができましょう」
聞いたことがないこと
ネクテナボ王は、へんちくりんな小男のイソップにやりこめられてばかりいるので、くやしくてなりません。そこで、家来たち全員を集めて、知恵をしぼり、
「われわれが、まだ聞いたことがない、とあっけにとられることを、いってみよ、とイソップに命じよう」
ときめました。たとえ、イソップがどんなめずらしいことをいっても、家来たちのなかの一人が、ああ、そのことなら承知している、とか、よく知っているよ、といいさえしたらいいのです。イソップの負けはきまったようなものでした。
イソップは、その問題をだされると、ひきさがって手紙をしたため、封をしてネクテナボ王にさしだしました。王が封をひらかないうちに、家来たち全員は、
「なかに書いてあることは、こっちは承知しているぞ。よく知っていることだ」とどなりました。
さて、王が封をひらくと、ネクテナボ王は、リュケルス王に二千タラント借金をしている、と書いてありました。ネクテナボ王はうろたえました。
「これは、うそっぱちだ。こんなことがあるはずはない」
すると、家来たちもいっせいにさけびました。
「そんなことは、聞いたこともない。でたらめだ」
これで、イソップは勝ったのです。
木の枝の束
イソップは、バビロニアのリュケルス王に大切にされましたが、ギリシアを旅してまわりたくてたまらず、王に別れを告げました。
イソップはデルフォイにたちよりました。もっとも大きな町の一つでした。デルフォイ人は、イソップのたとえ話をおもしろがりはしたものの、イソップ自身にはけいべつした態度をとりました。無礼な仕打ちもしました。イソップはデルフォイ人を、波にただよう木の枝の束のようだ、といいました。それは、こういうことです。
「旅人たちが海岸を歩いているうちに、見はらしのきく丘に出ました。海をながめると、遠くに木の枝の束が浮いていたのですが、旅人たちは、それを大きな船だと思いました。その船が岸につくのを待って見ているうちに、風に吹かれて木の枝の束は近づいてきました。旅人たちは、大きな船でなくて、小さな船だった、と思いました。そして、岸についたのを見ると、木の枝の束だったので、旅人たちはこういいました。
『こんなにつまらないものに、ばかな期待をかけたもんだ』」
ちょっと見るとりっぱに見える人物でも、わかってみると、なんの値うちもない人がいる、ということを、あてこすったものです。
デルフォイ人はひどくおこり、イソップをたくらみにかけ、追いつめたあげく、殺してしまいました。
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解説
作者のイソップは、ギリシア名ではアイソーポスとよばれているが、じつはこの人のことは、よくわかっていない。ヘロドトスというギリシアの歴史家が紀元前五世紀にいて、その人の著作『歴史』に、イソップは紀元前六世紀にサモスの市民イアドモンの奴隷であった、としるされている。生まれた国については、ヘロドトスもふれていない。
しかし、イソップという名や、彼が奴隷であったことなどから、今の地図でいうと、エーゲ海の北東岸、ダーダネルス海峡の北部地方で、ギリシア、トルコにまたがるあたり、という説がある。イソップは奴隷だったけれど、機知にあふれていたおかげで解放されて、リュディアの王クロイソスにみとめられ、デルフォイに国使として派遣された。しかし、彼のことばがデルフォイ人の怒りをかいデルフォイ人に殺された、と伝えられている。
ところで、イソップが寓話を書きつづって本にしておいてくれたわけではない。たぶん実在したイソップという人が、まえからあったたとえ話や自分のつくったものを、人びとに語り聞かせ、それが口伝えに残った。なかにはイソップとかかわりなかったものも、まじっているとも考えられる。だから、厳密には、イソップふうの物語といったほうがよさそうである。
これらを紀元前三〇〇年ごろに、アレクサンドリアのデメトリオスが散文で、また二世紀にバブリオス〔小アジア生まれのローマ人らしい〕が詩の形で編纂した。このバブリオスのものが、今ではいちばん古いものとして残っている。十五世紀の末には、英訳やドイツ語訳ができ、日本でも一五九三年に『天草本|伊曾保《いそぽ》物語』が天草キリシタン学寮から出版された。
イソップは、ひどくみにくい、ぶかっこうな人だったといわれるが、それはたしかではない。十四世紀に、イスタンブールの修道僧ブラヌーデースがイソップ寓話集を編纂して、その前文にイソップの伝記を書いたとき、歴史の霧のかなたに見えなくなったイソップの顔や姿をつくりあげた――または、漠然と伝えられていたものを、文字にして定めてしまった、といえる。おもしろい寓話の作者を、つよく印象づけ、さらに意味をもたせるためだったと考えられる。人に顔をそむむさせる外見をしていながら、じつはかがやく知恵があった、と設定すると、これも一つの寓話になるからだ。
この本には、ラ・フォンテーヌによるイソップの伝記から、彼の言動を寓話としてひろい、付けておいた。ラ・フォンテーヌのしるした伝記は、プラヌーデースによっている。すばらしい知恵の持ち主のイソップは、口もろくにきけなかったが、神のはからいで自在に話せるようになり、その話す力で国の運命さえ左右するようになる。ところがイソップは、彼の話したことがもとになって、殺されてしまう――これもまさに寓話だ。
イソップは弱い奴隷であったから、人びとに対等に意見をのべることはできない。動物たちを利用してたとえ話をし、相手にさとらせ、反省させるのがただ一つ方法だった。そのための機知にあふれた物語のなかには、弱い者は強い者にはむかったら損をするから、服従が第一だ、といったような、世を無難にすごす教えをふくんだものがある。ときには、卑怯、卑屈でなければ生きていられなかった弱い人びとへの、知恵のある者の諭し、なだめがたいせつだった時代の反映ともみられる。
そういったことから、イソップの寓話は、決して子どものためのものではなかった。しかし、動物たちや植物を巧みに使いこなした機知のある明快な物語は、児童文学の古典として、光りかがやくものになった。
イソップの寓話は、骨組を簡潔に語るのがいちばんよく、さまざまに描写をつけたすことは無用である、とぼくは思う。情景は読者の頭にしぜんに浮かんでくる。訳にあたっては、ギリシア語とフランス語を対照してならべてある、シャンブリという人の編纂した本をもとにした。この本は東京大学のフランス文学研究室の蔵書を、貸していただいた。本のことでご協力くださったかたがた、それに、ぼくの思いのままに編纂させてくださった国土社の編集部のかたがたに、厚くお礼をもうしあげたい。
〔訳者略歴〕
亀山龍樹(かめやま・たつき) 一九二二年佐賀県生まれ。東京大学インド哲学科卒。日本児童文芸家協会理事。少年文芸作家クラブ理事長。おもな訳書にJ・R・タウンゼンド『ぼくらのジャングル街』『さよならジャングル街』、ポール・ギャリコ『ハリスおばさんパリへいく』『ハリスおばさんニューヨークへいく』など。おもな著書に『宇宙海賊パフ船長』『古代文学のひみつ』『ぞうの目のなみだ』など。一九八〇年没。